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第187話 ハロウィンの夜に轟く砲声 1484年(1944年)10月31日 午後8時 レスタン領リムクミット シホールアンル帝国軍第61対空旅団に所属しているウィーク・ヘレンバーノ大尉は、ようやく今日の課業を終えた所であった。 「中隊長、今日はお疲れ様でした。」 「ああ、貴様もな、曹長。」 ヘレンバーノ大尉は、中隊付きの副官であるフィグ曹長に、笑顔で返した。 「しかし、今日は大変でしたなぁ。」 「そうだな。」 フィグ曹長の言葉に、ヘレンバーノは苦笑しつつ、相槌を打った。 「朝っぱらから空襲警報が鳴ったかと思ったら、いきなり100機以上のスーパーフォートレスが飛んで来たからな。 何度見ても、あいつらは怪物そのものだよ。」 彼はそう言ってから、深いため息を吐いた。 レスタン領リムクミットは、レスタン領北西部の沿岸部に位置している。 この地域は、元々広大な森林地帯に覆われていたが、シホールアンル帝国がレスタン全土を制圧した後、この森林地帯を潰して、 そこに鉄道車両製造工場と、武器工場を作った。 この2つの工場は、1477年に完成し、その後、幾度も整備拡張を施されて、今では北大陸でも有数の工場地帯となっている。 そこに、アメリカ軍の主力大型飛空挺であるB-29スーパーフォートレスが大挙して飛来したのである。 このリムクミット工場地帯は、9月頃から段階的にアメリカ軍の戦略爆撃を受け続け、主要な工場を虱潰しに爆撃していった。 今日の空襲でも、武器工場と鉄道車両製造工場が爆撃を受け、武器工場は今日の空襲で文字通り全滅状態となってしまった。 空襲後の後始末は、工場の職員のみならず、付近の防空を担当している対空部隊までもが動員され、日中は破壊された工場の 残骸を回収する作業に追われた。 ヘレンバーノ大尉の所属する第61対空旅団もその作業に参加し、今日のうちに予定の作業を終わらせる事が出来た。 「それにしても曹長。アメリカ人って奴は、本当にしつこいな。」 「ええ。確かにそう思いますよ。」 フィグ曹長は頷きながら、後ろに見える健在な工場群を見つめる。 第61対空旅団は、主に鉄道車両製造工場の防空に当たる部隊として編成されている。 この工場を最初に見た物は、誰もが同じような言葉を発すると言われている。 何故か? それは……工場が建設された場所にあった。 「こんな、山に囲まれたような工場を、これでもか、これでもかとばかりに狙って来ますからねぇ。上空の気流は、 周囲に立つ山のせいで荒れているのに。5000グレルから爆弾を投下したって、あまり当たりはしませんよ。」 「それなのに、連中は4回もこの工場を爆撃している。今日の爆撃を含めたら、実に5回だな。」 「本当にしつこいですよねぇ。それに、爆弾が当たっても、工場の屋根には耐久度で定評のある、流動石の分厚い層で 覆われていますから、爆発しても威力は軽減できます。アメリカさんからしたらますますやりにくいでしょうね。」 「でも、流石に無傷とまではいかなかったな。」 ヘレンバーノはフィグ曹長にそう言ってから、工場の方に視線を向ける。 第61旅団の対空陣地は、山の頂上か上部にあるため、工場群を見る時は自然に見下ろすような格好になる。 工場の一角で、点灯されているいくつもの光源魔法が一か所に集中されている。 光源魔法が照らされた場所には、半壊した2階建ての幅の広い建物がある。 この建物は、車輪の製造に携わる工場が置かれていた建物で、今日の空襲で爆弾の直撃を受けて破壊されてしまった。 「そういえば、これはさっき、陣地に戻る途中で会ったケルフェラク隊の知り合いから聞いた話なんですが、 スーパーフォートレスの一部には、威力の強い大型爆弾を積んだ機が居たそうです。」 「大型爆弾だと?どれぐらいの重さだ?」 「はぁ…知り合いからの話では、600リギル相当の重量を誇る爆弾が使われたとか。」 「600リギル相当……なるほど。」 ヘレンバーノは納得する。 「その重さなら、あの分厚い屋根もぶち破られるな。」 「確か、天井は400リギル相当の爆弾が直撃しても耐えられる、って言われていましたよね。」 「そうだな。アメリカさんが今まで投下して来た爆弾は300リギル相当の爆弾だったんだろう。しかし、いくら爆弾を 命中させても壊れないから、連中はついに、より破壊力のある爆弾を積んで来たんだ。」 「本当に、アメリカ産は物持ちがいいですねぇ。羨ましいぜ。」 フィグ曹長は、呆れ顔でそう言った。 「アメリカ人共が、物を豊富に揃えて来るのはいつもの事だ。それよりも、俺としては、早く新しい高射砲を作って、 ここに配備して貰いたい物だね。」 ヘレンバーノは、自嘲気味に呟く。 第61対空旅団は、これまでにも、防空区域に幾度もB-29の来襲を受けているのだが、旅団の対空砲は、撃っても B-29が飛行する高度までは全く届かないため、旅団の将兵達は常に、一方的に施設が爆撃を受ける様を見続けて来ている。 ヘレンバーノは、これが士気に影響するのではないかと、常日頃から危惧していた。 「同感ですよ。」 フィグ曹長が頷く。 「特に、この工場は、前線で使われている装甲列車の生産拠点ですからね。ジャスオ戦線で活躍している第701装甲列車旅団の 車両も、全てがここから作られた物ですし。」 「ここを潰されたら、陸軍の装甲列車部隊は部品、砲身、その他諸々の補給に苦しむ事になるぞ。ここから近い列車製造工場と 言えば、本国にあるリルキミット工場ぐらいだからな。そこから前線までは300ゼルド以上も離れているから、ここが潰された 場合、補給が大変になるぞ。」 「確かに。今の所はまだ、こっちも保っていますけど……ホント、上層部の人達には頑張って貰いたいですねぇ。」 「だな。」 ヘレンバーノは大きく頷いた。 それから5分程、ヘレンバーノはフィグ曹長と共に、世間話に興じていた。 「おっと、もう時間だ。そろそろ帰らないとな。」 「え~、どうせならもっと居て下さいよ。残業しましょう、残業。」 フィグ曹長が勧めて来る。 「馬鹿野郎。今日は帰って寝たいんだ。昨日から仕事でロクに休んでいないから、今日ぐらいはゆっくりさせてくれ。」 「ははは。わかりました。ゆっくりして下さいね。」 曹長は諦めて、ヘレンバーノを解放する事にした。 ヘレンバーノが、机に置いていた鞄を手に取り、中隊本部から出ようとした時、前を駆け込んで来た魔道士に遮られてしまった。 「おおっと!?」 「あ、申し訳ありません!」 危うくぶつかりそうになった魔道士は、頭を下げた。 「どうした?何かあったのか?」 「は、はっ!先ほど、沿岸の監視小屋から緊急の報告が入りました。」 魔道士はそう言ってから、紙をヘレンバーノに渡す。 紙を見る前に、西の空の方から何かの音が聞こえ始めた。 「海上より、未確認機の接近を確認せり、各部隊は充分に警戒されたし。ふむ、今聞こえているあの音が、その未確認機だな。」 「は。恐らくは。」 魔道士が頷きながら答える。 「未確認機か……今日は、本国から飛空挺隊の増援が来るとは聞いていないしな。」 ヘレンバーノは1分程考えてから、顔をフィグ曹長に向けた。 「曹長。全員に警戒配置に付けと命じろ。」 「警戒配置でよろしいのですか?」 「ああ、それでいい。」 ヘレンバーノは即答する。 「あの未確認機は敵機かもしれない。アメリカ機動部隊には、夜間空襲をこなす航空部隊も含まれていると聞いている。 もしかしたら、あいつはそれの先導機かもしれないぞ。」 「わかりました。直ちに配置に付かせます。」 「ああ、急いでやれ。」 ヘレンバーノはそう言ってから、持っていた鞄を再び机の上に置いた。 「曹長。君の思い通り、俺は残業する事になったようだ。」 「ですな。」 曹長は苦笑しながら答えた。 「まっ、面倒くさい仕事はぱっぱと終わらしましょうや。」 「言えてるな。」 ヘレンバーノは当然とばかりに答えてから、深く頷いた。 工場の上空に青白い光が煌めいたのは、その直後の事であった。 10月31日 午後8時15分 第3艦隊旗艦ニュージャージー 「観測機、照明弾を投下しました!」 第3艦隊司令長官ウィリアム・ハルゼー大将は、その声を聞きながら、目標上空で光る照明弾を双眼鏡越しに見つめていた。 「ほほう、うっすらとだが、その下に工場らしき物が見えているぜ。」 「あれが、目標の鉄道車両製造工場ですな。」 側に立っていたロバート・カーニー参謀長が、ハルゼーに言う。 「だろうな。ラウス、お前も見えているか?」 「ええ。見えてますよ。」 ハルゼーの左隣に立っていた魔道参謀ラウス・クレーゲルも、持参して来た望遠鏡でその工場を確認していた。 「今の所、周囲に敵の艦隊はいないようですね。」 「うむ。こっちの読み通りだ。」 ハルゼーは満足気な笑みを浮かべた。 「連中、まさか、頼りにしていたレンフェラルの哨戒網があっさりと破られたとは、露ほどにも思っていないだろう。」 ハルゼーは、ラウスに顔を向ける。 「お前が、レンフェラルの哨戒網に穴が開くと言わなければ、今頃はホウロナ沖でのんびりとしていただろうな。 流石はバルランドでも随一の魔道士。頭が切れる。」 「いや、あれは何と言うか……たまたまタイミングが良かっただけっすよ。それに、魔法通信傍受機のお陰でもありますよ。」 ラウスは、自信なさげの口調でそう謙遜する。 それは、今から2週間近く前の出来事であった。 その日の昼。ラウスは昼食後の散歩がてらに、ニュージャージーの艦内を歩き回っていた。 この時、彼はたまたま、魔法通信傍受機を操作していたミスリアル人の通信兵から声を掛けられ、そのまま話し合いが続いた。 その話し合いの最中に、魔法通信傍受機が立て続けに魔法通信を傍受した。 ラウスはしばしの間、通信兵の仕事ぶりをぼーっと観察していた。 彼は何を思ったか、通信兵が机に置いていた受信文の写しを1枚1枚見、そこで彼は、何かに気付いた。 通信兵が傍受したのは、レンフェラルから発せられる定時連絡や、艦船発見の報告分であったが、その中に、レンフェラルの 交替を示す内容が含まれていた。 彼は通信兵にこの事を伝えると、通信兵はこの事実にやや驚いた後、通信士官にこの事を報告した。 そして、話は通信士官から第3艦隊司令部の通信参謀に行き、最後にはハルゼーの下に行きついた。 この一連の情報を分析した結果、シホールアンル軍は10月27日から31日の間、ホウロナ諸島並びに、ジャスオ領、 レスタン領沿岸の哨戒部隊を配置換えする事が判明し、3日間はホウロナ、大陸沿岸の哨戒網に穴が開く事が分かった。 そこにラウスの説明(レンフェラルの生態や、シホールアンル軍の部隊移動の状況等)も加わった事で、ハルゼーの持ち前の闘争心が、 久方ぶりに沸き起こる事になった。 ハルゼーは情報参謀とラウスの話しを聞いた後、すぐに参謀達を集めるように命じた。 その日の午後2時から開かれた緊急の作戦会議で、ハルゼーはレスタン領北西部沿岸のリムクミット鉄道車両製造工場の攻撃が 可能かどうかを、参謀達に問うた。 それから話はとんとん拍子に進み、10月21日には、第3艦隊司令部から太平洋艦隊司令部に対して、リムクミット攻撃の 作戦案が提出された。 太平洋艦隊司令部では、この作戦案を許可するか否かでかなり揉めたものの、最終的には海軍作戦部長のキング提督が了承した事で、 作戦開始が決定された。 10月27日。第3艦隊は、戦艦アイオワ、ニュージャージー、軽巡洋艦ナッシュヴィル、ヘレナ、サンタ・フェ、デンバー、 駆逐艦16隻を主軸とする新編成の第38任務部隊第7任務群と、空母エセックス、ボノム・リシャール、ランドルフ、 インディペンデンス、サンジャシント、巡洋戦艦コンステレーション、重巡洋艦ニューオリンズ、軽巡洋艦モントピーリア、 クリーブランド、サンディ・エゴ、駆逐艦20隻を主軸とする第38任務部隊第2任務群の2つに編成され、一路、レスタン沿岸へ 向かった。 今回の作戦では、敵の制海権内に進入しての急襲作戦であるため、参加する艦艇は全てが30ノット以上の速力を発揮できる 快速艦艇である。 機動部隊には、本来、ノースカロライナ級やサウスダコタ級といった戦艦も含まれるのだが、これらの艦は28ノットの 速力しか出せぬため、万が一、敵艦隊に追撃された場合、迅速に離脱出来ぬ可能性がある。 その点、アイオワ級戦艦30.5ノットという快速を誇る高速戦艦であり、砲戦力から見ても、目標に痛打を与えるには 申し分無かった。 リムクミット攻撃部隊は、TG38.2をガーディアン、TG38.7をアタッカーというコードネームで呼び、 互いに30マイルの距離を置きながら、哨戒網の穴を突き進んでいった。 そして10月31日、午後8時。リムクミット攻撃部隊の主力であるTG38.7は、目標から僅か8マイル(12キロ) という至近距離まで迫る事が出来た。 アタッカー隊は、前方に楔形に配置した6隻の駆逐艦を先頭にし、その背後にアイオワ、ニュージャージーを据えている。 2隻の戦艦の左右にはそれぞれ2隻ずつ、計4隻の軽巡洋艦が配備され、その後方から10隻の駆逐艦が続く。 アタッカー隊の現在の速力は18ノットである。 その主力を担うアイオワ、ニュージャージーは、照明弾に照らされた目標に対して、9門の48口径17インチ砲を向けて行く。 ラウスは、艦橋前のスリットガラスから、駆動音が鳴らせながらゆっくりと旋回していく、6門の17インチ砲をじっと見据える。 「ラウス。聞く所によれば、あの工場の屋根はかなり頑丈に作られているようだが。アイオワとニュージャージーの砲撃で、 屋根を貫く事は出来ると思うか?」 ハルゼーは、徐にラウスに聞いた。 「出来ますよ。」 ラウスは即答する。 「B-29の2000ポンド爆弾で屋根は貫通出来たんです。爆弾よりも重く、しかも、速いスピードで飛ぶ17インチ砲弾なら 朝飯前じゃないですかね。」 「朝飯前か……確かにな。」 ハルゼーはニヤリと笑った。 「長官、アイオワより受信。我、発砲準備完了。」 後ろに控えていた通信参謀が、ハルゼーに伝える。 「ニュージャージーも発射準備を終えました。いつでも射撃を開始できます。」 「よろしい。アイオワのリーに伝えろ。攻撃開始、とな。」 「アイアイサー。」 通信参謀は頷くと、通信士官にハルゼーの言葉を伝える。 それから5秒後に、アイオワが発砲を開始し、次いで、ニュージャージーも主砲を撃ち放った。 発砲の瞬間、3基ある3連装砲塔のうち、それぞれの1番砲から巨大な発砲炎が吹き出した。 ラウスは、3門の17インチ砲の射撃によって、艦内がビリビリと震えるのが分かった。 しばし時間が経ってから、陸地の方で弾着の爆炎と思しき光が浮かびあがる。 「観測機より入電。アイオワ第1射、初弾命中。ニュージャージー第1射、近弾。」 「ほほう、またもやアイオワが初弾命中を出したか。」 ハルゼーは報告を聞くなり、したり顔で呟く。 「前回行われた、要塞に対する艦砲射撃でも、アイオワが初弾命中を出している。アイオワの艦長は、普段から乗員を しごいているようだから、錬度はこのニュージャージーよりも上かもしれんぞ。」 「その通りですな。」 カーニーが相槌を打った。 「でも、ニュージャージー乗員の腕前も相当な物だと、私は思いますぞ。」 「そこの所は俺も分かっているさ。先の要塞攻撃では、アイオワとニュージャージーのコンビで上手く目標を潰せたからね。 今回も先と同様に、上手く事が運ぶだろう。」 ハルゼーが言い終えた瞬間、ニュージャージーが第2射を放つ。3門の砲身から砲弾が弾き出され、それが大気を裂いて 目標に向かって行く。 ニュージャージーの射弾が降り注ぐ前に、アイオワの第2射弾が標的に突き刺さる。 3発中、2発が手前の海に落ちたが、1発が台形状の石造りの広い建物に命中し、一瞬にして粉砕された。 その次にニュージャージーの射弾が落下して来る。3発中、1発は南側の山の斜面に落下して炸裂したが、2発が港に命中し、 その場に山積みにされていた材料の入った木箱や、倉庫が一瞬にして吹き飛ばされた。 「アイオワ、第2射命中弾あり。ニュージャージー、第2射命中弾あり。」 無線機のスピーカーから、観測機を務めるアベンジャーのパイロットの声が響く。 「長官、この通りです。ニュージャージーもアイオワに負けまいとしていますよ。」 「ああ、本当に良い腕前だよ。俺はてっきり、ニュージャージーに居たベテランの何人かが新造艦のモンタナに取られたから、 少し腕が落ちたかなと思っていたが……それは杞憂に終わったようだな。」 「CICに居る艦長も、今頃は満足しとるでしょう。」 ラウスは、ハルゼーとカーニーの会話を耳にしながら、弾着によって火災を起こした陸地を、双眼鏡越しにじっと見据える。 「こっからじゃ見え辛いけど……一応、建物が燃えているのが分かるなぁ。」 陸地の工場群は、火災の影響で、おぼろげながらもその姿を表している。 工場は大部分が平らな屋根だが、所々には台形状の屋根もある。 建物の中には、煙突と思しき物や、幾らか背の高い建物も見受けられる。 (確か、あの工場は、森林地帯を潰して作られたと聞いている。シホールアンルは、あそこで装甲列車を始めとする鉄道車両を 作っているようだ。ここが完全に破壊されたら、前線で暴れている連中の装甲列車は思うように動けなくなるだろうな……) ラウスは心中でそう呟く。 ニュージャージーの各3番砲が火を噴き、再び猛烈な轟音が、海上に響く。 この時、陸地から光源魔法の白い光が艦隊に伸びて来た。 「長官、敵がサーチライトを点灯して来ました。どうやら発見されたようです!」 「敵が反撃して来るな。」 ハルゼーは、小声で一言呟く。彼の言う通り、陸地から発砲炎が明滅し、艦隊に砲弾が降り注いで来る。 発砲炎は、沿岸のみならず、山の頂上からも見える。敵が砲撃を開始してから少し間を置いて、艦隊の右側に幾つ物水柱が噴き上がる。 それに対して、アイオワ、ニュージャージーの右側700メートルの位置に展開していた、軽巡洋艦のナッシュヴィルとヘレナが砲門を開いた。 「ヘレナ、ナッシュヴィル、撃ち方始めました!」 見張りの声が艦橋に響く。 2隻の軽巡洋艦は、敵の沿岸砲に対して、初めから斉射を放って応戦する。 沿岸砲の砲手は、突然現れたアメリカ艦隊の姿に狼狽しつつも、大事な工場を守るべく、必死に大砲を撃つ。 この時、工場の試射場には、ちょうど完成したばかりの装甲列車が3両おり、搭載された8ネルリ砲(約20センチ)列車砲を装備していた。 列車砲の兵士は、アメリカ艦隊の工場破壊を阻止するために、まずは一番手前の軍艦に対して砲を撃ち放った。 この一見、勇敢にも思える行動が、この完成したばかりの列車砲の運命を決定づけた。 列車砲を撃った兵士達は、手前の軍艦が、海軍で恐れられているあのブルックリン級軽巡洋艦であるという事を知らなかった。 一際大きな発砲炎を不審に思った2隻の巡洋艦の艦長は、砲門を工場の一際大きな長方形状の建物に向け、斉射弾を叩き込んだ。 最初の斉射弾が、発砲炎のあった工場に命中したと確認するや、すぐに6秒置きの速射に切り替える。 試射場の建物に30発もの6インチ砲弾が降り注ぐ。 この斉射弾で早くも1両目が破壊された。シホールアンル兵が、新造したばかりの装甲列車を失った事によって、悲嘆にくれる暇も無く、 新たな斉射弾が降って来る。 6秒置きに放たれる斉射弾は、弾着の度に試射場の列車や、機材を吹き飛ばし、調整に使う貴重な工作器具や、建物の壁や屋根を叩き壊して行く。 ある1発は、装甲列車の8ネルリ砲搭載車に命中した。 その瞬間、列車内の弾薬庫に入っていた予備の砲弾が誘爆し、陸戦では頑丈に戦える様に施された装甲が、内側からの圧力によって 呆気なく弾け飛んだ。 別の1発は、砲を釣り下げるクレーンに命中した。 クレーンは根元から叩き折られ、本体部分が装甲列車に倒れ込み、金属的な叫喚を上げて屋根に食いこんだ。 ナッシュヴィルとヘレナが第6斉射を放った時には、試射場に居た3両の装甲列車は、その施設ごと破壊しつくされていた。 両艦が沿岸砲を相手取っている時、アイオワとニュージャージーは6度目の交互撃ち方を終えていた。 「長官、ただ今より一斉撃ち方に入ります。」 「了解。」 カーニーの報告に対して、ハルゼーは素っ気なく答える。 9門の17インチ砲は、斉射の準備のため、しばしの間沈黙する。前方のアイオワも同様だ。 (さて、本番はこれからだな) ラウスは、右に向いた主砲を、横目でチラリと見てからそう思った。 斉射のブザー音が2度鳴った。ニュージャージーの前方を行くアイオワが、先に斉射弾を放つ。 その次の瞬間、ニュージャージーが第1斉射を放った。 戦艦の斉射は、9門の砲が一斉に撃つ訳では無く、1番砲が発砲してからほんの僅かな間の後に2番砲、そして3番砲と放たれる。 