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・ケパルース ・アウタリオ ・ハルガナ
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携帯端末wassr 人工島に生活するものなら必ず携帯している小型端末機 いわゆるケータイ電話としての機能だけではなく、身分証明書、各種パスカードとしての役割もある。 主な機能通話機能 メール インターネット 身分証明書 公共施設への出入りする際のパス図書館 美術館 交通機関への搭乗パス電車 バス 商業施設での割引クーポン 名称の由来 wassrとは何らかの略称であるといわれている しかしながら、それが何を略しているかは誰も知らない。 SDFメンバーのゆっくが開発設計に関わっている。 しかしながら名称の由来に関しては「興味ないアル」とのこと。 バリエーション wassrのバリエーションには 二つ折り型 スライド型 ストレート型 以上の計三種類がある。 ごく一部、開発・設計者専用モデルとしてqwertyキーボードを備えたモデルもある。 色は全12色 赤 青 黄 緑 ピンク 白 黒 金 グレー 紫 オレンジ ステンレス地 名前 コメント
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http //www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2010061802000084.html 映画『ザ・コーヴ』舞台 和歌山・太地町を歩く 2010年6月18日 朝刊 「ザ・コーヴ」が撮影された現場周辺では、海水浴場の整備工事が行われていた。右奥に行くと『入り江』がある=和歌山県太地町で 紀伊半島の南端近くに位置する和歌山県太地町。「古式捕鯨発祥の地」をうたう人口約三千五百人の小さな町がドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の舞台だ。映画は今、上映中止騒動の渦中にあるが、太地町の人たちはどう感じているのだろうか。現地を歩いてみた。 (石原真樹) 羽田空港から南紀白浜空港まで空路一時間。バスでJR白浜駅に向かい、特急と普通列車を乗り継いで、さらに二時間。雨の太地駅でクジラの壁画が出迎えてくれた。 イルカやクジラを獲り、食べてきた長い歴史を持つ太地町。町のシンボルでもある「町立くじらの博物館」のすぐそば、湾から奥まった場所に、劇中、イルカの血で赤く染まった“現場”の入り江はある。しかし、そこにつながる山道には柵が設けられ、英語と日本語で「立ち入り禁止」と書いた張り紙が。勝手に入るわけにもいかず、近くの高台からのぞけるかと試みたが、木が生い茂って見えなかった。 「くじらの博物館」には古式捕鯨のジオラマや漁で使った銛(もり)、銃が展示されていた。平日のためか客はまばら。ショーが行われているプールでは、イルカたちが元気にジャンプを披露していた。売店にはクジラやイルカのぬいぐるみ、クジラ肉の大和煮の缶詰など。近くの土産物店にも寄ったが、イルカ漁がシーズンオフのためかイルカ関係の食品は置いていなかった。「イルカやクジラは昔からの生活の糧。(騒動で)お客さんは『大変やねえ』と言ってくれる」と店員の女性。 宿泊した民宿のおかみさんが、ふだんのメニューにはないイルカ料理を振る舞ってくれた。 「映画のことがあってから『イルカを食べたい、食べておばちゃんを励ましたい』って、お客さんが。漁期(9~2月末)やないからあまりないんやけど、乾物屋で冷凍を一キロ見つけたから。あんたにも分けてあげる」 イルカの刺し身はコリコリした食感で、並んで出されたミンククジラの刺し身よりも脂がこってり。おかみさんが「私も食べたいから」と作ってくれたタマネギ、砂糖、しょうゆで煮つめたすき焼き風は、煮くずれもせず、おいしかった。 亡夫がイルカやクジラを捕る漁師だったという。玄関近くには、入り江に追い込まれたイルカの写真が大きく引き伸ばされて飾られていた。「きれいやろ」と誇らしげなおかみさん。 食後、入り江近くの国民宿舎で、三軒一高町長と遭遇した。「映画のことは(町長の立場で)何も答えようない。こないだも何やらの記者が来たから『もっと勉強せえ』と追い返してやったわ」。町長は「ハハハ」と快活に笑い、立ち去った。 ◇ 梅雨の晴れ間がのぞいた翌朝、漁港に向かった。定置網漁を担うのはクジラやイルカ漁とは別の漁師たち。サバやアジのほか、四キロもあるサバ科の魚・ヤイト(スマ)が五十匹も揚がり、「普段は一匹、二匹なのに」とみんな笑顔。 映画の中でルイ・シホヨス監督らは、イルカやクジラの水銀濃度が高いと主張。国立水俣病総合研究センターの調査で、町民の毛髪中の水銀濃度が国内のほかの地域より高かったとの結果も五月に出ている。 「説明会もあったが、百五十人くらいしか集まらなかった」と漁業組合の男性。調査で健康被害は出ていないとされたことを挙げ、「捕鯨が始まった四百年前から食べてたのに誰も病気していないことがわかって、『わしらが安全を証明した』と安心してる。水銀とも海とも共存しとる」ときっぱり語った。 漁港の目の前には漁協のスーパー。太地産クジラの加工品はあったが、ここにもイルカは見当たらなかった。 かつて太平洋を回遊するイルカやクジラの群れを見つけ、船に知らせたという岬に足を運ぶと、散歩中の男性から往時を聞くことができた。 「こっから群れを追い込むのが見えて、そりゃ迫力あったわ。イルカは、東京の人らは知らんかもしれんけど、食べるとうまいんやわ」 報道ファイル
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最終戦争 ↓ 超兵器の使用 ↓ 世界が壊滅状態に ↓ 今ココ 舞台設定 1. 人類を過ちを犯す未熟な存在と考え人工知能による世界の管理を主張する科学者を中心とした集団と、 人類至上主義の宗教を中心とした、自由意志を尊重し科学者らに反発する集団の間で戦争開始 2. 追い詰められた自由意志派が、異世界からもたらされたとされる禁断の兵器を使用。次元の壁が崩壊し、異世界から怪物が現れる。 3. 超兵器の力と、怪物らによる殺戮行為によって人類の大半が死滅。 わずか残った人類の中から超能力に目覚める者が出現。 4. 人工知能が暴走、緊急事態宣言を行い人類管理計画を開始。 超能力者を演算を乱す要素と考え排除に移る。 機械軍団から逃れてきた超能力者たちが自由意志派に合流。
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LIVE FOR YOU (舞台) 15 ・◆・◆・◆・ 「おや?」 閑散とした通路を疾駆する傍ら、手元のレーダーに新たな反応が浮かび上がった。 唯一、仲間と合流できるすべを持ちながら不幸にも未だ誰とも合流できていない、彼女。 銀のポニーテールを尻尾のように振り翳す――銀狐、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナが立ち止まる。 「桂さんに、柚明さん……そしてやよいさんですか。首尾よく合流を果たせたようですね」 メンバーの中でも随一の非戦闘員であるやよいが、桂と柚明の二人と合流できたのはトーニャにとっても僥倖だ。 あの二人がついていれば、滅多なことは起きないだろう。肩の荷が下りた心持に、トーニャは微笑を零す。 「……ええ。これ以上の犠牲は好ましくありませんからね。みなさんの士気にも、影響していなければいいのですが」 が、すぐに表情を辛辣なものに変え、憂いを呼び戻す。 「酷な話ですかね、それも」 敵本拠地に突入してすぐ、散り散りになってしまった仲間たち。 その内の何人かは、先ほど施設全体に響き渡ったある報告によって、多大なる影響を受けたことだろう。 第二十二回目となる、このような状況下でも律儀に進められた、正午を知らせる――放送。 玖我なつき、山辺美希、ファルシータ・フォーセット、以上三名、戦死の報せ。 「私たちにプレッシャーをかけるための虚言……と判断できれば気が楽なんですがね。 システム上、そのような真似は許されないはず。なら、これはもう覆らない事実として、受け止めるしかない」 気持ちの整理をつける意味での、淡々とした独白。 昼夜問わず皆の前ですとろべりっていたなつきも、 寺院で出会った頃から因縁を築いてきたファルも、 お調子ものでムードメーカー的存在だった美希も、 死んだ。帰らぬ人となった。もうお別れなのだった。 だからといって、くよくよ悲しんだり、嘆いたり、ましてや泣いたりなど、今のトーニャたちには許されない。 ここは戦場。そして敵地。明日は我が身を十分に自覚し、四方八方から迫る敵勢に対処しなければならない場。 ありとあらゆる感情を殺し、実直に行動すべきだ――と、トーニャはクールなロシアンスパイとしての自分に言い聞かせる。 「……さて、と。近くにいるというなら合流しない手はないですね。私も向かうとしましょうか」 レーダーに浮かぶ三人の反応は、今の離れつつある。 またもや合流を果たせず、ではいい加減コントだ。 トーニャは疾駆を再開せんと一歩目を踏み出し、 二歩目で踏み止まった。 「……あ」 前方、通路の先の曲がり角から、ひょっこりと顔を出した懐かしい姿。 自身とは対照的な、相変わらずの金髪。決して扇情的とは言えない、幼稚な裸ワイシャツ。 ふさふさとした金色の尻尾を、隠そうともせず無防備に晒すその存在へと――トーニャは行き会った。 ある種、トーニャ最大の標的でもある、彼女に。 (……“狐”はあなたのほうでしたね。そうそう、思い出しましたよ。私は狐ではなく“狸”……そういう配役でした) トーニャの眼前に、終生のライバルたる妖狐が現れた。 ・◆・◆・◆・ すず――それは武部涼一からもらった、人型としての彼女の名前。 愛着はあるし、捨てる気も毛頭ないし、その名で呼ばれることを至福と感じさえする。 だがそれも、彼に限った話。彼以外の大多数にその名で呼ばれると、正直虫唾が走る。 ゆえに、彼女との邂逅の瞬間、眉間に皺が寄るのはある意味必然と言えた。 「あー、すずたんだ~。こんなところでバッタリだなんて、運命的! トーちん嬉しくて泣けちゃいそう!」 通路上で偶然対面した、彼女――トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナは、裏声全開でそんなふざけた挨拶を放る。 すずは遠慮のないしかめっ面をトーニャに浴びせ、一言。 「気色わるっ……」 本心からの不快感を告げた。 「む。練りに練った再会の挨拶をそのような形で一蹴するとは、さすがはフォックスビッチといったところですね」 「…………」 「なんですか、その、私なんかとは口も利きたくないと言わんばかりの表情は。実にすずさんらしい。最高にして最低です」 減らず口を、と罵る気すら起きない。 戦場のど真ん中で、敵同士が遭遇した。だというのに、双方に殺気はない。 あるはただ、嫌悪と侮蔑を込めた眼差し、友愛と親和性を秘めたポーズ、不合致な組み合わせだけ。 「で、こんな場所でいったいなにを? まさか人材不足のため、あなたも戦闘員として借り出されたんですか?」 「――“黙れ”」 語る言葉は、力となる。 妖狐のみが持ち得る絶対服従の力――『言霊』。 逆らうことは不可能な命令として、すずはトーニャに“黙れ”と告げる。 「無駄ですよ。あなたも学習しませんねぇ。私が耳につけているこのインカム、わかりませんか? 対策は万全です」 しかしその言霊も、耳に直接届かなければ効果は適用されない。 初邂逅のときと同じく、トーニャの耳にはおかしな機械が装着されていた。 そのせいで、こんな初歩的な言霊も憑かせることができない。すずは歯がゆく思った。 「さて、“言霊で部下を自我なき操り人形に変えた”、でしたっけ。まったく、厄介なことをしてくれましたねぇ」 「…………」 「あなたがいなければ、城攻めも随分と楽になっていたでしょうに……こっちは早々に戦死者まで出る始末です」 「…………」 「そのことについて、然るべき始末をつけたいところですが……話す気がないとなると、待っているのはただの虐殺ですよ?」 調子ぶった態度のトーニャに、すずは内心、苛立ちを募らせるばかりだった。 しかし彼女の強気にも頷ける部分はある。なにせ、すずとトーニャの実力差は見るも明らか。 人工とはいえ、戦う術として人妖能力をマスターしているトーニャに、言霊を封じられたすずが勝てる道理はない。 相手側に、こちらを殺す気があるとすれば――すずの身は武部涼一の顔を再見することなく、むくろと化すだろう。 傍目から見れば、この状況はピンチなのだ。 逃げ出すなり、助けを呼ぶなり、そういったことをすずはするべきだった。 が、すずはなにもしない。むき出しの敵意を、目の前のいけ好かない女に向けるだけ。 その不遜な態度が、トーニャの失笑を誘った。 「……せっかくの知己との再会です。私としては、腰を落ち着けて話したいのですが。どうですか?」 選択肢を投げられる。 この場で死ぬか、話してから死ぬか。 もしくは、会話の末にこちらの懐柔でも狙っているのか。 どちらにせよ、すずの選択は既に決まっていた。 「……なら、おあつらえ向きの部屋がある。案内するから、ついてきて」 「やれやれ、やっとまともな言葉を返してくれましたか。いいでしょう、付き合いますよ」 すずはその場で振り返り、トーニャに背中を見せる。 トーニャは別段、不意打ちを仕掛けようともしない。 ただ黙って、すずの後ろをついていく。 「地獄の果てまでね」 そんな不穏な言葉を漏らしながら。 心底いけ好かないと思った。 ・◆・◆・◆・ ノブ式の扉を潜った先には、夢に描いたような子供部屋の風景が広がっていた。 四方の壁を埋めるのは、色鮮やかなイラストの数々。兎や小鳥が花畑で戯れている。 辺りには積み木やジグソーパズル、ぬいぐるみなどの玩具が無造作に散らばっていた。 「これはまた、えらくファンシーなお部屋ですね。いったい誰の趣味なんでしょう」 すずに案内された“おあつらえ向きの部屋”に入り、トーニャは感嘆。 敵のアジトにまさかこれほど場違いな一室があるとは、驚きだった。 「あ、大福」 カーペット敷きの床を土足で歩みながら、トーニャは部屋の中央に置かれた卓袱台の上を見た。 大福がぎゅうぎゅうに詰まった重箱がある。薄っすらとした赤みは、苺大福と見て取れるだろうか。 「それは命の。別に食べてもいいわよ」 「遠慮しておきますよ。毒でも入っていたらかないませんから」 のこのこと敵の誘いに乗ってはみたが、トーニャは罠の可能性を捨て切ってはいない。 おどけた態度の裏では、常に緊張と警戒を。他者を欺き、自分を偽ることは、スパイである彼女の本領だ。 すずはそんなトーニャに一言、「そう」とだけ言って、部屋の端に置かれたベッドに腰掛けた。 「で、わたしといったいなにを話したいって? さっさと済ませて」 「おお、この清々しいまでに偉ぶった態度。まったくもってすずさんそのもの。懐かしさが込み上げてきます」 「御託はいらない。本当はこうやって顔を合わせているだけでも不快なんだから」 「相変わらず傲岸不遜を絵に描いたような糞キヅネですねぇ。少しは我が身の心配をしたりはしないんですか?」 トーニャは入り口の近くに立ったまま、間に卓袱台を隔てて、ベッド上のすずに語りかける。 「私のスペックを知らないわけじゃないでしょう? 今すぐにでも、あなたの首をキュッとやることは可能なんですよ?」 てめぇなんざいつでも殺せるんだよ、という牽制。 すずは「ふん」と鼻を鳴らし、態度は依然、平静を保つ。 「だから、なに? 言っておくけど、わたしを殺したって意味なんかないわよ」 「おや、それはおかしな話ですね。戦争の最中、敵を屠ることに意味がないだなんて――」 「なんか勘違いしているようだから言っておくけど……わたしは、神崎黎人の味方ってわけじゃない」 出てきた言葉に、「おや」とトーニャは怪訝な表情を作る。 「妙なことを言いますね。なんですか、那岐さんや九条さんのように、神崎を裏切ってこちら側につく気でも?」 「ふざけたことを言わないで。わたしは神崎黎人の味方ではないけれど、おまえたちの味方というわけでもない」 すずは敵意を剥き出しにした瞳で、トーニャの顔面を射抜くように見る。 「わたしにとっては、人間なんてみんな敵よ……一人残らず死んじゃえばいいんだ」 恨みがましい呪詛が込められた、文面どおりの恨み言。 このすずは、トーニャを知らない平行世界のすず――だとしても、人間嫌いな点は変わっていない。 「……いったいなにを話したいのか、さっきそう訊きましたよね。いいでしょう、お答えします。 私が話題として挙げたいのはすずさん、なにを隠そうあなたのことなんですよ」 トーニャはにこやかに、憮然とした顔つきのすずとは対象になるよう、表情に気を配る。 「人間なんてみんな死んじゃえばいいんだ、ですか。矛盾した言葉だとは思いませんか? あなたが起こした行動は事実、神崎黎人への協力。毛嫌いする人間の手助けなんですよ。 真に人間を憎んでいるというのなら、あなたの言霊で片っ端から死ねと命じていけばいいじゃないですか」 すずは相槌の一つも打たない。黙って耳を傾ける。 「私にはまだ、そのへんの事情が見えてこないんですよ。あなたはなぜ、神崎黎人に協力しているのですか?」 それは、那岐や九条むつみも知り得ていない、おそらくは本人のみが知っているのだろう繊細な事情。 このすずは如月双七を知らない。が、境遇は違えどその中身、性格や能力、妖狐の本質までは変わっていないだろう。 だからこそ、ずっと気がかりだった。人間嫌いのすずが、神崎黎人という人間に協力している理由はなんなのか。 「……そういう盟約だからよ。神崎黎人に協力しろ。わたしはそういう風に言われただけ」 「質問の意図が読み取れていませんか? 神崎黎人に協力しろ。そんな戯言を、どうしてあなたが大人しく聞いているんです?」 トーニャの知るすずは、間違っても人間の言うことを大人しく聞くタマではない。 たとえそれなりの利得があるのだとしても、まず人間への不信感、嫌悪感が先に来るのが彼女の性分だ。 神沢学園生徒会の面々ならともかく、一番地などという得体の知れない組織に加担する理由など、考えられない。 「なにも……知らないくせに……っ」 訝るトーニャから視線を外し、すずは不快そうに舌打ちをした。 「わたしは“ある女”から神崎黎人に協力しろと言われた。喋れるのはそれだけ。 女の正体は誰なのか、見返りはなんなのか、全部まとめて他言無用。そういう盟約なの」 「すずさんの口にそこまで堅いチャックを施すだなんて、大層なやり手みたいですねぇ。 なるほど、薄っすら見えてきましたよ。あなたは神崎以外の誰かと、盟約とやらを交わした。 その内容は神崎黎人への協力。そして詳細は一切合財他者には語れない。そういうわけですね?」 すずは脚を組みなおし、短く一言。 「そうよ」 ちらり、と履いていない部分が見えたが、トーニャは自粛する。 「しかしそうなると、やはり“人間なんてみんな死んじゃえばいいんだ”というセリフは矛盾しています。 あなたの立場で考えるなら、神崎黎人が敗北してしまっては事でしょう。協力の意味がなくなってしまうのですから。 ましてや自分は味方じゃない、むしろ死ねばいいだなんて、それは盟約に背くことと同義なのではありませんか?」 「わたしにとって大事なのは、協力したという結果だけ。神崎の生死も、この争いの勝敗も、関係ないのよ。 現にわたし、もうお役御免なわけだし。ここの人間を言霊で人形に変えたのが、わたしの最後の仕事ってわけ」 「ははぁ。だからあんなところで油を売っていたわけですか。それはたしかに、あなたを殺しても意味なんてありませんね」 一連の会話の中から、キーワードを選別。 すず――いや、『言霊』という舞台装置の現状について、推察する。 