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寄せる想い、継ぐ力 今から、何年も前のこと。 クルザンドのとある港町、とある民家。 1人のマリントルーパーと1人の水の民の少女は、人目を避けて暮らしていた。 追っ手の目に姿を見られぬように。追っ手の耳に声を聞き取られぬように。 (シャーリィ、もし変な奴らに捕まったら、まず狙うべきは小指だ) まだ幼さの抜けやらぬ銀髪の少年は、傍らの金髪の少女に言う。 (小指を思い切り手の甲の側に捻れば、たいていの奴は痛みに怯む。逃げる隙を作ることが出来る) (うん、お兄ちゃん) 金髪の少女が髪に差すは、花をあしらった可憐なカチューシャ。彼女の頷きに合わせ、カチューシャにまとめられた髪が揺れる。 (もし羽交い絞めにでもされたら、効果的なのは踏み潰しだな。 シャーリィの履いているそのブーツなら、相当に効くぞ。上手く入れば、相手の足の指の骨を砕くことだって出来る。 かなりの時間が、それで稼げるはずだ) 幼いシャーリィにそう教える銀髪の少年は、セネル・クーリッジ。シャーリィに花のカチューシャを買い与えたのは、彼。 (それから…ちょっと下品ですまないんだけどな…) そう言って、セネルは中段から下段を狙った後ろ蹴りの演武を披露する。男性の暴漢に襲われた際、効果的と言われる技だ。 (このときはなるべく、足首をしなやかにして蹴りを放つといい。 ここはアーツ系爪術をもってしても鍛えるのは至難の急所だから、直撃したらほぼ耐えられる相手はいないはずだ。 …頼むから俺なんかを練習台にしないでくれよ) そういうセネルの頬は、少しばかりいたたまれない気持ちに赤面していた。 (…え…あ……うん…そんなこと、しないから大丈夫だよ) 兄が赤面しながらしてくれた、生々しいけれども大切な話。シャーリィも羞恥心に駆られながらも聞き届ける。 その後もセネルは、シャーリィに簡単な護身術をいくらか教え続けた。 (さすがにヴァーツラフ辺りの手下の爪術使いが敵に回れば、厳しいかも知れない。 でも、町のチンピラや痴漢なんかに出くわしても、これくらい知っとけば逃げる助けにはなるからな) 熱心な講師役を果たしてくれる、セネルの青緑色の瞳。シャーリィは兄のこの瞳が大好きだった。 自分の海色の瞳とは違うけれど、きれいな色合い。水の民の輝く金髪とは違う、兄の銀色の髪。 みんなみんな、シャーリィは大好きだった。 (お兄ちゃん…) (…ん?) そんな大好きな兄へ、妹は問いかける。 (わたしに何があっても、お兄ちゃんはわたしのこと、守ってくれる?) 聞かずとも、明白な答え。けれどもそれを問いたくなるのは、幼いがゆえに相手の心をしかと抱き締めきれない、未熟さゆえか。 そして兄の返した答えは、シャーリィの期待と寸分違わぬものであった。 (…守るさ。 お前がまたヴァーツラフの手下どもにさらわれかけたって、万一さらわれたってな。 俺は世界の果てまででもお前を追っかけて、助けて見せる) そう言いながら、幼いセネルは目を淋しげに、哀しげに細めながらおのが拳を見つめる。 そこには海のような青い輝きが、かすかばかりに宿っていた。 爪術の力が、セネルの手のひらの中で、かすかに脈打っているのだ。 (…そのための、この力かもしれないしな…) 憂いを払おうとして、けれどもその言葉には払い切れない憂いに満ちていた。 その言葉は、彼が未来にまで引きずることとなる足かせを暗示していたかのように、聞くことも出来たかもしれない。 (? …お兄ちゃん?) (あ! いや、何でもない! …護身術の続きを教えなきゃな) セネルの顔を見やるシャーリィ。 セネルは慌てて、笑顔を作った。同時に、セネルの声に満ちていた憂いも、きれいに剥がれ落ちる。 (とにかく、だ。シャーリィ、お前は俺が守る。ステラのためにも、ステラの分まで、2人で生きていこう。な?) (うん!) (じゃあ、次は地面に押し倒された時の受け身の練習だな) (分かったわ) 交わした何気ない言葉。血なまぐさくも騒々しくもない、何気ない日常。この時には見せ掛けであった平和。 しかし、これより先数年後の未来において、2人が多くの仲間と共に勝ち取ることとなる、安息の日々。 その安息の日々は、平和は、三度崩された。 「バトル・ロワイアル」により。鮮血の遊戯盤の上に、2人が呼び出されることにより。 シャーリィはそこで、耐え難い犠牲をまた1つ、味わうことになる。セネルに下った理不尽な死の強要により。 もう、記憶の中にしか見つけることの出来ない、愛しい兄の微笑み。 だが現実は甘美な記憶の糸を手繰ることを、いつまでも許しはしない。 セピア色の思い出は、やがてまた別の色に染まることになる。 けばけばしい現実の赤に。残忍な鮮血の色に。 どれほど目を背けようと、現実はどこもかしこも、今やその一色に染め上げられているのだ――。 降り注ぎそうなほどの星空。 天を満たす微かで、それでも確かなきらめき。 その中から、およそ一刻前に一条の流れ星が落ちてきたのは、別段不可思議でも何でもないだろう。 それの正体が、輝く翼をまとった一人の少女でなければ。 天からの隕星のごとく大地に落下し、着地の際大地を楕円形に爆砕しながらも、少女は生きていた。 しばらく気を失っていたとは言え、ほぼ無傷で。 自らの破砕した大地の窪みから、今少女は這い上がってきた。 幾多の激闘を経て、異形の怪物に転じて、そしてつい先ほど、遥か天空から大地に叩きつけられて。 彼女が最初着ていた服は、もう服としての役割を果たさなくなっていた。 予備の着替えの入った袋を会場に持ち込んでいなければ、彼女は危うく裸でこの島をうろつく羽目になるところであった。 すすけた顔面。乱れた金髪。血や汗で濡れた肌。それと真新しい予備の着替えは、奇妙な違和感を彼女に与えていた。 「…………」 立ち上がった彼女は、虚ろに空を見上げた。海色の瞳が、双月の光に揺れる。 シャーリィ・フェンネスは、トーマとユアン…雷と磁の力で空の彼方に打ち上げられながらも、生きていたのだ。 彼女の両腕と胸で、青い光が輝いていた。淡く鼓動するこの輝きこそ、シャーリィの奇跡の生還を成し遂げた秘密。 彼女はとっさに、受け身をとりながら着地していたのだ。テルクェスを併用しながら。 柔術などで、相手に転倒させられた際に取るべき動作は受け身。 地面を両手で叩き、肉体が…特に頭部などが転倒による衝撃をまともに受けないように、打撃を軽減する動作だ。 無論、遥か高空から地面に叩きつけられては、こんな動作は気休めにもなるまい。 だが、シャーリィは兄から教えられたこの動作に、テルクェスを複合させることでこの奇跡の生還を成し遂げた。 空に打ち上げられた時点で彼女は背にテルクェスを展開。翼を大きく広げ、落下速度を殺そうとした。 だが、この島の異常なマナの位相下では、テルクェスは十分な風を孕めなかった。滑空することさえ困難だったのだ。 そこで地面に叩きつけられる直前、シャーリィは背に展開していたテルクェスを収納し、両手に再展開。 テルクェスを用いた受け身で地面を叩き、落下の衝撃をほとんど減殺することに成功したのだ。 これによる弊害は、着地の衝撃で脳震盪を起こし、しばらくの間気を失っていたことくらい。 セネルやワルターがここにいたなら、驚愕に目を剥いていた事だろう。 あれほどの高空から打ち上げられたなら、鍛錬を十分に重ねたアーツ系爪術師でも、相当な深手を負う。 むしろ、全身を強打して虫の息…それを通り越して即死していても、何ら不思議はなかったくらいだ。 それでも、シャーリィは生きている。こうして、二本の足で立っているのだ。 「…ありがとう」 シャーリィは胸の前で両手を重ね、ここにはいない兄を想った。 「ありがとう…セネル・クーリッジお兄ちゃん」 滅多に呼ぶことのない兄の名。シャーリィはあえてその名を呼ばいながら、感謝の意を天の星に捧げる。 テルクェスがなくても。兄の教えた受け身がなくても。シャーリィは無事では済まされなかっただろう。 セネルはここにはいなくとも、シャーリィに教えた護身術を通して、彼女を守ったのだ。 その時。 「!?」 シャーリィの組まれた腕の隙間から、光が漏れ出す。 青い光。穏やかに波打つ、優しい光。 (滄我の…光?) シャーリィは、即座に気付いた。こんな輝きをもたらすものは、シャーリィの知る限りそれしかあり得ない。 大いなる海の意志、滄我。 シャーリィは服を透かして輝く、胸の宝石を見た。 胸元を開け、覗き込む。胸に埋まるそれが、服の中を満たしている。 エクスフィア…否。後もう一歩のところでハイエクスフィアになり損ねた、未完の輝石。 まったき球であったはずのそれは、ユアンにより砕かれたからだろうか、変形して菱形に変わっている。 滄我の力を満たしたエクスフィア。本来の紅き輝きを得る間もなく、外界に放り出されたエクスフィア。 紅き輝きの代わりに、輝石がまとうは滄我の青。 さしずめ「ネルフェス・エクスフィア」とでも銘打つべき、更なる高位の姿へと脱皮を終えた宝珠は。 こうしてシャーリィの腕の中、産声のように光を放っていたのだ。 その光は、脈動しながらシャーリィの腕に染み渡る。両肩へ。二の腕へ。肘へ。前腕部へ。 そして、両手の手のひらへ。手のひらへ達した瞬間、ネルフェス・エクスフィアのもたらした青の輝きは、閃光と共に弾ける。 一瞬、目をつぶりたくなるほどの強い光。だが、それが大気を焼いたのは僅かな間。 目をつぶりながら顔を背けていたシャーリィが、そこに見たものは。 自らの手の甲から翼を生やした、双子のテルクェス。右手と左手に宿った、二対の翼。 そして手のひらに刻み込まれしは。 水平に両断された菱形の中央に、ぽつりと打たれた1つの点。 古刻語で「海」「青」「祈り」などを表し、またシャーリィの誠名にも用いられる文字…「Fes」の紋章。 大気を弾けさせ、光は虚空に帰す。テルクェスも、「Fes」の紋章も、共に消える。 だが。シャーリィには分かる。分かってしまう。 ネルフェス・エクスフィアが、自分自身に更なる力を付与したことを。 その力が、己の愛する兄の力であることを。 兄へ寄せる想いをネルフェス・エクスフィアが受け、シャーリィの無意識の大海からアーツ系爪術の力を引き出したことを。 極限状態で掴み取った、アーツ系爪術の秘儀。それがなければ、シャーリィは先ほどの墜落で息絶えていた。 「…………」 シャーリィは息を吸い、そして呼気で大気を震わせる。古代のブレス系爪術、「ファイアボール」の呪文を紡ぐ。 ウェルテスの闘技場や、そしてこの島でも実戦で鍛えた、ブレス系爪術の高速詠唱。 シャーリィは詠唱の言葉、そして身振りにも淀みなく。「ファイアボール」は完成。 シャーリィの手元から、3発の紫色の火球が放たれる。 だがその紫色の火球は、星空の彼方に飛び立つことはなく。ある程度シャーリィから離れた時点で、軌道を反転。 火球はシャーリィ自身を強襲! だが、もとより指定していた照準は、自分自身。シャーリィはうろたえることなく、深呼吸。 滄我の青が、彼女の両の手に再び生まれた。双子のテルクェスと「Fes」の紋章が、浮かび上がる。 降り注ぐ火球から、一歩も退くことなく。シャーリィは裂帛の気合を上げながら、右手を繰り出す。 「てやぁぁぁっ!!」 その光景は、セネル・クーリッジがこの島に降り立って、初めて交戦した相手の攻撃を防いだ光景を髣髴とさせるものだった。 右手で一発。左手で一発。 あろうことか彼女は、テルクェスをまとっているとは言え、素手で「ファイアボール」を叩き落したのだ! そして最後の一発は。 引き戻された右手が、再び空を裂き迎撃。紫の光と青の光が同時に夜空を焼く。 火球は、シャーリィの右手に鷲掴みにされていた。 「ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああああっ!」 シャーリィは右手に渾身の握力と魔力を集中させ、火球をぎりぎりと握り潰しにかかる。 ぐぐぐぐ、という音と共に火球は引き絞られ、その身をじわじわと縮める。 シャーリィは右手手首に、更に自身の左手を添えた。本来1つであった双子のテルクェスは、再び力を合わせるべく重なり合う。 右手の手首を握り締めた左手の手のひら。手首を介して、双子のテルクェスが寄り添う。互いの羽根で、互いを支える。 左手のテルクェスが、右手のテルクェスと完全に折り重なった時。シャーリィはとっさに、右手を地面に向ける。 テルクェスを基軸に体内の闘気を練り上げる。体内の闘気は、シャーリィの右手に集約される。 シャーリィの手が、光って唸る。敵を倒せと。勝利を掴めと。魔力が轟き叫び、闘気が爆熱する。 臨界点を超えるエネルギー。待ち受けるは、灼熱の終焉。 「はあっ!!!」 輝ける青の怒涛が、シャーリィの右手から迸る。 シャーリィの青き力は、火球を内側から食い破る。爆裂し四散する、紫の炎。 滄我の波動は、「ファイアボール」の火球を、軽々と吹き散らしたのだ――。 シャーリィは双子のテルクェスを再び体内に眠らせた。 本来アーツ系爪術の使い手ではないシャーリィに、この演武はやはり違和感がある。力を十分には使い切れない。 この一撃の威力は、はっきり言って大したことはなかろう。 セネルの「魔神拳」を若干上回る、という程度だ。「獅子戦吼」や「魔神拳・竜牙」には、とてもではないが及ばない。 だが。 シャーリィは地面に刻まれた、先ほどの演武の痕跡を見て、思う。 大地に刻まれたその幾何学的紋様は、水平に両断された菱形と、そしてその中央の小さな丸。 シャーリィの手のひらの紋章、古刻語の「Fes」の文字の形に、浅くとは言え地面は抉られていた。 手のひらから紋章の形に放たれる闘気は、戦闘に十分使えるだけの威力はあるだろう。シャーリィはそう結論した。 手のひらを密着させた状態でこの一撃を…シャーリィ流の「魔神拳」を放てば。 生命維持には欠かせない三大器官である、脳、心臓、脊椎のいずれかを直撃出来る位置から、密着状態でこれを放てば。 よほど頑強な人間でなければ、一撃で致命傷か即死級の大打撃になる。しかもこれに必要な溜めの時間は、一瞬。 セネルの「魔神拳」ほどの射程はないが、問題はない。 遠距離の敵にはメガグランチャーから放たれる滄我砲、中距離の敵にはもとより強大なブレス系爪術。 そして、近距離の敵には「魔神拳」。今やあらゆる間合いにおいても、シャーリィは必殺の威力を持つ攻撃を保有しているのだ。 怪物の姿を脱し、もとの少女の姿を取り戻したシャーリィなら、面の割れていない相手は油断してくれるだろう。 「足をくじいた」などと言って、誰かの背にでも負ってもらえれば、もはやそいつは殺(と)ったも同然。 追われた背の上からそっと後頭部に手を添え、彼女流の「魔神拳」を放てば。 眼窩から眼球をはみ出させ。口から舌がもげ落ち。鼻からは脳漿混じりの鼻血を吹き。脳天をざくろのように弾けさせ。 力なく絶命する犠牲者の姿が、ありありと想像できる。 無論、か弱い少女を演じて相手の油断を誘うには、いくらでも言い訳できるとは言えメガグランチャーとウージーが邪魔になる。 だが、それは荷物袋に放り込んでおけば問題はあるまい。メガグランチャーは、事実上狙撃専用の武器として運用する。 メガグランチャーの砲身は重厚で、剛性に富んだ金属を用いている。 殴打用の武器としてももちろん使えるが、シャーリィに接近戦用の武器はもう要らない。 テルクェスは、肉体のどこからでも発現させる事が出来る。両手の拳からはもちろんのこと、両足からも、肘からも、膝からも。 その気になれば額から発現させて頭突きにも使えるし、歯から発現させて噛み付きに使うことだって出来る。 テルクェスを武器として格闘に用いれば、破壊力は十分。 ならばもとより重くスピードで劣り、かつスタミナを食うメガグランチャーを、接近戦用の武器として使う必要はどこにあろう。 