約 596,292 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7568.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ ソーサリー・ゼロ これまでのあらすじ 第一部「魔法使いの国」 君は、若く勇敢な魔法使いだ。 祖国アナランドを危機から救うべく、カーカバードの無法地帯を横断する旅を続けていた君だったが、ふと気がつくと周囲の光景は 一変していた。 そこは、ハルケギニア大陸のトリステイン王国と呼ばれる未知の土地であり、魔法を使える特別な血筋の者たちが王侯貴族として君臨し、 大多数の平民たちを支配しているという、奇妙な世界だったのだ。 君がこのハルケギニアにやって来たのは、ルイズという少女が執り行った、『≪使い魔≫召喚の儀式』が原因だった。 ルイズは大いに戸惑いながらも、とにかく君を≪使い魔≫にすることに決め、自分に対する忠誠を求めた。 今すぐカーカバードに戻る方法がないと知らされた君は、当面の庇護を得るために彼女に従うことに決めるが、自分が重大な任務を帯びた 魔法使いであることは、黙っておいた。 ルイズは、貴族の子弟のための学び舎『トリステイン魔法学院』の生徒であり、君も彼女の学業につきあわされることになる。 君の『ご主人様』であるルイズは、名門貴族の令嬢でありながら、どういうわけか魔法がまったく使えぬ劣等生であり、 心ない者たちから≪ゼロのルイズ≫という屈辱的な名で呼ばれていた。 ハルケギニアに召喚されてから七日目に、事件が起きた。 学院の教師コルベールが、解読の助けを求めて君に手渡した≪エルフの魔法書≫と呼ばれる書物が、≪土≫系統の魔法を操る正体不明の盗賊、 ≪土塊(つちくれ)のフーケ≫によって奪われたのだ。 森の中でフーケに追いついた君は、盗賊の正体が美しい女だと知るが、そこに思いもよらぬ乱入者が現れる。 かつて、君によって全滅させられたはずの『七大蛇』のうちの二匹、月大蛇と土大蛇が、君とフーケに向かって襲いかかってきたのだ。 さらには、ルイズと、彼女の同級生であるキュルケとタバサまでもが駆けつけ、激しい闘いの末、月大蛇は打ち滅ぼされ、土大蛇は逃走した。 学院に戻った君は、ルイズと学院長のオスマンに、自らの正体と≪諸王の冠≫奪回の任務について打ち明ける。 ふたりは大いに驚きながらも、君の話を信じ、君がカーカバードに帰還する方法を調べると、約束してくれた。 翌日の夜、学院で催された舞踏会から抜け出したルイズは、君のところへやって来て、必ず≪ゼロ≫から抜け出し、君より偉大な魔法使いに なってみせる、と宣言する。 君は、『ご主人様』のルイズや学院の人々、そして、この美しい世界に対して愛着を覚えるようになっていたが、自身の内側で起きている 恐るべき異変には気づいていなかった。 第二部「天空大陸アルビオン」 トリステインの王女アンリエッタが学院を訪れた日の夜、君とルイズはオスマン学院長の呼び出しを受ける。 オスマンが話すところによれば、彼の旧友であるリビングストン男爵という貴族が、遠く離れた二つの場所をつなげる≪門≫を作り出す魔法を 研究しているのだが、その≪門≫は、このハルケギニアと、君が居たカーカバードを結んでいるかもしれぬというのだ。 カーカバードへ戻れる望みが出てきたことを知った君は、男爵が住まうアルビオンに向かうが、その旅には『ご主人様』のルイズと、 かつて君を相手に決闘騒ぎを起こしたギーシュが、強引に同行してきた。 港町ラ・ロシェールで≪土塊のフーケ≫と再会した君は、彼女と力を合わせて水大蛇を倒すが、七大蛇がアルビオンに拠点を置いて、 何かを企んでいることを知る。 『白の国』の異名をもつアルビオンは、雲と霧に包まれて天空を漂う、驚異の地だった。 空飛ぶ船でアルビオンに降り立った君、ルイズ、ギーシュの三人は、リビングストン男爵の領地へ向かうが、アルビオンは国を二分しての 内乱に揺れており、男爵は行方知れずになっていた。 男爵を探してとある村に立ち寄った君たちは、そこで酸鼻きわまる虐殺を行っていた傭兵たちと出くわし、捕らえられてしまう。 君は、以前にオスマンから貰った、意思を持つ魔剣であるデルフリンガーの謎めいた力の助けを借りて、彼らの首領格であるメンヌヴィルを 討ち取り、残った傭兵たちは、突如現れた、アルビオン王国の皇太子ウェールズ率いる一隊によって、殲滅された。 君たちがアルビオンに来るにいたった事情を知らされたウェールズは、リビングストン男爵は貴族派と呼ばれる反乱軍によって捕らえられ、 むごたらしく殺されたと告げる。 ウェールズは、帰還の望みが絶たれたことを知らされて意気消沈する君を、ニューカッスルの城へと招いた。 追い詰められた王党派にとって最大の拠点であるその城には、男爵の遺品や書き置きが残されているかもしれぬのだ。 秘密の地下通路をたどってニューカッスルの城に入った君たちは、倉庫で男爵の日記を見いだすが、君の役に立つような記述は何もなかった。 ≪門≫の探索をあきらめてトリステインに戻ることに決めた君たちは、トリステインから派遣された大使、ワルド子爵と出会う。 婚約者であるルイズとの偶然の再会に喜ぶワルドだったが、その正体は、アルビオンの貴族派を背後から操る結社≪レコン・キスタ≫の 一員だった。 巨大なゴーレムがニューカッスルに襲来した混乱に乗じて、国王の命を奪い、ウェールズをも手にかけようとしたワルドだったが、その場に 君が立ちふさがる。 ルイズとデルフリンガーの助けもあって、どうにかワルドに打ち勝った君だったが、そこに火炎大蛇が現れ、ワルドは逃走する。 火炎大蛇が倒されたのち、ウェールズは君たちに、裏切り者のワルドにかわって、トリステイン大使の務めを果たしてほしいと頼む。 務めとは、かつてアンリエッタ王女がウェールズに宛てた恋文を、王女のもとへ持ち帰ることだった。 この恋文の存在が明らかになれば、締結直前にあるトリステインと帝政ゲルマニアの同盟は破棄され、トリステインは単独で、 ≪レコン・キスタ≫が主導する新生アルビオンの脅威に、立ち向かうことになってしまうのだという。 君たちに手紙を託したウェールズは、数日のうちに全軍による突撃を敢行し、名誉ある戦死を遂げるつもりだと言うが、ルイズはそれに反対し、 トリステインへの亡命を勧める。 ウェールズはルイズの意見に頑として耳を傾けなかったが、ついで説得に立った君の言葉に心を動かされ、たとえ卑怯者と呼ばれようとも 生き延びて、≪レコン・キスタ≫を苦しめてみせると告げた。 ウェールズと意気投合した君は、彼が語った噂話から、七大蛇が≪レコン・キスタ≫の頭目クロムウェルの忠実なしもべだと知る。 君たちはニューカッスルの城から脱出する難民船に便乗し、トリステインへの帰路につくが、その頃アルビオンでは大陸全土に、 奇妙な甲高い音が鳴り響いていた。 それは、二つの世界を隔てる壁が引き裂かれた音だった。 第三部「さまよえる冒険者」 トリステインに帰り着いた君たちは、アルビオンでの顛末とウェールズの決意をアンリエッタ王女に報告した。 アンリエッタは感謝の証として、ルイズに王家伝来の秘宝≪水のルビー≫を譲り、また、同じく国宝ではあるが、何も書かれていない頁が 連なるだけの書物≪始祖の祈祷書≫を預け、その調査を頼む。 アンリエッタは、大国ガリアを中心とした≪レコン・キスタ≫討伐のための諸国連合軍が結成され、トリステインもこれに参加することを、 君たちに伝える。 これによって、アルビオンの脅威は遠からず消滅することは確実なため、トリステインとゲルマニアの同盟締結は中止され、アンリエッタは、 ゲルマニア皇帝との望まぬ政略結婚をまぬがれることとなった。 学院に戻った君はタバサと言葉を交わし、彼女の家族が重い病に臥せっていると知り、近いうちにその者の治療に行くと約束した。 数日後、君は荷物持ちとして、ギーシュとその恋人モンモランシーとともに『北の山』へ行くことになったが、そこで土大蛇の襲撃を受ける。 土大蛇を倒した君だったが、深手を負ったギーシュを救うために、ブリム苺のしぼり汁を使い果たしてしまった。 この薬は、タバサの家族に試すはずの癒しの術を使うために、必要不可欠な物なのだ。 タルブの村の出身で、今は学院に奉公している少女シエスタの実家に、同じ薬があることが明らかになり、君、ルイズ、タバサ、キュルケ、 シエスタの五人は、タルブへと向かった。 シエスタの実家でブリム苺のしぼり汁を手に入れた君は、シエスタの曾祖父が、君と同じように≪タイタン≫の世界からハルケギニアに 迷い込んだ人物であることを知る。 君たちは、シエスタの曾祖父がくぐり抜けた≪門≫が存在するという洞窟を調べ、最深部にそれらしき場所を見出したが、そこに≪門≫はなかった。 洞窟の調査を終えた君たちがタルブに戻ると、そこに、生きた泥沼のような姿をした≪混沌≫の怪物が来襲する。 草木や家畜をむさぼり喰い、土や空気を汚染して、どんどん大きくなる≪混沌≫の怪物を前に、進退窮まる君たちだったが、ルイズが偶然開いた ≪始祖の祈祷書≫に現れた呪文を唱えると、まばゆい光が炸裂し、怪物は跡形もなく消滅した。 デルフリンガーによれば、ルイズが唱えた呪文は、伝説の失われた系統≪虚無≫のものであり、彼女は≪虚無≫の担い手なのだという。 ルイズが普通の≪四大系統≫の魔法を使えなかったのは、≪虚無≫を受け継いだ代償だったのだ。 タバサに連れられて、彼女の実家にやってきた君が見たものは、恐るべき毒に心を狂わされ、我が子を目にしておびえた声を上げる、 タバサの母親の姿だった。 タバサの母親に癒しの術をかけた結果は、完治には程遠いものだったが、それでも彼女は、恐怖や苦痛からは解放されたようだった。 タバサと、彼女の実家を管理する老執事は涙ながらに喜び、君は、タバサがガリア王家の出身であり、彼女とその両親は王位継承争いの 犠牲者だということを知らされた。 タルブから持ち帰ったブリム苺のしぼり汁は数に余裕があったため、君は次にルイズの姉を治療するべく、ルイズの実家である ラ・ヴァリエール公爵の屋敷へ行くが、そこで執事殺しの疑いをかけられ、屋敷の中を逃げ回ることになってしまった。 ルイズの姉カトレアは君の無実を信じ、部屋にかくまってくれるが、そこに今回の事件の黒幕である風大蛇が現れ、君たちに襲いかかる。 七大蛇の主人クロムウェルは、正体不明の兵器を用意していたが、それを妨げる手段を知るかもしれぬ君を危険な存在とみなし、 抹殺するべく土大蛇と風大蛇をさしむけてきたのだ。 風大蛇はルイズの母親によって倒され、怪物の放つ毒を吸って重態に陥ったカトレアも、君のかけた術によって救われたが、 癒しの術も、彼女の生まれつきの体質を改善するまでにはいたらなかった。 学院に戻った君は、≪虚無≫の絶大な力を恐れたルイズが、アンリエッタと相談した末、自分が≪虚無≫の担い手であることを絶対の 秘密とし、二度と≪虚無≫の術を使わぬと決めたことを知った。 ルイズやキュルケ、ギーシュたちと一緒になって、アルビオンに向かって出征するトリステインの軍勢を見物する君の内心は、 穏やかではなかった。 クロムウェルが用意しているという、この世界の常識を超えた恐るべき秘密の兵器とは、いったいなんなのだろうか? 一 夏の訪れを感じさせる陽射しを受け、額に汗をにじませながら、西の空を見上げる。 視界の遥か先を漂っているであろうアルビオン大陸の姿は、見えるはずもないが、雲と霧をまとって空に浮かぶ『白の国』の壮大な眺めは、 君の頭に刻み込まれている。 かの地では今、敵味方合わせて十万をゆうに越す大軍がぶつかり合い、火花を散らしているはずだ。 ハルケギニア諸国連合軍によるアルビオン遠征が始まって、二十日近くが経つが、トリステイン王国と魔法学院は平和そのものだ。 アルビオンにおける戦況について、宮廷からの発表はなく、人々の情報源はもっぱら、徴用された貨物船の水夫や荷役夫たちが持ち帰る土産話と、 貴族の将校たちが家族や恋人に宛てた手紙による。 君は学院とトリスタニアの町でこの大戦(おおいくさ)に関する噂を拾い集めたが、その多くは、万事が順調に進んでいることを示していた。 ──アルビオンへの進撃において、驚くべきことに、精強を謳われたアルビオン空軍の迎撃はなく、艦隊はまったくの無傷で上陸した。 ──連合軍は各地で快進撃を重ね、トリステイン軍は交通の要衝である古都シティ・オブ・サウスゴータを占領した。 ──主力をつとめるガリア軍は首都ロンディニウム攻略の準備にかかっており、もうすぐ≪レコン・キスタ≫は崩壊し、戦は終わるだろう。 噂を聞くかぎり、連合軍の勝利は揺るぎなきものと思えたが、君が本当に知りたいこと──ウェールズ皇太子の安否とクロムウェルの秘密兵器── に関する情報は、なにひとつ得られなかった。 『白の国』に上陸した連合軍はすぐさま、アルビオン王家の最後の生き残りであるウェールズの生死を確認すべく動いたが、 彼の足跡は、王党派最後の拠点ニューカッスルの城──今は瓦礫の山に変わっているそうだ──を最後にふっつりと途絶えており、 その行方は杳として知れぬという。 君は、アルビオンを発つ前夜にウェールズと交わした言葉を思い起こす。 「たとえ卑怯者のそしりを受けようとも、私は生きる」 「この命が続く限り、奴らの悪だくみを邪魔し続けてやるさ」 力強くそう言った皇太子が『名誉の戦死』を遂げたとは思えぬが、ならばなぜ、彼とその部下たちは連合軍と合流しておらぬのだろうか? また、ルイズの実家で風大蛇が語った、クロムウェルが準備しているという『百万の軍勢でも千フィートの城壁でも防げぬ、 まったく新しい武器』の存在も噂にあがらず、その実態は推測することもままならない。 追い詰められたクロムウェルにとって、起死回生の策となるであろう兵器は、結局のところ間に合わなかったのだろうか? それとも、連合軍を懐に引き寄せてから使って、一網打尽にするつもりなのだろうか? 君の不安はつのるばかりだが、アルビオンへ出向いて直接調べるわけにもいかない。 君の身分は、トリステイン魔法学院の生徒ルイズの≪使い魔≫にすぎぬのだから。 今日の授業は終わり、生徒たちは夕食までのあいだ、めいめいのやりかたで時間を潰している。 時間を潰さなければならぬのは、君も同じだ。 とくにルイズから言いつけられた用事があるわけでもなく、今の君は手持ち無沙汰なのだ。 これからどこに向かうべきかを考える。 マルトーやシエスタの居る調理場へ行けば、食糧や日用品を扱う出入りの商人から仕入れた、新しい噂を聞けるかもしれない。 噂といえば、ギーシュと話してみるのはどうだろう? 彼は武門の生まれであり、三人いる兄はいずれも、アルビオン遠征に参加しているらしい。 かの地の様子を記した手紙も、何通か受け取っているだろう。 授業が終わった直後に、東の広場へ向かっているところを見かけたので、そちらへ向かえば会えるはずだ。 そこまで考えたところで、君は唐突に、アルビオンから戻った直後にコルベールとかわした会話を思い出す。 コルベールは、君の左手に刻まれた≪ルーン≫の効果に興味を示し、人間のような知性をもつ生き物に≪ルーン≫が刻まれた例を 探してくれると言ったはずだが、あれから何の音沙汰もないままだ。 君は今の今までその事を忘れていた──考えてみれば、なんとも奇妙なことだ。 調べ物には何の進展もなかったのかもしれぬが、それでも彼の『研究室』を訪れるのは有意義だ。 彼のような学識豊かで誠実な人物と言葉をかわすというのは、悪くない時間の使いみちだろう。 どこへ行く? 調理場・二二二へ 『研究室』・一三六へ 東の広場・五三四へ ルイズの部屋・一二三へ 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8837.html