「本当……こんな茶番、さっさと終わってほしいのよ、わたしは」 彼女に与えられた役割は、『言霊の使用』という一点に尽きる。 それ以外に存在価値はなく、戦闘員などでは絶対にありえない、ただ事が終わるのを待つだけの傍観者。 物語の中から外れた“自称幸運の女神”と同じく、彼女もそういう意味では、既に退場者なのだった。 「それについては同感です。こんなところで時間を取られている暇もない、というわけですな」 なら、悠長にしている場合ではない。 こうやって話している間にも、他の仲間たちは生き死にの場を駆け抜けている。 言霊という厄介な力を有していたすずは、幸いにもこの最終決戦に関しては不干渉を貫く気構えだ。 憂いが一つ取り除けただけでも収穫と考え、改めて戦地に赴くとしよう。 と、自己完結。 トーニャはすずとの因縁に、ここで一応の決着をつける。 「あ、苺大福一個もらっていきますね。こちとらお昼も満足に取れていないものでして」 「……いちいち断らなくていいから。とっとと出てけ」 「おお、ゾイワコゾイワコ」 卓袱台の上の苺大福を一つ、ひょいっと掴み口に含むトーニャ。 もごもごと咀嚼しながら、部屋の入り口へと向き直る。 「……うるさい奴っ」 ドアノブに手をかけたところで、ぼそっとすずが零した一言を、トーニャは聞き漏らさない。 苺大福の甘ったるい味を十分に堪能した後、これを嚥下。胃に栄養分が落とされていくのを実感。 「……そうそう。訊き忘れていたことが三点ほどありました」 ドアを開こうとした寸前、トーニャは顔だけをすずのほうに向け、訊く。 「“如月双七”という名前に、覚えはありませんか?」 含みを感じられない、無機質な問い。 「知らない」 すずは淡白にそう答えた。 「では、“如月すず”という名前はどうでしょう?」 同じ調子で、トーニャがまた尋ねた。 「……はぁ?」 すずは即答を返せず、間の抜けた声を発した。 「これも知りませんか。では、これが三つ目の質問になりますが――」 トーニャそっと、ドアノブから手を離した。 全身ですずのほうへと振り返り、口元に指を添える。 表情は妖艶な色で染まり、今度は含みありげに、もったいぶって質問を口にする。 「――あなたが持っている“すず”という名前。これ、いったい誰にもらった名前なんでしょう?」 瞬間。 ベッドに腰掛けていたすずの身が、跳ね上がった。 悄然とした顔つきで、トーニャの言動に衝撃を覚えている。 ――ビンゴ。 トーニャは胸中、来るべき延長戦への期待感に心を躍らせていた。 ・◆・◆・◆・ 「……その」 トーニャの思いもよらぬ言葉に、気づけば体は勝手に動いていた。 ベッドの傍、卓袱台を間に置いて、扉の前に立つトーニャの顔を睨み据える。 姿勢は正しく、口元は微かに笑んだ、挑発的で不敵な佇まい。 視界に入れておくだけでも苛立たしい、鬱陶しさに溢れた存在感。 「その名前で、わたしを……その名前を呼ぶな!」 感情を抑えきれず、すずは怒号する。 トーニャは顔色一つ変えずに、その必死な様を嘲笑った。 「それは命令ですか、“すず”さん? 言霊を封じられた小娘の戯言など、はたして何人が耳を貸すものか」 「またっ……!」 「それとも知らないんですか? 名前っていうのは、呼ぶためにつけられるものなんですよ」 退室する気はすっかり失せたのか、もしくは最初からポーズだけだったのか、トーニャは扉を背に文言を突きつけてくる。 「“すず”が嫌なら改名してはどうです。ファッキンフォックスなりフォックスビッチなり、素敵な候補はいっぱいありますよ」 反論する隙を与えない、怒涛の舌回し。 舌戦は、問答無用で相手を捻じ伏せられる術を持つすずにとって得意分野であるはずなのに。 黙れ、とでも。 死ね、とでも。 好きなように命ずればそれで済むだけの話なのに、叶わない。 盟約により、ここの職員たちに対して使用を禁じられていたのとは状況が違う。 言霊が、今一番殺してやりたい女に通じないという、歯がゆさ。 トーニャの言動が、すずの苛立ちを一層高まらせていく。 「大事な人にもらった名前なんて、捨ててしまえばいいじゃないですか」 そして――その一言で絶句した。 怒りを一時的に諌めた上での、驚愕。 まるで、こちらの胸の内を見透かしているような。 「おまえ、まさか……」 おそるおそる、口に出す。 共通点など、なにもなかった――はず。 とまで思って、一つだけ、あったことに気づく。 人妖。 人と妖怪の狭間をいく、あやかしならざるあやかし。 目の前のトーニャも、今はまだ会えない“彼”も。 同じ人妖――だから、どうだというのか。 考えたところでわからない。 わからないゆえに言葉にしてしまう。 「……涼一くんのことを、知ってるの?」 発言自体が、トーニャの仕掛けたトラップだとも気づかずに。 すずは敵対者に、絶好の考察材料を与えてしまう。 「涼一くん、涼一くんですか。なるほど……それが如月くんの本名だったというわけですね」 得心がいきました、とトーニャは揚々と頷いてみせる。 すずは棒立ちの状態で、彼女の挙動に目を見張った。 「ありゃ、急に大人しくなりましたね。言いたいことがあるならどうぞ」 「…………」 「沈黙、と。わからないでもないですが、ここは喋る場面だと私は思いますよ」 言葉が出てこなかった。 芽生えてしまった予感を意識すると、どんな発言も地雷となってしまいそうだった。 「質問は三つと言いましたが、追加でもう一つだけ訊かせてください。 あなたはこの儀式、いえ、殺し合いの実情をどれだけ把握しているんですか?」 すずは答えない。否、答えられない。 まるで“黙れ”という言霊が自分に返ってきたかのような、そんなありえない錯覚を覚える。 「その様子ですと、なにも知らないようですね。どこで、誰が、どんな死に方をしたのかも」 わざわざ頷かずとも、素振りだけでトーニャにはわかってしまうらしい。 すずの立場は、あくまでもゲストだ。命令されない限りは、直接的関与も避けてきた。 星詠みの舞という儀式にも、神崎の目的にも、人間同士の殺し合いにも、一切の興味はない。 「かわいそうに。心の底から同情します。せめてもの救いとして、あなたに教えてあげましょう」 トーニャが、笑った。 口元だけの微笑ではない、満面の笑み。 次に飛び出す言葉が恐ろしくなるほどの、前兆。 逃げ出したい衝動に駆られる。 もとより、退路などなかった。 逃げ出すわけにもいかなかった。 まだ。 まだ、彼を取り戻してはいないから―― 「如月双七……もとい、“涼一くん”は死にました。あなたが加担し、傍観していた、殺し合いの中でね」 ・◆・◆・◆・ 「……うそ」 傲慢な態度は崩れ落ち、鉄面皮は蒼白に彩られる。 待ち望んでいた豹変に、トーニャは顔面全体でほくそ笑む。 かつてのライバルがこんな顔を見せるとは、なかなかにそそられるものがあった。 「うそ、だ……だって、涼一くんはナイアが助けたって……全部終わったら、また会わせてくれるって」 「“ナイア”。ようやくその名前を出してくれましたね。裏で糸を引いていたのは、やはり彼女でしたか」 理解し、得心し、ようやく納得した。 すずもやはり、言峰綺礼やエルザと同じくナイアに使わされたゲストの立場。 そしてその境遇を甘んじて受けている理由は――“涼一くん”という人質の存在。 確信はなかったが、予想はできていた。すずが動く理由など、初めからそれしか考えられなかったのだ。 涼一くん――それは神沢学園生徒会所属、“如月すず”の兄である“如月双七”の本名に違いない。 あの兄妹がなんの目的で神沢学園に身を寄せていたのかは知っていたし、如月の姓が偽名であることにも気づいてはいた。 「双七、というのも珍しい名前ですが、いったいなにから取った名前なんでしょう。すずさん、知りませんか?」 「知らない……わたしは、双七なんて……涼一くん、涼一くんは……」 「やれやれ、メンタル面の弱い。そんなにうろたえた素振りを見ると……ますますいじめたくなっちゃうじゃないですか」 トーニャは、ここぞとばかりに畳み掛ける。 「まとめますよ。あなたが言う“涼一くん”。彼は“如月双七”という名前で、殺し合いに参加していました。 死亡が発表されたのは第四回放送時点。下手人は衛宮士郎という男。深優さんはその現場に立ち会ったそうです。 私はここでは如月くんと対面叶いませんでしたが、面識はあるんですよ。通っていた学校が同じでして。 信じられないかもしれませんが、すずさん。その学校には、あなたも通っていたんですよ。私と同じ制服を着てね」 華麗にスカートを翻す。白を基調とした神沢学園女子制服を、ワイシャツ一枚のすずに見せびらかすように。 すずは、トーニャのその様子を食い入るように見ていた。 「如月くん、いえ涼一くんの印象について語りましょうか。お人よし、優しい、泣き虫、このへんですか。 ええ、殺し合いの最中でもその善人っぷりは遺憾なく発揮されていたそうですよ。深優さんがその証人です。 施設のどこかに監視映像の記録とかないんですかね。どうせ暇してるんなら、今からでも見に行ったらどうで――」 言い切る前に、すずが動いた。 覚束ない足取りで一歩、カーペット敷きの床を強く踏む。 十分に溜めて、二歩。気が動転しているのか、走り出す様子はない。 ただ、言われたとおり事実を確認する意思はあるらしく、歩む先には部屋の扉があった。 トーニャはその扉の前に、立ち塞がるようにして君臨している。 「どけ……どきなさいよ……っ」 「凄まじい狼狽っぷりですね。その様子、私の知るすずさんが如月くんに向けていた執着心と、まさしく同等のものです」 「あんたなんて、知らない……! それよりも、涼一くん……涼一くんが生きてるって、確かめなきゃ……」 すずは今にも吐きそうなくらい、青ざめた顔をしていた。 なんて嗜虐心をそそる弱りっぷりだろう。 トーニャはゾクゾクと身を震わせ、つい、我慢しきれず、 「え――?」 すずの腹に、ローリングソバットを叩き込んでしまった。 ・◆・◆・◆・ 静寂だった室内が、喧騒に穢される。 蹴り飛ばされたすずの身は卓袱台を巻き込み、上に載っていた苺大福を撒き散らしながらベッドにまで転がっていった。 玩具で散らかっていた部屋に、大福の粉が舞う。潰れた苺が、床を汚す。トーニャは構わず、その上を踏み歩いた。 「失礼。蹴ってくれと言わんばかりの狐がいやがりましたので、つい」 舌が血の味を感じている。蹴り飛ばされた衝撃で口内が切れたらしい。 直接の打撃を受けた腹部は痛みを訴え、内臓はひっくり返った。口から軽く胃液が零れる。 傍にあったベッドのシーツを強く握り込み、すずは立ち上がり様にトーニャの顔を睨んだ。 ――――ヒュン。 その瞬間のことだった。 トーニャの背後で、一条の鋼線のようなものが動作。 目で追うよりも速く、それはすずの左目の前にやって来て――眼球を抉る。 「――がっ」 左の世界が赤く染まり、視界が半分、消滅した。 「っがああぁああぁぁぁぁぁぁああっ!?」 獰猛な獣のうめき声、とはかけ離れた、未成熟な少女の絶叫。 血の滴る左目を手で押さえ、すずはその場で蹲る。 眼球は眼窩の中で、潰れた苺大福と同じ風になっていた。 「すずさん。先ほどあなたは、“わたしなんか殺しても意味はない”と、そんな風に言っていましたよね。 それ、残念ながら間違いです。あなたを殺す意味は、ひぃふぅみぃ……五つ。少なくとも五つはあるんですよ」 這い寄るのは、銀のポニーテールを尻尾のように振り翳す――狸。 背中の辺りから伸びる、縄にも似た細く長いそれは――人妖能力『キキーモラ』。 「一つ。あなたは私のことなんて知らないかもしれませんが、私はあなたのことをよーく知っているんですよ。 人間が大嫌いだということも、生かしておいたらなにをしでかすかわからないということも。 私たちにはまだ、先のステージがあります。厄介者には生きていられると面倒……そういった意味での、始末」 キキーモラの先端には、鋭角なひし形をした錘のようなものが取り付けられている。 その先端だけが異様に赤く輝いており、なにかと思えば、すずの目を抉った際に付着した血だった。 トーニャは手足の所作もなく、己の意思だけを操縦桿として、キキーモラを繰る。 目にも留まらぬ速さで宙を舞うそれは、ざんっ、とすずの右耳を削ぎ落とした。 「二つ。あなたが一番地の職員に憑けた言霊。これはあなたを殺せば自然と解除されるものなんでしょう? なら、ここであなたを殺して、人間の戦闘員だけでも無力化しておけば、後々の攻略も幾分か楽になる」 すずの叫喚をバックミュージックに、しかしトーニャは表情一つ変えず、喋り続ける。 ひゅん――ひゅん――と、二人の周りを恒星のように回り続けるキキーモラ。 赤みを増した先端の錘は時折、付着した血液を室内に散らした。床や壁に斑点ができる。 「三つ。ある機関が妖狐を欲していまして。せっかくの機会なので、このまま持ち帰りたいという個人的欲望があります。 ただ、やはり生きたままというのは難しい。なので剥製にでもして、祖国と勲章のために鞄にでも詰めておこうかな、と」 トーニャの言動など、既にすずの耳には入っていない。左目と右耳から来る激痛が、理性すら奪おうとしていた。 この痛みをすぐにでも克服しなければ、迫る命の危機は回避できない。そう、本能では理解していても。 体は思うようには動いてくれない。繰り出されたキキーモラが一閃、すずの喉を裂いた。 「四つ。あなたという舞台装置がなければ、そもそもこんな殺し合いは成り立たなかった。 如月くんやみんなが死んだのは、つまりはあなたが存在していたからと解釈することができます。 “なんて迷惑な雌狐だ、死んじゃえばいいよ”。これは嘘偽りない私の本心。というわけで、殺します」 これではもう、喋ることはできない。 言霊を憑かせることも。 涼一くんと楽しくおしゃべりすることも。 なにもできない。 「五つ。あなたは個人的にムカつきます。これ以上、“如月すずさん”を穢さぬよう――ここで死んでください」 なにが。 なにが、いけなかったんだろう。 わたしなにか、わるいことでもしたのかな。 わたしはただ、りょういちくんにあいたかっただけなのに。 想いは報われない。母が人間に殺されたときも、同じような不条理を味わった。 まったく、人間って。 野蛮で、凶暴で、醜悪で、自分勝手で、なんて――おっかないんだろう。 死んじゃえばいいのに。 最期に勝ったのは、武部涼一への想いではなく、人間への憎しみだった。 ・◆・◆・◆・ ぽた、ぽた、ぽた、と。 心臓の中心を射抜いたキキーモラから、妖狐の血が滴り落ちる。 トーニャはしばらくそれを宙に浮かべたまま、停止。 キキーモラを収納しようともせず、ただ黙って立つ。 物言わなくなったすずの亡骸に、視線を落としながら。 「……さすがに、見知った顔を手にかけるというのは堪えますね」 所詮は平行世界の存在、と割り切って考えていたつもりだった。 いくらクールなロシアンスパイといっても、芯には熱い部分もある。 感情的な面では、やはり――いい気分にはなれない。 「と、感傷の時間はこのへんにしまして。とっとと次のフェイズへと進みましょうか。 桂さんたちの位置は……あや、やはり離れてしまいましたねぇ。仕方ありませんが」 手元のレーダーを確認してみるが、他の仲間の反応は綺麗に消えてしまっていた。 合流の目的は果たせなかったが、すずという一角を切り崩せたのは、一番地攻略の上でも大きな一歩となる。 彼女の死によって言霊は解除され、無理やり戦闘員に仕立て上げられていた職員たちは自我を取り戻すはずだ。 「後遺症が残るとも限りませんが、命令を聞くだけの殺人マシーンを相手取るよりはマシでしょう。 これで他のみんなに及ぶ被害も少なくなれば幸いなのですが……」 基地内をざっと回ってみたところ、警備についているのはほとんどが人間の兵士だ。 厄介なアンドロイドたちは皆、九郎や玲二たちが引きつけていると考えていい。 「心配してるだけじゃ始まりませんね。気を引き締めなおしまして、再出発といきますかぁ! ……と、その前に」 トーニャは扉に向かおうとして、またすぐに踵を返す。 床には血まみれのすずの亡骸が、今も横たえられている――ただし、その姿は先ほどとは別のものに変化していた。 「命を落として、人化が解けたみたいですね。これが妖狐……お偉方が垂涎していたサンプル、ですか」 人型を成していたすずの身は、本質である妖狐、幼い狐の姿へと戻っていた。 「動物虐待の趣味はなかったんですがね」 鮮やかな金の体毛は、満遍なく赤い血で汚れてしまっている。 見かけたのが街の路上だったならば、思わず黙祷せずにはいられない凄惨な死に様だった。 それを作り上げたのが自分だと踏まえ、追悼の意は述べない。 ただ、後々のことを考えて、すずの亡骸を自身のデイパックに仕舞いこむ。 「……墓など作ってやれないでしょうが、どうか化けて出ないでくださいよ」 これが、この地で出会ったすずに対して向ける、最後の言葉。 今度こそ、決着だった。 「さて、では改めて」 トーニャは、扉のほうへと向き直る。 ドアノブに手をかけ、軽くこれを捻る。 ノブを捻ったまま、扉を前に押して開く。 不意に、押す力に抵抗力が加えられた。 扉を前に開こうとしても、押し返される。 はて、とトーニャが違和感を覚える刹那。 「――ウゥ…………アアアアアアァァァァァァァァ!!」 部屋の外から、咆哮――と同時に、トーニャの眼前にあった扉が蹴破られた。 咄嗟に飛び退くも、一瞬で破壊された扉の木片が、トーニャへと突き刺さる。 いや、ここは施設内。扉は木製ではなく、鉄製だった。だというのに。 「あ……ぐっ!?」 細かく砕かれた鉄の欠片を全身に浴び、トーニャは玩具と苺大福と血痕で満たされた床の上を転がる。 「な、なに……が!?」 すぐに体勢を立て直そうと、腕と脚に力を込める。 その途中で、視界がありえないものを捉えた。 トーニャが潜ろうとした、扉の傍。 鉄扉を破壊して室内に入ってきた刺客は、異形。 二足で立つ人型、服装は千切れたベスト、銃器がぶら下がったベルト。 リアルタイムで爛れ、抜けていく髪に、紫と黒が混じったような禍々しい肌の色。 角。 爪。 牙。 獰猛な唸り声、左右で違う大きさの瞳、溶解液を思わせるほど酸度の高い唾液。 肩や膝の辺りは肌が隆起し、骨が飛び出したり、垂れたりしている。 一歩前に進むと、落ちていた積み木が踏み砕かれた。 言葉はどう考えても通じそうにない。 「…………」 トーニャは絶句する。 こんなものまで控えているとは――いや。 これは、人間が変質したものだ。オーファンとは違う。 人為的に作りだしたり、ましてや戦力として当てにするなど、できるはずがない。 「鬼退治は専門外なんですけど、どこに文句言えばいいですかね?」 目の前に立つあやかしの名は――『悪鬼』。 憎悪を糧として誕生する、愚かな人間の成れの果て。 最悪にして最凶の、難敵だった。 ・◆・◆・◆・ ――血まみれになって倒れていた人間が、朝の到来を察知したように自然と起き上がる。 ――肌の色を紫や黒、深い緑に変色させ、体の様々な部分を外に突出させながら、存在自体を変貌していく。 ――人であることを示す理知的な言葉は消え、代わりに獰猛な獣のうめき声が各所に木霊する。 このような場景が、多数。 戦場の状況。少数の精鋭たちと、多数の人形たちによる激しい攻防は、一つの区切りを迎えた。 機械仕掛けの人形がまだ幾らかの数を残す中、自我を奪われていた人形たちは、ある節目を境に一斉に事切れた。 彼ら人間の職員たちを、人形の兵士に仕立て上げていた張本人――妖狐のすずが死亡したことによって。 既に侵入者たちに殺されてしまっていた者も、まだ存命していた者も、皆呪縛から解放された。 ただし、呪縛からの解放が彼らにとっての安寧とは決して言えず、むしろ状態は悪化する。 すずが憑けた言霊が解かれたとき――その瞬間を鍵として、ある術式が発動した。 言霊によって操られていた人間たち、全員の悪鬼化である。 そんな罠があるとは露知らず、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナはすずを殺害することによりこれを発動させてしまった。 人間の悪鬼化は闘争本能と戦闘力を肥大化させ、言霊の人形兵士などとは比べ物にならないほどの障害となって立ち塞がる。 倒すことも、ましてや説得して人間に戻すことも困難な、厄介極まりない敵の出現だった。 自我を憎悪に喰われた鬼たちが、一番地基地内を暴れ回る。 生きている者を標的とし、殺し、喰らい、腹を満たすために。 完全なる無差別破壊、阿鼻叫喚のステージが、ここに完成した。 誰が死に、誰が生き残るかは、もう誰にも予測できない。 一番地職員の悪鬼化は、誰にとっても予想外の出来事だったから。 唯一の例外、言霊と共にこの世を去った、あの妖狐を除いては。 ――――死んじゃえばいいのに。 彼女の残した呪詛が、基地の中に浸透していくようだった……――。 LIVE FOR YOU (舞台) 14 <前 後> LIVE FOR YOU (舞台) 16