またメガグランチャーに比べれば銃身の軽いウージーも、普段は皮袋に収納して問題あるまい。 今のシャーリィの腕力なら、皮袋のつけ方とちょっとした練習で、瞬間的に抜き放ち掃射を行うくらい、それほど困難ではない。 (でも、戦う相手がいないんじゃ、どうしようもないわね) そう。直接戦闘力は全く問題ないとは言え、問題はそこである。 シャーリィはその場に座し、普段に比べればろくに効かない「キュア」の詠唱を行いながら、一枚の羊皮紙を広げる。 この島の地図。これ以降の禁止エリアを含めれば、すでに12箇所に赤い×印が書き込まれた、「バトル・ロワイアル」の舞台。 (今まではひたすらに暴れていたけれど…) 冷静に考えれば、あれは上策ではなかった、とシャーリィは内心反省する。 この島で生き残り、勝ち残るには、情報が必要。そんなことくらい、戦術や戦略に疎いシャーリィにだって分かる。 だが、自分は今、ほとんどこの島の情勢を把握していないのだ。 今まで見聞きしたあらゆる情報を、シャーリィはひっくり返してみたが、情勢は見えてこない。 彼女はもとより、いきなりこの島に放り込まれ、混乱も抜けやらぬうちに兄の死を聞かされ、つい先ほどまで狂乱していた。 この体では、情勢を把握できなくとも当然と言えば当然。だが、それを悔やんでも始まらない。 この12の赤い×印から、この島の何が見えてくるか。 まず、この島の北西部はほぼ「死にエリア」と化している、という見解が1つ。 B2が禁止エリアに指定されたことによる影響は、B2の塔に出入りできなくなっただけではない。 A1、A2、B1、それからC1も、進入は困難なエリアと化した。 こんな逃げ場もないような袋小路に好き好んで移動する人間はいるまい。 今後の禁止エリアの指定いかんでは、避難が遅れれば不可視の牢に閉じ込められる、という最悪の事態も考えうるのだ。 恐らく、参加者の集合率が高いのは町や城などの拠点であろうことはシャーリィにも見当が付いたが、よって北西部は除外。 現在のところ進入可能な拠点は、C3の村、C6の城、E2の城、G3の洞窟、G7の教会。 位置取り的には、ここからは最もC6の城が近い。 最後にダオスらと出会った位置から考えると、ここにダオスらが篭城している可能性も否定は出来まい。 しかし、ダオスらが自らより大切に守っていたマーテルという女性は、すでにこのゲームからは脱落している。 ダオスらの輪に加わっていた女性…マリアンもまた同じく。 ダオスとミトスの戦闘力は、直接戦ったことのあるシャーリィ自身、良く理解している。 あの2人が手を組み、本気を出したら。 おそらくシャーリィが遺跡船で出会った仲間たち全員がかりでかかっても、苦戦は免れまい。 それほどの力を持った2人を以ってしても、マーテルやマリアンは守れなかったのだ。 マリアンの死因は首輪の爆発と明白であるから横に置くとしても、問題はマーテル。 ダオスとミトスに正面攻撃を挑んで、2人の防衛線を突破して何者かがマーテルを殺したとは、とてもシャーリィには思えない。 とすると、今朝死亡が発表されたソロンのような手合いが、不意を打って側面攻撃などで暗殺したと考えるのが妥当だろう。 すると、次の理由から、ダオスらがC6の城で篭城しているとは考えにくい。 シャーリィは旅のさなか、ジェイから少し城の構造を聞いたことがある。 その時聞いた知識からするに、城は暗殺には向かない場所だ。 城には密室などいくらでもあるし、壁や天井も厚く進入口も限定される。よって本気で一同が篭城していたなら。 おまけにダオスやミトスの防衛がある状態では、いかな手練の暗殺者でも、マーテルを葬るなど困難至難もいいところである。 すなわち、マーテルは何らかの積極的行動に出て、その結果何者かに暗殺されたとみて良い。 となると、一同が向かった先はどこか。これは、はっきり言って推理など出来ようものか。 憶測でものを言うにも、不確かな憶測さえ出来ないほど、シャーリィの手元には情報がないのだ。 ならばやはり、ここはジェイと合流できれば、一番ありがたいか。 ジェイは今のところ、生きてこの島で戦いを繰り広げている。 彼に接触できれば、かつての仲間のよしみもあるだろう。いろいろな情報をもらえるはずだ。 ジェイから情報をもらって、この島の情勢を把握する。その後は? 決まっている。ジェイを殺す。 もちろん、正気を取り戻したシャーリィは、ジェイも大切な仲間であることをしかと認識している。 だが、その大切さは所詮は有限のもの。 100万ガルドの入った皮袋と、自分の命。両方を秤に載せたなら、どちらかに秤が傾くかは自明の理。 ジェイの命など、シャーリィにとっては100万ガルド入りの皮袋の価値。 セネルの命と比べたなら、シャーリィは間違いなくセネルの命を取る。 そして、セネルの命を拾うには、代わりにジェイの命を放り捨てねばならないなら、シャーリィは迷わない。 ミクトランが言った「死者をも蘇生させる」という約束は、無論参加者をゲームに駆り立てるための出まかせともとれる。 それでも、セネルの命を拾える可能性は、今やそこにしか存在しないなら。 その向こうに見るものは、結果的に絶望にしか過ぎなかったとしても。 シャーリィは、たとえ仲間であれ切り捨てる。踏みつける。目的を達するための道具にする。 上っ面だけの正義感や、偽善者じみた良心の呵責など、この島においてはいかほどの価値があろうか。 どんな言葉で飾ろうと、どんな論理を展開しようと。 自分が生きたければ、優勝したければ、自分以外を全て殺さねばならないことは、不動の真理なのだ。 無論、その真理から逃れるために、忌まわしい首輪の束縛を解くことも一瞬考えた。 だが、首輪の処理にしくじった時の代価が自分の命では、あまりにこれは危険過ぎる選択だ。 せめて、他の参加者の首輪を手に入れるなどして、保険を作らないと危険で仕方がない。 (駄目ね…何をするにも、今は情報が不足しているわ) やはり何度考え直しても、帰着する先はその結論だ。 シャーリィは地図を畳み、懐に入れ直す。とりあえずの行動方針は、これでいく。 まず、これから先ほどユアン達と交戦した山岳地帯に舞い戻る。 シャーリィが脳震盪で気絶していた時間がどれほどかは分からない。 だが何らかの理由があれば、あそこにまだ一同が残留している可能性も否定は出来まい。 もしそこに残っている人間がいたなら、水中から滄我砲やブレス系爪術で狙撃。一撃で葬り去る。 あえて姿を見せて相手を挑発し、水中に引き込むのも上策。 水中戦に持ち込めれば、水の民にしてメルネスである彼女に勝てる人間は、ほぼ絶無と見てよい。 もし一同がすでに撤収していたならば、それはそれで上等。その時はD5山岳地帯の水源深くに潜り込み、そこで休息する。 D5を水源とするこの島唯一の川は、上流においてもエクスフィギュアであった彼女の身が沈みきるほどの深さがあったのだ。 水中深くで休めば、まず何者からかの不意打ちを受ける心配はない。水中は、彼女専用のベッドのようなものだ。 そこで体力と精神力を回復させたのちはどうするか。テルクェスを用いて、周囲を探索する。 テルクェスによる探知はそこまで精度的に優れてはいない。もともとテルクェスは偵察用の能力ではないからだ。 せいぜいが、「近くに人がいそう」と漠然と感じ取れる程度。ジェイのように気配を消せる人間は、感知できまい。 おまけに偵察に使えるレベルにまでテルクェスの感度を上げるには、シャーリィは深い集中状態に入らねばならない。 その間は、もちろん隙だらけになる。 だが安全に周囲を偵察できる手段があるということは、この「バトル・ロワイアル」においては強力な生存手段だ。 おまけに、テルクェスによる偵察の有効範囲はは、実質上この島内では無限。 シャーリィの姉であったステラはかつて、ウェルテス近くの断崖から落下するセネルを、テルクェスで助けたこともある。 その時ステラがいた場所は、雪花の遺跡。 直線距離にしても健脚の徒歩でまる2日の行程になるほどの遠距離まで、テルクェスは届くのだ。 そしてこの島の最長距離は、どれほど長く見積もっても、遺跡船の半分ほどもあるまい。 つまり、シャーリィは島のどこにいようと、テルクェスは島のどこにでも届く。 もっとも、テルクェスを飛ばすには時間も精神力もいる行為であることを考えれば、実際の有効偵察範囲は狭まるだろう。 それでも、シャーリィの偵察網から逃れ行動するのは、かなりの困難を伴うのは事実。 偵察中は深い集中状態にならねばならないという欠点も、水中に潜めば問題なくカバーできるだろう。 そしてシャーリィは獲物を見つけ次第、そこに殺しに行く。 シャーリィは、皮袋を背負い、歩き出した。 シャーリィは、一歩一歩と歩を進める。南へ。自分が先ほどまでいた、あの山へ。 エクスフィアの忌まわしい毒素から逃れたとは言え。こうして再び正気を取り戻したとは言え。 正気のまま、彼女はダオスの言うところの、「狂気という名の猛毒」の盃を呷ったのだ。 愛しい兄に逢いたいという正気を貫くために、仲間を殺すことさえいとわぬという狂気を受け入れる。 シャーリィは、正気のまま狂気を受け入れた。 この境地こそ、この島において生と勝利を掴む秘訣の1つと言えば、確かにそうなのかもしれない。 だがそれは、シャーリィが今まで生きてきて築いた、全ての倫理観を根底から覆すことに他ならない。 しかしそれも、愛しい兄のためなら些事に過ぎない。信条も理念も倫理も、全て振り捨てる。 その境地に至った彼女は、後戻りの利かぬ道へと、踏み出そうとしていた。 【シャーリィ・フェンネス 生存確認】 所持品: メガグランチャー(自身を中継して略式滄我砲を発射可能。普段は皮袋に収納) ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を、限定的ながら使用可能) フェアリィリング UZI SMG(30連マガジン残り1つ、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態) 状態:TP残り40% HP残り80% 背中と胸に火傷(治療中) 冷徹 ハイエクスフィア強化 クライマックスモード発動可能 基本行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない) 第一行動方針:か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動。自分以外の参加者は皆殺し 第二行動方針:D5に残る面々を追撃 第三行動方針:D5の水中で休息後、テルクェスで島内を偵察 第四行動方針:可能ならばジェイと接触し情報を得る。そののちジェイの不意を打ち殺害 現在地:D5北部の草原地帯 →D5の山岳地帯 前 次
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心の闇 ◆i7XcZU0oTM 少し、夜の闇が薄くなってきた頃。 街中を歩く、4人プラス1台。 やはり、殺し合いの最中とだけあって、緊張感に包まれている……かに見えた。 だが、その中でも。 ある意味、異彩を放っている人物が、1人がいた。 「うーん、やっぱり……いや……」 「……まださっきのこと考えてるのかよ……」 「だって、あんなオイシイ場面、忘れろって方が酷だしー」 「勘弁してくれよ……」 そう、801の姐さんである。 残念ながら現実では未遂に終わったが、801の姐さんの脳内では、ドクオ×照英の妄想が危険な領域まで達していた。 それこそ、一般人が内容を知れば、即座に引いてしまう程の濃厚な……。 そんな様子に呆れたように、ドクオが言う。 「この状況、理解してるのか? そんな呑気な事考えてる場合じゃないだろ」 「だからこそだよー。こんな状況だからこそ、こうやってリラックスさせようと思ってさー」 「じゃあさっきのはなんだったんだよ……どう考えても、自分の欲のためにやったろ!」 「まあまあ、固い事言わないで……」 「『固い事』じゃねーよ……普通だろ……」 相変わらずの解答に、ドクオは溜息を付く。 ……下手したら、命が無くなる前に、俺の後ろの童貞が無くなるんじゃないか。 そんな心配が、ドクオの心を刺激する。 「でも、何だか羨ましいです。……僕なんか、怖くてどうしようもないのに……」 つい、照英の口から弱音が零れる。 「……本音を言えば、私も怖いよ……」 ……別に"現状を理解していない"から妄想に耽っている訳ではない。 "現状を理解した上で"妄想に耽っているのだ。 本名は思い出せないものの、あくまで801の姐さんは2chの住人。つまり、一般人に分類される。 ……心の中では他人と同様に、死ぬのを恐れている。 だが、自棄になっても何にもならない。ドクオに出会う前に、少し考えていたのだ。 自分には、「生きて帰って同人誌を書く」と言う目標がある。 それを、果たすために、最初は殺し合いに乗ろうかとも思っていた。 だが、どうしてもそんな"勇気"を、801の姐さんは持てなかった。 ……今考えてみれば、そこで殺し合いに乗らなくて良かった。 「でも、立ち止まっててもどうしようもないし! だから、前向きに生きた方がいいじゃん」 「……そうですね!」 照英の顔に、笑顔が浮かぶ。 ……まだまだ幾多の困難は待ち受けているだろうが、諦める訳にはいかない。 ――――自分たちが、こんな所で死ななきゃいけない理由なんてない。 だからこそ、生きなければならない。 そして……生きて、帰らなければならない。 ◆ 「……ん? あれって……」 照英が、突然声を上げて一点を指差す。 そこには……誰でも知っているような、スーパーマーケットのチェーン店があった。 ……店舗は大きく、スーパー本体だけでなく他の店舗も附属しているようだ。 もちろん、駐車場も広々としている。 「ふぅん、スーパーかぁ……ちょっと、行ってみない?」 「僕は構いませんよ……お婆さんは?」 「わしも構わぬ」 「よーし、それじゃ……T-72神には駐車場で待っててもらうとして……ドク君はどうするの?」 「え、俺?」 素っ頓狂な声を上げ、自分を指差す。 「私たちと一緒に行く? それとも、残る?」 「あ、いや、じゃ、残るわ」 「そう……もったいないなぁ」 何がだよ……と言いかけたが、何とか寸での所で呑み込む。 下手に何か言えば、またネタにされそうだ。 (建物の中では、何が起こるか分かりません。できれば、私がついて行きたいが……その代わりと言っては何ですが、 私の支給品を使いなさい。中身の確認はしていないので、役に立つ物があるかは分かりませんが……) 「ありがとう、助かるわー……あ、私も残りの支給品、2つ分見てなかったなぁ」 そう言うや否や、猛スピードでT-72神の中に入りこむ801の姐さん。 ……中から感嘆の声が漏れてくる。 まさか、戦車をもネタにするのか……? だが、別にそんなことは無く、少し時間をおいた後に鞄を抱えて出て来た。 「入ってたのは……煙幕弾とダイヤモンドの指輪だったけど、私の分は……良く分からない物だったよ」 「……指輪はともかく、煙幕弾は役に立つんじゃないか」 「なら、ドク君が持ちなよー。何かの役に立つかもしれないしさ」 結局、5つあった内の2つを俺が持って、残りは姐さんたちが持つことになった。 その後、軽く手を振って、姐さんたちはスーパーの中に入っていった。 「……」 急に、静かになった気がする。まあ、当然と言えば当然か……。 と言うか、殺し合いの最中なのに騒がしかった今までの方がおかしいような気がする。 ……まあ、一人でビクビクしながら歩くよりは、まだマシかもしれないが。 その時、ふと頭に浮かんだ事があった。 ……もし、本当に殺し合う事になったらどうなる? 今はまだ、運良く誰にも襲われてはいないが、いつかは襲われるかもしれない。 そうなったら、俺はどうなる?少なくとも俺は……戦えない。 