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ルイズは今夜も夢を見ていた。古ぼけた部屋の中の、かすみがかった人物達の夢。 ルイズはまた自分ではない誰かになっていて、かすみがかった部屋でかすんだ姿の まま、かすんだ男達と音の擦り切れた会話を交わしていた。 あの使い魔、ギアッチョを召喚した時から――いや、正確にはギーシュとの決闘を 終えた日から、ルイズはこの不思議な夢ばかりを見るようになっている。 使い魔となった者は、主人の目となり耳となる能力や人語を解する能力などを手に 入れる。ギアッチョにはそんな力はなかったが、ひょっとするとそれが夢の共有と いう形で発現しているのかもしれないとルイズは考えた。もしそうだとすると、この 夢を決闘の翌日から見るようになったということは――あの決闘を通して、 ギアッチョが自分を少し認めてくれたということなのかもしれない。ならば、と ルイズは思う。日々霧が晴れるように鮮明さを増してゆくこの夢は、彼が徐々に 心を開いていってくれているということなのだろうか。勿論、霧が全て消えれば 信頼度MAXなどというわけではないのだろうが、興味なんてさらさら無いように 見えるギアッチョが日々内心自分に心を開きつつあると思うと、ルイズはなんだか 無性に嬉しかった。 「どこに行くのよ」 ドアに向かって立ち上がったギアッチョにルイズが問いかける。外はもう双月が 煌々と輝いている時間である。 「剣の練習だ」 ギアッチョはそう言って喋る魔剣デルフリンガーを掴む。 「ちょっと待って わたしも行くわ」 そう言ってベッドから跳ね起きるルイズをギアッチョは物珍しげな眼で見る。 「ああ?何しに行くんだよ」 「何しにって・・・こっ、このわたしが見てあげるって言ってるのよ!ありがたく 思いなさい!」 ルイズはそう言うとギアッチョより先にドアを開けて行ってしまった。ギアッチョは その後姿を眺めながら、 「全くコロコロと機嫌の変わるヤローだなァァ あれが女心と秋の空ってヤツか? え?オンボロよォォ~~」 デルフリンガーの柄を鞘からわずか引き抜いて言う。話を振られた魔剣は、 「えっ!?あ、ハ、ハイ そのようでダンナ・・・」 先日ギアッチョにタンカを切った時の威勢のよさは微塵も無くなっていた。 ギアッチョが中庭へ出ると、先に到着していたルイズがキュルケと喧嘩をしていた。 その後ろには心配そうに主人を見守るフレイム。二人をサイドから眺めるような 位置でタバサが本を読んでいる。 「何でてめーらがここにいる?」 ギアッチョが当然の疑問を発すると、 「ちょっと食べすぎちゃったのよ で、運動しようと思ったらこのおチビちゃんが やって来たワケ」 返答にもルイズへの罵倒を織り交ぜるキュルケだった。 「だ、誰がチビよ!このストーカー!」 「ストッ・・・!?」 「ストッ・・・!?」 ルイズの一撃はキュルケの心を見事に刺し貫いた。別に感謝されたくてやって いたわけではないが、それにしたってキュルケの行動は――無論本人は肯定など しないだろうが――ひとえにルイズを心配するが故なのである。そこに気付いて いないとはいえ、ルイズのこの一言は相当なダメージだった。 「・・・ストーカーね・・・ フフフ・・・ストーカーですって・・・」 がっくりと肩を落としてブツブツと呟くキュルケに流石のルイズも異変を感じたのか、 「えっ!?ちょっとわたし何かした!?」とタバサに助けを求めている。 タバサが「どっちもどっち」と呟いたのを合図に、ギアッチョは彼女達から魔剣へと 視線を移す。 「で? どーすりゃあいいんだオンボロ」 「ど、どうするって?」 「剣なんざ扱ったこともねーって言わなかったか?喋れんなら剣の指南ぐれー 出来るだろ 前の持ち主の剣術とかよォォー」 完全に人まかせ、否剣まかせのギアッチョである。 「あっ、あーあーなるほど!だからダンナはわざわざこの俺をお買いになられた わけッスねェー!さすがはギアッチョのダンナ!」 デルフリンガーはなんとかギアッチョの機嫌を損ねまいと頑張っている。 「てめーそのダンナってのはどうにかならねーのか?」 「え・・・いや、相棒ってのもなんか違うし兄貴はもう取られてるし・・・」 よく分からないことを言い出すデル公だった。 「まぁいい で、結局どーすんだ」 「どうするって言われても・・・え、えーと じゃあとりあえず剣を抜いて・・・」 ギアッチョは言われるままに柄に手をかけ、剣を引き抜き―― バッグォォオオン!! 突如として中庭に轟音が鳴り響いた! 「何・・・だァァ~~~?」 ギアッチョが音のしたほうを振り向くと、岩が集まったような巨大な化け物が 本塔の壁を殴りつけているところだった。 「あれも使い魔だってェのか?」 抜きかけた剣を収めてルイズ達と合流したギアッチョが問う。 「あれはゴーレムよ それもとんでもなく大きい・・・!あんなものを練成する なんて・・・少なくともトライアングルクラスのメイジだわ」 どうやらあれは魔法によって作られるものらしい。彼女達の反応を見るに、 相当高度な魔法のようだ。 「なんにしても・・・見過ごすわけにはいかないわね!」 言うが早いかキュルケが走り出し、 「ちょっ、何やってんのよ!」 ルイズがそれを追いかける。タバサはギアッチョにちらりと眼を向けると、 「危険」 一言告げて先の二人を追いかける。ギアッチョは一つ大げさに溜息をつくと、 仕方なく彼女達のあとに続いた。 ゴーレムの肩の上に、黒衣に身を包んだ女性が立っている。彼女――土くれの フーケは、今まさに「仕事」の只中であった。大怪盗の名を持つ彼女の今宵の 目的は、トリステイン魔法学院本塔の宝物庫に秘蔵されている「破壊の杖」で ある。幾重にも封印が施された扉からの侵入を諦めた彼女は、魔法の薄い 外壁のほうを狙っていた。しかし内側よりは防御が甘いとは言え、高レベルの メイジがかけた固定化の魔法はそう簡単に破れるものではない。ゴーレムの 拳に、本塔の外壁は全くこたえた様子を見せなかった。しかしフーケは 慌てない。ぶつぶつと何事か呟くと、ゴーレムの両腕は鋼鉄の塊へと変じた。 フーケのゴーレムはそのまま壁へと突きのラッシュを放ち――何度目かの 突きで、固定されていた壁は見事に爆砕した。 フーケはちらと地面を見下ろす。学院の生徒達が何名かこちらに向かって いるが、彼女はクスリと笑うとそのまま宝物庫へと侵入した。 キュルケは走りながら魔法を唱え、ルイズとタバサがそれに続く。三者三様の 魔法が激突するが、多少の破損が認められるだけでゴーレムは問題なく 動き続ける。小うるさいアリ共を潰すべく、動く岩塊が右腕を打ち下ろし、 「きゃああっ!?」 間一髪逃れた三人に容赦なく左腕が振り下ろされる! 殺られる――!!ルイズは死を覚悟した。 しかし鉄の拳が彼女達を押しつぶす寸前、タバサが魔法を発動させる! バシィィィンッ!! タバサが打ち込んだ風がゴーレムの拳を刹那弾き返し、 「逃げて」 言うや否や二人に杖の先を向ける。 「なッ・・・タバサ!!」 タバサの風に二人はゴーレムの射程外まで吹っ飛び、そして再び呪文を 唱える間も、ましてや逃げる間も少女達の悲鳴が届く間もなく、タバサを 鋼鉄の拳が―― ズンッ!! 圧死の痛みの代わりに誰かに抱きかかえられる感触を感じて、タバサは 閉じていた眼を開いた。少女の眼に最初に飛び込んできたものは、 幾度も眼にしたことのあるボタンの多い服。そして彼女の頭上で、幾度も 耳にした声が響いた。 「てめー・・・シルフィードだったか?なかなかガッツがあるじゃあねーか」 ギアッチョが飛び乗ったシルフィードは、彼が何かを言う前に主人目掛けて 亜音速で飛来し、ゴーレムの拳が地面に激突する一瞬の間隙を縫って 主人を救い、空へと上昇した。タバサを捕まえたのはギアッチョである。 ギアッチョとシルフィード、それぞれが一瞬ですべきことを把握しなければ 出来ない芸当だった。使い魔同士の信じられないコンビネーションに、 破壊の杖を抱えて出てきたフーケを含む誰もが呆然と空を見上げていた。 一瞬あっけに取られていたフーケだったが、目的を果たしたことを思い出すと さっさとこの場から逃げることに決めた。地響きを立てて去ってゆくゴーレムを 見送って、 「大丈夫」 とタバサは一言口にする。それを合図にギアッチョが抱えていた手を離し、 タバサの命で風竜はゆるゆると地上へ向かった。 「――ありがとう」 シルフィードが地面に降り立つ直前、タバサは小さな声で言う。ギアッチョは 一瞬だけタバサに眼を遣ると、フン、と鼻を鳴らした。 「タバサ!!大丈夫!?タバサ!!」 「無事なのあんた達!?」 地上に戻った2人と1匹に、キュルケとルイズが駆け寄る。その顔は今にも 泣き出しそうだった。ギアッチョは3人を見渡して、誰にも怪我がないことを 確認すると、 「てめーらそこに並びな」 彼女達を一列に整列させる。 そしてルイズ達に待っていたのは。 「このッ・・・バカ野郎共がッ!!!」 鬼も裸足で逃げ出さんばかりのギアッチョの怒鳴り声だった。
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ギーシュは薔薇の杖でギアッチョを指して言う。 「何も知らない平民のためにあらかじめ言っておいてやろう」 何が何でも言葉でイニシアチブを取りたいようだ。聞かれてもいないのに ギーシュはべらべらと自分の力を喋る。 「僕の二つ名は『青銅』 青銅のギーシュだ 従って――君の相手はこいつが する・・・行けッワルキューレ!」 ギーシュが造花の薔薇を一振りするとその花弁が一枚宙を舞い、 ズォオォオッ!! 青銅の甲冑に姿を変じた。ギーシュはキザったらしい仕草で杖を下ろすと、 眼の前の平民がいかに驚くかを観賞しようとギアッチョを見るが、 「おもしれーもんだな」 と呟くギアッチョの表情には何の変化も起こらなかった。 「・・・ッ、平民が・・・!余裕ぶっていられるのも今のうちさ!ワルキューレッ!!」 自慢のワルキューレを前にして何ら取り乱さないギアッチョに、ギーシュは もういいとばかりにワルキューレを襲い掛からせた。 猛然とこちらに向かってくるワルキューレを見据えて、しかしギアッチョは 眉一つ動かさない。 ――ホワイト・アルバムを身に纏い、そのまま奴まで歩いていって直に発動 させる・・・オレがその気になりゃあ30秒もかからねーが、それじゃつまらねぇ こいつは「恐怖」と「屈辱」を存分に与えた上で殺すッ!! などとギーシュをいたぶる戦略を練っていると、 「ギ、ギアッチョさん!!逃げてくださいっ!!」 動かないギアッチョにシエスタが叫ぶ。しかし時既に遅し、ワルキューレはもう ギアッチョの懐に潜り込んでいた。そしてその右手がギアッチョの腹に―― スッ ドガシャアア!! 当たることはなかった。ギアッチョは引きつけたワルキューレから最小限の 動きで身をかわし、青銅の騎士はその勢いのまま地面に突っ込んだ! 「てめーの自慢の魔法はよォォーー この程度なのか?え?マンモーニ」 ギアッチョはギーシュに向き直ると、感情のないままの眼で彼を見る。 「一度攻撃を避けただけで何を得意になっているんだい?」 しかしギーシュもその程度で焦りはしない。自分のワルキューレはまだ何体も いるのだ。ギーシュは薔薇を振って更に2体のワルキューレを呼び出した。 二体の騎士は土を蹴ってギアッチョに向かって突進し、そっちにギアッチョが 気を取られている隙に、さっき倒れた一匹目がギアッチョの足に飛び掛って 引きずり倒す!・・・はずだった。しかしワルキューレが彼の左足を捕らえる 瞬間その足はスッと持ち上げられ、一体目はまたも惨めに大地へ倒れた。 続く二体目の突進を一体目をまたぐステップでかわし、その後をついて 走ってきた三体目は折り重なって倒れる先の二体にぶつかって動きを止めた。 オォォォ、とギャラリーにどよめきが走る。 「どーやらよォォ~~~ もったいぶった外見してやがるが・・・単に遠隔操作 出来るだけのスットロいデク人形だったみてーだなぁあぁ メローネの ベイビィ・フェイスの足元にもおよばねーぜ」 合間にギーシュを侮辱することも忘れない。とはいえ、普通の人間なら一体目の 一撃を腹に受けて一瞬でくたばっているはずだ。ギアッチョがそれを回避出来た 理由は、彼が幾百の修羅場を潜り抜けて来たからに他ならない。スタンドなど なくても、ギアッチョにはワルキューレの一挙手一投足が予測出来ていたのである。 ギーシュにはギアッチョが何を言っているのかよく分からなかったが、自慢の 騎士達をデク人形呼ばわりされたことだけは理解出来た。 「・・・少し素早いからと言って調子に乗らないでもらいたいね平民!!ここまで 頑張ったことは褒めてあげよう だがこれで終わりだッ!!」 いくら避けられるからといって魔法に平民が勝てる道理などないのだ。・・・と、 ギーシュはそう思っている。その自信から出た勝利宣言であった。 「漫画みてーな陳腐なセリフ吐いてる暇があんならよォォ~~・・・とっとと次の 手を披露してみろよ マンモーニよォォーー」 「まだ言うかッ!!行けッワルキューレ達!!」 ギーシュが造花の杖を、一回、二回、と振り下ろす。薔薇の花弁はそれに 合わせてひらひらと舞い落ち、彼の造花から全ての花弁がなくなると同時に、 更に四体のワルキューレが姿を現した。四体のワルキューレ達は主人を 守りつつギアッチョを囲い込むように布陣し、その間にいつのまにか 起き上がってきた最初の三体がギアッチョの後方を固めた。 「ああっ・・・囲まれた!!」 「ギアッチョぉ!!隙が空いてるうちに逃げ出せッ!!」 たまらず叫んだのはシエスタとマルトーである。しかしギアッチョは今度も動く 気配を見せず、代わりに首だけをひょいと彼女達に向けると、 「心配は無用だぜ それよりよォォーー ちゃんと見てろよマルトー! シエスタ! おめーも眼をそむけんじゃあねーぜ」 と言い放った。ギーシュは「遺言なら今のうちに言っておくことだね」などと喚いて いるが、全く意にも解さない。自分などここにいないかのように振舞うギアッチョに ギーシュの怒りはとうとう頂点に達した。 「もうッ・・・もういいッ・・・!!貴族を侮蔑したことを悔やみ・・・絶望に身をよじり ながら死んでいけッ!!!」 その言葉を合図に、全方位に布陣したワルキューレ達は一斉にギアッチョに 襲いかかり、シエスタ達の悲鳴をバックコーラスにその剣を振り下ろ―― 「ホワイト・アルバムッ!!」 ギアッチョがその名を叫んだ瞬間、全ては動きを止めた。ギャラリー達は―― ルイズやキュルケですら――目の前の異常な事態に声も出せなかった。 ギーシュは半ば状況を理解したのか、口をぱくぱくとさせているが――これも また声になっていない。 ギアッチョを取り囲んでいたワルキューレ達は、ギアッチョが何かの名前を 呼んだ瞬間、青銅と氷の彫刻と化して動きを止めた。そして輪になった オブジェ達の凍った頭部を、「何かに包まれた」ギアッチョの右腕が、一体、 また一体と粉砕してゆく。誰もが無言のままオブジェの破壊は続き、頭部を 失った哀れな人形達がまるで花を開くように外側に倒れていくのを破壊者は 色をなくした眼で見下ろし。ワルキューレだったものを踏み越えて、男が花の 外側へゆっくりと姿を現した時、 ギャラリーはパニックに陥った。 泣き叫ぶ者、もんどりうって逃げ出す者、呆然とその場に立ち尽くす者。彼らの 悲鳴と足音でヴェストリの広場は一瞬にして阿鼻叫喚の様相を呈した。無理も ない、男がやってのけたのは一瞬にして八体もの物体の動きを完全に停止 させるほどの氷結である。おまけに停止させたのはただの物体ではない。 「青銅」のゴーレムが「殺す気で」剣を振り下ろしているのである。それを 一瞬で完全に停止させて男は平然とギーシュを睨んでいるのである。彼らが 恐慌に陥るのも無理からぬことであった。 「あの男が・・・これをやったっていうの・・・?」 愕然としてギアッチョを見るキュルケだが、ふとルイズに眼を向けると、 「あいつ・・・こんな物凄い力を持ってたの・・・!?」 彼女もまた衝撃を受けていた。今朝の部屋ごと冷却事件の時点で気付くべき だったかもしれないが、とにかくルイズは今改めてとんでもない男を召喚して しまったと思った。常に無表情なタバサもこれには驚きを隠し切れないらしく、 わずかに眼を見開いていた。 「バカな・・・・・・ただの平民のくせに・・・・・・そんな・・・嘘だ・・・・・・」 ギーシュはうわごとのように否定を繰り返している。そんなギーシュに今の ギアッチョの関心は微塵も向いていなかった。 「青銅ってよォォ~~ 「青い」銅って書くんだが・・・実際の青銅は 大体緑色してんだよォォォーーーー なんで緑銅じゃあねーんだァァオイ!! ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜェ~~!!クソッ!クソッ!コケに してんのかッ!!ボケがッ!!」 またしてもよく分からないことを喚きながらワルキューレの残骸を踏み つけている。ギーシュはそれを見ながらぶつぶつと何か呟き続けていたが、 次第に我を取り戻すと自分はまだ負けてはいないということに気付いた。 花弁の無くなった杖を構えると、ギアッチョを睨んで叫ぶ。 「いつまで遊んでいるんだ平民ッ!!勝負はまだ全然ついちゃあいない!!」 そうとも貴族が平民に負けるわけがない!長年の間に染み付いた選民意識は そう簡単には変わらない。ギーシュはまだまだ勝てると思っていた。 「僕の魔法がワルキューレだけなんて思わないで欲しいね!!」 そう言い放つがいなやギーシュは呪文を唱え出した。 「くらえッ!石礫をーーッ!!」 言うがはやいか、ギーシュのかざした杖の先に出現した大量の石塊が ギアッチョめがけて降り注いだ! 「チッ・・・!」 ギアッチョは走って身をかわそうとするが、広範囲に撃ち出された石の雨は とても避けきれるものではない。石の一つがギアッチョの左足に直撃したッ! 「ぐッ!!」 石に片足をつぶされ、ギアッチョは思わず膝をついた。そんなギアッチョを 見下ろしてギーシュは今度こそ確信した。 「ハハハハハハハッ!どうだッ!!これが僕の力さ!!平民如きが偉そうに してくれたが・・・今度は僕の番だッ!!体中を穴だらけにしてやr」 「あーあー ちょっといいかギーシュさんよ 靴の紐が解けちまったみてーで よ・・・ 今から結ぶんで少々待っちゃあくんねーか」 もはや走ることも出来ないというのに、ギーシュの口上をさえぎってギアッチョは のんきに靴をいじりだした。 「こッ・・・この男・・・!!あの世で詫びろ!!喰らえ石礫ーーーッ!!」 キレたギーシュは石礫を跪くギアッチョ目掛けて発射し、 「全くよォォ~~ バカとハサミは使いようってやつだよなァアァ」 その瞬間ギアッチョは薄く笑って後方に飛びのいた! バガガガガッ!! ギアッチョを狙っていた石礫はその全てが地面に命中し、その衝撃で辺りは 土煙に包まれる! 「何ィィィーーーーッ!?奴はこれを狙っていたっていうのか!?な、何も見え ないッ!!」 