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376 :reden:2012/04/20(金) 20 33 03 ID wlaiBnjM0 355-357さん 359さん まぁ貴族制・専制君主制が主流のこの世界でソ連の存在は劇薬でしかないですからねぇ。 ネウストリアとしては元の世界にのしつけておくり返したいところでしょう。 ヨークタウンさん 赤軍の進撃は会戦から逃げ延びた僅かな将兵たちによって尾ひれ付きまくりで伝わっていたりしますw 360-364さん 366さん 戦艦の建造…実際のところバルト沿岸諸都市が纏めて内陸都市になった際に、商船隊から補助艦艇に至るまで半壊してますから(汗 たぶんその再建がさきになるかと。 365さん 368-372さん 一言で言えば、想像力の欠如というところですね。 魔法文明によらず、自分たちを圧倒できる文明圏が存在するということ自体に考えが及ばなかったのが今回の失敗原因かと。 373さん 傀儡国家というのはありだと思います。 問題は、現地の被支配民族にどれだけ人材がいるかということで、最悪ソ連が人材・統治費用総負担のお荷物国家に… 374-375さん ベリヤのNKVDによる【適切】な保護……嫌な予感しかしない。
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第168話 リモントンギ攻防戦(前篇) 1484年(1944年)7月31日 午前8時 ジャスオ領ウルス・トライヌク ウルス・トライヌクで休養を取っていた第3海兵師団の各部隊は、早朝にも関わらず、慌ただしく動き回っていた。 第3海兵師団第3戦車大隊の指揮官であるヨアヒム・パイパー少佐は、愛車のキューポラから上半身を出して、各隊の準備状況を眺めていた。 「おい!モタモタするな!時間がないぞ!」 「早くしろ!遅れると味方に置いて行かれるぞ!」 「このばかたれが!さっさと動かんか!」 「徹甲弾は余分に積んどけ。規則なんぞ守らんで良い。」 あちこちで命令や叱咤の声が響く中、パイパーはそんな事はどこ吹く風といった顔つきでタバコを吹かしていた。 「あと4、5分で出発できるな。」 パイパーは、せわしなく動き回る部下達見つめながら、そう独語する。 第3海兵師団は、本来ならば正午にはここを出発する予定であった。 しかし、101空挺師団の側面をいつまでも開けておくにはいけない事と、同師団が対峙しているシホールアンル軍部隊が、 反撃を企図しているであろう新手の部隊である可能性が高く、第3海兵師団司令部は上層部の許可を取り付けて、出発時刻を 正午から早朝に早めた。 最も、第3海兵師団司令部の決定には反対意見もあった。 第3海兵師団は、本来ならば第1海兵師団並びに、第2海兵師団と一緒に前進を再開する予定であった。 それなのに、予定を早めて1個師団のみで出撃するのは時期尚早ではないか、との指摘があった。 対して、師団長であるグレーブス・アースカイン少将(6月に昇進し、第3海兵師団の師団長に任ぜられた)は、 「装甲部隊が居ない101師団では、いくら勇戦しても敵を押しとどめる事は不可能だ。101師団に一番近い位置ある 戦車部隊は、我々第3海兵師団の第3戦車大隊だ。ここは、一番近くにある戦車をなるべく早い内に、101師団の近くに移動すべきである。」 と、強い口調で軍団司令部に言った。 また、第3戦車大隊の指揮官であるパイパーもアースカイン師団長の考えに賛同し、 「戦車が居ると居ないとでは、戦闘の様相は大きく変わる。第3海兵師団は陸軍のようにまっとうな戦車連隊を保有してはいないが、 それでも58両の戦車を有している。対して、シホールアンル側も多くのキリラルブスを用意するだろうが、シャーマン戦車の性能は キリラルブスのそれを上回っており、たとえ、敵がこの58両のシャーマンよりも倍以上、いや、3倍以上の戦力を擁していても、 この58両が居ると居ないとでは、反応は変わるだろう。だから、ここは101師団を支援するためにも、師団長の言う通り、 部隊を前進させるべきだ。」 と述べ、アースカイン師団長を援護した。 それに加え、海岸部に急造されつつある飛行場は単発機用の滑走路が、30日の正午に仮設ながらも完成し、同日の夕方に 第1海兵航空団の戦闘機隊が駐留し始め、早くも同地での航空援護が可能となった。 海兵隊航空隊のエルネイル駐留によって、同地の航空作戦はよりやり易くなり、101師団にはこの航空隊からの航空支援が約束された。 この他にも、他の戦域の支援で多忙な陸軍航空隊に代わって、第3艦隊からも母艦航空隊が101師団の担当戦域に派遣される事が決まり、 いつ始まってもおかしくない敵の反撃に対する備えは、着々と整いつつあった。 「大隊長、A中隊、出撃準備整いました。」 パイパー車にA中隊指揮官から報告が入る。 それから1分ほどの間に、残りのB、C、D中隊の指揮官から同様の報告が入る。 パイパーの率いる第3海兵戦車大隊は、書類上では各中隊が16両ずつのM4A3シャーマンを保有し、4個中隊総計で64両のM4A3戦車を 有している事になる。 各戦車中隊は、上陸当初は各連隊に分散して配置され、歩兵部隊の支援に当たるが、今回のような大陸制圧作戦では陸軍と同様に戦車部隊を 大隊規模に纏めて、攻撃の先鋒を務めさせるようになっている。 陸軍と違って、島嶼攻略の水陸両用作戦を得意とする海兵隊にドイツ軍式の前進隊形を取り入れるのは極めて異例であったが、機械化の進んだ アメリカ軍内ではこのような特異な編成も実行可能であった。 「もうそろそろ出撃命令が下るな。」 パイパーはこともなげに呟いた。 後方から爆音が聞こえ始めた。彼は振り返って、その音の正体を確かめた。 西の空から、幾つもの機影が現れた。近づくにつれて、その機影の特徴的な形が明らかになる。 Ju87スツーカよりも角度が深いだろうと思えるほど湾曲した主翼を持つF4Uコルセアが40機、その40機が幾つもの編隊に分かれて 第3海兵師団の上空を通り過ぎていく。 「カクタスから飛んできた支援機だな。」 パイパーは、上空を飛ぶ航空隊のあだ名を呟きつつ、急造飛行場から飛び立った40機のコルセアを頼もしげな目つきで見送る。 カクタスとは海兵隊航空隊に付けられたあだ名である。 元々は、2年近く前のミスリアル王国攻防戦に参陣した第1海兵航空団を始めとする海兵隊航空隊に付けられたものだが、 そのあだ名はいつしか、海兵隊航空隊の全てを指すものになっている。 そのカクタス航空隊のコルセアが、一足先に101師団の戦域に向かって行く。 「空の守りは頼んだぜ。」 パイパーは、飛び去っていくコルセアの編隊に向けて言葉を送る。 海軍航空隊や陸軍航空隊は、上陸開始前からシホールアンル側のワイバーン隊と戦火を交えているが、敵の航空戦力は未だに健在で、 時折、数十騎単位のワイバーン隊が地上攻撃に現れる事もある。 パイパーの第3戦車大隊も敵ワイバーンの空襲によって戦車3両を撃破されるという手痛い損害を被っている。 そんな忌々しいワイバーン隊から守ってくる戦闘機隊は、海兵隊のみならず、連合軍の地上部隊将兵から頼りにされている存在だ。 (これで、敵のワイバーンに不意打ちにされる事はないだろう。) 彼はやや安堵した気持ちでそう思った。 「大隊長!大隊長!」 急に、無線手のウィル・ロードル軍曹が上ずった声で彼を呼んだ。 「何だ?」 「101師団から発せられた無線通信を傍受しました!どうやら、シホールアンル軍は攻撃を開始したようです!既に、101師団には 砲撃が加えられ、更に30騎以上の敵ワイバーン隊が向かいつつあるとのことです。」 「来たか。」 パイパーは別段驚く事もなく、小声で呟く。 「大隊長!たった今、連隊本部から出撃命令が下りました!」 「了解した!」 パイパーは待ってましたと言わんばかりに答える。 「こちらパイパー!これよりリモントンギに向かう!前進開始!」 彼は、マイクに向かって命令を伝えた。 彼の命令を受け取った第3戦車大隊を始めとする第3海兵師団前進部隊は、すぐさま前進を開始した。 第3戦車大隊の先鋒を務めるA中隊が楔形隊形で街道と草原を突っ切っていく。 両翼にはB中隊とC中隊が、同じように展開し、その中に第3海兵連隊の将兵が乗るハーフトラックが続く。 その後方にはD中隊が付き、全部隊が時速40キロで101師団の戦区目指して驀進して行った。 午前8時 エルネイル沖西方40マイル地点 第3艦隊に所属している第38任務部隊第1任務群では、北方戦線の支援に向かう艦載機の発艦を終えていた。 北方戦線、・・・・101空挺師団の戦区に行われる航空支援は、第1任務群のみならず、第2任務群からも行われる予定であり、 第2任務群は20分後に艦載機の発艦を開始する筈であった。 第3艦隊旗艦ニュージャージーでは、第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将とその幕僚達が、どこか浮かぬ 表情を浮かべながらCICに陣取っていた。 通常ならば、ハルゼーは艦橋の張り出し通路に出て、艦載機の発艦風景に見入っているのだが、今日はそうも行かなかった。 「長官、さきほど傍受した魔法通信の通り、敵のワイバーンの大編隊が我が機動部隊に近付きつつあります。」 航空参謀のホレスト・モルン大佐は、円盤状の表示板に描かれた敵編隊の図を睨みつけるように見つめ続ける (いや、実際睨みつけていた)ハルゼーに説明する。 「クレーゲル魔道参謀によると、敵編隊は2隊に別れており、それぞれが100騎以上の大編隊となっているようです。 この2編隊はそれぞれ20マイルずつの距離を開けており、先頭グループは北西20マイルにいるTG38.2から、 北東30マイルの距離まで迫っています。敵編隊の進路は、第1編隊と第2編隊で異なっており、第1編隊はTG38.2、 第2編隊はTG38.1に向かいつつあります。」 「つい先ほど、この近海からレンフェラルが発したと思しき魔法通信が傍受されています。」 魔道参謀に任ぜられているラウス・クレーゲルが、やや場違いと思えるような間延びした口ぶりでハルゼーに伝える。 「魔法通信はTG38.1の位置を記す内容で、10分おきに似たような内容が発信されてます。TG38.2の近くにも、 同じような偵察用のレンフェラルが潜んでいるかもしれません。」 「となると、TG38.2からは支援隊を発進させる事は出来んな。」 ハルゼーは苦々しげな口ぶりで言い放つ。 「最近は引き籠り気味のシホットにしては、久しぶりに活発に動いてきたな。しかも、俺の機動部隊に挑んでくるとは、良い度胸だ。」 「しかし長官。敵はまずい時に勝負を挑んできましたな。」 参謀長のロバート・カーニー少将が不安も露わな顔つきで言う。 「このエルネイル沖で、動けるのはTF38の2個空母群と、TF37所属のTG37.2のみです。TG37.1と37.3は 洋上補給のため、作戦海域から離脱しています。こんな時に敵ワイバーンの大編隊が・・・・ましてや、100機以上の攻撃隊を 送りだした後に襲い掛かってくるとは。」 「なに、状況はさほど悪くない。」 カーニーの不安を打ち消すかのように、ハルゼーは快活の良い口調で言う。 「確かにTG38.1からはかなりの数の艦載機が出払ってしまったが、敵さんが現れたおかげでTG38.2からはまだ攻撃隊が 発艦していない。こいつらに加わる予定だった戦闘機隊と、元々使える予定だった戦闘機を加えれば、それなりの戦闘機戦力が集まる。 もし敵が、TG38.2からも攻撃隊が発艦したあとに現れればえらい事になっただろう。だが、災い転じて福となすということわざが 示す通りに、俺達にはある程度まとまった数の戦闘機が残された。こいつらをぶつけりゃ、艦隊の被害は何とか抑えられるだろう。」 「なるほど。状況は確かに悪くないですな。」 カーニー少将がホッと胸を撫で下ろす。他の幕僚達からも安堵の色が見えた。 しかし、誰もが決して安堵していた訳ではない。 「だが、こうなると、101師団の支援が予定よりも手薄になってしまうな。」 ハルゼーはため息を吐く。 「TG38.1から発艦させた攻撃隊と、カクタスの奴らを合わせれば、まあまあの航空支援が出来るだろうが、それでも不安が残るな。」 その時、彼の心中にとある疑問が浮かぶ。 (まさか、シホットの連中は、俺達の艦隊から支援機を出したくないがために、久方ぶりに俺達を狙ったのだろうか?) 午前8時15分 リモントンギ 第101空挺師団506連隊長であるロバート・シンク大佐は、リモントンギ市内にある4階建ての市庁舎に設けた連隊本部から、 東に1キロ離れた前線を見つめていた。 「敵のワイバーンの数が多いな。」 シンク大佐は、前線の上空で動き回る幾つもの点に視線を向けている。 前線の上空では、10分前に到着した海兵隊のF4Uと、来襲してきたワイバーンが激しい空中戦を繰り広げている。 最初はコルセア40機に対して、ワイバーンは30騎ほどであり、コルセア隊の方が優勢であったのだが、2分前に新手のワイバーン隊 20騎余り来てからは、ほぼ互角の戦況となっている。 (いや、互角ではないな) シンクは内心で訂正する。 敵の増援が来てからは、コルセア隊は押され気味になっている。 それに、つい今しがた、コルセアの迎撃を突破した数騎のワイバーンが連隊の守備陣地に襲い掛かったばかりである。 総合性能では敵ワイバーンに優れているF4Uとは言え、数が敵より少なければ自ずと限界が生じる。 「だが、この程度の空襲ならまだ耐えられる。問題は、敵の地上部隊が攻勢に出てきた時だな。」 シンクの懸念は、空よりも陸の方にある。 敵部隊は、キリラルブスという戦車に匹敵する陸上兵器を多数有しているとの情報が入っている。 それに対して、506連隊の属する101師団は、歩兵が主体の部隊であり、装甲兵力は全くない。 師団砲兵隊は居る物の、味方と敵部隊の位置が1キロも離れていないため、誤射の危険が大きい。 一応、対戦車用のM1バズーカを装備してはいるが、それでは満足に対応しきれないし、それ以前に、対戦車班は上陸初日の激戦で 少なからぬ犠牲を出している。 この決定的とも言える差を埋めるには・・・・ 「海兵隊が必要だな。」 シンクは呟く。 101師団の後続部隊である第1海兵師団と第3海兵師団は、共に戦車大隊を有している。 このうち、第3海兵師団は既に出撃し、あと20分以内には前線に到達する予定だ。 「20分。あと20分耐え抜けば、戦力が揃う。それまで、前線を維持しなければな。」 シンクはそう呟き、部下達が耐え抜くように祈った。 だが、彼の祈りは戦神に聞き入れられなかった。 「左上方より敵ワイバーン接近!」 前進部隊を率いていたパイパーは、突然舞い込んできた報告に顔色を変えた。 「何だと?数は!?」 彼は報告を送ってきたA中隊の指揮車に聞き返す。 「約20騎です!」 「これはまずい事になった。」 パイパーは舌打ちする。 コルセア隊と戦っているワイバーン隊の他に、別働隊が居たのだ。 恐らく、この別働隊は後方から接近しつつある増援のために前もって準備されていたのであろう。 ワイバーンと思しき飛行物体が急速に接近しつつある。 そのワイバーン隊目がけて、対空部隊の対空砲火が火を噴く。 4丁の12.7ミリ機銃を束ねた4連装機銃が、勢いよく銃弾を放つ。 パンツァーカイル陣形の外側に配置された対空機銃搭載車は、一様に右上方から迫るワイバーン目がけて機銃を撃ちまくっている。 ワイバーンの先頭は、その機銃の弾幕を紙一重で避け、陣形の間近まで接近し、そこで爆弾を投下した。 胴体に取り付けられていた2発の爆弾が放り投げられ、ハーフトラックの群れの中で炸裂した。 爆発の瞬間、ハーフトラック1台が爆砕され、2台が横転する。中に乗っている1個分隊ほどの兵は殆どが戦死するか負傷した。 2番騎、3番騎と、敵ワイバーンは次々と飛来して爆弾を投下する。その度に、車両が叩き潰され、擱座していく。 ワイバーン1騎が、4連装機銃の十字砲火をまともに浴びた。 体の両側面に多量の高速弾を浴びたワイバーンと竜騎士は、ものの数秒でバラバラに引き裂かれた。 別の1騎が急所に致命弾を浴び、爆弾を投下する暇も与えられぬまま、そのまま地面に落下した。 パイパーはキューポラから顔を出したり引っ込めたりしながら、ワイバーンと前進部隊の戦闘を眺める。 直属の戦車の中には、キューポラの側にある12.7ミリ機銃を振りかざして応戦する者もいる。 だが、その兵にもワイバーンからの光弾が浴びせられる。 先ほどまで顔を真っ赤に染めながら応戦していた兵は光弾を受け、車体の後ろの地面に叩きつけられた。 その戦車に爆弾が落下し、1発が命中弾となる。 ドーン!という轟音が鳴り、戦車の左側面から紅蓮の炎が噴きあがった。 「B中隊4番車被弾!」 B中隊の指揮官から悲痛めいた口調で報告が伝えられてくる。 「5番車がやられた!」 更にC中隊指揮官からも報告(というよりは絶叫に近い)が届く。 「くそ!あっという間に2台もやられたのか!!」 パイパーは忌々しげに顔をゆがめる。 更に対空車両までもがワイバーンのブレス攻撃を浴びて、機銃手や運転手共々火葬にされてしまった。 敵ワイバーンとの戦闘が開始されてから10分後には、第3海兵師団前進部隊はハーフトラック12台と戦車3両、対空車両3両を 破壊され、陣形も壊乱状態に陥っていた。 陣形が崩れた事により、部隊は完全に足止めを食らってしまった。 「6時方向からワイバーン2騎!」 パイパーは自らの戦車に向かってくる敵ワイバーンを見るなり、操縦手に伝える。 周囲には、破壊された車両が黒煙を噴き上げている。損傷車両の周りには、無残にも討ち取られた海兵隊員や乗員達が横たわっている。 「まだだ、切るなよ。」 彼は振動に揺られながらも、迫りくるワイバーンを睨み続ける。 敵ワイバーンが距離200まで迫った時、不意に口が開くのを捉えた。 「右に切れ!」 彼はすかさず指示を伝える。戦車が向きを変えるのと、2騎のワイバーンがブレスを吐くのはほぼ同時であった。 パイパーはすぐに身を車内に隠し、ハッチを閉める。 急激に右へ曲がったため、車体が僅かに傾ぐ。後方をゴォー!という何かの音が通り過ぎていく。 音はすぐに止んだ。 シャーマン戦車は、ガソリンエンジンを積んでいるため、後部部分を上空から狙われるとかなり脆い。 シホールアンル側は、その特性を知っており、爆弾を非搭載時に戦車を攻撃する時は、後ろ側から攻撃せよと命じてあった。 パイパー車を狙った2騎のワイバーンは、セオリー通りに後ろ上方から攻撃を仕掛けたが、パイパーの巧みな判断で撃破できなかった。 彼は咄嗟にハッチから顔を出す。その時、2頭のワイバーンがパイパー車の上空を飛び去っていく。 そのワイバーンに対空機銃が追い撃ちをかけるのだが、全く当たらない。 「畜生め!このままじゃ、101師団の支援どころじゃないぞ!」 彼は憎らしげに喚いた。 しかし、第3海兵師団の苦闘もそこまでであった。 「なんてこった、第3海兵師団が敵ワイバーンに襲われているぞ!」 支援攻撃隊指揮官である空母ヨークタウン艦爆隊長のフリック・モートン少佐は、眼下に移る光景を信じられない気持で見つめていた。 この日は、陸軍航空隊が総力を挙げて、エルネイル周辺のワイバーン基地に大空襲を仕掛けており、敵のワイバーン隊はその防戦に 忙殺されているはずであった。 だが、シホールアンル側は攻撃を受けている航空基地とは別の基地から攻撃隊を発進させ、味方機動部隊や地上部隊を攻撃しているのである。 「エンタープライズ戦闘機隊は、好き勝手に暴れるシホットを追い払え!残りは101師団の支援に向かう!」 「了解!」 エンタープライズ戦闘機隊指揮官から応答の声が流れる。 支援攻撃隊は、空母ヨークタウンからF6F12機、SB2C16機、TBF12機。 エンタープライズからF6F16機、SBD14機、TBF8機。 ホーネットからF6F16機、SB2C11機、TBF12機。 軽空母フェイトからF6F13機の計130機で編成されている。 本来ならば、TG38.1のみならず、TG38.2からも120機ほどが加わる予定であった。 だが、機動部隊本隊は今、敵ワイバーンの空襲下にあり、TG38.2は攻撃隊を出せぬまま防空戦闘に従事している。 130機の編隊から16機のF6Fが離れていく。 それまで、地上部隊相手に好き勝手していたワイバーン群に変化が生じる。 残り16騎に減っていたワイバーンは慌てて向きを変え、F6Fに殺到する。 ワイバーン群がF6Fに矛先を変えたのを見たパイパーは、チャンスであると確信した。 「全部隊!前進を再開する!今は落伍車に構うな!」 彼は有無を言わせぬ口調で命じる。 生き残りの戦車や車両は、ゆっくりと前進しながら、以前と同じようにパンツァーカイル隊形を形成していく。 訓練で何度もやっただけあって、隊形を整えるのが早い。 やがて、ワイバーンの前進部隊は、今度こそ101師団の支援に向かうべく、リモントンギに向けて驀進して行った。 午前8時30分 リモントンギ 101師団とシホールアンル軍の戦闘は、早くも最高潮に達していた。 上空で未だにコルセアとワイバーンが死闘を繰り広げる中、地上では銃弾や光弾、それに砲弾や攻勢魔法がひっきりなしに飛び交う。 第506連隊第2大隊に属するE中隊では、草むらに隠れた将兵たちがライフルや機銃を撃ちまくる。 「中隊長!キリラルブスです!」 中隊長であるトーマス・ミーハン中尉は耳元で部下の声を聞いていた。 「くそ、ついに石の化け物を投入してきたか!」 彼は焦燥の混じった口調で叫ぶ。 「中隊長、第3海兵師団はどうしたんですか!?今頃はもう来ているはずなのに!」 「それは俺に聞くな!今は目の前の戦闘に集中しろ!」 側でライフルを撃っていた兵が苛立ったように叫んだが、ミーハン中尉は敵の方向を指さして逆に指示を下す。 隣でライフルを撃ちまくっていた兵がいきなり悲鳴を上げる。咄嗟に振り向くと、その兵は右手の人差し指が千切れていた。 「衛生兵!ここに負傷者だ!」 ミーハンは、右20メートルほど横で負傷兵の手当てをしている衛生兵を呼びつけるが、その負傷兵の手当てに忙殺されてなかなか来ない。 「しっかりしろ!大丈夫だぞ!」 ミーハンは、痛みで顔を引きつらせる負傷兵を励ましながら、自らもガーランドライフルを撃ちまくる。 草陰の合間にシホールアンル兵と思しき人影が魔道銃を撃ちまくる。 唐突に、真正面から、キリラルブスが草や木をなぎ倒しながら現れた。 キリラルブスの砲口から火が噴く。 陣地の目の前で砲弾が炸裂し、大量の土砂が噴き上がる。伏せ損ねた兵3人ほどが吹き飛ばされた。 キリラルブスは間髪入れずに砲を放つ。砲弾は草むらの奥に撃ちこまれ、30メートル離れた後方で着弾した。 後方からもう1台のキリラルブスが続く。 敵側前線のシホールアンル兵達は魔道銃は勿論、攻勢魔法も盛んに発してキリラルブスの前進を援護している。 「どんどん撃て!撃ち負けるな!」 後ろから副隊長のウィンターズ中尉が部下達を叱咤しながら通り過ぎていく。 敵のキリラルブスの周辺に迫撃砲弾が落下するが、至近弾ではキリラルブスを傷つけらない。 キリラルブスが前面の穴から魔道銃を撃ちまくる。30口径を乱射していた兵2人が撃たれた。 「対戦車班が出ます!」 唐突に、2名の兵が陣地の前に躍り出た。 バズーカを持っている兵に、装填手がロケット弾を込める。装填手が頭を2回叩き、装填官僚と伝える。 バズーカの筒先からロケット弾が勢いよく撃ちだされ、キリラルブスの車体底部に命中した。 キリラルブスは戦車と違って歩行式のため、低い場所からみれば、車体の底部を見る事ができる。 装甲の薄い底部にロケット弾を食らったキリラルブスは一瞬にして動きを止め、その場にへたり込んだ。 別のキリラルブスが、小癪な対戦車班を吹き飛ばそうと、搭載砲をぶっ放す。 砲弾は対戦車班に当たると思いきや、すぐ真上を通り過ぎ、後ろの木をなぎ倒してずっと後方で炸裂した。 そのキリラルブスも、別の所から忍び寄っていた対戦車班に狙い撃たれ、瞬時に擱座する。 対戦車班に敵側の射撃が集中される。4名の対戦車班は大慌てで陣地に逃げ戻った。 「よし、まずはあの化け物の動きを止めたぞ。」 ミーハンは満足げな口ぶりで呟く。そこに、F中隊とD中隊が布陣している方角からいくつもの炸裂音が響いた。 「F中隊とD中隊にも敵が向かっています!」 誰かが叫んだ。よく見ると、草陰から4、5体ほどのキリラルブスが、砲を放ちつつ、闘犬さながらの動きで飛び出している。 その直後、通信兵から驚くべき情報が伝えられた。 「中隊長!左翼のD中隊とF中隊が勝手に退却し始めたようです!」 「何だと!?」 彼は仰天した。 「あの腰抜け共が!第2大隊がここを放り出したら、リモントンギ全体が敵の野砲に撃たれちまうんだぞ!」 ミーハンはそう叫びながらも、内心で思考をめぐらせる。 目の前には、新手のキリラルブスが出てきている。キリラルブスの周囲には、魔道銃を構えた敵の歩兵も見える。 こちらの対戦車班が立て続けに2台撃破したせいか、キリラルブスの動きはのろい。 盛んに魔道銃や砲を撃ちはするものの、その行動は先と比べて慎重そのものである。 (今のところ、E中隊が相手している敵は慎重に部隊を進めている。だが、D中隊とF中隊を蹴散らした敵は、調子に乗って別の大隊にも 襲い掛かるに違いない。下手すれば、E中隊は包囲されるかもしれない) どうすればいい?このままここを死守するべきか。 それとも・・・・撤退するべきか? ミーハンは迷いながらも、敵目がけてライフルを撃ちまくる。そこに、通信兵が彼を呼びつけた。 「中隊長!中隊長!」 「何だ!?」 「航空支援です!航空部隊の指揮官が指示をくれと言っとります!」 「貸せ!」 ミーハンは受話器をひったくった。 「こちらは指揮官のミーハン中尉だ!」 「こちらビッグE艦爆隊の指揮官だ。今からそっちに支援爆撃を行うから、何か目印になるものを投げてくれ。」 「わかった!」 ミーハンはそう言うと、すぐに色つきの発煙弾を投げろと命じた。1人の兵士が赤色の発煙弾を敵目がけて投げつける。 発煙弾は、味方から40メートル、敵から50メートル離れた場所に落ち、やがて赤色の煙を放出した。 「今、赤の発煙弾を投げた!シホット共は煙から50メートル北にいる。俺達からかなり近いが、大丈夫か?」 「お安い御用だ。今からやる、伏せてろ!」 無線はそこで切れた。ミーハンはすかさず、中隊の全員に支援爆撃があることを伝える。 「海軍の攻撃機が爆弾を投下する!気をつけろ!」 彼がそう叫んだ直後、上空から何か甲高い音が響き始めた。 甲高い轟音はやがて大きくなり、まるで耳の奥を掻き毟るかのような錯覚に陥る。 (急降下爆撃か。誤爆はしないでくれよ!) ミーハンは、耳に響くダイブブレーキの音を聞きながら、爆弾が味方の陣地に落ちてこないようにと祈った。 金切音が極大に達した時、エンジン音の咆哮が混じる。一瞬、北側の上空に向けて飛び抜ける機影が見えた。 その刹那、キリラルブスの群れの中で爆発が起こった。 爆炎と共に茶色い土砂が宙高く吹き上げられる。 そこから10メートルと離れていない場所に別の爆弾が落下し、1台のキリラルブスが横に吹き倒された。 エンタープライズ艦爆隊の爆撃は、ミーハンのみならず、E中隊の将兵全員が見ほれるほど完璧であった。 まるで、狙い澄ましたかのように、爆弾はほぼ横一列で弾着する。 1000ポンド陸用爆弾が炸裂するたびに、キリラルブスが爆砕され、随伴歩兵がバラバラに粉砕される。 ドーントレス隊は1000ポンド爆弾の他に、両翼に2発の小型爆弾も搭載していた。 その小型爆弾は後方の林に弾着し、今しも前進中の部隊に加わろうとしていた敵の歩兵やキリラルブスを叩き潰す。 外れ弾は側の木々を吹き飛ばし、あるいは爆風でなぎ倒して、呻いていた負傷兵がそれに下敷きになって絶命する。 エンタープライズ隊の攻撃はこれだけに留まらず、続行してきたアベンジャー隊も、2000メートルの高度から101師団とは 反対側にある林目がけて、2発ずつの500ポンド爆弾を降らせる。 計16発の500ポンド爆弾は、林の中で炸裂し、あちこちで弾薬が誘爆したと思しき2次爆発が起こる。 