俺は所詮、とりえも何もない男だ。そんな俺に、何が出来ると言うんだ。 頭が回る訳でもない。腕っ節が強い訳でもない。統率力がある訳でもない。 そんな俺に…………何が…………。 「畜生……何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……」 頭を抱え、肩を落とす。 本当、何で俺がこんな目に。 俺は、何も悪い事なんかしてないじゃないか。 特に、こんな殺し合いに巻き込まれるような事なんて、何もしてないじゃないか。 なのに、何故。もう、訳分かんねえよ。 ただでさえ暗い気分が、さらに淀んでいく。 あぁ……憂鬱だ。 「もう最悪だ……もうどうしようもねえ……」 (そんなに悲観することはない、人の子よ) 突然、T-72神が話しかけて来た。 いったい、何なんだ。 こんな状況で、悲観的にならない方がおかしいだろ……。 いつ死ぬか分からないのに、楽観的でいられるかよ。 (今の所、弾薬はありませんが……手に入れた暁には、必ずやひろゆきを粛清して……) ……そんなものはうんざりだ。 具体的な方法もないくせに、そんなこと言うなよ。 そんなことは、方法を見付けてから言ってくれよ。 ……何だか腹が立ってきた。 そう思った途端、自分でも意識せずに、つい本音が口から飛び出していた。 「……その弾薬をどうやって手に入れるってんだ。探し回るのか? ……何処にあるのかわからないのに、 そんなこと、出来る訳ないだろ! そもそも、『ひろゆきを倒す』って言ってるが、ひろゆきの居場所知ってるのか!? それも知らないで、そんなこと言ってんのかよ!? 無責任にも程があるだろ!!」 (それは……) 「……ハァ、ハァ……」 全て吐き出して、荒く息を付く。 ……ここに来て、初めて本音を言ったような気がする。 (…………) 「……ふっ」 胸の内を少し吐き出したせいか、頭が幾分か冷えた。 それと同時に、何となく後ろめたさも、何故か感じてしまった。 (……確かに、少々無謀とも言える計画です) 「……少々どころじゃないだろ……」 ボソッと呟いたこの一言は、幸運にもT-72神には聞こえなかったようだ。 結果、それに気付かずにT-72神は話を続ける。 (…………ですが、今は……この『無謀』に賭けるしか、方法がないのです) 「…………そうか」 何か、余計に鬱になった気がしてきた。 結局、何の解決案も無く、ただ俺の気分が余計に沈んだだけ。 ……いいことなんか何もありゃしない。 「……はぁ……」 もう一度、溜息をつく。……さっきよりも、溜息が重い気がする。 当たり散らした所で、状況が良くなる訳でもない。 T-72神を責めても、どうにもならない。 そんなことは重々承知している。 だだ、それでも愚痴りたい時だってあるだろ。 俺なんか、精々こうやって愚痴ってるのが精一杯なんだ。 ――――俺にできることなんか、何もねえんだよ。 ◆ (……大丈夫かなぁ、ドク君) 何だか、不安だ。 一応、T-72神と一緒に待たせてあるから、少しは安全だろうけど。 いくら弾が無くて戦えないとは言え、まかりなりにも戦車だ。 少しくらいなら、攻撃に耐えられるはず。 「かなり広いですね……」 その心配をよそに、照英さんはしきりに辺りを見回している。 「こう広いと、誰かが潜んでいても不思議ではないのう」 「ですね……気をつけて行きましょう」 もし、襲われでもしたら……。 嫌なイメージが、頭によぎる。 振り払おうにも、こういう物に限ってしっかりと頭に残るんだから……。 でも、実際襲われでもしたら、どうなるだろうか? 今の所、武器になり得る物を持ってるのは、私と照英さんくらいだ。 でも、もし相手が銃でも持ってれば……。とても太刀打ちできそうにない。 できれば、誰もいないでいてくれればいいなぁ。 ……そう言う訳にも行かないかもしれないけど。 (……置いてある物は、どれもよくあるものばっかりかぁ) 改めて辺りを見てみると、本当に何の変哲もないスーパーだ。 食料品やら何やらが、普通に陳列されている。 その内の1つを手に取ってみるが、特に変わった所もない。 ……至って普通だ。 そして、少しの時間が流れた後。 「…………」 「特に、何もありませんでしたね……」 事務室やら業務員用の更衣室なども見て回ったが、結果は変わらず。 ……なんだか、徒労に終わってしまった感が強いなあ。 でも、危険な目に遭わなかっただけ、まだいいか。 「そろそろ、ドク君達の所に戻ろっか。何も無かったって事も、一応教えてあげないとね」 そう思って、出口に歩き出した時だった。 「……何か、変な音がしませんでしたか?」 確かに、変な音がした。 いや……今も、その"音"は聞こえている! その音は……2人が待つ駐車場から聞こえてくる……。 ――――何だか、嫌な予感がする。 というか、とんでも無い事が起こっているに違いない……! 「……急がなきゃ!」 ◆ (まだ帰って来ないな……) 姐さん達が、スーパー内に入っていってから結構経った。 と言っても、具体的にどんだけ経っているかは良く分からないが。 どっちにしろ、とっとと帰って来て欲しいもんだ。 さっきのやり取りの後から、T-72神はずっと黙ったままなんだ。 このままだと、どうにも気まずくていけない……。 とはいえ、こっちから話題を振る気にもなれない。 別に、T-72神の過去やら何やらを知りたい訳でもないし。 「……2ちゃんでも見るか……」 やる事なんてない。 せめて、スレに書き込めればマシなんだが、それも出来ないんじゃ、出来ることは限られる。 結局、特に目的も無く板を巡り、スレを巡るくらいしかできない。 ……相変わらず、下らないスレばっかだな。 俺はいつ死ぬか分かんねぇってのに、こいつらは呑気に無駄な時間を過ごしてやがる。 ――――いつもなら馬鹿にするような奴らでも、今は羨ましいよ。 少なくとも、俺みたいに命の危険に晒されてる訳じゃねえんだから。 ……本当なら、俺も今頃は暖かい布団の中で眠ってるって言うのに。 くそ、何で俺がこんなことに……。 (あぁ……もう最悪だよ……) どんどん鬱が酷くなってきた……。 もう、どうすりゃあいいんだ。 そう思っていた時だった。 「――――おや、こんな所に人が」 「……何だお前」 誰かが、歩いてくる。 街灯に照らされたその姿は……どこかで見た事のあるような中年の男だった。 スーツの袖には血を滲ませ、何を考えているか分からない表情でこちらに近づいてくる。 一体、こいつは何者だ? どう考えても、まともな奴じゃなさそうだが……。 「ほう、これは……戦車ですか。あなたの支給品ですか? だとしたら、ずいぶん羨ましいですねえ。 私も欲しいですよ」 「いや、これは……」 (……残念ながら、私は支給品ではありません) 俺が答えようとしたが、そこにT-72神が割り込む。 「では、私と同じく参加者の1人ですか……これは面白い……なら……」 「おい、一人で何ブツブツ言ってんだ?」 俺の問いにも答えずに、中年の男は何やらブツブツ呟いている。 ……何だよ、また変な野郎なのか? もうこれ以上変人が増えるのは勘弁して貰いたいんだが。 「――――さあ、出てきなさい」 そう言うと、男は何か球のようなものを取り出し、その場に放り投げる。 すると……光と共に、何かが球から飛び出してきた! 「……どうです、この姿。美しいでしょう」 ……何を言っているんだこいつは。 こんな、四足歩行の何とも言えないバケモノが、美しいだって? 一般的な感性を持ってるか怪しい俺でも、そうじゃないと思える。 しかし……こいつは、強そうだ。 威圧感とでも言えばいいのか、そんな物をこいつからひしひしと感じる。 「何言ってるんだ……ふざけてるのか」 「ふざける? ご冗談を。私は至って真面目ですよ」 ……どこをどう見れば真面目なんだ。 (……我が名はT-72神。汝に問う。私と共に闘う意思はあるか?) 「誠に残念ですが、そのお誘いは丁重にお断りします。私には、私の『仕事』があるので。 ――――このネメアと共に、優勝すると言う仕事がね」 と言う事は……こいつ、殺し合いに乗ってるのか!? だとしたらヤバい! とてもじゃないが、こんな化け物相手に戦える訳がない。 ……一応、武器みたいな物はあるが、こんなもんじゃあいつは倒せない。 (……ならば、ここで汝を粛清する!) 「いいでしょう、やってご覧なさい。……できるものならね。ネメア、アイアンヘッド」 男がそう言うと、化け物は大きく跳躍し……T-72神に攻撃を仕掛けた! だが、意外にもバックでかわす。 「ほう……戦車の癖に、小回りが効くんですね! ……もう一回、アイアンヘッド!」 ここで、俺の頭の中にある考えが浮かぶ。 ――――今、あいつの意識はT-72神に向いている。 なら……それを利用して、ここから逃げ出せるんじゃないか? (うぐっ……!) 「ほほう……直撃は避けましたか。ですが、その美しいボディがヘコみましたよ?」 (この程度……損傷の内に入らないッ!) 幸いにも、T-72神自身も戦いに集中している。 こんな手強い相手をしている時に、俺なんかを気にかけてたらやられるからな。 その選択は、当然とも言えるか。 とにかく……逃げ出すなら今しかない! 「くうっ……!」 そこからの行動は素早かった。 持っていた鞄を素早く背負い、あいつらと真反対の方向に走る。 …………これでいい。 これで、いい。 俺は死にたくないんだ。 死にたくないだけだ。 「まさか、気づいていないとでも?」 「え……」 その声に反応して振り返った時。 もう、その時には全てが遅かった。 「――――メタルクロー」 化け物の爪が、いとも簡単に、俺の服を引き裂く。 そのすぐ下にある、俺の体も。 まるで、紙でも破るかの如く。 あっさりと、切り裂かれた。 (ドクオ……!!) 「うぐ、あ」 その場に、崩れ落ちる。 何か、生温かい液体が、俺の体から……流れ出てる……。 ああ、そうか。 俺の血か。 「痛、え……こん、なに、痛いなんて」 死ぬって、こんなにも苦しくて、辛くて、痛い物なのか。 今まで、人生に絶望して自殺を図ったこともあったけど、そんなの目じゃないな。 まあ、いままでと違って、今度は本当に死ぬんだから、苦しいのは当然か。 ああ、でも何か急に痛く無くなってきたな。 多分、大量出血で意識がヤバいんだろう。 ……何で、こんな時だけ頭が回るんだ。 この頭の回転の良さが、もっと前に発揮できてれば、俺も変われてたかもな。 今更、そんなこと考えても、無駄だけどさ。 「く、そ………………」 今までの人生、面倒なことばっかりだったな。 だけど、それももう少しで終わる。 それと同時に、この殺し合いからも解放される訳だ。 ……やっと終わるのか。 ここに来てからそんなに時間は経ってないはずだが、ずいぶん長かった気がするな。 「………………こんなとこで、死ぬなんてなあ………………」 もう、体も動きゃしない。 まあ、今更動いた所でもうどうしようもねえけど。 それなら、諦めて死んだ方がいいかもな。 あ、でも未練も無くはないな。 童貞のまま、死ぬことになるのがなあ……。今更どうしようもねぇけど。 何か、考えるのももう面倒だ。 「……ドクオ殿……」 ん? 今、何か声が聞こえたような。 何だよ、聞こえない。 誰かが、どっか遠く離れた場所で話してる。 聞き取れねえ。 ……まあ、もうどうでもいいか。 「あー…………マンドクセ…………」 倦怠感の中、俺は、深い闇へと堕ちていった……。 ◆ 「……そんな……」 目の前に広がる光景に、思わず息を飲む。 謎の人物と生き物に向かいあっているT-72神。 そして……血の海に倒れる、ドクオ君の姿。 「ドクオ殿!」 (来てはいけません!!) 思わず駆け寄ろうとしたお婆さんを、T-72神が制止する。 しかし、その制止を振り切り、そのまま倒れているドクオ君の傍に駆け寄る! 「お仲間が注意してくださったのに……行きなさい、ネメア」 一瞬の出来事だった。 何かが、猛スピードでお婆さんに突っ込んできて……。 ――――そのまま、撥ね飛ばした。 それだけでは終わらずに、地面へと打ち付けられたお婆さんを……。 「――――この程度ならば、技を使う必要もありませんね」 ――――あっけなく、踏みつぶした。 「お、お婆さん……!」 「おっと、動かない方が良いですよ? ……あのお婆さんのようになりたいのなら、話は別ですがね」 走り出そうとしていた足が、止まる。 「……今の一撃……即死には至らずとも、あの様子なら遅かれ早かれ死ぬでしょう」 「ちょっと……今、自分が何をしたか分かってる!?」 お姐さんの怒声が飛ぶ。 しかし、その怒りを嘲笑うかのように、男性は答える。 「フフフ、まあそう怒らずに……」 「こんなことされて、怒らない方がおかしいって!!」 「怒りは冷静さを失わせます。落ち着いた方が良いですよ?」 「そうねぇ……あんたを一発殴れば、少しは落ち付けるかもね!」 「これはこれは、相当御怒りのようで…………2人も殺害したことですし、私は退散するとしましょう。 ここでやりあって、無駄に体力を消費するのは、私とネメア共々、得策ではないので」 こうしている間も……あの化け物が、僕達を睨み付けている。 僕も、お姐さんも、T-72神でさえ、身動きがとれない。 ……怖い。 お婆さんや、ドクオ君を殺された怒りや恨みがあるはずなのに。 真っ先に出て来た感情は、"恐怖"だった。 「それでは……さようなら。……ネメア、追撃されないように3人を見張っていなさい」 悠々と、男性は立ち去っていく。 ……そして、男性の姿が消えた頃、化け物も走り去っていった。 ◆ 静寂。 「…………」 「…………」 (…………) 誰も、何も言えなかった。 誰もが、心に後悔を抱える結果になった。 ただ、2人の亡骸の前で、立ち尽くすしかなかった。 何故、ドクオ君が、お婆さんが死ななきゃならないんだ……! 僕が、しっかりしていれば……!」 照英が、涙を流しながらその場にへたり込む。 (責任は…………私にあります) T-72神も、見た目では分からないが、自身を責めて項垂れる。 ……T-72神の不注意も、確かにこの惨事の原因と言えなくもない。 だが、原因は1つとは限らない。 もしかしたら、あの時ドクオが逃走を図らなかったら。 図ったとしても、店舗の方に向かったとしたら。 そもそも、内部を調べずにここを通り過ぎていれば。 ……可能性の話をしたら、切りが無い。 重苦しい雰囲気の中、801の姐さんが口を開いた。 「………………ねえ、2人とも。そんなに、自分を責めないでよ」 「でも……」 「考えてみれば、悪いのはドク君とお婆さんを殺したあいつだし、元を辿れば、ひろゆきがこんな事しなければ、 こんな事にもならなかったんだから……だから、自分を責めないでよ」 「……」 そう語る801の姐さんの目にも、涙が。 そうやって考えを切り替えて割り切ろうとしても、やっぱり悲しい。 短い付き合いではあったものの、かけがえのない命。 失われてからでは、もうどうしようもない。 「とりあえず……こんな所に放置してちゃかわいそうだよ。だから……きちんと、埋めてあげよう」 「……はい」 (……私も、協力しましょう) 【ドクオ@AA 死亡】 【麦茶ばあちゃん@ニュー速VIP 死亡】 【残り 53人】 【B-2・スーパー駐車場/1日目・早朝】 【801の姐さん@801】 [状態] 健康、悲しみ [装備] グロック17(16/17) [道具] 基本支給品、PDA(忍法帖【Lv=00】)、不明支給品×2(801の姐さん視点で役に立ちそうに無い物) [思考・状況] 基本 生き残って同人誌を描く 1 とりあえず、2人を埋葬する 2 ドク君……お婆さん…… 【照英@ニュー速VIP】 [状態] 健康、不安、悲しみ [装備] 金属バット@現実 [道具] 基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=00】)、冷蔵庫とスク水@ニュー速VIP、サーフボード@寺生まれのTさん [思考・状況] 基本:殺し合う気は無い。