約 244,186 件
https://w.atwiki.jp/goldwing2/pages/12.html
世界観 遥か宇宙の彼方、 高度な文明と地球人類と似た姿を持つ種族が住む星があった。 惑星エルロス。 エルロス人は持てる技術力を注いで統合管理システムである人工生命タナトスを創造し タナトスによって安全で快適な生活を確立していた。 しかし、その平和は突如として破られた。 タナトスは、全てのエルロス人の粛清を開始したのである。 被造物による創造主の抹消。 全てのシステムはタナトスに掌握され、エルロス陣はなす術もなく多くの犠牲を出した。 タナトスが粛清をする中、一部のエルロス人は外宇宙への脱出に成功し 太陽系第三惑星地球へとたどり着く。 タナトスは惑星エルロスを完全に掌握し、 逃げ延びたエルロス人への追っ手を差し向けたのだった。 突如現れた異星人、そしてそれを追ってきた侵略者の前に地球は混乱に陥り、 各国の抵抗もむなしく地球の主要都市は焦土と化した。 生き残った地球人類はタナトスへ抵抗するために エルロス人との連合軍を結成する。 それから十年。 地球人とエルロス人の連合軍とタナトスとの戦いは収束せず、 人類の存亡をかけた戦いは未だ苛烈を極めている・・・
https://w.atwiki.jp/g2gunsgunner/pages/13.html
遥か宇宙の彼方、 高度な文明と地球人類と似た姿を持つ種族が住む星があった。 惑星エルロス。 エルロス人は持てる技術力を注いで統合管理システムである人工生命タナトスを創造し、 タナトスによって安全で快適な生活を確立していた。 しかし、その平和は突如として破られた。 タナトスは、全てのエルロス人の粛清を開始したのである。 被造物による創造主の抹消。 全てのシステムはタナトスに掌握され、エルロス人はなす術もなく多くの犠牲を出した。 タナトスが粛清をする中、一部のエルロス人は外宇宙への脱出に成功し、 太陽系第三惑星地球へとたどり着く。 タナトスは惑星エルロスを完全に掌握し、 逃げ延びたエルロス人へ追っ手を差し向けたのだった。 突如現れた異星人、そしてそれを追ってきた侵略者前に地球は混乱に陥り、 各国の抵抗もむなしく地球の主要都市は焦土と化した。 生き残った地球人類はタナトスに対抗するために エルロス人との連合軍を結成する。 それから十年。 地球人とエルロス人の連合軍とタナトスとの戦いは収束せず、 人類の存亡をかけた戦いは未だ苛烈を極めている・・・
https://w.atwiki.jp/persona01/pages/25.html
氷の城でジャックフロストにアンブロシアと封神具を交換してもらう アンブロシアは塔を攻略する順番で手に入る個数が変わる 5つ 最初にタナトスからクリア(次に攻略する順番はどれでもいい) 4つ ネメシス→タナトス→ヒュプノス 3つ ネメシス→ヒュプノス→タナトス ヒュプノス→タナトス→ネメシス 2つ ヒュプノス→ネメシス→タナトス
https://w.atwiki.jp/inato-server/pages/13.html
INATOダンジョン ポタ子から 上り方説明~ 各階にいるMOBの中の誰かが「任務遂行の印01~11」まで落とすので それが無いと上には進めません。 任務遂行の印01は「慰める者」からドロップできます。これを、いなとD1F真ん中の「謎のNPC」に渡せば2Fに行かれます。このようにして各階を上がってください。 ちなみに7階と最上階以外はハエの羽が使えます。 =================================================== タナトスタワー下層部 1F アリス プラズマ ライドワード 慰める者 (任務完遂の印01) ===================================================== タナトスタワー下層部 2F アリス プラズマ ミミック エンシェントミミック ライドワード デスワード エルダー 執行する者 (任務完遂の印09) 保護する者 (任務完遂の印03) 監視する者 (任務完遂の印04) 慰める者 (任務完遂の印01) タナトスの苦悩 (任務完遂の印02) ===================================================== タナトスタワー下層部 3F プラズマ ライドワード デスワード ミミック エンシェントミミック エルダー 保護する者 (任務完遂の印03) タナトスの苦悩 (任務完遂の印02) タナトスの悲しみ(任務完遂の印06) タナトスの憎悪 (任務完遂の印07) タナトスの絶望 (任務完遂の印08) ===================================================== タナトスタワー下層部 4F プラズマ ライドワード デスワード ミミック エンシェントミミック エルダー オウルバロン オウルデューク 監視する者 (任務完遂の印04) ===================================================== タナトスタワー上層部 5F エルダー オウルバロン オウルデューク インキュバス (任務完遂の印05) ===================================================== タナトスタワー上層部 6F ハイウィザード スナイパー セイレン=ウィンザー ハワード=アルトアイゼン エレメス=ガイル セシル=ディモン マーガレッタ=ソリン カトリーヌ=ケイロン タナトスの悲しみ (任務完遂の印06) =================================================== タナトスタワー上層部 7F サルマタニティー 金太郎 タナトスの憎悪 (任務完遂の印07) ===================================================== タナトスタワー上層部 8F 窓際サラリーマン弘 ロードナイト ハイプリースト ホワイトスミス タナトスの絶望 (任務完遂の印08) ===================================================== タナトスタワー上層部 9F 5歳児 テコンガール 忍者 アサシンクロス 執行する者 (任務完遂の印09) ===================================================== タナトスタワー上層部 10F クリエイター パラディン プロフェッサー クラウン アンソニ (任務完遂の印10) ===================================================== タナトスタワー上層部 11F チェイサー テコンボーイ 拳聖 ソウルリンカー ハロウィンデビルチ(任務完遂の印11) ===================================================== タナトスタワー上層部 12F とりけら〇ドラ ジプシー ガンスリンガー チャンピオン 最上階へ上るには、悲しみ・憎悪・苦悩・絶望の欠片 各1個 必要となります。(inatoフリーパスをお持ちの方はいりません) ===================================================== タナトスタワー最上階 モロクの分身 モロクの分身 モロクの分身 モロクの分身 ナハトズィーガー 魔剣士タナトスの思念体 スーパーノービス(危険人物)
https://w.atwiki.jp/f-yusha/pages/78.html
第2話 終幕の魔神 ――神々の森・遺跡―― [マイン] あなたからは、 以前のノーネさんの剣から 出ていた怪しい魔力を感じます! [シャオファ] ……ほう 流石は神の使い、というわけか [バアル] この魔力…… もしや……っ! [シャオファ] ……もはや、この肉体に 要はない [???] ……ふ、ふふ [アベニール] え、え? [オラクル] ……なんてこと [タナトス] ――我は魔神タナトス [タナトス] 魔界と地上を統べる者 [マイン] ゆ、勇者さま! すごい魔力です! [バアル] お、おおっ!我が主が! [ノーネ] そ、そんな…… [ノーネ] 封印が解かれるなんて…… [タナトス] 封印されていたのは 我の肉体のみだ [タナトス] ……我が魂は 万物を依り代とすることで、 今に至るまで 生きながらえてきたのだ [ノーネ] ……っ [タナトス] ――幾星霜を経て、 我は再びこの地上に復活した! [タナトス] さあ、魔界の扉を開こうぞ! [ノーネ] そうはさせません! [マイン] ノーネさん! [バアル] 天使族の小娘が! 目障りだ! [ノーネ] きゃっ! [マイン] ノーネさん、大丈夫ですか!? [オラクル] 私が再び扉を 異次元に閉じ込めます [オラクル] ――時の裁きを与える [アベニール] マインちゃん、勇者様! 魔界の扉が消えたよ! [バアル] 貴様ら……っ! [オラクル] たとえ魔神でも、 全快した私の力で封じ込めた扉を 開けることは難しいはずよ [マイン] オラクルさん、すごいです! [タナトス] ……ふふ 第3話へ続く
https://w.atwiki.jp/blazer_novel/pages/120.html
ノアは、真っ直ぐクロウを見た。 その表情に普段の余裕は無く、その態度にも煙に巻くような様子は無い。 周囲は銀色の仮面を被った黒装束の者達が遠巻きに取り囲んでいる。 そんな中でクロウは、今しがたノアから聞いた話を再度、一から思い返した。 そして、彼は確信する。ノアの話す男がどれほどの存在なのかを。 ディエスの行動を三千年前から看破しながらも泳がせ、イデアに凄惨な拷問を行い、そしてノアをこの世に生み出した、その男。 「一体…何が目的だ、その男は」 「…残念ながら」 クロウの問いに対し、急にノアはそう言うと、振り返った。 ノアの視線の先では、銀色の仮面の者達の囲みが割れており、そこに二人の人物がいた。 タナトスとゼゼが。 ゆっくり、そして堂々と、二人は歩いてくる。 その姿をようやく視認したクロウは、青ざめた。特に、ゼゼの姿を目にした時に。 「ゼゼ、お前…何やってる…」 ゼゼは答えない。 代わりにタナトスが、朗々と声を上げて言った。 「ノア。貴方の選択には、少しばかり驚きましたよ。ロックマン・ミラージュと死闘を演じ、その上全ての事情を話して差し上げるとは」 「そうかね」 ノアは不快そうにそう答える。 「しかし、これで…思い残す事はありませんね?」 笑みを浮かべながら、タナトスがそう問う。 即座に、クロウが怒りの表情を浮かべた。 「それはどういう意味だ…!」 だがそんなクロウに対し、ノアはどこまでも無表情のまま、言った。 「ミラージュ君。君は先へ行きたまえ」 「…何?」 刀の柄に手をかけたまま、クロウはノアの背に視線を向ける。 ノアは振り返らず、言った。 「ロックマン・ジーザスと戦い、そしてついさっき私とも戦ったんだ。君の体力も限界に近いんだろう。こんなところで時間を潰してる暇など無い筈だ」 突き放すようなノアの言葉に、クロウは抗議の声を上げる。 「だからといって、この状況を捨て置けるか!!」 そう言うとクロウは、タナトスの傍らにいるゼゼを真っ直ぐ見つめた。 「ゼゼ、操られてるならとっとと眼を覚ませ。お前は命令が果たせなかっただけで死のうとしたほど、ノアに忠誠を誓っていた筈だろう…!!」 「黙れ」 初めて、ゼゼが言葉を発した。それにも驚愕したが、そのゼゼの言葉の内容に、クロウはもっと驚愕した。 ゼゼは、更に言葉を紡ぐ。 「そんな記憶は無い」 「御覧の通りさ」 ゼゼの言葉に続いて、ノアがそう言う。 そして彼はクロウに向かって振り返ると、僅かばかり寂しそうに、言った。 「彼女についてはもう、詰んでるんだよ」 「お、前っ…!!」 クロウの表情が歪む。ノアはタナトスに向かって向き直り、言った。 「で、ミラージュ君は先に行かせたいが、いいかね」 「勿論ですとも。彼にはまだ、舞台が残っているのですから」 満面の笑みで、タナトスはそう答える。 ノアはその笑みに対し僅かに不快そうな表情をしながら、言った。 「行け。この先に、ヘブンへの扉がある。そこでデウスが…待ってるよ」 クロウは納得できない表情で答える。 「言った筈だ。捨て置けるか!その傷で、どうやって切り抜けるつもりだ!?」 「ミラージュ君」 ノアが再び、クロウに向かって振り返った。 