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前ページ次ページ罪深い使い魔 「俺が特異点であることに変わりはない……。 俺がいれば……『こちら側』はいずれ『向こう側』に飲み込まれるだろう……」 すべてを思い出したあの時から、頭のどこかでわかっていた。 いつかはこうなる。こうしなければならない。こうする以外の方法はない。 ただ、心がそれを拒絶していた。 帰りたくない。ここにいたい。みんなと一緒が良い。一人になりたくない。 でも、そんな願いは決して許されない。 『あいつ』を倒しても、俺という存在が『こちら側』を蝕む存在であることには変わりがない。 俺のせいで、みんなが生きる『こちら側』を壊したくない。 それに、約束も果たさなければならない。 「帰るよ……『向こう側』へ……」 辛くないと言ったら嘘になる。悲しくないわけがない。逃げ出したい気持ちに偽りはない。 それでも、『向こう側』で生きていけるだけの勇気を、みんなが与えてくれたから。 だから俺は、『向こう側』へ旅立っていける。 「俺達は、この海を通して繋がっている……いつでも……会えるさ……」 『こちら側』の俺から離れ、心の中で『向こう側』を思い描く。 複雑な手順は必要ない。ただ戻りたいと願うだけで『向こう側』へ戻れる。 ここでなら、それができる。 (さようなら、みんな) 急激にぼやけていく視界。崩れ落ちる『こちら側』の俺。表情の読めない仮面の男。見守る仲間達。そして…… 涙を流す、大切な人。 (ごめん……摩耶姉) 視界が、眩い光で満たされた。 奇妙な感覚。 ものすごい速さで地面に落下しているような、逆に上昇しているような。 上も下も、右も左もわからない光の渦の中を、しかし『そこ』へ向かって進んでいるのだということだけはなんとなくわかる。 これから帰る『向こう側』に思いを馳せながら達哉は目を閉じ、この旅の終わりを静かに待つことにした。 そのため彼は、光で満たされたこの空間に漂う異質な存在に気がつかなかった。 大きな鏡という、彼の人生を大きく変えるその存在に。 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 わけがわからない。自分がどうにかなってしまったかのようだ。 こちら側にいるはずのない人間。 初対面でいきなりキスしてくる不可思議な少女。 左手に刻まれた意味不明な紋様。 自分の目の前で空を飛んで見せた少年たち。 そして…… 「…………」 達哉は制服の袖を巻くり上げ、その中にあるものを見つめる。 手首から腕にかけてべったりと張りつく、黒い痣。 皮肉にもその痣が彼を混乱から立ち直らせてくれた。 「やつとの因縁は、まだ切れていないということか……」 達哉の顔が歪んだ。 「あんた、なんなのよ!」 達哉が声のした方を見ると、今しがたキスしてきた桃色の髪の少女がこちらを見上げて眉を吊り上げていた。 ようやく発言の機会が回ってきたということか。 改めて見るとかなりの美少女だが、どう見ても中学生、下手したら小学生にしか見えないその子供は 達哉にとって好みの対象外だ。もちろん彼女個人に興味もない。しかし彼女が持っているであろう情報は別だ。 「それはこっちのセリフだ。お前らは一体なんだ? ここはどこだ? 地上か? それともシバルバーのどこかか?」 「何をわけわかんないこと言ってるのよ……まあいいわ。見たところ相当な田舎者みたいだから説明してあげる」 そう言って少女は腰に手を当てて、妙に尊大な態度で答える。 「見ればわかるでしょうけど、私たちはメイジ。そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院!」 どうだと言わんばかり胸を張り、こちらを見据える少女。 そんな得意げになられても、こちらとしてはさっぱり意味がわからない。 「メイジとはなんだ? それに……魔法学院?」 「あんた、メイジを知らないの!? 一体どんな田舎から来たのよ!!」 信じられないといった顔で驚く少女。 どうやらこの状況を理解するには長い時間が必要なようだ。 達哉は嘆息した。 ハルケギニア。トリステイン。メイジ。貴族。魔法。 サモン・サーヴァント。コントラクト・サーヴァント。使い魔。 外で話し合うのもなんだということで場所を移し、少女――ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの自室で 俺は思いつくままに質問を行った。その結果返ってきた答え――ここが自分の知らない『異世界』だということ―― はどれも信じられないものばかりだった。 それは向こうにも言えたことらしく、俺の知る限りの知識を語って聞かせても ルイズはただ疑わしげな目を向けるだけだ。 「……じゃあ、あんたは異世界から来たって言うの? その、空飛ぶ街以外何もなくなった世界から」 「正確には、その世界に帰るはずがここにたどり着いてしまったんだ」 「なんでわざわざ何もない世界に帰るのよ。その『やり直した世界』に居座ればいいじゃない」 「その世界に俺の居場所はなかった……『特異点』である俺が無理に留まろうとすれば、あの世界はやがて滅びてしまう……」 己の恥なのであまり語りたくはない内容だったが、この際仕方がない。 ここに至るまでの経緯を簡潔に説明する。だが、結果は予想通りのものだった。 「……なるほどね。平民にしてはなかなか上手くまとめたお話じゃない」 ルイズは腕を組んで俺の『過去』をそう評する。もちろん心の中では言葉通りの評価を下していないだろう。 「で、本当のところはどうなの? 最後まで聞いてあげたんだから正直に話しなさい。 あなたの生まれはトリステイン? ゲルマニア? ガリア? アルビオン? 実はロマリアとか?」 「……やはり信じてはくれないか」 「当たり前でしょ!」 それはそうだ。 俺だって夜になってから現れた二つの月を見るまでは、ルイズが俺を騙そうとしている可能性を捨て切れなかった。 しかしあんなものを見てしまった以上、もう信じるしかない。 「どうしてもって言うなら証拠を見せなさいよ、証拠!」 これは難題だ。 俺は二つの月のような、有無を言わさない証拠など持っていない。 というか身一つでこの世界に来た俺に一体どんな証拠を示せを言うんだ? ……アレ、か? だが下手に晒すとややこしいことになるかもしれない。 そう思い、何気なくポケットをまさぐってみると―― 「…………」 冷たい感触がした。 「なによ、それ?」 「ライターだ」 達哉は慣れた手つきでライターの蓋を開け、シュボ、と火を灯してみせる。 「へぇ、『火』のマジックアイテムなんて持ってるんだ」 「マジックアイテムじゃない。火花を起こして中の燃料に火をつける着火装置だ」 「ふーん」 その反応を見るに、どうやらライターではダメらしい。 「でもそれじゃ証拠にはならないわ」 「……らしいな」 達哉はライターの火を消し、蓋をチンチンと鳴らす。 『向こう側』ではこれが癖になっていたが、『こちら側』にいた間は久しくやっていなかった。 そんな懐かしい音を聞いていると、ルイズがまたも怒鳴り始めた。 「まったく、いい加減諦めなさい! そんな適当なこと言ったって私からは逃げられないんだからね!」 どうやらルイズは、俺が語る異世界の話をここから逃げ出すための口実と受け取ったらしい。 「変な意地張るのはやめて私の使い魔になりなさいよ。そりゃ使い魔の契約を交わした以上あんたを家に帰すわけにはいかないけど、 でもちゃんと衣食住の面倒は見るし、故郷に手紙くらいは出させてあげるわ」 「…………」 本人は善意で言ったつもりなのだろうが、その言葉は達哉の胸に深く突き刺さった。 もし手紙が届くなら、書きたい。たとえ会えなくても、 摩耶姉やみんなと手紙のやり取りができたら、それだけ救われるだろう。 でもそれは多分、永久に叶わない。 「……いや、いい。それより、その使い魔っていうのは何時まで続ければいいんだ?」 「あんたが死ぬまでよ」 「な!?」 何気なく聞いたつもりだったが、その言葉を聞いて達哉は目を見開く。 「それはできない」 はっきりとした拒絶。 話が上手くまとまりかけてると思っていたルイズは達哉の豹変振りに驚く。 しかしただ驚いているわけにはいかない。彼女も彼女なりに必死なのだ。 「で、できないじゃないでしょ!? それにどっちにしろ、あんたの話が事実なら帰る手段なんてないわよ!」 「……どういうことだ?」 「『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないのよ」 「呪文でなくてもいい。何か他に手段はないのか!?」 「ああもううるさいわね! あんたの世界には何もないんでしょう!? だったらずっとこっちにいればいいじゃない! 『向こう側』とかに帰らなくて済んだんだから めでたしめでたしでしょ!!」 「…………!」 その通りだ。人がいない世界で孤独に生きるより、人のいる世界で使い魔をやってる方が良い。 そのことに関して達哉は否定しない。だが、状況はそれを許していない。 達哉はそれを、自分の右腕を見ることで理解した。 だから彼はルイズに『それ』を見せつける。 「これを見ろ!」 「その刺青がどうかしたの?」 「これは『あいつ』が俺につけた印だ! あいつが、『ニャルラトホテプ』が完全に力を失っていない証拠だ!」 『あの戦い』でニャルラトホテプはどこぞに追いやられた。だが、完全に消え去ったわけじゃない。 というより、それは不可能なのだ。すべての人間の負の面であるニャルラトホテプは人間が存在する限り決して滅びない。 それでも、今は…… 「一度倒されたやつの力は弱まっている。だからすぐにどうにかなるということはないと思う。 だが、やつはいずれ力を取り戻す! その時こいつを目印にこの世界に来るようなことになったら……!」 「悪いけどこれ以上あんたの妄想に耳を傾けるつもりはないわ」 にべもなくそう言い放つと、ルイズは哀れむような目つきで達哉を見つめた。 「どう騒ぎ立てようと、あんたは死ぬまで私の使い魔よ。これはもう、どうあっても覆ることがない決定事項なの。 そのニャルなんとかがこの世界に来ようが関係ないわ」 達哉の話などまったく信じていない口調でそう言い放つ。 それでも達哉は食い下がる。 「……使い魔の契約を破棄する方法は?」 契約とやらが切れれば『向こう側』に帰れるかもしれない。こうなったらそれしかないと達哉は思った。 しかし、そんな達哉の言動はルイズをさらに不快にさせた。 「……そんなに私の使い魔になるのが嫌なの?」 冷たい視線。頑として首を縦に振らない使い魔に対し、積み重なった怒りは いまや憎しみを通り越して殺意になろうとしている。 「それなら……死ねば?」 「……なんだと?」 ハンマーで頭を殴られたような衝撃が達哉を襲う。 「あんたが死ねば使い魔の契約は切れるわ。そのニャルなんとかってのもここへは来れないんじゃないの? 私もあんたが死ねば新しい使い魔を呼び出せるようになるし一石二鳥よね」 たっぷりと嫌味をこめてルイズはそう言い放つ。 しかし次に達哉が発した言葉にはさすがに顔を青くした。 「……そうか、その手もあったな」 「ちょ……なに言ってるのよ!?」 ルイズが騒ぎ始めるが達哉は気にしない。 達哉は今、ルイズが示した方法について本気で考えていた。 もしニャルラトホテプとまた戦うことになったとして、次も勝てるという保障はどこにもない。 なにせ一度は負けた相手だ。勝率だけ見ても五分と五分、それに戦うとなれば必ず犠牲が出る。 しかし今ならこの世界と『向こう側』を繋いでいるのは俺一人。ルイズの言うとおり、自分が死ねば ニャルラトホテプはこの世界に干渉できなくなるかもしれない。 もっとも、この世界にも人間はいるのでいつかニャルラトホテプが手を出してくる可能性はあるが、 少なくとも『向こう側』を利用したものではなくなるはず。そうなったら、あとはこの世界の人間の問題だ。 だが……本当にそれでいいのか? 俺は『向こう側』で精一杯生きていくと、心に決めた。 辛い道のりだが、それをこんなわけのわからない出来事を理由にすべて放り出していいのか? それが……罰と言えるのか? 「……死ぬのは最後の手段だ。俺は……帰る方法を探す」 まだ諦めるには早い。ルイズが知らないだけで、帰る方法はあるかもしれない。 それを見つけて『向こう側』へ帰る。それがベストだ。 「ああ、そう」 一方のルイズは達哉の言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろす。 彼女とて、呼び出した使い魔にいきなり自殺なんてされたらさすがに夢見が悪い。 それにしても、ちょっと会話しただけなのに妙に疲れたわ。こいつ本当に扱いにくい。 「それじゃ、あんたが私の使い魔になるんなら、私もあんたが『向こう側』に帰れる方法ってのを 探してあげるわ。それなら文句ないでしょ?」 「ああ」 未知の異世界で一人、なんの当てもなく彷徨うよりは遥かに効率的だ。 「それじゃ確認するわよ。あんたが『向こう側』に帰るまで、あんたは私の使い魔。これでいいわね?」 達哉は無言で頷く。 「なら、あんたには私の使い魔として働いてもらうわよ。 まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 達哉がルイズを見つめる。 どういう意味だ? と目が語っている。 その態度にルイズは少し苛立ったが、これ以上余計なことを言って追い詰めると後が怖い。 「つまりあんたが見たもの、聞いたものを私が見たり聞いたりできるのよ。 でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何にも見えないもん!」 「……そうか」 あ、返事した。よしよし、良い感じだわ。 ……見えないのは残念だけど。 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」 「秘薬?」 「特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか……」 「それを探すのか……」 「でもあんた、そんなの見つけてこれないでしょ? 秘薬の存在すら知らないのに!」 「そうだな……」 だんだん話に乗ってきた。うん、これならなんとか……なるわよね? 「そして、これが一番なんだけど……使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目! でも、あんたじゃ無理……どうしたの?」 「守る……?」 再び達哉の様子がおかしくなったことにルイズはぎょっとしたが、それが戸惑いの類だと理解すると すぐに興味をなくした。きっと、荒事が苦手なんだろうと解釈する。 「まああんたには期待してないわ。人間だもの」 達哉が何か言う前に、ルイズはその仕事を免除した。 単なる平民、それも妄想語ったりいきなり死のうとするような人間にそんな危ないことはさせられない。 「というわけで、あんたにできそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」 「……わかった」 要するに住み込みの下働きみたいなものか。 そう達哉なりに解釈する。 「あ~疲れた」 ルイズは大きなあくびをする。 実際ルイズは疲れていた。変な使い魔のせいで。 「さてと、しゃべったら、眠くなっちゃったわ」 そう言ってルイズが次に取った行動を、達哉は軽い驚きと共に見つめる。 なんと達哉が見ている前でいきなり服を脱ぎ始めたのだ。 「なんの真似だ?」 「寝るから、着替えるのよ」 「俺がいるのにか?」 「使い魔に見られたって、なんとも思わないわ」 「……そうか」 本人が気にしないというなら、達哉に文句はない。 ただ着替えをじっと見ているのもなんなので、達哉はルイズから目をそらし、部屋を見渡す。 そこで達哉の頭にある疑問が浮かんだ。 「俺はどこで寝れば良いんだ?」 「床」 「…………」 「まあ、これくらいは恵んであげるわ」 ルイズは毛布を放ってきた。 「…………」 雨風がしのげるだけマシか。そう思い大人しく毛布に包まり、床に寝転がる達哉。 しかし目を閉じようとしたところで何かが頭の上に降ってくる。 枕でも寄越したのかと思って手に取ったそれは、今しがたルイズが身に着けていたキャミソールだった。 呆然とする達哉の頭に生暖かいパンツが乗る。 「明日になったら洗濯しといて」 見ると、素っ裸になったルイズが頭からネグリジェをかぶろうとしているところだった。 「……!?」 達也は自分の頬が紅潮するのを感じた。それがお世辞にも発育が良いとは言えない、 見た目13~14歳の子供であるルイズの裸でも彼には刺激が強すぎた。 それでも表面上は勤めて冷静に、渡された下着をその辺に置いて再度毛布に包まる。 先ほどの悲壮感もどこへやら、唐突に見せつけられたルイズの非常識さに達哉はただ目を白黒させるだけだった。 「……異世界、か」 しかし、それも一時のもの。明かりが消え、ルイズが寝静まると達哉の胸の内に様々な思いが生じる。 達哉は懐からライターを取り出し、それをじっと見つめた。 「淳……」 昔、親友と交換したその宝物を見ていると、自然と心が熱くなってくる。 このライターをくれた淳は俺のことを覚えていない。思い出すこともない。でも、約束は失われていない。 「俺は必ず『向こう側』に帰る。お前たちの世界にも、この世界にも、迷惑はかけない」 達哉はライターをぎゅっと握り締めた。 すると、まるでライターの火がついているかのように手が熱くなる。 「俺はもう逃げない。そう心に決めたんだ」 先ほどはあんなことを言ったが、死んで終わりにするのはただの逃避だ。 そんな結末を認めるわけにはいかない。 仲間だって、俺がこんなところで死ぬことは望んでいないはずだ。 「俺、頑張るよ。だから……みんなも見守っていてくれ……」 そう呟いて、達哉はようやく眠りについた。 二つの月が、小さな炎をただ静かに見下ろす。 前ページ次ページ罪深い使い魔
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前ページ次ページゼロの剣士 #1 森の中を走って一時間も経った頃、ロングビルは馬車から降りるようルイズ達に告げた。 彼女が言うには、この近くにフーケの隠れ家があるらしい。 馬車で近づくのは色々と目立つし、ここからは歩いていこうとロングビルは提案した。 「なにやってんのヒュンケル? 早く行くわよ!」 馬車の前で靴紐を結ぶように屈んでいたヒュンケルをルイズが急かした。 ヒュンケルはすぐに立ちあがると、ルイズ達と並んで歩く。 フーケの隠れ家は、馬車を置いた場所から十数分のところ、木々が少し開けた場所にあった。 それは打ち捨てられたような小さなボロ小屋で、人の気配がまったく感じられない。 「フーケは留守なのかしら? それとももう逃げちゃったとか?」 そう言って無用心に廃屋に近づこうとするルイズを、ヒュンケルが制止した。 昨日のことといい、どうにもこの娘は勇み足でいけない。 ヒュンケルが見た感じ、ルイズはどこか急き立てられているような印象を受けた。 「落ちつけルイズ。偵察には俺と……タバサで行こう。お前はここで待っているんだ」 しかしルイズは、ヒュンケルの言葉に不満そうに頬を膨らませた。 「嫌よ! 使い魔が行くっていうのになんで主人のわたしが留守番なのよ?」 「……主人を守るのが使い魔の役目。そう言っていたのはルイズではなかったか? 危険がないか見に行くだけだ。少し待っていてくれ」 渋々頷くルイズの頭を、ヒュンケルがなだめるようにぽんぽんと叩いた。 そうしてから、また子供扱いしてとぶうたれるルイズをスル―し、キュルケとロングビルの意見を確かめる。 キュルケは肩をすくめると、ここでルイズの子守りをしていると言い、 ロングビルは用心のために周囲を見回ってみると言って森の方へ歩いて行った。 それぞれの役割を確認し終えると、ヒュンケルはタバサに頷きかけた。 「念のため、『静寂』をかける」 タバサはそう言うと杖を振るい、二人の足音を消した。 恨めしげなルイズをその場に残し、ヒュンケルとタバサは慎重かつ素早く、フーケの隠れ家に接近したが、 相変わらず廃屋からは物音ひとつせず、人の気配もしなかった。 「思いきって中に入ってみるか」 ヒュンケルはタバサに小声で言うと扉に手をかけ、ゆっくりとそれを開けた。 二人は音もなくするりと室内に入ったが、やはり人の姿はない。 廃屋は一部屋のみの構造で家具も少なく、隠れられそうな場所はありそうもなかった。 埃の積もった様子を見るに、ここでフーケが生活しているとはとても思えない。 もしや、ロングビルの掴んだ情報は誤ったものだったのだろうか。 ヒュンケルが嫌な予感を感じた時、タバサが「これ」と囁いた。 タバサはテーブルの上に無造作に置かれていた本を手に取って、何かを確かめるようにじっと見つめた。 「まさか、それが『悟りの書』か?」 ヒュンケルの言葉にタバサは「たぶん」と頷くと、自然な動作で本を開こうとした。 どうやら彼女はまだ『悟りの書』を読むことに未練があるらしい。 ヒュンケルが溜め息をついてその手を掴むと、 タバサは相変わらずの無表情で「冗談」と一言言って、『悟りの書』をヒュンケルに差し出した。 どうにも変った娘だと苦笑してヒュンケルがその本を手に取った時――そのことは起こった。 「ヒュンケル! タバサ! 小屋から離れて!!」 外からまずルイズの叫び声が聞こえ、次いで頭上の屋根が砕ける音が耳をつんざいた。 間一髪、窓から外へ飛び出した二人の背後で、廃屋は杖を失くした老人のように呆気なく崩れ落ちた。 ヒュンケルはタバサを助け起こすと、廃屋を叩き潰した張本人をぎらりと睨んだ。 襲撃者の正体は言うまでもない。 ヒュンケル達の目線の遥か上、フーケの巨大なゴーレムが、ヒュンケル達を見下ろしていた。 「小屋に人がいた形跡はなかったが――もしや情報自体が罠だったか?」 つぶやくヒュンケルの横で、タバサが真っ先に魔法を唱えた。 少女の、背丈ほどもある杖から強力な竜巻が巻き起こる。 生身の人間なら造作なく吹っ飛ばせる魔法だが、巨大なゴーレムはびくともしないでその場に留まり続けた。 