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前ページ次ページ無情の使い魔 学院長室から『遠見の鏡』を用いて事の顛末を見届けたオスマンは、低く唸りながら己の豊かな髭を撫で上げる。 鏡に映りこんできた場面には、もはや言葉すら出ない。 (ドットクラスのメイジとはいえ、貴族を倒すとはのう……) それだけではない。 先程、慌てて止めに行くと出て行ったコルベールの話が正しければ、あの少年は『ガンダールヴ』の力を発動させるのではとも考え、こうして観察していた訳なのだが―― (やっぱり、違ったのかのう) 決闘の最中、あの少年は武器を何度か手にしてはいたものの、彼の左手に刻まれたルーンは全く反応していなかった。つまり、彼は生身であのゴーレムを叩きのめしたのだ。 コルベールが調べた使い魔のルーン――『ガンダールヴ』とはあらゆる武器を使いこなし、たった一人で幾千もの敵をも薙ぎ倒したという伝説の使い魔だったという事なのだが、もしそれが本当なのならば彼が武器を手にした所でルーンが力を発揮していたはずだ。 だが、あれだけではまだ結果は分からない。 もう少し様子を見る必要があるだろう。 (それにしても……あの子供達みたいじゃったのう) 通りがかる生徒や教師達が恐ろしい物でも見るかのような視線を桐山に送り、避けていた。 「ミス・ヴァリエールの使い魔は悪魔だ」 「メイジ殺しの平民だ」 そんな声も密かに囁かれる。 しかし、桐山はそんな陰口にすら全く興味を抱くことはなかった。 「あんた、本当にただの平民? どうして、あんなに強いのよ?」 寮の自分の部屋に桐山を連れ戻すなり、彼を問い詰めるルイズ。 「習ったんだよ」 にべもなくそう言い、桐山は先程シエスタから受け取った本を読み初める。 「習ったって……どこの平民がメイジを……しかもあれだけのゴーレムを軽く捻じ伏せられるって言うの!」 桐山は読書を続けつつデイパックの中から一冊の厚みがある本を取り出し、ルイズに差し出す。 それを受け取るルイズだが、表紙や中に刻まれた文字は桐山の世界における言語で書かれているものであるため、全く読み取る事ができない。 ちなみにその本のタイトルは「総合格闘技の全て」である。 「……何よ! これ! 全然、読めないわ!」 「それに書いてあった。どう戦えば良いのか」 「こんな本一冊であんなに強くなれる訳がないでしょう! 馬鹿も休み休みに言いなさい!」 癇癪を起こし、本をベッドに乱暴に放り捨てるルイズだが、桐山は動じない。 ここでルイズは自分を少し落ち着かせる。喚いてみたって、どうにもならない。 「……あんたがどうやって学んだかは知らないけど、とりあえずあれだけ強いのはあたしも理解できたわ。 でも、今後はあたしの許可なしに勝手な事は一切しないでちょうだい。……大体、何でギーシュの決闘なんか受けたりしたのよ」 「彼が言ったんだよ。〝決闘だ〟〝逃げる事は許さない〟と」 「あんた、逃げるのが嫌だったの?」 桐山は表情を変えぬまま首を横に振った。 「彼がそう言ったから、そうしただけだ」 「たった、それだけ?」 その事実にルイズは顔を顰めた。 あれだけ強い桐山が決闘を受けたのは、平民である彼なりのプライドでも何でもない。 ただ、彼は〝ギーシュとの決闘〟を「選択」しただけなのだ。 彼にとってはそれに意味などなく、ただそこらに落ちていた小石を蹴ってどかしたりするのと同じでしかない。 平民とはいえ実力のある使い魔である事が分かり、本来なら喜ぶべきかもしれない。 だが、彼のそうした異常とも言える行為が理解できず、逆に恐怖を感じてしまった。 (何よ、しっかりしなさい! あたしはこいつの主人よ! 怖がってどうするのよ!) たとえどんなに異常といえ、自分の使い魔を恐れるなんて、何たる事か。 ルイズは己を叱咤し、桐山への恐怖を打ち消そうと奮い立っていた。 そんな中でも、桐山はルイズを一瞥する事なく読書に夢中だった。 日が落ち、ルイズ達生徒は夕食のためにアルヴィーズの食堂へと赴き、桐山もまた厨房へと訪れていた。 そこで彼はマルトーからや他のコックや給仕達などから「我らの剣よ!」などと讃えられたりしていたのだが、桐山は気にするでもなく昼間とほぼ同じ量の料理を振舞われ黙々と食していた。 桐山が平民でありながら貴族を負かしたという事実に気を良くするマルトーから「どうやってあんなに強くなれたんだい」と聞かれても、桐山はルイズの時と同じく「習ったんだよ」と、それだけしか言わない。 無駄な事は一切話さず、簡潔に一言だけを述べる。マルトーは無口ながら桐山が自らを誇っている訳でないと見て、さらに気を良くしていた。 他のコックらに「みんなも見習え! 達人は決して誇らない!」などと嬉しそうに唱和させるも桐山は気にも留めていない。 「キリヤマさんがあんなに強いなんて、わたし驚きました」 食事を終え、厨房を後にしようとする桐山にシエスタが話しかける。桐山は一度立ち止まり、シエスタの話を聞いている。 あの決闘の一部始終をずっと見届けていたシエスタは初め、桐山がギーシュの召喚したゴーレムにやられてしまうのだと思い込んで悲観的になり、何度も彼に対して謝罪の念を抱いていた。 しかし……結果は見ての通り、桐山の圧勝にて終わった。それだけではない。シエスタは桐山の優雅な戦い振りに惹かれてしまったのだ。 それでいて全く傷一つ付いていないなんて、驚きを通り越して唖然としていた。 「……あの、本当に申し訳ありませんでした。わたしのせいで、桐山さんを危険な目に遭わせてしまって」 実際は全く危険ではなかった訳だが、これくらいの謝罪はせねばとシエスタは頭を下げる。 「いいんだ。ああいうのも面白いんじゃないか」 と、だけを言って厨房を後にしてしまった。 (もう少し。せめて、少しくらい笑ってくれたらなぁ……) シエスタは桐山と出会ってから今に至っても、彼が一度として笑顔を見せてくれない事を少し残念に思っていた。 笑顔だけではない。彼はあの無機的な表情をまるで人形のように一切、変化させていないのだ。 どうにかして、せめて微笑みくらいは見せてくれないだろうか。 女子寮へと戻り、ルイズの部屋に入ろうとするが鍵がかかっている。中に人の気配がないので、まだルイズは戻ってきていないようだ。 仕方がないので扉の横の壁に寄りかかり、静かにルイズを待つ事にする。 「……?」 すると、学ランの裾を何かが引っ張り、足元に熱さを感じる。 初めはそれほど気にするでもなく静かに佇み続ける桐山だったが、引っ張る力が強くなり、今度は「きゅるきゅる」と変わった鳴き声が聞こえてきた。 ちらりと視線を足元に向けると、そこには赤い体をした大きなトカゲの姿があった。尾の先にはじりじりと火が灯っている。 そのトカゲ――サラマンダーは学ランの裾を咥えたまま、くいくいっと引っ張っていた。 桐山はじっとそのサラマンダーを見つめ、小首を傾げるが、全く離そうとしないのを見て自分をどこかへ連れて行こうとしているのを察した。 学ランから口を離したサラマンダーはルイズの部屋の隣の部屋へ向かってのしのしと歩いていき、中へと入っていく。 その後を付いていき、桐山も中に足を踏み入れる。 中は暗闇に包まれていた。 正確には窓の外から入り込む月の微かな明かりや先程のサラマンダーの尾の灯火だけしかなかった。 「扉を閉めて下さるかしら?」 と、暗闇の奥――ベッドの方から妖艶な女の声がかかる。 桐山は後ろ手に扉を閉める。するとパチン、という指を弾く音と共に部屋の中に立てられた蝋燭が一本ずつ僅かな間隔を開けて灯っていった。 桐山のいる場所からベッドまで、まるで一つの道のように蝋燭の明かりは続いている。 ベッドに腰掛けているキュルケは、年頃の男ならば目のやり場に困る姿をしている。 彼女はベビードールのような下着だけしか身に着けていない。 桐山はそれを見ても特にどうも思わぬまま彼女を見続けていた。 「そんな所にいないで、こちらにいらっしゃいな……」 そんな彼を見て、困惑していると思い込んでいたキュルケは色っぽく声をかけて誘う。 溜め息も何の反応もせぬまま桐山はキュルケの目の前まで歩み寄る。 桐山の凍りついた瞳を間近から目にしたキュルケは思わず、ぞくりと身震いをした。 しかし、彼女が感じているのは恐怖ではなく、高揚感であった。 「初めまして。使い魔さん。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 妖艶に微笑みながら自己紹介をするキュルケ。 「あなたのお名前は?」 「キリヤマ。キリヤマ、カズオ」 桐山が無機質に名乗ると、キュルケは大きくため息をついた。そして悩ましげな目付きをする。 「……あなたは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね。 ――思われても仕方ないの、わかる? ――あたしの二つ名は『微熱』。あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんな風にお呼びだてしたりしてしまう……。わかってる、いけないことよ……。 ――でもね、あなたはきっとお許し下さると思うわ」 キュルケは立ち上がり、桐山の間近くで彼の氷のような瞳をじっと見つめた。 「恋してるのよ。あたし、あなたに。恋はホント突然ね……。 ――あなたがギーシュのゴーレムを倒した時の姿、とても素敵だったわ。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ! ――あたしね、それを見て痺れたのよ。信じられる? 痺れたのよ! 情熱! あああ、情熱だわ! ――二つ名の微熱は情熱なのよ!」 と、勝手に一人で盛り上がるキュルケだが当の桐山はそんなキュルケを見ても全く表情を変えていない。 それどころか、くくっと小首を傾げるだけだった。 (あら、ガードが固いわね……) 普通の男だったらここまでにダウンしているというのに、この桐山という少年にはキュルケの色気が全く通じていない。 次はどう攻めようかと思案したその時、窓の外が叩かれた。 そこには恨めしそうに部屋を覗く一人の男の姿が。 「キュルケ……待ち合わせの時間に君が来ないから着てみれば……」 「ぺリッソン! ええと、二時間後に」 「話が違う!」 キュルケは胸の谷間に差していた杖を振り、蝋燭の火から大蛇のような炎が伸び、窓ごと彼を吹き飛ばす。 その後もスティックス、マニカン、エイジャックス、ギムリまでもが姿を現すがキュルケの魔法やフレイムによって次々と吹き飛ばされていった。 「でね……あ! ちょっと!」 その間に桐山は興味を失ったかのように踵を返し、無言で部屋から出て行こうとする。 ノブに手をかけようとした途端、扉が乱雑に開け放たれた。 「ちょっとキュルケ! うるさいわよ……ってキリヤマ! あんたなんでこんなとこにいるのっ!?」 そこに立っていたのはルイズだった。そして、わなわなと肩を震わせている。 「取り込み中よ、ヴァリエール」 「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してるのよ!」 「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもの」 二人が言い合う中、桐山は興味もなさ気にルイズの脇を通って部屋を後にしていた。 ルイズはすぐ様彼の前に立ち塞がり、問い詰める。 「まだ話は終わってないわ! 何で、あんたがツェルプストーの所にいるのよ!」 「彼女が俺を呼んだんだ」 「……あんた、それだけでホイホイ彼女の所へ転がったっていうの……?」 ピクピクと口端を引き攣らせ、殺気立つ。しかし、桐山はそれには全く動じず、 「俺を呼んできた。俺はとりあえず部屋に入ってみた。それだけだ」 と言い残し、ルイズの横を通って彼女の部屋へと戻っていった。 「待ちなさい! ちゃんと説明してもらうわよ!」 桐山を追いかけ、ルイズも部屋へと飛び込んでいった。 フレイムと一緒に取り残されてしまったキュルケは、先程目にした桐山の瞳をふと思い返していた。 人形のように凍りついた、冷たい瞳。それはまるで全てを容赦なく凍てつかせるようなものだった。 その瞳が、自分の友人とよく似たものである事に気付く。 (……いえ、あの子よりももっと冷たいわね) トライアングルクラスのメイジである友人よりも、彼の瞳は圧倒的に冷たかった。 そして、一切の感情が宿っていない事に気付く。 翌日は虚無の曜日。休日であり、授業はなかった。 ルイズは桐山を連れて街へと向かう事になった。戦う事ができる桐山に剣か何かを買ってあげようと考えたのである。 使い魔たるもの、主人を守るのも役目の一つ。いくらドットクラスのメイジに勝てたからと言って所詮は平民だ。 剣一つくらいは持たせなければ、それ以上の実力のメイジと戦う事になっても勝てる訳がない。 桐山は特に何の意見もなく、ただ彼女に付いていく事になった。 (……な、なによ! あいつ! 何で、あんなに上手いのよ!) 馬に乗って街まで向かっていたのだが、ルイズは馬術が得意な自分と全くの互角、いや自分よりも優雅で遥かに見事な腕前で馬を走らせているのを見て何故だか無性に腹が立った。 主人である自分が得意とするものが、使い魔に劣る。それがとても悔しかった。 「……あんた! もう少しゆっくり走りなさい! 主人より前に出るのは許さないわよ!」 理不尽な嫉妬が混じった叫びを上げると、桐山は素直にスピードを落としてルイズの隣につく。 「あんた、何でそんなに馬の扱いが上手いの? 前にも乗った事があるの?」 「いや、馬に乗るのはこれが初めてだ」 などと言われてルイズは驚く。初心者? 冗談ではない。自分でさえここまで技術を磨くには時間がかかったのだ。それをほんの僅かな時間でここまで身に着けられるものなのか? 「……う、嘘おっしゃい! だったらどうしてそんなに馬の扱いが上手いのよ!」 「お前を見て覚えたんだ」 (あ、あたしを!? ……な、何なのよ! こいつ!) 確かに乗り始めてから数分の桐山はそれ程乗馬は上手くはなかった。 それを、ルイズの乗馬を僅かに見ただけであそこまで技術を物にするなんて。……化け物だろうか? 一方、学院の学生寮。自室で休日の楽しみである読書にふけていたタバサだったが、突然扉を乱雑に開けて乱入してきた人物に妨害される。 タバサは杖を取り、サイレントの呪文を唱えようとするが、 「待って!」 それが友人であるキュルケであると確認し、中断する。 「タバサ! 出かけるわよ! 支度して!」 「虚無の曜日」 「分かってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日なのか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。 でも、今はね、そんな事言ってられないの。恋なのよ! 恋!」 と、自分の肩を抱くキュルケ。 「あぁもう、説明するわ! 恋したのあたし! ほら使い魔のキリヤマ! 彼があの人が憎きヴァリエールと出掛けたの! だからあたしはそれを追って突き止めなきゃいけないの!」 キリヤマ。その名前にぴくりと僅かに反応するタバサ。 「わかった」 そう一言答え、読んでいた本をしまうと準備をする。 ずいぶんと物分りが良いので、キュルケは一瞬呆気に取られた。 「……まあ、いいわ。とにかく二人は馬に乗って出かけたの。あなたの使い魔のシルフィードじゃなきゃ追いつかないのよ!」 沈黙したままタバサは準備をし、窓を開けると指笛を吹く。 そして、飛んできた彼女の使い魔、風竜シルフィードに乗ってルイズ達を追った。 タバサがこれほどまでに軽く了承したのはキュルケに頼まれたからではなかった。 (彼は……わたしと似ている) あのキリヤマという少年。彼が自分とよく似ていたからだ。 雰囲気、表情、瞳……何もかもが自分と酷似していた。 まるで客観的に自分という存在を見ているような気がして、興味が湧いた。 三時間程、馬を走らせて王都トリスタニアの街へと着いたルイズ達。 今日は虚無の曜日という事でブルドンネ通りには多くの人々が忙しそうに行き交い、通りの脇には露天や商店が並んでいる。 「この先にはトリステインの宮殿があるのよ、だから街として発展もしているの」 桐山に少しくらいは説明した方が良いと思い、ルイズは大通りの先を指差す。 当の本人は田舎者のように辺りをキョロキョロとする訳でもなく、その視線はじっと正面のみ見据えられていた。 「ええと、武器屋はこっちだったわね」 そう言って路地裏へ入るルイズ。桐山もしっかり付いてくる。 路地裏は表通りに比べて日も当たらなくて陰気であった。 「ここら辺は治安が良くないから、あまりここへは立ち寄りたくないのよね……」 と、溜め息を吐くが路地を進んでいると突然、4人の男が二人の前に立ち塞がってきた。 「へっへっへ、貴族のおふた方。ここを通るには通行料が必要でね」 ごろつきの一人が下品に笑う。その手には小さなナイフが握られていた。 「で、いくら欲しいのよ」 「へっへっへ、そうだな。有り金全部出してもらお――ぎゃああああぁぁっ!!」 ナイフを突きつけながら言い終える直前に、突然男が絶叫を上げて蹲った。 その手からはいつの間にかナイフが消え、男の右目に突き刺さっている。 (な、何!? 何が起きたの!) 「このぉ!」 三人がナイフを振りかぶって一斉に飛び掛っていったのは桐山であり、ごろつき達が立ち塞がってから変わらぬまま静かに佇んでいる。 それからルイズは唖然とした。 桐山は三人を、五秒とかからずに次々と地に伏させていたのだ。 一人は両腕をあらぬ方向にへし折られてナイフを脚に突き刺され、 一人は桐山の手刀でナイフを手にした手首を真っ二つにされてその手首ごとナイフをもう片方の腕に突き刺され、 一番マシであった一人は桐山に手を掴まれて捻られ、足を引っ掛けられて前に一回転しながら地に叩きつけられて昏倒するだけで済んでいた。 「あぁ……ああぁ……」 尻餅をついていたルイズは微塵の容赦もなくごろつきを叩きのめした桐山を見て、恐怖を抱きかけていた。 何故、あそこまで冷酷になれるのだろう。ごろつきを叩きのめすのであれば、最後の一人のようにするだけで良いではないか。 