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もしも後一年で世界が滅びてしまうとして あなたはそれを教えてもらうか 知らないままでいるか どちらが幸せだと思うだろうか? 知らないままならば、ある日突然自分が死んだことすら理解出来ずに、意識の欠片まで消滅する 痛みも何もなく、ただ無に還ることが出来る だけれど、もし知ってしまったら? 絶望に嘆き悲しむ人もいれば、腹を括って正面から受け止める人もいるだろう これで最後なんだと好き勝手に犯罪を犯すような人もいるかもしれない まあ、結局はひとりひとりの思想や意見があって、そんなの想像したって詮無いことなのだろう ……お前はどうなんだって? 俺は、教えられたうえで全てを受け入れさせられた 全てが無駄だと理解させられた どこに行っても絶望に先回りされていたから せめて、最後は平穏な日々を過ごしていたいと願った だけれど、もうすぐそれも終わる 世界の滅亡まで、あと一週間 それを知る人間は、俺だけだ 「ふふふふーふーんふふふーふふーふーふーん」 早朝の台所に微妙なリズムな鼻歌を響かせながら野菜を洗うのは、いつも家庭内で料理を担当してくれている美優では無い。 ファンシーなイルカの刺繍つきエプロンを着た俺だ。 こんな可愛いエプロンは似合わないが、美優が昔使っていたものしかなかったのだから仕方ない。(無断で)借りているのだから文句は言えないが。 小さい上に古いので、イルカの刺繍の上についていたはずの『DOLPHIN』の内OLPHINがとれて『D』だけしか残っていない。 Dだけとれるならわかるが……。このイルカは峠でも攻める気なのだろうか? まあそんなイルカ談義に華を咲かせたりしている内に野菜を洗い終わり、切ったりむしったりでサラダが完成した。 ただしトマトは豪快な四分割で、無造作に積み上げられたレタスの頂上に鎮座している。 男の料理と言うには、少々醜い。 ……少々っつーのも多少自らの色目が入ってるかもしれないけどな。 「ま、口に入っちまえば一緒か」 次はスクランブルエッグだ。 スクランブルエッグとサラダとトーストで鉄板だよね。 うん、スクランブルエッグ最高。 「スクランブル……エッグ?」 ゆとりっぽく首をかしげてみる。 ……スクランブルエッグってどうやって作るんだ? 「目玉焼きにするか」 妥協は大事だね、うん。 妥協ばっかりの人生は嫌だけどね、うん、仕方ないよね。 へたれた政治家ばりに心の中で言い訳を繰り返しながら、卵を手にとって……砕いた。 「…………」 なんという繊細な卵だ。もうちょっと殻を鍛えておくべきじゃなかろうか。 責任転嫁ですね、そうですねすいません。 まあとりあえずべとべとになった手と洗い場を水で流し、次の卵を手に取る。 「……よし!」 見事に黄色い半球がフライパンの上に落ちて……落ちて? あれ、その前にやらなくちゃいけないことがあったような……。あ。 「フライパン温めるの忘れてたよ」 まあなんとかなるだろと火力最大、ファイガくらいの勢いで。 数分後 ガスコンロは ファイガを唱えた! 卵は 炭になった! 「………………外の空気でも吸うか」 換気扇を回して逃げた。 慣れないことはするもんじゃないな。 「あつ……」 六時ちょい過ぎと言っても日差しは微妙に温かく、さっさと新聞を取って家の中に戻ろうと思ったのだけれど。 「ふっ! はっ! たぁっ!」 庭の方から気合の入った掛声が耳に届き、俺は光に引き寄せられる蛾のようにふらふらと引き寄せられる。 ……自分で自分を蛾と例えるのはどうなんだ? 「ていっ!!」 レンが、メイド服のまま剣を振り回していた。 相変わらず、女性に軽々と振り回せそうには見え無い剣を構えながらの軽やかな足さばきと振りの速さには目を見張るものがある。 しかし、何故メイド服のままなんだろうか。この張りつめた雰囲気の中でその格好は微妙にしまらないと思うのだが。 まあ見ていて面白いのは確かだし、しばらく見学させてもらおうと背景に徹しようとしていたら、背後から「ヒロトさん」と声をかけられた。 「え?」 思わぬ方向からの声に振り向いてみれば、そこにはユリアがいて、心が温かくなるような笑みを浮かべながら「おはようございます」と挨拶をしてくれた。 「あ、ユリア……」こんな朝早くに珍しいなと思いつつ挨拶を返そうとすると、 「姫様!」 「……にヒロト殿、いつからそこに?」レンがこちらに気付いて鍛練を中断して、こちらに近寄ってくる。 邪魔しちゃったな……、完成された芸術を崩してしまったかのような気がして、少しばつが悪い。 「ああ、えーっと、二人とも、おはよう」 二人の間に視線を泳がせながら言えば、レンはまずユリアに丁寧に頭を下げてから、こちらにもおはようと返した。 うん、美しい主従関係。 レンの中では一にユリア二にユリア、三四がなくて五にユリアだからな。それを念頭に置いているのは変わらないにしても随分と丸くなったもんだけどな。 「おはよう、レン。私は先ほど散歩から帰って来たの、ヒロトさんはその少し前から見てたみたいよ?」 「見ていた、だと? 用があったのなら声をかければいいだろう」 それについて、見蕩れていたとは正直には言いにくい。言えばレンは顔を赤くして切りかかってくるに違いないからな。 それはそれで面白そうではあるけれども、リアルに命を危険に晒すことになるのはやっぱり避けたかった。 そう、自殺のような行為は良くない。例えもうすぐ全てが終わるとしても。 「別に用があったってわけじゃないよ、ただ新聞を取りに出たら声が聞こえてきて……その、見学してたんだ」 「見ていて面白いものでも無いだろうに」 その言葉はおおいに否定したかったが、レンには先述の通り逆効果になるだろうからやめておく。 「それにしても大翔殿がこんな時間に起きているのも珍しいな」 「そうかな?」 まあ、そうかもしれない。 「そうね、いつもは寝ているみたいに死んでいらっしゃって全然起きないって美羽さんもぼやいてますし」 それ永眠ですよね。逆ですよね。 「姫様、それを言うなら死んでいるように寝ているではないでしょうか」 訂正するのも馬鹿らしいと思ってしまう言い間違いも、レンは決して笑うことなく、あくまで主人の為を思って進言する。 「あら、そうでした」 「あはは……まあ、別に大した理由でもないんですけどね。……いろいろと……」 そこで言い淀んで俯くと、ユリアも少し声のオクターブを落としながら俺の言葉を継ぐ。 「後、一週間ですものね」 と。 そう。 逃げ続け、目を逸らし続けていた現実と向き合わなければいけない。 後一週間で世界が崩壊してしまうという現実と――。 「兄貴、最近太ったんじゃない?」 始まりは美羽のそんな一言だった。 確かに初夏というのに真夏が前倒しになってやってきたような暑さにうんざりとしながらアイスばっかり食べて運動してなかったけれど。 「そんなことあるわけないだろ、こやつめははは」と笑い飛ばしながら体重計に乗ってみたら絶望した! アイスのカロリーの高さに絶望した! うん、ごめん、おかしいと思ってたんだ……。 俺の六つくらいに割れたカニ腹の肉が掴めるわけなかったんだよ。だけどわかっていて何もしなかったのだから自業自得だ。 そうして俺はこれ以上太るわけにもいかず、毎朝ジョギングを行うことになった。いや、行わせられることに、だ。 美優は「わ、私も一緒に走ろうか?」なんて慈愛に満ちた言葉をかけてくれたけれど断腸の思いで断った。 こんな苦行を妹に行わせるわけにはいかない、犠牲になるのは俺一人で十分。 とかやってたら美羽に「さっさと行け」と尻を蹴られたのは過去の話。 そして事が起こったのは、早朝ジョギングを始めて一週間が経った頃だ。 いくら早朝とはといっても少し暑い、だがそれも昼間に比べれば北海道と沖縄程差があると言っても良いくらいに気温差を体感していた。 そんな中、この一週間で知り合いになったジョギング仲間のおばちゃんに挨拶したり、近所のやたらと吠えてくる犬に喧嘩を売ったりしながら河川敷まで走ってみれば。 「えぇ……」 あまりにもありえない、……いや、ありえなくはないのだろうけれど、ミスマッチというか、阪神スタンドにいる巨人ファンとか……いやもうわけがわからない。 とにかくこんな日本の片田舎の河川敷の早朝で普通に生活していたら絶対にお目にかからないものを見てしまったのだ。 ドレス姿の金髪の女の子と、メイド服姿の黒髪の女の子を。 二人とも、川沿いの芝生に並んで倒れていて、気を失っている……ように見える。 ど、どうする? どうするよ? 俺! 助けてライフカード! 選択 1 放っておく 2 助ける 3 気を失っている隙にチョメチョメする 1 見て見ぬふりって、なんだか今時の現代人って感じだよな。 いや、今時の現代人って言葉から既にいろいろ怪しいが……。 触らぬ神に祟りなし、これが普通の考えのはずだ。 「……いやぁ、今日もいい天気だな」 止めていた足を再び動かしてジョギングを再開しようとして、それを俺の中に僅かに息づく良心が止めた。 「やっぱり、放っておけるわけないか」 神の意思に反して悪いが、ここはどれを選択しても同じだから諦めてくれ。 2 「やっぱり、助けるべきだよな」 どこか怪我をしてるかもしれないし、俺がほうっておいたせいで大事になったりしたら後味が悪い。 そんな消極的感情ばかりが理由でもないけれど、どうにもなぁ……。 3 ……気絶してるなら、何してもよくね? 「ぐへへへへっへへへへっへへへへへへへへへへへへへっへへへへへほひっ」 手がわきわきと動く、この手の動きはやばい、というか俺がやばい。でも自覚してても止まらない。 ヴァチコーン!! 『ぐおっ!』 な、なんだ、なんか俺の心の中で何かが始まったぞ! 『やめなさい! 気絶している人にそんなことをしていいわけないでしょう!』 『うるせー! どうせこんなコスプレしてる女は自分から誘ってるんだよ!』 『怪我をしているかもしれないじゃないですか! 助けるべきです!』 ……わー、天使と悪魔だー。 なんという古典的な手法、これは間違いなく手抜き。 『やることやったら助けてやるよ! どうせこんな早朝だ、誰も来やしねぇ!』 『仕方ありません……ファイナルゴッ○マーズ!!』 『ガイヤーーーー!?』 天使がとんでもない力技で勝ったらしい。 俺の手の動きが止まった。 「……助けるか」 物凄くくだらないことに時間を浪費した気がする。 どれ選んでも合流 「あの~、大丈夫ですか~?」 とりあえず、メイド服の女の子の方の肩を軽くゆすってみる。 ……こっちの子は、なんだか遠くから見たら男と間違えそうな髪型だな。 服装のおかげでそう間違えはしないけれど、これで学ランなんか着てたらモテモテな感じになりそう……だっ!? 「いでっ!」 あれ、何で俺、仰向けに……ってうぁっ! なんだっ! 剣、剣がのど元にっ! 「貴様、何者だ」 いや、それはこっちが訊きたいです! 「い、いや、そう、言われましても」 メイドさんに剣を突き付けられドスの利いた声で脅されたこの世界で初の人間となった俺だが、そんなことはうれしくも何ともなくただ怯えることしかできない。 「どこかの間諜……? ……いや……ここは…………」 メイドが突き付けていた剣を引き、すっと立ち上がってきょろきょろと周囲を見渡す。 その表情は先ほどの怒りから戸惑いに、そして次には歓喜へと移り変わった。 「ひ、姫様! 我々の力だけでも成功しました! 起きてください、姫様っ!」 喜びの勢いに任せてメイドが『姫様』の肩をがんがんと揺する。そりゃもう首が取れそうな勢いで。 忘れられた俺はとりあえず上半身を起してその様子を観察していたのだけれど、どうにも理解できないところが多すぎる。 「う、うーん」 そうこうしている内に、『姫様』が目覚めた。 「レ、レン、首が痛いです……」 眠たそうな瞳のまま、眠たそうな声で呟くと、メイドは「も、申し訳ありません!」と肩から手を放し、片膝をついて跪く。 『姫様』の方は、んーと見ていて気持ちのいい程真っすぐな背伸びをして、 「おはようレン。私、先ほどまで牧場で羽の生えたうさぎさんと戯れる夢を見ていたの……」 「そ、それは素晴らしい夢ではありますが、今はそれどころではありません! 異世界への転移に成功したのです!」 「あら?」 メイドの恐れ多くもと前置きがつきそうな進言に、姫様は河川敷の斜面に少しよろよろとしながらも立ち上がって周りを見渡した。 「……まあ、ここは……!」 「はい、我々の目標としていた世界で間違いありません」 なんか姫様も喜びだしてる。 そろそろパープル○イズの人並に空気扱いされだしてる俺にも説明が欲しいところなのだけれど。 ……はっ! そうか、これはそういうロールプレイなのか? 異世界からやってきた姫とメイド、そういう『設定』なのか!? だったら俺も役に徹しなければ! 「あら、ではそちらの方は?」 はっ、姫様がこちらに気付いた! 「……こちらの世界の住人ではないかと」 メイドは謝ることも忘れていたのに気付いて少々気まずそうに視線を逸らしたが、とりあえず俺は気にせずに言った。 「こ、ここはアリアハンの街です」 「は?」 「まあ、親切な方」 メイドは首を傾げ、姫様は少々間の抜けた返答をした。 ……あれ、台詞間違ったかな。 「ぶ、武器や防具は持っているだけじゃ意味がないぜ!」 「貴様、何をわけのわからんことを……」 裏目った。 なんかまた剣もってにじりよってきてる!? 「レン、やめなさい。ここがあの世界で、この人が私の出会った最初の住人であれば……わかるでしょう?」 姫様が、毅然とした口調で諌め、メイドは即座に剣を引いて「申し訳ありません、姫様」と頭を下げた。 先ほどまでと同じの温厚そうな表情のままではあるが、その物腰や態度からは普通の人間には出せない魅力と気品を感じる。 姫様が立ち上がって、腰を抜かしたままへたれている俺に向かって手を差し伸べた。 「お立ちになれますか?」 「あ……ど、どうも」 今まではその衣装などにばっかり目が向いて意識していなかったけれど、とんでもなく奇麗だ、この人。 整った目鼻立ちに、朝日を受けて輝くブロンド。一つ一つが、神によって造られた芸術品のように美しい。 なんだかこちらも恐れ多く感じながら、手を取らせてもらい立ち上がる。 「……あの、それで……」 向かい合うと、その吸い込まれそうな瞳を直視できずに俯きがちになってしまう……と思っていたらメイドが間に入る。 「先ほどは失礼した、転移魔法のショックで記憶が混乱していたのだ。……貴殿の名前をお聞かせ頂きたい」 先ほどまでとは打って変わって馬鹿丁寧な口調でメイドが言う。 「結城大翔……だけど……」 君たちは一体何者なんだ? と質問しようとして、メイドが俺が口を開く間も無く続けた。 「ユウキ殿、これから貴殿には全く信じてもらえないような話をするが、腰を折ったりせずにまずは聴いてもらいたい」 「え」 「良いか?」 「……わ、わかりました」 気おされて、ついつい頷いてしまう。 どうやら、俺の減量へのロードは妙な方向に曲がってしまったらしい。 「この世界は……」 メイドがこほんと間を置いてから真っすぐにこちらを見つめ、今までの俺の中の常識を簡単に破壊するその一言を。 今までの生活を、まるで紙屑みたいにけし飛ばしてしまいそうなその一言を、言い放った。 「後一年で、崩壊する」 姫とメイドの言い分はこうだ。 世界というのはいくつも存在する。 宇宙に星がいくつもあるように、世界という『星』がいくつも隣り合ったりして存在しているのだ。 だけれどその世界という空間の概念を観測するには魔法の力が必要であり、まだ魔法が発見されていないこの世界の人間がそれを知ることはない。 そして、世界にはそれぞれ長い短いの違いはあれど寿命というものが存在するらしい。 空間が膨張を続け、ある日突然に消滅してその世界のすべてが無に還るのだという。 そして、この世界にもその寿命の時期とやらが近付いているという。 姫達の世界ではそれを察知しており、隣り合う世界を救う為の救済計画などの案が出されることもあった――が、結局それが実行されることはなかった。 何故か? 救済を行うことによるメリットがまるでないからだ。 それに、六十億を超える人間なぞ収容できるわけもないし、食糧だって足りない。 そういったことを考えたとしても千人弱が限界だった。 六十億人の内その程度しか助けられないというのなら、何も知らせないままに世界の終りを迎えさせた方が良い。そんな結論に至ったのだという。 だけれど、姫はそれに納得がいかずに説得を続けた。 例え少しだとしても、助けられる命を放っておくなんて出来ないと。 だがその言葉は決して聞き入られることはなく、姫はメイドと共に国を出て、勝手にこちらの世界に移動してきたらしい。 「ですが、結局私達の力だけで救えるのは二人だけなのです……」 汝隣人を愛せよというが、愛だけでは何も出来ない。 「結局、私達のエゴであることはわかっています。だけれど何もしないままに後悔したくなかったんです」 六十億の内二人だけを助けて何の意味があるんだろうか? 「だから、私達がこの世界で初めて出会った人にこのことを明かして……」 「あー、ありがと、もういいよ」 ちょっと真面目に考えたりしたけれど、あくまでそれは『作り話』として、だ。 いくらこの人が奇麗でメイドがいて最もらしく話したとしても、そんなのすぐに信じられるほどに俺はいい人じゃない。 そういうのは夢見がちな中学二年生にでも話してやってくれ。 よっこらせと立ち上がって背を向ける。 姫のすがるような目つきが少し気になったけれど、そんなのしかたないじゃないか。 俺は逸れ始めていた減量への道を修正しようとしているだけだ。 「待て」 だけれど、それをメイドが止めた。 俺が「何?」と少し呆れ気味に振り向いてやれば、メイドは先ほどまでと変わらず真剣な表情でこちらを見据えている。 「信じてもらえないことなどわかっていた。だから手段を用意してある」 「手段?」 何をするのかと思えば、メイドが再び剣を構えて今にもこちらに切りかからんと睨みつけてくる。 しゅ、手段って、脅しですか!? お、俺は暴力には屈しないぜガンジー! 非暴力絶対服従! ……って駄目じゃないか。 「ユウキさん、私達は決してあなたを脅そうとしているわけではありません」 ひ、姫の言葉も言い訳にしかきこえない。この部下の暴挙をさっさと止めてください。 公僕ヘルプ! 一応税金払ってるからー! 「殺したりはしない。記憶を流し込むだけだ」 そ、そんなこと言われても理解できません。 「理解できないことを、理解させるための、魔法だっ!」 光を受けてきらきらと輝く剣の軌跡が、俺の目前で十字に結ばれる。 髪の毛をかする程の距離でそんなことをされれば、誰だって眼を瞑ってしまうに決まっている。 これで平然としていられるやつなんて東京ドームの地下くらいにしかいないに違いない。 そして、光が届かない筈の瞼の奥に一筋の光が灯った。 「……?」 その光の筋は段々と、少しずつこちらに近づいてきて、「うわ……!?」驚きの声を上げようとする頃には、俺は決壊したダムのごとく押し寄せて来た光の奔流に巻き込まれていた。 「な、んだ……これ……!?」 俺は、見渡す限り緑が生い茂った草原の上に立っていた。 膝ほどまでの背丈の草原は、爽やかな風が通る度、道を作るかのように倒れ、また起き上がる。 見上げた空には雲がひとつもなく、透き通った青が地平線の向こうにまで広がっている。 瞼を閉じていた筈なのに、何で俺はこんな物を見ていられるんだ……? 「にしても、奇麗な場所だな……」 風も気持ち良くて、昼寝をしたらいつまでもぐでぐでと居座ってしまいそうだ。 だけれど、その世界に突然の異変が起き始めた。 ぽつんと、地平線に重なった虚空に、黒い点が出来た。 「……?」 世界が、歪んでいる? ……いや、引き寄せられているのか? あの黒い点に! 「ひっ……!」 周りの景色が、まるでチョコレートのように溶けて流れていく。 黒い点は溶けた世界をどくどくと飲み込んでいき、その勢力を拡大させていく。 やがて自分が立っている場所さえなくなって、飲み込まれた世界と共に空中に投げ出された。 「うああああああああっ!」 全てが、無に還る。 ――理解した。 理解、させられた。 これが、世界の崩壊ということか。 突然にやってきて、全てを奪い去っていく。 天災と同じく、人にはどうしようもないこと。 避けようがないということ、どれだけいろいろな人が力を尽くして来ても阻止することが出来なかったという事実だけが記憶に、心に、精神に、脳髄に、刻まれていく。 「っ……!」 カメラのストロボのような閃光が一瞬きらめいて、また眼を閉じる。 次には何を見せられるのだろう、おそるおそる眼を開けば、そこは俺がジョギングにやってきていた河川敷だった。 どうやら、戻ってくることが出来たらしい。 先ほどまで浮いていた体も、今ではしっかりと河川敷の芝生を踏みしめている。 「ご覧になりましたか?」 はっと顔を上げれば、姫が心配そうな顔でこちらを見ていた。 「い、今のは、何なんだ? 俺は、何を……!」 「今貴殿が見たもののは、人間がいない世界で観測された世界崩壊前の記憶だ」 人間が、いない世界って……いなかったのか……それは、良かったけれど……いや、良くないのか? もし、あんなことが実際に起きるのだとしたら……。 いや、『起きる』ことは『決まっている』んだ。 俺はそれを無理やりに理解させられた、どれだけ思考を重ねても、結局は崩壊という壁にぶち当たる。 「本当に、あんなことが……起きるのか?」 「ああ」 メイドの言葉に迷いはない。 当たり前だろうな、隠したって意味がないし隠す理由もないんだ。 「でも、このことは他の人に話してほしくないのです。あなたが、後一人……助けようと決めた人以外には」 そんなの、とんでもないエゴだ。 「俺は……俺はこんなこと知りたくなかった! なんて余計なことをしてくれるんだよ!」 「知ろうが知るまいが、崩壊はやってくる。だが、自分は助かるのだから良いだろう」 「レン!!」 メイドの言葉を、姫が一喝して止めた。 姫の眼は静かな怒りを称えていて、メイドは一瞬本気で恐怖を感じたようだった。 ……いつも優しい人が怒ると一番怖いっていうのは、どうやら本当らしいな。 「私は、こうして勢いだけでこちらにやってきたような無鉄砲な人間です。……だけれど、こうして来てしまった以上、自分が出来ることをして帰りたい。 自分勝手だって、理解しています。二人だけ助けて何になるんだろうって、私も思います。だけれど――」 姫はそこで口をつぐんだ。 何か言いたいことがあるようなのだけれど、どう言葉にしていいかわからない。 そんな顔だ。……ああ、俺も昔そんな感覚を味わったことがあるからわかる。 悔しいんだよな、自分が情けなく思えてくるんだ。気持ちを伝えることすらできなくて、どうにもならないから。 「……わかった。もう、喚くのはやめるよ」 不理解から、一気に諦観の念へと至る。 ……異常、だよな。記憶を刻み込まれるって。 「ユウキさん……」 「でもさ、後一年あるんだろ? だったら、約束してほしいことがあるんだ」 「約束してほしいこと、だと?」 ――世界が滅びる一週間前までは、そのことを忘れて、普通に生活させて欲しい。 「あの時は、ホント驚いたよな……。まさか、一年間もウチに泊まることになるなんて思わなかったし」 「力のチャージにそれだけの期間が必要だということを、話忘れていたからな……」 レンが、過去の失敗を思い返して少し苦い顔をした。 「ヒロトさん……」 ユリアはさっきからずっと心配そうな顔をしているけれど、それほど気にすることじゃないのにな……。 「ユリア、確かに目をそらしていたかもしれないけれど……ずっと覚悟はしていたから。少し、真剣に考えてみるだけだよ」 「……はい」 はいの前に何か言いかけた言葉があったようだけれど、ユリアはそれを飲み込んで、少し笑った。 「私達も、最後まで笑ってなければ、いけないですからね」 「ああ」 鷹揚に頷くと、家の中から「なんじゃこりゃーーー!!」と爆音に近い程の叫び声が響いて来て耳を驚かせる。 「……どうかしたんでしょうか?」 ユリアが目をぱちくりさせながら俺の顔を見る。 多分、というか絶対に、俺が原因だろうな……。 あの台所を見ての叫びに違いないし。 「何にしても、そろそろ時間だし中に戻るべきだろう」 「……ああ、そうだな」 多分美羽との私刑執行限界バトルが繰り広げられることになるんだろうけど。 ふん、妹なぞこの俺が片手で捻りつぶしてやるけどな! 兄より強い妹などいないのよ! ふははははは! 「こんの馬鹿兄貴っ!!」 「げぼぁっ!」 開始三秒で試合終了のゴングが鳴った。 