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前ページ次ページゼロの軌跡 第七話 狂ったお茶会 その日、オスマンは自室で昼食をとっていた。 人の生に必要な栄養と熱量を摂るにしては、それは不必要なまでに贅と趣向を凝らされたものであったが、間断なく痛みを訴える胃を無視しええず、料理人への冒涜ともとれる速さで彼は箸を置いた。 しかし食事の前後に捧げた祈りは、食事量とは対照的に平時に比して遥かに長いものであり、皮肉なことに既にその在り様が一種の不信心といえた。 とはいえ、その真摯であるところは誰にも否定できないだろう。果たしてそれが報われたのかどうか、ノックもなしに部屋に上がりこんだロングビルが一声にしたのは彼の待ち望んでいた吉報だった。 「ミス・ヴァリエールがミス・レンと和解したようです」 快哉が口をつく。一瞬にして天上の人となったオスマンだったが、やはり始祖ブリミルは彼の日頃の乱行に目こぼしをくれなかったようで、ロングビルの第二声によって彼は深淵にまで叩き落された。 「五人の生徒がミス・レンに決闘を吹っかけました」 「君は一人で我々は五人だ。流石に一対五では君に勝ち目などあるまい。ここは一対一の勝負を五回行うということでどうかな」 レンとルイズがヴェストリの広場に着くと、相手から決闘の方法について提案が出された。その内容にルイズはおろか、周囲の観客までもその馬鹿馬鹿しさに思わず耳を疑った。 いかに言葉を重ねようと、彼らの魂胆はあまりも露骨で見え透いていた。小柄なレンに連戦が出来るほどの体力はあるまいと踏んで、思うままに嬲ろうということか。 「そんなの面倒だわ、貴方達五人一斉に掛かってきてもレンは構わないわよ」 「君がそう言っても、我々には我々の誇りがある。年端も行かない少女を大勢で囲んだなどと言われては、その信念は拠って立つ場所を失うだろう」 誇りとか信念とか、言葉の意味を軽んじる連中ばかりがそういう重い言葉を口にする。自分の中身が空洞だから言葉で埋めようとしているのか。 その精神をなくした言葉に意味も力もあろうはずがない。彼らに使われる言葉があまりにも哀れだ。 キュルケとギーシュがよく似た思考を巡らせているうちに決闘の準備が整ったのか、辺りのざわめきは急速に静まっていった。 どこか喧騒にも似たしばしの静寂、合図が出され決闘が始まった。 さて、どうしてやろうか。平民の女風情、一ひねりにしてやってもいいのだがそれでは些か興をそぐというものだ。そう考えた貴族はすぐに己の浅はかさを悔いることになった。 レンが大鎌を取り出し、その右手を動かした瞬間までは彼はレンの姿を捉えていた。その後、右手の草むらでたった音にほんのわずか気を取られる。石を投げたのだと気づき視線を正面に戻した時にはレンの姿は見えなくなっていた。 どこに消えたか迷ったのも一瞬、視界に差した影がレンの形を成す。彼が上を向くのとレンの上空からの一撃がほぼ同時。 「うふふ、ごきげんよう」 理解も納得も追いつかぬうちに叩き込まれた柄の一閃。 スカートの裾を持ち、愛らしく別れを告げる少女の足元に彼は声もなく崩れ落ちた。 「卑怯だぞ!小娘!」 石で気をそらすという戦法を採ったレンに残りの四人から批判が浴びせられる。だがその声からは怒りは微塵も感じ取れず、怯えと恐れのみがはっきりと表れていた。石などを使わなくても彼女の力はあまりにも明らかだったからだ。 そこにレンから再び提案がなされた。彼らが先ほどその空虚なプライドのために拒絶したそれ。 「だから言ったでしょ、まとめて相手してあげるからいらっしゃい」 彼我の戦力差を思い知り、彼らも今度は甘んじて受け入れた。彼らの理念とやらは、仲間の一人が気絶した程度で羽を生やして逃げおおせるものらしかった。 「せいぜい楽しいお茶会にして欲しいものね」 レンがこちらの世界に来てからこの方、まともな戦闘は行っていない。自分がこの世界でどのくらい通用するのかどうか確かめておかなくてはならなかった。 無論、この程度の連中に負けるつもりは毛頭ない。レーヴェやヴァルター、カシウスといった猛者相手ならともかくも、戦歴も実力も三流の猟兵以下の彼らに遅れを取るようでは<殲滅天使>の異名も泣こうというものだ。 勝つ、彼らを完膚なきまでに叩きのめす。 その上で、この世界で使われる魔法、戦術を知り、<パテル=マテル>とオーバルアーツを有効に利用する土台を構築しなければならない。 そう考えとりあえず見にまわったレンだったが、彼らのとった行動を見て、開始早々に期待の半分はたやすく打ち砕かれたことを知った。 レンを遠巻きに半包囲した彼らは各々勝手に呪文を唱え始めたのだ。それを一瞥しただけで彼らがいかに戦闘に慣れていないか分かろうというものだった。更には敗北を見ても何も学ばない連中ですらあるらしい。 互いに援護できない位置に陣取れば、何人いようが単なる各個撃破の対象となるに過ぎない。ましてやレンの機敏さを考えれば、仲間同士の距離を取ることが愚の骨頂であると何故理解できないのか。 距離を生かしてアウトレンジから魔法を放つにしても、それが戦術的な意味を何ら持たない、思考の放棄の末に生まれた散漫なものである限り、レンを追い詰めることなど出来ようはずもない。 統制の取れていない散発的な攻撃は微塵も脅威にはなりえない。エアハンマーやファイヤーボールがレンめがけて飛んでくるが、それら全てを難なくかわしていく。 決闘の第二幕が始まってわずか数分。彼らから戦術を学ぶ愚を悟り、レンは攻勢に出た。 金色の鎌を振りかざしてレンに向かって放たれた火球を払いのける。作り出した一瞬の空白の利用して戦術オーブメントを起動させた。 見せてやる。そして震え慄くといい。これが導力魔法オーバルアーツだ。 貴族社会体制と特権階級意識の温床であるこの世界の魔法とは似て非なるもの。 無数の人間のたゆまざる克己と努力が育てた知恵の果実。 女神エイドスの息吹を受けたセピスの結晶と人の生み出した導力理論、その申し子。 大鎌を頭上に振り上げ、レンは高らかに呪を唱えた。 「請い願うは遥か地の底のひとやの瘴気、迸るその白き災いをもたらさん! ホワイトゲヘナ!」 レンの詠唱が終わった瞬間、一人の足元に魔方陣が浮き出た。彼の知っている如何なる図形文様とも異なる規則で描かれたそれは大地と異界とを結ぶ道となる。 本能が警鐘を鳴らす間もなく、地の底から這い出た悪霊と瘴気が彼を包み込んだ。数瞬の後にそれは天高く消え去ったが、生気を吸い付くされたその貴族は杖を取り落とし顔から地面に倒れこんだ。 残る三人はアーツの範囲外におり無傷だったが、彼らもその顔からは完全に血の気が失せていた。 レンが行使した魔法は彼らの理解の範疇にはなかった。先の戦闘で見せた身体能力の高さなら理解もできようというものだが。 もしや先住魔法か、この一見良家の子女然とした少女はエルフかさもなくば精霊か幻獣、その類か。 到底敵し得る相手ではないと判断したものの、だからといって前言を翻して頭を下げる気にはなれなかった。半ば自暴自棄になって呪文を唱えようとする。しかし、再び始まったレンの詠唱を耳にして、その口は凍りついた。 その局面にあっても尚、矜持と命を天秤にかけその平衡を保っていられた彼らは一種の賞賛が送られるかもしれないが、それはしばしば無謀と呼ばれるものでもあり、そう呼ばれたものが例外なく辿った末路を彼らも歩むこととなった。 「全てを飲み込み土塊へとその姿を変えよ、大地を揺るがす怒号!ジオカタストロフ!」 毎日使用人達の手によって美しく整えられていたヴェストリの広場は当分の間見るも無残な姿を晒すことになるようだった。 木も花も草も折れて曲がり地中に埋まっている。柵は壊れ塀は崩れ、銅像は粉々になって既に誰を象って作られたものであるかもわからなくなっていた。スクウェアクラスのアーツを放ったのだからそれも道理。 しばらく庭師が暇をもてあまさずに済むだろう。 オスマンの命を受けてコルベールが広場に着いたのは全てが終わった後。無責任な述懐を胸の内にしまい、生徒を指揮して五人の救助にあたった。 決闘が終わり、レンはルイズの方に足を向けた。 本来ならばここまで大規模のアーツを使う必要などなかった。それでもレンがそうしたのはルイズを試したかったからだ。 <パテル=マテル>を操るだけでなく、一人の戦士としてもその強さを誇るレン。 その異能を目の当たりにしても、ルイズはレンと共にあろうとするのか。 そしてレンは正義の騎士などではない。つい半年前まで犯罪結社<身喰らう蛇>にいてその力を恣意的に振るっていたのだ。 今回の決闘の理由も、あの貴族達が貴族らしからぬ振る舞いをしたからレンが立ち上がったのではない。それがレンにとって不愉快で、認めることの出来ないものであったからだ。 結局、レンはトリステインやリベールの法律と道義に則って行動するのではなく、誰の掣肘も受けずにレン自身の価値基準で行動する。 ならば私も問わなくてはならない、とレンは思ったのだ。 ルイズは私に手を差し伸べた。真に貴族であろうとする誇りをその胸に秘めて。 私はそれを美しく、また心地よく感じたからその手をとった。 決闘の前に差し出されたルイズの手は、私に対する謝罪の証だ。 ならば今から私がルイズに差し出す手は、ルイズと私との盟約だ。 次は私がルイズに受け入れてもらう番だ。 この世界での私の在り様を彼女が肯定してくれるならば。 道を違えるまでのしばらくの間、私はルイズと共にあろう。 もう一度、ルイズの手を握らなくてはならない。 「一つ尋ねるわ、ルイズ」 ルイズの目を捉え、レンは語り始める。 「レンはあなた達の理では動かない。私は私の思うように行動するわ。 私はこの世界では異邦人で、持っている力は異質にして脅威」 そしてレンはルイズに手を差し伸べる。ルイズがレンにそうしたように。 「それでもルイズはレンを受け入れてくれるかしら?」 ルイズはレンの手を硬く握り、答えた。 「それでもレンと私は同じ道を歩いて行けるわ。 そして私はレンの力になれるし、なりたいと思っている」 「<身喰らう蛇>執行者NO.ⅩⅤ<殲滅天使> レンよ」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。よろしくね」 ルイズもまた、歩き出すために一つの決断をした。 握手の後、ルイズはレンに提案する。 「レン、私はこの魔法学院を退学することにしたの。一緒に来てもらえるかしら」 「もちろんよ、行きましょう。ルイズ」 二人はオールド・オスマンのいる学院長室へと歩き出した。 前ページ次ページゼロの軌跡
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前ページ次ページゼロの軌跡 第十四話 銃火のマドリガル 「ルイズ、あなたは<パテル=マテル>と行動して」 「何言い出すのよ!どうしてレンが<パテル=マテル>と離れなければいけないの」 レンがルイズに告げた内容は驚くべきものだった。 <パテル=マテル>はルイズと行動を共にし、レンは単独で戦場に出るというのである。 「レンは前線に出なければならないわ。いくら士気が高くて地の利がこちらにあるとはいえ、訓練を受けた軍人相手に戦争の素人である平民が立ち向かうのは無理だから。 でもそれだとレンが積極的に動くことは出来なくなる。 後方で指揮を取りつつ援護、前線が崩壊しそうになったら救援に向かう役が必要。それが可能なのはルイズと<パテル=マテル>だけなのよ」 「でも…。私、そんなこと出来ないわ」 戦で指揮を取った経験もなければ、<パテル=マテル>を上手く動かせる自信もルイズにはない。 それでも、ルイズ以外にその役を肩代わり出来る者はいないのもまた確かだった。 「ルイズにやってもらうしかないの。私達には後なんてないのだから。 …早速来たわよ。覚悟を決めなさい」 姿を現したのは歩兵。ちらほらと杖を持ったメイジも散見される。進軍速度がゆっくりなのは先の騎馬隊の轍を踏まないためか。その陣は重厚で容易には崩せそうになかった。 「銃隊前に、構え!」 レンの号令に銃を持った男たちが応える。一糸乱れずとは言えないが、寄せ集めの民兵にこれ以上を望むのは酷というものだろう。 敵の目鼻が見える距離まで引き付ける。彼らが突撃の姿勢を見せた瞬間、矢の様に引き絞られた声が飛んだ。 「今よ!撃て!」 さして広くもない街道に密集した集団に向けて放たれた弾丸は狙いを外しようもなく、その全ては標的へと吸い込まれていく。前面の幾人かは腹や足を押さえ、また幾人かは腕を動かすことなくその場に倒れ伏した。 後の先を見事に取られたレコン・キスタ兵は一瞬怯みを見せたが、自分達が敵兵より遥かに多いことを思い出し、再び喊声を挙げて走り出した。 このままでは不利とみて、レンはオーブメントに手をかざす。このペースで強力なアーツを使い続けては近いうちにクォーツのエネルギーも空になるだろうことは分かっていたが、 かといって今ここで退けばその『近いうち』さえレン達には訪れはしないだろう。 <パテル=マテル>の存在が恋しかったが、その助力は得られない。おそらくはこの部隊のほかに別働隊がいるはずだ。それもグリフォンなどを連れたメイジが。 レンは騎馬隊を退けた後、次にレコン・キスタが打つであろう手を予測した。 もしレコン・キスタが正面からタルブ村を攻め落とそうとすれば、たとえそれが出来たとしてもレコン・キスタ軍に無視できない被害が出るだろう。 ならば空中機動力のある部隊でタルブ村の内部に侵入し、お互いを孤立させて各個撃破すればいい。 敵将が馬鹿でなかったらその位は策を弄するだろう。そうなってから対策を講じては遅い。 だから、<パテル=マテル>をルイズに託したのだ。 ここは何があってもレンとその指揮下の百五十人で防ぎきらなくてはならなかった。 オーブメントの回路が駆動する感触を得て、レンは呪文とともに鎌を振り下ろす。 「滾り吹き上げる大地の血、骸を糧とし触れる総てを朱に染めよ!ナパームブレス!」 融けずにあった氷に覆われていた道は赤く燃え盛る火炎に飲み込まれ、舞い上がった氷の結晶は吹き荒れる火の粉に取って代わられた。 火に巻かれのたうち転がりまわる者の悲鳴が響く中、獣の嘶きと共に遠くの森から飛び上がる姿があった。 やはり別働隊がいたか、とレンは舌打ちしたが眼前の敵を放置することは出来ず、後ろを振り向かずに敵中へとその身を踊らせた。 「頼むわよ、ルイズ。<パテル=マテル>を立派に操ってみなさい」 ルイズは民家の屋根に登り戦局を見守っていた。 向かってくる歩兵の数はレンが指揮する部隊よりずっと多い。そうそうに出番があるかもしれないと考え、いつでも援護に出れるように準備していた。 しかし、レンの放ったアーツで炎が地面を裂いて溢れた瞬間、森の上に現れた人影にそれを断念する。十数の空行騎が一直線にルイズのほうに飛んでくるのが見えたからだ。 「<パテル=マテル>、少しだけ力を貸して」 ルイズの請願に応え、<パテル=マテル>からミサイルが発射される。空中に放り出されたそれは一瞬頭上で回転していたが、点火されると敵兵目掛けて雲を引きながら飛んでいく。 命中したのは数発だったが、爆風と熱波は周りを巻き込む。悲鳴を上げて墜落したのはおよそ十騎。 あとは肉弾戦で仕留める他ない。 ルイズが大きな手のひらに飛び乗ると、<パテル=マテル>は青白い炎を噴出し空中へと飛び上がった。 敵兵は散開してルイズを囲むように飛び回る。そのうちの一騎に狙いを定め、接近して鉄の拳を叩き込んだ。真上から振り下ろされたそれを受け流すことは出来ずに、一人と一匹は真下の民家の屋根を抜いた。 その間に敵が手を拱いているはずもなく、魔法が続けざまに<パテル=マテル>に襲い掛かる。土で作られたゴーレムがその手を伸ばす。それをどうにかすり抜けたところにファイヤーボールが直撃した。 <パテル=マテル>の手がルイズを包んで守ってくれたが、熱までは防ぎようがなく彼女の白い足に水泡が膨れ上がる。 回避に専念しようかとも考えたが、この巨体では敵の魔法をかわすことは困難だと判断し、ルイズは再び攻勢に出る。 鉄の軋む音を聞き竜が怯え竦んだのを見て取り、<パテル=マテル>は杖を構えて呪文を唱えていたメイジを乗騎もろとも吹き飛ばした。 「まさに化け物だな、あのゴーレムは…」 ワルドはグリフォンの手綱を操り、必死に逃げ回っていた。 既に五騎が落とされ、戦場を飛んでいるのは<パテル=マテル>と彼の操るグリフォンのみ。 未だ目の前に立ちはだかる鉄のゴーレムを打倒する方法が浮かばないでいた。 エア・ハンマーは既に何発も放っている。うち一発は関節部に命中し、数本のパイプをもぎ取ってはいたが、決定打には程遠かった。 <パテル=マテル>を行動不能にするまでエア・ハンマーを撃ち続けようとしたが、残りの精神力も囮になってくれる味方もワルドは持ち合わせていなかった。 このまま引き下がっては貴重な空戦力の浪費にしかならない、せめて倒すための糸口を見つけられないかと逃げながら観察していると、<パテル=マテル>の左手に立つ人影を見出した。 おそらくはあれがこのゴーレムを操っている術者だろうとあたりを付け、彼は戦局を変えるべく賭けに出た。 身の危険も顧みず、ワルドは剣を抜き<パテル=マテル>に向かって直進する。 振り下ろされる右手を紙一重で避け、手のひらの上で身動きの取れないメイジにそのまま剣を突き出そうとする。しかし、そのメイジはワルドがよく見知った、意外な人物だった。 「ルイズ!」 「ワルド様!」 思わず剣を引いたワルドに、彼の婚約者から声が掛かった。 「何故ワルド様がレコン・キスタの軍に身を投じているのですか?」 「ああ、僕の可愛いルイズ。どうして婚約者同士が争わなければならないのだい。さあ、こっちへおいで」 ワルドの頭の中では、ルイズは小さくか弱い少女でしかなかった。