土煙はギアッチョの姿を完全に覆い隠した。ギーシュはギアッチョのいた 場所から距離をとると、石礫をいつでも発射できるように呪文を唱えて杖を 構える。そして彼が呪文を唱え終る辺りで、 「さぁ姿を見せろ・・・お前は走れない、この一撃で終わりだ・・・ッ!!」 徐々に煙は薄れ・・・そして、ギアッチョが姿を現した!! ギアッチョは先ほどまでと殆ど変わらない場所に立っている。 ――何かをするつもりか・・・!? とギーシュは考えたが、 「しかしこっちのほうが早いッ!!」 ギアッチョが動く前に速攻で石礫を撃ち出した!!石礫は目にも留まらぬ 速さでギアッチョに飛来し、そして命中―― ギュインッ!! 「・・・何の・・・音だぁぁ~~!?」 ギアッチョは変わらずそこに立っている。そして何かの音だけが不吉に響きだした! ギアッチョはギーシュにだけ聞える声で答える。 「この煙がいい・・・おかげでギャラリーに姿を曝すことなく・・・一瞬だけ発動できた・・・」 バヂッ!!ギュイン ギュイン!! 「な・・・何の事だ・・・ッ!?」 ギュイン!!ギィンッ!! 「ジェントリー・ウィープスッ!スタンドパワーは使うがよォォ~~ いい感じに固定出来たぜ・・・」 ギィンッ!!ギュインッ!! 「だ・・・だから何の事なんだッ!!」 ギュイィンッ!!ギィィン!! 「眼をこらすんだな・・・てめーには見えないか?止まった空気が 見えないか!?よく見ろよッ!!」 バッギィィイーーーーーンッ!!! 「バッ・・・バカな・・・」 ドスドスドスドスドスドスドスッ!!! 「ガフッ!!」 飛来した無数の石の弾丸は、ギアッチョの周りに作られた凍った空気の壁に 遮られ、ギーシュ自身の元へと跳ね返ったッ!! 「反射魔法・・・!?ねぇルイズ!あいつ一体何者なのよッ!!」 キュルケはルイズに問い詰めるが、 「そんなこと私だって知りたいわよ!!」 ルイズにも答えることは出来なかった。ギアッチョのいた世界やその境遇などは 一通り聞いたが、ギアッチョの使っている能力については、「スタンド」という 名前であるということしか教えられていなかった。ルイズにも彼の力の正体は 分からなかったのである。冷静に戦況を見ていたタバサでさえ、ギアッチョの 「反射魔法」の正体は分からなかったのである。 「どんな感じだァ?てめーの魔法でやられる気分ってのーはよォォ~~」 ギアッチョは無慈悲にギーシュを見下ろしていた。ギーシュの全身には 血まみれの穴が穿たれているが、彼はまだかろうじて意識を保っていた。 しかしギアッチョは容赦をしない。おもむろにギーシュの首をつかむと、 グイッ!と持ち上げた。 「オレはてめーに言ったよなァアァーー・・・ 殺される『覚悟』は出来てんのか ってよォォォ え?どうなんだオイ『覚悟』は出来てんだろーなァァア!!」 「・・・う・・・うう・・・ ぼ・・・僕が・・・悪かった・・・謝る・・・き・・・君にも・・・ ルイズ・・・にも・・・ だから・・・た・・・助けてくれないか・・・お願いだ・・・」 その言葉に、ギアッチョの眼に明確な殺意が宿る。 「人をよォォ・・・殺そうとしておきながら・・・ え? 何なんだそりゃあ? まさかとは思うがよォォーーー 貴族だから殺されるはずがない・・・なんて 思ってたんじゃあねーだろーなぁあ」 ギーシュは朦朧とする意識の中で、必死に命乞いをする。 「・・・あ・・・ああ・・・思って・・・いた・・・ 僕が・・・悪かった・・・ だから 頼む・・・ お願いだ・・・死にたく・・・ないんだ・・・」 「人に道を作るのは『覚悟』だ・・・ てめーは負けて死ぬ『覚悟』がなかった ばかりか・・・ルイズに対して責任を取る『覚悟』すらねぇ・・・ 『覚悟』がない てめーはよォォーーー・・・! その命で責任を果たしてもらうぜェー!!」 ギアッチョはギーシュの首に力を込める! 「待って!やめてギアッチョッ!!」 声の主はルイズだった。ギアッチョはギーシュの首をつかんだままルイズを見る。 「何故止める?こいつは『覚悟』もなくおめーの命を侮辱した・・・ 償いは てめーの命でするべきだ」 「そうね・・・私は凄く悔しかったわ・・・だけどだからって殺すのは違うわ ギアッチョ、ここはあなたのいた場所じゃない・・・日々『覚悟』を持って 生きてる貴族なんかどれほどもいやしないわ あなたが思っているより ここはずっと甘くて怠惰な場所なの 常に『覚悟』と『責任』を果たさせようと するあなたはここでは異質な存在なのよ ・・・異質な平民の噂が宮中に 届けば・・・決闘だろうがなんだろうが関係ない あなたが何かをしでかす 前に 貴族を殺した罪で処刑されてしまうわ」 ギアッチョは色のない瞳でルイズを見つめる。 「・・・それに 私はギーシュに侮辱を償ってもらいたいんじゃないわ いつか魔法を使えるようになってこいつを見返してやりたいのよ」 それを聞いたギアッチョの双眸に、スッと色が戻る。そして、 ドサッ! ギーシュを投げ捨ててギアッチョはルイズに向き直る。 「しょーがねぇなぁぁ お嬢様の頼みとあっちゃあ仕方ねー これで 勘弁してやるとするぜッ マンモーニ!!」 ギアッチョがそう宣言すると、ギャラリーからどっと安堵の息が漏れ、 そして彼らを掻き分けるようにして派手な金髪の少女がギーシュに駆け寄る。 モンモランシーだった。
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船着場の町。安酒場の安宿にはあらくれどもが集う。手には杯、腕(かいな)には女、 構えた腰にはふつくしい女の尻。数寄者が集い、剥れた欲を発散する。 「ではルイズ、あなたが先鞭をつけ、アニエスがそれに続く、それで構いませんね?」 「勿論。まあ、女子供に戦働きをさせたとあらば、騎士の名誉に瑕瑾を残しますゆえ、後 添えは無用なのが本意ではありますが」 「ぬぬぬ、こここのっ、小娘! 貴様、我を小僧と侮るか! お前はこのアニエスがじき じきにブッ潰す!」 ドカン、とテーブルを蹴り上げたおかっぱが、桃髪の悪魔に凄む。 『あ。あーああ。言っちゃったよ』 『だよなあ、アレは駄目だよな。あの小娘は姐さんの迫力を知らねえからな』 『オラオラと無駄無駄、どっちに賭ける?』 『そりゃオラオラに決まってんだろ。アレに勝てる奴はいねえ』 『ちッ、賭けにならねえなオイ』 『そりゃそうだ』 『そりゃそうか』 「決闘、いや『手合わせ』を願おうではないか」 ちょうど出航までに半日の刻がある。ここで上下関係をはっきりさせておくのも、ま、 無益ではあるまい。ヴァリエールは渋り困るフリをしつつ、それに応えた。 銃。たかが手合わせで銃を使うのか、こいつは。当たって死んだらどうするつもりなん だろう? いやでもアレはどう見ても必殺の裂帛、があるな。銃がなくともこいつは殺す 気でそこにいるし、何というかその、『漆黒の意志』でもって何が何でもブチ殺さないと 気がすまないのだろう。逆に『始末』されるかもしれないという危険を、常に『覚悟』し ているのだろう。 侮れない、これは侮れない。侮ったフリをしたのが、うまいこと効いて欲しいがそれも どうか。しかしまさか殺してしまう訳にもいくまい。どうする? 阿呆が集い暴れる安酒場、夜はこれからだ。二人の勝負も、未だ終わらない。わらわら と集ってきたボンクラどもが、賭けを始めてしばらく経つ。姫と爆発をそれぞれ応援して はいるが、潰れたら喰う気満々だ。既に転がったボトル、三本。 「……さて、ルイズ。そろそろ始まるわよ」 「予定通り、ですか。さすが」 『ちょっと待ちたまえ。君たちは既に戦闘可能な状態では……』 どちらも酔眼極まりながら、酔いどれを装うでもなく演じながら、しかしその眦だけは この場の全てを、捉えている。 その喧噪の外、賑やかな明かりに隠れ、目標をただ、睨む集団。 「始めようか」 気楽に、むしろこれから向かうのが、恋人の家であるかのように。軽やかに、部下に状 況の開始を告げる。 「……ん?」殺気、のようなものを感じて、ルイズが少しだけ速く杯を空ける。来たか。 よろしい、では始めよう。 「OK、野郎ども。パーティータイムだぞう」 傭兵どもが獲物を求めて走り出す。女が二人、これを好きにして殺せ。いい依頼だ。や りたい放題だ! 圧迫で吹き飛んだ扉、無数に飛来する矢。続いて鬨の声と共に殺到する傭兵たち。鼻の 下を伸ばして群がっていたボンクラどもをテーブルごと蹴散らし、酔眼の最後のきらめき を向けて姫が命じる。 「るいず! ばくはつのふたつなはだてじゃないってところを、みせてやりなさい!」 「あいよ!」 『もうだめだ……こいつら完全にイカれちまってるぜ……』 ぐごお、と、お休みの挨拶が聞こえるのを背後に、火酒によってリミッターを外された ルイズが、凶悪な笑みをらんらんと瞳に浮かべ、腰から二本の小刀を抜いた。メイジなれ ば己の半身たるべし杖がないことなど、残念ながらまるで気にしていないようだ。 「出ていけ。ここは俺の店だ」と凄んだデブの店主は、孤独な食事を邪魔されて怒る、ハ ードボイルドな四十男にアームロックを極められ、お…折れるぅ~と悶絶している。 「申し訳ありません! 遅参いたしました」 階下に轟いた破壊音に、ようやく気づいて駆けつけたアニエスが、テーブルと壁の隙間 に蹴り込まれた姫の許に跪く。 「いいのよアニエス~ほらみてあのこ~、すごくたのしそう~」 「あいつ、笑ってやがる……」ッ、 「殿下、ここはひとまず安全な場所へ」と、眼前に広まるかもしれない惨状から、むしろ 己を庇うかのように、小柄な主君を抱えて裏口へ走る。 『十時から突き! 二時の奴に切り上げつつ左反転』 「あいよ」 『デカいのが来るぞ。デルフじゃないんだから受けるなよ』 「あいよ」 『腹はいいが胸には刺すなよ、骨に当たると足が止まる』 「あいよ」 『狙うのは脇・首・手首だ。まあルイズは小さいから首は捨てていい』 「誰が“小さい”ってぇぇ?」 『いやいやいや、決してその、君の身体的特徴のことでは……』 「くそっ、お仕置きができないのがクソ悔しい!」 たかが傭兵、しょせん烏合の衆。それなりの斬り合いができたところで、この二人の相 手ができるはずもなく、なす術もなく切り伏せられていく。 『よし、充分だ。これで奴らは壊走する』 「あいよ」 『デルフを回収して脱出するぞ、姫様と合流だ』 「あいよ!」 止めを求める声が虚ろに響く、半壊した安酒場。無様を晒した兵の生き残りが集まる。 「兄貴! 十六名死亡、八名重症です! 申し訳ありません。女と思い、油断してしまい ました」 「あいつは、ただの女じゃねえよ。まともな殺し合いができる相手だ」嬉しそうだ。とて も、嬉しそうだ。焼け潰れた片目の痕を軽く掻きつつ、それか、それ以外がそうなのかど うか、ともあれ悦びを感じまくっているのは確かのようだ。 すやすやしてる姫を担いだアニエスと、すっかり忘れられていたデルフを担いだルイズ が合流を果たし、桟橋へ走る。 「フゥゥー……、初めて……人を殺っちまったァ~~♪ でも想像してたより、なんて事 はないわね」 「初めてだと!」デルフとアニエスの声が同時だ。やられ役として息が合ってきたのかも 知れない。 「クソッ、何であの女は来なかったんだ! クソッ」 白い仮面の男が、やはり桟橋へ走りながら呟く。何のためにあの重警備監獄にまで押し 入ったのだか、分からないではないか。あのクソ女、今度会ったら十六分割にしてくれる 。 アルビオン行きの枝へ向かう階段を、ゆっくり走るルイズ。姫とアニエスは船の確保を するべく、先行している。 「なあなあ? 何でゆっくりなのよ?」 「ヌケサクが追って来るのを、待ちながら逃げてるからね」 事情を聞かされておらず、何が何やらのデルフにルイズが答える。 「ん? 誰よそのヌケサクって?」 「そろそろ来るわよ、ほら」 と、もろそうな造りの階段をがすがすと踏みしめながら、男が一人、駆け上がって来る 。隠れてよく見えないが、たぶん憤怒の表情だ。 「ぶほっ。仮面? 何アレ格好いいの?」 『姫様も酷いことするよなあ。誰だか知らないけど』 「さ、始めるわよ! デル公、活躍してもらうわよ!」 「お、おう! 何だか知らないけど任せとけ!」 「貴様! もう一人はどうした! まあどちらにしてもブッ殺す」 意気揚々と自信たっぷりの様子で駆け上がって来る。息は切れ、仮面の下の顔が真っ赤 に熟してるのはご愛嬌だ。 「あら、遅かったわね。お陰でゆっくりしちゃったわよ」 不遜! 不遜なりこの女。余裕綽々である。 「それにね、私たちの世界でそんな言葉、使う必要はないのよ」 「“そんな”って何だ! どれだ! いいからお前は、死ね!」 「あらまた。覚悟が足りてないのねえ」 『覚悟だけは生まれや育ちで得られるものじゃないからなあ』 「それはそうね。ま、この甘ちゃんに期待してもねえ?」 「だだだ黙れえ! 喰らえ! 『ライトニング・クラウド!』」 白仮面の杖から稲妻が迸る。が、残念! 「行くわよデル公!」 「がってんだ!」 放射魔法、まっすぐ向かって来る魔法。これほどデルフと相性のいい魔法はない。手加 減なしの必殺直撃コースなら、絶対に当たるのだから。デルフに。 「な、何い! 吸収しただと!」 ぼふ、とマヌケな音を残して白仮面の姿が掻き消える。吸収の役目を果たしたデルフを その場に落ちるに任せ疾った、ルイズの“打”と“突”が同時にその身体を粉砕したのだ 。 「手ごたえ、なしか」 「遍在ってやつだな、これは」己の博識を披露するデルフ。得意気だ。 「ククク、これは楽しめそうね。次の一手はもう少し面白いのを頼むわよ」 「風石が足りませんや!」 「できるできないが問題じゃない、やるんだよ! いいから出せ!」 凄むアニエスと怯む船長。アンリエッタはお休み中だ。 「何とかしてやるから? な?」媚びるような声の、その腰には構えた銃。 「仕方がありませんな。(畜生)OK、行ける所まで行ってやりますよ!」 ぱたぱたと船に向かって走って来たルイズ達を、船員達がどうにか引き上げ、定刻より かなり早いアルビオン行きの貨物船が、慌しく世界樹から出航した。 甲板を染め始めた曙光が、深更まで飲み続けていたとは思えない健脚を照らす。昨晩の 運動がいささか激し過ぎたようで、日課の寝坊を中断され、やや不機嫌に食い物を求めた 挙句、貨物室のドアをこじ開けて発見した塩漬け肉の塊にかぶりつきながらの登場だ。 まだ細い身体、まだ細い腕、腰。小さな手。感情がおとなしい時だけは高貴な、と見え なくなくもない容貌、好事家であればその姿を映した一幅に大層な値をつけそうだ。右手 に肉、左手に小刀を持っている三白眼のいま、でなければ。 迎え酒だと、またかっぱらって来たワインの樽を傾けるルイズの左手が、何かを見つけ て声を上げる。 『おお、やはり船といえばこれがなくてはな』 「この玩具がどうかしたの?」 『退屈な船旅にはこれが付き物なのだよ、ルイズ。まあ、貴婦人が乗るような豪奢な代物 であれば、プールは当然、劇場やカジノまで揃っていたりするが、庶民が乗れる船の唯一 の娯楽といえばこの輪投げなのだ』 そして、とルイズに向き直り、 『これが君の修行に役立つといったら、どうするどうする? 君ならどうする?』 「これが? ただの遊びじゃないの」 と、投げ輪をつかみ、ぽんぽんと器用にピンに的中させてみせる。 『これが君の空間認知能力を鍛えてくれる』 「なによそのちょうのうりょうりょくって?」 『寒気がするっていうヤツのことか。違うぞルイズ、能力しか合ってない』 「だから何よそれは!」 『君の“魔法”はゼロ距離以外では命中しないだろう? これを矯正する』 「あれが、当たるようになるの?」 『そうだ。それができるようになれば、擬似的にだが『オラオララッシュ』も、『銃撃』 も可能になるぞ』 「『スタープラチナ』と『エンペラー』ね! 近距離と中距離でこれが使えるようになれ ば、わたしの戦闘能力は計り知れないものになるッ!」 『ああ。ま、さらにおぞましい方法もないではないが、それができるかどうかは、まだ不 明だしな』 「何よそれ! せっかくだから教えなさいよ!」 『君が人間をやめる覚悟ができたら話すよ。私はまだ、君にそこまではさせたくない』 「ふん! まあいいわ。じゃあまずその、何とか能力を鍛えてもらおうじゃないの」 話しながらも投げ輪を回収しては投げ、また投げと、輪投げを完成させ続けるルイズ。 左手との会話にかまけていると奇異の目で見られる、それが身に沁みた故の行動である。 『よかろう。その線から三歩下がって、真ん中の五のピンを見てくれ。こいつをどう思う ?』 「すごく……、大きいです……」 『ああスマン、冗談だ。それはともかく、その位置から五を狙うんだ。ただし』 「なに?」 『私が合図をしたら、右・左・後に跳躍して、着地と同時に投げてもらう』 「そ、それは難しそうね」 『跳躍の際に確認したピンの位置を、着地で確かめ、同時に投擲する。これは難しいぞ。 しかも私が合図するまでは、どの方向に跳べばいいか判らない。これが君の空間認知能力 を鍛える』 「ふふん、難しいからできない? それはやってみてから判断して貰いたいわ」 『あ、一つ忘れてた。フル装備だ』 「げ。あれも背負うの?」と、愛剣を見やる。 甲板に刺さって風を感じていたデルフが、視線を感じて嬉しそうにする。 「お? もしかして俺の出番? いいよいいよ! んで、何すんの、俺?」 『重石、だな』 「な、なんだってー。し、失敬な! このデルフリンガー様を漬物石にだと!」 「あんた重いから。だからじゃない?」 「これでも二メイルの大男が持てば、腰に佩けるサイズなんだよ!」 『デルフの長さと、ルイズの背丈がほぼ変わらないからな。ま、鞘なしででも、背負って 貰えてるだけ幸せなんじゃないか?』 「ぐむ。た、確かに鞘さえなければ、俺様の美声を妨げるモノもないことだし……」 「解ったら、ほれ、わたしの鍛錬の礎となりなさい!」 「おほう、感じてしまった。姐さんの尻肉は美しく薄い」 「うるさいうるさい、うるさい! 女の魅力は尻じゃあないのよ!」 『ルイズ、それ以上は墓穴になるぞ』 「気にするな姐さん! 俺はむしろ小さいのが大好きだぜ!」 ああ爆発、そして爆発。この珍道中は続く。爆音と悲鳴と共に……
