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第5話(BS41)「楽園の守護神」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.0. 投影体の楽園 「パンドラ楽園派」とは、ブレトランド・パンドラにおける四派閥の一つであり、投影体の身でありながら生命魔法を習得した異色の魔法師アイン・ナウム・サンデラ(下図)に率いられた「投影体の国」の建国(=人間社会との住み分け)を目指す投影体達の集団である。 彼は元来は「20世紀の地球」において、ベトナム戦争に従軍していたソ連兵の父と現地人の母との間に生まれた混血児であり、地球では若くしてベトナム軍の軍医を務めていた。この世界に投影された直後に、放浪時代のダン・ディオード(現アントリア子爵)と知り合い、彼の旅仲間の一人となり、同じ仲間の一人であったノギロ・クァドラントから生命魔法を学んだ後、旅先で出会った貴族令嬢ミカエラ・サンデラと結婚して婿養子となるが、投影体を嫌う者達の手で殺されそうになったところをミカエラに庇われ、彼女が命を落とす。これを機に「投影体の国」を作る必要性を実感するようになった彼はパンドラに加わり、やがてパンドラに協力していた投影体達を引き連れて、「楽園派」を結成するに至る。 そんな彼等は半年前、その宿願を果たすために(投影体の存在を許容するパンドラの他派の魔法師達の力も借りて)ブレトランドの南東に異界の「投影島」を出現させた。首領アインの故郷の名を取って「フーコック島(通称:楽園島)」と名付けられたその島では、現在、アイン達の指導下で、様々な世界の投影体が「互いに互いの文化を尊重する」という前提の上で共存する国家を(様々な対立と混乱を内包しつつも)形成しつつある(また、同時に、協力関係にある他のパンドラの諸派閥の面々にとっての「隠れ家」としても機能している)。 このように、彼等は人間社会と対立することを避けるために、人間の土地を奪わずに海上に新天地を築くという道を選んだのだが、それでも、彼等の存在によって従来の航海ルートを妨げられた者達や、投影体の存在そのものを嫌う者達、そしてパンドラ撲滅を目指す者達にとっては、やはり彼等は「討伐対象」であり、周辺諸国とは一触即発の状態にあった。 そして、この「楽園島」には、それぞれの様々な事情からこの島での生活を余儀なくされるようになった「投影体(異界から投影されてきた者達)ではない住人達」もいる。これは、そんな「事情」を抱えた少年少女達の冒険譚の最初の一節である。 1.1. 神と魔獣 この島には「異界の神(およびそれに類する何か)の投影体」が幾人か存在する。その中でも実質的に中心的な役割を果たしているのが、密教界から投影された「アカラナータ(不動明王)」と呼ばれる女性型の神格的存在である(下図)。元の世界における彼女がどのような存在だったのかは不明だが、この世界に出現した彼女は非常に激しい気性で、当初は訳も分からないままにその力を振るって暴れまわっていたが、やがて放浪中のダン・ディオードやアイン達と出会い、彼等との戦いの末に意気投合し、その仲間に加わった。 その後、彼女とダン・ディオードとの間には娘が生まれ、「ウチシュマ」と名付けられた(同名の神が密教界には存在するが、彼女はあくまでも「この世界で生まれた半神半人の存在」であり、「密教界のウチシュマの投影体」ではない)。ダン・ディオードには彼女の他にも多くの女性との間の子供がいたが、神格的存在の大半はそもそも「一夫一婦制」という観念を持たないため、他の「妻」達に対しては、ライバル心はあるものの嫉妬心はなく、「彼女達」との関係は良好である(と少なくとも本人は思っている)。 やがて、彼女はアインの掲げる「投影体のための国を作る」という思想に興味を抱き、彼と共にパンドラに加わり、現在では島の警備隊長的なポジションを務めている。一方、そんな彼女の娘であるウチシュマ(下図)は現在13歳。子供ながらに母の投影体としての能力を受け継ぎ、神格的存在として、この世界の混沌を利用した様々な奇跡的現象を起こせる力を覚醒させてはいるものの、本人は今のところ、その力を用いて何かをしようとする訳でもなく、ただ淡々と母親の庇護下で自堕落な日々を送っていた。 そんな彼女がこの日も自室でゴロゴロとダラけていたところに、一人の「怪物のような姿をした少女」が現れる(下図)。彼女は人間の子供程度の大きさの爬虫類(地球で言うところの「イグアナ」に近い存在)のような姿をしているが、その正体は不明である。数ヶ月前にこの島の海岸に状態で流れ着いていたのを発見されたが、その時点で過去の記憶を一切持っておらず、自分自身が何者なのかも分かっていなかった。 アインを初めとする島の魔法師達の見解によれば、彼女は「投影体」でも「(混沌を吸収しすぎた)邪紋使い」でもない「よく分からない存在」らしい。ただ、彼女は人語を解し、そして発見された時点で(既にボロボロになっていたとはいえ)「上質な生地を用いた人間の少女の装束」を身に纏い、その右手には「高価そうな指輪」が嵌められていたことから、元来は「高貴な家柄の人間の少女」が、何らかの力によってその姿を変えられた存在なのではないか、というのがアインの憶測である。 つまり、彼女は厳密に言えば「投影体」ではない(可能性が高い)が、この島の人々は彼女を「新たな住人」として受け入れた。この島は「互いの文化を尊重する」という基本原則を共有出来る価値観の者であれば、投影体でなくても受け入れるというのがアインの方針である(そもそも、厳密に言えばウチシュマのような「混血児」もまた投影体ではないが、彼女の居住権に異論を唱える者はいない)。 この少女は(地球に存在する書物に登場した「彼女とよく似た怪物少女」の名をとって)「リカ」という名前を与えられ、当初は戸惑っていた彼女も、やがて島の子供達と徐々に打ち解け、笑顔を見せるようになっていく。ウチシュマもまた、そんな彼女の「友人」の一人であった。 「ウチシュマさん、今からお洗濯するので、ここにあるお洋服、持って行ってもいいですか?」 リカはそう言いながら、ウチシュマが部屋の各地に脱ぎ捨てたままの洋服を掻き集めようとする。リカは身寄りのない自分を救い、受け入れてくれたこの島の人々に深く感謝しており、少しでも何か「自分の力で彼等に貢献出来ること」を探したいと思い、こうして自主的に、住人達の家事や雑用を手伝おうとしていた。 「別に〜、わざわざ洗濯しなくても〜、このままでいいよ〜」 ウチシュマは眠そうな声でそう言った。彼女は「この島の警備隊長」という重職を務める「神」の娘でありながら、日々是無気力であり、服が多少汚れようが、そのせいで周囲からどう見られようが、特に気にするような性格でもなかった。 「では、お掃除を……」 リカはそう言いながら、散らかり放題で埃も溜まりつつあるその部屋を片付けようとしたが、それに対してもウチシュマは、物臭そうな仕草で手を横に振る。 「別にいいって〜」 「でも、何かさせて頂かないと落ち着かないというか……」 リカが困った表情を浮かべながらそう言ったのをみて、ウチシュマはゆっくりと起き上がる。 「じゃあ、一緒にやろっか〜。その方が、後でぐっすり寝られるし〜」 そう言いながら、ウチシュマはのんびりとした動作で、彼女と一緒に掃除を始める。ウチシュマとしては、自分の部屋が汚れていようがいまいが「どうでもいい」と思っていたが、リカがどうしても「何かしたい」と思っているのなら、それを手伝うこともやぶさかではない。そして、やる気の無さそうな動作ながらも、存外効率良く室内に転がった諸々を着実に片付けていく。基本的には彼女は「やれば出来る子」なのである(ただし、滅多に「やる気」にはならない)。 こうして二人で「汚部屋清掃」を進めていく中で、リカはふと、今の自分の立場について、思い悩んでいることを口にする。 「私は、誰なんでしょう……? 自分自身が誰なのかも分からない私に、この島にいる権利はあるのでしょうか……?」 この島に辿り着いてから、幾度となく悩み続けてきたその問題に対して、ウチシュマはあっさりと答える。 「気にする必要はないんじゃないかな〜。私も好き勝手にやってるし〜」 冷静に考えれば「ウチシュマが好き勝手にやっていること」と「リカがここにいる権利」との間には何の連関性もないのだが、そんな「何の根拠もない無責任な説明」が、今のリカにとっては救いであり、癒しでもあった。 やがて二人は、一通り無事に掃除を終え、その心地よい疲労感と共に、二人で並んで横になって「お昼寝」を始める。穏やかな午後の昼下がりの出来事であった。 1.2. 森人と剣士 この島には、そんなウチシュマの「異母兄」と「異母姉」が一人ずつ、それぞれの「母親」と共に生活している(厳密に言えば他にも異母兄弟は沢山いるのだが、彼等についてはブレトランドの英霊4を参照)。なお、生まれた順としてはウチシュマが一番最後ではあったが、数ヶ月程度の差しかないこともあり、周囲からは「母親違いの三つ子」のように扱われている。 その「三人の母親」の中で、一番最初に子を産んだのは、リーザロッテ(通称:リズ)という名のエルフであった(下図)。彼女は比較的若くして(100歳程度の頃に)この世界に投影され、当初は気ままな一人旅を続けていたが、旅先で出会ったダン・ディオードに一目惚れして、 彼と行動を共にするようになり、やがて娘を産むに至った(彼女はもともと奔放な性格なため、ダン・ディオードが他の女性との間に子供を作ることに対しては、内心では嫉妬心を抱きながらも、無理に拘束する権利は無いと考えているらしい)。アインの掲げる「投影体のための国を作る」という思想には、当初は興味がなかったが、アカラナータや「もう一人の母親」達に流される形で協力することになり、島の自然環境の整備などでその能力を発揮している。 その彼女の娘の名は、モルガナ(下図)。ウチシュマ同様、投影体とアトラタン人(君主)との混血児だが、母親の血を強く受け継ぎ、13歳にしてエルフとしての様々な能力に目覚めている。なお、13歳という年齢は、エルフとしては極めて年少ではあるが、リーザロッテ曰く「成人するまでのエルフの歳の取り方はこの世界の人間と変わらない」とのことであり、実際、同世代のアトラタン人と同程度の外見に見える(ただ、エルフ界の住人にも個体差はあるとも言われているので、彼女の説明が他の全てのエルフに適用されるかは分からないし、そもそも「エルフ界の一年」と「この世界の一年」が同じ長さなのかどうかも分からない)。 モルガナは異母妹ウチシュマとは対照的に、何事に対しても全力で取り組む真面目な性格であり、この日も朝から島の片隅の海岸の近くで、母親から「エルフのたしなみ」として伝授された弓の練習に打ち込んでいた。 「敵の急所を狙い、その血管を貫くように、撃つべし! 撃つべし!」 そう呟きながら、練習用の木の板を目掛けて、弓矢を放つ。そんな中、彼女は海岸線に「船」が近付きつつあることに気付く。警戒しながらモルガナがその様子を凝視していると、やがてその船は岸に接舷し、そこから奇妙な装束を身にまとった一組の若い男女(下図)が降りてくる。その二人のうち、男性の方がモルガナに声をかけた。 「この島の『偉い人』と話がしたいのですが、取り次いで頂けますか? 『サオリさんに呼ばれてきたソウジという男』だと言えば、通じると思います」 モルガナはその青年には見覚えはなかったが、「サオリ」という女性のことは知っている。というよりも、彼女のことを知らない者はおそらくこの島にはいない。彼女は地球人であり、パンドラ楽園派においても指折りの実力の剣士として、これまで多くの同胞達を助けてきた英雄であり、現在はアカラナータの副官的な立場で島の平和を守っている。なお、前述の「魔獣少女」に「リカ」と名付けたのは彼女である(母親の持っていた「少女漫画」が語源らしい)。 モルガナは、この青年が言うところの「偉い人」が誰を指しているのかよく分からなかったので、ひとまずサオリを呼びに行くことにした。 「わかりました。では、しばらくここでまっていてください」 モルガナはそう伝えた上で、エルフ特有の身軽な足取りで、サオリを探して島の居住地区へと向かう。彼女の記憶が正しければ、おそらくこの時間帯の彼女は島の西方地区を巡回している筈であった。 ****** ほどなくして、モルガナはサオリ(下図)を連れて海岸へと戻ってくる。その間に、男性の方は岩場に腰掛けて岸辺に遊ぶ子蟹達と戯れ、その周囲では女性の方がやや警戒した様子で目を光らせていたが、二人の気配を感じると男性は立ち上がり、そしてサオリの姿を見るなり、彼は懐かしそうな(もしくは嬉しそうな)表情で何かを呟こうとするが、彼よりも先にサオリの方が口を開いた。 「伝説の剣士、沖田総司殿とお会い出来たこと、心から感謝致します」 そう言って、サオリは深々と男性に向けて頭を下げる。どうやら彼はサオリと同じ世界から投影された存在であり、しかもサオリから見れば、彼の方が「格上」の存在らしい。 「これは驚きましたね。本当にキヨとそっくりだ」 彼はそう呟く。その言葉の意味はモルガナには分からなかったが(知りたい人はブレトランド八犬伝8を参照)、彼はそのまま話を続ける。 「手紙で記した通り、今日はあくまでもハルーシアの一将校としてお話させて頂きます。外交権も統帥権も私にはないので、あまりお役には立てないかもしれませんが」 ハルーシアとは、この世界を二分する軍事同盟の片割れである「幻想詩連合」の盟主国であるが、この島の外の事情のことを殆ど知らされていないモルガナには、当然のごとく聞き覚えのない地名である。そんな彼女の傍らで、サオリは真剣な表情で言葉を返す。 「構いません。我々も、一足飛びに全てが順調に運ぶとは思っていませんから。ただ、少しでも今は理解者を増やしたい。それだけです」 サオリにそう言われると、その男性は黙って微笑みで返しつつ、そのままサオリに案内される形で(連れの女性と共に)、島の中心部へと向かう。彼が乗ってきた船はそのまま岸に接舷したままであり、彼以外の乗員達はそのまま船の中で彼の帰還を待つつもりらしい。 モルガナは「大人達」が何の話をしていたのかもよく分からないまま、二人が去った後の海岸で、木の板を相手に、今度は短剣の訓練を始めるのであった。 1.3. 少年と聖剣 そして、この島にはウチシュマとモルガナの「異母兄弟」に相当する、もう一人の「現アントリア子爵ダン・ディオードの庶子」がいた。その母親の名はユリ・ナカムラ(下図)。元来はサオリと同じ「地球」の「日本」という国の出身だが、彼女はサオリよりも百年近く前の時代から投影された存在らしい。 彼女は祖国においては良家の令嬢であり、「モダンガール(モガ)」と呼ばれる(当時の)先進的な価値観の持ち主であった。だが、そんな彼女はこの世界における「魔境」に投影され、右も左もわからず困惑していたところを偶然出会ったダン・ディオードに助けられ、よく分からないまま彼の旅に加わることになる。当初は、幾人もの女性と「関係」を持つダン・ディオードの生き方に対して違和感を抱いていたが、もともとあまり先入観にとらわれない性格だったこともあり、やがてそれが「この世界の一般的な男女関係」だと勘違いして、いつしか自分自身もまた彼に惹かれ、やがて彼の息子を産むことになった。その後、彼女はアインの掲げる「投影体のための国を作る」という思想には誰よりも強く共鳴し、現在は様々な文化的背景を持つ投影体間の価値観の衝突を防ぐための「相談所」の責任者を務めている。 そんな彼女の息子の名前は「エイト(瑛斗)」。生まれた順番としては「モルガナとウチシュマの間」であり、見た目は(左右の目の色が違うこと以外は)一般的なアトラタン人とあまり変わらない風貌の少年である(下図)。もともとアトラタン人と地球人は外見が酷似しているため、よほど特殊な力がない限りは「異界人との混血児」だと認識されることはないが、彼もまた母親の持つ「地球人特有の力」を引き継いでおり、君主でも魔法師でも邪紋使いでもないにも関わらず、異母姉妹達と同じように「異界の投影体としての力」を備えている。ただ、彼は父親の血をやや強く受け継いだのか、身体的にはかなり恵まれた体格であり、実年齢よりも2〜3歳は上に見える早熟な体躯の持ち主であった(なお、彼の右目は父親と、左目は母親と同じ色であるが、日頃は長い前髪で右目が隠れているため、そのことを知る者は少ない)。 だが、彼は異母妹ウチシュマとはまた別の意味で「やる気のない子供」であった。彼は、この世界にとっての「異物」である投影体が、この世界の住人に対して「居住権」を主張すること自体に正当性を感じられず、そのために奔走する母親達のことを、いつも冷ややかな目で眺めていた。ましてや「投影体との混血児」である自分の異質性は十分すぎるほどに自覚しており、そんな異端者である自分は、「アトラタンの本来の住民」に対して何らかの権利を主張出来るような立場ではない、と考えていたのである。 彼にとってこの島は「行き場のない異物達の掃き溜め」であって、それを「楽園」などと呼ぶこと自体に嫌悪感を抱いており、そもそもこの世界でそのような「楽園」など築ける筈がない(築く権利もない)という諦観が彼の心を支配していた。ただ、それと同時に彼の中には、この世界のどこかに「自分の居場所」を求めたいという本能的欲求もあり、その認識と願望の矛盾に思い悩んでいる。少なくとも今のこの島は「楽園」とは到底思えないが、だからと言って今の自分には自力で「自分の居場所」を作り出すことも出来ない、そんなやるせなさが、思春期に入りたての今の彼から「活力」を奪ってしまっていたのである。 だが、彼は自分の中のそのような葛藤を誰かに打ち明けることも出来ないまま、誰に対しても常に本音を隠して、どこか達観したような表情を浮かべながら生きている。そのために、いつしか彼は、自分の本音を誰にも悟られないよう、あることないことを嘯く虚言癖が身についてしまっていた。 この日、彼を初めとする島の少年達は広場に集められ、「いざという時のための護身術」の訓練を受けていた。彼等の相手をしているのは、見た目には彼等と大差なさそうな風貌の褐色の少女(下図)であるが、彼女はその小柄な身体と同じくらいの長さの大剣を自在に駆使して、次々と彼女に挑戦する少年達を弄ぶように軽くあしらい続けている。 彼女の名はサンクトゥス。彼女の正体は、その手に握られた大剣のオルガノンである。もともとは何処かの世界で「聖剣」と呼ばれていた存在らしいが、それが何処の世界での話だったのか、彼女自身が覚えていない。この世界に出現した後は、様々な剣士達の手を転々と渡り歩いてきたが、数年前にパンドラ楽園派の存在を知り、面白半分に彼等の仲間に加わり、そして今はこうして「少年達の武術指南役」を自ら買って出ている。彼女の中ではそれは「次に自分を振るうに相応しい持ち主」を探し出すための、青田買いのような行為であった。 「次はエイト、お主だ」 サンクトゥスはそう言って、呼び出されたにも関わらず稽古に参加せず遠巻きに眺めていたエイトに声をかける。 「僕はいいよ。戦うのは向いてないし」 実際、彼はあまり武芸に秀でてはいない。彼の体内に秘められた(通常の投影体の約半分の規模の)混沌核は、相手の攻撃を無効化したり、味方の傷を癒したりする能力には秀でているが、自ら武器を取って戦うことに関しては、あまり適正があるとは言えなかった。 だが、そんなエイトだからこそ、サンクトゥスは稽古の必要性を主張する。 「お主にやる気が無くても、相手がやる気を持たずにいてくれるとは限らぬ。むしろ、お主は真っ先に攻撃される。敵にとっては、お主のような能力者は厄介だからな」 それが、この世界においても長年にわたって様々な戦場を渡り歩いてきた「聖剣」としての彼女の見解である。そう言われたエイトは、しぶしぶ訓練用の剣を手にして彼女の前へと向かう。 「分かったよ。まぁ、別に稽古が苦手な訳でも嫌な訳でもないしね」 そう言って剣を構えるが、実際のところは、彼はこのような稽古自体を嫌がっており、これはなんとなく、今の自分のそんな心境を悟られたくないと思ったが故に咄嗟に口から出た「でまかせ」である。彼は身体的には恵まれた体躯の持ち主ではあるものの、彼には同世代の少年達のような「強さへの憧れ」や「勝利への渇望」が(そもそも、それを必要とするような「動機」自体が)欠如しており、島の片隅で義母のリーザロッテと共に観葉植物を育てる園芸に楽しさを見出すような、素朴で老成した趣味の持ち主であった。 そんな無気力な彼が嫌々剣を構えたところで、歴戦の聖剣のオルガノンであるサンクトゥスに太刀打ち出来る筈もなく、彼女が繰り出す「彼女自身の剣圧」に耐えきれずに、あっさりと自分の剣を弾き飛ばされてしまう。だが、それでも特に悔しそうな様子を見せることもなく、淡々と「次」の少年にその場を譲る。 サンクトゥスが呆れ顔でその様子を眺めている中、この場にもう一人の「女傑」が現れる。エイトにとっての「面倒な方の義母」ことアカラナータであった。 「おぉ、やってるな。どうだ? コイツらも少しは上達したか?」 そう言われたサンクトゥスは、微妙な表情を浮かべながら答える。 「向上心のある者達は、それなりにな」 彼女の視線の先には、向上心の欠片も見せようとしないエイトの姿がある。アカラナータはその様子から状況を察しつつ、そのエイトに向かって呼びかける。 「ユリがお前を呼んでる。一緒に来い」 何か面倒事に巻き込まれそうな予感に嫌気を感じながら、エイトは粛々と彼女に従う姿勢を示す。どちらにしても自分には拒否する権利などない、と諦めている様子であった。 「モルガナはリズが呼びに行くと言ってたから、あとはウチの馬鹿娘と、それからリカを探さないといかんのだが、心当たりはあるか?」 アカラナータのその問いに対して、エイトは違和感を感じる。自分と異母姉妹は昔から「ひとまとめ」にされやすいので、母が自分と一緒に彼女達を呼び出すのは分かる。だが、そこでリカも同時に呼び出されるというのは初めての事例であった。確かに、彼等三人はいずれもリカとは仲が良い。ということは、今回の呼び出しの本題は自分達ではなく、むしろ彼女に関する話なのかもしれない。 エイトがそんなことを考えている間に、周囲の少年達から「リカがウチシュマの部屋に向かって行くのを見た」という証言を得たアカラナータは、エイトと共に「馬鹿娘」の部屋へと足を運び、そして二人を叩き起こしてエイトと共にユリの元へと連れて行くのであった。 2.1. 奇妙な因縁 徐々に陽が陰り始め、夕刻に差し掛かろうとしていた頃、今もまだ海岸で短剣の稽古を続けていたモルガナの目の前に、見慣れない風貌の少年が現れる(下図)。彼はモルガナと同じくらいの小柄な体型であり、その顔立ちや耳の形状はどこかエルフ族に近い風貌であったが、少なくともモルガナの知る限り、この島の住人ではない。やや警戒した様子を見せるモルガナに対して、その少年は「奇妙なこと」を問いかけた。 「それは、私ですか」 彼はモルガナの持っていた「エルフ界から投影された短剣」を指しながら、そう問いかける。そう言った彼の手には、モルガナの短剣と全く同じ形状の短剣が握られていた。 常人であれば、彼のこの発言の意味は全く理解出来ないだろう。だが、モルガナは幼少期から「パンドラ楽園派」の者達に囲まれて育った少女である。彼女はすぐに理解した。彼の正体が(サンクトゥスなどと同じ)「オルガノン」であることを。そして、彼の「本体」が、今モルガナが持っている短剣と全く同じ代物であるということを、直観的に理解したのである。 「そうみたいですね」 モルガナはあっさりとそう答える。この世界に存在する「投影体」は、あくまでも「別世界の世界に存在する誰か(もしくは何か)の複製体」である以上、「同じ物品が同時にこの世界に投影されること」はさほど珍しくはない。そしてオルガノンの性質が「別世界において廃棄された物品がヴェリア界を経由してこの世界に投影された存在」であることを考えれば、元は同じ「エルフ界の短剣」だった代物が、同じ時代のこの世界に複数本投影されてもおかしくはないし、その中の一本がヴェリア界経由でオルガノンとして投影される可能性も、十分にありえる話である。 とはいえ、そのような不可思議な現象をあっさりと「現実」として彼女が受け入れられたのは、やはり彼女が特殊な生活環境で育ったことと無縁ではないだろう。ありとあらゆる世界から投影された、この世界の常識とは根本的に異なる存在の中で育ったからこそ、先入観に捉われず、どんな状況においても、ありのままにその現象を受け入れられる精神性を身につけていたと言える。 そんな二人の「奇妙な邂逅」が繰り広げられている中、島の中央部の方から、モルガナの母であるリーザロッテが姿を表す。 「あ、モルガナ、ここにいたのね。あのね、あなたとエイトとウチシュマに、ユリから折り入って話が……」 彼女はそこまで言ったところで、見慣れない少年の存在に気付く。 「ん? そこにいるのは……?」 リーザロッテの目には、彼は「同族の、モルガナと同じくらいの年代の少年」に見える。 (あら、なに、この子、まだまだ子供だと思ってたのに、いつの間にこんなボーイフレンド見つけたの? しかも、身なりはちょっと変わってるけど、結構きれいな顔した子じゃない! さすがは私の娘ね! でも、さすがにまだちょっと早いかしら? どうなのかしら? 今、どこまで進んでるのかしら?) そんな母親の妄想を打ち砕くかのように、モルガナは素っ気なく答える。 「『これ』みたいです」 彼女はそう言って、自らの短剣を母親に見せる。 (え? 何言ってるの、この子?) どうやらリーザロッテは、娘ほど柔軟な思考は出来なかったらしい。困惑している中、その少年は彼女に「自分の本体」を見せつけながら、こう言った。 「お久しぶりです、リーザロッテ様。私の主人は『アクシア』です。そう言えば、思い出して頂けますか?」 そう、リーザロッテは実は彼とは面識があった。久しぶりすぎて覚えていなかったが、彼の「持ち主」の名を聞いて、彼女は彼のことも思い出す。それくらい、リーザロッテにとって「アクシア」という名は(色々な意味で)強烈な記憶として刻まれていたのである。 「あー、あの時の……、なるほどね……」 彼女はようやく状況を理解した。そして、少し離れたところに、彼女にとっての最大の恋敵の象徴である「鮮血のガーベラ」の船旗が翻っていたことにも気付く。 「アイン様から我が主人に『護送任務』の依頼が届いたので、こうして参上致しました。主人は船で待機中なのですが、私がこちらの方面から『自分自身の気配』を感じたので、つい確認したくなって、勝手ながら先行上陸させて頂いた次第です」 「多分、それはユリ経由でアインが手を回したのよね、きっと……。まぁ、いいわ。モルガナ、ついて来なさい。その件でユリから話があるわ。なんだったら、あなたも付いて来てくれてもいいけど……」 「いえ、私は『自分』の存在を確認出来たので、もう十分です。ひとまず主人の待つ船へと帰還します」 そう言って、彼はそそくさと「鮮血のガーベラ」へと帰って行った。 (娘婿がオルガノン、ってのも、それはそれでアリなのかな? どうなのかな? あー、でも、「あの女」の従者ってのはねぇ……) 娘の意思など何一つ確認せぬまま、リーザロッテは勝手な妄想を膨らませつつ、モルガナをユリの元へと連れて行くのであった。 2.2. 魔境の泉 こうして、島の住宅街の中心に位置するユリの「相談所」に、リーザロッテとモルガナ、そしてアカラナータに連れてこられたエイト、ウチシュマ、リカ、といった面々が集められた(なお、まだ惰眠を貪っていたいと思っていたウチシュマは、母親に「俵持ち」されるような形で無理矢理連行されていた)。 ユリはそんな彼女達に対し、開口一番にこう言った。 「リカちゃんの過去を調べられるかもしれない方法を、思いつきました」 そう言って彼女はおもむろにブレトランドの地図を広げ、その中北部の森林地帯を指差した。 「昔、私達はこの『グリンの森』に足を踏み入れたことがあります。その時のことを覚えていますか?」 彼女はアカラナータとリーザロッテに問いかける。すると、二人とも何かを思い出したかのような反応を見せるが、彼女達が何かを言う前に、ユリはそのまま話を続ける。 「このグリンの森には不思議な効能を発揮する四つの泉がありました。私達も森の全てを探索した訳ではないので、もしかしたら他にもあるかもしれませんが、とりあえず、これが私の記憶にある限りの、この魔境の地図です」 そう言って、彼女は手書きの地図を見せる。あくまでも大雑把な、概念図のような地図ではあたが、そこには「北の入り口」からいくつかの分岐を経て、四つの「泉」へと到達するまでの経路が描かれている。 「その四つの泉って、浸かった人の姿を変化させる泉だったわよね? 身体が若返る泉と、性別が逆転する泉と、よく分からない白黒の動物に変身する泉と、それから……」 「たしか、ヘンな女が出てきて『あなたが落としたのは、この金の君主ですか? 銀の君主ですか?』とかなんとか言ってきた泉もあったような……」 リーザロッテとアカラナータがそれぞれに記憶を紐解きながらそう語ると、ユリは頷きながら話を続ける。 「そうです。アインさんが言うには、リカちゃんの今の姿は、おそらく魔法か何かの力で書き換えられたもので、元は人間だったのではないか、という話でした。つまり、その中の『若返りの泉』にリカちゃんが浸かれば、今のその姿になる前の『本来の姿』に戻れる可能性があります。ただ……」 ユリは残念そうな顔を浮かべながら付言する。 「あの『若返りの泉』の効能は、泉に浸かっている間にしか効かなくて、泉の外に出たら『今の姿』に戻ってしまいます。ですから、この泉の力を用いても、あくまで一時的に『以前の姿』が分かるだけなので、完全に本来の姿を取り戻せる訳ではありません」 とはいえ、「本来の姿」を知ることが出来れば、それだけでも彼女の過去を知る手がかりにはなるだろう。そもそも「本来の姿」に戻ること自体が彼女にとって望ましいことなのかどうかも分からないという意味では、そのような「一時的な効能」にすぎない泉の方が、ある意味で「安全」でもある。 だが、ユリの中にはもう一つ、それ以上に「残念なお知らせ」があった。 「申し訳ないですが、もう十数年前の話なので、どの泉の効能がどれだったかまでは、思い出せなかったんです」 つまり、四つの泉を虱潰しに調べて行くしかない。アカラナータとリーザロッテもなんとか記憶を捻り出そうとしてみたが、結局、思い出せなかった。 「そして、出来ることならば私達がリカちゃんを連れて行きたいのですが、今の私達には、この島の中でやらなければならないことがあります。いつまた『外敵』が現れるかも分からない状態ですので、あまり『主力』の護衛を連れて行く訳にもいかない。そこで、あなた達に彼女をグリンの森まで連れて行ってほしいのです」 ユリはそう言いながら、エイト、ウチシュマ、モルガナの三人に視線を向ける。当然のごとく、ウチシュマは嫌そうな顔をする。 「えー、なんで私達がー、めんどくさいなぁ」 だが、そんな彼女に対して、ユリは「彼女達が適任な理由」を説明する。 「グリンの森は魔境になっていて、そこには危険な怪物の投影体も沢山出現します。しかし、以前に私達が『あなた達の父親』と一緒にこの魔境の森に入った時、なぜか怪物達に襲われたのは『彼』だけで、私達には一切危害を加えようとしなかったのです。それが、私達が投影体だからなのかどうかは分かりませんが、私達の血を引くあなた達ならば、同じように敵に襲われずに済む可能性もあるのではないかと」 無論、それはあくまでも「可能性」であって、確実な話ではない。ただ、彼女達は年齢的にはまだ「子供」ではあるものの、その特殊な血統の力もあって、今の彼女達には既に「騎士級の聖印を持つ君主」や「駆け出しの契約魔法師」と互角に戦える程度の「混沌の力」は備わっているとユリは見込んでいた。だからこそ、この機会に彼等にも「任務」を与えることで、「今よりも一段階上の存在」へと成長してほしいという想いも彼女の中にはある。特に、何事に対しても冷めた様子で、自分の生き方を見出せずにいる(ように見える)自身の息子にとっては、このような形で「誰かのために尽力する機会」を与えられることは、色々な意味で「いい刺激」になるのではないかと考えていた。 そんな母親の想いを知ってか知らずか、エイトは傍にいるリカに問いかける。 「リカちゃんは、自分の過去のことを知りたい?」 「知りたいです! 知らなきゃいけないような気がします! でも……」 自分一人のために、危険な魔境に皆を連れて行くというのは、彼女としてはどうしても躊躇してしまう。かといって、一人でそこに辿り着けるとも思えない。今の彼女の姿はどう見ても「魔獣」であり、彼女が一人だけで歩いていたら、魔境に到達する以前の段階で、その姿を見た衛兵達から「倒すべき怪物」と認識されて殺されかねない。 「じゃあ、仕方ない。行くよ。正直面倒だけど、まぁ、嫌がってもどうせいずれまた似たようなことをさせられるんだろうし、リカちゃんのためになるなら悪くは無いかな」 素っ気ない様子でエイトはそう言ったが、本音では彼は、これまで自分達や島の人々のために一生懸命に尽力しているリカに対しては好感を抱いており、彼女のために力になりたいと考える気持ちは確かにあった。そして彼自身もまた「リカの本来の姿」に興味を抱いていたのであるが、その本音は隠したまま、あくまでも「興味なさそうな顔」を浮かべながら淡々と語る。 一方、そんなエイトの「やる気のなさそうな態度」を目の当たりにしたリカの中では、当然のことながら「申し訳ない気持ち」が更に広がっていく。 「でも、ご迷惑なら、やっぱり、私一人で……」 「いや、行くよ〜」 突如そう言ったのは、ほんの数十秒前に「面倒臭い」と言っていたウチシュマであった。彼女は何事に対しても「面倒臭い」と反射的に口にするが、それはあくまでも「口癖」のようなものであって、彼女の中で「やらなきゃいけない」と思ったことに対しては、無駄口を叩きながらもきちんとやり遂げる。彼女はそんな(異母兄エイトとはまた違った意味での)「面倒臭い性格」の少女であった。 一方、そんな厄介な悪癖持ちの異母弟妹達とは対照的に、最初から積極的な姿勢でその話を聞いていたモルガナは、ウチシュマに対してこう言った。 「ダメよ、ウチシュマちゃんは『サボることを頑張る』って決めてるんだから、全力でサボらないと! あ、モルガナは行くけどね」 モルガナは何事に対してもまっすぐな姿勢で取り組み、他人の言葉を額面通りにそのまま受け取り、そして「他人のやりたいこと」を応援することに生き甲斐を感じる、そんなド直球少女であった。彼女はウチシュマの日頃の言動から、彼女の生き甲斐は「サボること」であると思い込んでいたため、ウチシュマが何事に対しても全力でサボるよう応援しなければならない、と勝手に決めつけていたのである。 「いやいや〜、私も行くから〜。リカちゃんのためなら、私も頑張るよ〜。面倒だけど〜」 ウチシュマは、だらけきった笑顔でそう語る。実際、彼女の中では「面倒」だと思う気持ちは嘘ではない(この点は、エイトとは明らかに違う)。ただ、「面倒」と「やりたくない」は彼女の中では同義ではない。モルガナにはその辺りの感覚が今ひとつ伝わっていない様子ではあったが、ともあれ、こうして三人の混血児達は、島で出会った友人の願いを叶えるための「はじめてのおつかい」へと向かうことを決意したのであった。 2.3. 協力者達 ただ、この段階ではまだ一つの問題が残されている。仮に「若返りの泉」を発見して、リカがそこに浸かることで「本来の姿」が分かったとしても、それを誰が記録に残すのか、という問題である。モルガナもエイトもウチシュマも、画力に関してはそれほど自信はない。 しかし、その点に関してはユリの中では既に解決策は考案済みであった。彼女は「スケッチ要員」として、この島に住む一人の投影体に、協力を申し出ていたのである。 ユリは一通りの説明を終えたところで、部屋の奥の棚の中に設置された(彼女の故郷の技術を用いて作られた)「小型の座布団」の上に置かれた「巨大な(ダチョウか何かの?)卵のようなもの」を手に取り、机の上に縦に置く。当然、球体である卵はすぐに倒れそうになるが、次の瞬間、その卵の下部から「足」が生え、上部から「耳」が飛び出し、そして真ん中がバリッと割れて、中から真っ白な「ウサギのような生き物(下図)」が現れた。 「エト・ガルゴ・ジャビットです。エト、もしくはEGGと呼んで下さい」 その「ウサギのような生き物」はそう言いながら、ユリからニンジンを受け取り、その前歯でボリボリと齧り始める。彼は最近になってこの島を来訪し、その住人となった投影体であり、元々いた世界のことは本人もよく覚えていないらしいが、「イースターラビット」と呼ばれる「卵と密接な関係を持つウサギ」の亜種らしい(なお、当然のことながら、普通のウサギは卵からは生まれないし、卵を食べたりもしない)。 彼は「流浪の画家」としてアトラタンを放浪して、描いた作品を売りながら路銀を稼いでいたらしいが、当然のごとく、怪物扱いされたり、討伐されそうになったこともあり、どこか安住の地はないかと放浪を続けた結果、この島の噂を聞いて、辿り着いたという。その画力はユリもお墨付きであり、見たものをそのまま写実的に描く技術については、おそらく今の島内では随一の腕前であるという。その彼を「スケッチ要員」として同行させることを彼女は提案したのである(なお、この島にはパブロという名の地球人の画家もいるが、彼は最近「新たな表現法」を確立するための試行錯誤の最中で、写実的な描写への関心が薄れてしまっているため、今回の任務には不適切とユリは考えたようである)。 ****** ちなみに、EGGは「絵を描くこと」と「身体を卵に収納すること(何度でも再生可能らしい)」と「ニンジンを美味しそうに食べること」以外には特にこれといった能力を持ち合わせていないため、非常時における「戦闘要員」にはなりえない。また、この点に関してはリカも同様であり、彼女には(その皮膚の構造上、普通の人間よりは痛みへの耐性はあるが)誰かを傷つけたり、守ったりする能力は備わっていなかった。そう考えると、いかに「特殊な異能力」の持ち主とはいえ、子供三人だけで彼女達を守りながら戦うのは、少々不安が残る。 その意味では、誰か一人くらいは彼等を手助けする「大人」が同行した方が良いのでは、という考えもあったが、そこで手を挙げる者が現れた。 「ならば、我も付いて行くことにしようか。さすがに子供達だけでは心配だろう?」 そう言って名乗り出てきたのは、聖剣サンクトゥスである。彼女もまた見た目は三人と変わらない程度の子供だが、彼女の本体はあくまでも「聖剣」であり、実年齢的にはこの島にいる者達の中でも、おそらくかなりの高齢である(本人は自分がこの世界に投影されて何年経つのか、もはや覚えていないらしい)。彼女は前々からこの三人の混血児達(特にエイト)に興味を示しており、彼等の「初陣」をこの目で見届けたい、と考えていたらしい。 エイトは微妙に渋い顔をしてはいたが、三人の母親達があっさりと同意したこともあり、「六人目の同行者」として、彼女も同行することになった。 ****** こうして、「グリンの森探検隊」のメンバーが決まったところで、出立前の彼等に対して、パンドラ楽園派が誇る医薬品ブローカーである地球人のジェームスが、旅先で必要と思われる回復薬を提供する(彼についてはブレトランドの英霊6、ブレトランドの光と闇3、ブレトランド風雲録3を参照)。いずれもエーラムの魔法薬と見た目も効能も酷似しているが、大陸のパンドラで生成された代物であり、彼は子供達に対して、それぞれの薬品の特性と使い所を懇切丁寧に説明する。 「傷を負った時には身体回復薬、気力を使い果たした時には精神回復薬が必要になる。お前達の中では、エイトが『身体の傷を癒す力』を持っているから、時間に余裕がある状態なら、エイトの力で傷を癒した上で、エイトが気力を使い果たしたら精神回復薬を飲む、という手順が最も効率が良いだろう。ただ、戦いの最中でエイトの力では間に合わないこともあるだろうし、エイト自身が倒れてしまうこともあるから、そういう時は身体回復薬を使え。そして、この解毒薬は戦いの最中で猛毒に冒された時に使うものだが、平時においては文字を書く時にも利用可能で……」 そんな解説を受けながら、 どの薬を持っていくべきかを選定する。子供達からすれば退屈な説明だったようだが、生粋の地球人(しかも21世紀人)であるジェームスの感覚にしてみれば、子供達だけで危険な魔境に旅に出るという話を聞いたら、心配せずにはいられない。万が一のことがあってはならないと、念入りに彼等に薬物の使用法について釘をさすのであった。 ****** そして、彼等をブレトランドまで連れて行く役を担うことになるのは、女海賊アクシア(下図)が船長を務める海賊船「鮮血のガーベラ」である。彼女はアインや三人の母親達とも顔見知りであると同時に、アントリア各地の港に自由に停泊出来る許可証を有しているため、今回の任務には打ってつけであった。 「出来れば、あんたの世話にはなりたくなかったんだけどね」 せっかく来てくれたアクシアに対して、子供達を見送りに来たリーザロッテは、苦い顔を浮かべながらそう言った。このアクシアこそが、彼女達の「共通の夫」であるダン・ディオードの「最初の相手」であり、「第一子(長女)の母」でもある。まさにリーザロッテにとっては、一番の宿敵であった。 「安心しろ。母親が誰であろうと『アイツ』の子だ。邪険にはしないよ」 アクシアはそう言うが、子供達に対して、自分と彼等の「複雑な関係」を説明する気はサラサラない。そもそも、アクシアの娘自身が(ノギロから聞いた話によれば)あくまで「実の父母とは関係のない人生」を送ろうとしている以上、彼女もまたその「過去」を(自分の中で断ち切ることは出来なくても)他人に公言する気はなかったのである。 こうして「四人の子供と二体の魔獣(実態としては、二人の投影体と、三人の混血児と、一人の謎少女)」という奇妙な集団は、母親達に見送られながら、フーコック島から、ブレトランド小大陸の北半分を支配するアントリア子爵領の首都スウォンジフォートへと向けて旅立って行った。 2.4. 海亀姫 フーコック島の出現時に移り住んだ時以来、久しぶりの船旅となった子供達であったが、いつもは一番やる気に満ち溢れているモルガナが、なぜかずっと甲板でぐったりとしている。別に船酔いしている訳ではないのだが、なぜか彼女は(海岸線程度ならば平気だが)周囲を海に囲まれた状態になると、気力を喪失してしまうタチらしい。 「なんか、ワカメみたいだな、お前」 甲板の縁にだらんともたれ掛かるように倒れている異母姉を見ながら、エイトはそう呟く。その横では、リカが心配そうな瞳で見つめながら、エイトに問いかける。 「モルガナさんのこと、介抱しなくて大丈夫なんですか?」 「気にしなくていいよ、リカちゃん。このワカメは、陸に戻ればまたちゃんとシャキッとするから」 彼女がワカメ化してしまった原因が「エルフの血」なのかどうかは分からない。一説によれば、別の世界から現れたエルフの中には、むしろ海や水辺を好む者もいるとも言われているが、それらが種族ごとの違いなのか、純粋な個体差の問題なのかも、よく分かってはいない。 そんな中、倒れ込んだ状態のモルガナの短剣が奇妙な光を発する。それは「危機」を知らせる合図であった。そして当然、「同じ短剣」が乗員として同船しているこの海賊団の面々も、すぐにそのことには気付く。船の先端で進行方向に向けて望遠鏡を覗き込んでいる船員が、全体に向かって叫んだ。 「海蛇だ! 巨大な海蛇の投影体がいるぞ! あと、その近くに……、あれは……、海亀? と、それに乗っている子供のような人影が……」 エイト達もその方向を凝視すると、確かにその海域では「巨大な蛇のような形の怪物」が暴れている。そして、その海蛇は「やや大型の海亀に乗った少女(下図)」を襲おうとしているように見えた。 「こないでくださーい!」 彼女は涙声でそう叫びつつも、自身が騎乗する海亀を巧みに操りつつ、襲い来る巨大海蛇を華麗に避け続けている。 「これは、放っておく訳にはいかないね。リカちゃん、下がってて」 エイトがそう呟くと、いつの間にか彼の傍らには、リカを庇うような姿勢で、それまで船室で(別に気分が悪くなった訳でもなく平常運行で)ダラダラしていたウチシュマが立っていた。 「よ〜し、じゃあ、たまには頑張ってみよっか〜」 彼女は珍しく「やる気」をみせながら、自身に内側に備わった「神」としての力を発動させる。彼女は進行方向の海域全体に天変地異を引き起こし、そこに母親譲りの謎の異界の言葉(サンスクリット語?)による呪詛を加えることで、巨大海蛇に大打撃を与えつつ、その身を硬直させて、動きを封じ込める。そこにエイトと、フラフラの状態ながらもモルガナが混沌の力を重ね合わせて支援することで、海蛇がそのまま身動きの自由を取り戻す前に、あっさりと撃破に成功した。 (やるじゃないか、さすがは「アイツら」の子供達だな) アクシアは後方から黙ってその様子を眺めていた。何かあったら助ける準備はいつでも出来ていたが、母親達から密かに「何かトラブルがあっても、なるべく彼等自身の手で解決出来るように見守っていてほしい」と言われていたため、船員達にも、あえて攻撃命令を出さずに静観させていたのである。 そして、巨大海蛇の脅威が去ったことで、海亀に乗った少女は安堵した表情を浮かべつつ、海賊船に向かって近付いて来た。背格好からして、おそらくウチシュマ達と同世代と思われるが、パッと見た限りは、普通の人間のように思える。 アクシアがその少女に乗船を許すと、彼女は「聖印」を掲げながら自己紹介した。 「助けて頂き、ありがとうございます。私の名前はエレオノーラ・リンドマン。ノルドからの逃亡者です」 「ノルド」とは、アトラタン大陸北部の半島国家であり、現在のこの世界を二分する勢力の片割れである「大工房同盟」の中でも最強の呼び声が高い軍事国家である。彼女はそのノルドを率いる海洋王エーリクの姪(姉の娘)であり、聖印の特殊な力を用いて海亀(名前はラファエラ)を乗騎として用いる騎士らしいが、彼女は先日、その祖国を捨てて、身一つで亡命を決意したらしい。 「もう、あんな野蛮な国にいたくないんです。エーラムに留学していた頃に知り合った、ハルーシアの方々のような、知的で文化的な生活を送りたい……。そう思って、国を抜けてきました」 彼女は数ヶ月前まで、ノルドの王族の一人として、魔法都市エーラムに留学していた。それは彼女の母(エーリクの姉)であるクリスティーナの「(自分がろくに教育を受けずに育ったが故に大人になってから恥をかいたという経験から)少しでも娘達には『教養』を身につけてほしい」という配慮からの留学であったが、彼女はその母の想いに忠実に応えて、エーラムにおいて同じように各国から留学していた(主に幻想詩連合系の)貴族の子弟達と触れ合ううちに、最先端の文明社会に溶け込みすぎてしまった。 そんな彼女が数ヶ月前に(戦争の激化に伴い、少しでも多くの戦力を結集させるために)帰国を命じられたのだが、ハルーシアをはじめとする南方の貴族文化に染まりきっていた彼女は、質実剛健と豪放磊落を美徳とするノルドの国風には耐えられなくなってしまっていたのである。 「出来ることなら、ハルーシアに行きたいんですけど、それが無理なら、どこでもいいです。とにかく、もうノルドにだけは帰りたくないんです……」 切実な表情でそう語る亡命姫であったが、そもそも人間社会の事情をよく知らない三人にとっては、彼女がなぜそこまで祖国を捨てたがるのかは、今ひとつ実感は出来ない。ただ、彼女が真剣に「自分の居場所」を探して家出してきたことだけは感じ取っていた。 「ところで、この船はどちらの船籍なのですか? そして皆様は今、どちらに向かわれているのですか?」 本来ならば、それは最初に聞くべきことだった筈なのだが、巨大海蛇の襲撃で気が動転していたこともあって、彼女は相手が誰かも分かっていない状態のまま、聞かれてもいない「自分の事情」をベラベラと話してしまっていたことに、今更ながらに気付いた。 「僕達は旅人さ。今はアントリアに向かっている」 エイトがひとまずそう答えると、エレオノーラは「アントリア」という地名に対して、やや戸惑いを見せる。どうやら彼女の中ではアントリアもまた、ノルドと同類の「辺境の野蛮な軍事国家」として認識されているらしい。 そんな彼女の心境を察したのか、ここでアクシアが割って入る。 「ハルーシアに行きたいのであれば、確か、『島』にお客人が来ていただろう?」 アクシアは「親アントリア」という立場上、どちらかと言えば幻想詩連合とはあまり関係は良好ではないが、自ら率先して喧嘩を売るような関係でもない。故に、フーコック島にハルーシアの船(沖田総司率いる特殊部隊の軍船)が停泊していたことに関しては、特に何とも思わず静観していたのであるが、念のためアインに彼等の動向について確認してみたところ、「しばらく彼等は我々との個人的交流のために島に留まる」と言っていた。 「まぁ、ハルーシアでなくてもいいなら、あの島でお前達と共に生きる、という道もあるとは思うがな。あの島での生活が知的で文化的なのかどうかは知らんが、アインは別に『君主』だからという理由だけで排除したりはしないだろう」 実際のところ、パンドラは「皇帝聖印の出現を防ぐ」という目標さえ共有出来れば、究極的には君主とでも手を結ぶことも可能であるし、実際に影でパンドラと協力関係にある君主も実際には数多く存在する、という説もある。 「私を受け入れて下さるのでしたら、どこでも結構です。そもそも、王族として生まれた身でありながら、そんなことを言い出すこと自体、身勝手だとは思うのですけど……」 エレオノーラがそう言ったところで、「三人」は不可解な顔を浮かべる。 「いや、別に?」 「生きたいように生きればいいんじゃないかな」 「私達も〜、好き勝手にやってるしね〜」 現アントリア子爵の庶子にして、パンドラ楽園派の要人達の子供でもある彼等のそんな様子を眺めながら、アクシアは微笑を浮かべつつ呟く。 「意外なところで、父親に似ているものだな」 そんな彼女の言葉に気付くこともなく、エイトはエレオノーラにこう告げる。 「とりあえず、僕達はこれから、やらなきゃいけないことがあるんだ。その仕事が終わったら、一緒に僕達の住む島に帰ることにしよう。その後のことはそれから考える、ということでいいかな、エレちゃん?」 優しそうな笑顔でそう言われたエレオノーラは、嬉しそうな様子で答える。 「それでしたら、私もそのお仕事を、お手伝いさせて頂きます!」 こうして、子供達の「はじめてのおつかい」に、七人目の同行者が加わることになった。なお、この戦いの最中、サンクトゥスは聖剣、EGGは卵の状態のまま倉庫に保管されていたため、彼等がエレオノーラと顔を会わせるのは、陸に着いた後のことであった。 2.5. 調査隊募集 その後は特に大きな混沌災害に見舞われることもなく、彼等は目的港であるスウォンジフォートに到着する。それまで船内でぐったりと(エイト曰く)ワカメ状態になっていたモルガナも地上に降り立ったことでどうにか生気を取り戻し、サンクトゥスもここから先は自分の足で歩くために「人間体」を顕現させる。一方、EGGは(小柄とはいえ)色々な意味で目立つ存在のため、今後も「泉」に着くまでは「卵」状態のままエイトが運ぶことになった(唯一の「男子」である以上、それは必然的宿命である)。エレオノーラの海亀については、彼女の聖印の力で小型化し、彼女の懐へと収納される。 そして、「最も目立つ存在」であるリカに関しては、アクシアが彼女の身体全体を覆えるローブを貸し与えることで、どうにか周囲の目をごまかした状態のまま陸に降り立つ。そして、アクシアは彼等が帰還するまではしばらくこの街に滞在すると宣言した上で、彼等と一旦別れることになった。 現在、この街を治めているアントリア子爵代行マーシャル・ジェミナイは、ウチシュマ達から見れば「異母兄」にあたる存在なのだが、彼等はそのことを知らされていないし、仮に知っていたとしても、特に深い感慨も抱くことはないだろう。また、子供の頃から母親達と共に世界各地を転々としていた彼等にとっては、スウォンジフォートはそれほど目新しい何かが映るほどの町という訳でもなかった。 一方、島に漂着する以前の記憶がないリカにとっては、深く被ったローブ越しに見る「普通の街」は、初めて見る光景の筈なのだが、彼女もまた、その光景には特に目新しさも懐かしさも感じていなかった。少なくとも彼女にとって、この街は「見慣れた街」ではないものの、それほど奇異に思える訳でもない。それはおそらく、記憶を失う前の彼女が「ここではない、どこかの人間の街」の中で暮らしていたことの証左なのだろう。 そんな彼女達が、ひとまず食事を取ろうと立ち寄った食堂にて、「人員募集」の張り紙が大々的に掲示されているのを発見する。それは、まさに彼等が今向かおうとしていた「グリンの森」の調査隊への参加者を募集する張り紙であった。どうやらアントリア内においても、この森を調査しようとする動きがあるらしい(ちなみに隊長は「ロディアス・ヒュポクリシス」、副隊長は「アオハネ」と書かれているが、彼等にとってはどちらも見知らぬ名前であった)。 参加条件の欄には、特に年齢や国籍についての条項はない。とはいえ、かなり危険な任務であることは間違いないため、「邪紋使い歓迎」という文言もあったが、それ以上に彼等の目を引いたのは、その隣に書かれた唯一の禁止条項であった。 「君主の参加は不可」 そう書かれていたのである。あくまでも「魔境討伐」ではなく「調査」である以上、確かに君主がいなければならない理由はない。だが、わざわざ君主の参加を断らなければならないというのは、明らかに不自然な話である。もし、彼等の中での「君主を連れて行ってはならない特別な理由」が、あの魔境の性質そのものに関わる問題なのだとすれば、彼等は魔境に関して、ウチシュマ達が把握していない情報を握っている可能性もある。 「さて、どうする? 同じ魔境に入り込もうとしている奴等がいるようだが……」 サンクトゥスはそう問いかける。彼等の目的は分からないが、仮に、彼等が自分達と同様に同じ「若返りの泉」を探しているのだとしても、彼等がその存在を消し去ろうとしているのでない限り、共闘は可能である。他の目的があったとしても、君主の同行を禁止していることから察するに、魔境そのものを浄化しようとしている可能性は低い以上、自分達がパンドラであるということさえ隠しておけば、同行者として潜り込むことは出来るだろう。彼等の協力を得られれば、魔境で危険な状況に遭遇した場合でも生還出来る可能性は高い。 難点は「君主」としてのエレオノーラの存在であるが、別に彼女を魔境の中にまで同行させる必要はないし、仮に同行させるにしても、黙って聖印の力を隠し続けておけば、その正体が露呈することはないだろう。場合によっては「ノルドの姫君」という肩書きを持つ彼女の存在が、彼等との協力交渉において有効に作用する可能性もありうる(もっとも、世間知らずの子供達にそこまで器用な交渉が出来るか、と考えると、正直なところサンクトゥスには不安もある)。 ただ、彼等にはもう一つの難点がある。それが「リカ」である。参加要件の項目の中に、特に投影体を禁止するという文言はなかったため、彼女のことを「友好的な投影体」として紹介すれば、その姿に関しては不問となるだろう(もし投影体全般を禁じられるなら、サンクトゥスもEGGも参加出来なくなるので、そもそも話は変わってくるのであるが)。だが、楽園島の大人達の間では、彼女の正体は「何処かの国の貴族令嬢ではないか」と推測されてる。もし、その推測が当たっていた場合、「彼女の真の姿」をアントリアの人々が見た時に、そこで示される反応には様々な可能性が考えられる。場合によっては、それは彼女の正体を知る上での好機ともなりうるが、その「正体」次第では、その場で彼等がリカの身柄を拘束しようとするかもしれない。不確定要素が多い今の段階では、迂闊に協力者を増やすことには危険性が伴う。 「まぁ、気にする必要はないんじゃない? 私達は私達で、勝手に調べに行けばいいだけだし〜」 ウチシュマはそう言った。そもそも、マイペースな彼女には、国家から派遣された正規の調査隊と行動を共にすること自体、無理がある。そのことを理解しているが故かは不明だが、エイトもモルガナも彼女の意見に同意した。一方、この場にいる唯一の「君主」であるエレオノーラは申し訳なさそうな顔を浮かべる。 「あの……、もし、私のせいで参加出来ないなら、別に無理に私を連れて行っていただかなくても……」 彼女はおずおずとそう言い出すが、それに対してエイトは笑顔で否定した。 「いや、そういう訳じゃないから、気にしなくていいよ、エレちゃん」 「そもそも、此奴らに団体行動は無理じゃからな」 サンクトゥスがそう付言したのに対し、エイトの鞄の中から「そう思うなら最初から提案しなければいいのに」と言いたそうな真っ赤な瞳が光っていたが、そのことに気付いた者はいない。 一方、エレオノーラはエイトの爽やかな笑顔に対してどう反応すれば良いか分からず、縮こまって俯く。そんな様子を、リカはローブの奥から複雑な表情で見つめていた。 2.6. 魔獣少女の葛藤 結局、その日のうちに彼等は隣のソルティア村まで足を運び、そこで宿を取ることにした。