前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 舞踏会から数日が経った、ある日。 水の中に浮かんでいるような感覚。 ルイズは過去の風景を見ているのだと気付いた。 母親に叱られ、池のほとりの小船でうずくまっていた幼い頃の夢。 その度に優しい子爵様が手を差し伸べてくれた。 いつものように手を取って、夢から覚める……はずだった。 目を覚ましたルイズが次に見たのは、薄暗い部屋だった。 暗く感じるのは揺らめく灯りの所為で、建物自体は立派な代物に見える。 「……ハア……ハア……夢か……やな夢だったな」 聞こえてきたのは、ルイズにも馴染みのある声。 「アセルス!?」 ルイズが驚いて叫ぶも、アセルスには届いていない。 「ここ、どこ?服が破れて……血の痕? どっか怪我したのかな……じゃあ、ここは病院?」 現状がどうなっているのかまるで分からない有様で、周囲を見渡していた。 ルイズもかつて見た夢を思い出していた。 人ならざる者を乗せた馬車に、アセルスが跳ね飛ばされていたと。 アセルスは尚もうろたえながら、部屋を出て行く。 置いていかれるまいと、ルイズも慌てて後を追いかけた。 城は異様としか表現できない代物だった。 上層には化け物が飛び交い、置かれた棺には人が入ったまま並べられている。 「こんな所にも花がある」 アセルスがたどり着いたのは白い花壇。 優雅に飾られた花も、城に漂う雰囲気の前に不気味でしかない。 「ここの城主も意外といい趣味かな……うっ」 花畑に近づいたアセルスの心臓に、背後から剣が突き刺さる。 「え?」 ただ呆然とするしかないルイズ。 「血は紫か」 後姿だけで顔は見えない。 突然現れた男が一言呟くと、姿を消す。 白い花はアセルスの体から流れた鮮血に染まっていた。 ──鮮やかな紫色に。 「……生きてる……傷が……ない……夢なら覚めて、お願い!!」 心臓を貫かれながらも生きていた事実に混乱する。 血に塗れた姿のまま、アセルスは何かに導かれるように歩く。 しばらく降りた先にたどり着いたのは、壮大な玉座の置かれた広場。 「名は?」 玉座に座る男が尋ねる。 声の主にルイズは聞き覚えがあった。 アセルスから流れた血を確認していた人物だと気付く。 「私はアセルス。 でもね、人に尋ねる前に自分で名乗るのが礼儀だと思うな」 「この無礼者!」 配下の者がアセルスの態度に憤るが、当の本人は気にした様子もない。 「アセルスか、人間にしては気の利いた名だな……気も強い、いい事だ」 「そろそろ名乗ったらどう?」 アセルスの催促に、配下達が次々と口を開く。 「魅惑の君」「無慈悲な王」「薔薇の守護者」「闇の支配者」「美しき方」「裁きの主」 「ファシナトゥールの支配者、この針の城の主」 「妖魔の君、オルロワージュ様」 最後の一人が彼の名と正体を告げる。 「妖魔……妖魔だったのね!私は人間、あなた達には関係無いわ」 家に帰すよう懇願するアセルス。 オルロワージュと名乗る男は、二つ名の通り無慈悲な声で告げた。 「先ほど花壇で見なかったのか? お前の血は紫だった、お前はもう人間ではない」 「嘘……」 アセルスは後ずさりしながら呟く。 「セアトの剣で串刺しにされた、その傷はなぜ無い? そもそも、我が馬車に轢かれてお前は死んでいた」 アセルスは何も言わずにただ青褪めて、震えていた。 「お前が甦ったのは我が青い血の力、妖魔の青と人の赤。 二つの血が混じりあいお前の血になった、紫の血の半妖半人だ。」 「私が……」 人でなくなった現実を受け入れられないアセルス。 「アセルス!」 絶望する彼女に手を差し伸べようとして、ルイズは飛び跳ねるように起きた。 「また……アセルスの過去?」 激しく脈を打つ心臓を抑え、呟く。 気を落ち着かせる為に、窓を開けて換気する。 時刻はまだ夜明け前、ルイズの髪を冷たい風がそよぐ。 アセルスが部屋にいないのは、『食事時』だからだろう。 ルイズも必要だと分かってはいる。 アセルスも気遣って、ルイズが寝静まった頃に向かっていた。 だが目覚めた以上、独占欲から嫉みにも近い感情がルイズに芽生える。 「はぁ……使用人に嫉妬してどうするのよ」 頭を振って反省したのは、ルイズが成長した証。 同時に、アセルスに対する信頼の現われでもあった。 再び夜風にあたり、頭を冷やす。 身を乗り出した際に、下にいるメイドの姿に気付いた。 「あら、シエスタ?」 呼びかけた訳ではなかったのだが、シエスタに声は届いていた。 「ルイズ様?」 見上げた先に、自らの仕える少女の姿。 シエスタの目は、驚いたように見開かれている。 「こんな遅くまで仕事?」 「今日は遅番ですから…… ルイズ様こそ、こんな夜更けに如何なさいましたか?」 至極真っ当なシエスタの返事に、ルイズは硬直する。 アセルスの過去を話すのは躊躇われる。 夢見が悪かったと言うのも、あらぬ勘違いをされそうだ。 「ちょっと寝つきが悪くて」 多少は誤魔化しながらも、正直に告げた。 「でしたら、ホットワインでもお入れ致しましょうか?」 「……そうね、お願いするわ」 仕事の邪魔をするようで悪いが、好意を素直に受け取る。 ──数分後、シエスタがホットワインを届ける。 誰かと話したい気分だった為に、ルイズはシエスタを引き止めた。 「少し聞きたいの」 「はい……なんでしょうか?」 神妙なルイズの面持ちに、シエスタも畏まった様子で伺う。 「ああ、緊張しないで。 他愛もない話だから……シエスタは運命って信じる?」 ルイズはくつろげるよう微笑んでみせる。 「運命ですか……私は信じないですね」 「どうして?」 自分だけが魔法が出来ない、ルイズは魔法が使えない運命を呪い続けてきた。 次に思い出すのは、人間でなくなったアセルスの姿。 何故彼女があんな運命に巻き込まれねば、ならなかったのか。 「気を悪くしないでくださいね、祖父からの受け売りなんですけど……」 どこか答えづらそうに、シエスタは口ごもる。 前置きを確認して、シエスタは続きを口にした。 「祖父曰く、例えどんな人生でも自分で変えるしかないと。 自分で決断して来なかった人間だけが、運命を言い訳のように使うって」 シエスタの言葉に、ルイズは胸を突き刺されるような感覚に陥る。 今までどれだけ決断をしてきただろうか? 魔法が使えるようになる目標、貴族で有り続ける志。 貴族生まれと言う立場や環境に流されただけではないのか? 自分の意思で決断を行ったのは一度だけ。 ゼロと認め、アセルスに恥じない貴族となると宣告した時。 だが、その決意すら彼女の影響に過ぎないのではないかと疑念が生じる。 「だから、私も運命は信じないですね。 まぁ祖父は、ブリミル教すら信用しないって公言するほど偏屈者でしたけど」 苦笑しながらも、懐かしそうに語るシエスタ。 彼女の姿に、ルイズも少しだけ心が軽やかになった。 「偉そうな発言をしてしまい、申し訳ありません」 謝るシエスタに、ルイズは首を振って否定する。 「ううん、素晴らしいお爺様だと思うわ。 ありがとう、シエスタ。引き止めて悪かったわね」 「いえ、お話できて嬉しかったです。 それではごゆっくりお休みなさいませ、ルイズ様」 シエスタが部屋を出る前に、一礼する。 「おやすみ」 挨拶を交わして、再びルイズはベッドに潜る。 発端はアセルスとの出会いだった。 だが、立派な貴族となるのは自分で決めたのだ。 過酷な運命が待ち構えようと後悔するつもりはない。 ルイズは固く誓うと共に眠りについた…… ──王女来訪の当日。 ルイズも久方となる王女の姿を見つめていた。 最も、他の生徒同様に整列して出迎えてはない。 ルイズとアセルスは学院長室から遠見の鏡で見ている。 二人は品評会に参加するつもりはない。 オールド・オスマンとしても、ありがたい申し出。 王宮連中の迂闊な行動で、揉め事が起きる可能性は十分にあった。 王女の姿を見て、共に遊んだ記憶が蘇る。 あの頃に比べ、自分は成長したのかと考える。 魔法を使う努力は続けていたつもりだった。 思い返せば、闇雲に魔法の詠唱を行っただけ。 実際、空回るだけで何一つ実を結んでいないのだから。 現実を受け入れられなかった。 今は魔法を使えなくても、いつか報われると信じていた。 「滑稽だわ……」 努力というのは、正しい方向に向けて意味を成す。 間違った努力を続けても、賞賛も評価もされようはずがない。 「どうしたの?」 ルイズが溜息と共に自嘲する姿に、本から目線を上げる。 王女に興味が無いアセルスは、文字を覚える為の絵本を読んでいた。 タバサからエルザに会わせたお礼として見繕ってもらった本だが、今はどうでもいい。 まだ短い付き合いながら、アセルスはルイズの性格を把握しつつあった。 端的に言えば、自虐的。 ルイズは人生において、自信を得た経験がない。 親譲りの気の強さはあれど、自信がなければ虚勢にしかならない。 それが些細な理由……例えば身体的な成長等に対して、大きな劣等感を抱く原因でもある。 「ううん、今まで無意味な努力を続けていたなと思っただけ」 虐げられてた者が力を持てば、過信しやすい傾向にある。 そうならないのは、アセルスの存在とルイズが抱いた志の高さ。 他者より力を付けても、自分が納得できないなら充実感は得られない。 「これから正せばいいよ」 「うん」 急かすでも、甘やかすでもない。 そんな一言にルイズから肩の荷がおりる。 「あ……」 再び遠見の鏡に目を向けたルイズの動きが止まった。 写っていたのは夢で見た人物──かつての許婚の姿だった。 「オーイ、嬢ちゃん」 アセルスは会話しない為、デルフはルイズと話すのが日課だった。 今日に限っては部屋に帰ってきて以来、呼びかけても上の空で反応がない。 部屋に悠然と時間が流れる。 静寂を破ったのは、扉を叩いた来訪者。 エルザかシエスタかと思ったが、用事を頼んだ覚えはない。 立っていたのは、黒いローブを被った一人の少女。 部屋に入るや否や、呪文を唱えると部屋が淡く光った。 「ディテクト・マジック?」 来訪者にようやくルイズが反応を示す。 「どこに目が光ってるかわからないですから」 そう言いながらフードを取ったのは、ルイズも良く知る姿。 「姫殿下!?」 トリスティンの王女、アンリエッタその人だった。 ルイズは慌ててベッドから降りると、膝を突いた姿勢でひれ伏す。 「品評会を休んだのには驚いたけど、ご無事なようで何よりですわ」 ただ困惑するルイズを後目に、王女は世間話をするかのごとく語りかけた。 「姫殿下の心遣い、身に余る光栄でございます。 何故このような所まで、おいでになったのですか?」 ルイズは面を上げて、当然の疑問を投げかける。 王女は疑問には答えず、ルイズに大仰に詰め寄った。 「他人行儀な挨拶はやめて頂戴! ここには小煩い枢機卿も媚び諂うだけの宮廷貴族もいないの。 貴女にまでそんな態度を取られたら、私に心休まる親友はいないわ!」 王女はルイズを抱きしめると、一気にまくし立てる。 その後、ルイズと王女は思い出話に花咲かせていた。 湖畔のほとりで遊んだ事や、泥だらけになって家臣に叱られた過去。 時にはドレスの奪い合いで取っ組み合いをしていた等、他愛もない内容。 アセルスは二人の旧交を邪魔するつもりはない。 何かと余計な一言の多いデルフを連れて、部屋から姿を消していた。 夜空に浮かぶ二つの月。 特に行く当てがある訳でもないアセルスは、屋根で月を見上げていた。 「なあ相棒、感傷に浸ってるところ悪いんだけど……」 アセルスは無言で呼びかけた剣を見下ろす。 「前にも聞いたけど、お前さんいったい何者なんだ? 人間なのに人間じゃなく、妖魔の血が流れてるのに妖魔でもない」 「誰に聞いたの?」 いつもと変わらないように聞こえるアセルスの口調。 「そんな怒らないでくれ。 何となく使い手の感情とか力とか分かるんだよ」 感情を察したデルフリンガーが正直に答える。 アセルスは機械にエネルギーの異常を判断されたのを思い出していた。 「貴女には関係ないわ」 軽々しく話したい過去ではない。 ルイズに半妖の事実を伝えたのは、似た境遇によるものからだ。 人に存在を知られれば、利用されるか怯えられるかだと経験している。 「相棒の不利になる事は言わねえって」 「うっかりで口を滑らされても困るもの」 アセルスがデルフリンガーを信用しない理由。 かけがえのない存在──白薔薇を失った時、軽口を叩いた魔物を思い起こすからだ。 背後の気配に気付いて、アセルスが振り返る。 振り返った先にいたのは、忠実な僕となったエルザ。 「ご主人様、ルイズ様が御呼びです」 「分かったわ、すぐ行く」 アセルスは空間移動で姿を消す。 デルフはそのまま屋根に置いていかれた。 「相棒が信用するのは嬢ちゃんだけかよ。 使い魔としては正しい姿勢なんだろうけどさ……」 なおもブツブツと不満を零すデルフ。 エルザも愚痴には耳を貸さず、剣を拾うと仕事場へ戻った。 「何か用?」 突然、部屋に現れたアセルスに驚く王女。 慣れた様子のルイズが王女に代わって説明する。 「実は、アン……姫殿下から依頼を頼まれたのよ」 アンリエッタ王女の依頼。 内容を要約すれば、政略婚の障害になる手紙を引き取る事。 問題は手紙を出した相手が、反乱で陥落しかけている王国の皇太子である。 一人で請け負うにはあまりに危険な任務──だが、ルイズは引き受けてしまっていた。 アセルスは頭を悩ませる。 ルイズがアセルスの力に頼っている訳ではない。 どんな使い魔が呼び出されたとしても、引き受けたのは想像できる。 「貴女……自分が何を頼んだかわかっている?」 王女への不信感が生まれる。 親友と言いながら、危険を押しつける王女の姿。 アセルスが最も嫌う人間の悪意。 己が目的の為に、他者を利用するやり方に似ていた。 「危険な任務ですが、ルイズなら大丈夫と信じていますわ」 酷く軽薄な王女の笑み。 憤りを増しただけの弁明に、アセルスは王女の首を抑えて壁に叩きつける。 「アセルス!?」 ルイズが驚愕して叫ぶ。 王女に対する非礼以前に、アセルスが何故怒っているのか理解できない。 「大切な者を失う辛さも知らないで、よくも言えたものね」 王女からはアセルスの表情は逆光になって見えない。 ただ明かりもないはずなのに、妖しく輝く赤い瞳は怒りに満ちあふれていた。 「何を……」 「親友?貴女はルイズが死んだって、ただ嘆いて忘れるだけでしょう」 王女が問うより、アセルスが永久凍土のように冷たい声を放つ。 「姫殿下を放して!私は名誉の為なら死なんて恐れないわ!!」 「だからよ、彼女は君の性格を知っている上で頼んだ」 ルイズの請願に対して、アセルスの返答は拒否だった。 「そんなはず……!」 「いえ……ルイズ、彼女のおっしゃる通りですわ」 なおも反論しようとしたルイズを制止する。 アセルスがようやく首から手放すと、床に崩れ落ちて咳き込んだ。 「私に心休まる相手がいないのは本当ですわ。 だからこそ、誰にもお願いできなかった事も……」 懺悔するように王女は……いや、アンリエッタは本心を語り始めた。 「なら、どうして……」 ルイズは次の句が紡げなかった。 自分を利用したいだけだったのか? 友だと告げてくれたのは偽りだったのか? 本当の理由を聞きたい感情と聞きたくない感情が、ルイズの胸中に渦巻く。 「私はウェールズ皇太子を、今でも愛しております」 「……亡命を進めたいと?」 ルイズにも依頼の真相が見えてきた。 ウェールズ皇太子を助けたいが、家臣が賛同などするはずもない。 亡命を受け入れれば、アルビオン王国の打倒を掲げる貴族派と敵対する事になる。 その程度は政に疎いルイズでさえ予測できた。 アンリエッタとて理屈では分かっているつもりだ。 「私は彼に手紙を届けて欲しかった……」 王女ではなく、恋人として手紙を送りたい。 こんな酔狂な依頼を頼める相手がいるはずもない。 何とかできないかと悩む中、ルイズがフーケを捕らえた一報が伝わる。 かつての親友だったルイズならば、引き受けてくれるかもしれないと考えた。 「私は……ルイズ、貴女を利用しようとしたのですわ」 泣き崩れるアンリエッタはただ悔恨していた。 ルイズの身の危険など考えてもいなかった事実。 いや、本当は気づいていた。 ただ自分の目的の為に利用したのだ。 日頃、忌み嫌っているはずの宮廷貴族達のように。 「今日起きた事は全てお忘れになって。 ここに来たのは王女でも、貴女の友人でもない……ただの愚かな女ですわ」 死者のように虚ろな瞳のまま、アンリエッタは部屋を出て行こうとする。 「アン……いえ、姫殿下」 ルイズの呼び止めに、アンリエッタの足が止まる。 振り返るのが怖かった。 ルイズに合わせる顔がない。 部屋から一刻も早く、逃げ出してしまいたかった。 「逃げるな」 彼女の葛藤を見破るようにアセルスが促す。 心臓を鷲掴みにされた心境のまま振り返った。 ルイズは敬服を示す姿勢で跪いて、顔を伏せている。 「ルイズ……?」 ルイズの真意が把握できない。 「手紙を届けたいと望むのでしたら、一言仰せください。手紙を必ず届けよと」 悲嘆も、失望も感じられない。 彼女の瞳にあるのは強い決意のみ。 「何を言っているの!?私は貴女を……」 「私は由緒ある公爵家の三女で、貴女は王族です。 命じられたなら、如何なる理由とて引き受けてみせます」 ルイズには、昔話していた先ほどまでの穏やかさはない。 「ですから姫殿下もご決断ください。 私に号令を下すのも、このまま去るのも貴女の意思一つです」 アンリエッタは息が止まりそうな程の重圧を受ける。 同時にルイズが何をさせようとしているのか、気付いてしまった。 ウェールズ皇太子を手紙を届けよ。 友人ではなく、王女として命じれば良い。 代償としてルイズの命を、己の一存で天秤に懸ける必要がある。 「わ、私は……」 喪に服すと言い訳ばかりで王位を継がない母親。 権威のみを求めて、責務を果たそうとしない宮廷貴族。 アンリエッタの周りには、王族の手本になるような人物がいなかった。 自然と重責から逃避する回数が増えていく。 先程ルイズに己の醜態を晒した時も、逃げるように部屋から去ろうとした。 王女の権威も心構えもない、ただの傀儡の少女。 いや、一人だけ王族を自覚するよう忠言する者がいた。 アンリエッタの嫌う相手、鳥の骨と揶揄されるマザリーニ枢機卿。 『王族である以上、いつの日か決断をしなかった事を後悔しますぞ』 まさに忠告通りの事態が起きていた。 鼓動だけが早くなり、意識だけが遠のいていきそうになる。 ルイズは顔を伏せ、アセルスも沈黙する。 夜分も更けてきた以上、周囲の喧騒もない。 永遠とも錯覚しそうな静寂のみが、部屋を支配している。 「ルイズ」 王女の声は震えたままだ。 しかし、心は決まっている。 「手紙を……ウェールズ皇太子に……届けるように」 震える手でルイズに封筒を手渡す。 軽いはずの手紙が、鉛より重く感じられる。 重さの正体は、ルイズの命。 初めて自分の意思で下した命令で、人が死ぬかもしれない重圧。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 必ずや姫殿下のご期待に沿え、この困難な任務を成し遂げてみせます」 ルイズは下賜された手紙を両手で受け止め、力強く答える。 「ルイズ……教えて頂戴。何が貴女の心を変えたの?」 ルイズとて、箱入り娘だったはずだ。 王女と遊んでいた頃から、年月を経たが印象は変わらなかった。 「私が変われたのは、一つの決心」 「決心……?」 アンリエッタが身を乗り出して、没頭する。 ルイズの一言一句を聞き逃すまいとするように。 「使い魔の儀式まで私は自分の境遇を嘆くだけでした。 どれだけ努力しても、魔法が使えない『ゼロ』のルイズと馬鹿にされる日々」 彼女の噂は以前、耳にしていた。 