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大きくてよく熟れた柿は、確かに俺好みに実がしまっていて、かじったらカリカリと音がしそうなほど 硬かった。 振り返った目線の先の柿狩人は、濃くなった夕日にくしゃくしゃの髪を染めながら、けろりとした顔で 自分用の柿を選んでいた。 ふいに胸の奥から、苦しいような、怖いような、何かひどくいたたまれない気持ちが湧き上がった。 目の前の人に気づかれないよう、手の中の柿を強くつかんで押さえ込む。 だが、そんな俺のしみじみ気分を吹き飛ばすような主の次の行動に、俺は持っていた柿を振り上げて またしても怒鳴り声を上げることになった。 「旦那!落ちてたもん洗いもしないで丸かじりしない!」 「なにを言う!柿は丸かじりが一番うまいのだぞ!」 欠片を飛ばしながら叫ぶ旦那の口元を手ぬぐいで押さえつけ、かじりかけの柿を取り上げる。 一口で半分いっちゃうなんて、どんな口してんだこの人。 「だからって皮くらい剥きなさい!行儀悪いにも程があるよ!ああまったく、庭で大声は上げるし槍は 振り回すし、戦でもないのにまた男衣装着てるし!」 「ひゃにをふうう!」 「もー、わかってんの?あんた女の子でしょうが!」 一日一度は出る俺の小言に、旦那の顔がまるで渋柿でもかじったかのようにしかめられる。 顔しかめたいのはこっちだよ、と思いながら、俺はため息をついてその場に座り込んだ。 佐助×幸村(♀)3
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「うおおー!火炎車ぁ!」 「旦那!炎出すときはちゃんと周りを見る!」 枯葉に乗ってばんばん館へ飛んでくる火の粉に、柿の種を吐き出しながら、慌てて霞を発生させる。 屋根や柱をくすぶらせる炎がすっかり消えたのを確認してから、もう一回お小言だと俺は屋根から 腰を上げた。 物思いにふけっている間に、庭の枯葉はすっかり燃やし尽くされていた。いやー、きれいになった もんだ。さすが旦那、掃除をやらせても日本一。 そういえば、掃除や裁縫も女のたしなみだって昔教えたなあ。箒が槍に変わったの、幾つの時だっけ。 「本日の罰則、これにて終!了!」 夕日に向かい、満足げに声を張り上げる後姿に慌てて駆け寄る。 「ちょっとまったあ!その前に一言!」 「なぜだ!某このとおり、ちゃんと佐助に言われたように」 「某はいい加減やめなさいって言ってんでしょ!女の子なら私!」 本当にもう、この人に向かってると、何から怒っていいんだかわかんなくなってくる。 ぬうう、とうなりながら口をつぐみ、子供みたいに上目遣いに睨んでくる顔を、そんな目で見ても だめだからね、と睨み返す。そうしながら、なんとなくおかしい気分になる。 俺に叱られるとこの人はいつも、上目遣いで俺を睨むのだ。 今は俺より、この人のほうが背が高くなっちゃってるのに。 ずっと昔、ぐずりやの小さな姫様だったころと同じように。この顔だけはいつまでも変わらない。 なぜかすとんと抜けた怒りに、やれやれとため息をついて、足元に落ちていた柿を拾う。さっき技を 出したときに懐から落としたんだろう。抱えきれないほどの柿の実は袂をすっかり緩ませて、他にも いくつも零れ落ちそうになっていた。 「ほらちゃんとしまって。ともかく言葉遣いくらい直そうね。お嫁の貰い手なくなるよ」 「ううむしかし、今はお館様ご上洛という大事の前、我が事にかまう暇など」 「それとこれとは別問題でしょ」 「……佐助、今日はなんでそんなに怒りっぽいのだ」 「怒られるようなことするからでしょ。ほら、子供じゃないんだからもうさあ」 ぶつぶつ呟きながら、懐に場所を空けようと四苦八苦する不器用な姿に、ちょっと焦れて柿を突き出す。 ほんとこの人ったら、小さいころから変なとこ不器用なんだよね。 上から落とせばいいやと開いた胸元に手を伸ばす。だが瞬間、思わず動きが止まった。 佐助×幸村(♀)6