結城大翔【×-○】結城美羽 決め技 タワーブリッジ 「『美羽』は『大翔』よりも強い、んっんー、名言ねこれは……」 「て、てめぇ美羽っ……どけっ……!」 それは敗者の運命とも言うべき末路だと言えるだろう。 負けた者は勝った者の言うことをきく、これが結城家に置ける私刑執行限界バトルにおける最も重要なルールだ。 そして、今俺は美羽の椅子として、無様に四つん這いになっている。 助けを求めようとレンやユリアの方を見るが、レンは我関せずと紅茶を飲んでいて、ユリアは「あらあら」なんて微笑ましい顔をしてらっしゃる。 この家の中に俺の味方はいないのか!? いや、いる! あ、あいつがまだ! 「お姉ちゃん……可哀そうだよ、お兄ちゃんだってわざとやったんじゃないんだし……」 慈愛に溢れた声が美羽を諌める。 お、おお、俺の救いの女神が来た! 美優……! 「んー、でもねえ? 台所をあれだけ汚して結果的に美優の仕事を増やしてさ、どんなことにせよ相応の罰はいるじゃない」 対して美羽の返事には悪意が満ち溢れている。 「で、でも……」 頑張れ美優、俺の腰の為にも。 美羽と美優は、この結城家に置いての光と闇! 陰と陽! 水と油! ……最後だけおかしいか? とにかく、二人がいて初めてバランスが取れるんだ。 「お兄ちゃん、苦しそうだし……」 「う……」 美羽が少したじろぐ。 ああ、顔は見えないけどきっと美優は少し泣きそうなんだろう。 美優は身内に対しても弱気な口調で、話しているとこちらが悪いことをしているような気分になってくるからな……。 まあそこに保護欲がかきたてられるというか、まさに守ってあげたくなる妹タイプなのだ。 全世界妹コンテストにでたら間違いなく上位を狙えるね。 「そ、それに、もうすぐトースト焼けるし……」 「わかった、わかったよ、もう。美優は兄貴に甘いんだから」 腰にかけられていた鉄のごとき重量感がやっと失せて、ああやっぱり自由はいいなと「誰が鉄より重いって!?」思う間も無く美羽のドロップキックによって床に沈んだ。 しまった……モノローグを口に出すとは、主人公として二流のことを……。 「わ、わわっ……。お兄ちゃん、大丈夫……?」 「……ああ……致命傷ではない……」 「そ、そんなの当たり前……じゃなかもしれないけど、大丈夫なら良かった……」 昔、一度だけ致命傷になりかけた出来事があったことを思い出したのか、美優がちょっと苦い顔をする。 あの時は酷かったな。部屋が赤く染まって、俺は真冬に血の海で寒中水泳だった。 思い出すだけでぞっとする。 「でもお兄ちゃん、何で料理なんてしようとしたの? いつも私がやってるのに……」 美優が倒れ伏せたままの俺に治療を施しながら言った。 「あー、まあ、気分転換……のつもりだったんだけど、あまりスマートに行かずにあんな感じに」 炭の目玉焼きと、割れたままの卵と無駄に山盛りのサラダ、出しっぱなしの調理器具。 あの台所は一言で表現すれば『惨状』だった。 「う、うーん……。お料理やるなら私が教えてあげるから、次からは勝手にやっちゃ駄目だよ?」 めっ。 と額を指で小突かれる。 うう、染み渡るでぇ、美優の優しさが五臓六腑に染み渡るでぇ……。 これが美羽だったら額の秘孔を突いて兄の暗殺を謀るに違いない。 ……まあ、本当に気分転換というか、らしくない行動のせいで迷惑をかけたのは事実だし、気をつけないとな。 実はただ妹達に感謝の気持ちを表したかっただけなんだけど。裏目ったら意味がないよなあ。 「ちなみにミウ、人を椅子にすることに何か意味があるのか?」 「古来よりこの国には、『兄の上にも三年』って諺があってね……」 「まあ、博識ですね! ミウさん!」 外野は少し自重しててくれたら助かるな。 そんなこんなで、いろいろありすぎた朝食の時間も美優のおかげでなんとか終了する。 その他諸々の身だしなみや着替えも済ませ、皆で学校に向かうことになったのだが……。 「兄貴、どしたん?」 レンも姫も美優も、皆玄関の外で待っている。 多少腹部に疼痛が残って食べるのが遅れた俺と、廊下で待ってくれていた美羽だけがまだ家の中にいるのだが。 「どうしよっかな……」 その中で俺は悩んでいた。 学校に行かずに考えてみるのも、いいんじゃないだろうか。 『どうせ無駄になる』なんて言わない、最後まで平穏に過ごすことも大事なんだ。それはわかるけれど……。 「ねえ、兄貴!」 「……何? 美優達と先に行っててくれていいよ?」 もう少し考えてから決めようと思っていたので、美羽に家を出るよう促して言う。 すると美羽の方はむすっとした顔になって、「何さ、ちょっとは悪いと思って……」何かぶつぶつ言ってる。 だがそんな自分が馬鹿らしくなったのか、俺に対しての不満を募らせるのも意味が無いと悟ったのかは知らないが。 「勝手にしたら!」と残してさっさと靴を履き替えて出て行ってしまった。 「……どうしようね」 選択肢 1 学校に行く 2 休む
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「ヒロトさん、お話があるのですが、入ってもよろしいですか?」 ……ああ、ユリアだったか。 美羽が謝罪にでも現れたかと少し期待したのだけれど、あいつにそんな殊勝さを求めてはいけないな。 「いいよ、入って」 仰向けのまま応対するのは失礼なので、とりあえず腰掛けるように起き上ってユリアに入ってくるよう促す。 「失礼しますね」と入ってきたユリアは、いつも通りのドレス姿。家の中でいつも着ている私服ではあるが、こんな普通の家とはミスマッチが過ぎて今も少し違和感が拭えない。 「どうぞどうぞ……って、何気にユリアが俺の部屋に来ることって、珍しいよな」 この一年間で、片手で数える程にあったかないか……といったくらいだと思う。 でも、つまりそれは、その滅多になかったことをするくらいに話さなければいけないことがあるってこと、なのか? 「あまり他の人には聞かれたくない話なのです」 やはり、この家に成り行きでホームステイすることになってしまった貴族な留学生ユリアではなく、異世界の姫ユリア・ジルヴァナとして……ってことか。 とりあえず、ユリアに座るように椅子を差し出してみたが、すぐに終わりますからと断られる。 「心に留めて置いてほしいことがあるのです」 「……何?」 すっ、とユリアの周囲に常に漂う華やかな雰囲気が落ち着いた気がした。 相変わらずの優しい目だけれど、これから話す無内容は気楽に聞けることではないと告げいている気もする。 「……レンと結婚してくださるというのは、本当ですか?」 「…………………………え?」 いきなり何を言い出しますかこのお姫様は? ユリアは、突然に何か悪いものが取り憑いたかと思わせるような力で俺の肩をぐっと引きよせる。 ……でもその目はいつの間にかきらきらと輝いてる。 「私、レンとヒロトさんが仲良くなってくださって、本当にうれしいです!」 疑うことを知らない純真な笑顔が逆に怖いです! 「い、いやいやいやいやいやいやいやいや。何をトチ狂っ……いや、何を言ってるの? ユリア……」 「何をも何も……先ほど下で美羽さんにお聞きしたのですが……」 「美羽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」 「美羽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」 ユリアはここにいてくれ、俺が呼ぶまで絶対に部屋を出ないで。でないとこの世で最も醜い社会の縮図を見せられる羽目になるからと言いくるめておき。 俺は義経の逆落としのびっくりな勢いで階段を駆け下り……というか三段目辺りでジャンプして前回り受身で着地した。 「お前なあっ、ユリアに何吹き込んで「うっさい馬鹿兄貴Act3!! FREEEEEEEEEZ!」 ああ、俺はこの声を後ろから聞いた次の瞬間、ちょっと振り向いてすぐに気を失ったのだけれど。 美羽が手に持っていた物はフライパンという調理器具の名を冠した鈍器だったような……まあこれ以上考えると恐ろしくなるので次に目を覚ます時までに忘れておこう。 どうやら一時間近くは気絶していたらしく、目覚めた時にはすでに午後七時を回っていた。 そろそろ死んでもおかしくないと思う怪我だったと感じたのだが、一日に二度も気絶させられる情けない兄をも手厚く看護してくれている妹のおかげでそれほど体調に不備はなかった。 ……ここは穏便に流そう。そうしないとまともに話も出来ないし、世界崩壊前に妹に殺されたくはない。 「でな、美羽……。それはただの噂なんだよ、わかる?」 「でも、火の無い所に煙はたたないわ」 俺の大人な態度によってようやくまともな話し合いとなっている。 しかし、レンは放心状態でぼーっとしていて弁解は期待できないので、実質俺対美羽のいつもの口喧嘩だ。(美優は当然のごとく仲裁役) 「あのな、レンのプライベートな事情なんで話せないが……俺とレンがどうこうってことは全くないんだよ!」 「だったら、何であんなに妙な噂ばっかり伝播してんのよ!?」 ばんばんと力強くテーブルを叩きながら怒鳴る美羽。 完全に噂を真実として捉えてしまって、そのイメージが定着しているらしい。 マスコミに踊らされるのはやっぱりこういう単純な人間か……我が妹ながら哀れだ……。 「ちょっと、人を地面に落ちた蝉を見るような目で見るのはやめてよ!」 「いや、そんな目では見てないよ!?」 どんな被害妄想だ。 「お姉ちゃん、お兄ちゃん……」 不毛な兄妹喧嘩に、控え目な仲裁役が口をはさむ。 「あのさ……私は……その、お兄ちゃんがレンさんと……ごにょごにょ……なことをしてたなんて、もちろん信じてないんだけど……」 そのごにょごにょの部分を是非はっきり口に出して頂きたたかったが、レンはどうやらそれを聞き出して轟沈したらしいので俺は聞かずにおこう。 「本当にあったことを、ただ順を追って話してくれれば……私は信じるよ? お姉ちゃんも、そうだよね?」 「う……ま、まあ。兄貴は嘘はあんま言わないし、それでいいけど……」 さっきまで話そうとしても聞く耳を持とうとしなかったやつが、美優のおかげでえらい変わりようだ。 やはり妹に勝てる姉はいないということか。 「あのな、レンは俺のところにある相談に来たんだよ」 「まずそれが納得いかない!」 いきなり話の腰を折る空気の読めないツインテールだ、グドンを呼びたい気分になってくる。 「何が納得いかないんだよ?」 「だって、兄貴に相談しても何か解決するとは思えないし」 数分前に信じると言ったことはすでに忘れているようですね。 いきなり手のひらを返す妹に一種の感動と諦観と悲哀を感じながらも『そういうことにしておいてくれよ』とスルーして話を続ける。 レンが放心から目覚めれば実証も楽なんだがな……。 「その内容は明かせないんだけど、その時に俺が……あれだ、ホモだのなんだの口に出しちゃったんだよ。 それですったもんだ……なんやかんやあって、二人で話せる場所を探して体育倉庫に入って、外に出るとこを目撃された……ただそれだけだ」 「…………それだけ、ねえ」 美羽の目は、やはりまだ『納得できない』ということを俺に告げていて、やたらとじっとりとした視線でこの部屋の湿度を三パーセントくらいあげている気がする。 「お、お姉ちゃん。お兄ちゃんも正直に話してくれたみたいだし……もうこの話は終わりにしよっ? レンさんも、このままじゃ可哀想だよ」 「……そうね、お腹減ったし。でも、噂は兄貴がちゃんと静めてよ? 恥ずかしくて学校に行けなくなるのなんて嫌だし!」 「ああ、わかったよ」 まあ、結局は美優の懇願によってこの場は丸く収まり、やっと夕飯にありつける……と思ったのだけれど。 「あれ、そういえばユリアさんは?」 「あ? ……あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 そういえば、ずっと部屋に放置したままじゃないか!! 結局、この日は復活したレンにユリアに狼藉を働いたことを散々に怒られ、ついでに便乗した美羽にも怒られたりして。 久しぶりに騒ぎまくって近所迷惑になってしまったけれど、皆で喧嘩したり遊んだりするのはとても楽しくて……この日は、大切な日常の一ページとして、胸の中に刻み込まれた。 朝七時。 まだ部活の朝練に来ている生徒もいない、グラウンドには早めに目覚めた蝉だけが蒸し暑い空気に鳴き声を響かせていた。 「……緊張するな」 しかし、その蝉の鳴き声にさえも負けてしまいそうな声でレンが呟く。 いつもはいくら暑くても汗一つかかずに平然としているようなレンでも、多少冷や汗をかいているのは気のせいではない。 「そんなに緊張してるのか? レンだったら今までにいろんな修羅場とかくぐりぬけてるんだろ?」 何せ俺達からすれば、レンは本当にファンタジーな世界の騎士候なのだ。 今までに様々な武勇伝を聞かせてもらったことはある。 そのどれもが子供の頃に目を輝かせて見ていたアニメや特撮番組のように、わくわくして早く続きが聞きたいと思わせられる、臨場感に充ち溢れた話だった。 もちろんその中には本当に死ぬ目に合ったというような話もあったわけで……。 そんな体験をしてきたレンが(特殊な嗜好の人間とはいえ)平凡な男子学生との惚れた腫れたの問題でこれ程までに緊張するとは予想外だった。 「……確かにな、命の危機というだけなら今の年齢以上の回数に遭遇したことがある。だが、私にとって恋愛などというものは全く縁のないものだったから……」 それに、とレンが続ける。 「戦場での命のやり取りならば、向い合う相手と私、そのどちらかが死ねば……それで終わりだ。 だがこういった場では違うだろう? 断った後でも、相手はずっとそのまま生きている。その後のことさえも考えなければいけない。 例え……後僅かな時間で滅び去る命だとしても、私には恋に破れ去った人間の気持ちがわからなくて、怖いんだ……」 おかしいものだよな。と自嘲するかのように呟くレン。 ……つまるところ、一番恐ろしいのは剣よりも人の心ということか。 レンがこの世界に生きる普通の学生だったならば、そんなことは微塵にも考えなかったのだろう。 だが、異世界から来て世界の崩壊と向き合っているから、この世界の人間の悲劇を知っているから、こうして悩んでいる。 「崩壊については、誰もどうしようもない……だろ? レンに責任は無い、断りたいなら断るべきだよ」 「ふっ……。これが、私を女として見ての告白なら、少々考えてみても良かったのだけれどな……」 だったら俺がと言おうとして、やめた。 そんなギャグを言う雰囲気では無い。俺は美羽と違って空気を読む人種だからな。 とりあえず、俺が一緒に『例の彼』の前に出るわけにはいかない。 多少良心が咎めるが、レンを先に行かせ俺は家政婦よろしく覗き見るという寸法だ。 「もしトラブルがあったら、出てきてくれ」とレンに頼まれているわけだし。(その時の行動については考えていない、アドリブというやつだ) 「…………」 校舎の影から顔を半分だけ出す。 こちらを注意深く見られたらすぐにばれそうではあるが、二人は今お互いの顔しか見ていないので大丈夫だろう。 (しかし……) 相手の男子生徒は、美少年というよりも美丈夫という言葉が似合う古風な感じの男だった。 あの容姿ならそれなりに女の子にモテそうな気がするのだが、ホモというのは何とも惜しい気がする。 まあ、自分の価値観を押しつけたところでしゃーないんだけどな……。 「……まし……か?」 「…………いては…………ざんね…………ど……」 この距離からではどうにも全ての声を聞き取れないが、話し合いは今のところ穏便に進んでいるらしい。 落ち着いた様子の人だし、いきなりトチ狂って暴れ出したりはしないだろう。 このまま無事にことが終わることをのぞ――「ヒロくんやっほっ!」 「っ~~~~~~~!!!」 声を出さなかった自分を褒めてやりたい。 俺は背後からやってきた無粋な闖入者をサイレントに怒鳴り付けた。 「(陽菜っ! 今ちょっと大事な時だから少し黙ってろっ!)」 「(え、ちょ……何……?)」 「(いいから大きな声出すな、黙って見てろ!)」 「(え、レンちゃん……? ま、まさか告白……!? の……覗きは良くないよー!)」 俺だって、覗きたくて覗いてるわけじゃない。 「(事情は後で説明するから、今は黙って見てろ……!)」 どこからついてきてしまったのかは知らないが、今は騒ぎ立てられるよりは黙っていてもらう方が重要だ。 ここで俺達が見つかってしまえば、その時点で『信頼』という最も大事なものが失われてしまう。 ……しかし、そんな心配はただの杞憂だったようだ。 二人は仲の良い友人同士のような笑顔を浮かべて談笑していた。 レンの笑顔のさわやかさを見れば、男女間の友情を信じていない人間でも、その存在を認めざるを得なくなるだろう。 「(レンちゃん……告白をOKしたのかな……?)」 陽菜が俺の頭の上からひそひそと口を開いた。 「(いや、それは無い……と、思う)」 「(何でわかるの?)」 陽菜の疑問は事情を知らない人間としては当然だが、今は一から説明してやるような余裕は無い。 俺はただ、「わかるから」とだけ一言返して、そのまま監視を続行した。 「…………うこと……だ……すま……い」 「……ったよ……じゃあ……」 美丈夫が少しだけ哀愁のこもった笑顔を浮かべて、校舎裏をそのまま向こうに歩いて行く。 ……その顔から、レンがきちんと断ったのだということが理解できた。 (ん……。なんで俺は微妙にホッとしてんだろうな……?) まあ、俺も一枚噛んでいたわけだし。仲間としてうまくいったということを喜んでいるだけ……ということにしておこう。 深く考えるとあまり良くない事態に陥りそうな気がする。 そんな風に無理やりに自分の心を納得させていると、レンも一仕事終えたようないい顔をしてこちらに向かってきて――陽菜の顔を見て固まった。 「な、ななななななななな何故こ、ここにヒヒヒヒナヒナヒナがが……っ!!」 やばい、予想外の事態に壊れたカセットテープみたいになってしまっている。 って、顔真っ赤にしながら剣抜いてどうするんですかー!? 「ちょ、ちょちょちょっとレンちゃん! わ、悪気はなかったのっ! ただ偶然ヒロくんについてきたら見ちゃっただけでっ!」 「だが見てしまったのだろう! ヒロト殿には私から随伴を頼んだので文句はない……が、ヒナぁぁぁぁぁっ!」 「わきゃああああっ! お命だけはご勘弁をーーーっ!!」 「レン、ストップストオオップ!!」 この騒動については、陽菜にこの朝のことを誰にも話さないと確約させ、レンも陽菜に襲いかかったことを謝らせたことで何とか事なきを得た。 レンが何を話したのかはわからないけれど、もう心配無いようだったし、後は自分が考えるべきことだけを考えていればいいかと思っていたのだけれど。 簡単に終わり過ぎだってことを疑っておくべきだったんだ。 ……そう、何でもあっさりと終わる話には続きがある。俺はそのことを失念してしまっていたんだ。 校門で姫を待つというレンを残し、俺と陽菜は一足先に教室に入ることにした。 「……ふう」 朝から一つの試練を乗り越えはしたが、先のことを考えるとやはり能天気なままではいられないな……。 どうしても年寄りくさい溜息が出てしまっていけない。 「ねえねえ、ヒロくん」 「あ?」 夏の暑さにテンションを奪われたのか、レンに勢いを削り取られたのかはわからないが、昨日よりはテンション抑えめな陽菜が隣に座りながら言った。 「やっぱり……ヒロくんは、レンちゃんと付き合ってるのかな?」 「…………………………は?」 唐突な質問に唖然としながらも周囲を確認する。 まだ早朝で俺達以外に人がいなくて助かった、他の奴らにこんな話を聞かれたら昨日の噂に追い風を吹かせてしまう。 「あのな、その噂とやらがどんなものなのかは知らないが……ああ、言わなくていい、聞きたくもないからな。ただ、その噂は確実に九割出任せだ!」 「……そうなんだ?」 「そうなの」 「ふーん…………」 「………………」 「………………」 陽菜は微妙に不満そうな面持ちのままで少しの間黙っていたが、やっぱり我慢出来ないとでも言いたげに口を開いた。 「でもさ」 「何だよ」 「大事な告白に付き添ってもらいたいって思うほど、信頼されてるってことでしょ?」 「………………それにもさ、面倒くさい事情があるんだよ」 とりあえず、あの美丈夫がホモだということを自ら公言していない限り、俺がそのことを言いふらすわけにはいかない。 レンが俺に相談したのは……まあ仕方ないことだとして、だ。 「どのくらい面倒くさいの?」 「第四次の栄光の落日くらい……」 「う、そ、それは……」 陽菜もその一言には流石に納得せざるをえなかったようだ。 というかこれで伝わる仲って素晴らしいよね、持つべきは同じジャンルのゲームをやる友人だ。 「ああ、そうだ」 「ふぇぃ?」 その返事はどうなんだろうとか考えつつも、これ以上さっきの話を蒸し返されないようにこちらから話しを振ることにする。 こちらが会話の主導権さえ握ってしまえば陽菜も蒸し返したりはしないだろう、こいつはこいつでそれなりに『わかってる』やつだからな。 「ずっと渡そうと思って忘れてたんだけどさ……これ、陽菜が落としたもんだよな?」 俺は鞄の中から昨日拾ったカセットテープ(らしきもの)を取り出した。 「あー! それっ!!」 驚異的な反応速度で、俺の手のひらの上からテープが奪い取られる。 陽菜はそれを両手で包むようにしてふうと安堵の息を一つついた。 「良かったぁ……ずっと探してたんだよぉ……」 「そんな大事なもんだったのか? ってかそれって何に使うんだっけ?」 「これはね、ビデオカメラのテープだよ!」 「……ああ、なるほど」 ようやく記憶の糸がつながった。 こういったテープを使うビデオカメラなんて、一般人はもうそうそう使う人はいないだろうからな。 「でも、なんでそんなもん持ってるんだ?」 「えへへ、最近はビデオ撮影がマイブームなのですよ。そこら辺の景色とか色々撮ってるんだー」 両手の人差し指と親指で空間を四角く区切り、カメラマンのようにこちらを覗き込む陽菜。 様になっているようでなっていない、まだにわかと言ったところか。 「なるほどな……。流行りにのってばかりの陽菜にとってはなかなか味のある趣味じゃないか」 ……思い出を物として残るカタチでとっておくのは、悪くない。 そんな考えも同時に脳裏を過った。 「な、何を言いますかー!? 私はいつでも個性派ですよ? 時代に背を向けて走り続ける孤高な女ですよっ!」 「持ち金全部二千円札にして自販機の前で泣いたり大して好きでもない韓流ドラマ見たりビリー○ブートキャンプのDVDでぼったくられたりするのが時代に背を向けた行為だとは知らなかった」 「ふぐぅ……!!」 河豚はともかく、陽菜いじめは楽しかったりする。 まあやりすぎるとたまにガチ泣きされることがあるので程ほどにしつつもさらにちょっといじってみるかなんて思ったその時。 「朝から仲がいいな、二人とも」 いつからいたのか――――ノア先生が、開いたドアに少しだるそうにもたれかかりながらこちらを見ていた。 「何でいるんだという顔だが、私としてはこんな早朝に生徒がいることの方が驚きだ」 こつこつと小気味良い足音を鳴らしながらノア先生がこちらに近づいてくる。 「まあ、ちょっとした野暮用ですよ」 「あはは、その随伴みたいな感じです」 ……あれ? そういえば、陽菜が早く来ていた理由を聞いてないことに今気がついた。 まあ、別にどうでもいいか。そんなのは恐らくビックリマンチョコにおけるおまけのチョコみたいなもんだ。(メインはシール) 「ふぅむ、野暮用と呼ばれる用事の大体はどこかでフラグをたてる為の重要イベントだったりするのだけれどな」 ノア先生のメタ的発言はスルーするしかない、凡俗には理解できない天啓にも似たお言葉なのだ。 「ん? それはビデオテープか。これまた微妙に懐かしいものを持ち出して私に好感度と内申を稼ごうと言う、FC版DQ3における防御キャンセル並にこすい作戦かな? どちらのものだ?」 素の表情のまま言うからわかりにくいけれど、この人なりの冗談……だと思う。 ノア先生曰く「私は冗談など言わないよ」らしいが、そんなのは絶対嘘でこの人の五割くらいは冗談で出来ていると思う。 ……一般人との感性がずれているとの説もあるが。 「あ、それ……私のです」 陽菜がたははと苦笑しながらゆるゆると手を挙げた。 「でも、内申稼ぎとかそういうんじゃないですよ? 宿題だって今日はちゃんと持ってきてますし」 「宿題!?」 そうだ。 ノア先生は先週の金曜日に今日が締切の宿題を出していたじゃないか! 