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前ページ次ページ暗の使い魔 「ちょっと、何してるのよ。さっさとしなさい!」 「五月蝿いな、こんな人ごみじゃ仕方ないだろう」 細い路地にいるルイズからの催促に、官兵衛が答える。 ごった返す人ごみを掻き分けながら、ずた袋を引っさげた官兵衛がようやっとルイズの元にたどり着いた。 路地に入り込んだ二人は、元来た道を見返す。と、そこには見渡す限りの人の波。 幅5メイル程の街道に所狭しと人が並んでいた。 ここは首都トリスタニアのブルドンネ街、その大通り。 虚無の曜日――魔法学院の生徒にとって休日にあたるこの日。 官兵衛とルイズはある買い物をするために、ここ首都トリスタニアまで出てきていた。 事の始まりは、昨晩の会話である。 「この野良犬―――っ!よりにもよってツェルプストー相手に尻尾を振るなんて!」 あの後、ルイズに部屋まで連れ戻された官兵衛は、いきなり犬呼ばわりされた。 キュルケとの現場を最悪のタイミングで押さえられたためだ。挙句、鞭で散々叩かれそうになる始末。 「落ち着けお前さん――って、犬呼ばわりか!一体何だってんだ!」 ルイズがなぜキュルケとの接触をこれほどまでに怒るのか。それは、官兵衛にとっては何も関わりの無い因縁のせいであった。 聞けば、ツェルプストー家とヴァリエール家は国境を挟んでの隣同士。 トリステインとゲルマニアの戦争の度に殺しあった因縁の仲なのだとか。 さらには、ルイズにとってはこちらが重要らしいが、先祖代々ヴァリエールはツェルプストーに、散々恋人を奪われてきたらしい。 曰く、ひいおじいさんの妻が奪われた。曰く、ひいひいおじいさんの婚約者を奪われた、等々である。 とどのつまりは、これ以上ツェルプストーには小鳥一匹だって渡すわけにはいかない。そういうことらしい。 「わかった!?とにかくツェルプストー家は、ヴァリエール家にとって不倶戴天の敵なの!」 「へいへい。要は小生が近づかなきゃいいんだろう。あのキュルケに」 官兵衛はやれやれと手をすくめた。しかし、それには一つ問題がある、それは。 「向こうから接近してきたらどうする?強行手段に出られたらさっきみたいに監禁されかねんぞ」 「そうね、それにキュルケを慕う男達も黙ってはいないでしょうね」 ルイズが顎に手を当てながら言った。官兵衛も腕に自信が無いわけではない。しかしながらこの枷である。 闇夜に不意打ちでもされたらたまったものではない。何れにせよ、なにかしら身を守る手段が必要であった、そこで。 「わかったわ。あんたに剣を買ってあげる」 「えっ?」 ルイズが意外な提案をしてきた。官兵衛が素っ頓狂な声を上げる。 「確かにキュルケに好かれたら命がいくつあっても足りないわ。降りかかる火の粉は自分で払えるようにしなさい」 ルイズがツンと上を向いて言った。 「いやしかしだな!小生のこの枷で剣なんかあっても……」 「でもあんたこの前言ってたじゃない。剣があればもっと手早く済むって」 そうであった、と官兵衛は天井を仰いだ。確かに彼は、ド・ロレーヌとの決闘の後、そんな言葉を口にしたのだ。 「まあ無いよりはマシでしょ?」 「そりゃそうだが……」 「決まりね」 そんなこんなで、ルイズと官兵衛は剣を買うために、はるばる首都まで出てきた訳である。 因みに官兵衛の枷と鉄球と鎖は、白い布に包まれている。 流石にあのままでは目立って歩きにくい、と考えたルイズが用意したのだ。 傍から見れば、白い大きなずた袋を担いでいるようにしか見えず、上手くカムフラージュされていた。 ブルドンネ街の大通りを抜け、狭い路地を入る。 やがて四辻に出、そして剣の形をした看板の店を見つけると、ルイズと官兵衛はその中に入っていった。 その様子を、二つの影がそっと見ているのに気付かずに。 暗の使い魔 第七話 『魔剣とゴーレム』 ルイズと官兵衛が入ると、そこは、狭い屋内に様々武具が並んだ、薄暗い店であった。 カウンターの奥に座った店主が、こちらに気付き、胡散臭げな目で官兵衛達を見た。 「貴族の旦那。うちは全うな商売してまさあ。お上に目をつけられる事なんかとは無縁でっせ。」 「客よ」 ドスの聞いた声でそういう店主に、ルイズが一言で返す。と、店主は驚いたようにルイズを見やった。 「こりゃあ驚いた。若奥様が剣なんぞ握られるんで?」 「使うのは私じゃないわ。こいつよ」 ルイズが官兵衛を目で指す。店主は納得いったように手を打った。 「ははあ成程。近頃は下僕に剣を持たせる貴族の方々も多いようで」 相手が客だと分かると、店主は商売っ気たっぷりに愛想を振りまきながらそういった。 「剣をお使いになるのはこの方で?はあ、これはまた逞しいお方で。鍛え上げられた肉体が岩のようでさあ」 店主が、まじまじと官兵衛を見ながら、世辞を述べる。 そんな店主の言葉を、ルイズは煩わしく思いながらも静かに先を促した。 「このような方がお使いになる剣といえば、かなり大振りなものになりやすが?」 「構わないわ。私は剣の事なんて分からないし、適当に選んで頂戴」 「へい、かしこまりました」 そういうと、店主はいそいそと店の奥へ引っ込んだ。 こりゃ鴨がネギしょってやってきたわい、と内心ほくそ笑みながら。 そんな中、官兵衛は店内に置かれた刀剣類一つ一つを手に取り眺めていた。 しかし、まともな使用に耐えるような物はこの店ではそうそう見つからないようであった。 官兵衛が短くため息をつく。その時、店の倉庫から店主が大剣を油布で拭きながら現れた。 「こいつなんかどうです」 店主がドンと大剣をカウンターに置いた。 見ればそれは、なんとも煌びやかな大剣であった。所々に宝石が散りばめられ、両刃の刀身が鏡のように輝く。 刀身も大きく、1,5メイルはあろう大きさであった。成程、貴族の従者が腰に下げるにはもってこいの逸品らしかった。 官兵衛も傍により、手にとってまじまじと見た。 「こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法だって掛かってるんで鋼鉄なんか一刀両断ですぜ」 官兵衛が熱心に見てるのをいい事に、早速売り込もうとする店主。ルイズも満足したように、その剣を眺めている。 「おいくら?」 ルイズが早速店主に値段を尋ねる。店主が淡々と値段を告げた。 「エキュー金貨で二千。新金貨で三千」 「立派な家と森つきの庭が買えるじゃないの!」 ルイズは声を荒げた。いくらなんでもこれではぼったくりではないか、と抗議するも。 「名剣は城に匹敵しやすぜ。屋敷で済めば安い方かと」 店主が笑いながらそういった。その言葉に、困ったように黙り込むルイズ。 しかし、まじまじ見ていた官兵衛がようやっと口を開くと。 「こんなナマクラで金とろうなんて、たしかにぼったくりが過ぎるな。お前さん」 店主に向かってそう言った。 「な、なんでい!いい加減な事言うなド素人が!」 今度は店主が顔を赤くして、官兵衛に怒鳴った。しかし官兵衛は冷静に言う。 「鋼鉄だって斬れる?こいつじゃあ土塊にすら劣るぞ」 そう言いながら、官兵衛は興味なさそうに大剣をカウンターに戻した。 「斬れないな。飾りだ」 そう言われると、店主は怒ったように剣を引っつかみ、店の奥へと消えていった。 官兵衛も、落ちぶれたとはいえ一介の武将である。刀剣の良し悪しを見る目は確かであった。 加えて彼は、小田原城主北条氏政より賜った名刀『日光一文字』を所有していたこともある。 名刀を見分ける目は玄人であった。 ルイズがだまされた事を悟り、わなわなと震える。 「貴族相手にナマクラを売りつけようだなんて!」 「落ち着け。向こうも商売人だ」 官兵衛がルイズを宥める。といっても今回のは流石に度が過ぎるとは官兵衛も思ったが。 「とりあえず出るか」 先程から店主も戻って来ないし、このままでは埒が明かない。と、店の外に出ようとしたその時であった。 「よう兄ちゃん!おめえ結構いい目してるじゃあねえか!」 唐突に狭い店内に声が響いた。 官兵衛とルイズが見回すも、辺りには誰もいない。 「どこ見てんだよ。こっちだこっち」 とりあえず声のする方向へ目を向けるも、積み上げられた剣があるのみ。人影らしい人影はどこにも無かった。 「おめえ!やっぱり目は節穴か!」 その時、官兵衛は驚き目を見開いた。なんと声の主は、一本の剣であった。 乱雑に積みあがった剣の束の中の一本の剣。正確に言えばその柄の部分から声が発せられていたのだ。 ガサゴソと乱暴にその剣を引っつかむ。 「おいおい!慌てんなって。もう少し優しく扱いな」 口と思わしき柄の部分がカタカタと震えた。 「それって、インテリジェンスソード?」 ルイズが戸惑いながら、その剣を見やった。 「いんてりじぇんす?」 「海を隔てた南蛮の――じゃない、魔法によって意志を与えられた剣の事よ。珍しいわねこんな所で」 ルイズが妙な電波を受信しながら、官兵衛に説明する。 「何でも有りか、魔法ってのは」 剣が喋るという事実にも驚きである。しかし何よりも、物に意志を与えるというデタラメな魔法の力に官兵衛は舌を巻いた。 「やいデル公!またおめぇは!」 いつの間にかカウンターに戻ってきていた店主が、手に持った剣をみるやいなや怒鳴った。 「デル公っていうのか?お前さん」 「ちがわ!デルフリンガー様だ!」 「へぇ、名前だけは立派ね」 ルイズがデルフリンガーをじろじろ見ながら言った。確かに名前は立派だが、当の剣はさび付いていてボロボロである。 長さは先程の大剣と大して変わらないが、それでも先程のものから比べると大分見劣りした。 それでも官兵衛は興味深げに、デルフリンガーを見回す。 「おいお前さん。喋れるってことは色々知ってるのか?」 「剣に尋ねる時はテメエから名乗りやがれ」 「それもそうだな、小生は官兵衛。黒田官兵衛だ」 「そうかいカンベエ、俺の事はデルフでいいぜ。」 なにやら嬉しそうに剣に話しかける官兵衛を、ルイズは怪訝な顔で見つめていた。 「なによあんた、その剣気に入ったの?もっと綺麗なのにしなさいよ」 彼女がそう言うも、官兵衛はデルフとのおしゃべりに夢中で取り付く島もない。 仕方無しにとルイズは店主に向き合う。 「あれはいくらなの?」 「あれなら100で結構でさ」 「あら安いじゃない」 「こちらからしたら厄介払いみたいなもんでして。何しろそのデル公と来たら、客にケチ付けるは罵るわ、ともう散々で」 「え~」 ルイズは再び嫌そうな顔をする。しかし官兵衛はあの調子だ。 「カンベエ!どうするのよ!」 「ん?ああ、買うぞ」 ルイズは肩を落とした。官兵衛が懐から袋を取り出し、カウンターの上に中身をぶちまける。 店主が、慎重に金貨を数え終わると、頷いた。 「毎度」 ルイズは深く深くため息をついた。 「よろしく頼むぞデルフ」 「こちらこそな、いやしかしおでれーた!こんな所で『使い手』に拾われるたぁな!」 「使い手?」 なにやらまだ官兵衛と剣はおしゃべりしているようだが、ルイズはさっさとこの店を出たかった。 さっさと出るわよ、と官兵衛を無理やり店の外に押し出すと、ルイズもそれと同時に出て行った。 薄暗い店内が再びしんと静まり返る。 「やっと厄介払い出来たか」 店主がカウンターに頬杖をつきながら、短くそう呟いた。やれやれ、と言いながらパイプを吹かす。 パイプの煙が天井に届くのをぼぅっと見る。 「まあせいぜい元気でやれよ。デル公」 店主は何とも言い知れぬ静けさに、そんな言葉をつぶやいた。 店を出てから、ルイズはずっと機嫌が悪かった。官兵衛が理由を問えば。 「本当にそんなので良かったの?」 と、剣についての文句しか言わなかった。 町に繰り出したは良いものの、さび付いた剣一本しか手にはいらなかった事が余程腹に据えかねたのだろう。 「思ったより丈夫そうだ。剣として使う分には問題ないだろう」 「同じ剣でも喋らないのが沢山有るじゃない、なんでわざわざそれにしたのよ。」 加えて、インテリジェンスソードなどという迷惑な代物であった事も一因していた。 「喋るからいいんだろうが。こいつなら色々情報を持ってるかも知れんしな」 「ふ~んそう」 官兵衛の言葉に、ルイズは心底つまらなそうであった。 二人がそんな会話をしながらブルドンネ街を練り歩いていた、その時であった。 「あれ、なんの人だかりかしら?」 ルイズが通りの正面を指差した。官兵衛もそちらを見る。 すると、そこにはおびただしい数の人々が何かを囲んでいるのが見えた。 このまま行くと間違いなくあの群衆にぶつかるだろう。しかし通りの人の流れは激しく、回り道をしている余裕などない。 ルイズ達は仕方なく、前へ前へと進んでいった。 「ええい、見世物ではない!散った散った」 ざわめきに混じって衛士が怒号を飛ばしているのが聞こえる。 そして人ごみの隙間から、衛士達が木でできた担架で、布に包まれた何かを運んでいくのが見えた。 一体何なのかと、一番後ろに並んだ男性に話を聞く。すると、驚くべき答えが返ってきた。 「ああ、メイジの死体が出たんだとさ」 男性はルイズに答える。その言葉にルイズは息をのんだ。 「死体って、殺されたの?」 「どうやらそうらしいな。今月に入って二件目だとさ、ひでぇ話だ」 あまりに物騒な話に、ルイズは顔色を変えた。 「なんだってメイジが殺されるんだ?この世界じゃ貴族を手にかけるなんざ重罪じゃないのか?」 官兵衛がルイズに問う。 もちろん貴族でなくとも殺人は重罪である。 しかし官兵衛は、この世界の頂点に君臨する貴族がなぜ殺されたのか疑問に思ったのだった。 「わからないわ。今回殺されたのは貴族なの?」 ルイズが再び男に話を聴いた。 「いいや、貴族じゃない。身元知れずのメイジさ」 成程、確かに殺されたのが貴族であったのなら、このような騒ぎでは済まない筈だ。 しかし、官兵衛は男の答えに疑問符を浮かべた。 「メイジが全員貴族なわけじゃないのか」 「そうね。メイジにも色々あって傭兵に身をやつしたり、泥棒になったりするケースがあるわ。 貴族は全員がメイジだけど、メイジ全員が貴族じゃあないのよ。それにしても――」 官兵衛の問いに答えた後、ルイズは考え込んだ。 「メイジが立て続けに二人も殺害されるなんて、いったいどうしてかしら?」 メイジ同士のいざこざであろうか。 身元不明のメイジであれば大方盗人の類であろう。つまりは、裏社会の事情によるものかも知れない。 もしそうであれば、自分たちには関わりの無い事だ。ルイズはそう思った。しかし、彼女は何かが引っ掛かっていた。 現場処理が終わり、人の群れがまばらになってきた所で、官兵衛とルイズはようやく歩き出した。 「はぁ、大分遅くなっちゃったわね。帰りましょう」 「おう」 二人は馬を預けている駅へと向かった。 ルイズと官兵衛は、馬で約三時間の道のりを走り、学園へ戻ってきた。 その頃にはすでに日が落ち、辺りには夜の帳が降りていた。 官兵衛はまずルイズの部屋に戻るなり、デルフリンガーを鞘から出して会話を始めた。 彼がデルフを選んだ理由は主に二つ。一つは勿論武器としての役割。もう一つは情報収集であった。 こちらに来てからまだ一週間。官兵衛は、この世界の世情について疎い部分が多くあった。 勿論シエスタ達との会話や、日ごろの授業から情報を得ている。 しかしながら、それらの情報源だけでは得られるものに限りがあった。 図書館の利用も考えたが、そこは貴族専用で自分のような平民は入る事すら許されない。 そんな時、彼はデルフリンガーを見つけたのである。 トリステイン中心部の武器屋に眠っていた、意志を持った魔剣。何かしらの情報が得られると官兵衛は踏んでいた。 彼は日本に帰る為にも、一つでも多くの情報を欲したのであった。しかし―― 「なぜじゃあああああああっ!」 「まあまあそう騒ぐなって相棒」 「誰が相棒じゃ!」 またしても切ない叫び声が夜空に響いた。頭を抱え、その場にうずくまる官兵衛。 「おいおいどうしたってんだよ相棒。そりゃたしかに俺様は忘れっぽい。長い間眠ってたからな、うん。 でもそれがどうした?それを差し引いても俺様はそこらの名剣に劣らないぜ。後悔させねえ、絶対」 「後悔だらけだこの錆び錆び!何聞いても忘れた、知らねぇだの、お前さんを買った意味が半分無いじゃないか!」 「よくわかんねぇが、半分あるならいいじゃねぇか。仲良くやろうぜ」 官兵衛はガックリと肩を落とした。官兵衛は肝心の情報を、デルフリンガーから全く得られなかったのだ。 忘れっぽいと言うことは思い出す可能性も無きにしも非ず。だが、今のところそれには期待できそうになかった。 「だから言ったじゃない。もっと普通の剣にしときなさいって。」 ベッドに腰掛けたルイズが頬を膨らませてそう言う。 と、その時であった。 「はーい!ダーリン!」 キュルケが突如、ルイズの部屋のドアをこじ開けて現れた。官兵衛を見るや否や抱きつく。 そして後から、青い髪の少女が本を読みながら入ってきて、ちょこんと官兵衛の隣に座った。 「ちょっとツェルプストー!何勝手に人の部屋に入ってきてるのよ!」 ルイズが立ち上がり、がなり立てる。それに対して、ルイズに今やっと気がついたかのようにキュルケはニッコリ笑う。 「あらルイズこんばんは。生憎だけど今日は貴方に用は無いの。私はダーリンに用があって来たのよ。ねっ、ダーリン」 「だ、だありん?よく分からんが小生に何の用だ?」 官兵衛がおずおずとキュルケに尋ねる。 しかし、昨日の今日で随分なアプローチの仕方だ。恋のためならどこへだろうと現れる。他人の部屋だろうとこじ開ける。 これがツェルプストー流の恋の方法だとしたら、本当にとんでもない家系だ。 官兵衛は、二の腕に押し付けられる胸の感触に苛まれながら、そう考えた。 キュルケがシャツをめくり上げ、スカートの中から何かを取り出した。それは一冊の本であった。 頑丈そうなカバーに包まれ、丁寧に鍵まで掛けられている。随分と重要そうな書物だった。 「これをね、ダーリンに・あ・げ・る」 キュルケが色気たっぷりに、その本を手の中に包ませた。 「な、なんだコイツは?」 「フフ、これはね、『召喚されし書物』って言う代物なの。我がツェルプストー家に伝わる家宝よ」 「何!召喚された書物!?」 官兵衛が驚愕し、手の中の本を見やる。 「そうよ。もしかしたらダーリンの助けになればいいなって。私からのささやかな贈り物よ」 バッと頭上に書物を掲げる官兵衛。目を輝かせ、彼は肩を震わせた。 もしこの書物が日本から、いや官兵衛の世界から召喚された物なら、大きな手がかりであった。 彼が元の世界に帰るための、これ以上ない程の。 「どういうつもりよキュルケ」 「あら、貴方こそ。ダーリンに剣なんかプレゼントしちゃって」 「何よ、使い魔に最低限必要なものを買い与えるのは、主人である私の務めよ」 「必要なものねぇ」 キュルケがチラリと官兵衛の横に置かれた、錆び付いた剣を見やった。ぷっと吹き出しながらルイズに向き直り。 「大方お金が足りなくてあんなものしか買ってあげられなかったんじゃあないの?」 「違うわ!カンベエがあれでいいって言ったのよ!必要なら私がもっと立派な剣を買ってあげたわよ」 「あら、それはダーリンが気を使ったのでなくて?お金の無い貴方に。 まったく使い魔にお金の心配をされるなんて、主人として情けないわね?」 ルイズの眉が釣りあがった。握り締めた拳がわなわなと震え出す。 と、突如ルイズは官兵衛の持つ本をバッと取り上げた。 オイ!と官兵衛が抗議する間もなく、ルイズは本をキュルケに突っ返した。 「いらないわよこんなもん!」 「それは私がダーリンにあげたの。貴方にあげたんじゃないわ」 「使い魔の物は私の物。私の物は私の物よ!あんたからは砂粒ひとつだって恵んで欲しくないんだから」 官兵衛が横でふざけんな!と抗議するが聞く耳持たずである。 「全く、こんなんじゃダーリンが可哀想よ。 彼は貴方の使い魔かもしれないけど、意志だってあるのよ?そこを尊重してあげなさいな」 そうだぞ!と官兵衛が繰り返す。キュルケが再び官兵衛に寄り添った。 「ねぇダーリン、こんな自分勝手なルイズより私のほうがいいわよね?私なら貴方に何だって望むものを与えられるわ。 