タバサに続いてキュルケが炎の魔法を、ルイズが例の爆発魔法を使うが、ゴーレムの巨体からすれば効果は微々たるものだ。 「こんなのかないっこないわよ!」 呻くキュルケの横でタバサが「退却」とつぶやき、口笛を吹いて風竜シルフィードを呼び出した。 即座に空から現れた使い魔に乗って、タバサはキュルケやヒュンケル達に手招きする。 肝心の『悟りの書』は取り返せたのだから、タバサの判断は賢明なものだと言えるだろう。 ヒュンケルとキュルケは彼女に従おうとしたが、しかし何故かルイズだけは頑としてそこを動こうとしなかった。 ルイズは何度も何度もゴーレムの表面に爆発を起こし、巨大な質量を砕こうと躍起になっている。 早く乗れと急かすキュルケの声に、ルイズは「嫌よ!」と、振り返りもせずに拒絶した。 「嫌よ! ここで逃げたら『ゼロ』だから逃げたってまた笑われちゃうじゃない!!そんなのできっこないわ!!」 「そんなこと言ったってあなた……ロクな魔法も使えないじゃないの!」 キュルケの言うことにルイズは言葉に詰まるが、それでも一歩も退こうとはしなかった。 「魔法を使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ……! 敵に背を向けない者を貴族と呼ぶのよ! 邪魔しないで!」 そう言って攻撃を続けるルイズにキュルケは「あのバカ」と唇を噛んだ。 人一倍誇り高いルイズが『ゼロ』と蔑まれ、どれだけ悔しい思いをしてきたかキュルケはよく知っていた。 ルイズは汚名を晴らそうとひたすら努力し、それでも駄目で、また頑張って、どうしようもなくて――。 ルイズの気持ちは分かるが、それでもこんなところで死なれては目覚めが悪い。 強引にでもルイズを逃がすため駆け寄ろうとしたキュルケだったが、ゴーレムがその腕を振るう方が先だった。 肩を震わし、目を見開くルイズに近づく巨椀。 ルイズのちっぽけな体などバラバラにしてしまうであろう凶器。 昨日の再現のようなその攻撃はしかし、昨日と同じ人物によって受け止められた。 ただし今回の結果は昨日と違って、その人物はゴーレムに押し負けずにそのまま踏みとどまっている。 「……無事か、ルイズ?」 ルイズの目の前、ヒュンケルが魔剣でゴーレムの一撃を食い止めていた。 衝撃で数メイル後ずさり、足は地面に埋まってしまっているが、ヒュンケルは渾身の力でゴーレムの腕を押しのけた。 そしてすかさずルイズを抱えると、シルフィードの前まで連れて行く。 「離してヒュンケル!これは命令よ! わたしは戦うの!」 腕の中で暴れるルイズに、ヒュンケルは無言で頷いた。 てっきり反対されるとばかり思っていたルイズは虚をつかれ、振り上げた拳の行き場をなくす。 しかしヒュンケルは嘘をつくでも誤魔化すでもなく、真剣にルイズの望みに応えようとしていた。 「そこまで言うなら俺も共に戦おう。しかしルイズ、戦いにはやり方というものがある。 お前はゴーレムの攻撃が届かぬところから攻撃しろ。あのデカブツと直接やり合うのは俺の役目だ」 さっきまで失念していたが、周囲の偵察に出たロングビルの姿がまだ見えなかった。 彼女の無事が確認できない以上、一目散に逃げることも憚られる。 それになにより、敵わずとも立ち向かおうというルイズの言葉にヒュンケルは心打たれていた。 自棄になっているような面もあるのだろうが、ルイズの横顔には凛とした気高さが浮かんでいた。 魔法が使えなくとも――いや、魔法が使えないからこそ育まれた、魂の力のようなものがそこには根付いていた。 ヒュンケルはルイズのことをただ守るべき対象としか見ていなかった己の認識を改め、 できることならルイズの望みを叶え、自信を与えてやりたいと、そう思った。 「タバサ、キュルケ。お前達は上空から援護しながらロングビルを探してくれ あるいは怪しい人影を見つけたらそいつを捕らえろ。フーケを倒せばゴーレムも消えるだろう?」 言ったヒュンケルに、キュルケがやれやれと首を振った。 一緒に逃げられないとあれば、キュルケのやることも一つしかありえない。 「しかたない、付き合ってやるわよ……デ―ト1回分と引き換えで。もちろん費用はルイズ持ちよ?」 キュルケはそう言うとタバサと目配せし合い、風竜で飛び立った。 ゴーレムはそれを見てのそりと動いたが、タバサとルイズ達のどちらを狙うか迷ったように、少し首をかしげている。 ヒュンケルはタバサ達を見送ると、ルイズの顔を見た。 マァムと同じ色の髪をした少女は、緊張と興奮で頬を紅潮させていた。 「ルイズ、これを持っていてくれ。なくすんじゃないぞ?」 そう言うとヒュンケルは懐から『悟りの書』を取り出してルイズに押し付けた。 ――共に戦うのはいいが、絶対にやられるな。 この任務の一番の目的、学院から盗まれた秘宝を託すことで、ヒュンケルはルイズにその意を伝えた。 ルイズはしっかり本を服の中に仕舞い込み、ヒュンケルに向かって頷いてみせる。 ヒュンケルだけを前線で戦わせることに不安も不満も感じるが、 それが一番の布陣だということはルイズも分かっていたし、ルイズはこの偉そうな使い魔の力を信じたかった。 「ご主人様に指図するなんて使い魔失格なんだからね! 後で説教してやるんだから……死ぬんじゃないわよ!」 ルイズはようやくいつもの調子に戻るとそう言った。 直後、ゴーレムの巨大な足が振り下ろされ、ルイズとヒュンケルは前後に分かれる。 ルイズは森の方から後衛を務め、ヒュンケルはゴーレムのそばで前衛を担当する――。 主人と使い魔の、初めてのパーティーバトルが今始まった。 #2 振り下ろされた足をかいくぐり、そのままの勢いで斬りつける。 土くれでできたゴーレムの足はたやすく裂けたが、すぐに地面から土を補給して体を再生しはじめた。 ルイズも今は手数よりも威力を意識し、なるべく大きな失敗――もとい、 爆発を起こそうと努めたが、その傷も瞬く間に再生されてしまっている。 ヒュンケルはいつのまにか鋼鉄製に変わったゴーレムの腕を大きく飛びのいてかわし、息を整えた。 するとその隙を見計らったようにゴーレムは足まで鋼鉄製に変わり、ヒュンケルは思わず舌打ちをする。 戦いは長期戦の様相を呈していた。 ヒュンケルはまだまだ動ける自信があるが、 失敗魔法とはいえ爆発という形で魔法力――この世界では精神力――を放出しているルイズはそろそろ限界のはずだ。 上空にいるタバサ達が術者のフーケを探しているが、森の木々に遮られてそちらの状況も芳しくない。 フーケがゴーレムの維持にどれほど精神力を消費しているのか分からないが、 このまま戦いが長引けば消耗したルイズを抱えて戦うか――あるいは逃げることになる。 ルイズの安全と心境を思えば、それはできようはずもなかった。 かくなれば、再生の暇もないほど早く切り刻むか、一撃必殺で倒すほかない。 「アバン流刀殺法――海波斬!」 ヒュンケルは昨日ゴーレムの腕を斬り飛ばした技を連続して放ったが、 今やみっちりと鋼鉄で固められたゴーレムの腕は、半ばのところでその斬撃を食い止めた。 スピード重視の海波斬では一撃の威力において少々心もとない。 とはいえ、速さの技に対して力の技――大地斬では手数が足りない。 となれば…… 「おい相棒! いいかげん俺を抜けよ!」 ヒュンケルが必殺の剣を構えようとした時、すっかり忘れていた声がその動きを呼び止めた。 背中から、デルフリンガーがすねた声でヒュンケルに訴えかける。 「俺っちだって剣だぜ!? そっちばっかり使ってないで俺も使ってくれよ。頼むからさあ……」 戦いの緊迫した雰囲気からはかけ離れたその様子に、ヒュンケルは思わず笑みをこぼした。 とはいえ、自分には二刀流の心得はないし、一刀で戦うなら使い慣れた魔剣の方がいい。 ヒュンケルは率直にそう言いかけたが、デルフが憤慨したようにそれを遮った。 「心得も何もねえって! 相棒は『使い手』だろう? 剣を握りゃ勝手に体が動くんだよ!」 「使い手とは――『ガンダールヴ』の――ことか?」 ゴーレムの攻撃をかわしながら聞くと、デルフはあったりめえだろと一笑に付した。 むしろ、素でその力を出せてる方がおかしいぜと呆れ半分の調子で続ける。 ヒュンケルは頭上のタバサをちらりと見上げると、ようやくデルフの柄に手をかけた。 何故か懐かしい感触を覚え、ルーンを刻まれた左手を見やった。 もしもタバサやデルフの言うように自分が本当に『ガンダールヴ』ならば―― そしてもしあの決闘の時感じた感覚が本物ならば―― 剣を二刀使うくらい、俺には容易いはずだと自分に言い聞かせた。 目の前のゴーレムを倒し、ルイズに誇らしい記憶をつくってやる。 それだけを胸に置き、懸念も何も体から追い出した。 闘志が体の奥から、ふつふつと溢れだしてくる。 「相棒! 俺を抜け! ガンダ―ルヴは心の震えで強くなる! 闘志をみなぎらせ、剣に伝えろ!!」 声に応え、ヒュンケルはついにデルフリンガ―を抜き放った。 ゴーレムは今、タバサとキュルケが風竜の速さを活かして翻弄している。 ヒュンケルは両の手に二刀の魔剣を携えて目を閉じ、リラックスするように肩の力を抜いた。 瞼の裏に、無駄な力や動作を省いた必殺の軌跡を心に描く。 そしてゆらりと剣を持った両手を上げると、あらかじめそれが決まっていたような自然さで上段に構えた。 「アバン流刀殺法――二刀!」 ここまで意識を集中させてこの技を使うのは何年振りか。 ヒュンケルは初めてこの技を成功させた時のことをふと思い出した。 今振るうはアバン流の初歩にして、大地をも割る力の剣―― 「大地斬!!!」 カッと目を見開き、ヒュンケルは二対の魔剣を振り下ろした。 二柱の斬撃は強烈な衝撃波を生み出し、ゴーレムの鋼鉄の四肢をVの字に斬り裂いた。 刹那の瞬間、手足を失ったゴーレムの胴体が宙に浮く。 ――好機。 「タバサ! ゴーレムを浮かせろ! キュルケはヤツの頭を攻撃するんだ!!」 ヒュンケルの言葉に応え、タバサが即座に詠唱を完成させた。 あらかじめ力を蓄えていたのだろう、今までの比ではない威力の竜巻が、四肢を失い軽くなったゴーレムを持ち上げる。 ゴーレムの再生のために地面から巻きあがっていた土くれも、風の力で吹き飛ばされた。 次いでキュルケのとっておきの火炎の魔法が、ゴーレムの頭を超高熱で焼き尽くす。 今やゴーレムは、ただの大きな土の塊でしかなかった。 ヒュンケルは鎧の魔剣を地面に突き刺すと、左手のデルフリンガ―に語りかけて言った。 「デルフ、お前が俺の剣を名乗るなら、この魔剣に劣らぬところをみせてみろ。 俺の最強の一撃を、こいつと遜色ない威力で出してみせるのだ」 ヒュンケルの言葉を、デルフは威勢よく笑い飛ばした。 ガンダ―ルヴの左手、デルフリンガ―にしてみれば、そんな挑発は望むところである。 ヒュンケルの腕から流れる闘気に身を任せ、デルフは己の内にそれを蓄えた。 「任せろ相棒! あの魔剣に新参者となめられねえよう、俺もいいとこ見せちゃるゼ!」 叫ぶデルフの刀身が、錆びの浮き出たそれから、魔剣にも劣らぬ白銀の輝きに満ちたものへと変わった。 しかしヒュンケルはその変化を何故か当然のようにして受け入れ、浮き上がって再生力を失ったゴーレムを見つめた。 タバサの竜巻の力は徐々に弱まってきている。 ここはもう、一撃で決めるほかあるまい。 「ルイズ! 俺の技に合わせろ!」 ヒュンケルは片手を前に突き出し、デルフを握った方の腕を弓のように引いて力を溜めこんだ。 背後からはルイズがヒュンケルの声に応え、早口で魔法を詠唱する声が聞こえてくる。 師を襲い、弟弟子を傷つけた必殺剣を今、別の何かのために使う。 奇妙な感慨が、ヒュンケルの胸に去来した。 背後のルイズが、詠唱を完了させて杖を振り上げる。 「やれ!!」とデルフが叫び、ヒュンケルは裂帛の勢いで剣を突き出した。 「ブラッディースクライドォ!!!」 回転力を加えたその突きは螺旋の渦を描き、ゴーレムの胴体部分に大きな風穴を開けた。 そして次の瞬間、でかでかと広がった空洞から大きな爆音が響き渡った。 ルイズの失敗魔法と言う名の強力な爆発が、内部からゴーレムを爆散させたのだ。 タバサが生み出した竜巻が消えた時、地面にこぼれ落ちたのはもはやただの塵芥に過ぎなかった。 ヒュンケルは一応身構えたが、ゴーレムの残骸はそのまま動くことなく、ただの土くれのままそこにある。 おそらくフーケの精神力も既に限界なのだろう。 「終わったな」 からから笑うデルフに向かって、ヒュンケルはそう言った。 あとはフーケ本人を探して捕まえるか、『悟りの書』を持ってそのまま帰ればいい。 ルイズもあのゴーレムを倒したことで自信はついたろうし、ヒュンケル個人としてはフーケの捕縄には特に興味もなかった。 タバサやキュルケも風竜から降りてきて、安堵の笑顔でヒュンケルの手を握った。 ――しかし、そんな油断がいけなかったのだろう。 突然、ルイズの悲鳴が背後で響いた。 声の源を辿ればそこにはルイズともう一人―― 最後の同伴者、ミス・ロングビルがナイフを構えて立っていた。 前ページ次ページゼロの剣士
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桃色の髪の少女が起こすそれが、何度目の爆発なのか、それを数えているものは一人も居なかった。 周りを囲む少年少女達は、繰り返される爆発を囃し立てる者、早く終わって欲しいとうんざりした表情をしている者、興味を向けずに居る者、の三者に大別されていた。 中央に立ち集団を監督する男性、魔法使いにして学院の教師であるコルベールは当然心無い生徒達と同じようにそれを囃し立てることはない。そして立場からくる責任感と生来の気性から、無関心でもいられなかった。 彼は事態の終結を願う集団の一人だった。 彼がその集団の他の者達と違うのは、他の者が少女に対し「早く諦めろ」と言った思いでいるのに対し「なんとか成功して欲しい」と願っている事だった。 彼は特別その生徒に思い入れがあるわけではない。その彼をして思わず応援させてしまうほどに桃色の髪の少女、ルイズは懸命だった。 使い魔召喚の儀式の監督役として目を離さず見ていたコルベールは、ルイズが繰り返される失敗にも、それに伴う嘲笑にも耐え、疲労した精神と肉体を意志によって支えて召喚魔法を繰り返す姿に心打たれたのだ。 (おや……?) 繰り返される詠唱と爆発が止まっていた。 (ついに諦めてしまったか……) だが無理も無い、とコルベールは思った。 むしろここまで努力した事を褒めるべきだろう。無論、結果は結果だ。彼女に進級単位を出す事はできない。 しかし彼女のために召喚魔法に関する文献を洗い直し、自分が教授した後に改めて再試の機会を設けるぐらいは良いだろう。 そうコルベールが思っていた時だった―― 「やった……やりました!ミスタ・コルベール!」 (……なんですと?) 使い魔召喚の儀式を止めたルイズが、幾度もの爆発で焦げ付き荒れた地面に膝を付けて地面を指差している。 そこには注視しなければ見過ごしてしまいそうな、黒く焦げ付いた布切れのようなものが落ちていた。 「わ、私が呼び出したんです!成功したんです!」 ルイズは興奮していたが、コルベールには誰かのマントの切れ端が飛んできて爆発に巻き込まれた切れ端にしか見えなかった。 周りの生徒たちは何が起こったのかわからずに「何だ、成功したのか?」「まさか?ゼロのルイズが」と言った声が飛び交い、ルイズに注目していた。 「それを、君が呼び出したと言うのかね?ミス・ヴァリエール……」 「そう、そうです!良く見てくださいミスタ・コルベール!」 彼女が指差すそれに近付いてみると。 「なんと!」 ただのこげた布切れに見えたそれに一筋の切れ目が入ったかと思うと、ギョロリと見開かれたのだ。 それは『目』だった。 それはただのコゲた布切れではなかったのだ。 「ふぅ~む、これは珍しい。見たことのない魔法生物だ。ともあれおめでとう。ミス・ヴァリエール」 「はい、ありがとうございます!」 そう応えたルイズの顔は本当に嬉しげで、コルベールもこの生徒の努力が報われた事に胸を撫で下ろしたのだった。 「さ、コントラクト・サーヴァントを」 「はい!」 嬉しそうに杖を構えて詠唱を始めるルイズ。 周りの生徒達が「何だ小物か」「見ろよあの貧相な布っきれ」「ゼロのルイズにはお似合いさ」などと嘲笑するが、喜びに溢れるルイズにはまったく気にならなかった。 布切れを持ち上げ『目』の上あたりに口付けをするルイズ。布切れの『目』は目線を上にあげてそれを見ていた。 「サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントは一度で出来たね」 嬉しそうにコルベールが言い、ルイズもそれに嬉しそうに応える。 周りの生徒がまた囃し立てるが、ルイズはやはり気にしなかった。 布切れに光が踊りルーンが刻まれていく様子を二人で観察する。 「ふむ……珍しいルーンだな」 それは、使い魔召喚の監督役として、幾多のルーンを見てきたコルベールにもついぞ覚えの無い変わったルーンだった。 生来の研究者気質からそれを記録しようとした矢先に、ルーンの発光が収まると布の黒に沈んでルーンは見えなくなってしまった。 コルベールはその変わったルーンの事が少し気になったが、今は時間を取った使い魔召喚の儀式を終わらせて生徒達を学院に戻さねばならない、と思い声を上げる。 「さぁ、皆教室にもどりますよ!」 彼はこれから使い魔をもった生徒達に、大型使い魔の厩舎の使い方や、基本的なエサが用意してある場所など使い魔に関連したことを指導しなくてはならなかった。 そのため彼は、無事に儀式の終わった安堵とこれからの忙しさの中、ルイズの使い魔に刻まれたルーンのことはすぐに忘れてしまった。 そして、皆が宙を浮き学園へと去って行くなか一人残されたルイズは、己の使い魔をしっかりと抱きしめて学院へと歩き出したのだった。 ―――夜、自室にて。 ルイズは机の上に使い魔を置いて、ああでもないこうでもないと唸っていた。 「焦げ焦げっぽいからコゲ?……駄目ね。もっと格好良くないと」 彼女は、己の使い魔の命名に悩んでいるのだ。 なかなかしっくり来る物が思い浮かばないらしく、かれこれ1時間以上も悩んでいる。 彼女は現実で言えば命名で詰まってしまい、ステータスポイントを振るまでにプレイ時間を重ねてしまうタイプであった。 「そうね、黒くてなんだかダークっぽいし目が特徴だから『イビル・フォース・アイ』に決めたわ!格好良いし!!」 使い魔の名前をイビル・フォース・アイ(略してコゲ)と決めたルイズは、満足して寝巻きに着替えると、コゲを抱えてベッドにもぐりこんだ。 ルイズはもし使い魔を呼び出すことができたら、まず掃除、選択、着替えの手伝いなどをさせるつもりだったが、手足すらないイビルでは流石にそれはさせられない。 普通メイジはそれらの雑用は魔法で済ませる。しかしルイズは全て自分の手でそれをやって来た。(一部は学院つきの使用人に命じただけだが) もし、自分の魔法が使い魔召喚と言う形で成功したならば、使い魔にやらせるという形ででも自分の魔法によってそれを成したかったのだ。 それが出来なかったのは残念だったが、「大丈夫」とルイズは思う。 何しろ使い魔召喚の魔法は成功したのだ。その証拠が今ここに居る。 ルイズはコゲをぎゅっとだきしめて思う。 これから普通の魔法だって使えるようになるに違いない。だから気にする必要何か無いんだと。 自分を信じさせるように、そう繰り返してルイズは眠りに落ちた。 ―――次の日、授業にて。 土系統のメイジ、ミセス・シュヴルーズの授業にて、ルイズは『錬金』に挑戦した。 ルイズは本当に頑張ったのだ。 昨日の召喚と契約の成功を思い出して、その感触を再現するように呪文を唱えた。 「なのに……なんでだめなのよ……」 ルイズは一人で荒れ果てた教室の掃除をしていた。 箒を掃いて、ちりとりですくう。罰として掃除に魔法を使用することを禁止されたが、ルイズには関係が無かった。 それが一層彼女の惨めさを誘った。 この罰が、それを狙って出されたものだとしたらなんて陰険なんだろうとルイズは思った。 ぼろぼろになった教卓を見る。 その上には焦げた布切れ、ルイズの使い魔コゲが置いてあった。 物言わぬその『目』でルイズを見ている。 体力が落ちると気力も萎えてしまうものだ。 たった一人で広い教室を掃除しているルイズには、昨日は自分の希望を見るように見えたそれが、今は自分の無力を嘲笑っているように感じた。 「ねぇイビル、掃除を手伝うとか出来ないの?」 そう問いかけてみるが返事は無い。口が無いのだから当たり前だった。 喋れないだけではない。手も足もないコゲにできることはただ見ていることだけだった。 その姿が自分の無力さを映している様にルイズには思えた。 「なんとか言いなさいよ!」 思わず箒でコゲを叩く。 吹き飛んだコゲは、床に転がった。 その余りにも無力な姿に、ルイズは急に悲しくなった。 視界が歪む。 (こんなの私の使い魔じゃない。私が欲しかった使い魔じゃない!) 涙を堪えてルイズは掃除を終わらせる。掃除は夕方までかかった。 教室を出るとき、使い魔をそのまま捨て置こうかと一瞬思った。 だが出来なかった。 どんなに情けなくとも、コゲはルイズにとって自分の唯一成功した魔法の証だったから。 ――自室へ戻る途中、ルイズはキュルケと出合った。 「あらルイズ。掃除は終わったの?」 「えぇ。それが何よ」 「別になんでもないわよ。お疲れ様」 「そう、私疲れてるの。それじゃあ失礼」 「ちょっと待ってよルイズ、ねぇ、貴方の使い魔ってそれ?」 ルイズが手に持ったコゲを指して言うキュルケ。 「そうよ」 「へ~、なんだかみすぼらしいし、小さいし、ねぇルイズ。それって役に立つの?」 「うるさいわね」 「あたしも昨日使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で呪文成功よ」 「あっそ」 「どうせ使い魔にするならこういうのが「うるさい」…え?」 自らの使い魔を誇ろうとしたキュルケをルイズが遮った。 「なぁにルイズ。私の使い魔が羨ましいからって――」 「うるさいうるさいうるさーい!!アンタの使い魔なんか知らないわよ!!」 ルイズはコゲを握り締めて走り出した。 あっけに取られてキュルケはそれを見送った。 