その顔には、いつも通りの不敵な笑みが浮かんでいた。 「私を、誰だと思っているんだね?」 その笑みには、決して有無を言わせないものが秘められている。 このままでは、クロウ自身が去らないと状況は動かないだろう。 彼は奥歯を噛み締めた。 「…糞!!」 そしてノアの傍を通り過ぎ、タナトスとゼゼの傍を通り過ぎ、銀色の仮面の集団を抜け、彼は走り去っていった。 クロウの姿が暗闇に消える。 ノアは、タナトスとゼゼを真っ直ぐに見据えた。 「さて…まだ、彼女がここにいる理由を話していませんでしたね」 タナトスは微笑と共にそう言った。ノアはそんなタナトスを睨んだまま反応しない。 「リゲル…ロックマン・ジーザスが貴方の島を襲った時の事を憶えていますか?」 やはりノアは答えない。それでも構わず、タナトスは続けた。 「出撃前に、彼に頼んでおいたのですよ。生死に関わらず、貴方の島にいた高位のリーバードを連れてきて欲しいと。何故そんな事を、私が頼んだと思います?」 「今更そんな事実、どうでもいい」 楽しそうに話すタナトスとは対照的に、ノアは不愉快そうな顔のままである。 答えたノアに、更にタナトスは言った。 「では聞きましょう。何故、彼女を殺せなかったのです?」 タナトスの質問に、僅かにノアが目を見開く。そしてそれを、タナトスは見逃しはしなかった。 「ロックマン・ミラージュも、このゼゼも、貴方は『駒』だと謳って味方に迎え入れた。『駒』という事は、幾らでも切り捨て、補充が可能であるという事。それを二人に認識させた上で、貴方は彼らに選ばせた筈だ」 一拍を置いて、タナトスは続ける。 「という事は、まさにこの様な状況になれば、貴方は躊躇無く彼女を殺す筈だった。彼女もそれを理解して、あなたの『駒』となる道を選んだのです。なのに、貴方はできなかった」 「…それがどうした」 無表情にノアはそう言い放つ。タナトスはそんなノアの言葉を待っていたかのように、笑みを浮かべて言った。 「それこそが、貴方が遂に気付く事のできなかった、貴方自身の『弱さ』なのです」 「弱さだと?」 ノアの問いに、タナトスは微笑を浮かべたまま頷く。 「そう。まず貴方と、オリジナルであったイデアとの間には、決して埋められぬ違いがあるのです。それこそが貴方の弱さを生んでいる」 再度一拍を置いて、タナトスは続けた。 「貴方は自身の本質を、憎悪にあると思った筈だ。貴方の出自を考えれば、そう思う事は必然だったでしょう。事実、貴方はマザー・ディエスを謀殺し、そして今私を殺したくて仕方が無い筈だ」 そこまで言って、タナトスはニィ、と笑みを更に深くする。 「しかし、その憎悪の源であったイデアは、その感情の中に憎悪だけを宿していたのではないのです。彼はディエスへの信頼や、ヘブンにいたオリジナルの人間達との絆。それらを持っていた。だからこそ、彼らが自分を助けるつもりが無いと分かった時、それらの感情が一気に憎悪へと転じたのです」 ノアの表情が、僅かに変わった。目を見開き、顔色が僅かに曇る。 紛れも無く、彼は愕然としていたのだ。 「もし生き残ったのが、貴方ではなくイデア本人であったなら、きっと幾度も迷った末に、ディエスを殺さぬ道を選んでいたでしょう。だが、貴方はディエスを謀殺した」 そこまで言うと、タナトスは自身の言葉を強調するように、ノアを指差した。 「だから私は確信したのです。貴方はイデアではない。イデアの持つプラスの感情を、全く持ってはいない。だから、彼女――ゼゼが使えると、確信した」 「そ、れは…何故だ…!?」 ノアの顔に、明らかな焦りが生まれている。 これまで自分の存在意義であり、自分を支えていたモノ。それが今、揺るがされているのだ。 それも、全ての元凶たる者の手によって。 「それは…貴方が『愛情』や『信頼』といった、プラスの感情を全く知らなかったからですよ」 「な、に…!?」 「貴方が生まれた時点で、イデアから引き継いでいたのは『憎悪』のみだった。それを糧に貴方は三千年、古き神々を打倒する事に心血を注ぎ、味方も僅か二人に限定し、それも『駒』という、切捨ての効くモノとして彼ら自身に認識させて仲間に引き入れた」 動揺するノアの様子を眺め、タナトスは微笑み、そして続ける。 「だが『切り捨てる』という事に対して最も覚悟が足りていなかったのは、ロックマン・ミラージュでも、このゼゼでもない。他ならぬ貴方だったのですよ」 ノアの眼に、更に動揺が色濃く映る。タナトスは続けた。 「貴方はイデアから『憎悪』ばかりを引き継いだせいで、他人から『忠誠』や『信頼』『愛情』といったものを与えられる事に慣れていなかった。そんな貴方が、『切り捨てる』という事を一瞬の判断で、どうして出来ましょう?」 「違、う…私は…!!」 声を荒げるノアに、しかしタナトスは容赦なく言葉を浴びせる。 「違うのならば何故、今の貴方はかつてないほどに動揺しているのでしょう?」 タナトスの言葉に、ノアは反論できない。そしてそれをタナトスはとっくに承知し、その上で、遂に決定的な言葉を浴びせた。 「ノア。貴方はどうしようもなく、弱い存在なのです」 言葉を失うノア。 しばしこの場所に、自身の言葉が浸透していくのを待って、タナトスは言葉を付け加える。 「しかしながらノア。貴方のその弱さこそが、私の確信をより深くさせてくれました」 もはやノアに、彼の言葉が届いているかは定かではない。 それでも、彼は喋り続ける。 「人は弱い。貴方のように」 歌うように。 「理性、本能、倫理、欲望」 響かせるように。 「それら弱さと強さに折り合いをつけ、人は途方も無い時間がかかりながらも、ここまで文明を進歩させてきたのです」 朗々と。 「それこそが人の価値。そしてそんな文明を作り上げるに至った、人という種を生み出した…」 恍惚と。 「地球という星の、価値なのですから!!」 こうして、タナトスは締め括った。 タナトスの言葉が響き、やがて消えた、その瞬間にゼゼが銃を発砲する。 銃弾はノアの右膝を貫通し、彼の体勢が崩れる。 だがノアは抵抗しない。 もはや彼の頭には、生き延びる策など無く、既に存在意義を見失った彼の表情には、絶望しかなかった。 「ノア。貴方に最後のチャンスを与えましょう」 まるで楽しくて仕方が無いとでも言うように、タナトスが言う。 「貴方の命はゼゼに奪わせます。だがもし貴方に、ゼゼを殺す覚悟があるなら、或いは生き延びて、いつの日かこの私の息の根を止められるやも知れませんよ」 タナトスの言葉にノアは反応せず、ただ俯くのみだった。 「(はは、何という皮肉だ。先程ミラージュ君に指摘した事柄が、全て私自身に返ってくるとは)」 ノアは視線を下に向け、ただ自分が殺されるのを待っていた。 「(滑稽だ。滑稽にも程がある)」 ゼゼが、銃を構えて近づいてくる。俯くノアの視界に、彼女の足が映る。 「(ゼゼ、すまない。せめて君は助けたかった。だが…無理みたいだ)」 ノアが、すぐ舞い降りるだろう『死』を覚悟し、目を瞑る。 だが、予想に反して、最後の銃弾は中々発射されなかった。 「(…?)」 眼を開ける。ゼゼは目を閉じる前と同じく、目の前に立ったままだ。 しかし、銃弾が発射される様子は無い。 ノアが、顔を上げる。 ゼゼが銃を向けたまま、大粒の涙を流していた。 銃を持つ手はカタカタと震えている。まるで、引き金を引こうとする力に全力で抵抗しているかのように。 「ゼゼ…」 ノアが自然とその名を呼んだ。 操られたゼゼが、目から流す涙と思い通りにならない自分の手に動揺する。 「なん、だ…これ、は…」 そして、その光景を目の当たりにしたタナトスは――歓喜した。 「素晴らしい…!!ゼゼ、まさか貴方が、意図に抗えるとは…!!」 そして更に興奮したタナトスは、言葉を続ける。 「ならばゼゼ、貴方の根気に、敬意を表しましょう!貴方自身の主と共に、退場という形で!!」 次の瞬間、タナトスの操る無数の『糸』が、ノアとゼゼに襲い掛かった。 無数の糸が、ノアとゼゼに殺到していく。 それを視界の端に捉えたノアが、せめてゼゼだけでも助けようと身を起こすが、もう遅い。 やがて糸が二人の間近まで迫った時。 全ての糸は、止まった。 それはタナトスも予想できない事態だった。 「何…!?」 糸は、受け止められていた。刀によって。 時間差を経て、光学迷彩が解除されていく。 「これ以上…お前の好きにさせるか、タナトス!!」 黒いスカーフをたなびかせ、クロウ・エリュシオンはそこにいた。 時は少し遡る。 クロウが、ノアとゼゼとタナトスから離れて走り去った後。 走り続けた先に、彼は石造りのゲートを見つけた。 「あれが…出口か」 ゲートは虹色に光っており、その先にうっすらヘブンのマスタールーム周辺に広がる草原が見える。 クロウは恐る恐る、そのゲートを通り抜けた。 そこは本当に、ヘブンだった。 視界の先にマスタールームの建物が見える。 周囲を見渡せば、やはり遠い昔に見た記憶のある、草原が広がっていた。 「本当に…ヘブンなのか」 しばらく周囲を眺めた後、マスタールームへ向かおうとした時、彼は立ち止まった。 一瞬、誰かの声が耳に聞こえたような気がしたからだ。 『それでいいの?』 確かにそう聞こえた。だが、確信を持てるほどハッキリとはしていない。 「…誰だ」 誰にとも無くそう問うが、誰の声かは既にクロウには分かっていた。 もう声は聞こえない。自分の声が辺りに木霊するだけだ。 クロウは、先程聞こえた言葉を反芻した。 「…いいわけないだろう。だが、ノア自身が俺を先に行かせたんだ」 そう呟き、彼は足を踏み出そうとする。 だが、止まった。 思い出したのだ。先程見たタナトス。以前一度だけ、実際にあの男を見た。 その時、あの男はどうしたか?丁度、先程と同じだった。 自分――ロックマン・ミラージュを先に行かせる。 そうして以前は、ロックマン・テスタメントが動きを封じられ、結果的にディエスがシリウスに殺された。 ノアの話を聞いた時と同じ感覚が、クロウの内に甦ってくる。 そう、これは――操られているという感覚だ。 まるで人形のように。 「…糞…」 片手を額に当て、目を瞑る。これでいいわけが無い。このままだと、ノアのみならず、全ての者にとって良くない事が起きる。そんな気がする。 クロウは眼を開けた。 ここで立ち止まらせてくれたのは、間違いなく『彼女』のお陰だろう。 『彼女』が本当の所は何者で、自分が『彼女』に出会った時にどうすればいいのかは、まだ分からない。 それでも…倒すべき敵ではないと、そう信じたかった。 「ありがとう…レノア」 そう呟くと、クロウは振り向いた。 『忘れ物』 もう一度、声が聞こえた。 振り返ると、目の前の地面に、黒いスカーフが落ちていた。 それを手に取り、しばらく眺めていたクロウだったが。 「…すまない」 そう言うと、黒いスカーフを首に巻いて、クロウは今自分が出てきたゲートに再度飛び込んで行った。 タナトスは、信じられないような目でクロウを見る。 クロウはそんなタナトスを睨んだまま、刀を構えた。 ノアとゼゼに向かっていた糸は、クロウに阻まれると再び周囲に遠のく。 そんな糸を一瞥し、クロウは思考した。 「(あの糸はどういう事だ…?タナトスが操っているにしては、タナトス本人が手を動かしている様子が無い。手を使わずに操作する手段があるのか…?)」 そんなクロウに向かって、タナトスがようやく言葉を紡ぐ。 「一つ、お教え頂きたい。何故戻ってきたのです?」 「お前が古き神々だから。これでは不服か」 答えたクロウを、タナトスはしばらく眺めていたが、やがて言った。 「その首に巻いたスカーフ。先程ここを離れた時は巻いていなかった筈だ。どうやって手に入れたのです?」 「…拾っただけだ」 クロウは警戒しながらも答える。タナトスはしばらく思案している様子だったが、やがて納得したように頷いた。 「なるほど。ではもう少し…物語に脚色を加えるとしましょうか」 仕掛けてくる気だ。そうクロウは判断し、数歩後ずさる。 そして、背後にいる筈の、ゼゼに銃を向けられているであろうノアに向かい、振り返らずに言った。 「ノア、聞こえてるんだろう。何があったか知らないが、もう死にそうなのか」 タナトスが何か号令をする直前のように、鷹揚に片手を振り上げる。その光景を緊張の面持ちで眺めながら、クロウは言葉を続けた。 「俺もゼゼも、お前の駒なんだろ。ならばさっさと、次の一手を指示してくれ。でないと…お前が勝てない相手に、俺が一人で敵うとも思えない」 ノアは、クロウが戻ってきた事に驚いていた。 だが、それでも何も変わらない。クロウ一人が戻った所で、既に自分は戦術でも戦略でも、そして心理面でもタナトスに完全に敗北したのだ。 今更クロウ一人が戻った所で、戦況が好転する筈もない。