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LIVE FOR YOU (舞台) 16 ・◆・◆・◆・ 罅割れたガラスの中に見つけた自分。 自身のものではない血で染められた真っ赤な姿。それは―― 今もなお、人を斬った感触は残り、手から離れようとしない。 肉を裂いた感触。 骨を砕いた感触。 内臓を潰した感触。 どれも鮮明な記憶として彼女の――羽藤桂の脳裏に焼き付けられていた。 ――初めて人を殺した。 これが一兵士なら誰でも味わう一種の通過儀礼なのだろう。 初めて戦場に立った新兵が敵兵を殺した時に感じる恐怖と罪悪感と高揚感。 だが彼女は兵士でも何でもなく、平和な日常に身を置くただの女子高生――のつもりだった。 だからこの狂気に彩られた島でも誰も傷つけまいと力を振るうことを拒絶し続けた。 例えそれが自らを絶望の舞台に立たせた敵であったとしても、 殺し殺される憎しみの連鎖を止めたいと。彼女はそう願い続けていた。 だがそれは結局のところ過酷な現実からの逃避に過ぎなかったことを思い知らされる。 この世界にはそんな甘い考えではどうにもならない現実が存在する。 そしてその現実を受け入れて力を使ってしまったこと。 かつて吾妻玲二に向けた言葉がひどく空虚だった。 しかし、彼女に立ち止まる時間は残されていない。 否、立ち止まってなんかいられない。 立ち止まり、罪悪感に竦む暇があるのなら少しでもこの力を仲間を守るために使いたい。 今こうしている間にも仲間の生命が危機に曝されている。 だから今は――前だけを見続ける。 ・◆・◆・◆・ 気絶したやよいを背負ったダンセイニを発見してからすぐ、 彼女の手に嵌ったままのプッチャンから事情を聞いた桂と柚明は、廊下を進み手近な医務室へと駆け込んでいた。 ベッドの上へと寝かされたやよいの小さな身体にはいくつも血の筋が走り、見るからに痛々しく そんなやよいへと、桂は血相を変えて必死に呼びかけを行っている。 「やよいちゃん……しっかりして……!」 だがしかし、やよいがそれに応えることも目を開く様子もない。 一見では爆風による火傷や破片による切り傷が目立つが、しかし懸念は別のところにあった。 充血した瞳や耳。それに吐血したことなどからしてダメージが身体の内側にまで及んでいるのは想像に難くない。 また意識を失っていることから、吹き飛ばされた衝撃で頭などを強打している可能性も考えられる。 「柚明……! 頼む! やよいを……やよいを助けてくれ……!」 ベッドの脇に寄り治療を試みている柚明へとプッチャンが悲壮な声で訴える。 そしてそれを手伝う桂はピンセットで丁寧にやよいの身体から突き刺さったガラス片を取り除き、 化膿しないようにとアルコールで消毒していた。 普通なら飛び上がるような消毒の痛みも昏倒したやよいに届かないのが、安心であり不安でもあった。 もし、このまま目を覚まさなければどうしよう―― 桂の胸に浮かび上がる不安の影。 傷は癒えても脳に損傷を負っていたら……? 柚明の月光蝶ですら意識を取り戻さないのならばそんな可能性もある。 この先意識を取り戻さないやよいを最後まで守り抜くことなんて…… (だめだめ! ヘンなこと考えたら! やよいちゃんは絶対目を覚ますに決まってるよ!) そんなことを考えていたら治るものも治らない。 絡みつく不安を必死に振り払う。 柚明の治療を信じるしかない桂だった。 「っ……」 やよいの周囲に治療のための月光蝶を展開してる柚明から苦しげな息が漏れる。 相当な集中力を要するのだろうか、額に玉のような汗が滲んでいた。 きっと今の自分の力の大半を治療に注ぎ込んでいるでいるに違いない。 見ると蝶の光が先ほどよりも薄くなっている。 柚明のことだ。このままだと自らの肉体を最低限維持するための霊力すらもやよいのために使ってしまうかもしれない。 それが柚明のやよいに対する贖罪といわんばかりに。 「柚明お姉ちゃん……かなり疲れているけど大丈夫?」 「大丈夫よ……このぐらいどうってことないわ。く……っ」 「…………」 どう見ても大丈夫そうには見えない。 少し休ませてやりたい。しかし今やよいを救えるのは柚明だけ。 だから桂は自らの血を差し出す。 何度傷つけたか覚えていない血の滲んだ手首を柚明の眼前に差し出した。 「はい、やせ我慢はよくないよ」 「……そうね。お言葉に甘えるわ」 「ごめんね柚明お姉ちゃんに任せきりで……わたしは血をあげるぐらいしかできなくて」 桂の手首に静かに唇をあてる柚明。 そして優しく舌を這わせ滲んだ血液を舐め取る。 しばらくして失われた霊力が回復したのか、輝きを失いかけていた月光蝶が再び光を強めた。 「……っはぁ……ありがとう桂ちゃん」 「もういいの?」 「うん、おかげさまで。これでまだまだ大丈夫」 「でも無理はしないでね。疲れたらいつでも血をあげるから」 柚明はこくんと頷き治療を続ける。 やよいに刺さったガラス片はほどなくして全部取り除けた。後は目を覚ますのを待つだけ。 無言で横たわるやよいと治療に勤しむ柚明。後はその光景を見守ることしか桂にはできない。 ・◆・◆・◆・ 柚明によるやよいの治療が続く中、桂は外の様子を確認するため医務室を出ることにした。 静かで広い廊下。そこにはアンドロイドも戦闘員の姿もなかったが、どこか遠くから銃声と爆発音がかすかに聞こえてくる。 きっと仲間達が今も戦いを繰り広げているのだろう。ここらに敵の気配がないのはそのおかげかもしれない。 束の間に訪れた平穏。桂は壁に背を預け天井をぼうっと見つめ、ぽつりと呟いた。 「やよいちゃん……目を覚ます……よね?」 「たりめーだろ、お前が柚明を信じなくてどーすんだよ」 「あはは、そうだね……」 桂の左手へと移ったプッチャンが答える。強がってはいるが彼も不安を隠し切れていない。 「…………」 「…………」 二人とも言葉に詰まり沈黙する。 相変わらずどこかから聞こえる銃声と爆発音。 「本当に……ファルさん達死んじゃったのかな……」 神崎により伝えられたファルと美希となつきの死。 この数日間、殺し合いという現実から逃れ束の間の安息を享受していた。 そのせいで心のどこかで「もう仲間が死ぬことはない」と高を括っていたのかもしれない。 なので今、不意に訪れた厳しい現実により桂の心は喪失感に埋め尽くされていた。 「俺は信じねえ……死体を見つけるまで俺は絶対信じねえぞ……!」 言葉を吐き捨てるプッチャン。 ここで彼女達の死を信じてしまえば、それが本当になるのだとそう言うように。 「だよね……そうじゃないとあまりもクリス君が可愛そうだよ……」 一緒に行動した数日間、桂はクリスとなつきの仲睦まじい姿を何度も見ている。 ファル曰く、クリスは以前とは考えられないほど幸せそうだと語っていた。 「大切な人を失う辛さはわたしもよく知っているから……」 「桂……」 プッチャンは一言だけ桂の名を発しただけで、続く言葉を失ってしまう。 また静かな時が二人の間に流れ、発する言葉を捜しあぐねていたプッチャンはふとあることに気づいた。 桂の着ているシャツの色を変えている茶褐色の染み。 それは、それが何かわかってしまうほどに見慣れてしまった血の色だった。 「桂……怪我でもしているのか? その服の染み」 「どこも――怪我なんてしてないよ――」 桂の感情の消えた声でプッチャンは「しまった」というような表情をする。 怪我をしているのならこんな血の付き方はしないはず。 きっとこの染みは返り血を浴びて…… 「すまん桂、触れられたくない所に触れちまった」 「気にしないで。わたしは現実から目を背けない。今自分にできること、自分にしかできないことをやったまでだから」 「けっ……虫も殺せんような小娘が一人前に口を利きやがってよ……そんなモン俺たちゃ野郎の役目だっつーの」 「あ……でもやよいちゃんには隠していて欲しいかな。すぐにバレると思うけど」 「ああ……」 「やよいちゃんは誰にも殺させない。そして誰もやよいちゃんに殺させない。その役目はわたしのものだから――!」 「すまねえ……桂。やよいを守ってやってくれ」 そう言ってプッチャンの顔が不機嫌そうなものに変わる。 怒りと悔しさが入り混じった表情だった。 「どうしたの?」 「ムカツクぜ……自分にできないからってをお前に汚れ役を押し付けてる俺自身がよ……」 「プッチャン……」 「そして何より俺は……やよいにりのを重ね合わせている。 守れなかった妹の代わりにやよいを守ることで満足しようとしている。糞が……」 「そんなことはないよ……きっとりのちゃんだってそう望んでいるはず」 「俺は――生きてる人間が死者の気持ちを代弁するのは好きじゃない」 「そうだね。 傲慢なことだと思う……でも、そうすることでわたし達はここまで来れたんだから。 立ち止まるよりは自己満足でもいいから前に進もう」 「そう、だな……」 遠い目をして宙を見つめる二人。 それぞれの想いを胸にして。 しばらくして医務室のドアが内から開かれ、中から柚明が出てきた。 顔色は悪く、あれからまた相当に疲労したのだと察することができる。 彼女は廊下の壁にもたれかかる桂とプッチャンの姿を見つけると近づき言った。 「やよいさんが意識を取り戻したわ……」 「ほんと! 良かったね、プッチャン!」 「ああ……!」 だが――喜ぶ桂とプッチャンとは対称的に柚明の顔に浮かぶ表情は鎮痛なものだった。 「聞こえるかやよい! やよいッ!」 「もうっ、そんな大声出したらやよいちゃんに迷惑だよ……」 「てけり・り!」 「す、すまねえ。やよいが目を覚ましたんでつい……」 医務室に駆け込む桂。 やよいはベッドに横たわり静かに目を閉じてた。 「もう……プッチャン。ちゃんと聞こえてるよ……」 「やよい……!」 目を開けてか細い声で答えるやよい。 彼女は上体を起こしてプッチャンを探す。 右手にあるはずのプッチャンがなくて軽く困惑している様子だった。 「あれ……プッチャンどこ……?」 「ああ、すまねえ今は桂の左手だ」 プッチャンに触れようとやよいは手を伸ばすが…… 「おい、どこに手を伸ばしてるんだよ。俺はこっちだぜ」 「あ……ごめんね」 やよいはまたも手を伸ばすが空しく空を切る。 やよいの肩がかすかに震えていた。 「やよい……まさか――目が見えてないのか!?」 プッチャンの問いかけにやよいは今にも泣きそうな声で答えた。 「目の前が……すりガラスのように真っ白に霞んで、プッチャンの顔も桂さんの顔も柚明さんの顔も見えないよ……」 焦点の合わない虚ろな瞳が振るえ涙に潤む。 しかし、必死に泣くことを堪えてるやよい。 プッチャンも桂もかける言葉が見つからず立ち尽くすだけだった。 「どうして……柚明の治療はうまく行ったんじゃなかったのかよ……」 「爆風で頭を強打したせいで……、一時的なものだと思いますが……ごめんなさい、私の力が足りないばかりに」 頭を下げる柚明にやよいはふるふると首を振る。 「柚明さんは悪くないです……! 私のケガを治すためにこんなにヘトヘトになってるんですから……!」 「……やよいちゃん」 「それにもう少し時間が経てばまた目が見えるようになるんですよね? なら心配しないで下さいっ。……私は大丈夫ですから」 視力を失ってしまっても元気に振舞おうとするやよいの姿。 その健気な姿勢に桂の胸に熱いものがこみ上げる。 「ほらっ、早く急ぎましょう! いつまでもここにいたら見つかっちゃいますよ。よい、しょ……あっ!」 「やよい!」 手探りでベッドから降りようとしたやよいは手をつく場所を誤り、そのまま床へと転げ落ちてしまった。 そして転落したことで方向を見失ったのか、皆を探すようにキョロキョロと頭を動かす。 彼女の目の前を覆う白い闇。 その闇の中でやよいは微かに浮かぶ影をたよりに手足を動かすが、やはりとてもまともに動ける状態ではなかった。 「うっうー……目が見えないと不便です……」 心配かけまいと必死に一人で歩こうとするやよいの姿があまりにも痛々しい。 その居た堪れない姿に桂はやよいの前に歩み寄る。 「えっ……?」 桂がやよいの身体を優しく抱き締める。 背中に回された桂の腕から伝わる温もり。 そして間近に当たる柔らかな吐息と幽かに漂う錆びた鉄の匂い。 「やよいちゃん……無理しないで、ひとりで抱え込まないで……わたし達は仲間だから、ね……?」 「あ――」 桂の言葉が胸を打つ。 自然と瞳から涙が溢れてしまう。 「ひぐっ……怖いです……何も見えなくて、桂さんが側にいるのにその顔も見えなくて……」 堪えていたものがあふれ出る。 失明の恐怖。そして何よりも怖いのが二度とアイドルとしてステージに立てなくなるかもしれないこと。 カタカタと震えるやよいの身体を桂はぎゅっと抱く。 「やだよ……歌えなくなるなんて嫌だよ……ううっ……」 「大丈夫……きっと治るよ……」 「うあぁぁ……あああああああぁぁぁぁ……」 桂はやよいが泣き止むまでいつまでも抱きしめていた。 子をあやす母のように―― ・◆・◆・◆・ 「やよいちゃん……まだ目は見えていない?」 「はい……少しましになった気がしますけど……まだ霞んだままです」 落ち着いたやよいはベッドの上へと戻り、そして再び柚明の月光蝶による治療を受けていた。 「柚明さんごめんなさい……」 「いいのよ、さっきよりは少し良くはなってるんだから。このまま治療を続けましょう」 「でも……ここにずっといたら……」 「その時は、わたしが何とかするから。もし襲われたら……柚明お姉ちゃん、やよいちゃんをお願い」 「ええ、任されたわ」 「じゃあやよいの荷物の中に電磁バリアがあるから使ってくれ、俺達が使うよりは効果あるだろ」 そう言ってやよいの手に戻ったプッチャンが鞄を指差す。 桂は荷物の中から電磁バリアを取り出すとそれを柚明へと手渡した。 「……桂さん。ちょっと見ない間に変わりましたね」 「そう……かな」 「さっき桂さんに抱き締められたときに少しだけど、血の匂いがしたんです。ここで……何かあったんですか……?」 「…………」 やよいに痛いところを突かれ口ごもる。 やはり気づかれていた血と死の匂い。 できる限りやよいには知られたくなったこと、でもいずれやよいの目の前で行うことになる行為。 少し前までやよいと同じ側にいたはずなのに、今はもう境界を踏み越えてしまったことへの後悔は薄れてしまっていた。 あんなにも戦うことを忌避していたというのに。 今は誰かを守るためといえ積極的に戦いに赴こうとしている。 ――ほんと、玲二さんに会ったら何て言われるかわからないや。 桂はくすりと自嘲の笑みを浮かべる。 だけどやよいにそれを知られてしまうことに負い目があった。 立場は違えどやっていることは神崎達と同じなのだから。 でも隠していても何もならない。桂は目を伏せたままやよいへと言った。 「わたしね。初めて人を殺したの」 「えっ……?」 桂の言葉にやよいの小さな身体が震えた。 彼女にとってそれがいかに重い告白だったのか、それはやよいにも理解できる。 何より事情もあるだろう。それにこんな状況なのだからしかたがいとも自分を言い聞かせることもできる。 だがそれでも、先日まで一緒にご飯を食べて一緒にお喋りを楽しんだしりていた年の近い友人が、 急にどこか手の届かない所に行ってしまった気がして軽い眩暈に襲われた。 同じく仲のよいファルや美希よりもずっとずっと自分に近かった羽藤桂という少女。 それが、いなくなってしまう―― 「わたしったら馬鹿だよね。前に玲二さんに酷いこと言ったのに、今はあの人と同じ側に立っている。軽蔑しちゃうよね……」 目の見えないやよいは、否。目が見えないからこそ桂の言葉の中に篭った決意と勇気を感じ取れる。 でも次の言葉を返すことができない。何を言っても人を殺したことのない自分では欺瞞のように思えて。 だけどここで桂を拒絶してしまうと彼女はきっと永遠に手の届かない所に行ってしまう。 一言だけでいい。 なにがあっても友達だよと。 どこに行ってしまっても桂は桂だと。 「桂さ――」 その時、ガラスが割れる大きな音が彼女の言葉を遮った。 「やよいちゃん伏せて!!」 桂の叫び声。 そして腕を掴まれてベッドから引き摺り下ろされる。 次の刹那、閃光。爆発。 少し前に聞いた酷く嫌な音。衝撃波が身体を揺らす。 手榴弾を投げ込まれたんだと理解する。 ややあってたくさんの足音が部屋の中に入り込んできたのがわかった。 そして間髪入れずに鳴り響く銃声。 ――ああ、私死んじゃうんだ。 結局奇跡は二度も起きない。 このままみんな死んで全て終わる。 白い闇が広がり―― (あれ……生きてる?) 霞んだ視界の向こうで蒼い人影によって嵐のような銃弾は阻まれている。 身体の上に覆いかぶさる温かく柔らかいもの。 「桂……さん?」 「よかった……やよいちゃんが怪我してなくて」 桂が自分の上にいるのだと知ったやよいは抱きつくように手を伸ばし、そして彼女の背中を濡らしているものに気づく。 ぬるりとした熱い感触。触れると桂は苦悶の声をわずかに漏らした。 「桂さん……! わたしを庇って……! ああ……っ、背中から血がっ」 「あはは……ちょっと背中にガラスが何個か刺さってるみたい……つっ……」 「そんな……!」 「この程度の傷すぐに治るから心配しないで、……柚明お姉ちゃん!」 苦悶の表情を見せたのも一瞬。 桂は力強く声を発すると、電磁バリアを展開して銃弾を受け止めてくれている柚明の名を叫んだ。 「あまり持ちそうにないわ……! 早く……!」 柚明の声に頷くと桂は立ち上がって部屋を見渡した。 マシンガンを構え柚明の張っている電磁バリアへと撃ち浴びせている戦闘員は3人。 破られた窓からも何人かがこちらへと銃口を向けている。気配に頼れば、更に何人もの戦闘員が外に展開しているようだった。 部屋の隅へと視線を走らせる。立てかけておいた子烏丸を取りに向かうには少し遠い。 バリアの中から飛び出せばいい的になってしまうだろう。いかに鬼の力があるとはいえ集中砲火を受けてはひとたまりもない。 手元にある武装はサブウェポンとして懐に入れていたスターム・ルガーGP100。 装弾数六発の回転式拳銃。予備弾薬は荷物の中――これも取りに行く余裕はない。 「弾は六発……! でもやるしかない……!」 「桂さん!」 「桂!」 やよいとプッチャンの声を背中に桂は床を蹴って電磁バリアの有効範囲から飛び出す。 戦闘員の持つ銃口がそれを追うが不規則な動きには対応できないのか犠牲になるのは棚や壁ばかりだ。 しかし長く避けきれるものでもない。 桂は強く床を蹴ると天上ギリギリの位置で宙返りし、そのまま戦闘員へと肉薄。十分に加速した踵落としを浴びせかけた。 まともに脳天へと直撃をくらった戦闘員は鈍い音を立てて床に崩れ落ち、 そして―― 無言のまま感情の色も見せず、倒れた戦闘員の頭へと向けて桂は銃の引き金を引いた。 やよいの耳に今まででと違う銃声が響く。一際大きく痙攣し動かなくなる戦闘員。 すぐさま桂は死んだ戦闘員から拳銃――ベレッタM92と突撃銃――M4カービンを奪い取り、戦闘員の一人に向かって掃射。 