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前回の内容:中の人が爆発して色々グダグダになった。あと、マリコヌル瀕死 「……オメーらいい加減帰れ」 少々精神的ダメージを負ったが、今日の仕事はまだ終わっていないので続けているのだが… 「あら、まだ宵の口よ?」 「………(ガオン!)」 「主人に内緒でこんな事してたんだから、この代金あんたが払いなさいよ」 プロシュートに酌をさせているキュルケ。料理をひたすら食べているタバサ。何気にゴチ宣言をするルイズがまだ居座っていた。 「あらぁ~~今日はプロシュートちゃんの退職祝いだからタダでいいわよぉ~~~」 『ミ・マドモアゼル』が妙にクネクネしながらズィィィっとプロシュートに擦り寄るが、さっきあんな事されただけに頭押さえながら立ち上がった。 「……飲む?」 タバサが例の水筒から注がれた物が入ったグラスを差し出す。 「……ああ」 いい加減、頭とか胃とか痛くなってきたので水分補給しとこうと思いそれを取り水を飲むように一気に口に入れた瞬間…動きが止まった。 タバサはその様子をジーっと見ているがプロシュートが3/4ぐらい減ったグラスから口を離し、何時もの冷静な顔でグラスを返すと店の奥の方に消えていった。 「…タバサ、それなに?」 「はしばみ茶の試作品」 あれで茶だったのかと二人が同時に突っ込むが、意外に反応の薄かったプロシュートを見て少し味が気になった。 「味見したの…?」 無言で首を横に振るタバサを見て、ヤバイ物と判断し少しだけ飲んでみようかという選択肢を瞬時に外した。 店の奥から裏口に出たプロシュートだが出た瞬間、顔から嫌な汗を思いっきり流し咳き込んでいる。 「ガッ…!ガハッ…!ゴバッ!!…ハァー…ハァー…こんなキツイのは…リゾットが…作った飯を…食った時…以来だな……」 肩で息しながら回想に入るが、あの時もこんな状態になった。 リゾットの料理の腕や味覚が壊滅的に悪いというわけではない。むしろ巧い方だったのだが… 無意識的にメタリカが働いたらしくアルミホイルや金属を奥歯で噛んだような感触や味がしてえらい目にあった。 「オカマに迫られるわ…妙なモン飲まされるわ…厄日か?クソ…ッ」 「ふふ…大丈夫ですか?水お持ちしました」 笑いながらシエスタが水を持ってきてそれを飲み干す 「そんなに酷い味だったんですか?」 「ありゃ毒の領域だな…拷問用具として売り出せれば一財産稼げる」 「…よく吐き出しませんでしたね」 「…まだここで働いてるからな」 従業員が店で吐けば確実に今後の売り上げとかが落ちる。表の仕事と暗殺稼業で鍛えたプロ根性で耐えたが限界ギリギリだった。 「……大分マシになった。助かったぜ」 「水をお持ちしただけですので…そういえば、ずいぶんと手馴れた感じの様子だったみたいですけど、ここに来る前は何をしてらしたんですか?」 さすがに、この悪意の無いストレートな問いには戸惑った。 「…まぁ上の連中の後始末をな」 「…すいません」 若干言いにくそうに言うので何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと思ったのか頭を下げる。 「オメーは、一々人に頭下げすぎなんだよ」 「す、すいません…!」 ペッシでもここまでやらねーと思うと、何か新しい生物を発見した気分になる。今の今までこんなのにはお目にかかったことが無いのだ。 「ったく……そこまで頭下げられると説教する気にもなれねぇ」 「すいまひゃあ!」 三回目の前にバスっと後頭部を一発叩かれる。 「…痛いですよぉ」 「一回言うごとに強くなるからな」 「さて…いい加減あいつら帰さねーとな…明日もあんだろうからあいつらと一緒に先に戻って構わねーぞ」 「明日…ですか…」 はふぅ…と溜息つき、語気が弱くなる。 「なんかあんのか?」 「いえ…」 何も無いならと扉に手を掛けるが後ろから声がかかった。 「その…プロシュートさんさえよければ…最後に頂きたいものが…ある…んですが」 「まぁ世話になったからな…くれてやれる範囲のものでなら構わねーが」 「首から下げられている…それを頂けると…」 イニシャルでもあるPの形を模した勾玉にも見えるものを指差す。 半分奇跡的な状態で糸が繋がっていて今にも取れそうなものだ。 「まぁ…こんなもんでいいなら構わねーが」 プチッっと糸を千切りそれを手渡す。 「あ、ありがとうございます!これがあれば…明日から頑張っていけそうな気がするんです」 「他になんもないんなら行くぞ」 扉の向こうにプロシュートが消え扉が閉まると笑顔から一点、目を伏せ小さく呟いた 「これが…あれば…あそこでも…頑張れますから…」 そして、席に戻ると三人がすっかり出来上がっていた。 「遅いわよぉ~~~なにやってたのぉ~~~」 「………(ガオン!)」 「ふぉら!こっひきらはいよぉ」 「マジで帰れ」 閉店時間になりハンカチを噛んで泣きながら見送る『ミ・マドモアゼル』を後にプロシュート以外の四人がシルフィードに乗り込む。 「ほりみちひはいれはえっへふんのよぉ~(寄り道しないで帰ってくんのよぉ~)」 「もう一軒行くわよぉ~~」 「学院…ケプ……zz…ケプ…zzz」 「………酔っ払いが二人と食い倒れが一人か…悪いがこいつら頼む」 「分かりました…気をつけてくださいね…」 「まぁ基礎トレーニングと思えば…な」 往復計6時間の乗馬はかなりキツイ。だが基礎体力の向上は望める。 偏在のようにグレイトフル・デッドの能力が通じない敵が存在する以上、本体のパワーアップは少しでもしておいた方が良い。 シルフィードが飛び立つ事を確認すると馬を進めるが上空が水滴が2~3滴落ちてくる。 「……ヤバイな…雨か?」 上を見上げるが有るのは二つの月と雲ひとつ無い星空とシルフィードだけだった。 「…妙だな」 まさかとは思うがシルフィードがやったのか…?と当人(当竜)にとってはかなり失礼な思考をする。 明け方帰ってきて久しぶりにルイズの部屋に入る事を「許可するッ!」をされていたのだが酔っ払っていて鍵が開かなかったので例によって使用人部屋で寝る事にした。 「帰ってきてねぇはずはないが…」 とっくにルイズは帰ってきているというのにシエスタが居ないはずはないと思ったがぶっちゃけ疲れていたため、まぁ気にはなったが寝る事にした。 「…デルフ馬に付けたままだったが…起きてからで…問題…ねぇな…」 ~翌日~ 「…ッかぁ~」 珍しく欠伸しつつ首を鳴らしながらルイズを叩き起こし、食堂へ向かう。 「…ねぇ昨日途中から記憶が無いんだけど何で?」 「あんだけ飲みゃあな…つーか記憶無くす程飲んでなんでオメーは二日酔いの片鱗すらねーんだ」 食堂でルイズと別れコーヒーでも貰うかと厨房に向かうが、妙に雰囲気が重かった。 「わりーが目が覚める何かくれ…」 「おう…ちょっと待ってくれ…」 「…らしくねーな、なんかあったのか?」 マルトーですら沈んでいる。さすがにあの親父がこうも沈んでいる事に気付く。 沈黙が数秒を続いた後、マルトーが頭下げてきた。 「すまねぇ……!シエスタはおまえさんが心配するから言わないで欲しいって言われてたんだが… 三日前にモット伯って貴族が来てシエスタを気に入ったらしく…今朝の明け方連れていっちまったんだ…!」 「…そのモット伯ってのはどういうヤツなんだ?」 「なんでも平民の女を集め手篭めにしてるってぇ話だ…」 「…チッ!」 思わず舌打ちが出る。 三日前なら少し様子が妙だと思い始っていたのだが特に気にしてはいなかった。この時ばかりはリゾットのあの洞察力の高さを羨んだ。 (あれに気付けねぇたぁ…少しここの空気に慣れすぎたな…!) 無言で立ち上がるがマルトーが口を開いた。 「あいつは…おまえさんが知れば、モット伯の所に行くと思ってるから黙っててくれって言ったんだ…」 「オレが居たとこではな、あんな目をしたヤツなんてのは居ねーんだ…殆どのヤツが最初から目が濁ってやがる…! それでも、少しは居た…!だが、同じようにして連れていかれ結局濁った目になんだよ…!分かるか…?オレの言ってる事…」 自分が捨てたはずの過去を思い出す。 親が酒代やヤクの金を得るためだけに何も知らない娘を売り飛ばした連中を何人も見てきた。 プロシュートもどっちかというと貧民層の出だったので幼馴染の娘がそういう風に連れて行かれ、1年ぐらいしてその娘と再会した事がある。 精神的にかなりヤバかったので何とかして病院に入れたのだが、昔見たような目はもうしていなかった。 それでも、何とか話せる範囲まで回復させたのだが、それからしばらくして病院に行くと手首を斬って自殺していた・・・ その時から、このクソみたいな場所を捨て『栄光』を求めるため『パッショーネ』に入団した。 「…どうやって連れて行ったんだ?無理矢理引きずっていったわけでもねぇだろ」 「どうするかは本人が決めていいと言ってたが…選択肢なんてありゃあしねぇようなもんだった! 『断れば家族がどうなるか』とか抜かしやがって…!そんな事言われりゃあシエスタが断れるはずねぇよ!」 (組織と同じじゃねぇか…ッ!気に入らねぇ…) 二年前を思い出す。『従わざるものには死を』。それに反発し反逆したプロシュートが気に入らないのも当然だ。 「シエスタには世話になったし恩もある…そのモット伯ってヤツも気に入らねぇ…オレが動く理由はそれだけで十分だ」 それだけ言うと厨房を後にし、外の椅子に座り机に脚を乗せどうやるかと思考を張り巡らす。 1.シエスタを引っ張ってでも連れ戻す。 「ダメだな…『断れば家族がどうなるか』と言われている以上、あいつの性格じゃ付いてこねぇな」 2.モット伯を殺す 「…こいつも…無理がある。老化を使えばいけるだろうが…結構知ってるヤツが居るみたいだから調べられればバレる… デルフ使えば魔法は吸い込めるから老化無しでやってもいいが…屋敷に乗り込んで刃物で斬り付けて証拠が残らない方が無いな」 3.脅迫 「…ダメか。ネタがありゃあいけるが…手ぇ付けるとしたら今夜ってところだろうから捜す時間がねぇ 老化させて死ぬ寸前まで追い込んでもいいが…姑息な手ぇ使うヤツが後から何もしねぇって事はないだろうしな…」 シエスタが連れて行かれる前だけなら、打つ手はいくらでもあっただろうが、人質に取られたような今となっては上に挙げた案は全て使い物にならない。 「殲滅には向くがこういうのにはトコトン向かねぇ能力だな…」 「あいつらならどうする…?」 (纏めてブチ割りゃあいいだろうがよォォォォオオ) 「死ね」 (しょお~~~がねぇ~~~なァ~~~。リトル・フィートで小さくさせ飛び降り自殺にでも見せかけりゃあ済むだろうがよぉ~) 「…オレの能力じゃ自殺に見せかけんのは無理だな」 (兄貴ィ…その…兄貴が殺らなくてもいいんじゃあないですかい?) 「この腑抜け野朗がッ!」 (行方不明にでもさせればいい。マン・イン・ザ・ミラーなら楽なもんだ) 「老化が使えねぇ…そうなると埋めるかどうにかして処理しなくちゃあならないが…足が付く可能性があんな」 (ディ・モールト!ディ・モールト良いぞッ!メイドなんてアキハバラでしか見れないじゃあないかッ!) 「ちったぁ自重しやがれ」 (そうだな…殺ったという証拠さえ残さなければいい…) 「証拠を残さず殺るか…問題は殺っただけじゃあダメだって事だな…モット伯とその周辺関係をブチ壊すような殺り方でないとな…」 2~3使い物にならなかったが、他のヤツならどうするかと脳内で考え出た答えに一々突っ込む。 「つまり、シエスタとその家族にも影響が無く、モット伯とその周辺も巻き込んだハデな殺り方で証拠も残さないようにしろ…って事か…」 (『任務は遂行する』『部下も守る』『両方』やらなくちゃあならないのが『幹部』の辛いところだな) 「ブチャラティのヤツ…えらく簡単に言ってくれたじゃあねぇかよ」 「机に脚乗せてなにブツブツ言ってるのよ」 「…オメー、モット伯ってヤツの事なんか知らねーか」 「モット伯…?会った事は無いけど…いい話は聞かないわ。平民の少女を集めて その連れて行かれた娘たちは誰も戻らないって聞いた事がある。宮廷とも繋がってるから野放しになってるらしいんだけど」 (戻ってこないだと…?ってこたぁ飽きられたか用済みになったヤツは始末されてる可能性があるな…) 「それで、モット伯がどうしたのよ」 「気にすんな」 (なまじ貴族で顔が知られてるだけに連れて行くと証拠が残る…単独で殺るのが確実か) 決めるや否やその行動は速い。机から脚を降ろし立ち上がる。 「…あいつの気にすんなは絶対なんかあんのよね」 厨房に戻り、必要な物を手配してくれるように頼む。 すぐ揃えられるものばかりなのでそう時間は掛からないが、暗くなる前に少しは偵察ぐらいしておかねばならない。 「暗くなる前に偵察を済まし…暗くなれば即突入か…強行軍だな」 馬を走らせ街道を進んでいくとデルフリンガーが口を開いてきた。 「兄貴、勝算はあるのか?」 「殺るだけならまぁ九割九部だが…そこに『証拠を残さず』かつ『ハデに殺す』だと…4割ってとこか」 「低いな…大丈夫なのか?」 「やらなけりゃあ『ゼロ』だからな」 「嬢ちゃんが聞いたら怒るぜ兄貴」 軽口をたたきながら森の入り口に馬を隠すようにして繋ぎ、木に登り邸内の様子を探る。 「門前に一組、犬持ちが3…ツーペアが2組か…巡回は庭がのみに限られてるみてーだが…どうやって館の中に入るかだな」 「老化させちまえばいいんじゃね?」 「そいつは無理だ。皆殺しにでもしねー限り、解除すれば老化したっつー事が知れる。オレだけならまぁ、それでもいいが…ルイズまで巻き込むと厄介だ」 そう言った後、思わず自嘲的な笑みが浮かぶ (ハハ…列車で乗客ごと巻き込んだオレが言えた台詞じゃあねーな) 「?どうした兄貴」 「なんでもねぇ…連中、モット伯に忠誠とか誓ってると思うか?」 「王室とかの直属部隊ならそうだろうけど、貴族の私兵とかは大体、金繋がりじゃね?」 「…ならやれなくもないな」 日が落ち辺りが闇に包まれる。 もっとも日が落ちようが巡回の数は変わらず門には依然として衛兵が二人立っているのだが。 「突っ立ってるってだけってのも暇でしょうがねぇな…」 「ああ…それなのにあの親父は今日新しく入ってきた女とお楽しみってわけだ…どっかに儲け話でも落ちてねーか」 「金がありゃあ俺達だってなぁ…だが、飽きたらあの部屋に放り込むのはな…悲鳴が聞こえる度に吐き気がすんぜ…」 「言うな…悲しくなる。まぁ立ってるだけで金が貰えるんだからよしとしようや……む…!おい!誰か来るぞ!!」 「一人か…?そこのやつ!止まれ!!」 全身を黒いローブで包んだ人影がゆっくりと近付いてくる。ローブで顔を覆っているため、その顔が見えないためそれが余計衛兵の不安を煽った。 「と、止まれ!!」 だが近付いてくるにつれ、それが妙な事に気付く。 左腕から多量の血を流し右手で左肩を押さえよろめくように近付いている。 「た…助けてェェ~~~~目もかすんでよ…よく見えない~~~ッ」 もちろん、その程度で武器を降ろすほどマヌケな衛兵ではない。 「その顔のローブを外して顔を見せろ!!」 「街道を歩いてたら襲われちまってよォォ~~~~~匿って欲しいんだよォォォ~~~」 そう言いながら顔のローブを外すが、それを見た衛兵達が警戒レベルを落とした。 「な、なんでぇ…ジジイじゃあねぇか」 「ここはモット伯の館だ!貴様のような老いぼれが近付いていい場所ではない!」 もう、くたばり損ないのジジイと判断して武器を降ろし追い払おうとするが、次の男の言葉に前言撤回する事になる。 「助けて欲しいんだよおオオ…礼はいくら…でもするからよォオオ~~~」 血を流す腕からこの男が差し出してきたのは、金貨が詰まった袋だ。 「うおぉぉ!エニュー金貨じゃねーか!」 「マジでか!?」 さっきまで儲け話はないものかと話し込んでいた衛兵達にとってはまさに天佑ともいえ、目が金貨に釘付けになる。 「まだ…金貨は別の場所にあるんだぁぁぁあああ助けてくれたらよぉぉ~~……全部やるからよぉぉぉぉ」 「おい…どうする?」 「この量の金貨だぜ?助けたってバチはあたんねーだろーが。まだ持ってるみてーだしな… それにくたばり損ないのジジイだぜ?万が一何か狙ってきたとしても何ができるってんだ」 「モット伯はどうするんだ?」 「放っときゃあいいだろーがよ!あのドケチなエロ親父が払う給金と、この袋に詰まった金貨どっち取るよお前」 「そう…だな!やっぱそうだよなぁぁぁぁアアア!どーせそろそろよろしくやってんだし知らせるこたぁねぇよなぁーーーーッ!」 (兄貴も結構演技派だよなぁ…) 半分引きずられるようにして、自分自身を老化させたプロシュートが館の中に運ばれていく。 途中それを見た他の衛兵が見咎めるが、金貨を見せられると同じようにそれを黙認する。 「薬持って来る前に、袋を渡してもらおうか…?」 「あ…?あぁ~~~いくらでもくれてやるからァァァアア…早く助けてくれよォォォオオオ」 「この色、この音!やっぱたまんねぇよなぁぁぁ~~~」 「お、おい!俺にも見せろ!」 部屋の中に通され衛兵の一人に金貨の詰まった袋を渡すと、片方の衛兵が薬を取りにいく。 そこに、金貨の数を数え気を取られている衛兵の延髄に強烈な一発が入った 「ギャパ……!」 「…たく…ジジイのフリすんのも楽じゃねーんだぞ」 「こいつどうする?」 「始末してもいいが…血痕が残ると逆に厄介だな。縛ってしばらく寝てもらうしかねーな」 縛りながら衛兵の鎧を脱がしそれを着込みその上から全身を隠すようにローブを着る。もちろん行動に支障が出ない程度に老化はしているが。 部屋の外に出て誰も居ない事を確認すると 「さて…ハデにおっぱじめんぜ…!」 そう言いながらローブの内側に括り付けられたビンを数本取り出しビンの口に入れられた油紙に館に備え付けられたランプの火を灯し ドシュゥゥゥウウ! というような勢いで廊下の向こう側に思いっきり投げつけた。 早い話。火炎瓶である。だが、油と水が7 3で混じっており水が燃えた油を弾き炎が広がっていく。良い子は真似しないように。 そうこうしていると、外の衛兵が中に駆け込んでくる。 「て、敵襲!敵襲だ!!」 ローブをすっぽりと被った男が杖を構え廊下の曲がり角を曲がる。それを衛兵達が追うが廊下の先からも火の手が上がった。 「メ…メイジか!?」 実際はただの木の枝なのだが、メイジ 平民である以上心理的恐怖を煽るには十分だ。 「我々では相手ができん…!モット伯と護衛のメイジを呼べ!!」 時間を数刻程バイツァダスト 「伯爵が寝室でお待ちです…お急ぎを」 「は…はい…」 重い足取りで湯から上がり用意された服に着替える。 最後にあのP首飾りを付ける。これさえあれば頑張れると言ったもののやはり、恐かった。 「大丈夫…大丈夫だか…ら…」 再びキング・クリムゾン 「地下か…?まぁ火と馬鹿は高いところに行きたがるもんだから、地下にはいないとは思うが」 一応調べるべく階段を降り扉を開きしばらく歩くが、その先にある物を見て一瞬言葉を失う 「……おいおいおいおいおい!兄貴こいつぁ随分とヤベー趣味してんな」 「……こいつは…おったまげたな…全部拷問器具かよ」 その中の一つ、体の内側に張りを無数に生やした人形―アイアンメイデンを開くと、血臭が流れる。 針先を触るが完全に乾いているので、使われたのは大分前だという事が判る。 「急いだ方がいいぜ兄貴」 「……みてーだな」 (ソルベとジェラードもこんなゲロ以下の臭いがする部屋で殺されたってのか…!?クソッ!!) 「は…入ります…」 「随分と遅かったじゃないか」 モット伯が本を本棚に戻すと、シエスタの後ろに回り肩に手を当てる 「私はお前をただの雑用として雇ったわけではない…分かっているんだろうなぁ?」 「は…はい……」 「ふふ…そう緊張しなくともいい…別に痛い事をするわけではないのだから……今はな」 『今は』という言葉に、いずれされるという事に思わず泣きそうになるが必死になってこらえる。 「…くッ!…ン!」 