甘言を弄せば自分に従うだろうと予想し、彼は昔のようにルイズに囁く。 しかし、ルイズは以前のような世間知らずの令嬢ではなかった。既に彼女は一人のトリステイン貴族として己のなすべきことを見据えていた。 「ワルド様、もう一度お聞きします。どうして魔法衛士隊隊長のあなたがレコン・キスタに参加しているのですか?返答次第では、私はあなたを倒さねばなりません」 その言葉が本当か否か、それが読み取れないほどワルドは愚かではなかった。 一つ息を吐き、彼女に別れの言葉を告げる。 「大人になったのだね、ルイズ」 「ワルド様、一体何を…?」 「僕は僕の目的のためにレコン・キスタの旗の下に居る。国と民を捨てて自分のためだけに行動している。君に罵られても、軽蔑されても、杖を向けられてもなさなければならないことがある。 だから、お別れだ。ルイズ。 君が僕の前に立つのなら、僕はまた君に剣を向けるだろう。その時は容赦はしない」 「私もです。ワルド様」 「ここは一旦退こう。…さようなら、もう僕のものではない、可愛いルイズ」 それから三度の侵攻があった。ルイズ達は辛くもそれを退けて村を守ったが、一戦するごとに被害は幾何級数的に増大した。負傷者が増え、戦闘要員が減り、更に負傷者が増える悪循環。 敗北はもう目の前にまで迫っていた。 「戦闘が可能な人数は何人?」 「七十三人です。そのうち軽症を負っている者が二十八人」 「重傷者の搬送も追いついていません。手当てするにも人手が足りない有様です」 既に村の入り口は抜かれ、防衛線は広場まで後退している。砲弾で吹き飛ばされたバリケードをかき集め、民家の家具をありったけ積み上げてなんとか防いでいるという状態だった。 「<パテル=マテル>も右足が動かないわ。常に飛んで移動しなくちゃならないから出力もだいぶ落ちてるみたい」 「困ったわね、レンのアーツもあと二、三発ってところかしら」 レンがオーブメントにカプセルを差し込むと、クォーツにわずかだが光が戻る。これでEPチャージも最後の一本を使い果たした。 空になったそれを投げ捨ててレンは立ち上がる。その拍子に腕に巻いた白い包帯が取れそうになったが、生憎と頓着している暇はなかった。 「もう限界よ、ルイズ。撤退するしかないわ」 「まだアンリエッタ様の軍が到着するまで四、五時間は掛かるのよ!」 「次の侵攻を防げるかどうかすら分からないわ。もし防げたとしても、その時には撤退出来るような余力は残されてないの。負傷者を見捨てていくわけにはいかないでしょう」 「でもこのままじゃ「敵襲です!歩兵、騎馬合わせておよそ八百!」」 二人の会話を敵襲の知らせが遮った。全ての選択肢は消えて失せ、絶望が村を覆った。 決まりね。と、レンは言って鎌を持ち直す。 「村人は全員、即刻退去しなさい。レンと<パテル=マテル>で逃げるだけの時間は稼ぐわ」 「レンちゃん!そんなの危険すぎます!」 「シエスタ。あなたはまだ動けるでしょう。怪我人に肩を貸して早く避難しなさい」 なおも言い募るシエスタだったが、それを切って捨てたのはレンではなくルイズだった。 「あなたが残ったら私もレンも逃げることが出来なくなるの。あなたがここで出来ることはもうないわ。わかったら、早くなさい」 「でも、でも、そんなことって」 「レンと私を殺したいの?シエスタ?」 シエスタはしばらく俯いて拳を震わせていたが、ルイズとレンが翻意することのないのを悟ると、彼女に出来ることをなすために重傷者の中へと走っていった。 広場に残ったのはルイズとレンの二人。そして傍らには<パテル=マテル>。 「私は止めないのね。レン」 「あなたには言っても無駄だからよ。頑固者のルイズ」 これから二人が始めるのは死に向かう進軍だった。懸絶した戦力の差を前にして、それでも二人は並んで立っていた。 数百メイル離れた所には死神が列を成して歩いていた。それでも二人は笑っていた。 「死ぬんじゃないわよ」 「あなたこそ」 ルイズは右手を、レンは左手を、それぞれ固めた。そして一度だけ、互いの手を打ち付ける。 オーブメントを起動させ、<パテル=マテル>の手に飛び乗り、二人は敵陣に向かって疾走する。 前ページ次ページゼロの軌跡
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前ページゼロのイチコ 右へ左へと曲がりくねってる森を潜り抜けると聞いたとおりのきこり小屋が見つかった。 外から見るに普通のきこり小屋だ。一体何があって教師たちはあんな怪我を負っただろう。 「イチコ、様子を見てきてくれる?」 「はい、頑張ります」 気合を入れ、地面を潜りゆっくりと小屋へと近づいていく。 顔を半分だけ出して動くその姿はちょっと不気味だった。 しかし、幽霊であると言うのはこういうところで便利だった。 絶対死なない、というより既に死んでるから、入ったとたんに罠が発動しても何も問題は無い。 あの宝物庫の魔法すらすり抜けたのだから、よほどの事がなければ大丈夫だろう。 小屋の下へと潜ると、そのままスルスルと地下から小屋の中へと侵入していく。 そうして一分もしない内に今度は扉から抜け出てきた。 「ご主人様、誰も居ませんよ~!」 隠れていた草むらから顔を出す。近くにロングビルが居るかもしれないんだから叫ばないで欲しい。 小屋の中はこざっぱりした物で、机と木材が少々、あとは斧などの道具があるだけだった。 暖炉が無いところを見ると冬には誰も来なくなるのかもしれない。 机の上には大きな筒状のモノが置いてあった。 筒の端に突起物が付いている。作りも細かいのだけれどそれがどんな意味を持つかは分からない。 なんだろう、これは。杖なんだろうか? 剣でも鎧でも装飾品にも見えなかった。 確かあの宝物庫に保管されているものは魔法に関するものばかり。しかし目の前の物体はそのどれにも当てはまらなかった。 「う、重いわね」 持ってみると相当の重量があった。 どうやら全て鉄で出来ているようだ。 しかしロングビルは見当たらない。これが宝なのだろうか? それにしては無用心すぎる。しかしこれ以外でソレらしいものは小屋の中には無かった。 「これ、ロケットランチャーみたいですね?」 とイチコが筒を見て言う。 「イチコ、これが何か分かるの?」 「ぇえっと……いえ。やっぱり勘違いだと思いま――」 その時、轟音と共に床が揺れた。窓から見える空には一斉に鳥たちが羽ばたいて行く。 その空を覆い隠すように巨大な岩が現れる。窓から太陽が見えなくなり、小屋の中は薄暗くなった。 そこで自分たちが危ない状況に置かれてる事に気がつき小屋の外へと飛び出た。 外には塔と見間違えるほど巨大なゴーレムが歩いていた。 まるで子供がそこら中の岩や泥を固めて作った人形のようだ。しかしその大きさはゴーレムとしては最大級だと言える。 歩くごとに地面が揺れ、木がザワザワと音を立てる。 それを見て、思った。私は今日死ぬかもしれないと。 大貴族の娘として生まれ、魔法は使えないまでも誇りだけは失わないようにと生きてきたけれど。 まさか、こんな名誉も何も無いところで死に直面するとは考えていなかった。 それほど予想外だった、これほどのゴーレムを操れる術者が盗賊なんてしてるわけが無い。そんな思い込みもあったかもしれない。 「ご、ごごご主人様?! に、逃げないと!」 とイチコの声で我に返る。そうだ、戦わないと。 宝物をその場に置くと、杖を取り出し呪文を唱える。 炎を打ち出したつもりだったが、いつもどおり失敗。ゴーレムの肌に小さな穴を空けただけだ。 しかも、その穴はすぐに塞がってしまう。 二、三度呪文をぶつけるが結果は同じ。私の呪文では歯が立たない。 「こんなの無理ですよ! 逃げないと」 イチコが必死に叫ぶ。 そうだ、宝は取り戻したのだから逃げると言う手もある。 だけど盗賊相手に、背を向けて逃げるのか? 「逃げない!」 杖を振り、足を狙う。だけどバランスを崩すことすら出来ない。 ゴーレムはゆっくりと、まるで嘲るようにゆっくりと歩いてくる。 「ぇえ?! でも逃げないと、潰されちゃいますよ? あんな大きな足に踏まれたら車道で車に引かれたカエルさんみたいになっちゃいますよ?!」 また意味が分からない事を言っている。 でも、私は貴族。 「たかが盗賊に背は向けられないわ。イチコ、あんたは逃げなさい」 足に攻撃を集中させる。でも呪文が当たり、次の呪文の詠唱が終わる頃には穴が完全に塞がっている。 これでは埒があかない。 「ダメです、ご主人様が死んじゃいます」 「死なないわよ、あのゴレームに勝つつもりなんだから!」 コモンマジックに切り替える。 もう、このさい失敗を気にしててもしょうがない。どうせ失敗するなら詠唱が短い魔法を連発する。 だが、失敗魔法も込めた魔力に比例していたのか。威力が落ちるため一撃が弱くなる。結果、ゴーレムの表面が焦げるだけだ 失敗魔法の考察なんてした事が無かった。少しだけ後悔する。 そうしている間にもゴーレムとの距離は縮まり。 もう、手を伸ばさば掴まれる距離まで来ていた。 「ご主人さま!」 ゴーレムの手が振り上げられる。 あぁ、これは潰される。そんな考えが頭をよぎった。 その時横から勢いよく飛んできたイチコに突き飛ばされた。 いきなりの事で受身がとれず、地面を派手に転がった。 つづいて轟音が鳴り響き、破壊された小屋の木片が飛んでくる。 あわてて手で顔を庇うが飛んできた木片が右手にあたった。 激痛が走る、やばい、骨が折れたかもしれない。 右手も気になるが、左手はまだ無事。のんびり横になってて良い状況じゃない。 左手で体を支えて起き上がる。右手から走る激痛を噛み殺す。体からじっとりと汗が出た。 「イチコ、無事?!」 ギーシュのゴーレムもすり抜けたのだから大丈夫だとは思うのだけど。 改めてあたりを見渡すと当然のようにゴーレムは健在。ゴーレムが歩いた森の木はなぎ倒され、小屋はコナゴナになっていた。宝は……よかった、無事だ。 イチコは広場の中央に体半分埋まって居た。キョロキョロと辺りを見回してこちらの存在に気づく。 「ご主人さま~、無事ですか~?」 「無事よ……あんたは?」 痛みを殺してなんでも無い様に振舞った。イチコに知れると余計に混乱をきたすことは目に見えている。 「私は幽霊ですから大丈夫です。それよりご主人さま。やっぱり逃げましょうよ」 「しつこいわね、逃げるわけにはいかないのよ」 「どうしてですか、死んだらどうにもならないんですよ?!」 「死んでも名誉は守れるわ!」 と言ったら、イチコの表情が張り付いたように動かなくなった。 なんでいまさら驚くのよ。 アンタは貴族じゃなかったの? ゴーレムがゆっくりとこちらへ向きなおす。 どうにも動きが鈍い。あれだけの大きさを動かせるほど術者が練達してないせいだろうか? その時、ゴーレムの足元にある宝に目がいく。さきほど見つけた鉄製の宝物である。 あの宝は学院の宝物庫にあった品。だとするならば何らかの魔法道具である可能性は高い。 上手くアレを拾って使えば、まだなんとかなるかもしれない。 そう考えると、まずは身を軽くするために背中に背負っていたインテリジェンスソードをその場に置いた。 「おいおい、お嬢ちゃん何するんだ? 右腕骨折してるのにまだやろうってか?」 このお喋り剣、また余計な事を言う。 「ぇえ? 骨折してるんですか?」 「いいから、アンタは下がってなさい!」 また口論になりそうだったので、右腕を庇いながらも走り出す。 ゴーレムは相変わらずゆったりと動く、あれなら避けれないことも無い。 再びゴーレムの拳が振り下ろされる。 だがその拳は見当違いの場所へと落とされた。やはり、術者、ミス・ロングビルはこのゴーレムを完全に操りきっては居ないようである。 揺れた地面にバランスを崩されながらも私は宝の元へと走る。 宝は相当の重量があり、左腕だけで持ち上げるのは難しかったがなんとかなった。 「お願い!」 念を込めてそれを振る。 なんでも良い、なにかこの事態を好転させる結果が出てくれれば。 もうゴーレムはいつでも私を踏みつぶせる位置にいる。これで何も起こらなければ本当にチェックメイトだ。 だけど、無常にも何も起こらない。いつもの失敗魔法のように爆発すらしない。 「なんでよ?!」 杖じゃなかった? いや、何らかの魔法アイテムだとしても魔力を通せば何らかの反応はあるはず。 だったら、何故? 私がゼロだから? 何度振っても何も起こらない。ふと上を見上げるとゴーレムがじっとこちらを見ていた。まるで何かを待っているように。 それに違和感を覚えて私は手を止める。 それが合図だったとばかりにゴーレムは再び動きはじめた。 すぐさま潰されると思ったが、ゴーレムの手に掴み取られる。 「ああっ!!」 右腕が圧迫されて痛みが走った。 痛みで思考が一瞬中断されたが、すぐに元に戻る。ゴーレムはこのまま私を潰す気は無いようだ。 考えてみれば、私はまだ宝を抱えている。宝ごと握りつぶすわけにもいかないのだろう。 それでも、私の命がもうほとんど残ってないことは分かった。 こうなってしまえばロングビルが直接手を下すのもいいし、片手で私の頭を潰してもいい。 ともかく、私は死んだ。 これで良かったのだろうか? 良かったかどうかと言えば全然良くない。 魔法をちゃんと使えるようになりたかったし。 女王陛下のお役に立ちたかった。 家族にももう一度会いたかった。 キュルケをまだぎゃふんと言わせてない。 編み物ももうちょっと上手くなりたかった。 それでも、私は最良の選択はしたと思う。 そうするしか無かった。ここで背を向けて逃げる選択をしたら私は私でなくなってしまう。 使い魔の責任を取らなければ、私は一生魔法使いとしてダメになってしまっていると思う。 だから、ベストじゃないけど一番ベターな道だったと思う。 そう言えば、イチコには悪いことをした。 呼び出してまだ間もないのに、死ぬなんて無責任よね…… 「ご主人様!」 声がしたほうを見る。 イチコが剣を引きずって走ってきているのが見えた。 まだ居たんだ。 あんなに逃げたいと言っていたのに、なんで向かってきてるのよ。 誰よりも争いごとが嫌いで、すぐ泣く癖に。 私よりも力が無くて、剣を持ち上げるのも一苦労のはずなのに。 下がってろって言ったのに。 なんで、そう泣きそうな顔で走ってるのよ。 痛みで頭が朦朧として、「逃げろ」と言う事もできない自分が腹立たしい。 「ご主人さまぁ!!」 剣が地面に引っかかるたびによろけ、顔は涙で前が見えてるか怪しかった。 「そうだ、相棒。それで良い!」 それでも両手で剣を握って離さない。 「『使い手』の力は心だ。もっと心を奮わせろ!」 左手のルーンが白く輝きはじめる。 剣先が浮き上がる。 ゴーレムはそれを見て私を掴んでいない方の手を振り上げた。 イチコには通じなくても、インテリジェンスソードは破壊可能だ。 ゴーレムは先ほどとは段違いのスピードで拳を振り下ろした。 イチコの体が浮き上がる、剣と共に。 魔法使いでも無い、剣士が空を飛んでいる。 剣を振り上げ、細身の少女が空を翔る。 地上からはるか高い、ゴーレムよりも頭上まで舞い上がった。 それはまるで、他愛も無い子供の頃に読んだ絵本の一幕のように感じられた。 「ご主人様を、離して下さい!」 振り下ろした剣は分厚い岩を切断し、私を握っていたゴーレムの腕を切り落とした。 握られていた力が緩められたことと、落下の浮遊感で 私は――意識を手放した。 目を覚ますと、そこは自室だった。 右手は包帯でぐるぐるに巻かれている。 一瞬何が起こったか分からず、ぼーっとベットの天蓋を見上げていた。 「……あれ?」 どうして、こんなところに。 生きてる? 起き上がると腕の痛みが走った。驚いて一瞬目をつぶる。だけどそのおかげで完全に目が覚めた。 そう言えばイチコは? 部屋を見回すとすぐに見つかった。相変わらず部屋の中央で浮いていたからである。 すぅすぅ、と小さな寝息を立てて眠っている。 窓の外を見ると綺麗な満月が空に上がっていた。 「ぉう、嬢ちゃん。起きたか」 部屋の壁にインテリジェンスソードが立てかけられていた。 「私、どうなったの?」 「とりあえず、全員無事だ。宝も取り返せた」 「そう……ロングビルは?」 「相棒が倒した。いまごろは王宮の地価牢だろうよ」 イチコが? そう言われて思い出す。イチコがゴーレムの腕を一刀両断したことを。 「あれって、アナタの仕業?」 「どの仕業か大体予想がつくが、オレは剣だぜ。ただの道具だ」 つまり、正真正銘あれはイチコの力だったというのだろうか。 「一体、あの後何があったの? それになんでいきなりイチコが強く……」 と聞こうとしたのだけれど、再び睡魔が襲ってきた。 すごく、眠い。 「ま、それに関しては明日教えてやる。とりあえず今日は寝とけ」 「何よ、えらっそうね……」 そう言いながらベッドに横になった。 前ページゼロのイチコ
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ゼロの使い魔~双月の騎士~ レビュー (ジャンル:ファンタジー、ラブコメ) 全12話 監督:紅優 アニメーション制作:J.C.STAFF 評価 ストーリー キャラクター 声優 映像・作画 2点 2点 16点 16点 合計36/100点 感想 ラブコメ作品なのに戦争をテーマにしています(笑) 才人は平和主義者でルイズは名誉の為なら死ねるという事で対立します。 突然の事だったから私も見ていて呆然としましたが、 冷静にならなくてもこの作品で描く内容ではないと思います。 人を殺し殺される戦争は愚かな行為であるのは誰もが認める事だと思います。 名誉の為なら死んでも良い、貴族の誇りだとか、そういうのも違うでしょう。 しかしその程度の説得力もこの作品にはありません。 ストーリーに都合の良いように無理矢理二人を対立させてもねぇ。 もしも真剣にこのテーマを描きたいなら、 アニエスとコルベールをメインキャラにすべきでしょう。 しかしそれでは全くの別作品でしかないわけです。 私だったら無理な事はせず、 前作のようなラブコメを作ればよかったと思います。 何故この作品でこのテーマを描こうとしたのか?さっぱり分かりません。 「ゼロの使い魔~双月の騎士~」アニメ公式サイト