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「うおおお!撃破撃破ぁ!」 「旦那!庭先で大声出して暴れない!」 晩秋のうららかな昼下がり、ほかほかお日様が照らし出す武田屋敷の中庭で、突然上がった怒鳴り声に 俺は思わず潜んでいた屋根の上で声を上げた。 お館様の趣味で自然造形を生かした館の庭は、この季節、あちこちに無造作に植えられた木々が いい感じに紅葉して、味わい深い美しさだ。忍の性質上、俺は屋根裏にいることが多いんだけど、 その高さから眺める庭の景色は故郷の伊賀の山を思い出させて、実は結構気に入っている。 中でも特にお気に入りの柿の木に向かい、両手に持った槍を繰り出していた人影が、声に反応して ぱっとこちらを振り返った。 姿は見せていないのに、野生の勘か、俺がここに隠れていることに気づいたらしい。館の屋根をじっと 見つめていた、子犬のような丸い茶色の目が、これまたぱっと明るくなる。 「佐助!よいところにきた、柿を食わぬか!もぎたてだぞ!」 「もぎたてっていうか、突きたてでしょ」 ついでに来たっていうか、ずっといたんだけどね。 両手に持った槍をぶんぶん振るうその勢いに負けて、今さら忍ぶのもバカらしいかと姿を現し、庭に 下りる。足音立てずに落ち葉を踏みながら近づいていくと、旦那はにっと笑ってまた、柿の木に 向き直った。 「おりゃあ!大、車輪!」 「旦那!柿の木に攻撃しかけない!」 炎を伴う旋風に続いて、激しく繰り出された突きに、慌てて木がかわいそうでしょ!と叱りつける。 それでようやく手が止まった。 しぶしぶ振り返り、不満そうに眉を寄せた足元には、枯れた小枝や葉っぱに混じり、つやつやした 柿の実がいくつも転がっていた。 どれもこれも熟れごろだ。さすが旦那、ちゃんといいのばっかり選んだんだねえ。 いや、感心している場合じゃない。 「あーあ、こんなにたくさん落としちゃって。どうすんのこれ」 「お館様に献上いたす!」 夕餉のあとに甘いものが欲しいと、先ほど仰っていたのだ! 晴れ晴れと言い切り、座り込んで柿を物色し始めた鳥の巣頭を、ちょっとだけ呆れて見下ろす。 いくら大将でも、一度にこんなには食べられないだろうに。いや食べるかな。豪快だもんねあの人。 本当、師弟そろってやることなすこと豪快なんだから。 片手に山ほど柿を抱えて立ち上がった旦那が、その中から一つを選んでそら、と差し出した。 別に食べたい気分じゃなかったけど、上役からの下賜だしわざわざ選んでくれたものだから、 ありがたく頂いておく。 くないで皮が剥けるかな、と考えていると、旦那が柿を自分の懐にしまいこんでいるのが目に入った。 もういくつか入っているようで、地味な小袖の胸元が、いつになく膨らんでいる。 見るからに大きくて、形もよくて、甘そうなやつだ。なんとなく聞いてみる。 「そっち、大将用?」 「うむ。お館様は柔らかい柿がお好きだからな。よくよく吟味いたした」 夕日に照らされ、柿より赤くなってニコニコとうなずく顔から、ふーんと呟いて目をそらす。 ふーん。 ま、旦那は大将が一番な人だし、一番いいのあげるのは当たり前だよね。うん。 「佐助は硬いほうが好きだろう。それもよくよく吟味いたしたからな」 館に戻ろうかなときびすを返したところで、さらりと続いた言葉に、俺は思わず自分の手の中の 柿を見下ろした。 佐助×幸村(♀)2