「服の上では分からなかったが…いいものを持っているではないかね」 必死に耐えていたが、他人に触られた事のない場所を触られて遂に涙が零れた。 (父様…母様…マルトーさん…ヴァリエール様…ツェルプストー様…タバサ様…オスマン院長…!プロシュートさん…!ごめんなさい…) 父と母そして、今まで学院で会った人の顔が走馬灯のように頭に浮かんだ。 そこにドアを激しく叩く音が聞こえ、扉の向こうから叫ぶような声が聞こえてきた。 「申し訳ありませんモット伯!て、敵襲です!」 シエスタの胸から手を離しイラついたようかのように叫ぶ。 「えぇい…何のために貴様達に金を払っていると思っておるのだ!」 「で、ですが、敵は…メイジ…!恐らく火のメイジかと…!」 「役立たずが…ッ!!ヤツにも働いてもらわねばならん…メイジにはメイジで対応させろ!私は忙しいのだ!捕縛する必要は無い!殺せ!!」 「りょ、了解いたしました!」 「まったく…平民というものは無粋なものだ…さぁ続きをしようか」 泣いている姿を見て、嗜虐心をそそられたのかさっきよりもアレな笑みでゆっくりと近付く。 だが、またしても部屋のドアが叩かれた。 「敵メイジの攻撃で延焼が広がっております…!このままで屋敷が…!」 さっきとは別の年季の入ったような声が聞こえてくる 「何だと…ッ!?忌々しいヤツめ…!」 このまま火が屋敷全体に廻っては元も子もない。そう判断し杖を手に取り扉を開ける。 「火はどこだ!?」 「こちらです」 場所に案内するために衛兵がモット伯の手を取り部屋の外に出る。 「えぇい…!平民風情が私に触れずともよい!」 振りほどこうとするが、その手はガッシリと掴んだまま離そうとしない。 「…雇った部下の顔ぐらい把握しとけ…『幹部失格』だな」 「な…なにをおおおおおおおおおおおおお…きぃぃぃさまぁぁぁぁ…」 モット伯の悲鳴が聞こえ、代わりに衛兵の姿の歳を取った男が入ってくるが、体格、髪型などはシエスタに見覚えがあるものだった。 「遅くなったな」 「…プロシュートさん…ですか?」 「おう、正真正銘の兄貴だぜ、これで」 デルフリンガーの声を聞いて一瞬安堵したかのようだが、すぐに顔を青くして叫ぶ 「に、逃げてください!…このままじゃプロシュートさんやミス・ヴァリエールにも…!」 「いや…何の問題も無い。オレの仲間の言葉を借りるなら…『こいつはもう、出来上がっている』からな」 「こっちだ…!ローブを被ったヤツが居たぞ!!」 ローブを被った男が必死になって逃げるが足取りが弱弱しい。 (な、なんでこんな事に…!) その男の前にメイジが現れ杖を構えている。 「貴様…盗賊か何か知らぬがモット伯の館に侵入し火を付けて命あって帰れると思うなよ」 「きさ…まら!な…にを…言って…いる!わた…しが…モット伯…だッ!!」 「お前がモット伯だと?呆けた事を…!」 「わ…たしの…顔を…見て…も…まだ分からんの…か…!」 ローブの男が頭からそれを外しモット伯だという事を証明しようとしている。 だが、帰ってきた返事は希望の一片も残されていなかった。 「ハッ!貴様みたいな年寄りがモット伯なわけがあるまい!…命令だ、捕縛する必要は無い『殺せ』というな…」 「なん…だと…?」 壁に掛かった鏡を見るが、そこに写っているのは若さを失っている己の姿。 それを視界に納めた瞬間、胸に熱いものを感じそこに目をやると、氷の棘が突き刺さっていた。 「賊は始末した。モット伯に報告し…私も…クク…余り物の相手をせねばな…」 邪悪な笑みを浮かべ死体から目を離すが、後から追いかけてきた衛兵が驚くべき事を叫ぶ。 「モ、モット伯が…!…モット伯が殺された!!」 その声と共に衛兵が逃げ出す。それに反応して死体に目を向けるが…己の主が自分が放った氷に胸を貫かれ息絶えていた。 「…なッ!い、いったい…どういう…事…だ…?」 そのメイジは茫然自失で杖を落とし、その場に座り込み衝撃で意識を失った。 「命令に忠実すぎる部下ってのも…中々に大変なもんだな」 「兄貴、何やったんだ?」 「完全に死ぬ前に老化を解除しだだけだ。これでオレが止めを刺した事にはならず、かつ老化した事も残らねぇ。後は逃げるだけだ」 「結構えげつない手使うな兄貴も」 「こいつも、色々やってたみたいだからな…因果応報ってやつだろ…ま、人の事言えたもんじゃねぇがな」 「あの、娘っ子はどうすんだ?連れていかねーのか?」 「置いていく。今、連れ帰ったらバレんだろーが…! 自分が雇ったメイジに殺されたんだからな。ま、これで捜査が入って地下のあのクソみてーな部屋も見付かんだろうよ」 その言葉と共に歩き出し、館を出る。衛兵達は全員逃げ出していたので隠れて移動する必要は無かった。 翌日昼頃 「…ねぇ昨日モット伯が護衛のメイジに殺されたらしいんだけど…あんた何かやったんじゃないでしょうね」 「殺ったのは護衛のメイジなんだろ?オレの知ったこっちゃあねーよ。ほれ…オメーが持ってろ」 「…なにこれ?」 投げ渡された袋を開けるとそこには『クックベリーパイ』が入っていた 「……毒?」 「いらねーなら返せ」 「いや…急にこんなもの渡されるから…」 「オレに隠してスーツの立替しようなんざ10年早えーよ。テメーのケツぐらい自分で吹く」 「な、なによ!ご主人様が使い魔の事を思ってやってあげたんじゃない!」 「ハ…!まだまだマンモーニのくせしてよ…まぁそいつは秘薬ってヤツの代わりにはならねーだろうが…礼は言っておく」 「わ、分かればいいのよ!分かれば!」 「ところで、前のヤツにウェールズから預かった風のルビーを入れてたはずだが…あるんだろうな?」 「………そういう事はもっと早くいいなさいよこの馬鹿ハムーーーーーーーーー!!」 スデにゴミと一緒に集められ焼却処分寸前になるところに 焦りに焦ったルイズとどうでもいいようなプロシュートがそれを回収していたのを微笑ましい目で出番の全く無いフレイムがそれを見ていた。 モット伯 ― 護衛のメイジに胸を貫かれ死亡。捜査の段階で地下の拷問部屋も発見され身分剥奪。 護衛のメイジ ― モット伯殺害犯として連行され取調べの後、処刑。ひたすら自分はやっていないと言い張っていた。 シエスタ ― 数日取調べを受けるが、部屋に篭り何も見ていないと言い釈放。学院に戻ってくる事になる。 ゼロのルイズ ― 好物を貰い、少しだけデレに傾きかけるが風のルビーの事を知らされていなかったため戻る。 戻る< 目次 続く
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軽い自己紹介を終えてから、ルイズとワルド、それにギアッチョはウェールズの 先導で「イーグル」号の船長室にやってきた。ウェールズの対面にルイズと ワルドが腰掛け、ギアッチョは少し離れて壁に背を預ける。キュルケ達が同席 出来ないことに若干の罪悪感を感じながら、ルイズはまずアンリエッタが 自分に預けたウェールズへの手紙を取り出した。しかしウェールズに手紙を 差し出そうとして、ルイズはピタリと動きを止める。 「・・・あ、あの」 「なんだね?」 「・・・無礼を承知でお尋ねしますが、その・・・本当に皇太子様でしょうか」 恐る恐る尋ねるルイズに、ウェールズは笑って答えた。 「その疑問はもっともだ 僕は正真正銘、本物のウェールズ・テューダーだよ ・・・そうだね ラ・ヴァリエール嬢、右手を出してごらん」 言われるままに、ルイズは右手を差し出す。その指に光る指輪は、忠誠に 報いる為にアンリエッタがルイズに与えた「水のルビー」であった。ウェールズは 己の右手に嵌る指輪を外すと、そっとルイズの手を持って指輪同士を近づける。 その瞬間、ウェールズの指輪を飾る宝石と水のルビーの宝石が共鳴を始めた。 二つの宝石から放たれた二色の光は、互いと緩やかに絡み合って世にも美しい 虹色の光を振りまいた。 「・・・・・綺麗・・・」 「この指輪は、我がアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ 君のそれは、 アンリエッタが持っていた『水のルビー』だね?」 柔らかいまなざしで水のルビーを見つめるウェールズに、ルイズはこくりと頷いた。 「水と風は、虹を作る 王家の――そして国家の間に架かる虹さ」 ウェールズはにこりと微笑んで言うと、疑った非礼を詫びるルイズを手で制する。 「いいんだラ・ヴァリエール嬢 このような状況であれば、疑ってかかるのは 大使として当然のことだよ それに、僕達は最後の客人に気を使って欲しくなど ないんだ ラ・ヴァリエール嬢、ワルド子爵・・・そして使い魔の青年、ギアッチョ どうか楽にして欲しい それが――我々への、一番の手向けでもある」 ――戦況が悪いだとかそんなレベルじゃあねーらしいな 壁にもたれたギアッチョは、腕を組んでウェールズを観察する。しかし彼に 怯えた様子は微塵も見当たらなかった。ただのボンボンではないらしい、と ギアッチョは考える。 「姫様からの密書にございます」 ルイズは一礼して、アンリエッタからの手紙をウェールズに渡す。 ウェールズはルイズから手紙を受け取ると、愛おしそうに花押に口づけした。 折り目一つつけないように丁寧に封を開き、便箋を静かに取り出す。 真剣な眼で文字を追って、ウェールズは顔を上げた。 「・・・結婚するのか アンリエッタは・・・私の可愛らしい、従妹は」 その口調にどこか寂しげなものが感じられ、ルイズは何も言えずに頭を 下げた。 最後の一行まで手紙を読み終えて、ウェールズは微笑んだ。 「委細了解した 姫はとある手紙を返して欲しいと従兄の私に告げている 何より大切なアンリエッタからの手紙だが――彼女の望みは私の望みだ 喜んでそのようにさせてもらうよ」 ルイズはほっとしたようなどこか物悲しいような、複雑な表情で顔を上げた。 「しかしながら、あれは今手元にはない ニューカッスルの・・・我ら王国軍の 最後の牙城にあるんだ 姫の手紙を、空賊船などに『連れて来る』わけには いかぬのでね」 ウェールズはそう言って笑うと、手紙にすっと指を滑らせた。 「足労をかけてすまないが、ニューカッスルまで同乗してくれたまえ 何、明日の戦が始まるまでには君達を帰すことが出来るだろう」 少し話があるらしくウェールズと二人で船長室に残ったワルドを置いて、 ルイズとギアッチョは退出した。とりあえずすべきことが終わって、ルイズは 甲板へ向かう通路を歩きながらほっと溜息をつく。大使としての緊張感が 解けて素の自分に戻ったルイズは、そこではっと思い当たった。状況が 状況だったのでさっきの騒動以来ギアッチョと口をきいていなかったが、 ひょっとしてギアッチョは怒っているのではないだろうか。自分達の命も 顧みず、空賊にまるで喧嘩を売るような――というか完全に売っていた ――真似をしてしまったのだ。フーケと戦った時にギアッチョに言われた ことを何一つ理解していないと言われても仕方がないだろう。そして、 ならばギアッチョはきっと自分に説教をするはずだ。今までは空気を 読んで黙っていたのだとすると、ひょっとしてそろそろ―― 「・・・おい」 「は、はいっ!?」 来た。やっぱり来た。思わず敬語が出てしまい、ルイズは軽く自分が 情けなくなった。つーっと冷や汗が流れる。ギアッチョに怒られるのは やっぱり少し・・・いや、かなり恐い。「しっかりしなさいルイズ」と彼女は 心中自分に言い聞かせる。ギアッチョが人間だろうと自分より年上で あろうと、自分は彼の主人なのだ。身分だとか上下関係だといった ものを主張する気など毛頭ないが、しかし主人であるからには使い魔に 対しては毅然とあらねばならないとルイズは思う。魔法を使えない自分 だからこそ、せめて振る舞いだけは堂々としていなければならない。 そうでなくては、自分などに召喚されてしまったギアッチョにも申し訳が 立たない。 己の心に棲みつくどうしようもない劣等感に蓋をして、ルイズは堂々たる 所作でギアッチョを見上げた。例え怒りを受ける身であろうとも、毅然と してそれを迎え入れるべきだとルイズは考える。コホンと一つ咳をして、 「・・・何かしら?」 彼女は極力余裕を持たせてそう言った。 ギアッチョはルイズを見て何かを考え込んでいるようだった。声を掛けて おきながら何も言おうとしないギアッチョにルイズの不安は加速度的に 重さを増してゆく。しかしルイズはギアッチョから眼を離さなかった。 内心の不安を押し隠すべく無理に表情をなくそうとして逆に殆ど睨む ような形になってはいるが、ともかくルイズは退かなかった。「来るなら 来なさいよ!」と、心中まるで戦でもするかのように呟く。こうであると 決めたルイズの意志は、時として鋼よりも固かった。 思考を止めたものか纏めたものか、やがてギアッチョは何だかよく 分からない顔でルイズに向き直った。 ――来た・・・ッ! ルイズはかかってきなさいと言わんばかりにギアッチョを睨む。 ギアッチョはいつも以上に読めない表情でスッと右手を上げると、 わしわしと、ルイズの頭を乱暴に撫でた。 「ふええぇっ!?」 ギアッチョの有り得ない行動に、鋼鉄のはずのルイズの意志はあっさりと 砕け散った。厳然たる言葉を紡ぐはずの口から生まれて初めて出した のではないかというほどに情けない声が飛び出て、頭上の手と己の声の 相乗効果でルイズの顔は湯気が立たんばかりに茹で上がった。 「なッ、な、な、ななな――!?」 動揺ここに極まれり。せめて言葉の一つも出ればまだなんとか取り繕う ことも出来たかもしれないが、現実は非情であった。ルイズはギアッチョに 錯乱でもしたのかと問いたかったが、今この場で一番錯乱しているのは 誰がどう見てもルイズ自身である。ギアッチョはルイズを差し置いて よく分からんといった表情をすると、彼女を見下ろして声を掛けた。 「よくやった」 「・・・へ?」 怒らないどころか自分を褒めるギアッチョに、ルイズは赤くなった顔の ままきょとんとする。ルイズの頭に無造作に手を置いたまま、ギアッチョは 全く褒めているとは思えない顔で続けた。 「言っても解らんガキかと思ってたがよォォ~~ 上出来だぜルイズ 己の命が奪われようと・・・オレやワルドが死ぬことになろうともてめーの 心を貫くという『意志』・・・それが『覚悟』だ」 「え」 「状況に流されたり強制されたりした結果の行動・・・そいつは『覚悟』 なんかじゃあねえ 追い詰められたりどうでもよくなったりしてなりふり 構わずヤケになって突っ込むなんてのは、ただ諦めてるだけだ」 「・・・ギ、ギアッチョ あの・・・わたしさっき空賊のことで頭が一杯で あんたやワルドのことなんてすっかり忘れてて・・・だから」 ギアッチョが言ってるようなことじゃないと否定するルイズを、ギアッチョは 言葉で遮った。 「――『覚悟』は・・・確固たる己の『意志』から生まれる オレ達のことを 覚えていたか忘れていたか、そんなもんはどうだっていいことだ 何がどうであれ、さっきのおめーには間違いなく『覚悟』があった 祝福するぜルイズ 無意識だろーとなんだろーとおめーには覚悟の心が ある 重要なのはそれだけだ」 ギアッチョは抑揚に乏しい、一見無感動に思える口調で、はっきりと そう言った。 「・・・・・・・・・『覚悟』・・・」 心で反芻するように呟いて、ルイズはギアッチョを見上げる。彼は 相変わらず読めない顔でルイズを見ていた。だが、だからこそ、ルイズは 彼を信じることに躊躇はなかった。この無愛想な男が言うのなら、きっと そうなのだと。だからルイズは、ただ一言だけ言葉を返す。 「・・・・・・うん」 それで十分だった。 「・・・・・・ところで、あの」 置き忘れられたかのようにルイズの頭に乗っているギアッチョの手を 指差して、ルイズは疑問をぶつける。 「こ、これ・・・どうしたの?いきなり・・・なんかギアッチョらしくないわよ」 「あー・・・なんだ 一つプロシュートに倣ってみよーと思ったんだがな」 やっぱりこれはオレのキャラじゃあねーな、とギアッチョは両手を上げて 首をすくめた。 「そ、そんなこと・・・」 頭からどけられた手が何故か名残惜しくてルイズは思わずそう言い かけるが、 「あーいたいた おっそいわよあなた達!」 続く言葉は、やってきたキュルケの呼びかけに遮られた。 「キュ、キュルケ!」 「何やってるのよ二人共 もうすぐニューカッスルに着くらしいわよ? 甲板に行きましょうよ」 催促しながら歩いてくるキュルケに眼を向けて、ギアッチョは口を開く。 「あいつらは甲板か」 「ええ、ギーシュは船酔いでフラフラしてるけどね タバサは相変わらず 本を読んでるわ」 そう言って笑うと、キュルケはルイズに眼を向けた。 「あらルイズ?あなた顔が真っ赤だけど何をやってたのかしら?ん?」 「なっ、何もしてないわよ!あんたじゃないんだから!」 楽しそうに笑って顔を近づけるキュルケから眼を逸らしてルイズは 怒鳴る。しかしキュルケは綺麗な笑みを崩さずに、デルフリンガーを見た。 「ねぇデルフ 今二人は何をしてたのかしら?」 「いや、てーしたことじゃねーんだけどよー」 答えようとした魔剣を睨んで、ルイズは「余計なこと言ったら船から投げる わよ!」と凄む。 「・・・てーしたことじゃなさすぎて忘れたわ」 いくらなんでもここから落とされたくはないらしい。デルフはあっさり従った。 ルイズは謝りたかった。何事もなかったかのように甲板上で歓談している 三人に。それが出来ないならば、せめてありがとうと言いたかった。 しかし、どうしても言葉が出ない。喉まで言葉が来ているのに、どうしても それを吐き出すことが出来ない。礼の一つも言えない自分を、ルイズは ブン殴ってやりたかった。打ち沈んだ彼女の心境を知ってか知らずか、 キュルケはルイズに何かを言わせる暇もなく話題を繋ぐ。 「そんなわけでフーケを逃がしちゃったのよ どう思う?ギアッチョ」 「・・・ま、いいんじゃあねーのか てめーの意志で決めたってんならな」 ギアッチョはギーシュに眼を遣って答えた。その言葉に、ギーシュは 青白い顔のまま満面の笑みを浮かべる。 「ほら言った通りじゃないか!ギアッチョなら分かってくれるってさ・・・うぷっ」 「はいはい聞こえたわよ それも『覚悟』ってわけ?さっぱり解らないわ」 キュルケはやれやれといった感じに首を振った。舷側の欄干に背を 預けて、ギアッチョははしゃぐギーシュから眼を外して言う。 「安心しろ てめーの決意で奴を逃がしたってことは責任を取る『覚悟』も 当然出来てるってわけだからな・・・なあオイ」 「えっ!?あ・・・ああ も、勿論さ!当たり前だろう?」 青白い顔を一層青くして答えるギーシュに、キュルケは一つ溜息をつく。 「・・・そっちは?」 話の間隙を縫うようにして、タバサが本から眼を上げて問うた。 珍しく自分から声を掛けるタバサにギアッチョは意外そうに眉を上げる。 「仮面の野郎が追ってきたな」 「本当?あの傭兵達の自白は事実だったわけね・・・怪我は?」 三人を代表したキュルケの質問に、ギアッチョは左手を上げることで 答えた。隙間なく巻かれた包帯に、キュルケ達は息を呑む。 「ちょっ・・・それ大丈夫なのかい!?」 思わず叫ぶギーシュに、ギアッチョはどうでもいいように右手を振って みせた。 