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351 名前:UNNAMED 360[sage] 投稿日:2015/09/21(月) 23 57 44.30 ID XYvrpUOh [1/2] 第51話 マイクロチップ爆弾 異世界に転移して、異世界人と遭遇してから間もなく発見された新資源、「魔鉱石」、 この惑星を構成する主な物質の一つで、様々な超常現象を引き起こす物質として注目が集まっていた。 最近になって、魔鉱石に興味を持ち研究をしていた、一部のマテリアル企業が魔石の単結晶の精製に成功、本格的な魔道具の開発を開始しようとしていた。 「リクビトの魔法陣のスケッチは全部、頭に叩き込んだか?」 「んー、少し怪しい部分はあるけど、ある程度は詰め込んだよ?」 「魔石の性質がある程度解明されて来たらスパコンに演算させて理想的な魔法陣を描かせることが出来るかもしれないな、この技術が上手くいけば今までの常識を打ち破る事が出来る。」 「無限のエネルギーは人類の夢だからねー、それが実現できるかもしれない奇跡の物質が目の前に転がっている、これはもう好奇心を抑えられないじゃないか。」 「天守博士の論文は見たか?観測衛星ひすい1号が観測したデータによると、魔鉱石はこの星だけの物質だけでなくこの次元の宇宙の全域に存在するらしい。」 「あー見た見た、何でも元の次元で言うグーゴルプレックス量のエネルギーのやり取りが既に行われていたかもしれないとか言う奴ね。」 「この次元は、異次元同士を結ぶ通り道みたいなもので、何もないところから唐突に物質が現れたり消滅したりする現象に関わっているかも知れないとかなんとか・・・。」 「時空の歪みが物質として固定されたものとか言われているけど、本当はどうなんだろうかね、凄く危なそうだけど普通に素手で触れるし。」 「本当に不思議な世界に来てしまったものだ、だが、興味深い。」 リクビトの魔法陣のスケッチが描かれた書類の束を机にしまうと、ドスンと、新しく机の上に置かれたソラビトの魔法陣のスケッチが描かれた書類の束を見てため息をつく。 「さて・・・・あー、次はソラビトの魔法陣か・・・リクビトの奴よりも細かいなぁ・・・。」 「自作のマムシ酒があるけど飲んでみる?」 「遠慮しておくよ、栄養剤に関して俺は錠剤派なんだ。」 それから暫く経って、精製した魔石の単結晶を使用した実験が某企業の実験施設で行われることになった。 「今回使用する魔法陣はリクビトの使用する火の魔法陣の実験だ、異次元から取り入れるエネルギー量が不明なため危険を伴うので、野外実験となる。」 「専用のソフトで魔術式を改良させたデザインだけど、集積回路並みに複雑で細かく編みこんであるから多分凄いことになるよ。」 「十中八九爆発するだろうよ、わかりきっている事だ。」 「問題はその規模なんだよね、今回使用する魔石の量も極めて少ないし、魔術回路も試作段階だから、まさか原子力爆弾並みになる訳ないと思うし・・・。」 「しかし、潜在的にはこの星を滅ぼすかもしれない危険性を孕んだ物質であるのは確かだ、だからその扱いに関して慎重にならざるを得ないだろう。」 「あっ・・・始まるみたいだよ!サングラスを付けて!」 実験装置を起動すると、荒野にぽつんと置かれた魔石を加工した魔術回路に魔力が流れ、鋭い青白い光が放たれた後、光が赤みを帯び始め、魔術回路は大爆発を起こす。 遠く離れているにもかかわらず、叩きつけるような轟音と閃光が放たれ、ごうごうと大気の渦が砂埃を巻き上げる。 「これは・・・・予想外過ぎるだろう」 「もう軽く兵器だよね、これ。」 「俺たちみたいな民間に扱わせるには危険すぎないかこれ?」 