タタタタと小気味よい音と共に戦闘員が不恰好なダンスを踊り、白い壁に赤い花が咲き零れる。 「――二人」 静かに、抑揚の無い声で桂は倒した戦闘員の数を数える。 残り一人となった戦闘員。見れば、銃撃は効果なしと判断したのか刀を抜き柚明らへと飛び掛るところであった。 桂に構うことなく戦闘員は床を蹴る。構えた白刃の先には倒れたままのやよいの姿があった。 「やべえ! やよい避けろぉぉ!」 プッチャンが叫ぶがまともに目の見えないやよいにそんなことができるはずがない。 柚明も、ダンセイニもこのタイミングではやよいを庇うことができない。 「させるものかあああああああああああ!!」 咆哮。 人間の限界を超越した瞬発力で桂がその後を追う。 「このおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」 難なく追いつくとそのまま戦闘員を後頭部を掴み顔面から床へと叩きつける。 硬いものがぶつかりぐしゃりと砕ける気味の悪い音が響き、その傍で伏せていたやよいが悲鳴をあげた。 「…………」 無言の桂。その顔に感情の色はない。そしてやよいの焦点の合わない瞳が桂を見上げていた。 やよいにはほとんど見えていないはずなのに、その虚ろな視線を桂はひどく痛く感じる。 桂は片手にぶら下げていた戦闘員を力任せに投げ捨てた。 戦闘員は医務室の薬品棚に激突し、そこから下半身を生やしたままピクリとも動かなくなった。 桂の鬼神の如き迫力にプッチャンは絶句していた。 これがあの羽藤桂なのかと、信じられない面持ちで桂の戦いを見守る。 (やよいの目が見えてなくて不幸中の幸いだぜ……さすがにこれはやよいには刺激がキツ過ぎる……) 室内にいた戦闘員達を一瞬で蹴散らした桂は小烏丸を掴み取ると無言で廊下へと飛び出していった。 すぐさまに銃声が幾重にも重なった。 だがしかし、それは間を置かずして少しずつ数を減らしてゆく。 視線を通さない壁の向こうで何が行われているのか、プッチャンには、そして誰からしてもそれは明らかなことだった。 「くっ……!」 床を転がる桂の口から短い悲鳴が零れる。 (脇腹と肩に掠った……でもこのぐらい何ともない……!) しかし桂はそれをものともせず、低い姿勢のまま戦闘員の前へと詰め寄ると立ち上がり様に思い切り蹴り上げた。 一瞬。宙に浮く戦闘員。 抜刀。一筋の光が真一文字に走り、両断された戦闘員の身体が血の線を引きずりぶっ飛ぶ。 しかし休む間もない。今度は背後から3人の戦闘員らが揃ってマシンガンを連射してくる。 桂はそれを左右に避けるでなく、跳躍することで回避。 そのままバク転の要領で背後へと向きを変えると、逆様の視界の中で取り出した拳銃を両手に容赦なく撃ち放つ。 見惚れてしまいそうな流麗な動きに戦闘員らが対応できるはずもなく、的のような彼らにいくつもの弾丸が突き刺さった。 マズルフラッシュの光に何度も照り返される桂の顔。 甲高い音を立てて床の上に落ちる空の薬莢。 そして桂の足が再び床を踏みしめた時には3人のうち2人が血を噴き床の上へと沈んでいた。 「あと一人……ッ!」 離れた位置にいた最後の戦闘員が銃を乱射する。 だが、叫びながら放たれるそれは避ける必要もなくただ桂の傍を通り過ぎるばかりであった。 すぐに弾丸は底をつき、桂は止めを刺すべくと歩み寄ろうとし――気づいた。 叫びながら――? この戦闘員は何か違う。 今まで相手した戦闘員は全て無言で、感情が窺えるような仕草を見せなかった。 悲鳴を上げながらマシンガンを放り投げ、震える手でたどたどしく拳銃を抜く姿はこれまでのものと明らかに違う。 違う。この人は言霊に操られてなんかいない―― ドサっと音がして恐怖で顔を引きつらせた戦闘員は簡単に押し倒された。 カチャリと鳴る二つの拳銃。 桂は戦闘員の眉間に銃口を押し当て、戦闘員は桂の腹へと銃口を押し当てていた。 感情を押し殺した声で桂は言う。 「お願い。投降して――」 相手は意志を持った人間。これまでのような操り人形と化した者ではない。 ならばと桂は思うが―― 「この……化……物め……」 「っ……!」 初めて聞いた敵である人間の声。 恐怖と憎しみ。黒く濁った怨嗟に満ちた声。 化物という呪詛の言葉が桂の耳に届き心を震えさせる。 「死……ね……ッ!」 ゆっくりとスローモーションになる世界。 戦闘員が拳銃を持った腕に力をこめるのがわかる。 やめて。 それではわたしは殺せない。 お願いだから―― 乾いた音がして熱い衝撃が桂の腹部に走った。 熱い鉄棒を身体の奥深くに押し込まれたような感覚。 しかし――人でなくなった桂はその程度の痛みでは死ねない。 「く……ぅ……」 「はは、化物め……ははは、ははははははは」 戦闘員の狂ったような哄笑が桂の耳に突き刺さる。 化物。 化物。 化物。 お前は化物だ。 「ははははははは化物め化物め化物め化物め化物め化物め化―――」 一発の銃声が煩い声を掻き消した。 眉間に穿たれた穴。死んだ人間はもう二度と口をきくことはない。 ――殺した。 意志を奪われた人形じゃない。生の感情を持った人間を初めて自らの殺意でもって殺した。 それがひどく悔しくて、桂は自らの拳を堅い床へと打ちつける。 拳から真っ赤な血が滴る。人間のような。しかし、死んだ人間の残した言葉が耳を離れなかった。 「わたしは……化物なんかじゃない……!」 ◆・◆・◆・ 目を堅く瞑り耳を掌で覆い柚明の足元で震えているやよい。 いつの間にか、耳を塞いでも届いていた銃声は聞こえなくなっていた。 「終わった……の?」 「ああ……終わったぜ」 プッチャンの声でやよいはゆっくりと目を開く。 白く霞んだ世界は治療の甲斐あってか先ほどよりもずっとクリアに見えて、 だからこそ、そこに見たくない赤いモノが見えてしまう。 「うっ……」 部屋に充満した生臭い鉄の匂いに思わず口を押さえる。 やよいのすぐ傍には額を陥没させている戦闘員。それはまるで壊れた作り物のようで。 壁に背を預け崩れ落ちている戦闘員。白い壁と床に前衛的な赤いアートを描いており。 壊れた棚の中に上半身だけを突っ込んでいる戦闘員。まるで悪夢のような光景だった。 「これを桂さんが……?」 やよいが問いかると柚明は無言で頷いた。 息を飲み、やよいはよろよろと立ち上がり部屋の外へと向かおうとする。 「やよいさん……私が肩を貸すわ」 ふらふらとする身体を柚明が支えてくれる。 二人揃って部屋の外へと向かい、そしてそこでやよいは更に凄惨な光景を目の当たりにしてしまう。 足元に転がる半分しかない戦闘員。そこにあったのはあまりにも惨たらしい死というそのままの有様。 折り重なるように血溜まりの中へと沈んでいる戦闘員。暴力こそが絶対の道理であると告げるような。 まるでパズルのピースの様にバラバラにされてしまった部品でしかない戦闘員。殺人の場面であった。 「うぐ……うぇ……」 こみ上げてきたものにやよいは口を押さえて蹲った。 あまりにもここは気持ち悪い。悪夢かと疑うほどに現実味が乏しく、なのに鮮明するぎる。 「桂ちゃん……」 背後の柚明の声でやよいは再び顔を上げる。 視線の先には仰向けに倒れた死体とその傍らで立ち尽くす桂の姿があった。 「桂さん……」 ぶらりと下げた片手に握られた銃の先からはうっすらと硝煙が揺れていて、 桂はやよいに背を向けて死体を見下ろしたままでいる。 「目……良くなったんだ。……でも、こんな姿やよいちゃんに見られたくなかったな」 ぽつりと呟く桂の声は震えていた。 ゆらりと振り向くその姿は先よりも赤色に凄惨さが増していて。 そしてお腹はには一際鮮明な赤の色。じくじくと染み出すそれは紛れもなく桂自身のものだった。 「桂さん……! お腹撃たれて――」 「大丈夫だよ……これぐらい。ほら」 服をまくり撃たれた傷を見せる。 本来なら血が溢れておかしくない銃創からはわずかしか血が流れていない。 「柚明お姉ちゃん……念のため傷口をお願い」 「うん……」 柚明が傷口を治療するため桂へと駆け寄る。 やよいはへたり込んだまま青白い光が桂の傷口を癒す光景を無言で見つめていた。 「こんな化物……嫌いになって当然だよね」 駄目だ……このままでは桂がいなくなる。 全てが終わってしまってもきっと桂は自分の前からいなくなってしまう。 どんなことになっても桂は桂で、大切な友達なのに……、 遠く、その姿が遠くへと行ってしまう。 それはいけない。 行かせてはならない。 一人で行かせては、 見送ってはいけない。 立ち上がり、 やよいは桂の元へ歩み寄り、 そして―― パァンと乾いた音が桂の頬を打つ。 「やよい!?」 「やよいさん!?」 突然の出来事に目を丸くする桂。 その瞳の中に映るのは怒ったような、それでいて泣きそうな顔のやよいの姿であった。 「ふざけないでください……っ!」 「えっ……?」 「ふざけるなって言ったんですっ! なんで一人で抱え込んで……! 勝手に私が桂さんを嫌ってるなんて決め付けないで下さい!」 「やよいちゃん……」 「さっき私を庇って怪我までした人が化物のわけないじゃないですか! 何になったとしても桂さんは桂さんであることに変わらない! 私の大切な――友だちです! だからそんなこと……二度と言わないで下さい!」 「ありがとう……ぐすっ」 そう、自分の周りにはこんなにも優しい人達がいる。 例え自分がどんな化物でも、ありのままの姿を受け入れてくれる仲間。 どうしようもなく残酷で絶望的な現実の中で出会ったかけがえのない仲間達。 仲間達を守るためにどんなことがあっても自分は自分であり続けよう。 滲む涙を指で拭きながら胸に想いを秘める桂だった―― LIVE FOR YOU (舞台) 15 <前 後> LIVE FOR YOU (舞台) 17
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LIVE FOR YOU (舞台) 16 ・◆・◆・◆・ 罅割れたガラスの中に見つけた自分。 自身のものではない血で染められた真っ赤な姿。それは―― 今もなお、人を斬った感触は残り、手から離れようとしない。 肉を裂いた感触。 骨を砕いた感触。 内臓を潰した感触。 どれも鮮明な記憶として彼女の――羽藤桂の脳裏に焼き付けられていた。 ――初めて人を殺した。 これが一兵士なら誰でも味わう一種の通過儀礼なのだろう。 初めて戦場に立った新兵が敵兵を殺した時に感じる恐怖と罪悪感と高揚感。 だが彼女は兵士でも何でもなく、平和な日常に身を置くただの女子高生――のつもりだった。 だからこの狂気に彩られた島でも誰も傷つけまいと力を振るうことを拒絶し続けた。 例えそれが自らを絶望の舞台に立たせた敵であったとしても、 殺し殺される憎しみの連鎖を止めたいと。彼女はそう願い続けていた。 だがそれは結局のところ過酷な現実からの逃避に過ぎなかったことを思い知らされる。 この世界にはそんな甘い考えではどうにもならない現実が存在する。 そしてその現実を受け入れて力を使ってしまったこと。 かつて吾妻玲二に向けた言葉がひどく空虚だった。 しかし、彼女に立ち止まる時間は残されていない。 否、立ち止まってなんかいられない。 立ち止まり、罪悪感に竦む暇があるのなら少しでもこの力を仲間を守るために使いたい。 今こうしている間にも仲間の生命が危機に曝されている。 だから今は――前だけを見続ける。 ・◆・◆・◆・ 気絶したやよいを背負ったダンセイニを発見してからすぐ、 彼女の手に嵌ったままのプッチャンから事情を聞いた桂と柚明は、廊下を進み手近な医務室へと駆け込んでいた。 ベッドの上へと寝かされたやよいの小さな身体にはいくつも血の筋が走り、見るからに痛々しく そんなやよいへと、桂は血相を変えて必死に呼びかけを行っている。 「やよいちゃん……しっかりして……!」 だがしかし、やよいがそれに応えることも目を開く様子もない。 一見では爆風による火傷や破片による切り傷が目立つが、しかし懸念は別のところにあった。 充血した瞳や耳。それに吐血したことなどからしてダメージが身体の内側にまで及んでいるのは想像に難くない。 また意識を失っていることから、吹き飛ばされた衝撃で頭などを強打している可能性も考えられる。 「柚明……! 頼む! やよいを……やよいを助けてくれ……!」 ベッドの脇に寄り治療を試みている柚明へとプッチャンが悲壮な声で訴える。 そしてそれを手伝う桂はピンセットで丁寧にやよいの身体から突き刺さったガラス片を取り除き、 化膿しないようにとアルコールで消毒していた。 普通なら飛び上がるような消毒の痛みも昏倒したやよいに届かないのが、安心であり不安でもあった。 もし、このまま目を覚まさなければどうしよう―― 桂の胸に浮かび上がる不安の影。 傷は癒えても脳に損傷を負っていたら……? 柚明の月光蝶ですら意識を取り戻さないのならばそんな可能性もある。 この先意識を取り戻さないやよいを最後まで守り抜くことなんて…… (だめだめ! ヘンなこと考えたら! やよいちゃんは絶対目を覚ますに決まってるよ!) そんなことを考えていたら治るものも治らない。 絡みつく不安を必死に振り払う。 柚明の治療を信じるしかない桂だった。 「っ……」 やよいの周囲に治療のための月光蝶を展開してる柚明から苦しげな息が漏れる。 相当な集中力を要するのだろうか、額に玉のような汗が滲んでいた。 きっと今の自分の力の大半を治療に注ぎ込んでいるでいるに違いない。 見ると蝶の光が先ほどよりも薄くなっている。 柚明のことだ。このままだと自らの肉体を最低限維持するための霊力すらもやよいのために使ってしまうかもしれない。 それが柚明のやよいに対する贖罪といわんばかりに。 「柚明お姉ちゃん……かなり疲れているけど大丈夫?」 「大丈夫よ……このぐらいどうってことないわ。く……っ」 「…………」 どう見ても大丈夫そうには見えない。 少し休ませてやりたい。しかし今やよいを救えるのは柚明だけ。 だから桂は自らの血を差し出す。 何度傷つけたか覚えていない血の滲んだ手首を柚明の眼前に差し出した。 「はい、やせ我慢はよくないよ」 「……そうね。お言葉に甘えるわ」 「ごめんね柚明お姉ちゃんに任せきりで……わたしは血をあげるぐらいしかできなくて」 桂の手首に静かに唇をあてる柚明。 そして優しく舌を這わせ滲んだ血液を舐め取る。 しばらくして失われた霊力が回復したのか、輝きを失いかけていた月光蝶が再び光を強めた。 「……っはぁ……ありがとう桂ちゃん」 「もういいの?」 「うん、おかげさまで。これでまだまだ大丈夫」 「でも無理はしないでね。疲れたらいつでも血をあげるから」 柚明はこくんと頷き治療を続ける。 やよいに刺さったガラス片はほどなくして全部取り除けた。後は目を覚ますのを待つだけ。 無言で横たわるやよいと治療に勤しむ柚明。後はその光景を見守ることしか桂にはできない。 ・◆・◆・◆・ 柚明によるやよいの治療が続く中、桂は外の様子を確認するため医務室を出ることにした。 静かで広い廊下。そこにはアンドロイドも戦闘員の姿もなかったが、どこか遠くから銃声と爆発音がかすかに聞こえてくる。 きっと仲間達が今も戦いを繰り広げているのだろう。ここらに敵の気配がないのはそのおかげかもしれない。 束の間に訪れた平穏。桂は壁に背を預け天井をぼうっと見つめ、ぽつりと呟いた。 「やよいちゃん……目を覚ます……よね?」 「たりめーだろ、お前が柚明を信じなくてどーすんだよ」 「あはは、そうだね……」 桂の左手へと移ったプッチャンが答える。強がってはいるが彼も不安を隠し切れていない。 「…………」 「…………」 二人とも言葉に詰まり沈黙する。 相変わらずどこかから聞こえる銃声と爆発音。 「本当に……ファルさん達死んじゃったのかな……」 神崎により伝えられたファルと美希となつきの死。 この数日間、殺し合いという現実から逃れ束の間の安息を享受していた。 そのせいで心のどこかで「もう仲間が死ぬことはない」と高を括っていたのかもしれない。 なので今、不意に訪れた厳しい現実により桂の心は喪失感に埋め尽くされていた。 「俺は信じねえ……死体を見つけるまで俺は絶対信じねえぞ……!」 言葉を吐き捨てるプッチャン。 ここで彼女達の死を信じてしまえば、それが本当になるのだとそう言うように。 「だよね……そうじゃないとあまりもクリス君が可愛そうだよ……」 一緒に行動した数日間、桂はクリスとなつきの仲睦まじい姿を何度も見ている。 ファル曰く、クリスは以前とは考えられないほど幸せそうだと語っていた。 「大切な人を失う辛さはわたしもよく知っているから……」 「桂……」 プッチャンは一言だけ桂の名を発しただけで、続く言葉を失ってしまう。 また静かな時が二人の間に流れ、発する言葉を捜しあぐねていたプッチャンはふとあることに気づいた。 桂の着ているシャツの色を変えている茶褐色の染み。 それは、それが何かわかってしまうほどに見慣れてしまった血の色だった。 「桂……怪我でもしているのか? その服の染み」 「どこも――怪我なんてしてないよ――」 桂の感情の消えた声でプッチャンは「しまった」というような表情をする。 怪我をしているのならこんな血の付き方はしないはず。 きっとこの染みは返り血を浴びて…… 「すまん桂、触れられたくない所に触れちまった」 「気にしないで。わたしは現実から目を背けない。今自分にできること、自分にしかできないことをやったまでだから」 「けっ……虫も殺せんような小娘が一人前に口を利きやがってよ……そんなモン俺たちゃ野郎の役目だっつーの」 「あ……でもやよいちゃんには隠していて欲しいかな。すぐにバレると思うけど」 「ああ……」 「やよいちゃんは誰にも殺させない。そして誰もやよいちゃんに殺させない。その役目はわたしのものだから――!」 「すまねえ……桂。やよいを守ってやってくれ」 そう言ってプッチャンの顔が不機嫌そうなものに変わる。 怒りと悔しさが入り混じった表情だった。 「どうしたの?」 「ムカツクぜ……自分にできないからってをお前に汚れ役を押し付けてる俺自身がよ……」 「プッチャン……」 「そして何より俺は……やよいにりのを重ね合わせている。 守れなかった妹の代わりにやよいを守ることで満足しようとしている。糞が……」 「そんなことはないよ……きっとりのちゃんだってそう望んでいるはず」 「俺は――生きてる人間が死者の気持ちを代弁するのは好きじゃない」 「そうだね。 傲慢なことだと思う……でも、そうすることでわたし達はここまで来れたんだから。 立ち止まるよりは自己満足でもいいから前に進もう」 「そう、だな……」 遠い目をして宙を見つめる二人。 それぞれの想いを胸にして。 しばらくして医務室のドアが内から開かれ、中から柚明が出てきた。 顔色は悪く、あれからまた相当に疲労したのだと察することができる。 彼女は廊下の壁にもたれかかる桂とプッチャンの姿を見つけると近づき言った。 「やよいさんが意識を取り戻したわ……」 「ほんと! 良かったね、プッチャン!」 「ああ……!」 だが――喜ぶ桂とプッチャンとは対称的に柚明の顔に浮かぶ表情は鎮痛なものだった。 「聞こえるかやよい! やよいッ!」 「もうっ、そんな大声出したらやよいちゃんに迷惑だよ……」 「てけり・り!」 「す、すまねえ。やよいが目を覚ましたんでつい……」 医務室に駆け込む桂。 やよいはベッドに横たわり静かに目を閉じてた。 「もう……プッチャン。ちゃんと聞こえてるよ……」 「やよい……!」 目を開けてか細い声で答えるやよい。 彼女は上体を起こしてプッチャンを探す。 右手にあるはずのプッチャンがなくて軽く困惑している様子だった。 「あれ……プッチャンどこ……?」 「ああ、すまねえ今は桂の左手だ」 プッチャンに触れようとやよいは手を伸ばすが…… 「おい、どこに手を伸ばしてるんだよ。俺はこっちだぜ」 「あ……ごめんね」 やよいはまたも手を伸ばすが空しく空を切る。 やよいの肩がかすかに震えていた。 「やよい……まさか――目が見えてないのか!?」 