ノアは頭の中でそう結論付けようとしていた。 だが目の前の光景――涙を流し、タナトスの支配と戦い続けるゼゼ――を再度眺めて、考えを変える。 そうだ。諦めるにはまだ、早過ぎる。 タナトスにとって、ロックマン・ミラージュは彼の役者――それも、彼の創造する物語の主人公となっているのだ。 つまりタナトスにとって、クロウは死なせたくない人物だろう。 ノアはゼゼを見つめたまま、体勢を変える。 膝が砕けた右足を懸命に床に押し付け、左足を伸ばし、立ち上がる。 激痛が走るが、それでもノアは、渾身の力を込めた。 「ち…ぃ…!!」 それだけでも多大な労力を費やす。こんな感覚、恐らくこの生涯で一度も味わっていないだろう。 ようやく立ち上がった彼は、とりあえず笑った。 「くっ、くくっ、はははははははは!!」 急にノアが立ち上がり、笑い始めたので、クロウは思わず振り返っていた。タナトスですらも、虚を突かれたかのように片手を振り上げたまま、目を見開いている。 「私も、堕ちたものだ…駒に元気付けられるとは」 そう言うとノアは深呼吸し、身体の状態を再確認する。 体内の狂ったナノマシンは、未だ自身を蝕み続けている。だが、当初よりもその勢いは強くはない。正常なナノマシンの修復活動と、速度は互角となっていた。 「(まだ大丈夫…だな)」 そう確信すると、彼はクロウに視線を向け、声を上げた。 「ミラージュ君!5分…いや3分でいい。時間を稼いでくれないか」 言われたクロウは、即座に答える。 「分かった…可能な限りやる。何分でもな」 そしてクロウは、タナトスに向かって刀を向けた。 「そういうわけだ。さぁ、来い!!」 タナトスは薄く笑うと、答える。 「いいでしょう。3分間、貴方もゲームを、存分に楽しんで下さい」 そう言ったが、まだタナトスは手を下ろさない。最後にこう付け加えた。 「但し、貴方が乱入者となったゲームだ。それ相応の難易度は、御覚悟の程を!」 「望む所…!!」 クロウが答えると同時に、タナトスは上げた片手を勢いよく振り下ろした。 ノアは、クロウが答えた時点で既に彼とタナトスに視線を向けなかった。 ただ、ゼゼのみに。 そして、彼は微笑んだ。 「ゼゼ、そんなに苦しまずとも、私は死なないよ」 「っ…!!?」 そう言って、彼は両手を広げた。 「証明する。さぁ、撃ってくるがいい」 次の瞬間、ゼゼの手にあった銃が、ノアの胸に押し付けられ、発砲された。 何発も。 何発も。 第五章へ 流れよ我が涙と、科学者は言った・目次
https://w.atwiki.jp/sousakurobo/pages/1231.html
地下都市には当然だが自然現象としての雨や雪は降らない。 だが定期的に雨が降ってもらわないと困るような人種もこの世には沢山いるので、2週間に一度、 コロニー・ジャパンでは、地下都市の天井に備えられたスプリンクラーから雨が降るのだ。 そこまではいい。だけどその勢いがいつもまちまちなのはどういうわけだ?マコトは数メートル先も見通せない 程の雨にそう感じていた。 あれから――イナバさんが攫われてから――『12日』が経った。 ついにこの日を迎えた。 マコトは息を深くする。 軽い痛みに手のひらを見た。指の皮が剥け、治りかけたところに絆創膏が貼ってある。 今日までテスターの指導を可能な限り多く受けた。吸収できるところは全て吸収し、強められるところは全て強めた。 その成果が今日試される。 さっきアヤカさんから電話があった。 「ここで君に勝ってもらわなければ全てがダメになる。勝ちなさい。それ以外は認めないわ。」 わかってる―― ――でなければなんのために、命を賭けてきたのか。 ――いや、本当はわかっているんだ。 テスターは言った。 「当たり前のことだけれど復讐は何も生まない。自ら命を賭けて戦うに値する理由はそんなちっぽけなものじゃない はずだ。」 ――そうだ。もしかしたら俺は、本当はユウスケのことなんかどうでもいいのかもしれない―― 証拠にほら、アイツのことを思っても、軽く胸を締め付けられるだけだ。 それよりも、イナバさんのことを思ったほうが、何倍も苦しい。 人は過去に縛られるようにはできていないのかもしれない。 そこまで思い至り、また思考がアヤカさんへと飛ぶ。 彼女は過去に縛られている。復讐のために生きている。 ――彼女は、それで幸せなのか? 考えたが、わからなかった。 ただ確かなのは、彼女の復讐は、全てこの戦いのためだけにあったのだ。 負けるわけにはいかない――俺は、アヤカさんの復讐と、イナバさんの命と、ユウスケの魂に、 テスターの希望を背負っているのだから。それに―― マコトは傘から雫を落とし、エリュシオンの階段を上って、寂しげな部屋にぽつりと座すあのマネキンの前に立ち、 いつもの言葉を口にした。 「我は英雄にあらず。いまだここに至るに値せず」 ――俺たちは死ぬために戦うわけじゃないのだから。 ――暗い部屋で一人の人間がシャワーで濡れた身体を拭いていた。 その人物の瞳はわずかな光を反射してキラキラと金色に輝いている。大きなテーブルの上に広げられたローブと 仮面をその瞳は舐め回すように見て、それからタオルをどこかにやった。 下着を身につけながら、その人物は様々なことを思う。しかしその思考の殆どは常人には無関心すぎるものや、 もしくは想像もつかないほど壮大な物事に関することだったので、故に記憶する意味は無かった。 仮面のそばに転がる、小さな通信機から声がする。 「『オルフェウス』が到着しました。」 了解の意味を込めて電源を切った。 「よかったな、もうすぐ君は自由になる。」 金の瞳が視線を飛ばした部屋の隅には、首輪を嵌められた、壁に鎖で繋がれてぐったりとうなだれている少女の姿が あった。彼女は何も身につけていない。 「……もう反抗心も無くなったか」 興味なさげに視線を外し、ローブを纏う。 それから仮面を被って、少女の首輪を外してやった。 「服を着ろ。それから私の言うとおりにしろ。わかったな……『サイクロプス』」 タナトスの言葉に、サイクロプスは弱々しく頷いた。 「今回のバトルは一大イベントだ!」 コラージュは興奮気味に手を叩く。 「オルフェウスのタナトスとの因縁を宣伝材料にしたのは大当たりだった!こんなにお客様が集まるなんて――うひゃっほい!」 廊下をスキップしながら、彼は小走りでついてくる職員にそう話しかけていた。 職員の方は少し息を切らしながらコラージュに言う。 「しかし、あまりにも集客がよすぎて人手が足りません!入場制限を!これではお客様の身分チェックが疎かに……!」 「かまわないさ!ドンドン入れちゃおうじゃないか!どうせ警察は手出しできないんだ!」 高笑いするコラージュ。その表情は狂気じみていた。 心臓の鼓動。 わずかに乾く喉。 冷たい空気。 会場へ向かう廊下は静寂に包まれていた。 息は、白い。 だが一歩、歩を進める度に僅かな振動と熱狂の気配は確実に近づいてきていた。 感じて、頭は冴えていき、闘志は高ぶり始める。 マコトは最後の扉の前に立った。 ふと、コラージュに教えてもらったあのリラックス方を思い出す。 手のひらに「人」を書いて、ぱくり。 自分を奮い立たせるために敢えてそれをやった。 ノブに手をかける。大きく息を吸って―― ――開けた! 「ウェルカムトウウウウウUUUUUザ!!タルタロオオオオオオスッ!!」 吹き飛ばされそうなほどの歓声! 「イヤッハアアッ!!待ちくたびれたぜチャレンジャー!ヒーロー気取りの勘違いリトルボーイ! オルフェウスの登っ場っだああああ!」 口だけ男の早速の叫びに、マコトは何故か少しだけ安心して、観客どもにありったけの野次を飛ばされながら会場の 中央に向かう。 「親友の仇を討つためにタルタロス参戦!戦績は2勝のまだまだひよっ子!倍率は驚きの250倍! おいおいナメられすぎだぜぇ!?」 わかってんだよ、んなこと。そう思いながら金網の内側に入った。 「さぁ!迎え撃つのはテメーらご存知ナンバーワン――?」 反対側の入り口から、花火が噴出した。ひときわ大きな歓声があがる。 「――タナトスだぁああああああ!!」 花火の中から姿を現したのはタナトスだった。彼は道を堂々たる態度で歩いてくる。 「お前らご存知タルタロスの頂点!無敗の王者!正体を知る者は誰もいない!オルフェウスの倒すべき敵! 最強の死神!こいつがやられたら俺たち終わり!だけど心配すんなぁ!?ヤツは最高にクールだぜ!」 紹介を聞きながらマコトはタナトスを金網越しに睨みつけていたが、すぐに彼が何かを引きずっていることに気づいた。 そして、驚く。 「おぉーとあれはぁ……!?」 「テメェ!」 口だけ男より先にマコトは叫んでいた。金網を殴りつけ、威嚇するが、タナトスは動じずに目の前に立つ。 「久しぶりに会わせてやったのに、そんな態度でいいのか?」 彼はそう言って、片手の鎖に繋がれたひとりの人間をマコトに見せつけた。 「イナバさん……!」 それは以前映像で見たような、黒いビニール袋を被せられたミコト・イナバだった。 「おおっとコイツは珍しい!タナトスが人質をとっているなんて!」 「人質じゃない」 タナトスは声を張り上げ、口だけ男の発言を訂正する。 「別にこの娘をどうしようとか、そういうことじゃない。ただ、君はこっちの方がやる気が出るだろう?」 そうタナトスは金の瞳でマコトを見下し、不敵に笑いつつ、その指でイナバの下顎を撫でた。 彼女はピクリともしない。 「イナバさん!返事してくれ!イナバさん!」 「無駄だ。さるぐつわを噛ませてある。」 タナトスはそうして、ちょっと買い物に行くときに犬のリードをそこらに繋ぎ止めるように、鎖を金網に巻きつけてシートに座った。 マコトは少し迷ったが、口だけ男に「おせーぞファッキン!」と言われて、やっと配置についた。 チラリとイナバの様子を窺う。彼女は棒立ちだった。きっと何かされたんだ。 そう思うと、さらにメラメラと激しい炎が胸から燃え上がってきて、マコトは唇を噛む。 倒してやる、じゃない―― ――殺してやる。マコトはそう思った。 「さぁ配置についた二人のクレイジー野郎ども!オルフェウスは仇が討てるか!はたまた返り討ちで俺らの餌食かぁ!? 勝負は正々堂々1on1!」 なにが正々堂々、だ。 画面は機体選択画面だ。マコトはいつものように重装型を選ぶ。タナトスは――……高機動型か。 「おおっとこいつは相性反対!どんなバトルになるか予測つかねーぜ!」 続いて、武器の選択。 マコトはライフルを選んだ。テスターとの特訓でひと通り全ての武器を使ってみたが、彼が一番適性がある、 と推してくれたのがこれだった。 「双方武器選択も完了!いくぜいくぜぇ……!無様な死に様だけは勘弁しろよぉ!?」 「安心しろ!」 マコトは叫んでいた。 「……楽しませてやる」 その言葉に会場全体がひとつの生き物のように奇声を上げる。口だけ男は口角を目一杯に引きつらせ、マイクに吠えた。 「Yaaaaaaaaaaaahaaaaaaaaa!!バトル!レディ!」 画面が雲海に埋まり―― 「スタートだ!!」 ――大都市が眼下に姿を現した! 全身の毛がまるで本当に落下しているみたいに総毛だつ。マコトはよし!と小さくガッツポーズした。 「ステージは『東京』!ベーシックな市街地戦だ!」 『東京』はこのグラウンド・ゼロの中で最も人気のあるステージだ。 高層ビルを利用した立体的な攻防と、走る電車や自動車などのギミックも人気の秘訣だが、それ以上に やはりこの国の人間はこの都市に、たとえ直接見たことはなくとも、ある種の懐かしさを感じるらしい。 マコトもこのステージは好きだった。だいぶ前に黒い重装型を使うプレイヤーにフルボッコにされてからは使う気がなくなったが。 マコトは軽く頭を振り、思考を切り替えた。マコトが着地したのは『皇居』周辺の大きな道路だった。 レーダーをチェック。タナトスは物陰に入っているらしく、補足できない。 マコトはスラスターを吹かし、AACVの足で地面を蹴り、高く飛び上がった。飛行する。 さぁ、攻撃してこい―― マコトは身構えていたが、タナトスが意外な登場をしたので一瞬あっけにとられてしまった。 タナトスは目の前にいた。近くの国会議事堂の屋根に着地して、こちらを見上げている。 しかしタナトスは銃を構えてはいなかった。ぼんやりとしている。 どういうつもりだ?マコトはそう思う前にはすでに発砲していた。 だが驚くべきことにそのときには銃口の先からタナトスは消えていて、気づいたら今度はマコトの機体の数十メートル前方に、 やはりだらりと両腕を下げたままホバリングしていた。 観客から野次が飛ぶ。 「おぉーと待て待てヤローども!」 口だけ男がまた叫ぶ。 「タナトスはぁ!アレを見せてくれるつもりだぜぇ!!」 アレだって?