「諦めろ、魔石を含む鉱物はこの世界の彼方此方に転がっているんだ、遅かれ早かれ利用する企業が他にも現れるだろう。」 「ウラニウムやプルトニウムみたいな危険物質が石ころみたいに転がっている世界か・・・アルクス人が俺たちの技術に追いついたらどう言う事になるんだろうな。」 「最悪この星と共に心中だろうさ、石器時代からやり直せることが出来ればまだ良いほうだろう。」 今回の魔術回路実験によって得られたデータを元に魔石の出力を調整する研究が優先される事になった。 日本政府は、魔石の兵器としての利用に関して待ったをかける事になった。 魔法回路 魔鉱石を精製して得られる魔石は、特定の配列に結合すると何かしらのエネルギーを異次元から吸収するか異次元に放出する特性がある。 もっともポピュラーなのが顔料に魔鉱石の粉末を混ぜて、魔法陣を描く方法であるが、魔力の制御がうまいものは体内で術式を構成して魔法として放つことができる。 純度の高い魔石を液化させて印を刻んだ石板に流し込み凝固させたものを永久魔法陣として利用もするが、魔石の精製が面倒なうえに液化させる技術も途絶えているので惑星アルクスに現存する永久魔法陣は希少。 現存する永久魔法陣も当時の魔法技術の限界か、「上に乗っていると傷が早く治る」ものや、「気温を一定に保つ」程度にとどまっている。 今回、特定の配列で、どのように魔石が反応するか集積回路の様に魔法陣を複雑に細かく編みこんだ魔石を使用した実験をしたが、異次元から取り込むエネルギーが膨大になり大爆発が起こった。 ピー玉サイズの集積回路魔法陣だったが、その爆発の威力は500ポンドの無誘導爆弾と同等だったという。 今日はここまでです。 この世界はFFやDQの勇者たちが一晩寝るだけで、アルテマやイオナズンを放てるMPが確保できる世界です。 魔石を利用したワープエンジンとか作って地球に里帰り そうですねー、宇宙船に次元ワープ装置をつけて地球へ里帰りなんかも出来そうですね。 しかし、帰って来てみると日本が転移した影響で既に死の星と化していたなんて絶望ルートも良いかもですね(黒 魔石による文明滅亡と惑星脱出 滅亡を避けたところで新しい惑星でまた戦争を初めてまた滅亡とかあり得るかもですね。 もしくは、移民する為の植民惑星が見つからず宇宙空間で干乾びるとかw 魔石と次元連結システム ちょっと調べてみたら、異次元空間からエネルギーを得る機関みたいですね。 反物質を利用した対消滅エネルギーらしいですが、魔石の場合は、時空の奔流をヨットの帆みたいに受けて この世界のエネルギーとして変換・定着している感じです。
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第115話 新司令長官就任 1484年(1944年)2月1日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ その日、元南太平洋部隊司令官であるチェスター・ニミッツ中将は、所要のためサンディエゴの太平洋艦隊司令部を訪れた。 彼は司令部に到着するなり、応接室で待たされた。 そして10分ほど経った午前8時10分。応接室に、太平洋艦隊司令長官である、ハズバント・キンメル大将が現れた。 「おはよう、ミスターニミッツ。」 キンメルは、顔に笑みを浮かべながらニミッツに挨拶した。 「おはようございます。長官。」 「元気そうだな。南太平洋部隊の仕事は順調に進んでいるようだね。」 キンメルは、適当にニミッツと言葉を交わしながら、ニミッツと反対側のソファーに座った。 「しかし長官。大分痩せられましたな。」 ニミッツは、どこか心配するような口調でキンメルに言う。