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大空を自由に飛びたい。 人間なら誰もがそう思ったことでしょう。もし自分が空を飛べたら…。 昔から人間は空に、鳥に憧れてきました。 飛行機ができたのも、その願いをかなえるための方法でした。 こんにちは。小早川ゆたかです。 …じつは私も、高校時代「空を飛べたら学校までひとっとびなのになぁ」と思ったことがあります。 空を飛ぶって、どんな感じなのかなぁ…。 ―チーターマン オレッテチーター チーターマン オレオレ…♪ ふいに音楽が響いてきます。私の耳に内蔵された電話機の着メロです。 …チーターマンを選ぶあたり、私もすっかりそっち方面に染まっちゃってるかも。 「もしもし、小早川ゆたかです…え?みゆきさん?…私に用事って…はい、わかりました」 一体、何があるんだろう? 「ゆーちゃん、どうしたの?」 「お姉ちゃん、実は…」 「そっか、それじゃぁみゆきさんが言ってた場所まで連れてってあげるよ☆」 私は、こなたお姉ちゃんのインプレッサに乗って例の場所へと向かいました…。 「お待ちしておりました、小早川さん。泉さんも一緒なんですね」 なにやら白衣を着たみゆきさん。その後ろには物々しい箱がひとつ、置いてありました。 「あの、時にみゆきさん…」 質問を仕掛けたのはこなたお姉ちゃんでした。 「この後ろの大荷物は一体何かね?」 「よくぞ聞いてくださいました。じつは今回、小早川さんをお呼びしたのはこの装置の実験をするためなんですよ」 そう言いながら、テクテクと箱のほうへ歩いていくみゆきさん。 装置…?実験…?一体何が始まるんでしょう…。 その時、みゆきさんが箱を開けると、中から翼のついた機械が出てきました。 人が乗る…?ようにはできてないし…?じゃあ、これは一体…? 「さぁ、着けてみてください」 「ふぇ!?」 つ、着ける?…背中に…?でもこのコネクターの形は…見覚えが…。 あ、そう言えば、私の背中にあるのと同じ形…。 とりあえず、戸惑いながらもこの機械を背中に取り付ける私。 「おぉ!ゆーちゃんカッコいい!」 「なかなかお似合いですよ」 「そ、そぅかなぁ…」 「ええ、何しろ小早川さん専用に作ったフライトユニットですから」 フライトユニット…?じゃぁ、私は空を飛べるんだ…。 「フライトユニットは、小早川さんの思い通りに動かすことが出来ます。右に行きたいと思ったら右に、左に行きたいと思ったら左に進むことが出来ますよ」 ホントだ…。私の思い通りに、右の翼と左の翼が動いてます。 なんだか、もうわくわくしてきちゃいました。 「それでは、早速実験を開始しますね」 と、みゆきさんが取り出したのは赤いボタン。 「では泉さん、カウントダウンお任せしますね」 「よしきた!…ファーイブ!」 ―ジャーン! 「フォーァ!」 ―ジャーン! 「スリィー!」 ―ジャーン! 「トゥー!!」 ―ジャーン!!! …え、ええっ!?こ、この演出はまさか… 「…ワン!」 ―ポチッ 「は、はうぅぅぅぅぅぅ~~~~」 何が起こったかわからず一瞬目をつぶってしまったけど…目をあけてみると、その風景に驚きました。 「わわわわわわ…」 と、飛んでる…私…空を飛んでます!頬に当たる風が気持ちいいです。 『ゆーちゃん!どんな気分ー?』 「う、うん…すごく気持ちいいよー。ちょっと緊張するけど…」 『では、さっき言ったように旋回してみてください』 「は、はいっ!」 まずは右…今度は左…。あ、ホントだ。思い通りに動ける…。 あはは、なんだか…本当に鳥になったみたい。 空を飛ぶって、こんなに楽しいことだったんだ…。 『大変です、小早川さん!』 慌てた様子のみゆきさん。一体どうしたんでしょう…。 『実は推進系統のネジが一つ緩んでいたみたいでして…』 『みゆきさん、そういうのは先に直しとこうよ…』 …え!?ちょ、ちょっと、みゆきさ… ―ボンッ! …とっ、止め…っ!誰か、止めてぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~… それから数時間後。 …私が身体を起こすと、見たことのない風景が広がっていました。 ここ…一体どこだろう…辺りを見回していると、線路が見えました。 どうやら駅が近くにあるみたいなので、とりあえずそこへ向かうことにしました…。 「えっと…に・ら・さ・き…?」 ……駅名を見た瞬間、言葉を失いました。私は山梨県まで飛ばされてしまったのです。 結局、フライトユニットも壊れてしまったので、その日の帰りは電車でした。 なんか、一気に疲れちゃったよぅ……。 数日後。 「小早川さん、前回の失敗を教訓に新型を開発してみたのですが…」 「そ、空を飛ぶのはもうこりごりです…」 しばらくは、空を飛ぶことが怖くなってしまった私なのでした…。
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エントリーNo.04:ID h3fqyXs0氏:月の下巡り合った意外な二人 ・みゆきとみさおのかけ合いは想像できませんでしたが、これほどに自然なものに仕上がるとは思いませんでした。しんみりしてるんだけどほのぼのとした感じがイイ! エントリーNo.05:ID NIOcQ0Io氏:【光の速さで1.2秒】 ・まとまっててよかった ・幻想的な文章が内容にものすごくマッチしていました!今までの作品を並べても特に好きな作品です! ・お題によくあってたかな。と エントリーNo.06:ID 5UE4CHc0 氏:肝試し ・全体的にもだけど、終盤のつかさの私が箱を~下りが気に入った
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空から花が降っている。 くるりくるりと回って落ちる。 色とりどりの花が雨のように降っているのを見て、つかさは空に手を伸ばす。 届かない。触れているのに、触れない。 つかさは不思議に思いながらも、諦めずに同じ事を繰り返す。 おかしな事はもうひとつある。 赤やピンク、白や紫などの様々な色の花があったが、黄色の花だけが見当たらない。 「どうして黄色の花だけ無いんだろう?」 つかさの呟きは独り言にならない。 何故なら、つかさの背後に一人の少女が立っている。 「黄色い花なんて、もうどこにもないよ。これは全部、ゴミになる花」 「どこにもないの?」 「たとえあっても気づけない。黄色がどんな色か知っている人は、世界にもほとんどいないから」 少女は何度も他人に説明してきた言葉のように、すらすらと答える。 つかさはふと思い出し、頭のリボンを解いてじっと見る。 「ここにあるよ。ほら、これが黄色の」 つかさが説明をしながらリボンを持った手を差し出すと、少女は目を輝かせて飛びつく。 奪うことはしなかったが、少女はリボンをぎゅっと強く握っている。 「ちょうだい!」 「えっと、これはプレゼントで貰ったものだから」 「でも、黄色を手に入れたら幸せになれるの。みんなもその伝説を信じて、いつも探してるんだよ」 少女はリボンを見つめたまま叫ぶ。 つかさは自分よりもずっと背の低い少女を見て、考える。 お気に入りの物だけど、この子ならばきっと大切にしてくれる。 迷った末に、つかさはリボンを手放すことにする。 「私は他の色の花もきれいだと思うよ。だから、黄色以外の花と交換しようか」 「いいの!?」 「うん。だけど、大切にしてね」 「ありがとう」 つかさはリボンを少女に譲り渡そうとする。 しかし、そのとき一陣の風がつかさの手からそれを奪い、空に舞い上がらせる。 二人は慌ててその後を追う。 リボンは宙を舞い、丘の向こうへ。 つかさ達は駆け足で丘を越えて、下りになっている坂の斜面を見て驚く。 目の前には黄色の花畑が広がっている。 追いかけていたリボンのことは、二人の頭からとっくに消えている。 「こんな所にあったんだ」 「……みんなが探してたのに、誰も気が付かなかったんだね」 「うん。だけど、私はこの花を見たことがあるよ。お父さんとお墓参りに行くと、いつも供えていくの」 「この黄色の花を?」 女の子は首を縦に振る。 「お父さんは知ってたのかな。