約 1,871,746 件
https://w.atwiki.jp/nettoucm/pages/207.html
【back】1995/01/29 【forward】1995/02/12 テレビ欄 和服美女&ランジェリー店美人店長生着替え&熱湯か? ゲスト シャ乱Q 熱湯以外 フリフリ受験生 受験生返り 十文字受験生 またがり受験生 赤ブルマの女ふたり みるく きよこ[黄] ゆきこ[水] あやこ[赤] 1組目 シエスタ店長 ノーマル/1人/1分 セクシーグッズ店「シエスタ」 2組目 神乃毬絵 その場脱ぎ/1人 神乃毬絵[ピンク着物→黒] リンク https //youtu.be/7mQkg2Jcizs(2組目) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3198.html
小気味の良い、丸木を断ち割り、転がる音が、早朝の学院の薪置き場に響く。 それを響かせるのは一人。 屈んだ姿勢で鉈を振るう、ざんばらに切った黒髪の少年。 群青色の下地に、白地の布をパッチワークに、後ろのフードと一体の、このハルケギニアには存在しないであろう、 未知の生地布で作られた服の腕を捲くり、一つ、また一つと丸木を使いやすい形に変え、薪の山にくべる。 「ふぅ。」 まだ夜と早朝が肌寒い季節ではあるものの、薪割りで、自然と吹き出た汗を拭う。 少年の名はサイト。彼自身は平賀才人と名乗っている、この学院の使用人である平民の一人。 今日は休日を示す『虚無の曜日』。朝早くに、毎日割り当てられた薪割りの仕事をこなし、休日を楽しむべく、鉈を振るって いたのである。 「うし、後はこいつだな。・・・ったく、こんなの取ってくる時に厳選しろっつーの。」 愚痴を言いつつも、一際太い、本来ならば斧が必要な丸太を台に乗せると、先程まで右手に持っていた鉈を左手に持ち替える。 布を軽く絞り込む音をさせ、握りしめると、左手に刻まれた文字が、光を帯びて浮かび上がる。 もし此処に、ミカヤを知る者がその文字が輝く光景を見ていたならば、既視感を感じたか、驚愕したことだろうが、生憎と 観衆が存在しなかったため、それは行われた。 「しっ!」 サイトが左手の鉈を高く掲げた後、一気に振り下ろすと――――― そこには見事に、縦割りに八分割された薪が転がった。 「ふっ、つまらん物を斬ってしまった。」 目視が困難な速度で、四度も振り下ろされたのだ。 調子の良い性格のこの少年。一人、誰もいないはずである置き場で格好をつけてみた。 「何をやってるのよ、サイト。」 「・・・・・あはは、姉さん見てたのね?」 しかし、それを窘める女性の声に、乾いた笑いを浮かべながら振り返る。 エメラルドグリーンの髪の美しい、眼鏡をかけた女性が眉を顰め、頭痛を抱えるように右人差し指を額に当てている。 学院長付秘書のロングビルだった。 ファイアーエムブレム外伝 ~双月の女神~ 第一部 『ゼロの夜明け』 第九章 『休日の街』 普段の彼女を知る学院関係者ならば聞くことは決して無い、おそらく此方が地であろう、砕けた口調で話す。 「まったく。今の光景をあの好色爺やコッパゲに見られたらどうするんだい?」 「ごめん。でも、斧振るったら今の俺じゃ粉砕しちゃうし。」 オスマンとコルベールのことを不敬な物言いで呼ぶロングビルは、目の前で起こった現象に心当たりがあるために、 そう忠告する。 頭を掻きつつ、謝るサイト。 「それはそうだけど、もう少ししっかりしなさい。 サイトが『ガンダールヴ』であることも、あの子が『担い手』であることもみだりにバラすわけにはいかないんだから。 あの子の出自も考えれば、知られれば尚更まずいんだし。」 彼女は何の変哲の無いはずの目の前の少年と、それに連なる彼女の妹分が如何なる存在かを知るがため、危惧する事項を 伝える。 学院長付秘書であるロングビルは、『フェニアのライブラリ』に立ち入る権限をオスマンから得ている。 その為、サイトの左手に刻まれているルーン文字を調べる機会があった。 その時に導き出した答えは、彼女を驚愕させ、納得させるものであった。 ―――神の楯『ガンダールヴ』。 あらゆる武具を使いこなし、そのルーンから得られる力でもって振るわれる技は天下無双。 始祖ブリミルを守り、万敵を退けたとされる、不敗の騎士の使い魔。 ミカヤのいた『テリウス』ともまた異なる世界から召喚されたのがサイトだった。 特殊な出生の過去を持つ彼の召喚者は、人と関わりを持つことを憚られるが為、ロングビルと共に育った孤児院から外に 出られない生活を送っていた。 同じ孤児院の中でもロングビルを除けば最年長であるため、自らの出自を恐れない友人を欲し、『サモン・サーヴァント』 を行使したことにより、彼は現れた。 サイトも召喚当初は困惑し、元の世界に帰れない事を嘆いたこともあったが、暴漢が孤児院に押し入って来た時、薪割りに 使っていた鉈一振りで守ったことから、元来の前向きな性格も後押しし、友人として、守人として契約を交わした。 その契約者は傾国の、と例えても大袈裟では無い掛値無しの美少女であり、何よりサイトが好む、女性の誰もが羨むであろう 神懸り的なプロポーションを誇っていた。 何分に年頃の少年だったが故に、下心抜きでは無かったことは否めなかった。 「俺が伝説の使い魔だって言うけど、何か自覚無いんだよな。 確かにこのルーンが刻まれてから、左手に「武器になり得る物」を握ると、すごい力が出るんだけど。」 物心ついて以来、異世界で武具や凶器とは無縁の生活をして成長して来たサイトは、その類の扱いの心得を持っていなかった。 二人が酒場で給仕として働いている時に客として訪れたオスマンに目をかけられ、学院に秘書として、使用人として 雇われるまでの間、危険な目に遭うことが多々あり、それを潜り抜けられたのは一重に、このルーンの力によるところが 大きい。 「私から言わせれば、素人が動きが早くなって、腕っ節が強くなった程度でしかないね。 この学院まで連れて来るにも、危なっかしくて冷や冷やものだったんだから。」 「まぁ、そうだけどさ・・・・・。」 そう言い切るロングビルにぐうの音も出ないサイト。 ちょうどその時、馬車を引く音が聞こえる。 「お?シエスタ?」 貴族の外出の為に馬車を手配したであろう、使用人仲間の少女を見かけたサイトは目を凝らす。 すると、それを待っていたように、一組の女性と少女が乗り口まで歩み寄るのが見える。 この学院では既に貴賎問わず名の知れた銀髪と桃色髪の二人。ミカヤとルイズだった。 「すげぇ・・・・・。」 噂に違わぬミカヤの美貌に、たちまちに魅了されるサイト。最も、彼の場合は彼女のことを別の形で知っていたこともあり、 噂以上と評価を修正していたが。 ―――――サイトの世界には彼女の姿似の絵が存在し、『科学』と彼が呼ぶ魔法じみた技術でもって造られた、 テリウス大陸の戦史を追体験できる遊具が存在している。 彼はその中の一幕をミカヤの立ち姿を通じて思い返し、郷愁の念を浮かべていた。 余りにも遠い所に来てしまったのだと痛感させられると同時に、何故、「あちらの世界」での「仮想の人物」がいるのか、 疑念を抱く。 「見とれてないで。 ノルマはこなしたんでしょう。私達も馬を借りに行かないと時間がないよ。」 すると、ロングビルから、頭に軽い小突きが落ちた。 「いて、そうだった。確かトリスタニアで武器を買うんだったっけ?」 「そう。早く行くよ」 気を取り直し、腕まくりした衣服を正すと、踵を返す彼女に続くサイト。 「ツテがあるから、私の知っている武器屋に行くけどいいかい?」 「ああ。姉さんが選んだものなら間違いないし、お願いするよ。出来れば・・・、タルブ製の剣なんかとか欲しいんだけど。」 「ヒヨっ子が贅沢言わないの。」 そんなやり取りをしつつ、学院内の宿馬場へと二人は歩いて行った。 「本当に助かりました、シエスタ。」 「馬車の手配も付き人として来てくれるのも助かるけど、どうして私達に?」 一方、ミカヤとルイズは馬車を手配してくれたシエスタに礼を言い、軽い自己紹介を終えたところで、今回の同行の理由を 聞いていた。 「ミカヤさんへの感謝の気持ちでもありますし、何より私も王都に用がありますので。 それに、ミカヤさんの主人であるミス・ヴァリエールにも、一度は御挨拶に伺いたいと思っておりましたから。」 「そうなの。改めてよろしくね、シエスタ。」 「此方こそ、ミス・ヴァリエール。」 召喚されてから、自身を導く道標となっているミカヤとの触れ合いにより、平民との当たり方も丸くなりつつあるルイズ。 柔らかな笑みを向け、そう話す彼女にシエスタは笑顔で返す。 そのまま彼女は御者台に乗ると、二人に催促をする。 「さぁ、参りましょう。」 手綱を握るシエスタにミカヤとルイズは頷くと、馬車へと乗り込み、一路王都へと向かった。 ―――――トリステイン王国王都トリスタニア。 城下の繁華街ブルドンネは、休日の賑わいを見せていた。 道路には人々が行き交い、子供達が笑いながら駆け回り、道なりに店舗が垣根を連ね、商人が品物の売り込みに 声を張り上げる。 その光景に、二人と共に大通りを歩きながらミカヤは、復興後のデインでの暮らしを思い返した。 老若男女、貴賎、種族を問わず、ヒトが溢れた懐かしき故国の街。 行幸からの帰国では必ずと受けた、栄光を賛美する声と熱烈な出迎え。時には民らに混じり語らい、宴においては杯を交わし、 歌う。 街並みを眺めつつ、この国もそうあればと願わずにはいられなかった。 「ねぇ、ミス・ミカヤ。」 右隣につき、歩くルイズの声に思考を戻すミカヤ。 「何、ルイズ?」 「ミス・ミカヤは他に何か欲しいのは無いの?」 そう聞かれ、思考するミカヤ。 旅の為に用意していた最低限の持ち物以外持っていなかったミカヤは、まずはルイズとシエスタ達とで、着衣その他の日用品の 購入を済ませていた。 「日用品は此方でも購入出来たけれど、魔導書や杖の方は替えが無いわ。」 魔導書と杖は魔法や力を行使する度に磨耗していき、やがて負荷に耐えられなくなり、魔導書は燃え尽き、杖の宝珠は 砕け散る。 特に使用頻度が多い魔導書と杖は予備が欲しいところではあったが、このハルケギニアでそれを求めるのは無理だろうと 考えていた。 手元には決戦の折に女神の加護により固定化と神性を付加された、最上位の光の精霊魔法である『レクスオーラ』の書が あるが、鍛え直している最中の自身が扱うには負担が大きい。 「あ、それでしたらミカヤさん。」 そこに、何かを思い出したように言葉を挟んだのは後方に控え、荷物を持つシエスタだった。 「私がお世話になっている武器屋にこれから行きたいんですけど、もしかしたら掘り出し物があるかも知れません。 ミス・ヴァリエールも、良ければ。」 「武器屋?それがシエスタの用事なの?」 「はい。」 ルイズにそう返すシエスタの提案に、暫し黙考するミカヤ。 テリウス大陸の武器屋ならば魔導書、杖も売られていた。もしかすれば、誤召喚等でテリウスから流れ着いた、この世界では 文字通り、掘り出し物が存在する可能性があった。 「そうですね。では、案内をお願いします。」 「はい。ピエモンの秘薬屋の近くの裏通りにあります。」 「え~、あそこに入るの?」 ミカヤの了承を受けて、シエスタの告げた場所に不満を漏らすルイズ。 貴族である彼女は、歓楽街は元より、貧困層が住む裏通りに踏み込みたがらない。 「ルイズ、私が初日に食堂で話したこと、覚えているわね?」 「あ・・・・・。」 向き直り、真剣な表情で諭すように告げたミカヤに、ルイズははっとする。 そう、末端と言われる一人一人に至るまで心を砕き、その人々の痛み、求めるものを共有するからこそ、 『貴き一族』―――貴族なのだと説いた彼女の言葉。 それを思い出した。 「・・・ごめんなさい、ミカヤお姉さま。 シエスタも、ごめんなさい。」 ならば知らねばならない。 末端として、富める者達を支える者達の、もう一つの姿を。 『姉』の教えに従い、頭を下げたルイズ。 「そう、それでいいの。」 「ミス・ヴァリエール、そうお気になさらないで下さい。」 素直な彼女にミカヤは優しい笑みを向け、シエスタは感銘を受けたように目を細め、微笑む。 「では、参りましょう。此方です。」 シエスタがそう告げ、3人は裏通りの入り口へと足を向けた。 ―――――神の頭脳と神の楯、神の楯の左腕はここに邂逅する。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7346.html
前ページ次ページ毒の爪の使い魔 ――アルビオン・軍港ロサイス―― 戦争が終わってから約一ヶ月。活気が戻りつつあるアルビオンには、連日多くの人が訪れていた。 それはロサイスの周囲を見ても解る。 物売りに来た商人、一山当てようと目論む山師、政府の役人、果ては戦争で会えなかった親戚に会いに来た人、etc、etc…。 訪れる理由は様々なれど、ハルケギニア中の人間がやって来ている事に変わりは無く、溢れ返った人で港は大変な混雑を呈していた。 そんな中、一際目立つ桃色髪の少女が鉄塔のような船着場から下りてきた。ルイズである。 「こりゃ、大変だわ」 ロサイスとその周辺をざっと見回し、ため息混じりに呟く。 嘗ての軍港とは思えない露店の並びようは、まるで降臨祭の続きをやっているかのように感じる。 「何でしょうか、あの名前?」 隣にいつものメイド服姿に大きな鞄を手に持ち、リュックを背負ったシエスタが並ぶ。 シエスタの指差す先に視線を移し、ルイズは悲しげな表情を浮かべる。 それは大きく名前が書かれた木の看板を持っている人達だった。 「戦争で行方不明になった人の名前。その人を家族や友人が探している」 ルイズの代わりに答えたのはタバサだった。 いつもならこういう場合は読書をしている彼女だが、今は本を読んではいない。 その手には本の代わりに、青色のエクレールダムールの花の入った瓶が握られている。 枯れたはずのその花は、今や枯れていたなどと微塵も感じさせないほどに綺麗な花を咲かせ、眩い輝きを放っていた。 その首にはジャンガから預かったマフラーが巻いてあるが、その巻き方が尋常ではない。 二重、三重に巻きつけており、首など全く見えないばかりか、顔の下半分が完全に覆われている。 何故、彼女がこのようなマフラーの巻き方をしているのかと言るのか…、その理由はマフラーの長さにあった。 身長が二メイルほどもあるジャンガが、普通に首に巻いても地面に着こうかという長さのそれを、 小柄なタバサが普通に首に巻けば大部分を地面に引き摺ってしまうのは火を見るより明らか。 『固定化』が掛けられていえ、それではジャンガが大切にしているマフラーに傷が付いてしまうかもしれない。 普通に考えれば鞄に入れるなりすればいいだけだが、タバサはどうしても首に巻いておきたかったのだ。 ではマフラーが地面に付かない様に首に巻くにはどうすればいいか? タバサは考え…その結果、首に幾重にも巻きつけて余る部分を無くす、と言う実に単純な方法を取ったわけである。 そんな彼女にいきなり抱きつく人影。 「きゅいきゅい。お姉さま、あいつのマフラーをこんな無理矢理にでも首に巻くなんて、一途なのね。 イルククゥ、凄く嬉しいのね! 感動物なのね! きゅいきゅい♪」 それは人間に化けたシルフィードであった。先の戦争中に負った怪我が治りきっていないのか、 服の隙間から覗く手や足などには包帯が巻かれているのが見える。 しかし、そんな怪我など微塵も気にしていないのか、シルフィードは元気いっぱいにはしゃぐ。 無論、その正体は皆には秘密だった。表向きには”タバサの妹”で通している。 「ルイズ」 後ろから優しい声が掛けられる。 それが誰なのか、ルイズには直ぐ解った。 急いで後ろを振り返る。 「ちいねえさま」 果たして、それは下の姉であるカトレアだった。 ルイズと同じ桃色の髪をした彼女は、被った羽の付いたつばの広い帽子の下で微笑む。 姉の笑顔に釣られてルイズも笑いかけたが、直ぐ横に並んだ顔を見て表情を曇らせた。 彼女の曇った表情にその人物もまた不愉快な表情を浮かべる。 「その顔は何? おちび」 ルイズは何とか表情を戻しながら、口を開く。 「…何でもありません、エレオノール姉さま」 ルイズの謝罪が終わり、姉エレオノールは大きなため息を吐く。 そして、隣の上の妹を見る。 「いきなり妹と一緒にアルビオンまで行きたい、だなんて…無茶もいい所だわ」 「だって、折角の機会ですもの。ルイズとのお出かけなんて、初めてですし」 カトレアはコロコロと笑う。 しかし、ふと何かに気が付いたのか、気まずそうにルイズを見る。 「ごめんなさいね、ルイズ。あなたにとってはただの旅行じゃないのだし…」 申し訳無さそうに謝る姉の言葉にルイズは首を振る。 「ううん…いいの、ちいねえさま。わたしもちいねえさまと一緒にお出かけが出来て、嬉しいのは同じだし」 それに、と言いながらタバサの持つエクレールダムールの花を見る。 「あいつ…悪運だけは強いから」 ――何故、彼女達はアルビオンへとやって来たか? 事の始まりは一週間ほど前に遡る…。 戦争が終わり、魔法学院へと帰還したルイズとタバサはそれ以来、部屋に籠もりっきりになっていた。 原因はエクレールダムールの花が枯れ、ジャンガの死がほぼ確実となったからに他ならない。 学生や教師の誰が声を掛けようとも、二人は返事すら返さない。 それはまるで、心が抜け落ちて本物の人形になったかのように他者に感じさせた。 そんな風に二人が部屋に籠もってから二週間近くが経ったある日、転機が訪れる。 ロマリアの神官ジュリオがルイズを尋ねて来たのだ。 ジャンガとの甘い夢から目覚めれば、自分の部屋にジュリオがいた。 その”無断でレディの部屋に立ち入った”事実にルイズは当然怒ったが、当の本人はまるで意に介さない。 寧ろ、笑う余裕さえあった。 そんな彼はルイズを宥めながら言った。 ”偉大なる虚無の担い手”である彼女を迎えに来た、と…。 何故、彼が秘密であるはずの事実を知っているのか…、ルイズは訝しげに見つめた。 ロマリアは神学の研究がハルケギニアでも最も進んだ国、そこの神官である自分が解らないはずが無い、とジュリオは言った。 そしてジュリオはロマリアがルイズを欲しがっている事を告げ、ロマリアへと誘う。 しかし、ルイズはその誘いを一蹴した。 ジュリオはそんなルイズの態度に今は身を引くべきと判断したのか、すんなりとそれを受け入れた。 そして、部屋を出る間際に使い魔召喚の呪文、サモン・サーヴァントに付いての講義をお願いした。 ルイズは”それがどうした?”と思っていたが、次のジュリオの言葉に、ハッとなった。 ――その条件は?―― 条件…サモン・サーヴァントを行う条件…。使い魔がいない者が唱えれば、使い魔召喚のゲートが現れる。 そして、一度使い魔が召喚されれば二度と成功はしない。――使い魔が”生きている内”は。 そうだ…使い魔が生きているかどうか、簡単に確かめる方法はあったのだ。 こんなにも身近に…。