簡単なコモン・マジックすら使えない落ちこぼれと評されていたとも。 「あだ名通り、私には何もない。あるのは公爵と言う立場だけで私自身は空っぽの存在」 アンリエッタは胸が締め付けられる思いだった。 ルイズが抱いていた感情は、多かれ少なかれ自身にも存在するものだ。 「でも、貴女は変わった……」 同じ立場だったはずのルイズと自分。 しかし、今では差が大きく離れている。 促され、震えながらようやく命令を下せた小心者の自分。 死すら厭わずに任務を受けたルイズとは、比べ者にならない。 「目標へ向かう為の道に気付いたのです」 「立派な貴族になりたいと語っていた事?」 アンリエッタが思い出したのは、常日頃からルイズが語っていた将来の夢。 「はい、でも何も出来ずにいました。 理想に対して、何一つ届かない自分と言う現実を認めたくなかった」 「自覚できた……その理由は?」 答えを求める王女に、ルイズは一つだけ誓いを求める。 「これから話す事は誰にもおっしゃらないでください」 王女が頷いて同意したのを見て、ルイズの独白が再び紡がれる。 「きっかけは使い魔の召喚儀式でした。 ここにいるアセルスを呼び出したのが始まりですわ」 使い魔召喚儀式からの出来事をかいつまんで話す。 呼び出したアセルスが妖魔の支配者である事。 妖魔でありながら、誰より貴族らしく感じた印象。 ギーシュとの決闘、フーケの討伐。 「妖魔の支配者……」 荒唐無稽にも思える話だったが、ルイズが嘘をつくはずもないと思っている。 「私はいつかアセルスの力に並び立てる貴族になる、これが今の目標ですわ」 ルイズの誇らしげな表情。 彼女がこれほど自信に満ちあふれた姿は、過去に見た記憶がなかった。 「ルイズ、今の貴女がとても……羨ましいですわ」 アンリエッタには人生の目標と呼べるものはない。 愛する者の危機に、ただ小娘のように狼狽するのみ。 口では親友と謳いながら、泣き落とすような真似で危険な任務を請け負わせた。 己の卑小さを嫌という程に思い知らされた。 項垂れていたアンリエッタはアセルスの方を振り向いた。 「アセルス様でしたね?この度の非礼、深くお詫びをいたしますわ」 アンリエッタが深々と謝罪する。 アセルスからすれば不快な相手ではあったが、 ルイズが望んで任務を受けた以上は口を挟むつもりはない。 「身勝手な願いですけど、ルイズをお守りください」 「心配しなくても彼女は必ず守るわ」 アセルスにも絶対の自信がある訳ではない。 自身は永遠の命でも、大切な人を守れなかった経験はある。 危険はあるが、ルイズが望むならアセルスは叶えるつもりだった。 「ルイズ、ごめんなさい。 許してなんて言えない、資格がないのも分かっています。 でもどうか無事で帰って頂戴、私のたった一人の友人なのだから」 芝居がかった出会い頭の時のようではなく、不安からルイズを抱きしめた。 「心配しないでくださいませ、私が姫様のお願いを断った事なんてないでしょう? 夜に城を抜け出してウェールズ皇太子に会う時だって、変わり身を引き受けたじゃないですか」 ルイズが安心させるように軽口を叩く。 思わずアンリエッタの顔が赤く染まった。 「い、いつから気づいていたのルイズ?」 「つい先ほど。 恋文を届けて欲しいと頼まれた時に、私を影武者に逢引していたと思い当たりましたわ」 いたずらっ子のように笑うルイズに釣られて、アンリエッタも笑った。 僅かな時間だが、二人は今度こそ心から話し合った。 二人の様子を見て、微笑ましく思うと共にアセルスの胸に小さな痛みが走る。 王女の依頼、胸の痛みの正体。 この旅でルイズとアセルスの関係は大きく変わる。 二人の少女が行き着く先は天空かそれとも…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
https://w.atwiki.jp/onjyakyujoshi/pages/149.html
【名前】タチアナ・アンドレーヴィッチ・グロムイコ 【容姿】 【所属】新潟 【利き腕】右投左打 イデホ打法 【守備位置】一塁手、三塁手 【能力】 弾道4 ミートC68 パワーC64 走力D54 肩力E48 守備C61 捕球E45 広角打法 盗塁B 走塁C 送球E 体当たり 調子不安定 強振多用 積極守備 選球眼 【背番号】未設定 【性格】 22歳。身長175cm。北海道に移住したロシア人のスポーツ一家に生まれる。 北海道の怪物女性球児として話題を集めた、人呼んで『旭川のブストス』。 スラブ人特有のフィジカルの強さもさることながら、膝を柔らかく使うことで 広角に打ち分ける器用なバッティングセンスを評価され、新球団・新潟に入団した。 一見かなりの肥満体系に見えるが、本人とコーチ曰く現在がプレーヤーとしてのベスト体重とのこと。 これは入団後プロの投手に対応するために取り組んだ肉体改造の成果であり、 鍛え上げた筋肉を脂肪でコーティングすることによって、グロムイコは 持ち前のミート力に加え、長打力とペナントレース、接触プレーに耐え抜くタフネスを手に入れた。 生まれも育ちも旭川であるため、中身はいたって普通の日本人である。 実直かつ生真面目な性格であり、オフにNPBが主催しているセカンドキャリア講座にも足しげく通っている。 「動けるデブ」というキャラを活かし、広報活動やメディアへの露出も多く、好評を得ているが、 某スポーツ新聞にゲスい記事を書かれることも多い。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7860.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 「左手は添えるだけ。」 「こ、こう?!」 タバサの声に緊張の面持ちでルイズが応える。 初夏の日差しが照りつけ始めたトリステイン魔法学院の中庭。 シュレディンガー、キュルケ、シエスタ、ギーシュ、 モンモランシー、ケティ、それにマリコルヌ。 いつもの面子が顔を揃え二人を見守っていた。 「そして詠唱。」 「よ、よしっ!」 ルイズがきりりと眉を上げ、杖を振るう。 「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ!」 ふわり、とルイズの体が宙に浮かぶ。 「や! や? やたっ!」 慣れない浮遊感に思わず内股になりつつも、ルイズは 離れていく地面を見つめ両手をぴんと横に突っ張ったまま快哉を叫ぶ。 「どう? どう?! どうよ! 浮いたわ私! すごいわ私!!」 「わ! わ! 浮いてますわお姉さま!」 「ちょ! 待って、浮いてるってルイズ!」 「きゃあ!? う、浮いちゃってますルイズさん!」 周りから上がる悲鳴とも歓声ともつかぬ声にも目を向ける余裕は無い。 「だから浮いてるって言ってるでしょ! フライ(飛行)の魔法は成功よ!」 「そうじゃなくて、こっち!」 慌てふためくキュルケの声にルイズが顔を上げると、 そこには宙に体を浮かせばたつく皆の姿があった。 「何で私たちまで浮かせてんのよ!!」 「おお」 「おお、じゃないっ!」 。。 ゚○゚ 「次は僕が教師役だね」 丸テーブルの上の小石を前に、ルイズはギーシュへ胸を張る。 「任せて、錬金の魔法は得意よ!」 「ルイズちゃん、教室を等価交換して瓦礫の山に換えるのは 錬金って言わないからね? 念のため」 「判ってるわよ!」 茶々を入れるキュルケを睨み付ける。 「じゃあ、僭越ながらまずはお手本という事で」 ギーシュが詠唱とともに杖を振るうと小石が緑色に輝き出す。 「おお~!」 「お粗末」 一礼するギーシュが錬金で作り出したのは、 多少の曇りはあれど紛れも無いエメラルドだった。 「じゃ、じゃあ次は私ね!」 「何でも良いんだルイズ、このエメラルドを見て 頭の中に浮かんだものを、心に強く思い描いて」 「よ、よーしっ!」 目をつぶり、精神を集中する。 「イル・アース・デルっ!」 げこげこ。 さっきまでエメラルドだったそれが足を生やして跳び跳ねる。 「っきゃあー!」 「せ、生命を練成した?! 等価交換の法則はあ?!」 「だって何だかカエルっぽかったから! カエルっぽかったから!」 ルイズの言い訳も空しく、緑のカエルはテーブルの周りを跳び回る。 「ま、まさに黄金体験ですわお姉さま!」 「マリコルヌ、シャベルよ! シャベルでアタックよ!」 「やだよモンモランシー! それ涙目のルカじゃないか!」 。。 ゚○゚ 「、、今度は真面目にやってよね、ルイズ」 ルイズがモンモランシーに向かって頬を膨らませる。 「失礼ね! 私はいつだって100パー真面目だっつうの!」 「はあ、、、まあいいわ」 モンモランシーはため息を一つつくと、 シエスタから受け取ったグラスをテーブルの上に置いた。 「この魔法は水系統の初歩の初歩。 コンデンセイション(凝縮)よ」 詠唱とともにモンモランシーがグラスに杖をかざす。 グラスの内側に水滴が浮かび、流れ溜まってグラスを満たしていく。 「ま、ざっとこんなものよ」 「うーん、地味ね」 「あ、あんたねえ、、、」 眉をヒクつかせるモンモランシーにルイズが見得を切る。 「こんな地味魔法、楽勝よ!」 「、、、で、まだ?」 「も、もうちょっと待ちなさいよ!」 あきれ声を上げるモンモランシーにルイズは振り向きもしない。 詠唱を終えグラスに向けた杖に力を込めるが、何の変化も現れない。 「ぬ、ぬうう、、」 ごぽり。 グラスに溜まった水の中に気泡が上がる。 「な、何これ? 水の中に何か、、」 「水の中に不純物、ルイズの念は具現化系。」 「水見式か! 、、、ってタバサ、これ?!」 げこげこ。 グラスを挟んでモンモランシーとルイズがにらみ合う。 「何であんたはカエルにこだわる!」 「わ、私だって知らないわよ!」 。。 ゚○゚ 「はーい、みなさん。 このあたりで一休みしましょう」 パラソルの付いたテーブルに退避した皆に シエスタが色とりどりのシャーベットを配る。 氷の魔法で作るのを手伝ったタバサの前には どんぶりサイズの特大シャーベットが置かれた。 その隣にはシルフィード用の飼い葉桶いっぱいのシャーベット。 「んはあ~」 いち早くクックベリーのシャーベットをゲットしたルイズは さっそく一口ほお張ると至福の表情を浮かべる。 「すごいやルイズ、本物の魔法使いみたいだったよ!」 「はっはっは、もっと褒めていいわよシュレディンガー。 あと本物みたい、じゃなくて本物だから。 すでに。 まさに。 ガチに。」 鼻高々に背もたれにふんぞり返る自分の主人を シュレディンガーがニコニコしながらうちわで扇ぐ。 「な~に威張りくさってんのよ。 私の目には失敗のバリエーションが増えただけにしか 写らないんだけど?」 「ふっふっふ、言ってなさい」 隣のテーブルからのキュルケの声も今日は軽く受け流す。 「他の魔法はいいけどさ、私の時はちゃんと成功させてよ? 炎の魔法でさっきみたいな失敗なんて想像したくも無いわ。 地獄絵図よ、ヘルピクチャーよ」 「安心なさいなキュルケ。 どんな事があろうとあんたにだけは魔法習わないから。 今日のあんたは天才の開花を見守る単なるギャラリーよ!」 「な、何よソレ」 休憩を終え、日差しの強くなった中庭で。 ルイズがタバサの指導の下、サイレントの魔法で なぜか巨大竜巻を発生させ学院長の像をなぎ倒しているのを 遠めに見ながら、パラソルの下でキュルケはつぶやく。 「、、、ま。 今までの爆発オチから比べれば、格段の進歩ではあるケドね」 それはキュルケも認めざるを得ないようだ。 「しっかしあの娘が本当に虚無の系統だったとはね~」 日差しにダレるフレイムの口もとへシャーベットを一さじ運ぶ。 仰向けに寝転んだヴェルダンデのお腹を撫でながらギーシュが答える。 「何だい、君は信じていなかったのかい? 『虚無のルイズ』なんて二つ名を名付けたのは君だろうに」 「あれはほんの冗談で、、って、ギーシュ。 あなた最初から虚無だって思ってたの?」 「勿論」 事もなげにギーシュが返事をする。 「ギーシュ! 錬金!錬金! ルイズが学院長の像を錬金で直そうとしてるから! その前に早く!」 「おお、それは大変」 モンモランシーの叫びにギーシュは腰を上げる。 モンモランシーにどういう意味かと詰め寄るルイズを皆がなだめ、 ギーシュが悪趣味にもバラの花束を背後に背負わせた学院長の像を 錬金で作り直すのを眺めながら、キュルケはあくびを一つする。 「ふわ。 、、、平和だわね」 その横でフレイムも貰いあくびを一つした。 。。 ゚○゚ 同日、同時刻。 浮遊大陸アルビオンの東端、ニューカッスル。 戦火の傷を晒したままのその古城の地下、隠された空中港の桟橋で 二人の男たちが今まさに邂逅を果たしていた。 「やっと会えたな、子爵」 アルビオン王国皇太子、『プリンス・オブ・ウェールズ』 ウェールズ・テューダー。 「光栄の至り、殿下」 トリステイン王国グリフォン隊隊長にしてゼロ機関機関長。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 居並ぶ歴戦の兵たちが見守る中、 彼らは固い握手を交わした。 「して殿下、状況は?」 石造りの長い階段を上りながら、ワルドが尋ねる。 「明後日には停戦会議を控えているしな、 あちらも下手に動く事はできんのだろう。 しかし子爵、私は今でも悩んでいるのだ。 他に選択肢は無かったのか、とな」 「心中、お察し致します。 しかし殿下とて、奴らが素直に会議の席に着くとは お思いではないのでしょう?」 「確かに、な」 「それに今や我がトリステインはアルビオンと一蓮托生。 アルビオンの危機は即ちトリステインの危機でもあるのです。 殿下がお気に病む事は御座いません」 「そう言ってくれると、幾らか気は休まるがな」 急な階段は螺旋を描き、上へ上へと続いていく。 「明日」 ワルドが声のトーンを落とす。 前後について階段を上る衛兵たちはこの会話が極秘のものである事を 悟り、歩調をずらし距離を取る。 「レコン・キスタの中でもトリステインに私怨を持つ者達が 『今回の停戦合意に反対』し、ロサイスにて軍艦を強奪 トリスタニアを目指しダングルテールへ降下します」 「、、、」 その扇動役を誰が担うのか、聞かずともウェールズは承知している。 「しかし、『偶然』ダングルテール付近で演習中であった トリステイン軍二個師団と遭遇、交戦状態となります。 軍艦と言えど相手は二個師団、判刻と持たずカタは付きましょう」 「トリステインの民に、被害が及ぶ心配は?」 ウェールズが尋ねる。 「その心配は御座いません、殿下。 ダングルテールは20年以上も前に見捨てられた土地です」 ワルドはその経緯について語ろうとはしない。 「国土への侵攻を理由にトリステインは即日レコン・キスタへ 宣戦布告、殿下には停戦会議を破棄して頂きます。 トリステインとアルビオンは連合を組み、既にラ・ロシェールに 停泊させてある艦全てが即時アルビオンへと上陸いたします」 潜められたワルドの声を消すように、足音が螺旋の空間に響く。 「さらにアルビオン南部で活動している『アルビオン解放戦線』と カトリック教徒達には、混乱に乗じてそのまま ロサイスを攻め落としてもらいます」 「そうなれば残るはサウスゴータとロンディニウムのみ、か」 「左様で」 清廉潔白を絵に描いたようなアルビオン皇太子の顔が 何ともいえぬ影を帯びる。 「すまぬな、子爵。 そのような汚れ役を貴殿にばかり押し付ける」 「勿体無いお言葉。 それより殿下、この事は」 先を行くウェールズの背をワルドの視線が射抜く。 「無論だ。 全てはアルビオンの民の為。 今の話は私一人、墓の下まで持っていこう」 ウェールズは自嘲気味に微笑んだ。 階段の先から日の光が差し込んでくる。 階段を上り終えるとウェールズは廊下を外れ、テラスへと出た。 涼やかな風がウェールズの髪をかき上げる。 手すりに手を突き、遠くを見つめたままウェールズが言う。 「子爵。 この戦が終わり、アルビオンに再び平和が戻ったその時には、、、 貴殿と、もう一度会ってみたい。 今度は酒でも飲みながらな。 だから、、、死ぬなよ。 生きて戻ってくれ、ワルド」 ワルドは顔を伏せたまま、かすかに肩を震わせた。 「は、、、 はっ! 必ず」 。。 ゚○゚ 「ルイズー、ぼちぼち時間なんじゃないのー?」 日も傾きかけた魔法学院の中庭で、キュルケがパラソルの下から だれた声をかけて寄こす。 「え、何? ちょっと待ってて!」 ルイズの作り出した青白い雲を吸い込んだシルフィードの目がとろけ、 見上げるルイズの前でこっくりこっくりと船を漕ぎ出す。 「おお、やたっ! スリープ・クラウド成功でぎゃふんっっ!!」 勢いを付けて大きく船を漕いだシルフィードの頭が脳天へ直撃し、 ルイズは頭を押さえしゃがみ込む。 「、、、なにやってんのよあの娘は」 キュルケが頭に手を当て、あきれた声を出す。 「『学院長のお使い』~!! ワルド様と一緒に~、用事あったんでしょ~!!」 「え、うそ?! やだ、もうこんな時間!」 ルイズが頭をさすりながら立ち上がる。 「え、なになに? またワルド様とのデートなの?」 モンモランシーが興味津々に近寄ってくる。 「でもこの前はデート終わってもなんか重ーい雰囲気だったけど、 ケンカでもしたの? それでもう仲直り?」 「だ、駄目だよモンモランシー! そんなにズバズバ聞いちゃ」 あまりにもあけすけな質問にギーシュがうろたえつつ間に入る。 だがルイズはギーシュの心配をよそに平然と答える。 「何よ、私はワルド様とケンカなんてしてないわよ。 でもまあ、仲直りって言えば仲直り、ね」 「? 誰とよ」 ルイズは少し考えてから、はにかむ様に笑った。 