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あ、どうもこんにちは、俺、猿飛佐助っていいます。武田の忍び頭やってます。 はい、武田信玄。知ってるでしょ?天下人に一番近い男の一人です。 最近うちのお館さまったら、破竹の勢いで領土を広げてまして、天下取りに向けて日々快進撃です。 おかげで俺も結構忙しいです。 ま、正直天下がどうとか、俺はどうでもいいんですが、うちのお館様ならそこそこいい治世して くれると思うしね。そんなわけで、忙しいなりに充実した毎日おくらせてもらってます。 うん、本業はいいんですよね。問題は副業のほう。 実はそっちで、最近ちょっと悩んでるんです。 え? あっちで千両花火ーって叫びながら枯葉を燃やしてる人ですか?あれ、俺の上役で真田幸村です。 そうそう、虎の若子です。そちらでもうわさになってる? あ、放火してるんじゃありません。庭掃除してるだけです……旦那!館に向かって技出さない! 火事になるでしょ! なんだっけ、えーとそう。悩みっていうのが、あの人のことなんですよね。 いやいい人なんですよ。強いしね。熱血漢って言うか、ちょっと暑苦しいけど気はいいし、部下の 面倒見もいいし、軍の中でも慕われてるし。お館様にも可愛がってもらってます。 ん?ガタイもいいし顔もいい?凛々しくて男らしいって?はは、ありがと。 問題はあれであの人、実は女の子ってことなんですよね。 戦国の世だからねえ、女だてらに戦場出るのが悪いなんていいません。そんなの他にもいるしね。 強い兵は多いほどいいし。 でもあの人、一人称「それがし」なんですよ。 座るときは必ず胡坐なんですよ。 ねえ。曲がりなりにも、嫁入り前のお姫様がそれってどう思います? 俺、縁あってあの人が子供のころから面倒見てるんですが、昔はああじゃなかったんですよ。普通の 姫様でした。木登りとかは好きだったけど。 本来なら俺なんか口もきけないような、武門の名家の姫様でしょ。俺も張り切って育てましたよ。 よーしパパ、この子を日本一の姫様にしちゃうぞーって感じで。 でも、武門のたしなみってことで武術を習い始めたころからかなあ。それがなんかツボに入っちゃった みたいでね。 鞠とか人形の代わりに槍持って、動きにくいって男物着るようになって、口調もどんどん荒っぽく なってねえ。またお館様が気に入っちゃって、武田式英才教育を施してくれたもんだから。 俺もやばいと思って、女の子らしくしようといろいろ努力はしたんですけど。 あれよあれよという間に、日本一の兵になっちゃったんです。 うん、お館様の教育が悪かったんだと思います。おかげであの人、二の腕なんか俺より太いです。 佐助×幸村(♀)4
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柿をしまうためにくつろげられた胸元は、小袖だけでなく下着の袂まで緩んでいた。 ほんの僅か、広がったその布の隙間から、同じくほんの僅か、白い膨らみが覗いている。 夕日を弾く柿の色に、つややかに染まる小さな小さな白い胸。 体の奥からまたあの、どうしようもなくいたたまれない思いがこみ上げてくる。 意思の力で押しつぶし、知らない振りして柿の実を落としこんだ。覗いた肌を隠すように。 おお、すまんな、となんでもないように笑う顔にへらりと笑い返して、さりげなく身を翻す。 「……そんじゃね。それ、速く厨にもっていきなね」 「おお?なんだ、今日はもういいのか?」 いつもならもっとしつこいのに、と不思議そうな声に、なに、もっとお小言くらいたいの?とふざけた 声で振り返る。即座に横をすり抜け、疾風怒涛の勢いで館に駆け戻っていく後姿にちょっと笑って、 俺もゆっくりそのあとを追った。 本当はそんなに暇でもないんだけど、今は何故か走る気にも、空を舞う気にも、土に潜る気にもなれない。 