子供ばかりの、しかも大半が少女の集団に対して、宿主は当初は訝しげな視線を向けていたが、母親達から大量の金貨の入った袋を彼等が持ち合わせていたのを確認した時点で、細かいことを考えるのをやめ、あっさりと最上級客室を貸し出す(と言っても、小さな宿場町なので、それほど豪華な部屋ではないが)。 久しぶりの「揺れない寝室」を手に入れた子供達(特にモルガナ)が嬉しそうな表情を浮かべる中、リカだけはどこか浮かない表情を見せる。それに気付いたウチシュマは、部屋に彼女と二人きりとなった状況を見計らって、ふと問いかけた。 「なんか、寂しくなっちゃった?」 理由も何も問われぬままに不意にそう言われたリカであったが、その一言だけで、自分の心理を見透かされた気分になる。 「そうなのでしょうか……」 話が噛み合っているのかどうかも確認せぬまま、彼女は呟くようにそう答えた。そして実際のところ、二人の会話はきちんと噛み合っていたのである。 リカはエイトがエレオノーラを助けた時以来、彼がずっとエレオノーラに付きっきりの様子なことに、どこか寂しさを感じていた。島にいた頃から、自分がずっとエイトを独占していた訳でもないし、彼は彼で(モルガナやウチシュマとはまた違った意味で)マイペースに生きているため、全く会えない日もある。だが、エイトはあまり他人と深く関わろうとしない性格のため、彼が「家族以外の誰か」と親しげにしている様子自体が、リカにとっては見慣れぬ光景であった。 更に言えば、それが「エイトと同年代と思しき可憐な少女」であることが、リカの気持ちを蝕んでいる原因なのかもしれない。もしそうだとすれば、それは「寂しさ」とはまた別の(より厄介な)感情であることになるのだが、今のリカには、そうなのかどうかの判断がつかない。そもそも自分が人間なのかどうかも、そして少女なのかどうかも分からないのである。そして、仮に自分が「人間の少女」であったとしても、果たして自分が「あの少女」と張り合えるような存在なのかどうか、今の時点では皆目見当もつかなかった。 実際のところ、リカは今の自分の姿にどこか違和感を感じている。あの島には、自分と同じような姿の者はいなかったが、もし仮に「今の自分」と同種族(?)の者がいたとしても、おそらく彼女の中では「同族」とは思えないような気がしていた。むしろ、明らかに自分とは外見が違う「人間型の投影体」の人々の方に親近感を抱いている。だとすると、「島の大人達」が言っていたように、自分は元は人間(もしくはそれに類する何か)だったと考える方が自然なように彼女自身も思えた。彼女から見てエイトは「魅力的な少年」に思えたし、ウチシュマもモルガナも、そしてエレオノーラも、いずれも「見目麗しい少女」に思えた。そのような美的感覚を抱いている時点で、やはり自分は彼等と同種の生き物なのではないか、という考えが彼女の中でも支配的になっていく。 だが、それでも今の自分の姿が明らかに「人外の存在」であることには変わりがない。エイトが、そんな自分のことを「仲間」として受け入れてくれたのは、純粋な「優しさ」以外には理由が見つからない。そんな「優しさ」を持つ彼であれば、怪物に襲われていたエレオノーラを率先して助けに行ったのも、自分に対して与えてくれた「優しさ」でしかないのかもしれない。だが、もし、彼の中に(エレオノーラに対して)「それ以上の感情」があったのだとしたら……、そう考える度に、リカの中では寂しく、辛く、そして悲しい気持ちが広がっていったのである。 そして、そんな感情が広がっていくごとに、リカの中でも「自分はやはり人間なのではないか。エイトに対するこの感情は、人間の少女ならではの『あの感情』なのではないか」という気持ちが支配的になっていく。だが、どう考えても今のエイトが「今の自分」に対して、「そんな感情」を抱いてくれるとは思えない。そして、もし仮に自分が「本当の姿」を取り戻したとしても、その姿を見たエイトが、自分に対してどんな気持ちを抱くのかも分からない。 だからこそ、今のリカの中では「人間の少女」の姿で彼の前に立つことで彼の心を振り向かせたいという気持ちが高まりつつある反面、そうなった時にエレオノーラと比べられた上で自分が「選ばれない立場」に立たされる絶望を味わいたくない、という感情もまた同時に湧き上がっている。同じ土俵に立たされることで惨めな思いをするくらいなら、愛玩動物(?)という「特別枠」でもいいから彼の近くにいさせてほしい、という気持ちもある。 無論、自分の正体を知るためにここまで同行してくれた彼等に対して、今更「真実を知りたくない」などと言い出すことは出来ない。だが、仮に「人間だった時の姿」が判明したとして、その時点で自分がエイトに対して、どんな顔をして何を語れば良いのかも分からない。そんな苦悩に満ちた感情を、言葉に出せずに思い悩んでいるリカに対して、ウチシュマは何も聞かずに朗らかな笑顔で告げる。 「私は、リカちゃんの味方だからね」 どこまで自分の気持ちが彼女に見透かされているのかは分からない。だが、その一言だけで、リカは(何の根拠もないが)救われた気持ちになったのは確かである。そして、今のこのモヤモヤした感情をはっきりさせるためにも、改めて「自分の正体」と正面から向き合う覚悟を固めたのであった。 3.1. 異形の樹木 翌朝、彼等は揃って村を出て、南に広がる「グリンの森」へと突入を開始する。ユリの書き記した地図とメモによれば、この森の中には何本かの「獣道」が形成されており、この村の南方から伸びている獣道の分岐の先に、四つの(あるいは、それ以上の数の)泉が存在するという。 アントリアとグリース(旧トランガーヌ)の間に広がるこの森は、森全体が魔境という訳ではなく、外観自体は普通の森と変わらない。だが、森の奥地に進めば進むほど混沌濃度が高まっていき、危険な投影体や不可思議な現象の発生率が高まっていく。その意味では、空間そのものが異世界に置き換わるような形で突発的に出現するような類いの魔境とは、やや性質が異なっている。 元は普通の森だったものが少しずつ混沌に侵食されて今の姿になったという説もあれば、数百年前に出現した魔境が少しずつこの世界の自然律の中に溶け込んでいって生まれた森だとも言われているが、今のところその正体は謎に包まれている。過去にこの森に広がる混沌を浄化しようとした計画は全て失敗に終わっており、ボルフヴァルド大森林と並ぶブレトランドの二大魔境の一つとも言われているが、今のところ森の中から外に対してその混沌災害が広がった事例は殆ど存在しないため、近年では周囲の人々から「放置」を決め込まれている。 そんな森に足を踏み入れた子供達であったが、もともと楽園島自体が(この世界の定義に従えば)「魔境」である以上、三兄弟やサンクトゥスは特に恐れる様子を見せない。徐々に森の奥地に入り込むにつれて、不気味な様相の木々や動物の鳴き声が彼等の五感に届くが、そんな異様な状況すらも楽しんでいるように見える。 一方、混沌濃度が低いエーラムでの暮らしが長かったエレオノーラには、この森の光景はかなり異様に映る。一応、彼女も留学時代に様々な「魔境」の存在は学んではいたものの、実際にこのような不気味な光景を目の当たりにすると、どうしても心が恐怖に支配されそうになる。それでもどうにか正気を保っていられたのは、もし何かあっても「彼」が守ってくれるだろうという、絶対的な信頼感故なのかもしれない。 そんな彼女とは対照的に、リカはその目に映る「見知らぬ光景」が、何もかも新鮮かつ興味深い存在に思えて、どこか気持ちが高揚していた。記憶を無くした今の彼女は、自分にとって何が既知で何が未知の存在なのかも分からない筈なのだが、なぜか本能的に今のこの自分の周囲にある諸々は「記憶を失う前にも見たことがない存在」であるように思えて、それがどこか楽しく感じられたようである。その好奇心の強さが、彼女の本来の性格なのか、それとも「刺激に満ちた魔境」である楽園島で暮らしていたせいなのかどうかは分からないが、そんな彼女がふと、木々の間に咲く奇妙な形状の花に目を向ける。 「珍しい花ですね」 そう言って彼女が手を伸ばそうとした瞬間、モルガナが淡々と告げる。 「あ、リカちゃん、それにさわっちゃだめよ。それ、毒花だから」 モルガナ自身もその花を実際に見るのは初めてだが、昔、母から聞かされていた毒花の形状にそっくりだったので、すぐに気付いたようである。あるいはそれは、森の民であるエルフの血を引く者としての直感だったのかもしれない。慌ててリカが手を引いて、モルガナに礼を言おうとした瞬間、彼女達が進もうとしていた森の奥地の方面から「不自然な足音」が聞こえてくる。 「これは、動物のあしおと……、ではない? ましてや人でもない……」 モルガナが鋭敏な聴覚でそう淡々と呟いていると、彼女の持つ短剣が光り始めた。明らかに「危険な存在」が近付こうとしているのは間違いない。 エイトとウチシュマもそのことに気付いて身構えると、彼等の視界に不気味な「樹木のような姿をした何か」が、近付いてきた。一見するとそれは通常の(ブレトランドでは一般的な)針葉樹のように見えるが、その「根」に相当する部分が何本もの「足」のような動きで地上を闊歩していたのである。それが異界の投影体なのか、それとも混沌の力で異形の姿に変わってしまった樹木なのかは分からない。だが、それらは子供達に向かってその歩みを早め、そして「枝」に相当する部分を「腕」のように振るって、彼等に向かって襲いかかってきたのである。 ユリは「自分達の血を引く子供達であれば、森の魔物達も襲ってはこないのではないか」と予想していたが、残念ながらその楽観的憶測は外れてしまったらしい。もっとも、この「樹木」が誰を狙ってその「枝」を振るおうとしているのかは分からない。とはいえ、こうなると子供達としても、ここはひとまず応戦せざるを得ないだろう。 三兄弟はそれぞれに母の出身世界由来の武器(モルガナは弓、ウチシュマは長剣、エイトは竹槍)を構えて、「樹木」の前に立ちはだかる。三人とも本来は前線で戦うことに慣れてるとは言えないが、それでもリカ達を危険に晒すわけにはいかないと考え、あえて三人とも一歩前に出た状態で、その「樹木」に武器を向ける。 そんな彼等の後方では、サンクトゥスが涼しい顔で「お手並み拝見」とばかりに三兄弟の様子を眺める一方で、 エレオノーラは聖印の力で彼等を支援しようとしていたが、そんな中、その更に後方から同じような形状の「樹木のような姿をした何か」が現れる。 (まずい、挟み撃ちか!?) 皆がそう思ったが、その「樹木」は後方に控えていた三人(リカ、エレオノーラ、サンクトゥス)の前に立った瞬間、その歩みを止め、そして振り上げていた「枝」をだらりと下げ、まさに一本の樹木そのものであるかのように、その場に立ち尽くす。 その状況の意味が理解出来ぬまま、ひとまず三兄弟は目の前の「樹木」を撃破し、そしてリカ達と合流する。後方から迫ろうとしていた「樹木」がそのまま動こうとしないのを不気味に思いつつ、あえてこちらから斬りかかる必要もないと判断した彼等は、そのまま地図に従って南方へと歩を進めるのであった。 3.2. 巨大蠍 「この先に、また魔物がいるわね」 最初の分岐に差し掛かったところで、モルガナは「左の道」に短刀を翳しながらそう判断すると、ひとまず「魔物がいない方」である「右の道」へと進み、皆は彼女についていく。地図によれば、「四つの泉」のうちの一つは左側の道の先にあるようだが、どれが正解かも分からない現状において、あえて危険な道を選ぶ必要もないだろう。 そして、先にあった「二つ目の分岐」と「三つ目の分岐」をどちらも共に「右」に曲がる形で歩み続けた結果、彼等はその先に「泉」を発見する。だが、同時に彼等の目には一体の不気味な投影体と思しき魔物の姿が飛び込んできた。それは巨大な蠍のような姿をしており、子供達(の誰か?)に対して、あからさまな敵意を向けている。 ここは戦いは避けられないと判断したモルガナが真っ先に巨大蠍に矢を射かけるが、それに対して巨大蠍は瞬時に彼女との距離を詰め、その不気味な尾を伸ばして、その先端の毒針でモルガナを貫こうとする。 「危ない!」 エレオノーラがそう叫ぶと同時に聖印を浮かび上がらせ、巨大蠍とモルガナの間に防壁を作り出すことで、彼女はどうにか重傷を免れるが、その一撃が先刻の「動く樹木」よりも強力であろうことはすぐに予想出来た。 「やっぱり〜、手伝わなきゃダメっぽいね〜」 「戦うのは苦手なんだけどな……。モルガナだけじゃ心もとないし……」 そう言いながらウチシュマとエイトがモルガナの救援に向かう一方で、後方で何も出来ずに立ち尽くしたままのリカは、サンクトゥスに守られながら、歯痒い思いをしていた。 (私にも力があれば……、皆を守れる力があれば……) 彼女が心の中でそんな想いに打ちひしがれていると、徐々に彼女の周囲に「混沌」が集まってくる。もっとも、そのことに気付けたのは、人一倍感受性が鋭いモルガナだけであった。 (リカちゃん、あなた、それは……?) その現象の正体が気になりつつも、まずは目の前の巨大蠍に集中しなければならない、そう考えたモルガナは、弟妹達の支援を受けながら、巨大蠍の強固な装甲の隙間に短刀を突き刺し続け、どうにかその動きを完全に封じ込めることに成功する。 それと同時にリカの周囲に集まりつつあった混沌は、何事も無かったかのように自然蒸散していった。リカ自身がその現象には気付いていない様子だったこともあり、モルガナはひとまずその点には触れないまま、ひとまず泉に視線を向ける。 「さて、とりあえず『ひとつめの泉』はみつけたけど……」 問題は、この泉が「若返りの泉」かどうかである。「はずれ」だった場合、それがユリが言ってた「他の泉」の中のどれかであれば、それほど害は無さそうだが、数年の時を経て、全く別の泉に変わっている可能性も十分に考えられる。 「とりあえず〜、これを放り込んでみればいいんじゃな〜い?」 ウチシュマはそう言いながら、巨大蠍を指差す。まだ微妙に息がある状態のこの巨大蠍は、確かに「実験材料」として使えそうである。 とはいえ、子供達の筋肉では、一人で持ち上げるのは難しいため、ひとまず泉の近くまで引きずって移動させた上で、皆で一斉に抱え上げつつ、そのまま投げ込むことにした。 「じゃあ、いくよ、せーのっ!」 エイトのその掛け声に合わせて皆が手を離そうとした瞬間、エレオノーラの脳裏に「嫌な予感」が思い浮かぶ。 (あれ? もしこれが「若返りの泉」だったら、この蠍さんが息を吹き返すのでは……?) そう思った彼女であったが、気付いた時にはもう手を離してしまっていた。そして、巨大蠍は水しぶきを上げながら泉の中に沈み、そして次の瞬間、そこからは「白黒の熊のような生き物」が浮かび上がってくる。 「はずれか〜」 「ざんねん」 「次行こう、次」 三兄弟がそう言って、来た道を戻ろうとする中、エレオノーラだけは密かにホッと胸をなで下ろしていた。 3.3. 弩と翼 一つ前の分岐まで戻った時点で、彼等の目の前には改めて二つの道があった。「左の道」は「さっき来た道」であり、「右の道」は「未知の道」である。 ユリの地図によれば、「右の道へと向かった先」と、「左の道を戻った上で、『もう一つ前の分岐』で『さっき選ばなかった道』へと向かった先」に、それぞれ泉は一つずつ存在する。どちらの道を先に選んでも良かったのだが、「左の道」の方向から、何者かが戦っていると思しき喧騒の音が聞こえてきた。その物音の様子から察するに「人間達」と「怪物達」の争いのように思える。 「おそらく、例の調査隊の連中ではないかな?」 サンクトゥスはそう推測する。実際のところ、ここに至るまでの獣道の中で「人間の集団」が通ったと思しき形跡は見られない以上、彼等が自分達よりも先に突入していたとは考えにくい。だとすれば、彼女の推測が当たっている可能性が高そうに思える。今この時点で彼等と遭遇しても面倒なことになるだけだと考えた三兄弟は、ひとまず「右の道」を選ぶことにした。 その道の先の近辺でモルガナは再び魔物の気配を感じ取るものの、素早く気付かれないように通り抜けることで遭遇を回避し、その先の分岐で右の道を選択した彼等は、無事に「二つ目の泉」を発見する。 「さて、今度はどうしようか……」 今回は泉の近くにこれといった(実験台となりそうな)動物の姿は見えない。あるいは「植物」でも有効なのかもしれないが、ここで皆がどうしようかと迷っている中で、ウチシュマが自ら率先して泉に近付いて行った。 「とりあえず、私が入ってみるよ〜」 面倒臭がりな彼女であるが、どうやらこの状況で、「安全な方策」を考えることの方が面倒に思えたらしい。それよりは、自分自身が実験台となった方が早いと考えたのだろう。周囲が止める間もなく泉に飛び込んだ彼女は、首だけが沈まない程度の深さのところまで到達した時点で、自分の身体に「異変」が起きていることに気付く。 「ん? あれ? これって……」 彼女はそう言いつつ、自分の身体をまさぐってみる。すると、自分の身体の一角に、「本来ない筈のもの」が存在することに気付く。 「あ〜、なるほど〜、そういうことか〜」 周囲の者達は、「顔」だけしか見えない状態の彼女を見ても、その変化には気付けていないが、少なくともウチシュマが若返っているようには見えないし、金色にも銀色にもなっていない。だが、ウチシュマはあっさりと状況を認識した。 「ざんねん〜、ここも『はずれ』だわ〜」 彼女はそう言いながら、泉の外に出てくる。そして泉の外に出ると同時に、彼女の「身体」は元に戻っていた。彼女のその証言から、この泉の「正体」を概ね察した他の面々は、あえて詳しくは聞かないまま、その場を後にする。 そして一つ前の分岐まで戻った彼等の前には、「さっき来た道(左)」と「未知の道(右)」という二つの選択肢が提示されていた。地図によれば、残る二つの泉のうち、この位置から近そうな場所にある泉は、どちらの道を辿っても到達は可能である。ただ、右の道の先にはこの魔境の「核」が存在すると書かれており、その周囲は極めて混沌濃度が高い区域らしい。ユリの予想に反して、この魔境の怪物達が自分達に襲いかかってきたここまでの状況を考えると、その道を選ぶことはかなり危険である。 そのため、彼等は左側の道経由でもう一つの泉へと向かおうとしたが、そんな彼等の進行方向の先から、人間の集団と思しき足音が近付いてくる。モルガナが短剣を確認したところ、特に反応はしていないため、今の時点で自分達に害を及ぼそうとする集団ではないようだが、警戒した上でその方向へと向かうと、そこに現れたのは、三兄弟と同世代と思しき弩を持った少年(下図)に率いられた武装集団であった。 その少年は、三兄弟達の存在を確認した上で問いかける。 「僕等はアントリア子爵代行閣下の命によって派遣された調査隊だ。君達は何者かな?」 ひとまず穏便な口調で話してはいるが、その瞳からは明らかに警戒する気配が漂っており、いつでも弩を放てる準備は整えている。そして、彼はその「独特の嗅覚」を用いて、この場に漂う「独特の匂い」を嗅ぎ分けていた。 (混沌の気配が六つ……、そのうち三つは明らかに投影体……、いや、でも、あの帽子の女の子からは全然感じられない。あと一体は……、あの男の子の背中の鞄の中か?) 彼が密かにそんな憶測を巡らせている中、ひとまずモルガナが答える。 「モルガナたちは、ただの旅人ですよ」 それに対して、今度はその弩の少年の背後から現れた少女(下図)が口を挟んだ。大きく露出されたその肌には邪紋が浮かび上がり、そしてその背中には青い翼が生えている。どうやら、鳥化の邪紋の持ち主らしい。 「こんなところに、普通の旅人は足を踏み入れないよね? 何か特別な目的があってココに来たんでしょ? 違う?」 その少女もまた、世代的には三兄弟と同じか少し上程度の年頃のように見える。ニヤニヤと笑いながら、興味本位でそう問いかけた彼女に対して、今度はエイトが答えた。 「この子を元に戻すための手がかりが『この森』にあると聞いて来ました」 リカの姿を彼等に見せながら、彼はそう答える。この場で中途半端に隠し事をしても話がややこしくなるだけだと判断したらしい。 「え? なになに? どういうこと? その子って何者? 元に戻ると、どうなるの?」 翼の少女がそう問いかけるが、それに対してどこまで答えるべきかエイト達が顔を見合わせたところで、弩の少年が再び口を開く。 「そちらにも色々事情があるなら、詳しくは聞かない。ただ、この魔境の中は危険だから、一緒に行動した方が安全じゃなかと思うんだけど、どうかな?」 彼はそう言った上で、エイト達の反応を伺いつつ、思案を巡らせる。 (もし彼等がグリースからの密偵だったら、何を聞いてもどうせ本当のことは言わないだろう。彼等の正体を見極めるには、近くで監視しておいた方がいい……) だが、そんな思惑とは裏腹に、エイトはあっさりと首を振った。 「いえ、結構です。多分、そちらとは目的も違うでしょうし、お互いに相手がよく分からない状態のまま一緒にいても、かえって混乱すると思うので」 それに対して、翼の少女はなおも説得しようとしたが、弩の少年はそれを止めた。 「そっか。では、ご武運を」 「お互いに」 そう言って、彼等はすれ違うようにその場を立ち去って行く。互いに相手の姿が見えなくなったあたりで、翼の少女が弩の少年に問いかけた。 「隊長さん、たしかグリースの密偵の中には『エルフの女の子』がいるって話じゃなかったっけ? あの弓持ってた子、エルフっぽいように見えたんだけど……」 「うん、僕も最初はそう思った。だけど、もう一人の『小柄な男の子』がいなかったんだよね。あの男の子は、僕よりもずっと背は高かったし」 「んー、でも、私達の『同類』だとすれば、外見なんてどうとでもなるよ。まぁ、私も彼等は違うとは思うけどね。なんというか、『素人』っぽかったし。でも、それはそれとして、彼等は彼等でなんか面白そうな子達じゃなかった?」 「そうだね。でも、彼等が一緒に行きたくないなら、無理に誘っても仕方ないし、そこまで強引に詮索する権利は僕等にはないよ。彼等の正体が分からない以上、僕等も僕等で、逆に色々細かく詮索されても、どこまで答えれば良いか分からないし」 「まぁ、それもそっか」 そんな言葉を交わしつつ、彼等はこの魔境の「核」の方面へと、警戒しながら進軍して行くのであった(弩の少年の正体についてはブレトランド八犬伝・簡易版を参照)。 3.4. 謎の声 調査隊と別れた後、もう一つ前の分岐(入口から数えて二つ目の分岐)まで戻った彼等は、そこで右折して「未知の道」へと向かった後、最初の分岐で左折して、どうにか「第三の泉」を発見する。幸い、ここにも危険な魔物の類いはいなかったが、動物も存在しなかったので、またしても、これといった「実験台」が見つからない状態である。 またもう一度ウチシュマが入るという手もあったが、やはりそれは一定の危険が伴うことでもあるため、今度はモルガナが、試しに近くに落ちていた「折れた木の小枝」を泉に放り投げてみた。既に「生き物」ではなくなっている存在で効果があるかどうかは分からないが、試してみるだけならタダであるし、仮に何か反応があっても、さほどのリスクはないと考えたのだろう。 すると、今度は泉の中から、白地の亜麻布を纏った美しい女性が現れ、モルガナに対してこう問いかけた。 「あなたが落としたのは、この金の小枝ですか? それとも、銀の小枝ですか?」 彼女の手には確かに「金色の小枝」と「銀色の小枝」が握られている。どちらも見た目はモルガナが投げ込んだ小枝とほぼ同じ形状であった。 「あー、またここもはずれですか……。どっちもいらないです」 そう言ってモルガナが背を向けてその場を立ち去ろうとした時、その泉の女性はモルガナに何か声をかけようとするが、それよりも早く、この場にいる者達全員の耳に、どこからともなく謎の男性らしき声が聞こえてくる。 「お前達、何が目的でこの森に来た?」 モルガナが振り返ると、泉の女性は狼狽した顔を浮かべつつ、金銀の小枝を手に持ったまま、泉の中へと消えて行く。その結果、今、この場にはモルガナ達以外誰もいない状態となった。 「あなたは、だれです?」 どこに向かって問いかければ良いかも分からないまま、モルガナが周囲を見渡しつつそう問い返すと、再びどこからともなく同じ声が聞こえてくる。 「我はグリン。英雄王エルムンド様に仕えし、全ての邪紋を極めた邪紋使い」 「グリン」とは、この森の名である。そう名乗るということは、森そのものの意思が彼等に語りかけている、ということなのだろうか。あるいは、この森の「主」である何者かが、どこかに隠れているのかもしれない。 一方、「もう一つの固有名詞」に関しては、モルガナは首をかしげる。 「エルムンド?」 彼女はその名に聞き覚えがなかった。振り返って弟妹達や同行する少女達を見ても、誰も特に心当たりがある様子はなさそうである。無理もない。この場にいる者達の中で、生粋のブレトランド人は誰もいないのである(いや、正確に言えば「一人」いるのだが、「今の彼女」にはその自覚はない)。 だが、そんな中で突如、エイトが持っていた鞄の中からEGGが飛び出してきた。 「それって、四百年前にこのブレトランドの混沌魔境を浄化したっていう、あのエルムンド様ですか!?」 EGGはブレトランド出身ではない。だが、絵画に造形が深い彼は、神話や伝承の類いにも精通している。楽園島に来る前から、その名前には聞き覚えがあった。 「そう。我はエルムンド様直属の邪紋兵団の団長にして、最後の生き残り。戦いの中で倒れていった仲間達の邪紋を全て吸収し、この世界に存在するあらゆる邪紋を全て使いこなせる境地にまで達した後に、人の身体の限界を超えてしまった。この森は我そのもの。我から生まれし森。それが今、お前達が足を踏み入れているこの地だ」 滔々と語られる壮大な自己紹介に対して、子供達はどう反応すれば良いのか分からない。唯一、EGGだけが興味深そうに会話を続けようとする。 「そのような方がいらっしゃったとは……。勉強不足で知りませんでした」 「いや、それで良い。おそらく、我が名はどこの伝承にも残っておらぬだろうが、それで良いのだ。英雄王の臣下が魔境そのものと成り果てたなどと、語り継ぐべき話ではない」 「謎の声」がそこまで言い終えたところで、ただ黙って聞いていたリカは、不意に自分に向けて「何者か」が視線を向けているような感覚を覚え、ビクッと身体を震わせる。 「そこの『鱗の娘』はエルムンド様の末裔。そしてエルムンド様の輝石を受け継ぐ者。そうであろう?」 この場にいる者達の中で「鱗」を持つ者はリカしかいない(正確に言えば、エレオノーラが連れている海亀にも鱗はあるが、今は聖印の力で小型化されて彼女の懐の中にることもあり、そちらを指しているとは考えにくい)。だが、そう言われてもリカとしては当然、何のことだかさっぱり分からない。 「この森の者達が色々と迷惑をかけたようだな。かつてこの森を浄化しようとした君主達が大勢いたこともあり、彼等は聖印を極度に恐れている。だから、聖印を持つ者に対しては無条件で襲いかかってしまうのだ。それでも、エルムンド様の末裔にだけは絶対に手を出さぬように制御しているのだがな」 「グリン」と名乗る謎の声はそう語る。どうやら、やはり魔物達が襲いかかってきたのは、エレオノーラが原因だったらしい。そして、入口付近でエレオノーラを急襲しようとした「樹木」が直前で動きを止めたのは、その傍らにリカがいたからであろう(そしておそらく、十数年前に三兄弟の「父親」と「母親達」がこの森を探索した時に「父親」だけを攻撃していたのも、その「君主への拒絶反応」が原因なのだろう)。 今ひとつまだよく分からないことが多いが、ひとまずこの「謎の声の主」が自分達(特にリカ)に対して害を為そうとしている訳ではないらしいと判断したモルガナは、ここでようやく「最初の問いかけ」に答える。 「モルガナたちは、この森のどこかにあるという『わかがえりの泉』をさがしてます」 彼女のその発言に対して、あっさりとその「声」は答えた。 「若返りの泉か……。それならば、ここからは『反対側』だな。では『道』を開こう」 そう言い終えると同時に、それまで獣道すら存在しなかった「三つ目の泉の奥」の木々が突然左右に分かれるれるように「通路」が形成される。地図を確認してみると、確かにその方角の先には「最後の泉」がある空間へと繋がっているように見える。 「久しぶりにエルムンド様の気配を感じて目を覚ましてしまったが、私の中で『人』としての意識を保てるのは、この辺りがそろそろ限界のようだ。再び眠りにつかせてもらおう。鱗の娘よ、何故にそのような身となったのかは知らぬが、どのような姿であろうとも、あの方の末裔として、誇り高く生き続けよ。お主がその『誇り』を捨てぬ限り、我等はお主の味方だ」 その言葉を最後に、「謎の声」は一切聞こえなくなる。何が何だかさっぱり理解出来ない心境であったが、ひとまず子供達は言われた通りに、その「開かれた道」の先へと向かって行くのであった。 3.5. 本当の姿 彼等が「突発的に出現した道」をそのまま進み続けると、そこには確かに「泉」があった。ユリの記憶にある泉はこれが「最後の一つ」であり、先刻の「謎の声」の証言が正しければ、これこそが「若返りの泉」の筈である。もっとも、あの声の主の正体が分からない以上、それが真実である保証はどこにもない。 だが、リカはここまでの経緯から、あの声の主の言うことは信用に値すると信じ込んでいた。明確な根拠はない。だが、そう考えた方が全ての辻褄が合うように思えたのである。 「私が自分で確かめます」 そう言って、彼女は一歩ずつ、慎重に湖の中へと入り込んでいった。「本当の自分の姿」を知ることへの怖さは今でもあるが、それ以上に、危険を冒してこの奥地まで連れてきてくれたエイト達を一刻も早く無事に帰還させるためにも、ここで躊躇している時間はない、と考えていたのである。 やがてその身が半分以上湖に浸かる深さにまで達した時点で、彼女は自分の身体に少しずつ「変化」が発生しようとしているのを感じる。いや、正確に言えば、それは「変化」というよりは「退化」に近いのかもしれない。本来は時の流れと共に成長していく筈の身体が、その時の流れに反して、急激な速さで逆流していくような感覚を覚えた。それこそがまさに「若返りの泉」の効用である。 それでも、最初はその影響は表面的には殆ど現れなかった。だが、 ある時点に到達した瞬間、彼女の周囲が一瞬にして「謎の光」に包まれ、そして次の瞬間、蜥蜴のような鱗に覆われていたその身体が、うら若き可憐な「人間の少女」の姿(下図)へと書き換わったのである。 その肌はまさしく深窓の令嬢が如き白さでありながら、その顔立ちはどこか快活な雰囲気を醸し出しつつ、その立ち姿全体からは優雅で気品に満ち溢れた雰囲気が漂っている。歳の頃は、三兄弟やエレオノーラと同世代くらいであろうか。その瞳からはどこか子供らしい無邪気な純真さを感じさせつつも、島で自由気ままに生きている三兄弟に比べて、何か重大なものを背負って生きてきたかのような不思議な「気高さ」が感じられた。 「あら、かわいい〜」 「おきれいね」 ウチシュマとモルガナが率直にそう呟く中、エイトは何も言わずにただ黙ってその姿を目の当たりにしている。今まで「守るべき対象」としか思っていなかった異形の少女に対して、これまでに経験したことのない不思議な感情が芽生え始めていた。「どこかの国の貴族令嬢かもしれない」という話は前から聞いてはいたし、先刻の「謎の声」の証言からも、やんごとなき血筋の姫君なのかもしれないとは考えていたものの、実際に彼の目の前に現れたその姿からは、彼の中で想像していた「お姫様」のイメージを超えた「何か」が感じられた。 そしてもう一人、そんな彼女を見て言葉を失っていたのは、エレオノーラである。それまで彼女はリカに対して、自分の乗騎である海亀のラファエラを見る時と同じような目で見ていた。いくら「元は人間だったかもしれない」と言われても、今ひとつ実感が湧かなかったのである。だが、目の前に現れた「自分と同世代の可憐な少女」を目の当たりにして、一瞬にして彼女の中での認識がひっくり返った。そして自分の傍らに立つエイトが、リカに対して「これまでとは明らかに違う視線」を送っているのを目の当たりにして、彼女の中での心拍が急に高まってくる。 そんな子供達の様子を眺めながら、見た目は彼等と大差ない褐色の「聖剣の少女」は、興味深そうにほくそ笑む。 (さてさて、これは面白そうなことになってきたのう、エイトよ) そして、ようやく自分の「出番」が来たことを瞬時に理解したEGGは、背中に背負っていた筆と紙を手にして、サラサラとその姿を描き始める。当初はただただ戸惑っていた様子のリカであったが、やがて水面に映った自分の姿を確認すると同時に驚愕の表情を浮かべ、その直後、自分に対してエイトからの熱視線が浴びせられていることに気付くと、今度は思わず頬を赤らめる。そんな彼女の表情の変化も加味しながら、EGGは様々な角度からリカのスケッチを続け、そして幾枚かの肖像画を書き終えた時点で、EGGは「あること」に気付いて筆を置いた 「リカさん、あなたの身体、少しずつ小さくなってます。そろそろ上がった方がいいでしょう」 彼に言われるまで誰も気付いていなかったが、確かにリカの身体は、少しずつ全体的に縮小しつつあった。おそらくそれは「若返りの泉」の効果を受け続けた結果、より幼い身体へと変化(退化)しようとしていたのだろう。このまま入り続けていると、いずれ存在そのものが消滅する可能性があることに気付いたリカは、慌てて泉の外に出る。すると、瞬く間にその姿は元の「魔獣」の身体に戻った。 (あれが本当の私……、私はやっぱり人間だった……? だとしたら、一体どこの誰? 「エルムンド様の末裔」って言ってたけど、それってどういう意味……?) まだ今ひとつ実感の持てないままリカは泉から上がり、そしてモルガナとウチシュマが濡れた彼女の身体の水滴を拭き取る。一方でエイトは、リカが「見慣れた姿」に戻ったことで、ようやく平静を取り戻したかな表情を浮かべるが、内心ではまだ動揺はおさまっていなかった。そしてエレオノーラもまた、そんな彼の内心を直感的に見抜いて、複雑な心境に陥っていた。 3.6. 一号と二号 その後、彼等はここまで歩いて来た道をそのまま戻る形で、森の外へと出ようとする。だが、(森の入口から見て)最初の分岐にまで戻ったところで、彼等の目の前に巨大な怪物が現れる。それは二足歩行でどこか人間に近い風貌を持ちながらも、全身毛むくじゃらで、その体毛の下には尋常ならざるほどの強靭な筋肉が形成されていることが読み取れた。 だが、その怪物が子供達(おそらくはエレオノーラ)に襲いかかろうとした時、その後方から小柄な二つの影が現れる。それは、不自然に袖口が広がったひとつなぎの装束(一人は白、もう一人は薄桃色)を身にまとい、妙に長い鍔のある帽子(一人は黒、もう一人は赤)を被った、三兄弟達よりも更に小柄な少年と少女であった。よく見ると、少女の方は耳が細長く横に尖っている。 「バッターモンがいる限り、ダン・ディオードは栄えない! 行くぞ、2号!」 白服・黒帽子の少年がそう叫ぶと、隣に控える少女と共に怪物に向かって飛びかかる。 「ケンダマインゴーシュ!」 「シビレイピア!」 二人はそう叫びながら、素早い動きで怪物を翻弄しつつ、的確にその急所を突く連携攻撃で怪物を苦しめる。そんな中、少年は三兄弟達の姿を発見する。 「お前達はファンタジアか、それともファクトリーか?」 唐突にそう問われた彼等であったが、この少年が何を言っているのかは理解出来ない。ただ、彼の先刻の発言から、彼等が自分達の父と対立する立場の人間であることは薄々察することが出来た。そしてモルガナは、母達の知人の中に、そのダン・ディオードと対立する立場にある女性がいることを思い出す。 「マーシーさんのお知り合いですか?」 そう問い返された少年は、驚いてマインゴーシュを落としそうになる。 「何!? どういうことだ? 少なくとも、マーシー殿からは我々以外にこの地に潜入している者がいるとは聞いてないぞ!」 慌てて体勢を立て直しつつ、改めて怪物と対峙しながら、黒帽子の少年はそう叫ぶ。このやりとりを目の当たりにしたサンクトゥスは、密かに子供達に耳打ちする。 「なんかよく分からんが、こいつらには関わらん方が良さそうじゃ。あの化け物と戦ってる間に、とっととこの森を抜け出した方が良かろう」 その提案に対して、子供達は(特に何の根拠もなかったが)彼女の認識に同意し、そのまま足早に入口へと戻ろうとする。その時、赤帽子の少女がモルガナの「耳」に気付いて問いかけた。 「あなた、もしかして同族ですか?」 「ちがいます!」 モルガナは全力でそう答えて、弟妹達と共にそのまま走り去る。実際のところ、客観的に見ればあの赤帽子の少女の外見は確かにエルフ族によく似ている。だが、なぜかは分からないが、モルガナの中では「あんな人達と一緒にしてほしくない」という気持ちが湧き上がっていたようである(なお、この二人の正体についてはブレトランド戦記・簡易版およびブレトランド八犬伝4を読めば分かるかもしれないが、別に分からなくてもいい)。 3.7. 錯綜する少女達 こうして、彼等は無事にグリンの森から帰還する。その途上、あの調査隊の者達と再び遭遇することもなかった。おそらく彼等はまだ森の中で何かを調べているのだろうが、目的を果たした今の彼等にとっては、他の者達の動向など、特に気にする必要もない。 「リカもエレちゃんも、お疲れ様。二人とも、口を開けてくれるかな?」 エイトはそう言って、懐から 色鮮やかな飴玉の入った缶 を取り出す。これは母親の祖国から投影された「異界の菓子」であり、彼はその缶をガラガラと振りながら、小さな開け口から飴を出てきた飴を、二人の口の中に一つずつ投入する。偶然にもその二つは、どちらも「檸檬味」の飴であった。 「不思議な味ですね……、酸っぱくて、でも甘くて……、とても美味しいです」 リカが素直に嬉しそうな顔でそう答えるのを眺めながら、エイトが満足そうな表情をしているのを目の当たりにして、エレオノーラは改めて複雑な表情を浮かべる。今の彼女には、甘酸っぱいこの檸檬の独特の味が、今の自分の中の心境となぜか重なり合ってしまい、その味の感想を素直に言葉に出来る心境ではなくなってしまい、俯いたまま黙り込んでしまっていた。 そんなエレオノーラにエイトが視線を向けようとしたその時、彼の目の前に「物欲しそうに口を開くウチシュマ」が現れる。 (お前にやる飴なんて、これで十分だろ!) そう思いながら、エイトは自分が一番嫌いな「薄荷味」の飴が出るまで、何度も缶を振り続ける。その様子がどこかおかしかったのか、周囲の少女達はクスクスと笑みを浮かべ始め、やがてそれにつられてエレオノーラの表情も和らいでいく。 「え〜、私この味、あんまり好きじゃな〜い」 ウチシュマがそう言って露骨に嫌そうな顔をするのをエイトは満足気に眺める。こうして、結果的にエレオノーラは自分の「見られたくない感情」をエイトに見られずに済んだ。ただ、そんな彼女の様子に、ただ一人モルガナだけは気付いていたのであった。 ****** その日はもう陽が落ちかけていたこともあり、そのまま森の近くの村の宿に泊まることになる。そんな中、モルガナはエレオノーラがまだどこか気を病んだ様子であることが気掛かりになり、宿屋の一角の、他の誰もいない場所で、ふと彼女に語りかけた。 「大丈夫? エレちゃん」 「え? あ、はい、いえ、その、特に何もないというか、むしろ、私がいたせいで皆さんを危険に晒してしまったことが申し訳なかったというか……」 「そんなことはないよ。さそりとのたたかいでは、防壁をつくってたすけてくれたし」 モルガナはそう答えたが、もしあの「謎の声」の言っていたことが本当なら、そもそも自分が同行しなければ巨大蠍に襲われることすら無かった筈である。そう考えると、やはり最初から自分がいない方が良かった、という気持ちになるのも致し方ないことであろう。ましてや彼女の場合、海亀を巨大化して戦う海上戦専門の君主である以上、一緒にいても戦力としては殆ど役に立たないことは最初から分かっていた筈である。それでも、エイトの傍にいたいという感情を優先させてしまったためにこのような事態に陥ってしまったという自責の念は強かった。 それに加えてもう一つ、全くもって個人的な感情から、今の彼女の気分は沈んでいたのである。そのことを「彼の姉」であるモルガナに伝える気はなかったのだが、話を変えようとしたところで、つい、今の自分の中にある「本音」が溢れてしまう。 「リカさん、綺麗でしたよね……、私よりも大人っぽいというか……。エイトさんも、きっとああいう人の方が……」 「モルガナは、エレちゃんを応援するよ」 あえてそれ以上は何も言わないし、何も聞かない。それがモルガナの答えであった。そして、ただその一言を聞かされただけで、エレオノーラはどこか救われた心境になり、ようやく少しだけ、笑顔を取り戻すのであった。 ****** 一方、その頃、宿屋の別の場所で、リカはウチシュマと言葉を交わしていた。 「やっぱり、私は人間だったのですね。しかも、どうやら『普通の素性』ではないようで……」 「英雄王エルムンド」については、帰り道にEGGから話を聞かされていた。四百年前にこの小大陸の混沌を祓った君主ということらしいが、さすがに彼も伝聞でしか聞かされていない以上、あまり詳しいことは分からない。ただ、エルムンドの末裔がその後の三王国(ヴァレフール、トランガーヌ、アントリア)を築いたという伝承までは彼も聞いたことがあるらしい。もしその伝承が本当ならば、リカの「実家」は当初の想像以上に「やんごとなき家」ということになる。 もしそうだとしたら、リカの実家の人々は今、彼女のことを必死で探しているのかもしれない。だとしたら、一刻も早く記憶を取り戻した上で帰国した方がいいのかもしれない。だが、今の彼女にとって、ウチシュマやエイトやモルガナに囲まれた「楽園島での暮らし」は極めて快適な環境であり、そして彼女達に恩を返すまでは島を離れたくない、という思いもあった。 「私は、自分でもどうしたら良いのか分からないんです。あの島の人達は優しい。でも、私の正体が人間なのだとしたら、私にはあの島にいる権利はない……」 「いや〜、別にそんなこともないと思うよ〜」 実際のところ、楽園島にも「人間」がいない訳ではない。もっとも、それらの大半は楽園島を「隠れ家」にしている秘密結社パンドラの指名手配犯達であるが。 「でも、もし私が『特別な家』の一族なのだとしたら、きっと私には、やらなければならないことがある。そんな気がするんです。そんな私があの島にいたら、色々な人達に迷惑をかけてしまいそうな気がして……」 「好きに生きたらいいのよ〜。私達だって〜、母さん達だって〜、みんな好きに生きてるだけなんだから〜」 ウチシュマはいつもの「だらけた笑顔」でそう答えるが、実際のところ、今の自我そのものが不安定なリカには、「それ」が自分でも分からないことが問題なのである。 「好きに生きれば、と言われても……、私にとっての『好き』って……」 彼女がそう呟いたところで、エイトがその場を通りかかる。 「ウチシュマ、リカ、もうそろそろ寝た方がいいよ。明日にはあの港町まで戻りたいし」 「あ、は、はい! そうですね!」 リカはそう言いながら、慌てて自分の客室へと向かう。そして、その様子は、少し離れた場所から客室に戻ろうとしていたモルガナとエレオノーラの視界にも入っていた。 (エイトさん、「あの姿」を見てから、リカさんのことを「リカ」と呼び捨てで呼ぶようになったんですよね……) そんな彼の「無意識の変化」に唯一気付いていたエレオノーラは、再び自分の中に「嫌な感情」が湧き上がってくるのを感じて、黙って自分の部屋へと向かう。そんな彼女の背中を眺めつつ、モルガナはウチシュマとエイトに近付き、おもむろにこう告げた。 「モルガナは、エレちゃんを応援することにしたから」 「そうなの〜? 私はリカちゃんに頑張ってほしいなぁ〜」 姉と妹が自分を横目に見ながらそんな会話を交わしているが、当のエイトは怪訝そうな顔を浮かべて首をかしげる。自分がそれに対して何か反応を求められているような気がした彼は、少しだけ思考を巡らせるが、改めて首をひねり直す。 「何かうまいこと言おうかと思ったけど、本気で二人の言っていることが分からないよ」 ****** 「のう、EGGよ、お主がエイトを描くとして、奴と並び立った時に一番絵的に映える『相手』は誰じゃと思う?」 一足先に自分の客室で眠りに就こうとしていた褐色の聖剣少女は、成り行きで同じ部屋に割り当てられた「巨大卵(の中身)」に対して、そう問いかける。彼は卵の中からでも(なぜか)殻の外に対して声を響かせることが出来るらしい。 「さて、どうでしょう……。少なくとも、姉君や妹君と一緒にいる時の彼は、あまり『いい顔』をしてはくれないのですよ。出来れば彼の『自然な笑顔』を引き出してくれるような人物であれば良いのですが……、正直、彼は蜥蜴のお嬢さんに対しても、海亀のお嬢さんに対しても、どこか『よそよそしい笑顔』なんですよねぇ……。あ、でも、魔境から帰ってきてからの彼は、蜥蜴のお嬢さんに対して、前よりも自然な接し方になってきてるような……」 そこまで聞いたところで、聖剣少女は突然、自らの本体の「鞘」で巨大卵を叩き割った。 「いきなり何するんですか!」 割れ出た巨大卵から出てきたEGGが怒ってそう叫ぶと、不機嫌そうな顔で少女は答える。 「そこはまず真っ先に『あなた様です』と答えるべきところじゃろうが。この無粋者め」 そう言いながら、聖剣少女はEGGに背を向けて不貞寝を始める。あまりに理不尽な仕打ちに腹を立てつつ、EGGは謎の力で卵の殻を修復させながら、ボソッと小声で呟く。 「あんたと一緒にいる時が、一番嫌そうな顔してるでしょうに……」 次の瞬間、寝返りを打った聖剣の「抜き身」の一撃で、直りかけていた卵が再び粉砕されたことは言うまでもない。 3.8. 女海賊の見解 翌日、彼等は予定通りに村を出て、無事にスウォンジフォートまで帰還する。その上でアクシアと再会し、そのまま船でフーコック島へと向かって船出することになった。 その船の中で、アクシアに魔境の中で起きた一通りの出来事を説明すると、ブレトランドの裏事情に詳しい彼女は、自分なりの見解を伝える。 「おそらく、その森の中で遭遇した『黒帽子の少年』と『赤帽子の少女』は、グリースの密偵だろうな。目的は分からんが、いざという時に、グリンの森を突破してアントリアへと攻め込むことが可能かどうかを調べてみたのかもしれない。そして、アントリア側は彼等の動きを牽制するために『調査隊』を派遣したのではないかな」 だが、その点に関しては、子供達にとっては「どうでもいい話」であった。肝心なのは、リカの正体についてである。 「その『森の主』の言うことが本当かどうかは分からんが、もし、彼女が本当に『英雄王エルムンドの末裔』であるならば、心当たりは何人かいる」 四百年前の英雄王エルムンドの三人の子供が、ヴァレフール伯爵家、トランガーヌ子爵家、アントリア子爵家の始祖になったと言われている。その末裔達のうち、現時点で「行方不明」とされている姫君は、彼女が知っているだけでも「四人」存在する。 アクシアがまず真っ先に名を挙げたのは、旧アントリア子爵家の四女マリア・カークランドである。ダン・ディオードに殺された先代子爵ロレインの末妹であり、十年ほど前にコートウェルズで行方不明となっている。生きていれば現在10代半ば程度の年齢の筈であり、EGGが描いたスケッチから推測される年齢とも概ね一致する。 次に可能性が高そうなのは、現ヴァレフール伯爵ワトホートの長女フィーナ・インサルンドであるという。彼女もまた十年以上前に旅先で行方不明となっており、生きていれば現在18歳程度の筈である。スケッチに描かれた少女はもう少し幼そうに見えるが、彼女が何年前から「今の姿」になったのかが分からない以上、年齢はあまり当てにならない。そして、そのスケッチの少女の髪や瞳の色は、アクシアが伝え聞くワトホートの姿に近いようにも思えた(もっとも、彼女は実物を見たことがないので、それが正確な情報かどうかは分からない)。 この他に、幼い頃に魔法の力に目覚めてエーラムに留学した令嬢が二人いる。一人の上述のマリアの姉リリア・カークランド、もう一人は旧トランガーヌ子爵家の末裔のエレナ・ペンブロークである。この二人については、エーラム入門後は別の名を名乗っているらしいので、どこで何をしているのかは明かされていない。もしかしたら、何らかの魔法実験の事故で異形の姿となり、そのまま放逐された(もしくは処分されようとしたところを脱走した)という可能性もありうるだろう(なお、マリアとリリアの間にはもう一人、ミリアという姫君もいるが、彼女は現在、コートウェルズでの混沌征伐に尽力しているという情報が伝わっている)。 「無論、この他にも、傍流や隠し子の系譜でその血を引き継ぐ人物はいくらでもいるだろう。可能性を考え始めればキリがない。何なら、このスケッチを各国の宮廷に顔が利く連中に見せて回って調べる、という手もあるが……、その場合、『正解』が分かった時点でどうすべきか、ある程度の『覚悟』を決めておいた方がいいだろうな」 実際のところ、リカにはまだその「覚悟」が定まっていない。たとえば、もし彼女の正体がヴァレフール伯爵家のフィーナであった場合、間もなく退位すると言われているワトホートの後継者の候補として当然その名は挙がるであろうし、その場合は今まで後継者候補の筆頭と言われていた妹レアとの間で骨肉の争いが発生する可能性もあるだろう。 旧トランガーヌ子爵家のエレナだった場合も、実質的にその後継国家の座を争う神聖トランガーヌとグリースの間で、その身柄の争奪戦が発生する可能性は十分にあるし、場合によっては、神聖トランガーヌ枢機卿ネロもしくはグリース子爵ゲオルグとの間で縁談の可能性も出てくる。 旧アントリア子爵家令嬢のいずれかであった場合も、アントリア内の反ダン・ディオード勢力に担がれる可能性もあるし、逆に反体制勢力を取り込むために、現アントリア子爵代行マーシャルとの間での縁談という選択肢も浮上する。 ただ、いずれにしても、それはまず彼女の「記憶」と「身体」が元に戻ることが大前提である。それらを元に戻す方法も分からない今の状態で、どこまで彼女に利用価値を見出すかは分からないし、神聖トランガーヌやヴァレフール内の副団長派(聖印教会派)の者達がこの事実を知れば、「英雄王の末裔が混沌に汚された」という事実を隠蔽するために、彼女を抹殺しようとする可能性すらある。 改めて今の自分の立場の重さを痛感したリカがどう答えれば良いか分からずに俯いていると、アクシアはポンと彼女の肩に手を置いた。 「まぁ、ゆっくり考えればいいさ。島に戻れば、またアイン達が何か名案を考えてくれるかもしれん。こいつらの母親も、なんだかんだで頼りになるしな」 彼女はそう言い残して、ひとまず船長室へと戻る。その途上、彼女は一人、この状況への想いを巡らせていた。 (出来れば、カークランドの娘ではないことを祈りたいものだ。別の女達の子とはいえ、アイツの子供達が争う姿は見たくない……) 3.9. 放たれた力 やがて、彼等を乗せた船は、フーコック島の周囲を覆い尽くす霧が立ち込める海域へと到達する。そして、その霧の中で、彼等は見慣れない大船団を発見した。それは客船でも貨物線でもなく、大量の投影装備を積んでいると思しき「武装船」の集団であった。霧の中に翻る船旗を見たエレオノーラは驚愕の表情を浮かべる。 「あれは……、ノルドの船……。まさか、私を探すために……」 青ざめた表情で、身体を震わせながらそう呟くエレオノーラに対して、子供達は「いやいや、そんな大袈裟な」と言いながら宥めるが、アクシアは真剣な表情で口を開く。 「ありえない話ではない。もっとも、それが主目的かどうかは分からんがな。姫君を追って来た者達が、偶然にあの島を発見して、近隣のノルド海軍に連絡を取ったとしたら……」 アクシアの知る限り、ノルドの騎士達は何よりも武を尊ぶ。見知らぬ島、ましてや明らかに魔境と思しき島を発見すれば、己が聖印を成長させるために、いち早くその地の浄化を目指して乗り込んできてもおかしくはないだろう。仮に楽園島の住人達が「話せば分かる相手」だと示したとしても、まずは自分達の武を誇示し、そして相手の武を見極めた上でなければ、彼等の中では交渉は成り立たない。そもそもこの海域は本来は連合の支配下である以上、その海域に現れた「謎の投影隊集団」を「討伐対象」と認識するのは、彼等の中では当然の理屈であった。 ひとまずアクシアは、ノルド海軍との衝突を避ける航路でいち早く島に上陸すると、島の方では既に臨戦体制が整えられていた。どうやら島の住人達も、ノルド海軍が敵意を剥き出しに迫りつつあることに気付いているらしい。 「私が戻れば、彼等は引いてくれるかもしれません」 エレオノーラは周囲にそう訴えるが、その声には明らかに動揺と狼狽が見え隠れしていた。それに気付いたモルガナがすぐに問いかける。 「エレちゃんは、それでいいの?」 「良くはないですけど、でも、他に方法が……」 彼女としては、自分のわがままでこれ以上皆に迷惑をかけるのが耐えられなかった。だが、彼女達がそんな会話を交わしているところに、この島の警備隊長を務めるアカラナータが現れる。 「どちらにしても、引いてはくれんだろう。あのノルドの蛮族共に、一度振り上げた拳を下ろさせるには、奴等が納得するまで殴り合うしかないのさ」 目の前にいるのがその「蛮族」の姫君であることを知らぬまま、アカラナータは自分自身がまさに蛮族そのもののような表情を浮かべながら、楽しそうにそう告げた。そして彼女の背後には、日本刀を抜いたサオリと、この島の主であるアイン、そしてあの「ハルーシアから来訪した地球人の男性(沖田総司)」の姿もある。 「私達も戦いましょうか? というか、むしろ彼等は、私達を追っている中でこの島を見つけた可能性もある訳だから、私達が矢面に立つのが筋のような気もしますし」 涼しい顔で地球人の青年はそう言ったが、それに対してアインが首を振る。 「いや、今、貴殿等に表に出られると、むしろ彼等には『連合討伐』という『引けない理由』を与えることになる。ここはしばらく『そこ』の中の中にでも隠れていて下さい」 アインはそう言って、後方に突如出現した 謎の建物 を指差し、そして子供達にも声をかける。 「お前達もだ。ここから先は本物の戦場になる。お前達にはまだ早い。特にリカ、お前は……」 アインがそう言ったところで、彼はリカの周囲で「謎の混沌収束」が起きようとしているのに気付く。それはモルガナが魔境の中で一度だけ目撃した巨大蠍との戦いの時の現象に酷似していた。モルガナは即座に「危険な予感」を感じ取る。 「エレちゃん! リカちゃんの周囲の混沌を浄化して!」 「え? あ、はい!」 この場にいる中で唯一、混沌浄化が可能なエレオノーラが、言われた通りに聖印を掲げて浄化を試みるが、直後に苦悶の表情を浮かべる。 「無、無理です……、強すぎます!」 この時、リカ自身もまた、自分の身体に何が起きているのかが分からない様子であった。ただ、今の自分の中で、ある一つの衝動が湧き上がっていたことだけは、はっきりと自覚している。 (皆を守りたい……、皆を助けたい……、私を助けてくれたこの島を守るための力が欲しい……、その力さえあれば……) 彼女のそんな想いは、やがて周囲の混沌を彼女の身体の中へと吸収し、そして彼女のその口の中から、謎の怪光が放たれる。その光の先にいたのは、モルガナ、エイト、ウチシュマの三人であった。 「ウチシュマ!」 「モルガナ!」 「エイトさん!」 三人が光に包まれた瞬間、周囲の人々が思わず叫ぶ。だが、その直後にそこで起きた光景に、その場にいた誰もが我が目を疑った。謎の怪光を浴びた三人の身体が、その身に装備された服や武具ごと「巨大化」したのである。 「こ、これは一体……」 「なにがおこったの?」 「え〜っと〜……、なんだろうね〜、この状況〜」 当の三人も、今の自分達の身に起きたことが、全く理解出来ない。彼等三人から見れば、周囲の世界が突然縮小したような感覚である。いつも自分を見下ろしていた大人達が、今は自分達の足首程度の高さしかない。 「どういうことだ……、リカは『元人間』ではなかった、ということなのか?」 いつもは冷静なアインすらも、初めて見るこの光景に困惑を隠せない。光を放ったリカ自身もまた、自分が何をしたのか分からないままその光景を呆然と眺めている。だが、この場にいる中で一人だけ、ある一つの「仮説」に辿り着いた者がいた。 (巨大化光線……、そうか! 放射能か! 聞いたことがある。遥か昔の怪獣映画で、放射能を浴びた生物が巨大化するという話を。ということは、彼女は『イグアナの娘』ではなく『ゴ……) サオリがそこまで思い出したところで、海の向こうから砲撃音が聞こえてきた。どうやら、島に近づきつつあったノルド艦隊が、突如現れた「巨人」に向かって発砲したらしい。だが、その一撃はエイトが発動させた「地球人」としての混沌の力によって(それが更に何倍にも増幅されることによって)あっさりと消失してしまう。 「すごいな、この力……」 エイト自身もまた、今の自分自身に対して驚愕の表情を浮かべる。 「じゃ〜、とりあえず、戦ってみよっかぁ〜」 「そうね。島をまもるために!」 そう言いながら、ウチシュマは(海蛇と戦った時よりも何倍も大きな)天雷を引き起こし、モルガナは超巨大カタパルトのような弓矢を放って、ノルド海軍の船を次々と沈めて行く。その圧倒的な「巨人」の破壊力の前に、彼等の船が全滅するまで、僅か数十秒程度の出来事であった。 船の残骸の隙間からは、脱出艇に乗る間も無く船から投げ出されたノルド兵達が必死で生き残ろうともがいている。その様子を見て、さすがに、このあまりに一方的な虐殺に気が咎めたエイトは、その巨大な手を差し伸べて、出来る限り彼等を回収して、島の海岸へと連れて行く。