「『私の運命』と、よ」 その顔をみてシュレディンガーも満足げに微笑む。 「ふ~ん、、、魔法使をえるようになって、 ちょっとは自信が付いたみたいじゃない。 じゃあさ、、、」 ニヤケ顔でキュルケが近づいてくる。 「ワルド様のプロポーズに返事する決心も、付いた?」 「へ?」「うそ?」「それはそれは」「拍手。」 「わあ! おめでとう御座います、ルイズさん!」 みなの驚きと祝福の声の中、ルイズはキッとキュルケを睨むが キュルケはどこ拭く風とニヤけたままだ。 首を振りシュレディンガーに視線を向ける。 シュレディンガーは目を逸らし、口笛を吹き始めた。 がっき。 ルイズのアイアンクローが猫耳頭の後頭部に食い込む。 「みんなには内緒っつったでしょ! こんの 猫 畜 生 ~!!」 みしみし。 「いだだだだ! ギブ! ギブ!!」 「な~にいってんのよルイズ。 これから婚約しようってのに秘密にしてど~うすんのよ。 それとも、結婚してもずっとみんなに内緒にするつもり?」 「そ、、それは、、、」 「それで、なんてお返事するんですか? ルイズお姉さま」 ケティが目を輝かせて聞いてくる。 「魔法もまだ使いこなせない半人前ですしー、なーんて 言わないでしょうね、これだけ皆に付き合わせておいて」 モンモランシーがにやりと笑う。 「ああもう、いまさら言わないわよそんなこと」 ため息混じりに返す。 ルイズは皆を見回し、改まった顔で口を開く。 「あ、あのね、あのさ、、、モンモランシー。 それに、みんなも。 夏休みなのにわざわざ学院に残ってまで 私の特訓に付き合ってくれて、その、、アリガトね」 ルイズに似つかわしくないその素直な感謝の言葉に 思わずモンモランシーが赤面する。 「あ、あんたの為なんかじゃないんだからね!」 「で、出たあー! 掟破りの逆ツンデレ!」 「さすがですわモンモランシーお姉さま!」 「ま、ルイズの為じゃないってのは本当なんだけどね」 「はあ? それどういう意味よ、キュルケ」 水をさすキュルケにルイズが食って掛かる。 「いやだってホラ、明後日に日食あるじゃない、日食。 で、タルブが一番綺麗に見れるらしいのよ。 それでシエスタの故郷がタルブだって言うからさ、 それじゃ見に行こうって事でみんなで学院に残ってたのよ。 特訓もその暇つぶしだからさ、柄にも無く恩に着ることないわよ」 しれっとした顔でキュルケが説明する。 「っていうかルイズ、あんたも誘おうかとも思ってたけどさ~、 アンタはホラ、どうせワルド様とアルビオンで見るのかなって」 「あー、ヘンに誘って逃げ道作っちゃ悪いわよねえ」 「逃げないわよ!」 ルイズはシュレディンガーの頭を引き寄せると、 笑顔で見送る仲間達に堅い笑顔で答えた。 「じゃ、じゃあね、みんな。 行ってくるから!」 ============================== ぼすんっ。 ルイズが目の前に突然現れた何かにぶつかり、尻餅をつく。 「きゃっ?! ちょっと、気を付けなさいよ!」 眉をしかめ、シュレディンガーに怒りの声を上げた ルイズの目に、つば広の黒い羽帽子が飛び込んでくる。 その下には口髭も凛々しい精悍な、しかし優しい顔があった。 「おや、大丈夫だったかい?」 そう言いながらワルドはルイズに手を差し伸べた。 ワルドの顔を見て、ルイズの頭は真っ白に飛んだ。 そう言えばあんな気まずい別れ方をして、その後会ってもいない。 きちんと覚悟を決めた筈なのに、頭に何も浮かんでこない。 あ! 皆と特訓の後、お風呂にも入っていないじゃない! 大体なにをしにここに来たんだっけ? それと言うのもシュレディンガーがキュルケなんかに話すから! きちんと返事をしてから皆に言うつもりだったのに。 不意にキュルケの言葉が頭の中にリフレインする。 (結婚してもずっとみんなに内緒にするつもり?) 結婚。 「結婚、して下さい、、」 ワルドの手を握り返す。 「ええ、喜んで」 ワルドは優しく手を引き、ルイズを胸に抱きとめた。 ニューカッスルの風吹き抜ける中庭で、 夕日に伸びた二つの影は一つに重なった。 。。 ゚○゚ 「、、、って、違くて!」 「ええ? ち、違うの?!」 急に赤面するルイズに、ワルドが慌てふためく。 「いえ、違うくは無いんですけど、ももも、もっとこう! いろいろ用意してた言葉があったのに!」 「え~? もういーじゃーん」 「だああ! アンタは黙っときなさいよシュレ!」 ワルドの手を離れ、シュレディンガーの頭をはたく。 「それはそうだ。 それに、レディの口から言わせるべき言葉ではないな、子爵」 「わわっ、ででで殿下! いらしたんですか?!」 一部始終を見られた恥かしさから、ルイズの頭に血が上っていく。 そんなルイズにウェールズは優しく笑いかける。 「あいも変わらず元気そうで何より、大使殿」 「いや、まあ、はは、それもそうですね、殿下」 ワルドが襟元を正し、ルイズに向き直る。 「すまない、ルイズ。 僕から言うべきだった」 「で、でもあのワルド様!」 「『様』は、いらないよ、ルイズ」 「でもあのその、わ、ワルド、、私まだ魔法も全然だし」 「それでいいんだ」 「背も、、それに、その、む、胸も、まだこんなだし」 「それがいいんだ」 「? そ、それに、、、!」 「、、、ルイズ。 僕と結婚しよう」 ワルドの目を見つめ、ルイズは涙を浮かべ微笑んだ。 「、、はい、ワルド」 「よかったよかった。 そうと決まれば式の支度に取り掛かるか」 ウェールズの言葉にルイズは小首をかしげる。 「式、ですか?」 「そう、僕ら二人のね」 ワルドの言葉にルイズはようやく事態を理解する。 「式って、けけ、結婚式ですか?! そそ、そんな! まだ早、、!」 言いかけて、ルイズは湖でのワルドの言葉を思い出す。 「も、もしかして、貴族派がトリステインを狙ってるっていう、 あの時ワルドが言ってた事が現実に?!」 ルイズの言葉にワルドは小さく頷く。 「ルイズ、僕は今晩にはロサイスへ立たねばならない。 しかし、僕は必ず君の元へと戻ってくる。 だから、その約束を僕にさせておくれ。 始祖ブリミルの前で、永遠に消えぬ約束を」 「、、、」 真実を知るウェールズは黙して語らない。 「、、、分りました。 ワルド、、、絶対、無事に帰ってきてね」 「君のお望みとあらば」 「よかったな子爵。 では、礼拝堂で待っているよ」 「あ! わ、私もせめておフロに!」 歩み去るウェールズにルイズも付いて駆けてゆく。 ルイズに付いて行こうとするシュレディンガーを ワルドが引き止めた。 「おっとネコ君、式の前に男同士の話があるんだが、、、 付き合ってもらえないかな?」 。。 ゚○゚ 日の暮れたニューカッスルの礼拝堂。 始祖ブリミルの像が見下ろす祭壇の前に、三人の姿があった。 ワルドの任務の機密性をおもんばかり、ウェールズは 他の人間に式の事も知らせてはいない。 ウェールズから借り受けた新婦の証である純白のマントを 身にまとったルイズは、落着かなげに辺りを見回した。 「もう、またどっかで迷ってんのかしら、シュレの奴」 「ネコ君ならここには来ないよ」 心配げなルイズにワルドが優しく語りかける。 「神聖な儀式という事で、どうも遠慮したらしい。 控えの間で式が終わるまで待っているそうだ」 「ええ? あーもうあの猫耳頭! どーうせまた面倒そ~、とか退屈そ~、とか思って逃げたんだわ! ご主人様の一生に一度の晴れ舞台だってのに! 式が終わったらお仕置きだわ!!」 「まあまあルイズ、彼は彼なりに気を利かせてくれているんだよ」 「もう、ワルドったらシュレの性格知らないからそんな事言えるのよ」 「んんっ、そろそろ宜しいかな、ご両人」 婚姻の媒酌を務めるウェールズの声に、慌てて二人が向き直る。 ブリミル像の元、皇太子の礼服である明紫のマントに身を包んだ ウェ-ルズが、祭壇の前で高らかに告げた。 「では、式を始める」 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、 そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「、、、誓います」 ウェールズは静かに笑って頷いた。 「宜しい」 「では、次に」 ウェールズの視線はルイズへと移る。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、、」 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読み上げる。 今が結婚式の最中だというのに、ルイズは思い返していた。 相手は憧れていた頼もしいワルド、二人の父が交わした結婚の約束。 幼い心の中、ぼんやりと想像していた未来。 それが今、現実のものになろうとしている。 級友と自国の姫君が睦み合うとんでもない状況で再会を果たしたあの日。 シュレディンガーと異世界を巡っていても一人待ち続けてくれたあの時。 鼻の下を伸ばした男共をよそに酒場で一人賢者の如く佇んでいたあの顔。 ロクな思い出が無いような気もするが、それもまた良し。 「新婦?」 ウェールズの声に、ルイズは慌てて顔を上げた。 「緊張しているのかね? 仕方が無い。 初めてのときは事が何であれ緊張するものだからね」 にっこりと笑ってウェールズは続けた。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。 では繰り返そう。 汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、 そして、夫とすることを、、誓いますか」 ルイズは溜まった思いを吐き出し、杖を握った手を胸の前に置いた。 「はい、、、はい、誓います!」 「宜しい。 では誓いの口づけを」 アルビオン皇太子と、始祖ブリミルとが見守る中、 二人の唇は今、静かに重なった。 くたり、とルイズがワルドの腕に倒れこむ。 「新婦? どうしたね? やはり緊張で?」 「いや失礼、ここからは大人の時間なのでね。 彼女には刺激が強すぎると思い、眠ってもらった」 胸の中にルイズを抱いて、ワルドが悠然と言い放つ。 「子爵? いったい何、を、、、?!」 ウェールズが自らの胸に突き立った魔法の光を見つめる。 「あなたが悪いのですよ、殿下」 ワルドはどこまでも優しい笑みを浮かべる。 しかしその笑みは今や、嘘に塗り固められていた。 「貴方があの時死んでさえいれば、 それで戦争は終わっていた」 ウェールズの胸に突き立った杖をこねる。 「お゛、、、ごおっ、、」 「その戦乱の元凶である貴方が言うに事欠いて、 『アルビオンに再び平和が戻ったその時には』などとはね! ははっ、とんだお笑い種だ」 ワルドが杖を引き抜くと、ウェールズの口から鮮血が溢れた。 胸に空いた穴から飛沫が散り、服を真紅に染めていく。 「きさ、、! レコン、キス、、、」 仰向けに倒れたウェールズが悪魔のごとく笑う影を見上げる。 「ああ、あの哀れな貴族派の連中ですか? 私は彼らのような夢想家ではありませんよ」 ワルドはルイズをゆっくりと祭壇の上に寝かせる。 「せっかく終幕も近いのにこのまま何も知らずに 舞台を降りるのも可哀想だ、せめてこの先の筋書きを 教えて差し上げましょう」 ワルドが芝居がかった口調で手をかざす。 「ロサイスの戦艦がダングルテールへ向かうと言ったがありゃ嘘だ。 艦隊は手薄なタルブを突いてラ・ロシェールを急襲。 そのまま演習中の二個師団が不在の王都へ西から攻め上る。 ロサイスを攻めるカトリック教徒達は、まあ返り討ちでしょうな。 そして、王都トリスタニアの東からはガリアが攻め入る手筈です」 「ガ、リア! 、、、だと、、そうか、き、貴様、、!」 「二国からの挟撃を受ければたとえ王都といえど一晩と持ちますまい。 死出の旅路を寂しがる事はございませんよ、殿下。 貴方が慕うあの姫君も、遠からず貴方の後を追いましょう」 「が、、、ま、、、」 「お別れです、殿下。 こう言っちゃなんですが、私は貴方が好きでしたよ」 ワルドは息絶えたウェ-ルズの手を取り、その指にはまった 始祖の秘宝、『風のルビー』を抜き取った。 「へ~、そ~いう事だったんだ~」 「!!」 場違いに陽気なその声にワルドは杖を構え振り向く。 そこには、いるはずも無い者の姿があった。 貫いたはずの胸には一滴の血の跡すら無く、 潰したはずの頭は悪戯っぽく笑みを浮かべる。 「どーして? って顔だね~。 君には言ってなかったっけ? ワルド。 僕はどこにでもいてどこにもいない。 だから、君が僕を殺しても」 猫が牙をむく。 「僕は、ここに、いる」 ゆっくりと、虚無の使い魔がワルドに近づく。 「僕はね~、怒っているんだよ」 眉を上げてうっすらと笑みを浮かべる猫は言う。 「別に君が僕の頭を吹っ飛ばそうが、 そこの可哀想な王子様の心臓を貫こうが、 僕にとってはそんな事はどーだっていーんだ」 シュレディンガーの中に、何かが渦巻き満ちていく。 今までに感じた事もない、名状しがたい感情が。 チリチリとしたものが、その胸の内を焦がしていく。 「だけど君はね」 ぎちり、と猫が牙を鳴らす。 「僕の ご主人様(ルイズ)を 裏切った」 ワルドは窓を開け放ち、二つの指輪を外に放る。 始祖の秘宝、『風のルビー』と『水のルビー』。 それを空中で咥えたグリフォンが空へ舞い上がり、 西のかなたへ飛び去っていく。 「、、、ほう、そうかね」 返事をしつつワルドは頭の中で考える。 まずは指輪さえ届ければ、自分達は後回しでも構うまい。 幸いこの城は浮遊大陸アルビオンの突端、 フライを使い地上へ降りれば後はどうとでもなる。 それよりも。 問題は目の前のこれだ。 幻術? 幻覚? さっき殺ったのはスキルニルか何かか? 超再生? 回復術? それとも、不死? 馬鹿馬鹿しい。 不死身などこの世に存在しない!! 何より確実な事は、やはりこの使い魔は危険だという事だ。 ルイズの心は手に入れた。 しかし、この目の前のこれは、人に懐かぬ『死神』だ。 ここで始末をつけねば禍根を残す。 ワルドは杖を握りなおした。 「では、、、どうするかね?」 祭壇で横たわるルイズからゆっくりと距離を取り、 礼拝堂の中央で二人は対峙する。 「どーするかって?」 シュレディンガーが腰の後ろに手を回す。 「こーする」 ズルリ、と黒い塊が手の中に現れる。 「それは、、、!」 ワルドには禍々しい輝きを放つその鉄塊に見覚えがあった。 スパイとしての信頼を得る為、自分がレコン・キスタから盗み出し トリステインへと持ち運んだものだ。 全長39cm、重量16kg、装弾数6発、専用弾13mm炸裂鉄鋼弾。 対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』 それが今、シュレディンガーの手にある。 ワルドは声を殺し低く笑う。 どんな能力を持っているか知らないが、戦闘に関しては ズブの素人であるらしい。 いくら威力があろうと、あんなものが当たるものか。 両手で銃を構えてもその足元はふらつき、 銃口を自分に向けるどころか水平に構えることさえ出来ない。 「はははっ、それでどこを狙うというんだい? そんなにフラフラしていては一生この私には当たらんよ!」 「へーそう?」 シュレディンガーはワルドの足元に銃口を向け、引き金を引いた。 礼拝堂を轟音が揺さぶった。 シュレディンガーは吹き飛び、壁に叩き付けられる。 そしてワルドは、天井に飾られたフレスコ画を眺めていた。 何が起こったのか、理解が追いつかない。 左手をまさぐったが、持っていたはずの杖が無い。 首を起こし目をやると、杖ごと手の平がどこかへ千切れ飛んでいた。 体を起こそうとすると、腹の中でゴリゴリと何かがこすれる音がする。 親指だけが残ったその左手の先には、大きくえぐれた床が見えた。 あの拳銃の放った弾丸は、莫大な運動エネルギーで礼拝堂の床石を 大きく穿ち、その破片をワルドの全身に撒き散らしていた。 ごぽり。 何かを言おうとしたワルドの口から、血の塊がこぼれ出る。 肋骨をぬい、肺の中にも石片が入り込んでいるのが感じ取れた。 もう下半身の感覚は無くなっている。 ゆっくりと意識の途絶えていくその頭を、誰かが持ち上げた。 「ワルド?! ワルド!!」 聞き覚えのあるその可愛らしい声が、悲痛な叫びを上げている。 「はは、ルイ、ズ、か、、」 ワルドは左手の残りでその髪を優しく撫でる。 「何が?! 何で?! しっかりワルド!! い、いま、てあ、手当てを、、!!」 自分の顔に降り注ぐ涙の暖かさだけが、 今のワルドに感じ取れるすべてだった。 「いいんだ、、ルイズ、、、 僕は、、もう、、、」 「駄目! 駄目!! ワルド!!」 「はは、、、そう、さ、、これが、末路だ、、、 裏切り者に、ふさわ、しい、、末路、だ、、」 「裏切り?! 何を言っているの? 喋っちゃ駄目、ワルド!!」 ルイズは自分のマントを剥ぎ取りワルドの腹に押し当てるが、 流れ出る血はその純白のマントをどろどろと赤く染めていく。 「で、も、、信じて、くれ、ルイズ、、、」 最早その目は空ろに開かれ何も映ってはいない。 「嘘だらけ、だった、、、僕の、人生の、中で、、、 君への、、想いだけ、は、、たった一つ、の、、、」 「、、、ワルド?」 それきりその口からは言葉も、呼吸も、こぼれ出ることは無かった。 「ん~、痛てて、、」 後ろから響いた声に、のろのろとルイズは振り返る。 そこには自分の使い魔が居た。 「あ! ルイズ、起きたんだ! 大丈夫?」 肋骨は折れ右手の指の殆どは捻じ曲がっていたが、 いつものように「無かった事」にする気はなぜか起きない。 手に持った巨大な銃の重みが今は誇らしかった。 ルイズの目にその銃が映る。 大きく穿たれた床の石畳と、自分の伴侶に突き立った無数の石片と。 あの日の光景が蘇る。 はじめてその銃を見た日。 トリステイン魔法学院の仲間達と。 そして、大きく穿たれた学院の壁と。 「、、、あなたが、撃ったの?」 まるで感情のこもっていない、低く澄んだ声。 「うん、そう! 僕がワルドをやっつけたんだ!」 胸を張りシュレディンガーが答える。 「シュレディンガー、、」 「どうしたの? ルイズ」 不安げに近づくシュレディンガーの足をルイズの声が止める。 「、、消えて」 その声には、いつもの傲慢さも強さもヒステリックさも無く、 水晶のように純粋な拒絶のみがあった。 「、、、ル、、?」 困惑し立ち尽くすシュレディンガーに、 ルイズは目を伏せたまま、ただ、告げた。 「消えて、シュレディンガー。 私の、目の、前から」 「、、、」 シュレディンガーは何かを言おうとして口を閉ざし、 それきり、ルイズの目の前から消えた。 ============================== 確率世界のヴァリエール - a Cat, in a Box - 第十三話 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7309.html