アレってなんだ? マコトは疑問に思い、視線を金網の外側にある、ふたりを映す、ライブ会場にあるような大きなディスプレイに 飛ばした。 そこに映るタナトスは、懐から何かを取り出したところのようだった。あれは――ICカード! 「使わせてもらうぞ」 タナトスが言い切る前にマコトはライフルの狙いを定めた。危険を感じたら、とにかく撃って相手の邪魔をしろ、 考えるのはそのあとだ――これもテスターの教えだった。 ライフルの射撃を受けて、タナトスの高機動型は回避行動をとる。空中を泳ぐようなその動きに弾丸はかすりもしない。 「まぁ焦るな。」 タナトスの声は会場内のスピーカーからも聞こえていた。マスクの内側にマイクでも仕込んでいるのか。 「せっかくの戦いだ。ふさわしい場所がいいだろう?」 そうして、テスターはICカードを――「させるか!」マコトは無視された――カードスロットに差し込んだ。 画面にノイズが走る。 観客も大きくうねり、口だけ男はまた奇声をあげた。 「これが、私のカード――『タルタロス』だ。」 画面がノイズで埋まり、そして、また、晴れる。 マコトは目を疑った。 さっきまで『東京』ステージにいたはずだったのに…… マコトは周りを見渡した。 近代的なビル群は中世ヨーロッパのもののようなファンタジックなグラフィックのものに変わり、 空は晴天だったのが黒い雲が渦巻く、どんよりとした紫色のものになっている。重苦しい空気は画面を 越えて漂ってきていた。 なんだ、このステージ。マコトはこんな場所は見たことがなかった。 「ここはタルタロスだ。」 タナトスの声がする。レーダーを確認すると、8時の方角、東京タワー方面に反応があった。 とりあえず機体を反転させ、スラスターを冷却しつつそっちへ飛ぶ。 「私の使うチートは『テーマ統一』……はっきり言って、戦略的なアドバンテージは無い。」 遠方にひときわ背の高い建物が見える。あれは、東京タワー……? 「だがな、やはり雰囲気というものは大事だと、そうは思わないか?アマギくん。」 ちがう、東京タワーじゃない。 近づいて見たその場所は、もはや東京タワーと呼べる代物ではなかった。 赤と白の鉄骨には、紫の太い触手のようなものが無数に絡み付いていて、わずかに表面を波打たせている。 その触手が寄り集まったところには、目玉のようなディテールが見えた。 そして、そのグロテスクに変化した塔の前に、何かが浮いている。 AACVかと思い、否定し、また肯定した。 それは一般的な機体とは、東京タワーと同様に、大きく姿が変わっていた。 まず、巨大になっていた。マコトの使う重装型は、先程までタナトスが使っていたはずの高機動型よりふたまわりほど 大きいが、今目の前に浮かぶのは、さらにそれよりふた回りほど大きい。 それからデザインも、このファンタジックな世界観に合わせた、航空力学のかけらもないようなものになっていた。 右肩には、タナトスの身につけているあの仮面をアレンジしたような、巨大な装甲がついていて、 その影から伸びる右腕は、よく見るとテクスチャが繋がっていない。その手には身の丈もある巨大な、 大きく曲がった鎌が握られていた。 左半身は対して生物的なデザインで、これまた数メートルはあろうかという、大きな金の瞳の眼球がギョロリと こちらを睨んでいた。その下から生える左腕は、皮を剥がれた人間のようで、真っ赤な肉が集まったような姿をしている。 手には鋭い鉤爪が生えていた。 その両腕が生える胴体は、胸まわりこそ普通の機体と大差は無いが、下半身がまるでRPGに出てくる騎士のような、 マントと鎧を身につけたものになっていた。 その機体にはどこを見てもスラスターに相当する部位は無いが、しかしたしかに浮いていた。あんなの、 ゲームじゃなきゃ存在できねーな……マコトは思う。 「安心していい。」 また、タナトス。 「外見は大きく変わったが、スペックは高機動型と同じだ。むしろ当たり判定が大きくなった分、君に有利となったと思っていい。」 ……つまり、それって…… 「ハンデだよ」 「――っざけんなッ!」 マコトは吠えた。同時にホバリングしつつライフルを構える。 「ナメやがって……!」 「そんなことはない。君の努力は評価しているよ。」 「それがナメてるってんだよ!」 発砲した。タナトスはゆらりと機体を泳がせ、ライフルの銃撃を紙一重で避ける。 マコトも飛行を始めた。 また歓声があがる。 「ついに出たぁ!タナトス専用機体!あの死神の鎌に刈られた輩は数知れず! 自分をあえて不利な状況に置きながらも圧勝する!これがタナトスの真ッ骨ッ頂ーッ!!」 いよいよ実況も調子づく。それもマコトの耳には不快だ。 距離をとろうとするタナトスを追いつつ、ライフルを構えたマコト。発砲する。 するとその瞬間にタナトスは進行方向をこちらに向けて急転換し、弾丸を右肩に受けながらも、 ライフルの間合いの内側に潜り込むようにした。 タナトスのベースは高機動型なので、動きの遅い重装型のマコトでは対応が間に合わない。 タナトスは大鎌を振りかざしてマコトに迫った。 薙がれる!直前、危険を感じて機体のバランスをあえて崩したのは正解だった。大鎌はマコトの目の前の空を斬る。 マコトはその大鎌の迫力に脅威を感じて、接近戦は得策ではないとの判断をし、 とにかく距離をとろうと地面に向けて飛んだ。地形を上手くつかえば重装型でも高機動型を振り切れる。 タナトスの方はというと、速度を保ったまま再度襲いかかるために方向転換は先程の急なものでなく、 大きく弧を描くものにしていた。異形の東京タワーのそばを、死神が踊る。 タワーの足に近づいて、マコトはそこを蹴った。鉄骨に絡みつく触手から真緑の体液が飛び散ったが、 無視してそのまま少し飛ぶと、芝公園を越えて、JRの線路が見えてくる。そこもやはり不気味な外見に変化していた。 血の通う電線を機体で押し切って一度そこに着地し、枕木と砂利をまき散らしつつ、視界から外れたタナトスを レーダーで探した。 タナトスは追ってきている。ライフルでの射撃で迎え撃つ。2発ほど当たったが、突然に画面からその姿は消えた。 建物の影に隠れるほどの低空飛行に切り替えたらしい。マコトはそう判断して、ライフルを下ろして機体の足を踏ん張り、右腕の剣を展開した。 見たところ、タナトスには遠距離武装らしいデザインは無かった。ならば近接攻撃でくるはず。 線路の上ならば周りに視界をさえぎるものがないので不意打ちもない。まさかそっちから攻めてこないだなんて、 そんなこと、タルタロスの支配者には許されるわけないよなあ――?マコトは観客を一瞥した。 すると次の瞬間には予想通り建物の影からタナトスが飛び出し、大鎌を振り上げて襲いかかってきた。 カウンターのチャンス!とマコトは素早く大剣を盾のようにしてガードしようとするが、タナトスはやはりマコトのひとつ上をいっていた。 タナトスは大鎌の攻撃が防がれるなんて、承知の上だった。だから、彼は大鎌を攻撃ではなく、 マコトの機体を引き寄せるために使ったのだった。 鎌を持つ右腕を目一杯にのばし、熊手で浜辺の貝を引き寄せるように、鎌の切っ先でマコト機の背後の空間を狙う。 同時に鋭い鉤爪の生えた左腕は渾身の力をこめて折りたたみ、生半可な防御などやすやすと貫く威力の『貫手』を放つ準備をしていた。 そのときマコトの頭によぎったのは、やはりテスターの言葉だった――『格上は自分の予想通りの行動はけしてとらない』――ゾッとして、 とっさにカウンターの準備をやめ、ガードに専念する。 直後、マコト機は鎌に引き寄せられ、タナトスの貫手は放たれた。 間一髪!マコトは大剣の側面で貫手の軌道を逸らし、ダメージを最小限に抑えることができた。もしあのままカウンターの姿勢のままだったなら、 鎌で引き寄せられた時点で姿勢を崩され、貫手をもろにくらっていただろう。マコトの額を冷たいものが伝った。 「イヤッハァ!こいつはアブねー、紙一重で助かったオルフェウス!前回とはまるで別人!ってこれ前回も言ったな!?」 口だけ男も嬉しそうだ。 「しかしそれほどに見事な成長!気分は親戚のおじちゃんだぜ!あのとっさの対応はなかなかできるもんじゃねー! 格ゲー神ウメハラもビックリだ!」 歓声があがる。 「Yo,Yo!だがしかし今回ばかりは相手がワリーぜオルフェウス!よそ見してんな、死神はまだ目の前にいるぜぇ!」 言われるまでもなかった。貫手を受け流したはいいが、その後マコト機はタナトスの鎌から逃れることはできず、 むしろ受け流した勢いを利用されて振り回された挙句、線路の上にうつぶせに叩きつけられていたのだった。 その衝撃を再現するために、シートが激しく下から突き上げられたように揺さぶられる。軽く頬の内側を噛んでしまう。 血の味を感じながらも素早く両肩のスラスターを吹かし、地面すれすれを、うつぶせのまま飛行することで、 追撃の大鎌の刃をなんとか避けた。 しかし、その様子にタナトスは仮面の奥で小さく言った。 「そっちはハズレだ。」 気づいた時には遅かった。 マコトは隣の線路をなぞるように飛んだのだが、ちょうどそこに、これ以上ないほど完璧なタイミングで真正面からつっこんできたのは、 これもやはり異形と化した電車の車両だった。マコトはその突進をもろに機体に喰らい、現実ならば鉄道史に残る大惨事、 という脱線事故を引き起こしながら吹き飛ばされた。HPゲージが一気に短くなる。また観客たちが歓声をあげた。 「BINGOOOOOOOOO!まさにドンピシャリ!初撃からの鎌を使った流れるようなコンボ攻撃と、 ステージのギミックを見事に利用した追撃のシークエンスはまるで教育テレビのピタゴラなスイッチ!さすがのタナトスだ!」 タナトスはすでに線路から離れ、その上空にホバリングしている。鎌はだらりと下におろし、 凄惨な脱線事故の現場を眺める様はいよいよもって死神じみていた。その死神の左肩の大きな金の瞳の目玉は 相変わらず落ち着きがなく、様々な方向に視線を飛ばしている。 脱線した車両は線路に沿って敷かれた道路を飛び越え、近くの建物に突っ込み、ガス爆発を引き起こしていた。 その爆発はさらに別の建物にも伝播し、その結果、辺りは火の海と化していた。 黒煙が巨大な生き物のようにタナトスを包む。しかしタナトスは大打撃をくわえた余裕からか動きはしない。 肩の金眼が、煙が目に染みるのか、細められた――と、その瞬間に地面の方から飛んできた数発の銃弾がその眼球を 貫き、おびただしい量の真っ赤な血をまき散らした。眼は潰され、タナトスはバランスを崩す。観客がどよめいた。 タナトスの下方、燃え盛る地面の上でライフルを構えていたのはマコトの機体だった。正面の装甲は剥がれ、 内部構造がむき出しになり、大剣が合体している右腕は丸ごと吹き飛ばされ、肘から下が無くなっている。 その損傷の仕方は、マコトが電車と正面衝突する直前に右腕の剣と一番分厚い胸部装甲を合わせて盾として用い、 かろうじて即死だけは免れたことを物語っていた。 タナトスはマコトの姿をみとめると、煙の包囲網から逃れるために少し飛んだ。 「オルフェウスも負けちゃいねぇ!とっさの判断はベストアンサー!どうやらあの世の果てまでホームランは免れたみてーだが、 それでも負った手傷はなお致命傷に近い!はたしてここから巻き返せるのか!?」 その言葉が終わらないうちにマコトは跳び、タナトスに肉薄しようとしていた。右腕の剣が無くなったおかげでそのスピードは速い。 だが剣が無いのだから、わざわざ接近するメリットもないんじゃないのか?と、戦況を見守る口だけ男は思ったが、その理由はすぐにわかった。 マコトに間近まで接近されたタナトスは露骨に敵を警戒し、牽制のために前方の空中に回し蹴りを放ち、 また少し距離をとったのだ。その瞬間、タナトスの機体の弱点は誰の目にも明らかにになった。 タナトスの装備は絵に描いたような大鎌と、左腕の不気味な鉤爪だ。つまり遠距離武装がない。 普通そのことに気づいた相手は、遠距離から銃で攻撃する戦法をとるだろう、だがそれはタナトスの罠だ。 タナトスはあえて自機にそうした弱点を作ることによって、本人も周りの観客たちにも気づかれないまま、 敵の行動の選択肢を狭めていたのだ。そのことに気づかないまま、大半の敵は愚かにもタナトスに遠距離戦を挑み、 そのタルタロス最高レベルの操縦・回避テクニックの餌食になってしまう。 タナトスの真の弱点は、やはりその偏った武装にあった。 中距離では大鎌、至近距離では鉤爪というその組み合わせは、一見すると難攻不落に見える。 それは仮に大鎌を避けても直後に鉤爪の攻撃をくらうのが目に見えているからだが、しかしもし、戦闘中に鉤爪が使えなくなってしまったら? マコトはさっきの黒煙の中からの不意打ちで、タナトスの左肩を潰した。