いかに不屈のノルド騎士といえども、この圧倒的な戦力差を前に抵抗する気力は失せてしまったようで、あっさりと武器を手放して投降することになった。 4.1. 非公式交渉 それから時間がしばらく経過すると、三人の姿は縮小を始め、やがて「本来の大きさ」に戻る。何が起きたのか分からない状態のまま、ひとまずアインの弟子の医師や魔法師達が彼等の身体や武具を調べるが、これといった異変は見つからなかった。彼等の身体に発生したあの現象はあくまで一時的な異変だったようで、今の彼等からは何ら特別な力は感じられなかったらしい。 その間に、アインはノルドの捕虜達から一通りの話を聞く。どうやら「ノルドの姫君」と「ハルーシアの客将」の予想は、どちらも正解だったらしい。家出した姫君を探してこの海域に来た調査船がこの島を発見し、連合の遊撃隊としてのハルーシア艦隊を迎撃しようと周囲を巡回していた武装船団と合流した上で襲撃に至った、というのが彼等の証言である。 島の秘密を守るためには、彼等をこのまま抹殺した上で、それをハルーシア海軍の仕業に見せかけることで事無きを得る、という選択肢も無くは無かったが、その前にエレオノーラが両者の間に入ることで、アインに捕虜達の助命を嘆願する。 「この人達は、私の身勝手のせいでこの島に迷い込んでしまった被害者なんです。私が彼等と一緒に国に帰って、もうこの島には手を出さないように叔父様にお願いしますから……」 無論、それは彼女の本意ではない。しかし、さすがに自分のせいでこれ以上の犠牲が出ることは彼女には耐えられなかった。だが、それに対してアインは淡々と答える。 「姫様、申し訳ないが、それは無理だ。いくらあんたが頼んだところで、ノルドの海洋王はただ負けたまま引き下がる訳にはいかないだろうよ。それよりは……」 アインはニヤリと笑って、ノルドの捕虜達の中で、最も身分が高いと思しき者に問いかける。 「なぁ、海洋王殿は、異界の武具には興味はないか? 俺達と手を組むなら、エーラム経由では手に入らない特殊な投影装備を融通してやってもいい。ただ、俺達は色々と故あって『エーラムの御墨付きを持たない投影体』だから、このことがエーラムに知られたら、あんたらも面倒なことになるだろう。あくまで非公式な形での交易、ということでどうだ?」 さすがに「パンドラ」まではとは名乗らなかったが、「エーラムの御墨付きを持たない投影体」という時点で、それはこの世界の倫理的には「討伐対象」だと名乗っているようなものである。だが、そのような存在を相手に交易をすること自体、必ずしも珍しいことではない。特にノルドのような混沌濃度の強い辺境地方では、過去にいくらでも「異界の神」や「異界の龍」との「取引」に応じたことはある。 「……我等には、陛下のお考えまでは分からん。約束は出来ん」 「まぁ、そうだろうよ。だから、とりあえずは国に帰った上で、陛下と相談してくれればいい。で、まずはその友好の証に、姫様には『賓客』として、この島でごゆるりと御滞在して頂く、ということで、どうだ?」 「なにが『賓客』だ! 要は『人質』ということだろうが!」 「そこは好きに解釈してくれて構わない。だがな、あんたらが姫様を大事に思うなら、あくまでも『賓客』という扱いにしておいた方が無難だぜ。俺達に姫様を無理矢理連れ去られたとあっては、あんたらも海洋王殿もメンツが立たないだろう。そうなれば、またウチの『秘密兵器』の子供達がお相手することになる。それはお互いにとって不毛だろう?」 そう言われた騎士達は、自分達の目の前に現れた「巨大な子供」という不気味な光景を思い出し、寒気が走る。 「一体、何者なんだ、あいつらは?」 「それはさすがに軍事機密だ。答える訳にはいかない。ただ、あんたらも、まさか『あの三人』だけで終わりだと思っている訳じゃないだろう?」 完全なハッタリだが、あのような光景を見せつけられた後では、同じような「巨人」が更にその奥に控えている可能性を否定出来る根拠はどこにもない。騎士達の表情が青ざめていくのを確認した上で、アインは話を続ける。 「いずれにせよ、俺達は無駄な争いは好まないし、快く国交を開くために、ここで遺恨を残しておきたくない。だから、お互いの友好親善のために、あんたらは俺達じゃなくて、連合の遊撃隊に奇襲されたことにしておく、ってことで、どうだい?」 「……貴様等、連合と手を組んでいるのではないのか? 連合の遊撃隊の船が、この島に停泊しているのを遠眼鏡で見た者もいたのだが?」 「『いた』か。その目撃者はどうした?」 「おそらくは、もう海の底だ……」 「それはお気の毒様。まぁ、きっと何か別の船と見間違えたんだろうよ」 もし仮に目撃者が生きていたとしても、いくらでもごまかす方法はあるし、そもそもそれ自体は今回の交渉においては重要な議題ではない。仮に彼等と連合との交流がごまかせなくなったとしても、今の時点でそのことを深く追求することがお互いのためにならないことは、ノルド騎士達にも分かっていた。腑に落ちない点は多いが、確かに今のこの段階では、アインが提案する「建前」を受け入れることが、自分達にとっても、ノルドにとっても、「一番マシ」な選択肢に思えたのである。ただ、彼等の中で一つだけ、どうしても確認しなければならないことがあった。 「姫様は、それでよろしいのですか?」 そう言われたエレオノーラは、一瞬アインに視線を向ける。それに対してアインが笑顔で目配せをすると、彼女は少し考えた上で、必死で平静を装いながら、彼等に伝えるべき言葉を必死でひねり出していく。 「この島の人々との交易こそが、もともと私の本来の目的でした。ですが、それが上手く進む保証がなかったこともあり、誰にも説明せぬまま一人で国を飛び出し、その結果として今回のような不幸な衝突を招いてしまったこと、大変申し訳なく思っています。この上は、私のこの聖印にかけて、必ずこの交易事業を成功させたいと考えております。不幸にも散ってしまった同胞達の命を無駄にしないためにも、皆様、ご協力頂けませんか?」 彼女のその口調には明らかに不自然さが漂っていたし、彼女のここまでの言動ともやや矛盾を孕んでいる。だが、「言わされている様子」は感じられなかったし(実際、アインにしても彼女がここまで言ってくれるとは思わなかったので、少々驚いていた)、あくまでも彼女自身の意思による「方便」であろうことは、ノルドの騎士達にもおおよそ推察出来た。その上で、自分達を助けるために、あえて彼女が自分から「そういうこと」にしておいてくれているのだろうと察した彼等は、深々と頭を下げる。 (まだ色々と詰めは甘いが、この姫様、成長すればいい君主になるかもしれんな) アインは内心そう思いながら、ひとまずこの非公式交渉を終え、エレオノーラと連名で、ノルドの海洋王エーリクへの「親書」をしたためる。そして捕虜達のノルドまでの送迎は「偶然島の近くを通りかかった善意の女海賊」が引き受けることになった。 4.2. 友としての見解 それから数日後、楽園島に一人のパンドラの魔法師が来訪した。異国情緒溢れる独特の装束を身にまとい、左右で異なる色の瞳を持つ、長い黒髪のその男の名は、シアン・ウーレン(下図)。ブレトランド・パンドラの一員と名乗りながらも、実際にはどの派閥にも所属せずに活動する孤高の錬成魔法師である。 彼はアインからの要望を受けて、出張先のコートウェルズから呼び戻された。理由は二つある。まず一つは、彼はブレトランド・パンドラの中でも指折りの情報通であり、各地の王族・貴族達の外見についてもある程度まで把握しているからこそ、彼ならば「リカ」の正体が分かるのではないか、と考えたからである。 到着と同時に、彼はアインの執務室へと招かれた。同じ部屋には、モルガナ、エイト、ウチシュマの三人もいるが、リカはいない。まずはリカに知らせる前に、その周囲の人々との間で「方針」を確認すべき、というのがアインの考えであった。 アインはシアンに「EGGが描いたスケッチ」を見せると、シアンはあっさりと言い放つ。 「ヴァレフールのレア・インサルンド姫だな。間違いない」 その名前に聞き馴染みがなかった三兄弟が困惑していると、アインが補足する。 「レア姫はヴァレフール伯爵ワトホートの次女だ。現在は次期伯爵の最有力候補と言われている。だが……」 説明しているアイン自身がやや困惑した表情を浮かべつつ何か言おうとしたところで、エイトが口を挟む。 「行方不明になっていたのはフィーナ姫の方であって、レア姫ではないのでは?」 「あぁ。レア姫は数ヶ月前にサンドルミアからヴァレフールに帰国して、今もヴァレフールにいる筈だ。つまりそれは……」 アインがそこまで言ったところで、今度はシアンが口を挟む。 「おそらく、今ヴァレフールにいるのは、影武者か何かだろうな。姿を似せる方法なんて、いくらでもある。実際、君にだってそれは可能だろう?」 そう言われたアインは、黙って頷く。彼は生命魔法を極限まで極めた魔法師であり、自分や他人の外見を変える魔法を用いることは出来る。 「それに、手紙の中にあった内容から、おおよその察しはついていたんだ。おそらくは、自分の聖印の規模では浄化しきれないほどの混沌核を浄化しようとして、失敗して聖印を混沌核に書き換えられてしまったんだろう。それで『ヴァレフール伯爵家の娘』が『蜥蜴のような姿』になってしまったのだとしたら、それは私がこれまで実証しようとしていた仮説の正しさが証明されたようなものだ。つまり、マルカートの血族の誰かであれば、その聖印を成長させた上でその聖印を割ることによって、再び彼女と同じような巨大魔獣を生み出すことも可能で……」 自分の世界に浸りながら滔々とそう語っていたシアンだが、アインも子供達もついてこれていない様子だったので、話を本題に戻す。 「さて、その上で、私をここに呼んだのは『王族鑑定士』としての仕事だけではないんだろう、アイン?」 「あぁ。彼女が記憶を失った要因を突き止め、可能ならばその記憶を蘇らせてほしい」 アインのその発言に対して、三兄弟は目を見開く。真っ先にモルガナが口を開いた。 「出来るんですか?」 「見てみないと分からないけど、よっぽど高度で意地悪な魔法師によって消された訳でもない限りは、どうにかなると思う。ただ、問題は……」 シアンがそこまで言ったところで、今度はアインが遮ってその先の言葉を伝える。 「お前達が、それを望むかどうかだ。彼女が記憶を取り戻した場合、彼女は『今の彼女』ではなくなる可能性もある。それでもいいのか?」 実際のところ、本来ならばこれは三兄弟だけの問題ではない。原理は不明であるものの、今のリカには「他人を巨大化させる能力」が備わっている以上、彼女が「今の状態」のままこの島に居続けること自体が、周囲の外敵に対する大きな抑止力になりうる。そんな彼女が記憶を取り戻した場合、状況次第によっては、彼女はこの島から出て行くと言い出してしまうかもしれない。それは楽園派を束ねるアインにとっては、戦略的に考えて大きな損失である。 ましてやシアンの推測通りに彼女の正体が「ヴァレフール伯爵位の第一継承者」なのだとすれば、このまま島に留まり続けるとは考えにくい。場合によっては、国に帰った上で、自分達に対して弓引く存在となる可能性すらある。楽園派は現在のヴァレフール内の反体制派とは不戦の密約を結んでいるが(ブレトランド風雲録2参照)、彼女は血統的には体制派側の姫君であり、彼女を支持する者達の背後には聖印教会もいる。そんな彼女が記憶を取り戻した場合、この楽園島自体が危機に陥る可能性すらある。 だが、状況次第では彼女の存在が(上述のエレオノーラのように)今後の対ヴァレフール交渉における「切り札」となる可能性もある。無論、それは彼女の思惑次第でもあるので、非常に慎重に対応すべき案件であるというのが、この島の住人達の命を預かるアインとしての見解だった。 そのことを踏まえた上で、それでもアインはあえてこの場に招いた「三兄弟」に、この問題の結論を託すことにした。これまでリカを受け入れ、彼女を守ってきたこの三人にこそ、その決断を下す権利があると考えたからである。そして、今も内心では深い信頼を寄せる「あの男」と、そして自分と共にこの島を守り続けた「彼女達」の間に生まれた彼等ならば、きっと正しい道を選べる筈だと彼は信じていた。 そして、三人はあっさりと結論を出す。 「リカが記憶を取り戻したいなら、取り戻させるべき」 それが、彼女の友としての彼等三兄弟の共通見解であった。 4.3. 魔獣少女の決断 こうして、リカもまたアインの執務室へと呼び出されることになった。戸惑った様子の彼女に対して、エイトが事情を説明した上で、改めて彼女に問いかける。 「リカ、君は、記憶を取り戻したいかい?」 それに対してリカが少し迷った表情を浮かべていると、彼はそのまま彼女に語りかける。 「別に、無理に記憶を思い出さなくてもいいんだよ。ここは『どんな人でも暮らせる楽園』なんだから。過去がなくたって、リカは僕達の友達だ」 実際、彼の中ではそれは「どちらでもいいこと」だった。ただ、一つだけ嘘が混ざっている。彼の中ではこの島は決して「楽園」などではなく、あくまでも「掃き溜め」にすぎない。それでもあえてこのような言い方をしたのは、ただの彼の虚言癖故なのか、それとも今のリカに対してはそう伝えた方が良いだろうと考えたからなのか、おそらくそれは彼自身も自覚していない。 そんなエイトの言葉を受けて、リカはまだ少し躊躇しつつも、「彼女の中で一番気になっていること」を確認する。 「私の記憶を元に戻した場合、『記憶を失った後の記憶』はどうなるのでしょうか?」 つまりは、「今の時点での自分の記憶」が、「記憶を失う前の自分の記憶」に置き換えられてしまうのかどうか、ということである。彼女にとっては、失われた記憶を取り戻したい(取り戻さなければならない)という気持ち(使命感)がある一方で、この数ヶ月の間にこの島の中で培った記憶を失ってしまうことは耐え難いという思いもあった。 当然、それに関してはエイトが分かる筈もないのでシアンに視線を向けると、彼は涼しい顔で淡々と答える。 「確証はないが、残る可能性が高い。もっとも、消したいと思うなら消すことも出来るけどね」 人によっては、「記憶を失う前」と「記憶を失った後」で全く異なる人生を歩んだ結果、真逆の価値観を抱いてしまうことによって、その二つの記憶の混在に苦しむことになる者もいる。実際、以前にシアンが記憶を復元させた少女がそのような状態に陥ったこともあるため(ブレトランドの英霊2)、彼としては事前に「その選択肢」も提示することにしたのだが、その話を聞いたリカは、決意を込めた瞳でシアンに訴えた。 「今の記憶も残る形で、失う前の記憶も戻して下さい。お願いします」 その言葉と共に、蜥蜴のような黒目がちな瞳で熱視線を向けられたシアンは、微笑を浮かべながら、部屋の隅の椅子に座っていた彼女に近付いていく。 「分かった。じゃあ、ちょっと失礼するよ」 そう言ってシアンがリカに近付こうとした時、彼はリカの右手に嵌められた指輪を一瞬だけ凝視する。 (この子がレア・インサルンドだとするならば、あれはおそらく「風の指輪」。「英雄王の六つの輝石」の一つか……。これもこれでじっくり鑑定させてほしいところだが、まぁ、今はそれ以上に「この子自身」の方が興味深い……) 内心そんなことを考えながら、彼はリカの額に手を当てる。蜥蜴のようなゴツゴツしたその感触を確認しつつ、その身体が確かに「混沌」の産物であることを実感する。 (惜しいな……、このまま混沌を与えて成長させれば、第二のマルカートになるかもしれないのに……。いや、自らを巨大化させるのではなく、他人を巨大化させるという意味では、七騎士の誰とも違う独自の力でもある。それはレア姫がもともと「癒しの聖印」の持ち主の力であるが故なのか、あるいは、エルムンドの血が加わったことによる影響なのだろうか……。まぁ、彼女が記憶を取り戻したとしても、この混沌核が元に戻る訳ではないし、上手く説得して『こちら側』に引き込むことが出来れば……) シアンがそんな物思いに耽っていると、向かいに座っているアインが(形の上では笑顔を浮かべながらも)冷たい視線を向けているのに気付く。 (余計なこと考えてんじゃねーぞ!) (あぁ、はいはい。やりますよ、ちゃんとね……) 目線でそんな会話を交わしながら、シアンはリカに目を閉じさせ、その手から混沌因子を注ぎ込み、リカの脳内の様子を確認していく。 (これは、魔法による隠蔽ではないな。ただの外的衝撃による一時的な記憶喪失だ。この程度なら、ほいほいっと……) シアンはリカの脳内で混沌因子を自在に操り、彼女の記憶の中に偶発的に発生していた「記憶の扉の鍵」を取り除く。そして彼はリカから手を離し、問いかけた。 「あなたの名は?」 リカはゆっくりと目を開け、そして、明らかに先刻までとは異なる表情を浮かべながら、静かにな口調でゆっくりと答えた。 「私は、レア・インサルンド。ヴァレフール伯爵ワトホートの次女です」 4.4. 三つの選択肢 「リカ」あらため「レア・インサルンド」は、全てを思い出した。シアンの推測通り、彼女は留学先のサンドルミアにて、巨大な混沌核の浄化に失敗して、その身を「今の姿」に変えられてしまったらしい。 「私にはもともと『影武者』を務めている幻影の邪紋使いがいます。おそらく、今、ヴァレフールで『レア・インサルンド』として振舞っているのはか……、彼女でしょう」 実際のところ、その邪紋使いの「本当の性別」についてはレアも知らないのだが、ひとまずここは「彼女」と呼んでおいた方が話が通じやすいと思ったレアは、そう説明する。その上で、彼女はその場にいる人々に対して深々と頭を下げた。 「今まで、見ず知らずの私のことを助けて下さり、本当にありがとうございます。皆様から受けた数々の御恩は、今も私の心にしっかりと刻まれています。そして、この記憶を消さずに残して下さったことにも、本当に感謝しています」 見た目は「小型の魔獣」の姿のままながらも、これまでとはどこか異なる雰囲気を醸し出している彼女に対して、アインと三兄弟がどう反応すべきか戸惑っている中、シアンが彼女に対して淡々と問いかける。 「さて、では姫様、これからどうなさいます?」 「私は……、出来ることならば、本来の姿に戻りたいです。ここまでご迷惑をおかけした上で、更にこのようなことを申し上げるのは大変心苦しいのですが、この姿を元に戻す方法について、何か心当たりはないでしょうか?」 そう懇願する彼女に対して、シアンは苦笑を浮かべる。 (まぁ、そうなるだろうとは思ったがね……。仕方ない。ここはひとまず素直に答えておくか) 内心でそんな独り言を呟きながら、彼は淡々と語り始める。 「選択肢は三つあります。一つは、あなたのその混沌核を、『聖印』と同じような性質を持つ『擬似聖印』に書き換えること。実はこの世界には、それが可能な君主が一人だけいるのです」 シアン曰く、その君主は現在、ブレトランドの北に位置する(「龍の巣」の異名を持つ)コートウェルズ島にいるという(ブレトランドの英霊7参照)。ただ、その力によって書き換えられた「擬似聖印」は、通常の聖印と同じような力を発動させることは出来るものの、混沌核を浄化することは出来ず、そして「他人の聖印」と融合させることも出来ない。つまりは、「君主に近い存在」にまでは戻れるものの、「ヴァレフール伯爵家の聖印」を引き継ぐことは出来ない、ということになる。 「二つ目の選択肢は、あなたのその身体の混沌核を身体から除去する方法です。私の知る限り、それが可能な者はこのブレトランド内に少なくとも一人います」 その人物は現在、アントリア北東部のラピス村で領主を務めているらしい(ブレトランド八犬伝・簡易版参照)。ただ、アントリアはヴァレフールとは敵対関係にある以上、協力してくれる保証はない。また、今のレアほど身体中が混沌核に覆われた状態においては、それを除去することによって身体そのものが消滅してしまう可能性もあるという。 「そして最後の選択肢は、外見だけを変えて、中身の混沌核を浄化するのを諦める、という道です。このアインの生命魔法の力を用いれば、このスケッチに描かれたあなたの姿とそっくりに、あなたの姿を上書きすることは可能です。そうだろう、アイン?」 それに対してアインは頷きつつ、説明を補足する。彼はどんな口調で語るべきか迷いつつ、ひとまずここは(「伯爵令嬢」ではなく)「リカ」に対する「いつもの口調」で語りかけた。 「正確に言えば、その場合、二つの方法がある。一つは『外見』だけを作り変える方法。この場合、身体の内側はその魔獣のままなので、こないだ使ったような『魔獣としての能力』を維持することは出来る。ただ、その場合は『人』としての本来の能力、たとえば『人間の子供を産む能力』を持つことは出来ない。もう一つは、身体の中身そのものを完全に『人間の女性』に作り変える方法だ。この場合、魔獣としての能力は失われるが、普通の女性と同じように子供を作ることも可能になる」 その説明をしている中、シアンは「二つ目の方法は、教えないでほしかったな」と内心で思っていたが、アインはそんな彼の思惑を察しつつ、気にせずそのまま話を続ける。 「ただし、どちらにしても、体内に混沌核は残る。だから、それを除去しなければ『君主』には戻れない」 そこまで聞かされたレアは、しばらく考え込み、三人に相談しようとするが、三人共「リカの望むままにすればいい」と目線で訴えていることに気付く。そんな彼等の想いを受け取った上で、彼女は一つの「暫定的な結論」を下す。 「まずは一度、ヴァレフールに帰ります。その上で、私の代役を務めてくれている影武者と、彼女と共に私の留守を守ってくれている人々と相談した上で、どうするか決めたいと思います」 現実問題として、今の彼女にはそれ以上の結論は下せない。というよりも、まず、今、ヴァレフールがどのような状態にあるのか、ヴァレフールの中にいる「自分」がどのような立場にあるのかを確認しなければ、結論の下しようがない状態であった。 「分かった。じゃあ、僕も一緒について行くよ。さすがに一人じゃ心配だ」 エイトがそう言って立ち上がると、横の姉と妹も手を挙げる。 「モルガナもいくよ」 「私も〜」 「えー、お前らもかよー、別にいいよ、来なくても」 エイトがうんざりした顔でそう言うと、扉の向こう側から、別の少女達の声も聞こえてきた。 「そういう台詞は、一人で何でも出来るようになってから言うことじゃな」 「あの……、もしよろしければ、私も、ご一緒させて頂けないでしょうか……。今度こそ、お役に立ちたいです!」 そう言って、サンクトゥスとエレオノーラが現れる。どうやら彼女達も話を密かに盗み聞きしていたらしい。おそらく、アインはそのことに気付きつつ、あえて放置していたのだろう。 複雑な表情を浮かべる少年、やる気に満ち溢れた姉、やる気があるのかないのかよく分からない妹、からかうような表情で見つめる聖剣、そして汚名返上に燃える異国の姫。そんな少年少女達に囲まれて、レアは感涙を抑えるので必死であった。 (私は、この人達への恩義は絶対に忘れない。これから先、どんな道を辿ることになろうとも、いつか必ず、この恩義には報いてみせる) 彼女がそう決意を固める中、部屋の隅に無造作に置かれていた巨大卵は一人静かに心の中で独白する。 (もう少し、彼等の物語を眺めていたかったけど、とりあえず今回の旅で疲れたから、私はお休みさせてもらいます。旅から帰ってきて、また一段と成長した皆さんの姿を絵画にさせて頂く日を楽しみにしていますよ) 無論、そんなウサギの思いに気付く者など誰もいない。そしてレアもまた、誰にも気付かれないまま、窓の外に広がる空を見ながら、祖国ヴァレフールへと想いを馳せていた。 (待っててね、パペット。そして、トオヤ……) 時系列上の続編:【ブレトランド風雲録】第8話(BS42)「姫君の帰還」 シリーズ内の続編:【ブレトランドの光と闇】第6話(BS44)「星々の瞬き」 グランクレスト@Y武
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アイリス=カートランド 製作・K’(カズ・ダッシュ) ○アイリス=カートランド(女性) 所属……『メイド喫茶せいおとめーど』店長 年齢~22歳 一人称~私 二人称~あなた、~さん、~様 身長~160cm、体重~45kg スリーサイズ~87・56・85 能力~なし(フェイティア~なし) 使用武器~改造型自動拳銃『ブランニューズ』×2 防御傘型仕込みショットガン『エプシィ』×1 暗殺用バトルナイフ『ポイズン・バタフライ』×1 小型拳銃『ナイトブレード』×2、ハンドグレネード×4 性格~普段は冷静で忠義心は高い メイド喫茶せいおとめーど店長。 SRC島に入る前に喫茶店を経営していたが、何処かの軍部に居たという一説がある。 冷静で忠義に厚く、メイドの鏡のような人物。 どのような状況でも微笑を絶やさず、常に冷静に行動する。 SRC島の誕生後に島を訪れ、以前のノウハウを活かし喫茶店を開店。 後に、聖乙女学園の生徒の要請を受けて、せいおとめーどの開店に携わり、 自らもメイドを一時期していたことを受けて店長に就任した。 フェイティアは持っていないが、銃火器の取り扱いに長けており、 常に銃をスカートの裾やメイド服の袖に隠している。 以前、朱雀院飛鳥が来店した際、店員に手を出そうとしていたのを見て 容赦無く発砲・撤退させた事から、『あの朱雀院飛鳥の苦手な人物の一人』として SRC島の女性たちの守り神のような扱いを受けている。 ちなみに、彼女の使う銃は殺傷能力の低いゴム弾がメイン。 が、防御傘型仕込みショットガン『エプシィ』にはビームカノンモードがあり、 飛鳥に発砲したのは『ハルヴァード・モード』と呼ばれる最大出力砲。 喰らった飛鳥はアフロ状態で喫茶店を飛び出した、と目撃したバイト店員は語る。 *シナリオ使用の方針 スタイリッシュメイドさん。動かし方は基本的に自由。 ######## アイリス=カートランド アイリス=カートランド, (人間(アイリス専用)), 1, 2 陸, 4, M, 11500, 220 特殊能力 アクティブシールド=エプシィ・防御傘 4500, 80, 800, 80 CACA, ori_engexp_003.bmp 暗殺用バトルナイフ, 900, 1, 1, +30, -, -, -, AAAA, +0, 武毒 ナイトブレード・デュアル, 1100, 1, 3, +0, 8, -, -, AAAA, -10, 銃忍共L1(暗殺歩行) ナイトブレード・デライト, 1100, 1, 2, +10, 8, -, -, AAAA, +0, 銃忍P共L1(暗殺歩行) ハンティングB・スタッブ, 1200, 1, 1, +10, -, 40, 120, AAAA, +0, 武忍間即(暗殺歩行) ブランニューズ・デュアル, 1300, 1, 4, -10, 12, -, -, AAAA, -10, 銃共L2(!暗殺歩行) ブランニューズ・デライト, 1300, 1, 2, -20, 12, -, -, AAAA, -10, 銃共L2P(!暗殺歩行) エプシィ, 1500, 1, 4, -20, 5, -, 110, AAAA, +0, 銃連L10散(!暗殺歩行) エプシィ・ミッドナイト, 1600, 2, 4, -20, 5, -, 115, AAAA, +0, 銃B忍(暗殺歩行) ハンドグレネード, 1700, 1, 2, -10, 4, -, -, AAAA, +10, 実破P(!暗殺歩行) エプシィ・ハルヴァード, 1900, 1, 4, -10, 2, -, 120, AA-A, -20, 銃B(!暗殺歩行) === 暗殺歩行術, 付加Lv3="ステルスLv2=暗殺歩行" 再行動 解説="ステルス付加(3ターン)", 0, -, 20, 110, Q #スタイリッシュな射撃メイド。 アイリス=カートランド アイリス, 人間, 女性, AAAA, 160 特殊能力 切り払いLv3, 1, Lv4, 28, Lv5, 66 S防御Lv2, 1, Lv3, 15, Lv4, 27, Lv5, 40, Lv6, 61, Lv7, 78 140, 155, 155, 153, 161, 160, 普通 SP, 40, 根性, 1, 威圧, 1, 加速, 13, 激怒, 21, 激闘, 30, 奇襲, 45 OSC_0000_0058(4).bmp, -.mid #迎撃じゃないの?ナイフ持ってるので問題無し。 #命中~395、回避~393 アイリス=カートランド 回避 アイリス, 攻撃の軌道さえ読めば、何も慌てる事は無い 回避 アイリス(攻撃), あまりにも無様です 回避 アイリス, この程度…… 回避 アイリス(攻撃), 無粋ですね 回避 アイリス, 殺気立っていては、当たる物も当たりません ダメージ小 アイリス(攻撃), この程度の痛み、痛みの内にも入りません ダメージ小 アイリス(攻撃), あまりにも未熟です ダメージ小 アイリス(攻撃), その程度の牙では、獲物を狩る事は出来ません ダメージ小 アイリス, 無様ですね ダメージ小 アイリス(攻撃), あまり邪魔をしてもらっては困ります ダメージ小 アイリス(攻撃), 無価値な…… ダメージ中 アイリス(攻撃), なるほど、ただの敵では無いようですね ダメージ中 アイリス(攻撃), あまり手をかける訳にはいかないのですが…… ダメージ中 アイリス(攻撃), ジリジリいたぶる積りですか? .……ならば、その首を掻っ切るまで ダメージ中 アイリス(攻撃), 少々、お遊びが好きなようですね ダメージ中 アイリス(攻撃), …… ダメージ中 アイリス(攻撃), ……そうですか ダメージ大 アイリス(ダメージ), ……そう、私はここでしか生きられないのです ダメージ大 アイリス(ダメージ), この雰囲気こそ、戦場の香り…… ダメージ大 アイリス(攻撃), 誓いましょう、あなたの首を掻っ切るまで私は追い続ける ダメージ大 アイリス(攻撃), さぁ、ショータイムもフィナーレの時です ダメージ大 アイリス(攻撃), カーテンコールはまだ早い……! ダメージ大 アイリス(ダメージ), 生憎ですが、あなたの眉間を打ち抜く程度の.体力は残っていますよ? 破壊 アイリス(ダメージ), これで、眠れる。私の……血塗られた運命から…… 破壊 アイリス(ダメージ), ふふ、やはり私は戦場で果てる運命ですか…… 破壊 アイリス(ダメージ), これが良い結果に繋がれば、私の命など…… 射程外 アイリス, 少々はっちゃけ過ぎましたか 射程外 アイリス, 少々お遊びが過ぎましたか 射程外 アイリス(ダメージ), 狙撃銃……スナイパーが混ざっていますね 攻撃 アイリス, …… 攻撃 アイリス, では、お祈りの時間です 攻撃 アイリス, 祈る神は誰ですか? 攻撃 アイリス(攻撃), あなたの屍、踏み越えて行きましょう 攻撃 アイリス(攻撃), 血塗られた道しか歩めないのなら、.思い残す事が無いように役目を果たすまで 攻撃 アイリス(メイド目瞑り), Amen…… 攻撃 アイリス(メイド目瞑り), では、ダンスの時間です 攻撃 アイリス(攻撃), あなた達全てを、喰い散らかして差し上げましょう 攻撃 アイリス(攻撃), 数限りなき愚者に、敗北の挽歌を奏でましょう 攻撃 アイリス(メイド目瞑り), では皆様、ごきげんよう…… 攻撃 アイリス, 誰の前にで、死は平等です 攻撃 アイリス(攻撃), さぁ、一掃致しましょう 攻撃 アイリス(メイド), 殲滅させていただきます 攻撃(反撃) アイリス, 初撃での撃破は、戦場の鉄則。 .仕損じれば、あなたの命が消えて無くなる 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), 愚か者ですね 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), あまりにも無防備…… 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), あなたにその獲物は、過ぎた玩具です 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), 攻撃というものをレクチャーしましょう 攻撃(反撃) アイリス, ……あなたも、私を殺してくれないのですね 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), 自業自得です 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(微笑み), あら、私は言った筈ですよ? .今度無粋な真似をしたら許さない、と 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(微笑み), ……全く懲りてないようですね 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(コメディ怒り), ……いくらスポンサーと言えど、あの狼藉は.シバかれて当然だと思いますが 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(コメディ怒り), 良いでしょう……今度はアフロじゃ済まされませんよ? 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(コメディ怒り), 恨みを晴らす? あなたにそれが出来ますか? 攻撃(対天堂来栖) アイリス(攻撃), あなたの首には、賞金をかけておきましょうか? 攻撃(対天堂来栖) アイリス(攻撃), さぁ、懺悔の時間は…… いらないですね 攻撃(対天堂来栖) アイリス(攻撃), うちのメイド達からあなたを何とかしてほしい、.との事。 では……何とかしましょう 格闘 アイリス(攻撃), その首、掻っ切ります 格闘 アイリス(攻撃), お覚悟を 格闘 アイリス(攻撃), ご覚悟を 攻撃(ブランニューズ・デュアル) アイリス, ブランニューズ……! 攻撃(ブランニューズ・デュアル) アイリス, ダブル・トリガー……! 攻撃(ブランニューズ・デュアル) アイリス, さぁ、華麗なダンス・ショーの始まりです 攻撃(ブランニューズ・デライト) アイリス, シングル・ショット……! 攻撃(ブランニューズ・デライト) アイリス, ブランニューズ……! 攻撃(エプシィ) アイリス(攻撃), ただの防御用傘ではございません 攻撃(エプシィ) アイリス(攻撃), ふふ、その油断が、命取り…… 攻撃(エプシィ) アイリス(攻撃), エプシィ……!! 攻撃(ナイトブレード・デュアル) アイリス(攻撃), ナイトブレード…… 攻撃(ナイトブレード・デライト) アイリス(攻撃), ナイトブレード…… 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), ただの防御用傘ではございません 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), ふふ、その油断が、命取り…… 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), ……あなたの人生に、エンド・マークを 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), エプシィ…… ハンティングB・スタッブ アイリス(攻撃), ……狩の、時間です ハンティングB・スタッブ アイリス(攻撃), ……獲物はあなたです ハンティングB・スタッブ アイリス(攻撃), ……お休みなさい、永遠に エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ただの防御用傘ではございません エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ふふ、その油断が、命取り…… エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), エプシィ……ハルヴァードモード!! エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), 情けも容赦も一片の躊躇も致しません エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ―――全ての不義に鉄槌を エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ―――ハルヴァード!! 発進 アイリス(攻撃), では、参りましょう……戦場へ
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第4話(BS12)「帰らざる翼」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 騎士団長の息子 マーシャル・ジェミナイ(下図)は、アントリア騎士団の若き俊英である。彼は騎士団長バルバロッサ・ジェミナイの甥にして養子であり、幼少期から洋の東西を問わず様々な軍略を学び、若干15歳にしてその知謀は騎士団のから一目置かれる存在となり、やがては養父の後を継いで騎士団長になるのではないか、とも噂されていた。もっとも、そのような立場故に彼のことを疎ましく思う者も多いため、彼自身は日頃は昼行灯を装い、個人的な野心を公言することもない。それが、「恵まれた環境で育った者」としての彼の処世術であった。 そんな彼は今、主君であるアントリア子爵ダン・ディオード(下図左)の命により、首都スウォンジフォートの中央に位置する簡素な王城の「謁見の間」に出仕していた。玉座に座る主君を前にして恭しく膝をつくマーシャル。そしてその傍らには、鉄仮面をつけた謎の人物(下図右)が、同様の姿勢でダン・ディオードを見上げていた。 二人を玉座から見下ろしながら、この国の主であるダン・ディオードは、二人を招集した理由について説明する。 「ここ一ヶ月ほどの間に、コートウェルズから飛来する龍の数が急激に増加している。この原因を突き止めるための調査兵団を派遣することになった」 コートウェルズとは、アントリアを内包するブレトランド小大陸の北西部に位置する島である。龍王イゼルガイアを筆頭とする「龍」の一族に支配された島として有名で、一般には「龍の巣」とも呼ばれている。人間の住む町や村も存在はするものの、その地の大半は混沌に覆われており、龍を初めとする様々な投影体が跳梁跋扈する、「この世界の中で最も危険な領域」として知られていた。 以前から、この島から海を越えてアントリアの北岸に龍などの投影体が飛来することは稀にあったが、確かにここ最近、その数が増えているという報告が届いている。この状況が長期化・悪化すれば、アントリアのみならず、ブレトランド全体、あるいはこの世界に住む全ての人々にとって大きな影響を与える可能性もある以上、アントリアの君主として、手を打つ必要があると考えるのは自然な道理であった。 ただ、アントリアは現在、「ブレトランド統一」という大義に向けて、南方の「ヴァレフール伯爵領」と激しい戦争の最中にある。しかも、つい先月、一度は倒した前トランガーヌ子爵ヘンリー・ペンブロークが聖印教会の後援を得た上で「トランガーヌ枢機卿」としてこの地に舞い戻り、それと同時期に謎の人物ゲオルグ・ルードヴィッヒが「グリース子爵領」を名乗って覇権争いに参戦してくるなど(「ブレトランド戦記」参照)、ブレトランドを巡る情勢は更に混迷しつつある。それに加えて、アントリア領内には、旧アントリア子爵家の末裔を支持する者達による反乱軍(第2話「聖女の末裔」参照)も内在しており、現時点でブレトランドの北半分を支配しているアントリアといえども、その戦況は予断を許さない状態にある。 そのような緊迫した状況に鑑みた上で、まだ現状ではアントリア軍の主力をコートウェルズに割く訳にもいかない、という判断から、ダン・ディオードは今回の調査兵団の責任者として、アントリアの正規軍には属さない人物の名を告げる。 「総指揮官は、ホルス・エステバン、お主に任せる」 そう言われると、鉄仮面の男は深々と頭を下げる。マーシャルは「将来のアントリア軍を担うべき人物」として、アントリア軍の現状については一通り養父から聞かされていたが、「ホルス・エステバン」という名に聞き覚えはなく、このような鉄仮面を付けた男にも見覚えはない。また、現在のアントリアを軍事的に支えている大工房同盟から派遣された「白狼騎士団」の中にも、このような人物がいるという話は聞いたことがない。 「この男は、大陸中を渡り歩き、幾多の混沌を鎮めてきた歴戦の勇者だ。この男に、我が軍の特殊部隊の指揮権を委ね、今回の調査兵団の『本隊』とする」 どうやら、アントリアとは無関係の、ダン・ディオードの個人的な知人のようである。ダン・ディオードはもともと、流浪の騎士として世界中を渡り歩いて混沌と戦っていた人物であり、その人脈は極めて広い。それ故に、これまでにも在野から優秀な人材を登用することは幾度かあったが、どうやら今回も、そのような形での大抜擢のようである。 「そしてマーシャル、お主は、アントリア騎士団の一隊を率いて、副官としてこやつを補佐せよ」 「畏まりました。謹んで拝任させて頂きます」 これまでにもマーシャルは幾度か戦場に赴いたことはあるが、実質的に騎士団を代表する指揮官としての出陣という意味では、今までにない大役である。 「コートウェルズには、北方の港町パルテノから出立してもらう。その地で、パルテノの警備隊の一部と、『エーラム』および『暁の牙』から派遣された部隊と合流した上で、現地へ向かえ」 どうやら今回は魔法都市エーラムと、傭兵団「暁の牙」にも協力要請を出しているらしい。かなり複雑な混成部隊となるが、そうなると尚のこと、「アントリア騎士団」の代表としてのマーシャルの責任は重い。 「出立は明朝の予定だ。今回は非常に危険な任務ということもあり、お主の育ての親であるバルバロッサには、今夜は非番を申し付けてある。出立前に、話すべきことは話しておけ」 「お心遣い、感謝致します」 「養父との今生の別れ」になるかもしれない、という意図を理解したマーシャルは、改めて深々と跪く。その様子を確認した上で、ダン・ディオードは玉座から立ち上がってその場を去り、そして謎の鉄仮面の男・ホルスは、淡々とした口調でマーシャルに告げる。 「聞いての通りだ。よろしく頼む」 そう言って、彼もまた謁見の間から立ち去っていった。これから生死を共にする相手に対する態度としては淡白すぎるようにも思えるが、マーシャル自身もまた、仕事仲間や上官に対して濃密な人間関係を求める性格ではないため、そのような態度に対して特に違和感を感じることもなく、彼もまた静かにその場を後にする。この任務の後に、自分の運命が思いもよらぬ方向へと大きく変転することなど、この時点でのマーシャルが知る由もなかった。 * その日の夜、マーシャルは言われた通りに、自宅にて養父バルバロッサ(下図)と二人きりで会食することになった。戦争の激化に伴い、軍務に追われている騎士団長にとっては、久々の休息の一時でもある。 バルバロッサは同性愛者であるため、妻も実子もいない。過去には騎士団内の何人かの男性と浮き名を流したこともあったが、これといった特定のパートナーを作ることもなく、彼にとって「愛情を注ぐべき家族」は、今も昔もマーシャル一人である。無論、それはあくまでも「親子」としての情であり、一人の「男性」としての劣情を抱いたことは一度もない。あくまでも、ごく一般的な「父子家庭」の関係であった。 今回の任務の内容については、事前にバルバロッサも聞かされていたらしい。その上で、彼は自信を持ってこう告げる。 「今回は急な任務になってしまったが、ホルスは信頼出来る男だ。彼のことを『陛下の名代』だと思って、安心して付いていけばいい」 彼にとってのホルスがどのような位置付けなのかはよく分からないが、信頼する「父」にそう言われたマーシャルは、素直にその言に従う意志を示す。すると、それに続けてバルバロッサはこう問いかけた。 「ところで、今のお前は何のために戦っている?」 出陣前にこのようなことを聞く「父」の意図はよく分からなかったが、これに対してマーシャルは率直に答える。 「この国を支え、父の力になるためです」 それが、偽らざる彼の本心である。バルバロッサは大陸のヴァンベルグという国の出身らしいが、マーシャル自身はアントリアで生まれ、育ってきた。当初、彼が仕えるべき主君は(ダン・ディオードの元妻ロレインを中心とする)旧アントリア子爵家の人々であったが、ダン・ディオードがこの国を乗っ取った後も、父と共にアントリアを支え続けるという意志は変わらなかった。彼にとって大切なのは「国」とその地に住む「民」であり、その「主」が変わったからと言って、「アントリアを支える」という信念が揺らぐことはない。それこそが、彼にとっての「覇道」であった。 「そうか。その中でも誰か特別に、守りたい存在はいるか?」 「いえ、特に個人ということはございませんが……」 しいて挙げるなら「父」ということになるのであろうが、あくまでも彼の中ではバルバロッサは「補佐する対象」であって、「守る対象」ではない。そもそも今の自分が「父を守る」などという発想自体が、おそらく彼の中では「おこがましい」という考えなのだろう。 やや困惑しながらそう答える「息子」に対して、バルバロッサは遠くを見ながら呟くように語り始める。 「私には、守りたかった者が三人いた。一人は、お前の母であるジャクリーン。彼女はコートウェルズで受けた傷の後遺症が原因で、お前を産むと同時に死んでしまった」 ジャクリーンとは、バルバロッサの妹である。兄同様の長い黒髪の美人だったという噂はあるが、その人物像については、あまり詳しく聞かされていない。そして、彼女の夫(マーシャルの実父)が誰だったのか、という点についても、バルバロッサはマーシャルに何も伝えていない。それがどういう意図なのかは不明だが、マーシャル自身も、幼少期からバルバロッサこそが「尊敬すべき父」と考えていたこともあり、自分の血縁上のルーツについては、あまり関心がなかったようである。 「もう一人も、コートウェルズの戦いで命を落としたと聞く。そして最後の一人が、お前だ」 「二人目」については深く語らぬまま、バルバロッサはその「最後の一人」に対して、いつになく強い感情を込めた眼差しを向ける。 「もし、お前までもがコートウェルズで龍の餌食になったら、私は騎士団長の座を投げ出して、一人でコートウェルズに乗り込むことになるだろう。そして、私がいなくなれば、我が国の軍事系統は大きく乱れることになる。だから、お前が生きて帰ること。それが、この国を守ることにも繋がるのだ。分かったな」 バルバロッサも、どちらかと言えばマーシャル同様、あまり感情を表に出さない人物である(というか、マーシャルの性格自体が、父譲りであるとも言える)。その彼が、このような感傷的な顔を見せることなど、滅多にない。そこまで感情を表に出すに至った詳しい事情は分からないが、その想いの強さだけは、マーシャルにもヒシヒシと伝わる。 「はい、必ず生きて戻ります」 そう言って、マーシャルは静かに決意を固める。その瞳に奥底に秘めた闘志を確認したバルバロッサは、安心したような笑みを浮かべる。 (お前はきっと、この戦いで「真実」を知り、そして大きな宿命を背負わされることになるだろう。おそらくはそれが「彼」の意志。その上で、お前がどのような道を選ぶことになろうとも、それはお前の自由だ) そんな想いを抱きながら、バルバロッサはグラス越しに「息子」の姿を眺める。その表情に、亡き妹と、そして「彼の実父」の面影を重ねながら……。 1.2. 魔道のエリート少女 ヴェルナ・クアドラント(下図)は、エーラム魔法学院の女学生である。若干5歳にして時空魔法師としての才能に目覚め、14歳で高等部を卒業し、現在は18歳で大学院に通うという、世界中の優秀な子女が集まるこのエーラムの中でも、特に「エリート」と呼ばれる経歴を積み重ねてきた。 彼女の師匠は、エーラム内でも高等教員として知られるノギロ・クアドラント(下図)である。彼の本来の専門は生命魔法だが、時空魔法を含めた複数の分野に精通し、魔法師協会の中でも一目置かれる実力派として知られている。それに加えて性格は温厚な人徳者ということもあり、彼に師事を請う者は多いが、一教員としての評判の高さとは裏腹に、「養子」としての直弟子はあまり多く採ろうとはしない。 そんな彼の中、彼の数少ない「秘蔵っ子」と言われているのが、このヴェルナなのであるが、彼女には「5歳」以前の記憶が無い。入門時に、それまでの記憶を全て抹消されているのである。通常、魔法の才能に目覚めた者が魔法師の家に入門する場合、それまでの家族との関係を断ち切るのが慣例と言われているが、実際には入門後も実家と何らかの形で繋がりを持つ者も多く、ましてや記憶を完全に消去される事例など、滅多にない。 故に、そのような「数少ない例外」としての「過去の記憶を消された者達」に対しては、「凶状持ち」「心的外傷を受けた過去」「特別な出自」などの事情があるのではないか、といった噂が広まりやすいが、その真相は学院上層部のみが知る極秘事項とされている。ヴェルナの場合も、周囲の者達は様々な憶測を立てているものの、彼女自身は、自分の過去については特に気にしている様子はない。一応、ノギロから、彼女の両親は「ノギロの旧友」であるという話だけは聞かされていたが、今の彼女にとっては、「師匠」にして「養父」であるノギロに育てられた記憶だけが「人生」の全てであり、それ以前のことにそれほど強い関心も持っていなかった。 そんな二人の許に、エーラムから遠く離れたブレトランド小大陸のアントリア子爵ダン・ディオードから、意外な依頼が届くことになったのである。 「コートウェルズの調査のために、アントリアからエーラムに協力依頼が来ました。今回は、アントリア子爵が、あなたを直々にご指名らしいです」 そう言って、ノギロは愛弟子にして養女のヴェルナに対して、その依頼書を手渡す。そこには確かに「時空魔法師ヴェルナ」の派遣を希望する旨が記されていた。 この世界の最高峰の頭脳が集まるエーラムに対して、混沌関連の調査のために魔法師の派遣を要望すること自体は、それほど珍しくない。だが、そこで名指しで、しかもまだ学生身分の者を指名することは、かなり異例の事態である。しかも、現在のアントリアには、ヴェルナと直接接点のあるような先輩がいる訳でもない以上、(学院内ではそれなりに名の知れた存在とはいえ)世界的な知名度がある訳でもないヴェルナを指名するのは、少々不自然なようにも思える。果たして、誰の推挙によるものなのか。 「私としては、あまり承諾したくなかったんですけどね……」 ヴェルナにギリギリ聞こえるレベルの小声で、ノギロはボソッとそう呟く。どうやら、彼がヴェルナを積極的に売り込んだ訳ではないらしい。だが、その表情から、なぜ彼女が選ばれることになったのか、その事情を知っているようにも見える。ただ、なぜ「承諾したくなかったのか」という理由については、はっきり述べなかった。どうやら、ただ単に「危険だから」というだけの理由ではないようだが、そのことについては触れないまま、話を続ける。 「とりあえず、龍の生態系の異変ということであれば、確かに、我々の混沌に関する知識が役に立つこともあるでしょう。ここで学んだことを生かせるよう、頑張って下さい。ただ、無理はしないで下さいね。いかに今回の仕事が大切であろうとも、命を捨てる必要はありません」 「分かりました。まだ師匠から教わることはありますし……」 それに続けて何かを言おうとした彼女だが、色々と言いたいことがまとまっていない様子である。ノギロもあまり「本音」を語らないタイプだが、その性格については、彼女にも悪い形で引き継がれてしまっているらしい。もっとも、彼女の場合は、それを克服しようとする意志は持っているのだが。 そして、言葉には詰まりながらも、彼女の瞳の奥には、今回の任務に向けての強い決意が宿っていることをノギロは感じ取っていた。彼女はもともと、混沌に苦しむ人々を救うことには並々ならぬ意欲を燃やすタイプである。コートウェルズやブレトランドの人々が困っていると聞けば、放ってはおけないのは自然の流れであろう。 「まぁ、学生の間に実地研修に行くのは良いことです。場合によっては、その場で出会った君主と契約を結ぶこともありますが、あなたはまだ若いですし、慎重に決めて頂ければ結構です」 そう言いながら、ノギロにはもう一つ、懸念事項があった。それは、あまり世間馴れしていない18歳の「年頃の娘」を、自分の手の届かぬ見知らぬ異国の地に派遣することへの不安である。今回の遠征で、アントリアやコートウェルズの軍人達と共同作戦をおこなう過程において、彼女の中で誰かに「特別な感情」が芽生える可能性もある。それ自体は「父親として受け入れねばならない現実」だと彼も分かってはいるのだが、彼の中では「通常の父親」以上に、娘の将来を不安視する理由があったのである。 (この子には「彼女達のような人生」を歩ませたくはないのですが……、そう考えること自体が、既に「親のエゴ」なのですかね) 心の中でそんな自問自答を繰り返しつつ、彼女の護衛として、自分の私兵である盾兵部隊を随行させることを決意する。そして彼は密かに、兵士達に「もし、彼女が当分帰って来れない状態になったとしても、そのまま彼女を守り続けるように」と厳命するのであった。 1.3. 仇討ちに燃える若武者 ウィルバート・ファーネス(下図)は、アトラタン大陸屈指の傭兵団「暁の牙」に所属する邪紋使いである。まだ15歳の若武者であるが、傭兵団内でも屈指の「龍のレイヤー」として知られ、年齢以上に風格を感じさせる雰囲気を漂わせている。 そんな彼が、とある駐屯場にて鍛錬に励んでいた時、傭兵団長である「隻眼のヴォルミス」(下図)が現れた。どうやら、仕事の話らしい。 「次の派兵依頼が届いた。アントリア軍と一緒に、コートウェルズの調査に向かって欲しい、だとよ」 「コートウェルズ」と聞いた瞬間、ウィルバートの中で何かがピクッと反応する。その反応をあらかじめ見越していたヴォルミスは、そのまま説明を続ける。 「何を考えているのかは分からんが、アントリアの大将はこの任務の指揮官として、お前さんをご指名だ」 「指名?」 「暁の牙」に派兵を要請する場合、その任務に合わせて適切な人材を選択するのがヴォルミスの仕事だが、場合によっては、依頼先から「この部隊を派遣してほしい」と指定されることもある。だが、まだ年少で実績の少ないウィルバートが指名されるというのは、彼自身にとっても全く想定外の話であった。 「まぁ、あの子爵様は、ゲイリーとファインとは昔馴染みだったらしいし、息子であるお前さんに『仇討ち』の機会をやりたいのかもしれんな」 「ゲイリー(下図左)」と「ファイン(下図右)」とは、ウィルバートの両親の名である。父であるゲイリーはアームズ、母であるファインはシャドウの邪紋使いであり、二人とも「暁の牙」の中でも屈指の強者として知られていた。 しかし、二ヶ月前、コートウェルズでの戦いにおいて、この地を支配する龍王イゼルガイア(下図)との戦いで命を落としたという報告を、ウィルバートは聞かされていたのである。 そして、この二人が昔、現在のアントリア子爵であるダン・ディオードと共に「冒険者」として戦っていたという噂も、ウィルバートは聞いたことがある。ただ、本人達がその時代のことはあまり語ろうとしないので、どのような関係だったのかはよく分かっていない。 「ただ、もし龍王に遭遇したら、迷わず逃げろ。アイツは、今の俺達が全力で戦っても、勝てる相手じゃねぇ。お前も色々思うところもあるだろうが、今回は『敵を知るための任務』だと考えておけ。絶対に、無理をするんじゃねぇぞ」 ヴォルミスは、暁の牙の中でも最強クラスの邪紋使いであり、この大陸全体を見渡しても、彼と互角に渡り合える人物は数えるほどしかいないと言われるほどの豪傑である。その彼をもってしても、「勝てる相手ではない」と断言させるほどの存在、それが「龍王イゼルガイア」という投影体なのである。 「分かった」 露骨に不機嫌そうな顔をしながら、ウィルバートはそう言って頷く。ただ、口ではそう言っていても、実際に龍王を目の前にしたら、この男は我を忘れて戦いを挑もうとするかもしれない、ということに、ヴォルミスは薄々勘付いていた。無論、だからと言って、今回の任務の指揮官を他の者に委ねる訳にもいかない。アントリア子爵はおそらく「粋な計らい」のつもりで指名したと推測される以上、どんな理由であれそれを断るのは、傭兵団にとっても、そしてウィルバート自身にとっても、不名誉この上ない話である。 「あと、こないだ俺達はヴァレフール側に雇われてアントリア軍と戦ったから、もしかしたら、そのことで何か因縁をつけられるかもしれないが、気にするな。適当に聞き流しておけ。傭兵ってのは、いちいちそんなこと気にしていたら、成り立たん」 ヴォルミス達は数ヶ月前、ヴァレフールとアントリアの国境を守る長城線(ロングウォール)を海経由で突破してきたアントリアの特殊部隊に協力するフリをしつつ、終盤で彼等を騙し討ちにするという、長城線を守るケリガン家の三男坊リューベンが企てた計略に協力している(第3話「長城線の三兄弟」参照)。