約 851 件
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2452.html
三面鏡の少女 39 それは特別な鏡の中の世界 光が射し込み無限に広がるまでは、闇のだけが広がる虚無の空間 主がいなければ存在しない命 主が求めなければ覚めない眠り 映り込む主がいなければ姿すら与えられない無限の存在 ただそれを享受して、主の本性のままに自堕落にその日その日の生を享受し 主の死に顔を告げるという役目も半ば曖昧に過ごす まるで大海原のように広がる無限の存在に、ほんの一滴の黒インクが落とされる 本来なら薄まり広がり何もなかったかのように消えてなくなるはずだったそれは 何にも侵される事なくただただ色濃く存在してはいたものの 無限の奥底深くに沈んでいた――はずだった 他愛も無い会話を繰り広げるのは表の世界に近い声の届くところにいる者達 光しか届かない無限の奥底に沈んでいた『それ』は 静かに 一歩ずつ 互いに干渉する事の無い無限の存在をじわじわと押し退けながら歩を進め、やがて 「第142回あたし会議ー」 主の声と共に開かれ光が射し込んだ三面鏡の最前面に、無限の虚無から這いずり上がった『それ』は現れていた ――― 「ていうかねー、あたしは結局この能力で何をしたいのかなー?」 「何って言われてもなぁ……漠然と、何かの役に立てればなーって思ってはいるけど」 「成長には指針が無いとねー」 いつものように左右の鏡で身体を挟み込むようにして作り上げた、無限に浮かび上がる自分の姿 「昔、同じような能力を使ってた人はねー。鏡の中からいくらでもあたしを外に出せたんだけどなー」 「増えたあたし全員で意識を共有できたしねー」 「嘘、そんな事もできるの? あー、でもあたしが無限に出せてもあんまし役に立たなくない?」 「そもそもあたしが映せるのは今のあたしだけだしねー」 「でも本来なら死期折々のあたしを映す事ができるはずなんだけどね。それこそ揺り籠から墓場までな感じで」 「死期折々って……やな表現だなー」 ぐだぐだとした雰囲気に浸る彼女は、正面に映る自分の目に浮かぶ暗い闇色の光に気付かない 「それじゃ、ちょっと試しにやってみない?」 「意識の共有は難しくない? なにせ無限だからねー」 「あたし達の姿を色々映すのもイメージが出来ないと無理じゃない?」 「んじゃとりあえず鏡の外に出る辺りからかな?」 「そんな簡単にできるのかなぁ……どんな風にすればいいのかわかんないし」 「考えるな、感じろー」 「フォースの力を使うのじゃー」 「余計わかんないわー!?」 叫ぶ少女に、鏡の最前面にいた『それ』が優しく微笑み掛ける 「んー、鏡に手を当ててみ?」 「へ? えーと……こう?」 「そうそう。それで鏡の表面をガラスじゃなくて水みたいにイメージして。目を閉じてやった方がやりやすいかも」 「水……うーん」 言われるままに目を閉じて、イメージをする と、それまで固く冷たい硬質な感触が揺らぎ、本当に水面に触れているような揺らめきを感じ 「うわ、何これ!?」 『それ』が、まるで自分ではないかのような邪悪な笑みを浮かべた 「ご苦労様」 『それ』は、いとも簡単に鏡面から腕を出し 「そしてさようなら」 頭上を飛び越えるように鏡の中から現れた自分に、背中から突き飛ばされ 「ふぇ!? ちょ、にゃー!?」 少女は『それ』とは逆に鏡の中に転がり込んでしまった 「いやー、長い事チャンスを伺ってたけど。こんな上手くいくとは思わなかったなー」 鏡の前でぐーっと背伸びをし、『それ』はにたりと唇を歪める 「本体が鏡に映ってないと、表に出てるあたし達も強制送還なんだけど。本体がそっちにいれば……本体が鏡に映り続けるから大丈夫ってわけ」 「それは便利かもしんないけど……あたしはどうやって出ればいいの!?」 「さあ?」 「さあって!?」 「あたしがあたしの人生に飽きたら戻してあげるかもね? それじゃバイバイ、一人じゃ何も出来ない本体さん」 「こらー!? 