先生曰く「やってこない奴はぐっちょんぐっちょんのエロゾンビにする」との談でクラス中を恐怖に陥れたのを俺は完全に忘れ去っていた。 ……いや、まあ、もっと考えるべきこともあったのだから仕方のないのかもしれないけれど。 それでも、今から三千世界の生き物全てが裸足で逃げ出すような恐ろしい罰が待っているのかと思うと……! 「宿題? 別にいいよ、出さなくても」 「え?」 意外すぎる言葉に顔をあげてノア先生を見れば、先生は髪を優雅にかきあげて妖艶な流し目でこちらを見返して言った。 「どうでもいい、と言ったのさ。それとも私の暇つぶしの道具になってみるか? 結城兄」 「い、いえ! 全力で遠慮しておきます!」 どういう風の吹きまわしかわからないが、ノア先生の慈悲なんて百年に一度あるかないかと言った確率だろう。 この降って湧いたような幸運はありがたく享受するべきだと判断しておく。 しかし、陽菜は物凄く文句言いたげな目をしていた。 宿題は無駄な頑張りになってしまったわけだし、一言くらい言ってもばちも当たらないだろうけど、あくまでもちょっとむっとしただけで終わらせる辺り陽菜の人間の出来ている所だと思う。 まあノア先生はそんなこと意にも介さずにテープをひょいと手に取った。 「ま、そんなことはどうでもいいさ……このテープには何が写っているんだ?」 「あ……えっと、私達の子供の頃のことが……もろもろと……です」 先生は「子供の頃、ねえ」とどこか懐かしむような顔で手遊びのようにテープをいじっている。 「私から見れば、君たちはまだ子供なのだが……そんなことはどうでもいいか」 「…………」 「ヒロくん、どしたの?」 「え、ああ……いや……」 実を言うと、陽菜の言う子供の頃というのが良く思い出せなくて、少し不安だった。 記憶を遡って行き、靄がかかり始めるのは5歳くらいの頃だっただろうか……? 美羽はあの頃から俺を既に兄貴と呼んでいて……良く、美優も一緒に三人で遊んでいた、と思う。 お兄ちゃんと呼ばれていた記憶はあるのだ、ただ顔が黒く塗りつぶされたかのように、映像として表れてこない。 ……そして、陽菜のことすらも、良く思い出すことが出来なかったのだ。 5歳の時のことなんて、覚えていなくても仕方がないのかもしれない。 だけれども、過去が思い出せないということがわかると、途端に自分を支える足場が脆くなった気がしてしまう。 こんな不安定な人間が、残り少ない未来を見据えることができるのか……と。 「ヒロ君……大丈夫?」 「え? あ、ああ」 陽菜が心配そうに眉をよせてこちらを見つめていた。 ……そこまで不安そうな顔を見せていただろうか? 大したことでは無い、そのはずなのに……。 「…………なるほど」 ノア先生は何かを納得したと言いたげにメガネをくいと押し上げる。 「沢井の片恋慕は昔からそういった気遣いとして表れていたのだな」 は? かたれんぼ? 俺はすぐにその意味はつかめなかったのだが、陽菜はぼっと顔を赤くして、「や、やっ! 何言ってるんですかーっ! もーっ!!」なんて先生に掴みかかっている。 ああ、かたれんぼという字がどういう風に書くのかやっと変換できた。……って、片恋慕!? 「どうやら、結城兄も何やら否定したげな顔をしているな。……全く、二次元の中にしか存在しないと思っていたよ、君達のような人間は」 陽菜は子供みたいに腕をばたつかせてノア先生に否定を求めているが、しなやかに長い腕に頭を押さえつけられて全く無効化されていた。 ……何だか、ここで深く突っ込みすぎるのはセルフで墓穴な気がするのでやめておこう。ノア先生を面白がらせるだけだ。 この時俺はまた大事な答えを一つ保留にしたのだけれど、またそれに気付かない振りをした。、 「そう暴れるな沢井、もうそろそろ他の奴らもやってくる。話は授業の後にでも聞いてやるさ」 「なんですかそれーっ! 大体ヒロくんはレンちゃんと……!」 「っ!」 おい陽菜何言おうとしてるやめろ! そう怒鳴ろうとしたところで、クラスメイトの男子が三人程入ってきて、陽菜も流石に聞かれまいと口をつぐんだ。 ノア先生は口の端を釣り上げるようににやりといやらしい笑みを浮かべて「またな」と教壇の方へ戻っていく。 ……ほんと、食えない人だ。 それからしばらして、すぐに教室は生徒達の喧噪で埋め尽くされた。 良かったと思えるのは、誰も噂のことなど口にしていなかったという点か。 やっぱり、ホモだのなんだの馬鹿らしい噂を皆が信じるわけがない、レンが女であるということは周知の事実なのだから。 (ま、歪曲して解釈してる人もいるかもしれないけど……口に出さなければ問題ないだろう) 「……お」 始業の鐘が鳴る直前に、ようやくユリアとレンがやってきた。 流れる金髪とスカートが尾を引いて流れ、朝からその優雅な姿に魅了された男がユリアに挨拶をしている。 俺は離れた所から二人に軽く手をあげて挨拶をしたのだけれど、ユリアだけが軽く会釈をして、レンは何故か少し悲しそうな目でこちらを見ていて……それだけだった。 「……?」 しかしそれが何故かを聞く隙も無くHRが始まってしまう。 席が離れているので授業中にこっそり聞いたりも出来ないし……まあでも、気にするほどでもないか。 「今日も黒須は休みか……まあ正常だな」 いないことが常とされている生徒というのに、ある種哀れな情を感じてしまうのは禁じえなかったりする。 あいつ、まだちくわ加えてるのかな……。 「さて諸君、今朝緊急の職員会議があった。まあ私はサボったので内容がどんなものかは知らない、他の先生に聞いておいてくれ」 さらりと暴露された職務怠慢にクラス中の全員が突っ込みたそうな顔をしたが、どんな反撃が待っているやもわからないので誰も何も言わない。 蛇が出るとわかっているのに藪をつつく馬鹿はいないということだ。 「ま、今日の私の話なんだがな……。……そうだな、沢井」 「ふぁぉっ!?」 ノア先生から意識を外してぼーっとしていた所に不意打ちがきた為、陽菜が頬杖をついていた腕をずらしてがたがたと驚く。 「な、なんですか!?」 自分が何かとんでもないことを仕出かしたのではないかとおろおろしながら立ち上がる。 「君は、生甲斐と呼べるものは持っているか?」 「は?」 「生甲斐だよ、生甲斐。……何かある筈だろう? 生きる目的という物が」 先生が何を言いたいのかわからない。 きっと皆そうだろう、その証拠に教室の中は陽菜の「あー? うー?」と悩む声以外は静まり返っていた。 「そ、そうですねー……。こういうこと言うと、馬鹿にされるかもしれませんけど。私は……みんなが幸せなら……私も幸せに生きていられると思います」 皆が幸せなら、それでいい。それが陽菜の答え。 ……何度考えたことかわからない。幸せな日々を崩させない方法は無いものかと。 ノア先生は「成程」と頷いてメガネをくいを押し上げる。 「幸福を求める。……それが、ほぼ全人類に共通して言える生きる目的だな。 今の生活が幸福だと思う者もいれば、満たされぬ欲望の為に生きる者もいる。 ようは、自分のやりたいことが出来れば、自分の願う通りに物事が運べばそれでいいということだ。 その為に、人間は皆生きている……」 「あ、あの、それが……どうかしたんですか?」 「前振りだよ、もう少し付き合ってくれ。そうだな、じゃあ次は……結城兄」 「はっ?」 まさか俺の方に矛が向くとは思っていなかったので、素っ頓狂な声を上げてしまった。 「自分のやりたいことをやる為には、自分の願いを叶える為には、どうしたらいい?」 「どうすればいい……って、言葉遊びみたいになりますけど……」 ノア先生はそれでいいとも何とも言わない。ただそのエメラルドをはめ込んだみたいな奇麗な瞳でこちらを見るだけ。 俺は、自分に集まるの視線の中、針のむしろのような気分になりながら言葉を選んで話す。 「やりたいことをやる為には……その、やりたいことをやる為に努力するしかないんじゃないですか?」 馬鹿っぽいけれど、そんなの願いごとが個人によって違う以上これ以外のことは下手に言えなかった。 「そうだな、その通り。大抵やりたい事の前には苦難が待ち構えているだろう? 例えば、夏休みの宿題……とかな」 宿題という言葉に何人かが反応して身を震わせた。 きっと俺と同じように宿題を忘れてきたのだろう。……まあ、もう提出しなくても良いと本人が言ったのだからいいのだろうけれど。 「宿題という苦難を早めに終わらせた者だけが、自由に遊ぶことができる。やりたいことができるわけだ……」 ぱちん、静寂が場を支配する中で、ノア先生が指を弾く音だけが響く。ユリアやレンでさえも、黙ってじっと先生を見ている。 先生が話す時は私語をしてはいけない。それは彼女の授業を受けたことがある生徒ならば誰しもが理解していることだろう。 ノア先生は良く自分に陶酔して話をすることが多く、またそれを邪魔されることを酷く嫌う。 生徒の私語=死語と成すというのは先生が担任になって最初に言われたことだけれど、今でもあの時の迫力は忘れられない。 ……だけれど、今はなんだか静寂の質が違う。 今の先生の話は、いつもと違って聞き慣れない単語があまり出てこない、普段ならばルサンチマンだとか政治のプロパカンダがどうだとか次元連結システムがなんたらとか、そういう話ばっかりなのに。 できるだけ易しい言葉を選んで、何かを伝えようとしていて。 そして、皆それを汲み取ろうとしている。そんな気がしたのだ。 「ここで重要なのは、苦難はほぼ確実に避けられないということだ」 ずきんと、刺すような痛みを心が感じた。 ノア先生に俺の心が読める筈も無い、これはただ俺の問題だ。 「夏休みの宿題は早めに終わらせねば後にツケが回るだけ……。結局、どれだけ苦しかろうとやらなければいけないことがある」 「………………」 俺は、その言葉を黙って受け止めた。 ノア先生は、だけれどそこで「しかしだ」と一転調子を変えて軽い口調で言った。 「…………だけれどな、誰だって苦しいことは嫌だ。辛い選択はしたくない。責任からは逃れたい。そう願うだろ? そういう人間の為にもう一つ選択肢がある、それは苦難から『逃げる』ということだ! 何でも逃げ切れば勝ちだ!」 ……何か嫌な予感。 長々とした前置きの末に聞きたくも無いオチが待っている、そんな予感がする。 いや、もうこれは確信だ。この人は絶対に、常人には理解できない理屈を持ってオチをつけに来る! 「そして、このノア・アメスタシアにはやるべきことがある! その為に私は今から逃亡する! 追いかけてきても、遊んでいるのも構わない! 授業は自習だ!」 ガラララ ピシャリ。 教室の戸が開かれて、また閉められて。 教壇の上にはもう誰もいない、ただ少しくすんだ黒板だけが寂しそうに授業が行われるのを待っていた。 「……え?」 皆が皆呆然としている。 いや、確かに前からめちゃくちゃな先生ではあったけれども……こんな風にサボったりなんてことは一度もなかった。 ……だけれども、どこか皆『ノア先生だから仕方ない』みたいな顔をしている。 普通ならば怒って職員室に殴り込みなんてする所かもしれないけれど、このクラスは与えられた自習の時間を好きに使うことを選んだようだった。
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191 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/25(木) 20 43 14 1943年、アルゼンチン大統領ラモン・カスティージョは、 外交筋からもたらされた情報を手にして思案していた。その内容が極めて重要なものだったからだ。 『チリの海軍士官と造船技師が日本への留学を計画、日本は可否の回答を保留中』 ―――――チリは着実に、日本に接近している。 提督たちの憂鬱 支援SS ~南米ABCの動静~ 南米には、欧州と同様に一強――アジアにおける日本や、 北米におけるかつてのアメリカ合衆国のような――が無い。アルゼンチン、ブラジル、チリの三国が、 "南米ABC"として周辺国から一歩抜きん出ていたが、これら三国も国際的地位はそう高くなく、 よって南米は国際社会の中でも一段下に見られていた。 しかし"人類史上最悪の災害"、"レビヤタン(旧約聖書に登場する怪物)の憤怒"と呼ばれる大西洋大津波と、 日本がアジアのみならず太平洋地域最大最強の国家となった事で、南米にはにわかに注目が集まり始めたのだ。 ブラジルはABCの中でも津浪によって最大の被害を受けた。 特にサンルイス、フォルタレサなどは港湾に壊滅的な打撃を受け、 またアマゾン川を遡上した津浪の名残は内陸部のマナウスでも観測されたという。 192 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/25(木) 20 43 51 その代わり、ブラジルはサンタモニカ会談とその後の列強の折衝によりその版図を広げている。 同じく津浪によって洗い流された植民地、ギアナ、スリナム、ガイアナをその宗主国から受け継ぎ(※1)、 さらに首都が消滅して無政府状態に陥っていたベネズエラには英独伊の三国から支援を受け治安維持を名目に進駐。 後にブラジル連邦共和国ベネズエラ州として完全に併合される事になった。 このようにしてブラジルは、沿岸の大打撃と引換えに豊かな資源地帯を手に入れたのだが、 その開発に必要な初期投資、統治に必要なコストを考えると±0、むしろマイナスであったと言えよう。 無理な出費と国民の不満は急速に増大したが、ブラジルの指導者ヴァルガスは欧州列強の後ろ盾を受け、 その独裁体制を1947年末まで維持。その後は民主的選挙を目玉に据えた新憲法を制定し自ら独裁を止めた(※2)。 人気取りなどと批判はあったものの、ヴァルガスはその後しばしば対立する国民と軍、また枢軸の間を上手く渡り歩いて、 ブラジルの工業化及び近代化を強力に推し進めたため『ブラジルの国父』と『強権的独裁者』という、 2つの相反する評価を受けながらその天寿をまっとうしたのだった。 ABCの中でも最大の勝ち組と言えたのがC、すなわちチリだろう。 何しろこの国は唯一太平洋に面しておりかつ大西洋に面していなかったため、 津浪被害はゼロ、そして最も日本の勢力圏に入りやすいのだ。 津浪のドサクサでアメリカ資本に支配されていた銅山などを接収し、 新たに日本の資本を受け入れた事はチリに多大な富をもたらし、また富と同じくらい大切な友好関係を築く助けにもなった。 海軍士官と造船技師の留学は1945年になってようやくGOサインが出て、 チリは南米ABCの中でも随一の海軍(※3)を築き上げていく。また、陸軍も冬教戦などを筆頭に人材交流が活発化、 アンデス山脈におけるアルゼンチン軍との偶発的戦闘、アンデス事件ではその成果が大きく発揮された(※4)。 193 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/25(木) 20 44 29 さて、そのアルゼンチンである。 ラモン・カスティージョが退陣し、代わって政権の座に着いたのがエデルミロ・ファーレルだったが、 その実権は副大統領であり陸軍大臣のフアン・ペロンが握っていた。彼は親枢軸の人物であり、 目の上のコブのような存在だったアメリカ合衆国が津浪被害で瓦解するとさらにその動きを強めていく。 フアン・ペロン主導の親枢軸政策は、前大統領の不安が現実になるのを早めた。 アルゼンチンが枢軸に接近している事を知った日本はサンタモニカ会談の前から、 まるでそれが規定事項であるかのようにチリ、ペルー、ボリビアなど南米西側の国々を抱き込んでいった。 また国外に対しその精強な軍隊を誇示し、自国がアジア太平洋のリーダーであると知らしめた。 ここに至ってその後大統領となったフアン・ペロンの取り巻きからも、従来の親枢軸一筋の外交から、 丁度イタリア、トルコが進めていたような枢日両勢力の橋渡し的な外交への政策転換を考える者が出始めたが、 それに対するペロンの答えは一貫して「否」であった。 日本の歴史学者の中には、「アルゼンチンがイタリア、トルコのような道を選んでいれば、 アルゼンチンの発展は5年は早まっただろう」などと言う者もいるが、彼には彼なりの理由があったのだ。 チリとアルゼンチンの間には、言うまでも無くアンデス山脈が横たわっている。 最高峰は6960mにまで達する長大かつ高い山々だ。一方ブラジルとの間にはラプラタ川があるが、 この川は水深が浅く専門の工兵隊さえいれば容易に渡河できてしまう。少なくとも登山よりずっと楽だ。 さらにアルゼンチン首都ブエノスアイレスはラプラタ川沿い。ブラジルに近い。 日本と枢軸、どちらかに接近するという事は、もう片方とは関係が後退するという事だ。 そして日本に近づいているチリ、枢軸に近づいているブラジル、2つの隣国を天秤にかけて、 ペロンが選んだのは枢軸、そしてブラジルだった。 194 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/25(木) 20 47 00 アンデスがある以上、枢軸つまりブラジルと戦争になった時、チリからの援軍はどうしても遅れる。 日本からの援軍は広い太平洋を挟んでいるためさらに遅れる。海上・航空優勢は確実に保てるだろうが、 陸上優勢は難しい。奇襲によって首都を初めとする重要拠点が瞬時に落とされるというシナリオも考えうる。 その後勢力を盛り返して勝つ事ができたとしても、地上戦で国土が被る被害は甚大なものとなる。 一方、日本つまりチリと戦争になった時、ブラジルは陸続きかつ交通が容易なため連携を取り易い。 また、欧州枢軸の北米における拠点はカリブ沿岸であり、素早い対応が可能な筈だと彼は考えた。 経済的にも、ブラジル-アルゼンチン間の交通整備の方が、チリとのそれよりローリスク、ハイリターンだ。 橋渡しという考え方もあるだろうが、これから世界が新たな《ブロック》に分けられようとしている中、 どちらにも良い顔をしよう、などという八方美人政策が、列強であるイタリアや欧州に近く発展しているトルコならともかく、 果たしてアルゼンチンにできるのか?したとして日枢はそれを受け入れるだろうか?というのがペロンの持論だった。 そのため、フアン・ペロンはアルゼンチンを枢軸の一員とできるよう尽力したのだ。 その判断は、後世の歴史家により批判も賞賛も受けた。 しかしそれは所詮後知恵による分析というもの。人が過去に下した決断の真価は、その人の現状にこそ表れる――― これがフアン・ペロン晩年の言であった…… ~ f i n ~ 195 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/25(木) 20 47 34 (※1) 本国の津浪復興に注力せねばならず、これら植民地をこれ以上維持するのは難しいだろうと判断した英仏蘭はこれを手放す事にした。 ただし地下資源の割引販売に代表される種々の利権はある程度残している。 多額の費用がかかる津浪復興をブラジルに押し付け、おいしい所だけ頂こうという魂胆である事は言うまでも無い。 (※2) 日本の事実上の独裁者であった嶋田繁太郎の、権力に執着しない姿勢に影響を受けたためとされる。 ちなみに、憲法制定後最初の選挙ではヴァルガスが79.4%の得票を得て当選した。 その後も、ヴァルガスは高齢を理由に引退するまで大統領の座を守り続けており、 急進左派系からの『名ばかり選挙』といった批判もある。 (※3) 史実アメリカ的な海軍ではなく、あくまで沿岸防衛に特化した海軍である。 (※4) 1959年6月、折からの悪天候により視界が悪かったアンデス山中で、 両国の国境警備隊が鉢合わせ。互いに国境侵犯をしているものと勘違いし戦闘に発展した。 両軍とも最初は1個分隊のみだったが、アルゼンチン側は直後に1個小隊が援軍として到着。 戦闘は地形と武器を巧みに使ったチリ側の圧勝に終わり、アルゼンチン側は退却を強いられた。 当然大問題となったが、列強の仲介で本格的武力衝突には発展せずに済んだ。
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行動ABC分析 別名 パフォーマンス・マネジメント 用途 望ましい行動の増加 望ましくない行動の減少 用例 使用法 1.まず、増やしたい、または、減らしたい行動(以下では、まとめて「ターゲット行動」という)が、どの程度の生じているかを数える。 2〜3日に1回程度の行動なら、見開きの週間スケジュールに、生じた時間のところにチェックマークをつけることで記録できる。 1日に何度も生じる行動なら24時間×12マス(1マスあたり5分間)、1時間に何度も生じる行動なら5マス×12マス(1マスあたり一分間)と、大きめの方眼紙等を使って、マス目を作っておき、行動が生じたらチェックを入れるやり方で記録できる。 2.つぎに、「ターゲット行動」の前後に注目してよく観察する。 紙を横に3つに分けて、左側の欄に「先行条件」、真ん中の欄に「行動」、右側の欄に「結果」と書き入れる。 真ん中の「行動」欄には、増やしたい、または、減らしたい行動を具体的に書く。 左側の「先行条件」の欄には、「ターゲット行動」の前に、行動者の周囲の状況はどうなっているかを書く。 右側の「結果」欄には、行動の結果(行動の後に)、行動者の周囲で何が起っているか、とくに周囲の人はどう反応しているか、を書く。 つまり、この紙に書くのは、「〜の場合に」:先行条件、「〜したら」:行動、「〜になった」:結果という行動と環境の変化との関係である。 3.目標は、「ターゲット行動」を増やすこと、減らすことである。 先行事象(A)-行動(B)-結果事象(C)。 人の行動にはその行動を引き起こすきっかけAがあって、そのきっかけから行動Bが引き起こされ、その結果として何かCを得ている。 一般に、行動の後、報酬にあたる結果を得れば、その行動は増えていく(少なくとも以後も繰り返し行われることになる)。逆に、行動の後に、報酬に当たるものが失われたり、避けたい結果が生じたりすると、その行動は減っていく(やがては消えていく)。 (1)望ましくない行動の後に、罰を与えたり叱ったりするのは、C:結果の部分に介入していることにあたる。罰せられたり叱られたりすることは、一般に「避けたい結果」なので、これで望ましくない行動は減ると期待される。少なくない場合でそうだが(我々の多くは、このタイプのしつけを受けてきている)、逆に行動が減らない場合がある。(a)これは罰する、叱るということが、相手に「注目される」という報酬を同時に与えているからである。注目に飢えた子どもの場合、あえて問題行動を起こすことで注目を得ることがある。この場合は、叱れば叱るほど問題行動が増え(強化され)、ますます叱らなければならず、ますます問題行動が増える、という悪循環に陥る。 (2)実は罰などの避けたい結果(嫌悪的な結果)を用意することで、行動Bを減らそうとすることはいくつか問題がある。罰はいつでも実施可能でない。隠れて行われた問題行動は罰される可能性がその分低い。目についた問題行動だけを罰し、隠れた問題行動を罰しないならば、目についた問題行動は減るが、隠れた問題行動は逆に増えることが予想される。 (3)結果Cに介入するよりも、先行事象Aを変えた方がターゲット行動の増加/減少を達成しやすい。いわゆる「環境を変える」ことだが、これならあらかじめ問題の発生を減らし、諸刃の剣である叱るなどの嫌悪的結果を用いる必要が減る(叱ることは、叱られる側だけでなく、叱る側にとっても相当なストレスとなる。使わないに越したことはない)。 解説 ABC分析は、あらゆる親ワザの基本にあるもので、多くのワザはこの分析を通じて開発されたものである。 そこに増やしたい、または、減らしたい行動があって、ABC分析を用いるならば、既製品でないオーダーメイドなオリジナルの親ワザを開発できるだろう。 詳しくは、参考文献を参照のこと。様々なシーンで、どのように分析し、現実に用いるかの事例と丁寧な解説がある。 参考文献 島宗 理 (著)『パフォーマンス・マネジメント—問題解決のための行動分析学』米田出版(2000/03)