枯葉一つなく、ところどころ焦げた土の上を、ただゆっくりと歩く。 暮れかけた日が、方々の庭木の影を地面に長く引き伸ばしている。俺の影もあるはずだけど、焦げ目や 他の影にまぎれて、どこに向かって伸びているのかさえ定かじゃない。 さっきまではすっきり片付いたと思っていた庭の風景が、影に埋められた今は、ひどく荒涼として見えた。 女の胸なんて珍しくもない。そんな初心じゃないし、欲情するようないい体でもないし、そもそも 俺はそういう感情は持たないよう、訓練してる。 そうじゃなくて。ただ、いつまでも昔と変わらないと思ってたあの小さな姫様が、いつの間にかちゃんと 女の体になっていたんだなと、それがなんだか不思議で。 だからそう、お世話役として、ちょっと驚いただけで。 それだけで。 本当にただ、それだけで。 時がたてば、どんなものでも変わっていく。変わらないものなんかなにひとつないと、百も承知だ。 だのに、あの小さな胸を思い出すたびまた、奇妙ないたたまれなさが胸にこみあげてくる。 最近よくあるこれの正体はなんだろう、とふと思ったけど、今は探る気にもならない。いいや放って おこう。どうせすぐ消える。 感情なんていくらでも調整できる。 こみ上げればまた、押しつぶすだけだ。 夕日の最後の一片が落ち、同時に足元の影も闇に飲まれた。一寸先も見えない暗闇の中を、忍びの夜目を 頼りにゆっくりと進む。 足元で、焦げた土が崩れる感触が、何故かひどく気になった。 佐助×幸村(♀)7
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で、本題に入るけど、武士としては幸せそうなあの人が、果たして女としての幸せもつかめるの かってのが、目下の俺の悩みなんです。 あの人もそろそろ18、柿なら熟れて落ちる寸前です。若さと名家の出ってことくらいしか売りどころが ないんだし、ここらでなんとかしないともう後がないでしょ。 結婚だけが女の幸せじゃない、とか言わないでよ。時代が違います。 なのに本人も周りも、全然危機感がないんだよね。お館様にもさりげなく言ってみたけど反応薄いし。 もしかすると、あの人が女の子だってこと、忘れてんのかもしれない。 でもさ、そりゃお館様のご上洛に向けて何かと忙しいけどさ。ことは女一生の問題だよ? 大声じゃいえないけど、天下取りよりあの人の嫁入りのほうが、俺的には大問題なわけで。 一応これまで世話役として、陰日向とお守りしてきた人だからね。最後までちゃんと面倒みたいじゃない。 幸せになって欲しいじゃない。 そんなわけで、お館様の命令で全国津々浦々、敵情を探るついでに、密かに婿探しなんかしてみた わけです。 日本は広い。それなりの条件の男なんか、ごろごろいるだろうってね。 でもどれもこれもどうもいまいちなんだよね。遊び人だったり機械オタクだったり、ゴリラだったり 変態だったり半病人だったり。 いいかなと思うとすでに嫁がいたり。 側室も一つの手ではあるけど、やっぱ正室が一番でしょ。家庭内の権力も違うし。あの人変なところで 抜けてるから、足元固めてあげないと。 いっそお館様が天下取ったあとなら、それ後ろ盾にして正室にごり押ししても文句言えないかなあ、とかも 考えたけど、それも何年先になるかわからないし。 そんなことして、嫁入りしてから不幸になっちゃ意味ないしね。 いやしかし、探すとなると逆に見つからないもんだね。俺も頑張ってるんだけどねえ。あー、このまま 一生、旦那のお守りとかなったらどうしよう。 誰かいい人いないもんかねえ。 ……ああ、奥州筆頭?条件的にはいいかもね。他の奴よりは知った仲だし、旦那も我が宿敵とか呼んで 割と気に入ってるみたいだし。 でもだめ。俺、あの人嫌い。 佐助×幸村(♀)5