戦艦の乗組員は、慣れて行けば斉射音がずれているなと分かる。 ラウスも最近になって、ようやく分かってきたが、それでも、斉射の時の衝撃は、交互撃ち方時の物とは比べ物にならない。 まるで雷が間近で落ちたかのような大音響が鳴り響き、57000トンの艦体が、微かに左舷側に傾いた、と思われる程に揺れる。 右舷側海面は、発砲の瞬間、真昼のような明るさに包まれた。 アイオワ、ニュージャージーから放たれた18発の17インチ砲弾は、目標を正確に刺し貫いた。 それまでの交互撃ち方で、工場の沿岸部分はあちこちから火の手が上がっていたが、そこに18発の大口径砲弾が降り注いだ事で、 被害は急激に拡大した。 高高度から降り注いだ1000ポンド爆弾の直撃にも耐えた分厚い天井は、音速の2倍以上の速度で殺到した18インチ砲弾 によってあっさりと穴を穿たれる。砲弾は工場内部に突入し、床に突き刺さった。 砲弾はそこで爆発エネルギーを解放し、着弾地点の周囲にあった様々な物を瞬時に粉砕する。 沿岸側の工場は、この第1斉射で既に破壊された試射場を含む、全敷地内の2割が損害を被った。 より火勢が増した工場群に対して、第2斉射弾が降り注いで来た。 無傷で残っていた工場に砲弾が突き刺さり、爆発で分厚い天蓋があっさりとまくれ上がり、側面が爆風で吹き飛び、隣の施設に二次被害を与える。 アイオワ、ニュージャージーは、第3斉射、第4斉射と、40秒置きに9門の17インチ砲を撃ち放って行く。 本来ならば、アイオワ級戦艦の主砲は、35秒置きに斉射が出来ると言われているが、それはカタログスペックを見ただけで言われた物であり、 実際には40秒から45秒、間隔を詰めても38秒で1斉射が最適であると、現場では判断されている。 TG38.7を率いているウィリス・リー中将は、事前の打ち合わせで斉射に移行後は、40秒置きで斉射を続行するとアイオワ、ニュージャージーの 艦長に伝えたため、2隻の戦艦はきっかり40秒置きに斉射弾を放っていた。 「長官、工場群の火勢が強くなってきましたな。」 カーニーがハルゼーに言う。 「17インチ砲弾は、連中自慢の頑丈な屋根を、見事に貫いているようだな。」 ハルゼーはしたり顔で、カーニーに返した。 「まっ、設計者も、まさか戦艦の砲弾を撃ち込まれるとは思ってもみなかっただろうから、これは当然の結果だ。この調子で行けば、 1時間以内には工場を壊滅させられるだろう。」 彼は、カーニーにそう言ってから、視線を陸地に向ける。 工場の火勢は急速に拡大しているのか、先ほどよりも火勢が強まっているように見える。 「火の回りが早い……可燃物が収められている倉庫でも吹っ飛ばしたんすかね。」 「そこの所は分からんね。」 ラウスの何気ない呟きに、ハルゼーが相槌を打つ。 「しかし、砲の発射試験も行えるこの工場には当然、弾薬庫もあるだろうから、それが誘爆して火の回りが早くなったのだろうな。」 ハルゼーは、単調な口ぶりでラウスに言う。 右舷側で交戦していた、ヘレナとナッシュヴィルが、唐突に発砲を止めた。 カーニーの下に通信参謀が何かを伝える。カーニーは頷いてから、ハルゼーに顔を向けた。 「長官、巡洋艦部隊より通信です。我、敵砲台の制圧に成功せり。」 「ほう、敵の反撃を潰したか。流石は海軍自慢の早撃ちガンマンだ。」 ハルゼーは満足気な表情を浮かべつつ、右舷側を航行する2隻のブルックリン級軽巡に目を向けた。 敵の砲台は、専らヘレナとナッシュヴィルを狙ったため、2隻の軽巡は艦体のあちこちに敵弾を受けていた。 ヘレナは7発、ナッシュヴィルは9発を受け、共に火災を起こしていたが、15門の47口径6インチ砲は無事であり、 損傷自体も小破レベルに留まっていた。 前方のアイオワが、右舷側を発砲炎で染め上げてから2秒後に、ニュージャージーが第5斉射を放つ。 艦橋から見える6門の主砲から紅蓮の炎が吹き出し、大音響を上げて砲弾が叩き出される。 何度経験しても慣れない衝撃が、ハルゼーを始めとする第3艦隊幕僚に伝わる。 (しかし、相変わらず凄いもんだ……俺が魔法学校の座学で習った、最大級の攻撃魔法が頼り無く思えるなぁ…… あのうざかったスパルタ教師にこれを見せたら、一体どんな顔をするかねぇ) ラウスはそう思いながらも、改めて17インチ砲の凄さを実感した。 幾度目かになる大音響が下界の工場で鳴り響く。 中隊の指揮所で、ヘレンバーノ大尉は、1つの建物が飛来して来た大口径砲弾によって、文字通り粉砕される様子を 信じられない思いで見つめていた。 「何てこった………工場の関係者達が頑丈だ、頑丈だ、と自慢しまくっていた屋根が、いとも簡単に吹き飛びやがったぞ!」 「中隊長!ありゃ、戦艦の大口径砲弾ですよ!それもとんでもない大きさの奴です!」 フィグ曹長が、上ずった口調でヘレンバーノに言う。 「くそ、沿岸砲台の穀潰し共は何やっているんだ。さっさと追い返せよ!」 一向に敵を追い返せないでいる沿岸砲台を、ヘレンバーノは腹立ちまぎれに罵った。 そこに、状況把握のために情報収集を行っていた魔道士から報告が伝えられた。 「大変です!敵の反撃で、沿岸砲台が全滅した模様です!」 「な……全滅だと…?」 「はっ!既に、沿岸砲台からは連絡が途絶えています!」 「敵は?敵はどうなっている!?」 「敵の状況については、今しがた偵察班から報告が入りましたが、敵には目立った損害は与えていないようです。なお、敵艦隊には ブルックリン級巡洋艦と思しき艦も含まれるとの事です。」 魔道士が報告を終えた瞬間、工場の敷地内でまたもや連続爆発が起こった。 「くそ、また敵戦艦の砲弾が降って来たぞ。このままじゃ、工場は壊滅」 ヘレンバーノは、途中で眼前に広がった眩い光によって、言葉を遮られた。 「う……!」 彼は咄嗟に右腕で目を覆う。 その直後、今までに聞いた事の無い、猛烈な爆発音が鳴り、指揮所が地震もかくやと言わんばかりの 衝撃で激しく揺さぶられた。 ヘレンバーノは転倒し、背中を思い切り打ちつけ、一瞬気を失った。 気が付くと、彼はフィグ曹長に起こされていた。 「中隊長!しっかりして下さい!」 「……ん…ぐ…!」 ヘレンバーノは咄嗟に起きようとしたが、後頭部に痛みが走り、頭がグラリと揺れる。 「頭が……」 「中隊長、ゆっくりと起きて下さい。さっきの衝撃で中隊長は派手に転んで、頭と背中を打ってますからね。」 「そうか……どうりで頭と背中が痛い訳だ。」 ヘレンバーノはそう返しながら、我ながら情けないと思った。 その瞬間、またもや敵の大口径砲弾が落下して来た。 砲弾が炸裂した後、指揮所の床が揺れ動く。 先程の猛烈な揺れと比べて、あまり大きくはない。 「そうだ…さっき、やたらにでかい爆発音が響いていたな。曹長、あれは何が爆発した音だ?」 「中隊長、さっきの爆発は、弾薬庫の誘爆によって引き起こされた物です。敵戦艦の砲弾は、丁度、砲弾製造工場の 辺りに落ちたようです。」 「砲弾製造工場……おい、確か、その辺りは、流動石がより厚く敷固められていると聞いたが。」 「ええ。弾薬庫の方は特に防備が固く、戦艦の15ネルリ砲弾にも耐えられると言っていましたね。」 「確かそうだった。火災が起きない限りは安全だと言われていたのに……」 ヘレンバーノはそこまで言ってから、絶句する。 アメリカ軍の戦艦の中で、15ネルリ相当か、それ以上の主砲を持つ戦艦は、ノースカロライナ級とサウスダコタ級しか居ないと、 1か月前までは言われていた。 しかし、つい最近になって、ノースカロライナ級とサウスダコタ級を遥かに凌駕する巨大戦艦が、既に配属されたと伝えられている。 上層部はそれだけしか教えず、ただ、その新鋭戦艦がアイオワ級と呼ばれる、とだけしか伝えられていない。 ヘレンバーノをも含む旅団の将兵は、そのアイオワ級の具体的な性能は余り知らなかった。 だが、海軍にも知己が居ると言われているフィグ曹長は、その友人から、アイオワ級に関してやや詳しい情報を聞き出していた。 「ちゅ、中隊長!沿岸の偵察部隊より追申!」 「何だ?」 ヘレンバーノは、痛みに耐えつつ、ゆっくりと体を起こしながら魔道士に聞く。 魔道士は、先の爆発の影響か、すっかり怯えきっていた。 「砲撃を行っている戦艦は、新鋭のアイオワ級戦艦と思われる!尚、敵戦艦は2隻を確認!尚も砲撃を続行中、であります!」 「アイオワ級が2隻だと……!?」 今度はフィグ曹長が仰天した。 「そんな……あんな化け物戦艦が2隻も居るなんて……」 「お、おい、どうした曹長?」 ヘレンバーノは、愕然とする曹長に慌てて声を掛ける。 その時、またもや敵戦艦の主砲弾が落下して来た。爆発音が轟き、下の工場から更に火勢が上がる。 「中隊長。この工場はもう……終わったも同然ですよ。」 「な、何を言う!」 ヘレンバーノは声を張り上げた。いつもは冷静沈着で、頼りになる曹長が、今だけは妙に弱気だ。 (は……思い出した。確か、フィグ曹長は、南大陸で実戦を経験していたな。) ヘレンバーノは、内心で曹長の戦歴を思い出す。 「中隊長、あのアイオワ級戦艦は、今年の7月に、北ウェンステル北部にあったウェンカレル要塞攻撃に参加していると聞きました。」 「ウェンカレル要塞……あの有名な。」 「はい。」 フィグ曹長は頷いた。 「ウェンカレル要塞は、外見は古めかしいですが、非常に強固な要塞で、アメリカ軍の重爆撃を受けても尚も健在でした。 しかし、そのウェンカレル要塞も、2隻のアメリカ戦艦の艦砲射撃を受けて、あっという間に壊滅しました。その時の戦艦が、 あのアイオワ級です。」 「アイオワ級……」 「中隊長、あのアイオワ級は、マオンド共和国との戦いでも、マオンドの新鋭戦艦を圧倒したとも言われています。 自分の弟が言っていましたが、もしかしたら、アイオワ級戦艦の主砲は、16ネルリ砲以上かもしれないと。」 「16ネルリ以上……?そんな、馬鹿な。」 ヘレンバーノの口から、自然に否定的な言葉が出て来る。 その刹那、主砲弾の弾着に、再び床が揺れ動いた。その衝撃は、大口径砲弾特有の物だ。 ヘレンバーノは、着弾した主砲弾がフィグ曹長の言葉を肯定しているように思えた。 「畜生め……どうして…こんな事に…海軍は何をやっていたんだ。」 彼は、呻くような口調でそう呟いた。 アイオワ、ニュージャージーの艦砲射撃は、工場の弾薬庫が誘爆を起こした後も続けられた。 ある砲弾は、装甲列車の組立工程を行う施設に命中した。 この施設には、他と同様に300リギル爆弾の直撃にも耐えられるような防備が施してあったが、17インチSHSは、 その頑丈な屋根を容易く突き破り、装甲列車の車体に食いこんでから炸裂した。 爆発の瞬間、装甲を取り付けられ、完成間近であった装甲列車の車体が、真っ二つに引き千切られ、工場内には夥しい 破片が飛び散った。 別の砲弾は、装甲列車に搭載する砲を製造する工場に着弾する。 3発の17インチ砲弾は工場内に突入した後、砲身や、作業に使われる工具類等を滅茶苦茶にたたき壊しながら床に突き刺さり、 そこで炸裂する。 爆発の瞬間、作業台に所狭しと並べられていた6ネルリ砲や8ネルリ砲がブリキ細工よろしく吹き飛ばされ、一本の砲身は工場の ガラスを突き破り、外に吹き飛んでしまった。 艦砲射撃を開始してから20分が経ち、アイオワとニュージャージーは一旦射撃を止めた。 そして、回頭を行った後、艦砲射撃を再開した。 その時には、既に工場の4割に当たる施設が全壊、並びに半壊しており、沿岸部はほぼ壊滅状態に陥っていた。 これだけでも、本来の工場としての機能は失われているが、アメリカ軍はそれでも、容赦しなかった。 今度の艦砲射撃は、主に内陸部に近い工場が狙われた。 2隻の戦艦が斉射弾を放つ度に、確実に工場の施設は破壊されていく。 とある斉射弾は、それまで奇跡的に残っていた、列車搭載用の魔法石を保管する施設に命中した。 この施設には、他の施設と比べて400リギル相当の爆弾にも耐えられるような防備が施されていたが、1.4トンもの重量を持つ 17インチSHSの前には無力であった。 天井を貫通した17インチ砲弾は、巨大な保管容器に入っていた魔法石を、その容器ごと叩き割ってから炸裂し、周囲にあった 魔法石が瞬く間に吹き飛ばされた。 別の斉射弾は、列車の車体部分を作る工場に命中する。 数発の17インチ砲弾がまとまって着弾し、炸裂した瞬間、縦に並べられていた2両の列車は木端微塵に吹き飛ばされ、車体を 作っていた工具や工作機械も一緒くたに破壊される。 爆発エネルギーは、この施設自体を支える支柱をも破壊し、爆発から3秒後に、車体製造施設は音を立てながら崩壊してしまった。 装甲列車製造に必要な個所は、1つ、また1つと、次々に破壊され、工場はもはや、壊滅したも同然であったが、それでも、 アイオワとニュージャージーは砲撃を止めなかった。 2隻の巨艦が放つ17インチ砲弾は、燃え盛る工場に延々と降り注いでいった。 ヘレンバーノは、工場から噴き出る煙にむせながら、工場が破壊されていく光景を、成す術も無く見守り続けた。 南北に3キロ、東西に2キロという巨大な規模を誇る工場が灰燼に帰したのは、それから20分後の事であった。 午後9時20分 第3艦隊旗艦ニュージャージー 戦艦アイオワ、ニュージャージーを主力とするアタッカー隊は、午後9時10分には艦砲射撃を終え、針路を南に向けて避退を開始していた。 ハルゼーは、艦橋の張り出し通路から、斜め後方に見えるオレンジ色に照らされた陸地を見つめていた。 「敵の工場が燃えていますね。」 ハルゼーの隣で、同じ場所を見つめていたラウスが口を開いた。 「あの様子じゃ、もう使い物にならんな。」 ハルゼーは、冷静な口調でラウスに言う。 「アイオワとニュージャージー合わせて、800発もの砲弾を叩き込んでいる。控え目に見積もっても、工場施設の約半数は 確実に破壊しているだろう。もし、半数が艦砲射撃で生き残ったとしても、発生した火災によって、被害は拡大するだろうから、 実質的には全滅したも同じだ。」 「……となると、シホールアンル軍は、ここを失ったために、前線に配備している装甲列車への補給や整備がやりにくくなりますね。」 ラウスの言葉に、ハルゼーは2度頷く。 「これで、陸軍さんを苦しめていた装甲列車も、少しは大人しくなるだろうよ。陸軍の知り合いから聞いた話だが、敵の装甲列車は 神出鬼没で、現れたら派手に大砲を撃ちまくるようだ。だが、やや遠いとは言え、一番近い所にある拠点を失った今、奴らもおいそれと 出られなくなる。」 「確かに……整備拠点を失った今、以前のように大砲を撃ちまくれば、当然整備が必要になりますからねぇ。ここを失った以上、 本格的な整備を受けるには、わざわざ本国に行かなければならない。」 「そうだ。ここが潰れれば、必然的に、前線で使える車両が激減し、防御力も弱くなる。陸軍航空隊の連中が、執拗にここを爆撃した意味が、 今では良く分かるよ。」 ハルゼーは、神妙な顔つきにながら、そう言い放った。 不意に、遠くからドォーンという音が響いて来た。 「工場の方で、また誘爆が起きたようですね。」 「ああ。まるで断末魔の叫び声だな。」 ハルゼーは、眉をひそめながらラウスに言う。 ふと、彼はある事を思い出した。 「そういえば、今日はハロウィンだったな。」 「ハロウィンというと、前にハルゼーさんが言っていたアメリカのイベントですね。」 「ハロウィンのイベントは、アメリカだけじゃなくて、ヨーロッパの国々でも行われていた物なんだが、今頃は、本国のあちこちで、 子供達が近所の家々に行ってお菓子をねだっている頃だろうなぁ。」 「トリック・オア・トリートと言いながらですか。」 「そうだな。」 ハルゼーは微笑む。 「まっ、俺達もこうして、派手にハロウィンを祝った訳だが。」 「ハロウィンを祝った……ですか。」 ラウスはそこまで言ってから、ハルゼーの言わんとしている事を理解出来た。 「俺達のやった事は、トリック・オア・トリートならぬ、ピース・オア・キャノンだな。」 「ピース・オア・キャノン?」 「ああ。平和をくれなきゃ、大砲をぶっ放すぞ、という意味だ。まっ、俺の口から出た、下らん戯言だが。」 ハルゼーはそう言ってから、高々と笑った。 (平和をくれなきゃ、大砲をぶっ放すぞ……か。ホント、アメリカ人は物騒だなぁ) ラウスは、殺伐とした雰囲気には似合わぬ、のんびりとした心境でそう思ったのであった。
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第42話 シホールアンルの思惑 1482年 9月20日 午前9時 カレアント公国レギテルリク レギテルリクは、最前線であるループレングより北西100ゼルド離れた寂れた田舎町である。 シホールアンル軍が占領する前までは、300人の村人が住んでいたが、彼らは占領前に南部に 逃げ出してしまい、今ではシホールアンル軍の中継基地となっている。 シホールアンル第152補給旅団に属する物資輸送の馬車隊20台は、そんな田舎町にやって来た。 馬車隊は町に入った後、ワイバーン発着地の手前で憲兵に止められた。 「止まれ!」 臙脂色の軍服に身を包んだ下士官が、先頭馬車に駆け寄った。 「私は第152補給旅団第1補給大隊所属、第5補給中隊のラッヘル・リンヴ大尉だ。いつもの奴を届けに来た。」 「いつもご苦労様であります。すぐにお通しいたします。」 下士官は部下に命じると、基地の出入り口のバーを上げた。 馬車隊は基地に入ると、基地の倉庫に向かった。 程無くして20台の馬車が倉庫に辿り着くと、荷台から梱包された荷を降ろし、倉庫の中に運び入れていった。 作業が30分ほど経った時、 「あれ?あんた・・・・ラッヘルじゃない?」 作業の指揮を取っていた彼は誰かと思い、後ろを振り向いた。 そこには、1人の女性士官が立っていた。 顔つきからして整っているが、どこか勝気で、喧嘩なら誰にも負けぬと言っているかのような、荒々しさが感じられる。 ラッヘルはすぐに誰であるか分かった。 「おっ、レネーリじゃないか!久しぶりだなあ。」 「士官学校以来ね。相変わらず、頑張り屋さんを貫き通している?」 「もちろんだ。君こそ、持ち前の勝気で頑張っているな。怪物殺しの名を頂戴されたとあっては、眩しく見えるぜ。」 そう言ってから、ひとしきり再開を喜び合った。 「あっ、そういえば君はこの基地に配属されているのか?」 「そうよ。私が所属する第72空中騎士隊は1ヶ月前からこの小さな基地に移動なったの。 なんでも、戦力の補充と訓練のためみたいね。」 レネーリ・ウェイグ中尉は、シホールアンル軍の中では知る人ぞ知るエースである。 彼女はこれまでの航空戦で、天空の怪物と恐れられたB-17を個人で2機撃墜し、共同で4機を撃墜、または損傷させた。 それのみならず、ミッチェルを1機、ハボックを3機、ライトニング、シホールアンルから双胴の悪魔で 呼ばれている戦闘機も2機撃墜した。 総計で12機の米軍機を個人、または共同で落としている。 彼女よりもアメリカ軍機を落とした竜騎士は何人もいるが、撃墜機の中でB-17が多いため、 彼女は怪物殺しの異名を与えられている。 「俺は補給路を言ったり来たりしてるだけだから情報が早く回って来ないんだが、前線はどのような状況なんだ?」 ラッヘルが聞くと、レネーリは少し表情を暗くする。 「厳しいね。地上軍は相変わらず膠着状態で、戦いは航空戦止まりよ。アメリカ軍の飛空挺は、フライングフォートレスの ように巨大で頑丈な化け物も居れば、ミッチェルやハボックみたいに低空でサッと味方陣地に近付いて来る奴もいるから 大変。特にフラングフォートレスとミッチェル、ハボックがセットで来たら後は目も当てられないわ。 これに双胴の悪魔が来たらおしまいね。」 「前線の被害は少なくないと聞いているが、本当なんだな。」 「少なくないなんてものじゃないわ。2ヶ月前なんて1個師団分の兵力が空襲だけで消えちゃったんだから、被害は甚大よ。 今はこっちのワイバーンも増えて、新兵器も投入されたから少しはマシになったけど・・・・・」 そう言ってから、レネーリは深いため息をつく。 「新兵器って、この基地の周囲に作られているあれか?」 ラッヘルは比較的手近なそれに指を向けた。 周囲を盛られた土に囲まれて、その上部から棒の様な物が生えている。 「そ。1ヵ月半前に届いた魔道銃よ。作りは海軍の魔道銃と一緒だけど、魔法石は陸地と相性の良いものが 使われている、と話は聞いたけど、その相性の良い魔法石を作るのに1年半も掛かっていたみたい。」 「長いというべきか・・・早いと言うべきか俺には分からんが、君はどう思う?」 「遅すぎ。どうせなら半年で完成しろって言うのよ!」 彼女は腹立たしげに言った。 「この基地に配備されているのは何基だ?」 「12基。前線基地ではこれの倍の24基、それ以上のところもあるわ。でもね、アメリカ軍機って なかなか撃たれ強くて、魔道銃と高射砲を総動員してもバタバタ落ちる光景なんて見たことが無い。 