約 578,997 件
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/237.html
* 姑息なモンスターとの戦闘で、命に関わりはしないものの身体中ケガだらけ。 打撲に擦り傷切り傷打ち身、ククールはベッドの背にもたれて足を投げ出し、あ~う~と唸った。 「いてぇよもう最悪チクショー」 「情けないわね、子供でも我慢するような傷じゃないの。少し辛抱しなさい」 ベッドの縁に腰掛け、ぴしゃりと言い放ったゼシカ嬢の身体にケガは見当たらない。 強くはないのになかなか死なない、しかも運悪くつうこんのいちげきを喰らったゼシカが やられてしまった。雑魚と侮ったのが悪かった。なんだかんだと魔法や道具を 使っていたら、ようやく倒せた時には全員のMPと回復道具はほぼ底をついていたのだ。 まず上やくそうは資金繰りのために大量売りした直後で、元手のやくそうも見当たらない。 ククールは真っ先に、残り少ないMPでゼシカにザオリクを使ったのだが、ストップ!という エイトの声に振り向いた時には、すでにゼシカは生き返っていた。これでククールの回復呪文は 使えなくなった。エイトはすでに自分とヤンガスに回復呪文を唱えたあとで、 ヤンガスはさらにエイトを全快にするため最後のホイミを使ってしまったあとだった。 残されたのは、一人、全身ケガだらけのククール。 「こういうセコい傷が一番痛ぇんだよ」 「すぐ近くに教会が見つかってよかったじゃない。一晩眠れば治るわ。泣き言言わないの」 ククールの擦り傷のために、まほうのせいすいを使うとかどこかでやくそうを買うなどの案は、 常に金に余裕のないこのパーティでは、さほど議論もされずにすぐ却下。 運良く見つかった教会にも、HPに問題のない者まで泊まるのは宿泊代の無駄だということで、 ククールだけが一人寂しく残され、あとのメンバーはゴールド&レベル稼ぎにいそしむことになった。 ゼシカが桶の水にタオルをひたし、それをギュッとしぼる。 「…私にザオリク使うからよ」 「仕方ねぇだろ、条件反射で使っちまったんだから」 「………上着、脱いで」 少々複雑な面もちで、ゼシカはククールの詰め襟を示す。ククールはふてくされて言った。 「腕動かすのも痛え。脱がして」 「…帰るわよ」 「…わかったよ」 赤い制服を脱いでシャツのボタンをいくつか開けると、あとはゼシカに任せるように息をついて背後に凭れた。 「フェミニストなのもけっこうだけど、もう少しあとさき考えて行動しなさいよね」 「あとさき考えてたら蘇生間に合わなかったかもしれねぇだろ」 「だったらそれ以前に、蘇生魔法を使うような事態にならないよう気を付ければいいでしょ」 「あーすいませんでした。思った以上にゼシカが打たれ弱かったもんで」 「失礼ね!護る護るって、口先だけのあなたに言われる筋合いないわよ!」 「かわいくねぇなぁ、素直にありがとうとか言えねぇわけ?このわがままお嬢さ…イテェッ!!」 いちばん大きな胸の傷にゼシカのタオルの冷たい水がしみ、ククールは咄嗟に声を上げた。 「大げさ!まだ薬も塗ってないわよ、ただの水よ」 「だーから、こういうのが一番いてぇんだって… ッッ!!いてぇ!!」 ククールはたまりかねて自分の胸元にあるゼシカの手首をとった。 「やめろマジで!」 「傷口ふいてるだけでしょ!?少しぐらい我慢しなさい!」 「いいって!舐めときゃ治るって!」 「信じらんない…どっちが打たれ弱いのよ!?」 ゼシカは身を乗り出し、他の傷口にもタオルを当てようとするが、もうククールは少しでも タオルが傷に触れるだけで、痛いやめろと暴れてどうしようもない。しばらくベッドの上で攻防したあと、 すでに彼に馬乗りになったゼシカは、心底呆れた顔ではーーーーっと大きなため息をついた。 「…どこだったら痛くないの?」 「………ここ」 指さした場所は、シャツをまくりあげた肘。 ゼシカがそこにタオルを当てようとすると、ククールがそれを制して言った。 「ゼシカが優しくしてくれたら痛くない」 「…どうしろっていうのよ」 「さっきも言っただろ?こーいうのは舐めときゃ治るの」 首を傾げたゼシカが、その催促の意味に気付くと同時に頬を赤らめた。ククールの笑みには 余裕さえ浮かんでいて悪ガキのように子憎たらしい。しばらく躊躇していたゼシカは、 思い切って顔を上げると彼のかかげた肘に小さく口づけた。 「………他は?」 「ん~、………ここ」 もう片方の肘。 「あとは?」 「ここ」 鎖骨。 「…あとは?」 「ここも」 ゼシカは歯を食いしばって恥ずかしさを耐えると、示された首筋におそるおそるキスをする。 至近距離で見つめ合い、ゼシカは真っ赤な顔で困ったような表情をしながら尋ねた。 「…もう、ない?」 「ここも、かな」 おでこを指されると、いい加減あきらめがついたのか、ゼシカはもうッ!と文句をいいつつ わざとチュッと音を立ててそこに口づけた。 「ここも」 ククールがそう言い終わらない間に、頬にキス。 これで終了、とばかりに、「まったくもう…」と言いながら離れようとしたゼシカの顔を、 離れないうちに素早く下から両手ではさんで捕まえたククールは、魅惑のまなざしをゼシカに向けた。 「………ここも………」 彼女の可憐な口唇をゆっくりと導く先は、己の口唇。 かすかに戸惑う気配を見せたゼシカに隙を与えず、捕まえた手に力をこめる。 2人が同時に目を閉じた瞬間ーーー 「ゼシカー!ゴールド&レベル稼ぎにそろそろ行くよー!ククールは一泊させたら どうせ回復するんだから、傷の手当てなんてしないでほっといていいよー!!」 「「!!!!!」」 「そっ、そうよね!ごめんなさいすぐ行くわ!!」 「こらゼシカ待て!!」 文字通り夢から醒めたゼシカはすぐさまベッドから飛び降りると、あたふたと扉の前まで走った。 ノブを握ってから気まずそうに振り返ると、案の定これ以上ないくらい不機嫌な、困った男のスネたまなざし。 ゼシカは、謝るのもおかしいし、かと言って怒ることもできず、まるで抗議のように小さな声で呟いた。 「………甘えんぼ」
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/80.html
クラビウス王が公式にエイトをミーティア姫の許嫁だと認め、チャゴス王子との婚約が白紙となった段階で、近衛隊長のエイトがトロデーン王家に婿入りするであろう事は公然の事実として世に広まっていた。 しかし、そこから先に話は進んではいなかった。 当のエイトが、婚儀を執り行うには時期尚早であろうとトロデ王に進言をしたのである。 自分はサザンビーク王家の血を引く者であっても、その王子として育ってきたわけではない。 なりゆきで近衛隊長の肩書きを戴きはしたが、茨の呪いで時を止められていたトロデーン国民にこの昇格は青天の霹靂であろうし、どうあれ自分は一介の家臣にすぎない。 王位継承者たるミーティア姫の夫となるには、世間の誰もが認める「何か」が必要でありましょう、と。 「おぬしは…暗黒神を滅した英雄、というだけでは物足りないと申すか?」 トロデ王の問いにエイトは頷き、話を続けた。 「竜神族の里に参りました折に、竜の試練なるものがあると聞き及びました。つきましては、仲間と共にその試練に挑みたく存じます」 「なるほどのぅ」 「竜の試練を完遂致しました暁には、国王陛下と内親王殿下のもとに改めてご挨拶に伺わせていただきます」 こうして、暗黒神を倒した後も四人の英雄達は、竜の試練の為に日を決めてトロデーン城へと集う事になっていた。 「ミーティア姫も色々と振り回されて大変よね」 ゼシカはミーティア姫の部屋を訪れていた。 ミーティアが、ゼシカがトロデーンを訪問した際には是非とも自分の部屋を訪ねて欲しい、と希望していたのだ。 同じ年頃である二人の話は尽きることがない。 竜の試練についての話に始まり、美容のこと、美味しいお菓子のこと、面白かった本のこと、市井で流行しているもののこと。 そして、恋愛の話。 「呪いが解けてからも、確かに色々ありましたけれども」 ミーティアはピアノを弾く手を止め、話を続けた。 「今はエイトが納得できる時まで待っていればいいんですもの。辛くはありませんのよ」 「そっか。それなら良かったわ」 そう答えるゼシカの表情がほんの僅かばかり曇ったのをミーティアは見逃さなかった。 「…もしかして、ククールさんと何かありましたの?」 ゼシカはハッとした後、苦笑して顔の前で手をひらひらとさせた。 「まぁ…いつもの事だわ」 「いつもの事って…」 「こちらに来る時に何となく窓から中庭を見たら、ククールがまた女の子に言い寄っているのが見えたの」 「まぁ!そんなことが…」 ミーティアは大きな目を見開く。 「ククールさんらしいと言えばいいのかしらね」 そう言ってクスクスと笑い始めた。 「姫様ぁ、笑うなんてひどい!」 ゼシカは頬を膨らませて抗議する。 「それでそれで?」 ゼシカの抗議にも関わらず、ミーティアは瞳を輝かせながら話の続きを促した。 「…それだけ」 「あら、メラゾーマとかはなさらなかったの?」 ミーティアはさらりととんでもない事を口走る。 「さすがに三階からは距離が…って、いや、そんなことじゃなくって」 ゼシカは自らの発言に突っ込みを入れてから話を続けた。 「えっと…最近、何だかそっけない感じがするの。そのくせ他の女の子には変わらずあんな風で…」 「寂しいのでしょう?」 …図星だった。 ゼシカは驚いてミーティアを見、直後に視線を逸らして話を続けた。 「旅してた時は結構親しくなれたかもって感じてたんだけど、それって私の思い込みだったのかな?なんて思うの…」 「喧嘩したわけではないのでしょう?」 こくっ、と、ゼシカは無言で頷く。 「それなら大丈夫だと思いますわ」 ミーティアは自信ありげに微笑んでそう言った。 「わたくし、こう思うんですよ」 暫しの沈黙の後、ミーティアは語り始めた。 「ゼシカさんはきっと、ククールさんのプティのたまごなんだって」 「ブティのたまご?」 聞いた事のない言葉に、ゼシカは首を傾げた。 「ブティのたまごというのはね。ピアノの先生に教えていただいたのだけど」 ミーティアは右手の指を少し曲げ、掌でたまごを持つ動作をする。 そして瞳を閉じ、子供に語りかけるような口調で話し始めた。 「プティのたまごは見えないたまご。ピアノで素敵な曲を弾く為に無くてはならない、だいじなたまご」 見えないたまごを持ったミーティアの右手が鍵盤の上に置かれ、軽やかにメロディを紡ぎ始めた。 「でもブティのたまごはとっても壊れやすいの。だいじにしていないと、すぐに壊れて消えてしまうの」 ミーティアはわざと指を延ばし、たまごの形を潰して曲を弾き続ける。 それは同じ曲のはずなのに、まるで違う曲に聞こえた。 