アントリア側にしてみれば、仲間面していた「暁の牙」に裏切られた形になるが、この計画を立てたのは彼等の雇い主であるリューベンであり、「暁の牙」はその命令通りに賃金分の仕事をこなしたにすぎない、というのがヴォルミスの主張である。彼の中では、これは「傭兵としての不義」には当たらない。 とはいえ、もし、調査兵団の中に(可能性は低いが)この時のアントリア軍の生き残りが参加していたら、おそらくその理屈では納得出来ないだろうし、「暁の牙」に対して猜疑心を抱く者もいるかもしれないが、今回は雇い主がアントリア子爵である以上、ウィルバート達がアントリアを裏切ることはありえない。そのことは「雇い主との契約は絶対に守る」という「暁の牙」の本質を理解している指揮官にとっては、自明の理である。アントリア側の指揮官がまともな判断力の持ち主であれば、きちんとそのことを部下達に諭しているであろう。 その上で、ヴォルミスはアントリア軍と合流するための手筈を一通りウィルバートに伝えると、決意に燃える瞳を滾らせた彼を横目に、その場を立ち去る。現在、ウィルバートが率いている兵達は、もともとはゲイリーが指揮していた部隊の者が大半であり、おそらくはその兵達の多くも、今回の任務に対して、並々ならぬ覚悟で臨むことになるであろう。 (まぁ、気持ちは分かるが、「叶わない相手」がいることを知るってのも重要なんだよ。戦場で生きる者としてはな) 無論、そう言ったところで、今のウィルバートの耳に届かないことは分かる。だから、彼自身が自らの肌で実感するしかない。今の自分の限界と、その先に広がっているかもしれない可能性の有無を。 1.4. 故郷を捨てた貴公子 シドウ・イースラー(下図)は、アントリア北岸の地・パルテノの街の警備隊を率いる、17歳の邪紋使いである。彼は、邪紋使いの中でも特に一般人から忌み嫌われやすい「アンデッド」と呼ばれる邪紋の持ち主であり、その雰囲気はどこか、人間離れした不気味さを醸し出していた。 しかし、彼は生まれながらにしてこのような風体だった訳ではない。彼の父は、コートウェルズ最大の都市クリフォードの領主であるマーセル・イースラー男爵である。しかし、シドウは長男であったにも関わらず、なぜか幼少期から「後継者」とは目されず、父はシドウの一歳年下の妹・ソニアに自らの従属聖印を授け、「自分に何かあった時は、ソニアを当主とせよ」と家の者達に告げていた。つまり、兄である筈の自分を差し置いて、妹が「次期男爵」であるとはっきり明言されていたのである。 幼少期のシドウは決して問題児だった訳でもなく、逆にソニアが特別優秀だった訳でもない。しかも、イースラー家の過去の継承においても、長男を差し置いて妹が後継者となった事例など、聞いたこともない。だが、父も、母も、そして長年イースラー家に仕える者達も、なぜかその決定を「当然のこと」と認識しているようで、その理由を問い質そうとしても、はぐらかされるばかりであった。 シドウは、そんな自分の境遇に不満を抱きつつ、少しでも周囲の者に認められようとして、聖印を持たされないまま武芸の鍛錬に励み、龍や魔物との戦いにも積極的に飛び込んでいくことになる。そしてある時、街の近くに現れた凶悪な投影体との戦いに敗れた彼は、瀕死の重傷に陥るが、その時、何者かの力によって「邪紋」を身体に植え付けられた彼は、アンデッドの邪紋使いとして覚醒し、見事にその投影体を討ち果たす。しかし、その不気味に変わった姿に恐怖を抱く人々の反応を目の当たりにした彼は、混沌と戦うことの意義、更には混沌そのものの意味を知るために、実家を捨て、旅に出ることになる(ちなみに、彼に力を与えた人物の正体は、パンドラの闇魔法師クラインなのだが、彼はそのことを覚えていない)。 そして、海を越えてブレトランドへと辿り着いた彼は、その邪紋使いとしての実力をパルテノの領主エルネスト・キャプリコーン(下図)に見出されたことで、彼の下で軍人として仕官することを即断する。クリフォードでは中途半端な立ち位置に悩まされていた彼にとって、血筋や家柄に関係なく自分を必要とする人物がいるのであれば、そのために自らの力を捧げることに、何の躊躇もなかった。むしろ、実家を離れたことで、ようやく彼は「自分自身の居場所」を手に入れることになったのである。 そんな彼の現在の主であるエルネストから、出仕要請が伝えられる。どうやら、いつになく重要な任務が与えられるらしいということを理解したシドウが領主の執務室へと向かうと、エルネストは真剣な表情で、彼にこう告げた。 「まもなく、首都からコートウェルズに派遣される調査兵団が到着します。あなたも彼等と合流して、現地に向かって下さい。これは、子爵陛下からの勅命です。あなたはもともと、かの地の生まれとのことですし、この地に何度か実際に飛来してきた龍と戦ったあなたの経験は、きっと役に立つでしょう」 どうやら、思わぬ形で「里帰り」させられることになったらしい。厳密に言えば、今回の派遣先は、コートウェルズの中でも北部に位置する「ゼビア地方」らしいので、彼の故郷であるクリフォード市からは、かなり離れた位置ではあるのだが、その調査の結果次第では、クリフォード方面にまで足を運ばなければならなくなる可能性もあるだろう。 しかし、だからと言って、それを拒む権利は彼にはないし、そこで余計な気を回して悩んでも仕方がない、と割り切っていた。アントリア軍に仕官した時から、彼の中では「どんな任務でも引き受ける」という覚悟は固まっていたのである。そして現実問題として、現在のパルテノは飛来する龍の増加によって多くの被害が発生しており、首都に調査兵団の派遣を提案したのは、他ならぬエルネスト自身であった。この状況において今更自分が出陣命令に対して逡巡することなど、彼の信念が許す筈がない。 「現地までの航行は、最近は龍の出現率が多くて危険なので、対龍戦に秀でた海賊船を雇うそうです。残念ですが、我が国の海軍は、南方に出現した神聖トランガーヌからの再侵攻に備えるため、動かす余裕がありません。まぁ、海賊船と言っても、陛下のお墨付きを得た者達らしいですが」 神聖トランガーヌ枢機卿領の主力部隊は、大陸中の日輪宣教団によって集められた大艦隊である。現在、魔境の出現によってアントリアへの陸路を断たれている彼等が、今後、海路を使って北上してくる可能性は十分にありうると警戒するのも当然の話であろう。 「それならば、安心ですね」 シドウはそう言った上で、謹んでその任務を拝命する意志を伝える。色々と故郷への複雑な想いを抱きながらも、今はただ、与えられた使命を遂行することに専念しようとしていた。 その上で、さっそく出立の準備のために退室していくシドウを見送りながら、エルネストの頭の中には、素朴な疑問が沸き上がっていた。 (なぜ陛下は、あえてシドウを選んだのだろう? 他の指揮官達も、年若い者達ばかりのようだが……) いつものダン・ディオードであれば、このような重要な任務に対して、実戦経験の少ない若者達を中心に編成を組むとは考えにくい。総指揮官のホルス・エステバンにしても、これまで聞いたこともない人物であり、どこまで信用して良いのか、周囲の者達には測りかねる。見方によっては、今回の調査兵団は「捨て駒」として選ばれたように見えなくもない。 だが、それ以上の詮索が無意味であることは、エルネストも理解していた。ダン・ディオードはこれまでも常に、周囲の者達の想定の範囲外の作戦を立案し、ここまで勢力を拡大してきたのである。「陛下の決めたことであれば、間違いなどある筈がない」と、部下達に信じ込ませるだけの実績を積み重ねてきた過去を思い返せば、今回も自分ごときが余計な考えを回す必要もない、エルネストはそう自分に言い聞かせながら、シドウ不在時の街の警備システムの再編案の作成に取りかかるのであった。 2.1. 孤高の女海賊 こうして、アントリア北岸のパルテノの街に、5人の指揮官に率いられた五つの部隊が結集することになった。アントリア騎士団、エーラムの魔法師の私兵、傭兵団「暁の牙」、辺境都市の警備隊、それぞれの代表である少年少女達を前にして、総責任者である(「アントリアの特殊部隊」を率いる)鉄仮面の男が挨拶する。 「ホルス・エステバンだ。今回の遠征の指揮官を仰せ付かった。これから先の調査の展開次第では長旅になるかもしれんが、よろしく頼む」 淡々とした中年男性のようなその声を聞いた魔法師の少女ヴェルナは、一瞬にして彼の鉄仮面の内部に仕込まれた魔法装置の存在に気付く。それは、エーラムの錬金術師が生み出した特殊な魔法具であり、話者の声を人工的に合成された別の声に切り替える機能を持つギミックが組み込まれている。彼女が教養科目として履修していた錬金術の講義で聞いたその装置の合成声と同じ波動を、彼の発言から感じ取ったのである。 顔を隠した上に、声まで変える必要があるこの人物は一体何者なのだろうか、などと彼女が考えていることには誰も気付かぬまま、今度は彼女を含めた四人の下位指揮官達が自己紹介させられる。 「私はアントリア騎士団のマーシャル・ジェミナイ。後方から弓兵隊を指揮して敵を挑発してその陣形を乱しつつ、聖印を用いて友軍を支援することが主な仕事だ」 マーシャルの養父バルバロッサは、前線に立って敵を食い止めるタイプの騎士であるのに対し、マーシャルは後方からの指示・支援を得意とするスタイルであり、その戦い方は全く対照的である。騎士団長の息子という「特権階級」である上に、「危険の少ない後方部隊」ばかりを担当していることもまた、彼が一部の騎士団員から嫌われる一つの理由でもあった。 「エーラム魔法学院のヴェルナ・クアドラントと申します。専門は時空魔法です。あと、料理も得意ですので、お腹が空いた時には、いつでも仰って下さい」 そう言ってヴェルナは頭を下げるが、今回の任務においては、食料担当要員はホルス率いる本隊の中に組み込まれている。そして、彼女自身は「料理が得意」と思っているが、彼女の味覚は非常に「寛容」で、普通の人間では口にしないような食材・調味料でも「美味しい」と感じてしまうため、彼女の手料理はあまり初心者にはオススメ出来ないと判断したノギロが、事前にアントリア側に対して「彼女に料理は作らせないように」と通達していた。そのため、幸か不幸か、この旅の間に彼女がその腕を披露する機会が与えられることはないのだが、この時点での彼女はまだそのことを知らない。 「傭兵団『暁の牙』のウィルバート・ファーネスだ。『龍の爪牙』で敵を蹴散らすのが俺の役目。前線での戦いは任せてもらおう」 実はこの四人の中ではウィルバートが最年少なのだが(マーシャルも同い年だが、ウィルバートの方が誕生日は遅い)、その風格からは、既に歴戦の勇者のオーラが滲み出ている。そして、「両親の仇討ち」という強い決意を持って今回の作戦に臨んでいる彼は、この中の誰よりも強い闘志に満ち溢れていた。「龍の巣」に乗り込む上で、彼の持つ「龍を模した能力」がどこまで通用するのかは分からないが、彼ならば安心して任せても大丈夫だろう、という不思議な安心感が醸し出されていることを、周囲の者達は感じ取っていた。 「俺はパルテノの警備隊長、シドウ・イースラー。見ての通り、アンデッドの邪紋使いなので、大抵のことでは死なない。アントリア軍の盾として、皆をお守りしよう」 その血色の悪そうな肌と生気を感じさせない表情は、どこか奇妙な威圧感を周囲の者達に対して与え、兵達の一部を萎縮させる。だが、戦場で生きてきた者達や、混沌に通じた魔法師であれば、アンデッドの力を持つ邪紋使いが戦場でいかに頼りになるかは理解している。それに、その不気味な容貌とは裏腹に、彼の物腰からどこか「気品」を感じさせることからも、彼がただの「辺境の軍人」ではないことを薄々感じ取っている者もいたようである。 こうして、一通りの自己紹介を終えた彼等は、シドウに案内される形で、パルテノの港へと向かう。すると、そこには「赤いガーベラ」が描かれた旗を掲げた巨大な船が停泊していた。どうやら、これが今回彼等をコートウェルズへと導く「海賊船」のようである。 そして、彼等がその船に近付いていくと、船体から、テンガロンハットを被り、毛皮のマントを片肩にかけた、顔に傷のある女性(下図)が降りてくる。その姿は、まさに典型的な「女海賊」の風貌であった。 「あれが、今回の水先案内人の女海賊、『傷顔(スカーフェイス)のアクシア』だ」 ホルスが彼女を指差しながらそう言うと、それに気付いた彼女は、靴音を響かせて近付きながら、ホルスに向かって話しかける。 「久しぶりだねぇ……、ホルス殿?」 なぜか、ホルスの名を呼ぶ前に「微妙な間」が空いていたのだが、そのことに皆が違和感を感じるよりも前に、彼女は両手を広げて「客人」達に歓迎の意を示す。 「ようこそ、我が『鮮血のガーベラ』へ。私が船長のアクシアだ。これから皆を『龍の巣』へとご案内しよう。ここから先は海も荒れる。船旅に馴れていない者にとってはキツいかもしれないが、安心して我々に任せてくれればいい。で、その子等が今回の隊長さん達、ということでいいのかな?」 そう言いながら、ホルスの後ろに控える四人に目を向けていた彼女は、ヴェルナと目があったところで、目を丸くして驚いたような表情を浮かべる。その様子はヴェルナにも分かったが、彼女に全く見覚えがないヴェルナには、その理由は分からない。 次の瞬間、アクシアは険しい表情を浮かべて、ホルスを睨みつけた。 「あんた……、ちょっと後で話がある。船長室に来い」 その鋭い視線に、何か並々ならぬ事情を抱えていることはその場にいた皆が感じ取っていたが、ひとまずこの場では誰もその件には触れないまま、海賊船へと乗り込むことになる。こうして、様々な思惑を載せたまま、彼等のコートウェルズへの旅は幕を開けることになるのであった。 2.2. 荒波の航海 調査兵団を載せた海賊船「鮮血のガーベラ」は、コートウェルズ北部のゼビア地方へと向かって順調に航行していく。といっても、「順調」と感じていたのは、この地区の荒れた航海に馴れた海賊達だけであり、調査兵団の者達にとっては、激しい波に揺られ続ける船旅は、決して快適なものではなかった。 その中でも特に苦しんでいたのは、ヴェルナとシドウである。二人は強烈な船酔いに苦しみ、甲板で激しい嘔吐を繰り返していた。 「おいおい、大丈夫かよ、こんなガキンチョが指揮官で」 海賊船の船員達が、不安と嘲笑が入り交じるような口調で、遠巻きにその二人を眺めながらそう呟く。 「ごめんなさい、船というものは、どうしても馴れなくて。これでも、ブレトランドに来た時よりは、少しはマシになったんですが……」 さすがに、山奥のエーラムで育ったヴェルナには、この船旅は馴れないらしい。人生二度目の航海がこれほどの荒波では、体調を崩すのも無理はない。 「あー、もう、こんなとこ……、はよ帰りてぇなぁ…………」 シドウもまた、船に乗るのはこれが(ブレトランドに来た時に続いて)二回目である。戦場での負傷ではそう簡単に倒れることがない彼でも、船酔いは別物らしい。ちなみに、彼の中での「帰る場所」は、おそらく故郷であるコートウェルズではなく、現在の自宅のあるパルテノのことであろう。 「おい、ナヨナヨしてんなぁ。そんなんで大丈夫なのかよ?」 そう言って、それまで海賊達と一緒になって二人を茶化していたウィルバートが二人に近付いてくる。 「まぁ、そっちの時空魔法師さんは仕方ないとしても、おい、お前、それでも警備隊の隊長か!?」 「うるせぇよ、静かにしてくれよ、気持ち悪いんだよ……」 「そういう時はな、俺達の傭兵団に伝わる歌を聴かせてやろう。元気が出るぞ」 そう言って、ウィルバートは大声で歌を歌い始める。その歌声は、上手くもなく、下手でもなく、なんとも中途半端なレベルであったが、船酔いに苦しむ二人にとっては、フラフラした頭に大声が響き渡ることで、余計に不快にさせられる。 「おい、やめろ! 今はそんな気分じゃ……、うっ……」 そう言って、シドウが再び海に向かって体内の(不浄な)モノを吐き出そうとしているのを横目に見ながら、初めての航海である筈にも関わらず平気な様子のマーシャルは、ホルスに今後の任務についての確認を求める。 「ホルス殿、到着前に、上陸後の予定について教えてほしいのだが」 「そうだな。今のうちに伝えておいた方がいいだろう」 そう言って、ホルスはゼビア地方の地図(下図)を取り出し、マーシャルに説明する。 「我々が向かっているのは、このバイロンという漁村だ。順調に行けば明日の朝には到着するだろう。まずこの地で情報を仕入れた上で、ビブロスおよびヴァイオラ方面へと調査を進めて行く。どの順番で進めるのか、隊を分けるのか、といったことは、得られた情報に基づいて判断する」 今回の遠征は情報収集そのものが目的なので、現時点ではこのような大まかな予定しか立てられていない。ちなみに、このゼビア地方は混沌濃度が高く、作物の生産にもあまり適していないため、人口も少ないが、その割にはなぜか投影体があまり出現しない地域だったという。しかし、最近になってアントリアに現れる龍達の大半は、この地方から飛来しているらしい。 そんな話をしている最中、船員の一人が、申し訳なさそうにホルスに問いかける。 「旦那、いいですかい? そろそろ、ウチの姐さんが待ちくたびれているんですが……」 「あぁ、そうだったな」 そう言われたホルスは、船員と共に船の奥へと案内される。おそらくは、乗船前にアクシアが言っていた「船長室に来い」という一件であろう。ひとまず最低限の方針確認が出来たことに満足したマーシャルは、与えられた自室に戻り、到着後の任務に備えて一人、身体を休めるのであった。 2.3. 大人達の事情 その後、日も陰り始め、ようやく吐き気が少し収まってきたヴェルナが部屋に戻ろうとすると、船員の一人が彼女に声をかける。 「なぁ、アンタも隊長さんなんだっけ?」 「あ、はい、そうです」 船酔いで気分が悪いのを取り繕いながら、ヴェルナがそう答えると、申し訳なさそうにその船員が彼女に頭を下げる。 「ちょっと、ウチの船長に急遽伝えなきゃならないコトが出来たんだが、船長から、今は絶対に部屋に入るなと言われててさ……。悪いけど、今、船長室にいるそっちの大将を、何らかの理由をつけて部屋から連れ出してもらえないかな? あんたらなら客人だから、船長も仕方ないと諦めてくれると思うんで」 どうやら、ホルスが船長室に呼び出されたまま、まだ長話が続いているらしい。そして、この船員の様子から、何やら深刻な事態が発生しているらしいことは、ヴェルナにも読み取れる。 「分かりました。では、今から行ってきます」 そう言って彼女が船長室に向かい、その扉をノックしようとしたその瞬間、部屋の中から、船長アクシアの声が聞こえてきた。 「なぜ、あの子を連れてきた? 魔法師なら、誰でも良かっただろう」 文脈上、ここで言うところの「あの子」とは、どう考えても自分のことである。思わずヴェルナが手を止めると、中からそのまま二人の会話が聞こえてくる。 「誰でも良いなら、アイツでも問題ない筈だ。才能ある若い魔法師を連れてくるのに、何の問題がある?」 「あの子には……、私の因縁とは無関係に生きてほしかった」 ホルスの人口合成声に対して、そう答えたアクシアの声は、どこか力無く、辛さと哀しさが込められているのを感じ取っていた。ヴェルナの知る限り、彼女はアクシアとは面識がない(少なくとも、彼女の中にある「5歳以降の記憶」の中には)。しかし、アクシアの方は、ヴェルナのことを知っている様子である。しかも、彼女の中では「自分の因縁」と関わるほどに深い関係らしい。 「それは無理だ。いくらノギロがそのことを隠そうとしても、エーラムで混沌の研究を続けていれば、いずれアイツ自身が気付く筈だ。自分の身体が普通の人間ではないことにな」 その淡々としたホルスの発言が、ヴェルナに大きな衝撃を与えた。どうやら、この鉄仮面の男は、自分の養父であり師匠でもあるノギロと面識があるらしい。そして、自分の身体が「普通の人間ではない」とは、一体どういうことなのか? 混乱した状態のヴェルナの存在に気付くこともなく、女海賊アクシアは更に会話を続ける。 「そうかもしれない。だが、それならなぜ私に案内役を頼んだ? なぜ私の目の前にあの子を連れてきた? アントリアに余力がないなら、ノルド海軍にでも依頼すれば良かっただろう」 ノルドとは、アントリアの所属する大工房同盟の一員であり、海洋王エーリクによって率いられた「北海の雄」である。現在、アントリアに対して本格的な軍事援助をおこなっており、アントリアの主力の一角を為す「白狼騎士団」も、この地から派遣された人々である。 「これ以上、同盟諸国に借りを作る訳にはいかない。お前が優秀だから頼った、それだけのことだ。余計な邪推を抱かず、お前は報酬に見合った仕事だけをしてくれれば、それでいい」 「つくづく、悪趣味な男だな……。まさかとは思うが、他の3人も……」 アクシアがそう言いかけたところで、船体が大きく揺れる。どうやら、急激に舵を切ろうとしたことによる反動らしいが、船に馴れていない者にとっては、何かに衝突したのか、と思わせるほどの衝撃である。 「何だ? 何が起きた!?」 そう言って、船長室から慌てて飛び出すホルスとアクシア。すると、その前に、部屋の前で立ちすくんでいたヴェルナと鉢合わせる。 「あ、ホルスさん、えーっと……」 何かを言おうとしたヴェルナだが、このタイミングでどう話を切り出せば良いのか分からず、口ごもってしまう。 「お前……、いつからそこにいた?」 そう言ったのは、ホルスではなく、アクシアである。明らかに動揺した表情を浮かべていることは、ヴェルナにも分かった。どうやら、今の会話を聞かれたくなかったようである。 「いえ、今、来ました。ホルスさんに今後の予定を伺おうかと……」 そう言って、平静を装いつつその場をしのごうとしたその時、甲板から船員の声が聞こえる。 「船長、大変です。ワイバーン(飛竜)が飛来しました」 そう聞かされたアクシアは、すぐに甲板へと向かう。コートウェルズに近付く以上、こうなることは想定の範囲内ではあったが、思ったよりも早く強敵と遭遇してしまったらしい。そして、ヴェルナもホルスに声を書ける。 「私達も行きましょう!」 人々を助けることを信条とする彼女にとって、この状況を放っておく訳にはいかない。 「あぁ、そうだな。だが、お前、大丈夫か? かなり体調は悪そうだが」 「本調子ではないけど、何か出来ることはある筈です」 船酔いで明らかに顔色が悪いのを堪えながらヴェルナがそう答えると、ホルスは仮面の奥で満足した笑みを浮かべる。 「分かった。いい心がけだ」 そう言って、彼もまたヴェルナと共に甲板に向かって走り出す。ヴェルナとしても、先刻の会話は非常に気になる内容ではあったが、まず今は、目の前の危機を乗り越えることに専念しよう、と割り切ることにした。こうして、調査兵団にとっての最初の戦いが幕を開けることになったのである。 2.4. 船上の戦い アクシア、ホルス、ヴェルナの三人が甲板に出ると、そこには既に、同様に船の揺れに違和感を感じて外に様子を確認に来たマーシャルとウィルバート、そして相変わらず海に向かって嘔吐し続けていたシドウの姿もあった。 そんな彼等の視界には、遠方から近付きつつある三匹のワイバーンの姿である。大きさからして、一組のつがいと、その子供のようにも見える。 その様子を確認したホルスは、剣を構えた上でアクシアに問いかけた。 「とりあえず、俺とお前で一匹ずつ仕留める、ということでいいな?」 それに対してアクシアが無言で頷くと、今度はマーシャル達の方に向かって叫ぶ。 「そっちの小さいのは、お前達に任せた!」 「お前達」とはおそらく、マーシャル、ヴェルナ、シドウ、ウィルバートの四人のことであろうと、彼等は即座に理解した。彼等にもそれぞれに部下の兵達がいるが、この狭い甲板の上で、しかも馴れない船上での戦いにおいて、部隊を展開することは難しい(そもそも、まだ兵達の大半は船の中である)。ここは、彼等四人だけで迎え撃つしかなさそうである。 「我が身は龍なり!」 ウィルバートがそう叫ぶと、彼の身体に龍燐が現れ、そして手の先から龍爪が伸びていく。本物の飛竜を前にして、「彼の中の龍」が戦いの怒号を上げたのである。それに続いて、ヴェルナがワイバーンに向かって、ライトニングボルトの魔法をかけようとするが、まだ船酔いで本調子ではない彼女は、足下がふらついて集中出来ず、発動に失敗してそのまま体勢を崩してしまう。 その直後、今度はワイバーンが彼等の真正面まで飛来すると同時に、その翼から、ヴェルナとマーシャルに向かって激しい衝撃波が放たれる。そこにシドウが割って入ることでヴェルナを身を挺して庇い、更に崩れた姿勢からヴェルナがクッションの魔法をマーシャルに向かって放ったことで、その衝撃波による負傷は最小限に留めることに成功するが、船酔い状態の二人は当然のごとくそのままバランスを崩して転がるように倒れ込む。 それに対して、今度はマーシャルの増幅の印を受けたウィルバートがワイバーンの側面に回り込み、自らの爪牙を突き立てる。渾身の一撃を受けたワイバーンは激しい呻き声を上げるが、それでもまだ倒れそうにない。更に続けてシドウが起き上がりながら追い打ちをかけようとするが、今の彼のフラフラの体調から放たれた攻撃が、ワイバーンに当たる筈もない。 傷を受けたワイバーンは、身の危険を感じたのか、一旦甲板から離れた上で、今度は海上から再び衝撃波をウィルバートに放つ。だが、再びヴェルナが発動させたクッションの魔法によってその衝撃が緩和されたこともあり、頑健な龍の鱗で守られたウィルバートには殆ど無傷であった。 しかし、ワイバーンが海上にいる状態では、ウィルバートの爪牙は届かない。ヴェルナもライトニングボルトがまともに発動出来ない今の状況で、唯一の攻撃手段はマーシャルの弓なのだが、ここまでの戦いから、自分の弓の実力ではこのワイバーンには傷一つ与えられそうにないことを、マーシャルは既に理解していた。そうなると、ここで彼の採るべき行動は一つ。遠方からワイバーンを挑発し、撹乱させることである。彼は甲板の上から、ワイバーンの闘争本能を刺激する動作を繰り返し、その瞳を自分に釘付けにする。 すると、見事にその挑発に乗ったワイバーンが、再び甲板のマーシャルに向かって襲いかかる。だが、今度は翼による衝撃波ではなく、自らの足の爪で彼の身体を抉ろうとしてきたのである。これではヴェルナのクッションが通用せず、シドウが庇いに入れる距離でもなかったため、その一撃はマーシャルの身体を真正面から貫き、マーシャルはその場に倒れ込んでしまう。死に至るほどの傷ではなかったが、次にワイバーンが彼に一撃を加えれば、間違いなく即死である。 しかし、このマーシャルの身を挺した作戦は正解だった。誘い出されたワイバーンに対して、再びウィルバートが全力の一撃を叩き込んだ結果、その小型の飛竜はその場に崩れ落ちる。一方、その間に大型のワイバーンと戦っていたホルスとアクシアも、どうにか撃退に成功していたようである。 「まぁ、急造部隊だから仕方ないが、お前等、もう少し連携が必要だな」 薄氷の勝利を勝ち取った四人に対して、横目で彼等の様子を見ていたホルスはそう告げる。確かに、それは彼等自身も痛感していたことである。船酔いで二人が本調子ではなかったのもあるが、それ以前の問題として、陣形もバラバラで、動きに全く統一性がなかった。 「いや、初めての船上での戦いであれば、苦戦するのも当然だ。むしろ、よくやった方だと思う」 そう言って、アクシアは彼等の功を労いつつ、ヴェルナにチラリと目を向ける。ヴェルナもその視線には気付いていたが、今の時点では何も言うことが出来ないままであった。 2.5. 龍の巣の入口 こうして、どうにかワイバーンとの戦いに勝利した彼等は、そのまま航海を続け、翌朝には無事に、コートウェルズ北部のゼビア地方南岸の村、バイロンに辿り着く。人口の少ない小さな漁村だが、アクシア達は過去に何度か補給のために立ち寄ったこともあるらしく、海賊船である「鮮血のガーベラ」が近付いてきても、動揺することなくその停泊は受け入れられた。 「じゃあ、私達はここで船を守る。ここから先は、お前さん達が気の済むまで調べてくれればいい。一応、食料は船内に数日分は貯蔵があるから、ここに来てくれれば補充は出来るからな」 一応、この村は貨幣経済が通用する地域ではあるものの、ほぼ自給自足で成り立っている村なので、いくら金を積んだところで、彼等に提供出来る食料には限界がある。狩猟で食料を得ようにも、混沌濃度の高いこの地域では、それが安全な食材かどうかを島外の者が見極めるのは難しい。ヴェルナであれば、(少なくとも彼女の中では)何でも美味しく頂けるかもしれないが、「美味しい」のと「安全」なのは、また別次元の問題である。 「ありがとうございました」 そう言って頭を下げるヴェルナに対して、アクシアは相変わらず微妙な表情を浮かべつつ、目をそらしながらも、話を続ける。 「あ、あぁ、気をつけていくんだぞ……。それから、もし、今回の件にエスタークが絡んでいることが分かったら、すぐに私に使いをよこしな」 それはホルスに対しての発言であったが、それに対してヴェルナが問いかける。彼女の中でも、このアクシアという女性と自分の関係について、気になり始めているようである。 「エスタークさんって、どういう方なんですか?」 「…………身内だよ」 短くそう答えたアクシアに対して、ヴェルナもそれ以上の詮索は控えた。おそらく、ここで更に追求したところで、彼女は何も語ろうとはしないだろう。 * こうして、ひとまずアクシアと別れた彼等は、村の中へと足を踏み入れる。すると、村の子供達がホルスを見ながら、口々にこう叫んだ。 「あ、ホルスだ! 鉄仮面のホルスだ!」 その反応は、さながら「伝説の英雄」を生で見たことに興奮しているような様子である。しかし、その鉄仮面の威圧感のせいか、あまり直接近付いて来ようとはしない。 「妙だな。俺がコートウェルズに来たのはもう随分昔の話だから、あんな子供が俺のことを知っている筈はないんだが……」 首を傾げながら、そう呟く。ただ、どうやら彼は過去にもコートウェルズに来たことはあったらしい、ということを、ここで初めてマーシャル達は知ることになる。もっとも、それが分かったからと言って、何がどうなるという訳でもないのだが。 そして、そんな子供達が騒ぐのを見て、今度は村の大人達が集まってくる。すると、その中の代表らしき人物が、話しかけてきた。 「あんた達、どちらから来なすったのか?」 それに対して、ホルスが一通りの事情を話すと、その男はひとまず信用した様子で、彼に事情を説明する。ホルスの入手していた事前情報通り、この地はもともと「混沌濃度が高い割に魔物(投影体)が少ない地域」だったらしいのだが、最近になって、北のビブロス村の方面から、龍や魔物が出現することが増えたらしい。もともと、バイロンとビブロスとの間での交流は薄かったが、このような事態になってからは、それまで以上に誰もビブロスには足を運ばなくなったため、今現在、かの村がどのような状態になっているのかも、彼等は全く把握していないらしい。 とりあえず、彼等はこの村でもう少し情報を集めるという方針を確認した上で、自分達が逗留するための「仮の宿」として、使われなくなった古い民家を借り、ひとまずは船旅と船上の戦いで疲れた身体を癒すことになった。 * こうして宿を確保したマーシャルは、ヴェルナ、シドウ、ウィルバートの三人を自室に集めて、昨夜のワイバーンとの戦いの「反省会」を実施する。 「いいか、まず、それぞれの役割を確認する必要がある。俺の仕事はお前達を聖印で支援することであり、前線に立つことではない。俺は敵を挑発するから敵は俺のところに向かおうとするが、敵を俺のところに近付けないように、陣を張れ!」 確かに、正論である。あの戦いの折に、マーシャルがワイバーンを挑発した時、シドウがマーシャルを庇える位置に移動していれば、マーシャルへの攻撃はシドウが庇うことが出来た。「味方を庇うこと」が仕事のシドウとしては、これは痛恨の失態である。そして、その役割はウィルバートでも可能であった。シドウほどではないが、少なくともマーシャルよりは彼の方が、敵の攻撃を耐えきれる可能性は高い。 一般的には、後方の指揮官が自らこのような「正論」を掲げると、前線に立つ者達の反感を買いやすい。だが、今回の戦いにおいては、実際にマーシャル自身が瀕死の重傷を負う状態になるまで身体を張って敵の攻撃に耐えている以上、シドウもウィルバートも、その主張に反論する気は起きなかった。 それに加えて、敵の攻撃パターンを把握した上で様々に陣形を変える必要性や、魔法を用いるタイミングなどについて一通り彼は持論を述べた上で、最後にこう付け加える。 「それから、俺達の兵はアントリアの兵なのだから、無駄に命を損なってはならない。いいな、絶対に生きて帰るんだ!」 厳密に言えば、ウィルバートが率いているのは「暁の牙」の部隊であり、ヴェルナの護衛はノギロの私兵なのだが、彼等も彼等で、自分に預けられた大切な兵を失う訳にはいかない、という気持ちは同じである。船上の戦いでは彼等の個人戦だったが、これから先は兵達を率いて戦うことになる以上、確かにこれは全員が心に留めておかねばならないことであろう。 このように、マーシャルは自ら音頭をとって全体の方針を規定しようとするのに対して、他の三人は素直にそれを受け入れていた。一応、マーシャルは「調査兵団全体の副官」としてダン・ディオードに任命されているものの、実はその件については、他の三人には伝えていない。つまり、これまで他の三人は、自分とマーシャルの関係は「同格」だと思っていたのだが、この場でのマーシャルの「仕切り役」としての能力に感服したことで、以後、無意識のうちに彼のことを「自分達の上官」として認識するようになる。そして、ここで築かれた関係が、この後の彼等の行動方針を大きく規定していくことになるのであった。 2.6. 龍の巣の実態 こうして、ひとまず方針確認した彼等は、村に出て情報を集めようとするが、その前に、ヴェルナがプレコグニションの魔法を用いて、ビブロスの現状についての手掛かりを探る。すると、彼女の脳裏に、三つの言葉が舞い降りてきた。 「喪失」「大鎌」「翼竜」 どうやら、この三つの言葉が、ビブロスの現状を知る上での鍵となっているらしい。と言っても、「喪失」は何が失われたのかは分からないし、「大鎌」と言われてもヴェルナにはそれが何を意味しているのかは分からない。「翼竜」は彼等が遭遇したワイバーンのことである可能性が高そうだが、今のところ、それ以上の憶測には繋がりそうにない。 だが、そんな中、ウィルバートだけは「大鎌」に心当たりがあった。実は、二ヶ月前にこのコートウェルズで戦死したと言われる彼の父ゲイリーの武器が、まさにその大鎌だったのである。と言っても、生き残った兵達の証言によれば、彼が死んだのはもっと南の地域だった筈なので、関係があるのかどうかは分からない。ひとまずこのことは、自分の中で気に留めつつも、黙ってそのまま村に出て、他の者達と共に情報収集に向かうことになった。 これまであまり調査活動に従事した経験の少ない彼等であったが、それでも根気よく村人達に聞いて回った結果、様々な情報を得ることに成功する。 まず、マーシャルが、村を訪れていた(数少ない)旅人から聞いた話によると、どうやらこのバイロンの西方に位置するヴァイオラ村に、コートウェルズ最大の都市クリフォードから派遣された義勇兵が逗留しているらしい。ヴァイオラは先日、龍の襲撃によって大きな打撃を受けたが、彼等はその復興支援のために集まった者達で、それを率いているのは、クリフォードの男爵令嬢ソニア・イースラーという少女であるという。 その話を聞いたシドウは、それまで自分の素性を彼等には話してなかったが、さすがにこれはバレるのも時間の問題と考えたのか、そのソニアが自分の妹であるということを皆に告げる。それを聞いた上で、団長のホルスはシドウにこう告げた。 「ならば、お主が仲介役となって、その部隊と共にビブロスを二方面から包囲するように調査を進めるのも良いかもしれんな」 そう言われると、シドウとしては、それを断る正当な理由がない。ソニアは彼の一歳年下の16歳で、男爵令嬢として何不自由なく育った、純真無垢な少女である。しかし、シドウはそんな彼女に対して、自分を差し置いて聖印を与えられたことへの嫉妬心と、そんな自分の心境などおかまい無しに、天真爛漫に一人の「妹」として自分を慕い、時には甘えてくる彼女に対して、食傷気味の感情を抱いていた。ある意味、彼が実家を捨てたのは、この「妹」と顔を合わせ続けるのが精神的に辛くなったから、というのも一つの理由だったのである。 一方、ウィルバートは先刻の「ホルスを見て騒いでいた子供達」の話から、彼等がホルスを知った経緯を知ることになる。 どうやら、数日前までこの村に、「絵」と「語り」を組み合わせた「紙芝居」という特殊な形式の叙事詩を語る旅芸人が訪れていたらしい(ちなみに、コートウェルズにもブレトランドにも、そのような大衆文化は本来は存在しない)。そして、彼の語る「姫をさらった龍を倒す六人の勇者達の物語」に登場する勇者の一人として、「鉄仮面のホルス」という人物が描かれていたらしい。その紙芝居屋は既に村を去り、「この後はヴァイオラに行く」と言っていたという。 そして、ヴェルナが村の年配層の人々から聞いた話によると、どうやらビブロス村には昔から「紅蓮の翼竜」を操る「ドラゴンロード」と呼ばれる一族がいるらしい、という噂を入手する。その「紅蓮の翼竜」なるものの実態はよく分からないが、少なくとも、船上でヴェルナ達を襲ったワイバーンは赤系の肌色ではなかったので、それらとは別種の個体のようである。 あくまでも伝説的な存在で、果たして本当に「龍を統御する人間」など存在するのかも疑わしいところではあるが、ヴェルナの予見にも「翼竜」という単語が現れていたことを考えると、あながち眉唾モノの話とも言い難い。いずれにせよ、詳細は実際にビブロスに行って確かめる必要がありそうである。 2.7. 龍王の眷属 こうして、村で得られた情報を彼等が整理していると、バイロンの村人達が血相を変えて、調査兵団の者達の元に集まってきた。 「大変です、ドラゴニュートの一団が、村に迫ってきました」 ドラゴニュート(龍人)とは、ドラゴンの眷属であり、二足歩行で武器や道具を使う能力を持つ投影体である。ドラゴン同様、一定の知性を持つ存在なので、状況によっては交渉することも可能な存在だが、この村に迫りつつある彼等は決して友好的な態度ではなく、彼等は村人達に対して「若くてイキのいい女をよこせ」と要求しているらしい。 その話を聞いたホルスやマーシャル達は、すぐに兵達に迎撃体勢に入るよう、命令を下す。ホルス率いる本隊は、ドラゴニュート軍の中でも特にリーダーと思しき者に率いられた集団に突撃をかけ、マーシャル達の四部隊は、残りの敵軍の前に立ちはだかる。その中心は、(上述のリーダーらしき者とはまた違った意味で)やや他の龍人兵達とは異なる風貌の者がいたが、混沌に関する知識に通じたヴェルナは、すぐにその正体を見抜く。 「あれは『龍神官』ですね。魔法を使ってきます」 彼女は皆にそう伝えつつ、彼等よりも先に、ライトニングボルトの魔法を敵陣に向かって打ち込む。船上では船酔い故に失敗してしまった彼女だが、既に体調を回復させた今なら、仕損じることはない。更にマーシャルがそこに増幅の印を加えたことで破壊力を増したその雷撃によって、ドラゴニュートの中の一部隊は半壊状態へと追い込まれた。 それに対して、今度は龍神官が遠方から謎の攻撃魔法を放ってきたが、その射程範囲内にいたのは、シドウの部隊のみであった。前回の戦いを踏まえた上で、この兵団の中で最も守備力に長けたシドウの部隊を最大限に生かせるよう、綿密に最適の陣形を組んでいたのである。その一撃は決して軽いものではなかったが、鉄壁の護りを誇るシドウ隊には、傷一つつけることは出来なかった。 こうして、渾身の一撃を止められて怯んだドラゴニュート軍に対して、今度は龍のレイヤーであるウィルバートの部隊が襲いかかるが、敵はあっさりとその一撃をかわしてしまう。龍の力を用いたウィルバートの攻撃は、彼等にとって「見切りやすい動き」なのかもしれない。だが、それはウィルバートも同様だったようで、直後に彼等に対して斬り掛かった敵部隊の反撃は、ウィルバート隊には全く通用しなかった。 一方、マーシャルは得意の「挑発」で、敵の気をそらす。 「貴様等ごときが女を持ち帰ろうとは、一千万年早いわ」 そう叫びながら、ドラゴニュートにとって侮蔑的な行為を繰り返した結果、既に半壊状態だった敵の一部隊が突撃してくる。しかし、距離的にその彼等の刃が届く前にシドウ隊が割って入り、その刃はマーシャル隊には届かない。 すると、その「勝手に隊列を乱した部隊」に対して怒りを覚えた敵の龍神官は、その部隊もろとも、後方にいるシドウ隊、マーシャル隊、ヴェルナ隊に対して、炎の魔法を発動させる。しかし、マーシャル隊はその爆撃のタイミングを見事に察知して回避し、ヴェルナ隊への被害はシドウ隊が食い止める。先刻の作戦会議を踏まえた上での、見事な連携である。一方、この一撃で突撃してきた敵部隊は全滅するが、それを確認した上で、更に龍神官はもう一度、同じ場所に炎を打ち込む。今度はマーシャル達もかわしきれなかったが、それでも各部隊はまだ崩れない。 その間に、前線に特攻してたウィルバート隊は、マーシャルの増幅の印を受けながら強烈な連撃を敵の一軍に叩き込み、壊滅に追い込む。この結果、自分を守る部隊が手薄になったことを理解した龍神官は、撤退を開始する。ウィルバート隊にはまだ余力があったが、後方の三部隊が既に火炎攻撃で大きな負傷を負っていたこともあり、それ以上の追撃は出来なかった。 一方、その間にホルス隊は敵の龍将軍の首を上げ、ドラゴニュート隊を完全に全滅させていた。その圧倒的な勝利に、村人達は歓喜に沸き上がり、それまで彼等のことをやや懐疑的に思っていた人々も総出で、彼等の来訪を歓迎する態度を示す。そして彼等は、改めてホルス達に、この島を取り巻く龍達の生態系について説明するのであった。 * 村人達曰く、この島の龍族の大半は龍王イゼルガイアを筆頭とするヒエラルキーによって成り立っており、(本来は異世界からの投影体である筈の)イゼルガイアは自らの「分身」としての「子」を自力で生み出すことが出来るが、他の者達にはその能力は備わっていない(無論、あくまでもそれは「イゼルガイアによって生み出された龍」の話であり、昨晩の船を襲ったワイバーンの親子などは、それとは別の経路でこの世界に呼び出された投影体なのかもしれない)。 そして、イゼルガイアはもともと「男性型の龍」なので、一部の龍達は、自らの子を生み出すために、人間の女性をさらって、その胎内に子を宿そうとする。本来の人間の身体では埋めない筈の子を宿されるため、そこで受胎に成功したとしても、大抵の場合、出産時に母親は死んでしまうらしい。そして、産まれた子がどこまで龍の力を引き継ぐかは個体差があるらしく、ほぼドラゴンの姿で産まれて来る者もいれば、先刻のドラゴニュート達のような存在が産まれることもある。そして、龍に近い存在であればあるほど、親である自身や祖父に相当するイゼルガイアへの忠誠心も近くなるという。故に、中には人間に近い姿で産まれてくる者もいるが、そのような子供は「失敗作」として捨てられることが多いらしい。 その上で、龍達には「より優秀な子を産む母体」を嗅ぎ分ける能力もあるらしく、一般的に「人間の男性の精を受け入れたことがない女性」の方が、龍の因子に対応した子を産みやすいという傾向もあるという。このような事情から、このコートウェルズの各地では、昔から若い女性が龍や龍人にさらわれた事例が数多く存在するらしい。 前述の通り、その中でもこの地は比較的、龍や魔物の出現率の低い地域だったのだが、ここ最近になって、竜王配下の「四天王」と呼ばれる巨大な龍の中の一体である「白龍エスターク」の眷属が、頻繁にこの地に現れるようになったという。おそらく今回襲撃に来た者達もその一派で、エスタークの子の母体となるにふさわしい女性の身体を探しているのではないか、というのが彼等の推測である。 このような状況を踏まえた上で、いつまた再びドラゴニュート達がこの村を襲うか分からないと判断したホルスは、ひとまず今夜は休養して英気を養った上で、自身の本隊をこの地に残した上で、残りの四隊をヴァイオラに派兵して、現地の情報収集とクリフォードの義勇軍との共闘要請を委ねる、という方針を提示し、マーシャル達もそれに同意する。 その上で、「エスターク」という名前が出てきたこともあり、アクシア率いる海賊達にも協力を要請することになった。彼女がどういう意図からエスタークに執着しているのかは分からないが、この地がいつまた危険に晒されるか分からなくなった以上、少しでも多くの兵力を動員しておくべきであろう。 こうして、調査兵団にとっての「龍の巣の初日」は、どうにか無事に幕を閉じたのであった。 3.1. 貴族令嬢の矜持 翌日、マーシャル、ヴェルナ、シドウ、ウィルバートに率いられた四隊は、予定通りにヴァイオラ村へと向かう。その途上、様々な魔物や人間の屍を目の当たりにしながら、どうにか村に辿り着いた彼等は、龍の襲撃によって荒廃しながらも、それなりに活気付いて復興に勤しんでいる人々の姿を目の当たりにする。 そんな人々の中心にいたのは、いかにも貴族の令嬢といった雰囲気を保ちながらも、気さくに村人達の話を聞きながら兵達に指示を出している、一人の少女の姿であった(下図)。 その姿を確認したマーシャルは、「なぜか」彼女の方に目を向けようとしないシドウよりも先に、彼女に声をかける。 「そちらにいるのは、クリフォード男爵のご息女のソニア・イースラー殿と御見受けするが」 「あ、はい。あなたは、どちらの……」 「私は、アントリア騎士団から派遣された、マーシャル・ジェミナイと申します」 そう言われたソニアは、目を輝かせて大声を上げる。 「アントリアの方々が、この島を救うために兵を派遣して下さったのですか!?」 「いえ、救うかどうかはまだ……。この島から我が国に龍が飛来してきているので、それを阻止することが主たる任務です」 マーシャルは常に冷静である。ここで「そうです」と言った方がこの場は話が進むだろうが、後々になって、事態を解決せぬまま帰ることになった時には、かえって落胆させることになるだろう。過大な期待を与えることは、長期的に考えれば得策ではない。 「確かに、アントリアの方々にも多大なるご迷惑をおかけしてしますからね……」 神妙な顔付きで、ソニアは呟くようにそう語る。龍が出現すること自体は彼女達の責任ではないが、コートウェルズの住人として、コートウェルズで発生した投影体が他国に被害を及ぼすこと自体が、彼女の中では申し訳ない気持ちにさせているらしい。ちなみに、彼女の実家であるクリフォード男爵家はアントリアとは昔から友好関係であり、彼女の名である「ソニア」も、旧アントリア子爵家の初代当主であるソニア・カークランド(英雄王エルムンドの長女)にあやかって付けられた名なのだが、そんな事情まではマーシャル達が知る由も無い。 「現在、我々の本隊はバイロンに逗留中です。ここ最近、ビブロス村の近辺からドラゴンが出現しているという話を聞きましたので、貴軍と共にバイロン、ヴァイオラの両方面から調査を進めたいと思うのですが、いかがでしょう?」 マーシャルがそう提案すると、ソニアもその方針には同意する。その上で、現時点で彼女達が入手した情報として、ここ最近、ビブロス近辺で『黒い大鎌を持った魔人』が現れているという話を彼等に告げる。 「詳細はよく分からないのですが、おそらくその魔人は龍の眷属とはまた別の投影体で、ビブロス近辺に出没し、聖印や邪紋の持ち主を襲っていると聞きます。その点についても、気をつけた方がよろしいかと」 この話を聞き、ウィルバートの中の「嫌な予感」は更に高まっていくのだが、そんな彼の傍らで、ソニアと目を合わせないようにしていたシドウの姿が、ソニアの瞳に映った。 「に、兄さん!? どうしてここに? 今まで、どちらにいらっしゃったんですか?」 アンデッドの邪紋を取り込んだことで、その姿は大きく変わっているのだが、それでも彼女の目には、はっきりと彼が「兄」だと認識されてしまったようである。 「そんなことは今、どうだっていいだろう!」 そう言って、彼は近付いてくる妹を拒絶する。妹が自分に対して敵意も悪意も持っていないことは分かっている。しかし、だからこそ、彼にとってはその「純粋さ」が心地悪く感じるのである。 「でも、今までずっと心配していたのですよ。亡くなったお母様も、最後まで気にかけていましたし……」 その話を聞いて、シドウの顔付きが変わる。彼の母親はまだ若く、彼が出奔する直前までは、特に病弱な様子もなかった。 「母さんが、死んだ……?」 「はい、昨年末に、流行病で。その前から、色々と心労もあったようで、体調を崩すことは多くなっていたのですが……」 もしかしたら、その心労の原因の一端には、自分の出奔も関わっているのかもしれない。そんな考えが頭をよぎったのか、さすがに彼もショックを隠せない様子である。 「父さんは、大丈夫なのか……?」 「はい。お元気です。ただ、今回の出兵に関しては、お父様には大反対されてしまって……。でも、同じコートウェルズの人々が苦しんでいる今の状況で、何もせずにはいられなくて、こうして義勇兵の人々を募って、復興支援のために馳せ参じた次第です」 実際のところ、義勇兵と言っても、その大半は一般の民衆なので、あまり戦闘能力は高くはない様子である。しかし、壊れた家屋の修復や食料支援など、様々な形で彼等の協力を得ることで、村の人々の雰囲気は明るく、活気に満ちていた。これまで、あまり他の村との関わりの薄かったこの地方の人々にとっては、別世界の住人だと思っていた「大都市の男爵令嬢」が助けに来てくれたということだけでも、大きな心の支えになっているのであろう。 3.2. 「六人の勇者」の伝説 そんな活気に溢れる村の一角で、多くの子供達が人だかりを形成している様子がマーシャル達の目に入る。その中心にいたのは、見たことのない装束を着た中年の男性と、その男が持つ(見たことがない構造の)「台車付きの器具」であった。その器具の上部には窓のような形の「枠」が設置され、その枠の奥に何枚もの「絵」が挟まっている。男はその絵に合わせて何か口弁を加えながら、次々と枠の中の絵を取り替えて、一つの「物語」を表現している。どうやら、これがバイロンの子供達が見たという「紙芝居」という代物らしい。 男の風貌は、装束以外は普通の人間のように見えたが、ヴェルナだけはその正体に気付いた。この人物は、投影体である。このコートウェルズはもともと混沌濃度が高いため、投影体が出現しやすい。しかし、この様子を見る限り、この男は特に危険な存在とも思えない。おそらく、投影体の中でも比較的「友好的な個体」が多いと言われる「地球人」の一種であろう。このような「友好的な投影体」に対しては、聖印教会の一部には「討伐対象」とみなす者達もいるが、エーラムの一員である彼女の倫理観に照らし合わせて考えれば、こちらから敵対的な態度を採る必要はない。 マーシャル達四人が、その人だかりに近付くと、ちょうど一つの演目が終わったところだったようで、子供達が拍手をしながら満面の笑顔を浮かべる。すると、その男はまた新たな絵を披露し始めた。 「さぁ、みんな、ここから先は、来週の予告編だよ。タケオおじさんの、おもしろ紙芝居、次回予告『うるわしの姫君と六人の勇者』!」 彼はそう言って、次々と次回演目の登場人物達が描かれた「予告編」の紙芝居を展開する。そして、それはマーシャル達を驚愕させる内容であった。 「さて、こちらにおわしますは、見目麗しいお嬢様。この方は、ヘルマイネの男爵令嬢、マレー様でございます(下図)」 この瞬間、シドウの目が大きく見開く。「マレー」とは、彼とソニアの母親の名であり、ヘルマイネ男爵家と言えば、クリフォードの近くの小都市を統治する、彼女の実家である。しかも、そこに描かれた彼女の姿は、シドウの実家に描かれていた「10代の頃の母」の肖像画に瓜二つであった。 「このお嬢様を付けねらう、竜王イゼルガイアの四天王、黒龍ハーゴン! そしてこのハーゴンに立ち向かうのは、豪勇無双のダン・ディオード(下図)、 鉄壁のバルバロッサ(下図)、 鉄仮面のホルス(下図)、 癒し手のノギロ(下図)、 大鎌のゲイリー(下図)、 疾風のファイン(下図)。 さぁ、果たしてこの六人の勇者と姫君の運命は!? お楽しみに〜」 そう言って、男はその木造器具を片付け始め、子供達は立ち去っていく。しかし、この次回予告を聞いてしまったマーシャル達の内心は、大混乱に陥っていた。 マーシャルは、かつてバルバロッサがダン・ディオードと共に旅をしていたという噂は聞いたことがあるが、その件について、バルバロッサはあまり詳しく話そうとはしなかったため、その真偽についてはマーシャルも特に詮索しなかった。しかし、この紙芝居に描かれている「鉄壁のバルバロッサ」とは、どう見ても彼の養父の若き日の姿である。 そしてヴェルナもまた、ノギロが若い頃に冒険者として世界を旅していたことがある、という話は聞いていたが、ダン・ディオードと面識があるということまでは聞かされていなかった。この紙芝居屋に登場した「癒し手のノギロ」が彼女の師匠と同一人物なら、ダン・ディオードが今回の一件で自分を指名した理由にも繋がってくるように思えるし、ノギロもそのことを知っていたと考えるのが自然だが、なぜそのことを自分に隠そうとしたのかは、現時点では推測出来ない。 ウィルバートに関しては、両親がダン・ディオードの冒険仲間だという話は知っていたが、彼等がコートウェルズに来ていたという話は初耳である。先刻のソニアの話に出ていた「大鎌の魔人」の件も含めた上で、もしかしたら、自分の思っていた以上に、自分とこの地の関係は深いのかもしれないと改めて実感する。 そして何より、彼等が最も驚いたのは、彼等自身の親や養父達が、今回の総責任者である「鉄仮面のホルス」の仲間として描かれていることである(ヴェルナだけは、その件については海賊船内の一件で予想はついていたが)。この件について、ホルスはこれまでの旅の過程で何も言わなかった。なぜ黙っている必要があるのか? そもそも、この物語の登場人物達は、本当に自分達の親(養父)なのか? 様々な疑問が渦巻く中、まず彼等は「この物語が真実なのか否か」を確かめたい、という欲求に駆られる。 「すみません」 そう言って最初に声をかけたのは、ヴェルナであった。 「ほいほい、どうした、お嬢さん? ごめんな、今日はもう店じまいなんだよ」 「さっきの紙芝居の予告編なんですけど、その、知ってる人に登場人物が似ていた気がして……」 そう言われた紙芝居屋は、首を傾げながらヴェルナ達を眺める。 「そういえば、俺も昔、お嬢さん達みたいな人達とどこかで会ったことがあるような気も……、いや、気のせいかな? もしかしたら、『こっちの世界』じゃなかったかもしれんしなぁ」 「こっちの世界」という言葉が何を意味するのかは(彼が投影体だということを理解している)ヴェルナには分かったが、その件には触れずに話を続けさせる。 「この紙芝居はな、俺が若い頃、この世か……、あ、いや、この島に来た時に実際に見た物語なんだよ。さっき出てきたダン・ディオードってのはな、知ってるかどうかは知らないけど、そこで子爵様をやってる」 「えぇ、知ってます」 「バルバロッサってのは、そこで騎士団長をやってるんじゃなかったかな。ホルスさんは、この島で受けた傷が原因で命を落としたって聞いてるけど、他の人達は、どうしてるんだろうねぇ……」 その話を聞いて、真っ先にシドウが反応する。 「ホルスさんが、命を落とした?」 「あぁ、俺はそう聞いてる。他の人達については、よく知らないんだんけどね。まぁ、いずれにせよ、凄い人達だったよ、彼等は。そりゃあ、後々、一国の王にもなるわな、と納得させられるくらいね」 この男も、ホルスが実際に死んだ場面に立ち会った訳ではないようだが、もしこの話が本当なら、現在、彼等を率いているホルスは、この物語に登場したホルスとは別人、ということになる。しかし、鉄仮面のデザインは明らかに同じなので、おそらくは「先代ホルス」と何らかの関わりのあった人物が、その鉄仮面を引き継いだのだろう。だとすれば、「先代ホルスの仲間の子供(養子)達」のことを知らなくても不思議はない。もっとも、分かっていても黙っている可能性も十分にある訳だが。 「ちなみに、その姫君はその後、どうなったのかは……?」 そう聞いたのは、シドウである。やはり彼としては、どうしてもそこが気になるらしい。 「あぁ、あのお姫様はね、えーっと、どこだったかな……、あ、そうそう、クリフォードだ。クリフォードの今の男爵様、当時のご子息様と元々婚約者だったらしくて、無事に助けられた後、そのまま彼と結婚したよ。ただ、これは俺の勘だけど、助けられた時の姫様は、間違いなく、ダン・ディオードに惚れてたね。でもまぁ、当時の彼は所詮、流浪の旅人だし、ちゃんとした婚約者がいたなら、破棄は出来んわな」 どうやら、ほぼ間違いなく、シドウの母親のようである。そして、自分の母が自分の父以外の男性に心惹かれていたという事実を聞かされると、何とも言えない奇妙な感情が彼の中に渦巻いていく。 「非常に興味深い話なんだが、その紙芝居を今ここでやってもらう訳にはいかないか?」 そう言って割って入ってきたのは、ウィルバートである。 「んー、まぁ、もう今日は店仕舞いしちまったしなぁ。そもそも、この話、子供にはウケがいいんだけど、あんた達にとって面白い話かどうかは分からんよ。