「大した怪我じゃあねー こいつが持ってきた軟膏もあるしな」 ギアッチョはそう言って、浮かない顔をしているルイズを見る。 「へぇ あなたもそういう気配りが出来たのねー」 キュルケはわざと皮肉っぽい口調で言うが、ルイズは沈んだ顔のまま 何の反応も返さない。少し唇をとがらせて、キュルケはルイズの顔を 覗き込む。 「ちょっとールイズ!あなた少しは明るい顔を――」 と、キュルケがルイズを叱咤しようとした時、フッと影が彼女達を覆った。 「何・・・?」 彼女達は一斉に空を見上げる。雲の切れ間から、巨大な軍艦がその 姿を覗かせていた。 「うっぷ・・・あ、あれはひょっとして・・・」 ギーシュが眼を見開いて呻く。 「そう」 空を振り仰ぐキュルケ達の後ろから、突然声が投げかけられた。 ワルドと共に船室から出てきたウェールズが、形のいい眉を忌々しげに ひそめて言う。 「叛徒共の、船だ」 巨大な、全く巨大な――禍々しき戦艦であった。優に『イーグル』号の 二倍はある艦体に同じく巨大な帆を何本もはためかせている。かと 思うと、巨艦は無数に並んだその砲門を一斉に開き、大陸に向けて 斉射を開始した。どこに着弾しているのかは大陸を半ば見上げる形で 航行している『イーグル』号からは分からなかったが、ドゴドゴッ!という 砲撃の音と振動はびりびりと伝わってきた。 「かつての我らが旗艦・・・『ロイヤル・ソヴリン』号だ 奴らの手に落ちて からは、『レキシントン』号と名前を変えている 初めて我々から勝利を もぎとった戦地の名だ・・・よほど名誉に感じているらしいね」 ふっと皮肉な笑いを浮かべるウェールズの横で、ギアッチョは 『レキシントン』号を観察する。舷側に並んだ無数の大砲と対を成す ように、艦の周囲ではドラゴンに乗った数多の竜騎士達が哨戒を行って いた。ウェールズ達王党派にとっては、まさに絶望の象徴に他ならない だろうと思われた。 「備砲は両舷合わせて百八門、その上竜騎士まで積んでいる あの戦艦の反乱から、全てが始まった・・・因縁の艦だよ さて、我々はあんな化け物に対抗し得るはずもない そこで雲中を通り、 大陸の下からニューカッスルに近づくというわけさ そこに我々しか 知らない秘密の港があるんだ」 ウェールズはそう言って大陸を見上げた。 大陸の下へと潜り込み、陽の届かないそこを慎重に航行する。 そうするうちに頭上に見えてきた三百メイル程の穴を、『イーグル』号は ゆるゆると上昇してゆく。頭上に薄っすらと見える光は船の上昇につれて 徐々に明るくなってゆき、やがて眩い程に大きくなったかと思うと、船は 静かに停止した。 ウェールズに促されて、ワルドはグリフォンと共にひらりと地面に飛び 降りる。辺りを見渡して、彼はほう、と感嘆の声を上げた。 「これは――素晴らしい」 「驚いたかい?子爵」 いたずらっぽく笑うウェールズを振り返って、ワルドは両手を広げてみせる。 「それはもう ここまでの旅路もさることながら、これ程までに美しい光景は 様々な場所を旅した私にも滅多に御眼にかかれませぬ」 そこは巨大な、そして実に見事な鍾乳洞であった。見事な円錐形の鍾乳 石が大小様々に垂れ下がり、それを覆う発光性のコケが周囲を幻想的に 照らし出している。ルイズ達もまた、息を呑んで立ち尽くしていた。 背の高いメイジの老人がウェールズに近寄り、彼の労をねぎらう。 「おやおや、これはまた大した戦果でございますな 殿下」 老境にあって尚かくしゃくたる彼は、『イーグル』号に続いて鍾乳洞に現れた 船を見て、顔を綻ばせた。 「喜べ、パリー」 ウェールズは手を上げて、洞窟中に響く声で戦利品を報告する。 「積荷は硫黄だ!硫黄を手に入れたぞ!」 その言葉に、主人の帰還を待っていた兵達が一斉に歓声を上げた。 「おお!硫黄ですとな!火の秘薬ではござらぬか!いやはや・・・これぞ まさしく天の配剤と言うべきかも知れませぬな 最後の最後に、我々の 名誉を守る機会を下さるとは!」 パリーは男泣きに泣き始めた。 「先の陛下より御仕えして六十年・・・これほどに嬉しい日はありませぬぞ 彼奴らが反乱を起こしてからというもの、苦渋を舐めっぱなしでありましたが ――何、これほどの硫黄があれば!」 ウェールズは、ニヤリと一つ勇ましく微笑んで後を継いだ。 「ああ、そうだ 我らアルビオン王家の誇りと名誉を、散華のその瞬間まで 叛徒共に示し続けることが出来るだろう」 「おお、おお!この老骨、武者震いがいたしまするぞ!」 ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあった。 「して陛下 御報告なのですが、叛徒共は明日の正午に攻撃を開始する との旨、伝えて参りましたぞ」 「ついに来たか・・・それではやはり、明日こそ我ら王家の最期になると いうわけだな」 怯えた様子一つ見せずに、ウェールズはあっさり言ってのける。その 言葉に動揺を見せる兵士もまた、居りはしなかった。 ――最期って・・・この人達怖くないって言うの? キュルケはルイズ達に困惑した顔を向ける。皆思い思いの表情を 浮かべていたが、その表情はどれも自分とは違うような気がして、 彼女はますます困惑を深めた。 「さて、こちらはトリステインからの客人だ 重要な用件で我が国に 参られた大使殿だよ 丁重にもてなしてさしあげてくれ」 「ほほう、これはこれは大使殿 殿下の侍従をおおせつかって おりまする、パリーでございます このような沈みゆく国へ、ようこそ いらっしゃいました 大したもてなしも出来ませぬが、今夜は ささやかな祝宴が催されます 是非とも御出席くだされ」 老いたメイジは、気品溢れる仕草で一礼した。
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ルイズはまた夢の中だった。今回もあの夢だろうかと彼女は身を固くしたが、今日の夢はどうやらそうではないようだった。 周りを見渡すと、どうやら自分は小舟の上にいるようらしい。ああ、とルイズは思う。ここはヴァリエールの屋敷だ。 そしてここは自分が「秘密の場所」と呼んでいた中庭の池――・・・。 魔法が使えないことで幼い頃から周囲に白眼視されていた彼女は、悲しい時悔しい時、いつもこの小舟の上で毛布を被り、ひっそりと泣いていた。 「泣いているのかい?ルイズ」 頭の上から声がかかる。はっとして顔を上げると、大きな羽帽子にマントを被った立派な貴族がルイズを見下ろしていた。 隣の領地を相続している、憧れの子爵だった。幼いルイズはそんな彼にみっともないところを見られて慌てて顔を隠す。 「子爵さま、いらしてたの?」 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ あのお話のことでね」 その言葉にルイズは紅に染まった頬を更に赤くして俯く。 そんな彼女を見て、子爵はあっはっはと頼れる声で笑った。そして彼はおどけた調子でルイズを元気づける。彼女にとっては大切な、懐かしい夢。 その時ざあっと風が吹き、子爵の帽子をさらっていった。 「へ?」 いつの間にか今の自分に戻っていたルイズは、帽子の下に現れた顔を見てぽかんとした。その顔は、どう見ても己の使い魔――ギアッチョのものだった。 「な、何よあんた どうしてここにいるのよ」 ルイズは当惑して叫ぶ。しかしギアッチョは、相変わらず感情の読めない眼でじっとルイズを見ている。 「何か言いなさいよ!ねえったら!」 しかしルイズの言葉などまるで耳に届いていないかのように、ギアッチョは何も言わず何もせず、ただルイズを見つめている。 そしてそのまま、一言も言葉を発さぬままにギアッチョの姿は掻き消え、そして小舟も、池も、世界も、ルイズも消えた。 廊下から聞こえてくる声で、キュルケは眼を覚ました。外は薄暗く、恐らくはまだ教師達も眠っているであろう時間帯だ。 静謐な学び舎に響く二人分の囁き声をキュルケはまだ半分寝ている頭で聞いていたが、それがルイズとギアッチョの声であること、そして会話のところどころに「姫さま」とか「任務」などという単語が混じっていることに気付いて飛び起きた。 物音を立てないように急いで着替えと支度を済ませると、ルイズ達が門へ向かったのを確認してから彼女はタバサの部屋へ飛び込んだ。 「タバサおはよう!寝てる場合じゃないわよ、面白いことが――」 部屋に入るなり早口にまくし立てるキュルケの言葉は、サイレンスの魔法によってあっという間に掻き消える。ドアの開く音で目覚めた瞬間反射的に杖を取って呪文を唱える、タバサの瞠目すべき早業であった。 無声映画のように身振り手振りを続けるキュルケを寝起き直後の胡乱な眼で眺めると、掴んだ杖もそのままにタバサは再びベッドの中に潜り込んだ。 キュルケはしばらくジェスチャーを続けていたが、タバサが完全にシカトする構えだと知ると、ならばとばかりに両手でタバサの肩を掴んで揺さぶる作戦に移行する。 最初のうちは無視を決め込んでいたタバサだが、キュルケが一行に諦めようとしないので仕方なくサイレンスを解除すると、 「・・・何?」 ウインド・ブレイクを唱えたくなる前に話だけは聞くことにした。 そんなわけで、タバサは今いそいそと支度を済ませている。 アンリエッタからの秘密の任務でギアッチョ達がアルビオンへ向かうらしいというのはキュルケ程ではないにしろタバサの興味を引いた。 それにキュルケも言っていたことだがルイズの身が安全であるという保障はない。 ギアッチョがいるのだから大抵のことは大丈夫だろうが、彼の魔法も万能ではないことはフーケ戦で証明済みである。 一瞬の思案の後、タバサはシルフィードによる尾行――キュルケに言わせると護衛――を承諾したのだった。 ちなみに当のキュルケはと言えば、何か野暮用を済ませてくると言ってどこかに行ってしまった。まぁそのうち戻ってくるだろうなどと考えながら、タバサは制服のボタンを留め始める。 キュルケはタバサの部屋に続き、またしても堂々とアンロックの魔法で部屋に侵入する。薔薇や宝石で派手に飾られた部屋――ギーシュの私室だった。 「ギーシュ!起きなさいってば ギーシュ!」 キュルケは周りの部屋に聞こえない程度の声でギーシュを起こそうとするが、幸せそうによだれを垂らしたまま彼は一向に目覚める気配がない。 キュルケは少し苛立ったような表情を見せると、ギーシュの耳元に口を寄せて一言ぼそりと何かを呟いた。 「うわあああああ!!待って、待ってくれたまえ!やってるから!ちゃんとやってるからマンモーニだけは――ぁああ!?」 効果覿面、その一言でギーシュはうわ言と共に跳ね起きた。「何だ夢か」と呟くとギーシュは息を吐きながら辺りを見回し、 「うわぁ!!」 キュルケと眼が合った。 「やれやれ・・・やっと起きたわね」 「キュ、キュルケ!?こんな夜も明けきらない時間に一体何の用・・・ハッ!? ダ、ダメだキュルケ!僕にはモンモランシーという女性がヘヴンッ!!」 ギーシュが言い終える前に、キュルケのカカト落しがギーシュの脳天に炸裂した。 「寝言は起きる前に言いなさい」 「・・・それで、後をつけるって言うのかい?」 後頭部をさすりながらギーシュが言う。 「失礼ね、護衛と言いなさいよ あなたは行きたがるかと思ったからわざわざ声を掛けてあげたわけ それで?行くの?行かないの?」 腰に手を当ててキュルケは身体を乗り出す。姫さまとか秘密とかヤバいんじゃないのと言ってみるが、キュルケはそれがどうしたという顔でギーシュの返答を待っている。 ギーシュはうーんと唸りながら数秒考えた後に、まあなんとかなるかと実にギーシュらしい結論を下した。 ギアッチョとルイズは馬を駆って学院を出る。正門の先では一人の男が彼らを待ち構えるように待機していた。 「ワルドさま!?」 ルイズが驚きの声を上げると、ワルドと呼ばれた男は人好きのする笑みを浮かべてそれに答えた。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドはルイズに駆け寄ると、その華奢な身体を抱き上げる。 「お久しぶりでございます」 そう言って恥ずかしげに頬を染めるルイズを見て、ワルドは豪快に笑った。 「まるで羽のようだ! 相変わらず軽いね、君は」 「・・・お恥ずかしいですわ」 睫毛を伏せるルイズを、ワルドは優しげに見つめている。そしてそんなワルドをギアッチョが見つめていた。 「あいつは・・・昨日の護衛じゃあねーか」 ルイズがぼーっと見つめていた男だ。確か魔法衛士隊の隊長だとギーシュが言っていた。 「あのヒゲが従えてるのは、ありゃあグリフォンだね 正真正銘の魔法衛士隊、トリステインじゃあエリート中のエリートだ」 デルフリンガーがそう言って鍔を鳴らす。「妙な偶然もあったもんだな」と呟いてギアッチョは首をすくめた。 ルイズがギアッチョとデルフリンガーを紹介する。ルイズを下ろしたワルドは大げさな身振りで両手を広げると、 「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」 おどけた調子でそう言った。 「僕の婚約者がお世話になっているよ」 「婚約者ァ?」 彼らの意外な関係に、デルフリンガーが妙な声を上げる。ギアッチョはワルドをジロリと遠慮無しに観察すると、 「どういう縁だ?」 とこれまた遠慮無しに疑問をぶつけた。ワルドは帽子を取って被りなおしてから、「幼馴染さ」と答えた。 「領地が隣同士でね、ヴァリエール家とは昔から懇意にさせていただいているのさ」 その縁で、父親達の間でルイズとワルドの婚姻の約束が交わされているのだとワルドは説明した。 ――結婚って・・・いくらなんでも歳が離れすぎてるんじゃあねーのか? ワルドはどう見て二十代後半だ。対するルイズは、とギアッチョは彼女に視線を移す。 「な、何よ」 いきなり眼を向けられてルイズは心臓が飛び跳ねた。「け、結婚なんて小さい頃の約束で」だの「もう何年も会ってなかったし」だの、ルイズの口からは無意識の内に次から次へと言い訳が飛び出すが、肝心のギアッチョは一切聞いていなかった。 ――歳は聞いてなかったが・・・いいとこ十四歳って所だよなァァ 犯罪だろ、とギアッチョは思った。イタリアでは結婚可能な年齢は十八歳からだった。そうでなくても歳が一回り前後は離れていそうな二人である。 もっとも、実際は発育が少々哀れなだけでルイズはもう十六歳を迎えているのだが。 じろじろと自分を見るギアッチョをどう解釈したものか、 「なぁに、任務のことなら心配はいらないさギアッチョ君 こう見えても僕はスクウェアメイジだ 大船に乗った気でいてくれたまえ」 そう言ってワルドは自分の胸を拳で叩いて見せた。 「任務?」 ルイズがきょとんとした顔でワルドを見上げる。 「アンリエッタ姫殿下から直々に拝命したのさ 君達と共にアルビオンへ行かせてもらうよ」 そう言ってワルドはルイズに微笑んだ。 ――ま、確かにこんなガキと平民の使い魔を手放しで信用は出来ねーわな ギアッチョはそう納得して馬に跨る。ワルドはそれを見て、 「さあルイズ、こっちにおいで」 グリフォン隊の象徴であり、彼ら隊士の乗り物でもあるグリフォンを呼び寄せると、それに跨ってルイズを手招きする。 ルイズはちょっと躊躇うようにして俯くと、何故だかギアッチョが気になって横目で彼を見た。ギアッチョはデルフに眼を落として会話をしている。 まるでルイズに全く興味がないと言われているようで、ルイズは軽くショックを覚えながらとぼとぼとワルドの元へ歩き出した。 グリフォンの横まで来るとワルドはひょいとルイズを抱きかかえる。そうして手綱を握り、ギアッチョのほうを見てから杖を掲げて叫んだ。 「さあ諸君!出撃だ!」 その声を合図にグリフォンがばさりと飛び立ち、ギアッチョがそれを追って馬を駆る。 深くけぶる朝もやの中、こうして任務は始まった。
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第一章 光と影 ゼロの影-01 ゼロの影-02 ゼロの影-03 ゼロの影-04 ゼロの影-05 第二章 影に吹く風 ゼロの影-06 ゼロの影-07 ゼロの影-08 ゼロの影-09 ゼロの影-10 第三章 影差して ゼロの影-11 ゼロの影-12 ゼロの影-13 ゼロの影-14 最終章 太陽と影 ゼロの影-15 ゼロの影-16 ゼロの影-17 ゼロの影-18 ゼロの影-19 ゼロの影-20 ゼロの影~The Other Story~ ゼロの影~The Other Story~-01 ゼロの影~The Other Story~-02 ゼロの影~The Other Story~-03 ゼロの影~The Other Story~-04 ゼロの影~The Other Story~-05 ゼロの影~The Other Story~-06 ゼロの影~The Other Story~-07 ゼロの影~The Other Story~-08 ゼロの影~The Other Story~-09 ゼロの影~The Other Story~-10 ゼロの影~The Other Story~-11 ゼロの影~The Other Story~-12 ゼロの影~The Other Story~-13 ゼロの影~The Other Story~-14 ゼロの影~The Other Story~-15 ゼロの影~The Other Story~-16(前編)/(後編) ゼロの影~The Other Story~番外編 ゼロの影~The Other Story~番外編其の二 ゼロの影~The Other Story~完結編(前編)/(中編)/(後編) ゼロの影~The Other Story~『ゼロと一の物語』(ゼロの影~The Other Story~第5話より分岐) ゼロの影~The Other Story~-20 ゼロの影~The Other Story~-21 ゼロの影~The Other Story~-22 ゼロの影~The Other Story~-23 ゼロの影~The Other Story~-24 ゼロの影~The Other Story~-25 ゼロの影~The Other Story~-26 ゼロの影~The Other Story~-27 ゼロの影~The Other Story~-28 ゼロの影~The Other Story~-29(前編)/(後編) ゼロの影~The Other Story~-30(番外編)