「……あ、ちょっと! 待ちなさい!」 足が震えて立ち辛かったが、つかつかと先へ進みだす桐山の後をルイズは追った。 二人が路地を去った後も、ごろつき達は地を這い蹲ったまま呻き声を上げていた。 今ので憔悴しかけたルイズであったが、桐山が人を殺さなかっただけでも幸いだったと感じ、改めて自分を奮い立たせていた。 そして、目的の武器屋へと入っていく。 やや薄汚れた店内には様々な武器が置かれているが、店主は働く気があるのかカウンターでタバコを吹かしている。 しかし、ルイズ達の姿をみるや否や、媚びへつらった顔をする。 「旦那、貴族の旦那。うちは真っ当な商売をしていまさぁ。お上に目をつけられるようなことは、これっぽっちもありませんよ」 「何を勘違いしてるの。客よ」 と、ルイズが言うと店主は眉を顰めだす。 「貴族が、剣を……?」 「あたしじゃないわ。こいつに見合う剣を適当に一つ見繕ってちょうだい」 と、桐山を指差す。桐山は既に店内に置かれた剣を手にしてそれをじっと見つめていた。 しかし、どれを手にしてもすぐに興味を失ったかのように戻してしまう。 「あぁ、従者様にですかい。彼でしたら……」 良い鴨が来たものだと微かに笑いながら店主は1メイル程の長さの、ずいぶんと華奢な細身の剣を取り出した。 「昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行ってましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」 「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」 「へえ、何でも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしてましてね」 店主曰く、『土くれのフーケ』というメイジの盗賊が貴族の財宝を盗みまくっているという。 しかし、ルイズは盗賊には興味はない。 「もっと大きくて太いのがいいわ」 「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。見た所、若奥様の従者様にはこの程度が無難なようで」 「大きくて太いのがいいと言ったのよ」 ルイズと店主が交渉をし合う中、桐山はそちらに全く興味を示さず自分で勝手に剣を取っては戻している。 「これなんかいかがです?」 そして、店主が取り出したのは所々に宝石が散りばめられた、1.5メイルはあろうかという大剣だった。 「ほら! キリヤマ! あんたもこっちに来なさいよ!」 ルイズが桐山の服を引っ張って呼び寄せると、彼にその剣を渡す。 じっとその剣を見つめていた桐山であるが、その剣ですら他の剣同様にすぐ興味を失ってしまい、素っ気無く店主に返してしまった。 それどころか、もうこの店に用は無いと言いたげに踵を返し、店の外へ出て行こうとしてしまう。 「ちょ、ちょっと! どこへ行くのよ! キリヤマ!」 慌ててルイズが彼の腕を掴んで呼び戻す。 「あんたのために剣を買ってあげようって言ってるんじゃない! それを無碍にする気!?」 これではせっかく街まで来た意味がない。 「じゅ、従者さん……お気に入りにならないのでしたら、また別の剣を――」 店主もせっかくの鴨である客がこのまま何も買わずに帰ってしまうのだけは避けたかった。 そんな時だった。 「へっ、ざまあねえな」 突然、どこからともなく男の声が聞こえた。 「客に逃げられるようじゃあ、所詮はその程度よ!」 「何の声?」 ルイズがきょろきょろと辺りを見回す。 すると、店主が積み上げられた剣に向かって叫びだした。 「やかましい、デル公! お前は黙ってやがれ!」 桐山は再び踵を返すと、声がした方へ向かって歩き出す。 「黙らせられるもんなら、やってみるんだな!」 その声は一振りの錆付いた剣から聞こえてきた。 「これって、インテリジェンスソード?」 「はあ、『デルフリンガー』っていうインテリジェンスソードでして。……一体、どこの魔術師が始めたんでしょうねぇ。剣を喋らすなんて……。 やいデル公! それ以上、余計な事を言ってみろ! 貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」 「面白れえ! やってみろ! こちとらどうせ、この世にゃ飽き飽きしてた所さ!」 店主とデルフリンガーが言い争う中、桐山はその剣を無言で手にし始めた。 デルフリンガーは桐山の手の中で、桐山を観察するかのように黙りこくっていた。 それから少しすると、小さな声で喋りだす。 「おでれーた。……てめえ、『使い手』か。……って、何だよ!」 そのデルフリンガーでさえ桐山はすぐに興味を失って戻してしまい、離れていった。 「ちょ! ちょっと待て! おい、俺を買え! いや、買ってくれ! おいってばああぁぁっ!」 悲痛な叫びで懇願するデルフリンガーに、さすがの桐山もまた戻ってくる。 そして、再び手に取った。 そして、ルイズをちらりと一瞥する。どうやら、これに決めたようだ。 ルイズは桐山が変な物を選んだ事を意外に思って細く溜め息をつく。 「おいくら?」 「……え? ああ、あれなら20で結構でさ」 「あら、そんなに安くて良いの?」 「こちらとして良い厄介払いになりますんで」 ルイズが桐山に預けたサイフには200エキュー程のお金が入っている。 充分過ぎる程、破格の安値だった。 桐山は店主から渡された鞘ごと、黙々とデルフリンガーを背負っていた。 「あんた、本当にそんなので良いの?」 武器屋を後にし、馬を繋いでいる所まで戻っていく中、ルイズは桐山に問う。 正直、どうして桐山がこんなボロい剣を選んだのか不思議でならなかった。 「いいんだ」 それだけを言い、後は沈黙するだけだった。 「おい! 平民!」 学院に戻ってくるなり、突然桐山を呼び止めた生徒がいた。 ルイズと同級生のラインメイジ、ヴィリエ・ド・ロレーヌである。 彼曰く、先日のギーシュとの決闘で彼が勝ったのが許せないという事だった。 平民の分際で貴族に勝つなどという事はあり得ない。インチキだ。自分ならば彼に勝ってみせる。 そのような理不尽な因縁をつけてきたのである。 ルイズが必死に止めようとしても、ロレーヌは「ゼロのルイズは引っ込んでいろ!」などと言ってくる。 「決闘だ! 平民め!」 そう意気込み、桐山に挑んだロレーヌだった。 しかし、結果はすぐに出ていた。 「あ……あう……」 ものの数秒で地に這い蹲るロレーヌ。その右腕は手首から肩まで見事にへし折られている上に、杖も桐山の手刀で真っ二つにされていた。 その後桐山に対して貴族に勝ったという事実を受け入れられない尊大な生徒達は次々と彼に挑んでいった。挙句の果てには決闘など関係なく、一方的に桐山を叩きのめそうと喧嘩を売ってくる。 最悪、本気で桐山を殺そうとする者さえいた。 だが、桐山はどの相手もほとんど時間をかけずに逆に叩きのめしていた。 優秀な成績を収める生徒さえも、彼には全く歯が立たず、。一矢報いる事さえできない。 そして誰もが水のメイジによる治療が必要な程の重傷を負わされていた。 ただ、桐山もメイジは杖が無ければ無力化できるとすぐに学習していたため、杖をへし折られるだけで済んだ運の良い生徒もいた。 決闘を挑んだ生徒達は桐山を貴族に歯向かったとして訴えるべきだ、と学院長へ直談判していたが、 「馬鹿者。そもそも一方的に決闘を挑んだのはお主達じゃ。それに、彼はミス・ヴァリエールの使い魔。彼に罰を与えるのは彼女だ」 と、突き返されてぐうの音も出ないようだった。 夜が更けた頃、学院庭の塔の壁の傍で夜風に当たりながら桐山は読書をしていた。 学院の生徒達に次々と重傷を負わせてしまったという事で、ルイズからその罰として今日は部屋の外で寝るように命じられたのである。 実を言うと、ルイズもその生徒達から「もう少しお前の使い魔の躾をちゃんとしろ」などと逆恨みされてしまったのでこうなってしまい、そのため仕方なしにこうさせた訳である。 もっとも、ルイズの部屋のすぐ外で構わなかったのだが、桐山はあろうことか学院の庭まで移動していた。 「しっかし、お前さん本当に容赦がなかったな」 傍に立て掛けられたデルフが感嘆に呟く。 「貴族のガキ共相手とはいえ、少しは手加減してやっても良かったんじゃねえかい?」 「……道端の石ころをどかしただけだ」 と、答えるとデルフは溜め息を大きく吐き出す。 「……ったく、とんでもねえやつだなぁ。武器もまともに持たずにメイジを叩きのめすなんて、お前さん何者だよ?」 しかし、桐山は答えずに読書を続けている。 「シカトかよ……」 少し切なそうな声を出すデルフ。 すると、そんな桐山の元に一人の小さな人影が歩み寄ってくる。 桐山はそれに全く興味を示さずに読書を続けていた。 結局、昼間はキュルケと共に街へ行っても桐山に会えなかったタバサだが、そこで彼を見かけていた。 (そっくり……) 読書をしている彼のその姿に、タバサは息を呑んだ。 自分も読書は好きだ。そして、それに夢中になると周りの事などほとんど眼中になくなる。 まるで彼のように。 自分が近づいてきても、彼は全く興味を示さない。 ますます、自分という存在を客観的に見ているように思えていた。 桐山のすぐ隣に立ち、彼が呼んでいる本の中を見てみる。 自分の知らない言語で書かれた専門書みたいだ。 ちなみにその本のタイトルは「腹々時計」である。 タバサには内容が全く分からないが、桐山が自分など気にせずに読み続けているので余程内容が面白いのかと思っていた。 「本、好き?」 「ああ」 話しかけてみると、桐山はタバサを一瞥する事無く答える。 「何ていう本?」 「色々な戦い方が書いてある」 と、簡潔に述べて再び本に視線を戻していた。 (……そう。彼は、強い) ギーシュだけでなく、この学院の様々な生徒達がまるで相手にならなかった彼。 タバサもこれまでに様々な危険な任務に従事し、多くの敵と相まみえてきたが、正直彼の強さがどれ程のものなのかとても興味があった。 これまで自分は、己の目的を果たすべく力を蓄えてきた。 その力が、『メイジ・キラー』である彼に通用するかどうか……。 そのような黒い衝動が彼女を突き動かす。 「ん? どうしたんだい、嬢ちゃん」 デルフが桐山の横で、自分の身長よりも大きい杖を構えだすタバサに困惑しだす。 桐山はデルフがそのように慌てても、相変わらず読書に夢中だった。 「あなたと、手合せがしたい」 桐山は目を伏せると本もパタンと閉じ、デイパックの中にしまう。 そして、立て掛けていたデルフリンガーを手にしていた。 「おいおい、やめておけよ。こいつはここのガキ共が全く相手にならなかった奴だぜ? ケガしてもしらねえぞ」 「終了の条件は、相手を地面に倒す事」 デルフを無視して彼からゆっくり後退るタバサは桐山にルールの説明をした。 桐山は逆手に持ったデルフリンガーを無造作に垂らしたまま、自分から離れていくタバサを見つめている。 他の生徒達はルールの説明もなしに、一方的に彼を攻撃した。それで彼に半殺しにされた。 桐山は一切の感情が宿らない冷たい瞳で、タバサを見返していた。 タバサに対して苛立ちも、怒りも、敵意も、殺意も、何一つ抱いている訳ではない。 恐らく他の生徒達同様、目の前に転がっていた石ころをどかそうとするだけなのだろう。 前ページ次ページ無情の使い魔
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前ページ次ページ“微熱”の使い魔 トリステイン魔法学院の院長オールド・オスマンは学院長室で読書にふけっていた。いつもだったら秘書のミス・ロングビルにセクハラをしているのだが、今は極めて真剣な表情である。 読んでいるのは、一応は書物にあたるのだろうが、きちんと職人が作ったものではなく、いくつもの紙片を適当に束ねたような粗雑なつくりのものだった。しかし、それに書かれている文字は、ハルケギニアで使われているものではなかった。 厳しい表情で読書を続ける中、いきなり学院長室のドアがノックされた。 「誰じゃね?」 オスマンはすばやく本をふところにしまいこむ。 乱暴にドアを開け、飛び込んできたのは頭のさびしい中年教師ミスタ・コルベールだった。 「オールド・オスマン! 大変なことが……」 「何じゃね、ミスタ・エグゼビア」 「コルベールです! どうしたらそんな名前が出てくるんですか!?」 「おお、そういえばそんな名前じゃったね。それで何事かね、ミスタ・ファンタスティック」 「コルベールですってば! ますます離れてますぞ!!」 「しょっぱなの軽いギャグじゃ。……で、何かねミスタ・コルベール?」 「これを見てください!」 「えーと、何だっけ、これ? ああ、『始祖ブリミルの使い魔たち』か。また古臭いものを…。で、これが何?」 「これも見てください! これも!」 コルベールは何かのスケッチらしきものをオスマンに見せた。 「これは使い魔のルーンのようじゃが……。むう?」 オスマンはスケッチと、本に描かれている絵を見比べ、表情を引き締めた。 「このルーンは、ミス・ヴァリエールの召喚した平民の少年に刻まれたものです。見てください、これは文献に記される、ブリミルの使い魔ガンダールヴと同じものではありませんか!!」 「……」 「つまり、あの少年は伝説の使い魔ガンダールヴではありませんか!?」 「確かに、この二つは同じもの。しかし、じゃね。それだけで決め付けるのは早計というもんじゃ」 「無論のこと、それだけではありません」 コルベールはもったいぶって咳払いをする。 「先日、ミス・ツェルプストーが学院近くの森にいった際のことですが」 「ああ、報告には聞いとる。ミス・ヴァリエールが狼に襲われて怪我をしたそうじゃな」 「その際、かの少年は狼の群れを瞬く間に蹴散らしたそうです。それも風のような速さで。その前後……彼はナイフを手にした時からルーンが光り出し、超人的な力を発揮したとか」 「こういっては何じゃが、そのナイフが何らか特殊なものであった可能性は?」 「ありません。念入りに調べましたところ、かなり質のいいものではあるようですが一切魔法の痕跡は見当たりませんでした」 コルベールの説明に、オスマンはむう、とうなった。 「しかしのう。やはり、それでもまだ伝説と結びつけるのは早計も早計じゃよ。ミスタ・コルベール」 仮にガンダールヴだとしてもじゃ、とオスマンは白いひげをなでた。 「ならばこそ、なおさら慎重にならねばのう。王室のばーたれどもに知れれば、使い魔もミス・ヴァリエールも何をされるかわかったもんではない」 「確かに……」 「ミスタ・コルベール、密かに使い魔の少年のことを調査してみてくれ。あくまで、それとなくな」 「わかりました」 「ああ、それから……ミス・ツェルプストーの使い魔も、人であったな。こっちは少女とか……」 「はい、“シグザール”という、異国の地の人間です。錬金術という未知の技術を持っていて、こちらも……」 「錬金術か」 きらり、とオスマンの瞳が光った。 「何か、ご存知なので?」 「いやいや…。そちらのほうも、調査をしておいてくれよ? ちゅうかミスタ・コルベール、すでに色々と接触しておるんじゃろう?」 「まだいくらか話を聞いたり、本を読ませてもらった程度ですが…。錬金術というものは相当に奥深く、高度な技術体系であることは間違いないようです」 「そうか………」 こつこつ。ドアがノックされた。 私です、と秘書ロングビルの声がドアの向こうからした。 「入りなさい」 部屋に入ったミス・ロングビルは書類を机の上に置いた。 「王室からです。最近治安の悪化が激しいので、注意をするようにと」 「ふーん。わざわざ王室から……。ふん、盗賊やオークどもの動きがのう」 オスマンは書類を読みながら、顔をしかめる。 「それに、“土くれ”かい」 「はい。巷を騒がしている“土くれのフーケ”が城下町を荒らしているとか……」 「物騒じゃのう。生徒に注意を呼びかけんとな」 「もしかすると、この学院もフーケめが襲撃してくるかもしれませんぞ」 「まあ、怖いことおっしゃらないで…!」 コルベールの言葉に、ロングビルは顔を引きつらせる。 「いや心配には及びません。もしもの時にはこの“炎蛇”のコルベールがお守りしますぞ」 そう言って、コルベールはばんと胸を叩いてみせた。 「まあ、頼もしい」 笑顔を見せるロングビルに、いやなに、男として、教師として当然のことです、とコルベールはちょっとばかりやにさがった顔で言った。 その様子に、オスマンはけっとそっぽをむいた。 ぱかん、ぱかん、と才人は厨房の裏手で薪を割っていた。生来の調子の良さ、もとい適応力が幸いしたのか、もう完全に使用人たちの中に溶け込みつつある。 最初は皿洗いなどをやっていたが、今では水くみや薪割りなどの力仕事が主になりつつあった。 「ふう……」 こんもりと薪が小さな山となった頃、才人は汗をぬぐった。そして、左手のルーンを見る。 ――コルなんとかという先生、調べておくって言ってたけど……。ホントに何かわかるのかねえ? 使い魔として契約とした時には特殊な能力を授かることもある。そんなことを話していたが。 少し休んだ後、また薪割りにとりかかる。その矢先、才人は手を止めた。 一人の生徒がフラフラと歩いているのが見えたのだ。 ――あいつは……。 ギーシュというキザ男だった。食堂での喧嘩騒ぎの時とは裏腹に、妙にやつれているように見えた。 「やあ、ゼロ…いや、ミス・ヴァリエールの使い魔くんじゃあないか……」 ギーシュは才人を見ると、覇気の欠片もない顔で挨拶をする。 「………」 あの時笑い者にされて悔しい思いがあるだけに、才人はそれを無視する。 「ふっ……。無視かい、それもいいさ」 ギーシュは自嘲を浮かべて、才人のそばに立つ。 「人生とは、愛とは残酷なものだなあ。薔薇とは凡人には理解されにくいものらしいよ……」 ――何言ってんだ、こいつ………………。 一人勝手にぶつぶつ言っているが、要約意訳をすると、モンモランシーという子に振られたということらしい。 ――けっ。ざまーみやがれ。 まったくもっていい気味である。 放っておくと、ギーシュは一人でしゃべりっぱなし。ひょっとして友達いないのだろうか。