それに気付かず、ただ泣きはらしていただけの自分は何と浅はかだったのだろうか? ジュリオはいつの間にか部屋を立ち去り、今部屋に居るのは自分だけであった。 ルイズは杖を握り、呪文を唱えようとした時、扉が叩かれたので彼女は驚きのあまり跳び上がる。 ジュリオがまた戻ってきたのか、と思いながらルイズは扉を開ける。 すると、そこには意外すぎる人物が立っていた。 上の姉のエレオノールと下の姉のカトレアだったのだ。 どうして、二人がここに居るのか…。 訳が分からず呆然としているルイズの頬をエレオノールが抓った。 貴族として今の態度は情けない、と言いながら。 聞けば、二人はルイズを心配して学院へと来たらしい。 もっとも、積極的に来たがったのはカトレアであって、エレオノールはその付き添いだったらしいが…。 カトレアはルイズが激しく落ち込んでると思い、その小さな体を優しく抱きしめた。 そんな姉の優しさに元気を取り戻したルイズは姉達の見守る中、サモン・サーヴァントを唱えた。 結果、サモン・サーヴァントは失敗に終わった。 その事実はルイズに大きな希望を与えた。 召喚の失敗は即ち使い魔の存命に他ならず、あの猫が生きているならばアンリエッタも生きているに違いない、と。 ルイズはいても立ってもいられなくなり、大急ぎで荷物を纏め始めた。 それをカトレアが、渋々と言った感じでエレオノールが手伝う。 と、三度扉が叩かれた。 扉が開き、入ってきたのはタバサだった。 一体何をしに来たのだろう? と言う疑問は彼女が手に持っている青く輝く花の入った瓶を見た瞬間に解消した。 タバサの下にも来訪者がおり、来たのはガンツだった。 もっとも、彼はジュリオと違ってタバサに大した励ましのような物はしなかったのだが。 ただ、ジャンガはそうそうくたばる奴ではない、とだけタバサに言った。 そして去り際にエクレールダムールの花に付いて軽いレクチャーをした。 エクレールダムールの花はパートナーが死ぬと枯れてしまうが、その判断基準は可也曖昧らしい。 パートナーが死んでいなくとも、その危険が有ると判断されると枯れてしまうようなのだ。 事実、死んだと思った相手の花が、ある日再びその輝きを取り戻して咲いたという話があるそうだ。 ガンツの話を聞き、タバサは二度と見たくないと、エクレールダムールの花を仕舞いこんだ引き出しを開ける決心をした。 ガンツが居なくなり、いざ引き出しを開けようとした時、窓が叩かれた。 見ればシルフィードが浮かんでいる。未だ傷は癒えてはいないはずなのに…。 タバサは窓を開けた。瞬間、シルフィードは早口で呪文を唱え、全裸の女性の姿へと変身する。 人間の姿に化けたシルフィードをタバサは咎めたが、シルフィードは全く気にしていない様子。 曰く、いつまでも元気が無いタバサを案じ、傷を押してやって来たらしい。 その使い魔の気遣いにタバサは優しく微笑み……お仕置きの一撃を加えた。 頭を押さえながら床を転げまわる使い魔を尻目に、タバサは引き出しを開けた。 直後、青い輝きが目に入り、彼女はこれ以上無い喜びを感じたのだった。 そうして、タバサはルイズの下を訪れたのだった。ジャンガが生きていると教える為に。 かくして、ルイズとタバサ、カトレアにエレオノール、人間に化けたシルフィード、 それに地獄耳で話を聞きつけたシエスタの五人と一匹はジャンガとアンリエッタを探すため、アルビオンへと向かう事になった。 しかし今の時期、アルビオン大陸とハルケギニアを結ぶ船便は行きかう人々で溢れかえっている。 ラ・ロシェールの船着場など、いつかの任務でアルビオンに渡った時とは比べ物にならないほどの長蛇の列が出来ていた。 女王陛下のお墨付きだったり、ラ・ヴァリエール公爵家の娘だったりなどのアドバンテージも混雑を極めた船便には通用しない。 結局、ルイズ達が軍船の定期便に割り込み、ロサイスに到着する時には、普段の倍以上の時間が掛かってしまった。 ロサイス到着の時点で、魔法学院出発から一週間が経過していた。 ――そして、話は冒頭に戻る。 「見つかりますよね…、ジャンガさんとアンリエッタ女王陛下」 心配そうに呟くシエスタの言葉には答えず、ルイズはタバサに尋ねる。 「ねぇ、あなたがあの不届き者と突然現れた怪物と戦ったのって、ここから真っ直ぐ行った所よね?」 タバサはこくりと頷く。 「五十リーグほど」 「随分あるわね…」 徒歩では一日ほど掛かるかもしれない距離だ。 タバサのシルフィードが使えれば楽だったのだが…。 今は大怪我を負っている為、療養中なのだから仕方が無い。 そして辺りを見渡す。 「こんなんじゃ馬も借りれないわよね」 人込みを見て、ルイズはぼやく。もっとも馬を借りられたとしても、元気になったばかりのカトレアを馬に乗せるのは酷だろう。 「結局、頼れるのは自分の足って事ね」 そう言って一歩を踏み出す。瞬間、ルイズは地面に倒れこんだ。 二週間近い運動不足による体力の低下に加え、混雑を極めた船の人込みは彼女に決定的な疲労を与えていた。 カトレアが心配そうにルイズを抱き起こす。 大丈夫と姉に言うルイズだったが、その顔を見れば大丈夫でないのは一目瞭然だった。 そんな彼女を見ながらシエスタが口を開く。 「無理は良くないですわ、ミス・ヴァリエール。どのみちもう夜ですから、今日はここで一泊して明日向いましょう」 そんなシエスタの意見はすんなりと受け入れられた。 無論、一泊すると言っても宿など借りれる訳も無い。 溢れかえる人達に宿は何処もが満室だったのだ。 仕方なく、近くの空き地を適当に見繕い、そこに布を広げて眠る事になった。 エレオノールは「公爵家の者が平民と同じように野宿をするなんて」と露骨に嫌がっていた。 だが「あら、楽しいじゃない」のカトレアの一言に押し切られ、文句を言いながらも折れたのだった。 そこはルイズやタバサには見覚えがある場所であった。 何処かと思えば、赤レンガで出来ていた司令部の前庭である。 恐らくあの時にやって来たキメラドラゴンの群れに破壊されたのだろう。 無残に砕かれた赤レンガがあちこちに散らばり、実に痛々しい光景だ。 だが、そんな恐ろしい事があった場所でも人間というのは適応する力が凄まじいようで、 あっちこっちに天幕を設けて眠っている者も居れば、砕けた赤レンガを『終戦記念レンガ』と銘打って売っている者までいた。 そんな人達に混じり、シエスタはテキパキと準備をする。 布や棒を取り出してテントを張り、転がるレンガを積み上げて即席のかまどを作る。 その手際の良さにルイズもタバサも目を見張った。カトレアは「お上手ね」と笑っている。 かまどが組みあがると鍋や食材を取り出し、シチューを作り出した。 出来上がると、シエスタはおわんによそい、皆に手渡していく。 見ているだけで空腹の身に応える、実に美味しそうなシチューだった。 一口啜ってみると、尚の事その美味しさが伝わった。 「美味しい!」 「えへ、お口にあってよかったです」 続けてタバサやエレオノール、カトレアもシチューを口にする。 感想は揃って「美味しい」の一言に尽きた。 てへ、と笑いながらシエスタは言葉を続ける。 「これ、わたしのオリジナルなんです。ひいおじいちゃんも気に入ってくれていたんですよ?」 「ふぅん、そうなんだ」 「きっとジャンガさんも気に入ってくれると思うんです。同じ国の出身ですし」 「…あっそう」 ルイズはそれだけ返す。 シエスタはそこで妙な抑揚をつけて歌い始めた。 「ひいおじいちゃんと恋人、同じ国♪ 同じ国♪ 同じ国♪」 ルイズは、ギギギ、と音が鳴りそうな動きで首を動かし、シエスタを睨む。 「今…何て言ったのアンタ?」 「え? ひいおじいちゃんと恋人、同じ国♪ 同じ国♪ 同じ国♪ …って歌ったんですけど?」 そこでルイズは我慢なら無いといった感じで、シエスタに噛み付くような勢いで詰め寄る。 「誰が恋人なのよッ! ねぇッ!」 「ジャンガさん」 さして躊躇いも無く、ましてや怖気づいた様子など見せず、シエスタは言い切った。 かは、とルイズは息を洩らす。 ブチ切れそうになったが、ここで冷静さを欠いては相手の思う壺。 必死に堪え、何とか余裕の態度を取り戻す。 「わ、わたしだってあいつにされました! ええ、されましたとも!!」 半ば自棄になって叫ぶルイズにエレオノールは目を細める。 「ちょっと、ルイズ! 今のはどういう意味かしら!? あなた、ヴァリエールの者が亜人なんかと――」 「姉さまは黙ってて!!!」 そう怒鳴りながらルイズはエレオノールを睨み付けた。 その表情は鬼気迫る物があり、それまでルイズが姉に見せた事が無い物だった。 さしものエレオノールも息を呑んだ。…気のせいか、殺気のような物も感じたのだ。 ルイズは姉が黙るや、シエスタに向き直る。 「まず! わたしはあいつとキスをしてるの! 三回もよ!?」 人差し指と中指、薬指を立て、目の前に突きつける。 しかし、シエスタはなんら臆する事無く、寧ろ冷たい目でルイズを見つめている。 「へぇ、どう言った状況で?」 「サモン・サーヴァントで召喚した時に一回! 契約解除された後、大怪我をしたあいつに再契約した時に二回! てなわけで、合計三回もわたしはキスしてるのよ、あいつに! どう、参った!? 参ったって言いなさいよ、メイド!」 一気に捲し立て、怒鳴るルイズ。 だが、やはりシエスタは動じていない。いや、不敵な笑みすら浮かべている。 「それ、どれも契約じゃないですか? カウントに入りません」 「右に同じ」 「契約を数に入れるなんて卑怯極まりないのね、きゅいきゅい」 シエスタの言葉にタバサとシルフィードが同意する。 ルイズのこめかみに青筋が浮かび上がった。と、そこでルイズはある事を思い出した。 「そうよ!? あれがあったわ!」 「あれって?」 シエスタが怪訝な表情で尋ねるのに対し、ルイズは勝ち誇った笑みを浮かべる。 「わたし、この前実家に帰ったんだけど…そこであいつってばね、小船に居たわたしを押し倒したのよ?」 シエスタとタバサ、エレオノールが一斉に反応する。カトレアは楽しそうな微笑を浮かべながらルイズを見ている。 ルイズは得意げに語りだす。 「あ、あいつってば、あ、あたしの事をい、いきなり押し倒して、べ、べろべろ舐めてきたんだから! そりゃもう遠慮の無い舐めっぷりだったわ! お、おお、おまけにむ、胸やす、スカートの中にまで手を伸ばして…。 ほんっっっっとうに失礼な奴だったわ!」 叫びながらルイズはシエスタに指を突きつけた。 「ど、どう!? あ、あんたはそ、そそそ、そんな事された!? されるわけないわよね! ただのメイド風情にそんな事する訳ないし! わたしの勝ち! やったーーーー!!!」 一人勝利宣言をするルイズ。 その眼前に突きつけられた物に表情が一瞬で曇る。 青く輝くエクレールダムールの花。勿論、持っているのはタバサだった。 ルイズは鋭い視線で睨みつける。 「何よ…?」 「ぶい」 ピースサインをして見せるタバサ。 あの時と寸分変わらないポーズである。 ピクピク、とルイズのこめかみが振るえ、体中が震える。 エクレールダムールの花、永遠の絆の証。これ以上無いアドバンテージとも言える、それの存在はルイズには目の上のたんこぶだ。 「な、生意気ね! そんなマジックフラワーで気を引こうなんて!」 「嫉妬」 ルイズを指差し、タバサは静かに呟く。 ルイズは全身を怒りで真っ赤に染めあげ、タバサを睨みつける。 タバサも静かにルイズを見つめる。 そんな二人を横合いからシエスタが睨む。 暫く時間が流れ、三人は同時にため息を吐いた。 「無事…ですよね?」 「当然よ。あんた、あれだけ言って信じないつもりなの?」 シエスタは首を振った。 そんな風に暫く三人はしんみりとしていた。 そんな彼女達を一つの人影が遠くから見つめていた。 翌日、五人と一匹は目的の場所に立っていた。 ほぼ一日を掛けて五十リーグの距離を歩いてきていた為、既に日は山の向こうに沈みかけている。 その沈みかけた日に照らし出された目の前の光景は想像を絶していた。 本来ならば綺麗な草原が広がっていただろうその場所は、戦場の跡地だった。 辺り一面の草は一本残らず焼け、凄まじい力で抉られたようなクレーターが幾つも出来ている。 横に広がる森には奇跡的に被害は見られなかったが、他は酷い有様だった。 「ここで…あったのね」 ルイズの言葉にタバサは重苦しい表情で頷いた。 ――あの日の事は忘れていない。 嘲笑うガーレンに、暴れ狂う謎の怪物。 そして、炎に消えていったジャンガの背。 首に巻いたマフラーをタバサは強く握り締めた。 ルイズは魔法学院の図書館から拝借してきたトリステイン地理院発行のアルビオンの地図を広げている。 近くに村はないか? とシエスタは辺りを見回す。 しかし、既に日は落ち始めている為、周囲は薄暗くなってきている。 と、夜目の利くシルフィードが森の一角にある小道に気が付いた。 「あ、あそこに小道があるのね!」 シルフィードの言葉に他の皆がそちらを向く。 「本当だわ」 小道へと走る。 馬車が通れるほどの広さがあるわけではなかったが、人がそれなりに行き来しているらしく、地面はしっかりと踏み固められていた。 それらを見ていたシエスタが口を開く。 「人の生活の香りがしますわ。もしかすれば、この先に村があるかもしれません」 ルイズは地図を広げる。 この森の辺りには村などは記されてはいない。 だが、このような道がある以上、村もしくは家の一軒でも建っているはずだ。 他に手がかりも無い以上、この道に賭ける他は無かった。 (今度は当たりなさいよ) 嘗て、賭け事をして大損をした経験があるルイズは心の中でそう呟いた。 小道は意外と長く続いており、歩いているうちに日はすっかり暮れてしまった。 しかし、月明かりが道を照らしており、タバサの唱えた魔法の明かりもある為、それほど迷わずに進めた。 「大分、暗くなってきましたね…」 シエスタの言葉にルイズは黙って頷く。 エレオノールが後ろで呆れたようにため息を吐いた。 「だからわたしは言ったのよ、明日にした方が良いとね。それを急ぐからこうなるのよ」 そんな姉を宥めるカトレア。 しかし、確かに道は解るとはいえ、この暗がりをこのまま歩き続けるのは危険かもしれない。 と、その時である。 「ねぇ、ねぇ、お姉ちゃん達、何処行くの?」 幼い子供の声が聞こえてきた。 声の方へとタバサは杖の明かりを向ける。 暗い森の中、あどけない笑顔をした少年が立っていた。 こんな時間にこんな所に何故こんな子供が居るのだろう? 一行の誰もがそんな疑問を浮かべた。 カトレアが少年に近づき、優しく尋ねた。 「坊やは何処の子? こんな時間に外を出歩いていたら親が心配してしまうわ」 「ねぇ、おねえちゃんたち、こんな所でなにしてるの?」 カトレアの質問には答えず、少年はルイズ達に声を掛ける。 ルイズは五歳ぐらいのその少年にジャンガの事を尋ねてみた。 すると、少年は意外な答えを返した。 「うん。知ってるよ」 ルイズとシエスタは思わず詰め寄っていた。先に感じた疑惑などとうに吹き飛んでいる。 「何処? 何処に居るの?」 すると、少年は森の奥へと歩き出す。 途中で振り返り、手招きをする。 「こっちこっち、こっちだよ」 楽しそうに言いながら、少年は再び歩き出した。 ルイズとシエスタは顔を見合わせ、彼の後を追った。 ちょっと、あなた達? とエレオノールが止めるが、二人はどんどん奥へと進んで行く。 そして、カトレアに促されるままエレオノールも後に続いた。 そんな彼女達の後姿を見ながらタバサは、少年が手招く姿を見てから感じていた妙な感覚を考えていた。 「きゅい? お姉さま、どうしたのね…そんな難しい顔をして?」 「…何でもない」 タバサは頭に浮かんだもやもやを振り払うように首を振り、シルフィードと共に後に続いた。 少年は暗い森の中を進んで行く。余程夜目が利くのか、一度も足をとられない。 シエスタも田舎娘ゆえに盛り歩きは慣れた物なのか、比較的軽快に足を運んでいく。 ルイズは木漏れ日のように木々の間から差す月明かりしか頼れる物が無い為、散々に転んだ。 後からやって来たタバサが明かりを持って来た為、漸くまともに歩けるようになった。 少年の姿は既に闇に溶けて全く見えない。 ただ「こっちこっち」と楽しげに誘う声だけが闇の中から聞こえていた。 「まったく、子供の相手なんかするからこうなるのよ。ただわたくし達を、からかっているだけじゃないかしら?」 「まぁまぁ、子供のしている事ですし。鬼ごっこみたいで楽しいじゃない」 ぶつくさと文句を言うエレオノール。 カトレアはコロコロと実に楽しそうに笑う。 やがて、月明かりが差す開けた場所に出た。 発光性のキノコが所々に生え、地面に生えた草も僅かに光を放っている。 その広場の中央に少年は立っていた。 年相応の無邪気な笑みを浮かべながら、少年は彼女達を待っていた。 「こっちこっち、こっちだよ」 手招きをする。 先に来ていたシエスタが辺りを見回していたが、怪訝な表情を浮かべている。 何しろ辺りには家一軒見当たらないのだ。 シエスタは少年に問い詰める。 「ねぇ、君の家は何処? ジャンガさんは何処に居るの?」 しかし、少年は答えない。ただ笑うだけだ。 「ねぇ、あなた…子供だからって、あんまり嘘が過ぎると許さないわよ?」 ルイズが多少怒りを露にした口調で少年を問い詰めた。 「木々よ。森の木々よ。その枝で彼女達の腕を掴みたまえ。その根で彼女達の足を掴みたまえ」 突如響き渡るその声にタバサは目を見開く。 「逃げて!」 慌てた様子で叫ぶタバサに、他の皆は何事かと思った。 しかし、逃げるには遅すぎた。 響き渡る声に呼応するかのように、広場の周囲の森がざわめきだす。 枝が伸び、地面から木の根が迫り出す。 杖を振る間もない。枝が、根が、ルイズ達を捕まえていく。 タバサは逸早く反応したため、それから逃れていた。 『ブレイド』を唱え、生み出された風の刃で枝を、木の根を切り落としていく。 周囲のそれを切り落としながら、タバサは森の中に向って『エア・ハンマー』を唱えた。 空気の塊が森の一角に向かい、木々を吹き飛ばした。 「あ~あ…酷いな。木々が”痛い痛い”って言ってるよ、おねえちゃん?」 そんな事を言いながら暗がりから小柄な人影が姿を現す。 少年とそう変わらないその人影をタバサは睨み付けた。 「あなたは…まさか」 くすり、と笑いながら人影はフードを取り払った。 美しい金髪が月明かりに晒され、夜風に揺れた。 まるで血が通っていないと思えるほどに真っ白な肌をしたそれは少女だった。 そして、その少女にタバサは見覚えがありすぎた。 少女はタバサを見つめると、嬉しそうに笑った。 笑った拍子に開いた口の隙間から、白く光る二本の牙が二個綺麗に並んでいるのが見えた。 「エルザ…」 「久しぶりだね、おねえちゃん♪」 緊張した声で呟くタバサに対し、エルザは無邪気な笑顔で楽しそうに答えた。 前ページ次ページ毒の爪の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8011.html