龍退治なんて、それほど珍しい話でもないだろう?」 「いやいや、俺達はそういう話が好きだからこそ、こういう仕事をやってる訳だからな」 無論、それはあくまでただの建前であるのだが、彼に限らず、自分の親が絡んでいると聞いたら、詳細を知りたくなるのも当然であろう。そして、同じ様に気になっていたマーシャル達も頼み込んだ結果、ひとまず、その男は物語のあらすじを彼等に伝える。と言っても、大枠の物語は既に「予告編」で語った通りであり、最終的には黒龍ハーゴンは彼等六人によって倒され、無事に姫君を救出した、という内容であった。 「まぁ、これは子供向けの紙芝居だから割愛したけど、実は子供には言えない様な裏話も色々あってね。ほら、彼等もまだ若かったし、若い男女が一緒に旅をしている過程で起きていた色々な感情も見え隠れしてはいたんだけどね。その辺を混ぜたら、もっと高年齢層にもウケると思うんだけど、さすがに穿り返しちゃいけない過去もあるしな。場合によっては、アントリアとクリフォードから指名手配されるかもしれないし」 やや下卑た笑いを浮かべながら、男はそんな軽口を叩く。あくまでもこの男の推測とはいえ、当時の彼等の間で様々な「人間関係」が錯綜していたのであれば、それは今の自分達の出生にも大きく関わっているのかもしれない。そんな微妙な猜疑心を彼等が抱いているとは露知らず、男はそのまま荷物をまとめて、彼等の前から去っていく。 ちなみに、この男の名は、タケオ・ナガマツ。地球上に存在する彼の「本体」は、彼という「影」がこの世界に発生していることなど知らないまま、その直後に大ヒット作「黄金バット」を生み出すことになるのだが、そのことは「影」である彼自身ですら知らない、この世界とは全く無縁の物語である。 3.3. 大釜の魔人 とりあえず、この日は復興が進む村の中で築かれた仮説の住宅で一晩を過ごした彼等は、翌朝、ソニアの言っていた「大鎌の魔人」についての情報を集めてみる。 すると、どうやらその魔人は「巨大な鎌」を持つ、「長い巻き毛」が特徴で、何かに取り憑かれたかのような顔で、「混沌(カオス)を、もっと混沌を……」と呟きながら、周囲に現れる魔物と戦いつつ、旅人にも襲いかかっていたらしい。しかし、旅人が、聖印も邪紋も持たない「無力な存在」だと分かると、襲うのを止めて去って行ったという証言もあることから、どうやら、聖印や邪紋や投影体の根底にある「混沌核(カオスコア)」を集めているようである。これは、暴走状態に陥った邪紋使いなどが陥る状態とも合致している。出没場所としては、ヴァイオラからビブロスへと向かう道から、やや北側に外れたところに現れることが多いらしい。 そしてこの情報が集まった時点で、どのようにしてバイロンの部隊と合流するか、ということをマーシャルが思案している傍らで、ウィルバートの中では一つの決断が下された。彼は密かに、自分の隊の副官を呼びつけて、こう告げたのである。 「お前に、ここから先の隊の指揮権を任せる」 決死の形相でそう告げた彼に対して、副官は何も言わなかった。そして彼は密かに隊を抜け、「大鎌の魔人」が出没すると言われている地に、一人で乗り込もうとする。状況的に、それが「暴走した状態の自分の父」である可能性が高いと考えた彼は、自分自身の手でこれを解決しなければならない、という衝動を抑えることが出来なくなってしまったのである。この副官も、かつてゲイリー達と共に戦っていた部隊の一員であるが故に、ウィルバートの心情を理解し、止めても無駄だと判断したのであろう。 だが、部隊の規律には人一倍気を配っていたマーシャルの目を盗める筈もなく、あっさりと彼に見つかってしまう。 「お前、一人でどこに行くつもりだ?」 マーシャルに呼び止められたウィルバートは、明らかに狼狽した様子で答える。 「いや、その、ちょっと散歩に……」 「ほほう? 部隊を置いて、一人でどこまで行こうというのだ?」 彼の行こうとした方向は、明らかにビブロスの方面である。 「いや、その辺りをこう、ぐるーっと、散歩でもしようかと……」 「そうか、ならば私も同行させてもらおうか?」 明らかに不審な視線を投げかけるマーシャルに対して、ウィルバートは更に動揺する。ここで、いっそ事情を話してしまおうかとも考えるが、彼の中では「自分達親子の問題」と位置付けられてしまっているため、それを口に出すことはどうしても躊躇してしまう。 そしてもう一人、ウィルバートの動きに気付いた者がいた。 「あらあら、どこへ行こうというのですか? 私の専門は時空魔法ですよ?」 そう言って、皮肉めいた笑顔を浮かべつつ彼の前に現れたのは、ヴェルナである。仮にここでマーシャルの追求をかわして彼を撒いたとしても、時間と空間を超えて周囲を見通す瞳を持つ彼女の目をごまかすことは出来そうにない。 「とにかく、勝手に動かれると隊が乱れて、こちらの兵も無駄に命を落とすことになるかもしれない。謹んでもらおう」 「あぁ、そうだな、分かった……」 そう言って、おとなしくウィルバートは陣営へと引き下がる。失意の表情で帰ってきた彼に対して、副官は事情を察したのか、呆れたような顔でこう告げる。 「そりゃあねぇ、ぼっちゃんにそんな、他の人達を騙して行くなんて器用なマネ、出来る訳ないでしょう。だから、止めなかったんですけどね」 見た目以上に大人びた風貌のウィルバートではあるが、長年にわたってゲイリーの下で働いていたこの男にとっては、あくまでも「ぼっちゃん」なのである。そして、彼が隠密行動に向いてないこと(その点については、シャドウである母親の才能を引き継がなかったこと)など、百も承知であった。 「もういっそ、話してしまった方がいいんじゃないですか? 他の隊長さん達に」 「……そうだな」 こうして、彼は自分が勝手に単独行動を採るに至った理由をマーシャル達に語る。その上で、「父と思しき魔人」の件に関しては、自分に処理させてほしいと申し出る。だが、「処理」と言っても、具体的にどうしたのかという方針が明確に定まっている訳ではない以上、その口調はどうにも歯切れが悪い。それに加えて、マーシャルが言い放った一言が、彼に再び現実を直視させた。 「お前は今、父親と一人で戦って、勝てるのか?」 正直なところ、ウィルバート自身、仮に二ヶ月前の状態の父親が相手だったとしても、「絶対に勝てる」という自信はなかった。それに加えて、これまでの話を聞く限り、その魔人がゲイリーであるとすれば、大量の混沌核を身体に取り入れて、その力は更に増幅されている筈である。 「……分かった。とりあえず、余計な行動は控える。その上で、少し考える時間がほしい」 こうして、ひとまず魔人への対応は保留とした上で、マーシャル達はバイロンのホルスに対して使者を送り、今後の対応についての判断を仰ぐことにしたのであった。 3.4. 白龍と氷龍 ところが、その使者が予想よりも早く帰ってきた。どうやら、バイロンに向かう途中で、逆にバイロンからヴァイオラへ派遣されていた使者に遭遇し、彼の話を聞いて急遽ヴァイオラに戻ることになったらしい。 「大変です! 現在、バイロンに『白龍エスターク』が近付きつつある、とのことです。至急、バイロンまで御戻り下さい」 白龍エスタークと言えば、バイロンの人々の話では、龍王の「四天王」の一角と言われている存在らしい。それほどの大物が相手ということであれば、さすがに本隊だけでは厳しいと判断したマーシャル達は、全軍を率いてバイロンへと戻ることを決意する。 こうして、急遽兵をまとめてバイロンへと向かった彼等であったが、その直後、更なる異変が彼等に直面する。彼等がヴァイオラを出立した後、今度は後方から、巨大な龍が飛来する音が聞こえたのである。振り返った彼等の目に映ったのは、ヴァイオラに向かって激しい吹雪を吐く龍の姿であった。ここに来る途中で事前に龍に関する基礎知識を学んでいた彼等は、それがアイスドラゴン(氷龍)と呼ばれる個体であることが分かる。 「おい、これはどういうことだ!?」 そう言ってマーシャルは、バイロンから派遣された使者に確認するが、使者曰く、話に聞いていた白龍エスタークは、もっと巨大で、そのフォルムも異なっていたという。おそらく、今彼等の目の前にいるのは、エスタークの眷属の中の一体であろう。 (我々が出撃した直後に現れた……、これは、どちらかが陽動か? それとも、バイロンの方は偽情報?) マーシャルは様々な可能性を考慮しつつ、ひとまず目の前のアイスドラゴンを放っておく訳にもいかないため、すぐにヴァイロンへと戻るものの、彼等が村に到着すると同時に、アイスドラゴンはビブロスの方面へと飛び去っていく。そして、その足には「ソニア」が掴まれているのが、ヴェルナとウィルバートの目には映っていた。 「これは、今すぐ助けにいかなくては!」 ヴェルナはそう主張するが、問題は、バイロンにはより強力な白龍エスタークが出現している、ということである。その実力は未だ不明だが、もし本隊と海賊達が倒された場合、彼等は帰る術を失う。この苦渋の状況において、マーシャルは一つの疑問を投げかけた。 「龍が人間の娘を孕ませるのに、どれくらいの時間がかかる?」 この中で、投影体についての知識に最も詳しいヴェルナの見解では、それは「周期による」ということになる。龍が対象の妊娠能力を見定めることが出来るとすれば、女性の月経のタイミングを読み取って、最も受精に適したタイミングでの受精を試みる可能性が高い。つまり、今のソニアの月経の周期次第ということになるのだが、さすがにそこまで把握している者は(王城内における彼女の侍女などであれば分かったかもしれないが)、この場にはいなかった。 そうなると、彼女を助ける時間的猶予は「有るのか無いのか分からない」という状態である。その状況を踏まえた上で、マーシャルは自分達の採るべき指針を示す。 「今すぐバイロンに戻り、本隊と合流して白龍エスタークを倒す」 それが彼の結論である。あのアイスドラゴンがエスタークの眷属であると仮定するなら、ソニアをさらった目的は、エスタークの子を受胎させるためである。ならば、ここでバイロンに戻ってエスタークを倒せば、それが彼女の安全にも繋がる。 逆に、もし仮にここでマーシャル達がアイスドラゴンを追撃した場合、一時的にソニアを救出することが出来たとしても、その間にエスタークによって本隊と海賊達が壊滅させられてしまったら、彼等だけでエスタークを倒すことはほぼ不可能である以上(そして本土に助けを求めに行く手段もない以上)、最終的には彼等はエスタークの餌食になる可能性が高い。また、もし仮にエスタークがバイロンを襲ったのが「陽動」で、すぐにバイロンから撤退していた場合、このまま彼等がアイスドラゴンを追って行くと、その「本拠地」でエスタークと遭遇する可能性がある。この場合も、ほぼ間違いなく彼等は全滅する。それならば、まず彼等が為すべきことは、本隊と合流した上で、エスタークを倒せる戦力を整えることである。 無論、これはあくまでも「アイスドラゴンがエスタークのためにソニアをさらった場合」という前提の上での話であり、アイスドラゴンが自身の子を孕ませるために彼女をさらっていたのだとすれば、今すぐ彼女を助けに行く必要がある。だが、状況的に考えて、この両者の動きが連携している可能性が高い、というのが彼の判断であった。 そして、もし仮にこの仮説が間違っていたとしても、アントリアの軍人であるマーシャルにとっては、どちらにしても最優先に助けるべきは、異国人のソニアではなく、アントリアの兵士なのである。今回の彼の任務は、あくまでも「アントリアに危険を及ぼしている原因の解明」であり、「コートウェルズの人々を救うこと」ではない。彼は、ここで目的を見誤って本末転倒な道を選ぶような指揮官ではなかった。 彼のこの結論に対して、「困っている人を見捨てないこと」を信条とするヴェルナの心情としては、今すぐにでも助けに行きたいというのが本音であったが、確かに、彼のこの「正論」を聞かされれば、納得せざるを得ない。実直な性格のウィルバートもまた、すぐにアイスドラゴンを追いたい気持ちが強かったが、それでもマーシャルのこの結論に反論することは出来なかった。 一方、目の前で(食傷気味の存在だったとはいえ)妹をさらわれたシドウもまた、内心では激しい葛藤に悩まされていた。彼のことを知るクリフォードの義勇兵の者達は、彼に対して必死に懇願する。 「ぼっちゃん、助けて下さい、ソニア様が、ソニア様が……」 だが、それに対してシドウは、動揺する心を隠しながら、吐き捨てるように言い放つ。 「ソニアを後継者なんかにするから、こうなったんだ。俺だったら、こんなことには……」 確かに、結果的に言えば、この地に来ていたのがシドウであれば、(男である以上)さらわれることはなかっただろう。だが、ソニアの性格を考えれば、仮に従属聖印を受け取っていなかったとしても、義勇兵を率いてこの地に来ていた可能性は十分にある。 そんな悪態をつきながら、シドウは心の底にある感情を押し殺しつつ、こう言い切る。 「悪いが、ウチの指揮官の決めたことだ。その命令に逆らってまで助けに行く気は、俺にはない」 実際のところ、マーシャルとしては彼等から反論があればそれも考慮するつもりだったが、ここに至るまでの彼の指揮官としての才覚に信頼を置いていた彼等は、彼に対して真っ向から反論出来る心理状態ではなかった。もっとも、シドウの場合は、決定権を放棄することで、自分の中の複雑な感情をごまかしたかったのかもしれない。彼の中では、優柔不断な姿勢を見せることは、最も恥ずべき行為であった。 その上で、マーシャルは動揺する義勇軍の者達に対して、こう告げる。 「ソニア殿は、我々が本隊と合流した上で助ける。あなた達にはそれまで、この地を守ってほしい」 これが、今の時点で彼が下せる「最善策」である。今すぐにでも彼女を助けに行きたい義勇兵達であったが、自分達だけではアイスドラゴンを倒せる力はないことは、先刻の戦いで嫌というほど思い知らされていたこともあり、断腸の思いで、その提案を受け入れる。 こうして、それぞれに複雑な思いを抱えたまま、マーシャル達はバイロンへと兵を進めるのであった。 3.5. 再合流 マーシャル達の視界にバイロンが入ってきたその時、同時に彼等の目には、先程のアイスドラゴンよりも遥かに巨大な純白の龍の姿が映る。おそらく、あれこそが白龍エスタークであろう。 そして、村から大量の弓矢や投石がその白龍に向かって浴びせられるのと同時に、前線に立っている二人の指揮官の姿が目に入る。一人は、鉄仮面のホルス。そしてもう一人は、右半身を「龍」の姿に変えた、女海賊アクシアであった(下図) 「ようやく会えたね、エスターク。でも、私はもうこれ以上、弟も妹もいらないんだよ!」 そう言って、彼女はその右半身から繰り出す強大な龍の力を用いて、エスタークに襲いかかる。その動きは、「龍のレイヤー」であるウィルバートとは明らかに異なる、さながら「龍そのもの」の力のように見えた。それに合わせて、鉄仮面のホルスもまた、とても人間業とは思えない動きでエスタークを翻弄し、着実に打撃を与えていく。その姿は、これまで彼等が見てきたどの剣士よりも速く、激しく、頼もしかった。 こうして、巨大な白龍を相手に一歩も引かずに戦い続ける二人であったが、ここに至るまでかなりの長期戦を続けていたようで、さすがに二人とも疲労した様子は隠せない。そんな中、更なる攻勢を掛けようとしていたエスタークの前に、マーシャル達の部隊が到着したことで、村を守る部隊全体が息を吹き返す。すると、無勢を悟ったのか、エスタークは翼の向きを変え、ビブロス方面へと撤退していく。 「ヴェルナ! 追撃のライトニングボルトを!」 「分かりました」 マーシャルに促され、ヴェルナは白龍に向かってライトニングボルトの魔法を放つが、あっさりとかわされる。やはり、龍王の四天王とも呼ばれる存在であれば、いかに魔法学院ではエリートと呼ばれていた彼女であろうとも、そう簡単に傷付けることは出来ないようである。だが、そのまま飛び去っていく白龍を悔しそうに見つめるマーシャル達の耳に、村人達の歓声が聞こえてきた。 「やったぞ、白龍を撃退した!」 「すげぇ! 本当にすげぇよ、あの人達!」 先日のドラゴニュート戦の時など比べ物にならない程の狂喜乱舞である。これまで、この村の人々にとって、「人間の力で龍を撃退すること」など、おとぎ話のレベルの話でしかなかった。まさか自分達の目の前でその光景が展開されることになろうとは、夢にも思っていなかったのである。無論、その過程において、女海賊が「半身龍」の姿になったことに恐怖心を抱いた者もいたが、先日の戦いでウィルバートが「龍を模した力」で戦う姿を目の当たりにしていたことから、彼女の力もそれに類するものなのだろうと大半の村人達は考えていたようである。 そんな勝利に沸き上がる民衆達の声を背に、ホルスとアクシアがマーシャル達の前に現れた。 「よくぞ来てくれた。どうやら奴は、もともと怪我をしていたようだが、それでも危なかった。お前達の援軍が来てくれなかったら、どうなっていたかは分からない」 そう言って、ホルスは素直に彼等を労う。実際、間近で見ることで再確認出来たのだが、彼自身も相当疲弊しているようである。その傍らに立つアクシアの右半身は、改めて間近で見てみると、やはり、ウィルバートのような「レイヤー」の力ではない、より根源的な「龍」のオーラを感じさせたが、その件については、誰も触れようとはしなかった。 「で、そちらはどうなった?」 ホルスにそう問われたマーシャルは、素直に現状を説明する。クリフォードのソニアがアイスドラゴンに連れ去られたこと、そのタイミングから察するにおそらくそれはエスタークの動きと連動していること、ヴァイオラの警護は残りの義勇軍に任せていること、そして、出来ればこのまま本隊と合流してソニアを助けに行きたいということ。 その報告を一通り聞き終えたホルスは、落ち着いた様子で仮面の奥の口を開く。 「なるほど。事情は理解した。参考までに聞きたいのだが、その決断を下したのは、誰だ?」 「私です」 マーシャルがそう名乗り出ると、ホルスは顔を近付けて更に問いかける。 「お前が全て自分の責任の上で決定した、ということでいいんだな?」 「無論です」 迷いない瞳でそう言い切るマーシャルを見て、満足そうな様子でホルスは続ける。 「お前の決断は正しい。実際、お前達が来なければ、こちらもどうなっていたか分からなかった。他の者達も、その決断で納得した、ということでいいんだな?」 そう言われた三人は、それぞれに抱え込む感情を抑えながらも「はい」と答える。すると、今度はアクシアがホルスに問いかけた。 「なぁ、ソニアってたしか……、あの姫様の子だろ?」 「そうだろうな。マレーも、龍の子を孕みやすい体質だと言われていたからこそ、ハーゴンに狙われた。おそらく、その資質を引き継いでしまっているんだろう」 この口振りから察するに、アクシアもホルスも、シドウとソニアの母であるマレーとは面識があるように思える。しかし、ヴァイオラで出会った紙芝居屋の男は、「マレーを助けた六人の勇者」の一人であるホルスは既に亡くなったらしい、と言っていた。もしその話が本当だとしたら、今、彼等の目の前にいる「鉄仮面の騎士」は何者なのか? 皆がそれぞれに疑問を抱く中、ホルスは話を続ける。 「で、方角は分かっているのか?」 「はい、ビブロスの方向へ飛んで行くのを確認しています」 ヴェルナがそう答えると、それに加えてマーシャルが、その道中で遭遇するかもしれない「大鎌の魔人」のこともホルスに伝える。それを聞いたホルスは仮面の奥でなぜか神妙な顔を浮かべていたのだが、周囲の者達にそれを悟られぬまま、すぐに軍を編成してそちらに向かうことを決定する。 「アクシア、お前もついて行くか?」 「ここまで来て、行かない訳にもいかないだろう? ……その子が、誰の子かは知らないけどね」 皮肉めいた口調でそう言いながら、彼女は軽くホルスを睨む。つい先刻、彼女は「あの姫様の子だろ?」と言っていた筈なのだが、それにも関わらず、なぜこんなことを言うのか? 未だにこの二人の関係性もよく見えないまま、彼等は部隊を合流させた上で、ヴァイオラ経由でビブロスへと向かうことになる。 3.6. 魔境の奥地 白龍エスタークとの戦いを終えたまま、強行軍でアイスドラゴンを追った彼等が、ヴァイオラを越えてビブロス近辺の山岳地帯に入ったのは、もう日が暮れ始めた頃だった。ただでさえ不気味な様相のコートウェルズの山林が、夜に入ると余計に禍々しい気配を漂わせていく。 そんな中、ヴェルナは、次第に高まりつつある混沌濃度と共に、この先の地が完全に魔境化していること、そして、おそらくここから先は(君主でも魔法師でも邪紋使いでもない)「通常の人間」には大な負荷をかける空間となっていることを実感する。 「団長、ここから先は、部隊を運用するのは難しいかと」 彼女はそう進言する。実際、兵士達の一部は既に苦しそうな表情を浮かべており、このまま彼等を連れて行っても、戦力として役に立ちそうにない。 「そうだな、無駄に兵を殺しても仕方がない。ここから先は『龍と戦う力がある』と思う者だけがついて来い」 彼がそう言うと、マーシャル、ヴェルナ、シドウ、ウィルバート、そしてアクシアの六人が彼の後に続き、他の兵達は周囲を警戒しながら、その場に残ることになる。 そして、その六人が山林の奥地へと向かって行くと、その奥から、激しい物音が聞こえてきた。微かに聞こえる声から、「龍」と「人型の何か」が戦っている音のように思える。状況から察するに、おそらく後者は「大鎌の魔人」であろう、と推測した上で、マーシャルはホルスに進言する。 「もし、この先で起きているのが、『大鎌の魔人』と『エスターク以外の龍』の戦いであるならば、無視して良いと思います。魔人は、仮に元は人間であったとしても、正気ではありません。そして『力を持つ者』を襲う習性があると聞きます。我々がその場に現れれば、おそらく我々に襲いかかってくるでしょう」 無論、マーシャルは、その魔人の正体がゲイリーである可能性は考慮していたが、彼を捕縛することは、今回の任務の範疇外である。彼が勝手に龍と戦っている状況に対して、自分達が介入する理由はない。 「さすがに、戦っている相手がエスタークだった場合は、話が別ですが……」 「あるいは、ソニア嬢をさらった龍だった場合も気になりますが、それ以外だったならば……」 マーシャルの補足説明を更に補うようにヴェルナがそう付言すると、その話を聞いた上で、ホルスはやや間を開けて答える。 「なるほど、それはそうかもしれん。だがな、俺には……、そうも言えない事情があるんだよ」 その「事情」とは何なのかを説明しないまま、彼はマーシャルにこう問いかけた。 「エスタークを、お前に任せていいか? むしろ、俺がそいつとケリをつけなければならないんだが」 あまりにも唐突すぎる提案である。「そいつ」というのが「魔人」を指しているのであれば、「自分の昔の仲間」の問題を自分自身の手で解決したいと考えること自体は理解出来る。無論、それはこの男が「本物のホルス」であることを前提とした上での話ではあるのだが。 しかし、自分が彼と戦うために、エスタークとの戦いをマーシャル達に任せるというのは、あまりにも突拍子の無さ過ぎる提案である。 「それは、私達がエスタークを倒せるという判断の上での提案ですか?」 「むしろ、お前達に聞きたい。お前達はエスタークと戦って勝てる自信があるのか? 俺はまだ、お前達の真の実力を知らないからな」 挑発するようにそう問いかけるホルスだが、マーシャルは至って冷静に答える。 「それを言うなら、我々もエスタークの力を知らない以上、戦えるかどうかは分かりません」 「まぁ、それもそうだな」 「ですから、我々の保有する戦力を全てエスタークに集中させるべきかと。そもそも、魔人と戦うのは、エスタークを倒した後では駄目なのですか?」 実にまっとうな正論である。マーシャルにとっては、魔人(ゲイリー?)という存在は「エスタークを倒してソニアを救出する」という現在の任務を遂行するまでは、ただの「障害物」でしかない。確かに、それは「いつ襲ってくるか分からない存在」である以上、先にそのリスクを排除しておくことも一つの選択肢ではあるが、彼が他の龍と戦っている状態なのであれば、そこに介入して無駄に体力を消耗するよりも、その間に全ての力を集中してエスタークを倒すことに専念し、その後で余力があれば魔人の捕縛に向かう、という順番の方がリスクが少ない、というのが彼の判断であった。 「そうだな……。何にせよ、この先にいる龍が何者か分からない以上、ここで口論していても仕方がない。まずはこの先に進んで確認してみた上で、その後のことは、その後で判断する」 そう言って、ホルスはその「物音がする方向」へと進み、他の者達もそれに続く。結局、この「ホルスと名乗る人物」の真意は今ひとつ分からないままであったが、それでも今の彼等には、彼と共に進む以外に選択肢はなかったのである。 3.7. 三つ巴 やがて彼等の目の間に広がっていたのは、予想通り、「龍」と「大鎌の魔人(下図)」が戦っている光景であった。その「龍」の正体は、ヴァイオラを襲ったアイスドラゴン。そして「大鎌の魔人」は、明らかに正気を失った様子ではあったが、紛れもなくゲイリーであるとウィルバートは確信していた。 そして、二人が戦っているその傍らには、気を失った様子のソニアが倒れていた。どうやら、アイスドラゴンが彼女を連れていたところに、この魔人が襲いかかったらしい。遠目で見る限り、まだソニアには息があるように見えるが、この魔人は「聖印の持ち主」に襲いかかる習性がある以上、このまま放っておけば、いずれ彼の手でソニアが殺されてしまう可能性は十分にある。 こうなると、マーシャルとしても当然、無視する訳にはいかない。その上で、彼は一つの作戦を提案した。それは、あの魔人が反応する相手が「聖印」「邪紋」「混沌核」のいずれかを体内に有する者のみであるということ。つまり、魔法師であるヴェルナであれば、近付いてもおそらく反応はされない。それ故に、あの二人が戦っている場に、まずヴェルナが近付いて不意打ちのライトニングボルトを放ち、その後に全員で襲いかかる、という手順である。 ただ、さすがに白兵能力に欠ける魔法師を矢面に晒す作戦なので、これについてはマーシャルも、あくまでヴェルナの同意が得られるなら、という前提の上での提案だったのだが、ヴェルナはそれを快諾する。今、目の前でソニアがいつ殺されてもおかしくない状態にある以上、それが自分にしか出来ない役割なのであれば、断る理由は何もない。 こうして、マーシャルとヴェルナが二人でこの案をホルスに提案すると、彼は少し間を置いた上で、その作戦を了承する。 「本当は、『ここ』は『お前』ではないんだがな」 そう言いながら、彼は仮面の奥からチラリと、シドウとウィルバートに目線を向けるが、この発言の意図には誰も気付かぬまま、彼等は作戦配置につく。ちなみに、攻撃の対象としては、まず優先的にアイスドラゴンを無力化し、その後に魔人を捕縛する、という方針であった。 ** そして、戦いの火蓋は、作戦通り、ヴェルナのライトニングボルトによって、切って落とされた。マーシャルが操時の印と増幅の印を用いて彼女を援護した結果、見事に彼女の雷撃が氷龍と魔人を直撃する。魔境であるが故に混沌濃度が極めて高い状態であることも、その威力を更に上乗せさせていた。 「なんだ、この力……? 俺は知っている、知っているぞ、この魔力……」 大鎌でそのライトニングボルトを受け止めたその魔人は、虚ろな瞳のまま、ブツブツとそう呟く。ちなみに、ノギロの本業は生命魔法だが、実は彼は時空魔法にも精通していた。当然、弟子であるヴェルナはそのことを知っている(そして、もし本物であるならば「ホルス」も)。 その直後、マーシャル達が彼女の背後から現れ、アイスドラゴンに襲いかかろうとするが、それを制してヴェルナがタクトを掲げる。 「もう一発、行きます!」 そう言って、彼女が残り少ない魔力を振り絞ってもう一発のライトニングボルトを打ち込む。さすがにこの連撃によって相当な重症を負ったアイスドラゴンは、「目の前の魔人」よりも、まずこの「突然現れた魔法師」を攻撃対象にすべきと判断し、彼女を含めた六人に対して、激しいブリザードブレスを放つ。 突然の猛吹雪に対して、ヴェルナは自らクッションの魔法で軽減したことでなんとか一命を取り留め、ウィルバートも龍燐の力でかろうじて耐え切ってはいたが、マーシャルを庇ったことで二倍の吹雪の打撃を受けたシドウは、まさに瀕死の重症を負う。それでもまだ、アンデッドとしての特性故にかろうじて動ける状態ではあったが、次の一撃を喰らえば、おそらく即死に至るほどにまで追い詰められていた。 だが、ここからがシドウの真骨頂である。彼は自らの身体に受けた傷を、全てそのまま相手に跳ね返すことが出来る能力の持ち主であり、既に通常の人間としての限界を超えた重症を負っていた彼は、自らの身体を蝕んでいたその損傷を、アイスドラゴンの体内にそのまま叩き込んだのである。既に魔人との戦いと二発のライトニングボルトによってボロボロになっていたアイスドラゴンに、その突然の不可思議な攻撃を耐えきれるだけの力が残っている筈もなく、氷龍はその場に倒れ込んだ。 その直後、アクシアが倒れているソニアに駆け寄って身柄を確保する一方で、ホルスとウィルバートは大鎌の魔人に向かって走り込み、その鎌に向かって攻撃をかける。この時点で二人とも、この魔人の動きから、おそらくは「本体」と「大鎌」が別の意志を持って動いていることに気付いていた。それ故に、二人とも大鎌そのものに刃を向けるが、ウィルバートの攻撃に対しては、むしろ魔人自身が、自ら大鎌を「攻撃させやすい位置」に動かしているようにも見える。だが、やはり「父親と思しき人物」が相手であるためか、ウィルバートの攻撃には今ひとつ威力が感じられない。彼の大鎌は、本体の右腕とほぼ一体化した状態だったため、大鎌だけを狙って攻撃しても、本体に対して無傷ではありえないのである。 すると、ホルスが二人の間に割って入り、そして言い放った。 「お前の刃には迷いがある。ここは、俺に任せておけ」 彼がそう言いながら、全力を振り絞って剣を叩き付けた結果、魔人の右腕ごと、その大鎌は粉砕された。その直後、魔人の身体から邪紋が消滅し、「本来のゲイリー」の姿へと戻っていくのを二人は確認する。 しかし、右腕を失ったことによる大量出血は激しく、このまま放置していれば、間違いなく彼は死に至る。ヴェルナは簡易の回復魔法程度ならば嗜んでいるが、重度の瀕死状態の者を治せるほどの力は持ち合わせていない。 そんな中、この場にいる中でただ一人、彼を助ける力を持つ者がいた。 「私に任せて下さい」 ソニアである。アクシアに保護された後、意識を取り戻した彼女は、目の前で大量出血で倒れているゲイリーの姿を見て、彼が何者かも分からない状態のまま、自分自身の体調も不完全な状態ながらも、本能的に彼に近付き、そして自らの聖印の力で、彼の傷を癒していく。彼女は、人々の傷を回復させる力を宿した聖印の持ち主だったのである。 そして、そんなソニアの横顔を見ながら、アクシアは心の中でこう呟いていた。 (この子は違うな。アイツの血を引いているとは思えない) 何を根拠にそう思ったのかは、彼女自身にも分からない。ただ、直感的に、ソニアの身体から発せられるオーラは、彼女にとっての「アイツ」とは異質なものに思えたようである。無論、そんな女海賊の思惑など、この場にいる他の者達は知る由もなかった。 4.1. 出生の謎 こうして、ひとまず「最低限の目的」を達成した彼等であったが、ヴェルナやシドウの消耗状態を考えた上で、このままの状態でエスタークと対峙するのは危険と判断した結果、ソニアを連れ、意識を失ったままのゲイリーをウィルバートが担ぎつつ、途中で部隊の兵達と合流した上で、一旦ヴァイオラへと帰還する。 姫君の帰還に歓喜するクリフォードの義勇兵達の歓待を受けながら、まだ余力のあるホルスとアクシアが村の周囲を警戒しつつ、マーシャル達はゲイリーと共に、義勇兵が借りている建物の「仮の医務室」で休息を取る。ゲイリーの今後の処遇に関しては、彼はアントリア人ではなく、彼がこの地で殺した相手もアントリアの人々ではない上に、そもそもこの地がアントリアの法の管轄下でもない以上(より正確に言えば、もはや法が機能してしていない領域の出来事である以上)、アントリア軍の指揮官であるホルスやマーシャルとしては特に口出しする必要も義務もないため、「暁の牙」の代表であるウィルバートに一任されていた。 「身内の処理は身内に任せる」 それがホルスの言い分であり、ウィルバートはその結論そのものには異論がなかったが、一つ気になる点があった。 「アンタの身内ではない、と?」 ホルスは、エスタークを倒す義務を放棄してでも、自分自身の手でケリをつけたいと言っていた。にも関わらず、ここに来て「自分の身内ではない」と言って丸投げしたことに、やや違和感を覚えたようである。もっとも、「家族」という意味の身内であれば、確かにウィルバート以上の適任者はいないのだが。 「そうだな……。もっとも、お前がコイツを身内と考えるかどうかは、お前の判断次第だが」 彼が何を言わんとしているのかが、ウィルバートには分からなかったが、ともあれ、処遇を任されたウィルバートは、自身の負傷が浅かったこともあり、他の仲間達が休養している中、同じ部屋のベッドの上で眠り続けている父の傍らで、彼が目を覚ますのを待ち続けていた。 すると、やがてゲイリーの口から、まるで走馬灯を見ているかのような寝言が聞こえてくる。 「ファイン、大丈夫だ、そう、これからは一緒に暮らそう……。ウィルバートは、俺の子だ……。血は繋がってなくても俺の子だ……。だから、これから先は俺がお前を……」 その発言にウィルバートが静かに衝撃を受けたその直後、ゲイリーは目を覚ます。 「ここは!? ……ウィ、ウィルバート!? 」 しばらく混乱した様子で周囲を見渡す彼であったが、何も言わぬウィルバートの表情を見ながら、やがて少しずつ、事態を把握していく。 「そうか……、お前が救ってくれたんだな」 ウィルバートは、それに対しても何も答えない。彼の暴走状態を止めたのはホルスであり、瀕死の重傷から救ったのはソニアである。そのことを把握していない辺り、暴走状態だった時の記憶がどこまで彼の中で残っているのかは不明である。そして当然、たった今、彼が口にした「うわ言」の件も気になってはいたが、それよりも先に、まず確認したいことが彼にはあった。 「おふくろは?」 「死んだ……。守りきれなかった……。いや、違うな、俺を守ろうとして、死んだんだ。あいつが咄嗟に俺を庇ったことで、俺は生き残った。生き残ってしまったんだ」 ゲイリーとファインは、このコートウェルズの地で龍王イゼルガイアと遭遇し、その戦いで龍王の放ったドラゴンブレスによって二人とも死んだと思われていたが、ファインがゲイリーを身を挺して庇ったことで、ゲイリーだけは九死に一生を得ていたらしい。おそらく、他の傭兵達も龍王も去った後になって、ギリギリの瀕死状態から奇跡的に息を吹き返すことが出来たのだろう。 「それから俺は、イゼルガイアを倒す力を得るために、この島にある全ての混沌を手に入れようとした。その過程で、徐々に意識が薄れ、混沌に身体を乗っ取られようとしていることは分かっていたが、それに気付いた時には、もう俺は自分を止めることが出来なくなっていた」 どこか遠い目をしながら、ゲイリーはそう語る。典型的な「邪紋使いの暴走」の症状である。聖印も邪紋も、その根底にあるのはどちらも混沌核であるが、聖印は混沌核を浄化した上で取り込むのに対し、邪紋は混沌核の性質を残したまま取り込むため、過剰に摂取すればやがて身を滅ぼす。それが分かっていても、愛する者を失った邪紋使いには、その仇を取るための「力」を得たいという衝動を止めることは出来なかったのである。 「正直、意識は曖昧だったが、俺が今までどれだけの罪を犯してきたのかは分からん。だから、その処罰はお前達に任せる。ヴォルミス団長に迷惑がかかるというなら、俺の首を撥ねてくれて構わない」 「その判断をするのは団長の仕事だろう。一度帰るべきではないか?」 「あぁ、そうだな……」 そんな親子の会話を交わしつつ、ゲイリーは息子の周囲にいる者達に目を向ける。そして、マーシャルと目が合った瞬間、衝動的にこう言った。 「お前……、ホルスの息子だな?」 突然の発言に、その場の空気が凍り付く。どうやら、ゲイリーは自分の中にある「ホルス」の素顔の面影を、マーシャルに感じたらしい。 だが、そう言われたマーシャルは、毅然とこう答える。 「私の父は、バルバロッサ・ジェミナイです」 それが彼の中での真実である。血縁上は「伯父」であったとしても、彼の中ではバルバロッサ以外に「父」と呼ぶべき存在はいない。 「あぁ、そうか、そうだったな。俺にはそういうコトを言う権利は……、ん? ちょっと待て。お前、今、『私の父』と言ったな?」 「はい、私の父は、養ってくれたバルバロッサ・ジェミナイだけです。実父のことは何も聞いたことがありません」 そう繰り返すマーシャルに対して、ゲイリーは腑に落ちぬ顔をしながら、呟くような口調で続ける。 「俺は今、『実父』の話はしてないんだが……、そうか、お前は『そのこと』も知らされていないのか」 彼が何を言ってるのか理解出来ないまま、皆が混乱している中、更に混乱させる真実を彼は告げる。 「聞かされていないということは、言うべきことではないのかもしれん。だが、これだけは伝えておく。ホルスはお前の『父』ではない。お前の『母』だ」 いつもは冷静なマーシャルも、さすがにこの発言に対しては、ただひたすらに困惑した様子を隠せない。「ダン・ディオードや父の旧友のホルス」と「今のホルス」が別人なのではないかという疑惑はあったが、まさか性別まで異なっているという可能性までは、全く考えてもいなかった。だが、この瞬間、彼は紙芝居屋の話していた「ホルスの死因(コートウェルズで受けた傷が原因の病死)」が、バルバロッサが語っていた「母(ジャクリーン)の死因」と一致していたことを思い出す。 (もし、「本物のホルス」と「ジャクリーン」が同一人物なのだとしたら、今、我々を率いている鉄仮面の男は、一体何者なのだ……?) 彼がその疑念に混乱している横で、現在のホルスの「中年男性のような声」が合成音であることを知っているヴェルナは、「現在のホルス」が女性である可能性もあると考えていた。この時点で、この二人が持っている情報を摺り合わせていたら、ホルスの正体にいち早く気付いていたかもしれない。だが、いずれにせよ、彼等は間もなく知らされることになる。彼等と共にこの地にやってきた「鉄仮面のホルス」の正体と、そして彼等がこの任務に選ばれた真の理由を。 4.2. 紅蓮の翼竜 そして翌日、まだ病み上がりのゲイリーとソニアをヴァイオラに残したまま、調査兵団の面々とアクシアは、ビブロス村へと向かう。ソニアは救出したとはいえ、まだ肝心のエスタークを倒していない。それに何より、最近になってこのゼビア地方における龍や魔物の出現率が上がったことの原因は、まだ全く解明されていないのである。 その途上、明らかにこの地が魔境化しつつあるほどに荒廃していることを実感しつつ、どうにか村に辿り着いた彼等は、失意に満ちた表情を浮かべる村人達の絶望的な様子を目の当たりにする。そんな中、村人の中の長老的な人物に事情を聞いたところ、彼はうつろな瞳を浮かべながら、こう言った。 「我等がドラゴンロード様が殺されてしまった、大鎌の魔人に……。もう我々には、龍に抗う術はない」 どうやら、バイロンで彼等が聞いた「紅蓮の翼竜を操るドラゴンロードの一族」の噂は本物だったらしい。そして彼等曰く、この地が高い混沌濃度に侵蝕されつつも、人々を脅かすような龍や魔物が出現しなかったのは、その「紅蓮の翼竜」を従えるドラゴンロードの一族が、この地に出現する様々な魔物や他の地から飛来する龍達から、代々この地を守り続けてきたからだという。 だが、約一ヶ月前に、その一族の現当主が「大鎌の魔人(ゲイリー)」に倒されたことで、そのパートナーであった紅蓮の翼竜も本来の力を発揮出来なくなり、その結果として、山の向こう側の地方から次々と「人間に害を及ぼす龍」が飛来するようになったらしい。この状況は、ヴェルナが予見した「ビブロスの現状」の断片的な情報とも確かに合致していると言えよう。 そして、彼等がその老人から話を聞いていたちょうどその時、おそらくは村の中心的な建物の一つだったと思われる荒廃した廃墟の上に、巨大な「紅蓮の翼」をはためかせた翼竜が舞い降りる。それは海上で彼等を襲ったワイバーンとは明らかに異なる、この世界に一般的に現れる飛竜の類いとは別種の個体であった。 「我は、英雄王エルムンド様の配下の七騎士の一人、トレブル・クレフ」 その紅蓮の翼竜は、マーシャル達を見下ろしながら、そう名乗る。「英雄王エルムンド」と言えば、四百年前にブレトランドを混沌から救い、ヴァレフール、トランガーヌ、アントリアの礎を築いた伝説の人物である。その部下に七人の騎士がいたということは有名な話であるが、彼等の前に現れたのは、どう見ても人間の姿とは掛け離れた、一匹の巨大な翼竜である。 「我等は、混沌との戦いの中で、巨大な混沌核に触れた結果、このような姿になってしまった。私のこの身体は、エステル・シャッツ界に住むと言われる巨大な翼竜のもの。だが、身体は投影体になってしまっても、我等は人の心を保つことが出来た。それは、エルムンド様との『心の絆』があったからだ」 唐突に語られる荒唐無稽な話ではあるが、聖印の持ち主が、自身に制御しきれないレベルの混沌核に触れることで、その内なる聖印を混沌核に書き換えられてしまったという事例は、伝説レベルであれば確かに存在する。もっとも、英雄王エルムンドの配下の七騎士に関するそのような伝承については、ブレトランド生まれのマーシャルですら、全く聞いたことも無い話なのだが。 「しかし、やがてエルムンド様が、大毒龍ヴァレフスとの戦いで受けた傷が原因で死期を悟られた時、我等は自ら、ブレトランドの各地に封印される道を選んだ。エルムンド様亡き後、理性を保てる自信が無かったからだ。そしてその時、我等は共に一つの誓いを立てた。いずれ再びブレトランドの地が危機に瀕した時、エルムンド様に匹敵する人物が現れたら、その方のために再び立ち上がろう、と」 この翼竜が話している内容が真実であるという保証はどこにもない。だが、不思議と、その場にいる者達は皆、彼の話に耳を傾けていた。見た目はただの投影体にすぎないこの「魔物」の言葉には、聞く者を納得させる不思議な説得力が備わっていたのである。もっとも、それが「四百年前の英雄」であることの証明にはならないのであるが。 「そして我等はそれぞれに永き眠りについた……。そして、それから約二百年の時を経た後、私が眠っていたアントリア北部の山岳地帯に一人の騎士が現れ、こう言った。コートウェルズの混沌の浄化に力を貸して欲しい、と。私はその騎士の決意に感銘を受けた。だが、私の力は本来、ブレトランドの人々のためのもの。コートウェルズの人々のために、ブレトランドを去ることは、我等の誓いに反するのではないか、という想いに悩まされた。そこで私は新たな誓いを立てたのだ。本来の誓いを破ってまでコートウェルズに渡る以上、この地の混沌を全て浄化するまで戦い続ける、と」 英雄王エルムンドの死から約二百年後ということは、現時点から見て約二百年前、ということになる。つまりこの翼竜は、二百年前からずっとこの地で、混沌と戦い続けていたらしい。 「しかし、私と彼の力をもってしても、この地の混沌を全て浄化することは難しかった。やがて彼の寿命は尽きるが、その後継者となる者達が現れ、私は彼等と代々契約を結んでいくことになる。いつしか彼等は『ドラゴンロード』と呼ばれるようになった。しかし、その最後の継承者が死んでしまった今、私は本来の力を発揮出来ない。いや、正確に言えば、本来の力を発揮しようとすると、おそらく私は、自分で自分を制御出来なくなってしまう。私が本気でこの力を用いるためには、私と魂を共有してくれる『高貴な魂の君主』が必要なのだ」 紅蓮の翼竜はそう言うと、ホルスとマーシャルに目を向ける。 「だが、今、私の目の前に、私が力を預けるに相応しい資質を持った二人の君主がいる。お前達のどちらか、私の主になる気はないか? 私の力をもって、このコートウェルズ、そしてこの世界を救うために」 突然そう言われたマーシャルは、戸惑いながらもホルスに目を向ける。すると、ホルスは彼にこう問いかけた。 「お主はどうしたい?」 いささか卑怯な逃げ口上のようにも聞こえるが、そう問われたマーシャルは、素直に自分の思うところを口にする。 「私の仕える国はアントリアです。自由騎士のホルス殿がその役割を担って下さるのであれば、この場は御任せしたいのですが」 彼の目から見ても、この紅蓮の翼竜が「相当に強大な力を秘めた龍」であることは分かる。その身体に秘めた根本的なポテンシャルは、先刻のアイスドラゴンなど比べ物にならない。白龍エスタークと同じか、あるいはそれ以上なのかもしれない。そんな強大な力を手に入れられるかもしれない、という状況でありながらも、彼は至って冷静にそう答えた。彼の中では、自分が力を手に入れるかどうかよりも、自分自身の役割の方が重要なのである。 すると、ホルスは鉄仮面の留め金に手をかけながら、こう答えた。 「分かった。では、コートウェルズは私に任せろ。その代わり、アントリアは任せたぞ」 そう言い終わると同時に、彼は鉄仮面を外し、初めて彼等の前に素顔を晒す。それは、マーシャルにとっては見慣れた、彼の「主君」の顔であった。 「この俺がコートウェルズを全て制圧するまで、俺の名代として、アントリアを頼むぞ」 そう言い放ったその人物は、紛れもなく、現アントリア子爵ダン・ディオードだったのである。 4.3. 父と子 「わ、分かりました……」 突然その正体を現した「主君」を目の間にして、マーシャルは反射的にそう答える。だが、突然の事態に、さすがの彼も困惑せざるを得ない。彼がダン・ディオードから今回の任務を命じられた時、その隣に確かに「ホルス」はいた筈である。 実はあの時、彼の傍らにいた鉄仮面は影武者で、出陣前の時点でダン・ディオードと入れ替わっていたのだが、鉄仮面の内部に装着されていた合成音装置の存在故に、マーシャルには「声」による判別も出来なかったのである。とはいえ、この点については、今現在、鉄仮面を外したダン・ディオードが、明らかにそれまでとは異なる「本来のダン・ディオードの声」で話しているため、ヴェルナからこの装置の話を聞いていなかったマーシャルでも、何らかのカラクリがその鉄仮面の中に内臓されていることは薄々理解出来る。 だが、それ以上に問題なのは、今現在、彼に課せられた使命である。「ダン・ディオードの名代」ということはつまり「国家元首代行」を意味する。それをいきなり、ダン・ディオードの筆頭契約魔法師であるローガン(『ルールブック2』233頁参照)でも、騎士団長であるバルバロッサでもなく、騎士団内の一指揮官にすぎないマーシャルに託す、と言っているのである。あまりにも大役すぎるその指名に、彼も含めた周囲の者達は、混乱の色を隠せない。 そんな空気を察してか、鉄仮面を外したダン・ディオードはこう告げる。 「なに、心配することはない。バルバロッサにもローガンにも、今回の調査結果次第では、お前に後を託すと言ってある。二人とも知っているからな、お前が『俺の息子』だということを」 突然の告白に、その場の空気が凍り付く。確かに、マーシャルは実父の名を知らない。そして、母であるジャクリーンと「初代ホルス」が同一人物であるとすれば、仲間であったダン・ディオードとの間で「そういう関係」が発生していてもおかしくはないだろう。 「お前達はどうする? 俺と共に、この地で混沌と戦うか?」 そう言って、残りの三人に目を向ける彼であるが、三人とも「帰るべき場所」がある以上、このままこの地で、いつ終わるとも知れない戦いに身を投じる訳にもいかない。 そしてこの時、ヴェルナの中に「もしや……」という予感が過り、彼女は時空魔法師としての奥義とも言うべき「賢者の予言」の力で、「この世界の真理」に向かって問いかける。自分の正体が何者なのか、と。その結果、彼女の脳裏には衝撃的な真実が舞い降りてきた。彼女の母は女海賊アクシア、そして、父は今、彼女の目の間にいるアントリア子爵ダン・ディオードであるという。 確かにそれは、今までの状況と照らし合わせて考えてみれば、納得は出来る。少なくとも母に関しては、これまでのアクシアの態度と発言から、おそらくヴェルナの中でも薄々勘付いていたであろう。しかし、まさか父がこれほどの「大物」であろうとは、考えてもいなかった。 そして、彼女がその事実に打ち拉がれているのを知ってか知らずか、ダン・ディオードは三人に向かってこう言い放った。 「まぁ、お前達がどの道を進もうが、お前達の自由だ。それに、どんな人生になったとしても、心配することは何もない。俺の子供達が、そう簡単に死ぬ筈がないからな」 既に自力でその真実に辿り着いていたヴェルナだけでなく、シドウとウィルバートに対しても、この「無責任な父親」は唐突に真実を突き付けた。さすがに二人とも衝撃を受けた様子ではあるが、しかし、冷静に思い返してみれば、思い当たる節はある。シドウの母マレーも、ウィルバートの母ファインも、若き日のダン・ディオードと同じ時をこのコートウェルズの地で共有している。シドウにしてみれば、もし自分が「クリフォード男爵」の息子でないならば、自分を差し置いて妹が後継者に任命されたことも理解出来る。そしてウィルバートも、昨日のゲイリーのうわ言から、自分が彼の本当の息子ではないことは薄々察していた。 「まぁ、詳しい話は、バルバロッサにでも、ノギロにでも、ゲイリーにでも、好きに聞くがいい」 言うだけ言って、あっさりと話を切り上げようとする彼に対して皆が困惑していたが、そんな中、ヴェルナが静かに口を開く。 「私は今更、出自がどうのと言われても……」 どう反応して良いか分からない様子の彼女に対しては、少し離れた位置から見ていたアクシアも、目を合わせようとはしない。アクシアは、「今回の調査兵団の責任者であるホルス」の正体がダン・ディオードであることは、最初から知っていた。しかし、この時点で彼女は、まだヴェルナが「自分の母親がアクシア」と気付いていることを知らない。だから、ヴェルナが自分からそのことについて言い出さない限りは、黙っているつもりでいた。 そんな微妙な心境の母と娘の心情を知ってか知らずか、ダン・ディオードは再び話を始める。 「そうだな。俺も、自分の出自とは関係なく、アントリア子爵になった。だが、お前達には間違いなく、俺の力は引き継がれている。そして今回の件を通じて、よく分かった。マーシャル、お前の方が俺よりもよっぽど、『王』に向いているぞ」 そう言って、彼は再びマーシャルの前に歩み寄る。 「俺がお前の立場であれば、迷うことなく目の前のアイスドラゴンを追っていた。そしておそらく、それは用兵術の観点から考えれば間違いで、より多くの兵を失うことになっただろう。俺にはその計算が出来ん。お前はまだ弱い。弱いからこそ、生き残るために頭を使う余地がある。おそらく、そういう者が必要なのだ、今のアントリアにはな」 ダン・ディオードは、人々を束ねる「王」としては、あまりにも強すぎる。自分自身が強すぎるが故に、その「力」だけで全てを解決しようとするが、その力を持たない者達を生かす術には長けていない。どうやら彼自身が、その限界に気付いていたようである。 「今回、この島に来てよく分かった。やはり俺は、くだらぬ人間同士の争いよりも、目の前の混沌を倒す方に生き甲斐を感じる。それが君主の本来あるべき姿だ。だが、残念ながら今のブレトランドに必要なのは、混沌と戦う『力』ではない。人々を従える『智』だ。俺の『力』による統治で、アントリアをここまで広げることは出来た。今後はお前の『智』で、今のアントリアを立て直してみろ。それで駄目なら、また俺が戻って、『力』で全てを捩じ伏せる。この島の全ての龍を従えてな」 あまりに身勝手で、一方的な言い分である。そもそも、コートウェルズの全ての龍を従えることなど、伝説のファーストロード・レオンでさえも実現出来なかった「見果てぬ夢」である。百歩譲って、仮にそれがダン・ディオードに可能であったとしても、それを実現するまでに何年かかるかも分からない。それまでのアントリアを、為政者としての経験すら持たない15歳の息子に突然委ねるというのは、どう考えても無謀すぎる。 しかし、当のマーシャルにとってはそのこと以上に承服出来ないことがあった。 「分かりました、父上。アントリアと騎士団のことは御任せ下さい。しかし、その前にまず、あなたには『説教』の時間が必要です」 「どういうことだ? 俺は、説教されるようなことは何もしていないぞ」 「これまで父であることを隠していたこと自体が、説教に値します」 マーシャルの中では、バルバロッサこそが「尊敬すべき父」である。ダン・ディオードのことも、「仕えるべき主君」として、その価値を一度も疑ったことはなかった。しかし、その主君が「実父」だと突然聞かされれば、このような感情が沸き上がるのが道理であろう。 「俺の子だと知らずに生きてきた今までのお前の人生に、不満があるのか?」 「いえ、人生には不服はありません。しかし、それ以前に、父として名乗れないようなら、子を作るべきでは……」 「今、名乗ったであろう。名乗るべき時になったら、名乗る。それを判断する権利はお前にはない。まだ子も作ったことがないような奴が、偉そうな口を叩くな!」 ダン・ディオードがこれまで四人に対して「父」と名乗らなかったのは、「英雄の息子」という肩書きを背負わせることにより、「周囲の過度な期待」や「本人の慢心」を引き起こすことを避けるためである。それ故に、「子供達が、自分自身の人生を自力で切り開ける力を手に入れた段階で、名乗る」というのが彼の方針であり、今回彼等を同行させたのは、彼等がそこまで成長しているかどうかを見極めるためでもあった。今までその正体を隠していたのは、そのことを事前に彼等に悟られないためである(ホルスの仮面と名を借りたのは、彼の中での彼女への複雑な想いの体現であろう)。それに加えて、実はそれぞれの「母」や「養父」達の思惑も絡んでいたのだが、そこまで逐一説明する気は彼にはない。 しかし、当のマーシャルにしてみれば、どんな思惑があるにせよ、子育てをバルバロッサに丸投げして、自分に「隠し子」が何人もいることを伏せたまま、旧アントリア子爵家の娘と結婚することで今の地位を手に入れること自体、どう考えても筋が通らない。その上で、もはやこの男に何を言っても無駄だと分かったマーシャルは、この男は「父」と呼ぶには値しないと割り切った上で、すぐに頭を切り替える。この時点で彼の中では、この男への怒り以上に、子供も国もあっさりと丸投げするようなこの男に代わって、自分自身が祖国アントリアを守らなければ、という強烈な使命感が、フツフツと沸き上がっていったのである。 そして、他の三人もまた、突然の事実に混乱しつつも、ヴェルナにとってはノギロが、ウィルバートにとってはゲイリーが、自分をここまで育てた「父」であるという事実に変わりはない。そして、これまで自分のことを軽んじてきた父(クリフォード男爵マーセル)に対して不満を抱いてきたシドウも、この事実を聞かされたことで、逆にその父の心情にも理解を示せる気持ちが生まれ始めていたのである。 こうして、それぞれに様々な感情が渦巻く中、アントリア子爵ダン・ディオードは、「紅蓮の翼竜」という「圧倒的な力」を手に入れた上で、このゼビアの地を襲う白龍エスターク、そしてその上に君臨する龍王イゼルガイアを倒すため、このコートウェルズに逗留し続けることになり、マーシャルを中心とする四人は、そのことを含めた「調査兵団としての報告書」をまとめて、アクシア達の手でアントリアへと帰還することになる。そして、アクシアは最後までヴェルナには「母」とは名乗らず、ヴェルナもその件には触れないまま、ブレトランドを経由してエーラムへと帰参するのであった。 4.4. 若き勇者達の事情 こうして、無事にエーラムに戻ったヴェルナは、コートウェルズでの出来事を全てノギロに報告する。そして、自分の「養女」が自らの「正体」を知ってしまったことを聞かされたノギロは、複雑な表情を浮かべながら、彼の知るところの全ての「真実」を、彼女に語り始める。彼の中では、彼女に話して良いことなのかどうか非常に悩ましい問題ではあったが、「真実を見極めること」を生業とする時空魔法師の彼女が、いつまでも「自分自身の真実」と向き合えない状態でいることは好ましくない、と判断したようである。 「まぁ、若いころはね、みんな色々あったんですよ」 そう断った上で、彼はおもむろに「昔話」を始める。紙芝居屋の男が「子供には見せられないから」という理由で割愛した、彼等の青春群像の裏側を、一つ一つ丁寧に語り始めたのであった。 * 20年前、魔法学院の高等課程を修了したノギロ・クアドラントは、「仕えるべき君主」を探して旅をしていた。そんな中、彼は、まだ全く名も知れていなかった頃のダン・ディオードと出会い、彼の中に秘められた「人並みはずれた君主としての潜在能力」を見出して、共に旅をするようになったという。 その後、彼等は旅先で、自由騎士の兄妹と出会う。兄の名はバルバロッサ、妹の名はジャクリーン。いずれも長い黒髪が印象的な、美しい顔立ちの兄妹であった。元々、彼等は大陸のヴァンベルグ伯爵領の貴族家の出身だったが、妹のジャクリーンが、望まぬ相手との結婚を迫られ、それを不憫に思った兄バルバロッサの謀略により、「事故死」を装って兄妹共々出奔することになったらしい。