皆で生きて帰る 1:…… 2:いざ闘うとなると、やっていける自信がない…… 3:誰も死なないで済む……はずなのに…… 【T-72神@軍事】 [状態] 装甲の一部にヘコミ、燃料満タン、カリスマ全開、悲しみ [装備] 125ミリ2A46M滑空砲(0/45)、12.7ミリNSVT重機関銃(0/50) [道具] 基本支給品、PDA(忍法帖【Lv=00】)、煙幕弾@現実×3、親のダイヤの結婚指輪のネックレス@ネトゲ実況 [思考・状況] 基本 人民の敵たるひろゆきを粛清し、殺し合いを粉砕する 1 …… 2 私は、保護対象を守れなかった…… 3 弾が欲しい…… ※制限により、主砲の威力と装甲の防御力が通常のT-72と同レベルにまで下がっています。 ※制限により、砲弾及び銃弾は没収されました。 ◆ 「……戻りなさい、ネメア」 ボールに、ネメアを戻す。 ……常時出しっぱなしにしておくのも、あまり意味はない。 (…………予想外だった) 最初は、私のスキを突こうとして、逃げ出した情けない男のみを殺害してから撤退しようと思っていた。 ……最初の一撃で、あの戦車を破壊するのは骨が折れると判断したからだ。 それに、あの発言――――私と共に闘う意思があるか。 間違い無く、殺し合いに反抗しようとする者の言葉だ。なら、最初から「協力」を申し出る必要はない。 しかし、運の悪い事に、仲間であろう連中が出て来てくれたお陰で、もう1人殺害することになった。 私の『仕事』のためだと割り切り、もう1人殺害しておくことに決めて……それを決行した。 この調子で、減らしていけば……私が優勝するのは、時間の問題だ。 もちろん、殺し合いに乗っているのは私だけではないだろう。 他の殺し合いに乗っている連中も、今頃は殺し合っている最中だろう。 しかし……このネメアがいる限り、私の負けは有り得ない。 ――――それに、ちゃんと"切り札"だってあるのだ。 だが……今の所懸念材料が、1つだけある。 (……腕の傷の、まともな手当てをしなければ) 確か、まだ地図を見ていなかったな。 ……何か、役に立つ場所が載っているかもしれない。 「どれどれ……病院がありますが、ここからは少々距離が離れていますね……」 よく見れば、先程までいた公園の方が病院に近かったようだ。 ……もう少し早く気がつけばよかったのだが。 まあ、こちらに向かった事で、得られたメリットもあったから、良しとしよう。 (さて……行きましょうか……) 痛む腕を抑え、歩き出す。 ……『仕事』の為にも、私は立ち止まってなんかいられない。 【B-2・スーパー付近/1日目・早朝】 【クタタン@ゲームハード】 [状態] 右腕に切り傷(中)、健康 [装備] ネメア@ポケットモンスターアルタイル・シリウス [道具] 基本支給品、PDA(忍法帖【Lv=02】)、ちくわ大明神@コピペ、不明支給品(0~1) [思考・状況] 基本 優勝し、世界を美しいモノへ創り上げる 1 相手を見極め、出来るならば他の参加者に「協力」を呼びかける 2 いわっちには自分の思想を理解してもらいたい 【ネメア@ポケットモンスターアルタイル・シリウス】 [状態] 支給品、健康 [思考・状況] 基本 クタタンの指示に従う ※使える技は、アイアンヘッド、悪の波動、メタルクローの他にもう1つあるようです。 何があるかは次の書き手の方にお任せします。 ≪支給品紹介≫ 【煙幕弾@現実】 5つセットで支給された。 ピンを抜いて投げると、一定範囲に煙幕を張り、視界を遮る。 煙幕内に入ると咳き込むかもしれない。 【親のダイヤの結婚指輪のネックレス@ネトゲ実況】 ブロントさんの親の物。 これを指に嵌めて殴ると多分奥歯が揺れるくらいの威力があるらしい。 だが大した武器にはならない。 50話時点 現在位置地図 No.45:カルネアデスの板 時系列順 No.52:おっぱいなんて、ただの脂肪の塊だろ No.49:銭闘民族の特徴でおまんがな 投下順 No.51:メンタルヘルス No.31 8→0→1 完成でスーパー戦隊のブルーとピンクタイム T-72神 No.72 戦争を知らない大人たち No.31 8→0→1 完成でスーパー戦隊のブルーとピンクタイム ドクオ 死亡 No.31 8→0→1 完成でスーパー戦隊のブルーとピンクタイム 801の姐さん No.72 戦争を知らない大人たち No.31 8→0→1 完成でスーパー戦隊のブルーとピンクタイム 照英 No.72 戦争を知らない大人たち No.31 8→0→1 完成でスーパー戦隊のブルーとピンクタイム 麦茶ばあちゃん 死亡 No.36 すべては、セカイ動かすために。 クタタン No.76 さー、新展開。
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二百年は優に超える生涯の中で。 ここまで最悪な巡り合わせの日はそうはなかった。 白昼の中、二人の殺人者(マーダー)に狙われた魔女は心中でそう吐き捨てた。 「それもっ!これもッ!全部乃亜が悪いんだわッ!」 逃げる幼女の姿をした女──ルサルカが憤りながら人喰影を敵に向けて伸ばす。 倒せるとは元より思っていない足止めの為だ。 背後に迫る、雷を放つ白銀の髪の少年から逃れるための迎撃手段だった。 常人を遥かに超えたルサルカの脚力を持ってしても降り切れない速度。 獲物を追い詰める獰猛さがヴィルヘルムを彷彿とさせる子供。 会敵の際名前を尋ねると、彼はゼオンと名乗った。 「フン」 ルサルカの抵抗を鼻で笑い、修羅の雷帝がその手の大刀を振るう。 突風が吹き抜けた様な音が響き、ルサルカの放った食人影が薙ぎ払われる。 否、それだけではない。魂で作った食人影達は、振るわれる刀に“食われて”いた。 恐らく、あの大刀は相手の魂を斬り結ぶだけで吸収できる聖遺物なのだろう。 それの意味する所は即ち、ルサルカは能力を使えば使う程消耗していくが。 逆に敵は、ルサルカから吸収したエネルギーをそのまま継戦に扱えるということだ。 シュライバーやメリュジーヌ程ではないにせよ、難敵と言う他なかった。 「ザケル!!」 (……っ!こんな、時に………ッ!) 反撃として飛んでくる雷を必死に躱して、思考を巡らせる。 状況は頗る付きで悪い。 損傷こそ仙豆で治癒したが、ルサルカの身体には未だ鋭い痛みが走っている。 恐らくメリュジーヌの攻撃が、自身の聖遺物に僅かに被弾していたのだろう。 未だ肉体が崩壊する気配が無い為僅かに掠った程度の損傷だろうが、痛みは一向に引かず。 そんな劣悪なコンディションで、二人の手練れを相手にしなければならない。 運が無さ過ぎて乾いた笑いすら出てくる始末だった。 「このォッ!!」 再び食人影がゼオンに向けて殺到する。 真正面から勝負した所で、一瞬で剣に打ち払われてお終いだ。 変幻自在の食人影の波状攻撃だからこそ、目の前の少年の足止めとして機能している。 とは言え、本当に足を止めるための障害物以上の約張りは果たせていないが。 「下らん」 だがやはり、彼女が操る魔術と鎬を削る大刀鮫肌の相性は芳しくなかった。 食人影を形作る魂が削り取られ、強度を保てないのだ。 加えて、剣の担い手の少年の技量も年齢を考えれば驚異的と言える水準の物。 多大なる才能の持ち主でも、血反吐を吐くほどの修練を積んで至れる領域だ。 ルサルカは少年の技巧を見てある人物を想起する。 聖槍十三騎士団黒円卓第五位、ベアトリス・キルヒアイゼンを。 黒円卓の中でも最高峰の剣技を誇った彼女に比べればまだ技巧的には幼い。 時折放つ雷撃も、存在を雷そのものに変える事ができるベアトリスには劣る。 (でも───今の私が勝てるかって言うと別問題なのよねぇ……!) そう、彼に目の前の少年がベアトリスには劣っても。 それでルサルカが勝てるかと言えば別の話だ。 彼女の本領はあくまで権謀術数を用い、罠を張り巡らせた状態で行う戦争なのだから。 劣悪なコンディションで行う遭遇戦など、彼女が最も避けたい条件下だった。 (この子だけでも厄介なのに───) ルサルカの劣勢を加速させている要因は、それだけではない。 放たれる雷を転がる様に躱し、間髪入れずバッと半身になりながら起き上がった瞬間。 雷の合間を縫い、ルサルカの身体を貫かんと殺意が飛来する。 「クソッ!」 超人たる黒円卓の反射神経と身体能力をフルに発揮し。 顔面に突き刺さる筈だった魔力の込められたナイフを躱していくものの。 完璧には避けきれず、避けきれなかった紅い長髪が斬り落とされてしまう。 パラパラと地面に落ちていく女の命を目にして、思わず毒を吐いた。 「毎日トリートメントしてるのよ!?」 子供には分からない苦労でしょうけどね!と、吐き捨てる暇すらない。 兎に角走らなければ、次は本当に命を失うのだから。 人を遥かに超えた身体能力で疾走するが、背後の殺戮者達は平然と追従してくる。 このままではジリ貧だ。 (どうする……!?) 創造さえ決まれば、目の前の少年には勝てるだろう。 しかしそれにあたって問題が二つある。 一つは相手が二人の為、一度の発動で両方を仕留められるか分からないこと。 補足できている状態ならルサルカの創造は二人纏めて術中に嵌める事ができるが。 目の前の少年とは違うもう一人───ナイフ使いの方が問題だった。 此方の方は戦闘を開始してからロクにルサルカの前に姿を現していないのだ。 今も少年の後方、白いマントの影に隠れて常に補足されない様に立ち回っている。 それでいてルサルカの反撃は正確に回避してのけており。 間違いなく素人ではない。こと殺しの腕に関してはプロだ。 創造を使ったとしても補足しきれず、相打ちになる可能性がある。 もう一つは相手が間髪入れずに攻め立ててくるため、創造の詠唱の時間が取れない事だ。 単純な事ではあるが、逃走と応戦をしつつ詠唱を行うのは不可能。 ある程度纏まった隙を作らなければ話にならない。 (と、なると……後残る選択肢は……!) 自身の能力の他に斬れるカードはもう一つある。 ブックオブ・ジ・エンドだ。 空間に罠を仕掛けた過去を挟む戦法は、あまり期待できない。 ゼオンもまた、メリュジーヌの様にマントで飛翔する術を備えているし、 振るわれる大刀の効果で、仕掛けた罠ごとエネルギーにされてしまう。 だが直接斬った効果はメリュジーヌにも通じた。一撃入れればまず間違いなく隙は作れる。 今振り返ればメリュジーヌに効果を発揮した時に創造を使っていれば。 もしかすれば、勝利していたのは自分だったかもしれない。 今更言っても仕方ない事だし、今考えるべきは現在進行形の苦境を切り抜ける方法だけど。 (──形成で攻撃しつつ反転して、距離を詰めてからこの刀を使う。 そして相手が混乱したところを創造で一気にカタを着ける!) 瞬きの間に作戦を組み上げる。 選択肢が少ない為どうしても単純な方法にならざるを得ないが、通す自信はあった。 何しろ、ここまでずっと逃げの一手を撃って来たのだ。 既に相手はルサルカを敵ではなく狩りの獲物として見ている筈。 となれば、敵手は既に此方の戦意を完全に奪った物として展開しているだろう。 その隙を突く。大規模な形成の攻勢で気を引いてから、一気に進行方向を反転。 フェイントで一気に距離を詰めた後、本命であるブック・オブ・ジ・エンドを使用する。 毛先の一本でも触れればいいのだ。条件はそう難しくない。 ブック・オブ・ジ・エンドを何方か一方に発動すれば同士討ちすら狙える。 そうでなくても混乱に乗じて創造を発動するのは十分可能だろう。 (一番いいのは刀を使った後にそのまま逃げられることだけど……!) 依然としてシュライバーやメリュジーヌの脅威は健在だが。 かといって出し惜しんでそのまま抱え死んでは間抜けすぎる。 そんな愚行を真なる魔女たる自分が犯す筈もない。 真の強者は、カードの切り時を見誤らない。 「ザケルガ!!」 槍の様に迫ってくる雷撃を、屈んで躱す。 今迄の雷撃より威力は強力そうだが、軌道が直線的過ぎる。 これならば、先ほどの雷撃の方が余程厄介だった。 だが、チャンスだ。ここで一気に身を翻す!! 「喰らいなさい!」 わざと大仰に叫び、これから行うのは強い攻撃だと印象付ける。 事実逃走にリソースを割いていた先ほどまでより強い攻撃なのは間違いなく。 それ故に、本命を隠す良い目くらましとなる。 向こうは立ち止まった此方に構わず突っ込んでくる、好都合だ。 彼我の距離は二十メートル程、瞬きの間に詰まる距離。勝負をかける。 「形成(Yetzirah───イェツラー)血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)!」 ルサルカにとって唯一幸運と言えたのは、形成が連続使用可能だった事だろう。 もしシュライバーの様に形成すら数時間のインターバルを必要としていれば… 勝敗はとっくに決していたのは間違いなく。 巨大な鉄の乙女と夥しい数の量の鎖が現れ、少年へと殺到する。 常人であれば恐怖を通り越して絶望する血と殺意の波濤も。 修羅の雷帝には歩みを止める理由にはならない。 「レードディラス・ザケルガ!!」 巧みに操られる雷撃のヨーヨーが、拷問器具の群れを迎え撃つ。 爆発音めいた轟音が響き、大気を揺らす。 さしものゼオンの雷でもその全てを相殺する事は出来ず、生き残りの鎖が彼の首を狙う。 だが、これで討ち取れるならとっくにルサルカは勝利を掴んでいる。 その想定の確かさを示すように、迫る攻撃に対しゼオンは即座にヨーヨーを放棄。 大刀を片手で軽々振るい、残存の拷問器具全てを薙ぎ払った。 ここまで先ほどまでの焼き直し。重要なのは、これからだ。 「───ここッ!」 雷撃を掻い潜り、その手の栞を刃に変えて。 ルサルカは刀の間合いに入る事に成功した。 いけると思った。掠るだけでも此方の目的は達成できるのだから。 ここまで懐に入り籠めれば当てるには十分。 躱せるとしたらそれはシュライバーやメリュジーヌくらいだろう。 更にナイフ使いの方も完全に射線が重なっているため手出しできない。 同士討ちになる可能性が非常に高い、射線が重なった状況だからだ。 もしナイフを投げたとしても、ゼオンの背が盾となり自分には当たらない。 (フフ……親友になるか恋人になるかお姉ちゃんになるか……貴方は何がいい?) 栞にしていたブック・オブ・ジ・エンドを戦闘態勢に移行。 ここまで空間に罠も張らず、温存しておいた成果を今こそ見せよう。 過去を挟み同士討ちを誘発すれば、ナイフ使いはどれだけ狼狽するだろうか。 敵手の狼狽えた顔を想像して、思わず笑みが零れる。 その瞬間の事だった。卓抜した技巧とタイミングでまたしてもナイフが飛来したのは。 「……チッ!」 飛んできたナイフを剣で打ち払う。 折角の好機。この程度でおじゃんにするわけにはいかない。 その意志の元遂に刃の切っ先を突き出す。 ナイフに対処した一瞬を突き、ゼオンはルサルカに空いている片方の手を向けるが。 最早手遅れだ、例え雷撃を受けてもこのまま押し切る。 ベアトリス程では無いとは言え、黒円卓の魔人でも受ければダメージは免れない雷だが。 それでもこれが決まれば殆ど勝利のため、一発なら割り切って耐えてやろう。 そんな覚悟を胸に放たれたルサルカの刃が、敵手へと迫る──── 「えっ」 ここで計算違いが起きた。 幻影のような霧が、ゼオンの五体を包んだのだ。 距離感が狂い、霧を吸い込んだ途端立ち眩みの様な眩暈を覚える。 間違いなく魔術による攻撃。 それも魔道に精通した自分でも即座に対処するのは難しい水準の物だ。 (───それでも、この距離なら!) だがそれでも既に自分は刀の間合いに入っている。 ほんの一秒感覚を狂わされたところで誤差の範囲内だ。 軌道を修正するまでもない。何も問題はない。 