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 5 「夢芝居と落ちこぼれ」 ルイズはその時、乾いた金属音を聞いた。 その音の方向を見ると、そこには彼女の知っている人物が片膝をついていた。 (ニュー!) ルイズの声は届かずに、ニューは片膝を着きながら、衝撃で痺れた手を押さえていた。 その様子を見ていた、一人が声をあげる。 「勝負あり、そこまで!」 審判を務めていたであろう者は、ニューと同じような人物だった。 少なくとも人間には見えない。 ルイズにはいきなりの状況に、訳が分からなかったが、近くにもう一人見知った顔が居た。 (ん、何をやっているのかしら?あ、あれはゼータじゃない) 気付かなかったが、対戦相手は彼女の友人の使い魔のゼータであった。 おそらく、練習試合なのだろう――訓練場の様な場所を見てルイズはそう考える。 剣の技量は知らないが、ニューがゼータ相手に勝てるとはルイズも思わなかった。 「ありがとうございます」 ゼータがニューに試合後の礼をする。だが、そこには充実感や爽快感はなく、一種の含んだ空気が漂っていた。 その原因は外野の空気に思えた。 (またかよ、5戦全敗) (ゼータが強いと言う事を差し引いても、これは異常だよな……) ルイズの耳に、誰ともわからない声が聞こえる。複数の男達の声が聞こえる。 (え!何?何の声?) 誰とも知れない声に、周りにいる人物たちを見渡す。その顔には、蔑むような視線がルイズにも見てとれた。 ルイズにはその声が解らなかったが、周りの空気から何となく事情を読みこめた。 彼は馬鹿にされている――自分の様に クラス内でルイズに対する視線と、今のニューに対する視線は同じ物を感じる。 だが、これは何なのだろう。思い当たる事は、つい最近の出来事。 (これは、夢、ニューの昔って事かしら) 数日前に見た夢に似ていると何となくルイズは感じ取った。 (そう言えばアイツ、騎士になりたいって、言ってたわね……) 以前、教室の掃除の際の話をルイズは思い出していた。 (しかし、アイツって魔法は使える割に、剣は本当に駄目だったのね) ゼータの技はルイズも知っているが、それでも差があると思った。 あの時は謙遜とは感じなかったが、こうまで酷いとは。 (いつも偉そうな割に、こんな所もあったのね) 彼女の知っているニューは、どちらかと言えば自信家で毒舌な人物である。 自身を馬鹿にしてはいないが、少なくとも尊敬しているとは到底思えない。 だから、今の落ち込んだ顔を見て、少し微笑む。 それから、誰も居なくなった訓練場に、ニューとルイズが残される。 (慰めてあげようかしら) 優越感からそんな事を考える。 しかし、これは夢の為ルイズに気づかないのだった、ニューは近くに落ちた剣をじっと見つめている。 「はぁ、僕には才能がないのかな……」 肩を落として溜息をつく。 ゼータだけでは無い、昨日は弟弟子のリ…ガズィにも敗れた。 ある程度わかっていたことであったが、それでも、この現実は辛い物がある。 その様子を、最初はいい様と思っていたが、段々といたたまれないものを、ルイズは感じ始める。 才能がないのかな…… 自分もよく口にする言葉、人の居ない所で練習して失敗する。 そして、いつもその言葉に落ち着く。 聞こえないとはいえ、何か声をかけたい。 その思いもむなしく、ルイズに声が響く。 (……いつもの所に行くか) 数秒考え込んだ後、深呼吸してから立ち上がり、ニューは歩き出した。 ニューの後を付いて行くと、そこは図書館の様であった。ニューが部屋に入ると、また人間とは違った者が出迎える。 緑色の体にローブをまとい、ニュー達と違い青いゴーグルで覆われている。 ルイズは知らないが、彼は法術隊の中で、もっとも古株の僧侶 ガンタンクⅡであった。 「ガンタンク殿、お邪魔します」 「こんにちは、ニュー殿」 やってきたニューに対して、ガンタンクは丁寧に挨拶をしてから、二人は手近な椅子に座る。 「また、ご教授して貰いたいのですがよろしいですか?」 「ええ、良いですよ」 ニューの申し出に、ガンタンクは喜んで応じる。 ルイズが何をするのか見ていると、ガンタンクは何やら話し始めたようだ。 (講義なのかしら) 詳しい内容は分から無いが、それは魔法学院で聞く講義の内容に似ている気がした。ニューはその話を聞きながら、何度も頷いている。 向かい合う様は生徒と教師の一言に尽きる。 タンクの言葉が途絶える。どうやら、終わりらしい。 次に、杖を取り出してガンタンクが魔法を唱える。 「では、今度は実践してみましょう。ミディ」 手から柔らかい暖かい光があふれる。 ミディ――ガンタンクの魔法は、ニューが使う魔法の中でも簡単なものである事をルイズは知っていた。 ニューも続いて、魔法を唱え手から暖かい光が溢れ出す。 どうやら、剣とは違い魔法の方は本当に才能があるようだ。 少なくとも未だに、魔法が正確に使えないルイズにはそう思えた。 タンクは休憩を促し、お茶を持って来る。 「しかし、貴方は勉強熱心ですな」 一息ついた所で感心したように、タンクはニューを見る。 タンクがニューに魔法を教え始めたのはここ一か月ほどの事であるが、少なくとも簡単な魔法でもこれほど早く習得するとは思いもしなかった。 「僕は剣が下手ですので、せめて簡単な魔法が使えたらと」 ニューがお茶を飲みながら、それに答える。 騎馬隊の中にはごく少数ながら、簡単な回復魔法が使える物が居る。ジムスナイパーⅡやジムコマンド等はリ…ガズィやゼータには剣で劣るが、そう言った面で貢献している。 ニューが自身に魔法が使える事に気がついたのは最近であり、今ではタンクの下で暇な時に教えを請う事が日課であった。 そして、この時間が弟弟子達への劣等感と訓練で負け続けるニューにとっても心の支えとなっていた。 (剣では貢献できないかも知れない。けど、こう言った事でみんなに貢献できるかもしれないから) ニューの心の声はルイズにも聞こえていた。 タンクはそんなニューの葛藤には気付いているか分からない曖昧な表情を浮かべる。 あるいは、それに気付いているのかもしれない。 「しかし、貴方はもっと修業を積めば法術士になれるかもしれないのに、本当に勿体ないですな」 タンクが残念な感情を含んだ声で呟く。 今ではほとんど見る事がなくなった職業 法術士――回復だけでは無く、数多の攻撃魔法を使いこなす法術士は今では幻と呼ばれていた。 興味深く耳を傾けるニューに、タンクは思う所があるのか話を続ける。 「貴方なら伝説の魔法ギガ・ソーラも使えるかも知れません」 「ギガ・ソーラとは?」 ニューもその様な魔法は聞いた事無かった。 ここにきて、いろいろな魔法を聞いたがその魔法は初めて聞くものがあった。 「ギガ・ソーラは伝説の魔法と言われています。その力は絶大で戦局にも影響を与えると言われました。 しかし、絶大故に術者にも多大な負担を与える為に使える者がほとんど居なくなってしまいました」 「そんなにすごい魔法なのですか」 昔話を聞いた子供の様に、ニューは顔を輝かせる。 (僕も修行すれば、そのような凄い魔法が使えるのだろうか) ニューはなんとなくそんな事を思った。 反対にルイズは疑問の表情を浮かべる。 (そんなすごい魔法、ニューは使えるのかしら?) ニューの魔法を見てきているが、ギガ…ソーラだけはルイズも見た事がなかった。 「……話しはそれくらいにしましょう、ところで、どうですか、本当に法術隊に入りませんか?うちは人手不足なんです、貴方が来てくれたら歓迎しますよ」 先程までとは違い、声に戯れは感じない。 それを感じ取り、ニューも表情を硬くする。 「申し訳ありません、僕は騎士になりたいのです」 タンクの声を聞いて、ニューも申し訳なさそうに答える。 (私は、お爺様や父様みたいに立派な騎士になりたかったんだ) ニューの言葉がルイズの心の中によぎる。 何となく何かを理解したのか、タンクはニューの顔を見て顔を崩す。 「そうですね、人には生き方があります。貴方はまだ若い、後悔しないはずがありません。だから、貴方の出来る事を、貴方にとっての答えを見つけなさい」 (え!……今の言葉、私に言った言葉じゃない) ルイズの意識は、その言葉を最後に遠くなった。 夢から覚めたのかと思ったら、どうやら違う様であった。はっきりとは分からないが屋内に居るのだろう。 外は暗く、感覚はないが、何となく音で雨の気配を感じた。 そして、その室内にはうす暗い明かりの中十数人の人の気配を感じる。 「この雨が、我々の命を繋ぎ止めているのであろうな」 アレックスが窓から外を見ながら、緊張した面持ちで呟く。 丘の様になった地形から、アレックスに習い窓から外を見ると、少し離れた所には無数の明かりが森の中から見えていた。 「国境にまで偵察に来てみれば、これ程までの敵と遭遇するとは……」 この間までの均衡状態とは違い、近頃のアルガス王国は世代交代もあり、ムンゾ帝国に後れをとっていた。 アレックスはそれを感じ取り、今回国境まで威力偵察にきた。 しかし、ムンゾ帝国も同じ事を考えてたらしく、遭遇戦となる。 敵は九百近い数でありアレックスは退却を決断する。 幸い、歩兵を中心としたムンゾ帝国に対して、数十騎とはいえ馬に乗っていたから、降り出した雨の助けもあり、ここまで退却する事が出来た。 しかし、予想外の豪雨で川が氾濫し、結果的にムンゾ帝国の侵攻部隊と共に、ここに取り残される。 「ムンゾ帝国が近頃力をつけて来たのは本当の様ですな……」 アレックスに、タンクが言葉を入れる。 「そうだな、奴らの力は以前よりも増している、なんとかしないとな……夜明け頃には雨がやむ、向こうはそれと共に攻撃を仕掛けてくるだろう」 自身も語りたくないが、迫る危機に話題を変える。 その言葉に、声は出ないが空気は重くなる。 雨で敵が攻撃できないように、援軍もまた思うように進軍出来ないでいた。 このままでは……周りの顔は深刻であった。 戦争――とは言えないまでも相手と命をかけて殺し合う。 ルイズは、無言でその様子を見ていた。 一対一の決闘とは違う、自分の力が及ばない領域。 剣が使える、力が強い、魔法が使える。 それらの意味を嘲笑う物。 戦争とは常に有利な状況とは限らない。そして、今まさにその状況であった。 「アレックス団長、試したい事があるのですがよろしいですか?」 (……アレを試してみるしかない) 最後の言葉から数分の沈黙の後、不意に、ガンタンクはアレックスに提案を出す。 (……アレって、何かしら?) 「タンク殿、なにか考えでも?」 タンクは古株でこの中では相談兼知恵袋と考えている。 アレックスの返事には何か期待の意味がルイズは感じる。 タンクは自身の考えに絶対の自信はないのか、言葉はゆっくりとしたものであった。 「はい、私とメタス、そしてニュー殿でギガ・ソーラを試してみたいのです」 その言葉に、真っ先に二人がが反応した。 「無茶です、僧侶ガンタンク、我々二人の力でも無理だと言うのに」 オレンジ色の体に緑のゴーグルの僧侶メタスが反論する。 彼からしてみれば、それは干ばつの際に行う雨乞い程度の認識しかなかった。 ましてや、その中心人物に自分が来るとなれば猶更であった。 そして、もう一人も同じ考えであった。 「え!無茶ですよ、タンク殿、僕は簡単な魔法しか使えないんですよ」 (無理だよ、私に出来る訳ないよ) タンクが自分の名を出した事に、ニューは狼狽する。 この中で、一番期待されていない存在の自分が、急に出て来た事に戸惑う。 (なんで僕なんだよ、僕の名前なんか出したら) 懸念は当たる。自分の名前を聞いて、周りの空気も再び重くなる。 しかし、タンクはニューが望むような冗談を言った訳では無い。 「もちろん解っています。しかし、貴方はものすごい力をお持ちだ、私達だけでは無理でも貴方の力を借りれば、出来るかも知れません」 (何を言ってるんだ、この爺さんは) (無理だぜ、あぁ、ここで全滅かな) タンクの言葉を聞いても、他の者達は呆れていた。 彼らの認識ではニューは頭数にすら入っていない。 せいぜい回復を頼むくらいの薬箱の様な存在である。 それを、周りの騎士達の言葉を聞いて、ルイズは憤りを感じる。 (何もしない癖に、何言ってるのよ!) 何もしないのに、ただ僻んだり、愚痴る。 そうなりたくないと考えるルイズにとって、彼らの考えや行いは最低と言えた。 アレックスはそれを聞いて、無言で考え事をしている。 もちろん、兵たちの空気も感じている。 (このままでは全滅は必至、ならば賭けるしかあるまい) 自分の決断を部下は無能と罵るだろう。 しかし、自身に案がなく、このままでは、遠からず全滅するのであれば、それに頼るしかアレックスには無かった。 (無能だな、私は) ルイズ以外、その顔は見えなかった。 自嘲を含んだその顔は、皮肉にも最も人間らしいとも言えた。 「僧侶ガンタンクⅡの策を受け入れる、夜明けと同時に、ギガ・ソーラを唱え、それと同時に、奇襲を掛ける。全員、時間まで休んでおくように!」 アレックスの言葉を聞いて、ざわめきが聞こえ始めるが、アレックスが一喝するとそれは音を下げた。 しかし、騎士達の空気はいよいよ重くなっていった。 場面が暗転し多様な感覚で、ほぼ一瞬と言う間に、時間は夜明け前になっていた。 突撃のカモフラージュの為、騎士達は、小屋から出て事態を見守っている。 その中心には、アレックスと三人の術者達が居た。 (これで最後かな) (母ちゃん、ゴメンよ) 騎士達の声にない悲痛な叫びがルイズにも聞こえた。 若い兵士の一人は、よく見ると槍を持つ手が震えている。 「では、頼む」 アレックスが開始の合図を出す。 先程までとは違い、危機が目の前にある今、すがるような視線が中心に集まる。 「ニュー殿、メタス、では行きますよ」 タンクが二人に呼びかける。 「はい」 (嫌だな……みんな期待している) 恐らく一睡もしていないであろう腫れた眼で、ニューはタンクの杖を握る。 三人は無言で集中し始め、晴れていた空は、心なしか、晴れかけた空が、また曇り始めていた。 その様子に、騎士達に期待の混じった声が少し上がる。 余裕があるのか、まだ、ムンゾ帝国の兵士たちは動く気配を見せない。 (まだ、これでは……) 周囲の期待に反して、タンクは焦りの表情を浮かべる。 「ニュー殿、メタス、もっとです!」 自分に向ける意味を含めて、若い二人に檄を飛ばす。 重なった杖により強い重さを感じる。 「はい」 (これ以上は無理だよ) タンクの叱咤にニューとメタスが返事をするが、内心はルイズに聞こえていた。 自分の中で、二つ名と共に最も忌み嫌う言葉――無理 (アイツには無理だよ、だってゼロのルイズなんだぜ) (また失敗したのか、だから無理だって言ったのに、ゼロのルイズ!) ルイズにはその時、自身への言葉が思い出された。 拳を握る。覚えたくなかったが、いつの間にか覚えている感覚。 (ニュー……) それだけを言った後、ルイズは黙っていた。 そして……… (馬鹿ゴーレム!アンタ何弱気になっているのよ!アンタが出来なかった皆が全滅するのよ!) 目を見開き走りだしたルイズが、触れる事が出来ないニューを叩きはじめる。 (アンタ何時も偉そうな癖に、口が悪い癖に………教室で私に偉そうなこと言ったのは嘘だって言うの!馬鹿ゴーレム、出来なかったら一生ご飯抜きよ!) ……どうでもよかった。 夢である事も忘れ、ルイズは必死にニューを激励する。 その声は届かない。しかし、ルイズは声を上げずには居られなかった。 使い魔は自身の鏡――思えば似ているかもしれない。 家の名前を背負っている所、自信家な所 ……そして、本当は弱気な所も。 (アンタは騎士としては駄目かも知れない、けど、アンタにはアンタの出来る事があるのよ!) 自信家で口が悪く、性格も良いとは言えない。しかし、魔法が使える使い魔として自慢できる存在。 (アンタがそんなのだと、私まで……を諦める事になるじゃな(……けど)え!) ルイズの言葉をニューの心の声が遮る。 (期待――今まで無意味だと思っていた。だけど、それは誰も本当は望んではいないからなんだ!) 立派な騎士になれ――本当に望んでいるのか? その言葉に込められる意味、思いやり?社交辞令?騎士の家に生まれたから? (期待……今までで一番嫌いな言葉。でも、今は違う!生き残る事を皆が望んでいる。……やらなきゃ、そうしなくちゃみんな全滅する!) その言葉と共に、杖に輝きが増していく。 (僕にだって出来る事があるんだ!) 曇った空に一筋の光が見え始める。 (いける!) 「いきますよ!」 「はい!」 タンクが合図を送り、ニュー達が返事を返す。 そして、その声は同時であった。 「ギガ・ソーラ!」 それは、ルイズが見てきた中で、一番強い光であった。 遠くから見ると、暗い雲の中から、一つの光が降り注いだ様だった。 光は大地に突き刺さり、そして…… 目を突き刺すような光の強さの割には、何一つ音がしなかった。 (何が起こったって言うの!) ルイズも目がやられており、視界が開けるには十数秒を要した。 そして、光が終わり、自身の眼で何が起こったのかを確認する。 (何……これ……) ルイズは目の前の森を見た。いや、見ている筈であった。 数秒前まで、森とその中には無数の殺気があった。しかし、それはすべて消えていた。 森があった所には、何一つなく、茶色い土の色のみであった。 ぬかるんだ土もなく、ただ、抉られたようなクレーターが広がるのみであった。 