こんな近所に咲いてる花が、黄色をしているっていうことを」 「知ってたのかもね。お墓に必ず持っていく花に、あなたがいつか興味を抱くのを待っていたのかも」 「ううん。やっぱり偶然だと思う。死んじゃったお母さんが好きな花だったから、選んでいただけだと思う」 「お母さん……いないんだ。お父さんのことは好き?」 「バカだから嫌い」 「あはは。そうなんだ」 少女は笑う。 つかさも笑う。 そして、夢は終わる。 「珍しいわね。つかさがこんな早くに起きてくるなんて」 トーストをかじっていたかがみは、髪に寝癖の残るつかさの姿を見つけてくすりと笑う。 「そんなことないよ。いつもどおりだよ」 つかさは頬を膨らませて言う。 「なんだか変な風に曲がってるけど……。もしかして、リボンを着けたまま寝たの?」 かがみは呆れたように言う。 「そうみたい。そうそう、このリボンのおかげで不思議な夢を見ることが出来たんだよ」 「へえ、どんな夢だったの?」 「あんまり覚えてないんだけど、花と女の子が出てきたような……」 つかさは必死に説明をしたが、かがみはさっぱりわからないという表情をする。 「あとは、夢の中の女の子がこなちゃんに似ていた……ような気がする」 「こなたか。あいつが出てきたら、ファンタジーもぶち壊しよね」 「うーん?」 つかさは曖昧に笑って誤魔化すと、ぽつりと独り言を口にする。 「こなちゃんの今度の誕生日には、プレゼントに黄色の花を添えてみようかな」 終
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住所 東京都台東区○○×丁目○○番地 氏名 ○○ ×× 性別 男 年齢 17歳 所属 陵桜学園高等部 死因 首吊り自殺 自殺動機 学校におけるいじめとみられる 1.依頼 秋葉原に居を構える柊かがみ法律事務所。 かがみは夫婦から話を聞き終えたところだった。 加害少年の親とは和解で決着がついており、加害少年自身は傷害罪で少年審判の手続に入っていた。 残る問題は、いじめに対する対策を充分にとらなかったと思われる学校側に対するアクションである。 「私が陵桜学園卒業生だということはご存知ですか?」 かがみが最初にした質問はそれだった。 「はい」 「それでも私にご依頼なされると?」 「柊先生のことは息子からよく聞き及んでおりました。信頼できる方だと思っております」 自殺生徒は、いわゆるオタクだった。 アキバ系なら、柊かがみ法律事務所の存在は誰でも知っているといってよい。 「分かりました。お引き受けいたしましょう。ただし、私のほかにもう一人弁護士を加えてもよろしいでしょうか? 私が不適任だと判断なされれば、直ちに私を解任して、その弁護士に引継ぎしてください。それが唯一にして絶対の条件です」 夫婦はただうなづくしかなかった。 「それでは、訴状の準備ができましたらまたご説明いたしますので、今日のところはこれで」 夫婦は頭を下げて、事務所をあとにした。 かがみは、電話をかけた。 相手の男は、仮に弁護士Aと呼ぶことにしよう(*男の扱いがぞんざいなのは、この世界のデフォということでご了承願いたい)。 かがみと交際して三日で破局したという最短記録をもつ男、エリート意識丸出しの鼻持ちならない弁護士。 本来なら忘却の彼方に追いやりたい相手であったが、互いに仕事を融通しあうことも少なくなかった。互いの得意分野はよく知っていたから。 しかし、協力して一緒に仕事をするのは、今回が初めてになるはずだ。 なお、蛇足ながら付け加えるならば、まもなく40歳にもなろうというのに、二人ともまだ独身である。 かがみは電話で事情を話した。 「なるほどね。僕としては全面的に引き受けてもいいぐらいだけど、なぜ共同で?」 いじめ自殺の損害賠償請求訴訟なら、弁護士Aの得意分野だった。 いつもなら、弁護士Aに仕事を丸投げして、かがみは手を引いていただろう。 「私情で仕事を放り投げたくないからよ」 「君は妙なところで強情だな。まあ、いいだろう。ただし、報酬はきっちりもらうがね」 「おいくらかしら?」 「そうだね。君と一日デートなんてどうかな?」 弁護士Aとしては、冗談のつもりだったのだが、 「いいわよ。一日ぐらいなら」 意外な答えが返ってきた。 「おいおい。どうしたんだい? 熱でもあるのかい?」 「あんたこそ、この40近いおばさんつかまえてデートだなんて、熱でもあるんじゃないの?」 彼は、ついさっきまで冗談だった言葉が、わずかで数秒で本気のものに変わっていくのを感じた。 「僕はいたって正気だがね。いっとくが、口約束でも契約は成立だ。あとで忘れたなんていわせないよ」 「呆れた。あんた、本気なの?」 「当然だ」 そのあと、打ち合わせの日時を決めてから、電話を切った。 2.辞職 弁護士Aに関係資料を集めさせ、二人で話し合って訴訟方針を固め、原告夫婦に説明をしてから、訴訟を起こした。 訴えは、不法行為に基づく使用者責任を問う民法715条による損害賠償請求と安全配慮義務違反による債務不履行責任を問う民法415条による損害賠償請求との選択的併合で、この手の訴訟では定石パターンのひとつだ。 そして、被告は、学校法人陵桜学園。 かつての母校の名は、今は対峙すべき被告の名であった。 個人を被告にしなかったのは、かがみの私情が全く絡んでなかったとは言い切れない部分もある。 しかし、個人相手に損害賠償請求権を得ても相手に資力がないことが多いのも通例で、ならば無駄なことはせずに法人だけに相手を絞りこむのも、近年では珍しいことではない。 裁判所から公判期日の決定通知が来た日に、かがみのもとに電話がかかってきた。 「おお、柊。久しぶりやな」 「黒井先生……」 「元気にやっとるか?」 「なんともお答えしにくいです」 「そうやな。まあ、そう気つかわんでもいいで。柊も仕事なんやしな」 「いいんですか? 私に電話なんかしても」 「うえの方からは余計なことしゃべるな、いわれとるけどな。うちは気にしとらん」 黒井先生は今回の事件には直接関係ないとはいえ、あっけらかんとしたものだ。 それが黒井先生らしいといえばそれまでだが。 「ご用件は?」 「ああ。まあ、なんや。知らせとかないのもなんやと思うてな」 ここで、黒井先生は少し間を置いた。 「天原先生、やめてもうたわ」 「そうですか……」 これはかがみにも予測できていたことではあった。 関係資料を分析する限り、いじめの兆候を最初につかんでいたのは天原先生だった。かがみとしては、最初に尋問しなければならない被告側の人間だ。 あの優しい性格であるから、事件が起きてからずっと罪の意識にさいなまれていたに違いない。 「あと、桜庭先生もな……」 「えっ?」 かつての担任の名が出てきたことに、かがみは絶句した。 桜庭先生も黒井先生と同じく、自殺した生徒とは違う学年のクラスの担任で、今回の事件とは無関係なはずなのに。 「うちも天原先生も止めたんやけどな。ふゆきに付き合ういうてきかんくてな」 「そんな……」 「仲ようしてたからな、あの二人は」 「……」 「まあ、うちからの用はこれだけや。柊もがんばりぃや」 電話は切れたあとも、かがみはしばし呆然としていた。 3.尋問 被告側は、自殺の事実、自殺動機がいじめであること、いじめの事実については全く争わなかった。 主要な争点は、当時の学校側の過失あるいは安全配慮義務違反の有無に絞られている。 ゆえに、教諭たちへの尋問こそがこの裁判の山場であった。 「天原さんは、平成○○年○月○日から平成××年×月×日まで、陵桜学園高等部において、養護教諭の職にあった。これは間違いないですね?」 かがみの問いに、天原ふゆきは素直に答えた。 「はい」 「天原さんは、自殺した生徒について、何かいじめの兆候のようなものをつかんでいましたか?」 「はい。生徒さんがケガをしたといって保健室に来たことが何度かあるのですが、どう見ても暴行を受けていたとしか思えませんでした」 「生徒本人はなんといってましたか?」 「転んでケガをしたといってましたけど、それにしては不自然すぎました」 「あなたは、そのことを誰かに伝えましたか?」 「はい。生徒さんの担任教諭に伝えました」 「その担任教諭は何か対策を講じてくれましたか?」 