前ページ次ページオレンジ色の使い魔 オレンジ色の使い魔 第5話 自室謹慎とはなんとも退屈なものだ。 ハミイーが戻ってくるまでは会話の相手さえいない。 ルイズは学科の予習でもしてみようかと思ったが、すでにかなり先まで進めてしまっていることを思い出した。 ベッドに寝転び、どうやって時間を潰すかしばらく考えて見た。 ハミイーから聞いたことについて整理してみるのはどうだろう。 いろいろと驚嘆すべき話を聞かせてくれたが、検証する方法はあるだろうか。 まず地動説が事実だと言う話から。 夜空の恒星がみんな太陽だと言う話も、ハミイーの故郷が他所の太陽を巡る惑星だと言う話も地動説に比べれば 小さいことに思える。 地動説が事実かどうかは、世界認識の根幹に関わること。 大地から太陽までの距離は……何千年も前から多くの学者や神官たちが測定を繰り返している。と、以前に エレオノール姉さまに聞いた。 学院の授業には出てこない豆知識。 どうやって測るのかは姉さまも専門外で知らないらしい。 今の暦を作るのに使われている数値はロマリア天文所のなんとかと言う神官が求めた値で、確か1億リーグを超える とてつもない距離だったはず。 それを半径とする巨大な円の上をこの大地がたった一年で巡っているのなら、この大地は最速の風竜の何百倍も速く 動いていることになる。 だのに、私たちは吹き飛ばされることなく大地の上に立っていられる。 これが地動説の難点のひとつで、他にもいろいろと問題があるらしい。 もっと詳しく聞いておけばよかった。 とにかく、多くの問題を抱えているというのに、地動説を用いて作った暦は天動説で作った暦よりもずっと正確に 出来ている。 天動説では一年の長ささえ正確に求めることができない。 うん、たしかそうだったはず。 天動説にも地動説にも欠陥があると言うことで、それを追求し神の御業を学ぶことはブリミル教徒として正しい 行いのひとつ。 だから、ハルケギニア最大の天文所がロマリアにある。 それら天文所の聖職者たちが学者たちと何千年も議論を続けてきたというのに、未だに天動説では正確な暦が 作れないし、地動説は根本的な難点を解消できていない。 現状では、天文学の専門家でもどちらが正しいのか判断を保留している。と教えてくれたのはやはりエレオノール姉さま。 「うー……受け売り知識を使って、たった二日で証明が出来たら、魔法実技が落ちこぼれでもアカデミーに就職できそうね」 クジン人はどうやって検証したのだろう。 ハミイーに聞けば教えてくれるかもしれないが、いずれ決闘で打ち負かさないといけない相手に聞くのは、悔しい。 「……なんで私、ハミイーなら知ってるなんて思ったんだろ?」 ハミイーの言ってることは作り話で、この大地のどこかに猫の国がある方が自然だって考えたのは昨日のことなのに。 決闘の作戦を考えるために、爆風に身を晒して煤まみれになって協力してくれたから? ハミイーが言うように、自分は子供だ。 子供だから、あの大きな動くヌイグルミに懐いてしまっているのだろうか。 考えても答えは出そうにない。 切り替えて見ることにした。 ハミイーが語った驚嘆すべき話を自分が知るハルケギニアの学問で検証することは難しいけれども、ハミイーの話それ 自体に矛盾が無いか追求することなら自分にも出来そう。 太陽から太陽への航海には昔は何十年も掛かっていたと言っていた。本当ならそれだけの期間、船の中で暮らしていた クジン人が居たことになる。 どんなに大きな船でも、何十年分もの食料を積み込むなんて出来るわけがない。 もし出来たとしても、航海を始めてすぐに腐ってしまう。 クジンは職人の技術が発達している国だと言うから、水魔法に相当する保存方法がありそう。 それでも、何十年もの保存は無理なはず。 ハミイーの話が本当なら、何十年もの航海をどうやって実現していたのか矛盾の無い説明があるはず。 ノックの音にルイズは跳ね起きた。 速記をまとめ終わり、オスマンに提出すると手があいてしまった。 マチルダは状況を考えて見ることにした。 まず、オスマンは何を知っているのか。 あの脅迫めいた言葉は何を意図しているのか。 順を追って考えてみよう。 まず、あの言葉は単なる偶然であり、マチルダの正体について何も知らない場合。この場合は対応を要さないが、 楽観的に過ぎる上に意味がない。 では、オスマンがミス・ロングビルの正体がマチルダ・オブ・サウスゴータであると知っている場合、さらに マチルダが盗賊「土くれのフーケ」であると知っている場合にはどうか。 どちらの場合であっても、あの言葉は脅迫ないし警告だ。 脅迫の場合、要求が伴う。 これまでのことからして、ありそうなのは痴漢行為やもっとおぞましい行為を受け入れるようにとの要求か。 単なる好色な老人と見くびるのは危険だろう。 それらよりももっと恐ろしい要求があるかもしれない。 警告であるなら、自分のいかなる行為を制止するためのものか? そして、自分の身に何が起きるかよりももっと恐ろしい可能性がある。 ウェストウッドの子供たち、わけてもティファニアについて知られている可能性だ。 マチルダは身震いし、小さく頭を振った。 このままでは思考の迷路に陥ってしまう。 自分の行動の選択肢を考えよう。まず二つ。 逃げ出すか、秘書として留まるか。 留まる場合、秘書の仕事に専念することは出来ない。秘書の給料だけでウェストウッドの子供たちを養えるものなら、 誰が好き好んで危ない橋を渡るものか。 では秘書として留まりつつ「土くれのフーケ」としての仕事を続けて大丈夫だろうか? それはオスマンがどこまで知っているのか、そして自分をどうするつもりなのかによる。あまりにも不確定要素が 大きい。 リスクがどの程度あるのか見当もつかない。 では逃げて、別の拠点に腰を据えて盗賊稼業を続けるか? こちらのリスクはある程度は絞り込める。酒場娘と盗賊を兼業していたころとあまり変わりはない。 やはり逃げよう。 新しい拠点に落ち着くまではウェストウッドへの送金を行えなくなる。ひと稼ぎしてまとまった金を送ったら、 ただちに逃げるとしよう。 どこへ逃げる? もちろん、安全な送金手段を確保できる場所でなくてはならない。トリステイン国内では「ミス・ロングビル」 が手配される危険性がある。 したがってトリステイン国外、それも余所者が目立ちにくい大都市だ。 ヴインドボナかリュティスのどちらかだろう。リュクサンブールも各国との往来が激しい都市だが、クルデンホルフは トリステインと繋がりが強い国だ。 到着して目にするのが「ミス・ロングビル」の手配書と言うのではキツイ。 やはり二大国の首都のどちらかだ。 人口流入が激しいヴインドボナは余所者が目立ちにくい利点があり、ガリア王がマジックアイテムを買い集めて いると評判のリュティスなら盗品転売の利益は大きいはずだ。 リスク回避から言えばヴインドボナか。 そこまで考えて、マチルダは重大な問題に気づいた。全身に冷や汗がどっと湧き出す。 もしオスマンがウェストウッドの子供たちのことまで知っていたら、私が逃げ出した後であの子たちはどうなる? オスマンが何をどこまで知っているのか確認するか、あるいはオスマンとあの大猫を亡き者にするまでは逃げる わけにはゆかない。 そのことに今まで気づかず逃げるつもりになるとは、「土くれのフーケ」ともあろうものがオスマンの言葉に 脅えていたようだ。 しっかりしなくては。 もうひとつ、オスマンとあの大猫を殺してから逃げると言う選択肢もあるが、それが可能ならこんなに混乱し悩んだり はしない。 当面は、ブースター・スパイスなる長命不老の秘薬の情報を欲しがっているフリをしよう。 オスマンがミス・ロングビル=土くれのフーケと知っているにせよ、疑っているだけにせよ、逃げ出すよりは ブースター・スパイスについて知りたがる方が自然に見えるはずだ。 実際、もし手に入れることが出来れば、あとは協力してくれる水のスクウェアメイジを見つければ大儲けも夢ではない。 盗賊稼業から足を洗うことさえ出来るだろう。 さきほど取り繕うつもりで問いを発したことは間違いではなかった。 とにかく、しばらくは様子をうかがうとしよう。 勢い良くドアを開けると、使用人のシエスタがトレーを手にして立っていた。拍子抜けしたルイズは、自分が オレンジ色の巨体を期待していたことに気づいて顔をしかめた。 どうやら本当に、あの生きたヌイグルミに懐いてしまっているらしい。 「あ、あの、ミス・ヴァリエール?」 シエスタの不安げな様子に気づいて表情を取り繕う。 「えーっと、シエスタだったわね。あなたには処分は無いから安心なさい」 「お礼とお詫びを申し上げます。私などのために、ミス・ヴァリエールが謹慎処分など……」 「勘違いしないように。私はギーシュをたしなめただけで、あなたを助けたわけじゃないのよ」 「は、はい。お許しください」 「怒ってるわけじゃないから。用件はそれだけ?謹慎中だから、あまり人とお話するわけには行かないのよ」 「パイがお好きとお聞きしましたので、急いで焼いてまいりました」 ルイズは表情を輝かせ、急いでシエスタを部屋に招き入れると念のために廊下を見渡した。謹慎中の身で お菓子の差し入れを受けるなど、寮監にでも知れたら困ったことになる。 午後の授業中とあって寮塔は静かで、どうやら誰にも見られずに済んだようだ。ドアに施錠する。 配膳を始めたシエスタの表情は依然として固いまま。 この使用人はこれまでにも何度かシーツの交換などにこの部屋に来たことがあるが、こんなに固い表情はして いなかったはずだ。 自分とギーシュの決闘や処分についてまだ気にしているのだろう。 こういう場合、何を命じればよいのだろうか? ルイズはあれこれと考えて見たが、シエスタが先に口を開いた。 「あれは……クジン人は危険な生き物です」 「!?何を知ってるの、シエスタ」 「私も曽祖父が遺した言葉を聞いているだけです……クジン人は、人間を殺します」 シエスタはパイを切り分けながら答えた。断面から蛙苺の真っ赤なソースが溢れ、ルイズは大好物を目にしながら 眉をしかめた。 「おやつの時にそういう話するのはどうかしら。第一、無意味よ」 「申し訳ありません。ですが……」 「ハミイーは私が公爵の娘だと言う事も、公爵と言う概念も理解してるわ。この国で公爵を敵に回す意味も理解してる。 私に危害を加えることなどありえないわよ」 ルイズはさらりと答えた。 なにしろ、当然のことなのだから。 同時に、さきほどから気にかかっていたことについて、少し考え直した。 そういえばハミイーも言っていた、クジンは人間の国と何度も戦争をしていると。 やはり猫の国クジンはこの大地のどこかにあって、シエスタの曽祖父はクジンと敵対する国からやってきた人なのだ。 他所の太陽を巡る惑星から人や物がやってきたなどと言う話は聞いたこともないが、遥か東方を意味する ロバ・アル・カリイエ由来の物や人の話は時折は聞くし、そう称するものを目にしたこともある。 ここに居るシエスタの黒髪と黒い瞳も、そのひとつかもしれない。 「どうぞ」 小皿に切り分けられた蛙苺のパイを受け取る。 「ありがと。……ん、美味しい!」 満面の笑みを向けると、シエスタの顔が明るくなった。 「シエスタの曽祖父はロバ・アル・カリイエからいらしたの?珍しい髪の色ね」 「はい、曽祖父はノウンスペースと言っていたそうですけれど。この髪と瞳の色は曽祖父から受け継いだものです。 おかわりを召されますか?」 「お願い。……ロバ・アル・カリイエについて聞いても良いかしら?」 ルイズは少し考えてから尋ねた。 クジンはロバ・アル・カリイエの人間の国と接するどこかにあるのだろう。シエスタの曽祖父が遺した言葉とやらを 聞いておけば、ハミイーの話と整合あるいは追及できるはず。 ロバ・アル・カリイエの人は自分たちの住む地域をノウンスペース……「既知の領域」なる即物的な名前で呼んで いるらしいことがわかった。 これだけでもかなりの収穫。 でも、あちらではハルケギニアをなんと呼んでいるのだろう? 西方? アンノウンスペース? 「曽祖父は変わった人だったそうです。遺されている言葉も語られたそのままじゃなくて、良く判らない部分や、 本当とは思えないところを祖父や父が解釈したものです」 「それで構わないわよ。ありがと」 新しい小皿を受け取り、話の続きを待つ。 「……えーと……まず、ロバ・アル・カリイエにはいくつも国があります」 「ハルケギニアにもいくつも国があるものね」 「曽祖父が生まれた国はプラトーと言って、『あれを見ろ』山と言う大きな山の頂にある平原なんだそうです」 「そんな名前をつけるなんて、何か見た目に変わったところがある山なのかしら?」 「なんでも、山頂の面積はトリステインの倍くらいあるそうです」 ルイズはパイを取り落としそうになった。 「あはは、そんな山を見たら私だって叫ぶかもしれないわね、『あれを見ろ!』って」 何か心にひっかかるものがあったが、ルイズは続きを聞くことにした。 「プラトーは医術がすごく発達していて、手足を失うような大怪我でも必ず治せて、病気で死ぬ人も滅多に居ないんだ そうで……」 「それほんと?!」 シエスタが身をすくめたのを見て、ルイズは自分が椅子から立ち上がって大声を出していたことに気づいた。 視線を落とす。大丈夫、パイは小皿の上に無事に着地している。 「は、はい……。昔は貴族が優先されていたそうですが、曽祖父の居たころは平民も高度な医術の恩恵を受けられて、 他の国からも治療を受けに来る人が多く居たとか。でも、サハラの向こうじゃ私たちにはどうにも出来ませんよね」 ルイズは腰を下ろした。 「あの……」 「ちょっと考えさせて」 少しの間、ルイズは上の空だった。体が弱いちい姉さまを、サハラを越える旅に連れ出せるはずがない。でも、 ロバ・アル・カリイエから医師を招くことはできないだろうか? シエスタの曽祖父がやってきた例があるのだし、方法はあるはず。 「もう大丈夫。話の続きをきかせて」 「はい。ウィ・メイド・イットと言う国は夏と冬には強風が吹き荒れるせいで、街はみんな地下にあるんだそうです。 クジンとの最初の戦争で人間が勝利できたのは、ウィ・メイド・イットの人たちが外から来た行商人から優れた船を 買ったからだとか」 「つまり、ロバ・アル・カリイエよりさらに遠くにも国があるのね。でも、ウィ・メイド・イットって変わった名前の国ね」 「地下の街を作り上げたことを記念して名づけたそうです」 ルイズは想像してみた。 強風が吹き荒れると言うからには話に聞く砂漠のような国で、きっとサハラの東の端に面しているのだろう。 その街を作り上げるまではさぞ暮らしにくかったに違いない。 「ウンダーランドと言う国は何度かクジン人に占領されて、一度は他の国が結成した連合軍が大きな船を飛び込ませて、 住人ごとクジンの占領軍を吹き飛ばしたそうです。でも、今でも近くのティアマットと言う島にクジン人が住んでいるとか」 「……火の秘薬を満載した船を突入させたのね……」 想像して身震いした。 ロバ・アル・カリイエの国々は、戦争に勝つためには手段を選ばないらしい。 「曽祖父の言葉では、ラムシップと言う船をものすごい速さで飛び込ませて、何百リーグもある大きな穴を開けたそう ですけど、実際にはミス・ヴァリエールがおっしゃるとおりだと思います」 「何百リーグは大げさだと思うけど、シエスタの曽祖父の言葉も正しいと思うわよ。ラムシップって言うのは、 たぶん敵の船にぶつけて沈めるための角が付いてる軍船だと思うわ。その角の名前がラムだからラムシップ。 港に突入する前に沈められないように、丈夫なラムシップに帆をいっぱいに張って、すごい速さで飛び込ませたのね」 「何十年も意味がわからずに伝えられてきた言葉の意味を教えていただけるなんて、ミス・ヴァリエールとお話できて 私は幸せです」 ルイズが以前に読んだ年鑑の記述を元に推測してみせると、シエスタは感心した様子だった。 ルイズはパイを食べ終わるまでロバ・アル・カリイエの話を聞き、続きは夕食時に聞くことにして下がらせた。 筆記用具を取り出し、聞いた話を整理してゆく。 催眠術を使う奇妙な生き物が住むダウンと言う国は砂漠が広がっているが、気候そのものは穏やかだという。 ホームと言う国では、一時は住民全員が鎧をまとって暮らしていたらしい。 東西ふたつに分かたれた国であるジンクス国には、筋骨隆々の人々と巨獣バンダースナッチが暮らしている。 馬車を一呑みする巨大な鳥、ロック鳥が住む国マーグレイヴ。 シルヴァレイズのヒマワリは花があるべきところに鏡があって、その群落に日中に近づいた者は光を浴びせられて 焼き払われてしまうと言う。 ウンダーランドで建造された条約締結装置と言う機械のおかげで人が住めるようになったと言う、キャニヨン。 そして、チキューに住む人々は平地人と呼ばれる。 ハミイーはチキューに赴任していたことがあるらしいが、その国は平原にあるらしいと判った。 「ふう。これをシエスタに読み聞かせれば、確認できるわね。ハミイーには、とりあえず伏せておきましょう」 紙束を仕舞い込み、ルイズはもう一度ベッドに寝転んだ。 シエスタから話を聞いたことを伏せたままで、ハミイーに「人類の領地の惑星」について聞いてみよう。 たぶん、ロバ・アル・カリイエの国々を別の惑星と称して説明するだろう。 だが、シエスタに説明を聞いたときから何かひっかかるものがある。 それが何なのか、ルイズには判らなかった。 前ページ次ページオレンジ色の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1634.html