「いつでも素敵な曲を弾けるように、プティのたまごはだいじにしましょう」 再びたまごを持つ形となった手で、ミーティアは曲を締めくくった。 「わたくし、ずっと見ておりましたのよ」 ミーティアはゼシカの方に向き直り、話し続けた。 「馬の姿で旅をしていた時、わたくしは皆さんの姿を後ろから見ておりました」 「姫様…」 「ククールさんが他の女性と歩かれているところをわたくしも何度か拝見したことがありますけど、いつもククールさんが先を歩かれて女性が後を追っている状態でした」 「そうなの?気にしたこともなかったわ」 ゼシカは目を丸くしてミーティアの話に耳を傾ける。 「今度はメラを我慢して、気をつけて御覧になるといいわ」 「今度って…。あんまり何度も見たくは無いんだけど」 苦笑するゼシカを見てミーティアはクスクスと笑った。 「でもね。ゼシカさんだけは違っていたの」 「えっ?」 「いつの頃からか、ククールさんはいつもゼシカさんの左側にいらっしゃるようになりました。歩く時も、戦っている時も。何故だかわかります?」 ゼシカは首を横に振る。 これも気にしたことがなかった。そして、何故だかも分からなかった。 「ククールさんは剣を左手でお使いになりますからね」 「!!」 ハッとするゼシカを見て、ミーティアは微笑んだ。 「ククールさんはゼシカさんの騎士ですよ」 「…あ…!」 ゼシカの脳裏に、ククールが幾度となく言っていた言葉が鮮やかに蘇る。 「ほ…本当…だったのね…あの言葉……」 途切れる言葉とは対照的に、ゼシカの瞳からはとめどない涙が溢れていた。 (…バカね……私…ほんとに……) 涙は雪解けの清流のように清々しく、ゼシカの心を潤していった。 「そしてゼシカさんはプティのたまごなの」 暫しの沈黙の後、ミーティアは再び語り始めた。 「とっても壊れやすい、でも失ってはいけない、だいじなだいじなプティのたまご」 ゼシカは溢れる涙をハンカチで拭う。 「ククールさんは、この先ゼシカさんとどう接して行けばいいのかをじっくり考えているのだと思うの」 ミーティアはピアノの椅子から立ち上がり、ゼシカの側に座り直した。 「竜の試練が終わる時を、わたくしとっても楽しみにしてますのよ」 やや冷めたであろう卓上のお茶をミーティアは口にする。 「エイトのことももちろんですけど、終えた時に皆さんがどう変わられるのかが、とっても楽しみ」 微笑みながら言うミーティアに、ゼシカも釣られて笑みを見せた。 どうにも涙が止まらないので泣き笑いの状態ではあったが。 「私も、楽しみになってきたかも…」 照れ笑いをするゼシカを見て、ミーティアは満足げに微笑んだ。 翌日。 何度目かの竜の試練を受ける為に、一行は竜神族の里から天の祭壇を目指していた。 エイトを先頭に、いつも通りの陣形で歩を進める。 (ほんと…ミーティア姫の言っていた通りだわ) ゼシカは自分の左側を付かず離れずの距離で歩くククールを見て、ミーティアの観察力に脱帽した。 移動中の何度目かの戦闘の後、ゼシカは試しにククールの左側に立ってみた。すると…。 「どうしたゼシカ?」 歩き始めてすぐククールに問われてしまった。 「えっ?別にどうもしないけど、何?」 ククールのあまりの反応の早さに驚いてしまったゼシカは、つとめて何でもないフリを装う。 「わりぃけど、そっちにいられるとなんか調子狂っちまう。いつも通りにこっちを歩いてくれよ」 そう言いながらククールはゼシカの肩に手を添え、ゼシカを自分の右側に移動させた。 「いつも通り…ね」 ゼシカは満足げに「いつも通り」という言葉を噛み締めた。嬉しさのあまり笑みがこぼれる。 「うふふ」 「なっ…何だよ?」 「何でもなーい」 ゼシカはクスクスと笑いながら再び歩き始めた。 「ミーティア姫にね、昨日言われたの」 歩きながらゼシカはククールに語り始めた。 「姫様が言うには、私はククールのブティのたまごなんだって」 ミーティアの話がすっかりお気に入りになってしまったゼシカは、ニコニコしながら得意げに話す。 それを聞いたククールは神妙な表情を浮かべ、沈黙してしまった。 (「何だそれ?」って聞いてくる?それともこのまま?どちらにしても、この話は姫様と私の秘密だけどね。ふふ…) 横目でククールの様子を観察しながら、ゼシカはその反応を楽しむつもりだった。 それで終わらせるつもりだったのだが……。 「参ったな…。姫様も上手い例えをするもんだ」 ククールはそう言いながら、右手で髪をぐしゃぐしゃとかき回した。 「えっ……」 今何て言った?と驚いてゼシカがククールを見やると、手に隠れていてその表情は伺えなかったが、耳が真っ赤になっていた。 (まさか……!!) 絶句するゼシカの顔は既に真っ赤に染まってしまっていた。 ククールは暫くの間黙っていたが、やがてゆっくりと話し始めた。 「それ…さ。ガキの頃、修道院でオルガンやらされた時に言われた…」 「うそ……知って…たん…だ」 動揺したゼシカはその一言を絞り出すのがやっとだった。 「プティのたまごは素敵な曲を弾く為に無くてはならない、壊れやすいだいじなたまご……だろ?」 こんな展開になろうとは、ミーティアも予想してはいなかっただろう。 運命の女神の気まぐれにも程があるというものだ。 「おーい、ゼシカ!ククール!ちょっと間隔あけすぎてるよ!!」 はるか前方からエイトが大声で呼び掛けてきた。 ゼシカとククールはハッとしてエイトを見、照れ笑いを交わした後に駆け出した。 「僕のわがままにみんなを付き合わせて悪いと思ってるけど、もう少しだけ頼むね」 済まなそうに言うエイトに、追い付いたククールはいつもの調子で応えた。 「おいおい、勘違いすんなよ。オレはお前の為に来てるんじゃねぇぜ?」 唖然とする三人にククールはにやりと笑って言い放った。 「オレがやりたいから来てるんだ。こんな機会、滅多にないだろ?」 「ククールらしい言い方でげすな」 そう言ってヤンガスが笑ったのを皮切りに、全員はその場で笑い出した。 「あとは、そうだな……これから素敵な曲を弾く為、かな」 「はぁ?」 ククールの言葉を受けて再び唖然とするエイトとヤンガスの脇で、ゼシカは一瞬驚いた後に微笑んだ。 さっきまでミーティアとの秘密の話の中の言葉だったはずのものが、いつの間にかククールとの秘密の言葉になっていた。 そういうのも、妙に心地のいいものだった。 いつもの青空が、より青く見えたのは気のせいだろうか。 水晶のように輝く不思議な階段を上りながら、ゼシカは思う。 これは、みんなの未来へと繋がる階段だ。 巨大な竜の頭蓋骨をくぐり抜けるところでククールは先に階段を数段飛び下り、振り向いた。 「お手をどうぞ、マイハニー」 「……バカ!」 そう言いながらもゼシカは、差し出されたククールの手に自らの手を委ねる。 見えないたまごの存在をその手に感じながら。 そして再びいつも通りの位置へと二人は戻る。 いつの間にか当たり前になっていた位置へ……。 一行はようやく頂上へと辿り着いた。 「みんな、今日もよろしく」 エイトが振り返り言うと、三人は不敵な笑みを浮かべて無言で頷く。 それは今まで幾度となく繰り返されてきた、強敵を前にした時の四人の英雄たちの儀式のようなものだった。 「さあ!行こうぜ!」 ククールの号令がその沈黙を破り、今日もまた天の祭壇の扉が開かれた。 ~ 終 ~
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/207.html
リーザス村に滞在して三日目の朝、村を発つ前に教会に寄る事になった。 「あら?あそこでお祈りしているのは…」 教会に入って直ぐ、ゼシカが入り口付近で真剣そうに祈っている男に目を向けた。 「知り合いか?」 「ええ、村にたまに来る商人よ。…直接話した事はないけれど…、この教会によく来ていたし一応顔見知りかしら」 「ふうん…」 「随分と熱心に祈っているがすね。あっしらに全く気がつかないでがす」 「…あんなに一心不乱に祈っている姿を見るのは始めてだわ」 「一体何のお祈りしているのか聞いてみよーぜ」 男自体には微塵の興味もなかったが、あそこまで神経を集中して 何をそこまで思い悩んでいるのかには少しだけ興味があった。 「やめなさいよ、悪趣味だわ」 「そうでがすよ」 ゼシカ達の制止も聞かず、男のすぐ後ろに忍び寄る。 「ああっ…なんて美しいんだ。お祈りする姿も、溌剌とした笑顔も、その全てが…っ、美しすぎるぅっ! 神よ。身分も違い、心が他の人に捕らわれているお方に恋してしまった私は、どうすればよいのですかっ!?」 なんだコイツ、そんな事で悩んでいたのか。 もっと人生が掛かった何かかと思ったのに。 まあコイツにしてみれば重要問題なんだろう。 それにしても必死な…。 ふと俺の中に悪戯心が芽生え、口元が弧を描いた。 「ならばコクるがよい。ダメでもともと。当たって砕けろ。神は行動する者に祝福を与えよう」 落ち着いた声色を作り、頭上から諭すように言った。 「……今の声はもしかして神様っ!?わかりましたっ!必ずやおっしゃる通りに実行します!」 てっきり驚いてこちらを顧みると思ったが…。 まさか信じてしまうなんて、なんて単純な奴だ。 俺は込み上げてくる笑いを慌てて噛み殺した。 「神様がこの気持ちを告白せよとおっしゃったんだ!よーし、絶対あのお方にコクるぞ~」 叫びながら教会を後にした男を見て、とうとう抑えきれなくなり噴き出す。 エイトとヤンガスは呆然と男が立ち去った方を見つめていた。 最後まで俺たちの存在に気がつかないなんて、相当な盲だな。 「くっ…くくく…」 腹を抱え肩を震わせ嗤う俺に、ゼシカは呆れた様子で近づいてきて言った。 「ちょっといいの?あんなこと言っちゃって……」 「いいんだって。あの手のタイプは背中を押してやらないと何にもできねえんだから」 「私が言ってるのはそういうことじゃないの! 「仮にも聖堂騎士なんてやってるあんたが神の名を語ったりしていいのかってことよ」 「それこそノープロブレムさ!俺の神様はそんな細かいことに拘りゃしないからね」 ゼシカの苦言を軽く流す。 「……あんた、いつか絶対に天罰が下るわよ」 天罰って本当にあるのかもしれない。 俺は自分のほんのちょっとした悪戯心からの行動を後悔する事になるとは、 この時は思ってもみなかったんだ。 旅支度を全て整え、いざ出発だという頃には教会での事なんてすっかり忘れていた。 ゼシカの村を訪れるのは俺以外の面子は2回目だったらしく、 始めて来た俺はそれを口惜しいように思ったが、この三日間リーザス村をしっかり堪能させてもらった。 酒もポーカーもバニーちゃんもないような所だが、それなりに楽しめたのは やはりゼシカの故郷であるという事が大きいだろう。 …ここでのゼシカは普段旅している時とどことなく違う感じがするだよなあ。雰囲気とか。 それにゼシカを色んな意味で育んだ村だと思うと色々感慨深い。 ほとんど無意識に眼下の胸元に視線をやると「何よ?」と不機嫌そうに睨み返された。 曖昧な笑みで誤魔化し、リーザス村の門を出ようとした時だった。 「ゼシカおじょおぉぉぉさまぁぁぁぁぁあぁぁ」 地を割くような轟音…じゃなくて大声が、俺達の足を止めた。 視線を転じると、あれは…。 間違いない、教会で必死にお祈りしていた男だ。 やたらと息が荒い。 エイトやヤンガス、それにゼシカも何事かと目を瞠っている。 「ゼシカお嬢様、私は…私は…!」 ま、まさか──。 嫌な予感が背中を走り、咄嗟に男の行動を阻止しようとした── 「私はゼシカお嬢様をお慕いしています!!」 …言いやがった。 伸ばしかけた手が行き場を失い、宙を彷徨う。 一緒にいる俺達には目もくれずに、一直線にゼシカの所へ駆けてきやがって。 猪みたいな奴だ。 ゼシカの方を見やると、唖然とした表情で立ち尽くしていた。 あー、こんなに目を見開いて。元々でかい目がさらにでかくなってら。 こりゃー頭の隅にも考えてなかったって顔だな。 諦めろよ、見込み0だぜ。頭の中で男にぼやく。 固まったようになっていたゼシカがようやく戸惑い気味に口を開いた。 「…ちょっと、いきなり何言ってんの、…冗談」 「冗談ではありません!ずっと…ずっと前から私はゼシカお嬢様に恋焦がれていました!」 男はそれを遮り畳み掛けるように言うと、尚もゼシカに詰め寄る。 ゼシカはいよいよ困惑状態で陥ってしまったようで、エイトに心許なげな視線を送ってきた。 眉根に皺を寄せ上目使い気味の目線はなかなか色っぽい──って、違うだろ。 なんで俺に助けを求めないんだ。…エイトなんかよりよっぽど場慣れしているぞ、俺は。 「い、いきなり、そんな急に言われても…」 困ったように眉を八の字に寄せるだけのエイトを見て、頼りにならない事を悟ったのか ゼシカは男の方に視線を戻すと自身で説得を始めた。 だから何で俺を頼らない。 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって言うが…。 ゼシカが俺に助けを求めてくれたなら、迷わず馬に蹴られてやるぜ。 それで死ぬなんてヘマは俺はしないけどな。 しかしながら…ゼシカにしちゃ随分と腰が低くないか? 俺に対してはもっとこうー…ズバズバ言うのにな。 「第一、あなたと私…喋った事ないじゃない…」 …なまじ気心が知れた相手じゃないというのがネックなのかもな。 ま、それだけ俺とゼシカが親密って事だな、うん。 せっかく一人納得していていた所だってのに、男の忌々しい台詞がそれを打ち消した。 「リーザス村を訪れるたびにあなたの事を見ていました。教会でお祈りをしたり、花に水をやったり、 村の子供達を見守る温かい視線とか…そんな些細な事一つ一つが全部眩しくて、 ずっとずっとお話したいと心の底から望んでいました」 一言一句に想いを強く籠めるような、熱の入った言葉。 こっ恥ずかしい台詞をよくもまあ…、顔から火が出そうだぜ──なんて、日頃の自分を棚に上げて思う。 だけどよ、自分に酔い女性を骨抜きにするような甘い台詞を吐けるのは美男子の特権だろ? それにしても気に食わない。胃がムカムカする。 なんだ、これ…。 ゼシカがこいつの言葉を受けて顔をほ仄か赤らめたからか? 俺が口説いた時みたいに一刀両断にしてしまわないからか? ──違う。それもあるだろうけど、それだけじゃない。 …俺の知らないゼシカを、こいつは沢山知っている。 まさか教会でのインチキアドバイスがこんな事態に発展するとは思わなかった。 俺としたことが、身分違いがどうとか述べている時点でどうして気づけなかったのか。 ゼシカが口を聞いた事がないとか言っていたから、無意識の内に安全牌としていたのかもしれない。 考えてみればゼシカくらいの美人なら、話した事なんかなくても一目惚れされたりとかあるよな…。 だけど、もう一つ引っかかる事がある。さっき、こいつは──…。 「なあ、“心が他の人に捕らわれている”ってどういう事だ?」 俺はここで始めてまともに男に話しかけた。同時にゼシカを自分の背に隠すようにして男の前に出る。 もちろん、さっきみたいな神様ごっこはなしだ。 「なんだ、お前?いつの間にここに…!」 「…さっきからいたでがすよ」 「ええい、いきなり湧いて出てきやがって…。 私は今ゼシカお嬢様と大事なお話の最中なんだ!邪魔をするな!」 ヤンガスのツッコミをあっさり無視し俺に食って掛かる。 こいつ、夢中になるととことん一つの事しか目に入らないタイプなんだな。 俺が気になっている事の答えを聞こうにも、こいつのこの状況を見る限り無理だ。 こちらが受け答えをせずとも一人で熱くなり、ぎゃんぎゃんと喚く男を一瞥する。 ああ鬱陶しい野郎だぜ。 さて、どうしたものかと考える。 教会で男が言っていた「心が他の人に捕らわれているお方に」という言葉が、 どうにも気になって仕方がない。 ゼシカが心を捕らわる程に想っている男の存在なんて俺は皆目覚えがなかった。 今日という今日まで一緒に旅をしてきて、ゼシカの事は特に注意深く見ていたが、 そんな影を臭わせる様子なんて微塵もなかった。 強いて言えばドルマゲスのせいで不幸な最期を遂げてしまった兄の事だが…。 そりゃ論外だ。男つっても身内だし、恋い慕うようなもんじゃない。 考えれば考えるほど思考の迷宮へと誘われて行く。 ふと頭を過ぎる、よく知った御人好しの顔。 …意外とありえるかもしれない。 人相の悪い男の隣で、いかにもこの状況を持て余していますという感じの我等がリーダーを横目に確認する。 いやいやいやいやいや、ないない。それはない。絶対ない。 確かにゼシカはエイトに対してかなりの好感を持っているように見えるが…。 ただ純粋に仲間のリーダーとして頼っているだけだ。うん。よし、落ち着け。 焦ってはだめだ。急いては事を仕損じるだ。冷静になれ、ククール…。 まずはこの、目の前で発狂して聞く耳持たずの男をどうにかしなければ。 …ふう。 殊更に溜め息を一つ吐くと、男の目を真っ直ぐ見据える。 「ゼシカはお前には靡かないよ。諦めるんだな」 「な…っ?!そんな事お前に言われる筋合いはない!大体お前はゼシカお嬢様の何なんだ?!」 「何って…言っていいかな、ハニー?」 自慢の銀髪を片手で掻き上げながらゼシカを振り向くと、わざと意味深長に問いかける。 「誰がハニーよ…ただの旅の仲間でしょ」 「照れない、照れない」 「…あのねえ…」 男とのやりとりのせいで疲れ果てているのか、ゼシカの返しにいつもの切れがない。 俺が男との衝立のようになっている事に、内心ほっとしているようにも感じられた。 なんか俺の後ろで気弱そうにしているゼシカも新鮮で可愛いな、なんて呑気に思ったりしたもんだが…。 ひりつくような視線を感じ、男の方に向き直ると、怒りと嫉妬に燃える瞳がはっきりと俺を捉えていた。 「お前ぇ…、ゼシカお嬢様に慣れ慣れしすぎるぞ。はっ!もしやお前…っ!」 憤然とした声をさらに荒げ、ついに大爆発── 「…いや、そんなはずはない」 するかと思ったんだが、急に治まりやがった。正直拍子抜けだ。 まるで空気が抜けて萎んじまった風船のようだな。 「ゼシカお嬢様があのお方以外に心奪われるはずがないんだ…」 しかも今度は一人で何やらぶつぶつと言い始めた。ちょっと気持ち悪い。 「そうさ。私が何度とと声をかけようとし躊躇ったのは、いつもあの方がゼシカお嬢様と共にいたから…」 「お、おい?」 だからあのお方ってのは誰だ。ゼシカの何だっていうんだ? 思わず振り返り視線を交えたゼシカは、ぽかんとした表情をしていた。 ゼシカもこの男の言っている事がよく飲み込めずにいるらしい。 どういう事だ?! 「ゼシカお嬢様の目を見ていれば分かる…ゼシカお嬢様はあのお方しか見ていないと…」 まるで俺達と男との空間が切り離され、男からは見えなくなってしまったかのように独言が続けられる。 あのお方、あのお方って…自分の世界に閉じ篭りやがって…。 なんとか抑えてきた憤りの芽がそろそろ地上に這い出してきそうだ。 まともな対話というものができないのか、こいつは。 人が優しく言ってやっているうちに大人しく言う事聞くもんだぜ。 眉間に刻まれた皺を伸ばすように額に手を置く。 このまま突っ立ってても埒が明かない、そう判断し男に再度声をかけた。 「お前な、いい加減人の話を…」 「まるで恋人同士のように寄り添うお二人のお姿…」 ──我慢の限界だった。 「だからその、“あのお方”とやらは一体何なんだよ?!」 「ゼシカお嬢様はサーベルト様以外の男には一切の興味もないんだ!」 俺と男が叫ぶのはほぼ同時だった。 突然降って来た怒鳴り声に男はようやく我に返りこちらの世界へ戻ってきた。 敵対心を顕にした顔で睨みつけ、また煩く吠え始めたが…。 わりいな、お前の相手をする気はもうないんだ。 「おい、お前無視するな!」 さっき散々置いてかれた事だし、今度はこちらが男の存在を無き者とする。 今はそれ所じゃない。 男の口をついて出た言葉、ゼシカと恋人同士のように寄り添うよな男の正体。 ──聞き間違い、だよな? だけど…。 その名前には確かに聞き覚えがあった。 「サーベルトってゼシカの兄さんだよな?」 ゼシカを顧み半信半疑といった感じに尋ねる。 すると、俺の背中から半分くらい身体を出して、ぎこちなげに俺と目を合わせた。 何故か迷子になった子供みたいな顔をしていて、ひどく幼く感じられた。 どうしてだか胸が騒めく。 「そうだけど…」 あまり切なそうな顔しないでくれよ…。 分かっているさ。ゼシカがどれだけ自分の兄を敬愛していたかくらいは。 でも兄貴はあくまで兄貴だ。 「別にサーベルト兄さん以外に興味ないわけじゃないわ」 ほらな。恋愛とは別物だ。教えてくれ、ゼシカ。 お前には、心捕らわれるような男が既にいるのか…? 気がつけば完全にゼシカと向き合った状態で、喉をごくりと鳴らしていた。 次の瞬間俺は、がらにもなく凍りついたかのように固まってしまう。 「…兄さん以上に素敵な人が、今までいなかっただけで…」 思考が一旦停止ののち再び回り始める。 おいおいおい、ゼシカさーん? なんでそこで頬染めるんだよ…。 さっきあの男の熱烈な愛の告白の時とは比べ物にならないくらい真っ赤じゃねーか…。 その後暫くしてゼシカを見送るため駆けつけたポルクとマルクに、 ゼシカに恋情を抱いた男を強引に引き渡す事で、なんとかその場を収めた。 エイトやヤンガスはこれで一件落着と思っているみたいだが、俺としてはまだ全然終わっていない。 まだ微かに頬から赤みが抜けないゼシカを見据え、思い切って問いかけた。 