それにね、」 彼女は一層深いため息を吐いてから、意を決したように言った。 「あいつら、数が減らないの。」 「数が減らない?なんで?一応は落ちてるんだろ?」 「あたし達が攻撃した後はもちろん数は減ってるわよ。3週間前なんか、20機以上の敵を落として一方的に 勝利を挙げたときもあった。でもね、2日も経たないうちに、アメリカ軍機は同じ数で、いや、それどころか 最近は落とす前よりも多い数でやって来る。一度なんか、2倍以上の数でやって来た時もあるわ。 要するに、いくら落としてもキリが無いのよ。」 「本当かよ。」 ラッヘルは思わず耳を疑った。 シホールアンルの基準からして20機以上も落とされれば、回復には最低でも3日程度は待たねばならない。 なのに、アメリカ軍は2日程度で前と同じか、それ以上の数の飛空挺でけしかけてくると言うのだ。 「少なくとも、減ったためしは無いね。これは弱気と受け止められないかもしれないけど」 レネーリは少しだけ声を小さくして、ラッヘルに真意を告げる。 「私達って、とんでもない相手と喧嘩してるかもしれない。」 「冗談はよせよ。君らしくないセリフだぜ。」 「その冗談も、アメリカ軍機の空襲を一度でも受ければ」 といかけた時、基地全体にけたたましいサイレンが鳴り始めた。 「チッ!いきなり空襲警報とはね!こんな辺鄙な基地も襲わないと気が済まないのかね!」 彼女は女性らしからぬ乱暴な口調で言うと、ラッヘルの傍から離れていく。 少し進んだ所で彼女はラッヘルに振り向いた。 「あんた、今日が初体験でしょ!?死なない程度に味わいなよ!」 一方的に言い放って、彼女は走り去って言った。 「ちゅ、中隊長!もしかして敵の空襲ですか!?」 「ああ、そのようだな。」 ラッヘルが答えると、補給中隊の部下達はどうするべきか迷った。 彼らがしばらくおろおろしていると、基地の兵が駆け寄ってきた。 「あんたら何してる!さっさとあっちの防空壕に隠れろ!ここにいたら爆弾で吹っ飛ばされるぞ!」 その言葉に反応し、補給中隊の面々は慌てて手近な防空壕に入って言った。 倉庫より100メートルほど離れた防空壕にラッヘルは滑り込んだ。 「大尉殿、さあ、中に入ってください。」 「ああ、ありがとう。」 その頃には、高射砲が砲撃を開始している。 ラッヘルは、防空壕の横に開けられた開閉式の隙間から基地の上空を見た。 視界が狭いため、あまり広範囲は見えぬが、上空には行く筋物雲が絡み合っていた。 初めて聞くアメリカ軍機のエンジン音が地上にまで響き渡り、トトトトンというリズミカルな音が幾度と無く聞こえる。 小さな粒が、急にバランスを崩して真っ逆さまに墜落していく。 1秒後にその小さな粒は炎を吹きあげる。 アメリカ軍機は、燃料を使用した発動機で機体を飛ばしていると聞く。 敵の燃料は、光弾が当たれば燃えてしまうから、今墜落していくのはアメリカ軍機だ。 「味方も頑張っているようだが・・・・・」 ラッヘルはぼそりと呟く。 「新たなるアメリカ軍機接近!ミッチェルだ!」 壕の入り口で戦況を見守っていた基地の兵が、唐突に叫び声を上げる。 彼は慌てて入り口まで駆け寄った。 「大尉殿、外に出ないで下さい!危険です!」 「外には出ない。君らと同じようにこっちで見学するだけだ。」 そう言いながら、彼は外を見た。 しばらくはどこにアメリカ軍機いるのか分からなかったが、やがて30機ほどのアメリカ軍機が基地の南側、 ラッヘルから見て左前斜めから現れた。 網目状の機首に大きく、ごつい機体に取り付けられた翼。その両側に1基ずつ付いている発動機が調子よく回っている。 尻尾にあたる尾翼は左右に広がっており、2枚の垂直尾翼が、さながらモンスターの双尾にも見える。 特徴からしてミッチェル爆撃機である事に間違いない。 それらは高射砲弾が炸裂する中、高度800メートルで基地上空に進入してきた。 基地の外縁に取り付けられた魔道銃が射撃を開始し、七色の光弾がミッチェルに注がれる。 ラッヘルは、先頭の爆撃機はたちまち撃墜されるだろうと思ったが、そうはいかなかった。 ミッチェルの先頭機が、短い滑走路の上に辿り着くと、開かれた胴体から5発の黒い物を吐き出した。 それはヒューという音を上げながら地面に落下し、1発目が地面に突き立てられたと思った瞬間、轟音と共に多量の土砂を噴き上げた。 「うぉっ!?」 離れていても伝わって来た振動に、ラッヘルは思わず度肝を抜かれる。 これを皮切りに、ミッチェルが次々と爆弾を投下していく。 滑走路には10発以上の爆弾が落とされ、短いながらも、基地隊員や竜騎士達が綺麗に整備した滑走路は、瞬時に醜いあばた面に変換された。 別のB-25は立てたばかりの真新しい兵舎に爆弾の雨を降らす。 兵舎に爆弾がすぽっと入った、と思って瞬きした後には兵舎は木っ端微塵に吹き飛び、あるいは叩き潰されて、ただの木屑集積所に変えられた。 別のB-25が落とした爆弾は、作られたばかりの銃座の至近に落下し、魔道銃を撃ちまくっていた兵を、応急の防盾ごとごっそり薙ぎ払う。 そして、爆弾はラッヘル達が荷卸をしていた馬車の周囲や、倉庫群、それに防空壕の近くにも降り注いだ。 ヒューッ!という爆弾が落ちてくる音がこれまで以上に大きく響く。 「伏せて!伏せてください!」 誰かがそう叫ぶと、皆が悲鳴を上げながら伏せる。 ドガァン!ズダァーン!という巨大な大砲を至近でぶっ放したかのような轟音と凄まじい衝撃が大地を揺るがし、 伏せていた将兵の体を少しばかり吹き上がらせ、そして地面に叩きつけた。 外でゴオー!と、爆風が音立てて入り口付近を駆け抜けた。 爆風の余波は防空壕の中にも流れ込んで、入り口付近にいた者を壕の奥に吹き飛ばした。 爆発音はいまだに止まず、何かが砕け、音立てて地面にばら撒かれていく。 誰もが、この基地全体が爆弾で粉微塵に吹き飛ばされるのでは無いかと思い始めるが、気が付いた時には、 ミッチェルは既に基地の上空から遠ざかって行った。 「・・・・・・・・・・」 辺りに不気味な静寂が流れた。 重苦しい沈黙を破ったのはラッヘルだった。 「みんな、生きているか!」 彼は大声で壕の中の将兵に問いかけた。 それがきっかけとなったのか、残りの30人余りの将兵が恐る恐る顔を上げた。 「空襲は終わったようだな。外に出るぞ。」 彼がそう言いながら、足早に壕から出る。 「うわ・・・・・・少し酷いなぁ。」 ラッヘルは辺りを見回した。 彼らの補給中隊が作業を行っていた6つの倉庫は、2つが綺麗さっぱり消し飛んで、僅かながら、 土台部分に木らしきものが残っている。 3つは半壊状態であり、うち1つは全体が猛火に包まれている。最後の1つは無事だ。 「6つのうち、5つまでも爆撃で・・・・・いや。」 彼は自分が言った答えを保留にしながら、破壊された倉庫の傍に走り寄っていく。 倉庫群の前に止めてあった馬車は、咄嗟の判断で半数以上を逃がす事が出来たが、6台の馬車はこの場から 逃げ切れずに爆弾で吹き飛び、倉庫群の前には肉片混じりの破片が広範囲に散らばっている。 彼はその光景に吐き気を感じながらも、肝心の破壊を免れた倉庫を見てみた。 「ああ、やっぱりな。」 ラッヘルは倉庫を見るなりガクリと肩を落とした。 外見上、倉庫には目立った傷は無いように見える。 空襲が始まる前まで中には彼らの運んできた物資が詰め込まれていた。 だが、倉庫は入り口の戸がどこぞに吹き飛ばされ、内部には積み上げた物資が無秩序に散乱し、中身が落ちてきた 別の箱の下敷きになり、無残に潰されている。 傍目から見ても、詰め込んだ箱の4割は破損した内容物がはみ出し、中身が無意味なゴミに成り下がっていた。 「敵もうまい具合にやったものですな。」 一緒に出て来た部下が頭を抱えながら彼に言って来た。 「自分らが運んできた物資がほとんどパァですよ。畜生、遠くから延々と運んでくる身にもなれってんだ!」 その部下は、きっちり仕事をこなして去った米軍機を呪った。 「逃がした馬車の荷台にはまだ少し補給品が入っていたはずだ。その分だけでもこっちに置いて行こう。 おい、馬車を呼び戻せ。」 ラッヘルは部下に、逃がした馬車を呼びに行かせる。 基地のあちこちで、空襲の後始末が始まった。 兵舎は全てが爆砕されており、この基地の兵員はしばらく満足な睡眠が取れないだろう。 ワイバーンの宿舎も多数の爆弾を浴びて全壊している。アメリカ軍の空襲は、的確かつ、容赦が無かった。 ワイバーンの発着に使う短い滑走路も補修しないと使えないが、垂直離着陸が可能なワイバーンでは 滑走路が使えなくても、発着が遅くなるぐらいで出来ぬ事は無い。 彼は馬車隊が戻ってくるまで、基地の惨状を見渡す。 基地の敷地外の草原で、2つほど、それに隣接する陸軍の兵舎から黒煙が上がっている。 「おい、あの黒煙は何だ?」 彼は傍を通りかかった基地の兵を捕まえて聞いてみる。 「ああ、あれですか。あれは撃墜されたミッチェルのものです。魔道銃と高射砲が3機撃墜したんですが、 うち1機が燃えながら第524騎士連隊の兵舎に突っ込んだんです。あっちでも死傷者が出たみたいです。」 「自爆か。」 彼はぼそりと呟いた。 退避させた馬車隊が戻って来るまでさほど時間はかからなかった。 14台の馬車は、倉庫より少し離れた広場に集められた。 「中隊長、酷くやられましたな。」 退避組を率いていた1番車の御者が、いささか驚いたような表情で聞いてきた。 「ああ。まさかアメリカ軍機がやって来るとは思わなかったよ。」 「このレギテルリクは、ロゼングラップから直線距離で278ゼルド。ミッチェルの航続距離は1000ゼルドも あるようですから余裕で攻撃範囲内に入りますよ。」 「それは分かっている。だが、アメリカ人共は専ら前線か、ポルリオといった重要な場所にしか来てなかった。こんな辺鄙な後方の基地を襲うのは珍しい。」 「まさか・・・・・」 御者の軍曹と、ラッヘルは馬車の荷台に顔を向ける。 荷台の中には、ここに置いて行く物資の他に、別の物も入っている。 時期作戦を成功させる鍵と聞いている物だが、見た限りではただの円筒形の入れ物にしか見えない。 太さは結構あった。口の悪い部下からは、生首を入れるに適しているとえげつない事を言って来たものだが、彼らはただ、ミスリアル国境の近くまでこの円筒形の物を運ぶだけだ。 「材料は後で別の班が輸送するから、君たちは気にしないでいい。」 出発の前に、あの入れ物を持って来た魔道士の1人がそのような事を言っていた。 彼は魔道士の言葉通り気にしていなかったが、もし情報が漏れていて、アメリカ軍がこの入れ物を 所定の位置に配備する前に叩き潰そうと思ったのなら・・・・・ 「いや、そうではないか。」 彼は自分の考えを否定した。アメリカ軍機の狙いは、馬車の荷ではなくこの基地だった。 それに、こんな馬車を狙うには、爆撃機よりも戦闘機のほうが向いている。 情報が漏れていたとすれば、あの双胴の悪魔が爆撃前にやって来て虱潰しに機銃掃射を仕掛けているだろう。 それがないのだとすれば、情報は漏れていない事になる。 やがて、迎撃に出ていたワイバーン隊が帰ってきた。 38騎出撃したワイバーンは31騎に減っている。 最初、アメリカ軍機に翻弄されっぱなしだったワイバーン隊も、今では対抗策を確立しているため、前のように一方的にやられなくなったと聞いている。 それでも、相手はあの双胴の悪魔だ。被害ゼロに抑えるのはとても難しいのだろう。 (これで、陸軍も奴らと張り合えるような装備を持っていれば文句なしなんだが) ラッヘルはそう思いながら、集まって来た部下達にこれからの方針を発表した。 「注目!」 彼は鋭い声音で、皆の視線を自分に向けさせる。 「突然の空襲で、諸君らも動揺していると思うが。我が隊はこの空襲で馬車6台と、荷降ろしした物資の大半を 失った。今後は残った物資の荷降ろしを終えて休息した後、予定通りルギンジュに向かい、そこで持ち込んで来た 重要物資を降ろす。後の予定は出発前に発表した通り。以上!」 ラッヘルはそう言い終えると、部下達に残った補給品を荷降ろしさせた。 「しかし。」 彼は部下達が荷台から箱を下ろしていくのを見ながら、時折荷台の奥に視線を向ける。 「あれで一体、何をするのだろうか・・・・・お上は何を考えているのかな。」 彼は上層部の思惑が何であるか理解しようとしたが、いくら考えても分からずじまいだった。 彼はまだ知らなかったが、同様の物体は、ミスリアル国境沿いに次々と設置され、総数は2万個を超えていた。 その配置は、まるでミスリアルを取り囲むようであった。 SS投下終了であります。
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第48話 リルネ岬沖の決闘(後編) 1482年 10月24日 午後3時 リルネ岬南西沖480マイル沖 シホールアンル帝国海軍第22竜母機動艦隊は、リルネ岬沖南西の海域を、時速11リンルの速度で航行していた。 旗艦ゼルアレの艦橋では、司令官であるルエカ・ヘルクレンス少将が幕僚達と話し合っていた。 「一応、第2次攻撃隊を出すんだが、それにしても、結構な数のワイバーンがやられちまったな。」 ヘルクレンスは、紙に書かれた内容を見つめて、先から複雑な表情を浮かべていた。 第22竜母機動艦隊は、午前中にアメリカ機動部隊に向けて攻撃隊を出した。 この竜母部隊は、旗艦ゼルアレが戦闘ワイバーン24騎、攻撃ワイバーン32騎。 寮艦リギルガレスが戦闘ワイバーン26騎、攻撃ワイバーン40騎積んでいた。 攻撃隊は、戦闘ワイバーン30騎、攻撃ワイバーンの全力で編成されている。 攻撃のタイミングはピッタリであり、空母レンジャー級1隻、巡洋艦1隻を撃沈。 空母1隻大破、巡洋艦1隻中破、グラマン7機撃墜の戦果をあげた。 だが、帰還して来たワイバーンは、出撃前と比べてかなり減っていた。 ゼルアレに帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン9騎に、攻撃ワイバーン16騎。 リギルガレスは戦闘ワイバーン11騎、攻撃ワイバーン21騎。 実に戦闘ワイバーン10騎、攻撃ワイバーン33騎を失ったのだ。 そして、使用不能と判断されたワイバーンは攻撃ワイバーン5騎。 損耗率は5割近くに達する。 たった1度の攻撃でこれほどの犠牲が出たのである。 ちなみに、第24竜母機動艦隊から出撃したワイバーン隊も大損害を受けている。 出撃した戦闘ワイバーン72騎、攻撃ワイバーン98騎。 帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン52騎、攻撃ワイバーン53騎である。 「再出撃が可能なワイバーンは32騎。これでは、残りの敵空母を攻撃しても、撃沈できるかどうか・・・・」 幕僚の1人が、憂鬱そうな口調でヘルクレンスに言う。 「だが、竜騎士達は攻撃させてくれと言って来ている。お前達も見ただろう?」 10分前、突然竜騎士達が艦橋に押しかけてきて、艦長とヘルクレンスに第2次攻撃を強く要望してきた。 「敵空母5隻のうち、1隻は撃沈し、3隻は大破させました。残るはあと1隻です!確かに、アメリカ機動部隊の 対空砲火はかなり激しい。しかし、あと1隻の空母を沈め、いや、飛行甲板を破壊すれば、敵は艦載機が使えなく なります!そうすれば、戦闘行動可能な空母を失ったアメリカ艦隊は必ず撤退します!」 竜騎士達は掴みかからんばかりの勢いで言って来たが、ヘルクレンスは答えを出さず、検討すると言って彼らを追い返した。 それから、彼らは第2次攻撃隊を出すかどうかを話し合っているのだが、現実は厳しい。 「半数以下に減ったワイバーンで敵空母を攻撃しても、攻撃隊の損耗ぶりから見ると、沈める事は難しそうです。」 主任参謀が言う。 彼は内心、攻撃隊を出したくは無いと思っている。 しかし、同時に残り1隻の空母を仕留めたいという気持ちもある。 「分かってるよ。確かに、沈める事は難しいだろう。だが、甲板に穴を開ける事は出来る。 要は、アメリカ野朗の飛空挺が飛ばないようにすればいいんだ。そうすりゃ、しばらくは安泰だ。」 ヘルクレンス少将は、ニヤリと笑みを浮かべた。 「第2次攻撃隊を発進させる。目標は、無傷のアメリカ空母だ。」 彼は決心した。それから、第22竜母機動艦隊は、第2次攻撃隊の発進準備を急いだ。 午後3時20分、新たなる戦いに挑もうとしていた第22竜母機動艦隊の上空に、1機のドーントレスが現れた。 午後3時20分 第15任務部隊旗艦空母ワスプ 「7号機から入電。我、艦隊より南西海域、方位230度方向に敵機動部隊発見。距離は220マイル。 敵は艦隊に竜母2隻を伴う。司令官、ついに見つけました!」 参謀長のビリー・ギャリソン大佐は弾んだ声音で、ノイス少将に言った。 「うむ。この報告を、直ちにTF16、17に伝えろ。それから第2次攻撃隊発進準備を急がせろ。」 彼は、急いで他の任務部隊にも情報を送らせた。 ヨークタウンとエンタープライズの修理は、攻撃隊が戻って来た午後2時50分には終わっていた。 両空母の応急修理班はよく働き、約束通りの時間に穴を塞いでくれた。 戻って来た攻撃隊は、乗員の歓呼を浴びながら無事、母艦に足を下ろす事が出来た。 攻撃隊の損害は少なくなかった。 TF16は、F4F48機、SBD40機、TBF32機を出した。 帰還機は、エンタープライズがF4F17機、SBD12機、TBF12機。 ホーネットがF4F23機、SBD14機、TBF13機。 TF17は、F4F36機、SBD36機、TBF28機が出撃。 帰還機は、ヨークタウンがF4F14機、SBD11機、TBF12機。 レンジャーがF4F10機、SBD12機、TBF10機。 そして、TF15ワスプの帰還機がF4F8機、SBD10機、TBF10機。 現地で被撃墜、途上で脱落、海没した機はF4F24機、SBD28機、TBF17機。 そのうち、ホーネット所属機、レンジャー所属機はヨークタウン、エンタープライズ、ワスプに入るだけ収容された。 そのお陰で、ヨークタウン、エンタープライズ、ワスプはフル編成に戻ったが、入り切らぬ艦載機は全て海没処分された。 喪失機は、艦隊上空で行われた空戦で撃墜された14機のF4Fと、修理不能と判断された機、ホーネットで焼失した分、 レンジャーと共に沈んだ機も合わせて、計178機に上った。 決戦前には462機いた艦載機のうち、4割ほどを一挙に失ったのである。 これは余りにも痛すぎる損害であった。 だが、中破したヨークタウンとエンタープライズは応急修理で甦り、ワスプも健在である。 艦載機は284機を保有しており、まだまだ戦える。 「攻撃隊の発進準備はどうか?」 ノイス少将は、航空参謀に聞いた。 「発進準備はあと1時間で終わります。」 「そうか。」 航空参謀の答えに、彼は満足気に頷いた。 ワスプは、攻撃に参加していなかったドーントレス4機、アベンジャー4機のうち、ドーントレス4機を索敵に出していた。 残ったアベンジャーは雷装のまま待機させた。 その他、ワスプに着艦してきた艦載機のうち、再出撃が可能と判断されたドーントレス16機、 アベンジャー12機に爆弾、魚雷を搭載中である。 この他に、TF17のヨークタウンも、ドーントレス14機、アベンジャー16機が再出撃可能であり、 これも1時間後に出撃が可能となる。 その一方で、TF16のエンタープライズは敵輸送船団の索敵を行うため、2時頃にドーントレス3機、 3時頃にアベンジャー4機を発艦させている。 その一方で、ハルゼー中将は、ミスリアル沖に展開している潜水艦部隊の報告を心待ちにしていた。 潜水艦は第18、19任務部隊の合計30隻がバゼット半島周辺や艦隊の側方警戒に配置されているが、 その潜水艦部隊も、未だに敵輸送船団を発見出来ないでいる。 「輸送船団の事も気になるが、後方の敵機動部隊も脅威だ。こいつらを速めに片付けておかないと、後々面倒な事になるからな。」 「依然として、敵はワイバーンを保有していますからな。夕方までには決着をつけませんと。」 「夕方までか。私としては、今すぐにでも後ろの敵さんを片付けたいよ。敵船団の攻撃に、エンタープライズのみの 攻撃隊では足りなさ過ぎる。敵は500隻だ。ボストン沖海戦では、レンジャーとヨークタウンがマオンド軍の輸送船団を 存分に痛めつけたが、艦載機のみで沈めたのは200隻中50隻程度だ。これがビッグEのみなら撃沈できる船は もっと少なくなる。だから、私は早めに敵と決着を付けたいのだ。」 最も、夜までに敵船団を見つけなければ、攻撃できるかどうかも分からんが・・・・・ ノイス少将は、最後の一言は言葉に出さなかった。 「今は、攻撃隊が発信準備を整えるまで待とう。」 午後4時30分 リルネ岬沖南南西110マイル沖 「司令官。TF15、16より第2次攻撃隊発艦しました。」 