キンメルはこの言葉に苦笑しながら頷く。 「ああ。面目ない限りさ。」 彼はそう言って、深い溜息をつく。 「1年前から体調を崩してしまってな。医者からは精神的ストレスのせいだと言われている。そのせいで、ちょいとばかり 不整脈も併発してしまってな。これ以上は、この仕事を続けられそうにもない。」 「そうだったのですか・・・・・」 キンメルの言葉に、ニミッツは相槌を打ちながら頷く。 キンメルが太平洋艦隊司令長官に任命されたのは、1941年10月17日である。 それから今日まで、実に2年以上もの間、この重職を続けてきた。 キンメルが太平洋艦隊司令長官に任命されてからは、転移という前代未聞のハプニングが起きた物の、彼の率いる太平洋艦隊は、 シホールアンル軍とよく戦い、ついには北大陸侵攻を成功させると言う所まで辿り着いた。 しかし、キンメルの体は、司令長官という激務に苛まれ、ついには体調を崩すまでになった。 「お陰で、体重が8キロも減ってしまった。まあ、痩せられたお陰で体重を気にする事は無くなったがね。」 キンメルはそう言うと、派手に笑い飛ばした。 「しかし、長官も災難ですな。これからと言う時に・・・・」 「なあに、仕方あるまいさ。病人に指揮を取らせるよりは、もっとマシな奴に指揮を取らせたほうが良い。」 キンメルはニヤリと笑いながら言うと、ニミッツ右肩にポンと手を置いた。 「だから私は、君を太平洋艦隊の新司令長官に推薦したのだ。この事は、ワシントンのキング作戦部長からも了承を得ている。」 キンメルは、先月末に、ワシントンのキング作戦部長に健康上の理由で司令長官を辞任すると伝えた。 それと同時に、彼はニミッツを次の太平洋艦隊司令長官に任命するように伝えている。 ニミッツは、既に南太平洋部隊司令官として数多くの功績を残しており、アメリカ海軍内では、ニミッツは高く評価されている。 キング大将も、ニミッツの手腕は評価しており、キンメルの提案を二つ返事で受け入れた。 「主導権は、我々連合国が握っているから、昔よりは余裕があるだろう。これなら、どんな奴が司令長官になっても戦争に勝てるかもしれない。 しかし、俺としては、君のほうが新司令長官に最適だと思った。だから、君を推薦したのだ。」 「ありがとうございます。しかし、」 ニミッツは、不安げな表情でキンメルに言う。 「私としては、いささか不安が残ります。太平洋艦隊は、今では、開戦時と比べ物にならぬほど強大になっています。 この大艦隊を指揮するには、本当に私でいいのかと思うのです。」 「なあに、今までやってきた事をやれば良い。君は、今まで南太平洋部隊司令官として多くの経験を積んできている。 その経験を元に、各艦隊を動かす。それだけだ。簡単ではないが、君なら充分にできるよ。」 心配ないとばかりにキンメルは、微笑みながらそう言った。 「あと3日だけしか、司令長官の椅子に座れんが、我々に主導権が移った今、このポストを辞める事に未練は無い。ミスターニミッツ。 後は君の時代だ。君も知っていると思うが、シホールアンル側はまだまだ侮れない。恐らく、奴らはとんでもない方法を用いて、 俺達に手痛い損害を与えるかも知れん。だが、開戦時よりも格段に強化された、太平洋艦隊の戦力なら、敵の意外な攻撃にも 充分耐えてくれるだろう。後は頼んだぞ、次期司令長官殿。」 キンメルは、ニヤリを笑みを浮かべた。 その自信に満ちた笑みは、体調を崩した病人とは思えぬほどであった。 「わかりました。」 ニミッツは、深く頷いた。 「長官が築き上げてきた成果を無駄にせぬよう、微力を尽くします。」 この時になって、従兵が紅茶を運んできてくれた。 キンメルは従兵に礼を言って下がらせた。 