前ページ次ページ日替わり使い魔 ――時刻は夜、トリステイン魔法学院女子寮の一室―― (…………なんだこれ?) ルイズの居室であるその部屋の外、扉の鍵穴に右目を目一杯くっつけて中の様子を伺っていたギーシュ・ド・グラモンは、室内の光景にしきりに眉根を寄せていた。 ――なぜ彼がここにいるかと言うと、それは簡単な話である。 彼が敬愛してやまない、トリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、その名もアンリエッタ姫殿下――彼女がこの魔法学院に行幸で訪れたのがこの日の話。そして今、その姫殿下が顔を隠してここにやってきたのを見つけ、こうして尾行してきたのだ。 そんな彼が覗いているルイズの部屋――そのベッドの上に、見たこともない巨大な青いインコが鎮座していた。だが、彼が奇妙に思っているのはそれとは違う。 ――それは―― 「もふもふー」 「もふもふーですわ♪」 「……もふもふ」 そのインコの体に頭をうずめ、しきりにもふもふしている三人の少女たち。頭を押し付けられている当のインコは、嫌がるでもなくただされるがままにしていた。 そんな少女たちの痴態を見ているギーシュは、たった一つのことを、これでもかってぐらいの強い思いで念じるのであった。 そこのインコ、今すぐ僕と替わりたまえ――と。 そんなギーシュの背後に、一つの影が迫りつつあった―― ――時間を遡ること、この日の昼―― ロングビルの乱心事件という非日常が過ぎ、ルイズたちの生活が日常に戻ってから数日。 日替わりで違う動物・幻獣・亜人を連れてくるルイズの『本日の使い魔』は、クックルーという巨大な青いインコ、その名もクックル(非常に安直なネーミングだとルイズも含めて誰もが思った)であった。 既に周囲の皆も慣れ始めたその光景、見慣れない動物の姿に好機の目を向ける者はいれども、驚く者はもはやいない。取り立てて騒がれることもなく、その日も代わり映えしない授業風景が流れていた。 が――その日常は、あっさりと崩れた。 それは風のスクウェアメイジ『疾風』のギトーの担当授業の時間中のことであった。風系統最強説を声高に主張する彼の授業に、生徒のほとんどがうんざりしてきた頃――突如として、ヘンテコリンな仮装をしたコルベールが乱入してきたのだ。 彼の珍妙なコスプレに皆が失笑を漏らしている中、彼はアンリエッタ姫殿下のここへの行幸が急に決まったことを告げた。程なくして、学院中をひっくり返したかのような大騒ぎになり、教師・生徒・使用人、全てが一丸となって姫殿下の歓迎の準備が始まった。 かくて、急場しのぎながらも歓迎の準備を終えた学院は、総出で姫殿下を迎えることとなった。 そして、そんな突発イベントが起きたその日の夜。クックルを迎えに来たタバサを交え、いつもの雑談に興じていた頃、突如としてそのアンリエッタがルイズの部屋を訪れたのだ。 幼い頃の話から始まり、ルイズの使い魔やタバサのことに触れ――そしてどういうわけか三人してクックルの羽毛の虜となり、現在に至るというわけである。 「ああ、なんて良い肌触りなんでしょう。こんな素敵な使い魔を召喚できたなんて、ルイズが羨ましいですわ」 「だから、申し上げましたでしょう。私の使い魔の使い魔……のようなものです」 「本当のルイズさんの使い魔は、私のお父さんですよ。あと、クックルは使い魔じゃなくてお友達です」 クックルの羽毛をもふもふしながら、会話を続ける三人。クックルは微動だにせず「ピロロロー」と喉を鳴らしており、話題の中心でありながら我関せずといった様子だ。 「あなたのお父様ですか。ルイズ・フランソワーズ、人を使い魔にするなんて、あなたは相変わらずどこか変わっていらっしゃるのね」 「好きで使い魔にしたわけじゃありません」 アンリエッタの言葉に、ルイズはぷぅと頬を膨らませ、クックルの体に顔を押し付ける。言葉とは裏腹に、彼やその娘が連れてくる色々な使い魔たちには、満更でもない様子である。 その仕草がなんとも微笑ましく、アンリエッタもタバサも思わず苦笑を漏らした。二人、タイミングよく苦笑が重なったので、思わず目を見合わせ――そしてふと、アンリエッタがタバサに問いかける。 「タバサ……とおっしゃいましたね。その髪の色、ガリア王家ゆかりの者ですか?」 「ううん、まったく無関係ですよ。私の実家は、グランバニアです」 「グランバニア……? そんな領地、ハルケギニアにありましたかしら……?」 「国名です。ハルケギニア諸国とは一切の国交がありませんので、知らないのも無理はないと思いますけど」 「まあ。ではもしや、ロバ・アル・カリイエの国かしら?」 「ロバ……? えっと、確かこっちでは東方のことをそう言うんでしたっけ? とりあえず、とにかくずっと遠い国だと思ってくれれば間違いないですけど」 「遠い国……そう、遠い国……ですか。わたくしも遠い国に行けたら、どんなにか……」 「……姫様?」 タバサの台詞の中にある『遠い国』という一語に反応し、どこか遠い目をしだすアンリエッタ。彼女のその異変に、ルイズは眉根を寄せる。 と――アンリエッタはその視線に気付いたのか、ハッとした様子でルイズの方に視線を向けた。おもむろにクックルの体から頭を離してベッドの端に座り直し、コホンとわざとらしく咳払いする。 そして彼女は、すぅはぁと一つ深呼吸をし―― 「ルイズ……頼みがございます。この哀れな姫を助けてはくれませんか?」 にっこりとわざとらしい笑みを浮かべ、そんなことを切り出す。脈絡も無視して唐突にそんなことを言い出した彼女に、ルイズは思わず半眼になった。 そして―― 「いいえ」 「そんな……ひどい……」 一秒たりとも考える時間もなく、冷たくあしらった。そんな親友の態度に、アンリエッタはよよよと殊更に芝居がかった仕草で崩れ落ちる。 だが―― 「もう一度問います。この哀れな姫を助けてはくれませんか?」 一瞬前に泣いていたことなどなかったかのように、唐突に泣きやんで同じ質問をもう一度繰り返した。 「いいえ」 「そんな……ひどい…… もう一度問います。この哀れな姫を助けてはくれませんか?」 「いいえ」 「そんな……ひどい…… もう一度問います。この哀れな姫を助けてはくれませんか?」 「いいえ」 「そんな……ひどい…… もう一度問います。この哀れな姫を助けてはくれませんか?」 「いいえ」 「そんな……ひどい…… もう一度問います。この哀れな姫を助けてはくれませんか?」 「いいえ」 「そんな……ひどい…… もう一d 「姫様」 はい? どうしましたか、ルイズ?」 延々とループが繰り返されるかと思われたその中で、唐突にルイズがアンリエッタの台詞を遮った。遮られた方のアンリエッタといえば、気分を害した様子もなく、平然と返事をした。 だがそんな彼女にも、ルイズの冷たい視線は変わらない。 「姫様……都合が悪くなったら『無限ループごっこ』で誤魔化す癖、まだ直ってなかったんですね」 「あら、そんなことはありませんわ」 「でしたらこっちを真っ直ぐに見てください。一体何を悩んでおられるのですか」 「う……」 さりげなく視線を外していたアンリエッタだったが、ルイズの目は誤魔化せない。気圧されたように言葉に詰まり――ややあって、「はぁ」と大きくため息をつく。 「あなたには隠し事できませんわね……仕方ありません。話しましょう。ですが、今から話すことは誰にも話してはいけません」 「私、席外しましょうか?」 少し前までのどこかふざけていた雰囲気を消し去り、深刻な表情で話し始めたアンリエッタ。その彼女の台詞の内容に、安易に立ち入って良いものではないと判断したタバサは、部屋を出ようと立ち上がる。 その申し出に、アンリエッタは少しだけ考え込んで―― 「……いえ、構いません。どの道ルイズを通して使い魔――あなたのお父様にも話は行くのでしょうし、それならばここで会話に加わっていただいても変わりないでしょう」 「いいんですか? 私、この国の人間じゃないんですよ?」 「ルイズのお友達は私のお友達ですわ。遠慮はしないでくださいまし」 言って、タバサを引き止めるアンリエッタ。 タバサは「いいのかなぁ……」とか思いながらも、言われた通りに腰を降ろした。 ――そしてアンリエッタは、神妙な面持ちで話し出した。 『白の国』アルビオンを取り巻く状況。近日中にでも反乱を成功させかねない勢いの貴族派の大軍勢の存在。 ハルケギニアの統一を謳う貴族派の猛威はアルビオンに留まらず、いずれトリステインにもその手を伸ばすであろうこと。 だが国力で劣るトリステインに、その強大な貴族派に対抗するほどの戦力はなく、隣国ゲルマニアの助力が必要不可欠であること。 その同盟締結のため、アンリエッタがゲルマニア皇帝アルブレヒト3世に嫁がねばならないこと。 その婚姻を妨げる材料が、今まさに陥落せんとするアルビオンのウェールズ皇太子の手にあること。 一通りその話を聞いたルイズは、ならば自分がと、その手紙回収の任務に名乗り出た。 「行ってくれるのですか、ルイズ?」 「もちろんです」 「でしたら……」 力強く頷くルイズに、アンリエッタはごそごそと自身の懐を探る。 そして取り出したのは――1エキュー金貨が10枚。 「…………姫様、これは?」 「旅の支度金です」 「10エキューで何をしろと?」 「ええっと……我が王家には、困難な旅に出る勇者を送り出す際、二束三文の金銭を渡してお茶を濁せという言い伝えが――」 「ドブにでも捨ててください、そんなダメな習わし。というか姫様……さっきの無限ループごっこといい、どうしてそう、こちらのやる気を削ぐようなことばかりするんですか。そこまで私に任務を任せたくないのですか?」 「当たり前ですわ。あなたはわたくしの大切なお友達。そんなあなたを、危険極まりないアルビオンなんかに向かわせたくありません」 「ですが姫様、ここまで話しておいて――!」 ルイズが声を張り上げようとした、まさにその時―― ――バァンッ! 「その任務、ボクに任せてもらおう!」 その台詞と共に扉を蹴破り、部屋に乱入してきた者がいた。 その人物は―― 「お兄ちゃん!?」 「ギーシュ!?」 ここにいるはずのない二人の人間の姿に、タバサとルイズは揃って驚愕の声を上げた。 ――そんな彼らの後ろでは、キメラのメッキーが申し訳なさそうな顔でタバサを見つめていた。 明けて翌日――いまだ朝もやの晴れぬ早朝。 あの後色々と悶着はあったものの、結局はルイズ、タバサ、レックス、ギーシュの四人でアルビオンに向かうことになった。 任務を遂行する際、ウェールズに渡すためにアンリエッタがしたためた手紙は、今ルイズの懐の中にある。身分を示すものとして渡された、水のルビーも一緒だ。この手紙をウェールズに渡し、くだんの手紙を受け取って持ち帰るのが、最終的な目的である。 よしよし、と馬に話しかけながら、タバサはちらりと荷物整理している双子の兄を見る。 個人的な感情もあり、これまでなるべく彼をこちらに連れて来ないよう気を付けてきたのだが、まさかルーラを使える仲間モンスターを頼るとは……予想してなかったわけではないが、まさかこのタイミングでなくても、とは思う。 この旅の中で、もし彼がルイズとの距離を縮めるようなことがあれば――と思うと、タバサの心は落ち着かない。 そんな彼の今の装備は―― Eてんくうのつるぎ Eてんくうのよろい Eてんくうのたて Eてんくうのかぶと Eエルフのおまもり と、本気モード以外の何物でもない完全装備であった。 とはいえ、かくいうタバサ自身も―― Eグリンガムのむち Eプリンセスローブ Eみかがみのたて Eしあわせのぼうし Eエルフのおまもり と、ご覧の有様である。 いくらこれまで年齢にそぐわない苛烈な戦闘経験を積んできていたとは言っても、これから向かう先はまごう事なき本物の戦地。しかも二人とも『人間同士の戦争』というのは初めてなのだ。 加減がわからず、ついつい最強装備に身を包んで来たとしても、無理もない話である。 それに、こういった『冒険の旅』は、ほぼ一年振りであった。任務内容を考えれば不謹慎ではあろうが、期待に胸が高鳴ってしまうのは止められない。となれば何が起こっても対処できるよう、万全の体勢で臨みたくもなる。 と――そんなタバサに、ルイズが話しかけてくる。 「……ねえ、リュカは?」 「まだお仕事」 「こんな時にまで……」 その問いにタバサが短く答えると、ルイズは失望したとばかりに盛大にため息をついた。 ……というか実のところ、タバサもレックスも、今回の件はリュカに伝えていなかった。 あの父のことだから、話を聞けば盗賊事件の時のように、仕事を放り出してやって来るに違いない。そうなれば、彼女らの大叔父に当たるオジロンがまた苦労することになる。 何よりも、父抜きで冒険をすることなど、実に三年振りのことであるのだ。 三年前――石化していた父を解放して以来、彼女らの旅は加速度的に苛烈さを増した。旅が終わるまで二年あまり、二人がそんな過酷な旅に耐えられたのは、ひとえにパーティーを引っ張っていた父の存在が大きい。 だが、それを乗り越えた二人には、『試してみたい』という一つの欲求が芽生えていた。父抜きの自分たちが、果たしてどれだけ『できる』ようになったのか――と。 (ごめんね) そんな内心を隠しながら、ここに来ていないリュカにブツブツと文句を垂れるルイズに、声に出さずに詫びた。 「それにしても……」 「ん?」 「あんたもレックスも、なんか凄い格好ね。もしかして、それ全部何かのマジックアイテム?」 「そんなようなものね。これでも、私たちが用意できる最強の武具を揃えてきたんだから。アルビオンって危険なんでしょ? 身を守る装備は万全にしといて損はないと思うよ」 「へぇ……じゃあさ、私が身に付けられそうなものって、あったりする?」 「うん、たぶん……お兄ちゃーん!」 ルイズの問いかけにタバサは頷き、レックスの方に声をかける。 彼が「ん?」と顔を上げると、タバサは彼の手にある道具袋を持ってくるように言った。 するとレックスは事情を察したのか、嬉しそうに寄って来て、道具袋の中に手を突っ込んだ。 「ルイズの装備?」 「うん。……お兄ちゃん?」 「ならこれがお勧めだよ――はいこれ!」 そう言いながら、レックスが取り出したもの――それは天使のような美しい羽飾りのついた純白のレオタード、その名もズバリ『天使のレオタード』であった。 「こ、これって……」 それを見たルイズの頬が、ピクピクと引き攣る。 デザイン自体は綺麗である。天使の名を冠するだけあって、美しさという点で言えば文句の付けようもない。 だが――いかんせん、露出が多すぎる。劇場とかの舞台上であるならまだしも、これを着て外を出歩けというのは、一体どのような拷問か。これで防御性能は最高クラスというのだから、余計に頭が痛いところである。 だがそれを手に迫るレックスは、至って真剣な表情だ――というか、真剣すぎる。キラキラと期待に満ちた目で、ルイズを見ていた。ついでに言えば、その背後ではギーシュが無駄に鼻息を荒くしてレックスに同調している。 そんな双子の兄を見ているタバサは、頭痛がしているかのようにキツく目を閉じ、頭を押さえている――実のところタバサも、あれを着ていた頃があったのだ。今まさに、その時のことを思い出しているところだった。 今彼女が着ているプリンセスローブは天使のレオタードを上回る最高の一品であり、一着しかないそれは、昔は母が着ていたのだ。 自然、次善の装備である天使のレオタードを着るのは彼女の役目となっていたが、恥ずかしさに慣れるのに随分かかったのは苦い思い出だ。 まあ、とりあえず―― 「……バイキルト」 攻撃力倍増の呪文を自分に向けて唱え、彼女はグリンガムの鞭を力いっぱい握り締めた。 ――その後。 出発前からズタボロになったレックスとギーシュを尻目に、ルイズの装備が結局どうなったかというと―― Eメイジのワンド Eみずのはごろも Eうろこのたて Eかぜのぼうし という形に落ち着いた。 「で、ぼくの分の装備はないのかね?」 ルイズの装備が決まったところで、ギーシュがおずおずと問いかけてきた。 その質問に、タバサもレックスも顔を見合わせる。二人が持って来た袋は、どこぞの青狸のポケットのごとく際限なく荷物が入る不思議な品物であるため、探せば何か見つかることだろう。 そして二人してあれでもないこれでもないと協議し、その結果―― Eバラのワンド Eダークローブ Eダークシールド Eサタンヘルム 「…………何かね、この邪教崇拝者みたいな禍々しい装備は?」 「でも強いよ?」 「似合ってますよ?」 「フリル付きの制服よりマシかな?」 