「ゼシカ…もしかして、兄貴以外の男好きになった事ない?」 ───嘘だろ…。 聞かなきゃ良かった。 見る見るうちに顔が上気していくゼシカに俺は目を剥いた。これ以上ないくらいに赤くなり俯く。 どうやら俺は、いよいよ確信に触れてしまったみたいだ。 耳の先から項の方まで、まるで泥酔した人間のような色味を帯びている…。 …レディを酔っ払いに例えるなんて、些かロマンチックではかったな。 もっと他に──そうだ。 今まで俺と見詰め合い、耳元に愛の言葉を囁きかけてきた女の子達と同じくらいの“赤”だ。 同じくらいの……──だけど、既視感なんてまるでなかった。 こんなゼシカ見た事がない。 まるで…というよりまんま恋する乙女にしか見えねえ。 「…こんなゼシカの姉ちゃん始めて見たでがす…」 不意に耳に飛び込んできたヤンガスの声。それに頷くエイトの気配。 やはり皆同じ風に思ったらしい。 ……あーあ、折角こんな可愛らしく珍しいゼシカを拝めたっていうのに、ちっとも楽しくねえな。 ゼシカに告白してきやがった男の件だけでも胸糞悪いってのに…。サーベルト兄さんねえ…。 厄日だな、今日は。 「ゼシカはまだまだお子様なんだな」 旅路を急ぐ中この先の事を悶々と考えあぐねていて、何となく零れ出た呟きは、 すぐ傍を歩いていたゼシカにばっちりと聞こえてしまったらしい。 「何よ?」 すぐさま返ってきた声は普段の勝気なものに思えた。 「いや、まさか未だに初恋が兄貴とはなー…」 「…そんなんじゃないわよ」 「だったら何だって言うんだ?」 押し黙ってしまったゼシカに、少し決まり悪い気分になる。 あの男との一件以降何か様子がちがくて、どうも調子が狂う。 「大人の恋の手ほどきを、俺がしてやりましょうか、お嬢様?」 またもやもやしたものに蝕まれそうになって、侵食されまいと 半ば無意識のうちにいつもみたいな軽口が飛び出していた。 「結・構・よ!聖堂騎士さん」 ふんっと顔を背けずんずんと前を行くゼシカを見て、 俺のよく知っているゼシカにやっと会えた──そんな気がした。 …そうだな、あいつは俺がゼシカと出会う前からゼシカの事を見知っていて、 俺が見た事ない数々のゼシカを見てきたんだろう。 例えば、サーベルト兄さんとやらにべったりなゼシカとかな。 だけど俺はこうやってゼシカ一緒に旅をし…まあ二人きりではないが…こうやって話し、 あいつの知らないゼシカを俺は俺でいっぱい知っているってこった。 そう思ったら少しは気分が晴れたような気がした。 ━ゼシカ視点━ 「ゼシカ…もしかして、兄貴以外の男好きになった事ない?」 この質問に私は自分の顔がさらに熱くなるのを感じた。 なんて答えたらいいのか分からない。 仰ぎ見ると信じられないって顔でククールが私を見ている。 でも、だって…。言えるわけないじゃない。 私は確かに、今まで兄さん以外の男の人になんて目もくれずに来た。 そう今までは…。男の人がこんなにも気になるの、兄さん以外で始めてなんだもの…。 だけど兄さんの時とは何か違う。 こんなにもドキドキして、相手の一挙一動に心が掻き乱される。 始めての感覚だった。 その本人からこんな質問されたら、なんて返したらいいのよ…! マルクとポルクのおかげであの場はなんとか片付いて、これで終わりかと思った。 だけど次の町を目指し歩いている最中にククールに言われたの。 「ゼシカはまだまだお子様なんだな」 なあに、そのわざとらしい溜め息混じりの話し方は。 瞳に揶揄の色をたっぷり浮かべて言うククールを恨めしそうな顔で見上げる。 「何よ」 「いや、まさか未だに恋慕の相手が兄貴とはなー…」 違う。私はあんたの事が──思わず口をついて出そうになった言葉を、慌てて引っ込める。 「…そんなんじゃないわよ」 「だったら何だって言うんだ?」 「…」 ずるい。そんな風に聞くなんて…急に真剣な顔しないでよ、バカ…。 さっきの商人の男を思い出す。 あまりに真摯に告げられた想いに、私はどうすればいいか分からなくなってしまった。 軽いナンパ男をあしらうのは訳がないのに…。 同時にショックだったわ。 本気の言葉って、こんなにも違うものなのね、って。 いつも私に囁かれる、どの女の子にに対するのと変わらない火遊びの言葉とは全然別物で、 泣きたいような衝動に駆られた。 …ククールにとって私って一体何なの…? 「大人の恋の手ほどきを、俺がしてやりましょうか?お嬢様」 …またこれだわ。 くやしい。 本気じゃないくせに軽々しく言わないでよ。 やたらと気障ったらしい笑みを湛える男を思いっきり睨みつけてやった。 「結・構・よ!聖堂騎士さん」 私ばかりククールを好きで、ばかみたいじゃない。 《完》
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/48.html
ククールは聖地ゴルドの空を見上げていた。 断崖ギリギリの足下には底も見えないような深く暗い大穴が口を開いている。 破壊しつくされた町は夜気に覆われ、遠くから人々の声が聞こえる。おそらく今後の復興について、話し合っているのだろう。 ククールの周辺に人影はない―――たったひとり、数歩後ろに控えたゼシカを除いては。 しばらく彼をひとりにしておこう、とエイトたちは町の外に出ていった。 ゼシカもそれに従うべきだとは思ったが、その場を離れられなかった。そうして、何時間もふたり立ち尽くしていた。 「アイツさぁ」 不意にククールが声に出した。ゼシカの方を振り返りもせずに続ける。 「アイツ、本当に腹黒いし、イヤミだし、ムカつくし、手に負えない悪党なんだけどさ、すげー優しかったんだ最初は。」 「うん。」 強風が砂塵を巻き起こし、ゼシカの頬を叩いたが、構わずに彼の背中を見る。 「思っちまうんだよな。オレさえアイツの前に姿を現わさなければ、アイツ、人に尊敬される立派な聖職者になってたんじゃないかな。」 「わかんないよ。もしも、の話なんて。」 「アイツ・・・指輪投げてよこした。」 「そだね」 「どういう意味なのか考えてた。」 「わからないの?バカね。」 ククールはゼシカを見た。 「『無事でいろよ』って事よ。」 ゼシカは笑みを浮かべている。 「似てるよね。素直じゃないにも程があるわよ。」 ククールは急に肌寒さを覚えた。救う言葉。癒す言葉。 ―――ゼシカは本当にすごい女だ。 ゼシカに歩みを寄せる。 「抱きしめていい?」 ゼシカは何も言わずククールの胸にコツンと頭をあてた。 ククールはその体をそっと抱きよせた。 ゼシカは両手を回し、強く抱きかえした。 抱きしめてくれ、とゼシカにはそう聞こえたから。 ―――寒い夜だね。今日は。誰かの温もりが欲しくなる。 ふいにククールがくつくつと笑い、体を離した。 「ダメだ、刺激が強すぎる」 「・・・?」 ククールは、ちょいちょいと自分の胸を指差した。 「変な気持ちになっちまう」 「バッカ・・・!!アンタって人はこんな時まで・・・。」 赤面して慌てふためくゼシカが拳骨を振り上げる。 ククールはその手を軽く受けとめ、面を寄せて囁いた。 「行こう。ラプソーンが待ってる。」 いつもどおりの不遜な目があった。 ゼシカは不敵に笑い返し、二人は歩き出した。
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/65.html
ここは砂漠の教会。 昼間はぎらぎらとした太陽が、容赦なく照りつけるこの一帯。 すでにベルガラックのユッケが竜骨の迷宮の入り口で待っているというが、 迷宮への道のりは、思ったより厳しかった。 遠い道のり、慣れない暑さに一行はほとほと参りながらひたすら目標を目指していたが、 「あ…暑すぎる!ワシはもう我慢できん!」 この状態では逆に探索の効率が下がるわい!というトロデの言葉で、 一行は教会の影に馬車を停め、しばしの休憩を取ることとなった。 各々水を飲んだりと、ほんの少しの涼を求める。 「はぁ…砂漠ってば木陰もないんだから、この暑さは本当に参るわね…」 ゼシカはひと息つきながらうんざりといった表情でつぶやいた。 豊かな胸元に汗の粒が光る。 「俺なんて一番厚着だから最悪だぜ?」 ゼシカを尻目に、ククールはどうだとばかりに自慢にならない自慢をしてみせた。 ククールはマントと上着、さらに手袋もはずし、手のひらでぱたぱたと顔に風を送っている。 「マヒャド、覚えたてだけど味わってみる?涼しくなるわよ~」 クスっと笑ってゼシカは舌を出した。 「え、遠慮しとく…でもな、マジで暑すぎるって…ほれ」 そう言ってゼシカの頬に手の甲を押し付ける。 「ちょっと、どこ触ってんのよ!」 ククールはふにふにと柔らかいゼシカの頬に触れた途端、嬉しそうな顔になった。 「あーー、ゼシカのほっぺた、冷やっこくて気持ちいいな…」 「バカ、あんたが熱すぎるだけなの!…もう、いつまで触ってんの!」 顔を赤らめながらゼシカはククールの手を振り払う。 まったく、油断するとコイツはいつもこうなんだから…。 「おいおい、何もそんな嫌がるこたねーだろ?」 「アンタのそういう所を黙認してたらね、体がいくつあっても足りないのっ!」 「へいへい…俺が悪ぅございました」 肩をすくめてククールはゼシカの隣に座り込んだ。 まったく…とぶつぶつ言いながらも、ゼシカもククールの横へ腰を下ろす。 影になっているとはいえ、風も吹いていないので暑さはあまり変わらない。 相変わらずククールは暑そうにして、ほんの少しだが肩で息をしている。 さっきのふざけた表情はもう消え失せて、いつもの端正な横顔がそこにあった。 筋の通った鼻筋にも汗の粒が光っている。 ゼシカは、先程ぶっきらぼうに手を振り払ったことを少し後悔した。 「ん?…どした?」 ククールは自分の右手を見てゼシカに問いかけた。 右手の上にはゼシカの小さな左手がちょこんと乗せられている。 ゼシカは目を合わせずにうつむき、 「…だって、アンタの手、ほんとに熱かったんだもん。…これなら少しは涼しくなるかなって」 「心配してくれてるのか?」 「うっさいわね!つべこべ言うと手、離すわよ」 「…ハイ」 しばらく大人しく従っていたククールだったが、 やがて手のひらをゆっくりと返し、ゼシカの指をからめた。 ほんの少しだけ、ゼシカの指がぴくんと跳ねる。 「…そのままな」 ぽつりとククールのその言葉に、ゼシカはさらに恥ずかしそうにうつむいた。 自分の鼓動が伝わってしまうのではないかと、さらにゼシカの鼓動は早くなっていく。 「なんか体温、同じくらいになってきたな…」 「……バカ、私が熱くなったの」 ゼシカがぽつりと言う。自分でもかなり恥ずかしい台詞だと思った。 「嬉しいこと言ってくれちゃって。よし!とりあえず俺は3日手を洗わないって決めた!」 「またバカなこと言って…」 「俺は本気だぜ?」 「もう…知らない!」 冗談でも、真っ直ぐにそんな嬉しそうな瞳で見られてはたまらない。 ゼシカは立ち上がってぷいっとエイト達の方へ走っていった。 その顔は暑さのせいかはわからないが、真っ赤になっていた。 ひとり取り残されたククールは、小さくなっていくゼシカの背を見つめながら 「ったく…キツいんだか優しいんだかわかんねぇな、俺の姫さんは…」 そう言って右手の甲にくちづけた。 「…さーて、そろそろユッケちゃんの元へいきますかね!」 そしてククールもゆっくりと立ち上がり、馬車へと向かっていった。 自身もまた、胸の高鳴りを感じながら────