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-外伝『恋の始まりABC』- どうして、どうして俺の恋は実らないんだッ!! 相手に想いを伝えても…、なんどやっても、なんどやっても断られてしまう!! 俺の顔はそんなに悪くないはずだッ!性格だってそこまで悪くないッ! 「なのに、なんで、皆俺の愛を受けとめてくれないんだよぉぉぉ~ッ!!」 「そりゃ…性別の問題だろうよ」 涙でゆがんだ視線の先にスーツ姿の男が立っている。 「あの女…性格的にも俺と合うといっていたが…正気なのか?今頃気になってきたじゃあないか…」 「ううっ…あんたに俺の何がわかるんだ!愛しても愛しても!誰も応えてくれないッ! 俺だって、好きで男を好きになるんじゃないんだあっ!」 「好きで、好きになるわけじゃない?なんだそりゃ禅問答か?禅問答なんて詳しくはしらねえけどよー。 普通に考えてみろ、中高生で男が好きな男なんていないんだよ。アイデンティティのなんとかってやつ? 気づいてもみんな知らんフリするもんなんじゃねえのかよ」 あふれる涙をこらえきれず、ついに炬燵は涙を流しながら叫ぶ 「おおおーーーん!!俺は見ているだけでいいのにッ!!なぜなんだッ!!」 男の眉が反応した 「ああん?見ているだけでいい? 嘘はいけねえなぁ、嘘は」 男が胸ポケットから何かを取り出し、地面に投げ捨てた それは何枚かの写真であり、それには 『 黒 焦 げ た 人 間 』と思われるものが、写っていた。 「そ、それはッ!!違うんだッ!」 「違う?何が違うんだ?」 男は炬燵に近づく。 「お前はよぉ~、見てるだけでいいとかいいながらよぉ~。 “さっきも”告白してなかったかぁ~?」 「ち、近づくなッ!」 後ずさりながら叫ぶ 「あん?俺は質問してるんだぞ…?質問とは違う答えを返したらよぉ…点数はつけてやれねえなぁ」 怖いものでも何も無いように、男は近づいてくる 「俺に!近づくなと!言ってるのがわかんねぇのかッ!!」 炬燵の全身が“燻された銀色”へと変わる 「近づくなと、いってるだろうがああああああああああああ!!」 ド ド ド ド ド ド ド ド ・ ・ ・ 「それがお前のスタンドか。 お前のスタンド…見せてもらう…」 「うるせええええぇええええぇええ!!!」 炬燵は男に対し、腕を振るう、が 「すっトロいぞぉ~?そんなんじゃぁこの俺を捕らえることはできねえぞぉ~ 射程距離は2メートルってとこか、身に纏うタイプだとそんなもんなのか?あぁ、いや気にするな。 さて、次はこちらだ」 男の背後から、何かが浮かび上がる “スタンド”だ。 そいつは、間合いに入り込み、炬燵に拳を叩き込む ガギイィーーーーン!!! まるで金属を殴ったような音が響く 「硬いな、それに…」 「お前の攻撃なんかああああ!!!痛くもなんともねえぞぉおおおおおお!! 早くても非力なんだよぉおお! やっぱり俺はつえええんだアァ、お前じゃ俺には勝てねえ “焼け死ねッ”」 「じゃぁ、これはどうだろうな オラッ…オラオラオラオラオラオラオラッッッ!!!」 炬燵は全て食らい、壁に叩きつけられる 「やれやれ、硬えェなぁ…、それになんだ?“熱い”か?」 ずり向けた自分の拳を見ながら男は言う 「うへへ…やっぱりだあ、お前じゃぁ俺には勝てねえ…自分からケンカふっかけてきておいてこの程度かよ かなりうけるwwww」 少しずつ全身の色が変わり始める 燻されたような黒の混ざった銀から、純銀の輝きへと変わっていく 「よわいっ、よわすぎるぜえええ CoooooooO!!!!」 跳ねるように飛び上がり熱を放ちながら男へと殴りかかる 「おお!そういうことか お前、“気分”で能力が変わるのか!!」 熱風をモロにうけながら、男はニヤニヤ笑っている 「そうかぁ、なるほどなぁ あの女、気は違ってなかったみてえだなぁ… 理解したぜ!お前合格だ!」 笑いながら、炬燵の攻撃を全てよける、だが 「何をわらってやがんだよッ!!俺の攻撃があたらなくても熱で焼け死ね!」 「射程もかなり延びたな、んっんー」 男は腕を伸ばしながら、すこしずつ炬燵と距離をとり 「なるほど、6メートルってとこか…まぁ、コレぐらい離れれば熱いと思えるほどじゃあねえなぁ…」 「お前の射程は俺もわかってるぞ。まだ勝てる気でいるならかなりうけるwwww お前の射程は俺より少し長いくらいだったろぉぉぉ、この距離で、その能力のお前じゃ“勝てない”んだよぉぉお」 炬燵の叫びを無視し男は話だす 「で、その力。自分で制御できないんだな? だから、見つかった死体は、皆黒コゲだったと。 お前見てるだけでいいとかいいながら、告白どころかしっかり相手をだきしめてるじゃねえか、嘘はいけねえなぁ嘘は。 気持ちよくって、気持ちよくってたまんなくなって相手を黒コゲにしちまったんだろぉ? 嫌がる“男のコ”相手によぉ、気持ちよくなっちまうなんてなぁ、超変態だよなぁ」 「何、だと」 「いやいや、写真を見ればよく分かる…苦悶の表情が文字通り、“焼付け”られてたからなぁ 変態ってーのは、つれえなあ」 「 黙 れ え え え え え え え !!」 「少し、落ち着けよ。“落ち着いてもらう” “ストレィンジフィーリング”」 先ほどとは比べ物にならない速さの拳が、炬燵を襲う 「射程は見誤ったみたいだが、テメーの攻撃はきかねえええええええええええええええええ・・・・ ええええええええ?」 炬燵の全身が変わっていく 燻された銀へと 「やれやれ、落ち着いたか?炬燵よ。 能力“ストレィンジフィーリング”には相手の心を操る力がある 俺はよぉ、お前みたいに…スタンドにダイレクトに“心”が反映される奴、好きなんだよなぁ… 一緒に組まねえか? 俺だったら、お前の好みの男の子をお前に恋させることだって そう、人並みの恋をお前も出来るんだぜ…」 「なんだって?」 「お前には“魅力”がある その女性的な顔立ちも、一直線な心も悪くはない だから、相手にお前を受け入れる準備さえさせれば お前は“恋愛”ができる、そう言ったんだよ 理解できたか?」 「あ、ああ…」 「じゃあ、付いて来い、さっきのヤツ…あいつにしっかりお前の良さを分からせてやるよ その代わり、お前は俺の相方だ、いいな?」 こくこくと、首のばねが壊れた人形のようにものすごい勢いで炬燵は頷く。 それを見ることもせず、八手は歩きだす。 急いで八手について行き、聞く。 「そういやあ、あんた名前はなんていうんだ?」 「八手だ、覚えとけ」 その夜 幸せな顔をした焼死体が発見された。いる…。 ・外伝『マンガニーズ・ブルーノーバ』
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http //www6.uploader.jp/dl/bokuchu777/bokuchu777_uljp00419.txt.html のせきれないのでうpしました
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2016/6/9(木) ニューアイムジャグラーEX-KT(72)4521P B15 R12 1/159 ハナビ(9)4208P B15 R11 1/159 2016/6/8(水) ニューアイムジャグラーEX-KT(72)4107P B14 R11 1/159 ハナビ(9)3836P B13 R8 1/179 2016/6/7(火) ニューアイムジャグラーEX-KT(72)3810P B14 R10 1/153 ハナビ(9)3712P B13 R11 1/147 2016/6/() ニューアイムジャグラーEX-KT(72) ハナビ(9)
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137 :Xマン:2007/01/05(金) 23 00 32 ID AIvVPqV2 さて、新年の予想に入るまえに、去年の有馬記念を振り返ってみよう。 配列表から記号Xだと思ったが人気サイド。 Xは□に変わる可能性大。そこで、Xなら3-3 3-4 □なら記号Aで3-1 3-2。 ここはAで勝負と買い目は 3-1 3-2 押さえ3-4 3連単はXからめてゲットしました。 ちなみに私の友人も小額ながら的中して興奮していました。\(~o~)/ 138 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/05(金) 23 01 16 ID Xr6k158I 実は私もABC法を研究しています。もう10年以上ですが。 当たったレースも外れたレースにも言えますが、記号の答えが分かれるという時点で 勝負レースではない気がします。 今は競艇を中心にやっていますが、競馬の時は「穴レース予想」を独自で行い、 このレースは高配当だと結論したレースのみ記号を考えます。 139 :Xマン:2007/01/05(金) 23 32 30 ID AIvVPqV2 138 10年以上ならかなりのベテランさんだと察します。 確かに勝負レースと断言できるのは難しい思います。 有馬記念のように頭がしっかりしていれば(結果論ですが) あえて勝負と言ったののですが。 ABC法の難しい所は記号Aだ!と思ったら記号Cがでたり なんで、Bなのか?とにかく反省の連続です。 6枠の競艇でも難しいです。私なんかXばかり買っているから Xマンなのです。 (ーー;) 140 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/06(土) 00 08 09 ID EAyOfFuT 配列をどこで区切るか? もしかしたらABC法の永遠の課題かもしれません。 私がよく使う方法を書き込んでおきますので参考になれたらいいなと思います。 横のABCやXが現れた行で強制的に配列を終了します。 例えば配列の5行目でABCがでたら6行目から上の配列は下の配列とは 無関係とみなして5行目から下の配列のみで考えます。記号がわからなければ 無理に勝負する必要はないと思います。 141 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/06(土) 00 11 07 ID EAyOfFuT 本では配列表は10段とありましたが、私は15段まで視野にいれてます。 特に中央競馬はそのくらい必要な時があります。 142 :Xマン:2007/01/06(土) 00 40 10 ID xlOmxdhZ 正にその通りだと思います。 ABCつまり□は終了形ですね。これは私の一番にがてとするところ そして、その前後関係。 □が連続する形はおてあげですね。 143 :Xマン:2007/01/06(土) 01 00 57 ID xlOmxdhZ 1/6土 中山金杯 ⑦□ C25 B35 A24 ⑥C C83 A67 A23 ⑤A B45 A85 B63 ④BX X12 X11 B81 ③A B72 B36 A67 ②□ B27 C26 A42 ① A75 C37 (?) 配列表を作ったのですがどなたかGⅡ以下のRの出目の 載っているHP存じませんか? 144 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/06(土) 02 17 57 ID FHOu3DAt 143 普通に考えれば「C」だよね。4段目のBXを最初に組んでいくと ③②①しか残らない。③のAとあわせるにはACCの形しかない。 よって「C」。 これグレートレースだけ集めた配列表?この記号「C」と金杯当日、10Rまでの 正規の配列表と考えて同じ「C」ならば金杯は勝負だね。 145 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/06(土) 02 28 50 ID FHOu3DAt ただ中山金杯は評価が分かれている。超本命か大波乱か・・・。 もしかしたら見送ったほうがいいかもしれない。 146 :Xマン:2007/01/06(土) 10 11 20 ID xlOmxdhZ うれしいですね。他人の考えを知ることによって、 自分も上達?できる。 中山金杯の過去のRだけ集計しました。あと3段くらい欲しい。 確かにセオリーからいけば①は記号C。 気になるのは①の真ん中に記号Cが出たことで、④③①の可能性 BX・A・Cはどうなんでしょうか。記号Aは押さえたい。 147 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/06(土) 15 45 29 ID FHOu3DAt B54か・・・。見送って正解でした(笑)。 右端④から B81 A67 A42 ? で考えればBもありえたね。まあ□が連続する形というオチですか。 148 :Xマン:2007/01/06(土) 18 24 04 ID xlOmxdhZ う~ん。当日の配列表を見ると記号Cは逆にきれいすぎて敬遠。 やはり右列④のBがでなければ、8枠がからむかなと思い、 記号Aの 8-5 8-6で遊んだ。だめだった。 あとで配列表載せます。 149 :Xマン:2007/01/06(土) 19 31 21 ID xlOmxdhZ 1/6 中山金杯 □ A C B ⑫ C B B C ⑪ C C B B ⑩ BA X B A ⑨ □ C B A ⑧ AC X A C ⑦ C A C A ⑥ AA X34 A41 A31 ⑤ C A31 C25 A24 ④ CCC C16 C83 C51 ③ □ C15 B35 A86 ② A86 B46 ① この配列を見たとき左列・中列・右列と綺麗に決まるのは? 記号Cは疑問。 ⑦①で記号Aと判断狂っても記号Xか。 結果は記号Bの 5-4 右列③の5枠は絡んでいますが。 ここはどう判断しますか?⑥以下でA対Cの3対3でいきますか。 又は⑦以下でAC・ACか(ちょっとこじつけ)笑い 150 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/06(土) 22 04 03 ID FHOu3DAt ⑨⑩のABCで区切り。⑦⑥⑤④のAA、CC、ACのBOXの形でまとめ。 となると③②①はACに対して●●△△の形で対応しなければならないと 考えて①はAにならなければならない。 CCC C16 C83 C51 ③ (CCC=C) □ C15 B35 A86 ② A A86 B46 ?B ① ⑦⑥⑤④のACに対応。 ちょっと難しいね。10レース終わった時点で冷静に検討できるかな。 151 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/06(土) 22 14 26 ID FHOu3DAt Xだと 143の配列表に合わないからダメ。 中央競馬関東開催11Rだけ集めた記号の配列表とあわせて 合計3つの配列表で検討できれば答えを絞れたかもしれない。 152 :Xマン:2007/01/06(土) 23 16 03 ID xlOmxdhZ いやぁー、熱いですねえ。かなり基本忠実に研究されていますね。 どうみても20年以上は研究されているような気がします。 よろしく m(__)m 153 :Xマン:2007/01/07(日) 12 14 34 ID 0mAWY26m 正月も終わりホットした。ぐっすり寝て寝過ぎて体が痛い。 さっそくグリーンチャンネルON! 昨日の中山金杯の下のR CCC C16 C83 C15 □ C15 B35 A86 A A86 B46 B54 A86 C48 この2Rは、B7-2だった。結果的には□がでたんだが、 □買えるかどうか・・・ 154 :Xマン:2007/01/07(日) 12 43 10 ID 0mAWY26m □ A C B C B B C C C B B BA X B A □ C B A AC X A C C A C A AA X34 A41 A31 C A31 C25 A24 CCC C16 C83 C51 □ C15 B35 A86 A A86 B46 B54 □ A85 C48 B72 B28 X44 この5R BBを考えたが、右列Aが降りて A8-5で BA 155 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/07(日) 13 20 34 ID bw9Yq5Av 154 ⑪のABと●●で①のBX?はAですね。 ②から⑩までは既に組みあっているのでとびこせます。 156 :Xマン:2007/01/07(日) 14 05 48 ID 0mAWY26m さて8R □ A C B C B B C C C B B BA X B A □ C B A AC X A C C A C A AA X34 A41 A31 C A31 C25 A24 CCC C16 C83 C51 □ C15 B35 A86 A A86 B46 B54 □ A85 C48 B72 BA B28 X44 A85 C74 B46 待ちに待った私の大好きな形、つまりABCの基本形 ◎AB◎AC◎BC 狙いは記号Xだ! オッズを見ると ①3-4 5・3 ②4-4 9・6 ③3-3 44・0 ④5-6 45・3 ⑤6-6 116・7 結果6-5 枠連4530円 枠連3-4、4-4は人気サイド、3-3、5-6まで行ければ男。 159 :Xマン:2007/01/07(日) 15 01 59 ID 0mAWY26m □ A C B C B B C C C B B BA X B A □ C B A AC X A C C A C A AA X34 A41 A31 C A31 C25 A24 CCC C16 C83 C51 □ C15 B35 A86 A A86 B46 B54 □ A85 C48 B72 BA B28 X44 A85 CB C74 B46 X65 B17 B81 11R締め切り前 下2段なら記号A、ピラミッドならBBでまたまた記号Xだが・・・ 160 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/07(日) 15 12 30 ID bw9Yq5Av 159 「C」かな。⑧が切れ目と考え C ⑦ □ A □ AB BC ① とくればAC、BC、ABはBOXなのでCCCと●● ゆえに「C」 162 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/07(日) 15 16 04 ID bw9Yq5Av 右端で考えると ⑦C51 ⑥A86 ⑤B54 ④B72 ③A85 ②X(無視) ①? とCABBACの典型的な例。 163 :Xマン:2007/01/07(日) 15 20 48 ID 0mAWY26m 160 確かに流れからすれば①Cで綺麗なんですが 右列をどう判断するかなんですが。 164 :Xマン:2007/01/07(日) 15 23 05 ID 0mAWY26m m(__)m 書き込みが遅すぎた。 165 :隠れABC法使い ◆LAr2dQXkfk :2007/01/07(日) 15 42 44 ID bw9Yq5Av 言い訳ですけど 159③のX44を切れ目と考えたら BC A でたしかにAだよね・・・。 166 :Xマン:2007/01/07(日) 15 51 46 ID 0mAWY26m 私なんか色んなパターン考えすぎて、あれもこれもとなって 結局買わなかった記号がきてしまう。 確かにABC法は物凄い必勝法なんですがね。(笑い) このRは私は Xが来て BBで決まってくれればABC法的には 納得できるんですが・・・ 169 :Xマン:2007/01/07(日) 18 24 36 ID 0mAWY26m 本日中山最終R ⑩ CA ⑨ AAA ⑧ A ⑦ CCC ⑥ B BAA ⑤ A BBA ④ C CBB ③ AC XAC ② BB BXB ① BA ここも難しい⑤~②が合ってなくなる⑩CA⑦⑥CB①BAか。 ⑦⑥CB⑤④AC②のXから右と③で水増し①BAか。 結果が出たあとで色々かんがえてみましたが。 人気 A6-8①人気 8・2 A6-7②人気 8・7 X5-6③人気 9・2 X7-8④人気 9・5 A5-8⑤人気 12・3 結果8-8 5750円 174 :Xマン:2007/01/08(月) 11 48 04 ID 2zHf81WN いよいよ連休も最終日。休日はあっ言う間に終わるか・・・ R検証 中山2R □ A C B C B B C C C B B BA X B A □ C B A AC X A C C A C A AA X34 A41 A31 C A31 C25 A24 CCC C16 C83 C51 □ C15 B35 A86 A A86 B46 B54 □ A85 C48 B72 BA B28 X44 A85 CB C74 B46 X65 A B17 B81 A24 X88 B64 ? ④のXの右Aから考えると①は記号Cはでる。 ただ、②③の水増し④①の波紋考えると外れる。 175 :Xマン:2007/01/08(月) 11 57 19 ID 2zHf81WN □ C B A AC X A C C A C A AA X34 A41 A31 C A31 C25 A24 CCC C16 C83 C51 □ C15 B35 A86 A A86 B46 B54 □ A85 C48 B72 BA B28 X44 A85 CB C74 B46 X65 A B17 B81 A24 BC X88 B64 C47 A68 C47 ? ここは③④水増しで⑤②①で◎◎◎①は記号Xを狙ってみる。 あとは□か・・・ 176 :Xマン:2007/01/08(月) 11 58 32 ID 2zHf81WN ↑ 中山5R 締め切り前 177 :Xマン:2007/01/08(月) 12 24 20 ID 2zHf81WN 中山5R外れた・・・ A5-7 390円 ①人気 本命ならしかたない。 178 :Xマン:2007/01/08(月) 13 40 05 ID 2zHf81WN 8R タレ目なら記号A ②①にCAを出すのなら記号Bだが・・・ 179 :Xマン:2007/01/08(月) 13 48 40 ID 2zHf81WN うーん。記号が全く読めない! □はだめだ。結果的には右列のCは読めるが(苦笑) 180 :がんがれXマン:2007/01/08(月) 14 06 59 ID nrFNy5MI 中山8R 他の配列で早く出る記号ABAB→Cで取りました。 181 :がんがれXマン:2007/01/08(月) 14 18 33 ID nrFNy5MI 中山9R AかBではだめかな? 182 :Xマン:2007/01/08(月) 14 41 25 ID 2zHf81WN 181 9Rおめでとうございます。 私は□の連続は苦手です。(笑い) 183 :Xマン:2007/01/08(月) 14 48 25 ID 2zHf81WN 10R 221の流れなら①は記号B 押さえ□で記号Aか・・・ 184 :がんがれXマン:2007/01/08(月) 14 49 36 ID nrFNy5MI 10Rはタレ目からの変化、早く出た記号Cが残るかどうかですね^^ 188 :Xマン:2007/01/08(月) 15 08 19 ID 2zHf81WN 10RはA4-2 930円 □が出て終了形か。なんとかとれるんじゃないんですか。 190 :Xマン:2007/01/08(月) 19 07 29 ID 2zHf81WN 中山12R A C AC B/B BA □ □ □ AB? このR②③④□が続いてもう□はないだろう。 ⑤①で決まり。待ってました記号X。 結果1-2 920円 1-1なら80・7倍あった。 191 :がんがれXマン:2007/01/08(月) 21 14 26 ID CqmOeJwP 中山12Rは勝負Rでしたねただ配当はいただけませんが。 207 :Xマン:2007/01/13(土) 00 11 40 ID hyt5lyp1 1/13(土)中山1R ⑨□ ⑧BB ⑦□ ⑥BB ⑤A/B ④A C A C74 ③B A B A67 ②□ C B A42 ① B X ? ここ難しい①BAで行くか。 右列のCが降りて押さえか。 208 :Xマン:2007/01/13(土) 10 22 00 ID hyt5lyp1 残念中山1R外れ 結果X1-2 1000円 ⑥BBを出すのを嫌ったが⑥XBBが ⇒①BXXと言う事か・・・ 210 :がんがれXマン:2007/01/24(水) 11 59 10 ID pV3CTej8 Xマンさん中山の日曜はよく組み合いましたね。似たような組合せが連続してけっこうプラスになりました。 211 :がんがれXマン:2007/02/01(木) 19 08 51 ID m1dUXt4C 終了?