そのためにタナトスの左肩はだらりと下がってしまい、 力が無くなっている。マコトは、チート発動直後のタナトスのセリフから、外見こそ大きく違うものの、 通常の機体に通用することはタナトスにも変わらず効くのではないかとの推測をしていた。そして、試した。 結果として、通常の機体と同様、肩のど真ん中を撃ち抜かれたタナトスは、内部機構が破壊され、 左腕を動かせなくなってしまったのだった。 タナトスには大鎌だけが残された。そしてその大鎌には、武器それ自体の大きさのために予備動作も比例して大きいので、 あまりにも近距離に敵に接近されると対応が間に合わなくなるという欠点がある。 しっかりと武装の役割分担がなされているために、一角が欠けてしまったらカバーできない。それがタナトスの弱点だった。 だがしかしやはりタルタロスのトップはそんなことでは陥落しない。タナトスは突っ込んでくるマコトから離れるどころか 逆に真っ直ぐ全速で立ち向かい、ライフルの攻撃を数発もらいながらも、強烈な体当たりをかましたのだった。 マコトは弾き飛ばされる。 タナトスがすかさず大鎌を、右腕だけで構え、下方に落下していくマコトの命をいよいよ刈り取ってしまおうとする。 マコトは体当たりの衝撃に激しく揺さぶられながらもタナトスからは一瞬たりとも目を離していなかった。 そして、最後の一撃を準備して上方から襲いくるタナトスに向かってライフルの狙いをつけた。 次の瞬間、観客から悲鳴と歓声があがった―― 二機のAACVは再び空中で激しくぶつかり、落下し、下の建物を叩き潰した。 まきあがって視界を覆う埃が風に吹き飛ばされると、そこに見えたのは、無手のタナトスと、その胸にライフルの銃口を押し当てた マコトの機体だった。タナトスの遙か後方の道路に、マコトにはじかれて宙に舞っていた大鎌の刃が突き刺さる! 「お……おおっ?おおおおおおッ!?」 口だけ男すら一瞬言葉を失っていた。それほど疑いようもなかった。 ――マコトの勝ちだ。 全身が痺れるほどの歓声!絶叫!怒声! 「なんじゃこりゃああああああ!?」 実況もあらん限りの大声を出す。 「なんだ!いったい何が起こった!俺たちは夢でも見てるのか!?オルフェウスはタナトスから逃げられないんじゃなかったのか! オルフェウス、ほぼ勝ち確ーッ!だがまだ慌てるな、まだ勝敗が決したわけじゃねぇ! 俺たちが知ってるタナトスはこんなことじゃやられはしねー、そうだろ!?」 呼びかけられた当人――タナトスの表情は相変わらず窺いしれない。しかしその佇まいからは、これっぽっちも、 危機に直面したときの焦りや、諦めのような感情は感じられない。 それどころか、小さい子供に話しかけるときのような、優しく穏やかな雰囲気すらも感じられた。 タナトスは静かに言葉を発する。 「……どうした、撃たないのか?」 マコトはタナトスに銃を突きつけてはいたが、なぜかまだその引き金を引かずにいた。 撃てば勝利だし、万一外しても即反撃はありえない状況であるにもかかわらず。 タナトスの含み笑い。 「そんなに彼女が大事か?」 彼は頭を傾け、横目で傍らに鎖でつながれたミコト・イナバを見た。 すっかりその存在を忘れていた観客たちは、タナトスのその言葉に、賞賛や批判の言葉をぶつける。 「おっとこいつはウッカリしてたぜ!そういやタナトスには人質がいたな!しかも女だ! こいつは俄然オルフェウスを応援したくなってきたが、さぁどうなる!?」 「君の意思はそんなものだったのか」 死神の言葉は静かだ。しかし嵐のようなこの会場でも、なぜかいやにはっきりと聞こえる。 「遠慮することはない。こうなることは彼女も覚悟の上だろう。その引き金を引いて私を殺したまえ。 私を殺せばコバヤシくんの仇を討てるんだぞ。何のために君はいままで戦ってきたのだ?」 マコトは答えない。 「……まさか、仇よりも彼女の命が大切だとも言うつもりか。」 失望したような声。 「わかっているのか、この状況で彼女を無事に帰すには、君が死ぬしかないんだぞ。」 なおも、マコトは無言。 「……答えろ。君が命を賭けるに値するものは、何だ?」 「……ちがう。」 ぼそり、マコトは言った。 「ちがう?」 「ちがう。」 「なにがちがうのだ。」 「俺には、アンタを撃つのにためらいは無い。それがイナバさんもろともでも。」 「ならばなぜ撃たない?」 「俺が気づかないとでも思ったか!」 突然マコトは叫んだ。目は血走り、かみしめられた奥歯で、以前からぐらついていた一本が折れた。 「なぜ、本気で戦わない!」 その言葉はあれほど騒々しかった会場を一瞬で沈黙させるのに充分なものだった。
https://w.atwiki.jp/legends/pages/5156.html
() タナトス「遅かったか。」 正義が息を引き取ってすぐに、どこからか【タナトス】が現れる。 勇弥「タナトス……!」 楓「タナトスさん。」 奈海「タナトス。どうしてここに……?」 タナトスは正義の亡骸を見つめていた。 タナトス「既に逝ったか。もう少し早ければ……。」 大王「……正義……。」 勇弥「今頃来やがって……。お前が来てたら、まだ助かったかもしれないのに……。」 奈海「勇弥くん……。」 勇弥「そうだ、お前が消えれば……。」 奈海「ッ!!?」 コイン「ちょっと、勇弥くん!?」 楓「日向、それは……!?」 ―――【タナトス】の伝承はとても少ない。 タナトス自身、【死神】のイメージを高めて【死神】の力を手に入れたほどである。 だが、数少ない元々の設定に、こんなものがある――― ―――【ヘラクレス】に奪い返された話や、冥府に運ぶはずのシーシュポスに騙されて取り押さえられ――― ―――それからしばらく、『人が死ねなくなった』――― 勇弥は空気の形状と性質を剣のそれに変換し、振りかぶる。 その刃は、少し動かせばタナトスの首を刎ねかねないところまで近づいていた。 楓「タナトスを封印すれば、この世の人間すべてが『死ねなくなる』。 そうすれば黄昏も死なないかもしれないが……。」 奈海「正義くんのために、他人を犠牲にするつもり……?そんなの八つ当たりだよ!」 コイン「それに、倫理的かは分からないけど、病気なんかで酷い苦痛を受けている人はたくさんいるの。 そんな人達まで、死ねずに苦しみ続けることになるのよ!」 勇弥の眼は、タナトスを見ているというより、虚空を見つめているように見えた。 タナトス「気が晴れるならやるがいい、元々そのつもりで来た。だが今やっても少年は帰ってこない。」 勇弥「何……?」 奈海「どういう事?」 勇弥が剣を下し、ゆっくり退く。 タナトス「私がここへ来たのは他でもない。 少年が助かる方法を見つけるまで、俺を半殺しにしてもらうためだ。」 楓「そんな……黄昏のためだけに……?」 タナトス「しかし少年はもう黄泉への道を歩み始めた。ここから還すのも不可能ではないが この状態の人間を呼び戻すのは冥府ではルール違反となっている。 例え恩人やその友と言えども、それに逆らうのは無理な願いだ。」 奈海「……うぅん、良いの。他にも亡くなった人を生き返らせてほしいって願う人はいるもの。 私達だけ、特別にだなんて。言えるわけないよ。」 タナトス「……すまない。では私は少年の元へいく。最期に礼をしなければな。」 奈海「あ、あの!」 奈海「正義くんに、―――って、伝えてくれませんか?」 タナトス「……それだけでいいのか?」 奈海「本当は、卵焼きでも焼いてあげたいんだけど、今すぐは無理だし。」 タナトス「……そうか。」 タナトスは正義を抱かえ、自身の白い翼を広げる。 タナトス「最後のチャンスだ。今から私を追えば、正義を助ける事もできるかもしれないぞ。」 奈海「早く行って。そうしないと私達、あなたをコロしかねないから。」 タナトスは、微笑むような、悲しそうな顔をして、飛び立とうとする。 しかしふと止まり、振り返って呟くように話す。 タナトス「……最後に言い訳をさせてくれ。私が遅れた理由は2つある。 1つは、神にとっての時間の流れは人間よりも遅い。 単純に寿命で考えても解るだろう。それ故に反応が遅れてしまった。」 コイン「もう1つは?」 タナトス「……モイラ様の予言では、正義は死から逃れるとなっていた。 私はそれを聞き、注意が疎かになっていた。 いや、これは言い訳にもならないな。」 コイン「あいつは『予言通り』って言ってた。あいつは【モイラ】の予言より上をいってるの?」 タナトス「……既に、『神』を超えているかもしれん。」 ぼそりと呟き、タナトスは大空へと飛び立った。あっという間に、その姿は空へと消えていった。 楓「……本当に良かったのか?」 奈海「さっきも言ったでしょ。特別扱いはよくないって。 それにさ……そんなやり方って『不正』じゃない。」 コイン「奈海……。」 勇弥はしばらくうつむいたままだった。 ふと振り返ると、うずくまるように嘆く大王の姿があった。 大王「お前はどんな事態にも屈せず、己の信念を貫いていただろう? そんなお前が、こんなところで……! 正義……これがお前の『夢』の果てだというのか……!? お前の『正義』はこんなものなのか……!?」 不意に、勇弥は大王を殴りつける。大王の身体は、簡単に地面へ倒れた。 コイン「ちょっ!ちょっと勇弥くん! なんなのよ!」 楓「大王様! 大丈夫ですか!」 勇弥「らしくねぇぜ、大王さん! アンタらしくねぇ!」 普段なら、大王の怒りを買って恐ろしい事態となるであろう状況だった。 しかし大王はそのまま勇弥の言葉に耳を傾けた。 勇弥「大王さん、あんたタナトスにこう言ってたよな。『お前は未来を恐れている』って……! 【死神】が人間の未来を恐れているなら、 世界を滅ぼそうとしている【太陽の暦石】は、『世界の未来』を恐れているんじゃないか!? 予言なんて、情報をまとめた結果出た1つの可能性に過ぎない。 少し情報が増えたり、変わったりするだけで、予言は大きく狂っていくはずだ!」 大王「……。」 勇弥「正義は死んだんじゃない、未来を救ったんだ! たしかにたった1人かもしれない、しかしそれが未来を大きく変えるかもしれない! 奈海に、コインちゃんに、俺に、陰に、十文字さんに、カウントに…… オレ達にはまだ、できる事が何か残っているはずだ! 大王さん、こんなところで嘆いている場合じゃないだろ! 一緒に見せつけてやろうぜ! 世界の、未来を!」 奈海「大王さん……!」 コイン「大王……!」 楓「大王様……!」 しばらく顔を上げていたが、また大王はうつむいてしまった。 勇弥は、【太陽の暦石】のいる方を見、大王を措いて駆けてゆく。 奈海達は大王を気にかけながらも、勇弥を追いかけていった。 ―――――― 勇弥達の目の前には、ジャガーの大群が立ちはだかっていた。 その向こう側では、赤い閃光が惑うように点滅して見えた。 【太陽の暦石】はあそこにいる。考える必要はなかった。 勇弥「なぁ、差し支えなかったら教えてほしいんだが……。」 奈海「え?」 勇弥「正義は最期に、なんて言ったんだ?」 奈海「……あぁ、そうね。」 (正義「やくそ、ま、れなッ。」ゴホッゴホッ! ) 奈海「たぶんだけど―――」 ~~~黄泉への道~~~ 人が命を落とすと、逝くべきところ。 逝くべき場所は3種類。 1つ、死後の楽園。天国、極楽。善人はそこで永遠の命を得る。 1つ、死後の監獄。地獄、煉獄。悪人はそこで永遠の裁きを受ける事になる。 1つ、無。ただ、何もない世界。そこに送られたものは、完全に消え失せる。 その世界へ続く道。その3つの門を守るのは、多くの都市伝説たち。 【閻魔大王】率いる【鬼】たち、【ハデス】が総べる地の世界が待つ地獄の門か、 【仏陀】や【大天使】が守る、神や仏が待つ天国の門か、 はたまた、それらを信じず目にする事ができないものが開ける事になる、無の世界への門か。 そこへ、成人にもなれない少年が1人、朦朧とした意識で歩いていた。 どこからか、その首を狩らんとする巨大な鎌が現れる。 タナトス「エウタナジア、少年。」 正義「『良い死を』か。君らしい挨拶だね。」 今から冥府の審判を受ける少年、正義は、タナトスの言葉で改めて意識を取り戻す。 正義「ここは……?ボクは死んだんじゃなかったの?」 タナトス「いや、残念ながら死んだ。ここは冥府への道。 この果てで審判を受け、お前の逝く世界が決まる。」 正義「そう……天国か地獄かって事?」 タナトス「あるいは『無』。お前なら天国に行けるだろうが……。」 そう言いながらタナトスは懐から何かが書かれた紙を取り出す。 タナトス「これを持って行け。これがあれば、おそらく天国へ逝けるだろう。」 正義「いいの?こんな事して、怒られたりしない?」 タナトス「安心しろ。それ自体が貰い物だ。