勿論、貴方を送り帰す方法だって」 キュルケの言葉に官兵衛はハッとして、彼女を見やった。 何故それを知ってるんだ、と言葉が出かかったが、フレイムとの感覚共有のことを思い返し口を閉ざした。 「何よ余計なお世話よ!それにこいつを送り帰すのは主人である私の勤めよ!ゲルマニアで相手にされなくなったからって、 トリステインに越してきた色ボケは引っ込んでなさい!」 「言ってくれるじゃない……」 キュルケの目が据わった。ルイズが勝ち誇ったように言う。 「何よ、本当の事じゃない」 二人の視線がバチバチと火花を散らした。二人が同時に杖に手を掛けた。 すると、それまでじっと本を読んでいた青髪の少女が、すっと杖を振るった。つむじ風が舞い上がり、二人の手から杖を吹き飛ばした。 「室内」 表情を変えず、少女が淡々といった。おそらくはここで杖を抜くのが危険だと言いたいのだろう。 「なにこの子、さっきからいるけど」 「あたしの友達よ。タバサっていうの」 タバサは再び座り込むと、官兵衛のとなりで相も変わらず本のページをめくり始めた。 官兵衛はタバサを見やる。年の程は13~4程だろうか。赤い縁の眼鏡を掛けた、幼そうな顔立ちの少女であった。 官兵衛の視線を気にも留めず、彼女は淡々と読書をしている。 「(随分無口な娘っ子だ、だが――)」 官兵衛はこの少女の立ち振舞いに違和感を感じていた。そう、何者をも寄せ付けない雰囲気。 彼が日ノ本で幾度と無く感じた、あの冷たい気配。例えるなら、豊臣秀吉の左腕として活躍していた男、石田三成。 それを思い出させた。 ふと、タバサがこちらを向いた。それに対して慌てて目を逸らす官兵衛。 「(気のせいか……)」 見ればまだ表情あどけない少女である。自分の感じた違和感は気のせいだろう。そう思うことにした。 「止めなくていいの?」 「えっ?」 タバサがすっと前を指した。見るとそこには、怒りをむき出しにして睨み合う二人の少女がいた。 「「決闘よ!」」 二人が同時に叫んだ。 「おいおい何言い出すんだお前さん達――」 「「カンベエ(ダーリン)は黙ってて!」」 二人の少女、いや鬼女に凄まれて官兵衛はすごすごと引き下がった。 「いいこと?勝ったほうがダーリンにプレゼントを贈るのよ!」 「上等よ!絶対負けないんだから!」 女同士の決戦の火蓋が切って落とされた。 「でだ……何で小生がこうなるんだあぁぁぁぁっ!」 官兵衛は気がつくと、学園内の本塔の上からロープで吊るされていた 先程部屋で急に眠くなり、意識が無くなり、気がついたらこのザマであった。恐らくは魔法で眠らされたのだろう。 自分の遥か下に地面が見える。そこは学院の中庭であり、キュルケとルイズが官兵衛を見据えて立っていた。 そして上空には巨大な竜が舞っているのが見えた。タバサの使い魔のシルフィードであった。 彼女は、シルフィードに乗りながら吊るされた官兵衛の真上を旋回していた。官兵衛の落下に備えてである。 「いいこと?先にロープを切ってカンベエを落とした方が勝ちよ」 「わかったわ」 キュルケとルイズが杖を構えた。 「いやいやお前さん達。決闘したい理由は分かった、譲れない訳がある事も。でもな、こんな形で小生を巻き込むなっ!」 官兵衛が精一杯叫ぶも、皆どこ吹く風であった。 「降ろせ!降ろしやがれ!」 「ハァーイ!待っててダーリン。今私が降ろしてあげるわ!」 キュルケが官兵衛に目配せする。 「ちょっとキュルケ!先攻は私よ!」 ルイズが杖を構えながら言う。 「わかってるわよ、ヴァリエール」 ルイズは官兵衛が吊るされたロープを慎重に見やった。 風によって左右にゆらゆら揺られるロープを切るには、最適な魔法は何であろうか。 いや、最適な魔法以前に自分が魔法を成功させられるのだろうか? ルイズは考えた、しかし考えるだけでは埒があかない。 ルイズは意を決すると、慎重に詠唱を始めた。呪文が完成し、杖をロープ目掛けて振るう。 「(あたって!)」 ルイズは祈った。だがしかし、どおんと爆発の音が響き渡った。 見るとルイズの狙いは外れ、本塔の壁に大きな亀裂が走っただけであった。 キュルケが壁を指差しながら笑う。 「あっはっは!ルイズ!貴方ってば本当に爆発しか起こせないんだから」 ルイズが悔しさに唇を噛み締めた。 「じゃあ次はあたしの番ね」 そう言うと、キュルケが余裕たっぷりに前へ進み出た。 そのまま手馴れた様子で詠唱を始める。すると、杖の先に徐々に炎が集まり、30サント程の炎の塊となった。 膨れ上がった炎をロープ目掛けて放つ。そして、ボッという一瞬の音と共にロープに命中した。 「やったわ!」 キュルケが喜びの声を上げる。ルイズはそれを歯噛みしながら見ていた。 炎が命中した部分のロープが一瞬で炭化する。そのまま重力に従い、官兵衛は真っ逆さまに地面へと落下していった。 「うおぉぉぉぉっ!」 風竜に乗ったままタバサが急降下し、即座に官兵衛に『レビテーション』の魔法を唱える。 と、官兵衛の身体は空中で一瞬止まり、徐々に地面に降りていった。 「くそっ!お前ら、あとで覚えてろよ!」 地面に無事着地した官兵衛は、忌まわしげにそう言った。 と、その時であった。 「ちょっと!何あれ!」 キュルケが官兵衛とは反対側の方角を指差した。即座にルイズが振り向く。タバサの視線が鋭く捕らえる。 官兵衛が驚愕に目を見開いた。 彼らが見る方向、そこには見るも巨大な影が、地鳴りとともに形成されていく光景が映っていた。 見る見るうちに隆起し、巨大な人型を形作る。やがて影は、30メイルはあろうかという高さにまで成長した。 それは非常に巨大な、土で形作られたゴーレムであった。 「ゴーレム!」 ルイズが叫んだ。それと同時に、ずしん!と辺りに振動が走る。巨大な人型がゆっくりと、その歩みを始めた。 そしてその歩みは、着実に本塔の壁に入った亀裂へと進んでいた。 「おいおい!冗談じゃないぞ」 未だ縛られて動けない官兵衛の元に、巨大な塊がゆっくりと迫ってきていた。 「おい誰か!こいつを解いてくれっ!」 官兵衛が叫ぶも、その声を誰も聞いてはいない。 キュルケは足早に逃げて行ってしまった。タバサは空に見当たらない。しかし、ルイズは。 「ちょっと!何で縛られたままなのよ!」 いち早く官兵衛の元へと駆けつけた。 「お前さんらのせいだよ!」 相も変わらず理不尽な主人に抗議しながら、官兵衛は迫ってくる巨大な塊を見やった。 「こいつはまさか、メイジが動かしてるのか?」 「そうよ!あの大きさ、少なく見積もってもトライアングルクラスのメイジの仕業ね。 ってそんな事より何で解けないのよっ!」 ルイズが焦りながら言う。ずしいん!とより近くで振動が走った。ゴーレムはもう目と鼻の先に接近してきていた。 そして、とうとうルイズと官兵衛の上に影がかかった。ゴーレムがゆっくりと片足を上げた。 「お前さん!逃げろ!小生なら大丈夫だ!」 「いやよ!使い魔を見捨てるメイジなんてメイジじゃないわ!」 ゴーレムの足が上から迫る。天が落ちてくるようなその迫力に、官兵衛とルイズは成すすべなく頭を伏せた。 と、突如二人の間に風が吹きぬけた。体が持ち上がり、上昇する感覚に二人は頭を上げた。 「タバサ!」 気付くと、二人はタバサの操る風竜の背中に居た。間一髪でタバサが使い魔を降下させ、二人を救い出したのだ。 「ありがとう!助かったわ」 ルイズが礼を言う。タバサは短く頷くと、ゴーレムに目をやった。 ゴーレムは亀裂が入った本塔の壁の前に立っていた。 ゴーレムはゆっくりと拳を構えると、その拳を目一杯強く本塔の亀裂に叩き付けた。拳が衝突の瞬間、鋼鉄に変化する。 どおん!と凄まじい衝撃が、本塔全体に広がった。亀裂の入った壁は耐えられず、ガラガラと無残に崩れ落ちた。 「いったい何なのあのゴーレム!本塔の壁が粉々じゃない!確かあの場所って――」 ルイズが動揺しながら言おうとした言葉を、タバサが短く引き取った。 「宝物庫」 と、突如壊れた壁の中から、黒いローブにフードを被った人影が現れた。 腕に何か筒状の物を抱えており、それを持ったままゴーレムの肩に飛び乗った。 「あの人影!あれがゴーレムを操っているメイジね」 ルイズが言うと、それを証明するかのように人影が杖を振るった。 すると、ゴーレムは足早にその場から逃げるように移動し出した。そのまま城壁を跨ぎ、森の方へと歩き出す。 「逃がしちゃダメ!あいつ、今何かを抱えてた。きっと宝物庫から盗み出したのよ」 そのまま風竜で追跡を始めるルイズ達。しかし―― 「あれ?」 突如、森に入る手前でゴーレムがぐしゃりと崩れたではないか。 「一体どうしたのかしら?メイジは?」 ゴーレムだった土山の上を、風竜で旋回する。しかし、あたりに人影らしい人影は無い。 「どうなってるの?」 「消えた」 タバサが短く呟く。 ルイズが目を凝らしながら辺りを見回すも、無駄であった。 「まんまと出し抜かれたな」 官兵衛が未だ縛られたままで言った。ルイズが悔しそうに口元を歪ませた。 翌朝、大騒ぎする教師達は、宝物庫に空けられた巨穴をあんぐりとしながら眺めていた。 そして次に、宝物庫の壁に書かれたメッセージに憤慨していた。 壁に書かれたメッセージはこうであった。 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』 前ページ次ページ暗の使い魔
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「んむ~~~」 「ぬうううう~~~ッ」 ベッドの上にすわりこむルイズ ドアの正面にアグラをかく仗助 いろいろ一段落はついたものの ふたりは小一時間にらみあったままだった たまに口を開いたかと思えば 「ンだよ、またバカにすんのかよ、髪」 「…ヘンタイ」 たがいにプイとソッポを向き そしてまたチラリと目が合うと 「んッ、むゥゥ~~」 「ぬううう~ッ」 このくり返しだった (くっそ~~ そりゃチカンだろーよ ムネをさわりゃあよおおお~ だけどオレがやろうとしたのは人命救助だっつうの 釈然としねー ムカつくぜっ) (なによこいつッ 使い魔のくせにご主人様をなぐるし 胸、さわろうとするなんてサイテー 大ミエ切った手前、仕方ないから追い出してないけど ケガらわしいわ 不潔だわ このチカンッ) こんなグチを心の中でタレるのも何度目だろうか? いいかげん不毛だとはどっちもわかりきっていた (だけどよぉー また一方で、コイツが助けてくれなきゃあ オレは死んでたっつー事実もあるわけでよー それに、ナニがどーなってんのかも聞いとかなきゃ ラチがあかねぇってやつだよなぁー) (でも、こいつ… 崩れた建物の下じきになったわたしを助けてはくれたのよね 使い魔のくせに魔法をつかうなんて、もっとハラ立つけど ここであたしがムカついててどうすんのよ 聞くことだってたくさんあるのに) チラッ チラッ ふたりはまた相手を見る そして (でも、やっぱりムカつくっ) プイッ プイッ また顔をそむけるのである いつまでこんなことをしているつもりか もう夜もすっかりフケていた 目が覚めたころからとっくに夜だったが 今は遠くから生き物の声しか聞こえなかった トントン 「うおおわッ」 やっとしてきた物音は仗助の背後から ドアを叩いてきた誰かだった 仗助はビビって軽くのけぞる 「これは失礼しました、ジョースケ様」 「だから、様はいらねェって」 声には聞き覚えがあったので ドアごしにこころよく応じる仗助だったが ムッ! それがまたルイズのカンにさわったようだ (使い魔のくせに「様」ですって、こいつッ というかジョースケ? 名前? 使用人にカンタンに教えてやった名前なのに ご主人様には態度悪くして黙ってるって、そーいうワケぇ?) ムッカァァ~~~~~ッ 「ルイズ様、よろしいでしょうか…」 「帰んなさい」 「ですが」 「聞こえなかったのッ」 即答 聞く耳もたないッ 「わかりました… ミセス・シュヴルーズからの、今夜の分は置いておきますから…部屋の前に」 ドア向こうの声、シエスタはスゴスゴと引き返していったようだ 仗助は少し落胆してからまたムカついた 今、目の前にいるピンク髪のバイオレンス女よりも ずっと話が通じる相手だったのに! 「おい、なにもあんなフウによー」 「るさいッ おまえ何様よッ」 「何様だはてめーだッ ゴーマンチキッ」 そろそろ我慢の限界 仗助も声をあらげてしまった 「フンッ!! 何様、ですって? いいわよ、教えてやるわよ」 バサァ ザッ!! ベッドから、マントをひるがえして立つルイズ 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール トリステイン王家につらなるヴァリエール家の三女とは、わたしのことッ」 ドン 気合いを入れた名乗りではあったが それを聞いた仗助の顔といったら 「…………」 ホケェェ~~…ッ (ルイズ・フラン…何…? 「トリステイン」…どこのヨーロッパだぁ? 王家っつわれても、聞いたこともねェんじゃあよー) 「ま…おめーが王家だろうが金持ちだろうが、どっちでもいいや」 気を取り直して、やっと話し合いに入ろうとする仗助 だがもう少し洞察力を働かせるべきだったのではないだろうか? とはいえ実際、そんなものを「悟れ」と言う方に無理があるのだが 彼も彼女も、置かれた状況をあまりにも理解していなさすぎた ヒクッ… ルイズのまぶたがケイレンした 「ふっ… そ、そぅお~ クチで言ってもワカンナイやつなのね、おまえ」 ヒクッ… ヒクッ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ ビンッ ビン 片手に取り出した鞭を指先でしならせ じりじりと仗助に寄ってくる 「ちょ、待、待て… どうする気だ? そいつで…その『鞭』」 「わたしはご主人様で、おまえは使い魔なのよ」 「…はぁ?」 何デンパ抜かしてんだてめー そうとしか言いようがないッ (そーいや、出会い頭にも言ってたな 使い魔だとか、ご主人様をおまえ呼ばわりだとか…) まさか本気で言っていたのか 現在進行形でマジなのかッ? だとしたら…イカレポンチか! 正真正銘のッ 「調教してやるわ、このド平民」 「冗談じゃねー 自衛すんぞコラァァ―――ッ!!」 9へ
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床に散らばった氷を見てモンモランシーはブチブチと文句を言った。 「ちょっと、どうするのよこの氷。タバサ、もう一度氷を作ってよ」 しかし、タバサは首を横に振る。 「今から戦いになる、無駄な精神力は使えない」 そう言いながら氷を拾い自分の顔に押し当てる。 モンモランシーもブツブツ言いながら氷を拾い顔に押し当てる。 「それでルイズ。今何か起こっているのかしら。 これから戦いになるってなんなの?」 モンモランシーの問い掛けにより、その場にいる全員の目がわたしに向いた。 皆に現状を理解してもらう必要があるわね。 「プロシュートが無差別攻撃をしているのよ」 わたしの答えを聞いたモンモランシーの首がナナメに傾く。 「プロシュートって、ルイズの使い魔じゃない。確か死んだんじゃなかったの?」 「そう、それよ!私も、それが不思議だったのよ」 キュルケがモンモランシーを押しのけ前に出てきた。 「アルビオンの貴族派に偽りの生命を与えられ操られているのよ」 あの夢の通りならプロシュートは『虚無』によって生き返ったはず・・・ 「偽りの生命・・・それってアンドバリの指輪のこと?」 モンモランシーの口から耳にしたことが無い名前が出てきたので思わず 聞きなおした。 「アン・・・なんですって?」 「アンドバリの指輪。水の精霊の秘宝。伝説のマジックアイテム。 知ってる人は殆どいないんじゃ無いかしら」 「なんでそんな事知ってんのよ・・・って確かモンモランシーの家は代々交渉役 を勤めてたんだっけ」 「ええ、そうよ。昔の話だけどね」 モンモランシーは肩をすくめた。 なんだかおかしな話になってきたわね・・・どういう事かしら。 仮説その一。 クロムウェルは生命の『虚無』を使えるしアンドバリの指輪も別に存在する。 仮説その二。 クロムウェルは誰も知らない(限りなく知る人が少ない)アンドバリの指輪を 使い『虚無』の担い手と称して皇帝に納まった。 ヤバイ。証拠なんて全然ないけどハマリすぎてるわ。 もしこれが当たってるとしたなら・・・ オリバークロムウェル・・・あのペテン師め・・・ 「ルイズ!」 モンモランシーが目の前で大きな声をあげる。 「なっ、何よ。ビックリするじゃないモンモランシー」 「さっきからボーっとして、ボケた?」 「ちょっと、それシャレになんないわよ。 気になる事があって考え事をしてたのよ」 モンモランシーがタメ息をついた。 「まあいいわ、続きをお願い」 「えっと続きね、プロシュートが操られた所まで説明したのよね」 わたしの言葉にモンモランシーが頷く。 「それで無差別攻撃って何なの?」 まだモンモランシーは状況を把握して無いようね。 「いま体験した老化現象の事よ」 「これを、あの使い魔がやったって言うの?」 「やったと言うか、今も継続中なんだけどね」 全員の顔に緊張が走る・・・回復したとはいえ、まだ終わって無いのだから。 「じゃあ、ここでプロシュートの能力について説明するわね」 わたしの発言にキュルケが異を唱える。 「ちょっとルイズ今更説明なんて意味あるの?それよりも早く彼を倒さないと」 このアマ・・・ 「キュルケ」 タバサがキュルケの名前を呼ぶ、キュルケはその呼びかけに応じ タバサの方を見る・・・ 「わかったわよ、おとなしく聞くわよ」 あの短いアイコンタクトで一体なにが・・・ そういえばマリコルヌの持ってた絵・・・いや・・・まさかね・・・ 「あのね、あんた達はプロシュートの能力を中途半端にしか知らないから 全部説明しようって言うのよ。ギーシュ!」 「なっ、なんだね?」 いきなり呼ばれたギーシュは目を丸くしている。 「あんた、あの広場の決闘を憶えてる?」 「ああ、兄貴が僕のワルキューレを追い詰めてたね」 「あんた、おもいっきり負けてたじゃないの!」 わたしが言う前にモンモランシーのツッコミが入る。 「ああ!あれ全然老化と関係無いわね」 キュルケが逸早く気付いたようね。 「そう、あれこそがプロシュートの『スタンド』よ」 「「「スタンド?」」」 キュルケ、ギーシュ、モンモランシーの声が重なる。 タバサは黙ったままだった。 「ルイズ『スタンド』とは何だね?」 ギーシュが挙手して質問してきた。 「プロシュートが、そう呼んでいたのよ幽霊みたいなモノと思っていいわ」 理解してくれたかしら。全員の顔を見渡すとタバサが顔面蒼白になっていた。 死んだ魚の色みたい・・・ 「・・・タバサ、もしかして幽霊が苦手なの?」 タバサがコクリと小さく頷いた。・・・表現の仕方を間違えたみたいね。 「言い方が悪かったわ。見えない『偏在』だと思ってちょうだい」 ワルドとのやり取りでそんな事を言っていたと思う。 「どう、タバサ別に恐くないでしょ『偏在』なんだから」 少しだけ顔色がマシになったタバサが挙手をして質問してきた。 「その『偏在』は全部で何体出せるの?」 「一体よ」 「その『偏在』の活動範囲は?」 「わからないけどプロシュートはあまり離して行動させないみたい」 何だか授業やってるみたい。 「私達には見えないというのが厄介ね」 キュルケが誰に聞かせるとも無く呟いた・・・見えない幽霊の様な存在。 以前何かで読んだことがある。犬や猫が何も無い宙を見つめている時 そこには幽霊が居るということを・・・ もしかしたら使い魔にはグレイトフル・デッドが見えるのかもしれない・・・ それを視覚共有で視れば・・・ダメね、あの姿を見たら戦闘どころじゃ無いわ。 わたしは普段なら逃げる事を良しとしないが、フーケ時は逃げてしまった。 見ればパニックは必至。この方法は提示できない! 「・・・あー、次にフーケを捕まえに行った時の事憶えてる?」 「あの光景を忘れる方が難しいわ」 キュルケが答えタバサも頷き同意する。 「私、知らないんだけど・・・」 「僕も知らないな・・・」 モンモランシーとギーシュが挙手をする。 「今から説明するわ。フーケが気を失いゴーレムが崩れたわよね」 「ええ」 と、キュルケが頷く。 「あの時『偏在』がゴーレムの腕をよじ登って行ったのよ」 「ああ!確かフーケ『何か』が腕を伝ってくるって言ってたわね」 「そう、そして『偏在』は『直』にフーケを掴まえた。その『偏在』に『直』に 掴まえられると、もの凄いスピードで老化するわ、まさに一瞬でね。 そして『氷』で冷やして回復してるけど『直』には関係無いから。 「なんですって!!」 「キュルケ声が大きい!」 慌てて口を塞ぐキュルケ。 「そして最後に無差別老化攻撃。これは今体験してもらっているわ『偏在』を 中心として最低でも約二百メイル内の生きている者全てを老化させる能力!」 「ブボッ」 ギーシュが氷を吐き出した。汚いわね・・・ 「な、何だね!そのデタラメな射程距離は!」 「プロシュート曰く『老化』の方に力を使っているからだそうよ」 わたしが説明を終えるとタバサが再び挙手をする。 「これだけの現象を起こす力、精神力はいつまで持つの?」 。 「残念だけど、それは期待しないで」 「そう」 それっきりタバサは黙り込んでしまった。 「他に聞きたい事はあるかしら?」 手に持ったデルフリンガーがカタカタと震えだした。 「どうしたのよデルフリンガー?」 「いや、聞きたい事じゃねーんだけど頭の片隅に引っ掛るっつーか 喉の奥まで出掛かってるってヤツ?」 「役に立たない剣ね。思い出してから発言してちょうだい」 「悪いね、俺ァ忘れっぽいんだよ」 「さて、もう聞きたい事は無いかしら?」 あと、未確認の情報も伝えたほうがいいのかしら? 「質問いいかな、僕のルイズ」 部屋の隅から居るはずの無い六人目の声が聞こえてきた。