シエスタの父親が持っていた曽祖父の遺品。 どんなものがあるのか私は結構楽しみにしていた。 ゼロ戦は諦めなければならなかったが、それ以外の遺品は交渉しだいでもらえるかもしれないからだ。 そんな胸中だったのだが、シエスタの父が引っ張り出してきた遺品に私は愕然とした。 「なにこれ?眼鏡みたいに見えるけど、少し大きすぎるし」 「私もよくわかりませんな。じいさんは何にも言わずに死んじまったし」 「ねえヨシカゲ。これなんなの?」 ルイズがそれ手に持ちながら聞いてくる。 「……ゴーグルっていう、目を守るための道具だ」 「ふーん」 ルイズもそれを聞いただけで興味を失くしたようだった。 当たり前か。空を飛ぶとかいう道具じゃないからな。 ゼロ戦より興味を引かれるはずもない。 それにこの世界でもゴーグルみたいなものはあるだろう。 なかったとしても作れる。 だからゴーグルなんて私には大した意味は持たなかった。 ゼロ戦を持ってたら少しは必要かもしれないが。 「他に遺品はないんですか?」 「ないですな。じいさんの形見はこれだけなんですよ。日記も何も残してねえし。一つだけ自分が作ったもんがあるけどありゃ自分の墓だったしな」 「そうですか」 だめもとで聞いてみたがやっぱりダメか。 あ~あ、期待して損した。 そういやゼロ戦に乗ってこの世界に来たってこと、戦時中だったんだよな。 そんなときにまともなもん持ってるはずないもんな。 そんなことにも気づかないなんて本当にバカだな私は。 やれやれだ。 「あ、そういやじいさん遺言残してたな」 「遺言?」 戦時中の人間だからな。あれか? 天皇陛下万歳!だとか大日本帝国に栄光あれ!とかか? 戦時中の人間のイメージなんてそれぐらいしかないな。 「確か、墓石の銘を読めるものがあらわれたら、その者に『竜の羽衣』を渡すように、だったかな」 「なんだとっ!?」 「ちょっと!急に大きな声出さないでよ!びっくりするじゃない!」 『竜の羽衣』が、ゼロ戦が手に入るのか! そんな墓石の銘なんて読むだけで!? 「どこにあるんだその墓は!?」 「え、いや、村の共同墓地にありますけど。でもこの国の言葉じゃないし読めないと思いますよ」 共同墓地? 「その共同墓地ってのはどこにあるんだ!」 「ちょ、そんなに詰め寄らなくても!」 「あ、すみません」 危ない危ない。 少し興奮しすぎていたようだ。 「あ~、シエスタ。ヨシカゲさんを墓地にまで連れってくれるか?口で教えるより案内するほうが早いだろ」 「初めからそのつもりだけど」 「だそうだ。ヨシカゲさん」 「じゃあシエスタ、すぐ連れていってくれ」 私ならその墓石の銘が読めるだろう。 この世界の住人に読めない。 そしてその銘を刻んだのが日本からの来訪者。 そう考えると刻まれている銘が何語かなんて簡単に見当がつく。 九割九分九厘間違い何だろう。 「わたしも行くわ。面白そうだし」 勝手にしろ。 そうだ、確認しとかないといけないな。 「墓石の銘が読めたら本当に『竜の羽衣』貰ってもいいんですよね」 「ああ、管理も面倒だし、拝んでる村人もいるが、はっきり言って村のお荷物だからな」 「それを聞いて安心したよ」 「それにしても本当に読めると思ってるのか?本当に変な字だぞ」 いつの間にかタメ口になってるな。 別にいいけど。 「読めるさ。同じ国から来たんだからな」 「え、同じ国?」 「そうだ。早く行こうぜ。シエスタ」 「ちょっと待ってくれ」 ああ? 何だよ五月蠅いな。 「遺言にはまだ続きがあるんだ。その銘が読めた奴に告げて欲しいって言われててな。読めるんなら今伝えとこうと思ってよ」 「続き?」 「ああ、『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、だってさ」 「なるほど、天皇にね。わかったよ」 そう返しながら私たちは共同墓地へ向かった。 誰が返すか。 それに元の世界に戻る術がないから返そうと思っても返せないよ。 共同墓地に着き、早速墓地を見渡してみる。 するとシエスタの曽祖父の墓はすぐに見つかった。 白い石でできた幅広の墓石の中、一個だけ形が他とは異なる黒い石でできた墓石。 明らかに日本の墓だ。 「変わったお墓ね。もしかしてヨシカゲの国のお墓?」 「ああ」 「そうだったんですか」 そんなことはどうでもいい。 墓石に刻まれている墓碑銘を見てみる。 やっぱり予想は当たっていた。 予想通り墓碑銘は日本語で刻まれていた。 「海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル」 「はい?」 刻まれている日本語を読み上げる。 もちろんこれを自分が読んだという証にだ。 しかし唐突に読んだためかシエスタは目を丸くしていた。 仕方ない。説明してやろう。 「これに刻まれている墓碑銘だ」 「え、そうなんですか?」 「あんたよくこんな字読めるわね」 「母国語何だから読めて当然だ」 しかしこれでゼロ戦は私のものだ! 諦めていたがこんなにたやすく手に入るなんて! このさいだからゴーグルもついでにくれるよう頼んでみるかな。 あれ?そういやどうやって学院まで持って帰るんだ?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1243.html
一晩眠って、ふっきれたわけではなかったけど、少し開き直っていた。 ゼロだろうとエロだろうと馬鹿にされているという点では変わらないし、事実であるという点も変わらない。 評価が上下しようと事実が動くわけでもなし、あんた達好きに言ってなさいよってこと。 単純で苦しいとは思うけど、自分を鼓舞する……というよりどうでもよくなっていた。 グェスは朝になったら隣で寝ていた。何この女。 「ねールイチュ、今日の朝ごはん何出ると思う? チーズ味のペンネ出ないかな」 「……さあね」 昨晩あれだけやりあったというか一方的に蹴ったり殴ったり罵倒もしたのに、グェスは全然頓着していなくて、何も無かったかのように振舞っている。 ひどいこと言っちゃったな、とか、いきなり暴力はなかったかな、とか、ご主人様の威厳を保ちつつ仲直りするにはどうしようかな、なんてことで悩んでたわたしが馬鹿みたい。 これは彼女なりの優しさなのか、それとも脳みその代わりに別の物が詰まってるくらい底抜けにタフだからなのか。たぶん後者。 「おはよーミッキー、老師。なんか昨日大変だったみたいね」 「そちらも色々あったようじゃが」 「お二人とも元気そうですね」 「元気元気、あたしとルイチュは元気で仲良しなのォ」 グェスは屈託無く笑ってた。命をかけた戦いの末、顔面どころか全身が変形するくらいボッコボコにぶん殴られた翌日だとしても、「はーい元気?」なんて言って胡散臭い笑顔で話しかけてくるんだろう。 驚くというより呆れるけど、今朝はこの無神経さがありがたかった。 「そうそう、ミキタカ。あんたキュルケやタバサと何やってたの。ぺティだけじゃなくギーシュやモンモランシーまでいたみたいだけど」 「それはタバサ会ですよ、ルイズさん」 タバサ会? タバサのファンクラブ? おっぱいは小さい方がいい派? それならわたしだって……。 「タバサ会とはタバサさんを中心にした勉強会です。使い魔たちにこの世界のことや文字などを教えているんです」 「なんだ、やっぱり勉強会なんだ」 「なんだと思っていたんですか?」 「……そりゃもちろん勉強会よ」 タバサが中心ってのは意外だけどね。あの子ってそういうの嫌がりそうじゃない。 「はじめはタバサさんとキュルケさん、ドラゴンズ・ドリームさんだけの勉強会だったのですが、私と老師も混ぜてもらいました」 ドラゴンズ・ドリーム? あのドラゴンか。変な名前。 「老師からギーシュとモンモランシーさんにも伝わって、人数が増えたのでシエスタさんがお茶を用意してくれたりもした、というわけです」 シエスタか。どうせミキタカにひっついてきたんだろうな。 「なぜ中庭でやってるの?」 「図書館でやっていたそうですが、ドラゴンズ・ドリームさんが騒ぐので追い出されてしまったとか」 「ふうん」 「タバサさんの教え方は大変ためになります。とても分かりやすいです」 なるほどぉ。対人スキルは最低ってタイプかと思ってたけど、案外あの子もやるようね。 「グェスさんも参加するといいですよ。文字が分かれば何かと便利ですから」 「だそうよ。どうする、グェス?」 「そうねェ」 フォークとナイフを置き、腕を組んだ。 「正直勉強ってやつは好きじゃないんだよね」 うん、知ってた。あんたってそういうタイプよね。 「でも今回は参加してみようかな」 むっ。これは予想外。 「ちょっと思うところあってね。あたし今燃えてるんだ」 だらしがない、やる気がない、仕える気もない、ないない尽くしのグェスがいつになく燃えている。 ただし、本人がそう言ってるというだけの話。 タバサ会――誰のネーミング?――でのグェスは、学習意欲があったとは到底思えない。 ただ、他との比較でいうなら多少はあったと言えるかもしれない。 なぜなら会はわたしが考えていたものとは少し違っていて、婉曲的表現を使うとすれば、自由かつ奔放なものだった。 「えッ!? あんたらも水族館にいたの? あたし以外にも『心の力』を使うヤツがいたのね……無茶しなくてよかった」 「水族館はオレの生まれ故郷ダぜ。何十年もアソコで暮らしてきたンだッツーの!」 「わたしは懲罰房くらいしか存じておりませんが。ゲロッ」 訥々と文字の読み方について教えるタバサを他所に、教師役以外の全員が雑談に精を出していた。 や、わたしは真面目に聞いてるんだけどね。タバサかわいそうだから。 「ロッコバロッコっていたよねー、あのイカレ腹話術士」 「キュイキュイッ! いたいた、クソ所長ナ。シャーロットはなかなかセクシィーだったよナァー」 「ヨーヨーマッ! のっかりてェー……セクシーさでございましたねェ」 今、タバサが微妙に反応したような……気のせいかな? 「あとさ、七不思議女」 「あの黒人ナ。男子監の方でも有名だったゼェー」 「あの方もまたのっかりてェェェェェお美しさでした」 「自分の小便飲むジジイは知ってる? 頭おかしいって有名だったらしいけど」 「……聞いたことねェナ。ゼンッゼン覚えがネェーぜ」 「ノストラダムス信じて人殺しまくった間抜けポリ公のこと知らない?」 「……全く、少しも、ビックリするほど初耳でございます」 機械的に相槌を打つヨーヨーマッとドラゴンズ・ドリーム……の腹話術をしているタバサで「水族館」とかいう場所の話をして盛り上がっている。 ていうかこれ腹話術でもなんでもないよね。わたしタバサにまでタバカられてた? いや駄洒落じゃなくて。 「地獄へ行け、だなんて念を押されたんだ、ねっ、ねっ」 「酷い事をするヤツもいるもんだなあ。そのロハンってヤツは間違いなく悪魔だ」 「いじめられたよ、つらかったよ……ねっ」 「安心したまえチープ・トリック。ぼくは君をそんな目に合わせたりしないからね」 こっちはこっちで聞いてないし。 声が漏れてくるだけで大釜の中で何をしているのか分かったもんじゃない。 まさか自分の使い魔と……ちょっと新しいわね。文字通り釜を掘る……ふふっ、上手いこと言っちゃった。 「老師、ギーシュは大丈夫なんですよね」 「心配することはあるまいよ」 ぺティとモンモランシーは何かボソボソ話してる。 ギーシュのことで相談しているみたいね。 「べつに、わたしはアレの恋人でも何でもありませんけど……」 嘘つけ馬鹿。あれだけ見せつけてよく言うわね。 「でも、目の前で死なれでもしたら目覚めが悪いし」 「死にはせんじゃろう」 「老師がおっしゃったことは本当なんですよね? ギーシュは大地っていう」 「でまかせというわけではないが……こうなればいいと思ったことを口に出しただけじゃ」 ぺティも大概いい加減ね。 「そ、そんな。それじゃギーシュは……」 「こうなればいい、ということを信じれば理想に近づく。今必要なのは生きる気力。目的じゃ」 「でも……」 「心配しなさるな。あの若者、ああ見えて強かに生きておる。少々の悪条件はものともせんよ」 なんていうかこの爺さん、無理矢理いい話っぽく締めるの得意じゃない? モンモランシーも感じ入った顔してるし。忘れちゃだめですよー、この人は『あの』ミキタカの使い魔ですよー。 「ミキタカさん、サンドイッチ美味しいですか?」 「ええ。ティッシュペーパーよりも美味しいです」 出たなァァァ……またいちゃついてからに。 不順異性交遊を脇から眺めるのは嫌いじゃありませんけどね、あんた達に限っては別。大いに別。 後からのこのこ出てきたくせにシエスタの彼氏面してる変人メイジに災いあれ。 義務としてルイズヒップアタックを敢行し、二人の間に割り込もうとしたけど押し戻された。 ミキタカではなくシエスタの手で。意外な展開に目を見張る。 「ちょ、ちょっとシエスタ。あなた勘違いしてるんじゃない?」 「……」 「あのね。えっとね。わたしは場も弁えずにべたつくあなた達を注意しようと……」 「へぇ……ほんとにそれだけなのかなぁ……?」 え? ええ? な、なに? シエスタが言ったのよね? シエスタなのよね? 「あの……どういう意味?」 「べ、べーつーにー?」 「言ってごらんなさいよ」 「最近、ミス・ヴァリエールの目、ちょっと怪しいなと。そんな風に思っただけです」 シ、シエスタ……ちょっと見ない間に強い子になって……。 でもそんなあなたを……そんなあなたを見たくはなかった……! 「ほんと……今日は暑いですわね。夜だというのに汗が止まりません」 おおっ……胸元をはだけて、かきもしない汗をハンカチで! え、シャツのボタンまで!? な、なんてサービス精神……ゴクリ。やはりわたしが睨んだ通りの隠れ巨乳! 抑えられない色気が立ち上る……うう、その向かう先がわたしだったらよかったのに。 シエスタ。その美しい胸じゃなく机の上の二十日鼠に目をやるような男のために……ああ……。 「ぷっ」 え? 今シエスタ笑った? わたしの胸見て笑ったよね? そんな……はにかみ屋さんで頑張り屋さんで隠れ巨乳だったシエスタが……。 優しげな兎の瞳が狡猾な狐の眼に変わってる。恋は女の子を女に成長させるのね。なんて残酷なの。 わたしにできることといえば、ミキタカのために為されたサービスを横から覗き見ることだけ。 惨めね。シエスタと仲良くなりたい、そんなささやかな願いさえぶち壊された。 ミキタカはシエスタの作ったサンドイッチを残さず食べ切り、バスケットケースにかじりついた。 にこやかにそれを押しとめる様はまるで世話女房みたい。 チラッとわたしを見て、勝利の微笑み。なんてかわいい笑顔。それだけに皮肉。 ああ、嘆息。わたしは完全な敗北を喫した……二人から離れることしか許されない。 さよならシエスタ。わたしはあなたとお友達になりたかった。 二人を置いてすごすごと元いた席に戻る。ただただ悲しい。 「ルイズ、そっちも大変みたいだね」 「うるさい! 何慰めてくれてるのよ、マリコルヌのくせに!」 このデブちんはまったく空気を読めないんだから。 だいたいこいつがここにいること自体がおかしいのよね。蛙に勉強させてどうしようっていうのかしら。 マリコルヌ曰く、 「ぼくがこいつと心を通わせられないのは言葉が分からないからかもしれないって思ってさ」 ってその発想自体が現実逃避してるっていうのよ! いい加減で現実見なさい! あなたの蛙は妙なナリってだけでただの蛙でしかないの! 言葉教えたって分からないし、心が通じないのは単なる実力不足! 隅っこでろくに動きもしない使い魔相手にぶつぶつお喋りする姿が気色悪いのよ! わたしとグェスを見習いなさい。力が無いという現実を見つめながらも向上心は忘れずに…… 「ギャッハハハー! マジかよ! 教戒師の神父、あのヘアスタイル受け狙いじゃなかったのかよ!」 「しッかもあのデンパヤロー、実はホワイトスネイクなんダッツーの。コレ秘密なんだけどヨォー」 ……忘れてないわよね? 「情けない。本当に情けないわ」 くっ、やっぱりこいつが出張ってきたか。 「何が情けないのよ」 「横合いから殿方をかっさらわれるのがヴァリエールの伝統なんでしょうけどね」 何勘違いしてるんだか色狂い。シエスタのどこが殿方だっていうのよ。 ……え、まさかとは思うけどわたしが知らないだけでシエスタが男だったりしないわよね。 あれだけ存在感のあるおっぱいを有していて、かつ、下にも一本ぶら下げている……人類の夜明けね。アリだわ。 「出し抜かれて悔しくないの?」 「うるさい」 「アピールが足りないんじゃない? 胸が足りない分そっちで頑張らなきゃダメよ」 「うるさいって言ってるのが聞こえないのお熱のキュルケ。あんたは向こうで熱湯作ってなさい」 わたしに憎まれ口を叩かれようと、キュルケの余裕は崩れない。風邪っぴきと罵られてどもるマリコルヌなんかとは大違い。 こういうところに憧れちゃうのよね。冷静に考えてみると、こいつってわたしのコンプレックスを象徴するような存在かもしれない。 「あたしは微熱。お熱はあんたの頭でしょ。胸や魔法だけじゃなく頭までゼロだったのかしら」 やっぱり嫌な女。顔真っ赤にして涙目でうつむいてやる。少しは気まずくなるがいいわ。 「えっと……ほら、見ろよ。今日もミス・ロングビルが壁歩きしてる」 なぜかその空気に耐えられないマリコルヌ。あんた関係ないでしょう。 「あら、本当。ここのところ毎晩出てるみたいね」 「そうなの? わたしは昨日初めて見たけど……やっぱり院長のセクハラでストレス溜まってるんでしょうね」 「更年期障害ってやつなんじゃない?」 「君たち本人がいないと無茶苦茶言うなぁ。案外宝物庫を調べてるんじゃないか」 「なんでそんなことするのよ」 「今話題の盗賊がいたろ。貴族相手にしか盗まないっていう」 「ああ、土くれのフーケとか……ミス・ロングビルが土くれのフーケっていうの? それ、無理あるでしょ」 マリコルヌってば真面目な顔でとんでもないこと言うわね。 「呼びかけてみれば分かるんじゃない? フーケって呼んで返事をすればフーケなんでしょ」 キュルケも笑いながらひどいこと言ってるし。 「フーケさーん!」 ……え? 「フーケさーん! 聞こえていますかー!」 ……は? 「フーケさーん!」 ちょ、ちょっとミキタカ! あんた何やってるの! うわ、みんなこっち見てる。ミス・ロングビルまでこっち見てるじゃない。 「呼べばいいんですよね。フーケさーん!」 誰もそんなこと言ってないって! 慌てて口を押さえたけど、ミス・ロングビルはどこかに消えていた。 あーあ、一人で壁歩き楽しんでたんでしょうに。悪いことしちゃったわね。 「あんたは軽口と本気の区別もつかないの!」 そりゃキュルケじゃなくても怒るわ。 「だからグラモンの人間は困るっていうんだ」 いいぞマリコルヌ、もっと言ってやれ。 「待て待て。聞き捨てならないぞ。ド・グラモン家の人間が全員ほら吹きであるかのような言い方じゃないか」 「当たってると言えば当たってると思うけど」 「モンモランシー! 悲しませないでおくれ美しい人。ぼくは君のためなら全てを投げ打ち……」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2745.html