洒落になんないってば! 出してってばー!」 少女の叫び声を遮るように、ぱたんと三面鏡を閉じてしまう『それ』 「さーて……色々と、たっぷり愉しませてもらわないとなぁ」 その外見からは到底想像すらできない妖艶な笑みを浮かべ、ちろりと舌なめずりをする 個としての存在こそあるものの、本来は鏡に映された存在 外見も人生も知識も記憶も鏡に映したように同じものを有しており 彼女を本体だと見極められる存在は、まず存在しないだろう そして、彼女は外にでて害悪を撒き散らすつもりは毛頭ない ただ本体に成り代わって、静かに『人生』を愉しみたいだけなのだから 誰にも気付かれず 誰にも悟られず ただ、ひっそりと 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2121.html
三面鏡の少女 32 「にゃー、まだなんか顔が熱い気がする」 片手でぺちぺちと頬を撫でながら、つい今し方口付けをされた手のひらを見詰める 「巫女よ、体温が高いぞ。暑くてかなわん」 「巫女じゃないって言ってるでしょ、もー」 にょろりと懐から顔を出す白蛇の頭を、ちょいと指先で小突く三面鏡の少女 「人の姿にして人に非ず者の口付けでそのように舞い上がっていては、妖の類に付け込まれるぞ?」 「Hさんが人間じゃないとしても、それはそれで恥ずかしいの! というかあなたが身体に巻きついてるのだってものっそい恥ずかしいんだからね!?」 「異な事を。我は人に非ず、人の姿もしておらず。口付けを受けたり素肌を晒す事など問題あるまい」 「人間と都市伝説なんて、姿形と生まれが違うだけで大した違いなんて無いでしょ?」 「……巫女はそのように異能や異形を見ておるのか」 「ドクターさんのとこの看護婦さん達はすっごく優しいし。組織のDさんだって、契約者の人と同居してるらしいし。都市伝説な存在と普通に一緒に暮らしてる人なんて、この町はたくさんいると思うよ?」 「しかし害意を持ったものも少なからず……いや、全体で見れば相当な数が居るものであろう?」 「そりゃいると思うけど、比率が違うだけで人間だって一緒だし。悪かったり怖かったりする存在がいるからって、全部を怖がったり嫌ったりする必要は無いでしょ」 白蛇の顎をぐりぐりと指先で突付きながら、少女は頬を膨らませる 「ともあれ、人間とか都市伝説とかそういうのじゃなくて。あの人はHさんであって、それ以外の何でもないの。あなただってそう」 「我もか」 「外見は蛇だし変な力持ってるけど、こうやって意思の疎通ができて共存してるでしょ? 身体に巻きつかれたら恥ずかしいし、嫌な事を言われたら怒るけど、助けてあげれるなら助けてあげたいと思ってるからこうやって契約者を探すのを手伝ってるの」 「ふむ……」 爬虫類特有の無表情であるため、白蛇の感情は全く読めない 「優しいようで厳しいな、巫女は」 「にゃ? またよくわかんない事を……あと巫女言うな」 対等であろうとする事は、相手にもそれを強いる事 人でありたいという者に、人でないと認めさせる事 「もし、あの男が人間である事を望んでいたとしたら。巫女はそれを許すか?」 「あたしが許すとか決める事じゃないと思うんだけどなー」 「聞き方を変えよう。あの男が、自らが人間だと主張した場合、巫女はそれを認めるか?」 「だから、別にどっちも差があるとは思ってないんだけど……同じ世界で暮らしてるって意味なら、認めるとか以前にずっとそう思ってるよ?」 その解答に、白蛇はどうやったのか、くくと喉を鳴らせて笑う 「巫女よ、汝は本当に面白い存在だな」 「むー、バカにしてる?」 「そんな事は無い。さて、そろそろ落ち着いてきたようだし、外は寒い」 「にゃ!? 冷たっ! もうちょっと段階を踏んで温まってから……ひゃうぁっ!?」 「平時の巫女の肌は実に気持ちが良い。将来これをものにできる男が少々妬ましいほどだな」 「何を妙な事を言ってるの、このエロ蛇っ!?」 「抱き心地の良さを評していただけだが。何か問題でもあったか」 「問題だらけ! 他の人がいる時にそんな事言ったら氷水に浸けるかんね!?」 「良き点を伝える事を拒むとは……巫女は謙虚だな」 「んなわけあるかー!?」 傍から見れば一人で喚いている間抜けな様子で、一人と一匹は騒がしく帰途につくのであったとさ 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/799.html