水平爆撃は広範囲に爆弾がばら撒かれるため、自然に101師団側の陣地にも降り注ぐ。 1発の爆弾は、E中隊から20メートルと離れていない場所に着弾した。 大音響と共に土砂が舞い上がり、爆風が伏せている兵の背中を掠めていく。幸いにも、この誤爆による死傷者は皆無であった。 「馬鹿野郎!俺達までふっ飛ばすつもりか!!」 通信兵のジョージ・ラズ伍長が側に落ちたヘルメットを拾いながら、上空を飛び去っていくアベンジャー隊をののしった。 その傍らで、ミーハン中尉は海軍の正確な支援爆撃に賛嘆の言葉を漏らしていた。 「さすがは、海軍でも有数の母艦航空隊だ。今まで、目の前で好き放題やってたシホット共が、いまでは滅茶苦茶だ。」 つい先ほどまで、キリラルブスを盾にしながらじりじりと進んでいたシホールアンル軍は、ドーントレス隊やアベンジャー隊の爆撃を 食らった事で、ほぼ半数以上の戦力を失っていた。 12台はあったはずのキリラルブスは3台のみしか動かなくなり、随伴歩兵はほぼ壊滅状態だ。 (ビッグE・・・・エンタープライズ所属の航空隊は、開戦以来の精鋭部隊だからな。常に海を走りまわる移動目標を相手に している奴らにとって、動かない地上目標を狙う事はあさめし前って事か。いやはや、大したもんだ) 「中隊長!D、F中隊の戦区を突破しかけていた敵部隊も、海軍航空隊の支援爆撃を受けて前進をストップしたようです!」 ラズ伍長が喜色を滲ませながらミーハンに伝える。 「行けるぞ。この調子で敵を食い止め続ければ。」 ミーハンはそこまで行ってから絶句する。散々叩かれた林の向こうから、またもや新手のキリラルブスと歩兵が現れてきた。 新たに出てきたキリラルブスは計12台。うち、半数は車体のどこかが傷付いているが、戦闘には支障を来さないのであろう。 このキリラルブスは、戦死者の遺体などお構いなしに踏みにじりながら、やや早いスピードで突っ込んでくる。 「くそ、また来たぞ!迫撃砲はどうした!?おい、ありったけの砲弾を撃ちまくれと伝えろ!」 ミーハンは通信兵にそう命じた。 その瞬間、彼は右腕と肩に強い衝撃を感じ、頬に何か温かい物が張り付いた。 気がつけば、彼は地面に仰向けで倒れていた。 「ちゅ、中隊長!!」 傍でBARを撃っていた兵士が慌ててミーハンに取り付く。 「ああ、なんてこった。衛星兵!こっちだ!」 「くそ、やられてしまったか。」 ミーハンは肩と腕からくる激痛に顔をしかめた。試しに、指を動かそうとする。 だが、感覚が全くない。 「じっとしててください!腕が千切れかけています!」 「何だと・・・・くそったれめ!」 ミーハンは思わず罵声を挙げる。 腕の傷口から大量の血が流れていく。痛みよりも、出血の影響で徐々に意識が薄れ始めてきた。 「く・・・指揮を取らねば。」 「中隊長、いけません!」 無理やり起き上がろうとするミーハンを、兵は抑えようとするが、彼はすごい剣幕で兵を睨みつけた。 「馬鹿野郎!俺はE中隊の指揮官だ!たかが腕1本が使えないからって、まだ死んだわけではない!俺がまだ動ける限り、指揮は取り続ける!」 彼の言葉に、その兵は圧倒され、押し黙ってしまった。 「それよりも、おまえは銃を取って敵と戦え!いまここでE中隊が抑えなければ、敵はたちどころにリモントンギを奪取してしまうぞ!」 「し、しかし。」 「俺に構わんでいい!さっさと敵を撃て!」 ミーハンに強引に命じられた末、その兵士は慌てて射撃を再開した。 「中隊長!衛生兵です!」 衛生兵がミーハンの側に走り寄ってきた。 「やあドク。やられちまったよ。」 ミーハンは引きつった笑顔を浮かべる。 「話はあとです!中尉、手当てしますから横になってください。」 「駄目だ。横になっては戦況が見渡せられん。そのまま治療しろ。」 彼は衛生兵に命じてから、後ろに顔を向ける。 さっきから迫撃砲の支援射撃が無い。 「迫撃砲はどうしたんだ?おい、後ろの連中は何をやっているんだ!?」 「中隊長、迫撃砲小隊が弾切れだと言っています!」 「なんてこった、状況は悪化するばかりじゃないか!」 ミーハンは思わず頭を抱えそうになった。迫撃砲の支援があれば、キリラルブスは倒せないまでも、敵の歩兵を削ぐ事ができる。 しかし、迫撃砲の支援が無ければ、敵は歩兵を伴ったまま陣地に突っ込んでくる。 そうなっては、白兵戦が得意のシホールアンル側にとって願ってもないチャンスが訪れる事になる。 先頭のキリラルブスの筒先が、ミーハンの居る陣地に向けられ、固定された。 それに気付いているのは、何故か彼1人のみだ。他の兵は別のキリラルブスや歩兵に向けて銃を撃ちまくっている。 「敵が大砲を向けているぞ!移動しろ!」 ミーハンは大声で命じた。だが、もはや間に合うまいと思っていた。 恐らく、1秒後にはあの砲口から砲弾が飛び出ているだろう。そうなれば、自分たちは確実に死ぬ。 (万事休す!) ミーハンの心中に、後悔の念が渦巻いた。 その刹那、キリラルブスの右側面に爆炎が噴きあがった。爆発音と共に石造りの車体が大きく欠損する。 次いで、その周囲に爆発が起こり、シホールアンル兵諸共、土砂が宙高く噴きあがる。 「なっ・・・・!」 ミーハンは一瞬、何が起こったのかが分からなかった。 誰もがキツネにつままれたような表情を浮かべた時、耳にキャタピラの駆動音が響いてきた。 「おい、この音は?」 ラズがBARを撃っていた兵に聞く。 「さぁ・・・・・あ、まさか!」 兵は最初首をかしげたが、やがて、思い当たりがあるのか、急に表情を和らげた。 「戦車だ!シャーマン戦車が来たぞ!」 「戦車・・・・マリーンの連中、やっと来たか!」 ラズも、増援に来る筈だった第3海兵師団の事を思い出し、いきなりその兵と抱き合った。 「おい、海兵隊だ!ごろつき野郎共が応援来たぞ!」 「マリーンに負けるな!撃ちまくれ!」 第3海兵師団の参陣で意気を取り戻したのだろう、機銃や小銃がこれまでよりも激しく撃ち放たれる。 E中隊の兵達が敵に容赦のない射撃を加えている時、第3海兵師団の前進部隊は、突出しつつあった敵を包囲するかのように前進を続けていた。 「目標、11時方向のキリラルブス!距離500!」 パイパーは、ペリスコープから見えるキリラルブスを見つめながら、砲手に指示を伝える。 砲手が狙いをつけ、照準よし!と叫んだ。 「撃て!」 凛とした声音で命ずる。直後、ドン!という音と共に76ミリ砲が放たれる。 砲弾は過たずキリラルブスに命中した。右側面から真っ赤な炎を噴き出したキリラルブスは、地面にガクリとへたり込んだ。 僚車も砲弾を放ち続け、次々とキリラルブスを仕留めていく。 キリラルブスも負けじと、何台かが向きを変えて、パイパー戦隊に立ち向かおうとする。 その横合いからE中隊の兵が放ったロケット弾が命中し、黒煙を噴き上げる。 中から慌てて乗員が飛び出し、地面に飛び降りるが、ライフルや機銃弾に射抜かれて、全員が射殺された。 「隊長!敵が後退し始めます!」 「こっちでも見えてるぞ!」 パイパーは、報告を伝えてきた操縦手にそう返す。 第3戦車大隊のシャーマン戦車に襲われ、相次いで被害を出したたために敵は恐れを成したのであろう。 健在であったキリラルブスが慌てて避退しようとする。歩兵もキリラルブスを追っていく。 「情け無用!撃ちまくれ!」 パイパーは叫んだ。ここで敵を逃がせば、また再編成を終えてやってくる。 後顧の憂いを断つためには、逃げる敵も徹底的に叩かねばならない。 応、とばかりに76ミリ砲が火を噴く。 この砲弾は、惜しくも逃走するキリラルブスの至近に弾着しただけとなったが、近くにいた兵2人が破片を食らって倒れ伏す。 「こちらC中隊、敵キリラルブスが後退を開始。追撃します。」 「こちらD中隊、敵キリラルブス4台を撃破。敵は後退を開始しました。これより追撃に入ります。」 無線機に、分派したC、D中隊から報せが入る。 これより10分前、パイパーは敵約1個大隊が前線を突破しつつあると聞き、戦力を2分してこの1個大隊を包囲しようと決めた。 C、D中隊は、後退してきた101師団の兵達をけし掛けながら前進し、敵キリラルブス部隊と正面から打ち合った。 元々、初期装備型のキリラルブスではシャーマン戦車に太刀打ちできない。 キリラルブスは、C、D中隊の戦車3両を撃破したが、逆に9台を破壊された。 それに、再び盛り返した101師団の部隊と第3海兵師団の部隊が猛反撃に出たため、敵1個大隊は前進をストップした。 そして、パイパーの指揮する部隊と戦っていた味方が後退を開始したのを聞くや、この大隊の指揮官は、包囲される前に急いで後退せよと 命じ、突破し、確保しようとしていた陣地を放棄して丘の上の林に逃げ戻りつつあった。 「突出してきた敵1個大隊は、やはり包囲出来なかったか。」 パイパーは思わず舌打ちしたが、すぐに気を取り直す。 「だが、これで戦線は安定した。さて、ここからは俺達の番だぞ、シホット!」 彼は小声ながらも、意気込んだ言葉を発した後、部隊に敵を追撃せよと命じたのであった。 第3海兵師団所属の戦車部隊は、敵を追い返しただけでは飽き足らず、逆に敵陣目がけて突っ込んでいく。 シャーマン戦車は林に隠れる敵の歩兵を蹂躙しながら、逃げるキリラルブスに容赦なく砲撃を浴びせる。 無論、海兵隊側も無傷では済まず、今も反撃を食らったシャーマン戦車が黒煙を噴き上げ、乗員が大慌てで外に飛び出していく。 だが、残りの戦車はそんな事はお構いなしとばかりに、林の向こうへ突進していく。 ミーハン中尉は、衛生兵の手当てを受けながら、ひたすら前進を続けていく海兵隊を見つめていた。 「あいつら、無茶しやがる。」 周りで、E中隊と海兵隊員が通り過ぎ間際に挨拶をかわしていく中、彼は頬を緩ませながら呟いていた。 「今は敵を追っ払うだけでいいのに。」 「ウチの連中はじっとしているのが苦手でね。」 不意に、後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこには海兵隊の将校が立っていた。 「それに、さっきは俺達もワイバーンの空襲を受けたんだ。恐らく、パイパーさんはここぞとばかりにさっきの仕返しをしてやろうと 思ってるんだろう。」 「なるほどね。やられたら倍返しって奴か。」 ミーハンはそう呟いてから苦笑する。 「あんた大丈夫かい?」 「いや、この通りボロボロさ。衛生兵がモルヒネを打ってくれたから、今はこうしてしっかり喋れているが、とにかく、俺は野戦病院送りだな。」 「たっぷり休養が出来るな。紹介が遅れたが、俺は第3海兵連隊所属のルエスト・ステビンス中尉だ。」 「ミーハンだ。101師団506連隊に属している。あんたら海兵隊が来てくれたお陰で助かったよ。」 「なに、俺は後ろで震えてただけだ。今はまだ何もしていない。」 ステビンス中尉は肩をすくめながらミーハンに答えた。 「じゃ、俺は行くよ。遅れるとボスに怒られるんでね。」 「頑張れよ。俺の代わりにシホット共の顔をぶん殴ってくれ!」 ミーハンの気の利いたジョークにステビンスはハハハと笑いつつ、前進する戦車部隊の後を追って行った。 「中隊長、残念ですが、右腕はもう・・・・・」 衛生兵がすまなさそうに言ってくる。 「・・・・・まぁ、なってしまった物は仕方あるまい。これで、俺は前線指揮官をクビになるな。」 ミーハンはしばし顔を暗くするが、顔とは裏腹に生きのある声音で返した。 (さて、俺が使えないとなると・・・・・後任はやはり、あいつしかいないだろうな) 彼は、暢気ながらも、どこか悔しげな気持ちで、中隊の副隊長に告げる言葉を考え始めていた。
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朱き帝國第02話 新星暦351年 青竜月13日 正午 モラヴィア王国 王都キュリロス 宮城前広場。 晴れ渡った青空に、陽光が煌いていた。 (まるで我らの未来を祝福しているようではないか) 広場の端に設けられた高官用の観覧席で、モラヴィア王国宰相アルベルト・ハーロウ伯爵導師は眩しげに空を仰ぎながら、ふと、そんな事を考え、次いで自分が思いついたセリフの余りの陳腐さに、軽く肩を竦めた。 「やれやれ。私も随分浮かれてるらしい」 しかしまあ、これから行われんとしている魔術の壮大さを思えば無理も無い。 この『救世』計画には国家予算の2割がほぼ毎年投じられ、さらに宮廷魔術師団が抱える導師級魔術師の半数が参加しているのだ。 そして軍部からも…… 「国防相。既に顕現予想点へ向けての戦力配置は済んでいるのかね?」 傍らの席に掛けている国防相のロイター元帥に尋ねる。 僅かに灰色の混じった黒髪を持つ壮年の元帥は、宰相の問いかけに力強く答えた。 「はい。既に訓練名目で東部に移動していた第3機鎧兵団が、支援の為の飛竜騎士団・歩兵部隊とともに展開を完了しております。異界の転移後には、まず小規模の調査隊が、その後発としてこれらの隊が現地への進駐を行います」 「また随分と奮発したな」 ハーロウは驚いた。 機鎧兵団は主に機鎧兵科……ゴーレムやキメラなどの魔法生物を運用する創命魔術師によって編成された部隊であり、王国軍の中でも有数の精鋭部隊だ。ちなみに第3兵団は3個機鎧連隊で編成され、それぞれに魔術師30名と彼らが操作する600体のキメラ、司令部付の護衛部隊が所属している。 「実の所、これはエッカート導師の強い要請でして」 「ヴェンツェルの?」 「ええ。顕現の際、万一、従属魔法が発動しなかった場合の保険です。転移した大地に、もし何らかの国家が存在した場合、我々の進駐に対して妨害が予想されますので」 もちろん陛下の内諾は頂いております……とロイターは続けた。 「それと、農務相からひとつ頼まれましてね。マナ抽出後の新規開墾に向けて専従奴隷を確保しておく必要があります」 「あぁ……」 それで納得がいった。 マナの減少に伴う農地の砂漠化によってこれまでにかなりの耕作地帯が駄目になっている。 まあ砂漠化や森林破壊に関しては、今回の計画が完遂すれば直ぐに解決するのだが、農地の開墾はまた一からやり直さねばならない。その為には人手が必要というわけだ。 ちなみに専従奴隷というのは、魔術を用いてモラヴィア人への抵抗意識を奪い、特定の単純作業のみ行うように条件付けが施された奴隷のことだ。 これは秘蹟魔道を伝えるモラヴィア王国独自の魔術で、奴隷の反乱を防止するという点で非常に使い勝手が良かった。そしてこの魔術を施された奴隷達(素材となる人間は、主に他国との奴隷貿易や戦争によって得る)は公共事業や農作業で大きな力となり、モラヴィアの諸産業に貢献している。 「とはいえ、これはほんの第一歩に過ぎません」 「確かに」 ハーロウは頷いた。 そうだ。異界の地を召喚するというのは計画の、ほんの第一段階(最も、これが一番大変な作業なのだが)に過ぎない。呼び出した大地にはマナを吸引するための装置を設置する必要がある。 そこからマナを吸出し、モラヴィアの国土に還元して、漸く計画は完遂するのだ。 ちょうどその時、計画責任者のヴェンツェル子爵導師が空中回廊の階段を下りてくるのが見えた。 それを見ながら、ハーロウは誰に聞かせるともなしに呟く。 「そう、これは世紀の一歩だ」 王国の貴顕が顔を揃える中。 建国以来の大魔術が、これより始まろうとしていた。 新星暦351年 モラヴィア王国 王都キュリロス 青竜月13日 第13刻 「おっ!エリカじゃないか!お勤めご苦労さん」 行商人の露店や旅芸人の見物客で賑わうアルトリート中央通り。 宮城での夜勤を終え、あちこち道草を食いながらも家路に着こうとしていたエリカ・エレットは、後ろから大声で呼びかけられて思わず飛び上がった。 「っきゃ!?……あ、あんた!いきなり何て大声出すのよ。危ないじゃないの!」 みっともない悲鳴を上げてしまった恥ずかしさも相俟ってか、剣呑な口調で、声をかけてきた陽気そうな青年…リロイ・ハーツマンに詰め寄る。 「おいおいなんだよ、ちょっとした親愛の表現じゃないか」 悪びれた風も無く、しれっと言い返すリロイにエリカはますます口を尖らせた。 この男。エリカが田舎から王都にやって来た時に宿で知り合ったのだが、これまでにまともに働いているところなど見たことが無い。 「こちとら夜勤明けで疲れてんだから、遊び人の相手してる暇なんて無いのよ」 「失敬な。俺だってちゃんと仕事くらいしてるぜ」 エリカはへぇっと馬鹿にしたように言った。 「行商人だっけ?お父さん一人に仕事押し付けて、自分はフラフラ遊び歩いてるだけじゃないの」 「フッ。社会勉強といってほしいね」 「……アホらし」 堂々と胸を張って駄目駄目な発言をするリロイに、エリカはがっくりと肩を落とした。 まったく、この男と話していると調子が狂う。 「しっかし、最近朝帰りが多いよなぁエリカちゃん」 「公衆の面前で誤解を招くような事言わないでよ」 そう言ってエリカはリロイの向う脛に軽く蹴りを入れた。 「ここ数日、魔道院の人たちが何か慌しくてねぇ。うちの師匠も何を手伝ってるのやら……宮内総務の人たちもソッチに行っちゃうもんだから、おかげでこっちは負担が増えて増えて…あぁ~…宮廷魔術師なんて給金も良いんだろうし、偶には弟子に何か奢ってくれたって罰は当たらないと思うのよね」 ブツクサと愚痴をこぼすエリカ。 別に彼女は宮城で正規に雇われている女官というわけではない。 本来は魔術師ギルドに務めるヒラの魔術師に過ぎないのだが。問題は彼女の師事している導師が宮廷魔術師団に籍を置いていることで、忙しい時などはこうして城まで出張っては便利屋使いされてしまうのだ。 まあ色んな…それこそ自分が見たこともない変わった魔術にお目にかかることも珍しくないので、これはこれで満足しているのだけれども。 「そーゆーわけで、アンタと付き合ってる暇があったら帰って休みたいの。お分かり?」 「……へ~い」 ニッコリと青筋と共に浮かべた笑顔に、リロイは顔を引き攣らせて引き下がった。 まったく。この軽薄さがなければ…… エリカは溜息一つついて真っ直ぐ家路に着いた。 エリカの姿が人ごみの中に消えると、リロイは踵を返して人気の無い路地裏に入った。 そのまま暫く歩き、先程とは別の広い表通りに出ると、直ぐに近くにあった宿屋に入り込んだ。 「ただいま」 部屋に入る。そこには既に『父』が戻っていた。 「どうだった?」 「振られちゃった。……けど少し面白いこと聞いたな」 そう言ってリロイは口元に笑みを浮かべた。 宮廷魔術師が多忙なのはいつものことだが、それよりも魔道院と共同で動いているというのが気になる。 あのヒキコモリ連中が宮廷魔術師と組んで何をやる気なのだろう? 1941年6月22日深夜0時。 ソヴィエト連邦 首都モスクワ。 開け………蒼き月の門よ。 来たれ……異界のまれびとよ。 その力…その命…我らに齎すために。 豪奢な寝台の上でまどろんでいた男は、突然、弾かれたように跳ね起きた。 耳元で、何かが囁いたような気がしたのだ。 目を皿のようにして辺りを見回し、人の気配が無いのを知ると安堵の息を洩らした。 (……少しばかり、神経質になっているようだ) 男……ヨシフ・スターリンは額に滲んだ汗を拭い、寝具を纏ったままで近くに置かれているソファに腰を下ろした。 自らを『赤いボナパルト』などと称する思い上がった若造をはじめ、既に自分の足元を脅かす輩はあらかた始末し終えた。気に病む事など無いはずだった。 傍らのテーブルに置かれている皮革製のカバーに包まれた帳面を取る。 それはリストだった。これまでに自分が地獄に送り込んできた者たちの名が記されている。 なにか不安や恐怖に襲われたとき、彼はこの帳面を見る。別に罪悪感からそうしているわけではない。 「しかし、何なのだろうな。あの夢は…」 突然の悪寒とともに囁かれた、しゃがれた声。 頭の中に映し出された見知らぬ石造の街。空を飛んでいるのはまるで御伽噺の…… 「……疲れてるな…私も」 余りにも馬鹿馬鹿しい、子供じみた夢に。 赤い帝國の支配者は苦笑を洩らした。 それから軽くウォッカを呷ると、彼は再び床についた。 その後。彼は朝まで目覚めることは無かった。 しかし、その間に起きたことは、ある意味で彼が一笑に付した夢と密接に絡み合った超常的な変化を、彼の帝國に強要することになる。 物語は、恐らくはこの時を持って動き出したのである。
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第138話 レンベルリカの凪 ウェルバンルの暗雲 1484年(1944年)6月2日 午後1時 レンベルリカ領タラウキント この日、フェスク・スハルクは、久しぶりに、のびのびとした気持ちで屋上から空を眺めていた。 空は雲一つ無い晴天だが、風はひんやりとしており、疲れた体にはとても気持ちよく感じられた。 「・・・・すっかり変わってしまったなぁ。」 スハルクは、何気なく屋上から下に目線を写すや、思わず呟いていた。 タラウキント市内の様相は、2ヶ月前と比べてがらりと変わっていた。 タラウキント市は、タラウキント地方の中心都市であり、同時に城塞都市でもあるが、壁の中には多数の建築物が建ち並んでいた。 ところが、度重なる激戦の結果、町の半分以上は廃墟と化している。 スハルクが今居るレンベルリカ軍総司令部・・・・元マオンド共和国レンベルリカ領南西統治本部も、建物の左半分は、敵の砲火 によって半壊状態にある。 「復興するには、莫大な資金と人手が居るんだろうなぁ。」 スハルクはつぶやきながら、半ば廃墟と化したタラウキントの町並みを見続ける。 このタラウキント市やその外で、合わせて3度の会戦が行われた。 特に苛烈を極めたのは、5月16日に行われた3度目の攻撃であり、マオンド軍は防御戦を強引に突破して市内に侵入し、 一時は町の5割近くがマオンド軍の手に落ちたが、ハイエルフ族の士官、ミリエル将軍の奇策によって敵軍は混乱に陥り、 2日後にはタラウキント市から撤退していった。 この3度の攻撃で、レンベルリカ軍は戦死者12911人、負傷者29234人を出している。 戦死者や負傷者の中には、反乱軍の主要メンバーであったランドサール将軍やミリエル将軍も含まれており、戦力はかなり低下している。 マオンド側は、反乱軍以上に損害を受けていたようだが、兵力は40万以上もいるため、反乱側と違ってまだまだ予備部隊がある。 5月18日には、マオンド側は早速斥候部隊を送り込んで、反乱側の弱体ぶりを調べ始める一方、新たに2個軍団7万名以上の軍勢を主力に、 攻勢準備を進めていた。 だが、その翌日から情勢は変わり始めた。 5月20日。マオンド側の部隊の一部が突然、後方へ移動し始めたのだ。 マオンド側が行った後方への部隊移動に、反乱軍首脳部は誰もが首を捻った。 と言うのも、彼らはアメリカ軍がスィンク沖海戦で勝利したことや、グラーズレット空襲に成功した事を全く知らなかった。 ヘルベスタン人であるスハルクは、一応無線機を持っていたが、その無線機は戦闘中の流れ弾によって破壊され、外部との連絡は 一切途絶えたままとなっていた。 マオンド軍の部隊移動は5月28日から活発になり、6月1日からは何ら動きを見せなくなった。 その間、マオンド軍の動向を後方で監視していたスパイは、およそ10万~15万以上のマオンド軍部隊が南に 向かっていったと報告を送ってきていた。 タラウキントの激戦が始まるまで、マオンド軍が用意した軍勢は40万。 戦闘でいくらかは減ったが、それでも30万以上の大軍を擁していた。 しかし、マオンド側は急な部隊移動によって、残りの兵力の3分の1、または半数に減っていた。 そのため、準備されていた攻勢は取り止められ、マオンド軍は相変わらず、タラウキント市を包囲できる位置に布陣しながら レンベルリカ軍と睨み合いを続けている。 膠着状態に陥って早1週間。タラウキントのレンベルリカ軍は敵と交戦する事なく、平穏な時間を過ごしていた。 「はは、こいつは気持ちの良い天気だ。」 ふと、後ろから野太い声が聞こえてきた。 振り返った彼は、会談から上がってきたその人物を見るなり、声を掛けた。 「これはキルゴール将軍。」 「よう。元気そうだな。」 キルゴール将軍は、その厳つい顔に屈託のない笑みを浮かべながら、スハルクに挨拶をする。 「ええ。キルゴール将軍こそ、お体の具合はどうでしょうか?」 「体の具合?この通りぴんぴんしとるよ。」 キルゴール将軍は胸を右手で小突きながら言う。彼は3日前から発熱で床に伏せっていた。 「あれぐらいはただの微熱だよ。2日も寝たらすっかり良くなったぞ。それに加え、今日は気持ちの良い天気だ。 このような晴天なら、どんな奴だって気分は良くなるだろうさ。」 彼は顔の下半分に生えている髭を撫でながら言ったあと、快活な笑い声を上げた。 キルゴール将軍は、反乱軍のドワーフ族の部隊を統べる司令官である。 タラウキント市のレンベルリカ軍は、人間種であるレンベルリカ人を始めとし、ドワーフ族、ハイエルフ族、獣人族で構成されている。 そのうち、キルゴール将軍の配下にあるドワーフ族の部隊は32000名で構成されていた。 だが、部隊は相次ぐ戦闘で消耗し、今では28000名の兵しか残っていない。 残りの4000名は戦死するか、後方の野戦病院に担ぎ込まれている。 キルゴール将軍の部隊は、将軍自身も含めて勇敢に戦い、味方の勝利に大きく貢献している。 そんなキルゴールは、傍目から見れば頑固一徹の熱血漢であるが、実際は陽気で物わかりが良い。 最初は消極論を唱えていたスハルクとそりが合わなかったが、今では顔馴染みとなっているためか、スハルクに対しても気軽に話しかけてくれる。 「それにしても、敵は一向に攻めて来ないのう。いつまでも待機の状態が続くと、体が鈍ってしまうわい。」 そんなことを言うキルゴール将軍に、スハルクは思わず苦笑する。 「それで良いではありませんか。」 「・・・・まぁ、確かに良いのだが。」 キルゴール将軍は、釈然としない口ぶりで呟く。そんな彼の視線は、マオンド軍が居ると思われる方角に向けられていた。 「マオンド軍はこの間、ワイバーンから大量の伝単(ビラ)を撒き散らした。その伝単には、マオンド本国の侵攻を目論んだ アメリカ軍が撃退されたと書いてあった。あの時、君は頼りのアメリカ軍が撃退されたと知り、愕然としていたな。」 「ええ。」 スハルクは頷いた。 去る4月23日。マオンド軍は50騎ほどのワイバーンをタラウキント市に向かわせ、大量の伝単を市内に撒いた。 ビラには、北スィンク島沖海戦でアメリカ軍の艦隊が撃退されたと書いてあり、丁寧にも炎上しながら沈んでいく アメリカ軍空母の絵も付いていた。 その2日後にマオンド側の総攻撃が始まり、一時は市内に突入されるところまで行ったが、レンベルリカ軍は何とか持ち堪えた。 マオンド側は、彼らが頼りにしていた味方が来ないという事を知らせた上で、士気の喪失を狙って宣伝作戦を行ったのだが、 後ろ盾が無くなったと思ったレンベルリカ軍は逆に士気を上げ、徹底抗戦を行うことを決めた。 マオンド側の当ては外れ、攻撃部隊は戦意旺盛なレンベルリカ軍相手に敗北した。 それからも、マオンド軍は繰り返しタラウキント市に攻撃を仕掛けた。あるときなどは、連日ワイバーンの大編隊が上空に押し寄せ、 傍若無人な攻撃を繰り返したこともあった。 また、ある時は、付近の村から集めた数百人の住人達を門前に集め、虐殺した事もあった。 籠城兵達は、マオンド側の度重なる攻撃に神経を苛まれながらも、なんとか耐えてきた。 これからも続くであろうと思われたマオンド軍の攻撃は、5月18日を境にぱたりと止んだ。 そして、いつの間にか多くの敵部隊が、南に向かっていった。 「どうして、マオンドは攻撃を止めたのだ?」 キルゴール将軍は、唸るように粒やく。彼は理解が出来なかった。 「アメリカ軍を撃退したのなら、戦力に余裕があるだろう。更なる敵部隊が増援に駆けつけても良いだろう。 なのに・・・・・攻撃を仕掛けてこないとは。」 「部隊を増やすどころか、逆に削減して別方面に転用した、という事でしょうか?」 「そうかもしれん。そして、解せん事がまだある。」 キルゴール将軍は、不快気な顔つきで言いながら、空を眺めた。 「どうして、ワイバーン共は見えなくなったのだ?もう、4日もこの空には、ワイバーンが飛んでいないぞ。」 