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「ああ、くそ!」 夏の夜は蒸し暑く、汗で体に張り付く服のおかげで、俺の中の不快指数は振り切れっぱなしだった。 恥も外聞も無く、制服を着たツインテールの女がいなかったかなんて聞きこみをして、無視されたり鬱陶しがられたりしながら探し回って一時間。 警察に任せた方が早いんじゃないかとも思ったが、癇癪を起した状態の美羽が警官相手に怯えて更にパニックに陥り、状態が悪化することも考えられる。 「貴俊辺りに応援頼むか……」 最善の策とは言えないが、次善の策くらいにはなるだろう。 携帯を取り出してアドレス帳から貴俊の番号を出そうとするのと同時に、マナーモードにしてあった携帯が震えた。 「うちから……?」 見覚えのある番号が、自宅からの電話であることを告げている。 あの状態で美優からかかってくるとは思えない、そうなるとユリアかレンしかいないが、あの二人電話使えたっけか? 「もしもし」 「ヒロトさんですか!?」 受話器の向こう側から、叫びにもにたユリアの声が届く。 「あ、ああ……そうだけど。どうかしたのか?」 「……はあ……やっとつながりました……」 溜息の深さからして、相当かけるのに苦労したんだろうな。 扱いは何度か教えた筈なんだが、どうにも耐性がない人には難しいらしい……と、そんなことを考えてる場合じゃないな。 「って、そんな場合じゃないんです!」 どうやら考えていたことはあちらも同じらしい。 「ああ、もう……でも、何から話せばいいのかしら……!」 どうやら相当パニくっているらしい。離れていてもユリアが目を回してあたふたしている姿が想像できる。 「ユリア、落ち着け。深呼吸して人と言う字を手のひらに書いて飲み込め」 「ひ、人? 人ってどういう字でした?」 どうやら余計に混乱させてしまったらしい。 「ごめん、忘れて。とりあえずゆっくりと一つずつ話してくれればいいから」 「は、はい……。あ、あの、ミウさんが……ノア・アメ……ノア教諭に、保護されたようです」 「ノア先生が!?」 「そうです……頃合いを見て迎えに来てくれ……とのことです」 どうにも口を濁すような言い方が気になったが、ノア先生が美羽を助けてくれたのなら当面安心だろう。 「それと……」 「ああ、まだ何かあるのか?」 次に耳にしたユリアの言葉に、思わず街中で怒声を上げてしまう。 「美優がいなくなっただあ!?」 ったく、あいつら……姉妹揃ってなにやってやがる!! 「今、レンが探しに出てはいますが……。それより、今回のことでわかったことがあるのです」 「何が!」 俺としては、このまま早く捜索を続行させたいところなのだけれど。 ユリアは何を躊躇っているのか、息を呑むばかりで何も言おうとはしない。 「ユリア! 何が言いたい!?」 「私達はずっとリビングにいて、ミユさんが降りてきたらすぐにわかる筈なのに……様子を見に行った時には既にいなかった……」 「だから何だ!」 「ミユさんはおそらく、先天的な――」 「お兄ちゃん」 「!?」 すっと背後から細い腕が携帯電話に忍び寄り、何かを言いかけたユリアの声を遮るようにして、通話を無理やりに中断させた。 背筋に何故だか悪寒が走り、飛び退くように振り向く。するとそこには、自然と俺の携帯を奪いとったまま虚ろに笑う美優が立っていた。 「美優」 だが俺には美優の様子が少しおかしいことよりも、ただ美羽も美優も無事だったということがわかっただけで満足だった。 「良かった……!」 細い体を抱きしめようと近づこうとして、「お兄ちゃん、駄目だよ」と美優が呟く。ただそれだけなのに言葉で壁を作られたかのように、近寄れなくなってしまう。 「私は……もう、後回しでいいから」 「? 何言ってんだ、美優」 まだそれほど深くも無い夜、人通りもまばらながら全くないと言うほどでもない。 だけれど通りかかる全ての人間が、俺達をまるで認識できていないかのように通り過ぎて行く。 美優も、周りの人間も、何かがおかしい。 「お兄ちゃん、お姉ちゃんを迎えに行くんだよね?」 「あ、ああ。そのつもりだ。美優……あのことについては、またゆっくり話すから」 ちゃんと解決できるとは、考えていないけれど。 俺の嘘が二人を幸せに出来るとは、思えないけれど。 どれだけ恨まれても、家族を死なせるわけにはいかないんだ。 「でも、今お姉ちゃんに会いに行ったら……。また、あの時みたいになっちゃうよ?」 「……ならないよ。気をつけるから」 そのことはあまり口に出さないでほしい。思い出すだけで全身が軋む錯覚に襲われる。 周囲の世界がスローで動いて、骨が折れる音まではっきりと聞こえて、床に無理やりキスを迫られて唇が切れ、強い衝撃と共に意識が暗転していくあの記憶が。 「気をつけても無駄だと思う。お姉ちゃん、怒ると手をつけられないし、今ではお兄ちゃんより強いでしょ?」 「ば、ばっか。俺が本気出したらあいつが泣いちゃうだろ? いつもは手加減してるって」 実際は、美優の言う通りなのだけれど。 「でもね……私は、もうお姉ちゃんにあんなことさせたくないし、お兄ちゃんが苦しんでるのも見たくない……」 「…………」 美優の言葉は憂慮の言葉。俺達を気遣う本気の心。 だけど……。 「お兄ちゃんだって、もうあんな目に合いたくないでしょ?」 「だから、そのことはもういいって。あんまり思い出したくないんだ」 痛いんだ。 体が、心が、まだ罪を覚えている。 「……忘れたいのなら、そうさせてあげることもできるよ? だけれどその前に、しっかりと向き合ったうえで考えてほしいことがあるの」 美優の発言の節々から、不自然な単語がぽろぽろと出てくる。 ……お前は、何を言ってるんだ? そう問いかけたくなってしまう程に。 「ちゃんと、思い出して?」 ざわめき始めた心に、更に小石が投じられる。 「お互いに傷つけ合うなんてこと、もうあっちゃいけないよね?」 一度出来た波紋は、納まることなく拡散していく。 「やめろ……!」 「お兄ちゃんっ!」 「やめてくれっ!!」 美羽は、悪くない。 俺が、悪い。 ――そう、全て俺の責任だ。 三年前。 両親が死んでから一年後のこと、俺も美羽も美優も、まだ中学生だった頃。 当時は葬式やらのゴタゴタが多く美羽の精神も不安定になることも多かったが、一年経てば表面上は取り繕えるようにはなった。 親が死んでどうやって暮らすのかと周囲の人々には心配されたものだが、親父達の遺産は俺達三人が大学に行っても余裕で暮らしていける程に残っていたので、俺は将来にそれほど悲壮感を持ってはいなかったのだ。 しかし子供三人ではいろいろ大変だろうと、親戚の叔父さん達は「うちに来るか」と親切に申し出てはくれた。 だけど、俺達はそれを受け入れなかった。美羽にとって幼少の頃何度か会っただけの大人の世話になることは、混乱を招くと判断したから。 叔父さんはそれでも良い相談役として俺達の手が届かないことをいろいろとフォローしてくれた、それだけでも俺達三人にはありがたすぎるほどだったのだ。 後は、俺が家族の長として美羽と美優を引っ張っていく。 そう心に定めたけれど、親の庇護から離れて暮らすということがどれほど大変か、俺たちはあの頃まだわかっていなかった。 秋。 夏が暑さを忘れて行ったのか中途半端に気温が上がり、半袖を着るべきか長袖を着るべきか悩んでしまうような日のことだった。 「……それで、どうした?」 「だから……三年生の男の人と、喧嘩して……」 「…………」 美羽は、ソファの上でクッションを抱え込んだまま蹲っている。 「あ、で、でもね。私が悪いの! 私がお姉ちゃんを置いたままトイレに行ったりしたから……!」 美優は姉を庇おうと必死になっているというのに、当人はまるで関心も無いように黙ったままだ。 ……いや、何も言えないだけってのはわかってる。ここで責めても仕方ないってのも、わかる。だけれど……。 「美羽。ちょっとしたナンパだったんだから軽くあしらえば良かっただろ?」 「……気持ち悪かったから、触るなって払いのけただけ……」 「お、お兄ちゃん。だから、その……」 「美優はいい、少し黙ってて」 美優が「あう」と謎の呻きと共に声を潜め、俺はもう少しだけ美羽を問いただすことにする。 原因は、大したことではない。 美優がトイレに立ってすぐ後に、美羽のことを狙っているらしき三年生から呼び出された。 美羽は最初は断ったのだが、どうしてもと言われて少しだけならと押し切られてしまったらしい。 ……この時点で間違いだ、教室ならば仲の良い友達がいる。 だが、人気の無い廊下はNG。 教室の前くらいならば、まだ良かったのに。 美羽も必死に抑えていたのだろうけれど、三年が肩に手を置こうとした瞬間に……感情が爆発した。 「触るな!」 大人しくしていた後輩にいきなり口汚く罵られれば、相手がどれだけいい人だろうと多少はカチンと来るだろう。 だが、普通そんなことだけで相手に暴力を振るおうなんて思わないだろう、普通人間にはリミッターがある。 人を傷つけようとする時、相手の痛みを考えて躊躇してしまう精神のタガというものが。 しかし、癇癪を起した美羽にそんなものは存在しない。 相手が身構える前に戦う気力が萎える程の打撃を加え、上級生を昏倒させた。 ……そして、騒ぎを聞きつけた教師がやってきてその騒ぎは終わり。 「美羽、お前は知らない人と一緒にいたらああなるのはわかってた筈だよな?」 「…………」 「なのに、なんで一人でほいほいとついていったりしたんだよ」 「…………」 「美羽!」 返事が無いのに業を煮やし、つい声を張り上げてしまう。 「知るか馬鹿兄貴っ!!! 阿倍サダオみたいにアレ切って死ねっ!!!!!」 だが、それがいけなかった。美羽を怒鳴りつけてはいけないということは良くわかっていた筈だったのに……。 「あ、アレ切ってって……! おいっ、待て!」 弾かれたように立ちあがり、美羽が部屋から飛び出してゆく。呼びとめても当然あいつは聞く耳を持つ筈もなく。 バタン! 家中に響く程の音と共に、戸は閉められた。 「……あーもう」 ああなったら今日一日は部屋から出てこないだろう。箸にも棒にもかからない。 今までもこういうことは度々あったし、その度に天岩戸作戦やら。呂布が来たぞ作戦などを試してはみたのだが、俺がフルボッコにされるだけだった。 呂布作戦は美優の発案だっていうのに、いやまあそれは関係ないんだけどね。 「お兄ちゃん」 「……何?」 どうしたものかと頭を抱えていると、美優は「こんなこと言うのも、おかしいかもしれないけど」と前置きをしてからおずおずと話し出す。 「やっぱり、お姉ちゃんを責めすぎるのは……良くないと思う……」 「…………責めてるわけじゃない。あいつだって、いつまでもああしておくわけにはいかないだろ」 どこか刺々しい口調になってしまう。だがそれも仕方のないことだ。 こういった出来事は今月に入って既に三度目なのだから。 家族なんだから助け合うのは当たり前。だが、決してストレスが溜まらないわけではない。 ……いつまでたっても一緒にいられるわけじゃない。あいつは社会に出てからも、べったりと俺や美優にくっついていくつもりなのか? 「でも、お姉ちゃん……少しずつは、戻ってるわけだし……頑張ってると、思うよ……」 戻ってる。心の傷が『治る』とは美優は言わない。 それは美羽が自分の心が病んでいるのだと認めないせいだ。 病院に連れて行こうとすると、今日の騒ぎなんか比較にならない程凶暴化し、誰の手にも負えなくなってしまう。 「私はおかしくない」 そんな美羽の言い分を、誰が認めるのだろうか? 例え俺と美優が認めても、他人は認めてくれないだろう。 あいつが守ってくれというのなら守ってやる。 美羽も美優も、俺の大事な妹なのだから。 でも、だけれど、もう――! 切り替え:現在 「お兄ちゃん、あの時はもう疲れちゃってたんだよね」 「……ああ、そうだ」 俺はあの時疲れ切っていた。 常に美羽の為に時間を割かねばならず、自分の時間が取れない。 遊びたい盛りの中学生が、部活動にも参加せずに妹のお守り……。 美優だってサポートしてくれている。 だけれど当時ほとんどの家事は俺がこなしていた。 勉強、家事、美羽のケア。この三つの両立が中学生にまともに行えるわけがなかった。むしろ一年程もよく持ったと思う。 ……でも、全部俺が自分で決めたことなんだ。 叔父さんの世話にならないことを決めたのも俺、美羽を守ると決めたのも俺。 そうだとしても、割り切れない心労は心の奥底に堆積していく。 場面切り替え:過去 「先輩の家にお詫びしに行ったらさ、先輩はすぐに許してくれたよ。『自分にも責任はあるから』って」 「いい人、だったんだ」 そう、怪我をさせられたにも関わらず快く許してくれた。 先輩が出来た人間であることに安心したのだけれど……問題は、親の方だった。 「だけどさ、先輩の母親がこう言ったんだよ。……ったく、どこから情報仕入れたのかも知らないけどさ……『これだから、親のいないとこの子供は……』って」 「っ……!」 「親がいないからなんなんだよって、言いたいよな」 しかしお詫びにきたという建前、手のひらを返して相手を罵倒するわけにもいかない。 「なんでだよ! なんでんなこと言われなきゃならねえんだよ! 別に一度や二度ならいい、だけどな……似たような台詞、もうこの半年の間に何度聞いたと思う!?」 親父たちが死んで、更に荒れた美羽が暴れる度に、矢面に立つのは俺だった。 美羽が暴力を振るった人間から、報復を受けることだってあった。 妹に迫ろうとしている悪意を常に水面下で受け止めて、顔には傷がつかないよう体をまるめて、リンチに耐えた。 何度も、何度も、何度も。 だるそうにしているのは、寝不足だから。 服で隠しきれない傷は、ぼーっとしてて転んだから。 美羽にも美優にも、それは秘密。 それは仕方のないこと、当然のこと、自分で決めたこと。 だけれど一介の中学生が、人を……心に傷を持つ人を支えながら、悪意に耐えながら生きていくことの辛さを知るはずもなく。 親と分担していた苦労を、暴力を一身に受け、ただ疲弊していた。 「美羽も、おとなしくしてくれればいいんだ。だけどあいつ、わざわざ火中の栗を拾うようなことばっかりして……!」 その栗が撥ねた時、被害を被るのは美羽以外の人間。 そして、原因は俺の監督不行き届きとされる。 ……全て俺のせい。 ああ、自覚しているさ。 美羽が一人でいられなくなったことについては、ずっと負い目を感じているのだから。 「あいつはな、あの日から心に傷を負ったままなんだよ。 時間が癒してくれない程の深い傷を。そして……その傷をつけたのは俺なんだ。俺が、手を離したから……!」 時間はほとんどの傷を癒合してくれる。 だけれど、いつまでたってもふさがらない傷もある。 そこからは、じわじわといつまでたっても少しずつ血が滲み出て、体を蝕んでいく。 「だけどな、いつまでもこうしてはいられないんだ! 少し医者に診てもらうことさえも何で嫌がる! あいつはガキのままなのか!」 苛立ちに声を荒げてしまい、美優がどう反応していいのかと困った顔を浮かべているのを見て、我に返った。 「……悪い、こんなこと言っても仕方ないよな」 美優は、わずかながらでも良くサポートしてくれている。 「お兄ちゃん、ごめんね」 「え?」 「ううん、何でも無い。……ご飯の準備するよ」 場面切り替え:現在 「お兄ちゃんがそこまで思いつめてたなんて、私にはわからなかった……」 自分の身を抱くようにして、美優は言った。 俺を慰めるように、自分の存在を確かめるように。 「俺が、弱かっただけだ」 自嘲する。 まさに今の俺に相応しい行為だ。過去の自分を詰り、今の自分を正当化する。 「俺が、あんなことさえしなければ……!」 「………………」 :過去 三連休を使って山に行こうと、俺は言った。 美羽は目を丸くして驚き。 美優は落ち窪んだ瞳でこちらを見ていた。 俺の浅はかな考えは、全て見通していると言わんばかりに。 ピクニックだと説明すれば美羽は納得はしたが、美優だけは首を縦に振らなかった。 「用事があるから」との言い訳も、空々しく寒々しいものにしか思えない。 ――あの目を見た後では。 恐らく、美優は本当に俺の浅はかな考えなんて見通してたんだろうな。 山に行くのは本当だが、そこで開かれるのは精神科医が開く合宿のようなものだ。 自然との触れ合いによるセラピ、個人との話し合いから始まる癒し。 そう言った触れ込みだったと思う。 ……ようは、俺は美羽をそこに一人で放り込もうという魂胆だったのだ。 その時俺は、だましていることからの罪悪感はあったが……このくらいのスパルタ教育、許されるだろうだなんて甘いことを考えていた。 何より、その身に溜まった苛立ちが引き金になったのは間違いない。 がたがたと、不規則な揺れを刻みながらバスが山の斜面を登って行く。 合宿の場に向かうバスの中に、俺と美羽は隣り合って座っていた。 「美優、本当に遅れて来るの?」 「ああ……。何か、用事があるらしくてな」 今日三度めの嘘。 ここまで誘導するのに既に二回も嘘をついている。 「ふーん」 美羽はつまらなさそうに溜息をつき、窓の外を見る。 ゆっくりと後に流れていく景色は鬱蒼とした森だけであり、見ていて面白くなるものではない。 もう少し上に登れば、森も途切れてさっぱりした景色が見えてくる筈なのだが。 「……変じゃない?」 「何が?」 「その、こういうのも悪いんだけどさ。なんか、他に乗ってる人達皆暗い感じだし……」 そう。 美羽がつまらなさそうにしているのは、面白みのない景色のせいだけではない。 出発からろくに言葉も交わされないバス内の沈んだ空気のせいでもある。 「みんな、寝不足なんじゃないか?」 「…………そうかなあ」 このように沈んだ空気になるのも無理はないだろう、皆多かれ少なかれ、どこから心を病んでしまっている人達の集まりなのだから。 「そうだよ。つかさ、俺たちが話せばよくね?」 「はあ? 何いきなり」 美羽に、これ以上不審に思わせるようなことがあってはならない。 多少不自然でも会話をして、気を逸らすべきだと考えた。 「今も話してるじゃない」 「いや、それはそうなんだが……なんというか……」 煮え切らない俺の態度に苛立ちを感じたのか、語気を強めて美羽は問い返してくる。 「何? 言いたいことでもあるの?」 「……あのさ、もし……一人でお化け屋敷に入るか、茄子を食べるかって言われたらどっちを選ぶ?」 「はあ?」 わけがわからない。 美羽はそう表情で訴え、俺はばつが悪くなって頭をぽりぽりとかく。 「それ、どういう意味?」 「どういう意味って聞かれても……そのまんま……かな」 俺は何を聞いているんだろう。 自分でもわけがわからなくなってくる。 これで、美羽が茄子を選んだらどうなる? 俺は同情して一人で行かせるのをやめる? ……いや、そんなことは出来ない。今回だけは、情にほだされるわけにはいかないから。 「………………」 美羽は少しだけ考え込んで、すぐに「やっぱダメ」と頭を垂れた。 「どっちも無理! っつかなに、兄貴は私を一人にさせたいわけ?」 「そういうんじゃない、けどな」 「じゃあ何よ。せっかくの旅行……合宿? まあ、どっちでもいいけど……楽しいイベントの前に水差さないで」 楽しくは、ならないんだよ。 「あんまり、楽しくないかもしれないぞ?」 「そんなことないね、絶対楽しいよ」 美羽らしくない……そういうことを妹に言うのは酷いか。 美羽は普段あまり見せないような朗らかな笑顔をこちらに向けながら、 「だって、家族皆で遠出だなんて久し振りだし。……どんな所に行っても、絶対に楽しいって。兄貴はそう思わない?」 修学旅行の行きがけ、クラスメイトとの歓談を楽しむように俺に語りかける。 「探検とかしようかな……」 「…………」 俺は、美羽という太陽から目を背け灰色の床に目をやる。 バスの中で下を見ているのはよくないのは知っているが、俺が座っているのは通路側の席、窓の外を見つめるわけにも、反対側の席の人の顔を睨むわけにもいかない。 「兄貴、どしたの? もしかして酔った?」 俯く俺を気遣う美羽に、「大丈夫」とだけ返し、バス内の時計と事前に確認していた到着予定時刻とを照らし合わせる。 「あと、五分ってところか……」 「楽しみだね、兄貴」 「…………ああ」 ――お前は。間違ってる。 (ああ) ――妹を騙すなんて、妹を苦しめるなんて、妹を悲しませるなんて、あってはいけない。 (そうだな) ――美羽だって真摯に向き合えば自ら医者と会ってくれるかもしれないだろう? (無理だよ) ――何で決めつける。お前は美羽の成長を信じてないのか。 (信じるだけで成長するのなら、医者はいらない) ――そう急くことはないと言っているんだ。まだ中学生なんだろう? (もう、中学生だ。親がいない子供は早く大人にならなきゃいけない……わかるだろ) ――もういい、一生後悔してろ。 (ああ。どうせ地獄に行くのは俺だけだ) 精神の内奥で繰り広げられたディスカッションは、結局意思を曲げることなく終わった。 いつかは医者に診せなければいけないだろう、ただそれが速いか遅いか、無理やりか騙し打ちかの違い。 どのみち、俺には美羽に嫌われる選択しかとれないのかもしれないな。 「おお、ついたね~」 「…………ああ」 施設の玄関前にバスが横付けされ、わずかな時間を同じ車内で過ごした人々はぞろぞろと降りていく。 俺は「最後に降りよう」と提案し、美羽も「そうね」と頷いた。 そうしてしばらく待ち、ようやく最後の二人としてバスの出口に向かう。 「兄貴?」 そして、俺はバスのタラップで足を止めた。先にバスから地に足をおろした美羽が、不思議そうに振り向く。 「美羽、医者のいうことをきちんと聞けば、大丈夫だからな」 「……兄貴、何言ってんの?」 美羽の表情に、うっすらと不安が宿る。 バスの中と外に通じる扉は開かれている、精一杯足を延ばしてジャンプすれば飛びこめる。 だけれど、それが出来ないのは無意識のうちに心が恐れているからだろう。 次に何が起こるかわかっているのに、何も出来ない。 人は得てして恐怖に支配されるもの。 「…………ごめん、疲れたんだ」 運転手に手で合図を送り、扉は気の抜ける音と共に閉じられる。 それと同時に、弾かれたようにバスに縋りつこうする美羽を、後ろから大人達がやってきて危険だと制止する。 それでも美羽は、涙を玉のごとくぼろぼろと流し、職員に肘を入れ、脛を蹴り上げ、怯ませた所を振り払う。 