疑問の声を上げるギーシュに、レックス、タバサ、ルイズのフォローが入る。三人とも、微妙に視線を逸らしているのが何ともはや。 その反応に、ギーシュはブルブルと肩を震わせ―― 「やり直しを要求する!」 こめかみに怒りのマークを浮かべて怒鳴った。 そして、次にタバサたちが選んだ装備はというと―― Eおおかなづち Eステテコパンツ Eおなべのふた Eシルクハット 「…………いったい何なのかね、この変態紳士な格好は?」 「「うちの従者の初期装備」」 「君らの家のセンスは一体どーなってるんだね!?」 迷わず即答した双子の返答内容に、ギーシュはツッコミを入れずにはいられなかった。 そして、そんな変態を通り越してコメディアン以外の何物でもない格好を目にしたルイズは、背中を向けてうずくまり、「ぷっくくく……」と笑いを堪えるのに精一杯であった。 「そこぉ! いくらなんでも笑うなんて酷すぎないかね!? というか、この扱いは一体なんなんだ!? 泣くぞ!? 泣いてしまうぞぉっ!?」 泣くぞと言いながらも、既に半泣きである。目の端いっぱいに涙を溜めながら、ギーシュはルイズに詰め寄った。 と、その時―― 一陣の風が舞い上がり、ルイズに詰め寄るギーシュを吹き飛ばした。 「だーっ!?」 「誰!?」 悲鳴を上げて吹き飛ぶギーシュには目もくれず、ルイズは今の風が魔法によるものであることを見抜き、術者を探す。 と――その声に応えるかのように、朝もやの中から一人の長身の貴族が現れた。その人物を見て、ルイズが目を丸くする。 「すまないね……婚約者が変態に襲われていたので、見て見ぬふりができなかった」 「変態じゃない!」 長身の貴族はそう言って、被っていた羽帽子のつばをクイッと上げた。立派な髭をたくわえた、精悍な顔つきの青年である。彼は必死になって反論するギーシュを完全にスルーし、先を続ける。 「僕は味方だよ。姫殿下より、君たちに同行するよう命じられてね。魔法衛士隊グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ」 「ワルド……さま……?」 「久しぶりだね、僕のルイズ」 優しげな視線でルイズを見つめる青年――ワルド。そして、それをどこか熱っぽい視線で返すルイズ。 見詰め合うその二人を、横で見ていたレックスは交互に見やり―― 「……こんやく……しゃ……?」 まるで理解できないとばかりに呆然とつぶやく双子の兄を、タバサはその後ろから白い目で見つめていた。 ――その後、ギーシュが自分の使い魔を連れて行きたいと言い出してひと悶着あったが、とりあえず何の問題もなく出発することができた。 なお、最終的にギーシュの装備がどうなったかというと―― Eバラのワンド Eけんじゃのローブ Eうろこのたて Eかぜのぼうし という、取り立てて特筆するべきところのない、無難な装備に落ち着いていたことを付け加えておく。 出発する一行を、アンリエッタは学院長室の窓から見送っていた。 そんな彼女は胸の前で手を組み、一心に祈っている。 「……自分の無力さが恨めしいですわ」 ぽつりとこぼした言葉に、隣で鼻毛を抜いていたオスマンが、ぴくりと眉を動かす。 「宮廷内は欺瞞でいっぱい。ただの小娘に過ぎないわたくしでは、マザリーニ以外で真に信用の置ける人間を見抜けるすべもない……こんな危険な任務を、大切なお友達に任せるしかない愚かなわたくしを許して……」 「姫殿下は、ようやっておると思いますぞ」 「……お世辞はよしてください」 オスマンのフォローにも、アンリエッタの表情は晴れない。ただ悲しげに、ふるふると首を振るだけだ。 ――王族とはいえ、女の身に生まれた彼女は、本来であれば政務に携わる必要などない。事実、先王の崩御から今まで、政務を一手に引き受けてきたのは枢機卿であるマザリーニである。 王女である彼女にとって大切な仕事とは、王として相応しい資質を持つ者を婿に迎えること――その一点に尽きる。ゆえに彼女は、帝王学など不要とされ、育ってきた。 だが今の時代、それだけではいけない。マザリーニはそう判断し、アンリエッタに帝王学を習わせようとしたのだが――古い伝統や権威にこだわる者達は、頑としてそれに賛同しなかった。結果として、アンリエッタの学習は今でもほとんど進んでいない。 「少し前のわたくしは、何も知らないただの小娘でした……そして今は、少しだけ物を知っているだけの、ただの小娘です。マザリーニが忙しい政務の合間を縫って少しずつ帝王学を教えてくださっていなかったら、今でも『何も知らないただの小娘』のままでしたでしょう」 そしてその小娘にとって、今回の任務を任せられるほどに信の置ける人間が、ルイズしかいなかった――それだけの話である。 だがその事実は、アンリエッタの良心を痛ませる。その痛みに耐えられるほど、アンリエッタの心は成長しきってはいない。 だからこそ、せめてもの保険として、グリフォン隊隊長のワルド子爵を護衛に付けた。ルイズの婚約者だという彼ならば、きっとルイズを守り切ってくれる――そう信じて。その信用だけが、良心の痛みを和らげてくれるから。 「既に杖は振られたのですぞ。ならば信じて待ちましょう。今、我々にできるのはそれだけ……違いますかな?」 アンリエッタはオスマンのその言葉には何も返さず、ただ一心に祈るのみであった。 そんな二人の視線の先には、朝もやの晴れぬ中を駆け抜ける、二頭の馬と一頭のグリフォン。 「どうか……どうか、無事に戻って来て。ルイズ、わたくしの大切なお友達……」 アンリエッタの祈りのつぶやきだけが、学院長室に静かに響いた。 前ページ次ページ日替わり使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3600.html
前ページ次ページ魔法騎士ゼロアース 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ! 強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 「サモン・サーヴァント」の呪文を唱えては爆発の繰り返し。 20回目くらいから「フフ、フフフフフ」と時折怪しい笑い声を発しだしたルイズがとうとうやった。 爆発の光とは違う輝きが生まれた。それまでルイズを馬鹿にしていた生徒も息を呑む。 (やった! ついに私の使い魔を召喚できたのね!) 間違いなく成功だとルイズの目は輝きを取り戻した。 しかも、なんだか凄い当たりを引き当てたに違いない。 グリフォン? ドラゴン? どこかの国の聖女? いや最後のはマズイか。 (ああ、早くその姿を私に――) 「ぷぅ」 「ぷぅ?」 光が収まり、ルイズの目の前に姿を現したそれは――― 「ぷっぷぅ!」 あまりにも、もこもこふわふわしていそうな謎の生き物だった。 「プッ……アハハハハ!! あ、あんまり笑わせてくれるなよ!」 「そうかそうか! 何の奇跡が起きたと思ったが『ゼロのルイズ』が召喚に成功したことか!」 「そうだよな、それだけで奇跡だよな! 良かったじゃないか、進級を奇跡で乗り切ったな!」 周りの生徒達は、その使い魔の姿を見て爆笑する。 「これこれ、みんな静かに! ともあれミス・ヴァリエール、召喚成功おめでとう」 「あ、ありがとうございます、ミスタ・コルベール」 「さあ、早くコントラクト・サーヴァントを」 自らの使い魔に近づくルイズを、もこもこした生き物はじっと見ている。 「ぷぷ~?」 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 両手でもこもこを抑える。 (わっ、見た目通りふわふわだ) そのまま契約の口付けを交わす。 「ぷ、ぷぷー!?」 契約完了の証が、もこもこの体の中心……人間でいう胸の部分に浮かぶ。 (あれ? 今頭の飾りが……) もこもこの頭についた赤い飾り……それが、一瞬黄色くなったように見えた。 (赤に戻ってる……気のせいだったのかしら?) 「ほう、珍しいルーンだな。それに見たことのない生き物だ」 ささっとルーンをスケッチするコルベール。 「さあ、みんな教室に戻りますぞ」 生徒はみんな空を飛んでいく。 「ルイズは歩いて来いよ!」 「ルイズの奴、フライどころかレビテ……あれ?」 ルイズへの悪口を言っていた一人……風上のマリコルヌが空を飛びながら辺りを見回す。 「どうしたんだい、マリコルヌ?」 「いないんだ、僕の使い魔が……クヴァーシル、どこだい!?」 クヴァーシルとはマリコルヌのフクロウの使い魔だ。空を飛んだ彼についてくるはずだが姿が無い。 「ロビン、ロビンー?」 香水のモンモランシーもまた、自分の使い魔であるカエルを探していた。 「どうしたっていうのかしら。ね、もこもこ……?」 ルイズがもこもこのいた場所に視線をやると、何もいなかった。 せっかく召喚した自分の使い魔まで何処かに行ってしまったのかとあわてて辺りを見回す。 「あ、いたいた」 後姿だが、白いふわふわしたアレは間違いない。 「ちょっと、勝手に……」 モコナが振り返り、ルイズは固まった。 「……ね、もこもこなの。あなた、そんな形が歪だったかしら?」 なんだか、もこもこは口の辺りが変形している。何かを口の中に入れているようだ。 「なんだが、口の中で暴れてるわね。その輪郭、すごく鳥みたいなんだけど」 もこもこは体を横に振る。口から鳥っぽい足が見えた。 「あらそう、なら鳴いてみなさい。さっきみたいにぷぅぷぅって」 一瞬の間。そして。 「ケロッケロッ」 「モンモランシーの使い魔もかああああ!!!」 頭を引っぱたくと、口から二匹とも元気に飛び出てきた。 「このもこもこな……ああもう、言いにくいわね。この際名づけてあげるわ。 あんたは、もこもこな生き物だから……モコナよ!」 ビシーッと指差して名づけるルイズ。 こくこくと頷くモコナ。 適当につけた割に素直ね、と思うルイズだったが本名なんだからしょうがない。 その夜。 モンモランシーとマリコルヌに散々怒られ、ルイズは自分の使い魔を椅子に縛り上げた。 「今日一日、椅子の上で反省してなさい!」 そう言って授業に出て、この時間まで戻らなかったのだ。 「ちょっと、悪いことしたかしら」 あの行為も、お腹が空いていたとかそういう理由だったのかもしれない。 だったら今、お腹を減らして泣いているかもしれない。 「ただいま。ごめんね、モコ……」 部屋の中、椅子の上にはロープのみ。 見事脱出されていた。ついでに部屋がメチャクチャに荒らされてた。 現在進行形で。 「ぷっぷぷー!」 「こ、こんの珍獣――!!」 ガーッと飛びかかるルイズをひょいとかわし、モコナは窓を開けて飛び降りた。 「ちょ、馬鹿! ここは塔の……」 耳をパタパタと羽ばたいて降りているモコナ。 「ど、どこまで不思議生物なのよあいつは……」 かなりすごい生き物なのではないか、と思いつつもコケにされている今は喜ぶ気にもならない。 「ご主人様と使い魔の差ってやつを理解させてやるわ! 主に肉体言語で!」 荒れた部屋を飛び出すルイズ。 「うるさいわねえ、何の騒ぎよ……って何これ、また魔法の失敗?」 騒ぎが気になったキュルケは、荒れたルイズの部屋を見て唖然とする。 「あれは……」 外に、小さな白いふわふわを追いかけるルイズの姿があった。 「あれって、ルイズの使い魔よね。遊ぶんだったら、違う時間にしなさいよね……」 遠目から見ると、追いかけっこしているようにしか見えない。 ルイズが騒ぎを起こすなんていつものことだと、キュルケは部屋に戻っていった。 「ぜえ、ぜえ、ぜえ……ど、どんだけ逃げ足速いのよ、あいつ……」 「捕まりませんでしたね、ミス・ヴァリエール」 「まったく、どこに逃げたのか……あれ?」 いつの間にか、モコナを捕まえるのに加わっていたメイドを見る。 「あんた、何でモコナのこと追いかけてるの?」 「ええ!? ミス・ヴァリエールが「その白いの捕まえてー!」って仰ったんじゃないですか!」 記憶を思い返すと、そんなことがあったような気がする。 「あー、そうだったかも。悪いわね、手伝ってもらって」 「いえ、お手伝いするのはメイドの仕事ですから」 そういうメイドもバテバテだ。ルイズも疲れが一気に出てきたので、モコナを捕まえるのは諦めることにした。 「もう帰るわ、どこ言ったのかもわからないし……手伝ってくれて本当にありがとう、ええと……」 「シエスタと申します。それでは、お休みなさいませ」 そのままお互い帰路に着いた。 「う、嘘でしょ……?」 ベッドの上で、モコナが眠っていた。 「ここここ、この使い魔。 クックベリーパイと一緒に食べてやろうかしら」 叩き起こしてやろうかとも思ったルイズだったが、走り回った疲れから睡魔が襲ってきた。 「好き勝手絶頂に暴れまわって、た、ただで済むと……思わないことね」 フラフラとベッドに歩み寄り、倒れこむ。 「ん……罰として……ご飯抜き、なんだから……」 そのまま、散らかった部屋もそのままにルイズは夢の中へと意識を沈めていった。 ちなみに、ルイズは知る由も無いことだが、モコナがロビン等を口に含んでいたのはふざけていただけ。 モコナは食事を必要としない生き物なのだった。 その頃、図書館ではコルベールがルイズの使い魔のルーンを調べていた。 「中々見つかりませんな……」 図書館の奥、教師のみが閲覧を許される「フェニアのライブラリー」から始祖ブリミルの使い魔たち、と書かれた本を手に取る。 「これは……ガンダールヴのルーン、ヴィンダールヴのルーン、ミョズニトニルンのルーン。 それぞれ記述に似た特徴があるが、しかしどれとも違う……いや、まさか」 ならばと、コルベールの脳裏に一つの詩のような唄が思い浮かぶ。 神の左手ガンダールヴ。 勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右につかんだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。 心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。 知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を詰め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。 四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。 「まさか、最後の一人……それが?」 コルベールは伝説の使い魔に狙いを絞り調べることにした。 この図書館の全てを調べても、記されていない使い魔のことなど載っていない。 それでも、どこかにヒントがあるのではとコルベールは自身の探求欲が抑えられなかった。 だが、コルベールとて辿り着くことはないだろう。 その有名な唄に誤りがあることに。 最後の一人は、けして始祖ブリミルの「僕」などではないことを。 前ページ次ページ魔法騎士ゼロアース
https://w.atwiki.jp/imperatorgirenv/pages/287.html
サイコガンダム(MA形態) 図鑑番号 形式番号 正式名称 開発プラン名 開発資金 175 MRX-009 図鑑:サイコガンダム・MA生産:兵器:サイコG・MA 出典:機動戦士Zガンダム Height 30.2m Weight 388.6t 必要技術 関連機体条件 特殊条件 基礎 MS MA 敵性 - - - - - - 開発期間 - 生産期間 - 資金 - 資源 - 資金(一機あたり) - 資源(一機あたり) - 移動 8 索敵 C 消費 56 搭載 - 機数 1 制圧 ○ 限界 180 割引 - 耐久 900 運動 19 物資 400 武装 - シールド × スタック × 改造先: 運動性強化(サイコガンダムMK-Ⅱ)760/6060 特殊能力: 変形可能(サイコガンダム) 散布可能 Iフィールド装備 サイコミュ搭載 生産可能勢力: なし 武器名 攻撃力 命中率 射程距離 メガリュウシホウ 420 65 1-3 陸 砂 山 森 寒 水 空 宇 攻撃 ○ ○ △ △ ○ △ ○ ○ 移動 - - - - - - △ ○ 寸評:サイコガンダムの飛行形態。変形機のお約束どおり、MS時より運動が下がり移動力が上がる。しかし本機の場合は、元々運動性が当てにならず消費がMAの方が少なくて水中へも攻撃可能になるため、扱いやすい。脅威無印では、MA形態になることで消費が半分になっていたが、本作では半分より少し多い。さりげなく、散布能力が追加されている。 うんちく等:モビルフォートレス形態とも呼ばれる。劇中ではガルダ級スードリに牽引されて輸送されていたが、ゲーム中戦艦に収容されるとやはり引っ張られて行くのだろうか? このページ内で加筆、訂正があり、編集方法が判らない方は、下のコメントからどうぞ。編集が出来る方は気付き次第、編集お願いします。ページ内容編集に直接関係の無い内容は雑談用掲示板でお願いします。 地上でアムロやカミーユなど、対抗できないようなパイロットを敵に回した際は、こっちの形態で格闘攻撃を逃れるという運用ができる。敵がZなら、完全に攻撃を無効化できる。 -- 名無しさん (2010-02-07 04 11 11) 海にこいつが出たら戦線が長期化する。撤退し仕切り直しも仕方ない。 -- 名無しさん (2010-10-30 22 12 13) MA全般に言えることだが、手数が少ないために殲滅力が低いのが最大の弱点。ビーム兵器相手には粘り勝ちすることが出来るが、同時期の敵兵器にズサブースターなどの実弾持ちが充実したため、系譜のときの様に、単機で特別エリアを落とすといった芸当は難しくなっている。 -- 名無しさん (2011-05-27 05 32 56) 系譜では変形することで索敵Bに上昇。高い位置から見下ろせるからだろうか -- 名無しさん (2013-04-07 23 34 36) エゥーゴクワトロのマドラスで出てきた。対策しないとターン嵩むのでコアブⅡ数機の用意を。 -- 名無しさん (2018-04-25 09 23 54) かたい、攻撃力高い、ビーム効かない戦闘機のようなもの。天敵はやはりズサブですね。 -- 名無しさん (2018-04-25 12 29 22) 介入のみという制約のためが、新ギレンでは砲撃(直線1-5)が可能となりビグザムの堅さを持ったアプサラスという驚異的なことになっている。MA形態で中央拠点に居座ると不沈要塞 -- 名無しさん (2018-04-25 16 28 25) 大概の可変MAは対地攻撃が疎かになるがサイコはその辺を克服しているため、使いやすい。 -- 名無しさん (2023-04-10 21 55 16) 自力で散布できて格闘攻撃を受けない、盾役としては満点。 -- 名無しさん (2024-08-17 22 42 07) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3264.html
