約 5,435,262 件
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/747.html
第13話 南西太平洋軍 1482年 1月19日 カリフォルニア州サンディエゴ 午前7時 空は雲に覆われており、見る人にとってはどこか憂鬱な気分を誘う天気だ。 しかし、人はぞれぞれで、空を見て顔をしかめる者もいれば、そんなものはどうでも良いとばかりに張り切って仕事に励む者もいる。 サンディエゴ軍港内に建てられているとある2階建ての宿舎に、1台の車が向かって来た。 宿舎の前には、佐官以上の階級章をつけた陸軍軍人や、小銃を構えて待っている兵が多数見受けられた。 車はスピードを落とし、宿舎の側に来ると、玄関の前で停止した。 「テーンハァッ!(気をつけ!)」 どこからか、気合の入った声が辺りに響き、小銃を構えた兵が直立不動の態勢で、捧げ銃を行う。 後部座席のドアが開き、そこから将軍の階級章をつけた男が出てきた。 将校たちが敬礼でその男を出迎えた。 「お待ちしておりました、司令官閣下。」 待っていた将兵の中で、一番階級の大きい男が出迎えた。 出迎えられた男、ドワイト・アイゼンハワー中将は、温厚で人懐こそうな顔に微笑を浮かべた。 「出迎えご苦労。私にはおあつらえ向きの出迎えだよ。」 アイゼンハワー中将は答礼しながらそう言った。 「本当はもっと多くの人員で出迎えようと思ったのですが。」 「今は戦時中だ。将兵にもそれぞれの役割があるんだから、このような出迎えには少数でやるのがちょうど良い。」 アイゼンハワーは参謀長のハリー・コナー准将にそう言いながら、臨時に設けられた南西太平洋軍の司令部に入って行った。 アイゼンハワーは1890年にカンザス州に生まれた。 軍歴は1911年の陸軍士官学校に入学した時から始まった。 年齢の割には、昇進は早いとは言えず、1930年あたりから昇進はストップした。 しかし、ダグラス・マッカーサー大将の主任補佐武官を務めた時に中佐に昇進し、再び階級が上がり始めた。 そして2週間前の1月5日、彼は陸軍中将に昇進し、南西太平洋軍司令官に任命された。 彼は人柄が良く、部下にも慕われている。 部下の中には、影でアイクと愛称をつけている者もおり、陸軍内では少し知られた人物である。 臨時司令部の中に入ると、彼は早速、南西太平洋軍の編成内容を確認する事にした。 「まず、南大陸に派遣される陸軍地上部隊は?」 彼の言葉に、情報参謀が反応し、用意していた紙を読み上げた。 「まず第1軍団ですが、第1軍団は第7歩兵師団及び第27歩兵師団、第1機甲師団の3個師団です。 次に第2軍団が第23歩兵師団、第2機甲師団となっております。人員総数は88000人となっています。 航空部隊は第3航空軍の第398戦闘航空隊、第83戦闘航空隊、第12爆撃航空隊の計364機であります。」 「そのうちの第1陣となる第1軍団が、3月に出発する言う訳か。海兵隊の編成はどうなっている?」 彼は通信参謀に再び聞いてみた。 南西太平洋軍は1月の5日に編成され、各地から南大陸に派遣される部隊が慌しくサンディエゴに移動しつつある。 準備は未だに終えてはおらず、現状では第1軍団の第7歩兵師団が、やっと編成を終えてサンディエゴに迎えると言う状況だ。 唯一、航空部隊は、一部が手早く編成を終えたため、第3航空軍の第83戦闘航空隊がヴィルフレイングに派遣される事になった。 南西太平洋軍には、陸軍の他にも、海兵隊の師団や航空隊が加わり、総兵力では20万近い兵員が、年末までには南大陸に派遣される。 南西太平洋軍の編成 司令官 ドワイト・アイゼンハワー中将 第1軍団 ビーン・マッキンタイア中将 第7歩兵師団 第27歩兵師団 第1機甲師団 第3軍団 オマリー・ブラッドリー中将 第2機甲師団 第23歩兵師団 第3航空軍 司令官ケネス・コール少将 第398戦闘航空隊 P-40ウォーホーク74機 P-39エアコブラ36機 第83戦闘航空隊 P-40ウォーホーク62機 P-39エアコブラ36機 P-38ライトニング12機 第12爆撃航空隊 B-17フライングフォートレス34機 B-25ミッチェル86機 A-20ハボック24機 第1海兵軍団 第1海兵師団 第2海兵師団 第1海兵航空団 第119海兵航空隊 VMF-24F4Fワイルドキャット64機 VMB-12SB2Uヴィンジゲーター24機 第127海兵航空隊 VMF-25F4Fワイルドキャット52機 VMB-16SBDドーントレス24機 VMB-21SB2Uヴィンジゲーター18機 「平時編成から戦時編成に移行したばかりですので、準備に時間を取られる結果となりました。」 「それは仕方ない。」 アイゼンハワー中将は大きく頷いた。 「むしろ、3月に兵員を南大陸に送れる事は評価に値する。本当なら、第1軍団の派遣も5月になる予定だったからな。」 遠征軍の派遣には、色々と準備がかかるものだ。 一定期間分の弾薬、衣類、食料はもちろん、基地建設用の資材や雑品等の各種物資を揃えるには、 大工業国アメリとはいえ、戦時体制に移行したばかりなので、1ヶ月そこらで定数量を確保し、集めるのは容易ではない。 それが、派遣軍の規模が大きければ大きいほど、準備期間はそれに比例して伸びて行く。 この作業を最初から始めると、普通に3~5ヶ月、下手すれば半年ほどは待たねばならない。 しかし、アイゼンハワー中将や幕僚達は、陸軍省や各基地、各州の生産工場を回って、なんとか間に合わせてくれと頼み込んで来た。 中には相手側と押し問答を繰り返し、つかみ合い寸前の激論に発展する事もしばしばであったが、 努力の甲斐あって、3月頃には一部の兵力を南大陸に派遣する目処が付いた。 「第1軍団は3月、第2軍団は7月に順次派遣される予定です。 遅くても、8月中か、最悪でも9月に初旬には、南西太平洋軍は全軍が南大陸に派遣できるでしょう。」 「あちらこちら回った甲斐があったものだ。お陰で少しは気が楽になったよ。」 アイゼンハワーはニヤリと笑みを浮かべた。 「ところで、問題の南大陸の戦況はどうなっている?」 「戦況は、依然としてシホールアンル軍が有利との情報が届いています。」 参謀長が答えた。 「しかし、シホールアンル側の侵攻スピードは1ヶ月前と比べて大幅に落ちており、 現在、最先頭がカレアント公国のホリウングより南20マイルの位置で反撃にあっており、昨日は前線の後退は500メートルに抑えられたようです。」 「南大陸の友軍はかなり頑張っているな。」 アイゼンハワー中将は満足したように頷く。 「最初、シホールアンル軍の快進撃を聞いてから、これは派遣軍を送っても一緒に飲まれてしまうのではないか? と思ってしまったが、今ではそう思った自分が恥ずかしい。」 「この粘りこそが、南大陸連合軍の本来の姿かもしれませんな。 彼らは初戦で手痛い敗北を被りましたが、今ではある程度戦えるレベルにまで達しています。」 「彼らの奮闘振りには、頭が下がるよ。だが、陸戦ではほぼ互角の南大陸軍も、航空兵力や海上兵力ではシホールアンルに及ばない。 その不足している兵力を、一刻も早く南大陸に送らねば。」 従兵がコーヒーを持ってきた。アイゼンハワーは礼を言って、コーヒーを口に含む。 コーヒーは苦味がやや強かった。 「彼らのスケジュールを乱すきっかけを作ったのは、我が合衆国の海軍だが、敵の侵攻を食い止めているのは南大陸軍だ。 今も、あの太平洋の向こうでは、彼らはワイバーンや敵の猛功にじっと耐えているに違いない。」 アイゼンハワー中将は、窓に歩み寄った。窓には、軍港の様子が見え、その奥の太平洋も見渡せた。 そして、太平洋の向こう側には、今も必死の防戦を繰り返す南大陸軍がいる。 「彼らが捻出した時間を、最大限に有効活用しなければな。」 彼は改めて、南西太平洋軍の司令官として意を決した。 実質的に、南西太平洋軍の先鋒を務めたのは航空部隊であった。 第3航空軍の第83戦闘航空隊は、帰還したばかりの護衛空母ロングアイランドの甲板にP-40戦闘機2個中隊半、 30機が乗せられ、残りは分解され、輸送船に分譲してヴィルフレイングに向かっていった。 1482年 1月21日 ニューヨーク州 ニューヨーク州にある造船会社の中で有数の規模を持つトライドッグ社ニューポートニューズ造船所は、今活気に満ちていた。 海軍側から注文の入った軍艦や輸送船は、それぞれのドックで建造されており、工事関係者は急増した仕事量に誰もが目を回していた。 ひっきりなしに溶接の音や、ハンマーが叩く音などが聞こえ、新人やこの造船所に始めてきた者は、余りの騒音に顔をしかめ、 とある者は耳を押さえたい気持ちに駆られる。 この活気に満ちているドック群だが、とあるドッグでは、いつもと違う光景が見られていた。 そのドックには、全長の長い船が台に載せられており、船体部分はほぼ完成に近く、 船体に開けられた穴にようやくボイラーやスクリュー等の機械設備を入れようとしていた。 本来ならば、これらの機械設備は既に入っていてもおかしくないのだが、1ヶ月ほど前の12月20日、突然工事中止の命令が下った。 戦艦アイオワの工事主任であるアルフレッド・カイテルは、その日、会社のお偉方を激しく呪った。 「何で、今更設計の終了した軍艦を改めて設計しなおすのかねぇ。連中、頭がどうかしてる。」 彼はとある休日に、同僚仲間と一緒に行ったバーで、工事中止を下した会社の上司や海軍側を酷く罵った。 アイオワ級戦艦は1938年の時点で既に設計を終了し、工事が開始されている。 開戦後には労働者や搬入される資材も増えて、進水期日も早まる事が期待されたが、突然の工事中止でそれも水の泡になった。 だが、今ではあまりお偉方や海軍側をそれほど憎んではいない。 元々、アイオワ級は高速重武装の戦艦として完成するはずだった。 だが、カイテルは徐々に出来上がっていくアイオワを見て、期待する半面、どこか不安もあった。 船と言うのは幅と長さのバランスが整えば、航行時に安定性が良くなる。 カイテルは元々漁師であり、どのような船がスピードも出せ、安定性を保てるか分かっていた。 アイオワ級はどちらかというと、細い割には全長が長く、人間に例えると、痩せっぽちで早さが取り柄の人間に見えた。 (高速航行時には安定性が悪そうだな) 彼は日頃からそう思っていた。しかし、それも工事が進むにつれて風化していった。 今、彼は造船所の副主任や、技術者達と共に改修箇所や設計変更箇所を見て回っている。 先月から改修、設計変更箇所の工事から始めたら、就役はどこまで伸びるのか、それの調査に当たっている。 流石に、艦体の大きな艦だけはあり、関係箇所を調査するには時間が掛かった。 「鋼板の準備数は、これで決まりました。後は進水予定日がいつになるか推測してみるだけです。」 カイテルは紙に文字を書き終えると、関係者らにそう言い、21日の午前の仕事はこれで終わった。 4時間後の午後3時、カイテル主任らが最終的な進水予定日、竣工予定日の推定を出す事が出来た。 カイテルは造船所長に、立った今書き上げた文書を持ち込んで行った。 入ってきた時、所長は電話で誰かとやり取りしていた。 電話のやり取りは、彼らが入って1分後に終わった。 「やあカイテル主任。工事の期日予定日は推定できたか?」 所長は粋のいい声で聞いてきた。 「ええ、推定できました。この文書に書いてあります。」 「どれ、見せてくれ。」 紙を取り出してしばらくは、所長は何も言わずに読み続けた。 紙を渡されてから5分が経ち、所長がおもむろに口を開いた。 「進水予定が今年の12月1日・・・・・竣工予定日が43年の10月か。半年以上も完成が伸びてしまったな。」 所長は胸ポケットから眼鏡を取り出して、それをかけてから、差し出された紙に目を通した。 所長は大きくため息をついた。 本来ならば、竣工予定日は来年の2月末に予定されていたのだ。 それが一気に半年以上も伸びたのだ。 他の艦艇の建造計画も入っている今となっては、余計な仕事を増やされたような感がある。 「でも、これで安定性のある船が作れますよ。」 カイテルは自信ありげな口調で言い放った。 「君もそう思うかね?」 「ええ、思います。余計な仕事が入ってきたような感じはしますが、あのまま完成していれば、 アイオワ級はスピードは速いが、安定性に欠ける船として評判を落としていたでしょう。」 「分かっているじゃないか。」 所長はわが意を得たりといった表情で席から立ち上がった。 「私としても、こんな安定性の欠ける戦艦を作ると聞かされた時は、海軍も落ちたなと思ったが、 ようやくいい戦艦が作れるようになった。これも、パナマ運河がなくなったお陰だな。」 そう言って、所長は高笑いを挙げた。 設計変更となれば、現場に余計な負担をかけてしまう事になる。 だが、今回の事件では、彼らのみならず、アイオワ級の設計変更を喜ぶ者は、憎む者よりも遥かに多かった。 物を作る職人というものは、誰しも評判がよく、皆に信頼されるような物を作りたいと思うものである。 「アイオワのこの推定日は、ある程度建造行程が進んでいたからあのような数字が出たのですが、 アイオワより建造行程の進んでいないニュージャージーやミズーリ、ウィスコンシンなどはアイオワよりは比較的、工事しやすいでしょう。」 「2度手間をやる箇所が少なくなるからな。 むしろ、後に建造される艦のほうが、アイオワの建造日数より少ないかもしれん。」 所長はそう言ったが、彼は余計に増えた建造日数を気にする事はなく、逆にいい戦艦を作れると言う喜びに満たされていた。 現在、建造が予定されているアイオワ級戦艦は、 アイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシン、ケンタッキー、モンタナ、イリノイの7隻である。 ケンタッキー、モンタナ、イリノイは1943年初頭から建造が開始される予定で、これらの担当の建造主任が目下、建造に必要な鋼材の下調べや準備に取り掛かっている。 「あと1年と10ヶ月ほどで、世界最強の戦艦が作れるぞ。」 「あと1年10ヶ月ですか。果たして、長いのか、短いのか。」 カイテル主任はしんみりとした表情で呟くが、 「短いさ。平時ならもっとかかるぞ。むしろ、これだけの日数で完成するの事は非常にいい事だ。」 所長は満面の笑みを浮かべながら言った。 こうしてアイオワ級戦艦は、建造関係者の喜びや、苦情を交えながらも、海に出るまでの短くない時間を、余計に船台上で過ごす事になる。 一方でアラスカ級巡洋戦艦は、4隻全てが建造を開始された。 それぞれの名前は、アラスカ、コンステレーション、コンスティチューション、トライデントと名付けられ、 1943年末から44年の中盤に次々と就役する予定だ。 アイオワ級、アラスカ級のみならず、これからの主役たるエセックス級やその他の艦艇も、急ピッチで建造されつつある。 軍艦のみならず、航空機、戦車、軍用者等の製造、開発もフルスピードで行われていた。 開戦から2ヶ月近く経ち、アメリカの工業力は、ようやくフル稼働し始めた。 1482年1月26日午後6時 バルランド王国ヴィルフレイング コーデル・ハル国務長官は、1月7日にグレンキア、1月12日にミスリアルを訪問し、 両国の元首と会談した後、1月23日には輸送船に乗って本国に帰っていった。 その間、ヴィルフレイングには、完成したばかりの飛行場に航空機が駐留し始めた。 護衛空母ロングアイランドと、輸送船に乗せられて来た、第3航空軍の第83戦闘航空隊は、25日の早朝に到着するや、 早速陸揚げされ、その日の夕方までには全機が飛行場に展開できた。 そして今日の早朝には、新たに第1海兵航空団の第119海兵航空隊の一部である、VMF-24の64機の戦闘機が進出し、 完成したばかりのヴィルフレイング第1飛行場の滑走路脇は陸軍、海兵隊の航空機で埋まった。 この頃には、簡単なレジャー施設や店なども完成しており、寂れた町であったヴィルフレイングは、僅かながら賑わいを取り戻していた。 そんな中、ラウス・クレーゲルは、ヴィルフレイングの空き地だった場所を歩き回っていた。 「すげえな~・・・・・・たった1ヶ月かそこらで、ちっこい町を作りやがった・・・・」 建設されたレジャー施設群を全て見回った彼は、思わず度肝を抜かれていた。 レジャー施設の中には、アメリカ人が行う、野球や、テニスというスポーツを行う場所も取られていた。 それ以外にも、飲み屋のような建物や、別の場所には病院もあり、必要なものはほとんど揃えられていた。 元々、空き地が呆れるほど大きかった場所だったが、その空き地を、アメリカ人達は有効活用して、娯楽施設等を建設したのだ。 それも、1ヶ月少々しか経っていない時間で。 「物持ちが良いもんだ。そこらの国とは全然次元が違う。」 ラウスは眠たそうな声でそう呟いた。 その時、 「やあ、ラウス君じゃないか!」 後ろから聞き覚えのある声が響いた。 振り返ると、そこにはハルゼー中将と別の仕官がいた。 「あっ、ハルゼー提督。」 「君も散歩かね?」 「まあ、そんな所っすかね。」 ふと、彼はハルゼーの右隣にいる士官と目が合った。 どことなく知的な感じがし、端正な顔立ちである。会議で1、2度見たことがある。 「あなたは、スプルーアンス提督ですね?」 「そうだが。」 スプルーアンスは抑揚のない声で答えた。 「ラウス君、これからメシでも食いに行かんかね?」 「メシですか?」 いいです、と断ろうとしたが、いきなり腹の虫がなってしまった。 「正直だな。」 「まあ、そのようで。」 スプルーアンスの言葉に、ラウスはやや照れながら返事する。 思えば、ラウスは今日、首都からここに来たばかりで、昼食をとっていない事に気が付いた。 首都から戻ってきたのは午後1時ぐらいで、普通なら昼食を取っているだろうと、誰もが思うだろうが、 ラウスは馬車でもずっと眠り、馬車から降りた後も、割り当てられた宿舎で午後4時まで爆睡していた。 今日は休日であったため、彼はとことん寝てやろうと、昼の大半を夢の世界で過ごしたのである。 「決まりだな。ではメシだ。」 ハルゼーは張りのある声音そう言うと、先頭に立って歩き始めた。 店内には非番の兵達で賑わっており、店中に肉の焼ける音やそれぞれの話し声が混ざり合っている。 「ラウス君、肉は好きかね?」 席に座るなり、ハルゼーはラウスに尋ねた。 「肉ですか・・・・・あまり食べないですけど、嫌いではないです。」 「どんな生き物の肉を食べた事がある?」 「え~と・・・・豚肉とか、キジェント肉とか・・・・」 「キジェント肉?」 ハルゼーが頓狂な声を上げる。 「ビル、きっとここの大陸だけの生き物の肉だろう。そのキジェント肉というのはなんだ?」 スプルーアンスが質問した。 「あっ、ちょうどキジェントという生き物の絵がありますけど、見ますか?」 「ちょっと見せてくれ。」 ハルゼーは頼み込む。 ラウスは二つ返事で快諾し、懐からキジェントという生き物の絵を取った。 ハルゼーはそれを手にとって見る。 「な、なんだいこりゃあ!?」 彼は仰天した。 なんと、そのキジェントという生き物は、ムカデに似た毛虫のような生き物だった。 見るからにして気持ち悪い。 「見た目に反して、かなり美味っすよ。」 「馬鹿野郎。なんてゲテモノを見せてくれたんだ。」 彼は思わず目を覆いそうになった。 心底気持ち悪がるハルゼーに対し、スプルーアンスはあまり驚かなかった。 「こいつは、またまた驚きの発見だな。この絵は、虫嫌いの者に見せたら跳び上がる事間違い無しだろう。 ふむ、上手く描けているな。」 「あっ、それ自分が描いたんですよ。ちなみにキジェントの肉料理は、バルランドでちょっとしたブームになってるんですよ。 とくにキジェントの下腹部分とか上手いですよ。」 ハルゼーはラウスの顔をまじまじと見つめた。 「せめて、もう少し漫画チックに書いてくれんかねぇ。こんなリアルなゲテモノ絵なんぞ見たくもない。」 この絵で一気に機嫌が悪くなったのか、ハルゼーはややけんか腰の口調で言った。 「漫画チック?・・・・・ちょっと可愛げなものという意味ですか?ならばここに別の生き物の」 「もういい、分かったから!な?」 手さげカバンをまさぐるラウスを、ハルゼーは慌てて制止した。 「絵はまた次の機会に見せてもらうとして、飲み物でも飲もうかね。レイ、君は何がいい?」 「私はコーラで結構だ。ラウス君はドリンクは何が良いかな?」 「種類はビールにウィスキー、ソフトドリンクはコーラとオレンジジュースだ。 君も酒が飲める年だから、ビールを飲まんか?」 「ビールですか。それってうまいですか?」 「うまいに決まってるじゃないか。さあ、どうする?」 ラウスはすぐに、 「じゃあ、ビールって奴を飲んでみます。」 ビールを頼んだ。 3人の中で、コーラはスプルーアンスが、ビールはラウスとハルゼーが頼んだ。 しばらくして飲み物が渡され、その5秒後には頼んでおいたステーキが届いた。 ステーキを置かれた瞬間、ラウスはそのボリュームに目を丸くした。 彼は適当にハルゼーと同じものを頼んだのだが・・・・・・ (ちょっと・・・・・まずったなぁ) 早速後悔した。 ジュージューと鳴る鉄板上のステーキ肉のボリュームは、普段彼が食べる量の2倍近くはあった。 ラウスは少し小食であり、肉も1月に2回食べれるか食べられないかだ。 だが、眼前のステーキ肉は、彼からしてみれば余りにも大きかった。 「どうしたんだ?早く食べんと冷えるぞ?」 既にステーキにがっついているハルゼーがそう言ってきた。 ちなみに、スプルーアンスの肉の量は、この肉と比べて、2回り小さかった。 スプルーアンスがラウスの視線に気付くと、そっと耳打ちしてきた。 「無理して全部食べんでも良いぞ。腹八部だ。」 そういい終えて、スプルーアンスは再び食べ始めた。 「で、では、いただきます。」 ラウスはまずナイフで肉を切って、フォークでそれを口に放り込んだ。味はかなり良い。 「ハルゼー提督、この肉はなかなかうまいですね。」 「そうか。そう言ってくれると、誘ったわしも嬉しいよ。」 そう言って、ハルゼーは笑みを浮かべた。 ラウスは後悔していた。 食べ始めてから40分が経過し、なんとかステーキを食べきろうとしたが、あと2割を残してギブアップした。 一方のハルゼーはとっくに食べ終わっており、うまそうにビールを飲んでいた。 「も、もう限界っす。」 「初めてにしては上出来だよ。ほら、ビールで喉を潤せ。」 ハルゼーはそう言うが、彼としては苦しい満腹感のあまり、何も口にしたくなかった。 ビールは半分ほど残っている。 彼は初めてビールと言う酒を飲んだが、苦味はあるもののかなり上手かった。 しかし、胃袋の要領には限界があった。 「腹が膨れたところで、すぐに動いても気持ち悪くなるばかりだ。少し休もう。」 スプルーアンスの言葉に、ハルゼーとラウスは頷いた。 「あの、ちょっとばかり、うっ・・・あ、すいません。ちょっと聞いていいでしょうか?」 ラウスは2人を交互に見ながら聞いてみた。 「アメリカは、本格的な反撃を始めるのはいつ頃と決めているのですか?」 「本格的な反撃か。」 ハルゼーは、途端に真剣な表情になって考え込む。 「来年の中盤頃だろうな。」 「来年の中盤ですか。何か時間が掛かりすぎていませんか?」 「ラウス君、これでも少し早いぐらいだよ。」 スプルーアンスが言った。 「今、アメリカは戦時体制に入っているが、開戦からまだ2ヶ月と経っていない。 本格的な反撃をするには、そのための準備期間が必要なのだ。」 「そうだ。」 ハルゼーは頷きながら言う。 「特に陸上兵力に関しては、必要な物を揃えるにはかなりの時間が掛かる。 まあ、無理に1ヶ月や2ヶ月で直ぐに現場に送れない事もないが。」 「なんでそれをやらないのです?」 「必要な重火器の弾薬とか、部隊の規模を削ってとかしか、早期に派遣できないのさ。 早期に派遣して、一時は優勢を確保しても、物が足りなければまたぞろ敵に押し返されて、 せっかく確保した地域をまた敵の手に委ねてしまう。それが繰り返されたら戦争はだらだらと続いてしまう。」 「空母機動部隊があるじゃないですか。それに強力な戦艦部隊も。あの艦隊さえいれば、どんな敵にも有効だと思いますけど。」 「暴れまわる事はできるが、占領は出来ない。」 スプルーアンスが言う。 「いくら爆撃で山を焼こうが、艦砲射撃で地面を耕そうが、海軍の軍艦にできるのはそれだけだ。 結局は地上軍の手で敵地を占領しないと、それらの努力は全く無駄になってしまう。その最後の役割をこなす地上軍が頼りにならなければ、 戦争と言うものは全く先に進まないのだよ。」 「なるほど・・・・・地上軍には万全を尽くしてもらいたいから、準備に時間をかけるのですね。」 ラウスは納得してそう言った。 「その通り。」 ハルゼーは満足したように頷いた。 「流石はバルランドでも有数なベテラン魔道師だ。物分りが良いな。」 スプルーアンスも、少しばかり感心したような口調で言う。 「とりあえず、南西太平洋軍の主力が来る3月までは、南大陸軍に頑張ってもらわねばな。 俺は一介の艦隊司令官に過ぎないが、シホット共の侵攻を遅らせるためには、何だってやるよ。」 気が付けば、外は晴れていた。 心地よい陽光が、フェイレの体に当たり、冷え切った体に温かみが戻る。 各地を転々としている彼女にとって、久しぶりの太陽は眩しかった。 足に何かが絡みついた。 「?」 フェイレは足に引っ掛かった紙を取る。 再び丸めて、そこらに放り投げようとした時、彼女は紙の文面に目を曳かれた。 「シホールアンル艦隊、アメリカ艦隊の攻撃を受け、撃退される!」 一際書体の大きい文字が、見出しを飾り、文面にはその見出しの詳細が載っていた。 「アメ・・・リカ?」 初めて聞く言葉だ。そもそも、アメリカと言う軍は、バルランドにあったのか? 「何かの新兵器を開発したのかな。」 彼女は、アメリカ軍と言う言葉を繰り返し口にした。 だが、彼女の脳裏にはアメリカ軍のイメージは全く沸かなかった。 だが、ここ最近のバルランドの大衆紙にしては、この記事は、これまでの憂鬱な報道内容とは一変して、 アメリカ軍の勝利を喜ぶかのような文字が書かれている。 「私には・・・・関係のない事。」 すぐに興味をなくした彼女は、新聞を草むらに放り投げると、そのまま道なき道を歩き始めた。 彼女に決められた寝床はない。 寝床は、木の上であったり、廃屋だったり、洞窟の中だったり、様々だ。 だが、彼女はこの孤独な一人旅を辞めようとは思わなかった。 「あたしは、自分の能力を守る。例え、野垂れ死にしようが、最後まで自分らしく・・・・」 そう呟きながら、フェイレは山道を歩き続けた。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/659.html
大陸暦1098年 9月1日 サイフェルバン 午後3時 第3戦術爆撃兵団の司令官であるブラッドマン少将は、送られてきた書類を見て満足した。 「司令官、今作戦で、わが軍はB-25、P-51を1機ずつ失い、B-25が12機、A-20が 8機被弾しました。その後、2機のP-51、1機のB-25、2機のA-20が飛行場に不時着しました。 そのうち1機のA-20が使用不能になっています。」 参謀長であるカー・ロビンソン准将が淡々とした口調で報告する。 被害の最終集計が纏まったので、ロビンソン准将は報告しに来たのである。 「戦争とは相手がいる事だ。被害ゼロに抑えると言うことは難しいな。」 ブラッドマン少将は持っていた書類を机に置き、イスに背を乗せた。 「だが、現像された写真を見る限り、我々は敵にかなりの損害を与えている。作戦としては成功だ。あとは、」 「ファルグリン市民、いや、バーマント国民の反応・・・ですね?」 「そうだ。戦争は遠くのほうで起きていると思ったら、いきなり見たことも無い敵がやってきて、暴れまわったのだ。 恐らく、ファルグリンのバーマント人たちは驚いているだろう。百歩譲って驚いていないにしても、 遠くから首都を狙える機体が敵に存在する。それを見せ付けただけでも大きな効果があったと思う。」 腕を組みながら、ブラッドマン少将はそう言った。 現像されたばかりの写真には、煙に包まれる敵施設や、要塞が写っている。 詳しい戦果の判定は、ガンカメラや、搭乗員が撮影したカメラなどを見て、これから細かく検証していくが、 ブラッドマン少将は、この空襲の意義は達せられたと思っていた。 9月2日 午後2時 バーマント公国ファルグリン 公国宮殿のバーマント皇は、眠れぬ夜を過ごしていた。 昨日の空襲で、ファルグリン要塞と錬兵場が壊滅的打撃を受けた。 特に目の前で、錬兵場が銃爆撃受けて壊滅していくさまは、何度も脳裏によみがえった。 眠ろうとすると、宮殿が敵の飛空挺に爆撃される悪夢にうなされる。 その度に、バーマント皇は跳ね起きている。そのため、昨日は2時間しか眠れなかった。 玉座に座る彼の元に、直属将官の1人であるミゲル・アートル中将がやってきた。 最終報告が出来上がったのだな、と、バーマント皇は思った。 「皇帝陛下、被害状況の最終報告が出来上がりました。」 アートル中将は、ここ数日間宮殿にいなかった。出張のため西の魔界都市グアンリムに行っていた。 そして出張が終わり、もうすぐで首都に戻るという時に、ファルグリン空襲を知らされた。 数日前のバーマント皇は、精力的な風貌で、何も怖いものなしと言った感じがしたが、 今日のバーマント皇は、どことなく気迫に欠け、元気が見られない。 何年か老けてしまったように見える。 ただ、バーマント皇目だけはやたらにぎらついていた。 「大方予想は付いておるが・・・・言いたまえ。」 抑揚の無い声でそう言って来た。内心うんざりしているようである。 「まず、ファルグリン要塞でありますが、敵飛空挺の爆撃で西棟が戦死者257人、負傷者2900人、 東棟が戦死者1328人、負傷者3700人。ダムの戦死者が380人、負傷者540人、錬兵場の戦死者が584人、 負傷者1000人となっております。それにダム崩壊で下流付近の軍事施設および、穀物の農作物の一部が かなりの被害を受けました。」 「死者が増しておるな。」 「重傷者の何人かが、救助された後に傷が下で亡くなっています。」 「わずか1時間足らずの空襲で、2500人が死に、8000人以上が傷を負ったのか。」 バーマント皇は深くため息をついた。 この大被害はかなり痛すぎる。人員、農作物。どれを取っても痛すぎる喪失だ。 「それで、町の様子はどうなっておる?」 「パニックは収まりました。市民は元の平静を取り戻しております。」 「そうか。」 彼はそれだけ言って頷いた。 昨日の空襲の後、ファルグリン市民はいきなりの敵来襲にパニックに陥った。 市内には、不時着した敵飛空挺から敵兵が侵攻してきた、 とか、敵の第2次攻撃が今、首都に向かっている、などのデマが乱れ飛び、この情報を真に受けた市民達は恐慌状態に陥った。 市民の中には、慌しく西に逃げていく者が続出し、それに乗じる空き巣や強盗などが頻発した。 軍や官憲は、住民に敵の更なる来襲が来ないことを必死に告げた。そして1時間前に、ようやく混乱は収まった。 「アートル中将、私はあることを思いついたのだが。」 「なんでありますか?」 「確か、サイフェルバンのすぐ東には、東方軍集団があったな。」 東方軍集団とは、サイフェルバンを制圧した米軍に備え、急遽編成された軍団で、4個軍で編成されている。 バーマント軍は、12000の兵で1個師団、7000人の兵で1個旅団を編成している。 1個軍には、3個の師団に、1個の旅団で編成されている。4個軍を合計すると、およそ172000人の大兵力である。 その東方軍集団は、4つの地域に分派され、侵攻してくるであろう米軍を待ち構えている。 「はい。東方軍集団は今も配置に付いております。各軍の将兵も、敵の侵攻を腕を撫して待っております。」 「アートル中将、待機命令は解除する。」 「待機命令は解除ですか。では、東方軍集団を首都に呼び戻すのでありますか?」 「いや。」 バーマント皇はかぶりを振った。そして、先とは打って変わった鋭い目つきで、彼をみつめた。 「東方軍集団にサイフェルバン攻略を命ぜよ。」 「!?」 アートルは思わず耳を疑った。 「敵はたかだか10万ではないか。先のサイフェルバン戦で敵の陸海軍に大きな打撃を与えている。 今度こそ、負けないはずだ。」 バーマント皇は自身ありげに言う。 (そのたかだか10万の軍隊に包囲殲滅された、サイフェルバンの将兵は何だと言うのだ?) アートルは内心呆れ果てた。こんな人物に国は任せて置けない。 「ですが、たかだか10万と言えど、敵の装備も優秀です。東方軍集団は武器も更新されておりますが・・・・・・」 「なに?数が足りんと申すのか?ならば、ララスクリスとクロイッチから引き揚げた部隊も加えようか。」 「ララスクリスと、クロイッチから引き揚げた部隊は、現在再編成中です。」 2週間前に、バーマント軍上層部は本国の防衛のため、ララスクリスとクロイッチの放棄を決定し、軍を両都市から引き揚げた。 現在、この両軍は第21軍として1つに編成され、戦力の補充を行っている。 だが、米軍の実力を直に味わってきた第21軍の兵は、士気が低かった。 「そうか・・・・なら東方軍集団のみで攻撃を行おう。それにしても、昨日の空襲は痛かったな。 せめて戦闘飛空挺がもっと多く完成しておればよかったのだが。」 1週間前に、バーマント軍は念願の戦闘飛空挺、いわゆる戦闘機の開発に成功した。 スピードは529キロまで出せ、武装は11.2ミリ機銃を2丁、両翼に積んでいる。 防御力は並みの飛空挺並みで、機動性が良いと聞いている。 航続距離は1700キロで、1人乗り。 テスト飛行と大量生産を兼ねており、現在30機が西800キロのオールトインの製造工場で既に完成済みだ。 パイロットの評判はよく、現在、他の空中騎士団のパイロットも、この機体を操って訓練に励んでいる。 「まあ、無いものねだりしても始まらぬな。とりあえず、今後の課題はサイフェルバンの占領だ。 いくら大型飛空挺といえども、さすがにサイフェルバンを抑えられたら手も足も出まい。」 「わかりました。早速陸軍最高司令官にお知らせいたします。」 アートルはうやうやしく頭を下げ、謁見の間から退出して行った。 無表情な彼だが、内心ははらわたが煮えくり返る思いだった。 (何も分かっていない!あの皇帝は目の前で敵軍の威力を見せ付けられたのに、まだ勝てると思っている。 これでは、敵軍を逆に喜ばすだけではないか!) アートルは、内心で皇帝を罵った。あの皇帝さえいなくなれば、世の中は安定していたのに・・・・・ 侵略さえしなければ、異世界軍を召還され、首都の空を敵軍に蹂躙されることも無かったのに・・・・・・ 早く・・・・・・・革命を起こさねば。同志をもっと集めねば。 怜悧そうな外見とは異なり、心は色々な考えが吹き荒れていた。 9月4日 サイフェルバン 午後11時 「ナスカ!もういいわ、あなた達は引きなさい!!」 レイムの叫び声が聞こえる。体が先ほどとは、打って変わって石のように重い。 「そうよ、あんた達は無理する必要はないわ。後はあたし達に任せて!」 同僚のリリアもそう叫んだ。2人とも顔が汗でぐっしょりと濡れている。 なんだか背中に服に張り付く。あっ、自分も汗をかいていたのか。まるで水風呂に入ったみたいね。 魔道師、ナスカ・ランドルフはそう思った。 頭がクラクラするが、仕事は決して、やめるつもりはない。 納屋の中が青白い光に染まっている。小さな稲妻のようなものが、ビシビシと音を立てて弾けている。 「もうすぐ・・・・・もうすぐ・・・・・レイム姉さん、リリア。 あたしは・・・やめ・・・ない。たとえ、この・・・命に変えて・・・もね。」 ナスカは笑みを浮かべてそう言った。辞めるのは簡単、魔法陣の中心から手を引っ込め、陣の中から出ればいい。 だが、 (逃げない・・・・絶対に、自分にも、この召還にも、絶対に逃げない!) 幼少時代、いじめにあっている男友達を見つけながら、何も出来ずにただ静観していた自分があった。 10代の半ばごろ、将来の進路を決める時。面と立ち向かって意見を言えず、高等学校に入れられた。 そして4年前、実家の面倒も見ず、勝手に魔法学校に入ってきた自分があった。家族は別の親類に養われた。 どれもこれも、逃げてばかりの人生だった。そして、この召還魔法を聞いたときも、最初は全く関係ないと思っていた。 だが、ある日、突然思った。もう、逃げたくは無い。必要としている人たちがいる。 この国のみんなを守りたい。そして、自分の内面に打ち勝ちたい!! 決意を決めた後は早かった。同じ意思を持つ同僚を集め、彼女ら3人は、レイムに直談判を行った。 3人は、魔法に関しては一流だったが、体力面については3人に大きく劣った。 だが、それでも、彼らは頼んだ。やがて、彼らの熱意に応えたレイムは、彼らを迎え入れた。 そして6人は召還までの数ヶ月、深い絆で繋がった。 今、こうしているのも、自分のため、そして皆のためだからだ。 頭がクラクラしたかと思うと、今度はまぶたが重くなってきた。深いまどろみがナスカを襲う。 だが、彼女はすり減らされる体力のもと、それを振り払う。 何度も何度も振り払う。 「最後まで・・・・・・・最後まで、持って!!!!!!」 限界に達した体は悲鳴を上げている。目もほとんど閉じかけている。だが、彼女は逃げなかった。 そして、次の瞬間、納屋は白い閃光に覆われた。そして、何かが凄まじい光を発し、魔法陣から発せられた。 そして瞬きをすると、そこには何も無かった。だが、彼女は確信していた。召還が成功したことを。 「やった。逃げな・・・かった。」 そこまで言った直後、ナスカの意識は暗転していった。 (起きて) どこからか声がする。誰の声だ? (もう・・・・十分に休んだわ。あなたは、ここにいるべきではないわ。) どこからか、声がする。真っ暗闇の中に、ナスカは立っていた。 「誰?」 彼女は首をひねる。この声はどこかで聞いた声である。 (私は・・・・・あなたよ。) そう、それは彼女自身の声だった。もう1人の私?そんなはずは・・・・・ (そんなはずは、あるのよ) 声、もう1人のナスカは、答えを覆した。どういうことなのだろうか?ナスカは疑問で頭が一杯だった。 (その疑問は、起きれば分かるわ。さあ、行きましょう。真の世界へ) 真の・・・・世界。ナスカは反芻しながら、起きることを決意した。 薄暗闇の世界が、そこにあった。ここはどこ? 彼女はそう思った。ナスカはどことなく違和感を覚えた。そして周りを見渡した。 なぜか来たことも無い服を着せられている。なぜか床が微妙に揺れている。 それに、この毛布は?この部屋は、ヴァルレキュアには全く見られないものだった。 右には、2人の魔道師、フレイヤ・アーバインとローグ・リンデルが寝かされている。 外から、ドンドンドン、ガンガンガンという不思議な音が聞こえてくる。 何か金属を叩いているような音だ。 その時、通路から白い半そでの上着に、白いスカートを付けた女性が現れた。 その女性を見たとき、先に警戒感が走った。 (もしや・・・・・・敵!?) 彼女はすかさずそう思った。ナスカも、魔法学校では各種訓練をこなしており、格闘術もできる。 レイムやリリア、マイントには及ばないものの、大の男をすぐに倒せる腕前を持っている。 だが、彼女の意図を察したのか、女性が、 「ちょっと待って!」 と、いきなり鋭い声で言ってきた。思わずナスカは動きが止まった。白い服の女性の後ろから、男が出てきた。 「どうした、何があった!?」 「軍医、あれを。」 白衣をまとった変わった洋服を着た男が、ナスカを見た。 それを見た男は一瞬動きを止め、その次には満面の笑みを浮かべた。 「やったぞ!目を覚ましたぞ!」 小躍りする男は、その後、冷静な表情になった。 「君は、ナスカ・ランドルフだね?」 眼鏡をかけた、痩身のその男は、歩きながらそう言って来た。 「?どうして私の名を?」 「レイム・リーソン魔道師に君達を看病してくれと頼まれたのだ。 始めまして、私はミハイル・ハートマン軍医中佐だ。君達の看護をずっと担当していた。 あそこのナースは君達の世話をしてくれている、ルクサンドラ・マーチンだ。」 「え?レイム姉さん・・・・じゃなくて。リーソン師匠が私達を?それより、あなた方はいったい?」 「一気に複数の質問をするとは、起きたばかりなのに元気なものだな。」 ハートマン軍医中佐は、顎をなでながら頷いた。 「私達は、君達にこの世界に呼ばれたものだ。」 彼の言葉に、ナスカは召還儀式をやっていたことを思い出した。 召還儀式が終わった直後に倒れていたから、起きるまでの間が全く分からない。 だが、この人たちが、召還された者達とするなら・・・・・・・ 「召還は成功したんだ。」 ナスカは、安堵した表情でそう呟いた。 「先生、患者の状態は、見た限りでは良好です。」 「ふむ。全く異常が無いな。」 2人のやりとりを聞いているよりも、ナスカは外から聞こえる音が気になった。 起きた時からずっと鳴り続けている。 「ん?どうしたのかね?」 ハートマン軍医中佐は、怪訝な表情で彼女に聞いてきた。 「そういえば、外から聞こえるこの音はなんですか?」 「ああ、気になるかね?どれ、見せてやろう。」 そう言うと、彼はナスカを案内した。 彼女が立つと、緑色の長髪が背中まで垂れ下がる。 彼女の風貌は、負けん気が強そうな顔つきだが、顔も端正で、スタイルも悪くは無い。 ハートマン軍医中佐に案内された彼女は、ドアを出ると、初めてここが船の中だと分かった。 彼女はそのことに気付くと驚いた。 さらに数歩進んだところで、外の通路に出た。 「あれが、音の原因だよ。」 ナスカは思わず言葉に詰まった。彼女の先方には、巨大な大型船が停泊していた。 その船は、第3次サイフェルバン沖海戦で大破した、戦艦のアイオワだった。 そのアイオワの傷も、7割がた癒えている。今も艦のあちこちで、修理工が鉄板を打ち付けたり、溶接をしたりしている。 「戦艦のアイオワだ。2ヶ月近く前の海戦で、バーマント海軍の第3艦隊と呼ばれる艦隊と戦って酷い傷を負ったそうだ。 なんでも、1隻で5隻の重武装戦列艦とやらを相手にしたらしい。まあ、5隻のうち、2隻は撤退前に叩き潰したようだ。」 「あの艦だけで、5隻のザイリン級を!?」 まるで・・・・・・化け物じゃない。 ナスカはそう思った。バーマント軍第3艦隊の存在は、ナスカも知っている。 だが、アイオワの巨体をずっと見入っていると、1隻であの重武装戦列艦5隻を相手取れた事も分かる。 (あたし達って、とんでもないものを召還してしまったかな?) ナスカの額に、うっすらと汗が流れた。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1168.html