「転んでケガをしたんだろうといって、まともにとりあってくれませんでした」 「そうですか。しかし、あなたは暴行を受けていたと判断したんですよね?」 「はい」 「ならば、その担任教諭にはもっと強く訴えるべきではなかったのですか? あるいは、学年主任や教頭、校長などに訴えるべきだったのでは?」 「確かにそうだったのかもしれません」 ふゆきの目から涙がにじんできた。 しかし、かがみは、ただ淡々とこう告げた。 「裁判官。天原元教諭は、結果回避義務違反による過失を認めました」 「裁判官。発言許可を求めます」 被告弁護人が発言許可を求める。 「許可します」 「天原元教諭は、生徒の自殺防止に関しては補助的な役割しか負っておりません。一次的な責任は担任教諭が負うべきものであり、天原元教諭の責任は、担任教諭にいじめの兆候を伝達した時点で充分に果たされたというべきです」 「原告弁護人。反論はありますか?」 「ありません」 かがみは、あっさりそう答えた。 被告弁護人の主張は予想されていたものだ。 そして、かがみとしても、これ以上、ふゆきを責める気はなかった。 「担任教諭の過失あるいは安全配慮義務違反については、このあとの担任教諭の尋問において立証したいと思います」 「では、天原ふゆきに対する尋問を終了とします。異議ありませんか?」 「異議ありません」 「異議なし」 引き続いて、担任教諭の尋問に移る。 ここからが本番だ。 被告弁護人は、担任教諭の第一次的責任を認めたのだ。ならば、担任教諭の過失あるいは安全配慮義務違反を立証すれば、この裁判は勝ちである。 担任教諭の過失を立証すれば民法715条の使用者責任にもっていくのは容易である。 また、学校法人陵桜学園が有する生徒に対する安全配慮義務を具体的に履行するのは校長や教頭、教諭たちであるから、担任教諭に安全配慮義務違反があれば、それがすなわち学校法人陵桜学園の安全配慮義務違反にほかならない。 傍聴席。 「柊のやつ。ふゆきを泣かせたな」 桜庭ひかるがつぶやく。 「仕事やなかったら、うちもいますぐしばいてやりたいぐらいやけどな」 黒井ななこは、正直なところ、淡々と容赦なくふゆきを追い詰めていったかがみに対して薄ら寒い思いすらしたが、それは口には出さない。 「柊の仕事は、これからが本番や。しっかり目に焼き付けたるで」 「うむ」 担任教諭への尋問開始。 二人の同僚でもある男に対して、かがみは淡々と容赦なく質問をあびせかけていく。その鋭さはさきほどのふゆきに対する尋問の比ではなかった。 ときどき被告弁護人から反論が入るが、かがみはそれに対してもあくまで論理的に返してみせた。 そんなかつての教え子の姿を見て、傍聴席の二人の教諭は、思わず背筋を震わせた。 4.沈鬱なるデート それからも何回か公判があり、結審したのは、最初の公判から3ヶ月後だった。 そして、判決の日。 判決は、原告勝訴。 原告夫婦は歓喜をわきかえるということはなかったが、息子の無念を少しでも晴らしたことに涙ぐんでいた。 かがみは、夫婦に何度も何度も頭を下げられて、恐縮することしきり。 被告は控訴しなかった。 被告弁護人が弁護を降り、後任が見つからなかったからだ。 専門家から見れば負け戦が確実な案件。そんなものを進んで引き受ける弁護士はいなかった。 判決の翌日。 自殺生徒の担任教諭が辞職したという事実が、新聞の地方版の小さな記事となった。 その週の日曜日。 かがみは、約束どおり、弁護士Aとデートをしていた。 今回の裁判での弁護士Aの裏方での働きぶりには申し分なく、彼には約束どおりの報酬を受け取る権利があったから。 とはいえ、かがみは終始沈鬱な表情で、弁護士Aとしてもどうしてよいものやら困り果てていた。少しでも元気づけようといろいろとやってみたが、まるで効果がなかった。 夕方、誰もいない公園のベンチに二人きり。 本来ならロマンチックな光景であるのかもしれないが、二人は今にも別れそうな末期の夫婦のようにしか見えなかった。 そして、事実はそれにほとんど近い。 「やっぱりつらかったか?」 弁護士Aが唐突にぽつりとつぶやく。 「そうね……この仕事にはそういうところがあるってことは分かっていた。そのつもりだった……」 思い出のたくさん詰まった母校を敵に回すのは身を引きちぎられるぐらいにつらいことだったし、かつての恩師二人を辞職を追いやってしまったことも心に重くのしかかっていた。 あの今にも泣きそうになっていた天原先生の顔は生涯忘れられそうにもない。 「君はどうしようもなく意地っ張りだな。泣きたいときは我慢するもんじゃない」 かがみは、ついに泣き出した。 今まで溜め込んでいたものをすべて吐き出すように、彼の胸の中で泣き続けた。 しばらくしてから泣き止み、かがみは顔をあげた。 「今のは忘れなさいよね……」 「泣き顔でいわれても説得力がないな。まあ、他言はしないと約束しよう」 「……」 かがみは、涙をふき無言で弁護士Aをにらみつけた。 彼は話をそらすように、別の話題を持ち出した。 「ああ、そうだ。君に黙っていたことがあったんだった」 「何よ?」 「被告弁護人だがね。彼も陵桜学園出身だそうだ。君より3年先輩だってさ」 「えっ? なんで言わなかったのよ?」 「裁判に決着がつくまで言われないでくれ、って念を押されててね。僕にはその理由は分からなかったけど」 「……」 弁護士Aには分からなくても、かがみにはその理由はなんとなく分かるような気がした。 互いに母校には思い入れがある身だ。阿吽の呼吸で、あの裁判を出来レースで展開することも、やろうと思えばできたのかもしれない。でも、彼はそれをしたくなかったのだろう。 「あの担任教諭は、彼の恩師でもあるそうだ。彼にしてみれば、これで母校と恩師に対する義理は果たしたといったところなのだろうな。本来なら、まだまだ賠償金はとれたんだけどね。彼の巧妙な弁護のせいで、うまく賠償額を下げられてしまったよ」 思い当たる点はあった。 被告弁護人は、「今回の自殺は、担任教諭のみならず、学年主任や教頭、校長などの過失が複合したいわば組織的な過失が原因である」という方向に誘導しようと必死だった。 今回の損害賠償請求は、個々人に対するものではなく、学校法人陵桜学園だけに対するものであったから、誰か一人に決定的な過失があろうと組織的な過失であろうと、どちらにしたって結果は同じだったはずだ。 それなのに、組織的な過失という構成にこだわったのは、かつての恩師に責任を集中させたくなかったからだろう。 また、自殺生徒の過失──いじめの事実を訴えるどころか自ら隠そうとまでしたこと──を主張して、ついに過失相殺による損害賠償額の減額(今回の判決では、自殺生徒の過失:学校側の過失=5:95、とされた)を認めさせたことは、負け戦の中での被告弁護人の具体的な成果でもあった。 それが母校への義理ということだったのだろう。 もちろん、かがみも反論したのだが、被告弁護人の主張を崩しきれなかった。実際、自殺生徒には、救いの手が差し伸べられる可能性を「能動的」に避けているとしか思えない行動が多々あったのも事実だったからだ。 5.その後 その後の弁護士Aとかがみの関係について詮索する者がいるかもしれないが、事実だけを記述しておく。 以前と同様、仕事上だけのドライな関係。それだけだ。 ただ、仕事を融通しあうだけでなく、一緒に協力して仕事をすることが多くなったことは事実だった。 かがみの親友の言を借りれば、「かがみんは、いくつになってもツンデレだよ」ということに尽きるのかもしれない。 あれから数ヵ月後、柊かがみ法律事務所にたずねてきた人物が二人。 「おーす、柊。久しぶりだな」 「お邪魔します」 「先生……」 そこには、桜庭先生と天原先生が立っていた。 「再就職先が決まったからな。報告に来てやったぞ」 「どちらにですか?」 「北海道の私立高校だ。ふゆきの実家のコネでなんとかなった。北海道なら余計なしがらみもないし、再出発するにはちょうどいい」 「柊さん」 天原先生が前に出る。 「私、がんばりますね。あんなことは二度と起こさせないように」