そうか思うと、今度は地面から出てきたでかいモグラと戯れだした。 ますますもって薄気味悪い。 ――気持ちわりいなあ…。どっかいけ、おい。 いらつきながら、才人は薪割りを続ける。 そこに。 「ここにいたわね」 今度はルイズがやってきた。 「街に行くわよ。ついてきなさい」 唐突に、そんなことを言う。 「……なんで?」 「いいからついてきなさい!」 ルイズはいらだったように、才人の腕をつかんで引っ張っていく。 「な、何言ってんだよ! まだ薪割り終わってねーし……! つうか何でお前と……」 才人の言葉に、ルイズはわなわなと震え出す。 「あ、あんたは私の使い魔でしょうが!? 黙ってご主人様についてくればいいの!!」 「やだよ」 才人はルイズを振り払った。 「最低、理由ぐらい説明しろっての」 「………………」 ルイズは怒ったのごとく、ふーとうなった。しかし、しばらくすると、声を抑えながら何やら話し始めた。 「……この前、森で私を守ったでしょ!! だから、その……忠誠には報いるところがないとね!!」 「あー、つまりお礼ってことか」 「ご、ご褒美よ! 忠誠を見せた使い魔に対するね」 ふんとルイズはそっぽを向くが、その顔はかすかに紅い。照れているのか。 ふーん、と才人は納得したような顔をした。 「わかったら、さっさといくわよ!」 「別にいらね」 先に立って歩き出そうとしたルイズは、才人の言葉につんのめる。 「いらないっ!? せ、せっかく私が…………!!」 ルイズは顔をトマトみたいに真っ赤にさせて才人を睨んだ。 「別に、あれはお前だから助けたっつーわけじゃねえし」 「何よ、それ……」 「ああいう時は、助けるもんなんだろうが、人間として。それとも何か? お前が俺の立場だったら見捨ててたのかよ」 「……そんなこと」 「だったら、それでいーだろ。用はそんだけか? だったら俺、忙しいから」 才人はまたぱかん、ぱかんと薪割りに専念しだす。 ルイズはそれを見ながら、ぶるぶると震えていた。いつの間にか、手に杖を握っている。 「こ……の……」 目に涙を浮かべながら、ゆっくりと杖を振り上げる。 「まちたまえ、使い魔くん」 ルイズが杖を振り下ろそうとした時、ギーシュが才人に声をかけた。これにきっかけを奪われ、ルイズは得意の失敗爆発魔法を発動することはなかった。 「横から見せてもらったが、君は少々冷たいんじゃあないか? レディーのアプローチを断る時には、それなりの作法というものがある。君のはあまりにも野蛮すぎるよ」 ギーシュは髪の毛を軽く弄りながら、どうだね、とポーズを決めて言った。 「関係ねーだろ。つーか、相変わらずキザなしゃべりかたしやがんなあ……。おめーはちび○子ちゃんの花輪くんか?」 「……ハナワ? 何だい、それは……。まあ、いい。一人の薔薇の紳士として言わせてもらうが……。ミス・ヴァリエールは、使い魔に対する褒美と言い条、君と親交を深めたいと見たが……」 「ちょっと!? な、な、何勝手なこと、言ってるのよ……。私は別にこんな犬なんか……」 「犬!? てめ、人をよくも……」 「おうっと、待った。短気はいけないよ、使い魔くん」 犬呼ばれりされてムッとする才人だが、ギーシュが制する。 「使い魔、使い魔、うっせーな! 俺には、平賀才人……いや、サイト・ヒラガつう名前があるんだ!」 「では、サイト。君はさっき人として、とこう言っていたね。噂で聞いているが、君は狼に襲われたミス・ヴァリエールを救ったとか……それは人として当然のことだから、別に礼はいらないと」 「あ、ああ……」 「だがね、こういう場合礼をのべ、感謝するのも人として当然じゃあないのかい」 「……まあな」 ギーシュの意見に、才人はうなずく。 「そうだろう。そしてだ……その感謝を素直に受ける。これは、悪いことかい? いや、悪いことじゃない。自然なはずだ……」 「…………」 「ならば、“お礼”をしたいというミス・ヴァリエールに同伴したって、いいんじゃないのかい。それとも、何か思うところでもあるのかい?」 何か思うところでもあるのか……その言葉に反応したのは、ルイズだった。何かをうかがうような目で、才人を見つめる。 「……そんなもん、別にねーよ」 「というわけらしい。ミス・ヴァリエール、彼は君についていくそうだよ」 ギーシュはルイズを見て、ひときわキザな仕草で言ってみせた。 「ふ…ふん!! 最初っから素直にそう言えばいいのよ!! 余計な手間かけさせて……」 ルイズはわざとらしく大声で叫びながら、才人を引きずっていく。 「い、いてえな! おい、引っ張るんじゃねーって……!」 ギーシュはルイズと才人を見送りながら、ふうーと頭を振った。 「やれやれ……。こういうのは僕のキャラクターじゃあないんだけど……。まあ、たまにはいいさ。そうは思わないかい、ヴェルダンデ」 そうつぶやき、使い魔であるジャイアントモールの頭をなでる。 もぐもぐもぐ……。 モグラは巨大な体躯に似合わぬ円らな瞳で主人を見上げた。 「ふっ…。人と人と結びつけるのもまた、薔薇の役目か。やっぱり、僕のキャラじゃあないね」 ギーシュは苦笑して、胸にさした造花の薔薇の弄る。 「しかし、悪くもないか」 タバサは熱心に本を読んでいた。これ事態はいつものことである。が、いつもとは違っている部分もあった。 まず本が違う。読んでいるそれは、エリーの持ってきた本のうちの一冊"絵で見る錬金術"。絵本のように、錬金術についてイラスト中心でわかりやすく記した超初心者向けの本だ。 書かれている文章のほうも実に簡単なものである。 タバサはそれを食いいるように読んでいた。その横には、エリーの姿が。 「……これは?」 「これはねー……ロウのつくりかたで」 タバサがたずねると、エリーは細かく説明を始める。 そんな二人の"お勉強会"を横目で見ながら、キュルケはふわあ、とあくびをしていた。 ――せっかくの虚無の曜日なのに、二人とも熱心ねえ……。 エリーとタバサは暇を見ては互いの国の言葉を教え合っている。会話そのものは問題なく、言葉の表現や文章の構造なども意外に似ている部分が多いので、それほど難しいものではないらしい。 もっとも、その"お勉強会"は傍から観察していてあんまり楽しいものではなかった。 キュルケはしばらくの間ぼけーっとしていたが、急に立ち上がり、部屋を出ていった。 「どうしたのかな?」 エリーが首をかしげていると、すぐにキュルケは戻ってくる。 「二人とも、出かける用意して!」 キュルケはうきうきとした顔でそう言った。 「え……なんで?」 「ルイズと、あの使い魔くんが出かけたみたいなのよ。二人きりで、馬に乗ってね」 「へえ、サイトが……。あれから、仲良くなったのかなあ」 「それをこれから確認するんじゃない」 つぶやいたエリーにむかい、キュルケはにこりと笑った。 「え」 どゆこと? エリーはきょとんとする。 「だから、追いかけるのよ。二人をね」 「……ええーと」 「悪趣味」 コメントに困るエリー。一言で片づけるタバサ。 「というわけで、タバサ。あなたの力を借りたいんだけど……。お願い、あなたの風竜じゃないと、追いつけないの」 キュルケは手を合わせてウィンクをする。 タバサはしばらく黙っていたが、静かにうなずいた。そして、窓を明けて口笛を吹く。 ばさり、ばさり。 巨大な羽音をたてて、タバサの使い魔であるドラゴンが舞い降りてくる。 「うひゃあああ……」 その姿にエリーは見惚れるしかなかった。 風竜は大きなくりっとした瞳で主人を、そしてエリーやキュルケを見つめ、きゅい、と鳴いた。 前ページ次ページ“微熱”の使い魔
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ゼロの使い魔統合スレッド ゼロの使い魔関連の統合スレです。 二次創作やパロ、小説・SSから漫画・イラストまで何でもどうぞ。 【前スレ】 ゼロの使い魔統合スレッド http //namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220275036/ 【関連スレ・関連サイト】 ルイズの使い魔全員でバトルロワイヤルしてみた http //namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220112466/ あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part167 http //changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1220351917// イチローがルイズによって召喚されたようです@wiki http //www39.atwiki.jp/ichiro-ruiz/ ページ最上部へ
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前ページ次ページ攻撃力0の使い魔 (ここ…どこ……? 寒い…苦しい…何も見えない…何も聞こえない……) ルイズは、凍てつくような寒さの 真っ暗な闇の中にいた。 全身に力が入らない。 まるで重さが無くなったかのように 体が軽い。 にも かかわらず、開放感は いっさい無い。 むしろ、あまりの閉塞感に 気持ち悪くて吐きそうになる。 とにかく寒い、苦しい。何より……寂しい。心細い。 (どうして……? こんなに好きなのに……なんで こんな仕打ちを……) 心の中で誰かに呼びかける。 自分がこんな苦痛を味わう原因を作った、その誰かに。 それが誰かはわからないが、ルイズは その人物のことを知っているような気がした。 その人物のことを思うと、胸が苦しくなる。たまらなく愛おしくなる。 ……どのくらいの時間が流れただろう。未だ、ルイズの苦しみは続いていた。 そして……彼女は気づいた。 (そっ…か……そうよ……わたしは…苦しんでるかぎり…絶対 あなたを忘れない…… だから…わたしに こんな苦しみを……そうなんでしょ……?) その結論を手にして、ルイズは たまらなく嬉しくなった。 その発見に、胸が熱くなる。 心が、熱く焼けただれて、吐き気がするほど嬉しかった。 ある時……突然、世界が揺れた。 ルイズの知覚できる範囲…世界が、何かに引き寄せられている。 引き寄せる力が強くなり、体も どんどん重くなっていく。 世界が激しく揺れ、赤熱した光で視界が満たされる。 (熱い……! たすけて……! たすけて……) 誰かの名を呼び、助けを求める。 元より、自分の知っている人間は その人だけだ。自分の世界には、その人しか いらない。 自分の意識と体が激しく焼き尽くされるのを感じながら、ルイズは名前を呼び続けた。 凄まじい衝撃が走った。あたりに轟音が響く。 熱い……! 痛い……! 苦しい……! だが、まだ自分は生きている。 何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。体が動かない。立ち上がれない。歩けない。 ……左腕に力が入る。 (……! 動く……!) 左腕だけは、まだ感覚が残っていた。 ルイズは、左手で力いっぱい地面を引っかくように握り締める。そして 指を開く。 また握る。また開く。 そうやって左手の握力だけで体を動かしていく。 焼けただれた肌と地面が擦れて痛い。が、気にせず進む。 地面を握った指先の爪が割れて痛い。が、それも気にせず進む。 ルイズは、文字どおり「左腕だけ」で前に進んだ。 自分をこんな目に遭わせた、愛しい人を目指して。 左腕以外の部位が さっきの出来事で焼失したことなど、今はどうでもいい。 彼に会いたい。いや、会わなければならない。 そして、伝えるのだ。いかに自分が彼を愛しているか。いかに自分の愛が強いか。 そうだ。世界を、自分の 彼に対する愛で満たそう。 そうすれば、きっと……喜んでくれる。 「……っ!!」 シーツを跳ねのけて飛び起きる。 気がつくと、ルイズは 部屋の中…ベッドの上にいた。 カーテンが綺麗に整えて開けられた窓から、朝日が差し込んでいる。 「あっ!」 思わず、自分の体を確かめる。 ……手も、足も、胴体も、頭も、ちゃんと全部揃っている。 なぜ そんなことをしたのか自分でもわからないが、とにかく ホッとした。 「……夢?」 そういえば、何か…とてつもなく苦しくて…そして悲しい夢を見ていた気がする。 だが、どんな夢だったのかは思い出せない。汗だか涙だかわからない水滴が、頬を伝って滴り落ちた。 大量の水分を含んだネグリジェが気持ち悪い。こちらは間違い無く汗だ。 だんだん頭がハッキリしてきたルイズは、部屋の中を見回す。誰もいない。 (まさか、昨日のことも夢……!?) いや、そんなハズはない。事実、昨日 自分は使い魔の召喚に成功した。 その証拠に、昨日の夜 脱ぎ散らかした衣服が 無くなっている。 ルイズの召喚した使い魔が、洗濯のために運び出したのだろう。 今 あいつが部屋にいないのも、きっと そのためだ。 どんどん正常な思考を取り戻していく頭で状況を整理していると、突然 ドアのカギが回され 扉が開く。 そして、昨日 ルイズが召喚した亜人:ユベルが現れた。 「……やあ。おはよう、ルイズ。よく眠れたかい?」 トーンの低い女性の声で、ごく自然に呼び捨てにしてくる。だが、もう いちいち気にしない。 「ちょっと…ノックくらいしなさいよね……まあ…真面目に仕事してるみたいだし、許してあげるけど」 「あぁ……洗濯なら、そのへんにいたメイドに頼んでおいたよ。ボクより 彼女たちのほうが ずっと上手いだろう?」 「あ、あんたねぇ……洗濯も使い魔の仕事だって 昨日 言ったでしょ」 「そうかい? でも 残念だが、ボクはキミの召使いになるつもりは無いからね」 どうやら「使い魔」についての認識が根本的に食い違っているようだが、それは今後ゆっくり教育していけばいい。 「……まあ、済んだことはいいわ。じゃあ…ホラ」 ルイズが ベッドから降りて床に立ち、そのまま じっとユベルを見つめる。 「着替えさせて」 「なに?」 「あんたが わたしの着替えを手伝うの」 「……それも使い魔の仕事なのかい?」 「そうよ。だから早くして」 「……言っただろ。ボクはキミの召使いじゃない。下僕でもなければ奴隷でもない。言わば協力者だ。 キミや ほかの人間でもできることを、なぜ ボクがしてあげなきゃならない?」 「な…っ!」 なかなか思いどおりにならない使い魔に、ルイズは だんだん腹が立ってきた。 たしかに 使い魔の召喚と契約は大成功を収めたと言えるが、正直 今の関係は、ルイズが理想とする貴族の姿には ほど遠い。 さすがに奴隷ではないにせよ、使い魔は 下僕であるハズなのだ。 だが「自分は下僕ではない」と言う相手に「いいや、おまえは下僕だ」などとは言いづらい。相手が未知の亜人ならば、なおさらだ。 そこでルイズは「使い魔」という言葉の定義を利用して、それとなく使い魔の立場を伝えることにした。 「使い魔っていうのは、そういうもんなの! いいから言うとおりにしなさいよ!」 「……ふっ、そうかい。キミがそう望むなら……仕方無いね」 「へ?」 急に素直な反応を示すユベルに、拍子抜けして 思わず間抜けな声が漏れる。 が、すぐに 主人としての威厳を示すために立ち直る。 「わ、わかればいいのよ、わかれば。そこと そこと…あと そこに着替え入ってるから」 その言葉を聞いたユベルは背中の2枚の翼を広げ、宙に浮き上がる。 そして……ルイズに乗り移った。 (ちょっ…何してるのよ! 昨日 これはしないって言ったじゃない!) そう困惑するルイズの頭の中に、ユベルの声が響く。 (何を驚いているんだ。簡単なことだろう? キミは、ボクに着替えを手伝わせたいと思っている。逆にボクは、キミが自分で着替えればいいと思っている。 その2つの条件を、同時にクリアしようとしただけじゃないか) (……っ!) たしかに間違ってはいない。だが、何か釈然としない。 ルイズが反論を考えているうちに、ユベルはルイズの体で ルイズの着替えを済ます。 着替えが完了すると ユベルはルイズの体から抜け出し、さらに部屋からも出て行こうとする。 「あっ、ちょっ! ご主人様をほっといて どこ行く気よ!」 「……キミはこれから、食堂へ朝食を摂りに行くんだろう? でも ボクはキミたちと違って 物は食べないからね。そのあいだ、好きにさせてもらうよ」 「って、こら! 待ちなさいったら!」 ……部屋の外で、ユベルの動きが止まる。だが、ルイズを待っているわけではないらしい。 ルイズの位置からは壁で見えないが、廊下にいる何かと向き合っているようだ。 廊下に飛び出したルイズは、その「何か」の嬉しくない正体を発見した。 「はぁい、おはよう ルイズ。そうやって並ぶと、ホントに子供みたいね?」 「っ! キュルケ……!」 ルイズよりも背が高くてスタイルの良い 赤い長髪で褐色の肌をした少女。 朝っぱらから出会って早々、体型のことを冷やかされる。身長か、それとも胸か。 ……が、そのライバルが 自分の使い魔に上から見下ろされているという愉快な構図が、ルイズの怒りを相殺した。 「……で、あなたが ルイズの使い魔さんね? 初めまして。 あたしはキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 亜人の顔を、キュルケが見上げる。親友タバサの1.5倍近い身長から、3色の視線が降り注いでいる。 見たことも聞いたことも無い種族の亜人だ。たしかに「悪魔」と言われても、嘘には聞こえない。 「ボクはユベル。よろしく、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 「……キュルケでいいわ」 「なんで わざわざフルネームで言いたがるのよ……」 長い名前を1発で覚えて すらすら言うユベルに つっこむ。 ツェルプストーと仲良く会話するな、とは言い忘れる。 「それにしても……ゼロのルイズが、まさか亜人を召喚するなんてねぇ……驚いたわ」 「ふん、何言ってるのよ。こうして使い魔の召喚と使役には成功してるんだし、もう『ゼロ』じゃないわ」 「……そう。よかったじゃない」 胸を張るルイズを、特に馬鹿にするでも茶化すでもなく、キュルケは軽くねぎらった。 