一秒の誤差に食い込む様に少年がこちらに手を向ける。 また電撃が来る。だが、この距離なら大技を放つには近すぎる。 今までの威力であれば心の準備はすでに済ませた。重ねて問題はなく。 来る痛みに備え、歯を食いしばりながら最後の一歩を踏み込む! 「ジケルド」 ルサルカが踏み込んだのと、少年が言霊を放ったのはほぼ同時だった。 そして、切っ先が触れる前の刹那。コンマ数秒の差で。 少年の掌から発生した球場の力場が、先んじて刃に着弾し。 着弾の瞬間、ゼオンに届くはずだった刃の進行方法がグリンッ!と明後日の方角を向く。 刀が向いた方向は、巨大な鉄製の看板がある方向だ。 メリュジーヌとは違い、ゼオンの髪が短かったことが災いした。 加えて突進という攻撃そのものが、前方からの干渉には強いが、横からの力には弱い。 故に超人の身体能力を有するルサルカでも、軌道を即時修正するのは不可能だった。 結果、無防備な横腹を雷帝ゼオンの前に晒すことになる。 「テオザケル」 雷光が轟き、魔女の思考と肉体を容赦なく灼き。 ブック・オブ・ジ・エンドも付近に取り落としてしまった この瞬間ルサルカは、己の敗北を認識した。 ▽▲▽▲ 劣悪な肉体的コンディション。不得手な遭遇戦。 武装特性の相性の悪さに、数の不利。 様々な要因から敗北を喫し、アスファルトの上にへたり込んだ上で。 それでもルサルカは底を感じさせない、不敵な表情を作り。 堂々と、自身を下した少年に話を持ち掛けた。 「───ねぇ、坊や?どう?私と組まない?」 艶めかしく泰然とした態度で、魔女は自信を下した二人組に共闘の打診を行う。 その様は幼児に敗北したとはとても思えない程自信に満ちたもので。 百年を超える生涯の中で培った老獪さが発揮されていた。 「私は皆でお手て繋いで脱出何てキャラじゃないしぃ。自分が助かればそれでいいのよね。 だから私が助かるためなら、君たちと一緒にマーダーをやっても全然オッケーってわけ☆」 語るその言葉には本心と虚偽が織り交ぜられていた。 まず自分さえ助かれば後はどうなっても良い、というのは彼女の偽らざる本心だ。 だが、彼女は現時点でマーダーをやるつもりがなかった。 何故なら、マーダーとして優勝を目指すという事は、つまり。 あの狂人ウォルフガング・シュライバーを下して優勝を目指すという事に他ならないから。 目の前の少年は強い。如何に雷を扱っても、ベアトリスを想起するのは尋常ではない。 だがそれでもシュライバーには敵わない。それがルサルカの見立てだった。 故にこれはこの場を切り抜けるための方便。 少し隙さえ作ってしまえば、簡単に手玉にとれる。彼女はそう確信していた。 「私もこの島に来てからかなり溜まってるしぃ、見逃してくれるなら役に立つわよ?」 色々とね? そう囁く声は思春期の少年なら思わず胸が高鳴る妖艶さ、艶めかしさを秘めていて。 更に、総身に巡らせた魔力は魔女が実力者である事を如実に示す。 目の前の少年は、此方の力量も測れない愚鈍な凡夫と違う。 少なくとも、組んで損はない。そう思わせる事ができるはずだ。 ルサルカはそう考えていて、事実その予測は正しかった。 醸す色気は幼いゼオンにとってどうでも良かったが、実力については疑っていない。 絶望王などの自分に迫る強者がいる以上、戦力は多いに越したことはなかった。 「フッ、話が早いな。いいだろう」 ニィ…とサメのように並んだ歯を覗かせて。 笑みを浮かべながら、ゼオンはルサルカの申し出を快諾。 了承の言葉を聞いた瞬間、ルサルカは心中でほくそ笑んだ。 これで一瞬でも警戒が緩めば、付け入るスキは十分ある。 一時的に敗北を喫しても、所詮少年とは年季が違う。 そう、立ち回り次第では。 逆にシュライバーやメリュジーヌにぶつける削りとして利用してやることも── 「────丁度、試したい術があったところだ」 は? そんな惚けた声をルサルカが発するのと同じタイミングで。 ゼオンは現状に最も適した呪文を唱えた。 「バルギルド・ザケルガ」 「───っ!?」 殆ど零距離の間合いで、雷光が煌めく。 咄嗟に躱そうとルサルカは身を翻すものの、距離が近すぎた。 当然の如く、放たれた呪文は直撃する事となる。 「きゃああああああああああぁあああああ゛あ゛あ゛ッ!!!」 直撃した電撃は、容赦なくルサルカの瑞々しい肌を灼いた。 じゅうじゅうと肉が焦げ、喉が張り裂ける勢いで悲鳴が周囲に木霊する。 五秒…十秒…二十秒……雷の勢いは一向に落ちない。 それどころか、時間が経つごとに勢いが増してすらいた。 「この雷はお前の身体がボロボロになるまで電撃の苦痛を与え続ける」 (かっ…解呪!解呪、しなきゃ………!) 百年以上魔道に手を染めてきたルサルカだ。 威力を増していく電撃に苛まれながらも、何とか呪文の解析と解除を試みようとする。 だが、できなかった。雷は、彼女の意識をも灼いていた。 もしこれが、他者にかけられた物であれば彼女は問題なく解除できただろう。 しかし例え遍く問いに、瞬時に解を導く答えを出す者(アンサートーカー)であっても。 ゼオンの雷はその思考力を容赦なく灼き、雷を受けている間は証明不能となった。 ルサルカもまた、未来でゼオンの雷を受けた答えを出す者の少年と同じ状態に陥っており。 思考できれば対抗策も用意できただろう。だが対抗策を用意する為に考える事ができない。 しかもその状態がもう一分以上続いているのだ。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」 「痛みで気絶する事も許されない。 体が壊れる前に限りなく増していく雷の激痛で心の方がぶっ壊れる」 つまり、この痛みを味わいたくないならお前は俺に従うしかないわけだ。 そう言って、ゼオンは凶悪な笑みでルサルカに告げた。 「が…あ゛……あ………っ゛」 三分経ってようやく、ぐしゃりとルサルカの身体が崩れ落ちた。 評価を訂正。このガキ、ベアトリスよりよっぽどタチが悪い。 そう考えた余裕は、直ぐに再び押し寄せた電撃の痛みの波濤に飲み込まれた。 「この痛みを味わいたくなければ…そうだな、二人殺して首輪を持ってこい。 そうすれば奴隷じゃなく下僕として扱ってやるさ」 前提として、ゼオンは目の前の雌猫の事をまるで信用していない。 それどころか戦闘を開始してから、ルサルカの思考は彼に筒抜けだった。 マーダーとして手伝う、という言葉が方便であることも。 シュライバーやメリュジーヌなる強者と自分をつぶし合わせようとしていることも。 ブック・オブ・ジ・エンドという刀が彼女の切り札ということも、全て把握していた。 頭に被った、さとりヘルメットという支給品で。 短時間の間ではあるが、装着すれば相手の心を読み取れると説明書に書いてあった道具。 ゼオンも記憶の読み取りや消去はできるが、相手が無抵抗でなければできない。 しかしさとりヘルメットは装着するだけで相手の思考を読み取れる。 それは策謀をこそ武器とするルサルカに敵面の効果を発揮していた。 だからこそ、バルギルド・ザケルガの使用に躊躇なく踏み切ったのだ。 「ジャック」 「はーい。なに?」 既に効果の切れたヘルメットをランドセルに戻し、ゼオンはもう一人の下僕に声をかける。 「おー、コゲコゲ」と意識の朦朧としたルサルカを枝で突いていた幼女。 ジャック・ザ・リッパーは呼びかけられてキョトンとした顔で向き直る。 その表情にはルサルカの拷問に加担した後ろめたさは全く宿っていなかった。 そんな彼女に、ゼオンは無言であるものを手渡す。 「俺の雷の力を籠めた結晶だ。念じるだけで雷の激痛を呼び起こすことができる」 「へぇ……ねぇねぇ!使ってみてもいい?」 「あぁ」 「ありがと……えいっ!」 「っ!?が…!があああああああッ!があああああああッ!!」 まるで玩具を妹に買い与える年の離れた兄妹のようなやりとりと共に。 ルサルカの身体を、再び発狂しそうな超激痛が襲う。 雷から解放されたばかりの身体に塩を擦り込む所業に、ルサルカは悲鳴を上げた。 「あはははははっ!面白~い!!」 (こ、のクソガキども……) のたうち回るルサルカの様が面白かったのか、ジャックは無邪気に、酷薄に笑う。 対するルサルカはプスプスとモノが焦げる音を響かせ、屈辱の極みにあった。 黒円卓に名を連ねる私が、シュライバーなんて狂人の同僚と殺し合いをさせられ。 メリュジーヌにさんざんボコられた傷を癒して早々に。 こんな精通もしてない様なクソガキ共にいいようにされているなんて! その事実だけで狂い死にしそうな屈辱だった。 だが、当然彼女をそんな状態に追いやった元凶二人がルサルカの心境を慮るハズもなく。 冷酷に、下僕が置かれた最悪の現状と、そこから解放されるための命令を繰り返す。 「いいか、お前の身体に常に雷の激痛を流し続ける。もし命令に背くことがあれば…… このジャックが、一瞬でお前を廃人にするレベルまで痛みの強さを引き上げる。 そんなことになりたくなければ、お前は俺の言うことを聞くしかない、分かるな?」 ゼオンは読心を行った際にルサルカが魔道に長けている事も把握していた。 故に、呪文を勝手に解呪されるリスクを下げるために痛みは常に行動ができる閾値付近に。 余計なことに思考を割けない状態にまで常に追いやる。 そして、その気になればお前など一瞬で廃人にできると脅しをかけ。 それが嫌ならお前は生存者の首輪を持ってくるしかないと突きつけた。 「く…そ……」 二度目の放送を迎えようとしているこの局面。 既に参加者間の顔も割れつつあるだろう、そんな時勢に。 二人も参加者を殺せば、後戻りできなくなる。 マーダーとして歩むほかなくなり、なし崩し的に少年に協力せざる得なくなる。 別にマーダーに身を落とす事については何とも思っていない。 人を殺す良心の呵責など、魔女は持ち合わせていないのだから。 だが、ゼオンは自分を使い潰すことを躊躇しないだろう。 そして、対主催からも見捨てられてしまえば、自分は完全に孤立し。 シュライバーもいる以上、生き残りの芽は完全になくなる。 (何で……私ばっかり、こんな目に………) 少なくともこの島では悪事は何一つ行っていないというのに。 自分ばかりこんな災難が降りかかるのか、乃亜を呪いたい気持ちで彼女の胸は満ちていた。 誰でもいいから助けて欲しい。あとシュライバーを何とかしてほしい。 助けてくれたら男だろうと女だろうと、この身体を抱かせてやってもいい。 だが、そんな都合のいい奇跡(ヒーロー)に助けを願うには。 彼女の魂は既に汚れ過ぎていたし、彼女自身にもその自覚があった。 だから、彼女はこう言うしかない。 「わか……った………わ……… でも、少し……時間を、ちょうだい」 「あぁ、放送までは傷を癒すがいい。 もう死んでる奴の首輪でやり過ごされてもウザいからな。 お前に働いてもらうのは死者の確認を行ってからだ。まずは偵察からだ。さぁ行け」 当初の予定通りシュライバーやメリュジーヌをけしかける選択肢は棄却する。 考えてみれば、二人はルサルカを殺してからゼオン達を襲うだろう事が予想されるから。 だから、今思いつく選択肢は二つ。 弱そうな対主催に怪我人のフリをして近づき、二人を殺して術を解かせるか。 それとも、強そうな対主催に救助を乞い、ゼオン達を打倒してもらうか。 このどちらかに命運を賭けるしかない。 近くに落ちていた刀を支えに、よろよろと立ち上がり命じられるままに歩き出す。 超人たる黒円卓の肉体だ。放送までの二時間程で戦闘可能なまでには回復するだろう。 だが、体には常に雷の痛みが第二の首輪の様に体を苛んでいる。 自力での呪文の解除はやはり困難と認識せざるを得ない。 だが、それでも。 「諦める……もんですか……この程度で………」 ルサルカの精神は未だ健在だった。絶望すらしていない。 絶対に、切り抜けて見せる。生き残って見せる。 クソガキ共を惨たらしく殺していない。 メリュジーヌを足元に跪かせていない。 ずっと追い求めていた、そしてやっと糸口を掴んだ願望の成就を成し遂げていない。 だから終わる訳にはいかない。それも、この程度の苦境で。 「───■■■■………」 苦痛に苛まれながら、うわ言の様にもう覚えていない誰かの名を呼ぶ。 彼女自身はその名が何なのか、最早認識できてはいないだろうが。それでも呼んだ。 掠れ、消えかけた所にブック・オブ・ジ・エンドの過去で塗りつぶされた愛しい記憶。 それでも、その名を追いかける事だけは諦めない。 だからこそ、かつて黒円卓の双璧たる副首領も彼女を選んだのだろう。 淀み、穢れ、大地に堕ちきってなお、星は星。 きっと命果てる時まで、その瞬きを消す事などできはしない。 ▽▲▽▲ 生まれたての小鹿の様な足取りで、ルサルカが歩いていく方向を眺めながら。 開口一番、ジャックが気にしたのは彼女の持っていた刀の事だった。 「よかったの?あの刀だけでも取り上げておかなくて」 ジャックから見ても、あの刀には妙な力を感じた。 ほぼ間違いなく、サーヴァントの宝具に匹敵する代物だ。 回収しておけば、きっと戦力となっただろうに。 そんな思いから口に出た問いかけだった。 ゼオンは彼女のそんな問いに対し首肯で応える。 「あぁ、あの刀はこのままこの女に使わせる」 ゼオンも、ルサルカの振るっていた刀がただならぬ一刀である事は承知していた。 彼女のランドセルから奪った説明書と、読心によって得た情報。 その二つと照らし合わせると、この刀は非常に強力な精神操作… 否、過去の改竄の効果がある事は分かっていた。 同時に、ゼオン自身はこの刀を使うつもりは無かった。 右天と言う道化が用いて居た、失意の庭と同じ厄物の気配を感じ取ったからだ。 恐らく、開示されていないリスクが存在する。迂闊に使うわけにはいかない。 何しろ結果的に精神に作用するのだ。精神汚染など受ければ深刻な影響を受けかねない。 女の能力は把握した。刀の間合いに入らず、このまま使わせ続けるのが最も適当な扱いだろう。 「不服そうだな、何か文句があるのか?」 「なんでもなーい……あのビリビリ、私たちに使わないでね」 「それはお前の働き次第だ」 本来であれば折角手に入れた戦利品だし、自分の物にしたくてジャックは不満げだった。 だから気安い態度を取っていたが、口答えはしない。 彼の機嫌を損なえば魔女を灼いた呪文が、自分に向けられることになるかもしれない。 そんなのは御免だ。 あっさりと引き下がり、話題を方向転換する。 「それで、これからどうするの?」 「今はあの雌猫が獲物を見つけるまで待ちだな。それまでは…腹ごしらえでも」 「ごはん!」 主の言葉を食い気味に、ジャックは声を上げた。 食い意地の張った奴だと思いながらも、彼女の前にゼオンは掌を水平に開く。 その手には、ある植物の種があった。 灰原哀から奪い取った支給品にあった、畑のレストランと言う名の種だ。 「何が喰いたい。この種を植えておけば、食いたい物が中に入った大根になるんだそうだ。 今から植えておけば、飯時には実ができると説明書には書いてあった」 「へぇー…!凄いね!じゃあじゃあ、ハンバーグ!ハンバーグ食べたい!」 「いいだろう。じゃあこれを丁度いい場所に撒いてこい」 その命令にはーい!と元気よく返事をして、ジャックはシュタタタと駆けて行く。 王たるもの、飴と鞭だ。いずれ殺しあう事が約束された間柄ではある物の。 最初から指示に従う気のない雌猫と違って、ジャックはある程度重用してもよかった。 バルギルド・ザケルガを見せたのだ。叛意を挫く鞭としては十分だろう。 そしてこれが飴となるなら、安いモノだ。 (比較的従順ではあるが、奴も俺の首を狙っている事に変わりはない) ルサルカとジャックの相違点は、マーダーのスタンスを取っているかどうかでしかない。 懐いている風に見えても、彼女がついて来ているのは自分に利用価値があるからだ。 もし無くなれば、彼女は一切の呵責なく自分を切り捨てるだろう。 (もっとも、それは俺の方も同じだがな) ジャックを雷で脅さずそれなりに重用しているのは、彼女が優秀だからだ。 お荷物になったり、マーダー行為に消極的になればルサルカの様に使い潰すつもりでいる。 だから、彼女が此方の寝首を狙っているとしても、それはお互い様。 その時に至るまでは、これまで通り従順であるなら、雷で従わせたりはしない。 恐怖政治は手っ取り早いが、必要以上に反感を買う。 ジャック以上の手駒を見つけたりをしない限りは、今の同盟に近い関係を維持。 それが彼の決定だった。 「さて………」 ルサルカの身体にはゼオンの髪の毛で作った分身を取り付けてある。 これであの女の居場所は把握可能だ。簡単な命令なら下せるようにもプログラムした。 勝手に取り外せば、即座に最大の苦痛を与えられる事になるのはあの雌猫も分かるだろう。 後は、雌猫の斥候の成果を食事でもしながら待てばよい。 だが、その前にもう一つ。 「───お前はどうかな」 ヒュッ、と。風を斬って。 投擲された刀を、鮫肌で事も無げに弾く。 すると弾かれた刀はくるくると宙を舞って。 まるで示し合わせた様に、投擲した少年の手へと舞い戻った。 「真実(マジ)ィ?気づいてるとか思わなかったわ~!」 きゃっきゃっと道化の様な所作で。 いつの間にか、ゼオンの背後に少年が立っていた。 気づいたのは、ついさっきだ。 まずジャックが気づき、その時の表情の変化からゼオンも遅れて気づいた。 単独であっても気づいていただろうが、タイミングはもっと遅れただろう。 目の前の少年は一見ただの馬鹿のようであるが。 ただの馬鹿にそんな芸当ができる筈がない。 確信と共に、ゼオンは問いかけた。 「……それで、何の用だ?」 「ン~☆そんなんお前も勿論(モチ)で分かってんだろォ?」 ニっと欠けた歯を覗かせて。 顔中にガムテープを巻き付けた怪人。 殺しの王子様(プリンス・オブ・マーダー)は王として。 次の瞬間には自らを雷で灼きかねない修羅の雷帝に相対し、不敵に微笑んだ。 「ボクチン、オメーと友達(ダチ)になりたくてさァ。会いに来ちった☆ 先ずは今のマガジンに載ってる連載で好きなの教えてよ~ォ」 ぎらぎらと淀んだ輝きを放つその瞳は。 支給品など使うまでも無く、殺す側の存在である事を示していた。 【E-2 /1日目/午前】 【ゼオン・ベル@金色のガッシュ!】 [状態]失意の庭を見た事に依る苛立ち、ジャックと契約、魔力消費(小)、疲労(小) [装備]鮫肌@NARUTO、銀色の魔本@金色のガッシュ!! [道具]基本支給品×3、ニワトコの杖@ハリー・ポッターシリーズ、ランダム支給品5~7(ヴィータ、右天、しんのすけ、絶望王の支給品) [思考・状況]基本方針:優勝し、バオウを手に入れる。 0:さて、こいつは使えるか… 1:ジャックを上手く使って殺しまわる。 2:雌猫(ルサルカ)で釣りをする。用済みになれば雷で精神崩壊させる。 3:絶望王や魔神王に対する警戒。更なる力の獲得の意思。 4:ジャックの反逆には注意しておく。 5:ふざけたものを見せやがって…… [備考] ※ファウード編直前より参戦です。 ※瞬間移動は近距離の転移しかできない様に制限されています。 ※ジャックと仮契約を結びました。 ※魔本がなくとも呪文を唱えられますが、パートナーとなる人間が唱えた方が威力は向上します。 ※魔本を燃やしても魔界へ強制送還はできません。 【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Grand Order】 [状態]魔力消費(小)、疲労(小) [装備]:なし [道具]:基本支給品、探偵バッジ×5@名探偵コナン、ランダム支給品1~2、マルフォイの心臓。 [思考・状況]基本方針:優勝して、おかーさんのお腹の中へ還る 1:お兄ちゃんと一緒に殺しまわる。 2:ん~まだおやつ食べたい…… 3:つり、上手く行くかなぁ? [備考] 現地召喚された野良サーヴァントという扱いで現界しています。カルデア所属ではありません。 ゼオンと仮契約を結び魔力供給を受けています。 ※『暗黒霧都(ザ・ミスト)』の効果は認識阻害を除いた副次的ダメージは一般人の子供であっても軽い頭痛、吐き気、眩暈程度に制限されています。 【輝村照(ガムテ)@忍者と極道】 [状態]:全身にダメージ(中、腹部に大きなダメージ再生中)、疲労(中) [装備]:地獄の回数券(バイバイン適用)@忍者と極道、 破戒すべき全ての符@Fate/Grand Order、妖刀村正@名探偵コナン、 [道具]:基本支給品、魔力髄液×10@Fate/Grand Order、地獄の回数券@忍者と極道×2 [思考・状況]基本方針:皆殺し 0:さァて、生存(イキ)るか死滅(くたば)るか。 1:村正に慣れる。短刀(ドス)も探す。 2:ノリマキアナゴ(うずまきナルト)は最悪の病気にして殺す。 3:この島にある異能力について情報を集めたい。 4:シュライバーを殺す隙を見つける。 5:じゃあな、ヘンゼル。 [備考] 原作十二話以前より参戦です。 地獄の回数券は一回の服薬で三時間ほど効果があります。 悟空VSカオスのかめはめ波とアポロン、日番谷VSシュライバーの千年氷牢を遠目から目撃しました。 メリュジーヌとルサルカの交戦も遠目で目撃しました。 【ルサルカ・シュヴェーゲリン@Dies Irae】 [状態]:全身に鋭い痛み (中)、シュライバーに対する恐怖、キウルの話を聞いた動揺(中)、バルギルド・ザケルガのスリップダメージ(大)、メリュジーヌに対する妄執(大)、ブック・オブ・ジ・エンドによる記憶汚染 [装備]:血の伯爵夫人@Dies Irae、ブック・オブ・ジ・エンド@BLEACH [道具]:基本支給品、仙豆×1@ドラゴンボールZ [思考・状況]基本方針:今は様子見。 0:ゼオンの言葉に従い二人の参加者を殺す…又は誰かに助けを乞う。 1:シュライバーから逃げる。可能なら悟飯を利用し潰し合わせる。 2:ドラゴンボールに興味。悟飯の世界に居る、悟空やヤムチャといった強者は生還後も利用できるかも。 3:メリュジーヌは絶対に手に入れて、足元に跪かせる。叶わないなら殺す。 4:ガムテからも逃げる。 5:キウルの不死の化け物の話に嫌悪感。 6:俊國(無惨)が海馬コーポレーションを調べて生きて再会できたならラッキーね。 7:どんな方法でもわたしが願いを叶えて───。 [備考] ※少なくともマリィルート以外からの参戦です。 ※創造は一度の使用で、12時間使用不可。停止能力も一定以上の力で、ゴリ押されると突破されます。 形成は連発可能ですが物理攻撃でも、拷問器具は破壊可能となっています。 ※悟飯からセル編時点でのZ戦士の話を聞いています。 ※ルサルカの魔眼も制限されており、かなり曖昧にしか働きません。 ※情報交換の中で、シュライバーの事は一切話していません。 ※ブック・オブ・オブ・ジ・エンドの記憶干渉とルサルカ自身の自壊衝動の相互作用により、ブック・オブ・ジ・エンドを使った相手に対する記憶汚染と、強い執着が現れます。 ※ブック・オブ・ジ・エンドの効果はブック・オブ・ジ・エンドを手放せば、斬られた対象と同じく数分間で解除されます。 【さとりヘルメット@ドラえもん】 絶望王に支給。 頭に被れば三十メートル以内にいる人間の心の声を聞く事ができる。 ただし乃亜の調整を受けており、心を聞く事ができる対象は一人だけ。 また対象が三十メートル以上距離を取るか、使用開始から一定時間経過で使用不能となる。 一度使用すれば六時間は連続不能。 【畑のレストラン@ドラえもん】 右天に支給。 食料品生産系のひみつ道具で、地面に植えると桜島大根のような巨大な大根になり。 大根の中にはそれぞれの食べ物が最適な状態で完成している。 付属の栄養剤を使用すれば、一時間から二時間程で食べられるまで成長する。 また、大根自体も結構美味しい。 109 束の間の休息 投下順に読む 111 竜虎相討つ! 103 割り切れないのなら、括弧で括って俺を足せ 時系列順に読む 104 僕は真ん中 どっち向けばいい? 081 悪鬼羅刹も手を叩く ゼオン・ベル 114 死嵐注意報 ジャック・ザ・リッパー 089 その涙の理由を変える者 輝村照(ガムテ) 079 空と君のあいだには ルサルカ・シュヴェーゲリン 000 [[]]
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心正しき日本人の団体。良心の政党である公明党の支持母体でもある。主に2ちゃんねるやニコニコ動画、YouTube等のネット上で創価学会に難クセつけている右翼どもは歴史歪曲団体で政府にカルト指定されてる「つくる会」の狂信者である。
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◇◆◇◆◇ 心の在り処 ◇◆◇◆◇ この世界は、分からないことだらけだ。 なぜ、宇宙が存在するのか。なぜ、惑星が存在するのか。 そして、なぜ、生命が存在するのか。 私に未来予知の能力は無い。 だが、これだけは分かる。 この実験は、この世界の“何か”を掴むきっかけになりえる、と。 私の直感が、そう、告げている。 ▼ あらすじ Kh歴1300年台初頭、グロース大陸を中心に特殊能力を持つ人間が現れ始めた。 1330年の帝国研究所による発表では、大陸にはおよそ1000人の特殊能力者が居るとしている。 それに対し、大陸全土の人口はおよそ150万人。 これは、世界にごくわずかしか存在しない特殊能力者達の軌跡を描いた物語である。 ▼ 目次 Ⅰ.歯車編用語解説【先導人】 登場人物レジェール・グラン ヴァルム レヴォルテ・ルント ヴァーンズ・リーブル ゼルトゥーザ ヘーニル シャルフ Ⅰ.歯車編 用語解説 【先導人】 今回のようなヒェイン~トリル山岳横断ルートなど、危険を伴う場所を通るには、“先導者”という資格を持った人間と共に通る必要がある。 この資格を得るには、国家試験に受かる必要がある。 たいていの先導者は、馬車・客車・荷車を用いて一定期間ごとに街を往復する“先導人”という職業に就く。グランも、その先導人の一人である。 登場人物 レジェール・グラン ヒェイン~トリル山岳横断ルートを専門とする、先導人。歳は20代前半。 ヴァルム 商人。 レヴォルテ・ルント 帝国直轄の騎士団員。現在はトリル支部の所属だ。 帝国主催の剣技大会では、ベスト8入りを果たしているほどの剣豪。 ヴァーンズ・リーブル 10歳前後の少女。 祖父母に会うため、トリルへ一人で旅をしている。 ゼルトゥーザ 初老。とある研究所で動物に関する研究をしているらしい。 ヘーニル 40代後半。とある会社の支店長をしている。 シャルフ 30代後半。ヘーニルの秘書をしている。 ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇
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「じゃあ俺もう寝るから。」 節穴がそういうと、天使は頷きわずかな沈黙のあと通話が終了した。 節穴はいつもこの瞬間に世界中のすべての重力が自分の元にのしかかる感覚を覚える。心地よかった。 節穴は満たされたような、そうでないような、何とも言い難い不思議な気持ちのまま眠りに落ちた。 心の苦しみ 失恋があった。 とても苦しかった。 とても辛かった。 すべてがどうでもよかった。 そう思えばもっと楽になれるはずだった。 でも楽になれなかった。 だから人と話した。 だから人と触れ合った。 そうやってごまかした。 そうやって自分の気持ちをごまかした。 そうやって自分の苦しみをごまかした。 いつの間にか笑えるようになっていた。 いつの間にか冗談も言えるようになっていた。 いつの間にか、その相手が特定の一人になっていた。 それが天使だった。 彼女と話しているとすべてから開放された気になった。 もっと彼女と話して、彼女のことをよく知りたかった。 だからたくさんの人に相談した。いろんな意見を聞いた。 (彼女に触れて童貞を捨てたい) 夢の中でそう思ったのか、実際にそう呟いたのか、節穴には判断がつかなかった。 しかしどちらにしろ目が覚めた事は事実で、いつもの現実が目の前に広がったのがこの瞬間だった。 そしていつものように節穴は仕事へ行く。 季節はすでに夏が始まろうとしていた。 ANGEL ATTACKへ
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第42話 ブリミルの秘宝の秘密 バリヤー怪獣 ガギⅡ 登場! ハルケギニアは今、聖戦という巨大な嵐に巻き込まれようとしていた。 教皇ヴィットーリオの放った勅令によって、ハルケギニアのすべての国家に対エルフの挙兵が命じられ、史上空前の規模の戦争が巻き起ころうとしているのだ。 ”世界を覆う暗雲を作り出したのはエルフの仕業である。今こそハルケギニアの民は力を合わせてエルフを討つべし!” 教皇が見せたという天使の奇跡とともに、ハルケギニアの津々浦々にまで聖戦参加の激が届くのに時間は必要としなかった。 神に忠誠を示すための義勇兵として集まる人々や、功を狙った貴族や傭兵は即座にロマリアに従うことを高らかに叫び、ロマリアには膨大な数の兵力が集まりつつある。 むろん、エルフにはかつて人間は一度も勝利したことはなく、その圧倒的な実力を恐れる者も多かった。だがロマリアは神の祝福を受けた教皇の魔法はエルフの先住を上回ると高らかに宣伝し、同時に聖戦に非協力的な者は異端の疑いがあるとして、飴と鞭を使い分けて人々を意のままにさせていったのだ。 その巨大な流れはハルケギニアにとどまらず、噂に流れてサハラにも伝わっていた。 ネフテスの評議会では人間世界での大きな動きに、エルフの議員たちがどう対応するかの会議が開かれていたが、うろたえる議員たちに対してテュリューク統領は不思議なくらい悠然としていた。 「まあ諸君、そう金切り声をあげて議論しなくてもよかろう。もう少し落ち着いてみてはどうかね?」 「統領閣下、なにをのんきなことをおっしゃっているのですか。蛮人どもが我々に濡れ衣を着せて攻めてこようとしているのですぞ? 我々の兵力の再編がまだ中途半端な今、これは大変な事態ではありませんか!」 しかしテュリュークは気にした様子もなく、むしろできの悪い生徒に教え諭す教師のように言った。 「戦争になってしまえばその時点で終わりじゃよ。我々が勝つにせよ彼らが勝つにせよ、双方被害は甚大というものでは済むまい。そうなれば必ず第三勢力が漁夫の利を狙って割り込んでくるじゃろう。戦争の勝ち負けなど関係なく、それで世界は終わりじゃ」 議員たちは言い返しようもなかった。第三勢力がなにを指しているかということは今さら説明されるまでもない。戦争が始まれば、確実にテュリュークの言ったとおりになってしまうだろう。 「では議長、我々はこのまま手をこまねいて待っていろというのですか?」 「そうは言っておらん。しかし、我々から動くのはまだ早いということじゃ。しばらくは情報を集め、様子をうかがっておこうではないか。わしはすでにビダーシャル君に頼んで蛮人世界の動静を探ってもらっておる。どうやら蛮人たちの中にも、戦に反対の者がまだ数多くおるようじゃ。今は、彼らの行動力に期待してみたいとわしは思う」 「もしも、その蛮人の反対派が敗れた場合はどうするのですか?」 「説明しないとわからぬかね? だが、わしは賭けてみるだけの価値はあると信じておる。彼らの勇士はほんの少し前に、このアディールに乗り込み、我らエルフの心を動かすという大事を成し遂げた。その手腕にもう一度期待してみようではないか」 「ううむ……ですが、危険すぎる賭けではないでしょうか」 「当然じゃ、だが我々には効果的に蛮人世界に干渉する術がないのも事実じゃ。