三面鏡の少女 09 秋祭りも一段落し、のんびりとした空気を漂わせる北区の一角 小さな民家を改築した診療所の二階で、少女はぐったりとベッドに横たわっていた 「変な夢見たなー、ホント……先生に迷惑掛けちゃった」 将門公からの招待状(という名の悪夢)のお陰で深夜に悲鳴を上げて飛び起き、傷は痛むわパニックは起こすわで大変な目に遭っていたのだ 「招待って言ってたけど、勝手に行っちゃっていいのかなー? 組織と首塚ってあんまり仲が良いって話聞かないけど」 「早々に退院するつもりになっているようだがね、割と重傷だったんだよ君は」 病室とは名ばかりの客間に、昼食のお膳を持って現れるドクター 「強力な都市伝説と契約してると、そちらに引っ張られて回復が早くなったりもするものなんだが。君はそうでもないようだな」 「あたしの都市伝説、家に一人でいて寂しい時の賑やかしぐらいにしか使えませんから。ちゃんと戦えたりするのだったら良かったんだけど」 「まあ人によって得手不得手はあるものだよ。ボクだって戦いとかはからっきしだ」 ドクターはお膳をテーブルに置き、少女のベッドに腰を下ろす 「君はまだ若い。これから出来る事は色々見つかるだろうから、慌てる必要はないさ」 少女の頭をくしゃくしゃと撫でて、微笑みかけるドクター 「……先生って、バイトさんの言ってたイメージと全然違う人ですね」 「はっはっは、何を言われてたか大体想像はつくが、ボクはもっと紳士的でTPOというものは弁えているつもりだよ?」 ドクターはそう言って、ついと少女の頬を指先で撫でる 「というわけで、傷がある程度回復したら治療費代わりにデートでも」 「化けの皮が剥がれたー!?」 「いやいや、君が先刻言っていただろう。首塚とやらの招待があったと。保護者がてらボクが参加できないものかとね」 まだこの町に訪れて日が浅い自分が、都市伝説やその契約者と関わるまたとない機会 特に一組織の長が招待するイベントともなれば尚更だ 「ボクとして首塚とやらの面々に挨拶ぐらいはしておきたいものだし、君も夜道には気をつけてもらいたいしな」 その言葉に、少女の身体が僅かに震える この診療所には、まだ『夢の結末』の少年が倒された事は知らされてはいない 「とりあえず、組織の人に相談してみます。あたしだけで決めるのも難ですし」 「ああ、無理には推さなくていいからね。あくまで可能ならばで構わない」 そう言ってドクターは晴れやかな笑顔を浮かべる 「その場合は、デートはまた別の機会にという事で」 「しっかり許可貰うか、治療費はお支払いしますー!」 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3033.html
三面鏡の少女 59 尻餅をついたゴスロリメイド、宮定繰 そのスカートの中に頭を突っ込んで、猫に頭を押さえつけられたディラン 普段の繰なら蹴りの一つでも叩き込んで終わりなのだが、今回ばかりはそうもいかなかった 事故というか不可抗力というか、そもそも助けようとしてくれた結果であるために暴力に訴えるのはどうかという僅かな良心 そして、足を動かそうものならスカート生地から透ける光の加減によっては、見られてしまうのではないかという羞恥心 性的知識が保健体育並の繰とはいえ、見られたら恥ずかしい程度の羞恥心は持ち合わせている 「ね、ねえ、繰ちゃん……ちょっと首が……辛いんだけど……」 スカートの布越しにディランの頭に乗った猫のダミアは、それなりの大きさである うつ伏せに近い体勢で後頭部から荷重が加えられては堪えるのは容易ではない 「その状態をキープ! あと喋らない!」 