第222話 アイオワ奮闘 1485年(1945年)1月23日 午後11時30分 レーミア湾西方沖160マイル地点 第58任務部隊第6任務群は、機動部隊の護衛に当たっていた第7任務群より交戦開始の報を伝えられた後、自らも敵艦隊との戦闘に 入ろうとしていた。 「敵艦隊、我が艦隊に向けて、速力30ノットで前進中!距離35マイル!」 TG58.6司令官ウィリス・リー中将は、旗艦アイオワのCICから、対勢表示板を見据えながら報告に聞き入っていた。 「30ノットか。あちらさんも、いよいよ本気で向かって来たようだな。」 「先程の奇行は、どうやら、別働隊を我が方の機動部隊に突入させる為の欺瞞行動であったようですな。」 群司令部参謀長クリス・ブランドン参謀長が言う。 「うむ。それに、我々は引っ掛かった、と、敵さんは思うだろう。だが、引っ掛かったのは敵の方だ。敵の別働隊は、間も無く、 待機していたTG58.7から盛大な歓迎を受けるだろう。」 「流石はスプルーアンス長官ですな。敵の出方を完全に読んでおられるとは。」 「……長官は、堅実な方だからな。勝つためには、敵が使っていた戦法を取り入れる事も厭わない。恐らく、敵の司令官は マオンド軍の例にならって作戦を立案しただろうが、後で、後悔する事になるだろう。」 リーはそう言った後、対勢表示板から、SGレーダーの反応を映し出すPPIスコープに目を向ける。 PPIスコープにはまだ何も映っていないが、敵艦隊も高速で接近しつつあるため、間も無く、レーダーがその反応を捉えるであろう。 午後11時52分。TG58.6と敵艦隊の距離は更に縮まり、アイオワの水上レーダーには、敵艦の反応が映り始めた。 「司令、レーダーに反応を捉えました!方位220度、距離24マイル!」 「24マイルか……アイオワの射程圏内だな。」 リーはひっそりと呟く。 アイオワ級戦艦に搭載されている48口径17インチ砲は、重量1.3トンの砲弾を42000メートルの彼方まで飛ばす能力がある。 現在の距離からなら、アウトレンジで砲撃出来るのだが、リーは無駄弾が多く出る事も考慮して、あえて砲撃を行わなかった。 敵艦隊は高速で航行しているため、先頭艦のみならず、主力と思われる艦影もレーダーの効用範囲内に侵入して来る。 「司令!敵艦隊は4本の単縦陣に別れています。そのうち、北から2番目の艦列は戦艦クラスかと思われます。数は現在3隻。まだ増えます!」 「敵主力部隊のお出ましだ。」 リーはぼそりと呟きながら、対勢表示板に視線を向ける。 大きなアクリルボードの前には、一等兵曹の階級章を付けた係員が同僚から伝えられる情報をもとに手を動かし、味方艦隊と敵艦隊の位置を、 模型とペンを使って記していく。 それからしばらく経ち、彼我の艦隊が30000を切り、更に25000メートルまで接近した時、唐突に、レーダー員が切迫した声を上げた。 「司令!敵艦隊に動きがあります!」 レーダー上には、4列の単縦陣が整然と並んでいたが、突如、3本の単縦陣が1本の単縦陣を追い越し始めた。 追い越された単縦陣は戦艦クラスと思われる5隻の艦であり、残りはいずれも駆逐艦、巡洋艦であった。 「すぐに巡洋艦部隊、駆逐艦部隊を迎撃に当たらせよう。」 リーはそう言うなり、隊内無線で各駆逐隊、巡洋艦部隊に指示を飛ばして行った。 指示を受けた巡洋艦、駆逐艦は単縦陣を維持しながらアイオワを始めとする戦艦部隊を負い越し、突出した敵の快速艦に挑んでいく。 程無くして、駆逐艦、巡洋艦部隊は敵の巡洋艦、駆逐艦と交戦を開始しながら、戦艦部隊から離れて行った。 「さて、後は、戦艦同士の砲撃戦だな。」 リーは、意気込んだ口調で呟きながら、その時が来るのを待った。 やがて、敵の戦艦部隊にも動きがみられた。 「司令!敵戦艦部隊が変針!右に転舵した模様!」 「各艦に伝達。変針!針路180度!」 リーの命令は、すぐさま僚艦に伝わった。 5隻の米戦艦は、指示通りに取り舵を切り、アイオワを順に次々と転舵していく。 「敵艦隊、徐々に距離を詰めてきます!現在の距離、24000!」 5隻の敵戦艦は、リー戦隊と並行しながらも、徐々に距離を詰めて来る。 「主砲、右砲戦!」 リーは各艦に命じる。アイオワの3連装3基9門の主砲が右舷側に向けられ、砲身は目標である敵艦に指向される。 リー戦隊と敵艦隊は、1発の砲弾も撃たぬまま、次第に距離を詰めていく。 24000から23000。23000から22000と、距離は縮まっていく。 時間はどんどん流れ、午後11時55分になっても、リー戦隊と敵戦艦部隊は砲撃を行わなかった。 「司令……まだ撃たぬのですか?」 「落ち着け。もう少し近付いてからだ。」 リーは、焦り始めるブランドンを制しながら、PPIスコープを見つめ続ける。 「敵艦との距離、21000メートル!」 レーダー員の声が響く。 心なしか、レーダー員の声が緊張でわなないているように思える。 重苦しい静寂が漂う中、彼我の艦隊は、尚も距離を詰めていく。 レーダー員が、敵艦隊との距離が20000メートルに縮まった事を口に出そうとした瞬間、CICに艦橋見張り員の報告が飛び込んで来た。 「敵戦艦発砲!」 戦艦アイオワ艦長であるブルース・メイヤー大佐は、敵1番艦が発砲炎を煌めかせた瞬間、先手を打たれたと確信して、軽く舌打ちをした。 「撃ってきたか!」 ブルースは唸る様な声で呟く。その直後、アイオワの右舷前方の海上に、赤紫色の照明弾が輝いた。 この時になって、ようやく、命令が下された。 「艦長!アイオワの目標は敵1番艦です!」 ブルースは、CICの士官からそう聞くと、無言で頷いてから砲術科に指示を送った。 「砲術長!目標は敵1番艦だ!」 「了解です!」 砲術長は快活の良い声音で応えると、部下の砲術科員立ちに指示を下し、瞬く間に砲撃準備を整えていく。 「艦長!リー司令官より通達!準備でき次第、砲撃せよ!」 「了解!」 ブルースはそう答えながら、命令を発したリー司令官に感謝した。 (司令官、いい判断ですぞ。) 程無くして、砲術長より艦内電話が掛かって来た。 「こちら艦長!」 「砲術長です!本艦、射撃準備完了です!」 「ようし、撃ち方始め!」 ブルースは、気合の入った声音で砲術長に命じた。 彼が受話器を置いた瞬間、アイオワの主砲が轟音と共に火を噴いた。 最初の砲撃は、弾着観測を兼ねた交互撃ち方であるため、砲撃に加わった方は各砲塔の1番砲のみ、計3門だけであるが、それでも、 17インチ砲の射撃は凄まじい物がある。 やや遅れて、敵1番艦も砲撃を開始した。 敵1番艦は、自らの発砲炎で、一瞬ながらも、艦の全容をアイオワに見せ付ける。 「丈の低い艦橋に、前部と後部に2基ずつの主砲。今は30ノット近いスピードが出ている事から……あいつが噂のネグリスレイ級戦艦か。」 ブルースは、敵1番艦の正体を素早く見抜いた。 「ネグリスレイ級戦艦は、16インチ相当の主砲を12門も持っていると聞く。あちらさんが斉射弾を放ってきたら、このアイオワは たちまち、12発の敵弾に嬲り物にされてしまう。そうならんためにはまず、敵の射撃精度が甘い内に、こっちが敵を叩きのめさなければ いかんな。」 彼は小声で呟きながら、双眼鏡で第1射の行方を追う。 敵1番艦は、月明かりのお陰で微かに分かる程度で、目を少しでもずらしたらすぐに分からなくなる。 ブルースは目に意識を集中し、第1射弾が落下するのを、今か今かと待ち続けた。 第1射弾が落下し、敵1番艦の左舷側海面に水柱が立ちあがった。 「ううむ、初弾命中とまではいかんか。」 ブルースは、幾分落胆したような口調で呟いた。 彼は、訓練の際には常に、初弾必中を狙うつもりでやれと言いながら、乗員達をしごきにしごいて来た。 その甲斐あってか、アイオワは訓練中に良好な成績を叩き出し、これまでに3度ほど、初弾命中と判定される結果を出した事もある。 だが、流石の実戦……それも、敵の戦艦相手とあっては、訓練通りに行かない部分もあるようだ。 「第1射弾、敵1番艦の左舷100メートル付近に着弾。」 「ふむ、第1射で敵艦の100メートル付近か。まぁ、悪くは無いな。」 ブルースがそう呟いた直後、敵1番艦の第1射弾も降り注いで来た。 敵1番艦の射弾はアイオワを飛び越え、左舷側200メートルの海域に落下して空しく水を噴き散らした。 「敵1番艦の射撃精度は、俺達よりも幾分荒いようだな。」 ブルースは、内心では、念願叶った戦艦同士の砲撃戦に昂ぶりを感じつつも、表面上は、いつもの冷静な艦長を取り繕い、機械的な 口調でそう断言した。 アイオワが第2射を放つ。アイオワのみならず、後続のニュージャージー、アラバマ、ワシントン、ノースカロライナも順次、交互撃ち方で 割り当てられた目標に砲弾を放って行く。 アイオワの第2射発砲から10秒ほど遅れて、敵1番艦も第2射を放つ。 今度の射弾は、敵1番艦の右舷側に落下した。 艦橋上からは見え辛かったものの、敵1番艦の艦上構造物の向こう側に、夜目にも明らかな、真っ白な水柱が噴き上がっている様子が見て取れた。 「第2射弾、敵1番艦の右舷側100メートル付近に落下。」 「ふむ、遠弾だが、それでも誤差は100メートルか。もうちょいだな。」 ブルースはぼそりと呟く。 敵1番艦の射弾が降り注いで来た。今度は、アイオワの右舷側海面に落下した。 艦橋の手前に高々と水柱が上がり、ブルースはしばしの間、敵1番艦を見る事が出来なくなった。 水柱が崩れると同時に、第3射が放たれる。その10秒後に、敵1番艦も新たな照明弾を放ち、次いで、第3射を放った。 今度の射弾も、敵1番艦の左舷側海面を抉るだけに終わった。 敵1番艦の射弾も落下して来たが、驚くべき事に、この射弾はアイオワの右舷100メートルと離れていない位置に落下し、水中爆発の衝撃が、 僅かにアイオワの艦体を揺さぶった。 「敵さんも、射撃の精度を増して来たか。」 ブルースは落ち着き払った口調で呟いた。 「うかうかしていられないな。」 彼の呟きが発せられた直後、右舷前方に敵の照明弾が炸裂する。アイオワは第4射を放った。敵1番艦も先程と変わらぬペースで第4射を放つ。 今度の射弾も、敵1番艦を飛び越え、右舷側海面を空しく抉っただけに終わる。 代わりに、敵1番艦の射弾が降り注いで来る。 なんと、この射弾は、アイオワを狭叉した。右舷に1本、左舷に3本の水柱が立ち上がり、アイオワの艦体が、若干揺れ動いた。 「おいおい、これはちとまずいんじゃないか?」 ブルースはここで、焦りを感じ始めた。 アイオワは更に第5射を放つ。今度こそ、命中弾……いや、狭叉弾でも良いから出てくれと、ブルースは願う。 だが、彼の願いに反して、この射弾も空振りに終わった。 その間に、敵1番艦も第5射を放ち、その砲弾がアイオワに降りかかってきた。 上空に、砲弾の飛翔音が聞こえ始め、それが極大に達したかと思うと、いきなり艦体が大きく揺れる。 彼の耳に、鮮やかな金属音が鳴り響き、アイオワは後方から伝わって来た振動にひとしきり揺れた。 次いで、アイオワの周囲で3本の水柱が立ち上がり、艦体が間近で起こる水中爆発の衝撃を食らい、左右に揺さぶられた。 「いかん、食らってしまったぞ!」 ブルースは色めき立った。 「後部甲板に命中弾!兵員室に損害が出た模様!」 敵の砲弾は、後部第3砲塔より離れた後部甲板に突き刺さって炸裂したようだ。 命中個所は非装甲部でもあるため、敵弾は最上甲板を容易に貫通して後部兵員室で炸裂している。 不幸中の幸いか、火災はまだ発生していないようである。 アイオワが第6射を放った。今度こそ、狭叉弾を得るであろうとブルースは思った。 敵1番艦の右舷側海面の遠くで、ひっきりなしに発砲炎が煌めいている。ブルースは、あの海域で、味方の駆逐艦部隊と敵の駆逐艦部隊が 戦っている事を知っていた。 この時、その戦闘海域で、一際大きな閃光が発せられた。閃光は一度だけでは無く、2度、3度と繰り返され、すぐに収まる。 その後は、小さな発砲炎が明滅を繰り返すだけだ。 味方駆逐艦部隊が激戦を演じている中、アイオワを始めとする米戦艦群と、シホールアンル軍戦艦群の戦闘は続いて行く。 敵1番艦は、斉射に移行中のためか、砲弾を放って来ない。 そこに、アイオワの第6射弾が降り注ぐ……が、結果は同じであった。 アイオワの射弾は、またもや空振りとなってしまった。 「砲術!何をやっとるか!しっかり腰を据えて撃て!」 ブルースはたまらず、艦内電話越しに砲術科に怒鳴り込んだ。 「艦長!あと2射……いや、もう1射で決めて見せます!」 砲術長は、ブルースの剣幕にたじろぐ事無く、自信のこもった口調で言い返した。 その言葉通りにとばかりに、アイオワが第6射を放った。 直後、敵1番艦が砲撃を再開する。その光量は、先程までの交互撃ち方とは全く比べ物にならない。 「敵1番艦、斉射開始!」 見張り員からの報せが艦橋に届く。ブルースは、歯噛みしながら第6射弾の弾着と、敵1番艦の斉射弾到達を待つしかなかった。 第6射弾が敵1番艦に落下した。18000メートル向こう側(戦闘を行いながら、互いに接近し続けているため、距離が縮まっている) の敵艦は、中央部に発砲炎とは異なる閃光を発した。 次いで、敵1番艦の左右に1本ずつの水柱が噴き上がった。 「敵1番艦に命中弾!火災発生!」 ブルースは、しめた!とばかりに喜色を浮かべ、すぐに次のステップに進もうとした。 その瞬間、敵1番艦の主砲弾がアイオワに殺到して来た。 アイオワの周囲にドカドカと敵弾が落下し、同時に、2度の衝撃と爆発音がアイオワの中央部と後部付近から伝わって来た。 アイオワは、林立する10本の水柱に短時間覆い隠された後、大量の海水がアイオワの左舷両側の甲板上に音立てて崩れ落ちた。 「右舷第2両用砲座損傷!」 「右舷後檣寄りの甲板付近に命中弾!機銃座2基が損傷せるも、損害は軽微!」 ブルースは、その報告を聞くなり、ニヤリと笑みを浮かべた。 「流石は合衆国海軍一の重装甲艦だ。敵戦艦の主砲弾を見事に食い止めたな。」 彼は、アイオワの頑丈さに感心した後、すぐさま待望の命令を発した。 「砲術!一斉撃ち方に切り替えろ!」 「アイアイサー!」 ブルースの命令に、砲術長も待ってましたとばかりに答え、すぐに命令が伝達される。 アイオワの3連装3基9門の17インチ砲が斉射に移行するため、しばしの間沈黙する。 敵1番艦がそうはさせぬとばかりに、第2斉射弾を放って来た。 アイオワが、この日、初めての斉射弾を放った。 9門の48口径17インチ砲が順繰りに咆哮し、冬の洋上に轟然と砲声が鳴り響く。 アイオワの右舷側甲板は、その巨大な発砲炎で真っ昼間と思わんばかりに明るく染まり、その盛大な砲炎を敵1番艦に見せ付けた。 アイオワが最初の斉射を放ってから5秒後に、敵1番艦の斉射弾が落下して来た。 敵艦の斉射弾は再び、アイオワの周囲に落下して水柱を高々と噴き上げ、水中爆発の衝撃が艦腹を叩く。 2発の命中弾がアイオワの艦体を襲い、金属的な叫喚と共にアイオワの右舷側甲板を抉る。 水柱が崩れ落ち、アイオワの健在な姿が現れる。 アイオワは右舷側からうっすらと煙を引き始めていた。そこは、今しがた、敵の斉射弾が命中した場所であった。 「右舷側4番両用砲被弾!火災発生!」 ダメコン班から被害報告が伝えられて来た。 先の斉射弾は、右舷側両用砲1基を吹き飛ばしたようだ。 アイオワは計4発の敵弾を受けた物の、今の所、ヴァイタルパートを貫通した砲弾は無く、損害は軽微であった。 アイオワが第2斉射を放つ。右舷側海面が再び、盛大な発砲炎によって明るく染まり上がる。 それから10秒後に、敵1番艦も第3斉射を放つ。 アイオワの斉射弾が敵1番艦に向けて殺到する。敵艦の周囲に、17インチ砲弾が次々と弾着し、敵艦は艦橋よりも遥かに高い水柱に覆い隠される。 敵1番艦の中央部付近と後部艦橋側の舷側付近に命中弾炸裂を思しき閃光が光る。 分かったのはそこまでであり、敵1番艦は林立した水柱に覆われてしまった。 程無くして、敵2番艦の第3斉射弾もアイオワ目掛けて落下する。今度は、3度の強い衝撃が、アイオワの艦体に伝わった。 この命中弾は、アイオワの中央部と前部甲板に突き刺さり、中央部付近からは爆砕された機銃座の破片が飛び散り、命中個所から小火災が発生する。 前部甲板の命中弾は、非装甲部という事もあって幾分派手な爆炎が噴き上がり、アイオワの前部甲板はたちまち、火災煙に覆われてしまった。 「艦首甲板より火災発生!」 「ダメコン班!至急消火作業に当たれ!」 ブルースは即座に命じた。 アイオワの主砲塔が第3斉射弾を放った。 敵1番艦も第4斉射を放って来る。17インチ砲弾と16ネルリ砲弾が上空で交錯し、それぞれの目標に殺到して行く。 アイオワの第3斉射弾は、敵1番艦に3発が命中した。 命中弾は前部に1発、後部に2発と言った感じで敵1番艦を痛めつける。 敵1番艦の射弾もアイオワに殺到して来た。 またもやアイオワの艦体に異音が響き、砲弾爆発の衝撃と、至近弾落下の振動が57000トンのアイオワの艦体を揺さぶった。 「右舷側1番、5番両用砲損傷!火災発生!」 「第3砲塔に直撃弾!砲塔に損害なし!」 敵1番艦の射弾は、1発が第3砲塔に命中した物の、分厚い装甲を貫通できず、その場で爆発したため、砲塔が破壊される事は無かった。 だが、中央部に命中した砲弾は、残り少なくなった右舷側の両用砲を新たに2基破壊し、アイオワの対空火力を減少させた。 アイオワは火災炎と黒煙を引き始め、敵1番艦はおぼろげながらも、闇屋に浮かび上がったアイオワの艦体を目標に、更に精密な射撃を 行い始めた。 アイオワが第4斉射を放った直後、敵1番艦もまた、第5斉射を放って来た。 この時、ブルースは、敵1番艦の後部付近の発砲炎が、明らかに小さくなっている事に気が付いた。 彼は双眼鏡越しに、敵1番艦の後部付近を見つめる。 敵1番艦は、第4砲塔がある位置から火災を起こしていた。先の斉射弾が、第4砲塔を粉砕した事は確実であった。 「ようし、まずは砲塔を1つ潰したぞ。」 ブルースがそう呟いた直後、敵1番艦の主砲弾が殺到して来た。 先程と同様、艦体に敵弾が命中する異音と爆裂音、至近弾落下の振動がアイオワの艦体をしたたかに揺れさせる。 「艦長!前部甲板付近に命中弾!火災拡大します!」 「左舷中央部に被弾!40ミリ機銃座3基破損!火災発生!」 「後檣横の甲板に被弾!敵弾は最上甲板を貫通した模様!」 最後の報告を聞いた瞬間、ブルースは一瞬、体が固まってしまった。 「ちょっと待て!後檣横の最上甲板に穴が開いただと!?」 「は……自分の目で見た限り、敵弾は明らかに装甲板を貫通しています。」 ブルースの問い合わせを受けたダメコン班の指揮官がそう返す。 「……了解した。引き続き、作業に当たってくれ。」 ブルースはダメコン班の指揮官との会話を終え、受話器を置く。 アイオワが第5斉射弾を放つ中、ブルースは、アイオワのヴァイタルパートが貫通された事実に、強い衝撃を受けていた。 「なんてこった……敵の砲弾は、俺達の考えていた物より勝手が違うようだぞ!」 ブルースは小声でそう叫んだ。 「敵1番艦に命中弾2!敵艦の火災、更に拡大します!」 見張り員は、景気の良い声音で報告を送って来る。その口調からは、アイオワのみならず、TG58.6の5戦艦が直面した重大事など、 どこ吹く風と言っているように思えた。 「砲塔は潰せたか?」 ブルースは、先の斉射弾が砲塔の1つでも使用不能陥れたかと、密かに期待した。 だが、敵1番艦は先程と同様、残った9門の主砲から新たな斉射弾を叩き出した。 アイオワの周囲に、敵の斉射弾が甲高い飛翔音を撒き散らしながら、猛速で落下して来る。 2度の異音と爆裂音がアイオワの艦体を振動させ、残った砲弾が至近弾となって水柱を林立させる。 「第1砲塔に被弾するも、砲塔の損傷軽微!砲撃続行は可能なり!」 ダメコン班から、威勢の良い声音で報告が送られて来る。 ブルースは、流石はアイオワ級戦艦だと思ったが、その喜びに水を差すような報せが入って来た。 「艦尾甲板に被弾!水上機と収容クレーンが破壊されました!目下、艦尾付近では火災が発生しています!」 もう1発の砲弾は、アイオワの艦尾部に命中し、カタパルト上に置かれていた2機のSC-1シーガルを爆砕したのみならず、水上機用の 収容クレーンを根こそぎ吹き飛ばした。 この被弾で、アイオワの艦尾部には大量の破片がばら撒かれた他、命中個所からは火災が発生し、敵1番艦に新たな目標を与える事になった。 「うぬぬ、敵1番艦も腕が良いな。」 ブルースは忌々しげに呟きながらも、敵1番艦の錬度の高さに畏敬の念を抱いた。 アイオワがお返しとばかりに、第6斉射弾を放った。 この斉射弾は、2発が有効弾となった。敵1番艦の中央部と、後檣付近から爆炎が上がり、次いで、多量の黒煙が流れ始める。 特に、中央部付近からの黒煙が多く、敵1番艦が重要な部位を撃ち抜かれて大損害を被った事を現していた。 「敵1番艦、中央部付近より火災炎!副砲弾薬庫の誘爆が起こった模様です!」 ブルースは、双眼鏡で敵1番艦を凝視しながら、心中ではこのまま一気に押しまくれば、と思っていた。 だが、敵1番艦もなかなか頑健である。左舷中央部の被弾、大火災など知らぬとばかりに、第8斉射を放った。 アイオワも第7斉射弾を放つ。度重なる被弾を前にしても、アイオワの9門の主砲は尚も健在である。 敵1番艦の斉射弾が降って来た。周囲に砲弾が次々と命中し、水柱が艦橋と競い合うように、高々と立ち上がる。 後部付近から2度の衝撃が伝わって来た。 「く、また食らったな。」 ブルースは、振動に体を揺さぶられながらも気丈な姿勢を崩さぬまま、被害報告に耳を傾けた。 「右舷側垂直装甲部に命中弾あるも、損傷軽微!」 「右舷中央部に被弾!敵弾は最上甲板を貫通し、第2甲板で炸裂した模様!」 ブルースは、またもや怪訝な表情を浮かべた。 「ちょっと待て、また水平装甲を貫かれたのか?」 彼は、務めて平静な口調で、報告を送って来たダメコン班に聞き返そうとした。 その時、艦橋のスリットガラスに、後方からと思しきオレンジ色の光が、一瞬だけ反射するのが見えた。 「……今の光は?」 彼がそう呟いた瞬間、見張り員が悲鳴じみた声音で報せを伝えて来た。 「後方のノースカロライナ大火災!行き足止まります!!ワシントンも急速に速度を落としつつある模様!」 TG58.6の5戦艦は、それぞれが1隻ずつの敵戦艦を相手取っていた。 TG58.6の主力を構成する5戦艦のうち、17インチ砲搭載艦はアイオワとニュージャージーだけで、残りのアラバマ、ワシントン、 ノースカロライナは、全てが45口径16インチ砲を搭載している。 アイオワ、ニュージャージーの17インチ砲に比べれば、16インチ砲の威力は劣る物の、アラバマは16インチ砲搭載艦に相応しい防御力を 有しているため、同口径の砲を持つ敵艦と戦っても充分に相手取れる。 ノースカロライナ、ワシントンは、搭載砲こそ16インチ砲だが、防御装甲は14インチ砲搭載艦よりややマシな程度でしか無いため、同じ 16インチ砲搭載艦と対決した場合、やや不安が残る艦である。 だが、ノースカロライナ、ワシントンは、第2次バゼット海海戦の勝利の立役者でもあり、乗組員たちの錬度もかなり高い。 現に、ノースカロライナ、ワシントンは、アイオワ、ニュージャージーよりも早い段階で狭叉弾を得、ノースカロライナは第4射で、ワシントンは 第5射で命中弾を当てる等、交戦開始早々、ベテラン艦の貫録を敵艦のみならず、味方艦にも見せ付けていた。 砲力、錬度、共に申し分の無い戦力で編成されたTG58.6の主力部隊は、しかし、予想外の大苦戦に陥っていた。 シホールアンル海軍第9戦艦戦隊の司令官であるルィストガ・イルズド少将は、戦隊の3番艦にあたる戦艦ネグリスレイの艦橋から、米戦艦群の 3番艦であるサウスダコタ級戦艦を見つめていた。 「ハハハ!これは凄い!」 イルズド少将は、艦体のあちこちから火災炎を噴き上げるサウスダコタ級戦艦を指差しながら、小さな笑い声を上げた。 「15.2ネルリ砲に対応した防御力を持つと言われていたサウスダコタ級が、ネグリスレイの主砲弾にいいようにやられているぞ!」 「はい。敵艦は主砲塔1基を失った他に、前部甲板と中央部に大きな火災を起こしておりますからな。この調子で行けば、沈黙するのも 時間の問題でしょう。」 「沈黙させるだけじゃ物足りないな。」 イルズド少将は顔を振りながら、ネグリスレイ艦長フラルバ・クライギ大佐に言う。 「どうせなら、敵5番艦のように、全艦火達磨にして沈めてやりたい。アメリカ軍の連中は、ルドバの乗ったレドルムンガを破壊し、 艦ごと火葬にしやがった……俺は、奴らに、弟が味わった苦しみを与えてやりたい。」 ルィストガ・イルズド少将は、昨年1月に戦死したルドバ・イルズド准将の兄である。 彼は、本国の司令部で勤務している時に、弟のルドバが戦死したとの報告を聞き、深く悲しんだ。 彼は、必ず、弟の仇を取ってやると誓った。 昨年の7月20日から、彼は、戦艦ネグリスレイ、ポエイクレイを主力とする第9戦艦戦隊の指揮官に任ぜられ、第4機動艦隊の 護衛艦としてレビリンイクル沖海戦に参加している。 その後、残りの第9戦艦戦隊は、残りの同型艦3隻も編成に加え、第4機動艦隊に必要な対空火力を提供した。 そして今日、第9戦艦戦隊は第2艦隊の主力として、米戦艦群と戦う事が出来た。 イルズド少将は、今日の決戦に当たって、従来とは変わるやり方で戦闘に臨んでいる。 本来ならば、戦艦同士の砲撃戦の際は、必ずと言っていいほど、旗艦が先頭に立って戦って来たが、イルズド少将は、過去の戦訓を 踏まえた上で、旗艦を先頭ではなく、隊列の真ん中辺りに置く事を決めた。 このやり方は、司令部内の幕僚達から反対意見が噴出したが、イルズド少将は、早期に戦闘力、通信力を喪失し易い先頭に旗艦を置く というやり方は古く、合理性に欠けると説き伏せ、半ば強引に、旗艦を隊列から3番目の位置に置いた。 彼の予想通り、1番艦が早期に戦闘力、通信力を喪失したと言う事態は、今の所は起こっていないが、やり方を変えたお陰か、第9戦艦戦隊は 互角以上の戦いを繰り広げていた。 戦闘は、最初だけを見れば、第9戦艦戦隊の不利のまま進むのかと思われた。 4番艦ロンドブラガ、5番艦マルブドラガは、交戦開始から僅か2分で最初の砲弾を浴びせられ、ロンドブラガとマルブドラガが斉射に 入る頃には、既に敵戦艦が第3斉射、第4斉射を放つなど、一気に押しまくられようとしていた。 だが、ロンドブラガ、マルブドラガは、斉射弾で複数の砲弾を浴びせるようになってからは敵5番艦、4番艦相手に互角以上の戦いを繰り広げ、 先程、マルブドラガが敵5番艦に大火災を発生させて落伍させ、4番艦も同じような状態に陥り、今しがた隊列から落伍していた。 両艦より伝えられた情報を見る限りでは、5番艦が第1、第2砲塔部から大火災を発生した上、艦首部分を大きく沈み込ませながら脱落して行った とあるため、5番艦には撃沈確実の損害を与えたと思われる。 4番艦は後部砲塔と第2砲塔か、第1砲塔のいずれかを破壊し、残った主砲塔が尚も砲撃を続けていた物の、こちらも後部付近を浸水で沈み込ませ ながら落伍していったため、こちらも大破。運が良ければ沈没するかと思われた。 ただ、敵5番艦と4番艦を撃沈破したロンドブラガ、マルブドラガも無傷では無く、ロンドブラガは第3砲塔が破壊された上に後部甲板から火災が 発生し、まだ鎮火には至っていない。 マルブドラガは後檣付近を直撃弾によって破壊された他、中央部と前部甲板から火災を起こしている。 特に左舷中央部付近の被害は深刻であり、敵5番艦の射弾は、ハリネズミのように搭載されていた多数の対空火器を悉く破壊し、ほぼ全滅状態に陥れた。 15.2ネルリ砲12門という重火力でもって、4番艦、5番艦を叩きのめした両艦だが、その被害状況から見て、決して、楽な戦いでは無かった事がわかる。 とはいえ、米軍の新鋭戦艦を、砲撃で打ち破った事は大きな前進と言えた。 ネグリスレイが第13斉射を放つ。サウスダコタ級戦艦は、残った前部の砲塔で第14斉射を放って来た。 ネグリスレイの射弾は、容赦なくサウスダコタ級戦艦に突き刺さる。 12発中、4発がサウスダコタ級戦艦の中央部と後部、そして、前部に命中した。 特殊加工によって強化された16ネルリ砲弾が炸裂し、敵3番艦は新たな火災炎を噴き出しながら航行を続ける。 ネグリスレイにも、敵3番艦の射弾が降り注いで来た。 6発の敵弾が落下し、左舷中央部から大きな振動が伝わって来る。 「左舷中央部に命中!第5両用砲全壊!」 見張り甲板に立つ水兵から伝声管越しに被害状況が伝えられる。 「……左舷側の両用砲が全滅してしまったか!」 イルズド少将は、側に立っていたクライギ艦長が忌々しげに呟いた事に気付くが、彼はそれを無視したまま、望遠鏡を敵3番艦に向ける。 敵3番艦は、前部砲塔の位置から新たな火災炎を吐き出している。 ネグリスレイの主砲弾は、新たに砲塔1基を叩き潰したようだ。 「流石は重徹甲弾。魔力付加のお陰もあってか、敵戦艦の装甲も難無く貫くな。」 イルズド少将は満足気にそう言った。 シホールアンル海軍は、今回の決戦の為に切り札を用意していた。 その1つが重徹甲弾と呼ばれる新型砲弾だ。 シホールアンル海軍は、米海軍のサウスダコタ級戦艦や、それ以降の新型戦艦に対抗するため、ネグリスレイ級に搭載する砲弾に改良を施した。 ネグリスレイ級戦艦に搭載する砲口径は15.2ネルリであり、砲弾重量は徹甲弾で552リギル(約1トン)、榴弾で410リギルとなっている。 元々は、米戦艦にはこの徹甲弾で充分と思われていたが、昨年の初め頃より登場したアイオワ級戦艦の砲威力が、16ネルリ以上と推定された事から、 シホールアンル海軍上層部は、至急、サウスダコタ級は勿論の事、アイオワ級にも通用しうる砲弾の開発を命じた。 1484年12月。その新型砲弾が遂に完成した。 この新型砲弾は、北部の魔法石鉱山で採れる特殊の魔法鉱石を加工して作られた他、弾頭部には着弾時に、貫通力を促進させる簡易魔法を入力した 魔法石が埋め込まれており、砲弾重量は610リギル(約1.25トン)まで増えた。 実弾発射試験では、距離10000グレル(2万メートル)でネグリスレイ級とほぼ同等の厚さを持つ水平装甲板を貫通し、別の日に行われた試験では、 5600グレルでネグリスレイ級とほぼ同等の垂直装甲も貫通している。 水平装甲は、アメリカ式の数値では170ミリ相当、垂直装甲は390ミリ前後の厚さがあったとされており、この試験成功の砲を受け取った海軍上層部は 狂喜し、早速、正式採用を行った。 この“切り札”は早くも大量生産が始まり、今回の決戦までに、ネグリスレイ級戦艦全艦と、マレディングラ級戦艦全艦に配備する事が出来た。 後に、シホールアンル板SHSとも呼ばれるこの新型砲弾は、早速威力を発揮し、交戦開始から20分足らずの内に、ノースカロライナ級戦艦2隻撃沈破の 戦果を挙げていた。 そして今、新たに1隻のサウスダコタ級戦艦が、切り札である新型砲弾の餌食になろうとしていた。 ネグリスレイは、第12斉射を放った。 左舷側海面に向けられた45口径15.2ネルリ砲3連装4基12門が斉射弾を放ち、ネグリスレイの左舷側が真っ白な閃光に覆われる。 雷もかくやと思わんばかりの轟音が海上を圧し、12発の砲弾が敵3番艦に向けて殺到する。 敵3番艦も第15斉射を放つが、その発砲炎は、余りにも小さかった。 ネグリスレイの斉射弾が敵3番艦に落下し、周囲に多数の水柱が立ち上がる。 その中に、命中弾と思しき閃光が2つ煌めいた。1つは中央部であり、もう1つは前部付近だ。 水柱が崩れ落ちる前に、敵3番艦の主砲弾が落下して来た。 敵3番艦の斉射弾は、ネグリスレイを狭叉しただけで、新たな損害を与える事は出来なかった。 「敵3番艦、速度低下!」 見張りが報告を伝えて来る。 敵3番艦は、度重なる被弾によって艦深部にも損傷が及んだのか、ゆっくりとだが、隊列から落伍して行く。 敵3番艦は、主砲塔のあった辺りから全て火災炎を噴き上げている。先の斉射弾は、敵3番艦に残っていた、唯一の主砲塔を粉砕したようだ。 サウスダコタ級戦艦は主砲弾を放つ事も出来ぬまま、各所から火災と黒煙を噴き上げた格好で隊列から落伍していった。 「敵3番艦沈黙!隊列から落伍していきます!」 その知らせが届くや、艦橋内で歓声が爆発した。 「司令官、やりました!敵の新鋭戦艦を……サウスダコタ級戦艦を打ち破りましたぞ!」 クライギ艦長が喜びに顔をほころばせながら、イルズド少将に言う。 「艦長!まだ戦いは終わっていないぞ!」 だが、イルズド少将は、あくまでも冷静であった。 「敵にはまだ、2隻のアイオワ級戦艦がいる。魔道参謀!ポエイクレイとジフォルライグの状況はどうなっている?」 彼は戒める様な言葉を放った後、魔道参謀に1番艦ポエイクレイ、2番艦ジフォルライグの状況を確認させた。 「司令官。ポエイクレイ、ジフォルライグ、共に艦内各所で被害が出ているようです。それに加え、ポエイクレイは主砲塔1基、 ジフォルライグは主砲塔2基を失っているようです。敵1番艦と2番艦の主砲塔は破壊できていないようですが、それでも、敵艦は 艦上に火災を起こしており、相当のダメージを負っている物と見られます。」 「ふむ、何とか踏み止まっているか……」 イルズド少将は、少しばかり考えた後、すぐに命令を発した。 「よし!俺達も加勢に入ろう!ネグリスレイロンドブラガは敵1番艦、マルブドラガは敵2番艦を叩け!」 「了解しました!すぐに伝えます!」 命令を受け取った魔道参謀は、各艦に魔法通信を送った。 サウスダコタ級戦艦が脱落した事により、米艦隊は僅か2隻の戦艦を残すのみとなった。 対する第9戦艦戦隊は、全艦が損傷しているとはいえ、5隻全てが戦列に残っている。 5隻中、2隻は12門全ての主砲が使える。いかなアイオワ級戦艦といえど、多数の砲門を向けられれば、いずれ破れる事は火を見るより明らかだ。 「5隻対2隻……か。最初はどうなるかと思ったが、これでもう、何も怖くないぞ。」 イルズド少将は、自信に満ちた口調でそう呟き、顔には勝利を確信した笑みを浮かべていた。 ネグリスレイの12門の主砲は、艦上の各所から火災と黒煙を引くアイオワ級戦艦に向けられた。 「艦長!測的よし!」 「目標、敵1番艦、撃ち方始め!」 ネグリスレイが交互撃ち方を始めた時、唐突に前方で巨大な爆発が起きた。 その爆発はアイオワ級から発せられた…… 物では無かった。 1番艦ポエイクレイは、アイオワの第12斉射弾を受けていた。 ポエイクレイは、既に13発の命中弾を受け、第2砲塔を失い、艦内各所に損害が出ていたが、奇跡的に機関部は無事で、全力発揮可能であった。 ポエイクレイ艦長は、第12斉射弾が降り注いだ時も、まだ大丈夫だと思っていた。 だが、それは間違いであった。 アイオワの射弾が轟音と共に落下し、周囲に至近弾落下の水柱が立ちあがる中、3発が命中した。 ポエイクレイ艦長は、第2砲塔が粉砕された時とほぼ同じ衝撃を感じた週間、艦橋のスリットガラスに、今までに見た事無いほどの爆発光が 差し込むのを見た。 そして、それが、ポエイクレイ艦長が見た最期の光景であった。 アイオワの射弾は、第1砲塔を貫通した後、砲塔内部で炸裂した。ここまでは、第2砲塔炸裂の時と状況は同じであったが、その後の展開が違っていた。 爆発炎は、砲塔内だけに留まらず、猛然たる勢いで下部の弾薬庫にまで達した。 この時点で魔法感知式の自動注水装置(ネグリスレイ級から装備された新型である)が作動する筈だったのだが、爆発エネルギーは、この魔法感知すら 間に合わぬほどの速さで弾薬庫を蹂躙し、戦艦にとっては最も恐れていた事態……主砲弾火薬庫の誘爆を引き起こした。 一瞬にして200発以上もの15.2ネルリ砲弾と、装薬が爆発を起こし、その膨大なエネルギーは、巨大で頑丈な第1砲塔を根こそぎ吹き飛ばした。 上空に、大きな火柱が噴き上がり、そのあおりを食らった箱型の艦橋が一瞬のうちに破壊された。 これだけでも致命的な損害であるが、ポエイクレイに命中した残り2発の砲弾は、舷側装甲をあっさりと突き破って艦深部の魔道機関室で炸裂し、 艦の心臓部の大半を爆砕した。 ポエイクレイは、これまでにもヴァイタルパートを貫通された砲弾があったが、奇跡的に、これらの砲弾は艦深部の重要部には損傷を及ぼしていなかった。 だが、17インチ砲弾はようやく、その本来の威力を発揮し始めた。 それまで、ほぼ互角の状況で戦っていたポエイクレイは、一瞬のうちに致命傷を負ったため、急速に速度を落とし始めた。 ポエイクレイ被弾、大火災から僅か20秒後、今度は2番艦ジフォルライグが惨劇に見舞われた。 ジフォルライグは、ニュージャージーと砲撃戦を行っていた。 ニュージャージーは、ジフォルライグから14発の命中弾を受け、既に後檣部は破壊された他、右舷中央部の対空火器群は全滅し、艦の至る所から火災を 起こしていた。 一部の砲弾はヴァイタルパートを貫通し、機関部には損傷が及んでいない物の、喫水線下に命中した砲弾によって浸水が生じていた。 ニュージャージーのダメコン班が的確な処置を行ったため、速度を損なう事無く砲撃戦を続ける事が出来たが、高速で航行できるのはせいぜい10分程度であり、 それ以降は25ノット以上の速度を出すのは危険と判断されていた。 対するジフォルライグは、ニュージャージーから9発の命中弾を受けていた。 ジフォルライグは第1砲塔と第3砲塔を粉砕され、残りの主砲は2基6門となっていたが、まだ砲撃は続行出来た。 だが、ジフォルライグが第13斉射弾を発射しようとした瞬間、ニュージャージーの第13斉射弾が落下して来た。 17インチ砲弾9発は、ジフォルライグの周囲に落下し、うち3発が纏まって、ジフォルライグの左舷中央部、並びに、後部に命中した。 17インチ砲弾は、ジフォルライグの装甲を貫通し、艦深部の魔道機関室で炸裂した。 不運な事に、ジフォルライグは、交互に配置していた2つの魔道機関室に17インチ砲弾を食らっていた。 砲弾は魔道機関室で炸裂するや、圧倒的な破壊力で持って機関室内部を爆砕し、艦の心臓部を全滅させた。 それまで、30ノット近い速力で航行していたジフォルライグは、この3発の被弾によって瞬く間に推進力を失った。 ニュージャージー艦上からは、被弾したジフォルライグが、一瞬、痙攣したように見えた。 ジフォルライグは、新たな命中個所から派手な爆炎と夥しい破片を噴き出した後、濛々たる黒煙を噴きながら速度を低下させていく。 ジフォルライグは、傍目から見ればポエイクレイよりもマシな状態にあると思われたが、艦の損害は深刻であり、ジフォルライグは健在な砲を残したまま 航行不能に陥ったのであった。 戦艦アイオワ艦上のブルースは、アイオワ、ニュージャージーが、共に敵戦艦を大破させた事に万感の喜びを感じていた。 「ようし!思い知ったかシホールアンル軍、これが17インチ砲の威力だ!」 ブルースは、吠える様な口調でそう言い放った。 「艦長!リー司令官より通達です!アイオワ目標、敵3番艦!」 CICからの連絡を聞いたブルースは、小さく頷いてから砲術科に命令を伝える。 「砲術長!目標、敵3番艦!」 「目標、敵3番艦!アイ・サー!」 心なしか、砲術長の声も弾んでいるように思える。 先程、アイオワは敵1番艦を大破炎上させ、隊列から落伍させている。 それまでの鬱屈を晴らすかのようなこの戦果に、砲術長は内心、躍り上がっているのだろう。 先の戦果は、砲術長のみならず、アイオワの全乗員にも大きな自信を与えていた。 アイオワの9門の砲身が敵3番艦に向けられる前に、敵3番艦が砲撃を放って来た。 轟音と共に敵弾が降り注ぎ、アイオワの左舷側海面に4本の水柱が立ち上がる。 「交互撃ち方からか……砲術長!」 ブルースは艦内電話で、砲術長を呼び出した。 「ハッ!何でしょうか?」 「最初から斉射でやるぞ。」 彼は、明快な口調で命じた。 「こっちは既に手負いの上に、数の上で不利に立たされている。速戦即決でやろう!」 「……了解です!」 砲術長はそう答えてから、受話器を置いた。 アイオワが斉射を行う前に、敵1番艦は第2射を放って来た。 この射弾は、またもやアイオワを飛び越えて行った。 「また遠弾か。砲撃のやり方がなっとらんな。」 ブルースはそう呟く。この時、主砲発射のブザーが鳴り始めた。 「このアイオワが、砲撃という物はなんたるかを教えてやる!」 彼がそう言い放った直後、アイオワが第1斉射を放った。 48口径17インチ砲9門が轟然と唸りを上げ、砲弾は猛速で敵3番艦に殺到して行く。 彼我の距離は15000メートル程に縮まっており、弾着までに要する時間も、も砲戦開始直後と比べ、早くなっている。 程無くして、敵1番艦の周囲に次々と水柱が立ちあがった。その中に、命中弾と思しき閃光が煌めくのも確認できた。 「第1斉射弾着弾!命中弾2!」 その瞬間、アイオワの艦内では、再び歓声が爆発した。 「ようし!初弾命中とは、いいぞ砲術長!」 ブルースも、半ば興奮しながら砲術長を褒めた。 アイオワの第1斉射弾は、敵3番艦の中央部と後檣に命中した。 中央部に命中した砲弾は、装甲を突き破って第3甲板の休憩室で爆発し、目茶目茶に破壊する。 後檣に命中した砲弾は、後檣の上半分を粉砕し、夥しい破片を宙高く噴き上げた。 敵3番艦が第2射を放った。 敵弾が落下する前に、アイオワは第2斉射を放つ。その直後、敵3番艦に続行する敵4番艦も、アイオワ目掛けて主砲弾を放った。 第2斉射弾が落下する前に、敵3番艦の砲弾がアイオワの右舷側海面に着弾し、夜目にも鮮やかな、真っ白な水柱を噴き上げる。 4本の水柱が崩れ落ちると、丁度、敵3番艦も、アイオワの放った第3斉射弾が落下し、周囲に水柱が上がっていた。 水柱が崩れ落ちると、敵3番艦は後部に新たな火災を起こしていた。 「敵3番艦に新たな火災!後部付近に命中した模様!」 ブルースは見張り員の報告を聞きながら、満足気に顔を頷かせる。 「よし、さっきよりも調子がいいぞ!」 彼がそう言った時、敵4番艦の射弾が落下して来る。驚いた事に、敵4番艦は最初から斉射弾を放って来た。 不運な事に、(敵にとっては幸運だが)敵4番艦の第1斉射弾は、アイオワを狭叉していた。 「敵4番艦の射弾、本艦を狭叉しました!」 「……敵側にも、調子のいい奴が混じっていたようだな!」 ブルースは舌打ち混じりにそう吐き捨てたが、内心では、第1斉射で狭叉を叩き出した敵4番艦の腕前に、感嘆の念を抱いていた。 「敵3番艦発砲!斉射です!」 ブルースは、見張りの報告を聞きながら、敵3番艦が斉射を行う様子を見ていた。 敵3番艦が斉射に移行した事は脅威に思えるが、ブルースから見てみれば、敵3番艦は、一向に当たらない交互撃ち方をやるよりは、 一か八か、斉射に移行して勝負を決めようとしているようにも思える。 「我慢できずに、砲を全てぶっ放して来たか。」 ブルースは、感情のこもらぬ口調で、敵3番艦に語りかけた。 ここで、時間は少し遡る。 第9戦艦戦隊旗艦ネグリスレイは、アイオワの初めての斉射弾を受けた。 敵の斉射弾が落下した瞬間、イルズド少将は、今までに感じた事の無い、強烈な衝撃を味わった。 