司令官席に座るウィリアム・ハルゼー中将は、不機嫌そうな表情崩さぬまま頷いた。 「これで、背後に隠れていたシホットの竜母はなんとかなるだろう。あとは、どこぞに雲隠れした輸送船団だが・・・・」 彼は艦橋の前をずっと見続ける。 リルネ岬の北200キロにあるノーベンエル岬。その沖合いにシホールアンル側の輸送船団がいる事は確かだ。 だが、どの海域にいるのか、ノーベンエル岬からどの方向の海域にいるのかが全く分からない。 数時間前に攻撃した敵機動部隊の動向は、潜水艦から報告があった。 報告によると、竜母3隻、戦艦1隻を含む有力な艦隊が北東方面に避退中のようだ。 これで、当面の脅威は去った。 次の目標は輸送船団である。その輸送船団は、どこを目指し、どこにいるのだろうか。 「クソ!早い時期に海兵隊をミスリアルに入れておけば良かったかもしれんな。 そうすれば、陸上の航空基地と共同で、敵の艦隊を探す事が出来たろうに・・・!」 ハルゼーは苛立った口調でそう呟いた。 ふと、空を見てみる。 空は、まだ青空が広がっているが、日は大分傾いている。 気象予報班の報告によれば、今日の日没は6時半になると言う。 だとすると、攻撃隊を今から発艦させても、敵艦隊に取り付くのは良くて、日没前となる。 帰還時には、既に夜になっており、パイロットは不慣れな夜間飛行を強いられる。 まだアメリカ海軍の空母艦載機隊は、夜間飛行の訓練をあまり行っておらず、満足に夜間飛行をこなすパイロットはいない。 そのパイロット達に、不慣れな夜間着艦を強要できない。 「とりあえず、報告が入らん事にはどうにもならんな。」 ハルゼーはため息混じりに呟いて、報告を待った。 偵察機から報告が入ったのは、午後5時10分であった。 午後4時25分 リルネ岬沖南南西120マイル沖 「敵編隊接近!総員戦闘配置!」 第15任務部隊の全艦に突如警報が発せられた。 この時、TF15の南西70マイル沖に50騎以上の機影をレーダーが捉えていた。 すぐに、ワスプからF4Fが発艦し、敵編隊に向かって行く。 戦闘機隊の発艦からそう間を置かずに、F4Fとワイバーンが空中戦を始めた。 他の任務部隊からやって来たF4Fと合同で、敵編隊を叩くが、最終的に23騎の攻撃ワイバーンが TF15の輪形陣に迫って来た。 「敵編隊艦隊の左舷側、方位260度より急速接近中!」 CICで、レーダー員が緊張に声を上ずらせながら、艦橋に報告する。 ワスプの左舷後方に位置する軽巡洋艦クリーブランドは、向けられる5インチ連装両用砲を左舷に向けた。 「来たぞ。シホット共がよだれを垂らしながらワスプを見てやがるぜ。砲術長!VT信管は各砲塔に回したか!?」 艦長のトレンク・ブラロック大佐は、快活な声音で電話の向こうにいる砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐に聞いた。 「各砲塔に一定量の砲弾を回してあります。時限信管と一緒に発砲する予定です。」 「OK!VT信管の実戦テストだ。観測班にしっかりデータを取れと言ってやれ。」 「アイアイサー」 そこで、電話が切れた。 やがて、ワイバーン群が輪形陣の左側から進入してきた。 ワイバーン群は400キロ以上のスピードで、高度4000メートルほどの高さから一気に駆け抜けようとする。 そこに高角砲弾が炸裂し始めた。ワイバーン群の周囲に、無数の高角砲弾が炸裂し、黒い小さい煙が一面に広がる。 だが、ワイバーン群は数が少ない事をいい事に、飛行機では出来ぬ機動を繰り返して高角砲弾の破片に当たるまいとする。 それでも、1騎のワイバーンの至近に高角砲弾が炸裂し、そのワイバーンはバランスを崩して墜落していった。 激しい対空砲火だが、駆逐艦群があげた戦果は、今の所1騎のみだ。 前方の軽巡ナッシュヴィルが高角砲を撃ち始めた時、 「両用砲、撃ち方始め!」 ブラロック大佐は大音声で命じた。 左舷に向けられていた、5インチ砲8門が発砲を開始する。 各砲塔2本の砲身が、4秒置きに1発の割合で交互に射撃を繰り返し、ワイバーン群の周囲により一層、多くの砲弾が集中する。 唐突に、先頭のワイバーンの至近に2つの爆煙が沸き起こる。 その瞬間、翼を分断されたワイバーンは錐揉みとなって墜落していく。 3番騎も高角砲弾に引き裂かれ、1番騎の後を追うかのように海面に突っ込んだ。 「いきなり2騎撃墜か!テスト開始早々、戦果を挙げたか!」 ブラロック大佐は満足気な笑みを浮かべて、初戦果を上げた砲術を褒める。 「砲術!いいぞ、その調子だ!」 その後も、ワイバーン群は進み続けるが、これまでより一際激しい対空砲火に次々と撃ち落されていく。 クリーブランドが放つVT信管は、額面通りに作動しない砲弾もあり、普通の時限信管と同じように 見当外れの位置に爆発する物もある。 が、額面通り作動した砲弾は、ワイバーンの至近距離で炸裂し、ワイバーンと竜騎士に無数の破片を浴びせてずたずたに引き裂いていく。 これに、他の巡洋艦の高角砲も加わる。 この輪形陣でも、やはりアトランタ級軽巡の砲撃は凄まじかった。 アトランタ級軽巡サンディエゴは、他の姉妹艦と同様、5インチ砲14門を乱射して、敵のワイバーン群を高射砲弾幕に捉えていく。 正確無比のVT信管や、機関銃の如く放たれる高角砲弾に、ワイバーン群はこれまでにないペースでバタバタと叩き落されていく。 だが、それでも全てを落とす事は至難の業であった。 残る8騎のワイバーンが、1本棒となってワスプに急降下して行った。 「機銃、撃ち方始め!」 砲術長のラルカイル中佐が、鋭い声音で各機銃座に指示を飛ばす。 クリーブランドの右舷に配置されている40ミリ連装機銃4基、20ミリ機銃10丁が猛然と撃ちまくる。 40ミリの図太い火箭がワイバーンの横腹に吸い込まれる。 その次の瞬間、ワイバーンの胴体が真っ二つに別れ、血を撒き散らしながら海に落ちていく。 VT信管の炸裂をすぐ後ろに受けたワイバーンが、背面を切り刻まれて、無念の雄叫びを上げて墜落していく。 ワスプ上空に打ち上げられる弾幕に次々と討ち取られていくが、ワイバーンはそれを振り切ってワスプに接近していく。 ワスプが急に、左に艦首を回してワイバーンの投弾コースから逃れようとする。 また1騎のワイバーンが、機銃に撃ち抜かれて墜落するが、先頭のワイバーンは高度600付近で爆弾を投下した。 急転舵するワスプの右舷側海面に水柱が吹き上がる。 次いで2番騎の爆弾が右舷後部舷側付近に落下して、衝撃が14700トンの艦体を小突き回す。 3番騎の爆弾は左舷側海面に落下する。 「もう少しだ!頑張れ!」 誰もが、全弾回避してくれと、ワスプの奮闘を見守る。 4番騎の爆弾も見事にかわし、右舷側海面に無為に海水が吹き散らされる。 このままワスプの強運が打ち勝つと誰もが確信した時、いきなり飛行甲板の前部に黒い粒が刺さったと見るや、 そこから火柱が上がった。 火柱は黒煙に変わり、被弾箇所から多量の煙が吹き上がって後方にたなびいていく。 「ああっ、ワスプが!」 ブラロック艦長は、呻くような声でそう言った。 最後の最後で、ワスプは被弾してしまったのだ。 敵弾は第1エレベーターから8メートル後ろに離れた位置に突き刺さった。 飛行甲板を貫通した爆弾は格納甲板に踊りこみ、そこで炸裂した。 炸裂の瞬間、前部に集められていたF4Fのうち、7機が爆砕され、爆風が格納庫の周囲に損傷を与え、 飛行甲板の穴を押し広げた。 だが、ヨークタウン級並みか、それ以上の装甲を施された防御甲板は敵弾の貫通を許さず、事前に格納庫の シャッターを開けていた事も幸いして、爆風の過半は艦外に放出された。 このため、ワスプの被害は傍目よりは少なかった。 ワスプは黒煙を噴きながらも、前と変わらぬスピードで航行している。 その事が、護衛艦の艦長たちを安心させた。 「どうやら、ワスプの被害はそれほど深刻でもないようですぞ。」 副長のラリー・ウェリントン中佐がブラロック艦長に言って来た。 「命中箇所は、あの位置からすると第1エレベーターより後ろ側ですな。あの位置ならば、甲板に穴が開いた だけなので、鎮火すれば応急修理が可能です。それに、命中弾は500ポンドクラスが1発だけですから、 被害は思ったより軽微でしょう。」 「なるほど。となると、ワスプは母艦機能を維持できると言う事か。なら安心だな。」 ブラロック大佐は、そう言ってホッと息を吐いた。 この攻撃で、米側はF4F6騎を撃墜され、ワスプが命中弾1を被ってしまったが、火災は20分ほどで 消し止められ、破孔は40分後に、応急修理で塞がれた。 第22竜母機動艦隊が放ったワイバーンは総計で54騎であったが、帰還の途につけたのは、 戦闘ワイバーン7騎と、攻撃ワイバーン3騎のみであった。 午後5時50分 リルネ岬沖南西340マイル沖 「リギルガレスと駆逐艦2隻が沈没。このゼルアレが大破か・・・・・また酷くやられたもんだな。」 第22竜母機動艦隊の司令官である、ルエカ・ヘルクレンス少将は、乾いた口調でそう呟いた。 30分前に、彼の艦隊はアメリカ軍艦載機に攻撃された。 艦隊はよく戦ったが、リギルガレスがヨークタウン隊の集中攻撃を受け、爆弾4発、魚雷4本を左舷のみに受けて沈没。 ゼルアレも爆弾5発、魚雷1本を左舷に受けて大破された。 この他に、駆逐艦2隻が爆弾を浴びて沈没し、艦隊の隊形は大きく乱れていた。 「司令官。ワイバーン隊からは、ワスプ級空母1隻に爆弾を命中させましたが、爆弾1発のみでは戦闘能力を奪ったか 否か、微妙な所です。ここは、攻撃隊を収容後にエンデルドに戻り、再起を図ったほうがよろしいかと。」 「もちろんさ。ワイバーンの数がこんなに減ったんじゃ、満足に戦えない。でも、今回の海戦では、 敵も全ての空母に手傷を負わされている。俺達は、敵の機動部隊相手にほぼ互角の戦いが出来た事になるな。 確かに満足いく戦果ではねえが、それは敵も同じだろう。お互い、目的は敵の母艦を全て沈める事だったはずだ。」 ヘルクレンスはそう言いながら、敵味方が受けた損害を思い出していた。 味方の竜母部隊は、合計で3隻の竜母を失い、4隻が大中破している。ワイバーンの損害は300騎を超える。 だが、こっち側に大打撃を与えたアメリカ側も、正規空母2隻を失い(ホーネットを撃沈したものと誤認) 2隻を大破、1隻を中破させられ、巡洋艦1隻撃沈、1隻中破させ、飛空挺の損害は200機を超えるだろう。 戦術的にはややこちらの不利だが、手持ち空母を全て傷付けられたアメリカ機動部隊は、輸送船団に対して 航空攻撃を思うように仕掛けられない。 空母部隊が引っ込んでいる間、こちら側はミスリアル西部に上陸部隊を上げる事が出来る。 つまり、肝心の上陸作戦は成功裡に終わる事になり、戦略的な勝利はシホールアンル帝国が得ることになる! そして、ミスリアルの魔法都市ラオルネンクを占領し、魔法技術を奪えば、今日の大海戦で失われた将兵も浮かばれるに違いない。 「結果的にはこちらの不利だが、まともにぶつかれば、アメリカ側も大損害を受ける事は避けられぬと 分かったはずだ。それだけでも、今回の海戦で得られた教訓は大きい。」 「では、攻撃隊が帰還した後は、艦隊をエンデルドに戻してもよろしいですね?」 「ああ。ここは一度戻って、兵達をゆっくり休ませよう。」 ヘルクレンスは主任参謀にそう返事した。 「それにしても、リリスティの姐さんが負傷するとは思わなかったな。指揮は第2部隊のムク少将が引き受け、艦隊は北東に避退中 である事は既に確認済み。第24から輸送船団に回された戦艦と巡洋艦は何時ぐらいに合流する?」 「予定では、夜の7時あたりに船団護衛の艦隊と合流する予定です。万が一、アメリカ軍の戦艦が襲ってきても、 あちらは3隻、こっちは6隻ですから船団に近づけませんよ。」 「船団護衛に関しては万全と言う訳か。怖いのは敵の潜水艦だな。海軍の大半の艦艇に、生命反応探知装置が行渡ってはいるが、 深深度に潜り込まれたら使えんからな。」 「確かに。司令官、とにかく急いで艦隊を集結させましょう。各艦ともバラバラになっています。」 主任参謀の提案にヘルクレンスは頷き、各艦に集合の指示を伝え始めた。 潜水艦のノーチラスはこの日、作戦中の機動部隊の側方警戒の任を帯びて、機動部隊より南西200マイルの海域を航行していた。 艦長のトーマス・グレゴリー少佐は艦橋で他の見張り員と共に周辺の海域を捜索していた。 「艦長、TF17を襲った敵機動部隊は、機動部隊より南西側の海域にいるみたいですぜ。」 グレゴリー艦長の隣で見張りをしている哨戒長が、彼に言って来た。 「俺も聞いたよ。レンジャーが沈められたらしいな。ハルゼー親父は恐らく、カンカンに怒って、南西側の海域に 偵察機を飛ばしているだろう。残りのシホットは、機動部隊がさっさと片付けちまうだろうよ。」 「機動部隊がですか・・・・・機動部隊がやるのもいいですが、たまには自分達も大物を食ってやりたいですな。」 哨戒長は半ば本気、半ば冗談の口調で言った。 「その気持ちは分かるな。潜水艦屋は、水上艦乗りの奴らからはどこか見下されているからなぁ。 俺もたまには考えているよ。一度でいいから、戦艦か空母を沈めて、そいつらを見返してやりたい、と。」 そう言ってから、グレゴリー少佐は肩をすくめる。 「まっ、その考えがすぐに実現できれば、俺は嬉しいのだがね。人間、高望みする奴に限ってよくよく運が 無いからな。戦争に生き残っていくには、焦らず、目立たず。ごく普通がいいのさ。」 「ごく普通ですか。自分としてはもちっと、理想を高くしてもいいと思うんですがね。」 「ふむ。それもそうか。」 「私としては、念願のアイスクリーム製造機が配備されたので充分満足してますが。」 「哨戒長!言ってる事が普通ですぜ。もっと高望みしないと!」 右舷を見張っていた水兵がニヤニヤしながら、言葉の矛盾を突いてきた。 「だまっとれ!人間と言う生き物はな、心変わりがしやすいんだよ。 この野郎、あれこれ口出しすると、海に放り込んじまうぞ!」 哨戒長は水兵の首根っこを掴んで、海に落とす真似をする。もちろん本気ではなく、哨戒長もにやけながらやっている。 その行動に、見張りに立っている水兵達が笑い声を上げた。 艦長も思わず微笑んだ。その時、 「艦長!レーダーに反応です!」 突然伝声管からレーダー員の声が聞こえた。 「レーダーに反応だと?どこからだ?」 「南西の方角、方位260度から飛行物体です。距離は20マイル」 「南西の方角からか。明らかに敵だな。」 グレゴリー艦長は確信した。南西の方角に味方機動部隊はいない。 だとすると、TF17を襲った敵機動部隊から発艦した、第2次攻撃隊であろう。 「急速潜行!」 グレゴリー艦長はすぐにそう命じ、見張り員達を全員艦内に入れた。 それからノーチラスは、潜望鏡深度で敵編隊が通り過ぎるのを待っていた。 「敵編隊、通り過ぎました。」 レーダー員の言葉に、グレゴリー艦長は頷いた。それから、彼は副長に顔を向けた。 「副長、ちょっと来てくれ。」 彼は副長のアイル・ワイズマン大尉を呼びつけた。 2人は海図台の所まで移動した。 「さっき、シホールアンル側のワイバーンの編隊が通り過ぎていった。敵編隊は我が艦の南西20マイルの距離に現れた。 この敵編隊が味方の機動部隊を狙っているのは確実だ。恐らく、敵さんはこの方角の海域に潜んでいるのだろう。」 グレゴリー艦長は、チャートに赤い線を引いた。赤い線は、ノーチラスを中心に左右に伸びている。 右上には味方機動部隊の位置を示すマークが書かれている。赤い線は、敵編隊の進路を表している。 「敵ワイバーンの航続距離は500マイル。ですが、それはあくまでカタログ数値ですから、実際にはもっと近寄っている 可能性がありますね。理想的な距離として、約250マイル程度の距離が欲しい所でしょう。」 「と、すると。ノーチラスの近くに敵機動部隊がいるかもしれんな。」 グレゴリー艦長は唸るように言った後、しばらく考え事を始めた。 「艦長。もしや・・・・」 副長はまさかと思いながらも、グレゴリーに聞いてみる。 「おっ。分かったかね?」 グレゴリーは、自らの意図を察した副長に微笑む。 「そう。俺は大物を狙うと思っている。敵の竜母をな。」 「なるほど。」 副長は深呼吸をしてから、言葉を続ける。 「お言葉ですが、艦長。ノーチラス1艦のみで敵の機動部隊に飛び込むには、余りにも無謀かと思います。 敵艦隊には、最低でも8隻ないし10隻程度の駆逐艦がいます。敵の駆逐艦は、マオンド軍駆逐艦が持っている 生命反応探知装置を装備しています。ソナーと違って魔法石で動いているようですが、これに探知されると、 撃沈される可能性があります。」 「だが、その魔法使いの作った装置も、ソナーと同じように万能ではいない。」 グレゴリー艦長は怜悧な口調で言い返した。 彼の目は鋭く、一瞬ワイズマン大尉はその視線に射すくめられた。 「俺の友人に、イギー・レックスと言う男がいる。そいつは大西洋艦隊で潜水艦セイルの艦長をしているんだが、 俺は2ヶ月前にそいつと会ったんだ。そいつは俺に色々語ってくれたが、確かに敵駆逐艦のマジック・ソナーには 手を焼かされたと言っていた。だがな、同時に弱点も教えてくれたよ。」 グレゴリー艦長は、左手に丸まった紙を、右手に消しゴムを持った。 彼は紙を消しゴムの上に移動させる。 「この紙が敵駆逐艦。消しゴムが潜水艦だ。俺はレックスから聞いたんだが、敵の駆逐艦はマジック・ソナーで こっちの生命反応を探している。効力は潜水艦の深度が浅ければ浅いほど強力になる。深度20メートル程度の 海底にボトム(沈底)しても、見つかったら袋叩きだ。だが、このソナーも、深度40メートルあたりからは 効能が半減し、80メートル当たりだと敵艦は思うようにこちらを探せないらしい。」 彼は紙と消しゴムを移動しながら説明した。 「要するに、敵さんが来る時は、こっちは深みに潜ってやり過ごせばいいんだ。敵の駆逐艦が来たら、 その都度深く潜行してやり過ごし、去ったら浮上しつつ、目標に移動していく。難しいかもしれんが、 やってやれん事は無い。」 「艦長の言う事は分かりました。ですが、この海域にはノーチラスしかいません。他に味方が居ないのでは、 攻撃はおぼつかないでしょう。」 「うむ、確かになぁ。」 グレゴリー艦長は顎の無精髭を撫でながら頷く。だが、彼の表情は明るくかった。 「確かに、この海域には近くに味方は居ない。そう、今の時間はな。」 彼は不敵な笑みを浮かべながら、真上を指差した。 「だが、数時間以内には味方が敵機動部隊攻撃に向かう。恐らく、敵艦隊は艦載機の攻撃に回避運動を行うだろう。 その際、敵艦隊の陣形は崩れている可能性が高い。俺達はそこを狙って、味方が打ち漏らした巡洋艦か、竜母を沈める。」 「では艦長。本艦の向かう先は?」 「南西だ。」 グレゴリー艦長はそう言うと、艦の針路を南西、方位260度の方角に向けた。 それから、浮上航行で17ノットのスピードで向かっていたノーチラスは、途中味方空母艦載機の大編隊を発見した。 遠くの編隊はノーチラスに気付く間もなく、同じ方角を進んでいった。 10分後に、敵艦隊を視認したノーチラスは、再び潜行し、海中から忍び寄って行った。 午後5時40分 「潜望鏡上げ!」 グレゴリー艦長は、潜望鏡上げさせた。 ブーンという小さくも無いが、大きくも無い駆動音と共に、潜望鏡が上げられる。 やがて、音が鳴り止むと、彼は潜望鏡に取り付いた。 海面に突き出された潜望鏡が、ぐるりと回転する。回転は、とある方向にレンズが向いた時に止まった。 「いたぞ。敵艦隊だ。」 グレゴリー艦長は敵艦隊を確認した。 これまで、ノーチラスは味方機に攻撃され、必死にのたうち回る敵機動部隊の様子を、海中から伺っていた。 目には見えないものの、高速艦が鳴らす高速推進音に至近弾の爆発、そして、魚雷の重々しい炸裂音が何度も聞こえていた。 特に魚雷が炸裂する音は大きく、その音の数からして、敵の竜母1隻は沈没確実の被害を受けたと、誰もが確信している。 それ以上に、彼らにとって嬉しい事がある。 それは、敵が自ら、ノーチラスのいる海域にやって来た事である。 回避運動を繰り返した敵機動部隊は、知らず知らずのうちにノーチラスが航行していた海域にまで到達していた。 そして、グレゴリー艦長は確認のため艦を潜望鏡深度にまで浮上させたのである。 「信じられん。竜母だ!目の前に敵の竜母がいる!」 グレゴリー艦長は、嬉しい誤算を目の前にして喜びを抑え切れなかった。 潜望鏡の向こうには、ノーチラスから5000メートルの距離に、のっぺりとした平の甲板に、申し訳程度の艦橋の敵艦。 極上の得物である竜母が、艦首から白波を蹴立てて航行している。 ノーチラスに左舷を晒す形で航行する敵艦は、飛行甲板からは黒煙を噴いており、まだ損傷箇所の消火活動を行っているようだ。 幾分左舷側に傾いている事から、この敵艦は左舷に雷撃を食らい、艦腹に海水を飲み込んだのであろう。 