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/64.html
黒と静寂が世界を包む頃。 森の中に一際明るく、そして激しく辺りを照らす光があった。 光の破片は天へと昇り、ゆっくりと紺に溶け込む。 パチパチという音に合わせて柔らかく形を変える炎の周りには、野営の準備に勤しむ仲間の姿があった。 馴れた手つきでテントの骨組みを組み立てる青年が言った。 「遅くなってごめんね。どうしても今日中にこの地点までは着きたかったんだ。」 もう片方のテントの方が作業は進んでおり、骨組みに布を被せながらゼシカは言った。 「気にしないで。貴方のこと信頼してるから。」 「兄貴の言うことに間違いはないでがす。」 「あはは、ありがと。ゼシカ、ヤンちゃん」 作業を続けながらエイトはゆっくりと振り返る。 火に照らされながら気持ちよさそうに眠るミーティアと、馬車の中で大きな鼾をかいて眠るト ロデ王を見つめてぽつりと言った。 「…ミーティアと王様にも悪いことしたね。」 「そんなことあの二人は何とも思っちゃいないでがすよ。」 自分用のテントの仕上げに、布と地面を固定する。 きゅっと最後の紐を引っ張り、しっかり引き締まったのを確認すると、ずっと手元にあった視 線を上げてゼシカは言った。 「だいたいエイトは気にしすぎ………… って、あれ? …ククールは?」 てっきり居るものと思ったが、もう片方のテントを組み立てているのはエイトとヤンガスだけ であった。 「サボリじゃないでげすか?」 「明日飯抜きにしてやる」 初めての事ではなく、えらくあっけらかんと言い放つ仲間達。 ゼシカは呆れたように眉を寄せるとため息をついた。 「ちょっと探してくるわね。」 どうせそう遠くは行っていない。 ゼシカは草むらを掻き分け、風の吹く方へと歩いて行く。 生茂った木々の終わりを抜けると足場のよい場所へと出た。 崖状の、辺りの地形が見渡せる場所に、ククールは一人腰を降ろしていた。 「ちょっと、準備サボって何でこんな所にいるのよ?!」 「…見つかったか」 少しも悪怯れない様子で苦笑いをするククール。 真っ直ぐククールの方へ近づくゼシカは、そのまま強制連行するのかと思いきや、その隣にど っかり腰を下ろした。 「…不安、なんでしょ?」 「そういう訳じゃないさ。 ……まあ、そりゃ全く不安はないって言ったら嘘になるけど。」 「うん。きっと、みんな同じ気持ち。 もう、誰が死ぬのも見たくないもの…。」 …海峡の街であった出来事や、遥か雪国であった出来事。 少しの沈黙の間、二人はそれぞれ想いを廻らせた。 「…ねえ、祈ってよ。」 初めにそう切り出したのはゼシカだった。 「はあ?」 「あんた、仮にも僧侶でしょ? だから」 「生憎とオレはあんまりカミサマなんざ信じちゃいないんだがな。」 軽くため息混じりに吐き出す。 「私もよく分からなかったけど……今は、ちょっとだけ、いるんじゃないかって思うわ。 私達が出会ったのも、暗黒神とか何とかを封印しに行くのだって、運命だったんじゃない かって。」 「ゼシカは幸せに育ったんだな。」 ククールのその言葉が皮肉に聞こえ、ゼシカは思わずムッとする。 「神様……か」 いつものふざけた表情とは違い、いつになく真面目な顔で語りだす。 「オレは今までいろんな奴を見てきた。 ―歪んでいる人間ほど、全てを手にして幸せになっていくものさ。 その裏では毎日食ってくのに精一杯な、マトモな人間だっている。 …そんな奴らを見てると、とてもこの世に神様がいるなんて思えないね。」 ククールは一息つき、視線を遠くに移して、言葉を続けた。 「……所詮世界ってのはそんなもんなんだ。 例えば、オレみたいな人間が居なくなったって初めから居なかったかのように、何も変わ らず世界は廻り続けるのさ。」 ゼシカが見てきたものと、ククールの見てきたものは違う。 そしてゼシカはきっと限られた世界の中で、幸せに育ってきたのだろう。 それ故妙に説得力を帯びていた言葉も、やはり最後だけは引っかかった。 「…それ、本気で言ってるの?」 怒鳴りつけてやろうと思った。 ククールとって、ゼシカ達は所詮それだけの存在だったのだ。 一体どれほどの時間を共有したのだろう。 生きてきた時間に比べればほんの短い間だけれど、ゼシカにとって、それは仲間と呼べる関係 になるには十分な時間だった。 そう思っていた。 きっと、エイトやヤンガス、トロデやミーティアも同じ気持ちだろう。 それなのに、ククールにとってはそうではなかったのだ。 居ても居なくとも変わらない存在なんて仲間と呼べるはずはない。 ククールにとって自分達は一体何なのだろう? そう思うと腹が立って仕方がなかった。 「…っ」 しかし、言葉より先に出たのは頬を伝う雫だった。 「………え?」 気付いたククールは目を見開いた。 涙は頬を落ちてスカートを濡らす。 …時々、遠くを見ているような、どこか寂しそうにする眼をゼシカは知っていた。 ククールがふいに何処かへ行ってしまいそうになるような感覚も。 彼の本心に触れた今、己が抱えていた不安の正体を知ってしまったのだ。 一滴落ちてしまえば止まらなくなり、次々に溢れ出す感情の形を、ゼシカは手で抑えることし かできなかった。 いつも気丈なゼシカが泣いていて、そして泣かせたのは自分かもしれない。 自分が何をしたかと必死に頭を廻らせるが、焦りと動揺で上手く思い出せない。 すすり泣く声が一層ククールを追い詰める。 「わ、悪い! 別にゼシカを否定したり、そういうつもりは…」 咄嗟に言葉を紡ぐが、それでもゼシカが泣き止む気配はない。 それどころかククールの声は全く届いてないように思われた。 「た、頼むから、泣き止んでくれ…」 そっとゼシカの髪を撫でる。 女を宥める時の条件反射のようなもので、ゼシカを包もうと腕を伸ばしたその時だった。 「何? どうしたの」 後ろの草陰から姿を現したのはエイトだった。 野営の準備が終わったので二人を探しにきたのだ。 途中ゼシカのすすり泣く声を聞いたのだろうか、少し慌て驚いた様子でククールとゼシカを同 時に見た。 (助かった…) ゼシカの親友であるエイトなら、彼女を任せるには打って付けだろう。 ククールはエイトに助けを求めようとするが、既にエイトはククールのことなど眼中になく、 その視線はある一点に集中していた。 呆然とゼシカを見つめた後、一瞬鋭い視線がククールを襲ったのは気のせいだったか にこやかな表情で問い掛けた。 「……ククール? ゼシカに何したの?」 そう聞くも、どうやら自身の中では確かな答えを出しているようだ。 表情とは裏腹に紫のオーラと殺気が身を纏う。 クールは生命の危険を感じた。 (ぜってー何か誤解してる!) 「いや、オレは何も…」 ゼシカに弁護を頼もうと見やるも、溢れる涙を手で拭うので精一杯で、全く状況を把握できて いなかった。 「…嫌がるゼシカに無理矢理一体何をしたの?」 「だから何もしてねえって!」 「女の子にムリヤリ手を出すなんて最低だよ!!」 エイトの抜いた剣が光り輝く。 天に掲げた剣から鋭い閃光が駆け抜けた。 「いや~、そんなことだろうと思ったんだよね。いくら節操無しのククールでも仲間を無理矢 理、なんてさ。」 テントの中で、治療を終えた青年が呑気な声をあげた。 「お前…、人を殺しかけといてよくぬけぬけと…」 実際、ゼシカがあと一歩のところでエイトを止めてくれていなかったら今ごろククールは 棺桶の中だっただろう。 もしもゼシカがいなかったら……想像しただけで背筋が凍った。 「ベホマかけてやったんだからいいじゃん」 「そうでがす。プラマイゼロでがす。」 「お前らね」 死ななかったからよかったものの、やはり何だか腑に落ちない。 「…クソ。 馬姫さんに言いつけてやる。」 「姫はクックルのアホの言うことなんて信じませんー」 意地悪く吐いた後、取って代わって少し真面目な顔つきでエイトは言葉を続けた。 「それに、ゼシカを泣かせたのは本当なんだろ? 早く行ってきなよ。 …ゼシカには、今日の見張りは僕達でするからゆっくり休んでって言っておいたから。」 「まったく女を泣かせるなんて最低でがす!」 「そうは言っても心当たりないんだがな…」 首の後ろを掻きながら考えるが、やはり心当たりはない。 ククールにとってあの言葉はそれほど深い意味はなかったのだ。 「ククールってさ、結構鈍感だよね。」 「うわー、お前には言われたくねー…」 「とにかくさ、何があったかは知らないけど、当たって砕けてきなよ」 「砕けてはこねえよ」 「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行くでがす」 「言われなくても行くよ、馬鹿」 仲間に促されてククールは重い足取りでテントを出た。 (まあ女を泣かせたままにするのも男が廃る) 焚火跡を挟んで対極側にもう一つ小さなテントがある。 ククールは近づき、テント越しに話し掛けた。 「…あー…あー…、なんだかよく分からんが一応謝っておく、悪かった。」 「………。」 灯りは点いていなかったが、確かにゼシカが起きている気配はあった。 ククールは多少気不味さを感じながらも、静かにゼシカの言葉を待った。 「…本気でそう思ってるの?」 そう話すゼシカの声は、至って落ち着いた、少し低い声色だった。 「…………あ?」 「さっきの、続き。 …あんたが昔どんなだったかは知らない。 だけど、今も、私たちと一緒に旅をするようになった今だって、あんたは自分が居なくて も、私たちが心配…………か、悲しまないとか、思ってるの? 何も変わらないって、 そう思ってるの?」 「………。」 「ふざけないでよ。 ……あんただって死なせない。絶対全員生きて帰るんだから。」 ゼシカの一言一言が深く響く。 「あんたにとって私たちって何なの。仲間じゃ…ないの?」 テント越しに、言葉を交わす。 お互い顔は見えなかった。 「…なんとか言いなさいよ。」 「……『私達』なんだ? 『私』じゃなくて?」 低く、静かにククールは言った。 笑いを含んだその言葉には、少しだけいつもの調子が戻っていた。 