「おお、やったぞ!」 確認した誰かが、歓喜の声をあげる。 異常な事態よりも、自分達の生存が確認できて、彼らは素直に喜んでいた。 騎士達の歓声で、正気を取り戻し、ルイズはニューを探す。 そして、自身の使い魔を見つける。 彼はそこに居た。 (ニュー!) 本来、祝福されるであろう彼は、力なく倒れていた。 ニューに近寄ろうとするが、視界に暗幕が下りる。 そこから先は良く解らなかった。 時間、その他の感覚もほとんど感じ無い。 「ルイズ、何をやっているんだ?」 心配して、近寄った筈の男の声が聞こえた。 真っ先に回復しつつある聴覚で情報を求める。 声の方向を向くと、そこには倒れた筈のニューが居た。 「ニュー、アンタ倒れた筈じゃ………」 「寝ぼけているのか、ベッドから倒れたのはお前だ、ウォータ」 「うひゃ、あひゃ、なっ!何すんのよ、この馬鹿ゴーレム!」 水を顔にかけられて、ルイズは触覚と視覚を完全に覚醒させる。 そこには、いつも通りの憎たらしい顔があった。 ルイズが暖かい空気と、冷たい感覚に挟まれている事に気づく。彼女はベットから落ちたようであった。 「起きたようだな、全く、これから、姫様の命令を果たさなくちゃならん時に……」 腰に手をあてて、呆れた様子でルイズを見下ろす。 それが気に入らないので、ルイズは起き上がる。 「……てっ、解っているわよ!着替え持ってきなさい!」 ルイズはニューの後ろにあるクローゼットを指差す。 「はい、はい」 ルイズの不機嫌に慣れているのか、背を向けて、ニューがルイズのクローゼットを開ける。 ルイズは、さっきまでの頼りなさげな青年と、目の前の皮肉屋な青年と姿を合わせながら、ため息をついた。 「33 ニュー!アンタ、何弱気になっているのよ!」 ニューの過去 彼はその後…… MEMORY 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページ次ページゼロの軌跡 第九話 公爵令嬢のクエスト 「ひどい目にあったわ…」 「それはレンの台詞のはずよ、ルイズ」 「レンは楽しんでたじゃないの…」 ルイズの実家、ヴァリエール公爵家に二人が到着したのは朝方のこと。 愛娘が帰ってきたと喜んだのも束の間、まだ学院の休暇に入っていないことを思い出した一家は何があったかと慌ててルイズを出迎える。そこで彼らが見たものは、末娘と謎の少女と鉄のゴーレムだった。 「ただ今帰りました、お父様、お母様、お姉様。彼女は…私の親友のレン。このゴーレムは<パテル=マテル>」 一体何から聞けばいいのだろうと思い悩んだが、客人に礼を失することがあってはいけない。とりあえず朝食の席に同伴し事情を聞くことにしたのだが、開口一番ルイズの一言に食卓の一家は凍りついた。 「魔法学院を退学して領地経営の勉強をすることにしました」 順を追って話すことにしたルイズだったが、わずかに三十秒後、サモンサーヴァントのくだりで父ヴァリエール公爵が顔を真っ赤にしてレンに杖を向けた。姉カトレアが必死になだめて事なきを得たものの、 ルイズが全てを話し終えた後、今度は母カリンも幽鬼のように立ち上がりレンに決闘を申し込んだ。冷静に見えてその実、十二分に頭に血が上っていたらしい。レンは勿論その申し入れを快諾。 これにはカトレアも処置無しと天を仰ぎ、三人が庭で思う様戦っている間にルイズに詳しく話を聞くことにした。 戦いが終わり、疲れ果てた両親に姉妹は必死の説得を試みる。 それが功を奏したのか、はたまたあまりの事態に考えることをやめたのか定かではないが、どうにか両親はルイズの退学とレンを迎え入れることを認めたのだった。 「終わったことを気にしてはいけないわ、ルイズ。明日からはどうするの?」 「お父様に許可を貰えたから、とりあえずは町や村、色々な場所を視て周ろうと思うの。自分の家の領地だというのに、私はまだ何も知らないから。レンは一緒に来る?」 「そうね…気が向いたらついて行くわ」 それからルイズは毎日のように領内を飛び周った。 多くの場合はレンが一緒だったが、<パテル=マテル>はしばしばその姿を見せなかった。 <パテル=マテル>を一体何のために自律行動させているのかと不思議に思いレンに尋ねてみれば、元の世界に帰る手がかりを探させているという答えが返ってきた。 遠く離れてもスタンドアロンでそこまで高度な行動出来ることに驚きながらも、ルイズはレンに協力を申し入れる。 レンがリベールへの帰還を望んでいるのなら、召喚主であるルイズがそれを手伝うべきだろう。必要ならヴァリエール家の力を借りることになっても構わない。 そう思ったがルイズの助力はやんわりと拒絶された。 「トリステインの人はもし手がかりを見つけてもそれとわからないと思うわ」 それを聞いて自分の力が及ばないことに歯噛みする。 一緒に旅をすればレンについて何か分かるかも知れない。彼女を救うために出来ることはまだあるかもしれない。ルイズはそんな祈りにも似た思いを抱いて、馬を走らせた。 「徴税官が不当な税を取り立てているかもしれないっていうこと?」 「はい。アンリエッタ様の天領よりも税は一割重うございます。隣の街、あそこはうちと同じくヴァリエール領ですが、そこと比べても五分多く税を支払っております」 「妙ね…すぐにお父様に言って綿密な調査を行うわ」 「ヴァリエール家のご令嬢の口添えがあるとは…本当に有難うございます」 領内を回っているうちに、二人は多くの出来事に遭遇した。 「山に凶暴なオウガが棲みついたらしいわね」 「このままではおちおち山に入ることが出来ません。軍や騎士団も頼りになりませんし、猟兵に頼むようなお金もうちの村にはないのです」 「うふふ、ここはレンの出番ね」 「一体何を…あなたのような可愛らしいお嬢さんが立ち向かえる相手ではありませんぞ」 「まあ見てなさい。来て!<パテル=マテル>」 地に足をつけて暮らしている平民と直に話し、悩みを訴えを聞く。 「農作業に必要な風車が壊れてしまいました。ルイズ様はメイジでいらっしゃいます。どうか風車を直していただけませんか?」 「え、いや、その…私は土メイジじゃないから…。ギーシュでも連れて来れればよかったんだけど」 「ああ、これでは畑に水をやることも出来ません。私らはどうすれば」 「少し風車を見せてもらうわよ… なによ、全然簡単な機構じゃない。今レンが設計図を書いてあげるから、その通りに作り直しなさい」 それはルイズにとってもレンにとっても初めての経験で。 「マスター、何か冷たい飲み物を…って、一体この騒ぎはなんなのよ」 「真昼間から大の男二人が酔っ払って大喧嘩さ。全くいい迷惑だよ」 「ワインを飲み過ぎたこの前のルイズにそっくりね」 「レンだって顔真っ赤にして介抱されてたじゃないの…。私が説得してくるわ」 「頼んだよ、お嬢ちゃん」 「ちょっと、そろそろ落ち着きなさいよ」 「「黙ってろ、小僧!」」 「こぞっ…アンロック!!」 「更に滅茶苦茶にしてどうするのよ、ルイズ」 奇しくもそれは、エステルがヨシュアと遊撃士としての旅をしたのに似ていた。 「エステルもこうやって旅をしていたのかしら」 「どうしたの、レン?」 問題を解決したあとはそのまま祝宴にもつれこむことがしばしばだった。無論、功労者であるルイズとレンがそれに参加しないということを周りの人間が認めるはずもなく、毎回村や町をあげての狂乱に巻き込まれるのだった。 お世辞にも上品とはいえない宴だったが、二人には物珍しく楽しいものであった。 とはいうものの、毎回夜遅くまで酔っ払いに絡まれるのもひどく疲れることだったから、酔いを醒まそうと二人で外を散歩していた。 「リベールには遊撃士っていう仕事があってね、今の私達みたいに民間人の問題、遊撃士はクエストってよぶらしいんだけど、それを解決するの。 国家や軍に対しては中立で、民間人のために活動するんだって」 「そのエステルっていう人も遊撃士だったのね」 「そうね、新米でまだまだ弱かったけど」 今までレンは自分とその周りの人間のことを殆ど語らなかった。リベールの文化やちょっとした機械工学などあたりさわりのないことしか話そうとしなかったのだ。 これはレンのことを知るいいチャンスかも知れないとルイズは意気込んだ。もしかしたらレンを救うためのその手がかりが掴めるかも知れない。 「ルイズみたいに思い立ったらすぐ行動する人だったわ。本当にお人よしで自分の事は顧みないで、困った人を見ると助けないではいられなかった。<身喰らう蛇>にいた犯罪者の私を引き取ろうとするくらいのお馬鹿さん。 エステルがそんなことを言うものだから、結局レンは組織には戻らないであちこちを旅していたの。意思もなく意味もなく」 空に白く輝く月を眺めながら、レンは独り言のように話し続けた。 「エステルの恋人のヨシュアはね、今はエステルと遊撃士をしているけどヨシュアは昔、レンと同じで組織の執行者だったの。私を拾ってくれるように組織に頼んだのがヨシュアだったらしいわ」 だからエステルとヨシュアがいなければ、私はここにいなかったかもしれない。 そうレンは、少しだけ、淋しそうにつぶやいた。 頭を振って、視線をルイズに戻す。 「お酒はダメね。あてられて、しゃべりすぎてしまったわ。忘れてちょうだい」 「そんなことないわ、もっと話して欲しい。私はレンのことをもっと知りたいの」 「あらあら、エステルと同じことを言うのね」 レンはルイズに笑いかけて踵を返した。 それは、これ以上は話さないという明確な意思表示だった。 「そろそろ寒くなってきたわ。部屋に戻りましょう、ルイズ」 その夜、ルイズはベッドの中で延々とその思考を巡らせていた。 数週間もの間寝食を同じにして、それでもルイズはまだレンを包む闇の、その断片すらも手にしてはいなかった。 レンはいつでも余裕たっぷりにその類稀なる頭脳と力を振るっていた。<身喰らう蛇>で身につけたその異才は、常にレンを覆い隠していた。 ルイズがいくらレンを見つめても、圧倒的なまでの力量の差で、その内実はようとして窺い知れなかった。 ルイズがレンの心の深奥の一端にかけたのはただの一度きり。サモンサーヴァントの際にレンに絞め殺されそうになった時のその、人がお互いの心に触れるにはあまりにもわずかな瞬き。 それ以来レンは片時も、執行者『レン』としての仮面を外してはいない。 これはレンに対する侮辱なのだろう、と思いながらもルイズは願わずにはいられなかった。 小さい子供は暖かく大きな手に守られて、何も思い悩むことなくただただ笑っていられれば、それでいいはずなのだ。その心を引き裂くような痛みを強要し、彼女の世界を閉ざす権利など神だって持っていない。 いや、あってはいけないのだ。 それでも、この世界は冷たいばかりではない。姉様やキュルケやギーシュや、この旅で出会った多くの人達のように、レンにも優しく接してくれる世界がある。 ならば、いつか『レン』が本当の自分を取り戻して、ただの稚く優しい少女として、一人のレンとして生きられる日が来ますように。 「そして、出来れば私が、その力になれますように」 その言葉が隣で寝ているレンに届いたかどうか。 そのままルイズは眠りに落ちていった。 「ルイズに手紙が来ていますよ。シエスタって方から」 「シエスタから?一体何かしら」 久しぶりにヴァリエール家に戻ったルイズとレンはシエスタからの手紙を受け取った。 「ルイズもたまには学院に紅茶でも飲みに来ませんかって、お茶会のお誘いかしら」 「…半分は当たりよ」 半分?と首をかしげたレンに、ルイズは便箋を差し出す。 「シエスタの実家、タルブ村っていうらしいんだけど。休暇が取れたから遊びに来てくださいだって」 「それは素敵ね、行きたいわ。いいでしょう、ルイズ」 「勿論よ、早速準備しなきゃ。ちいねえさま、というわけですので少し出かけてきます」 一時間後、カトレアに見送られてルイズとレンはタルブ村へと飛び立っていった。 前ページ次ページゼロの軌跡
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前ページ次ページゼロのエルクゥ ニューカッスル城の港は、大陸の真下に存在した。 雲と大陸そのものに覆われて真っ暗な中を空飛ぶ船が進むのは、さすがの耕一もいささか肝を冷やした。 「なに、我が王立空軍の航海士には造作もないことさ。真に空を知る者は、奴らのような恥知らずどもに与したりはせぬよ」 ウェールズは耕一の正直な感想を、そう笑い飛ばした。 二隻の船は、大陸の真下にぽっかりと開いた鍾乳洞のような洞窟に、するすると滑り込んでいく。 ヒカリゴケで十分に明るいそこには多くの兵士達が待機していて、イーグル号に続いてマリー・ガラント号が港に入ってくると、割れるような歓声を叫び出した。 網の目のようなたくさんのロープに繋がれ、並んだ丸太の上にどすんと腰を下ろした船に、まるで飛行機から偉い人が降りてくる時のような木製のタラップが取り付けられ、ウェールズがそれを降っていく。 「ほほ、これはまた、大した戦果ですな、殿下」 「喜べパリー。積荷は硫黄だ! 硫黄!」 「ほほう、硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も守られると言うものですな!」 近寄ってきた老人と、手を叩いて喜び合うウェールズ。 老人は戦果であるマリー・ガラント号を見て、おいおいと泣き始めてしまった。 「先の陛下よりお仕えして六十年……こんなに嬉しい日はありませんぞ、殿下。反乱が起こってからというもの、苦汁を舐めっぱなしでございましたが……なに、これだけの硫黄があれば」 泣くのをやめた老人とウェールズが、朗らかに笑った。 「王家の誇りと名誉を、余すところなく叛徒どもに示す事が出来るだろう。始祖にも胸を張って拝謁賜る事が出来るというものだ」 「くく、この老骨、武者震いが致しますぞ」 洞窟を歩きながらひとしきり笑いあう。 始祖に会う―――つまりは、死後の世界へ行くというハルケギニアの言い回しに、ルイズと、なぜかそれを理解できてしまった耕一の顔が強張った。 「状況は?」 「きゃつらは数に任せて包囲を敷きながら、未だに沈黙を保っておりまする。総攻撃は近いと思われますが……」 「布告もなく仕掛けてくるほど恥知らずではないと思いたいものだな」 「全くです。ところで、後ろの方々は?」 皮肉げに一つ笑みを浮かべた後、老人がウェールズの後ろについていたルイズ達を、興味深げな視線で見つめた。 「トリステインからの大使殿一行だ。重要な用件で、我が王国に参られたのだ」 老人は、一瞬だけ、ぱちくりとまばたきをすると、次の瞬間には柔らかい仕草で敬礼をしていた。 「これはこれは大使殿。遠路はるばるようこそいらっしゃいました。わたくし、殿下の侍従を務めさせてもらっております、パリー・ベアと申しまする。大したもてなしは出来ませぬが、どうぞゆるりとなさっていかれませ」 「パリー・ベア? その名、どこかで聞いた事が……」 侍従だと言うその老メイジに、ワルドの瞳がキラリと光った。 「防衛戦を特に得意とし、『鉄壁』のパリーと呼ばれた名将軍だ。じいやがいなければ、とっくの昔に王党派は蹴散らされていただろうな!」 「ほう! 『鉄壁』と言えば、アルビオンのイージスとまで謳われた、あのベア元帥ですか! ご高名はかねがね」 「かっかっかっ。誉めすぎですぞ殿下に大使殿。昔取った杵柄というやつですわい」 「敵の策にはまって本陣が奇襲を受けた際、前王ジェラール一世の盾となり、襲いくる剣戟や魔法を全て剣一本で捌ききったという逸話は、士官学校では必ず話題に昇りますからな。いや光栄です」 ワルドも混ざった軍人連中が話に花を咲かせながら連れ立っていくのに、ルイズと耕一は所在なげに付いていくのだった。 § ウェールズの居室は、まがりなりにも城の天守に存在する部屋にしては、質素そのものと言っていい部屋だった。 粗末なベッドに椅子とテーブルが一組。飾りらしきものは、壁にかけられた戦の様子を描いたタペストリーのみ。よっぽど、魔法学院の寮の方が豪奢と言える。 ウェールズは椅子に腰を下ろし、引出しを開いた。中には、宝石をあしらった、小さな小箱が一つ。 それを、またあの―――清冽な諦めの目で見据えると、身につけていたネックレスについていた小さな鍵で、その箱を開けた。 中には、端々が擦り切れた手紙が一通入っていた。蓋の裏には、この前見た本人よりは少し幼い面影を持つアンリエッタの肖像が描かれている。 「……宝箱でね」 3人の視線が箱に集まっている事に気付いたウェールズは、はにかむように言った。 手紙を取り出し、愛おしそうな、それでいて―――やはり、届かぬものを見やるような目でそれに口付け、手紙を開いて読み始めた。 端がぼろぼろなのは、何度もそうやって読み返されたからなのだろう。 何度目かもわからない、まるで一つの儀式のようでもあったそれを終えると、ウェールズは丁寧に手紙をたたみ、封筒に戻した。 「これが件の手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」 「……ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、手紙を受け取った。 「貴族派からの攻撃予告があり次第、例の隠し港から、非戦闘員である女子供を乗せてイーグル号とマリー・ガラント号が出港する手はずになっている。おそらくは今日明日中になるだろう。それに乗って帰るといい」 「はい……」 「部屋を用意させよう。大使の任、ご苦労だった。今日はゆっくり休んでくれ」 「…………」 「どうか、したのかね?」 ルイズは、しばらくの間、手紙を見つめるようにじっと俯いていたが、やがて顔を上げ、潤んだ目をウェールズに向けた。 「殿下。失礼ですが、少し聞かせていただいてもよろしいですか? 「なんなりと答えよう。