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前ページ次ページサイヤの使い魔 地平線から登ってきた太陽が、夜のうちに冷やされた大気へと地面が放出した霧状の水分をきらきらと照らしている。 朝もやに包まれたトリステイン魔法学院の馬小屋には人気が無く、鼻腔から白い息を吐き出す馬やグリフォンらの他には、人間が2人いるだけだ。 そのうちの1人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが口を開いた。 「ゴクウ、きつくない?」 「大丈夫だ。けどちょっと左に偏ってんな」 「わかった。調整するわ」 ルイズは、馬小屋から失敬した馬具を分解して、革紐の部分を悟空の身体に縛り付けていた。 アンリエッタから仰せつかった任務の目的地、アルビオンは浮遊大陸である。 通常の手段で行くとなると、まず港町ラ・ロシェールに行き、そこからアルビオン行きの定期便に乗り換える必要がある。 しかし、ラ・ロシェールまでは馬に乗って行っても優に2日はかかる上に、定期便もアルビオンがトリステインに最も近く時期でないと出港しない。 一刻も早くアンリエッタの悩みを解決したいルイズは、そんな悠長な手段でアルビオンに行く気は更々無かった。 何といっても、自分には悟空がいる。 タバサの風竜をも上回る速度で大空を自由自在に翔ける彼に乗っていった方が余程早い。 そのため、悟空の背中に自分を括り付けて飛べるよう、あれこれ試行錯誤しているのだった。 「今度はどう?」 「良さそうだ」 悟空が分解してできた金具の余りをひとつ摘み上げ、両腕の付け根をぐるりと回すようにして通された革紐を胸の前まで手繰り寄せ、金具を指先で押し潰すようにして2本の紐を繋ぐジョイントに加工した。 それを確認すると、ルイズはサドルホルダーを悟空の背中側に取り付けた。適当な金具で仮止めし、悟空にずり落ちないよう金具を締め上げて固定させる。 ルイズは頭絡を取ると、輪になっている部分に両腕を滑り込ませ、手綱の余った部分を悟空と自分に何度か巻きつけ、飛行中に体勢がずれないよう数箇所で縛った。 グローブをはめ、頭絡とサドルホルダーを余った金具で固定し、最後にデルフリンガーを悟空の身体に袈裟懸けにすると、出発準備が整った。 デルフリンガーを胸の前に抱え、不恰好な負ぶい紐でルイズを背負ったような格好である。 「浮いてみて」 悟空が舞空術で地面と平行に浮くと、ルイズはちょうど悟空の背中に腹ばいに寝そべる体勢になった。 がっちり身体が固定されていることを確認すると、ルイズは悟空の脇の下から手を通し、悟空の胸の下にある革紐を掴んだ。 ついでに悟空の背に顔を埋め、使い魔の匂いを胸いっぱいに吸い込む。 「んふ~」 無意識のうちにルイズの頬がほころんだ。本能的に頬を悟空の背にすりすりする。 「おい、くすぐってえよ」 「あ…、ご、ごめん」我に返ったルイズの顔が真っ赤に染まった。「…じゅ、準備できたわ」 「よーし、じゃ、行くぞ!」 浮遊大陸アルビオンを目指して、悟空とルイズは飛び立った。 馬小屋に係留していたグリフォンにワルドが跨ったのは、それから20分後の事だった。 魔法学院を一望できる高さまで飛び上がると、ルイズを捜し求めて周囲をぐるぐると旋回する。 しかし、何処を探してもルイズの姿が見当たらない。 まだ部屋に居るのだろうかと、サイレントでグリフォンの飛翔音を消し、無礼を承知で彼女の部屋を覗き込むが、部屋はもぬけの殻だった。 再び馬小屋に戻り、馬の数が減っていないか確認する。馬は減っていないようだったが、代わりに分解されたと思われる馬具の残骸が落ちているのに彼は気付いた。 グリフォンから降りて金具の一つを拾い上げ、これがルイズと何か関係するのだろうかと考えていると、生徒が1人凄い勢いで走ってきた。 ワルドは昨日、品評会でその生徒を見たのを思い出した。確かギーシュ・ド・グラモンとかいう名だ。 グラモン家は戦場で何度か見たことがある。いつも実力不相応な戦力を率いては、見栄えを優先した戦陣を敷き、それなりの戦果を挙げてはいた。 ただ、どう考えても金の使い方を間違ってるとしかワルドには思えなかった。自分なら、もっと安上がりに同等の結果を出せる。 とはいえ、金の払いはいいので、傭兵たちからの評判はそう悪くなかった。実際、ワルドもグリフォン隊を率いる前に一度グラモン元帥の元で働いた事がある。 その時の報酬は、今の地位についた彼の給料――役職手当を含む――を若干上回っていた。 あんなに羽振りが良くて、よくもまあれだけの領地でやっていけるものだとその額を数え終わったワルドはその時舌を巻いた。 「はあっ、はあっ……、…くそ、遅かった…」 「おはよう。どうかしたのかね?」 「こ、これは…、子爵、どの……」相手がワルドだと気付いたギーシュは、息が上がっているのも構わず、敬礼の動作を取った。 「休んでくれ給え」形式的に敬礼を返したものの、ワルドはすぐに相好を崩した。「もしや、ルイズの事かね?」 「そうです。ぼくの使い魔が彼女らを見たので、急いで馳せ参じたのですが……」 「彼女ら、だって?」 「使い魔も一緒です。彼女は、使い魔に乗って飛んで行きました」 「確か、彼女の使い魔は…」 「ソンゴクウ、という……」ギーシュは言いよどんだ。「…平民です。生徒の中には『天使』という者もいますが」 ワルドは昔読んだ『イーヴァルディの勇者』を思い出した。 その本に出てくる主人公の頭にも、光る輪が浮いていた気がする。そしてその本で主人公は『天使』と呼ばれる存在だった。 それが何を指すのかワルドには判らなかったが、後にその本が焚書の憂き目に遭った版だという事を知ると、恐らくブリミル教の信奉者にとって目の上の瘤となる描写があったのだろうと彼は結論付けた。 「随分と古い表現だな。昔読んだ本に、そんな事が書いてあった気がする」 「『イーヴァルディの勇者』ですか?」ギーシュは微笑んだ。「貴方のような方が、あんな御伽噺をご存知とは思いませんでした」 「誰にだって子供時代はあるさ。それより、ルイズの事だが、何で君がそれを知っている?」 「ぼくのヴェルダンデが目撃したんです」 「君の…誰だって?」 ギーシュは足で地面を数回叩いた。すると、叩いた場所の地面が盛り上がり、やがて小さい熊ほどもある大きさのジャイアントモールが姿を現した。 ふにゃっと表情をだらしなく緩めたギーシュがモグラの傍らに膝をつき、ほおずりしながらモグラの喉元を撫でさすった。 まるで○ツゴロウさんだ。 「よーしよしよしよしよしいい子だヴェルダンデ! ああ、ぼくの可愛いヴェルダンデ! やはり君は最高の使い魔だあーッ!」 「…………」 「ごほーびをやろう! よくできたごほーびだ! どばどばミミズ2匹でいいかい?」 モグモグモグ、とヴェルダンデと呼ばれたモグラが鼻を鳴らす。 「3匹か? どばどばミミズ3匹欲しいのか! 3匹! このいやしんぼめッ!」 「…あの………」 「いいだろう3匹やるぞ! レッツゴー3匹!」 「おーい……」 懐から太さが2サントはありそうな巨大なミミズを取り出すと、ギーシュはそれを宙に放った。 ヴェルダンデが図体に似合わぬ俊敏さで飛び上がり、空中で全てのミミズを一息で咥える。 着地と同時にねちょねちょと咀嚼するヴェルダンデに、再びギーシュが擦り寄った。 「よーしよしよしよしよしよし! 立派に取れたぞヴェルダンデ!!」 再びモグラの喉元をナデナデし始めたギーシュに、ワルドは無言で杖を抜くと、軽いエア・ハンマーをかました。 「ぶぎぉッ!?」 「そろそろ本題に入りたいのだが」 「はっ、申し訳ありません」 「…なるほど。では私は相当出遅れてしまったようだな」 ギーシュを介してヴェルダンデから一部始終を聞いたワルドは、再びグリフォンに跨った。 拍車をかけ、グリフォンが一声鳴いて学院の門の方向へ向き直ると、ギーシュが遅れじと追いすがった。 「子爵! ぼくも連れて行って下さい!」 「君を?」 「アンリエッタ姫から仰せつかった任務の事でしょう?」 「何の事だね?」 「隠し立てする必要はありません。ぼくも昨夜、ルイズやアンリエッタ姫と一緒にいました」 ワルドは考えた。アンリエッタ姫からは、この貴族の少年が同行するとは聞かされていない。 かといって、今から姫の所に行って問い質すわけにも行かない。そんな事をしている間にも、ルイズとその使い魔はアルビオンに刻一刻と近づきつつある。 とりあえず連れて行っても邪魔にはならないだろう。いざとなったら捨てればいいだけの話だ。 「……なるほど。そういう事なら一緒に行こう。だが残念ながら僕のグリフォンは一人乗りでね。君には馬に乗って行ってもらわなくてはならない」 「ご安心を! 乗馬には自信があります!」 「いやそういう問題じゃない。僕のグリフォンとそこいらの馬とじゃ、航続力に差があり過ぎると言いたいんだ」 「…ぬ、ぬう……」 「僕は一刻も早く2人に追いつきたい」 「そういう事なら、考えがありますわ」 不意に、頭上から声がした。 ワルドとギーシュがその方向を仰ぎ見ると、青い風竜に乗った燃えるような赤毛と透き通る水のような青毛の生徒がこちらを見下ろしていた。 キュルケとタバサである。 「キュルケじゃないか! 何でここに!?」 「あんたと同じよ。ルイズとゴクウが何かやっていたのを見たから、急いでタバサを叩き起こしてやって来たのよ」 結局間に合わなかったけどね、とキュルケは手のひらを上にして肩をすくめた。 いつもなら、キュルケの頼みとあれば自分の着衣など二の次で協力してくれるタバサが、悟空絡みだと知るや、自分の身支度が済むまでは頑としてシルフィードを呼ぼうとしなかったためだ。 更なる闖入者の出現に、ワルドは自分のペースが崩されていくのを感じた。何か、こいつらを都合よく置き去りにする手段はないものか、と熟考する。 やがて一つのアイデアが浮かんだ。 ラ・ロシェールで待機させている『偏在』に、足止めのための傭兵を雇って送らせる。 幸い、ラ・ロシェールで傭兵に事欠くことはない。とりわけ、ここ最近はアルビオンの王統派に就いていた連中が、雇い主の敗北によって職にあぶれ始めている。 それでも駄目なら、当初の滞在予定地であったラ・ロシェールに一旦全員を集めておき、そこをマチルダに襲わせて時間稼ぎをさせよう。 ワルドは『偏在』に「思令」を送った。 少々回り道になるかもしれないが、ルイズ達だってアルビオンに辿りつくまでには数日かかる。 それに、ラ・ロシェールはアルビオンに行く上で――空から行くのではない限り――地理的にどうしても避けては通れない町だ。上手く行けば、合流できるかもしれない。 くいくい、とマントを引っ張られる感覚に、ワルドは我に返った。 ヴェルダンデが、ワルドのマントを引っ張って注意を引いていた。ギーシュ達がこちらを見ている。 「子爵?」 「あ、ああ、すまない、考え事をしていた。何だい?」 「ぼくはタバサの使い魔に乗って、『彼女らと一緒に』行く事になりました。同行を許可願います」 「それは構わない。確かに、風竜なら僕のグリフォンに遅れを取ることもないだろうね」 ギーシュがヴェルダンデに擦り寄り、涙と鼻水を垂らしながら別れを惜しむ。シルフィードに乗っていく以上、ヴェルダンデは一緒に連れて行けない。 ルイズに遅れること30分、ワルド達一行がトリステイン魔法学院を後にした。 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。 出発早々、早くも足並みが揃っていない。しかも余計な荷物付きときた。 あの3人の身柄と実力はオスマン氏が保証してくれた。なるほど、ルイズと一緒にあのフーケを捕らえた生徒たちとあれば、戦力として多少は心強い。 だが、任務の目的は戦う事ではない。隠密裏に手紙を回収する事だ。 派手に立ちまわってしまい、王族達に目をつけられてしまってはたまったものではない。 そして、そんなアンリエッタの頭を更に悩ませる報告が、コルベールによってもたらされた。 捕らえた筈のフーケが、脱獄したというのだ。 取り乱し、禿頭を汗で光らせるコルベールとは対照的に泰然自若としたオスマン氏が、アンリエッタには羨ましく感じられた。 「大丈夫かしら、本当に……」 「既に杖は振られたのですぞ。我々にできる事は、待つ事だけ。違いますか?」 「そうですが……」彼女の心中を察したかのようなオスマンの問いかけに、アンリエッタの顔に浮かぶ憂いの色が濃くなった。 「なあに、彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」 「彼とは…?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔。…姫は、始祖ブリミルの伝説をご存知かな?」 「通り一辺のことなら知っていますが……」 「では、『ガンダールヴ』のくだりはご存知か?」オスマン氏がにっこりと笑った。 「始祖ブリミルが用いた、最強の使い魔の事? 確かにルイズの使い魔は力がありそうですが、だからといって彼が…?」 「いやなに」 おほん、とオスマン氏は咳払いをした。 『ガンダールヴ』の事は自分の他には数えるほどしか知るものはいない。アンリエッタが信用できない訳ではないが、まだ王室のものに話すのは早い。 少々喋り過ぎたとオスマン氏は思った。 「とにかく彼は『ガンダールヴ』並みには扱えると、そういうことですな」 「はあ」 「それにここだけの話、彼はどうも異世界から来たようなのです」 「異世界?」 「そうですじゃ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。 そこからやってきた彼ならばやってくれると、この老いぼれは信じておりますでな。 余裕の態度も、その所為なのですじゃ」 「そのような世界があるのですか……」 アンリエッタは、遠くを見るような目になった。 異世界。何とも不思議な魅力に満ちた響きがある。 (そこでは魅力的な殿方同士がくんずほぐれつイヤンバカンそこはアッー!な世界だったり……。うふ、うふふふふふ…………) アンリエッタの妄想力が10上がった。 アンリエッタの腐女子度が17上がった。 アンリエッタの威厳度が3下がった。 「見えてきたわ。あれがアルビオンよ」 「へーっ、でっけえなぁー!」 見渡す限りの白い雲海。右を向いても左を向いても真っ白けっけじゃござんせんか。 時おり見える切れ目の向こうに、浮遊大陸アルビオンが姿を現した。 巨大な島だ。それが、文字通り空中に浮かんでいる。 「驚いた?」 「ああ、オラのいた所にも似たようなのはあったけど、こんなにでっけえのは初めて見たぞ」 「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。 でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』」 「よく知ってんなあ」 「前に、姉様たちと旅行で来た事があるのよ。だからここの地理には明るいわ」 悟空はアルビオンの上方へと移動した。陸地の広さから、神様の神殿とは比べ物にならないサイズである事が見て取れる。 ただし、神殿はカリン塔から如意棒を用いてこの世と接続しない限り、普通に飛んでいっても跳ね返されてしまい、辿りつくことはできない。 そもそもあの神殿は単に浮力で浮いている訳ではないので、このアルビオンとは比較のしようがなかった。 「それで、どうすんだ?」 「とりあえず王党派に接触しないとね。でも問題はそれをどうやるかなんだけど……」 その時、何かに気付いた悟空が再び移動を始めた。 大陸の外周を海岸線に沿って回っていく。 「どうしたの?」 「あっちの方から変な音が聞こえんだ」 「変な音……? …あ、本当だ」 確かに悟空の言う通り、時おり地鳴りのような音が聞こえてくる。 この先には何があったっけ、と考えたルイズは、程無くしてそれがニューカッスル城である事に気付いた。 アンリエッタによれば、ウェールズ皇太子はあの城の付近に陣を構えているらしい。 嫌な予感がする。 やがてニューカッスル城が目視できる範囲に近づいて来たとき、その音の原因を知ったルイズは息を呑んだ。 巨大な船が、大陸から突き出た岬の突端にあるニューカッスル城目掛けて砲撃を加えている。 帆を何枚もはためかせ、無数の大砲が舷側から覗いており、艦上には竜騎兵が徒党を組んで舞っていた。 再び一斉射。夥しい量の火薬を瞬時に消費するため、大気がビリビリと震え、顔面に見えない壁がぶつかってくるような錯覚を覚える。 「妙だな…大して効いてねえみてえだ」 「え?」 放出された熱に当てられて火照った顔を手のひらで拭ったルイズは、悟空の言葉でニューカッスル城を見た。 確かに悟空の言う通り、一斉射の割には被害が軽いように見える。 城壁や尖塔の頂点など、戦略的にあまり意味のない所ばかりを狙っているように思える。何処にも着弾せず、空しく空を切って行く弾もあった。 「そうね…。もしかしたら威嚇のつもりなのかもしれないわ」 「あの船に行ってみるか?」 「……いえ、やめましょう。もしかしたら貴族派の連中かもしれないし」 ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 レキシントン と名を変え、艦隊登録番号もNCC-61832に書き変えられ、貴族派の力の象徴としてその身を大空に誇示している。 と、悟空の腹が鳴った。 「ルイズ~、オラ、腹減った」 そういえば、起きてから何も食べていない。 言われて初めて、ルイズは自身も空腹を覚えている事に気付いた。 「もう少し我慢しなさい。手紙を皇太子に渡して、姫さまの手紙を貰えば後でいくらでも…」 ぐう。 今のはルイズの腹の虫だ。 「…………」 「…わ、わかったわよ! わたしもお腹空いてるのは認めるからそんな道端に捨てられた哀れな子犬のような目で見ないで!! しょうがないわね、は、腹が減っては戦ができぬとも言うし…。ひとまず降りて。近くにラ・ロシェールの町があるから、そこで何か食べましょう」 魔法学院を出て以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっ放しであった。 随伴するギーシュ達が乗っているのが風竜だったのは僥倖だった。馬なら、とっくの昔に置き去りにされている。 