「ぐお!?」 彼は、初めて体験する17インチ砲弾着弾の衝撃に耐え切れず、床に転ばされてしまった。 床を這わされたのは、彼だけでは無く、艦橋要員の大半が転倒するか、壁に叩き付けられていた。 「こ、後部甲板に着弾!火災発生!」 「中央部付近に敵弾命中!右舷第4甲板工作室に損害あり!」 その報告を聞いたイルズド少将は、背筋が凍りつくような感覚に囚われた。 「第4甲板だと?敵の砲弾は、そんな深くまで食い込んだのか……」 彼は、17インチ砲弾の威力に、昂ぶっていた気持ちが一気に萎えかけていた。 「こちらの射弾はどうなった!?」 ネグリスレイ艦長ウィンドルヴァ大佐が、見張りにすかさず聞き返す。 「第1射弾は命中せず!」 その直後、ネグリスレイの主砲が第2射を撃つ。4発の15.2ネルリ砲弾が猛速で敵1番艦に向かって行く。 後方のマルブドラガも敵1番艦に対して、砲撃を行う。 マルブドラガの砲声は、ネグリスレイの砲声よりも大きい。 「マルブドラガの連中、最初から斉射弾を放ったのか。」 イルズド少将は、音の大きさから、マルブドラガが斉射を放ったと確信する。 敵1番艦も第2斉射弾を放った。敵1番艦は、ポエイクレイの砲弾が10発以上命中している筈なのだが、切り札として用意された 新型重徹甲弾はアイオワ級には力不足だったのか、敵1番艦は2番艦と共に火災を起こしながらも、速力、戦闘力、共に衰える様子を 全く見せない。 「あの火災の量からして、敵1番艦と2番艦も相当のダメージを負っている筈なのだが……」 イルズド少将が不安げに呟いた時、ネグリスレイの砲弾が落下する。 「畜生!」 艦長が悔しさの余り、罵声を放った。ネグリスレイの射弾はまたしても外れ弾となった。 その直後、マルブドラガの射弾が落下する。驚くべき事に、マルブドラガは、最初の斉射で狭叉弾を得た。 「おお、最初の斉射で狭叉とは。マルブドラガの連中、かなり頑張っているな。」 イルズド少将は、部下の奮闘ぶりに、萎えかけていた戦意が再び昂ぶって来た。 その直後、敵1番艦の射弾が落下して来た。 またしても、凄まじい衝撃がネグリスレイの艦体を揺さぶりまくる。 基準排水量27000ラッグ(40500トン)もの巨艦は、今までに経験した事の無い砲弾の弾着に身悶えていた。 「くそ、一体この衝撃は何だ!?さっきのサウスダコタ級戦艦の砲弾が着弾した時よりもかなりでかいぞ!」 イルズド少将は訳が分からないと言わんばかりに、半ばヒステリックな口調で叫んだ。 「砲術長!このままではまずい!斉射だ!斉射を行うぞ!」 ウィンドルヴァ艦長は、イルズド少将よりも更にヒステリックな口調で砲術長に命じた。 ネグリスレイの砲術科員達は、大急ぎで測的や砲弾の装填をこなしていく。 その手捌きは、帝国軍随一と謳われるネグリスレイ級戦艦の乗員らしく、実に鮮やかだ。 「艦長!準備完了!いつでも斉射に移れます!」 「よし、ぶっ放せ!!」 ウィンドルヴァ艦長は、半ば乱暴な口調で命じた。 その直後、ネグリスレイの12門の主砲が、再び火を噴いた。 やや間を置いて、敵1番艦も新たな斉射弾を放って来た。 ネグリスレイの砲弾が、それから1秒後に落下する。敵1番艦の周囲に10本以上の水柱が噴き上がる。 その中に、命中弾と思しき閃光が煌めく。閃光は、爆炎に代わり、敵1番艦の後檣付近は、被弾によって真っ赤な炎に包まれていた。 「ハハハ!見たかアメリカ軍!これが、ネグリスレイ級の威力だ!」 イルズド少将は、敵1番艦に初めて砲弾を命中させた事で、それまでに感じた事の無い高揚感に包まれていた。 その刹那、一本の線が艦橋の前面を切り降ろすかのような形で走った。 唐突に、すぐ目の前真っ白な閃光湧き起こり、視界に何も見えなくなる。 彼の耳に、何かが艦橋のスリットガラスを砕いて、艦橋内部に流れ込んで来るような音が響く。 「!?」 イルズド少将は、驚愕の表情を浮かべたが、それから彼の意識は、ぷっつりと途絶えてしまった。 アイオワが第3斉射を放った。ブルースは、体に17インチ砲弾斉射の際の衝撃と振動を感じ取る。 17インチ砲9門の斉射は、何度体験してもなかなか、慣れる物では無い。 斉射弾を放つたびに、ブルースの体は凄まじい衝撃に揺さぶられ、体の節々にその名残が蓄積して行く。 アイオワが第3斉射を放った直後、敵3番艦の斉射弾が落下した。 敵弾は、アイオワを狭叉し、その中の1弾がアイオワの後檣付近に命中した。 強烈な爆発音が後方から鳴り響き、アイオワの57000トンの艦体が大地震もかくやと思わんばかりに揺れまくる。 「後檣に直撃弾!予備射撃指揮所が破壊されました!」 「クソ!土壇場で当てて来るとは……敵3番艦の砲術科員も、なかなかガッツがあるな。」 ブルースは歯噛みしながらも、敵3番艦を素直に評価した。 水柱が晴れると、敵3番艦の姿が見える。 艦上の前部や中央部、後部付近で発生した火災炎によって、半ば黄色に近いオレンジ色彩られた敵3番艦に、アイオワの第3斉射弾が降り注ぐ。 敵3番艦が三度、砲弾弾着の水柱に取り囲まれ、艦の後ろ半分が覆い隠される。 同時に、敵3番艦の前部付近に、2つの直撃弾炸裂と思しき閃光が確認された。 「よし!いいぞいいぞ、その調子だ!」 ブルースが喜びの混じった声音でそう言い放った時、唐突に、敵3番艦が前部付近から、目もくらむような、真っ白な閃光を発した。 「!?」 ブルースは、突然の事態に仰天しながらも、咄嗟に右手で目を覆った。 敵3番艦から放たれた閃光は強烈だったが、収まるのも早かった。 耳元に、海上を圧するかのような轟音が響いてきた。今までに作った事の無い特大の爆弾が炸裂したかのようなその爆発音は、艦橋の スリットガラスをビリビリと震わせた。 「い、今の音は……?」 ブルースは右手を下ろし、改めて、敵3番艦が居ると思われる方向に目を向けた。 そこには、上空に火柱を噴き上げながら、大火災を起こしている大小2つの物体が……もとい、艦体を断裂された敵3番艦の姿があった。 アイオワの第3斉射弾は、2発が敵3番艦の前部にある第1、第2砲塔に命中していた。 第1砲塔に着弾した砲弾は、砲塔の天蓋を突き破って砲塔内へ突入したばかりか、砲弾を上げる揚弾機に食い込み、そこで炸裂した。 爆発エネルギーは砲塔内部をあっさりと吹き飛ばした他、その過半が揚弾機の蓋をこじ開け、砲塔弾火薬庫に流れ込んだ。 高熱の爆炎は瞬く間に、弾薬庫内の砲弾、装薬を飲み込み、誘爆させた。 凄まじいまでの大爆発が湧き起こり、ネグリスレイは第1砲塔から火柱を噴き上げようとした。 弾薬庫誘爆によって生じた巨大な力は、分厚い装甲で区切られていた筈の第2砲塔弾薬庫にまで及んでいた。 第2砲塔は、第1砲塔と同じように17インチ砲弾の直撃を受けて爆砕されていたが、第1砲塔と違って、爆発の影響は砲塔部だけに 留まっていたため、下部の弾火薬庫には何ら影響を及ぼしていなかった。 だが、無事に残った筈の第2砲塔弾薬庫は、分厚い装甲板をぶち抜き、横合いから押し寄せて来た爆炎に噴きこまれ、ここでも大爆発を起こした。 第1砲塔弾薬庫と第2砲塔弾薬庫の誘爆を引き起こしたネグリスレイは、その時点で艦橋も壊滅状態に陥り、戦闘力のみならず、航行も不能と なっていたが、被害はこれだけに収まらない。 爆発エネルギーは、魚雷命中も考慮されて設計された頑丈な艦体に亀裂を生じさせ、爆風が亀裂を拡大する。 そして、その巨大な力は、僅かに出来た逃げ場に集中し、亀裂を致命的なレベルにまで広げた。 第1、第2砲塔弾火薬庫誘爆という最悪の惨事に見舞われたネグリスレイは、第2砲塔から前側部分の艦首部を切断され、その切断面から 大量の海水が流れ込んで来た。 ネグリスレイは、分離した艦首部分と本体部分に手の施しようの無い浸水を招くと同時に、これまた、収拾不可能な大火災に見舞われている。 弾薬庫誘爆による艦首断裂という、最悪の事態に陥ったネグリスレイが、そう遠くない内に沈没する事は、誰の目にも明らかだった。 ブルースは、誘爆轟沈という、信じられない状態に陥った敵3番艦に、視線が釘付けとなった。 「なんてこった……頑丈な筈の敵戦艦が、二つに別れて沈んでいく。これが……17インチ砲弾の威力なのか。」 ブルースは、アイオワの誇る17インチ砲がもたらした結果を、戦慄の眼差しで見つめていた。 どういう事か、敵4番艦の射撃は、敵3番艦轟沈後、約2分間に渡って止まっていた。 敵3番艦が断裂した艦首部を沈め、本体部分も半ば沈み込ませた時、思い出したかのように、ニュージャージーが敵4番艦に向けて射撃を再開した。 ニュージャージーは、既に敵4番艦に対して狭叉弾を得ていたため、この射撃が敵4番艦へ向けて行う、初めての斉射となった。 敵4番艦は、爆沈した味方艦を回避中であったため、第4斉射弾は殆どが外れとなったが、1発だけが敵4番艦の後部甲板付近に命中した。 「砲術長!目標、敵4番艦!ニュージャージーと共同で叩くぞ!」 「アイ・サー!」 受話器越しに、砲術長の自信に満ちた返事が伝わって来る。 敵4番艦が思い出したかのように斉射弾を放って来た。 アイオワが測的を完了する前に、敵の斉射弾が降り注いで来るが、敵弾は全てが外れ弾となった。 「CICより艦橋へ!SGレーダーが故障のため、使用不能!」 「遂にレーダーがやられてしまったか。」 ブルースは心底残念そうな口調で呟いた物の、むしろ、今まで良く持ってくれた方だと思った。 アイオワは、敵1番艦や敵3番艦の射弾を受け続けていたため、いつレーダーが破損するか分からない状況に遭った。 だが、SGレーダーは敵弾の破片にやられる事も無く、また、故障を起こす事も無く作動し続けて来た。 「レーダーを失ったのは痛いが、今となっては、レーダーに頼らずとも、充分に戦える。」 「艦長!測的完了です!」 唐突に、砲術長から報告が入った。 「目標、敵4番艦!斉射で行くぞ!」 ブルースは、敵3番艦を叩きのめしたやり方で、敵4番艦も叩くつもりであった。 アイオワが、敵4番艦に対する最初の斉射弾を放つ。その3秒後に、ニュージャージーが新たな斉射弾を放った。 直後、ニュージャージーに敵5番艦の斉射弾が降り注いだ。 敵5番艦の砲弾は後部甲板に2発が命中し、1発が第3砲塔の至近に落下し、爆発の衝撃で旋回盤を歪めてしまった。 このため、第3砲塔は射撃不能に陥った。 ニュージャージーは、これで砲戦力の3分の1を失った事になるが、第3砲塔が使用不能になる前に、敵4番艦に対して第3斉射を 放つ事が出来たのは、不幸中の幸いであった。 アイオワの第1斉射弾が敵4番艦の周囲に落下し、高々と水柱が上がる。 水柱の中に、命中弾炸裂の閃光が煌めく事は無かったが、それでも狭叉弾を得ていた。 先の敵3番艦に対する初弾命中と今の砲撃による初弾狭叉、アイオワの射撃精度は良好であり、最初の不調が嘘のような勢いである。 「第1斉射弾、敵4番艦を狭叉!」 「おお……流石に、2回連続の初弾命中とはならなかったが……それでも初弾で狭叉弾を得るとは。ひたすら、猛訓練を行った甲斐が あったな。」 ブルースは、このアイオワの艦長に就任して以来の日々を、頭の中で思い出して行く。 アイオワ艦長に任命されてから、ブルースはひたすら、乗員達を鍛え上げて来た。 慣熟訓練の際には、一日でも早い戦力化を実現するため、晴れの日は勿論、雨の日であろうが、嵐の日であろうが、常に訓練を行って来た。 ブルース主導の下で行われた厳しい訓練は、乗員達を立派な海軍軍人に育て上げ、43年の12月には、予定よりも早いながらも、 第5艦隊の一員として戦場に加わった。 第5艦隊に加わった後も、艦隊の名称が第3艦隊に加わった後も、ブルースは、アイオワの乗員達をしごき上げ、乗員達はめきめきと腕を 上げて行った。 その猛訓練の成果が、今、遺憾無く発揮されている。 アイオワの射弾が着弾してから3秒後に、ニュージャージーの斉射弾が落下する。 ニュージャージーの第2斉射弾6発は、1発のみが敵4番艦の第1砲塔と第2砲塔の間の舷側部分に命中した。 砲弾は最上甲板を突き破り、第3甲板で炸裂した。 凄まじい爆炎が敵4番艦の前部付近で上がり、爆炎は黒煙に変わって、敵4番艦の舷側部分を覆い隠す。 敵4番艦は負けじとばかりに、斉射弾を放った。 この時、ブルースは、敵4番艦が後部砲塔のみで発砲を行っている事に気付いた。 「どうやら、敵4番艦はニュージャージーの射弾で、前部付近の砲塔が使えなくなったらしいぞ。」 ブルースはそう確信した。 敵4番艦は第1砲塔と第2砲塔の間の右舷側甲板に被弾していたが、この被弾の影響で第1砲塔と第2砲塔の旋回盤が損傷した他、 砲の装填機構に致命的な故障が生じ、砲を撃つ事が出来なくなった。 敵4番艦の第1砲塔と第2砲塔は、たった1発の17インチ砲弾によって射撃不能となったのである。 だが、それでも、敵4番艦は後部の3番、4番砲塔を使って、アイオワに砲撃を行った。 アイオワが第2斉射を放った直後に、敵4番艦の斉射弾が降り注ぐ。 幾度となく体験した至近弾落下の衝撃と、被弾の振動が全長270メートル、幅36メートル以上の大艦を揺さぶった。 「後部甲板並びに第3砲塔に着弾!砲塔内部に損傷の模様!」 「何?第3砲塔だと?」 ブルースは、報告を送って来たダメコン班に聞き返したが、その頃には、アイオワの第2斉射弾は、敵4番艦に殺到していた。 アイオワの第2斉射弾は、7発が至近弾となり、2発が敵艦に命中した。 敵4番艦は中央部と後部に命中弾を浴びた。 中央部付近の命中弾は、分厚い装甲板を貫通して艦深部の魔道機関室の近くで炸裂した。 爆発は機関室付近の通路を駆け巡り、周囲の区画を破壊した。 魔道機関室だけは、周囲に装甲を張られていたため、爆発エネルギーによって甚大な損害を被る事は無かったものの、艦に推進力を 与えていた魔法石が、砲弾爆発の振動で損傷し、艦の速力を低下させた。 後部に命中した砲弾は、第3砲塔を粉砕し、砲戦力を削ぎ取った。 更に、ニュージャージーの第3斉射弾1発が第4砲塔の前側の甲板に命中した。 砲弾はやはり、最上甲板を炸裂して第3甲板の砲塔脇の便所に達してから爆発。 被害は便所だけに留まらず、周囲の区画や砲塔の旋回盤にも及び、第4砲塔は破壊を免れながらも、旋回不能となった事により、 その能力を発揮出来なくなった。 ニュージャージーの斉射弾が落下した後、敵4番艦は更に火災を起こした。 「艦長!敵4番艦の速力が低下します!現在、約27ノットです!」 「27ノットか……先程までは29ノットと30ノットの間を行き来していたが……命中弾が敵の機関室に損傷を与えたのかな?」 ブルースは、敵艦の状況を分析する。 更に30秒ほどが立ったが、敵4番艦は一向に発砲を行おうとしない。 そればかりではなく、どういう訳か、敵5番艦までもが砲撃を中止していた。 「あっ!敵4番艦、変針します!」 唐突に、見張り員が驚きに声をわななかせた。 「何?変針だと!?」 ブルースは意外だと言わんばかりに声をあげ、双眼鏡で敵4番艦を見つめる。 どうした事か、敵4番艦はアイオワに背を向けて、隊列から離脱し始めた。 いや、隊列から離脱し始めたのは敵4番艦のみではない。 火災を起こしてはいるものの、比較的損傷の軽い5番艦までもが、4番艦のあとを追うように、艦首を大きく回していた。 「驚いた……あいつら、逃げていくぞ!」 彼は、拍子抜けしてしまった。 ブルースは、敵艦隊が例え、艦数で不利になろうとも、最後まで戦い抜くだろうと思っていた。 もはや、後が無いシホールアンルは、ここでTG58.6を打ち破らなければ、機動部隊に迫る事も出来ない上に、上陸部隊への攻撃も 出来なくなる。 シホールアンル軍は、何が何でも、TG58.6や機動部隊本隊を叩きのめそうとする筈だ。 ところが、敵戦艦部隊は、損傷したとはいえ、まだ2隻が戦闘力を残していた。 その2隻は、戦況が不利と見るや、戦場から離脱しようとしている。 「リー司令官より通達!アイオワ、ニュージャージーは、避退する敵戦艦2隻を追撃せよ!」 「流石はリー司令官。よく分かっておられる!」 ブルースは、我が意を得たとばかりに、獰猛な笑みを浮かべた。 「砲術長!第3砲塔はどうなっている?」 「艦長……誠に申し上げにくいのですが、第3砲塔は先の被弾により、揚弾機と装填機甲に故障が生じ、目下射撃不能となっています。 現在、復旧が可能かどうかを調べている最中ですが……ダメコン班の話では、海軍工廠で本格的な修理を受けるレベルの故障もあり得る との事です。」 「……それなら仕方が無いな。修理が可能なら、速やかに修理を行い、砲の復旧に努めよ。」 「了解です!」 砲術長との会話はそれで終わりとなった。 ブルースはすぐさま、面舵一杯を命じようとした。 しかし、そこで意外な報告が飛び込んで来た。 「艦長!右舷前方より駆逐艦らしき物!数は3隻!」 「駆逐艦だと……?」 ブルースは、なぜか、駆逐艦が現れた事に首を傾げた。 「IFF(敵味方識別装置)に反応は?」 彼は、CICに聞き返した。 「今確認中……」 「艦長!駆逐艦3隻より発砲炎!」 見張りの切迫した声音が艦橋に響いて来た。 「敵だ!すぐに応戦しろ!」 ブルースは咄嗟に命じた。そして、彼は愕然となった。 (しまった!右舷側の両用砲座は全て使えなくなっているぞ!) アイオワ級戦艦には、舷側に5インチ連装両用砲を5基10門、左右両側で10基20門が搭載されている。 敵駆逐艦と戦う際には、この5インチ砲が使われるのだが、右舷側の5インチ砲は、敵戦艦との撃ち合いで全滅しているため、アイオワは敵駆逐艦に対して、主砲以外の対抗手段を持ち得ていなかった。 「敵駆逐艦、発砲しながら接近します!距離、6000メートル!」 「畜生!SGレーダーが故障していなければ……!」 ブルースは、悔しげに呟くが、すぐに平静さを取り戻した。 「……まぁいい。どうせ相手は駆逐艦だ、豆鉄砲を撃つ以外は何もできまい。」 彼は、相手が駆逐艦という事でさほど気にしていなかった。 「しかし妙ですな。何故、駆逐艦が我々の足止めを……」 「俺にも分からんよ。」 彼は、怪訝な表情を浮かべる副長に、自身も肩を竦めながら答える。 アイオワの艦橋内には、絶望的な戦いを挑んで来た敵駆逐艦に、哀れみの声すら投げかける物が出始めた。 「あいつらには、左舷側の5インチ砲を使って迎撃してやりたいが、今は時間が無い。敵駆逐艦は無視して、戦艦を追うぞ!」 ブルースは気を取り直して、航海科に命令を飛ばそうとした。 だが、それは出来なかった。 なぜなら…… 「敵駆逐艦、転舵!あっ、敵艦の舷側から航跡らしきもの、複数!」 彼の耳に、信じられない様な報告が聞こえてきたからである。 「………航海長!面舵一杯だ!急げ!」 ブルースは、大音声で命じた。 「敵駆逐艦が魚雷を放ってきやがった!」 彼は、一瞬でも油断した自分が許せなかった。 (俺は……馬鹿だ!よく考えれば、敵も航空魚雷を有している。空中投下用の魚雷を持っているのならば、水上艦搭載用の魚雷も 持っていると考えるべきだった。それを、俺は、一時の勝利で有頂天になったばかりに……!) ブルースは、内心で自分を責め立てた。 ブルースが命令を発し、操舵員が命令通りに舵を回し終わっても、アイオワの艦首は、一向に回らない。 アイオワの舷側に迫りつつある航跡は、計9本。速力は40ノット以上はあるだろう。 真っ白な航跡が、舷側にしたい寄って来るというのに、アイオワの艦首は回ろうとしない。 10秒、20秒、30秒と経っても、アイオワは30ノット近い速力で全身を続けるのみだ。 「畜生!さっさと回れ!」 溜まりかねたブルースが、小声ながらも、怒声のこもった口調で言う。 「ニュージャージーにも魚雷接近の模様!」 見張り員の新たな報告が艦橋に届く。その時、アイオワの艦首が回り始めた。 一旦弾みが付くと、アイオワの回頭は早い。 アイオワの艦首は、鮮やかに回っていく。 だが、それも遅すぎた。 アイオワの右舷側艦首部と、中央部に、計4本の魚雷が高速で迫ってきた。 「艦長より総員へ!被雷に備えよ!繰り返す、被雷に備えよ!!」 ブルースは必死の思いで艦内電話に取り付き、大声で乗員達に伝えた。 彼は受話器を置き、スリットガラスの下に駆け寄る。 4本の魚雷は、命中まであと5秒という所まで来ていた。 「魚雷接近!命中します!」 その声を聞いた時、ブルースは身構えた。 「魚雷4本の衝撃……アイオワよ、耐えてくれ!」 ブルースは、祈る様な口調でそう叫んだ。 その瞬間、アイオワの艦首に2本の魚雷が命中し、高々と水柱が噴き上がった。 第109駆逐隊の生き残りであり3隻の駆逐艦は、甲板上から火災と黒煙を噴きを上げている2隻のアイオワ級戦艦のうち、先頭の アイオワ級の艦首に水柱が噴き上がった事を確認していた。 「敵戦艦1番艦に魚雷命中!」 第109駆逐隊の指揮を取る駆逐艦フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、前方を見据えたまま頷いた。 「やった!敵2番艦にも魚雷が命中しました!」 「ようし、これで、何とか“切り札”をぶち当てる事が出来たな。」 フェヴェンナ中佐は、戦闘開始以来、初めて笑顔を見せた。 シホールアンル海軍は、今回の作戦で、2つの切り札を用意した。 1つは、戦艦部隊に与えられた改良型の重徹甲弾。 そして、もう1つが、開発されたばかりの20ネルリ(51センチ)艦載魚雷である。 20ネルリ艦載魚雷は、ワイバーン・飛空挺搭載用の航空魚雷の、一応の成功をもとに作られた新兵器である。 この新兵器は、20リンル(40ノット)のスピードで6000グレルの航続距離を持ち、弾頭には200リギル(300キ) の炸薬を詰めている。 この艦載魚雷は、航空用魚雷の使用で得られたデータを元に制作された事もあり、故障や自爆が比較的少なくなっている。 20ネルリ魚雷は、84年式艦載魚雷の名称が与えられ、1484年12月に、スルイグラム級駆逐艦の17番艦であるフロイクリに 3連装式発射官2基が搭載され、以降、6隻に同様の魚雷発射官と一緒に搭載されている。 今日の戦闘では、フロイクリも含む、第109駆逐隊の6隻が戦闘に加わったが、6隻中3隻が、魚雷発射官の誘爆で轟沈している。 第109駆逐隊は、残りの駆逐隊と共同で、米駆逐艦4隻撃沈、5隻を撃破して駆逐艦同士の戦闘を制した物の、第109駆逐隊を 除く他の駆逐艦は全て大中破し、止む無く後退したため、自由に動ける駆逐隊は、第109駆逐隊のみとなった。 第109駆逐隊は味方戦艦部隊の援護を行うため、急遽戦闘海域に向かったが、現場に駆け付けた頃には、戦闘は終息に向かいつつあった。 フロイクリと2隻の駆逐艦は、米戦艦部隊に敗北し、避退に入った味方戦艦2隻を掩護するため、5000グレルから敵戦艦部隊目掛けて 突撃を開始した。 彼らは、自分達が挑もうとしている敵戦艦が、噂のアイオワ級戦艦である事に気付き、誰しもが第109駆逐隊はここで全滅するのだと、 覚悟を決めた。 だが、幸いにも、2隻の敵戦艦は、右舷側の副砲を全て破壊されていたため、全く反撃を行えなかった。 3隻の駆逐艦は、2500グレルまで接近してから、一斉に魚雷を放ち、すぐさま避退して行った。 初めての雷撃のため、3隻の駆逐艦は思い思いのタイミングで魚雷を発射したのだが、幸運にも、魚雷の何発かは敵戦艦の艦腹に突き刺さり、 巨大な水柱を噴き上げた。 「敵戦艦部隊との距離、更に離れます!」 「味方戦艦部隊と敵戦艦部隊の距離は?」 「13000グレルです。敵戦艦部隊との距離はなお、離れつつあります!」 米戦艦群の砲撃から生き残った2隻のネグリスレイ級戦艦は、艦上に損害を負っているもの、機関部の損傷は大した事無いのか、13.5リンル (27ノット)の速力で避退を続けている。 味方戦艦部隊と敵戦艦部隊との距離は開くばかりである。 「情報では、アイオワ級戦艦は15リンル以上の速力を出せると聞く。奴らからすれば、17リンルで走る味方戦艦部隊は、足が遅い存在の筈…… だが、味方戦艦部隊と敵戦艦部隊との距離は離れ続けている、という事は……」 フェヴェンナ艦長は、ホッとため息を吐いた。 「俺達の魚雷は、アイオワ級の足を鈍らせる事に成功したようだな。」 彼は、満足気な口調でそう言ったが、その直後、彼は、これが最初で最後の、水上艦に対する雷撃になるかもしれないと直感した。 「……今後、敗者となった俺達は、どうなるんだろうな……」 そうぼそりと呟いてから、後ろを振り向く。 魔法通信によると、味方戦艦部隊は、一時は5対2という圧倒的な優位に立っていたと言う。 だが、その優位は、僅か2隻のアイオワ級戦艦の奮闘によって、一気にひっくり返された。 2隻のアイオワ級戦艦は、最新鋭のネグリスレイ級戦艦を4隻も撃沈破して、不利であった戦況を盛り返している。 まさに、荒神の如き活躍ぶりだ。 「味方戦艦部隊を壊滅させた、2隻のアイオワ級……か。まるで、破壊神みたいじゃないか。」 フェヴェンナ艦長は、重い口調でそう言ったのであった。 「一時は、5対2という、圧倒的不利な状況にまで追い込まれたが、流石はアイオワ級戦艦。敵戦艦を2隻に沈没確実の損害を与え、2隻を大破させた。 しかし、最後の最後で、私達は思わぬ伏兵に足止めされてしまったな。」 「は……まさか、敵駆逐艦が魚雷を持っていたとは、全く予想が付きませんでした。」 ブランドン参謀長は、顔を暗くしながらリーに言った。 敵駆逐艦3隻が放った魚雷は、2本がアイオワに、1本がニュージャージーに命中した。 アイオワは、右舷側艦首部に2本の魚雷を受けた。 敵の魚雷は、アイオワの艦首に破孔を開けた。この時、アイオワは29ノットの高速で洋上を疾駆していた事もあり、破孔部から浸水した 海水は、その高速力も手伝って、艦内へ大量に引き込まれてしまった。 結果的に、2000トンもの海水を飲み込んだアイオワは、艦首を大きく沈みこませ、実質的に航行不能に近い状態となっている。 アイオワには、この2本の他にも、あと2本が右舷側中央部に命中していたが、幸いな事に、この2本は不発であったため新たな損害を 生じる事は無かった。 ニュージャージーはアイオワに比べて、1本の被雷で済んだ物の、この魚雷がまずい部分に当たってしまった。 この魚雷は、ニュージャージーの艦尾部に命中し、右舷側のスクリューを2本とも吹き飛ばしてしまった。 敵の魚雷は炸薬量が弱かったのか、それとも何らかの不具合が生じていたのか、ニュージャージーの艦尾部に破孔が開く事は無かった。 だが、推進機2基を吹き飛ばされたニュージャージーは全力発揮が不可能となり、今では16ノットしか出せない。 もともと、ニュージャージーは喫水線下に受けた敵弾によって、短時間ならば全速力が出せる状態であり、被雷前はあと、6分程度は 全速発揮を続けても大丈夫であった。 だが、敵の魚雷はニュージャージーの足に大怪我を負わせたため、敵艦の追撃に移る事は不可能となった。 最後の敵駆逐艦の雷撃は、追撃に移ろうとしていたTG58.6の足を鈍らせる事に成功したのである。 「しかし、酷い損害が出てしまったな。まさか、戦艦部隊が全て、撃沈または、大破同然の損害を被るとは……」 「損害は戦艦部隊のみではありません。巡洋艦部隊と駆逐艦部隊にも及んでいます。巡洋艦部隊では、カンザスシティが敵巡洋艦群の 集中砲撃を受けて被害甚大で、先程、艦長は総員退艦を発令しました。」 戦艦部隊と同様に、巡洋艦、駆逐艦部隊にも損害は出ていた。 敵駆逐艦部隊と戦った18隻の駆逐艦のうち、6隻が撃沈され、6隻が大中破している。 巡洋艦部隊は、カンザスシティが何故か、敵巡洋艦5隻から集中砲火を浴び、実に68発の命中弾を受けて大火災を生じ、交戦開始から 10分足らずで航行不能に陥った。 カンザスシティは、たった1隻で敵巡洋艦5隻と戦った訳ではない。 カンザスシティは他の5隻の巡洋艦と一緒に戦っていた上に、隊列から2番目の位置にあり、決して集中砲火を受ける様な位置には 居なかったのだが、敵巡洋艦5隻は、他の巡洋艦には脇目も振らず(一番厄介な筈のブルックリン級軽巡のヘレナやアムステルダム等が 居たにも関わらずだ)、狂ったようにカンザスティを撃ちまくった。 カンザスティが脱落した後は、残りの巡洋艦が敵巡洋艦と戦い、軽巡スプリングフィールドが大破炎上し、ヘレナとセントポールが 中破程度の損傷を被ったが、敵巡洋艦3隻に撃沈確実の損害を与え、残り2隻を撃破した。 敵の巡洋艦群が、なぜカンザスティを最初に砲撃し、脱落させたのか……その理由は分からなかった。 「巡洋艦部隊、駆逐艦部隊も損害は少なからず……だが、結果としては、我々の勝利だ。」 リーは先程、TG58.7から入って来た情報を思い出す。 「TG58.6は、大損害を被りながら敵主力艦隊を撃退し、TG58.7は、機動部隊の襲撃を加えようとしていた敵の別働隊を追い返している。」 リーは、務めて平静な口調でブランドン参謀長に言った。 「敵将が何を考えるかは分からんが、少なくとも、あす以降の戦いは、今日の様な激戦が繰り広げられるような事は無いだろう。あるいは……」 リーは、対勢表示板に視線を移す。 対勢表示板には、バラバラになった各部隊が、模型を使って現されている。 どの部隊もバラバラであり、中には敵の部隊に破れた隊もあるが、いずれの部隊も、敵部隊に対して大損害を負わせていた。 「損害甚大で引き返し、この大海戦が終息するか、だな。」 1485年(1945年)1月24日 午前7時 レーミア湾沖西方290マイル地点 第4機動艦隊司令官、リリスティ・モルクンレル大将は、旗艦モルクドの艦橋で放心した表情を浮かべていた。 「………」 リリスティは、10分前に仮眠から起きた後、幕僚達と一言交わしただけで司令官席に座り、それからずっと、黙りこくったまま、 前を見据えている。 主任参謀のハランクブ大佐は、死人のような顔つきになったリリスティに、なるべく、声をかけたくないと思っていた。 だが、彼が声をかけなければ、物事は進まなかった。 「……司令官。」 「……ああ、どうしたの?」 リリスティは、掠れた声でハランクブに聞き返す。 「昨日の戦闘の報告かな?」 「はい。最終的な集計が出ましたが……いかがいたしましょう。」 「……どうせ今聞いても、後で聞いても一緒だから、今聞く。」 リリスティは、感情のこもっていない口調で、ハランクブに言った。 「では、報告させていただきます。」 ハランクブは、改まった口調で損害と、戦果報告を行う。 第4機動艦隊の被った被害は、まさに甚大であった。 19隻あった竜母の内、撃沈破された竜母は計9隻。 戦艦、巡戦部隊は計4隻を失い、残った戦艦、巡戦も全て大中破。 護衛の巡洋艦、駆逐艦の被害も大きく、竜母群の中には、護衛艦の数が足りない所もある。 だが、何よりも痛いのは、航空戦力の激減であった。 出撃前、各母艦上にあったワイバーンは1000騎程。 それが、今では400騎しか居ない。 その400騎の中にも、傷が深く、すぐには飛べないワイバーンは相当数おり、第4機動艦隊ですぐに使える航空兵力は、実質的に、 作戦開始前の3割程度か、2割9分にまで落ち込んでいた。 それに対して、第4機動艦隊は、航空戦では陸上の基地航空隊と共同して、空母3隻撃沈、7隻撃破の戦果を上げ、戦艦同士の砲撃戦では、 戦艦、巡戦を4隻撃沈、4隻を大破させ、巡洋艦、駆逐艦を計19隻撃沈し、ほぼ同数を撃破したと言われている。 航空機の撃墜、並びに撃破数は約900機以上に上ると言われている。 第4機動艦隊は、強大な米機動部隊相手に力戦敢闘し、大損害を与えた物の、肝心な敵機動部隊の撃滅、並びに、輸送船団の撃滅は、遂に 果たされる事は無かった。 第4機動艦隊は、この決戦に敗北したのである。 「………」 「し、司令官……」 ハランクブは、何も言えなかった。 リリスティは、目から涙を流していた。その口は固く閉ざされてるものの、少しでも開かれれば、彼女は泣き声を発するであろう。 だが、彼女は涙を流せども、泣き叫ぶと言う事はしなかった。 リリスティは、胸の内から湧き上がる悔しさに、必死に耐えるしか無かった。 同日 午前8時 レーミア湾沖西方76マイル地点 第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、旗艦アラスカの作戦室内で、潜水艦部隊から届けられた報告文を聞くなり、 いつも通りの反応を示した。 「ふむ。シホールアンル艦隊は撤退中、か。」 作戦室内に、スプルーアンスの冷たい声音が響いた。 「司令官。やはり、我が機動部隊は敵機動部隊の追撃に移るべきでは?敵艦隊は大損害を負ったとはいえ、なお、半数の竜母が健在です。 ここは、徹底的に叩くべきかと思いますが。」 作戦参謀のフォレステル大佐は、スプルーアンスにそう進言した。 しかし、スプルーアンスは、首を縦に振らなかった。 「いや、何度も言った通り、我々はレーミア湾沖から離れてはならん。」 スプルーアンスは、フォレステルの目を見つめる。 「ミスターフォレステル。君の言う事はよく分かる。私自身、ここで敵艦隊を追撃し、竜母を全て沈めたいと思っているほどだ。だが、 私達は、自分達に与えられた任務を忘れてはならない。」 スプルーアンスは言いながら、指示棒を取って、テーブル上の地図をなぞる。 「我が第5艦隊の任務は、上陸部隊の支援と輸送船団の護衛だ。敵機動部隊を撃退した今は、敵の基地航空兵力に備えると共に、地上部隊を 援護しなければならない。私は、TF58を決して、このレーミア湾近海からどかさぬつもりだ。」 スプルーアンスは、地図上のTF58のマークを、指示棒の先で2度叩いた。 「我が第5艦隊……特にTF58は、昨日の戦闘で大きく消耗している。TF58をこれ以上消耗させては、肝心の地上部隊の護衛が疎かに なってしまう。この海戦の勝利は、次のステップに進む為の一歩に過ぎない。その一歩を踏む為に、我々は途方もない犠牲を強いられたが、 それを無駄にしない為にも、我が第5艦隊は、次の任務の事を考えなくてはならん。」 スプルーアンスは言葉を区切り、指示棒をテーブルの上に置いた。 「私の考えは昨日から変わらん。第5艦隊は今後も、レーミア湾周辺の哨戒と、地上部隊の支援を続ける。私からは以上だ。他に意見は無いかね?」 「長官、宜しいでしょうか?」 航空参謀のジョン・サッチ中佐が手を上げた。 「TF58所属の空母群の事ですが、昨日の戦闘で、高速空母部隊の母艦は、19隻から10隻に激減しています。この10隻のうち、正規空母は7隻、 軽空母は3隻です。稼働機数も半数以下に減っております。この戦力では、航空支援を行うにも幾らか支障を来します。そこで……マルヒナス沖の 正規空母2隻を、TF58に加えたいと思うのですが……長官としては、どう思われますか?」 「ふむ……ここは悩み所だな。」 スプルーアンスはしばしの間黙考する。 TF58は、昨日の戦闘で正規空母2隻、軽空母1隻を喪失し、正規空母4隻、軽空母2隻を撃破されている。 稼働空母は10隻に減り、使用可能機数は全空母合わせて649機しか居ない。 護衛空母から補充すれば、使用可能機数は700機以上を超えるが、この先、航空支援を続行して行くにはやや心許ない。 そこでサッチは、少しでも艦載機を増やすべく、マルヒナス沖の正規空母2隻をTF58に呼び寄せようと考えたのである。 マルヒナス沖の2隻の正規空母……オリスカニーとグラーズレットシーは、就役したばかりの最新鋭空母であるが、乗っている航空団もほぼ、 “最新鋭”となっているため、実戦に投入するのはやや躊躇われた。 「オリスカニーとグラーズレットシーの航空団が、今一つというのが気になるが……しかし、一隻でも多く母艦が欲しい今、彼らにも頑張って 貰うしか無い……か。」 スプルーアンスは頷いた後、サッチに顔を向けた。 「よろしい。至急、オリスカニーとグラーズレットシーに連絡を取ろう。」 「了解です。」 サッチは顔を頷かせた。 「さて、我々のメインイベントはこれで終わりを告げた。だが、地上部隊にとっては、これからが大変だ。地上には、まだ手付かずの敵の 有力部隊が、海兵隊やカレアント軍を、手ぐすね引いて待ち構えている。今から、わがTF58の母艦兵力と、TF54の航空兵力でどれ ぐらいの範囲の航空支援を行えるか、皆で考えてよう。」 スプルーアンスは、レーミア沖海戦勝利の喜びに浸る事も無く、いつもの要領で第5艦隊がこれから行う事を、幕僚達と共に議論し始めた。 レーミア湾沖海戦 両軍の損害比較 アメリカ海軍 喪失 正規空母ボノム・リシャール、ホーネット、軽空母カウペンス 戦艦ノースカロライナ、ワシントン※、重巡洋艦カンザスシティ、軽巡洋艦スプリングフィールド 駆逐艦12隻 航空機喪失890機※ 大破 正規空母エセックス、ヨークタウン、エンタープライズ、ボクサー 軽空母ラングレー、インディペンデンス(機動部隊戦闘終了直後に、レンフェラルの攻撃を受ける) 戦艦アイオワ、ニュージャージー、アラバマ、巡洋戦艦トライデント、コンスティチューション 重巡洋艦ボルチモア、軽巡洋艦リノ、サンタフェ、駆逐艦8隻 中破 重巡洋艦ボストン、セントポール、軽巡洋艦アトランタ、駆逐艦7隻 ※(戦闘後、ワシントンはレーミア湾沿岸部にて座礁。浮揚修理も考えられた物の、艦体の損害が深刻な為、マーケット・ガーデン作戦終了後に 解体処分される) ※(母艦上で廃棄や、後に使用不能機となった機も含む。実質的に撃墜された機数は239機、母艦と共に海没、または、被弾の際に 失われた機数は169機) シホールアンル海軍 喪失 正規竜母ラルマリア、コルパリヒ、リンファニー、小型竜母リネェング・バイ、ヴィルニ・レグ、グンニグリア 戦艦ネグリスレイ、ポエイクレイ、ジフォルライグ、巡洋戦艦ファンクルブ 巡洋艦ラスル、ルブルネント、イムレガルツ(避退中、米潜水艦の雷撃を受け沈没)駆逐艦19隻 大中破 正規竜母ホロウレイグ、正規竜母ジルファリア、小型竜母アンリ・ラムト 戦艦マルブドラガ、ロンドブラガ、巡洋戦艦マレディングラ、ミズレライスツ 巡洋艦ルンガレシ、ルィストカウト、エフグ、ラビンジ、ウィルムクレイ、シンファクツ(帰還途上で、米潜水艦の雷撃を受け、損傷) 駆逐艦9隻 ワイバーン喪失 第4機動艦隊608騎 基地航空隊102騎 飛空挺喪失 79機 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- SS投下終了です。 すいません、一部分抜けていた所がありました。 762と 761の間に入る部分です。↓ アイオワのCICで戦況を見守っていたリーは、レーダー員の言葉に耳を傾けていた。 「敵戦艦群との距離、更に広がります。距離は26000メートル。」 「……どうやら、終わったようだな。」 リーは、深いため息を吐いた。 この場を借りて訂正いたします。申し訳ありませんでした。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/618.html