プッチャンの問いかけにやよいは今にも泣きそうな声で答えた。 「目の前が……すりガラスのように真っ白に霞んで、プッチャンの顔も桂さんの顔も柚明さんの顔も見えないよ……」 焦点の合わない虚ろな瞳が振るえ涙に潤む。 しかし、必死に泣くことを堪えてるやよい。 プッチャンも桂もかける言葉が見つからず立ち尽くすだけだった。 「どうして……柚明の治療はうまく行ったんじゃなかったのかよ……」 「爆風で頭を強打したせいで……、一時的なものだと思いますが……ごめんなさい、私の力が足りないばかりに」 頭を下げる柚明にやよいはふるふると首を振る。 「柚明さんは悪くないです……! 私のケガを治すためにこんなにヘトヘトになってるんですから……!」 「……やよいちゃん」 「それにもう少し時間が経てばまた目が見えるようになるんですよね? なら心配しないで下さいっ。……私は大丈夫ですから」 視力を失ってしまっても元気に振舞おうとするやよいの姿。 その健気な姿勢に桂の胸に熱いものがこみ上げる。 「ほらっ、早く急ぎましょう! いつまでもここにいたら見つかっちゃいますよ。よい、しょ……あっ!」 「やよい!」 手探りでベッドから降りようとしたやよいは手をつく場所を誤り、そのまま床へと転げ落ちてしまった。 そして転落したことで方向を見失ったのか、皆を探すようにキョロキョロと頭を動かす。 彼女の目の前を覆う白い闇。 その闇の中でやよいは微かに浮かぶ影をたよりに手足を動かすが、やはりとてもまともに動ける状態ではなかった。 「うっうー……目が見えないと不便です……」 心配かけまいと必死に一人で歩こうとするやよいの姿があまりにも痛々しい。 その居た堪れない姿に桂はやよいの前に歩み寄る。 「えっ……?」 桂がやよいの身体を優しく抱き締める。 背中に回された桂の腕から伝わる温もり。 そして間近に当たる柔らかな吐息と幽かに漂う錆びた鉄の匂い。 「やよいちゃん……無理しないで、ひとりで抱え込まないで……わたし達は仲間だから、ね……?」 「あ――」 桂の言葉が胸を打つ。 自然と瞳から涙が溢れてしまう。 「ひぐっ……怖いです……何も見えなくて、桂さんが側にいるのにその顔も見えなくて……」 堪えていたものがあふれ出る。 失明の恐怖。そして何よりも怖いのが二度とアイドルとしてステージに立てなくなるかもしれないこと。 カタカタと震えるやよいの身体を桂はぎゅっと抱く。 「やだよ……歌えなくなるなんて嫌だよ……ううっ……」 「大丈夫……きっと治るよ……」 「うあぁぁ……あああああああぁぁぁぁ……」 桂はやよいが泣き止むまでいつまでも抱きしめていた。 子をあやす母のように―― ・◆・◆・◆・ 「やよいちゃん……まだ目は見えていない?」 「はい……少しましになった気がしますけど……まだ霞んだままです」 落ち着いたやよいはベッドの上へと戻り、そして再び柚明の月光蝶による治療を受けていた。 「柚明さんごめんなさい……」 「いいのよ、さっきよりは少し良くはなってるんだから。このまま治療を続けましょう」 「でも……ここにずっといたら……」 「その時は、わたしが何とかするから。もし襲われたら……柚明お姉ちゃん、やよいちゃんをお願い」 「ええ、任されたわ」 「じゃあやよいの荷物の中に電磁バリアがあるから使ってくれ、俺達が使うよりは効果あるだろ」 そう言ってやよいの手に戻ったプッチャンが鞄を指差す。 桂は荷物の中から電磁バリアを取り出すとそれを柚明へと手渡した。 「……桂さん。ちょっと見ない間に変わりましたね」 「そう……かな」 「さっき桂さんに抱き締められたときに少しだけど、血の匂いがしたんです。ここで……何かあったんですか……?」 「…………」 やよいに痛いところを突かれ口ごもる。 やはり気づかれていた血と死の匂い。 できる限りやよいには知られたくなったこと、でもいずれやよいの目の前で行うことになる行為。 少し前までやよいと同じ側にいたはずなのに、今はもう境界を踏み越えてしまったことへの後悔は薄れてしまっていた。 あんなにも戦うことを忌避していたというのに。 今は誰かを守るためといえ積極的に戦いに赴こうとしている。 ――ほんと、玲二さんに会ったら何て言われるかわからないや。 桂はくすりと自嘲の笑みを浮かべる。 だけどやよいにそれを知られてしまうことに負い目があった。 立場は違えどやっていることは神崎達と同じなのだから。 でも隠していても何もならない。桂は目を伏せたままやよいへと言った。 「わたしね。初めて人を殺したの」 「えっ……?」 桂の言葉にやよいの小さな身体が震えた。 彼女にとってそれがいかに重い告白だったのか、それはやよいにも理解できる。 何より事情もあるだろう。それにこんな状況なのだからしかたがいとも自分を言い聞かせることもできる。 だがそれでも、先日まで一緒にご飯を食べて一緒にお喋りを楽しんだしりていた年の近い友人が、 急にどこか手の届かない所に行ってしまった気がして軽い眩暈に襲われた。 同じく仲のよいファルや美希よりもずっとずっと自分に近かった羽藤桂という少女。 それが、いなくなってしまう―― 「わたしったら馬鹿だよね。前に玲二さんに酷いこと言ったのに、今はあの人と同じ側に立っている。軽蔑しちゃうよね……」 目の見えないやよいは、否。目が見えないからこそ桂の言葉の中に篭った決意と勇気を感じ取れる。 でも次の言葉を返すことができない。何を言っても人を殺したことのない自分では欺瞞のように思えて。 だけどここで桂を拒絶してしまうと彼女はきっと永遠に手の届かない所に行ってしまう。 一言だけでいい。 なにがあっても友達だよと。 どこに行ってしまっても桂は桂だと。 「桂さ――」 その時、ガラスが割れる大きな音が彼女の言葉を遮った。 「やよいちゃん伏せて!!」 桂の叫び声。 そして腕を掴まれてベッドから引き摺り下ろされる。 次の刹那、閃光。爆発。 少し前に聞いた酷く嫌な音。衝撃波が身体を揺らす。 手榴弾を投げ込まれたんだと理解する。 ややあってたくさんの足音が部屋の中に入り込んできたのがわかった。 そして間髪入れずに鳴り響く銃声。 ――ああ、私死んじゃうんだ。 結局奇跡は二度も起きない。 このままみんな死んで全て終わる。 白い闇が広がり―― (あれ……生きてる?) 霞んだ視界の向こうで蒼い人影によって嵐のような銃弾は阻まれている。 身体の上に覆いかぶさる温かく柔らかいもの。 「桂……さん?」 「よかった……やよいちゃんが怪我してなくて」 桂が自分の上にいるのだと知ったやよいは抱きつくように手を伸ばし、そして彼女の背中を濡らしているものに気づく。 ぬるりとした熱い感触。触れると桂は苦悶の声をわずかに漏らした。 「桂さん……! わたしを庇って……! ああ……っ、背中から血がっ」 「あはは……ちょっと背中にガラスが何個か刺さってるみたい……つっ……」 「そんな……!」 「この程度の傷すぐに治るから心配しないで、……柚明お姉ちゃん!」 苦悶の表情を見せたのも一瞬。 桂は力強く声を発すると、電磁バリアを展開して銃弾を受け止めてくれている柚明の名を叫んだ。 「あまり持ちそうにないわ……! 早く……!」 柚明の声に頷くと桂は立ち上がって部屋を見渡した。 マシンガンを構え柚明の張っている電磁バリアへと撃ち浴びせている戦闘員は3人。 破られた窓からも何人かがこちらへと銃口を向けている。気配に頼れば、更に何人もの戦闘員が外に展開しているようだった。 部屋の隅へと視線を走らせる。立てかけておいた子烏丸を取りに向かうには少し遠い。 バリアの中から飛び出せばいい的になってしまうだろう。いかに鬼の力があるとはいえ集中砲火を受けてはひとたまりもない。 手元にある武装はサブウェポンとして懐に入れていたスターム・ルガーGP100。 装弾数六発の回転式拳銃。予備弾薬は荷物の中――これも取りに行く余裕はない。 「弾は六発……! でもやるしかない……!」 「桂さん!」 「桂!」 やよいとプッチャンの声を背中に桂は床を蹴って電磁バリアの有効範囲から飛び出す。 戦闘員の持つ銃口がそれを追うが不規則な動きには対応できないのか犠牲になるのは棚や壁ばかりだ。 しかし長く避けきれるものでもない。 桂は強く床を蹴ると天上ギリギリの位置で宙返りし、そのまま戦闘員へと肉薄。十分に加速した踵落としを浴びせかけた。 まともに脳天へと直撃をくらった戦闘員は鈍い音を立てて床に崩れ落ち、 そして―― 無言のまま感情の色も見せず、倒れた戦闘員の頭へと向けて桂は銃の引き金を引いた。 やよいの耳に今まででと違う銃声が響く。一際大きく痙攣し動かなくなる戦闘員。 すぐさま桂は死んだ戦闘員から拳銃――ベレッタM92と突撃銃――M4カービンを奪い取り、戦闘員の一人に向かって掃射。 タタタタと小気味よい音と共に戦闘員が不恰好なダンスを踊り、白い壁に赤い花が咲き零れる。 「――二人」 静かに、抑揚の無い声で桂は倒した戦闘員の数を数える。 残り一人となった戦闘員。見れば、銃撃は効果なしと判断したのか刀を抜き柚明らへと飛び掛るところであった。 桂に構うことなく戦闘員は床を蹴る。構えた白刃の先には倒れたままのやよいの姿があった。 「やべえ! やよい避けろぉぉ!」 プッチャンが叫ぶがまともに目の見えないやよいにそんなことができるはずがない。 柚明も、ダンセイニもこのタイミングではやよいを庇うことができない。 「させるものかあああああああああああ!!」 咆哮。 人間の限界を超越した瞬発力で桂がその後を追う。 「このおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」 難なく追いつくとそのまま戦闘員を後頭部を掴み顔面から床へと叩きつける。 硬いものがぶつかりぐしゃりと砕ける気味の悪い音が響き、その傍で伏せていたやよいが悲鳴をあげた。 「…………」 無言の桂。その顔に感情の色はない。そしてやよいの焦点の合わない瞳が桂を見上げていた。 やよいにはほとんど見えていないはずなのに、その虚ろな視線を桂はひどく痛く感じる。 桂は片手にぶら下げていた戦闘員を力任せに投げ捨てた。 戦闘員は医務室の薬品棚に激突し、そこから下半身を生やしたままピクリとも動かなくなった。 桂の鬼神の如き迫力にプッチャンは絶句していた。 これがあの羽藤桂なのかと、信じられない面持ちで桂の戦いを見守る。 (やよいの目が見えてなくて不幸中の幸いだぜ……さすがにこれはやよいには刺激がキツ過ぎる……) 室内にいた戦闘員達を一瞬で蹴散らした桂は小烏丸を掴み取ると無言で廊下へと飛び出していった。 すぐさまに銃声が幾重にも重なった。 だがしかし、それは間を置かずして少しずつ数を減らしてゆく。 視線を通さない壁の向こうで何が行われているのか、プッチャンには、そして誰からしてもそれは明らかなことだった。 「くっ……!」 床を転がる桂の口から短い悲鳴が零れる。 (脇腹と肩に掠った……でもこのぐらい何ともない……!) しかし桂はそれをものともせず、低い姿勢のまま戦闘員の前へと詰め寄ると立ち上がり様に思い切り蹴り上げた。 一瞬。宙に浮く戦闘員。 抜刀。一筋の光が真一文字に走り、両断された戦闘員の身体が血の線を引きずりぶっ飛ぶ。 しかし休む間もない。今度は背後から3人の戦闘員らが揃ってマシンガンを連射してくる。 桂はそれを左右に避けるでなく、跳躍することで回避。 そのままバク転の要領で背後へと向きを変えると、逆様の視界の中で取り出した拳銃を両手に容赦なく撃ち放つ。 見惚れてしまいそうな流麗な動きに戦闘員らが対応できるはずもなく、的のような彼らにいくつもの弾丸が突き刺さった。 マズルフラッシュの光に何度も照り返される桂の顔。 甲高い音を立てて床の上に落ちる空の薬莢。 そして桂の足が再び床を踏みしめた時には3人のうち2人が血を噴き床の上へと沈んでいた。 「あと一人……ッ!」 離れた位置にいた最後の戦闘員が銃を乱射する。 だが、叫びながら放たれるそれは避ける必要もなくただ桂の傍を通り過ぎるばかりであった。 すぐに弾丸は底をつき、桂は止めを刺すべくと歩み寄ろうとし――気づいた。 叫びながら――? この戦闘員は何か違う。 今まで相手した戦闘員は全て無言で、感情が窺えるような仕草を見せなかった。 悲鳴を上げながらマシンガンを放り投げ、震える手でたどたどしく拳銃を抜く姿はこれまでのものと明らかに違う。 違う。この人は言霊に操られてなんかいない―― ドサっと音がして恐怖で顔を引きつらせた戦闘員は簡単に押し倒された。 カチャリと鳴る二つの拳銃。 桂は戦闘員の眉間に銃口を押し当て、戦闘員は桂の腹へと銃口を押し当てていた。 感情を押し殺した声で桂は言う。 「お願い。投降して――」 相手は意志を持った人間。これまでのような操り人形と化した者ではない。 ならばと桂は思うが―― 「この……化……物め……」 「っ……!」 初めて聞いた敵である人間の声。 恐怖と憎しみ。黒く濁った怨嗟に満ちた声。 化物という呪詛の言葉が桂の耳に届き心を震えさせる。 「死……ね……ッ!」 ゆっくりとスローモーションになる世界。 戦闘員が拳銃を持った腕に力をこめるのがわかる。 やめて。 それではわたしは殺せない。 お願いだから―― 乾いた音がして熱い衝撃が桂の腹部に走った。 熱い鉄棒を身体の奥深くに押し込まれたような感覚。 しかし――人でなくなった桂はその程度の痛みでは死ねない。 「く……ぅ……」 「はは、化物め……ははは、ははははははは」 戦闘員の狂ったような哄笑が桂の耳に突き刺さる。 化物。 化物。 化物。 お前は化物だ。 「ははははははは化物め化物め化物め化物め化物め化物め化―――」 一発の銃声が煩い声を掻き消した。 眉間に穿たれた穴。死んだ人間はもう二度と口をきくことはない。 ――殺した。 意志を奪われた人形じゃない。生の感情を持った人間を初めて自らの殺意でもって殺した。 それがひどく悔しくて、桂は自らの拳を堅い床へと打ちつける。 拳から真っ赤な血が滴る。人間のような。しかし、死んだ人間の残した言葉が耳を離れなかった。 「わたしは……化物なんかじゃない……!」 ◆・◆・◆・ 目を堅く瞑り耳を掌で覆い柚明の足元で震えているやよい。 いつの間にか、耳を塞いでも届いていた銃声は聞こえなくなっていた。 「終わった……の?」 「ああ……終わったぜ」 プッチャンの声でやよいはゆっくりと目を開く。 白く霞んだ世界は治療の甲斐あってか先ほどよりもずっとクリアに見えて、 だからこそ、そこに見たくない赤いモノが見えてしまう。 「うっ……」 部屋に充満した生臭い鉄の匂いに思わず口を押さえる。 やよいのすぐ傍には額を陥没させている戦闘員。それはまるで壊れた作り物のようで。 壁に背を預け崩れ落ちている戦闘員。白い壁と床に前衛的な赤いアートを描いており。 壊れた棚の中に上半身だけを突っ込んでいる戦闘員。まるで悪夢のような光景だった。 「これを桂さんが……?」 やよいが問いかると柚明は無言で頷いた。 息を飲み、やよいはよろよろと立ち上がり部屋の外へと向かおうとする。 「やよいさん……私が肩を貸すわ」 ふらふらとする身体を柚明が支えてくれる。 二人揃って部屋の外へと向かい、そしてそこでやよいは更に凄惨な光景を目の当たりにしてしまう。 足元に転がる半分しかない戦闘員。そこにあったのはあまりにも惨たらしい死というそのままの有様。 折り重なるように血溜まりの中へと沈んでいる戦闘員。暴力こそが絶対の道理であると告げるような。 まるでパズルのピースの様にバラバラにされてしまった部品でしかない戦闘員。殺人の場面であった。 「うぐ……うぇ……」 こみ上げてきたものにやよいは口を押さえて蹲った。 あまりにもここは気持ち悪い。悪夢かと疑うほどに現実味が乏しく、なのに鮮明するぎる。 「桂ちゃん……」 背後の柚明の声でやよいは再び顔を上げる。 視線の先には仰向けに倒れた死体とその傍らで立ち尽くす桂の姿があった。 「桂さん……」 ぶらりと下げた片手に握られた銃の先からはうっすらと硝煙が揺れていて、 桂はやよいに背を向けて死体を見下ろしたままでいる。 「目……良くなったんだ。……でも、こんな姿やよいちゃんに見られたくなかったな」 ぽつりと呟く桂の声は震えていた。 ゆらりと振り向くその姿は先よりも赤色に凄惨さが増していて。 そしてお腹はには一際鮮明な赤の色。じくじくと染み出すそれは紛れもなく桂自身のものだった。 「桂さん……! お腹撃たれて――」 「大丈夫だよ……これぐらい。ほら」 服をまくり撃たれた傷を見せる。 本来なら血が溢れておかしくない銃創からはわずかしか血が流れていない。 「柚明お姉ちゃん……念のため傷口をお願い」 「うん……」 柚明が傷口を治療するため桂へと駆け寄る。 やよいはへたり込んだまま青白い光が桂の傷口を癒す光景を無言で見つめていた。 「こんな化物……嫌いになって当然だよね」 駄目だ……このままでは桂がいなくなる。 全てが終わってしまってもきっと桂は自分の前からいなくなってしまう。 どんなことになっても桂は桂で、大切な友達なのに……、 遠く、その姿が遠くへと行ってしまう。 それはいけない。 行かせてはならない。 一人で行かせては、 見送ってはいけない。 立ち上がり、 やよいは桂の元へ歩み寄り、 そして―― パァンと乾いた音が桂の頬を打つ。 「やよい!?」 「やよいさん!?」 突然の出来事に目を丸くする桂。 その瞳の中に映るのは怒ったような、それでいて泣きそうな顔のやよいの姿であった。 「ふざけないでください……っ!」 「えっ……?」 「ふざけるなって言ったんですっ! なんで一人で抱え込んで……! 勝手に私が桂さんを嫌ってるなんて決め付けないで下さい!」 「やよいちゃん……」 「さっき私を庇って怪我までした人が化物のわけないじゃないですか! 何になったとしても桂さんは桂さんであることに変わらない! 私の大切な――友だちです! だからそんなこと……二度と言わないで下さい!」 「ありがとう……ぐすっ」 そう、自分の周りにはこんなにも優しい人達がいる。 例え自分がどんな化物でも、ありのままの姿を受け入れてくれる仲間。 どうしようもなく残酷で絶望的な現実の中で出会ったかけがえのない仲間達。 仲間達を守るためにどんなことがあっても自分は自分であり続けよう。 滲む涙を指で拭きながら胸に想いを秘める桂だった―― LIVE FOR YOU (舞台) 15 <前 後> LIVE FOR YOU (舞台) 17