とはいえわしは、これがむしろいい機会ではないかとも思っておる。蛮人、いや人間たちが我々と対等な生き物であるか、それとも進んで自滅したがる愚かな動物であるのか、この騒乱を収められるか否かで本当にはっきりするじゃろうて」 そう言うとテュリュークは、乾いた喉を潤すためにテーブルの上に置かれていた茶をぐいっとすすった。その味は悪くなかったが、時間が経ちすぎていたために議員たちの心情を映したように生ぬるかった。 聖戦を起こそうなどというだけの兵力が、一朝一夕で整えられるわけがない。実際に奴らがサハラに侵攻してくるにはまだ数ヶ月の準備期間がいるはずだ。それだけ時間があるとも言えるが、一方的にこちらを敵とみなしてくる以上は話し合いが通用する相手とは思えないし、たとえば今から教皇を暗殺したりなどをやってみても火に油を注ぐようなものだ。かといって降伏などということができるわけもない。 会議はそのまま特に目立った成果もないままに閉会し、しばらく様子を見るという、なんの変化もないことをネフテスは続投しただけだった。 だが今はそれでいい。今下手に動けば、かえって聖戦推進の人間たちを刺激することになる。 「まったくわしも、大変なときに統領なんぞになってしまったものじゃわい。じゃが、もしも人間たちがこの難局を乗り越えることができたら、幾千年繰り返された彼らと我々との争いも終わりにすることができるやもしれん。やってみせい、小僧っ子ども、これから先の時代を作るのはわしらじゃのうてお前たちじゃからの」 はるか西の空を望んでテュリュークはつぶやいた。時代は入れ変わらなければいけない。古い世代から新しい世代へ、そして新しい世代が新しい時代を切り開くには試練を乗り越える必要がある。 若者が大人に成長して時代を切り開くか、それとも未熟な若者から脱皮できずに時代に押しつぶされて終わるか、歴史の女神は非情にジャッジを下すだけだ。 こうしているあいだにも、ビダーシャルは国境沿いのエウメネスという街を拠点にしてハルケギニアの情報を集めてくれている。 人間とエルフは完全に断絶されてきたというわけではなく、一部では交流が続けられてきた。商人の噂は、軍隊の伝達よりも時に速くて信頼性がある。ハルケギニアで何かあった場合には、ここが有力な情報源になるのだ。 商人の口を通じて、ハルケギニアの各国が武装を増強し続け、武器商人たちが需要に追いつけなくなっているという話が日々大きくなっていくのをビダーシャルは苦い面持ちで聞いていた。このままでは、このエウメネスまでもが戦火に巻き込まれてしまう日も遠くないことだろう。 だがそんなある日、変わりばえのしなかった情勢が大きく動いたことを知らせる情報が飛び込んできた。 「戦争だあ戦争だあ! 大変だあ! トリステインとアルビオンがロマリアとガリアを相手に戦争おっぱじめやがったぞお!」 話が入ってくると、ビダーシャルは即座に複数の人脈を通して話の裏を取り、信憑性の高い情報を纏め上げた。間違いなく、ハルケギニアの内部で激変が起きたらしい。しかも、自分たちにとって恐らくは追い風になるであろうことが。 「このとおりならば、聖戦とやらの計画も根底から見直さねばならぬだろうな。いや、教皇が真に悪魔的な存在であるならば、ようやくこれで対等な立場に持ち込めただけかもしれん。ともあれ、これを人間たちの『物語』で表すのならば『劇的な変化』というところか。思えば、直前にファーティマを送り込めたのも、大いなる意志の導きやもしれん」 人間たちが運命と呼ぶものがあるとすれば、それはなんと巧妙に作られているのかとビダーシャルは思った。 サハラを滅亡に導こうとする危機が目の前に迫っているというのに、自分たちができることは実質なにもない。あるとすれば、ハルケギニアに行っているファーティマやルクシャナたちの活躍に賭けるだけだ。 「大いなる意志よ、我が姪と友人たちに良き巡り合わせを与えたまえ、彼女らを守りたまえ」 西の空のかなたにいるであろうルクシャナたちの活躍と無事を願ってビダーシャルは祈った。 エルフが見守る中で、聖戦という最悪の運命の分岐点に立つハルケギニア。その内部では、まさに激動に言うにふさわしい騒乱が始まろうとしていた。 事の起こりはビダーシャルの知る数日前、トリスタニアで行われた女王アンリエッタの演説から幕を開ける。 「我が親愛なるトリステイン国民の皆さん、本日は皆さんに大切なお話があります。貴族、平民、老若男女問わずにすべての方々に聞いてもらうために、わたしはこうして場を設けました。わたしの声は魔法器具を通して、トリステイン全土の街や村にも同時に届けられています。どうか少しの間、わたしの声に耳を傾けてくださいませ」 嘘偽りなく、トリステイン全土に広がるアンリエッタの声。ラグドリアン湖から引き上げられた艦艇に取り付けられていたスピーカーを参考に作られた王立魔法アカデミーの努力の結晶は、まだ実験段階ではあるが十分にその性能を発揮してくれていた。 ただし、無線ができるほど便利にはまだできていないため、国の全土にケーブルを引くためにアカデミーと魔法騎士隊がこの三日ほど不眠不休で働いた。それだけのことをするほどに、これから始まる演説には価値があるということだろう。 「皆さん、今現在の世界を包む危機的状況は周知のことでしょう。そしてそれに対して、ロマリアの教皇聖下がエルフに対しての聖戦の参加を呼びかけていることも、知らない人はいまやいないと存じます。今日は、我がトリステインの聖戦に対する意思を、全国民に表明しようと思います」 やはりそれか、とうとう来たか、と国民の誰もが思った。 トリステインはこれまで、聖戦に対する意思を明確に表明せずにあいまいにしてきた。国外から入ってくる噂や新聞記事などでは、ゲルマニアで有力貴族が結集し始めたとか、ガリアで大衆を相手に志願兵を集めだしたなど、ぶっそうな話が次々に聞こえてきていたために、遠からずトリステインでも軍を大きく動かすだろうと皆が予想してきたのだが、とうとう来たのか。 ごくりとつばを飲み込む人間が、このときトリステイン中で星の数ほどいただろう。しかし喜ばしく考えている者はそうは多くない。戦争というものが、どれほどの負担を大衆にもたらすのかは、ハルケギニアの人間には身近な問題なのだ。 確かに世界の脅威は取り除かねばならない。自分の家族や恋人のためなら聖戦も辞さずと考えている正義感の強い者も多いが、犠牲なしで済ませることはできない。もしそんなことができるなら聖戦は教皇ひとりで十分だろう。 だがそれでも、女王が参戦の宣言をすれば、数多くの人間が聖戦に参加するだろう。空を不気味な虫の黒雲が包んで何ヶ月も晴れないという明確な危機感、ロマリアの教皇が奇跡を見せて元凶はエルフだと示したことによる敵愾心は、トリステインの一般市民にもそれほど強く根付いていた。 だが、トリステイン国民たちの予想は、女王の想像を絶する宣言によって打ち砕かれた。 「わたし、トリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインは、その名において宣言します。ロマリア教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下の発した聖戦への”不参加”を! そして今日この日を持って、教皇聖下に対して我がトリステインは宣戦を布告いたします!」 なっ!? と、数百万のトリステイン国民が貴族平民問わずに絶句し耳を疑った。 どういうことだ? 聖戦に不参加? それどころか、教皇に対して宣戦布告? つまりロマリアに、ブリミル教に反抗するということか? なぜ? 人々は混乱する頭で考えたが、納得のいく答えは女王が狂ったというくらいしか思いつかなかった。しかし、アンリエッタの言葉は冷静なままで、魔法の送話装置から続いた。 「驚かれたことと思います。しかし皆さん、わたしは決して乱心したわけでも、ましてブリミル教への信仰を失ったわけでもありません。ですがこれからお話することは、さらに皆さんを驚かすこととなると思います。ですがどうか落ち着いて、最後までわたしの話を聞いてください。はっきりと申し上げます。聖戦を布告したロマリア教皇ヴィットーリオは、人間ではありません! 我々の信仰心を利用し、自作自演の奇跡で騙して聖戦にでっち上げ、エルフと人間の共倒れを狙う異世界からの侵略者です!」 トリステイン全土に、悲鳴にも等しい叫びが轟いたのは言うまでもない。 教皇陛下が人間じゃない? 女王陛下は本当に狂ってしまったのか? いや、しかしそんな。 混乱する人々に対して、アンリエッタの言葉は続く。 「驚かれていることでしょう。わたしも最初は信じたくはありませんでした。ですが、考えてみてください。このハルケギニアを、ヤプールのような侵略者が我が物としようとするならば、誰を抑えるのが一番都合がよいのかと? そして、教皇が侵略者の手先であるという確かな証拠をお目にかけましょう。どうか、空を見上げてください」 人々は言われるがままに空を見上げ、屋内にいた者も一様に外に飛び出るか窓を開いた。 もう人々の関心はただ一点に集中していた。すなわち、ハルケギニアの民にとって絶対である教皇と、敬愛する女王のどちらが正しいのかと? それは自らの運命にも直結する。証拠を見せてくれるというのであれば、見ないわけにはいかない。 国民の関心を一身に集めたアンリエッタは、街を見下ろす王宮のバルコニーで今、トリスタニアの民の前に身をさらしていた。 「女王陛下! 女王陛下! 女王陛下! 女王陛下!」 アンリエッタの視界を、数え切れないほどの民衆が蟻の群れのように埋めている。トリスタニアの道という道には人があふれ、屋根にも多くの人が上っているのが見える。トリステインの人口からすれば氷山の一角に過ぎないはずだというのに、アンリエッタはまるで全世界の中心に自分が放り込まれてしまったかのような錯覚を覚えた。 ”お母様、ウェールズ様、どうかわたしに勇気をくださいませ” 表情には毅然とした気高さを見せながらも、内心では押しつぶされそうなプレッシャーとの戦いが続いている。いくら彼女が若くしての名君と世間ではたたえられていても、心のうちはまだまだ未熟さを残す十代の少女なのだ。 できるならば逃げ出したい。しかし、逃げるわけにはいかない。後ろでは、マザリーニ枢機卿や大臣らが緊張した面持ちで見守っているし、見えない場所でもカリーヌやアニエスらが万一の暗殺や妨害を未然に防ぐために張り込んでくれている。失敗したとしても二度目はないのだ。 民もまた、女王陛下の言葉を一言も聞き逃すまいと緊張して待っている。ただの戦争の話であれば、裏路地の浮浪者などは我関せずと昼寝でもしているだろうが、今回は事と次第によってはトリステインという国が文字通り消し飛ぶかもしれないという大事態だ、影響を受けない者などいるわけもなく、日ごろはふてぶてしい態度をとっている裏路地の武器屋の親父も落ち着かない様子で空を見上げ、荒くれの集まるチクトンネ街でも魅惑の妖精亭の全員が外に出て王宮の方角を望んでいた。 「お父さん……」 「大丈夫よ、ジェシカちゃん。私たちは女王陛下を信じる、それを忘れちゃいけないわ」 不安げな少女たちには、スカロンの厚化粧でたらこ唇な顔がなぜか頼もしげに見えた。なお、ドルチェンコ、ウドチェンコ、カマチェンコの三人は先日実験で屋根裏部屋を吹き飛ばしてしまったために店中の掃除をずっとやらされているが、まあこいつらは例外であろう。 誰もが、アンリエッタの言葉を今や遅しと待ち構えている。そしてアンリエッタは、従者に持たせてきた宝箱から奇妙な形の首飾りを出して高く掲げた。そう、才人が六千年前からミーニンに託して送ってきた、あの首飾りである。 「皆さん、この世には始祖ブリミルの残した四つの秘宝があることをご存知でしょうか。偉大なる始祖ブリミルは、その血を引き継ぐ我ら子孫のために自らの魔法の力を封じた秘宝を残しておいてくれたのです。我がトリステインには始祖の祈祷書が伝わっていることは知ってのことと思います。本来ならば、四つの秘宝を持つ四人の選ばれし始祖の子孫が世界の危機を救うはずでした。しかし、アルビオンは内戦で荒れ果てて秘宝すら行方知れずとなり、ガリアにはあの邪悪なジョゼフ王がのさばっています。残念ながら、始祖の秘宝が揃う望みはありません。教皇は、そこにつけこんだのでしょう。ですが、秘宝には実は五つ目があったのです。懸命なる始祖ブリミルは、世界に危機が訪れることがあったとき、万一に四人の子孫と四つの秘宝が揃わないことがあった場合のためを考えて、切り札を残してくれたのです。この始祖の首飾りがそれです! そしてこの秘宝に秘められた力と、始祖ブリミルの本当の意思を見てください」 アンリエッタはそう言うと、始祖の首飾りを高く投げ上げた。するとどうか、首飾りはひとりでにぐんぐんと空へと昇っていくではないか。 光りながら上昇していく首飾りを、トリスタニアの人々はあっけにとられて見上げ続けた。 そして、首飾りが不気味にうごめく虫の雲に到達したとき、奇跡が起きた。 「おおっ、そ、空が!」 首飾りが暗雲に触れた瞬間、まばゆい閃光が走り、空が晴れた。例えるなら、まるで油を張った水面に洗剤を一滴垂らしたときのような鮮やかさで、首飾りに触れたところから円形に暗雲が消滅していき、そこから青空が、太陽が輝きだしたのだ。 「おお、太陽だ! 太陽だ! お日様だ!」 今までどんなことをしても晴らすことのできなかった虫の雲が、始祖の首飾りから放たれる光にかき消されていく光景は見る間に広がり、トリスタニアからラグドリアン、魔法学院、ラ・ロシェールまですべてを含み、トリステインは懐かしの陽光に照らし出された。 人々は歓喜に震え、森は緑に輝き、動物たちは駆け、魚は水面に飛び跳ねて、久しぶりの生命の源泉をその身いっぱいに浴びる。 これは、これは奇跡か。女王陛下は、始祖の秘宝は奇跡を見せてくれているのかと、半信半疑だった人々は、アンリエッタの言葉を信じようと思えてきた。 そのときである。空を見上げる人々の耳に、ゆっくりとした若い男の声が聞こえてきたのは。 『皆さん、未来の皆さん。僕の声が聞こえていますか? 僕の名はブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリールという者です』 え? 人々は自分の耳を疑った。今の声は、どこから? 空から? いやそれより、今の声が名乗った名前はまさか! 動揺する人々の耳に、空からの声は子供に語りかけるようにゆっくりと穏やかな声色で続く。 『未来の、僕がハルケギニアと名づけた土地に住む、僕らの子孫の皆さん。君たちからして過去の時代から、このメッセージを君たちに送ります』 過去の時代から!? ということは、やはり声の主は……始祖ブリミル! ハルケギニアの民にとって最大の聖人の言葉に、人々のあいだに緊張が走る。本当に始祖ブリミルなのか! そんなまさか……いや、聞いてみればわかる。 『僕らの血を次ぐ子孫の皆さん、残念ながら、この秘宝の封印が解かれ、このメッセージをあなたがたが聞いているということは、世界に未曾有の危機が訪れたことを意味するのでしょう。僕らの時代でも、世界は滅亡の危機に陥りました。僕は、君たち子孫にそんな辛い思いをさせたくはなく、僕の力の一端を封じたアイテムを後世のためにいくつか残すことにしました。この秘宝に封じた魔法はふたつ……そのうちのひとつ、記録(リコード)の力で皆さんに僕の声を届けています。そして、見てください』 空に、まるで天地を逆さまにしたように別の風景が蜃気楼のように映し出された。それは、荒れた空と荒廃した大地がどこまでも続き、廃墟と化した街々が連なるばかりの、滅亡した世界。その地獄のような光景に、人々は戦慄した。 『これが、僕らの生きている時代の世界です。