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4話 朝食を終えたルイズは教室に入った。 ホワイトスネイクはそれに続く。 もちろん今朝のように首から下をぼかしているとルイズが怖がって怒るので、ちゃんと全身を発動させている。 イメージとしては高校や中学校のそれとは違い、むしろ大学の講義室に近いその教室には、 多くの生徒が既に着席し、各々の使い魔を侍らせている。 その種類は実に多種多様。 キュルケの連れているサラマンダーや窓の外から教室を覗いている蛇のように、 地球では考えられないようなサイズの生き物もいれば、 フクロウ、カラスなどの鳥や猫など、地球でも馴染みの深いものもいる。 そして地球には間違いなく存在しない、目玉だけの生き物やタコ人魚、六本脚のトカゲなどもいる。 まるで動物園だ。場所が場所ならただ並べとくだけでも金を取れるだろう、とホワイトスネイクは思った。 教室にいた生徒達はルイズが入ってきたのを見ると、一斉にそちらに振り向いた。 そして好奇の目で、その後ろにいるホワイトスネイクをじろじろ見る。 ホワイトスネイクを召喚したのが他の生徒だったならここまで注目されることも無かっただろう。 だが現実に召喚したのは、「ゼロ」と呼ばれるルイズである。 生徒達は、一体この亜人がどんな使い魔なのか、何ができるのか、としきりに考えていた。 服装が朝食のときから何故かボロボロだったことも、彼らの気を引いた。 そんな時、一人の生徒――名をペリッソンといったが――があることを思いついた。 分からないなら、それを知っている者に聞けばいいじゃないか、と。 幸いなことに部屋がルイズの部屋の隣にあるキュルケが、自分のすぐそばにいる。 キュルケは恐らく朝にあの亜人を連れたルイズに会っているだろうから、何か聞けるはずだ、と考えたのだ。 ……もっとも、キュルケが彼の位置に近いのは、キュルケの色香に、 彼がカタツムリに群がるマイマイカブリみたいに引き寄せられただけなのだが。 そして、キュルケに声をかける。 そのこと自体は地雷ではなかった。 だが、彼が何の気なしに言ったある単語が、掛け値ナシにドデカイ地雷だった。 「なあ、キュルケ。君は『ゼロ』の隣のへy……」 自分が「ゼロ」と呼ばれたことを聞き逃さなかったルイズは、その声の方をじろりと睨む。 だがそれよりもさらに速く――それにルイズの意思が介在していたわけではないが――ホワイトスネイクが動いた。 流れるような動作で二の腕から円盤状の物体――DISCを抜き取る。 それをペリッソンの額に目掛けッ、全力で、投擲したッ!! ドシュウゥッ! DISCは空気を切り裂いてペリッソンの額に突き刺さるッ! そしてッ! 「命令スル」 ドグシャァッ! 「頭ヲ机ニ叩キツケテ気絶シロ」 全てはホワイトスネイクの言葉、いや命令通りになった! ペリッソンは声をかけるためにキュルケの方に伸ばしていた体を止め、急に背筋をぴーんと伸ばすと、 机の端をガッチリ掴んで、頭を思いっきり机に叩きつけたのだッ! そして不幸な(自業自得でもあるが)彼は、その一撃であっけなく脳震盪を起こし、昏倒して動かなくなった。 突然の出来事に目をむく生徒達。 事件現場のすぐ近くにいたキュルケなどは、驚きの余り声も出せずにペリッソンとホワイトスネイクのほうを交互に見ている。 ルイズもまたホワイトスネイクの一瞬の早業に驚愕し、目を見開いてホワイトスネイクを見つめている だがそんな様子には目もくれないといった調子で、ホワイトスネイクが口を開いた。 「口ハ災イノ元。人ヲ怒ラセルヨウナ事ヲ口ニスルモンジャアナイナ」 無論たった今昏倒させたペリッソンにだけではなく、教室にいる全員への警告である。 既に一人ぶちのめしてしまったので警告になっていないのはご愛嬌。 そしてホワイトスネイクは、今度は自分を驚きの目で見ている主人――ルイズに向き直ると、 「コレガ私ノ能力ノ一ツ、『命令』ダ。 私ノ命令ハ脳ヘノ直接的ナ命令。 ドンナ命令デアロウト、私ノ命令ハ必ズ遂行サレル。……命令ヲ受ケタ者ニヨッテ」 ごく当たり前のように、ルイズにそう説明した。 普通ならこういう場合……怯え、こんな危険な使い魔、と危険視するだろう。 だがこの使い魔がぶちのめしたのは、ルイズを「ゼロ」と呼んだ者。 ルイズはこの行動に、危険さではなく、逆に「忠誠」を見出したッ! そしてこの使い魔のことを……召喚してから初めてこのホワイトスネイクのことを…… 「なんてステキな使い魔なの……」と思った。 ちなみに、何故この時ホワイトスネイクがルイズを「ゼロ」と呼ぶことがルイズへの侮辱であることを知っていたのか、 そこまでは全く頭が回らなかった。 色々とゴキゲンになりすぎて、そこまで考えてる余裕が無かったのだ。 さて、生徒が一人犠牲になり、ついでにルイズがゴキゲンになって席についたところで教師が入ってきた。 中年の、やさしそうな雰囲気を持った女性である。 その教師は教室を見回すと、目を細めて、 「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。 このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」 昏倒したペリッソンは人形みたいに机の下に倒れているので、シュヴルーズはそれには気づかない。 加えてシュヴルーズ自身が少しばかり空気が読めない気質なので、 教室の生徒達がほんのちょっぴり青い顔をしてるのにも気づかなかった。 そして教師――シュヴルーズの目がある一点で止まる。 多くの生徒の中で唯一亜人を召喚したルイズと、その使い魔ホワイトスネイクのところで。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 少しばかりとぼけた台詞だったが、ここで笑う者は一人もいない。 むしろ下手な反応をすればペリッソンの二の舞になるんじゃないかとビクビクしていたので笑うどころではない。 「ええ、ミセス・シュヴルーズ。でも、それほど悪い使い魔ではありませんのよ?」 「そうですか。それは実に結構です」 余裕のある口ぶりで切り返すルイズ。 それにシュヴルーズも和やかに答える。 その余裕が他の生徒達には恐ろしく感じられた。 「他の皆さんも、静かにできていてとても立派ですわね。 授業を受ける態度とは、まったくこうあるべきものですわ」 先ほども言ったとおり、 シュヴルーズは少しばかり空気が読めないのだ。 「では、授業を始めますよ」 シュブルーズがこほん、と咳払いして杖を振るう。 すると机の上に石ころがいくつか転がった。 授業が始まる。 (中々分カリ易イ説明ヲスル教師ダ) 授業を聞きながら、ホワイトスネイクはそんな事を思った。 シュヴルーズの授業は以下の通りである。 魔法には火、風、水、土の4つの系統と、 今は失われた(使えるヤツがいないということだろうか? とホワイトスネイクは思った)虚無を合わせて、 全部で5つの系統があるということ。 そしてシュブルーズが言うには、土の系統は5つの系統の中で最も重要らしい。 その理由として、土の属性が重要な金属を作り出し、加工することが出来ることとか、 大きな石を切り出して建物を建てることが出来るということ、 それに土の系統が農作物の収穫にも関わっているということを挙げた ホワイトスネイクにとってはどれもこれも初めて聞くことばかりなので、熱心にシュブルーズの説明に耳を傾けていた。 スタンドのデザインに耳は無いけど。 でも説明が丁寧な分、他の事を考える余裕も出てくる。 (ダガ手間ヲ考エナイナラ貴金属ヲ手ニ入レルコトモ、加工スルコトモ可能ダ。 建物ヲ建テルコトモ、農作物ノ収穫率ノ向上モ同様ニ。 『暮らしを楽にする』トイウ観点デハ、火ヲ楽ニ起コセルデアロウ火ノ系統ノヨウニ、他ノ系統モ重要ダロウ。 スタンドト同様、各系統ニ優劣ノ関係ハ無イト考エルベキダロウナ) そうこうしているうちに、シュヴルーズが机の上の石ころに向かって、 小ぶりな杖を振り上げた。 そして短く何かを呟くと、石ころが輝き始める。 数秒後、光が収まると、ただの石ころは光を反射してキラキラ輝く金属に変わっていた。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 キュルケが身を乗り出して言う。 シュヴルーズはやさしく微笑んで、 「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。 私はただの……」 と、ここでもったいぶった咳払いをして、 「トライアングルですから……」 と言った。 (『トライアングル』? ソレニサッキハ『スクウェアクラス』トカ言ッテタナ。 メイジトシテノレベルヲ表スモノナノカ?) 初めて聞く二つの単語にホワイトスネイクは頭を捻る。 (『トライアングル』……地球デハ『三角形』ノ意味。ソシテ『スクウェア』ハ『四角形』ノ意味。 『3』ト『4』……カ。一体ドレクライ違ウンダ? アノ教師ハ『スクウェアならゴールドを錬金出来る』トカ言ッテイタガ……ヨク分カランナ) 「ねえ」 そんな事を考えていると、ルイズから声がかかった。 「ドウシタ、マスター? 授業中ハ授業ニ集中シタ方ガ良クナイカ?」 ルイズにだけ聞き取れる程度の声でホワイトスネイクが答える。 「授業、そんなに面白いの?」 「私ニトッテハ真新シイ事バカリダカラナ」 「ふーん……」 「マスターニハ退屈ナ授業ナノカ?」 「そうよ。知ってることばかりだもの」 「予習シタノカ?」 「自分で調べたのよ。魔法が……いや、なんでもないわ。 とにかく知識だけはたくさんあった方がいいと思ったの」 ルイズの意外な一面に感心するホワイトスネイク。 そこで、 「マスターニ後デ聞キタイコトガアル」 「何よ? 今でいいわよ」 「授業ハ『素振リ』ダケデモイイカラ真面目ニ聞クベキダ」 神学校時代のプッチ神父の学友の言である。 もっともプッチ神父は、その学友とはウェザーの記憶を奪った日以来会うことは無かったが。 はたして、その学友の言は正しかった。 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 「今は授業中ですよ。 使い魔とお喋りするのは後になさい」 「すいません……」 「お喋りするヒマがあるなら、あなたにやってもらいましょう」 「へ? な、何をですか?」 このルイズ、授業を全く聞いていなかったようだ。 「ここにある石ころを、あなたの望む金属に変えるのです。 さあ、やってごらんなさい」 そう言われたものの、ルイズは行こうとしない。 何やら困っているような、戸惑っているような、そんな様子だ。 そして、周囲の生徒達もざわつき始める。 ホワイトスネイクはその理由が大方分かっていたが、あえてこの場でルイズにそれを言うことは無かった。 逆に、何故ルイズがそんなに戸惑うのか分からない、と言ったような態度を取っている。 彼なりの気遣いである。 少しした後、ルイズは意を決したように立ち上がり、 「やります」 とだけ言った。 それを聞いた教室の生徒全員が、一斉にさっと青ざめる。 だがさっきホワイトスネイクがやらかした時よりも度合いが激しい。 しかし……声を上げる気にはならない。 下手なことを言えばルイズの亜人――ホワイトスネイクが襲い掛かってくる恐れがある。 しかし……そのうちの一人であったキュルケが、ある種の勇気を持って声を上げた。 「ミセス・シュヴルーズ! ルイズに魔法を使わせるのは……その……危険、です」 じろり、とホワイトスネイクがキュルケのほうを見る。 まるでカエルを睨む蛇のように。 だが攻撃はしてこない。 まだラインインのようだ、とキュルケは胸をなでおろした。 いや、ひょっとしたらラインオンかもしれない。 そして内心に、何が「大したことは出来ない」だ。 十分に恐ろしいじゃないの、と毒づいた。 だがキュルケの決死の抗議は―― 「あら、どうしてですか? ミス・ツェルプストー」 シュヴルーズには理解されなかった。 キュルケはこの勘の鈍い教師に腹を立てると同時に、 これ以上のことを自分が言わなければならない事を嘆いた。 そして当たり障りの無い言葉を必死で探して、 「ミセス・シュヴルーズはルイズを教えるのは初めてですよね?」 と聞いた。 我ながら上手く言ったものだ、とキュルケは胸をなでおろしたが―― 「ええ、でもミス・ヴァリエールが努力家ということは聞いています。 さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。 失敗を恐れていては何も出来ませんよ?」 ダメだ。 「ルイズが失敗する」ことまでは察してくれたようだが、 ルイズが魔法を使うことの危険性はさらにその先にある。 それがこの教師には分かっていない。 「ルイズ、やめて」 キュルケが顔を青くして懇願する。 しかし教壇の方へ向かうルイズが振り向くことは無かった。 「あら、使い魔さんはついてこなくてもいいのですよ?」 ルイズの後ろに空中を滑るように移動しながら着いていくホワイトスネイクにシュヴルーズが声をかける。 ルイズも足を止めて振り向く。 「ソウカ」 ホワイトスネイクはその指摘に短く答えると、フッと姿を消した。 今朝やったのと同じ「解除」である。 ルイズは朝に一度見ているからそうでもなかったが、 目の前でそれをはじめて見たシュヴルーズは勿論、教室中の生徒が驚いた。 「あ、あの……ミス・ヴァリエール? あなたの使い魔さんは……」 「大丈夫です。わたしもちょっとびっくりするけど……呼べば出てくると思います」 ホントかよ、と教室中の生徒全員が思った。 そして、いっそもう二度と出てこないでくれ、とまた全員が全員、同じように思った。 「そ、そうですか……。ではミス・ヴァリエール、やってごらんなさい。 錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと頷いて杖を振り上げる。 そして呪文を唱えて、杖を振り下ろすと―― ドッグオォォォン! 爆発したッ! 爆風をモロに受けたシュヴルーズは吹っ飛ばされて黒板に叩きつけられる。 そして教室にいた生徒達も、やはり同様に被害を受けた。 悲鳴が教室中に巻き起こる。 生徒達の使い魔は爆発に驚いて暴れ始め、そのうち共食い(厳密には共食いではないが)が始まりかけた。 そして爆発を起こした張本人であるルイズはというと…… 「……大丈夫カ? マスター」 いつの間にかルイズの目の前に現れたホワイトスネイクによって爆風から庇われたので無傷だった。 「あ、えと、その……ありがと、ホワイトスネイク」 自分を守ってくれた使い魔の背中に礼を言うルイズ。 「気ニスル事ハナイ」 そういって振り向いたホワイトスネイクのコスチュームは、やはりボロボロになっていた。 いや、朝に一度爆発を食らったので、さらに1段階酷くなってはいるが。 そしてその姿を見て、ルイズはとても情けない気分になった。 使い魔の前で失敗した挙句に庇われたのだ。 その事実が、ルイズの高いプライドを傷つけないはずは無かった。 結局、ルイズは爆発を聞きつけてやってきた教師に、罰として教室の掃除を命じられた。 その際に魔法をつかってはいけない、とも言われたが、魔法を使えないルイズには関係ないことである。 ルイズは床に散らばったり、机や椅子にめり込んだりしている破片を集め、 ホワイトスネイクは壊れた窓ガラスや机をせっせと運び出している。 ルイズが片づけに参加するのは、傷ついたプライドがこれ以上傷つくのがイヤだったからだ。 失敗して教室をメチャメチャにしたのは自分。 爆風を食らわなかったのは使い魔のおかげ。 なのに、片付けは使い魔任せ……では、ルイズのプライドがこれ以上に無く傷つく。 別に片付けの光景を誰かが見ているわけではない。 ルイズが自分で、自分がそうすることが許せなかっただけである。 そのときだ。 「マスター」 ホワイトスネイクから声がかかった。 思わずルイズはビクッと体を震わせる。 自分が失敗したことを咎めるのだろうか、と思ったからだ。 ルイズは来るべきホワイトスネイクの言葉に身構えるが…… 「教壇ノ前マデ来テクレルトアリガタイ」 来たのは、よく分からない注文だった。 「な……何でよ?」 聞き返すルイズ。 「私ハマスターカラ20メートル以上離レルコトガ出来ナイ」 ますますよく分からない返事である。 「へ? ど、どういうこと? それに『メートル』って何よ?」 「長サノ単位ダ。長サハ……1メートルガ大体コノグライダ」 ホワイトスネイクはそういって作業を中断し、手で大体の1メートルを作る。 だが、 「それ、1メイルよ?」 「メイル?」 「ええ。1メイルが今あんたが示したぐらいの大きさ。 ついでに言うと、それの100分の1が1サント、それの400倍が1リーグ」 「覚エテオク」 「あんたって、相当辺鄙な場所から来たのね」 「国ガ変ワレバ法モ変ワル、トイウヤツダ。 別ニド田舎暮ラシダッタワケジャアナイ」 「ふーん、まあいいわ。そういうことにしといてあげる。ってそうじゃないわ! 何であんた、わたしから20メイルより遠くに行けないのよ!?」 「ソレガ私ノ性質ダカラダ。 物体ヲ通リ抜ケルノモ、先程言ッタ3ツノ能力モ、ソレガ私ノ性質ダカラ可能ナノダ」 「……要するに、よく分かんないけど使える特技、ってこと?」 「ソンナモノダ。分カッタラ早クコチラヘ」 ルイズは納得がいかない様子だったが、ひとまず言われたとおりに教壇のほうへ向かった。 そして、ルイズはまた気が重くなった。 そんなことよりも、ルイズにはもっと言ってほしいことがあるのだ。 正確には、言ってもらわなければならないことが。 気遣って言わないようにしてくれているのならそれはそれで嬉しいけれど、 そんなのでは、使い魔の主人としてあまりにも情けなさ過ぎる。 ルイズは少し間をおいた後、そのことを言おうとするが―― 「マスターガ何ラカノ要因デ魔法ヲ使エナイコトハ、昨日ノ夜ノ段階デアル程度予想デキテイタ」 意外な言葉が来た。 「え………?」 「ソウ思ッタ理由ハ二つ。 一ツハマスターガ私ヲ昨日召喚シタ時、他ノ生徒ガ魔法デ浮カンデイルノニ対シテマスターダケガ自分ノ足デ歩イテイタ事。 他ノ生徒ガ当タリ前ノヨウニシテイルコトヲシナカッタ事デ、私ハソノ事ニ多少ノ疑イヲ持ッタ。 ソシテモウ一ツハ、マスターガ私ニ洗濯ヲ頼ンダコトダ。 コノ建物ニ貴族全員分の洗濯物を処理デキルダケノ使用人ガイルヨウニハ思エナカッタシ、 ソウデナイニシテモ、貴族ガ自分デ道具ヲ使ッテ洗濯スルコトガ考エヅライコトハ、マスターノ態度カラ予想デキタ」 「じ、じゃあ……昨日からずっと、わたしが魔法を使えないって知ってたのに……」 ルイズの顔がカァっと赤くなる。 それじゃあまるで自分が道化みたいじゃない。 魔法が使えないのに、さも貴族らしく高慢に振舞って。 それを……ホワイトスネイクは文句一つ言わずに見ていたというの? そんなのって……。 「マスター」 だが、そこでホワイトスネイクがルイズの思考を遮る。 「私ガ以前イタ場所ニハ魔法ヲ使エル者ナド一人モイナカッタ。 ダカラマスターニ出来ルノガ爆発ガ起コス事ダケデモ、私ニトッテハ十分過ギル程……」 「うるさいわね! あんたに何が分かるのよ! 魔法が使えないって事が、 わたしにとってどれだけの苦痛だったのか、あんたに分かるの? いいえ、絶対に分からないわ! そうやって分かったような顔をして、わたしに安っぽい同情をかけないで!」 ホワイトスネイクの慰めもむなしく、ルイズは癇癪を起こした。 しかしルイズにとっては仕方のないことだった。 幼い頃から魔法が使えず、二人の優秀な姉と比較され続け、 魔法学校に入ってからはいつもいつもバカにされつづけた。 