先程『偏在』から、マチルダが無事に傭兵を雇ったと報告を受けた。二個小隊分の人数を、しかも言い値でだったので流石に値が張ったが、致し方あるまい。 ひとまず、片方をラ・ロシェールの入り口付近の峡谷に待機させておく。 あの辺りの崖は高い。風竜に乗っていても、谷底を縫うように移動させていれば上からの攻撃には対処できないだろう。 今のペースで行けば、夕刻にはラ・ロシェールに到達できそうだ。 「ん?」 その時、再び『偏在』から報告が入った。 内容を聞いたワルドは、驚きのあまりグリフォンから転げ落ちそうになった。 ルイズと使い魔が、ラ・ロシェールに現れたというのだ。 馬鹿な。いくら何でも速過ぎる。 ワルドは地面を見た。伸びた影の長さから推測するに、まだ昼飯時にもなっていない。 自分の風竜でさえ、こんなにも短時間でトリステインからラ・ロシェールまで飛んで行くことはできない。 昨日、あれほど心構えをしていたにも関わらず、未だにルイズの使い魔の能力を過少評価していた事を思い知ったワルドは身震いした。 何という男だ。常にこちらの予想の数手先を行っている。あの使い魔については、どんなに過大評価してもし過ぎる事はないようだ。 頭の中で練っていたプランに変更を加える。今ある手駒を最大限に活用し、最も有効と思える手を見出さなくてはならない。 こういった事はワルドの専門外だったが、今更悔やんでも仕方ない。 ワルドは、『偏在』に再び「思令」を出した。 ラ・ロシェールの一角にある居酒屋『金の酒樽亭』。 その名の通り、酒樽を模した看板と、いつも喧嘩によって壊れた椅子の残骸が、入り口の扉の隣にうず高く積み上げられているのが目印だ。 中はいつも、傭兵や、一見してならず者と思われる風体の連中でごった返している。 特に最近は、内戦状態のアルビオンから帰ってきた傭兵達で満員御礼であった。 そして、その酒場の隅にある席に、この場に似つかわしくない二人組がいた。 一人は長身の男で、白い仮面を着け、全身を黒いマントで覆っている。 もう一人は女で、目深に被ったフードにより表情はわからないが、そこから覗く顔の下半分だけでもかなりの美女である事が見て取れる。 女はフーケであった。そして相対する男は、彼女を脱獄させた張本人である。 男が仮面を外した。その下から覗く素顔を初めて見たフーケは、ほう、と感嘆の息を漏らした。 「あんた、意外と美丈夫じゃないか」 「計画が変わった」 男はワルドだった。正確には、ワルドの『偏在』だった。 「何があったんだい?」 「ルイズとその使い魔が、この町に来ている」 「ごぶ!」 フーケは口に含んだエールを吹いた。炭酸が鼻腔を刺激する。痛い。 向かい合って座っていたために、飛沫を顔面に浴びたワルド(偏在)は、無言で懐からハンカチを取り出し、顔を拭った。 「汚いな」 「しゃがますね!」ついアルビオン訛りが口をついて出る。「…予定より随分と早いじゃないか」 「手違いがあった。あの2人は一足先にトリステインを出発していたらしい」 「それにしたって、この早さは尋常じゃないよ」 そこまで口にしたところで、フーケはあの使い魔の能力を思い出した。 いくら逃げても、フーケの向かう先に必ず回り込んでくる超スピード。 例えフライを唱えていたとしても、詠唱混みであの速度で動き回る事は不可能に近い。 「…で、どうするんだい?」 「先手を取って迎えに行く。土くれ、貴様も一緒に来い」 「わたしも?」 「足止めのためだ。世間話でもして気を引け。貴様は今からこの私の保護観察下に置かれている事にする」 「傭兵はどうするのさ?」 「そっちの計画は変わらん。いざとなったら頃合を見計らって始末してしまえばいい」 「……しょうがないねえ」 席を立ったワルド(偏在)のあとをついて歩きながら、フーケは考える。 (こいつ、平静を装っていながら意外と行き当たりばったりで動いてんじゃないだろね?) 悲しい事に、その考えは正しかった。 NGシーン ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 エンタープライズ と名を変え、艦隊登録番号もNCC-1701-Eに書き変えられ、未知の世界を探索して、新しい生命と文明を求め、 人類未踏のサハラへ勇敢に航海している。 ルイズ「って作品変わってるし!?」 前ページ次ページサイヤの使い魔
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前ページ次ページ無情の使い魔 学院長室から『遠見の鏡』を用いて事の顛末を見届けたオスマンは、低く唸りながら己の豊かな髭を撫で上げる。 鏡に映りこんできた場面には、もはや言葉すら出ない。 (ドットクラスのメイジとはいえ、貴族を倒すとはのう……) それだけではない。 先程、慌てて止めに行くと出て行ったコルベールの話が正しければ、あの少年は『ガンダールヴ』の力を発動させるのではとも考え、こうして観察していた訳なのだが―― (やっぱり、違ったのかのう) 決闘の最中、あの少年は武器を何度か手にしてはいたものの、彼の左手に刻まれたルーンは全く反応していなかった。つまり、彼は生身であのゴーレムを叩きのめしたのだ。 コルベールが調べた使い魔のルーン――『ガンダールヴ』とはあらゆる武器を使いこなし、たった一人で幾千もの敵をも薙ぎ倒したという伝説の使い魔だったという事なのだが、もしそれが本当なのならば彼が武器を手にした所でルーンが力を発揮していたはずだ。 だが、あれだけではまだ結果は分からない。 もう少し様子を見る必要があるだろう。 (それにしても……あの子供達みたいじゃったのう) 通りがかる生徒や教師達が恐ろしい物でも見るかのような視線を桐山に送り、避けていた。 「ミス・ヴァリエールの使い魔は悪魔だ」 「メイジ殺しの平民だ」 そんな声も密かに囁かれる。 しかし、桐山はそんな陰口にすら全く興味を抱くことはなかった。 「あんた、本当にただの平民? どうして、あんなに強いのよ?」 寮の自分の部屋に桐山を連れ戻すなり、彼を問い詰めるルイズ。 「習ったんだよ」 にべもなくそう言い、桐山は先程シエスタから受け取った本を読み初める。 「習ったって……どこの平民がメイジを……しかもあれだけのゴーレムを軽く捻じ伏せられるって言うの!」 桐山は読書を続けつつデイパックの中から一冊の厚みがある本を取り出し、ルイズに差し出す。 それを受け取るルイズだが、表紙や中に刻まれた文字は桐山の世界における言語で書かれているものであるため、全く読み取る事ができない。 ちなみにその本のタイトルは「総合格闘技の全て」である。 「……何よ! これ! 全然、読めないわ!」 「それに書いてあった。どう戦えば良いのか」 「こんな本一冊であんなに強くなれる訳がないでしょう! 馬鹿も休み休みに言いなさい!」 癇癪を起こし、本をベッドに乱暴に放り捨てるルイズだが、桐山は動じない。 ここでルイズは自分を少し落ち着かせる。喚いてみたって、どうにもならない。 「……あんたがどうやって学んだかは知らないけど、とりあえずあれだけ強いのはあたしも理解できたわ。 でも、今後はあたしの許可なしに勝手な事は一切しないでちょうだい。……大体、何でギーシュの決闘なんか受けたりしたのよ」 「彼が言ったんだよ。〝決闘だ〟〝逃げる事は許さない〟と」 「あんた、逃げるのが嫌だったの?」 桐山は表情を変えぬまま首を横に振った。 「彼がそう言ったから、そうしただけだ」 「たった、それだけ?」 その事実にルイズは顔を顰めた。 あれだけ強い桐山が決闘を受けたのは、平民である彼なりのプライドでも何でもない。 ただ、彼は〝ギーシュとの決闘〟を「選択」しただけなのだ。 彼にとってはそれに意味などなく、ただそこらに落ちていた小石を蹴ってどかしたりするのと同じでしかない。 平民とはいえ実力のある使い魔である事が分かり、本来なら喜ぶべきかもしれない。 だが、彼のそうした異常とも言える行為が理解できず、逆に恐怖を感じてしまった。 (何よ、しっかりしなさい! あたしはこいつの主人よ! 怖がってどうするのよ!) たとえどんなに異常といえ、自分の使い魔を恐れるなんて、何たる事か。 ルイズは己を叱咤し、桐山への恐怖を打ち消そうと奮い立っていた。 そんな中でも、桐山はルイズを一瞥する事なく読書に夢中だった。 日が落ち、ルイズ達生徒は夕食のためにアルヴィーズの食堂へと赴き、桐山もまた厨房へと訪れていた。 そこで彼はマルトーからや他のコックや給仕達などから「我らの剣よ!」などと讃えられたりしていたのだが、桐山は気にするでもなく昼間とほぼ同じ量の料理を振舞われ黙々と食していた。 桐山が平民でありながら貴族を負かしたという事実に気を良くするマルトーから「どうやってあんなに強くなれたんだい」と聞かれても、桐山はルイズの時と同じく「習ったんだよ」と、それだけしか言わない。 無駄な事は一切話さず、簡潔に一言だけを述べる。マルトーは無口ながら桐山が自らを誇っている訳でないと見て、さらに気を良くしていた。 他のコックらに「みんなも見習え! 達人は決して誇らない!」などと嬉しそうに唱和させるも桐山は気にも留めていない。 「キリヤマさんがあんなに強いなんて、わたし驚きました」 食事を終え、厨房を後にしようとする桐山にシエスタが話しかける。桐山は一度立ち止まり、シエスタの話を聞いている。 あの決闘の一部始終をずっと見届けていたシエスタは初め、桐山がギーシュの召喚したゴーレムにやられてしまうのだと思い込んで悲観的になり、何度も彼に対して謝罪の念を抱いていた。 しかし……結果は見ての通り、桐山の圧勝にて終わった。それだけではない。シエスタは桐山の優雅な戦い振りに惹かれてしまったのだ。 それでいて全く傷一つ付いていないなんて、驚きを通り越して唖然としていた。 「……あの、本当に申し訳ありませんでした。わたしのせいで、桐山さんを危険な目に遭わせてしまって」 実際は全く危険ではなかった訳だが、これくらいの謝罪はせねばとシエスタは頭を下げる。 「いいんだ。ああいうのも面白いんじゃないか」 と、だけを言って厨房を後にしてしまった。 (もう少し。せめて、少しくらい笑ってくれたらなぁ……) シエスタは桐山と出会ってから今に至っても、彼が一度として笑顔を見せてくれない事を少し残念に思っていた。 笑顔だけではない。彼はあの無機的な表情をまるで人形のように一切、変化させていないのだ。 どうにかして、せめて微笑みくらいは見せてくれないだろうか。 女子寮へと戻り、ルイズの部屋に入ろうとするが鍵がかかっている。中に人の気配がないので、まだルイズは戻ってきていないようだ。 仕方がないので扉の横の壁に寄りかかり、静かにルイズを待つ事にする。 「……?」 すると、学ランの裾を何かが引っ張り、足元に熱さを感じる。 初めはそれほど気にするでもなく静かに佇み続ける桐山だったが、引っ張る力が強くなり、今度は「きゅるきゅる」と変わった鳴き声が聞こえてきた。 ちらりと視線を足元に向けると、そこには赤い体をした大きなトカゲの姿があった。尾の先にはじりじりと火が灯っている。 そのトカゲ――サラマンダーは学ランの裾を咥えたまま、くいくいっと引っ張っていた。 桐山はじっとそのサラマンダーを見つめ、小首を傾げるが、全く離そうとしないのを見て自分をどこかへ連れて行こうとしているのを察した。 学ランから口を離したサラマンダーはルイズの部屋の隣の部屋へ向かってのしのしと歩いていき、中へと入っていく。 その後を付いていき、桐山も中に足を踏み入れる。 中は暗闇に包まれていた。 正確には窓の外から入り込む月の微かな明かりや先程のサラマンダーの尾の灯火だけしかなかった。 「扉を閉めて下さるかしら?」 と、暗闇の奥――ベッドの方から妖艶な女の声がかかる。 桐山は後ろ手に扉を閉める。するとパチン、という指を弾く音と共に部屋の中に立てられた蝋燭が一本ずつ僅かな間隔を開けて灯っていった。 桐山のいる場所からベッドまで、まるで一つの道のように蝋燭の明かりは続いている。 ベッドに腰掛けているキュルケは、年頃の男ならば目のやり場に困る姿をしている。 彼女はベビードールのような下着だけしか身に着けていない。 桐山はそれを見ても特にどうも思わぬまま彼女を見続けていた。 「そんな所にいないで、こちらにいらっしゃいな……」 そんな彼を見て、困惑していると思い込んでいたキュルケは色っぽく声をかけて誘う。 溜め息も何の反応もせぬまま桐山はキュルケの目の前まで歩み寄る。 桐山の凍りついた瞳を間近から目にしたキュルケは思わず、ぞくりと身震いをした。 しかし、彼女が感じているのは恐怖ではなく、高揚感であった。 「初めまして。使い魔さん。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 妖艶に微笑みながら自己紹介をするキュルケ。 「あなたのお名前は?」 「キリヤマ。キリヤマ、カズオ」 桐山が無機質に名乗ると、キュルケは大きくため息をついた。そして悩ましげな目付きをする。 「……あなたは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね。 ――思われても仕方ないの、わかる? ――あたしの二つ名は『微熱』。あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんな風にお呼びだてしたりしてしまう……。わかってる、いけないことよ……。 ――でもね、あなたはきっとお許し下さると思うわ」 キュルケは立ち上がり、桐山の間近くで彼の氷のような瞳をじっと見つめた。 「恋してるのよ。あたし、あなたに。恋はホント突然ね……。 ――あなたがギーシュのゴーレムを倒した時の姿、とても素敵だったわ。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ! ――あたしね、それを見て痺れたのよ。信じられる? 痺れたのよ! 情熱! あああ、情熱だわ! ――二つ名の微熱は情熱なのよ!」 と、勝手に一人で盛り上がるキュルケだが当の桐山はそんなキュルケを見ても全く表情を変えていない。 それどころか、くくっと小首を傾げるだけだった。 (あら、ガードが固いわね……) 普通の男だったらここまでにダウンしているというのに、この桐山という少年にはキュルケの色気が全く通じていない。 次はどう攻めようかと思案したその時、窓の外が叩かれた。 そこには恨めしそうに部屋を覗く一人の男の姿が。 「キュルケ……待ち合わせの時間に君が来ないから着てみれば……」 「ぺリッソン! ええと、二時間後に」 「話が違う!」 キュルケは胸の谷間に差していた杖を振り、蝋燭の火から大蛇のような炎が伸び、窓ごと彼を吹き飛ばす。 その後もスティックス、マニカン、エイジャックス、ギムリまでもが姿を現すがキュルケの魔法やフレイムによって次々と吹き飛ばされていった。 「でね……あ! ちょっと!」 その間に桐山は興味を失ったかのように踵を返し、無言で部屋から出て行こうとする。 ノブに手をかけようとした途端、扉が乱雑に開け放たれた。 「ちょっとキュルケ! うるさいわよ……ってキリヤマ! あんたなんでこんなとこにいるのっ!?」 そこに立っていたのはルイズだった。そして、わなわなと肩を震わせている。 「取り込み中よ、ヴァリエール」 「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してるのよ!」 「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもの」 二人が言い合う中、桐山は興味もなさ気にルイズの脇を通って部屋を後にしていた。 ルイズはすぐ様彼の前に立ち塞がり、問い詰める。 「まだ話は終わってないわ! 何で、あんたがツェルプストーの所にいるのよ!」 「彼女が俺を呼んだんだ」 「……あんた、それだけでホイホイ彼女の所へ転がったっていうの……?」 ピクピクと口端を引き攣らせ、殺気立つ。しかし、桐山はそれには全く動じず、 「俺を呼んできた。俺はとりあえず部屋に入ってみた。それだけだ」 と言い残し、ルイズの横を通って彼女の部屋へと戻っていった。 「待ちなさい! ちゃんと説明してもらうわよ!」 桐山を追いかけ、ルイズも部屋へと飛び込んでいった。 フレイムと一緒に取り残されてしまったキュルケは、先程目にした桐山の瞳をふと思い返していた。 人形のように凍りついた、冷たい瞳。それはまるで全てを容赦なく凍てつかせるようなものだった。 その瞳が、自分の友人とよく似たものである事に気付く。 (……いえ、あの子よりももっと冷たいわね) トライアングルクラスのメイジである友人よりも、彼の瞳は圧倒的に冷たかった。 そして、一切の感情が宿っていない事に気付く。 翌日は虚無の曜日。休日であり、授業はなかった。 ルイズは桐山を連れて街へと向かう事になった。戦う事ができる桐山に剣か何かを買ってあげようと考えたのである。 使い魔たるもの、主人を守るのも役目の一つ。いくらドットクラスのメイジに勝てたからと言って所詮は平民だ。 剣一つくらいは持たせなければ、それ以上の実力のメイジと戦う事になっても勝てる訳がない。 桐山は特に何の意見もなく、ただ彼女に付いていく事になった。 (……な、なによ! あいつ! 何で、あんなに上手いのよ!) 馬に乗って街まで向かっていたのだが、ルイズは馬術が得意な自分と全くの互角、いや自分よりも優雅で遥かに見事な腕前で馬を走らせているのを見て何故だか無性に腹が立った。 主人である自分が得意とするものが、使い魔に劣る。それがとても悔しかった。 「……あんた! もう少しゆっくり走りなさい! 主人より前に出るのは許さないわよ!」 理不尽な嫉妬が混じった叫びを上げると、桐山は素直にスピードを落としてルイズの隣につく。 「あんた、何でそんなに馬の扱いが上手いの? 前にも乗った事があるの?」 「いや、馬に乗るのはこれが初めてだ」 などと言われてルイズは驚く。初心者? 冗談ではない。自分でさえここまで技術を磨くには時間がかかったのだ。それをほんの僅かな時間でここまで身に着けられるものなのか? 「……う、嘘おっしゃい! だったらどうしてそんなに馬の扱いが上手いのよ!」 「お前を見て覚えたんだ」 (あ、あたしを!? ……な、何なのよ! こいつ!) 確かに乗り始めてから数分の桐山はそれ程乗馬は上手くはなかった。 それを、ルイズの乗馬を僅かに見ただけであそこまで技術を物にするなんて。……化け物だろうか? 一方、学院の学生寮。自室で休日の楽しみである読書にふけていたタバサだったが、突然扉を乱雑に開けて乱入してきた人物に妨害される。 タバサは杖を取り、サイレントの呪文を唱えようとするが、 「待って!」 それが友人であるキュルケであると確認し、中断する。 「タバサ! 出かけるわよ! 支度して!」 「虚無の曜日」 「分かってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日なのか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。 でも、今はね、そんな事言ってられないの。恋なのよ! 恋!」 と、自分の肩を抱くキュルケ。 「あぁもう、説明するわ! 恋したのあたし! ほら使い魔のキリヤマ! 彼があの人が憎きヴァリエールと出掛けたの! だからあたしはそれを追って突き止めなきゃいけないの!」 キリヤマ。その名前にぴくりと僅かに反応するタバサ。 「わかった」 そう一言答え、読んでいた本をしまうと準備をする。 ずいぶんと物分りが良いので、キュルケは一瞬呆気に取られた。 「……まあ、いいわ。とにかく二人は馬に乗って出かけたの。あなたの使い魔のシルフィードじゃなきゃ追いつかないのよ!」 沈黙したままタバサは準備をし、窓を開けると指笛を吹く。 そして、飛んできた彼女の使い魔、風竜シルフィードに乗ってルイズ達を追った。 タバサがこれほどまでに軽く了承したのはキュルケに頼まれたからではなかった。 (彼は……わたしと似ている) あのキリヤマという少年。彼が自分とよく似ていたからだ。 雰囲気、表情、瞳……何もかもが自分と酷似していた。 まるで客観的に自分という存在を見ているような気がして、興味が湧いた。 三時間程、馬を走らせて王都トリスタニアの街へと着いたルイズ達。 今日は虚無の曜日という事でブルドンネ通りには多くの人々が忙しそうに行き交い、通りの脇には露天や商店が並んでいる。 「この先にはトリステインの宮殿があるのよ、だから街として発展もしているの」 桐山に少しくらいは説明した方が良いと思い、ルイズは大通りの先を指差す。 当の本人は田舎者のように辺りをキョロキョロとする訳でもなく、その視線はじっと正面のみ見据えられていた。 「ええと、武器屋はこっちだったわね」 そう言って路地裏へ入るルイズ。桐山もしっかり付いてくる。 路地裏は表通りに比べて日も当たらなくて陰気であった。 「ここら辺は治安が良くないから、あまりここへは立ち寄りたくないのよね……」 と、溜め息を吐くが路地を進んでいると突然、4人の男が二人の前に立ち塞がってきた。 「へっへっへ、貴族のおふた方。ここを通るには通行料が必要でね」 ごろつきの一人が下品に笑う。その手には小さなナイフが握られていた。 「で、いくら欲しいのよ」 「へっへっへ、そうだな。有り金全部出してもらお――ぎゃああああぁぁっ!!」 ナイフを突きつけながら言い終える直前に、突然男が絶叫を上げて蹲った。 その手からはいつの間にかナイフが消え、男の右目に突き刺さっている。 (な、何!? 何が起きたの!) 「このぉ!」 三人がナイフを振りかぶって一斉に飛び掛っていったのは桐山であり、ごろつき達が立ち塞がってから変わらぬまま静かに佇んでいる。 それからルイズは唖然とした。 桐山は三人を、五秒とかからずに次々と地に伏させていたのだ。 一人は両腕をあらぬ方向にへし折られてナイフを脚に突き刺され、 一人は桐山の手刀でナイフを手にした手首を真っ二つにされてその手首ごとナイフをもう片方の腕に突き刺され、 一番マシであった一人は桐山に手を掴まれて捻られ、足を引っ掛けられて前に一回転しながら地に叩きつけられて昏倒するだけで済んでいた。 「あぁ……ああぁ……」 尻餅をついていたルイズは微塵の容赦もなくごろつきを叩きのめした桐山を見て、恐怖を抱きかけていた。 何故、あそこまで冷酷になれるのだろう。ごろつきを叩きのめすのであれば、最後の一人のようにするだけで良いではないか。 「……あ、ちょっと! 待ちなさい!」 足が震えて立ち辛かったが、つかつかと先へ進みだす桐山の後をルイズは追った。 二人が路地を去った後も、ごろつき達は地を這い蹲ったまま呻き声を上げていた。 今ので憔悴しかけたルイズであったが、桐山が人を殺さなかっただけでも幸いだったと感じ、改めて自分を奮い立たせていた。 そして、目的の武器屋へと入っていく。 やや薄汚れた店内には様々な武器が置かれているが、店主は働く気があるのかカウンターでタバコを吹かしている。 しかし、ルイズ達の姿をみるや否や、媚びへつらった顔をする。 「旦那、貴族の旦那。うちは真っ当な商売をしていまさぁ。お上に目をつけられるようなことは、これっぽっちもありませんよ」 「何を勘違いしてるの。客よ」 と、ルイズが言うと店主は眉を顰めだす。 「貴族が、剣を……?」 「あたしじゃないわ。こいつに見合う剣を適当に一つ見繕ってちょうだい」 と、桐山を指差す。桐山は既に店内に置かれた剣を手にしてそれをじっと見つめていた。 しかし、どれを手にしてもすぐに興味を失ったかのように戻してしまう。 「あぁ、従者様にですかい。彼でしたら……」 良い鴨が来たものだと微かに笑いながら店主は1メイル程の長さの、ずいぶんと華奢な細身の剣を取り出した。 「昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行ってましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」 「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」 「へえ、何でも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしてましてね」 店主曰く、『土くれのフーケ』というメイジの盗賊が貴族の財宝を盗みまくっているという。 しかし、ルイズは盗賊には興味はない。 「もっと大きくて太いのがいいわ」 「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。見た所、若奥様の従者様にはこの程度が無難なようで」 「大きくて太いのがいいと言ったのよ」 ルイズと店主が交渉をし合う中、桐山はそちらに全く興味を示さず自分で勝手に剣を取っては戻している。 「これなんかいかがです?」 そして、店主が取り出したのは所々に宝石が散りばめられた、1.5メイルはあろうかという大剣だった。 「ほら! キリヤマ! あんたもこっちに来なさいよ!」 ルイズが桐山の服を引っ張って呼び寄せると、彼にその剣を渡す。 じっとその剣を見つめていた桐山であるが、その剣ですら他の剣同様にすぐ興味を失ってしまい、素っ気無く店主に返してしまった。 それどころか、もうこの店に用は無いと言いたげに踵を返し、店の外へ出て行こうとしてしまう。 「ちょ、ちょっと! どこへ行くのよ! キリヤマ!」 慌ててルイズが彼の腕を掴んで呼び戻す。 「あんたのために剣を買ってあげようって言ってるんじゃない! それを無碍にする気!?」 これではせっかく街まで来た意味がない。 「じゅ、従者さん……お気に入りにならないのでしたら、また別の剣を――」 店主もせっかくの鴨である客がこのまま何も買わずに帰ってしまうのだけは避けたかった。 そんな時だった。 「へっ、ざまあねえな」 突然、どこからともなく男の声が聞こえた。 「客に逃げられるようじゃあ、所詮はその程度よ!」 「何の声?」 ルイズがきょろきょろと辺りを見回す。 すると、店主が積み上げられた剣に向かって叫びだした。 「やかましい、デル公! お前は黙ってやがれ!」 桐山は再び踵を返すと、声がした方へ向かって歩き出す。 「黙らせられるもんなら、やってみるんだな!」 その声は一振りの錆付いた剣から聞こえてきた。 「これって、インテリジェンスソード?」 「はあ、『デルフリンガー』っていうインテリジェンスソードでして。……一体、どこの魔術師が始めたんでしょうねぇ。剣を喋らすなんて……。 やいデル公! それ以上、余計な事を言ってみろ! 貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」 「面白れえ! やってみろ! こちとらどうせ、この世にゃ飽き飽きしてた所さ!」 店主とデルフリンガーが言い争う中、桐山はその剣を無言で手にし始めた。 デルフリンガーは桐山の手の中で、桐山を観察するかのように黙りこくっていた。 それから少しすると、小さな声で喋りだす。 「おでれーた。……てめえ、『使い手』か。……って、何だよ!」 そのデルフリンガーでさえ桐山はすぐに興味を失って戻してしまい、離れていった。 「ちょ! ちょっと待て! おい、俺を買え! いや、買ってくれ! おいってばああぁぁっ!」 悲痛な叫びで懇願するデルフリンガーに、さすがの桐山もまた戻ってくる。 そして、再び手に取った。 そして、ルイズをちらりと一瞥する。どうやら、これに決めたようだ。 ルイズは桐山が変な物を選んだ事を意外に思って細く溜め息をつく。 「おいくら?」 「……え? ああ、あれなら20で結構でさ」 「あら、そんなに安くて良いの?」 「こちらとして良い厄介払いになりますんで」 ルイズが桐山に預けたサイフには200エキュー程のお金が入っている。 充分過ぎる程、破格の安値だった。 桐山は店主から渡された鞘ごと、黙々とデルフリンガーを背負っていた。 「あんた、本当にそんなので良いの?」 武器屋を後にし、馬を繋いでいる所まで戻っていく中、ルイズは桐山に問う。 正直、どうして桐山がこんなボロい剣を選んだのか不思議でならなかった。 「いいんだ」 それだけを言い、後は沈黙するだけだった。 「おい! 平民!」 学院に戻ってくるなり、突然桐山を呼び止めた生徒がいた。 ルイズと同級生のラインメイジ、ヴィリエ・ド・ロレーヌである。 彼曰く、先日のギーシュとの決闘で彼が勝ったのが許せないという事だった。 平民の分際で貴族に勝つなどという事はあり得ない。インチキだ。自分ならば彼に勝ってみせる。 そのような理不尽な因縁をつけてきたのである。 ルイズが必死に止めようとしても、ロレーヌは「ゼロのルイズは引っ込んでいろ!」などと言ってくる。 「決闘だ! 平民め!」 そう意気込み、桐山に挑んだロレーヌだった。 しかし、結果はすぐに出ていた。 「あ……あう……」 ものの数秒で地に這い蹲るロレーヌ。その右腕は手首から肩まで見事にへし折られている上に、杖も桐山の手刀で真っ二つにされていた。 その後桐山に対して貴族に勝ったという事実を受け入れられない尊大な生徒達は次々と彼に挑んでいった。挙句の果てには決闘など関係なく、一方的に桐山を叩きのめそうと喧嘩を売ってくる。 最悪、本気で桐山を殺そうとする者さえいた。 だが、桐山はどの相手もほとんど時間をかけずに逆に叩きのめしていた。 優秀な成績を収める生徒さえも、彼には全く歯が立たず、。一矢報いる事さえできない。 そして誰もが水のメイジによる治療が必要な程の重傷を負わされていた。 ただ、桐山もメイジは杖が無ければ無力化できるとすぐに学習していたため、杖をへし折られるだけで済んだ運の良い生徒もいた。 決闘を挑んだ生徒達は桐山を貴族に歯向かったとして訴えるべきだ、と学院長へ直談判していたが、 「馬鹿者。そもそも一方的に決闘を挑んだのはお主達じゃ。それに、彼はミス・ヴァリエールの使い魔。彼に罰を与えるのは彼女だ」 と、突き返されてぐうの音も出ないようだった。 夜が更けた頃、学院庭の塔の壁の傍で夜風に当たりながら桐山は読書をしていた。 学院の生徒達に次々と重傷を負わせてしまったという事で、ルイズからその罰として今日は部屋の外で寝るように命じられたのである。 実を言うと、ルイズもその生徒達から「もう少しお前の使い魔の躾をちゃんとしろ」などと逆恨みされてしまったのでこうなってしまい、そのため仕方なしにこうさせた訳である。 もっとも、ルイズの部屋のすぐ外で構わなかったのだが、桐山はあろうことか学院の庭まで移動していた。 「しっかし、お前さん本当に容赦がなかったな」 傍に立て掛けられたデルフが感嘆に呟く。 「貴族のガキ共相手とはいえ、少しは手加減してやっても良かったんじゃねえかい?」 「……道端の石ころをどかしただけだ」 と、答えるとデルフは溜め息を大きく吐き出す。 「……ったく、とんでもねえやつだなぁ。武器もまともに持たずにメイジを叩きのめすなんて、お前さん何者だよ?」 しかし、桐山は答えずに読書を続けている。 「シカトかよ……」 少し切なそうな声を出すデルフ。 すると、そんな桐山の元に一人の小さな人影が歩み寄ってくる。 桐山はそれに全く興味を示さずに読書を続けていた。 結局、昼間はキュルケと共に街へ行っても桐山に会えなかったタバサだが、そこで彼を見かけていた。 (そっくり……) 読書をしている彼のその姿に、タバサは息を呑んだ。 自分も読書は好きだ。そして、それに夢中になると周りの事などほとんど眼中になくなる。 まるで彼のように。 自分が近づいてきても、彼は全く興味を示さない。 ますます、自分という存在を客観的に見ているように思えていた。 桐山のすぐ隣に立ち、彼が呼んでいる本の中を見てみる。 自分の知らない言語で書かれた専門書みたいだ。 ちなみにその本のタイトルは「腹々時計」である。 タバサには内容が全く分からないが、桐山が自分など気にせずに読み続けているので余程内容が面白いのかと思っていた。 「本、好き?」 「ああ」 話しかけてみると、桐山はタバサを一瞥する事無く答える。 「何ていう本?」 「色々な戦い方が書いてある」 と、簡潔に述べて再び本に視線を戻していた。 (……そう。彼は、強い) ギーシュだけでなく、この学院の様々な生徒達がまるで相手にならなかった彼。 タバサもこれまでに様々な危険な任務に従事し、多くの敵と相まみえてきたが、正直彼の強さがどれ程のものなのかとても興味があった。 これまで自分は、己の目的を果たすべく力を蓄えてきた。 その力が、『メイジ・キラー』である彼に通用するかどうか……。 そのような黒い衝動が彼女を突き動かす。 「ん? どうしたんだい、嬢ちゃん」 デルフが桐山の横で、自分の身長よりも大きい杖を構えだすタバサに困惑しだす。 桐山はデルフがそのように慌てても、相変わらず読書に夢中だった。 「あなたと、手合せがしたい」 桐山は目を伏せると本もパタンと閉じ、デイパックの中にしまう。 そして、立て掛けていたデルフリンガーを手にしていた。 「おいおい、やめておけよ。こいつはここのガキ共が全く相手にならなかった奴だぜ? ケガしてもしらねえぞ」 「終了の条件は、相手を地面に倒す事」 デルフを無視して彼からゆっくり後退るタバサは桐山にルールの説明をした。 桐山は逆手に持ったデルフリンガーを無造作に垂らしたまま、自分から離れていくタバサを見つめている。 他の生徒達はルールの説明もなしに、一方的に彼を攻撃した。それで彼に半殺しにされた。 桐山は一切の感情が宿らない冷たい瞳で、タバサを見返していた。 タバサに対して苛立ちも、怒りも、敵意も、殺意も、何一つ抱いている訳ではない。 恐らく他の生徒達同様、目の前に転がっていた石ころをどかそうとするだけなのだろう。 前ページ次ページ無情の使い魔
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前ページ次ページ狂蛇の使い魔 第十四話 いきなり目の前に現れた、浅倉、タバサ、ギーシュの三人。 アンリエッタは突然の出来事に目を丸くし、不安げな顔でルイズに状況の説明を求めた。 要求に応じたルイズが三人をそれぞれ紹介していくと、しだいにアンリエッタの緊張が解け、元のにこやかな表情に戻っていった。 そして、ギーシュがアンリエッタに協力の意を示すと、彼女は改めて事情を説明し、彼やタバサにも任務を依頼。 二人とも快く引き受けたのだった 乗り気でないルイズだったが、三人が進んで引き受けたのと、何より親友であるアンリエッタたっての願いである。 結局、姫様の為なら、と渋々受諾したのだった。 一方、浅倉はその一部始終を見ると、床で大の字になったまま、ルイズに向かって「俺も連れていけ」と声をかけた。 暇潰しの相手がいなくなることに加えて目的地が戦地であるため、欲を満たすには好都合だと考えたのである。 彼の何かを企んでいるような怪しい表情を見て、ルイズは一度その申し出を断ろうと考えた。 しかし、傍若無人な彼の性格からして逆らっても無駄だろうと判断し、やむを得ず了承したのであった。 「ねえ、アサクラ。起きてる?」 晩餐会も終わり、学院中が寝静まった頃。 自分も眠ろうとベッドに横になっていたルイズは、顔だけを浅倉に向けて問いかけた。 浅倉も同様に、顔だけをルイズに向ける。 「あんた、いつも私の部屋で寝てるけど……何か理由でもあるの?」 ルイズが引き留めているわけでもないのに、わざわざ彼女の部屋で寝る浅倉。 給仕に掛け合えば、食堂での気に入られ具合からして寝室の一つくらいは用意してもらえそうなのだが。 少しの間を置いた後、浅倉が口を開いた。 「お前といると、落ち着くんでな」 「……えっ?」 思いがけない言葉に、ルイズは思わずベッドから上半身を持ち上げた。 「ふ、ふざけないでよ……」 「別にふざけてなんかいない。そんなことをしてなんになる。 お前といるとなぜかイライラが和らぐような気がする……ただそれだけの話だ」 ルイズは呆然としていた。 なんの気なしに側にいると思っていた浅倉が、実は自分を心の拠り所にしてくれていた……。 今までぞんざいに扱われてきた分、ルイズはその言葉に少しだけ好意を抱いた。 しかし、同時に新たな疑問が浮かびあがる。 「そ、それじゃなんであの時私に襲いかかったのよ」 「お前がライダーだったからだ」 浅倉がさも当然というように言い放つ。 「言わなかったか? 俺はな、ライダーと戦っている時が一番幸せなんだよ」 「それなら、今の私は……」 「襲う価値など微塵もないな」 つまるところ、浅倉にとってルイズはどうでもいい存在、ということだった。 ルイズはなんだ、と肩を落としたが、前よりもいくらか気分が楽になった気がした。 ルイズと浅倉が眠りについて、しばらくした頃。 自我を持った剣、デルフリンガーは、ルイズが眠っていることを確認すると、その身を揺らし浅倉の枕元でがちゃがちゃと音を鳴らし始めた。 しばらくすると浅倉が目を覚まし、呟いた。 「……その耳障りな音を止めろ。へし折られたいのか?」 「相棒、やっと起きたか。すまねぇな、少し話があるんだが……」 「後にしろ。俺は眠い」 そう言って、浅倉は再び目を閉じる。 「そう言うなって! お前の能力について話しておこうと思ってんだ!」 「……何?」 浅倉が古びた剣へと顔を向けた。 「相棒、あんた最近武器を持った時に体が軽いと感じたことはなかったか?」 浅倉は今までの戦いを思い出す。 ……確か、ギーシュと最初に決闘をしてからだ。 体が妙に動かしやすいと感じるようになったのは。 「……あったらどうなんだ?」 「やっぱりな。その左手のルーンといい、あんた、『ガンダールヴ』だぜ」 「なんだそれは」 耳慣れない単語に、浅倉は思わず顔をしかめる。 「知らねえのか? いいか、ガンダールヴっていうのはな……」 そう言って、デルフリンガーは語り始めた。 伝説の使い魔、ガンダールヴ。 あらゆる武器や兵器を自在に操る力をもち、使えるべき主である虚無の担い手を守るといわれている。 その能力は、例え見たことのない武器でさえ一瞬で使いこなせるほどらしい。 さらに、ひと度武器を持てばその身体能力は飛躍的に上昇するという。 「なるほど……。ずいぶんと都合のいい能力だな」 左手に刻まれた奇妙な印を見ながら、浅倉が言った。 「それで、その虚無の担い手とかいう奴は……まさか、あいつか?」 浅倉の視線が、自身の左手からベッドの上のルイズに移る。 「今のところ確証は持てねぇ。ただ、一つ言えることは……あの娘っ子がいるからこそ、相棒は使い魔としての力を行使できるってことだ」 ルイズの方を見つめ、何かを考えるような仕草をしたまま動かない浅倉。 構わず、デルフリンガーが続ける。 「今まで乱暴にしてきたみてぇだが、これからは優しく扱ってやんな。あの娘っ子が死んだら、お前の力もなくなっちまう。 間違っても殺そうだなんて思わないこった」 そう言って、デルフリンガーが話を終えた。 しばしの静寂の後、沈黙していた浅倉が再び古びた剣に視線を戻すと、口を開いた。 「別にライダーになれるだけで十分だが……そうだな。もっと力を得るのも悪くない。奴が俺の邪魔をしなければ、特に何もしないとだけ言っておくぜ。 ……それにしても、お前もずいぶんと割り切った奴だ。俺の耳には、あいつのことを道具のように利用しろというように聞こえたぜ?」 ニヤリ、と笑みを向ける浅倉。 デルフリンガーは押し黙ったまま答えない。 そのまま二人の間で会話が途切れ、部屋は再び夜の静けさに包まれたのだった。 (すまねぇな娘っ子。俺にできるのは、これだけだ……) デルフリンガーが心の中で呟いた。 翌朝。 アルビオンに向かうため身支度を整えたルイズたちは、学院の門の前に集合していた。 アンリエッタによって手配されたという護衛を待つためである。 「おはよう、ルイズ。もう大丈夫なの?」 「おはよう……ってあれ? なんでキュルケがここに?」 キュルケに声をかけられ、驚いた表情を見せるルイズ。 タバサから事の詳細を聞いたキュルケは、ルイズへの心配と浅倉への警戒心から、勝手についていくことにしたのであった。 「そう……。いろいろと迷惑をかけちゃったわね」 「ふふっ。これで借り一つね。……ところで、本当に彼も連れていくの?」 キュルケが後ろを振り向き、厳しい視線を投げかける。 その先には、ギーシュに荷物を押しつける浅倉の姿があった。 「どうせ言ってもきかないし……。ま、なるようになるんじゃないかな」 そう言って、ルイズは苦笑する。 少し前まではあれだけ彼を怖がっていたのに、今のルイズにはあまり不安が感じられない。 何かあったのかとキュルケがルイズを問い詰めようとしたその時、朝もやの奥から何かが羽ばたくような音が聞こえてきた。 皆が視線を向けると、そこにはグリフォンから降り、こちらに近づいてくる何者かの姿があった。 前ページ次ページ狂蛇の使い魔