明日にも滅ぶ王国に、何も隠し事などないからね」 ルイズの顔が歪む。そのウェールズの言葉が、ルイズの聞きたい答えであるらしかった。 「……やはり、勝ち目はないのですか」 「ないよ。我が軍は三百。対して反乱軍は五万を下らぬ。どれほどの奇跡が起これば勝てるのか、見当もつかないな」 「死ぬ、おつもりなのですか」 「ははは。負け戦こそ武人の華。死ぬつもりも負けるつもりも毛頭無いが、いつでも覚悟はしているさ」 「……殿下」 先程の侍従の老人とのやりとりといい、この戦いで真っ先に散るつもりなのだ、というのは、ルイズにもわかった。 「……恋人を置いて、ですか?」 「こ、コーイチ?」 何も言えなかったルイズの次を、耕一が続けた。 「…………アンリエッタから聞いたのかい?」 「いいえ。……同じような境遇の人を、見知っているので。お姫さまも、あなたも……その人達に、よく似た表情をしていました」 「そうか。まあ、珍しくもない話だからね」 ウェールズは、特に感情もなく微笑んだ。 「姫さまの、お手紙をしたためる時の切なげな表情と……殿下の、お手紙を読まれる時の物憂げな表情は、そういう事だったのですね」 ルイズは、どこか納得したように頷いている。 「では、この姫さまから贈られた手紙というのは……」 「……想像の通り、恋文だよ。始祖の名の元に愛を誓っている、ね」 「始祖ブリミルへの誓いは、婚姻の際に行われる永遠のもの……なるほど、確かに、政略結婚とはいえこれから結婚する相手が別の男にそんなものを贈っていたとなれば、ご破談になる可能性は少なくないでしょうな」 ワルドが捕捉すると、ウェールズは重く頷いた。 「殿下と姫さまが恋仲であったというのなら……なぜ、なぜ死のうとなさるのですか?」 「もう昔の話さ」 「嘘です! 姫さまも殿下も、昔の事だなんていう表情ではありませんでした!」 ルイズは、熱っぽく声を荒げた。 「殿下! トリステインに亡命なされませ! 殿下さえご健在なら、きっとアルビオンを再興する事も……!」 「ルイズ」 ワルドがその肩を掴む。しかし、ルイズは止まらない。 「お願いです。姫さまは、愛する人が死ぬとわかっていて見捨てるような方ではありませぬ。きっと、先程の封書にも、亡命を勧める一文があるはずでございます……あの時の、あの時の姫さまが、お苦しそうに最後に書き付けたのは、それのはずでございます!」 搾り出すようなルイズの言葉は、正鵠を射ていた。密書の最後に、付け足されたように掛かれた一文は、彼に生き延びて欲しいと言う嘆願であった。 「私の知っているアンリエッタは……自分の情のために、民を危険に晒すような人ではないよ。ミス・ヴァリエール」 「で、殿下?」 「反乱軍……『レコン・キスタ』の大義は三つ。我らテューダー王家は統治者として相応しくないという事。ハルケギニアは一つに統一されるべきであるという事。そして……『聖地』を奪還するという事だ」 ウェールズの真剣な顔に、ルイズは言葉を呑む。 「王家に対する反乱である以上……その一員である私が亡命するという事は、亡命先の国は、統治者に相応しくない王家をかくまった国であるという事になる。戦争を仕掛ける口実としては、十分だ」 「そんな……あんな恥知らずどもの言う事なんて……っ!」 ウェールズがトリステインに亡命すれば、間断無くトリステインまでもが戦渦に巻き込まれる。言葉では反論するが、ルイズの目はウェールズの言葉の正しさを悟っていた。 「ハルケギニア統一を謳っている以上、時間の問題ではあるかもしれんが……少なくとも私の亡命は、その何よりも大切な時間を限りなくゼロにする効果しかない。私も、アンリエッタも、王家に産まれた者として、守るべきものがある。わかるかい、大使殿?」 「…………殿、下」 そこまで言われて、ようやくルイズにも気が付いた。彼は、アンリエッタを庇っているのだと。ここで果てるつもりなのは、アンリエッタを想う故でもあるのだと。 「我ら王家は、内憂を払う事叶わなかった。今ここでこうしている事そのものが、我らが統治者として相応しくないという貴族派の主張が正しい事の裏付けなのだよ。ならば、王が守るべきもの―――国の民達の為、戦いなど一刻も早く終わらせるべきなのだ」 「殿下……」 ウェールズの語る覚悟の深さに、ルイズとワルドが神妙に頭を下げる。 どうしようもなく正しい言葉だった。ハルケギニアの人間ならば、誰にも二の句が告げないような。 ―――しかし。彼は、柏木耕一は、ハルケギニアの人間ではなく。 その正しい選択がもたらす悲劇を、知り抜いていた。 「少し、昔話をしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」 目を閉じ、酷く静かな―――どこか、怒っているような、それとも泣いているような―――平坦な口調で、耕一はそう切り出した。 「……コーイチ?」 ルイズは、これまでどこかのんびりとした態度を崩さなかった自らの使い魔が初めて見せる雰囲気に、目をパチパチと瞬かせた。 「ふむ。そう長くならないのなら、聞かせてもらおう。どんな話なのかね?」 ウェールズは、微笑みで答えた。 「そうですね。題は―――『雨月山物語』」 耕一は目を閉じたまま……何かを思い出すように、口を動かし始めた。 「"それは、遠い遠い昔の事。遥か東の地にある雨月という山に、何処ともなく現れた悪い鬼の一族が住み着きました―――"」 § 鬼は、人を狩る事が生き甲斐の化け物でした。 人が死ぬ間際に、蝋燭の炎のように一瞬燃え上がる生命の炎を何よりも好み、その為だけに人々を殺して回りました。 大木を次々と薙ぎ倒して山中を進み、妖しき数多の術を用いて村々を焼き放ち、強靭なる体躯を以って人々を引き裂き、その地に住んでいた人々を震え上がらせました。 時の領主は討伐隊を派遣しますが、二度組織された討伐隊は、二度とも散々に討ち滅ぼされてしまいました。 それは、二度目の戦いの事でした。 次郎衛門は、第二次討伐隊に参加していた剣士でした。 戦いの前夜。彼は近くの河原で、一人の少女と出会います。 言葉が通じない、異国の出で立ちをした少女。不器用な身振り手振りだけの、しかし心温まるやりとりは、これから戦に向かう次郎衛門の心を明るくさせてくれました。 しかし、鬼達の妖術によって炎を浴びせかけられ、炎の中を押し寄せた鬼の群れに襲われ、討伐隊は全滅を喫します。辛くも生き延びた次郎衛門も、辿り着いた河原に倒れ、生死の境を彷徨います。 その時、炎の中から現れたのが、その少女でした。 少女は、鬼達のお姫さまであったのです。 鬼の姫は、河原で倒れている次郎衛門に、自らの血を飲ませました。 すると、今にも死ぬ寸前であった次郎衛門の体が、みるみると回復していきました。 鬼の血を飲んだ次郎衛門の身は鬼と化し、鬼の強靭な肉体を手に入れたのです。 鬼の姫の名前は、エディフェル。鬼と変えられた事で、言葉が通じるようになっていました。 近くの小屋で目を覚ました次郎衛門は、しかし、呪わしい鬼へと体を変えられてしまった怒りを、ずっとそばで看病してくれていたエディフェルにぶつけました。 怒りと恨みにむせび泣く次郎衛門を、エディフェルは優しく抱きしめ続けました。 エディフェルは、次郎衛門との触れ合いで、彼を愛してしまっていました。 次郎衛門も、自分の怒りを優しく抱きとめ続けられるうちに、一時会っただけのこの少女に一目惚れしていた事に気付きました。 二人は愛し合い、夫婦となります。 人里離れたところでひっそりと暮らすしかありませんでしたが、二人は互いさえ居ればそれだけで幸せでした。 しかし、幸せは長くは続きませんでした。 人間を助け、人間と夫婦になったエディフェルは、人を狩る事が生き甲斐の鬼からすれば、許されない裏切り者だったのです。 彼女の姉である一番上の鬼の姫、リズエルの手によって、エディフェルは殺されてしまいます。鬼の掟では、裏切り者は身内の手によって罰せられなくてはなりませんでした。 今際の際、エディフェルは、姉を恨まないでと言い残しました。全てわかっていた事だからと。 次郎衛門は、いつまでも泣き続けました。そして涙が枯れ果てた頃、その心にあったのは、愛する者を奪った鬼に対する、激しい怒りでした。 そんな次郎衛門の元に、一人の少女が訪れます。 彼女の名前はリネット。エディフェルの妹でした。 末娘である彼女と、妹であるエディフェルをその手にかけた長女のリズエル、次郎衛門達とは別に、一人の人間の少女と交流を持った次女、アズエル。 三女であるエディフェルを亡くした鬼の皇女の四姉妹達は、それぞれの理由で、人を狩るだけという鬼の在り方に疑問を持ち、復讐に燃える次郎衛門に力を貸しました。 彼女達の助力もあり、次郎衛門がリーダーとなって組織された3回目の討伐隊によって、鬼達は見事退治されました。 しかしその中で、リズエルは敵の大将に殺され、アズエルはその人間の少女を庇って死んでしまいました。 リネットは生き残り、次郎衛門の妻となりました。彼女が力を貸したのは、次郎衛門を愛しているからだったのです。 しかし、共に暮らす次郎衛門の心からエディフェルの事が忘れられる事は、生涯なかったのでした……。 § 「―――めでたし、めでたし」 「…………」 「…………」 「…………」 3人は、耕一の話をじっと聞いていた。それぞれに思うところがあるのか、退屈そうな顔は誰もしていなかった。 ふうっ、と、緊張をほぐすように、ウェールズが小さく息を吐く。 「……なかなか興味深いお話だったよ。でも、それをなぜ私に?」 「いえ。ただ、参考になればと思っただけです……残される者の想いと物言わぬ優しさが、さらなる悲劇に繋がる事もあると」 「……そうか」 ウェールズはさっと目を伏せ、すぐに顔を上げた。窓から、とっぷりと日が暮れた外を見やる。 「少し話が長くなったようだね。今日はもう休みたまえ」 § 「…………」 窓から覗くアルビオンの空は、どことなくトリステインのそれよりも高い気がした。実際高いのだから当たり前だが、目に見えて違うわけでもないなあ、とかそんなどうでもいい事を考えながら、ワイングラスを少しだけ傾けた。 以前に家族と旅行で来た時は、そんな事を思った記憶もない。空なんて気にもならなかった。 「窓辺で物思いに耽る姿もなかなか様になっているね、ルイズ」 「からかわないで、ワルド」 「……本気のつもりなんだがね」 向かいの椅子に座るワルドが、同じくグラスを傾けながら苦笑している。 「…………ジローエモン、エディフェル」 聞き覚えのあるその名前を、小さく呟く。 確かに覚えている。その名前を。燃え盛る炎の中、再会を誓って死出の口付けを交わした男女の夢を。 ―――あの夢は……一体、何? コーイチ自身の過去なのだろうか? ……いや、あの時の男の声は、コーイチのものとは違っていた。夢の中では男そのものになっていたのだから、間違えるはずはない。 自分の声は、自分で聞くものと他人に聞こえたものとでは違う、という話は知っていたが、それでも違いは明らかだ。夢の中のそれは、野太く逞しく、熟しきった男の声だった。コーイチの声も太い方ではあるが、どこか清潔感というか、少年っぽいところが残っている。 では、本当に、ただのおとぎ話? いや、そんなはずはない。だって―――。 ぞくり、と背筋が震えた。あの、真っ赤に溶けるような激情を思い出す。 話をしていたコーイチからは……だいぶ穏やかになってはいたものの、同じ色のシグナルが感じられたからだ。 それは、ルイズと意識を通じあわせようとしていたわけではなく……溢れる感情を自分でも抑えきれずに周りに放出していたとか、そんな感じのものだった。 でも、じゃあ、何なのだろう。 あの夢は。あの昔話は。コーイチ自身は。エルクゥとは。そしてあの……想いは。 「……考えてわかる事じゃないわよね」 ルイズは頭を振り、そこで考えを打ち切った。夢は夢だ。あの光景が、耕一の語った昔話の実話だという証拠は何にもないのだし。 それでも……知りたいと思った。事実を知りたいと。 「考え事は済んだのかい?」 「ひゃっ!」 「おっ?」 ワルドがタイミングを見計らったかのように声をかけると、ルイズはびくっと椅子を引きつらせて驚いた。 「ず、ずっと見てたの? 趣味が悪いわ」 「はは。なに、話があったのだがね。物思いに沈む君も、存外に魅力的だったよ。驚く顔もね」 「……もう」 ルイズは唇を尖らせた。 ワルド子爵。この旅が始まってから、常に好意的に接してくれている貴族の青年。 本人は婚約者だからというけれど……その態度にはどこか違和感が付きまとい、素直に受け止められないでいた。 まだ子供扱いされているのだ、とルイズは考えている。事実、彼の振る舞いは、恋人にというより、甥や姪、友人の子供に対する親愛の態度のように思えた。自分自身より、自分に付随する親への親愛が先にあって、自分へのそれは二次的なもの。そんな感じだ。 それが不満か、と言われると、曖昧だ。 恋人に半人前扱いされたら普通は悔しくなるものだと思うが、特にそんな事は感じなかった。 歳と実力の差が開き過ぎていて、悔しいと感じるのも通り過ぎているのかもしれない。 物心ついた頃には憧れていた子爵様。長らく会う事もなかった彼がいきなり積極的になるなんて、まるで夢のようで、実感がないのかもしれない。 「ルイズ」 「なあに?」 「トリステインに帰ったら、僕と結婚しよう」 「ー――へっ?」 思わずワイングラスを取り落としそうになり、慌てて受け止めた。幸い、中身が零れる事はなかった。 「い、いきなり何を言い出すのよっ!?」 「いきなりじゃないさ。僕達は婚約者だろう?」 「そ、そうだけど……」 それでも、いきなりだ。ルイズはそう口を開きかけたが、なぜか言えなかった。 全て言葉の先を越されて言おうとした事を封じられる。そんな気がした。 「僕の事は嫌いかい?」 「そんな……嫌いなわけないじゃない」 「好きでは、ないのかい?」 「それは……」 ワルドの問いに、ルイズは答えられなかった。 嫌いではない。それは間違いない。 けれど、好きかと聞かれると、わからない。恋人として、夫として愛する、という事に、全く現実感が湧かなかった。 ルイズの成長は、いつも魔法の事と隣り合わせだった。『ゼロ』の二つ名を払拭する為の不断の努力。それが、ルイズを育んできた原動力だ。 周囲の女のように恋とか愛とかに現を抜かしている暇はなかったし、周囲の男なんて自分を侮蔑して罵倒するか侮り混じりに同情するかの二択だ。恋心なんて経験出来るはずもなかった。 「……恋とか、したことないの。だから、ごめんなさい。わからないわ」 「そうか……婚約者として、喜べばいいのか悲しめばいいのか、微妙なところだね」 言いながらも、ワルドの表情は、まるで貼り付けたかのように、優しい貴族のもののままだった。 「いや、これまで放っておいたのは僕だから、どちらもその資格はないかな。でも、僕は本気だ。僕には君が必要なんだ。それだけはわかってほしい」 「……『ゼロ』の私が、必要なの?」 なぜワルドはこんなに自分に固執するのだろう、と浮かんでいた疑問を、そのまま言葉にした。 わざわざゼロでちんちくりんで可愛げのない自分じゃなくても、魔法衛士隊の隊長のスクウェア・メイジともなれば、女の子には苦労しないだろうに。 「君は『ゼロ』なんかじゃない。僕にはわかっていた。あの、魔法を失敗ばかりして池の小舟の中で泣いていた君の姿に、僕は確かな才能を見つけていたんだ」 「才能……?」 自分からは一番遠い言葉だ。そんなもの、あるわけがない。 「そうさ。君はいつか偉大なメイジになる。始祖にも肩を並べるほどのね」 「……冗談はよして」 お世辞にしてもあまりにあまりだ。逆に気分が悪くなりそうだった。 「冗談なんかじゃない。普通のメイジには、亜人なんて使い魔に出来ないだろう。それも、あんな強力な亜人を、だ」 「それは……」 「彼はガンダールヴさ」 「ガンダールヴって……始祖ブリミルの」 聞き覚えのある単語だった。デルフリンガーが口走ったそれは……。 「そう。始祖が率いたという伝説の使い魔だ。彼に刻まれているルーンは、ガンダールヴのルーンなんだよ」 「そ、そんなの……」 聞くなり、荒唐無稽と斬り捨てた話。 あのボロ剣の言っていたそれが、本当だったとでもいうのだろうか? 「私は……」 ワルドの事。耕一の事。自分の事。世界の事。 何が嘘で何が本当か、お世辞なのか冗談なのか本気なのか事実なのか。ルイズはまるっきりわからなくなってしまった。 情報が足りない。推測する経験が足りない。あれだけ勉強したのに、頭の中に渦巻く言葉をまとめることも出来ない。どこに歩いていけばいいのか、わからない。 しかし、その混乱の中で……ただ一つ、わかった事があった。 「……時間をちょうだい、ワルド」 「時間?」 「帰ったらなんて、やっぱり急過ぎるわ。せめて、学院を卒業するぐらいまで……考えさせてほしいの」 答えを知りたい、とルイズは思った。 私は本当に『ゼロ』なのか。それとも、ワルドの言う通り、コーイチを真に使役できるような才能が眠っているのか。 これまで、『ゼロ』なんて嫌だと、目を閉じ耳を塞いでひたすらに走り続けてきた。『ゼロ』なんて認めない。ヴァリエール公爵家の娘がそんな事なんてありえない。必ず使えるようになってやると。使えるはずだと。 今、がむしゃらにでも進んでいた方向が、全くわからなくなった事で……ルイズは初めて、真実を知りたいと、強くそう思った。『ゼロ』である事が確定してしまうかもしれない恐怖より、事実ありのまま、本当の事を知りたいという欲求が勝ったのだ。 そうしてこそ、初めて前に歩き出せると。 それは奇しくも―――目の前の狂える求道者と、同じ結論であった。 「……そうだね。すまない、僕が急ぎ過ぎていたようだ。待っているよルイズ。