前ページ次ページゼロと聖石 その日、タルブ村は地獄だった。 逃亡したチョコボを連れ戻すための作戦。 その下準備のために集められたハシバミ草。 民家ほどの山になって積まれている。 それらが抽出され、鼻詰まりも一発で治りそうな臭いが立ち込める。 全身がハシバミ臭に犯される。 誰か、この状態を解決してください。 それだけが、私たちの望みです。 ―――デュライ家日記帳・通称デュライ白書より むせ返るようなハシバミ臭。 旅人も鼻をつまみながらこちらを見る。 私だってこんなことやりたくない。 目を瞬かせながら、一心不乱にハシバミエキスを作る。 タバサだけ嬉々として作っているのは気のせいだろう。 気のせいだと信じたい。 順調にハシバミ草が無くなり、樽にして五つ分のハシバミエキスが完成。 夕方のことだった。 どの道、村にハシバミ臭がする限りチョコボは寄ってこない。 つーか私たちも離れたい。 タバサだけはなんだか心なしかうっとりしている。 おーい、かえってこーい。 村のハシバミ臭を消すために奮闘したら、時間は夕方。 今から森に入ると危険なので、作戦決行は明日にして、今日はゆっくり休む。 シエスタの家では鶏肉を中心とした食卓で出迎えられた。 シチューやソテーを皆で食べる。 これはうまい。 今までの鶏肉とは一味違う、濃厚でコクのある味だ。 「シエスタ、この鶏肉おいしいわね。なんていう料理なの?」 私たちは思った。 世の中知らなくていいことはいっぱいあると。 昔、旅行先で蜂の子のフライを食べさせられたとき以来の思いだ。 「チョコボのシチューです。栄養がいっぱいでおいしいですよ」 ちょっと、マジですかシエスタ。 地獄を見る羽目になった動物の肉ですか。 ギーシュとタバサ、キュルケの顔色が青ざめたものに。 って、ちょっと待て。 たしか鶏肉のソテーもあったはずだが――― 「タルブ名物、チョコボ料理です。おいしいですよね」 食べてしまったものは仕方が無い。 冥福を祈りつつ、残さず食べよう。 「あー、僕はちょっと節制中でね」 「逃がさない」 逃げようとするギーシュを捕まえ、席に座らせる。 ナイス、タバサ。 キュルケは偏見を捨て、おいしく頂いているようだ。 思い出さなければ、味はいいのだ、味は。 全員がチョコボ料理で満腹になり、思い思いの夜を過ごしている中、私は散歩に出た。 外は満月、月明かりが気持ちいい。 森と反対側には草原が広がっていて、今は月明かりの舞台となっている。 「ねぇ、アルテマ。貴女はどうしてこの世界に来たの?」 「それは、貴女がヴァルゴの、血塗られた聖天使の魂を受けるにふさわしい者だったから」 背後からの声。 けれど、振り向かない。 「血塗られた聖天使って?」 「万物を支配する真理より解き放たれた存在、それが聖天使。『血塗られた』は神に逆らった際につけられた」 今までに疑問に思っていたことが、あふれ出る。 「あの、死んだ都は?」 「海中に沈んだかつてのミュロンド。死せる都ミュロンド」 彼女の姿は見ない。 一方的な質問は続く。 「じゃあ、今の貴女はアルテマなの? それとも私なの?」 「全ては虚栄の闇が払われ、力の塔の頂にたどり着いた時に解る」 聞くべき事は聞いた。 最後に、一つだけ呟く。 「魂が融合した果てに出来るのはアルテマかルイズか、そういう二択ね」 「あるいはそのどちらとも取れない、まったく新しい半人半天か」 振り向き、顔を合わせる。 赤いレオタードをイメージさせるような服。 服に合わせた赤いブーツには、羽をあしらった二本の剣。 そして、背に純白の翼と頭に生える二つの翼。 目の前にいるのは、四対の翼を持つ天使。 「初めまして、それが本来の姿なのね」 「この姿で話すのは久しぶりだ」 月明かりの下、一人の人間と天使が顔を合わせる。 お互いの表情は穏やか。 アルテマの喉元に杖が突きつけられ、ルイズの両肩に剣が乗せられる。 「悪いけど、そう簡単に負けるつもりは無いの」 「それでこそ、私が選んだ肉体だ」 ルイズが杖を引き、アルテマが剣を地面に突き立てる。 「我が魂の器が、接近戦の一つも出来ないのは腹立たしい」 「心遣い感謝します」 剣を引き抜き、柄を支点に一回転。 驚くほど軽い。 「次に会うのは、おそらく戦場ね」 「いずれ、この世界に大きな戦いが襲う。そう遠くない時に会えるだろう」 瞬きをした瞬間に、アルテマの姿は消えていた。 「あ、ルイズ様!」 代わりに、町の方向から走ってくるシエスタ。 多分、私が抜け出したことに気が付いたのだろう。 戻ろう、私の世界に。 アルテマが降り立った、幻想の舞台を後にし、シエスタの元へと歩いていった。 アルテマが存在した証の剣を持って。 翌日早朝。 朝もやのかかる森の中。 チョコボの縄張り外周に撒かれる液体。 風を起こし、液体の持つ刺激臭を縄張りの中心に送り込む。 数秒後に響くチョコボの鳴き声に、成功を確信する。 村のチョコボ農場に誘導するようにハシバミエキスを撒き、行動を徐々に限定させる。 その様子を、私は村から眺めていた。 私の予想が正しければ、あのチョコボだけここに来る。 あの赤いチョコボは、絶対に。 念のためにハシバミエキスを撒いて、寄り付かないようにしてある。 対チョコボ用の結界が張られた空間に、一匹のチョコボが入り込む。 赤い羽根のチョコボ。 お互いの姿が確認できた瞬間に、勝負は決まった。 「命に飢えた死神達よ」 チョコボが羽を振り下ろすと同時に現われる巨大な岩。 対するルイズは詠唱の大部分をあらかじめ終わらせた魔法が発動する。 「汝らにその者の身を委ねん…デス!」 岩が着弾する瞬間にシエスタが私を突き飛ばして割り込む。 私の魔法が赤いチョコボの命を刈り取り、シエスタが巨大な岩を受け止める。 シエスタのパワーで吹き飛ばされた私も、岩をまともに受け止めたシエスタも相当なダメージを負う。 倒れたまま首だけを動かして作戦の成否を見る。 チョコボ達が、チョコボ専用の牧場に入って行くのがよく見えた。 それを確認して、ゆっくりと眠り始めた。 「お、戻ってきたな。仕事の成果を話してもらおうか」 以前、仕事を斡旋した貴族の子供達が結果報告に来た。 「私達は王都トリスタニアを出発して、タイニーフェザー退治に出発したわ」 「いい予感がしてた」 「圧倒的な数のタイニーフェザーが群れを形成している中、がんばって仕事をしたんだ」 「その結果、無事に退治することと、新しい道の開拓に成功しました」 「近くのタルブ村の住民がお礼として宝箱を持ってきた」 「私がその中身を確認すると…タイニーフェザーの卵が入っていたわ!」 「よって、この仕事は大成功したと言えるわ!」 「今回の仕事の結果報告は以上よ」 成果:チョコボ(タイニーフェザー)の卵二個。 古代の船と機関部 「おっ、凄いもの見つけたな。それは財宝って言って、とても価値があるぜ!」 とりあえず卵は大事に育てて、船はコルベール先生に復元してもらおう。 今後が楽しみな卵を抱えながら、どんなチョコボが生まれるのかを思うのだった。 前ページ次ページゼロと聖石
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4671.html
前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「うーん……」 ルイズは一人唸っていた。 自室のベッドに腰掛け、あごに手を当て考え込んだかと思うと、頭を抱えて俯いたりと落ち着きのない姿を見せている。 ふと、窓を見ると空が赤いことに気づく。 いつの間にか日が暮れていた。……そんな風に思えればどれだけ嬉しいだろうか。 ルイズの心中は、しつこくも地平線の上で粘り続ける夕日に対する憎々しげな気持ちで一杯だ。太陽など早く沈んでしまえばいいのに。 太陽が沈めば夜が来る。待ちわびていた夜が来る。 夜が来れば……。 夜が来れば? 夜が来たところで何も変わりはしないじゃないか。 夜が来たところで…… 「することがない……」 ルイズは暇を持て余していた。 ギーシュとの決闘の後、ルイズとギーシュには学院から処罰が下されることとなった。 謹慎5日間。 今日はその初日である。 謹慎期間中は授業には出られず、食事も自室でと、基本的に寮から出ることは出来ない。唯一の例外は風呂だが、それも時間を指定され、好きな時間に入ることはできない。 規則を破り、勝手なことをした分、勝手を、自由を制限される。 朝食、昼食と、シエスタが食事を持ってきてくれたので、その僅かな間だけは暇を持て余さずにすむが、それ以外は己一人、部屋の中にあるものだけで時間を潰さなければならないのである。 朝食をとった後、モッカニアの『本』の魔術審議の場面を読んでイメージトレーニングをし、魔術審議を行った。 続いてその成果を試すために黒蟻を呼び出していろいろと操ってみる。実践を積んだからだろうか、7匹同時に操ることに成功した。 ルイズとしては出来ることなら一日中でも魔術審議をしていたいところだが、魔術審議はやりすぎると混沌に近づきすぎて命を失う可能性すらある。 司書養成所であれば指導教官がその辺りを見極めて危険な領域に行く前に止めてくれるのだが、流石にモッカニアの『本』が止めてくれたりするわけは無い。そのあたりは自分で少しずつ限界を見極めていくしかない。 仕方なく魔術審議を打ち切った後、系統魔法のトレーニングをしようと思ったのだが、思いとどまる。部屋の中でトレーニングを行ったらルイズの場合取り返しのつかないことになってしまう。仕方なく、窓の外へ向かって魔法を放ったところ、教師から叱られた。 危険だ、と。 それはルイズ自身にも否定できない。 ルイズのすぐ横で窓ガラスがびりびりと震えていた。もう少し近くで爆発が起きてしまったら、おそらくガラスが割れて大変なことになっていただろう。 こうしてやることが無くなった。 部屋を見渡す。 暇な時にすることといえばやはり読書だろうと思ったが、今部屋の中にある本はモッカニアの『本』を含め全て読んだものばかり。 学院の図書館の品揃えが充実しすぎているため、いくつかの手元に置いておくべきと判断した本を除いて本は買わないようにしている。そして、必然的に手元に置く本というのはもう幾度と無く目を通したものばかりである。 モッカニアの『本』を除けばもう読み飽きたというのが実情だ。時々無性に読みたくなることがあるから手元に置いてあるのだが、暇なときに限ってそういった欲求が生じないものである。 ならばモッカニアの『本』を読めばいいではないかと思い、実際に読んではみるが……。『本』を読むという行為は、本を読むのとは違うのだ。『本』はほんの僅かな時間で莫大な量の情報が頭に流れ込む。 読み疲れるまで読んだところで、時間はどれほども流れていない。暇を潰すのには向いていないものなのだ。 ならば、手遊びに趣味の編み物でもやろうかと思ったが、ハルケギニアにもモッカニアの世界にも例を見ない革新的な毛糸の塊が出来つつあるのを見てやめた。 その後本棚の整理をしたりいろいろと足掻いた揚句、2時間ほど午睡し、目が覚めたらやっと空が少し赤らみ始めていたところだった。 やっと、日輪が地平線の下に沈みきった。 まだ空は明るいが、しばらくすれば夜の様相を示すだろう。 そこからまたしばらくの後、シエスタが夕食を持って来てくれる筈だ。それまでの辛抱。 夕食さえ来てくれれば、あとは精々のんびりと味わい、しばし食休みをし、後は入浴、そして睡眠と時間を持て余す暇はないだろう。 ならば、後は夕食が来るまでの時間を如何に過ごすかだけだ。 (あぁ、早くシエスタが来ないかな) そう思ったのと同時に、自分がついさっきまで寝ていたことを思い出す。 服に皺ができている。そんなに気にするほどのものでもないように思えるが、貴族たる者、人に見られる時はきちんと身だしなみを整えておかねばならない。 シエスタが来る前に身だしなみを整えねば。場合によってはシャツを取り換える必要もあるか? そう思い、姿見の前に立ち己の姿を確認する。多少皺が付いているが、わざわざ着替えるほどではないか……。 なんだか胸のあたりの皺が少し目立つように思える。 (むう) それは胸周辺の布地が余っていますと言わんばかりに思えてくる。 ルイズは己の両の二の腕で、左右から胸を寄せてみる。 しかし、そのようなことをしても平原は平原のまま。地殻変動で山が隆起することもなければ、渓谷が現れることもなかった。 「ぐうぅう」 ルイズの口から悔しげな呻き声が漏れる。 (いや、あきらめるな!) 私はこれから成長期だ。ルイズはそう己に言い聞かせる。 そして、縦しんばこれ以上の成長がならずとも、間もなく完成するはずだ。完成させるはずだ。アカデミーに勤める姉、同志エレオノールが、禁断の肉体改造魔法を完成させてくれるはずだ。 それまでの辛抱。今はただ耐えればいい。 しかしただ耐えるだけの日々も辛い。 ならば、その日が来るまでは、今あるものだけでいかに魅力を引き出すかを考えねばなるまい。 「こ、こうかしら?」 ルイズは鏡の前で腰をひねりしなを作ってみせる。 「んー? これもいいなぁ」 空が夜の様相を示し始めても、ルイズは鏡の前でポーズを取っていた。 「これか?」「これか?」「これか?」「これか?」 次々と、かわるがわるポーズをとっていく。 ルイズは己の魅力を如何に引き出すかに夢中になっていて、時間の経過も忘れていた。 そして、周りの音も聞こえなくなっていた。 「こっちのほうがいかなぁ?」 「あ、あの……」 故に背後からかけられたその声にも気づかなかったし、その前に幾度も繰り返されたノックの音にも気づかなかった。 「あ、あの! ミス・ヴァリエール!」 背後からかけられるその声が、気勢を強くしたことで、やっとルイズはそれに気づいた。 そして固まった。 人差し指を立てて口にあて、ウィンクした状態で固まった。今にも「禁則事項です」と言いそうな姿勢で固まった。 「も、申し訳ありません! ミス・ヴァリエール! 何度もノックして、返事もないのでその眠ってらっしゃるのかとも思ったのですが、ご飯が冷めてしまったら、その、何と言うか、申し訳ありません」 声の主はシエスタだった。 メイドとしてそれ相応の教育を受けているシエスタではあったが、鏡の前でかわるがわるポーズをとる貴族への対処の仕方など知らなかった。いや、それが貴族でなく平民のメイド仲間であろうと、シエスタには状況を乗り切る術など持ってはいない。 しどろもどろになりながら、とりあえず頭を下げる。 ギ、ギ、ギ。 そんな音が聞こえてきそうなぎこちなさで、ルイズの首が回り、シエスタの方へ向く。 その顔には、何かいろいろな表情が混ざり合ったような微妙な表情が張り付いている。 「も、申し訳ありません!」 シエスタは改めて頭を下げる。 「アラ、ナニヲアヤマッテイルノ? しえすた」 ルイズが口を開いた。 「え、あのその、お、お取込中のところ、失礼してしまって……」 「オトリコミチュウ? ワタシハナニモシテナカッタワヨ。ヒマヲモテアマシテぼーっトシテイタダケ」 「え?」 「アラ? しえすたニハ、ワタシガナニカシテルヨウニミエタノカシラ? ネエ、しえすた。アナタハナニヲミタノ?」 「い、いえ。ドアを開けたら退屈そうにボーっとしているミス・ヴァリエールが見えただけです」 「そ、そうよねぇ!?」 「は、はい! もちろん」 「「あははははは……」」 二人は顔を見合わせると、搾り出すように笑った。 「で、では、夕飯を運びますね! 少々お待ちください」 シエスタは何とも言えない空気に耐え切れず、そう言ってあわてて扉の外、夕飯を乗せたワゴンの元へと駆け寄ろうとするが、 「あ!」 そこで己が失念していた存在と目が合う。 ワゴンの傍らにマルトーがいた。 「失礼してもよろしいですかいね? ミス・ヴァリエール」 「だ、誰? あんた。何の用よ」 ルイズもマルトーの存在に気づき、再び固まりかけるが、マルトーのほうから口を開いたので、それに答える形で何とかフリーズを免れる。 「料理長のマルトーと申します。この学院の使用人の取り纏めもやっております」 マルトーはそう言うと深々と頭を下げる。 「本当はもっと早く伺おうと思っていたんだが、ですが、何分、仕事柄、朝飯作ったら昼の仕込み、昼がすんだら夜の仕込みといった具合で、こんな時間になっちまいまして……」 マルトーは少しぎこちない敬語で言う。それはあまり敬語を使い慣れていないせいかもしれないが、シエスタと同じように見てはならないものを見た故の動揺かもしれない。 どちらであるかルイズに見極めることは出来ないが、とりあえず、ルイズは何事も無い風を装い、マルトーを見据える。 「それで? 何の用なわけ? 配膳ならシエスタ一人で十分でしょう」 「礼を……シエスタを助けてくれた礼を、言おうと思ってな」 マルトーの口から発せられたのは、ルイズの予期せぬ言葉だった。 「え?」 「いやよ、あんた、シエスタが貴族に難癖つけられてるところを助けてくれたって言うじゃねえか」 マルトーは少し興奮した様子で、敬語も忘れてまくし立てる。 「だからよ。シエスタの上司として礼を言わせてもらいたくてよ。正直なところを言えばよ、貴族が平民を助けてくれるなんて、俺は思っても無かった。 それなのにあんたはシエスタのために決闘までして、怪我を負ってまで助けてくれたそうじゃねえか。あんたみたいな貴族がいたなんて俺は感動した。本当、ありがとうよう」 一気にまくし立てるマルトー。 その勢いに押され、絶句していたルイズ。 だが、マルトーが言い終えると、ルイズの顔が見る見ると紅潮していく。 「な、な。何言ってるのよ。れ、礼なんて言われる筋合いは無いわよ! シエスタは何も悪くないんだし、わ、私は、貴族として当たり前のことをしただけなんだからっ!」 ルイズは顔を赤くしながら、早口でまくし立てる。 「いやいや。流石だ。当たり前にシエスタを助けてくれるってんだから、本当、頭が下がるぜ。頭を下げて礼を言うぐらいしかできない自分が恥ずかしくなる。 そうだ! 何か好きな食べ物があれば言ってくれ。出来るだけメニューに加えるようにするからよ!」 マルトーも負けじとまくし立てる。 そんな二人のやり取りを見て、笑いながらあきれたようなため息をつくシエスタ。 二人を尻目に、机の上にクロスを敷くと、次々と皿を並べていく。 それが済むとまた二人を見る。相変わらずのやり取りが続いている。 「マルトーさん。ミス・ヴァリエールも困ってらっしゃいますよ。ご飯の用意も出来ましたし、それぐらいにしないと」 「お、そうか?」 シエスタの言葉に、やっと口を閉じるマルトー。 それをみてルイズはほっと胸を撫で下ろす。 「でも、私からももう一度お礼を言わせてください。有難う御座いました」 シエスタはそう言うと、にこりと微笑む。それを見て、再びルイズの頬は紅潮する。 「それに、凄い格好良かったです。男の人に、あんな風に腕っ節でも勝っちゃうなんて憧れちゃいます」 言うと、シエスタはファイティングポーズのようなものをとって、おどけて見せる。 「れ、れれれ、礼は、い、いらないって言ってるでしょ! それよりアンタ達。食堂の方の食事も始まるでしょ。こんな所に居ていいわけ?」 「はい。ではそろそろ失礼しますね。ごゆっくり召し上がってください。後程、食器を下げに伺いますから」 シエスタはぺこりと頭を下げると、マルトーを促して部屋を出て行く。 そんな二人の背中を、ルイズは呼び止める。 「ちょっと待ちなさい。マルトー。アンタに確認しておきたいことがあるの」 マルトーが振り返る。 「シエスタには確認したけど……。マルトー。あなたはこの部屋で何か変なもの見たりしたかしら?」 ルイズの言葉に、マルトーは思わず噴出しそうになる。 「いやぁ、俺は何も見ておりませんぜ」 シエスタとマルトーがルイズの部屋を出て、厨房へと帰る途中。 思い立ったようにマルトーが口を開く。 「シエスタよぉ」 「はい?」 「お前さんは立派な貴族だ何だと言ってたが、あれはアレだ。立派とかそういうのは置いといて……、変な貴族だな」 マルトーの言葉に、シエスタは思わず苦笑いする。 「ミス・ヴァリエールは、含羞の人なんですよ」 シエスタが言うと、マルトーは「なるほどなぁ」などと独り言ちながら歩いていった。 シエスタの並べた皿の前、ルイズは座っている。 決闘で、テンションの上がっていた時ならいざ知らず、改めて感謝の言葉を言われるとどうにも落ち着かない。