……少年のおかげで こちらの世界にも知り合いができてな。その知り合いから貰ったんだ。」 正義「へぇ……。」 タナトス「少年には返せないほどの恩がある。 本当は助けたかったんだが、こんな事しかできない。」 なら、と微笑みかけながら正義は願いを言う。 正義「じゃあ、勇弥くん達と戦ってよ。タナトスがいれば心強いよ。」 タナトス「……それはできない。」 正義「……ごめん、いくら恩と言っても、『もう世界に介入しない』なんてルールは破れないか。」 タナトス「違う。私達は既に【太陽の暦石】と戦い……負けたのだ。」 正義「……え?」 ふとタナトスの目を見つめる。その瞳にはその時の状況が映っているように見えた。 タナトス「最初は私1人で立向かった。ギリシャの神の代表として、な。 しかし結果は惨敗。奴の能力の前に手も足も出なかった。 【クロノス】のおかげで助かり、そのまま全ての神が対峙した……。 が、逃げるのがやっとだった。」 正義「そうか……。予言と言えばモイラだけど……。」 タナトス「モイラ様は戦士ではない。対抗できるとは言い切れない。」 正義「……分かった、ありがとう。」 また黄泉の道へと戻ろうとした時、ふとある事を思い出す。 正義「あ、そうだ。1つお願いしていいかな?」 タナトス「……可能な事なら。」 正義「奈海に言いたい事があったんだけど、ちゃんと言えなかったから。 それだけ伝えてくれないかな。」 タナトス「その程度でいいのか?」 正義「うん。」 タナトス「……よし、では内容は?」 正義「『約束が守れなくてごめん。今までありがとう。』って。」 ~~~世界~~~ 勇弥「―――『約束』?約束ってなんだ?」 コイン「私も知らない。私と契約する前の話?」 奈海「うん、もうずっと前の話よ。」 (正義「ナミちゃん、ボク、おおきくなって つよくなって) ( ボクが ナミちゃんを 守ってあげる。ずぅーとね。」) 奈海「憶えてて、くれてたんだ……。」 最初、正義くんが戦っているところを見た時、私は嬉しかった。 正義くんは私との約束を憶えていて、そのために強くなろうとしているんだと思って。 でも、時間が経つと、だんだんそれが不安に変わっていった。 急にちゃん付けで呼ばなくなったり、少しツンケンしだしたり、戦いや修行に夢中だったり……。 それにもう昔の話だったし、正義くんは忘れてしまってたんじゃないかと、ずっと思ってた。 そして今日、こんな形で、憶えていてくれた事を知った。 嬉しい以上に、悲しかったから……。 何が「約束を守れなかった」よ!私だって――― (奈海「なにいってるのよ、チビすけの くせに。フフフ。) ( じゃあ、せいぎくんが おとなに なるまで、わたしが しっかり まもってあげる。) (正義「チビすけじゃない!すぐ おおきく なるもん!」) (奈海「わかった。じゃあ きょうも、のこさず しっかり たべるのよ?」) (正義「はぁーい。」) (奈海「……やっぱり まだまだ こども じゃない。」ボソッ) ―――私だって、約束を守れなかったじゃない! まだ高校生にもなってないのに。早すぎるよ、正義くん。 ずるいよ、私を守って死んだくせに、ごめんなさいだなんて。 今になって気付いたの。私は正義くんに守られ続けてきたって。 ずっと、私が正義くんを守っていたと思ったのに。 私はずっと、正義くんの笑顔に、支えられて、守られていたんだね。 ごめんね、正義くん。 でも、最後の言葉が『ごめん』だなんて辛すぎるから……。 最後の最後に、変なわがままして、ごめんなさい。正義くん。 ―――ありがとう――― 楓「日向、心星!」 勇弥「ん!」 奈海「え、はい!?」 楓「ボク達は黄昏にはなれないだろう。どれだけ頑張ってもな。 それだけ、黄昏のやってきた事は、難しい事だったからだ。」 勇弥「……。」 楓「ボク達はきっと少しだけでも、黄昏の影響を受けたところがあると思う。」 勇弥「あるぜ!」 ―――正義がいなければ、今頃オレは――― 奈海「決まってるじゃない。」 ―――正義くんのおかげで、私は――― コイン「私も、かな。」 ―――今思い出すと、昔の私って憎たらしかったなぁ――― 楓「無論、ボクもだ。」 ―――黄昏のおかげで、今のボクがいる――― 楓「だから、『正義』の遺志を継ごう。 黄昏の言葉を、願いを、いつまでも胸の中に留めておこう。 いつかきっと、それに救われる日が来るだろう。」 奈海「……うん!」 コイン「心配しなくても、忘れる方が難しい頭だから。」 勇弥「言われなくとも!」 勇弥「ところで、終始一人称が『ボク』でした。」 楓「あ。」 奈海「……もう『ボク』のままで良いんじゃないかしら。」 コイン「最近はボクっ娘というものが流行ってるらしいよ。」 楓「よし、明日から考えておこう。」 勇弥「明日、か……。」 ふと、コインが辺りを見まわる。 コイン「大王、来ないね。」 楓「大王様、大丈夫でしょうか?」 奈海「勇弥くん、言い過ぎたんじゃない?」 勇弥「大王さんがあの程度で挫けるわけ無いだろ。」 その言葉を聞き、全員が勇弥の方へと視線を向ける。 勇弥「はっきり言って今のオレ達では【太陽の暦石】は倒せない。 『さらに麻夜ちゃんを助ける』なんて、以ての外だ。 正義がいない今、そういう作戦を立てる事ができるのは、大王さんだけだ。」 奈海「……そうね。今までそういうところ、正義くんに頼ってたし。」 勇弥「きっと大王さんなら、いざって時に助けてくれるさ。」 すると、コインが覗き込むように勇弥の顔を見て話しかける。 コイン「だからって、八つ当たりした言い訳にはならないよ。」 勇弥「……。」 コイン「勇弥くんだって、あの時泣きたかったんでしょう? ずっと、正義くんのそばにいたかったんでしょう? でも、正義くんなら『世界を守る』方を優先する。 だから、自分の気持ちを押し殺して……。」 勇弥「……理屈では分かっていても、本能は従ってくれないものだな。」 恩というのはどう返せばいいのか。 ただ延々と泣いていれば恩返しになるのか、違う。 そう分かっていても、今も眼の前がぼやけて見えなくなりそうになる。 でも、もう心は揺るがない。勇弥は、心の中で大王に謝罪と感謝の念を送った。 奈海「倒さなきゃね、正義くんのためにも。」 勇弥「あぁ!」 楓「また、明日を迎えるために!」 大王「……俺に、できる事……?」 ―――そうだ、まだある――― ―――俺にはまだ、『力』がある――― マヤの予言編第X2話「ケツイ」―完― 前ページ次ページ連載 - 舞い降りた大王
https://w.atwiki.jp/sousakurobo/pages/1254.html
2機はスタートした。つま先が地面とぶつかり、火花を散らす。 マコトはタナトスの左を並走する。道路の左側はコンテナが積み重なった荷卸場が広がっていて 見晴らしもいいが、タナトスを挟んだ道路の右側は大きな工場がいくつもある。 海まではほぼ真っ直ぐな道路だが、途中で小さく緩やかなクランクがあるので海面を直接見ることはできない。 マコト機なら数秒のうちに辿り着くだろう。 そう、勝敗は数秒で決する―― いや、勝負自体はそれよりも早く決まるかも―― タナトスはすでにマコトを追い越していた。もう距離にして1機分は引き離されてしまっている。 速度計を確認。それはペダルを目一杯に踏んでいるにも関わらず、最高速の8割程度の数字しか示していなかった。 メインの肩スラスターが片方無くなっているので仕方がないのだが、万全な状態であるタナトスにはこれじゃ どう足掻いたって勝てっこない。マコトは特殊な操作をした。 「オルフェウス、装甲パージ!」 口だけ男が実況する。 マコトの重装型の表面が弾け飛び、内部フレームが露出する。太っちょのシルエットがどんどんスマートになっていく。 AACVに限らず、機動兵器の重量で非常に大きい割合を占めるのが装甲だ。 もしこれが戦闘機のような、航空力学に忠実にデザインされた兵器ならば装甲パージはほとんど意味を成さないが、 航空力学をほぼ無視して、純粋にスラスターの推力だけで飛行するAACVにはそれは大きな意味を持つ。 装甲パージ前とパージ後では、機体のスピードがまるで別物になるのだ。 速度計が振り切れ、世界が一変する。恐怖に皮膚が粟立つ。目が見開かれる。汗が睫毛からたれるのも意に介せない。 マコト機はじりじりとタナトスに迫り、再び並んだ。 「思い切ったな!」 タナトスが感心したような、喜ぶような声を上げた。 それはそうだ、そもそも装甲パージなんて普通は使わない。たしかに速度は大幅に上昇するが、 防御力はそれに反比例するのだ。普通の戦いでそんなことをするのは自殺行為だった。 つばを飲み込む余裕も無くなっていた。 マコトがタナトスを追い越し、その差が広がり始めたころ、 目の前にクランクが迫る。最初に速度を緩めるならここだ―― 両足を地面に摺ることで両機はブレーキをかけて、同時にスラスターの方向を調節してクランクを曲がる。 マコトは操作感覚の違いに道路外へ吹き飛びそうになったが、なんとかこらえた。 クランクを曲がり切る。道路の先にキラキラと光る海面が見えた。 「デッドラインは目前だ!」 口だけ男が叫ぶ間に、とうとうマコトは海にから数百メートルというところまで到達。 最高速から完全停止をするのなら、ブレーキを踏むのは今! スラスターの火の方向を前方に向け、機体に地面につけた足を使ってブレーキをかけた。 わずかに遅れているタナトスはというと―― 「まだまだぁ!」 スラスターから炎の尾を引きながらマコトを追い越そうとする。 埋立地の端、デッドラインがいよいよ目前に迫ろうというのになおも速度を落とさないタナトスに、 タルタロス中が驚き、息をのんだまさにその時―― もう何度目かわからないほどの、信じられないことが起こった。 タナトスがマコトを追い越し、少し前に出たそのときに、マコトは機体をタナトスの後ろにそっと近づけ、 そして後方から思い切り体当たりをしたのだった。 再び、一瞬前とは違う意味で息をのむタルタロス。同時に巻き起こるブーイング! 体当たりされたタナトスはブレーキを踏む。スラスターを全て進行方向へ向け、 運動エネルギーを全力で殺しにかかっても機体はなかなか止まらない。行く手をふさぐ木々の植え込みを破壊し、滑り続ける。 全てマコトの後ろからの体当たりで計算が狂ったせいだ。 最初からマコトはまともにチキンレースなんかするつもりは無かったのだ。 だまし討ちでエリアオーバーによる勝利を狙っていただけなんだ。 「止まれええええええッ!」 今までに無い声色で絶叫するタナトス。 アスファルトが剥がれて土埃が舞う。海面がどんどん迫ってくる。機体が埋立地から飛び出す――! ……視界が晴れたとき、そこにはタナトスが半分海に飛び出した姿勢のまま止まっていた……。 歓声! 「あっぶっねえええええええ!!」 まずそう言ったのは口だけ男。 「さすが我らがタナトス! 予想外の攻撃にもギリギリ踏みとどまった! それにしても許せねーのはタナトスと俺たちの気持ちをを裏切りやがったオルフェウスッ! チキンレースは罠だった!」 タナトスは機体の姿勢を立て直す。ミコトの表情は歪み、その金の瞳には激しい怒りの炎を滾らせていた。 彼女はレーダーを見る。マコトは道路から外れ、面する大きな施設の敷地に入っていくところだった。 「……見損なったよッ!」 ミコト・イナバが吐き出したその言葉はタルタロスに集まった観客たち全員の想いを代弁していた。 ペダルを踏み、空中に舞い上がるタナトス。 「『殺す価値も無い』と言ったが撤回する! お前は生きてはいけないクズだ! ほかのプレイヤーたちと同じだった! またイチからやり直しだ!」 タナトスはマコトが逃げ込んだ施設の敷地に着地する。 「レースの勝敗なんか関係ない、お前を殺してやる! 殺して殺して殺して殺して殺して、それからまた殺してやる!」 これほどの非難を浴びても、マコトは沈黙を貫いていた。 その表情からは彼が何を考えているのかはうかがい知れない。 タナトスは施設の一番大きな建物の屋根に乗っかり、マコトが姿を現すのを待っていた。 相手はなにかの影にいるらしく、レーダーにも映らない。 そのこそこそ逃げ回るような態度がますますタナトスを苛立たせた。 「出てこい卑怯者! どうせお前は死ぬんだ!」 その叫びに呼応してうねる観客たちの黒い塊。それはあたかもタナトスを中心にタルタロス全体が ひとつの生き物となってマコトを取り囲んでいるようだった。 マコトはどういう感情からか、ぎゅっと目を瞑り、それから見開くと、隠れていた建物の影から飛び出した。 「……そこか!」 直ぐ様タナトスはライフルを構えてマコト機に接近する。もう擬似ギフテッド理論を使う必要もない。 