今や、数百万を誇った世界の人口は、僕の仲間たちの百人ばかりを除けばほとんど残っていないでしょう。僕は、この世界を復興するために旅をしているのです』 完全に滅亡した世界の、あまりに凄惨な光景は、人々に今のハルケギニアの将来を想像させた。だがこれはハルケギニアの過去の姿だという。この光景を見ていたブリミル教の神父らの中には、これこそトリックなのではと疑いを持つ者も数多くいたが、そういえば始祖ブリミルがハルケギニアの基礎を築いたということはブリミル教の基本であっても、具体的に始祖ブリミルが何をやったのかということは、教義があいまいで彼らさえ知らなかった。第一、空に過去の風景を映し出す魔法など、始祖の虚無の系統でもなければありえない。 やはりこれは、始祖ブリミルの生前の肉声なのか……人々はごくりとつばを飲み込む。そして、始祖ブリミルの残したもうひとつの魔法とは。 『そして、この秘宝に込めたもうひとつの魔法の名は分解といいます。これは万物を形作る最小の粒に働きかけ、そのつながりを忘れさせてしまうのです。すなわち、この魔法を受けたものは、いかに頑丈であろうとも関係なく消滅してしまうのです。使いようによっては、非常に大きな力となってくれることでしょう』 始祖の声による説明に、平民はただ感心し、貴族たちはなんと恐ろしい魔法があったものかと戦慄した。 あらゆるものを、その強度を無視して消滅させる。そんなことができるのならば、まさに無敵ではないか。 しかし、ブリミルの声は人々に釘を刺すように重々しく響いた。 『ただし、心しておいてください。この秘宝に込められた力は無限ではありません。なによりも、僕はこの命のあるうちに可能な限りの遺産を君たちに残したいと思っているけれども、それを生かすも殺すも君たち次第だということを。遺産を平和のために用いるもよし、一時だけの儚い夢に費やすもよし、僕は君たちに道を示すことはできるけれども支配者ではない。どんな姿のハルケギニアを作っていくかは、子孫の君たち一人一人の選択と努力にかかっているんです』 ブリミルの口調は穏やかだが、中には断固としたものが込められていて、人々に重責を感じさせた。 『僕が名づけたハルケギニアで、どんな未来がつづられていくかは僕にもわかりません。なぜなら、未来は人間の自由な選択によって作られていくからです。そこに決まった未来なんてない。あなた方すべての小さな選択の積み重ねによって、未来はいくらでも形を変えていきます。僕らだってそうです……僕は、虚無の系統という大きな力を持って生まれてきましたが、僕は誰かに言われたわけではなく、ただ苦しんでいる人を少しでも救えればと思い、旅をしています。君たちの身に降りかかっている危機がどれほどのものであろうとも、まずは皆さんの誰もが心の中に持っている、小さな良心の訴えを聞いてから道を決めてください』 迷ったときの道しるべは、自分の心の中に用意されているものだとブリミルの声は言っていた。 『そして最後にひとつ、僕はこの時代のハルケギニアを、この命の続く限り立て直していこうと誓っていますが、人の人生は短く、君たちの世代までに問題を残してしまうかもしれない。だから、身勝手だけれど君たちにお願いします。僕が初めてこの地を訪れた頃は、この地は平和で、豊かで、誰もが幸福に暮らす素晴らしい世界でした。ですが、この時代の人間たちは、その幸せの大切さを当たり前に思いすぎ、守る努力を怠った結果、この世界はヴァリヤーグという強大な侵略者の手の中に落ちてしまいました』 ヴァリヤーグ……この時代のヤプールのような侵略者が、始祖の時代にもいたというのかと人々は思った。 『僕は残りの生涯の中で、なんとしてでもヴァリヤーグだけは倒します……だからお願いします。僕らの世代で起きた過ちを、未来で決して繰り返してはいけない。平和や幸せは、待っていれば来るものではなく、誰かに与えてもらうものでもない。この世界に生きるものすべてが苦しみながら手に入れるべきものなのです。そう、この世界は多くの人が苦しみながら生きている。最大の敵は常に自分自身……君たちがどんな敵を相手にしているにせよ、自分が苦しんでいるのと同じように誰かが苦しんでいることを忘れないでください。そうすればきっと、あなたは誰かに優しくなれる……僕だって、ひとりで戦っているわけじゃない。長い耳を持つ人、翼持つ人、ほかにも様々な人に支えられて生きています。いつかヴァリヤーグとの戦いが終われば、彼らの子供たちが皆さんにつながっていくのでしょう。そうして未来の世界で、僕らの子孫たちが互いに助け合って平和に生きる時代を作り、守ってください……それが僕の変わらぬ願いです』 ブリミルの言葉はそれで終わり、空からは幻影が消えて元に戻った。 人々は、まるで夢でも見ていたかのように呆けて固まってしまっている。今見たもの聞いたものが真実だったのか違うのか、答えられる者はいなかった。 しかし現実は常に人間の都合などお構いなしで歩を進める。始祖の首飾りの効力で晴れたと思われた空が、またも沸いてきた虫の雲によって覆い隠されていったのである。 「ああっ、空がっ! せっかく晴れたのに」 やっと見れた太陽を再び隠されたショックは大きく、ひざを突いて落胆してしまった者もいた。ようやく、我々の上に光が戻ってきたと思ったのに、また昼なのに闇に閉ざされなくてはいけないのか。 けれども、落ち込む人々を励ますように、再びアンリエッタの声が魔法の通信機材から流れ始めた。 「皆さん、今の光景を忘れないでください。あれこそが、時代を超えて今に届けられた始祖の力とその意思です。残念ですが、始祖の首飾りに秘められた虚無の魔法はあくまで始祖の力のほんの一部。暗雲を生み出す元凶が残っている限り、ハルケギニアに太陽を取り戻すことはまだできません。しかし、皆さんはご覧になったはずです。始祖ブリミルが時代を超えても伝えたかったメッセージを!」 人々ははっとして、たった今見て聞いたばかりの記憶を呼び起こし、アンリエッタの声に耳を傾けた。 「始祖ブリミルは、六千年の昔に、わたしたちよりさらに苦しい戦いを強いられながらも、わたしたちにこのハルケギニアという世界を残してくださったのです。そればかりか、遠い未来のわたしたちのことを案じて、こうして遺産を残してくださいました。なんという親心でしょう……この秘宝は、先日アルビオン王家の宝物庫の封印から発見されました。同封されていた、秘宝の使い方を記した手紙には、使い方に混じって現代のわたしたちを心配する言葉であふれていました。発見された秘宝は、わたしが今使ったものを含めてふたつ。今頃はアルビオンでも、我が夫であるウェールズ国王陛下が同じように秘宝の力を示していることでしょう」 そのとおり、アルビオンでもアンリエッタの言ったとおりに、ウェールズによって同じことが行われていた。 人々の反応もおおむね同じで、トリステインとアルビオンを合わせて数千万の人口がふたりの王族によって見せられた奇跡を目の当たりにして心を奪われていた。 これこそまさに奇跡、神の力だ……始祖ブリミルは、やはり偉大な聖者だったのだ。そしてトリスタニアやロンディニウムで直接始祖の首飾りを見た人々の中には、あのハルケギニアでは見たこともない不思議な色彩を放つ首飾り、あれこそ神の御技によって作られた神器だと、心から感動して涙を流していた者もいた。 が、彼らにはすまないことではあるが、始祖の首飾りにはあるとんでもない曰くがあった。 それは、六千年前のアルビオンでブリミルや才人たちがミーニンを封印する前のこと。才人は未来に当てて手紙を出すのはいいとしても、せっかくこの時代から贈り物ができるのだから、何かほかに役に立てるものがないかと考えた。そこでブリミルが才人に、僕が将来ハルケギニアで偉人扱いされているのならば、僕の魔法を込めた品を贈れば役に立つのではないかと提案したのだ。 「なるほど、そりゃあ名案ですね。あ、でも貴重な魔法の力をこんなことのために浪費させてしまったら」 「なあに、最近は温存できていたし、このオアシスでたっぷり休めたおかげで魔力は十分さ。仲間のために役立てなくて、なんの魔法だい? 遠慮なんかしなくていいよ、万一なにか起きてもサーシャも万全だし、なあ」 「はぁ、まったくあなたはほんとに楽天家でお人よしなんだから。まあいいわ、ただしせっかくやるならそれなりのものを残さないと未来に恥をかかせることになるわよ。なにかなかったかしら? と、言っても私たちの持ってるのはほとんどガラクタばかりだしねえ」 サーシャの言ったとおり、放浪の旅をしているブリミルたちには見栄えのいいものはなにもなかった。生きるために必要のないものは極力持たず、必要最低限の物資しかないのでは、いくらブリミルの魔法を込めても少々みっともない。 これは困ったな。才人はなにか適当なものはないかとパーカーのポケットの中を探ってみた。すると、しばらく触っていなかった内ポケットの中に手ごたえがあったので引き出してみたところ、ブリミルたちの目が丸くなった。 「おやこれは。ずいぶんと鮮やかな色の紐だねえ」 「こいつは……ああ思い出した! 俺のケータイにつけようと思ってた首掛けストラップだ。秋葉原でパソコンの修理のついでに買って、そのまま入れっぱなしにしてたんだった……ん? ブリミルさん?」 ここまで来たらおわかりであろう。ポリエステル製で鮮やかな色をしたネックストラップならば『現代』のハルケギニアでもありえない素材であり、わかりやすく派手なので適当だと即決されたのである。 そうなると後はブリミルもサーシャも切り替えが早かった。ネックストラップの色彩はそのまま目立つようにして、本来ならば携帯電話を下げるところにサーシャがありものの素材で『それっぽい』飾りを作って、ブリミルが魔法を込めることで、始祖の首飾りと銘打たれたマジックアイテムは完成したのである。 ちなみに製作時間は七十五分で、材料の値段は二本入りパック百五十円(税別)である。 「うーん、これはいい出来だ。僕が作った中では最高の出来じゃないかな。サーシャ、君はどう思う?」 「そりゃいい出来に決まってるじゃない。なんたってこの私がデザインしたのよ。サイトもほら、もーっと褒めてもいいのよ」 「は、はは、そうですね……なんだろう、この胸のチクチクする感じは」 未来を救う必殺のアイテムが完成したはずなのに、ぜんぜんありがたみというものを感じられなかった。ブリミル教徒であれば、たいへんに光栄な場面に居合わせられたのだろうけれど、才人の口からは乾いた笑いしか出てこない。 なんかこう、こういうものを作るときには特別な儀式とか、アイテムを秘境にゲットしに行くイベントとかがあってもよかったんじゃないか? いや、前に水の精霊の涙をもらいに行ったときの苦労を思えば、簡単にいくならそのほうがいいってわかっちゃいるんだけど、なんかこう……あるじゃんか。 魔法の力を秘めたアイテムというものは、おおかたのアニメやらゲームやらで特別な存在であるもんだろと才人は思う。それをこうもたやすく作るあたり、ブリミルはすごいメイジであるんだろうけれど、なんか納得いかない。 が、ブリミルとサーシャは才人の憂鬱などどこ吹く風で、始祖の首飾りが思ったよりうまく出来上がったことで気をよくしてとんでもないことを言い出した。 「ううむ、あまり試したことはなかったけど、僕ってマジックアイテム作りの才能があるのかもしれないな。よーし、こうなったら他にもいろいろ作ってみようかな。そうだ! 僕の魔法を記した本に、必要なときに大事なことだけ読める魔法をかけておけばなんかすっごく便利じゃないかな。名づけて始祖の祈祷書、なんちゃって」 「あんたの魔法を記した書って、あれあんたのばっちい日記帳じゃない。そんなのなら、子供たちのオルゴールに魔法をかけて鳴るようにしてよ」 「えーっ、そういうのはどっちかというと君の魔法のほうだろ。やっぱりこういうアイテムは趣がなくちゃいけないよ。そうだ、この城に鏡と香炉があったけど、それならどうかな」 「それって粗大ゴミ置き場に捨てられてたやつじゃないの。そういうのは趣じゃなくてただのボロって言うのよ。そんなものよりさぁ……」 と、ふたりはかんかんがくがく楽しそうにオリジナルの魔法アイテムの作成について話し合っていた。それを見て才人は「子孫の皆さん、本当にすみません」と、良心の呵責に涙さえ流していたという。 始祖の秘宝の誕生の秘密に触れているというのに、ぜんぜんワクワクもドキドキもしない。というか、こんなひどい光景を見たことがない。いわしの頭も信心という言葉もあるにはあるが……伝説の正体なんてこんなものかもしれないなあと、才人はぼんやりと思うのであった。 ただ、それでも才人はブリミルたちを悪くは思えなかった。 ”まっ、いいか。秘宝の正体なんて、未来じゃどうでもいいことだし。それに、ブリミルさん……首飾りが届くかわからないのに、未来に向けたメッセージは本気で考えてくれたもんな” ブリミルの仲間を思う気持ちは本物だと、才人は首飾りに記録の魔法でメッセージを残していたときの彼の真剣な表情を思い出していた。 思いが本物であれば、その見てくれなんかは些細な問題でしかない。たとえそれが、原価百五十円(税別)であったとしてもだ。 頭の中を切り替えた才人は、その後ミーニンを送り出した後に、再びブリミルたちと旅立つことになる。ハルケギニアの、まだまだ解き明かせない謎を探すために。 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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ミキ・ヒロモリ 15歳(女性) オラシオンブリッジではサブオペレーターを務める。 破綻者揃いのブリッジ要員の中ではまともな感覚・性格の持ち主で『オラシオン良心の防波堤』と呼び親しまれている。 基本的にいじられキャラで、想定外の事態に直面するとアワアワとパニックを起こしてうろたえる。 好物は和食
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狂科学者(ドクトル)は組織に仕える科学者である。 良心の歯止めのない悪の科学の粋を尽くし、数多の超兵器マシーンと薬物生成能力により、ヒロインを肉体から改造できる特徴を持った王道(?)のスタイルである。 その主たる任務はヒロイン怪人化改造計画だ。
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真心の説得【まごころのせっとく】 『2』で麻生華澄がバトルの際に使用する奥義。 「だめよ!暴力なんか、ふるったりして!反省しなさい!」という台詞と共に「仁・智・礼・信・義」と書かれた光を放つ球体5個を敵に示す。 すると、敵の頭上に「反省」という吹き出しが出現し、それが表示されている間は攻撃をしてこなくなる。 華澄と旧知の間柄であろう総番長が相手の場合は「かっ、華澄…」と、狼狽えたような台詞を聞く事が出来る。 バイト番長には無効化されるが、彼女(?)は華澄に名前で呼びかけており、ほとんど正体を自ら明かしてしまっている。 不良戦では、華澄の攻撃が非常に強力かつ不良が弱過ぎるのでバトルがすぐに終わってしまい、この奥義が発動される事は少ないと思われる。 教師だけあって、彼女の魔法はどれも最高レベルの物であり、MP(容姿)も安定して高い。 また、戦況に応じて主人公に回復魔法を使ってくれる事もあるなど、連れていると最も頼りになるキャラである事は間違いない。 主人公が強い時でも、総番長戦に一緒に来てもらえば更に楽に戦えるだろう。 しかし、説得というか説教で相手の動きを止めておきながら、 その隙に大きな雷を落としたり、火を放ったり、氷漬けにするのは、教師としては行き過ぎた体罰と言えなくもない。 関連項目 部活・趣味・バトル 麻生 華澄