しかし、後に旅先で彼女の素性がバレそうになったため、彼女は(音声合成装置を内蔵した)鉄仮面をつけて、「ホルス・エステバン」という男性名を名乗るようになったのである。 やがてそこに、ファインとゲイリーという、二人の邪紋使いが加わる。ファインは、アロンヌ北部の山賊団の頭目の娘だったが、山賊稼業を手伝わされることに嫌気がさしていたところで、その山賊団がダン・ディオード達によって壊滅させられたことによって、彼等の仲間となった。ゲイリーは、ファーガルドの小さな村の住人だったが、混沌災害に襲われた際にダン・ディオード達に助けられ、その時に邪紋の力に目覚めたことで、彼等のパーティーに加わったのである。 しかし、この二人が加わった頃から、徐々にパーティーの中で、様々な感情が渦巻き始めることになった。ファインは、出会った当初からダン・ディオードに対してほのかな恋心を抱いていたものの、山賊出身という自分の出自に蟇目を感じて、その気持ちを表には出せずにいた。一方、そんなファインに心惹かれていたのが、当時のパーティーの中では最年少のゲイリーだったのだが、更にそのゲイリーのことを密かに想っていた人物がいた。それが、(同性愛者の)バルバロッサだったのである。ゲイリーはファインの想いを、バルバロッサはゲイリーの気持ちを理解していたが故に、彼等はそれぞれの「本心」を胸に秘めながら旅を続けることになった。 そして、当時のダン・ディオードは、その圧倒的な騎士としての実力に加えて、どこかカリスマ性すら感じさせる精悍な顔付きの持ち主だったこともあり、旅先で出会った様々な女性と恋仲となり、彼女達と密かに逢瀬を重ねていくことになる。 ノギロの知る限りでは、ダン・ディオードの「最初の相手」は、彼等がコートウェルズに渡る際に力を借りた女海賊、アクシアである。彼女は、(既にヴェルナも今回の旅を通じて察していたようだが)白龍エスタークが「コートウェルズ南部の村人の娘」をさらって産ませた「半龍人」である。彼女は「人間」としての因子を強く残して産まれたが故にエスタークに捨てられ、その「汚れた出自」故に人間社会の中でも忌み嫌われ、やがて海賊に身を堕とすことになったという。そして、その「不気味な正体」故に、裏社会の男性達からも忌避される人生を送っていたが、何一つ臆することなく彼女を「一人の女性」として扱ったダン・ディオードに彼女は惹かれていき、やがて、彼等の間には「娘」のヴェルナが産まれることになる。 だが、この時点ではアクシアは、彼女を自分一人の手で育てるつもりだった。アクシアはダン・ディオードのことを本気で愛してはいたが、彼の愛は自分一人だけに注がれている訳ではないことも理解していたため、あまり長く彼の近くにいるべきではないと考えていたのである(故に、彼女はダン・ディオードに協力しつつも、そのパーティーには加わらなかったため、コートウェルズの紙芝居にも登場しなかった)。 その後、コートウェルズで黒龍ハーゴンを倒したダン・ディオードは、その時に助けたヘルマイネ男爵令嬢のマレーからも熱烈な求愛を受け、彼女には婚約者がいたにも関わらず、嫁入り直前の彼女の胎内に子を為してしまったという。おそらく、それがシドウなのであろう。現時点でノギロが把握している限りでは、彼がダン・ディオードの「第二子」であり、「長男」ということになるが、その前後にも、ダン・ディオードは旅先で出会った様々な女性と「一夜の恋」を繰り返していたため、ダン・ディオードの血を引く者は、他にもいる可能性は十分にあるというのが、ノギロの見解である。 そんなダン・ディオードとは対照的に、ただひたすら一途にゲイリーのことを想っていたバルバロッサは、その想いを秘めたままゲイリーと一緒にいることに徐々に辛さを感じるようになり、ハーゴンを倒した直後にパーティーを離れて、アントリア騎士団に仕官する道を選んだという(その数年後に、ダン・ディオードがこの国の子爵令嬢と結婚することになろうとは、この時点では彼は全く考えてもいなかった)。 一方、彼の妹であるホルスことジャクリーンは、当初はダン・ディオードの「女性に対する節操の無さ」に対して嫌悪感を示していたが、後に、それが彼への嫉妬心によるものだと気付いてしまった結果、やがて彼女自身もまた彼を求め、その子を身籠ることになる。だが、その妊娠の事実が発覚するのとほぼ同時期に、彼女はコートウェルズの戦いで受けた傷が原因で病に倒れ、アントリアのバルバロッサの元に送られて療養することになるのだが、最終的にはマーシャルを出産すると同時に、命を落としてしまう(以後はバルバロッサがマーシャルを育てることになる)。 そして、それまでずっと自分の想いを殺していたファインもまた、ダン・ディオードとホルスが結ばれたと知った直後、自分の感情を抑えきれなくなり、彼と身体を交わした結果、彼女もまた彼の子を身籠ることになる。ただ、この時点ではまだホルスが存命で、彼女(および今後も現れるであろう新たな「恋敵」達)との間で諍いごとを起こしたくないと考えた彼女は、密かにパーティーから去ることを決意する。だが、この時、その彼女の動向を察知したゲイリーは、全てを知った上で、彼女の「夫」として、彼女の腹の子の「父親」として、彼女を支えていくと宣言し、ファインもそんな彼の優しさを受け入れ、二人はゲイリーの故郷の村へと移住することになったという。そして、ウィルバートを産んだ後、彼等は再び冒険者稼業に復帰し、最終的には「傭兵」として「暁の牙」に入団するに至るのであった。 * 「これが、あなた達四人の出生に関して、私の知る全てです」 一通り語り終えたノギロは、静かにヴェルナにそう告げる。当時一緒に旅をしていたとはいえ、なぜ彼がここまでの裏事情を把握していたのかは不明であるが、おそらく、時空魔法にも精通していた彼は、仲間達の動向を心配するあまり、(意図した結果なのか、無意識の産物になのかは分からないが)「見なくても良い真実」まで見えてしまっていたのであろう。 彼自身がどのような想いで彼等(パーティーメンバー+アクシア&マレー)の恋模様を眺めていたのかは不明である。もしかしたら、彼もまた内心ではこの中の誰かに心惹かれていたのかもしれないし、冒険者時代の彼が(彼女達を含めた)幾人かの女性から想いを寄せられていたのかもしれないが、彼は自分自身の「過去の女性遍歴」については何も語らなかった。 「その上で、最後に一つ、ダン・ディオードと長年付き合った者として言わせて下さい。彼の行動原理はただ一つ、人々を救うこと、それだけです。肉体的にも、精神的にも、苦しむ者や悩む者がいれば救う、それが彼の信条です。ただ、後先は考えない。だから、目の前で誰かが助けを求めていれば助け、自分を求める女性がいればその期待に応じる。非常に単純明快な男です」 困っている人々を見捨てない、という性格に関しては、ある意味、ヴェルナにも引き継がれているのかもしれない。しかし、「異性に求められたら断らない」という点に関しては、これまで学院内で勉学一筋に生きてきた彼女にとっては、そもそもそれが正しいのかどうかすら判別出来ないレベルの感性である。 「私はその後もしばらく、新たなパーティーメンバー達と共に彼と旅を続けましたが、やがて途中で気付きました。彼の契約魔法師に相応しいのは私ではない、私では彼の持つ圧倒的な『力』を制御することは出来ない、ということを。そこで、彼がアントリア子爵家に婿養子に入ると同時に、私は彼の元を去り、そして代わりに、学生時代に面識のあったローガンを彼に紹介したのです」 そして、学院に戻った彼は、教師として後進の育成に専念することになる。そして、学友の紹介で知り合った女性と所帯を持ち、教員としての立場を確立した頃、旧知のアクシアから、「娘が、僅か5歳にして魔法師としての力に目覚めた」と聞き、ヴェルナを引き取ることを決意する。幸か不幸か、ヴェルナは母親の持つ「半龍人」の因子は殆ど受け継がなかったが、彼女の才能の「早すぎる開花」の背景には、その身体の奥底にある「混沌と親和性の強い血統」が影響しているのであろう。 その際、アクシアの意向で「裏社会でしか生きられない半龍人の海賊の娘」としての記憶を全て消して育てて欲しい、という意向を聞き入れ、学院上層部の許可を得た上で、彼女の記憶の抹消を決断した。こうして、「クアドラント家のヴェルナ」が誕生するに至ったのである。 4.5. それぞれの未来 ここまでの話を語った上で、ノギロは改めてヴェルナに向き合い、こう告げる。 「あなたも、これから先、私のようにここで研究職を続けることになるのか、誰かと契約を結ぶことになるのかは分かりません。ただ、一つ付言しておきたことは、ダン・ディオードも、彼の子を産んだ女性達も、私が見る限り、誰一人として後悔している様子はなかった、ということです。あなたも、あなた自身の中で納得出来る答えを導き出した上で、その道を迷わず進んで下さい」 そう言われたヴェルナは、静かにその事実を受け入れつつ、眼鏡越しに師匠の顔をはっきり見据えて、その胸中を素直に伝えた。 「大変興味深いお話、ありがとうございました、師匠。今、師匠から聞いた話は、なかなか複雑なものでしたが、でも、今の私には殆ど関わりのないことなのでしょう。私は『一人の魔法師』です」 そう、彼女にとっては、自分がどんな出自であろうと、そのことに自分の人生を引きずられるつもりはない。そして、彼女の両親もまた、彼女の人生に介入する気がないことは、彼等の態度から明らかであった。学院に残るにせよ、誰かと契約するにせよ、彼女はあくまでも「一人の魔法師」として生きていく。それが今の彼女の率直なる決意であった。 「それで構いません。勇者の血を引いていようが、龍の血を引いていようが、最終的には、あなたはあなたなのですから」 そう言って、満足そうに愛弟子を見つめるノギロであった。 * パルテノに帰還したシドウは、直接の上司であるエルネストに任務の終了を報告した後、再びこれまでと同様に「警備隊長」の立場に戻った。結局、彼は自分自身の出生の件については、誰にも話していない。無用な情報を広めることで、アントリアやクリフォードの後継者問題に対して今更波風を立てる気は、今の彼にはなかった。 その後、出立前までは頻繁に飛来していた龍や魔物達は、彼等の帰還後は殆ど姿を見せなくなった。どうやら、海の向こうで「新たなドラゴンロード」が、着実に混沌の殲滅を続けているようである。 そして、今回の任務を通じて、自分が「アントリア北部のパルテノ」にいることが妹のソニアに知られてしまった上に、龍の出現率が激減してアントリアとコートウェルズの間の定期便も復活したことで、彼女からの手紙が頻繁に彼の元に届けられるようになる。その内容の大半は、彼女を含めたイースラー家の人々の近況報告であった。どうやら彼女は相変わらず、コートウェルズ各地の人々を救うための義勇兵の派遣の是非を巡って、父親と喧嘩を繰り返す日々を続けているらしい。 そんな妹からの手紙を、彼は相変わらず面倒臭そうな表情で受け取りながらも、さすがに今回の一件を通じて、自分ではなく彼女を後継者と決めた父の心情にも一定の理解を示した彼は、妹にして「正統後継者」であるソニアに対しても、以前ほどの嫌悪感を抱くことはなくなっていた。 (まぁ、たまには返事を返してやるか) 昔であれば全て無視していたであろう妹からの手紙に対して、そんな感情を抱く程度には、彼の中での「実家」への忌避感は和らいでいた。義父から「我が子同然」に育ててもらっていた他の三人とは異なり、これまで「父(だと思っていた存在)」としてのクリフォード子爵マーセルとの関係は決して良好とは言えなかった彼であったが、彼が「実の父」ではないとを知ったことで、「それでも自分を育ててくれたイースラー家」との距離は、むしろ近付いているようにも思える。もっとも、この事実を知ってしまった以上、今までとはまた違った意味で、父(義父)とは気まずい関係になってしまった側面もあるのだが。 そんな不思議な心境を抱きつつ、妹に帰す手紙の内容をどうすべきかでシドウは苦心する。これまでは、優柔不断なことが嫌いで、即断即決がモットーだったが、今回の一件で、自分の中にまだそんな「人間らしい心」が強く残っていることを、改めて実感させられてしまった彼であった。 * 父ゲイリーと共に「暁の牙」に帰還したウィルバートは、団長ヴォルミスに今回の件を報告するが、ヴォルミスとしては、ゲイリーに対して特に何の処分も下すつもりはなかった。任務の範疇外で何をやっていようが、ヴォルミスにとっては「どうでもいいこと」である。もし万が一、ゲイリーによって殺された者の家族が彼を訴えるようなことになった場合は、その時は彼自身の判断で「落とし前」をつければいい、というのが団長の意向であった。 そして、ウィルバートは、自分が父の「うわ言」を聞いてしまったことも、ダン・ディオードに「俺の子供」と言われてしまったことも隠したまま、何も知らないフリをして、今まで通りの態度でゲイリーに接していた。今回の任務においても、最後の最後で、自分自身の手でゲイリーを救えなかったことに苛立を感じながら、ひたすら鍛錬に励む。今のウィルバートには、それしか出来ることが無かった。 そんな彼に対して、ゲイリーはこう告げる。 「俺はもう、邪紋を失ってしまった。右腕も無い今の状態では、もはや龍王と戦うことは出来ない。一応、エーラムには生命魔法師の友人がいるから、彼に頼んで義手を作ってもらうことも可能だろうが、どちらにしても、もう昔以上の力を取り戻すことは無理だろう」 この「友人」とはノギロのことなのであるが、そのことまで説明する必要はないと考えた彼は、左腕一本で鎌を握った状態で、「息子」に対してこう告げる。 「だから、俺はこれから、お前を鍛えることに、残りの人生の全てを賭ける。お前が、龍王イゼルガイアを討ち果たすその日まで」 盟友であるダン・ディオードが、イゼルガイアを倒そうとしていることは知っている。だが、実際にイゼルガイアと戦ったゲイリーとしては、いかに紅蓮の翼竜の力を手に入れようとも、彼一人の手でそれが成し遂げられるとは思えない。いや、仮にそれが可能だとしても、彼一人に任せておく気にはなれない。自分自身が「妻の仇」を取るのが無理なら、せめてその願いを「息子」に託したいというのが、今の彼の唯一の願いである。ウィルバートにとって自分が「他人」であるとしても、ファインが彼の「母」であるということだけは、紛れも無い真実なのだから。 「分かった、では、早速……」 「父」の意図を汲み取ったウィルバートは、そう言って片腕のみを構えて、彼に対して向き合う。邪紋を失った今のゲイリーであっても、元々の基礎的な戦闘能力だけで、十分に鍛錬の相手にはなるだろう。今回の戦いで、自分自身の未熟さを痛感した彼は、父の想いを全て受け継いだ上で、今度こそ「母の仇」を取る、そんな強い決意に満ち溢れていた。 * そして、(二代目)ホルス・エステバンことダン・ディオードに代わって、「調査兵団」の指揮官としてアントリアに戻ったマーシャルは、「父」であるバルバロッサに、現地での顛末を全て伝える。 バルバロッサは、彼にとっての「永遠の想い人」であるゲイリーが存命であったことに内心では歓喜しつつも、その感情は伏せたまま、現状について冷静に「息子」と語り合う。 「そうか……。陛下が後先考えずに行動するのは、昔からそうだったのだが、かの地に残ると決めてしまった以上は仕方がない。お前にはこれから、『アントリア子爵代行』として、陛下の名代を任せることにしよう。色々と反発はあるだろうが、ローガンもこうなる可能性については考慮した上で、渋々ながらも今回の計画に同意している。私と彼が了承すれば、他の者達がどうこう言うことは出来ないだろう」 一応、彼等の中では「しばらく影武者を立てる」という選択肢も考えたのだが、それが判明した時に発生する混乱のリスクを考えれば、最初から「今、コートウェルズを救うために北の大地に渡っている」ということを堂々と公言した上で、「息子を名代に立てる」という形の方がいい、という判断に至った。 無論、「婿養子」としてアントリア子爵家に入ったダン・ディオードが、先代アントリア子爵ロレインと結婚する以前の段階で産まれていた「隠し子」を名代にするというのは、旧子爵家との縁が深い者達の反発を招くことになるだろうが、ダン・ディオードとロレインの間に子がいない以上、遅かれ早かれ「旧子爵家の血を引かない者」が後継者となるのは分かっていたことである。むしろ、この段階で実質的に「ダン・ディオードの息子が後継者である」という方針を明確に示すことで、「新アントリア子爵家」がここに確立したことを示すのは、国家の安定という意味でも悪いことではない。 「おそらく、お前はこれまでも、私の養子ということで白い目で見られることも多かったようだが、逆に言うなら『七光り』扱いされるのは馴れているだろう?」 「そうですね。もっとも、これから先は、その視線の強さも今までの比ではないでしょうが」 そのことは、彼自身も覚悟している。その上で、これから先、やらねばならないことは山のようにある。自分自身の為政者としての正統性を示すためには、自分が「ダン・ディオードと同等以上に優秀な国家元首」であることを示すしかない。そして、今回の一件を通じて、これまで自分が「主君」として仕えてきた人物が、いかに無責任で節操無しの人物だったかということを知った今、むしろ彼の中では「仮にコートウェルズから戻ってきたとしても、もうこれ以上、この国を任せる訳にはいかない」という決意に満ちている。もはや彼のことは、主君としても実父としても認める気はない。 「この国は私の国です。この国を守るために、これからもよろしくお願いします、父上。仮に、あのアホがコートウェルズを統一したとしても、私がヤツのことはアゴで使ってやります。せいぜい、混沌との戦いのために利用してやりますよ」 つい先日まで「陛下」と呼んでいた人物を(非公式な場とはいえ)「あのアホ」とまで言い切るようになったマーシャルに対して、バルバロッサは苦笑を浮かべながらも、突然降ってきた「大役」に全く動じることなく、強い決意と自信を持ってその任を果たそうとする「息子」に対して、どこか安心した様子であった。 「そうだな、アイツは、誰かが制御してやらないとな。俺では出来なかった。ノギロでも、ゲイリーでも、ファインでも、ジャクリーンでも、出来なかった。ローガンはそれが出来ているつもりだったようだが、今回の件でもアイツの決断を止められなかったことからも分かる通り、結局はアイツに振り回されていたにすぎん。だが、お前なら、アイツの持つ無尽蔵のポテンシャルを、この世界のために役立たせる方向に用いることが出来るかもしれん。今は、その可能性に賭けることにしよう」 そう言いながら、バルバロッサは「私もいつの間にか、ただの親バカになってしまったのかもしれないな」と心の奥底で自嘲しつつ、妹の忘れ形見であるマーシャルと共に、盟友ダン・ディオードが築き上げたこの「新生アントリア」を、これから先も支えていく決意を改めて固める。 こうして、ブレトランドの戦乱を引き起こした張本人である「簒奪者ダン・ディオード」は、誰もが予想出来なかった形でこの小大陸から去り、そして若干15歳の少年が、現時点における「ブレトランド最大の覇権国家」の実質的な頂点に君臨することになる。この事件はブレトランド各地の諸侯に激しい衝撃を与え、そしてこの小大陸の覇権を巡る激動の時代は、新たな局面へと突入していくのであった。 【ブレトランドの英霊】第5話(BS13)「禁じられた唄」 グランクレスト@Y武
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第3話(B03)「長城線(ロングウォール)の三本槍」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 「姉弟子」の旅立ち 時空魔法師のオルガ・ダンチヒ(下図)は、住み慣れたエーラムの魔法学院寮の自室において、一人、旅立ちの荷物をまとめていた。 彼女はブレトランド小大陸の南部を支配するヴァレフール伯爵国の家臣の一人、ジュマール・ケリガン男爵(下図)との魔法師契約がまとまったことで、彼の本拠地であるヴァレフールの北の要衝「オディールの街」へと向かうことになったのである。 ジュマールは、ヴァレフール騎士団の「七人の騎士隊長」の一人であり、オディールの北側に築かれた(アントリアとの国境線を守護する)「長城線(ロングウォール)」と呼ばれる巨大な防壁の管理の管理責任者でもある。そんな彼には本来、ハッシュ・ノスクという契約魔法師がいたが、先日病没し、その後任にオルガが選ばれることになったのである。 オルガの所属するダンチヒ一門は、お世辞にも名門とは言えない。しかも、彼女の師匠のノルガン・ダンチヒは既に高齢で健康状態も芳しくなく、あまり満足に指導が出来る状態ではなかった。それ故に、彼の中では彼女の契約先が決まったとしたこの機に、引退することを決めているようである。 しかし、オルガが「ノルガンの最後の弟子」という訳ではない。実は彼女よりも先に学位を獲得し、君主との契約を果たした「妹弟子」が存在する。その妹弟子の名はオデット・ダンチヒ。彼女はオルガ同様、師匠からの指導を十分に受けられない状態であったにも関わらず、ほぼ独学のみで極めて優秀な成績を収め、首席卒業を果たした逸材である。 姉弟子として、あまりに優秀すぎる妹弟子の存在は、あまり心地の良いものではない。現在のオルガは23歳。オデットは20歳。オルガは病気で一時期休学していたこともあり、同期の面々に比べてやや就職は遅れることになったが、それ以上に、三歳年下の妹弟子に先を越されたことが、大きなコンプレックスであった。しかも、そのオデットの契約相手は、オルガの契約相手であるジュマールの長男ロートス・ケリガンなのである。現状では、オルガの契約相手の方が「格上」ではあるが、この状況であるが故に、周囲の者達の中には「妹弟子のコネで就職出来たのではないか?」などと噂する者もいる。真実がどうであるにせよ、オルガとしては複雑な心境にならざるを得ない就職先であった。 そんなオルガが、出立前に師匠ノルガンの自室を尋ねた。ノルガンの年齢と健康状態を考えれば、これが最後の挨拶になるかもしれない。そんな彼女の門出を師匠は祝福しつつ、彼女に最後の助言を伝える。 「あの街は、色々と揉めているという噂も聞く。気をつけるのじゃぞ」 現在、ジュマールには三人の息子がいる。妹弟子のオデットが仕える長男ロートスの他に、武勇に優れた次男ゲンドルフ、知謀に長けた三男リューベンという二人の弟がいて、しかもいずれも母親が異なる。ロートスは長男だが妾腹、ゲンドルフは最初の正妻の子供だが母は既に亡く、リューベンの母であるケイラが現在のジュマールの正式な妻である。このような複雑な家庭環境だけに、三人のうちの誰が後継者となるのかも、まだ明言はされていない。未来予知の能力を持つ時空魔法師(予言者)のオルガが選ばれたのは、もしかしたらこの後継者問題に関する助言を必要と考えているのかもしれない、とノルガンは考えていた。その意味では、彼女が権力争いに巻き込まれる可能性は十分にある。 「まぁ、何か分からないことがあったら、オデットに聞けば良い。彼女はおそらく、あの地に骨を埋める覚悟であろうから、きっと、もう既にあの地の人々のことも熟知しておるじゃろう」 彼がそう考えたのには、明確な理由がある。というのも、実はオデットにはもっと高位(子爵以上)の君主からの契約依頼もあったのだが、彼女はそれらを全て断り、あえてオディールという小領主の(しかも、後継者と決まっている訳でもない)息子との契約を選んだ。それがどのような意図なのかは分からなかったが、何か特別な想いがあることだけは、師匠としても確信していたのである。そこまでして選んだ相手である以上、彼女にとっての今の職場が「ただの腰掛け」程度とは考えにくい。 「分かりました。今まで本当にありがとうございました。それでは、行って参ります」 師匠にそう告げると、オルガはエーラムを後にして、新たな君主と妹弟子の待つ北の大地へと旅立つ。彼女の祖国は既に戦争によって滅びており、実質的には彼女にとってのエーラムは「第二の故郷」であった。そのエーラムを去った今、オディールは彼女にとっての「第三の故郷」となりうるのであろうか。「優秀すぎる妹弟子」への様々な複雑な感情を抱きながら、彼女はブレトランドへの直行便のある港町へと向かって、歩き始めるのであった。 1.2. 身分違いの友 そんな彼女が向かった先のオディールには、実は妹弟子のオデットとは別にもう一人、オルガのことをよく知る人物がいた。食客的な立場でこの街に仕える邪紋使い、セリム・ガイゼルである(下図)。彼の身体には、異界の存在になりきることでその力を発揮する「レイヤー」の邪紋が刻まれており、彼はその中でも強力な「ドラゴン」の力をその身に宿す能力の持ち主として知られていた。 彼はオルガとは同じ年に同じ故郷で生まれた幼馴染みである。戦争で祖国を失った後、各地を点々としていく過程で邪紋の力に目覚め、無法者として様々な戦場を渡り歩くことになったのだが、そんな中、とある戦争で有力な大将首を取ったことで勇名を轟かせることになる。 そして、その戦場に居合わせたオディールの領主の次男ゲンドルフ・ケリガン(下図)に気に入られたことから、彼に誘われる形でオディールに雇われることになったのである。 ゲンドルフとセリムは、形式的には主従に近い関係だが、実質的には互いに相手を認め合った「親友」同士である。現領主の三兄弟の中で、最も武勇に優れた存在であるゲンドルフにとって、セリムはようやく見つけた「自分と互角に渡り合える稽古相手」であり、二人はこの日も、領主の館に併設された兵舎の一角で、武術の鍛錬に励んでいた。 龍のレイヤーであるセリムは、戦場において武器を必要としない。彼は戦いに際しては、自らの身体の一部をドラゴンに変え、その身に生やした龍の爪・牙・尾を用いて敵を粉砕する。その攻撃の威力は圧倒的であり、ゲンドルフのような武術の達人でなければ、まず彼の猛攻に耐えることは出来ないだろう。 一方、ゲンドルフの本来の得意武器は剣だが、この日の彼の右手には、金色に光るショートスピアが握られていた。これは、ケリガン家に代々伝わる「三本の黄金槍」の一つである。約百年前に一度は消失してしまったのだが、先日領内に突如出現した魔境(混沌濃度が極端に高い地域)をジュマールが討伐した際に再発見され、三人の息子達に一本ずつ分け与えられた。彼はこの槍がケリガン家の家宝であることを重視し、最近はこの槍を誰よりも上手く使いこなせるようになろうと心掛けるようになっている。それは「自分こそがケリガン家の次期当主に相応しい人物である」ということを証明するための自己アピールでもあったが、そんな想いを抱いているからこそ、今日の彼は非常に不機嫌な様子であった。 「結局、ここを継ぐのは兄貴で、俺はオーロラみたいな貧乏村に左遷かよ。やってらんねーぜ」 ゲンドルフは黄金槍を激しく振り回しながら、そうぼやく。現在、彼とオディールの隣村であるオーロラの領主の娘ユーゾッタ・キッセンとの間での婚儀の話が進みつつある。現在のオーロラ村の領主ルナール・キッセンには息子がおらず、娘には君主としての聖印を受け入れる資質が無いため、娘婿としてゲンドルフを迎え入れようと考えているらしい。オーロラ村はオディールの街に比べると規模も小さく、あまり裕福でもない。自分こそがオディールを継ぐべき存在だと自負しているゲンドルフとしては、オーロラのキッセン家の婿養子となることで、ケリガン家の後継者争いから外されてしまう展開には、どうしても納得が出来ない様子である。 それに加えてもう一つ、彼にはこの縁談が気に入らない理由があった。というのも、オーロラ村は、魔法師や邪紋使いのような「混沌の力」に頼る者達を嫌う「聖印教会」の力が強いことである。それ故に、歴代の領主は魔法師と契約することもなく、邪紋使いの家臣を雇ったこともない。 「仮に俺があの村の領主となっても、聖印教会の奴等は、お前が俺に会いに来るだけでも嫌な顔をするだろう。ったく、めんどくせぇ連中だ」 ちなみに、ゲンドルフは基本的に「神への信仰心」なるものは持たない。聖印教会の人々が崇める「唯一神」の実在性については様々な論争があるが、ゲンドルフにとってはその議論自体が「どうでもいいこと」である。神が存在しようがしまいが、この世界を救うべきは神ではなく「人間の力」であると彼は考えている。だから、神にすがりたい人間はすがればいいが、その思想を他人にまで押し付けようとする聖印教会のことは気に入らない、というのが彼の正直な本音であった。 「なるほど、それは厄介な話だな」 そう言いながら、セリムは彼の黄金槍の猛攻を難無く受け止める。セリムにとっても、ゲンドルフは「強さを極める」という同じ目標を分かち合える「かけがえのない友」であり、本来はただの無法者である自分を食客として招き入れてくれた彼の度量の広さにも感服している。だからこそ、彼がオディールを出て、オーロラ村へと移り住むことで、今のこの関係が壊れることは、あまり望ましいとは思えなかった。 だが、槍を振り回しながら一通りの文句を吐き出し終えたゲンドルフは、稽古を一段落させて汗を拭きながら、こうも呟く。 「まぁ、あの領主の娘御に関しては、その……、悪くはないんだがな…………」 軽く紅潮した表情を隠しながらそう漏らす彼を見て、セリムはニヤニヤと笑みを浮かべながら、龍化させていた身体を戻し、本来の小柄な青年の姿に戻るのであった。 1.3. 身分違いの恋 一方、このオディールにはもう一人、セリムとは異なる意味での「特殊な立場」でケリガン家に仕える邪紋使いがいた。彼女の名はエリザベス(下図上段)。しかし、これは本来の彼女の名ではない。彼女の現在の主である、この街の領主の三男、リューベン・ケリガン(下図下段)が彼女に与えた名である。 彼女の外見は20代の妙齢の女性だが、その実年齢はこの屋敷の、いや、もしかしたら、このブレトランドの全ての住人よりも年上かもしれない。彼女の正体は、この世界において最初に「邪紋使い」と呼ばれた一族の最後の世代の一人である。その一族の名は現代のアトラタンの人々にとっては発音が困難であるため、歴史家達の間では「夜の一族」と呼ばれている(そして当然、その一族である彼女の本来の名前もまた、現代の人々では発音出来ない)。彼等は「白い肌」と「緑の瞳」と「黒い髪」をその特徴としする、「(アトラタン南東部のアルトゥークに住む)ヴァンパイア」の一族に近い風貌であり、現在の邪紋使いの分類では「アンデッド」に含まれる人々である。 何百年にも渡って混沌の拡大に抗い続けてきた彼女達であったが、コートウェルズを支配する竜王イゼルガイアとの戦いで、その大半の者達が命を落とし、彼女を含めた僅かな者達は、コートウェルズの南の地・ブレトランドへと逃れ、その小大陸の地中に自らの身体を冷凍化させた状態で、千年以上に渡る冬眠状態へと入った。そんな彼女を偶然「発掘」したのが、リューベンだったのである。 リューベンは学才に優れ、機智に富んだ人物だったこともあり、古代の記憶しか持たない彼女との間でも様々な形で意思疎通を重ねがら、「現代のブレトランドにおける常識」を教え込むことに成功し、彼女には「ケリガン家の親族」という扱いで貴族待遇の立場を与えることになった。そんな彼の才覚と配慮にエリザベスは惚れ込み、やがて二人は枕を共にする関係へと発展することになるのだが、表向きは今でも彼の「侍従」という立場で接している。 そんなエリザベスが、この日もリューベンに呼ばれて彼の私室を訪れた。リューベンから貰った貴族用のドレスに身を包んだ彼女に対して、リューベンは淡々とこう告げる。 「先日、父上から賜った『黄金の槍』が、何者かに盗まれたようです」 リューベンは、相手が家族であろうとも、臣下であろうとも、そして恋人であろうとも、基本的にはこの口調である。そして、家宝の盗難という緊急事態においても、その声からは全く動揺した様子は感じられない。彼は日頃から、あまり感情を表に出さないため、その真意がどこにあるのか、最も近くにいる筈のエリザベスですら、よく分からないことが多い。 「正直、私としては、あんな成金趣味のような槍はどうでも良いのですが、一応、我がケリガン家の家宝でもあるらしいので、さすがに奪われたことが知られてしまっては、良くない風評が広がるでしょう。一応、調査をお願いします」 「分かりました。では、まずは屋敷の内部の者達からその盗難時点での情報を集めてみましょう」 そう言って、彼女はさっそくその場を立ち去ろうとするが、それをリューベンが呼び止める。彼にはもう一つ、告げなければならないことがあったのである。 「既にご承知のこととは思いますが、私はこれから、しばしこの村を離れなければならなくなります。しかし、いずれ必ず帰ってきます。あなたを迎えるために」 彼はエリザベスの瞳を真っすぐに見つめて、そう告げる。実は彼もまた次兄ゲンドルフと同様に、隣村であるジゼルの領主ブーレイ・コバックの娘ブリュンヒルデとの間での縁談が成立しつつあったのである。ジゼル村(コバック家)も、上述のオーロラ村(キッセン家)と同様、現在の領主には跡継ぎ息子がいない。それ故に、どちらの家にとっても、この近辺では一番の名家であるケリガン家との結びつきを強める形で婿養子を迎えることは、村の安定に繋がるという思惑がその背後にあることは容易に想像出来る(下図参照)。 この話は当然、エリザベスの耳にも入っていたが、この状況において、エリザベスは表立って何も言う気はなかった。形式的には貴族待遇とはいえ、自分とリューベンとの関係は決して対等とは言えない。自分を呼び起こしてくれた彼が、自分を求めてくれるからこそ、戦士としても、女としても、彼のために全てを捧げてきた。そして、そのことに彼女も喜びを感じてきた。彼女はリューベン以外の者に対して、心も身体も開くつもりはない。しかし、だからと言って、同じことをリューベンに対しても求めるつもりはない。そのような形で自分の想い人を束縛することこそ、彼女にとっては「恥ずべき行為」であった。 だが、そんな彼女の決意を知ってか知らずか、リューベンは彼女に対して更にこう告げる。 「私がジゼルの姫君と結婚するのは、あくまで政治上のこと。私の心はあなたのものです。それに、あの姫君は病弱という話も聞きます。私あの村のが領主となった後、彼女に『何かが起きる』可能性も十分にありうるでしょう」 まるで、「妻とはいずれ別れる予定だから」と不倫相手に囁きかけるような言い分であるが、エリザベスとしてもその言葉をそのまま真に受けることはない。ただ、リューベンが自分の心を繋ぎ止めようと配慮してくれていること自体は、悪い気はしなかった。たとえそれが、自分のことを「利用価値のある道具」としか思っていなかったとしても。 「さて、では私はこれから、ジゼルの姫君に対して形だけの恋文を書かねばなりません。心にもないことを書くのは辛いですし、その姿をあなたに見られるのも嫌ですから、ひとまず、今日のところはこれでご退席下さい」 「分かりました。では、黄金槍の件の調査に向かいます」 そう言って、彼女はリューベンの部屋を後にしようとしたが、その瞬間、彼が開いた机の引き出しの中に、一通の手紙が入っているのが目に入った。そして、決して盗み見るつもりはなかったのだが、「夜の一族」としての彼女の研ぎすまされた視力が、その手紙の差出人の名前を捉えてしまったのである。 そこに書かれていたのは「ハルク・スエード」というサインであった。彼女の記憶が間違っていなければ、それは敵対するアントリアの将軍の名前である。なぜ、リューベンが敵国の将軍からの手紙を持っているのか、気にならない筈はなかったが、自分が口出しすべき問題ではないと割り切って、ひとまずこの場は、素直に盗難事件の調査へと向かうのであった。 1.4. 覇気なき騎士 こうして、次男・三男がそれぞれに「隣村の領主の娘」との縁談が進みつつあるのとは対照的に、長男のロートス・ケリガン(下図)は、街の広場の片隅で、狩猟服を身にまとった状態でハーモニカを奏でながら、街の人々との交流を楽しんでいた。 彼は弓の名手として知られていたが、その標的の大半は、彼等にとっての最大の宿敵であるアントリアの兵士でも、領内に稀に出現する投影体でもなく、領民にとっての「糧」や「毛皮」となる動物である。彼は頻繁に城を抜け出しては、領内の狩人の人々と共に狩りに出かけることが多く、そこで得た収穫物を街の人々に無償で分け与えるのを生き甲斐としていた。 彼は長男ではあるが、母親のカミーユが正式な妻ではなく、父ジャマールの侍従の女性に過ぎなかったこともあり(彼女は父が正妻マチュアと結婚し、ゲンドルフが生まれた後、逃げるように屋敷から去ったと言われている)、幼少期から、彼が家を継ぐ存在なのかどうか、はっきり明言されてこなかった。ただ、本来の正妻マチュアが次男ゲンドルフを生んだ後に若くして死去し、後妻のケイラとの間に三男リューベンが生まれたことで、いずれの候補者も「正統性」という意味では決め手に欠ける、という状態に陥ってしまっているのが現状である。 ただ、ゲンドルフが「騎士」として既に様々な戦場で功績を重ね、リューベンが首都ドラグボロゥの学術院を首席で卒業しているのに対し、彼にはこれといって目立ったアピールポイントがない。彼の最大の特技は、弓の技術を生かした「狩り」と、母親譲りの「ハーモニカの演奏」だが、どちらも「君主」に必要とされる能力ではなく、宮廷内でも、積極的に彼を推そうとする者は少ない。領民達の間では、市井に溶け込んで狩猟や音楽を楽しむ彼の人気は高いが、一方で、あまりに「覇気」が無さ過ぎることに不安を感じる者も多い。 だが、そんな彼が一転して、後継者の最有力候補へと躍り出る「事件」が発生する。エーラムの魔法学院から、長男であるロートスに対してのみ「契約魔法師」として召還魔法師のオデット・ダンチヒ(下図)が派遣されることになったのである。 誰がどういう経緯でそのことを決定したのかは不明だが、いずれにせよ、これで「次期領主はロートス」という噂が近隣地域にも広がり、それと呼応するように、次男ゲンドルフ、三男リューベンの他家との(実質的には養子縁組を前提としていると思われる)縁談の話が進んでいるのが現状である。 しかし、当のロートス本人からは継承に向けてのそれほど強い意志は感じられない。もし、正式に後継者として指名されれば、謹んでその任に就くつもりではいるが、弟達と争ってでもその座を勝ち取りたいというほどの意欲は無い。ましてや、領主となった上で、更に所領を増やしたり、戦争で名声を高めたりすることには全く興味を持てなかった。彼はただ、この地に住む人々と共に笑顔で幸せに暮らせることが出来るのなら、自分自身はどんな立場でも構わないと考えている。果たして、そのような人物に「領主」が務まるのか、それとも、そのような人物だからこそ「領主」に相応しいのか、家臣達の間でも、領民達の間でも、彼に対する評価は二分されている。 そんな彼は、この日も猟師装束で屋敷を抜け出して森へ向かうつもりだったのだが、その直前に、契約魔法師であるオデットに、声をかけられていた。 「ロートス様、旦那様からのお達しです。まもなく、旦那様の新たな契約魔法師が到着するので、ロートス様に出迎えに行ってほしい、とのことです」 新しく到着する魔法師であるオルガ・ダンチヒは、オデットの姉弟子である。故に、本来ならばオデットが迎えに行くのが筋なのだが、彼女はこれから別件の仕事を抱えているらしい。いきなりこの日の予定を狂わされた彼だが、そういう事情ならば仕方がないと素直に納得して、その格好のまま街の入口となる表門へと向かうことになったのである。 すると、そこで彼に声をかけてくる女性が現れた。 「お主、この街の者か?」 そう言ってロートスを呼び止めたその女性は、明らかに魔法師風の装束であった。年の頃は、おそらくオデットより少し上くらいだろう。 「はい。もしかして、オルガ・ダンチヒ様ですか?」 「うむ、そうだが。私のことを知っているということは、お主は?」 「ロートス・ケリガンと申します。あなたの契約相手のジュマール・ケリガンの息子です」 笑顔でそう答えるロートスに対して、いきなりの非礼をやらかしてしまったことに気付いたオルガは青ざめる。まさか、領主の息子がこのような装束で街中を歩いているとは夢にも思わなかった訳だが、よりにもよって、妹弟子の契約相手に対してこんな失態を犯してしまったのでは、さすがにやりきれない気持ちになる。 だが、当のロートス本人は、そんなことは全く意に介していないようである。 「父から、あなたを屋敷へと案内するように言われているのです。こちらへどうぞ」 そう言って、笑顔でそのまま彼女を屋敷へと案内しようとするロートスにたいして、逆にオルガの方が拍子抜けしてしまう。 (そうか、これが「オデットが選んだ君主」か……) 正直、彼女が何を基準に彼を選んだのかはまだ分からないが、色々な意味で「型破りの存在」であることは、この時点で何となく察していた。そして、彼女はこの後、領主の屋敷において、更なる衝撃に出会うことになる。 2.1. 白昼の惨劇 こうして、領主の屋敷へと辿り着いたロートスとオルガは、二階の一番奥にあるジュマールの部屋の扉の前へと到着する。すると、その瞬間、部屋の内側から異様な物音が聞こえてくる。奇妙に思ったロートスが扉を開くと、次の瞬間、彼の目の前で「黄金の槍」に身体を貫かれたジュマールが、その場に倒れ込む。その傍らには、黒装束の男が立っていた。 「ち、父上!?」 ロートスが驚愕の声を上げる同時に、黒装束の男は部屋の奥にある窓に向かって走り出そうとする。誰がどう見ても、この男が刺したとしか思えないこの状況において、そのまま黙って見逃す訳にはいかない。そう考えたオルガは、即座に走り込んで黒装束の男との距離を詰めようとする。黒装束の男を逃がさないことを優先するなら、扉の位置からライトニングボルトを彼に向かって放つべきだったのだが、角度的に倒れているジュマールを巻き込んでしまうため、彼の生死が分からないこの状況では、その手は使えない。魔法師として、暗殺者(と思しき人物)相手に間合いを詰めるのは危険な行為だが、さすがに今は自分の身の安全を考慮している場合ではない、と判断したのである。 一方、黒装束の男はジュマールに刺さっていた黄金槍を抜こうとしていたが、彼女がいきなり距離を詰めてきたことに対して焦ったのか、槍を諦めてすぐに後方へと逃げようとする。この時、オルガの目には、彼の左手に豪華な装飾が施された「銀の腕輪」が装着されているのが目に入った。この金の槍といい、銀の腕輪といい、暗殺者にしては異様に目立つ装備には、違和感を感じざるを得ない。 これに対して、ロートスは背中に背負っていた弓を瞬時に構えて、黒装束の男に向かって放つが、その矢が彼に届こうとしたその瞬間、彼の銀の腕輪から奇妙な光が放たれ、聖印のような紋章となってその一撃を防ぐ。どうやら、何らかの特殊な力を持つ腕輪のようである。 一方、黄金槍に貫かれたまま倒れているジュマールの身体からは、彼の聖印が浮かび上がってくる。君主が力を使った訳でもない状態で自らの意志と無関係に聖印が現れるということは、その聖印の持ち主が既に息絶えているという証拠である。そして、このまま放置しておけば、その聖印は消滅し、周囲一面に混沌となって拡散してしまう。 それを防ぐ方法はただ一つ、ロートスがこの聖印を自らの聖印と融合させて、自身の中に取り込むことである。ジュマールは自分の死後の後継者を明確にしていない以上、ロートスにこの聖印を受け取る権利があるのかどうかは微妙な問題であるが、さすがにこのまま放置して「男爵」級の聖印を消してしまう訳にはいかない。この場にいる君主が彼一人である以上、他に選択肢はないのである。ロートスは意を決してジュマールの遺体へと駆け寄り、そして聖印を右手に握って、そのまま自身の体内へと取り込んだ。 その直後、黒装束の男が窓を破って逃げようとしたのに対して、射程内に誰もいないことを確認したオルガがライトニングボルトを打ち込む。銀の腕輪の防壁効果は連続発動することが出来ないようで、今度は彼の身体に直撃し、彼は深い傷を負う。更に、それと時を同じくして、先刻のロートスの叫び声を聞いて駆けつけてきた者達が、この部屋に現れた。 「おいおい、何があったんだ!?」 「何事ですか、一体?」 このオディールにおける「武の双璧」とも呼ぶべき邪紋使いのセリムとエリザベスである。だが、この二人が目の前の状況を理解するよりも前に、その黒装束の男は窓の外へと飛び出してしまう。この部屋は二階に位置しているが、オルガ達が窓まで駆け寄って外を確認した時には、既にその男の姿は消えていた。 2.2. 疑惑と対立 この状況下において、セリムは直感的に「黒装束の男」を逃がしてはならないと考え、屋敷の外へと走り出そうとする。その直前、オルガと目が合った時、一瞬にして彼女が「同郷の幼馴染み」であることに気付くが、なぜ彼女がここにいるのかを確認する前に、まず今は目の前の「賊」を追いかけるべきだと考えた彼は、そのまま飛び出して行った。 その彼と入れ違いになるような形で、時間差でゲンドルフ、リューベン、オデット、そしてリューベンの母のケイラが、次々と現場に到着する。 「兄者! これは一体、どういうことだ!?」 次男ゲンドルフは激昂して、ロートスに詰め寄る。彼が到着した時には、既に黒装束の男の姿はなく、黄金槍に貫かれた父親の遺体と、その父の聖印をロートスが自身の聖印として取り込んでいた。この状況では、ロートスが父を殺して聖印を奪ったように思えてもおかしくはない。 少し遅れて到着したリューベンは、父の死を目の当たりにして絶句しつつ、彼の身体に刺さっている黄金槍を確認した上で、それが盗まれていた自分の黄金槍であることを皆に告げる。彼の黄金槍が盗まれていたという話はエリザベス以外には告げていない以上、中にはその発言に違和感を覚える者もいた。 その後に到着したオデットも同様に驚愕した表情を浮かべつつ、ひとまず死因を確認してみたところ、やはりこの黄金槍の一撃で絶命したことは間違いないと断言する。そして、ロートスから銀の腕輪の話を聞き、その時に浮かび上がった紋章を図示されると、それが「聖印教会の高位の人々」だけが持つ特殊な腕輪である可能性が高い、という憶測を告げる。 そして、最後にこの場に到着したケイラは、絶叫を上げてジュマールの遺体へと駆け寄って行った。 「あなた! 一体、どうして……、こ、こんなことって……」 そのまま錯乱した様子で取り乱した彼女は、やがて失神してその場に倒れ込む。オデットはエリザベスに、彼女を自室まで連れ帰るように頼み、彼女も素直にそれに従って、ケイラを抱きかかえてその場を去ろうとするが、その時にオデットが、エリザベスに対して小声で耳打ちする。 「あなた、リューベン様のことは、もう忘れた方がいいですよ。身分違いの恋など、成就するものではありません。いずれ捨てられるのがオチです」 エリザベスとオデットはそれほど親しい関係でもないし、リューベンとの関係についても、誰にも話したことはない。それでも勘付いている者はいるだろうが、日頃のオデットは他人のゴシップを気にするような人物でもない。そんな彼女から突然、厳しい眼差しでそう告げられたことに違和感を感じたエリザベスであったが、他人にどうこう言われる筋合いもないと考えた彼女は、特に何も言い返すことなく、淡々とケイラを抱えたままその場を立ち去っていく。 そして、残った者達の間は当然のごとく、互いに牽制し合いながら疑惑の眼差しをぶつけ合うことになる。 「私の黄金槍を武器に使ったのは、おそらく、私を犯人に仕立てるためでしょう。誰か、私に濡れ衣を着せたい者がいるのではないかと。そうでなければ、暗殺にわざわざ槍を用いるなど、常識的に考えてあり得ません」 リューベンはそう言って、ロートスとゲンドルフにチラリと目を向けると、それに対してゲンドルフが異論を唱える。 「どうだかな。あの槍には特別な力があるという伝説もある。その特別な力を使って、親父を瞬殺したのではないか?」 「なるほど。私も存じ上げませんが、槍を盗んだ輩がその力を知っていた可能性はありますね」 「お前が知らないことを知っている輩が、そうそう何人もいるとは思えんがな」 「買いかぶりですよ、兄上」 二人は互いに皮肉めいた口調で言葉を交わしながら、互いに疑惑の視線で相手を睨む。この状況に対して、ロートスが何も言えずにいると、今度はオデットが口を開いた。 「その可能性があるとしたら、やはり、オーロラ村の教会でしょうか」 銀の腕輪が「聖印教会の高位の者」しか持てない代物である以上、当然、彼等にも疑惑は向けられる。この近辺で聖印教会の力が強い地域と言えば、間違いなくオーロラ村である。その村の司祭のハインリッヒであれば、あのレベルの腕輪を所有していてもおかしくない。 だが、それに対してもゲンドルフは異議を唱える。 「このタイミングで教会が親父を狙う理由がない。むしろ、教会に濡れ衣を着せたい奴がいるのでは?」 確かに、聖印教会とジュマールの間で不仲説があった訳でもないし、ゲンドルフの縁談に聖印教会が反対していたという話も聞いたことはない。 「おや? 兄上、いつの間に教会の肩を持つようになったのです? 以前はあんなに嫌っていたのに」 「好き嫌いの問題じゃない! 不自然だと言ってるんだ。色々な意味でな!」 薄笑いを浮かべたリューベンに突っ込まれたゲンドルフは、そう言って今度はロートスを睨む。確かに、父が殺された直後にロートスが現場に現れ、その聖印を「引き継がざるを得なかった」という状況は、他の者達にとっては「不自然」に見えてもおかしくはない。 「ゲンドルフ様、まさか、ロートス様のことを疑っている訳ではないでしょうね?」 オデットがそう言ってゲンドルフを牽制しようとすると、そこにリューベンが割って入る。 「この状況で、疑うなと言う方が無理ですよ。いくらなんでも、都合が良すぎますからね。もっとも、あえて教会を庇うゲンドルフ兄上の言動も、いささか不可解とは思いますが」 そう言って兄二人に対して疑惑の目を向けるリューベンに対して、ゲンドルフは露骨に不快な顔を浮かべて、こう言い放つ。 「そこまで言うなら、オーロラには、俺が今から真偽を確認に行く。それでいいな!?」 「ちょっと待ってよ、みんな!」 このタイミングで、それまで黙っていたロートスが割って入った。 「犯人探しも大切だけど、父上が亡くなったんだよ? まず、葬儀の話をするのが先じゃないの?」 この発言に対して、彼と同様にそれまで黙っていたオルガは、ハッとさせられる。この異様な状況下において、まず死者を弔うという「人として当然のこと」を皆が忘れていたのである。確かに、自分自身が容疑者となりうる立場にいる人々が自衛のために他人を牽制するのは、やむを得ない側面もある。だからこそ、現状で(部外者であるが故に)最も犯人扱いされにくい立場にある自分が率先して言い出すべきだったことをロートスに先に言われてしまった彼女は、深い自責の念を抱く。それと同時に、この「オデットの選んだ君主」が、思った以上に大物かもしれない、と少しずつ実感し始めることになる。 そしてオデットもまた、自らの君主のその心遣いに対して、どこか少し安堵したような表情を浮かべながらも、彼の「まっとうな主張」に内在する問題点を指摘する。 「おっしゃる通りです。しかし、この話を外に漏らしたら、もう暗殺の事実をごまかすことは出来ません。それで良いのでしょうか?」 確かに、真相が分からないまま「領主の死」のみを公表して葬儀を開くのは、それはそれで更なる混乱を招きかねない。だが、その疑念に関しては、ゲンドルフが一蹴する。 「ごまかす必要がどこにある!? ハッシュの時とは、訳が違うんだぞ!」 次の瞬間、オデットは目を丸くし、リューベンは呆れたような顔で目をそらし、オルガとロートスは混乱し、そしてゲンドルフは「しまった……」と言いたそうな表情を浮かべる。 「ちょ、ちょっと待って。ハッシュは病気で死んだんだよね? それが今回の件とどう関係あるの?」 ロートスがそう言ってゲンドルフを問い詰めようとすると、彼は黙って早足でその場を立ち去る。そんな彼のことを目で追いながら、今度はリューベンが「やれやれ」という表情で語り始める。 「こうなると、最悪の場合、オーロラ村との間で戦争になる可能性もありますね。私はジゼルに行きます。もし戦争になった時に、加勢を頼む必要もあるでしょうし」 確かに、もし今回の件の黒幕がゲンドルフであった場合、オーロラ村に逃れた彼との間で抗争が起きる可能性はある。また、仮にゲンドルフが無関係であったとしても、聖印教会がジュマールを殺したということであれば、このまま黙っている訳にはいかない。 「ハッシュの件については、オデットさんに聞いて下さい。では、私はこれにて」 そう言って、バツが悪そうな顔をしながら、リューベンも去っていく。厄介事を押し付けられたオデットは、深刻な表情を浮かべつつ、この場に残った君主と姉弟子に対して、「ハッシュの死の真実」について語り始めるのであった。 2.3. それぞれの思惑 「ハッシュ様は、表向きは病死ということになっていますが、実は、何者かの手で殺されていたのです」 オデットは重々しくそう語る。ちょうどロートスが公務で留守にしていた日に、ハッシュが自室で何者かに刺殺されているのが発見され、犯人の目星は全くつかなかったという。その上で、もしこの事実が広まった場合、エーラムから次の魔法師の派遣を渋られる可能性があるとオデットがジュマールに助言した結果、「病死」と発表することになったらしい。現時点でこのことを知っているのは、ゲンドルフ、リューベン、ケイラ、オデットの四人のみ、とのことである。 その暗殺事件の直後に帰って来たロートスにその事実が知らされなかったのは、ジュマールから全員に対して厳しい箝口令が敷かれていたからであるが、オデット個人の感情として、心根の優しいロートスをこの件に巻き込みたくない、という想いもあった。もっとも、それ以上に知られたくなかった相手は、エーラムから代理で派遣されてきた姉弟子であるオルガなのだが、こうなってしまった以上は仕方ない。 「このようなことになってしまって大変申し訳ございませんが、お姉様にはこのまま、私と共にロートス様にお仕えして頂けませんか?」 魔法師の慣例として、彼女達はいずれもダンチヒ家に「養女」として入門することになる。故に、オデットから見て彼女は「姉弟子」であると同時に「義姉」でもある。故に、オルガに対しては「お姉様」と呼ぶ習慣がオデットの中には身についていた。 オルガの契約相手であるジュマールが死んだ以上、今の時点でオルガにはエーラムに帰る権利はある。それと同時に、なし崩し的に後継者となったロートスに仕えるという選択肢も、もちろん可能である。現在のロートスの傍らには既にオデットがいるが、一人の君主が二人以上の魔法師と契約することも、「男爵」以上の聖印の持ち主であれば、それほど珍しい話ではない。とはいえ、さすがに現状ではまだそこまで決断出来る状態ではなく、かと言って契約相手を殺した犯人を特定出来ないまま帰る訳にもいかない。 「とりあえず、お仕えするかどうかは別として、この一連の事件の調査には協力するわ。その後のことは、その後で考えましょう」 「ありがとうございます、お姉様」 こうして、彼女はひとまず真相究明のためにこの地に残ることを決意する。そして、ジュマールの遺体についてはひとまず密かに寝室に隠し、暗殺に用いられた黄金槍は血糊を拭き取った上で、ロートスの黄金槍と同じ場所(ロートスの私室)で保管しておくことにしたのであった。 * 一方、黒装束の男を追っていたセリムは、結局、その手掛かりすら掴めぬまま屋敷に戻ると、ゲンドルフが出立の準備をしているのに気付く。ゲンドルフはセリムに一通りの経緯を話しながら、納得いかない様子で準備を続ける。 「どう考えても、兄貴に都合が良すぎる。兄貴が殺したに決まってやがる。多分、あの新任の魔法師もグルだな。もしかしたら、エーラムが絡んでいるのかもしれん」 セリムとしては、正直、誰の言い分が正しいのかは分からない。だが、親友であるゲンドルフが、暗殺や謀略などの小細工が出来る男ではないということは分かっている以上、彼が犯人ではないことは確信していた。だが、それと同時にもう一人、彼にとっては信頼出来る、というよりも「信頼したい人物」がいた。ゲンドルフが言うところの「新任の魔法師」ことオルガである。 「あいつは、俺と同じ国の出身なんだ。今はもう、その国は無くなってしまったんだがな」 「そうだったのか……、すまん、お前の友のことを悪く言ってしまって」 「いや、別に気にしなくていい。それに、もう何年も会っていなかったんだ。その間に『俺の知っている彼女』ではなくなってしまった可能性もある」 そもそも、領主の部屋で一瞬だけ顔を合わせただけで、まともに会話を交わす暇もなかったため、本当に彼女がオルガなのかどうかも、この時点のセリムの中ではまだ確信出来ていない以上、今の段階でどうこう言えるだけの判断材料も持ち合わせていなかった。 「いずれにせよ、聖印教会が関わっている可能性も、ゼロとは言えない。だから、念のため今から俺が行って確かめてくる」 「俺も一緒に行こうか?」 「そうしてもらえれば心強いが、邪紋使いが俺と一緒にいると、奴等の態度が硬化して、かえって話がややこしくなる可能性がある」 そう言われると、セリムとしても納得せざるを得ない。