「長官。そういえば、彼女はどうしていますかな?」 ニミッツは、紅茶を一口啜ってから、キンメルに尋ねた。 「フェイレの事だな。」 キンメルがそう言うと、ニミッツは頷く。 「彼女は、明るい娘だよ。今は宿舎で寝泊りしているが、友人達と良く遊んでいる。」 「彼女からは、何か話を聞かされましたか?」 「ああ、聞いたよ。」 そこで、キンメルは辛そうな表情を浮かべた。 「全く、酷い話だった。彼女の幼少期や思春期は、ほとんど良い思い出がない。」 彼は、フェイレから聞かされた話を、ニミッツに話した。 最初は、冷静な表情で話を聞いていたが、話の終盤ごろには、ニミッツは険しい表情を浮かべていた。 「なるほど。確かに酷い話です。」 「彼女は、涙ながらに語ってくれたよ。彼女の言っていた事からして、かの国は、フェイレの他にも、身寄りの無い子供や、 どこぞから拉致して来た子供を利用して、フェイレにやって事と、ほぼ同じ事をしているようだ。」 「とんでもない世界ですな。私達から見たら、考えられない事ばかりです。」 ニミッツは、辟易したような口調でそう言った。 幼少期から徹底した殺人術を教え込ませ、将来有望な兵士に育て上げる。 人体実験で、人を強力な魔道兵器に作り変える。 今のアメリカでは、全く考えられない事ばかりだ。 もし、フェイレの話がアメリカ国民に知られれば、シホールアンルは本当に血に飢えた国歌として糾弾されるだろう。 最悪の場合、シホールアンルがどんなに譲歩しても、シホールアンルの現体制を変えぬ限り、アメリカはシホールアンルに対する 戦争を続ける事になる可能性は高い。 「強力な兵器を作るにしても、もう少しまともな方法があった筈なのに・・・・彼らは、どこで道を間違えたのでしょうか。」 ニミッツが溜息交じりにそう呟く。 「元から間違えまくっているのさ。」 キンメルは、吐き捨てるように相槌を打った。 「子供を子供に殺させると言う、馬鹿な方法がまかり通るほどだ。」 「はぁ。しかし、彼女も、こうして敵の手から逃れられて、本当に良かったですな。」 「ああ。何しろ、髪の色が変わってしまうほどの、酷い事をされて来たからな。」 「髪の色・・・?」 ニミッツが怪訝な表情を浮かべる。 「フェイレは、元々は髪の色が緑だったらしい。だが、度重なる精神的ショックのせいで、髪の色は青に染まってしまったようだ。 この間、大西洋艦隊の潜水艦が連れて来た、ハーピィの女の子と似たような事を、フェイレは経験して来たんだ。」 「・・・・・・・」 ニミッツは、しばし言葉を失った。 (髪の色が変わるほどの精神的ショック・・・・シホールアンルは、何と言う事をしたものか・・・・・) ニミッツは、心中でそう呟いていた。 「彼女の心の傷は大きい。これからは、過去に受けた傷と一生付き合わねばならんだろう。全く、シホールアンルは厄介な国だ。」 「確かに。」 キンメルの言葉に、ニミッツもさも当然とばかりに、深く頷いた。 「しかし、私が、彼女の実の父親とそっくりと聞いた時は、少しばかり驚いたな。そのせいか、フェイレは私に話をする時は、 実の父親のように話をしてきた。後で聞いた所によると、話し方も父親にそっくりだと言われたよ。」 キンメルは苦笑しながら言った。 「何か、嬉しそうですな。」 「まぁ、確かに嬉しいでもあるが。私としては少し複雑だな。」 「・・・・所で、フェイレ君はワシントンに行かれるのですか?」 「その予定だ。」 キンメルは即答した。 「大統領閣下が会いたがっているようだ。それに、フェイレと同じような境遇を持つ人も、彼女と話をしたいと言っている。 その後は、ちょいとばかり、国内ツアーを楽しませる予定だ。」 「国内ツアーですか。」 