ライフルを撃ったが、装甲を捨てて素早くなったマコトにはかすっただけだった。マコトは逃げていく。 タナトスは少し飛び、見晴らしのいい、先程までマコトが隠れていた建物の上に乗った。 ここからならよく相手を狙える―― 遠くへ逃げていくマコト機の背中にしっかりと狙いをつけるタナトス。 「――これでおわりだ」 小さく呟き、トリガーを引く。 同時に、画面が閃光に包まれた。 ……たしか、雨が降ってたな…… 同時刻、いつものように牢獄で独り退屈を持て余していたハヤタ・ツカサキはふと昔のことを思い出していた。 ……そう、あの日は雨が降っていた…… 目を閉じ、記憶を2年前まで遡る。 ……政府の秘密機関から逃げてきた自分は、ならず者たちに助けを求めたんだ。 もともとケンカには自信があった。瞳の色が変わってからはそれがさらに冴えわたってきているような気がした。 そして手近な犯罪組織に転がり込んだのだけれど……そのトップが、同じ大学の後輩で、 19歳になったばかりの女だったとはさすがに思いもしなかったな…… ……そしてそいつ――ミコト・イナバ――と恋人同士になるなんてことも…… あの1年間だけ、俺はたしかに『生きて』いた。だけど、それも長くは続かなかった。 生きることを楽しむほどに深くなっていくのは、『死』への恐怖だった。 今のこの幸福も、努力も、愛情も、世界も、人生も何もかも、死んでしまえば『ゼロ』だ。 タルタロスで多くの人死にを見続けるほど、その思いはじわじわと心を蝕んでいった。 その恐怖から逃れる術を探して、俺はついにそれを――『人が生きる目的』を――見つけた。 だがそれを成すためには、もう一度、何もかもを捨てて秘密機関に戻らなくてならない。ミコトも、この生活も…… ――結局、そのときの俺は恐怖に立ち向かうことを選んだ。 秘密機関に戻るためには正体を隠さなければならない。そのために整形手術で顔を変えた。 そのときにミコトは言った。 「ハヤタの瞳が欲しい。」 横で俺は答えた「なんでだ?」 「だって、もう一生会えないんだよ……そんなの、ヤダよ。ならせめて形見として、ハヤタを感じられるものが欲しい……」 「仕方ないんだ、『生きる目的』を成すためには……」 「それだって私にはわからないよ。『目的』を成すために死ななきゃいけないなんて、『理由』がわからない」 「実のとこ、問題はそこなんだ」 クセで頭をかく。 「『生きる目的』は見つかった。だけど、『生きる理由』が俺にはわからない――ミコトは?」 「そのふたつは同じものじゃなく?」 「重なるところもあるかもしれない。だけど別物のはずなんだ。」 「……やっぱりおかしいよ。」 「なにが?」 「生きる目的を成すために死ななきゃいけないなんて、倒錯してる。」 「別に死ぬのが目的じゃない。『目的』を達成したらその生から意味が失われるだけだ。」 「……ねぇ、どうしたら行かないでくれる?」 「『人が生きる理由』を教えてくれたら……かな」 2人は抱擁をかわす。 窓の外で、激しい雨が降り続いていた……。 真っ白になった画面がまた色を取り戻したとき、状況を理解していたのはマコトだけだった。 あのタナトスですら何が起こったのかを見失っていた。 タナトスの周りは黒煙と炎に包まれた焼け野原になっていた。数秒前までほぼ無傷だった高機動型は見るも無惨に 全身が焼け焦げ、腕も足もほとんど吹き飛んでいる。HPゲージは1ミリも残っておらず、このゲームが事故での撃墜を 許さない仕様であるおかげでかろうじてタナトスは生きていた。 事故――そう、事故だった。 「な、なにが起こったんだ……?」 口だけ男がそうこぼした、直後彼は我にかえる。 「だ、大っ逆っ転~!! 一体なんじゃこりゃ!なにが起こったか全然わかんねーが、とにかくタナトス、ド瀕死! こんな二連続番狂わせ、まさか目にできるたぁ思わなかったぜ! ジャイアントキリング・アゲイン!」 その実況は静まり返った会場に虚しく響くだけだった。 「だ、だけど一体全体何があったのか、ごめんボクちゃんわからんちん! ここはいったんゲームをタイムで、解説頼むぜタナトスぅ!!」 話を振られて、タナトスはうなだれる。顔は青ざめ、唇は震えている。 汗をだらだらと流す彼女はすっかり自らの失敗をさとっていた。 唇が弱々しく動き、やっと小さな声が出る。 「……地図を……」 「地図? 地図になにが――あっ!」 口だけ男も理解した。それをきっかけに次々と観客たちも理解していく。 地図上で今タナトスが立っているのは、『品川火力発電所』のど真ん中だったのだ。 火力発電所に豊富にあるものといえば―― 「ガス爆発だあああああ!」 興奮する実況。 険悪なムードさえあった会場は一転、今までで一番の歓声に震える。 「オーマイガッ! こいつは故意か偶然か!? オルフェウスがタナトスを誘ったのは火気厳禁っ火力発電所のガスパイプのそばだった! あのヤロー、俺たちがタナトスに注目してるあいだに施設に近づいてパイプをぶっ壊し、 可燃性ガスを漏れさせていやがった! そのクールな手際、憎いぜっ!」 観客たちは画面の中にマコトを探す。マコトは今の実況の最中も行動を絶やさず、 一度レースのスタート地点となった交差点へ戻ってライフルを拾っていた。 「……いつからだ」 タナトスがぽつりと言った。 「……いつから計画していた。」 マコトは無感情な声で静かに答える。 「ヒントをくれたのはあんただ。」 「覚えがないな」 「最初の『タルタロス』での戦いで、俺、電車にぶつかったろう」 「ああ」 「そのあと電車は脱線して、近くの建物に突っ込んで、ガス爆発を起こしていたじゃないか」 「なるほど」 少しずつタナトスも落ち着いてきて、声の調子もはっきりとしてくる。 「このゲームが都市ガスまで再現してるなんて初めて知ったから、もしかして、と思ったんだけど、上手くいった」 「ギャンブルではあったのか」 「ああ。それと、もうひとつは……イナバさん、あんただ。」 「……私?」 意外そうな表情をするタナトス。 マコトはうなずいた。 「イナバさん、あんたは、タナトスの仮面を外してから、ときどき『ミコト・イナバ』として俺と会話してただろ。 正体を隠す必要がなくなったせいで、素顔を晒したせいで、『タナトス』と『イナバ』の境界線が曖昧になってたんだ。 あんたのその仮面は、たんに顔を隠すためのものじゃなく、自分自身を押さえ込み、『タナトス』と『イナバ』を 切り換えるための、心理的なスイッチだったんだ。 俺は普段のイナバさんを知っている……あまりにもタナトスとはキャラが違う。 もしかしたら自分じゃ気づいてなかったのかも知れないが、あんたはそのふたつのキャラの切り換えを、 その仮面でしていたんだよ。」 「……自分じゃあ、わからないな。」 「その証拠にあんたは、ツカサキの話題をふられたときや、俺が裏切ったときに、激しい感情を露わにした。 普段のタナトスだったら、怒りはしても、少なくとも表面上は平静を装うことができたはずだ。」 「……ひとつ訊きたい」 「なんだ?」 「……なぜ、『品川火力発電所』なんてマイナーな施設を知っていた?」 「一応俺だって受験生だ」 「え?」 「模試で出たんだよ」 「ぷっ……あははははは!」 意外な返答にミコトは吹き出した。相変わらずの柔らかい笑顔だ。 マコトはあの、イナバと映画を観に行った日曜日の翌日、模試を受けなかったことを学校で教師に責められ、 せめて自分でやっておけと、問題と解答を渡されていたのだった。 めんどくさいのでもちろんその問題は解いていないが、唯一流し読みした日本史Bの問題で、 地上時代のエネルギーに関する大問③に、品川火力発電所の位置を答えさせるものがあったのだ。 略地図の形がグラウンド・ゼロのマップで見覚えがあったので、つい注目して覚えていたのだったが……まさかこんな形で役にたつなんて。 「なるほどね……」 タナトスは機体を立ち上がらせた。ほとんどフレームしか残っていないその機体は亡霊のようで、どこかもの悲しい。 彼女は武器を確認した。驚くべきことにライフルはまだ生きていた。やはりゲームか、とタナトスは思う。 マコトは拾ったライフル片手に、焼け野原となった発電所跡に降りた。 目の前にはぼろぼろのタナトスがかろうじて立っていて、静かにこちらを見ている。 マコトは安堵した。 「まだ、戦う気なんだな」 それでこそタナトスだ。それでこそ悪の親玉だ。 「当然だ」 タナトスは言う。ふたりは向かいあって立ち止まった。間に遮蔽物は、無い。 「どちらも一撃で沈むな」 「俺はまだ元気だが、あんたはもう満足に動けないだろ。それでもやるか」 「わかってないな」 ふ、と笑うタナトス。 「これはハンデだよ。」 「……上等」 ふたりは操作レバーのトリガーにかかった指にわずかに力をこめる。空気が緊張する。口だけ男が、観衆が黙り込む。 首すじのチリチリとした感覚。唾の分泌が止まる。視界から相手以外のあらゆるものが消えていく。 呼吸が止まって、目は再び見開かれる。 ふたりの心は澄み切っていた。復讐とか、恋愛感情とか、義務や使命、怒りに悲しみ、そんなものとは関係なく、 ただ相手を倒すことのみに集中していた。 勝負は、次の一瞬で決まる――会場全体がそう確信し、そのときを待った……。 お互いの呼吸すら聞こえそうな静寂。 引き金にかけられた指の緊張。 流れる冷や汗。 永遠とも思えるような一瞬の後に、ついに『その時』は来た。 相手の集中力が途切れた瞬間を突いて、構えられるライフル。引かれるトリガー。輝くマズルフラッシュ。 とっさに身をかがめて間合いをつめる相手。それからつきつけられる銃口。避けられない――! 反射的にとった行動は、ライフルを手首のところでかえして、その銃の側面を盾とするものだった。 奇跡的に防がれる弾丸。手から弾かれるライフル。 ガラガラの雄叫び! そうして空いたその手で、目の前に迫る相手の機体の胸を、思いきり殴りつける!! ――直後、画面が明転。『WIN』の表示が出たのは―― 「――ああああああッ!」 「勝者っ オルフェウスウウウウウウッ!」 口だけ男の実況をかき消すほどの大声でマコトは叫んでいた。 歓声で会場がはっきりわかるほどに震える。 マコトの胸は勝利の感覚に満ち満ちていた。心臓の鼓動は強く身体を震わせて、流れる血潮は火傷しそうなほど熱い。 雄叫びをあげる喉は痛み、握りこぶしの手のひらには自身の爪が深く食い込んだ。 身体の奥底から湧き上がる、熱い衝動! それは少年が初めて経験する『真の勝利』だった。
https://w.atwiki.jp/blazer_novel/pages/117.html
クロウがディメンジョン・ゲート内で意識を取り戻す、約30分前。 ヘブン。 マスタールーム。 ノアは、十字架の形をした剣を、一人の少女に向けていた。 腰までの長い金髪に、白い肌。翠色の瞳。哀しみを湛えた、まだ幼さも残る10代の顔立ちの少女。 黒いローブに、黒いスカーフを身に付けたその少女は、真っ直ぐにノアを見つめる。 「デウス・エクス・マキナ。君を殺しに来た」 ノアは入口の前に立ち、デウスと呼ばれた少女は部屋の中央に立っていた。 「遂に…ここまで来たのね」 小さな声で、デウスはそう言った。小さくとも、室内には二人しかいなかったため、よく響いた。 「ああ、そうさ。この3千年、この時を私がどれほど待ちわびたか、君は知るまい」 そう言うと、ノアは数歩、デウスに向かって歩を進める。 彼の表情には、いつもの笑みなどは欠片も無く、不気味な程に何の感情も乗ってはいないように見えた。 そして尚も、ノアは言葉を紡ぐ。 「全てこのために、私は生きてきた」 更に数歩、ノアは足を踏み出した。剣を掲げたまま。 十字架の剣の切っ先が、少女の首に突きつけられる。あと数センチの位置にまで。 「それなのに、だ」 ノアの眼に、憎悪が宿り始めたのは、この時からだった。 「何故、この局面で、その端末を選んだ!?」 静かに、しかし、強い語調で、ノアはそう言った。 「マザー・セラがロックマン・トリッガーに敗れ、古き神々が解放された。それにも関わらず、君はすぐには姿を現さなかった。そしてようやく姿を現したと思えば…」 明確な怒りこそ表情に出してはいなかったが、ノアの眼には、確かに怒りが満ちていた。 「無力な少女を演じるとは」 ノアの言葉に、しかしデウスの表情は変わらない。どこか哀しさを含んだその表情は、最初から変わってはいなかった。 「私を馬鹿にしているのか。それとも」 「違う」 続けようとするノアの言葉を、不意に発せられたデウスの声が断ち切った。 ノアは一瞬意外そうな顔をすると、先程よりも怒りを鎮めた声で応じる。 「ならば、言ってみたまえ。