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「かがみー。今日の巫女の手伝い、代わってくれないかなー?」 日曜日の早朝。わたしの部屋にきたまつり姉さんが、突然わたしにそんなことを頼み込んできた。 「先週、わたしがやったじゃない…なんでまたわたしがやらなきゃいけないのよ」 今日は特に用事があるわけじゃない。でも、まつり姉さんの頼みごとはなんか引き受けづらい。 「いやー、大学のレポートが遅れちゃって…頼む!この通り!」 両手を合わせてわたしを拝み倒すまつり姉さん。嘘は言ってないみたいだし、本当に切羽詰っているなら代わってもいいかな、と思う。 でも、どうしてこういう状況になる前にしっかりやっておかなかったのか…そう思うと、やっぱり身勝手なお願いだと思い直した。 「レポートなら、手伝いが終わってからでもできるでしょ?」 「それが出来るなら頼みにこないよー…」 わたしの言い分に、ばつが悪そうに頭をかきながらまつり姉さんはそう答えた。どうやら相当溜め込んでたらしい。 不快感が自分の顔に出てるのがわかる。こりゃ、またやっちゃうな。 「そーだ!今度美味しいスィーツ奢ってあげるよ!」 名案だとばかりに嬉しそうに言うまつり姉さん。 「…お生憎様。今ダイエット中よ」 冷たく突き放すようにわたしがそう言うと、まつり姉さんの顔がムッとなる。 「あ、じゃあレポートの方をかがみが代わりに…」 「それ、正気で言ってる?」 我ながら酷い言い方だと思う。 「…なによ、人が下手に出てたら…」 さすがにカチンときたのか、まつり姉さんの声色が変わる。ホント、なんでいつもこうなるんだろうか。 「まつりー!時間よー!早くきなさいよー!」 階下からいのり姉さんの声が聞こえた。それを聴いたまつり姉さんの動きがピタリと止まる。 そして、諦めたようにわたしの部屋から出て行った。いのり姉さんまで怒らせるのは、得策ではないと判断したんだろう。 「…まつりお姉ちゃん。わたしが代わろうか?」 まつり姉さんが部屋から出た直後に、外からつかさの声が聞こえた。あの子が、日曜のこんな時間に起きてるなんて珍しい。 「マジで!?じゃ、つかさ任せた!」 パタパタと小走りで去っていくまつり姉さんの足音。わたしはため息をついてベッドから降り、部屋のドアを開けた。 「つかさ、あんな頼み引き受けなくていいわよ…ってか聞いてたの?」 そして、廊下に立っているつかさにそう言った。 「え、あ、その…なんかまた喧嘩になりそうかなって…」 止めに入る機会でも伺ってたんだろうか。でも、まつり姉さんとの喧嘩を、つかさにとめられたことは無かった気がする。 「で、なんで引き受けたの?」 わたしがそう聞くと、怒られるとでも思ったのかつかさがばつの悪そうな顔をした。 「まつりお姉ちゃん、大変そうだったから…」 「大変なのは、姉さんの自業自得よ。普段からちゃんとしてれば、こんなことならないんだからね」 少々強い口調でわたしがそう言うと、つかさはうつむいた。 「そ、そうだよね…それは…そうなんだけど…」 しまった。なんで何も悪くないつかさに、わたしは説教じみたことしてるんだ。 「…でも…えっと…あ、も、もう行かなきゃ」 何か言いかけたつかさが、急に顔を上げて小走りに階段に向かう。 「え?ちょ、つかさ!」 何を言おうとしたのか気になって呼び止めようとしたが、つかさはそのまま階段を下りて行ってしまった。 わたしはなんとなく煮え切らない気分のまま、朝食をとろうと階段に向かった。 「おはよう、お母さん」 「おはよう、かがみ」 台所に居たお母さんに挨拶をして、わたしはテーブルに着いた。テーブルの上には二人分の朝御飯。わたしと、もう一つはつかさの分だろうか。 「…つかさ、まだ朝御飯食べてなかったんだ」 わたしがそう呟くと、お母さんがこっちを見て首をかしげた。 「そう言えばまだ来てないわね。どうしたのかしら?」 お母さんの言葉に、わたしはため息をついた。 「いのり姉さんの手伝いに行ったわ」 「あら、今日はまつりじゃなかったかしら?」 「そうなんだけど…まつり姉さんが代わってくれってわたしのとこに来て、それで断ったら…」 「つかさにお鉢が回っちゃった?」 わたしの言葉を遮るように、お母さんがそう言った。結果的にはそうなったけど、何かそれは違う気がする。 「…つかさが自分から代わるって言ったのよ。そんな必要ないのに。大体、まつり姉さんがちゃんとしてたらこんなことに…」 「はいはい。お小言はそれくらいにして、早く食べちゃいなさいね」 またしてもお母さんに話を遮られる。確かにお母さんにするような話じゃないんだけど…。 なんか今日はうまくいかない。わたしは少しイラついた気分で朝食のパンをかじった。 「そういえば、今日はこなたちゃんのところに行くんでしょ?…つかさは神社の手伝いしてて大丈夫なのかしら?」 わたしが朝食を食べ終わるころに、お母さんが神社の方を見ながらそう聞いてきた。 「こなた?」 わたしが思わずそう聞きかえすと、お母さんは不思議そうに首をかしげた。 「あら、違うの?つかさがこなたちゃんの家に行くから起こして欲しいって言ってたから、てっきりかがみも行くんだって思ってたんだけど…」 「ううん。今初めて聞いたよ」 お母さんにそう答えてから、わたしは考え込んでしまった。 つかさが早くに起きていた理由は分かった。でも、なんで手伝いを代わったかという、新しい疑問が湧いてくる。 つかさがこんな時間から、約束もせずにふらっとこなたの家に遊びにいくとは考え難い。かと言って、約束をすっぽかして家の手伝いをするとも考えられない。 そもそもこなたと遊ぶ約束するなら、わたしに何も言わな…いや、こういうのはつかさのプライバシーだし、突っ込むのは野暮だろう。けっしてハブられたのが悔しいとかそう言うことでは無いはず…いやいや、そう言うことじゃなくて、えーっと。 と、考え込んでるわたしの前にチャリンと音を立てて何かが置かれた。見てみるとそこにあったのは金属製の鍵。わたしが顔をあげると、お母さんが少し困った顔をしていた。 「いのりね、倉庫の鍵を忘れていったみたいなの…」 「わたし、いってくる」 お母さんがすべて言い終える前に、わたしは鍵を掴んで玄関に向かっていた。 「…やられた」 わたしは倉庫の前で、ガックリと肩を落としてそう呟いた。 目の前には扉の開いた倉庫。手に持った鍵を良く見ると、お父さんの達筆な字で『予備』と書かれたタグが付いていた。 つかさのところに行きやすいようにって、お母さんの配慮なんだろうけど、こんな回りくどいこと…しないと、来なかったんだろうなあ、わたしは。 『そんなに気になるなら、直接つかさに聞いてみたら?』 『やめとく。つかさだって子供じゃないんだから、いちいちわたしが色々言わなくても…』 とかいう会話になってたんだろうな…我ながら難儀な性格だ。こんなんだからこなたにツンデレだのなんだの言われるんだろう。 「…思ったより早く終わったね」 「そうね、お昼過ぎると思ってたんだけど…」 少し離れたところから聞こえてきた声に、わたしは思わず隠れてしまった。 …えーっと、なんで隠れるのわたし。しかも倉庫の中に。二人の話し声が扉のすぐ前まで来た。今入ってこられたら、すごく間抜けなんだけど。 「…そういえば、つかさ。どうしてまつりと代わったの?」 聞こえてきたいのり姉さんの声に、わたしは自分の状況も考えずに扉に身体を寄せて聞き耳を立てた。 「えーっと…かがみお姉ちゃんとまつりお姉ちゃんが喧嘩になりそうだったから…あのまま終わっちゃったら、二人とも気まずいだろうし…」 お人好しにも程がある。思わず言いそうになった言葉を、わたしは喉の奥に押し込めた。わたしたちの事なんか何時もの事なんだから、気にせずにこなたの家に遊びに行けばよかったのに。 「またあの二人…まつりもそうなるの分かりそうなものなのにね。なんでかがみに頼みに行くんだろ」 いのり姉さんがため息混じりにそう言った。 「きっと、まつりお姉ちゃんもかがみお姉ちゃんのこと頼りにしてるからだよ」 にこやかな表情が想像できそうな声でそういうつかさ。いやー、嫌がらせだと思うよわたしは。 「そんなものかしらねえ…つかさがかがみを頼りにするってのなら分かるんだけど…そういえば、つかさとかがみは喧嘩しないわね。