だけれど走り出したバスには追いつけない。いくら人並み外れた身体能力を持っていても、人間である限りは。 涙で顔をぐしゃぐしゃにした美羽が、諦めて膝をつき見えなくなるまで、俺は最後尾の窓から後ろを見ていた。 「………………………………………………そこまで、なのかよ」 俺なんかに、執着しないでくれ。 それは、俺の重荷になるから。 帰路の途中、俺はヘンゼルとグレーテルの童話を思い返していた。 食糧も尽きかけ、夫婦は食いぶちを減らす為にヘンゼルとグレーテルを森の中に置いていく。 その内に迷い、飢えて死ぬだろうと思えば何度でも戻ってくる。 何度も、何度も、何度も。 だが、どんどんと深いところに連れていく内、双子はひとつの家にたどりつく。 そこには優しいおばあさんが住んでいて、ヘンゼルとグレーテルに食事を食事を与えて養ってくれる。 だけれど、二人はおばあさんを窯で焼き殺し、宝だけを奪って自分の家へと帰っていく。 そして、いじわるな継母は殺される。 ――悪魔の子供。 (何が、悪魔だ。……むしろ悪魔は、俺の方だろう) いじわるな継母の役割は、俺に相応しい。 そんな罪悪感に苛まれながらも、俺は心の奥底に僅かな開放感を感じていたことを付け加えておく……。 駅前でバスから降り、俺は何をするでもなく祝日の街中をぶらついていた。 本屋に寄って週刊漫画を立ち読みし、ゲーセンで1クレジットだけ格闘ゲームをやってみたり。 ようは暇な中学生らしい行動で時間を潰した。 しかし、漫画の内容なんてさっぱり頭には入ってこなかったし、ゲームでも2ステージであっさりとやられてしまった。 何をしても、美羽の泣き顔が脳裏に張り付いて離れない。 あの涙が、俺の心をちくちくと刺激するんだ。 (……自分で決めたことだろ。今回のことだって、美羽にはいい薬になるはずだ……!) 必死になって、自分にそう言い聞かせたけれど、決して気分が晴れることはない。 俺の望んだ自由な時間というのは、こんなにもつまらないものだったのか? 「……くそ」 隔靴掻痒、そんな言葉が浮かんで消えた。 つまらなくなって自分の家に戻り、ドアを開けて固まった。 「……美羽の靴が、なんで……」 久しぶりの遠出だ、別の靴を履いて行ったのかもしれない。 ……そう思ったが、記憶を探る内にその可能性は否定された。 今朝美羽が履いていた靴は、やはり今ここにあるものと、同じ――。 つまり、その状況が導き出す答えなんて驚くほど単純なこと。 「……お帰り、兄貴」 階段を上ってすぐ、二階の踊り場から、見下ろされていた。 美羽は、怒り、蔑み、憐み、あらゆる負の感情をないまぜにした瞳を、俺に向けている。 「お前、なんで……!」 「私だよ」 美羽の影から生まれ出たように、背後から美優が姿を現した。 「お兄ちゃんがしようとしてたこと、全部調べてたの。……それで、タクシーで先回りをして……」 弁解にもとれそうな口調で行われる説明に、俺は俯く。 美優はそんな俺の姿を見て、「ごめんなさい」と呟くように言った。 「でも、私……お姉ちゃんを一人になんてさせたくなかったの……! お兄ちゃんが、どれだけ辛いかも、わかってたけど……!」 「……っ」 美優は、悪くない。 悪いのは、俺。 結局二日後にはこうなってたはずだろ? それが早いか遅いかの話。 ……だけれど、美羽は医者と話をする時間さえも無に帰したんだ。 俺は、そのことをまず怒ればいいのか、騙したことを謝ればいいのかわからなくなる。 「……兄貴、上って来てよ」 「え?」 「こっち、来て」 美羽が、おいでおいでと猫をおびき寄せる手つきで俺を誘う。 「……ああ、今、行く」 俺は、こちらに向けられたままの蔑すみの目に多少委縮しながら、ゆっくりと、階段を一段ずつ踏みしめて上っていく。 いつもなら数秒で上りきれる階段が、今では妙に長く感じられた。 「お疲れ、兄貴」 踊り場には美羽と美優が立っているので、必然俺は階段の途中で立ち止まる形になる。 「どうしたの? 早く上がってきなよ」 こちらを誘っていた手が、ゆっくりと差し伸べられる。 俺を引っ張り上げようとしているのかはわからないが、今は刺激しないように言うことを聞くのがいいだろうと思い、その手を取った。 「っ……!」 万力を連想させられるほどの力で、手を握り締められる。 「痛いぞ……」 このまま握られ続ければ、痣が出来るのは避けられない。 だが、この狭い階段で無理やりに振りほどこうとすれば、足を踏み外して転げ落ちるだろう。 妹の細い腕が、筋骨隆々とした男の腕に見えてくる。 「お、おい美羽! 痛いって……」 美優からフォローは期待できそうもない、俺はなるべく穏やかな声音でそう語りかけたのだが。 「絶対に離さないって、言ったよね」 「……え?」 ああ、これは駄目だなと、直感が、深層意識が、アニマが、もうなんでもいいけれど……とにかく、もう手がつけられないだろうことを、悟った。 「ずっと一緒にいてくれるって言ったのに!! 嘘吐き!!!!!」 固く結ばれていたはずの手が、振り払われる。 足場の狭い階段でそんなことをされれば当然バランスを崩すに決まっていて。だけれど、まだ壁に手をつけば――そう、思ったのだけど。 「ぐっ……!?」 そうするよりも早く、美羽の蹴りが、俺の胸に叩き込まれていた。 ふわり。 わずかな浮遊感、美羽から見ればそれは刹那の時間だったかもしれないけれど、俺は少しだけ、空を飛んだ。 ああ、蹴られたんだなということは理解できたけれど。 (……でも、飛んでるってことは……) 人間に翼なんてある筈がない。 それを自覚した次の瞬間、俺は地球の引力にたたき落とされて。 ごっ。 そんな鈍い音と共に、意識を失った。 全身に関節技をかけられたかのような痛みに責め立てられ、暗闇から追い出されて覚醒する。 「…………」 どうやらベッドに寝ているということは体の感覚で把握できた。 ……次に確認するべきは、場所だ。 薄目を開き、ぼやける視界のピントを合わせながら自分がどこに寝ているのかを確認する。 「病院、か」 全体的に白が目立つ部屋、ベッドを囲むカーテン、プリペイドカード式のテレビ。 少し前に、例の件で入院した際の記憶とぴったり重なった。 ……そう、ベッドの横で俺を見守る美優の姿以外は。 「あ…………」 目覚めた俺を見て、美優は驚きのまま口をぱくぱくと開閉し何か言おうとするが、結局一言も喋らずに黙りこんでしまう。 でも、顔を見ればわかる。 美優の今の表情は、ごめんなさいと言いたがっている顔だ。 (いざとなればの行動力はある癖に……こういう時は駄目なんだよな) 美羽は、俺を断罪した。 美優はその様子を傍観していたけれど、実際は俺にこんな怪我を負わせるつもりはなかったんだろう。 いくら怒っていても、まさか俺を階段から突き落とすような真似をするとは思わなかったから、好きにやらせていたんだ。 だけれどそれは、仕方ないこと。 あの一瞬で俺を掬いあげるなんて、誰にだって出来る筈もない。 当然ながら、美優が背負うべき罪なんて微塵も存在しない。 だから、そんな悲しそうな顔をする必要なんて、ない。 「大丈夫だよ、美優」 「え……?」 頭に巻かれた包帯、左腕に無骨なギプス。 それと全身が、まだずきずきと痛む。 でも、大丈夫。 「怒って、ないの?」 「怒ってる」 「っ……」 「言っておくけど、美羽に対してだからな」 「え?」 情けは人の為ならず、因果応報。 結局、良いことも悪いことも、まわりまわって自分に戻ってくる。 だけど、その戻ってきた結果を素直に受け入れるかどうかは、別の問題だ。 「だけど、美羽とはお互い様ということにしておく……」 俺は、どうすればいい? 謝ればいいのか、怒ればいいのか。 美羽には、謝ってから怒るなんて中途半端な真似は出来ない。何かを伝えるならば、どちらかに態度を固めなければ。 「それでいい、かな?」 だけど、俺にはそんな度胸がない。一度崖から突き放した美羽を抱きしめてやれるほど図太い人間でもない。 大怪我を負わされて、全てが自業自得と受け入れるだけの器もない。 ……だから、保留。 「私が決めることじゃ、ないと思う……」 それはそうだ。 美優は中立、向かい合うべきその人じゃない。 「お姉ちゃんと、話してあげて?」 「美羽、いるのか?」 「うん、病室の外にいるよ」 音をたてずに立ち上がり、病室の扉を開いて美優が何か話している。声が小さくて聞き取れはしないが、そこに美羽がちゃんといる、それだけがわかれば、心を落ち着けることが出来た。 「…………じゃあ…………」 美優が何かを決心するかのように頷いて、廊下にいるであろう美羽と俺の間で何度か視線を往復させた。 そして、美優が病室を出ていき、入れ替わりに美羽が足を踏み入れてくる。 「…………」 今、ここが個室であってよかったと思った。 財政的に問題は無いとは言え、わざわざ個室にするような怪我でも病気でもないと思ったのだが……。 他人もいるような部屋に、こんな目を赤くして泣き腫らした顔をした女の子を連れてこられるわけがない。 美優はその辺りを織り込み済みで個室を選んだのだろう。 「………………」 美羽は俺と目を合わせようとしてくれない。 いや、たまにこちらをちらちらと伺うようにするのだけれど、すぐにぷいと逸らしてしまう。 「なあ、美羽」 「……何」 「………………今回のこと………………」 美羽は、俺の言葉を聞いて怒るだろうか? 「お互い様にして、忘れよう」 「………………」 美羽は、俺と目を合わせない。 「美羽」 俺は、美羽を見ているのに。 「…………兄貴は、それでいいの?」 「…………え?」 その一言で、気がついた。 俺は、本当に美羽を見ていたのだろうか? 「……ううん、それがいいんだと思う。兄貴がいいって言うなら、そうするよ」 「美羽……」 「もう、いいよ。……もう……」 結局最後まで目を合わせないまま、美羽が踵を返して病室から出て行こうとする。 俺は咄嗟に声をかけて呼び止めた。 「み、美羽っ!」 声が裏返ってしまったけど、そんなことを気にしている暇はない。 「……絶対に裏切らないから。絶対に、お前達を守るから。どんなことがあっても耐えてみせるから! だから、もう一度……もう一度だけ……」 俺を、兄として信じてほしい。 「………………」 美羽は、俺の訴えを背中で聞いて。 そしてどれ程の時間が経っただろう。 ……五分か、十分か、あるいはたったの一分だったかもしれない。 時計の確認なんてしないまま、無言で佇む美羽の背中だけを見つめる時間が過ぎていく。 「…………むしがいいね」 不意に、美羽がそう呟いた。 そしてくるりと軽やかに振り向いて、やっと目を合わせてくれた美羽は、いつもの快活な笑みを浮かべていて。 「仕方ないなあ、兄貴は本当にしょうがないんだから」 やれやれと、肩を軽く揺らして鼻で笑う。 馬鹿にしている仕草でありながら、美羽の言葉から親愛の情を感じ取ることができる。 「でもね、兄貴にひとつだけ言っとくよ」 「なんだ?」 ピッと人差し指を立て、 「今度裏切ったりしたら、その時は――」 「――ああ。その時は、俺も何をされても文句は言わない」 「ん、わかってるならよし!」 ぐだぐだで、美羽の情に甘える結果になってしまったけれど。 それは、とても兄として情けないことだけれど。 この時は、ただ美羽と仲直りできたことにほっとしていた。 これからだ。 これから、本当に強い人間に。逞しい兄になって、その時にちゃんと謝ろう。 この先続く未来、きっと美羽が、心の傷を克服することが出来ますように。 「お兄ちゃん……あの時から変わってないよね……?」 「……!」 「お姉ちゃん、今度は許してくれないよ?」 わかってる。 あの時はまだ未来に希望が持てた。まだこれからがある、これから成長していけばいい。 そう思っていた。 だけれど、今度はそうも行かない。 この世界に未来なんてなくて、俺がしたことだって許す許さないなんてレベルの裏切りじゃない。 だけれど、どうしろって言うんだ? 美羽と美優を守るのに、他に方法があるっていうのか? 「だから、私に任せて欲しいの」 「え?」 胸に手を当て俺に語りかけるその仕草からは。「私なら出来る」という、いつも弱気な美優にはない自信が感じてとれた。 「私なら……お姉ちゃんを説得できる。もう一度話し合いの場につかせられる」 その結果がどうなるかはわからないけど。美優はそう付け足した。 「だけど、俺は……」 「お兄ちゃんが行くよりは、余程いい結果になると思う」 「っ……」 なんでこんなことをしているんだろう。 もっと切羽詰った状況の筈だろう? 後数日で全てが滅びるっていうのに、こんなところで悩んでいる場合じゃない! 1 自分がやる 2 美優に任せる 1 自分がやる 「……駄目だ」 「お兄ちゃん」 「俺が直接向かい合わないと、駄目なんだっ!」 「ひっ……」 声を張り上げすぎて、美優が怯える。 ……しまった、意識していないとはいえ美優を脅かしてしまうなんて……。 「で、でも……」 普段ならば美ゆうはここで引き下がってしまうだろう。 しかし、今回は違った。 「お兄ちゃん、何か考えはあるの? お姉ちゃんがまともに話を聞くと思ってるの!?」 「…………」 初めてこうまでして食い下がる美優に、俺は少なからず驚いていた。 ……いや、俺たちの生き死に、ひいては世界の崩壊がかかっている事柄だ。そう簡単に引き下がれる筈がない。 だけど、……いいや、だからこそ俺も引くわけにはいかない。 そう、美羽に対しても。 「……ん?」 引くわけには、いかない? それがいけないのか? 美羽が、真っ向から対立して自分の主張しか行わないのであれば。 こちらは、その揚げ足をとってやろう。 「美羽は、とんでもない天の邪鬼だ」 「え?」 追い詰められた状況からの苦肉の策。 「だから、いっそのことあいつの願いを聞き届けてやろうじゃないかと思う」 ――俺と美優の、二人で。 「もしもし、先生ですか?」 「ああ、結城兄か」 ノア先生とは多少プライベートでの付き合いもあり、携帯の電話番号を交換していたおかげですぐに連絡をとることができた。 「……えーっと、まずはお礼を言います。美羽を保護してくださってありがとうございました」 「何、雨に濡れている捨て猫を見つけたら、傘を置いていってやるくらいの慈悲なら私にもあるさ」 それは、美羽が捨て猫のように小さな存在に見えたということだろうか。 ……実際、そうだったんだろうな。 美羽は一人になると、泣くか暴れるか、何もせずにうずくまるということしかしない。 「それで、美羽は今どうしてます? 何か失礼なことしてませんか?」 「いいや? ただ一緒にカップ麺を食べて、今はシャワーを浴びているところだ」 見つけてくれたのがこの人で、本当に良かったと思う。 「そうですか……えっと、それでですね、これ以上迷惑をかけるわけにもいきませんし、美羽を引き取りに行きたいんですけど……」 「……本人はどう言うかな。兄が来ると言えば真っ先に逃げ出しそうな気がするが」 「あー」 そうか。まず会う前に逃げ出されるという可能性を考えてなかった。自分の詰めの甘さ……いや、計画性のなさが嫌になる。 「ま、そこはなんとか私が誤魔化してやろう。そうだな……今が八時か、ならば九時に君の家の近くの公園に連れていく。それでいいか?」 「あ、ありがとうございます!」 電話越しには伝わらないけれど、ついつい頭を下げてしまう。 ノア先生は、まるでその仕草を見ているかのように苦笑して、続けた。 「しかしな、結城兄。私がこう言う心配をするのは余計な御世話なのかもしれないが、策はあるのか? 想像以上に厄介な事態だと思うのだがね」 「……大丈夫、だと思います。白馬の王子様としての役割は、はたして見せますよ」 「墓場の王子様にならないよう、気をつけることだな」 皮肉まじりのジョークが少し心に刺さったけれど、気の利いた反応を返す前に電話は切れていた。 「……九時、か」 真夏の夜の夢。 今の状況とは全く関係がないけれど、じっとりと服を汗で湿らせる暑さがそんな言葉を連想させた。 俺達の問題も、あの話みたいにハッピーエンドで終わればいいのだけれど……。 「あるわけない、か」 目の前に用意されているいくつかの選択。 どれを選んでもハッピーな結末には辿りつけそうもない。 だけれど最善でなくていい。次善くらいの結末は、掴んでみせる。 「お兄ちゃん」 俺の後ろに控えていた美優が、心配そうに声をかけてくる。 「どうした?」 「お姉ちゃん、来たみたいだよ……」 はっとして公園の入り口に目を向けると、丁度ノア先生のエリーゼが到着したようだった。 物思いにふけっていたせいか、エンジン音に気付かなかったようだ。 そうして助手席から降りてきた人物のシルエットを見るに……間違いない、あれは美羽だ。 あんな特徴的なツインテール、鳥目になったとしてもわかる自信がある。 「……ノア先生は、来ないか」 車から降りてきたのは美羽だけだ。 ノア先生は兄弟喧嘩に首を突っ込むようなことはしない、か。 あの人は、踏み込むべき境界を弁えている人だからな。 「兄貴……」 美羽は公園の中に踏み込み、俺の姿を視認しても、別段驚く様子は見せなかった。 どうやら最初から俺がいるということがわかっていたらしい。 (誤魔化してもらう必要なんてなかったってことか) 「兄貴、美優も、……何か言いたいことでもあるの?」 今さら何を言っても聞くつもりはないけど。 そんなオーラが滲み出ている。 俺はとりあえずいきなり殴られたりしないよう、美羽の動きに注意しながら話を始めた。 「ああ……なんつーかな……本当に、悪かったって思ってる」 「嘘吐き、絶対にそんなこと思ってないでしょ」 「いや、本当に思ってる。だから俺も考えを改めたよ」 「え……?」 信じられないと言いたげな表情に、少しだけ期待の色が浮かんでいるのが見て取れる。 「……美羽は、俺と美優に生き残ってほしいって言ったよな」 あの晩の話し合い。 世界が崩壊するという話を、美羽はまずくだらない冗談として受け止めた。 そして、何度も信じてくれと繰り返す俺に、「あまりしつこいと怒るよ!」と食って掛ってきて。 それでも一歩も引かない俺の目を見て、ようやく話し半分には信じてくれるようになった。 もしかしたら、俺と美優に釣られて出た偽物の言葉なのかもしれない。 俺はそれを逆手に取る。 「い、言ったけど、それが何?」 「ありがとう。俺は美優と一緒に生き残るよ」 ぐっと美優の肩を引き寄せて、精一杯のいやらしい笑みを作って、告げた。 「え?」 美羽の顔が一瞬で絶望に染まり、俺はさらに追い討ちをかける。 「やっぱり、死ぬのは怖いからなあ。……家族思いの妹を持って、俺は本当に幸せものだ」 「待ってよ……そんなの……!」 「お姉ちゃん、自分で言ってたことでしょ?」 「それは二人とも同じじゃない!」 「だから、私達は考えを改めたんだよ? お姉ちゃんのせっかくの心遣いを、無駄にしない為に」 美優、意外と演技派だな……。 「俺たちも、お前と別れるのはつらいよ……」 「あ、兄貴……!」 「でも、美羽の分もしっかり生きていくからさ、見守っててくれよな」 「行こう? お兄ちゃん、ユリアさん達に報告しないと」 美優が、まるで恋人のように俺の腕を取る。 ……少し演技過剰じゃないか? 「ごめんなさい、お姉ちゃん……。さようなら」 そして、二人で美羽に背を向ける。 「ちょ、ちょっと、待ってよ。兄貴……美優!」 懇願する声も届かない風に装い、俺達は歩く。 「いやだ、いやだよ……また置いて行かれるの……? そんなのやだ……! 兄貴っ……」 ほんの少しだけ背後に目をやれば、美羽が膝をついてその瞳にたくさんの涙を浮かべていた。 もう、いいかな? 美優に目くばせをして合図を送ると、ぐっと、組んだ腕に力が込められた気がした。 (……美優?) まだ駄目ということか? でも、これ以上やると……。 「私だって、死にたくない……しにたくないよぉ……!」 ……なるほど、そうか。 決定的な一言が、まだ出ていなかったから。 「ごめん、美羽……」 美優の腕を解いて、美羽の元に歩み寄る。 「あっ……うぅ。ひっく……」 「辛い思いをさせて、ごめん」 追い詰めて、追い詰めて、『死にたくない』という、人間ならば誰でも持っている本能を引きずりだす為に。 俺はまた、妹に嘘をついた。 こんなことで許してもらえるとは思わないけれど、美羽の震える体を精一杯抱きしめた。 「誰だって、死にたくないよ」 「っく……ぅ……ぅん……」 「俺だって、あの選択をするのになんの躊躇もしなかったと思うか?」 ……本当は、何度も躊躇った。 世界の崩壊を知った日から、俺の心から死への恐怖が消えない日なんてなかった。 「だけど、これは……」 情けなくて、妹に頼ってばかりだった俺が。 妹を傷つけてしまった俺が。 嘘ばかりついてきた俺が……! 「俺が、兄としてお前達にしてやれる唯一のことなんだ!」 「そ……んな……そんなの……いらない……!」 「ずっと悔やんできた。……あの時からずっと成長もできず、ろくに家族を守り切れていなかったことを」 美羽が、俺の胸に顔をうずめて首を横に振る。 親の言うことを聞かないだだっ子のように。 「いいか? お前らは俺の妹だ。黙って幸せにされて……いいや、黙って生き延びろ。俺は草葉の陰から見てるから、さ」 こんなこと、足を震えさせながら言っても、格好つかないだろうな。 「ちが……う……!」 「え?」 「違う……! しにたくないとか、そういうことじゃない……!」 「なにが違うんだよ?」 「私は……私が……う……うううぅぅ…………!!」 胸倉を掴んで縋るように泣きついたと思えば、ばっと俺の顔を見上げて――。 ――新たな修羅場を生む、とんでもないことを叫んだ。 「私が兄貴を一番好きなんだもんっ!! だから、兄貴と一緒にいたいんだよぉっ!!!」 「なっ!?」 「えっ……?」 三人の時間が、今止まる。 「なかなか、面白そうなことになっているじゃないか……」 車体にもたれかかって煙草を吸い、街角の小劇場での演劇を眺めるかのように、ノアが呟く。 もちろん、声までは聞こえない。 だが外灯に照らされた三人の姿から、相当な修羅場になっているだろうことは伺えた。 しかしノアは他の家族の事情にまで口出しするほど野暮な人間ではない。 「何が、面白いというのですか?」 醜悪な物を見る目で、唾棄するかのような言葉が投げかけられた。 ――この世界にそぐわないドレスを身にまとい、剣を携えた従者を引き連れた姫、ユリアから。 「おやおやこれは元第二皇女様このような道端で出会うとは偶然ですね……おっと!」 