「副長、見てみろ。」 彼はワイズマン副長に代わる。 「明らかに敵の竜母です。左舷に航空魚雷を食らったようですな。」 「ああ。速力はせいぜい12ノット程度だ。」 ワイズマン副長が潜望鏡から離れ、再びグレゴリー艦長が潜望鏡をのぞく。彼は竜母のみならず、周辺を見渡す。 いくつか、駆逐艦らしき護衛艦が複数点在していたが、いずれも距離は離れている。 しかし、その舳先はどれも竜母を向いていた。 「何隻か護衛艦が見える。どうやら旗艦の周りに集結中のようだ。潜望鏡下げ!」 グレゴリー艦長は潜望鏡を下げさせた。 あたら長い時間潜望鏡を露出すれば、敵艦に発見されて位置を晒す恐れがある。 「どうします?やりますか?」 ワイズマン副長は艦長に尋ねた。 現在、敵の竜母はノーチラス右舷前方から左舷側に向けて航行している。 敵はこちらに気付いていないのだろう、ちょうど面積の大きい舷側をノーチラスに晒す格好である。 願っても無い雷撃の機会だ。 「俺達はツイているようだな。副長、やるぞ!」 グレゴリー艦長は真剣な表情で副長に言った後、電話で水雷室を呼び出した。 「水雷室!」 「はっ。こちら水雷室です。」 「今から敵艦を攻撃する。魚雷発射管1番から4番まで発射する。」 「1番から4番までですな。分かりました!」 電話の向こうの水雷長は弾んだ声でそう言うと、電話を切った。 グレゴリー艦長は、敵艦隊を視認した後、予め水雷室に魚雷発射管に魚雷を装填させるよう命じていた。 ノーチラスの前部発射管のうち、1番から4番発射管には、既に魚雷が装填済みであった。 それから6分後、6ノットのスピードで前進を続けたノーチラスは、再び潜望鏡を上げた。 潜望鏡が海面に突き出され、レンズがとある方向でピタリと止まる。 「ようし、竜母はまだいる。絶好の射点だぞ!」 敵の竜母は、ノーチラスから4500メートルほどの距離を、先とほぼ同じ状態で航行している。 違う所といえば、先はやや斜め前から見ている格好であったのに対して、今は横側から見る格好である。 「目標、艦首前方の敵母艦。距離4500メートル。雷速44ノット。水雷室、発射準備いいか?」 グレゴリー艦長は水雷室を呼び出した。 「艦長、発射準備OKです!いつでもどうぞ!」 彼は躊躇わず、発射命令を下した。 「魚雷発射!」 その命令の直後、1番発射管と3番発射管から魚雷が放たれ、2秒後に2番、4番発射管から魚雷が撃ち出された。 12ノットという、のんびりしたような速度で航行していく竜母の横腹に、4本の航跡が吸い込まれるように進んでいく。 (あれなら全部命中するな) グレゴリー艦長はそう確信しながら、すかさず次の命令を下す。 「潜望鏡下げぇ!急速潜行!」 「潜望鏡収納、急速潜行、アイアイサー!」 ノーチラスの2730トンの艦体は、徐々に深い海中に沈み始めた。 潜行開始からそう間を置かずに、ズドーンという、くぐもったような爆発音が聞こえた。 「魚雷命中です!」 ソナー員のベンソン1等水兵が大声で報告して来た。喜ぶ間もなく、またズドーンという魚雷炸裂の音が聞こえて来た。 「もう1本命中!」 次の瞬間、ノーチラスの艦内で歓声が爆発した。 「やったぞ!シホットの軍艦を叩き沈めてやったぞ!」 「これで水上艦の奴らに胸を張って言い切れるぜ。」 「2本も命中すれば手負いの敵艦なぞ轟沈だ!シホットめ、サブマリナーの意地を思い知ったか!」 初めての敵艦撃沈に、ノーチラスの乗員たちは喜色満面でそれぞれの感想を口にする。 「浮かれるのはまだ早いぞ!」 乗員達の心中を察したグレゴリー艦長がすぐに、天狗になった彼らの気持ちを戒めようとする。 「これからは護衛艦の攻撃があるかも知れんぞ。シホット艦から遠く離れるまで、決して油断するな!」 グレゴリー艦長の言葉をこれだけであったが、すぐに乗員達の興奮は収まった。 「これから本艦は、この海域から離脱する。各員、これまで通り持ち場で義務をこなしてくれ。」 艦長はそう言って、マイクを置いた。 「しかし、2本のみ命中とはな。俺はてっきり、4本とも命中したと思ったんだが。」 グレゴリーは頭を捻りながら、そう言う。 すると、ソナー員のベンソン1等水兵が意外な言葉を口にした。 「4本とも当たっていますよ。」 「・・・・何?それは本当か?」 「ええ。ちゃんと聞こえましたよ。最初の2本が敵艦の横腹に当たった音が。」 「と言う事は・・・・・恒例のアレか。」 「ええ。そうなります。」 ベンソン1等水兵は、ソナーに耳を傾けたままそう返事した。 実を言うと、アメリカ海軍が保有するMk14魚雷は欠陥魚雷である。 Mk14魚雷の信管は衝突で作動する起爆尖であるが、この起爆尖が目標に命中しても作動しない場合が多かった。 魚雷が命中しても爆発しない、という報告は大西洋艦隊所属の潜水艦部隊から多数報告されており、 海軍兵器局は新たな信管の開発に頭を捻っているようだ。 その不発魚雷の欠陥振りが、ここでも遺憾なく発揮されたのである。 「なんてえ魚雷だ。それで2回の炸裂で終わった、と言う事か。」 グレゴリー艦長はげんなりとした表情で、ため息を吐きながらそう言った。 「下手すりゃ、4本とも起爆しなかった、て事も有り得ますよ。今回はむしろ、運が良かったかもしれません。」 「なるほど・・・・運が良かったか。それで、敵艦はどうなった?」 「その敵艦ですが、魚雷命中のあと、敵艦のスクリュー音が途絶えました。恐らく、航行不能になったかと。 それに、何かが誘爆するような爆発音も微かに聞こえました。僕の判断ですが、あの敵艦は長く持たないでしょう。」 「と、言う事は、撃沈確実と言う事か。」 彼の言葉に、ベンソン1等水兵は頷いた。その時、ベンソンが耳に手を当てた。 「・・・・艦長!左舷前方より敵艦らしき高速推進音!他にも、いくつかの推進音が聞こえます。」 ベンソンはそう言った後、すぐにヘッドフォンを耳から外す。 「くそ、奴さん、竜母がやられたんで、俺達を探して居やがるな。おい、今の深度は!?」 「50メートルです!」 潜行開始から10分が経つが、まだ50メートルの深度だ。 (この艦も古いからなあ。所々、カタログ通りにいかぬ部分があるな) グレゴリー艦長はそう思いながら、ノーチラスが早く潜ってくれる事を祈った。 敵艦の推進音が右舷後方に抜けようとした時、 「着水音探知!爆雷です!」 ベンソン1等水兵が緊迫表情で艦長に言って来た。 「爆雷が来るぞ!総員衝撃に備え!」 グレゴリーが発令所の皆に向けて叫ぶ。 艦内の空気が一気に冷え付き、誰もが上を見上げてその時を待つ。 潜水艦乗りにとって、場くらい攻撃と言うものはどんな事よりも恐ろしい物だ。 爆雷がひとたび炸裂すれば、満足な防御を持たぬ潜水艦は海中で衝撃に小突き回される。 乗員は狭い艦内で壁に叩きつけられたり、床に転倒する。 爆雷炸裂の衝撃をモロに食らえば、艦体は叩き割られて海底に没していく。 水上艦の沈没は、まだその最期を看取る寮艦等がいるが、潜水艦の喪失と言うものは誰も看取るものが存在せぬ、 ひどく寂しい物だ。 乗員の誰もが緊張の面持ちで、じっと待っていると、突然ドン!という小さな爆発音が聞こえ、艦が微かに揺れる。 最初の爆発は怖くないが、時期にそれが近くなり、最後には艦を炸裂の衝撃で激しく揺さぶる。 「深度、60」 観測員が現在の深度を読み上げる。 2回目の爆発が聞こえる。振動が先ほどより大きい。3回目、4回目と、爆発音と振動は徐々に大きくなって来る。 「大丈夫、外れるぞ。」 グレゴリー艦長が陽気な声でそう言う。 その直後、ダァン!という爆発音が鳴り、ノーチラスが大きく揺れる。 乗員が壁に叩きつけられたのか、一瞬悲鳴らしき声が聞こえた。 ドダァン!という先のものより倍する爆発音が聞こえ、艦体が激しく揺さぶられる。 いきなり側壁のパイプから水が勢い良く吹き出す。 「バルブを閉めろ!」 グレゴリーがすかさず指示し、2人の兵が慌ててバルブを閉める。 その直後に炸裂音が鳴り、三度ノーチラスが揺らされる。一瞬発令所の中が真っ暗になり、2秒後には再び電気がつく。 炸裂音が鳴り、衝撃に揺さぶられるたびに、発令所ではひっきりなしに報告が舞い込み、指示が各所に飛んで行く。 「畜生ぉ・・・・俺はこんなとこで死なんぞ!」 とある兵曹が、必死の形相で喚きながらバルブを閉めていく。 その兵曹は、ヴィルフレイングでカレアント出身の女性と付き合っている。 1度だけ写真を見せてもらったが、獣耳を生やした若くて、可愛げのある女性だった。 その彼が、自らの生のために行動しているのか、女性とまた会いたいがために行動しているのかは分からない。 分かる事は、それぞれの乗員達が、このノーチラスを沈めまいと懸命に努力している事である。 10月24日 午後7時 リルネ岬沖南南西100マイル沖 第16任務部隊司令官、ウィリアム・ハルゼー中将は、暗くなった海面を見つめていた。 エンタープライズの前方には、軽巡洋艦のフェニックスがいる。 本来ならば、前方にいるのは戦艦のノースカロライナのはずである。 だが、TF16には今、ノースカロライナはいない。 「ラウス君。君の案を取り入れて、とりあえず襲撃部隊を送ったが、俺としては勝算は五分五分。 悪くて四部六部であちらが有利だと思う。」 「まあ、とりあえずは敵の戦艦をなるべく叩いてから、船団を襲った方がいいです。そうでなければ、 後々、退路を絶たれて酷い損害を負いますからね。」 ラウスはどこかのんびりとした口調で言う。 「まっ、後はリーらに任せるしかないな。今は結果を待つしかない。」 その時、通信参謀が入ってきた。 「司令官、潜水艦のノーチラスから入電です。」 「ノーチラス?まさか、別の艦隊を見つけたとか言うまいな!?」 ハルゼーは怪訝な表情で通信参謀を見つめて、紙をひったくった。 「いえ、どうやら違うようです。」 通信参謀はそう言うと、ハルゼーに微笑んだ。 「我、機動部隊より南西220マイルの位置を航行中の敵竜母部隊を捕捉、雷撃により敵竜母1隻撃沈確実 * o + # * そうか!ノーチラスはよくやった!」 ハルゼーの顔に笑みがこぼれた。 「ラウス君。南西のシホットの竜母は、2隻とも沈んだぞ。襲撃部隊が敵に取り付く前に朗報が舞い込んでくるとはな。」 「これで、後方の敵は心配しなくて済みますな。」 ブローニング参謀長の言葉に、ハルゼーは満足気に頷いた。 「後は、リーらが残りのシホットを叩きのめすだけだ。」 午後7時30分 ノーベンエル岬南南西250マイル沖 ハルゼーが、敵竜母撃沈の朗報に胸を躍らせている時、ノーベンエル岬の南南西の方角を、一群の艦艇が航行していた。 艦艇群は3隻の巨艦に、6隻の中型艦、16隻の小型艦で成っている。 その艦艇群は、アメリカ機動部隊から抽出された輸送船襲撃部隊である。 襲撃部隊は、主力に戦艦ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタで編成している。 それを支えるのは、重巡洋艦アストリア、ヴィンセンス、ペンサコラ、ノーザンプトン、ナッシュヴィル、サヴァンナ。 駆逐艦デューイ、エールウィン、モナガン、シムス、グリッドリイ、ブルー、マグフォード、ラルフ・タルボット、 パターソン、ジャービス、リバモア、デイビス、フレッチャー、オバノン、ニコラス、モンセン。 計25隻の艨艟が、針路を北北東に向けて、時速24ノットのスピードで航行している。 これらの艨艟が向かう先には、護衛艦群に援護されながら、上陸地点に急ぎつつあるシホールアンル輸送船団があった。 この世界初の大規模夜戦となるノーベンエル岬沖海戦は、刻々と、開始の時間を迎えようとしていた。
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第69話 ルベンゲーブ精錬工場 1483年(1943年)6月22日 ウェンステル領ルベンゲーブ 「司令官、おはようございます。」 ルベンゲーブ西部の高台にあるルベンゲーブ防空司令部。その建物内にある執務室に、従兵が入って来た。 「おはよう。今日もいい天気だな。」 執務室に座って書類に目を通していた、防空司令官であるデムラ・ラルムガブト中将は上機嫌で返事した。 顔は少しばかり皺があるが、顔つきは精悍そのもので、一見すると実戦を渡り歩いてきた猛者に見える。 短く刈り上げられた髪が、その雰囲気を際立たせていた。 実際、彼は生粋のワイバーン乗りであり、去年の10月までは1個空中騎士隊を指揮して、アメリカ軍と戦っていた。 年は今年で44歳になり、まだまだ働き盛りである。 従兵は、いつも通りラルムガブト中将の机に香茶を置くと、一礼してから退出した。 彼はカップを持って、椅子から立ち上がり、後ろの窓に体を向ける。 「魔法石精錬工場か・・・・・・いつ見ても壮大な物だ。」 ラルムガブト中将は、そう呟いた。着任してから、何度と無く吐いた言葉だ。 窓の外には、このルベンゲーブを特徴付ける広大な精錬工場が並んでいる。 ルベンゲーブは、ウェンステル公国の中で最大規模の精錬工場を保有しており、この地域には、1.2ゼルドほど 北に離れた標高1480グレルの高さを持つ山々から、無尽蔵に魔法石の原石が採れる。 その魔法石鉱山から取られた原石は、この精錬工場に運ばれて加工される。 精錬工場は、大きく7つの区画にわかれている。 北側には、それぞれ300グレルほど間隔を開けて2つの工場群が並び、その南には3つの工場群、そして更に 南には2つの工場群が整然と並んでいる。 広大な平原を埋め尽くさんばかりに立てられた精錬工場郡は、まさにウェンステル公国の誇りとも言える物だ。 「この精錬工場から作られる魔法石が、俺達を支えている。占領される前は俺たちを殺すために作られていたのに。 時の流れとは、実に皮肉な物だ。」 ラルムガブト中将は苦笑しながらそう呟いた。 この精錬工場群が、シホールアンル軍の手に落ちたのは1481年1月の事だ。 ウェンステル軍は、シホールアンル軍にこの工場群を渡すまいと、工場の一斉爆破を企てた。 だが、事前にシホールアンル軍特殊部隊の妨害や、シホールアンル軍主力の急進撃によって一部が爆破されたに過ぎなかった。 この工場群を接収したシホールアンル軍は、本国にいる労働者や専門家、それに職を失った現地人計3万人を雇い、再び工場を稼動させた。 7月には破壊された工場も復旧され、全ての工場がフル稼働し始めた。 今では、シホールアンル軍に引き渡される魔法石のうち、2割はこのルベンゲーブの工場群から生産されており、 シホールアンルにとっては重要な魔法石生産拠点となっていた。 最近では、陸軍の陸上装甲艦に搭載される新しい魔法石もここで生産され、ルベンゲーブの戦略的価値はますます高まって来ている。 そのルベンゲーブを守るのが、ラルムガブト中将が指揮する防空軍団である。 唐突に、ドアがノックされた。 「失礼します。」 ドアの向こう側から声がした。 ドアが開かれると、1人の将校が小脇に書類の入ったファイルを携えながら執務室に入室して来た。 「司令官、おはようございます。」 「おはよう、主任参謀。」 ラルムガブト中将は、主任参謀であるウランル・ルヒャット大佐に返事をした。 「早速ですが、報告に参りました。」 面長のルヒャット大佐は機械的な口調でそう言うと、ファイルの中から紙を取り出した。 「本日、本国から増援のワイバーン38騎が、午後1時頃にルベンゲーブに到達するとの情報です。」 「ふむ。予定通りだな。」 ラルムガブト中将は報告を聞くと、満足そうに頷いた。 「これで、ワイバーンの予定数は揃いますな。」 「そうだな。これで、アメリカ軍機がいつ来ても怖くないぞ。」 そう言ってから、ラルムガブト中将は香茶を一気に飲み干した。 ラルムガブト中将の指揮する防空軍団は陸軍の第97空中騎士軍を中心に編成されている。 第97空中騎士軍は、第82空中騎士隊、第102空中騎士隊、第109空中騎士隊の計282騎の戦闘ワイバーンで編成されている。 本来は第82空中騎士隊と、第102空中騎士隊のみがルベンゲーブの防空を担当していた。 元々はこの2個空中騎士隊で充分なはずであったが、3月18日に突然起きた、アメリカ機動部隊による空襲で事態は一変した。 このルベンゲーブには120機以上の艦載機が飛来し、主にワイバーンの基地を狙ったが、一部は工場にも投弾し、若干の被害を与えた。 シホールアンル側はワイバーンと、対空砲火によって戦闘機12機と、攻撃機14機を撃墜したが、自らもワイバーン23騎を失った。 当初、アメリカ軍の攻撃部隊はまだ、北大陸に来るはずが無いと思われていたが、この空襲によってルベンゲーブは後方という意識が薄れた。 「今回は小規模な空襲で終わったが、いずれは今回以上の大編隊か、大型爆撃機を用いてやってくるに違いない。」 そう確信したラルムガブト中将は、直接本国に戻って上層部と直談判を行い、ルベンゲーブ駐屯のワイバーン部隊並びに 高射砲部隊の増援を確約させた。 その結果、ワイバーン隊は新たに1個空中騎士隊が補充と共に増強された。 工場群を守る対空砲郡も大幅に増やされ、今では高射砲170門、対空魔道銃520丁が配備されるに至った。 問題があるとすれば、いつやって来る敵を見つけるかであった。 シホールアンル軍は、アメリカ軍のようにレーダーを持たない。(未だにレーダーの存在を知らない) 敵に対しては、いつもながらの見張りでしか対応できないが、ここ最近は周辺の山岳地帯や海岸線に監視小屋を設け、 24時間交代で見張りを行っている。 「つい最近までは、いつアメリカ軍の空襲部隊が襲って来るか、常に不安でまたらなかったが、これだけの兵力があれば、 どんな飛空挺が来ようが目に物を見せてやれる。」 「備えは万全でありますな。」 「そうだ。敵がこのルベンゲーブに来るまでは、高空から来るしかない。低空飛行を行えば、周囲の山脈に激突する 可能性がある。低空で来るとしたら、周囲の山々の間を抜けて来るしかないであろうが、そんな神懸り的な事は敵には 到底出来まい。」 「今後の敵の空襲では、充分な爆弾搭載量を誇る大型爆撃機が来襲するかもしれません。特にフライングフォートレスの 大群に来られたら、ちと厄介な話になりますな。」 「確かに、フライングフォートレスは恐ろしい奴だ。だが、そのフライングフォートレスの恐ろしさも、敵の戦闘機が 護衛についていなければ、ただの空飛ぶ棺だ。」 そう言って、ラルムガブト中将は不敵な笑みを浮かべた。 現在、アメリカ軍はミスリアル王国の北西部に新たな飛行場を作り、そこからヴェリンス領やカレアント領に猛爆を加えている。 一番北にあるミスリアル西部から、直線距離で400ゼルドは下らない。 その一方で、アメリカ軍戦闘機の平均航続距離は600ゼルド未満。これでは、到底往復できるはずも無い。 戦闘機の援護の無い爆撃機は悲惨な末路を辿っている。 今から1ヶ月前の5月10日。 カレアント北部を爆撃していたB-17爆撃機24機が、68機のワイバーンに護衛戦闘機の居ない隙を衝かれてしまった。 B-17郡は必死に迎撃したが、18機が奮戦空しく撃墜されてしまった。 このように、戦闘機のいない丸裸の爆撃機など、ワイバーンにとっては単なるでかい的に過ぎないのである。 その爆撃機が、戦闘機の護衛なしに来よう物ならば、それこそワイバーン郡の格好の餌食となる。 「当分は、大型爆撃機が出張って来る事はないでしょうな。」 「そうだな。アメリカ軍は意外に慎重だからな。一見無謀のような攻撃を仕掛けても、実は後方に予備が控えている事は よくあるからな。最近ではそのような事しかない。だから、アメリカ軍の大型爆撃機は、無闇やたらに犠牲の多そうな 攻撃はして来ないだろう。」 「陸軍機の攻撃よりも、海からの襲撃に気を付けねばなりませんな。」 「そうだ。アメリカ海軍の空母部隊は、気を抜いた時に襲って来るからな。ここ最近は新鋭空母も含めて攻撃して 来るようだから、被害は馬鹿にならんようだ。敵が来ないうちに、もっと防衛戦力を集めたほうが良いかも知れん。」 そう言って、ラルムガブト中将は舌打ちした。 ルベンゲーブの備えは万全ではあるが、不安要素が全く無くなった訳ではない。 アメリカ海軍は、今年の初旬から機動部隊によるゲリラ戦法を繰り返しており、5月から6月にかけては、 エセックス級やインディペンデンス級と呼ばれる新鋭空母が派遣されたためか、後方に対する空襲が多くなっている。 特に6月に入ってからは、南大陸地域で東西両海岸で計7回、北大陸南部の東西両海岸では4回。 計11回に渡って空襲が繰り返されている。 それのみならず、アメリカ潜水艦による輸送船襲撃も頻繁に行われている。 5月、6月中に米潜水艦の雷撃で撃沈された輸送船は、既に19隻を数えている。 