照れてしまう。感謝されるのには慣れていない。 況してや、 「格好良かった、ねぇ……」 そんな事を言われるのは初めてだ。 ルイズは自分の左手を見る。 拳が少し擦り剥けてヒリヒリと痛む。ギーシュを殴ったためだ。 外れた右肩は、医務室で水系統のメイジに治してもらったため、もう痛みもない。 だが、左拳は小さな傷であったため、治療を担当したメイジも気づかず、そのままにされている。 しかし、傷の大きさのせいだけではないだろう。 貴族が決闘で拳を痛めるなど、思いもしなかったのだろう。だから見落とした。 闘っている時は無我夢中で気にしてなどいられなかったが、自分の手で殴るなど貴族の戦い方ではない。謹慎中で他の生徒と接する機会がないが、今頃、醜い戦い方だとこき下ろされているかもしれない。 しかし、シエスタはそれを格好良いと言ってくれた。 魔法の使えない平民ゆえの感想だろう。貴族であるルイズとしては素直には受け取りにくい言葉ではある。 しかし、この拳がなければ、決闘に負けていたのも事実。 「平民のために力をふるう」などと言っても、この拳がなければシエスタ一人救うこともできなかったのも事実。 「筋トレでもしようかしら、どうせ暇だし」 呟いてみる。 肉体強化の魔法は掛け算だ。 武装司書たちも、ただ肉体強化の魔術審議を繰り返すだけで超人的な身体能力を手に入れたわけではない。ロードワークや筋力トレーニングなどを並行して行うことによって、より強靭な肉体を手に入れる。 「ついこないだまでは『普通の貴族』、『真っ当な貴族』になることが目標だったのにね……」 ルイズは自嘲する様に言う。 「すっかりもう『変な貴族』になってしまったわね」 ハルケギニアのメイジで、魔法ではなく肉体を鍛えようとする者など、軍人ぐらいのものだ。 しかし、モッカニアたち武装司書を参考にして力を手に入れんとするルイズは、肉弾戦を魔法と並べて考えることができる。 モッカニアをはじめとした武装司書は、その比重に個人差はあれど、魔法も肉体もどちらも鍛えるものだ。 モッカニアは魔法に重きを置くタイプではあるが、その身体能力は飛行機による爆撃を回避してみせるという、ハルケギニアの常識からすれば規格外のレベルだ。 そもそも、ハルケギニアに戦闘機などないので比較しにくいが。例えばトロル鬼。例えばミノタウロス。そういった人間をはるかに超える肉体をもつ亜人にそんな所業ができるだろうか? いや、無理だろう。 トップクラスの武装司書になれば、その身体能力だけで亜人以上の脅威だ。 「……まぁ、とりあえずご飯ね」 そういうと両手を組み目を閉じる。そして始祖への感謝の祈りを捧げる。 信じ、敬い、そして裏切ってしまった始祖への祈り。 「ほんと、つくづく『変な貴族』よね」 「ふむ。5日間の謹慎ご苦労じゃった。今後このようなことの無いようにの」 謹慎最後の夜、ルイズとギーシュは学院長室に呼ばれていた。 この時をもって謹慎は終わり、晴れて自由の身となった。 「ミス・ヴァリエールは残っていただけますか?」 オスマンの隣に控えていたコルベールが口を開いた。 その言葉に怪訝とした顔をするギーシュだが、当のルイズが特に気にする風もないので、結局、何も言わずに退出した。 見送ると、再びコルベールが口を開く。 「さて、ミス・ヴァリエール。言われたものは持ってきましたか?」 「はい」 ルイズは答えると、ポケットからハンカチに包まれたモッカニアの『本』を取り出す。ここに来る前に持ってくるように言われたのだ。 手の上に乗せ、ハンカチを広げ、モッカニアの『本』のルーンのある面を見せる。 「ふむ」 それを見てオスマンが嘆息する。 「何しろこんな使い魔は例がなくての、少し調べさせてもらってよいかの」 「例のない使い魔ってことでしたら召喚して一目で解ることですのに、その時は調べもせずに契約させて、今更になって調べるのですか?」 少し嫌味たらしくなりすぎかとも思いながらオスマンの言葉に噛みつくルイズ。言われるままというのも癪だと思ったのだ。 言われてオスマンとコルベールがばつの悪そうな顔をする。 「いや、そうなんじゃがの。今は更に例の無いことが起こっておるじゃろ」 オスマンが弁解する。 「石が呼び出された時点で十二分に調べるべき事態だったと思いますけど……」 ルイズは更に皮肉を言いながらも、 「この子たちのことですね」 そう言ってモッカニアの『本』を持つのとは反対の手に黒蟻を一匹出現させる。 「ほお」「おぉ」 二人は思わず息を漏らす。 生き物が召喚される現象は、彼らの常識ではサモンサーヴァント以外に存在しない。紛れもなく前例のない状況だ。 「失礼しますよ」 そう言うとコルベールは杖を取り出しルーンを唱える。 ディテクトマジック。魔力を探知する魔法だ。 「どうじゃ?」 「そうですねえ。ミス・ヴァリエールとこの蟻の間に魔力的な繋がりがあるのは間違いありませんね」 「繋がりと言うと?」 「ミス・ヴァリエールからこの蟻に魔力が供給されています。しかし、蟻と石の間には特に何もありませんね」 「ふむ。つまり、蟻を呼んでいるのはミス・ヴァリエールであり、その石ではないということじゃの」 ディテクトマジックの結果について話し合う二人にルイズが口を挟む。 「当然でしょう。石ですもの。石が意思を持って何かをできるとお思いですの? オールド・オスマン」 「いや、その石が未知のマジックアイテムという可能性もあるかと思っての」 オスマンのその言葉に、 「そうですね。ミス・ヴァリエール。少しその石を調べてさせてもらいますよ」 コルベールが追従する。 (来たか) ルイズは心中で舌打ちする。 石はただの石であり、調べる必要は無い。そういう方向へもっていこうと思っての言葉だったが裏目に出た。 しかし、それも想定の範囲内。 「少々お待ちください」 そう言うとルイズはポケットから白い手袋を取り出す。 「触るときは手袋をしてください。それと机から30サント以上持ち上げないでください。くれぐれも気をつけて扱ってください」 「え?」 「当然ではありませんか? 使い魔と主は一心同体と習いましたよ。ならば、それは私自身も同じ。乙女の柔肌にそんなに簡単に触れていいと思っているのですか?」 面食らった表情のコルベールに、ルイズは満面に如何にもな作り笑顔を浮かべてみせる。 「随分大切にしているようじゃの」 「勿論です。メイジとして使い魔を大切にするのは当たり前でしょう。それが優秀な使い魔というなら尚更のこと」 乙女の柔肌云々は冗句。ただ、ルイズがこの使い魔を大切にしているのだと、そう認識させれば良い。そうすれば、主の目の前で使い魔に対して主の意に反した扱いをすることなど出来ないだろう。 直接触れさせるのだけはまずい。本当はモッカニアの『本』について調べられること自体嫌なのだが、この際触らせなければ、読まれなければよしとする。 「ディテクト・マジックには反応ありませんね。特に魔法がかかってるわけではないようです。見た感じはただの石ですけど、細かい成分までは解りませんね」 「ふむ。つまり石そのものに蟻を召喚する力はない。あくまでコントラクト・サーヴァントの影響と見るしかないようじゃのう」 「しかし、コントラクト・サーヴァントで使い魔が何かしらの力を手に入れることはありますが、主が力を手に入れるなど聞いたこともありません」 「阿呆。そんなもん言い様じゃわい。『主の目となる能力』などと言うが、『使い魔の視界を覗き見る能力』と言い換えれば主人の側の力じゃろう」 「うーん。確かにそうですね。ともあれ、前例から推し量る現在の研究では、コントラクト・サーヴァントは解らないことが多すぎますね」 「確かにのう。今回の様な前例から外れた事態でも起きない限り、原理原則が解らんとも、どんな能力を使い魔が手に入れようと『こんなもん』で済ましてきた部分じゃからのう」 「その辺りは、いずれ誰かが解明しなければならない部分でしょうね」 「そうじゃが、解明しつくしてしまうのも問題がある気もするのう」 「どうしてです?」 「もし使い魔召喚から契約までの仕組みが完全に解き明かされてみい。皆、好きなものを呼び出して、好きな能力を好き勝手つけてしまうようにならんか? 相応しい使い魔を召喚するという部分を無視しての」 「確かに。未知の部分があるからこそ、神聖な儀式足り得るのかもしれませんね」 「まぁ、杞憂じゃと思うがの」 オスマンとコルベールの会話をルイズは黙って聞いていた。 少し話が逸れてはいるが、都合のいいほうに話は転がっている。 結局ルイズの嘘は、秘密の部分を全てコントラクト・サーヴァントの未知の部分に押し付けることで成り立っている。蟻を呼び出すこの能力の原因をコントラクト・サーヴァントに求めるかぎりばれない嘘。 ルイズにとって都合の悪いパターン。コントラクト・サーヴァントの仕組みが解明されてしまった場合。謎を隠れ蓑にしているのに、その謎が無くなったらルイズの嘘は完全に破綻する。 だが、それは心配はないだろう。六千年に渡り未知であった部分が、今日、明日に突如解明されるなど思えない。多少の希望的観測に拠るが問題ないだろう。 「ところでの、ミス・ヴァリエール。お主はどうしてこの石を蟻の巣じゃと思ったんじゃ? それにどうして蟻を呼び出せると思ったんじゃ?」 オスマンが突如ルイズに水を向けた。 「それは……。コントラクト・サーヴァントをした時に、何と言うか、頭に情報が流れ込んできたというか……」 嘘ではない。「頭に情報が流れ込んできた」という部分に限れば。 使い魔と心が通じ合ったりだのというのはよくある話。その類だと思えなくもないだろう。 「なるほどのう」 オスマンの態度も、特にそれを疑う素振りはない。 「しかし、石の中に住む蟻など聞いたこともないわい。いや、それを言ったら大きさもじゃの……。こんなでかい蟻は初めて見るわい」 そんなオスマンの呟きに答えたのはコルベールだった。 「世界は広いですからね。どこかにそんな蟻がいても不思議はありませんよ」 そう前置き、 「決闘以来、図書館でいろいろと調べてみました。東方には竹の樹上に巣を作る蟻がいるとか、南方に水上に巣を作る蟻もいるとか。大きさについても3サントを超える種類もいるそうですよ」 コルベールが蘊蓄を披露する。 「そんなもんかのう」 オスマンもそれに適当な相槌を打つ。 「ふむ、まぁ、大体解った。いや、解らんことばかりじゃが、取り敢えず経緯と事情は把握できたし良しとするかの」 オスマンの言葉は、ルイズの使い魔に対する詮索の終了を意味する。 その言葉にルイズはほっと胸を撫で下ろす。 「わしから言えることは……そうじゃの、その黒蟻にはお主の魔力が与えられてるということを忘れんようにってとこかのう。ならば魔法と同じように使いすぎれば打ち止めになることもあるってことじゃ。逆に……」 「逆に、鍛えればより多くの蟻を使役できる、でしょうね」 オスマンの言葉をルイズは引き継ぐ。 「ほ、ほ。言うまでもなかったかの。いまいち解らんところが多いとはいえ、せっかく手に入れた力じゃ。大切にしんさい」 オスマンは言うと、何か言うことはあるかといった視線をコルベールに向ける。 「えー、そうですね。コントラクト・サーヴァントしたときに解ってたなら、そのときに言ってほしかったですね」 「あら? 石を召喚しても問題視しなかったのですもの。それが蟻の巣になってもさして変わらないと思いましたわ」 オスマンに水を向けられたので、取り敢えず言うことを探したコルベールだが、思わぬ反撃を受けて苦笑いする。 「まぁ。明日は虚無の曜日じゃ。久々の自由じゃ。羽を伸ばすがよかろう」 見かねたオスマンが場を締めくくるように言った。 「嫌われたのう。ミスタ・コルベール」 「いや、まぁ、言いたくなる気持ちは解りますよ」 ルイズのいなくなった部屋の中。 老人と中年の二人きりの反省会。 「どうなんじゃろうなぁ。蟻はあれでアリとして……」 「ガンダールヴや虚無の話が何処かに行ってしまいましたね」 「うーむ。取り敢えずあの使い魔をどうこうしようというのはやめたほうが無難かの。あの娘もアレを気に入ってるみたいだしのう」 「それは、やめたほうがいいでしょうね。そもそも道に外れた行為であったわけですし。本人が使い魔に納得していないならともかく……」 オスマンもコルベールも、ガンダールヴの調査のためなら使い魔を殺してもいいなどと思っているわけではない。 ルイズの使い魔が生物でなく、殺すわけではないということ。使い魔として主に奉仕するということが有り得ない存在であること。そして、その使い魔をルイズが嫌がっていること。 これらの理由が、言い訳があるからこそ、ガンダールヴを調べるために石を砕いてでもサモン・サーヴァントのやり直しをさせようという思考に至った。 しかし、その使い魔はルイズに蟻を呼び出すという力を与え、そしてルイズはそれを気に入っている。 それでは免罪符が足りない。 「ガンダールヴについては地道に調べていくしかないでしょう」 コルベールは諦めたように言う。 「しかしのう。もし本当に虚無、本当にガンダールヴだとわかったらどうする? ガンダールヴであるならやはり召喚しなおすほうが良いかもしれん」 「あの使い魔がガンダールヴだとハッキリしたら。彼女が虚無の使い手だとハッキリしたら……。そうなってしまったら本人に説明するしかないでしょう」 「その上であの娘がどうするか? か。もしガンダールヴの力をほしいと思ったなら……。わし等がやるのとは違うからの。不注意で石を落して砕けてしまう。そんな事故はいくらでも起こせるだろうからのう」 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6761.html
前ページ次ページ虚無のパズル 朝の冷たい空気の中、風竜の背中から、キュルケ、ギーシュ、タバサ、ティトォはタルブの村を見下ろしていた。 村の近くには、見渡すかぎりのだだっ広い小麦畑が広がっている。上質の小麦が採れることで有名な土地なのである。 タバサは小声で風竜に命じる。きゅい、と一声鳴くと、風竜はばっさばっさとはばたいて、村の広場に降りた。 するとたちまち大騒ぎになってしまった。 「うわあああ!竜だ!竜!」 カンカンカン、と鐘がならされ、村人たちが家から飛び出してくる。 村人たちは、風竜を遠巻きに取り囲んだ。棒やくわを持って、みな一様に怯えた顔で風竜を見つめている。 「あちゃあ、失敗したわね」 キュルケが困ったように呟いた。田舎に暮らす人たちにとって、竜は恐怖の象徴なのだ。 どうしたものか、とキュルケが立ち上がろうとすると、なにやら驚いたような、若い女の声が聞こえた。 「まあまあ!みんな、どうしたの?」 キュルケたち四人は、風竜の背中から顔を覗かせて、声のする方を見た。 すると、純朴な感じの、黒髪の女の子がこちらに駆け寄ってきていた。 「はぐれ竜が迷いこんできやがったんだ!危ないから家に隠れてろ!」 「いやね!おじさん、あの竜の背中を見て。あれは貴族様の竜じゃない」 少女はくすくす笑う。 村人が竜の背中を見ると、なるほど、貴族のマントを身にまとった人影があった。 「ほら、みんなもそんなに怖がらないで。いいですか、貴族の乗る竜には、危ないことなんてなんにもないんですよ」 少女はそう言って、村人たちを落ち着かせる。その口ぶりは、なんだか得意げであった。 村人たちが、棒やくわを降ろすのを見て、一行は風竜の背中から降りた。 キュルケは髪をかきあげて、黒髪の少女のほうを向いた。 「助かったわ。あなた……」 黒髪の少女は、驚いた顔になった。 「まあ!魔法学院の皆さんじゃありませんか」 「あっ!きみは!」 ギーシュも驚いたように叫ぶ。キュルケは怪訝な顔になった。 「なによ、ギーシュ。知り合い?」 「学院のメイドだよ。彼女は、そのう。ぼくのちょっとしたトラブルの現場に居合わせてね……」 ギーシュは気まずげに呟いた。どうもあんまり話したくないらしい。 ごにょごにょ言うギーシュの言葉を、ティトォが引き取った。 「シエスタじゃないか。そっか、ここはきみの故郷だったのか」 「あっ、あなたは……、アクアちゃんのお兄さんの……、ティトォさん、そう、ティトォさんだ」 シエスタは、自分と同じ黒髪の少年を見て、ぽんと手を叩いた。 そっか、あんまりお話しする機会がなかったから、顔忘れてたけど。 いつもいつもミス・ヴァリエールがアホだの使い魔だの愚痴ってるティトォさんだ。 「ティトォさんがいるってことは、ミス・ヴァリエールもいらっしゃるんですか?」 「ルイズはいないよ。なんだか、行き違いになっちゃったみたいで」 「そうなんですか……」 シエスタはちょっとだけしょんぼりした声になった。 そんな様子を見て、キュルケはぴんと来た。 そういえば最近、ルイズがメイドと仲良くしてるって噂を聞いたことがある。それがこのシエスタなのだろう。 「それで、どうして皆さんタルブに?」 「宝探しに来たのよ」 「はい?宝……、ですか?」 シエスタは首を傾げる。この村に宝物があるだなんて、初耳だ。 「『魔王の骨』って言うらしいけど、聞いたことないかな」 「魔王の……、うーん。あ、ひょっとして。でも、あれは……」 「なになに?」 キュルケが目を輝かせて、ずいと身を乗り出した。 「いえ、みなさんの言う『魔王の骨』かどうか、ちょっと分からないですけど、心当たりが一つ……」 「それ!それよ!それにちがいないわ!ねえ、案内お願いできるかしら」 「え、あ、あう。はい。わかりました」 キュルケの勢いに押されて、シエスタは後じさった。 「それじゃ、あの。付いてきてください」 シエスタはそう言って、村はずれの森に向かって歩き出した。 キュルケたち一行も、その後に続いて歩き出す。 シエスタは先導しながら、ぽつりと呟いた。 「それにしても、なんだか魔法学院からのお客さんが多いなあ」 「これが『魔王の骨』か」 「そうね、確かにそう呼ばれるのも納得ね」 ギーシュとキュルケはそれを見て、感嘆の声を上げた。タバサはノーコメントだった。 タルブの村から少し歩いた森の中、窪地となった場所に、それはあった。 「すごいな」 「そうね、すごいわね」 ギーシュとキュルケはそれを見て、ぽかんとして呟いた。タバサはマントの下から本を取り出して、読みはじめた。 「確かにすごいけど……」 キュルケはため息をついて、首を振った。 「これは、とてもお宝とは言えないわねえ」 シエスタに案内されて、やってきた森の中にあったものは、まさしく巨大な骨であった。 森の木々より遥かに背の高い、アーチ状の骨が、何本も地面から突き出ている。形からしてこれは肋骨だろうか。 そのままぐっと視線を先にやると、ところどころに背骨らしい部位が地面から突き出ている。 「大昔の、竜の骨じゃないかって言われてます。削り取って薬にして飲んでる人もいます。通りがいいから、村のみんなは「とんがり岩」って呼んでるんですよ」 シエスタが説明した。 「竜って言っても、きみ。こいつはゆうに百メイルは越えてる!そんなに大きな竜なんて聞いたこともないよ!」 