「あの子……泣いてた?」 (言い過ぎたかしら……) キュルケの胸がチクリと痛んだ。 バタン!!と音を立てて自室の扉を閉じた。 鍵をかける。 ルイズは悔しかった。 ツェルプストーの人間に、馬鹿にされて、見下されて、逃げることしか出来ない自分が嫌でたまらなかった。 握り締めた右手が痛い。 「……え?」 爪が食い込む、と言うレベルではなかった。 右手から血が流れている。 慌てて手を開くと手の平がすっぱりと切れていた。 調べてみると、コゲの体の端に小さな刃があった。今までは体に埋もれていて気付かなかったのだ。 「――っ!!」 思わずコゲを床に叩きつける。 まるで役に立たないくせに、こんなときに主人を傷つけることだけはするなんて、最悪だと思った。 使い魔にまで、馬鹿にされてる。 「このぉ!!」 足を振り上げてコゲを踏み潰―――そうとして、止める。 ルイズは深呼吸をして、必死で自分を落ち着かせた。 傷ついたのは、自分のせいだ。使い魔にあたっても……しょうがない。 何もできない、何もしない。 (それでも私の唯一つの魔法……私の使い魔……) コゲを床にから拾って机に載せる。 自らの傷の手当をした後、血で汚れたコゲを丁寧にあらってからルイズはベッドに倒れこんだ。 くぅとお腹がなった。 しかしルイズは動かなかった。 ―――それから 次の日、キュルケが話しかけて来てもルイズは取り合わなかった。 ルイズは前にもまして魔法の勉強をするようになった。 空き時間の大半を図書館で過ごすようになり、様々な魔法書を読み漁った。 図書館ではキュルケを居るところをたまに見かける、水色の髪の少女を良く見かけたが、話しかけることはなかった。 相手からも、出入りの時に一瞥があるだけで、挨拶の一言も交わすことは無かった。 ルイズは懸命に魔法を学んだが、一度として成功する事はなかった。 魔法に失敗するとルイズは「サモン・サーヴァントは上手く行ったのに!」と言って荒れた。 ルイズはコゲを肌身離さず持ち歩いた。自分の魔法が成功した証拠であると言うように。 ある日、トリステインの王女アンリエッタが学院を訪れた。 彼女はルイズの部屋にお忍びで訪れると、頼みごとを残していった。 ゲルマニアとの同盟のためアルビオンの皇太子ウェールズから手紙を返して貰いに行って欲しいと。 断る事などできるはずが無かった。幼い頃からの友人であり、王女である彼女の頼みだ。そして国の大事でもある。 ルイズはどんな時でも、貴族たらんとするのだから。 決死行と思った旅だったけれど、頼もしい同行者が居た。 魔法衛視隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵。ルイズの婚約者にして風のスクウェアメイジ。 彼は強く、優しく、ルイズの旅を助けてくれた。 ならず者達に襲われた時も、仮面のメイジに襲撃を受けたときも。 だから、彼の求婚を受けたのだ。 しかし、誓われた愛は即座に裏切られることになった。 ワルドは突然豹変しウェールズ王子を殺害し、アンリエッタの手紙を奪おうとした。 ルイズは止めた。それがルイズにとって当然のことだったから。 ワルドはルイズを説得しようと言葉を重ねたが、ルイズは決して首を縦に振らなかった。 彼女はどんな時でも決して屈しない心を持っていたから。 「残念だよ……。この手で、君の命を奪わねばならないとは……」 ルイズは嘆かなかった。助けを求める相手は居なかったから。 彼女は杖を構えて抵抗した。しかし雷撃が彼女の血液を沸騰させ、その意志も掻き消えていった……。 「ワルド……何故……」 強く、そして優しかったワルド。 何が彼をこんな風にしてしまったんだろう……。 ルイズは最後にそう思った。 命の灯が消えたルイズの体に、肌身離さず持ち歩かれていたコゲが溶ける様に染み込んだ。 ―――図書館世界にて (おい) どこからか声がする。 (起きろー) せっかく気持ちよく眠っていたのにうるさい、と思った。 しかし自分を起こす声が止みそうもないので、仕方なくルイズは起きることにした。 「……どこ?」 巨大な本棚。 本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚。 本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本。 ここに比べたら学院の図書館なんて小さな図書室のようなものだと思った。 何処からか響く時計の音。 規則的に響くその音がルイズの意識をはっきりさせていく。 「そっか。私、ワルドに……っていうことはここは天国?」 (自分が死んだら天国にいけると疑っていないところが凄いな) 「っ誰!」 掛けられた声にあたりを見渡すけれど、誰も居なかった。 それになんだか動き辛かった。 (俺だよオレオレ) 「だから誰よっ!?」 キョロキョロとあたりを見渡す。そしてふと頭上を見上げると―― 「キャッ」 ――そこには帽子のお化けが居た。 闇を塗り固めたように黒く、巨大な一つの目と、帽子の端に付いた刃が…… 「って、もしかしてイビル?」 (あーちがうちがう、それは俺じゃないよ。狩人だ。あと俺の名前はイビルじゃないから) 「違うの?確かに大きさとか違うし、イビルみたいにぼろっちくないけど……」 (ぼろっちぃとは酷いな。あとイビルじゃないから。そんな黒歴史な名前でよばないでくれ) ルイズをその一つ目でじーっと見ていた帽子のお化けは、やがて興味をなくしたように飛び去っていった。 「あ、行っちゃったわ」 (ふー、行ってくれてよかったよ。お前俺を着てなかったら大変なことになってたぞ) 「着る?」 なんのことだろう、と思ったところでルイズの目の前には手鏡があった。 都合よく、脈絡なく。 しかし何故?と思うことは無かった。 鏡に映った姿に疑問なんて吹っ飛ぶほど驚いていたから。 「小さくなってる!?」 ルイズは、手鏡に全身が映り込むほど小さくなっていた。 そして、目元だけを覗かせて全身が黒い布に包まれていた。 目元の上にはルイズの顔と同じほど大きい一つの目が開かれていた。 「ってアンタ!イビル!」 (だーかーらー、俺をそんな名前でよばないでくれよ) 「何よ、ご主人様が付けてあげた名前が気に入らないって言うの?じゃあどんな名前ならいいのよ」 (一応、コゲ……と呼ばれてる) 「何よそれ。見たまんまだし情けなさ過ぎるわよ!」 (気にしてるんだからほっといてくれ。邪○眼よりましだよ) 「なによ!」 納得いかないわ。私が考えてあげた名前がそんなのに。とぶつぶつ文句を言うルイズ。 (まぁとにかく、俺の名前はコゲだから。以後よろしく) 「仕方ないわね。名乗るのが遅すぎるけど許してあげるわ。感謝なさい!」 (へーへー) カチ、カチ、と針を刻む時計の音だけがこだまする図書館世界に、とぼけたやりとりを響かせるルイズとコゲ。 「って、アンタの名前なんてどうでもいいのよ。何でアタシがこんなに小さくなってるの!?」 (あー、それは君の存在なんてこの世界ではその程度のもんだー、ってこったよ) 「何よそれ!」 (というか、俺を着てなかったら意識を保つ事すらできないんじゃないかなー) 「……どういうことよ」 コゲがルイズに説明をする。 ここは世界と世界を繋ぐ世界、図書館世界であること。 ここに収められた本の一冊一冊が、それぞれ個別の世界であるということ。 ルイズが死んだ事。 本の世界で死んだ者は図書館世界に来て、地獄だか天国だか来世だかの世界へ移動すると言う事。 「そっか。やっぱり私、死んじゃったんだ……」 (そうだなー) 「で、私はこれからどこへいくの?天国ってどこにあるの?」 (やっぱり自分が天国へ行く事は疑ってないのかよ。っていうか、どこへだって好きなところにいけるぜ) 「え、どういうこと?」 (普通、図書館世界では人間は意識を保てない。行くべきところへ勝手に行くだけさ。 もし強大な意志とかがあって、意識を保てても狩人がそれを許さない。ここで自由に振舞う存在はすぐに刈り取られる) 「狩人ってさっきの?」 (そう。ちなみに俺も狩人だ、ハグレだけどな。だから俺を着ていれば狩人に襲われないし、この世界で自由に動けるってわけ) 「そうなんだ。アンタって無能な役立たず使い魔じゃなかったのね」 (酷いな、これでも結構凄い存在なんだぞ) 「手も足も口も無いくせに。それに自由に動けるって言ったって、天国に自分で行けるぐらいの役にしかたたないじゃないの」 私はどうせ天国行きだったから意味が無い、とルイズは言う。 (そんなこたーないぞ。元居た世界に戻る事だって簡単にできる) 「え?それって……」 (生き返れるってことだ) 「うそ!?」 死。 抗えないそれによって生まれた諦めから、図書館世界のことや使い魔のことなども受け入れることができていたルイズだったが、生き返ることができるとなれば話は別だった。 「あ、アンタそれどれだけ凄い事かわかってるの!?」 (だから凄いんだってば) (お、落ち着いて。落ち着くのよルイズ) すーはーと深呼吸するチビるいず。 コゲの切れ目から垂れ下がる桃色の髪が揺れた。 ルイズは必死になって生き返ることができる、と言うことを考えた。 「生き返っても、又すぐに殺されちゃうんじゃないかしら?」 (ああ、あの時にもどればそうだな。嫌だったらもうちょっと前に戻ればいいさ) 「前って?」 (本のページを戻せば、その世界の時間が進む前に戻れるよ) 「な、何よそれ!?」 (もっとも、オレを媒介にしてるからルイズが戻れるのは俺を召喚したところまでだけどな) 「……むちゃくちゃだわ。むちゃくちゃすぎるわ」 (だから凄いんだって) ルイズは次々明かされる事実に理解が追いつかなかったが、それでもなにやらとんでもないことであるのはわかった。 「つまり、アンタがいれば幾らでも生き返れるし時間を戻せる……ってこと?」 (基本的にはねー。ただあんまり無茶やってると狩人に狩られちゃうかもな。さっきは手を出されなかったけどさ) 情報をかみ締めるように思考する。 たとえ限定的であっても、これはすごい力だ。役立たずどころか、究極の使い魔だと言っても良い。 そう思うとルイズはその薄い胸の奥から、やる気が滾々と沸いて出るような気がした。 「遣り残したことがあるのよ。やらなきゃいけないわ」 アンリエッタの手紙を取り戻さなきゃならない。 ウェールズ皇太子を助けなきゃならない。 魔法を使えるようになって、皆に認めてもらいたい。 (あー、がんばってくれ) 「? 何言ってるのよ。アンタも手伝いなさいよね」 (でもオレ自分じゃ動けないからさー、世界の中じゃ声も聞こえないみたいだし……) 「やり直しのチャンスはくれるけど助力はあてにするなってこと?」 (助けられることがあれば助けるけどさ。まー、何もできないんじゃないかな。せいぜいここで相談にのるくらいだなー) 「何よ、役に立たないわね」 (なっ!?) 喚くコゲを黙殺してルイズは考えた。 やり直しが聞くとはいえ、ワルドの裏切りに自分だけで対処することなどできるのか? それはとても困難な道に思えた。 (くそ。確かに実際の手助けはできないけどさ、他にも誰かの助けを借りるとかしてみると良いんじゃないか?友達とかさ) 「友達なんて……」 誰かの力を借りる、と言う案は良く思えた。 事情を話せば力になってくれる人もいるだろう。 (いないって?でもこれから作れば良いじゃないか。キュルケだっけ?あの赤髪の子とか、ルイズのことを気にかけてるように見えたけどな) 「キュルケですって!?だめよあんなの!」 ルイズの脳裏に、つい先日のことのように悔しさをかみ締めた日のことが思いだされた。 コゲをまとったチビるいずが、だんだんと地団駄をふむ。 (誤解とかもあるしさ。話し合ってみれば案外ってこともあると思うけどなー) 「ふん!ツェルプストーの女なんか願い下げだわ!」 そうは言ったものの、ルイズはあまり粘性の怒りを持つ性質ではなかった。 使い魔の優劣にしたところで、今ではキュルケのフレイムなんかに負ける気はしないので、相手があやまるなら話をきいてやってもいいかな、程度には思っていた。 時間をもどせば何もないのだから、謝るも何もないのだが……。 「それじゃ、あんまり長居して狩人っていうのに目を付けられても困るし、行くわよ」 (おう。そこに栞がさしてあるから、そのページに飛び込めばいいさ) 「……、重いじゃないの!」 相対的に巨大サイズの本を、ちびルイズはえっちらおっちらページをめくる。 栞が挟まったページを開くと、ぜぇぜぇと呼吸を整える。 「もう、勢いつかないわね。じゃあ行くわよ!」 (おー!) ぴょんとページに飛び乗ると、ルイズとコゲは光の沫となって本の中込まれたのだった。 ゼロと帽子と本の使い魔 1週目END
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前ページ次ページ毒の爪の使い魔 ――それから数時間後… 未だ何をするでもなく、青空を見上げていたジャンガは突然の事に何が起こったか解らず、怪訝な表情をした。 「ンだ?」 短く呟き慌てて身を起こしたジャンガは左目を擦る。 まるで真夏の陽炎の如く、左目に映る景色が揺らめきだしたのだ。 初めは妙な事を考えて精神的に疲れた所為だろうと思ったが、左目を幾ら擦っても視界の揺らめきは止まらない。 それどころか、ますます視界は歪んで行く…と思いきや、今度は歪みは徐々に収まりを見せていく。 そして、歪みが消えた時、左目は右目に映る光景とはまるで違う光景を映し出していた。 そこは大きな広場のような所だった。周囲は森に囲まれ、人家などは見当たらない。 遠くには屋根の吹き飛んだ小屋のような物が見えた。 だが、それより目が行ったのは、その小屋の前に立ち尽くした巨大な人型だった。 見間違うはずも無い…それは自分があの時、仕留め損ねたフーケの操るゴーレムだ。 と、屋根の吹き飛んだ小屋から竜巻が飛び、続いて火炎が飛ぶがゴーレムはそれらを意にも介さない。 すると、視界が急に動き出した。自分の意思とは別に動くそれはまるで別の誰かの視界であるかのような…。 (別の誰か?) 高くなったかと思うや一瞬だけ視界は下を向く。 その時、視界の端の方に見慣れた桃色の髪が見えた。 「オイ」 ジャンガはデルフリンガーに向かって声を掛けた。…が、デルフリンガーは返事を返さない。 「オイ」 もう一度言った。しかし、鞘から出てこようともしない。 「…オイッ!!」 三度目の怒鳴り声でようやくデルフリンガーは鞘から飛び出した。 「うわっと!?なんだい、相棒…俺を呼んでたのか?」 「テメェ以外に誰が居る?何で直ぐに出なかった?」 「いや……だって、さっきも相棒言ってたじゃねぇか…”話しかけるな”ってよ?」 「俺から呼んだ時は直ぐに出て来い…」 「解ったよ……それで?なんだい?」 「…左目が変だ。あの”自称ご主人様”の視界が見える…。これが何か、テメェは知ってるか?」 「ああ…なるほどね。多分だが、使い魔の能力の一つだろう。…その娘っ子に聞かなかったか? 『使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられる』ってよ? まぁ…大抵は使い魔の見てる光景が見えたりするんだがよ。どうやら相棒の場合は逆のようだな」 ジャンガは徐に袖を捲くり、左手の甲を見た。ルーンが輝いている。 使い魔の能力と言うのはあながち間違いではないようだ。 (能力ねェ…、人の視界まで好き勝手しやがって…クソッ) 心の中で毒づくジャンガにデルフリンガーは尋ねた。 「それで、一体何が見えるんだい?」 「…ゴーレムとやりあってる真っ最中だ」 覗き見る視界の中、ルイズの声も聞こえてくる。 ルーンを唱え、杖を振ると小さな爆発がゴーレムの肩で起きた…が、それだけだった。 ゴーレムの巨体はビクともしていない。と、ゴーレムがルイズの存在に気が付いたのか、ゆっくりと振り向く。 三十メイルの巨体に睨まれ(と言っても顔のような物が在るだけだが)、ルイズは怯えるかのように小さく声を上げた。 ゴーレムが地響きを立てながら歩を進める。我に返ったルイズは慌てて杖を構えなおす。 そこに小屋から飛び出したキュルケの声が聞こえてきた。 「ルイズ、貴方何しているのよ!?早く逃げなさいよ!」 ルイズが歯を噛み締める音が聞こえる。 「いやよ!!」 「何強がりを言っているのよ!?大体貴方、魔法なんて何一つまともに使えないじゃない! それなのに、そんな巨大なゴーレムに適うわけ――」 「っ!?……私は貴族よ!」 声を張り上げて叫ぶルイズに、キュルケも視界を共有しているジャンガも目を見開いた。 迫り来る巨大なゴーレムを前にし、それでもルイズは凛とした態度で言い放つ。 「魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない、敵に後ろを見せない者を…逃げ出さない者を貴族と言うのよ! 私は敵に後ろを見せたり…逃げ出したりなんかしない!私は…」 そこで一旦言葉を切り、ゴーレムを睨みつける。 「私はゼロの…『悪夢』のルイズなんかじゃないんだからぁぁぁーーーーー!!!」 ゴーレムがその巨大な足を振り上げ、ルイズもまたルーンを唱えて杖を振る。 足が振り下ろされる前に、ゴーレムの胸の辺りで爆発が起きた。だが、やはり駄目だった。 僅かにゴーレムの身体を形作る土が零れ落ちただけだ。――そして、その巨大な足が振り下ろされた。 ルイズが目を瞑ったらしく、視界が真っ暗になった。 響き渡る轟音はゴーレムの足が地面に振り下ろされた物だろう。音が聞こえているという事はまだ死んではいまい。 とルイズが目を開けたらしく、視界に光が戻った。その目の前にはキュルケの顔があった。 彼女がルイズを助けたのだろう。 「邪魔をしないでよ、ツェルプストー!!」 だが、ルイズはキュルケに向かって怒鳴り散らす。――瞬間、視界が横を向いていた。 ゆっくりと前へと向き直ると、キュルケがルイズを睨んでいた。おそらくは彼女がルイズの事を引っ叩いたのだろう。 「ヴァリエール…貴方の言いたい事は良く解るわ。私だって貴族だから…。 だとしても、今のは余りに無謀だわ。いや、無謀と言うのも馬鹿馬鹿しいわね。 貴族らしい死というのもあるわよ…、けれど今のはどう考えても犬死よ。 勝てないような相手からは逃げたって恥じゃないわよ」 真剣なキュルケの表情にルイズの高ぶった感情も急激に冷やされていったようだ。 ルイズは俯き、やがて静かに口を開いた。 「だって……私、いつも貴方や皆にバカにされていたし…。召喚できた使い魔もあんな奴だし…、 姫様にも迷惑を掛けちゃったし…、あいつに『悪夢』だの『疫病神』など言われたし…、 …挙句には姫様を…あんな風に言われて…凄く悔しくて…」 視界が歪んでいく。だが、先ほどの物とは違う……これは”涙”による物だ。 「ルイズ…」 キュルケの言葉にルイズは顔を上げ、見つめた。キュルケの顔は止めどもなく流れる涙に揺らめいている。 「ここで逃げたら…また皆にバカにされるじゃない…。あいつにだって…また舐められるじゃない…。 もしかしたら…姫様をまた悪く言うかもしれない…。だから私…絶対に逃げたりしたくないの…」 ――勿論、逃げる事は時には必要だと思うよ?自分にどうしようもない事なら尚更ね―― ――当然だな…―― ――でもね…私は、どうしようもなくても逃げたくない…引きたくないって事もあるの―― ――何だよ…?―― ――ん~?…あんたが化物呼ばわりされた時…とか?―― ジャンガの脳裏を昔が過ぎる。――そして、激痛。 「ぐっ!?」 「ど、どうしたい相棒?」 突然呻き声を上げたジャンガに、デルフリンガーは声を掛ける。 ジャンガはそれに答えずに左手を押さえ、ため息を吐いた。 「…はァ~…、クソが…。どうしてこうもあのガキは…俺を色々ムカつかせるんだろうな?」 広場では未だゴーレムとルイズ達の戦いが続いていた。 タバサはシルフィードに乗って空中からゴーレムを牽制し、キュルケと立ち直ったルイズもまた応戦する。 が、やはり状況はこちらに不利だ。このまま戦っていても勝ち目はあるまい。 キュルケは一時撤退を決意。ルイズも心底悔しそうにしながらも、キュルケに続いた。 タバサのシルフィードが地面に舞い降りる。 ようやく辿り着いたキュルケは背後で駆けて来るルイズに向かって叫ぶ。 「ルイズ!早く!」 「解っているわよ――きゃあっ!?」 突如、足を何かに掴まれた感触がし、ルイズは前のめりに地面に倒れた。 「痛つつ…な、何?」 慌てて視線を向ける。見れば、地面から生えた手が自分の足を掴んでいた。 ”アースハンド”…土を手に変えて対象を掴む土系統の魔法だ。これもフーケの仕業だろう。 ルイズは慌ててその手を外そうとするが、足をガッチリと掴んでおり簡単に外れそうもない。 と、自分の周りに影が落ちた。見上げれば、そこには今にも振り下ろさんとされているゴーレムの豪腕が在った。 「あ…」 そんな言葉がルイズの口から漏れた瞬間、豪腕が振り下ろされた。 キュルケの声が聞こえた気がしたが、それも直ぐにゴーレムの豪腕が叩き付けられた轟音に掻き消された。 キュルケとタバサは呆然とその光景を見ている他はなかった。 地面に倒れたルイズの姿がゴーレムの豪腕の下に消え去るのを見ているしかなかった。 唐突にキュルケが膝から地面に崩れ落ちた。 「ル、ルイズ…」 「……」 呆然と友人の名を呟くキュルケに対し、タバサは何も言わない。だが、その唇は強く噛み締められていた。 「…三人でかかれば、何とかなると思ったか~?」 突然、横から聞こえた声にキュルケは顔を向ける。 そこにはこの場に居るはずのない、紫色の長身が立っていた。 「貴方…何でここに――ルイズ!?」 長身=ジャンガの腕に抱かれたルイズを見て、キュルケは声を上げる。 その声にルイズも気が付いたようだ。 「え、キュルケ?…私、潰されたんじゃ……って、ジャンガ!?」 「よォ、クソガキ。どうだ…?『もう死ぬ』っていう感じはタップリ味わえたかよ?」 ニヤニヤ笑うジャンガにルイズは顔を背けた。 「…何よあんた?今更出て来て…、何の用よ?」 「キキキ、ご挨拶だなァ~?俺はテメェの事を助けてやったんだゼ?もうちっと感謝してくれてもいいと思うがよ?」 「冗談じゃないわよ!いいから放して!」 暴れるルイズにジャンガは舌打ちをし、ルイズを抱き抱えている腕を放した。 