大陸暦1098年 5月7日午後4時 重量680トンの帆船であるヴァイアン号は時速14ノットのスピードで南南東 に向かっていた。 船には乗員20名の他に「積荷」である4人の人物が乗っていた。その「積荷」の1人である フランクス将軍は左舷の中央甲板からずっと海を眺めていた。 「将軍閣下、気分はいかがですか?」 後ろから声をかけられた。フランクスが後ろを振り向くと、色黒の筋肉質の男が立っていた。 「プラットン船長か、気分は悪くないよ。むしろいい気分だ。」 「将軍は船は初めてでしたね。」 彼の傍らにやってきたプラットン船長が聞いてきた。 「ああ、そうだが。」 「初めて船に乗る人は大抵船酔いになりやすいんですよ。私も初めの頃はしょっちゅう 舷側に顔をうずめてましたよ。」 そう言うと、フランクスが笑った。 「ははは。あなたにもそんな事があったのか。私のイメージでは船乗りは一度も船酔い したことが無いと思っていたのだが。」 「そんな事はありませんよ。最初は大体の人が、慣れるまで船酔いに苦しむもんです。 あなた方だけであなた以外はみんな船酔いで伸びちまってますよ。」 フランクスら4人のうち、彼以外はみんな初めて経験する船酔いに苦しんでいた。特に リーソン魔道師の酔いはひどかった。ベッドがある船倉に戻れば、 「船からおりたいぃ~・・・・・・しぬ~」 というリーソン魔道師のうなり声がしょっちゅう聞こえてくる。人間は得意不得意 というものが誰にも限らずあるのだ。 「ところで船長、昨日の朝に出航してから大体何マイル進んだと思う?」 「私の推測では、」 彼は懐から海図を取り出した。その海図には大陸とロタ半島が書かれている。その ロタ半島から南東向きに進んでいる線がある。このヴァイアン号の進んできた航路だ。 「今速度は14ノット出ています。ですからこれまでの風や速力の増減、それに時間 を計算すれば・・・・・・・・約800ないし900マイルをノンストップで進んできた 事になります。」 「そうか、さすがはバベルが選んだ高速船だな。普通ならこれの倍以上はかかるところだ。」 「この船はトラビレス協会一の高速船なのですよ。それに幸運の船でもあります。」 「幸運の船?」 フランクスが怪訝な表情になった。 「襲われたことがあるのか?」 「ええ。去年の12月でしたか、この船はシュングリルを出航した2日後にバーマント軍 の通商破壊船に襲われたんです。破壊船から大砲の弾が雨あられと飛んでくるんで、あの時、 私はだめだと思いました。でも、この船に取り付けれている大砲が偶然にも破壊船の舵に当た ったんです。自由の利かなくなった敵船はぐるぐる回り続け、私らはすぐに窮地を逃れました。」 「ほう。それは良かったな。」 「それだけではありません。今年の2月に航路を誤って猛烈な嵐に突っ込んでしまったんです。 嵐の中でマストが折れたり浸水が始まったり、もはや危ない状況でした。今度こそ死ぬなと思い ました。ですが船は嵐を抜け、九死に一生を得ました。」 「なるほど。」 フランクスは頷いた。この船は結構ツキのある船だな。彼はふと、そう思った。 「ちょっとお聞きしますが、召喚した島と言うところに一体何があるのですか?」 「それは・・・・・言ってみなければ分からない。敵なのか、味方なのかも。だが 行けば分かるさ。あの方向には必ず何かある。」 「それは・・・・・戦士としての勘・・・・ですか?」 プラットン船長がおずおずとした口調で聞いてくると、フランクスはニヤリと笑った。 「それも混じってるけどな。」 午後5時 マーシャル諸島から北西300マイル地点 第5艦隊司令部はマーシャル諸島を中心に沖合い200マイルのピケットライン を張り巡らすことにした。 哨戒艦は駆逐艦と重巡、軽巡洋艦、軽空母を使うことにした。東側に12隻、西側に14隻が配備され、 軽空母・軽巡・駆逐艦、もしくは軽巡、駆逐艦、または駆逐艦・駆逐艦のチームで編成され、互いに 5000メートルの間隔を置いて哨戒活動にあたった。 ピケットラインを敷く理由としては第一に海賊船と思わしき船舶をマーシャル諸島に入れないこと、 第2に巨大海蛇がどの海域に多く生息するか調査するものであった。 西側警戒ラインに位置するAグループは軽空母ベローウッド、重巡キャンベラ、駆逐艦ブラッドフォード で編成されていた。警戒ラインにいる艦艇は、燃料の節約のため、毎時16ノットの速度で 割り当て区域を行ったり来たりしていた。 軽空母ベローウッドの艦長であるジョン・ペリー大佐は、艦橋で沈み行く夕日を見ていた。その夕日は とても美しく、彼は美しさのあまり見とれていた。 「いい夕焼けですな。数日前の荒れ模様とは大違いです。」 副長が彼に声をかけてきた。ペリー大佐は窓に肘をかけたまま答えた。 「全くだ。あの嵐のせいで変な世界に放り込まれた。俺は話を聞いたとき、この世界に呼び出した奴を このベローウッドのマストに縛り付けてやりたいと思ったもんだよ。しかし、夕焼けとはいいものだ。 荒んだ心を癒してくれる。」 艦長は夕焼けに顔を赤く染めながら、淡々と言った。その時、電話が鳴った。副長は何事かと思いながら 受話器をとった。 「こちら艦橋だ。」 「こちらはボルチモアの艦長だ。そっちの艦長はいるか?ちょっと代わってくれ。」 「はい。今すぐ代わります。」 彼はすぐにペリー大佐を呼び出した。 「こちらペリー艦長だ。ブラッシュ、何かあったのか?」 「こっちのレーダーが北西12マイル地点で船舶を探知した。見張り員が見たところ、帆船がいる。」 「なんだって!?」 彼は驚いた。12マイルと言うと、すぐ目の前と同じである。その時、艦橋の見張りが叫んだ。 「北西の方角に船舶らしきもの!!」 「なに!」 彼は驚き、双眼鏡で見張りが指を向けた方角を見てみた。なるほど、確かに 水平線上に小さな影がある。船の上には帆らしきものがる。 「こいつは驚いた。帆船らしいな。」 彼はすぐに電話に食いついた。 「こっちでも確認した!」 「そうか。どうする?」 「ひとまず艦載機を上げて上空から見てみよう。」 「同感だな。頼むぞ。」 そう言うと、受話器からブツッという音が聞こえ、回線が閉じられた。 すぐに彼は別の電話に手をかけ、ベローウッドの飛行隊長であるリンク少佐 を呼び出した。 「リンク少佐、今から艦載機を1機出したい。」 「1機、ですね。ヘルキャットを出すんですか?」 「いや、アベンジャーだ。そいつを1機出したい。」 「分かりました。10分前に対潜哨戒から戻ってきた機がありますのでそいつを出します。」 「わかった。」 そう言うと、ペリー大佐は電話を置いた。 ベローウッドの前部エレベーターから1機の折りたたまれたアベンジャーが上がってきた。3人の パイロットが艦橋から走り、アベンジャーに飛び乗った。 エンジンが回され、轟音が飛行甲板に鳴り響く。翼が展開され、アベンジャーがカタパルトに繋げられた。 「面舵一杯!全速前進!」 ペリー大佐が指示すると、操舵員がハンドルを回す。元々、クリーブランド級軽巡洋艦の船体を流用したので、 舵の利きはなかなかいい。機関音が徐々に大きくなり、次第にスピードが上がり、5分後には31ノットの 最高速度に達した。 ベローウッドは回頭し、艦首が風上に立った。発艦要員が伏せ、上げられていた手が艦首方向に向けられた。 次の瞬間、カタパルトが重いアベンジャーの機体を引っ張った。アベンジャーは艦首から一旦沈み込んだが、 すぐに大空に舞い上がって行った。 「水平線上に何か見えまーす!」 マストの一番上に立っていた見張りが叫んだ。夕焼けの赤茶けた空模様を眺めていた フランクス将軍は、何事かとその水平線上を見つめた。 何も見えない。一体何を見たのだ?彼はしばらくその方角を凝視したが、すぐには見つけられなかった。 しばらくすると、うっすらとだが黒い煙のようなものが見えた。 「あれは・・・・・もしかして、破壊船にやられた輸送船!?」 彼はそう思って愕然とした。 「どうした?何があった!」 その時、船倉にいるリーソンらに酔い止め薬をあげに行ったプラットン船長が、マスト の上にいる見張り員に大声で聞いた。 「船らしきものが見えます!小さくてよく分かりませんが、煙を吐いているようです!」 「なに!破壊船にやられたのか!?」 彼は縄梯子を駆け上って、マストの上にある見張り籠ににのぼった。 「いえ・・・・・その・・・・・何といったらいいか。」 「なんだ?」 「何か、変なのです。」 「馬鹿野郎。何か変とは何だ?答えが曖昧すぎるぞ。望遠鏡を貸せ。」 彼は見張りから望遠鏡をひったくると、彼が見ていた方向に視線を向けた。 しばらくは見張りが言っていた煙らしきものが見つからなかった。 「どこだ?」 彼が見張りに言ったその時、3つのシルエットが見えた。 「見つけた。あれか・・・・・・・・・・・・・一体・・・・あれは?」 彼はそのシルエット見て愕然とした。なんと、船に必要な帆がないのだ!普通ならどの船も 帆を張るマストがあるのだ。それが全く見受けられない。 遠くて分かりづらいが、3隻のうち1隻は申し訳程度の船橋しかない。それ以外は真っ平で、 まるで料理に使うまな板を海に浮かべたようなものだった。 残る2隻のうち1隻は大きく、1隻は小さかった。船橋構造物があるが、その姿形は全く異なった 物だった。大きいほうに関しては力強く、やや優美な印象があり、小さいほうは、小ぶりながらも ある種の勇敢さを感じさせるものがあった。 3隻の未確認船はやにわに向きを変え、速度を上げたように思えた。いや、実際上がっている。 「ん?向きを変えたぞ。もしかして、俺たちを発見して逃げたのか?」 彼はそう呟いた。だが、彼はさらに驚いた。なんとスピードが早いのだ。それも20ノットどころではない。 「早い。早いぞ!なんということだ、25ノット以上はでてるぞ!」 「25ノット!?」 部下の見張りが素っ頓狂な声を上げた。 「そんなのありえませんよ!」 「だが実際に早いぞ。ん?」 その時、彼は真っ平な甲板を持つ船から小さく、黒い何かが舞い上がったのを目撃した。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/655.html
8月20日、バーマント公国首都ファルグリン ファルグリンの南に4キロ離れた南に、2つの巨大な円盤型の建物と、真ん中にこれまた大きな建造物がある。 2つの円盤型の建物は、それぞれ真ん中の貯水タンクを巨大化したような建物に向けて、通路が延びていた。 それこそ、ファルグリンの象徴の1つ、そしてバーマントの力の象徴でもある建造物、ファルグリン要塞である。 ファルグリン要塞東棟の司令官であるヴィッス・ヘランズ騎士中将は、要塞の外縁付近を歩いていた。 傍らには主任参謀のバーラッグ大佐が彼に話しかけていた。 「ここ1週間で、要塞の外縁付近に新たに20基の機関銃が配備されました。」 「バーラム君、私が思うにはどうも変に思えてならないのだが。」 ヘランズ中将は、バーラッグ大佐に振り返った。 「まるで、敵の空襲に脅えているみたいではいないか。」 機関銃は、いずれも対空用に開発された11.2ミリ口径の機関銃である。 この機関銃は、つい最近、飛空挺の後部座席に装備されたものと同じもので、サイフェルバンの 航空攻勢では、この機関銃で何機かの米軍機を撃墜している。 その効果に目をつけた飛空挺開発廠は、今開発中の戦闘飛空挺にこれを配備する予定である。 それに海軍もこの機銃の採用を決定し、それぞれの艦艇に取り付けられようとしている。 ファルグリン要塞東棟に現在配備されている機関銃は、新着のものも含めて80丁ほどである。 そのどれもが空を向いている。 ヘランズ中将が訝しがるのも無理は無い。 「上層部は何か知らせてこないのですか?」 「いや、全くだ。私は何度か、上のほうに機関銃の配備理由について問いただしたのだが、 上の石頭どもはいつも「装備改変」とかしか言わん。おかげで、真意はさっぱり聞けなかったな。」 ヘランズ中将は、自慢のカイゼル髭を震わしながら、憤慨した。 「ま、恐らくアメリカ軍とやらの異世界軍の飛空挺に恐れをなしているのだろう。 それ以前に、敵の飛空挺はここまで飛べないとは思うがね。」 「ここまで飛べない・・・・ですか。」 アメリカ軍航空部隊の暴れっぷりは、今ではバーマント軍全将兵の語り草となっている。 ある兵士は、白星の悪魔の編隊に見つかったら、その後の寿命は1分もないと言ったり、 ある兵士は、敵艦隊に攻撃に行くなど、自殺行為も同然、ということが兵士の間で言われている。 最初は占領したヴァルレキュア領での戦闘であったため、バーマントの一般民衆の目に触れることは 無かった。 だが、それも本国領土であるサイフェルバンを巡る戦いで、一般民衆は米軍の姿を目撃している。 7月初旬のグリルバンの空襲では、町から郊外の飛行場が猛爆されるのを住民が目撃し、7月中旬の サイフェルバン付近で起きた第3艦隊と、米警戒部隊との激しい海戦でも、多くのバーマントの一般民衆が、 沖合の閃光の明滅を目撃している。 一般民衆の間でも、今までは知らされなかった異世界軍の真の姿が、徐々にではあるが見え始め、 それが噂となって各地に流れている。 バーマント公国側は、それでも“自分達の正しい”情報で国民を安堵させようとしている。 だが、影では無敵バーマントという言葉は、昔ほど多く叫ばれてはいない。 そして、異世界軍がらみの噂は、このファルグリン要塞の将兵にも、しっかりと伝えられている。 「将兵の士気の低下が問題だな。この状態で、サイフェルバン陥落の情報を知らされれば、兵の士気 は地獄のそこまでに落ちるな。」 「公国の発表は、ここ最近でたらめですからね。」 2人は歩くのをやめ、別の方角に視線を移した。目の前には、巨大なダムと、要塞西棟が聳え立っている。 その姿は力強く感じる。周囲はほとんど森で、緑しかない。 だが、この自然の景色が、軍務に疲れた将兵を癒している。 このファルグリン要塞は、幅3キロのドーム型の建造物2つに、真ん中のダム1つで成り立っている。 要塞は、外縁が20階建てに作られており、真ん中は6階建てに作られている。 内部は入り組んでおり、慣れた者でないと必ず迷う。 ヘランズ自身も最初は複雑すぎる内部に四苦八苦していた。 ここに配備される新人は、最初の2ヶ月はこの迷路のような要塞内部の作りを覚えるのに必死になる。 この2つの要塞は、別名迷路要塞とあだ名を頂戴している。 口の悪い兵士からは、無駄で面倒すぎる作りとまで言われているほど、中は複雑である。 作り自体も強固であり、投石器や8センチほどの大砲に撃たれても外縁部は平気である。 真ん中のダムは高さが200メートルもあり、絶壁のような塀の内側には、大量の水が蓄えられている。 このダムの要所要所にも、機関銃が配備され、現在では塀の部分に40丁、監視所などに10丁が取り付けられている。 この3つの建造物に、バーマント軍第4親衛軍35000が配備されている。 内訳は要塞にそれぞれに15000、ダムに5000という割り当てである。 「要塞勤務は、いささか暇な部分もあるが、最上階から見るこの景色は、いつ見てもいいな。」 ヘランズ中将は、微笑みながら感想を述べた。 「私も同感です。休憩の時などはいつも最上階で休憩していますよ。」 前線のサイフェルバンやヴァルレキュア占領地と、このファルグリン要塞はまるで別天地である。 前線では常に緊迫した状況が付きまとうが、この要塞の将兵たちはどこかのんびりしたような雰囲気がある。 要塞に配備されているのは精鋭部隊であるものの、彼らとて人の子。のんびりする時はのんびりするのである。 (対空用の機関銃を増やすのもいいが、どうせ敵もはるか遠くだ。敵の飛空挺もここまで飛んでこないだろう) ヘランズは心の中でそう思った。空はよく晴れ渡っており、清々しい気持ちになる。 「閣下、そろそろ昼食の時間です。」 「そうか。では中に戻るとするか。」 ちょうど腹の減り具合も良くなってきた頃合である。 ヘランズ中将はいつもの日課である昼食を取ろうと、中に戻りかけた。 ふと、聞き慣れぬ音が耳に入ってきた。それはどことなく重々しく、かつ力強そうな音だった。 眼下に2つの丸い円盤のようなものと、それの真ん中の山のような所に、巨大な貯水池の ようなものが見えてきた。 両翼に取り付けられているプラットアンドホイットニー社製の1200馬力エンジンは、 轟々と音を上げてプロペラを回転させている。 その音に負けまいと、機長であるクラウド・イエーガー中尉はしっかりとした口調で無線機に話しかけた。 「こちらクエンティー1、目標付近に到達した。2つの要塞に1つのダムが見える。 これより高度を3000まで下げて偵察を行う。」 「サインドよりクエンティー1、付近に敵戦闘機の姿は無いか?」 「影も形も無い。」 「了解、偵察行動を許可する。対空砲火に気をつけろ。」 陸軍第790航空隊所属のB-24リベレーターは、午前9時にサイフェルバンのクリンスウォルド (元は南飛行場と呼ばれていた)飛行場から発進し、ファルグリンに向かった。 そして午後0時を迎える寸前にファルグリンに到達した。 ファルグリンの上空には、敵機の姿は見当たらない。 「これより高度3000まで下げる。」 イエーガー中尉はそう言い、操縦桿を手前に押す。B-24の巨体は機首をやや下げて降下に移った。 高度5000から3000までに降下すると、機体を水平にした。 「撮影機器チェック!」 「機首下方カメラ異常なし。」 「機尾下方カメラ異常なし。」 「機長、各カメラ以上なしです。」 「よし、これより偵察行動を開始する。敵さんの笑顔をバシバシ撮るぞ。」 彼のジョークに、クルーは笑い声を上げた。 B-24はまず、要塞東棟の撮影に入った。 機首下方カメラを操作するエルビス・ケネディ軍曹は、カメラの照準機を調整していた。 カメラのレンズに要塞の姿が見えてくる。微かながらだが、人が動くさまも見えている。 まるで顕微鏡の中の微生物のようだ。彼はそう思った。 下界の詳しい様子は分からないが、微生物のような人間の動きはどこか慌しい。 おそらく、初めて目にするB-24の姿に困惑しているのだろうか。 それともただ見入っているのだろうか。 それは定かではないが、恐らく両方入り混じっているだろうと考えた 。ケネディ軍曹はカメラのシャッター押した。 カシャッという音と共にシャッターが下りる。 東棟の写真を何度か撮ったところで、今度はダムが視界に入ってきた。 そのダムを見たとき、ケネディ軍曹は息を呑んだ。 (でかい。) 彼はそう思った。ダムの塀、上部ある通路だけで何百メートルはあろうかという大きさだ。 その貯水されている湖面の面積も結構でかい。 ニューディール政策のさい、建造されたフーバーダムと比べれば、いささか小ぶりな感じもするが、 それでも全長200メートルはくだらないはずである。 (こんなに立派なものを作る力があるのに、どうして他国侵略を考えるんだ?俺としては 侵略なんざ必要なしと思うのだが、まあそれはこの公国の皇帝様しか分からんか) そう思いながらも、次の目標であるダムに向けて照準機を合わせる。 程よいところでシャッターを押した。 シャーターの閉じる音と共に、フィルムにケネディ軍曹が見た光景が焼き付けられていく。 ダムの外側に湾曲した通路には、やはり先の要塞と同じように、小粒の影がうごめいている。 その小粒の影も一緒に、フィルムに収めていく。 B-24は、そのまま飛行を続け、要塞の全容を写真に収めていった。 B-24が飛来したとき、ヘランズ中将は最初、味方の飛空挺の訓練かと思っていた。 「味方の飛空挺でしょうか?飛空挺部隊は西部方面に移転したと聞いてたのに。」 「新型機のテスト飛行かな?」 彼は新型機のテストかと思った。ここ最近、戦闘飛空挺の開発が急ピッチで進んでいる。 それが完成して飛行訓練でもしているのだろうと思った。 ヘランズは音がする方向を見てみた。雲ひとつ無い空に、1つの黒い粒が浮かんでいた。 それも結構高い高度だ。 「1機だけか。」 ヘランズはエンジン音の大きさから、2、3機の編隊飛行だと思っていたが、実際には1機だけである。 その機影は、やがてどんどん大きくなっていき、その姿がハッキリした時、彼は仰天した。 「なんだあれは!?」 ヘランズはその飛空挺の姿に度肝を抜かれた。 まず、片方の翼に2基ずつ、合計4基のエンジンがついている。 そしてその大きさたるや、まるで空の巨人を思わせるような格好である。 そしてうっすらとだが、その胴体には、白い星。 「異世界軍だ!」 彼はそう確信した。白い星のマークの機体。 それは、遠く異様な世界から呼び出され、バーマントの戦力を悪食のように食らい尽くしてきた軍隊。 白星の悪魔! 「敵が来たぞ!総員戦闘配置!!!」 敵の飛空挺を見た下士官がすかさずそう叫び、それが上官に伝わる。 のんびりとしていた要塞内に、緊迫した空気が流れた。 将兵は、血相を変えた表情で持ち場に着く。 階段から機関銃の弾薬箱を抱えた将兵が上がってきて、機銃弾を銃本体に積めていく。 しかし、その時には既に飛空挺、B-24は真上に来ていた。 (遅い!これが精鋭の第4軍か。のんびりしすぎだ!!) ヘランズ中将は、あたふたと配置につく将兵を見て怒鳴りだしたい気持ちに駆られたが、 すんでのところで抑えた。今怒鳴りだしても遅いからだ。 ヘランズ中将は爆弾が落下し、炸裂する衝撃にそなえた。今では中に入るのも遅すぎる。 だが、 (?) いつまで待っても爆弾は降ってこなかった。 B-24は音を立てながらそのまま東棟の上空を通り過ぎていった。 そのあっけなく通り過ぎていく敵機に、誰もが拍子抜けした。 米軍の空襲は容赦ないことで知られている。その米軍機がただ通り過ぎていった。 「どういうことだ?」 ヘランズ中将は最初疑問に思ったが、やがてある事に思い立った。 敵機の数は1機のみ、爆弾は落としてこない。だとすれば、敵機の目的は・・・・・ 「偵察・・・・だな。」 彼はそう呟いた。そう、敵は今のところ、攻撃する気は無い。ただ上空を通り過ぎていくだけだ。 恐らく、敵機の搭乗員は目を皿にして地上の様子を見ているのだろう。 「あの敵機の目的は偵察のみだな。」 「閣下もそう思われますか?」 「ああ。」 彼は遠ざかっていくB-24を見つめながら頷いた。 やがて、B-24は全てを偵察し終えたのか、高度を上げて飛んできた方角に引き返していった。 「近いうちに何かあるかも知れんぞ。それと同時に、首都は重大な危機に直面した。」 いきなりの言葉に、バーラッグ大佐は驚いた。 「危機・・・・ですか?」 「貴様は分からんのか?」 ヘランズ中将は顔を彼に向けた。 その顔はさっきまでの血色が綺麗さっぱり失せて、真っ青になっていた。 「敵機がここまで来る。という事は、この首都が敵の攻撃範囲に入ったということだ。」
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/860.html
第42話 シホールアンルの思惑 1482年 9月20日 午前9時 カレアント公国レギテルリク レギテルリクは、最前線であるループレングより北西100ゼルド離れた寂れた田舎町である。 シホールアンル軍が占領する前までは、300人の村人が住んでいたが、彼らは占領前に南部に 逃げ出してしまい、今ではシホールアンル軍の中継基地となっている。 シホールアンル第152補給旅団に属する物資輸送の馬車隊20台は、そんな田舎町にやって来た。 馬車隊は町に入った後、ワイバーン発着地の手前で憲兵に止められた。 「止まれ!」 臙脂色の軍服に身を包んだ下士官が、先頭馬車に駆け寄った。 「私は第152補給旅団第1補給大隊所属、第5補給中隊のラッヘル・リンヴ大尉だ。いつもの奴を届けに来た。」 「いつもご苦労様であります。すぐにお通しいたします。」 下士官は部下に命じると、基地の出入り口のバーを上げた。 馬車隊は基地に入ると、基地の倉庫に向かった。 程無くして20台の馬車が倉庫に辿り着くと、荷台から梱包された荷を降ろし、倉庫の中に運び入れていった。 作業が30分ほど経った時、 「あれ?あんた・・・・ラッヘルじゃない?」 作業の指揮を取っていた彼は誰かと思い、後ろを振り向いた。 そこには、1人の女性士官が立っていた。 顔つきからして整っているが、どこか勝気で、喧嘩なら誰にも負けぬと言っているかのような、荒々しさが感じられる。 ラッヘルはすぐに誰であるか分かった。 「おっ、レネーリじゃないか!久しぶりだなあ。」 「士官学校以来ね。相変わらず、頑張り屋さんを貫き通している?」 「もちろんだ。君こそ、持ち前の勝気で頑張っているな。怪物殺しの名を頂戴されたとあっては、眩しく見えるぜ。」 そう言ってから、ひとしきり再開を喜び合った。 「あっ、そういえば君はこの基地に配属されているのか?」 「そうよ。私が所属する第72空中騎士隊は1ヶ月前からこの小さな基地に移動なったの。 なんでも、戦力の補充と訓練のためみたいね。」 レネーリ・ウェイグ中尉は、シホールアンル軍の中では知る人ぞ知るエースである。 彼女はこれまでの航空戦で、天空の怪物と恐れられたB-17を個人で2機撃墜し、共同で4機を撃墜、または損傷させた。 それのみならず、ミッチェルを1機、ハボックを3機、ライトニング、シホールアンルから双胴の悪魔で 呼ばれている戦闘機も2機撃墜した。 総計で12機の米軍機を個人、または共同で落としている。 彼女よりもアメリカ軍機を落とした竜騎士は何人もいるが、撃墜機の中でB-17が多いため、 彼女は怪物殺しの異名を与えられている。 「俺は補給路を言ったり来たりしてるだけだから情報が早く回って来ないんだが、前線はどのような状況なんだ?」 ラッヘルが聞くと、レネーリは少し表情を暗くする。 「厳しいね。地上軍は相変わらず膠着状態で、戦いは航空戦止まりよ。アメリカ軍の飛空挺は、フライングフォートレスの ように巨大で頑丈な化け物も居れば、ミッチェルやハボックみたいに低空でサッと味方陣地に近付いて来る奴もいるから 大変。特にフラングフォートレスとミッチェル、ハボックがセットで来たら後は目も当てられないわ。 これに双胴の悪魔が来たらおしまいね。」 「前線の被害は少なくないと聞いているが、本当なんだな。」 「少なくないなんてものじゃないわ。2ヶ月前なんて1個師団分の兵力が空襲だけで消えちゃったんだから、被害は甚大よ。 今はこっちのワイバーンも増えて、新兵器も投入されたから少しはマシになったけど・・・・・」 そう言ってから、レネーリは深いため息をつく。 「新兵器って、この基地の周囲に作られているあれか?」 ラッヘルは比較的手近なそれに指を向けた。 周囲を盛られた土に囲まれて、その上部から棒の様な物が生えている。 「そ。1ヵ月半前に届いた魔道銃よ。作りは海軍の魔道銃と一緒だけど、魔法石は陸地と相性の良いものが 使われている、と話は聞いたけど、その相性の良い魔法石を作るのに1年半も掛かっていたみたい。」 「長いというべきか・・・早いと言うべきか俺には分からんが、君はどう思う?」 「遅すぎ。どうせなら半年で完成しろって言うのよ!」 彼女は腹立たしげに言った。 「この基地に配備されているのは何基だ?」 「12基。前線基地ではこれの倍の24基、それ以上のところもあるわ。でもね、アメリカ軍機って なかなか撃たれ強くて、魔道銃と高射砲を総動員してもバタバタ落ちる光景なんて見たことが無い。 それにね、」 彼女は一層深いため息を吐いてから、意を決したように言った。 「あいつら、数が減らないの。」 「数が減らない?なんで?一応は落ちてるんだろ?」 「あたし達が攻撃した後はもちろん数は減ってるわよ。3週間前なんか、20機以上の敵を落として一方的に 勝利を挙げたときもあった。でもね、2日も経たないうちに、アメリカ軍機は同じ数で、いや、それどころか 最近は落とす前よりも多い数でやって来る。一度なんか、2倍以上の数でやって来た時もあるわ。 要するに、いくら落としてもキリが無いのよ。」 「本当かよ。」 ラッヘルは思わず耳を疑った。 シホールアンルの基準からして20機以上も落とされれば、回復には最低でも3日程度は待たねばならない。 なのに、アメリカ軍は2日程度で前と同じか、それ以上の数の飛空挺でけしかけてくると言うのだ。 「少なくとも、減ったためしは無いね。これは弱気と受け止められないかもしれないけど」 レネーリは少しだけ声を小さくして、ラッヘルに真意を告げる。 「私達って、とんでもない相手と喧嘩してるかもしれない。」 「冗談はよせよ。君らしくないセリフだぜ。」 「その冗談も、アメリカ軍機の空襲を一度でも受ければ」 といかけた時、基地全体にけたたましいサイレンが鳴り始めた。 「チッ!いきなり空襲警報とはね!こんな辺鄙な基地も襲わないと気が済まないのかね!」 彼女は女性らしからぬ乱暴な口調で言うと、ラッヘルの傍から離れていく。 少し進んだ所で彼女はラッヘルに振り向いた。 「あんた、今日が初体験でしょ!?死なない程度に味わいなよ!」 一方的に言い放って、彼女は走り去って言った。 「ちゅ、中隊長!もしかして敵の空襲ですか!?」 「ああ、そのようだな。」 ラッヘルが答えると、補給中隊の部下達はどうするべきか迷った。 彼らがしばらくおろおろしていると、基地の兵が駆け寄ってきた。 「あんたら何してる!さっさとあっちの防空壕に隠れろ!ここにいたら爆弾で吹っ飛ばされるぞ!」 その言葉に反応し、補給中隊の面々は慌てて手近な防空壕に入って言った。 倉庫より100メートルほど離れた防空壕にラッヘルは滑り込んだ。 「大尉殿、さあ、中に入ってください。」 「ああ、ありがとう。」 その頃には、高射砲が砲撃を開始している。 ラッヘルは、防空壕の横に開けられた開閉式の隙間から基地の上空を見た。 視界が狭いため、あまり広範囲は見えぬが、上空には行く筋物雲が絡み合っていた。 初めて聞くアメリカ軍機のエンジン音が地上にまで響き渡り、トトトトンというリズミカルな音が幾度と無く聞こえる。 小さな粒が、急にバランスを崩して真っ逆さまに墜落していく。 1秒後にその小さな粒は炎を吹きあげる。 アメリカ軍機は、燃料を使用した発動機で機体を飛ばしていると聞く。 敵の燃料は、光弾が当たれば燃えてしまうから、今墜落していくのはアメリカ軍機だ。 「味方も頑張っているようだが・・・・・」 ラッヘルはぼそりと呟く。 「新たなるアメリカ軍機接近!ミッチェルだ!」 壕の入り口で戦況を見守っていた基地の兵が、唐突に叫び声を上げる。 彼は慌てて入り口まで駆け寄った。 「大尉殿、外に出ないで下さい!危険です!」 「外には出ない。君らと同じようにこっちで見学するだけだ。」 そう言いながら、彼は外を見た。 しばらくはどこにアメリカ軍機いるのか分からなかったが、やがて30機ほどのアメリカ軍機が基地の南側、 ラッヘルから見て左前斜めから現れた。 網目状の機首に大きく、ごつい機体に取り付けられた翼。その両側に1基ずつ付いている発動機が調子よく回っている。 尻尾にあたる尾翼は左右に広がっており、2枚の垂直尾翼が、さながらモンスターの双尾にも見える。 特徴からしてミッチェル爆撃機である事に間違いない。 それらは高射砲弾が炸裂する中、高度800メートルで基地上空に進入してきた。 基地の外縁に取り付けられた魔道銃が射撃を開始し、七色の光弾がミッチェルに注がれる。 ラッヘルは、先頭の爆撃機はたちまち撃墜されるだろうと思ったが、そうはいかなかった。 ミッチェルの先頭機が、短い滑走路の上に辿り着くと、開かれた胴体から5発の黒い物を吐き出した。 それはヒューという音を上げながら地面に落下し、1発目が地面に突き立てられたと思った瞬間、轟音と共に多量の土砂を噴き上げた。 「うぉっ!?」 離れていても伝わって来た振動に、ラッヘルは思わず度肝を抜かれる。 これを皮切りに、ミッチェルが次々と爆弾を投下していく。 滑走路には10発以上の爆弾が落とされ、短いながらも、基地隊員や竜騎士達が綺麗に整備した滑走路は、瞬時に醜いあばた面に変換された。 別のB-25は立てたばかりの真新しい兵舎に爆弾の雨を降らす。 兵舎に爆弾がすぽっと入った、と思って瞬きした後には兵舎は木っ端微塵に吹き飛び、あるいは叩き潰されて、ただの木屑集積所に変えられた。 別のB-25が落とした爆弾は、作られたばかりの銃座の至近に落下し、魔道銃を撃ちまくっていた兵を、応急の防盾ごとごっそり薙ぎ払う。 そして、爆弾はラッヘル達が荷卸をしていた馬車の周囲や、倉庫群、それに防空壕の近くにも降り注いだ。 ヒューッ!という爆弾が落ちてくる音がこれまで以上に大きく響く。 「伏せて!伏せてください!」 誰かがそう叫ぶと、皆が悲鳴を上げながら伏せる。 ドガァン!ズダァーン!という巨大な大砲を至近でぶっ放したかのような轟音と凄まじい衝撃が大地を揺るがし、 伏せていた将兵の体を少しばかり吹き上がらせ、そして地面に叩きつけた。 外でゴオー!と、爆風が音立てて入り口付近を駆け抜けた。 爆風の余波は防空壕の中にも流れ込んで、入り口付近にいた者を壕の奥に吹き飛ばした。 爆発音はいまだに止まず、何かが砕け、音立てて地面にばら撒かれていく。 誰もが、この基地全体が爆弾で粉微塵に吹き飛ばされるのでは無いかと思い始めるが、気が付いた時には、 ミッチェルは既に基地の上空から遠ざかって行った。 「・・・・・・・・・・」 辺りに不気味な静寂が流れた。 重苦しい沈黙を破ったのはラッヘルだった。 「みんな、生きているか!」 彼は大声で壕の中の将兵に問いかけた。 それがきっかけとなったのか、残りの30人余りの将兵が恐る恐る顔を上げた。 「空襲は終わったようだな。外に出るぞ。」 彼がそう言いながら、足早に壕から出る。 「うわ・・・・・・少し酷いなぁ。」 ラッヘルは辺りを見回した。 彼らの補給中隊が作業を行っていた6つの倉庫は、2つが綺麗さっぱり消し飛んで、僅かながら、 土台部分に木らしきものが残っている。 3つは半壊状態であり、うち1つは全体が猛火に包まれている。最後の1つは無事だ。 「6つのうち、5つまでも爆撃で・・・・・いや。」 彼は自分が言った答えを保留にしながら、破壊された倉庫の傍に走り寄っていく。 倉庫群の前に止めてあった馬車は、咄嗟の判断で半数以上を逃がす事が出来たが、6台の馬車はこの場から 逃げ切れずに爆弾で吹き飛び、倉庫群の前には肉片混じりの破片が広範囲に散らばっている。 彼はその光景に吐き気を感じながらも、肝心の破壊を免れた倉庫を見てみた。 「ああ、やっぱりな。」 ラッヘルは倉庫を見るなりガクリと肩を落とした。 外見上、倉庫には目立った傷は無いように見える。 空襲が始まる前まで中には彼らの運んできた物資が詰め込まれていた。 だが、倉庫は入り口の戸がどこぞに吹き飛ばされ、内部には積み上げた物資が無秩序に散乱し、中身が落ちてきた 別の箱の下敷きになり、無残に潰されている。 傍目から見ても、詰め込んだ箱の4割は破損した内容物がはみ出し、中身が無意味なゴミに成り下がっていた。 「敵もうまい具合にやったものですな。」 一緒に出て来た部下が頭を抱えながら彼に言って来た。 「自分らが運んできた物資がほとんどパァですよ。畜生、遠くから延々と運んでくる身にもなれってんだ!」 その部下は、きっちり仕事をこなして去った米軍機を呪った。 「逃がした馬車の荷台にはまだ少し補給品が入っていたはずだ。その分だけでもこっちに置いて行こう。 おい、馬車を呼び戻せ。」 ラッヘルは部下に、逃がした馬車を呼びに行かせる。 基地のあちこちで、空襲の後始末が始まった。 兵舎は全てが爆砕されており、この基地の兵員はしばらく満足な睡眠が取れないだろう。 ワイバーンの宿舎も多数の爆弾を浴びて全壊している。アメリカ軍の空襲は、的確かつ、容赦が無かった。 ワイバーンの発着に使う短い滑走路も補修しないと使えないが、垂直離着陸が可能なワイバーンでは 滑走路が使えなくても、発着が遅くなるぐらいで出来ぬ事は無い。 彼は馬車隊が戻ってくるまで、基地の惨状を見渡す。 基地の敷地外の草原で、2つほど、それに隣接する陸軍の兵舎から黒煙が上がっている。 「おい、あの黒煙は何だ?」 彼は傍を通りかかった基地の兵を捕まえて聞いてみる。 「ああ、あれですか。あれは撃墜されたミッチェルのものです。魔道銃と高射砲が3機撃墜したんですが、 うち1機が燃えながら第524騎士連隊の兵舎に突っ込んだんです。あっちでも死傷者が出たみたいです。」 「自爆か。」 彼はぼそりと呟いた。 退避させた馬車隊が戻って来るまでさほど時間はかからなかった。 14台の馬車は、倉庫より少し離れた広場に集められた。 「中隊長、酷くやられましたな。」 退避組を率いていた1番車の御者が、いささか驚いたような表情で聞いてきた。 「ああ。まさかアメリカ軍機がやって来るとは思わなかったよ。」 「このレギテルリクは、ロゼングラップから直線距離で278ゼルド。ミッチェルの航続距離は1000ゼルドも あるようですから余裕で攻撃範囲内に入りますよ。」 「それは分かっている。だが、アメリカ人共は専ら前線か、ポルリオといった重要な場所にしか来てなかった。こんな辺鄙な後方の基地を襲うのは珍しい。」 「まさか・・・・・」 御者の軍曹と、ラッヘルは馬車の荷台に顔を向ける。 荷台の中には、ここに置いて行く物資の他に、別の物も入っている。 時期作戦を成功させる鍵と聞いている物だが、見た限りではただの円筒形の入れ物にしか見えない。 太さは結構あった。口の悪い部下からは、生首を入れるに適しているとえげつない事を言って来たものだが、彼らはただ、ミスリアル国境の近くまでこの円筒形の物を運ぶだけだ。 「材料は後で別の班が輸送するから、君たちは気にしないでいい。」 出発の前に、あの入れ物を持って来た魔道士の1人がそのような事を言っていた。 彼は魔道士の言葉通り気にしていなかったが、もし情報が漏れていて、アメリカ軍がこの入れ物を 所定の位置に配備する前に叩き潰そうと思ったのなら・・・・・ 「いや、そうではないか。」 彼は自分の考えを否定した。アメリカ軍機の狙いは、馬車の荷ではなくこの基地だった。 それに、こんな馬車を狙うには、爆撃機よりも戦闘機のほうが向いている。 情報が漏れていたとすれば、あの双胴の悪魔が爆撃前にやって来て虱潰しに機銃掃射を仕掛けているだろう。 それがないのだとすれば、情報は漏れていない事になる。 やがて、迎撃に出ていたワイバーン隊が帰ってきた。 38騎出撃したワイバーンは31騎に減っている。 最初、アメリカ軍機に翻弄されっぱなしだったワイバーン隊も、今では対抗策を確立しているため、前のように一方的にやられなくなったと聞いている。 それでも、相手はあの双胴の悪魔だ。被害ゼロに抑えるのはとても難しいのだろう。 (これで、陸軍も奴らと張り合えるような装備を持っていれば文句なしなんだが) ラッヘルはそう思いながら、集まって来た部下達にこれからの方針を発表した。 「注目!」 彼は鋭い声音で、皆の視線を自分に向けさせる。 「突然の空襲で、諸君らも動揺していると思うが。我が隊はこの空襲で馬車6台と、荷降ろしした物資の大半を 失った。今後は残った物資の荷降ろしを終えて休息した後、予定通りルギンジュに向かい、そこで持ち込んで来た 重要物資を降ろす。後の予定は出発前に発表した通り。以上!」 ラッヘルはそう言い終えると、部下達に残った補給品を荷降ろしさせた。 「しかし。」 彼は部下達が荷台から箱を下ろしていくのを見ながら、時折荷台の奥に視線を向ける。 「あれで一体、何をするのだろうか・・・・・お上は何を考えているのかな。」 彼は上層部の思惑が何であるか理解しようとしたが、いくら考えても分からずじまいだった。 彼はまだ知らなかったが、同様の物体は、ミスリアル国境沿いに次々と設置され、総数は2万個を超えていた。 その配置は、まるでミスリアルを取り囲むようであった。 SS投下終了であります。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1167.html
第221話 抜かれた鞘 1485年(1945年)1月23日 午後9時30分 レーミア湾沖西方73マイル地点 第58任務部隊第6任務群は、午後7時30分に、TF58より分派された巡洋艦カンザスシティとフェアバンクス、駆逐艦6隻と 合流した後、接近中と思われるシホールアンル側の水上砲戦部隊を迎撃するため、24ノットの速力で西に進んでいた。 第58任務部隊第6任務群司令ウィリス・リー中将は、旗艦である戦艦アイオワのCICで、群司令部の幕僚達と共に戦況を見守っていた。 「……ハイライダーからはまだ、何も言って来ないか?」 リー中将は、参謀長のクリス・ブランドン大佐に聞いた。 「母艦から発艦して1時間が経つ。そろそろ、敵を発見しても良い頃だが。」 「ハイライダーからは、まだ何もありません。恐らく、敵はまだ、索敵線の範囲外に居るかもしれません。」 リー中将はブランドン参謀長の言葉を聞いた後、視線を左手の腕時計に向ける。 「9時30分か……第3次攻撃隊の報告では、午後6時20分現在、敵は20ノット以上の速度で東進を続けていたと言う。私達との距離は 200マイルも離れていないから、あと1時間か2時間以内に会敵する筈だ。その前に、ハイライダーに敵を見つけさせ、大まかな位置を 知りたいと思ったのだが、ここはもう少し、待った方が良いかな。」 「それが良いかと思われます。」 ブランドン大佐は答えた。 「敵も我が方目掛けて艦を進ませている事は、潜水艦部隊からの報告でほぼ確実となっています。今はただ、会敵まで待ちましょう。」 午後7時30分、脱落機パイロットの救助任務に当たっていた潜水艦ディースから、機動部隊から西180マイル、方位50度方向より、 戦艦と思しき大型艦を含む大艦隊が、時速20ノットの速力で東へ向けて航行中という報告を送って来た。 ディースは、僚艦カバラと共に救助、並びに哨戒活動を行っていたのだが、午後7時頃に敵艦隊を発見し、潜行して敵をやり過ごした。 無事に難を逃れたディースとは対象的に、カバラは潜行が遅れたのか、敵艦隊より分派された敵駆逐艦3隻の爆雷攻撃を受け、以降、 連絡が途絶えている。 ディースからはその事も含めて報告が伝えられたが、カバラが撃沈されたかどうかは、未だにわからない。 リーとしては、乗っている艦は違えども、同じ戦場で任務に当たっているカバラの戦友達に、万難を排して生き残って欲しいと、胸中で祈った。 「敵艦隊の陣容はまだわからないが……やはり、シホールアンル側はネグリスレイ級という新鋭戦艦を投入してくるだろうな。」 「性能としては、サウスダコタ級戦艦とほぼ同等と言われているようです。戦艦の他にも、巡洋艦、駆逐艦部隊も護衛に付いているでしょう。 こちら側の巡洋艦部隊、駆逐艦部隊は、うまく敵の随伴艦艇を引き込んでくれる筈です。」 ブランドン参謀長の言葉に、リーも同感とばかりに頷いた。 「こう言ってしまってはやや不謹慎だが、空襲が無ければ、我々は元の戦力のまま、敵と戦わねばならなかっただろうな。」 「損傷を受けて後退した艦は、いずれも旧式艦でしたからな。敵に戦果を上げてしまった事にはかわりませんが、彼らは、それがかえって、 TG58.6の戦力強化に繋がった事を、身を持って味わう事になるでしょう。」 TG58.6は、今日の海戦で重巡洋艦サンフランシスコが魚雷1本と爆弾4発を受けて大破された他、駆逐艦1隻を失い、軽巡ホーマーと 駆逐艦1隻が中破している。 その前のヒーレリ領沖航空戦では、駆逐艦2隻が損傷し、戦線離脱を余儀なくされた。 TG58.6は、今日の夕方時点で随伴艦艇が巡洋艦4隻、駆逐艦14隻に減っており、そこから更に、沈没した駆逐艦の乗員を救助した 駆逐艦2隻が後送のため戦線を離れている為、TG58.6の駆逐艦は12隻に減っている。 護衛艦艇の中で欠かす事の出来ない駆逐艦の戦力が、作戦開始前と比べて著しく減った事を危惧したリーは、第5艦隊司令部に補助艦艇の 補充を要請した。 第5艦隊司令部はこの要請に応え、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻を新たに回してくれた。 リーとしては、巡洋艦はともかく、駆逐艦の方をあと2隻ほど欲しかったが、第5艦隊はTF58の護衛艦艇で別の艦隊を急遽編成したため、 TG58.6には駆逐艦が6隻しか回って来なかった。 とはいえ、戦力が元通りになった事は喜ぶべき事である。 また、リーにとって嬉しい事はそれだけでは無かった。 TG58.6の護衛艦艇には、今では旧式化したベンソン級駆逐艦やグリーブス級駆逐艦が、18隻いる駆逐艦の中で、8隻もいた。 残る10隻中、6隻はフレッチャー級で、残る4隻はアレン・M・サムナー級である。 幸か不幸か、脱落した艦はいずれもベンソン級やグリーブス級であったため、その穴埋めを最新鋭のアレン・M・サムナー級で行う事が出来た。 また、後退したサンフランシスコは条約型巡洋艦であるため、敵艦隊との砲撃戦に入った際、敵艦の猛射の前に打ち崩されるのではないかと 懸念されていたが、サンフランシスコの代わりとしてやって来た巡洋艦カンザスシティは、ボルチモア級重巡洋艦の改良型である最新鋭艦だ。 ボルチモア級の11番艦として就役したカンザスシティは、ボルチモア級重巡の悩みの種であった復元性を解決するため、艦橋を若干縮小した他、 煙突を1本に纏める等をし、戦闘航海時の艦の安定性向上を図っている。 このため、正式にはボルチモア級重巡と言われながらも、外見は別の艦種に見える為、しばしばカンザスシティ級重巡と呼ばれる事も多い。 似たような事はクリーブランド級軽巡にも行われており、24番艦であるバッファローはカンザスシティと同様の改良を施されたため、 24番艦から最後に当たる28番艦ウラナスカは、外見がカンザスシティと似通っている。 バッファローもまた、カンザスシティと同じく、バッファロー級軽巡と呼ばれる事がある。 カンザスティは、形はやや変わった物の、ボルチモア級重巡が誇る重防御と向上した砲戦能力を有しており、間も無く行われるであろう 水上砲戦では、カンザスシティと同じく、別の任務群より回されて来た軽巡フェアバンクスも含む、5隻の巡洋艦と共に、敵と対等以上に 渡り合えると期待されている。 「戦力は揃った。次に必要な物は、情報だな。早い所、ハイライダーに敵の位置を掴んで貰いたい所だが……」 リーの願いは、それから10分ほど経ってから叶った。 「司令官。ハイライダーより入電です。我、貴艦隊より30マイル西方に、敵らしき艦隊をレーダーで探知せり。詳細は追って報告する、 以上であります。」 「ほほう、遂に敵の尻尾を掴んだか。」 リーは、その報告電を聞くなり、深く頷いた。 「30マイルとは、またかなり近くまで来ていますな。」 「うむ。敵の速力がまだ分からんが、仮に20ノットだとした場合、遅くても30分以内には会敵できるな。」 