少なくともわたしは見たこと無いんだけど」 言われてみれば、わたしもつかさと喧嘩した覚えがない。 「お、怒られるのはしょっちゅうあるけど…」 いや、つかさ。そんなことは言わなくていいから。 「まあ、つかさとかがみじゃ喧嘩にならないか…っていうか、つかさは誰とも喧嘩にならない気がするわね」 わたしもそう思う。怒られてキレたりとかしないし、ましてやつかさから喧嘩売るなんて天地が引っくり返ってもないだろう。 「わたし、臆病だから…そう言うこと怖くて出来ないよ」 「そう?つかさって結構知らない人にも話しかけたりするじゃない」 「そ、そんなに誰でもってわけじゃないよー」 うん。つかさは引っ込み思案なところがあって、誰にでも気軽に話しかけたりするわけじゃない。ただ、相手が困ってるとわかると、自分の状況考えずに助けようとするのよね…今日みたいに。 「…初めて巫女の手伝いをしたときね、わたしまつりお姉ちゃんとだったんだ」 唐突につかさがそんなことを話し始めた。そうだったっけ?と記憶をたどってみたが、いまいち思い出せない。 「かがみとじゃなかったんだ」 いのり姉さんが意外そうな声を出す。双子だからか、つかさはなにかとわたしと組まされることが多いからね。 「うん…それでね、御守り売る手伝いしてたんだけど、わたしずっと怖がってたんだ。お祈りしてる人がちょっと怖そうな人で、こっち来たらどうしようって」 ああ、それはわかる気がする…ってか、つかさでなくてもちょっと身を引いてしまうと思う。 「そしたら、隣に居たまつりお姉ちゃんが言ったんだ『あれは絶対カツラよ。あの人、髪の毛が生えますようにってお祈りしてるわ』…って」 アホか。 「アホか」 うわ、いのり姉さんと突っ込みかぶった。 「それでね、その人結局御守りは買いにこなかったんだけど…休憩時間にお散歩してたら、外れの方にその人がいたんだ…なんだか凄く悩んでるっていうか、困ってるていうか…そんな感じで」 まったく聞いたこと無い話に、わたしはじっと聞き耳を立てていた。いのり姉さんも同じらしく、相槌が聞こえなくなっていた。 「どうしようか迷ってたら、まつりお姉ちゃんの言葉を思い出したの。ホントにそうなら、そう怖い人じゃないのかなって思えてきて…何が出来るかわからないけど、とにかく話しかけてみようって思って…その…『髪の毛無くても大丈夫ですよ』…って、言っちゃって…」 ………わ、笑うな。笑うな私…ここで笑ったら隠れてるのばれるでしょ…ちなみにいのり姉さんは遠慮なく爆笑してる。 「怒られたでしょ、それ…」 ひとしきり笑ったいのり姉さんが、つかさにそう聞いた。まあ、見知らぬ女の子にいきなり頭髪の心配されたら、いい気分にはならないでしょうね。 「ううん…その人、しばらくポカンとした後ね、凄く笑ったよ。今のいのりお姉ちゃんみたいに」 なんだか意外な反応だ。 「それで、しばらくお話ししたんだ。その人、いろんなこと知ってて、凄く楽しかった…それで、別れ際にね『楽になったよ、ありがとう』って言ってくれて…」 ああ、そっか…話すだけで楽になることもある。相手がつかさならなおさらだ。結構聞き上手なのよね、この子。 「…まつりお姉ちゃんの所に戻って、そのこと話したら言われたんだ『よかったね』って…わたし、思ったんだ。まつりお姉ちゃんはもしかしてあの人がなにか悩んでるってわかってて、話すきっかけになるようにあんな事言ったんじゃないかなって」 「それは…流石に考えすぎじゃないかしら」 つかさの言葉に答えるいのり姉さんの、苦笑する顔が目に浮かぶ。わたしもまつり姉さんがそこまで考えていったとは思えない…思えないけど、きっかけだったことには変わりない。 「そうかも知れないけど…でも、やっぱりわたしが少しでも人と話せるようになったのは、まつりお姉ちゃんのおかげだと思う。あの事が無かったら、わたしは今でもなんにも出来ないままだと思うから」 心底嬉しそうに話すつかさ。そのつかさのお人好しの大元が、よりにもよってあのまつり姉さんだとは…。 「あの、まつりが…ねえ」 いのり姉さんも少し信じられないようだ。 「…あ、あれ。わたし箒どこに置いたっけ…」 少し話の余韻に浸ってると、つかさが急に慌てたような声を出した。 「どこって…もう、忘れてきたんでしょ。戻るわよ」 呆れたような可笑しいような。いのり姉さんはそんな感じでそう言った。 二人の声が遠ざかった後、わたしはこっそり倉庫を出て家に戻った。 その途中、さっきのつかさの話を思い出していた。 つかさのお人好しの原点。あの子の美点ともいえるそれを引き出したのが、あのまつり姉さんだということ。 それがなんというか…悔しいというか…つかさのことは、なんでもわたしが一番だと思ってたのに。 双子だから、近すぎるから、見えないことや伝わらないこともある…ということだろうか。 まとまりそうに無い考えを色々とこね回しながら、わたしは家の玄関を潜った。 家に入ったわたしは、お母さんに鍵を返しながら文句を言った後、自分の部屋に戻った。 お昼までもうすぐと言ったところで、いのり姉さんとつかさの声が階下から聞こえてきた。結構時間かかったみたいだけど、つかさは箒をどこに忘れてきたのやら。 ふと、わたしはつかさにこなたとの事を聞こうと唐突に思った。巫女の手伝いを代わったのは、わたしとまつり姉さんのためだとはわかったけど、こなたとの事はどうなったのか、なんとなく気になったのだ。 わたしは椅子から立ち上がると、自分の部屋を出てつかさの部屋に向かった。 「つかさ、入るわよ」 軽くノックして、返事も待たずにドアを開けて部屋に入る。 家族の中でもわたしとつかさの間柄だから許される行為で、この前まつり姉さんの部屋に入るときにやったら、『ノックの意味無いじゃない』って怒られたっけか…いや、今はそんなこと関係ないわね。 「お姉ちゃん。どうしたの?」 ベッドの上に座っていたつかさが、軽く首をかしげながらそう聞いてきた。どこかに電話してたのかメールでも打ってたのか、手には携帯を握っている。 「えーっと、まあその…今日はごくろうさま。悪かったわね、巻き込んだみたいで…」 「ううん、大丈夫。わたしが出来ることってこんなくらいだし」 わたしの言葉に、笑顔で答えるつかざ。うーん、改めて考えると、ほんと双子なのかと疑わしくなるくらいお人好しだ。 「でも、今日こなたの家に行くつもりだったんでしょ?お母さんがそう言ってたけど」 わたしがそう言うと、つかさの表情が凍りついた。なんだろう、嫌な予感がする。 「…うん…その…つもりだったんだけど…」 うつむきながら、歯切れ悪く答えるつかさ。これは絶対何かあった。 「…こなたと何かあったの?」 「ちょっと…えっと…」 うつむいたまま呟くつかさ。相当言いにくいことらしい。わたしはつかさの座って、その顔を覗き込んだ。 「何があったの?言ってみて」 わたしは少し強めの口調で聞いた。こういう時のつかさは押すに限る。何があったにせよ、わたしに何が出来るかにせよ、とにかく話を聞かないと、文字通り話にならない。 「…あの…先週、こなちゃんち行った時に…」 先週…金曜日ね。こなたが見せたいものがあるからって、学校の帰りによったんだっけか。 「その時にね…こなちゃんの部屋にわたし一人になったでしょ?」 「うん。なんか見せたいものがおじさんの部屋にあるからって、こなたに連れ出されたのよね」 「…わたし、部屋にあったこなちゃんのお人形に手を引っ掛けちゃって、落としちゃって…首がとれて…」 お人形って…フィギュアのことか。 「それで…わたし、元に戻してそのまま帰ってきちゃって…昨日、こなちゃんから電話があって…『つかさでしょ』って…」 わたしはどういって言いか分からず、泣きそうなつかさの顔をただ見ていた。 「謝らなきゃいけないって思ったのに…思ったのに…わたし、『こなちゃんがあんなところに置いとくのが悪い』って言っちゃって…」 最悪だ。なんというか、あまりにもつかさらしくない。 「こなちゃん凄く怒って…今日何とか謝ろうって思ってたんだけど…朝、お姉ちゃんたちの話し聞いたら、つい…」 逃げた。そう言うことだったのか。もちろん、つかさがわたし達の喧嘩を止めたかったというのは嘘じゃないだろう。