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前ページ次ページ滅殺の使い魔 「僕の二つ名は『青銅』。 青銅のギーシュだ。 従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」 豪鬼に向かって、ゴーレムが突進してくる。 豪鬼は一歩も動かない。 が、ゴーレムの行く手を阻むように、右手を前に出した。 ゴーレムが間合いに入り、豪鬼が突き出した手を払おうと腕を振る。 その瞬間。 ――豪鬼が、消えた―― 「なっ……! ど、どこだ!何処に行ったっ!」 ギーシュが辺りを必死で見回す。 周りの野次馬達も同じように何処だ何処だと視線を動かした。 一人の生徒が気付く。 「う、上に」 時既に遅し。 豪鬼がゴーレムの頭上から手刀を構えて落下していく。 混乱状態のギーシュは、不覚にもワルキューレを棒立ちにさせている。 無論、突然の出来事に反応は出来ず。 「ふんっ!」 豪鬼の手刀がワルキューレに命中し、その青銅の体を容易く両断する。 『天魔朱裂刀』……相手の攻撃をすんでの所で見切り、頭上から手刀を叩きつける技である。 大抵の者はその一瞬の出来事に全く反応できず、成す術なく当たってしまう。 ワルキューレ『で、あった物』は、力なく左右に倒れた。 「う、うわあぁぁぁぁぁ!」 半狂乱のギーシュが、滅茶苦茶に薔薇を振る。 新たなワルキューレが六体、ギーシュの周りに現れる。 豪鬼はゆっくりと構えなおすと、目を見開き、口を開いた。 「我は、拳を極めし者。 ……うぬらの無力さ、その体で知れい!」 一方、森では。 「潰れろ!」 一人のメイジを掴んだ『白髪の男』は、それを大木に叩きつけ、大木ごとメイジを屠る。 その足元には、既にもう一人のメイジの亡骸が横たわっていた。 「さて……あとは君一人だ。 『トライアングル』君?」 『白髪の男』は、ゆっくりと振り返る。 少女は既に遠くへ避難し、震えながら傍観していた。 残ったメイジは、がくがくと震えながら、手に持った杖を『白髪の男』向ける。 「どうした? 早くしたまえ」 「ひ、ひぃ!」 メイジの放った炎の玉は、一直線に『白髪の男』に向かう。 「ハッハッハ!」 ――『白髪の男』の前に、緑の光が現れた―― 場所は戻り、ヴェストリの広場。 「な、なんなの、あいつ……」 『平民とギーシュが決闘をする』。 それを聞いたルイズは、他の生徒と同じように広場に来ていた。 豪鬼の命を救うために……。 だが、それも要らぬ心配だったらしい。 ルイズの目には、青銅のゴーレムが豪鬼に真っ二つにされると言う衝撃の光景が飛び込んできていた。 また、広場の別の場所では、キュルケと、小さな幼い印象を受ける生徒が、二人の決闘を見つめていた。 「な、何だったの? 今の……。 ねえ、タバサ」 キュルケが引きつった笑みを浮かべ、隣の少女、タバサに話しかける。 「……わからない」 一言でその問いに返答するタバサ。 その言葉には感情が感じられないが、しかしその目は、驚きと興味で見開いていた。 そんな中、急に広場の生徒達人ごみの一部が割れた。 中から現れたのは、オスマン、ロングビル、コルベールの三人だった。 ロングビルが、オスマンに対し説明を始める。 「片方がギーシュ・ド・グラモン。そしてもう片方は、ミス・ヴァリエールの使い魔です」 それを聞くと、コルベールとオスマンは顔を見合わせた。 コルベールは驚いた表情をしている。 「オールド・オスマン……!」 「うむ……」 「オールド・オスマン」 「なんじゃ? ミス……」 ロングビルは、普段からは考えられないほどに真面目になっているオスマン達に威圧される。 「い、いえ、『眠りの鐘』の使用許可を求めているようでして……」 「要らん。 こんな子供の喧嘩に秘宝など」 オスマンはそれを一蹴するが、その目は警戒心をありありと表していた。 広場の中心で、豪鬼とそれを囲うように位置したワルキューレ達が睨み合う。 豪鬼は一向に構えから動かず、ワルキューレ達を警戒するそぶりも見せない。 対するギーシュも、先ほどのワルキューレにおいて、カウンターを受けたため、迂闊には動けない。 広場内を静寂が包む―― 「行け! ワルキューレ!」 静寂を破ったのは、ギーシュだった。 ワルキューレに指令を出し、それを受けたワルキューレ達は、一斉に豪鬼に向かって走り出す。 しかし、それが豪鬼に達することは無かった。 「滅殺……」 「なっ! と、止まれ!」 豪鬼の変化に、ギーシュが咄嗟にワルキューレを制止させる。 「……」 そう豪鬼が呟く。 小声のそれは、しかし大きな威圧感を持ち、ギーシュの判断を鈍らせた。 豪鬼はそれを尻目に、手を『天』に向かって突き上げる。 「我が拳、 とくと味わえ」 「……くそ! 行け! ワルキューレ!」 そして再びワルキューレ達が動いた瞬間、豪鬼が突然、突き上げていた右手を振り下ろし、地面を殴ったのである。 「あ、じ、地震!?」 ただそれだけのことで、地面が揺れる。 豪鬼の足元の地面から光が溢れる。 それはさながら火山の噴火のように。 やがて地震が収まり、広場の生徒が豪鬼達に視線をを向ける。 そこには既にワルキューレの姿は無く、ぐちゃぐちゃにひしゃげた鉄の塊が、豪鬼の足元に転がっていただけだった。 「あ……あ……」 腰を抜かし、ズルズルと後ろに下がっていくギーシュ。 豪鬼は、そんなギーシュに一瞬で近付き、そして、手を振り上げた。 「ひぃっ!」 ギーシュが必死で後ずさる。 それを、周囲の人間は助けようとしない――否、周りの者達も同じくその場を動けないのだ。 しかし勇敢にもその威圧に耐え者がいた。 コルベールだ。 コルベールは、あたふたとギーシュに駆け寄る。 そして、豪鬼にその杖を向ける。 「み、ミスタ・グラモン! 大丈夫かね!?」 「あ、あ……?」 「済まない、ミスタ・グラモン……。 こんなことなら、私が止めれば良かったのだ……!」 そんなコルベールを見たオスマンは、あえて声を掛けなかった。 「帰るぞ、ミス・ロングビル」 「え、あ、はい」 オスマンが身を翻す。 それに少し遅れて、ロングビルも歩き出す。 コルベールの大声が聞こえる。 オスマンは呆れたようにため息をつき、呟いた。 「阿呆が」 次の瞬間、オスマンの後ろで大きな騒ぎが起こった。 「へ、平民が消えたぞぉっ!」 「ど、どこだ!? また上か!?」 「い、いや、上じゃない! 地面か!?」 そう、豪鬼は、既にその場を去っていたのだ。殺気だけを残して。 ロングビルはオスマンに追いつくと、一つ、疑問を口にした。 「オールド・オスマン。 あれならば、『眠りの鐘』を使用するべきだったのでは?」 オスマンは立ち止まり、いつものように髭を撫でながら言った。 「いや、それは無いじゃろ。 実際、どちらも怪我という怪我はしておらんしな」 「……は、はあ」 それに……、と小声でオスマンが呟く。 「……あの男に、そんなものが通用するとは思えんな……」 「は?」 「いや、なんでもない」 オスマンは悟られないように小さく、本当に小さくため息を付くと、これからの苦労に、気が重くなる思いで、ある人物に思いを馳せる。 「『あの方』ならば、どうするのかのう……」 今日の「滅殺!」必殺技講座 天魔朱裂刀 俗に言う『当身技』。 コマンドを入力し、構えに入る。 その一瞬に相手が打撃技をしてきた場合、即座に反撃すると言う技である。 その性質上、多少の読みが必要になるため、使い所は制限されるか。 コマンド「(上段の場合)下、下+パンチボタン三つ同時押し。(下段の場合)下、下+キックボタン三つ同時押し」 金剛國裂斬 ギーシュのワルキューレを一撃で葬った技。 実際の威力はこんなものではなく、エアーズロックを一撃で叩き割り、地盤を破って地獄へと行けたりしてしまうハチャメチャ技。 作者はアレク使いなので詳細は分からないが、かなりの威力を発揮する様子。 ゲーム中では、暗転後、地面を思い切り殴り、その衝撃波で攻撃をするという業になっている。 コマンド「下、下、下+パンチボタン三つ同時押し」 「地盤を叩き割って……で、どうしたの?」 「死合った」 「あ、そ。 もう慣れてきたわ」 今日の「死ネィッ!」必殺技講座 ゴッドプレス 突進しながら相手を片手で掴み、さらに加速しながら最後には画面端に叩きつけるという技。 ちなみにこの技、ルガールの象徴的なものとなっている。 コマンド「逆半回転+パンチボタン」 「オリコンでこの技を連続で放つのは男のロマンと言うやつだよ、テファ」 「すごいです! ダメージは勿論大きいんですよね!」 「……君の純粋さが辛い……」 前ページ次ページ滅殺の使い魔
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反省する使い魔! 第七話「決闘・三年ぶりの戦い」 ヴェストリの広場… ルイズたちに案内されてやってきた広場には 音石やルイズたちが想像していた以上にギャラリーが集まっていた。 しかし、観客は多いほど盛り上がるしやり甲斐がある… ギタリストとして熱く生きることを目標とした音石にはちょうどよかった。 「ギーシュ!あいつが来たぞ!」 観客の一人マリコルヌがそう言った瞬間、ギャラリーたちが一斉に音石を見た。 そしてギーシュが高らかに杖の薔薇を掲げる。 「さあ諸君、決闘だ!!」 観客たちがよりいっそう強い歓声を上げる。 音石がギーシュのいる広場の中央に向かい、 ルイズとシエスタは野次馬に紛れ込んだ。 「逃げずにきたのは褒めてやろうじゃないか、正直意外だったよ…」 「御託はいいんだよ、さっさと始めようぜ」 「まあ、待ちたまえ。軽くルールだけは説明しておこう、とはいっても単純だ、 どちらかが敗北を認めるまでだ。立会人はここにいる観客たち…、 ついでに言っておくが僕はメイジだから当然魔法で戦わせて貰うよ? だが僕は慈悲深い、ハンデとして…僕の杖であるこの薔薇… 君がこの僕からコレを奪うことができたら君の勝ちにしてやろう フフッ、とは言っても所詮平民ごときにできやしないだろうがね」 「フッフッフ、よく言うぜ。逆に聞くがよ、魔法がなかったら何にもできやしない 口だけ野郎のお坊ちゃまが魔法以外でどうやって俺に勝つ気だ? テーブルマナーでもしてくれんのかよ?」 「………いいだろう、そんなに死にたいのならっ!!」 音石の挑発に頭に来たギーシュが勢いよく薔薇を掲げ、魔法を発動しようとしたが… 「ン!だがちょっと待ってくれ……… その前にオレのほうも『ハンデ』を決めとくぜ」 音石の発言にギーシュ含め、周りの観客たちも一瞬キョトンとしたが すぐそれは爆笑に変わった。 ギーシュが目を閉じ、顔に薔薇を近づけクックックッと皮肉そうに笑った。 「『ハンデ』だと?クックック何を馬鹿なことを…平民ごときに 『ハンデ』など必要な…」 「ギーシュ危ない!!」 「え?」 【バキィッ!!】 「うぐぇっ!!!」 「おいおい、なに決闘中に目なんか瞑ってんだぁ~? ふっふっふっふ、眠いんだったらコレで目ぇ覚めただろぉ」 音石が言うコレとは 目を瞑った瞬間、ギーシュに一気に近づき 彼の顔面にお見舞いした音石の拳のことである。 生徒の一人がギーシュに警告したときは時既に遅しだった。 「なんて卑怯な……!」 「さすが平民だな!そこまでして勝ちたいのか!?」 「神聖なる決闘を…、なんて奴だ!!」 「おい平民!卑怯だぞ!!」 観客からの熱烈なブーイングを受けるものの、 音石はギーシュにそれ以上の追撃はしなかった。 いや、それどころか元いた位置に後退し、ギーシュが立ち直るまで 待っていたのだ。 「ぐ…はっ…、やってくれたな…… よもやこんな手を使ってくるとは…、さっき貴様を褒めてやろうと言ったが… 取り消させてもらうぞ、平民…」 ギーシュの殺気と怒りが篭った目が音石を睨み付けるがそれでも ギーシュの目に臆する事も無く、音石は余裕の笑みを浮かべていた。 そんな音石の余裕の表情に、ついに必死で平静を保っていたギーシュの 怒りが爆発した! 「平民ごときがっ!!貴族をコケにするのも大概にしろぉーーーーッ!!!」 今度こそ勢いよくギーシュが薔薇を振る。 すると花びらが宙を舞い、地に触れる。 その途端、まるで地面から生え出てくるかのように 甲冑を身に纏った一体の青銅の女戦士が現れた! 大きさは大柄の人間ぐらい、およそ2メートル前後ほどである。 「ほぉ~、そいつがてめえの魔法ってワケか?」 「この『ワルキューレ』が貴様を嬲り殺してやる!! この『青銅』のギーシュを怒らせたことをあの世で永遠に後悔するがいい!!」 「『ワルキューレ』……ねえ…… しかし嬲り殺す?ククク、そんなノロそーな鉄くずでかァ~?ククククク 笑ったものか!アクビしたものか!こいつは迷うッ迷うッ」 ワルキューレが音石に突進を仕掛けてきた。 こうして決闘の火蓋が切って落とされる! 所変わってここは学院長室 魔法学院の最高責任者、学院長オールド・オスマンが パイプを吸いながら、退屈そうに机に置かれている大量の書類を眺めていたが やがて、ソレもそっちのけで愚痴をこぼしていた。 「退屈じゃの~、ミス・ロングビル」 オールド・オスマンがいうミス・ロングビルとは 彼の秘書を勤める、緑色の髪と眼鏡をした若い女性の事である。 彼女もまた秘書用の机で書類をまとめている。 「オールド・オスマン、そういう台詞は 仕事を終わらしてから言ってください」 「いやいや、そういう意味での退屈じゃなく……なんと言うかの… そう!毎日が平和すぎてつまらんのじゃ!」 「平和が一番じゃありませんか」 「しかし、こうも毎日が何も無いというのもかえって体に毒じゃろ」 すると、ミス・ロングビルが書類を書く手を止めた。 「オールド・オスマン」 「何じゃ?」 「そーやって私の気を逸らしてる間に スカートを覗くのはやめてください」 ミス・ロングビルが自分の机をずらすように動かすと 机の下から、オスマンの使い魔であるネズミ、モートソグニルが姿を現し 素早くオスマンの元に帰っていった。 使い魔には主人と感覚を共有する能力などがあるらしく オスマンは自分の使い魔のネズミを使い、ミス・ロングビルの スカートの中を覗いていたのだ。 ついでに言うとなぜか音石にはこの使い魔としての 能力が搭載されていないらしい。 「なんじゃバレとったのか、つまらんのぅ ミス・ロングビル、あまり年寄りの楽しみを奪うものではないぞ フム、なるほど…今日はシロか」 「……今度やったら王宮に報告します」 「フォッフォッフォッ、いちいち王宮が怖いよーで この魔法学院の長が務まるかい」 オスマンが笑いながら、自慢の長い顎髭をいじり ロングビルがため息をついていると、学院長室の扉が 不意に大きな音を立てた。 入ってきたのは慌しい様子のコルベールである。 「学院長!た、た、た、大変です!!」 コルベールの顔は汗でびしょ濡れだった。 どうやらよほど慌てて走ってきたようで呼吸もだいぶ荒い。 「どうしたんじゃ、コルベール君 そんなに慌てて…、瞬間育毛剤でも発明したのか?」 「そんなんじゃありません!!あ、いえ、それよりも 見てもらいたいものがあるんです!」 コルベールが手に持っていた本をオスマンに差し出した。 どうやらかなり古いものらしく、だいぶ痛んでいる。 「ほう…『始祖ブリミルと使い魔たち』か、 こいつがどうしたんじゃ?」 「実はさっきまで図書室で調べモノをしていたんですが…」 「調べモノ?」 「はい、…昨日の使い魔の儀式で人間が召喚されたのは 学院長もご存知でしょう?」 「当たり前じゃ、人間が召喚されるなど前代未聞じゃからの」 「実はその召喚された人物がしていた使い魔のルーンが 見たことなかったモノだったので調べてみたんですが… ここです!このページ!ここに記されているルーン!」 コルベールが興奮を抑えきれないまま、昨日紙にスケッチした 音石のルーンと、その本に記されているルーンをオスマンに 見比べさせた。オスマンの目が素早くスケッチと本を見比べ理解した。 なるほどの、コルベール君が慌てるのも無理もない オスマンの顔が引き締まった。 するとまた突然、扉から甲高い音が響いた。 一人の教師が血相を変えてやってきたのだ。 「オールド・オスマン!一大事です!! 生徒が決闘をはじめています!!」 「まったく次から次へと… 忙しいったらありゃせんの~…」 「ついさっきまで退屈じゃの~とか言っていたのは どこの誰でしたっけ?」 「抜け目ないの~、ミス・ロングビル… それで?決闘をしておるのは一体どこのどいつじゃ?」 「あ、はい…一人はギーシュ・ド・グラモンです」 「やれやれ、あのグラモン家のバカ息子か。大方、女の子が原因じゃろう」 「い、いえ…確かにもとの原因はミスタ・グラモンの女癖にあったようなのですが どうもミス・ヴァリエールが呼び出した平民が彼に 暴行を加えたそうなんです」 「彼がッ!?」 コルベールが驚きの声を上げるのとは裏腹に、オスマンは なにかを考え込んでいるのか目を瞑って黙り込んでいる。 「オールド・オスマン、いかがなさいましょう? 教師の何人かが『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが…」 「………いや、一旦様子を見ることにしよう、 ほかの教師たちにもそう伝えておけ、何か問題が起こった場合 全責任はわしが取る」 「りょ、了解しました」【バタンッ】 教師が部屋を退出するのを確認するとオスマンが杖を振るった。 すると、壁に飾られていた大きな鏡がなにかを映し出した。 ソレはまさしく決闘が行われているヴェストリの広場の様子だった。 鏡の中でギーシュと音石が向かい合っている。 オスマンもコルベールもロングビルもそれぞれ別々の思考を 張り巡らせながら、黙ってその決闘を眺めていた。 所戻って決闘中のヴェストリ広場 観客の歓声が轟くなか ギーシュのワルキューレの拳が音石に襲い掛かるが、 音石は横にステップしそれをかわす。 次に地面を叩きつけるかの様に拳を振り下ろしてきたが それもバックステップで回避する。 「くっくっく、エラそーに大口叩いてた割には 逃げてばかりじゃないか?少しは僕のワルキューレに 攻撃してみればどうなんだい?」 音石から20メートル程、間隔を空けているギーシュが そう言い放つがそれでも音石は避け続けている。 「あのバカ!避けてばっかじゃあそのうちバテちゃうじゃない!」 そんななか、ギャラリーの中にいるルイズが声を荒げている。 やっぱりここは不本意だけど自分が出てギーシュに謝ったほうが いいんじゃないだろうか…。不安になりながらルイズは 決闘の様子を眺めていたが、それでも音石は避ける一方で 反撃する気配を見せなかった。 「なによなによ!おもしろいものって 避けてばっかて事なんじゃないでしょーねっ!?」 「あ~ら随分とご立腹ね、ヴァリエール」 「当たり前でしょう!!………って、キュルケ、なんでアンタが!?」 「こんなおもしろそうな事が起こってるのに見逃さない手はないでしょ?」 ルイズの後ろから声をかけたのはキュルケだった。 タバサも彼女の横に並んで相変わらず本を読んでいる。 「ねえタバサ、あなたの意見が聞きたいわ。どう思う?」 「……彼には何か勝算がある」 「勝算!?あいつさっきから避けてばっかじゃない! どこに勝算があるっていうのよっ!?」 