前ページ次ページ“微熱”の使い魔 「これは、アイフェに似てる…使えそう。こっちは……オニワライタケかあ」 森の中を小動物じみた動きで歩きながら、エリーは次々とキノコやら草やら、木片やらを籠へ入れていく。何というか、すごく手馴れている動作だった。 「あ、あのう、エリーさん? 一生懸命なところ、悪いんですけれど……その、キノコはちょっと食べられませんよ?」 シエスタは籠の中を覗きこみながら、ちょっと気の毒そうに言った。 「え、毒キノコなの、これ?」 エリーが何か言うよりも先に、才人が驚きの声をあげた。 「これって、ゲラゲラキノコじゃない?」 同じように籠を覗いたキュルケが、キノコを手にとって首をかしげた。 「ゲラゲラキノコ?」 「食べたらゲラゲラ笑いが止まらなくなるってキノコよ、確か。毒キノコとはいえば毒キノコだけど、死ぬほどのもんじゃないわね」 「へえ、こっちではそういう呼び名なんだ」 言いながら、エリーはさらに二、三のキノコを放り込む。 「確かにこれ食用にはならないけど……薬にはなるんだ」 「毒薬でも作るつもり? それともイタズラ用とか?」 キュルケは興味深げにたずねる。特に“イタズラ”の部分に力を入れながら。 「違いますよう。栄養剤とか、酔い止め薬の材料になるんです」 「毒キノコなのに?」 こう言ったのは才人だった。 「毒っていっても、成分全部が毒ってわけじゃあないし。それに、毒でもほんの少しだったら薬になることも多いんだよ」 「ふーん……」 持ち前の好奇心から、才人は籠の中のキノコや木片をしげしげと見つめていた。 エリーが色々な薬を作れるのは聞いているが、それがこんなものが作られるのか。 才人は何となく不思議な気分だった。 「こっちの木も、薬にするわけ?」 「ううん。こっちは、そうだね……楽器の材料とか、紙とか」 あれこれたずねる才人に、エリーはちょっと嬉しそうに答える。 そんな二人を、あまり暖かいとは言いがたい目で見つめる者がいた。 エリーたちから離れた場所。草むらに身を潜めて、唇を噛んでいた。 「何よ、あいつ……デレデレしちゃって、ほんと、みっともない……」 視線の主は、ピンクがかった金髪の少女、ルイズだった。 密かに才人の動きを監視していたルイズは、キュルケたちが出かけたところを、一人尾行してきていたのだ。 ルイズは草むらからじっと才人の様子をうかがう。 何というか、仲良くやっている。主である自分とは、まともに口さえきかないくせに。 才人を睨む目から、いつ間にか涙がにじんでいることに、ルイズはしばらく気がつかなかった。 エリーを見よう見真似で“採集”を行っていた才人は、シエスタの腰のあたりへ目をとめた。 お尻に注目? いや、腰にぶら下がっているものに。そこには、メイド姿の少女には似つかわしくない、大き目のナイフが揺れている。 「シエスタさん、それ……」 「……? ああ、これですか?」 最初若干不審げであったシエスタは、才人が何を見ているのか気づくとふっと笑った。 「大して意味はないかもしれませんけど、護身用のナイフです。マルトーさんが貸してくれたんですよ」 「へえ? ちょっと、見せてくれる?」 「気をつけてくださいね。何でも、もともと傭兵が使っていたものらしくて、よく切れますから」 受け取ってみると、見た目以上にずしりと重い。恐る恐る抜けば、ぎらりと不気味な光沢を放つ刃が現れる。 「おお、すげえ……」 才人は感嘆の声をあげた。声ばかりではなく、体までも震えている。 明確な殺傷力を持ち、そのために創造された“武器”をその手にするのは、まったく初めての経験だった。 「すごいナイフだねえ…。どんな人が作ったんだろ?」 いつの間にかシエスタの近くに来ていたエリーがため息を吐いた。 「頑丈そうだけど、ちょっと地味なんじゃない?」 キュルケの評価はあまりよくないようだ。 「きっと、実質本位なんですよ」 「傭兵が使うわけだから、そりゃあ華美さはいらないんでしょうけど」 エリーが意見を述べると、キュルケは少しばかり肩をすくめた。 「マルトーさん、これどこで手に入れたのかなあ?」 「さあ…? マルトーさん、確か傭兵をしてる人からもらったとか、そんなこと言ってましたけど……。あんまり詳しい話はおぼえてないです」 「そうなんだ? って、あれれ? サイト? どうしたの、それ……」 「へ」 いきなり目を見開いたエリーに、才人はわけがわからず空気の抜けるような声を出した。 「その、左手」 言われるまま、才人は自分の左手を見る。刻まれたルーンが。 うっすらと光っていた。 「なにそれ」 キュルケは身を乗り出して、光るルーンを見る。 「いや、俺にもぜんぜん……なにかな、これは」 「それって、使い魔のルーンとかいうものだよね? 私の額にもある……」 私にもあるけど……と、エリーは自分の額をなでた。 「でも、光ったりなんてしたことないなあ。なんでサイトのは光ってるの?」 「いや、俺に聞かれてもなあ」 「さっきまでは光ってなかったんですよね? なんで急に」 「さっきと違ってることといえば」 シエスタが首をかしげる横で、キュルケの目はサイトの持つナイフに向いていた。 ――な、なにやってんの、あいつらは……。 わいわい騒ぐエリーたちを、隠れながら見ていたルイズは低い姿勢のままぐいと顔を近づけた。 なんというかさびしんぼう全開の図である。 「なにやってるんだろ、私こそ……」 しばらく睨み続けた後、ルイズは視線をそらし、むなしげにつぶやいた。 魔法成功率ゼロのメイジ。使い魔さえ御せないメイジ。 というか、なんというか、自分の使い魔にさえ相手にされないメイジ。 はっきりいって生きてるが価値あるのか? エリーと親しげに話す才人を見て、どうしようもなくネガティブな思考がルイズの頭から噴き出し始める。 ――なんで、よりによって、ツェルプストーの女の使い魔なんかと、仲良くやってるのよ……! 悔し涙を浮かべて、ルイズはうつむいた。ぽたりぽたりと涙が地面に落ちていく。 そりゃー鞭でしばかれて貧相な飯で寝場所は床という環境を提供してくださる“ご主人様”と、普通に人間として接してくれて、親切で優しい女の子とどっちを選ぶと言われたら、ほとんどの人間は後者を選ぶ。 よほどご主人様にべた惚れ、萌え狂っているか、さもなきゃ特殊な性癖の持ち主でない限りは。 しかし、貴族>>>>>>>>>(越えられない壁)>>>>>>>>>平民という常識の中で育ち、使い魔=主に服従という思考から抜けられないルイズにとって、そんなことが理解できるはずもなかった。 そんな余裕もなかった。 ただでさえゼロのルイズとして崖っぷちの状態で、召喚したのが平民(敵視しているキュルケも同じく平民召喚しているのが微妙なところだが)と来た日には。 それが才人への傍若無人な態度となり、それでますます才人の心が離れていくのだ。まったくの悪循環だった。 顔を上げたルイズは、いつの間にかエリーを見ていた。 余裕のない心は悪感情を生み、悪感情はひどくとどまりやすい……。 「あんな田舎者の、どこがいいのよ」 ルイズがつぶやいた直後。 「何かいるよ!!」 「ひっ…!?」 ルイズは自分の心臓が破裂したような錯覚をおぼえた。 気づかれてしまったのか。使い魔の、ツェルプストーをこそこそとつけてきた自分の姿を。 どうしようもない羞恥の念に、ルイズは気絶しそうになる。 が、エリーの声はルイズに対してのものではなかった。 エリーたちの周囲を何匹もの狼が取り囲んでいたのだ。 才人はエリーとシエスタを後ろにかばい、ナイフを握り締めていた。本人は気づいていないが、ルーンの輝きがさらに強いものへと変わっている。 「そんな……昼間にこんなに狼が!?」 「何かえらいことになっちゃったみたいね」 シエスタは震える声で叫ぶ。キュルケは挑発的な笑みを浮かべて、杖を狼たちに向ける。 エリーは持ってきたフラムを両手に持ち、緊張の面持ちで狼たちを睨んだ。 睨み合いの後、大きな一匹がひと声鳴いた。 それが合図であったらしい。 うなり声をあげ、狼たちが一斉に襲いかかってきた。 キュルケは杖を振り、火炎を狼たちに放つ。燃える炎に焼かれ、数匹が悲鳴を上げた。 「このお!」 飛びかかる狼に、エリーがフラムを投げる。BOM! という爆発を浴びて、狼が吹っ飛んだ。 出鼻をくじかれて、狼たちはわずかに怯んだようだ。しかし、退散する気はないらしい。 思った以上に数は多く、数匹やられた程度ではどうということはないようだ。 「隙をうかがってるわね……」 杖をゆらゆらとさせながら、キュルケは笑う。だが、その顔には汗が浮かんでいる。 俊敏で数の多い狼たちに対して、彼女らは少々不利なようであった。いつしか、杖やフラムを持つ手に力が入る。 最初は油断していたので何とかなったが、次は向こうも狡猾に動くだろう。 ごくりと、エリーは喉を鳴らす。そのエリーの前に立っていた才人の姿が、いきなり消えた。 ――ええ? 目の錯覚? エリーがあわてている瞬間、黒い風のようなものが狼たちを薙ぎ払っていった。 「なんなの!?」 キュルケも驚いていた。 だが、一番驚いているのは、狼たちだろう。 仲間が次々と血煙をあげて倒れていく。中には、真っ二つに両断されたものもいる。まさにほんの一瞬で、半数以上の狼が地に伏していた。 「はあ。はあ。はあ……」 サイトが、ナイフを構えたまま狼たちを睥睨していた。呼吸は荒いけれど、疲れたという印象はない。 「さ、サイト、すごい!」 「サイトさん……」 「まさか、君にこんな特技があったなんてね」 三人の少女たちはみな賛辞の視線を才人に送る。 しかし才人はそれに応える様子はなく、ぽかんとした顔で自分の手を見つめていた。 「な、何よ……あいつ! すご…いえ、ちょっとはやるんじゃない!!」 陰でそれを見ていたルイズも、キュルケやエリーと同じく驚嘆していた。 ただの平民だと思っていたのに、よもやこのような剣術を習得しているとは思わなかった。 ルイズは完全に才人の見せた力に気を取られ、周囲のことなどわからなくなっていた。 がさり……という音を聞くまでは。 ――がさり? 音に気づいたルイズがハッとした途端、うなり声をあげた狼がルイズにとびかかっていた。 思わず顔をかばったルイズの腕に、鋭い牙が突き立てられた。 「きゃあああああああーーーーーーーーーーーー!!?」 「誰?! 人が!?」 突然の絹をさくような悲鳴に、エリーは愕然とする。 「いけない! ルイズ!!」 キュルケは顔色を変えて叫んだ。 「るいずって、ミス・ヴァリエールですか!? どうして!?」 「あのバカ! なんで、こんなとこにいるんだよ!!」 青くなるシエスタ。怒ったように叫ぶサイト。 「大変だよ、助けないと……。 う…!!」 「もちろんよ! 死なれてたまるもんですか!! ……ち! 鬱陶しい連中ね!!」 ルイズを助けようとするキュルケ、エリー。だが、狼たちはルイズの悲鳴で勢いを取り戻したのか、再び牙をむき出し威嚇しだした。 「こいつめ!」 エリーがフラムを投げる。爆発に飛びのく狼たち。だが、今度はクリーンヒットとはいかない。 しかし、よけた先にキュルケの炎が炸裂。焦げた肉の臭いと共に狼たちが倒れ伏した。 「しっつこい奴らだな! そんなに俺たちを飯にしたいのかよ!?」 才人がナイフを構えると、それだけで狼たちは警戒したように後退する。 「まずいわね、急がないと本当にルイズが……」 狼たちを見ながら、キュルケはつぶやく。 「サイト! ここはいいから、ルイズさんを助けて!!」 エリーは才人に向かって叫んだ。 才人はおう、と叫ぶ。すぐにうなずきルイズのいるほうへと走り出した。途中にいる狼たちを斬り伏せて。 「…ぎぃ! ぎゃあああ!!」 狼の爪や牙に蹂躙され、ルイズは悲鳴を上げ続けていた。そこには獣に襲われる無力な少女がいるだけで、貴族の誇りをかかげる普段の令嬢はどこにもいなかった。 幸運であったのは、襲ってきた狼が一匹であったこと。そして、その狼がまだ若く、狩りの未熟なものだったということだ。これが熟練した個体であれば、ルイズは一瞬で急所をやられ、絶命していたであろう。 だが、ルイズにそんなことなわかる道理はなく、悲鳴と絶望の中でもがき続けるだけだった。 才人のナイフが、狼の急所を突き刺すまでは。 「この野郎ーーー!!」 ルイズにすっかり気をとられた狼は、風のような速さで接近してきた才人に気づく間もなく、刃を首筋に受けて絶命した。 「おい、大丈夫か?」 「ふ、ふえ…?」 才人は血とほこりでぼろぼろになっていたルイズを助け起こす。 「生きてるな。よし」 ルイズが一応無事である確認すると、才人はエリーたちのほうを向き直った。 その時には、炎と爆弾にやられて狼たちは逃げ出していた。どうも先ほどの勢いは一過性のものだったようだ。 「サイトー! ルイズさんはーー!?」 エリーがサイトのもとへ駆け寄ってくる。 「ああー、大丈夫。腕に怪我してるけど、どうにか生きてるよ」 「良かった……」 それを聞いて、エリーはホッとした表情になる。それを見て、才人の表情も和らいだ。 そんな二人を横で見ていたルイズは、どこか暗い表情でうつむいた。 「あ、ルイズさん、大丈夫ですか? ……急いで手当てしないと」 エリーはルイズのそばに座ると、傷を負った腕を見る。 「ほっといてよ……」 ルイズはつぶやく。だが、それはまるで蚊の鳴くような小さなものだった。当然エリーには聞こえていない。 「シエスタさーん! リュック持ってきてー! ルイズさんの手当てしないと!」 採集の帰り道。ルイズは才人におんぶされていた。腕を噛まれただけではなく、どこかでひねったのか足首も痛めていたのだ。腕は応急手当がなされ、包帯をまかれている。 「それにしても、お前何で一人であんなとこいたんだよ? 散歩か?」 才人は背中のルイズに若干厳しい声で言った。 しかし、ルイズは無言。 「おい……」 「よしなよ」 返事のないルイズに、ムッとする才人をエリーが止めた。短いが強い口調だった。 「今色々言ったって無理だよ。あんな目にあったんだから」 一歩間違えば食い殺されていたのだ。それは凄まじいショックだろう。 エリーの言葉に、才人も納得したのかそれ以上は何も言わなかった。 キュルケも何か言いそうな顔ではあったが、エリーの意見にちょっと苦笑し、口を閉じたままにしていた。 「でも、才人さんも人が悪いですね? あんなすごい特技を隠してたなんて」 無言になった場を変えようとしてか、ちょっとはしゃいだ声でシエスタが言った。 「隠してたわけじゃないよ。あれは何つーか、体が勝手に動いたんだ。ナイフとか剣とか、全然扱ったことなかったのに……」 「嘘でしょう? だって、あれとても素人の動きとは思えなかったよ?」 エリーはまじまじと才人を見る。 「ほんとだって。俺だって、嘘みたいな感じなんだ。自分のことなのに」 「そういえばあの時、左手のルーンが光ってたよね? ひょっとして、それと関係があるのかな?」 エリーの意見に、才人は自分の左手、そこに刻まれた使い魔の証を見た。今は、光っていない。 「そういうことは、コルベール先生にでも聞いてみたら? 何かわかるかもよ」 キュルケの意見に、才人はそうっすね、とうなずいた。 ルイズは終始無言だった。 ただ、才人の背に、そっとを頬を寄せて。 前ページ次ページ“微熱”の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1504.html