が、繰の悲鳴に近いその叫び声にびくりと身体を硬直させて必死に堪える ディランの鼻先にある部分を本来覆っているはずの下着は、繰が握り締めたままである 喋ったり呼吸をしたりする度に、その吐息が敏感な部分を撫でていく感触が、繰から冷静な思考と判断力を根こそぎ奪っていく 普通の人ならば反論の一つもするのだろうが、ディランはとことんお人好しであり言われた事は愚直に実行する傾向がある 喋る事を禁じた時点でディランの体勢を説明させ把握する事や、二人で協力して状況を脱出する事が封じられてしまったのだ スカートの中で肘をついているらしく、繰の方からスカートを抜いて脱出するという手は使えない 猫を退けてスカートを顔と股間の間に押し込むというのも、ディランの顔が息が掛かるほど近過ぎて不可能 左右から股間を隠すように布を押し込むと、ディランの頭も押さえ込んでしまうためこれまた脱出できそうにない ディランが頭を上げないようにして身体を引いていくのがベストなのだが、会話を封じてしまったためにスカートの中のディランの体勢が判別できずにこれも流れる 「猫を持ち上げて……顔を上げさせずに引っこ抜く……」 能力を使おうにも今の不安定な精神状態では、ディランを引き千切りかねない テンパった思考を一人ぐるぐる巡らせても名案など浮かぶはずもなく ふと気が付くと、目の前に鎮座したダミアがぷるぷると震えている 否、ダミアを乗せたディランの頭がぷるぷると震えている スカートの中に閉じ込められ、熱気が篭り呼吸が苦しい上に掛かる荷重で首の疲労も相当なものであり 喋るなという命令を厳守した結果、何の警告も無くディランの顔はぽすりと柔らかい茂みに軟着陸する事となり 「んひゃぅっ!?」 素っ頓狂な声を上げた繰は、反射的にその足でディランの頭を押さえ込んでしまい、そのせいで余計にディランの顔は強く押し付けられる事になってしまう 流石にここまでくれば、いくら鈍いディランでもそれなりに察しがついて、咄嗟に頭を上げようとするのだが 見られないようにという事にだけ必死になった繰が、その頭を手で強引に押さえつけて足にも更に力を入れる本末転倒っぷり 事故の様相を通り越して、傍から見ればとんでもない光景になりつつあるのだが、当事者達はその状況を脱するためにただ必死になるばかりであった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3037.html
三面鏡の少女 61 すぐさま廊下に駆け出して、待っていた宏也と楽しげに語り合う佳奈美の姿 身振り手振りで「ごめんね」と伝えてくる佳奈美に、軽く手を振って笑顔で応える繰 もっともその内心は、宏也に対する敵意でマグマもかくやという程に煮え滾っていたのだが 笑顔を向けられる度に、何かを語りかけられる度に、手と手が触れ合う度に 頬を染め、嬉しそうにはにかむ佳奈美の姿を見ているうちに、そんなものはあっという間に冷めていってしまった 「……あんな奴の何処がいいのやら」 「知ってる人なの?」 呆れたように溜息を漏らす繰に、委員長は遠慮がちに尋ねる 「バイト先の知り合い。悪い奴じゃないんだけど私との相性は最悪」 言葉を選んでいる雰囲気がありありで、やや心配になる言い方ではあるものの 少なくとも気遣う程度には二人の事を認めているのだろうと、少しほっとする 「宮定さん……逢瀬さんと、本当に仲が良いのね」 「まあ、色々あったから」 流石に佳奈美との昔話は、気軽に人にできるものではない 「それはさておきさ、他のクラス回るの一緒にどう? 一人減っちゃったけど」 「本当に私で良いの?」 「このクラスでもうちのクラスでも、佳奈美以外で悪乗りしなさそうなのあなたぐらいみたいだし。騒がしいのも楽しいけど、お互い少しゆっくりしたい気もしない?」 その言葉に、委員長は思わずくすりと微笑み 「悪乗りも、たまには楽しいかもよ?」 