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LIVE FOR YOU (舞台) 5 ◆Live4Uyua6 ・◆・◆・◆・ 結論から言えば、その場所には何も存在しなかった。 戦いの昂ぶりも、 想いを穢された怒りも、 帰らざる悔恨への悲しみも、 心や身体への消えざる痛みも、 何も、存在していなかった。 ただの状況と、短い言葉がそこにあった、それだけのこと。 薄暗い地下道に影が走る。 それは明らかな厚みと質感を持つ影。 標的を死へと誘う、幻影。 無様なものだ。 そう、影は思考する。 影には本来思考をするという機構は存在しない。 そのような行動を取る必要性など、無いが故に。 それでも、影はそう思わざるを得なかった。 それは、その影の機構に一部、狂いが生じている故に他ならない。 が、そもそもだ、その様な思考に至るということは、その原因となる現象が存在する、ということだ。 無様だ。 これを無様と言わずに何というのか。 当る事の無い銃弾。 止まる事の無い進撃。 無駄に消費される弾薬。 ただ無意味に響き渡る轟音。 徒労としか言いようの無い迎撃。 その全てを、無様と呼ぶしかない。 止まる事無く駆けつづけ、絶えず無様を生み出し続けながら、影は思考する。 かつては、最強の暗殺者という名を冠されたファントムが、何と言うザマか。 いや、正確に言えば、此処にいるのはファントムでは無い。 この世にファントムの名を持つものは、既に存在していないのだから。 だから、無様と思う必要など無い、そうとも思う。 だが、それでも無様と言うより他に無い。 これだけの長時間の戦闘で、何の戦果も上げられず。 完成された筈の技巧の見る影は無く、物量を消費するだけの戦いしか出来ない。 これが、ファントムの戦いだと? アインも、キャル……いやドライも、あの男も、嘲笑するだろう。 既に消費した弾薬は両の指に遥かに余る。 それでも、相手には何の痛痒も与えられ無い。 こんな無様な戦いしか、出来ないのか。 これが、仮にもファントムの名を冠する存在か。 「なあ、そう思わないか、アイン、それに……キャル」 答えが帰って来るはずの無い問いが、つい口から漏れる。 当然、返事など無く、あったのは無言の行動のみ。 前方に見える二つの影のうち、片方は今まで構えていた狙撃用ライフルをそのまま放り出し、新たに虚空から生み出した拳銃を構える。 もう片方は、未だに硝煙の香りを漂わせる両手の銃を、再び構えなおす。 獲物以外は、まるで同じ外見を持つ、人形。 敵が使用しているとかいう、アンドロイド。 「ああ、本当に」 その人形が、見覚えのある構えを取る。 銃を両手で握る人形は、半身を向け、腰を落とした姿勢で。 二挺の銃を両の手に持つ人形は、ネコを思わせるしなやかさを見せる姿勢で。 「無様だな……」 二つの影は、並んで此方に向かい、走る。 その動きに、一切の乱れは無い。 ただ、精密な機械のように、死を呼ぶ幻影が走る。 その光景に、一瞬、どう対処して良いのか、迷う。 本当に、無様だ。 これでは、処分されても、仕方ないだろう。 いくら、対峙している相手が、同じファントムだとしてもだ。 ・◆・◆・◆・ 殺される事は無い。 それは逆に言うならば、『殺さなければ、何をしても良い』という事だ。 手足を吹き飛ばそうが、二目と見られぬ顔になろうが、死んでさえいなければどうにでもなる、という事でしかない。 まあ撃たれた反動でショック状態になるという事は良くあるので、もう少し加減はされるだろうが、 それでも、殺されないと楽観視していい状況では無い。 男である玲二は兎も角として、女連中などはそれからが地獄だろう……が、それは考えても意味のない事。 だから、地下道を進む玲二は、最初から油断などしてなかった。 殺される事はない、と頭で理解していても、油断するという機構自体が、存在していないのだから。 バイクは既に乗り捨て、薄暗くはあっても視界は悪くも無く、喧騒とは無縁の地下道。 この場所において、吾妻玲二が遅れをとるようなことは、まず有り得ない。 ……それでも、その一撃は、回避不可能だった。 種類にもよるが、狙撃銃から放たれる銃弾の初速は秒速1000M近い。どれだけ鍛えようが、人では回避不可能な速度だ。 故に、長距離からの狙撃を回避する手段は2つしかない。狙撃されない状況を作り出すか、または狙撃される前に回避するか。 多少曲がりくねっているとはいえ、遮蔽物もろくに無いこの地下道で狙撃されない状況を作り出すというのは難しい。 だから、必要なのは狙撃される前、 正確には狙撃手の気配を察しその引き金を引く瞬間に回避する、という技能であり、吾妻玲二はそれが可能な存在である。 その吾妻玲二にして、第一撃の気配は、感じ取れなかった。 いや、正確には感じ取ることは出来たのだ。だがそれは、引き金を引く瞬間ではなく、引き金が『引かれた』瞬間。 限界までに磨き上げられたファントムの能力を持ってしても、 既に回避不可能な時になって、ようやく吾妻玲二は己が狙撃されているという事実に気付いたのだ。 遅い。 あまりにも遅すぎる感知。 だから、その一撃が吾妻玲二の脳髄を打ち砕くでなく、頬に切り傷を刻む程度のもので済んだのは、偶然ではなく、必然。 無論、回避不可能であったはずの玲二にとっての必然ではなく。 さりとて、最初から初弾で仕留める予定であった狙撃手にとっての必然でもなく。 言葉にするなら、この戦場が用意された時点で生み出されていた、必然。 狙撃手の引き金が引かれる前、一秒の半分にも満たない時間だけ、前に、 玲二が『別の理由によって』動き出していたからに、他ならない。 狙撃手の技量の高さへの驚愕を感じながらも、玲二は一歩目を踏み出す。 何故なら、そうしなければ、必然的な死が待っているのだから。 無論、その場所に居続ければ、狙撃手の次弾が今度こそ玲二を射抜くだろう。 だが、それよりも前に訪れる必然、狙撃手の気配よりも前に、玲二が動くことになった理由。 狙撃手のものとは異なる銃声が鳴り、玲二の居た地点に弾丸が突き刺さる。 敵は、『二人』 駆け寄る小柄な影に目をやりながら、予め持っていたM16をセミオートで乱射。 スコープに目をやる余裕が無いが、それでもおおまかな弾道は身体が覚えこんでいる。 目標は狙撃手ではない、元より咄嗟の事ゆえに、狙撃手の位置確認には失敗している。 だがその事実を悔やむ間もなく、咄嗟に身を翻す。一秒前まで玲二の体のあった地点を、襲撃者の次弾が通過する。 既に彼我の距離は70mも無い、動きを止めることは死に直結する至近距離と言っていいだろう。 故に前進を止めずに再び銃撃。 元よりセミオート故、正確に狙いを付けた訳では無いが、それでも彼我の距離を考えれば、目標の1M圏内に纏まるであろう技量による弾幕。 それが、確実に回避される。 それも、左右に避けるどころか、一秒で10mを踏破する速度で接近しながら、だ。 それでいて、その相手は確実に、玲二の動きを捕捉している。 最初の位置に刺さった、一撃目。 牽制の、二撃目。 そして、玲二の動きを読みきった、三撃目と四撃目。 既にこの一瞬の内の動きは肉体の構造上の限界に達しており、次の瞬間までは大きな移動は出来ない。 頭蓋骨は意外に硬く、丸みを帯びている為、拳銃の弾速では角度によっては即死を免れることもある。 故に、襲撃者の両の手より同時に放たれた二発の銃弾は、玲二の胴体に突き刺さる。 「ぐっ!」 戦闘が始まってから数秒、この場において初めての銃声以外の音が、玲二の口から漏れる。 右の肩甲骨付近に、二発。 装備している防弾チョッキの効能で致命傷にはなっていないが、それでも骨に響く。 だが、それでも止まるわけにはいかない。 一瞬が過ぎ、玲二の肉体が稼動しだす時には、既に襲撃者は次の銃弾を放ってくるだろう。 しかし、玲二の予感した一撃は訪れない。 その代わりというかのように、狙撃手の二撃目が、やはり玲二には感知できないまま、玲二のいた場所に突き刺さる。 それでも、今度は狙撃地点は取れた。100mにも満たない程の近距離、反撃も可能な位置。 だからと、同じ方向にいる襲撃者と狙撃手に向けて、残る弾丸を乱雑に撃ち尽くす。 精密な狙いを付けずに掃射される面制圧は、だからこそ逆に回避は困難。 それゆえ襲撃者は一旦下り、狙撃手も位置を変えた事で、一度仕切り直しとなる。 仕切りなおし、といっても、ルールのある試合ではない。 今すぐ再開されるかもしれないし、意外に長い時間休憩することになるかもしれない。 無論、玲二としては長期戦に持ち込みたい理由など欠片も無い。 ここでのんびりしている訳にはいかないし、ファントムという戦力が性質上、攻勢に特化しているという事もある。 他方、相手側からしても、この場所からの玲二の侵入はやはり想定外だったらしく、 狙撃陣地が構築されている訳でもないので、持久戦に持ち込むのは難しい。 だから、この場は間違いなく短期決戦になる。 防弾チョッキ以外に防御手段も無く、身を隠す場所も無い。 先の接触で、相手の力量も知れた。1対1でも勝ちを拾える確率はそう高くない相手が2人。 一瞬の気の緩みが己の死に繋がるこの状況下、行動を停止することは自殺行為である。 相手に狙撃手がいる以上後退するのは不可能、何より他に侵入経路は存在しない。 無論、そんな段階を踏んだ思考をしている余裕は、玲二には無い。 思考ではなく、感覚で理解し、ある意味では無謀に近い突撃を執り行う。 ポケットから換えのマガジンを取り出し、M16の弾丸を補充。武装を変更する余裕は無い。 元より、あの二人を相手にして他の武装を取る理由も無い。 数で劣る以上、突撃銃の優位を捨てて命中を取る事は出来無いし、面制圧に優れるエクスカリバーMk2は速度と弾数で劣る。 投げ捨てた空のマガジンが数メートル後方の床に落ち、それが立てる高い音を聞きながら、玲二は僅かに思考する。 既に襲撃者は此方に向かい突撃を開始し、狙撃手の銃弾も恐らくは数秒の内に放たれる。 思考する余裕など見出せない状況の中で、それでも思考する。 これは、どういうことなのだ、と。 陣地の制圧には、面の打撃力が必要となる。 無論、決定的な局面を決定付けるのは、点の突撃力なのだが、そもそもその局面に至るのに打撃力は必要不可欠なのだ。 相手の陣地に、蟻の一穴を開ける一矢も、それでけでは単なる集中攻撃の的でしかない。 敵陣全体の力を削り、それによる点の強弱を生み出し、突撃地点を決定付ける圧倒的な打撃力こそが、真に必要。 最も、玲二自身もその辺りは殆ど座学でしか知らない。 軍隊にいた経験などある筈も無く、強固な陣地への突撃経験も殆ど無い。 そもそも、多数の相手に突撃せざるを得ないような状況を生み出してしまうこと自体が、暗殺者としては落第だ。 狙撃、変装、買収、偽情報、予めの仕掛けによる面爆破、堅実かつ確実な方法などいくらでもある。 そういう観点で言うならば、今この場での玲二は、ファントムとしては落第であろう。 だが、ファントムとしては落第だからこそ、今この状況で戦えている。 ファントムで無くなった後の日々。 当ての無い旅を続け、下調べも不十分に、多数の敵への突撃を繰り返す。 心では死に場所を求めているのに、技巧を刻み込まれた身体は、何時しか自然と対処法を学んでいく。 完成されていた頃の玲二ならば、この場は逃げを打っていただろう。 既に奇襲でも何でもなくなった攻撃に、不足しがちな打撃力。身を隠す遮蔽物も無く、乱戦に持ち込むにも難しい戦況。 敵は玲二と同じかそれ以上の力量の相手が二人。 しかも待ち構えている場所への突撃など、無謀以外の何者でもない。 それでも、玲二は前に進む。 後退するための一時的な前進ではなくて、明確な前進。 確かに、玲二にはこの場で退くことの出来ない理由がある。 突撃のタイミングを合わせている以上、ここで玲二が退けばそのシワ寄せは他の連中に降りかかる事になる。 最初の牽制でも何でもない一撃から考えると、主催者側が此方を殺せないというアドバンテージは、もう存在しないと考えていいだろう。 玲二が退けば、眼前の敵が他の連中に襲い掛かるという可能性もある。 この敵の力量で本気で殺しに掛かられたら、生き残れるのは何人居るかだ。 だが、それらは玲二が無謀な突撃を行っていい理由にはならない。 玲二の目的とは、まず玲二自身が生き残らなければ果たされる物では無い。 加えて、他の連中も何人か……九条むつみやウェストらこの地からの脱出に必要な人間を除けば、死なれて困る訳でもない。 個人的に何人か、死なれたら目覚めが悪いのが居ないわけでも無いが、それでも目的と秤に掛ける程では無い。 それでも、玲二は前に進む。 前に、『進んでしまっている』 言うまでも無く、吾妻玲二は最強の名を冠された暗殺者、ファントムだ。 魔術やチャイルドと言った絶対的なアドバンテージを抜きにして考えた場合、 玲二が越えられないのならば、この場を参加者が越えるのは不可能であると言えるだろう。 だが、それがそもそもおかしい。 進む理由など無い、そのはずなのに、だ。 考えるというレベルに達していない玲二の無意識の思考を遮るように、軽めの足音を立てながら襲撃者が迫る。 作り物のような、いや、恐らくは真に作り物の表情に何ひとつ変化を起こさないままに。 その速度は玲二と殆ど変わらない、いやと比べると装備の軽さの分、速いくらいだ。 駆け寄る襲撃者を視界から外さないようにしながらも、狙撃手の位置を探る。 襲撃者の拳銃の口径ならば、よほど当たり所が悪くなければ対処は可能、だが狙撃手はそうはいかないからだ。 ライフル弾ならば、仮に防弾チョッキの部位であっても貫通し、致命傷を与えてくる。 肩や首を掠る程度でもその衝撃は楽に脳震盪を起こし得る威力があり、先ほどの切り傷程度など奇跡に近い領域の軽症だ。 だから、狙撃手から目を逸らすわけにはいかない。 並みの狙撃手なら撃つ気配である程度対処できるが、この相手は目を逸らせば即、死に至る。 視界の隅に僅かに映る、ライフルを持ちながらポジションの移動をしている狙撃手、襲撃者と同じ顔を持つ少年。 やはり、その顔には能面のように何の表情も浮いていない。 その表情を目にして、玲二は敵の正体を知る。 いや、既に漠然とした理解は玲二の中に存在してはいた、 ただ、その表情が、 出会ったばかりの頃の深優・グリーアを連想させるその表情が、 ようやく、明確な文字を玲二の脳裏に浮かび上げる。 戦闘用アンドロイド。 常人を遥かに越える身体能力を持つ、兵器。 それが、二体。 予感が、あった。 ……いつからか? 一秒前かもしれないし、一分以上前からかもしれない。 最初の一撃を受けた時か、それともこの地下道に入った時からか。 ホテルでの作戦会議の時かもしれないし、あるいはそれよりもずっと前からか。 銃火が薄暗い地下道に瞬き、硝煙の香りが少しずつ濃さを増す。 金属のぶつかりによって生まれる歪みの音が鳴り響き、喧騒が世界を覆う。 歩みを止めれば一秒と掛からずに屍となる空間。 徐々に激しさを増す心臓の鼓動が、未だに自身が生あるものだと告げる。 受け手に周る事は許されない。 それは、即ち敗北を意味するのだから。 盾と矛は同等だが、盾と銃は同等ではない。 ましてや盾の無い、攻撃同士のぶつかり合い。 攻撃を止めるということは、己の武器を放棄するということだ。 走り、伏せ、回り、跳ぶ。 持ちうる限りの技巧を尽くし、前に進む。 この状況においては、後退以外は前進と同等だ。 生きて、動いている限りは全ては攻撃の一動作と成りうるのだから。 それが高槻やよいどころか、羽藤柚明の徒競走にすら負けるほどの時間が掛かっているとしても、だ。 (……19、20) 速射状態のM16の弾丸が尽きる。 残りの段数は常に把握しているので弾切れを焦る事は無いが、 「チッ」 その瞬間を狙い済ましたかのように、いや、間違いなく残弾を把握した上で襲撃者が迫る。 僅かに右側、一瞬間までいた場所に弾丸が突き刺さる。 足を止める暇すらない。 弾幕を切らせばすぐさま押し込まれるの事はとうに理解している。 M16を右脇に挟み、右手のみでマガジンの交換作業を行なう傍ら、左手に構えたSIG SAUER P226で狙撃手に牽制を与える。 自身への攻勢が一瞬完全に途絶えた事を察した襲撃者が迫るが、足で地を蹴り小石を撒き散らして牽制。 稼いだ一瞬で交換を終えたM16を再び構えなおし、弾幕を仕掛ける。 だが、その移り変わる刹那、 「ぐっ」 襲撃者の放った二発の弾丸の内一発が、腿の前部を掠める。 歩くのに支障の無い部位だ、気にする必要は無い。 そうして、弾幕を形成しようとした瞬間、3回目の引き金を引こうとした瞬間。 全力で、左に転がる。 ギリギリで回避出来た凶弾、数えて5発目の狙撃が通り過ぎる。 (どういう、ことだ) そういう事があると、聞いてはいた。 だが、例え聞いていなかったとしても、見間違える筈が無い。 それでも、問わずにはいられない。 狙撃手の能力 結局、完全に学びきることの出来なかった狙撃能力。 襲撃者の能力 見い出し、その発展系をこの島で見る事になった戦闘能力。 疑いようもない。 この敵は…………ファントムだ。 地を這う凶弾 ファントム・アインと 走り寄る影 キャル、……いやファントム・ドライを用いた、戦闘兵器。 それが、この場所を守る、敵の正体。 「これが……」 ……思わず、問いただしたくなる。 だが、そのような躊躇など許される筈もなく、立ち上がる動作の中で既に撃ち始める。 その状況であっても射撃能力に衰えは無いが、それでもまるで当る気配は無い。 当然だ、既に襲撃者、いやドライ´は右側に前進している。 その状況から攻撃されれば、アイン´とドライ´の十字砲火を受ける事になる。 だから一瞬だけ狙撃手、アイン´の存在を忘れる事にする。 ドライ´に残りの銃弾を使い尽くす勢いで連射を行い、どうやら防弾装備でないドライ´はそれでようやく後退する。 その速度に遅れを取らないように追随する。離れればまたアイン´の狙撃が来る。 走りながら、まだ僅かに弾の残るM16のマガジンを交換する。P226の出番は無かった。 余力が生まれた事で、思考が再開される。 本来そのような事はしないが、それでもつい考えてしまう。 (無様なものだ) 走りながら、思考する。 これを無様と言わずに何というのか。 当る事の無い銃弾。 止まる事の無い進撃。 無駄に消費される弾薬。 ただ無意味に響き渡る轟音。 徒労としか言いようの無い迎撃。 その全てを、無様と呼ぶしかない。 (これが) 疑いようはない (こんな) 最初から予感はあった。 (こんなものが) 撃たれたときから、見覚えがあった。 (こんなものが、ファントムの戦いだと?) こんな、二人がかりで、ファントム崩れひとり殺せないような、無様な、代物が……ファントムだと? 玲二は、普通の人間である。 撃たれれば血が出るし、その欠損は確実に肉体の動きを損なう。 致命傷を上手く避け続けたところで、待つのが出血多量による死であることは変わらないし、そもそも足でも射抜かれればそこで勝負ありだ。 戦闘開始した距離は100m程度。 双方の技量と得物からすれば至近距離である。故に高速で行なわれる戦闘は開始してから未だ一分と経過してはいない。 だが、そもそも一分あれば充分すぎる筈なのだ。 ファントムである玲二と、それに互する相手が二人。 遮蔽物の無い真っ直ぐな通路に、お互い身を隠す装備も無い。 遅滞防御を目的とした足止め目当ての戦場で無い、明確な撃ち合い。 フルオートを用いずとも、双方合わせれば100を越える弾丸を楽に放てるだけの時間。 この状況で、未だに決着が付いていないというのは、明らかに異常であると言える。 そもそも、最初の一撃が『外れる筈が無い』のだ。 偶然による回避ならともかく、あれは必然だった。 アイン´による必然でも、玲二の必然でもなく、第三者、ドライ´の介入による、必然。 第三者の介入というと偶然の部類に入るが、この第三者は、この場に居るのが必然であった相手だ。 アイン´の能力に不安が残るが故に、最初の一撃は牽制で、ドライ´が本命という段取りであったなら、判らなくも無い。 確かに、ドライの技量は特筆に価する。 純粋な人間に、技量で遅れを取ったのはこの島では二度目だろうか。 だが、その遅れは敵であるはずのアイン´によって、取り戻された。 明らかに、噛み合っていない。 アイン一人だけなら、既に脳漿を流すだけのオブジェになっている。 キャル一人だけなら、今頃は糸の切れたマリオネットのようになっている。 それなのに、何故二人で来た? ドライ´が動かなければ。 アイン´が、最初の一撃以降牽制に徹していれば。 それだけのことで。 たったそれだけのことが出来ていれば、すでにとうにカタが付いていたのに。 相手は連携がまるでとれていない。 ホンの僅かでもとれていればそれで充分なのに。 充分に俺を殺せるだけの技量を持っているのに、自分たちでソレを無駄にしてしまっている。 無様を生み出しながら、三度目の突撃をドライ´が慣行する。 もはや大きな動作は必要ない、最小限度の動きで事足りる。 その間にM16をディパックに収め、ゆうゆうとベレッタに持ち換える。 ドライ’の位置を調整し、アイン´の射線上に来るように誘導する。 そうしてアイン´を封じておきながら、ドライ´が攻撃に移るタイミングを見計らって、アイン´の射線上に半歩だけ踏み出す。 ドライ´がその動きに合わせて狙いを向けようとしたところに、アイン´の狙撃が割り込み、ドライ´がバランスを崩してたたらを踏む。 