「言われてみれば、確かに・・・・」 ワイバーンを持たぬレンベルリカ軍は、マオンド軍に制空権を握られている。 今日のような晴天では、通常でも2、3騎ほどのワイバーンが高空を悠々と飛行していたが、ここ4日ほどは そのワイバーンすらも見あたらない。 「交代のために、一時後方に下がったのですかね?」 「それにしては長すぎると思うが。」 キルゴール将軍は、唸るような声で言った後、しばし考え込んだ。 1分ほど黙考した彼は、何かに思い至ったのか、ハッとしたような表情を浮かべる。 「もしかしたら、マオンド軍は何かを警戒して、兵を後方に引き上げさせたのだろうな。」 「何か・・・・・ですか?」 「そうだ。それも、他から兵を掻き集めなければならぬほど、強大なその何かに・・・」 「君の言うとおりだよ。」 唐突に、後ろから新たな声が聞こえた。 その声は、決起軍司令官、レオトル・トルファー中将のものであった。 「マオンド軍は、このレンベルリカとは別の地域で大きな問題を抱えている。」 トルファー中将は、キルゴール将軍の側に歩み寄ると、一枚の紙を差し出した。 「これは、ヘルベスタンで頑張っている同志から送られた魔法通信だ。つい10分前に魔導士が私に伝えてきた。」 キルゴールは、訝しげな表情でその紙を読み始めたが、その表情は次第に緩くなっていく。 「キルゴール。君はこの間、マオンド軍が兵の一部を引き上げさせたのは、別の地域で異常が発生したからだと 言っていたな?この紙に書かれている内容は、その異常の詳細だ。」 キルゴールは、スハルクに顔を向けた。彼の顔には喜色が混じっていた。 「スハルク。頼れる仲間が本格的に動き始めたようだぞ。まずは読んでみろ。」 スハルクは言われるがままに、差し出された紙を受け取って内容を読んだ。 「・・・・・・・・・」 紙に書かれていた文を読み終った後、スハルクはおもむろに草原を眺めた。 草原の向こう側には、マオンド軍が陣を張っているが、それを除けばのどかな風景だ。 時折、心地の良い風がびゅうっと吹き、戦場の凪に涼しさが戻る。 「アメリカ軍の来援を諦めたのは、どうやら早計だったようですね。」 「ああ、君の言うとおりだ。」 トルファーは深く頷く。 「ヘルベスタン地方は、連日アメリカ軍の爆撃機に襲われている。たった数日の間に、アメリカ軍はのべ2000機以上の 飛空挺を投入して、反乱部隊を包囲するマオンド軍に痛打を与えているようだ。このタラウキントに、一時の平穏が訪れたのも、 マオンドがアメリカの本格的な侵攻を警戒してからのことだろうな。」 トルファーの言葉を肯定するかのように、キルゴールとスハルクは頷いた。 「我々には、まだまだチャンスが残されている。ようやく、西の援軍が来てくれた今、私達もやるべきことをやるとしよう。」 執務室から5部屋ほど前の離れた部屋を通り過ぎようとしたとき、リリスティはちらりと、開かれたドアの中を見た。 「ん?」 リリスティはそれを見るなり、ドアの前で立ち止まった。 降り続ける雨は、首都が見渡せるバルコニーを水浸しにしていた。 「最近、こんな天気が多いよなぁ。」 シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは、憂鬱そうな口調で呟いた。 「最近は久しぶりに、こっから抜け出してやろうとおもったのに。こんなんじゃ、遊びに行けねえよ。」 彼が心底残念そうに呟いたその時、 「なぁにが遊びに行けないよ!」 聞き覚えのある声が後ろから響いてきた。その声を聞いたオールフェスは、一瞬、声の主が誰であるか忘れてしまった。 「え?」 オールフェスは間抜けな声を漏らしながら、慌てて後ろを振り返った。 「り、リリスティ姉?」 「そうでありますわ。皇帝陛下。」 彼の情けない問いに、リリスティは笑いながら大袈裟な口調で答えた。 「久しぶりだなぁ。でも、どうしてここに?」 「あんたの顔でも見たいなーと思って、帰り際にこっちに寄ったんだけど。あんた仕事どうしたの?」 リリスティの質問に、オールフェスは淀みなく答えた。 「さぼった。」 「さぼるな!!」 思わずリリスティは怒鳴ってしまった。 「まぁまぁ、落ち着いてよリリスティ姉。俺は最近かなり頑張ったんだよ。だから、今日から1ヶ月ぐらい仕事さぼっても 大丈夫かなぁ~と・・・・・いやすみません。今のはほんの軽い冗談です。はい。」 オールフェスは、思い思いの事を口走ろうとしたが、途中でリリスティが彼の首を軽く掴んだので止めた。 「そう。それは良かったわ。でないと、このままギュッと行っちゃうとこよ。」 「いやぁ、ははは。」 リリスティの爽やかすぎる微笑みにつられて、オールフェスも朗らかな、しかし引きつった表情で笑った。 「まったく。さっきマルバさんと会ったんだけど、オールフェスが頑張っているって自慢気に言ってたわよ。それなのに、 当の本人は仕事をさぼってるなんて。」 「なに、ただの小休止さ。別にさぼってるわけじゃないよ。最近は仕事の合間に20分ほど、ここで休んでいるんだ。」 オールフェスは苦笑しながら言った。 「リリスティ姉はいつ、首都に戻ったんだい?」 「3日前かな。海軍総司令部で開かれた会議に出席するために戻ったの。その後は久しぶりに実家へ帰ったわ。」 「久しぶりの実家はどうだった?」 「楽しかった。まぁ、妹連中は相も変わらず強かだったなぁ。」 「ああ、あいつらね。」 オールフェスは唸りながら言った。 モルクンレル家の子供は、長女であるリリスティの他に3人の女、1人の男の計5人である。 末っ子の弟は既に成人し、今は飛空挺乗りとして部隊に配備されている。 妹3人も成人して各方面で活躍している。 リリスティは、たまたま居合わせた妹連中に剣術や格闘術の試合を強要され、かれこれ4時間以上も付き合わされた。 彼女は疲労困憊しながらも、挑んでくる妹連中を打ち負かした。 「確か、帰ってくる度に勝負をしようと言うんだよな?」 「ええ。特にリラなんて、あたしが昼寝をしようとした矢先に挑戦状を叩き付けるほどだからね。」 「ていうか、元々の発端は、リリスティ姉が妹連中を手も足も出ないほど叩きのめしたからじゃねえか。いい加減負けてやれよ。」 「嫌だね。」 リリスティはフンと鼻を鳴らした。 「オールフェスも知ってるでしょう?あたしは負けることが嫌いなのよ。」 「そうだったなぁ。あいつらも戦う相手が悪かったな。」 オールフェスは苦笑しながら呟いた。 「それにしても、5月に入ってからは、こんな天気が多くなったなぁ。」 彼は、窓の外に顔を向けるや、どこかのんびりとした口調でリリスティに言った。 「そうねぇ。」 「まるで、俺の心境を現しているみたいだぜ。」 リリスティは、オールフェスの発したこの言葉が、妙に重く感じた。 (・・・・あなたも、大分苦労が溜まってるのね) リリスティは、オールフェスの寂しげな横顔を見るなり、そう思った。 アメリカ軍が北大陸の南にあたる北ウェンステルに上陸してから、早半年近くが経った。 6月1日の時点で、北ウェンステル領に配備されていたシホールアンル軍は、アメリカ軍によって北ウェンステル領の半分以上を 制圧されていた。 アメリカ軍は、主力の3個軍をもって西はルテクリッピから、東はサンムケにまで押し寄せている。 北ウェンステルに配備されている60万の味方部隊は懸命に戦っているが、装備の優れたアメリカ軍や、士気の高まった南大陸連合軍 相手に今も後退を続けている。 今から1ヶ月前の5月には、レイキ領にもアメリカ軍1個軍と南大陸軍2個軍が侵攻し、現在までに国土の半分が敵の手に落ちている。 北大陸の戦況が悪くなる中、アメリカ側は4月にホウロナ諸島を制圧し、ここに大艦隊や陸軍部隊を配備している。 3月の中旬には、ジャスオ領にもB-29の編隊が現れ、それ以降、ジャスオ領の後方基地もまた、敵の爆撃下にある。 戦況は、良くなるどころか悪くなる一方だ。 「リリスティ姉。」 オールフェスは、先とは違ったやや固い口ぶりでリリスティに聞いた。 「ホウロナ諸島には今、アメリカ軍や南大陸軍の別働隊が居る。そいつらは、日増しに戦力を蓄えつつある。リリスティ姉は、 この別働隊がジャスオか、レスタンに来ると思うかい?」 「・・・・・来るかもね。」 リリスティは答えた。 「アメリカ人は、この戦争は早く終らせようとしている。そのためには何だってやるかもしれない。あたしは陸軍の戦術には あまり悔しくないけれど、敵が来るとしたら、やっぱりジャスオかもね。」 「リリスティ姉もそう思うか。」 オールフェスはため息まじりに言った。 「敵はジャスオ領の南部地区に攻めてくるだろう。アメリカ軍は、上陸作戦にはもってこいの道具を腐るほど持っている。 そんな奴らが選ぶ上陸地点は、ホウロナからは遠いが、上陸作戦のしやすい南部地区だろう。ここは断崖の続く北部地区や、 潮の流れが変わりやすい中部地区と違って海も地形も穏やかだ。あいつらは、ここに大挙してやって来る。」 「対策の手立てはあるの?」 「あるよ。」 オールフェスは即答した。 「ウェンステル戦線から、支障を来さない程度にいくつかの軍団を引き抜き、レスタンや本国から増援部隊を送り込む。 7月までには、ジャスオ領南部だけで20万以上は集まる。敵は恐らく、この20万を超える数でホウロナから押し寄せて くるはずだが、この20万には最新装備の部隊を中心に編成する。この20万の部隊が敵を足止めしている間に、他からも 援軍を送り込ませる。敵が動けない間、俺達は北ウェンステルから兵をサッと引く。当然敵の追撃も激しいだろうが、 むざむざ敵の別働隊に退路を遮断されて、ジャスオ領南部や北ウェンステルの友軍部隊60万以上を失うよりは、遙かに 少ない損害で済むはずだ。」 「なるほどね。」 リリスティは納得したかのように頷く。 「敵の別働隊は、いつ頃になったら動き出すと思う?」 「・・・・・詳しくは分らないが、少なくとも7月末には行動を開始するだろうな。」 「それまでに、頼れる同盟国は、アメリカ軍の攻撃に耐えられるかな。」 リリスティの言葉に、オールフェスはぴくりと体を震わせた。 「マオンドか・・・・・全く、アメリカという国は、物持ちが良すぎて困るね。」 彼は、苦笑しながら言った。 「こっちの戦線には、少なめに見積もっても6、70万ほどの軍勢を派遣しているのに、レーフェイルに対しても 大軍を派遣している。レーフェイル方面は、アメリカの同盟国はほぼ皆無だから、マオンドは粘れると思う。」 「本当に粘れると思うの?」 リリスティは、オールフェスの言葉を否定するかのように言った。 「マオンドは、本国にまであの巨大爆撃機がやって来ているのよ。それに加え、マオンドにはケルフェラクのような高性能の 飛空挺は1機もない。このシホールアンルと違って、マオンドはあの爆撃機に対して、ひっかき傷を付けることすら出来ない。 そんな爆撃機に本国を蹂躙され、あまつさえレーフェイルの上陸を許したら、マオンドはもう終ったも同然よ。」 「いや、マオンドは粘るよ。」 オールフェスが振り返る。彼は笑っていたが、その目付きは恐ろしかった。 「粘ってもらわないと、困るね。」 一瞬、リリスティは背筋が凍り付いた。 「とにもかくも、マオンドは頑張るよ。あれこれ手を使ってね。そして、俺達も頑張る。だからリリスティ姉。」 オールフェスは、そのまま笑みを浮かべながらリリスティの側に歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。 「諦めたらだめだぜ?」 「・・・・オールフェス。」 リリスティは、儚げな声音で彼の名を呼んだ。 彼女は、今、目の前に居るオールフェスに恐怖感を抱いていた。 彼は、相変わらず笑っている。その笑顔は、いつも見せる物と変わらないように見える。 だが、しかし・・・・ 「リリスティ姉。」 両肩にかかっているオールフェスの手に、力が込められていくのが分る。 「諦めたら、全てが終わりだ。それは、リリスティ姉にも分ってるだろ?」 「オールフェス・・・・」 リリスティは、再び彼の名を呼ぶが、その言葉には力がこもっていない。 (なぜ・・・・) 彼女は、オールフェスの双眸をじっと見据えながら、内心で呟いた。 (なぜ、あなたの目は・・・・) 「リリスティ姉・・・!」 オールフェスが笑みを消し、まるで縋るような口ぶりで彼女の名を呟く。 (そんなに邪な物になったの?) 彼女は、狂気の混じったオールフェスの双眸をこれ以上見つめることが出来なかった。 「ええ。確かに。」 リリスティは、視線をそらしながらも、平静な口調で言った。 「まだ、勝負は付いていないわね。オールフェスの言うとおり・・・・」 一瞬、言葉に詰まる。この先は、言ってもいいのだろうか? 彼女は、しばし躊躇った。だが、その躊躇いも打ち消して、言葉を吐いた。 「諦めちゃ行けないわ。あたし達の国シホールアンルは、常にそうして生き延びてきたから。」 「ああ、そうだな。」 オールフェスは、掠れた声で言う。 「リリスティ姉も、根っからのシホールアンル人だな。」 「当たり前でしょ。私は周りから童顔だの、ガキだのと馬鹿にされてるけど、こう見えても第4機動艦隊を統べる将よ。 戦える限りは戦うわ。それに、私は負けるのが大嫌いだからね。アメリカの機動部隊相手に負け越したままじゃ気が済まない。」 リリスティは胸を張って、堂々とした口ぶりで言った。 オールフェスは、そんなリリスティを見て、彼女が青海の戦姫と呼ばれるのも納得がいくなと思った。 「あなたが何を考えているにしろ、あたしはあたしでやっていく。」 リリスティは男勝りな笑顔を浮かべると、右手の拳をポンとオールフェスの胸に当てた。 「だから、あんたはそんな顔しないで、堂々としなさい。そんな顔じゃ、町に出ても幽霊と間違われるわよ。」 オールフェスは思わず、顔を赤らめてしまった。 「ハハハ、リリスティ姉に言われると、たまらんな。」 「そう言われないようにしなければなりませんよ?皇帝陛下。」 リリスティは、最後の部分は妙に間延びした口調で言い放った。 「さて、気になるいとこの顔も拝めたことだし、姉さんはこれで帰るとしますかね。」 「おう、さっさと帰っていいぜ。俺は早めに昼寝したいから。」 オールフェスは、爽やかな口調でリリスティに言った。 「じゃあ。」 リリスティは、それ以上に爽やかな笑みを浮かべるや、右手の拳をオールフェスの脳天に叩き込んでいた。 部屋から出たリリスティは、そのまま1階の出口に向かった。 しばらくして、彼女は心臓の辺りを抑えていた。 激しい動悸が膨らんだ胸元を上下させ、健康的な褐色な肌には、自然と汗が流れていた。 「オールフェス・・・・」 彼女は、先ほどまで会話を交わしていたいとこの名前を呟く。 あの狂気に染まった目付き。オールフェスの異常なまでの、勝利に対する執着心。 そして・・・・ 「あの時、私が気丈に振る舞っていなかったら・・・・」 リリスティは、左の腰に吊っている短剣に目をやる。一瞬だったが、短剣に何かが触れるような感触があった。 その時は、彼女が一瞬だけ、答えを躊躇っていた。 リリスティが自らの心境を打ち明けたとき、オールフェスの手は彼女の両肩に置かれていた。 (もし・・・・・あそこで別の言葉を言っていたら) 彼女はそこまで考えてから、一瞬、脳裏に思い浮かべたくもない光景がよぎる。 その瞬間、胃の辺りが痛んだ。リリスティは一瞬歩調を緩め、顔をややしかめながら腹の辺りを抑える。 「・・・・はぁ。まさかね。」 リリスティは笑いながら、そんな馬鹿げた光景を頭から消し去った。 「オールフェスに限って、そんな事は無いわね。」 彼女は呟いてから、深くため息を吐いた。 「あたしも疲れてるんだなぁ。まぁ、今のご時世じゃ仕方のない事ね。」 リリスティはぼやきながら、3日前に行われた海軍総司令部での会議を思い出す。 会議の議題は、現在計画中の作戦についての物であったが、話の最後には、レーフェイル方面の話題も持ち上がった。 話によると、アメリカ海軍は4月のスィンク沖海戦で少なくとも空母3隻を撃沈され、5隻を大破させられたが、5月中旬には 戦力を盛り返して、再び活動を活発化させているという。 アメリカ軍の高速機動部隊は、5月末の時点で推定ながらも7隻、あるいは8隻の空母を中心にレーフェイル方面で活動しているという。 4月には壊滅的な打撃を喫した敵機動部隊が、僅か1ヶ月ほどで再生したと言う事に海軍上層部は驚きを隠せなかった。 リリスティは、この話題に関して、次のように発言している。 「マオンド海軍は、発表された戦果ほどは敵に打撃を与えていないと思われます。しかし、話半分としても空母1隻撃沈、 2、3隻を大破させたことはほぼ確実です。ですが、敵は再び、7、8隻の高速空母を揃えて前線に出てきた。この事からして、 アメリカ側は本国に補充用の空母を用意していたと推測されます。」 彼女の言葉に、シホールアンル海軍の将官達は、最初は難色を示していたが、次第に納得した。 現在のアメリカ海軍が、常に空母8隻以上の機動部隊でもって行動するのは、アメリカ海軍のみならず、シホールアンル海軍にも 常識として知られている。 シホールアンル側が確認した、太平洋艦隊所属の空母は16~18隻。 そして、マオンド側が確認した空母は、6月の時点で7、8隻。 これを合計すれば、敵は24隻ないし、26隻の高速空母を保有することになる。 それに加え、後方任務用の小型空母も別に20~30隻以上確認されている。 これに対し、シホールアンル海軍が保有する竜母は、現状で12隻。 今年の10月には、ホロウレイグ級の5番艦と、プルパグント級の1番艦、小型竜母の7、8番艦が前線に登場するため、 竜母部隊は16隻編成になる。 シホールアンル側は、真正面から戦ってもある程度勝算が見込める。 だが、マオンド側の竜母部隊は、僅か5隻のみ。 これでは強大な大西洋艦隊と真正面から戦えるはずもなく、マオンド機動部隊はシホールアンル側よりも慎重に行動せねばならないだろう。 これは、高速機動部隊同士で戦えば、の話である。 敵が小型空母も総動員して来ると、数の少ないマオンド機動部隊は数の暴力によって一飲みにされるだろうし、それよりマシな編成の シホールアンル側ですら、勝算の見込みは全くないだろう。 海軍だけでこの有様なのに、陸軍の場合はもっと酷いと聞いている。 「こんな有様じゃ、オールフェスがああなるのも、致し方無いのかな。」 リリスティはそう呟くと、再び歩き始めた。 最初は驚き、ふとすれば卒倒したい気分に駆られるが、リリスティにとって、このような数字合わせはもはや慣れた物であった。 その日も、帝都はずっと雨だった。しつこく覆い被さる灰色の雨雲は、いつまでも雨を降らし続けていた。 まるで、皇帝オールフェスの心境を代弁しているかのように。
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第210話 一喜一憂の戦乙女 1484年(1944年)12月31日 午前9時 ホールアンル帝国首都ウェルバンル シホールアンル帝国の首都であるウェルバンルは、帝国内でも有数の人口を誇る大都市であり、町には様々な渾名が付けられている。 その中でも、最も良く呼ばれる物が、貴族の街という渾名だ。 シホールアンル帝国内に多数居る貴族の内、名門と言われている貴族は、半数以上がこのウェルバンルに居住しており、その1つ1つは 普通の一般住民の家よりも遥かに大きく、かつ、煌びやかである。 だが、その煌びやかな住まいの数々にも、家々によって差がある。 特に、シホールアンル10貴族と呼ばれる、帝国内でも屈指の名家は、普通の貴族よりも大きな住居を構えている。 その中の1つ……モルクンレル家は、他の名家よりも一回り大きな居住を構えていた。 1484年も、残す所後僅かとなったこの日。ウェルバンルは、5日前より降り続いている雪のため、気温はマイナス3度に達していた。 そのため、広大なモルクンレル家の室内も、各所で暖を取っているとはいえ、気温はあまり高くは無かった。 そんな中、屋敷の隣にある1階建ての建物……道場と呼ばれる建物の中では、1人の人物が汗を流していた。 剣を両手で構え、前方に意識を集中する。 目の前に、見えざる敵の姿を思い起こし、その敵を討ち取るべく、素早い突きを見舞う。 その突きは早く、瞬きをした瞬間には、対峙していた相手の首を串刺しに出来るほどである。 攻撃はそれだけに留まらず、剣を一旦後ろに引いた後は、右斜め下から左上にかけて大きく振り、その後に、鋭い斬撃を何度も繰り出す。 敵が居れば、首に致命傷を受けた上に、胸や腹を切り裂かれて凄惨な光景をその場に表していただろう。 見えざる敵を切り刻んだ後も、攻撃は止まない。 剣撃が止んだと思うや、猫のように体を振り向かせ、瞬時に右の回し蹴り繰り出す。 体から滲み出た汗が、その動きで前方に飛び散り、浅黒い筋肉質の体が一瞬だけ輝いた。 「!」 咄嗟に、何かを感じ取った彼女は、自然な動作で後ろに飛び退いた。 唐突に何かの影が、彼女が居た空間に暴れ込み、床に持っていたナイフを突き立てる。 「チィ!」 突然の敵の襲撃に、彼女は憎らしげに顔を歪ませながら床に足を付き、その直後に剣を突きだす。 だが、敵はその動きを呼んでいたようで、上半身を思い切り反らせ、体が湾曲したような橋になったと思いきや、剣の腹を思い切り蹴飛ばした。 強い反動が紫色の女の右手に伝わり、彼女は剣を手放してしまった。 蹴り飛ばされた剣は、彼女から左斜め後ろに音立てて落下する。 「い…つぅ!」 右手の痛みに顔をしかめた彼女は、しかし、形勢が自らに有利になったと確信し、素早く足蹴りを食らわせようとした。 その刹那、彼女の顔目掛けて何かが飛んで来た。 (しまった!) 自身の不覚を悟った彼女は、咄嗟に右腕を顔の前に出した。 右腕に、紐の様な物が巻き付いたと思いきや、急に、後ろに腕が引っ張られる。 「グ……!」 彼女は姿勢を崩すまいと、足を踏ん張って、引き倒そうとする敵に抵抗する。 しばしの間、彼女は棒立ちの状態となるが、隙の多いこの瞬間を、敵が見過ごす筈が無かった。 「取ったぁ!!」 剣を蹴り飛ばした敵が、雄叫びを上げながらナイフで斬りかかって来る。 全く、無駄の無い動作だ。切っ先は、彼女の胸の真ん中に向けられている。一瞬の内に、彼女は串刺しにされるだろう。 「甘い!」 彼女は鋭く呟きながら、一気に全身の力を抜き、あろう事か、左腕を拘束している敵の所に向けて転がり込んだ。 「えっ!?」 予想できなかった彼女の動きに、敵は一瞬驚くが、ナイフの切っ先は、彼女が床に転がりこんだ事で虚しく空を切る羽目になった。 咄嗟に転がった彼女は、ナイフを振りかざす敵とあっという間に距離を置き、一瞬の内に、左腕を紐で拘束していた敵と相対する。 「はぁ!」 彼女は、敵が引っ張っていた紐を、逆に力任せに引っ張る。 だが、彼女の背中はがら開きであった。 ニヤリと笑ったナイフ使いが、すぐにその背中目掛けてナイフを投げようとする。 その刹那、彼女の猛烈な力で引っ張られた相棒が、いきなり目の前に現れた。 「ちょっと待ってぇ!?」 相棒が、半泣き状態で、自らの顔にナイフを投げ込もうとしていた相手目掛けて絶叫する。 相棒は一瞬の内に、女の盾となっていた。だが、ナイフ使いは躊躇しなかった。 「御免!」 ナイフ使いが目を閉じる事無く、ナイフを投げた。 ナイフは相棒の顔面に直撃し、短い悲鳴を発して仰向けに倒れた。 相棒が倒れるのを尻目に、もう1本のナイフを握り、背中を見せていた紫色の女目掛けて投げようとする。 が…… 「遅い!!」 という声が聞こえるのと、ナイフを持っていた右手が、下方から思い切り蹴り上げられるのは、ほぼ同時であった。 敵が武器を失ったと見るや、紫色の女は一気に間合いを詰めて来た。 突発的に、素手を用いた格闘戦が始まる。 武器を失った敵は、素手での格闘戦も得意なのか、紫色の女に対して、初っ端から眼潰しを食らわせて来る。 だが、女は顔を横に反らせてその攻撃を避け、逆に回し蹴りを繰り出して来る。 敵もさる者で、右手で眼潰しを行う傍ら、左腕で鋭い蹴りを防いでいた。 それから1分程、互いに一歩も譲らぬ攻防戦が続くが、唐突に、拮抗した格闘戦は一気に崩れた。 敵が彼女の脇腹に決定的な一撃を加えた。突然の衝撃が右の横腹に決まり、彼女は顔を苦痛にゆがめる。 「が……はっ!」 彼女の姿勢が崩れたのを見計らって、敵は後ろに隠していたナイフを取り出し、すぐに首筋に突き立てる。 その瞬間、彼女の姿勢が更に崩れた。 いや、崩れたように見えた。 「わっ!?」 それは突然の出来事であった。 脇腹を抱えた彼女は、瞬時に体を沈みこませ、右足を素早く振りまわして、敵の両足を薙ぎ払った。 敵は、自分が吹き飛ばされた事も知らぬまま、背中から床に叩きつけられてしまった。 「しまっ……た!」 背中を床にぶつけた事で、一時的に呼吸困難に陥った敵は、それでも体を起き上がらせようと、首を上げる。 が、それは叶わなかった。 喉元に、持っていた筈の3本目のナイフが付けられている。刃先は皮膚に触れており、そのまま姿勢を起こせば、自らの動きで首を切り裂いてしまう。 眼前には、全身汗みずくとなりながらも、冷たい目付きで睨み付ける紫色の女が居た。 「………」 紫色の女は、恐ろしいまでの殺気を吐き出し、張り詰めた緊張が、道場の中を覆う。女は躊躇なく、刃先を押し込む。 敵が、紫色の女に殺される事は、ほぼ確実であった。 (……死ぬ……) 敵が、心中でそう呟いた瞬間、 「またあたしの勝ちね。」 いつも聞いている明るい声音が、耳元に響いた。 リリスティ・モルクンレルは、床に仰向けに倒れた、妹のサチェスティに穏やかな口調で勝利宣言を行った……が。 「……え?」 リリスティは、いきなり、目を潤ませるサチェスティを見て戸惑った。 「え、ええと……大丈夫?」 と、彼女が心配そうに声をかけた時、いきなりサチェスティは泣き出してしまった。 「ああああああ!また負けたぁ!!!!!!」 いきなり大声で泣き喚くサチェスティから、リリスティは仰天しながら後ろに飛び退いた。 「今度こそは行けると思ったのにぃぃぃぃぃ!悔しい!!!!」 まるで、赤子のように手足をじたばたさせながら、リリスティの妹は泣き喚く。 「うう……思いっ切り泣きたいのはこっちの方よぉ……」 リリスティは、後ろで声を上げた人物に顔を向ける。 彼女の後ろには、サチェスティに“捨て駒”として使われたもう1人の妹、レヴィリネがしくしくと涙を流している。 レヴィリネは、サチェスティが投げた木のナイフの柄が額に当たったため、そこの部分が赤くなっている。 「2人で今度こそは、と意気込んでやったのに、またあたしがこんな役回りとは……」 「ハハ、あんたも辛いもんねぇ。」 リリスティは苦笑しながらレヴィリネに言う。 「それはともかく、早くサチェスティを宥めてやんな。」 「はぁ……しょうがないなぁ。」 レヴィリネは深いため息を吐きながら起き上がり、負けた事でじたばたするサチェスティを宥めに掛かった。 リリスティは、2人の妹を見つめながら、内心でため息を吐く。 (今年の年末は嫌に大人しかったから大丈夫かなと思ってたけど……やっぱり襲って来たわね) リリスティは2人から顔を背けた後、げっそりとした表情を浮かべた。 リリスティは、実家に帰った後は気晴らしに、この道場で汗を流している。 今日のリリスティは、竜母機動部隊を率いている時と違って、肩が露出し、主に胸の部分から腹の上部分までしか覆いが無い白い上着 (後にタンクトップと呼ばれるような物である)と、腰から膝の上部分までしか無い短い下着を身に付けており、足には靴下と、特注の 軽い靴を履いている。 リリスティは、実家に居る時はいつもその服装で運動を行うのだが、ただでさえスタイルが良い彼女は、肩や腹部(やや腹筋が割れている) が露出しているこの恰好がかなり扇情的であり、しかも浅黒い肌の上に、伸ばしている艶やかな紫色の髪の毛を、ポニーテール状に束ねている 姿は、リリスティ本人の美貌と、凛々しさを一層際立たせている。 リリスティは、艦隊勤務でたまったストレスを、実家に帰る度にこの道場で発散させているのだが、そんな彼女のストレス発散を邪魔するのが、 サチェスティとレヴィリネである。 