でも、それ以上にこなたから逃げたかったのだろう。 「どうして、最初に…フィギュアを落としたときに謝らなかったの?」 わたしがそう聞くと、つかさは首を横に振った。 「怖かったの。こなちゃんがこういうのすごく大事にしてるって知ってたから…こなちゃん普段怒らないから、怒ったらどうなるんだろうって…もしかして、ばれたら友達じゃなくなるんじゃないかって…そう思ったら、謝れなくなって…隠さなきゃって思って…」 これは、どうすべきなんだろうか。つかさが謝ったのに、こなたが意地を張って許さないってのならまだ対処のしようもある。わたしが間に入ってなんとかなだめれば良いだけだ。 しかし、今回はつかさが全面的に悪い。フィギュアを落としたのが事故なのだろうけど、その後が悪すぎる。わたしが間に入れば余計にこじらせる可能性もある…いや、こなたとわたしの間柄を考えると、確実にこじれるだろう。 とにかくなんとか助言だけでもしないと…と、焦るわたしの頭に、なぜかまつり姉さんの顔が浮かんだ。 「…つかさ、今からこなたのところに謝りに行きなさい」 そして、わたしはつかさにそう言っていた。 「…え…でも…」 つかさが顔を上げる。わたしの方を見たその顔は、酷く怯えた表情を見せていた。 「大丈夫、うまくいくから。わたしが保証するわ」 そのつかさに、わたしは出来うる限り優しく話す。躊躇する気持ちはわかるけど、ここはなんとしても背中を押さなければならない…たぶん、それが最善だから。 「もしうまくいかなかったら…その時は、わたしの事殴っても良いから、ね」 つかさはしばらく迷った後、恐る恐るうなずいた。 つかさの部屋を出て自分の部屋に戻ると、わたしは携帯を開いてこなたにメールを打った。 「今からつかさが謝りに行くわよ…っと」 送信し、携帯を机に置こうとすると、着信音が鳴った。携帯を開いてみるとこなたからの返信だった。その過去最速の早さに、わたしは自分の考えが間違ってなかったことを確信した。 昼食のテーブルに着くと、お母さんがわたしの方を見て首をかしげた。 「つかさはどうしたの?」 「こなたの家に行ったわよ。昼食はいらないみたい」 わたしが答えると、お母さんはやれやれといった感じでつかさの分のお皿を片付け始めた。 「つかさ、謝りに行くことにしたのね」 わたしの隣に座っていたいのり姉さんがそう呟いた。 「知ってたの?」 「仕事の片付けしてる時に、つかさが話してくれたのよ」 わたしが倉庫から帰ってきた後だろうか。二人が帰るの遅かったのは、その話をしてたからなのかな。 「わたしはこなたちゃんの事あんまり知らないから、相談するならかがみがいいって言っておいたけどね」 「そうね。いのり姉さんが適当なこと言ったら、余計ややこしくなりそうだし…」 わたしが茶化すようにそう言うと、いのり姉さんは不機嫌そうな顔をした。 「まつりじゃあるまいし、そんな適当なこと言わないわよ」 「…そこでわたしか」 今度はまつり姉さんが口を尖らせる。こういう連鎖っぷりはさすが姉妹だと思う。 「なんていうか…つかさは結構深刻っぽかったけど、かがみはあんまり心配してなさそうね」 いのり姉さんがわたしの方を見ながらそう言った。わたしは、少し上を見ながら頬をかいた。 「んー…なんていうんだろ。なんとなく似てるっていうのかな…」 そして、まつり姉さんの方を横目で見た。わたしの視線を追ったいのり姉さんは、納得したように微笑んだ。 「なるほどね。怒るの、続かないんだ」 「え、なに?わたしがなに?」 まつり姉さんは急に視線が集まったことに戸惑ってる。たぶん、もう今朝喧嘩しかかったことなんか、どうでも良くなってるのだろう。 「…こなたはこんな風じゃなくて、つかさに怒ったの後悔してたみたいだけどね」 わたしの呟きに、まつり姉さんはますますわからないと言った風に、首をかしげた。 「んー、なんなのよ…」 「なんでもないよ…それより、レポートの方は順調なの?」 わたしがそう聞くと、まつり姉さんはそっぽを向いた。頬に冷や汗が流れてる。なんか嫌な予感。 「…いや…それが…えっと…かがみ!レポート手伝って!」 今朝と同じように拝み倒してくるまつり姉さん。高校生にレポート手伝わせる大学生ってどんなだ。 「…いいわよ。わたしの分かる所だけならね」 突っ込もうとする心を抑えて、わたしはそう答えていた。 「え…」 「あら…」 「へ?」 いのり姉さんやお母さんはともかく、言いだしっぺのまつり姉さんまで目を丸くしてる。そんなに意外な答えだったのだろうか。 「たまには…ね」 今日くらいはまつり姉さんの理不尽に付き合ってもいい。わたしはそう思っていた。 以下、余談。 つかさは夕飯が終わったころに、上機嫌で帰ってきた。 なんでもお詫びにと、こなたの家で夕飯を作ってあげてきたらしい。 誤りに行った人間が楽しんできてどうするんだと思ったけど、それもまたつかさらしいなとも思う。 何はともあれ、全部丸く収まってよかったと思う。 まつり姉さんのおかげ…と言うほどではないと思うけど、きっかけにはなったはず。 わたしは未だ終わらないレポートを手伝いながら、まつり姉さんのことを少しだけ見直していた。 ………にしても、ホントにこれどんだけ溜め込んだのよ。 ― おわり ― コメント・感想フォーム 名前 コメント なんだか、ほのぼのしました。 -- チャムチロ (2014-05-11 16 10 02) こんなに楽しい家族うらやましいですw -- 名無しさん (2010-10-14 22 57 19) なんかこういうの好きです。 姉妹・家族が多いと良いですよね。 良いことも悪いことも有るけど楽しそうだ。 少し憧れるかも…。 -- 名無しさん (2010-08-13 23 24 31)
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眠い。ただひたすらに眠い。 泉こなたは必死に睡魔と戦っていた。 今寝てしまえば、確実に黒井先生のゲンコツをもらうだろう。 何とか気を紛らわそうと周りを見ると、友人のつかさがウトウトと舟をこいでいるのが見えた。 そして、授業中の居眠りなど今まで見た事がない、もう一人の友人であるみゆきまでもが、眠そうに欠伸をしていた。 みゆきさんまで眠いなら仕方ないやと妙な言い訳を自分にして、こなたは睡魔に負けることにした。 僕を手に取って。 何か、声が聞こえた気がした。 僕の引き金の引けるのは、多分キミだけなんだ。 何を言ってるのか分からない。眠いんだから、大人しく寝かせて。 こなたはしっかりと目を瞑り、深い眠りに落ちていった。 - わいるど☆あーむずLS プロローグ - いつか、この砂の大地が緑に染まればいい。 いつか、誰もが笑顔でいられる世界になればいい。 それは、そんな無邪気な願いだったはず。 夢想することでここらが安らぐ、ささやかな幸せだったはず。 どこで、おかしくなったのだろう? 誰が、こんなことを願ったのだろう? 少女の目の前に広がるのは、緑の災禍。 聖女の目の前に広がるのは、力だけの世界。 こんなはずじゃない。 そう思っても、誰にも…自分にすら止めることは出来ない。 願うことは唯一つ。 どうか、この悪夢に終焉を…。