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「幸村よ!真田家存続のため、家督を継ぐため、そのほうこれより婿をとれい!」 「わかり申したァ!」 「相手は山県某!諸国武者修行の末甲斐に辿り着き、先ごろ山県昌景の養子となった男よ!」 「わかり申したァ!」 「と、見せかけて、実はその中身は佐助じゃあ!」 「……はいー!?」 「わかり申したァ!」 忍びの矜持も吹っ飛んで、思わず腰を浮かして叫んだ俺の斜め前で、旦那ががばっと床に伏せた。 うぬ!と一声うめいて、お館様が姿勢を戻す。 静まり返った部屋の外を、夜風が吹きぬけていく。吹き込んだ風が灯りを揺らし、じりりと 油のにおいが漂った。 中腰のまま動けない俺の視線の先で、平伏していた旦那の肩がぴくりと動いた。やがてそろそろと 顔を上げると、茶色っぽい丸い目が、不思議そうにお館様を見つめた。 視線が流れて俺に向く。引いた血の気も乱れた脈も瞬時に戻したけど、きっとまだ青いだろう 俺の顔を、茶色い目がまっすぐに見つめる。 もう一度流れてお館様を見つめ、また俺を見つめ、最後にお館様に戻ったところで、日に焼けた 眉間に小さな皺が刻まれた。 「……佐助がどこかに嫁入りするのでござるか?」 「だから人の話は理解してから返事しなさいっての!」 そういうことしてると、そのうち勢いで変なツボとか仏壇とか買わされちゃうよって いつも言ってんでしょ!と叱りつけると、むっとしたように旦那の眉がつりあがった。 振り返り、何か言い返そうと開きかけた口を、制するようにお館様が笑い声を上げる。 その声に我に返った。そうだよそんなこと怒ってる場合じゃない。 慌てて腰を下ろし、俺も床に手をついてお館様を見上げる。やだな、なんでそんなに ニヤニヤ笑ってるんですか。 「えー、ちょっと話が見えないんですが……あれですか?旦那の婿取り話そのものが、 もしかしてなんかの策ってことですか?婿のふりして何かするのが俺の任務とか……」 忍びが任務の理由を尋ねるなんて、思い違いもはなはだしいのはわかってるけど、 聞かずにはいられない。 俺の中の葛藤を知ってか知らずか、こちらを見た虎の目が小さく笑った。 「ふりといえばふり、任務といえば任務じゃ」 悠然と構えたままうなずいて、お館様がまた柿を手に取った。手の中で弄ばれるそれに、 灯りが反射して眩しく光る。 佐助×幸村(♀)12
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「今回の件でわしも考えた。真田を継ぐといってもあれは女の身じゃ、またこういううるさいことが ないとも限らん。ならばいっそ早急に身を固めさせ、同時に家督を継がせ、名実ともに真田の 総領としてしまえばよい」 それなら武田から離れることもなし、一石三鳥じゃ!と、ここだけは親馬鹿の顔で言い放ち、 満足げに傍らの柿を手に取ったお館様を、はあそうですね、と呟きながら俺はぼんやり見つめた。 そうか、婿とりか。その手もあったね。 つーかその手しかなかったね。旦那は名門真田家の跡取り娘だもん。 真田隊は武田軍の主戦力のひとつだし。公私含めてお館様が旦那を手放すわけない。 武田という巨大な後ろ盾は、真田家にとっても重要なものだしね。 そうか、じゃあ旦那はお嫁には行かないんだ。一生懸命、候補物色したのになあ。 じゃあ俺は、あの人が誰かのものになって、その隣に立って、子供とか生んで暮らしていくのを この先もずっと傍で見ることになるんだ。 ぎりぎりと、いたたまれなさよりもずっと黒くて冷たいものがこみ上げてくる。 押しつぶして、また沈める。 ああそう、子供のころからのお世話役として複雑な気分なだけだよ。