ノアが最後まで喋りきる前に、レンが剣を抜き放ち切りかかる! だが、当たらない。数秒前までノアがいた空間を裂くのみに終わる。 「ノア・アメスタシア。貴様が何かを企んでいることは明白! 王国に害を成すものは全て排除する」 「全く、とんでもない没交渉だな……。警告もなしに死刑執行とは恐れ入る」 「黙れっ!」 レンの剣には本気の殺意が宿り、月の光を受け鈍く輝く。 「……ヒロトさん達が気づく前に、終わらせるのです。レン!」 「御意に」 「互いに干渉しないというルール……それを破るか」 ならば、と。ノアが懐に手を入れ、レンが身構える。 ノアは魔力を封じられており、飛び道具はない。だとしたら短刀か……鈍器か、何にせよ接近戦用の武器を出してくるものと考えていた。 「殺されても文句は言うまいな!」 ――が、しかし。 ぷしゅっ。 そんな間の抜けた音と共に、レンが膝をつく。 「がぁっ……!」 何が起きたのか、レンには理解出来ない。 (右足から、出血が……!?) 剣を杖に顔を上げると、ノアの右手には見慣れぬ物体が握られている。 ――いや、あれを見るのは初めてではない。てれびという物の中に流れている映像の中でのみ、その存在を確認していた。 「なあ、ヒロト殿」 「なんだ?」 「この悪党どもの持つ……この、穴のあいた黒い物体はなんだ? 火花が出ているようだが」 「ああ、それは銃って言ってな。なんつーか……強力な飛び道具だ」 「ほう」 「目に見えない速度で鉛の弾丸が飛んでくるから、たぶん人間に避けることは不可能なんじゃないかな」 「ふむ、それほどまでに早いのか! 一度私の剣で防げるのかどうか試してみたいところだ。良し、銃とやらを買いに行こう!」 「いやいやいやいやいやいやいやいや、銃ってのはこの国では普通手に入らないんだよ」 「……あれは武器なのだろう? この世界では護身の為に武器を持つことはいけないことなのか」 「何度も説明したよな、レン。まずこの世界のこの国で護身の為に武器が必要になる状況なんてそうそうない」 「む、むう……」 「まあ最近物騒だからわからないけど……でも銃はやり過ぎだ」 「何故だ?」 「誰でも扱える割に、威力が強すぎるからさ」 「いい武器ではないか」 「……大きな力を持つと、つい試してみたくなったりするだろ? 強力だからこそ、自分をしっかりと律することができる人間以外に持つべきじゃないんだよ。身の丈に合わない力は自分を駄目にするから」 「…………なるほど。ヒロト殿の言わんとする所はわかる。私も力に溺れて死んでいったものを幾度となく見てきたからな。 私の剣もたゆまぬ努力の結晶、騎士として大切な人を守る為にある。持つべき者以外が使う道具ではないということか」 「そゆこと」 レンの右足――ふわりとしたスカートを貫き、ふくらはぎの辺りを、弾丸がかすめていった。 鋭い痛みと驚愕に一度は膝をついたが、立てなくなるほどの傷ではない! 「レン、大丈夫ですか!?」 「も、問題ありません。姫様はお下がりください! あれは、危険な武器です!」 ノアは不適な笑みを浮かべたまま、楽しそうに話す。 「ふむ、足をうまく狙って無力化するつもりでいたが……その長いスカートでは狙えないか」 今度は外さないとばかりに、銃口をレンの体に向ける。 「全く、くだらないと思わないか?」 「何を……!」 「こんな平和な世界の、平和な街の道端で、メイドと教師が殺し合いだよ。……本当にくだらない、この世界ではあってはならないことだ」 さっさと、終わらせる。 ノアが引き金に掛けた指に力を込める。 レンはノアの動きを注視しながら、次にやってくる攻撃をどう捌くか考えを巡らせる! (……先ほどは、不意打ちを受けた。だが……次は!) 耳を澄ませ、瞬きもせず、次に飛んでくる弾丸を待ち受ける。 ――ぷしゅっ。 「はぁっ!!」 金属同士がぶつかり合う音が響き、弾かれた弾丸は民家の塀に突き刺さる。 ノアは目を丸くして、普通の人間には不可能な芸当をやってのけたレンを見つめていた。 「……良くやる」 射撃の修練はそれなりに積んでいた。 だが、レンにそのようなことは関係ない。どこを狙っているのかという視線と銃口の向きから予測をつけ、音速の剣で弾丸を防いだのだ。 「レン・ロバイン、君は規格外の存在だな」 感嘆するノアのつぶやきを聞き流し、道路にほんの少しの血溜まりを作りながら、レンは言う。 「ノア・アメスタシア。それが貴様の言う力か?」 「これだけではないがね、復讐を支える為の大きな柱の一つだよ。……君には防がれたがね、あちらの世界の人間は魔法の詠唱もする間もなく殺すことができるだろう」 「そのような武器は、貴様が持つべきものではない!」 剣を構えなおし、切っ先をノアの喉に向ける。 次は、撃つ前に切る。 そうレンが放つプレッシャーが告げていた。 「怖い怖い……。では、こちらも最終手段をとらせてもらうとしようか」 ノアは、右手を伸ばす。 ……ただし、レンやユリアに向けてではない。外灯の光の下、口論を繰り広げている大翔達に向けて、だ。 「動くなよ。動くと彼らが死ぬことになる」 ノア達の姿は暗闇に紛れ、大翔達から確認されることはない。 それ故の、最終手段。人質。 ……そしてこれはハッタリでもあった。 けん銃の射程距離というものは、それほど長くはない。 正確に当てられる範囲というものは思ったよりも限られるものなのだ。 今、ノアと大翔達の距離は四十から五十メートルほど離れている。 銃をにぎっているのがノアでなく、軍人のような射撃のプロだったとしても、百発百中とはいかないだろう。 だが、銃の知識などまるでないユリアやレンがそんなことを知るはずもなく。 「本当に、私が撃つ前に動けるかな? もしかしたらという可能性は、捨てきれまい。……彼らが大事なら、武器を置いて後ろに下がれ」
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やすむ いもうとるーと ……駄目だ、今学校に行ってまともに授業が受けられるとは思えない。 自分一人でまともな考えが浮かぶのかもわからないけれど、何事も一度やってみないとわからない。 俺はこの一年間、崩壊といういつかやってくる未来から逃げていたから。 しかし、逃げきれるわけがなかった。 それは、例えれば影だ。走っても決して振り切れないし、決して切り離せない闇の領域。 後を振り向けば常にそこにあって、俺を嘲笑っている。 「……ねむ」 俺は大きく欠伸をして瞼を擦る。 学校を休みたいと思うのも寝不足から来る気だるさのせいなのかもしれない。 何の解決にもならないけれど、俺はきちりと着ていた制服を崩し、ソファーに横になる。 程なくして、俺は夢の中に沈んでいった。 「大翔や……大翔や……」 じいさん? 死んだじいさんがお花畑の中心に立ってこちらに向けて手を振っている。 闊達として優しい人で、俺はこの人のことが好きだった。夢に出てきてくれたのを嬉しく思う。 ――よっ、じいさん久し振り。 「おっす、おらじいさん!」 なんでいきなりそれなんだよ。 「うるさいっ!」 ばしゃっ! あちぃ!! 孫にいきなりお茶をぶっかけるじいさんがどこにいる!? つーかどこからお茶が!? 「蚊がいたんじゃよ……」 だったら手で叩いてくれよ。 「わかったぞい」 ばしぃっ! いてぇ! 今じゃないだろ! 「ほんのおちゃっぴぃぞい」 おちゃっぴぃって……。 「わしは今日、大翔を試しに夢に出てきたのじゃ」 試す? 何を試すんだ。 「ほほほ、お主にわしが倒せるかな?」 なんでじいさんがが脱ぐんだよ、サービスにならないよ……しかもブリーフかよ……。 つーか下半身の筋肉やべえよ……出来の悪いコラ画像かよ……上半身の貧弱さもあいまってやべえよ……。 「ほーうっ! ローリングソバッツ!」 なっ、はや……。 九十超えたじいさんが軽やかに飛び上がるというありえない出来事に――いや、夢だからありかもしれないが――驚いた俺は、宣言通りのソバットを避けることも出来ずに顔面で受けた。 ――げはっ! 血反吐を吐いて転がる。 じいさんは容赦なく倒れた俺にギロチンをかけ頸椎を圧迫し、俺の意識は段々と遠くなっていく。 ま、まさかじいさんは、三途の河の向こう側からやってきた死神……? 「ぐ、ぐぐ……っ! がああああっ!!」 「ぎゃん!」 「はーっ、はーっ、死ぬかと思った……!」 ギロチンはマジで死ぬって。 ドラマなんかで首絞められてる人なんか見ると、腹でも思いっきり蹴りあげてやればいいのにと思ったこともあるが、それは無理だなと実感した。 つーか、ぎゃん! って誰が言った? 「……はん、ようやくお目覚め?」 声の方に目を向ければ、美羽が尻を抑えながら責めるSの目つきでこちらを睨みつけていた。 「お前か? お前なのか? ギロチンをかけてくれたのは?」 兄の寝首をかこうとするとは何と言う妹……/(^o^)\ いや、冗談では無く俺の中に黒い炎が灯ったんだがどうしてくれようか? 「ギロチンなんてかけてないわよ」 「じゃあ何だって言うんだよ!?」 「地獄の断頭台」 「余計に凶悪じゃねえか!」 俺が怒鳴りつけても美羽はどこ吹く風、ご自慢のツーテールをいじりながら俺を見下して言い放つ。 「そもそも、兄貴が学校をサボるからいけないのよ」 「……いや、それとこれとは関係が……って、今何時だ?」 時計に目をやれば、時刻は十時過ぎ、学校は開店、絶賛授業中といった様子だろう。 「……お前もサボったのか」 「わ、私はサボってないわよ……サボったけど」 「どっちだよ」 「あ、あーもうっ! 兄貴が全部悪い! 様子見に戻ってきたらすやすやと幸せそうに! 幸せそうな人を見たら不幸のどん底に突き落としたくなったからやったのよっ!」 どんだけ最低な女だよ。 「何よ!」 「何だよ?」 兄と妹が睨みあう竜虎の図。陰気な目VS勝気な目。 「あん? ザギンのシースー屋のネタにしてぶっころがすぞコラ?」 「ケツに手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてほしいのかしら?」 一触即発、次に何か音がたてばそれを合図として血で血を洗う兄妹喧嘩が繰り広げられるだろうと予想していたのだが。 「ふ、二人とも落ち着いてよ……」天使が調停に入れば龍も虎も牙を収めざるを得なかった。 「美優、お前もサボったか……」 シーザーが友に向けて放った言葉と共にように振り向けば、美優がトレイにアイスコーヒーを三つ乗せてよろよろしながら運んでくるところだった。 「う、あ……ごめん。お兄ちゃん、心配で……今は、喉渇いてるかと思って……」 あ、ああ、美優が涙目だ。兄が妹を泣かせるなんてあってはいけないことだ! 俺は蝶のように舞い蜂のように冷えたコップをとってアイスコーヒーを一気に飲み干した。 「いやいやいいんだよ! そんな小さなことは。うん、うん、うまいなあ……苦い……苦いなぁ……」 まだミルクもガムシロップも何も入っていなかった。そりゃあありのままの君でいてとは言うがコーヒーをそのまま飲むことなんて俺には出来ない。 もうやってしまったわけだが。 「げほっげほっ」 床に崩れ落ちる俺に、美優がトレイをテーブルに置いて駆け寄ってくれる。 「お、お兄ちゃん大丈夫!?」 「馬鹿兄貴」 苦みが俺の味覚を責め立てて気分が悪い。やはりコーヒーは微糖に限る。 甘すぎず苦すぎず、綱の上を渡るような絶妙なバランスが溜まらないのだ。 し、しかしこれは美優をスーパーイジリータイムだぞ……。 (スーパーイジリータイムとは美優をいじりやすいチャンスが訪れることだ。イジリー岡田とは何の関係も無い) 「うう……美、美優がエロいこと言ってくれたらすぐに立ち直れそうな気がする……」 「え、ええ?」 「この下衆兄貴!! 美優が逆らわないの知ってて言ってるでしょ!?」 「おうっ、おうっ」 容赦ない背中への蹴りを甘んじて受ける。 いやまあ、流石に言ってくれるとも思わないしただ美優の顔を赤くして楽しむのが目的の冗談だったのだけれど。 「――お、おちんちん!!」 「…………」 「…………」 その瞬間、全ての時間が止まる。 美優の顔を真っ赤にしながらの幼い猥語に、唖全とせざるを得なかった。美羽が俺の背中に足を押しつけたまま固まってるのも忘れるほどに。 「ご、ごめんなさい――っ」 自分で自分の言ったことに耐えられなくなったのか、美優は顔を抑えて足早に二階に上がってしまった。 俺と美羽は呆然とその背中を見送ることしか出来ず、部屋の戸がばたんと閉められる音が聞こえてから美羽が言った。 「み、美優が……。結城・おちんちん・美優になっちゃった……」 何そのミドルネーム。 つかお前もおちんちん言うな。 結城家にホームステイしているメイドのRさん(年齢不詳)の証言。 「いや、なんというかその……あれは一言で表せば嵐の後だった。 最近はと言えば何故我々の方が真面目に学校に行っているのか、などといろいろ疑問に思う所もあったのだが、そんなことが吹き飛ぶくらいの衝撃はあったな。 ソファはひっくり返り、置物はゴミ箱にダイブし……とにかく、この家の中で荒れていない場所など無かった。 肝心のヒロト殿は頭に大きなコブを作って気絶しており、美羽も『美優がけがれた……おちんちんになっちゃった……』等と意味不明なことを呟いているのだ。 正直不気味と言わずして何と言うのだという様相だった。大規模な兄弟喧嘩でもあったのではないかとアタリはつけたのだが、そこにようやく赤い顔を引きずった美優が現れたのだ。 美優はこの惨憺たる様子に驚愕し、ヒロト殿と美羽に駆け寄って正気に戻ってもらおうと尽力したようだがどうやら無駄なようだった。 私達は美優に事の始まりについての事情を訊いたのだが……いや、これを話すのはよそう。 あまりにもくだらな……いや、美羽達にとってはこれほどまでに甚大な被害を及ぼす程の兄妹喧嘩を引き起こす衝撃だったのだろうが……。 とにかく、あの二人はとかく美優を大切に――過保護にといいかえてもいい――してきたかが良くわかる一幕だった。 ただ私が不満を言うべきところは、姫様にも無駄な片付け作業を手伝わせねばならなかったことだ。 私の手際が良ければ無駄なお手を煩わせずに済んだものを、メイドとしての自分の手腕の至らなさに、私は遺憾の意を覚えたよ」 ありがとうございます。 「……いつっ……!」 鼻腔をくすぐるいい匂いで目を覚ますと同時に、後頭部に残る疼痛が俺を襲った。 「あ、起きた」 「美羽?」 美羽が床に膝をついて俺の顔を覗き込むようにしている。 妙に顔が近いので、兄として柄にもなく照れてしまう。 「な、何?」 「いんや、べっつに……頭痛くない?」 美羽は興味なさげに心配しているような台詞を吐くものだから、ちぐはぐだ。 えっと、俺は……それで、何で気絶してたんだっけ? 「もう晩御飯だから、早く兄貴も来てよね」 「晩御飯!?」 確かにカーテンの隙間から除く窓の外の風景は、闇に染まっている。 誰かが闇のランプでも使っていない限り俺は十時間以上気絶していたことになる。 「…………はあ~」 せっかくサボってまで得た時間を無駄にしてしまったことに後悔しつつ重い溜息をつく。 こんなんでいいのか、俺。いや良くない決して良くない断じて良くない。 ――けれど。 「お兄ちゃん、早くしないと冷めちゃうよ~」 今は家族の団らんを優先すべきだろうな、兄として。 「うむ、いつものことながら美優の作る料理は美味だな」 「えへへ、ありがとう」 家族みんなで美優の料理に舌鼓をうつ。 みんなが当たり前に賛辞と感謝を送り、美優は少し照れながらもありがとうと返す。それがいつもの食事風景だった。 「兄貴、パスッ」 「っておい、俺の皿に茄子入れてるんだお前はっ!」 俺の皿に茄子の煮物が山盛りになっていた。 いや、まあ味はいいんだが色合い的には少しグロいぞ、茄子って似ると腐ってるみたいに茶色っぽくなるからな。 「お姉ちゃん、好き嫌いは良くないよ……」 「そうですよ、美羽さん。とっても美味しいのですから」 「姫様の言う通りだ」 「う、うう……」 三人に好き嫌い糾弾……というほどでもないか、とにかく注意されて美羽が委縮する。 そう、美羽は茄子がとにかく苦手だった。本人が言うには、「ほらまずむらさきが毒々しいじゃん! 毒属性って感じじゃん!」とのこと。 そしてじゃあお前は葡萄を食わないんだなとデザートにとっておいた巨峰を取り出すと「毒を食らわば皿までよーっ!」と豹変したのはいつかの話。 「ほら、茄子と体の相性が良くない人もいるんだって!」 「どんな人だよ」 いいから黙って食えと山盛りに積まれた茄子を美羽の取り皿に返していく。 「あ、あぁ~ほら! 統計でも茄子を食った場合その五十年後くらいに病気で死んじゃう人もいるんだってっ!」 「五十年たてば仕方ないこともあると思うが」 レンから冷静な突っ込みが入った。 「ふふ、冷製パスタを食べながらの冷静なツッコミ」 しかしギャグはつまらなかった。 「ほら! 東方見聞録を記したかのマルボロも茄子の食べ過ぎで死んだって……」 煙草の名前みたいになってるからな……。 「ほら言うじゃない! 秋茄子は嫁に食わすなって」 「今は秋じゃないしお前はそもそも誰の嫁だ」 しかしそこまで嫌いか。 「お姉ちゃん、茄子には栄養がバランスよく含まれててお得なんだよ?」 「あ、兄貴……他の野菜食べるからってことで助けてよ……」 久々に美羽に頼られた気がするな。この際その内容がしょぼいことは置いといて俺はどちらに味方するか選ぶ……選ぶ? 美羽か、美優を、選ぶ? 「兄貴?」 「お兄ちゃん?」 妹達が途端心配そうな声を上げる。 ユリアもレンも突如様子が変わった俺の様子に表情を変えた。 急に頭がぐるぐると回りだして俺の心を揺さぶり、先ほど胃に収めたばかりの料理がゆっくりとせり上がってくる。 「っ……」 俺はみんなの前で醜態を晒すわけにもいかず、口を押さえてトイレに駆け込んだ。 ――そして、俺はせっかく美優が作ってくれた料理を全て吐いた。色とりどりに並んでいた料理も、一度消化され始めてしまえば気持ち悪い物体でしかなかった。 その日、俺はみんなに心配されつつ、早く着替えて眠った。 今日はまともに何もしていないけれど、明日はそうもいかないだろう。 ……そう、明日。 俺は日付が変わった深夜に、妹達に起きてくるよう言っていた。 「ねむ……」 「お兄ちゃん、お腹は大丈夫?」 大きく欠伸をしている美羽と、遅くにも関わらずぱっちり目を開いている美優と向かい合いながら、俺は言葉を選ぶように唸る。 「そうだな……」 「何も無いなら寝たいんだけど?」 「ま、まあまあ、お姉ちゃん、もうちょっと待とう?」 どっちが姉かわからないな、なんてたわごとは置いておこう。 悩みを具現するような息をひとつ吐いて、こうなったらサプライズを狙ってしまえと口を開く。 「明日、ユリアとデートする」 翌朝、美羽と美優を学校に送り出してから、ユリアとレンには残ってもらっていた。 「はあ……でーと、ですか?」 「でーとだと!?」 レンがいきり立って剣の柄に手をかける。 「で、でーととはつまり、逢引きのことではないか! 姫様に不埒な真似を働く気かっ!」 おうおうおうと昭和の不良よろしくメンチを切ってくるレンに、俺は多少引き気味に答えた。 「いやいやいやいや……そんなつもりはないって、ただちょっと遊ぶだけでいいんだよ」 「遊ぶ、ですか? 学校もありますし、どうせなら皆さん一緒の方が……」 猫のように首を傾げるユリアの肩を掴んで、ぐっと引き寄せる。 「頼むよ」 「…………」 エメラルドグリーンに輝く宝石をはめ込まれたかのように美しい瞳が、少しだけ上向きになって俺の顔を見上げていた。 そして三十秒ほどじっと見つめられ、レンの無言のプレッシャーを背に受けながらユリアが言った。 「行きましょうか」 「姫!」 レンの咎めるような声にユリアはゆるりと笑みを浮かべて柔らかく答える。 「思い出作りも、いいでしょう?」 ……ああ、本当に柔らかいな。例えれば高級羽毛布団くらいだ。 なんてどうでもいい感想を抱いていると、レンはどうも渋々了承したようだった。 「……御意に。ですが、どうかお気をつけて。貴女一人のお体では無いのですから」 「ありがとう、レン」 主従関係だから、という話ではない。 丁寧な物腰、誠実な態度、柔らかい雰囲気に加え、ユリアには周りの人を無理なく納得させてしまう気品がある。 ああ、そこで更に少し抜けているところが放っておけないというのもあって、慕われるんだろうな。 「……ヒロトさん?」 「え!? あ、ああ、どうした?」 想像に耽っていると、ユリアがくっと顔を近づけてくるものだから飛び上がるまではいかないが、かなり驚いてしまった。 ユリアは少し困ったように首を傾げて。 「どうしたもこうしたもないのです。でーとするというのなら、服装はどういたしましょう?」 「……服か」 俺は前日からデートするつもりだったので、自分の出来る限り最高のコーディネートをしてある。 それでもユリアには到底釣り合わないだろうが、男として最低限のマナーだ。 だが、ユリアの方は……やはり、ドレスか? そのままはしゃげば、舞踏会から抜け出してきたお姫様と没落貴族みたいだな。 「制服にしておこう。補導される可能性もなくはないけど、今から着替えなおすのも面倒だろうしね」 「はい、わかりました」 「それじゃあレン。行ってくるな。学校で何かあったら美羽達に言ってくれ」 出がけの言葉に対して、レンは急に何かを考えだしたようで、俺には一瞥をくれて「ああ、姫様を危ない目に遭わせるなよ」とだけ返した。 そこにわずかな違和感を感じ、「尾行とかすんなよー」と冗談めかして言ってみる。 「な、何故わかった!?」 するつもりだったのかよっ!! 全く油断も隙もありはしない。 そして玄関前に出た俺達なわけですが。 「ヒロトさん」 「ん?」 「でーととは何をして遊べばいいんでしょう?」 それは男と女の永遠の命題だ。 しかも俺は昨日考え付いたばかりの為に全く計画を立てていない。神風特攻、帰りを考えないノープランだ。 「とりあえず、適当に話しながらあるこうか」 「はい、ヒロトさんがそう仰るのなら」 今日の日差しは、ユリアの纏う雰囲気に感化されたみたいに温かく柔らかい。 春に逆戻りしたような錯覚を覚えながら。 ゆっくりゆっくり、時速2kmで行先も決めないままに歩く。 「そういえば、ヒロトさん」 不意にユリアが口を開いた。 「ん?」 「お体の方は大丈夫ですか? 