モルクンレル家は、リリスティの生みの親である父スラグド・モルンクンレル侯爵と、母アレスティナ夫人を始めとし、リリスティを含む7人 家族で構成されている。 モルクンレル家の第一子はリリスティであり、その2番目にサチェスティ、3番目にレヴィリネ、4番目にハウルスト、5番目にウィムテルス となっている。 彼女の2人の弟であるハウルストとウィムテルスは、今では成人して、共に帝国軍の一員として任務に付いており、ハウルストは飛空挺隊の 搭乗員として、ウィムテルスはレスタン戦線の石甲師団の小隊指揮官として日々、務めを果たしている。 リリスティが、この4人の妹と弟の中で、最も手を焼かされているのがサチェスティとレヴィリネである。 サチェスティとレヴィリネは、首都にある国外相の職員として日々働いているが、彼女達は、リリスティが実家に帰る度に、何故か決闘を 申し込んで来る。 実家で羽を伸ばしたいと思っているリリスティにとって、妹2人の執拗な挑戦は迷惑千万もいい所であった。 「あんた達……その根性は確かに見上げたもんだけど…もう、諦めたら?」 「諦めない!!」 サチェスティが、顔を真っ赤に染めながら言い返す。 「12年前に姉さんから必ず、一本取ってやるって約束したんだもん!絶対に諦めないからね!」 「失礼ながら、私も同感……かな。」 レヴィリネも小声で相槌を打つ。 リリスティはその言葉を聞くなり、深いため息を吐いた。 きっかけは、リリスティが、格闘術を習って大分慣れてきたサチェスティとレヴィリネから練習試合を申し込まれた時である。 この時、リリスティは2人の妹達に対して、やや手加減しながら2対1の練習試合に臨み、見事勝利した。 だが、それがいけなかった。 リリスティに負けた事が非常に気に入らなかったサチェスティとレヴィリネは、この時から、リリスティに対して執拗に決闘を挑み始め、 今まで30戦もやって来た。 ここ2年程は、事前に挑戦状を叩き付ける事も無く、ほぼ奇襲ばかり仕掛けて来ている。 普通なら、ここで大人の対応とばかりに、1度か2度ほどは接戦を演じて負けてもよさそうなのだが、リリスティも大人気ないもので、 妹達の挑戦に全力で答え続け、30戦中、全勝という結果になっている。 リリスティの負けず嫌いを受け継いでいる2人の妹……特にサチェスティは、今日こそはとばかりに奇襲を仕掛けて来たのだが、結果は いつも通りとなってしまった。 「とにかく、今回もあたしの勝ちね。ご苦労様です。」 リリスティの皮肉気な言葉が放たれ、それを聞いたサチェスティは、悔しげに拳を震わせた。 この最後のセリフが、何気にサチェスティの負けず嫌いを、大いに刺激させてしまっているのだが、リリスティはわざとそうしている。 性格的にあまり良い人間ではないようだ。 「まぁまぁ、サチェスティ姉さん。今日はこれぐらいにしようよ。ね?」 「うう……」 レヴィリネがサチェスティを宥める。 心優しい妹の説得に応じたサチェスティは、不承不承ながらも頷き、ゆっくりと立ち上がって道場から出ていく。 その後ろ姿を、リリスティは呆れながらも、確実に格闘術の腕を上げている2人の妹に感心していた。 (しかし……あの2人、完全に気配を立っていたわねぇ……一昔前までは、殺気を撒き散らしながら向かって来たから、軽くあしらえたけど。 まっ、今日の採点は、いつもよりも一番多めとして、49点ってとこかな) リリスティは、2人の妹に足して、心中で微妙な点数を付けた。 2人の妹が道場の出入り口にまで歩いた時、不意にサチェスティが振り向いた。 サチェスティの目はやたらに吊り上がっていた。 「また来らぁ!!」 粗野な捨て台詞を吐いた後、サチェスティはレヴィリネを連れて道場を去って行った。 午前10時 モルクンレル家 朝の運動を終えたリリスティは、その後風呂に入り、9時30分頃には風呂から出、着替えもそこそこに朝食を取った後、慌ただしく 最後の支度に取り掛かった。 リリスティは、せわしない動きで家の応接間に出てきた。 「もう10時か。急がなきゃね。」 彼女は、時計に目を向けながら、紫色のシャツの上に軍服を羽織る。 「姉さん、今日も出勤なの?」 煌びやかな椅子に座って、妹のレヴィリネと談話していたサチェスティが何気無い口調で聞いて来る。 先程、彼女はリリスティに負けた事を大いに悔しがっていたが、彼女は早々と気分の切り替えたようだ。 「ええ。ちょっとばかり、海軍総司令部までね。」 「ふーん……軍人って忙しいわねぇ。」 サチェスティは他人事のような口ぶりで返答する。 サチェスティは、リリスティとは3歳年下の妹で、今年で30歳を迎えている。 背はリリスティより低めで、母親譲りの艶やかな紫色の髪を、三つ網状にして背中に垂らしている。 体のスタイルは、胸の部分はリリスティより若干劣るものの、全体の美貌さはリリスティに勝るとも劣らない。 「まっ、リリスティ姉さんは軍の中でもお偉いさんだしね。2か月前に、また1つ階級が上がっているし。」 姉とは違って、レヴィリネはおしとやかな口調でリリスティに言う。 彼女はサチェスティと違って、髪を肩に届くか届かない所で切っているため、サチェスティやリリスティと違って全体の印象が異なる。 体つきはサチェスティとほぼ同じだが、そのショートヘアのお陰で、2人の姉よりも活発そうな感がありそうなのだが、本人が発する のんびりとした口調が、その印象をがらりと変えてしまっている。 年は28歳で、未だに華の20代を謳歌出来る事に喜びを感じているようだ。 「ああ、コレね。正直、あたしとしては別に、上がらなくても良かったんだけどね。」 リリスティはため息を吐きながら、羽織った軍服の肩の部分に付いている階級章を見つめる。 リリスティは、今年9月のレビリンイクル沖海戦で得た大勝利の立役者として広報誌に大々的に取り上げられ、いつしかレビリンイクルの 英雄と呼ばれるようになった。 それに加え、彼女は10月15日付けで海軍大将に昇進し、シホールアンル軍史上では初の女性の大将が登場する事となった。 これには、軍の首脳部や一部の貴族達から強い反感を買った物の、最終的には、皇帝オールフェスが承認するという声明が放たれた事と、 リリスティが引き続き、第4機動艦隊の指揮を執ると言う事で、何とか収まった。 本来であれば、リリスティは大将昇進後に、海軍総司令部のNo2である海軍部副総長に任ぜられる筈であった。 だが、リリスティはそのポストへの就任を固辞したため、彼女は大将に昇進したにもかかわらず、第4機動艦隊の指揮官という以前と 変わらぬポストに留まる事となった。 こうして、リリスティは依然と変わらぬ前線勤務に励む事になったのだが、軍服の肩に付いている、将星を現す紋章が4つに増えた事は、 彼女が海軍大将に昇進したと言う何よりの証拠である。 「じゃ、あたしは今年最後のご奉公に行って来るわ。」 「はいよ~。いってらっさい。」 サチェスティは気さくな口調でリリスティに言う。 「そのまま会議が長引いて、来年最初のご奉公もやりました、とかならなければいいけどね。ともかく、気を付けてね~。」 レヴィリネは、おしとやかな口調で、やや毒のある言葉をリリスティに言い放った。 「むむ……何か気にかかる言葉を聞いたような気がするけど、ひとまず。」 リリスティは軽く手を振ってから、ハンガーに掛けられているコートをひったくり、馬車が待っている正面玄関に向かって行った。 彼女の屋敷から、海軍総司令部までの距離は、馬車で15分程の距離にあり、時計の針が15分を過ぎた頃には、リリスティを乗せた馬車は、 赤紫色に彩られた海軍総司令部の正面玄関前に到着していた。 「お嬢様、目的地に到着しました。」 馬車を操っていた御者が、客車に乗っていたリリスティに声をかける。 「ありがとう、トリヴィク。また後でね。」 リリスティは、昔から親友同様に慣れ親しんだ御者にそう返しながら、馬車のドアを開く。 玄関前の左右に立っていた衛兵が、彼女が降りて来るのを見るなり、綺麗な海軍式の敬礼をする。 彼女は衛兵に答礼しながら、海軍総司令部の玄関をくぐった。 リリスティは、総司令部の職員達から奇異の視線を浴びせられるのを感じ取っていたが、彼女はそんな事を気にせず、2階の会議室に 向かって歩いて行く。 2階に上がった彼女は、そのまま会議室に向かい始めるが、会議室の手前にある廊下の前に出た時、不意に何か物音……まるで、慌てて 逃げるかのような足音が聞こえた。 (む?) 咄嗟に、彼女は右手の廊下に顔を向ける。 そこには誰も居ない。 (……今、誰か居たわね。あ、そういえば、この先に確か……) 不審に思った彼女は、廊下の先にある質素な休憩室に向けて足を進ませる。 ひょいと顔を覗かせると、そこには、何かを盗ろうとした瞬間に現場を抑えられたコソ泥のような表情を浮かべた誰か…… いや、彼女が良く知っている人であり……彼女の上司でもある人物が座っていた。 「あ……やっ。久しぶりだね。」 シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイは、途端に爽やかな笑みを浮かべながら、リリスティに挨拶した。 「オールフェス……じゃなくて、陛下。何でこんなトコに?」 「ちょっとここにヤボ用があってさ。ていうか、今は別に、陛下とか言わなくていいぜ。」 元々、ネチネチとした性格であったサチェスティが見習ったほどの切り替えの良さに、リリスティは軽く溜息を吐いた。 「ホント、あんたは相変わらずねぇ。」 「そりゃこっちのセリフだぜ、リリスティ姉。あ、そう言えば、今日の会議、リリスティ姉も呼ばれてたんだな。」 「ええ、そうだけど……って、まさか、そのヤボ用って。」 「ああ。ちょいとばかり、海軍の連中がいい兵器を開発したと言うから、その報告を聞いてやろうかなと思って、こっちに お邪魔したんだよ。」 「報告なら、わざわざここに来なくても……あんたの住まいでさせればいいじゃない。」 「いや、最近は運動不足で体が鈍っててね。ストレス解消も兼ねつつ、散歩がてらにいいかなって出向いて来たんだけど。」 「こっちには、事前に何か伝えた?」 「いんや。アポなしだよ。というか、俺はこの国の主なんだから、別に必要無いんじゃない?」 けろりとした表情で、オールフェスはそう言い放った。 それを聞いたリリスティは、呆れながらも、オールフェスらしいとばかりに微笑む。 「まぁ……それはそうだけど。こう言う時は、事前に何か言っておくべきよ。でないと、こっちの人もびっくりするじゃない。」 リリスティは、そこまで言ってから、不意に何かを思い出した。 「って、まさかあんた。勝手に城を抜け出したんじゃないでしょうね?」 「あ……バレた?」 「………」 オールフェスの悪気の無い言葉に、リリスティは今度こそ、心の底から呆れてしまった。 彼女の脳裏には、顔を真っ赤に染め上げながら、オールフェスの所在を確認するマルバ侍従長の姿が思い浮かんだ。 リリスティとおオールフェスが会議室に入った後、海軍総司令官のレンス元帥は、幾分緊張した面持ちで口を開いた。 「それでは、本日の会議を開く。」 ようやく始まった会議に、オールフェスとリリスティを除く参加者達は緊張を感じつつ、本来の職務をこなす顔に戻った。 (リリスティが来る前に、皇帝陛下が“来襲”して来たので、彼らは全員が極度に緊張していた) 「最初に、海軍各部隊のこれまでの状況を確認したい。」 「ハッ。では、私が説明いたします。」 海軍総司令部の主席参謀長が答える。 今日の会議では、海軍総司令官のレンス元帥を始め、海軍部副総長と総司令部主席参謀、情報参謀、航空参謀、補給参謀、 人事局長が集まっている。 「現在、我が海軍は、5個の艦隊を保有し、その内3個は臨戦態勢にあります。この3個艦隊は、いずれもヒーレリ北西部にある ヒレリイスルィに集結しています。本来であれば、この艦隊はヒーレリ中西部沿岸のリリャンフィルクや、西南部のイースフィルクに 配置される筈でしたが、先月末より再び活動し始めた、アメリカ機動部隊の襲撃に備えるため、やむなくヒレリイスルィに根拠地を 移動させています。」 「リリャンフィルクとイースフィルク港の復旧具合はどうなっている?」 「は……一応、進んではおります。ですが、あまり芳しくはありません。」 主席参謀長は、やや声を曇らせながらレンス元帥に返答する。 リリャンフィルクとイースフィルクは、共にヒーレリ領内では有数の規模を誇る港で、シホールアンル帝国は、2ヵ月前まではここに 第4機動艦隊を始めとする主力艦隊を置いていた。 ヒーレリ領内は、他の属国と比べて戦場よりも遠い場所と言う事もあり、海軍基地のみならず、帝国軍の駐留部隊は、保養地さながらの 気楽さで日々の任務をこなしていた。 だが、11月も後半を迎えた時、そののんびりとした状況は一変した。 11月22日早朝。突如としてイースフィルク沖に現れたアメリカ軍の高速機動部隊は、早朝から午後2時までの間に、計3波、 総数700機以上に渡る艦載機でもってイースフィルク港や、その付近にあった軍事施設に猛爆撃を加え、港の港湾施設に蓄え られていた膨大な各種補給物資がほぼ全滅すると言う事態に見舞われた。 イースフィルク空襲さるという報告を受けた時、シホールアンル海軍上層部は、アメリカ機動部隊の急な出現に仰天していた。 海軍上層部は、レビリンイクル沖海戦と、ホウロナ諸島沖海戦(アメリカ名サウスラ島沖海戦)で消耗し尽くした米機動部隊は、小手先だけの 作戦行動はいつでも行えるだろうが、戦線後方の要所を叩けるだけの大規模な艦隊行動を行えるのは、せめて来年の1月からであろうと 確信していた。 彼らは彼らなりに、アメリカの国力を見据えたうえでこう判断していたのだが、現実は残酷であり、彼らは、自身の判断が甘かった事を酷く後悔した。 来年1月頃に本格的な行動を開始する筈であった宿敵、米機動部隊は、予想よりも早い11月下旬、戦場にその堂々たる姿を現したのである。 イースフィルクを襲った米機動部隊は、同日正午前に偵察ワイバーンに発見されている。 敵機動部隊は、空母4隻ないし、5隻程度の陣形を少なくとも3つ組んでいた事が偵察ワイバーからの報告で明らかになっており、復仇の機会に 燃えた同地の航空部隊は、早速、敵機動部隊撃滅のためにワイバーン180騎からなる攻撃隊を発進させた。 だが、米機動部隊は艦載機を収容した後、いち早く海域から撤退したため、攻撃隊が敵機動部隊を発見する事はなかった。 それから12月下旬まで、アメリカ機動部隊はヒーレリ近海に姿を現さなかった。 シホールアンル側は、敵機動部隊が引っ込んだ事で安堵したが、その静寂も唐突に打ち破られた。 12月21日、冬の悪天候を付いてヒーレリ沿岸に最接近した米機動部隊は、再びイースフェルクを空襲した後、翌日にはリリャンフィルクにも 魔の手を伸ばし、大損害を与えた。 特に、このリリャンフィルクでは艦艇の損害が大きく、最新鋭の巡洋艦1隻を含む5隻の主力型の艦艇が失われた。 実を言うと、このリリャンフィルク空襲で撃沈された5隻の艦艇は、ある作戦を実行するに当たって、第4機動艦隊と、その他の主力部隊から 回された虎の子の戦力であった。 そのある作戦とは、シホールアンル軍が極秘で行っていた、連合軍捕虜輸送作戦である。 シホールアンル軍は、今後予想されるスーパーフォートレスの本土への戦略爆撃に対する手段として、主要な軍事施設や工業施設の周辺に 捕虜収容所を建設し、そこに今まで得て来たアメリカ兵を始めとする連合軍捕虜を収監し、それを大大的に喧伝して戦略爆撃を躊躇させよう と考え、その作戦を実行に移した。 だが、作戦は、記念すべき第1回目の輸送から悲惨な結末を迎える事になった。 偽装対空艦を捕虜輸送船代わりに使って行われた第1次輸送作戦は、アメリカ海軍並びに、カレアント海軍、ミスリアル海軍の共同で行われた 捕虜奪取作戦であっけなく頓挫し、作戦に参加した駆逐艦2隻、偽装対空艦1隻は全てが未帰還となった。 シホールアンル軍上層部は、まさか、開始当初からこのような結果になるとは予想だにしておらず、輸送部隊全滅の報が伝えられた時は、 誰もが強いショックを受けていた。 だが、シホールアンル側は諦めなかった。 輸送部隊から送られてきた報告で、敵の捕虜奪取艦隊に、カレアント海軍の中でも随一の防御力を誇る巡洋艦(厳密には強襲艦である) ガメランが加わっていた事。 それに加えて、米機動部隊から分派されたと思しき空母と、その艦載機も加わっていた事が明らかとなり、シホールアンル海軍は、連合国 海軍の再度の襲撃に対抗するため、作戦開始当初の予定であった、偽装対空艦に対する護衛戦力を駆逐艦2隻から、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻 に改め、更に今年12月2日には、最新鋭の小型竜母も護衛に付ける事も決まった。 第2次捕虜輸送部隊は、輸送艦の役目を果たす偽装対空艦1隻を編成に加えた後、12月12日にリリャンフィルク港に入港し、小型竜母の 到着を待った。 捕虜輸送艦隊の指揮官は、連合軍の襲撃艦隊に、カレアント軍の小癪な巡洋艦どころか、アメリカ軍の巡洋艦が襲い掛かって来ても蹴散らしてやると、 作戦開始前から気合を入れていたが、現実は残酷であった。 小型竜母の到着が23日に決まり、いよいよ作戦開始という時に、アメリカ機動部隊がリリャンフィルク沖に出現し、同地を攻撃するために 艦載機を大挙出撃させたのだ。 米機動部隊は、早朝から午後1時までの間に、実に4波、800機以上の艦載機を出撃させ、リリャンフィルク港に停泊していた在泊艦船や 港湾施設を猛爆した。 第2次捕虜輸送部隊も、この艦載機の波状攻撃の前に手も足も出ず、巡洋艦1隻、駆逐艦4隻、偽装対空艦1隻が撃沈され、巡洋艦1隻大破、 駆逐艦2隻中破という大損害を受けて壊滅してしまった。 リリャンフィルク港に元々居た在泊艦船も17隻が撃沈破され、港湾施設も6割が破壊されると言う甚大な損害を受け、リリャンフィルク港は 事実上、壊滅状態に陥った。 第2次輸送部隊は、小癪なマオンド巡洋艦ばかりか、米軍の水上部隊さえも返り討ちに出来るほどの戦力を有していたが、彼らは本来の任務を 開始する前に、襲撃艦隊とは比べ物にならぬほどの凶暴な、米機動部隊によって、たちまちのうちに戦力を食らい尽くされたのである。 米機動部隊はリリャンフィルク港を猛爆した後、返す刀でシェリキナ連峰の航空戦にも乱入し、同地の基地航空部隊や航空基地に大損害を与えた後、 悠々と引き上げて行った。 この、一連の猛攻で受けたシホールアンル側の損害は甚大であり、シホールアンル海軍は否応なしにヒレリイスルィに引っ込まざるを得なくなった。 「やはり……連日、悪天候が続いては、復旧作業も思うように捗らないか。」 「それもありますが、敵機動部隊が差し向けた敵艦載機が、徹底した空爆を加えた事にも、作業に遅れを来す要因の1つでもあります。 米艦載機は、こちら側が破壊されたら嫌な目標……倉庫や物資集積所は勿論の事、輸送船の荷降ろしを行う専用の昇降機材をも片端から 狙い撃ちにしていきます。これによって、本来であれば真っ先に復旧しなければならない荷揚げ用の昇降機材が多すぎる上、この悪天候で 作業員の労働時間が自然的に短くなるという悪循環が起こっているため、港の復旧は、遅れに遅れているようです。」 「今の所、第4機動艦隊を含む3個艦隊は、ヒレリイスルィにて待機状態にあります。先の空襲で、我が方は甚大な損害を被りましたが、 幸いにも、敵機動部隊がイースフィルクとリリャンフィルクだけに的を絞ったお陰で、竜母や戦艦といった決戦兵力には、何ら損害を 受けておりません。従って、一連の空襲で受けた我が海軍の被害は、決して重い一撃であったと言う事は無いと、思われます。」 総司令部副総長の言葉を聞いたリリスティは、むっとなった。 「主席参謀長。確かに竜母と戦艦は無傷だったけど、私の艦隊から分派した巡洋艦と駆逐艦は、5隻が沈み、3隻が損傷してドック送りになっている。 この艦隊は、第4機動艦隊の第3群と第4群の司令に無理を言って抽出させている。私としては、これらが失われただけでも、艦隊の防空戦力に穴が 開いたと思っているのに、貴方の口ぶりでは、この損害は微々たるものだ、と言っているように思える。」 「モルクンレル司令官。私は何も、喪失した艦艇に対して、何ら感じていないとは言っておりません。提督が指揮される第4機動艦隊は我が海軍の 主力です。その主力の一員である艦艇が、敵の空襲で失われた事は、本当に残念であると思います。」 副総長は、リリスティから視線をそらさぬまま、そう語る。 ふと、彼女は一瞬だけ、主席参謀長の目に影が過ったような気がした。 (へぇ……普段は、駆逐艦や巡洋艦など、ただの召使程度にしかならんとかいっている奴が、そんな事言うんだ。) リリスティは内心、弁解する主席参謀長を嘲笑ったが、顔は無表情のまま主席参謀を見つめ続ける。 「貴官がそこまで言うなら、私は何も言わない。話を続けて。」 「はっ。ありがとうございます。」 副総長は軽く一礼する。 彼の代わりに、今度は主席参謀長が口を開く。 「現在、第4機動艦隊並びに第2艦隊、第3艦隊はいつでも出動が可能な状態にあります。もし、アメリカ側が新たな進行作戦を 開始したとしても、遅くて2日以内には軍港から出撃が出来るよう、準備は整っております。第4機動艦隊の状況については、 モルクンレル司令官からご説明をお願いします。」 話を振られたリリスティは、軽く咳払いをしてから状況を説明し始める。 「第4機動艦隊は現在、正規竜母7隻、小型竜母8隻、戦艦5隻、巡洋戦艦3隻、巡洋艦17隻、駆逐艦69隻を保有しています。 艦隊が有するワイバーンは総計870騎で、練成も既に終えています。艦隊将兵の士気は意気軒高であり、いつでも決戦に臨めます。」 「提督の方から、今の艦隊編成に関して、何か意見はありますかな?」 「率直に申し上げますが……第4機動艦隊に必要とされる対空艦の数が、未だに足りません。」 「対空艦の数が足りぬだと?君の艦隊には、先日も最新鋭のマルバンラミル級巡洋艦を3隻送った筈だが。」 「その厚意に付いては、深く感謝しています。ですが、マルバンラミル級は確かに対空火力が強力である物の、フリレンギラ級に比べると、 敵に向けられる対空火力は幾らか劣ります。私が以前申し上げた話では、フリレンギラ級の改良型であるウィリガレシ級巡洋艦2隻を、 我が艦隊に配備して欲しいと述べた筈ですが……」 リリスティは、やや目を細めながらレンス元帥に言う。 ウィリガレシ級巡洋艦とは、フリレンギラ級巡洋艦の準同型艦的な位置にある防空巡洋艦であり、1482年2月に5隻が起工され、 その最新鋭艦である2隻が、11月下旬に就役している。 ウィリガレシ級巡洋艦は、基本的な兵装はフリレンギラ級と変わらないが、機関部の装甲強化や、艦の動揺を抑える等の改良を施しており、 基準排水量は6300ラッグ(9450トン)と、前級よりもやや重くなっている。 しかし、主砲は、フリレンギラ級の54口径4ネルリ砲よりも性能が高い61口径4ネルリ砲を搭載しており、これによって砲弾の初速が 早くなり、敵機の迎撃がよりやり易くなった他、対艦戦闘でも、その高初速によって敵巡洋艦の装甲を貫き、例えクリーブランド級や ブルックリン級相手に戦っても撃ち負けないと期待されている。 リリスティは、この2隻の防空巡洋艦を第4機動艦隊に組み込んでほしいと、再三再四に渡って上層部に頼み込んでいた。 彼女は、9月のレビリンイクル沖海戦で、指揮下の竜母部隊を従え、米機動部隊の撃破に大きく貢献したが、同時にまた、敵艦載機の 脅威を改めて痛感していた。 指揮下の竜母をこれ以上犠牲にしたくないと考えるリリスティは、艦隊防空力の更なる向上を行うため、各方面に対空戦闘力の向上した 艦を回してもらうように働きかけた。 その甲斐あってか、リリスティの機動部隊は、巡洋艦17隻のうち、7隻がマルバンラミル級、5隻がフリレンギラ級で占められ、 駆逐艦は69隻中20隻が、新鋭のスルイグラム級駆逐艦が配備され、20隻はマブナル級駆逐艦で占められる状態までになった。 それでも、リリスティは満足しておらず、更に対空艦の増派を司令部に要請した。 しかし、新鋭のウィリガレシ級は第3艦隊に配属された。 彼女は、この事に大きな不満を抱いたが、既に上層部が艦の配備を決定した事と、第4機動艦隊だけがいい物を独り占めしているという 声が上がっている事も考慮した上で、この件に関しては何も言わぬ事を決めた。 「ですが、その件に関しては、もう既に上層部で話が決まっておりますから、私としてはこれ以上、言う事はありません。無論、現状の 戦力で足りぬと言う認識は変わりません。しかし、私も一帝国軍人である以上、いつまでも同じ事に固執する事はありません。よって、 私としましては、戦力補充等に関する意見具申はありません。」 「そう言いつつ、言いたい事はしっかり言ってるじゃないか。」 それまで、黙って話を聞いていたオールフェスが口を開く。 「これは陛下……」 リリスティは、先とは違って、公の場で話すような口調でオールフェスに言う。 「私としましては、これが当然の事だと思いますので。」 「ふむ。モルクンレル大将とは長い付き合いだが、そこの所は本当に、昔から変わらない物だな。」 オールフェスは苦笑しながらそう言った。 「おっと、途中で割り込んでしまったね。どうぞ、話を続けてくれ。」 彼はおどけた口調で、会議の再開を促した。 「ひとまず、第4機動艦隊の状況は良好、という事でよろしいかな?」 「はっ。そのように理解していただければ。」 リリスティは、冷たい口調でレンス元帥に返した。 「第2艦隊、第3艦隊の方でも、第4機動艦隊と同様です。」 「うむ。準備は整っている訳だな。」 レンス元帥は満足そうに頷く。 「これで、フィレヴェリド級戦艦も早く完成していれば、まさに言う所無しだったのですが。」 「主席参謀長。君の言いたい事は良く分かるが、早くて1月。遅くても2月頃に予定されている敵の大規模作戦には間に合うまい。」 「……となると。後は、戦艦部隊に配備されつつある、切り札に頼るしかないですね。」 「ほう、もしかして、その切り札って言うのが、最近開発されたばかりの新兵器って奴かな?」 「流石は陛下。既に聞き及んでおりましたか。」 レンス元帥が慇懃な口調で言う。 「聞いたと言っても、その詳細までは分からないがね。それで、その切り札とは一体、何なのかな?」 「切り札と言いましても、限定された戦域でしか使えぬ物ですが……」 レンス元帥は、その切り札の詳細をオールフェスに話した。 5分後、説明を聞き終えたオールフェスは、満足気な顔を浮かべていた。 「……ほほう。確かに、万能兵器って奴じゃないみたいだが、それでも、戦艦同士の砲撃戦では役に立つかもしれねえな。」 「問題は、アイオワ級戦艦にも通用するかどうかです。」 「今後就役するフィレヴェリド級を除く我が方の戦艦が、敵戦艦の主砲口径より小さい口径の砲しか持たぬ以上、出来る事はそれぐらい しかありませぬので。もし相手がアイオワ級戦艦の場合は、新兵器が相手を撃ちのめす間に、こちら側が手痛い損害を受ける場合もあります。 そのため、現段階では、ネグリスレイ級が互角に撃ち合う事が出来るのはサウスダコタ級並びにノースカロライナ級が限度となります。」 「まっ、それでも、対抗できる手段が出来たって事はいい事だ。少なくとも、マオンド海軍の新鋭戦艦のようにはならないさ。」 オールフェスは愉快そうな口調でレンス元帥に言った。 「ところで、モルクンレル提督。君に話がある。」 「はっ、何でしょうか。」 リリスティは抑揚の無い口調で答える。 「今後の艦隊編成の事に付いてだが、我々も色々と話し合った結果、君達の艦隊に、第3艦隊に配属されていた巡洋艦全てと、駆逐艦の半数を 回す事に決めた。」 「……え?」 リリスティは、レンス元帥の言葉の前に半ば唖然となった。 「それはつまり、第3艦隊に配属されているルオグレイ級巡洋艦3隻のみならず、ウィリガレシ級巡洋艦2隻と、駆逐艦8隻も我が艦隊 に下さると言う訳ですか?」 「そうだ。」 レンス元帥は即答した。 「だが、その代わり。君の艦隊に配属されているネグリスレイ級戦艦は、全て第2艦隊に回す。」 