そんなこれまでの過去があったからこそ、簡単に受け入れられてしまったことが逆に悔しかったのだ。 おまえが口で簡単に言えるほどのものじゃないんだ、と。 そうルイズはいいたかったのだ。 でも、言えなかった。 あまりにも自分が情けなくて、その情けなささえも受け入れられてしまうことが悔しくて、言えなかった。 そんなルイズに対し、しばらく黙っていたホワイトスネイクは―― 「フム……ソウダナ。少シ失礼」 そう言って掃除の作業を中断すると、突然氷の上を滑るように飛行してルイズの前まで来る。 「ひゃっ! な、何よ!」 「コノ世界ニ魔法ガアルト知ッタ時カラ、確カメタカッタ事ガアル」 そう言うと、 ドシュッ! ホワイトスネイクはルイズの額を両断するかのような勢いで、手刀を振るった。 「ひゃあっ!」 突然の暴挙にルイズは思わず目をつむって叫ぶ。 …しかし、 「…あ、あれ? なんとも…ない?」 痛みらしい痛みが何も無いことに気づくと、ルイズは恐る恐る目をあける。 すると―― 「な、ななななな何これ! わたしの頭から何が出てきてるの?」 ルイズの額から、一枚のDISCが飛び出ていた。 ルイズが色々と喚いているが、ホワイトスネイクはガン無視する。 そしてルイズの額から出てきたDISCを抜き取り、その表面に目を通す。 そこに現れていた文字は、「ゼロ・オブ・ドットスペル」。 早い話、「ゼロのドットスペル」ということだ。 今ホワイトスネイクが抜き出したのはルイズ自身の魔法の才能。 正確にはホワイトスネイク自身、スタンドや感覚と同様に抜き出せる自身が無かったので、こうしてルイズで試したのだ。 試したのだが…… (DISCニマデ『ゼロ』ト書カレテイルノデハ救イガ無サスギルナ。ドウシタモノカ……) そして考えた結果、 「マスター、『ドット』トハ何ダ? 授業デ言ッテイタ『トライアングル』トカ『スクウェア』ニ関係アルノカ?」 あえてDISCに「ゼロ」と表記されていたことには触れないことにした。 もちろん、ルイズからはその表記が見えないようにする。 「ドットっていうのは、魔法を一種類しか使えないメイジのこと。 ドットの上がライン。ラインは系統を一個足せるの。 系統を足せば足すほど、魔法は強力になるわ」 「ナルホド。デハ『トライアングル』は2ツ、『スクウェア』ハ3ツ足シテイル分、ヨリ強力ナ魔法ヲ扱エルノカ」 「そういうことよ。……って話をそらさないでよ! あんた今、あたしに何をしたの!?」 「君ノ『魔法の才能』ヲ抜キ出シタ。 魔法ガ果タシテ他ノ感覚ナドト『才能』トシテ抜キ出セルモノナノカ、確証ガ無カッタノデナ」 「才能を抜き出す? あんた、何言ってるの?」 「分カラナケレバ…ソウダナ。モウ一度、サッキノ錬金ヲヤッテミルトイイ」 「…さっきと何も変わらないと思うけど」 そう言いながらルイズは杖を抜き、ルーンを唱え始める。 そして手ごろな場所にあった木の破片目掛け、杖を振り下ろす。 だが―― 「…あれ? 爆発……しないの?」 さっきとは違い、何も起きなかった。 「当然ダ。今ノマスターハ魔法ノ才能ヲ失ッテイルノダカラナ」 「魔法の才能って…もしかしてさっきの!」 「ソウダ。先ホドマスターカラ抜キ取ッタDISCガ、マスターノ魔法ノ才能ダ」 「ちょっとあんた、何してんのよ! これじゃただの平民と同じじゃない! 返して!」 「返シタトコロデ、使エルノハ爆発ダケダゾ?」 「……っ!」 図星であった。 ホワイトスネイクが手にする才能が自分に戻ってきたところで、 結局できるのは失敗魔法の爆発だけ。 自分が「ゼロ」であることに何も変わりは無い。 「…そ、それでもよ! それでも、それさえなかったら、本当に何も無くなっちゃうじゃない!」 そんなルイズの苦渋に満ちた訴えに対し、 「……マスターハ存外ニ察シガ悪イナ」 ホワイトスネイクはあくまで冷淡に、さらに別のベクトルの意味を加えて答えた。 「マスターカラ今ノヨウニ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ハ…他ノ者カラモ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ダ」 「……あんた、まさか!」 「ヨウヤク理解シタナ」 ホワイトスネイクは口の端に笑みを浮かべると、話を一気に結論に持っていく。 「ツマリ君ハ他ノ誰カカラ魔法ノ才能ヲ奪イ取ル事ガデキルノダ」 「…ち、ちょっとあんた、自分が何言ってるか分かってるの!?」 「当然だ」 「じゃあ何でそんな事!」 「私カラスレバ、何故マスターガソレヲ拒ムノカガ理解デキナイナ。 私ガ言ッテイルノハ、魔法ヲ使エナイマスターヲ救済スルタメノ方策ダゾ?」 「そんなやり方で魔法なんか使えるようになりたくないわ! 私だって分かるわよ。魔法の才能をあんたに取られたら、その人はもう魔法を使えなくなるって事ぐらい!」 「ダガ魔法ヲ使エナクナルノハ君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ侮辱スル者ダ」 「それは! そう、だけど……」 「昨日ノ広場…今朝会ッタ赤毛ノ女…朝食ノ席…ソシテ授業前ノ教室…。 私ガ見テキタ限リデハ、ソレラノ場所デマスターヲ見下サナイ者ハ一人モイナカッタ。 君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ蔑ム事ヲ当タリ前ニシテイル奴等バカリダッタ。 ナノニ、ドウシテ拒ム理由ガアル? 何故躊躇ウ?」 ルイズはホワイトスネイクの言葉を唇を噛み締めて聞いていた。 ホワイトスネイクの言っていることに間違いはなかった。 昨日今日召喚されたばかりの使い魔でも、自分が周囲にどう思われているのかは分かっていたのだ。 そしてその上で、自分が「ゼロ」の汚名から抜け出す道を作った。 でも…そうだとしても…… 「わたしは…やらないわ」 ルイズには、その道を選ぶことはできなかった。 ホワイトスネイクは、すぐさま問いを投げかけるような事はしなかった。 ルイズが言葉を続けるのを待っていたのだ。 「わたしね…姉が二人いるの。 ふたりともすごく立派なメイジで、皆から才能を認められてたわ。 それで、わたしは二番目の姉さまの、カトレア姉さまが…ちい姉さまが大好きだったの。 一番上のエレオノール姉さまは、厳しくって怖いから嫌いだったけど」 「それでね…ちい姉さまは体が弱いの。 だから、いつもお部屋の中にいたわ。 だけどね、ちい姉さまはいつも私を励まして、応援しててくれたの。 いつもいつも失敗ばっかりで、使用人からもダメな子だって思われてるようなわたしを、 ちい姉さまはいつも励ましてくれたのよ。 だからね……わたし、魔法が使えるようになったら一番にちい姉さまに見せてあげたいの」 「……あんたが言うやり方なら、わたしはすぐに魔法を使えるようになる。 でも…でもね。それは他の人の魔法で、わたしの魔法じゃない。 ちい姉さまが見守っててくれた、いつも泣いてたわたしの魔法じゃないの。 だから、そんなやり方で魔法を使えるようになっても、ちい姉さまは喜んでくれないわ。 それどころか、悲しい顔をするかもしれない。 だから…だから、『それ』はやらないわ」 ルイズの長い独白を聞き終えたホワイトスネイクは、静かに口を開いた。 「例エ魔法ガ使エナクトモ、例エ『ゼロ』ト蔑マレヨウトモ…ソレデ構ワナイノダナ?」 ルイズは、ホワイトスネイクの言葉に、黙って頷く。 「ソウカ。ダガ…モウ一ツ、理由ガアルンジャアナイノカ?」 「え?」 「マスターガ私ノ提案ヲ退ケタ理由…マスターガ先程言ッタモノトハ別ニモウ一ツ、アルヨウニ思エルノダ」 ルイズは、ホワイトスネイクの洞察力に背筋が冷える思いがした。 確かにその通りだった。 優しかった姉の思いを裏切りたくない。 それは確かに、ルイズの中で大きな理由の一つであった。 だがもう一つ……確かにもう一つ、理由はあった。 「貴族らしくない…と、思うの」 「貴族はね、背を向けないものなのよ。逃げちゃいけないものなの。 貴族には領地があって、領民があって、皆を支えてるものなの。 だから逃げちゃいけない。どんなことに対しても、自分の才能に対してでも、絶対に」 ホワイトスネイクは黙って聞いていた。 そして、 「理解シタ」 そう一言呟くと、手に持っていたルイズの魔法の才能――『ゼロ』のDISCを、ルイズの額に差した。 DISCは静かな音を立てて、ルイズの中に戻っていった。 「人間ハ…時ニ『納得』ヲ必要トスルモノダ。 『納得』ノ無イ道ニ対シテハ、ソコカラ一歩モ先ヘ進メナイ。 ソレハ人間ガ自分ノ精神ニ強イ芯ヲ必要トスルカラダ」 「マスターガ先ヘ進ムノニ対シテ…私ノ提案ガ妨ゲニナルトイウナラ、ソレハ無イ方ガヨイニ違イナイカラナ」 ホワイトスネイクはそう締めくくると、音もなく姿を消した。 それを見て、ルイズはさっきの自分の決心を自問し始めた。 自分は本当に心からそう思っているのか? 本当に、あの「魔法の才能を奪う力」に未練は無いのか? いや……きっと、ある。 それどころか、喉から手が出そうなくらいに、魔法の才能を欲しがってる。 あんな奴らが、自分をいつもゼロ、ゼロと呼んでバカにする奴らが魔法を使えて、何で自分が使えないのか。 勉強なら誰よりもした。 魔法が使えるようになるためにどんな努力だってした。 なのに…なのに、自分は魔法を使えない。 こんなの、あんまりだ。 ろくすっぽ努力もしない貴族のボンボンに魔法が使えて、自分にはできないなんて……。 でも、とルイズの中で何かが囁く。 さっき自分がホワイトスネイクに言ったとおり、そんなやり方、ちい姉さまは絶対に喜んでくれない。 ホワイトスネイクの提案は、今までの自分の努力を全部フイにしてしまうものだからだ。 ちい姉さまが応援してくれたのは、そんな提案を呑む自分じゃないはずだ。 それに自分の根っこの方でも、ホワイトスネイクの提案を拒んでる。 でも魔法は使えるようになりたい。 でも、ホワイトスネイクの提案を受け入れたくは無い。 でも。 でも。 でも。 でも…………。 「ルイズ」 「ひゃあっ!! な、何よ!」 「考エ事カ?」 「何でもないわよ! っていうかあんた、さっき消えたんじゃないの!?」 突然現れて自分を驚かせたホワイトスネイクに抗議するルイズ。 「言イ忘レテイタコトガアッタノデ出テキタノダ」 「何よ?」 「昨日ノ洗濯ダガナ……イヤ、ヤッパリヨソウ。詮無キ事ダシナ」 「洗濯? ……ちょっと待ちなさいホワイトスネイク」 何か言いかけて消えようとしたホワイトスネイクをルイズが引き止める。 「あんた、わたしから20メイルしか離れられないんでしょ? わたしの部屋から井戸までは軽く20メイル以上あるのに…一体、どうやったの?」 「洗濯ガデキル者ニヤッテモラッタダケダ」 「誰よ?」 「マスターノ部屋ノ向カイ側ニ寝泊リシテルダロウ」 「わたしの部屋の向かい側……って、それってキュルケじゃない!」 ルイズはホワイトスネイクの大胆さに呆れた。 よりによってキュルケに自分の服を洗濯させていたとは……呆れて物も言えなかった。 でも、少し気分が晴れたような、そんな気持ちにはなれた。 キュルケが自分の下着を洗濯するという、シュールすぎる光景が、 さっきまでの悩みをどこかに吹っ飛ばしてしまったみたいだ。 「まったく、あんたったら……次はダメよ。 今度からメイドに頼むから、いいわね?」 「了解シタ」 それだけ言って、ホワイトスネイクはまた消えた。 それを見届けて、ルイズは一人、教室から出る。 その足取りからは、重さは感じられなかった。 人は「恥」のために死ぬ。 「あの時ああすればよかった」とか、そう思うたびに人は弱っていき、やがて死んでいく……。 フー・ファイターズに出し抜かれたプッチ神父が、自分に言い聞かせた言葉。 スタンドとしてルイズの中に戻ったホワイトスネイクは、それを思い出していた。 ホワイトスネイクには、人間の「恥」という感情が理解できない。 それは、目的の達成のためにはあらゆる手段を講じてしかるべき、という思考がホワイトスネイクにはあるからだ。 目的のためには手段を選ばず。 ある意味動物的とも言える思考であるが故に人間はそれを拒みがちだが、 人間ですらないホワイトスネイクには、それを躊躇する理由などどこにも無い。 そして、恐らくルイズは「恥」のために――人間の言うところの「誇り」のために死ぬだろう。 ルイズは自分が貴族たるために、ホワイトスネイクの提案を呑む事はできない、と言った。 つまり「誇り」のために目的へと至る道――魔法が使えるようになることを拒んだのだ。 それは、ホワイトスネイクからすれば、全く馬鹿馬鹿しいことだった。 そして理解しがたいことでもあった。 何故人間は「恥」を恐れるのか? 何故人間は「誇り」を尊ぶのか? かつての思想家はこれを説明するために「性善説」だの「良心の呼び声」の存在だのを主張したが、 いずれもホワイトスネイクにとっての答えとはなりえなかった。 だが、いずれ答えは出るだろう。 「誇り」と共に歩もうとするルイズのスタンドとして自分がある限りは、いずれ。 To Be Continued...
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この宿、「女神の杵」亭が砦であった頃の栄華を偲ぶ中庭の練兵場。 そこがギアッチョとワルド、二人の決闘の舞台だった。 腰を落として我流というよりは全く適当に剣を構えたまま、ギアッチョは心中で舌打ちする。 ――怒らせて手の内を曝け出させるつもりだったが・・・やっぱりそう上手くはいかねーらしい 敵もさる者、この程度の挑発で逆上するような器量ではないようだ。「流石は女王の護衛隊長ってわけか」とギアッチョは一人呟く。 しかしそれならそれで別にいい。少なくとも戦い方の一端は把握出来るはずだ。 ギアッチョは己の左手に眼を落とす。その甲に刻まれたルーンは、手袋の下からでもよく分かる光を放っていた。 「どうしたね使い魔君 来ないのならばこちらから行くよ」 一向に動こうとしないギアッチョを挑発すると、ワルドは地を蹴って駆け出す。 戦い慣れた者の素早さで一瞬にしてギアッチョに肉薄すると、レイピアのように作られた杖で無数の刺突を繰り出した。 風を切り裂いて繰り出されるそれをギアッチョはデルフリンガーで次々と捌く。 ――こいつはすげぇな・・・正に「身体が羽のように軽い」ってやつだ。 己の剣捌きに一番瞠目していたのは、他ならぬギアッチョ自身であった。 素の状態でもワルドの突きをかわす自信はあるが、今のギアッチョは例え千回突かれようがその全てをかわし切れる程に楽々とそれを捌いていた。 が、予想以上の「ガンダールヴ」の能力に意識が完全にワルドから逸れていた為、突きと同時に行われていた詠唱にギアッチョは気付けなかった。 詠唱が完了したと同時に目の前の空気が弾け、 「うぉおッ!?」 空気の槌をモロに受けてギアッチョは吹っ飛んだ。 ごほッと肺から空気を吐き出しながらもギアッチョはとっさに空中で体勢を整え、デルフリンガーを地面に突き刺して転倒を回避する。 「おいおい、ガードぐらいしたらどうだい? 手加減はしてあるが下手をすれば肋骨が折れるぞ」 羽根帽子のつばを杖の先端で持ち上げて、ワルドはニヤリと笑った。 ルイズが心配げに見守る中、ギアッチョはチッと一つ舌打ちをしてから剣を抜く。 「大丈夫かいダンナ」 「ああ?この程度じゃノミも殺せねーぜ」 若干ふらつきながらも、デルフリンガーにギアッチョは何でもないといった顔でそう返す。 ギアッチョは無傷で勝つことも少なくはなかったが、スタンド使い同士の戦いでは瀕死の怪我を負ったり手足が切り飛ばされたりなどということは珍しい話ではない。 それに比べれば今のダメージなど正に蚊に刺されたようなものであった。 余裕の笑みを浮かべるワルドにガンを飛ばして、今度はこっちの番だと言わんばかりに走り出す。 ワルドは杖を突き出して既に詠唱を終えていたエア・ハンマーで迎撃するが、歪んだ空気の塊が衝突する寸前ギアッチョは「ガンダールヴ」の脚力で右へ飛び避けた。 規格外のその脚力をフルに利用して、ギアッチョは一瞬でワルドの背後を取る。 そのまま身体をねじらせてデルフリンガーを一閃するが、ワルドは一瞬の判断でギアッチョに体当たりし、身体でその腕を止めた。 「・・・君、今首を狙ったな」 身体を衝突させ合った格好のまま、ワルドが鋭い眼で睨む。 「わりーな いつものクセでよォォー、次からは気をつけるとするぜ それよりてめー・・・なかなか素早い判断が出来るじゃあねーか」 「当然だ 女王の護衛を任される者の実力を舐めないことだな」 言うが早いかワルドはぐるりと回転してギアッチョに向き直り、そのまま流れるような動作で三発目のエア・ハンマーを放った。 下からアッパーの要領で撃ち出された風の槌はギアッチョを空高く打ち上げる――はずだったが、 「何・・・?」 ボドンッ!!といういつもの景気のいい打撃音は全く聞こえず、上空高く吹っ飛んでいるはずのギアッチョは数十サント浮き上がっただけで大したダメージもなく着地して いた。 デルフの口からは「おでれーた」という言葉が漏れていた。どうやったのかは分からないが、今自分は魔法を吸収した気がする。 しかし彼が己のしたことを完全に理解するより先に、ギアッチョは次の行動に移っていた。 メイジではないギアッチョは、今の現象をただの不発か角度その他の問題―― 要するに偶然だと考えた。 喋る魔剣を乱雑に構え直すと、色を失くした双眸でワルドを射抜く。 ――同じ魔法を三連発・・・工夫も何もありゃしねえ 手の内見せる気は更々ねえってわけか まあそれもいいだろう。剣のいい練習台にはなる。ギアッチョは足に力を込めると、地面を変形するほどの勢いで蹴って走り出した。 一方ワルドは、エア・ハンマーを打ち破ったものの正体に早くも勘付いていた。 ――あの剣に我が風が吸い込まれるのを感じた・・・どういう原理かは知らないが、どうやら魔法を吸収するマジックアイテムのようだな・・・ 杖をヒュンヒュンと振り回してから構え、ワルドは呟いた。 「それならそれでやりようはある」 「彼はどうして魔法を使わないんだろう?」 決闘を見物に来ていたギーシュが、ロダンの彫刻のようなポーズで言う。 同じく本を閉じて二人を見ていたタバサは、それを聞いてぽつりと口を開いた。 「力を隠してる」 「まあ、確かに王宮の関係者にアレがバレたら一悶着ありそうだものねぇ」 うんうんと頷いてキュルケが同意する。その横ではルイズがずっとブツブツ文句を言っていた。 「何よあのバカ・・・いつもいつも勝手なことばかりするんだから・・・!そりゃ使い魔だって物じゃないけど、たまには言うこと聞いてくれたっていいじゃない! ワルドもワルドよ いつもはこんなことする人じゃないのに・・・」 怒りと不安がないまぜになった顔で呟くルイズの肩にポンポンと手を置いて、ギーシュは遠い眼をする。 「分かってやりたまえルイズ 男にはやらねばならない時というものがあるのさ」 分かったようなことを言うギーシュにジト眼を送ってから、ルイズは複雑な顔でギアッチョ達に視線を戻した。 