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時は戻って、かがみがこなたの部屋で墓穴を掘る少し前。 つかさは台所におりて、3人分の飲み物を準備しはじめていた。 つかさ「えっと、喉にも優しい飲み物がいいよね……ミルクティーにでもしようかなぁ」 鍋に水を入れて火にかけ、ティーカップを食器棚から取り出す。 冷蔵庫から牛乳を出し、いつも使っている茶葉の入った缶と共に手元に置く。 あとはお湯が沸くまですることがないので、椅子に座って待つ。 つかさ「あ、そうだ。せっかくだから、ゆきちゃんからもらった葉っぱにしてみようかな」 つかさは椅子から立ち上がり、戸棚の引き出しを順番に開けていく。 もらった紅茶の缶をどこに置いてしまったのか覚えていなかったからだ。 一通り探してみるが、目的の物は出てこない。 つかさ「あれ?おかしいなぁ、この辺りにしまったと思ってたんだけど……?」 ~さらば!怪傑かがみん! 其の弐~ おかしいなあ。こっちの引き出しにいれてたと思ったんだけどな。 えっと、もらったのがだいたい1ヶ月前で、その日の内に味見してみたんだよね。 でもその後、確かここにしまったハズなんだけどな。 あ、そうだ。そういえば、次の日にかがみお姉ちゃんにもご馳走してあげたんだったっけ。 それでその時、どんなのをもらったのか見せてほしいって言われて…… ああっ、思い出した!お姉ちゃんに見せるために、私の部屋に持って行ったんだ! 鍋の火を少し弱めてから自分の部屋へとむかう。 階段を登っている途中、2階の部屋の扉が何度か開け閉めされる音が聞こえてきた。 お姉ちゃんは寝てるはずだし、こなちゃんが何かしてるのかなぁ?何してるんだろ? あっ、今はそんなことよりもいそいで飲み物の用意をしなきゃ。 自分の部屋の前まで来たとき、今度はお姉ちゃんの部屋の方からこなちゃんの声が聞こえてきた。 風邪のお薬か何かの話かな?『ぶいすりん』とか何とか叫んでたみたいだけど。 そんな事を考えながら私は自分の部屋のドアを開け、そして中を見て、とてもびっくりした。 なぜって、そこにはさっきまでお姉ちゃんが着ていたパジャマが脱ぎ捨てられていたからだ。 つかさ「え、ええ~?これって、どういうこと?」 このパジャマは紛れも無くお姉ちゃんのものだ。 でも、お姉ちゃんは隣の部屋でこなちゃんと一緒に会話しているはずなのになんで……? よくわからない事態に直面して、私の頭は混乱しかける。 あっ、そうか。別に何も変じゃないや。普通に汗をかいちゃったから着替えたんだよね。 こなちゃんが来てるんだから、別の部屋、つまりは私の部屋で着替えるのは当然のことだよね。 なぁんだ、そういうことか。びっくりして損しちゃった。 すべての謎がとけて、私はほっとする。で、思い出した。 つかさ「あっ。私、お鍋を火にかけたままだ!」 ゆっくりしている暇はないので、急いで台所へと戻る。 階段を降りている途中、自分がゆきちゃんからもらった紅茶の缶を持っていない事に気がついた。 はうー。それを取るために自分の部屋まで行ったのに…… くるりと回れ右をして、再び自分の部屋へと足を向ける。 階段を登っている途中、また2階の部屋の扉が開け閉めされる音が聞こえた。 私が戻るのがあんまり遅いから、こなちゃんが様子を見に出てきたのかな? しかし予想に反して、階段を登りきった瞬間、私に見えたのはこなちゃんの姿ではなかった。 私に見えたのは、白いマントをまとった人物が私の部屋に入っていく、その後姿だった。 つかさ(あれは確か……怪傑かがみんさんだっけ。でも、どうして私の部屋に?) 私に何か用事でもあるのかなぁ、今は別に困ってないんだけどなぁ。 う~、どうしよう。自分の部屋なのにとっても入りづらいよ~。 でも、もし本当にあの人が私に用事があるんだったら入ってあげなきゃ、いつまでも待たせちゃうことになるなぁ…… あっ、とりあえず鍋の火を一度止めてきた方がいいよね。 登った階段をまた引き返す。 その時、また扉の音が聞こえたので振り向いて首を伸ばすと、お姉ちゃんが私の部屋から出て来るところが見えた。 さっき私の部屋にあったパジャマを着たお姉ちゃんが。 つかさ(え?あれ?……怪傑かがみんさんが入って、お姉ちゃんがでてきた?……どういうこと?もしかして、お姉ちゃんが……?) お姉ちゃんが自分の部屋に戻るのを確認してから、私はまたまた階段を引き返して部屋へと戻る。 案の定、さっきまで部屋にあったパジャマは無くなっていた。 つかさ(もし本当に、お姉ちゃんがそうなんだとしたら……) 数分後、私はベッドの下に押し込まれている白いマントと仮面を見つけてしまったのだった。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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かがみは、飛翔魔法の呪文を唱えると、上空50mほどに急上昇した。見下ろせば、凶悪なモンスターたちが群れをなしている。 現時点でマスターしている火炎系魔法の最強呪文を唱えた。あたり一面が、地獄の業火に包まれる。 モンスターを一掃して、かがみは再び地上に降り立った。周囲の空気には、まだ熱気が残っている。 「かがみん! 私もいっしょに燃やすなんてひどいよ!」 マンガやアニメのごとく髪の毛が燃えてボサボサになったこなたが、かがみに抗議した。 「あんたには、たいしたダメージじゃないでしょ」 ショック死防止のため、仮想空間(ヴァーチャルスペース)における苦痛の再現度には上限が設けられている。全身火達磨になったところで、たいして熱くはない。 ステータス的にも、これぐらいのダメージはたいしたことないはずだ。 かがみは、視覚をステータスアイモードに切り替えて、こなたのHPを確認したが、実際たいしたダメージは受けてなかった。冷熱系に対して防御力が高い防具を身につけているということもある。 かがみは、回復魔法の呪文を唱えた。こなたのHPが回復し、髪が元通りに戻っていく。 チャララ、ラッラッラー♪ 聞きなれたファンファーレが鳴り響き、二人の前に黒い半透明ボードが現れた。白い文字が流れていく。 "かがみんは、レベルが上がった。賢者レベル117。最大HPが3上がった。最大MPが6上がった。賢さが7上がった。力が2上がった。身の守りが1上がった。すばやさが5上がった" "こなこなは、レベルが上がった。勇者レベル124。最大HPが7上がった。最大MPが3上がった。賢さが4上がった。力が7上がった。身の守りが6上がった。すばやさが3上がった" 文字を流し終えると、ボードは自動的に消滅した。 ここは、VRMMORPG(Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role Playing Game; 仮想現実多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)の『ドラゴンク○ストVR』の仮想空間。 そして、こなたとかがみは、このゲームではレベルランキングトップ20に名を連ねる熟練プレイヤーであった。 「今回は、ステータスアップだけかぁ。そろそろ新しい特技でも覚えたいとこだよね」 「レベルも100を超えたら、新しい特技ってのもなかなか難しいわよ。ゲームバランスもあるんだし」 二人の前方に城壁に囲まれた町が見えてきた。 陽は地平線の下に没しようとしている。 「今日は、あの町で時間切れってとこね」 仮想現実規制法施行規則で、仮想空間の滞在時間には上限が定められている。仮想体験型ゲームの場合は、1日あたり6時間、1ヶ月あたり60時間が上限だ。 これは、仮想現実依存症や現実感覚失調症を防止するための規制であった。 ただし、仮想空間における体感時間は調整が可能である。これも規制があって仮想体験型ゲームの場合は2倍が上限。仮想空間で12時間をすごしても、現実空間(リアルスペース)では6時間しかたってないというわけだ。 つまり、体感時間的には、この仮想空間には1日あたり12時間滞在できるということになる。 「ここは、ゲレゲレ城下町だよ」 町に入って最初に話しかけた町人が、町名を教えてくれた。まあ、お約束というやつである。 町人たちの額には、薄く"NPC"と刻印されている。こうでもしないと、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)とプレイヤーのアバターとの区別がつかない。 「ゲレゲレって、明らかに狙ってる名前だよな」 「ここのプレイヤーはオールドファンも多いからね」 宿に入って料金を前払いしたあと、食堂で夕食をとる。二人がたのんだのは、『ブラックドラゴンもも肉の香草焼き』だ。 「レッドドラゴンよりクセがなくておいしいわね」 かがみは、そういいながらガツガツと食っていた。 「かがみん。そんなにがっつくと太るよ」 「リアルスペースの身体に影響はないわよ」 仮想空間でいくら食べようと、現実空間の自分にとっては脳内だけの体験であり、太ることはない。 