君が君の答えに辿り着くのをね」 神妙な声でルイズから窓の外へと向けられたワルドの瞳は、しかし何者をも映していなかった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART1 始まりの地 トリスティン-2 ルイズがコルベールに死刑宣告された時、三人の会話はいったん途切れかけていた。 「ところで君、さっきから、気になったのだが契約や使い魔とは一体何の事だい?」 先ほどの会話の中で疑問に思ったことをニューがルイズに問いかける。 「聞いてなかったの!?アンタは私の使い魔になるのよ!」 「なんでだい?」「私があなたを召喚したからよ!」 二人の会話は落とし所の見つからない堂々めぐりになりかけていた。 (――気絶している間に契約しとけばよかった。) 二人の判断が正しかったことを悔やむ、ルイズにコルベールが助け船を出す。 「ミス・ヴァリエールいきなり説明もなしに契約というのは……私はこのトリスティン魔法学園の教師をしているジャン…コルベールと申します。あなた方三人のお名前をよろしいですか?」 「私はアルガス騎士団法術隊隊長法術士ニューと申します」 「自分はアルガス騎士団騎馬隊隊長騎士ゼータ」 「俺の名はアルガス騎士団 戦士隊隊長ダブルゼータだ」 三人がそれぞれ答える。 「コルベール殿、あなたは先ほど魔法学院と申されましたが、ここは騎士の養成所か何かですか?」 三人を代表しニューがコルベールに尋ねる。 「騎士の養成所ではないのですが……ここは貴族の子供たちを集めてメイジとしての教育を行う学校で、私たちはこの時期になると『サモン・サーヴァント』によって生物を召喚しそれを使い魔とするのです。本来『サモン・サーヴァント』で呼ばれるのは動物等がポピュラーなのですが……たまたま、気絶していたあなたたちが召喚されてしまったという訳です。」コルベールがそう告げる。 「コルベール殿、申し訳ないのですが我々三人はそれぞれアルガス騎士団の隊長です。我々には部下がおり、我々の帰還を望む人々がいます。我々はアルガスに帰らなくてはなりません。アルガス王国にはどちらに向かえばよいのでしょうか?」 ニューの言葉にコルベールは疑問符を浮かべている。 「その、一つよろしいですか?」「なにか?」 「先程から出てくるアルガスという国は何処にあるのでしょうか?」 「え?アルガス王国はスダ・ドアカワールドのノア地方にある国で、我々ガンダム族発祥の地と言われて小国ながら有名なのですが……」 二人の会話には些かのずれが生じ始めていた。 「スダ・ドアカワールド?あなたたちの地方ではハルケギニアのことをそう呼ぶのですか?」 コルベールは先程から出てくる聞きなれない単語に不安を覚える。 「私もハルケギニアという呼び名は初めて聞いたのですが……二人とも何か知っているか?」 ニューが後ろにいる二人に対して振り返る。 「あっ!あ!あぁ!」ダブルゼータが声にならない叫びをあげている。 「……どういうことだ?」落ち着きを払いながらもゼータも完全に混乱している。 振り返ると二人は何かに驚いている。 (ん?何かおかしなことでもあったのか?今の会話に変なところは多少あるが、そこまで驚く様な事もないだろうし……) 二人の様子と先ほどの会話を照らし合わせるがそれ程、誤答があるとは思っていない。 「どうした?お前たち、何を驚いているのだ?」「あぁあ、あれっ!あれっ!」 ダブルゼータが震えた指で日が暮れ始めた空を指差す。 ニューは指された指になぞり空を見る。そこで、ニューの思考は大打撃を受ける。 「おや、どうかしました?」「コルベール殿!!」「はっ!はい!」 いきなり声を荒げたニューにつられて、コルベールの声のトーンもつられて高くなる。 「あっ!あれは何ですか!?」二人と同じくニューの指した指に視線を向ける。 「月ですが、何か?」 「イエ!そーではなくて!!」 ゴルベールにはニューの驚きの理由が見つけられなかった。 「あぁ、まだこの時期だと夕方でも見えるもので「何で月が二つあるのですか!?」」 それが3人の驚きの理由の答えだった。 「はぁ?アンタ何言っているの、月は二つしかないでしょうが?」 コルベールに変わりルイズが至極当然のように告げる。 「月は一つに決まっているだろうが!」 正気に戻ったダブルゼータが声を荒げる。 「何言ってるのよ!月は一年中二つよ、それともあんたたちのところでは月が一つになる日があるの?」 「そんなわけあるかい!」 ダブルゼータが声を荒げる。 「ニュー……」 ゼータが何か憶測を持った顔で名前を呼ぶ。 「ゼータ……多分同じだろう……」 (――あの顔は私と考えは変わらないだろうな。) ニューはコルベールに声をかける 「――コルベール殿、我々は少し混乱しており、また、ある憶測があるのですが。それを確認するために、私たちの話を聞いていただけないでしょうか?」 (いいことではないだろうな……) その言葉を聞きコルベールはさらに顔を渋くした。 「わかりました、どうせなら、歩きながら話しましょう。どの道、我々は学院に帰らねばなりませんし……それに、もうすぐ夜ですので。」 コルベールの提案にニューは黙ってうなずいた。 「では、我々はさっき話した……」 ニューが話をはじめ皆が歩き出していた。トリスティン魔法学院の入り口に向かって。 ニューが自分の憶測を話し終えた時、目的地のトリスティン魔法学園入口に到着していた。 「では、あなた方はそのスダ…ドアカワールドという世界の騎士でジーク・ジオンなるものを倒した後に、ここに召喚されたというわけですか?」 ニューの話を聞いたコルベールは肯定でも絶対的な否定でもない曖昧さを含んだ声であった。 「はい、いろいろと違いがありますが、やはり最大の違いはあの月です。我々の世界にも月がありますが、月は巨大な物であり、いきなり二つになるわけではありません」 ニューは自分の憶測の最大の要因を挙げてコルベールに説明を続ける。 ハルケギニアもスダ・ドアカワールドも天文学がそれほど発達しているわけではない。 しかし、ガンダム族はノア地方のアルガス王国発祥といわれるが、それは月の民がアルガスにきた等、という俗説から来る事もあるくらいガンダム族と月の関係は深い。実際ニューの実家には、その昔ガンダム族が書いたとされる月や星についての本もいくつか見られる。しかし、ほとんどが解読できないためそれが事実であるかは分かる者はない。 「それに、数の差こそあれモビルスーツ族が全くいないというのは、おかしいと感じています。自分達も他の地方を見てきましたが、少なくとも人間だけの地方というものは見たことありません」 ニューに変わりゼータが話を引き継ぐ。 三人は自分たちが住んでいるノア地方だけではなく、アムロ達のいるラクロア地方に遠征している。そこでラクロアの城下町を思い出す限り自分達の住んでいる町とはそれ程のレベルの違いはなかった。何よりモビルスーツ族は珍しくはなかった。 「それに、気になったのですが、先ほどトリスティン魔法学校が貴族の子供を集めメイジを養成する施設と聞きました。この2点が私に引っ掛かりました。まず、学校なのですが、アルガスでは学校は幼少子供達に学問を教える施設であって彼女達くらいの年の生徒はいません」 スダ・ドアカワールドにも学校はある。だが、それは初歩の文字や計算を子供たちに教えるものであり、ましてや魔法を教えるものではない。 ニューやゼータの実家は騎士の家である。二人の教育は家庭教師の役目であり、それぞれ違う専門の教師達が彼らに教えたのだ。もちろんルイズたちにも幼少の頃から家庭教師がおり、彼女達の教育をしている。だがアルガスにはルイズくらいの年齢に学問を教える高等学問所は存在せず、彼女くらいの年齢で学問をするにはトリスティンのアカデミーの様な専門の施設になる。なお、騎士の二人はそういうのには無縁で、ルイズくらいの頃には騎士の従者として騎士の修業を積んでいた時である。 「また、我々の世界にも魔法があるのですが、使える物は限られており、このように巨大な学校という施設で教育することはできません」 ニューは魔法が使える自分の観点からも意見を述べる。ニューもまた、師匠である僧侶ガンタンクⅡから個別に指導を受けた。 アルガス騎士団では法術隊は二つの隊と比べて格が低かった。それは、能力の差ではなく数によるものであった。騎馬隊や戦士隊は馬の扱いが有る者や力の強い者がなれるが、魔法が使えるものとなると、前者に比べ絶対数が違うのだ。 ゆえに法術隊は訓練を完全に終えていない修行僧のジムキャノンを法術隊に組み込んだのだ。 団長のアレックスは法術隊の重要性を理解しており、冷遇する事はなかったが、代々騎士の出身が多い騎馬隊、そして騎馬隊のOBからは、それが不満とする声があったのだ。 「私も魔法が使えるものなのですがや「ええっ!アンタってメイジなの!?」」 ニューの話をかき消すようにルイズが大声を上げる。 「やってみせて!」 「何をだい?」 「魔法よ、アンタ魔法が使えるんでしょ!?」 ルイズがはじめてニューに対して好意的な表情を見せる。 「それはとても興味深い、魔法が使えるゴーレムなど私は見た事も聞いた事もありません。 ミスタ…ニュー、私からもお願いしますぜひ見せてください」 「確かに面白そうね、私も見たいわゴーレムさん」 「見てみたい……」 4人がニューに詰め寄られ、ニューは慌ててバランスを崩しそうになる。 (私が魔法を使えるのはそんなに珍しいのだろうか?) ニューは魔法を見せるのが、見世物芸を見せるような心境であった。 とりあえず、標的となりそうな物を探し近くの木にする事を決めた。 「では……ムービーガン。」 そう言って手より光弾を放つ、音の無い光弾は一瞬で木に着弾し、鈍い衝撃音を立て折れた木が倒れこむ。 ムービーガン それはニューの中では比較的弱いほうの部類にはいるが、魔法を苦手とすつ技のバーサム等は、ほぼ一撃で仕留める魔法であった。 「今のが私の魔法なのですが……おや?どうかしましたか?」 振り返ると4人とも程度の差はあれ驚いている。 (――あまり大したことないのかなぁ?) もっと強い魔法を使えばよかったのだろうか?そう思っていると―― 「すごいじゃない!!ねぇ!あんた何のメイジなの?火!風!クラスは?ライン?トライアングル?何今の!?詠唱も無しにバッと飛んだと思ったらバキッ!て木が折れちゃうし!もしかして先住魔法なの!?解った!!ブリミルが残した対エルフ用汎用人型最終決戦ゴーレムね!?」 ルイズが興奮と驚きの様子でニューに質問の雨を浴びせる。 ニューはルイズを抑えるべき教師のほうに向くと、その教師の方もそう変わらなかった。 「ミスタ・ニュー何ですか今のはっ!?私も始めてみましたよ!驚きましたよ、確かに我々とは全く違う!これは大発見です!これは他の魔法も見せていただいてもよろしいでしょうか?」 止めるどころか興味と好奇心と他の何かを持った、コルベールの瞳はニューに恐怖すら与える。 「ねぇタバサ今の見た?ゴーレムって魔法が使えるのね!?」 「びっくり……先住魔法かも……」驚いているがタバサの表情は変わらない。 前の二人と比べ驚きの中に喜びがない分、二人はまだ落ち着いていた。 「……ゼータ……俺達、蚊帳の外だな……」 「あぁ……そうだな……」 会話の中に入らなかった二人はニューに詰め寄る二人を見ながら少しの寂しさと蚊帳の外にいる安堵を感じていた。 「3教えてあげる、私の二つ名は『微熱』よ」 微熱のキュルケ トライアングルのメイジ MP 380 「4その程度で俺を止められるかぁっ!」 闘士ダブルゼータ キュルケと契約する。 HP 1130 前ページ次ページゼロの騎士団
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ヴェストリの広場は、噂を聞きつけた生徒たちによって活気に満ちていた。 ギーシュが決闘をするということが学院中に広まってしまったのだ。 決闘を楽しみたい者、賭けを始める者、決闘相手の月の精霊を見たいがために足を運んできた者とかなり多くの人間が集まっている。 しかし、観客たちがここに集まった理由はただ一つ。 みんなヒマなのだ。 ただでさえ娯楽の少ない学院なのだから、滅多に無い『イベント』でヒマを潰そうと考える生徒も少ないない。 さて、こうなってしまうともう後には引けない人物が一人いる。ギーシュだ。 頭に上った血が下がると共に、自分のやらかしてしまった事態を-非常に運が悪いことに-理解してしまったのだ。 自分のやらかした不始末を二人の女性のせいにして八つ当たりしたどころか、月の精霊に決闘を挑んでしまった。 しかもこんなに人が集まってしまっては「全部僕が悪かったです。ごめんなさい」なんて言い出せっこない。 (あぁ、お願いだからここへ来ないでくれ・・・) ギーシュは強くそのことを願うが、広場に近づいてきた人影によってその願いが砕かれる。 「挑戦者が来たぞー!!」 その一言で、広場に集まった人間の視線が一人の少女-シャオ-に向けられる。 「よ、よく来たじゃないか。別に来なくてもよかったし、今から帰ってもらってもかまわないんだよ?」 引きつった顔でギーシュは本音を漏らすが、この場でその発言は挑発にしかならない。 現に月の精霊を相手に挑発する姿を褒め称えているヤツもいる。 「諸君、決闘だ!」 このセリフにギーシュはぎょっとなる。 「決闘をするのは『青銅』のギーシュと、ゼロのルイズが召喚した月の精霊だ!!」 声がした方を見てみると、なんとマリコルヌが高らかに宣言しているではないか。 「マ、マリコルヌ。君は一体なにをやってるんだ!?」 ギーシュは青ざめた表情でマリコルヌに詰め寄る。 「なにって司会進行に決まってるじゃないか。決闘、がんばれよ」 マリコルヌは当然だと言わんばかりの表情で言いのける。 「では、決闘のルールの説明だ。勝利条件はいたって簡単。相手が戦闘不能になるか降参を宣言した時点で終了だ」 この宣言により、広場は更にヒートアップする。 「二人とも、準備はいいか?」 マリコルヌが最終確認をすると、シャオは黙って頷いた。 「あぁ、もうやけだ!来い、ワルキューレ!!」 完全にやけくそ状態でギーシュは自身の二つ名『青銅』の名にふさわしい青銅のゴーレム『ワルキューレ』を魔法で作り出しシャオに突っ込ませる。 ワルキューレは動きこそは単調だが、金属で出来ているという特性からか並の攻撃にはビクともしない。 その上、たとえジャブであっても生身の人間を相手にするにはそれだけで必殺の一撃ともなり得るのだ。 シャオは見た目だけなら普通の女の子と大差ない。 女性を傷つけるのは忍びないが、きっと一発でも当てることが出来ればそれで終わるはずだ。 ギーシュはそう信じてワルキューレに襲わせる。 あぁ、なんでこんなことになっているんだろうか。 本当はわたしが受けるはずだった決闘を、今こうしてシャオが引き受け、彼女が危険な目に遭ってしまっている。 今のところ、シャオはワルキューレの猛攻を全て受け流しているがきっとそれも時間の問題だろう。 単純な話、ゴーレムはいくら動こうと疲れを感じることはないが、生身のシャオはそうではないのだ。 今は凌ぎ切っているが、いつかは疲労でそれも出来なくなってしまう。 そうなってしまったら傷つくのはシャオだ。 自分ならまだいい。痛いのはイヤだけど・・・。 だが、自分のためにシャオが傷つく姿を見たくない。 そんな葛藤を繰り広げていたルイズは意を決し、この決闘をやめさせるために人垣を分け入っていった。 少し話が逸れるが、そこは勘弁していただきたい。 不幸というヤツはつねに団体行動をしている。 例に挙げてみると、浮気がばれてしまい二人の少女から手痛い仕打ちを受けた挙句、シャオと決闘をするハメになっているギーシュがまさにそうだ。 まぁ彼の不幸はもう少し続くのだが、その辺りは今は置いておこう。 そして、今度の団体行動をしている不幸たちの次のターゲットは、どうもルイズのようだ。 「えぇい、ちょこまかと!これでも喰らえ!!」 ギーシュはそう叫ぶとワルキューレは大きく溜めを作り、一気にシャオに向かって突進する。 だが、この攻撃もシャオは軽く回避したのだが、その先を見て騒然となる。 「ご主人様、危ない!!」 元々ギーシュは人間の身体の作りについて詳しいわけではない。 それゆえにワルキューレは動きが単調になり受身も取ることができない。 だからなのだろう。 勢いの乗ったワルキューレが石に躓き、前方にすっ飛んでしまったのは。 そして不運にもその直線状には、その場の空気に支配された観客によって押し出されてしまったルイズがいたのだ。 「え?」 ルイズは自身の身に起こる未来を理解できずにその場で立ち尽くしてしまい、自分に向かってすっ飛んできたワルキューレを避けることができなかった。 「ぐぼぁ!!」 すっ飛んできたワルキューレの頭突き-俗に言うフライング・ヘッドバット-を喰らったルイズは、くぐもった悲鳴を上げた。 「ご、ご主人様!!」 シャオは慌ててルイズに駆け寄る。 「しっかりしてください、ご主人様!」 シャオは目に涙を浮かべながらも、ルイズの状態を確認すると治療専門の星神『長沙』を呼び出す。 「長沙、ご主人様をお願い」 シャオはそう言いつけると、再びギーシュに向かい合う。 今のシャオにはそれまであった甘さは一切無く、あるのはただ一つ『怒り』の感情のみ。 「ぼ、僕は悪くない。僕は悪くないぞ。ルイズが勝手に突っ込んできただけだからな!」 その雰囲気に怯えたギーシュは慌てて弁解をする。 だがな、ギーシュよ。そのセリフは更に相手を怒らせるためにあるんだぞ? 「たとえどんな理由があろうとも、ご主人様を傷つけましたね」 静かに言い放たれるその言葉には、怒りの色が強く滲んでいた。 「許しません」 シャオは支天輪をヴィンダールヴのルーンの輝く右手でかざし、高らかに謳い始める。 「天明らかにして星来たれ」 ルーンの輝きに合わせるかのように支天輪が輝き始める。 「鉤陳(こうちん)の星は召臨を厭わず 月天は心を帰せたり」 彼女は呼び掛ける。自身に仕える星神に。 「来々 北斗七星!!」 シャオが詠唱を謳い終わると同時に、貧狼、巨門、禄存、文曲、簾貞、武曲、破軍の7人からなる最強の『攻撃用』星神が現れる。 「ひっ!ワ、ワルキューレ!そいつらをなんとかしろ!!」 ギーシュはそう叫ぶと、さらに6体のワルキューレを作り出す。 数で言えば7対7で互角。それにドットとは言えメイジの作り出したのは金属性のゴーレム。 もしかしたら相殺しきれるかもしれない。その未来に一縷の希望を託した命令をギーシュは下す。 だが、その希望はワルキューレごと無残にも砕かれる。 一瞬にして全てのワルキューレが破壊されてしまったのだ。 北斗七星は、対抗するためには学校クラスの巨大な建物をゴーレムにしなければならない程強力な星神。 更に、今の彼らはヴィンダールヴの効果により普段の倍以上の力を発揮できる。 そんな連中に囲まれてしまってギーシュにできることは一つしかない。 「ま、まいっ「私はご主人様を傷つけたあなたを許すわけにはいきません」」 腰を抜かしたギーシュは降参しようとするが、無常にもシャオはその言葉を遮り、北斗七星が攻撃態勢をとる。 「ひっ!!」 ギーシュは次の瞬間に来る現実に耐え切れず目を強く瞑った。 「待って!!」 治療の終えたルイズがシャオのやろうとしたことを止めるために、彼女の前に立ちはだかる。 「ご、ご主人様?」 ルイズの行動に、流石にシャオも困惑としている。 「待って、シャオ。これ以上のことはもういいわ。わたしはもう大丈夫だから。ね?」 少しの沈黙のあと、北斗七星は攻撃態勢を解き姿を消した。 「わかりました。ご主人様がそうおっしゃるんであればそうします」 そういうとシャオは支天輪をしまう。 「そうそう、ギーシュにお礼をするのを忘れてたわ」 ルイズはそう言うとまだ腰を抜かしているギーシュに近寄る。 なんの好意もない笑顔が怖い。 「な、なにを言ってるんだ、ルイズ。お礼を言うのはむしろ僕のほっ!?!?!?!?!?!!!!!!」 キーン!!という擬音と共にギーシュが倒れる。集まった生徒たちのうち男の生徒だけが悲痛な表情で股間を押さえている。 「さ、行きましょうか、シャオ」 そう言うと、ルイズたちは広場を後にした。 『遠見の鏡』を通してこの出来事を見ていたオスマンとコルベールは脂汗を流し、股間を押さえながらシャオのことを王宮に報告することを禁止し、閉口令を下すのであった。