ギーシュはぶるりと身を震わせた。 「なんだっていいじゃない。もう骨なんだもの、なにができるっていうじゃなし」 「うん、まあそれはそうだが、でも考えてもみろよ。こんなにでっかいドラゴンが、かつてはこの空を飛び回ってたんだぜ。なんというか、ロマンをかき立てられる話じゃないかね」 ギーシュはうっとりと、巨大ドラゴンの背中に跨がった自分の姿を思い浮かべた。 竜騎士隊、グリフォン隊、マンティコア隊の三隊で構成されたトリステイン王国の魔法衛士隊は、男子の憧れの的である。 その中でも竜騎士隊は、花形であった。当然ギーシュも少なからず憧れている。 突然ギーシュの足下が盛り上がって、ギーシュはバランスを崩して尻餅をついた。 見ると、地面から顔を出しているのは、ギーシュの使い魔の巨大モグラであった。浮気性な主人に、モグモグと抗議の声を上げる。 「ヴェルダンデ!ああ、ごめんよ、きみというものがありながら、つい余所見をしてしまったようだ。でもわかっておくれ、なんたってぼくはきみのことが一番大事なんだからね」 ギーシュはすさっ!と巨大モグラに抱きついた。 「あんたはいつも余所見ばっかりでしょ」 キュルケは気のない声で言った。結局お宝を見つけることができなかったので、もう『魔王の骨』への興味を失ってしまったようだった。 タバサも地面に座り込んで、すっかり読書モードである。 ティトォはと言うと……、『魔王の骨』を見つめて、何やら考え込んでいるようすだ。その顔には、真剣な表情が浮かんでいる。 「ダーリン、あなたもあの骨が気になるの?殿方って、ああいうのがお好きなのね」 キュルケはくすくすと笑った。 「いや……、違う」 「?、なにが?」 キュルケはふと、ティトォの顔を見た。 ティトォは『骨』とは違うところに視線をやっていた。ティトォが注目しているのは、巨大な骨ではなく……、骨を取り囲むように生えている、樹の方だった。 指でこめかみをトントンと叩いている。ティトォが考え事をするときの癖である。 よく見ると、ずいぶんと変わった樹だった。周りに生えている森の樹とは違って、葉が一枚もない。 そして葉の代わりに、丸い木の実のようなものが枝にくっついていた。 「あの樹がどうかしたっていうの?」 「あれと同じ……、いや、似ているものをぼくは知ってる。あれは……」 ティトォの言葉は、背中からかけられた声に遮られた。 「おや?君たちは!こんなところで何をしているのだね」 どこかで聞いたことのある声に、キュルケとギーシュは振り返った。 「ミスタ・コルベール!」 木陰から現れたのは、つるりと禿げ上がった頭の魔法学院の教師、コルベールであった。メイドのシエスタといい、意外なところで、意外な人に出会うものである。 「おはようございます、ミスタ・コルベール」 コルベールの姿を見ると、シエスタはぺこりと頭を下げて挨拶した。 「おお、おはよう。どうしたんだね、君がここに来るなんて、珍しいね」 キュルケは首をかしげて、シエスタに尋ねた。 「あなた、ミスタ・コルベールとどういう知り合いなの?」 「ミスタは、二日前くらいからタルブに滞在してらっしゃるんですよ」 「そうとも!」 コルベールが叫んだ。 「わたしは休暇中なのだ。そこでこのタルブの村へと、研究にやってきたというわけだ」 見ると、コルベールはなにやらいろいろな道具のつまった鞄を肩にかけている。 コルベールの生きがいは、研究と発明である。研究対象を探して、休暇となるとあちこちの遺跡を探索している。 そして大抵は、なにも成果を得られぬまま帰ってくるのであった。 「はあ、そうなんですの。確かにミスタの興味を惹きそうですものね、これ」 キュルケはこんこんと『骨』を叩いてみせる。 コルベールは一瞬きょとんとしたあと、笑いながら言った。 「いや、違うんだよミス・ツェルプストー。わたしが研究しているのは、骨ではない。そのまわりの、樹のほうさ」 「樹?」 キュルケは怪訝そうな声を上げた。ギーシュもその言葉に、辺りを見回す。 「ただのへんてこな樹じゃないですか」 「いや、この樹には、なにか不思議な性質があるのだ。私は偶然にもそれを発見した」 「不思議な性質?」 「そうとも!この樹には、魔力が流れている。といっても、わたしたちが操る魔力とは少し違う種類のエネルギーだ。 そのエネルギーは、動物や植物に影響を与えているようなのだ。まだ調べている途中だから細かなことは分からんが、とにかく実に興味深い樹なんだよ、これは!」 コルベールは興奮してまくしたてる。 「樹じゃないですよ」 ふいに、ティトォが呟いた。コルベールと、キュルケ、シエスタ、それにギーシュは、ティトォのほうを見た。 タバサは本を読んでいたが、なにやら訳知りな様子のティトォの声の響きに、本に視線を落としたまま、耳を傾けた。 ティトォは自分に注目が集まっているのにも気付かないようすで、その奇妙な樹を見つめながら、言った。 「これは、根です」 『星の樹』 それは、この大地の心臓とも呼ぶべきもの。 大地の奥深くを中心とし、地表に向かって根を伸ばす。 大地をひとつの生物と考えるなら、張り巡らされた『星の樹』の根は、大地の神経や血管のようなものである。 根を伝って、大地の持つエネルギーは大地のすみずみにまで行き渡り、大地を潤す。 森は広がり、新たな草花が生まれ、生き物は次の段階へと進化する。 そして動物が卵を温めるように、大地より生み出され、育てられた動物や植物、火や水は、また大地を温める。 そしてまた、大地は新たな命を産み落とす。 これこそがエネルギーの循環法則。 『星の樹』は、エネルギー循環を司る特別な樹なのである。 そして『星の樹』は、その根に大地のエネルギーを少しずつ溜め込んで、存在の力の結晶体『星のたまご』を実らせるのだ。 その日の昼、ティトォたち一行はシエスタの生家で昼食をごちそうになった。 ふるまわれた野うさぎのミートパイは極上で、ここしばらくまともな料理を口にしていなかった一行は、夢中になって平らげた。 細い身体のわりに健啖家であるタバサなど、おかわりまでしていた。 貴族が家の料理をおいしいと言ってくれるのが嬉しいのか、シエスタの両親は気前よく追加のパイを焼いた。 食後には、あまった生地に砂糖をまぶして焼き上げた菓子パイがふるまわれた。 「パイづくしって感じねえ」 キュルケは、ナプキンで上品に口元を拭いながら呟いた。 「タルブは、上質な小麦が採れるんですよ。パイとパンは、この村の名物なんです」 なるほどな、とティトォは納得したようすで、お茶をすすった。 地表に顔を出した『星の樹』の根は、土地に恵みを与えると言われているのだった。 シエスタが食器を片付けていると、小さな子供たちが部屋に入ってきた。 シエスタの兄弟姉妹たちである。母親に、シエスタの手伝いをするよう言われてきたのだ。シエスタは、八人兄弟の長女であった。 「あっ!パフ・パイだ!いいな、いいなあ」 「シエ姉ちゃん、ぼくたちのは?ぼくたちのぶんはないの?」 子供たちは、バスケットに盛りつけられた菓子パイを見て、騒ぎだした。 「こら!だめよ、お客様がいらっしゃるのに、失礼でしょ」 「あたしもパイ食べたい!たーべーたーいー」 「ぼくも!ぼくも!」 「あなたたちにはあとで焼いてあげるからね、ほら、お皿持ってってちょうだい」 シエスタは食器を持たせると、子供たちを部屋から追い出した。 それから、少し頬を染めて、ぺこりと頭を下げた。 「すす、すみません。騒がしくって、もう」 「あら、元気があって、かわいいじゃないの」 キュルケは机に頬杖を付いて、くすくすと笑った。 「まったくです。子供は元気なくらいがいい!」 コルベールもうんうんと頷いた。 シエスタは苦笑いする。 「でも、あの子たちったら元気すぎて。ほんと、困っちゃいます」 口ではそんなことを言っていたが、久しぶりに家族に囲まれたシエスタは、幸せそうで、楽しそうだった。 そんなシエスタを見ると、なんだかこっちまでほほえましい気分になって、ティトォは目を細めた。 しかし同時に、どうしようもなく胸が締め付けられる。 思えば、ルイズにも、キュルケにも、タバサやギーシュにだって、家族はいるだろう。 でも、ティトォには……、ティトォとアクア、そしてプリセラの三人には、もう家族はいない。 100年前のあの日、全て失ってしまった。 父さん。 母さん。 みんな。 アロア。 マギ…… ぎゅ、とティトォはテーブルの下で拳を握りしめた。 いつか必ず、全てを終わらせます。奴を、この手で…… ギーシュはきょとんと、ティトォの顔を見て、言った。 「……きみ、どうしたんだい?そんな顔をして」 「ん。いや、なんでもない」 ティトォはそう言って、バスケットの菓子パイを取って、かじった。 カリカリとした歯触りが心地いい。 テーブルの面々も、パイに手を伸ばした。 すると、コルベールがふと思い出したように声を上げた。 「はて。そう言えば、きみたちがなぜこんなところにいるんだろう。授業はどうしたんだね?」 ギーシュとキュルケは、あちゃあ、といった顔になって、ついとコルベールから目をそらした。 タバサは黙々とパイを食べ続けていた。 翌日、魔法学院。 キュルケとギーシュ、そしてタバサの三人は、モップやバケツを持って廊下を歩いていた。 授業をサボって宝探しをしていたことは、コルベールにあっさりばれてしまった。 「授業をすっぽかすなんてとんでもない!すぐに帰らなくてはいけません。ああ、いけませんとも!」 そう言って、コルベールはキュルケたちを魔法学院へ送り返したのである。こうして秘宝を求めての冒険旅行は終わりを迎えた。 魔法学院に戻ると、こわい顔をした教師たちが三人を出迎えた。 なにせサボりまくっていたものだから、教師たちはカンカンに怒っていたのである。 そんなわけで、キュルケとタバサとギーシュは、罰として魔法学院全ての窓ふきと、さらには大講堂の掃除を言い渡されたのだった。 そして、三人がほこりっぽい講堂の床をモップで磨いていると、ルイズがやってきた。 「お久しぶりね」 ルイズはそう言って、腕を組んで講堂の壁に寄りかかった。そして、冷ややかな目でキュルケとタバサ、ギーシュを見回した。 「何日もどこへ行ってたのかしら?」 「宝探しよ」 「無断で授業をサボるなんて、どういうつもり?そんなのは不良のすることよ。あら、いやね。そういえばあんたってば、ツェルプストーだものね」 なんだか理由になってない理由でもって、ルイズは嫌味ったらしくキュルケをなじった。 「ギーシュ、……はともかく、優等生のタバサまでキュルケにそそのかされて。ほんとにしょうがないんだから。今回のことはいい薬になるでしょうね。この広い講堂を磨くのは、さぞかし大変でしょうからね」 ルイズは優等生ぶった口調で、ネチネチと小言を並べた。 キュルケはそんなルイズの態度を気にしたふうもなく、燃えるような赤髪をかきあげた。 「あら、でも宝探しの冒険はすばらしかったわよ?忘れ去られた遺跡……、魔物が跋扈する森や洞窟……、危険とロマンあふれる冒険の旅……、学院では決して経験できない、刺激的な日々だったわ」 ルイズは、うぐ、と喉の奥で音を出すと、悔しそうに眉根を寄せてうなった。 なんのことはない、要するにルイズは、宝探しの旅に自分だけ仲間はずれにされたような気がして、悔しかったのである。 ルイズはぶるぶるぶる、と身体を震わせると、そんな嫉妬まじりの感情を押し隠し、ツンと胸を反らせた。 「はん、でも結局宝は見つからなかったんでしょ。むむむ、無駄足じゃないの」 今度はキュルケが、ぐ、と喉を鳴らした。 ルイズとキュルケはしばらく睨み合って、う~~、と唸っていたが、やがて「ふん!」と鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。 「まあいいわ、そんなことより、あいつはどこ」 「あいつって?」 ギーシュが尋ねる。 「ティトォよ。わたしの、使い魔の。あんたたちと一緒だったんでしょ」 「彼はいないよ」 「はあ?」 ルイズは頓狂な声を上げた。 「ぼくたちは宝を探して、タルブの村へ行ったんだが……、そこで、ミスタ・コルベールと会ったんだ」 タルブ。どこかで聞いたような……、ルイズは首をかしげた。 そうだ、思い出した。シエスタの故郷の名前だった。 「タルブには変わった樹が原生していてね、なんでもティトォによると『星の樹』というんだそうだ。ミスタ・コルベールがその『星の樹』を研究していると聞くと、手伝いたいと言い出してね。そんなわけで、ティトォはタルブに残ったんだよ」 ぼくたちは学院に追い返されちゃったんだけどねえ、と言って、ギーシュはモップで杖を付いて寄りかかり、ため息をついた。 ルイズはもう、最後のほうはギーシュの言葉を聞いていなかった。 「はあ?宝探しに行った先で、変わった樹を見つけて、それを調べたいから帰って来れないですって?はあーん?はあーん?」 ずだん!とすごい音が大講堂に鳴り響いた。ルイズが足で床を思いっきり踏みつけたのだ。 「あいつどこまでやりたい放題なのよおぉぉ!姫さまの結婚式までもう一月ないじゃないのよおぉぉ!」 ルイズは怒りのあまり、ずだんずだんとやたらに地団駄を踏んで、変なダンスを踊りはじめた。 キュルケはなんだか呆れたように、そんなルイズの様子を見ていた。 「姫殿下の結婚式と、あんたの使い魔さんになんの関係があるってのよ」 「大ありよ。いいことキュルケ、わたしはね、恐れ多くも姫殿下の式の巫女を任されたのよ」 ルイズはキュルケたちに説明した。 アンリエッタの結婚式で、自分が詔を詠みあげること。その詔を、自分が書き上げなければならないこと。そのため、読書家の使い魔に手伝わせようと思ったこと。 なんというか他力本願極まれリ、といった感じだが、なにしろ人には得手不得手というものがあるのであるので、ルイズの判断はまったく賢明であるといえた。 もしルイズの作った詔を読み上げたりしたら、アンリエッタの結婚式は、長きにわたる語りぐさとなるに違いなかった。 もちろん悪い意味で、である。ルイズには悲しいほど文才がないのだった。 「なるほど、その王女の結婚式と、この前のアルビオン行きって関係してるんでしょ?」 ルイズはちょっと考えたが、それくらいは教えてもかまわないだろう、と思って、こくりと頷いた。 「あたしたちは、王女の結婚が無事行われるために、危険を冒したってわけなのねぇ。名誉な任務じゃないの。それってつまり、こないだ発表されたトリステインとゲルマニアの同盟が絡んでるんでしょう?」 なかなかに鋭いキュルケであった。ルイズは、憮然とした表情で三人の顔を見回した。 「誰にも言っちゃだめなんだかんね」 「言うわけないじゃない。あたしはギーシュみたいにおしゃべりじゃないもの」 するとギーシュは、心外だといった顔で、格好を付けたポーズを取った。 「ぼくだって言いやしないさ!なにしろ、姫殿下の名誉がかかってるからね」 ルイズはタバサを見る。この子はまあ、心配ないだろう。無口だし、そんな口が軽いようには見えない。 「それにしたって、あんた、どうするのよ?詔を作るなんて、無理よねえ」 ルイズは俯いた。 キュルケは、ルイズの肩に手を回した。そして、わざとらしい微笑を浮かべる。 「手伝いましょうか?危険な任務を果たしたんですもの、あたしたちにだってその権利はあってもいいと思うけど」 「なに言ってんのよ、あんた、ゲルマニアの人間じゃないの!外国人に姫さまの式の詔を任せるなんて、だめよ」 「あんたねえ、アンリエッタ姫がどこの国に嫁ぐのか忘れたの?トリステインとゲルマニアは、同盟国になったのよ」 キュルケは小さく鼻を鳴らした。 キュルケの言うことはもっともだったが、ヴァリエール家の宿敵であるフォン・ツェルプストーに頼み事をするのには、どうにも抵抗があった。 ルイズはちらりとギーシュのほうを見た。 ギーシュは、造花の薔薇を手に持って、優雅な動作でそれを振ってみせた。 「おや?僕に頼みたいのかい?任せてくれたまえよ!姫殿下が嫁いでしまわれるのは悲しいが、このギーシュ、心を込めて姫殿下にささげる詔を!」 ルイズはため息をついて、かぶりを振った。ギーシュはだめだ。センスが悪い。 しかも最近ますます悪くなってる。マントやシャツに宝石なんか縫い付けて、悪趣味極まりない。 こういうセンスが悪いってことは、詩のセンスも悪いってことなのである。 と、なると。残ったのは…… ルイズはタバサのほうを向いた。あまりしゃべったことはないのだが、いつも本を読んでいるし、うってつけに思えた。 「ねえ、タバサ。お願いしたいんだけど……」 しかしタバサは、本をパタンと閉じると、首を振った。 「ガリア人」 そう一言呟いて、また本を広げた。説明としてはそれで十分だろう、と言った口調だった。 「あなた、ガリアの貴族だったの?」 キュルケがちょっと驚いたような声を上げた。ルイズは少し呆れたように言った。 「キュルケ、あんた友達でしょ。それなのに知らなかったの?」 「あら、友達のことを全て知っているべきだなんて考えは、傲慢よ?」 キュルケはそういって、意地の悪い笑顔でルイズを見つめた。 「で、ルイズ。あなた他に誰か、頼むアテはあるのかしら」 ルイズは、うううう……、と唸ったが、やがて観念して、がくっと頭を下げた。 「……お願いするわ、キュルケ」 キュルケは愉快そうに笑った。 「最初っからそう言えばいいのよ。始祖と四大系統への感謝を詠みあげる、ね。えー、こほん。『おお、炎よ!身を焦がす情熱よ……』」 「あのねキュルケ、歌劇じゃないんだからね」 ルイズはため息をついて、窓の外を見た。雲ひとつない青空が、どこまでも続いていた。 アンリエッタ姫の結婚式まで、あと一月……。 前ページ次ページ虚無のパズル
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4967.html