このため、カレアントの前線に届く物資の量は、定数を割り込み始めており、前線部隊からは充分な補給を求む、 と言う言葉が繰り返し発せられていると言う。 幸い、ルベンゲーブには、3月の空襲以来、時折偵察機らしき物が来るだけで敵の攻撃は全く無い。 今の所、ルベンゲーブは平和そのものだが、ラルムガブト中将は、アメリカ軍がこの広大な精錬工場を 虎視眈々と狙っているのでは?と、常に思っている。 「攻撃は無いが、敵の偵察機が何度も現れている事からして、この精錬工場も攻撃のリストに入っているかも しれない。攻撃されるのが今か、それとも数ヵ月後かは全く分からん。だが、敵が今すぐ、この工場を叩く事は出来る。」 ラルムガブト中将は、視線を窓の外の精錬工場群に移した。 「アメリカ人の指揮官がヤケを起こして、護衛無しの爆撃機を大量に向かわせるか、あるいは、空母を3、4隻のみ じゃなく、7、8隻を集めて襲って来ればここはあっという間に蹂躙される。要するに、俺達はアメリカ軍が人命を 大事にしているお陰で、こうして余裕な表情で会話をしている。」 「逆に言えば、敵が犠牲をいとわぬ方法で攻撃すれば、ルベンゲーブは持たないと言われるのですな?」 「その通りだ。」 ラルムガブトは、ルヒャット大佐の言葉に深く頷いた。 「先ほど口から出た言葉を一部訂正しよう。備えは万全と言ったが、相手が未知数の戦力を持つアメリカ相手には、万全ではあるまい。」 彼はそう言いながら、カップを机に置いた。 「例えどれだけ戦力を配備しようと、敵は来るだろう。我々と同等か、」 ラルムガブト中将は、冷たい目つきでルヒャット大佐を見つめた。 「もしくは倍以上の戦力を押し立てて・・・か。まあ、後者のほうはあり得んだろうが、前者のほうはあり得るだろう。」 「司令官は以前、前線にいたようですが、閣下はアメリカ軍を過大評価しすぎではありませんか?」 ルヒャット大佐は棘のある口調でラルムガブト中将に言った。 「確かにそう思うだろうな。去年の10月まで、俺はカレアント中部で空中騎士隊の司令官をやっていた。そこから、 このルベンゲーブの防空司令官に任命されるまでは、大してアメリカ軍を評価していなかった。だがな、主任参謀。 私は最近、少し気付いたのだよ。」 彼はニヤリと笑みを浮かべた。 「アメリカ軍を相手にする時は、過大評価したほうがちょうどいいかも知れぬ、とな。いやはや、こんな話は なるべくしたくなかったものだが。」 彼は微笑みながら、置いてあったカップを手に取った。 「それはともかく、まずは香茶でも飲まんかね?」 6月23日 午前8時30分 ミスリアル王国ミンス・イレナ その日、山の麓で料理屋を営んでいるダークエルフのミルロ・ランガードは、3人の息子達を連れて料理に使う 山菜を採るために、イレナ山脈の中腹辺りまで登っていた。 「ふう、山登りはいつやっても疲れるなぁ。」 ミルロはぼやきながら、白い布で汗を拭きつつ、後ろに振り向いた。 背後には、彼が住んでいるミンス・イレナの町並みが広がっている。 とある旅人は、ルベンゲーブの町並みに似ていると言っていたが、生まれてからずっとミンス・イレナに住み 続けたミルロは、そのルベンゲーブとやらの町は見た事が無い。 それでも、彼はイレナ山脈を登る度に、この光景を見ては、目の前に広がる大自然に感動していた。 「父さん。相変わらず歩くの早いね。ちょっとここで休もうよ。」 息子の1人が、息を切らせながら彼に休憩を要求してきた。 5人いる娘や息子達の中では、一番年長である。 年は既に19を迎えており、先のシホールアンル軍の一大攻勢では、この息子も義勇軍に参加して敵と戦っている。 「軍隊に入隊したくせに、体力の無い奴だなあ。」 「俺は別にいいんだよ。でも、あいつらが。」 長男は後ろに顎をしゃくった。 長男の後ろから続いて来る14歳と12歳の息子が、体全体で息をしながらゆっくりと歩いてくる。 長男はこれまでにも何度か、ミルロと共に山菜取りに出かけているからある程度慣れているが、 後ろから続く息子2人に関しては、今回が登山初参加である。 「あいつら、無茶しやがって。」 ミルロは深くため息をついた。 「あいつらの目的は山菜取りじゃなくて、見物だよ。」 「見物か。全く、憧れるのも大いに結構だが、後々あいつらが足手まといにならんければいいが。」 「なんとかなるんじゃない?ああ見えても、結構頑張り屋だし・・・・おっ?」 唐突に、長男が何かに気が付いた。長い耳を、山脈が途切れた所に向ける。 「父さん、今日も来たみたいだ。」 「ほう、今日もアメリカの飛行機が来るのか。」 ミルロは、その場にあった岩に、ゆっくり腰を下ろした。 「いつもは町でしか見る事が出来なかったが、今日は特等席で見学しようか。」 彼はそう言いながら、山脈が途切れた所をじっと見続けた。 音が山脈の途切れた箇所から聞こえて来る。 ここからでは分かりにくいが、イレナ山脈には、5箇所ほど山が切れている所がある。 言い伝えでは、遥か2000年前にこの地を襲った魔物と勇者が激闘を行った末に、この大山脈の所々が 戦いの際に出された大魔法で切り裂かれたと言われている。 神話にも、このイレナ山脈に穿たれた切れ目をモデルにした物語がある。 音が大きくなり、音の発信源がすぐ近くに来ていると思われた瞬間、山脈と山脈の間から1機の大きな飛空挺が飛び出して来た。 荒削りのような太い胴体に、やや高めに配置された翼に、左右2つずつ、計4つのエンジン。 極め付きは、後ろに取り付けられている変てこな形をした2枚の尾翼が見えた。 「リベレーターだ!すげえ!」 「こんな近くで見るのは初めてだぜ!親父、リベレーターだ!こんなにでかいぜ!!」 2人の息子達は、興奮しながら長男とミルロに言って来た。 「ハハハ、あいつら興奮してやがる。」 「去年の10月に、アメリカ軍の飛行機を見て以来根っからの飛行機ファンだからなあ。」 長男とミルロはそう言いながらも、自分たちもまた、次々と飛来して来るアメリカ軍機に見入っていた。 「山脈を抜けました。もうすぐでミンス・イレナの市街地上空です。」 航法士官の言葉に、機長であるラシャルド・ベリヤ中尉はほっと一息ついた。 「OK。これで神経衰弱は終わり、と。このまま高度を上げつつ、800メートルで市街地上空を抜ける。」 「イエスサー。」 ベリヤ中尉指示に、コ・パイのレスト・ガントナー少尉はそう返事した。 ベリヤ中尉機の前方には12機のB-24が先行し、後方には13機のB-24が、狭い峡谷を巧みな操縦で飛行している。 このB-24爆撃機34機は、第69航空団第689爆撃航空郡に属している。 いや、イレナ山脈の狭い峡谷を抜けるのは、この36機のB-24だけではない。 今年の3月から編成された第5航空軍の新たな戦力である第145爆撃航空師団は、2つの航空団から編成されている。 1つの航空団には、B-24のみで編成された3つの爆撃航空郡で成っており、計6つの爆撃航空郡には総計で300機の B-24が配備されている。 6月19日に、ルイシ・リアンに到着した第145爆撃航空師団は、近々開始される秘密作戦のために、ミンス・イレナの 西に走るイレナ山脈で、山と山の間を飛行する訓練を行ってきた。 ルイシ・リアンに来る前は、バルランド王国内で低空飛行訓練や、イレナ山脈でやった物と同様な訓練も行われていた。 この血を吐くような猛訓練の前に、上層部は事故機が出るのではないかと危惧していた。 実際、事故になりそうな場面は何度かあったが、飛行中の墜落事故は、今の所奇跡的に起きていない。 唯一、着陸時の不運なオーバーラン事故でB-24が1機失われたのみに留まった。 (ちなみに、負傷者は出たが、不幸中の幸いで死者は出ていない) その1機の喪失も、翌日には補充機がやって来て、穴は埋められた。 こうして、血の滲むような猛訓練に耐え切り、最後の仕上げ段階ともいえる訓練に従事している彼らであるが、 上層部はB-24のクルーに対して、どこを爆撃するのか教えていない。 「あの狭い山脈を、今日だけであと2回抜けなきゃならん。上の連中も厳しい訓練を押し付けやがるなあ。」 ベリヤ中尉はやや不満げな口調でぼやいた。 「珍しいですね、機長。いつもはさっさと訓練をやってしまおうとか言ってますのに。」 「どうもな、俺は気に入らんのだ。」 「え?何が気に入らないんですか?」 「馬鹿野朗。貴様は分からんのか?どうしてお偉いさんは俺達の本当の攻撃目標を教えないと思う?」 「と、言いますと?」 「ったく、鈍い奴だなあ。」 ベリヤ中尉は頭を振りながら呟いた。 「俺達は今まで、低空飛行訓練や、山の間を飛び抜けるとか、危ない事を色々やって来た。もしかしたら、 俺達の攻撃目標は、天然の要害を利用した重要な戦略拠点かもしれんぞ。それも、防御の手厚い所だ。」 「えっ?でも飛行隊長はいずれ近場でシホット共に爆弾の雨を降らせられるぞ、とか言っとりましたが。」 「確かにそうなるだろうよ。未知の作戦が終わってからな。それでだが、レスト。行き先を予想しよう。 お前は300機のB-24がどこに行くと思う?」 「どこに行く・・・・ですか・・・・」 ガントナー少尉は2、3分考えた後に答えた。 「エンデルドか、その少し北辺りでしょうか。」 「なるほど。しかし、ちょっと近場だな。」 「機長はどこだと思います?」 「俺か?まあ、俺としては・・・・・北大陸あたりかなと思っている。それも被占領国内にある 重要拠点を爆撃するかもしれん。まあ、俺の大雑把な予想だがね。」 ベリヤ中尉はそう言いながら、高度計に視線を移す。 高度計の針は700を指していた。 「確実に言える事は1つだけだ。それは、攻撃予定の敵の拠点を完膚なきまでに叩き潰す事だ。今までの訓練からして、 敵の目を欺くために、こんな大型爆撃機からは難しい訓練ばかりをやらせているんだろう。」 「でもB-24は、重爆にしては運動性能は良好ですからね。もしかして、シホットの重要拠点は、イレナ山脈の ように山の近くにあるのかもしれませんね。」 「多分そうだろう。恐らく、シホット共の歓迎も盛大に行われるだろうが、望む所だ。」 そう言って、ベリヤ中尉は獰猛な笑みを浮かべた。 「今度の作戦では、リベレーター乗りの真髄をシホット共に教えてやろう。夢に出てくるほどにな。」 6月23日 午後1時 ニュージャージー州カムデン この日、ニューヨーク造船所の桟橋から離れた巡洋戦艦アラスカCB-2は、この世に初めて、その巨体に火を入れた。 全長246メートル、幅32・5メートルの巨体に載せられた3基の55口径14インチ砲は砲身が真新しく光り、 舷側には新鋭戦艦と同様に配置された片舷4基、計8基配備された5インチ連装砲が空を睨んでいる。 艦橋は、大型巡洋艦案とは大きく違うアイオワ級と同様の箱型艦橋が採用されたためか、艦橋後部に屹立する尖塔型の艦橋と 合間って、全体の美しさを一層際立たせている。 その艦橋内で、初代艦長に就任したリューエンリ・アイツベルン大佐は、桟橋に立っている数人の人影を見て、思わず苦笑していた。 「艦長、どうかされましたか?」 副長のロイド・リムソン中佐が聞いてきた。 「あそこの桟橋に、5人ほどの男女が経っているだろう?あれは私の家族なんだ。恐らく、妹達が親父やお袋を焚き付けたんだろう。」 彼はそう言いつつも、笑みを浮かべたまま手を振った。 「艦長、外海に出たら本艦の公試を始めます。」 ニューヨーク造船所の技師が、リューエンリに言って来た。 「分かりました。しかし、この艦は当初の計画より重くなっているようですな。」 「はい。新型主砲の搭載や、装甲の強化等によって、予定の排水量を超えてしまいました。予定排水量は31500トン だったのですが、完成した後の排水量は32900トンにまで増えているようです。」 「う~む。これはちと問題ですなあ。」 「その代わり、本艦の安定性や運動性能においてはかなりの自身があります。大型巡洋艦案よりもかなりゆとりを 持たせて作っているので、高速性能は勿論のこと、旋回性能においてもヨークタウン級空母のそれに近い物になると 見込まれています。」 「なるほど。これは楽しみですな。」 リューエンリは頷きながらそう呟いた。 「艦長、準備が出来ました。」 航海士官のジョン・ケネディ中尉がリューエンリに報告して来た。 「分かった。」 リューエンリは僅かに頷くと、姿勢を真正面に向け、艦橋に仁王立ちとなった。 艦首は港の外に向いており、アラスカの周囲に張り付いていたタグボートは、既に艦から離れつつあった。 「両舷前進微速。」 「両舷前進微速アイアイサー。」 復唱の声が聞こえて数秒後、アラスカの深部にあるバブコックス・ウィルコックス缶8基のボイラーと、 ジェネラルエレクトリック社製のタービンが本格的な動きをはじめる。 180000馬力の機関が本格始動したアラスカの艦体が、微かに揺れた。 (・・・・武者震いをしているのか?) ふと、リューエンリはそう思ったが、その思いに答える者はいなかった。 やがて、アラスカはゆっくりと、港の外に向けて出港し始めた。 この数ヵ月後に、獅子奮迅の活躍をする事になるアラスカの第一歩は、こうして始まった。 ミスリアル王国駐屯第5航空軍編成表 第292戦闘航空師団 第29航空団 第117戦闘航空郡 P-40ウォーホーク36機 第118戦闘航空郡 P-47サンダーボルト56機 第119戦闘航空郡 P-38ライトニング48機 第38航空団 第222戦闘航空郡 P-39エアコブラ48機 第223戦闘航空郡 P-39エアコブラ33機 第224戦闘航空郡 P-47サンダーボルト36機 第151爆撃航空師団 第102航空団 第84爆撃航空郡 B-17フライングフォートレス60機 第85爆撃航空郡 B-17フライングフォートレス48機 第86爆撃航空郡 B-24リベレーター36機 第92航空団 第68爆撃航空郡 B-25ミッチェル48機 第69爆撃航空郡 B-26マローダー41機 第70爆撃航空郡 A-20ハボック52機 第71爆撃航空郡 B-25ミッチェル32機 第293戦闘航空師団 第100航空団 第131戦闘航空郡 P-38ライトニング48機 第132戦闘航空郡 P-38ライトニング48機 第133戦闘航空郡 P-51マスタング36機 第103航空団 第191戦闘航空郡 P-47サンダーボルト60機 第192戦闘航空郡 P-39エアコブラ36機 第145爆撃航空師団 第74航空団 第771爆撃航空郡 B-24リベレーター48機 第772爆撃航空郡 B-24リベレーター48機 第773爆撃航空郡 B-24リベレーター60機 第69航空団 第689爆撃航空郡 B-24リベレーター36機 第690爆撃航空郡 B-24リベレーター60機 第691爆撃航空郡 B-24リベレーター48機
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※投稿者は作者とは別人です 358 :外パラサイト:2010/05/16(日) 12 30 16 ID 6LiHdjEo0 「それじゃ行ってくるね~♪」 カレアント皇国女王ミレナ・カンレアクはお気楽な声を残して出港していった。 桟橋から見送るのはカラマンボ元帥とお付きの武官たちである。 「よろしいんでしょうか?」 武官の一人が心配そうな声をあげる。 「最近の陛下は明らかにオーバーワークだったからな、一日くらい完全休養日を設けて鋭気を養ってもらう のもいいだろう。それにいつもの悪戯っ気を出そうにも海の上なら悪ふざけの相手もいない。大丈夫だ、何 も問題ない…多分」 カラマンボのコメカミを冷や汗が一筋伝った。 「胃薬お持ちしましょうか?」 USSアーカンソー(BB33)は基準排水量26,100トン。 50口径12インチ連装砲塔六基を艦首、船体中央、艦尾の三群に分けて配置していることが特長のワイオ ミング級戦艦の二番艦である。 1912年に就役し、第一次世界大戦にも出動したこの老兵は、姉妹艦ワイオミングが練習戦艦となり第一 線を退いてからも、アメリカ海軍最後のド級戦艦として現役で頑張っている。 現在アーカンソーは第76護送戦隊-アメリカ海軍と南大陸連合軍の艦艇で構成された混成部隊で戦艦一 隻、巡洋艦二隻、護衛空母二隻、駆逐艦、フリゲート艦、コルベット艦九隻から成る-の一員としてヴィル フレイングを出港し、洋上でロサンゼルスからやって来た輸送船団と合同して北大陸に向っていた。 戦隊司令サラダ提督の座乗する護衛空母オナニー・ベイから連絡が入ったのは、艦長のケロッグ大佐がボー イが運んできたコーヒーに口をつけたときだった。 『レーダーに未確認船舶が一隻映ってるんだが航跡がどうもおかしい、機関故障で漂流してようだったら救 助隊を出さなきゃいかんかもしれん。そっちの見張りなら位置的に双眼鏡でギリギリ視認できると思うから ちょっと確認してみてくれ』 ケロッグは未確認船舶に接近するコースを命じると見張りを呼び出すとともに、報告を旗艦が直に聞けるよ う艦内電話をTBS(talk between ships)と略称される超短波無線機に接続させた。 艦橋の真上に位置するメインマスト中段に設けられた見張り所では、年齢を誤魔化して-二ヵ月後に17歳 の誕生日を迎える-入隊したポンド二等水兵が潮風に吹かれながら双眼鏡を顔に押し当て、水平線の向こう を凝視していた。 『はい、1,000トンクラスの大型レジャーボートのようです。乗組員ですか?ちょっとお待ちください …いまし…た…』 ポンドの顎がガクンと落ちた。 『どうしたポンド?』 艦橋で受話器を握る当直士官の問い掛けに、ポンドは上擦った声で答えた 『あの…報告を続けてもよろしいでしょうか…つまりその…見たままを…?』 『もちろんだポンド君、ありのままを報告したまえ』 二等水兵はゴクリと生唾を飲み込むと、マイクロフォンに向って熱っぽく語り始めた。 『甲板に確認できるのは極めて露出度の高い水着を着用した、若い女性であります。推定年齢20台前半、 髪は茶色でネコミミ尻尾付き、プロポーションは出て、引っ込んで、出ての見事なコークボトル体型、特に 太腿から脹脛にかけてのラインは絶品であります!』 『あーポンド君、少し落ち着きたま-』 『いま船室からもう一人出てきました、黒髪ロングで犬耳、しかも、しかも…』 『おい、どうした?何を見たんだ?』 『自分の目が!信じられません!』 ギュッと握りしめたポンドの手の中で、双眼鏡がミシリと鳴った。 『なんだあの胸は!?!』 359 :外パラサイト:2010/05/16(日) 12 31 01 ID 6LiHdjEo0 「いや~流石レスティの胸は衝撃力バツグンだねぇ、聞こえるでしょ、あちらさんフィーバーしまくってま すよ奥さん」 カンレアク王女の乗る外洋遊覧船ペクチ号の甲板上では、ミレナ女王がコネで手に入れた高性能無線機でア ーカンソーの艦橋と見張りのやり取りを傍受しながら、操舵室から呼びつけたレスティナ・ポコーミー中尉 -親衛隊一のバストの持ち主である-を呼び出して某男性向け雑誌の折込ピンナップ風セクシーポーズを とらせていた。 「は、恥ずかしいこと言わないでくださいッ!大体こんなことして何になるんですか!?」 「ナニって、同盟国の皆さんへのサービスですよ勿論。それになにより…私が楽しい!」 「アッ――――――――――!ナニヲスルンディスカァ――――――――――!?!」 レスティナを押し倒したミレナは更に親衛隊のきれいどころをデッキに呼び出し、水平線の向こうに見え隠 れするアメリカ戦艦に見せ付けるようにキャッキャウフフな空間を作り出す。 今や輸送船団の全艦艇では手すきの乗組員全員がペクチ号を望む右舷側に集まり、身を乗り出して双眼鏡や 望遠鏡を奪い合っている。 当然見張りなぞそっちのけである。 その結果- 最初に油槽船テキサス・レイダースがカレアントの駆逐艦マジパネエに追突し、一万トンタンカーにケツを どやしつけられた駆逐艦が大きくコースを逸らす。 左から迫るマジパネエを回避しようと咄嗟に面舵を取った貨客船パシフィック・プリンセスの横腹に、バル ランドの二等巡洋艦ダデャーナの艦首がめり込み、これを見て操舵手がパニックを起こした高速輸送船バカ ルー・バンザイが戦隊旗艦オナニー・ベイに突っかけ、護衛空母の舷側を200フィートに渡って削り取る。 応急修理と損傷艦の曳航とで船団の航程はたっぷり八時間遅れたものの、人員の被害は奇跡的に軽傷者が十 数名出ただけで済んだ。 そして翌日- 「陛下はどこだ!どこへ行った!?!」 大原部長と化したカラマンボ元帥が王宮内を戦車で爆走するのだった。