「『私も、みんな』、よ!」 「そっか。…ゼシカはオレに居てほしいんだ?」 「だから『私やみんな』だってば!」 茶化した風に言う言葉の裏で、必要とされることが嬉しいことだったと、ククールは初めて知 った気がした。 「…ゼシカ。出て来いよ。」 「嫌よ。寒いから。あんたが入ってきなさいよ。」 「そんなこと言っちゃっていいの? オレ、男だぜ?」 「変なことしたら大声でエイトとヤンガス呼ぶからいいわよ。 ギガスラッシュと烈風獣神斬で今度こそ棺桶行きね。」 「…冗談だよ」 テントの出入り口である布を軽く捲り上げると、ククールは中を覗き込んだ。 そのすぐ傍に居たゼシカもククールを見上げる。 そんなに時間が経ってるわけではないのに、お互い顔を見るのはひどく久しぶりな気がした。 「元気そうな顔見て、安心した。」 ククールが本当に安心したように柔らかく微笑むものだから思わず吹き出してしまう。 「ふ。何よ、それ。」 そう言って、つられたように微笑むゼシカの顔は、すっかりいつもの顔だった。 自分の中にくすぐったい気持ちを感じながらククールはそっと自分の方へゼシカを抱き寄せた。 何とはなしに、いつもの不真面目なククールとは違う気がした。 そして、今のククールが本当の姿のような気がしたから、ゼシカもまた、振りほどけないでいた。 ただただ自分の顔が染まっていくのを感じていた。 捲れた布の隙間から、そよそよと心地よい外気が流れる。 それはククールの背中越しに、ゼシカの前髪を小さく揺らした。 ククールは俯けた頭を、そのままゼシカの肩に軽く乗せた。 「ゼシカに会えて、よかった。」 肩に置いた頭を持ち上げて、額に持っていき、そっと唇を置く。 柔らかく、暖かい感触がゼシカに伝わった。 「あ、あんたねえっ 調子に乗りすぎよ!」 顔を真っ赤にしたゼシカはククールを振り払うと、拗ねたように背中を向けた。 サイテー、信じらんない、とぶつぶつ怒るゼシカに、ククールは目を細めて愛しそうに微笑んだ。 ――かつて、世界は閉じられていた。 欲しいものは手に入らなくって、いつだって、手を伸ばしても遠ざかっていくだけで。 仲間を仲間だと思っていない訳ではなかった。 実際、救われた部分も沢山あることを自覚している。 一緒に旅をするようになって新しく見えてきたものだって数え切れないほどある。 ただ、何度呼んだって、振り返ることのない背中を知ってるから。 苦しい感情から逃げ出したくて、何も求めず生きようとした時期もあったから。 なかなかそういったことを現在と結び付けられずにいたのだ。 (けど、そうだな、今は――) 「ゼシカ」 「なによ?」 不機嫌そうに眉を上げて。それでも振り返ってくれる君がいるから。 「また明日、おやすみ」 捨てたものじゃないな、と、ククールはそう思った。 「……おやすみ」 ゼシカは捲り上げた布の合間から、去って行くククールの姿を見つめて言った。 ククールがテントに戻ったのを確認すると、緊張の糸が切れたように体重全てを預けてころん と横になった。 まだ、顔が暖かい。 (眠れるかな……) 「…合意ならいいんだよ、僕は。別に。」 テントに戻ったククールが、目を逸らしながら何処か詰まらなそうに言うエイトと、ニヤニヤ しているヤンガスに、動揺と気恥ずかしさを覚えたのはゼシカが知らない話。
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/104.html
「……にが」 一口目の率直な感想をこぼしたゼシカを見て、ククールが微かに笑う。 「これは普通のビールよりキツいからな。ゆっくり飲むといいぜ」 「それにしても、修道院でビールを作っていたなんて知らなかったわ」 「宣伝してるわけじゃないし、今までここにも修道院にも長居はしなかったしな」 特に誰かさんは長居をしたくなかったようだし?と付け加えながら、ククールは意地悪く笑う。 「もぉ!それはククールも同じでしょ?」 「オレは修道院はともかく、ここならいくらでも居られるぜ?」 そう言うククールの表情からは、ベルガラックで見られた蔭はすっかり態を潜めていた。 「修道院で作られてるのはビールだけじゃないんですよ」 そう言いながらマスターは一皿を二人の前に置いた。 「これも修道院から仕入れてるものでしてね。チーズとバター。バターの方は店でレーズンバターにしてるんだけど」 「あー、頼もうと思ってたら先越されちまった」 悔しがるククールに、したり顔のマスターは続けた。 「これは私から奢り。こんなご時世だから、ククールぼっちゃんが素敵なお嬢さんを連れて久々に来てくれたのが嬉しくてね」 マスターの言葉を聞いたゼシカは頬を染め、再びぼっちゃんと呼ばれてしまったククールは思わずむせ返る。 「だ……だいじょぶ?」 「ぼっちゃんは勘弁って、さっき言っただろ……」 息も絶え絶えにマスターに抗議をするククールは、気の毒というよりはどこか滑稽に映る。 そんなククールの様子を見て、ゼシカは遠慮なしに笑う。 「あら、私だってリーザス村やポルトリンクではお嬢様って呼ばれるわ。兄さんだってずっとサーベルトぼっちゃんって呼ばれてたし。そういう場所があるって、いいことだと思うけどな」 「お嬢さんの言う通りだと思うよ。あとは私の口癖だね。今更、ククールさん、とは呼び辛いし」 「分かったよ……。ゼシカにもマスターにも叶わねぇな」 そう言うククールの表情は、苦笑しながらもどことなく心地よさの漂う風情だった。 「そんなことより、な?チーズとレーズンバター」 ククールはどうにも話題を逸らしたいようで、出された皿をつい、とゼシカの方に移動させる。 少し酔いが回ったのか、ゼシカはチーズを口にしながら唐突にクスクスと笑い始めた。 「美味いと笑うのかよ?ゼシカは」 「ううん、そうじゃないけど。あ、マスターご馳走さま。美味しいです」 「どういたしまして。ごゆっくりどうぞ」 笑顔で応じたマスターは、軽く会釈をすると他の客の注文をこなすために二人の前から離れていった。 「チーズを見ると、どうしてもトーポを思い出しちゃって」 「なるほど、そういうことか。ひとかけら持って帰ってやってみるか」 「それ、いいわね。でも食べたら何か吐くかしら?」 何気ないククールの言葉に、ゼシカは楽しげに同意をする。 「マイエラのチーズだからなぁ。……ダジャレを吐いたりしそうだよな」 「やだっ!ほんとにそんな気がしてきたわ」 意図的に真顔になったククールの言葉は、再びゼシカを笑いの渦に巻き込んだ。 二人は杯を重ね、それぞれ程良い心地に酔っていた。 チーズとレーズンバターに代わって、二人の前には皮のまま丸ごとオーブンで焼かれたイモが出されていた。 ゼシカはパリパリになったイモの皮を器用にナイフとフォークを使って剥がし、小さなココット皿に入れられたバターを一口サイズに切り分けたイモの上に乗せる。 「はい、できたわよ」 「サンキュ」 ゼシカが皿をククールの側に置き直すと、ククールは待ってましたとばかりにイモを手元の皿に取り分ける。 ベルガラックでは少ししか食べることがなかったククールは、どうやら今頃になって食欲が出てきたらしい。 ゼシカもその皿からひとかけらのイモを取り分け、口に運ぶ。 「レーズンバターも美味しかったけど、普通のバターも美味しいわね」 「当然だろ?」 そう言いながらにやりと笑うククールは得意げだ。 なんだかんだで自分の出身地のことを褒められるのは、悪い気はしないらしい。 「このバターもチーズもビールも、たまらなく好きなんだよな」 「うん、分かるわ。だってこんなに美味しいんだもの」 ぽつりとこぼされたククールの言葉に、ゼシカはニコニコしながら素直に頷く。 「もちろん美味いってのもあるけどな。同じ理由で酒場も好きなんだ」 「酒場って、ここだけじゃなくて?」 「そ。マスターも、そこで働く女の子も、全部ひっくるめてな」 そこで働く女の子、という言葉が少々引っかかったが、ククールの口調からは真面目な雰囲気が漂っていたので、ゼシカはそのまま話を聞くことにした。 「酒場ってところはさ。貧乏人でも金持ちでも、同じ金を払えば同じ分だけ満たされることができる場所だと思ってる。だからオレは、そこで働く人たちが好きなんだ」 滔々と語るククールを見て、ゼシカは目から鱗が落ちる思いがした。 今まで、ククールは単に酔っぱらいながら女の子と戯れているだけだと思っていたからだ。 過去に何度となくククールがこぼしていた、教会は金持ちしか救わないという批判と、修道院時代に自らに課せられたという、金持ちから寄付金を集めて廻る日々の話。 生きるために取らざるを得なかった自らの行動に疑問を抱きながら、ククールが自身の安息を求め行き着いた場所が、教会とは対極にある酒場だったのだろう。 「バターもチーズも、それと同じなの?」 「ああ、大雑把なイメージはな。そのまま食べても料理やお菓子に使っても、誰が食べても美味いだろ?」 「うん、そうね」 「美味いものを食べると、大人も子供も、誰でも幸せな気分になれるからな」 「あ!!そうよね。それってステキなことね……」 ゼシカはククールをまじまじと見つめながら思う。 この派手で気障な外見からは想像もつかないが、ククールには聖職者たりうる素質が十二分にあったのだと。 そしてその思想と解釈は、世にいる数多の聖職者の中で誰よりも純粋で、それでいて柔軟で、きっとどんな人の心をも満たすことができるのだろう、と。 もっとも、当のククール自身はそれに気付いていないような気もしたのだが。 「ん?オレの顔に何か付いてるか?」 視線に気付いたククールがゼシカに問う。 「別に何も?しいて言えば、口許にビールの泡がほんのちょっとかな」 微笑みながらそう言うゼシカの心もまた、気付かぬうちに満たされているのだった。 「……正直、院長が替わってからは、この味も変わっちまったんじゃないかって心配してたんだが。変わってなくて安心したぜ」 何杯目かのグラスを空にしたククールは、ふぅ、と息をつきながら呟く。 「この味が変わったら、うちの店は多分商売あがったりになっちゃうわよ」 カウンター奥の厨房から二人の前に小瓶を持ったバニーが現れ、ククールの言葉に相槌を打つ。 「はい、お待たせしました、ゼシカさん」 「ありがとう」 ゼシカは礼を言うと、小瓶を預けたときに相談していたらしい対価をバニーに渡し、嬉しそうに小瓶を受け取った。 「これで明日の朝は美味しいお茶が飲めるわ」 そう言いながらゼシカは席を立った。 ククールの気持ちもある程度は和らいだであろうし、明日決戦になるかは分からなかったが、それに臨む態勢は整えておかなければならないからだ。 見るとククールは若干名残惜しそうにしていたが、やがてマスターに勘定を頼むとゼシカに続いて席を立つ。 「また来てね、ゼシカさん、ククール」 「ああ。