その言葉を聞いたリリスティは、今度は失望の余り、言葉を失ってしまった。 「しかし、これは君の手元にある戦艦を永遠に取り上げると言う事では無い。この戦艦部隊は、機動部隊同士の航空戦の場合は、各竜母群の 護衛艦として働いてもらう。編成上、第2艦隊は第4機動艦隊とは別の部隊だが、実戦の場合は臨時に第2艦隊の指揮下に組み込み、来年1月 初旬に戦力化するプルパグント級竜母3番艦ラルマリアと、未成巡洋艦から改装した2隻の小型竜母を付けて、新たに1個機動部隊編成する。 水上砲戦となれば、巡洋艦5隻、駆逐艦12隻で編成された第2艦隊に、君の部隊から戦艦を回して敵艦隊に決戦を挑む。水上砲戦が終われば、 再び護衛艦として機動部隊に戻って来るだろう。」 「要するに、貴官の指揮官にある竜母群が、更に1つ増えると言う事ですよ。」 主席参謀長が穏やかな口調でリリスティに言う。 「竜母群が、もう1個部隊……ですか。」 リリスティにとって、今告げられた事は正直に喜べる内容だった。 だが、彼女は素直に喜べなかった。 「総司令官閣下。第4機動艦隊に対するこの厚遇は、誠にあり難き事ではありますが……戦力の面……特に、小型竜母のワイバーン搭載量や、 ワイバーン隊の錬度について、私は幾らか不安を感じるのですが。」 リリスティは、未成艦から改装された小型竜母……もとい、新鋭竜母のヴィルニ・レグ級がどのような性能なのかを熟知している。 ヴィルニ・レグ級小型竜母は、2年前より建造が始まった戦時急造型竜母であり、シホールアンル帝国造船界ではNo.2の規模を誇る ヴィンドラゴ造船商会から贈られた(帝国造船界最大手のイン・ヴェグト商会に対抗して行われている)大型船用の船体を利用して作られた物だ。 全長89グレル(178メートル)、全幅13.2グレル(26.4メートル)、基準排水量が5700ラッグ(8550トン)と、船体は ライル・エグ級竜母よりも一回り程小さい。 搭載ワイバーンは30騎、武装は両用砲5門に魔道銃24丁と、いずれもライル・エグ級竜母よりも劣り、防御力も並みの巡洋艦程度しかない。 速力は15リンルと、ライル・エグ級と同等であり、機動部隊に随伴するには、何とか合格点を与えられる性能ではある。 だが、全体的な性能は、ライル・エグ級と比べて一段落ちる印象があり、1番艦ヴィルニ・レグと2番艦グンニグリアは、共に今年の9月に 竣工したばかりとあって、乗員の錬度も未知数である。 また、新たに編成されたワイバーン隊も、今年の9月下旬に本格的な戦闘訓練を開始したため、ワイバーン隊の竜騎士は、新鋭正規竜母である ラルマリアも含めて新米が大多数を占めており、いざ実戦となれば任務を果たせられるか大いに疑問が残る。 第2艦隊自体は、元々がリリスティの機動部隊に所属していたルオグレイ級やオーメイ級巡洋艦と、駆逐艦が全てであるため、対空戦闘は勿論、 水上戦闘も満足に行えるだろう。 しかし、第2艦隊に守られる筈の主力竜母3隻が心許ないとあっては、万全と思える布陣でも、リリスティにはそれが、ただのはりぼてで出来た 簡素な作り物にしか見えなかった。 (この人達……ただ戦力の頭数だけ揃えればいいと思っているの?) リリスティは、心中でそう思った。 「ふむ、確かに君の言う通りだ。だが、この竜母3隻は、防空任務を主体に作戦行動を行わせる。要するに、君に護衛専門の機動部隊を1つ付けて やると言う訳だ。ただ、この3隻の竜母にも、少数ながら攻撃役のワイバーンを付けている。敵機動部隊を戦う際には、この攻撃ワイバーンも付けて、 敵の空母を叩いて貰いたい。」 「はぁ……しかし、相手は戦力を盛り返してきたアメリカ機動部隊です。あたし達の艦隊に、竜母が3隻も加わるのは誠に嬉しい限りですが、 相手も当然、猛攻を加えて来るはず。行けと言われれば、無論、私は行きます。ですが……本当に、この竜母群も戦列に加えてよろしいのでしょうか?」 「なに。今度の決戦では、我が海軍のみならず、陸軍からもワイバーン隊の協力を行うよう約束を取り付けてある。無論、敵も空母20隻以上を含む 大機動部隊だが、こちらもやっとの事で、敵と互角の竜母戦力を得ている。」 「陸軍のワイバーン隊ですか……確かに数はありますが、錬度は海軍航空隊ワイバーン隊よりも下回る部隊が多いと聞いています。」 リリスティは尚も食い下がる。 虎の子の3隻の竜母と、そのワイバーン隊も不安が残る航空隊だが、彼らは着艦技術と言う海軍航空隊独自の特殊技能を身に付けている分、まだ使える。 だが、陸軍のワイバーン隊は海軍のワイバーン隊よりも厳しい訓練を受ける機会が少なく、昔は陸海軍共、互角と思われていた航空隊同士の演習でも、 最近では海軍ワイバーン隊の方が勝利する事が多くなっている。 錬度が更に低い部隊が多分に混じっている陸軍ワイバーン隊が、果たして味方機動部隊との連携を果たせるのか? リリスティはこの点が非常に気になっていた。 「果たして、このような戦法でよろしいのでしょうか?」 「大丈夫だ、問題無い!」 レンス元帥は低く、しかし、叩き付けるような口調でリリスティに言った。 彼の口調は、まるで黙れと言わんばかりであった。 「モルクンレル提督。君の不安は良く分かる。だが、このように戦備は整っておる。後は、敵がどう出て来るか待つだけだ。その時こそ、敵に 講和を結ばなかった事を後悔させるチャンスだ。決戦の時には、君が再び活躍するチャンスでもある。私は、君に期待しているぞ。」 レンス元帥は、穏やかな口調でリリスティに言ったが、リリスティには、それが何らかの脅しにしか聞こえなかった。 会議は正午前までには終わった。 オールフェスは会議が終わると、 「今日はなかなか面白い話が聞けて良かったぜ。じゃ、俺はこれでおいとまするよ。」 と、軽やかな口調で言ってから、海軍総司令部を出て行った。 リリスティは、会議が終わった後、半ば放心しながら総司令部の出口に向かって行った。 「……竜母が増えて、アメリカの機動部隊に対抗し易くなったのはいいけど、場合によっちゃ戦艦を殆ど取り上げるぞ、なんて抜かしやがって…… それに、増えた竜母も、乗員と竜騎士も含めてほぼ“新品”となっちゃってる……あれで鬼畜三姉妹(連合国海軍の言うヨークタウン三姉妹である) の航空隊とぶつかったら、どうなるかわかってんのかなぁ……まぁ、軍艦の所有者はあたしでは無いんだけど……ああ、胃が痛い。」 リリスティは、きりきりと痛む腹を抑えながら、ゆっくりと階段を下りていく。 途中で、眼鏡をかけ、軍服を着崩した女性士官とすれ違った。 「……あ。アンタもしかして、リリスティ?」 後ろから唐突に声がかかった。 振り向いたリリスティは、声をかけた女性の顔をまじまじと見つめた。 その女性士官の肌は白く、髪を後ろに束ねている。 眼鏡をかけたその顔は理知的に見えるが、その目の下にあるクマのお陰で、鬱病患者のような印象を受ける。 軍服は着崩されているため、袖や裾がだらしなく垂れ下がり、開かれたシャツの胸元からはひっそりと豊満な胸の谷間が見えていたりする。 一目で見ればまあ美人であるが、そのだらしない姿のせいで、軍服を脱げば浮浪者と見間違えられるのは、ほぼ確実と言えた。 「ええと……だれだっ……あ!思い出した!」 その瞬間、リリスティは、そのだらしない姿をした女性が、士官学校の同期生である事を思い出した。 「あんたは……まな板のヴィル!!」 「そっちかよ!」 知らず知らずのうちに、リリスティは眼鏡の女性に頭をはたかれていた。 所変わって、ここは海軍総司令部の地下室に設けられた海軍情報室。 「ここが、私めの執務室であります。大将閣下。」 シホールアンル海軍総司令部情報室主任である、ヴィルリエ・フレギル中佐は、リリスティを自らの仕事部屋に案内した。 「ちょっと、今は2人しか居ないんだから、敬語なんていいわよ。」 「ハハ、本当、あんたは相変わらずだねぇ。」 フレギル中佐は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら部屋の中に進む。 彼女の仕事部屋には、7つの執務机があるが、どの机の上にも、まるで狂ったように集めまくったかのような、夥しい数の紙の束が 置かれている。 書類は机の上だけでは無く、床中にも散らばっているため、まるで、物盗りに荒らされた被害者の家のごとき様相を呈していた。 「ごめんね。部屋中がちらかってるけど、適当な椅子に座っていいよ。」 彼女は、6つ並べられている椅子に手を差し向けながら、リリスティに勧める。 「じゃ、遠慮なく。」 リリスティは、適当にイス1つを取って、それに腰を下ろした。 「しっかし、こうして会うのは、一体何年ぶりだろうねぇ。」 ヴィルリエは、口に加えたキセルに火を付けながら、リリスティに向けて言う。 「士官学校卒業以来だから……かれこれ13年になるかな。」 リリスティはヴィルリエに返事しながら、彼女の胸元を注視する。 「しかし、上手い具合に成長したなぁ。士官学校時代は、皆に言われまくってたのに。」 「フッ。人間、努力すれば変われる物なのさ。というか、何で皆は、あたしの顔を見るなり、まな板まな板って言うのよ!今じゃこんな 体つきになって、男なんか釣り放題って言うのに!」 「まぁ……あの時のあんたは、見事なまでにまっ平らだったからねぇ。」 リリスティはしみじみとした顔つきでそう言い放った。 「正直、そんな格好になるなんて予想できなかったわよ。」 「はぁ……ホント、皆変わらないんだから。」 ヴィルリエは、紫煙と共にため息を吐き出した。 「しかし、あんたはまた、上手い具合に出世したわね。同期生の中で、リリスティのように大将まで昇りつめた人はまだ居ないよ。 一番の出世頭と言われた奴でも、少将止まりなんだからね。」 「本当は、大将になんてなりたくなかったわ。前線でワイバーンを操って、敵と戦っていた時の方が気分は楽だったわ。」 「良く言うよ。あたしなんか、日蔭者のいち中佐だよ?しかも、仕事はきっちりこなしているのに、その成果を認めたがらない馬鹿上司 ばっかりだから、もう、うんざりよ。」 「こっちはこっちで大変だよ?今日の会議で、あたしはあまり頼りになるとは言えない竜母部隊も抱え込めとか言われたし。」 「おっ、新しい竜母が増えたのかい?ならおめでとう……と言いたいけど、あんたとしてはそうも言えないみたいだね。」 「当然よ!」 リリスティは憤りの余り、頬を赤くする。 「竜母自体が新品ならまだしも、それを操る乗員も、そして搭載するワイバーン隊も新品ってどういう事なのよ!?あたしはこんな事、 初めてだわ!」 「……やっぱり、レビリンイクル沖海戦後の影響を、まだ引き摺っているみたいだね。」 「……やはり……か。」 リリスティは表情を曇らせる。 彼女は、レビリンイクル沖海戦後、機動部隊の航空戦力の再編に全力を尽くし、何とか今日までに、一応まともと言える航空戦力を 準備する事が出来た。 だが、あの海戦の後から、艦隊航空隊の技量が以前よりも低下している事は、実際に訓練に立ち会った彼女から見ればはっきりと分かる。 今ではまともになったとはいえ、戦力再編が行われ始めた9月下旬頃は、母艦への着艦の仕方が危ないワイバーンが少なからず居た。 あの海戦前にも、幾度かワイバーンの補充はあったが、補充されたワイバーンや竜騎士は、満足に着艦出来ていた。 それに加えて、空戦技能もなかなかの物だったが、最近補充されたワイバーン隊では、初歩的な戦法ですら満足に行えない者が少なくなかった。 リリスティは、新米連中にも猛訓練を行わせ、急速に技量を向上させているが、今度の新鋭竜母はそれを行う暇すら満足に与えられずに、 実戦に投入されようとしている。 レビリンイクル沖海戦で、シホールアンル軍は確かに、強大な米機動部隊を打ち破った。 しかし、その代償は余りにも大きく、多くのベテラン竜騎士やパイロットの喪失は、後方の教育航空隊の基本方針にも大きな影響を与えている。 前線に必要な、優秀な竜騎士やパイロットは、今や不足しつつあり、代わりに、まだ赤子同然のような竜騎士、パイロット達が、前線の荒波に、 容赦なく揉まれ、少なからぬ者がその命を散らしていた。 「まぁ……竜母の数が揃っただけでも、一応は良しとするべきかもしれないけど……本音を言えば、あの竜母群は、一人前になるまで、実戦に出したくない。」 「………」 リリスティの痛切な本音に対して、ヴィルリエは無言のまま、ただキセルをくゆらせるしかなかった。 「ごめんなさい。こんな、湿っぽい言葉を言っちゃって。」 「いいんだよ。言いたい事は、躊躇せず吐き出したらいいんだ。」 ヴィルリエはキセルを置き、眼鏡を外してハンカチでレンズの表面を拭き取る。 「ところで、あたしはさっき、リリィに面白い事を聞かせてあげると言ったわよね?」 「ええ。そう聞いたね。」 レンズの汚れをふき取ったヴィルリエは、眉間を軽く押さえてから眼鏡をかけた。 「あんた、アメリカ軍の動きが、どこかおかしいと思わない?」 「おかしい……と、言うと?」 「なんか、いい具合に動いていない?まるで……こっちの動きを見透かしているかのような。」 「見透かしている……ちょっと待って、ヴィル。貴方は一体、何が言いたいの?」 「話は簡単さ。正直、あたしはそうと仮定してから、敵のこれまでの不可解な動きを、ようやく理解する事が出来た。ここ3日間、 あたしは仮設を裏付けるために、あらゆる資料を集めて、調べに調べた。我が国は勿論の事、マオンドから寄越された情報に関してもね。 そして、私はある結論に達したの。」 「結論……まさか、ヴィル。あんた……」 リリスティは、自らが出したその結論を信じられなかった。 「流石はリリィ。その冴えた勘は相変わらずね。」 ヴィルリエは、妖艶な笑みを浮かべる。彼女の眼鏡に照明の明かりが反射する。 「私としても、信じたくは無かった。でも、これまでの情報で、私はそう確信したわ。こちら側の情報は、敵に筒抜けだって事をね。」 「……そんな……じゃあ、あたし達が極秘扱いで送った報告とかは……」 「何らかの形……それもスパイでは無く、もっと堂々とした形で漏れているとしか考えられないわ。そうでなければ、マオンド戦線での アメリカ軍の素早い立ち回りや、敵機動部隊が執拗に、哨戒網の穴を“偶然”に突破する筈は無い。」 「なんて……こと……」 リリスティはショックの余り、目の前が真っ白になった。 彼女自身、これまで、アメリカ機動部隊があっさり、ヒーレリ近海に侵入できる事を不審に思っていた。 だが、彼女はただ、運が悪かったかぐらいにしか思っていなかった。 しかし、ヴィルリエの言う事が正しければ、アメリカ機動部隊が、敵側の制海権内にも関わらず、派手に暴れられる事も理解できる。 「情報が漏れている……それじゃあ……あたし達は、敵の軍人達と一緒に作戦会議をやっているような事を、何度も何度もやっていた事になる……!」 「ああ。本当に恐ろしい事さ。」 絶望に打ちひしがれるリリスティを見つつ、ヴィルリエは単調な声音で呟く。 「あたしはこの事をしっかり、上に伝えようと、情報参謀に伝えたんだ。だが、あいつは何と言ったと思う?地下籠りの平民モグラが何を 言っているのか、だってさ。」 「……え?それは本当なの?」 「実際に言われたあたしが言ってるんだ。間違い無い。」 ヴィルリエがその言葉を言い終えた瞬間、いきなりリリスティは席から立ち上がった。 「この国の一大事って時に、そんな下らない事を抜かしやがって!!!!」 リリスティは目尻を吊りあがらせ、ドアを突き飛ばさんばかりの勢いで出入り口に駆け寄った。 怒りに駆られたリリスティの動きを、ヴィルリエが羽交い絞めにして何とか止める。 「ちょっと、リリィ!一体どうしたっていうの!?」 「情報参謀に、あんたから聞いた話を伝える。そして、またくだらない事を言うのなら、その横っ面ぶん殴ってでも話を信じさせる!」 「暴力を振るうつもり?それじゃ駄目だよ!」 「でも、ヴィル!あんたは悔しくないの!?士官学校も卒業し、立派に任務をこなしているのに侮辱されたんだよ!」 「悔しくない筈が無い!」 ヴィルリエが叫び返す。 「いっそ、ぶん殴ってやろうかと思った!でも、それをやったらおしまいよ。リリィ、あんたは大将になった。でも、大将って、 そう簡単に暴力を振るっちゃいけないんだよ!何故だかわかる?」 「……そんな事分かってるわ。」 「いや、分かって無い!分かってないから、情報参謀に暴力を振るおうとするのよ!大将といえば、所属する軍を代表する軍人でもあり、 場合によっては政治家代わりにすらなる。そんな自覚を持たないと、リリィ、あんたは大将の資格は無いとすら言われてしまう。 それでもいいの!?」 「く……」 リリスティは、親友の厳しく、しかし、筋の通った正論に対して、何ら言い返す事が出来なかった。 「う……ごめん、ヴィル。」 「ふぅ……やっと大人しくなったか。」 暴れるリリスティを抑えていたヴィルリエは、やれやれとばかりにリリスティを離した。 「リリィの気持ちは嬉しいけど、今は冷静にならないと。」 「そうだね……はぁ、またヴィルに説教されたなぁ。」 リリスティは恥ずかしげに顔を赤らめる。 「その暴走し易い性格は何とかならないの?あんた、もしかして、体の中に凶暴な男が入ってたりしない?」 「流石にそれは無いわね。」 リリスティはあっさりと否定した。 「まっ、それはともかく。今はまず、情報を整理する必要があるわ。でないと、また情報参謀に門前払いを食らいかねない。」 「報告するなら、あたしも連れて行けばいいよ。大将が一緒にやって来たとなれば、情報参謀も慌てるだろうし………」 リリスティは、そこまで言ってから急に体を固くした。そして、そのまま椅子に座りこむなり、顔を俯かせながら何か考え事を始めた。 「……」 「リリィ……?」 ヴィルリエは、心配そうに声をかけるが、リリスティは反応しない。 「……リリィ?どこか、体の具合が悪いの?」 ヴィルリエが再度声をかけた時、リリスティが急に顔を向けた。 「い……!?」 ヴィルリエは思わず仰天してしまった。 リリスティの瞳には光が宿っていない。彼女の眼は、明らかに死んでいた。 「今考え中。邪魔しないで。」 リリスティは、無機質な声音でそう答えた。 (ちょ……まさか、病んでる?) ヴィルリエは、恐怖感に苛まれながらも、心中で呟く。 再び顔を俯かせたリリスティ。10秒ほど経つと、微かに笑った。 (笑ってる?一体、何にデレているのって……何考えてんだあたし!) ヴィルリエは、一瞬、的外れな考えをした自分を責める。 再び、リリスティが顔を上げた。 「……何か、いい考えが浮かんだかもしれない。」 リリスティは、額に汗を滲ませながらヴィルリエに言う。 その目は、さっきのような光を失った目では無く、活路を見出せた勇者が浮かべるような、輝きのある目だった。 「いい考え?」 「ええ。でも、連合軍相手に、どこまで通用するかは知らないけど。でも、このまま手をこまねいているよりは、遥かにマシだと思うわ。」 リリスティはそう言うと、今しがた考えた事をヴィルリエに伝えた。 1485年(1945年)1月3日 午前8時 バージニア州ノーフォーク この日、休養のためノーフォーク軍港に寄港していた、第7艦隊第72任務部隊所属の空母イラストリアスでは、雪が降っているにも関わらず、 飛行甲板や右舷の張り出し通路には、多くの乗員が内陸の水道からゆっくりと出て来る大物に目を奪われている。 空母イラストリアス艦長、ファルク・スレッド大佐は、防寒服を着ながら、艦橋の張り出し通路から副長と共に、大物を見物していた。 「いやはや……でかいですなぁ。」 「ああ…こいつは凄いぞ。」 驚きの声を上げる副長に、スレッド艦長も驚きの声で返事した。 「あの艦の性能を聞いてから、本当にあんな大型艦が出来上がるのかと思っていましたが、それを本当に……しかも、起工から僅か2年3カ月で 作り上げるとは。アメリカの工業力は恐ろしい物ですな。」 「同感だよ。」 スレッド艦長は頷く。 「しかも、このイラストリアスと同じ装甲空母でありながら、遥かにでかい大物が2年3カ月で完成、だからな。前の世界のチャーチル首相が 見たら、驚きの余り椅子から転げ落ちてたかも知れんな。」 スレッド艦長は感嘆しながら、水道から出て来る大物……CV-41リプライザルを見つめ続けた。 リプライザルは、アメリカが満を持して竣工させた最新鋭の大型正規空母である。 全長295メートル、全幅34.4メートル。基準排水量は45000トンと、その大きさは前級のエセックス級空母はおろか、 レキシントン級空母すらも超えている。 武装は舷側に最新式の54口径5インチ単装両用砲を16基、40ミリ4連装機銃21基、20ミリ機銃28丁と、新鋭戦艦並みの重武装を 施されており、遠距離対空火力は勿論の事、近距離火力においても、これまでの空母を遥かに凌駕している。 搭載機数は実に145機と、エセックス級よりも40機以上も多い。 リプライザル級を特徴付ける性能はこれだけに留まらない。 リプライザルには、これまでの戦訓を反映して、飛行甲板に最大89ミリの装甲を施しており、アメリカ海軍に在籍する正規空母の中では、 TF72のイラストリアスを始めとして2番目の装甲空母である。 飛行甲板の装甲部分は、シホールアンル軍の300リギル爆弾に充分に耐えうると判断されているため、従来の空母のように、数発の被弾で 作戦遂行能力を失う事は無いと期待されている。 それに加えて、水雷防御も本格的に施されており、艦隊側は戦艦並みの防御力を有した正規空母として、リプライザルに高い評価を与えていた。 この巨体を動かすのは、212000馬力の高出力を誇る最新式の蒸気タービンであり、速力は最大で33ノットを発揮出来ると言われている。 リプライザルは、まさに、世界最大の大型装甲空母と言えた。 正規空母リプライザル艦長、ジョージ・ベレンティー大佐は、ノーフォーク軍港に停泊している1隻の空母から、発光信号が送られている事に 気付いた。 「あれは……イラストリアスか。何か信号を送って来ているな。」 ベレンティー艦長は、古参の空母から送られて来る信号を読み取るなり、その気品ある気遣いに思わず苦笑してしまった。 「艦長!イラストリアスより発光信号です!」 艦橋の張り出し通路に立っていた見張り員が、きびきびとした声で艦橋に伝えてきた。 「我、リプライザルの誕生を祝す。貴艦の実力を、思う存分敵に思い知らせたし。」 「……イラストリアスに向けて返信。我、その言葉通りに活躍する事を約束する。我らの活躍、大いに期待されたし。」 ベレンティー艦長の言葉は、すぐさま、発光信号となってイラストリアスに返された。 「流石は先輩艦だ。このような、でかいだけの若輩者にも、良い言葉を掛けてくれるな。」 「艦は確かに新しいですが、中身はそうでもありませんぞ。」 副長ホセ・ジェイソン中佐が自信ありげな口調でベレンティー艦長に言う。 「艦長は以前、サラトガで艦の指揮を、私はバンカーヒルで任務をこなして来ました。この艦の乗員も、半数以上はレビリンイクル沖で 乗艦の喪失という屈辱を味わった者ばかりです。軍艦は、例えなりは大した事無くても、中身がしっかりしてさえすれば、必ず良い働きが 出来ます。そして、この艦は、あらゆる装備が整った最新鋭艦です。彼らは短い期間で、このリプライザルを満足に動かす事が出来ますよ。」 「うむ。艦は新品だが、乗員は経験豊富な兵が多いからな。確かに、彼らならやってくれるだろう。そして、彼らに全てを習う新米達も、 良く育ってくれるだろう。」 ベレンティーはそう呟いた後、今日から行う慣熟訓練を、どう上手く流して行くか思案し始めた。 リプライザルはその威容をノーフォーク港の在泊艦船に見せ付けるかのように、ゆっくりと外海に向かって行った。
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7月11日、午前10時 サイフェルバン東沖230マイル付近 レキシントンの艦尾に向けて、1機のF6Fが最終アプローチラインに入った。 そのF6Fは失速することもなく、見事な着艦を見せた。 「司令官、戦闘機隊の収容終わりました。」 参謀長のアーレイ・バーク大佐がミッチャー中将に報告した。 「うむ。」 ミッチャーは頷いた。今回の空中戦は、敵バーマント軍の飛空挺の大多数をサイフェルバンに たどり着く前に多数のF6Fで叩き落したことで、米側が完勝した。 空中戦では8機のF6Fを失ったが、敵の飛空挺300機以上を撃墜した。 この戦果は昨夜の空襲で少なからぬ犠牲を出し、敗北感に打ちのめされていた第58任務部隊の 気分を明るくさせた。 「これでサンジャシントとドーチの仇は取れましたな。」 「敵さんも、わが機動部隊を怒らせたらどうなるか、骨身に染みただろう。 だが、まだ仕事は残っているぞ参謀長。偵察機が敵の飛行場を探している。 見つけたらすぐに待機していた攻撃隊で叩くのだ。」 午前9時ごろからサイフェルバン内陸に向けて8機のアベンジャーが飛び立った。 今のところまだ報告は入っていないが、第3、第4任務群の格納庫には合計で240機の攻撃隊が 既に装備を終えて待機している。 今は戦闘機の収容が終わったから、じきに飛行甲板上に上げられていつでも発艦できるように準備が始まるだろう。 「お返しはたくさんしないといけないからな。」 ミッチャーはぶすりとした表情でそう呟いた。 午前10時50分、ランドルフの偵察機からサイフェルバン西300キロの地点に敵の本格的な飛行場があると報告してきた。 第58任務部隊の第3、第4群から合計で240機の攻撃隊が発艦したのは、これから30分後の事である。 午後2時30分、グリルバン郊外 バーマント軍航空基地 グリルバンの航空基地に米艦載機が来襲したのは午後0時を少し過ぎた後である。 グリルバンに司令部を置いているサイフェルバン方面航空隊統括司令官のライクル騎士中将は、 未帰還機の余りの多さに愕然としていた。 360機の大編隊で送り出したのに、わずか28機しか戻らなかったのだ。 ライクル司令官はしばらく執務室から出てこなかった。 その悲しみなどどうでもいいとばかりに来襲した米艦載機はグリルバンの飛行場を傍若無人に 荒らしまわった。 米艦載機の空襲によって、2000メートルの滑走路はたちまち穴だらけにされ、主要な建物、 指揮所や整備部品が置かれている倉庫、宿舎、弾薬、燃料タンクなどは片っ端から銃爆撃を受け、 見るも無残な姿に変わり果てた。 特に、燃料タンク、弾薬庫の大爆発は5キロ南に離れたグリルバンの住民たちまでも仰天させた。 空襲の間、パイロットやライクル司令官らはすぐさま地下壕や物陰などに隠れて難を逃れようとした。 米艦載機は思う存分暴れまわった後、塩が引くようにいつの間にかいなくなっていた。 そしてその後に残されたのは、破壊しつくされた飛行場だった。 今は消火活動や後片付けに基地の兵士たちは従事している。その破壊された基地を見ると、 いかに米艦載機がこの手のプロであるか理解できた。 激しく燃え盛っている燃料タンクに消火隊が群がり、必死に水をかけている。 弾薬庫の消火は既に終了していたが、2階建ての施設は跡形も無く吹き飛んでしまっている。 滑走路は小さいもので5メートル、大きいものでは10メートル以上の穴が無数に開いており、 最低でも2週間は使えないだろう。 飛空挺の生き残りは、退避させる暇も無かったため、全機が機銃弾によって ただの鉄製のぼろに成り代わってしまっていた。 パイロットが無事だったのが不幸中の幸いである。 「うまいものだな。」 破壊された基地を見渡しながらライクル司令官は呟いた。彼の自信に満ちた闘志は、 今ではすっかり消え失せていた。顔は10年分は老けたように見えた。 懐から思い出したように一枚の紙を取り出した。それは飛空挺を全機送り出した20分後に入ってきた 魔法通信の内容を書き写したものだ。 「サイフェルバン南東に敵機動部隊あり。敵艦隊は高速でサイフェルバン方面に向かいつつあり」 ライクル中将は紙をくしゃくしゃにすると、残骸の中に捨てた。 顔にはやりきれない怒りが浮かんでいた。 「この通信が、出発前に届いていたら・・・・・・・・・・・多くのパイロットを死なせずに済んだものを・・・・・・・」 そう、海竜情報収集隊はアメリカ機動部隊の欺瞞行動に嵌められたのだ。 