「……ま、それは少しだけ同意」 悪乗りついでにもっと踏み出せれば良いのに 委員長が、どこか諦めがちにそう考えていた時 「誰か暇な男子も連れていかない? 虫除けがいないとのんびりできなさそうだし」 「え……あ、誘うの?」 「別に二人でもいいんだけど……五月蝿いの寄ってきたら、私だと殴っちゃうし。騒がしくない人誰かいない?」 その言葉に、委員長はつい視線を一人の男子に向けて 戦闘で鍛えられた繰の感覚はその視線の先をすぐに捉え、遠慮も無くずかずかと歩み寄る 「獄門寺、だっけ。委員長とその辺周ってくるんだけど、暇だったら一緒に行かない?」 あまりに真っ直ぐな剛速球に、見ていた委員長の思考は完全に停止していた 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3625.html
三面鏡の少女 78 振り下ろされた十字架 それを避けようとしないディラン 彼女の気が済むのであれば 彼女が救われるのであれば それで良いと思っていたのかもしれない だけど 「そんなの知った事かっ!」 横合いから飛び込んできた黒い塊が、十字架を思い切り殴り飛ばして建物の壁面に叩きつけた 「どこの誰だか知らないけど、うちの教師を虐めてんじゃないわよ!」 「く、繰ちゃん……何でここに」 「私も夕飯の買出し。帰り道で見かけたら、鼻歌交じりでふらふら路地裏入ってくから心配になって来てみたら……何やってんのよもう」 髪の毛をしゅるりと戻し、ニーナとディランの間に割り込むように立つ 「悪いけど、この町は『組織』の管轄下よ。余所者が何かしたいなら上に話を通して頂戴」 別に『組織』にそんな権限があるわけではないし、この町には『首塚』など他の勢力も多々存在している 単に脅し文句とその場凌ぎのつもりで、思いつきで言ってみただけだ 「『組織』は、その邪悪な淫魔を手駒にしているというのデスか。それとも……あなたが個人的に、その淫魔に篭絡されたのデスか」 「ばっ、バカ言ってんじゃないわよ!?」 真っ赤になって怒鳴り返すその表情から、既に語るに落ちるどころの様子ではないのだが 冷静に見れば、淫魔により性奴とされたような反応とは全く違うのは明らかである 「これ以上こいつに手を出そうってんなら、痛い目見てもらうわよ! 私は手加減が下手だからね!」 「繰ちゃん、駄目っ……!」 ディランが止めるよりも早く、繰が髪の毛の拳をニーナ目掛けて放つ だがその一撃は 「『ニーナへの攻撃は当たらない。当たらないったら当たらない、絶対にだ』」 完全に目測を誤った位置へと叩き込まれ、無駄に路地裏のゴミを撒き散らしただけだった 「何、今の……」 声がした方、ニーナの背後には黒服が一人 「悪いね、なんかそっちも『組織』の人間っぽいけど。彼女に何かあると俺が困るからさ」 繰とニーナの間に割り込むように星が立ち、サングラス越しに繰を見据える 「ま、とりあえずお互い落ち着こうよ。俺も状況はよく判らないけど」 「はん、下っ端黒服が吠えるわね。こっちは怪我人出してるのよ? 理由と詫びぐらいは置いていってもらわないと落ち着けないわね」 再び伸びた髪の毛が、ぎちりといくつもの拳を形作る繰 女郎蜘蛛の一件以来、躊躇すればろくな事にならないのは判っている 見知らぬ相手に手加減をするような性分ではないが、ディランが攻撃を躊躇っている以上は迂闊に手を出すわけにはいかない 「色々込み入った事情があるみたいだし、正直俺もよく判ってないんだけどね。判るまで保留って事にしといてくんない?」 黄金色の粒子を漂わせ、咳払いをして喉の通りを良くする星 星にとってはこの現状よりも、むしろニーナの様子の方が気掛かりで仕方ないが、とにかく現状は彼女を守る他にやれる事は無い 結果として互いに傷付け合う事こそ無かったものの、完全に膠着状態に陥ってしまっていたのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2453.html