ジャンガはそのままゴーレムの方へと進み出る。 「ちょっと…何するの?」 「キキキ、何かって?当然……この木偶人形を潰すんだよ」 「…何で?」 「キキキ、気まぐれさ…」 言い終わるや、ジャンガはゴーレム目掛けて駆け出した。 背中の鞘からデルフリンガーを抜き放つ。 「おう相棒、俺を使ってくれるのかい?相棒にはその爪があるから、俺の事は正直使ってもらえないかと――」 「お前…剣じゃ頑丈な方か?」 唐突な質問にデルフリンガーはポカンとする。 「あ?…ああ、まぁな。ちゃちなそこらの剣よりは頑丈だってのは保障するぜ」 「そうかい……なら、問題無ェな」 「へ?」 言葉の意味が解らないデルフリンガーを他所に、ジャンガはゴーレムの腕や身体を跳んで上っていく。 そして、ゴーレムの頭の上に立つと、そこから力一杯跳躍する。 ゴーレムを眼下に捕らえると、ジャンガはデルフリンガーを構えた。 「どうするんだ相棒?」 「…キキキ、テメェには鑿の代わりになってもらうゼ」 「あ?」 ジャンガは勢いをつけ、デルフリンガーをゴーレム目掛けて投げつける。 「お、おわぁぁぁぁぁぁーーーーー!!?」 突然の事に頭がついていかず、デルフリンガーは叫び声を上げながら、ゴーレム目掛けて飛んで行く。 ガギンッ! デルフリンガーの先端がゴーレムの左の手首の部分に突き刺さる。 「あ、相棒!?な、何を…って!?」 デルフリンガーが見上げた先では、ジャンガが彼を投げた反動を利用して高速で回転しているのが見えた。 そして、回転したままジャンガは突き刺さっているデルフリンガーへと突撃してくる。 「キキキキキ!オラァーーーーー!」 叫び声を上げながらジャンガは回転で勢いをつけた凄まじい蹴りを、デルフリンガーの柄の先端に放った。 衝撃が突き刺さったデルフリンガーの先端を通じて、ゴーレムの手首の中に直接叩き込まれる。 一瞬で罅割れが広がり、ゴーレムの左手は崩れ落ちた。 ジャンガは、土くれとなった左手とともに地面に落ちたデルフリンガーを拾い上げる。 一足飛びにその場を離れ、距離を取る。 「ほゥ?確かに頑丈だな、罅一つ無ェや…」 繁々と観察するジャンガにデルフリンガーは叫んだ。 「相棒!?今のはどう考えても滅茶苦茶だ!俺を杭かなんかの代わりにしてくれるなよ!?」 「ウルせェ…、使ってもらって嬉しいんじゃないのか?だったら文句を言うんじゃねェよ、ボロ刀!?」 「あぁぁぁぁぁ~~~……相棒、使ってくれるのは嬉しいが、もっと優しくにだね!?」 「黙れ……騒いでる暇は無ェみたいだゼ?」 「はい?」 ジャンガの視線の先ではゴーレムが地面の土を吸い寄せ、破壊された左手を再生させていた。 その光景にデルフリンガーは納得した様子。 「ああ、ゴーレムは操っているメイジの精神力が尽きない限りはな、ああいう風に再生するぜ?」 「…知っているなら最初に言いやがれ」 「まァ…それはそうとどうするよ?」 「ハンッ、再生するなら片っ端から砕いてやるさ!」 言うが早いか、ジャンガは再び駆け出した。 ジャンガは相手の攻撃をかわしながらデルフリンガーを叩き込み、蹴りを放って砕いていく。 一方で分身を生み出し、無数のカッターを投げつけて切り刻む。 しかし、ゴーレムも傷つく度に土をかき集めて再生していく。 ゴーレムの方の攻撃は当然の如く、掠りもしなかったが。――そんな攻防が暫く続いた。 ゴーレムの豪腕が何個目かのクレーターを地面に作った。 その場から飛び退き、距離を取る。そして舌打。 「チッ、メンドくせェ…」 「なぁ、相棒……お願いだからもうやめてくれ?今さ”ミシッ”って音がしたんだよ”ミシッ”て…。いやマジで…。 これ以上やられたら冗談抜きで折れちまう…頼むからもうやめてくれ。いや本当…お願いだからさ…」 デルフリンガーのそんな悲痛な訴えなど完全に無視し、ジャンガは考えた。 今のまま続けていても一向に事は進展しない。大本を叩けばいいのだろうが、その大本の姿が何処にも見えない。 (やっぱりあの時仕留めとけば楽だったゼ……クソッ) 心の中で毒づき、ジャンガは忌々しげにゴーレムを睨みつけた。 「何よ…?大口叩いて全然じゃないの、あいつ!?」 ルイズはイライラしながらジャンガを睨んでいた。 あれだけ自分を馬鹿にしておきながら、あいつはゴーレムを倒せないでいるのだ。 だが、ルイズ達の魔法にビクともしてなかったのを再生されているとはいえ、破壊しているのだから、 やはり凄いと言わざるを得ないだろう。事実、ゴーレムに再生能力が無ければ、既に跡形も無いはずだ。 しかし、ルイズにはそんな事はどうでもよかった。とにかく、何が何でもゴーレムを倒し、フーケを捕まえなければならない。 …それが、姫様に迷惑を掛けてしまった自分に出来る、唯一の謝罪なのだから。 では、今どうすればいい?…悩むルイズはふと”あれ”の事を思い出し、キュルケに訊いた。 「キュルケ、”あれ”、”あれ”はどうしたの?」 「”あれ”…って何よ?」 「『破壊の箱』よ、見つかったの?」 「『破壊の箱』?…ええ、それだったらタバサが――」 それを聞くが早いか、ルイズは立ち上がるとタバサに駆け寄る。 「タバサ、『破壊の箱』を!」 ルイズの意図を察し、タバサは杖を振り、シルフィードの背鰭に乗せていた『破壊の箱』を手元に引き寄せる。 それを見たルイズは眉を顰める。見た目は赤い箱のようだが、蓋のようなものが無いのだ。 何処をどうすれば開ける事が出来るのか皆目見当が付かない。しかし、今の現状を打開できるのはこれ以外に無い。 「もう、どうすれば開くの!と言うよりも、これ本当に箱なの!?」 「ウルせェな…あのガキ――」 そう言って振り向いたジャンガは怒鳴りつけようとして――目を見開いた。 ルイズがイライラしながら弄っている物は赤い箱のような形をしている。 間違いなく、あれが『破壊の箱』だろうと直感し――同時に驚いた。 「あれは…」 だが、直ぐに口元に笑みを浮かべ、ルイズの所へ向かって走った。 駆け寄ってきたジャンガにルイズ達は顔を向ける。 「な、何よ?」 「キキキ、ありがてェ。これなら、楽勝じゃねェかよ!?」 言いながらルイズ達から『破壊の箱』を奪い取る。 彼女達の抗議の声が聞こえたが無視。『破壊の箱』を使用できる状態にする為、あれこれ操作をする。 安全装置を解除し、収まっていたグリップを引き出すと、箱の片方の断面がブラインドのように開き、発射口が露になる。 その一連の光景をルイズ達はただ、呆然と見ているしかなかった。 グリップを握り、肩に『破壊の箱』をかけ、発射口をゴーレムに向ける。 「キキキ、目に物見せてやるゼ」 笑いながら引き金に爪を掛け…… ――だから私…絶対に逃げたりしたくないの…―― ――どうしようもなくても逃げたくない…引きたくないって事もあるの―― ――脳裏を過ぎった桃色髪の二人の少女の顔に、引き金を引こうとした爪が止まった。 「チッ…」 舌打ちをする。引き金を引けばそれですむ…、だがそれを何故か出来ない…躊躇ってしまう。 徐に後ろのルイズを振り返る。唐突にこちらを見たジャンガにルイズは一瞬怯む。 「な、何よ?」 「……」 ジャンガは無言のまま、肩にかけていた『破壊の箱』を下ろすと、ルイズに向かって差し出した。 突然の事にルイズは怪訝な表情でジャンガを見る。と、ジャンガが口を開く。 「…テメェがやれ」 「え?」 言われた事が理解できず、間の抜けた声が口から漏れる。 「テメェ…『悪夢』じゃないんだろ?だったら、それを証明してみやがれ。それを撃ってな…」 「う、撃つ?」 「ああ、それはまァ…言ってみれば銃のデカイやつだ。…そう思え」 「銃!?これが!?」 ルイズは目を見開き、正に仰天といった表情で『破壊の箱』を見る。 「そこの引き金を引けば、その穴から弾が出る…、威力抜群なやつがな。そいつをあのゴーレムに撃ち込んでやれ」 「そ、そんなの…貴方がやればいいじゃない!?何で私に…」 「…いいからやれ」 そう言ったジャンガの顔にはいつもの嘲りの色は無い。 そんな彼の言葉にルイズは静かに頷いた。 「よし…、俺があいつに一発食らわせる。そうしたら、その『破壊の箱』をぶっ放せ。 ――あんな木偶位倒して見せろよな。『悪夢』や『疫病神』じゃないならよ~?」 「当然よ!!!」 叫びルイズはジャンガが先程やっていたように『破壊の箱』を肩にかけ、グリップを握り、発射口をゴーレムに向ける。 「キキキ…上出来だ!」 叫び、ジャンガは駆け出した。 駆けながら例の三体の分身を生み出す。 目にも留まらぬ動きでゴーレムに駆け寄る。 一斉に爪を振り翳し、ゴーレムと擦れ違いざまに切り付ける。 無数の切り傷が胸に走り、ゴーレムは怯んだ。 その瞬間、ルイズは『破壊の箱』の引き金を引いた。 大きな音がし、白煙を引きながら四発の小型ミサイルが飛ぶ。 四発の小型ミサイルがゴーレムの身体に吸い込まれる。 直後、巻き起こった大爆発にゴーレムは粉々に砕け散った。 粉々になったゴーレムの破片が降り注ぎ、小山のように積みあがる。 そんな中、撃ったルイズはおろか…その様子を見守っていた、タバサとキュルケ(と、シルフィード)も驚きを隠せなかった。 「何よ……これ、銃なんて比べ物にならないじゃない…」 呆然としながら、思わず落としてしまった『破壊の箱』を見ながら呟く。 今の大爆発はトライアングル…いや、下手をすればスクウェアクラスの炎の魔法に匹敵、或いは凌駕するかもしれない。 それほどまでに、今の大爆発の威力は圧倒的だった。 呆然とするルイズ達の所にジャンガが歩いてきた。三人は一斉に彼を見る。 「キキキ、やりゃ出来るみたいだな……正直、以外だぜ」 「ふ、ふん!こ、これぐらい…と、当然でしょ!」 まだショックから立ち直れていないルイズだったが、ジャンガの言葉に胸を張り、精一杯の虚勢を張って答える。 と、ゴーレムの残骸である土の小山を見ていたタバサが口を開く。 「フーケはどこ?」 その言葉にルイズとキュルケは顔を見合わせ、ジャンガは帽子を押さえながら舌打ちをする。 その時、ルイズの傍らに落ちていた『破壊の箱』を誰かが拾い上げた。 辺りの偵察に出ていたミス・ロングビルだった。 「ふふ、ご苦労様」 ミス・ロングビルは微笑みながらそう言い、拾い上げた『破壊の箱』を見つめる。 「ミス・ロングビル…今まで何処に?」 ルイズの問いかけには答えずミス・ロングビルは、すっとその場から遠のくと、四人に『破壊の箱』を突きつけた。 「何を!?」 「動かないで!『破壊の箱』はピッタリあなた達を狙ってるわよ?」 「ミス・ロングビル…貴方は?」 キュルケの言葉にミス・ロングビルは『破壊の箱』を構えたまま、後ろで纏めていた髪を下ろし、眼鏡を外す。 その目付きが猛禽類を思わせる、鋭い物に代わった。 「さっきのゴーレムを操っていたのは私…、『土くれ』のフーケよ」 自らの正体を明かしたフーケに、ジャンガを覗いた三人は目を見開く。 フーケは『破壊の箱』を構えながら叫んだ。 「全員杖を遠くへ投げなさい!」 悔しそうに唇を噛み締めつつも、言われたとおりに三人は杖を放り投げる。 「使い魔の貴方は、その背負った剣と両手に付けた爪を外してもらおうかしら?」 「あ~…そりゃ無理だな」 「どういう意味かしら?」 「剣はいいんだがよ…」 言いながらデルフリンガーを鞘ごと地面に下ろす。そして袖を捲くってみせた。 「爪は無理だな…。――どうだ?」 袖が捲くられて露になった右手。…それは奇妙な物ではあった。 指と思しき物が無く、代わりに爪が直接手から生えているのだ。爪が指の代わりに生えている種族など、ルイズ達は知らない。 もっとも、ルイズは彼を召喚して間もない頃に看護した時、シエスタと共に彼の手を見ているので驚きはしなかったが。 「この爪は俺の身体の一部なんでな…外す事なんか無理なんだよ、キキキ」 『破壊の箱』を突きつけられているにも拘らず、ジャンガは余裕の表情で笑う。 「変わった手を持ってるね?私のゴーレム相手にも引けをとらない強さを持ってるし…、まさに”化物”じゃないさ」 ――何だこれは!?―― ――まぁ…気色悪い―― ――やーい、やーい、ばけもの、ばけもの!―― ギリッ、奥歯を噛み締める音が響く。 「まぁ、別にいいけどね」 「どうして!?」 ジャンガを鼻で笑うフーケにルイズが叫んだ。 「そうだね……ちゃんと説明してあげた方が、悩み無く楽に死ねるだろうしね」 そう言い、フーケは妖艶な笑みを浮かべる。 「この『破壊の箱』…盗んだはいいけど、使い方がまるで解らなかったからね。 魔法学院の誰かを連れてくれば、きっと旨い事使ってくれると思ったのさ。 まぁ、教師じゃなくて生徒だったのは予定外だったけどね…」 「それで…」 「私達の誰も知らなかった場合、どうするつもりだったの!?」 「その時はゴーレムで全員踏み潰して、代わりに誰かを連れてくるだけよ。 まぁ、そこの亜人の使い魔君がちゃんと教えてくれたからね、感謝してるわ」 「……」 ジャンガは答えない。 「ふん、まぁいいさ。じゃあ、短い間だったけれど楽しかったわ。向こうへ行っても元気でね…、さようなら」 そう言ってフーケは引き金を引いた。――何も起こらなかった。 慌ててフーケは再度引き金を引く。やはり何も起こらない。 「どうして!?」 「単発式の使い捨てだからな…」 俯いたジャンガの静かな声がフーケの耳に届く。その声にジャンガへと向き直る。 「単発式だって?」 「ああ…一発撃ったらそれでおしまいさ。キ、キキキ…」 最後の方の笑いにルイズは妙な感覚を覚えた。 (何、今の?) ジャンガは静かに言葉を続ける。 「それによ…同じ盗むんだったら――」 「くっ!」 フーケは『破壊の箱』を投げ捨て、杖を握ろうとする。 「こーゆー、役に立つ物を盗むんだったな!!!」 BANG!!! ”銃声”が響き、フーケの身体が宙を舞った。 背中から地面に倒れたフーケは、右肩から大量の血を流している。 「あ、が…」 突然の事に、フーケもルイズ達も呆然とするしかなかった。ルイズは徐にジャンガを見る。 笑みすら浮かべていないジャンガのその手には、紅い色の大型の”銃”のような物が握られていた。 ジャンガは未だ硝煙が立ち上る銃を下げ、フーケの方へと歩み寄る。 「ハン!盗人風情が粋がってるんじゃねェよ!大人しくしてりゃ、好き勝手言いやがってよ…あン!!?」 BANG! BANG!! BANG!!! 立て続けに三発…、左肩、右太股、左太股へと弾が撃ち込まれる。 「ああああああ!!!?」 激痛に悲鳴を上げるフーケ。その口を塞ぐ様にジャンガは足を振り下ろす。 「あぶっ!?」 「ウルせェよ……クソアマが。…不愉快な事を思い出させてくれやがって」 何時の間にか、ジャンガは四人に増えていた。それが示すのは―― 「テメェにも地獄見せてやるよ」 問答無用、情け容赦の無い袋叩きが開始され、三分と経たずにフーケはボロボロの半死半生の状態にされる。 血みどろになり、僅かに呼吸音が聞こえるだけのフーケを見下ろしながら、ジャンガは手にした銃を向ける。 「向こうへの道先案内、ご苦労さん……だがよ」 両目を見開き叫ぶ。 「地獄の果てには一人で行きなァァァァァーーーーー!!!」 ZBAAAAAAAAAAAAAN!!! 銃声が響き渡った。 「…何の真似だ、テメェ?」 ジャンガは目だけを動かし、腕にしがみ付くルイズを睨みつける。 銃から撃たれた弾丸は、フーケの眉間ではなく…彼女の頭の数サント横の地面に減り込んでいた。 撃たれる瞬間、ルイズがジャンガの腕にしがみ付き、無理矢理に銃口の向きを変えたのだ。 「こいつは盗人で、テメェの事も殺しかけたんだゼ?…何で庇うんだよ!?」 「私達は『破壊の箱』の奪還とフーケを捕まえる為に来たの!殺しに来たんじゃないわ!」 「ハンッ、奇麗事を言うんじゃねェよ!」 「フーケは学院に連れて帰るわ、解った?」 「……」 「……」 暫し、二人はお互いに睨み合った。 やがて、ジャンガは舌打ちをして銃を懐へとしまい、踵を返した。 「何処へ行くのよ?」 「…帰るに決まってるんだろうが?」 その言葉が終わると同時に、ジャンガの姿はその場から消え去った。 その後、ルイズ達は半死半生のフーケと『破壊の箱』と共に学院へと帰還した。 『破壊の箱』は再び宝物庫へと収まり、フーケもまた最低限の応急処置を施されて城の衛士に引き渡された。 三人には王宮からの褒美として、ルイズとキュルケには『シュヴァリエ』の爵位が送られる事となり、 既に『シュヴァリエ』の爵位を持っているタバサには精霊勲章が授与される事になった。 喜ぶ三人が出て行った後、学院長質を訪れた者があった。…ジャンガだ。 「ちィとばかり、テメェに聞きたい事があってな…」 「何だね?」 オスマン氏の目の前の机の上に、懐から取り出した例の紅い銃を置いた。 それを見てコルベールが驚きに目を見開く。 「そ、それは、『紅の巨銃』ではないか!?」 「ほゥ?そんな風に呼ばれてるのか…、まァいい。まず聞きたいのは、こいつとあの『破壊の箱』の事なんだがよ…」 ジャンガは『紅の巨銃』=大型のハンドライフルを指し示し、オスマン氏に聞く。 「まず言うが…俺はここの世界の出身じゃ無ェ。こことは違う、別の世界の住人だ。 そして、こいつと『破壊の箱』は俺の世界の武器だ」 「それは本当かね?」 「嘘吐いてどうするよ?大体、こんな物がこの世界に存在してるのかよ?」 オスマン氏やコルベールは暫し考え、首を横に振る。 「だろうが?俺はあのルイズ嬢ちゃんの『召喚』で呼ばれたんだよ」 「なるほどのう…」 「こいつやあの『破壊の箱』…『ミサイルポッド』って言うんだがよ、どこで手に入れたんだ?」 「…『破壊の箱』は、ある亜人の形見なんじゃ」 そう言ってオスマン氏は遠い目をした。 「もう…三十年ほど昔かの…、森を散策していた私はワイバーンに襲われた。 その窮地を救ってくれたのが、私の命の恩人である亜人だった。 彼は『破壊の箱』とは別の…筒のような物でワイバーンを簡単に吹き飛ばすと、バッタリと倒れたのじゃ。 その亜人は見慣れない格好をしており、更に酷い怪我を負っておった。私は彼を連れて帰り、手厚く看護したのだが…」 「くたばったか…」 オスマン氏は寂しげに頷く。 「結局、彼が何処から来たのか…どのような種族かは解らなかった。 私は彼がワイバーンを倒すのに使った筒のような物を彼と共に墓に埋め、残った『破壊の箱』を王宮に献上したのじゃ」 オスマン氏の話を聞きながらジャンガは考えた。 三十年前とすれば、まだボルクが今ほど治安が安定しておらず、あちこちでゲリラ活動や内戦などが頻発していた時期だ。 そして、あのミサイルポッドは三十年前辺りまで使われていた使い捨てタイプだ。…時期はあっている。 おそらく、ワイバーンを倒したのに使ったと言うのは、筒のような形状から察するにバズーカの類だろう。 「こいつはどうした?これもその亜人が持っていたとか言うのか?」 ハンドライフルをオスマン氏に見せて尋ねると、オスマン氏は首を振る。 「それは違う。それはあるメイジが召喚の実験中に偶然に召喚した物でな…」 「ほゥ?」 そう言えば…”あいつ”は”今使っているのは二丁めだ”とか言っていた。…なら、これも間違いない。 「で、最後だが…」 そう言って、ジャンガは袖を捲くる。露になった左手を差し出し手の甲のルーンを見せる。 「こいつだ。このルーン…知ってるか?」 「このルーンか…知っておるよ。ガンダールヴのルーンじゃ」 「ガンダールヴ?」 「伝説の使い魔、神の左手ガンダールヴ……ありとあらゆる武器を使いこなす事ができたそうじゃ」 「武器を?」 確か、最初に身体が軽くなった時、あの気障ガキを痛めつけた時、自分は武器など持っていなかった。 …ならば、このルーンは自分の毒の爪を”武器と認識している”のだろうか? だとすれば、何も持たなくてもルーンの力が働いたのは説明が付く。 「フン、なるほどねェ。…どうして、俺なんかがそんな大層な使い魔なんかになったんだ?」 「解らん…解らん事だらけじゃ」 オスマン氏はため息を吐いた。 ジャンガは詰まらなさそうに鼻を鳴らすと、ハンドライフルを懐にしまう。 「こいつは、俺の向こうでの知り合いの物だ。…俺が持っていても問題無ェよな?」 「…いいだろう」 「キキ…そうかい?必要な事も聞けたし、もう俺は行くゼ」 それで話はお終いとばかりに、ジャンガは部屋を出て行った。 ――その夜… アルヴィーズの食堂の上の階にあるホールで、祝賀際が開かれた。 キュルケもタバサも着飾り、それぞれ楽しくパーティーを満喫しているようだ。 「まァ、俺には関係無ェがな」 「相棒も楽しんでくればいいのによ?」 「…今ここで圧し折られたいか?」 「ごめん、黙る。だから勘弁してくれ」 言いながらデルフリンガーは鞘の中に引っ込んだ。 ジャンガは鼻を鳴らし、シエスタが持ってきたワインをラッパ飲みする。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~!」 呼び出しの衛士の到着を告げる声が響き、ルイズがホールへの階段を上ってきた。 姿を現したルイズにジャンガは思わず「ほゥ?」と言葉を洩らす。 桃色の髪をバレッタに纏め、肘まで隠れる白い手袋と胸元の開いた白いパーティードレスに身を包んでいるその姿は、 宝石のような輝きを持っており、そこらの女なんぞ相手にならないような美貌を放っている。 そんなルイズの美しさに見事にやられたのか、散々『ゼロのルイズ』などとからかっていた連中が、 次から次へとルイズにダンスの申し込みをしてきた。 「…くだらねェ」とその様子を見ていたジャンガは呆れながら呟く。 ルイズはダンスを申し込んできた男子生徒の誘いを尽く断り、ジャンガの所へとやって来た。 「何してるのよ、こんな所で?」 「あン?別に何をしてようがテメェには関係無ェだろうが…」 そう言って再びワインをラッパ飲みする。 一気に飲み干し、息を吐く。と、照明が少し落とされ、音楽が流れ始めた。 大勢の生徒のカップルが音楽に合わせてホールで踊り始める。 「おい、始まったゼ?行かねェのかよ?」 「相手がいないのよ…」 ルイズは両手を広げてみせる。 「テメェが断ったんじゃねェかよ……ん?」 見ればルイズは自分に向かって手を差し出している。…と言う事は、 「オイ、何の冗談だ?」 「…冗談でやる訳無いでしょ。…踊ってあげても良いって言ってるのよ」 「…とうとう壊れたか?」 「っ!……も、勿論、今日だけよ!今日だけの特別なんだから!」 そう言って、ルイズはドレスの裾を恭しく両手で持ち上げ、自分が決めたダンスパートナーに一礼する。 「私と一曲踊ってくださいませんか、ジェントルマン」 「……後悔すんなよ?」 ジャンガは左の爪を差し出す。ルイズはその爪を取り、ホールへと進んだ。 ルイズはジャンガの爪を軽く握り、向き合った。 「あんたは踊りなんてした事無いでしょうから、私に合わせ――」 「テメェが合わせろ」 「え?」 ルイズが驚く間も無く、ジャンガは右の腕をルイズの背中に回し、踊りだした。 その優雅さにルイズは驚きで頭がいっぱいだった。 「あ、あんた…こんな優雅な踊りが出来たの?」 「…まァな…」 「驚いた……ダンスなんて興味無さそうなのに」 「昔、ちょっとな…」 ――そこで、ステップを踏んで―― ――おい、俺は別に踊りなんざ―― ――うん…ジャンガ、やっぱり筋が良いよ。続ければ、プロのダンサーになれるかも…―― ――勘弁してくれ…。俺は踊りなんかには興味が無ェんだよ?―― ――いやだ~。私が踊っていたいの~♪―― ――ハァ~…―― 「……」 ぼんやりと遠く見つめるジャンガにルイズは小さく呟いた。 「ありがとう」 「…ン?」 「今日はあんたのお陰で助かったわ……本当に感謝しているから」 「俺はテメェを助けようなんざ――」 「解ってる!…それでもよ」 ジャンガの言葉を遮って叫ぶルイズ。その様子にジャンガも口を閉じた。 暫く静かに踊っていると、ルイズの方から話を切り出した。 「ねぇ…聞いてもいい?」 「あン、何がだ?」 「…その、マフラーの事」 ルイズはバツが悪そうにマフラーの色が変わっている所を見る。 ジャンガは暫く黙っていたが、やがて口を開いた。 「別に何も無ェ…ただのお気に入りだってだけだ…」 「そう…」 ルイズは寂しそうに俯いた。 「でも、いつかお詫びで、あんたに何かしてあげるわ。…このダンスだけじゃなんにもならないし、 第一…あんたは別に踊れるだけってだけで、踊りそのものには興味無いでしょうし…」 「いや…」 「え?」 ルイズは顔を上げる。ジャンガがいつものニヤニヤ笑いを浮かべているのが見えた…が、何故か不快な感じはしない。 「偶にはこんなのも悪くは無ェかもな…キキキ」 「そう…」 ルイズははにかむ様な笑みを浮かべた。 そんな踊る主人と使い魔を見ながら、デルフリンガーは呟いた。 「いやいや、おでれーた。主人のダンスの相手を務める使い魔なんざ始めて見たんでおでれーたが…、 相棒のようなのがダンスを踊れるってのは、もっとおでれーた!こりゃおでれーた!」 そんなデルフリンガーのちゃちゃも音楽に混ざって聞こえず、主人と使い魔は踊り続けた。 前ページ次ページ毒の爪の使い魔