終末半額フェアーが終わったらな」 「うふふ、終わるといいんだけどね」 二人にかかるその言葉の重さを知る由もないバニーは、いつものように妖艶に微笑んだ。 酒場を後にした二人を、火照った身体にちょうど心地のよい夜風が包む。 「涼しくて気持ちいいわね」 ゼシカは一足先に階段を下りると、そう言って伸びをした。 「ね、ククール、少し……」 散歩してから帰ろうか、と、振り向きながら言おうとしたゼシカの言葉は、思わぬククールの行動に遮られてしまった。 ククールが片腕をゼシカの肩に回し、反対側の肩に顎を乗せる状態でその身体を預けてきたのだ。 ちょうどゼシカがククールに肩を貸しているような体勢になってしまっている。 「なっ……ちょ、ちょっとククール!どうしたのよ?」 振り向くことの叶わなかったゼシカは、その視線だけをククールの方に向けた。 顔をそちらに向けることも出来ただろうが、ゼシカにはどうしてもそれが出来なかったのだ。 「もしかして、酔っ払いすぎちゃった……とか?」 今しがた夜風で冷まされたはずの身体が酔い以外の何かで再び火照るのを感じながら、ゼシカは辛うじて言葉を絞り出した。 「ああ……恥ずかしながらな。座ってる時はさほどでもなかったんだが」 ククールはそう言うと顔をゼシカとは反対側に向けてから大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。 その動作の一部始終を背中で感じることは、ゼシカには刺激が強すぎた。 このような状態になった酔っ払いを介抱した経験がないことも相俟って、ゼシカはどうすれば良いか分からないままにククールの様子を観察する。 やがてククールはゆっくりと顔をゼシカの側に向けると、空いた側の手で前方を指差しながらこう言った。 「今はルーラできそうもねぇや。わりぃけど、宿屋で少し休ませてくれないか?」 ククールに他意は無かった。 以前に酔った状態でルーラを唱えて失敗したことを思い出し、万が一にもゼシカに怪我をさせるわけにはいかない、と、強烈な睡魔に襲われる中でただそれだけを考えての提案だったのだ。 しかし、そんなことを耳元で吐息混じりに言われたゼシカはたまったものではない。 一瞬にして頭の中が真っ白になってしまった。 宿屋で休む、ということは、つまりいわゆる……。 ククールに寄り掛かられ固まったままの姿勢でゼシカは頭の中の真っ白な霧を必死に振り払い、もの凄い勢いであれこれと考えを巡らせる。 酔った勢いで云々……という定番の話は耳にしたことがある。 もしやククールのこの行動は、自分を誘うための手の込んだ演技ではなかろうか? しかし純粋に辛そうにも見受けられるので、この懸念は取り越し苦労かもしれない。 ここまで酔った姿は見たことがないし、大体ククールはいつも何かにつけては口説き文句を口走るので、たとえしらふだったとしてもその正否を見極めること自体が難しい。 今の状態でベッドに放り込めばそのまま寝てしまうかもしれない。 しかし仮に寝たとしても、回復までに一体どのくらいの時間がかかるのかが全く判らない。 起こすタイミングなど皆目見当もつかないし、起きるまで待っていて朝になってしまうのもよろしくない。 それでは自分も休めないし、何より他の仲間たちに朝帰りと思われてしまうことが問題だ。 はっきり言ってそれは嫌すぎる。 「なぁゼシカ、宿屋に……」 固まったままのゼシカの耳元で再度ククールが囁いたのと時を同じくして。 (「メラはだめだよ。ラリホーあたりにしといて」) というエイトの言葉がゼシカの脳裏をよぎり、次の瞬間ゼシカはククールの言葉をかき消すようにラリホーを唱えてしまっていた。 本来味方には効かないとされる呪文だったが、ククールが酔っているせいか、あるいはゼシカの精神力の賜物か、あっさりとククールはその術中に陥った。 (ごめん、ククール。今は……今はやっぱりこうするのが一番いいと思ったの……) 心の中でククールに詫び、その吐息が寝息に変わったことが耳で認められたことでゼシカの緊張もようやく解け、ククールの方を見ることができた。 初めて至近で目の当たりにするククールの安らかな寝顔はまるで天使のようで、起きている時とのあまりのギャップに思わず笑いがこぼれてしまう。 (それなりに楽しんで貰えたようだし、まぁ、これで一応は作戦成功……よね) ゼシカは暫しの間ククールの寝顔を堪能すると、その胸中に安堵と微かな名残惜しさを覚えつつ、腰のポーチからキメラの翼を取り出して満天の星空の中に投じた。 ~ 終 ~ so sweet…前編
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/522.html
潮時・翌朝の時系列のククゼシ ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※ ククールは慎重に様子をうかがいつつ、口唇を合わせたままそっと、彼女の下腹部で重ね合わせたお互いの指を、濡れた裂け目の中に侵入させた…「―――ッッん!!」急激にもたらされた異物感に、ゼシカは驚いて身体を跳ねさせる。しかしククールの口付けはなにごともないように優しく穏やかに続けられるので、ゼシカはもうどこに気を置けばいいのかわからなくて、混乱するものの抵抗する気力を奪われていく。ククールの指が、器用にゼシカと自分の中指を蠢かせ内側の粘膜を優しく擦ると、腰が自然に浮いた。強くないゆるやかな快感がじわりと沸き上がる。息が上がって、口づけが苦しい。「…気持ちいい?」 口唇の合間でククールが囁くと、ゼシカは息を大きく吸いながら、くたりと頷く。素直なゼシカにククールは微笑むと、口づけを、今度は乳房へと移動させた。「あっ…ん」色づく部分を大きく含んで甘噛みされると、痺れるような快感が走る。感じることに没頭しかけているゼシカを、ククールの低い声がすぐに引き戻した。「ゼシカ…こっち」「…ぇ…?」ずっとゼシカの体内でゆるやかに快感を生み出し続けていた指が、ゼシカのお腹側の性感帯を力をこめて撫であげると、ゼシカは声を上げ、否応なしにそこを意識せざるを得なくなる。自分の信じられない場所に侵入している、いやらしい自分自身の指の存在を。「お前の中、どんな風か教えて?」「…ヤッ、ア、ぁ…あ、…。……………あつ…ぃ…」「…濡れてる?」湿った温度と、からみつく粘液を、指先にじっとりと感じながら、ゼシカは頷く。ククールが、再びゼシカの胸を愛撫しだした。強い力で先端を抓られると、「ひゃ、ぅ…ッ!」全身が跳ね、胸にもたらされたはずの刺激が下半身に襲い来る。瞬間的に飲み込んでいる指が締め付けられたのを感じた。そして新たな体液で指先が濡れたことも。「……きゅ…て、なった…」初めて実感した自分の身体の反応をゼシカはただ素直に口にし、荒い息のままククールをぼんやりと見上げる。ククールは嬉しそうに破顔し、うん、と頷いた。「それが、ゼシカが気持ちいいとオレも気持ちよくなるってこと」「わたしが…きゅってしたら…クク、気持ちいいの…?」「最高に」「……こんなに濡れてるの……、…変じゃ、ない?」「変じゃない。もっと濡らしていいよ。そして、もっとオレを気持ちよくしてくれる?」「うん…」 ククールはゼシカと自分の指をシンクロさせて狭い内側を優しく侵しながら、待ち焦がれるように震える乳房を、空いた手と口で今までよりも若干激しく噛み、揉みしだいた。「あっ、ア…、ククール…ッ、ヤだ…ッ、や、ん…」「指、どんどん締めつけてるの…わかるだろ…?」「アンッ、アッ!ん、ぅん…ッ、……やだ、あっ」「いつもゼシカのココは、オレをこんなにキツく締め付けてるんだぜ…抜かないで、って」身体は官能にゆだねてしまっても、心にわずかに残った羞恥心がククールのあからさまな挑発に反応する。ゼシカが身体を強張らせると、連動するかのように中がきゅううと締まった。「んんん…ッッ、あぁっ、あっ、ヤだ、ヤだぁ、ダメ…!」ゼシカは首を大きく振って乱れた。小さく暴れた拍子にククールに掴まれていた指が離され、自らの体内からズルリと抜け出て力なくシーツに落とされる。ハァハァと息を荒げながら濡れそぼった指先を呆然と見た後、ゼシカは腕を緩慢に持ち上げ、それをククールの口元に近づけた。ククールが優雅にその手を取り、味わうかのように舐めはじめるのを、恍惚とした顔で見つめる。それはどこか、姫君の手甲に誓いの口づけを捧げる騎士のような、ロマンティックな光景にも見えた。騎士はぴちゃりと音を響かせて、姫君が零した 淫らな雫を恭しく舐め取っていく…ゼシカはゾクリと身を震わせた。ただ指を舐めるだけの行為が、このうえなく卑猥に思えて。「…ね、クク…私も、ククールをいっぱい気持ちよくしてあげたいから…だから、…だから、 ―――……もっと私のことも、気持ちよく、して…ほしい…。……私、変なこと言ってる…?」戸惑う瞳がたまらなく愛しく、かわいい。ククールは安心させるように笑い返して、ゆっくりとゼシカに覆いかぶさった。小さくキスして、瞳を合わす。「……仰せのままに」 ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/496.html