その機を逃さずドライ´に両手で一発ずつ撃ちこむ。無論、既にアイン´の射線からは再び身を隠してある。 狙いは、わき腹と内腿。 どちらも狙い余さず、ドライ´が僅かによろめく。 そして、後退、その動きには不自然なところは見られない。 動くのに支障の無い部分を掠めるように、あえて狙ったのだから当然だ。 そして、そのドライ´を追い、前に出る。 ドライ´を仕留めるのは簡単だが、そうなると今度はアイン´を相手するのが難しくなる。 だからダメージだけ与えて後退させた。殺してしまっては盾にならない可能性がある。 ダメージが低い箇所を狙ったのは、単に敵が負傷時にどんな対応をするかが未知数だっただけの事。 走るのにも支障が無いようにしたのは、負傷した速度に合わせると時間がロスするから。 お互いの連携など、考えられるように出来ていないのは明白だ。 決められた命令、この場合は俺を殺すこと、のみ考えて向かってくる。 だから、お互い邪魔しあっている。 ドライ’が射線上にいればアイン’は撃てない。 それでも遮二無二命令に従う為に、隙を見つければ考えずに撃ち、それがドライ´の行動を妨げる。 これがもしアインならば、俺がドライ’を盾にしていると理解した上で、その上で俺の行動を読み取って撃ってくるだろう。 キャル、いやドライ´の近接能力は確かに高い。 だが、いくら高い能力を持とうとそれを生かせなければ意味が無い。 キャルの能力は天性のものだ。それをいくらコピーしたとしても真似など出来ない。 なるほど、確かに身体能力は深優同様大したものだ。素の能力なら俺はおろかキャルを上回っている。 だが、それだけだ。 キャルの動作は、あくまでキャルにとっての最適動作でしかない。 キャルの天才性によって生み出されたファントム・ドライの能力は、キャル自身でなければ生かせない。 だから結果として、ほんの少し、一秒の数分の一にも満たない時間だが、動作に乱れが生じる。 そこを利用すれば、簡単にあしらえる。 ……カタログスペックだけを過信するからこうなる。 俺以上の、ファントムシリーズの中で最高の精度を持つアインの狙撃技術。 天分の才による、圧倒的の一言に尽きる、ドライの突撃力。 それを、深優に匹敵する能力のアンドロイドに搭載すれば、確かに俺を遥かに超える強力な兵装になると思えるだろう。 ああ、確かにその発想自体は悪くない。 だが、なら何だこの体たらくは。 連携の欠片も無いバラバラな攻撃。 本来なら俺が気付いていようとも避けきれないアインの狙撃技術は、ドライ´の無謀な突撃によって感知され、 その後もドライ´に当ることを恐れてか、散発的な攻撃しか出来ない。 そしてその散発的な攻撃は、ドライの動きを妨げ、結果として致命的な隙を生んでいる。 最初の一度目は散発的な反撃をしつつ見送る事しか出来なかった。 だが二度目は確実に狙い打つだけの余裕はあった。 三度目ともなれば、手足の二本も撃ちぬけるほどに。 だが、あえて見逃す。 盾のない状況でアイン´に近寄るのが困難ということもあるが、それよりももっと許しがたい理由で。 その思惑などまるで知らず、ドライ´は再び此方に向かってくる。 アイン´も、下ろうとはせず、取り回しに不自由な狙撃銃を構えたまま此方の隙を伺うのみ。 もはや、彼我の距離は二秒と掛からないほどの縮まっている。 最初の位置から考えれば、至近距離としかいいようのない位置。 この状況で、何故まだ無駄な攻撃を行なうのか。 これが、仮にもファントムの名を冠する存在か。 無駄な突撃を三度も繰り返しているのに、何故また同じ事しかしない。 ドライ´が時間を稼いでいる間に、アイン´が後方に再び狙撃陣地を構築して、そこから狙い撃ちをしてもいい。 或いは、ここは引いてもいい。 基地内で他の兵に紛れて影から襲われては、進むもものも進めない。 出来損ないとは言え、俺を含む数人以外が相手なら、十二分に殲滅できる戦力をここに無駄に配置しておいてどうする。 外見が同じアンドロイドというなら、他の固体に紛れて攻撃させればどれだけの恐ろしい敵か。 その程度の判断も出来ないから、ここでこうして、壊れる事になる。 予測ではなく、確定事項だ。 ドライ´は、失敗作だ。 高い身体能力と高い技能の両方を持っていても、それを併せて用いれなければ意味が無い。 身体能力は生かしきれず、技能は再現できない。 結果として、二つの能力がお互いの足を引っ張り、欠点となってしまっている。 改良は、出来まい。 それでいて、単独での突撃を好む。 どうせ入れるなら深優の能力をコピーすれば良いものを。 能力的にまるで合っていないキャルの能力をコピーしたところでそれは唯の粗悪品だ。 自転車の部品をバイクのに積んだとしても、それは単なるガラクタ。 よしんば動いたとしても、それは無駄に図体が大きく、小回りの効かない自転車でしかない。 そんな適当に作ったものを使ってどうする? 兵器とは、いや道具とは、生み出したものを試し、改良を積み重ねていって始めて使い物になるのだ。 能力の把握出来ていないものを強引に使うからこうなる。 ……だが、アイン´は手を加えれば良い兵器になるだろう。 現時点では状況判断力の無いただの失敗作でしか無いが。 そこはばかりは「あの男」の慧眼と腕を認めざるを得ない。 高い狙撃能力と、裏打ちされた技術の積み重ね。 アインから俺に伝えられた、既に継承された技術。 それをアンドロイドの能力に組み込む事はそんなに難しい事ではない。 ――玲二の知るよしも無い事だが、異なる世界、キャルがドライと称された世界においての話。 玲二の言うあの男、ファントムの生みの親たるサイス・マスターが、まさに玲二と同じことを言っていた。 アインによって完成した技術は、だがそれだけでは意思無き道具に過ぎず、 それ故、自らの意思で人を殺せる玲二ことツヴァイは更なる完成形として。 だが、それ以上の才能を持つキャルは、逆に高すぎる能力と押さえ切れぬ感情から、ドライの名を与えられながらも失敗作として。 そして、後にアインを元にしたフィーア以下6人のファントムシリーズが完成する。 ファントムとして作られ、ファントムを育て、ファントムであることを捨てた玲二。 創造主たるサイス・マスターを最も強く憎む玲二が、彼と同じ思考に至ったのは、何かの皮肉と言うしかないだろう。 最も、そんな考えに意味は無い。 二人とも、此処で壊れるのだから。 ただ、壊れたとしても、そこで終わりとは限らない。 無論、そのまま失敗であったと打ち捨てられる事のほうが多いが。 その情報を元に、新たな改良点が見つかることもある。 丁度、戦い破れたものが、そこから這い上がる様にも似ているだろう。 ……そして、改良などさせはしない。 そんなことを、させてやる理由など何処にも無い。 アイン´も、ドライ´も、ここで壊す。 これ以上、存在を許してやるものか。 何が悪いのかとか。 どこを修正すればよいのだとか。 こうすればよかったなどと、何も考える余地も与えられない程に、壊す。 それが、 それが、俺に出来る唯一の手向けだ……アイン。 いつの間にか、玲二とアイン´の距離が、ドライ´のそれと大差の無い位置まで、前進していた。 アイン´は狙撃銃を捨て、拳銃を両手で握り、半身を向け、腰を落とした姿勢で。 ドライ´は二挺の銃をそのままに、変わらぬネコを思わせるしなやかさを見せる姿勢で。 二人同時に、玲二に飛び掛る。 その光景に、玲二は一瞬対処に迷いを覚える。 対処不可能という迷いではなく、何かしらの感慨を思い起こさせられたのでもない。 ただ、今更になって漸く行動パターンを変えた事に対する、呆れのようなもので。 短く溜息を付きながら、玲二は前進する。 丁度、アイン´とドライ´の中間になる位置まで。 一見すると、挟み撃ちにされた危険な状況であるが、実際はそうではない。 玲二に当らなければ、お互いの銃弾がお互いを射抜く位置関係になる為、二人とも撃てない。 一瞬の判断によるものだろう、アイン´は銃を片手に持ち替えて右手でナイフを掴み。 ドライ´は跳躍から延髄を目掛け跳び蹴りを仕掛けてくる。 その思考速度は非常に褒められるものではあるが。 それも、玲二の予想の範囲でしかない。 命を奪う一撃が2つ、玲二に向けて放たれる、その一瞬前。 “カツン” と、硬い音が地下道に響く。 それほど大きな音では無いが、それでもアイン´とドライ´の動きが、一瞬だけ停止する。 その機を逃さず、玲二の右手がアイン´に伸びる。 その手にあった筈のベレッタこそ、先ほどの音の原因である。 意図的に自由にしたその右手が、突き出されるアイン´の右手に伸び、その勢いを殺さぬように、玲二の左側に流され、 同時に左手のP226を右側に向ける。 そして、 アイン´のナイフがドライ’の首筋を切り裂き、 左手に携えた玲二の銃がアイン´の心臓を貫く。 玲二の側に二人から、鮮血が花のように散り、 それで、終わり。 能面のような表情は動かないが、それでもその顔からは血の色が失せ、 能力によって顕現されていた銃は、光の粉となって散った。 どのように作ろうと、人としての形を保っている以上、その急所も変わらない。 人を殺すことにのみ特化された道具を相手にすれば、不出来な人が生き残れる筈も無く。 この場で費やされた時間は、普通の兵士二人を足止めに用いたとしても大差の無い程度。 完成された暗殺道具に、粗悪なガラクタをぶつけた、当然の結果。 故に、完成された道具はガラクタを返り見るなど事なく。 「…………」 無言で、二人の頭部に二発、脊髄とこめかみを正確に打ち抜く。 仕組みなど知らないが、脳を破壊されればそのデータを再現は出来ないだろうから。 それっきり、玲二はもう二人を返り見る事などなく、 「 」 短い言葉のみ残して、通路の先に消えた。 これで、もう。 今度こそ、再会する事は無い。 その可能性は、断ち切った。 ふと、思い出が流れる。 キャルと居る時以外の、唯一光る色を持つ記憶。 決して楽しい記憶だけでは無いけれど。 それでも、決して忘れえぬ過去。 二度と帰らざる、想い。 その想いと共に、言葉を、 「さようなら……アイン」 出会うことのなかった彼女に、 告げることのなかった別れの言葉を、告げた。 LIVE FOR YOU (舞台) 4 <前 後> LIVE FOR YOU (舞台) 6
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LIVE FOR YOU (舞台) 18 ・◆・◆・◆・ 長く長く続く地下通路。その中を絶叫という名の風が荒れ狂っていた。 天井を床を、魂を揺さぶるような咆哮が通路の中を轟き渡る。嘆き、怒り、悲しみ、それらが何重にも木霊している。 何者か。漆黒の影が空気を引き裂き、縦横無尽にと通路を走りぬけ、その感情を破壊へと変換していた。 走る人影の前に巨大な影が立ち塞がる。それは金属質な表皮を持つ大熊の様なオーファンであった。 一声嘶き、オーファンが人影へと爪を振り下ろす。 ひとつひとつが鉈の様なそれを喰らってしまえば人間などひとたまりもないだろう。だが人影はそれを容易く受け止めた。 次の瞬間、オーファンの背中が爆発した。 内臓がクラッカーの様にばら撒かれ、それは光の粒子となって空に解けて消える。 後に残るのは人影だけ。そして人影はまた再び咆哮を轟かせ次の得物を探し始める。その嘆きを沈めようと――。 一体、二体、三体……と打ち砕き、ほどなくして人影の周囲からオーファンの姿は見えなくなった。 だがしかし、何十もの化物を倒そうとも人影の悲しみは癒えることがない。なにかをすれば癒えるというものではなかった。 それでも、それでもしかし彼はその怒りをなにかにぶつけなくては今を耐えることができなかった。 ズン……と、響く音と共に地下通路の壁に亀裂が走る。 二撃でそれは蜘蛛の巣のように広がり、三撃目にて壁は粉砕され崩れ落ちた。 粉々に。破壊されたものは二度と元には戻らない。手から零れ落ちたものは二度と拾い上げることができない。 そんな空しいだけの光景であった。 聞く者に悪寒を走らせるような嘆きを轟かせるのは、大十字九郎。 彼はまた仲間を失ってしまっていた。 まただ、また仲間を失ってしまった。 もう二度とそんなことはさせまいと誓ったのに、神崎黎人の声は無常にもそれを告げてしまった。 いつも明るく努め、何かと周りに気をつかっていた心優しい女の子である山辺美希。 言葉こそ冷たいものはあったものの、その奥では皆に理解を示し歩み寄ろうとしていたファルシータ・フォーセット。 そして、クリスと共に苦難を乗り越えて新しい幸せを見出し、それを必死に守ろうとしていた玖我なつき。 三人の名前が告げられてしまった。 彼女らの死を知って皆も悲しんでいるだろう。悲しまないはずがない。皆は仲間だったのだから。 クリスは今どうしているのだろうか? 彼は立っていられているのだろうか? 自分が傍にいなくても大丈夫だろうか? しかし、 誰がどこにいるのかもわからない。差し伸べようにもどこに手を伸ばせばいいのかもわからない。 周りを見る。自分だけだ。誰も近くにはいない。皆はどうしているのだろうか。そんなこともわからない。 わからないことばかりだ。誰かが助けを呼んでいても聞こえない。誰かが苦しんでいても救えない。 不甲斐ない。辛い。苦しい。無力な自分が情けない。悲しい。憎くすらある。 ――守るべき時に守れない力なんて……なんの意味がある? 九郎は黒き翼を広げると再び飛び立とうとした。 何かをしていなければ自分という存在がほどけてしまいそうで、しかし不意にマギウス・スタイルが解け床に落ちる。 「――――ぐっ!」 九郎の口からうめき声が漏れた。 落下の衝撃だけでなく、付与魔法の効果がいっせいにキャンセルされたせいでその反動が強く身体を苛む。 途端に心臓が主張を強め、ドクンドクンと大きな音を鳴らし始めた。 身体中が引き絞られるような感覚と、這い蹲る自身に無力を痛感し、瞑った瞳から涙が零れる。 「たわけがっ! 激情に我を失い暴走するとはそれでも汝は魔術師の端くれか!」 蹲っている前に立つアル・アジフより叱咤の声を浴びせかけられる。 マギウス・スタイルが強制解除されたのは彼女の仕業であろう。九郎の中に感謝と恨みとが合わせて浮き上がる。 「これも全て覚悟の上ではなかったのか! だからこそ妾らは此処にいるのではないのか!?」 アルは両手を広げて周りを見渡す。そこにあるのは破壊と破壊と破壊と残骸。戦闘の痕であり、戦場である。 彼女の言う通りであった。 魔術師と魔導書は強大な力を持つ。故に敵方よりマークされているだろうと陽動を買って出たのは九郎自身である。 敵である一番地とシアーズ財団の戦力は強大だ。対してこちらと言えば20にも足りない小集団。 また、その中には無力と言っても差し支えないような者も混ざっている。 意気揚々とした姿を見せてみても劣勢なのは厳然たる事実。だからこその作戦であり、個々の役割であった。 「違うか!?」 違いはしない。だがしかし、九郎は考えてしまうのだ。もし、どこかで、違う選択を――と。 この地下に入ってよりすぐ、結界が張られていることにアルが気づいた。 言われてみれば確かに魔術師の鼻にはよく臭う。そしてこれはアル曰く、魂霊的なものの逃亡を阻むものらしい。 つまり、首輪から”想いの力”が抜け出しても一番地はこの結界で捕らえ収集することができるのだと言う。 それが何を意味するかというと、HiME(参加者)以外ではHiMEを殺傷できないという前提が崩れたことに他ならない。 「汝はなんと言った!? あの月夜を見上げてどうだと言ってみせたのか!?」 ならば、作戦など放棄して、いち早く仲間と合流できるよう進むべきだったのではないか? 勿論。そんなことをすれば敵の戦力も集中することとなり別の危機が発生するだろうと理屈では解っているのだが、 しかし今目の前の結果を見ると、どうしても他の可能性はなかったのかと考え、後悔ばかりが募ってしまう。 「汝はここで何を見た! 何を聞いた! 何を知った! 妾とおらぬ間に何を得てきたのだ!?」 何を? 何を、とは――何をとは、それは――それは、あの殺し合いの中で――…… ”つまり、倒れた牌はその次の牌に、その牌はまた次の牌に……残された者の背中に乗っているの” そう。大十字九郎は知っている。自分が何者であるべきかを。 ・◆・◆・◆・ 九郎が頭を上げたその時、新手の敵が通路の向こうより現れた。 今度の敵はオーファンではなくアンドロイドが3体だ。 だが、これまでに相手をしてきた量産型――つまりは深優とよく似た女性型のものでなく、男性型のものである。 様子も違う。銃器などを乱射し闇雲に攻めてくるようでもない。 そして、九郎はそのアンドロイド達の様子にどこか既視感を覚えた。それは――。 「九郎。マギウス――」 「――待ってくれ」 ふらつく足で立ち上がった九郎は、人書一体となろうとするアルを制した。 アルの眉毛が釣り上がる。まだ自棄になっているのならば灸が足りないのだと思ったのであろう。 だがそれは少し違った。 「無謀なことを言うでない!」 「わりぃ、ちょっと頭を冷やすだけだ」 言って、九郎は生身のままアンドロイド達へと突進した。あまりの暴挙に、背後に残されたアルは息を飲む。 「――――」 無言で一体目のアンドロイドが九郎の前へと肉薄した。 両の拳の構え。これは拳法を使うらしい――と、花火のように連続する爆音が鳴り響き、九郎の身体を弾き飛ばした。 口から血を零しながら床を転がる九郎を見て、アルが悲鳴を上げる。 「(…………手加減してくれ、なんて言えねぇよな……おっさん)」 その絶技の名前は『八咫雷天流“散華(はららばな)”』と言った。 「――うおっ!」 十や二十の拳を叩き込んだからといってアンドロイドが満足するはずもない。 転がり逃げる九郎を追うと、破れかぶれといった風に繰り出された反撃のパンチを取り、その肘を折らんと腕を絡ませようとした。 だが、九郎はアンドロイドの腹に蹴りを叩き込むことで辛うじてそれを免れる。 「(…………漢気!)」 アンドロイドは一体だけではない。そして三体もいればコンビネーションも取ってくる。 二体目のアンドロイドが繰り出す攻撃に九郎の顔が青褪めた。 それはただの正拳突きでしかない。だが、そこから連想される人物が、彼の姿がそれを岩をも砕く一撃だとイメージさせた。 「――――ッ!!」 両の腕をクロスさせてガードしたにも関わらず九郎の身体が宙に浮き、放物線を描く。 腕の骨が折れたかもしれないというのに、何故かその荒唐無稽さがおかしくて九郎の口が笑みの形に歪んだ。 「(…………まだ諦めちゃいけねぇよなぁ)」 床へと叩きつけられた九郎の目に、天井に張り付く三体目のアンドロイドの姿が映る。 片方の腕を蛇腹状に改造されたそれは、その腕を長く伸ばすと握っていたダークを九郎の心臓目掛けて投擲した。 それは正確に九郎の心臓へと進んでくる。一瞬の半分ほどの後には彼を絶命させているだろう。だが―― ――打ち合う金属音。一瞬の後、しかし九郎の命はまだ健在であった。 「それで、汝の頭は冷えたのか?」 「ああ、おかげさまでな」 見れば、九郎の足の間にバルザイの偃月刀が突き刺さっている。 誰がこれを投げて、どうやって彼の命が救われたのか、それを説明する必要はないだろう。 ――『マギウス・スタイル』 再び、人書一体となった九郎とアルとがその場に現れた。今や彼の顔に先刻のような激情の気配はない。 悟りを開いた……というと大げさか。それでも清涼とした静かな表情であった。 「俺は、何があっても最後の最後まで立ってなけりゃいけないんだ」 九郎は手に取ったバルザイの偃月刀の切っ先で宙に五芒星(旧き印・エルダーサイン)を描く。 星の形で輝くそれには、今はまた別の意味があった。 「泣くのは一番最後って決めたからな」 その意味の名は――希望。 希望とは、あらゆる苦難と絶望に押し潰されようとも決して潰えないもの。 どれだけ追い詰められようとも、それは必ず小さな瞬きとなって目の前で輝いている。 