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大陸暦1098年 5月7日午後4時 重量680トンの帆船であるヴァイアン号は時速14ノットのスピードで南南東 に向かっていた。 船には乗員20名の他に「積荷」である4人の人物が乗っていた。その「積荷」の1人である フランクス将軍は左舷の中央甲板からずっと海を眺めていた。 「将軍閣下、気分はいかがですか?」 後ろから声をかけられた。フランクスが後ろを振り向くと、色黒の筋肉質の男が立っていた。 「プラットン船長か、気分は悪くないよ。むしろいい気分だ。」 「将軍は船は初めてでしたね。」 彼の傍らにやってきたプラットン船長が聞いてきた。 「ああ、そうだが。」 「初めて船に乗る人は大抵船酔いになりやすいんですよ。私も初めの頃はしょっちゅう 舷側に顔をうずめてましたよ。」 そう言うと、フランクスが笑った。 「ははは。あなたにもそんな事があったのか。私のイメージでは船乗りは一度も船酔い したことが無いと思っていたのだが。」 「そんな事はありませんよ。最初は大体の人が、慣れるまで船酔いに苦しむもんです。 あなた方だけであなた以外はみんな船酔いで伸びちまってますよ。」 フランクスら4人のうち、彼以外はみんな初めて経験する船酔いに苦しんでいた。特に リーソン魔道師の酔いはひどかった。ベッドがある船倉に戻れば、 「船からおりたいぃ~・・・・・・しぬ~」 というリーソン魔道師のうなり声がしょっちゅう聞こえてくる。人間は得意不得意 というものが誰にも限らずあるのだ。 「ところで船長、昨日の朝に出航してから大体何マイル進んだと思う?」 「私の推測では、」 彼は懐から海図を取り出した。その海図には大陸とロタ半島が書かれている。その ロタ半島から南東向きに進んでいる線がある。このヴァイアン号の進んできた航路だ。 「今速度は14ノット出ています。ですからこれまでの風や速力の増減、それに時間 を計算すれば・・・・・・・・約800ないし900マイルをノンストップで進んできた 事になります。」 「そうか、さすがはバベルが選んだ高速船だな。普通ならこれの倍以上はかかるところだ。」 「この船はトラビレス協会一の高速船なのですよ。それに幸運の船でもあります。」 「幸運の船?」 フランクスが怪訝な表情になった。 「襲われたことがあるのか?」 「ええ。去年の12月でしたか、この船はシュングリルを出航した2日後にバーマント軍 の通商破壊船に襲われたんです。破壊船から大砲の弾が雨あられと飛んでくるんで、あの時、 私はだめだと思いました。でも、この船に取り付けれている大砲が偶然にも破壊船の舵に当た ったんです。自由の利かなくなった敵船はぐるぐる回り続け、私らはすぐに窮地を逃れました。」 「ほう。それは良かったな。」 「それだけではありません。今年の2月に航路を誤って猛烈な嵐に突っ込んでしまったんです。 嵐の中でマストが折れたり浸水が始まったり、もはや危ない状況でした。今度こそ死ぬなと思い ました。ですが船は嵐を抜け、九死に一生を得ました。」 「なるほど。」 フランクスは頷いた。この船は結構ツキのある船だな。彼はふと、そう思った。 「ちょっとお聞きしますが、召喚した島と言うところに一体何があるのですか?」 「それは・・・・・言ってみなければ分からない。敵なのか、味方なのかも。だが 行けば分かるさ。あの方向には必ず何かある。」 「それは・・・・・戦士としての勘・・・・ですか?」 プラットン船長がおずおずとした口調で聞いてくると、フランクスはニヤリと笑った。 「それも混じってるけどな。」 午後5時 マーシャル諸島から北西300マイル地点 第5艦隊司令部はマーシャル諸島を中心に沖合い200マイルのピケットライン を張り巡らすことにした。 哨戒艦は駆逐艦と重巡、軽巡洋艦、軽空母を使うことにした。東側に12隻、西側に14隻が配備され、 軽空母・軽巡・駆逐艦、もしくは軽巡、駆逐艦、または駆逐艦・駆逐艦のチームで編成され、互いに 5000メートルの間隔を置いて哨戒活動にあたった。 ピケットラインを敷く理由としては第一に海賊船と思わしき船舶をマーシャル諸島に入れないこと、 第2に巨大海蛇がどの海域に多く生息するか調査するものであった。 西側警戒ラインに位置するAグループは軽空母ベローウッド、重巡キャンベラ、駆逐艦ブラッドフォード で編成されていた。警戒ラインにいる艦艇は、燃料の節約のため、毎時16ノットの速度で 割り当て区域を行ったり来たりしていた。 軽空母ベローウッドの艦長であるジョン・ペリー大佐は、艦橋で沈み行く夕日を見ていた。その夕日は とても美しく、彼は美しさのあまり見とれていた。 「いい夕焼けですな。数日前の荒れ模様とは大違いです。」 副長が彼に声をかけてきた。ペリー大佐は窓に肘をかけたまま答えた。 「全くだ。あの嵐のせいで変な世界に放り込まれた。俺は話を聞いたとき、この世界に呼び出した奴を このベローウッドのマストに縛り付けてやりたいと思ったもんだよ。しかし、夕焼けとはいいものだ。 荒んだ心を癒してくれる。」 艦長は夕焼けに顔を赤く染めながら、淡々と言った。その時、電話が鳴った。副長は何事かと思いながら 受話器をとった。 「こちら艦橋だ。」 「こちらはボルチモアの艦長だ。そっちの艦長はいるか?ちょっと代わってくれ。」 「はい。今すぐ代わります。」 彼はすぐにペリー大佐を呼び出した。 「こちらペリー艦長だ。ブラッシュ、何かあったのか?」 「こっちのレーダーが北西12マイル地点で船舶を探知した。見張り員が見たところ、帆船がいる。」 「なんだって!?」 彼は驚いた。12マイルと言うと、すぐ目の前と同じである。その時、艦橋の見張りが叫んだ。 「北西の方角に船舶らしきもの!!」 「なに!」 彼は驚き、双眼鏡で見張りが指を向けた方角を見てみた。なるほど、確かに 水平線上に小さな影がある。船の上には帆らしきものがる。 「こいつは驚いた。帆船らしいな。」 彼はすぐに電話に食いついた。 「こっちでも確認した!」 「そうか。どうする?」 「ひとまず艦載機を上げて上空から見てみよう。」 「同感だな。頼むぞ。」 そう言うと、受話器からブツッという音が聞こえ、回線が閉じられた。 すぐに彼は別の電話に手をかけ、ベローウッドの飛行隊長であるリンク少佐 を呼び出した。 「リンク少佐、今から艦載機を1機出したい。」 「1機、ですね。ヘルキャットを出すんですか?」 「いや、アベンジャーだ。そいつを1機出したい。」 「分かりました。10分前に対潜哨戒から戻ってきた機がありますのでそいつを出します。」 「わかった。」 そう言うと、ペリー大佐は電話を置いた。 ベローウッドの前部エレベーターから1機の折りたたまれたアベンジャーが上がってきた。3人の パイロットが艦橋から走り、アベンジャーに飛び乗った。 エンジンが回され、轟音が飛行甲板に鳴り響く。翼が展開され、アベンジャーがカタパルトに繋げられた。 「面舵一杯!全速前進!」 ペリー大佐が指示すると、操舵員がハンドルを回す。元々、クリーブランド級軽巡洋艦の船体を流用したので、 舵の利きはなかなかいい。機関音が徐々に大きくなり、次第にスピードが上がり、5分後には31ノットの 最高速度に達した。 ベローウッドは回頭し、艦首が風上に立った。発艦要員が伏せ、上げられていた手が艦首方向に向けられた。 次の瞬間、カタパルトが重いアベンジャーの機体を引っ張った。アベンジャーは艦首から一旦沈み込んだが、 すぐに大空に舞い上がって行った。 「水平線上に何か見えまーす!」 マストの一番上に立っていた見張りが叫んだ。夕焼けの赤茶けた空模様を眺めていた フランクス将軍は、何事かとその水平線上を見つめた。 何も見えない。一体何を見たのだ?彼はしばらくその方角を凝視したが、すぐには見つけられなかった。 しばらくすると、うっすらとだが黒い煙のようなものが見えた。 「あれは・・・・・もしかして、破壊船にやられた輸送船!?」 彼はそう思って愕然とした。 「どうした?何があった!」 その時、船倉にいるリーソンらに酔い止め薬をあげに行ったプラットン船長が、マスト の上にいる見張り員に大声で聞いた。 「船らしきものが見えます!小さくてよく分かりませんが、煙を吐いているようです!」 「なに!破壊船にやられたのか!?」 彼は縄梯子を駆け上って、マストの上にある見張り籠ににのぼった。 「いえ・・・・・その・・・・・何といったらいいか。」 「なんだ?」 「何か、変なのです。」 「馬鹿野郎。何か変とは何だ?答えが曖昧すぎるぞ。望遠鏡を貸せ。」 彼は見張りから望遠鏡をひったくると、彼が見ていた方向に視線を向けた。 しばらくは見張りが言っていた煙らしきものが見つからなかった。 「どこだ?」 彼が見張りに言ったその時、3つのシルエットが見えた。 「見つけた。あれか・・・・・・・・・・・・・一体・・・・あれは?」 彼はそのシルエット見て愕然とした。なんと、船に必要な帆がないのだ!普通ならどの船も 帆を張るマストがあるのだ。それが全く見受けられない。 遠くて分かりづらいが、3隻のうち1隻は申し訳程度の船橋しかない。それ以外は真っ平で、 まるで料理に使うまな板を海に浮かべたようなものだった。 残る2隻のうち1隻は大きく、1隻は小さかった。船橋構造物があるが、その姿形は全く異なった 物だった。大きいほうに関しては力強く、やや優美な印象があり、小さいほうは、小ぶりながらも ある種の勇敢さを感じさせるものがあった。 3隻の未確認船はやにわに向きを変え、速度を上げたように思えた。いや、実際上がっている。 「ん?向きを変えたぞ。もしかして、俺たちを発見して逃げたのか?」 彼はそう呟いた。だが、彼はさらに驚いた。なんとスピードが早いのだ。それも20ノットどころではない。 「早い。早いぞ!なんということだ、25ノット以上はでてるぞ!」 「25ノット!?」 部下の見張りが素っ頓狂な声を上げた。 「そんなのありえませんよ!」 「だが実際に早いぞ。ん?」 その時、彼は真っ平な甲板を持つ船から小さく、黒い何かが舞い上がったのを目撃した。
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200 :303 ◆CFYEo93rhU :2019/01/19(土) 09 38 32 ID SNm79O0Y0 投下終了です。 こんなグダグダな拙作にも、何年もお付き合いくださって本当にありがとうございます。 ……東京オリンピックまでには終わらせたい。 209: 303 ◆CFYEo93rhU :2019/05/18(土) 18 18 34 ID SNm79O0Y0 平成が終わり令和となりましたが、皇国召喚は終わってません。 本編の続き投下します。 208 ありがとうございます。 あっという間の10年、月日が過ぎるのは怖いです。 ですがここまで期間がかかっても、投下があると 反応してくださる方々には、本当に嬉しいです。 218: 303 ◆CFYEo93rhU :2019/05/26(日) 16 46 28 ID SNm79O0Y0 10年前を色々思い……。 私がここで投稿しているのはF自モノとしては処女作ですが、 戦艦1隻だけ異世界転移という習作的なモノはあり(未完結、未投稿)、 それを書いている時にこちらの分家に出逢い、 設定をある程度引き継いだり修正して国ごと転移モノに 変えたのが『皇国召喚』なので、影響受けまくりです。 例えば飛竜の設定。 速度が100km/hくらいで積載量が操縦士含め150kgくらいというのは、 この戦艦1隻だけ召喚もので設定したものをほぼそのまま流用してます。 戦艦が搭載する水観や水偵で空戦しても勝てて、高角砲や機銃でも落とせて、 爆弾はバイタルパートを貫通せず軽微な損傷で済むレベルを想定してたらしいです。 これ、単発モノとして投下しようかと考えてるんです。 未完結なので、本当に部分的なエピソードが幾つかあるだけなんですが、 結構細かい事書いてたりして、皇国召喚の掌編としても通用するレベル。 むしろ今書いてるものより上手いんじゃないかと。 武器の名前とか地名とかは互換性無いんですが、 何より大きいのは皇国召喚では結局不発に終わった、 超弩級戦艦が戦ってる場面がある事なんですよね。 ただ読み返すと、もう完全に『日本国召喚』のクワ・トイネ公国とロウリア王国なんですよね。 特に飛竜騎士が哨戒任務中に沖合で巨大戦艦を発見して驚くあたりは笑っちゃうほど似ていて、 敵の覇権国家はロウリア王国とパーパルディア皇国を足して2で割ったような帝国で。 214 216 伯爵家の家柄ですから許婚くらい居てもおかしくないのです。 「私は、この戦争が終わったら故郷(くに)に帰って結婚するんです」 「彼女は、私の帰りをパインサラダを作って待っているんです」 「閣下、このペンダントを預かっていてくれますか? 失くしたら大変だ」 「こんな、いつ砲弾で死ぬかもわからない所に居られるか! 私は泳いでも帰る!」 215 217 書籍化もされたみのろうさんの『日本国召喚』が直接のきっかけだと思うのですが、 「○○(組織名や国家名)召喚」という題名のF世界召喚ものが凄い増えた印象があります。 以前より大規模召喚ものはありましたが、その題名がここまで「○○召喚」だらけになるとは。 この界隈で「○○召喚」というシンプルな題名の原点はくろべえさんの『帝國召喚』だと思ってるのですが……。 というか「皇国召喚」で検索すると小説家になろうとハーメルンで別作品が4作品くらいあるんですよね。 こんな味気ない単純な題名が被る事になるとは10年前は思いもしませんでした。
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※投稿者は作者とは別人です 946 :名無し:2008/03/24(月) 20 48 17 ID Ajfljf260 メリーランド州アバディーン試験場では様々な兵器が実験されている。 そして、今日も新たな新兵器の実験が行われようとしていた。それはロケットであった。 「うまく飛んでくれよ。」 そういったのは、この開発プロジェクトの責任者であるロバート・ゴダードである。 彼は、現在、新たなる新兵器として、ロケットを開発していたのである。 「大丈夫、きっとうまくいきますよ。」 「必ず成功しますよ。」 それぞれ、そういったのは、フォン・ブラウンとセルゲイ・コロリョフであった。 前者はドイツでロケット開発をしていたが、研究の成果が認められなかったのを失望して、仲間だったヘルマン・オーベルトやヘルムト・グロトルップ、それに弟のマグヌスらと共にアメリカに移住したのである。 一方、コロリョフの方は、大粛清の余波を逃れて、家族と共に中央アジアに新兵器の実験という名目で赴き、イギリスに亡命していたが、研究を進めるためにアメリカに家族と共に渡ったところで転移に巻き込まれたのだった。 彼と共に亡命したものとしては、彼の恩師であったアンドレ・N・ツポレフやウラジミール・ペトリヤコフ、同僚だったヴァレンティン・グルーシュコ、ウラジミール・ミーシンといった面々がいた。 さて、ロケットが試験場に引き出されてきた。 発射の用意がなされる。 そして、ついに準備が整い、後は発射の号令を出すばかりになったのを見て取ると、ゴダードは命令した。 「発射っ!」 ロケットは無事発射された。しばらくして、報告が来た。 ロケットの実験が成功したというものであった。 その後も実験が続けられ、44年6月に実戦配備されることになる。 なお、実験成功の報告を受けたルーズベルトは、この新兵器をV1号と名付けた。 V1号のVは勝利のVからとられたものであることは勿論いうまでもない。 このV1号、そして、続いて開発されたV2号は、同じくが彼らの中にいた技術者が同じころに開発に成功したしたフリッツXやHs293などとともにシホールアンルに大きな心理的打撃を与えることになるのだった。そして、現実的打撃を与えることになるのだった。 「うまくいってよかったですね。」 コロリョフが言う。 「だが、まだまだこれからだ。人を月に送り込むまでは。」 異世界にも月があったのである。地球のそれよりもわずかに小さかったが、その形は非常に似ていた。 「その通りです。」 ゴダードの言葉にブラウンが同調する。 戦争という非常時のさなかにも関わらず、彼らの宇宙への夢は燃え盛っていたのだった。 後、ゴダードは戦争のさなかに亡くなるが、フォン・ブラウンとセルゲイ・コロリョフが中心となって、その意思を受け継ぎ、ついには月に人を送り込むことに成功することになるのだった。 短編投下終了です。
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第40話 魔法の砲弾 1482年 8月30日 ノーフォーク沖10マイル地点 午前8時 その日、レイリー・グリンゲルとルィール・スレンティは、ノーフォーク沖を航行中の 軽巡洋艦クリーブランドの後部甲板にいた。 「魔法の砲弾、ですか。」 レイリーは、やや怪訝な表情でレイトン中佐に語りかけた。 「レイトン中佐から聞いた話では、命中率が格段に向上する砲弾、いわば魔法の砲弾の試射が、 このクリーブランドという艦で行われると聞いたんですが。」 「そう。時代を一新する新型砲弾だよ。これまで、高射砲弾というのは弾頭に時限式の信管を 取り付けて発射していたが、このクリーブランドが積んでいる砲弾は、ちょっと特殊な作りに なっているんだ。」 レイトン中佐はどこか誇らしげな表情でレイリーに言った。 レイトン中佐に、新型砲弾の試射を見学しないかと言われたのは8月の12日である。 レイリーとルィールは、それまで新型無線機の開発に従事していた。 開発は依然難航していたが、ここ最近は徐々に先が見えつつあった。 レイリー達はようやく、袋小路から抜け出たと、やや安心していた。 2人はアインシュタイン博士の勧めで、気分転換も兼ねてこの試射に立ち会うことにした。 3人のもとに、クリーブランドの艦長であるトレンク・ブラロック大佐と、 砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐が現れた。 「やあレイトン!久しぶりだな。」 「君こそ。すっかり偉くなったな。同期としては嬉しい限りだよ。」 レイトン中佐とブラロック大佐は互いに満面の笑みを浮かべながら握手を交わした。 「お知り合いで?」 ルィールがどこか呆けたような表情で聞いて来る。 「レイトンとはアナポリスの同期でね。おっと、自己紹介がまだでしたな。 私はクリーブランド艦長のトレンク・ブラロック大佐です。南大陸の使者に会えて光栄です。」 「同じく、砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐であります。」 豪胆そうな艦長と比べて、砲術長のほうはどこか歯切れの悪い口調で自己紹介した。 レイリーとルィールは、冷静な顔つきで自己紹介を行った。 「前部甲板にいる技術者の紹介でも言った言葉だが、とりあえず言っておこう。 本日は新型砲弾の試射にご出席いただきありがとうございます。今回、この艦で試射を行う砲弾は、 VT信管と呼ばれる新型砲弾です。試射は舷側に装備されている5インチ連装両用砲を用いて行います。 発砲の際は両用砲塔に近付かぬよう、お願いします。と、こんなものかな。」 「ハハハ、上手いな。退官後は大手会社のセールスマンになれるな。」 「ああ、俺もそう思っとるよ。」 と、2人は声を上げて笑った。 「しかし、新鋭軽巡の艦長に選ばれるとは、貴様も出世街道を順調に進んでるな。」 「なあに、おれはまだ小物だよ。同期の中には海軍省に栄転した奴もいる。そいつに比べればまだまださ。」 と、ブラロック大佐は謙遜するが、まんざらでもないようだ。 彼が艦長を務める軽巡洋艦クリーブランドは、対空、対艦能力のバランスが取れた軽巡である。 基準排水量10000トン、全長186メートル、全長20・3メートル、速力は33ノット。 主砲は新式の54口径6インチ3連装砲4基12門に、5インチ連装両用砲6基12門。 機銃は40ミリ連装機銃8基16丁、20ミリ機銃20丁を搭載し、水偵4機を積める。 ブルックリン級軽巡の拡大発展型の意味合いが強いが、砲戦力、対空火力はブルックリン級より強力である。 主砲はこれまでの47口径6インチ砲に変わって、射程、貫徹力の向上した54口径6インチ砲が新たに採用されている。 ブルックリン級に比べると、主砲1基が少なく、砲戦力が低下しているが、その分、対空火力が向上している。 新装備の54口径砲は威力、射程は申し分なく、砲が少なくなった穴を埋められると上層部は見込んでいる。 両用砲も12門に増え、高高度から低高度の敵に対応しやすくなり、甲板各所に配備された40ミリ機銃、 20ミリ機銃もブルックリン級に比べて増えている。 このクリーブランド級は、今年から順次建造、就役する予定であり、最終的には30隻が竣工する見込みだ。 