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前ページ次ページデジモンサーヴァント 「はあはあ……」 俺は走る。 無我夢中で。 気がついたら、俺は何故かこの姿になっていた。 気がついたら、俺はリアルワールドにいた。 気がついたら、俺は見たことも無い機械を手に持ち、何故かそれの名前を知っていた。 人間たちが、俺を恐れている。 恐れていない人間たちは、他のデジモンたちと連携して、俺を捕まえようとする。 彼らは俺に呼びかける、「危害を加えるつもりは無い」と。 それを聞き、止まろうとして、突如として正面に現れた鏡のような物体に俺は突っ込んでしまった。 その日、一人の究極体が錯乱状態で都内を彷徨い、突如としてその姿を消した。 分かっているのは、我々の呼びかけに反応し、止まろうとしたことだけである。 俺がサイバードラモンと出会った方のデジタルワールドから来たのか、賢と出会った方のデジタルワールドから来たのか……。 ひょっとしたら、どちらでもない全く別のデジタルワールドから来たのだろうか? 真相は闇の中だ……。 秋山リョウ 第一節「ナイト・オブ・ザ・ミョズニトニルン」 視界が晴れると、そこは草原だった。 そこには、さっきまでいたリアルワールドのそれとは明らかに違う服を着ている人間たちがいる。 自分が召喚した者を見て、ルイズは戸惑った。 漆黒の鎧をまとい、マントを羽織った、目の前の存在に。 他の生徒たちは、メイジを召喚したのかと、どよめく。 だがルイズは、何となくではあるが、目の前にいるのは人外ではないかと思った。 「ここは何処だ? 教えてくれ」 彼が声を発し、それにルイズは自然と応えた。 「ここは、トリステイン魔法学院よ」 「聞いたことが無いな……。俺は……アルファモン。君の名は?」 「ルイズよ」 「ルイズか……。ルイズ、俺は、何故ここにいるんだ?」 何故か憔悴しているアルファモンを落ち着かせようと、自分が召喚したと告げようとした直後、隣にいるコルベールに遮られた。 「ミス・ヴァリエール、他の生徒たちを待たせてはいけません。先に契約を済ませてください」 コルベールに促され、ルイズは渋々先に契約を済ませることにした。 「ごめんなさい、事情は後で話すから」 アルファモンに謝罪し、コントラクト・サーヴァントを詠唱して、口付けした。 アルファモンは驚くより先に、凄まじい熱さを額に感じ、思わずうめく。 その額には、純白のルーンが刻まれていた。 「い、今のは!?」 「大丈夫、ルーンが刻まれただけよ」 その日の夜、ルイズは自室で、アルファモンにこの世界のこと、サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントについて、アルファモンに教えていた。 アルファモンは、自分がルイズによって召喚され、そしてあのときのキスで使い魔になったことを知る。 落ち着きを取り戻したアルファモンは、不思議とその事実を受け入れていた。 究極体である彼に、ルーンの洗脳効果は効かない。 彼は自分の意思だけでそれを受け入れた。 ルイズは、今度は問い質した。 何処から来たのか、何者なのか、そして召喚された時に手に持っていたものは何かを。 アルファモンは、淡々と答える。 「俺は、こことは違う別の世界から来た、「デジモン」という人外の存在だ。そして、これに関しては「デジヴァイス」という名前以外全く分からない」 「別の世界から来た!?」 「そうだ。俺はデジタルワールドと呼ばれるデジモンたちが住む世界から、人間たちが住むリアルワールドに迷い込み、そこで君に召喚された」 「そうなの……」 そして、アルファモンはルイズにデジヴァイスを手渡した。 驚くルイズを尻目に、アルファモンは続ける。 「これを君に」 「いいの?」 「何となくだが、君が持っていた方がいい気がするんだ」 そう言って、アルファモンは更に続けようとするが、思いとどまった。 広場から、女子寮へと行く際、違和感を感じた。 ルイズだけ、歩いていたことに。 何故ルイズだけ歩いていたのかを聞こうとしたのだ。 (俺は今、聞いてはいけないことを聞こうとした……) 気を取り直し、アルファモンはそっと話題を変えた。 「ルイズ、使い魔とは、何をすればいいんだ?」 「使い魔には三つの役目があるの。感覚の共有に秘薬の材料の調達。そして主の身を守ること」 ルイズの説明に、フムフムとうなずくアルファモン。 ルイズは試しに目を閉じる。 そこには、アルファモンを見上げながら両目を閉じた自分の姿が移った。 「感覚の共有は可能みたいね」 「秘薬の材料の調達だが、俺はこの世界に来たばかりだから無理だな。そして最後の一つ……、俺にうってつけ、だな」 「あなた、強いの?」 「あまり嬉しくはないが、強い」 そう言って、アルファモンはうつむく。 悪いことを聞いてしまったと勘違いしたルイズは、思わず謝りそうになったが、アルファモンに先手を打たれた。 「君は悪くない。悪いのは、勝手に感傷に浸った俺の方だ」 アルファモンはそう言って立ち上がり、ドアに手をかける。 「何処へ行くの?」 「散歩も兼ねて、学院内を探検してくる。安心しろ、逃げたりしないさ」 夜の学院を、アルファモンが歩き回る。 アルファモンは、学院の内部をある程度見てまわったところで食堂に入り、小さな人形たちが踊る光景を目の当たりにする。 アルファモンにとって、それは不思議以外の言葉が当てはまらない光景だった。 「魔法で動いているの、か?」 アルファモンを尻目に、アルヴィーたちは踊り続ける。 彼らの踊りをしばらく眺め、やがて飽きてきたアルファモンは食堂を出ようとした。 しかし、背後に気配を感じ、右腕を振り回しながら物凄い勢いで振り向く。 そこには誰もいない。 よく見ると、ネズミが月明りに照らされていた。 「ネズミか」 そう言い残し、アルファモンは食堂を出た。 アルファモンの足音が徐々に遠くなる。 聞こえなくなった直後、ネズミは暗がりへと逃げた。 直後、そこから人のようなものが現れる。 「空白の席の主……、まさかこの目で見れようとはな。我(われ)がオスマンの使い魔となりて百と五十年。これだから人間の側にいるのは止められぬ」 平時はネズミに化け、モートソグニルと呼ばれる、オールド・オスマンの使い魔。 七大魔王が一人、リリスモン。 「弄りがいがなさそうだから、代わりにルイズの方を弄ってやるかの」 リリスモンは月明りに照らされながら微笑んだ。 次回、「アイ・アム・ナッシングネス」まで、サヨウナラ…… 前ページ次ページデジモンサーヴァント
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autolink ZM/WE13-04 カード名:揺るぎない信頼 ルイズ カテゴリ:キャラクター 色:黄 レベル:2 コスト:1 トリガー:1 パワー:5000 ソウル:1 特徴:《魔法》?・《虚無》? 【永】応援 このカードの前のあなたのキャラすべてに、パワーを+X。Xはそのキャラのレベル×500に等しい。 【自】[①]あなたのクライマックス置場に「サモン・サーヴァント」が置かれた時、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、あなたは自分の山札を見てレベル1以上の、《使い魔》?か《虚無》?のキャラを1枚まで選んで相手に見せ、手札に加える。その山札をシャッフルする。 ノーマル:わたし、信じてるもん。 サイトは絶対絶対、来るんだから! パラレル:ずっと、私のそばにいないと許さないんだから レアリティ:R illust.- 初出:電撃G sマガジン 2008年6月号 12/04/18 今日のカード。 CXシナジーを搭載したレベル応援。 シナジーの内容は1コストでの山札サーチ。 ネオスタンであれば《使い魔》?・《虚無》?共に対象も少なくない。 ゼロの使い魔には各色に大活躍?を持ったキャラが用意されているので、それらのサポートをしてやるのも良いだろう。 貴族の務め ルイズの経験を満たすために必要な1枚でもある。 そちらも《虚無》?を持つため、勿論CXシナジーでサーチが可能。 パラレル版はイラスト・フレーバー共に別。 ・対応クライマックス カード名 トリガー サモン・サーヴァント 1・炎 ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 貴族の務め ルイズ 3/2 10000/2/1 黄
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クラブメンバー紹介 パンヤ内クラブ「TKAPM」のメンバー紹介(スコア記録掲載許可をもらったメンバーのみ) 使用キャラクターのSS、ニックネーム、パンヤ内称号、レベル、チームかげオリジナル称号の順で載せてます オリジナル称号の見本は一番下にあります(随時追加中) メンバーの画像をクリックするとその人の個人ページに行けます(ページが完成していない場合は非公開になっております) 各キャラクターについてはこちらへ(別ウインドウで開きます) マスター:やー サブマスター:かげ。 ナッパ3 べぶー キャラちゃん♪ なし なし 卍xフリーダムx卍 hiro,☆彡 ふみか1 ポップ02 Exelia なし なし なし なし なし GIGA12345 あほタン +ことり+ kome ユウキス なし なし なし なし 炭酸ソーダ sunchsco Kafka.0120 ☆ぷちぃ☆ ジャガっち なし なし なし なし なし x瀬戸際x ザークシーズ 世ちゃま 疾風の銀狼 ムーン なし なし なし なし なし 虎z 七味〆 こぅじ 虹羽根 はいちぇら なし なし なし 澄男 有希 はごろもo ξΩξ リスフィア なし なし なし なし ながれっど なし オリジナル称号見本 この中から選んでもおkです ACE 自宅警備員 年中パンミ 変態紳士 てけとー組 赤影家出中 クーは俺の嫁(Ver.1) クーは俺の嫁(Ver.2) エリカは俺の嫁(Ver.1) エリカは俺の嫁(Ver.2) ごみくず 最弱なちょ ネカマ.com ネカマ.com(Ver.2) 誤爆乙 出荷待ち アリンは俺の嫁 セシリアは俺の嫁 ダイスケは俺の嫁 エリカは俺の嫁(Ver.3) カズは俺の嫁 ケンは俺の嫁 クーは俺の嫁(Ver.3) ルーシアは俺の嫁 マックスは俺の嫁 カニみそ ぬこ入荷待ち パンミでBI おしい人 兎の勘 以下広告
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前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― トリステインの城下町、ブルドンネ街では派手に戦勝記念のパレードが行われていた。 聖獣ユニコーンにひかれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族の馬車が後に続く。 その周りを魔法衛士隊が警護を務めている。 狭い街路にはいっぱいの観衆がつめかけている。通り沿いの建物の窓や、屋根や、屋上から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げかけた。 「アンリエッタ王女万歳!」 「トリステイン万歳!」 観衆たちの熱狂も、もっともである。なにせ、王女アンリエッタが率いたトリステイン軍は先日、不可侵条約を無視して進行してきたアルビオンの軍勢を、 タルブの草原で見事打ち破ったばかり。この戦によって、民への被害を最小限に抑えただけでなく、アルビオン軍に対し大損害を与え、 歴史的とも言える大勝利をしてみせた王女アンリエッタは、『聖女』と崇められ、今やその人気は絶頂であった。 この戦勝記念のパレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びであった。 これには枢機卿マザリーニを筆頭に、ほぼ全ての宮廷貴族や大臣たちが賛同していた。 隣国のゲルマニアは渋い顔をしたが、皇帝とアンリエッタの婚約解消を受け入れた。一国にてアルビオンの侵攻軍を打ち破ったトリステインに強硬な態度が示せるはずもない。 ましてや同盟の解消など論外である。アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとって、トリステインはいまやなくてはならぬ強国である。 つまり、アンリエッタは己の手で自由を掴んだのだった。 枢機卿マザリーニはアンリエッタの隣で、にこやかな笑顔を浮かべていた。ここ十年は見せたことのない、屈託のない笑みである。 馬車の窓を開け放ち、街路を埋め尽くす観衆の声援に、手を振って応えている。彼は自分の左右の肩に乗った二つの重石が、軽くなったことを素直に喜んでいた。 内政と外交、二つの重石である。その二つをアンリエッタにまかせ、自分は相談役として退こうと考えていた。 傍らにこしかけた新たなる自分の主君が沈んだ表情をしていることにマザリーニは気がついた。口髭をいじった後、マザリーニはアンリエッタに問うた。 「御気分がすぐれぬようですな。まったくこのマザリーニ、殿下の晴れ晴れとしたお顔をこの馬車で拝見したことがございませんわい」 「なにゆえ、わたくしが即位せねばならぬのですか? 母さまがいるではありませぬか」 「あのお方は、我々が『女王陛下』とお呼びしてもお返事を下さいませぬ。妾は、『王』ではありませぬ、王の妻、王女の母に過ぎませぬ、とおっしゃって、決してご自分の即位をお認めになりませぬ」 「なぜ、母さまは女王になることをこばんだのでしょうか」 マザリーニは、珍しく少し寂しげな憂いを浮かべて言った。 「太后陛下は喪に服しておられるのです、亡き陛下を未だに偲んでいらっしゃるのですよ」 アンリエッタはため息をついた。 「ならばわたくしも、母を見習うといたしましょう。王座は空位のままでよろしいわ。戴冠など、いたしませぬ」 「またわがままを申される! 殿下の戴冠は御母君も望まれたことですぞ。トリステインはいまや弱国では許されませぬ。国中の貴族や民、そして同盟国も、あの強大なアルビオンを破った強い王を……女王の即位を望んでいるのです」 アンリエッタは再びため息をついた。それから……左の薬指にはめた風のルビーを見つめる。 エツィオがアルビオンから持ち帰った、ウェールズの形見の品である。 そんな物憂げなアンリエッタに、マザリーニが諭す様に呟いた。 「民が、全てが望んだ戴冠ですぞ。殿下の御体はもう、殿下御自身のものではありませぬ」 こほんと咳をして、マザリーニは言葉を続けた。 「では、戴冠の儀式の手順をおさらいいたしますぞ。お間違えなどなさらぬように」 「まったく、たかが王冠をかぶるのに、大層なことね」 「その様なことをもうされてはなりませぬぞ、これは神聖なる儀式、始祖が与えし王冠を担うことを、世界に向け表明する儀式なのです。多少の面倒は伝統の彩と申すもの」 マザリーニは勿体ぶった調子でアンリエッタに儀式の手順を説明した。 儀式の後、祭壇の前で神と始祖に対し誓約の辞を述べた後、戴冠が行われると言うこと。その時よりアンリエッタは女王となり、陛下と呼ばれるようになるということ……。 誓約……。 心にも思っていないことを『誓約』するのは冒涜ではないのかしら? とアンリエッタは思う。 自分に女王が務まるなどとはとても思えない。あの勝利は……。自分を玉座に押し上げることになったタルブでの勝利は己の指導力によるものではない。 経験豊かな将軍やマザリーニの機知のお陰だ。自分はただ、率いていただけに過ぎない。 ウェールズがもし生きていたら、今の自分を見てなんと言うだろう。 女王になろうとしている自分、権力の高みにのぼりつめることを義務付けられてしまった自分を見たら……。 ウェールズ。 愛しい皇太子。 自分が愛した、ただ一人の人間……。 後にも先にも、心よりの想いが溢れ、誓約の言葉を口にしたのは、あのラグドリアンの湖畔で口にした誓いだけだ。 そんな風に考え始めてしまうと、偉大なる勝利も戴冠の華やかさも、アンリエッタの心を明るくはしてくれないのだった。 アンリエッタは手元の羊皮紙をぼんやりと見つめた。 先日、アンリエッタの元に届いた報告書であった、そこにはタルブで起きた『奇跡の光』のことが書いてあった。 『奇跡の光』がアルビオンに与えた損害は凄まじく、上空に遊弋していたほぼ全てのフネを撃沈せしめていた。 調査によると、あの光はフネに積まれていた『風石』を消滅させ、地面へと進路を向けさせたとあった。 そしてなにより驚くべきことは、誰一人として死者を出さなかったのである。光はフネを破壊したものの、人体には影響を及ぼさなかった。 そんなわけで、艦隊の不時着の際に何名かけが人は出たが、死者は一人も出なかった。 発生源についてはいまだ結論が出ていないらしく、調査中とあったが、自軍を勝利に導いた『奇跡』であることには間違いはない。 自分に勝利をもたらした、あの光。 まるで太陽が現れたかのような眩い光。 あの光を思い出すと、胸が熱くなる。 「『奇跡』……か」 アンリエッタは小さく呟いた。 さて一方、こちらは魔法学院。戦勝で沸く城下町とは別に、いつもと変わらぬ雰囲気の日常が続いていた。 タルブでの王軍の勝利を祝う辞が朝食の際に学院長であるオスマン氏の口から出たものの、他には取りたてて特別なことも行われなかった。 やはり学び舎であるからして、一応政治とは無縁なのであった。戦中にもかかわらず、生徒達もどこかのんびりしている。 ハルケギニアの貴族達にとって、戦争はある意味年中行事である。いつもどこかとどこかが小競り合いを行っている。始まれば騒ぎもするが、落ち着いたらいつものごとくである。 そんな中、エツィオはオスマン氏に呼び出しを受け、学院長室へと赴いていた。 「入れ、大鷲よ」 「失礼いたします」 机の向こうに立ち、窓の外を見つめるオスマン氏の声は、いつになく硬い調子だ。 何かあったのだろうか? エツィオは少々疑問に思いながらも机のそばに立った。 「タルブでは随分と活躍したそうではないか」 「いえ……、活躍と言う程では……」 言葉とは裏腹に、眉根を顰めるオスマン氏に、エツィオは嫌な予感を感じつつ小さく首を振って応えた。 オスマン氏は手を後ろで組むと眼を瞑り深くため息をついた。 「……大鷲よ、今回お主が取った行動は、決して褒められたものではない、なぜだかわかるかね?」 「……」 沈黙で答えるエツィオに、オスマン氏はじろりと彼を睨みつけた。 「わからぬか? だとすれば、お主はアサシンの教えを一から学び直す必要があると見えるな」 その一言にエツィオはむっとした、言葉を発しようとしたが、オスマン氏が手を上げて遮った。 「聞け。タルブの村を解放し、敵総司令官を葬ったまではいい。だが、そこで手を引くべきじゃった。 敵総司令官を討った時点で、あの戦の勝敗は決していた。戦いを続ける意味などなかった筈じゃ」 公式発表では、総司令官を討ち取ったのはアニエスという女傭兵になっていたはずだが……、どうやらオスマン氏にはお見通しのようであった。 「……お主、前線拠点に集まっていた将校達を皆殺しにしたそうじゃな。なぜそのような事をした。 そんな事をしてしまえば、統制を失った二千の兵が散り散りになる可能性もあった、付近の村々にも被害を与えていたのかもしれぬのだぞ?」 