「少しは落ち着きなさいよルイズ、 でもタバサ、どうしてそう思うの?」 「さっき彼がギーシュに騙し討ちを仕掛けた時、 成功したにもかかわらず、彼は追撃せずあえて後退した 確実に勝利を狙うのならあのまま杖を取り上げるなり、 攻撃を続けたたりしたほうが確実、 でも彼はそうしなかった。ギーシュが仕掛けてくるのを 待っていた、つまり………」 「たとえギーシュが魔法を使ってきても、ソレに対応できる 何らかの自信と勝算がある、ってこと?」 タバサが言おうとした内容をルイズが察し呟く。 タバサはコクリと頷いた。 キュルケもルイズもなるほどと納得はしたもののソレでも重要な所が 未だわからなかった。 「でもタバサ、その勝算って一体何なのかしら? あの使い魔、メイジじゃなさそーだし 特に武器を持っているわけじゃないのよ?」 「わからない、でも考えられる可能性がひとつだけある… 彼がぶら下げているあの見たことない楽器……」 「まさかあれがマジックアイテムの類ってこと!?」 「確証はない、あくまで可能性……」 「……仮にあれがマジックアイテムだとして どうして彼はさっさとソレを使わないのかしら?」 「たぶん様子見、ワルキューレを通して ギーシュの実力を推測してるのだと思う… もしそうならそろそろ頃合……」【オオォーーーーーーーーーーーーーッ!!!】 ギャラリーのいきなりの歓声に 3人が咄嗟に広場に目を戻した。 なんと音石がワルキューレを猛撃を切り抜け、 ギーシュに突っ込んでいるのだ! 一気に間合いに入りギーシュを倒すつまりだ! 広場にいる誰もがそう思った、 しかし同時に音石のその行動を誰もがあざ笑った…、 なぜなら……、 「ハッハッハッ!僕のワルキューレを無傷で切り抜けたのは 敬意を表してあげよう、平民にしてはたいしたものだ! 見た目によらずなかなかいい動きをする……しかし、甘いな!! 僕が操れるワルキューレは1体だけだと思っていたのかい!?」 そう、ギーシュが操れるワルキューレの数は1体だけではなかったのだ! 手に持つ薔薇を振ると、地面から新たに3体のワルキューレが現れたが それだけではない、その3体すべてが槍を武装していたのだ。 「チィッ!」 音石が舌打ちをし、仕方なくバックステップで 距離をとろうと考えたが、後ろにはまだ最初の1体がいるのを思い出し 音石が咄嗟に足を止めたが、その瞬間をギーシュは見逃さなかった。 「そこだ!ステップ移動は止まった瞬間におおきな隙ができる!! ワルキューレ一斉攻撃!その平民を八つ裂きにしろぉッ!!」 前方の槍を持ったワルキューレ3体が 正面、右側、左側から、 音石の後方にいる何ももっていない素手のワルキューレが 音石の背後を、 一気に取り囲み、一斉に攻撃を仕掛けた!! 「いやあアァァァァァァァァァァッ!!!」 シエスタかルイズのかもわからない甲高い悲鳴が広場に響いた。 いや、案外モンモランシーかケティの悲鳴だったのかもしれない……。 「そんな……!!学院長!!!」 学院長室でコルベールが叫ぶ、ミス・ロングビルも なんてこと!と今にも言いそうな顔をしていたが オールド・オスマンの目がよりいっそう鋭くなっている。 「は、早く広場に行って彼に治癒の魔法を……!!」 「まてぃっ!!コルベール君、よく見てみるのじゃ!!」 すぐに広場に向かおうとしていたコルベールは オスマンの声にピタッと止まり、もう一度 広場を映しこんでいる鏡を見てみた。そこには… 「な!?こ、これは一体!!?」 広場の観客たちを初め、ギーシュ、ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ達は 一瞬何が起こったのか理解できなかった。 だれもが音石のインパクトのある串刺し死体を 強く思い浮かべていたからだ、 しかし、今その広場には音石の周りにワルキューレだった青銅が 粉々になって散らばっているという結果だけが残っていた。 「青銅つっても所詮こんなもんか、案外モロっちーもんだな」 「な、なにを……した?」 「メイジの強さを確かめる為っつっても、さっきのは さすがに焦ったぜ、生身じゃあれぐらいが限界だな」 「僕は何をしたかと聞いているんだ!答えろ!平民!! い、いや…少しだけ見えたぞ、なにか…異様に光った腕が ワルキューレの影から見えた!あれは一体なんだ!?」 「………てめぇ見えてんのか?…いや、そう言えば あのシュヴルーズって教師が言ってたな 『メイジが魔法を使う要は精神力にある』 なるほどな~、精神力を扱うってとこらあたりが俺たちと同じだから 見えていてもおかしくはねーってわけかい……」 「なにを一人でブツブツ言っている!答えろ!あの腕は何だ!!? 貴様、まさかメイジなのか!?それともただの平民なのか!?どうなんだ!?」 ギュウウウアァーーーーーーーンッ!!! 「な、なに!?」 「フッフッフッフッフッフ……」 音石が突然ギターを弾き、笑い始めた、 ギーシュはさらに混乱しながらも、 音石が自分に接近してきているのに気が付き、 すぐさま、新しいワルキューレを作り出した、 しかし4体が一斉に破壊されたことを警戒しているのか 作り出したワルキューレの数は1体だけだった。 「く、くそ!一体何がおこっているんだ…、確かめてやる! いけ!ワルキューレ!!今度こそ八つ裂きにしろぉッ!!」 ギーシュが音石に杖を指し、ワルキューレが先ほどと同じように 剣を手に、音石に突撃を仕掛けた。 周りのギャラリーも平民がワルキューレ4体を一瞬で粉々にしたという 予想外な自体にざわめき始めている。 「あの平民、一体何をしたんだ!?」 「お、落ち着け!ただの平民がギーシュのワルキューレを 倒せるわけがないだろ!!単にギーシュの錬金が甘かっただけさ!!」 「なにか…一瞬光ったような…」 「ギーシュ、落ち着け!そんな平民にうろたえる必要なんてないぞ!」 当然、混乱しているのはルイズたちも同じだった。 ルイズもキュルケもわけのわからない結果に驚愕し、 日頃、特に感情を顔に出さないタバサさえも、本から目を離し 目を見開いている。 「ね、ねえタバサ…、彼一体なにをしたの!?」 「わからない、ワルキューレが陰になって見えなかったから見当も付かない… 少なくとも、普通の人間が青銅を粉々にするなんてありえない」 「そう…よね…、ねえルイズ。あなたは何か見えた? やっぱりあの楽器、マジックアイテムだったかしら?」 「ぜ、全然……わたしにもサッパリ… で、でも……私にも見えた、ちょっとだけ… あれは…、そう間違いない!あれは『尻尾』よ! ワルキューレの足の間から『尻尾』のようなものが視えたのよ!! あいつ、ただの平民なんかじゃない!わたしたちの想像できない 何かを隠し持ってるっ!!」 剣を手に持つワルキューレが向かってきている、 それでも音石は余裕の表情を一切崩さなかった。 運が悪かった、それ以外何者でも無いだろう…、 普通の平民なら十中八九、ギーシュが余裕で勝っているだろう、 しかし悲しきかな、ギーシュが相手にしている平民は本当に特別だった。 異世界から召喚された人間という事実だけでも十分特別だろう… だが、真の『特別』はそれだけではない、真の『特別』とは! 人並みを外れ、その外れた数が多ければ多いほど真の『特別に』近づくのだッ!! そして音石は叫んだ、自分の『特別』を! 才能持つ者にしか手にすることができない特別、自分を『スタンド』を!! 「『レッド・ホット・チリ・ペッパー!!!』」 【ドグォンッ!!!】 「…………………………は?」 マヌケそうな声がギーシュの口から漏れた。 言葉が見つからなかったのだ。一体何が起こったのかわからなかったのだ。 自分は今間違いなく平民と向かい合っていた。 その間にいるのは自分が作り出したワルキューレだけだった、 じゃああれはなんだ?一体なんなんだ? 獰猛な目を持ち、尖った口ばし、尻尾を生やし 体を発光させているあの怪物は一体なんだと言うのだ!? 「い、い、い、一体なんなんだそれはあアアアァァーーーーーッ!!!??」 ギーシュは喉が枯れてもおかしくない大声で叫んだ。 ギーシュだけではない、当然ギャラリーも今までとは 比にならないくらいに騒ぎ出した。 ルイズ、キュルケ、タバサはもはや互いに語り合う事もなく ただ目を見開きながら、レッド・ホット・チリ・ペッパーを眺めていた。 「教えてナンになるんだよ?教えてオレに得があるかァ~? 教えたところでてめーみてーなガキに理解できんのかよ? カスみてーな質問してんじゃねーよ、くっくっくっく」 「うっ……うう……ワ、ワルキューレ!」 「邪魔だ」【ドガァッ!】 「なッ!?ぼ、僕のワルキューレを…い、一撃で!?」 「つくづくカスみてーな脳ミソだな、さっき一斉に4体を破壊してるのに たった1体でどうにかできるわけねーだろ? こんなノロい鉄くずが我が『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を 上回るとでも思ってんのかァー?ボケが」 ギャラリーはさらにパニックになった。 なんてことだ!あの亜人は姿がおぞましいだけでなく 強さもデタラメだ!どうなっているんだ!? なぜあれほどの亜人をあの平民が操っているんだ!? ギャラリーの混乱は増すばかりだった。 「くっくっくっく、いいね~~、この歓声が実にいい… やっぱり、ギタリストとして熱く生きるオレは こーゆーのが必要なんだよなァ~~~、フッフッフッフッフ おらぁガキ共ッ!!声が小せぃんだよ、もっと張り上げろッ!! もっと俺を熱くさせろぉッ!!!」 ギャギャアーーーーーーーーーーーーーンッ!!! ギターを奏で、ギャラリーはいっそうパニックの声を高めた。 レッド・ホット・チリ・ペッパーも観客にインパクトを与えるために 音石の周りを飛び回っている。 ギーシュはこの理解不能な事態を受け入れることができなかった、 自分は今間違いなく人間の平民を相手にしていた筈なのに、 本当なら自分のワルキューレがあの無礼な平民に鉄槌を下す筈なのに、 しかしなんてことだ、自分が相手にしていた平民はただの平民では なかった。亜人を操る平民なんて聞いたことがない。 自分はとんでもない奴を敵に回していたんだ、 「う、う、うわああああああああああああッ!!!」 ギーシュは無我夢中で杖を振り、残り最後の2体のワルキューレを生成した。 理解不能ではある、しかし今あの男は自分と戦っているんだ。 戦っている以上、あの男はあの亜人を使って自分を攻撃してくる。 青銅を一撃で粉砕するほどのパワーをもし生身の自分が受けたら… 間違いなく死ぬ! 「たった2体だけって事は…、そいつらで最後ってわけか オーケー、ギャラリーも最高に盛り上がってるところだ ここいらで一気に決めちまったほうが最高にカッコいいよなーッ!」 「く、来るな!来るんじゃないッ!!」 駆け出した音石にギーシュのワルキューレがヤケクソに 手に持つ剣で無茶苦茶に振り回している。 「山カンにたよってヒョッとして大当たりなんつー 都合のいい発想はやめろよな」 【グゥアシッ!】 「なッ!?う、受け止めた!?」 レッド・ホット・チリ・ペッパーは我武者羅に振り回している ワルキューレの剣をなんと指2本だけで摘み止めたのだ。 「無駄無駄、てめーのワルキューレのスピードなんて 仗助のクレイジー・ダイヤモンドの比じゃねーんだよ、 こんなすっトロい鉄くずがオレの相手になるかよぉっ!!」 【ドゴォッ!】 最後のワルキューレもあっけ無く破壊され ギーシュは完全に戦意を喪失した。 音石はレッド・ホット・チリ・ペッパーをおさめ 戦意を喪失し立ち尽くしているギーシュに 容赦なく顔面にひじ打ちを叩き込んだッ! 「うぐァッ!」 鼻血をぶちまけ、ギーシュは地面に倒れこもうとした 音石はギーシュの胸倉を掴み、ソレを阻止した。 「う…げ……ま、参った……降参だ…」 「だめだな、このまま終わらせるわけにはいかねェ、 今ここでお前を徹底的に痛めつける、周りの連中が 二度とオレやルイズ、シエスタを見下さねーよーになァ」 「ひっ……そ、そんな……ゆ、許してくれ……」 「ハッ、許して?…お前は今にも泣き出しそーになってまで 頭を下げまくってたシエスタを許してやんなかったくせによ~、 今ここでオレが許してやるとでも思ってんのかァ~? そういう都合のいい考えもやめろ………殺すぞ?」 「ひ、ひいぃッ!?」 「まあどうせ、これだけの差別社会だ、 貴族であるお前が平民であるオレを殺してもどうせお咎めなしで 逆にオレがお前を殺したらお咎めありなんだろ? だから殺しはしねェ、安心しろ… だがな、よーは殺さなかったらいいだけの話なんだ …………………………だから………」 音石はギーシュを地面に叩きつけ、両腕をポキポキ鳴らし始めた。 ギーシュはもはやそんな音石の凄まじい威圧に 動くことができなかった。動いたら間違いなく殺される。 人間としての本能がそう思ったからだ。 「だから半殺しで勘弁してやるッ!! せいぜいベットの上で尿瓶のお世話にでもなってもらうんだなッ!!!」 「ひ、ヒイイイイイイイイイイイイィィィィッ!!!」 【ドガァベギッバギッバゴォペキポキグチャメメタァグチャ!!!】 ギーシュはこの日、両手両足指鼻などの骨をすべて折られるという 重傷負ったが、魔法の治癒のおかげで数日で復帰した………。 決闘には勝ったものの、音石には不可解な疑問があった。 なにを隠そう、その疑問とは自分のスタンド、 レッド・ホット・チリ・ペッパーのことである。 (どうなってやがる?俺のレッド・ホット・チリ・ペッパーは 三年の歳月を費やして回復するには回復した…… 確かに、レッド・ホット・チリ・ペッパーは本来 近距離パワー型ではある……… だがそれでも、電気なしであそこまでのパワーが出ねェ筈だ こいつは一体………) 音石はギターをいじりながら考えふけっていたが、 やがてルイズがこちらにやって来るのが見え、一旦この疑問は保留した。 「オトイシッ!!」 「よおルイズ、どうだ?面白いモンが見れただろ?」 「アンタ一体あの亜人はなんなの!?きっちり説明しなさいッ!!」 「おいおい、落ち着けよ。まっ、お前の性格じゃあ無理な話か」 「あんた一体何者なの!?」 「まあ待てよ、教えてやるがさすがにここでじゃまずい できれば誰にも聞かれたくねーからな……」 「………わかったわ、それなら私の部屋に」 「お待ちください、ミス・ヴァリエール」 ルイズの背後から一人の女性が声をかけてきた。 その女性は先程、学院長室にいたミス・ロングビルだった。 「ミ、ミス・ロングビルッ!?」 「失礼しますミス・ヴァリエール、学院長がお呼びです。 至急、使い魔と共に学院長室に来るようにと」 「…………わかりました。オトイシ、ついて来なさい」 (このタイミング…、やれやれ こいつはメンドくせー質問攻めにあいそーだな) そして音石はルイズとミス・ロングビルに案内され 学院長室に向かったのであった。
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ゼロの使い魔統合スレッド ゼロの使い魔関連の統合スレです。 二次創作やパロ、小説・SSから漫画・イラストまで何でもどうぞ。 【前スレ】 ゼロの使い魔統合スレッド http //namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220275036/ 【関連スレ・関連サイト】 ルイズの使い魔全員でバトルロワイヤルしてみた http //namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220112466/ あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part167 http //changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1220351917// イチローがルイズによって召喚されたようです@wiki http //www39.atwiki.jp/ichiro-ruiz/ ページ最上部へ
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反省する使い魔! 第十三話「土の略奪●雷鳴の起動」 「ねぇタバサ、あなたはどう思う?」 「………?」 食事を終え、ルイズに付き添って医務室にいるキュルケとタバサ。 メイジの女医師に音石からもらった金を支払い、 治療をしてもらっているルイズの後ろで キュルケがタバサの耳元で、ルイズに聞こえないように呟いた。 「……何が?」 「オトイシの『アレ』の事よ」 『アレ』とは言うまでもなく 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のことである。 「彼の能力のこと?」 「そうよ、あたりまえでしょ? あららァ~、それともなにィ?もしかして変の意味で考えちゃったァ~?」 「………あなたと一緒にしないでほしい」 「ふふっ、それもそうね。そう睨まないで頂戴 それで、どう思う?」 「………どう、とは?」 「なんでもいいのよ、いろいろと疑問はあるでしょ? いくつか聞かせてくれるだけでいいの、 わたしも考えたんだけどさァ~、 いろいろと疑問が多すぎて逆にサッパリなのよ」 ある意味キュルケらしいとタバサは思った。 次にタバサの口から小さくやれやれと溜め息が出る、 なんでもかんでも自分に意見を求めるのはキュルケの悪い癖だ。 でもそれはそれでキュルケらしいと、妙に納得もいった。 そしてそんな親友キュルケの為に、頭の中で疑問点をまとめる。 「彼は……ただの平民じゃない」 「そりゃそうよ、あんな強い亜人を操れる彼が 『ただ』の平民だったら、私たちメイジの立場がないわ! あ……でも、それならあの亜人は一体何なのかしら? やっぱり、あのギターって楽器がマジックアイテムになってるのかしら?」 「………たぶん、ちがう」 「どうしてそう言い切れるの?」 「正直言うとこれは勘。でも少しだけ思い当たるところはある。 以前彼自身もマジックアイテムを使っていると言っていた でもあれはたぶん嘘、態度があまりにも素っ気無かったし それに彼が『能力の正体がマジックアイテムを使っている』と すんなり答えたところがとてもひっかかる」 「…確かに、彼の性格から考えてそんなに自分の能力の秘密を すんなり他人に教えるなんて奇妙で不気味ね…… でもじゃあそれって………」 キュルケが顎に手をあてて考える仕草をとる。 そしてそんなキュルケの考えを予想できたタバサは 彼女のために結論を口にした。 「あれは……マジックアイテムとも……魔法ともまるで違う わたしたちの常識を遥かに超越したナニか」 「……もしかして、未知の先住魔法とか?」 「それも考えにくい、彼はエルフには見えないし そもそもあの亜人には、魔力の流れを感じなかった」 「そう…よね…、ギーシュとの決闘のときは 距離があったからわからなかったけど、 昨日の戦いでは彼と彼の亜人のすぐ傍に私いたけど そんな感じ全然しなかったわ………」 なにやら更なる疑問が増えてしまった気がして、 キュルケは両手でわしゃわしゃと頭を掻き回した。 「あァーーもうッ!わっかんないわねぇ!! 一体彼って何者なのよ!!」 「病室では静かに!!」 (まったく、仮にも貴族がなにやってんだか…) 後ろで突然叫んだことで、医務室の専属メイジに 元気よく怒鳴り怒られたキュルケにルイズは胸の中で溜め息をついた。 【ガチャリ】「失礼します」 するとキュルケたちのさらに後ろで、 医務室の扉が開く音と同じくしてモンモランシーが入ってきた。 「あら、モンモランシーじゃないの 一体どうしたのよ?熱でもあるの?」 「はァ?な、なんでそうなるのよ?」 キュルケの挨拶に続いた質問にモンモランシーは首を傾げた。 しかしキュルケは別に皮肉で言っているわけじゃない。 本当にモンモランシーを心配して質問したのだ。 なぜなら………、 「だって…あなた顔すっごい赤いわよ?」 「え、ええぇッ!!?」 