「ところで……ねぇ、ユベル。あなたって…女? それとも男?」 「……!?」 幼い頃から刷りこまれてきた、ツェルプストー家の忌むべき特質のことがルイズの頭をよぎった。 「ツェルプストーっ! あんた まさか、人の使い魔に手を出す気!? それも亜人に!」 「え? い、いや! そんなつもりは無いわよ! パッと見 男か女かわからなかったから、興味本位で訊いただけ!」 ルイズの懸念と疑念を払いのけるように手を振ってキュルケは否定する。 さすがに、この相手に手を出そうなどとは思わない。 「ふーん……そう? でも、訊いても無駄よ。本人もわかってない…というより興味無いみたいだから」 その質問については、すでにルイズが昨日のうちに済ませてしまっていたのだ。 まあ 一般的な感性の持ち主なら、ユベルの その左右非対称な性別の正体が気になるのも 当然だろう。 「あら、そうなの? まあ たしかに、綺麗に半分ずつだもんねぇ……それが正解なのかしら?」 「脱いでみれば わかるかも……」という考えが頭をよぎるが、すぐさま思いなおす。 もし、その性別の象徴も半分に分かれているのだとしたら……? そんなものを見る心の準備は できていない。 そんなキュルケを、ユベルは無言で品定めをするように3つの目で見つめ続けている。 男たちの 性的な意味を多分に含んだ熱視線とは、まったく違う。 少なくとも、キュルケの女性としての魅力を はかっているわけではない。 その異質な視線に耐えられなくなったのか、キュルケが口を開く。 「あっ、それより……! あたしも使い魔を召喚したのよ。誰かさんとは違って、一発でね!」 「う……うるさい! 試行錯誤の末に誰よりも大成するタイプなのよ、わたしは! たぶん!」 キュルケの背後から 大きな赤いトカゲが姿を現した。ユベルの視線が そちらに移る。 「このトカゲ……炎属性・爬虫類族か」 トカゲを見たユベルが そう呟いた。その「なんとか属性・なんとか族」という表現に、ルイズは顔をしかめる。 昨日 何度 質問しても、ユベルが「闇属性・悪魔族」というものについて 答えてくれなかったからだ。 だが、なんとなく予想はついていた。 そして、このキュルケの使い魔に対するユベルの評価で、その予想は信憑性を持った。 「……あー、つまり火系統のトカゲって意味ね」 つまり「闇属性・悪魔族」のユベルは……? 「トカゲじゃなくて『サラマンダー』よ。尻尾の先に火が灯ってるでしょ。 しかも、フレイムは 火竜山脈に生息する亜種で、普通のサラマンダーより ずっとレア物なんだから」 「れ、レア度なら こっちだって負けてないわよ……! どこから来たかわからないくらいレアなんだから!」 「え? ルイズ、あんた……自分の使い魔に出身地も教えてもらってないの?」 「わたしだって知りたいわよ! でも、本人がわかってないんだから 仕方無いでしょ!」 まるで レアカードを自慢し合う子供のように 使い魔談義をする2人を、ユベルは見守る。 十代の父が、幼い十代にプレゼントした最初のレアカード……それが「ユベル」だった。 過ぎ去った日に思いを馳せ、決意を固める。 (十代……ボクは必ずキミを取り戻してみせる。そして……) 前ページ次ページ攻撃力0の使い魔
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四人は目の前の出来事に我が目を疑った。 そこでは世にもおぞましい光景が広がっていた。ゴロリンと横に転がっている生首の切断面から、植物の蔓のような、しかし人間の肉を連想させる生々しい触手が、無数に生えてきたのだ。 それに伴う"ビュルビュル"という嫌な音も相まって、四人は嫌悪感も露わに身構えた。 何もかもが未確認な生物なのでソレが次に起こす行動が予測出来なかった。 ---ドスドスドスッと触手の何本かが地面に突き刺さり、それを支えにした生首が宙に浮かび、四人を見下ろす形となった。 「GRRRRRR……」 低い唸り声に四人の産毛が逆立った。 どう考えてもこちらと友好的な関係を築くつもりはなさそうだ。 そもそも理性があるのだろうか。 --考えている暇はなかった。 目の前の生首が、こちらに向かってすさまじい速度で無数の触手を伸ばしてきたからだ。 予想以上の触手の多さに、キュルケは内心舌打ちをした。 ---さっきよりも増えてるんじゃない…? 苛立ちながら炎の魔法で応戦する。 しかし… (~~~~ッ!!的が小さすぎる!) 真正面から向かってくる無数の触手は、対象から見れば点にしか見えない。 狙いが絞れないのだ。 そのうえ、うまく狙いをつけても、触手はヒョイヒョイとそれをかわしてしまう。 驚異的な反射神経だった。 ならばと、キュルケは後退しながら生首に向かって火+火のフレイムボールを放った。 完璧に捉えたそれはしかし、触手が身代わりになることによって防がれてしまった。 どうやら、あの生首が本体のようだ。 そう判断したキュルケは後ろの二人に呼びかける。 「二人とも!あの生首よ!」 それだけでキュルケの意図を汲み取ったタバサとコルベールは、魔法を生首めがけて掃射した。 後のことは二の次にした、全力攻撃だった。 しかしタバサとコルベールの魔法は、先ほどキュルケが焼き払ったと思われた触手に悉く払われ、防がれ、無力化されてしまった。 呆然とする二人。 一瞬攻撃の手を緩めてしまった。 それがまずかった。 『KUOOOOOOO!』 次の瞬間、コルベールが地に伏した。 左足から夥しい出血をしつつ、コルベールはドサリと倒れた。 タバサは呆然とそれを見る。 --何も見えなかった……。 ただ、あの生首の目がギラリと光ったように見えただけだった。 ふとみると、コルベールの足下の近くの地面に、ピンボールほどの大きさの円形の穴が開いていた。 それと同じ傷が、コルベールの左足にも刻まれているのだろう。 恐らくは何か銃弾のようなものを発射したのだ。あの目が。 そうとしか考えられなかった。 全く常識の範囲外だった。 すでにこの状況そのものが非常識の極みだが。 ---もういちどさっきのをやられたら……… タバサは戦況の不利を悟りし、一旦退却すべきだと決断した。 指笛を吹き、自分の使い魔である風竜のシルフィードを呼び出す。 その間にコルベールを引きずって出来るだけその場を離れるとともに、前でルイズとともに触手の相手をしているキュルケに呼びかける。 「ミスタ・コルベールがやられた。一旦退く。キュルケも早く」 「えぇ!?……わかったわ。ルイズ、聞こえたわね!」 ルイズは何もいわず、ただ頷いた。 5へ 戻る 7へ
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前ページ次ページサイヤの使い魔 「町ってここからどのくらいのとこにあるんだ?」 「馬に乗って三時間ってとこね」 「三時間!? そんなにかかるんか?」 トリステイン魔法学院、正門前。馬着き場に悟空とルイズの姿があった。 今日は虚無の曜日である。ルイズはコルベールに頼まれた通り、悟空を連れて町に行き、何かしらの武器を買い与えようと考えていた。 「仕方ないじゃない、他に移動手段が無いんだから」 腕組をして何やら考えていた悟空が、「私にいい考えがある」と言わんばかりの表情を浮かべた。 「ルイズ、使い魔が飛べるヤツだったら、主人はそれに乗ってくよな?」 「そうね。タバサとかはそうだわ。何が言いたいの?」 「オラに乗ってかねえか? その方がよっぽど速えぞ」 「あんた、フライが使えるの?」 この間、魔法は使えないといってなかったか? 「いや、オラ達の世界じゃ舞空術っつう空を飛ぶ技があるんだ」 「フライやレビテーションとは違うの?」 「そうだな…。例えば、フライを唱えている最中に系統魔法は使えねえんだろ?」 ルイズの知識と、授業の内容から導き出した仮説を披露する。 「使えないって訳じゃないけど、物凄い集中力が要るから、上位のメイジでもないと難しいわね」 「舞空術なら、使ってる間に他の技を使う事ができるんだ」 「何それ? 反則じゃない!」 「反則って言われてもなあ」 「まあいいわ。とにかく、やってみせてよ。あんたが言うからには、馬より速く飛べるんでしょうね」 「まかしとけって」 そう言うと、悟空は宙に腹這いになった。杖も詠唱も無しに、あっけなく。 「ほれ、背中に乗れよ」 「やっぱり反則よ、それ…」 「そうは言うけどよ、オラだって飛べるようになるまでは随分苦労したんだぜ? 最初の頃はちょっとしか飛べなかったしよ」 舞空術を使っている間は気を消費する。今でこそ悟空の気は全宇宙でも指折りの大きさを誇っているが、飛べるようになったばかりの頃は、僅かに浮くだけで疲労困憊するほどだった。 ルイズが悟空の背中に馬乗りになると、下腹のあたりがきゅんとなった。 (あ、何この背徳感……?) 男に跨るという慣れない行為に、ルイズはちょっとだけドキドキしていた。 「それだと落っこちるぞ」 「え?」 「オラにおぶさるようにして、首に腕を回すんだ」 「なななななな……!!」 ルイズの顔がみるみる赤くなる。頭の中で「いいの?」と本能が囁き「だめ!」と理性が押し止める。 しかし、この使い魔のことだ。マジでそこまでしないと振り落とされるくらい速く飛べるんだろう。 短い葛藤の末、ルイズは言われたとおりにした。ドキドキがばれませんようにドキドキがばれませんように……! 「よし、じゃ、いっくぞー!」 「へ? うはひゃ―――――!!!」 ルイズを乗せた悟空が、投石器で投げられた岩のような勢いで空高く舞い上がる。純白の雲を見下ろす、遥かな空まで。 そのまま数百メイルほど飛んだところで、悟空がいきなり止まった。 衝撃でルイズが前に飛び出しそうになる。 「うわぅ! な、何よ! 何でいきなり止まるの?」 「そういや、街ってどっちにあんだっけ?」 ルイズは使い魔の頭をはたきそうになるのを辛うじて堪えた。ここでそれをやったら間違い無く落ちる。 「あっち」 ルイズが指差した方角めがけ、再び悟空の身体が宙を舞った。 振り落とされまいと、必死に悟空の背中にしがみ付いていたルイズだが、やがて身体に叩きつけてくる風に慣れてくると、周囲や眼下の光景を見渡す余裕が出てきた。 他の生徒はフライでこんな視点からハルケギニアを見ていたのか。 そう思うと、ルイズは少し悔しくなった。 「ゴクウ!」 「何だ?」 「もっと速く飛べないの?」 「できるけど、何でだ? 急いでるんか」 「あんたの力が見たいの」 「わかった。しっかり掴まってろよ」 悟空は気をその身に纏い、加速した。ルイズの手に力がこもる。 顔に当たる風の勢いで、まともに目を開けて前を見られないルイズは仕方なく地面を見た。あまりの速度に、何かの模様にさえ見える。 「凄い凄ーい!」 轟音を立て、ハルケギニアの青空を一筋の白い矢が長い尾を引いていった。 キュルケはルイズの部屋の扉をノックした。 ゴクウが出たら、今度こそ唇を奪ってやる。 ルイズが出てきたらどうしようかしら、と少しだけ考える。 その時はどうにかしてゴクウを連れだそう。今まで、初回のアプローチで唇を奪われなかった男は数えるほどしかいない。 キュルケはそんな不快なスコアを更新するつもりはさらさらなかった。 しかし、ノックの返事は無い。扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。 「…いないのかしら」 校則で禁じられているアンロックを唱え、ドアを空ける。やはり居ない。 キュルケは部屋を見回した。ルイズの鞄が無い。虚無の曜日なのに鞄が無いという事は、何処かに出かけたのだろうか。 仕方なく、タバサの所で暇潰しでもしようと考えた。 ノックに反応して扉を開けたタバサを見て、キュルケは目を丸くした。 「あら、貴女が虚無の曜日に外出なんて珍しいわね」 タバサは、虚無の曜日になると決まって自室に篭って本を読んでいる。 余程の事が無いと、今のように身支度を整えて外出する事などなかった。 タバサは簡潔に自身の外出の理由を述べた。 「ルイズとゴクウが街に出た」 「道理で部屋に居ないと思ったわ。で、それとタバサの身支度とどんな関係が有るのかしら?」 答えは何となく判っているが、それでも訊かずにはいられない。 「…………」 「顔、赤いわよ」 ――バッ! タバサが両頬に手を当てる。 親友が珍しく狼狽する姿がおかしくて、キュルケはつい笑ってしまった。 「…ぷっ、くく……。冗談よ。でもそこまでタバサが感情出すなんて、珍しいわね」 「出してない」 流石に怒らせたのか、タバサの視線に微かな怒気が含まれているのを感じ、キュルケは降参という風に両手を上げた。 「わかった。もうしません。でも本当に何があったの?」 「…昨日、ハシバミ草を食べて苦しんでた」 「だから?」 「謝りに行く」 「ふふっ。じゃあ、そういう事にしときましょうか」 「嘘じゃない」 「判ってるわよ。ついでに私も乗せてって」 タバサの沈黙は肯定の証とキュルケは受けとった。 キュルケは気付いていた。タバサが、ルイズの使い魔を名前で呼んでいた事に。 (ライバル出現かしらね…。でも、友達だからって引き下がると思ったら大間違いよタバサ。恋と友情は別物なの) タバサは窓の外に向かって鋭く口笛を吹き、そのまま窓枠から飛び降りた。キュルケも後に続く。 空中で、落下する二人をシルフィードが受け止めた。 「昨日の人。多分馬には乗ってない。恐らくフライで飛行中」 「……昨日の人? タバサ、昨日は午後から出かけてたけど、二人で何してたの?」 「野暮」 キュルケの追求を簡潔に切り捨てる。どっちみち、従姉妹からの任務遂行の事はキュルケには内緒だ。 「……はいはい、恋は盲目って訳ね」 「違う」 「全く、可愛いんだから」 「違う」 タバサが後ろのキュルケを振り向いた。視線に気圧され、さしものキュルケも言葉に詰まる。 キュルケが黙ったのを確認すると、タバサは尖った風竜の背ビレを背もたれにして、持参した本のページをめくり始めた。 「あそこに降りて」 ルイズが指差した先には、ゴミや汚物が道端に転がっている狭い路地裏があった。 悟空が降りると、悪臭が鼻をついた。 「うわ、くっせえ! オラこういう所苦手だな~」 「そうね、わたしもあまんまりこういう所には来たくないわ」 犬並みの嗅覚を持つ悟空には軽い拷問だった。 二人が歩いていくと、四辻に出た。ルイズは立ち止まると、辺りをきょろきょろと見回した。 「あっちがビエモンの秘薬屋だから、この辺なんだけど……」 それから、一枚の銅の看板を見つけ、嬉しそうに呟いた。 「あ、あった」 見ると、剣の形をした看板が下がっていた。そこがどうやら、武器屋であるらしかった。 ルイズと悟空は、石段を登り、羽扉を開け、店の中に入っていった。 武器屋の親父が入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。すぐに相手が貴族である事に気付き、咥えていたパイプを離し、ドスの利いた声を出す。 「旦那、貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。 お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんぜ」 「客よ」ルイズは腕を組んで言った。 「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」 「どうして?」 「いえ、若奥様。坊主は聖具を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、そして陛下はバルコニーからお手をお振りになる、と相場は決まっておりますんで」 「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」 「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も縁を振るようで」 主人は、商売っ気たっぷりにお愛想を言った。それから、ルイズの後から入ってきた悟空をじろじろと眺めた。 「剣をお使いになるのは、この方で?」 悟空はそれには答えず、逆に店主に問い掛ける。 「おっちゃん、この店はおっちゃん一人でやってるんか?」 「そうですが、それがどうかなさいましたかい?」 悟空が店に入った時、三つの気を感じた。 ひとつはルイズ。 もうひとつは店の店主。 そしてもうひとつは…… 悟空は乱雑に積み上げられた剣の方へ歩みより、その中から一振りの薄手の長剣を取り出した。 刀身の表面には錆びが浮き、お世辞にも見栄えが良いとはいい難い。 「…こいつだ。この剣から小さいけど気を感じるぞ……」 悟空が剣を両手で持つと、それに呼応するかのように、左手の甲に刻まれたルーンが光り出した。 「ルイズ、これ見てみろよ! ルーンが光ったぞ」 「本当だ! どうなってんの?」 握ったり離したりを繰り返すと、その度にルーンが点滅を繰り返す。 その時、悟空が握っていた剣から低い男の声が聞こえてきた。 「おう、おめえ『使い手』か」 「うわ、剣が喋った!」 悟空は驚き、腕を目一杯伸ばして剣を身体から最大限離した。 どういう構造なのか、鍔部分の金具を器用にカチャカチャと動かして「喋って」いる。 ルイズが当惑した声をあげた。 「それって、インテリジェンスソード?」 「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。 いったい何処の魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……」 「オラ、あちこち冒険して色々見てきたつもりだったけど、剣が喋るのなんて初めて見たぞ」 「俺ももう作られてから長い事経つが、まさかまた『使い手』の手に握られるなんて思わなかったぜ」 しげしげと互いを観察した(剣には目が無いがルイズにはそう見えた)使い魔と剣が同じ感想を同じタイミングで漏らす。 『おでれーた』 見事なユニゾンであった。 「おめえ、名前は?」 「俺っちはデルフリンガー様よ」 「出ろプリンター?」 「ちがわ! デルフリンガー様だ! おきやがれ」 「名前だけは一人前でさ」店主が呟く。 「オラ悟空。孫悟空だ。