三面鏡の少女 40 逢瀬佳奈美の分身Aは困っていた 『悪魔の囁き』に唆されて鏡の外に出てしまった事はまあ良しとする、楽しいし 本体を差し置いて黒服Hとデート三昧なのも良しとする、楽しいし セクハラが割とツッコミ待ちで止まるのを前提としてるのは少々物足りないが良しとする、楽しいし 一番の問題は、『悪魔の囁き』が代弁してくれた分身の欲求不満解消のために、積極的に付き合ってくれているところである よほど本体が大事なのか、早急かつ親身に扱ってくれるお陰で大事な事を言い出せないままなのである その大事な事とは 『悪魔の囁き』が余りにも問答無用に駆除されてしまったせいで、本来ならそこで使うはずだった交渉材料が問答無用にさっくりと消滅してしまった事だった 実は分身そのものには本体をどうこうする力なんかこれっぽっちも無いのである 『悪魔の囁き』が契約都市伝説である『合わせ鏡に自分の死に顔が見える』、つまり分身に憑いた そこから本体に干渉する形で力が底上げされるように暗示を掛けたお陰で、本体は鏡に入る事ができたし分身は外に出る事が出来たのだ つまり、『悪魔の囁き』がいない今の彼女では、いくら満足しようと本体を鏡の世界から出す事は出来ないのである (あーホントどうしようかなー、あたしが時間潰してるうちに本体のあたしがこうどかーんと成長して自力で出てきてくんないかなー) 黒服Hに奢ってもらった鯛焼きをはむはむと食べながら、分身Aは一つの結論を出す なるようにしかなんない! 頑張れ本体、応援しかできないけど! (それにしても、歌手のおねーさんの事はどう思ってるんだろうなぁHさん……おねーさんからはどう見てもラブだよね、うん) 「どうした?」 「んー…こうしてるとこ、歌手のおねーさんに見付かったら悪いかなー、って」 「そうか?」 「そうだよ」 (ホントにこの人は考えてる事よくわかんないなー。セクハラメインで恋愛感情に鈍いってわけでもなさそうだし……おねーさんは絶対Hさんラブラブだよなー、気付かないはずないよねー) うーんと唸りながら首を捻る分身A 「まいっか」 あっさりと思考を切り替える分身A 悩むのは本体の仕事であって、分身の仕事じゃないのだから 「Hさん、ラブなホテルとかだめー? 初体験ー」 「お前、それでよく見つかったらどうとか、セクハラがどうとか言えるよな」 「それは本体と、人前でのお話。分身……っていうかあたし本体の深層心理は割とエロエロだよー?」 「援助交際に見られるつもりも無いし、実際にするつもりも無いっての。つーか俺の見てないとこでしたりするなよ、本体の評判に影響あるだからな」 「ちぇー」 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/4038.html
三面鏡の少女 85 「『邪魔だ、退け』っ!」 その声には何故か抗い難い力があった だが、その力はまだまだ未成熟である事も容易に感じ取れる ぱちんと弾けるように金色の粒子がエイブラハムの身体から払い落とされた 「『組織』の者ですか?」 「一応な」 ほんの一瞬だけ、気を逸らす程度には力の影響はあった その隙に、怯えたように身体を丸めて悲鳴を上げているニーナの元へと星は辿り着く 「だけどな、そんなのは関係無ぇよ。どっちかってーと家族だからな」 狂ったように泣き叫ぶニーナの手を取り、身体を引き起こして強引に抱き締める 「聞け、ニーナ! 俺はお前に何があったか知らないし、聞くつもりも無い! 辛い事があったのなら、それを吹っ切らせてやる事も忘れさせてやる事も出切る!」 悲鳴と慟哭で彩られた声で、掻き消されているのかもしれない 「だけど、俺はそれはしない! 高いところが恐いからと目隠しをして、いつ足を踏み外すか解んねぇ状態になんかできるか!」 既にその心は壊れており、外からの声などとうに届かないのかもしれない 「いつかは乗り越えなきゃいけない事が、誰にだってある! 一人では無理でも信じられる誰かと一緒なら、乗り越えられない事なんか無い!」 