モンモランシーはすぐさま両側の頬っぺたに手を当てた。 ………熱い、とても熱い。熱と勘違いされて当然の熱さ。 原因はわかってる、わかってはいるけど…… まさかここまで自分は顔を紅くしているとは思わなかった。 そんな自分の顔をルイズたちがまっすぐ見ている。 実際は純粋にクラスメイトを心配している視線なのだが、 モンモランシーはそんな視線をとても直視できなかった。 「ちょ、ちょっと!ひ、ひ、人の顔をまじまじ見ないでよ!?」 くるり、っとモンモランシーは顔を隠すために体ごと後ろを向いた。 しかしそこに最高のタイミングで…………、 【ガチャリッ】「よー、ルイズいるかァ?」 「キャアアアアアアアアァァァァァッ!!!??」 「おわァッ!!?」【ビックゥッ】 原因である男、音石明が入ってきた。 モンモランシーの壮大な絶叫が鳴り響く。 当然この後、医務室専属メイジに 「病室では静かにッ!!!」 とキュルケと同じように怒鳴られたのは言うまでもない。 まあこの医務室専属メイジ自身もけっこう大概のような気もするが……… 「てめぇ一体どういうつもりだァ? 俺が日頃大音量に慣れてるギタリストじゃなかったら 今頃耳の鼓膜がブチ破れてるぜ!」 「あ、あなたがいきなり現れるからいけないんでしょう!?」 「てめぇの頭は間抜けかァ? ついさっきまで一緒にここまで来たんだから当たり前だろーが!!」 また怒鳴られないために結構セーブした声で音石がモンモランシーに抗議する。 ついでに言うとこの医務室は貴族専門で、 給仕以外の平民は立ち入り禁止されている。 その証拠として、医務室専属メイジに怒鳴られた後 「ここは平民の立ち入りは禁止よ!」と睨まれたが ルイズの計らいのおかげで、 今は問題なく医務室内でモンモランシーに講義できている。 そんなドアの前の二人のやり取りに、キュルケとルイズは意外そうな顔をした。 毎度のコトながら、そんなキュルケとルイズに対して タバサはいつものように本を読んでおり、 モンモランシーの絶叫の際も一切動じなかった。 「あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったのかしら?」 キュルケの口から当たり前の疑問がこぼれた。 まあ無理もない、はたから見れば実に奇妙な光景だ、 外見的にも十分奇妙。 顔に古傷を持ち、学院の女子生徒にも引きを取らない長髪の男。 ロールヘアーと大きなリボンとロール頭が特徴的な少女。 絵になってるようでなってないような組み合わせだ。 当然外見だけじゃない、その人間関係的にも実に奇妙。 方や不思議な能力を使い、この学院の生徒一人を半殺しにし、 生徒たちの間でお尋ね者扱いされているなぞが多い男。 方やその半殺しにされた生徒の恋人関係にあった香水の少女。 『奇妙』、実にシンプルにひと言である。 そんなひと言が、この二人にはとてもよく似合っていた。 「で?ふたりして一体何しに来たのよ? しかもオトイシ!なんであんたがモンモランシーと一緒にいんのよ!?」 「治療してもらったばっかなんだろルイズ? 傷が治ってすぐにそうカッカすんなよ、気分がダルくなるぞ?」 (誰のせいだと思って………!!) ルイズが心の中ではき捨てた。 彼女からしてみれば、自分の使い魔が よその女の子(しかもクラスメイト)と仲良くしているのは あまりいい気分ではない。 普段こういう感情の対象はキュルケだと相場が決まっているが、 とうの本人は奇妙な事に音石に対して そういうアプローチは今のところ一切していない。 おそらく二日前、音石がキュルケの部屋から出てきたあのとき 自分の知らないなにかがあったのだろう…… 少なからず、キュルケを人間的に変えるなにかが……。 「でもまあ勘違いすんなよルイズ おれはお前らが医務室にいると思って様子見に来たんだよ でも肝心の医務室の場所がわかんなかったんだが そこをこいつが親切に案内してくれたっつ~なりゆきよ~」 「そういうことよ、変な勘違いしないでよね まったく、これだから『ゼロ』のルイズは……」 「だれが『ゼロ』よ!!」 「たくっ、お前ら二人そろってカッカしてんじゃねぇ! また怒鳴られちまうだろうがッ!! まったく、ルイズの性格考えて、変な勘違いして怒らねぇように わざわざわかりやすく簡潔に説明してやったってのによぉーー、 これじゃ無駄骨もいいとこだぜ……… モンモランシー!頼むからルイズをしょうもねぇことで 怒らせんのはやめてくれ、ルイズが怒りのまま爆発起こして その後片付けっつー二次被害受けんのは俺なんだぞ!? ルイズもルイズだぜぇ~?いちいち相手の挑発にのるようじゃ 周りが見えなくなって、おまえ自身が一番損する羽目になるぜぇ?」 「「…………………う~~…」」 ルイズとモンモランシーは小さな唸り声をあげる。 (普段の俺ならこういううっとおしい状況はとりあえずギター響かせて 押し黙らせるんだが……、まあ場所が場所だしな… てゆーかよ~、他人に説教すること自体俺らしくもねぇな 他人に説教できるほど立派な人間ってわけでもねぇぞ俺) いろいろと呆れた仕草を音石は髪を掻くことで表した。 「そうよ、よく考えてみればこんなことしてる場合じゃないわ! え~~とっ【ガチャリッ】……………あれ?」 モンモランシーがルイズたちを通り過ぎると、 医務室に設置されてあるいくつかの扉のうち、 手前から二番目の扉を開いた。しかしその扉の先には、 窓から太陽の光に照らされた高級そうなベッドや 棚などの家具が置いてあるだけで そのベッドにもその部屋にもだれもいなかった。 (さすが貴族の学校の医務室だぜ この医務室だけでもこんなに豪華な個室が設置されているとは。 個室ひとつひとつがまるで高級ホテルの宿泊部屋だぜ、 なんだってたかが医務室にこんな無駄な作りするかねぇ~~~) 音石がその無駄に豪華な医療用個室にも呆れるが モンモランシーはなぜか少し混乱していた。 しかし、モンモランシーのその混乱の正体を察した 医療室専属メイジがモンモランシーを助けた。 「ああ、ミスタ・グラモンなら一番奥の部屋ですよ」 「え?ですが前はここに………」 「なんでも『奥のほうが静かで落ち着く』だそうです それで今日の朝、部屋を移したんです」 「あ…、そういうことですか。ありがとうございます」 トテトテとした足どりでモンモランシーは 医務室の一番奥の扉に向かっていった。 こう見ると扉まで意外に距離があった。 音石がそんなモンモランシーを眺めていると モンモランシーはそのまま扉をノックし、個室の中へと入っていった。 するとルイズが急に音石の上着の袖を引っ張ってきた。 「なんだよ?」 「はいこれ、言われたとおり残りは返すわ」 手渡されたのは彼がルイズに託した金貨が入った袋だった。 音石が中身を確認すると、まだある程度の量は残っていた。 「はっ、意外だな」 「…なにがよ?」 「自分でもわかってるくせに聞くなよ、俺を試してんのかァ?」 使い魔の責任は主人の責任、主人の責任は使い魔の責任。 これがメイジと使い魔の間での鉄則だ。 音石が言う意外とは、 『使い魔のものは主人のもの』という理由で ルイズが金を没収してこなかったことに対してだ。 「フフフッ、でもルイズの気持ちなんとなくわかるわ、 わたしだって仮にオトイシが使い魔だったら同じことしそうだもの」 「どういうこった?」 「あなたがそれだけ『特別』だってことよ 使い魔らしくないって言ったほうが正しいかしら?」 「あー…、なるほどな」 音石が袋を懐に仕舞う。 『特別』―――――――、たしかに音石は『特別』だろう。 使い魔らしくないというのもそのまま的を射ている。 サモン・サーヴァントで前例のない召喚された人間。 『忠実』とまで主人に従わない使い魔らしくない使い魔。 不思議で奇妙な『特別』な能力・スタンドを扱う人間。 その上、そんなスタンド使いのなかでも あの『弓と矢』を手にしていた『特別』なスタンド使い。 ここまで特別だとかえって清々しいものだ。 その特別のおかげで、ルイズは本来の使い魔の扱い方を 特別な音石に同等に扱うのが滑稽に感じているから すんなりと金を返してくれたのだ。 (ん?まてよ………) 袋を懐に仕舞い終え、上着から手を出したときに 音石はあることに気がついた。 医務室専属メイジが口にしたとある名前だ。 「ミスタ・グラモン?おいおいおい、 それって俺が決闘で半殺しにしてやった小僧のことか? あの野郎、あれからだいぶ経ったのにまだ治ってねぇのかよ どれどれぇ、おれも様子を見に行ってみるか」 「あ、ちょっとオトイシッ!?」 急に奥へと向かっていった音石に ルイズは驚いて声をかけたが、 音石はそれを無視しモンモランシーの後を追った。 (ふっふっふっ、ベッドで安心して寝ているところに 寝かした理由の張本人が突然現れたら…………… ギヒヒッ、あいつ慌てふとめくぜ!) 早い話タチの悪い嫌がらせである。 22にもなるいい歳した大人なのに どうもこういう子供じみた嫌がらせをするのは どちらかというと音石本来の性格の悪さにあるのだろう。 【ガチャリ】「おらァ、入るぜ」 ノックもせず、モンモランシーが入っていった個室のドアを開ける。 部屋の構造は最初の個室と大して変わらず、 中央の壁際にベッドが置いてあり、窓がひとつ、 ドアの近くに花瓶がのった小さな机と椅子。床にしかれた絨毯。 どれもこれもが気品溢れる豪華な代物だった。 そしてその豪華なベッドの上で横になっている ギーシュが入ってきた音石を見た瞬間 顔を蒼白にし、全身がガタガタ震え始めた。 そしてその音石もギーシュが自分に完全に恐怖する様を見て 気分がいいのか、悪どい笑みを浮かべはじめる。 「ようクソガキ、思ったより元気そうじゃねぇか さすが魔法だな。あれだけぐちゃぐちゃにしてやったってのに たった数日でほとんど治ってるじゃねーかァ。ええおい?」 「き…き、き、き、君は!? な、な、なぜ!?き、き、きみがここにィ!!?」 ギーシュの体は魔法の治癒のおかげで音石の予想以上に回復していた。 半殺しにされた当初こそは、バイクで事故って間もない墳上裕也を 余裕で上回る包帯やギブスなどでの施されようだっただろうが 数日経った今となっては片手と片足を包帯でぶら下げているだけの この世界の治癒の魔法の凄さを思い知らされる傷の治りようである。 「ちょ、ちょっとオトイシさん!? 一体なんのつもり、きゃあっ!?」 モンモランシーが二人の間に割って出ようとしたが 音石がすかさずモンモランシーの腕につかみかかり 彼女を自分の傍に引き寄せ、彼女の耳元で話しかけた。 「べつになんもしやしねぇよモンモランシー ちょっとばかしからかってやるだけさ」 普段のモンモランシーならそれでも止めに入るだろうが 今の彼女の状況が彼女をそうさせないでいた。 その状況というのが………、 (か、顔が!……あわわ、か、か、顔が近い……) そう、モンモランシーの耳元で呟く必要があったため 二人の顔の距離が必要以上に接近しているのである。 それこそ、鼻息の生温かさまで感じ取れる程の ウェザー・リポートといい勝負であった。 しかもモンモランシーは異性にここまで顔を近づかれた経験など ギーシュのときですらなかったため、 モンモランシーの顔にどんどん赤みがかかっていく。 【ボォンッ!】 そしてとうとうその赤みが限界値に達したのか モンモランシーの頭の上で小さな噴火が起こり、 次に湯気が立ち昇り、彼女はそのまま硬直してしまった。 立ったまま赤面で硬直してしまったモンモランシーを通り過ぎ 音石はさらにギーシュのベッドに接近した。 「ぼ、ぼ、僕をどうするつもりだッ!?」 ギーシュはこのとき、 自分をこんな目に合わせた元凶に対する恐怖のせいで その元凶に対するモンモランシーの態度の異変に気付かないでいた。 まあその元凶本人もモンモランシーの態度に気付いちゃいないが…… 「さてなァ…、どうすると思うよ?」 ギーシュの恐怖からくる冷や汗と心臓の鼓動が増す、 普通なら平民が貴族に対して手を出すことは絶対的なタブーだ。 今だってそうだ、互いの承諾の元で行われる決闘とはワケが違う。 だが目の前の男は…………『例外』すぎる!! 平民でありながら自分を凌駕したチカラを使い、 平民でありながら自分をここまでボコボコにした例外者である。 (ま、まさか……こんな大怪我で動けない僕を さらにボコボコにする気かァーーッ!!?) ギーシュはあわてて枕元においてある 自分の杖の薔薇に手を伸ばした。 しかし虚しいことに、その伸ばした手は薔薇を掴むことはなかった。 なぜなら薔薇を掴む寸前に、音石に横取りされてしまったからである。 「おいおい、物騒なことすんなよなァ~~ ここは医療室だぜ?静かにしねぇと駄目じゃねぇか 俺みたいに、ここ担当してるメイジの女に怒られちまうぜ?」 希望が奪われたことにギーシュは泣きそうになった。 いや、これから泣かされるのだろう。 できればその程度であることを願った。 「へ、平民の君が貴族である僕に手を出したらどうなるか わかっているのか!?決闘のときは運良く問題にならなかったが 今回はそうはいかないぞ!?君がどれぐらい強くても 世界中のメイジが君を追い、間違いなく処刑するぞッ!?」 ギーシュの混乱した様を眺めながら 音石は内心でおおいに爆笑していた。 ギャハはァーーッ!なにもしねぇってのにバカが吠えてやがるぜ!! 音石からしてみればギーシュのその姿は滑稽でしかなかった。 包帯で手足を固定されているためベッドから動くことができず 頼みの綱であった杖も手元になく、ただ自分に威嚇するその姿、 動物園の檻の中で観客に威嚇する小動物、まさにそれである。 音石はそのまま、ギーシュの虚しい威嚇を眺めていると ある人物が部屋に入ってきた――――――。 「ちょっとオトイシ!やめときなさいよ さすがにギーシュに悪いわよ!」 治癒のおかげで完全に回復したルイズである。 音石は首だけ後ろに向け、それを確認する。 そのルイズに反応して硬直していたモンモランシーも 別の意味で帰ってきたようだ。 まあ、ルイズがそういうならここらあたりで勘弁してやるか 音石は満足そうに息を吐き、ギーシュから背を向けようとした しかしまさにその時だった。ギーシュが言葉を発したのは…… 「お、おいゼロのルイズ!! はやくこの使い魔をなんとかしてくれ!! 主人なら使い魔の管理ぐらいちゃんと【グイッ!】ひ、ひィッ!!?」 言葉の途中に音石は瞬発的にギーシュの胸倉を掴みかかった! そしてそのまま手足の包帯での固定もお構いなしに ギーシュを無理やり力尽くで自分のほうへと引き寄せた。 「おいテメェ……、マジで入院期間先延ばししてやろうか……?」 「う、……うう、…うああ…あ………」 とうとうギーシュの目から涙が溢れる。 その音石の行動にすぐさまルイズとモンモランシーが止めに入った。 「なにやってるのよオトイシ!?いくらなんでもやりすぎよッ!?」 「そ、そうよオトイシさん!さっきなにもしないって言ってたでしょう!?」 「てめぇらは黙ってろッ!!!」 【ビクゥッ!!】 音石の怒鳴り声にその部屋にいた全員がびびった! そこには先程までの年下の小僧に嫌がらせをする大人気ない姿ではなく、 なにか怒りに触れた悪鬼の如き、威圧ある姿があった。 「う、う………ゆ、許してくれ……」 涙で顔を濡らしたギーシュから謝罪の言葉が出る。 しかしその言葉は音石の怒りにさらに触れるだけだった。 「決闘の時もそんなこと言ってたなァ~~~~、ええおい? お前は謝ることしかできねぇのか?よぉ、どうなんだ小僧?」 「う………うう…それ以外なにをすれば……… お、お金が……う、う……ほしいんなら幾らでも払う……だ、だから……」 「このボケがァッ!! 金で治まるよーな問題なら俺もここまでマジになりゃしねぇよッ!! 俺が頭にきてんのはな~、てめぇがやるべきことに気付いていねぇことだッ!!」 胸倉を掴んでいた手を離し、ギーシュをベットに叩きつけた。 ギーシュは喉を押さえて咳き込みながら、 音石を恐る恐る見上げ、そして呟いた。 「やるべき……こと………?」 「……………………………」 音石は何も言わず黙り込んでいる。 聞かずとも自分で考えろ。そう示しているのだろう。 そしてギーシュは考える…………。 一体自分のなにが悪かったのだろう? 二股をしていたこと事態はあくまで自分の個人的な問題に過ぎない。 ならばその罪を無関係な給仕になすりつけたことだろうか? いや、近い気もするが一番の理由はそうではないような気もする。 考え方を客観的にしてみよう………、 一番重要なのは『目の前の男が何に対して反応した』かだ………。 ・ ・ ・ ・ ・ 『ゼロのルイズ』!! ギーシュは一気に理解した! 目の前の男はルイズを侮辱したことに怒りを表しているのだ! だが何故だ?使い魔としての本能がそうさせているのか? それとも彼の元からの性格がただのお人よしなのか? いいや、そんなものはどうでもいい!問題はそこではない!! 一番の問題は、自分がルイズを今まで侮辱し続けたことにある! 自分の誇り高き家柄、グラモン家の教訓はなんだ? 薔薇である女性を守る棘であることだろう!? それなのに自分は今まで彼女になにをしてきた!? 魔法が使えないから!?確かに彼女は魔法は使えない、 だがそれでも魔法が使えるようにと必死で努力している 事実彼女は筆記試験では常にトップだ。 ……………だからこそ尚更なのかもしれない。 魔法が使えない故に実技では常にルイズはゼロ点だ。 それに対して筆記試験では常にルイズはマン点だ。 それがものすごく気に入らなかったんだ………、 ゼロに嫉妬している自分に苛立ちを覚えてしまっていたのだ。 自分だけじゃない、ほとんどのクラスメイトがきっとそうだ。 だからみんなルイズを罵倒したのだ、見下していたのだ、 侮辱していたのだ、『ゼロのルイズ』と……………。 刹那、個室の外の廊下から足音が聞こえてきた。 このタイミングでやってくるような人物は大体予想できる。 扉が開かれる、予想通り医務室専属のメイジの女性だ。 「一体なんの騒ぎですか!?」 「え……あッ!?い、いえ!これは………その…事情がッ……」 ルイズは焦った、自分の使い魔がまた同じ生徒相手に しかも重症の状態で暴行を働こうとしたなどと 学院側に知られたら今度こそ退学になる恐れがあったからだ。 なんとか誤魔化そうとルイズが必死で思考を廻らせる。 「……いいえ、なんでもありませんよ」 ルイズは自分の耳に届いた声を疑った、 何を隠そう、その声は間違いなくギーシュの声だったのだ。 「お騒がせしてすみません 急に窓から虫が入ってきたので、つい慌ててしまって……」 「む、虫ですか?」 「ご心配なく、もう追い払いましたので…… 本当に申し訳ない、ご迷惑をお掛けしてしまい……」 それならいいんですが……、と言い残し そのメイジの女性は扉を閉め、部屋を後にしていった。 足音が遠退いていくにつれ静寂が部屋を支配する。 しかしその静寂のなか、ギーシュは深く息を吸い、目を閉じた。 そして静かに吸った息を吐き捨てると、開いた彼の目はルイズを見た。 「な、なによ……?」 「ルイズ……………すまなかった……」 「………え?」 足が動けないせいで ベットの上で横になっている状態の体を精一杯前に傾け ギーシュはルイズに向けて頭を下ろした。 「僕は、いままで君に酷い事をしてきた…… だが今更僕がなにを言ったところで、言い訳にしか感じないだろう いままで君に対しての侮辱してきたのは事実なんだからね…… だが一言、これだけは言わせて欲しい………、本当にすまなかった」 「ギーシュ………」 モンモランシーから彼の名が零れた………。 ルイズ自身もどこか複雑な表情を浮かべながら、 何を言うべきか考えているといったところだろう。 (ここまでくりゃあ、後はこいつら自身の問題だな せいぜい達者にやんな、時間はたっぷりあるんだからよ) 自慢の長髪をなびかせながら、音石は静かにその個室を後にした。 医務室を出る途中にキュルケたちに何があったのか質問されたが、 音石は「でけぇお邪魔虫が部屋を出て行ったんだよ」とだけ述べ 扉を開き、そして閉め、医務室を後にしていくのだった…………。