宜しくな」 「ゴクウ、それ買うの?」 「ああ。ルーンが光ったんだから、この剣に何かあるのかもしんねえぞ」 「汚いわよ。それにボロッちいし」 「それによ、こいつ握ってると、何か力が沸いてくる気がすんだ」 「う~ん、そこまで言うなら……」 と言いかけて、ルイズがはたと気付く。 「ルーンが光るのって、その剣だけかしら。他のも持ってみない?」 「そうだな」 悟空はとっかえひっかえ剣や槍を持ち替えた。半分くらいは反応しなかったが、実戦向けと思われるいくつかの武器に対してはルーンが反応した。 その度にルイズが値段を店主に訊き、返ってきた答えに不満げな顔をする。 「あーもう、武器がこんなに高価いなんて思わなかったわ」 「何だ、おめえ貴族なのにカネ持ってねえんか」 「違うわよ。この街はスリが多いから沢山は持ってこなかったの」 この店の武器は最低でも200エキューはする。ルイズは150エキューしか持ってきていなかった。 仕方なく、主人に尋ねた。 「さっきの喋る剣、あれはおいくら?」 「あれなら、100で結構でさ」 「安いじゃない」 「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ。ちょっとでも上玉そうな客を見ると、すぐに色目を使いやがるもんで」 主人は手をひらひらと振りながら、客に喧嘩を吹っかけることをオブラートに包んだ表現で示した。 悟空は上着の中からルイズの財布を取り出すと、中身をカウンターの上にブチ撒けた。金貨がじゃらじゃらと落ちる。主人は慎重に枚数を確かめると、頷いた。 「毎度」剣を取り、鞘に収めると悟空に手渡した。 「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れれば大人しくなりまさあ」 「サンキュー」 悟空は頷いて、デルフリンガーという名の剣を受け取った。 タバサは道筋を再確認していた。 シルフィードの速度は、フライでの飛行速度を遥かに超える上、その眼は草原を走る馬ですらたやすく視界に収める事ができる。 空を飛ぶ人間一人見つけるくらい造作もない事だった。 なのに、一向に姿が見えない。 スタートで出遅れたとはいえ、最短距離を飛んでいるので、もうとっくに追いついてもいい頃合だった。 もうすぐ街に到着する。まさか知らぬ間に追いぬいてしまったのかとタバサが思った時、前方から飛来してくる物体をシルフィードが発見し、一声鳴いた。 「止まって」 タバサの指示で、シルフィードがその場にホバリングする。 やがて、悟空がそこにやってきた。 「よう。おめえらも買い物か?」 「……」無言でタバサが頷く。 「何ぶら下げてるの?」キュルケが尋ねた。 「オラの寝床にすんだ」 悟空の手にはロープがあり、その先にはロープで巻かれたシングルサイズのベッド用マットがあった。 よく見ると、そこににルイズと大剣が括り付けられている。 ルイズの要請で、帰りはマットの上に乗って悟空に引っ張ってもらう事にしたのだった。 そのため、落ちないように少々頑丈に捲きつけられていた。 キュルケはマットごとプラプラ揺れているルイズに向かって皮肉を言った。 「特等席ってわけね。羨ましいわ」 「頼んだって、あんたの席は無いわよ」 「べ、別に乗りたくないわよ……」 ルイズが上機嫌なのを見て、キュルケは呆れた。 傍目から見ると間抜けな体勢なのに、心底嬉しそうだ。 「ゴクウってそんなに速く飛べるの?」 「そうよ。魔法じゃないらしいけど、それでもフライなんて目じゃないわ」 「あらそう。そこまで言うなら、帰りはタバサの使い魔と競争しましょう」 「あんたたちは買い物するんじゃなかったの?」 「別に今日じゃなくてもいいわ。急ぎじゃないし」 本当は悟空を追ってこっそり後をつけるつもりでいたのだが、見つけたからにはもうどうでもいい。 キュルケは更に景品を提案した。 「勝った方が今日一日ゴクウを好きにする。タバサもそれでいいわね?」 「いい」実際に悟空の実力を見てみたかったタバサは同意した。 「ちょ、ちょっと! 勝手に決めるんじゃないわよ!!」 「別に負けなきゃいいんだろ?」 「あ、う、まあそれはそうだけど…。ゴクウ、わざと負けたら承知しないからね」 「しねえって。それより、その剣しっかり持っててくれよ」 悟空が風竜の隣に並んだ。 「よーい」 再び悟空が気を纏う。その光景を見てキュルケが「炎の系統魔法にあんなのあったっけ…?」と首を傾げた。 「どん!!」 悟空とシルフィードが空を翔ける。行き以上の加速で引っ張られたルイズの悲鳴を後に残して。 前ページ次ページサイヤの使い魔
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翌日、ワルドたち一行は山を登り、船に乗り込んだ。途中、ンドゥールは山 の港、空飛ぶ船、浮遊大陸アルビオンに驚いていたが、まあそういうことな のだろうと一人納得していた。料金はキュルケとタバサ、のおかげで予定以 上の額を払うことになったが問題はなかったようだ。 六人は一室を借り切って、これからのことを話し合った。 「まずアルビオンに着いてからだが、真正面から城へ入ることは不可能だ」 「でしょうね。いくらこっちがトリステインからのものって主張しても追い 返されちゃうわ。もしくはその場で切り捨てられるなんてことも」 「か、勘弁してくれよ」 ギーシュがぶるると身震いした。 「だから、僕たちがするのは――」 「伏せろ!」 ンドゥールがワルドの声を遮って叫んだ。直後、船体を大きな振動が襲った。 「な、なんなの!?」 「どうやら賊のようだ。いまのは砲撃を受けたらしい。こんな空でも出るの だな」 「なに感心してんのよ! ワルド、撃退しましょう!」 ルイズがそう言うが、ワルドは首を横に振った。 「よしておこう。乗り込んできているものたちは倒せても、砲撃をなんども 食らったらこの船がもたない。それに船員や他の乗客の命もある。さすがに 守りきることはできないよ」 その言葉にルイズは渋々とだが納得した。 六人が黙って待っていると、廊下を乱暴に歩く足音が近づいてきて、彼らの 部屋の扉が開かれた。 「おや、貴族さまがこんなにいるじゃねえか。こりゃ身代金がたんまりもら えそうだ」 六人は空賊の船に連行されていった。ワルドやルイズなどメイジは杖を取り 上げられ、ンドゥールは剣と杖を取り上げられた。彼はその身なりと瞳から メイジとは判断されなかったが、念のためというらしい。 船倉にぶちこまれると、見張りに聴こえぬようにルイズは言った。 「さあ、脱出しましょう」 「どうやってだい?」 ワルドが尋ねると、ルイズはンドゥールに言った。 「できるでしょう?」 使い魔に尋ねる。水を操ることができるのだ。水筒は奪われていない。なら ば見張りを倒すことなど造作もない。しかしンドゥールは断った。 「できるが、する必要はない」 「……なんでよ」 ルイズが問う。彼女だけでなくワルド、キュルケやギーシュも疑問を持った 瞳を向けた。タバサは興味なさそうにしている。 ンドゥールは答えず、扉に近寄っていき人を呼んだ。頭に鉢巻をした男がや ってくる。 「なんだよ。うっせえな」 「船長と話がしたい」 「はあ? んなのできるわけねえだろうが。船長はお忙しいんだよ」 「それでは、船長に扮しているアルビオン王国のウェールズ皇太子と話がし たい」 しばしの間、静寂に包まれた。 「なんだってえ!」 「ちょっとそれ本当なの!?」 「あらあ、ルイズったらわたしのダーリンの言葉を疑うの?」 「疑うって、そりゃ嘘とかつく男じゃないけど……て、その前になに人の使 い魔をそんな言葉で呼んでるのよ!」 「あらやだ嫉妬?」 「嫉妬って、そんなわけないでしょ!」 「だったら別にどうだっていいじゃないのよ」 「よくないわよ!」 「静かに!」 ぎゃあぎゃあ騒ぐルイズたちをワルドが一喝する。ようやくそれで静けさが 舞い戻ってきた。 「ンドゥール、それは本当なのかい?」 「本当だ。あちこちで交わされている会話から推測される。ちなみにこの見 張りの男はドレンというらしい」 男はぎょっと腰を抜かした。 その反応からそれが事実だと知れ渡った。 「なら、君」 ワルドは見張りを呼ぶ。 「こちらにおわすラ・ヴァリエール嬢はトリステイン女王陛下じきじきに任 命されたアルビオン王室への大使だ。密書を言付かっている」 ワルドがそういうとルイズは懐に隠していた手紙を出してきた。印にトリス テイン王家の紋章が刻まれている。見るものが見れば一目で本物とわかるも のだ。見張りは、すぐに飛び出していった。 しばらくするとその見張りがまた走ってもどってきた。彼は少し呼吸を整え て、こう言った。 「頭がお呼び、だ」 六人は男に案内されて船倉を出て行った。ギーシュは杖のないンドゥールの 手を取って歩いていく。ルイズは極度の緊張のためか彼のことには頭が回ら なかった。キュルケもだ。 (結構薄情じゃないか?) そう思いながらも彼は文句を言わなかった。 歩いていくと窓から甲板が見えた。そこにはワルドのグリフォン、それとタ バサのシルフィードにキュルケのフレイム、彼のヴェルダンデもいた。ほっ としたところ、視界の隅に土の塊が見えた。 (なんだあれは) そう思ったがすぐにそれを記憶の中から消してしまう。 船長室は豪華なディナーテーブルがあった。その上座に派手な格好をした船 長らしき人物が先に水晶が付いた杖をいじくっていた。なるほど、メイジで はある。だがとても皇太子には見えない。ギーシュはそう思った。 ワルドは両脇に立っている護衛らしき男たちと、船長をじっと見る。鷲のよ うに鋭い目だ。 「……上手い変装ですね。ウェールズ皇太子殿」 「ばれてしまっては下手の部類に入るだろ」 船長はため息をついた。そして眼帯やかつら、ひげをあっさり外した。 ギーシュ、彼だけでなくキュルケにルイズも驚いた。先ほどの野暮ったい男 が金髪の美青年になったのだ。 彼は居住まいを正し、堂々と名乗った。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 彼はにこりと笑って六人に席を勧めた。 「さて、それでは大使殿に用件を聞きたいところだが、その前に君たちのこ とを教えてはくれまいか?」 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊、隊長、ワルド子爵」 まずはそうワルドが名乗った。そして次々とルイズたちが名乗っていく。タ バサはキュルケが紹介した。 「そこの盲目の彼は、」 「わ、私の使い魔であられます。名はンドゥールです」 「ほう。船倉に閉じ込められながらも船員の会話を聞き取るとは、すばらし い耳だ。しかし、本当にそうなのか?」 「というと?」 ンドゥールが尋ねる。 「なに。どこかより我々が空賊に身をやつしているという話を聴いたのでは ないかと気になったのだ。王家の関係者でありながら貴族に寝返ったものも いるのでな」 「つまり、俺が間諜ではないかと疑っている。こういうことか?」 「そのとおりだ」 「ち、違います! こいつは本当にただの使い魔です!」 ルイズが慌てて庇うがウェールズに睨まれると言葉が止まってしまった。美 形の好青年であるが、そこは最後の皇太子。誇り高き獣を思わせる雰囲気を 身に纏っている。 「それで、どうなのかね?」 「違うといったところで信じるのか?」 「いや、すまない。それはできない」 鳥肌が立ってしまいそうな威圧感。ギーシュはそれを向けられていないにも かかわらず、身体の震えが止まらなかった。仮に彼が対象であれば無実であ ろうと首を縦に振ってしまうだろう。 ンドゥールは迷っていたが、やがて名案でも思いついたのか人払いを頼んだ。 とはいえそれはルイズたちだけをである。 「それでは出て行ってくれ」 五人はすぐに追い出された。 部屋の外に出てギーシュはまず。ルイズに尋ねた。 「彼は何をする気なんだい?」 「知らないわ」 ルイズは心配なのか落ち着かなく何度も船長室の扉を見る。 中からは怒鳴り声やら何やらが聴こえてくる。そばに見張りの船員がいなけ れば開けてしまっていることだろう。 しばらくし、扉が中から開けられた。ンドゥールだった。 「無実は証明できた」 「そう。よかったわ。でもなにやったのよ」 「個人的秘密だ」 六人は再び席に着く。ウェールズはえらく疲れた様子で深呼吸を繰り返して いる。一体なにをしたんだとギーシュは背筋が寒くなった。 ウェールズが気を取り直したのか、衣服を正してルイズを見た。 「それで、密書とは?」 ルイズが懐から手紙を取り出した。それを持って恭しく近づいていくが途中 で立ち止まりこう尋ねた。 「その前にウェールズさま、影だということはありませんか?」 「ああ違うが、こっちが最初に疑ったからな、証拠をお見せしよう」 彼は自分の薬指に光る宝石を外してルイズの指にある宝石に近づけた。二つ の宝石は共鳴しあい、虹色の光を振りまいた。 「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹。君のそれはトリステインに伝 わる水のルビーだろ。これは風のルビーだ」 「大変失礼をばいたしました」 ルイズは一礼をして手紙を差し出した。 ギーシュはこれで任がほとんど終わったのだなと思った。あとは皇太子より 手紙をかえしてもらい、帰るだけだ。襲撃されたりすることもあったがほと んど何事もなく終わったのだ。思い返せば、何もしなかったなあ。ギーシュ はぼんやりと思った。 「事情は了解した。あの手紙はなにより大事なものだが姫の望みは私の望み。 しかし、今この場にはない。面倒だがニューカッスルの城にまでご足労願い たい」 ギーシュはまだ手柄を立てられるという喜びとまだ終わらないのかという残 念と二つの感情に気づいた。矛盾するそれらはこれから先、彼がどういった 方向に進むかを決める標になる。 ただの貴族か、ただじゃない貴族か。
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前ページ次ページ赤目の使い魔 雲ひとつ無い空、まさしく晴天の天気の下で、おおよそ似つかわしくない爆発音が響く 音源は、荘厳な造りの、西洋の王城を思わせる建築物。 しかし、それは城ではなくれっきとした『学校』であった。 名を、トリステイン魔法学院。その名の通り、魔術の教育を行う場である 今も、その建物の中では授業が行われている。それも、今後の成績、学校生活、ひいては人生さえも大きく左右する内容のものが。 そこに再び響く爆発音。 生徒が一人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの、通算12回目の「サモン・サーヴァント」失敗であった。 ● ● ● 「………ぅぅぅぅぅうううううううっ!」 もうもうと立ち込める煙の中、桃色の髪を振り乱し、童顔の美少女ルイズは、その容貌に不似合いな癇癪を起こし、人目もはばからず歯噛みし、地団太を踏む。 彼女の視線の先、いち早く煙が晴れた爆発の中心には、前後で変わらず何も無い。それは、「サモン・サーヴァント」の失敗を如実に表していた。 その様子を見て、担当教師であるジャン・コルベールはかぶりを振る。 「ミス・ヴァリエール。残念だが、今日はここまでとしよう」 口調は諭すように優しいものであったが、それを聞いたルイズはびくりと体を震わせて、必死に食い下がる。 「そんな!お、お願いですミスタ・コルベール!どうか、続けさせてください!」 その必死な様子に周りの生徒から失笑が漏れるが、気にしている余裕は無い。 ほかの生徒が皆使い魔を連れている中、たった一人でいる自分へ向けられるだろう嘲り、侮蔑を思えば、何倍もマシだった。 「時間も押している。それに、他の方達のことも考えるんだ」 彼の言うとおり、最初こそ生徒たちもルイズが失敗をするたびに、馬鹿にした笑い声を上げていたが、 五回目を超えたあたりからそれらも成りを潜め、顔に浮かんでいた嘲笑も、十回目を越える頃には単調な場景に対する辟易としたものへと変わっていた。 しかし、ルイズも引くわけにはいかない。 「お願いです……、どうか、後一回だけ…」 懇願するような彼女の様子を見て、コルベールは困ったように唸る。 彼とて、このまま彼女だけを未遂のまま終わらせるのは忍びない。 しかし、教師としての責務も軽々しく無視するわけにはいかない。 しばらく、彼は俯いて考えていたが、 「……これで最後だよ。必ず成功させなさい」 結局、天秤は生徒への情の方に傾いたらしい。 「は、はい!」 顔を輝かせて返事をするや否や、ルイズは直ぐに真剣な面持ちで魔方陣へと向き直る。 ワンチャンス。そう自分に言い聞かせ、彼女は大きく深呼吸をする。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴える! 我が導きに、応えなさい!!」 唱えるというよりは、叫ぶに近い彼女の呪文。 その後、暫しの沈黙が流れた。 成功か、とルイズは顔を輝く。 しかし、そんな彼女の目前で通産13回目にして本日最大級の爆発が起きた。 爆風を身に受けながら、ルイズは膝をついた。 自分への情けなさ、恥ずかしさ。そのすべてがこみ上げてきて、その双眸に涙が浮かぶ。 「うぅ…」 思わず両手で顔を覆う。 おそらく、あと少しもすれば周りから貶され、罵倒され、蔑まれるのだろう。彼女は身をこわばらせた。 しかし、何時まで経っても周りから言葉らしい言葉はかけられない。 ざわ、ざわ、と聞こえるのはどよめきのみ。 流石におかしい、彼女はそう思って、恐る恐る顔を上げる。 そして見た。煙の中で揺らめく、確実に先程までなかったモノの姿を。 「あっ!」 ルイズの表情が歓喜にあふれた。 さっきまで浮かんでいた絶望の色は、最早顔面のどこにも見受けられない。 視界が晴れるのに比例して、彼女の期待も右肩上がりで上昇する。 知識の象徴であるグリフォンだろうか。はたまた力溢れるドラゴンだろうか。前置きの長さの分、上昇の比率も倍加する。 そして、煙が完全に消えた先にいたのは、 「…………………人間?」 それは、うつ伏せに倒れた人間であった。 体系から見るに男だろうか。