リーの言葉を聞いた参謀長は、満足そうに微笑する。 「これで、シホールアンル軍にも、アイオワ級戦艦の威力を存分に見せつける事が出来ますな。」 「ああ。17インチ砲の威力を思い知らせてやろう。」 リーはそう返しながら、レーダースコープに移るTG58.6の陣形を見つめる。 TG58.6は、既に輪形陣から、水上戦闘を想定した単縦陣に陣形を組み替えており、レーダーには、艦種ごとに分けられた艦が、 4本の線となって航行している。 戦艦部隊は、旗艦アイオワを先頭に、2番艦ニュージャージー、3番艦アラバマ、4番艦ノースカロライナ、5番艦ワシントンという 並びになっている。 戦艦部隊の右舷900メートルには巡洋艦6隻、そこからまた900メートル先には駆逐艦10隻が一本棒となって航行している。 目線を戦艦部隊の左舷側に向けると、そこにも駆逐艦8隻が一本棒で並んでいる。 TG58.6は、既に準備を終え、臨戦態勢に入っていた。 午後9時50分。ハイライダーから新たな報告がアイオワのCICに届いた。 「フランクリン機より新たな通信です。敵艦隊の総数は約20隻から30隻前後。うち、戦艦らしき大型艦の反応を4隻無いし、 5隻探知せり。」 「戦艦らしき反応が4隻ないし5隻、か。レーダーで敵艦隊を捉えているから、それ以上の事は分からんが、ひとまず、敵の主力も 我々とほぼ同じ数である事は分かったな。」 「敵は依然として、我が方に近付きつつあるようです。司令官、そろそろ砲撃準備に移ってもよろしいのでは?」 ブランドン大佐の進言に、リーは快活の良い声音で答えた。 「OK。参謀長、試合開始だ。」 リーはすぐさま、各艦に戦闘準備に入れと伝えようとした。だが、彼の耳に、意外な言葉が響いた。 「司令!フランクリン機より緊急信です!敵の前進艦隊が一斉に反転したようです!」 「……なに?」 まさかの敵反転の報告に、リーは眉をひそめた。 「それは確かなのか?もう一度、フランクリン機と確認を取ってくれ。」 リーは半信半疑になりながらも、通信員にそう命じた。 2分後、ハイライダーと確認を取った通信員はリーに顔を向けた。 「司令官。フランクリン機と確認を取りましたが、敵艦隊が反転したのは間違いない様です。現在、敵艦隊は西方、方位270度 方向に向け、26ノットのスピードで航行中との事です。」 「……さっきよりもスピードが上がっているな。」 「司令官。敵は逃げ出したのではありませんか?」 ブランドンも理解し難いと言わんばかりの表情を浮かべつつも、平静な声音でリーに言う。 「敵艦隊の反転が報告される10分程まで、このアイオワの魔法通信傍受機が、敵の海竜らしき物から発信されたと思しき通信を 傍受しております。内容は、我が艦隊の陣容を知らせる物で、その中には、アイオワ級戦艦を含む新鋭艦多数が存在せり、と言った 文も確認されております。私自身、言い難い事ではありますが……敵は、我が方にアイオワ級戦艦を含んでいる事に恐れを成して、 逃げた可能性も、否定は出来ないと思います。」 「君、いくらなんでも、それはなかろう。」 リーは、ブランドンの意見を否定した。 「シホールアンル海軍は、昼間の航空戦で敗北した以上、水上艦で我が方の空母を減らすしかない。それを行う前にはまず、 第1の障害となるTG58.6に戦いを挑み、勝利を収める必要がある。そうしなければ、敵は前に進む事が出来ぬし、 例え、我々をすり抜ける事が出来たとしても、退路を我が任務群に塞がれ、結果的には戦わざるを得なくなる。敵はこれまでの 経験からして、現時点では一番強力な我が艦隊を最初に叩きに来るだろう。敵も16インチ砲相当の主砲を搭載した新鋭戦艦だ。 敵が戦いを挑んで来ない筈は無い。」 「しかし司令官。敵は反転して、我々から遠ざかろうとしております。」 「参謀長、恐らく、これは敵の欺瞞行動だろう。」 リーは確信したように言う。 「敵はこちらが逃げたと判断して、後ろから襲い掛かろうとしているに違いない。近くにレンフェラルが居る以上、敵艦隊はこちらの 動きを掴む事が出来る。」 彼はそう言いながら、水上レーダーのPPIスコープに視線を向けた。 「しばらくこちらが追跡する形を取れば、自然に反転して戻って来るだろう。」 リーはそう断言する。 彼の言葉を証明するかのように、敵艦隊は反転してから30分後、再び舳先をTG58.6に向けて来た。 「司令官。ハイライダーより通信です。敵艦隊再反転。速力26ノットでTG58.6に向かいつつあり。距離は約40マイル。」 「……やはりな。」 リーは、ブランドンに対して、それ、見た事かと言わんばかりに呟く。 「参謀長、どうやら、敵はこちらの目を欺けないと知って、決戦を挑む様だぞ。」 「は……そのようですな。では、こちらも速力を上げましょう。」 ブランドンは進言する。 「現在、我々の艦隊速力は24ノットですが、アラバマ、ノースカロライナ、ワシントンは27ノットまで速力を発揮できます。 ここは増速して、会敵までの時間を短縮すべきです。」 「ほほう、参謀長もなかなか、ガッツがあるようだな。」 リーは満足気に頷いた。 「よろしい。速力を上げよう。」 リーは命令を下し、各艦に速力を27ノットまで上げさせた。 彼我50ノット以上の高速で接近しているためか、距離はぐんぐん縮まっていく。 敵艦隊の対空砲の射程外に張り付いているハイライダーは、TG58.6と敵艦隊との距離を刻々と伝えて来る。 午後10時40分には、彼我の距離は23マイル(36キロ)にまで近付いた。 レーダーには捉えられていないが、敵艦隊は既に、アイオワ級戦艦の持つ48口径17インチ(43センチ)砲の射程圏内に入っていた。 「ようし、交戦開始まで、もう間も無くだな。」 彼がそう呟いた瞬間、敵艦隊が居ると思しき方角から、発砲炎が確認されたとの報告が飛び込んで来た。 それから1分後には、TG58.6の前方の海域で照明弾が炸裂したとの報せも入った。 もはやこの時点で、海戦は始まったに等しい。 リーは、すぐそこにまで迫った艦隊決戦に闘志を燃やし、いつでも命令を下せるよう構えていた……が 「司令官!ハイライダーより緊急信!敵艦隊、再度反転せり!」 唐突に、その報告が飛び込んで来た。 久方ぶりの決戦に、闘志を昂ぶらせていたリーであったが、その報告を聞くなり、彼は肩透かしを食らわされたような気分を味わった。 「な、なんだと……?」 「通信員!先の報告は確かか!?」 傍らに立っていたブランドンが、すかさず通信員に聞いた。 「ハッ!間違いありません!敵艦隊は高速で反転しつつあるようです!」 それから更に5分後、リーの心中を困惑させる報せがもたらされた。 「司令官。敵艦隊は30ノット以上のスピードで我々から離れつつあります。現在、敵艦隊との距離は約25マイルのようです。」 「……一体、どういう事だ?」 リーは、敵艦隊の奇行の数々に困惑の色を浮かべた。 フランクリンから飛び立ったハイライダーが敵艦隊を発見して既に1時間以上が経つ。 その間、敵艦隊は2度、反転を行っている。 先程の反転は、すわ交戦開始か、と思われた直後に行われ、リーは思わず、唖然となってしまった。 「なぜ、敵は反転したのだ……照明弾を撃って、俺達の居場所を突き止めようとしていた筈なのに……」 リーは、あった事もない敵将の影を思い起こす。 敵将の姿は当然分からないから、思い浮かぶのは真っ黒な人影だけである。 だが、リーは、その真っ黒な人影が、妙に気味悪く感じると共に、自分達を馬鹿にしているかのようにも思えた。 「お前達は一体、何をしようとしている?戦うのでは無かったのか?それとも……」 本当に、このアイオワ級が怖いのか? リーは、最後の言葉を口には出さなかった。 彼としては、そんな事は無いだろうと思わなかったが、敵艦隊が戦闘開始直前になって、TG58.6の面前で急反転した事が、 リーの中に、敵艦隊の撤退という疑念を徐々に膨らませつつある。 (確かに、大西洋戦線では、マオンド海軍の最新鋭戦艦をミズーリとウィスコンシンが撃沈しているが……しかし、お前達の戦艦は マオンド軍の新鋭戦艦よりも優れていた筈……なのに、急に行われたあの反転……敵艦隊の司令官はよっぽどの腰抜けなのか?) 彼は心中で、不気味な黒い人影に語りかけた。 敵艦隊は、反転した後、TG58.6に振り変えぬまま、30ノット以上のスピードで航行を続ける。 10分……15分……20分と、時間だけが無為に過ぎ去っていく。 無論、リー艦隊も27ノットのスピードで追い続けるが、午後11時10分頃には、彼我の距離は再び、30マイルにまで広がっていた。 「司令官。ハイライダーが引き上げを開始しました。」 リーがCICのレーダー機器を見つめ続けている中、ブランドンが声をかけて来た。 「……そうか。」 リーは、ただ一言だけ答えた。 「……参謀長。敵艦隊の狙いは、一体何だったのかね?」 「断言はできませんが、恐らく、心理戦を仕掛けてきたのではないでしょうか?」 「心理戦?」 「はい。敵は竜母群に大損害を負いましたが、戦艦部隊はまだ無傷です。その戦艦部隊が中心となって攻め立ててくれば、当然、 我々も戦艦部隊を繰り出さねばなりません。しかし、敵のネグリスレイ級戦艦では、アイオワ級戦艦には力不足でしょうから、 まともにやっては勝てないかもしれない……そこで、敵は我々に精神的な疲労を与える為に、あの艦隊を派遣して来たのではないでしょうか。」 「ふむ……それにしては、効率が悪いのではないかね?」 リーの質問に、ブランドンは答えようとした。 だが、それは、急に入って来た報告によって遮られてしまった。 「司令官!味方艦隊より緊急信です!我、敵艦隊見ゆ!敵は戦艦らしき艦を3隻伴う!これより交戦を開始す!」 その報告を聞いた瞬間、リーとブランドンは互いに顔を見合わせた。 「……参謀長、もしかしたら、我々は敵に注意を惹きつけられていた隙に、別動隊の接近を許してしまったそうだ。」 「そのようです。」 2人は、どういう訳か、落ち着き払った口調で言葉を交わしていた。 「通信員、発信元はどこだね?」 「はっ、発信元はTG58.7であります!」 「TG58.7か……」 リーは、何故か残念そうな表情を浮かべた。 「TG58.8なら、ミズーリにも活躍の機会を与えられたのだが。」 彼がそう言った直後、帰還しようとしていたハイライダーから最後の通信が入った。 「司令官。帰還中のハイライダーより通信です。敵艦隊、再度反転。TG58.6に向かいつつあり。」 それを聞いたリーは、深く頷いてから言葉を吐き出した。 「…こちらも、今から本番のようだな。」 時間は、これより30分程遡る。 午後11時40分。第4機動艦隊別働隊は、レンフェラルの発した情報をもとに、時速11.5リンル(33ノット)の高速で アメリカ機動部隊に迫りつつあった。 第4機動艦隊別働隊の旗艦である、巡洋戦艦マレディングラの艦橋で、司令官を務めるフラクトス・ドゥレイコヌ少将は、作戦が 成功しつつある事を確信していた。 「レンフェラルが伝えた位置まで、あと20ゼルドか。最初は上手く行くのかと思ったが……リリスティ司令官も、上手い事を考えた物だ。」 ドゥレイコヌ少将は、いかつい顔に笑みを張り付かせながら、別動隊編成のきっかけを作ってくれたリリスティを素直に尊敬した。 リリスティは、出撃前、3隻の巡洋戦艦で編成される第7巡洋戦艦戦隊の司令であったドゥレイコヌと、3隻の巡洋戦艦の艦長を呼び、 それぞれに1枚の封筒を手渡した。 「この封筒は、私がある言葉を発した後に開封して。その言葉を言うまでは、決して開けないで。」 リリスティは、ドゥレイコヌらにそれだけ伝えた後、開封の命令文となる言葉を彼らに教えた。 ドゥレイコヌらは、何故このような事をするのかとリリスティに問い質したが、彼女は詳しく教えてくれなかった。 彼らは、いきなり封筒を手渡し、謎の言葉を伝えたリリスティに多少不満を抱いた物の、命令には逆らう事ができず、ひとまず、 言われた通りに封筒を持ち帰った。 それから日付が経った今日、彼らは、第4機動艦隊旗艦モルクドから、短い言葉を伝えられた。 その言葉が、『鞘から抜けて』であった。 言葉が伝わった彼らは、すぐさま封筒を開封し、中に入っていた紙を取り出した。 それは、紛れもない封緘命令書であった。 「第4機動艦隊別働隊は、他艦と協力し、戦艦部隊が敵主力を引き付けている間に迂回航路を取り、後方の敵機動部隊を襲撃せよ。 指揮はドゥレイコヌに任せる。」 その命令書を見た瞬間、ドゥレイコヌは、出撃前に散々行われた猛訓練の意味が、ようやく分かったような気がした。 第4機動艦隊は、通常の艦隊訓練は勿論の事、別の竜母群に所属していた艦同士でも即座に編隊行動を取れるように、所属別の艦同士で 隊形を組んだり、攻撃訓練を行うと言ったある意味、変わった訓練も頻繁に行っていた。 通常、艦隊の訓練は、同じ艦隊に所属している艦同士……第4機動艦隊では、同じ竜母群に属している艦艇が集まって行うのが常だが、 リリスティはあえて、所属がばらけた状態でもまともに行動できるようにするため、第5戦隊所属の艦を第8戦隊所属の艦と組み合わせて 航行させたりして、連携を取れるようにしていた。 その甲斐あってか、第4機動艦隊は、出撃前までに、別々の所属の艦同士であっても、まるで、同じ部隊で訓練し続けていたかのような、 連携の取れた動きを満足にこなせるまでになっていた。 午後6時40分に命令を受け取ったドゥレイコヌは、付近に潜んでいるであろう、米潜水艦を警戒しながら機動部隊から離脱し、 約5ゼルド離れた海域で別動隊に選ばれた艦を待った。 午後7時頃には、他の艦も続々と集まり始め、最終的には、マレディングラを始めとする巡洋戦艦3隻の他、巡洋艦5隻、駆逐艦18隻が 集合し、一路、迂回航路を取って、全速力で米機動部隊に向かった。 別働隊は、進撃中に態勢を整え、今では4本の単縦陣を形成しながら進撃を続けている。 単縦陣の中の1つは、マレディングラを始めとする3隻の巡洋戦艦であり、2つは駆逐艦主体の快速部隊。 最後の1つは巡洋艦部隊である。 進撃開始から3時間が経ち、目標海域まであと少しという所まで迫りつつある。 「司令。今の所、順調に言っておりますな。」 「ああ、今の所はな。」 ドゥレイコヌは、戦隊司令部付きの主任参謀にそう返す。 「問題はここからだぞ。敵機動部隊は、輪形陣の外郭に警戒用の駆逐艦を置いていると聞く。こいつに見つかったら、敵機動部隊は早々と 戦闘態勢を整えてしまう。敵駆逐艦を見つけたら、即座に砲撃しろ。敵が報せを送る前に撃沈するのだ。」 ドゥレイコヌはそう言いながら、心中ではそれは不可能かもしれないと思っている。 (敵駆逐艦も、レーダーとやらを持っていると聞く。私はああ言ったが、こちらが主砲を向ける頃には、敵はレーダーとやらで、こっちの 姿を捉えているかも知れんな) 彼は心中で呟きつつも、それはそれで構わないと覚悟を決める。 問題の敵駆逐艦は、見つかる事は無かった。 午後11時 マレディングラの魔道士官が敵艦隊と思しき生命反応を探知したとの報告を、ドゥレイコヌに伝えてきた。 「敵艦隊との距離は、約9ゼルド!我が艦隊から北東の位置におります!」 「9ゼルドか。なかなかに近いじゃないか。リリスティ司令官の勘は冴えわたっているな。」 ドゥレイコヌは内心、興奮気味になりながらも、意識を切り替える。 「ようし!通信封鎖解除!全艦に通達!これより、敵艦隊と戦闘に入る!主砲!照明弾を放て!」 ドゥレイコヌの命令は、魔法通信でもって全艦に伝えられた。 マレディングラの艦橋前に設置されている2基の3連装砲塔が、北東の方角に向けられた後、轟然と唸りを上げる。 艦橋の露天部に陣取る見張り員達は、固定式の望遠鏡を覗き込み、照明弾の下に移るであろう、敵艦の姿を確認するべく、意識を集中させていく。 やがて、照明弾が炸裂した。 艦隊の左舷側前方に、おぼろげながらも、赤紫色の光が輝いた。 その時になって、魔道士官がおかしな報告を届けて来た。 「司令官!敵艦隊が我が方に向かいつつあります!」 「なに?こっちに向かっているだと?」 ドゥレイコヌは怪訝な表情を浮かべる。 「敵は空母を伴っている。この距離からして、敵は既に、レーダーとやらでこちらを捉えている筈……針路を間違えたのか?」 彼はふと、そう呟いた。 だが、それは誤りであった。 「司令官!敵艦隊に戦艦らしき艦がおります!数は2隻!その他に、護衛艦らしきもの多数!」 第58任務部隊第7任務群は、午後11時5分、敵艦隊と接触した。 TG58.7旗艦である、巡洋戦艦トライデントの艦橋では、群司令であるローレンス・デュポーズ少将が仁王立ちの体勢で双眼鏡を 構えながら、前方の海面を見つめていた。 「流石はスプルーアンス長官だ。敵さん、本当にやって来たぞ。」 デュポーズ少将は、隣に立っているトライデント艦長チャールズ・マックベイ大佐に話しかけた。 マックベイ大佐は、昨年の12月中旬にトライデントの艦長に任ぜられている。 艦長就任から1ヵ月ほどしか経っていないため、大艦であるトライデントには完全に馴染んだとは言い難いが、それでも、ベテラン艦長 のプライドにかけて、任務を果たすと誓っていた。 「やはり、敵さんは快速部隊でこちらの空母を狙って来ましたな。」 「ああ。敵の動きは、モンメロ沖のマオンド海軍と行動が似ている。恐らく、敵の司令官は、ここでマオンド海軍の果たせなかった、 敵主力の襲撃という夢を実現しようとしたのだろう。」 デュポーズ少将はそこまで行ってから、不敵な笑みを浮かべた。 「だが、スプルーアンス長官は、それを許す程、甘くは無かった。」 第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、TG58.6を迎撃に当たらせると同時に、迂回して来た敵艦隊の襲撃に備える為、 TF58所属の戦闘艦艇の一部を抽出して警戒部隊を編成した。 警戒部隊は、TF58所属の戦艦、巡洋艦、駆逐艦で編成され、2群に分けられた。 TG58.7は、アラスカ級巡洋戦艦コンスティチューション、トライデントの2隻を主力に、重巡洋艦ボルチモア、ボストン、 軽巡洋艦サンアントニオ、防空軽巡アトランタ、リノ、駆逐艦16隻で編成されている。 指揮官は第15戦艦戦隊司令官であるデュポーズ少将に任ぜられた。 TG58.8は、アイオワ級戦艦のミズーリと、巡洋戦艦コンステレーションの2隻を主力に置き、重巡洋艦ピッツバーグⅡ、 軽巡洋艦サンタフェ、モントピーリア、防空軽巡サンディエゴ、駆逐艦14隻で編成されている。 スプルーアンスは、臨時に編成した2つの警戒部隊を、機動部隊の北側と南側に置き、万が一の場合に備えた。 待つ事数時間……来ないとさえ噂されていた敵艦隊は、TG58.7の面前に姿を現したのであった。 「CICより報告!敵艦隊は単縦陣を4つ形成!うち、1つの反応が大。戦艦クラスかと思われます!」 「CIC。戦艦クラスの反応はいくつだ?」 「3つです!」 艦長とCICのやり取りを聞いていたデュポーズは、少しばかり不安げになる。 (戦艦クラスが3隻か……こっちはコンスティチューションとトライデントの2隻だけ。ちょいとばかり、こっちが不利かな……) 第5艦隊に配属されているアラスカ級巡戦は、第12戦艦戦隊のアラスカ、コンステレーションと、第15戦艦戦隊のコンスティチューション、 トライデントの計4隻である。 アラスカ級巡戦の姉妹艦全てが配備されている事になるが、ネームシップのアラスカは、昼間の空襲で魚雷を食らっている他、今は第5艦隊旗艦 として使われている為、今回の迎撃戦には参加できなかった。 その穴埋めとして、第12戦艦戦隊には、アイオワ級戦艦の3番艦ミズーリが編入され、TG58.8はTG.58.7を上回る火力を手に入れる事が出来た。 しかし、デュポーズは、それが少々気に入らなかった。 彼は第5艦隊司令部に対して、TG58.8にミズーリを入れるのならば、コンステレーションをTG58.7に編入させ、同型艦同士の戦隊として 編成してはどうか?と意見具申した。 だが、第5艦隊司令部は、迎撃部隊のバランスの良い配置を優先したため、結局、TG58.7は、2隻の巡戦を主力に編成され、警戒任務に付いた。 そのTG58.7に、敵は食いついて来たのだ。 敵の主力艦は3隻。対して、こちら側の主力は2隻。 デュポーズは、あの時、司令部がコンステレーションをTG58.7に回してくれれば、と、半ば恨めしい気持ちになった。 (まぁ、敵が来たのなら仕方が無い。それに、状況は、“あの時”と比べてまだ良い方だ。) デュポーズは心中で呟きながら、昨年1月17日行われた、トアレ岬沖海戦を思い出す。 あの時、デュポーズは軽巡洋艦クリーブランドの艦長で、敵の新鋭戦艦と撃ち合っているが、その時は、同乗していた亡命者の協力を得たお陰で、 何とか敵戦艦を撃退する事に成功している。 あの時、彼は、自分はここで死ぬかも知れぬと覚悟を決めた程、状況は良くなかった。 その時と比べると、今の状況は決して、悪いとは言い切れない。 (敵が新鋭戦艦である事には間違いないかもしれないが、それでも構わん。アラスカ級巡戦は、17000メートル以下になれば、新鋭戦艦にも打撃を 与えられるからな) デュポーズは自信を取り戻し、暗闇の向こう側に居る敵艦隊を睨みつける。 敵艦隊の姿はまだ視認できないが、トライデントのレーダーはしっかりと、敵艦を捉え続けている。 やがて、敵艦隊は本格的に行動を起こし始めた。 「司令!敵戦艦群に随行していた護衛艦群が増速しました!」 「OK。こちらも駆逐艦部隊と巡洋艦部隊に迎撃を命じる。」 デュポーズは即座に命令を下した。 トライデントとコンスティチューションの左右に張り付いていた駆逐艦部隊と巡洋艦部隊は、突出した敵艦目掛けて増速していく。 対空巡洋艦ルンガレシは、後方に9隻の駆逐艦を伴いながら、16.5リンル(33ノット)の高速で海上を驀進していた。 「艦長!敵艦隊より随伴艦が向かって来ます!」 巡洋艦ルンガレシ艦長、ヴェンバ・ラガンガル大佐は、見張り員の声を聞くなり、軽く舌打ちをする。 「やはり、戦艦部隊に突進しようとすると、敵も小型艦を差し向けて来るか。まぁ、それでいい。」 ラガンガル大佐はそう呟きながら、自分達に与えられた任務を思い出す。 別働隊は、巡洋戦艦マレディングラ、ミスレライスツ、ファンクルブの他に、マルバンラミル級巡洋艦のルィストカウスト、オーメイ級巡洋艦の キャムロイド、イシトバ。 そして、対空巡洋艦のルンガレシとイムレガルツ、駆逐艦18隻で編成されている。 ルンガレシとイムレガルツは、敵駆逐艦部隊と戦う駆逐艦群の先頭に立ち、その圧倒的な砲火力によって駆逐艦群の援護を行うように命じられている。 ルンガレシは艦隊の左側を航行していたため、自然に、敵艦隊の右側に張り付いていた敵駆逐艦と戦う事になった。 ルンガレシと、後続する駆逐艦部隊は、一本棒となって敵艦隊に接近する。 敵艦隊も15リンル以上の快速で洋上を突っ走っているため、彼我の距離はグングン縮まっていく。 魔道士が、距離9000グレルと伝えた時、ラガンガル大佐は次のステップに進み始めた。 「砲術長!照明弾を発射しろ!」 彼は伝声管越しに命じた。 ルンガレシの前部に配置された、2基の4ネルリ連装砲のうち、第1砲塔の2門の砲身が火を噴く。 小口径砲とはいえ、腹に応える砲声が鳴り、照明弾が敵艦隊の推定位置目掛けて撃ち放たれた。 やや間を置いて、敵艦隊が居ると思しき海面上空に照明弾が炸裂するが、その光の下には、僅かに何隻かの艦影を見る事が出来ただけで、 その詳細までは分からない。 「艦長!敵艦隊が面舵に変針!距離8000グレル!(16000メートル) 魔道士からの報告が上がる。 (敵は変針したか。それで、照明弾に敵艦があまり移らなかったのか) ルンガレシから放たれた照明弾は、敵が回頭を行っている最中に炸裂したため、敵駆逐艦部隊の全容を知る事が出来なかった。 だが、それでも、幾らかの情報は伝わって来た。 「艦長!敵駆逐艦はアレン・M・サムナー級が主体のようです!」 「アレン・M・サムナーか……」 ラガンガルは、口中で反芻する。 アレン・M・サムナー級駆逐艦は、83年の末頃からアメリカ海軍に配備された駆逐艦だ。 大きさはフレッチャー級駆逐艦と大差ない物の、主砲火力は6門と増えている。 また、アレン・M・サムナー級も魚雷発射官を搭載しているため、フレッチャー級と同等か、それ以上に侮れぬ敵だ。 見張り員の報告からして、敵の駆逐艦群は、ほとんど……少なめに見積もっても、約半数がこの最新鋭の駆逐艦で構成されているだろう。 「こちらも変針する!取り舵一杯!」 「了解!」 ラガンガル大佐の指示を受けた操舵手が、勢い良く舵輪を回す。 基準排水量6000ラッグ(9000トン)のルンガレシが、艦を右舷側に傾がせながら大回頭を行う。 後続の駆逐艦もルンガレシに習い、次々と回頭していく。 「砲術!続けて照明弾を撃て!」 ラガンガルは早口で命令を伝える。 ルンガレシの第2砲塔が火を噴く。それに続き、先程照明弾を放った第1砲塔も再び咆哮し、照明弾を撃ち放った。 (敵艦隊の編成は駆逐艦が9隻。うち、4隻ないし、5隻はアレン・M・サムナー級だろう。後続の駆逐艦群に楽をさせる為にも、 ルンガレシの砲火力に物を言わせて、一隻でも多く叩かねば……) ラガンガルが心中でそう呟いた時、敵艦隊の上空で照明弾が炸裂した。 赤紫色の光が海面を照らし出し、暗闇の向こうの敵艦を光の下にさらけ出した。 今度は、上手い具合に照明弾が炸裂したため、先程は見えなかった敵の先頭艦も見る事が出来た。 その瞬間、ラガンガルは体が凍りついてしまった。 「か、艦長!敵1番艦は駆逐艦ではありません!」 見張りが仰天したような口調で報告して来る。 「ああ!言われなくても分かっている!!」 ラガンガルは、望遠鏡越しに敵1番艦を見つめながら叫び返す。 敵1番艦は、駆逐艦にしては形が大きすぎた。 照明弾の光はおぼろげであり、敵艦の黒い影を形作る事しか出来ないが、その影は、ある艦の特徴をよくあらわしている。 敵1番艦は、艦の前部と後部に、3つもの砲塔を階段状に重ね、艦上構造物が、比較的低くなっている。 そこまで分かれば、敵1番艦の正体は何であるかが分かる。 「あれは、アトランタ級だ!」 ラガンガルは、望遠鏡を下ろした。 「連中も、俺達と同じ考えを持っていたようだな!」 彼は、確信した様な口調でそう言い放った。 「敵艦隊!距離を詰めています!現在、7000グレル!」 アトランタ級防空巡洋艦に率いられた米駆逐艦群は、ルンガレシと味方駆逐艦群との距離を徐々に詰めつつある。 距離は7000グレルか6500グレル。6500グレルから6000グレルと、流れるように変化して行く。 彼我の距離が6000グレルを切った時、敵艦隊が発砲を開始した。 「敵艦隊発砲!」 「砲術!目標、敵1番艦!砲撃始めぇ!」 ラガンガルは咄嗟に、命令を下した。 右舷側に向いていたルンガレシの主砲が咆哮し、4ネルリ砲弾を叩き出す。 左舷側に指向出来る12門の砲弾から弾き出された砲弾は、上空でアトランタ級巡洋艦が吐き出した砲弾とすれ違う。 ルンガレシの艦橋に砲弾の飛翔音が響いた後、左舷側海面に多数の水柱が噴き上がった。 ルンガレシの砲弾も、敵1番艦の左舷側海面に落下した。 敵1番艦以下の駆逐艦も、次々と主砲を放って来た。それに対して、味方の駆逐艦群も応戦する。 敵1番艦が第2斉射を放つ。 ルンガレシも第2斉射を放ち、12発の砲弾が敵1番艦に注ぎ込まれた。 右舷側海面に多数の砲弾が突き刺さり、水柱が噴き上がる。 砲弾の大半は、ルンガレシの右舷側に至近弾となり、しばしの間、敵1番艦の姿が水柱に隠れた。 唐突に、後方で砲弾発射音とは異なる音が響いた。 「駆逐艦ザムーク被弾!」 後方の見張り員から報告が届く。 ルンガレシの後方を行く駆逐艦ザムークが敵駆逐艦の砲弾を浴びたのだ。 米駆逐艦の砲弾は、ザムークの第2砲塔に命中し、砲戦力をもぎ取ったものの、ザムークは健在であり、残った砲で応戦した。 突然、敵艦隊に動きが生じた。 「敵艦隊が左舷側に回頭します!」 ラガンガルは見張り員の言葉を聞くまでもなく、敵1番艦以下の敵艦隊が順繰りに回頭を行う様子を見つめていた。 672 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/05/28(土) 01 39 03 ID 5x/ol6rU0 米艦隊は、先頭のアトランタ級と2番艦、3番艦が砲火を放ちながら、左に回頭し続けている。 ルンガレシと駆逐艦部隊は、回頭を行う巡洋艦と駆逐艦目掛けて砲弾を撃ちまくる。 敵1番艦の艦体に砲弾が命中し、火災炎と思しき物がゆらめいた。 敵3番艦にも砲弾が命中する。僚艦の砲弾が数発、纏まって着弾したと思いきや、敵3番艦はいきなり大爆発を起こした。 その瞬間、ラガンガルは、敵艦隊の方角から発せられた凄まじい光量に、思わず度肝を抜かれた。 「うわ!?な、何だ!?」 ラガンガルは一瞬、右腕で自らの顔を覆い隠した。光は、すぐに収まった。 彼は右腕をどかし、すぐに敵艦隊の方角を注視する。 米艦隊の方角で、大火災を起こしながら停止している艦がいた。 艦首から艦尾まで炎に包まれたその艦は、あっという間の内に姿を消してしまった。 「敵駆逐艦1隻轟沈!」 見張り員が感極まった口調で知らせて来た。 「あの敵は、魚雷発射官か弾薬庫の誘爆を起こしたらしいな。敵に叩き付ける筈の兵器で沈められるとは、何とも不運な……」 ラガンガルは、戦場の厳しい現実を前にして、轟沈した敵駆逐艦に僅かながらも同情の念を抱いた。 彼の言う通り、敵駆逐艦は魚雷発射官に砲弾を食らい、大爆発を起こしていた。 誘爆を起こした魚雷は5本であり、実に2トン以上もの炸薬が敵艦の小さな艦体上で爆発を起こしたのだ。 たかだか2000トン程度の(それでも、駆逐艦クラスとしては大型の方だ)駆逐艦ではそれに耐え切れる筈が無く、米駆逐艦は 全艦火達磨となって沈んで行った。 爆沈した駆逐艦の生存者はゼロであった。 誘爆、轟沈した駆逐艦とは別に、更に1隻の敵駆逐艦が被弾し、火災炎を生じさせる。 「魚雷は?敵艦は魚雷を放っていないか!?」 ラガンガルは味方艦の戦果よりも、敵が放ったかもしれない恐ろしい兵器……魚雷が発射されたか否かが一番気になっていた。 敵艦隊は全艦が回頭を終えている。敵の動きからして、舷側の魚雷発射官から魚雷を発射した可能性がある。 ほどなくして、見張り員が伝えてきた。 「右舷方向より航跡!魚雷です!距離500グレル!」 「面舵一杯!」 ラガンガルは即座に命じた。 (やはり、敵艦隊は魚雷を発射していたか) 彼は心中で呟きながら、艦が早く回る事を祈った。 やがて、ルンガレシの艦首が回り始めた。艦首が右舷側を向け切る前に、ラガンガルは舵戻せと指示を飛ばす。 前方から魚雷の航跡が伸びて来る。その数は多い。 ルンガレシに習い、後続の駆逐艦群も一斉に回頭し、魚雷との対抗面積を減少させる。 ルンガレシの左右を、白い航跡が通り過ぎていく。 2本の魚雷が、かなり近い所まで接近して来たが、ルンガレシは幸運にも被雷を免れた。 残りの駆逐艦9隻も魚雷を食らわなかったが、その頃には、米艦隊は再び前進してきており、ルンガレシと9隻の駆逐艦は、敵艦の 横腹に艦首を向けた状態で砲撃を受け始めた。 「敵艦、発砲開始!」 「こっちも撃ち返せ!」 ラガンガルは、半ば苛立ったような口ぶりで指示を飛ばす。 ルンガレシが指向可能な前部2基、舷側の2基の主砲を放つ。 敵艦隊は主砲を放ちながら、ルンガレシ以下のシホールアンル艦隊めがけて、新たな魚雷を発射した。 「艦長!右舷側方向より魚雷!」 ラガンガルはすかさず窓の側に移動し、海面を眺める。 ルンガレシの右舷側から幾つもの魚雷が、白い航跡を引きながら突き進んで来る。 夜間であるため、航跡が見辛い。 ラガンガルは、魚雷の全てが、ルンガレシの後方に逸れる位置にある事に気付いた。 「針路、速力共にこのままだ!」 彼は艦をこのまま突き進ませる事を決めた。その直後、彼は自分の判断が間違っていた事に気づく。 1本の魚雷が、明らかに命中コースと思われる位置を突き進んで来た。 「!?」 彼は、思わず体を震わせた。 (しまった!) ラガンガルは、自らの判断ミスに後悔の念が湧き起こったが、魚雷は後悔に浸る事も許さぬとばかりに、ルンガレシの右舷中央部に突き刺さった。 白い航跡が舷側に向かって進んで来た、かと思うと、微かな振動が艦橋に伝わった。 ラガンガルは魚雷が爆発すると確信し、足を踏ん張った。 その直後、魚雷命中と思しき爆発音が響いた。 強烈な轟音が鳴り響いた時、ラガンガルはルンガレシの艦体が魚雷の爆発によって裂けたかと思った。 「艦長!後方のザムークが轟沈しました!」 耳に入って来たその報告に、ラガンガルが遂に、味方艦に犠牲が出たかと思った。 その次に、彼は自らの艦が何の不自由もなく動いている事に気付き、一瞬、唖然となってしまった。 「……どういう事だ?ルンガレシは魚雷を食らったんじゃないのか?」 彼は一瞬、訳が分からないとばかりに首を捻ったが、その疑問は瞬時に氷解した。 「敵魚雷、爆発せず!不発弾の模様!」 「……そうか。不発だったのか……」 ラガンガルはようやく、ルンガレシに被害が無い事に気付いた。 ルンガレシに命中した魚雷は、理想的な角度と速度で右舷側中央部に命中したが、魚雷は信管が作動せず、弾頭部を舷側に打ち付けただけに留まり、 魚雷本隊は海中に沈んで行った。 ルンガレシは、幸運にも被害を免れたが、僚艦はルンガレシほどの強運を持ち合わせていなかった。 ルンガレシのすぐ後方を走っていた駆逐艦ザムークは、中央部に2本の魚雷を食らい、轟沈した。 3番艦キュルベは艦首正面に魚雷を食らい、破孔から大量の海水を飲み込んだため、艦首部から急激に喫水を下げてから停止した。 5番艦アルズバは後部に被雷し、速力を大幅に低下させた所に、更にもう一本の魚雷を食らった。 2本目の魚雷はアルズバの艦首部の弾火薬庫の誘爆を起こし、一瞬にして艦の半分以上が炎に包まれた。 アルズバは大爆発を起こした後、大火災を生じ、洋上に停止した。 7番艦ティーウィカは中央部に1本の魚雷を受け、速力の低下を来した。 ティーウィカはこの1本の魚雷によって、機関部がほぼ全滅したため、最初はゆっくりであった速力の低下も、破孔部からの浸水と機関部損傷の 影響で急激に速力を落とし、最終的には右舷側に大きく傾いた状態で停止した。 米艦隊の雷撃により、4隻の駆逐艦が相次いで撃沈されたが、残ったルンガレシと、駆逐艦5隻は、すぐさま態勢を立て直して砲撃戦を挑んだ。 アトランタ級巡洋艦がルンガレシに対して矢継ぎ早に主砲を放って来る。 ルンガレシは舵を切り、転舵しながらも反撃の砲火を放つ。 アトランタ級巡洋艦とルンガレシは、3500グレルという比較的近い距離で、本格的な同航戦を開始した。 ルンガレシは、右舷側に指向出来るだけの主砲を向けて発砲を行う。 対するアトランタ級巡洋艦も左舷側に多数の砲を向けて砲撃して来る。 互いに2度、3度、4度と、激しい撃ち合いを繰り返す。 ルンガレシの艦首甲板に砲弾が命中し、爆炎と共に甲板の板材が海面、艦上に撒き散らされる。 先程放った射弾がアトランタ級の後部甲板に命中するや、アトランタ級は後部に火災を起こし、命中個所から炎をゆらゆらとたな引かせる。 ルンガレシが第5斉射を放った直後、2発の射弾が艦体に直撃し、艦橋にも振動が伝わる。 「アトランタ級の方が若干、発射速度が速いな。」 ラガンガル艦長は、アトランタ級の速射性能がルンガレシの発射速度を上回っている事に気付いた。 ルンガレシは、装填機甲の改良の結果、6秒、または5秒置きに砲弾を放てるようになっているが、砲弾の装填は人力で行うため、兵員が 疲労すれば発射速度は7秒から8秒、酷い時には10秒置きに1発、という事もある。 ルンガレシは今、アトランタ級と同じように、矢継ぎ早に砲弾を放っている。 敵に絶えず砲弾を浴びせ続ける為、全門一斉射ではなく、交互撃ち方を速めた様なやり方で砲撃を行っているが、発射速度は6秒から7秒置きに 1発と、やや遅い。 それに対して、アトランタ級巡洋艦は戦闘開始直後から今まで、5秒、または4秒置きに1発の割合で砲弾を放ち続けている。 また、アトランタとルンガレシが、舷側に向けられる砲の数にも差があった。 ルンガレシが対抗しているアトランタ級は、アトランタ級巡洋艦のネームシップ、アトランタであり、舷側には5インチ連装砲7基14門を 向ける事が出来たが、ルンガレシは4ネルリ連装砲6基12門と、僅かながら、砲の数でも敵に差を付けられている。 ルンガレシは、アトランタ級の速射性能に押され始めていた。 アトランタ級の砲弾が降り注ぐ度に、ルンガレシの艦体に穴が穿たれていく。 ある砲弾は、ルンガレシの中央部に取り付けられた銃座に命中し、連装式の魔道銃を粉々に打ち砕く。 別の砲弾は後部甲板に命中して火災を起こさせ、ルンガレシの艦影をおぼろげながらも浮かび上がらせる。 格好の目標を得たアトランタ級は、畳み掛けるように砲弾を放って来た。 アトランタ級の砲弾がルンガレシに殺到し、周囲に砲弾が落下して水柱が噴き上がる。 今度は2発が命中した。1発は中央部に命中し、火災を発生させた。 もう1発は、舷側の両用砲1基に命中し、これを爆砕した。 「右舷側2番両用砲損傷!射撃不能!」 報告を聞かされたラガンガルは、悔しさの余り歯噛みする。 「くそ!こっちの砲も、もう少し発射速度が早ければ!」 彼は忌々しげに呟くが、ルンガレシの砲弾も、アトランタ級に命中している。 アトランタは、ルンガレシに砲弾を7発命中させたが、アトランタも5発の砲弾を受けている。 命中個所は前部甲板と中央部、後部甲板と、艦体に満遍なく広がっている。 命中弾のうち、1発は空の魚雷発射官を直撃していた。 砲弾は発射官を爆砕しただけで終わったが、もしアトランタが魚雷を発射しなかったら、ルンガレシはアトランタに撃沈確実の 損害を与える事が出来たであろう。 アトランタは、被弾によって艦の各所から火災を起こしているものの、左舷側に指向出来る14門の5インチ砲は健在であり、圧倒的な 速射でルンガレシを叩きのめしつつある。 ルンガレシに新たな砲弾が命中する。 今度は1発のみであったが、その衝撃は大きかった。 「畜生!また食らったか!」 ラガンガルは衝撃に耐えながら、呻くように言う。 「第2砲塔に被弾!射撃不能の模様!」 彼は、見張り員の報告を聞くなり、半ば憂鬱な気分になった。 アトランタ級と本格的に交戦を開始して僅か5分足らずで、ルンガレシは4門の砲を使用不能にされた。 それに対して、ルンガレシは敵の戦闘力を全く削れていない。 全く、予期せぬ形で生じた米シ対空巡洋艦同士の戦いは、今の所、ルンガレシがアトランタに圧倒される形で推移しつつある。 「くそ!このまま押しまくられてしまうのか!」 ラガンガルは再び、悔しげな口調でそう言い放つ。 だが、ルンガレシはここで調子を取り戻し始めた。 ルンガレシが砲弾を放つ。その直後にアトランタ級の射弾が降り注ぎ、艦体の損傷が広がっていく。 敵艦の後部に閃光が煌めいた瞬間、一際激しい爆発が命中個所から湧き起こった。 「お……あれは。」 ラガンガルは、何かを期待するかのような気持ちで敵艦を注視した。 アトランタ級は更に射撃を続けるが、炎上する後部部分から発せられる光量は、先程と比べて明らかに小さい。 敵艦は、後部にある3つの砲塔のうち、2つ程を破壊されていた。 「敵1番艦に直撃弾!後部砲塔に命中した模様!」 その報告が艦橋にもたらされるや否や、艦橋職員達は一様に、喜びに満ちた表情を浮かべた。 喜ぶのも束の間、敵艦から放たれた射弾がルンガレシに降り注ぐ。 今度は3発が命中した。1発は後部甲板に命中し、火災を拡大させる。 もう1発は艦橋横の甲板に命中し、艦橋の側面に夥しい破片が突き刺さった。 最後の1発は後部艦橋の基部に命中し、そこから新たな火災を生じさせた。 ルンガレシが返礼とばかりに砲弾を放つ。 アトランタ級には、交互撃ち方で砲撃を行っているため、敵艦には絶えず砲弾が降り注ぐ。 敵艦の左舷側甲板に砲弾が命中し、爆炎が破片らしき物を噴き上げる。 後部甲板にも新たな砲弾が突き刺さり、爆発が起こる。 命中個所からは小さな火災炎がゆらめき、黒煙が艦の後部に流れていく。 アトランタも負けじとばかりに砲弾を放つ。 ルンガレシにアトランタ級から放たれた砲弾が降り注ぐ。10発もの5インチ砲弾が落下し、うち、2発がルンガレシに命中する。 後部付近から何かの破壊音と共に、強い振動が伝わって来た、と思いきや、一際大きな爆発音が鳴った。 「後部第3砲塔被弾!砲員は総員戦死の模様!」 矢継ぎ早に報告が届けられる。 「第3砲塔弾薬庫注水!」 ラガンガルは素早く命令を発した。 彼は、最後の爆発音が、砲塔内に残っていた砲弾が誘爆した音であると確信していた。 そうなった場合、第3砲塔は今、火災を起こしている可能性が高く、砲塔下部の弾薬庫に火災が及ぶ危険がある。 弾薬庫の誘爆が起きた場合、ルンガレシは確実に沈没するであろう。 事実、第3砲塔は火災を起こしており、その猛火は下部弾薬庫にも及びつつあった。 だが、ラガンガル艦長の咄嗟の判断が、ルンガレシを危機から救った。 「艦長!第3砲塔火薬庫、注水完了です!」 「よし、よくやった!」 ラガンガルは満足気に頷いた後、目の前の砲撃戦に意識を戻す。 ルンガレシの砲弾がアトランタの後部艦橋に命中し、そこから火災炎があがる。 アトランタ級は、後部に一際大きな火災を背負う事になり、その艦影がはっきりと見えるようになった。 「くそ、やはりあいつは前期型だったか……どうりで飛んで来る砲弾の量が多い訳だ。」 ラガンガルは眉をひそめながら呟く。彼は、それまでアトランタ級が前期型であるかもしれないと思っていたが、断定する事は出来なかった。 しかし、アトランタ級は自らの発する炎によって、ルンガレシにその姿をさらけ出した。 アトランタ級の砲弾が降り注ぎ、新たに1発がルンガレシに命中する。 今度の砲弾も艦橋横の甲板に命中し、一瞬だけ、爆炎が艦橋のスリットガラスの外に躍り上がるのが見えた。 「負けるな!撃ち続けろ!」 ラガンガルは仁王立ちになりながら、大声音で命じる。 「敵も手負いだ!押しまくれば倒せるぞ!」 彼の言葉に応えるかのように、ルンガレシの砲撃は続く。 アトランタ級の左舷側中央部に、新たな爆発が起こる。爆発光は2つ煌めいた。 1発は、舷側のやや後部にある両用砲を爆砕した。 爆発の瞬間、砲塔の上半分が吹き飛び、2本の砲身が宙高く吹き飛ばされていく。 もう1発の砲弾は、アトランタ級の2本ある煙突のうち、後ろ側にある煙突に命中した。 砲弾が炸裂した瞬間、アトランタは2番煙突の上半分をもぎ取られてしまった。 「敵艦に新たな火災発生!砲力が更に低下した模様!」 その報せを聞いたラガンガル艦長は、心が躍り上がる様な高揚感を感じた。 