ニーナを抱く腕に力が篭る 「誰かの為に頑張れる真っ直ぐなお前なら、自分の為にだって頑張れる! 俺はそう信じてる! だからお前も!」 今にも壊れ落ちそうな狂おしい顔をしたニーナを、真っ直ぐに見詰めて 「自分を信じろ! 俺が信じてる、お前の力を、意思を、強さを、一緒に信じろ!」 「いけませんね、他所の組織の事情に首を突っ込んでは」 ぞわりと背中を駆け巡る悪寒 すぐに背後に迫ったエイブラハムが何かをしようとしているのを察知して、星はニーナを抱えて大きく跳び退る 「最初に放った力から察するに、『言霊』か何かの使い手ですね。その力でニーナの事を支えようと?」 「言っただろう? ニーナの事を俺の力で解決するつもりは無いって」 抱いたニーナを道の傍らに座らせ、星はエイブラハムに向けて、んべ、と舌を出す 「ニーナはお前らが思ってるほど弱か無ぇよ。他人の足元すくって喜んでるバカがちょっかい出さなきゃ、何度転んだって立ち上がって前へ進めるさ」 「あなたにニーナの何が解ると? 長年彼女と共に同じ組織で過ごしてきた私以上に、彼女を知っているとでも?」 「その言葉、そっくり返してやるよ。理解ってのは長さじゃねぇ、密度だ」 星の舌に、ばちりと黄金色の火花が散る 「ニーナの邪魔をするんだったら……覚悟しとけよ、エセ聖職者」 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3035.html
三面鏡の少女 60 「……もういい」 真摯に謝罪を繰り返すディランに、繰はぼそりと呟いた 「というかね、そもそも何であんたが一方的に謝ってんのよ!?」 「え? だ、だって……」 「そもそもがまず事故! 助けようとしてくれたのはあんた! お陰でかすり傷の一つも無い状況なの、わかる!?」 照れ隠し混じりの繰の怒号に、ディランは僅かに身を竦める 「そもそも、その後のゴタゴタは……私が……その……は、はいてなかったのが原因なんだからあんたに責任は無いの! むしろ謝るのはこっち!」 間近にあったディランの顔をぐいと押し退け、真っ赤になった自分の顔を隠すようにそっぽを向く繰 「突然でびっくりしたけど、別に見られても死ぬわけじゃないんだし」 「駄目だよ、女の子はもっと自分の身体を大事にしなきゃ」 「別に、私の身体なんてそんな大したものじゃないわよ。だからあんたも、さっきの事は気にするんじゃないわよ?」 ふと気が付くと、それまで手に握り隠していたはずの下着が見当たらない 倒れた折にどこかへ放り投げてしまったようだ 「もうすぐ休憩も終わるし、さっさと片付けて気持ちを切り替えるわよ。いいわね?」 ディランはまだ何か言いたそうにしていたが 「あれ、何してるの? 休憩は?」 「ちょ、待って、静かにしてないと」 控え室の扉の向こうから、ぼそぼそと聞こえてきた声 繰は慌てて部屋の隅に放り投げられていた下着を拾い足を通すと、ディランの目も気にせずスカートごと引き上げて穿き、扉に駆け寄って思い切り開け放つ 扉の向こう側にいた5人のメイド達が、ドアに押されて転がったり這うように離れたり、蜘蛛の子を散らすように扉の前から離れていく 「宮定さーん、お疲れー」 「私達これから休憩だから」 悪びれた様子も無く、屈んだり這ったりした姿勢のまま笑顔を向けてくる 「……どの辺から聞いてた?」 真っ赤になってぷるぷる震え、目尻にじんわりと涙粒を浮かべ、それでも怒りに顔を引き攣らせた繰 「その状態をキープ、辺りから?」 「あと聞いてたというかむしろ見てたというか」 「ここの扉の隙間から、丁度見えるところでやってたからつい」 顔を見合わせて、えへへと笑うメイド達 「大丈夫、誰にも言わないから」 「むしろ応援するから」 「ライバル多いけど頑張ってー」 「そ……」 「そ?」 「そんなんじゃないわー!? あんた達が見てたのは事故! 何でもそんな色恋沙汰に結び付けてんじゃないわよ!?」 半泣きで暴れ出した繰を止めるために、ディランが右往左往したり接客中だった佳奈美が慌てて戻ってきたりと小さな騒ぎになってしまったとさ 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3455.html