みんなで大盛り上がりのトランプ。負けたら罰ゲーム。このあとの買い出しで荷物持ち。珍しく、あのククールが負けた。本人は肩をすくめて、「こういう日もあるさ」と気取っていたけれど。 **「買い出しってお前ら、なんで今日に限って道具も装備も食い物もいっしょくたにすんだよ!」「だってこの街なんでも揃ってて便利だし」「他意はないでげすよ」「ハイ文句言わない。これもよろしくね、荷物持ちさん」両手に大きな紙袋を3つも抱えたククールの非難に、手ブラの3人はおかしそうに笑った。さらにゼシカが差し出した小さめの袋に、ククールはうんざりと眉をひそめる。「いやゼシカさんこれ以上無理だから。…って無理やり乗せるなよ!こら!」「うるさいわね、男なんだからそれくらいしっかり持ちなさいよ。それとも色男は力仕事が苦手だとか言うつもり?」「別に重いなんて言ってねぇだろ、これくらい余裕だっつーの。ただ…」「あら、じゃあまだ買い物しても大丈夫よね?エイト、角のお店に寄ってくれる?見たい洋服があるの」「ちょ、お前なぁ!」いつも通りのやり取りに笑いながら、仲間たちは普段よりも明らかに多めの買い物をした。途中からはゼシカがククールを引き連れてあちこちで買い物をしている間、エイトとヤンガスは喫茶店で休んでいたりしたのだが。日も暮れかけた帰り道。ククールの腕にはさっきよりもさらに幾つかの紙袋がかけられ、抱えた袋も嵩を増していた。少し先の前方に、エイトとヤンガスの後ろ姿がある。ククールとゼシカは夕焼けに照らされる街中を、並んでのんびり歩いていた。「……あ、ククール、ちょっとしゃがんで」ゼシカがそう言ってククールの服の裾を引っ張り、ククールは立ち止まってゼシカの方に重心を傾けた。彼が腕に抱えた紙袋のうちの一つを、ゼシカは背伸びしながらのぞき込み、手を突っ込む。袋の中から探し出したのは、開け口をきゅっとリボンでしばってある可愛らしい包み。「なんだそれ」「お菓子の詰め合わせ」嬉しそうなゼシカの返事に、うぇ、とククールが不満の呻きをもらす。「お前…人に荷物持たせるのにそんないらねーもんまで買ってんなよ…」「こんなの全然たいした重さじゃないでしょ。それにいらなくないもん」「いらねーよ。そういうのを無駄買いって言うの」「いるの。なによ、じゃあククールにはあげない」「あーごめんなさいすみません、やっぱりいります無駄じゃないです甘いもの」その調子の良さに呆れながらも、パクリとお菓子を食べながらゼシカが尋ねる。「何がいいの?キャンディ?クッキー?チョコ?」「ん~チョコ」「はい」少ししゃがんで首を突き出すククールの口の中に、ゼシカはチョコレートを入れてあげる。もぐもぐと咀嚼して、は~、と息。「うめ。やっぱこんな大荷物持たされて疲れてたんだなオレ。かわいそう」「勝負に負けた人が何言ったってはじまらないわよ」そっけないことを言いながらもゼシカは楽しげに笑って、大きなクッキーを半分に割り、ククールの口に突っ込んだ。そしてもう半分を自分で食べる。「おいしー」幸せそうに両頬を抑えるゼシカを見て、ククールも微笑んでしまう。「そりゃよかった」「次は何がいい?」「オレはもういいや。ゼシカ好きなだけ食べろよ」「えっ、これだけでいいの?もういらないの?」「甘いものは今ので十分」「男の人って信じらんない…」「常に甘いもん持ち歩いてる女の子の方がオレからするとよくわかんねぇけどなぁ…」ゼシカのウェストポーチの中に、常にチョコや飴が入っていることをククールは知っている。ぶつぶつと何か言いながらキャンディを口に入れるゼシカに、「甘いものはいいけど、なんかしょっぱいもの、買ってない?」「しょっぱい?フライドポテトは?ヤンガスが買ってたと思うけど」「なんでもいい」再び袋を探って目的のものを探し出すと、ゼシカはポテトの箱を持って、その一本をククールの口に運んだ。ゼシカが口元に近付けるたびに、あーと口を開いてそれを食べるククール。「飲み物ある?」「お水なら」荷物を両手いっぱいに抱えた彼に、食べ物を食べさせてあげる彼女。その光景が道行く人々の目にどう映っているかなんて、本人たちにはどうでもいいことだ。水筒のコップに水を注いで飲ませ、ポテトと言われればそれを食べさせる。しばらくそれを繰り返し、ゼシカは はた、と気付く。「…なんだかアンタ、いいご身分になってない?」「仕方ねぇだろ、両手ふさがってんだから」それはそうだけど、とゼシカは口唇をとがらす。ククールの罰ゲームなのに、これじゃまるで。「…私がククールのために奉仕してるみたいじゃない」ゼシカがふてくされて睨むと、ククールは最高の笑みでにっこり笑った。「わたくしはお嬢様の大切なお荷物をお預かりしている身ですので、それは大きな誤解というものです」「だったら自分で食べなさいよっ」「こんだけ荷物持たせといてどの口が言うかなーそんなこと」うぐう、と言葉を詰まらせるゼシカが可愛くて、ククールは笑いが抑えきれない。「あーうまかった。ごっそさん」「まったく夕飯前なのにあんなに食べちゃって…。お腹ふくれない?」「全然?むしろデザートとか欲しい気分」「…ほんと信じらんない」「なぁ、さっきのお菓子くれよ」「ダーメ。これからご飯食べるんだから、我慢しなさい」「菓子の一つや二つで腹なんかふくれねぇって」「ダメ」問答を続けるが、こうなった時のゼシカは断固としてククールのわがままを通さない。そこらへんの「しつけ」に関しては厳しいゼシカだが、いい年した大人の彼が甘いものをねだってブツクサと文句を言う様がなんだか無性におかしくて、思わず口元がゆるむ。「…ったくよー。ゼシカって時々、変に意固地っつーか態度デカイっつーか…」「はいはい。そんなに言うなら一つだけ、あげてもいいわよ」わざとらしくため息をついてゼシカが譲歩する。「え、マジで?珍しい」「そうよ。特別なんだから、ちゃんと味わって食べなさい」ゼシカが包みの中から取り出したお菓子の一つを手に取る。ククールは愛想よく返事をしながら、今まで通り、ゼシカの方に身をかがめた。抱えた荷物がこぼれそうだ。「もっと、しゃがんで」「もっとって、これ以上は…わっ」いきなり強引にマントの裾を引っ張られ、ククールの体が思い切りゼシカの方にかたむく。荷物が落ちる―――、咄嗟にそう考えたのと、同時。ククールの頬に、ゼシカの口唇がふわりと触れた。ドサドサドサッ。大きな荷物が音を立てて地面に落ちる間、ククールは石のように硬直していた。そして、素早く離れたゼシカが数歩先まで走って、ふいに振り返り、「――――間食もほどほどにしなさいよね!」そう叫んだのを聞いた時も、まだ硬直していた。彼女の姿が先を歩くエイト達に追いつき、さらにその道の向こうに姿を消してから。ようやくククールは口元を手で覆い、ゆっくりと天を仰いだ。「……………………間食なんかじゃねぇよ」地面に転がる荷物の存在に気付き、それを拾うため怠惰にしゃがみこむ。上の空でそれらを拾っていると、さっきゼシカが手に持っていたチョコレートが、まぎれて落ちていた。それを拾って、包みを開いて、口に入れる。甘い、とククールは呟いて、小さく笑った。そっと頬を撫でながら。それはチョコレートより、キャンディより、何よりも甘い。この世で一番甘いもの。2人の頬が赤く見えるのは、夕焼けのせいだけじゃ、きっとない。 **
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/74.html
「内側に跳ね気味。若干癖っ毛。…いや、猫っ毛って言うべきか?」 「…何、冷静にコメント入れてんのよ」 ドルマゲスを倒す目的で集まった筈の一行は今、息抜きも兼ねて不思議な泉に来ていた。 エイトはまず馬姫ことミーティアに泉の水を飲ませ、 トロデ王はそれを微笑ましげに眺めている。 ヤンガスはそれとなく二人の様子を見ながらも、地面に座って寛いでいる。 更にその後ろで腰を掛け、解けかかっていた髪を縛り直そうと 一度髪を解いたゼシカの頭を覗き込みながら、 揶揄するような口調で独り言のように零すククールに、 間髪入れずにゼシカが突っ込んだ。 「まあ、オレとしては別に綺麗なストレートでなくても良いんだけどさ」 突っ込みも然して気にした様子も無く、 胸より下まで伸びたゼシカの長い髪の毛を梳くように撫でた。 すかさずその手の甲をゼシカがパシ、と弾き飛ばすように叩く。 「勝手に触らないでくれる?エイトにギガデインして貰うわよ?」 「おーこわ。エイトは過保護だからなあ」 両腕を広げ、おどけて肩を竦めて見せるククールを、 口に髪ゴムを銜えながらゼシカが睨み付けた。 「どういう意味よそれ。エイトに何か文句でもあるの?」 「いーや別にー」 素っ気無い扱いをされても、ククールは移動しようとはせずに そのままゼシカの斜め後ろに腰を掛け、そっぽを向いて間の抜けた声で答える。 「…あっそ。いいわよ、もう」 何処までも不真面目な態度にゼシカは呆れて嘆息し、 ククールから目を逸らして髪を結び直す。 丁度二つ良い感じに結び終えた所で、 急に後ろから「ねえ」と声を掛けられてゼシカは驚き、思わず腰を浮かせた。 「な、何よ!いきなり話しかけないでよ!」 ドキドキと早鐘を打ち始める胸を押さえて、 首だけ後ろに向け声を掛けた人物を怒鳴り付ける。 けれどそこに見えた表情は、 先程のおどけたものとうって変わって酷く真面目なものだった。 「……なによ、ククー」 「ゼシカは、エイトのことが好きなのか?」 怪訝に思って名前を呼ぶ声を遮られ、唐突に真摯な表情でそんなことを聞かれ、 ゼシカの時間は思考と共に静止した。 数秒後。漸く平静を取り戻したゼシカが口を開く。 「…ば、馬鹿言わないでよ!何であたしがエイトのことなんか…」 「お願い。ちゃんと答えて」 思わず赤くなった頬を隠すように顔を背けた所へ、ククールの顔が近づいた。 ゼシカの顔の少し右側、首筋の辺りにククールの微かな吐息が掛かり、 先程とは違う意味で心臓がドクドクと物凄い勢いで波打つ。 「…ゼシカは、エイトが好きなのか…?」 ククールはそのまま顔をゼシカの、結んだばかりの髪に近づけ、 手袋を嵌めた掌で掬うように押さえて口付けを落とす。 ゼシカは心臓のあまりに早い動きと、間近に感じる気配に眩暈を感じるも、 泉の方から「ゼシカー!ククール!」と自分達を呼ぶエイトの大きな声にハッと我に返った。 瞬間、ゼシカは傍にいたくクールの姿を極力見ないようにして 勢い良く立ちあがり、直ぐ傍の林の中へ猛スピードで逃げ込んだ。 あっと言う間に目の前から消えてしまったゼシカの後ろ姿を呆然と見送って、 ククールは「ハッ」と自嘲的な息を吐く。 どうやら自分の憶測は当たっていたらしい。 図星をさされたのが恥ずかしいからか、悔しいからかはわからないが、 話を続けるのが嫌でゼシカは逃げたのだろう。 「…やっぱり、な。想像はしていたよ」 視線を泉の方へ変えると、 ゼシカの様子を不思議に思って駆け寄って来るエイト達の姿が見える。 「……オレも逃げちまいてえ」 そんな光景を目を細めて眺めながら、周りには聞こえない小さな声でポツリ、 寂しそうに苦しそうにククールは低く呟きを零した。 林に入って少しもしない所にあった大樹に背中を預けるようにして、ゼシカは足を止めた。 ハアハアと荒い呼吸を整えながら、ずるずるとその場に崩れ落ちる。 自分の首筋に、髪の毛に、 まだククールの気配が残っているようで落ち着かなかった。 心臓はまだ頭の中に鼓動の音が聞こえる程に高鳴っているし、 火を噴いてしまいそうな程顔も、身体も熱い。 『エイトのことが好きなのか?』 ククールの真理がわからない。それでも、切なそうに、 真剣な声音で聞いて来た言葉が耳の奥に焼きついて離れなかった。 膝を抱くように蹲って、顔を伏せると酷く泣きたい気分になって、 意味もなく目元を擦った。 「…何よ。そんな所ばっかり鈍感で…馬鹿みたい」 エイトのことが好きか、なんて何処を見てそんなこと言ってんのよ。 落ち着かない呼吸の所為でうまく紡げない言葉の代わりに、心の中で毒づく。 今更、今更過ぎると自分自身に言い聞かせるように繰り返す。 じわりと目尻に濡れた気配を感じて顔を顰めたまま、 立てた自分の膝に押し付けた。 このまま一人で泣いてしまいたい。 今更ククールのことが好きなんて、口が裂けても言える訳がないのに。 un titled2 un titled3 un titled4