「ようし、その調子だ!」 ラガンガルは不敵な笑みを浮かべながら、快活のある声音でそう言い放つ。 アトランタ級の砲弾も落下して来た。 後部付近から一際、大きな衝撃と爆発音が伝わって来た。 「艦長!後部予備射撃指揮所に命中弾!」 「……了解。」 ラガンガルは報告を聞くなり、やや表情を暗くしたものの、砲戦力の更なる低下は見られないため、すぐに気を取り直した。 「まだ艦橋トップの射撃指揮所が残っている。ここと、主砲が残っている限りはまだ戦える。戦って、あのアトランタ級を仕留めてやる!」 (どちらの対空艦が強いのか……証明してやろうじゃないか!) ラガンガルは、心中でそう叫んだ。 ルンガレシが砲弾を放つ。その直後にアトランタ級の砲弾が落下し、ルンガレシの艦体が更に損傷する。 今度は3発が命中した。3発中2発は中央部に命中し、1発は艦首の錨鎖庫に命中した。ルンガレシの砲弾も敵に降り注ぐ。 ルンガレシの射弾は、1発だけが命中したが、これは後部に唯一残っていた4番砲塔に直撃した。 「敵巡洋艦の後部砲塔が完全に沈黙した模様!」 「ほほう……残るは、前部砲塔のみか。」 ラガンガルは、これで5分5分になったと確信する。 アトランタ級は、後部と舷側の砲塔を叩き潰され、残りは前部にある3基だけとなっている。 一方、ルンガレシは前部の第1砲塔と後部の第4砲塔、右舷側第2砲塔の3基6門が使える。 使用できる大砲は互いに6門のみであり、戦力的には互角と言える。 「ここからが正念場だぞ。」 ラガンガルは小声で呟きながら、83年10月2日に起きたマルヒナス沖海戦の事を思い出す。 当時、ラガンガルは、今日と同じように、ルンガレシを率いてアメリカ軍の巡洋艦部隊と戦っている。 あの時戦った巡洋艦は、アトランタ級よりも強力なクリーブランド級巡洋艦だったが、ラガンガルはルンガレシの速射性能で持って、 最終的にクリーブランド級に打ち勝つ事が出来た。 状況は、マルヒナス沖海戦の時と似ている。どちらが、相手の砲塔を全て吹き飛ばすか、または急所を叩くかで、全ては決まる。 だが、ラガンガルは、決して負けるつもりは無かった。 ルンガレシが砲弾を弾き出した。同時に、アトランタ級も前部砲塔から砲撃を行う。 彼我の砲弾が空中で交錯し、それぞれの目標に向かって行く。 着弾は、ほぼ同時であった。 唐突に、真上から激しい衝撃が伝わった。ラガンガルは、今までに経験した事の無い衝撃に耐え切れず、床に転がされてしまった。 「うぉ!?」 彼は転倒の際、右肩を床に打ち付けてしまった。 右肩からしびれる様な痛みが伝わり、彼はしばらく痛みに苦しんだ。 (くそ……骨をやられたか?) ラガンガルは心中で右肩の心配をしながらも、戦況を見守るべく、痛みに耐えながら体を起こした。 その瞬間、彼の耳に思いがけない言葉が響いて来た。 「艦長!主砲射撃指揮所に敵弾が命中!指揮所の要員は総員、戦死の模様!」 「………」 ラガンガルは、言葉を発する事が出来なかった。 だが、彼は心中で、今の状況を的確に分析していた。 (主砲射撃指揮所が破壊されたとなると……ルンガレシはもはや、効果的な射撃が出来ない事になる。ああ、なんともあっけない幕切れか……) ルンガレシはその後も交戦を続けたが、主砲射撃指揮所が破壊されてから2分後には、全ての砲塔を粉砕され、ルンガレシは完全に戦闘能力を失った。 巡洋艦部隊と駆逐艦部隊が戦っている間、TG58.7の主力である2隻のアラスカ級巡戦も交戦を開始しようとしていた。 「敵艦との距離、19000メートル!」 TG58.7旗艦であるトライデントは、左舷前方に敵の主力艦群を迎える形で、30ノットの高速で進んでいる。 「大分距離が縮まって来たが、敵はまだ撃たんのか。」 デュポーズ少将は、暗闇の向こう側に居る敵艦隊を見つめながら、ぼそりと呟く。 敵戦艦群の姿は視認出来ないが、トライデントのレーダーは、トライデント、コンスティチューションと同じように、30ノット以上の 速力で驀進する敵戦艦3隻を捉え続けている。 「司令。敵戦艦群は一向に針路を変えませんな。」 マックベイ艦長がデュポーズに語りかける。 「敵がこの先、針路を変えるかどうかまでは分からんが、この調子で行くと、恐らく、敵は反航戦でトライデントとコンスティチューションに 挑もうとしているのかも知れん。」 「反航戦ですか……少しきついですな。」 マックベイ艦長は眉をひそめながらデュポーズに言う。 「反航戦で戦うよりも、同航戦で戦った方がやり易いのですが。」 「私も同感だが、敵が反航戦を挑んで来るのならば、受けて立つしかあるまい。」 デュポーズはぶすりとした口調でマックベイに返した。 既に、トライデントの前部第1、第2砲塔は仰角を上げ、敵艦に向けられている。 敵艦に向けられている砲は、主砲だけではなく、前方に指向可能な5インチ連装両用砲も2基が、暗闇の向こう側に2門ずつの砲を向けている。 「敵艦との距離、18000メートル!」 CICのレーダー員が、機械的な口調で距離を知らせて来る。 トライデントの艦橋内は、戦闘開始前の緊張感に包まれている。 デュポーズも、マックベイを始めとする艦橋要員も、戦闘が始まるその瞬間を、今か今かと待っていた。 「旗艦より通達。射撃距離、16000。トライデント、コンスティチューション、目標、敵1番艦!」 唐突に、デュポーズが命令を発した。 デュポーズの命令は、隊内無線を通じて、2番艦コンステレーションに伝えられた。 「敵艦との距離、17000メートル!」 レーダー員の声がスピーカー越しに響く。 (敵はまだ撃たぬのか……) デュポーズは、敵戦艦群が沈黙を続けている事が気になった。 アラスカ級巡戦の初陣となったトアレ岬沖海戦では、ネームシップのアラスカが敵戦艦2隻を相手に大立ち回りを演じているが、この時、 アラスカは19000で射撃を開始し、敵戦艦2隻もほぼ同じ距離で砲撃を開始している。 だが、2隻のアラスカ巡戦と対抗している敵戦艦3隻は、距離が17000メートルを切った今でも、一向に射撃を開始しない。 (敵の指揮官もまた、自分と同じように、夜戦での遠距離砲戦はやり難いため、より接近してから砲撃を行おうと考えているのか?) ふと、デュポーズはそう思った。 だが、状況は違う方向に……ある意味では良い方向に流れた。 「司令!敵戦艦部隊が左に転舵を行います!あっ!舷側より発砲炎!」 見張りの声が聞こえたかと思うと、トライデント前方上方に照明弾が輝いた。 3隻の敵戦艦は、急に回頭を始めた、と思った瞬間に舷側の両用砲から照明弾を放つと同時に、全ての主砲を1番艦、トライデントに向けつつあった。 「本艦上空に照明弾!」 デュポーズはその報告を聞くや、カッと目を見開き、張りのある声音で命令を発した。 「変針!針路350度!」 デュポーズの命令を聞いたマックベイ艦長は、即座に命令を伝える。 「面舵一杯!針路350度!」 「アイアイサー!」 トライデントの航海科に命令が伝わり、操舵員が舵輪を勢いよく回す。アラスカの艦尾部にある舵が反応し、艦を右へと回頭させようとする。 トライデントは重量が32900トンと、新鋭戦艦並みの重量があるため、すぐには丸事が出来ない。 艦が回頭する直前、先に回頭を終わった敵戦艦3隻が一斉に主砲弾を放って来た。 「敵艦発砲!」 見張りが絶叫めいた口調で報告して来る。 デュポーズは見張りの声を聞くまでもなく、自らの目で敵戦艦3隻が、その主砲から火を噴く様子を凝視していた。 トライデントの艦首が鮮やかな速度で回り始める。 デュポーズの居る艦橋部は、甲板よりも高い部分にあるため、回頭時の揺れが強く感じた。 トライデントの上空に、耳鳴りのような飛翔音が鳴り響いて来た、と思った直後、トライデントの左舷側海面と、左舷側前方の海面に多数の水柱が噴き上がった。 水中爆発の衝撃が、トライデントの艦底部を叩き、艦橋の揺れが幾分大きくなった。 「本艦の左舷側海面に敵弾落下!敵弾の一部は左舷側50メートル程の位置に落下しています!」 その報告を聞いたデュポーズは、背筋が凍りついた。 (危なかった……少しでも命令を出すのが遅れていたら、このトライデントはやられていただろうな) デュポーズは、自分の出した命令のお陰で、敵弾を紙一重で避けられた事と、トライデントが早々と戦闘不能に陥り、ひいては、第15戦艦戦隊の 敗北に繋がりかねない事態を避けた事に、しばし安堵した。 「司令!トライデント、回頭終わりました!」 マックベイ艦長が報告を伝えて来る。それから5秒後に、見張り員からも報せが届く。 「後方のコンスティチューションも回頭を終えた模様!」 デュポーズは頷きながら、敵戦艦3隻に視線を向ける。 トライデントに一斉射撃を加えた敵戦艦3隻は、仕切り直しとばかりに主砲を発射する。 「ようし、今度は俺達の番だ!」 デュポーズは、唸る様な声で呟いた後、凛とした声音で命令を発した。 「主砲、左砲戦!トライデント目標、敵1番艦!コンスティチューション目標、敵2番艦!」 デュポーズの命令に従い、2隻の巡戦の砲術科員は、狙いを敵戦艦に定めていく。 それぞれの1番砲塔と2番砲塔。そして、3番砲塔が敵艦に向けられ、砲が生き物のように微調整を繰り返しながら、敵艦への砲弾を発射するべく、 準備が整えられていく。 敵戦艦の主砲弾が、トライデントの右舷に落下して来た。 敵艦は、1番艦と2番艦がトライデントを狙っているのか、6発の砲弾が前後して降り注ぎ、水柱を跳ね上げた。 敵艦は更に、第2射を放つ。この時、発砲炎が一瞬ながらも、敵1番艦の姿を露わにした。 その箱型艦橋と、ごつごつとした何か(後に両用砲の群れとわかる)に覆われている中央部。そして、艦首側に2基、艦尾側に1基配置された主砲塔。 「マレディングラ級巡洋戦艦だな。」 デュポーズは、即座に敵艦の正体を見抜いた。 「アラスカ級巡洋戦艦のライバルが来るとはな。これは、負けられない戦いになるぞ。」 彼は、闘志のこもった口調でそう言い放った。 「司令!トライデント、コンスティチューション、射撃準備完了しました!」 デュポーズは頷いてから、命令を発した。 「撃ち方始め!」 命令が下るや、トライデントの主砲が火を噴いた。 各砲塔の1番砲塔がまず、砲弾を放つ。長砲身の主砲から弾き出された14インチ砲弾は、弧を描いて敵1番艦に降り注ぐ。 「弾着……今!」 その声と共に、トライデントの主砲弾が落下する。 第1射3発は、敵1番艦を飛び越えてしまった。 「最初はあんな物だな。」 デュポーズは達観した口調で呟く。敵1番艦と2番艦の主砲弾がトライデントに降り注いで来た。 最初の3発は、トライデントの左舷側200メートルの海面に落下した。その2秒後に、トライデントの右舷側海面に3本の水柱が立つ。 敵1番艦はトライデントの左舷側に砲弾を落下させたが、敵2番艦の砲弾は全て遠弾になったようだ。 トライデントが第2射を放つ。少しばかり時間が経ってから、3発の砲弾が敵1番艦目掛けて落下する。 第2射弾は、敵1番艦の右舷側に1発、左舷側に2発が落下した。 「敵1番艦を狭叉!」 早くも狭叉弾を与えた事により、報せを送って来る見張り声音が、興奮で上ずっていた。 敵1番艦と2番艦が第3射を放ってから5秒後に、トライデントが第3射を放つ。 トライデントの射弾が弾着する前に、敵1番艦と2番艦の砲弾が落下する。 今度は、敵1番艦の砲弾が遠弾となり、敵2番艦の砲弾が全て近弾となった。 先程とあべこべな展開になったが、デュポーズはトライデントに伝わった振動が先の第2射弾よりも大きい事から、敵1番艦と2番艦も 射撃の精度を上げて来ていると確信する。 水柱が崩れ落ち、トライデントの目の前に再び、敵1番艦が姿を現す。 敵1番艦は、後部甲板から火災炎を発していた。先の第3射弾のうち、1発が命中したのだ。 「敵1番艦に直撃弾!火災発生!」 「砲術、一斉撃ち方に切り替えろ!」 マックベイ艦長はすかさず、一斉撃ち方に切り替えさせる。 トライデントの主砲がしばしの間、沈黙する。 敵1番艦と2番艦は、今のうちと言わんばかりに第4射を放った。 敵巡戦の主砲弾が、トライデントの周囲に落下する。最初に、敵1番艦が放った砲弾が落下して来た。 トライデントの右舷側海面に3本の水柱が立ち上がる。その直後に、敵2番艦の砲弾が降り注いで来た。 デュポーズは、3度の爆発音と、右側から来る揺れを感じた後、左右からやや強い揺れを感じた。 「む……今の揺れは……」 デュポーズはハッとなった。敵2番艦の砲弾は、トライデントの右舷側海面と、左舷側海面に落下したと思われる。 それはつまり、トライデントが敵2番艦に狭叉弾を与えられた事を意味していた。 「敵2番艦、トライデントを狭叉しました!」 「むう……まずいな……」 デュポーズは不安げな口調で呟く。だが、不安に駆られるのも束の間であった。 トライデントの主砲が第1斉射を放った。 3連装3基9門の主砲は、やや発射間隔をずらして砲弾を放っているが、55口径14インチ砲9門の斉射音は、間隔がずれている事など 分からぬほど強烈であった。 デュポーズは、初めて経験する実戦での戦艦の斉射に、心中で驚かされていた。 (アラスカの14インチ砲は、アイオワ級の17インチ砲と比べて見劣りするかと思っていたが、実際に間近で斉射を体験してみると、かなり凄いぞ) 彼は、14インチ砲の斉射に舌を巻きながらも、敵1番艦を凝視した。 敵1番艦が第5射を放つ。その直後、第1斉射弾が次々と降り注いだ。 敵艦の中央部と後部に命中弾と思しき閃光が煌めき、命中個所から爆炎が噴き上がった。 「2弾命中!」 見張りが艦橋に報告を伝えて来る。 トライデントの主砲弾は、敵1番艦の右舷側中央部にある2基の連装両用砲を爆砕した他、後部甲板に命中した砲弾は最上甲板を突き破り、無人の 兵員室で炸裂して火災を起こさせた。 トライデントにも、敵1番艦と2番艦の主砲弾が落下して来る。 敵1番艦の主砲弾はトライデントの左舷側に落下したが、敵2番艦の砲弾は1発が、トライデントの左舷側後部に命中した。 砲弾が艦体に命中した瞬間、トライデントの艦体がひとしきり、激しく揺れた。 「!?」 デュポーズは、その衝撃に仰天しながらも、なんとか耐えた。 「左舷側後部に被弾!左舷4番両用砲損傷!」 被害報告が艦橋に届けられる。 自艦の被弾をよそに、トライデントは第2斉射を放った。 程無くして、敵1番艦に9発の14インチ砲弾が降り注ぐ。敵1番艦の周囲に水柱が高々と吹き上がり、その中に2つの爆発光がきらめく。 水柱が崩れ落ちると、敵1番艦の全容が明らかになった。 敵1番艦は、新たに前部甲板からも火災を起こし、黒煙をたな引かせている。 敵艦が第6射を放つが、敵2番艦は主砲を沈黙させていた。 その敵2番艦は、コンスティチューションの第7射弾を受けた。 「コンスティチューション、敵2番艦に直撃弾!」 「ようし、コンスティチューションも乗って来たな」 デュポーズは、指揮下の巡戦2隻が、ようやく本領を発揮し始めた事に対して、満足感を覚えていた。 敵1番艦の第6射弾が降り注いで来た。驚く事に、敵1番艦はトライデントに狭叉を浴びせた。 「敵1番艦、本艦を狭叉!」 見張りがやや、声を震わせながら報告を伝えて来る。 トライデントは、そんな事知らぬとばかりに、轟然と第3斉射を放った。 同時に、敵2番艦もトライデント目掛けて、最初の斉射弾を撃ち放って来た。 トライデントの第3斉射弾が敵1番艦に降り注ぐ。デュポーズは、敵1番艦が水柱に囲まれる中、敵艦の中央部と後部に爆発光を確認した。 その直後、トライデントにも敵2番艦の斉射弾が降り注いだ。 敵の主砲弾が甲高い轟音をがなり立てながら落下し、周囲に水柱が噴き上がる。トライデントの艦体が被弾により、強く揺れた。 揺れは、間も無く収まった。 「本艦、敵弾3発を被弾!左舷側中央部並びに、後部甲板で火災発生!」 再び、被害報告が艦橋に届けられた。 敵2番艦の主砲弾は、3発がトライデントに命中していた。 砲弾2発は後部甲板に命中して甲板に大穴を開け、左舷中央部命中した砲弾は、左舷側2番両用砲と40ミリ4連装機銃2基、20ミリ機銃3丁を 破壊し、無数の破片を艦上に撒き散らした。 トライデントは損害を被りつつも、9門の主砲を用いて第4斉射弾を放つ。 敵1番艦も第7射を放った。後方のコンスティチューションが、2番艦目掛けて第1斉射を放つ。 後方から、55口径14インチ砲9門の斉射音が響く。デュポーズは、その轟音を頼もしげに聞いていた。 トライデントの第4斉射弾が敵1番艦に降り注いだ。今度は1発が敵1番艦の艦橋に近い所で命中した。 「おっ……もしや……」 デュポーズは、命中個所が艦橋に近い事から、敵1番艦が艦橋職員に被害を出し、人事不省に陥って砲撃に支障が出る事を期待した。 だが、敵1番艦は先の被弾で戦闘力を失わなかった。 敵1番艦が第1斉射を放った。その光量は、最初に放った一斉射撃とほぼ同じ大きさだ。 敵2番艦の第2斉射弾がトライデントに殺到する。次の瞬間、トライデントは至近弾による衝撃と、命中弾爆発による2重の衝撃に強く揺さぶられた。 「おのれ、また食らったか!」 デュポーズは忌々しげに呟く。敵2番艦の第2斉射弾が命中してから10秒後に、敵1番艦の斉射弾も降り注いで切る。 またもやトライデントの艦体に敵弾が命中し、次いで、至近弾の衝撃が頑丈な筈のトライデントの艦体を頼りなく感じさせるほど、強く揺らした。 「左舷中央部並びに後部甲板に被弾!火災発生!」 トライデントは、この被弾の際にも主砲に損害を受ける事は無かった。 第5斉射が放たれ、トライデントの左舷側が真っ赤に染まる。 砲弾が、敵1番艦に降り注ぎ、周囲で水柱を噴き上げ、同時に敵1番艦の前部甲板と中央部に命中弾と思しき閃光が煌めく。 それから28秒後、トライデントが第6斉射を撃ち放つ。敵2番艦も第3斉射を放ち、その5秒後に敵1番艦も第2斉射を放った。 第6斉射弾が敵1番艦の周囲に落下し、またもや林立する水柱に覆われる。 直後、敵1番艦の後部付近で命中弾炸裂の閃光がきらめく。その後、紅蓮の炎が命中箇所から上がった。 敵2番艦と敵1番艦の主砲弾もトライデントに目掛けて落下した。 敵2番艦の砲弾は2発が、敵1番艦の砲弾は1発が命中した。命中弾を受ける度に、トライデントの32900トンの艦体は激しく揺さぶられ、 艦の損傷が蓄積していく。 「前部甲板に被弾!火災発生!」 「左舷側射撃レーダー損傷!使用不能の模様!」 「左舷第1両用砲損傷!左舷側両用砲は全滅です!」 艦橋に、ダメコン班から次々と報告が送られて来る。トライデントの甲板上の被害は無視しえぬ物になっており、火災も徐々に拡大しつつある。 だが、トライデントのヴァイタルパートは、何発もの砲弾を食らいながらも、敵弾の貫通を許していなかった。 「流石はアラスカ級巡戦だ。分厚い装甲を施した甲斐があったな。」 デュポーズはニヤリと笑みを浮かべた。 トライデントが第6斉射を放って28秒後に、9門の主砲から第7斉射が放たれる。 それから数秒後、敵1番艦が第3斉射を放つが、この時、デュポーズは敵1番艦の後部付近から、発砲炎が見えなかった事に気が付いた。 「……ははぁ、敵艦は後部の主砲塔を破壊されたか。」 敵1番艦は、先の第6斉射弾によって、後部の第3砲塔を破壊されていた。 トライデントの14インチ砲弾は、敵1番艦の第3砲塔の天蓋に命中。砲弾は天蓋を貫通して砲塔内部で炸裂し、第3砲塔を爆砕した。 第3砲塔は真っ赤な炎を噴き上げ、濛々たる黒煙を噴き上げた。 敵2番艦が第4斉射を放つ傍ら、敵1番艦にトライデントの第7斉射弾が放つ。 敵1番艦の後檣に命中弾と思しき閃光が煌めき、直後に爆炎と、夥しい破片が高々と舞い上がる。 敵1番艦の中央部にも砲弾が命中し、爆発と共に炎と煙が噴き上がるのが見える。 トライデントに、敵1番艦の第3斉射弾が落下して来た。 その次の瞬間、トライデントの周囲に水柱が林立し、次いで、艦橋に強い衝撃が伝わった。 「ぬお!?」 デュポーズは、思わず姿勢を崩し掛けたものの、何とか耐えきる事が出来た。 「左舷甲板に被弾!見張り員戦死!」 先程の見張り員とは違う声が艦橋に響く。その声の主が、戦死した見張り員の交代要員である事は容易に想像が付いた。 敵2番艦の斉射弾も落下する。またもや、トライデントの周囲に水柱が湧き立つ。 不思議な事に、敵2番艦の砲弾は1発も命中しなかった。 「敵2番艦の奴、この期に及んで外すとは。」 デュポーズはぼそり呟いた。 トライデントが第8斉射を放つ。55口径14インチ砲9門が力の限り咆哮し、敵1番艦に9発の14インチSHS弾を叩き込む。 敵1番艦と敵2番艦も斉射弾を放つ。この時、見張り員から朗報が飛び込んで来た。 「敵2番艦、砲塔1基を喪失した模様!」 その報せを聞いたデュポーズは、コンスティチューションもトライデントに劣らず、奮闘しているのだなと思った。 敵1番艦に9発の14インチ砲弾が殺到し、次々と水柱が噴き上がる。 敵1番艦の艦首部に爆発が起こり、何かの破片が宙高く噴き上がる。敵1番艦の第1砲塔付近で炸裂の閃光が湧き起こり、直後、炎と 黒煙が後方にたな引き始める。 更に、後檣寄りの位置に3発目の砲弾が命中し、派手に爆炎を噴き上げた。 トライデントにも、敵1番艦の第4斉射弾、敵2番艦の第6斉射弾が殺到する。 前後して、6発ずつの砲弾が落下し、トライデントの艦体が至近弾炸裂の衝撃と、被弾の振動でしたたかに揺らされる。 「後檣基部に命中弾!火災発生!」 「後部甲板に命中弾!後部兵員室の損害拡大!」 「左舷中央部に敵弾命中!火災が拡大します!」 トライデントの被害も次第に大きくなりつつある。 9門の主砲は依然健在だが、何発もの砲弾を浴びた左舷側甲板や前部甲板、後部甲板では火災が発生し、艦の後方にかなりの量の黒煙が たな引いていている。 傍目から見れば、大破炎上した艦が、無理強いしながら突っ走っているようにも思える光景だ。 彼我の距離は尚も詰まりつつあり、今では15000メートルという、戦艦同士の砲撃戦にしては至近と言っても良い距離で殴り合いを続けている。 トライデントが第9斉射を撃ち、9発の14インチSHSを敵1番艦に叩き付ける。 その時、敵1番艦の後方にいる敵2番艦が、一際激しい爆発を起こし、敵1番艦の後部部分がその爆発光に照らし出された。 「敵2番艦!中央部より大火災!」 「おぉ、コンスティチューションが敵2番艦に重傷を負わせたか!」 デュポーズは、僚艦の奮闘ぶりに、やや弾んだ声音でそう言った。 コンスティチューションの斉射弾は、1発が敵2番艦の中央部に命中し、両用砲弾庫の収められていた100発以上の両用砲弾を誘爆させた。 敵2番艦はこの大爆発で中央部から大火災を生じ、艦の中央部はめらめらと燃え盛る炎に覆われた。 だが、敵2番艦は重傷を負いながらも、尚、機関部と残りの主砲塔は健在であった。 ダメコン対策に奔走していたのは、アメリカ海軍だけではなく、シホールアンル海軍でも同様であった。 敵2番艦の応急修理班は、右舷側3番両用砲弾庫が誘爆した瞬間、瞬時に隣接する2番両用砲弾庫と4番両用砲弾庫の注水を行った。 マレディングラ級巡洋戦艦の防御力は、新鋭戦艦には劣る物の、防御はかなり整っており、両用砲弾庫の誘爆だけでは沈まない構造になっていたが、 それでも複数の弾薬庫が誘爆すれば大破は免れず、最悪の場合、主砲弾薬庫の誘爆も招きかねないため、応急修理班の指揮官は独断で、2番、4番 両用砲弾庫の注水を命じた。 その結果、敵2番艦……もとい、巡戦ミズレライスツは、3番両用砲弾庫の誘爆で大損害を被った物の、艦深部の機関部や主砲塔には損傷が及ぶ事は 無く、砲撃を続行できた。 アラスカの第9斉射弾が敵1番艦に落下する。1発が、敵1番艦の第1砲塔に命中し、これを粉砕した。 もう1発が中央部に命中。この砲弾は、敵1番艦の最上甲板を貫通した後、第2甲板、第3甲板も貫通して、第4甲板の無人の工作室で炸裂した。 その直後、敵1番艦が第5斉射、敵2番艦が第7斉射を放って来た。 「敵1番艦の発砲炎がまた弱くなっている。先の被弾が、前部甲板の第1砲塔か第2砲塔を傷付けたな。」 デュポーズは、敵1番艦の砲戦力が最初と比べて、かなり弱体化している事に気付いた。 彼の言う通り、敵1番艦は第1砲塔と第3砲塔を損傷し、残りは第2砲塔が使えるのみとなっていた。 敵1番艦と2番艦の射弾が殺到して来る。幾度となく聞いた飛翔音がトライデントの頭上に鳴り響いた、と思った瞬間、弾着の衝撃が トライデントの艦体を強く揺さぶった。 唐突に、目の前で強烈な爆発が鳴り響き、スリットガラスの前面で紅蓮の炎が躍りあがった。 「まさか……!」 マックベイ艦長は、艦橋前面に躍り上がった炎を見た瞬間、顔を青ざめさせ、揺れが収まるや、すぐに艦橋の側に走り寄った。 「おのれ……第2砲塔が……!」 マックベイ艦長の目には、敵の主砲弾によって破壊された第2砲塔の姿が映っていた。 トライデントには、敵1番艦と敵2番艦の主砲弾が降り注いだ。 先に落下したのは敵2番艦の主砲弾で、これは後檣手前に落下してヴァイタルパートを貫通し、第3甲板で炸裂した。 次に落下したのは、驚くべき事に、敵1番艦の斉射弾であった。 敵1番艦の砲弾は、1発がトライデントの第2砲塔に命中した。 敵弾はトライデントの厚さ150ミリの天蓋を斜め上に落下し、そこで炸裂した。砲弾は砲塔の上面装甲を貫通しきれなかったが、砲弾本体は 天蓋の装甲板の半ばまで食い込んでいたため、炸裂した瞬間、爆発エネルギーが裂け目に集中、天蓋を突き抜け、爆炎が第2砲塔内に躍り込んだ。 第2砲塔は、3本の主砲は敵艦を睨んでいるものの、天蓋はざっくりと裂け、その破孔部からは濛々と黒煙が噴き上がっていた。 砲塔内に居た砲員は、全員が戦死し、砲塔内部も滅茶苦茶に破壊されてしまった。 トライデントは、これで砲戦力の3割を失った事になる。 マックベイ艦長は、火災の延焼による主砲弾火薬庫誘爆を避けるため、即座に第2砲塔火薬庫注水を命じた。 第2砲塔の火薬庫注水が行われている間、残った6門の主砲が第10斉射を放った。 砲弾は、敵1番艦が新たな斉射弾を放つ前に落下した。 デュポーズは、敵の前部砲塔がある辺りに、再び砲弾命中の閃光が煌めくのを、自らの目で確認した。 トライデント艦上からは詳細が分からなかったが、トライデントの放った砲弾のうち、1発は敵1番艦の第2砲塔の正面に命中した。 敵艦の砲塔正面は、340ミリ相当の装甲が施されており、敵艦も自艦から放たれた砲弾に耐えうると言う要件を満たした防御力を 誇っていた。 更に、砲塔正面は傾斜がかけられており、部分的には340ミリ以上の厚みがあるため、角度によっては砲弾が弾き飛ばされる可能性もあった。 だが、アラスカ級巡戦の持つ55口径14インチ砲弾は、その特徴である高初速でもって、距離17000メートル以内では、厚さ390ミリ 相当の装甲板でも貫通する威力を有している。 故に、敵艦の主砲塔は、真正面から14インチ砲弾を食らい、たちまち爆砕された。 敵1番艦には、もう1発の砲弾が落下する。 命中箇所は中央部付近であり、これは分厚い装甲板を難無く貫通して、艦深部の前部機関室で炸裂した。 砲弾が命中し、爆発する。敵1番艦は艦体から爆炎と煙を噴き出した後、更に斉射弾を放とうとしたが、それはもはや、不可能であった。 そればかりでなく、敵1番艦は徐々に速力を落としながら、左舷に回頭し始めた。 敵1番艦の艦上から、主砲発射の発砲炎が煌めく事は、もはや無かった。 「敵1番艦沈黙!」 見張りの声が響いた瞬間、艦橋に歓声が爆発した。 トライデントは敵1番艦と2番艦を相手取りながら、敵1番艦を沈黙に追い込む事に成功したのだ。 この時は、ひたすら冷静さを取り繕っていたデュポーズさえも、感極まってガッツポーズをした程であった。 更に朗報は続く。 「コンスティチューション、敵2番艦に有効弾を与えた模様!」 デュポーズは見張りの声を聞いた後、艦橋の側に駆け寄って、双眼鏡で敵2番艦を見つめる。 敵2番艦は、敵1番艦のように、全ての主砲塔を粉砕されてはいなかったが、中央部と後部甲板付近から大火災を発生している。 それに加えて、敵2番艦は、若干艦容が変わっているように思える。 デュポーズは、敵2番艦の様子が気になり、艦橋に視線を集中するが、その時、敵2番艦は新たな斉射弾を放って来た。 敵2番艦は前部2基の主砲塔が健在であり、残った6門の主砲を全て放って来た。 「コンスティチューションは、敵2番艦の戦闘力を完全に奪っていなかったか。」 デュポーズは顔をしかめながら呟く。見張りは一体、何を見てコンスティチューションが有効弾を与えたのかと思ったが、その意味は、 間も無く理解できた。 敵2番艦の砲弾が弾着した。不思議な事に、弾着点はトライデントを飛び越えていた。 「……射撃精度が悪いな。」 デュポーズは、不思議そうに呟くが、その時、彼は、敵2番艦の前檣の形が変わっていた事に気付き、すぐに敵2番艦に視線を向ける。 「……なるほど、そう言う事か!」 彼は、思わず声を上げてしまった。 敵2番艦は、コンスティチューションの主砲弾によって、艦橋トップを吹き飛ばされていた。 そのため、主砲射撃指揮所を失い、有効な射撃ができないでいた。 敵2番艦はその前にも、後檣を爆砕されていたため、敵2番艦が精度の高い統制射撃を行う事は、完全に不可能となっていた。 敵2番艦は更に斉射弾を放つが、悲しい事に、砲弾は見当外れの海面に落下した。 コンスティチューションの新たな斉射弾が、敵2番艦に命中した。 この被弾で、新たに主砲塔1基を爆砕された敵2番艦は、溜まりかねたかのように回頭を行った。 「コンスティチューション、敵2番艦を撃退しました!」 「ようし、これでこっちが有利になったぞ!」 デュポーズは、誇らしげな口調でそう言いながら、新たな命令を発しようとした。 だが、その直後、彼の耳に凶報が飛び込んで来た。 「コンスティチューションより緊急信!我、舵機損傷により操舵不能!」 「な……」 デュポーズは思わず絶句してしまった。 トライデントが敵1番艦を狙う傍ら、敵2番艦に撃たれまくっていたように、コンスティチューションも敵3番艦から一方的な砲撃を 浴びせられていた。 コンスティチューションは、敵3番艦の主砲弾を17発も食らい、第3砲塔は、砲塔基部の命中弾によって旋回不能に陥り、艦の左舷側 中央部と後部からは火災と被弾のため、対空火器が全滅するという大損害を被っていた。 その上、コンスティチューションは、敵弾の水中弾効果によって艦尾付近に破孔を穿たれ、浸水のため舵機室が冠水し、使用不能となった。 このため、コンスティチューションは舵が右に固定されたまま、緩やかに右回頭をするだけとなってしまった。 こうなってしまっては、砲撃を行うどころでは無く、コンスティチューションは敵2番艦を撃破した代わりに、3番艦に撃破される破目に陥ってしまった。 「コンスティチューション、隊列から落伍します!」 「畜生、一難去って、また一難か……!」 デュポーズは唸る様な声音で呟くが、すぐに意識を切り替え、新たな命令を発する。 「目標、敵3番艦!」 デュポーズの命令を受け取ったマックベイ艦長が、すぐに指示を飛ばす。 トライデントは、残った第1、第3砲塔を敵3番艦に向けた。 暗闇の向こうの敵3番艦は、トライデントに向けて照明弾を放とうともしない。 「こっちが火災炎を引きずって姿を丸出しにしているから、照明弾を放つ必要は無い、と言う事か。」 隣のマックベイ艦長が悔しげに呟く。 トライデントには、まだSGレーダーが残っており、その正確な位置情報は常にCICから伝えられているため、砲撃を行いやすいが、 もともと、水上レーダーは射撃照準レーダーでは無いため、主砲の射撃は、専ら光学照準射撃でもって行われる。 要するに、米艦艇はレーダーを従とし、光学照準を主としているのだ。 海軍内では、SGレーダーを用いて射撃を行う事をレーダー照準射撃と呼ぶ事があるが、これは間違いであり、本当はレーダーの位置情報を 頼りに光学照準射撃で砲撃を行っているにすぎない。 そのため、射撃精度は、レーダーを使わない時よりは良い物の、完璧かつ、正確な射撃を行う事では無いため、射撃精度は最初から満点と 言う事では無い。 先程の砲撃で、トライデントとコンスティチューションが僅か数回とは言え、空振りを繰り返しているのがその証拠である。 対して、敵は、炎を纏ったトライデントに狙いを付ける為、最初からトライデントよりも精度の良い射撃を行う可能性が高い。 それに加え、トライデントは手負いであるに対して、敵3番艦は無傷のままである。 また、砲撃を受けなかったとはいえ、僚艦コンスティチューションを脱落させたその腕前は認めざるを得ない。 トライデントが、敵3番艦と不利な砲戦を行う事は、ほぼ確実であると思えた。 「敵3番艦、主砲発射!」 見張りが切迫した声音で報告を伝えて来る。程なくして、敵3番艦の砲弾が落下して来た。 トライデントの右舷側50メートル程の海面に、9本の水柱が噴き上がり、艦体が水中爆発の衝撃でしばし揺さぶられた。 「敵は最初から斉射を放って来たか!」 マックベイ艦長は焦りのこもった口調で呟いた。 敵3番艦の斉射は、コンスティチューションへの砲撃で腕ならしが出来たためか、最初から精度が良かった。 最初の斉射から40秒後、砲術科員の測的完了という報告と同時に、敵3番艦が第2斉射を放った。 「砲術!こちらも斉射で行くぞ!」 マックベイ艦長は、思い切って斉射弾を放つ事を決めた。 敵3番艦の第2斉射弾が落下する前に、トライデントは敵3番艦に対する第1斉射を放った。 その直後、敵弾が轟音を上げながら、トライデントに落下して来た。 驚くべき事に、敵の第2斉射弾は、トライデントを狭叉した。 「何と言う事だ……」 さしものデュポーズも、敵3番艦の射撃精度の前には唖然とするしか無かった。 「弾着……今!」 見張り員の声が聞こえると同時に、14000メートルの向こう側に居る敵3番艦に第1斉射弾が落下する。 砲弾は全て、敵3番艦を飛び越えていた。 「くそ……最後の最後で、とんでもない敵と出くわすとは!」 デュポーズの耳に、マックベイ艦長の呪詛のような声音が響いた。 敵駆逐艦部隊との激闘を制した第68駆逐隊の4隻の駆逐艦は、トライデントと敵3番艦の砲撃戦に乱入してきた。 第68駆逐隊司令であるアーロン・ウィルソン大佐は、司令駆逐艦シャノンの艦橋で、互いに大口径砲弾を撃ち合う両艦を交互に見やった。 「艦長!どうやら、トライデントは押されているようだぞ。」 「まずい状況ですね……早く射点に到達しないと、トライデントもコンスティチューションの二の舞になりかねません。」 駆逐艦シャノン艦長ジェレミル・ハマー中佐がそう言うと、ウィルソン大佐も深く頷いた。 「まっ、俺達は、そんな事をさせるつもりはないが。」 ウィルソン大佐は獰猛な笑みを浮かべた。 「代わりに、残った魚雷を、シホットの戦艦にぶち込んでやる。」 第68駆逐隊は、最新鋭のアレン・M・サムナー級駆逐艦で編成された部隊だ。 駆逐隊はシャノンを始め、マンナート・エーブル、ドレスクラー、タウシッグの4隻で編成されている。 第68駆逐隊は、緒戦の敵駆逐艦部隊との戦闘で、フレッチャー級駆逐艦で編成された第54駆逐隊の5隻と、防空軽巡洋艦リノと共同で 駆逐艦4隻撃沈、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻撃破の戦果を上げたが、第54駆逐隊の駆逐艦2隻が撃沈され、残った3隻も大中破。 リノも酷く損傷したため、第68駆逐隊は損傷の度合いが少ない(といっても、全艦が損傷し、シャノンとマンナート・エーブルは主砲塔 1基を失っている)が単独で第15戦艦戦隊を掩護する事になった。 TG58.7には、他にも別の艦隊が居たのだが、アトランタと第67駆逐隊、52駆逐隊、3隻の巡洋艦は戦艦部隊の交戦海域から 離れているため、すぐには応援に駆け付ける事が出来なかった。 敵艦隊との戦闘で、いつの間にか巡戦部隊の前方に突出していた第68駆逐隊は、さほど苦労する事も無く、交戦海域に到達する事に成功し、 第68駆逐隊が現場に駆け付けてみると、戦闘は既に大詰めを迎えつつあった。 「目標、右舷前方の敵戦艦!雷撃戦用意!」 ウィルソン大佐は大音声で命じた。 4隻の駆逐艦には、まだ5本の魚雷が残っている。 第68駆逐隊を構成するアレン・M・サムナー級駆逐艦は、前級のフレッチャー級駆逐艦と同様に、21インチ(533ミリ)5連装魚雷発射官を 2基搭載している。 第68駆逐隊の各艦はそれぞれ前部発射官の魚雷を使っているため、残りは後部発射官の5本のみとなっている。 「各艦に追申!雷撃距離は4000とする!」 その報せを聞いたハマー中佐は、一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに納得して、水雷科に雷撃距離を知らせた。 4隻の駆逐艦は、34ノットの最大速度で海上を驀進していく。 敵戦艦はトライデントに対して、第2斉射、第3斉射と、次々と砲弾を放っていたが、先頭のシャノンが距離9000メートルまで近付いた所で、 舷側の砲を撃って来た。 「敵艦発砲!」 見張り員が絶叫めいた口調で知らせて来る。シャノンの周囲に、次々と砲弾が落下し、水柱を噴き上げる。 1発がシャノンの前方に落下して水柱が立ちあがるが、シャノンは猛速でこれを踏み潰し、水飛沫が艦首甲板と艦橋に振りかかった。 4隻の駆逐艦は、それぞれが白波を盛大に蹴立てながら、34ノットの最大戦速で肉迫して行く。 敵戦艦は、駆逐艦群の突撃を阻止するため、トライデントに斉射弾を浴びせながら、舷側の副砲から激しい砲撃を放って来る。 シャノンを始めとする4隻の駆逐艦も、負けじとばかりに5インチ砲を撃ちまくった。 1発の敵弾が、シャノンの艦首甲板に命中し、破片と、爆砕された鎖が甲板上にばら撒かれた。 更にもう1発が、空の前部発射官に命中した。 「チッ!流石に戦艦ともなると、迎撃も凄まじいな!」 ウィルソン大佐は舌打ちをしながら呟く。 敵戦艦の砲撃は凄まじく、シャノンの艦体は、至近弾と命中弾によって一寸刻みに嬲られていく。 このままでは、短時間でシャノンが撃破、または撃沈される事は確実であったが、ウィルソン大佐は、例えシャノンが撃沈確実の被害を 受けようとも、僚艦が魚雷を発射出来ればそれで良いと考えていた。 敵との距離が6000メートルを切った所で、新たな1発が、応戦していたシャノンの1番両用砲に命中し、砲座から炎と黒煙が噴き上がった。 「1番両用砲座被弾!砲員は総員、戦死の模様!」 ウィルソン大佐はしばし瞑目した。 (無理な戦いをさせてしまってすまぬ……) 彼は心中で、1番砲座の将兵に詫びを入れながら、敵戦艦を睨みつける。 この時、敵戦艦の右舷側中央部に命中弾と思しき閃光が煌めき、その次の瞬間には、爆発が起こった。 それはトライデントの主砲弾であった。 敵戦艦は、その被弾で使える副砲を減らされたのか、第68駆逐隊に向けて放たれる砲弾の量が急激に減った。 「ありがたい!」 ウィルソンは、自らは被害を受けながらも、結果的にDS68を援護してくれたトライデントに感謝した。 シャノンはそれ以上、新たな被害を受ける事も無く、予定通り、敵艦まで4000メートルに達した。 「取り舵一杯!針路170度!」 ウィルソンは各艦に命令を発した。シャノンがまず、敵戦艦に反航する形で舵を切り、次に3隻の駆逐艦が順繰りに回頭する。 ウィルソンは、左舷側前方に敵戦艦が居る事を確認するや、大音声で命令を発した。 「各艦、魚雷発射始め!!」 彼の命令が下るや、すぐさまハマー中佐が指示を飛ばす。 後部発射官で待ち構えていた水雷科員が部下に命令を下し、5本の魚雷が一本ずつ発射されていく。 シャノンに習い、後続のマンナート・エーブル、ドレスクラー、タウシッグも次々に魚雷を海中に放って行く。 DS68の4隻の駆逐艦が放った魚雷は、1943年末から配備が開始されたMk-17魚雷である。 Mk-17は、従来のMk-15と比べて信頼性と速度性能、そして、航続距離が格段に改善された新型魚雷で、航続距離は 45ノットで15000メートルを記録している。 また、弾頭部の炸薬も、TNT火薬よりも強力なトルペックス火薬が400キロも詰め込まれており、実質的に、この世界では最強の 対艦兵器と言っても過言ではない。 4隻の駆逐艦から発射された20本のMk-17魚雷は、投網のように広がりながら、猛速で敵戦艦の艦腹に向かった。 敵戦艦は、4隻の駆逐艦が魚雷発射を完了してから、ようやく急回頭を行ったもの物の、扇状に広がった魚雷網を回避するには、タイミングが遅すぎた。 敵戦艦は、回頭を行ってから10秒後に、1本目の魚雷を受けた。 魚雷は敵艦の右舷側前部に突き刺さり、艦内に達してから炸裂し、舷側に8メートルもの大穴を広げた。 敵艦は30ノット近い速力で航行していた事もあり、右舷側艦首部の破孔からは大量の海水が艦内に流れ込み、命中個所の区画を次々に海水で 満たして行った。 1本目の被雷から僅か5秒後、2本目の魚雷が敵艦の右舷側中央部に命中し、高々と水柱を噴き上げた。 2本目の魚雷は、敵艦の舷側に張られたバルジをあっさりと突き破り、防水区画に達してから炸裂した。 爆発エネルギーは防水区画を紙細工のように叩き壊しただけに留まらず、区画をぶち抜いて第4甲板の通路に暴れ込み、通路内を紅蓮の炎で焼き払った。 たまたま被雷箇所に急いでいた12名の応急修理班は、後方から流れ込んで来た爆風に飲み込まれ、全員が即死した。 3本目の魚雷は、2本目の被雷箇所から僅か5メートルと離れていない場所に命中し、これまた天を突かんばかりの勢いで、太い水柱が高々と噴き上がった。 魚雷は、2本目の被雷で強度の下がったバルジを突き破って防水区画に達し、更に弾頭部が防水区画の壁をぶち抜いて第4甲板の通路に達した。 その瞬間、弾頭部に詰められていた400キロものトルペックス火薬が炸裂し、通路内はたちまち、凄まじい大爆発によって完全に破壊し尽くされた。 命中個所は、前部魔道機関室の近くであったため、爆発はモロに前部魔道機関室を巻き込み、中で働いていた3名の魔道士と10名の水兵達は、何が 起きたのか分からぬまま、全員戦死した。 その命中箇所からも大量の海水が流れ込み、敵艦の艦内を徐々に満たして行った。 トライデントの艦橋からは、3本もの魚雷を受けた敵3番艦が急激に速度を落とし始める様子が見て取れた。 「敵3番艦被雷!行き足……止まります!」 デュポーズは、見張り員の声を聞きながら、敵3番艦を見つめ続ける。 味方駆逐艦4隻の放った魚雷は、敵3番艦にとって致命傷となったのだろう。 敵3番艦は舷側から濛々たる黒煙を噴き上げ、急速に傾斜を深めながら速度を落とし、程無くして停止した。 敵3番艦が戦う力だけでなく、船として動く能力までも失った事は、もはや一目瞭然である。 「終わった……。」 デュポーズは、軽い虚脱状態に陥りながら、小声で呟いた。 「司令……我々は勝ったのでしょうか?」 マックベイ艦長が、半信半疑といった口調でデュポーズに聞く。 今さっきまで、トライデントは不利な戦いを強いられていた。だが、その危機を救ったのは味方の駆逐隊であった。 敵3番艦は、味方駆逐艦の魚雷攻撃を受け、戦闘、航行、共に不能な状態となっている。 だが、マックベイ艦長には、この一連の出来事が夢物語のように感じていた。 「艦長。我々は勝ったんだよ。見たまえ。」 デュポーズは、指揮官らしく、気丈な口調でマックベイに言う。 「味方艦の掩護のお陰とは言え、敵艦はああして沈みかけている。それに、残りの敵艦隊も全速でこの海域から離脱しつつある。 我々が被った損害も大きいが、TG58.7は敵の水上艦隊と戦い、撃退に成功した。艦長、これは、堂々たる勝利だよ。」 デュポーズは微笑みながら、マックベイの肩を叩いた。 「それに、君の指揮も見事だった。敵1番艦を撃破した時もそうだったが、何よりも、敵3番艦に不利な状況で戦いを強いられながらも、 君は諦めずに指揮を執り続けた。それに加え、君の部下も、この厳しい戦闘によく耐えてくれた。君と、トライデントの乗員達は、まさに、 合衆国海軍の鑑だよ。」 「はっ……ありがとうございます。司令!」 マックベイ艦長はようやく、状況が飲み込めたのか、感極まった声音でデュポーズに礼を言った。 「今のお言葉は乗組員たちにもお伝えいたします。」 「うむ、そうしてくれ。」 デュポーズは軽く頷きながら、安堵したような足取りで司令官席に腰を下ろした。 彼は、後ろでダメコン班に指示を伝えていくマックベイ艦長の声を聞きながら、もう一つ、気になっている事を思い出した。 「そういえば……リー提督の主力部隊はどうなっているかな?今頃は、TG58.6も敵と殴り合いをしている筈だが……何だか、 嫌な胸騒ぎがするな。」 デュポーズは、先程の戦闘で感じた違和感を思い出しながら、戦闘を続けているであろうTG58.6の事を案じる。 「……うまく、戦闘を進めていればいいのだが……」