三面鏡の少女 75 むせ返るような、甘ったるいアルコール臭 ワインでずぶ濡れになったニーナは、ふらふらと戦闘の現場を離れていた もっとも、ずぶ濡れの服から滴り落ちたり、ぎっちぎっちと水分を踏む嫌な感触のする靴から溢れたりするワインが、道標のように地面を塗らしているのだが ともあれ激しい運動の直後、気化したアルコールが全身から立ち込める状況の中、着実に酔いが回ってきている 体温は上昇し、視界はぐるぐる回り、経験した事の無い酩酊感が全身を駆け巡る 「……あふぅ」 歩くどころか立っているのも辛くなり、電柱にすがり付いてそのままへたり込んでしまう そんな彼女の元へ、ふらりと現れる黒服の少年、手塚星 何か空から降ってきたかのように現れたが、酩酊状態のニーナにはよくわからない 「何やってんだよ、まったく」 全身ずぶ濡れのニーナを躊躇無く抱き上げると、立ち込めるワインの香りに眉を顰める 「ちょっとした事で力使うと、また怒られるしな。とりあえず帰って風呂にでも放り込むか……酒臭い程度なら誤魔化しようが」 「うぷ」 「ん?」 所謂お姫様抱っこ状態のニーナが、星の黒スーツの襟元にしがみつくように身体を寄せて 「おえー」 吐いた 「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」 手塚星 まだそう長くはない人生だが、ほぼ初めてのマジツッコミだった ――― 「……うーん、ここは何処デスか?」 記憶が曖昧な中、ニーナは見慣れぬ光景に首を傾げていた 「あんな格好じゃ帰れないから、手近にあったとこに入ったんだけどな」 ざばざばとスーツにシャワーでお湯を掛けて汚れを落としている星と、まだぼんやりとした様子のニーナ 「とりあえず、酔いっ放しじゃしょうがないから大雑把にシャワーで流したけど。後はちゃんと自分で洗えよな」 スーツの染みを気にしながらも、ニーナに背を向けたままお湯が出っ放しになったシャワーのノズルを手渡す 「とりあえず着替えを調達してくるから、風呂は済ませておけよ」 「うー……よくあの有様で入れる宿泊施設があったデスね」 「受付が自動販売機みたいで無人だったからな」 濡れた裸足でぺたぺたと浴室を出ていく星 その姿がニーナからも良く見える というか浴室とベッドルームの仕切りがガラス張りだった 「変な作りデス。緊急時の様子が判る介護用の施設なんでしょうか」 「受付も受付だし、訳有りの人間が使うんじゃないのか? 護送中の人間を監視しなきゃいけないとか」 星がマニュアルを見ながら壁に据え付けられたパネルを操作すると、浴室の仕切りが一瞬で曇りガラスになる 「覗いたりしないから、ちゃんと頭とか耳とか洗えよ。随分流したとはいえ、まだ酒臭いからな」 部屋の鍵をポケットに捻じ込んで、上着を脱いだワイシャツ姿で部屋を出る星 「それにしても……『ニーナは危険には出会わない』ように仕込んだはずなんだけどな。俺の能力が甘かったか、それを簡単にぶち抜ける強い相手だったのか。単にワインぶっかける通り魔みたいなのは危険と認識されなかったのか」 事情を知らないままだが、ニーナを問い質しても大した事でなければ話さないだろうし、危険な事であれば巻き込まないようにと尚更話さないだろう 「まー無理矢理聞き出しても仕方ないし。そのうち巻き込まれりゃ嫌でも解るか」 普段の巡回は控えて、出来るだけ彼女と一緒に居よう 「そういやいつもシスターみたいな服ばっかりだし。変なのに狙われてるなら変装の意味合いも含めて、ちょっと可愛いのでも選んでみるかな」 そんな事を考えながら、『ご宿泊』で部屋を取ったラブホテルを出て、服の調達に向かう星であった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女