ゲンドルフが亡き父から託された黄金槍を片手に、数人の部下達と共に早馬でオーロラへと向かうのを横目に見つつ、セリムはオディールに残って、犯人に関する調査を続けることにした。 * その頃、リューベンの母ケイラを彼女の自室へと送り届けたエリザベスは、そこで再び目を覚ました彼女が怯えた様子で繰り返す奇妙な発言に悩まされていた。 「ロートスが殺したに決まってるわ。このままだと後継者から外されるから、聖印を奪い取ったのよ! ハッシュを殺したのも、きっとロートスだわ。次はきっと私が狙われる……。あぁ、もう、どうしたらいいの! あなたは、リューベンの味方よね? 私の味方よね? そうよね?」 エリザベスとしては、彼女が何を言っているのか、さっぱり分からない。そもそもハッシュが暗殺されたということも聞かされていない上に、なぜ彼女がそこまでロートスを疑うのかについても、理解に苦しむ。現状において、ロートス一人だけが魔法師との契約を認められ、弟二人と別の村の領主の娘との縁談が進みつつある以上、ロートスが「このままだと後継者から外される」と考える要因が見当たらない。無論、だからと言って彼をシロと決めつける要素はないが、なぜケイラがここまで怯えているのか、エリザベスには分かる筈もなかった。 そんな中、リューベンが「現場」から戻ってきて、一通りの事情を説明し、これから自分はジゼルの村に行く旨を告げる。 「わ、私も連れていってくれ。ここにいたら、私は殺されてしまう!」 そう言って、リューベンにすがりつこうとするケイラであったが、彼はその手を優しくほどき、諭すように母親に優しく語りかける。 「ここで我々が揃ってオディールから去ったら、我々が犯人なのではないかと疑われます。エリザベス、母上をお願いしますね」 「分かりました。ただ、護衛の兵は十分に付けていって下さい」 この状況であれば、どこで何が起きるかは分からない。自分が彼の傍らにいればいつでも護れる自信はあるが、今は母親の警護を優先してほしいと言われた以上、エリザベスとしては、そう忠告することしか出来ない。リューベンは笑顔で頷き、そのまま幾人かの兵を連れて、オディールを後にした。 2.4. 錯綜する捜査 こうして、ゲンドルフとリューベンが去った今、実際に黒装束の男を目撃した4人(ロートス、オルガ、セリム、エリザベス)は、それぞれに真相究明に向けて動き出すことになる。 ただ、その前に、セリムとしてはまず確認すべきことがあった。 「お前……、オルガだよな? どうして、ここにいる?」 「私はあれからエーラムで勉強して、契約魔法師となったのです。そう言うあなたこそ、なぜ?」 「俺は、戦場を渡り歩いてる間に、ここの次男坊に気に入られてな。今はあいつと一緒に、この国で武術を極めることにしたんだ」 数年ぶりに再会した同郷の幼馴染みを相手に、本来ならばもっと募る話を語り合いたいところであったが、今はこの程度の会話が精一杯であった。この事件の真相次第によっては、対立せざるを得ない立場になる可能性もあったが、ひとまず今は「事件の究明」を最優先する方針で同意する。この点については、ロートスもエリザベスも同調していた。 こうして、ひとまず協力体制を築いた四人であったが、四人で手分けして情報を探ってみても、今回の殺人事件の真相に繋がる証拠には、なかなか辿り着くことは出来なかった。 殺人現場の状況から、おそらくあの黒装束の男は、天井裏から部屋に侵入し、全く無防備状態だったジュマールを黄金槍で貫いたのであろうと推測される。ただ、天井裏に入り込む方法はいくつかあるが、どの経路を使ったとしても、屋敷の内部構造に詳しい者がいなければ、「領主の間」まで物音を立てずに辿り着くのは難しい。つまり、誰か内部から手引きした者がいる可能性が高いことは伺えたが、それが誰なのかを絞り出す証拠は、全く見つからなかった。 一方、リューベンの倉庫から黄金槍が盗まれた件については、どうやらもともと、それほど厳重な警備が敷かれていた訳ではなかったようで、天井裏に忍び込めるレベルの侵入者であれば、盗むことはそれほど難しくなさそうだということが分かる。ましてや、もし「内部」に敵がいるのであれば、誰でも容易に盗めそうな状況に思えた。 また、街中に出た上での調査を通じても、それらしき人物の手掛かりもなく、また聖印教会についても、特に最近になって奇妙な動きを見せているという噂も無かった。まだ領主の死を知らされていない人々は、特に何かが変わった様子もなく、いつも通りに平和な日常を送っている。 そんな中、「三本の黄金槍」の由来について、オデットと共に屋敷に伝わる過去の文献について調べていたロートスは、「100年前の喪失」に関する記述を発見する。その記録書によると、当時の契約魔法師の突然の失踪と同時に三本の槍が消失しているため、彼が槍を持って逃亡したのではないかと推測されているらしい。 また、それと時を同じくして、当時の領内に存在していた「魔境」が突然姿を消した、とも書かれている。当時の地図を見る限り、その魔境の位置は、先日、ジュマールの手で浄化された(彼が三本槍を発見した)魔境とほぼ同じ位置に存在のようである。この状況から察するに、百年前の魔法師がその三本槍の力によってその魔境を封印した、と考えるのが自然であるが、だとすると、なぜそのことを魔法師が「逃亡」した上で実行しなければならなかったのかが不明であるし、その魔法師がその後でどうなったのか、なぜその魔境が最近になって再び出現したのか、様々な謎が残ったままである。 ちなみに、黄金槍そのものの由来に関しては、ケリガン家の開祖が四百年前に英雄王エルムンドから賜ったとも言われているが、あまりにも古すぎて明確な記録が残っていないため、確証には至らなかった。そもそも、なぜ同じ大きさの槍を三本も持っていたのかも不明である(常識的に考えて「三槍流」は普通の人間には不可能である)。何らかの特殊な力を秘めているらしい、ということは様々な書物に書かれていたが、それが何なのかについても、明確な答えは得られないままであった。 2.5. 黄金槍の暴走 こうして、この日の調査が(あまり明確な成果も得られないまま)一段落して、陽が落ちようとしていた頃、全身に傷を負ったゲンドルフがオディールに戻ってきた。オーロラ村から往復してきたにしては、あまりにも早すぎる帰還である。しかも、彼と同行した筈の兵達は一人もいなかった。 「何があったんだ、ゲンドルフ!?」 セリムがそう問うと、彼は無念そうな、そして不可解そうな顔で答える。 「聖印教会の連中が、いきなり襲ってきやがったんだ……」 彼がオーロラ村に向かって、幾人かの部下達と共に早馬を飛ばしていた時、反対側から、棍棒や皮鎧で武装した聖印教会の信者達が現れ、ゲンドルフの姿を見かけると同時に、 「我等が同志、ハインリッヒの仇! 神の裁きを受けるがいい!」 などと叫びながら、襲いかかってきたらしい。「ハインリッヒ」とはオーロラ村の聖印教会の司祭の名であるが、ゲンドルフにしてみれば彼等に「仇」と言われる所以はない。しかし、彼等がこちらの言い分を何も聞かずに襲いかかってきた以上、ゲンドルフとしては反撃するしかない。だが、一人一人は大した戦力ではなかったものの、あまりにもその数が多すぎて、僅か数人のゲンドルフの部下達は次々と倒され、遂には彼も取り囲まれ、危険な状態に陥ってしまったという。 そんな中、彼の心に対して、何者かが語りかけてきたという。 (我が力を解放せよ……) どこからその声が聞こえてきたのか、ゲンドルフには分からなかった。だが、このままでは自分が(その理由も分からないまま)殺されると思った彼は、思わず心の中で叫ぶ。 (俺に……、その力を貸せ!) 次の瞬間、彼が右手に握っていた黄金槍が「龍の首」の形へと変わっていく。そして、それを握る彼の右腕もまた、その「黄金龍の首」と一体化していく。 「な、なんだこの力は……」 自分の右腕に、これまで経験したことのない強大な力が宿っていくのを感じる。それと同時に、自分の右腕が自分のコントロールから離れていきつつあることも彼は感じていた。 そして、その異様な光景に一瞬怯んだ聖印教会の面目に対し、ゲンドルフの右腕と一体化した「黄金龍の首」が、これまで見たことのない光を伴うドラゴンブレスを浴びせたのである。その一撃で彼等の大半はその場に倒れ込み、そして残った僅かな者達は一目散にオーロラ村の方向へと逃げ帰る。 「こ、混沌だ……、混沌の力だ……」 恐怖に怯えながら去って行く彼等に対して、ゲンドルフは追いかけて真相を確かめたいところであったが、この時点で、彼にはそんな余裕はなかった。彼の右腕は完全に「黄金龍の鱗」に覆われ、そのまま胴体にまで「侵蝕」が進みつつあったのである。このままでは完全に自分の身体を奪われると思った彼は必死に抵抗しようとするが、どうすればそれを止められるのかも分からない。 やがて彼の意識は朦朧となり、自分が完全に「何者か」に乗っ取られようとしていく過程において、彼の目の前に「魔法師のような姿」の男が現れたらしいのだが、それが何者だったのかを確認する前に、彼は完全に気を失う。そして、次に目が覚めた時、彼の回りには誰もいなかった。ただひたすら、敵と味方の死体が転がっているだけであった。彼の身体は全身が正常な状態に戻っていたものの、黄金槍は失われ、そして「魔法師風の男」の姿も、どこにも見当たらなかったという。 「正直、ここまで戻ってくるのがやっとだった。父上から賜った黄金槍も奪われてしまったが……、兄者、あれはとんでもない代物だぞ」 この説明を聞く限り、確かにただの「家宝」で片付けられるレベルの武具ではない。人間の身体を乗っ取るということは、間違いなく混沌の類いの力である。敵集団を一瞬で一蹴するほどの力を秘めてはいるようだが、制御出来ない強力な武器は、人類全体にとっての脅威でしかない。 だが、そんな中、一人だけ異なる感情を抱いていた者がいる。セリムである。彼はもともと「龍」への強い憧憬心故に、自分自身が「龍」となることを夢見て「龍のレイヤー」となった邪紋使いである。自らの右腕を龍そのものに変える力を持つ黄金槍と聞いて、興味が湧かない筈がない。たとえそれがどれほど危険な物品であっても、それを手にしてみたいという欲求が彼の中に生まれるのも、当然の話である。だが、さすがに今、この場においてそのことを口にするほど、彼は愚かではなかった。 そして、その黄金槍(黄金龍)の問題と同等以上に気がかりなのが、「聖印教会の人々が問答無用でゲンドルフに襲いかかってきた」という事実である。どういう経緯で彼等がゲンドルフを敵視しているのかは分からないが、いずれにせよ、彼等との間での本格的な抗争という可能性が現実味を帯びてきた。 こうなると、エリザベスとしては、この可能性を危惧していたリューベンに、一刻も早くこの事実を伝える必要があるように思えてきた。ケイラの護衛を厳重にするように警備兵達に命じた上で、彼女は一人、早馬でジゼルへと向かうことになる。 2.6. 暁の牙 エリザベスがジゼルの街に着いた時、既に時刻は深夜に差し掛かり、村の家々の明かりも、徐々に消えつつ会った。そんな中、彼女は村外れの古い小屋の周囲に、リューベンの護衛の兵達が集まっているのを発見する。 「リューベン様は、こちらにいらっしゃるのか?」 「あ、はい。そうですが、今は何人たりとも通してはならぬ、と言われておりまして……」 「中には、他に誰かいるのか?」 「いえ、今はリューベン様お一人だけです」 「そうか……、事情は理解した」 そう言って、彼女は兵を押しのけて、扉を開けようとする。 「ま、待って下さい。ですから、今は開けてはならぬと……」 「リューベン様、エリザベスです。至急、お伝えせねばならぬことがございます!」 彼女がそう言って扉を力強く叩くと、中からリューベンが現れる。 「どうしたのですか? こんな夜更けに」 「リューベン様、実は……」 彼女は一通り、ここまでの事情を説明した。ちなみに、部屋の中にいたのは、確かにリューベン一人だったようである。机の上で何かを書いていたような形跡はあるが、紙が片付けられているため、彼が何を書いていたのかは分からない。 「なるほど。そういうことならば、確かに、早めに動いた方が良さそうですね」 「今から、ジゼルに援軍を要請出来るのですか?」 リューベンはこの村の領主に気に入られてはいるものの、まだ正式に娘と婚約した訳ではない。あくまでも「友好的な隣人」にすぎない彼に、この村の軍隊に出動を要請することは難しいように思える。 「私がアテにしているのは、ジゼルの軍隊ではありません。彼等です」 そう言って、彼は自信の鞄の中から、一枚の書類を取り出した。この瞬間、エリザベスの頭の中には、出立前に偶然見てしまった「敵将ハルク・スエードの署名が書かれた手紙」が想起されたが、ここで彼が取り出したのは、それとは全く異なる「契約書」のような書面であり、その最後には、リューベンと、そして「ヴォルミス」という名の署名が書かれている。 「ヴォルミス……、隻眼のヴォルミスですか?」 「隻眼のヴォルミス」と言えば、この世界で最も名の知れた傭兵団「暁の牙」のリーダーである。リューベンは彼等に密かと契約を交わしていたらしい。 「彼等とは明日、合流する予定です。当初の予定とは異なりますが、状況によってはすぐに参戦出来るよう、要請しておきましょう。深夜の早馬での連絡、ありがとうございます」 リューベンがどういう理由で、このタイミングで「暁の牙」を呼び寄せていたのか、エリザベスにはさっぱり分からない。やはり、今回の一連の事件の背後で糸を引いているのは彼なのではないか、そんな疑惑が、彼の一番の忠臣である筈のエリザベスの中ですら沸き上がってくる。 「リューベン様、一つ確認してよろしいですか?」 「どうぞ」 「その傭兵団は『オディールの軍』と戦うためではありませんよね?」 このような質問を投げかけること自体、かなり大胆な行為であるが、リューベンはそれに対して、全く動揺も驚愕も激高もすることなく、どこか自信に満ちた笑顔で答える。 「えぇ。彼等がオディールの人々を傷付けることなど、絶対にありえません」 リューベンは何を考えているのか分からない人物だが、この時の彼の笑顔は「嘘をついている時の顔」ではない、と彼女は本能的に感じていた。その直感が正しいのかどうかは分からない。ただ、彼がそう言う以上は、彼を信じるしかない。彼女が彼を信じることを彼が望んでいる以上は、彼を信じる以外に彼女には選択肢が無いのである。 こうして、要件を終えた彼女は、再び早馬でオディールへと帰還する。かなりの強行軍ではあるが、オディールでも何が起こるか分からない以上、本来の自分の任務である「ケイラを護る」という役割を果たすために、一刻も早く帰る必要があると考えていた。 2.7. 深夜の襲撃 こうして、エリザベスが再びオディールへと向かいつつある中、オディールに残った者達は、暗殺者が再び誰かを狙う可能性があると考えて、厳戒な警戒態勢を取っていた。 状況的に考えて、ロートスかゲンドルフのどちらかが狙われる可能性が高いと考えた彼等は、護衛戦力を分散させないために、ゲンドルフをロートスの部屋に寝泊まりさせ、オデット、オルガ、セリムの三人が交代で警備を担当する、という形で防御策を採る(ケイラに関しては、本人は「自分が狙われる」と思っていたようだが、リューベンもエリザベスもいない状態で、彼女が襲われる可能性が高いと考える者はいなかった)。 「じゃあ、俺はソファーで寝るから。兄者は自分のベッドで寝ろよ」 「いや、怪我人のお前こそ、ベッドでゆっくり寝るべきだろ?」 「いいんだよ、俺は兄者とは違って、日頃から野営にも馴れてるから」 そう言って、ゲンドルフは勝手にソファーに横たわり、自室から持ってきた毛布に包まる。二人とも、色々と思うところはあったが、ひとまず今は臣下達を信じて、静かに就寝する。 * そして、彼等の予感は的中した。その日の真夜中、ロートスの部屋の上から奇妙な物音がしたことに、セリムが気付いたのである。彼が即座に皆を起こし、ロートスが弓矢を天井に向かって放つと、その天井が崩れて、黒装束の男が落ちてきた。「飛び降りて」きたのではなく、(彼の矢を身体に受けたことで)「射落とされて」きたのである。即座に、その部屋にいた者達が、その彼を包囲しようとする。 しかし、幸か不幸か、彼が落ちてきたその場所は、ロートスとリューベンの黄金槍が置かれていた場所であった。彼は思わずロートスの槍を掴んで牽制しようとするが、その表情は(覆面越しでも分かるほどに)明らかに動揺していた。 「くっ……、なぜこんなにも護衛が! 話が違うぞ!」 彼がそう叫んだ目線の先には、オデットの永続召還獣であるジャック・オー・ランタンがいた。ロートス、セリム、オルガ、(手負いとはいえ)ゲンドルフに加えて、彼等に匹敵する戦闘力を持つジャック・オー・ランタンの出現によって、完全に「万事休す」かと思われたその時、その黒装束の男の右腕が突然、黄金に輝き、槍と一体化し始める。 「な、なんだこれは……、お、お、俺の腕がぁぁぁ!」 そう叫びながら、黒装束の男はのたうち回りつつ、腕を振り回す。 (あれは、俺の時と同じ……) ゲンドルフがそう思った次の瞬間、ロートスの二度目の射撃、オルガのライトニングボルト、そしてジャック・オー・ランタンの炎熱攻撃により、黒装束の男はその場に倒れ込む。ロートスの矢までは銀の腕輪の力で食い止めたが、その後の連撃を耐えられるだけの体力は、もう彼には残っていなかったのである。そして、彼の身体から生気が抜けていくと同時に、彼の右腕もまた本来の形に戻り、そして「龍の頭」と化していた黄金槍は、再びただの「槍」の形状に戻っていく。 (これが、ゲンドルフが言っていた「龍化」の力か……) セリムはこの光景に対して異様な興奮を覚えていた。彼が数年間の修行の末に手に入れた「龍化」の能力よりも更に強力な力を、この黄金槍はもたらしているのである。果たして、自分がこの黄金槍を手にした場合、どれほどの強い力が手に入るのか、想像しただけで際限のない高揚感に包まれてくる。無論、その結果として自分が自分で無くなってしまう可能性も、十分に彼は考慮している。だからこそ、そのことを表には出さないが、それでも、自分の中でこの「黄金龍」への渇望が否応無しに沸き上がってきていることは、確かに実感していた そんなセリムの内的葛藤など知る由もない他の面々は、この暗殺者の黒装束を引きはがして、なんとか身元を明らかに出来ないかと試みたが、結局、彼が何者なのかは分からなかった。息があればまだ拘束して尋問するという手段も使えたのだが、最後のジャック・オー・ランタンの放った火炎の威力が強すぎたのか、即死状態だったようである。 こうして、彼等が当面の最大の脅威を撃退すると同時に、領主殺しの手掛かりを失ってしまったその時、屋敷内に意外な警報が駆け巡ることになる。 2.8. 怒れる隣人 ここで、時間を少し遡る。 ロートスとゲンドルフが静かに床についたちょうどその頃、ジゼルからオディールに帰るために早馬を飛ばしていたエリザベスは、奇妙な集団がオディールに近付きつつあるのを発見する。左手にたいまつ、右手に棍棒を持ち、軽装備を着込んだ村人達である。そして、彼等は聖印教会のシンボルを掲げつつ、口々にこう叫んでいた。 「同志ハインリッヒの仇を!」 「神を恐れぬ不遜な輩共に、天罰を!」 明らかに異様なその光景を目の当たりにして、エリザベスは更に馬足を早める。彼等が何に対して憤っているのかは分からないが、彼等がオディールに向かっていることは間違いない。その激しい怒号の響きから、そこには明確な敵意・殺意が感じられた。どう考えても、平和的な目的の集団とは思えない。 なんとか彼等よりも先にオディールに到着したエリザベスは、警備兵達に大声で告げる。 「敵襲だ! 臨戦態勢を!」 そして、その知らせはすぐに屋敷にも届き、慌てて屋敷の外を見たロートス達も、その姿を確認する。 「あいつら、今度は本気で攻めてきやがった!」 ゲンドルフはそう叫び、手負いの身体に鞭打って戦場に向かおうとするが、その前にロートスがその場にいる者達に告げる。 「まず、誤解を解こう。多分、彼等は僕等がハインリッヒ司祭を襲って、この銀の腕輪を盗んだんだと勘違いしてるんだと思う。でも、今、その腕輪はここにあるし、その犯人の死体もここにある。話せば分かってもらえる筈だよ」 正直、分かってもらえる保証はどこにもないし、そもそもこの「黒装束の男」が「司祭襲撃の犯人」なのかどうかも分からない。だが、現状で彼等を相手にまともに戦った場合、こちらが本気で戦えば負ける可能性は低いが、それでも相当な損害を被ることは間違いない。戦わずに済ませられるなら、その方がいいことは間違いないだろう。 だが、果たして本当にそれは可能なのか? どういう理由かは全く分からないが、現実に怒り狂った状態にある信徒達を宥めるのは、相当に難しいことは誰にでも分かる。しかし、それでも説得すべきと考えたロートスは、一人敵陣の目の前で矢面に立ち、大声で叫ぶ。 「話を聞いて下さい、オーロラ村の皆さん!」 彼は訴えた。自分達がオーロラ村にも聖印教会にも敵対する意志はない、ということを。そして、ハインリッヒ司祭に何があったのかについても何も知らない、ということも。 並の人物であれば、「黙れ! この邪教徒が!」と言われて、そのまま村人達に撲殺されていたであろう。しかし、彼のその訴えに、彼自身の聖印が応えた。まばゆい光が無実を訴え続ける彼の身体を照らし出し、彼の発する言葉の一つ一つにも神々しい波動を与えていく。「聖印」を何よりも深く崇める彼等にとって、その効果は絶大であった。更に、彼が心清らかで穏やかな人物であることは近隣の村々にも知れ渡っていたこともあり、怒りに我を忘れていた彼等の中に、少しずつ動揺が広がる。 「お、おい、本当に司祭様は、アイツに殺されたのか?」 「もしかして、俺達は誰かに騙されているんじゃ…………?」 彼等が半信半疑の状態に陥り始めると、やがて彼等の代表者が、一歩前に出る。 「どういうことなのか、説明してもらいましょうか?」 その表情はまだかなり険しい様子ではあるが、明らかに先刻までの狂乱状態とは異なり、少なくとも「相手の言い分を聞こう」という意志が感じられた。ロートスの決死の訴えが、彼等を「話が通じる状態」にまで引き戻すことに成功したのである。 その後、両者の間で一通りの事実を確認する。教会側の代表者曰く、オーロラ村の聖印教会のハインリッヒ司祭が「黄金槍を持った黒装束の男」に殺され、その銀の腕輪が盗まれたのだという。そして、その黒装束の男の手掛かりを探っていったところ、その黄金槍がオディールの三兄弟が持っているものだと分かり、更に「黒装束の男がオディールの屋敷に入って行くのを見た」という証言がどこからともなく広まったことで、「オディールの犯行」と思い込んでしまっていたらしい。 ひとまず、ロートス達が「黒装束の男」の死体を彼等に見せた上で、自分達も彼の手で領主ジュマールを殺されているという旨を告げると、彼等も一応は(まだかなり釈然としない様子ではあったものの)納得した姿勢を示す。この時点で、何者かが裏で糸を引いていることはオディール側もオーロラ側も察していたが、互いに相手を「シロ」だと仮定すると、その「何者か」が誰なのか、さっぱり見当がつかない。 だが、少なくとも、現状において互いに相手が黒幕だと断言出来る要素が無かったこともあり、聖印教会の者達は、素直にこの場は引き下がり、オーロラ村へと帰還する。もし、衝突していたら相当な数の死傷者が出ていたであろうが、ロートスの人望と聖印により、なんとか最悪の事態だけは回避することが出来たのである。 3.1. オデットの正体 こうして、立て続けに発生した脅威をなんとか乗り越えた彼等であったが、ここで一つ、奇妙な事態に気付く。いつもロートスの傍らに立ち、彼をサポートし続けていたオデットが、いつの間にかいなくなっていたのである。彼女は、聖印教会の襲来の時点では確かにその場にいたのであるが、彼等との本格的な事実確認が始まった頃には、既に姿を消していたようにロートスには思えた。 彼女の身に何かあったのかと思い、ひとまず彼女の私室に向かおうとしたロートス、オルガ、セリム、エリザベスの四人は、その扉の近くまで来たところで、扉の奥から聞こえてくる奇妙な話し声に気付く。 「あの男を殺せ、という依頼は出してない筈ですよ」 その声色はいつもの口調とは全く異なるが、明らかにオデットの声だった。それに対して、聞いたことがない男の声が帰ってくる。 「殺してはならない、とも言われてない。アレを奪おうとする流れ上、仕方がなかったんだろう。どちらにしても『彼等の仕業』にするつもりだった訳だし、問題ないのでは?」 「我々を彼等と衝突させて、『あなた方にとっての厄介者』も葬る気だったのですか?」 「他人事のように言っているが、エーラムにとっても、オディールにとっても、彼等は厄介者だろう? 」 「無闇に敵を増やしていられるほど、こちらにも余裕はないのです。ロートス様のお陰で、なんとか正面衝突だけは避けられましたが、お陰で、かえって事態が複雑化してしまいました」 ロートス達には、彼女と『謎の男』が何の話をしているのかはよく分からない。だが、明らかに「今回の一連の事件」に関わることを彼女が話していることが分かったエリザベスが、その扉を蹴破って中に入り込む。 「おや、エリザベスさん、何事ですか?」 その部屋の中にいたオデットは、淡々とそう問いかける。その部屋の中には、他に誰かがいた形跡は全く感じられない。だが、エーラムの魔法師ならば、タクトを用いて遠方にいる魔法師と通信することが出来る。おそらく、彼女が誰かと通信していたことは間違いないと皆が考えていたが、その確たる証拠もない。 「オデット、君は、何をしようとしているんだい?」 ロートスが、深刻な表情でそう問いかけつつ、自分達が扉の外で、彼女達の会話を聞いてしまったことを伝える。すると、彼女はあまり驚いた様子もなく、淡々と切り返す。 「それを知った上で、どうなさるおつもりですか?」 その表情は、契約魔法師としてロートスを暖かく見守る「いつもの彼女」とは明らかに異なっていた。しかし、その瞳からは、一切の邪念も悪意も感じられない。「いつもの彼女」と同じ、純粋にロートスを支えていこうとする彼女の強い「忠義」の決意が感じられた。 「僕は、この街が好きだ。父上も、母上も、ゲンドルフも、リューベンも、この街に住む皆が、僕にとっては大切な人達だ。だから、もし君がその人々を殺めたり、傷付けたりするようなら、僕はそれを許さない」 悲しそうな顔で彼がそう言うと、オデットは意外な問いかけで周囲を驚かせる。 「『あの女』のことを、あなたは『母上』と呼ぶのですか?」 この文脈上、ロートスが「母上」と呼ぶのは、ケイラ以外にはありえない。確かに、彼女は彼の実の母ではないが、父の正式な後妻である以上、そう呼ぶことは別段不自然な話ではない。なぜそのことをこのタイミングでオデットが気にしているのか。 「どういうこと? 母上は母上だよ……?」 この時点で、オルガの脳裏に一つの仮説が思い浮かんだが、ひとまず彼女が黙ったまま状況を見守っていると、その奇妙な沈黙を破って、オデットが再び口を開く。 「私の悲願は、ロートス様が立派な君主としてこの街を統治されることです。真実を知った上で、正しい判断を下すと約束して頂けるのなら、私は全てをお話しします」 それに対してロートスが決意の表情で頷くと、彼女は「真実」を語り始める。 「ジュマール様とハッシュ様を殺すように依頼したのは、この私です」 そう言い切った彼女の瞳には、一点の曇りもなかった。そして、その事実に薄々勘付いていたロートス達も、ただ黙って、彼女の話を聞き続ける。 「ジュマール様が後継者に指名したかったのは、ロートス様ではなく、最も御自身に近い気性の持ち主だったゲンドルフ様だったのです」 彼女曰く、ジュマールは当初、『ゲンドルフ様の契約魔法師』として招き入れるつもりでエーラムを訪れ、その時にはっきり『次男に後を継がせる予定だから、彼と契約して欲しい』と言っていたが、彼女がそれを断り、ロートスとの契約を強硬に希望したらしい。通常の魔法師であれば、そのような要求が通ることは滅多にないが、その時点で既に首席卒業が確定していた優秀な魔法師を迎え入れることが出来るならば、ということで、渋々了承することになったようである。 だが、ジュマールがゲンドルフに継がせたいと考えていたなら、なぜそのことを公言出来なかったのか? オデット曰く、先代の契約魔法師であるハッシュが、リューベンを後継者として強く推していたため、なかなか決断出来なかったらしい。そして、その理由は誰も予想すらしていない驚愕の事実であった。 「実はハッシュ様は、ケイラ様と不倫関係にあったのです」 オデット曰く、ケイラの想いを叶えてやりたいと考えたハッシュは、ジュマールに対してリューベンを後継者として指名するように強硬に主張すると同時に、街の内政官達にもリューベンの優秀さを説いて回り、少しずつ同意者を増やそうとしていたらしい。だが、それに対して、先妻マチュアに恩義のある者達が密かに結託して反発し、家臣達の間でも方針が二分される状態になっていたという。 そして、ゲンドルフとリューベンに近隣の村の領主との間での婚姻の話が進みつつあったのも、決して二人を婿養子に出そうとしていたのではなく、むしろそれぞれにオーロラ村やジゼル村を味方に引き込むことによって、あくまでも「オディールの後継者候補」としての後ろ盾を増やそうとする両陣営の戦略であったらしい。 「このままでは、どちらにしても、いずれロートス様は殺されてしまう、と私は確信しました。ロートス様の母君のカミーユ様が、ゲンドルフ様が生まれた後、殺されそうになった時のように」 確かに、二人の権力争いが激化した場合、契約魔法師がいるとはいえ、家臣内にも近隣の村々にも特に後ろ盾を持たない長男ロートスは、どちらの陣営にとっても「邪魔な存在」であることは間違いない。そう考えれば、彼が命を狙われる危険性は確かにありうる。 だが、ここでなぜ彼女が、ロートスの生母であるカミーユの名を突然出したのか、(既に一つの仮説に辿り着いていた)オルガ以外の者達が疑問に思う。そもそも、カミーユが屋敷から逃げ去った理由が「殺されそうになったから」なのかどうかは、誰も知らない筈である。だが、皆が微妙に釈然としない表情を浮かべているのを横目に、彼女はそのまま「真相」を語り続ける。 「だからこそ、私は先手を打って二人を消すために、パンドラと手を組み、暗殺者の手を借りることにしました。私は学院に所属する前に、大陸のパンドラで魔法を学んでいたことがあり、その時の知人を通じて、パンドラ・ブレトランド支部の人々と連絡を取ったのです」 パンドラとは、エーラムの魔法学院とは敵対する、闇魔法師の組織である。その目的は支部ごとに様々と言われているが、少なくとも、表社会においてその名を出すことは、犯罪者であることを公言するのと同じくらい、危険な組織である。そして、オデットが魔法師として優秀な成績を収めることが出来た最大の要因は、実は入学前からパンドラで魔法の素養を学んでいたからだったのである。 ここまでの話を聞いて、確かに一定の筋は通っていると思ったが、まだ色々とよく分からない点が多かった。何よりも疑問だったのは、オデットの「動機」の根本的理由が全く不明なことである。 「オデット、どうして君はそこまで僕のために……?」 「私にとっては、あなたが全てだからです。もう私には、あなたしか残っていないのですから」 そう言われて、更に混乱するロートスに対して、オルガが密かに耳打ちする。 「もしやとは思いますが、彼女の顔、ロートス様がご存知の誰かに似ていませんか?」 オルガとしても、確信があった訳ではない。だが、この仮説が正しければ、全ての話が繋がると彼女は確信していた。ロートスはその意図がよく分からないまま、改めてオデットの顔を見つめながら、自分の記憶を紐解いていく。すると、彼の記憶の一番奥底に眠っていた「一人の女性」の顔が、彼女とかすかに重なってみえた。 「母上……? オデット、まさか、君は……?」 「そうです。私の母の名はカミーユ。私とロートス様は、父親違いの兄妹です」 オデット曰く、カミーユは屋敷を去った後、逃げるように大陸に渡り、その地で知り合った男性と結婚し、その間に生まれたのが彼女であるという。その後、カミーユも父も若くして病死し、行くアテの無くなった彼女は偶然知り合ったパンドラの闇魔法師に拾われて魔法の基礎を学んだものの、やがてその闇魔法師も姿を消し、再び天涯孤独となったところで、自らエーラムの学院の扉を叩くことになった。そして、学院の研修でブレトランドを訪れた際、自身の兄が、地味ながらも領民に慕われる後継者候補として、人々の草の根レベルで評判になっていると聞き、彼の契約魔法師となる道を決意することになったのである。 「オデット……、君がそこまで僕のことを想ってくれていたことは嬉しい。でも、君がやったことは、人として、やってはいけないことだったんだよ……」 「ロートス様なら、そう仰ると思っていました。ですから、真実を知られてしまった今、私はもう、いつでも自ら命を断つ覚悟は出来ています」 オデットにしてみれば、ロートスに聖印を引き継がせることには成功した以上、既に悔いは無い。無論、ゲンドルフもリューベンもそのことを納得した様子ではない以上、まだ様々な難題が残っていることも分かっている。だからこそ、まだしばらく自分が生きて彼を支える(そのための汚れ仕事を一手に引き受ける)つもりではあったが、彼自身がそれを望まぬのであれば、いつでも自害する覚悟は固めていたのである。 「死んで償うのは簡単だよ。でも、それではダメだ。君には、自分の犯した罪を生きて償ってもらう」 具体的な方法は何も思いついてはいない。しかし、ここで「本懐を遂げて満足した彼女」をそのまま殺すことが正しい処罰になるとは、どうしてもロートスには思えなかった。無論、それだけではなく、自分のために全てを投げ打って支えてくれた妹を殺したくない、という気持ちがあるのも当然である。 「ロートス様なら、そう仰ると思っていました。しかし、他の方々はどうでしょう? 領主を殺した私が生き続けることに、納得出来ますか?」 そう言って周囲の三人を見渡す。確かに、三人とも神妙な表情ではあるが、しかし、ここで強硬に彼女を殺すべきと主張する者はいなかった。セリムにとってはゲンドルフ、エリザベスにとってはリューベンの意向を確認したいところであったし、オルガとしても今の自分の中途半端な立場のまま口出しすべき問題ではないと判断していたのである。 そんな彼等の微妙な反応を踏まえた上で、ロートスは力強く宣言する。 「確かに、ゲンドルフやリューベンが認めてくれるかどうかは分からない。でも、僕は彼等を説得して、君が『生きて償う』ことも、僕が領主となることも、認めてもらうよ。大丈夫、聖印教会の人達だって、話せば分かってくれたんだ。同じ兄弟で、分かり合えない筈がない」 完全にただの楽観論にすぎないが、それでも、彼が言うと一定の説得力を感じてしまう。それくらい、今の彼には「君主」としてのオーラが感じられた。そして、彼が自ら「領主となる」と宣言したことで、それまでずっと強張っていたオデットの顔が一瞬和らぎ、安堵の表情を浮かべる。 「ただ、君の身柄はしばらく拘束させてもらう。正式な処分は、また改めて決定するから」 そう言って、ロートスが彼女の手を縛るべく縄を取り出そうとしたその時、部屋のどこからか、謎の声が聞こえてきた。 「それでは困るのですよ。まだ彼女には、やってもらわねばならないことがあるのですから」 3.2. 黄金槍の正体 その声の主を探して皆が周囲を見渡していると、部屋の片隅に突然、一人の長髪の男性が現れる(下図)。東方の国々の衣装をアレンジした奇妙な出で立ちのその男の声は、明らかに、先刻までオデットと会話していた男のそれであった。そして、彼の右手には一本の「黄金槍」が握られている。 「はじめまして、ロートス卿。パンドラ・ブレトランド支部のシアン・ウーレンと申します」 そう言って、彼は恭しく礼をする。その口調は、先刻までのオデットとの会話の時とは明らかに異なる。一応、王侯貴族を前にした時の彼は、最低限の礼は尽くすようにしているらしい。 「その黄金槍は!?」 「これは、ゲンドルフ殿が持っていた槍です。彼を助けた報酬として、勝手ながら頂戴して参りました」 いけしゃあしゃあと、慇懃無礼な態度で彼は言ってのける。どうやら彼が、ゲンドルフが意識を失う直前に彼の前に現れた「魔法師風の男」であるらしい。 突如現れたシアンに対して厳しい表情を浮かべるオデットを横目に、彼はロートスに問いかける。 「あなたはこの黄金槍のことを、どこまでご存知ですか?」 実際のところ、ロートスはまだよく分かっていない。ひとまず、自分の知っていることを一通りシアンに伝えると、彼はしたり顔でこう告げる。 「では、まずは昔話から始めましょうか」 そう言って、シアンは四百年前のブレトランド開拓の歴史から語り始める。かつて、このブレトランド小大陸は混沌に覆われていた。それを開拓したのが、英雄王エルムンドと七人の騎士(そして、名前が残っていない一人の魔法師)であることは、この国に住む者なら誰でも知っている。また、エルムンドの三人の子供は、それぞれヴァレフール、トランガーヌ、アントリアという三つの国を築いたのも常識であるが、一方で、七人の騎士達がどうなったのかについては、全く何の記録も残っていない。 「彼等は、強大な混沌核に触れてしまったことで、異界の魔獣の姿へと変わってしまったのです」 いかに強大な力を持つ君主であっても、それ以上に強大な(浄化しきれぬほどの)混沌核によって投影体となってしまった事例は、過去にいくらでも存在する。ただ、彼等は身体は投影体となったものの、心は「人間(君主)」としての「理性」を保っていた。それは、彼等に聖印を分け与えた英雄王エルムンドの強靭な精神力によって、彼等の従属聖印を彼等の「混沌に侵された身体」の中で維持させていたからである。 しかし、そのエルムンドが死期を悟り、間もなく彼等の心を制御する術が無くなることを告げると、彼等は自ら進んで「封印」されることを選んだ。いずれ再びブレトランドに危機が訪れた時には、その力を「彼等の心を制御出来る新世代の英雄」のために解放すると心に決めた上で、彼等はひとまず、このブレトランドの各地に封印されることになったのである。 「その七人の中でも最も気性が荒く好戦的と言われていた騎士トライアードの魂を封印しているのが、これを含めた三本の黄金槍です」 そう言って、シアンは自らの手に握られた黄金槍を掲げる。曰く、トライアードは「エステル・シャッツ界」に住む「三つ首の黄金龍」の姿となっていたそうで、その身体から繰り出すドラゴンブレスは、一瞬にして魔物の大軍を消し去るほどの威力であったと言われている。彼は封印に際して、自らの身体を三分割して槍の姿へと変えた上で、自らの魂の分身を(この世界に現れる投影体と逆の要領で)「エステル・シャッツ界」に投影封印することにしたらしい。つまり、彼の封印を解くためには、依代としての「三本の黄金槍」と「強大な魔物を制御出来る力を持つ召還師」が必要になるという。 そして、トライアードは自らを封印した槍の管理を、彼の一番弟子であったケリガン家の開祖に委ね、以後も代々同家が保有することになったが、時の流れと共に、徐々にその意義が忘れられていったらしい。 そんな中、約百年前に当時のオディールの契約魔法師だった召還師がそのことを記した古文書を発見し、自らの野心のために封印を解いたものの、その黄金龍に「貴様は我が主にふさわしくない」という理由で食い殺されてしまった、とのことである。 では、なぜそのことをシアンが知っているのか? 実はこの100年前の魔法師も、パンドラと密かに通じていた人物で、その召還の際には当時のパンドラの人々も立ち会っていたのである。当時、誰もその黄金龍を制御出来る者がいなかったことから、彼等は当時の領内に存在していた魔境へと黄金龍をおびき寄せ、その中に入ったのを確認したところで、その魔境の「入口」を封印したのである(パンドラは混沌を拡大することを目的とした組織なので、魔境を開くことに長けた者が多いが、それが出来るということは当然、入口を閉じることも可能なのである)。 その後、トライアードはその魔境の中で一通り暴れた後に、力を使い果たして三本槍の姿に戻ったという。しかし、最近になって、その黄金槍の中に眠る彼の魂の断片がうずき始めたことで、百年前にパンドラが閉じた入口が再び開き、それを討伐に来たジュマールの手によって、その黄金槍が発見されることになったという。 「我々としては、この黄金槍を用いて、トライアードをヴァレフール側の戦力として復活させたいのです。このままではブレトランドは、アントリアを支配するダン・ディオードの手に落ちてしまう。強大すぎる君主の出現は、我等パンドラが最も忌避する皇帝聖印(グランクレスト)の出現に繋がってしまう可能性があるので、それを阻止するために、ヴァレフールの方々にトライアードの力を与えたい、というのが我々の本音です。まぁ、私が復活を望むのは、それと別にもう一つ、個人的な理由もあるのですけどね」 それは「伝説の騎士(魔獣)を見てみたい」という純粋な知的好奇心なのだが、そのことを告げたところで意味はないことは分かっているので、その点については何も言わなかった。 「そう考えていた我々のところに、彼女から暗殺依頼が来たので、彼女と盟約を結んだのです。彼女に暗殺者を貸し与える代わりに、彼女に黄金龍の復活の儀式を執り行ってもらう、という条件で」 オデットとしては、百年前の魔法師が失敗した召還の儀式を、自らの手で成功させる自信はあった。なぜならば、百年前に失敗した要因は「英雄王の後継者にふさわしい人物」が不在だったからであり、ロートスであればそれに足る心の持ち主であると彼女は信じていたからである(一方で、母をあっさりと捨てたジュマールにはその資格はないと確信していた)。そこで、パンドラ側がゲンドルフとリューベンの槍を奪取した上で、ロートスが正式に君主として認められた後であれば、その召還に協力すると約束したのである。 ちなみに、暗殺者(黒装束の男)に銀の腕輪と黄金槍を持たせたのは、それぞれゲンドルフとリューベンへの疑惑を与えることで捜査を攪乱させるためだったが、オデットとしてはハインリッヒ司祭を殺すつもりは無く、聖印教会との全面戦争までは想定していなかったらしいが、暗殺者が強奪の過程で「うっかり」殺してしまったのだとシアンは主張する。 その後、その暗殺者が銀の腕輪と黄金槍を持った状態でジュマールを殺し、その場に「たまたま」居合わせたロートスがその聖印を「やむなく」引き継いだ上で、その日の夜に今度はロートスを「襲うフリ」をしてすぐに逃げることで、ロートスが無実であることを証明する、というのが本来の計画であった。 「ところが、なぜか必要以上に多くの護衛がそこに配置されていて、あえなく彼は殺されることになってしまった訳ですが……、これはどういうコトですか?」 シアンにそう詰問されると、オデットは開き直って返答する。 「司祭の時と同じように『うっかり』殺されたら、たまったものではありませんからね」 どうやら、この二人の間でも、そこまでの信頼関係はないらしい。あくまでも利害の一致に基づいた同盟にすぎない以上、常に相手に対して必要以上に警戒するのも、致し方のないことであろう。 また、この黄金槍が一本だけでも『暴走して持ち主の身体を乗っ取る力』があることは、シアンもオデットも知らなかったらしい。シアンとしては、ゲンドルフの槍を奪う機会を伺っている時に、たまたま彼が暴走してそのまま乗っ取られそうになったので、彼を気絶させた上で、その槍を彼の身体から魔法の力で強引に引きはがしたのだという。 「さて、ロートス卿、我々としては、あなたが黄金龍を呼び出すのに協力して頂けるのであれば、この槍はお返ししますし、今後も協力させて頂くつもりです。今の我等にとって最も危惧すべきは、アントリアによるブレトランド統一です。あなたがこの長城線を守護し、ダン・ディオードの野望を止めたいとお考えなのであれば、我等が敵対する理由は何もありません」 当初の予定では、パンドラは最後まで「悪役」に徹するつもりであった。彼等が奪った黄金槍をロートスに「自力で」奪還させることで三本の槍を全て手中に収めさせ、あとは折を見てオデットが「街の守り神としての黄金龍」に関する伝承を「偶然」発見し、正式に召還の儀式をおこなわせる、という筋書きだったのである。パンドラとしては、あくまでも「ヴァレフール陣営の強化」が目的なので、最終的にはロートスに敵対する理由は何もない。ただ、自分達が堂々と協力しようとすると抵抗を覚える人々も多いと考えたので、表舞台には出ずに彼等が「自主的に」召還する流れを作り上げたかったのである。 だが、こうなってしまったからには、もはや全てを明かした上で協力を申し出るしかない。そう判断したシアンは、更に続けて、彼等にこう告げる。 「現在、アントリア軍が、この街への大規模な侵攻作戦を計画中です。伝説の黄金龍の力、今こそ用いるべきではありませんか?」 このタイミングで突然そう言われても、それを信用する根拠はどこにもない。ただ、エリザベスだけは、リューベンの私室にあった「ハルク・スエード(アントリアの将軍)からの手紙」を見ている以上、その情報が真実である可能性を、他の者達よりも強く憂慮していた。とはいえ、今のこの時点でそのことを口に出すつもりは毛頭ない。そもそも、リューベン自身がこの一連の事件にどう関わっているのかも含めて、彼女としては分からないことが多すぎた以上、中途半端な情報を伝えても、場が混乱するだけだと彼女は考えていた。 一方、そんな彼女の苦悩など知る由もないロートスは、アントリア軍による侵攻という情報が正しいか否かに関わらず、既に自分の中で固まっていた決意をシアンに告げる。 「黄金龍の召還には、手を貸さない。この街は、僕等自身の手で護る」 彼がそう考えるであろうことは、シアンもオデットも予想していた。少なくとも、ここまでパンドラに踊らされていたことを知ってしまった上で、彼等の提案にそのまま乗るのは、あまりにも危険すぎると考えるのが自然である。また、ゲンドルフや「黒装束の男」が、自らの意志に反して身体を乗っ取られかかったという事実から考えても、召還した黄金龍を制御出来る保証はどこにもない。最悪の場合、その黄金龍の力によって街が滅びるという可能性も考慮して然るべきであろう。 だが、シアンはそれを聞いた上で、自らが持っていたゲンドルフの黄金槍をロートスに手渡した。 「今はそう思うなら、それで構いません。とりあえず、この黄金槍はお渡ししておきますので、必要に応じて、いつでも使って下さい」 そう言って、彼は不適に笑うと、次の瞬間、姿を消す。瞬間転移の魔法が相当に高度な技術であることは、時空魔法師であるオルガにはすぐに分かった。少なくとも、自分やオデットよりも格上の魔法師であることは疑いない。 ともあれ、ひとまず三本の黄金槍は再び屋敷に戻った。彼が言っていることがどこまで本当かは分からないが、ひとまず、既に皆の疲労は限界に達していたこともあり、対アントリア陣営の警戒強化を物見櫓の兵達に伝えた上で、しばし仮眠を取る。オデットに関しては、特に脱走や抵抗を試みる様子も感じられなかったので、さほど厳しく拘束せぬまま、オルガと同じ部屋で監視されながら就寝するという形で落ち着いた。シアンの言うことをそのまま真に受ける訳ではないが、どんな形であれ、オデットの力が必要となる可能性があることは、皆が薄々感じ取っていたのである。 3.3. 二正面作戦 そして、僅かな仮眠と共に朝を迎えた彼等に、偵察兵からの報告が届く。シアンが言っていた通り、確かに、北方のアントリアの前線基地に、続々と兵達が集まりつつある、という内容であった。この件については、オデット自身も知らなかったようだが、果たして裏でパンドラが動いた結果なのかどうかは、まだ分からない。 しかも、その数刻後に、更に驚くべき事実が届けられた。なんと、このオディールから見て東方の海岸線に、アントリア軍が上陸したというのである。ブレトランド南東部の海岸は激しい崖状となっており、通常の船では乗り入れることは出来ない筈だが、その一角がいつのまにか何者かによって削り取られ、実質的な「船の乗り入れ場」が作られていたらしい。 一体誰が、そのような工作を秘密裏におこなっていたのかは分からない。海岸の絶壁はどの領主の管轄でもないが、あえて言えば最も近いのはジゼル村である。ここで再び「嫌な予感」が頭をよぎったエリザベスであったが、今はひとまずリューベンを信じた上で、彼の要請により「暁の牙」がジゼル村の近くまで来ていることを皆に告げる。 「一刻も早く彼等と合流し、迎え撃ちましょう。私がその旨を伝えに行きます」 実際のところ、本当にその「暁の牙」が味方なのかどうかは分からないのだが、その懸念については伏せた上で、まずは彼等にそう告げる。 「では、私も同行しよう」 オルガがそう言って手を挙げる。場合によっては、ジゼル村との交渉も必要になることを考えると、邪紋使いのエリザベスが一人で行くよりは、彼女よりも社会的身分の高い契約魔法師のオルガが同行した方が、相手を説得しやすいのは間違いない(ジュマールの死はまだ伝えられていないので、現在の彼女は対外的には「領主の契約魔法師」のままである)。 こうして、二人が早馬で駆け出していくのを横目に見つつ、ロートスはセリムと共に、ゲンドルフに協力を要請する。この時、彼はあえてゲンドルフに、ここに至るまでの全ての経緯(オデットによる暗殺指令、パンドラの思惑、黄金槍の正体)について説明した。本来ならば、このタイミングで全てを説明する必要はないようにも思えたが、それでも彼は、ゲンドルフの信頼を得るためには、そこまで語るのが筋だと考えていたのである。 さすがに、その話を聞いたゲンドルフは複雑な表情を見せるが、それに対する第一声は、意外な内容であった。 「つまり俺は、パンドラの手で助けられてたということなんだな。だとしたら、今の俺は自らの失態で一度は死んだ身だ。どうこう言える立場じゃない」 どうやら彼の中では「パンドラの手で生かされていたという事実」が、かなり堪えたらしい。その上で、後継問題についても、オデットの処遇についても「納得はしていない」と告げた上で、まずは目の前の侵略者と戦うために全力を尽くすことを約束する。 とはいえ、状況的にはかなり厳しいことは間違いない。これまでアントリアからの攻勢を防ぎ切れていたのは、長城線という強大な防壁が存在していたからである。その防壁を海路から突破された今、その侵入者を撃退しつつ、北から迫り来る大軍にも対応するのは、現在のオディールの戦力だけでは非常に厳しい。 だが、それでもロートスは「黄金龍」の力を借りるつもりはなかった。仮にここでパンドラの思惑通りに黄金龍を召還させて、それで敵軍を撃退出来たとしても、その力が強大すぎた場合、「世界の均衡」を望むパンドラが、今度は自分達に対して牙を剥く可能性がある。そんな泥沼の争いに足を踏み入れることだけはしたくないとロートスは考えていたのである。 3.4. 特攻部隊 そんな中、ジゼルに到着したエリザベスとオルガは、さっそくリューベンを探そうとするが、昨夜の時点で彼が滞在していた小屋には、既に誰もいなかった。領主の館の人々に確認してみたところ、どうやら彼等は今朝方、村の南東方面に向かって出立したらしい。おそらく、「暁の牙」との合流に向かったのだろうが、その具体的な場所が分からない以上、ここから彼等を追うのは難しいと考えた二人は、ひとまず村の自警団の人々に「海経由で敵軍が長城線の内側に潜入した」という旨を告げ、すぐにオディールへと戻る。 一方、長城線側では予想外の援軍が到着していた。オーロラ村の聖印教会の面々である。昨夜の強行軍で相当に疲弊していた彼等ではあったが、一度振り上げた拳をぶつける相手を失ったままになっていた彼等にとって、北からの侵略者は格好の標的であった。「このタイミングで攻めてくるということは、ハインリッヒ暗殺の黒幕はアントリア軍に違いない」という、何の根拠も無い噂話が彼等の間に広がったことで、逆に(同じ「アントリア軍の陰謀」に巻き込まれた)オディールへの親近感が高まったようで、不眠状態で疲れた身体に鞭打って、北方の防衛ラインに加わることになったのである。 そんな彼等を指揮するのは、ジュマールの軍事的才能を最も色濃く引き継いだと言われるゲンドルフであった。彼の指揮の下、オディールの防衛軍と聖印教会の民兵達、更にそれに加えて、やや遅れて到着したオーロラ村の正規の防衛軍も彼の指揮下に入り、迅速に防衛体勢を構築していく。 「こっちは俺に任せて、兄貴は海路経由の部隊を叩いてくれ」 まだ癒えていない傷を抱えながら、ゲンドルフはロートスにそう告げる。まだ彼の中では色々とモヤモヤした感情は残っているが、今の彼の頭の中には、武人として侵入者を撃退することしか考えてなかった。むしろ、自己嫌悪と猜疑心で混乱した状況から目を逸らすために、あえて「迷う必要のない戦い」に専念しようとしていたのかもしれない。 ともあれ、こうしてなんとか「北の防衛線」を整えたことを確認したロートスは、ジゼルから戻ったオルガとエリザベス、そしてセリムに各一部隊ずつを任せた上で、自らの傍らにオデットを同伴させた上で、侵入者がいると思われる街の東方へと軍を進める。 すると、彼等の予想よりも遥かに早い段階で、アントリア軍が彼等の前方に現れた。どうやら彼等は、数は少ないものの、全員が騎兵のようである。まずそもそも、海路で騎兵を運ぶこと自体が軍略の常道から外れている訳だが、ただでさえ上陸が困難な東海岸の断崖絶壁に、馬の乗り入れが可能なレベルの本格的な「船着き場」を短時間で築けるとは、誰も予想していなかった。どうやらこれは、相当に周到な準備を重ねた上での電撃作戦のようである。 そして、彼等の掲げる旗に描かれた紋章を見たエリザベスは、敵の指揮官がハルク・スエードであることを確認する。彼女がそのことで複雑な疑念を抱えている中、騎兵の圧倒的な機動力でアントリア軍は彼等の前に迫ってきた。こちらの旗印がロートスの紋章であることを知り、一気にこちらの「大将首」を取ろうと目論んでいるようである。 これに対して、まず機先を制したのは、オルガのライトニングボルトであった。敵軍の本陣を見事に直撃するが、それでも敵は構わず距離を詰めてくる。しかし、それに対して、鉄壁の防御を誇るエリザベスが立ちはだかった。不死の身体を持つ彼女が最前線で敵の猛攻を食い止め、それ以上の進軍を許さない。 そして、敵の馬足が止まったところで、今度はセリム隊が前に出てくる。 「我が身は龍なり!」 そう叫んだ彼の身体は巨大化し、身体から牙と尾と角を生やした半人半龍の姿となる。黄金龍に乗っ取られていたゲンドルフや黒装束の男とは異なり、完全に「龍の力」を自分の制御下に置いている彼の猛攻の前に、次々と敵の騎兵隊は崩れ去っていく。 更にその後方から、ロートス隊の放つ弓攻撃が敵の各部隊を次々と襲う。日頃は人間相手に弓を用いることがない彼であったが、いざ戦場に立てば、領民を護るために敵を射抜くことには一切の躊躇いはない。彼は常に「戦争を嫌う心」と「戦場で戦う覚悟」を持ち合わせた君主なのである。 こうして両軍が真っ向からぶつかり合う中、アントリア軍の別働隊はその戦場を北側から迂回して後方に回り込もうとしたが、そこに巨大な魔龍が立ちはだかった。オデットが召還したサラマンダーである。たった一体で、敵の一軍を足止め出来るほどの強大な魔獣の出現に、敵の別働隊は驚愕する。サラマンダーは、召還師の中でもそれなりに高位の者でなければ呼び出せない魔獣であり、そこまでの実力者が敵陣営の中にいたこと自体が、彼等の中では想定外だったのである。そのサラマンダーから放たれる炎のブレスの威力により、次々と敵の別働隊の兵達は倒れていく。 だが、それでも敵軍はアントリアの精鋭部隊であり、そう簡単に総崩れにはならない。しかし、敵の本隊が必死の猛攻で突破口を開こうとしても、エリザベス隊の築く防壁に阻まれてしまう。そして、敵将の姿を発見したエリザベスは、大声で挑発した。 「噂に聞こえたハルク・スエード将軍の力は、この程度のものか?」 それに対して、まだ多少余裕を見せながらも、必死の形相で指揮を採るハルクは、強気に言い返す。 「へらず口を叩くな! 我々には、まだ切り札が残っている」 そう言って彼が後方に目を向けると、そこにはオディール(ヴァレフール)軍でも、アントリア軍でもない、第三の部隊が到着していた。その旗印に描かれていたのは、大陸最強の傭兵団「暁の牙」の紋章であった。その存在を確認したことで、エリザベスは心の奥底に眠る「疑惑」を抱きながらも、それでも今はリューベンを信じて、味方を鼓舞する。 「皆! あれはリューベン様だ。リューベン様が助けに来てくれたぞ!」 そう言って皆を鼓舞する。それに対してハルク・スエードは「何も知らない哀れな者達」を見るような目で薄ら笑いを浮かべながら戦い続ける。しかし、エリザベス隊の防壁を敗れぬまま、セリム隊の猛攻とロートス隊から放たれる矢の雨によって、徐々に劣勢へと追い込まれていく。 その状況においても、後方に見えた「暁の牙」は、全く動く気配を見せなかった。やがて、これ以上の特攻は無理と判断したハルク将軍は、やむなく撤退を決意し、軍を引き返す。さすがに騎兵隊の逃走に対して、歩兵主体のオディール軍では追い付ける筈もない。しかし、そのまま彼等が戦場から離脱しようとしたその時、後方で待機していた「暁の牙」が、突如、アントリア軍に向かって襲いかかったのである。 3.5. リューベンの思惑 リューベン率いる「暁の牙」の奇襲に対して、ハルクは驚愕の表情を浮かべ、そして怒号を上げる。 