性能面からして、上層部はクリーブランド級を使い勝手の良い軽巡であると評価しており、今後の活躍に期待されている。 「こいつはいい艦だよ。お前の活躍次第では、クリーブランド級の増産も考えられるかも知れんぞ。」 「そいつはいい。造船所が喜ぶな。おっと、ショーが始まるまでもう時間が無いな。 ジョシュア、君の腕前、お客さん方に見せてもらえ。」 「はっ、微力を尽くしますよ。」 砲術長は少し引きつった笑顔を浮かべると、ブラロック大佐と共に艦内に戻っていった。 「本当なら、この新型砲弾の試射は8月12日から行われる予定だったが、輸送中の事故があって 今日に延期になったようだ。ちなみにこの砲弾の試射は本当は国家機密で、あまり知らされていない。 だから、君たちがこの試射に立ち会える事は、ある意味幸運かもしれない。」 「幸運ですか。」 ルィールが納得したように頷いた。 レイリーは前方を航行する空母を見ながらレイトンに聞いた。 「レイトン中佐。試射をやるからには、目標が必要になるはずですが、その目標はあの艦に乗っているのですか?」 「そうだ。目標はこの艦の前を行くワスプが用意してある。今回は小型のリモコン飛行機を飛ばして、 それに向けて砲弾を撃つ。用意してあるリモコン飛行機は3機だ。」 「「3機?」」 レイリーとルィールは素っ頓狂な声を上げた。 アメリカ海軍の対空射撃は、空一面に砲弾をぶちまけるかの如く撃ちまくると聞いている。 訓練では実戦のように、狂ったようには撃ちまくらないが、それでも100発か200発程度は撃つと思っていた。 なのに、目標役はたった3機のラジコン飛行機である。拍子抜けしないほうがおかしい。 「それって、少なすぎなんじゃ・・・・」 ルィールが理解できぬと言った表情で、レイトンに言った。 「君達もそう思うか。確かに、傍目から見れば少ないだろう。実を言うとね、高角砲の試射は実戦のように 無闇やたらに撃たないのだ。最初は単発発砲、次は連続斉射、最後に高高度の目標を単発発砲と、 この順番でやるのだ。でもね、本当なら3機も用意する必要なかった。理由は簡単、撃ち落されないからさ。」 「へっ?撃ち落されない?」 レイリーが気の抜けた口調で言う。 「そうだ。これまで、時限式の高角砲弾で何度かテストしているんだが、成績は最悪。 タイミングは合わないわ、発砲した砲弾が作動しないわで、試射でラジコン飛行機が撃ち落されたのは 見た事がないようだ。本来なら、どうせ当たらんのだから3機中2機のみでやってしまえと言う輩も いたようだ。まっ、運が良ければ、ラジコン飛行機が落ちる瞬間を見られるかも知れんな。」 レイトン中佐はそう言いながら、自分達からやや離れた場所に陣取る撮影班を見た。 先ほど彼らに話を聞いたところ、彼らもラジコン飛行機が落ちるのを見た事がないという。 「8時30分に試射開始だから・・・・あと4・5分と言う所だな。」 レイトン中佐はほぼ無表情でそう呟いた。 やがて、8時30分になった。射撃を行うのは、左舷の1番両用砲である。 ワスプからラジコン飛行機が発艦し、時速150キロほどのスピードでクリーブランドの周囲を一周した。 クリーブランドは18ノットのスピードで航行し、艦体も安定している。 「さて、ショータイムだ。」 レイトン中佐が期待したような口調で呟く。 1分後に、ラジコン飛行機が高度500メートルほどで、クリーブランドと平行するように通り過ぎようとした。 その直後、1番両用砲の連装砲のうち、1つが火を噴いた。 ドォン!という発砲音が響いてから1秒後、ラジコン飛行機の至近距離に黒い花が咲いたと思った瞬間、 破片によってバラバラに打ち砕かれてしまった。 優雅に飛行していたラジコン飛行機の姿はなく、小さな破片が、紙ふぶきのようにパラパラと海面に撒かれた。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 鮮やかに決まったラジコン飛行機撃墜の反応は、沈黙であった。 しばらく沈黙が続いた後、撮影班から、 「おい、初めてラジコン機が落ちたぜ!」 と、何故か興奮気味な言葉が流れてきた。 「レイトン中佐。鮮やかに落とされましたね。」 ルィールの涼しげな言葉に、レイトン中佐ははっとなって答えた。 「あ、ああ。初回の初打席から見事なホームランだね。」 彼は今の状況を野球に例えながら答えた。 2分後に、ワスプから別のラジコン飛行機が発艦した。 そのラジコン飛行機は、左舷側に飛び去っていくと、やがて高度70メートル辺りで、雷撃機を模した格好で接近し始めた。 姿がハッキリし始めた直後、1番両用砲が再び発砲した。 今度は2本の砲身を用いての斉射だ。 「さて、今度は」 レイリーが言い終わる前にラジコン機の前方、後方で砲弾が炸裂した。 破片をもろに受けたラジコン機はこれまたバラバラに砕け散ってしまった。 「・・・・当たりでしたね。」 レイリーもまた、務めて平静な口調で言った。 続いて、3機目もワスプから発艦する。 この3機目は、水平爆撃機に擬して、クリーブランドの左舷側から上空に覆い被さって来た。 これに対し、クリーブランドの1番両用砲が発砲する。1回目と同じように、やはり砲1つのみの射撃である。 黒い粒のようなラジコン機のすぐ後ろ側で、砲弾が炸裂した。 その刹那、ラジコン機は全身火達磨になって墜落していった。 「あっ、当たった。」 どこか腑抜けたような声が聞こえた。 この日の試射はわずか20分ほどで終わってしまった。 「ショーはこれにて終了のようだが、何か感想はあるかな?」 レイトン中佐は少しばかり引きつった表情で2人に聞いた。 「率直に言って当たりすぎです。4発撃って全てが有効弾なんてはじめて見ましたよ。」 レイリーが控え目な笑みを浮かべながら言う。 「・・・・・私も同感ですが・・・・・もしかして、この新型砲弾には・・・・・」 ルィールが、声のトーンを徐々に小さくしたと思うと、突然考え事を始めた。 レイリーも彼女同様黙考を始めている。 その間に、先ほど顔を合わせた艦長と砲術長が彼らの下にやって来た。 「やあブラロック。君んとこの砲手は大した腕前だな。」 「いや、それほどでもないんだが。」 「砲手の腕は悪くはありませんが、全ての仕掛けは、あの砲弾ですよ。ところで」 ラルカイル砲術長が怪訝な表情で2人を見た後、レイトン中佐に聞いた。 「この特使の方々は、難しい顔をして何を考えているのです?」 「私に聞かれてもね。」 レイトン中佐は肩を竦めたが、2人は考えをやめて彼らに顔を向ける。 「大体見当が付きました。」 ルィールがまず喋りだした。 「あの新型砲弾は、もしかして探査魔法系の類が仕込まれていますね?」 「あなた方で言うなら、レーダーと呼ばれるものです。」 2人の言葉に、ラルカイル中佐とブラロック大佐はぎょっとなった。 「こいつはたまげた。VT信管のからくりを見破るとは。」 「か、艦長!」 「大丈夫です。口外はしませんよ。元々、機密事項というものには慣れていますから。」 レイリーは笑みを浮かべながら、やんわりとした口調で言う。 「頼みますよ、特使さん。でも、細かく教える事はできんから、大雑把に言う。 あの新型砲弾には、あんたらが言っていたように、小さなレーダーが付いている。砲弾に付けられた レーダーは、発射直後に作動する。」 ブラロック大佐は、片方の手を高角砲弾に、もう片方を飛行物体に似せた。 「砲弾は、打ち上げられた後にレーダー作動させ、音波によって飛行物体の位置を常に掴んでいる。 そして、砲弾は飛行物体に近付く。すると、レーダーが一定の反応を捉え」 彼は近づけた手を、大きく左右に開いた。 「ドン!破片を飛び散らして相手に致命傷を与える。要するに、VT信管は目の付いた弾だな。」 「目の付いた・・・・弾。」 レイリーとルィールは、驚いた表情で互いの顔を見合わせた。 実を言うと、ミスリアルでも似たような研究があったのだ。 打ち出す砲弾サイズの光弾を、相手の至近で爆発させ、その威力で敵の軍を混乱させる。 という名目で、研究が行われていた。 だが、砲弾と同等の威力を持つ光弾に、自発的、それも自由意志で爆発させると言う事は困難であり、 結局、開発困難と言う事で研究は打ち切られた。 魔法で世界一と言われるミスリアルが出来なかった事を、アメリカはやってのけたのだ。 「魔法で出来なかった事を、アメリカは・・・いや、科学は出来た。」 ルィールは小さく呟いた後、どこか落胆したような表情を見せた。 「ん?何か悪い事言って・・・しまったかな?」 ブラロック大佐は、彼女がいきなり落ち込んでいる事に驚く。 「あっ、いえ。別に。」 ルィールがすぐに否定するが、いつもと違って歯切れが悪い。 「しかし、この砲弾さえあれば、艦隊の防空能力は飛躍的に向上するでしょう。 いやはや、アメリカは凄いものを開発したものです。」 レイリーは感嘆してそう言ったが、 「お気持ちは分かりますが、このVT信管はまだ製作中のものなので、問題点は色々あります。」 砲術長のラルカイル中佐が戒めるような口調で言った。 「この信管の精度は、先ほども見た通りピカ一です。しかし、未だに故障は多く、砲弾の特性故の問題は 残ったまま。それに、今さっきの試射で上げた好成績ですが、あれはたかだか100~200キロしか 出せぬ低速機。実際の戦場では、敵機はその2倍以上の300~400キロ以上、良ければ500キロ以上の 猛速で突っ込んで来ます。優秀な新型砲弾といえど、状況が違えば、今日のような好成績が出る事は非常に 難しいでしょう。」 「砲術長の言う通り。今やったのは訓練に過ぎない。実戦で百発百中とは、どんなベテランでも出来ん代物だ。 だから、今の訓練も、頭の中では話半分として理解した方が良い。」 「なるほど。」 レイリーは納得して大きく頷く。 「だが、このVT信管が実用化されれば、シホット共のワイバーンは急激に数を減らすだろう。 それだけは確かだな。」 と、ブラロック大佐は自慢げに言い放った。 ノーフォーク港に入港したのは午前10時であった。 クリーブランドから降りたレイリーとルィールは、レイトン中佐に早速感想を聞かれた。 「今日はどうだったかね?見応えは充分にあったと思うが。」 彼の問いにまず、ルィールが答えた。 「その通りですね。シホールアンルの防空部隊は北大陸、南大陸の中で一番の命中精度を持つと 言われていますけど、今日の試射はそれ以上です。あの試射だけを見るなら、神業ですね。」 普段冷静な彼女にしては珍しく、興奮と悔しさの混じった口調である。 「正直言って、やられたなあと思いましたね。あたしは今まで、魔法に敵う物は無いと思ってましたが、 今日の試射で、いや、この国に来てから色々思い知らされました。」 「私としても、彼女と同感です。今日は本当に勉強になりました。」 2人はいつになく、感嘆した口調で感想を述べた。 「そうか。なら連れて来た甲斐があったな。しかし、VT信管の特性に早々と気付いたところは驚かされたよ。 流石は世界一の魔法使いだ。頭の回転が速い。」 逆にレイトン自身も、2人の反応には驚かされている。 あの時点で、VT信管を初めて見、その原理を素早く見抜いたのはこの2人だけである。 「その天才達を手を組めた我が合衆国は幸運だったな。」 レイトン中佐はうんうん頷きながら呟いた。それを聞いた2人も、 (このような国を敵に回さなくて良かった) と心の底から思っていた。 その後、3人は軽い休息を取った後、ロスアラモスに戻って行った。 1482年 8月31日 午前10時 エンデルド 第24竜母機動艦隊の旗艦である竜母モルクドの司令官室で、リリスティ・モルクンレル中将は 乱暴な仕草でドアを開き、思い切り閉めた。 「何が目標達成よ!石頭っ!!」 そう言いながら、彼女は制帽をベッドに叩き付けた。 気を落ち着けるために、水の入ったビンを取り出してコップに水を入れる。 半分ほどまで入れると、彼女はぐっと一息に飲み干した。 荒立っていた息が次第に収まり始め、頭もようやく冷めてくる。 「はぁっ・・・・」 彼女はため息をつきながら、ちらりと舷窓に視線を送る。 昨日までは、彼女の旗艦であったクァーラルドがモルクドの右舷に停泊しており、この窓から見えたのだが、 今日はその勇姿を見ることが出来ない。 クァーラルドは、25日のバゼット海海戦で米艦載機の攻撃を受けた。 爆弾2発、魚雷1本を浴びた結果、中破の判定を受け、修理のため本国に回航されたのだ。 「疲れた。」 リリスティはか細い声音でそう呟くと、ベッドに仰向けに倒れこんだ。 この日の8時、彼女は経過報告のため、西艦隊司令部に赴いた。 そこで、海戦の報告を終えた後、西艦隊司令長官であるカランク・ラカテルグ大将から褒めの言葉を貰った。 「よくやった、モルクンレル。バルランドの護送艦隊を全滅させ、アメリカの小型空母を2隻撃沈。 そして、この間の海戦では、こっちもやられたが、敵正規空母2隻を大破させた。これで、目的は達成できたな。」 丸顔のラカテルグ大将は、満面の笑みを浮かべながらそう言った。 「ありがとうございます。しかし、私としては少々理解しかねぬ部分があります。」 「ほう・・・・言ってみたまえ。」 一瞬、ラカテルグ大将の目が冷たいものを帯びたが、リリスティは気にせずに説明した。 「私は、25日の海戦の途中報告の際、アメリカ正規空母2隻を大破、うち1隻は大火災、速力低下との 文を付け加えています。あの時、わが方の損害は無視できぬものでしたが、後一撃を加えれば、 敵の正規空母を最低でも1隻、仕留められました。長官」 リリスティは、執務机に手を置き、ずいと前のめりになる形でラカテルグ大将に近付いた。 傍目から見れば、威圧するような感じである。 「なぜ、作戦終了、反転せよと命じたのですか?」 「君。答えは簡単では無いか。」 ラカテルグ大将は、どこか嘲るような眼つきでリリスティを見た。 お前は馬鹿か?と言っているような眼つきだ。 「元々、バルランドの護送艦隊を全滅させ、後から出てきたアメリカ空母を撃沈、もしくは当分 しゃしゃり出て来れないようにすることが目的だったのだ。小型とは言えライル・エグ級に相当する 空母を2隻撃沈し、敵の精鋭機動部隊の一部である、正規空母2隻も大破できた。 見たまえ、君の言った通りの結果では無いか。」 「足りません!」 リリスティはラカテルグに叩きつけるように言う。 「確かに小型空母は沈めましたが、私の本当の目的は、敵精鋭機動部隊を一部でもいいから “沈めるか、悪くても大破”させる、と言うことだったのです。あの時はあと一歩で、最低でも 一番傷ついたレキシントン級は撃沈できました。雑魚を沈めても、本命を沈めなければ意味がありません!」 「その雑魚を沈めるのにワイバーン40騎喪失。足腰叩きのめそうとしただけで自軍の竜母3隻、戦艦1隻損傷、 ワイバーン89騎喪失・・・・犠牲が大きいのにまだ続けるというのかね?」 「う・・・・・ですが、あと一押しで、敵空母は撃沈できました。ワイバーン隊の指揮官も 私と同様の意見を述べていました。」 「対空砲火はグンリーラ海戦やガルクレルフ沖海戦の時と比べて向上している。 確かに米空母を撃沈できたかもしれない。だがね、モルクンレル中将。ワイバーンを失ったら、 竜母部隊としての以降の作戦行動は出来なくなってしまうぞ。」 リリスティは、次第に頭が熱くなるような感じに見舞われた。 あの時、彼女が帰投命令を出した時、ワイバーン隊の指揮官や、第2部隊、各艦の艦長までもが 戦闘を続けて欲しいと言い募ってきた。 リリスティは部下達の言葉に打たれ、再度反転して敵機動部隊に向かおうとした。 第24竜母機動艦隊は、その時点での犠牲は大きかった。 それでも戦闘ワイバーン74騎、攻撃ワイバーン53騎が出撃可能であった。 竜騎士達も早く米空母に止めを刺したいと思っていた。 だが、西艦隊司令部は執拗に反転命令を繰り返した。 命令に逆らえば、いくら名門貴族出の軍人。皇帝と親しいリリスティと言えど、今のポストから 解任されるのは確実である。 リリスティは断腸の思いで、この恥ずべき命令を遵守したのだ。 「現場には現場の状況と言うものがあります!犠牲は大きかったですが、余力を残している内は 戦果拡大を狙うのは当然」 「くどい!」 ラカテルグ大将は、顔を真っ赤にして怒鳴った。 「いくらワイバーンの予備が控えておるからとは言え、戦果充分の上に犠牲を増やす事は無い。 貴様はあたらに部下を殺すために機動部隊を任されたのか!?」 「・・・・・!!」 リリスティはこの男を殴り倒してやろうかと思った。 彼女自身、剣術、格闘術の使い手だ。皇帝のオールフェスとも、模擬戦闘を何度もやった事はある。 ラガテルグのように、陸上勤務中心で昇進して来た中年男など、あっという間に叩きのめす事が出来る。 だが、軍に入って培った自制心が、暴発しかけた心を抑えた。 「いいえ。私は味方を勝利させるために艦隊を任されました。部下をあたら殺すために任された訳」 「とにかく議論は終わりだ。」 ラカテルグ大将は興味を無くした、と言わんばかりの表情で彼女を見つめた。 「犠牲は大きいが、戦果は充分だ。これで、奢り高ぶる南大陸の馬鹿共も、アメリカ軍の不甲斐なさに やる気をなくしているに違いない。君の案は実に素晴らしいものだった。」 彼はそう言い終えると、先ほどまで読みかけていた書類に視線を移した。 「後は戦力回復に努めたまえ。戦争はこれからだ。」 大将はそう付け加えながら、出口の方向に顎をしゃくった。 それが、今朝の出来事。 「実に素晴らしい・・・・ふん。現場の声が分からないくせに、よく言う。」 リリスティはそうぼやくと、姿勢を起こした。 「あたらに部下を殺す訳ではないのに・・・・・・」 呟いてから、彼女は頭を掻いた。 「今度は、いつ奴らと会えるのかなぁ。」 彼女はベッドから立ち上がり、自分の机にへと進む。机まで歩くと、引き出しから数枚の紙を出した。 紙には、アメリカ軍正規空母のイラストが描かれている。 イラストの片隅には、それぞれの名前が記されていた。 「あの海戦で出て来た正規空母は、レキシントン級とヨークタウン級。レキシントン級は爆弾10発程度、 ヨークタウン級には5、6発当てている。少なくとも、2ヶ月かそこらかは修理が必要ね。 と、なると、残りはあと3、4隻。」 ふと、彼女はカレンダーに目を向けた。 カレンダーには、会議の日は黒いサイン、訓練期間は緑のサイン、作戦期間は赤いサインと、 3種類のサインで埋められている。 カレンダーは、10月の下旬辺りに赤いサインが記されていた。 858 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/05/31(木) 20 42 05 ID 4CUjn9IY0 852氏 元の世界ですが、まずはヨーロッパ戦線からです。 ヨーロッパ戦線は、8月にフランスのパリが無血開城されますが、ドイツ軍はこれまでの消耗がたたって 更なる攻勢を企図することが出来ず、今は英仏軍との航空戦のみが盛んに行われています。 一方で大西洋方面ではドイツ海軍Uボート部隊は、一時は英国を干上がらせる勢いで連合国輸送船を沈め まくりましたが、6月から8月にかけては逆にUボート部隊のほうが大損害を被り、優位は連合国側に 奪われました。 一方、日ソ戦争ですが、42年の4月から、蘭印や英国からの物資補給が定数に届き始め、燃料事情は 改善されつつあります。 6月には、再びソ連軍が大攻勢を開始しましたが、攻勢軍が逆に日本軍に逆包囲されてわずか1週間で 攻撃は終了しました。 あっけない攻勢失敗によって、ソ連軍は再び満州国境まで押し戻されました。 8月には帝國海軍機動部隊がサハリンやカムチャッカを襲撃し、ソ連軍に多大な損害を与えています。 結果的に、日ソ戦は陸では日本が少しばかり優勢、海では日本が圧倒的優勢となっています。 864 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日) 14 43 35 ID 4CUjn9IY0 862氏 前線の指揮官と後方の指揮官では視点が違いますからね。 その場で見れば、どちらも正しく、どちらも間違っていると言う事になりますが、全体的には やはりラカテルグの判断が正しいです。 シホールアンル側の情報網強化ですが、当然アメリカ本国に潜入、と言う事も企てております。 しかし、アメリカ潜入の手段は限られており、一番近いアリューシャン列島に潜入しようとしても 当方面の警戒は厳重ですし、有効とも思えるバルランド留学生に混じっての潜入も、それを警戒する アメリカ側によって厳正な審査が行われていますから、現状では難しいです。 1482年は西暦に直すと、いつになるのでしょうか このF世界の世界暦では1482年となっておりますが、アメリカ側の感覚、つまり西暦では1942年です。 それでは、SS投下いたします。