>>back >>next 「け、カスどもが……」 とらの雷の一撃によって砕かれ、ボタボタと婢妖の残骸が地面に落ちていく。婢妖の死体は黒い煙になって消滅していった。 残ったの婢妖たちは、ざぁっと音を立てて飛び去っていく。 (マユコ……行ったか) とらが振り返ったそこには、既に真由子の姿はなかった。かわりに、腰を抜かしたルイズがへたり込んでいる。 「とら……その、わわわたし、腰が抜けたみたいで……」 とらが低く笑いを漏らすと、ルイズはみるみる赤くなった。 「わわ、笑うことないでしょ! 大体、お、遅いのよ! ばばばかとら!」 「くっくっく……すまねぇな。おら、立てるかよ」 とらはひょいとルイズを引っ張ると、自分の背中にひょいと放り投げる。きゃ!とルイズが悲鳴を上げる。 「そうあせるな……くっくっ……なーに、るいず。おめえはわしがちゃんと守ってやっから安心しな」 「うん……」 そう答えながらも、ルイズは少し悲しくなって、ぎゅっととらの背中にしがみついた。 見事なまでに破壊された寺院に、風が唸りを上げて吹き抜ける。 ごぉおぉおおおおぉう…… 強い風の中で、ルイズはしがみつく手にぎゅっと力をこめる。不安な風だった。 とらは――自分を守ってくれると言っている。そのことは、ただ単純にルイズには嬉しかった。だが―― (きっと……とらは誰かと私を重ねてるんだわ……) いつからか、ルイズのなかでそんな考えが少しずつ少しずつ膨らんでいたのだった。 ルイズはいつか見た夢を思い出す。 空を駆ける白面の者と燃え落ちる街。そして、子供の亡骸を抱いて涙を流す右肩のないシャガクシャという名の男…… (とら、あなたは……あの男の子を私に重ねてるの……? それとも――) ――それとも、あの「マユコ」に――と考えて、ルイズはぶんぶんと頭を振った。 もしそうだとしたら……いや、そのことを自分が認めてしまえば、きっとひどく惨めな気持ちに叩き込まれるだろう。 ルイズは顔を上げた。むき出しの寺院の奥には、破壊を免れた祭壇が残っている。……そして、その上につきたてられた一本の槍が、風に赤い布をはためかせていた。 (ただの……古い槍にしかみえないけど) これが本当に、あの白面の者を打ち破るようなすごい武器なのだろうか……? 疑問に首を傾げながら、ルイズはとらに尋ねてみた。 「ねえ、とら。その槍は一体なんなの?『獣の槍』って、お役目は言ってたけど……」 ふん、ととらは忌々しそうに鼻を鳴らした。 「獣の槍、白面をぶっ殺すためだけに作られた、器物のバケモノよ……おっと、さわんな。るいず」 びく、とルイズは伸ばした手を引っ込める。とらはぷつ、と一本髪の毛を引き抜く。と、見る間にとらの毛は長い白布に変わった。白布はしゅると音をたてて槍に巻きついていく。 (ったく……な、なんでよりによってこのわしが……) 内心はだらだらと冷や汗を流しつつも、いかにも冷静を装ってとらは槍に布を巻いた。そのまま髪の毛で槍を祭壇から引き抜く。 「まァ、コイツのことは気にするな。るいず。白面なんざ、このわしがぶっ倒してやらァ」 「……とら? なんか声がうわずってない?」 ぐす、とルイズの耳になにか聞きなれぬ音が入り、ルイズは怪訝な顔になる。 背中におぶさった状態では、とらの表情は見えない―― 「べ、別に泣いてなんかいねぇよぅ……」 ――が、とらの情けない声で、ルイズにも推測はついたのであった。 ……そんなとらとルイズを、キュルケとタバサはシルフィードに乗って困惑したように眺めていた。 「お、おねえさま! とらさまが泣いてるのだわ……! なにかあったのかしら、きゅいきゅい!」 「不可解……」 慌てるシルフィードに、タバサもわけがわからないといった様子で首をひねった。 ルイズの無事な様子を確認して、キュルケはほっと溜息をつく。 「やれやれね……てっきりルイズのほうが泣き出してると思ったんだけど……さ、早いとこ迎えに行きましょう。シエスタが村で待ちくたびれるわ」 「わかったわ、キュルキュル!」 シルフィードはさっと翼をはためかせると、とらとルイズの元に向かって舞い降りていった。 風…… 唸りをあげる風が、タルブの村近くの森を抜け、木々のこずえをざわめかせた。ざぁっ……という風とともに、一匹の金色の妖怪が森を飛び越えて飛んでいく。 ――と、探す相手の姿を見つけた金色の妖怪は、ぴたりと空中に止まった。 『おーや、ルイズ嬢ちゃんは一緒じゃねえのかぁ~。とらよぅ……』 ハルケギニアの双月の投げる光に、ぼんやりと時逆と時順の姿が照らし出された。 「るいずのやつはぐっすり寝てらァ……時逆、時順、一つ答えな……」 『おーう、何でも言えよぅ……』 ニヤリと時順が笑う。とらは、ち、と舌打ちした。 「あの獣の槍……どっから持ってきやがった……? あれァ……うしおの持ってたやつか? それとも――」 パシ、パリと、とらの髪に電光が走る。体に満ちていく怒りに、とらはぐっと拳を握った。 「それとも――マユコのやつを槍の生贄にしやがったのかよ……?」 ぎし、ととらの歯がなる。だが、時逆は頭を振った。 『……そいつは違うなあ~……獣の槍はあとにも先にもあの一本だぞぅ』 『そーう、わしらが持ってきたのさぁ……おまえさんが手にするよりも前の槍をなぁ』 (……じゃあ、わし――いや、シャガクシャが手にする前の……大陸で封印されてた時の槍かよ……!) とらの心を見抜いたように頷くと、次第に時逆と時順の姿は闇に飲まれていく。 『……だから、おまえさんたちは負けねぇよ……わしらがちゃんと槍を持ち帰らねば、時の流れが狂うからなぁ……』 『一年後、また獣の槍を取りにくるよぅ……そしたら、次にあの槍を解き放つのは、昔のお前だぞぅ……』 「け、たりめーだ……槍なんぞなくても、わしが白面ぐらいぶっ倒してやらァ……マユコにもそう伝えとけェ!!」 ……そうとらが吼えたときには、時逆と時順の姿は空に溶けて消えていた。 ごぉおおぉおぉおおおぉおおう…… タルブの森に風が吹き渡る。風はラ・ロシェールからアルビオンへと渡っていく。ちょうど、逃げた婢妖たちの向かう方向と同じだった。 (……アイツには、結局『泥』を被せちまったな) そんな妖怪の呟きも、吹き渡る風の唸りにかき消され、誰も知るものはいないのだった。 >>back >>next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3688.html
前ページ次ページ使い魔はじめました 使い魔はじめました―第三話― どうにか部屋まで戻ってきた二人と一匹 もっとも、先程こけた際にルイズは後頭部をぶつけて気絶し、 二人を探しにきたコルベールに部屋へ運び込まれた、 という顛末があったため、すっかり夜中になってしまっていた 「ううー……」 まだ痛む頭を撫でつつ、メイドに持ってこさせた サンドイッチを食みながら、ルイズは改めて自分の召喚した 使い魔とその使い魔に目を向ける 二人はぽかんと口を開けたまま外を眺めていた 「ねえねえ、見てサララ!月が二つあるよ!」 窓から身をのりだした猫が驚愕の声をあげている 「何当たり前のこと言ってるのよ」 「だって、ボクらの居たとこには月は一つだけだったもの」 こくこくと頷き、それに同意するサララ 自分が育った村でも、店を開いていた町でも月は一つだった 「もしかしてここ、ボクたちが居たのとは違う世界なんじゃない?」 チョコのその言葉にサララは考え込む 月が二つ、箒が無くても飛べる魔法使い 部屋の中を見渡せば、見たこともない作りの調度品で溢れている その可能性は十分あるだろう 「はあ?違う世界って何よ?月が一つ?馬鹿にしてるの?」 イライラしているらしいルイズの言葉に慌てて首を左右に振る 「……もういいわ。とりあえず、あんたらが何処から来たのかは、 この際置いておきましょ。ここに座んなさい」 テーブルを挟んで椅子に座り、主と使い魔は向かい合う 「改めて確認するけれど、『サララ』と『チョコ』ね」 一人と一匹を順番に指差してルイズが名前を確認する 「で、あんたはマジックアイテムを売る商人をやっていた」 「そーだよ。ねえ、ぼくたち、元の場所に帰りたいんだけど」 「無理ね」 ルイズはチョコの言葉を一蹴する 「どうして?」 「だって、サララは私の使い魔になったんだもの。 額に、ルーンが刻まれたはずよ」 サララはそっと髪の毛の下の額に触れる 確かに何か文字のようなものが刻まれている手触りだ あんまり人に目から上を見せないとは言え、ちょっといやだなあ、と思った 「使い魔とメイジは一心同体!あんただってそれは分かるでしょ?」 「う」 人差し指で鼻を突かれて、チョコは言葉に詰まった 「確かに、それはわかるよ。 ぼくだって、サララのパートナーだもの」 「でしょ?」 勝ち誇ったようにルイズは告げる 「それで、よ。使い魔のものは主のもの、よね」 ずい、とルイズは身をのりだし、サララに詰め寄る 「あの鍋の中のマジックアイテムも、私のもの、よねえ? ねえ、そうよね、見てもいいわよね?」 たじろいだサララがうっかり頷いたのを確認すると、 ルイズは椅子から立ち上がり、鍋にかかった梯子に手をかける 「さあ、一体どんなものがあるのかしら! ご主人様が確認して……え?」 鍋を覗き込んだルイズは、そこが真っ白に輝いてるのを見た 「何これ?一体どうなって……きゃあ!」 身を乗り出したルイズが、 そのままバランスを崩して鍋の中に転げ落ちる 「わわっ!まずいよサララ!早くあの子を助けないと!」 チョコに急かされて、サララは慌てて 鍋の中から出ている梯子に手をかけた鍋の中へと入っていった 梯子を降りたサララは、きょろきょろと辺りを見回し、 目を回しているルイズを見つけ、慌てて抱き起こす 「うう……あ、あれ?私一体?」 自分の状況が掴めないルイズが目を白黒させた 「もう、うっかりしてるなあ。鍋の中に落ちるなんて」 「ううう、うるさいわね!」 チョコに怒鳴ってから、ルイズははた、と気がつき辺りを見渡した そして恐る恐る、チョコとサララに向き直る 「ここ、何処?」 「だから、鍋の中」 再び、視線を巡らせる そこには異様とかしか呼べない光景が広がっていた まるで、巨大なデコレーションケーキだった 自分達の存在は、さながらその上に置かれた砂糖菓子の人形である 「な、な、何なのよ、これはあああ!!説明しなさいよ、ねえ!!」 パニックになったルイズを見つつ、チョコはあっさり言い放つ 「魔女の大鍋の中は、こーいう風になってるもんなんだよ。 不思議だよねえ。入れたアイテムはどこにしまわれてるんだろ?」 可愛らしく首を傾げるチョコ こーいう風になってる、と言われてもルイズは動転したままだ 「な、鍋の中って!嘘!だってあんなに天井?が高いじゃない!」 見上げた上部は、どこまでも続いているような気がした このまま戻れないのではないかと、 ちょっと泣きたくなりかけた時だった 「……って、ちょっと待ちなさいよ。鍋の中を知ってるってことは、 あんた、この鍋の中入ったことあるの?」 サララは、つい、とすぐ側にある梯子を指差す 「……出られるの?」 首を縦に振り肯定の意を示したサララを見て、 ルイズは何となく気恥ずかしくなり、顔が真赤に染まってしまう 「だ、だったら先に言いなさいよ、もう……」 照れ隠しのようにぱっと起き上がると、梯子に手をかけ昇り始める 「(びっくりした……)」 部屋に戻ってからも、まだルイズの心臓はドキドキしていた あんなに高く見えたのに、梯子を何段か昇れば、 あっさり元の自分の部屋へ帰ることができたのだ 一体、どんな仕組みになっているのだろうか 「ねえ、あんたたち」 鍋から出てきた彼女達に声をかける 「あんたたちが、別の世界から来たかもしれないって、信じるわ。 だって、ハルケギニアにはそんな変な鍋、存在しないもの」 「やーっと信じてくれた?」 チョコがやれやれ、といった様子でため息をつく 「それよりさあ、使い魔やるにしても、 とりあえず一度、元の場所に帰してくれないかなあ」 サララもそれには同意だった 使い魔をやると決めたのは自分だが、 せめて、引越しとか休業のお知らせをしないと 常連客たちが心配するだろう 「……無理よ」 「どうして!」 ルイズは困った顔でサララ達に告げた 「だって、あなたたちの世界と、 こっちの世界をつなぐ魔法なんてないもの」 「じゃあ、どうしてぼくらは来られたのさ!」 「そんなの知らないわよ!……召喚魔法は、ハルケギニアのものを 呼ぶ魔法だし……サモン・サーヴァントは、 使い魔が死なない限り、二度と使えないんだもの……」 段々声が小さくなっていくルイズ じっと聞き入っている彼女らは、多分困っているのだろう 魔法が使えないことで苦労するのは自分も痛い程知っている その上、いきなり知らない場所に連れて来られたのだ せめて、自分が有能なメイジであれば、 彼女らを召喚せずにすんだのでは? などと考えて、落ち込んでしまう 「んー……じゃあ、しょうがないかな?」 あっさりと開き直ったチョコにがくっと、なるルイズ 「……あんたたち、それで、いいの?」 「サララがやるって決めたんだし、今の所、元の世界に 帰る方法もない。じゃあ、使い魔やるしかないじゃないか」 今までだって、行き当たりばったりで様々な目に遭ってきたが、 いつだって、何とかなっていた きっと、今度も何とかかなるだろうとサララとチョコは考えた 「そ、そう、ならいいのよ!ああ、それじゃあ、使い魔が 何をしなくちゃいけないか教えてあげるわ!」 無い胸を張って、ルイズが告げる 「魔法媒体じゃないの?」 首を傾げるチョコを否定する 「そんなことしないわよ。 まず、使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるわ」 「できそう?」 「……さっきから試してるけど無理ね。人間だからかしら?」 もっとも、見えた所で視界は悪そうよね、という言葉は飲み込んだ 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ」 それを聞いた瞬間、サララは満面の笑みを浮かべた そういったことなら、自分の得意中の得意だ 仕入れるよりも、ダンジョンで拾ったアイテムの方が確実に多い 「……そーいうのなら得意だよ。 ぼくら、よく、ダンジョンに潜ってたもの」 「ダンジョン?」 訝しげな顔をしたルイズを見てサララは戸惑う 「あ……もしかして、ダンジョン、ない? 薄暗い洞窟でさ宝箱とかあって」 チョコが恐る恐る尋ねた 「……ない、わねえ。じゃあ、無理かしら」 その場に、三つのため息がこぼれる 特にサララのため息が一番大きかった 多少危険ではあるが、仕入先として重宝していたダンジョン それが無いのでは、迂闊に道具を使うことも売ることもできない これは商売人として大きな痛手である 「で、最後なんだけど……使い魔は主人を守る存在よ。 その能力を使って、主人を敵から守るのが 一番の役目……なんだけど」 「あ、そっちも大丈夫だよ」 さらりとチョコが告げる 「大丈夫、って……あのねえ、強い幻獣だったら、 並大抵の敵には負けないけど、 あんたらなんか、カラスやカエルにだって負けそうじゃない」 苛立たしげに言うルイズに、チョコは小さな胸を張る 「ぼくはともかく、サララなら大丈夫さ。カラスやカエルどころか、 ドラゴンにだって、サラマンダーにだって負けるもんか!」 「ふーん……」 疑いの眼差しをサララに向けるルイズだが、思いなおす 「そうね。あんたには、さっきのアレみたいな マジックアイテムがあるんだもの。 ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないわね。 ……でも、そんな機会は、きっとあんまりないわ」 だから、とルイズは指を立てた 「掃除、洗濯なんかの雑用もやってもらうわよ!」 「あちゃー、やっぱりかあ。ぼく手伝わないからね、サララ」 チョコの言葉を聞いて苦笑しながらも、サララは頷いた どうせ、頼る相手は目の前の彼女しか居ないのだ だったら、精一杯のことをやるだけである 「ふわ……喋ったら、疲れちゃったわ」 ルイズはあくびをした 「ぼくたちだって疲れちゃったよ。 ねえ、ぼくたちは何処で寝たらいい?」 その言葉にルイズはしばし考え込む 普通の使い魔なら宿舎、あるいは床だが 相手は自分とそう年も変わらないであろう少女だ 「……しょうがないわね。一緒に寝てもいいわよ」 そう言いながらルイズは服を着替えていく 「もーちょっと恥じらいを持った方がいいんじゃない?」 「猫と同性の前で何を恥らえって言うのよ。 あ、これ。明日洗濯しておいて」 下着をサララの方に放るともぞもぞとベッドに潜り込んだ 「朝になったら起こしてね、おやすみ」 ぱちん、と指を鳴らしランプを消すと、 あっという間に小さな寝息を立てだした 「はあ……なんだか、大変なことになっちゃったね、サララ」 くぁ、と小さくあくびをするとチョコはルイズの枕元に飛び乗る 「サララも、早く寝た方がいいよ……。 明日からは、もっと大変になるだろうから……。 んー、ふかふかのベッドだな……」 組んだ前足に頭を乗せて、チョコも寝息を立てだした 着替えがあればよかったのに、と思いながら、 サララも帽子を脱ぎ、エプロンをはずしていく コトリ、と何かがポケットから床に落ちた 見れば、広場で拾っておいた、占いカードと日記帳である サララは手に取った日記帳を開き床に置くと、 挟んでおいた羽ペンでさらさらと今日の出来事を記していく 魔女の世界には、日記をつけておけば、例え天変地異があっても そこからやり直せるという言い伝えが残っているため、 大事なことの前後には、日記をつけておくクセがあった 月明かりが元の世界より明るく、ランプがなくとも十分だった 『『ハルケギニア』という場所に召喚されて、 ルイズという少女の使い魔:パートナーになった 元の場所に戻れるかはわからないけれど、ちょっとワクワクする まるで、ダンジョンで新しい階層に潜る時のよう』 それだけ書くと、日記帳を閉じる それから、思い立って、占いをしてみることにした 占いカードの内、『最後のカード』を除いた十三枚のカードを よくシャッフルし三つの束にする その三つの束のいずれかの一番上のカードを選ぶという ごくごく簡単な方法で明日はどんな日か占う占い方だ 手にとったカードは、『Ⅰ:水晶玉』 『水晶玉』の暗示する意味を、頭に思い浮かべる 『完成』、『完全』そして……『未来』 三つの意味の中で、これが一番しっくりくる気がした あの町で初めてやった占いでも同じカードを引いたことと、 初めてのお客様から始まったあの町での暮らしを思い出す 二つの月が輝くこの異世界で、自分と、チョコと そして彼女には、どんな『未来』が待っているのだろうか そう考えながら、ベッドに潜り込むと、サララは眠りに落ちていった 前ページ次ページ使い魔はじめました