「おのれ、リューベン! たばかったか!」 その声は、部隊の後方で「隻眼のヴォルミス(下図)」と共に指揮を採るリューベンの耳にも届いていたが、そう言われた彼は、一切表情を変えずに、淡々と敵の殲滅を命じる。一方、ヴォルミスは皮肉めいた笑みを浮かべながら、リューベンに語りかける。 「アテが外れて残念だったな、若様」 「正直、もう少しやってくれると思ったのですがね。仕方がない。こうなったら、せめて彼の首と聖印だけは頂くことにしましょう」 「了解! じゃあ、俺もそろそろ暴れてくるぜ!」 そう言って、ヴォルミスが前線に躍り出る。大陸きっての傭兵団のリーダーである彼の勢いを止められる者が、既に敗走状態のアントリア軍にいる筈もない。だが、彼の大剣よりも先にハルクの身体を貫く者がいた。遠方からオルガによって放たれたライトニングボルトの一撃が、ヴォルミス達を含めたこの戦場の者達全員の身体を直撃したのである。 「くっ……、こんなところで…………」 既に満身創痍だったハルクはその場に崩れ落ちる。ヴォルミスも相当な傷を受けたが、大陸一の傭兵は、魔法一撃で倒れるようなヤワな身体ではない。 「やってくれるねぇ、俺達も巻き添えかよ。まぁ、厳密に言えば『味方』じゃねえから、仕方ないか」 ヴォルミスは後方を見ながらそう呟く。実際のところ、オルガも傭兵団を巻き込むことに躊躇はあったが、この世界の戦場では、そこまで気にしていたら大型の攻撃魔法は使えない。彼等が足止めしてくれたアントリア軍を確実に倒すためにそれが必要だと考えたならば、これはこれでやむを得ない一手でもある。 そして、ヴォルミスは倒れ込んだハルクにまだ微妙に息があることを確認すると、少し遅れてその場に到着したリューベンの目の前で、彼の首を刎ね飛ばし、その彼の身体から湧き出てきた聖印を、リューベンが自らの身体に取り入れる。 「せめて、これくらいの報酬がなければ、やってられませんからね」 表情を変えずにそう言いながら、彼は自身の聖印が強化されたことを実感する。 「まぁ、若様の思惑通りにはいかなかったみたいだが、俺達はきっちり仕事はしたんだ。報酬は頂くぜ」 「えぇ、分かっています。これも私の読みが甘かっただけのこと。仕方ありません」 実は今回のアントリア軍の上陸作戦は、全てリューベンの計画でおこなわれたことであった。彼は密かに貯めていた私財を投げ打って暁の牙を雇い、彼等の中の工作部隊に命じて東岸の断崖絶壁に突貫工事で「船着き場」を作らせ、アントリア軍を迎え入れる準備を進めていたのである。だが、彼はアントリアに寝返ろうとしていた訳ではない。あくまでもヴァレフール陣営のまま、自分自身が「オディールの領主」となるための策謀の一環として、彼等に内応するフリをして彼等を利用しようとしていたのである。 当初の彼の計画では、アントリア軍を領内に電撃侵攻させて、彼等に「父」と「兄二人」を討ち取らせた後に、暁の牙による急襲でそのアントリア軍を殲滅することで、自らが「救国の英雄」としてオディールの支配者となる筈であった。ところが、父の突然死と兄の「どさくさ紛れの聖印奪取」を目の当たりにした彼は、自分とは異なる誰かが、自分の計画とは全く別の陰謀を企んでいるらしいことに気付き、当初の予定よりも早く計画を実行することを決意する。しかし、その結果、ハルク将軍が思ったほど多くの部隊を動員することが出来ず、ロートスを倒すことも出来ないまま彼等は敗走することになってしまったため、せめて「最低限の名声」を確保するために、こうして彼の首と聖印を奪うことになったのである。 (これで、また一から出直し、ですね……) リューベンは心の中でそう呟く。これまで密かに溜め込んでいた私財を、今回の暁の牙の雇用で全て使い果たしてしまった上に、兄を消すことも出来なかった彼としては、釈然とせぬ想いを胸に抱きながらも、ひとまず大将首を兄に届けるべく、ヴォルミスと共に兄の陣営へと向かうのであった。 4.1. 次兄の決意 こうして、東岸からの敵の電撃作戦を撃退した彼等は、すぐにオディールに取って返し、ゲンドルフ軍に加勢したことで、北からの敵の猛攻も見事に撃退する。昨日から僅か二日の間に起きた一連の動乱が、ようやく収まったのである。 だが、これで全てが解決した訳ではない。まだ彼等には「後継者問題」と「オデットの処遇」という、二つの大きな課題が残っていたのである。 この日の夜、街全体が勝利の余韻に浸っている中、一人思い悩んでいたゲンドルフは、屯所で皆と騒いでいたセリムを一人連れ出し、自分の部屋へと招き入れ、深刻な表情で問いかける。 「なぁ、もし、俺が暗殺事件の真相を暴露したら、どうなると思う?」 今のところ、まだジュマールの死自体が明かされていない。戦場に姿を現さなかったことから、「領主の身に何かあった」ということまでは勘付いている者達もいるようだが、まさかオデットの命令で暗殺されていたことなど、誰も知る由もない。 もし、ロートス自身が本気で後継者となる気があるなら、この事実はおそらく隠すであろう。自分の契約魔法師が父を暗殺したとなれば、当然、その指示を出していたと疑われるのが自分であることは明白だからである。つまり、ゲンドルフがこの事実を公表すれば、その時点でロートスが後継者として周囲の者達に認められることは極めて難しくなる。無論、中にはダン・ディオードのように、自ら簒奪の事実を隠さず、実力で「領主」としての地位を認めさせた事例もあるが、ジュマールは先代アントリア子爵のような悪政をおこなっていた訳でもなく、そもそもロートス自身、そのような「力による覇道」を求める性格ではない。 よって、ゲンドルフが真相を公表すれば、ほぼ確実にロートスを追い落とすことが出来る。もし、ロートスがそれを認めなかった場合、どちらの言い分にも確たる証拠がない以上、泥沼の対立へと発展する可能性はあるが、わざわざ話さなくても良いことを自分に打ち明けたロートスの性格を考えれば、素直に認めて引き下がる可能性は高い、と彼は考えていた。 逆に言えば、彼は自らの立場を危うくする情報を、わざわざ政敵であるゲンドルフに教えたのである。いくら楽観論者のロートスでも、この事実を一般大衆にまで公言すれば、自分が後継者として認めてもらえないことは分かっている筈である。これはすなわち、ロートスが「ゲンドルフは自分に無断でこの事実を公表したりはしない」と信頼していることの証明であり、ここでゲンドルフが(自らが領主となるために)そのことを暴露するのは、その信頼を裏切ることを意味している。 「お前は、どうしたいんだ?」 ゲンドルフの中のそんな葛藤を察したセリムは、逆にそう問い返した。すると、ゲンドルフは苦悩の表情を浮かべながら、更に別の質問を投げかける。 「この事実を公表するような俺に、お前はついて行きたいと思うか?」 これまでずっと剛胆実直を信条に生きてきたゲンドルフそう問われたセリムは、ニヤリと笑って答える。 「お前の中でそこまで結論が出てるなら、もう迷うことはないじゃないか」 セリムには分かっていた。これは「質問」ではなく、ただ「自分の中の結論」を後押しして欲しいだけの問答であるということを。ゲンドルフの中では、今でも「自分こそが父の後継者であるべき」という強い自負はある。しかし、そのために「自分を信頼してくれた兄」を裏切るべきではない、という気持ちの方が圧倒的に強かった。その程度のことは、ずっと彼のことを見ていたセリムには、一目瞭然であった。 「そうだな……、やはり、それは俺の歩むべき道ではないな」 ゲンドルフはようやく表情を和らげ、すっきりした笑顔でそのまま語り続ける。 「正直、俺は兄貴のことをずっと見下していた。あんな奴より、俺の方がずっとこの街の領主にふさわしいと思っていた。だが、今回の聖印教会との一件で、俺がただ力付くで排除しようとしていたアイツ等を、兄貴は言葉だけで鎮めることが出来た。兄貴のお陰で、俺は『妻の実家の民』を傷付けずに済んだんだ。そして、彼等を味方にすることが出来たお陰で、アントリア軍を撃退することも出来た。もし俺が兄貴の立場だったら、この街は今頃、アントリアの手に落ちていただろう」 実際のところ、この街が守られたのはロートスだけの手柄ではなく、ゲンドルフが彼の留守中に長城線を守り切ったことも大きな功績なのだが、彼の中では「敵を撃退すること」は「武人として出来て当然の行為」であり、わざわざ声高に主張するほどの大きな実績とは考えていなかった。セリムは、そんな彼の「武人としての謙虚な姿勢」を友として誇りに思いつつ、ゲンドルフの中でオーロラの姫君が既に「妻」扱いになっていることについても、あえて何も言わなかった。 「だから、この街は兄貴に委ねて、俺はオーロラに行く。キッセン家の養子となって、いずれオーロラを、オディール以上に発展させてみせる」 彼はそう力強く宣言し、セリムもその決意を笑顔で受け入れる。だが、彼がオーロラに行くということは、聖印教会との兼ね合い上、セリムとの関係の維持が難しくなる、ということも意味している。 「正直、今はまだ教会側も俺に対しては警戒心が強いと思う。だから、今の時点でお前を一緒に連れて行く事は出来ない。だが、これから時間をかけて説得して、なんとかアイツ等に、邪紋使いであるお前達の力もこの世界を守るためには必要なのだということを、納得させていくつもりだ。だから、それまでは、俺の故郷であるこのオディールを、俺の代わりに守ってくれないか?」 セリムはあくまでゲンドルフとの個人的な繋がりでオディール軍に籍を置いている以上、彼が去った後にこの地に残り続けなければならない理由はない。ただ、彼にそう言われてしまった以上、それを断る理由も見つからないというのが本音であった。 「分かった。だが、正直、お前との稽古が出来なくなる思うと、寂しくなるな」 「なぁに、いずれ必ず、アイツ等を説き伏せてみせるさ。兄貴がアイツ等を説得出来たのだから、俺に出来ないとは言わせない」 ゲンドルフにそう言われると、セリムも笑顔で頷く。そして二人は、兵達が勝利の宴に酔う屯所へと戻って行くのであった。 4.2. 末弟の決意 一方、祝勝ムードの街の中で、当初の予定を完全に狂わされて落胆していたリューベンは、しばらく自室で一人考え込んだ後に、エリザベスを呼び寄せる。 「今回の件では、あなたにも色々とご心配をおかけしたようですね」 リューベンとしては、彼女には何も真相は語っていないし、ハルク・スエードからの手紙を彼女に見られている事も知らない。ただ、彼女が自分の行動に何か「裏」があると感じていたことは、これまでの彼女の雰囲気から、なんとなく察してはいたようである(しかし、仮に彼女が全て知っていたとしても、彼女はそのことを誰かに公言したりはしないだろう、と確信していた)。 オディールに戻った後、リューベンは一通りの経緯をロートスから聞かされたが、彼はロートスの継承に対しても、オデットの処遇に対しても、何ら口出しするつもりは無かった。この状況で彼がロートスと明確に敵対する立場を取った場合、逆に自分自身とアントリアとの内通を調べ上げられる可能性があると考えていたのである。 実際、アントリア軍の捕虜の中には、密かにリューベンとハルクが内通していたと証言する者もいた。それに対してリューベンは「彼等を罠に嵌めるために、内通したフリをしておびき寄せた」と説明し、実際に彼等を殲滅している(しかも、リューベンの援軍がなければ、敵には逃げられていた可能性が高い)ので、その説明自体に矛盾はない。ただ、その「作戦」を事前に誰にも伝えていない以上(その点については「敵を騙すにはまず味方から」と言ってごまかしたが)、見方によっては「アントリアに街を売り渡すつもりだったが、アントリア軍の戦況が不利になったから、寝返った」とも思われかねないのも事実であり、その点を蒸し返されないためにも、ここは粛々と兄の継承を認めた方が得策と考えたのである。 「正直、今回の『アントリア軍を誘い込んだ上での殲滅作戦』のために『暁の牙』に支払った報酬で、私の私財は底をつきましてしまいました。ひとまず、ジゼルに行って一から出直そうと思います。」 「……それほどまでに、『この機会』に賭けていたのですね」 「この機会」が何を意味するのかについては、エリザベスは語らない。だが、彼女がおそらくリューベンの計画を見透かした上で、それでもそのことを黙っていたであろうことを確信したリューベンは、改めて彼女にこう告げる。 「繰り返しますが、私がジゼルの領主と養子縁組を結ぶのは、あくまでも政略のための『かりそめの婚姻』です。私が本当に信用出来る女性は、あなた一人です」 「相変わらず、本音が読めない人だ」と思いつつも、どんな形であれ、リューベンが自分を必要としていることだけは信じられる。今のエリザベスにとっては、それだけで十分だった。 「出来ることなら、あなたもジゼルに連れていきたいのですが、おそらく、あなたのような美しい人が私の傍らにいては、姫君も不安に思うでしょう。ですから、申し訳ないですが、あなたにはもうしばらく、このオディールに残っていてほしいのです。私の故郷であるこのオディールにおいて、私の目となり、耳となり、この街を見守って頂けませんか?」 要は「スパイ」としてロートス陣営の内部に残っていてほしい、ということである。エリザベスは瞬時にその意図を理解した上で(本音を言えば、どんな形であれリューベンの傍らにいたいという気持ちはあったが)、リューベンが望む以上は仕方ないと諦めて、それに従う決意を固める。 「分かりました。御一緒させて頂けないのは残念ですが、仰せのままに致します」 「すみません。ですが、待っていて下さい。いずれ必ず、私はあなたを迎えに来ます。何度も言いますが、私の心は、永遠にあなたのものです。どれほど離れていようとも、誰が間に入ろうとも、決して、私の心が他の女性に奪われることはありません。私にとっての『真の花嫁』は、あなた一人です。あなたを堂々と妻に迎え入れることが出来る日が来ることを信じて、今は断腸の思いでこの街を去りますが、いつか必ず、私はこの街に戻ってきます。あなたを、私のこの手に取り戻すために」 このリューベンの言葉が本当か嘘かは、エリザベスにとってはどちらでも良かった。彼女の中では、ここまで言葉を並べて必死に自分を繋ぎ止めようとしているという事実だけで満足だったのである。 「はい、リューベン様」 彼女の返答は、その一言だけであったが、その声色は、明らかに喜びに満ち溢れていた。リューベンもそれを感じ取り、ようやく心から安堵した表情を浮かべる。こうして、「二人の夜」は静かに更けていくのであった。 4.3. 「姉」と「妹」 その頃、自身の処遇がなし崩し的に棚上げされた状態にあったオデットは、今後のことについて相談するために、オルガに与えられた(本来はハッシュが使っていた)私室を訪れる。すると、そこには粛々と出立の準備を進めている姉弟子の姿があった。 「お姉様!? どちらへ行かれるおつもりなのですか?」 「新領主のロートス様には既にあなたがいるのだから、私は不要でしょう? だから、エーラムに戻ることにしたの」 オルガとしては、さすがにジュマールの死を放置したまま帰る訳にはいかなかったので、ここまでの捜査と一連の防衛戦には協力したものの、それらが一段落した段階で、もう「自分の役目」は終わったと考えていたようである。 「待って下さい。まだ私の処遇が決まった訳ではありません。いくらロートス様が私を救おうとして下さっても、私がそのまま『契約魔法師』の立場でいられるとは限りませんし、仮に私が今の地位にそのまま残ったとしても、契約魔法師が二人いること自体、男爵家であれば別段珍しい話でもありません」 むしろ、オデットとしては、仮に自分が処刑されても、オルガが代わりにロートスを支えてくれるだろう、という目算だった。だが、このタイミングで姉弟子に去られては安心して断頭台に立つことも出来ない、というのが本音なのである。 これに対して、オルガはしばらく沈黙を続けた後、重々しく口を開く。 「…………なんとか頑張ってそれらしい理由を探そうと思ったけど、思いつかないから、本音をはっきり言うわ。私はもうこれ以上、あなたの隣にいることで劣等感を感じるのは嫌なの」 それは、彼女がエーラムにいた時から、ずっと感じていたことだった。自分よりも遥かに優秀な妹弟子と常に比較され続けるのが姉弟子として堪え難いのは、当然の話である。オデットの能力が入門以前のパンドラ時代に既に身につけられていたものだと聞かされても、彼女の中ではそれは「妹弟子に負けていい理由」にはならなかった。 「本当はね、私はこの街の領主の契約魔法師となることで、あなたに勝ちたかった。領主の契約魔法師として、あなた以上にこの街に貢献することで、あなたに対するコンプレックスを克服したかったの。でも、私は今回も、あなたには勝てなかった。新領主の傍らに立つ契約魔法師にふさわしいのはあなたであって、私はその隣にいるべきではないのよ」 自分の契約相手のために、自分が全ての罪を背負って人道に反した道を歩むその姿勢は、人としては褒められたものではない。しかし、そこまでロートスのために尽くそうとする彼女の心意気を目の当たりにさせられた上で、自分が彼女以上の忠誠心を持って新領主のために働けるかと考えたら、それは到底無理な話であった。自分の契約相手が殺されても、その彼を弔おうとする心すら忘れていた自分が、あの場にいた中でただ一人、その心を忘れなかったロートスの契約魔法師としてはふさわしくない、という気持ちが、彼女の中にはあったのである。 「…………お姉様がどうしてもと仰るなら、私には止める権利はありません。でも、せめて私の処遇が決まるまでは待って下さい。私がいなくなったら、ロートス様を支えて下さる方が、もう誰もいなくなってしまうかもしれないんです」 セリムにとってはゲンドルフ、エリザベスにとってはリューベンの方が、ロートスよりも大切な存在であることは、オデットも察している。もし今後、彼等がロートスと対立することになった場合を想定すると、「何があっても彼を守ってくれる存在」がどうしても必要だと彼女は考えていた。その役割を姉弟子に押し付けるのは身勝手と分かっていても、彼女は今、オルガを頼る他に道はなかったのである。 オルガとしても、その信条は理解出来たので、ひとまず出立は保留する。確かに、もしオデットが処刑もしくは追放によってこの街からいなくなった場合、その次にこの街に来る魔法師に、相当な「重荷」を背負わせる可能性がある。そう考えると、妹弟子の「最後の願い」を叶えてやることが、姉弟子として採るべき道であるようにも想えてきた。 こうして、二人の魔法師の運命は、ロートスの「決断」に委ねられることになったのである。 4.4. 「兄」と「妹」 ロートス・ケリガンは悩んでいた。父親違いとはいえ「実の妹」が犯した「『父』と『父の側近』の殺害をパンドラに依頼した」という罪。更に、当初は銀の腕輪の強奪だけが目的だったとはいえ、彼女のその指示の結果として隣町の司祭も殺されたという事実。まっとうに裁くなら、死罪以外にはありえない。 だが、自分の信念に基づいて、最初から死を覚悟してこれらの凶行に及んだオデットを処刑したところで、それが本当の意味での「償い」になるとは、彼には思えなかった。彼は何としても、彼女に「生きて償う道」を歩ませたい。だが、その理屈では納得しない者がいることも分かっている。だから、彼女の罪を公表する訳にはいかない。一連の事件は「パンドラの陰謀」として片付けた上で、彼女がそれに深く関わっていたことは伏せたまま、秘密裏に「罰」を彼女に与えたいのだが、問題はその「罰」の内容である。 投獄や追放など、あまりに重すぎる罰では、なぜ彼女がそんな処罰を受ける必要があるのか、という説明が難しい。仮に「領主を守れなかったから」という理由を挙げたとしても、その場合、ジュマールの契約魔法師となる筈だったオルガにもその罪が連座する(むしろ、彼女の方が立場的にはより重いとも言える)ため、彼女を後任に据えることは出来なくなる。 ならばいっそ、彼女の中の「魔法に関する能力(記憶)」を(表向きは「事故で失われてしまった」という名目で)消し去り、一従者として雇用し直す、という道も考えたが、記憶消去の技術を持つ者は、エーラムかパンドラくらいにしかいない。エーラムにその依頼を受けてもらうためには真実を語る必要があるが、そうなると後々の関係が色々と厄介になる。パンドラの場合は、あくまでも「このまま放置しておけば、いずれオディールの領主はオデットに黄金龍の召還を命じざるを得なくなる日が来るだろう」という思惑に基づいて手を引いているだけなので、オデットの能力を失わせることに協力する筈がない。 だからと言って、彼女をそのまま無罪放免にする訳にもいかない。やはり、罪は罪であり、「乱世だから仕方がない」という一言で片付けるようなことは、ロートスには出来なかった。彼は自室でひたすら悩み続けた挙げ句、最終的に一つの決断を下す。それは、常に「領民の生活」を第一に考える彼の性格を反映した、実に「ロートスらしい結論」であった。 * 数日、オディールの下町に新たに作られた「生活相談所」に、次々と街の人々が駆け込んでくる。 「オデット様、この子の手当をお願いします」 「オデット様、店舗の修復を手伝って頂けませんか?」 「オデット様、私にも読み書きを教えて下さい」 この施設を任されたオデットは彼等の要求に対して、その緊急性に応じて優先順位をつけた上で、朝から晩まで無償で対応していた。 今回の一連の戦いでは、街そのものが直接攻撃を受けることはなかったものの、民兵の死者も数多く出ており、街全体が人手不足に陥っていた。その苦境を察したロートスは、彼女との魔法師契約は維持したまま、彼女を(一般的に領主の契約魔法師が務めることが多い)「内政官の長」としての立場ではなく、新たに創設した「住民の生活を支援する社会奉仕機関」としての「生活相談所」の責任者に任じたのである。彼女の「最低限度の生活費」と「魔法具の維持費」は国庫から支給しつつ、困っている住民達を無償で助けるというのが、彼女に与えられた任務であった。 一方、ハッシュの後任としての「内政官の長」には、改めてロートスと契約を結んだオルガが就任することになった。オルガとしては、この決定に対して思うところがなかった訳ではないが、結果的に「オデットと異なる職場」に就くことになったという意味では、彼女にとっても望ましい配置だったとも言える。 「私達のために御側近のオデット様を派遣して下さるなんて、ロートス様は本当にお優しい人だ」 何も知らされていない街の人々の間では、そんな評判が次々と広がっていく。一方で、あまりにハードなスケジュールで皆の要求に応え続けるオデットの身を案じる者や、「この街に来たばかりのオルガ様よりも、昔からこの街で働いていたオデット様の方が、内政官にふさわしいのではないか?」と考える者もいたが、そんな住民達の声に対して、オデットは笑顔でこう答える。 「私自身がお願いしたんです。この街の人々のために、私に出来ることをやらせて下さい、と。だから、今、私はすごく充実しています。皆さんのためにお役に立てることが、本当に嬉しいんです」 実際には、この任務を命じたのはロートスであり、彼女の自主的な希望ではない。ただ、彼女自身、この仕事を命じられたことは素直に嬉しかったし、実際に仕事を始めてみて、この上ない充実感に満たされていた。日頃から、街に出て人々と交わることを好んでいたロートスの気持ちが、ようやく本当に分かった気がする、そんな心境であった。 「オデット様、またハーモニカを聞かせて下さい」 僅かな休憩時間に食堂で昼食を食べ終えたオデットに対して、街の子供達がそうせがむ。彼女は疲れた様子も見せずに笑顔でハーモニカを取り出し、母から教えてもらった優しく軽やかなメロディーを奏で出す。それは、ロートスがしばしば街中で奏でていた音色そのものであった。街の人々がその旋律に癒されているのを実感しつつ、兄・ロートスが愛するこの街の人々をこれからも全力で支えていこうと、改めて心に誓ったオデットであった。 4.5. 「三兄弟」 それから数日後、正式にゲンドルフとリューベンの養子縁組の話がまとまり、ロートス達が見送る中、二人はオディールを去ることになった。同行するのは、身の回りの世話をする僅かな(セリムとエリザベス以外の)側近と、リューベンと共にジゼルに行くことを選んだケイラのみである。 ちなみに、彼等三兄弟の聖印は、本来は「ジュマールの従属聖印」であったが、この時点では三人とも「独立聖印」となっている。本来、君主が死んで聖印が誰かに受け継がれた場合、「その君主に従っていた君主の従属聖印」は一時的に「独立聖印」化するが、その後で改めて配下の君主達が自らの聖印を後継者に捧げた上で「従属聖印」として受け取り直す、というのが一般的な慣習である。だが、この二人は他家に養子に行くという事情もあり、この時点でロートスに対して聖印を捧げる必要はないとロートス自身が判断したのである。 一方で、彼等の婿入り先となるオーロラ村の領主ルナール・キッセンと、ジゼル村の領主ブーレイ・コバックの聖印は、ヴァレフール伯爵直属の「従属聖印」である。ヴァレフールにおいては、オディールのケリガン家を含めた「七男爵家(七騎士隊長家)」以外の領主の聖印は原則として「ヴァレフール伯爵の従属聖印」なので、本来ならばゲンドルフとリューベンも、ケリガン家を出た時点でヴァレフール伯爵もしくは各村の領主に聖印を捧げるのが筋である。 だが、今回の養子縁組においては、少々複雑な契約事項が存在していた。というのも、彼等はそれぞれキッセン家、ブーレイ家の後継者として婿入りするものの、もしロートスが世継ぎに恵まれぬまま命を落とした場合、彼の持つケリガン家の聖印と所領を引き継ぐ権利も二人は有する、という約定が交わされていたのである(二人の間の優先順位については、ひとまず棚上げされた)。つまり、彼等が「キッセン家・コバック家の聖印(ヴァレフール伯爵の従属聖印)」だけを引き継ぐならば、今の時点で伯爵に聖印を捧げれば良いが、「ケリガン家の聖印(独立聖印)」を引き継ぐ可能性もある以上、現時点では独立聖印のままの方が都合が良い、という結論に達したのである。この旨をヴァレフール伯爵にも伝えた結果、ひとまず彼等の要求は受理され、しばらくは「独立聖印」のまま維持することを許されることになった(過去にも、このような形で「一時的な分家」が認められた事例は何度かあった)。 こうして、ケリガン・キッセン・コバックの三家は、実質的に「三兄弟家」と呼ぶべき関係を構築することになる。だが、それが必ずしも三家の絆の強化に繋がったと言える訳ではない。ゲンドルフも、リューベンも、ロートスに取って代わる野心を捨てた訳ではない以上、むしろより強い火種を抱え込むことになったとも言える。 そんな中、ロートスはまさに今、オディールを出立しようとしている弟二人に対して、彼等が生前の父から賜っていた黄金槍を、改めて一本ずつ彼等に託す。 「この黄金槍は、危険な存在だ。一ヶ所に置いておく訳にはいかない。僕達三人で、それぞれに管理するんだ。パンドラの陰謀を実現させないために」 いつもは穏やかな表情の彼が、いつになく険しい表情でそう告げる。黄金龍の力は、確かに制御出来れば強力な武器となるだろうが、あまりにも強すぎる力を手にすることは、この戦乱をより過熱化してしまう可能性もある。だから、そんな力は永遠に封印されなければならない、というのが彼の信念であった。 「そうだな。正直、俺はもうこの槍には関わりたくないが、かといって、放置する訳にもいかん」 黄金槍に身体を乗っ取られる恐怖を実体験しているゲンドルフは、そう言って強く同意する。一方、その光景を少し離れた場所で見ていたセリムは、密かに「あの黄金龍の力を全て自分のものに出来たら……」という妄想を抱いてはいるものの、さすがにそれを実行しようとは思わない。そんなことはゲンドルフも望んでいないし、おそらく「純粋に強さだけを求める自分」では、黄金龍に「主」として認められることはないだろう、ということも察していたからである。 「そうですね。私達三人で、きちんと管理していきましょう」 リューベンはあくまでもクールな態度のまま、淡々とその槍を受け取る。彼だけは黄金槍の暴走を目の当たりにしていないため、今ひとつ実感がないのだろう。むしろ彼としては、この槍の力を利用して黄金龍を復活させるという選択肢も完全に放棄すべきではないとも考えていたのだが、現実問題として自分の配下にそれが可能な召還師がいない以上、「他の陣営にこの力を渡すくらいなら、自分がこの槍を抱え込むことで復活を阻止した方が賢明」というのが、現状における彼の本音であった。 「じゃあ、二人共、元気でね」 「兄者、オディールのことは任せたぞ」 「これからも友邦として、よろしくお願いします、兄上」 そう言い交わして、ゲンドルフとリューベンは、それぞれの思惑を胸の奥底に秘めたまま、街を去っていく。後にこの三兄弟は「長城線の三本槍」と呼ばれ、その勇名をブレトランド全土に轟かせることになるのであるが、それはまだもう少し先の話である。 時系列順の続編:【ブレトランド戦記】第1話(BS04)「見捨てられた村」 シリーズ内の続編:【ブレトランドの英霊】第4話(BS12)「帰らざる翼」 グランクレスト@Y武
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青山メインランドは独自の強みを持っている。 青山メインランドは短期的な収支のご提案ではなく、中長期のライフプランとしてのマンション経営を提案する。 青山メインランドは戦略的な商品開発を行っている。 青山メインランドはマンション購入後の運用体制がしっかりしている。 青山メインランドはお客様の専属担当制をとっている。 こだわりのものづくりをするのが青山メインランドである。 お客様の資産を守り価値あるものにするのが青山メインランドである。 青山メインランドの提案はここが違う! 青山メインランドでは短期的な収支のご提案ではなく、中長期のライフプランとしてのマンション経営をご提案しているため、あえて次のようなご提案は行なっていない 青山メインランドは、「いいことばかり」は言わない 節税を目的とした提案はしない 確かにマンション経営・投資をすることにより所得税の還付や住民税の軽減につながるケースもありますが、私たちはそれを目的としたご提案は行わない。 目先の収支が良いだけの提案はしない 販売だけに目的を置き、最初の数年間をプラス収支にするなどの提案をすることもできる。しかし青山メインランドではあくまで中長期的なライフプランとしてのご提案にこだわりその様なプラン設計にはしていない。 イニシャルコスト(初期費用)0円の提案はしない 青山メインランドは価値あるマンションを価値あるライフプランとして提案している。その為、「初期費用が一切かかりません」という提案はしていない。 メリットばかりを謳うことはしない 青山メインランドはリスク説明を重視している。リスクを理解することが、メリットを理解する一番の近道だと考えているからだ。 青山メインランド 青山メインランド資産運用型マンション 青山メインランドマンション投資 青山メインランドマンション経営 青山メインランド都内マンション 青山メインランド不動産投資 青山メインランド資産形成 青山メインランド賃貸マンション 青山メインランド分譲マンション 青山メインランド社宅 青山メインランド採用
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船舶一覧 アインス宗谷 アヴローラおくしり サイプリア宗谷 フィルイーズ宗谷 ボレアース宗谷
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8.18堺カートランド[モトチャンプ杯 全国大会]
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ヨーロッパ / イギリス ● スコットランド〔Wikipedia〕 ● スコットランド独立運動〔Wikipedia〕 🏴 Edinburgh, Scotland yesterday. A protest for freedom took place in the cold and sleet. People chanting No Vaxpass! No Vax mandate! 昨日のスコットランド、エディンバラ。みぞれ混じりの寒さの中、自由を求め、「ワクパス反対!」「接種義務化反対」と叫びながら抗議。 pic.twitter.com/dATYPzwuj2 — purplepearl (@purplep76858690) December 5, 2021 【ブリュッセル】 / 【EU】 ★ スコットランド行政府首相、EU首脳と会談 単独の残留訴え 「CNN.co.jp(2016.6.30)」より / ロンドン(CNN) 英スコットランド自治政府のスタージョン首席大臣は29日、ベルギー・ブリュッセルの欧州連合(EU)本部を訪問し、EU首脳に対しスコットランドのみのEU残留を働きかけた。 欧州議会のシュルツ議長と会談したスタージョン氏は「EUとの関係を守りたいというスコットランドの要望を明確に伝えた」と述べた。 英国で23日に行われたEUからの離脱の是非を問う国民投票の結果、スコットランドでは残留支持が62%に達した。スタージョン氏はスコットランド単独でのEU残留について「簡単な道のりだとは思っていない。今日の会談を皮切りにブリュッセルでの協議が続くことになる。一連の話し合いを通じて、スコットランドが英国の他の地域のようにEU離脱を望む立場ではないことを理解してもらいたい」と訴えた。 スタージョン氏は28日には、欧州委員会のユンケル委員長らと会談。欧州におけるスコットランドの立場を堅持するため、英国からの独立に関する2度目の住民投票を実施する可能性にも言及した。 2014年に実施された独立をめぐる住民投票は英国への残留支持が55%を占め、独立派を上回った。それでもこのときの僅差での決着は「スコットランドの置かれた状況に極めて現実的かつ実質的な変化をもたらした」とスタージョン氏は指摘している。 ★ Tension rises as two sides in Scots vote face off in Glasgow 「Financial Times(2014.9.19)」より / +記事 High quality global journalism requires investment. Please share this article with others using the link below, do not cut paste the article. See our Ts Cs and Copyright Policy for more detail. Email ftsales.support@ft.com to buy additional rights. http //www.ft.com/cms/s/2/a6992cc4-4026-11e4-936b-00144feabdc0.html#ixzz3E80aey3P Police were battling to maintain order in the middle of Scotland’s largest city on Friday night as hundreds of triumphant unionists goaded independence supporters as they marched through Glasgow’s busiest thoroughfares. Men and women draped in union flags trooped through city centre streets chanting “Rule Britannia”, “You Let Your Country Down” and “Can You Hear the Yes Campaign?”. Some lit flares. High quality global journalism requires investment. Please share this article with others using the link below, do not cut paste the article. See our Ts Cs and Copyright Policy for more detail. Email ftsales.support@ft.com to buy additional rights. http //www.ft.com/cms/s/2/a6992cc4-4026-11e4-936b-00144feabdc0.html#ixzz3E80dBN7T Police closed roads and deployed officers on horseback as they sought to contain the crowds. Scores of officers were seen running down side streets after suspected troublemakers. The tension began in the late afternoon when police formed a cordon in George Square in an effort to keep apart rival Yes and No supporters. Scuffles broke out away from the main stand-off. (※ 以下略) ■ Tensions rise in Glasgow after historic Scotland vote ★ スコットランドの国民投票:警察は、グラスゴーのライバルグループを分離 「BBC News(2014.9.20)」より (※ 以下自動翻訳) / 警察は、グラスゴーにライバル組合活動家と独立の支持者のグループを分離した後6逮捕を行った。 役員は、いくつかの馬に搭載された、ジョージ広場にて「Yes」とサポーターのグループからユニオンジャックを振って多くの人を分割するために並んで。 連合の支持者がフレアを発射し、充電時のトラブルが始まったが、その数は、後ですぐに減っ。 広場は前に木曜日の独立住民投票のプロ独立党を開催していた。 現場にいたBBCのスコットランドの記者キャメロンバトルは、金曜日の夜の対決は、フレアが発射さとルールブリタニアを歌っていた労働組合員側から「協調的」充電されているとすぐに開始した。 プロ連合側のいくつかは、ロイヤリストの画像を特色にバナーを運んでいた。 (※ 以下略) ◆ 【速報】スコットランドで暴動発生 独立賛成派2名が刺されたとの情報も 「2ch(2014.9.20~)」より / 開票終了後の19日夜、グラスゴー市内のジョージ広場で独立賛成派と反対派(王党派)双方約100人ずつが衝突。 すでに6名が逮捕された。 衝突のきっかけは反対派が「ルール・ブリタニア」を歌いながら発煙筒に火を付け騒ぎ始めたことらしい。 スコットランド警察のスポークスマンによると、現在行われている捜査によって今後逮捕者が増える可能性もあるとのこと。 またSNSでは賛成派のうち2人が刺されたという報告がされているものの、警察では今のところ把握していないと言う。 (※ 以下略、詳細はサイト記事で) ★ スコットランド独立否決、英国に残留 「CNN(2014.9.19)」より / (CNN) 18日に投票が行われたスコットランド独立の是非を問う住民投票は、即日開票の結果、反対票が賛成票を上回り、スコットランドが英国にとどまることが確実となった。 32地区中31地区の集計を終えた段階で、独立反対の票が賛成票を上回った。英BBCは開票率60%の時点で独立反対派の勝利を予測していた。 独立派を主導してきたスコットランドのサモンド自治政府首相は19日、敗北を認める声明を出し、スコットランドの独立を支持した160万票に感謝すると表明。86%という記録的な投票率に達したことを評価した。 中心都市エディンバラ地区は反対が19万4628票を獲得し、賛成は12万3927票にとどまった。一方、独立推進陣営の中心拠点だったグラスゴーは賛成票が反対票を上回ったものの、劣勢は覆えせなかった。 投票率はほとんどの地区で80%を超えたが、グラスゴーは75%にとどまった。 キャメロン首相は19日午前に演説を予定している。 ■ スコットランドの住民投票でも大規模な不正が行われていました。 「日本や世界や宇宙の動向(2014.9.20)」より / スコットランドで独立を問う住民投票が行われましたが、結果はNOの票が上回りました。 ただし。。。今回の投票でも、残念ながら、不正が行われたことが明らかになりました。世界中どこでも不正投票が行われています。 グローバル・エリートが望まない結果を出さないために投票所で不正が行われているのです。ロンドン金融街もキャメロン首相も英王室も、スコットランドが独立することは、彼らの世界的な支配権が弱まるということですから、どうしても独立はさせたくないのでしょう。 ただ。。。私個人の意見として、スコットランドが突然、独立を宣言するとなると、スコットランド自体も、世界も様々な面で混乱が生じ、一般の人々に大きな影響が出るため、今回はひとまず足踏みをする方が良いとは思っていました。 独立をするには、その準備として何年もかけて、用意周到に、エリートらが絶対に妨害できないような土台を築くべきではないかと思っていましたので、今回の住民投票に不正があったとしても、スコットランドの独立を遅らせたことは良かったのではないかと思っています。 しかし、これで終わる独立運動が終わるワケがありません。スコットランドも他の地域も、今回の住民投票が独立に向けた第一歩となるのではないかと思っています。 (※ 中略、詳細はブログ記事で) / 以下の証拠ビデオから、スコットランドの住民投票で不正が行われていたのが分かります。 (※ 以下略、詳細はブログ記事で) ■ スコットランド独立を期待する共産主義勢力。 「スロウ忍ブログ(2014.9.14)」より (※ あちこち略、詳細はブログ記事で) / スコットランドが独立すれば、英国の国力低下が不可避であるだけでなく、スコットランドにとっても英国という国家ブランドを失うことは余りにもデメリットが大きい。 スコットランド独立派は、北海油田に唯一の魅力を感じているのかも知れないが、同油田は目下枯渇に向かっている上に、先進国の原油需要は今後も着実に減っていくことが予想され、油田から得られる富も右肩下がりになることが確定しているといっても過言ではないだろう。 / 今現在でもスコットランドは既に強い自治権を持っているわけだが、それにも拘らず、わざわざ英国から独立して一体何の意味があるのだろうか。独立後はおそらくオーストラリアやニュージーランドのようなコモンウェルスの一つになるのだろうが、それは自らの手で自らを格下げしているも同然である。 しかもスコットランド政府は、もしも独立が成功した場合、全ての核兵器を安全に廃棄し、スコットランド領内への持ち込みを永久に禁止するなどと公約している。これでは自らの手足を自ら縛ると宣言しているようなものである。 おそらくこのような流れの背後にも、中国やロシアといった、一部の国連安保理常任理事国の謀略があるのだろう。国連における自由主義陣営のリーダーたる米国の力を削ぐためには、その兄弟とも謂える英国の国力を削ぐことが最も効果的だからである。 実際、英国は既に中国の札束の前に平伏している。 / 後は英国の権威と国力自体を弱体化させれば、中露の思い通りの国になるだろう。 中国とロシアの狙いは、国連常任理事国5大国のうち過半数の3カ国(中国、ロシア、英国)を反米化することで、国連における米国の主導権を完全に奪うことにあると思われる。 花畑な連中を焚き付けて侵略に利用することは、共産主義勢力の十八番である。誰がどう見ても自殺行為にしか見えないを行動を正当化しようとしているスコットランドは、まさに花畑集団であると言わざるをえまい。 今後、万が一英国が弱体化し中露の傀儡に成り下がれば、世界情勢は一気に不安定化するだろう。そうなれば、当然日本は米国と共に自由主義同盟諸国を守るため、これまで以上に積極的に役目を果たす必要があろう(※ 太字はmonosepia)。 ◆ 核ミサイル配備・イギリスの税収約40%を生み出すスコットランド、独立世論調査で賛成が反対を上回った結果⇒エリザベス女王「うわああああああああ」 「おーるじゃんる(2014.9.8)」より / 187 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 22 44.66 ID pU2fUFrY0.net 1 スコットランド ●独立のメリット 北海油田がまるごと自分たちのものになる 決定的な唯一の収入源を確保できる ●独立のデメリット 中央銀行の候補が弱い 貨幣通過の信用力が決定的に不足 ユーロ圏にも加入できないから共通通貨も使えない 独立後も英ポンドを使用したいが、ロンドンから拒否を予告されている 経済的基盤がほぼ皆無 290 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 36 04.05 ID Rs5fi8Sv0.net 187 まるごとは無理 イングランドが手放すわけない / 9 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 18 56 50.20 ID MhtF0bTR0.net でも独立したとして、ちゃんと自立出来るんかね? 46 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 03 02.64 ID Aej3kH0R0.net 9 それが意外と豊かなんだな。 イギリスの税収の確か約40%がスコットランド 173 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 20 00.29 ID d7RRMO9yO.net 9 更に、北海油田も大抵がスコットランド沖合いに集中していて、その権利も英国政府が直轄している。 / ★ スコットランド独立リードの世論調査、英政府は自治拡大方針示す 「ロイター(2014.9.8)」より / [ロンドン 7日 ロイター] - 英スコットランド独立支持派が反対派を初めて上回った世論調査を受け、英政府は一段の自治権を与える方針を示した。 オズボーン財務相は7日、18日の住民投票で独立反対が多数となった場合、税制・歳出・社会保障面でスコットランドに一段の自律性を与える施策を近く打ち出すと述べた。 サンデー・タイムズ紙に掲載された調査機関ユーガブによる世論調査では、独立賛成が51%、反対が49%となった。1カ月前は反対が22ポイントの差をつけていた。 財務相は「数日以内に一段の権限を委譲する計画を明らかにする。分離のリスクを回避しならが自治を得ることになる。これこそがスコットランド人の求めるものだと考える」と述べた。 独立支持派の委託でパネルベースが実施し7日に公表された世論調査によると、独立賛成は48%となり過半数には達していない。未定の回答を含めると賛成は44%となる。 住民投票で独立支持が反対を上回った場合、2016年3月24日の独立を予定している。独立後も通貨同盟により引き続きポンドを利用することに英国民は合意すると支持派は主張しているが、英国の主要3党はこれを否定している。オズボーン財務相も7日、「分離した場合はポンドを共有することはない」とあらためて否定した。 ーーーーーーーーーーーー ★ スコットランド、イギリスからの独立賛成派が初めて反対派を上回る 「ハフィントンポスト(2014.9.7)」より / イギリスからの独立の賛否を問うスコットランドの住民投票が9月18日に迫るなか、イギリスのサンデー・タイムズ紙は9月6日、独立賛成派が51%となり、反対派の49%を僅差で上回ったとする最新の世論調査を発表した。同紙によると、賛成派がリードするのは初めて。47NEWSなどが報じた。 ■ スコットランド独立支持、英経済に最大のリスク=CBI 「WSJ(2014.9.5)」より / 英産業連盟(CBI)は4日、今月のスコットランド独立投票で賛成票が過半数に達すれば、今年下半期の堅調な経済予測は打ち消される可能性があると警告した。 CBIは今年の英国内総生産(GDP)成長率を3%、来年を2.7%と予測し、5月に示した見通しを据え置いた。だが、今後は政治的な混乱があるかもしれないと指摘。9月18日の住民投票の結果を受け、スコットランドが独立する可能性に注意を促した。 CBIのジョン・クリッドランド事務局長は「英国経済にとって、それが最も重要な政治リスクだ」とし、「英実業界では、スコットランドは英国にとどまるべきだとの見方が圧倒的だ」と語った。 最近発表された他の予測は、7-9月期も英経済の高成長を見込んでいる。 英商工会議所(BCC)は先週、今年のGDP成長率見通しを3.1%から3.2%に引き上げ、家計に加え全業種の企業でも景況感が好調だと指摘した。だがエコノミストからは、停滞するユーロ圏経済やロシアとの政治的な緊張と並び、スコットランドの独立投票が英経済の堅調な見通しを狂わす恐れがあるとの声が上がっている。 CBIは英最大の経済団体で、スコットランドのサモンド行政府首相が唱える独立計画に当初から声高に反対してきた。 調査会社ユーガブが実施した最新の世論調査によると、スコットランドでは独立支持が拡大し、42%が独立賛成、48%が反対、残りが態度保留か投票の意志なしだった。8月前半の調査では賛成と反対の差が12ポイントあったため、差は半分に縮まった。 . .
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ハート一覧 Normal High Normal Rare High Rare S Rare SS Rare 息吹のチャーマー 微風のエンチャントレス 燐光のドルイダス 静寂のソーサレス 畏敬のリチュアリスト imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (回天のメイガス.jpg)回天のメイガス 愛を弄ぶ者キューピッド 信託を告げる者エンジェル 神の守護者プリンシパリティ 民の導き手エクスシア imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (氷と炎の心を持つ熾天使.jpg)氷と炎の心を持つ熾天使 imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (神の剣ミカエル.jpg)神の剣ミカエル エルフ ハイエルフ エルフロード エンシェントエルフ 漂える夜のフェアリー 心揺らす愛のフェアリー 夢に憧れるフェアリー 夢を喰らうフェアリー 闇に生きるフェアリー 蒼穹のシルフィード 静謐のシルフ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (メイド・アサシン.jpg)メイド・アサシン プリーステス・アサシン アダムの最初の妻 刹那の悦楽に浸る者 imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (罪深き夜の吐息.jpg)罪深き夜の吐息 虚天使ルクレシア 虚神ヴァルヴュラ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (血に飢えし女戦士ブリジット.jpg)血に飢えし女戦士ブリジット 恋に目覚めし女戦士ソニア 花の妖精ファラム imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (妖精の美姫エリーゼ.jpg)妖精の美姫エリーゼ ※ここから下の横列は、進化に関係のない並びで並んでいます。 Normal High Normal Rare High Rare S Rare SS Rare 妖艶なるグリマルキン 妄言のマンドレイク ダークエルフ ダークエルフの魔道士ゾーク 悲恋のマーメイド 策謀のメロウ 愛の調律者セイレーン imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (溟海のウンディーネ.jpg)溟海のウンディーネ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (天空に憧れる人魚姫.jpg)天空に憧れる人魚姫 エリザベート imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (闇夜まといしプリンセス.jpg)闇夜まといしプリンセス imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (闇に漂うナイトメア.jpg)闇に漂うナイトメア 神の代弁者アークエンジェル imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (神に背きし者イリム.jpg)神に背きし者イリム imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (実体化した天使の鏡像セラフ.jpg)実体化した天使の鏡像セラフ 逆神のフォーチュンテラー imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (忘我の化身エクスティア.jpg)忘我の化身エクスティア imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (穢れた血を憎むハーフエルフ.jpg)穢れた血を憎むハーフエルフ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (始祖エクスタシア.jpg)始祖エクスタシア
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イングランド(England) は英国、グレートブリテン島の南半分ほどのうち、南西部(ウェールズ)を除いた地域名。イングランドは「アングル人の土地、国」の意味であり、フランス語名アングルテル(Angleterre)も同じである。 かつてイングランド王国であったが、ウェールズ(1536年)、スコットランド(1709年)、アイルランド(1800年)を併合し、大英帝国を築いた(アイルランドのうち、北アイルランド以外はのちに独立)。 16世紀はチューダー朝(1485年 - 1603年)の時代で、第2代ヘンリー8世が英国国教会を樹立し、カトリック修道会などを弾圧したり、逆にメアリー1世のカトリック回帰が国内に混乱をもたらすなどの動揺があった。また、フランスともカレーをはじめとする大陸の拠点をめぐって争っていた。世紀後半のエリザベス1世の治世は政治的にはイングランド絶対主義の、文化的にはイギリス・ルネサンスの最盛期と見なされている(*1)。 【画像】『図説 イングランドの教会堂』 ノストラダムス関連 ノストラダムスの予言には Angleterre やその住民を指す Anglois (現代語では Anglais)がしばしば登場する。現代フランス語での Angleterre は「イングランド」と「イギリス」(グレートブリテン・北アイルランド連合王国)の両方の意味になりうるが、あくまでも16世紀にはイングランドの意味しかなかった。 ノストラダムスの予言能力を信じる立場からすれば、ノストラダムスは当然、連合王国の出現を見通していたということになるのだろうが、およそ中立的な評価とは言いがたい。 旧来の信奉者側の日本語訳では、しばしば無神経に「イギリス」と訳出されることは珍しくなかったが、上記の理由から、当「大事典」では少なくとも16世紀の文脈では Angleterre を「イングランド」、Anglois を「イングランド人」(ないしイングランドの形容詞形)として訳出している。 『予言集』では以下の登場例がある。 Angleterre 百詩篇第3巻70番 百詩篇第5巻51番(未作成) 百詩篇第8巻76番 百詩篇第10巻100番 六行詩50番 六行詩54番 Anglois(e) 百詩篇第3巻9番(未作成) 百詩篇第3巻16番(未作成) 百詩篇第3巻80番 百詩篇第4巻54番 百詩篇第5巻34番 百詩篇第5巻35番 百詩篇第5巻59番 百詩篇第5巻93番 百詩篇第6巻12番 百詩篇第8巻60番 百詩篇第9巻6番(未作成) 百詩篇第9巻38番(未作成) ほか、関連語として以下がある。 Anglican 百詩篇第8巻58番(未作成) Anglique 百詩篇第10巻42番 百詩篇第10巻56番(未作成) ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。