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「ゼロのルイズ」(後編) ◆LXe12sNRSs ◇ ◇ ◇ 園崎魅音と接触し、情報交換を進めながらホテルに帰る道中のこと。 ちょうど第三放送で死者の名が読み上げられたあたりで、目指していたホテルの上層部分が音を立てて崩れ始めた。 何事か、と外界から様子を窺う光、なのは、魅音の三名だったが、別段外部から攻撃を受けたようには見えなかった。 と、視線を注いでいたホテル最上階から、杖か何からしい長物を持った少女が飛び出した。 あの少女がホテル破壊を行ったのだろうか。 突然の出来事に混乱する面々だったが、少女が持っているものがどうやら小振りなハンマーらしいと悟ったなのはは、即座にバルディッシュを起動。 万人が思い描くイメージ通り『変身』して見せた彼女は、ホテルの状況確認を他の二人に託し、一人謎の少女の下へと飛び去っていった。 そこから、二人の魔法少女による壮絶なバトルが始まる。 地上からその光景を目にしていた光は、援護できない歯がゆさから奥歯を噛み締めた。 残念だが、この中で空中戦を行えるのはなのはしかいない。光は任されたとおり、魅音と共にホテルの被害状況を確認するしかなかった。 「よし。いこう、魅音ちゃん!」 「……」 光は意気揚々とホテルへ歩を向けるが、仏頂面を掲げたままの魅音はその場から動こうとしない。 巨大な建物が崩れる様を見て衝撃を受けているのかとも思ったが、どうやら違うようである。 無言を貫く佇まいは貫禄に溢れ、思わず声を掛けるのを躊躇ってしまうほどだった。 「その前に、もう一度約束して。翠星石を殺すのに協力するって」 ――出会ってすぐに、魅音が光たちに求めたのは友達の仇を討つ『力』だった。 古手梨花を、部活の仲間を、あんな幼い女の子を銃殺した非道な極悪人形、翠星石。 あの人形を討つためならば、魅音はどんな試練だって乗り越えてみせる。そう言わんばかりの覚悟の色が、瞳に満ちていた。 園崎本家次期当主が持つ独特の迫力とでも言おうか、魅音が漂わせるオーラに光は気圧され、若干後ずさる。 「……たとえ相手がどんな悪人だからって、命を奪う気にはなれないよ」 「なんで!」 魅音が怒鳴るが、光は今回一歩も引かない。 「あいつは……翠星石は! 梨花ちゃんを殺したんだ! 私が仇を討ってやらなきゃいけない……そうしなきゃ、梨花ちゃんの無念は晴れないんだよっ!」 「けど!」 怒鳴る魅音に反発するように、光は声を張り上げた。 「もしその子が仲間を傷つけるような奴なら……私も容赦しない」 静かだが、力漲る声。 無用な殺人などしたくはない、だからといって、仲間を傷つけるような輩に慈悲を与えるつもりはない。 敵と定めた者は、絶対に倒す。それが魔法騎士の勤めであり、これ以上海のような犠牲を出さないための方法だから。 「……それでいいよ。あんたも翠星石に会えば、あいつがどんなに非道で救えない奴か分かるからさ」 光の言葉に一応は納得の意を示し、覇気を治める魅音。 同時にエスクードも譲り渡し、二人は晴れて本当の仲間と認識し合うことできた。 翠星石は梨花を殺した、憎むべき『敵』だ。彼女に会いさえすれば、光もその危険性に気づくことだろう。 今はまだ決断を求めなくていい。そもそも、光が言う『仲間』の中に翠星石の関係者がいないとも限らないのだ。 いざ頼れるのは自分だけ……ここは殺し合いの現場、裏切りなんてものは付いていて当然なエッセンスなのだから。 「よし、じゃあいこう魅音ちゃん! 早くゲインたちの無事を確かめないと」 「あーその魅音ちゃんってのはちょっと……オジさん照れちゃうかなぁ」 「えぇ? じゃあなんて呼べばいい? 園崎さん? 魅音?」 「んーとねぇ」 先ほどとは打って変わって、魅音は歳相応の少女らしい仕草を表に出し始める。 魅音から圧倒されるような威圧感がなくなったことに安堵した光は、それに合わせて少女らしい会話を求めた。 数秒考えて、魅音はこう口にする。 「……みぃちゃん、なら可。」 そう発言した時の表情がどこか寂しげな風だったことに、光は気づけず――。 「うん、分かった。じゃあこれからはみぃちゃんって呼ぶことにするよ!」 「なはは……あーこれはこれでちょっと恥ずかしかったかな? まぁいいや、さっさと行こうか」 両者共に曇りのない笑みを見せ、ホテルへ向かう足を加速させた。 ――道中で、魅音は思う。かつて自分のことを『みぃちゃん』と呼んでいた、可愛いもの好きの少女のことを。 ホテル崩壊を目の当たりにしたせいで頭から飛びそうになってしまったが、同タイミングに聞き届いた第三放送では、確かに仲間の名前が呼ばれた。 前原圭一、竜宮レナ。翠星星に殺された梨花の他に、雛見沢出身の部活メンバーたちが一遍に二人も死んでしまった。 そして、呼ばれた名はそれだけではない。真紅に蒼星石……あの翠星石が姉妹と言っていた、ローゼンメイデンたちの名前も呼ばれていた。 (ざまぁみろ。早くも天罰が当たったんだよ) 心の中で毒づき、魅音は死んでしまった仲間のことを思う。 圭一とレナはどこで、誰にどんな風に殺されてしまったのだろうか。 (考えるまでもないさ。どうせあの水銀燈とかいう性悪人形と、カレイドルビーとかって奴がやったに決まってる) 圭一やレナは人を信用しやすい。圭一などは日頃経験してきたカードゲームの戦略パターンから見ても、相手の裏を読むのが苦手なタイプだ。 大方、翠星石みたいな潜伏型の殺人者に騙されてしまったのだろう。 部活仲間を卑下するわけではないが、なんて馬鹿な死に方をしたんだ、とさえ思った。 相次ぐ友達の死。それに関わるローゼンメイデンという名の人形たち。 圭一とレナの死を悲しまなかったわけではない。翠星石という宿敵がいるからこそ、悲しめなかったのだ。 今は悲しむより怒る時……怒って、怒って、これでもかというくらい怒って、怒りに身を任せる。 良心に従ってなどいたら、翠星石を殺すことはできない。薄情かもしれないが、圭一とレナを弔うのはそれからだ。 (あんたはもうしばらく、身内が死んだ不幸を味わうがいいさ。たっぷり悲しんだ後に、私が殺してやる。翠星石、あんたを殺してやる!) 復讐心は潰えることなく、ただ一時だけその身の内に潜めるのだった。 ――程なくして、光と魅音の二人はホテルの正面玄関まで辿り着いた。 豪華絢爛を絵に描いたような高級感漂う入り口は見る影もなく崩れ、倒産企業が残した廃ビルのごとく廃れている。 辺り一帯も凄惨という二文字がピッタリ当てはまるような有様で、ゴミ山と言い表してもいいほどだった。 「酷いねこりゃ……」 宙には崩落の際に巻き上がった砂埃が依然として漂い、空気を悪くさせている。 魅音は口元を押さえながら入り口付近の状況を詳しく調べるが、その足取りは重い。 光も同様で、予想を遥かに超える被害状況に唖然としているようだった。 これはいよいよ、中にいるであろうゲインたちの安否が怪しまれてきた。 「とにかく、早く中に入ろう」 「うん……いや光、ちょっと待って。この下に何か……」 急かす光を制し、魅音は玄関脇に転がっていた瓦礫に目を着けた。 ちょうど人の大きさくらいをカバーできるコンクリート片。その下には、何やら黒い液体のようなものが滲んでいる。 ペンキや雨露の類ではない。魅音はその正体を本能で感じつつも、確証を得るために瓦礫の撤去作業に入る。 比重のバランスが傾いていたせいか、瓦礫は前方に押し出すと簡単に転がってくれた。 そして、魅音は瓦礫の下に埋もれていた一人の人間の姿を確認する。 滲んだ液体の正体はやはり血で、時間経過と暗がりのせいもあって黒く見えていたらしい。 見る限り全身の骨は砕け、内臓も外に飛び出ているようだった。 出血の規模も盛大なもので、頭部からも脳漿と一緒に悪臭が蔓延している。 一気に顔が青ざめ、気分が悪くなる。 無理もない。その光景はホテル倒壊の映像などよりも凄惨で、目まぐるしい勢いで胃液を逆流させるには十分な威力だった。 なにしろ、魅音が見つけたそれは――既に*んでいたのだから。 「う……おげぇえええぇええぇっ」 溜まっていた内容物を一斉に吐き出し、魅音はその場に崩れ落ちた。 建物が崩れる様なんかよりよっぽど酷い、壊れた人間を見てしまったのだ。 視覚から受け取るショックは脳を激しく揺さぶり、途絶えることのない嘔吐感を生み出す。 光もグシャグシャになった人間の死体を確認し、意気消沈しながら魅音の背中を摩ってやった。 「これ、光の知り合い?」 「ううん。この人は私たちがホテルに到着する前から、ここで死んでたんだ。その時はこんなに酷くはなかったけど……振ってきた瓦礫に潰されちゃったんだね」 大量の血液のせいで判別が難しくなっているが、死体はどうやらメイド服を着ているようだ。 エンジェルモートの制服のような派手のものではなく、もっとシックな西洋風侍女のスタイルを取っているのが分かる。 圭ちゃんの趣味とはちょっと違うかな……などと思いつつ、魅音は一度は振り払ったはずの友人の姿を再度思い浮かべてしまう。 刺殺、射殺、毒殺、斬殺、絞殺――圭一やレナは、いったいどんな殺され方をしたのだろう。 血はどれくらい流したのか、肉体の損傷はどの程度だったのか、苦しかったのか、安らかだったのか。 (駄目だな私……悲しんでる暇なんてないって、さっき言い聞かせたばっかりなのにさぁ……) 悲しみは全部、復讐心へと転化させる。それが一番楽で、みんなの仇を討つには効果的だったから。 でも駄目だ。死んだ二人は――特に圭一は――魅音にとって大事な、とても大事な存在だった。 そんな二人の死を、イメージしてしまったのだ。 ひょっとしたらこのメイドのような、いやそれ以上に無残な目にあって死んだのではないだろうか、と。 涙が止まらない。俯いてる暇があれば、その時間を使って仇敵である翠星石を捜せるのに。 クーガーだって言っていた。迅速に行動すれば、後の予定に余裕が持てると。だから人は速さを求めるのだと。 さっさと見つけて、さっさと仇を討ってしまえば、その分早く二人を弔えるのに。なのに。 「う……」 涙の洪水に耐え切れず、魅音はその場に崩れ落ちた。 翠星石は憎い。水銀燈やカレイドルビーも憎い。憎しみからくる復讐心も強い。 だがそれ以上に、悲しみが勝ってしまった。二人の死を無視して狂気に身を寄せるような真似が、できなかった。 仇敵と対面すれば気持ちは変わるかもしれない。でも、今この時だけは。せめて―― 「――危ない! みぃちゃん!」 泣き崩れる魅音の身を、光の不意な警告が届いた。同時に、光が魅音に飛びかかってその身を庇う。 覆い被さった光の背中に、ホテル玄関口から高速で撃ち出されてきた謎の物体が飛来した。 「がぁぅっ!?」 「光っ!?」 魅音を狙ったそれは光の背中を穿ち、悲鳴を上げさせる。 落ちたそれを確認したところ、どうやら飛んできたのは何の変哲もない五百円玉くらいの小石のようだった。 たかが小石と侮ってはならない。その速度は銃弾の勢いに迫るものがあり、命中した箇所から血を滲ませるには十分な威力だった。 「くっ……炎の――」 痛みを訴える背中に活を入れ、光は即座に反撃の意を示した。 両の手の平に炎の力を宿し、投石を放ってきた敵へとその矛先を定め、撃つ。 「――矢ァァーーーーー!!」 燃え盛る炎の弾丸が、投石への洗礼とも言わんばかりに逆襲の火の粉を巻き上げた。 既に機能しなくなった自動ドアを突き抜け、内部にいる標的を猛火で襲う。 悲鳴が返ってくるような反応は得られなかったが、手応えはあった。 反撃の恐れがないかと外から身を構える光と魅音は、やがて、 「フフフ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」 奇怪な笑い声を耳にするのと同時に、入り口から出てくる赤い怪物の姿を目にした。 「――ただの人間ではない。この私を楽しませるに十分な素質を持った者……いや、先の洗礼を見るに魔女の同類と言ったところか」 赤いコートに長身の体躯を包み、男はただ、二人の少女を前に笑っていた。 全身に漂う異質な波動、見る者に恐怖を与える邪の風格。 太陽を制し、夕闇を越え、吸血鬼は今、深淵の世界を迎えようとしている。 それ即ち、戦の本領。何者にも遮ることは出来ない、戦闘本能が活性化を迎える時。 「今宵も満月。魔女と夜宴を迎えるには絶好の空だ。もう一人の方の魔女も捨て置くには惜しいが、ククク……まずは」 銃弾切れしたジャッカルの銃口を向け、至高の吸血鬼――アーカードは楽しそうに微笑む。 少なからずホテルの倒壊に巻き込まれていたであろうその身は何故か無傷のまま健在し、高すぎる障壁としてその場に君臨する。 仲間の下に向かうには、この高く険しい壁を越えていかねばならない。 光は窮地を理解し、それでも退くことはなかった。魅音もまた、同様に。 背筋が感じる恐怖に屈することなく、未知の存在に立ち向かう。それが勇敢な行為なのか愚かな所業なのかは、答え出ず。 戦いが、始まろうとしていた。 ――これは、序章のほんの一部。 【D-5/ホテル正面玄関付近/1日目/夜】 【アーカード@HELLSING】 [状態]:全身に裂傷/中程度の火傷(※回復中) [装備]:鎖鎌(ある程度、強化済み)、対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(残弾:0/0発)@HELLSING [道具]:無し [思考]: 1.目の前にいる魔女と闘争を繰り広げる。 2.ホテルを崩壊させた方の魔女にも興味。 3.カズマ、劉鳳とはぜひ再戦したい。 【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】 [状態] 疲労(大)、圭一・レナ・梨花の死に精神的ショック、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り) [装備] スペツナズナイフ×1 [道具] 支給品一式、スルメ二枚、表記なしの缶詰二缶、レジャー用の衣服数着(一部破れている) [思考・状況] 1:目の前の怪人(アーカード)を倒し、ホテルに入る。 2:どんな手段を使ってでも翠星石(と剛田武)を殺す。 3:圭一とレナの仇を取る(水銀燈とカレイドルビーが関係していると思いこんでいる)。 4:沙都子と合流する。 5:2、3に協力してくれる人がいたら仲間にする。 基本:バトルロワイアルの打倒。 [備考]:光からスぺツナズナイフ×1、支給品一式×1を譲り受けました。 【獅堂光@魔法騎士レイアース】 [状態]:全身打撲(歩くことは可能)軽度の疲労、背中に軽傷 ※服が少し湿っている [装備]:龍咲海の剣@魔法騎士レイアース、エスクード(炎)@魔法騎士レイアース [道具]:鳳凰寺風の剣@魔法騎士レイアース、エスクード(風)@魔法騎士レイアース、、支給品一式、デンコーセッカ@ドラえもん(残り1本)、オモチャのオペラグラス [思考・状況] 1:目の前の怪人(アーカード)を倒し、ホテルに入る。 2:風と合流。 3:キャスカを警戒。 4:ゲインとみさえが心配。 5:状況が落ち着いたら、面倒だがクーガーの挑戦に応じてやる。 6:翠星石と剛田武を悪人かどうか見極め、危険なようなら対処する(なるべく命は奪いたくない)。 基本:ギガゾンビ打倒。 ◇ ◇ ◇ 「うわうわぁ~、なになに地震災害? それとも爆破テロ?」 「ビルが崩壊していく!? まさか、本当にシルエットマシンかオーバーマンでも支給されているっていうのか?」 放送により禁止エリア指定されたF-6の路上。 会場内でも屈指の全長を誇る巨大ビルが倒壊していく様を、タチコマとゲイナー・サンガは遠目から確認していた。 「距離から推測するに、あれはD-5エリアに位置する大型ホテルのようだね。倒壊の原因はここからじゃ確認不能っと……」 「何を悠長な! ひょっとしたら中に人がいるかもしれない、僕たちもあそこへ向かおうフェイトちゃん」 ゲイナーはタチコマの中から傍らを飛ぶ少女――フェイト・T・ハラオウンに呼びかける。 タケコプターといった特殊な道具を用いることなく、自身が持つ魔法の力のみで浮遊する彼女もまた、巨大な建造物が崩れる様を目の当たりにして呆然としていた。 その視線の先に、二つの小さな光を捉える。 「!」 双眼鏡を構え、改めて確認する。 それは蛍のように淡く空中に点在し、倒壊していくホテルの周囲を飛び回っていた。 遠すぎてそれが何なのかはハッキリ掴めなかったが、高速で動き回る飛行物体ときてフェイトが真っ先に思い浮かべるものは一つしかない。 (まさか……なのは!?) フェイトの知る限りでは、空中をあれだけのスピードで飛行できる存在など他になかった。 ほんの数秒前、第三放送で知ったヴィータの死……衝撃を覚えたのは確かだが、それでも悲しみを押し込めて、懸命に考える。 ヴィータが死んでしまった今、このゲーム内で高速飛翔などができるのは、フェイトの他にはなのはとシグナムの二人しかいない。 もちろんフェイトの知らぬ飛行手段を持つ者がいるかもしれないが、なのはが市街地へ向かったというのなら、あれが親友である可能性は大いにある。 「ごめんタチコマ……先に行く!」 予感がしたら、居ても立ってもいられなくなった。 フェイトは仲間の二人に先行する旨を伝えると、抑えていたスピードを全開にし、なのはらしき飛行物体を追跡していった。 「フェイトちゃん、はっやー……。くっそー、ボクにおーばーすきるが使えればー」 「何を言ってるんだタチコマ。それより、僕たちも早くホテルへ向かおう!」 「うん。でもフェイトちゃんの飛んで行った先、ホテルとはちょっと方向がズレてるね。彼女を追うべきか、被災地へ向かって要救助者がいないか確認すべきか……むむむ」 「悩んでいる暇はない! ここも禁止エリアに指定されてしまったし、考えるよりも先にまず動くんだ!」 「おお~、なるほどー。ようし、分かったよゲイナー君。それでは、『タチコマイナー』ホテル方面へ向け急行しまーす!」 急旋回フルドライブ。進路をとにかく北へ。 超高速で飛んでいったフェイトにやや遅れ、タチコマとゲイナーもまた、ホテルを中心に巻き起こった闘争の渦へと飲み込まれる。 ……ちなみにタチコマイナーの名称は、ゲイナーが元の世界で乗り回していたオーバーマン、キングゲイナーの名に肖ったものである。 ――そしてこれも、序章のほんの一部。 【E-6/上空/夜】 【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA s】 [状態]:全身に軽傷、背中に打撲、決意 [装備]:S2U(デバイス形態)@魔法少女リリカルなのは、バリアジャケット、双眼鏡 [道具]:支給品一式、西瓜1個@スクライド [思考・状況] 1:ホテル外周を飛んでいた存在(なのは?)の確認。 2:市街地に向かい、なのはの捜索を行う。 3:カルラの仲間に謝る。 4:なのは以外の友人、タチコマの仲間の捜索も並行して行う。 5:眼鏡の少女と遭遇したら自分が見たことの真相を問いただす。 基本:シグナム、眼鏡の少女や他の参加者に会い、もし殺し合いに乗っていたら止める。 【F-6/幹線道路上/夜】 【タチコマ@攻殻機動隊S.A.C】 [状態]:装甲はぼこぼこ、ダメージ蓄積、燃料を若干消費、飛行中 [装備]:タチコマの榴弾@攻殻機動隊S.A.C タケコプター@ドラえもん(故障中、残り使用時間6:25) [道具]:支給品一式×2、燃料タンクから2/8補給済み、お天気ボックス@ドラえもん、西瓜46個@スクライド 龍咲海の生徒手帳、庭師の如雨露@ローゼンメイデンシリーズ [思考・状況] 1:とにかく北上! フェイトを追うか、ホテルへ向かって救助を優先するかは移動しながら考える。 2:フェイトを彼女の仲間の下か安全な場所に送る。 3:トグサと合流。 4:少佐とバトーの遺体を探し、電脳を回収する。 5:自分を修理できる施設・人間を探す。 6:薬箱を落とした場所がそこはかとなく気になる。 [備考] ※光学迷彩の効果が低下しています。被発見率は多少下がるものの、あまり戦闘の役には立ちません。 効果を回復するには、適切な修理が必要です。 ※タケコプターは最大時速80km、最大稼動電力8時間、故障はドラえもんにしか直せません。 ※レヴィの荷物検査の際にエルルゥの薬箱を落とした事に気付きました。 【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】 [状態]:風邪の初期症状、頭にたんこぶ、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い [装備]:なし [道具]:支給品一式、ロープ、さるぐつわ [思考・状況] 1:とにかく北上! フェイトを追うか、ホテルへ向かって救助を優先するかは移動しながら考える。 2:フェイトのなのは捜索に同行させてもらう。 3:タチコマの後部ポッドで暖を取る。 4:二人の信頼を得て、首輪解除手段の取っかかりを掴む。 5:さっさと帰りたい。 [備考] ※名簿と地図を暗記しています。また、名簿から引き出せる限りの情報を引き出し、最大限活用するつもりです。 ※タチコマの後部ポットの中にいます。 ※タチコマの操縦機構、また義体や電脳化などのタチコマに関連する事項を理解しました。 ◇ ◇ ◇ 「みなえさんからの連絡が途絶えて既に五分……糸無し糸電話は未だにウンともスンとも言わない」 すっかり暗み掛かってきた森の中。ストレイト・クーガーはログハウスのドアを開け、一人外の夜空を見上げていた。 「五分ですよ五分。五分もあれば何ができると思います? 炊事、洗濯、出勤、掃除、洗車、買い物、睡眠。たかが五分と侮ってはいけない。 そもそも人間は何故速さを求めるのか? それは時間を無駄にしないためです。 時間を有効的に活用するには、たとえ五分といえど決して無駄にすることはできないのです。 そう思いませんかセナスさん?」 「……ぅあー、そうですねぇ。そうかもしれませんねー」 病人のような呻きを上げ――実際本当に体調不良なわけだが――セラス・ヴィクトリアもまた、ログハウスの中から外に顔を出した。 クーガーの背中で体感した超スピードの悪夢がまだ蔓延しているのか、視点は覚束ず、立っていながらもフラフラと身体を揺らす有様。 とてもではないが長距離移動、それも高速によるものは無理だろう。本人が絶対に拒否する。 「思えば、俺はどうにもこの世界に来てから時間を無駄にしすぎている。 イオンさんのお仲間もなのかちゃんやひばるちゃんの友達もみなえさんの御子息もどれもこれも未だに発見できていない。 知人との合流を素早く果たせばその分あとの脱出作戦に掛けられる時間が倍増するというのに俺の速さはまだその助力すらできていない! 何故か! それは俺が遅かったから? 俺がスロウリィだったから? いやいやそれは違うぞ結果論だ! 速さとは唯一無二絶対信憑揺ぎ無く世界を縮めるための最適手段に他ならない! その速さが功を成していないということは そこに速さを越えた運命的な何かが介入し俺の進行を邪魔したとしか考えられないよってみなえさんとの通信妨害もまた等しく! 速さとは文化だ! 人間は常に速く速く行動することでより多くの時間を獲得しより多くの文化を体験することができる! 速さイコール文化! 実に分かりやすい世界のシステム! 故に俺は立ち止まることができなぁいッ! ラディカルグッドスピィィィィィィィィィィィド脚部限定ッッ!! 音信不通だというのなら俺がすぐさま現地に赴きその原因を究明! トラブルが起きていようものなら俺のラディカルグッドスピードを駆使して迅速かつスピーディーにそれを解決! 立ちはだかる者は何人たりとて容赦はしない! そして俺は極めてみせる――文化の真髄を!」 ログハウスの壁が所々抉り取られ、クーガーのアルター能力『ラディカルグッドスピード(脚部限定)』を形成するための糧となる。 上げていたサングラスをスチャッと装着し、クラウチングポーズ。鉄砲でも鳴らせば、すぐにでも飛び出していきそうな体勢だった。 「と、いうことでセナスさん。俺は先にホテルへ帰還し状況を確認してきます。 なーに心配はいらない。この俺にかかれば4000m程度の距離などたかが知れています。 すぐにセナスさんの下までお戻りし俺がラディカルグッドスピードでスピードの絶頂臨界点までご案内いたしま――」 「結構ですッ!」 セラスは力強く拒否を示し、クーガーはやれやれと首を振った。 無駄話はこの辺にしておこう。今は一刻も早く、連絡の取れなくなったホテル待機組の安否を確認しなくては。 「それではストレイト・クーガー…………行って参りむぁぁぁぁぁぁっすッッ!!!」 怒涛のスタートダッシュを見せたクーガーの背中はあっという間に遠ざかっていき、その速度を見たらセラスはまた気分が悪くなった。 「ぅぷ……みさえさんたち大丈夫かなぁ……てか私も大丈夫かなぁ……おぅっ」 仲間の窮地は心配だ。だがそれ以上に、あのスピードに対する拒否信号が強すぎた。 セラスは未だ回復の目処が立たぬ吐き気を治めるため、いそいそとログハウス内のベッドになだれ込んだ。 ――これもまた、序章のほんの一部。 【F-7/1日目/夜】 【ストレイト・クーガー@スクライド】 [状態] 健康 [装備] ラディカルグッドスピード(脚部限定) [道具] 支給品一式 [思考・状況] 1:ホテルへ急行。状況を確認する。 2:1が終わったらセラスを迎えに戻る。 3:そのあと宇宙最速を証明する為に光と勝負さしてくださいおねがいします。 4:なのはを友の下へ連れてゆく。 5:証明が終わったら魅音の下へ行く。 【F-7/ログハウス/1日目/夜】 【セラス・ヴィクトリア@HELLSING】 [状態]:腹部に裂傷(傷は塞がりましたが、痛みはまだ少し残っています)、激しい嘔吐感 [装備]:AK-47カラシニコフ(29/30)、スペツナズナイフ×1、食事用ナイフ×10本、フォーク×10本、中華包丁 [道具]:支給品一式(×2)(バヨネットを包むのにメモ半分消費)、糸無し糸電話@ドラえもん、バヨネット@HELLSING、AK-47用マガジン(30発×3)、銃火器の予備弾セット(各40発ずつ) [思考・状況] 1:うぷっ……思い出しただけで気持ち悪っ……しばらく休もっ……。 2:ホテルへは『徒歩』で帰還する。 3:キャスカとガッツを警戒。 4:ゲインが心配。 5:アーカードと合流。 6:Q、もう一度ラディカルグッドスピードの速さを体感したいと思いますか? A、いいえ。 [備考]:※セラスの吸血について。 大幅な再生能力の向上(血を吸った瞬間のみ)、若干の戦闘能力向上のみ。 原作のような大幅なパワーアップは制限しました。また、主であるアーカードの血を飲んだ場合はこの限りではありません。 ◇ ◇ ◇ 押し寄せてきたのは数多の瓦礫。 攻め立ててきたのは巨大な重圧。 (俺は……) 自分の身がどうなったのか、それすらも分からない。 誰かを庇って必要以上に傷を負ったような気もするし、運悪く足元の崩落に巻き込まれたような気もする。 (俺は……終わったのか?) 居場所も、傷の度合いも、意識の途絶える直前の状況も分からない。 そんな気弱にならざる得ない状態で男が思ったのは、大柄な体躯に似合わぬ絶望的な結果だった。 (……いや、違うな。終わってなんかいねぇ。これはまだ始まったばかりだ) そんな絶望は、すぐに頭で掻き消した。 今こうやって思考をしているということは、脳が終わっていない――つまり、生きていることに相違ない。 (始まったばかり、か。……それも違うな。まだ始まってすらいねぇんだ。俺にとっちゃな) そう、これはまだ序章とも言えぬ書きかけのページの一部に過ぎない。 誰が主役となるか、どんな結末を迎えるか、誰にスポットライトが当たるのか――それはまだ未知数なのだ。 (俺は、俺がやるべきことをやるだけさ…………グリフィス!) 闇の中に宿敵の幻影を捉え、男は奮い立った。 ――序章が終わり、第二幕が始まる。 【D-5/詳細位置不明(瓦礫の下?)/夜】 【ガッツ@ベルセルク】 [状態]:詳細不明【元の状態:全身打撲(治療、時間経過などにより残存ダメージはやや軽減)、精神的疲労(中)】 [装備]:カルラの剣@うたわれるもの、ハンティングナイフ、ボロボロになった黒い鎧 [道具]:なし [思考] 0:??? 1:ホテルでセラスらの帰りを待つ。 2:契約により、出来る範囲でみさえに協力する。他の参加者と必要以上に馴れ合う気はない。 3:まだ本物かどうかの確証が得られてないが、キャスカを一応保護するつもり。キャスカに対して警戒、恐怖心あり。 4:殺す気で来る奴にはまったく容赦しない。ただし相手がしんのすけかグリフィスなら一考する。 5:ドラゴン殺しを探す。 6:首輪の強度を検証する。 7:ドラえもんかのび太を探して、情報を得る。 8:翠星石の証言どおり、沙都子達ひぐらしメンバーが殺人者か疑っている。 9:グリフィスがフェムトかどうか確かめる。 基本行動方針:グリフィス、及び剣を含む未知の道具の捜索、情報収集。 最終行動方針:ギガゾンビを脅迫してゴッド・ハンドを召喚させる。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、愛する男の子のことで頭がいっぱいだった。 高町なのはは、ホテルを壊そうとする女の子を宥めるのに必死だった。 キャスカは、戻るべき場所と帰すべき男のことだけを思い、剣を振るった。 ゲイン・ビジョウは、自分の犯した失態にケリをつけようと躍起になっていた。 野原みさえは、崩落の恐怖に怯えながら自分にできることを模索していた。 翠星石は、姉妹たちの死を知ることなく過ちを犯し続けていた。 アーカードは、迫り来る強者たちとの戦いにただその身を焦がすのみだった。 園崎魅音は、悲しみに抗いながら一心不乱に復讐を果たそうとしていた。 獅堂光は、大切な仲間を守るために友が残してくれた剣を構えた。 フェイト・T・ハラオウンは、今は亡き女傑のためにも親友との再会を強く望んだ。 タチコマは、新たな相方と共にただひたすら北へと爆走を続けていた。 ゲイナー・サンガは、チャンプとしての腕を有効に使おうと再度マニュアルを眺め始めた。 ストレイト・クーガーは、速さ=文化を証明するため走り続けた。 セラス・ヴィクトリアは、押し寄せてくる嘔吐の波と壮絶な戦いを繰り広げていた。 ガッツは、いずれ訪れるであろう宿敵に戦意を沸き立てていた。 【ホテル現状】 ※現在五階から上の階層が完全に倒壊状態。 四階以下のフロアも現在進行形で倒壊が進んでおり、予断を許さぬ状態です。 外壁にも無数に穴が空いており、そこからの侵入、脱出も可能です。 長く見積もっても夜中(20時~22時)に突入する頃には完全に崩壊します。 時系列順で読む Back 「ゼロのルイズ」(前編) Next 最悪の/最高の脚本 投下順で読む Back 「ゼロのルイズ」(前編) Next 最悪の/最高の脚本 207 「ゼロのルイズ」(前編) ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) 高町なのは 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) キャスカ 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) ゲイン・ビジョウ 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) 野原みさえ 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) 翠星石 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) アーカード 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) 園崎魅音 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) 獅堂光 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) フェイト・T・ハラオウン 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) タチコマ 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) ゲイナー・サンガ 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) ストレイト・クーガー 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) セラス・ヴィクトリア 214 「ゴイスーな――」 207 「ゼロのルイズ」(前編) ガッツ 221 鷹の団(前編)