「一応、ここでも、食えばアバターが太るんだけどね」 「魔法はカロリー消費するから問題なし」 かがみはそう言い切り、またモグモグと肉を咀嚼し始めた。 そこに、 「おお、おまえらも来とったか」 二人が視線を上げると、ななこが立っていた。彼女は、ここでは、戦士レベル136といったところだ。 「黒井先生、しばらくでしたね」 「そうやな。新大陸一番乗りは、うちらがもらったで」 「次は負けませんよ。ところで、ほかのパーティメンバーは?」 「ちょっとバラけて情報収集してるとこや」 「何かめぼしい情報はありました?」 「きな臭い話はちらほら聞こえてきとるな。大規模イベントがありそうやで」 「例によって、プレイヤーズカウントスイッチですかね。トップ20プレイヤーが集まるまで待ちってところで」 プレイヤーズカウントスイッチとは、ある場所に到達したプレイヤーが一定人数を超えないとイベントが発動しない仕組みを指す。 一番乗りのパーティがイベントを独占してしまわないようにするための仕組みだった。 「たぶんな。まあ、遅れてるやつもそのうち来るやろ」 「それまでは、小イベント探しで暇つぶしってとこですね」 かがみは、黙々と肉を食っていた。 「そうそう、先生。かがみんったらひどいんですよ。今日の戦闘なんか、私をモンスターごと焼き尽くそうとしたんですから」 「泉のレベルなら、大丈夫やろ」 「先生までそういいますか。もう、なんか嫁にDV受けてる気分ですよ」 「誰が嫁だ」 かがみのパンチが、こなたの顔面に入った。 こなたに1ポイントのダメージ。 「私のアバターは男だよ。ついてるものもついてるんだからね。ヤることはヤれるのだよ、かがみん」 「ヴァーチャルセックスは仮想現実規制法違反だ」 「それっておかしくない? 愛があれば、ヤっちゃったっていいじゃん」 「少なくても、私の方に愛(そんなもの)はない」 「ひどいなぁ。私はかがみんへの愛でいっぱいだというのに」 かがみは、背筋がぞわっとした。 こなたのその言葉の、どこまでが冗談でどこからが本気なのか。 リアルとヴァーチャルをすっぱり切り分けて考えられるこなただけに、リアルでは同姓趣味はないにしても、ヴァーチャルではどうだか分からない。 いや、ここ(ヴァーチャル)では、こなたは男なのだから、同姓ですらないわけで。 少なくても、ここに滞在している間は、自らの貞操を守ることについて常に気を配らねばなるまい。 「相変わらず仲ええな、おまえら。しかし、なんでいかんのやろな? ここに来れるのは大人だけなんやし、別にいいやろって気もするけどな」 未成年者は、仮想現実規制法によって、原則として仮想空間への潜入(ダイブイン)が禁止されている。例外は、総務省の認可を受けた教育目的仮想空間だけだ。 「政府は善良な性道徳の確保が目的だと表明してますけど、事情通の間では本当の目的は少子化対策だってもっぱらの噂ですね。どっちにしても、最高裁で合憲判決が出ちゃいましたから、法改正する以外にはどうしようもないですよ」 国を被告にしたその訴訟で最高裁まで原告弁護人を務めたのは、かがみにほかならないのだが。 「まあ、確かに、ここでいくらヤっても、リアルのガキはできんわな」 ななこも席につき、ビール片手に二人と近況を語り合った。 食堂の壁に取り付けられたテレビをふと見ると、ニュース番組が始まっていた。 ニュースキャスターNPC『DQローズ』(設定は女性)が、ニュースを読み上げ始める。 "ドラ○エワールド、夜のニュースをお送りします" "まずは、お祭り開催のニュースです。 毎年恒例となっているプレイヤー有志による『リア充爆発しろ クリスマス廃止大決起祭り』が、12月24日、アリエナイ大陸ホゲゲ村北東草原において行なわれます。 今年も、数多くの屋台が立ち並び、6時間にわたる花火の打ち上げや、カスタムNPCアイドル萌実ちゃんによるコンサートなど、数多くの催し物が行なわれる予定です。 当日は会場周辺のモンスターエンカウント率を0にするなど、運営も全面的に協力します。 なお、運営はこの祭りによるヴァーチャル経済効果を1億6270万ゴールドと発表しています" カスタムNPCとは、NPCをカスタムメイドできる有料オプションまたはそのオプションで作成されたNPCを指す。 リアルでの恋人や友人がいないプレイヤーが、ヴァーチャルでのそれを求めてカスタムメイドに手を出すという事例も結構多い。 一時期は、アニメキャラなどを模したカスタムNPCが大量に作られたため、著作権侵害で訴えられる事例が多発し、かがみも弁護士として大忙しだったことがある。 「ほほぉ。今年は、萌実ちゃんのコンサートがあるのか。これは是非とも行かないとね」 「私は行かんからな」 「かがみんも行こうよ。萌実ちゃんの歌はいいの多いよ」 "続いて、アカウント剥奪のニュースです。 プレイヤー名『RMMAN』は、常習的にリアルマネートレードを行なったため、運営によりアカウントを剥奪されました。 なお、運営は『RMMAN』をリアルスペース警察に告発しています。 リアルマネートレードは違法行為です。絶対にやめましょう" 「懲りんやっちゃなぁ。ゲーマーの風上にもおけへんで」 ななこは、ビールのツマミの『謎の豆類の塩茹で』を口に放り込んだ。 「需要があれば供給があるのが世の常ですからね」 仮想現実規制法によるリアルマネートレード規制の範囲は広い。 まず、ヴァーチャルアイテムをリアルマネーで買うという本来の意味での『リアルマネートレード』。 リアルな財貨・サービスを、ヴァーチャルマネーで買う『ヴァーチャルマネートレード』。 ヴァーチャルアイテムとリアルな財貨を交換する『リアル・ヴァーチャル間物々交換』。 リアルマネーとヴァーチャルマネーを取引する『リアル・ヴァーチャル間為替行為』。 これらはいずれも違法行為とされている。 仮想空間経済(ヴァーチャルエコノミー)を隔離して、現実空間経済(リアルエコノミー)に影響が出ないようにするための規制で、これも最高裁で合憲判決が出ていた。 この後、ななこのパーティメンバーが来たので、ななこは席をたっていった。 こなたとかがみも、それぞれ宿の部屋で眠りについた。 やがて、総務省仮想空間滞在監視プログラムが規制上限時間超過を検知し、二人を仮想空間から強制離脱させた。 ・ ・ ・ ・ ・ かがみは、目を開けた。 「柊かがみ、50歳」 そんなことをつぶやいてみる。リアルとヴァーチャルをきちんと意識して区別するための儀式のようなものだ。 仮想空間では18歳当時の自分の姿をアバターとして使っているだけに、この辺の意識をきっちりしておかないと、ギャップの激しさで感覚が狂うことがある。 電極がついた帽子のようなものを取り外し、仮想空間接続端末の電源を落とす。 時計を見ると18時。予定どおりの時間だ。 作りおきしておいた料理を冷蔵庫から取り出し、電子レンジで暖めて夕食とする。 明日は月曜日。最高裁大法廷での口頭弁論がある。 事案は、規約違反を理由としてアカウントを剥奪されたVRMMORPGプレイヤーが運営を被告として損害賠償を請求している訴訟で、かがみは原告弁護人を務めていた。 正直、勝ち目は薄い。 それでも、「仮想空間におけるアバターはプレイヤーの人格的権利の一部を構成するから、それを消去するアカウント剥奪措置は、正当な理由がなければ認められない」という主張が受け入れられて判決の中で言及されれば、今後の同種の訴訟に影響するところは大だ。 このほかにもヴァーチャルがらみで担当している事件はいくつかあった。 その中には、『ヴァーチャルスペースにおけるヴァーチャルな紛争に対して下されたヴァーチャル裁判所のヴァーチャル判決は、リアルな仲裁判断としての法的効力を有するか』といった頭を抱えそうな事案もある(現在、東京高裁で係争中)。 かがみは、夕食を食べ終わると、明日に備えて早めに眠りについた。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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黒歴史 もう書けなくなったので諦めます。ごめんなさい CLANNADなんか買うんじゃなかった・・・