「全然分からないわよ バカ・・・」 決闘直後とは正反対に、今度はギアッチョが怒涛の勢いでワルドを攻め立てていた。 袈裟斬りから斬り返し、そのまま薙ぎ払いから突きを繰り出し、全く型というものを感じさせない動きで息つく暇なく攻め続ける。 言ってしまえば完全にでたらめな剣捌きなのだが、「ガンダールヴ」の力で繰り出される剣撃は力といい速度といいそれだけで大変な脅威であった。 しかしワルドは風を裂いて繰り出されるそれをひらりとかわしするりと受け流し、涼しい顔で避け続ける。 そしてギアッチョがデルフリンガーを大きく振り下ろした瞬間、ワルドは攻勢に転じた。 地面まで振り下ろされた魔剣を完璧なタイミングで踏みつけ、同時に手刀で喉を突きにかかる。ギアッチョは即座に左手でそれを払いのけたが、その瞬間胸に押し当てられた杖までは手が回らなかった。 ドフッ!! 空気が炸裂する音が響き、 「ぐッ!!」 人をあっさり数メイルも吹き飛ばす衝撃を再び真正面から喰らって、ギアッチョは豪快に吹っ飛んだ。ギアッチョはなんとかバランスを保って着地したが、 「剣を手放したな、使い魔君 勝負ありだ」 主人の手から離れた剣を踏みつけたまま、ワルドが勝利を宣言する。てめー足をどけやがれとデルフリンガーがわめいているが、彼はそれを軽く無視して続けた。 「やはり『ガンダールヴ』、とてつもない膂力だが・・・君の太刀筋はまるで素人だ」 自分を睨むギアッチョから眼を外して、ワルドはルイズへと歩いて行く。 「分かったろうルイズ 彼では君を守れない」 そう言ってルイズの肩を抱くと、後ろ髪を引かれるルイズを伴ってワルドはギアッチョに振り返ることもせず宿へと戻っていった。 そりゃあ剣なんざ今日初めて使ったからな、と彼が心の中で笑っていたことも知らずに。 恐る恐るギアッチョの様子を見ていたギーシュ達は、どうやら彼が怒っていないと知ってバタバタと駆け寄った。 「怒らないのね?ギアッチョ」 「意外」 キュルケとタバサが珍しいといった顔でギアッチョを見る。そんな彼女達に眼を向けて、ギアッチョはフンと鼻を鳴らして笑った。 「初めて剣を使った人間を本気で攻撃する野郎に怒りが沸くか?笑いをこらえるのに必死だったぜ」 初めてという言葉に、三人の顔はますます驚きの色を濃くする。 「ええ!?だ、だってあんな凄い動きしてたじゃない!」 その場の疑問を代表して口にするキュルケに、 「ルーンが光ってた」 フーケ戦の時と同じ、とタバサが鋭く指摘した。ギアッチョは数秒の黙考の後、 「・・・全くよく観察してるじゃあねーか ええ?タバサ」 諦めたように溜息をつくと、手袋をずらして左手をかざした。 「『ガンダールヴ』のルーンらしい 伝説の使い魔の印だとよ」 「が、がん・・・?何・・・?」 何それと言わんばかりのギーシュとキュルケにタバサが説明する。 「あらゆる武器を使いこなしたと言われる、始祖ブリミルの使い魔」 「嘘っ!?」「凄っ!」とそれぞれの反応を返す彼らの前で、ギアッチョは既に鞘に収めていたデルフリンガーを抜き放った。途端、左手のルーンが光り出す。 ギーシュ達がおおーだのうわーだのと感嘆の声を上げるのを確認してから、ギアッチョはデルフを収め直した。 「伝説だなんだと言われてもよく分からんが、あらゆる武器を操れるってなマジらしい 武器に触れるとそいつの情報が勝手に流れ込んで来る上に体重が無くなったみてーに身体が軽くなりやがる 大した能力だぜ」 練兵場跡でガンダールヴについてひとしきり歓談したところで、ギーシュがうーんと唸る。 「しかしやっぱり悔しいなぁ」 「ああ?」 「君の魔法は隠さなきゃならないってことは分かるんだが、君はワルド子爵にきっとある日突然伝説の力を得ただけのただの平民だと思われているだろう? それがどうにも悔しいというか歯がゆいというか」 ギーシュの言うことがよく分からず、ギアッチョは怪訝な顔で聞く。 「何でてめーが悔しいんだ」 「いや、だって僕達友達じゃないか」 「・・・友達ィ?」 ギアッチョが素っ頓狂な声を上げるが、ギーシュは全く真面目な顔で先を続ける。 「ルイズもギアッチョも僕の友達だよ 友達が軽く見られるのを何とも思わない奴はいないさ そうだろう?キュルケ、タバサ」 常人ならば赤面するような台詞をこともなげに言ってのけて、ギーシュは実に爽やかな笑顔で二人を見る。タバサは数秒ギアッチョを見つめると、小さくこくりと頷いた。 キュルケはそんなクサいセリフを振るなと言わんばかりにギーシュを睨むが、睨んだこっちが申し訳なくなるほどいい笑顔のギーシュについに負けて、はぁっと大きく溜息をついて口を開く。 「・・・ま、ヴァリエール家に対する累代の宿怨はとりあえず忘れておいてあげなくもないわ」 あくまで余裕の態度を通すキュルケだったが、タバサにぽつりと「素直じゃない」と言われて、 「ち、ちち違うわよっ!」 と途端に顔を真っ赤に染めて否定した。そんなキュルケをタバサは無表情の まま「素直じゃない」とからかい、「違う!」「素直じゃない」「違うっ!」「素直じゃない」の言い争いをギーシュは笑いながら見物していた。 ギアッチョは「友達」というものが嫌いだった。プロシュートではないが、そんなものは幸せな環境というぬるま湯に浸かっている甘ったれたガキ共のごっこ遊びだと思っていた。 普段友達だ何だと声高に叫んでいる奴等ほど急場でそのオトモダチをあっさり見捨てて逃げるものだ。 暗殺の過程や結果でそんな人間を何人も見てきたギアッチョには、「友達」などという言葉は唾棄すべき虚言以外の何物でもなかった。 見ようによっては淡白な関係だったが、彼はリゾットチームの仲間達とは常に鋼鉄よりも固い信頼で結ばれていた。 だからこそ、ギアッチョには「友達」などというものは上辺だけの信頼で寄り集まる愚者を指す言葉にしか思えない。 しかし。しかしギーシュ達はどうだ?ギーシュはルイズをバカにしていたが、家名を賭けてまで彼女に謝罪をした。フーケ戦では身体を張ってフーケの小ゴーレムを 受け止めた。 キュルケはルイズと宿敵であるような素振りを見せているが、ギアッチョがルイズを殺しかけた時真っ先にそれを止めた。ギアッチョがルイズに危害を加えないかを心配してフレイムに監視をさせていたし、フーケ戦ではルイズが心配で彼女に続いて討伐を名乗り出た。 タバサはシルフィードを駆ってギアッチョを止めた。宝物庫の件では文字通り命を捨てる覚悟でルイズ達を救い、その後も怒ることなく討伐を助けた。 そして何より、見なかったことにして逃げ帰ることも出来たというのに、彼女達は己の危険を顧みず傭兵達と剣を交えてまでルイズを助けに来たではないか。 バカバカしい、と言おうとしてギアッチョは口を開く。しかし楽しげに笑いあうギーシュ達にそう言い捨てることは、どうしても出来なかった。 ――甘ったれ共が・・・ 心中そう呟くが、ギアッチョにはもう解っていた。それはカタギには戻れない自分への、ただの言い訳だ。 人殺しだったイタリアの自分と、全てがリセットされたこの世界の自分。彼らの友情を受け入れることは、この世界での生を受け入れること。 ギアッチョは何一つ言葉を発せずに立ちすくんだ。 決断の時は、近い。
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学院長室。四人のメイジと一人の使い魔は、オールド・オスマンに事の次第を 報告していた。全てを聞き終えたオスマンは、ステレオタイプな仙人ヒゲを いじりながら口を開く。 「ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな・・・全く騙されたわい」 一体どこで採用されたのですか、という隣に立つ教師の問いで彼が秘書を 適当に採用していたことが分かり、オスマンは全身に彼女達の非難の視線を 浴びるハメになった。 「ま、まぁ問題はそこではない 重要なのは今君達が成し遂げたことじゃ」 老齢の学院長は無理やりに話を戻し、コホンと一つ咳払いをして続ける。 「よくぞ土くれのフーケを捕まえ、我が学院の至宝を取り戻した!」 誇っていいのかよく分からない顔で二人、いつも通りの無表情で一人、そして これ以上なく誇らしげな顔で一人がオールド・オスマンに一礼した。 「フーケは城の衛士に引渡し、『破壊の杖』は無事この宝物庫に収まった これで一件落着と言うわけじゃ・・・そこで!」 オスマンは生徒一人一人の頭を撫でながら続ける。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた また追って沙汰が あるじゃろう ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っているからの 彼女には精霊勲章の授与を申請しておいた」 「本当ですか!?」 四人の生徒達は一様に喜んでいる。 「勿論じゃよ 君達はそのぐらいのことをしたのじゃから」 しかしルイズは、ハッと気付いてギアッチョを見た。 「・・・あの 彼には・・・ギアッチョには何もないんですか?」 松葉杖をついたルイズの質問に、 「残念ながら・・・彼は貴族ではない」 オスマンは申し訳なさそうな顔で答える。 「そんな・・・オールド・オスマン 彼は一番の手柄を立てましたわ!」 「彼女の言う通りです ギアッチョがいなければ今頃僕らはどうなっていたことか!」 「・・・大戦果」 キュルケ達が一斉にフォローに入るが、 「すまんの・・・そうしたいのはやまやまなのだが、ここはトリステインなのじゃ 平民が貴族になることは――出来ない」 聞き分けてくれ、とオールド・オスマンは言う。ギアッチョはそんな彼女達の 抗弁を意外そうに見ていたが、やがて口を開いた。 「別に褒美が欲しくてやったわけじゃあねー その辺にしとけ」 本人のその言葉にルイズ達は不本意ながらも口を閉ざし、それを機会に 偉大な老師は話題を変える。 「さて、今宵は『フリッグの舞踏会』じゃ 『破壊の杖』も無事戻ってきたので 予定通り執り行うぞ」 四人は釈然としない気持ちだったが、本人がいいと言っているならしょうが ない。キュルケ達は無理やり気持ちを切り替えることにした。 「そう言えばそうでしたわね・・・フーケの騒ぎで忘れておりましたわ」 「今日の主役は君達じゃ 用意をしてきたまえ しっかり着飾るのじゃぞ」 いつもの好々爺に戻ってそう言うオスマンに礼をして、四人はドアに向かった。 ルイズはその場を動かないギアッチョに眼を向けたが、「先に行ってろ」と 言うギアッチョに心配そうに頷くと、慣れない松葉杖に苦戦しながら出て行った。 「何か・・・ワシに聞きたいことがあるようじゃの」 そう言うと、オールド・オスマンはギアッチョに向き直った。ギアッチョは黙して 老翁を見つめている。オスマンはそれを肯定と受け取った。 「言ってごらん できるだけ力になろう 彼女達を助け、フーケを捕らえて くれたせめてもの礼じゃ」 それからオスマンは、隣に控える雑草一本ない頭頂部を持つ教師――コル ベールに退室を促した。一体何が始まるのかと期待していたコルベールは 今正にかぶりつこうとしていたケーキを取り上げられた子供のような顔で 部屋を出て行った。それを見届けてからギアッチョは口を開く。 「『破壊の杖』・・・あれをどこで手に入れた?」 キュルケが抱えていたあれは、間違いなく自分の世界の兵器、ロケット ランチャーだった。何故あれがこっちの世界にある?自分の故郷、 イタリアに戻る方法は存在するのか?・・・ 全てを聞き終えたオスマンは、少し驚いた顔をしながらもこの兵器の由来を 語りだした。曰く、この杖は自分の命の恩人が持っていたもので、その男は 既に死んでこの世にいない。そして彼が何故、どうやってこの世界に来た のかはこのオスマンにもさっぱり分からないということだった。 「・・・・・・そうか」 ギアッチョは黙ってそれを聞いていたが、やがて諦めたようにそう言った。 何せルイズが連日徹夜で調べてくれても見つからなかったのだ。そう簡単に 分かるとは、ギアッチョも思ってはいなかった。オスマンはすまんの、と 一言謝罪を述べてから、 「しかしおぬしのこのルーン・・・これについては分かるぞ」 ギアッチョの左手を取ってそう言った。 アルヴィーズの食堂、その二階のホールが今夜の舞踏会場だった。中は 色とりどりに着飾った貴族達で溢れ、平民なら頼まれても入りたくないような 豪奢な雰囲気が漂っている。が、ギアッチョは勿論そんなことに躊躇など しない。ずかずかと入り込んで好き放題に飯を食い、シエスタについで もらったワインを豪快に飲んでいた。さっきまではキュルケと話をしていたが、 ちょっと踊って来ると言って彼女はホールの中央へと歩いていったので、 ギアッチョは今デルフリンガーと会話をしている。 「いやー、しかしダンナも使い魔として召喚されるぐれーだからなんか能力は 持ってんだろーなとは思ってたが いやはやこんな化け物じみた魔法を 使えるたぁね!おでれーたよ俺は」 うんうんと何か一人で納得しているデルフだった。 「あれは魔法じゃあねー スタンドっつーオレの世界の能力だ」 デルフは基本的には己の使い手に味方するあまり主体性のない剣なので 特に情報をバラされる心配はない。そういうわけでギアッチョはルイズの他に このデルフリンガーにだけは隠し事をやめている。 「ほー そうかい しかしおっそろしい能力だよなぁ・・・無詠唱で一瞬の うちに空気までも氷結させるなんざよー あいつらメイジにしてみりゃあ まさに魔人の所業だね あん時ゃ流石の俺もブチ砕けそうだったぜ」 スタンドとは精神のヴィジョン。つまり彼らメイジの扱う魔法と、本質的には 同等のものだと言える。もしもギアッチョのスタンドがなんらかの形を取る ものであったならば、彼らには恐らくその姿が見えていたはずだ。デルフ リンガーには、本人はまだ気付いていないが強力な魔法吸収能力がある。 デルフがあの極寒の世界でブチ割れずに済んだのは相当に強力な固定化が かかっているということともう一つ、彼が所持しているその力がスタンド・・・ 精神の力に密かに反応して発動していたせいなのだが、彼がそれに気付くのは もう少し後の話だった。 テーブルの上で意外な健啖ぶりを発揮しているタバサや性懲りもなく次々と 女性を口説いてはモンモランシーに殴られているギーシュを見ながら、 ギアッチョはホールの奥へと進む。はたしてルイズはそこにいた。 「よぉ」 上から降ってきたその声に、ルイズは握っていたフォークを置いて顔を上げる。 「何してんだ? こんなとこでよォ~」 自分を見下ろすギアッチョから眼を逸らして、ルイズは答えた。 「・・・わたしは主役なんかじゃないもの」 一人で勝手に突っ走って仲間に迷惑をかけ、そして自分の身まで危うくし挙句 己の使い魔まで亡くしかけたのだ。そんな自分にどうして土くれのフーケを倒した ヒーローになる資格があるだろうか。キュルケ達に説得されて一応は着飾って 来たルイズだったが、入場した途端にホールの門に控える衛士に大声で紹介を され、彼女はもう恥ずかしいやら悲しいやらで一目散に壁際の席まで逃げて きたのだった。 「本当なら謹慎をくらっていてもおかしくないのに・・・場違いにも程があるわ」 ギアッチョは頭を掻いた。そりゃあいくら皆無事で済んでるからと言ってそう 簡単に開き直れるわけもないだろう。 全く手のかかるガキだ、とギアッチョは溜息をついた。 「ま・・・反省するのは結構だがよォォー てめーが主役じゃないなんてこと だけはねーぜ」 「え・・・?」 きょとんとしているルイズを見下ろして、ギアッチョは続ける。 「あの時てめーが討伐隊に志願しなきゃあどうなった?おそらくキュルケは 手を上げないだろう・・・それならタバサも志願する理由はねえ ギーシュの 野郎も立ち聞きもそこそこに逃げていっただろうよ そして教師共が 行かされることになれば・・・フーケを逃していたか、もしくは殺されていた 可能性もあった」 ギアッチョは眼鏡を中指で上げて、こう結論した。 「てめーが杖を掲げたからこそ、今のこの状況があるってわけだ」 ルイズはしばらくギアッチョを見上げて呆然としていたが、やがて我を取り 戻すと、ぷいと横を向いて言う。 「・・・な、何よ 危うく丸め込まれそうだったけど・・・結局は上手いこと言って 励まそうとしてるだけじゃない 余計にみじめになるだけだわ」 ネガティヴまっしぐらである。そんなルイズにギアッチョはもう一つ溜息を つくと、座っている彼女の目線に合うようにしゃがみこみ・・・その綺麗な 鳶色の瞳を覗き込んで、 「嘘じゃあねえ」 ただ一言、こう言った。 ルイズは当惑している。ギアッチョはいつも通りの凶眼で、ルイズをいつも 通りに睨んでいるだけだ。だけど何故だか今、その瞳の奥に優しさが 見えた気がして――有り得ないことだと自分に言い聞かせつつも、一度 そう思ってしまったルイズは彼と眼が合っているのがどんどん恥ずかしく なって、結局すぐに眼を逸らしてしまった。この使い魔は本気で言っている のだろうか?いや、そんなわけはない・・・今日わたしがしたことを知ってて 誰が本気でそんなことを言う?・・・・・・でも、もし本気だったら? やや混乱気味のルイズの頭の中で肯定と否定がぐるぐる回る。 ・・・もし、本気だったら。 「・・・・・・嘘じゃないなら」 ルイズは横を向いたまま、スッと手を差し出す。 「・・・・・・お・・・踊りなさいよ・・・」 ギアッチョは思わず「ああ?」と言いかけたが、更に一つ溜息を吐き出すと、 すっくと立ち上がり・・・ルイズの手を取った。 「・・・・・・一回だけなら付き合ってやる」 意外にも――実に意外にも、ギアッチョはダンスが上手かった。やり方 など一切知らないらしく本当に適当なダンスだったが、ロクに左足が 使えないのですぐにバランスを崩すルイズをリードして、足一つ踏むこと なく踊っている。 「・・・う、うまいじゃない・・・あんた」 それは当然だった。ギアッチョはスケートでアスファルトを時速80キロ以上で 走る男である。バランス感覚には相当なものがあった。 ――ったくよォォーー 寝ても醒めても殺しに塗れてたオレがなんだって こんなところでガキ相手にダンスを踊ってるってんだァァ? ギアッチョはルイズを見た。更にバランスが崩れやすくなるというのに、 赤く染まったその顔はギアッチョから背けられたままだ。「全く不器用な ガキだな・・・」と、ギアッチョは今度は心の中で嘆息する。 ――とっとと帰りてーところだが・・・もう少してめーの面倒を見てやると するぜ しょーがねーからよォォ~ 世にも不機嫌に見える顔で、しかしギアッチョは踊り続けた。 「おでれーた!」 さっきまでルイズが座っていた席に松葉杖と共に立てかけられている 魔剣は、実に機嫌の悪そうな男と彼から眼を背け続ける少女という、 全く不可解な組み合わせのダンスを見ながらそう叫んだ。 「しかも使い魔とご主人様だ!こんなダンスは見たことねえ!」 デルフリンガーはもう一度、心底面白そうに叫ぶ。 「こいつはおでれーた!」 ==To Be Continued...