前ページ次ページ虚無と狂信者 院長室に入る四人の中で、アンデルセンは頭を下げることもせずにオスマンの所へ進む。 ルイズが慌てて止めようとするが、間に合わない。机の上に銀の箱を置く。 「これを一体どこで手に入れたので。」 オスマンは白い髭をいじりながらいう。 「何?これを知っているのか。」 アンデルセンは言外に圧力を込めて言う。顔つきは険しい。 「これは我々ヴァチカンの、カトリックの物だ。それが何故異世界にある?」 オスマンは驚きアンデルセンを見上げる。そしてその口から出た言葉に異界の二人は戦慄する。 「もしやそなたはイスカリオテか?」 アンデルセンの顔に驚愕が、アーカードの顔に狂喜が浮かぶ。オスマンは話始めた。 三十年程前に近隣の村に吸血鬼がいると聞き討伐に向かった。この世界の吸血鬼は先住魔法と呼ばれる 強力な魔法と一人だけ忠実なグールにするという能力を持つ。だがそこにいた吸血鬼は違った。確かに魔法は 使わない、グールを操り人も騙さない。しかしオスマンは死にかけた。その吸血鬼の身体能力と 無限に現れるグールに。なにせオスマンが呪文を唱えようとしても一瞬で間合いを詰められる。 氷の矢を放っても避けられる。ゴーレムを作るも上に飛び移ってくると散々だった。しかし、オスマンに 一人の男が助太刀に来た。その男は強力な銃器と正体不明の方術であっさりと吸血鬼を倒した。 だが、男はすでに何者かの手により致死の傷を負っていた。いまわの際に彼は自分が異世界から来たこと。 ヴァチカン13課イスカリオテ機関という組織に所属し、銀の箱の奪還任務を受け。果たしたこと。 この銀の箱を同じ世界から来た人間に託してほしいこと。遺体をグールにならぬよう燃やしてほしいことを告げた。 「じゃからそれはお主に渡そう。」 アンデルセンはじっと箱をみる。これがあるならヴァチカンの戦力は強大なものとなるだろう。 (帰る理由が出来たな。) 「さて、皆御苦労であった。しかし、この件は学院自体の件なのでわしのできる範囲の報酬しか与えられんが。」 そこでキュルケは休みを、アーカードは弾薬を錬成してもらうこと、アンデルセンはその機関員の他の遺品を、 それぞれ要求した。ルイズはおずおずとオスマンに尋ねた。 「あの平民はどうなるのでしょうか?」 「あの子か……。さての……。」 「ではあの人をここで預かり、帰る方法を探して下さい。」 ヴァリエール家の三女として命の恩人に何もしないことはありえない。オスマンは笑って頷き、 「もちろんそのつもりじゃ、それに異世界なんてものに興味津津の男に心当たりがあるしの。」 四人が退出した後、例の興味津津の男がやって来た。 「異世界の住人、実に興味深い。」 予想通りの回答にオスマン老は目を細める。コルベールは我に返り、本来の報告をする。 「ミスヴァリエールの使い魔の胸にあるルーンですが、各属性の兆候がないのですよ。そして、似たルーンも無い。 いくら古い書物を漁っても。」 オスマンは笑って言う。 「のう、普通魔法は失敗すると魔力が拡散し何も起こらん。だがミスヴァリエールは爆発する。おかしいの。」 「は、はあ。」 オスマンは笑って言う。 「まあ、ルーンの件はこの際置いておきなさい。それよりあの少年じゃ。もしもあの子がおらず、 そのままミスヴァリエールが死んでおったら偉い事じゃったぞ。」 コルベールは身震いする。管轄外とはいえ、この国で最も強大な権力を持つ公爵家の三女 が死亡する。 責任は必ず問われる。おまけに現公爵家当主は大の家族思いという。言葉のとおり首が飛んでいたかもしれない。 「あの子は我々にとっても恩人じゃ、丁重に扱う様に。」 「は、はい。」 コルベールは青ざめた顔で頷いた。 昼間、目を覚ました少年とアーカードを除いた三人で話をする。アーカードは曰く眠いらしい。 とりあえず自己紹介をし、状況を説明する。異世界、魔法についてはキュルケの実演で理解した。 しかし、もう一方は彼の許容量を超えた。 「吸血鬼がいるってことはわかる。すげーよくわかる。ファンタジーやメルヘンには付き物だからな。」 サイトはわなわなと震える。 「けどそれが俺の世界から来たってのはどういうことだ?そんなもんいたら人類なんてとっくの昔に絶滅してるっつの。」 「本当だ。」 アーカードが現れた、壁から。サイトはベッドの上から転がり落ちた。 「ん、んなわきゃ「ハルヒ」」 「…………」 「ドラえもん、クレヨンしんちゃん、明日のナージャ、セイバーは俺の嫁…。」 「もういい…。」 その言葉にはっとした後なぜかサイトはつっぷした。二人の少女がアンデルセンに聞くが、 彼もジャパニーズアニメに関する知識は持ち合わせてないらしい。 「じゃあ、その人は何だよ。」 アンデルセンを指して言う。 「神父だ。」 「嘘つけーー!!」 サイトは立ちあがる。 「どこの世界に傷が瞬時に治って傷を治して笑いながら人の首を刎ね飛ばす聖職者がいるんだ!!」 「お前がもと居た世界だ。」 「ちょっと黙ってろあんた!」 最強の吸血鬼にアンタ呼ばわりする少年に二人の少女は無知の怖さを見る。そんな少年にアンデルセンは穏やかな笑顔で、 「それはあれが化け物だったからです。いいですか?暴力を振るっていいのは悪魔共と異教徒だけです。 逆に言えば悪魔共と異教徒には暴力を振るっていいのです。」 と言う。笑顔で。サイトは口を開け呆けたが、何かを諦めたかベッドに膝を抱え座る。そして仕切りに、 「異教徒でもダメだろ、異教徒でもダメだろ。」 と呟き始めた。 「とにかくあなた暮らす当ても無いし、帰る方法もわからないんでしょ?だから学院で働いてなさい。 その間に先生方が帰る方法を探してくれるわ。」 その提案はサイトにとってかなり魅力的だった。断る理由もなく頷いた。 「全く、私が学院長に掛け合ったんだから感謝しなさいよ。」 その言葉にキュルケがジドっとした目で見る。アンデルセンは「汝欺く勿れ」とポツリと呟いた。ルイズは横を向いて言う。 「あー……助けてくれて、ありがとう。」 サイトは笑って言う。 「あー別にいいよ。何か夢中でやったことだから。」 ルイズは息を吐き出し、駆けて行った。サイトは戸惑い、アンデルセンに尋ねた。 「俺なんか悪いことしました?」 アンデルセンは首を横に振る。サイトはアンデルセンとアーカードに頭を下げ 「すいません気が動転して、何か変な言葉使って。」 と謝った。アーカードは欠伸をし退室する。キュルケは投げキスをして出て行った。残ったアンデルセンを サイトはまじまじと見据える。穏やかな顔だがその実顔には傷が多い。聖書を捲る手はごつく、自分の倍はあるように思えた。 「助けてくれてありがとうございます。」 「別段気にすることはありませんよ。あなたを巻き込んだのは私ですから。」 アンデルセンは彼を無視して戦い、その存在を忘却した自分が感謝されるのをむず痒く感じた。サイトは彼に構わず質問する。 「あの…回復法術ってなんですか。」 「神に仕える者が行使できる技術です。」 サイトはカトリックの神父は凄いんだなあと感心した。無論色々間違っている訳だが。 「じゃあ、僕でもカトリックになれば使えるんですか。」 アンデルセンはサイトの目をみる。サイトはその眼に幾分か真剣なものを感じとった。 「回復法術を行使する為に神を信ずる。それは神の力に仕えることだ。神に仕えることとは違う。」 サイトは強い物言いに驚いたが、そこに幾ばくかの悲しみを見、押し黙った。アンデルセンはしばらく遠くを見ていたが、すぐに優しい神父の顔に戻り、 「まあ、興味が湧いたら私に言って下さい。信者でなくとも迷える者が居れば救うのが本来の神父の仕事ですから、」 と言った。それは以前まで本来とは違う仕事をしていたのかと少年は思ったが、あえて言わなかった。 サイトは独りベッドの上で呆けながら、改めて偉いことになったと頭を抱えた。 「まあ、吸血鬼になるよりマシか。」 頭の中で最大限譲歩した後、昨夜の光景を思い出す。切られても貫かれても突き進む男、 それに対する自己の恐怖と驚き以外の感覚に気づく。 少年はその正体を疑問に思い自問したが、すぐに検討がついた。 それは子どものころに持っていた、今まで忘れていた気持。 力への羨望、欲求 ふと現れた己の野心に気づき、胸に手をあて、確認した。それは幸せだが平凡な日常の中で忘れていた、愛しい感覚だった。 結局、俺は学院でマルトーさんの元、下働きを始めた。異世界からきた俺に皆分け隔てなく接してくれたし、 コルベール先生には特に気に入られ、異世界の話をしては感心される。度々ルイズが来てはちょっかいをかけてきたが。 適当にあしらっていると怒り出し意味が分からない。そんなに平民平民言うんなら来なきゃいいのに。 そしてその話をマルトーさんに相談すると、「お前は大した奴だ」と肩を叩かれる。意味が分からない。 アンデルセン神父は時たま聖書の話をする。こっそりと。何やらブリミル教以外の宗教は弾圧されているらしい。 正直道徳の時間に習うようなことばかりだが、それでもこの世界の多くの人たちにとっては凄い事らしい。 さらには算数、理科の話もするから公教育なんて理念の無いこの国では人気にもなるというものだ。 あと、これは俺自身の変化だが、体を鍛えるようになった。朝早く起きて走り、プッシュアップなどで筋肉をいじめる。 原因は、俺の中で燻っている憧れだ。もっとも普通にやってたんでは、あんなんにはなれないとはわかってる。 というかどうやっても成れない気がする。 一週間程経った日、いつものように厨房に行くとマルトーさんがあたまを抱えている。 「どうしたんですか?」 「おお、サイト!実はな、すぐ北の町から野菜が来るはずなんだが昨日から来てねえんだ。今夜分はなんとかなるが…お前ちょっと見て来てくんねえか?」 「はあ、でも…」 俺は自分の格好を見る。麻布のシャツに継ぎ接ぎだらけのズボン。旅に耐えられるだろうか。 「まあ、馬で六時間の距離だから大丈夫だろうが、ちょっと軽装だな。」 そこにアンデルセン神父がやって来た。 「ふむ、それならいいものがある。」 そう言いしばらくして戻ってくると、何やらコートらしきものを持ってきた。 「それは?」 「同僚の遺品です、使ってもらった方が彼も喜ぶでしょう。」 無骨で機能性を重視したデザインが気に入った。お礼を言って貰う。自分の世界の物に親近感が湧く。ちょっと大きめだが。 「あとは剣かな、この辺は魔法学院の近くだから治安はいいが……。」 アンデルセン神父は懐から一本の銃剣を取り出し、俺に手渡した。結構重い。 「んじゃあ、シエスタと一緒に行ってくれ。夕方には着くだろう。」 「なあ、シエスタ。」 「はい?サイトさん」 馬で駆けながらシエスタの腰にある物に目を向ける。 「それ何?」 「剣ですけど、何か?」 サイトはその湾曲した形と柄に見覚えがあった。 「ひいおじいちゃんの形見なんです。」 「もしかしてそれ日本刀って言って、ひいおじいさんは異世界から来たっておっしゃってませんでしたか?」 「?なんで知ってるんですか?」 降って湧いた手掛かりに喜びつつも、今最大級の懸案事項を口にする。 「もっとペース落としてくれ。尻が……」 尻に手を当て、ふとコートのポケットの中に何かを見つける。 「それパイナップルですか?カワイイですね。」 サイトは黙ってそれをポケットに戻した。やはりあの神父もその同僚とやらも普通ではないらしい。 厨房の休憩時間、アンデルセンが皆に話をする。 「イエス様は嫌われものの貴族にも優しいんだな」 「ええ、なぜなら。」 言いかけた時急に扉から男が入って来た。息を切らしているが顔色は蒼白だ。マルトーが駆け寄る。 「おいどうした?」 「化け物だ…」 その言葉にアンデルセンが反応する。 「詳しい話をお聞かせ下さい。」 男の話を要約するとこうだ。村で以前から変死体が発生していた。その死体はもれなく首に穴があり、枯れて死んでいた。 殺された時間はいずれも夜、領主は吸血鬼の仕業としてメイジを派遣した。怪しいのはブリミル教の神官だとして、尋問に行った。 その神官は昼間外に出なかったからだ。時刻はご丁寧に夕方。 「メイジ様が殴られただけで弾け飛んだんだ!スイカみてえに!村の皆は逃げたけど何人生きてることか。 おまけに死んだ奴は片っ端からゾンビになっちまった。」 「場所はどこですか?」 「北に馬で六時間。」 マルトーが声を震わす。 「サイトとシエスタが…」 アンデルセンは駆けて出た。顔には焦りがある。 「おい、待てよ!アンタが行ってどうなる。」 「オスマン氏に連絡を。」 聖書のページが空を舞う。さっきまでと違う重圧ある声で言う。 「きっとそれは私の世界の吸血鬼です。私の専門で我々の獲物です。」 アンデルセンの姿は掻き消え、光る紙の群れは北の空に消えた。その姿を見たマルトーが呟く。 「イエス様を信じるとあんなことも出来るのか。」 「すっかり遅くなりましたね。」 「ゴメンなさい…」 「いえいえ」 サイトは腰に手をあて謝る。サイトの為に休憩を多くとったからだ。もう辺りはどっぷり暗い。馬を置いて村に入る。 「まあ元から泊りですからね、べつにいいですよ。」 「しかし道中は何も無かったけど何で野菜が来ねえんだ?」 村を見ると何人かが道にいる。 「ん?歓迎されてるのか。」 サイトは彼らに近づく、二つの月の月明かりはサイトに彼らの状態をいち早く視認させた。サイトは止まる。 「どうしたんです……か……」 シエスタも見た。肉が崩れ、蠢く人だったものを。 「食人屍(グール)」 ここでアンデルセン神父に憧れを持つ高校生平賀才人が行った行為は当然かつ最善の物だった。それは逃走。 シエスタもまたあっさりと従った。彼らが乗って来た馬に駆け寄る。しかし馬に群がるグール達に二人は毒つきながら横をすり抜ける。 「シエスタさん。本当にゴメンナサイ!」 「いえいえ!」 グールの足は速くない。というか走らない。よってサイトは想像した最もありがちかつ最悪なケースを叫ぶ。 「シエスタ!絶対コケルな?ゆっくりでいいから絶対コケルなよ!」 「はい!!」 彼らは足元に注意しつつ走った。 眼前をグールの群れが襲う、サイトは銃剣を払い、シエスタは抜刀により血路を開いた。 「意外とやるね。」 「サイトさんも。」 おぞましい外見だが所詮は生ける屍、動きは遅く、たいしたことはなかった。そのまま逃げようとする彼らの前に一人の男が現れる。神官だろうか。 「やあ、こんばんは。」 二人は立ち止った。後ろから迫るグールの群れより目の前の男が危険と判断したからだ。サイトはその正体に気づく。 「吸血鬼か。」 「その通り、あきらめたまえ。グールに喰わせるには惜しい。特にそちらのお嬢さんは。」 震えるシエスタの前にサイトが立つ。なんとしても彼女を逃がす。それは学院への恩義であり、女の子を守るというポリシーの為である。 「あきらめる?いやだね!」 シエスタを抱きよせ、耳元で囁く。シエスタは非常事態にも関わらず顔を赤らめる。 「時間は稼ぐ。」 吸血鬼が襲いかかり、サイトの首筋に食らいつく。シエスタが悲鳴を上げる。しかし吸血鬼は顔をしかめる。 食らいついたのはサイトの左腕だった。激痛に顔を歪めながら、唯一一度きりのチャンスに銃剣を心臓に向け突き刺す。 だが、左腕の痛みと掴まれた右肩によって外してしまう。渾身の一撃は脇腹を貫くに留まった。吸血鬼は木の枝まで退き、血の塊を吐き出す。 「なんだ、これは?この剣は?傷が治らんぞ!無敵の体の筈じゃないのか?」 サイトは立ち上がり、挑発する。 「は!こんだけ殺しておいて!こんなことしやがって!脇腹切られたくらいでピーピー泣くんじゃねえよ、甘 えん 坊!」 左腕は折れて骨が見える、右肩は砕けたように痛い、足は震えた。しかしシエスタを逃がす為に下手な挑発をした。 怒りの顔を見せる吸血鬼、その顔が少女の背に隠れる。 「シエスタ!!逃げろよ。」 「嫌です。サイトさんがあんなのになるなんて嫌。サイトさんがあんなのに殺されるなんて!サイトさんを見捨てるなんて絶対嫌!」 わずか一週間ほどの付き合いだったが、シエスタはサイトを仲間と思っていた。 見ず知らずの貴族の少女を、命がけで救った勇敢な少年を尊敬していた。 サイトは彼女の啖呵を嬉しく思うも、状況の最悪さは変わらない。吸血鬼は激昂しシエスタに飛びかかる。 サイトはシエスタを右に突き飛ばした。代わりに押し倒されるサイト。吸血鬼は舌打ちをするもサイトを睨みつけた。 「まあまずはお前でいい、訂正しろ!甘えん坊だと?ただの人間が!私は吸血鬼だ! 不老不死の、最強の生物だ!お前らとは違うのだ!あきらめておとなしく食われろ!」 「うるせえ!人間舐めんな元人間!不老不死?最強生物?笑わせるぜ! 好き勝手暴れて人殺しまくっておいて、脇腹刺された位で喚くんじゃねえ! 俺達と違う?そりゃそうさ!俺はただの人間だ!人間を舐めんな化け物! さあ戦ってやるぞ吸血鬼!戦い尽くしてやる!」 蒼くなる吸血鬼。サイトはシエスタに叫ぶ。彼の一連の行動は全てシエスタを生かす為にあった。 「ふせてろ!!」 そして右ポケットから、パイナップルを取り出し、ピンを抜く。 「何だ?それは?」 「人類の叡智だ。」 サイトは手榴弾を転がした。最後の力を振り絞り吸血鬼が壁になるよう身を捩った。 その手榴弾を何者かが、蹴飛ばした 手榴弾は飛んで行く、グールの群れに。弾ける死肉と轟音にその場にいた全員が振り向く。そして胴体に突き刺さる無数の銃剣に吸血鬼はよろめいた。 「体が……崩れる!」 けたたましい叫び声を完全に無視し、乱入者アンデルセン神父はサイトを抱え、震えたと思うと、突然仰け反って笑い始めた。 「ははははははは 聞いたかシエスタさん!聞いたかフリークス!雲霞の如きグールに迫られ、吸血鬼に圧し掛かられ、 喚くな?戦ってやる? ゲァハハハハッ!よく言った!取った行動が自爆でなければもっとパーフェクトだったがな。」 その顔は優しい神父ではなく、イスカリオテの鬼札の物だ。彼は呻き声を上げる吸血鬼に嬉しそうに近寄る。 「く。くるな。」 「五月蠅い!!死人がしゃべるな!!」 「た、助けて。」 「死人が命乞いをするな!!」 首を刎ねる。ゴロリと落ちたそれを一瞥し、今だ向かってくるグールに視線を移す。 (主が死んでなお動くか、天然ではなくナチのインスタントか。) 「今日は機嫌がいい。藁の様に容赦無く殺してやろう。」 そう言い、笑いながらグールに突撃する。死にぞこないが宙を舞い、死んで行く。シエスタはサイトに駆け寄る。 彼女はその光景を畏怖の念を持って見ていたが、サイトに宿ったのは別の感情だった。羨望、驚嘆、力への欲求。それらが溢れ、口を突いて出た。 「かっけえなあ。」 「?」 俺を強くしてください、と土下座と言う(確か由美江がマクスウェルに休暇を乞う時やっていた。)ポーズをする少年を見、思案する。 どんどん布教したいが、主人が快く思っていない。 主人はこの少年に好意を抱いている。 ピンと来た神父は少年の肩を叩く。 「いいですか主は……。」 「全くもう!あの使い魔何処行ったのかしら。強いのはいいけどちゃんとご主人様の側に居なきゃだめでしょう。」 ルイズはそう言いながら中庭を歩き回ると神父の姿を発見する。叫んで呼ぼうとするも、シエスタに止められる。 「今神聖な儀式の最中らしいです。」 「……はあ?」 アンデルセンがサイトの頭に水をかけている。アンデルセンの体が少し光った気がした。その後なにやら話をして終わった。その間ずっとサイトは手を合わせていたが。 「何してたの?」 「ええ、サイト君に洗礼を。」 「え?なんで?」 「いやあ、本当は司教でないと駄目なんですが、略式でね。」 「いや、そうじゃなくて。」 サイトが答える。 「あ、ありのまま起こったことを話すぜ、『神父みたいに強くなるにはどうすればいいか』と聞いたら、 いつのまにか洗礼を受けていた。」 「何を言ってるか分からないわ。」 カトリックという宗教自体は良いが、アンデルセンの性質に不安を抱く。 「アンデルセンはそれでいいの?そんな理由で。」 「神の兵が増えるのはいいことです。」 さらっと重大なことを言ってのけた神父に頭を抱えた。シエスタの方を見る。 「仕方ないですね、男の子って。」 サイトもまあいいかと呑気な顔だ。 みんなだめだ…とルイズは諦めた。 教皇庁13課イスカリオテ残存兵力 2名 前ページ次ページ虚無と狂信者