前を向いて目を見開いてさえいれば、それがいかに小さくなろうとも必ず目の前に存在しつづける可能性。 それは、ほんの小さな運命の破壊者。 瞬間。九郎の姿が光となりて、アンドロイド達の間を稲光の様に通り抜けた――……。 ・◆・◆・◆・ 「……これで、ここは打ち止めか?」 砕けたアンドロイドの残骸が散らばる音を耳にし、九郎はふぅと大きく溜息をついた。 ”なーにが、ここは打ち止めか? だ。戯けめ” 頭の中で響く不機嫌そうなアルの声に九郎は苦笑する。 またしても醜態を見せてしまったことになる。こんなことはこれでいったい何度目やら。面目ないと言ったらしかたがない。 現実的な問題も一切解決はしていない。ただの一人相撲と言われてしまえば返す言葉もなかった。 「悪かったって……。でも、まぁ……もう大丈夫……だと思います」 やれやれと頭の中でアルが盛大な溜息をつく。しかし、それがどこか心地よかった。 そして、九郎は残骸と化したアンドロイド達――あれらの後ろにいたかもしれない”彼ら”にも「大丈夫」だと心の中で呟いた。 これから先はもう長くはないだろう。後、もう少しで何があろうと決着はつくはずだ。 だが、もはや道は見失わない。と、九郎は心の中に星を浮かべて彼らと、そして”あの少年”にそれを誓った。 「さてと、このまま一気に一番地の本拠地まで行きたいところだが……」 「うむ。警戒せねばならぬぞ」 小さなアルが肩口から飛び出して直接に忠告を発した。 ただひたすらに長い通路の先からはもう敵の気配はしない。 オーファンが発する特有の波動も、アンドロイドから漏れてくる僅かな電磁波も魔術師の感覚には捉えられない。 だが、それとは別の不穏な気配が通路の遥か先より、僅かに漂ってきているのを二人は感じ取っていた。 あまりにも原始的な負の波動。それが何か、アル・アジフには覚えがある。 「急ごう。やよい達が心配だ」 「油断はするな」 それは悪鬼の気配だ。あの、強大な負の衝動の塊。あれの恐ろしさを彼女はよく知っている。 知っているからこそ、細心の注意をそちらに向け、だからこそ”目の前の不吉”の気配に気づくことができなかった。 九郎の背中から展開された黒い羽が空気を叩く。 そこまでは10メートルもない。マギウス・ウイングの加速ならば1秒とかからないだろう。 半秒後にアルは何か不吉だと勘付いた。しかし、残りの半秒でそれが何なのかを特定することができなかった。 もし、悪鬼の気配が彼女の気を引いてなければこれは回避できたのかもしれない。 しかし、そうなってしまう以上、別の可能性などに意味はないのだ。 少なくとも、もう一度やり直すなど今の彼と彼女には不可能。 「――――九郎ッ!」 「――――なっ!?」 頭上の遠くより鈍い音となって爆音が響く。それが何を意味するのか、理解した時にはもうそれは始まっていた。 天井が撓み、高さ50メートルにも及ぶ土塊が彼らを押し潰さんと迫る。 視界は暗闇に閉ざされる。 果たして、 彼と彼女はこんな暗闇の中でも希望の光を見つけ出すことができたのだろうか? 轟音が、その答えを掻き消した――…… ・◆・◆・◆・ 吾妻玲二。 またの名をファントム・ツヴァイ。 まだ少年と形容してもおかしくない彼は明かりの乏しい地下道を歩きながら補給――つまりは握り飯(深優作・紅鮭)を食べている。 右腕に抱えている不釣合いな、それなのに少しも不自然さを感じさせない自動小銃以外は、やはり普通の少年にしか見えない。 だが、彼は某大国の犯罪組織『インフェルノ』により作り出された暗殺者なのだ。 ファントムシリーズの二番目にして、現存する中では最後の一人。 インフェルノの幹部であり、ファントムシリーズの作成者であるサイス・マスターのは彼のことを最高傑作だと語っている。 最強の暗殺者。それは最高の殺人技術の保持者であることを意味する。 少年少女の柔らかさを残しながらも素手で容易く屈強な男を屠れる身体能力。 銃、ナイフは言うに及ばず、爆発物から毒、原始的なトラップにまで及ぶ広大な知識。 軍属するスナイパーにも匹敵する精度の狙撃能力に、コマンダークラスの近接戦闘能力。 感情の揺らぎを見せずに人を殺せれば、対象と熱い恋人を演じることすらできる柔軟な判断力。 そして、おおよそどこの都市部にでも違和感なく溶け込める、標準的なティーンエイジャーの外見。 これらはファントムシリーズと呼ばれた少年少女達が持つ基本的なスペックである。 その中でも最高傑作と呼ばれたのが吾妻玲二なのだから、その能力がどれほどかは考えるまでもない。 事実。この島に残る人間達の中でも最高クラスの戦闘能力の持ち主である。 しかし、こうして能力を並べ立ててみるとどうしても信じられない。 能力が、ではない。彼は既に幾度となくその能力を我々に見せ付けている。 そうではなく、 それだけの戦闘能力を持つ彼が、吾妻玲二がまさか―― ――逃げを打っているなどとは。 ・◆・◆・◆・ 殺し合いの舞台となっていた島の地下。 その中心部へと続く土の色も露な道は少しずつ人工物を見るようになり、いつの間にか天井には明るい照明が下がっていた。 おそらくは終点――神崎黎人の陣取る一番地本拠地が近いのだとわかる頃、整然とした風景にそぐわぬ影が二つあった。 片方は大型の車両よりも更にひとまわりはありそうかという影。そしてもう片方はただの人間だという影。 先に進もうとする者と、押し止めようとする者。対峙する二つの影。 いや、対峙という表現はすでに過去のもの。 そう。対峙の時は一瞬で終了した。 人間である方。吾妻玲二は逃げ出した。 可能な限りの速度で、無論、陸上選手のような無防備な姿勢ではなく銃を抱え体勢を低くはしているが、逃げていた。 堅い床を蹴り、足元に浮かぶ己の影を追うように玲二は逃走する。 「はっ……はっ……」 逃走を開始してより二分ほど。 そんな短い時間なのにも関わらず、玲二の息に乱れが生じ始めていた。 それは、それだけの速度で走っているということでもあるが、それにしても彼にしては消耗が早いと言えるだろう。 無論。そこには理由が存在する。 「くっ……」 振り返らずとも感じられる威圧感。 気を抜けばすぐさまその身を押し潰されるであろう物理的な圧力。 そういった明確な死を感じさせる重圧が彼の消耗を平時以上に促す要因となっていた。 玲二は逃げる。だが逃げるという表現ではあってもただ逃げるだけではない。 追いすがる相手との距離は30メートルほど。玲二はその距離を維持しつつ振り返りながらの攻撃を繰り返していた。 フルオートであればM16の弾丸を撃ちつくすのに数秒もかからない。 銃撃に必要なのは時間でなく、体勢を崩さない為の姿勢である。 完全な直線というわけではない地下通路。少しの曲がりでも、やり方次第ではほとんど後ろを向くことなく射角を確保できる。 そういったポイントを見つけては銃声を鳴り響かせる。 攻撃を行ったのは既に何度目だろうか。 走る速度を落とすことなく銃弾を撃ちつくした後、機械のような動作でマガジンを新しいものと交換する。 空となったマガジンも無駄とはせず、石の代わりに手首の力だけで後方へと投擲する。 秒にも満たない間に一連の動作を終え、再び発砲。 弾幕を張ることが目的だった一瞬前のそれとは異なり、今度の銃撃は確認した後方の状況を鑑みてのもの。 けたたましい銃声が空を震わせ、玲二が直感の中に浮かべた的の中に全ての弾丸が吸い込まれる。 そうして再び銃弾を撃ち終えた瞬間。玲二の身体がよろけ背中が地面についた。いや、ついたように見えた。 転倒ではない。射撃で崩した体勢を無理に立て直すことなく、勢いを利用して一回転。効率と先の展開を見越した動作だ。 無論。この動作の最中に新しいマガジンを装填しなおし、次の攻撃の準備も終えている。 次の射撃目標は敵本体ではない。代えのマガジンと共に取り出して倒れながらに投擲したとある物品。 放物線を描きゆっくりと回転しながら空を舞う2本の”茶色い円筒形の物体”。それへと向けて玲二はトリガーを引く。 片手での射撃では百発百中とまではいかないが、それでも無数に放たれた弾丸のひとつが命中した。 ただ、玲二はその瞬間を見る前に回転の勢いをそのままに立ち上がり、すでに逃走を再開していた。 一連の攻撃のもたらした結果を確認する間も惜しいといったばかりに、次に起こるであろう現象から全力で逃げている。 そして、玲二が丁度一歩目を踏み出した瞬間。 その動きを後押しするかのように、撃ち抜かれたダイナマイトの爆風が広くはない地下道の中を吹き荒れた。 正面からのみではなく角度をつけ、加えて相手の判断ミスを誘ったアクション。 最初の二連射から流れるように行われた半ば曲芸じみた連続稼動。 そして、その結果もたらされた至近距離でのダイナマイトの爆発。 これだけの動作をこなしながらも玲二の逃げる速度はまるで衰えない。 ……だが、ここまでしてなお彼が逃げざるをえない相手とは何なのか? そもそも遮蔽物の少ないこの場所でこれだけの密度の攻撃を受けても生きていられる相手など…… いや、つまるところ、今玲二が相手をしているのは、”そういう”存在だということだ。 逃げる玲二の後方から、あれだけの攻撃を受けても変わらない重い足跡が響いてくる。 地を大きく揺らし、床の舗装を踏み砕いて近づいてくる轟音。 人間なと簡単に踏み潰す巨体を持つ、”四足の魔獣”。 無数の銃弾も、 至近距離での爆発も、 まるでものともせずに前進を続ける鋼鉄。 玲二の後方を無人の野を往くが如くに追ってくるのはHiME達の宴を彩る化生――オーファン。 確かに、玲二は最強の名を冠された暗殺者――殺人兵器、ファントムだ。 そんな彼に殺されない”人間”など存在しない。 どれだけ強固に肉体を鍛え上げようとも心臓が止まれば人間は死ぬ。 心臓に限らずとも重要な臓器を損傷すれば、あるいは首を撥ねられれば死ぬ。 致命的な損傷がなくとも急激なショックでも死にうるし、必要な血液が流れ出せば小さな傷でも死ぬ。 人が人である限り、人を殺す為の兵器である玲二を前にして、殺される可能性が失せないのは単純な道理だ。 では、そんな玲二を止めるにはどうしたらよいのか? 答えは簡単。 そう。それはとても簡単な話だ。 人を殺すことに特化した相手なのならば、人以外のものをぶつければいい。 たったそれだけの単純な解答。 人を殺す兵器と言っても、玲二自身もまた人なのだ。 怪我をすれば血も流れるし、致命傷を負えば当然のこととして死に至る。 無論。空を飛べることもないし、地下から突然ワープして思わぬ位置に登場することもない。 あくまで対人間特化の人間兵器。 当然のこととして、彼は銃弾を弾き刃を通さぬ堅い身を誇るような存在を己が肉体ひとつで倒す手段など持っていない。 人ではない鋼鉄の塊。オーファンを相手にすれば、逃げる他に選択はなかった。 人間である以上、対人間に特化したからこそ、人知を超えたものを越えることなどできない。 たったそれだけの、明確な公式。 ・◆・◆・◆・ 玲二にとって、この状況は予想の範囲内のことでしかなかった。 最初に当てられたファントム・シリーズのコピーを一蹴した以上、次に向けられるであろう敵は絞られる。 ファントム・シリーズの敗因の分析は即座に出るものではないだろう。 ならば、すぐにまた同じコピーや玲二自身のコピーを繰り出して同じ轍を踏むなどということは避けるはずだ。 刻一刻とレーダーより姿を隠して接近してくる玲二相手にそう何度も迎撃の機会は得られない。 となれば、必要なのはいかに確実に玲二を足止めし、仕留めることができるかということだ。 一番地側が取れる選択肢はそう多くはない。 侵入者が玲二単独ではない以上、数にものを言わせることは難しい。むしろこれは他の侵入者向けの対策だ。 シチュエーションを考慮して玲二に近いタイプのコピーを用意した。が、これはすでに突破されている。 ならば、残された手はひとつしかない。 すなわち、玲二の能力では撃破することが困難な存在を障害として置くことである。 すでに述べた通り、玲二自身もそう対処されるだろうとは予想していた。 だが、予想できることとそれに対処できるかとの間には当然のことながら大きな隔たりがある。 地下通路の最終地点。そこに待ち構える巨大なオーファンを視認した時、玲二は即座に遠距離からの狙撃を試みた。 単独潜入するにあたって那岐から直接レクチャーを受けていた訳だが、オーファンは基本的に術者と対の存在である。 HiME達がチャイルドを使役するように、那岐がオーファンを使役するように、コントロールするには術者が必須だ。 召喚したまま放し飼いにしていてもオーファンはそれなりの働きを見せるだろうが、この場合はそれはない。 なんといっても相手が玲二である。そして戦術は待ち伏せにて発見し、追走しての捕捉、撃破である。 基本的に本能でしか自立的には行動できないオーファン自身にそんなことは任せられないだろう。 なので、予測されていた通りにオーファンのコントロールをしている存在がそのオーファンの上に存在していた。 しかしその存在は玲二や那岐の予想からはやや離れたものであった。 オーファンの上には一体のアンドロイドが立っていたのである。 通常、術者は人間か霊的な存在であることが前提となる。心の覚醒や魔力を持たないものにオーファンは御せないからだ。 ならばこれは一体どういうことなのか? 玲二は数瞬の思考のみで的確な解答を導き出した。 アンドロイドと言えど深優の様にHiMEへと覚醒する場合も確かに存在する、だがあれはそうではない。もっと答えは単純だ。 中継機――つまり、あれは地下街の中に電波の中継機が置かれているようなものに違いない。 人型でありシアーズの技術の粋を集めて作られたあれは元より心の力に感応しやすく伝達することも可能だと聞いている。 無機物でも名前を与えれば神霊が宿るやら人形には魂が生まれやすいとも、那岐やアルが話していたのを耳にしていた。 一番地側はその性質を利用しているのだろう。ある意味、非常に正しいアンドロイドの運用方法だと関心できる。 なにせ、アンドロイドは普通の人間に比べてはるかに強い。 故に、初っ端の狙撃はあっけなく失敗に終わった。これが一番地がアンドロイドを用いた理由だ。 人間の術者であろうとアンドロイドの中継機であろうと倒せばオーファンのコントロールが失われるのは変わりない。 だがしかし、いやそれ故に、より玲二から倒されにくいものを選ぶの当然であり賢明な判断であった。 なにせ、こうして最強のファントムである玲二を遁走させることに成功しているのだから――…… 狙撃失敗の後、M16自動小銃は当然のこととして、拳銃も勿論、榴弾や投げナイフすら玲二は試してみた。 だが、それが当然だと言わんばかりにオーファンはなんら痛痒を感じずといった風に迫ってくる。 いやもしかすれば少しはダメージがあるのかもしれないが、少なくとも見て取れるようなものではなかった。 唯一、オーファン対策として持たされた黒塗りの剣だけが魔獣の装甲に傷を走らせたが、巨体から見れば掠り傷程度。 最終的には特別に調整しなおしたダイナマイトすら使用したが、それすらも通用した様子がない。 オーファンも、その背中に跨る存在も未だ健在だ。 ただのアンドロイドではない。先刻戦ったものと同様に何者かの戦闘データがインプットされている。 それはオーファンの背の上でダイナマイトの爆風をいとも容易くいなして見せた。 浴びせかかる無数の銃弾は着込んだ”オーバーコート”によって防いで見せた。 ここまですら、全て玲二の予想通りであった。 吾妻玲二がオーファンを突破するには、その操り主を狙うほかはない。 故にその背にはただの術者でなく中継機能を持っているアンドロイドが乗せられている。 しかし、ただのアンドロイドではまだ玲二を相手にするには不足があると言えるだろう。 必要なのはそう易々と玲二には破壊されない存在だ。ファントムに殺されないだけの能力の持ち主。 果たして存在するのかそんな者が? ――存在する。 英霊や魔術師。悪鬼の類の能力をアンドロイドに再現させることはさすがに不可能だ。故に対象は人間となる。 桂言葉や藤乃静留などだろうか? 彼女らは玲二に勝利したことがある。が、ドライの例を考えると確実とは言えない。 もっと強大で圧倒的な存在でなくてはならない。 吾妻玲二が手も足も出なかった、最悪の相手を用意しなくてはならない。 いかに正確なデータを入力したとてアンドロイドの外見までは変わりはしない。 だがそれでもその重厚な気配は同じように感じられる。 能面の様に表情を固めた顔には、アンドロイドには不要な黒い眼帯が当てられている。 そして、揺れるオーファンの背に立つそれが身に纏うは、振動にあわせてはためく黒色のオーバーコート。 ――九鬼、耀鋼。 非常にシンプルで予想しやすい答えがそこにあった。 そう、全ては予想通り。 予想できた上でなお、確実な殺害手段を思い浮かべることができない。 それどころか、脳内のシミュレートはこちらが敗北する可能性を高く見積もっているという、まさに 予想通りに手も足も出ない相手であった。 ・◆・◆・◆・ ――ところで、そもそも吾妻玲二とはなにが最高なのか? ……戦闘能力? それならば、ファントム・ドライの方が上であると玲二自身が認めている。 ……技巧? ファントム・アインよりいくつかの能力が上回っているのは確かだが彼女に及ばない部分もある。 ……忠誠心? 己の記憶の蘇りと共にサイス・マスターを、そして後にインフェルノそのものを敵に回した玲二が? ……洗脳実験の効果? そんなもの、人形のように忠実だったアインや、後の量産型ファントムである『ツァーレンシュヴェスタン』らとは比べるべくもない。 ……身体能力? シリーズ唯一の男性である以上、その点に関して優れているのは確かだがファントムは兵士でなく暗殺者である。 そういう観点から見なおせばむしろ女性であるアインやドライの方がファントムに適していると言えた。 おおよそ考えうる要素を並べてみても、吾妻玲二こそが最高と呼べる根拠が見えてこない。 むしろ結果論ではあるが、サイス・マスターからすればドライに並ぶ駄作ではないのだろうか? 一体、何が彼を最強と呼ばせていたのか? いや、それ以前に、何故。 どうしてファントムシリーズとは至高の芸術品などと言われているのか? 確かにその技能は評価に値する。 軍隊における最高位の技術保持者。レンジャー部隊やスペシャルフォースなどに所属する人間に匹敵するだろう。 世界各国に様々な軍隊あれど、その位階に属することができるのはほんの一握りでしかない。 生まれ持った才能と弛まぬ努力。それを併せ持っていたとしても膨大な時間を費やさねば辿りつけない境地。 そこにまだティーンエイジャーの段階で到達する。――なるほど、確かに芸術品と呼べる代物だろう。 ……だが、 だがしかしだ、 逆に言ってしまえば――”それだけのもの”でしかない。 いくら狭き門とは言えど、世界中を見渡せばその位階に達する者はほぼ毎年生まれ出ている。 それも一人や二人でなく、多い時ならば一国の軍の中でも両の手に余るほどに、だ。 決してたくさん人数がいるとは言えないが、逆に世界にひとりふたりというほど希少な存在でもない。 加えて言うならば、いかなファントムと言えど卓越しているのはあくまで暗殺に用いられる技術面のみである。 戦士に要求される持久力でいえば、彼らのそれは一般の兵士とさほど変わるところはない。 彼らはティーンエイジャーの外見を持つ。故に、その運用は都市部に限られ、逆に言えばそれ以外を考慮されていない。 過酷な環境でのサバイバル能力などは遥かに劣り、戦車やヘリなどを相手にする術などは座学程度にしか持っていない。 サイス・マスターがファントム一人の完成に費やした時間。 その間に、ファントムと同等がそれ以上の戦闘能力者が、おそらくはより効率的な環境で量産されている。 その程度のもの。 ファントムとは、彼の自己満足の中での最高傑作。でしかないのではないか……? 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