これまで、海竜情報収集隊は多くの有力な情報をバーマント軍に送ってきた。その情報は常に正確だった。 だが、今回はそれを逆手に取られたのである。 (敵が海竜の存在を知ったとなると、今後は正確な情報が届きにくくなるな) 彼はそう思った。そしてこれからは海竜自体も敵によって次第に数を減らされていくだろう。 「敵に与えた損害はわずかで、我がほうの損害は極大とは・・・・敵将はかなり頭が切れるな。」 ライクルは内心で敵将を褒めた。 (一度、敵の総司令官、スプルーアンスとやらに会ってみたいものだ) これまで縦横無尽に活躍してきた、バーマント軍の空の精鋭を壊滅させた敵将に対し、 僅かながら尊敬の念が沸き起こった。 その時、若い魔道将校が紙を持って彼の側にやってきた。空襲が終わった10分後に、 ライクル司令官は被害の実情を報告していた。 その返事がやってきたのだろう。 「司令官、先ほどの報告の返事が来ました。」 「読め。」 彼は魔道将校に背を向けたまま答えた。 「ハッ。サイフェルバン方面の全空中騎士団は、至急作戦行動を中止せよ。 後の指示は追って連絡する。とのことです。」 7月12日 午前7時 バーマント公国首都ファルグリン 公国宮殿にある大会議室に、陸軍と海軍、それに空中騎士団の総司令官、そ れに皇帝と直属の将官が集まっていた。 この他に皇帝の娘であるエリラ・バーマント皇女もなぜか席に座っていた。 「さて、サイフェルバン方面の詳しい話を聞かせてもらおうか。」 玉座に座るグルアロス・バーマントの冷たい声音が凛と響いた。彼の機嫌はかなり悪かった。 (これは皇帝陛下の雷が落ちるぞ) 海軍最高司令官のネイリスト・グラッツマン元帥は内心でそう呟いた。 戦況が悪くなると、時たま何人かの高級将官が罰を受けるのである。 死刑になることは滅多に無いが、その代わり一生牢獄に放り込まれ、 日の目を見ることなくそこで息絶えることになる。 「わが陸軍は、敵異世界軍の侵攻に対し、勇敢に戦っております。しかし、サイフェルバン駐留軍は、 既に6万を超える死傷者が出ており、敵上陸軍はサイフェルバンのわが軍を包囲しようとしています。 現状から行きますと、包囲された場合、サイフェルバンは持って3週間ほどです。」 「なぜだ?敵の蛮族共なぞ、我が強大なバーマント陸軍の前には蟻と獣でしかない。すぐに増援を送るのだ。」 「しかし、肝心の鉄道は敵飛空挺によって各所が寸断されており、今現在も修理中です」 「海軍は?海軍はどうなのだ。まだ主力部隊が突入していないぞ。」 皇帝のその言葉に、グラッツマン元帥は口を開いた。 「我々海軍も高速艦10隻をサイフェルバン沖に突入させようとしました。 しかし、突入した第2艦隊は1隻も帰ってきていません。 恐らく敵の有力な艦隊と交戦した後、全滅したようです。 海竜隊の報告では、敵の大型艦2隻と小型艦1隻が南に避退して行ったとあるので、 第2艦隊は3隻の敵艦を撃破したようですが。」 「そうか・・・・・・・・・」 皇帝は気持ちを落ち着かせようと、腕を組んで下にうつむいた。その表情には怒りが渦巻いている。 グラッツマンはちらっと皇帝の側に座る皇女のエリラに視線を移した。 (なんでこいつがいるんだ。) グラッツマンは苦々しい気持ちでそう思った。 顔立ちは美しいながらも精悍で、体つきはとても良い。 普段は格闘や剣術といった武芸もたしなむため、肌は小麦色に焼けている。 一見美人のこの皇女だが、グラッツマンは彼女が大っ嫌いだった。 エリラは時折、このような会議に姿を現すかと思えば、彼らの言うことにあれこれ口を出すのである。 実は彼女はこのバーマント公国の次期皇位継承者で、父であるグルアロスは彼女が勝手に進言するのは 何も気に留めていない。 それどころか、勉強になるからいいという始末である。 1ヶ月前などは、まだ準備が整っていないのに、 「王都に侵攻したほうがいいんじゃないの?」 と皇帝に進言した。その事がきっかけで王都侵攻が皇帝によって決められ、2個空中騎士団が 侵攻するまでの間、王都を爆撃しようとした。 だが、この時王都には異世界の航空隊が進出しており、これらに襲撃された空中騎士団は全滅してしまった。 この時はまだいい。しかし、彼女は以前にもこういう横槍を入れては勝手に軍を動かすときがあった。 成功するときは成功するが、失敗するときは目も当てられない結果になる。 将軍連中の頭越しにあれこれ指図するエリラは、今では彼らに嫌われていた。 (今日は珍しく黙っているが、いずれ口を出してくるかもしれんな) 彼は内心で心配していた。できればこのまま彼女には黙ってもらいたい。 皇帝はしばらく考え込んでいた。その間、不気味な静寂が辺りを包み込む。 飛空挺の戦力も壊滅し、サイフェルバンの陸軍は劣勢、そして海軍部隊は最新鋭の 高速艦を参加艦艇全滅という悲運に見舞われている。 しかし、殴られたままでは引き下がれない。 「だが、打つ手は打たねばなるまい。我が軍だって敵に被害を与えている。 第13空中騎士団は敵の空母を撃沈したし、惨敗した航空戦でも、 機銃で少ないながらも敵機を撃墜している。それに前にも言ったが敵はわずか15万の少数だ。 今はサイフェルバンで苦戦しているがいずれ、我が軍は大軍を送り込んで目に物を見せてやれる。 だからサイフェルバンは当分の間、持ちこたえねばならん。」 「しかし、鉄道の修理がまだ済んでおりません。」 「なら早く直したまえ。」 皇帝は有無を言わさぬ表情でそう言った。オール・エレメント騎士元帥は、蛇に睨まれた蛙のように押し黙った。 「皇帝陛下、空中騎士団の増援についてですが、現状では新たに空中騎士団を送り込むのは自殺行為も同然です。」 バーマント空中騎士軍司令官のジャロウウス・ワロッチ騎士大将は、哀願するような口調で話し始めた。 「立て続けに起こったアメリカ軍との戦闘で、我が空中騎士団のこれまで被った損害は飛空挺886機、 パイロットは1508名を失っており、もはや半分の戦力しかありません。それにあてになるのは首都にいる 4個空中騎士団400機のみで、残りは訓練中か、編成を終えたばかりの新米です。この4個空中騎士団を失えば、 我々バーマント航空部隊は壊滅します。」 「ふむ。で、君は何が言いたいのかね?」 「サイフェルバン方面の増援中止です。」 しばらく会議室はしーん、と静まり返った。 その静寂を破ったのは皇帝だった。 「そうであれば・・・・・仕方が無かろうな。空中騎士団は陸軍や海軍と違い、数も人員も少ない。 よろしい、増援中止を許可しよう。」 (さすがに、皇帝陛下も空中騎士団を失うのは痛いのだな) グラッツマンは恐らく、空中騎士団の増援を断行させるだろうと考えていたが、これまでの優位は、 空中騎士団があったからこそ実現したものだった。 もし空中騎士団を失えば、バーマントの大陸統一は遠のくだろう。 皇帝陛下はそれを恐れ、空中騎士団の温存を決めたのだ。彼はそう確信した。 (賢明な判断です。皇帝陛下) 彼は内心で喜んだ。だが、そこへある人物が口を開いた。エリラ皇女である。 「お父様、まだ手があるじゃないですか。海軍はたかだか10隻の軍艦を失っただけです。 まだ主力は敵船団に突入してはいませんよ?」 会議室の司令官たちは、電撃が走ったかのような感覚に見舞われた。 またいらぬ事を!!このまま黙っていればいいものを!! 誰もが口や表情に表さなかったが、内心ではそう思っていた。 「そう言えば、確かにそうであるな。夜間に突入した第2艦隊は、確か3隻の敵艦を撃破したと言ったな?」 グラッツマン元帥は内心しまったと思った。報告に敵艦3隻撃破したと言ってしまったのだ。 アメリカ軍の艦艇は我がバーマント軍より勝っているものの、数が揃えればそれを撃破、うまくいけば 撃沈できることも不可能ではない。皇帝はそう思っている。 エリラはむしろ皇帝より強く思い込んでいるに違いない。 畜生、次期皇位継承者だからといって調子に乗りおって!皇帝も皇帝だ! グラッツマンは内心で2人を罵った。既に皇帝は乗り気になっている。 「皇帝陛下、私もそれはいい案だと思います。重武装戦列艦5隻を擁する第3艦隊は最強です。 これらを投入すれば、敵アメリカ軍の艦隊と5分に渡り会えるはずです。」 皇帝直属将官であるミゲル・アートル騎士中将も頷きながらそう言った。 彼は35歳で中将に上り詰めた実力派の将官だが、常に皇帝のイエスマンであるために、 グラッツマンは彼のことを皇帝の腰巾着と陰で罵っている。 (貴様まで口を出すな!) 彼は怒声を上げかけたが、寸前のとこで抑えた。 彼自身もバーマントの大陸統一を熱心に願っている。あの馬鹿皇女も、腰巾着の言う事も全てが間違いではない。 時には2人の皇帝に対する助言がきっかけで大勝利を得たこともあった。 (たまたま通りかかった破壊船が第2艦隊の乗員を救出し、事情を調べたが、敵の警戒艦は思ったより少なく、 数は10隻程度しかいなかったと聞く。ならば、今回第3艦隊を送れば、10隻しかいない敵艦を蹴散らして、 サイフェルバン沖の貧弱な武装の敵輸送船を叩き沈められるかも知れん。) 考えれば意外に出来なく無さそうでもない。彼はそう思った。 その時、皇帝が声をかけた。 「グラッツマン元帥、第3艦隊をサイフェルバン沖に突入させられないかね?」 7月13日 午前0時 バーマント公国首都ファルグリン郊外 ここはファルグリン郊外の森の中にある墓場。普段は誰も通らないひっそりとした場所である。 その墓場のすぐ近くにある貧相なボロ屋に、髭面の男は待っていた。 「来るのが遅いですね。」 髭面に対して、敬語で痩身の男がそう話した。 「あの人は普段忙しいからな。それに遅いのはいつものことだろう。」 髭面の男はニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。 「それにしても、毎回思うことなのですが、集合場所が墓場の近くというのはもう止しませんか? なんか幽霊が出てきそうで嫌なのですが。」 「馬鹿野郎。幽霊が何だ、むしろ幽霊なんかかわいいほうだ。本当に怖いのは人間なのだよ。 命令ひとつで何の罪も無い国を潰そうとするのだからな。」 髭面の男が淡々とした口調で言う。 「馬鹿げている。全く馬鹿げている。疑心暗鬼で他国に攻め込むなんて、愚か者のすることだ。 いくらヴァルレキュアの技術革新が進んでいようと、明らかにバーマントに攻め込もうとはしなかった。 しかし、統一したい欲望に皇帝陛下は溺れて、この国の歴史に大きな影を作ってしまった。 そんな時に異世界軍が現れるのは、神が天罰を与えたからさ。」 「その天罰を、我々が味合わされているというわけですね。」 「ああ、そうだ。たかが欲望のために、外国民や臣下を狂気に等しい戦争で殺しまくる。 本当に馬鹿げている。」 髭面の男はそう言うと、深くため息をついた。 その時、ドアを叩く音が聞こえた。 「誰だ?」 痩身の男が聞くと、外から返事があった。 「皇帝陛下は大逆人だ。」 髭面と痩身は互いに顔を見合わせ、頷いた。 「いいぞ、入れ。」 髭面がそう言うと、ドアがぎいっと音を立てて開いた。ひんやりとした夜風が吹き込んだ。 黒いフード帽をつけた男が入ってきた。 「待たせて申し訳ありません。」 「いや、いいんだ。あんたは重要な職種についているんだからね。どうだ、何かバレた兆候はないか?」 「いえ、今のところ何もありません。それにしても毎回ここの集合場所は何かいるのかといつも心配になりますよ。」 「なあに、今のところ幽霊なんか出ていないよ。心配しなさんな」 そう言うと、髭面はガッハッハッ!と豪快に笑った。 「おーい!君の兄さんが来たぞ!」 髭面は大きな声で奥を呼びかけた。奥からは長髪の女性が出てきた。 「兄さん!」 長髪の女性は、フード帽を見るなり走りより、抱きついた。 「お前か。久しぶりだな、元気だったか?」 「ええ、元気よ。兄さんこそ元気そうね。」 長髪の女性はニカっと笑い、互いの再会を喜んだ。再会の喜びもそこそこに、髭面の男が本題を切り出した。 「所で、宮殿のほうはどうなのだね?」 「ひどいです。」 フード帽は、途端に苦々しい表情でそう言った。 「昨日の会議で、皇帝陛下は空中騎士団の増援を中止しましたよ。」 「なんだ、それなら別に酷くは無いと思うが?」 「問題はここからです。空中騎士団の増援は中止になりましたが、代わりに海軍の第3艦隊が、 サイフェルバンに派遣されることになりました。」 「第3艦隊だって!?」 髭面は驚いた表情でそう叫んだ。 「そうです。さらに詳しく言うと、第3艦隊派遣の原因はエリラ皇女にあります。」 「またあの馬鹿娘が口を出したのか。」 髭面はため息混じりにそう呟いた。第3艦隊とは、バーマント公国屈指の打撃艦隊で、 重武装戦列艦ザイリン級5隻を基幹に中型戦列艦6隻、最近配備されたばかりの高速戦列艦3隻、 小型戦列艦12隻、小型高速戦列艦8隻、合計34隻の大艦隊である。 ザイリン級は米海軍で言う戦艦の艦種で、速度は燃料が石炭であるにもかかわらず23ノットという 信じられないスピードを出せる。 主砲は33・8センチ砲10門を持ち、ヴァルレキュア戦では、第3艦隊が、当時ヴァルレキュア領 だったクロイッチの要塞砲と激しい撃ち合いを演じ、これに勝利している。 その他の艦も26ノットのスピードを出せ、高速戦列間にいたっては、先の第1次サイフェルバン沖海戦で 数の優位性もあるが、米軽巡モービルとデンヴァー、駆逐艦マグフォードを叩きのめした侮れない敵である。 だが、いくら優秀な艦が揃っている第3艦隊でも、それをさらに上回る艦を山ほど持っている米艦隊相手には、無謀もいいところである。 「既に皇帝陛下が作戦の立案を命じました。」 「・・・・・・・・」 髭面は目を覆った。これでまた多くの命が散ってしまうだろう。いくら重職にあるフード帽でも、 むやみに反対意見を唱えれば、たちまち投獄されてしまう。 「こうなる犠牲がまた新たに出る前に、早く革命をやらなければ!」 痩身の男が拳をあげて髭面に言う。 「だからこうして集まっているのだ。だが、最初はこのように少数のほうがいい。そうじゃないと、 官憲に見つかって終わりだ。」 「焦りは禁物です。今は徐々にやっていくしか。」 長髪の女性もそう言う。 「そうです。今しばらくは辛抱するべきです。」 フード帽も同じことを言った。 「そうだな。そのためには、まずは情報だ。さて、次の情報だが・・・・」 髭面はフード帽から新たな情報を聞き出そうとした。 密会は40分続いた。 「とりあえず、今日はこれまでにしておこう。」 髭面は今日の密会を終わることを告げた。 「これからも苦難の連続になるだろう。だが、革命の成就まで我々が、他の同志達と共に味わった事は、 これからのバーマント、そして大陸にとってもかけがえの無いことになるだろう。バーマント公国に栄光あれ。」 髭面がそう言うと、他のメンバーも最後の言葉を唱和した。 4人はそれぞれバラバラになって散っていった。夜はまだまだ深い。 (革命のため、そして俺と妹のためにも、失敗は許されない。) フード帽の男、ミゲル・アートルは改めてそう決心した。
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991 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 44 22 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 1/3 ――1 ロベルト・メディチの発言によって停滞の打破された平成日本とボルドー商人使節団の交渉は、 それまでの停滞した状況が冗談であったかの様に、スムーズに展開した。 その最大の理由は、お互いに相手の要求ないしは目的を過大評価していた事に気付いたからであった。 ボルドー商人使節団は、平成日本側が食料の輸入の為であればある程度の要求は受け入れる用意が ある事を知った。 更には、そのある程度と云う言葉の範疇には、ボルドー商人使節団側の求めるもの――正規の対価は 無論として、更に絹に代表される日本の物産の一定期間の独占的売却権の承認までも含まれる事を知り、 平成日本の窮乏と共に、その豊かさを知った。 平成日本の側も、ボルドー商人使節団の目的が祖国の転覆やガルム大陸への出兵などの類では無く、 純粋に商売関連である事に、安堵を覚えた。 そうして平成日本とボルドー商人使節団の交渉が基本合意に達したのは、本格的な交渉に入って 7日後だった。 停滞時とほぼ同じ時間を消費していたが、その内容は実務的な事――食料の搬送や集積、或いは 種類に関する事と云った実務的な事に費やされたのだった。 但し、平成日本側の提供する物産の詳細に関しては後日とされてはたが、これに関しては、物産の 選択に時間が必要である為、当然といえば当然の事であった。 「しかし、話してみれば何ですな。前半の停滞が馬鹿みたいでしたな」 合意締結によって開かれた祝宴にて、平成日本とボルドー商人の代表たちは酒を片手に談笑を楽しんでいた。 「ですな。我々も貴方がたも、お互いを信頼しきれなかったと云うのが大きいでしょうね」 「仕方がありません。何しろ、ファーストコンタクトなのですから」 「おうおう。何ぞかは存じませんが哲学的な響きですな、閣下」 「いやいや只の横好き、雑学ですよ」 そして沸き起こる大爆笑。 いい具合に出来上がっている。 「しかしこのアルコール、祖父たちより聞かされた“帝國”のSakeは誠に美味ですな」 「ですから、わが国は帝国ではありませんで――」 「帝(ミカド)がいらっしゃるのですから、日本は矢張り帝國ですよ」 そして沸き起こる天皇陛下万歳の声。 音頭をとったのがボルドー商人達で、平成日本側の出席者は巻き込まれる形であった。 最も、数度は羞恥による抵抗をしてはいたが、結局は雰囲気とアルコールによる気分高揚には勝てず、 喜んでの万歳唱和と相成っていた。 両側の人物たちも良識と見識と、そして計算高さを兼ね備えた老獪な人物達ではあったが、所属する、 国や組織の存亡、或いは未来と云う重圧を背負っての交渉を終えた開放感から、かなり暢気に宴席を 楽しんでいた――そんな訳では全然無かった。 確かに純度の高いアルコールを大量に摂取していては、判断力の低下はやむを得なかったが、無論、 殆どの人間にとって、それは演技だった。 これより長い付き合いとなる相手の気性を、本音を少しでも読み取ろうと仮面を被っていたのだ。 一部の人間は、本気の楽しんではいたが、ソレは、人選の段階で行われたカモフラージュであった。 本気で楽しんでいる人間を盾に、お互いを観察しあう。 それは正に、仮面舞踏会。 だが、そんな踊り続ける人々の輪の外で、少しだけ本音で話し合っている人間たちも居た。 方やロベルト。 そしてもう片方は、この場に居る唯一のダークエルフであるスティーブンだった。 「既にダークエルフが組しているとは思わなかったよ」 「我々は日本と云う大樹に拠らねば、もはや存続する事は難しいのさ」 2人の会話に、特にロベルトに緊張感は無い。 通俗的な意味合いに於いて、世界の裏側、血と暴力によって閉ざされた闇に居るとすら言われている ダークエルフを前にしてである。 腹が据わっているから、では無い。 この場で顔を合わせる前からの知己であったからだ。 992 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 44 52 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 2/3 2人が出会ったのはロベルトがまだ10代、駆け出しの冒険商人としてガルム大陸南方を旅していた頃の 事だった。 旅先の国でクーデター騒動に巻き込まれた時に、協力しあったのだ。 ロベルトは貴族の美姫の願いを聞いて、採算度外視で。 スティーブンは 大協約 の影響力の乏しい辺境での生活の糧として、貴族に雇われていたのだった。 最初は仲が良いとはとても言えなかった。 それでも、何度もの危機を乗り越えるうちに信頼関係を構築する事に成ったのだ。 それから既に10年近い月日が流れての再会だったが、友誼には些かの翳りも無かった。 「“帝國”では無く、か?」 「ああ。この国は“帝國”では無い。天皇陛下はいらっしゃるがな」 「そう言えばそうだな。立憲君主、ミンシュ主義と云う制度か」 「ああ。君臨すれども統治せずと云う事だ」 一度、拝謁に賜ったが、非常に感銘を受けたと口にするスティーブン。 調度の類には相当に金が掛けられている様子だったが、華美では無かった。 列強の王族と違い、誠に清貧だと。 「これだけの国家を支配しつつ、か」 ガルム大陸のみならず、交易商人として様々な列強の首都を訪れた経験を持っていたロベルトは、 呆れたように口を開く。 道こそ手狭な所もまま見られたが、天を支えるが如き巨大な建築物――ビルなるものが連り立つ様は、 どの様な列強でも見る事の無い光景であった。 大協約 最大の経済力を誇る、ロ-レシア王国の王都ですらも、これ程の威は無かった。 「そうだ。この国では貴族すらも力を持たない」 「………貴族がか。もったいぶって出てこないのかと思っていんだがな」 国家規模での交渉事である。 通常ならば、国家の中枢に居る支配階層たる王族か上級貴族が出て来るのが常だったのだ。 故にボルドー商人使節団は、平成日本も皇族ないしは上級貴族、あるいは最低でも男爵位を持つ人間が 交渉の席へと出てくるものと踏んでいた。 それが出て来なかったのだ。 ボルドー商人使節団は平成日本側の代表の肩書きを見て、自分たちは相手にされていないのでとの 危惧を抱いた程だった。 最も、その危惧自体は、実際の交渉を始めてみると霧散したのだが。 「違う。実権が無いからだ。いや、それどころか爵位すらも無いらしい」 「俄には信じられん話だよ」 国の中心に王がおらず、貴族すらも居ない。 F世界に於いて一般的な統治システムへのイメージを持つロベルトにとって、それは想像も出来ない 事だった。 だが否定的には思わない。 若くて柔軟なロベルトは、漠然とした形ではあったが、身分に囚われず、能力と努力とで偉くなれるのかと、 肯定的なイメージを抱いたのだった。 尤も日本の現実も、それ程に気楽な実力主義とは言い難い面があったが、それでも、この世界の 一般的社会とでは比べものにならぬ自由が存在していた。 「頑張り甲斐があるな、スティーブン」 「全くだよ」 平成日本は、絶対に楽園では無い。 だが同時に、絶対に煉獄では無い。 只の社会。 参加するものが働き、貢献し評価され、あるいは叱責される。 だがそれこそがダークエルフ族にとっては、楽園と同義語であった。 少なくとも、理由も無く追われる事は無いのだから。 993 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 45 24 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 3/3 ――2 無事、ボルドー商人との関係を持つ事となった平成日本。 ガルム大陸のみならず、 大協約 諸国の間でも有数の規模を持つボルドー商人の協力を得た事で、 日本の食糧調達計画は円滑に行われる事となった。 だがそれ以上に重要な事は、ボルドー商人の伝手を得て、 大協約 主要国家との外交交渉が、可能と 成った事だった。 無論停戦に伴って、 大協約 第7軍団を経由しての 大協約 中枢への外交アクセスは可能となっていたが、 それ以外にも個々の国家と外交チャンネルを開こうと云うのであった。 転移直後の混乱した状況下で行われた外交交渉とは違い、ボルドー商人とダークエルフ族の支援を 十二分に得て行われるのだ。 最初の時ほどに酷い事にはならないだろうなと思われていた。 「どうしても行われますか?」 その問い掛けに日本国総理大臣は見事な白髪の髪を撫でて、答える。 「当然だね。先ずは交渉を。それが日本の、憲法の精神の筈だよ」 改正された日本国憲法。 そこには自衛意外の全ての戦争の放棄が謳われ続けていたのだ。 確かに、如何に相手が敵意を持っているからとは云え、此方から交渉を途絶するのは、憲法の精神に 反するだろう。 「それに国民も納得すまい」 事実だった。 紙媒体のマスコミを中心に、日本の世論を動かそうとする主張が、その紙面を賑わかさせていたのだ。 最初の外交団が酷いこととなった理由は、お互いに混乱していたからでは無いか。 生活水準を向上させる為の技術協力を、もう少し大々的に行えば、話が通じるのでは無いか。 メクレンブルク王国での戦いで、此方の戦闘力を知った 大協約 側は、折れてくるだろう。 そもそも、暴力に訴えるのは程度が低い。為政者はもう少し努力をするべきだ。 等などと、である。 これらの意見が、世論の大勢を占める事は無かったが、かといって無視出来る程には小さく無かったのだ。 政府の総意としては、話せば判るとの意見は無意味であると云う方向で意思統一が成されていたが、 同時に外交チャンネルを開く事で、少しでも相互理解を出来る環境――戦争の偶発的発生する可能性を 下げる事の重要性も認識されているのだった。 又、中立国を増やすことで、その国々からの物資の輸入も検討されていた。 食料では無い。 タングステンに代表されるレアメタルに関してであった。 鉄などに関しては、ダークエルフ族やメクレンブルク王国などの協力もあって、非 大協約 加盟国との間で 交渉が始まっていたが、それだけで、平成日本の産業が必要とする全てを賄える訳ではなかったのだから。 出来る限り広域から。 その視点からも、外交交渉は重要であった。 如何に、平成日本の軍事力が隔絶しているとは云え、世界の全てを支配出来るのではないのだから。