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/529.html
167 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/07/28(火) 00 01 23 ID hErcdyss0 本日分は投下終了です。 次回はユラ神国軍対リンド王国軍の予定です。 186 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/08/04(火) 20 03 05 ID hErcdyss0 169 ソ連との戦いの方が、皇国兵を麻痺させていましたよ。 170 皇国軍では、揚陸艦は全て海軍籍であって、故に艦隊航空隊、あるいは基地航空隊の支援の下で 運用する前提のため、揚陸艦固有の航空機運用能力は必要とされていませんでした。 航空機を搭載して運用するスペースがあるなら、その分多くの上陸用舟艇を積みたいのです。 ただ、F世界の情勢によっては大型の万能強襲揚陸艦も出番があるかもしれません。 空母が気軽に出撃できないため、自前の航空戦力を持ち巡洋艦や駆逐艦の援護の下で作戦する強襲揚陸艦。 搭載機は強風水戦4機に瑞雲水偵4機くらい(航空機のみ輸送の場合は24~32機程度)でしょうかね。 「道がマズー」だから困ってる 陸軍工兵隊は、ブルドーザーも持ってますし、大型の仮設橋なんかも持っています。 こと派遣軍に関しては、何も無い所から早急に飛行場を設営する必要があるので、重機は多めです。 しかし僻地の道幅を広げて舗装して強度を上げる作業は、いくら重機の支援があっても時間がかかります。 必要な資材も、ただ木を切り倒してくれば済む類のものではありませんので、本国からの支援が必要です。 戦争が終わって一段落したらそういう支援もあるかもしれませんが、今現在はそんなことしている余裕はないのです。 171 一応、皇国軍はデモンストレーションとして機関銃や歩兵砲の射撃をユラ武官に見せています。 それと、西大陸での皇国軍の精強さの情報も得ていますので、「これならいける」と思ったでしょう。 172 大河に沿う形で軍を展開させるのがベター 南のユラ神国対北のリンド王国の戦いは、軍は南北に移動しますが、大河の多くは東西に走っているのです。 なので、一部分では河川による軍隊や物資の移動は出来ますが、大部分は馬車に頼るしかないのです。 173 リンド王国は「勝って」いますからね。 それに、国王が止めろと言わない限り止められないのです。 174 国王が講和に応じれば、それで終わりなんですけれどね。 187 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/08/04(火) 20 03 38 ID hErcdyss0 175 176 属国ですか。 「同盟陣営に引き入れる」というのはいいですが、「属国にする」というのは……。 177 攻勢に出る必要性はあるんですよ。 負けてしまった以上、皇国のためにもユラ神国のためにも、「勝つ」必要があります。 178 リンド王国は東大陸北部へ続く玄関口ですので、港を使用出来れば東大陸北部諸国との繋がりも強化できるでしょうね。 179 帳簿上は全ての工兵連隊が、実質は主要な工兵連隊が10両前後のブルドーザーやパワーショベルを配備しています。 180 自動車や重機の運転可能な人材を育成するのは、軍だけでなく国家にとって有益なので、国策になっています。 軍に入ればタダで自動車や重機の運転を習えますし、民間でも政府が援助して 各地方に自動車学校を開設したり、授業料の一部を国が補助しています。 181 なんで勝ってる側が相手の顔を立ててやらないといけないんだ? となりそうで。 182 183 184 185 現実が、F世界で生きていく事を迫りますが、一方で元世界への備えも必要という、 二つの世界のことを考えないといけないという難しい時期ですから。 F世界を発展させる事は、作者としてはその方向性なのですが、 史実日本が台湾を約50年で近代化させていますから、F世界相手でも 50年くらいあれば近代化させられるのかなと、単純に考えています。 分野によっては、数年以内に市場を開拓しないと、 皇国国内産業が死んでしまう可能性もあるので。 本日分少し投下します。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1157.html
第213話 疑問符の戦果(前篇) 1485年(1945年)1月15日 午前6時 ヒーレリ領リーシウィルム沖 「発艦始め!」 まだ夜が開け切らない、寒い冬の洋上で、凛とした声音が鳴り響いた。 飛行甲板上でエンジンを唸らせていた艦載機は、待っていましたとばかりに次々と発艦していく。 戦闘機、艦爆、艦攻で編成された第1次攻撃隊は、僅か20分で発艦を終えた。 第58任務部隊の旗艦である正規空母ランドルフの艦上で、第58任務部隊司令官マーク・ミッチャー中将は薄ら寒い艦橋の張り出し通路から、 艦橋の内部へ移動した。 「司令官。各任務群共に、第1次攻撃隊の発艦は完了したようです。」 参謀長のアーレイ・バーク少将は、今しがた通信参謀から受け取った報告を、ミッチャーに伝えた。 「今の所、予定通りだな。」 ミッチャーは単調な声音でバーク少将に返答する。 マーケット・ガーデン作戦の開始日は、1月21日と定められているが、マーケット作戦実行部隊の一翼を担う第58任務部隊は、 一足先にヒーレリ領を叩く事になっていた。 その最初の目標が、今まで無視して来たヒーレリ領有数の港湾施設、リーシウィルムである。 第5艦隊司令部からは、15日にリーシウィルム、16日と17日にリリャンフィルク周辺の鉄道、港湾施設、並びに手付かずのまま残されている 航空基地を叩くように命令を受け取っている。 攻撃隊の編成については第58任務部隊に任せると伝えられているため、ミッチャーは5つの空母任務群のうち、最初の第1次、第2次攻撃隊を TG58.1、TG58.2、TG58.3から発艦させ、後の第3次、第4次攻撃隊をTG58.4,TG58.5から発艦させようと考えていた。 第1次攻撃隊は、ファイタースイープと通常編成の攻撃隊を合同で編成している。 TG58.1からはF6F24機、F4U34機、SB2C24機、TBF24機、TG58.2からはF6F38機、F4U52機、SB2C18機、 TBF20機。TG58.3からはF4U60機、SB2C18機、TBF18機が出撃している。 戦闘機208機、艦爆60機、艦攻64機。総計332機の大編隊は、一路リーシウィルムに向かいつつあった。 「参謀長。予定通り第2次攻撃隊も発艦させよう。」 「アイアイサー。至急、各艦に伝えます。」 バーク参謀長はそう答えた後、通信参謀に、各艦に命令を伝えるように指示を下した。 やや間を置いてから、ランドルフの艦長が電話越しに飛行長へ 「第2次攻撃隊、発艦準備急げ!」 と、鋭い声音で指示を飛ばす。 5分も経たない内に、飛行甲板上には、第2次攻撃隊の戦闘機、艦爆、艦攻が次々とエレベーターに上げられ、順序良く敷き並べられていった。 午前7時50分 リーシウィルム港東2ゼルド地点 第5親衛石甲師団第509連隊第3大隊を乗せていた軍用列車がリーシウィルム付近に到達し始めたのは、午前8時をもう少しで迎えようかと 言う時であった。 この時、大隊のキリラルブス搭乗員は、全員が長旅の疲れで寝込んでいたが、突然の空襲警報に叩き起こされてしまった。 「空襲警報発令!空襲警報発令!」 車両の真ん中の通路を、血相を変えた大隊の伝令兵が口でそう叫びながら駆け抜けて行く。 座席に毛布を被って寝入っていたフィルス・バンダル伍長は、当然の空襲警報発令に、最初、これは夢でないかと思った。 「ああ?空襲警報発令だとぉ?あいつ、なに寝ぼけてやがんだ。」 フィルスは、眠気でぼやけた意識を晴らそうとしながら、突拍子の無い事を叫ぶ伝令兵を睨みつける。 その伝令兵は、あっという間に、後ろの車両に駆け込んでいった。 「……とにかく寝よう。」 フィルスは、伝令兵の言葉を気にする事無く、再び睡眠を取ろうとした。 だが、彼がうとうとしかけた時、再び伝令兵が空襲警報発令!と絶叫しながら彼の居る車両に駆け込んで来た。 「やかましいぞこの馬鹿野郎!こっちは疲れて眠ってるんだ!」 フィルスと同様に、伝令兵の絶叫に腹を立てていた者が居たのだろう。誰かが乱入して来た伝令兵に食ってかかった。 その時、前の車両から新たな人物が入って来た。 「おい!貴様らいつまで寝ている!?」 「ちゅ、中隊長殿!おはようござます!」 伝令兵に怒鳴り散らした搭乗員が、慌てた口調でその人物に挨拶をする。 「挨拶は後だ!それより、今は寝ている場合じゃない!さっさとこいつらを叩き起こせ!」 彼らのやり取りを聞いていた搭乗員達は、伝令兵に噛み付いた兵に起こされるまでも無く、全員が自分で起き上がった。 その時、誰かが窓の外を指さして叫んだ。 「お、おい!ワイバーン隊が飛んで来たぞ!」 フィルスは、咄嗟に窓辺に目を向ける。 最初は何も見えなかったが、しばらくして、軍用列車の上空を通り過ぎたワイバーンの編隊が、海がある方角に向けて飛んで行くのが見えた。 数は約50騎ほどである。 「先程、リーシウィルムの海軍部隊から魔法通信が入った!本日午前7時40分頃、洋上の監視艇が、リーシウィルムに向かう敵艦載機と 思われる大編隊を発見したようだ!」 彼の言葉を聞いた搭乗員達は、飛び上がらんばかりに驚いた。 「中隊長殿、それは本当ですか!?」 「昨日の情報では、敵機動部隊はリリャンフィルクの攻撃に向かっている筈じゃ無かったのですか?」 搭乗員達は、中隊長に対して次々に質問を浴びせて行く。 第5親衛石甲師団は、いち早く配置先に到着するため、最短コースを選んだのだが、この移動路は海岸線に線路が引かれている場所が多く、 特にヒーレリ領では、線路と海岸線との距離が2、3ゼルドしか離れていない箇所が多い。 第5親衛石甲師団の将兵は、噂になっているアメリカ機動部隊の艦載機に襲われやしないかと、常に不安に思っていた。 そのため、師団司令部では将兵の不安を少しでも和らげるため、海軍から敵機動部隊に関する情報を回して貰うように手配していた。 昨日の情報では、アメリカ機動部隊はリーシウィルム寄りの西方220ゼルドを北西に向かって進んでいると伝えられたため、将兵達は、 敵がリーシウィルムには来ないであろうと思い、安堵していた。 ところが、来ないと信じていた筈の敵機動部隊が、急にリーシウィルムに向けて、艦載機の大編隊を送り込んで来たのである。 驚かぬ者など居る筈が無かった。 「昨日までの情報によれば、確かに敵機動部隊はリリャンフィルクに向かっていたと思われていた。だが、敵の狙いはリリャンフィルクでは 無かったようだ。」 「敵艦載機はどれぐらい居るのですか?」 「それは、俺にも分からん。だが、少なく見積もっても200機近くは居るかも知れん。」 「200機……さっき飛んで行ったワイバーン隊はせいぜい50騎前後。これでは、とても防げませんよ!」 「中隊長!前方の機関室に行って、速度を上げるように言いましょう!10ゼルド南にあるリフィンの森に入れば、敵艦載機に襲われても 爆弾を浴びる可能性は低くなります!」 「既に、大隊長が機関室に行って指示を下している。」 中隊長がそう答えた時、後ろから通信員が報告を伝えに来た。 「中隊長。リーシウィルム港付近の監視艇から追加報告です。敵艦載機約300機は、リーシウィルム港に尚も接近中、間も無く味方ワイバーン隊と 交戦を開始する模様なり」 午前8時10分 リーシウィルム港西10マイル地点 第58任務部隊より発艦した第1次攻撃隊328機(途中で4機が不調で引き返した)は、制空隊のF6F、F4U100機を前方に押し出した 形で進撃を続けていた。 TG58.1に所属している空母イントレピッドは、12機の艦爆と12機の艦攻を攻撃機として発艦させている。 空母イントレピッド艦爆隊VB-12の一員として、第2小隊の2番機を操縦しているカズヒロ・シマブクロ1等飛行兵曹は、先発するエセックス隊の 前方で繰り広げられている空中戦を遠目で見ていた。 「カズヒロ!制空隊の連中はどうだ?上手くやっているか?」 後部座席に乗っているニュール・ロージア1等兵曹がカズヒロに聞いて来た。 「ああ。敵ワイバーンの動きを上手く抑えている。こっちに向かって来る敵は居ないようだぜ。」 カズヒロはそう返答しながら、やや遠くの空中戦を見続ける。 (状況からして、敵の方が、こっちの制空隊よりも少ない。あんな不利な状況だったら、俺ならさっさと逃げ出しそうやっさ…… でも、敵も頑張るやぁ……) 彼は、独特の口調でそう独語する。 制空隊は100機以上は居るのに対して、敵のワイバーン隊は50騎程度しかいない。 これでは、攻撃隊に襲い掛かる事もままならないばかりか、自分達の身を守る事で精一杯な筈だ。 だが、敵ワイバーン隊は数の上で不利であるにもかかわらず、屈しようとはしなかった。 (父ちゃんから聞いた、三山時代の南山王も……最後はああやって戦ったかも知れんなぁ) カズヒロは、父に小さい頃から聞かされてきた、故郷沖縄の歴史を心中で思い出していた。 制空隊は、敵ワイバーン隊の迎撃を上手く抑え込んだ為、攻撃隊は悠々とリーシウィルムに近付きつつあった。 「攻撃隊指揮官より各機へ!これより攻撃を開始する。各隊は割り当てられた目標を攻撃せよ!」 攻撃隊指揮官機を務めるエセックスの艦攻隊長から指示が伝わり、攻撃隊各機はそれぞれの目標に向かって進み始めた。 イントレピッド攻撃隊は、港湾部からやや内陸部にある敵の物資集積所を攻撃する手筈になっていた。 イントレピッド隊が進撃を続ける中、一足先にエセックス隊の艦爆、艦攻が港湾施設に向かって突進して行く。 リーシウィルム港周辺には対空火器が設置されていて、エセックスのヘルダイバー隊の周囲に、高射砲弾が炸裂するが、 経験豊富なパイロットで占められている艦爆乗り達は、それに臆する事無く、目標を正確に見定めて攻撃に移っていく。 程無くして、エセックス隊の突進を受けた港湾施設が、1000ポンド爆弾の直撃を次々に受けて、忽ちのうちに爆炎と黒煙に 包まれていく。 手痛い一撃を受けた港湾施設に、駄目押しとばかりにアベンジャー隊が水平爆撃を食らわせ、港湾施設に集中する倉庫等の目標が、 加速度的に破壊されていった。 倉庫や港の船舶を爆撃しただけでは飽き足らないのか、一部のアベンジャーやヘルダイバーは、これでもかとばかりに機銃掃射を仕掛けている。 「ふぅ、エセックス隊の連中、暴れに暴れているねぇ。」 エセックス隊のアベンジャー、ヘルダイバーの暴れっぷりを見ていたニュールが、苦笑いを浮かべながら喋った。 「エセックス・エアグループの搭乗員は荒っぽい奴がいるからな。飛行長のマッキャンベル中佐からしてその通りだし。」 「ハハ。あの上官にして、この部下ありって奴か。」 「だな。まっ、実際は良い奴が多いんだけどね。」 カズヒロはそう言ってから、ふと、目標である物資集積所の向こう側に、点在する林に隠れた線路らしき物が北から南に延びているのが見えた。 そして、その線路の上に、うっすらと何かが移動している姿も…… 「おいニュール。目標の向こう側に、線路らしき物を見つけたぜ。」 「線路か。どうせそれだけだろう?」 ニュールはどうでも良いと言わんばかりの口調でカズヒロに返す。 「いや……線路だけでは無い。こっちから見辛いが、何か列車らしき物が動いているみたいだ。」 カズヒロはそう言いながら、持っていた双眼鏡で、動いている物の正体を確かめる。 双眼鏡越しに見えたそれは、明らかに列車であった。 彼らの位置から列車までの距離は6キロ程離れていたが、パイロットであるカズヒロの視力は2.5と高く、彼の眼には客車らしき車両と、 その後ろに繋がっている幌つきの無数の貨車。そして、一番最後の車両に積まれている対空機銃と思し物が写っていた。 「ニュール。あれは敵の軍用列車だな。結構長いぞ。」 「軍用列車だと?本当か!?」 「ああ。こっからじゃ詳細は分からんけど、幌が付いている貨車がかなり多いから、前線に何か物資を運んでいるかも知れんぜ。」 カズヒロは双眼鏡を構えながら、その線路の先を見る。 軍用列車が走るその先には、濃い森林地帯があった。森の状況からして、線路が木々に覆われている事は容易に想像が付く。 もし軍用列車が森林地帯に逃げ込めば、いくらヘルダイバーとはいえ、急降下爆撃で仕留めるのは不可能になる。 攻撃するなら、今、やるしかない。 「カズヒロ!すぐに中隊長に報告しろ!あれは重要な兵器を運んでいるかも知れんぞ!」 「了解!」 カズヒロは即答すると、レシーバー越しに中隊長を呼び出した。 「中隊長!こちらは2番機。聞こえますか!?」 「こちら中隊長。よく聞こえる。何かあったのか?」 「目標より4キロ東に線路を見つけました。それに加えて、線路上を移動する軍用列車も見つけました!もしかしたら、レスタン領に 増援を運んでいるかもしれません!」 レシーバーの向こう側に居る中隊長は、すぐに答えなかった。 30秒ほど間を置いてから、返事が届く。 「確かに見えた。お前の言う通り、あれは敵の増援を運んでいるかも知れん。あそこの森林地帯までもう距離が無い。攻撃するなら、 今のうちだな。」 「中隊長、では、攻撃ですね?」 「ああ。物資集積所の攻撃は、第3小隊とアベンジャー隊に任せよう。第2小隊は俺の小隊と共同であの列車を叩くぞ!」 中隊長は命令するや否や、すぐさま増速して直率の小隊と共に前進し始めた。 カズヒロは第1小隊に属しているため、左斜めを飛ぶ中隊長機につられる形でスピードを速める。 第1小隊と第2小隊8機のヘルダイバーは、急速に軍用列車との距離を詰めて行く。 だが…… 「くそ!軍用列車と森林地帯の距離が近い!」 カズヒロは悪態をついた。 発見のタイミングが遅かったのか、軍用列車の先頭と森林地帯との距離は、指呼の間にまで迫っていた。 「第1小隊は貨車!第2小隊は客車が集中している部分を狙え!突撃!!」 中隊長はすかさず指示を下した。 降下を開始したのは、意外にも第2小隊からであった。 「第2小隊の奴ら、早々と降下を始めたな。焦ってるのかな?」 カズヒロは、横目で急降下に移っていく第2小隊を見つめながらそう呟いた。 前方の中隊長機が機を翻して急降下に入る。カズヒロも、手慣れた手つきで機体を捻らせた後、機首を下にして降下に移った。 カズヒロ達が冷静に攻撃を開始したのに対して、狙われた方の軍用列車。 第509連隊第3大隊が乗る軍用列車では、誰もが恐怖に顔を歪めていた。 「敵がこっちに急降下して来たぞぉ!!」 窓から顔を出して上空を見ていた兵士が、顔面を真っ青に染めながら絶叫した。 ウィーニ・エペライド軍曹は、耳に今まで聞いた事が無い、甲高い音が響き始めた事に気が付いた。 「この音は……もしや……!」 ウィーニは、徐々に大きくなって来る甲高い音が、噂に聞いている死の高笛なのかと思った。 死の高笛とは、アメリカ軍の急降下爆撃機が発する急降下音の事である。 米艦爆が発するダイブブレーキの轟音は、第3大隊の将兵達に計り知れない恐怖を与えていた。 唐突に、ウィーニの後ろに居た別のキリラルブスの射手が、大声を上げて窓から飛び出ようとした。 「おい!何をしているんだ!?」 「離してくれ!ここにいたら死んでしまう!!」 その伍長は、制止する仲間を振り払って、窓から体を乗り出そうとするが、2、3人の仲間が強引に伍長を取り押さえた。 甲高い轟音が極大に達したかと思った時、ウィーニは自然と、頭を抱えながら床に伏せていた。 その次の瞬間、車両の右側で物凄い轟音が鳴り響き、車両が線路から飛びあがらんばかりに激しく揺れ動いた。 爆発は1度だけでは無く、2度、3度、4度と連続した。 最後の爆発は、ウィーニが乗る車両から10メートルと離れていない場所で起きた。 その瞬間、凄まじい轟音が鳴り、爆風と破片が車両の左側のガラスを1枚残らず叩き割った。 爆風と共に煙が車内に吹き込み、ツンとした硝薬の匂いがあっという間に充満する。 「ぎゃああーーー!!やられたぁ!!!」 誰かが負傷したのだろう、車両の後ろ側で悲痛な叫びが上がった。 ウィーニは、誰が負傷したのか確認しようと、体を起こし掛けたが、その瞬間、彼女達が乗る車両から離れた後方で再び強い衝撃が伝わり 起き上がる事は叶わなかった。 またもや数度の爆発音が後方から伝わった後、車両が再び揺れ動いた。 上空を何かが轟音を唸らせながら、車両の真上を飛んで行く。ウィーニはふと、音が飛び去る方角に目を向ける。 そこには、黒っぽい色に染まったずんぐりとした形の飛空挺が居た。その飛空挺の胴体には、鮮やかな白い星が描かれている。 (あれが、ヘルダイバー……!) ウィーニは、その敵機が、空母艦載機のヘルダイバーである事に気付いた。 唐突に、視界が遮られた。 「良かった……無事に森林地帯に逃げられた。」 ウィーニの隣で、同じように伏せていたフィルスが、ホッとため息を吐きながらそう言った。 「台長。これで安心ですよ。上は森の木々がカバーしています。これなら、精密爆撃が得意なヘルダイバーも手出しは出来ませんよ。」 フィルスは、落ち着いた声音でウィーニに言い、にこやかな笑みを浮かべた。 そのフィルスの上を、衛生兵が数人の兵と共に大慌てで上手く飛び退きながら車両の後ろに駆け抜けて行く。 「おっと、そろそろ立たないと……」 フィルスはそう言うと、体を起こして立ち上がろうとする。だがどういう訳か、彼はなかなか立ちあがれない。 「あ、あれ?おかしいな、膝がガクガク動いて立てない。」 フィルスは苦笑しつつ、懸命に立ち上がろうとする。だが、それでも立てなかった彼は、仕方なく座席に座る事にした。 「台長、大丈夫ですか?手を貸しますよ。」 フィルスは、伏せたままの彼女に手を差し伸べる。ウィーニはその手を取って、起き上がろうとした。 その時、股間の辺りで違和感を感じた。 「……!」 一瞬、彼女の表情が強張った。 「ん?どうかしたんですか?」 「い……いや!何でも……ない。」 ウィーニはすぐに起き上がり、体を縮めこませながら座席に座った。 「台長?本当に大丈夫ですか?」 フィルスの言葉に、ウィーニは何も言わなかったが、代わりに2、3度頷いた。 彼は、ウィーニがしきりに股間を隠している事に気付き、それ以上は何も言わなかった。 2人が、爆撃のショックで体を小刻みに震わせている時、そのすぐ後ろで、衛生兵と同僚達のやり取りが聞こえて来る。 「どうだ?助かるか……?」 「……いや、もう、何もやる必要は無くなったよ。」 「……え?どういう事だ?」 「もう、亡くなっちまった。破片が胸を貫いているから、もうどうしようもなかったが……」 「なんてこった………こいつは、子供連中をいじめるだけの、うんざりした仕事からようやく解放されたって言ってたのに……」 後ろから流れて来る暗い空気は、すぐに車両全体に充満していき、それから5分と経たぬ内に、車両内部は、うすら寒く、重苦しい 空気に包まれていた。 同日 午後4時50分 ヒーレリ領リーシウィルム 米機動部隊による波状攻撃が終わりを告げたリーシウィルムは、再び静寂に包まれていたが、リーシウィルムから東に10ゼルド 離れた場所にある、ヒーレリ領南部航空軍司令部では、その静寂とは裏腹の状況が展開されていた。 「統括司令官殿!何度も申しますように、私はそのような命令は受け入れられません!」 第31空中騎士軍司令官であるワロッカ・ラバイダロス中将は、ヒーレリ領空中騎士軍統括司令官であるバフォンド・ピルッスグ大将に 向けて、きつい口調で言い放った。 「我が部隊は元々、レスタン領への増援として編成された部隊です!それなのに、いきなり、洋上の敵機動部隊への攻撃に向かえと 命じられては困ります!」 「何故困るのだね?」 痩身のピルッスグ大将は、ラバイダロス中将をじと目で見つめる。 「リーシウィルムの70ゼルド沖には、アメリカの機動部隊が不用心にも接近しておるのだぞ?このヒーレリ領南西部に、ワイバーン部隊の 大群が居るとも知らずにな。これは、敵が油断していると言う明らかな証拠だ。今を置いて、叩く機会は無いと考えるが。」 「今はもう、夜間ですぞ!?出撃できるワイバーン隊はあまりおりません!それ以前に、我々はレスタン領で戦う事を予定されて編成されたのですよ? こんな、場違いな所で戦う事は出来ません!」 「ふむ……貴官の主張も理解できる。だが、君は知らないのかね?」 ピルッスグ大将は、傲然と胸を逸らしながら言う。 「陸軍総司令部からは、好機あらば、あらゆる兵力を用いて、敵機動部隊の殲滅を計れと命令されておる。私は、ヒーレリ領空中騎士軍統括司令官だ。 確かに、君は一時的にヒーレリ領に居候している身に過ぎんのだろうが、同時に、“一時的に”私の部下でもある。つまり、君達のワイバーン部隊や 飛空挺部隊も、私の指揮下にあるのだよ。」 「そ……そんな命令聞いておりませんぞ!?」 「命令を聞いていない?それは……どういう事かな。」 「我々の部隊は秘匿部隊であるため、1月初旬頃から魔法通信の送受信を限り無く少なくしながら行動しておるのです。一応、重要な命令文は受信 するように命じられておりますが……その件については、私は何も知らされておりません!」 「なんと……知らされていないだと?2日前に発せられたばかりだぞ?」 「なっ……!?」 ラバイダロス中将は、思わず絶句してしまった。 彼には、そのような命令は全く知らされていなかった。 「で……では、我々は……」 「まぁ、私も鬼では無い。私としては、今日の報復を今すぐしてやりたいが、君達がそう言っている以上、無理に通す事は出来んだろう。よろしい、 本国の指示を仰いでみる。」 ピルッスグ大将は、穏やかな口調でラバイダロスにそう言った。 「魔道士官!すぐに本国に確認しろ!」 ピルッスグは、魔道士官に指示を下す。指示を受け取った魔道士官は、頷いてから確認作業に入った。 「はぁ……感謝いたします。」 「心配したかね?」 唐突に、ピルッスグ大将は質問をして来た。 「は……と、いいますと?」 「私が、このまま無茶な主張を押し通すと思ったかね?」 「はぁ……閣下のお家の事に付いては、いくつか聞き及んでおりましたので。」 「ふむ。馬鹿な弟を持つと、苦労するのはいつも、兄である私だな。」 ピルッスグ大将は苦笑しながら言う。 「ピルッスグ家が、多方面に関係を持っている事は確実だ。だが、それを成し遂げたのは私では無い。弟の方だよ。私はどちらかと言うと、 弟よりは役立たずの方でね。家では寂しい思いをしている物だ。」 ラバイダロスは、先ほどとは打って変わった、優しげなピルッスグに、内心驚いていた。 「私は先程、君に厳しく言ったが、あれはあくまで職責上の事さ。君が本国から何も聞いておらず、本国も君らに対して、何の指示もしないと 言うのであれば、私は君達に何もせずに、レスタン領に送り届けよう。万が一の場合は、我々の場所からも、援軍を送り届けて良いぞ。」 「援軍と申されましても……ヒーレリ領西部には、300騎ほどしかワイバーンが居ないのでは?」 「今日一日の防空戦で、300騎以下に減っている。だが、されど300騎以下だ。リーシウィルムは、約1000機近くの敵艦載機の猛攻に よって、確かに壊滅的打撃を受けた。被害はそれだけに留まらず、第5親衛石甲師団の部隊にも被害が生じている。だが、幸いにして航空戦力は まだ残っている。信じられるかね?この地方に駐屯していた私のワイバーン隊はたったの70騎足らずだ。70対1000。戦えば全滅するのは 目に見えている。だが、戦闘が終わってみれば、なんと、まだ34騎も残っている。無論、この状態では、部隊は壊滅したも同然だが、律儀に 敵の攻撃隊を迎撃し続けて、それでも34騎ものワイバーンが残っている。これは、まさに奇跡と思わんかね?」 「は……確かにそうですな。私の指揮下にある空中騎士隊とは大違いです。」 「私は噂話でしか聞いておらんのだが、君の指揮下にある部隊には、新米が多数いるようだな。」 「はい。1個空中騎士隊は、歴戦の部隊で、夜間戦闘もこなすのですが、残りの3個空中騎士隊は、錬度が完璧とは言えません。」 「編成上では、4個空中騎士隊のうち、3個が夜間戦闘も行えると聞いているが……そこの部分でもそうなのかね?」 「……正直申しまして、私が教官なら、半数以上は落第点スレスレか、確実に不合格です。残りも、夜間飛行はこなせるが、攻撃は難しいと 思える者しかおりません。一応、部隊としては存在しますが、実質的には、書類上の部隊と言っても過言ではありません。」 「そんなに酷いのか……私は、君になんて悪い事を言ってしまったのだろうか。」 今度は、ピルッスグが謝る番だった。 「いえ……統括司令官の言われる事も理解できます。閣下の立場からすれば、我々に出撃せよと申すのは当然の事です。」 ラバイダロスは、最初とは打って変わった、落ち着いた口調でピルッスグに言う。 最初は、いきなり部隊を出撃させる必要があると言って来たピルッスグに強い反発心を覚えた物だが、実際は心優しい人物であると分かり、 内心ホッとしていた。 (ピルッスグ家は、シホールアンル10貴族にも選ばれる大貴族と聞いていたから、色々とごり押しして来るんだろうと思っていたが…… この人は別なんだな) ラバイダロスは、目の前に居る心優しき上官に、そんな印象を抱き始めていた。 だが、彼の安心も束の間であった。 「閣下!本国の総司令部より通信です!」 「うむ。読め。」 ピルッスグは魔道士官に命じた。 「ヒーレリ領航空部隊は、敵機動部隊に対して、直ちに攻撃を開始せよ!兵力不足の場合は、レスタン領に展開予定の増援ワイバーン隊も 参加させよ!以上であります。」 「………」 「………」 予想外の言葉の前に、2人の将星は、言葉を失ってしまった。 午後7時30分 リーシウィルム沖西方70ゼルド地点 第503空中騎士隊は、寒い夜空の中、高度50グレル以下、速力200レリンクで敵機動部隊の予想位置を目指しながら前進を続けていた。 「先導騎!生命反応は捉えたか?」 第503空中騎士隊の指揮官であるレビス・ファトグ少佐は、攻撃隊の2ゼルド前方を飛んでいる先導騎の竜騎士に、魔法通信で尋ねる。 「いえ、今の所、敵らしき反応はありません!」 頭の中で返信を受け取ったファトグ少佐は舌打ちする。 「参ったな……レンフェラルからの情報では、この海域に敵機動部隊が居る筈なんだが……敵に逃げられたかな?」 ファトグ少佐は、敵が発見できない事に苛立つ半面、内心ではこれで良いかもしれないという、見敵必殺をモットーとするシホールアンル軍人 にしては珍しい思いを抱いていた。 (もし、敵がさっさと逃げてくれれば……後ろから付いて来ている奴らを、無為に失わなくて済む) 彼は心中で呟きながら、顔を後ろに振り向けた。 第503空中騎士隊は、68騎のワイバーンでもって出撃しているが、それとは別に、第601空中騎士隊と第602空中騎士隊から発進した、 160騎のワイバーンも出撃を終えている。 この3個空中騎士隊は、レスタン領に移動予定であった第31空中騎士軍に所属しており、日も暮れた午後6時頃に、軍司令官であるラバイダロス 中将から直々に出撃を命じられた。 3個空中騎士隊228騎の大編隊は、夜間戦闘のベテランである第503空中騎士隊を先導役に当てる形で前進を続けている。 この3個空中騎士隊の任務は、リーシウィルム沖を北に向かって北上し続ける米機動部隊に痛烈な打撃を与える事である。 だが、ファトグ少佐は、この戦力で、敵機動部隊に大損害を与える事は難しいと考えていた。 3個空中騎士隊の内、満足に戦闘をこなせそうな部隊は、経験豊富な兵ばかりを集めた第503空中騎士隊だけであり、残りの2個空中騎士隊は、 竜騎士の大半が新米という有様であり、更に錬度に関してもまだ不安が残っていた。 ファトグ少佐としては、せめて、第503空中騎士隊だけで敵機動部隊の攻撃に移りたかったが、3個空中騎士隊で攻撃せよとの命令が下った 以上は、実行するしかなかった。 (敵機動部隊と戦闘となったら、一体、どれだけのワイバーンと竜騎士が失われるのだろうか。俺達も危ないが、後ろの新米共は更に危ない。 どうせなら、もっと訓練を行わせてから、前線に出したかったのだが……) ファトグ少佐が思考に費やせる時間は、余り長くは無かった。 「隊長!2時方向に多数の生命反応を探知!距離は約12ゼルド!(36キロ)」 この時、ファトグ少佐の心中には、やっと見つかったかという思いと、まずい事になったという思いが複雑に絡み合っていた。 第58任務部隊旗艦である空母ランドルフのCICでは、TF58司令官のミッチャー中将が、対勢表示板上に描かれた敵騎群を険しい表情で 見つめていた。 「司令官。ピケットラインに配置した駆逐艦からは、敵編隊は100メートル以下の低高度で接近して来たとの報告が届いています。」 「まずいな……上空警戒のアベンジャーの交代する時に接近して来るとは。敵に悪運が強い奴が混じっているぞ。」 ミッチャーは、バーク参謀長の言葉に対して、眉をひそめながら答える。 「敵編隊は、このままのコースで行けばTG58.5かTG58.4に攻撃を仕掛ける可能性があります。」 「上空に上がっている夜間戦闘機は何機だ?」 「8機です。所属はハンコックとアンティータム。いずれもF4Uです。」 「他に飛ばせる機は?」 「このランドルフとボクサーからF6F4機、F4U4機を増援に向けられますが、残りは準備中の為、すぐには出撃出来ません。」 「ラングレー隊はどうなっている?VFN-91だけでも早く飛ばせんか?」 「今確認してみます。航空参謀!」 バーク少将は航空参謀を呼び付け、急いでラングレーに確認を取らせた。 2分後、ラングレーから返事が届いた。が……その返事は、ミッチャーの期待とは裏腹の物であった。 「目下、早急な発艦は不可能なり。発艦準備完了までは、あと20分掛かる見込み……か。」 「当分は、ハンコックとアンティータムのコルセアと、増援の8機に任せるしかありません。」 「参ったな……たった16機で、敵の大編隊を食い止める事はほぼ不可能だぞ。」 「不可能ではありますが、敵の数を減らす事は出来ます。それに、ハンコックとアンティータムのF4Uは、海兵隊の夜間戦闘機隊から 送られた物で、パイロットは既にエルネイル戦線でシホールアンル軍と夜間戦闘を経験済みです。ある程度は減らせますよ。」 ハンコックとアンティータムは、今回の作戦では戦闘機専用空母としての任務が与えられており、ハンコックはF6F48機、F4U34機を、 アンティータムはF4U72機を搭載している。 両艦は、それぞれTG58.4とTG58.5の防空任務の要となっているが、搭乗しているF4Uのパイロットは、半数以上が実戦を経験して 来た腕自慢のパイロットである。 機数は少ないとはいえ、敵編隊に少なからずダメージを与えられる事は期待できる。 「また、すり減った敵航空部隊は、機動部隊の対空砲火で対処できます。全部叩き落とす、と言う事は難しいですが。」 「どうせなら、いっそ、この間提出された案のように行けば、敵の撃墜比率も上がると思ったが……敵にもまだ“当てて来る奴が多い”以上、 そうもいかん。後は、各艦長の腕次第だな。」 先日提出された案……それは、機動部隊の防空戦闘時に関する意見書である。 この意見書には、防空戦闘時には、全艦が一定の速度、間隔を保ちつつ航行するという物である。 ミッチャーは、一月に一度行われる、各母艦の艦長達を招いた勉強会で、この意見書にあった案を採用したらどうかと言った。 防空戦闘時には、敵の攻撃をかわすために、各母艦も急回頭を行って爆弾や魚雷の回避に努めている。 だが、これでは輪形陣がばらつきやすくなる上、母艦の機銃員達も急回頭によって機銃や高角砲の照準を一時的とはいえ、狂わされる為、 少しばかりであるが、敵ワイバーンや飛空挺に対する弾幕が薄くなると言う問題があった。 それを解消するために、先の案が提出されている。 要するに、回避運動を行わず、機銃や高角砲がまともに狙い撃てる時間を極力増やし、圧倒的な弾幕で持って敵ワイバーンや飛空挺を片っ端から 叩き落とそうと言うのである。 だが、空母艦長達の大部分は、この案に反対であった。 「敵ワイバーンの竜騎士や、飛空挺パイロットの技量が落ちたとはいえ、依然として敵航空部隊は侮れない強敵である。敵にとって、空母は 涎が出そうなほどの獲物であり、もし直進ばかりを続けると気が付いたら、敵は1隻に対して5、60騎もの大群で襲い掛かって来るだろう。 そうなれば、我が太平洋艦隊は、大規模な航空戦がある度に、数があるとはいえ、高額な正規空母を1隻ないし、2隻ずつ失う事になりかねない。」 空母艦長達は、このような反対意見を述べ、頑として新戦法の採用を拒んだ。 ミッチャーはそれでも、この新戦法の有用性を説明し続け、以降の防空戦闘時に役立てようと考えたが、艦長達の言う事も理解できるため、 結局、この新戦法を取り入れるのは時期尚早と判断され、採用は見送られた。 (ミッチャーとしても、航空戦や海戦の度に、正規空母を複数失った提督と言われたくなかった) 「夜間戦闘隊、敵編隊と接触!間もなく交戦に入ります!」 レーダー員が、やや声を裏返しながらそう伝えて来る。 レーダー上に移っている光点は2つ。 1つめは、艦隊の南東方面から向かいつつある。その光点は数が多く、敵が相当数のワイバーンか飛空挺を動員している事を伺えさせる。 もう1つは、その光点に向かいつつある小さな光点だ。この光点が、頼みの綱の夜間戦闘機隊である。 やがて、大小2つの光点が重なり合った。 午後7時55分 TG58.4旗艦 空母シャングリラ TG58.4司令官であるフレデリック・ボーガン少将は、旗艦シャングリラのCICで、対勢表示板を見つめていたが、その時、予想していた 報告が耳に入って来た。 「敵編隊、夜間戦闘隊の防衛ラインを突破!我が任務群に向かって来ます!」 「敵編隊の数は?」 ボーガンはすかさず聞き返した。 「約60騎前後です!」 「まずいな……あまり数が減っていないぞ。」 彼は眉をひそめた。 最初、敵編隊の数は70騎前後であり、夜間戦闘機隊は、数こそは少なかったものの、最低でも敵を14、5騎は叩き落とすか、傷つけて 編隊から脱落させるだろうとボーガンは考えていた。 だが、夜間戦闘隊は思った以上に戦果を上げておらず、逆に敵の護衛騎に追い回され、今までに3機が犠牲となっていた。 敵編隊は、夜間戦闘機隊に襲われる前と同じ攻撃力をほぼ維持したまま、TG58.4に接近しつつある。 「敵編隊、艦隊より8マイルまで接近!間もなく外輪部の駆逐艦と戦闘に入ります!」 「ピケット艦より入電!艦隊より80マイル南東に新たな敵編隊!数は約200騎前後!」 ボーガンは、2つ目の報告を耳にするなり、険しい表情を浮かべた。 「200騎前後だと。畜生!敵の奴ら、本気でTF58を叩くつもりだぞ!」 ボーガンは悪態を交えながら、そう言い放った。 空母アンティータムの艦上では、配置に付いた機銃員や高角砲要員が眦を決しながら、戦闘開始の時を待ち続けていた。 ヴィンセント・バルクマン少尉は、艦橋前に配置されている2基の連装両用砲の内、2段目にある2番両用砲の指揮官を務めている。 彼は、砲塔中央にある観測用ハッチから顔を出し、敵編隊が迫っていると思われる輪形陣右側に顔を向けていた。 (畜生め。空母群は5つもあるのに、シホット共は何でTG58.4に向かって来るんだよ!あの人でなし共め!) 彼は内心で、このTG58.4を狙って来た敵編隊を呪いつつも、ヘルメットの下に付けた、両耳のレシーバーからは射撃管制官からの 指示を聞き続けていた。 「敵編隊約50騎、二手に別れながら依然、前進中。戦闘に備えろ。」 「こちら2番砲塔、了解した!」 バルクマン少尉は、緊張で上ずった口調で、口元のマイクに向けてそう返した。 輪形陣右側で発砲炎と思しき閃光が煌めき、その直後、上空に高角砲弾炸裂の光が暗闇の向こうに灯る。 光の明滅は無数に湧き起こっている。 (駆逐艦が高角砲を撃った!いよいよ戦闘開始だな!) バルクマン少尉は内心でそう叫びつつ、緊張を和らげるため、へその下を撫でた。 「射撃指揮所より両用砲へ!敵機約20騎前後が駆逐艦の上空を突破して本艦に向かいつつある!敵編隊は超低空より12騎、高度300メートル ほどから14、5騎だ。両用砲は超低空より接近する敵を撃て!」 「2番砲塔了解!」 バルクマン少尉は観測用ハッチから顔を引っ込め、砲塔内の部下達に指示を伝える。 「敵編隊が向かって来る!目標は超低空より接近する敵騎!恐らく雷撃隊かも知れん、内輪を突破して来たら狙い撃ちにしろ!」 