茶色でセミロングの髪を紐でくくり、貴重となる上着、ズボンはどこと無く赤黒く、襟元は真紅となっている。見る人によると中世の貴族のような印象を与えるが、そう判断できる人物は少なくとも『この場』にはいなかった。 彼らにとって一番重要だったのは、それが魔獣でもなんでもなく、ただの人間であったこと。 そして二番目に重要だったのは、その者が貴族の象徴であるマントを身につけていなかったこと。 即ち、 「平民?」 遠めに見守っていた生徒の間で聞こえたこの一言。 まるで、それが起爆剤になったかのように、彼らの間で先程までの爆発にも劣らない大きさの笑い声が起こる。 「おいおい、何かと思ったら平民かよ!」 「少し期待しちゃったじゃない!」 ……あんまりだ。 罵声を受けながら、ルイズは肩を落とした。 散々焦らしておいて、召還されたのは只の平民。これならば、延期してでも万全の調子で臨んだほうが良かった。 恨みますよ、始祖ブリミル。 「ミスタ・コルベール、儀式のやり直しを…」 「出来ない。残念だが」 最後まで言えずに否定された。 往生際が悪いと彼女自身も感じる。が、しかし、平民を使い魔にするなんてものも彼女にはありえない選択肢だ。 「お願いです!明日でも明後日でも幾らでも延期してかまいませんから!」 「伝統なんだ。ミス・ヴァリエール」 にべもなくコルベールは続ける。 「召喚された以上、平民だろうがなんだろうがあの人間には君の使い魔になってもらうしかない。これは絶対の掟だ。」 万事休す。八方塞。ルイズは方と共に頭も垂らした。 のろのろふらふらとした足取りで、魔方陣の中心へと向かう。 男は相変わらずうつ伏せのまま動いていなかった。 ルイズは溜息をつくと、男の体を揺り動かす。 「ほら、起きなさい」 それでも、男はピクリとも動かない。 しばらく手を止めなかったが、数分経ったところで我慢の限界が来た。 「いい加減に…」 しなさい、と言う言葉と共に、男の腹に手をまわして無理やり仰向けにしようとする。 しかし、 どろり。 手の広に不愉快なぬめりと暖かさを感じた。 「えっ?」 生理的な嫌悪からか、ルイズは素早く手を引っ込める。 見ると、手は袖口まで真っ赤に染まっていた。 「あ」 そこで、気付いた。 男の服の一部が切り裂かれており、服の赤黒さはそこから広がっているという事。 男の体の下から少しずつ赤い領域が広がっている事。 男が少しずつ、しかし確実に死へと向かっている事。 「あ、あ、あぁぁぁあああっ!」 取り乱したルイズを見て、コルベールが慌てて駆け寄る。 「どうした!ミス・ヴァ…!」 そして、目の前の惨状に気付いた。 驚愕して目を見開くが、年長者というだけあって状況の判断も早かった。直ぐに大声で周りの生徒に呼びかける。 「水系統のメイジを!他の者は救護室に向かえ!」 何事かと覗き込んでいた彼らも、状況に気付くと血相を変えた。ある物は魔方陣のもとに走り、またある物は校舎へと戻っていく。 「あ……あ…」 見ると、ルイズはまだ冷静を取り戻していなかった。 コルベールは落ち着かせんと彼女に駆け寄る。 「ミス・ヴァリエール、冷静になれ。出血は酷いが、まだ生きている」 彼の言うとおりその男の首筋はまだかすかに赤みが差している。 それを見て、ルイズもいくらか落ち着きを取り戻し、呼吸も落ち着いた。 そこに、 「う…ぁ………」 男の口元から、くぐもった呻き声が漏れた。 「だ、大丈夫!?」 いち早く反応したのはルイズだった。 男に顔を寄せ、大声で呼びかける。 男が顔を上げ、その目がゆっくりと開いていく。 そして、彼女と目が合った。 「…え……?」 当惑の声を発したのは、ルイズ。 男の顔は、どちらかと言えば端正なほうだ。まだ若く、青年と呼ぶのがちょうど良い。 服の調子と相まって、どこか高貴な雰囲気を感じさせる。 混乱の原因は、男の目にあった。 本来白いはずの部分は、すべてが真紅に染められており、瞳は逆に淀みのない純白。 色相を反転したような眼球の中心に、すべてを飲み込むような漆黒の瞳孔。 明らかに、異常。 しばらく視線を交わしていたが、やがて男が静かに口を開く。 そこに見えたものによって、ルイズの頭は強制的に驚愕から恐怖へと変換された。 男の歯は、その全てが鋭く研ぎ揃えられた八重歯であった。 普通ならば切歯や臼歯が存在する場所にも、等しく槍のような犬歯が生えている。 その青年がいた場所では、その外見からしばしば「吸血鬼のようだ」と言われていたが、『この場』の吸血鬼はまた違う外見をしているため、そのような言葉を発するものはいない。 しかし、それ故にその容貌は周囲の人間を理解不能な恐怖へと叩き落す。 口を開いた青年は暫しひゅうひゅうと呼吸をしていたが、 やがて、笑った。 笑うと、生えそろった八重歯がうまく噛み合わさり、その不気味さがさらに増す。 しかし、青年の顔に浮かんでいるそれは、まさしく微笑みといっていいほどに穏やか。 異常なコントラスト。周囲にいた人間はみなそう思った。 そして、青年は言葉を紡ぐ。 「やぁ…………」 あくまでも、優しく、朗らかに。 「友達に…ならないか?」 前ページ次ページ赤目の使い魔
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反省する使い魔! 第十三話「土の略奪●雷鳴の起動」 「ねぇタバサ、あなたはどう思う?」 「………?」 食事を終え、ルイズに付き添って医務室にいるキュルケとタバサ。 メイジの女医師に音石からもらった金を支払い、 治療をしてもらっているルイズの後ろで キュルケがタバサの耳元で、ルイズに聞こえないように呟いた。 「……何が?」 「オトイシの『アレ』の事よ」 『アレ』とは言うまでもなく 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のことである。 「彼の能力のこと?」 「そうよ、あたりまえでしょ? あららァ~、それともなにィ?もしかして変の意味で考えちゃったァ~?」 「………あなたと一緒にしないでほしい」 「ふふっ、それもそうね。そう睨まないで頂戴 それで、どう思う?」 「………どう、とは?」 「なんでもいいのよ、いろいろと疑問はあるでしょ? いくつか聞かせてくれるだけでいいの、 わたしも考えたんだけどさァ~、 いろいろと疑問が多すぎて逆にサッパリなのよ」 ある意味キュルケらしいとタバサは思った。 次にタバサの口から小さくやれやれと溜め息が出る、 なんでもかんでも自分に意見を求めるのはキュルケの悪い癖だ。 でもそれはそれでキュルケらしいと、妙に納得もいった。 そしてそんな親友キュルケの為に、頭の中で疑問点をまとめる。 「彼は……ただの平民じゃない」 「そりゃそうよ、あんな強い亜人を操れる彼が 『ただ』の平民だったら、私たちメイジの立場がないわ! あ……でも、それならあの亜人は一体何なのかしら? やっぱり、あのギターって楽器がマジックアイテムになってるのかしら?」 「………たぶん、ちがう」 「どうしてそう言い切れるの?」 「正直言うとこれは勘。でも少しだけ思い当たるところはある。 以前彼自身もマジックアイテムを使っていると言っていた でもあれはたぶん嘘、態度があまりにも素っ気無かったし それに彼が『能力の正体がマジックアイテムを使っている』と すんなり答えたところがとてもひっかかる」 「…確かに、彼の性格から考えてそんなに自分の能力の秘密を すんなり他人に教えるなんて奇妙で不気味ね…… でもじゃあそれって………」 キュルケが顎に手をあてて考える仕草をとる。 そしてそんなキュルケの考えを予想できたタバサは 彼女のために結論を口にした。 「あれは……マジックアイテムとも……魔法ともまるで違う わたしたちの常識を遥かに超越したナニか」 「……もしかして、未知の先住魔法とか?」 「それも考えにくい、彼はエルフには見えないし そもそもあの亜人には、魔力の流れを感じなかった」 「そう…よね…、ギーシュとの決闘のときは 距離があったからわからなかったけど、 昨日の戦いでは彼と彼の亜人のすぐ傍に私いたけど そんな感じ全然しなかったわ………」 なにやら更なる疑問が増えてしまった気がして、 キュルケは両手でわしゃわしゃと頭を掻き回した。 「あァーーもうッ!わっかんないわねぇ!! 一体彼って何者なのよ!!」 「病室では静かに!!」 (まったく、仮にも貴族がなにやってんだか…) 後ろで突然叫んだことで、医務室の専属メイジに 元気よく怒鳴り怒られたキュルケにルイズは胸の中で溜め息をついた。 【ガチャリ】「失礼します」 するとキュルケたちのさらに後ろで、 医務室の扉が開く音と同じくしてモンモランシーが入ってきた。 「あら、モンモランシーじゃないの 一体どうしたのよ?熱でもあるの?」 「はァ?な、なんでそうなるのよ?」 キュルケの挨拶に続いた質問にモンモランシーは首を傾げた。 しかしキュルケは別に皮肉で言っているわけじゃない。 本当にモンモランシーを心配して質問したのだ。 なぜなら………、 「だって…あなた顔すっごい赤いわよ?」 「え、ええぇッ!!?」 モンモランシーはすぐさま両側の頬っぺたに手を当てた。 ………熱い、とても熱い。熱と勘違いされて当然の熱さ。 原因はわかってる、わかってはいるけど…… まさかここまで自分は顔を紅くしているとは思わなかった。 そんな自分の顔をルイズたちがまっすぐ見ている。 実際は純粋にクラスメイトを心配している視線なのだが、 モンモランシーはそんな視線をとても直視できなかった。 「ちょ、ちょっと!ひ、ひ、人の顔をまじまじ見ないでよ!?」 くるり、っとモンモランシーは顔を隠すために体ごと後ろを向いた。 しかしそこに最高のタイミングで…………、 【ガチャリッ】「よー、ルイズいるかァ?」 「キャアアアアアアアアァァァァァッ!!!??」 「おわァッ!!?」【ビックゥッ】 原因である男、音石明が入ってきた。 モンモランシーの壮大な絶叫が鳴り響く。 当然この後、医務室専属メイジに 「病室では静かにッ!!!」 とキュルケと同じように怒鳴られたのは言うまでもない。 まあこの医務室専属メイジ自身もけっこう大概のような気もするが……… 「てめぇ一体どういうつもりだァ? 俺が日頃大音量に慣れてるギタリストじゃなかったら 今頃耳の鼓膜がブチ破れてるぜ!」 「あ、あなたがいきなり現れるからいけないんでしょう!?」 「てめぇの頭は間抜けかァ? ついさっきまで一緒にここまで来たんだから当たり前だろーが!!」 また怒鳴られないために結構セーブした声で音石がモンモランシーに抗議する。 ついでに言うとこの医務室は貴族専門で、 給仕以外の平民は立ち入り禁止されている。 その証拠として、医務室専属メイジに怒鳴られた後 「ここは平民の立ち入りは禁止よ!」と睨まれたが ルイズの計らいのおかげで、 今は問題なく医務室内でモンモランシーに講義できている。 そんなドアの前の二人のやり取りに、キュルケとルイズは意外そうな顔をした。 毎度のコトながら、そんなキュルケとルイズに対して タバサはいつものように本を読んでおり、 モンモランシーの絶叫の際も一切動じなかった。 「あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったのかしら?」 キュルケの口から当たり前の疑問がこぼれた。 まあ無理もない、はたから見れば実に奇妙な光景だ、 外見的にも十分奇妙。 顔に古傷を持ち、学院の女子生徒にも引きを取らない長髪の男。 ロールヘアーと大きなリボンとロール頭が特徴的な少女。 絵になってるようでなってないような組み合わせだ。 当然外見だけじゃない、その人間関係的にも実に奇妙。 方や不思議な能力を使い、この学院の生徒一人を半殺しにし、 生徒たちの間でお尋ね者扱いされているなぞが多い男。 方やその半殺しにされた生徒の恋人関係にあった香水の少女。 『奇妙』、実にシンプルにひと言である。 そんなひと言が、この二人にはとてもよく似合っていた。 「で?ふたりして一体何しに来たのよ? しかもオトイシ!なんであんたがモンモランシーと一緒にいんのよ!?」 「治療してもらったばっかなんだろルイズ? 傷が治ってすぐにそうカッカすんなよ、気分がダルくなるぞ?」 (誰のせいだと思って………!!) ルイズが心の中ではき捨てた。 彼女からしてみれば、自分の使い魔が よその女の子(しかもクラスメイト)と仲良くしているのは あまりいい気分ではない。 普段こういう感情の対象はキュルケだと相場が決まっているが、 とうの本人は奇妙な事に音石に対して そういうアプローチは今のところ一切していない。 おそらく二日前、音石がキュルケの部屋から出てきたあのとき 自分の知らないなにかがあったのだろう…… 少なからず、キュルケを人間的に変えるなにかが……。 「でもまあ勘違いすんなよルイズ おれはお前らが医務室にいると思って様子見に来たんだよ でも肝心の医務室の場所がわかんなかったんだが そこをこいつが親切に案内してくれたっつ~なりゆきよ~」 「そういうことよ、変な勘違いしないでよね まったく、これだから『ゼロ』のルイズは……」 「だれが『ゼロ』よ!!」 「たくっ、お前ら二人そろってカッカしてんじゃねぇ! また怒鳴られちまうだろうがッ!! まったく、ルイズの性格考えて、変な勘違いして怒らねぇように わざわざわかりやすく簡潔に説明してやったってのによぉーー、 これじゃ無駄骨もいいとこだぜ……… モンモランシー!頼むからルイズをしょうもねぇことで 怒らせんのはやめてくれ、ルイズが怒りのまま爆発起こして その後片付けっつー二次被害受けんのは俺なんだぞ!? ルイズもルイズだぜぇ~?いちいち相手の挑発にのるようじゃ 周りが見えなくなって、おまえ自身が一番損する羽目になるぜぇ?」 「「…………………う~~…」」 ルイズとモンモランシーは小さな唸り声をあげる。 (普段の俺ならこういううっとおしい状況はとりあえずギター響かせて 押し黙らせるんだが……、まあ場所が場所だしな… てゆーかよ~、他人に説教すること自体俺らしくもねぇな 他人に説教できるほど立派な人間ってわけでもねぇぞ俺) いろいろと呆れた仕草を音石は髪を掻くことで表した。 「そうよ、よく考えてみればこんなことしてる場合じゃないわ! え~~とっ【ガチャリッ】……………あれ?」 モンモランシーがルイズたちを通り過ぎると、 医務室に設置されてあるいくつかの扉のうち、 手前から二番目の扉を開いた。しかしその扉の先には、 窓から太陽の光に照らされた高級そうなベッドや 棚などの家具が置いてあるだけで そのベッドにもその部屋にもだれもいなかった。 (さすが貴族の学校の医務室だぜ この医務室だけでもこんなに豪華な個室が設置されているとは。 個室ひとつひとつがまるで高級ホテルの宿泊部屋だぜ、 なんだってたかが医務室にこんな無駄な作りするかねぇ~~~) 音石がその無駄に豪華な医療用個室にも呆れるが モンモランシーはなぜか少し混乱していた。 しかし、モンモランシーのその混乱の正体を察した 医療室専属メイジがモンモランシーを助けた。 「ああ、ミスタ・グラモンなら一番奥の部屋ですよ」 「え?ですが前はここに………」 「なんでも『奥のほうが静かで落ち着く』だそうです それで今日の朝、部屋を移したんです」 「あ…、そういうことですか。ありがとうございます」 トテトテとした足どりでモンモランシーは 医務室の一番奥の扉に向かっていった。 こう見ると扉まで意外に距離があった。 音石がそんなモンモランシーを眺めていると モンモランシーはそのまま扉をノックし、個室の中へと入っていった。 するとルイズが急に音石の上着の袖を引っ張ってきた。 「なんだよ?」 「はいこれ、言われたとおり残りは返すわ」 手渡されたのは彼がルイズに託した金貨が入った袋だった。 音石が中身を確認すると、まだある程度の量は残っていた。 「はっ、意外だな」 「…なにがよ?」 「自分でもわかってるくせに聞くなよ、俺を試してんのかァ?」 使い魔の責任は主人の責任、主人の責任は使い魔の責任。 これがメイジと使い魔の間での鉄則だ。 音石が言う意外とは、 『使い魔のものは主人のもの』という理由で ルイズが金を没収してこなかったことに対してだ。 「フフフッ、でもルイズの気持ちなんとなくわかるわ、 わたしだって仮にオトイシが使い魔だったら同じことしそうだもの」 「どういうこった?」 「あなたがそれだけ『特別』だってことよ 使い魔らしくないって言ったほうが正しいかしら?」 「あー…、なるほどな」 音石が袋を懐に仕舞う。 『特別』―――――――、たしかに音石は『特別』だろう。 使い魔らしくないというのもそのまま的を射ている。 サモン・サーヴァントで前例のない召喚された人間。 『忠実』とまで主人に従わない使い魔らしくない使い魔。 不思議で奇妙な『特別』な能力・スタンドを扱う人間。 その上、そんなスタンド使いのなかでも あの『弓と矢』を手にしていた『特別』なスタンド使い。 ここまで特別だとかえって清々しいものだ。 その特別のおかげで、ルイズは本来の使い魔の扱い方を 特別な音石に同等に扱うのが滑稽に感じているから すんなりと金を返してくれたのだ。 (ん?まてよ………) 袋を懐に仕舞い終え、上着から手を出したときに 音石はあることに気がついた。 医務室専属メイジが口にしたとある名前だ。 「ミスタ・グラモン?おいおいおい、 それって俺が決闘で半殺しにしてやった小僧のことか? あの野郎、あれからだいぶ経ったのにまだ治ってねぇのかよ どれどれぇ、おれも様子を見に行ってみるか」 「あ、ちょっとオトイシッ!?」 急に奥へと向かっていった音石に ルイズは驚いて声をかけたが、 音石はそれを無視しモンモランシーの後を追った。 (ふっふっふっ、ベッドで安心して寝ているところに 寝かした理由の張本人が突然現れたら…………… ギヒヒッ、あいつ慌てふとめくぜ!) 早い話タチの悪い嫌がらせである。 22にもなるいい歳した大人なのに どうもこういう子供じみた嫌がらせをするのは どちらかというと音石本来の性格の悪さにあるのだろう。 【ガチャリ】「おらァ、入るぜ」 ノックもせず、モンモランシーが入っていった個室のドアを開ける。 