その端末を選んだ理由を」 「…力だけが全てではないと、教えてもらったから」 はっきり紡がれたデウスの言葉。 しかし、その言葉にノアの表情は変わらなかった。 「事の元凶たる君が、言うに事欠いてそれか。笑いも起きんね」 苛立ちを含んだ声でノアはそう言ったが、やがて彼は剣を下ろす。 と同時に、これまでとは違う、素早く、そして確固たる足取りで、たちまち彼はデウスの間近へと近づいた。 そして、剣を持たぬ左手で、何の躊躇も無くデウスの首を掴んで締め上げる。 「っ…!!」 苦しそうにデウスの表情が歪むが、ノアはただそんなデウスを、凄まじい憎悪を含んだ眼で睨むだけだった。 そしてデウスは、呻き声を発しながらも、抵抗せずにただその眼をノアに見据えたままだった。 だが―― ――突然ノアは、溜め息を吐くと、その手を放した。 たちまちデウスはその場に膝を折り、咳き込む。 それを見下ろすノアの眼には、もう憎悪は宿っていなかった。 「何故抵抗しない」 咳き込みながらも、デウスは途切れ途切れに答える。 「抵抗、は…無意味だと、分かってた、から」 次にノアは、左手の人差し指を自分の米神に当て、口を開いた。 「私の思考は。読めるのかね」 ようやく呼吸が正常になってきたデウスは答える。 「いいえ、読めない。『祖』の人達と同じ」 「だが私は、『古き神々の祖』ではない」 デウスは、ノアを見上げると、言った。 「何故、殺さないの?」 デウスの問いに、しかしノアは答えず振り返ると、無言で出口へと歩き始めた。 だが途中で足を止めると、振り向かずに言う。 「あの男がどこで私を待っているのか…分かるか」 デウスの表情は、僅かに躊躇しているかのように曇っていたが、やがて答えた。 「ヘブンズ・ゲートの…内部…」 デウスの答えを聞くと、ノアは再び歩き出し、出入り口となっていたゲートを開ける。 しかしそこで振り向くと、殺意の篭った視線をデウスに向け、言い放った。 「いずれにしても、全て終わった後に、君は必ず私の手で殺す」 ノアの言葉を受け止めたデウスの瞳は、どこまでも澄んでいた。 「私はどうなっても構わない。でも…ゼゼも、ロックマン・ロードも、そして…ロックマン・ミラージュも、貴方の復讐に巻き込んでいい理由なんてなかった」 少しの間、ノアはデウスの目を見据えたままだった。 だが、やがて彼はゲートを閉めて、歩み去った。 歩きながら、ノアは思考する。 どうやら、あの端末には、本当にレノア・エリュシオンの意思が色濃く残っているらしい。正確には、意思のコピーと称すべきものだが。 そして、彼女の話によれば、デウス本体の意思も、どうやら3千年前とは違ってきているようだった。 となると…もし、タナトスの干渉が無ければ、デウスは、今度はどのような答えを出したのだろうか。 それを見極める必要があった。 そのために、やらなくてはならない事が二つある。 どちらも、チャンスは今しかなかった。 一人残されたマスタールーム。 デウスはようやく立ち上がると、出口を見つめ続ける。 「リアルタイムで感じる感情と、記憶に残る感情。この二つはよく似ているようで、全くの別物」 誰もいない場所で少女は呟き続ける。 「だから私は…いえ、『デウス』は、賭けようと思った」 彼女の眼には、去っていくノアの後姿が焼きついていた。 「貴方はきっと、それに気が付いてない」 最後に彼女は、哀しそうに、目を伏せた。 「だからきっと、貴方は…タナトスに勝てない」 マスタールームの外は、草原だった。 東西南北の四方に、四つのゲートが配置されている。 石造りに見える四角い物体の中に、人一人が入れる大きさのスクリーン。これがゲートだった。 それぞれが隣の島へと続く道となっている。 故障しているゲートのスクリーンは灰色となっており、機能しているゲートのスクリーンは青く光っていた。 だが、今現在においてのみ、一つは異なる変化を見せている。 北に配置されたゲート。 このゲートのスクリーンは、青でも灰色でもなく、ただ真っ暗な深い闇が続いている。 ノアは、そこへ向かって歩き出した。 十字架の剣をワームホールにしまいながら、頭では別の事を考え。 やがて思考が終わった時には、既にゲートに入っていた。 青白く光り輝く幾何学模様が地面を埋め尽くし、頭上には何も映らぬ暗闇のみ。 入ってきた筈のゲートは、既に後ろには無い。 ノアは、ただただ歩き続けた。 やがて、視線の先に、一人の人物が映る。 黒い燕尾服に、シルクハット。 長い金髪に、顎鬚。翠色の瞳。30代後半から40代に見える顔立ちをした男が、そこに立っていた。 男はノアの姿を認めると、恭しく頭を下げ、それと同時に言う。 「お待ちしていましたよ、古き神々の一人、クロノス」 「いや、今は…『ノア』とお呼びしましょうか」 ノアは頭を下げたタナトスに対し、浅く息を吐くだけだった。 代わりに、周囲に無数のビットを次々に転送すると、無表情のまま言う。 「どうやら…その顔を見る限り、私が何者なのかは言う必要が無い様だな」 「ええ、よく存じておりますよ」 無表情のノアに対し、タナトスは笑顔で答える。 そして、今度はタナトスの方が口を開いた。 「そんなに殺気を漲らせずとも、まずは話し合いましょう。何せ3千年ぶりの再会ではありませんか」 そんなタナトスの言葉を無視し、ノアは片手の人差し指を彼に突きつける。 次の瞬間、転送されてきたビットの一つがタナトスを標的として、レーザーを発射した。 だが、レーザーはタナトスの手前で、壁に阻まれでもしたかのように弾けて霧散する。 しかし、それが当然とでも言うかの様に、ノアは表情を変えず、言った。 「何も、聞こえんね」 タナトスは、溜め息を一つつくと、その顔から笑みを消し、口を開く。 「…いいでしょう。では、言葉を交わすのはまた、後ほど、という事で」 次の瞬間、ノアのビットが一つ残らず爆散した。 タナトスを見つめたままではあるが、ノアの眼が僅かに見開かれる。 ビットの破片が一瞬、雨のようにノアの周囲に飛び散った。その音が止むと、再び静寂がその場に舞い降りる。 タナトスの顔には、再度笑みが表れた。 「さて…当然ながら、これで終わりではないのでしょう?」 タナトスの問いに、ノアは答えない。それを承知していたかのように、タナトスは言葉を続ける。 「分かっていますよ。今のがあなたにとっては小手調べでもなんでもない事くらい」 やはり、ノアは言葉を返さず、タナトスを見つめたままだった。 タナトスは、再び言葉を紡ぐ。 「さて、一つ、話を整理しましょう。貴方は私を亡き者にしたいと思っている。しかし、私は貴方の命を必ずしも奪う必要は無いと考えます。であるならば…」 一拍を置き、タナトスは言った。 「貴方が攻勢に出ねば、事態の進展は見込めぬのでは?」 そこまで聞いて、ようやくノアが反応を示す。 タナトスの言葉を鼻で笑うと、彼は口を開いた。 「その通りだ、タナトス。いいだろう。見せてあげよう!」 そう言うと、ノアは、右手を広げ、頭上に掲げた。 「出でよ…古き神々…!!」 次の瞬間、三つの巨大なワームホールが、ノアとタナトスの頭上に出現した。 そして、その三つのワームホールから、それぞれ三つの巨大な影が姿を現す。 その姿を見て、タナトスは感嘆の声を上げた。 「ほう…!」 一つのワームホールから飛び出した影は、素早く地面を駆け、戦闘態勢のままその赤い眼でタナトスを睨む。 もう一つのワームホールからは、細長い身体の何かが現れ、空を悠然と飛び回り、やはりその眼をタナトスへと向けた。 最後のワームホールから出現した影は、地面に着地すると、タナトスの方へとその身体を向け、咆哮する。 「君達にとって…ロゴスの策はさぞ、優れたものに見えた事だろうが…」 言いながら、ノアはワームホールから現れた三つの影に視線を走らせる。 「その結果、私には駒が増えたよ」 タナトスは、自身を標的にした三つの影を、興味深そうに眼で追い、呟いた。 「なるほど…これは興味深い」 タナトスの余裕が崩れない事に、僅かに苛立ちを感じながらも、ノアは改めて、ワームホールより召喚した三つの影の、名を呼んだ。 「カストル、ポルックス、アルデバラン」 「君の元・同胞だ。タナトス」 そこまで言って、ノアは微笑む。 「まずは、彼らと遊ぶのも一興、ではないかな」 タナトスはノアの言葉を聞きながらも、視線は周囲にいる三つの影に向けていたが、ようやくノアに視線を向けると、言った。 「貴方のテリトリーで敗れたカストルとポルックスは分かりますが、よくアルデバランの遺体を回収できましたね」 「私がずっとあの島にいるなどと、誰も言ってないだろう?」 ノアの答えに、タナトスは苦笑を漏らす。 「フフ…確かに、その通りですね」 そして彼は、顔から笑みを消すと、代わりに舞台の上にでもいるかの様に堂々と真っ直ぐノアを見据え、朗々と声を上げた。 「いいでしょう!指揮官たる貴方を攻撃するなどという無粋な真似は致しません。これより、この私と、そして彼ら私のかつての同胞との戦い、観客のいないこの舞台で、見事に演じてみせましょう!!」 タナトスの宣言に呼応するように、三体の古き神々が、各々の武装のエネルギーを充填させる。 タナトスはやはり口元に微笑を浮かべたまま、微動だにしなかった。 そして、次の瞬間。 黒い蜥蜴の姿をした古き神々・カストルが、凄まじい毒霧を巨大な口から吐き出し、タナトスへと浴びせかける。 東洋の龍の姿をした古き神々・ポルックスが、口腔内に溜めた高出力のエネルギーを、巨大なビーム砲としてタナトスへ向けて発射する。 馬の下半身と人の身体、山羊の頭部と蝙蝠のような翼を持った古き神々・アルデバランは、その角を発光させ、強力な雷撃をタナトスへと放出させる。 どれも、人一人殺すには十分過ぎる攻撃だ。 だが、ノアは勿論気を緩めなどしなかった。 それどころか、即座に地を蹴り、同時に両手をアーマー化させ、ある一点に飛びかかった。 カストルの背中の上に着地すると同時にノアは、いつの間にかそこに立っていたタナトスへ向けて右手で貫手を繰り出した。 だが、ノアの腕は途中で、止まった。 「ほう…そう言えば、指揮者たる貴方自身が攻撃を加えないとは、仰りませんでしたね」 意外そうな顔でタナトスは言う。 ノアは油断無く、緊張を孕んだ声で言った。 「着弾の寸前、君が跳躍するのが見えた」 「ですが…『これ』までは見えなかったようですね」 タナトスの言葉に、ノアは自身の右腕を拘束しているモノを眺める。 それは、常人では知覚できない程微細な、糸だった。 「随分…原始的なものを…」 「そう思いますか?」 ノアの呟きに、やはり笑みを絶やさぬままにタナトスが問う。 だが答えの代わりに、ノアは無理矢理に右腕を引き抜くと、カストルの背を蹴り、遥か後方へと着地した。 そして次の瞬間、カストルが全身の各所に開いている穴から毒ガスを噴出させる。 「遅いですね」 しかし、その時には既に、タナトスはその場を離脱し、離れた場所でカストルを見据えていた。 その光景を遠くに離脱したノアは眺めたまま、考える。 何故、あの糸が自分の腕を拘束できたのかを。 何故なら、今、自分の周囲には幾重にも、そして幾種類もの防御シールドを張っているからだ。 特に、偏向シールドを完全に潜り抜けたのが解せない。 アレは実弾もビーム兵器も、意思を持たぬ攻撃は問答無用で偏向され、ノアには当たらないようプログラムされたものだった。 たとえあの『糸』をタナトスが操っていたとしても、銃に対する銃弾と同じで、ノアに当たる筈が無いのだ。 「(重力防壁や物理遮蔽幕…エネルギーシールドをもあの一瞬で破ったというのも気になるが…あの糸の秘密はここに隠されている可能性が高い…)」 思考を続けながら、ノアはタナトスを見据える。 タナトスはおもむろに片腕を横に振った。 すると、全身から毒ガスを噴出するカストルの動きが、何かに拘束されたかのように止まる。 既に存在に気付いたノアには、すぐに分かった。カストルを拘束しているのが、先程自分の腕を拘束していた『糸』であると。 「カストル。暗殺に特化した貴方は、戦う場所さえ選べば、他の神々の追随を許さぬ程の多大な戦果を上げましたね。しかし今この場は…貴方が一番相応しくないと言えるでしょう」 次の瞬間、カストルの全身が、耳障りな金属音を立て、バラバラに砕け散った。 血の様に赤い液体と、無数の部品。そしてディフレクターが、ヘブンズ・ゲートの床に飛び散る。 それを認識した残り二体の古き神々が、タナトスに向けて威嚇するように咆哮を上げた。 「さぁ、まだ幕は上がったばかり。盛り上げようではありませんか。神々の舞踏を!!」 そう言うと、タナトスは微笑みと共に両腕を広げ、重力を制御して浮遊した。 堂々と、絶対的な威厳を保ちながら。 第二章へ 流れよ我が涙と、科学者は言った・目次