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第36話 夜海のロウソク 1482年8月16日 ジェリンファ沖西南150マイル沖 午前2時 バルランド海軍第23艦隊に所属する巡洋艦ウォンクコーデは、隷下の巡洋艦1隻と駆逐艦6隻で、 輸送船14隻を取り囲みながら時速6リンルのスピードでジェリンファに向かっていた。 「この行程も、あと4分の1で終わりですな。」 ウォンクコーデの艦長であるルイック・リルク中佐は、副長の声を聞いて頷く。 「毎度の輸送任務とは言え、夜間の当直は疲れるな。」 リルク艦長は欠伸をかみ殺しながら副長に返事した。 バルランド王国は、陸路での兵員輸送の他に、定期的に海路での兵員、物資輸送を行っている。 毎度、輸送船の積荷は違ってくるが、大体が食料や大砲の弾薬、兵の甲冑や剣といった必要物資に、 500人から1000人単位の兵員をバルランド北部に送っている。 今回は、14隻中、5隻の輸送船には食料や弾薬、6隻には武器や医薬品、衣類等、3隻には合計で 1個連隊2200人の兵員と物資を乗せている。 この部隊はバルランド王国北部を守る第97軍団の増援部隊であり、到着後は97軍団に加わって シホールアンル軍に備える予定だ。 「眠気覚ましに、茶でも飲まんか?」 リルク艦長は、伸びた不精髭を撫でながら副長に聞いた。 「では、一杯いただきましょうか。」 「よし、分かった。従兵!眠気覚ましに茶を淹れてくれ。2杯だ!」 リルク中佐は従兵にそう告げると、従兵は艦橋の奥に引っ込んでいった。 間もなくして、従兵が茶を持って来てくれた。その時、艦隊司令官が艦橋に上がってきた。 「やあ諸君、おはよう。」 「おはようございます。といっても、まだ真夜中ですが。」 艦長は茶を飲みながら、司令官であるウォロ・ルークン少将に言った。 「おはようを言うには早すぎたかな。それよりも、わしも茶を一杯貰おうか。」 艦長は従兵に茶をもう一杯淹れてくれと頼んで、従兵はさっきと同じように奥に下がっていった。 「航海は順調かね?」 「ええ。いたって順調です。今日の正午までには、ジェリンファに到達するでしょう。」 「ふむ。それなら良いな。それにしても艦長、君はいい軍艦を欲しいとは思わないかね?」 「いい・・・軍艦ですか?」 ルークン少将の言葉に、リルク艦長は困惑した表情で反芻する。 「そうだ。我が海軍の艦艇は、シホールアンルやマオンドの艦と違って性能が低すぎる。 その気でかかれば、敵艦を叩き沈める事が出来るが、いつまでも性能の低い艦ばかりでは、 乗っている将兵に申し訳が立たない。」 バルランド海軍は、慢性的な艦艇不足に悩んでいる。 緒戦で少なからぬ艦艇を失っているバルランド王国は、以降のシホールアンル海軍との決戦を避けて艦艇を温存してきた。 しかし、性能はシホールアンル軍の軍艦に劣っており、上層部ではシホールアンル側の艦艇を上回る性能を持つ 艦の自己開発、又は購入を行おうと躍起になっている。 リルク中佐の指揮するウォンクコーデはレーダル級巡洋艦に属する。 性能は全長84グレル(168メートル)幅8.4グレル(16.8メートル) 基準排水量4300ラッグ(6450トン)速力は13リンル(26ノット) 武装は6.3ネルリ(16.1センチ)連装砲を3基6門積んでいる。 シホールアンル側のルオグレイ級や、旧式に分類されるオーメイ級にさえ太刀打ちできない。 駆逐艦のほうは14リンルまでしか速度が出せず、砲も3ネルリ砲4門しか積んでいない。 しかし、そのシホールアンル側はここ最近、バゼット半島の北側までしか艦隊の行動範囲を定めていないため、 半島の南側海域の制海権は南大陸軍が握っている。 そのため“安全海域”を航行する輸送船団は、順調に物資、兵員を運び続けていた。 「まあ、ここの海域は安全だからいいが、敵に立ち向かうとなれば、この艦ではやり合いたくないな。 せめて、アメリカ軍の持つニューオーリンズ級やブルックリン級を我が海軍にも欲しい物だ。」 ルークン少将はため息混じりにそう呟いた。 アメリカ海軍のこれまでの活躍は何度も聞いている。 ルークン少将は、ここ最近米海軍の巡洋艦、とりわけブルックリン級軽巡に惚れ込んでいた。 何よりも、シホールアンル側の巡洋艦を圧倒する15門の主砲に魅力的な発射速度、それに意外に頑丈な艦体。 彼にとっては、まさに理想の巡洋艦であった。 「司令官、ここ最近はシホールアンル側は表立った行動を見せていませんが、司令官はどう思われます?」 艦長の質問に、ルークン少将は肩をすくめた。 「さあ。私はシホールアンルの軍人じゃないから、あまり分からんよ。だが、私の意見からすれば、不気味だな。」 「不気味・・・・ですか?」 リルク艦長の言葉に、ルークン少将は頷く。 「本来ならば、奴らは必ず動き出す。陸か、海で。今までそうしてきたのに、あの4月の攻勢失敗以来、 シホールアンルは目立った動きを見せていない。つい最近は、ヴェリンス共和国に攻勢を仕掛けて、 領土を完全に分捕ったが、そのままミスリアルに雪崩れ込むと思ったら、何故か国境線でピタリと止まった。 そこが、私には分からん。」 ルークン少将は顔をしかめながら言う。 彼としては、ここ最近のシホールアンル側の動きが鈍い事に、彼らの意図を分かりかねていた。 彼のみならず、南大陸連合軍首脳部や、果てはアメリカ南西太平洋軍司令部までも、あれこれ予想は立ててみるのだが、 いずれの首脳部も、頭を悩ませていた。 「まっ、前線の一指揮官が、あれこれ考えても仕方あるまい。今は、この輸送任務を無事終わらせる事に集中するのみだ。」 そう言って、ルークン少将は艦長の肩を叩く。 「所で艦長。君にはジェンリファで、馴染みの者が居ると聞いたが?」 ルークン少将は人の悪い笑みを浮かべながら、リルク艦長に聞いた。 リルク艦長はなぜか気まずそうな表情を滲ませる。 「どうしてそのような事を聞かれるので?」 リルク艦長は苦笑しながらルークン少将に言った。その時、 「未確認艦、本艦隊に接近!」 突然、艦橋に飛び込んできた緑色の軍服を付けた将校、魔道将校が彼らに報告して来た。 「未確認艦だと?位置は?」 すかさず、リルク艦長が聞き返した。 「はっ。反応は本艦隊より北北西方面、距離は9ゼルドです。」 「9ゼルド?馬鹿に近いな。」 リルク艦長は顔を険しくしてそう呟いた。 突然、砲声が轟いた。 「!?」 リルク艦長とルークン少将は顔を見合わせた。 「司令官!」 「て、敵だ!」 ルークン少将は慌てふためいたように叫んだ。その直後、上空に赤紫色の光が、ぱあっと煌いた。 この照明弾の色は、シホールアンル軍の使う照明弾の物だ。つまり、 「シホールアンル軍だ!全艦戦闘用意!」 ルークン少将は声をわななかせながら命令を発した。 ウォンクコーデの艦内で鐘の音が鳴り響き、眠っていた乗員達が飛び起きた。 「敵艦隊発見!これより戦闘に移る。総員、戦闘配置につけ!」 艦長の鋭い声音が伝声管を伝って艦内に響いた。誰もが仰天しながら、それぞれの配置に付いて行く。 「これより、第23艦隊は敵艦隊を迎撃する!輸送船団は全速力でジェリンファに向かえ!」 艦橋では、ルークン少将が魔道将校に、指揮輸送船に送る魔法通信の内容をメモに取らせている。 「取り舵一杯!」 艦長の指示に従い、ウォンクコーデの艦体が左に振られていく。 輸送船の周囲から離れた寮艦がウォンクコーデの後方に着き始めたとき、敵艦隊が砲撃を開始した。 砲弾は、ウォンクコーデの左舷側海面に落下し、水柱が吹き上がった。 ウォンクコーデが、敵と反航戦の態勢を取った時、艦長は命令を下した。 「目標、敵1番艦、撃ち方はじめ!」 リルク艦長が命じ、ウォンクコーデが前部4門の主砲を放った。 弾着を確認する前に、敵艦隊から第2射が放たれる。 ウォンクコーデの右舷側海面に水柱が立ち上がる。水柱の本数は軽く10は超えていた。 互いに高速のまま、距離を詰めていく。 ウォンクコーデが4回目の斉射を行った時、周囲に水柱が立ち上がり、次いで被弾の衝撃が艦体を揺さぶった。 「中央部に命中弾!」 伝声管から乗員の悲鳴じみた報告が届いた。 「こっちはまだ夾叉も得ていないと言うのに。」 ルークン少将は歯噛みしながらそう呟いた。 ウォンクコーデが第5射を放つが、その10秒後に飛来してきた敵弾が周囲に落下し、うち数発がウォンクコーデを打ち据えた。 「第3砲塔被弾!砲塔要員全員戦死!」 「後部艦橋に命中弾、死傷者多数、衛生兵をよこして下さい!」 悲痛めいた報告が、次々と送られてくる。その時、魔道将校が青ざめた顔つきで艦橋に現れた。 「敵艦隊の陣容は、巡洋艦5、駆逐艦12です。」 「なんだと?」 ルークン少将は、敵の余りの多さに愕然とした。 第23艦隊の持ちえる艦は、巡洋艦2、駆逐艦6である。それに対し、敵は2倍の戦力でこっちに向かって来た。 それも、敵艦はいずれも、こちら側の艦の性能を凌駕している。これでは、到底勝ちようが無い。 「おのれぇ・・・・徹底的に殲滅する腹だな・・・・・・だが、」 ルークン少将の目に、狂気めいたものが混じった。 「ただではやられん!面舵一杯!敵艦隊の針路を塞ぐ!」 彼の命令の下、ウォンクコーデ以下8隻のバルランド艦隊は、やや間を置いた後、ウォンクコーデを順番に敵の針路を塞ぎにかかった。 回頭中にも、敵艦隊の砲撃は止まない。回頭しようとした駆逐艦が1隻、7.1ネルリ弾を2発食らった。 2発のうち、1発は艦首の喫水線に命中し、艦首の下側部分を大きく食い千切って海水が艦内に侵入し、スピードがみるみるうちに衰えた。 慌てて、後続艦が避けようとするが、時既に遅し。 大音響と共に、損傷した駆逐艦の後部に激突し、完全に停止してしまった。 そこに、敵駆逐艦の砲弾が殺到する。 たちまち、多量の砲弾を叩きつけられた不運な駆逐艦2隻は、短時間で燃える松明に変換させられた。 そして、シホールアンル艦隊はルークン少将の決意を嘲笑うかのように、先頭の2隻だけを回頭させ、 同航戦の態勢を整えて、残りは輸送船団に向かわせた。 「我々を素通りするとは!全力で持って叩きに来い!この腰抜けめが!!」 ルークン少将は、第23艦隊を迂回して輸送船に向かっていく残りのシホールアンル艦に罵声を浴びせる。 「艦長!こうなったら」 彼はリルク艦長に新たな指示を下そうとした時、敵艦の砲弾が落下してきた。 その中の1弾は、艦橋を直撃し、艦橋に詰めていた者全てを戦死させた。 護衛艦8隻が海の松明と化して10分後、別の海域でも火の手が上がり始めた。 炎はぽつ、ぽつ、と。 それはロウソクに火をともすように増えていき、最初の火の手が上がって10分後には14の炎が海上でゆらめいていた。 遠めで綺麗に写ったそのロウソクの火は、さほど間を置かずにぽつぽつと消え始めた。 1482年8月18日 バルランド王国ヴィルフレイング 午前8時 ヴィルフレイングの一角にある木造の2階建ての建物。 その中にある南太平洋部隊司令部で、5人の男たちは額を寄せ合って地図を睨んでいた。 「ここで、輸送船団は襲われたと言うのだな。」 男の中の1人。南太平洋部隊司令官、チェスター・ニミッツ中将は地図のとある一点を指差した。 その点。バルランド王国領ジェンリファから南西150マイル沖に付けられた罰印。 この罰印は、16日未明、シホールアンル艦隊の突然の襲撃で全滅させられた、バルランド軍護送船団が進んでいた位置だ。 「バルランド側は、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻で輸送船14隻を護衛していたようです。バルランド側の報告では、 午前2時の定時報告を最後に連絡が途絶え、翌17日ジェリンファの海岸で沈没船の残骸が漂着しているのを 現地の部隊が確認したようです。今もって護衛艦、輸送船の1隻も入港しない事から、敵艦隊に1隻残らず 沈められたものと判断します。」 参謀長のスプルーアンス少将は、怜悧な口調で説明した。 「巡洋艦2隻、駆逐艦6隻の護衛艦隊を沈めるには、最低でも巡洋艦3、4隻、駆逐艦8から10隻は必要です。 バルランドの護送艦隊は最低でも巡洋艦4隻、駆逐艦10隻程度の敵艦隊に襲撃されたものと推定します。」 作戦参謀のポール・ルイス中佐がスプルーアンスに代わって説明する。 「その事からして、この敵艦隊はバゼット半島を大きく迂回してから、この輸送船団を襲撃したのでしょう。」 「解せんな。」 ニミッツは首を振った。 「なぜ敵は遠出までをして輸送船団を襲ったのだ?確かに、バルランド海軍はシホールアンルよりは装備が劣るが、 制海権は我が方にある。太平洋艦隊の空母部隊も幾度と無くこの海域に進出して警戒に当たっていた。 敵にとってはあまり踏み込みたくない海域なのに、どうしてこのような危険な事をするのだね。」 「恐らく、味方の士気向上のためではないでしょうか?」 スプルーアンスが言って来た。 「ここ最近、シホールアンル側は目立った勝ち戦をやっておりません。そのため、前線の将兵の士気が落ちてしまった。 そこで、一見大博打のような作戦を立ててそれをやった。と、私は思います。あるいは」 スプルーアンスは、視線をジェリンファ沖から、何故かヴィルフレイングに向ける。 「何かを誘っているのか・・・・・」 その言葉に、ニミッツが反応する。 「何かを誘っている、か。レイ、誘っているとは、つまり我々の事かね?」 スプルーアンスは無言で頷いた。 「最新のスパイ情報では、今の所、敵の竜母部隊はエンデルドに留まっていますが、戦艦が、2、3隻ほど足りぬようです。」 「戦艦が2、3隻ほどか。参謀長、もしこのような輸送船団を殲滅する場合、攻撃側は高速艦で目標を攻撃するだろう?」 「そうです。敵の竜母はエンデルド、しかし、7隻いたはずの戦艦が2、3隻足りぬとなると、シホールアンル側は 襲撃艦隊に戦艦を組み込んでいる可能性があります。その敵戦艦は、27、8ノットの速度が出せるオールクレイ級でしょう。」 「と、なると。バゼット半島の南海岸沖には、戦艦を含む敵艦隊がうろついていると言う訳か。」 ニミッツは気難しそうな表情を浮かべる。 「バルランド側から護衛に関して、何か言ってきそうだな。」 「護衛任務に関して、ですな。」 情報参謀のバイエル・リーゲルライン中佐が発言する。 「そうだ。バルランド海軍の艦艇は、南大陸の中では一番の性能だが、シホールアンルやマオンド海軍の艦艇に 比べたら性能は低い。そのため、バルランド側が護衛に関して何か言ってくるかもしれん。私としては、 少々気が乗らんのだが。」 「もしかして、司令官はバルランド海軍の事を気に成されているのでしょうか?」 リーゲルライン中佐の質問に、ニミッツは頷いた。 「我々が頼りになるのはいい事だが、この国の軍は貴族の影響力が高い。そのため、我々が活躍する度に またぞろ訳の分からん事を言ったりするかもしれん。」 「つまり、嫉妬・・・・ですな?」 スプルーアンスの言葉に、ニミッツは大きく頷いた。 「そうだ、レイ。だが、嫉妬を抱くのは仕方なかろう。本来、主役であった彼らは、突然転移してきた我々に 活躍の場を奪われたのだ。嫉妬を抱く者が出てきても、仕方あるまい。話はずれたが、今後はバルランド側の 要請があった時に、どの任務部隊にどの艦を付けて送り出すか、それを今から話し合おう。」 ニミッツがそう言った直後、作戦室に通信将校が現れた。 「ニミッツ司令官。バルランド軍上層部から船団護衛を要請したいとの報告が入りました。」 通信将校が持っていた紙の内容を読み上げた後、ニミッツ中将はほら来たとばかりに苦笑した。 「早速、お呼びがかかったな。」 ニミッツ中将は、スプルーアンス参謀長に意味ありげな口調で言った。 翌日午後2時、ニミッツの姿は、再びヴィルフレイングにあった。 「諸君、バルランド側は我が太平洋艦隊に対して、船団の護衛を要請してきた。出発は2日後の早朝だ。」 「取り決めが早いですな。」 スプルーアンス少将は眉をひそめながら言う。 「つい2日前に、船団全滅の憂き目を見たというのに、それでもバルランド側は船団輸送を強行するのですか。」 「前線部隊の士気を下げぬ為には、物資補給は大事であると言われたよ。インゲルテント将軍は、なかなか強かな人だ。」 ため息混じりにニミッツはそう言った。 「決まったからには仕方ない。レイ、現在出港できる艦隊は?」 「キッド提督の第2任務部隊はすぐにでも出港できます。それから4日後には、第17、14任務部隊が整備と補給を 終えて西海岸に向かう予定です。」 ヴィルフレイングには、現在第2任務部隊と第14、17の任務部隊が待機している。 ハルゼーの率いる第16任務部隊は、東海岸沖を北上して敵の警戒に当たっている。 このうち、第2任務部隊は既に出撃準備を整えており、2日後の出港は可能である。 「第2任務部隊の編成はどうなっている?」 「第2任務部隊は、戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニア、重巡ニューオーリンズとアストリア、駆逐艦16隻で編成されています。」 「巡洋艦が足らんな。他の戦隊から2隻、巡洋艦をTF2に回そう。」 「TF15のサラトガは今整備中で港内から動けません。ですので、TF15から巡洋艦を2隻ほど回してはどうでしょうか。」 「そうだな。では、それでいこう。TF2に回す巡洋艦は・・・・」 ニミッツは考えた。TF15に所属する巡洋艦は重巡洋艦のサンフランシスコと軽巡ボイス、ホノルル、アトランタである。 もし、敵が水上艦艇で押せば、手数の多いボイス、ホノルルが最も役に立つであろう。 しかし、万が一の事も考えて、アトランタ級も加えた方が良いか? しばらく黙考したあと、ニミッツは決断した。 「ボイスとホノルルにしよう。それから、万が一の事も考えて、護衛空母のロング・アイランドと水上機母艦のラングレーを加えよう。 これなら、敵艦隊がどこにいようが、日中の間はラングレーの索敵機で常に、艦隊の周囲を警戒できる。」 「では、司令官。TF2司令部にはホノルルとボイス、ロング・アイランドとラングレーを加えると伝えます。」 スプルーアンスの言葉に、ニミッツは頷いた。 「TF14のレキシントンとTF17のヨークタウンの航空兵力は、今の所どうなっている?」 ニミッツ中将は航空参謀のエディ・ウィリス中佐に聞いた。 「両艦とも、戦闘機はこれまでの戦訓から、ほぼ半数近くか、半数以上を積んでおります。これにドーントレスやアベンジャーを 通常編成で乗り組ませてあります。両任務部隊の搭乗員の技量は相当向上しております。」 「ヨークタウンとレキシントンのパイロットは他艦と比べると新人の比率が多いからな。今は敵さんの竜母がエンデルドに 留まっているからいいが、対機動部隊戦闘になった場合は少し不安だな。」 2ヶ月前までは、ヨークタウンとレキシントンのパイロットはほぼベテランが占めていた。 しかし、本国での搭乗員大量養成がスタートすると、教官不足が生じてきた。 海軍上層部は実戦経験のある母艦航空隊から搭乗員を引き抜いて、教官配置に付かせたが、ヨークタウンとレキシントンでは、 引き抜かれた搭乗員が他艦より多かった。 今は配属されてきたばかりの新人が、その穴を埋めているが、実戦経験の無い搭乗員がどこまでやれるか。 ニミッツ中将はその事にやや不安に感じている。 「下手糞でない事は確かです。使えますよ。」 ウィリス中佐は自信ありげな口調でニミッツに語りかけた。 「そうだな。さて、まずは第2任務部隊を出港させて、グレンキアの近海でバルランド軍の輸送船団と合流させよう。」 ニミッツ中将はそう言って、艦隊の派遣を決定した。 その翌日、第2任務部隊は予定よりも早くヴィルフレイングを出港、一路西海岸へと向かった。 3日後にはTF14とTF17が後を追う予定である。
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第287話 狭間の国の使者 1486年(1946年)2月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル シホールアンル帝国首都ウェルバンルの北1ゼルドのホメヴィラと言う集落に差し掛かった馬車は、そこで首都方面より 出てくる避難民の群れに巻き込まれた。 それまで快調に進んでいた馬車は急に速度を緩め始め、程無くして止まってしまった。 「特使殿!申し訳ありませんが、しばらく通りの流れが悪くなります!」 御者台に座る男が、内装の施された車内に向けてそう伝える。 馬車に乗る2人の男は、それを聞いても特に気にする様子は無かった。 「相分かった。道を行く民に気を付けながら動かしてくだされ」 黒い三角状の帽子を被った2人の男の内、茶色を基調とした、特徴のある服装をした男が顔に笑みを交えながら、御者にそう返す。 「了解いたしました」 返事を聞いた御者は、そのまま前に向き直った。 もう1人の男は、一旦窓に顔を向け、複雑そうな表情を浮かべてから、仕えている彼に顔を向ける。 「若殿、見て下さい。シホールアンルの民が大勢、家財道具を抱えて都から逃れております……ウェルバンルは、シホールアンル随一の都の筈ですが」 「うむ……やはり、見通しが暗いのであろうな」 若殿と呼ばれた男は、鼻の下に整えた髭を触りつつ、付き人である彼に言う。 若殿……もとい、イズリィホン将国特別使節であるホークセル・ソルスクェノは、特に何も感じていないような口調で部下に言いはしたが、 彼も内心では、世界一の超大国であるシホールアンルで見るこの光景に、心の中で驚きを抱いていた。 「となると……幕府上層部はやはり、この国を」 「クォリノよ。ここはこれぞ……?」 彼は、クォリノと言う名の付き人に対し、自らの口の前に人差し指を置いた。 特別使節補佐兼、ソルスクェノの付き人であるクォリノ・ハーストリは、それを見て軽く咳ばらいをした。 「は、少し口が過ぎましたな」 「とはいえ、そちがそう思うのも無理からぬ事だ。幕府の言う事も、ようわかる」 ソルスクェノは、先日受け取った本国からの通信を思い出し、頷きながらそう言う。 「しかし、これでイズリィホンに戻れますな。実に6年ぶりでございますか……大殿や奥方様も、今頃は首を長くして待っておられる事でしょう」 「おいおい、気の早い奴よ」 ハーストリの言葉に、ソルスクェノは思わず苦笑してしまった。 2人は雑談をかわして暇を潰していくのだが、馬車は避難民の列に引っ掛かったまま、思うように進まなかった。 そのまま10分程過ぎた時、それは唐突に始まった。 馬車の外から、急に異様な音が響き始めた。 「これは……」 「若殿!」 ハーストリは、血相を変えてソルスクェノと目を合わせた。 「くそ!こんな時に空襲警報か!!」 御者台にいた国外相の男が苛立ち紛れに叫びながら、馬車を道の脇に止める。 そして、慌ただしく御者台から降り、馬車のドアの向こうから避難を促した。 「特使殿!空襲警報が発令されました!これより最寄りの退避所まで走りますので、馬車から出て下さい!」 2人は、互いに目を合わせたまま頷くと、ハーストリが先に立って、ドアを開いた。 周囲にいた人だかりは、突然の空襲警報にパニック状態に陥っていた。 そこに現れた2人は、一瞬ながらも周囲の注目を集めた。 視線が集中するのを感じた2人は、半ば恥ずかしい気持ちになるが、それも空襲警報のサイレンと共にすぐに消えうせた。 「さあ、こちらへ来てください!」 2人は、御者の男に先導されながら、待避所まで走った。 程無くして、官憲隊が開放してくれた半地下式の防空待避所の傍まで走り寄った。 「来たぞ、あれだ!」 官憲隊の若い男が、空を指差しながら叫んだ。 ハーストリとソルスクェノは、男の言う方向に目を向ける。 冬晴れと言える心地の良い青空には、南の方角から無数の白い線が伸びつつあり、それはウェルバンル方面に向かいつつあった。 彼らは知らなかったが、この時、南方より出現したB-36爆撃機40機が、首都周辺に残存する戦略目標を叩く為、 飛行高度14000を保ちながら目標に接近しつつあった。 「あれが、音に聞こえるアメリカと言う国の……」 「特使殿!まもなく敵の爆撃が始まります。急いで中に!」 「う、うむ!」 ソルスクェノは、御者に勧められるがまま中に入ろうとしたが、何かを思い出し、その場に踏み止まった。 「クォリノ!例の物は持っているか!?」 「若殿!抜かりなく!」 ハーストリは、背中に抱いた貢ぎ物をソルスクェノに見せた。 「よろしい!中に入るぞ!」 空襲警報のサイレンを聞きながら、2人は待避所の中に入っていった。 内部には、既に避難してきた住民が溢れんばかりに入っており、2人は御者と共に、窮屈な中で爆撃が収まるのを待ち続けた。 どれほど待ったのかは判然としなかったが、唐突に大地が揺れ動き、次いで、轟音が響くと、ソルスクェノは自らの鼓動が急に 高まるのを感じた。 伝わって来る衝撃は大きく、待避所の内部が揺れ動くたびに、天井の埃が上から落ちてくる。 (これが、空襲という物か……なんて恐ろしい物じゃ) ソルスクェノは心中で、恐怖を感じていた。 祖国イズリィホンでは、名のある武家の後継ぎとして多くの事を学び、その中でも武芸の類は小さい頃から習得に励んできた事も あって、どのような状況においても冷静になれるとの自負があった。 だが、今……ソルスクェノは、異界の国が作った、戦略爆撃機の空襲から逃れ、どこかで炸裂する爆弾の振動や衝撃に体を小さく して堪えるだけだ。 昨年12月のウェルバンル空襲も、彼は自らの目で見、計り知れない衝撃を受けたが、あの時は遠巻きに見ているだけであり、 危険範囲内にはいなかった。 しかし、今は違う。 今日体験する爆撃は、自分達も巻き添えを受けた物だった。 唐突に、一際大きな爆発音が響き、待避所内がこれまで以上に大きく揺れた。 中では悲鳴が起こり、赤子の鳴き声も響く。 (爆撃という物は、やたらに外れ弾が出るとも聞いている。という事は、わしが隠れているここに爆弾が落ちるという事も……) ソルスクェノはそう思うと、背筋が凍り付いた。 実際、過去の爆撃では、防空壕や待避所に爆弾が直撃し、多数の民間人が死亡した事例も発生している。 彼は、爆弾炸裂に伴う揺れが続く中、ただひたすら、自分達が生き残る事を祈り続けた。 それから20分後…… 真冬であるにもかかわらず、大勢の人で詰まった待避所の内部は暑苦しかった。 しかし、空襲警報解除の報せが伝えられると、2人はようやく外に出る事ができた。 「ふぅ……全く、肝を冷やしますな」 ハーストリは、額の汗を拭いながらそう言うが、隣のソルスクェノは、ある方角を見たまま立ち止まってしまった。 「……若殿。如何なされました?」 「クォリノよ……武士という者は、死を恐れてはならぬと古来より教えられている物じゃが……」 彼は目を細めながらクォリノに言いつつ、北の方角に右手を伸ばした。 その方角からは、幾つもの黒煙が立ち上っている。 「手も足も出ぬまま、空から一方的に狙われるのは恐ろしい物だ。見よ、あの惨状を」 「確か……そこにはさほど大きくはないとはいえ、この国の工場が幾つか建てられておりましたな」 「高空から来た爆撃機とやらは、どうやら、あの工場を叩いたそうじゃな。クォリノよ……この惨状を見て、そちはどう思う?」 「は………幕府上層部のご指示は、正しかったと思われます。あの煙の下には、工場だけではなく、民の暮らす家々も数多にあったはず…… 恐らくは、上方も、我々が巻き添えを食らう事を恐れて」 「ふむ……わしは、もっと見たかったのだが……この国の行く末を……のう」 彼は、懐から扇を取り出すと、それを広げて自らの顔に向けて仰ぐ。 「特使殿!敵の爆撃機は退避行動に移りました。国外相へ移動を再開いたします故、馬車へお乗りください」 「うむ、それでは」 御者に勧められると、ソルスクェノはパチンという小さな音と共に扇を閉じ、袴の内懐に収めた。 程無くして、馬車に戻ると、御者が扉を開けて2人を招き入れた。 御者は扉を閉めながらも、上空に顔を向け、苛立ったような表情を見せた。 高空には、無数の白いコントレイル(飛行機雲)がまだ残っており、そのやや下では、高射砲の炸裂した黒煙が見える。 その下の空域には、迎撃に向かった10機前後のケルフェラクが編隊を維持しながら、魔道機関特有の爆音を響かせて飛行していた。 「畜生!届かない高射砲を撃ちまくって、敵の高度に辿り着けない飛空艇は遊覧飛行をするだけか……!」 御者は苛立ち紛れにそう吐き捨てながら、御者台に座って馬を前進させた。 午前8時45分 首都ウェルバンル 国外省 国外相の正面前まで辿り着いた一行は、職員の案内を受けながら、館内の応接室前まで歩いた。 2人は、袴に頭に付けた烏帽子といった、シホールアンル国内では滅多にお目に掛かれないイズリィホン国武士が身につける服装のため、 国内省の面々からは道中、注目を集めていた。 応接室前まで到達した2人は、ふと、部屋の内部から荒々しい声が響いているのに気付いた。 「ん……?若殿」 「ああ、何やら聞こえるが……」 2人は小声で言い、互いに頷き合うと、そのままの態勢で室内に聞き耳を立てる。 「敵機動部隊がまた首都方面に接近しつつあるだと!?それで、また退避命令か!」 「前回のように、官庁街に敵の艦載機が向かってくる可能性もあります。ここは軍の指示通りにされるのが良策かと」 「く……仕方ない。私はこれから大事な客人と合わなければならん。今は軍の指示通りに動く事にし、後に詳細を詰める事にする」 「了解いたしました」 部屋の中から聞こえる会話はそれで終わり、程無くしてドアが開かれた。 中から、職員と思しき男が会釈しながら退出し、かわって、2人に付き添っていた職員が手をかざして入室を促した。 「お待たせいたしました。どうぞこちらへ……」 2人は入室すると、居住まいを正したグルレント・フレル国外相が満面の笑顔を浮かべて出迎えた。 「これはこれは、ソルスクェノ特使!お久しぶりでございます」 「国外相閣下、お久しゅうございます。国外相閣下におかれましては、お変りも無く」 ソルスクェノとフレルは、挨拶を行いつつ、固い握手を交わした。 「ささ、どうぞこちらへ」 フレルは、室内のやや奥に置かれた2つのソファーの内の1つに2人を座らせると、彼はその対面に座った。 「いやはや、こうしてお顔を合わせるのは、実に2年ぶりになりますかな」 「は。その通りです。それがしも、あの日からもう2年経ったのかと、いささか驚いております」 「もう2年……短いようで長い。