「しかしそれは……!」 「口を噤め!」 反駁しようとするエツィオをオスマン氏がぴしゃりと怒鳴りつけた。 「命ずるまで口を閉じておれ! 掟を忘れているならば思い出させてやろう! 一つ、『我らの存在は鞘の中の刃』、お主はその行動によって無暗に目立ち、敵にその存在を知らせてしまった!」 オスマン氏の大声が響く。老人とは思えぬ鋭い眼光に、エツィオは竦み上がった。 「それだけではない、お主が拠点とし、戦いの舞台にもなったタルブの村……。 そこにヴァリエールや学院のメイドもいたそうじゃな、どうやらお主を追っていったようだが……、さて、これはどう弁明するつもりなのだ? よもや、彼女らの勝手な行動と断じるお主ではあるまい?」 そう言われ、エツィオはぎくりとした。確かに、彼女らが勝手に飛び出した根本的な原因はエツィオにあると言えた。 そこまで一気にまくしたてたオスマン氏は、大きく息を吐いた。 「二つ、『罪なき者から刃を遠ざけるべし』……。彼女らは、我らアサシンが守るべき無辜の民、それを危険に晒した。 もし彼女ら二人のどちらかでも死していたら……、私はお主を粛清せざるを得なかった」 そう呟き嘆息するオスマン氏の目は鋭く、その言葉が偽りではないことを表していた。 「答えよアサシン、我らアサシンが目的とする理想とは何ぞ?」 ただただ頭を垂れるしかないエツィオに、オスマン氏が問うた。 アサシン教団の理想……、エツィオは言葉に詰まった。 今までエツィオには、家族を奪ったテンプル騎士団への復讐という目的があった。 陰謀に関わったテンプル騎士を一人残らず抹殺すること、それは復讐を成し遂げる事と共に、世界支配という騎士団の野望を阻止することにもつながっていたのだ。 しかしそれは、テンプル騎士団という存在がある元の世界での話である。 故に、騎士団の存在しないこの世界においての……いや、本来アサシン教団が掲げる理想とは即ち……。 「……平和です、全ての……」 エツィオの答えに、オスマン氏は大きく頷いた。 「忘れてはおらぬようだな。……然り、全ての平和だ、暴力を終わらせるだけでは十分ではない。心の平和も実現するのだ、どちらも重要だ。 そしてその平和とは、当然我らにも当てはまる、とりわけ『心』の平和、これこそが我らアサシンの本能を研ぎ澄まし、五感を導く。 無知、傲慢、怯懦、嫉妬、憎悪、それらの心の歪みがあるうちは、『心』の平和の実現など望めるべくもない」 よいか。とオスマン氏はエツィオを厳しい表情で見つめた。 「トリステインに肩入れすること自体はかまわん、しかし方法を考えよ、表だって動けば、お主がトリステインに属していることが分かってしまうのだぞ? 所属や正体、目的を知れば、敵は我らを恐れなくなる、最悪攻撃の的になることも……。 何より、過ぎた行為はアサシンの沽券にかかわる。最後の三つ目、『教団の名誉を汚すなかれ』。これを破るは最大の裏切り。 お主はアサシンの教えと共にある、一度従うと誓ったのであれば、道を踏み外す事は断じて許さぬ!」 オスマン氏にタルブでの出来事をそこまで知られていたとは驚きであったが、すべて事実であり、エツィオは恥ずかしくて反駁するどころではなかった。 エツィオはきつく唇を噛み、ただ黙って頭を垂れた。 「……とはいえ、お主のアサシンとしての手腕は見事という他に無い。 結果的にじゃが、アルビオンは艦隊のみならず多くの優秀なメイジを失った。当分連中は攻めてくることはないだろう」 そう語るオスマン氏の口調と表情は幾分かは柔らかくなっていた。 「人は誰でも過ちを犯す、かつてのアルタイルも驕りにより過ちを犯した。無論この私も、犯した過ちは一つや二つではない……。 重要なのはそれを受け入れ、反省するか否かじゃな。これは生徒にもよく言っているが、間違いからは何かを学び、過ちからは反省をする。 お主もこの失敗を糧に、より修練を積むがよい」 オスマン氏の言葉に、エツィオは深々と頭を垂れた。 アルビオンの要人を次々に葬り、侵攻作戦を大きく躓かせたことで、自分は思い上がっていた。 驕りは油断を生み、気持ちの乱れはいざという時の決断力を鈍らせる。そんな僅かな心の隙が、生死をわけるのだ。 深く反省している様子のエツィオを見つめながら、オスマン氏は満足したように頷く。 それからオスマン氏は口髭を擦りながらエツィオに訊ねた。 「それはそうと大鷲よ、お主をここに呼んだのはもう一つ用件があるからじゃ」 「なんでしょうか?」 「あの『奇跡』の事じゃ、お主もそこにいたのならば見たのじゃろう? タルブの草原で突然発生した巨大な光……、あの時、何が起こったのだ?」 その質問にエツィオは一瞬素直に答えるべきか迷った。しかし、オスマン氏はエツィオと同じく、アサシンの信奉者だ。 ならばその答えもアサシンの教義に則ったものが返ってくるに違いない。エツィオは彼を信じ、起こったことを説明することにした。 タルブ防衛の際、ルイズが『始祖の祈祷書』を手になにやら呪文を唱えていた事。 彼女が杖を振り下ろした際、巨大な光が発生、気がついた時にはアルビオン艦隊が沈んで行くのが見えた事……。 それらの状況を加味し、あの光はルイズが発生させた可能性が非常に高いというエツィオの考え。 それらの報告を聞いたオスマン氏は、目を瞑り腕を組むと、ううむ……。と唸った。 「なるほど……虚無……か」 「そう考えるのが妥当かと」 オスマン氏の出した答えに、エツィオも同意するように頷いた。 「彼女の手には『始祖の祈祷書』がありました、あの本からは常に強大な魔力が溢れておりました。おそらくあれは始祖ブリミルがらみの物……聖遺物とみるべきかと」 「お主、あの中身が読めたのかね?」 「はい、タカの眼で。しかし、本より溢れ出る魔力が強すぎて、私には文字の判別がつきかねましたが」 エツィオは自分の目を指さし答えた。 オスマン氏は腕を組むと深く考え込むように再び目を瞑った。 「もしや……アレは『果実』なのか……? いやしかし……触れた時にはなにも……」 「始祖の祈祷書がですか? しかしあれは書物では?」 「あくまで可能性の話じゃ。私が手にした時、あの書物にそんな力は一切感じなかった、なにせまがいもんかと思った位じゃからな、 ……そもそも果実ならば、私はあの誘惑に再び打ち克つ自信はない……」 それほどまでにエデンの果実の持つ力は強いのじゃ、とオスマン氏は呟くように言った。 「しかし、これは厄介なことになったぞ、大鷲よ」 「いかがすべきでしょうか……、虚無と言えば、この世界の信仰の根底を為す存在、それが現れたとあっては……」 「うむ……そういった力を利用しようとする者は多くいるじゃろう、宮廷の連中がまさにそれじゃ、あとは信仰に目を眩まされた盲人共か」 オスマン氏は大きくため息をつき、首を振った。 「いずれにせよ、ロクなことにはならん。今のアルビオンがいい例じゃ」 「同感です。しかし、これは私一人でどうにかできるようなことではないような気がします」 「……ううむ、今は様子を見るしかなかろうな、幸い、宮廷の無能どもはあの光を『奇跡』で片づけようとしておるでな。この事は他言無用に頼むぞ、大鷲よ」 「心得ております」 「あまり大した助言もできずに済まぬな、なにせこのような事は……わが学院としても前例がないのでな」 「いえ、大変参考になりました、オスマン殿」 オスマン氏はそう言うと、すまなそうに頭を掻いた。 それからエツィオと握手を交わすと、真剣な表情でエツィオを見つめた。 「彼女を頼んだぞ大鷲よ、……彼女を支える事が出来るのはお主しかおらぬでな」 「オスマン殿、彼女を支える者は私だけではありません」 オスマン氏の言葉に、エツィオは首を振って応え、にこりとほほ笑んだ。 「彼女には友が、仲間がいます」 「そうじゃな」 オスマン氏は満足そうに頷くと、人差し指を立てた。 「ではアサシンよ、お主に一つ任務を与える」 「なんなりと」 粛々と頭を垂れるエツィオに、オスマン氏はにんまりと笑った。 「ラ・ヴァリエール嬢の調査、護衛をお主に命ずる、彼女に眠る力について、より多くの情報を集めるのじゃ」 「心得ました」 要は彼女の相手をしてあげろと言うことか。エツィオも頬を緩めた。 「よろしい、では行くがよいアサシンよ――安全と平和を」 学院長室を退出したエツィオは、大理石の廊下を渡り、あまり人の来ないヴェストリの広場まで足を運んでいた。 広場の隅にあるベンチには一人のメイドが腰かけている、シエスタであった。 エツィオは渡したいものがあるからと、このヴェストリの広場までシエスタを呼び出していたのである。 エツィオはそっと近づいて声をかけた。 「やあ、シエスタ」 その声にはっとしてシエスタは顔を上げた。 「あ……エ、エツィオさん……」 「待たせて悪かったな、学院長殿にこっぴどく叱られていてね」 「いえ! わたしも今来たところですから!」 さも困ったように両手を広げたエツィオに、シエスタは慌てて答える、しかし、笑顔がいつもよりぎこちない感じだ。 「きみの様子が気になってね。もう、落ち着いたか?」 「は、はい、もう……大丈夫です……」 エツィオはシエスタの隣に腰を下ろしながら訊いた。 タルブから逃げ出し、学院へと戻っていた時、ルイズとシエスタは過労が祟ってしまったのか、途中で意識を失ってしまったのであった。 困り果てたエツィオは、たまたま近くの納屋にあった馬車を拝借し、なんとか二人を学院にまで送り届け、介抱していたのであった。 「……あの時は、済まなかったな。危険な目に合わせた」 「そんな……、悪いのはわたしです……あの時、言いつけを守らなかったから……」 消え入るような声で呟くシエスタに、エツィオは静かに首を横に振った。 「俺の考えが浅かったんだ、もっとよく考えるべきだった、そうすればきみたちを危険に巻き込む事はなかった。全部俺の責任だ。 ……許してくれとは言わない、けど、あの時は本当に恐ろしかったんだ、きみたちを失うことが。それだけは、どうかわかってほしい」 「……」 シエスタは応えない。どこか居心地が悪そうに俯いたまま手の指を弄っている。 そんな彼女に、エツィオは僅かに俯くと、呟くような声で尋ねる。 「俺が……怖いか?」 「い、いえ! そんなことないです!」 エツィオのその問いに、シエスタは慌ててベンチから立ち上がった。 「エツィオさんは、わたしたちをっ……! トリステインを守ってくださったんです! エツィオさんは英雄です! そんな人をっ……!」 「英雄じゃないよ」 シエスタの言葉に、エツィオは俯いたまま首を小さく横に振った。 「俺は……アサシン、暗殺者だ」 英雄であるはずがない……。エツィオは小さく呟く。 二人の間に沈黙が訪れる。長い沈黙の後、シエスタがぽつりと絞り出す様にして呟いた。 「ほんとは……怖いです」 エツィオは優しく、だがどこか悲しそうに微笑んだ。 「……そうだな、どんなに取り繕っても俺はただの……殺人者だ。シエスタ、俺にはもう――」 「違いますっ!」 関わらない方がいい、エツィオがそう言おうとした時、突然シエスタが立ち上がり、大声で叫んだ。 エツィオはぎょっとしてシエスタを見つめた。 「それ以上、そんなこと言わないでください……!」 今にも泣きだしそうな顔で、シエスタは言った。 「わたしはっ! エツィオさんに見捨てられるのが怖いんです! あの時、怒られたことよりも、エツィオさんがアサシンだって分かった事よりも、 エツィオさんがわたしのことを見なくなったって思っただけで、すごくっ……怖くなったんです、もう見捨てられたんだ、嫌われたんだ……って」 シエスタの顔がふにゃっと崩れ、ぽろぽろと涙がこぼれおちた。鼻をすすりながら、ぎゅっと自分の肩を抱きしめる。 「そう思っただけで、震えが……止まらないんです……今も……怖い、すごく……怖いんです……」 エツィオは静かに立ち上がると、優しくシエスタを抱き寄せ「すまなかった」と小さく呟く。 感極まってしまったシエスタは彼の胸に顔を埋めて大声を上げ泣き始めた。 「嫌です……イヤ……、見捨てないで……嫌いにならないで……」 「見捨てないよ、嫌いにもならない、約束する」 シエスタの耳元で優しく囁き、頭を撫でる。 すると安心したのか、シエスタはぐしぐしと涙に塗れた顔をエツィオの胸に押しつけ泣き続けた。 「あ、あのっ……ご、ごめんなさい、わたしったら……」 やがて泣きやんだシエスタは、エツィオの胸を離れ、鼻を啜りながらはにかんだ笑みを浮かべた。 「かまわない、むしろ謝らなきゃならないのは俺の方だ。そんなにもきみを苦しめていたなんて……本当にすまなかった」 自分の軽率な行動が彼女をここまで傷つけていたとは……、エツィオは沈痛な面持ちを浮かべ、再びシエスタを抱き寄せきつく抱きしめた。 相変わらず情熱的なエツィオのアプローチにすっかりとろけきってしまいそうであったシエスタであったが、 いつまでもエツィオのなすがままではいられないと、意を決して行動に出た。なんと目を瞑り、唇を突き出してきたのである。 当然のごとくそれに応えようと、その身を動かすエツィオ、二人の唇が今にも重ねられそうになった……、その瞬間であった。 頭にぼごん! と大きな石がぶつかって、エツィオは気を失った。 エツィオとシエスタがこしかけていたベンチの後ろ、十五メイルほどの地面に、ぽっかりとあいた穴があった。 その中で、荒い息を吐く少女がいた。ルイズである。 ルイズは穴の中で地団太を踏んだ。その隣には、巨大モグラのヴェルダンデとインテリジェンスソードのデルフリンガーがいた。 ルイズはギーシュのモグラを捕まえて、穴を掘らせ、中に潜んでこっそり顔を出し、ずっとエツィオとシエスタのやり取りを見張っていたのである。 デルフリンガーには、いろいろと聞きたいことがあったので、持ってきたのであった。 「なによう! あの使い魔!」 ルイズは穴の壁を拳で叩きながら、う~~~~~~! と唸った。 自分の使い魔のくせに、他の女の子にキスするなんて許せないのである。 デルフリンガーがとぼけた声で言った。 「なあ、貴族の娘っ子」 「あによ。ところであんた、いい加減わたしの名前おぼえなさいよ」 「呼び方なんざどうだっていいじゃねえか。さて、最近は穴を掘って使い魔を見張るのが流行りなのかね?」 「流行りなわけないじゃないの」 「だったら、何故穴なんて掘って隠れて覗くんだね?」 「見つかったらかっこわるいじゃない」 ルイズは剣を睨んで言った。 「だったら、覗かなきゃいいだろ? 使い魔のやることなんざ、ほっときゃいいじゃねえか」 「そういうわけにはいかないわ。あいつってば、こないだの事もう忘れたの? なのにまたいちゃいちゃいちゃいちゃ……」 いちゃいちゃ言う時、ルイズの声が震えた。相当頭に来ているのであった。 「それに、わたしってば、伝説の『虚無』の系統使いかもしれないのに、でも誰にも相談できなくって、わたしが思い悩んでいるって言うのに、その相談にものりもしない……」 「んなこと言ってもなぁ、お前さん、今までぶっ倒れてたんじゃねえか、起きれるようになったのはつい最近だろ?」 その言葉に、ルイズは「うっ……」と言葉に詰まった。 デルフリンガーの言うとおり、ルイズは二日ほど前まで疲労で寝込んでいたのであった。 その間エツィオが甲斐甲斐しく世話をしており、そのことはルイズも勿論知っていた。 「病み上がりのお前さんに、相棒がその話を振るワケがねえじゃねえか。それに、そういうのは娘っ子が切り出すってのがスジってもんじゃねえのか?」 「と、とにかく! わたしが、仕方なくバカでどうしようもないロクデナシな使い魔相手に相談しようというのに、あいつはどこぞのメイドといちゃいちゃいちゃいちゃ……」 「いちゃいちゃいちゃいちゃ」 「真似しないでよッ!」 「おおこわ、いやしかし、石を投げるのはどうかと思ったが、まさかあの相棒を仕留めるたぁな、ここがアルビオンだったら今頃大英雄だぜ」 愉快そうに茶化すデルフリンガーに、ルイズは口をへの字に曲げて穴の中で腕を組んだ。 「冗談じゃないわ。……使い魔の責務も果たさずに、いちゃいちゃなんて百年早いのよ」 「やきもちか」 「違うわ、絶対違うんだから」 頬を染め、顔を背けてルイズが呟くと、デルフリンガーがルイズの口調を真似て言った。 「なによ、他の女の子とばっかり遊んで」 「おだまり」 「あんたはわたしのものなの、あんたはわたしだけをみてればいいのよ!」 「今度それ言ったら、『虚無』で溶かすわ、誓ってあんたを溶かすわよ」 デルフリンガーはぶるぶると震えた。どうやら笑っているらしい。ホントにイヤな剣ね、と思いながら、ルイズはデルフリンガーに尋ねた。 「ねえ、あんたに仕方なく尋ねてあげる。由緒正しい貴族のわたしが、あんたみたいなボロ剣に尋ねるのよ。感謝してね」 「へーへー、ありがたいこって、で、なんだね?」 ルイズはこほんと可愛らしく咳をした。それから顔を真っ赤にしながら、精一杯威厳を保とうとする声で、デルフリンガーに尋ねた。 「わたしより、あのメイドが魅力で勝る点を述べなさい、簡潔に、要点を踏まえ、わかりやすくね」 「聞いてどうすんだ? っていうか、『虚無』の事じゃねーのかよ」 「あ、あんたに関係ないでしょ? いいから、さっさと答えてよ」 「色恋が先ってか……ほんっとしょうがない娘っ子だな。うーん……、そうだな、まずはあの娘っ子は料理が出来る」 「みたいね、でも、それが何だって言うのよ? 料理なんて注文すればいいじゃない」 「男ってのはそう言うのが好きなんだよ。言いかえりゃ、献身的ってやつだな」 「あいつはわたしの使い魔よ、立場が逆になっちゃうじゃない! 次!」 「顔はまぁ……、好み次第かね、お前さんもまぁまぁ整ってるし、あの娘っ子には愛嬌がある。しかし、あの娘っ子にはお前さんに無い大きな武器がある」 「言ってごらんなさい」 「むね、……と言いたいところだが、よくよく考えりゃ決定打にはならんだろうねぇ、見ての通り、ああいう奴なんだから」 「……人間は成長するわ。次」 「あとはそうだな……。強いて言やあ、積極性だな」 「せっきょくせい?」 「そのまんまの意味だよ、あのメイドの娘っ子を見ろよ、ガンガン相棒にアプローチかけてんじゃねえか。お前さんは何かやってんのか?」 ルイズはうっ……と言葉に詰まった。確かに、あのメイドはいつもエツィオに何かしらのアプローチを掛けている。 その点ルイズは、エツィオに対し何も行動を起こしてはいなかった、強いて言えばセーターを作ってはいたが、あの騒動以来全く手をつけていない。 う~~っと低く唸るルイズに、デルフリンガーは呆れたように言った。 「娘っ子、相棒は厄介だぞ。強くてハンサムで頭も切れて、性格も陽気で人当たりもいい、おまけになにやらせても完璧だ。 他の女が放っておくわけがないことぐらいわかるだろ?」 「わかってるわよ……。それ、キュルケも言ってたわ」 「しかも悪いことに、あいつ自身がとんでもない女ったらしだ。何もしない軟弱男とはワケが違う、ほっとくとどんどん他の女喰い散らかすぞ」 デルフリンガーの言葉にピンとこないのか、ルイズは小さく首を傾げる。 「喰う? どういう意味?」 「そりゃお前、喰うっつったらセッ……」 「や、ヤダ! そんなのぜったいヤダ!」 「ヤダって言ってもな……そういうのも男の甲斐性ってもんじゃないのか? それともなんだ? お前さんまさか童貞がお好みなのかね?」 「どっ……! ち、違っ……! そ、そんなんじゃ……!」 歯に衣着せぬデルフリンガーの物言いにルイズは益々顔を真っ赤にさせる。 「ま、童貞がお好みだってんだったら、残念ながらもう手遅れだ。元いたとこじゃ、恋人もいたっていうし、何より遊び慣れてるからな」 「ち、違うって言ってるでしょ! もうやめてよ! 黙って!」 ルイズが羞恥に耐えきれず叫んだその時、傍らのモグラが、がばっと穴から顔を出した。嬉しい人影を見つけたのだ。自分を探していたギーシュである。 ギーシュはすさっと地面に立て膝を付くと、愛する使い魔を抱きしめ、頬ずりした。 「ああ! 探したよヴェルダンデ! ぼくのかわいい毛むくじゃら! こんなところに穴を掘って一体何をしてるんだい? ん? おや、ルイズ」 ギーシュは穴の中のルイズの姿を発見して、怪訝な顔になった。 「なんできみは穴の中にいるんだね?」 モグラは困ったような目で、ギーシュとルイズを交互に見比べた。ギーシュはうむ、と首を振って分別くさい口調で言った。 「わかったぞルイズ。きみはヴェルダンデに穴を掘らせて、どばどばミミズを探していたな? さては美容の秘薬を調合する気か、 なるほどきみの使い魔は……。ああやっぱり、食堂のメイドを誑し込んでるようだし……」 ギーシュはちらっと、ベンチのところでエツィオを介抱するシエスタを見つめて言った。 相変わらずエツィオは気絶したままだ。シエスタはそんなエツィオの胸にすがってわぁわぁ騒いでいる。 「あっはっは! せいぜい美容には気をつかって彼の気を引くべきだね! エツィオはいろんな女の子に手を出してるからな! もう彼も首が回らなくなるんじゃないか?」 いけね、とデルフリンガーが呟いた。ルイズはギーシュのシャツの裾を掴むと穴の中に引きずり落とし、二秒でギタギタにした。 モグラが心配そうに、気絶したギーシュの頭を鼻先でつついた。ルイズは拳をぎゅっと握りしめると低く、唸るように呟いた。 「もうっ……! 次はあいつだかんね……!」 デルフリンガーが、切ない声で呟いた。 「いやぁ、今度の『虚無』はブリミル・ヴァルトリの百倍こええや」 痛む頭を擦ってエツィオが部屋にやってくると、ルイズはベッドの上に正座して窓の方をじっと見つめていた。 部屋の中は薄暗い。もう夕方だというのに、ルイズは灯りもつけていない。 「あれ? どうしたんだ? 部屋が真っ暗だぞ」 エツィオがそう言っても、ルイズは返事をしない、エツィオに背中を見せたままである。相当ご機嫌ななめのようだ。 「遅かったじゃない。今まで、どこでなにをしていたの?」 正座したまま、ルイズが尋ねる、声の調子がいつもより冷たい。エツィオは肩を竦めた。 「オスマン殿に叱られていてね、その後、ヴェストリの広場でシエスタと会ってた、返さなきゃいけないものもあったしな。まぁ……返し損ねちゃったけど」 そう呟きながら、エツィオは近くにあった椅子を引き、そこに腰かける。 「まぁそれはいいか、ところでルイズ、体調はどうだ? もう平気なのか?」 