部屋の構造は最初の個室と大して変わらず、 中央の壁際にベッドが置いてあり、窓がひとつ、 ドアの近くに花瓶がのった小さな机と椅子。床にしかれた絨毯。 どれもこれもが気品溢れる豪華な代物だった。 そしてその豪華なベッドの上で横になっている ギーシュが入ってきた音石を見た瞬間 顔を蒼白にし、全身がガタガタ震え始めた。 そしてその音石もギーシュが自分に完全に恐怖する様を見て 気分がいいのか、悪どい笑みを浮かべはじめる。 「ようクソガキ、思ったより元気そうじゃねぇか さすが魔法だな。あれだけぐちゃぐちゃにしてやったってのに たった数日でほとんど治ってるじゃねーかァ。ええおい?」 「き…き、き、き、君は!? な、な、なぜ!?き、き、きみがここにィ!!?」 ギーシュの体は魔法の治癒のおかげで音石の予想以上に回復していた。 半殺しにされた当初こそは、バイクで事故って間もない墳上裕也を 余裕で上回る包帯やギブスなどでの施されようだっただろうが 数日経った今となっては片手と片足を包帯でぶら下げているだけの この世界の治癒の魔法の凄さを思い知らされる傷の治りようである。 「ちょ、ちょっとオトイシさん!? 一体なんのつもり、きゃあっ!?」 モンモランシーが二人の間に割って出ようとしたが 音石がすかさずモンモランシーの腕につかみかかり 彼女を自分の傍に引き寄せ、彼女の耳元で話しかけた。 「べつになんもしやしねぇよモンモランシー ちょっとばかしからかってやるだけさ」 普段のモンモランシーならそれでも止めに入るだろうが 今の彼女の状況が彼女をそうさせないでいた。 その状況というのが………、 (か、顔が!……あわわ、か、か、顔が近い……) そう、モンモランシーの耳元で呟く必要があったため 二人の顔の距離が必要以上に接近しているのである。 それこそ、鼻息の生温かさまで感じ取れる程の ウェザー・リポートといい勝負であった。 しかもモンモランシーは異性にここまで顔を近づかれた経験など ギーシュのときですらなかったため、 モンモランシーの顔にどんどん赤みがかかっていく。 【ボォンッ!】 そしてとうとうその赤みが限界値に達したのか モンモランシーの頭の上で小さな噴火が起こり、 次に湯気が立ち昇り、彼女はそのまま硬直してしまった。 立ったまま赤面で硬直してしまったモンモランシーを通り過ぎ 音石はさらにギーシュのベッドに接近した。 「ぼ、ぼ、僕をどうするつもりだッ!?」 ギーシュはこのとき、 自分をこんな目に合わせた元凶に対する恐怖のせいで その元凶に対するモンモランシーの態度の異変に気付かないでいた。 まあその元凶本人もモンモランシーの態度に気付いちゃいないが…… 「さてなァ…、どうすると思うよ?」 ギーシュの恐怖からくる冷や汗と心臓の鼓動が増す、 普通なら平民が貴族に対して手を出すことは絶対的なタブーだ。 今だってそうだ、互いの承諾の元で行われる決闘とはワケが違う。 だが目の前の男は…………『例外』すぎる!! 平民でありながら自分を凌駕したチカラを使い、 平民でありながら自分をここまでボコボコにした例外者である。 (ま、まさか……こんな大怪我で動けない僕を さらにボコボコにする気かァーーッ!!?) ギーシュはあわてて枕元においてある 自分の杖の薔薇に手を伸ばした。 しかし虚しいことに、その伸ばした手は薔薇を掴むことはなかった。 なぜなら薔薇を掴む寸前に、音石に横取りされてしまったからである。 「おいおい、物騒なことすんなよなァ~~ ここは医療室だぜ?静かにしねぇと駄目じゃねぇか 俺みたいに、ここ担当してるメイジの女に怒られちまうぜ?」 希望が奪われたことにギーシュは泣きそうになった。 いや、これから泣かされるのだろう。 できればその程度であることを願った。 「へ、平民の君が貴族である僕に手を出したらどうなるか わかっているのか!?決闘のときは運良く問題にならなかったが 今回はそうはいかないぞ!?君がどれぐらい強くても 世界中のメイジが君を追い、間違いなく処刑するぞッ!?」 ギーシュの混乱した様を眺めながら 音石は内心でおおいに爆笑していた。 ギャハはァーーッ!なにもしねぇってのにバカが吠えてやがるぜ!! 音石からしてみればギーシュのその姿は滑稽でしかなかった。 包帯で手足を固定されているためベッドから動くことができず 頼みの綱であった杖も手元になく、ただ自分に威嚇するその姿、 動物園の檻の中で観客に威嚇する小動物、まさにそれである。 音石はそのまま、ギーシュの虚しい威嚇を眺めていると ある人物が部屋に入ってきた――――――。 「ちょっとオトイシ!やめときなさいよ さすがにギーシュに悪いわよ!」 治癒のおかげで完全に回復したルイズである。 音石は首だけ後ろに向け、それを確認する。 そのルイズに反応して硬直していたモンモランシーも 別の意味で帰ってきたようだ。 まあ、ルイズがそういうならここらあたりで勘弁してやるか 音石は満足そうに息を吐き、ギーシュから背を向けようとした しかしまさにその時だった。ギーシュが言葉を発したのは…… 「お、おいゼロのルイズ!! はやくこの使い魔をなんとかしてくれ!! 主人なら使い魔の管理ぐらいちゃんと【グイッ!】ひ、ひィッ!!?」 言葉の途中に音石は瞬発的にギーシュの胸倉を掴みかかった! そしてそのまま手足の包帯での固定もお構いなしに ギーシュを無理やり力尽くで自分のほうへと引き寄せた。 「おいテメェ……、マジで入院期間先延ばししてやろうか……?」 「う、……うう、…うああ…あ………」 とうとうギーシュの目から涙が溢れる。 その音石の行動にすぐさまルイズとモンモランシーが止めに入った。 「なにやってるのよオトイシ!?いくらなんでもやりすぎよッ!?」 「そ、そうよオトイシさん!さっきなにもしないって言ってたでしょう!?」 「てめぇらは黙ってろッ!!!」 【ビクゥッ!!】 音石の怒鳴り声にその部屋にいた全員がびびった! そこには先程までの年下の小僧に嫌がらせをする大人気ない姿ではなく、 なにか怒りに触れた悪鬼の如き、威圧ある姿があった。 「う、う………ゆ、許してくれ……」 涙で顔を濡らしたギーシュから謝罪の言葉が出る。 しかしその言葉は音石の怒りにさらに触れるだけだった。 「決闘の時もそんなこと言ってたなァ~~~~、ええおい? お前は謝ることしかできねぇのか?よぉ、どうなんだ小僧?」 「う………うう…それ以外なにをすれば……… お、お金が……う、う……ほしいんなら幾らでも払う……だ、だから……」 「このボケがァッ!! 金で治まるよーな問題なら俺もここまでマジになりゃしねぇよッ!! 俺が頭にきてんのはな~、てめぇがやるべきことに気付いていねぇことだッ!!」 胸倉を掴んでいた手を離し、ギーシュをベットに叩きつけた。 ギーシュは喉を押さえて咳き込みながら、 音石を恐る恐る見上げ、そして呟いた。 「やるべき……こと………?」 「……………………………」 音石は何も言わず黙り込んでいる。 聞かずとも自分で考えろ。そう示しているのだろう。 そしてギーシュは考える…………。 一体自分のなにが悪かったのだろう? 二股をしていたこと事態はあくまで自分の個人的な問題に過ぎない。 ならばその罪を無関係な給仕になすりつけたことだろうか? いや、近い気もするが一番の理由はそうではないような気もする。 考え方を客観的にしてみよう………、 一番重要なのは『目の前の男が何に対して反応した』かだ………。 ・ ・ ・ ・ ・ 『ゼロのルイズ』!! ギーシュは一気に理解した! 目の前の男はルイズを侮辱したことに怒りを表しているのだ! だが何故だ?使い魔としての本能がそうさせているのか? それとも彼の元からの性格がただのお人よしなのか? いいや、そんなものはどうでもいい!問題はそこではない!! 一番の問題は、自分がルイズを今まで侮辱し続けたことにある! 自分の誇り高き家柄、グラモン家の教訓はなんだ? 薔薇である女性を守る棘であることだろう!? それなのに自分は今まで彼女になにをしてきた!? 魔法が使えないから!?確かに彼女は魔法は使えない、 だがそれでも魔法が使えるようにと必死で努力している 事実彼女は筆記試験では常にトップだ。 ……………だからこそ尚更なのかもしれない。 魔法が使えない故に実技では常にルイズはゼロ点だ。 それに対して筆記試験では常にルイズはマン点だ。 それがものすごく気に入らなかったんだ………、 ゼロに嫉妬している自分に苛立ちを覚えてしまっていたのだ。 自分だけじゃない、ほとんどのクラスメイトがきっとそうだ。 だからみんなルイズを罵倒したのだ、見下していたのだ、 侮辱していたのだ、『ゼロのルイズ』と……………。 刹那、個室の外の廊下から足音が聞こえてきた。 このタイミングでやってくるような人物は大体予想できる。 扉が開かれる、予想通り医務室専属のメイジの女性だ。 「一体なんの騒ぎですか!?」 「え……あッ!?い、いえ!これは………その…事情がッ……」 ルイズは焦った、自分の使い魔がまた同じ生徒相手に しかも重症の状態で暴行を働こうとしたなどと 学院側に知られたら今度こそ退学になる恐れがあったからだ。 なんとか誤魔化そうとルイズが必死で思考を廻らせる。 「……いいえ、なんでもありませんよ」 ルイズは自分の耳に届いた声を疑った、 何を隠そう、その声は間違いなくギーシュの声だったのだ。 「お騒がせしてすみません 急に窓から虫が入ってきたので、つい慌ててしまって……」 「む、虫ですか?」 「ご心配なく、もう追い払いましたので…… 本当に申し訳ない、ご迷惑をお掛けしてしまい……」 それならいいんですが……、と言い残し そのメイジの女性は扉を閉め、部屋を後にしていった。 足音が遠退いていくにつれ静寂が部屋を支配する。 しかしその静寂のなか、ギーシュは深く息を吸い、目を閉じた。 そして静かに吸った息を吐き捨てると、開いた彼の目はルイズを見た。 「な、なによ……?」 「ルイズ……………すまなかった……」 「………え?」 足が動けないせいで ベットの上で横になっている状態の体を精一杯前に傾け ギーシュはルイズに向けて頭を下ろした。 「僕は、いままで君に酷い事をしてきた…… だが今更僕がなにを言ったところで、言い訳にしか感じないだろう いままで君に対しての侮辱してきたのは事実なんだからね…… だが一言、これだけは言わせて欲しい………、本当にすまなかった」 「ギーシュ………」 モンモランシーから彼の名が零れた………。 ルイズ自身もどこか複雑な表情を浮かべながら、 何を言うべきか考えているといったところだろう。 (ここまでくりゃあ、後はこいつら自身の問題だな せいぜい達者にやんな、時間はたっぷりあるんだからよ) 自慢の長髪をなびかせながら、音石は静かにその個室を後にした。 医務室を出る途中にキュルケたちに何があったのか質問されたが、 音石は「でけぇお邪魔虫が部屋を出て行ったんだよ」とだけ述べ 扉を開き、そして閉め、医務室を後にしていくのだった…………。
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反省する使い魔! 第七話「決闘・三年ぶりの戦い」 ヴェストリの広場… ルイズたちに案内されてやってきた広場には 音石やルイズたちが想像していた以上にギャラリーが集まっていた。 しかし、観客は多いほど盛り上がるしやり甲斐がある… ギタリストとして熱く生きることを目標とした音石にはちょうどよかった。 「ギーシュ!あいつが来たぞ!」 観客の一人マリコルヌがそう言った瞬間、ギャラリーたちが一斉に音石を見た。 そしてギーシュが高らかに杖の薔薇を掲げる。 「さあ諸君、決闘だ!!」 観客たちがよりいっそう強い歓声を上げる。 音石がギーシュのいる広場の中央に向かい、 ルイズとシエスタは野次馬に紛れ込んだ。 「逃げずにきたのは褒めてやろうじゃないか、正直意外だったよ…」 「御託はいいんだよ、さっさと始めようぜ」 「まあ、待ちたまえ。軽くルールだけは説明しておこう、とはいっても単純だ、 どちらかが敗北を認めるまでだ。立会人はここにいる観客たち…、 ついでに言っておくが僕はメイジだから当然魔法で戦わせて貰うよ? だが僕は慈悲深い、ハンデとして…僕の杖であるこの薔薇… 君がこの僕からコレを奪うことができたら君の勝ちにしてやろう フフッ、とは言っても所詮平民ごときにできやしないだろうがね」 「フッフッフ、よく言うぜ。逆に聞くがよ、魔法がなかったら何にもできやしない 口だけ野郎のお坊ちゃまが魔法以外でどうやって俺に勝つ気だ? テーブルマナーでもしてくれんのかよ?」 「………いいだろう、そんなに死にたいのならっ!!」 音石の挑発に頭に来たギーシュが勢いよく薔薇を掲げ、魔法を発動しようとしたが… 「ン!だがちょっと待ってくれ……… その前にオレのほうも『ハンデ』を決めとくぜ」 音石の発言にギーシュ含め、周りの観客たちも一瞬キョトンとしたが すぐそれは爆笑に変わった。 ギーシュが目を閉じ、顔に薔薇を近づけクックックッと皮肉そうに笑った。 「『ハンデ』だと?クックック何を馬鹿なことを…平民ごときに 『ハンデ』など必要な…」 「ギーシュ危ない!!」 「え?」 【バキィッ!!】 「うぐぇっ!!!」 「おいおい、なに決闘中に目なんか瞑ってんだぁ~? ふっふっふっふ、眠いんだったらコレで目ぇ覚めただろぉ」 音石が言うコレとは 目を瞑った瞬間、ギーシュに一気に近づき 彼の顔面にお見舞いした音石の拳のことである。 生徒の一人がギーシュに警告したときは時既に遅しだった。 「なんて卑怯な……!」 「さすが平民だな!そこまでして勝ちたいのか!?」 「神聖なる決闘を…、なんて奴だ!!」 「おい平民!卑怯だぞ!!」 観客からの熱烈なブーイングを受けるものの、 音石はギーシュにそれ以上の追撃はしなかった。 いや、それどころか元いた位置に後退し、ギーシュが立ち直るまで 待っていたのだ。 「ぐ…はっ…、やってくれたな…… よもやこんな手を使ってくるとは…、さっき貴様を褒めてやろうと言ったが… 取り消させてもらうぞ、平民…」 ギーシュの殺気と怒りが篭った目が音石を睨み付けるがそれでも ギーシュの目に臆する事も無く、音石は余裕の笑みを浮かべていた。 そんな音石の余裕の表情に、ついに必死で平静を保っていたギーシュの 怒りが爆発した! 「平民ごときがっ!!貴族をコケにするのも大概にしろぉーーーーッ!!!」 今度こそ勢いよくギーシュが薔薇を振る。 すると花びらが宙を舞い、地に触れる。 その途端、まるで地面から生え出てくるかのように 甲冑を身に纏った一体の青銅の女戦士が現れた! 大きさは大柄の人間ぐらい、およそ2メートル前後ほどである。 「ほぉ~、そいつがてめえの魔法ってワケか?」 「この『ワルキューレ』が貴様を嬲り殺してやる!! この『青銅』のギーシュを怒らせたことをあの世で永遠に後悔するがいい!!」 「『ワルキューレ』……ねえ…… しかし嬲り殺す?ククク、そんなノロそーな鉄くずでかァ~?ククククク 笑ったものか!アクビしたものか!こいつは迷うッ迷うッ」 ワルキューレが音石に突進を仕掛けてきた。 こうして決闘の火蓋が切って落とされる! 所変わってここは学院長室 魔法学院の最高責任者、学院長オールド・オスマンが パイプを吸いながら、退屈そうに机に置かれている大量の書類を眺めていたが やがて、ソレもそっちのけで愚痴をこぼしていた。 「退屈じゃの~、ミス・ロングビル」 オールド・オスマンがいうミス・ロングビルとは 彼の秘書を勤める、緑色の髪と眼鏡をした若い女性の事である。 彼女もまた秘書用の机で書類をまとめている。 「オールド・オスマン、そういう台詞は 仕事を終わらしてから言ってください」 「いやいや、そういう意味での退屈じゃなく……なんと言うかの… そう!毎日が平和すぎてつまらんのじゃ!」 「平和が一番じゃありませんか」 「しかし、こうも毎日が何も無いというのもかえって体に毒じゃろ」 すると、ミス・ロングビルが書類を書く手を止めた。 「オールド・オスマン」 「何じゃ?」 「そーやって私の気を逸らしてる間に スカートを覗くのはやめてください」 ミス・ロングビルが自分の机をずらすように動かすと 机の下から、オスマンの使い魔であるネズミ、モートソグニルが姿を現し 素早くオスマンの元に帰っていった。 使い魔には主人と感覚を共有する能力などがあるらしく オスマンは自分の使い魔のネズミを使い、ミス・ロングビルの スカートの中を覗いていたのだ。 ついでに言うとなぜか音石にはこの使い魔としての 能力が搭載されていないらしい。 「なんじゃバレとったのか、つまらんのぅ ミス・ロングビル、あまり年寄りの楽しみを奪うものではないぞ フム、なるほど…今日はシロか」 「……今度やったら王宮に報告します」 「フォッフォッフォッ、いちいち王宮が怖いよーで この魔法学院の長が務まるかい」 オスマンが笑いながら、自慢の長い顎髭をいじり ロングビルがため息をついていると、学院長室の扉が 不意に大きな音を立てた。 入ってきたのは慌しい様子のコルベールである。 「学院長!た、た、た、大変です!!」 コルベールの顔は汗でびしょ濡れだった。 どうやらよほど慌てて走ってきたようで呼吸もだいぶ荒い。 「どうしたんじゃ、コルベール君 そんなに慌てて…、瞬間育毛剤でも発明したのか?」 「そんなんじゃありません!!あ、いえ、それよりも 見てもらいたいものがあるんです!」 コルベールが手に持っていた本をオスマンに差し出した。 どうやらかなり古いものらしく、だいぶ痛んでいる。 「ほう…『始祖ブリミルと使い魔たち』か、 こいつがどうしたんじゃ?」 「実はさっきまで図書室で調べモノをしていたんですが…」 「調べモノ?」 「はい、…昨日の使い魔の儀式で人間が召喚されたのは 学院長もご存知でしょう?」 「当たり前じゃ、人間が召喚されるなど前代未聞じゃからの」 「実はその召喚された人物がしていた使い魔のルーンが 見たことなかったモノだったので調べてみたんですが… ここです!このページ!ここに記されているルーン!」 コルベールが興奮を抑えきれないまま、昨日紙にスケッチした 音石のルーンと、その本に記されているルーンをオスマンに 見比べさせた。オスマンの目が素早くスケッチと本を見比べ理解した。 