昨日の食事の時は……」 「ああ、もう大丈夫だよ」 一晩ゆっくり休んだから、今日の朝にはすっかりと良くなっていた。 「そうですか……ですがヒロトさんは、心労もいろいろ溜めてらっしゃるでしょうし……」 わかっているのだろうけれど、ユリアは敢えて具体的な言葉にはしない。 それは俺に気を使っているのか、それとも自分が言いたくないだけなのかわからない。 だけれど今はその方がいい、俺は「ほんとに大丈夫だから」とだけ答えた。 そして公園の辺りにまで来た頃だった。 「そういえば」 「まただね」 「はい?」 不思議そうに首を傾げるユリア、俺は少しからかうように言った。 「また『そういえば』って、ユリアって、いろいろと唐突に思い立ったりすることが良くあるよね」 ユリアの頬にすっと朱がさして照れたのかと思えば、それを厭うようにむすっとしてしまった。 「そ、そんなこと……ある、かもしれないですけど。いつもではありませんっ」 「あはは、わかってるって。それで、何?」 まだ少し拗ねているようだったが、ふっと一息つけばすぐに元通りで話を始める。 「……夢を見たんです」 「夢の話か、いいね」 大体は、この世でどうでもいい話の二大巨頭と言えば他人のペット自慢に他人の夢の話である。 だがユリアの夢の話は他の人のそれとは毛色が違う。 ユリアは夢の中でもう一つ、自分だけの世界を構築している。そう思わせられるほどに『出来上がった』ものなのだ。 「昨夜のそれは、皆さんが私達の国の住人として暮らしていました……」 「へえ、俺はやっぱり美羽達と一緒に?」 「いえ、ヒロトさんは宿屋の息子でした。そう、宿屋『夜のおかし』の放蕩息子でした……」 うなぎパイ? しかも放蕩息子なんだ……。 「ヒロトさんは橋の下で拾われた子供だったのです……」 これまた微妙に重い話だ。 「それなりに幸せな暮らしを送っていたヒロトさんだったのですが、ある日屋根の修理の最中に、風に煽られて屋根から落ちてしまうのです」 「ええ?」 俺は大丈夫なのか、夢の話なのに自分の身が心配になった。正夢になったらどうしてくれよう。 「その光景を見ていたさすらいの女剣士美羽はこう言いました。『これもまた、いとおかし……』と」 「下手なギャグ言ってる場合じゃねーぞ」 助けないのかよ。つーかおかしってそっちかよ。 「もちろん美羽さんはヒロトさんを助けようと抱きかかえました。しかしそこにさすらいの女剣士美優がやってきて……」 設定が被っているということにはもうこの際目を瞑ろう。 「『待ちなさい、そこの宿屋の放蕩息子は私が助けます』と言いだしたのです」 さすらいの女剣士が宿屋の放蕩息子だと一目みただけでよくわかったものだ。慧眼というレベルではない。 「美羽はこう答えました。『私が助けてお礼をせしめようと思ったのだ、貴方には譲れない』と、美優はこう言いました。『私が助けて売り飛ばそうと思ったのだ、貴方には譲れない』と」 泣けてくるね。もちろんうれし泣きではない。 「『では剣で勝負をつけよう』『そうしよう』二人は同意しました。ですがどちらも睨みあいいつまでたっても勝負は始まりません。その内美羽が言いました。 『痛いのは嫌だな』『そうですね』美優が同意しました。二人はそこで宿屋の放蕩息子を二つに割ってわけることにしました」 グロいよ!!!!!!! っていうかその時点で助けていない、殺人だ。 「するとどうしたことでしょう!」本当にどうしたことだよ。「真っ二つに割れたそれぞれのヒロトさんが復元を始めたのです!」ええー。 「そうして二人の小さなヒロトさんが新たにこの世に誕生しました。生命の神秘を目の当たりにした女剣士の二人は、四人で末永く幸せにくらしましたとさ……そこで、目が覚めました」 ユリアはそう満足げに語り終えて、二コリとこちらに微笑みかけた。 「どうでしたか?」 「どうでしたかと言われても」 こちらとしては返事に窮する夢だったぞ。 「……というか、俺達ばっかりでてて自分は出てないんだね」 「出てましたよ? 宿屋のおかみとして……」 「そこにいたんだ!?」 そんなくだらない雑談をしながら、俺達は自然と街の中心部へ向かっていた。 人通りが多い場所まで来てしまえば、ユリアの容姿は嫌でも視線を集めてしまう。 確かにユリアはとんでもないクラスの美人だし、そんな女性を連れて歩けるのはとても名誉なことだと俺は思う。 「やっぱり慣れない?」 「……はい、やっぱり目立つのはどうにも」 俺は、なるべくユリアを好奇の視線から守るように立って歩く。 ここまで来る内に向かう場所は決めていた。 「ここは……?」 「喫茶店だよ、結構穴場なんだ」 路地に入って少しだけ進んだ場所に、ひっそりと構えている店。 美羽と美優に教えてもらい、今度一緒に行こうと決めていた店だ。 カランカラン。 入店を知らせるベルが店内に鳴り響き、ユリアをエスコートするように中に入る。 木の優しい香りと、コーヒーの香ばしい香りとが混ざり合い、不思議と気分を落ち着かせてくれる。 微妙に薄暗い店内にはテーブル席が二つにカウンター席が五つまでしかなく、狭い店内にはそれが限界だった。 しかしまあ、美羽の話によれば、「あそこのマスター客が一杯入るの嫌がるから」とのこと。喫茶店のマスターとしては儲かった方がいいんじゃないかとは思うが、まあそこは個人の自由だ。 それに客に話しかけたり干渉したりということは絶対にしない、こちらも「面倒なのは嫌いだから」という理由らしい。たまに「コーヒー淹れるのも面倒」とか言いだすこともあると言う。いやもう喫茶店じゃないだろそれ。 ……しかしまあ、サボりにはうってつけではあるんだが。 「いいお店ですね」 店内を見渡して、ユリアが一言感想を漏らした。そしてカウンターの端の方に立っていたマスターと目が合い、ぺこりと一礼する。 だがマスターの方は全く無反応、俺達は互いに顔を合わせて苦笑するしかない。 「とりあえず、座ろう」 「はい」 俺達以外に客はいないので席は自由に選ぶことができる。 とりあえず奥のテーブ席に腰かけると、ギッと軋む音がした。……かなり古い椅子だ。 いや、こういうのをアンティークというのかもしれないが俺にはあまり理解できない趣味だな。 「注文はどうする?」 「……ここはコーヒーが美味しいというお話でしたよね?」 「うん、美羽が言うには……だけどね」 世界中どんなコーヒーでも取りそろえているという話だったが、メニューが無いのでコーヒーに詳しくない俺には良くわからない。 だがそれは美羽にしても同じだったようだ。 美優と二人で来た際、マスターの無言のプレッシャーに急かされ「い、インスタント!」と学の無い発言で恥をかいたと言う。(ちなみにその後本当にインスタントのコーヒーが出てきたらしい) 俺はその話を思い出して苦笑する、ユリアが「どうしたんですか?」不安そうに訊いてきたが、「ちょっと思い出し笑いだよ」と答えておく。 「俺はエスプレッソにしようと思うんだけど……」 豆については全くわからないのでマスターに任せよう。 「私は紅茶に……」 思わずこけそうになった。 「な、なんですか?」 「いや、コーヒーがうまいって言ったよね」 ユリアはあたふたとうろたえだして、「え、わ、私駄目でしたか? この様なお店には紅茶も揃えてあると思ったのは私の記憶違いでしゅか?」噛んだ。 「あぅ……」 恥ずかしそうに俯くユリアを可愛らしく思いながら、俺はフォローを入れた。 「いやいや、ごめんね。紅茶もあるかもしれないし頼んでみようよ。茶葉は何にする?」 「…………ダージリンでお願いします」 「わかった。……あのー、エスプレッソ一つと……紅茶ってありますか?」 マスターの機嫌を伺うようにそう問えば、彼は余程凝視していないとわからないくらいの微細な動作で頷く。 「だったら、ダージリンをお願いします」 注文を聞き届けたマスターがゆらりと動きだす。 暗い店内も相まって、失礼ながらもどこか幽鬼を連想させられてしまった。 「ヒロトさん」 「ん」 程なくしてコーヒーと紅茶が届き、二人で舌鼓をうっている最中にユリアが口を開く。 「美味しいですねっ」 確かにうまい。 やはりブラックでは飲めないので砂糖を多少混ぜさせてもらってはいるが、この香りと風味、そしてきめ細やかな泡は今まで自分が飲んでいたコーヒーがどれだけ安っぽいものだったのかを教えてくれる。 一口含み舌で弄ぶように味わえば、口内に広がるのは独特な苦みとほのかな甘み。これならいくらでもおかわりしてしまいそうだ。 「こうして安心して紅茶を楽しむのも、久し振り……」 上品にカップを口に運ぶユリアが、何気なく漏らしたその言葉が気になった。 「安心して、ってどういうこと?」 ユリアにしてみれば、特に意識する風でも無く何気なく出てしまったのだろう。しばらくきょとんと思い返すようにして、すぐに少しだけ気まずそうに笑った。 「何でもないです、忘れてください」 ……隠し事。 誰にだって話たくない過去の一つや二つはあるだろう。余程のことが無い限りそこに土足で踏み込もうとするべきではない。 だけれどユリアの隠しかた、取り繕いかたは、『下手くそ』だ。中身が見えないように袋に入れたけれどその袋は半透明でした。みたいな。 レンのように鉄面皮を装うことが出来ない、年相応の少女程度の処世術。 その甘さに付け込もうと思ったわけじゃない、そこは関係ないんだ、ただ俺は……目的の為に知りたいと思ったから、言ったんだ。 「聞かせて欲しいな」って。 「ごめんなさい、楽しいデートに水を差したくないの。……本当に、嫌な話ですから」 彼女には似合わない、苦虫を噛み潰すような顔。 「俺はさ、ユリアのこともっと知りたいと思ってる」 「……え?」 「今日誘ったのは、ユリアのことをもっといっぱい知りたかったからなんだ」 「……何故?」 何でそんなことをするのだろう。 踏み込まないで欲しい、その言葉からはそんな壁を感じた。 だけれど俺は、それに答えるだけの言葉を持ち合わせていない。だから屁理屈を言うしかなかった。 「知りたいから、かな」 「…………余計なこと、言わなきゃ良かったですね」 別に、何だって良かったのかもしれない。 ただ目の前を通り過ぎたから反射的に掴んだだけ、そう言われても仕方ないような話題の振り方。 でも、そこに運命を……違う、ユリアのルーツを見た気がしたんだ。 「レンは私の専属のメイドで、護衛などと言った点ではレン以上に優秀な人間はいないと思うのですが……。 彼女の料理などの才能は……非常に言いにくいのですが、無いに等しいと言ってもいいくらいです」 ……そこまで言うか。 そういえば、レンは掃除やらはてきぱきとこなしてはいたけれど、美優の料理を手伝おうとした時なんかはユリアがやんわりと止めていた。 レンの親切を止める意味がわからないと思っていたが、あれはユリアなりの心遣いだったんだな。 「私もいけなかったのです、はっきり一言『美味しくない』と言ってあげるのが本人の為にもなるとわかっているのに、それがいつまで経っても言えずに……」 ユリアがカップを両手で包み、もう一度温め直すように力を入れる。 ……その手は、僅かに震えていた。 「でも……特に……」 「?」 「特に紅茶がひどかったんです! 閉口する程に、まずかったんです! レンは茶葉のファーストラッシュやセカンドラッシュという言葉を聞いて、どんな剣の技ですか? などと質問してきたのですよ! 何が『ファーストラーーーッシュ!』ですか! 紅茶を侮辱する気ですかっ!」 爆発した。 静かだった店内に吐露されたユリアの怒りが響き渡り、すぐに静寂が戻ってくる。 大きく息を吐き出して、自らの動悸を抑え込むように紅茶を飲みほすユリア。 「……お恥ずかしいところをお見せしました」 「ああ、いや、その……ずいぶんと紅茶にはこだわってるんだな」 「ええ、美優さんの淹れてくださる紅茶は美味しかったので、安心しました」 「そ、そう」 ……こだわりは人を変えるんだな……しみじみとそう感じる。 だけれど、あの姿がユリアの最も自然なそれなのだろう。 いつもの優雅さを崩さない態度も、幼い頃から培われてきた彼女の一面であることには、違いないのだろうけれど……。 「……でも、つまらない話だったでしょう?」 「いや、そんなことはなかったよ」 ごまかされたのは明白だ。だけれどそれは口に出さないでおく。 それでも新たな一面を見つけられたということを、嬉しく思っておこう。 「不公平ですよね」 「何が?」 その言葉の意図をまるで汲めていない俺に、少しだけむっとしながらユリアは言った。 「私ばっかり話してるからですよ、自爆がなかったとは言いませんけれど……ヒロトさんのことも、教えてください」 「俺のことと言ってもな……」 何を話したら良いものかと考えていると、ユリアの方から話題を振ってくれる。 「やっぱり、ミウさん達とは昔から仲が良かったんですか?」 「……まあ、ね。ミウとはいつも一緒だったよ。喧嘩もめちゃくちゃ多かったけど」 「昨日もすごかったですものね」 「昨日? ああ、昨日ね」 確かに昨日も喧嘩した気がするが、美羽に頭を強打されたせいか記憶は朧気だ。そもそも何が発端だったのかすら覚えていない。 それからは、互いのことをとりとめも無く語り合った。 昔は美羽とこんな遊びをした、だとか。 ユリアは昔礼儀作法が苦手でさんざん怒られた、だとか。 そんな雑談ばかりだった。 そしてコーヒーと紅茶のおかわりが三杯目にさしかかった頃、俺は「ユリアの世界の人間は、皆魔法を使えるのか?」と興味本位で質問をぶつけた。 「ええ、訓練をすればどなたでも使えるようになりますよ。才能と言うか……魔力のキャパシティに個人個々の違いはありますけれど」 「へえ、じゃあ俺も練習したら魔法を使えるようになったりするのかな?」 ユリアは苦笑する。 「難しいと思いますよ。どう言えばいいんでしょうか、私達の体にはこの世界に人々には無い魔法の為の器官が存在するのです。 もちろん、それは外科しゅじゅちゅ……手術などしてもわからないでしょうけど」 噛んだのは流してあげるのが優しさだろう。 「へえ……」 なるほどな、じゃあ俺達の世界で魔法が発達することはありえないってことか。時間的な問題ではなく。 「実際、そうでもないのですよ」 「え?」 「魔法が現在存在しない世界でも、何年かに一人はその才能を持った人間は生まれてくるらしいということはわかっているのです。 ほとんどは、その才能に気付かないままになるのですけどね」 「だ、だったら俺にも魔法を使える可能性が!?」 「無いとは言い切れませんね」 そうか……そうなのか……。 「くく、くくくくく……」 「ど、どうかしましたか?」 不気味に喉を鳴らす俺を、不安と怯えがないまぜになった瞳で心配そうに見つめている。 「ふははははは! 実は俺はすでに魔法を習得しているのだよ!」 「え、ええーーー!?」 本気で驚くユリアだった。ああもう、可愛いなあこの人は。 「手始めにニューヨークを夜にしてやったわ! 今ここはお昼なのにな!」 「じ、時間操作! なんて高度な魔法を……!」 「ふふ、俺の手にかかれば日本の経済も円高ドル安……気圧配置も西高東低よ!」 「わ、私にはわからない用語をいくつも……実は物凄い大魔法使いだったのですか!?」 「あっはははははははははは、もちろん嘘だけどね」 「わかってますよ」 あるぇーーーーーー? ユリアはくすくすと小悪魔的な笑みを浮かべ、俺の浅い嘘を僅かに嘲笑うように言った。 「クス、最近私に天然さんという印象ばかりがついてまわっているような気がしたので、少しだけ意趣返しをしてみました」 「……なるほどね。やられたよ」 俺は自らピエロを演じていたわけだ。 普段は、天然ほわほわ脳内小春日和のお姫様ではあるけれど、それだけが自分では無いということを言いたかったのだろう。 一年間一緒に暮らしてきて、知らないことがとても多かったということを痛感させられる。 ……でも、一年というのは人が完全に打ち解けるのに最低限必要な準備期間なのかもしれない、俺はそう思った。 だとしたら、本当に惜しい。もう俺に残された時間は少ないのだから。 「じゃあ、そろそろでようか。もうお昼だしね」 「はい」 ここは軽食なんかは一切やっていない。理由はやはり面倒だからなのだろう。 俺はマスターが口にした値段分の小銭――味の割に良心的な値段だった――を取り出してカウンターに置いたのだが、その内の百円玉を一枚爪弾きされる。 「……?」 なんなのだろう、少しだけ汚れているのが気に食わなかったのだろうか。いくらなんでも客商売だからその態度はないだろう……と思っていたのだけれど。 マスターは厳かに「裏側」と一言呟いて、気付いた。 ――それはトリックコインだったのだ。どこかの雑貨屋で面白半分に買った両表のコイン。コイントス時に小銭を取り出す際、怪しまれないように財布に忍ばせておいたのを忘れていたのだ。 「すいません」 俺は素直に頭を下げ、変わりの百円玉を置いてユリアと共に店を出た。 街中を歩きながら、ユリアがぽつりと呟く。 「変わった方でしたね」 ちょっと失礼ですけど、と付け足す。 俺も確かに変だね、と同意した。 「でも――さっきの硬貨、あれは何ですか?」 「何ですか……と訊かれたら、嘘つきの道具と答えるね」 ユリアはきょとんと首を傾げた。 「コイントスって賭け事があるんだ、コインをこう指で弾いて隠して、裏か表かどちらが出るかを当てるっていうね」 「でも、そのコインは両方表で――ああ!」 ポンと手を打つ。コイントスのルールさえわかれば誰にでも理解できることだろう。 「そ、これはどっちも表だから、先に表とさえ宣言してしまえば負けることは無い。……相手にばれなければね」 「嘘も、ばれなければ嘘になりませんものね」 「…………」 「? どうかしましたか?」 「いや……何でも無いよ」 ユリアは、何となく嘘を嫌いそうな印象があった。 だけれど、先ほどの喫茶店での意趣返しのように、年相応の少女らしい一面も当然のごとく持っているのだ。 別段不思議なことではないと俺は心の中で折り合いをつけた。 「でも、使う機会はほとんどないんだけどね」 「何故ですか?」 「嘘をつくと、美羽が怒るからさ」 美羽は俺が嘘をつくことを何よりも嫌った。 その原因ともなる一つの事件を思い出そうとして、やめる。古傷が疼く気がしたから。 「……どうかしましたか?」 「ん?」 「いえ、少し苦しそうに見えたので……」 どうやら無意識の内に表情を歪めてしまっていたらしい。 俺はすぐに「何でもないよ」とテンプレートな対応で取り繕った。 ……ああ、なんだかんだ言って俺の方から壁を作っているなと、自己嫌悪。 それから俺たちは昼食をハンバーガーで済ませ、そこら中を遊んでまわった。 まとわりつく視線もその内気にならなくなるほどに楽しい時間が続き、やがてそれにも終りがやってくる。 俺は最後にとユリアを近所の公園に誘った。 空という名のスクリーンにはオレンジ色のグラデーションが浮かんでいて、美しい夕方を演出していた。 「…………」 楽しい時の終りが近づくことを感じているのか、ユリアは俺の半歩後ろを歩いてついてくる。 俺はその足音に耳を澄ませながら、どこか安心感を覚えていた。 それは、ユリアを信頼する心から来ているのかもしれない。俺の求める答えを返してくれるだろうという。 でも人の心、例えそれが家族のそれでも完璧に読み切ることなんて出来ない。そんなことが出来るのは漫画や小説の中の超能力者だけだ。 ――これからどうなるかなんて、誰にもわからない。 公園には二人の少女が立っていた。 夕日を 背負っており逆光になっているので、その顔までは窺い知ることが出来ない。 だけれどその必要も無いことはわかっていた。何故なら彼女達は俺の妹であり、この時間にこの場所に来るよう予め指示しておいたからだ。 「兄貴、遅いよ」 「悪い悪い」 十分程とは言え、遅刻は遅刻だった。 「美優なんか待ってるのに飽きてコサックダンスとセクシーコマンドーを融合した踊りを始めるところだったんだから」 「えっ……私そんなことシテナイヨ……」 「ああごめん、ジョン・マクレーンの物まねだっけ?」 「してナイヨッ……」 「お前ら、意味のない会話は止めろ」 いつまでたっても本題が切り出せないじゃねーか。 「そうね、火の鳥を彷彿とさせる壮大なループをしてしまうところだったわ」 どんだけ続ける気だったんだよ。 「……あの」 それまで黙っていたユリアが口を開く。 「何か、言いたいことがあったのではないのですか?」 「ああ、そうだよ。ごめんね」 美羽も話す前にその場の空気を和やかにしようとしてくれたのだろう、結局本当の話題からしてそれは無駄なのだけれど。 「いえ、別にかまいません。ヒロトさん達が言いたいことは、何となくわかっていましたから」 「……へえ」 「崩壊に対しての、答えでしょう?」 「……あたり」 「すいません、魔法で心の表層を読み取るような真似をして。……普段は絶対にこんなことはしないのですが……少しだけ、不安で……ごめんなさい」 そうか、さっきは心を読むなんて漫画などの登場人物にしか出来ないとは言ったが、ユリアはこの世界の人からすればファンタジーな存在に違いなかった。 心を読むという芸当も、魔法を使えば可能なのだろう。 だとしたら、これから言うこともわかっているのではないか? そんな不安が脳裏を過った。だけれどユリアは静かに目を閉じて俺たちの言葉を待っている。 「答えを、お聞かせください」 俺達三人は、互いに目を合わせて頷いた。 そして俺だけが一歩前にでて、ゆっくりと口火を切る。 「昨日、美羽と美優には話をしたんだ。ユリアとの約束は破ることになっちゃったけど、やっぱり一人じゃどうにもならないことだったから……」 「はい」 短く同意して、続きを促す。 「最初は、二人とも信じてはくれなかったけれど、根気よく話せば信じてくれた。……嘘は、美羽の嫌う所だしね」 少しだけ皮肉だと思う。 俺が嘘をつくことを最も許さない美羽。 その俺が『一週間で世界が崩壊する』なんて突拍子も無いことを言いだした。 美羽はまた馬鹿兄貴が変なこと言いだしたと俺を叱りつける。 だけれど俺は真剣に信じてくれと主張する。そこまで真剣に言うのならばと信じてやりたいところなのだけれど、人間としての常識が、理性が、世界の崩壊を否定する。 随分と、あの晩は長い葛藤をしていたな――。 対して美優の方は、美羽程俺を疑おうとはしなかった。 もちろん最初は否定したけれど、説得する内に割とあっさりと受け入れてくれた。やっぱり、いざとなると美優の方が頼りになるのかもしれない。