ただそれだけだ。 「佐助、どうした」 「はい?」 へらりと笑って瞬きすれば、お館様があのらんらんと光る目で、じっと俺を見つめていた。 手の中には柿の種とへた。ちょ、あんなでかいのいつの間に食っちゃったんですか。 「なにをボーっとしておる」 「やだな、してませんよ。で、俺の仕事は?その辺から婿さんさらってくりゃいいんですか?」 「物騒なことを申すな」 苦笑して身を起こし、そもそも相手は決まっておる、とお館様は肩をゆすった。 またじわりと黒いものがこみ上げる。 「ああ、そうなんですか」 そりゃ気の毒な人もいたもんだ。武田家中の誰かだろうけど、お館様じきじきの命じゃ嫌とは いえないよな。 あんな規格外の姫様に、婿入りなんてかわいそうに。 薄暗い室内でもつやつや光る柿の実を撫でながら、同じくらいつやつやの頭が大仰に頷く。 「山県が近頃迎えた養子でな。年は幸村より少々上、壮健で働き者の若者よ」 へー、山県様ったらお館様の一番の重臣じゃない。あの人も旦那をかわいがってくれてるし、 婿の実家ならそっちも後ろ盾になるし、お得だね。 名門の家柄といっても、家族なくして姫一人の寄る辺ない身だもん。後ろ盾は多いほどいい。 ……いやでも、ちょっと待てよ。 「山県様、養子なんかいましたっけ?なんてお名前ですか?」 「それはこれから考える」 ……あれ、今なんか聞き捨てならないこと言わなかった? つーか、俺が呼ばれた用件ってなんなわけ? 器からもう一つ柿を取り上げ、かじりついている人を、そーっと盗み見る。 二口、三口でかじり終え、種を吐き出しながら、薄明かりの中、お館様がこっちを見てにやりと笑った。 ような気がした。 佐助×幸村(♀)10
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「まあよい。それより話というのはこれのことだ」 ようやく懐から取り出された巻紙が、ぽいと俺の前に放り出された。太い指が閉じ紐を解き、するすると 広げていく。 上質の紙面に、びっしりと墨文字が綴られている。割れているけど蝋封のあともある。どうやら手紙のようだ。 俺が見ちゃっていいのかね、こんな大事そうなもの。 それにしてもちょっと待てよ。この印の模様って。 「あれー、これってもしかして……」 首をひねる俺の頭上で、重々しく頷く気配がした。 「うむ。最上からのものよ」 あの伊達も属する奥州、最上はその中でも名家の一つだ。 「なにを言ってきたと思う」 「さあ?うちとは今まで全然関わりなかったですよね……」 薄闇を揺らし伝わる、低い響きに顔を上げる。笑いを含んでなお、鋭い視線とぶつかった。 「最上め。甲斐武田家預かりの真田の姫を、長子の正室に迎えたいと言ってきおった」 一瞬乱れかけた脈は、これも意思の力で抑え込んだ。 「へー……勇気ありますねえ」 「これまでの正室は離縁したらしい。よくやるものよ」 「まさか、受けるんですか?」 へらりと笑って問いかけた俺の言葉に、お館様もにやりと笑った。はだけた胸元をぼりぼり掻き、 馬鹿を申すな、とおかしそうに鼻を鳴らす。 「あのような落ち目の家と組んでも、武田には何の利益にもならん。大方、幸村を身内にすれば 武田も味方に引き入れられると考えたのじゃろう。小物の考えよ」 ですよねえ。 あそこんちは確か、伊達の旦那と確執があったはずだ。なるほど、これまた伊達と確執のある 真田幸村を巻き込んで、お家騒動にぶつけようって魂胆か。 要するにあっちが欲しいのは、嫁じゃなくて「日本一の兵」なんだろう。 じわりと、抑えがたい怒りがこみ上げる。政略結婚は戦国の習いとはいえ、馬鹿にした話じゃないの。 「そもそも盟友昌幸の忘れ形見を、おいそれと他家へやれるか。