「ええ、もう平気よ」 冷たい口調のまま答えたルイズに、「そっか」とエツィオは笑みを浮かべた。 「確かに、あれだけ大きな石を投げられるんだ、もう大丈夫だろうな」 冷たい態度を装っていたルイズであったが、その一言は不意打ち過ぎた。 ルイズはがばっと振り向いた。 「あんたっ……! 全部わかってて……!」 「生憎、あの一件以来、きみから目を離したことはなくってね」 自分の行動を把握されていたことへの気恥ずかしさと怒りに顔を紅潮させるルイズに対し、エツィオは意地悪な笑みを浮かべて嘯いた。 「ま、それだけの元気があるなら、もう安心だ。これならゆっくり話が出来るな」 「くっ……! あ、あんた! もう許さない!」 ルイズはベッドの上で立ち上がると杖を振った。 一見何も起こっていない。しかしエツィオはついと振り向くと、入ってきたドアのノブをじっと見つめてニヤリと笑った。 「『ロック』か、呪文、成功するようになったみたいだな」 「ええそうよ! 簡単なコモン・マジックは成功するようになったわ!」 「『虚無』の覚醒が起因しているのかな?」 これからあんたをぎったんぎったんに……! と息巻いていたルイズであったが、 エツィオが真面目な顔をして呟くものだから、思わずぽかんとした表情になった。 「あんた……なんでそれを?」 「だいたい察せるよ。今日はそのことで話があるんだ」 エツィオは椅子に腰かけ直すと膝のあたりで手を組んで、じっとルイズを見つめた。 「ふ、ふざけないで! そんなことよりあんた――」 「……そんなことだって?」 「っ……!」 エツィオの声に凄味が増した。 ぞくり、とルイズの背中にうすら寒い物が走る。 でた、とルイズは内心毒づいた。今のエツィオは、いつもの陽気な彼ではない。 「ルイズ、きみ自身の今後に関わる大事な話だ、どうか話をさせてほしい、いいね?」 穏やかな声だった。しかし、先ほどまでのおどけた雰囲気は完全に消え去り、かわりに得体のしれない迫力がエツィオからにじみ出ている。 ――アサシン 不意に、辺りの闇が恐ろしくなった。 「どうしたんだ?」 急に押し黙ってしまったルイズに気がついたのか、闇の中のエツィオは首を傾げる。 「え? な、なんでもないわ。それより待って、今、灯りつけるから」 「そうしてくれ、きみの顔が見えないとなんだか落ち着けない」 我に返ったルイズは、慌てて杖を振り、部屋の灯りを付ける。 タルブでも感じたことだが……、この状態のエツィオはなんだか苦手だ。 まるで全て見透かされているかのような、そんな鋭さと冷たさが、今のエツィオにはある。 「ああ、ようやく可愛い顔を見せてくれたな」 ルイズの心中を知ってか知らずか、エツィオがニヤリと嘯く。 その態度にルイズはちょっと安心する。なんだ、いつものエツィオじゃないの―― そう思った瞬間、突如エツィオの表情がこわばり、椅子から跳ねるように立ちあがった。 左手からはいつの間にかアサシンブレードが飛び出し、右手には数本の投げナイフを掴んでいる。完全な戦闘態勢である。 突然のエツィオの行動に、「ひぃっ!」 っとルイズが小さな悲鳴を上げる。 頭を抱えながら、何事かと恐る恐るエツィオを見ると、険しい表情で窓の外を見つめている。 わけもわからずルイズが小さく震えていると、窓の外から何かが飛んできた。それは果たして一羽の鳥であった。足にはなにやら包みが縛られている。 「……鳥?」 たしかあれは――ペリカン、という鳥だ、イタリアでは見ないが、ずっと昔、兄上達と見世物で見た記憶がある。 エツィオは警戒するかのように入ってきた鳥をじっと見つめる。使い魔の類ではないようだが、あの脚に縛られた荷物は何だろう、念のため中身を検めるか。 そう考えた時、縮こまっていたルイズがはっとしたような表情になり、慌てて首を横に振った。 「エツィオ! 待って!」 「ルイズ?」 ルイズは慌てたようにベッドから飛び降りるとペリカンの脚に縛られた包みを外して、ベッドの上に置いた。 「ご、ごめんなさい、エツィオ、ちょっと待っててね。こ、これはただのわたしの買い物だから! ね? だから落ち着いて!」 エツィオは小さく肩を竦めると、武器を収め再び椅子に腰かけた。だが、その目からは未だ警戒の色が消えていない。 こんな時に来ないでよっ……! ルイズは小声で恨み言を呟きながら、ペリカンのくちばしの中に金貨を入れた。確かに買ったのは自分だが、来るタイミングが悪すぎる。 料金を受け取ったペリカンが飛び立ち、ルイズは気まずそうにベッドに腰かけた。 「お……お待たせしました……」 「いや、こっちも驚かせてすまなかったな。ちょっと気が立ってたみたいだ。それより、中身は検めなくて大丈夫か? よければ俺が――」 「だ、ダメっ! 絶対ダメ! こ、これはその……わ、わたしのプライベートなものだから! だからあんたはダメッ!」 再び椅子から立ち上がったエツィオに、ルイズは慌てて止めに入る。 確かに、エツィオを懲らしめるために買ったものではある、あるのだが、今のエツィオにこんなものは見せられない。 少なくともこれから真面目な議論を始めようとしている『アサシン』にこんなものを見せた日には、どんな目に会うかわかったものではない。 「……そうか? まぁ、きみがそう言うなら……」 エツィオは小さく首を傾げると、再び椅子に腰かけ、ルイズをじっと見つめた。 「さて、話って言うのは他でもない、タルブで見せた……。きみのその力についてだ。 単刀直入に言おう、俺の見立てでは……、その力は『虚無』ではないかと思っている」 エツィオは、その考えに至った理由をルイズに説明した。 あの時手に持っていた聖遺物『始祖の祈祷書』、エツィオ自身に刻まれた、虚無の使い魔たるガンダールヴのルーン。 そして、あの巨大な艦隊を吹き飛ばすほどの強大な力。 ルイズも同じ考えだったのか、「そうよ」と小さく頷き、指にはめた『水のルビー』と『始祖の祈祷書』をエツィオに見せ、あの日、自分の身に起こったことを説明した。 「やはりか……」 その説明を聞いたエツィオは、顎に手を当て、深く考えるように黙り込んでしまった。 「ねえ……わたし、どうしたらいいのかしら?」 「逆に聞くが、きみはその力をどうしたい? どうすべきだと考えている?」 不安げに呟くルイズに、エツィオは質問を投げかける。 ルイズは首を横に振った。 「わかんない……、わからないわ。いきなりこんな力に目覚めるなんて……もうなにがなんだか……」 困惑したように呟くルイズに、エツィオは小さく頷いた。 「そうだろうな……、きみの気持ちは理解できる、俺がきみの立場だったら、同じように困惑しただろう」 「あんたは……どうすべきだと思う?」 ルイズの問いに、エツィオは静かに首を横に振った。 「どうするかはきみ自身が決めるべきだ。俺の考えを挟む余地はないよ」 「でも……!」 「訊いてみるんだ、自分の心に」 「いつまでも……隠し通せることじゃないとは思ってるわ……でも……」 考えがまとまらず、ルイズは言葉に詰まった。 「なんであれ、長い間現れる事のなかった『虚無』がきみの中で覚醒した。それだけ強力な力が、理由もなく現れる筈もない。 きみが選ばれたのは、なにかしらの意味があってのことだと思う。……俺がきみの使い魔になったことも」 エツィオの言葉に、ルイズは半ば困惑しながら返答した。 「ごめんなさい……わからないわ、もう少し、考えさせて」 「ルイズ、『真実はなく、許されぬことなど無い』、人の自由意思による選択に正解、――答えなんて無い。 だけど最終的に、きみはその力をどうするか決断を下さなきゃならない、そして俺はその意思を最大限尊重したいと考えてる」 なぜか唖然とした表情のルイズに、エツィオは続けた。 「だが、忘れないでくれ、自由意思には常に代償が付きまとう、自身の選択によって何が起ころうとも、きみはその結果を受け止め、背負わなければならない」 「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って」 尚も続くエツィオの言葉を、ルイズが遮った。それからごくりとひとつ息を飲み、口を開いた。 「あんた……、ほんとにエツィオ?」 「……え?」 あまりに馬鹿げた質問だとルイズは内心思った、だけどそう訊ねざるを得ないほど、今のエツィオの言葉にはとんでもない程の重みがあった。 本当にこいつがあのエツィオなのか? と問われれば、今のルイズには頷く自信がない。 それほどまでに、今のエツィオは老成し過ぎていた。自分たちとそれほど歳も離れていない筈なのに、ここまで達観した考えを持てるものなのかと疑問に思ったのだ。 正直、学院の教師たちでさえ、このような考えに至っているかどうか、かなり怪しい。 呆れられちゃったかな? とルイズがおずおずとエツィオを見つめると、エツィオも困惑したかのように首を傾げていた。 「エツィオ? ……どうしたの?」 「え? いや……俺、変なこと言ってたか?」 「ううん、変じゃない。でも……あんたにしては重すぎたから……つい……」 「おいおい、それはちょっと酷いんじゃないか?」 そうおどけたように笑うエツィオからはいつの間にか得体のしれない迫力が失せていた。 よかった、いつものエツィオに戻った。破顔するエツィオを見て、ルイズは内心ほっとした。 あの調子のまま続けられたら、ルイズはこの先エツィオに敬語を使ってしまいかねなかった。 しかし、エツィオの表情はどこか浮かないままだ。ちょっと心配になったルイズは、エツィオの顔の前で掌をひらひらと動かした。 「ねえ、ほんとに大丈夫?」 「ん? あ、ああ、……実は、俺も不思議に思っていたんだ。さっきは頭の中に浮かんだ考えが自然と口をついて出たって言うか……」 エツィオは困ったように頭を掻いた。 「勝手に言ってた、ってこと?」 「わからない……、でも不思議と違和感はない、俺自身、この答えに深く納得していると言うか……。 この考えは俺の心の底から出たものだっていう確信がある……んだけど……」 エツィオは、ふと左手のルーンを見つめた。この感覚は、以前にも感じたことがあった。 タルブの村で傭兵達の指揮を取っていた時に感じた、あの感覚だ。あの時も、自分の奥底に眠る力が突然目覚めたような感じがした。 今回のそれも、同じような物なのだろうか。しかし左手のルーンは、あの時とは違い、光ってはいなかった。 エツィオは疑問に感じたが、やがて小さく首を振った。 「まあ、俺の事はいいな、それよりきみのことだ。さっきも言ったが、俺はきみの意思を最大限尊重する」 だけど……。とエツィオは人差し指を顔の前に立てた。 「一つだけ、俺の意見を言わせてもらうなら、その力を軽々しく振わないでほしい。特に人を傷つける目的ではな」 「そんなこと……しないわ」 エツィオの言葉に、ルイズは小さく頷いた。 それを聞いて、エツィオは安心したかのような笑みを浮かべ頷いた。 得体のしれない迫力は失せ、いつもの優しい雰囲気を纏っている。 「そうだな。でも安心しろ、きみを支えるのが俺の役目だから、それだけは変わらないよ。……この話はここまでにしておこう、疲れただろう?」 「え? ええ……そうね、あんたのせいで変に疲れちゃったわ」 「俺が? そういえば思い出したけど、きみ、さっきは何を怒ってたんだ?」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズの顔が鬼のような形相になった。 どうやら自分が怒っていたことを思い出したらしい。 「そうよ! 思い出したっ! あんたっ! いったいどういうつもりよ!」 「どういうつもり、って?」 「シエスタのことよ! あんた、こないだのこと、もう忘れたの! ここ最近はわたしのことを看病していたようだから、ちょーっとは許してあげようかなって思ってたのに! また手を出そうなんていい度胸してるじゃないの!」 「忘れてないさ、お陰でタルブに行く口実も出来たしな」 怒りに打ち震えるルイズに対し、エツィオはなんと、悪びれる様子もなく肩を竦めて見せた。 そんなエツィオの態度に、ルイズは怒りを通り越してぽかんと口を開けた。 「今考えてみれば……ちょっと疑問に感じるところがあったんだ」 「何よ、言ってごらんなさい」 「きみ、俺が他の女の子に手を出すのが凄く気に入らないみたいだけど、それはどうしてなんだ?」 ルイズは思わず、はぁ? と間抜けな声を上げた。エツィオが、そんな馬鹿げた質問をぶつけてくるとは思わなかったのだ。 しかしエツィオは構わずに続けた。 「この間までその場の勢いに流されてたけど、よくよく考えてみれば責められる謂れはないような気がしてさ」 「ど、どどど、どういうことよ!」 「そこできみに聞きたいんだけど、もしかして俺はきみの恋人なのか?」 「だ、だっだだっ、だぁれが恋人ですってぇ!?」 ニヤリと笑いながら嘯くエツィオに、ルイズは顔を真っ赤にさせた。 「違うのか?」 「あ、ああたりまえじゃない! だ、誰があんたなんか!」 「ふぅん、それじゃ、なんで他の女の子に手を出しちゃいけないんだ? 俺はきみの恋人じゃないんだろ? 残念だけれども」 「そ、そんなのっ!」 キスしたからよ! と危うく口に出しそうなったルイズは慌てて唇を閉じる、そして慎重に言葉を選んだ。 「あ、あんた! わたしの使い魔でしょ! 責務も果たさずに他の女の子といちゃいちゃしてる使い魔がどこにいるってのよ!」 「責務……か。おいデルフ!」 それを聞いたエツィオは唇の端を上げ、部屋の隅に立てられたインテリジェンスソードに話しかけた。 「なんだね?」 「お前から見て俺の働きはどうだ? 使い魔の責務、果たしてると思うか?」 「ああ、十分に果たしてるね。もっと言わせてもらえりゃ、働き過ぎだ。もっとサボったってバチ当たらんよ」 「……だそうだ」 勝ち誇ったようにこちらを向くエツィオに、ルイズは言葉を失ってしまった。 「しかし困ったな、これでもまだきみは十分じゃないっていうのか?」 「っ……! そ、そうよ! とにかくあんたは使い魔の責務を果たしてないの!」 「へえ、それはなんだ? 今後の参考に教えてくれよ、至らない部分があってはきみの使い魔として誇れないからな」 ルイズはなにかないか必死に考える。が、すぐに気が付く、指摘できる点が、何一つないのだ。 口ごもるルイズを見て、エツィオはやれやれと肩を竦め首を横に振って見せた。 「ないのか? それじゃあ誰に手を出そうかきみには関係ないことなんじゃないかな?」 「か、関係ないけど、あるのよ!」 ニヤニヤと楽しそうに笑うエツィオを、ルイズはう~~~~っ、と睨みつける。 なんてイヤミな男なのかしら、とルイズは唇を噛んだ、エツィオはルイズの気持ちを知っている、 そしてそれが煮え切らない物だと知っていたとしても、それを口に出させようとしているのだ。 でもプライドの高いルイズはそんなこと口に出す事が出来ない、それも当然エツィオは知っている。それも含めて楽しんでいるのだ。 ヒヨコがグリフォンに挑むようなもの、以前キュルケが言っていた意味が、痛い程ルイズには理解できた。 エツィオには、どうあってもかなわない、そこでルイズは、唯一刺し違えることが出来るとっておきの必殺技を出すことにした。 とにかく、言葉とか疑問とか、怒りとか、言葉の矛盾とか全部チャラにしてしまう、女の子の必殺技であった。 なんというのか、泣きだしたのである。 目頭から、真珠の粒のような、大粒の涙がぽろっと流れた。それがきっかけでルイズはぽろぽろと泣き始めた。 「なんでいじわるするのよ、もう、ばか、きらい」 ずるっ、えぐっ、ひっぐ、とルイズは目頭を手の甲でごしごしと拭いながら泣いた。 するとエツィオは椅子からやおら立ち上がると、ルイズのベッドに腰かけ、ルイズの肩に手を回して優しく抱き寄せた。 そうすると、ルイズはエツィオの胸板を叩きながらますます強く泣き始めた。 「きらい。だいっきらい」 ――その時だった。優しく抱きしめていてくれていたエツィオが体重をかけ、ルイズをベッドに押し倒してきた。 何が起こったのか理解しかねていたルイズは、抵抗することが出来ず、そのままエツィオに覆いかぶされてしまった。 「ふぇっ……?」 間の抜けた声を上げるルイズを、エツィオが覗き込み、ニヤリと笑みを浮かべ、囁く。 「ルイズ、そろそろ、俺達のカンケイってやつをはっきりさせるべきだとは思わないか?」 「か、かんけい?」 「そう、俺はきみの使い魔なのか、それとも恋人なのか。さあ、どっちだ?」 ずいっと、エツィオの顔が近くに迫る。グリフォンの反撃が始まった。 ルイズはようやく自分の置かれた状況に気が付いたものの、もうすでに遅かった。 今のルイズは、グリフォンの鉤爪に捕らわれたヒヨコと同じであった。 「あ、あんたはわたしのことっ……」 「俺か? この間言っただろ? 俺はきみが好きだ。じゃなきゃ使い魔なんてやってない、とっくに出て行ってるさ」 苦し紛れの質問であったが、逆に自分の首を絞める結果になった。 きゅっと唇を噛みしめるルイズに、エツィオは歌う様に言った。 「でも、俺は卑しいきみの使い魔だ、使い魔ごときが主人にそんな想いは寄せられない。ましてや手を出すなんてとんでもない! こうしていること自体が謀反に等しい事だ。 だからきみが使い魔だと言えば……、俺はこの事の罰を受けるし……もう二度ときみに手を出す事はしない。この先きみが心変わりしようともね」 だけどもし……。とエツィオは楽しそうに続けた。 「きみが俺のことを恋人だと言うのであれば……、俺はもうきみしか見えなくなる」 ルイズがぐっと言葉に詰まる、それはつまり、ルイズが使い魔だと言えば、エツィオは他の女の子に手を出しまくるが、ルイズは一切口を出せない上に相手にしてもらえなくなると言うことであり……。 逆に恋人だと言えば、エツィオはもうルイズの事しか見なくなる、ということであった。なんともまぁ理不尽な二択である。しかしその二択は、確実にルイズの退路を断っていた。 「さあルイズ、選択の時だ、俺にどうして欲しいのかな? 返答次第ではどうなるか……わかってるだろ?」 互いの息がかかるくらいの距離にまでエツィオの顔が近付けられる。 ルイズは最早爆死寸前だった。心臓が狂ったように警鐘を鳴らし、顔は熱した鉄のように赤く熱くなっている。 「言ってごらん? 俺はきみにとってのなんだ?」 「あ、あああ……あんたは……わ、わたっ……! わたしのっ……!」 ルイズはぴくぴくと体をふるわせていたが……、やがてぐったりと動かなくなった。 エツィオはついとベッドから立ち上がると、ルイズの体に毛布をかぶせた。 そんなエツィオに、様子を見守っていたデルフリンガーが声をかけた。 「相棒? どうしたんだ?」 「気絶したみたいだ。うまく逃げられちゃったよ」 エツィオは肩をすくめると、苦笑したように呟いた。 進退窮まったルイズは、最後の逃げ道である、意識を遮断を選んだのだった。 なんとも見上げたプライドである。 「まったく、嫉妬は人間の大罪の一つに数えられてるってのに、もっと素直になってくれたらいいんだけどもな」 ベッドの上で眠っているルイズを見て呟くエツィオに、デルフリンガーが呆れたように言った。 「そいつを言うなら色欲もだ」 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―