しかし、長いようで短いのか……まぁそれはともかく、敵爆撃機の襲来もあるこの情勢の中、 使節館より足を運ばれて頂いた事に、心から感謝しております」 フレルは感謝の言葉を述べてから、本題に入った。 「さて、本日お二方にお越し頂きましたが、あなた方から直接、私にお話ししたい事があると聞き及んでおります。そのお話したい事とは、 一体何でしょうか?」 「は……先日、幕府外務所より命令を承りました。その命令でありますが……それがしは使節館の共を率い、此度の任期満了を待たずして イズリィホンに帰還せよ、との命令をお受けいたしました」 ソルスクェノは懐から、白い包みを取り出し、それをフレルに手渡した。 フレルは、それを両手で取ると、包みを開き、その中にある折り畳まれた白い紙を開いて、黒い墨で書かれた文字をゆっくりと呼んでいく。 書かれた文字はシホールアンル語である。 「なるほど。つまり、離任の挨拶に参られた、という事ですな……」 文を読み終えたフレルは、しばし黙考する。 「貴国外務所の判断は正しいと、私も思います」 彼は顔を上げてから、ソルスクェノにそう言った。 「我がシホールアンル帝国は、不本意ながらも、南大陸連合軍相手に不利な戦を強いられています。貴方達も、昨年12月に起きた首都空襲や、 断続的に行われている、首都近郊の戦略爆撃は目にしておられる筈です。その現状を知った貴国上層部が帰還命令を出すのは当然の事であると、 私は思います」 「国外相閣下。我が祖国イズリィホンとシホールアンルは300年の間、友好国として関係を深めてまいりました。いずれは、軍事同盟を結び、 戦の際は迷う事無く陣に赴き、ともに轡を並べて、雄々しく戦場を駆け抜ける事を夢見ておりました。ですが、それも叶わず……終いにはこのような 事に至り、面目次第もござりません」 ソルスクェノは、沈痛な面持ちで謝罪の言葉を述べる。 だが、フレルは頭を左右に振りながら口を開いた。 「いえ、それは違いますぞ、特使殿。この度の現状は……いわば、シホールアンルに対する罰なのです。そう……業を背負いすぎた偉大なる帝国が 受ける罰です。ですが、友好国の使節の方々にまで、我が国はその罰の巻き添えを負わそうとしている。特使殿、あなた方は悪くありません。 むしろ、悪いのは……このシホールアンルなのです」 彼は深く溜息を吐く。 「思えば、シホールアンルは北大陸を統一した時点で、歩みを止めるべきだったのかもしれません。ですが、それだけでは満足できずに、更にその 先へと足を運んだ。そして、行きつく先がこの現状となるのです。貴国上層部の判断は正しい。私は……その判断を尊重いたします」 「国外相閣下……」 ソルスクェノは顔を上げて、フレルを見つめる。 柔和な笑みを浮かべるフレルには、前回会った時に感じた刺々しさは完全に失せており、今では顔全体に疲れが滲んでいるように見える。 傍から見ても、フレルが内心苦悩している事が容易に想像できた。 「……わがイズリィホンが、貴国との友好関係を結んだのは今から300年前。きっかけは、沖合で難破した貴国の船の乗員を、イズリィホンの民が 救助した事でございました。以来、イズリィホンとシホールアンルの関係は深まり、様々な面でご支援を賜ってまいりました。それがしも、この国に 来てから多くの事を見て学び、各所で見聞を広めてまいりましたが、ただただ、シホールアンルと言う国の大きさに圧倒されるばかりでした。 そのシホールアンルが、異世界から来たアメリカと言う名の国に追い詰められつつある……それがしは、今もその事が夢のようであると思うております」 「若殿……」 ソルスクェノの言葉に含まれていたある部分に、ハーストリは血相を変えた。 彼は慌てて何かを言おうとしたが、それを察したフレルが片手を上げて制した。 「ハーストリ殿。大丈夫ですぞ」 「国外相閣下……!」 フレルは、何故か清々しい表情を浮かべていた。 「さすがは、イズリィホンの中でも有数の武家であるソルスクェノ氏のご子息だ。次期棟梁と呼ばれるだけあり、やはり聡明なお方ですな。 南大陸軍が実質的に、アメリカ軍が主導している事もご存じのようで」 「は……それがしの知識は、風の噂を聞き続けた程度ではござりますが……その噂の中でも、アメリカという国に関する噂は興味が尽きませぬ。 あれほど、烏合の衆とまで呼ばれた南大陸連合の軍勢が、何故、再び息を吹き返し、この北大陸に押し掛けて来たのか。そして、その軍勢に多くの 戦道具を与えながらも、自らの軍にも十分な武具を揃える事ができる、その力……!」 ソルスクェノは次第に語調を強めていく。 「それがしは、その果てしない力を持つアメリカを知りたいと、心の底から思うております。狭間にあるイズリィホンの将来の為にも」 「なるほど……しかし、イズリィホンは尚武の国。これまでに、フリンデルドを始めとする諸外国の侵攻を全て阻止した実績があります。 貴国の軍は強く、数も多いと聞く」 「軍は確かに強い。されど、過去のそれは、島国という特徴を活かした事で得た勝利でもあります。兵の扱う武器は依然として、旧態依然とした ままでございます。もし、イズリィホンがアメリカと戦を行えば……」 ソルスクェノは、しばし間を置いてから言葉を続ける。 「国は一月と持たずに、アメリカに攻め滅ぼされる事になりましょう」 その言葉を聞いたフレルは、ソルスクェノに半ば感心の想いを抱く。 同時に、あの時……シホールアンルにも彼のような冷静さと、探求心があればという、強い後悔の念が沸き起こった。 「今の所、イズリィホンは貴国のみならず、200年前は敵であったフリンデルドとも国交を結び、よしみを深めてまいりました。しかし、 国際情勢という物は移り変わりがある物でございます。今こうしている間にも、イズリィホンを取り巻く環境は変わりつつあると、考えております」 「……正直申しまして、特使殿の考えはよく理解できます。思えば、私も特使殿のように、よく考え、良く判断できれば……と思う物です」 フレルが言い終えると、ソルスクェノは無言で頭を下げた。 顔を上げた彼は、改まった表情を浮かべながら口を開く。 「幾ばくかお話が長くなり、申し訳ございませぬ。さて、此度の儀につきましては、ご多忙の中お会いして頂き、感謝に耐えませぬ」 「いえ。こちらこそ、空襲警報が鳴る中、郊外より端を運んで頂いた事には、深く感謝しております。特使殿、この離任の挨拶の後ですが、国を 離れるのはいつ頃になられますかな?」 「準備が出来次第、早急に移動するように言われております故、さほどを間を置かぬ内にお国を離れるかと思います」 「それがよろしいでしょう」 フレルは顔を頷かせながら相槌を打つ。 「軍の情報によりますと、敵の機動部隊がシギアル沖に向かっているようです。昨年12月のような大空襲も予想されますので、なるべく早い内に、 首都を離れられた方がよろしいでしょう……それから、お国の帰還船はどちらから出られますかな」 「予定では、北西部の一番北にあるミロティヌ港で船に乗り、祖国へ向かう事になっております。万が一の場合を避けるため、ルィキント、 ノア・エルカ列島付近は大きく北に迂回する航路を取る予定になっております」 一瞬、フレルは眉を顰めたが、すぐに真顔になって頷く。 「アメリカ海軍は北西部沿岸部のみならず、同列島の中間地点にも潜水艦を差し向けておりますからな。妥当な判断と言えるでしょう」 「は……それでは国外相閣下。それがしはこれにて帰国いたしまするが、最後にお渡ししたい物がございます」 ソルスクェノは隣のハーストリに目配せする。 ハーストリは傍らに置いてあった、紫色の棒状の包みを手に取ると、それを両手でソルスクェノに渡す。 ソルスクェノも両手で受け取ると、ゆっくりとした動作で、フレルに差し出した。 「これは……?」 「貢ぎ物でございます」 フレルは困惑しながらも、恐る恐ると手に取った。 包みを取ると、中には剣が入っていた。 剣は、柄に質素ながらも、白と茶色の模様が付いており、それは半ば湾曲していた。 イズリィホンの特徴である湾曲した剣は、イズリィホン軍の将兵の主要武器として採用されており、その切れ味は他に類を見ないと言われている。 鞘から剣を抜くと、銀色の刃が現れる。 剣は光に反射して美しく光り、その滑らかな刃は、長い時間見つめても飽きを感じさせないような気がした。 「これを、私に……?」 フレルの言葉に、ソルスクェノは無言で頷く。 噂では聞いていたイズリィホンの太刀を、初めて間近で見たフレルは、その美しさに見とれていたが、程無くして我に返り、剣を鞘に納めた。 「よろしいのですか?このような、立派な剣を……」 「構いませぬ」 ソルスクェノは微笑みながら言葉を返す。 「その剣は……太平の剣と呼ばれた物でございます。わがソルスクェノ家伝来の剣で、父上から餞別として譲り受けたものですが……その剣が 作られたのは、今から300年程前でございます。作られた当時、ソルスクェノ家は田舎の小さな一豪族にしか過ぎませんでしたが、それ以降、 我が一族は幾つかの戦乱を経て、今日のように幕府の要職を任されられる程の大名にまでなりました。その時の流れを、代々の当主と共に経て来た この剣ですが……実を言いますと、この剣は人を斬った事が一度もないのです」 「なんと……」 その信じられない事実に、フレルは目を丸くしてしまった。 「し、しかし……この剣は当主に代々受け継がれてきた物だと……」 「それがしはそう申しました。ですが、この剣は不思議と、戦場において抜かれる事がなかったのでございます。ある時は、敵の軍勢が逃げてしまい、 戦が終わった。ある時は、戦が始まる前に敵を調略して戦わずに済んでしまった。また、ある時は、剣を一時的に紛失してしまい、代わりの剣で 戦場に臨んだ等々……不思議な事に、人を斬る機会を逸し続けたのでございます。そして、先代当主においては、この剣を持つと何かしらの不幸が 起きると決めつけ、別の剣を刀匠に鍛えさせた末に、この剣を、蔵に押し込んでしまったのです」 それまで、淡々と話していたソルスクェノは、途端に表情を暗くしてしまう。 だが、彼は何事も無かったかのように、表情を明るくして言葉を続ける。 「しかしながら、現当主である父は、それがしがシホールアンルに赴任する前に、「この剣は、遥か昔に鍛えられて以来、一度も人を斬る事は無かった。 何故、斬れなかったか分かるか?それは……この剣が戦を嫌う、太平の剣であるからだ」と、それがしに申したのでございます。父がこの剣を渡したのは、 未だに戦を行うシホールアンルで、それがしが災いに巻き込まれないで欲しい……と、願ったからではないのかと思うのです」 「……」 フレルは、無言のまま剣を見つめ続ける。 そのフレルに向けて、ソルスクェノは言葉を続けた。 「今、貴国は文字通り、民草をも挙げての大戦を行われております。国外相閣下も、いつ果てるとも知らぬと思われている事でしょう。 しかしながら……始まりがある物には、必ずや、終わりが来る物でございます。それ故に……」 ソルスクェノは、一度は剣に視線を送る。 そして、再びフレルと目を合わせた。 「それがしは、大戦の終わりを切に願いたく思い……この太平の剣をお渡ししたのでございます」 「そう……でしたか……」 フレルは、思わず言葉が震えた。 しばし呼吸を置くと、フレルは語調を改めて、ソルスクェノに返答する。 「この貢ぎ物。謹んでお受けいたします」 フレルは、太平の剣を両手で掲げながら、感謝の言葉を送った。 彼の言葉を聞いた2人も、深々と頭を下げた。 「それでは、我らはこれで」 2人は立ち上がると、室内から退出しようとした。 ソルスクェノが部屋から出かけたその時、フレルは彼を呼び止めた。 「特使殿!」 「……は。国外相閣下」 ソルスクェノは振り返り、フレルと目を合わせた。 「シホールアンルとイズリィホンの関係が今後も続く事を、私は心から願っております。例え……帝国でなくなったとしても」 ソルスクェノは数秒ほど黙考してから、言葉を返した。 「それがしも、貴殿と同じ思いでございます」 国外相本部施設を出たソルスクェノらは、午前10時30分には北に5ぜルド離れた町にある、イズィリホン将国使節館に戻っていた。 馬車から降り、地味なレンガ造りの使節館に入った彼は、一室にハーストリと共に入室し、室内にある椅子に腰を下ろした。 「若殿、帰国準備は順調に進んでおるようです。この分なら、一両日中には出立できるかと思われます」 「うむ。いよいよ、この地から離れるのだな……」 ソルスクェノは感慨深げな口調で返しながら、脳裏にはこの国で見てきた事が次々と浮かんでいた。 初めて目にする大きな軍艦や、イズィリホンとは違った街並みには心を大きく揺り動かされた。 シホールアンルで見る物全てが、イズィリホンには無い物であり、超大国とはこうである物かと、何度も思い知らされてきた。 だが、ソルスクェノは、シホールアンルと言う国の在り方や、文化を見て学んだだけでは無かった。 彼は、シホールアンルが指揮する対米戦を直接見た訳ではなく、目にした物と言えば、アメリカ軍機の爆撃を受ける街並みぐらいだ。 だが、彼は戦のやり方が従来の物と比べて、大きく変わったという事を肌に感じていた。 それに初めて気づいたのは、昨年12月に、首都周辺を散策していた時に遭遇したあの空襲を見てからだ。 「クォリノよ。わしは、国に帰ったら……この国で見た事を全て話すつもりじゃ。国に帰れば、執権を始めとする幕府のお歴々と会見し、 そして、父上とも話し合うであろう。そこで、わしははっきりと申し上げる」 「若殿……それがしは、大殿はまだしも……幕府の上方が話の内容を完全に理解できるとは思えませぬ。逆に、幕府上層部から、法螺を 吹聴するなと言われるかもしれませぬぞ?」 「何故じゃ。わしは見てきた事、わしの心で感じた事を、包み隠さず話すだけじゃ」 「しかしながら、幕府は若殿の話を理解できましょうか……幕府の猜疑心は強い。今まで、謀反の疑いを掛けられ、族滅の憂き目にあった 御家人や、大名は少なからずおります。若殿が、このシホールアンルでの出来事を執拗に公言しようとすれば、国の不安を煽るものと見なされ、 最悪の場合は謀反を起こし、幕府を揺るがそうとする!と、捉えかねませぬが……?」 「幕府の名誉を選ぶか……わしの命……いや、ひいては、ソルスクェノ一門の命、いずれかを選ぶという事になる。そちはそう言いたいのだな?」 「御意にござります」 ハーストリは深々と頭を下げた。 「……祖父は一門を救うために、自ら命を絶たれた。謀反の疑いを晴らすために……確かに、ソルスクェノ一門の運命は、父や、わしに掛かっている とも言える」 ホークセルは顔を俯かせるが、すぐに上げて、ハーストリを見つめる。 「だが、今の情勢は……幕府だの、一門だのと言っている場合ではない。イズィリホンは文字通り、大国の狭間と言える国じゃ。北には、急速に 発展しつつあるフリンデルドに、東にはシホールアンルがおる。いや……おったのじゃ。敵であったフリンデルドがイズィリホンとの関係を良好に したのは、シホールアンルの機嫌を伺っての事。しかしながら、機嫌を伺ったシホールアンルは、もはやこの有様じゃ」 彼は、頭の中で浮かぶ地図の一部分に、大きく斜線を引いた。 「幕府の名誉や、一門の名誉にこだわる事は、もはや小さき事に過ぎぬ。これからは……イズィリホンという国家の事を考えなければならぬのだ。 そうしなければ、遠からぬうちに、イズリィホンは選択を誤る。そちも見たであろう?あの地獄の如き光景を」 「は。今も夢の中に出る程、心の奥底に刻み込まれております」 「わしは国に帰った時、この経験を問う者に対して……例外なくこう申していく。決して、アメリカという国だけは敵に回してはならぬ。 そうでなければ、この国のようになる……と」 (むしろ、アメリカは味方にした方が良いかもしれぬ) 彼は、最後の一言は国出さず、胸中で呟いた。 後に、イズリィホンは様々な困難を経て、米国も含む東側陣営国の一角として、大戦後の世界でその役割を果たす事になる。 ホークセルは、新生イズィリホン民主共和国の初代国家主席として辣腕を振るう事になるが、それは遠い未来の話である。 1486年(1946年)2月2日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ アメリカ太平洋艦隊情報主任参謀のエドウィン・レイトン少将は、サンディエゴの太平洋艦隊司令部に出勤するや否や、司令部の地下室より現れた ロシュフォート大佐に引き留められた。 「おはようございます、主任参謀。出勤早々で何ですが……お付き合い頂いてもよろしいでしょうか?」 「どうしたロシュフォート。私は司令部で会議に出席しなければならんのだが……それに、君。体が匂うぞ」 「はは。ここ数日、風呂に入る暇もありませんでしたので。ささ、まずはこちらへ!」 ロシュフォートは小躍りしかねない歩調で先導し、司令部の地下施設へレイトンを案内した。 地下室には、太平洋艦隊司令部で傍受した魔法通信を分析するための特別室が設けられており、そこでは南大陸より派遣された各国の分析官や補助官が、 海軍情報部の将兵と共に入手した情報の解析に当たっていた。 「カーリアン少佐、新しい文言は傍受できたかね?」 「いえ、今の所は入っておりません。傍受できるのは、確認された言葉だけです」 「よし!これで決まりだな!」 バルランド海軍より派遣されたヴェルプ・カーリアン少佐から伝えられると、ロシュフォートは掌を叩いて喜びを表した。 「ロシュフォート。何か進展があったようだが……私をここに呼んだのは、それを伝えるためかね?」 「その通りです」 彼はそう答えつつ、壁一面に張られた言葉の羅列を見回した。 「暗号通信の中で、最も気を付ける事は何だと思われますか?」 「暗号のパターンを見破られる事だろう」 「正解です。ですが、それだけでは、完璧とは言い難いですな」 ロシュフォートはレイトンに体を振り向ける。 「気を付ける事は、他にもあります。それは……使っている暗号を“変えない事”です」 この時、レイトンは、ロシュフォートが何を言おうとしているのか、瞬時に理解する事ができた。 「通常、暗号文を使用する時に、文字のパターンや使用のタイミングも重要ですが、それ以上に気を付ける事は……暗号に使う文を固定しない事です。 それを防ぐために、暗号帳を定期的に更新して解読を避けようとします。こちらをご覧ください」 ロシュフォートは、黒板や壁に掛かれた文字の羅列に手をかざす。 それぞれの文字は、貴族や地名、罵声等、様々な種類に分類され、その下に今までに記録した名や文字が書かれている。 「これらの文字の数々は、我々が今までに記録した文字の全てです。我々は、この合同調査機関が設立されて以来、読み取れる文字を記録し続けて きましたが、この記録の更新が、昨日夜以降……終了したのです」 ロシュフォートは右手の人差し指を伸ばした。 「記録が終了したという事は……敵側は、これまで通りの暗号帳を使用したまま、暗号文を流している事になります。そう、敵は暗号帳を更新していないのです」 「つまり……敵は暗号を使用して日が浅い為、我々が常識としていた、暗号帳を更新するという事を知らない、と言いたいのだな?」 「そうです」 ロシュフォートは頷きながら答えた。 「戦時であれば、暗号帳の更新は3カ月に1回。早ければ2カ月に1回の割合で行います。しかし、シホールアンル側は、暗号を使い始めて2カ月以上 経つにもかかわらず、同一系列の暗号を使い続けています」 彼はニヤリと笑みを浮かべた。 「そして、敵は未だに、ミスを犯した事に気付いてはおりません」 「なるほど……それはビッグニュースだ」 レイトンは満足気に頷く。 「して……解読はできそうかね?」 「努力しておりますが、解読に至るまでは、いましばらく時間が必要です」 「ふむ……」 未だに解読不能という事実に、レイトンは幾分落胆の表情を見せた。 「ですが、敵が暗号帳の更新を行っていない事が判明した今、解読までの道は幾ばくか見え始めたと言えます」 「横から失礼いたしますが……私達が見る限り、この暗号書は何かの文を参考にしながら、作られている可能性が高いと思っております」 口を閉じていたカーリアンが、付け加えるように説明を始める。 「文面の綴りや、名前からして、恐らくは……何らかの本の内容を当てはめて、暗号通信を行っている可能性があります」 「何らかの本とは……これまた信じがたい物だが」 「しかし、内容を繋げてみれば、納得できるつづりも幾つか発見されています。これは間違いなく、何らかの本……有り体に言えば、小説の類や、 物語の内容を当てはめているのではないかと」 「……我々の世界では考えられん事だ」 「通常は、乱数表や数字をメインに暗号を作りますからな。ある意味、この世界の暗号は文学派と言えます」 ロシュフォートは皮肉交じりの口調でそう言った。 「よろしい。この事は、今日の会議が始まる前に長官に報告しよう。ロシュフォート、よくやってくれた。引き続き、解読作業に当たってくれ」 レイトンは彼の右肩を叩いてから、地下室から退出しようとしたが、彼は再び引き留められた。 「主任参謀、もう少しだけお待ち下さい」 「なんだ。まだ何かあるのか……?」 「は………このまま解読作業を行っても、我々は無事に暗号を解読する自信があります。ですが、今は戦争中であるため、何らかの大事件が発生し、 友軍に思わぬ損害が生じる事も考えられます。昨年行なわれた、カイトロスク会戦のような事も……」 「ふむ。今は非常時だ。敵も死に物狂いで抵抗を試みているからな」 「それを防ぐためにも、あらゆる手段を使って、暗号の解読を速める必要があります。そこでですが……」 ロシュフォートは一旦言葉を止め、タバコを咥えて火を付ける。 「少しばかり動いて、敵をせっつかせて見ましょう。そうですな……陸軍のB-36も動いて欲しいと、私は思います」 彼は紫煙を吐きながら、レイトンに説明を始めた。
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※投稿者は作者とは別人です 42 :外パラサイト:2011/01/04(火) 21 02 50 ID PYl3SWRU0 極秘 合衆国陸軍レーフェイル大陸方面軍司令部情報部長室 通牒 宛先 ダグラス・マッカーサー閣下 (他の配布先は付記参照) マオンド軍秘密研究施設の実態について 1 1月24日の会議にてお問い合わせの件に関する要約です。 2 マオンド軍が捕虜および被占領地住民を生体実験に使用していた事実は海軍の潜水艦に救助されたハーピィ族の女性の証言等によりすでに明らかとなっている ところでありますが、停戦協定に基づく武装解除の過程で新たに発見された機密資料を分析した結果、この種の実験は政府の承認のもと、長期間にわたり組織的 かつ計画的に実行されていたことが判明しました。 3 この秘密研究機関の母体となったのは、戦前からマオンド国内各所に開設されていた-最も古いものはソドルゲルグの研究施設で1895年から稼動しています-魔法研究所と呼ばれる施設であります。 この研究所は、表面上は、軍事用の攻勢魔法や新兵器の開発機関という体裁を取っていましたが、実態は魔法の各種人体実験や、特殊兵の練成を目的とした実験場であり、各地から集められた捕虜や亜人種を実験台として生命倫理を無視した人体実験を行っていました。 4 魔法研究所の研究内容がかくも残虐な方向性を持つに至った直接の要因として、1938年5月から停戦にいたるまで国内の魔法研究所を統括する魔法科学省総監を務めたシュニシック・フービ中将の存在が挙げられます。 1917年7月にローズデルク魔法研究所長に就任したフービ大佐(当時)は強引かつ非情な運営によって頭角をあらわし、1919年4月には魔法科学省主席補佐官の地位に着きます。 当 時マオンド国内で潜在的に国王に次ぐ権力を持っていたナルファトス教団と強い繋がりを持つフービ大佐は、教団の政治力をバックに研究所の組織を人員・資金 両面で大幅に強化するとともに、自らの提唱する「理想国家建設のための合理的民族管理計画」を実践すべく強力な指導力を発揮していきました。 記録 によるとフービ少将(魔法科学省総監就任に伴い昇進)は就任時の訓示で「マオンド共和国がレーフェイル大陸を統べるのは神の意思であり、すべての非マオン ド人種はマオンドの国家と国王に隷属する運命にある。すべての非マオンド人種は偉大なるマオンドの平和と繁栄のため、血の一滴まで捧げなくてはならない」 と述べています。 43 :外パラサイト:2011/01/04(火) 21 04 56 ID PYl3SWRU0 5 フービの指揮下で急速に規模を拡大した魔法研究所は、1939年10月から1942年9月までの間に下部組織となる収容所兼実験施設を国内および占 領区域内に多数設立していますが、詳細については鋭意調査中であり、その全貌を解明するには今しばらく時間がかかるものと思われます。 現時点で判明しているのは、これら新設の収容所兼実験施設では所長および実験主任のポストはナルファスト教団からの出向者で独占され、一般職員こそ軍属が多数を占めていたものの、実質的には教団が施設を私物化していたということです。 そしてこれらの実験施設では、ナルファスト教団の教義に沿った形での、人権を無視した実験が日常的に行われていました。 6 これらの施設では、主に薬物投与による精神操作と戦闘能力の強化、そして異種交配によるより強力な魔法生物の創造といった内容の実験が行われていました。 しかしその詳細については停戦後の混乱に乗じて多くの収容所幹部が関係書類を焼却のうえ逃亡中のためその全容は未だ調査中です。 被検体として収容されていたもの達への聞き取り調査も行っておりますが生存者の多くが精神に異常をきたしており、こちらの進捗状況も捗捗しいとは申せません。 7 記録によりますとこれらの実験施設に収容され被検体として実験に供されたもの達は、大部分が実験の過程で死亡するか実用に耐えない失敗作として処分されていますが、ごく少数ながら実戦に投入され、我が軍との交戦に至った事例が報告されております。 もっとも有名なのはグラーズレット沖で行われたハーピィの自爆攻撃ですが、その他にもヴィザコツァの森林地帯では狂化された植物の精霊が操る樹木の襲撃を受け、141連隊第1大隊が少なからぬ損害を受けております。 8 フービおよび主だった収容所の上級幹部は現在も逃亡中であり、関係各機関が大掛かりな捜査活動を行っているにも関わらず未だにその所在を突き止めるに至っていません。 実験試料を取引条件にして南大陸諸国軍内部に存在する反米グループの庇護を受けているとの未確認情報もありますが、こちらの可能性は低いと思われます。 9 停戦協定に従いマオンド国内各地に点在するこれら実験施設は順次我が軍によって開放されておりますが、収容所の管理を引き継ぐ過程において幾つかの問題が発生しております。 一 例を挙げると昨年12月22日にエットメヌチェに進駐した第522野戦砲兵大隊の兵士は接収した実験施設に収容されていた亜人種の惨状に衝撃を受け、義憤 にかられた一部兵士のグループが収容所守備隊兵士に対する私刑を行っておりますが、同様の事例はスエトマンド、ノボチェ、シグランツァの三箇所でも確認さ れています。 10 更に深刻な問題として指摘されているのが各収容所で押収された映像資料の流出であります。 これら実験施設では実験内容の多くは魔術的な記録装置を使用することによって音声付きのカラー動画として記録され、専用の再生装置を使用することによって魔法を使えないものであっても記録装置に収録された内容を閲覧することが可能です。 これらの資料の中でも特に亜人種の女性を被検体とした異種交配実験の記録映像はブルーフィルム同然の内容であり、ソドルゲルグではこの記録装置と再生装置をセットで着服し、密かに合衆国本土に送ろうとした将校のグループが摘発されております。 この問題を放置することは、同盟諸国に合衆国軍兵士のモラルに対する不信感を抱かせる危険があり、早急に抜本的な対策を取る必要があることを特に強調するものであります。 付記 本通牒の写し配布先、ヴァルター・モーデル中将一部、大西洋艦隊情報部気付一部。