幸村は真田家の唯一の跡継ぎでも あるし、わしにとっても息子同然だしのう」 「お館様、それを言うなら娘です」 「そうともいうな」 「……で?俺はなにをすればいいんですか?」 軽口めいて囁きながら、片膝立てて頭を垂れ、俺は命を待つ姿勢をとった。 忍びの習慣で、湧き上がった怒りや不快は瞬時に心の奥底に沈み込む。頭の中は冷静そのものだ。 それでも今、最上城主の首を獲れとでも命じられれば、俺はきっと笑ってしまうだろう。 「まあ、そう急くな。別に最上を撃てなどとは言わん」 そんな意味のないことはせん。 こっちはすぐにも鴉を呼び出せる状態だってのに、妙にのんびりとそういうとお館様は 脇息に寄りかかった。 そのままちょいちょいと指で招かれて、仕方ないので傍による。なんなのもー。 小さく傾げられたつるつるの頭に、薄明かりがまた反射した。同じ輝きで虎の目が光る。 「幸村に、婿をとらす」 佐助×幸村(♀)9
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さらりと返された言葉の意味がよくわからなくて、思わず正面の顔を見返す。 暮れ落ちた薄闇の中、きょとんと見開かれた茶色の目が、不思議なほど明るく俺を見つめていた。 「いきなり言われたわけではないぞ。あの日の十日ほど前にお館様から、最上より参った 書状の件と婿取りの必要について、某すでに話をいただいておった」 「だから某は……え、旦那知ってたの?」 「某のことを某が知らんでどうするのだ」 そりゃそうですね。 「あのころ、佐助は任務でいなかったからな。帰ったら話そうと思っていたのだが」 ふと笑って、またうつむく。流れ落ちた髪で顔が隠れて、俺の目でも表情が読めない。 なんだ、知ってたのか。 そういえば呼び出しのあったあの晩、この人は普段に比べても興奮して、そして緊張して見えた。 「婿は取らねばならん。それは絶対だ。……だがお館様は、望む相手がいれば言えと仰って下された」 どこのどんな男でもいい。家中の誰だろうと、例え他国の領主であろうと、すでに妻がいようと。 国の一つや二つ、攻め滅ぼしてでも、必ず想う相手と添わせてやろうと。 いいそうなことだ。あの人なら。 そしてきっと実行するだろう。この人のためなら。 「ありがたく、真にもったいない話だろう。だから某は」 小さく笑って、顔が上がる。 ひとかけらの笑みもない茶色の目が、真正面から俺を見据えた。 「誰でもよいといったのだ」 夜風がびょうびょうと庭木を揺すり、吹き抜けていく。 隙間風にのって、飯の匂いが微かに漂う。厨の方角からは、相変わらずの人の気配。 部屋に近づくものは誰もいない。 「そもこの婚姻は、某が真田を継ぐためのもの。お館様の御為に今以上に働き、武田の家中に おいて確固たる地位を得、家名を高め、ひいては真田の家臣や領民を守るためのものだ。 お館様に選んでいただけるならば重畳、それ以上に望むことなどあろうはずがない」 びょうびょうと風が鳴る。胸の奥で。 じりじりと這い上がってくる。押さえつけても押し殺そうとしても、消えることのない黒いものが。 「某の婿など、誰でもよいのだ」 何かがじわりと溢れ出した。 触れるほどの近さにあった肩をつかみ、ぐいと押す。身を乗り出していたことで不安定に なっていた体は、あっさり横に倒れた。 うわ、と小さな悲鳴は無視して、崩れた膝をつかんでさらに押し倒す。真っ黒な床板の上に、 花びらのように緋色が舞った。 暗闇の中、のしかかりながら片方の袖に膝を置き、動けないように固定する。そのまま きっちり合わさった襟元に手をかけると、慌てたように手首をつかまれた。 「なにをするか!」 怒りに満ちた顔が俺を見上げる。 目が合った瞬間、その顔は驚愕と、僅かな恐怖の色へと塗りかわった。 佐助×幸村(♀)17