なるほどの、コルベール君が慌てるのも無理もない オスマンの顔が引き締まった。 するとまた突然、扉から甲高い音が響いた。 一人の教師が血相を変えてやってきたのだ。 「オールド・オスマン!一大事です!! 生徒が決闘をはじめています!!」 「まったく次から次へと… 忙しいったらありゃせんの~…」 「ついさっきまで退屈じゃの~とか言っていたのは どこの誰でしたっけ?」 「抜け目ないの~、ミス・ロングビル… それで?決闘をしておるのは一体どこのどいつじゃ?」 「あ、はい…一人はギーシュ・ド・グラモンです」 「やれやれ、あのグラモン家のバカ息子か。大方、女の子が原因じゃろう」 「い、いえ…確かにもとの原因はミスタ・グラモンの女癖にあったようなのですが どうもミス・ヴァリエールが呼び出した平民が彼に 暴行を加えたそうなんです」 「彼がッ!?」 コルベールが驚きの声を上げるのとは裏腹に、オスマンは なにかを考え込んでいるのか目を瞑って黙り込んでいる。 「オールド・オスマン、いかがなさいましょう? 教師の何人かが『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが…」 「………いや、一旦様子を見ることにしよう、 ほかの教師たちにもそう伝えておけ、何か問題が起こった場合 全責任はわしが取る」 「りょ、了解しました」【バタンッ】 教師が部屋を退出するのを確認するとオスマンが杖を振るった。 すると、壁に飾られていた大きな鏡がなにかを映し出した。 ソレはまさしく決闘が行われているヴェストリの広場の様子だった。 鏡の中でギーシュと音石が向かい合っている。 オスマンもコルベールもロングビルもそれぞれ別々の思考を 張り巡らせながら、黙ってその決闘を眺めていた。 所戻って決闘中のヴェストリ広場 観客の歓声が轟くなか ギーシュのワルキューレの拳が音石に襲い掛かるが、 音石は横にステップしそれをかわす。 次に地面を叩きつけるかの様に拳を振り下ろしてきたが それもバックステップで回避する。 「くっくっく、エラそーに大口叩いてた割には 逃げてばかりじゃないか?少しは僕のワルキューレに 攻撃してみればどうなんだい?」 音石から20メートル程、間隔を空けているギーシュが そう言い放つがそれでも音石は避け続けている。 「あのバカ!避けてばっかじゃあそのうちバテちゃうじゃない!」 そんななか、ギャラリーの中にいるルイズが声を荒げている。 やっぱりここは不本意だけど自分が出てギーシュに謝ったほうが いいんじゃないだろうか…。不安になりながらルイズは 決闘の様子を眺めていたが、それでも音石は避ける一方で 反撃する気配を見せなかった。 「なによなによ!おもしろいものって 避けてばっかて事なんじゃないでしょーねっ!?」 「あ~ら随分とご立腹ね、ヴァリエール」 「当たり前でしょう!!………って、キュルケ、なんでアンタが!?」 「こんなおもしろそうな事が起こってるのに見逃さない手はないでしょ?」 ルイズの後ろから声をかけたのはキュルケだった。 タバサも彼女の横に並んで相変わらず本を読んでいる。 「ねえタバサ、あなたの意見が聞きたいわ。どう思う?」 「……彼には何か勝算がある」 「勝算!?あいつさっきから避けてばっかじゃない! どこに勝算があるっていうのよっ!?」 「少しは落ち着きなさいよルイズ、 でもタバサ、どうしてそう思うの?」 「さっき彼がギーシュに騙し討ちを仕掛けた時、 成功したにもかかわらず、彼は追撃せずあえて後退した 確実に勝利を狙うのならあのまま杖を取り上げるなり、 攻撃を続けたたりしたほうが確実、 でも彼はそうしなかった。ギーシュが仕掛けてくるのを 待っていた、つまり………」 「たとえギーシュが魔法を使ってきても、ソレに対応できる 何らかの自信と勝算がある、ってこと?」 タバサが言おうとした内容をルイズが察し呟く。 タバサはコクリと頷いた。 キュルケもルイズもなるほどと納得はしたもののソレでも重要な所が 未だわからなかった。 「でもタバサ、その勝算って一体何なのかしら? あの使い魔、メイジじゃなさそーだし 特に武器を持っているわけじゃないのよ?」 「わからない、でも考えられる可能性がひとつだけある… 彼がぶら下げているあの見たことない楽器……」 「まさかあれがマジックアイテムの類ってこと!?」 「確証はない、あくまで可能性……」 「……仮にあれがマジックアイテムだとして どうして彼はさっさとソレを使わないのかしら?」 「たぶん様子見、ワルキューレを通して ギーシュの実力を推測してるのだと思う… もしそうならそろそろ頃合……」【オオォーーーーーーーーーーーーーッ!!!】 ギャラリーのいきなりの歓声に 3人が咄嗟に広場に目を戻した。 なんと音石がワルキューレを猛撃を切り抜け、 ギーシュに突っ込んでいるのだ! 一気に間合いに入りギーシュを倒すつまりだ! 広場にいる誰もがそう思った、 しかし同時に音石のその行動を誰もがあざ笑った…、 なぜなら……、 「ハッハッハッ!僕のワルキューレを無傷で切り抜けたのは 敬意を表してあげよう、平民にしてはたいしたものだ! 見た目によらずなかなかいい動きをする……しかし、甘いな!! 僕が操れるワルキューレは1体だけだと思っていたのかい!?」 そう、ギーシュが操れるワルキューレの数は1体だけではなかったのだ! 手に持つ薔薇を振ると、地面から新たに3体のワルキューレが現れたが それだけではない、その3体すべてが槍を武装していたのだ。 「チィッ!」 音石が舌打ちをし、仕方なくバックステップで 距離をとろうと考えたが、後ろにはまだ最初の1体がいるのを思い出し 音石が咄嗟に足を止めたが、その瞬間をギーシュは見逃さなかった。 「そこだ!ステップ移動は止まった瞬間におおきな隙ができる!! ワルキューレ一斉攻撃!その平民を八つ裂きにしろぉッ!!」 前方の槍を持ったワルキューレ3体が 正面、右側、左側から、 音石の後方にいる何ももっていない素手のワルキューレが 音石の背後を、 一気に取り囲み、一斉に攻撃を仕掛けた!! 「いやあアァァァァァァァァァァッ!!!」 シエスタかルイズのかもわからない甲高い悲鳴が広場に響いた。 いや、案外モンモランシーかケティの悲鳴だったのかもしれない……。 「そんな……!!学院長!!!」 学院長室でコルベールが叫ぶ、ミス・ロングビルも なんてこと!と今にも言いそうな顔をしていたが オールド・オスマンの目がよりいっそう鋭くなっている。 「は、早く広場に行って彼に治癒の魔法を……!!」 「まてぃっ!!コルベール君、よく見てみるのじゃ!!」 すぐに広場に向かおうとしていたコルベールは オスマンの声にピタッと止まり、もう一度 広場を映しこんでいる鏡を見てみた。そこには… 「な!?こ、これは一体!!?」 広場の観客たちを初め、ギーシュ、ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ達は 一瞬何が起こったのか理解できなかった。 だれもが音石のインパクトのある串刺し死体を 強く思い浮かべていたからだ、 しかし、今その広場には音石の周りにワルキューレだった青銅が 粉々になって散らばっているという結果だけが残っていた。 「青銅つっても所詮こんなもんか、案外モロっちーもんだな」 「な、なにを……した?」 「メイジの強さを確かめる為っつっても、さっきのは さすがに焦ったぜ、生身じゃあれぐらいが限界だな」 「僕は何をしたかと聞いているんだ!答えろ!平民!! い、いや…少しだけ見えたぞ、なにか…異様に光った腕が ワルキューレの影から見えた!あれは一体なんだ!?」 「………てめぇ見えてんのか?…いや、そう言えば あのシュヴルーズって教師が言ってたな 『メイジが魔法を使う要は精神力にある』 なるほどな~、精神力を扱うってとこらあたりが俺たちと同じだから 見えていてもおかしくはねーってわけかい……」 「なにを一人でブツブツ言っている!答えろ!あの腕は何だ!!? 貴様、まさかメイジなのか!?それともただの平民なのか!?どうなんだ!?」 ギュウウウアァーーーーーーーンッ!!! 「な、なに!?」 「フッフッフッフッフッフ……」 音石が突然ギターを弾き、笑い始めた、 ギーシュはさらに混乱しながらも、 音石が自分に接近してきているのに気が付き、 すぐさま、新しいワルキューレを作り出した、 しかし4体が一斉に破壊されたことを警戒しているのか 作り出したワルキューレの数は1体だけだった。 「く、くそ!一体何がおこっているんだ…、確かめてやる! いけ!ワルキューレ!!今度こそ八つ裂きにしろぉッ!!」 ギーシュが音石に杖を指し、ワルキューレが先ほどと同じように 剣を手に、音石に突撃を仕掛けた。 周りのギャラリーも平民がワルキューレ4体を一瞬で粉々にしたという 予想外な自体にざわめき始めている。 「あの平民、一体何をしたんだ!?」 「お、落ち着け!ただの平民がギーシュのワルキューレを 倒せるわけがないだろ!!単にギーシュの錬金が甘かっただけさ!!」 「なにか…一瞬光ったような…」 「ギーシュ、落ち着け!そんな平民にうろたえる必要なんてないぞ!」 当然、混乱しているのはルイズたちも同じだった。 ルイズもキュルケもわけのわからない結果に驚愕し、 日頃、特に感情を顔に出さないタバサさえも、本から目を離し 目を見開いている。 「ね、ねえタバサ…、彼一体なにをしたの!?」 「わからない、ワルキューレが陰になって見えなかったから見当も付かない… 少なくとも、普通の人間が青銅を粉々にするなんてありえない」 「そう…よね…、ねえルイズ。あなたは何か見えた? やっぱりあの楽器、マジックアイテムだったかしら?」 「ぜ、全然……わたしにもサッパリ… で、でも……私にも見えた、ちょっとだけ… あれは…、そう間違いない!あれは『尻尾』よ! ワルキューレの足の間から『尻尾』のようなものが視えたのよ!! あいつ、ただの平民なんかじゃない!わたしたちの想像できない 何かを隠し持ってるっ!!」 剣を手に持つワルキューレが向かってきている、 それでも音石は余裕の表情を一切崩さなかった。 運が悪かった、それ以外何者でも無いだろう…、 普通の平民なら十中八九、ギーシュが余裕で勝っているだろう、 しかし悲しきかな、ギーシュが相手にしている平民は本当に特別だった。 異世界から召喚された人間という事実だけでも十分特別だろう… だが、真の『特別』はそれだけではない、真の『特別』とは! 人並みを外れ、その外れた数が多ければ多いほど真の『特別に』近づくのだッ!! そして音石は叫んだ、自分の『特別』を! 才能持つ者にしか手にすることができない特別、自分を『スタンド』を!! 「『レッド・ホット・チリ・ペッパー!!!』」 【ドグォンッ!!!】 「…………………………は?」 マヌケそうな声がギーシュの口から漏れた。 言葉が見つからなかったのだ。一体何が起こったのかわからなかったのだ。 自分は今間違いなく平民と向かい合っていた。 その間にいるのは自分が作り出したワルキューレだけだった、 じゃああれはなんだ?一体なんなんだ? 獰猛な目を持ち、尖った口ばし、尻尾を生やし 体を発光させているあの怪物は一体なんだと言うのだ!? 「い、い、い、一体なんなんだそれはあアアアァァーーーーーッ!!!??」 ギーシュは喉が枯れてもおかしくない大声で叫んだ。 ギーシュだけではない、当然ギャラリーも今までとは 比にならないくらいに騒ぎ出した。 ルイズ、キュルケ、タバサはもはや互いに語り合う事もなく ただ目を見開きながら、レッド・ホット・チリ・ペッパーを眺めていた。 「教えてナンになるんだよ?教えてオレに得があるかァ~? 教えたところでてめーみてーなガキに理解できんのかよ? カスみてーな質問してんじゃねーよ、くっくっくっく」 「うっ……うう……ワ、ワルキューレ!」 「邪魔だ」【ドガァッ!】 「なッ!?ぼ、僕のワルキューレを…い、一撃で!?」 「つくづくカスみてーな脳ミソだな、さっき一斉に4体を破壊してるのに たった1体でどうにかできるわけねーだろ? こんなノロい鉄くずが我が『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を 上回るとでも思ってんのかァー?ボケが」 ギャラリーはさらにパニックになった。 なんてことだ!あの亜人は姿がおぞましいだけでなく 強さもデタラメだ!どうなっているんだ!? なぜあれほどの亜人をあの平民が操っているんだ!? ギャラリーの混乱は増すばかりだった。 「くっくっくっく、いいね~~、この歓声が実にいい… やっぱり、ギタリストとして熱く生きるオレは こーゆーのが必要なんだよなァ~~~、フッフッフッフッフ おらぁガキ共ッ!!声が小せぃんだよ、もっと張り上げろッ!! もっと俺を熱くさせろぉッ!!!」 ギャギャアーーーーーーーーーーーーーンッ!!! ギターを奏で、ギャラリーはいっそうパニックの声を高めた。 レッド・ホット・チリ・ペッパーも観客にインパクトを与えるために 音石の周りを飛び回っている。 ギーシュはこの理解不能な事態を受け入れることができなかった、 自分は今間違いなく人間の平民を相手にしていた筈なのに、 本当なら自分のワルキューレがあの無礼な平民に鉄槌を下す筈なのに、 しかしなんてことだ、自分が相手にしていた平民はただの平民では なかった。亜人を操る平民なんて聞いたことがない。 自分はとんでもない奴を敵に回していたんだ、 「う、う、うわああああああああああああッ!!!」 ギーシュは無我夢中で杖を振り、残り最後の2体のワルキューレを生成した。 理解不能ではある、しかし今あの男は自分と戦っているんだ。 戦っている以上、あの男はあの亜人を使って自分を攻撃してくる。 青銅を一撃で粉砕するほどのパワーをもし生身の自分が受けたら… 間違いなく死ぬ! 「たった2体だけって事は…、そいつらで最後ってわけか オーケー、ギャラリーも最高に盛り上がってるところだ ここいらで一気に決めちまったほうが最高にカッコいいよなーッ!」 「く、来るな!来るんじゃないッ!!」 駆け出した音石にギーシュのワルキューレがヤケクソに 手に持つ剣で無茶苦茶に振り回している。 「山カンにたよってヒョッとして大当たりなんつー 都合のいい発想はやめろよな」 【グゥアシッ!】 「なッ!?う、受け止めた!?」 レッド・ホット・チリ・ペッパーは我武者羅に振り回している ワルキューレの剣をなんと指2本だけで摘み止めたのだ。 「無駄無駄、てめーのワルキューレのスピードなんて 仗助のクレイジー・ダイヤモンドの比じゃねーんだよ、 こんなすっトロい鉄くずがオレの相手になるかよぉっ!!」 【ドゴォッ!】 最後のワルキューレもあっけ無く破壊され ギーシュは完全に戦意を喪失した。 音石はレッド・ホット・チリ・ペッパーをおさめ 戦意を喪失し立ち尽くしているギーシュに 容赦なく顔面にひじ打ちを叩き込んだッ! 「うぐァッ!」 鼻血をぶちまけ、ギーシュは地面に倒れこもうとした 音石はギーシュの胸倉を掴み、ソレを阻止した。 「う…げ……ま、参った……降参だ…」 「だめだな、このまま終わらせるわけにはいかねェ、 今ここでお前を徹底的に痛めつける、周りの連中が 二度とオレやルイズ、シエスタを見下さねーよーになァ」 「ひっ……そ、そんな……ゆ、許してくれ……」 「ハッ、許して?…お前は今にも泣き出しそーになってまで 頭を下げまくってたシエスタを許してやんなかったくせによ~、 今ここでオレが許してやるとでも思ってんのかァ~? そういう都合のいい考えもやめろ………殺すぞ?」 「ひ、ひいぃッ!?」 「まあどうせ、これだけの差別社会だ、 貴族であるお前が平民であるオレを殺してもどうせお咎めなしで 逆にオレがお前を殺したらお咎めありなんだろ? だから殺しはしねェ、安心しろ… だがな、よーは殺さなかったらいいだけの話なんだ …………………………だから………」 音石はギーシュを地面に叩きつけ、両腕をポキポキ鳴らし始めた。 ギーシュはもはやそんな音石の凄まじい威圧に 動くことができなかった。動いたら間違いなく殺される。 人間としての本能がそう思ったからだ。 「だから半殺しで勘弁してやるッ!! せいぜいベットの上で尿瓶のお世話にでもなってもらうんだなッ!!!」 「ひ、ヒイイイイイイイイイイイイィィィィッ!!!」 【ドガァベギッバギッバゴォペキポキグチャメメタァグチャ!!!】 ギーシュはこの日、両手両足指鼻などの骨をすべて折られるという 重傷負ったが、魔法の治癒のおかげで数日で復帰した………。 決闘には勝ったものの、音石には不可解な疑問があった。 なにを隠そう、その疑問とは自分のスタンド、 レッド・ホット・チリ・ペッパーのことである。 (どうなってやがる?俺のレッド・ホット・チリ・ペッパーは 三年の歳月を費やして回復するには回復した…… 確かに、レッド・ホット・チリ・ペッパーは本来 近距離パワー型ではある……… だがそれでも、電気なしであそこまでのパワーが出ねェ筈だ こいつは一体………) 音石はギターをいじりながら考えふけっていたが、 やがてルイズがこちらにやって来るのが見え、一旦この疑問は保留した。 「オトイシッ!!」 「よおルイズ、どうだ?面白いモンが見れただろ?」 「アンタ一体あの亜人はなんなの!?きっちり説明しなさいッ!!」 「おいおい、落ち着けよ。まっ、お前の性格じゃあ無理な話か」 「あんた一体何者なの!?」 「まあ待てよ、教えてやるがさすがにここでじゃまずい できれば誰にも聞かれたくねーからな……」 「………わかったわ、それなら私の部屋に」 「お待ちください、ミス・ヴァリエール」 ルイズの背後から一人の女性が声をかけてきた。 その女性は先程、学院長室にいたミス・ロングビルだった。 「ミ、ミス・ロングビルッ!?」 「失礼しますミス・ヴァリエール、学院長がお呼びです。 至急、使い魔と共に学院長室に来るようにと」 「…………わかりました。オトイシ、ついて来なさい」 (このタイミング…、やれやれ こいつはメンドくせー質問攻めにあいそーだな) そして音石はルイズとミス・ロングビルに案内され 学院長室に向かったのであった。