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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 『彼』の叔父は『ミーゲ社』というドイツに本社をおく大手掃除機メーカーの開発部に勤めている。 彼は小さい頃、気のいい叔父に連れられて何度も研究所を見学し、様々な珍しいものを見てきた。 例えば発売予定の新型掃除機だったりとか告知されてすらいない企画開発中の商品だったりとかヘンテコな形のホウキだったりとか、とにかく色々なものだ。 今更にして思えばたかが掃除機なのではあるが、当時の幼い彼の眼にはそれらは宝の山のように見えていたのだ。 流石に成長して子供なりに知識が増えてくると社外秘とかで見学する事はできなくなってしまったが、彼の好奇心旺盛な所はそんな経験から培われていたのかもしれない。 そんな性格が災いしてか、彼はその叔父の伝手で超格安の修理を終えたノートパソコンを手に家へと戻る途中で遭遇した奇妙な鏡を潜ってしまった。 全身に奔った痛みに意識を失い、次に眼を開けた時。 彼の目の前に広がった光景は、深い木々に囲まれた小さな広場だった。 訳がわからずに辺りを見回すと、そこに二人の女がいた。 やや厳しそうな顔の大人っぽい女が何事かを言い、ややおっとりした少女が首を振って何事かを言った。 そして少女はこちらを警戒するようにおそるおそる近づいてきた。 次第にはっきりとしてくる少女の造形に思わず彼は息を呑む。 (やべえ、可愛い) 正に森の妖精とも言うべき愛らしい少女だった。 透き通るほどに白い肌、陽光を孕んで揺れ輝く金糸の髪。 そこから覗く尖った耳なんてそれはもういわゆるお約束的な呼称で言う所の―― 「エルフ?」 口に出した途端、少女がびくっと震えた。 しかし彼としてはさほど驚かなかった。 何しろ、彼はついこの間秋葉原に行った時に、エルフの美少女を見た事があったからだ。 何やら新作のゲームの宣伝とかで、コスプレとは思えないほど堂に入ったファンタジックな衣装を纏っていて、付け耳とは思えないほど自然な造形の少女だった。 他にもそのエルフと同じようなファンタジックな衣装を着てにょーにょー鳴いてる美少女もいたし、明らかに堅気ではない気配を纏わせて剣を持つバンダナの男もいた。 あと何故かわからないが、輝明学園の制服を着た男子生徒がぎゃあぎゃあ騒ぎまくっていた。 どうやらその宣伝は無許可だったらしく、警官がやってきて大騒ぎになり慌てて逃げ出していったのをよく覚えている。 そんな事を思い出して、彼は今回もまたその手の類に遭遇したのかと思った。 カメラはどこだと辺りを見渡して、彼はようやく自分の置かれた境遇を把握した。 「……って、ここどこだ!?」 街中を歩いていたはずなのに、いつの間にか知らない場所にいた。 ――『知らない場所』どころか、『知らない世界』だと知ったのは、その後少ししての事だった。 ※ ※ ※ 宝物庫の襲撃に失敗してフーケが捕縛されてから、約三日。 彼女はお役所仕事でのんびりとやってきた王国衛士隊に引き渡され王都へ連行される事になった。 外の様子を見られぬよう窓が取り払われた荷車の中、フーケは壁に背を預ける形で座り込んで瞑目していた。 捕まって部屋に監禁されていた時もそうだが、現在でも特に取り乱すという事はない。 盗賊などという稼業をやりはじめた時点で、捕まった後の末路は既に把握していたからだ。 王都に辿り着いた後はチェルノボグの監獄に放り込まれ、形ばかりの裁判を受けた後わかりきった判決が下され執行されるだろう。 十中八九命はない。仮に生き延びたとしたら海側に島流しかサハラ辺りに放逐だろうか。 いずれにせよ彼女の人生は終了が決定していた。 未練はない、と言えば嘘になる。 が、どうしても生き延びなければならない、とは思っていなかった。 そこでフーケは思わず薄い笑みを浮かべてしまった。 ――まったく皮肉というしかない。 『一年前』まではそう思っていたのに、それが薄れた途端に転げ落ちるようにこんな事になってしまった。 彼女がトリステインに渡って王都を荒らし始めたのは半年ほど前になる。 本当なら一年前にそうする予定だったのだが、『予定外』の事が起きて半年遅れる羽目になったのだ。 もっとも、そのせいで……否、そのおかげで今の彼女の心境があるわけなのだが。 「……まあ、ひっそりと生きてく分には『あいつ』がいれば大丈夫だろ」 彼女はそんな事をつぶやいた。 その声に答える者は誰もいなかったが――代わりに、荷車が大きく揺れて動きを止めた。 王都に着くには早すぎる。 フーケは眉を僅かに潜めて眼を開いたが、窓もない荷車の中は薄暗闇に覆われている。 一応外から中を覗くための窓は添えつけられているが開く気配もない。 外から衛士達の喚き声が聞こえた。 続いて剣戟の音が響き渡る。 彼女は思わず身を起こしかけたが、小さく鼻で笑うと再び腰を下ろした。 ここは恐らく街道沿いなので魔物が出ることはまずありえない。 衛士隊を相手に襲撃を試みる馬鹿な盗賊もいないだろう。 襲撃を試みる盗賊はいないだろうが――襲撃をかける賊自体には心当たりがあった。 何しろ彼女は数多のトリスタニア貴族達からお宝を頂戴し続けてきたのだ。 その中には表沙汰に出来ない禁制の代物も少なからずあった。 裁判を待ちきれず……むしろ裁判で余計な事を言われないように口封じがしたい輩の仕業なのだろう。 剣戟は激しさを増し、破砕音や風切りの音まで聞こえ始めた。 恐らく魔法も使っているのだろう、相手はかなりの手錬のようだ。 しかしフーケは全く取り乱さなかった。 魔法を使おうにも杖は取り上げられているし、逃げられぬように手も足も縛られている。 仮に手足が自由であったとしても、王国の衛士隊に襲撃をかけてこれを退け、自分の前に辿り着けるような相手に心得程度の体術が通じるとは思えない。 要するに、残された時間が短くなっただけの話だ。 やがて剣戟がやみ、静寂が訪れた。 荷車の扉ががたがたと動き、そして乱暴に錠を破壊する音が聞こえた。 これで勝ったのが襲撃してきた賊の方だと確定した。 フーケは身を起こし、僅かに身を沈める。 半ば無駄な抵抗とわかっていたが、実際に差し迫ってくればやはり生きる本能というものが蠢くのだ。 扉が開かれ、光が差し込んだ。 入ってきたのはローブを纏い、包帯を巻いた左手に剣を握った男だった。 フードを深く被って顔を隠しているが、その所作は男のものだ。 体躯は少々頼りない感じでどちらかと言えば少年といった風情なのだが――開かれた扉の向こうには倒れた衛士達が転がっていた。 いくらか怪我をしているようだが、殺してはいないようだ。 そして他に人の姿は確認できない。おそらく襲撃をかけたのはこの少年ただ一人。 つまりこの少年は一人で衛士隊を相手取り、殺さずに倒しきるだけの力量があるという事だ。 刺客のくせに殺さないのは不可解だが、この際彼女にとってはどうでもいいことだった。 少年は僅かに顔を上げてフーケを認めると――大きく肩を揺らして盛大に溜息を吐き出した。 場にそぐわない、明らかに気の抜けきったその行動にフーケは眉を潜め――不意に小さく呻き声を漏らして驚愕に眼を見開いた。 「お、お前……っ!?」 「……」 少年はフーケを声を無視して歩み寄ると手にした剣で彼女を拘束する縄を断ち切った。 そして彼はやや乱暴に彼女の手を取ると、呆気にとられたままの彼女を引き摺るようにして荷車から連れ出した。 ※ ※ ※ 「ま……まて……!」 フーケは少年に手を引かれたままその場を後にした。 近場にあった林の中まで逃げ込んで現場から十分に離れた後、ようやくと言った感じで少年に向かって声を投げかけた。 「待てったら!」 乱暴に少年の手を振り払い足を止めると、少年も立ち止まって彼女を振り返った。 フーケは確認するように少年を上から下までまじまじと眺めやった後、怒りを露にして顔を歪めた。 「なんで……なんでお前がこんなところにいるんだ、サイト!!」 サイトと呼ばれた少年はフードを取り払い顔を露にすると、面倒くさそうに頭をかいてからぼやくように口を開く。 「なんで、って助けに来たんだろ?」 「違う! なんでお前がトリステインにいるんだ! テファはどうした!?」 詰め寄るフーケにサイトはばつが悪そうな表情を浮かべた後、溜息をつきながら答えた。 「……そのテファに頼まれたんだよ。あんたが何やってんのかどうしても知りたい……って」 「なっ……」 サイトの言葉にフーケは表情を固まらせ、絶句してしまった。 言葉を失った彼女をよそに、サイトはそのまま言葉を続けた。 「あんたが村を出たあと、テファに頼まれて金渡されて、そんで追っかけてきたの。酒場で給仕とかやってんの見た時は笑わせてもらったけどな」 「……っ!」 「まー相当笑えたけど、別に給仕でもいいじゃん。少ししてから変なジジイに連れてかれて先生とかもやってたらしいけど、それも別にいいよ」 サイトはそこで言葉を切って小さく溜息をついた。 そして彼は僅かに表情を翳らせて、凝固しているフーケを睨みつけた。 「けど、フーケって何なんだよ。盗賊とか何やってんだよ。おまけに捕まっちまってよ……あんたがいなくなったら、テファはどうなるんだよ!」 昼間の仕事に満足しきって夜間の行動を完全に見落としていたサイトにも落ち度はあっただろう。 そんな程度の仕事で『彼女』の生活費を賄えるはずがない、と気付かなかったのも落ち度と言えば落ち度だろう。 だが、それらの点に関して彼を責めるのはいささか酷というものだった。 何しろ彼はこんな素行調査じみた真似をやったのは初めてだったし、何より『ハルケギニア』の金銭感覚をまだあまり理解していないのだ。 何故なら彼は―― 「……っ、使い魔のお前に言われる筋合いなんてないんだよ!!」 ――『ハルケギニア』に来て一年程度しか過ごしていない異邦人だった。 ※ ※ ※ 約一年前。 『仕事』のためにトリステインに向かうにあたり、フーケ――本来の名をマチルダ・オブ・サウスゴータという――には一つ懸念すべき問題があった。 それは彼女が保護し面倒を見ているハーフエルフの少女、ティファニアの事である。 ハルケギニアにおいてエルフはある意味魔物たちよりも恐れられる存在であり、それに対する人間の風当たりは激しいなどというものではない。 ……具体的に言ってしまえばエルフと通じていたが故に投獄の対象となり、それを庇った家はまとめて粛清されてしまうほど。 つまりティファニアはそういう事情の少女であり、マチルダはそういう事情で名を喪ったのだった。 表沙汰にはできない彼女を置いていく事に関してはこれが初めてという訳ではないのだが、今回に限ってはかなり事情が違った。 当時のアルビオンにおいて、大規模な内乱が起きるという情報が裏の筋で出回っていたのである。 もしも内乱が起これば交通の要衝ともいえるシティ・オブ・サウスゴータはほぼ間違いなく戦火に見舞われることになる。 そうなればそこに程近い森にあるウェストウッド村も――隠れ住んでいるティファニアにも、その累が及びかねない。 そこでマチルダは彼女を守るため、楯を用意する事にした。 ティファニアに使い魔を召喚させたのである。 彼女個人はお世辞にも強いとは言いがたい、ひ弱と言っていい少女だったが、彼女はれっきとしたエルフの血を引く者である。 さぞ強力な幻獣が召喚されるだろうと思っていたが――果たして召喚されたのは幻獣ではなく『人間』だった。 これで現れたのが屈強な戦士だったり威厳を漂わせるメイジであったなら、いささか予想外ではあるがマチルダは構わず契約させただろう。 格式ばった貴族達ならともかく、今の彼女はそんな事にいちいち頓着しない。 だが現れたのはただの平民だった。戦闘はおろか喧嘩もあまりしたことのなさそうな、生っちょろい空気を漂わせた少年だった。 当然ながらマチルダは契約に反対したが、ティファニアは彼と契約すると言った。 召喚した主人がそう言うのなら、立会人でしかないマチルダが我を通すことなどできようはずもなかった。 ――こうしてヒラガ サイトという奇妙な名前の少年は、ティファニアの使い魔となった。 契約して後、サイトの素性を知ってマチルダは契約を止めなかったことを後悔した。 ティファニアを守るほどの力量を持ち合わせていないド素人という事は初見で見抜いていた。 しかし彼は力量どころかハルケギニアの常識すら持ち合わせていなかった。 挙句の果てに『ハルケギニアではない、違う世界から来た』などと正気とは思えないことをのたまった。 この点に関しては召喚された際に彼が持っていた奇妙な箱を見せられた事で百万歩ほど譲って信じることにしたが、目下の問題はサイトが何者かという事ではない。 ティファニアを守ることができるか、ただこの一点だ。 マチルダはトリステイン行きを延期して、サイトにハルケギニアの常識と戦い方を半年間がっちり叩き込んだ。 そしてどうにか生きていくに十分な知識と力量をサイトが手に入れると、彼にティファニアを任せて彼女はトリステインへと赴いたのである。 ※ ※ ※ 「……あー、そうかよ」 マチルダの声にサイトは低く唸り、頬をひくつかせた。 そして彼は自分を睨みつけてくるマチルダを睨み返し、素早くその腕を取って最初と同じように歩き出した。 「な、何を……!?」 「決まってんだろ、ウエストウッド村に帰るんだよ」 振りほどこうとするマチルダをしかし彼は決して離そうとはせず引き摺るようにずんずんと進んでいく。 彼女を振り返ろうともせず、サイトは言葉を続けた。 「俺に言われる筋合いねーんなら、テファに言ってもらう。帰って報告しなきゃなんねえしな。俺、テファの使い魔だから」 「……!」 そこで初めて、マチルダの表情が激しく変わった。 怒りに紅潮していた顔が一瞬で蒼白になり、体に僅かな震えが走った。 柊に破れ衛兵達に囚われた後でも、荷車に乗せられ王都に連行される時でも見せたことのない、怯えた表情だった。 「は、離せ!」 彼女は今までにも増してめちゃくちゃに暴れ始めた。 その光景はもはやだだをこねる子供とそれを無視して手を引く保護者のようにも見えた。 「……言っとくけど、」 サイトは空いた手で剣を握り締めてから肩越しにマチルダを睨んだ。 握った左手――巻かれた包帯の奥から、淡い光が零れた。 「杖を持ってない今のアンタにはぜってぇ負けねえし、絶対逃がさねえからな」 「……っ」 マチルダは歯を噛んでその事実を受け止めるしかなかった。 何しろそれだけの力量に鍛え上げたのは彼女自身なのだ。 加えて言えばそれは――今サイトの左手で光っている、使い魔のルーンのお陰でもある。 マチルダはしばし屈辱に燃える瞳でサイトを睨み続け……やがて大きく肩を落とした。 彼女が諦めたことを悟ったのか、サイトも彼女から手を離して再び歩き出す。 そして二人はしばらく無言で林の中を歩き続けた。 林を抜けても二人は何も言葉をかけず、草原を進んでいく。 ちなみにサイトは勿論マチルダも街道を外れたこの辺りの地理はいまいち詳しくないので、どこに向かっているのかわからない。 もっとも街道に近づくと彼女に逃げられた衛士隊と鉢合わせる可能性があるのでしばらくはこのままだろうが。 マチルダは先を歩くサイトの背中をずっと眺めながら後を追い……ふと思い立ってサイトに歩み寄ると、彼の左手を取った。 「な、なんだよ」 派手に身体を揺らして振り返るサイトをよそに、マチルダは彼の左手にまかれている包帯を剥ぐとそこに刻まれているルーンをまじまじと観察した。 「……やっぱり」 「なんだよ。ルーンがどうかしたのか?」 「せっかく魔法学院に行ったんでね。ついでにあんたのルーンの事も調べてみたんだよ」 マチルダの言葉に興味を引かれたのか、サイトは立ち止まって彼女の顔を覗き込んだ。 「も、もしかして俺のために?」 「そんな訳あるか。テファの使い魔に意味のわからないルーンが刻まれてるのが気持ち悪かっただけさ」 「……デスヨネー」 遠い眼をしてサイトは呟いた。 サイトは自分がマチルダから嫌われていることは半年間の共同生活の際に身に沁みていた。 その最たるものが日課のごとく行われていた戦闘訓練である。 剣の扱い方など知るはずもない彼女にサイトが教わったのはただ一つ、ひたすらの実戦だけだった。 トライアングルメイジ謹製のゴーレムによる百人組み手。 しかもぶっ倒れても水魔法で治癒されて無理矢理続行させられるデスマーチだ。 正直このルーンがなければ百回ぐらいは死んでいたかもしれない。 「で。このルーンが何だって?」 「『ガンダールヴ』。かつて始祖ブリミルが従えたっていう伝説の使い魔のルーンだってさ」 「……伝説ぅ?」 サイトは胡散臭げに漏らした。 確かに、このルーンの効果は絶大なものだ。 初めての戦闘訓練の際、武器を使ったことがないと打ち明けたサイトに呆れ果てた表情を見せてマチルダが投げ渡した"錬金"製の剣。 それを握った時左手に刻まれたルーンが光り輝き、身体が異様に軽くなり使った事もない剣を手足のように操れたのだ。 このルーンが凄いというのは認めるが、やはり『伝説』とか言われるとどうにもむずがゆい。 それは言った当人のマチルダも同様だったようで、彼女は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。 「まったく笑える話じゃないか。あんたみたいなド素人が伝説――」 不意にマチルダの言葉が途切れ、表情も凍りついた。 サイトは訝しげに彼女を覗き込んだが、マチルダは取り憑かれたように左手のルーンを凝視している。 「……どうしたんだ?」 「……」 サイトの声も彼女の耳には入ってこなかった。 ただじっとガンダールヴのルーンを見つめる。 ――実物を目の前にして、ようやく疑念が確信に変わった。 このルーンと似たルーンを、つい最近眼にしたのだ。 そう、このルーンは細かい部分こそ違うものの、志宝エリスの胸に刻まれたルーンに酷似していた。 ガンダールヴを調べた時に見た資料に、あのルーンもあったのだろうか。 あの時は対象がガンダールヴだけだったので他のものは覚えていないし、エリスのルーンをいちいち調べるほどの義理もなかったのでいまいち覚えていない。 だが、こうして実物を目の当たりにしてみれば確かにあのルーンはこの『ガンダールヴ』に似ていた。 「――」 マチルダはあの夜に感じた畏怖を思い出して身を震わせた。 あの時の彼女と彼女の纏う光は確かに伝説を謳うに相応しい威容だった。 ……だとしたら、彼女の持つルーンに酷似するこのガンダールヴも、それが刻まれているこの少年も、同類なのか。 そしてもう一つ。 彼女に応ずるように光を纏ったその主も、同類なのだろうか。 ティファニアは系統魔法では類を見ない奇妙な魔法を使うことができる。 マチルダは先住魔法の一種かと思っていた(ティファニア本人はわからないらしい)が、アレも『伝説』の片鱗なのかもしれない―― 「どうしたんだよ?」 黙り込んだマチルダを窺うように覗き込んできたサイトの声で、マチルダは我に返った。 彼としてはそうでもなかったのだろうが、彼女にとっては唐突にかけられた声に驚いて身を離した。 眉を潜めて首を傾げるサイトを見て、マチルダは大きく深呼吸して粟立った気持ちを落ち着かせた。 「……あんたのソレと似たようなルーンを持ってる子を思い出しただけだよ」 「……は?」 誤魔化すために吐き出した言葉だったが、サイトはそれを聞いて更に首を捻った。 「『子』? 子、ってもしかして人間なのか? 使い魔って動物とか幻獣とかじゃなかったの?」 「学院の生徒が人間を二人も召喚してね。そいつ等もあんたみたく違う世界から来たって言ってたっけ」 コルベールのような学者肌でもないマチルダがエリス達の発言に対してかろうじてまともに対応できたのも、偏にサイトという前例があったためだ。 まさか人間に加えて『異世界から来た』などというところまで前例通りだとは思わなかったが。 「はあァッ!?」 サイトは素っ頓狂な声を上げてマチルダに詰め寄った。 驚いて身をひきかけた彼女の肩を掴み、サイトは一気にまくし立てた。 「嘘、マジ!? 他にも地球から来た奴がいんの!? しかも二人ってナニ!! 今もまだあの学校にいるの!?」 「お、落ち着けって!」 額が接触しそうなほどに接近してきたサイトをマチルダは乱暴に振り払った。 それでもなお食い下がろうとする彼に、彼女は嘆息を漏らしつつ言った。 「アンタの同郷かどうかなんて知らないよ。なんかファー・ジ・アースって世界から来たらしいけど」 するとサイトの動きがぴたりと止まった。 彼女の言葉を頭の中で反芻するかのようにしばし沈黙を保ち、やがてその場にへなへなと崩れ落ちて頭を抱えた。 「なんだよそれ。ファージなんとかとか知らねえよ。俺が来たのは『地球』だっつうの……!」 「私に言われたって知るもんか。仮にその地球ってトコから来てたとしても、今更戻ることなんてできないだろ。アンタだけで入れるはずもないし」 「……ぐあー、なんだよぬか喜びさせやがってぇ……!」 サイトはぼやきながら頭をがしがしと掻き毟った。 そして力なく立ち上がると空を見上げ、大きな溜息をついてから再びがっくりと肩を落とす。 「そりゃハルケギニアなんつう異世界があるんだから他にも異世界があったってもう驚きゃしないんだけどさぁ……はあ、まじかよ……」 ぶつぶつと愚痴を零しながらサイトは再び歩き出した。 しょんぼりと遠ざかっていく彼の背中をマチルダは追わず、じっと見つめていた。 何度か口を開きかけては思いとどまり、そして小さく頭を左右に振る。 そして彼女は呟くように、言った。 「サイト」 「あー?」 「……あんた、良かったのかい?」 「良かったって何が?」 振り返りもせずに応えるサイトの背中を見ながら彼女はほんの僅かに沈黙を保ち、そして意を決したように言葉を続けた。 「……。テファの使い魔になったこと……」 「……、」 そこでサイトは足を止め、マチルダを振り返った。 彼はいぶかしむように見つめると彼女は顔を逸らし、表情を歪めて舌打ちした。 エリスと彼女のルーンの事を思い出したついでに、ルーンの確認をした際に交わした会話も思い出してしまったのだ。 彼女は自分の意思でルイズと使い魔の契約を交わした。 だがマチルダがティファニアにサイトと契約をさせたとき、"ちょっとした事情"で彼は気を失っていたのだ。 その時はティファニアを守る事が第一だったし使い魔の事情なんぞ知ったことではなかったのだが、エリスを見て何となく気になってしまったのだ。 「嫌だっつったって契約は解除できないんだろ? 今更じゃん」 サイトはマチルダをまじまじと見つめた後、軽く頭をかきながら答えた。 その声に僅かにマチルダの表情が翳ったのを見て取ると、サイトは眉を顰めてから口を尖らせる。 「……俺、地球にいた時はなんとなく学校行って、適当に友達と遊んで、なあなあで生きてきて……あんたの事をテファに頼まれた時みてえに、あんな必死に頼まれた事もなくってさ」 言ってからその生活の事を思い出したのか、サイトは遠くを見るように僅かに眼を細めた。 そして彼は小さく頭を振って郷愁を追い払うと、小さく息を吐いて苦笑を浮かべる。 「だからまあ、なんつうか。誰かに必要にされて、誰かの役に立つってのも悪かねえな、みたいな……」 「……そう」 エリスと似たような事を言う少年に、マチルダはわずかに顔を俯かせて呟いた。 少しの沈黙の後、サイトははっとしてマチルダを見やり慌てたような声で言った。 「……あ、でもそれと一生ここで暮らすってのは別だかんな! 地球に帰る方法が見つかるまでの間だぞ!?」 「はいはい。もっともその日が来るのはいつになるかわかんないけどね。なにしろ――」 魔法学院の図書室を調べて見ても――生徒の閲覧が禁じられているフェニアのライブラリィも含めて、だ――異世界に渡る方法など全く見つからなかったのだ。 流石に隅々まで調べ尽くしたという訳ではないが、それでもそんな荒唐無稽なモノが早々見つかるはずもないだろう。 同じく元の世界に戻ろうとしている柊の前途も多難と言ったところだ。 「なにしろ、何?」 「何でもないよ。っていうか、そこまで格好つけるんならこんなトコにいないでテファの傍にいろっていうんだよ」 「何言ってんだ。あんたが死んじまったら、あいつ悲しむどころの話じゃなくなっちまうだろ。だからこれもちゃんとテファを護るってことだ」 「……だったら、私の事も黙っといてくれ。こんな事知ったら、テファが悲しむ」 「ヤだね。俺はあいつの使い魔だから、テファを泣かすような真似する奴を放っておくわけにはいかねえ」 行こうぜ、とサイトは再び歩き出した。 振り返る気配はない。どころか、自分の動きに警戒する気配すらない。 もっとも逃げ出したところで"今の"サイトからは逃げられはしないだろうし、逃げおおせた所で彼に自分の仕事を知られた以上事態が好転することなどない。 ウエストウッド村に戻ってティファニアに再会し事情を打ち明けたとき、彼女が一体どんな表情を浮かべてどんな言葉を紡ぐのか、それを考えると震えが止まらなかった。 そこでようやく彼女は盗賊稼業を始めた事に大きな後悔を覚え、まるで絞首台に向かう死刑囚のような心境で先を行くサイトの後を追うのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い