彼はそう伝えた後、再びハッチから顔を出した。 アンティータムの右舷前方800メートルの位置に占位する戦艦マサチューセッツが、右舷の両用砲と機銃を撃ちまくる。 マサチューセッツに習うかのように、右舷後方の重巡ニューオーリンズも両用砲、機銃をここぞとばかりに撃ち放つ。 敵ワイバーン隊の姿は見え辛いものの、高角砲弾炸裂時の閃光で、一瞬ながらもハッキリとした姿を見る事が出来た。 敵編隊は、戦艦や重巡から5インチ両方砲弾や40ミリ弾、20ミリ弾の弾幕射撃を受けて、次々と撃ち落とされていく。 唐突に、ワイバーンが飛んでいた海面で強烈な閃光が煌めき、その直後には派手な水柱が噴き上がった。 撃墜されたワイバーンが海面に墜落した瞬間、腹に抱いていた魚雷に機銃弾か、高角砲弾の破片が命中して大爆発を起こしたのであろう。 敵ワイバーン隊は1騎、また1騎と叩き落とされていくが、それでも9騎程が迎撃を突破してアンティータムに突進してきた。 「撃て!」 バルクマン少尉がすかさず命じる。次の瞬間、2門の5インチ両用砲が火を噴いた。 軍艦の艦載砲としては小さな部類に入る5インチ砲だが、近い場所で聞くとその砲声と衝撃は侮れない物がある。 両用砲の射撃に加え、舷側の40ミリ、20ミリ機銃座も一斉に射撃を開始する。 敵ワイバーン隊は、前方のアンティータムと、後方のニューオーリンズ、マサチューセッツから挟み撃ちにされ、瞬く間に2騎が叩き落とされた。 「更に2騎撃墜!」 射撃指揮所から伝えられるその言葉を聞いて、バルクマンは敵を1騎残らず殲滅出来るかも知れないと思った。 だが、それは甘い考えだった。 「敵ワイバーン急速接近!降爆だ!!」 唐突に、射撃管制官から慌てふためいたような声が流れた。 バルクマン少尉は咄嗟に上空を見上げた。 高度300メートルから接近して来た敵ワイバーンは、全速力でアンティータムに向かっていた。 アンティータムに向けて突撃を開始する頃は、14騎居たワイバーンも、今では7騎に減ってしまったが、それでも竜騎士達は臆する事無く 相棒を突っ込ませた。 暖降下爆撃の要領で接近して来た7騎のワイバーンは、すぐさまアンティータムの機銃に狙い撃ちにされる。 更に2騎が撃墜されたが、あのワイバーン隊に指向出来た機銃は、雷撃隊も同時に相手していることも災いして、思いの外少なかった為、 撃墜できたのは2騎だけであった。 5騎のワイバーンが次々と爆弾を投下する前に、アンティータムは右に急回頭を行った。 5騎のワイバーンは、それぞれ2発の150リギル爆弾を搭載しており、総計で10発の爆弾がアンティータムに降り注いだが、爆弾の大半は アンティータムの左右両舷に降り注いで空しく水柱だけを噴き上げただけに留まったが、最後の3発が連続してアンティータムに命中した。 爆弾が命中した瞬間、バルクマン少尉は体が飛び上がり、背中を砲塔の側壁に打ち付けてしまった。 彼は一瞬だけ気を失い、気が付いた時には、砲塔内に夥しい煙と火災の熱気が籠っていた。 「くそ……一体どうしたって言うん」 彼は最後まで言葉を発せなかった。 唐突に、体が浮かびあがる様な猛烈な衝撃が伝わった。衝撃は、右舷前部から伝わり、非常に大きかった。 彼の体は再び飛び上がり、側壁に体をぶつけてしまった。 その揺れが収まらぬ内に、再び同じような衝撃が伝わり、バルクマン少尉はアンティータムが、海底から現れた巨大な獣に引っ掴まれて、 派手に振り回されているのではないか思った。 揺れが収まると、彼はよろめいた足取りで砲塔の外に歩み出た。 「何てこった……第1砲塔が……!」 彼の目の前には、無残にも変わり果てた第1両用砲座があった。 砲塔は、左半分が大きく破損し、2本あった砲塔は、1本が千切れており、もう1本があらぬ方向に折れ曲がっている。 砲塔の外には、2名の水兵が血まみれで横たわっており、戦死している事は明らかであった。 午後8時15分 ファトグ少佐は、ようやく部隊の終結を終え、帰還の途に付いていた。 「……敵正規空母1隻撃沈確実、1隻撃破。巡洋艦1隻撃破……か。」 ファトグは、洋上ゆらめく炎を見つめながら、自分達が上げた戦果を確認する。 彼が1個中隊を率いて雷撃したエセックス級空母には、右舷側に4本の水柱が立ち上がっており、それ以前に爆弾命中によって甲板上に 火災を起こしていた。 その敵空母は、火災煙を発しながら洋上に停止している。 敵の捕虜から得た情報では、エセックス級空母は爆弾に対する防御力は優れているが、魚雷に対する防御いま一つであり、片側に魚雷が 3本命中すれば致命傷となると伝えられている。 ファトグ隊は、計4本の水柱を確認している。 それに加えて、魚雷を当てた空母は火災を起こして停止しているため、致命傷を負った事は充分に考えられた。 また、別の正規空母にも、魚雷は命中させられなかったものの、爆弾を最低でも4、5発命中させているため、実質的に空母としての 機能を喪失させている。 それに加えて、護衛の巡洋艦1隻にも損傷を与えている。 68騎の空中騎士隊……護衛を除けば50騎程度の飛行隊が挙げた戦果としては、まさに大戦果と言える。 だが、同時に代償も大きかった。 「攻撃前には、50騎は居た攻撃騎が、今はたったの21騎か……やはり、アメリカ機動部隊の攻撃は、死地への旅出も同然だな。」 ファトグ少佐は小声でぼやきながら、生き残りのワイバーンを率いながら、戦闘海域を離れて行った。 そのファトグ隊と入れ替わりに、第601空中騎士隊と602空中騎士隊の攻撃隊はようやく、戦闘海域に到達した。 第602空中騎士隊第2中隊に所属するフェルビ・ジュベルドーナ伍長は、初めての実戦に興奮しつつも、仲間のワイバーンと共に暗い洋上を飛行していた。 「右前方に火災炎を視認!」 第602空中騎士隊の指揮官が、右前方洋上にゆらめく炎を見つけた。 「確か、俺達の前にはベテラン揃いの第501空中騎士隊が居たな。流石は、年季が入っているだけあって、きっちり仕事をこなしている……」 先輩達に続いて、俺達も頑張らないとな。 ジュベルドーナ伍長は、最後の部分は口中で呟いた。 彼は、昨年の9月にワイバーン竜騎士として軍務に付き始めたばかりで、それ以来はずっと、本国で訓練を行って来た。 年は19歳であり、第602空中騎士隊は、指揮官を除く大多数の竜騎士が同じような年齢の者ばかりである。 今回が初の実戦であるため、彼は極度に緊張しているが、訓練通りにやれば必ず、敵艦に魚雷を叩きこめると彼は信じていた。 第602空中騎士隊は、601空中騎士隊と共に順調に進み続け、火災炎を見つけてから20分後には、敵機動部隊まであと10ゼルドの 位置にまで接近していた。 「これより、敵機動部隊に向けて攻撃を開始する!事前の打ち合わせ通り、まだ無傷の空母群から攻撃する。601空中騎士隊はここから 南西の位置にある生命反応を辿れ。602空中騎士隊は、損傷空母のいる空母群のすぐ南に居る空母群を狙う。」 攻撃隊指揮官を兼ねる601空中騎士隊の飛行隊長が、魔法通信で命令を飛ばす。 ジュベルドーナ伍長も、ここで自らの生命反応探知魔法を使って前方の生命反応を探してみる。 彼の脳裏には、前方に大きく3つの生命反応が固まっているのが分かった。 3つの大きな生命反応は、それぞれが5ゼルド程間隔を開けながら航行しているのが分かる。 (こんなに纏まって行動するなんて、敵も馬鹿だな。) ジュベルドーナ伍長は、心中で米機動部隊の指揮官を嘲笑した。 「これより攻撃態勢に入る!」 601空中騎士隊指揮官の新たな声が頭の中に響いた。 その直後、上空から何かの轟音が響いて来た。 ジュベルドーナ伍長はハッとなってその音がする方向を見つめる。その方向は、真っ暗闇に覆われて何も見えない。 彼は素早く、暗視効果のある魔法を発動させ、その音の正体を確かめようとした。 うっすらとだが、真っ暗だった視界が明るくなる。 「あれは……ヘルキャット!」 ジュベルドーナは、驚愕の表情で、自分の目に映った敵機の名を叫ぶ。 上空から急降下して来たヘルキャットは、あっという間の内に602空中騎士隊の編隊に接近し、機銃掃射を仕掛けてきた。 ヘルキャットに狙われたワイバーンは、突然の奇襲に対応できなかったため、一瞬のうちに全身に機銃弾を浴びて撃墜されてしまった。 「敵だ!敵の戦闘機だ!!」 602空中騎士隊の指揮官が、慌てた口調で叫ぶ。 「護衛隊!敵の戦闘機を追い払え!!」 指揮官は、攻撃隊の周囲に張り付いていた、護衛役の24騎のワイバーンに命じた。 24騎のワイバーンは指示に従い、編隊から離れようとするが、その護衛隊に、新たな敵機がやはり急降下で襲い掛かって来た。 今度の敵機もやはりヘルキャットであり、両翼の12.7ミリ機銃を乱射しながら編隊の下方に飛び抜けて行く。 戦闘ワイバーン2機が致命傷を負い、海面に墜落して行った。 それから敵戦闘機とワイバーン隊との間で戦闘が続いた。 この時、602空中騎士隊に襲い掛かった戦闘機は、軽空母ラングレー所属のVFN-91のヘルキャット12機である。 海軍航空隊では珍しく、レスタン人パイロットで編成されたこの夜間戦闘機隊は、機動性にやや難があると言われているヘルキャットを 軽戦闘機のように使いこなし、次々とワイバーンを叩き落として行く。 これに対して、竜騎士の大半が新米であるシホールアンル側は、米夜間戦闘機の猛攻の前に、完全に後手に回っていた。 しかし、それでも数の多いシホールアンル側は、12機のヘルキャットを徐々に押し始めた。 空戦開始から15分後、VFN-91のヘルキャット隊は、1機の喪失も出していないにも関わらず、40機以上のワイバーンに取り囲まれ、 危機的状況に陥っていたが、彼らの運命は未だに決して居なかった。 VFN-91を追い詰めたワイバーン隊を、海兵隊のコルセア隊が側面から突き上げたため、形勢は逆転した。 それに加えて、護衛戦闘隊が全く居なくなった為、他の空母から飛び立ったヘルキャットやコルセアに襲撃され、601空中騎士隊と 602空中騎士隊は、完全に編隊を崩され、バラバラのまま敵機動部隊の輪形陣に突っ込んで行った。 602空中騎士隊は、ようやく米機動部隊の至近にまで辿り着いていたが、この時、56騎は居た攻撃ワイバーンは、今や41騎にまで目減りしていた。 編隊もバラバラであり、敵の機銃掃射で傷付いたワイバーンも少なくない。だが、彼らは新米であるにも関わらず、戦意は旺盛であった。 「やっと……やっと見つけたぞ!」 ジュベルドーナ伍長は、先頭隊の突入で迎撃の対空砲火を放っている米機動部隊を見つめながら、絶叫していた。 彼の第2中隊は、他の中隊と比べて比較的纏まった隊形を維持しながら、米機動部隊の輪形陣に突っ込んで行った。 ジュベルドーナの第2中隊は雷撃班であるため、生き残った9騎のワイバーンは横一列に並びながら、150レリンクの低速で輪形陣の突破を図る。 輪形陣外輪部の駆逐艦が猛烈に両用砲や機銃弾を放って来る。 (これが、敵機動部隊の対空砲火なのか!?) ジュベルドーナは、初めて目の当たりにする敵機動部隊の対空砲火に度肝を抜かされた。 駆逐艦の対空砲火は、1隻が放つ量はさほど多くない物の、思いの外近くで炸裂する両用砲弾や、至近距離ばかりを通り過ぎる機銃弾は脅威である。 また、駆逐艦の数は1隻だけでは無く、6、7隻と多く、しかも陣形の片側を完全にカバーしているため、飛んで来る両用砲弾や機銃弾の数はかなりの物である。 「もっとだ!もっと高度を下げろ!」 第2中隊の中では唯一、実戦経験がある中隊長が、魔法通信を使って部下達に伝えて来る。 高度は20メートルほどしかない。 一瞬でも相棒に間違った指示を送れば、確実に海面に接触するが、中隊長は、これよりも更に下げろと言う。 (無謀過ぎるが……やはりやるしかない!) ジュベルドーナは、相棒のワイバーンに、更に高度を下げろと、繋げた魔術回路を通じて命じる。 唐突に、前方遠くで眩い閃光が煌めく。位置からして、敵の空母か戦艦が居ると思われる方角だが、どの艦に何を命中させたかは判然としない。 だが、ジュベルドーナは、自然に味方部隊が敵艦に爆弾か魚雷を命中させたのだと確信していた。 第2中隊が敵駆逐艦の輪形陣を突破しようとした時、一番右端を飛んでいたワイバーンが対空砲火に撃墜された。 「8番騎の生命反応が消えた!」 ジュベルドーナは後ろに振り向こうかと思ったが、すぐに考え直した。 今は視界が極端に悪い夜間である。 せめて、味方の死に様ぐらいは見ようと思っても、真っ暗闇の中に消えて行く味方騎など、見える筈は無い。 (今は、任務に集中しなければ!) ジュベルドーナは、湧き起こる恐怖感を無理矢理抑え込みつつ、ワイバーンの高度と速度を維持する事に、意識を集中させた。 駆逐艦の陣形を突破した後は、巡洋艦がしばしの間、第2中隊の相手となる。 第2中隊の目の前には、大小3つの艦影が見えている。 3つの影のうち、最先頭を行く影は他の2つよりも形がかなり大きい。 「あれは……見た限りだと、敵の戦艦みたいだが……あれが噂のアイオワ級戦艦なのだろうか?」 ジュベルドーナは、その戦艦が、マオンド戦線で派手に大暴れしたという強力なアイオワ級なのかと思った。 その戦艦はアイオワ級では無く、アラスカ級巡洋戦艦の3番艦トライデントであり、兵装も艦の外見も大きく違っている。 だが、トライデントは、形式上は巡洋戦艦となっている物の、対空火力は5インチ連装両用砲8基16門、40ミリ4連装機銃19基76丁、 20ミリ機銃42丁と新鋭戦艦並みに強力であり、これを片舷だけでも5インチ砲8門、40ミリ機銃10基40丁、20ミリ機銃21丁と、 実に巡洋艦1隻分の火力を敵に使う事が出来る。 トライデントの他にも、後続する巡洋艦カンザスティとガルベストンは、共に新鋭のボルチモア級重巡洋艦とクリーブランド級軽巡洋艦であり、 5インチ砲だけでも最大8門ずつは第2中隊に向ける事が出来た。 3隻の戦艦、巡洋艦が両用砲と機銃を第2中隊に向けて撃ち放つ。 その猛烈な銃砲弾幕の前に、あっという間に2騎が叩き落とされた。 第2中隊は犠牲に顧みず、依然として突進を続け、遂に巡洋艦、戦艦の防御ラインを突破したが、それまでに中隊は3騎に減っていた。 「見えた……敵空母だ!!」 ジュベルドーナは、眼前に現れた敵空母を見るなり、歓喜の叫びを上げた。 目の前を航行している敵空母は、明らかにエセックス級の大型空母だ。 ジュベルドーナは、初陣にしてエセックス級空母を雷撃すると言う、滅多にない機会に恵まれたのである。 「今までに散った仲間の仇だ、腹の魚雷を叩き込んでやる!!」 彼は、かぁっと頭が熱くなるような感覚に囚われながらも、相棒に高度と速度の維持を伝え続ける。 距離は徐々に縮まっていく。敵空母からは、猛烈な対空砲火が注がれてくるのだが、不思議にも1発の機銃弾も命中しなかった。 「ぐぁ!後を頼む!!」 唐突に、魔法通信に仲間の声が聞こえたような気がするが、ジュベルドーナはそれに気を止める事も無く、投下地点まで相棒を前進させる事に 意識を集中する。 魚雷投下までの時間は、意外にも早く感じられた。 敵空母との距離が300グレルに迫った所で、ジュベルドーナは魚雷を投下した。 重い魚雷がワイバーンの腹から離れ、ワイバーンの体が一瞬浮き上がるが、ジュベルドーナはすかさず、相棒に高度を下げろと命じた為、 何とか高度10メートル程を維持できた。 ジュベルドーナは敵空母の右舷後部をかすめるように避退に移った。 至近距離をひっきりなしに機銃弾が駆け抜け、両用砲弾が周囲で炸裂する。 魚雷投下という任務を終えた後、ジュベルドーナはひたすら、米艦艇の猛攻に耐えるしかなかった。 「畜生!こんな所で、死んでたまるか!!」 今までに抑え込んでいた恐怖感が噴き出し掛けるが、ジュベルドーナは何とか抑え続ける。 その時、後方から重々しい爆発音が聞こえてきた。その直後には、何かの誘爆と思しき爆発音と、後方から差し込んで来たオレンジ色の閃光も確認できた。 ジュベルドーナは振り返らなかったが、爆発音からして、確実に敵空母を仕留めただろうと確信していた。 1月16日 午前7時 ヒーレリ領ヒレリイスルィ 第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル大将は、いつも通り朝7時に起きた後、軍服に着替えて朝食を取ろうと、部屋を 出ようとした時、突然、魔道参謀が血相を変えながら司令官公室に入って来た。 「失礼します!」 「おはよう……って、何かあったの?」 「司令官……ヒーレリ領南西部で、陸軍のワイバーン部隊が、アメリカ機動部隊との間で大規模な戦闘を行った模様です。」 「魔道参謀、それは既に聞いているけど……まさか、戦闘が起こった時間は夜間?」 「はい。」 「ちょ、ちょっと待って。」 リリスティは困惑する。 「ヒーレリ領のワイバーン部隊は、もう航空攻勢に移れるほどの戦力を有していない筈じゃ。」 「攻撃に使われたワイバーン隊は、ヒーレリ領に元々居た部隊ではありません。」 「……!?」 リリスティは、即座に事態の深刻さを悟った。 「そんな……冗談でしょう。」 彼女は頭を抱えてしまった。 「決戦用に用意された部隊を勝手に使ったと言うの?なんて……馬鹿な事を!!」 リリスティは怒りの余り、目の前に置かれていたゴミ箱を蹴り飛ばそうと思ったが、魔道参謀の手前、そうする事も出来ず、 ただ、天井を仰ぎ見るしか無かった。 「ねぇ……決戦部隊を勝手に使ったのは、現地のワイバーン隊司令官なのかな?」 「いえ、現地の司令官は、どうやら命令に従っただけのようです。」 「命令に従った?」 リリスティは魔道参謀に顔を向け、意外だと思わんばかりに目を丸くする。 「と言う事は……命令は、もっと上から出ている事なのね。」 「はい。報告書をお持ちしましたが、ご覧になりますか?」 リリスティは、無言で魔道参謀が持っていた報告書をひったくった。 「どれどれ……15日夜半に、第31空中騎士軍に攻撃を命じる……ハッ。何ともご立派な命令だ事。レスタン領での決戦兵力が、 これでどれだけ減ったのかな……」 彼女は、憎らしげな口調でそう吐き捨てながら、2枚目の紙に視線を移す。 「……え?ちょっと待って。」 リリスティは、急に不審な顔つきになりながら、2枚目の紙をはためかせながら魔道参謀に聞く。 「これはどういう事なの?誤報じゃないの?」 「は……私も最初は、自分の目を疑いましたが……どうやら、嘘ではないようです。」 「嘘じゃ……ない?」 リリスティは、納得がいかなかった。 「ワイバーン220騎を投入して……大型空母3隻撃沈、2隻撃破、戦艦1隻撃破、巡洋艦、駆逐艦各3隻撃破。我が方の喪失、 ワイバーン140騎。」 「ワイバーンの損害が大きいのは非常に痛い事ですが、事実であれば、敵機動部隊は1個空母群が壊滅したと思われます。」 「……昼間の戦闘でも、敵空母を沈めるのは意外と難しいのに、夜間戦闘でこれだけの戦果を上げた……じゃあ、昨年9月の戦闘はなんだったの?」 リリスティは、2枚目の紙を手で叩きながら言う。 「1800ものワイバーンと飛空挺を投入したけど、それでも空母5隻と戦艦1隻しか撃沈できなかったのよ?なのに、レビリンイクル沖海戦よりも 遥かに少ない数で、大型空母3隻撃沈だって?魔道参謀、あたしはハッキリ言う。」 リリスティはそう言いながら、魔道参謀に2枚の紙を押し付ける。 「今後、幾度かヒーレリ領沖で戦闘があるかもしれないけど、それに関係する、本国からの情報は余り信用しなくていい。」 「え?しかし……」 「冷静に考えて。視界の悪い夜間と、新米ばかりのワイバーン隊。この2つが合わされば何が起こるかは、ベテランのワイバーン乗りなら必ず分かるわよ。」 リリスティは魔道参謀に言いながら、過去に自分が犯した失敗を思い出す。 「あたしも経験がある。だから、この件に関しては、なるべく信用しない事ね。信用したとしても話半分……いや、話一割と考えた方が、丁度いいかもね。」 彼女はそう苦笑した後、ゆっくりとした足取りで司令官公室から出て行った。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/643.html
7月5日午前3時 サイフェルバン沖北20マイル地点 米軍は橋頭堡の守りを固め、夜までに2万4千の将兵が、橋頭堡に上陸した。作戦の第1段階は成功であった。 この日の夜、輸送船団の警戒にあたっていた重巡洋艦サンフランシスコ軽巡洋艦ブルックリン、デンヴァー、モービル、 駆逐艦ルイス・ハンコック ステファン、マグフォード、ドーチ、ガトリングは、サイフェルバンの北20マイル地点で行ったりきたりしていた。 部隊は2部隊に別れ、サンフランシスコ、ブルックリンとルイス・ハンコック、ステファンがAグループ。 デンヴァーとモービル、マグフォード、ドーチ、ガトリングがB部隊に分かれて警戒任務についている。 B部隊の司令官である軽巡洋艦モービル艦長のクルーズ大佐は、艦橋でコーヒーを飲んでいた。 「副長、警戒任務といっても、バーマント軍はまともな艦をもたないだろう?そんな海軍が、装備優秀な艦艇のいる輸送船団に攻撃 を仕掛けるとは思えんのだが。」 副長のロスワード中佐が苦笑する。 「まあ、いいたいことは分かりますよ。しかし、バーマント軍は鉄道も、油で動く船も持っていたそうですよ。予想以上に 科学力が進んでいるようです。ですからそんな国の海軍にも、それ相応の技術が詰め込まれているかもしれません。それに いくら貧相な軍艦が襲ってきても、相手は本気ですから放っておくと危ないですよ。」 「まあ、確かにそうだろうな。だが、敵艦なんて鉄製といってもお粗末なものだろう。到底無茶するはずがないと思うのだがな。」 彼はそう言ってコーヒーをすすった。時間は午前3時。開けられた窓からひんやりとした夜風が、艦橋内に入ってくる。 それが艦長の眠気を加速させた。 (副長にゆずって2時間ほど仮眠するか) 彼がそう思い、副長に言いかけたとき、 「CICより報告!未確認艦発見!」 クルーズ艦長はすぐさまCICに確認の電話を取る。 「未確認艦だと?何隻いる?」 「合計で10隻です。うち6隻は巡洋艦クラス、4隻は駆逐艦クラス。25ノットのスピードで 南下しています。」 「南下・・・・・・もしや、バーマント海軍か?」 バーマント海軍第2艦隊は、時速25ノットのスピードでサイフェルバン沖に向かっていた。 艦隊の先頭を行く高速戦列艦ガスタークの艦上に、艦隊司令官であるデイトル・ワームリング少将 は、じっと前の海域を見つめていた。 バーマント海軍は、ヴァルレキュアの輸送船を、帆船の破壊船で行っていたが、帆船ではスピードが あまり早いとは言えず、せいぜい20ノットまでが限界だった。 それに、最近ではヴァルレキュア海軍が、輸送船に擬した軍艦で破壊船を見つけるや否や、たちまち 撃沈したり、輸送船にも恒常的に大砲が積まれ、破壊船に反撃をしてくる。このため、破壊船の 損失が20隻、損傷が12隻と馬鹿にならない被害を受け、海軍司令官からは、より早く、より頑丈で より大き目の大砲を積んだ船を、と言う性能が求められた。 そこで開発されたのが、ガスターク級高速戦列艦である。1097年に1番艦ガスタークが就役して以来 9隻が建造された。 そして実戦配備されているのが6隻である。14,3センチ砲を防盾式の連装砲にまとめて、 全部に2基、後部に2基配置し、さらに8センチ砲を12門搭載している。 艦の真ん中には小さな艦橋があり、そこで艦長が指揮をとっている。速力は28ノットまで出す ことができ、世界で最速の軍艦である。 一方、後方の小型戦列艦も9センチ砲を4門搭載し、これも28ノットのスピードで航行できる。 この二つの艦種も、バーマントで初めて油を燃料とした軍艦である。その事から、今後の通商 破壊に大きな功績を残すものと期待されている。 そんな中、第8艦隊にサイフェルバン沖の異世界艦隊の攻撃を命じられたのである。 「正直、初めて戦う相手だ。どんな武器を使い、どんな方法で我々に対応してくるのだろうか。」 ワームリング少将は、不安そうにそう呟いた。 「なあに、司令官。この艦はかつてないほどに重装甲で出来ているのです。異世界軍の軍艦 ごときに引けはとりませんよ。」 楽天的な性格である艦長が、笑みを浮かべて彼を励ました。 「そうだな。調子に乗っている蛮族共を叩き殺してやるか。」 彼も獰猛な笑みを浮かべて答えた。その時、右横にいた中年の魔道師が表情を変えた。 「司令官、前方の海域に生体反応があります。」 「何?まだサイフェルバンまで30キロ以上あるぞ?」 「敵の警戒部隊のようです。」 「警戒部隊か。」 彼は腕を組んだ。そこですぐに思い立った。 「警戒部隊は前方遠くにいるのか?」 「はい。およそ20キロほどです。」 「砲の射程外だな。よし、迂回するぞ。」 ワームリング司令官は艦隊進路をいったん南東に向けて、警戒部隊をやり過ごすことにした。」 それから30分後、突如、右舷の海面から何かが光った。それは発砲の閃光だった。 ヒューッという空気を切り裂く音が極大に達した。と思った瞬間、右舷海面に水柱が立ち上がった。 ドーンという音と共に8本の水柱が、ガスタークの右舷600メートル付近で上がる。 「見つかったのか!?」 彼はなぜと思った。夜間なら、ある程度速度を落とし、近寄らず、ひっそりと進めば敵に発見 されずに済んだはずだった。現に何度かこの方法でヴァルレキュアの輸送船を襲って成功して いる。今回も成功するはずだった。だが、彼らの艦隊はあっさり見つかっていたのである。 一方、こちらは軽巡モービル 「敵艦隊、わがB部隊を迂回しようとしています。」 CICからの報告に、クルーズ大佐は眉をひそめた。 「何だと?という事は、敵は我々を見つけたのかな?」 「敵にはレーダーがありませんが、魔道師が乗っているはずです。」 副長が助け舟を出す。 「ああ、魔法使いか。」 「はい。バーマントの魔法使いは、人間の生体反応を感知できるのが居ると聞いています。 おそらく、この魔法使いが、我々のレーダーのような役割を果たしているのでしょう。」 その答えは半ば違っていた。確かに反応は読み取って、数や船が居ることを探れることはできる が、正確に米艦隊の位置を特定できるまではできない。 それに対して、モービルのレーダーは、しっかりとバーマント艦隊を捉えていた。距離はおよそ15マイル。 「もう少し様子を見てみよう。」 そう言いながら、彼はA部隊の旗艦、サンフランシスコに連絡を取った。 距離が10マイルになってもバーマント艦隊は発砲してこなかった。逃げるどころか、速度を 落としてこそこそと逃げるように前進を続けている。 「よし。発砲しよう。左砲戦!」 4基の3連装砲塔が左舷側に向く。砲身が生き物のように動き、狙いを定めている。 目標は、バーマント艦隊だ。 「敵艦の速力、16ノット、距離10マイル。」 CICからの報告が入る。そこへ、 「各砲塔、発射準備良し!」 の報告が入った。 「オープンファイア!」 クルーズ艦長が号令する。それを待っていたかのように、各砲塔の1番砲が火を噴いた。 ドドーン!という腹にこたえる様な音が響き、衝撃が艦橋に叩きつけられる。 後方のデンヴァーも6インチ砲を放った。デンヴァーは2番艦、モービルは1番艦に割り当て を決めた。 「弾着、今!」 4発の砲弾は、全て敵艦の前に落ちた。距離は約800~600付近。 「まあまあかな。」 クルーズ艦長は双眼鏡で眺めながらそう呟いた。その時、敵1番艦に動きがあった。敵艦は 速力を上げ始めた。さすがに発見されたことに気付いたのだろう。 敵艦から光が放たれた。敵も発砲したのである。その時、敵艦の艦影が一瞬ながら見えた。 シルエットは、4つの砲塔らしきものの真ん中に小さな構造物と、3本の煙突である。傍目 では英海軍の巡洋艦に似ている。 その時、米艦隊の上空がぱあっと輝いた。 「照明弾!」 彼は思わずそう叫んだ。見つからないのなら視界を広げればいい。そんな意図が見えたような気がした。 「流石は文明国バーマント。虐殺だけが取り柄ではないようだ。」 その声を掻き消すかのように、2番砲が放たれた。ドーンという音と共に6インチ砲弾が敵艦に向かって 放たれる。 さらに20秒後に3番砲を放った。この間に敵艦も砲弾を撃ってきた。 砲弾特有の甲高い音が聞こえ、それが最も大きくなったとき、音はモービルを飛び越えた。 モービルの右舷側に8本の水柱が立った。距離は1000メートルほど。 「甘いな。」 クルーズ艦長は、敵の照準の甘さに嘲笑を浮かべた。20秒後に1番砲が再び火を噴いた。 そして、1番艦が発砲したとき、敵艦の左右に4本の水柱が立ち上がった。 夾叉弾を得たのだ。これは命中精度が高くなっていることを意味する。 一方、14キロ先の敵艦は8門全てを撃っているが、いっこうに当たらない。 先よりも弾着は近くなっているが、それでも艦を飛び越えたり、艦のはるか手前で空しく水柱を上げている事が多い。 2番砲が発砲された。相変わらずの振動と衝撃が、艦橋をひっぱたく。今度は左舷側に3本、 右舷側に1本の水柱が立ち上がった。 敵艦も負けじと撃ち返す。だが、モービルの優秀な弾着とは対照的に、敵1番艦の射撃はうまい とはいえず、今度も手前の海面に空しく水柱を上げた。 「砲術!もう少しだぞ!!」 クルーズ大佐はそう叫んだ。そして、3番砲が発砲された。砲弾はまっしぐらに敵艦に向けて 落下していく。 次の瞬間、敵艦の中央部に発砲とは異なる閃光がきらめいた。だが、それと同時に薄緑色の 光も混じっていた。 「今のはなんだ?」 彼はふと、混じっていた異なる色が気になった。だが、それを吹き飛ばすかのようにさらに 1番砲が発砲され、交互撃ち方が続けられる。 後方の海域では、分離した駆逐艦と小型戦列艦の砲戦が行われている。戦闘能力が格段に劣る 異世界の軍艦とはいえ、乗っている乗員の錬度は高そうだ。 その証拠に、今に至っても発砲の光がさかんに起こっている。 敵主力艦6隻に対し、こちらは新鋭軽巡とはいえ、わずか2隻。明らかに不利だ。 またもや敵艦の艦上に閃光がきらめいた。今度は2発命中した。だが、今度も先の薄緑色の 光が混じっていた。 (まさか・・・・・・・・いや、この世界ではあり得ないことではない) 彼はある考えを思いついた。それと同時に頃合よし確信した彼は次の指令を下す。 「一斉撃ち方!」 しばらく調整のため、砲撃が止む。彼はその間、発砲を繰り返す敵艦を見つめていた。無い。 火災炎が無い。それに、着弾と同時に破片らしきものも飛び散るはずだが、その艦には目立った 損傷も無ければ火災を起こしたようにも見えない。 敵艦が照明弾を打ち上げる。光に照らされた艦影は、明らかに無傷だった。 (やっぱり・・・・バーマント軍は魔法というものを使っているな。だとすると、あの艦には 魔法使いが乗っているのか、こいつはかなりやばいぞ) 彼はそう思い立つと、背中がぞっとした。バーマント軍も、対応策として、防御強化のために 魔道師を乗せて、その放つ魔力で砲弾の威力を減殺しているのだろう。 (そんな事に頭を使っている暇があったら、さっさとその虐殺好きを直せ、馬鹿野朗) 彼は内心で敵艦を罵った。そしてモービルの12門の6インチ砲が一斉射撃を始めた。 ドドーン!!先の交互撃ち方とは比べものにならない衝撃が艦橋を揺さぶった。そして敵1番艦 の周囲に多数の水柱が吹き上がった。そしてその中に3つの閃光が走った。 後方のデンヴァーも一斉射撃に入ったのだろう。6インチ砲12門の一斉射撃を始めた。 形成は、米側に不利な状態にある。砲戦を行っているのは、バーマント軍の高速戦列艦6隻と、 米大型軽巡2隻、バーマント側は大型軽巡1隻に対し、3隻で砲撃を行っている。 弾着も、最初はお粗末なものであったが、今ではかなり精度を上げている。唯一、発射速度が 30秒に1発という遅さなのが救いである。これに対し、モービルとデンヴァーは20秒に1発 の速さで1分間に4斉射できる。 そして斉射開始から2分、既に敵1番艦には実に10発の6インチ砲弾が命中していた。まさに 連打である。だが、その好成績とは対照的に、敵1番艦は損傷した様子も無ければ火災炎を 上げる様子も無い。 「なんてこった!敵の防御は戦艦並みだぞ!」 クルーズ艦長は、敵の魔法防御の硬さに下を巻いた。距離は8マイルまで下がっていた。 「よし、5インチ砲射撃初め!!」 たまりかねたクルーズ艦長は、5インチ砲の射撃を許可した。艦橋前、後部、右舷の合計 4基の連装両用砲が敵艦に向けられた。そしてその第1弾を発射した直後、右舷側の海面に 3本の水柱が立ち上がった。 「夾叉されました!!」 見張り員の悲痛めいた声が艦橋に聞こえた。 「うろたえるな!!砲の発射速度ではこっちが勝っている!それにA部隊もまもなく来るはずだ。 このまま行けば負けんぞ!!」 彼の言葉を裏付けるかのように、 「CICより報告、A部隊わがB部隊後方10マイルに接近せり。」 「よし。騎兵隊がおいでなすったぞ。」 彼は額にかいた汗を拭った。5インチ砲弾も加わった砲撃は激烈だった。 敵1番艦の艦上には数秒ごとに5インチ砲弾が炸裂し、間断なく閃光が走っている。 そして9斉射目を放ったとき、敵1番艦の艦上に4発が命中した。そしてその閃光 のなかに何かが飛び散るのが見えた。破片だ。 「やったぞ!敵の魔法防御を打ち破ったぞ!!」 その光景に、艦橋内はわあっ!と歓声が上がった。続いて第10斉射目が放たれた。 新たに2発が命中し、敵1番艦の艦首からうっすらと火災煙らしきものが見えた。 「よし、その調子だ!一気に畳み掛けろ!!」 クルーズがそう叫んだとき、シャシャシャシャ!という砲弾特有のうなり声が聞こえた。 それも今度のばかりはかなり強かった。 「来る!」 そう確信したとき、ガーン!という衝撃に艦橋は揺さぶられた。ついに被弾したのだ。 「左舷1番両用砲損傷!40ミリ機銃座1基全壊!!」 被害報告が届けられた。今まで間断なく砲弾を送り続けていた5インチ砲塔が1基やら れた。 「両用砲の兵員はどうなった?」 「2名戦死、3人が負傷しました。」 その答えに彼は眉をひそめた。だが、まだまだ行ける。彼がそう思ったとき、新たな被弾が モービルを襲った。今度は3弾が命中した。1発はモービルの煙突の1本を叩き折った。 残りの2発は中央部で炸裂し、あたりをめちゃくちゃにした。 モービルも敵1番艦に負けじと撃ち返す。敵1番艦に6発が命中した。その時、後部に命中した 閃光が大きくなった。瞬間、猛烈な爆発が起こり、後部2基の砲塔が見えなくなった。 爆炎のなかには、細長いものが何本か吹き上がっていた。 「やった!砲塔を吹き飛ばしたぞ!」 彼は思わず拳を上げて笑みを浮かべた。しかし敵1番艦は相変わらず28ノットのスピードで 航行し、甲板上でいくつもの火災炎を上げながらも前部の砲塔でモービルに向けて撃ちまくっている。 最後の1門まで減っても戦いは絶対に止めない。そんな猛烈な闘志が、直に伝わってくるようだった。 さらに5弾がモービルを打ち据えた。このうち、3弾が後部にまとまって命中した。 そして恐るべき事態が起きた。 「第3砲塔損傷!旋回不能!」 「なんてこった!」 彼は思わず声を上げた。モービルの要とも言うべき6インチ砲が3基使い物にならなくなったのだ。 これで砲戦力の25%を失ったことになる。だが、まだ砲は9門ある。 お返しだ、と言わんばかりに9門の6インチ砲が斉射をし、砲弾を敵1番艦に叩き込んだ。 ズガーン!という衝撃がガスタークを襲った。ワームリング少将は足を踏ん張って耐えた。 既に旗艦ガスタークは魔法防御を破られてから、実に16発もの砲弾を浴びている。 それ以前に、多数の砲弾が艦上で炸裂したばかりに、魔道師の体力に限界が生じて、ついに 倒れてしまった。そもそも敵艦の砲弾の威力が強すぎたばかりに、魔道師の魔力切れを加速 させることとなった。 「諦めるな!見ろ、白星の悪魔の船も傷を負っている。このまま行けば敵艦を叩きのめす ことができるぞ!」 左舷を航行する、スマートで精悍な感じの軍艦が、3連装の頑丈そうな砲塔がガスタークを 向いている。 艦橋と思われる鉄片には、四角の網を思わせるものがある。おそらく装飾のためにつけて いるのだろう。 ガガーン!という衝撃がして、またもや揺さぶられた。その衝撃がやまぬうちに敵艦に対して 前部4門の14.3センチ砲が咆哮する。 砲弾は1発が艦橋の横の甲板に命中した。そして寮艦から放たれた砲弾のうち、6発が敵艦 に対して満遍なく叩きつけられた。 敵艦の火災が一層ひどくなった。特に中央部と、艦首のほうから黒煙が激しく噴出している。 なぜか敵艦は砲撃をしなくなった。 「どうしたんだ?30秒立っても発砲しないとは。」 彼は不思議に思ったとたんふざけるなとばかりに新たな発砲の閃光が走った。 「くそ、またあたるかも知れんな。」 ワームリング司令官はそう思った。だが、意外な事に敵艦の砲弾ははるか左舷海面に着弾し 空しく水柱を上げた。 続いて20秒後に斉射が放たれるが、今度は手前に落下した。先の驚異的な命中率とは えらい違いだ。 「なるほど・・・・・被弾のダメージが蓄積して正確な照準が出来なくなっているな。」 ワームリング司令官はそう確信した。モービルからの射撃は甘いものだった。3斉射目も 遥か手前に落下している。 「ハハハハハ!何が最強の異世界軍だ!いくら強い軍艦でも沈むものは沈むのだ!その事を 思い知るがいい!!」 新たにガスタークから砲弾が発射される。今度も1弾が敵艦の前部の砲塔を叩いた。敵艦 も負けじと打ち返す。 「もうやめろ。貴様はさっさと体を休めていろ。」 彼は突き放したような口調でモービルに向けてそう言い放つ。だが、次の瞬間、既に経験した 6インチ砲弾の衝撃が、再び艦体を叩いた。 瞬間、目の前が真っ赤に染まったと思うと、ダダーン!という轟音が鳴り響いた。猛烈な衝撃に ガスタークは打ち震えた。艦橋内の職員は全員が床を這わされた。 しばらくたって、ワームリング司令官が起き上がった。まず、目に入ったのが、既に沈黙した敵1番艦 であった。4基の砲塔は発砲炎を吹くことも無く。ただガスタークに指向されているだけだ。 機関部に損傷は無いのか、相変わらず高速で突っ走っているが、甲板のあちらこちらから火災が 発生していた。それの黒煙がもうもうとたなびき、モービルの無念を現しているかのようだ。 そしてモービルが”前方へ遠ざかりつつ”あった。 「ふん。思い知ったか。異世界軍め。」 そう思い、前部砲塔を見てみた。そして艦首が消えていた。彼は目を疑った。 「艦首が・・・・・消えた!?」 なんと、艦首がざっくりと切断されているではないか! ガスタークは艦首が切断され、今にも沈没寸前の状態だったのだ。そして、現に沈みつつ あった。彼は知らなかったが、モービルの放った砲弾は、ガスタークの第1砲塔をひき潰し、 艦内の弾火薬庫で炸裂、呼び弾薬が誘爆して、そのパワーが艦首をもぎ取ったのだ。 「俺の最新鋭艦が・・・・・自慢のフネが。」 艦長が放心状態でそう呟いている。その目には、涙が浮かんでいる。 「それよりも総員退去だ。このフネはもう助からない。」 ワームリング司令官は艦長にそう伝えた。艦長は頷くと、艦橋から飛び出していった。 と、突然前方からまばゆい光が発せられた。 その光は、バーマント公国軍の艦列の前方から発せられていた。 モービルとデンヴァーは善戦していた。まず、モービルが敵1番艦を、デンヴァーが2番艦 に多数の5インチ。6インチ砲弾を叩き込んで魔法防御を突き崩すと、敵艦はたちまち猛射 に捉えられ、鉄のぼろと化した。そして敵1番艦が弾薬庫誘爆で艦首を切断され、その場に 停止した。続いて2番艦が真ん中から真っ二つに割れて爆沈した。 デンヴァーとモービルは残された砲で敵3番艦を狙った。だが、この時モービルは6インチ砲 全てが使えなくなり、5インチ砲が3門使用できるのみで、デンヴァーは6インチ砲2門、 5インチ両用砲3基が叩き潰されていた。 特にモービルはレーダーが損傷して使用不能になると言う由々しき事態に陥っていた。 無傷の敵3番艦に猛射を与えているうちに。まずモービルが残りの5インチ砲を全て叩き潰 されてしまった。次いで速力が低下して落伍した。残るはデンヴァー1艦のみとなった。 既に驚異的な猛射で敵3番艦の魔法防御は崩されてており、既に5インチ砲2発、6インチ 砲6発が命中して砲塔1基に煙突1つをなぎ払ったが、すでにデンヴァー自体、満身創痍である。 「畜生、せっかくバーマント野朗を討ち取ったのに、ここでやられるのか・・・・・」 デンヴァー艦長、フェリル・リュート大佐はそう言った。その直後、ガガーン!という被弾音 が鳴り響いた。それも何かが壊れる音。 「第3砲塔損傷!使用不能!」 彼は青ざめた。そして絶望しかけたとき、急に影が敵の間に割って入ってきた艦があった。 それはルイス・ハンコックを初めとする駆逐艦部隊であった。 駆逐艦部隊は、まず2隻が敵の小型船戦列艦相手に激戦を繰り広げた。この戦闘で、マグフォード が大破したものの、増援の3隻の駆逐艦が加わってからは形成が逆転した。 新たにガトリング、ドーチが損傷したものの、4隻の小型戦列艦を撃沈した。そしてその足で 苦境に陥るB部隊に加勢したのである。 37ノットのスピードで、5門の5インチ両用砲を乱射しながら、距離4000で53センチ魚雷 を投下した。 次の瞬間、敵3番艦の横腹に3本の水柱が立ち上がった。3番艦は一瞬、左舷側に仰け反った後、 その後、猛烈に右舷側に傾斜し、あっという間に転覆した。 4番艦は4本の魚雷をまともにくらって、一瞬で轟沈してしまった。5、6番艦はそれぞれ 魚雷1本ずつを食らい、速力が大幅に低下してしまった。 そこへやっと到着した重巡洋艦サンフランシスコ、軽巡洋艦ブルックリンが砲撃を行った。 「フェリル、聞こえるか?」 サンフランシスコ艦長アルア・リットマン大佐の声が聞こえてきた。 「ああ、聞こえるよ。アルア、遅すぎだ。」 彼は苛立ちまぎれにそう返事した。 「遅れてすまなかった。これからは俺達に任せてくれ。」 「もっと早く来てくれりゃあ、こんな酷い目に会わずに済んだのに。まあいい。後で一杯おごれよ。」 「分かった。約束する。」 そう言うと、無線が切られる音がした。リュート艦長は、頑張れよと心の中で声援を送った。 午前4時10分、海戦は終わった。米側は、迎撃に当たった軽巡洋艦モービル、デンヴァー、 駆逐艦マグフォードが大破し、ガトリングが中破、ドーチが小破するという被害を受けた。 またA部隊も重巡サンフランシスコ、軽巡モービルが敵弾を受けて小破した。 一方、バーマント第2艦隊は参加艦艇全てが撃沈されるという事態になった。この海戦で、 バーマント軍の艦艇は、全般的に米軽巡劣ると言うことがハッキリとなった。 逆に米海軍も、バーマント新鋭艦が魔法を使って強靭な防御力を得ていることに衝撃を受けた。。 この海戦は、後にサイフェルバン沖海戦と呼ばれることとなる。