今度はニミッツが苦笑した。 「彼女にも、アメリカと言う物はどんな物であるか見せてやりたいからな。」 キンメルはそこまで言った所で、声のトーンを下げた。 「それに、ここだけの話だがね。私はこの職を下りた後、フェイレを引き取ろうと思っている。」 その言葉に、ニミッツは思わず仰天してしまった。 「長官、それは本気ですか!?」 「本気だよ。」 キンメルは躊躇いの無い口調で言った。 「彼女の父親にそっくりな私が身近に居れば、彼女だって早く落ち着きを取り戻すだろう。彼女の心の傷は余りにも大きすぎる。 聞く所によると、フェイレは時折、過去の記憶がフラッシュバックして、発作のような症状を起こすらしい。そんな彼女に、 私は手を差し伸べてやりたいのだ。」 「・・・・長官。」 ニミッツは不安げな表情を浮かべるが、キンメルの笑みがそれを打ち消した。 「なあに、退役間近の老兵にはピッタリの役割さ。こう見えても、私は7人の子供を育ててきている。いわば、子育てのプロだ。 そこに、1人だけ変わった子供が混じってもさほど心配はない。」 彼は、自信満々の表情でそう断言した。 「分かりました。長官、何人子供を育てても、子育ては大変ですぞ。」 ニミッツは冗談を言いながら、紅茶の入ったカップを持ち上げた。彼は、乾杯をするかのように、カップをやや前に差し出す。 「紅茶で乾杯というのは、いささか変だな。まぁ、私がここ去るまでは早いが。」 キンメルは小言を言いつつも、自らもカップを持つ。 「そういえば、君も、これからワシントンに行くんだったな。」 「はい。海軍省で色々手続きがありますので。戻って来るのは就任式の前日ですね。」 「そうか。」 「これからキング提督と対面すると思うと、少し背筋が寒く感じます。」 「避けては通れん道さ。とりあえず、これから太平洋艦隊をよろしく頼むぞ、ミスター・ニミッツ。」 「はっ。悔いの無いように頑張ります。」 会話が終えると、2人はカップをカチンと合わせた。 2月5日。チェスター・ニミッツ大将は、前任者のキンメル大将が健康上の理由で司令長官職を辞任を表明したため、 14日付で太平洋艦隊司令長官に任命された。 ニミッツ新司令長官は、就任と同時に司令部のスタッフも入れ替えた。 まず、太平洋艦隊司令部のナンバー2である参謀長には、数々の空母戦闘を戦い抜いたフランク・フレッチャー中将が迎え入れられた。 次に、作戦参謀にはフォレスト・シャーマン大佐が任ぜられた。 情報主任参謀にはエドウィン・レイトン大佐、情報副参謀にはジョセフ・ロシュフォート中佐が就任した。 この他にも、新規スタッフが司令部内で登用され、サンディエゴの司令部はニミッツ新司令長官の指導の下、シホールアンル軍との戦いに望む事となった。 1484年(1944年)2月6日 午前8時 シホールアンル帝国ジャスオ領 第4機動艦隊司令官である、リリスティ・モルクンレル中将は、旗艦クァーラルドの艦橋から、出港していく護送船団を見送っていた。 「ファスコド島の補給船団か。」 リリスティは、淡白な口調で呟く。 今、出港しつつある護送船団は、ファスコド島に展開する守備隊の補給物資や増援部隊を満載している。 船団は巡洋艦4隻、駆逐艦16隻、偽装対空艦6隻、輸送船28隻で編成され、外海に出れば時速8リンルでファスコド島に向かう。 ファスコド島はジャスオ領の中部から西に350ゼルド(1050キロ)離れた所にあるホウロナ諸島を構成している島の1つだ。 ホウロナ諸島は、大小8の島々で形成されている縦長の群島で、ファスコド島はその中でも最も大きい島の1つだ。 大きさは東西に10ゼルド、南北に20ゼルドほどだ。 この島には、驚くべき事にシホールアンル軍の最精鋭部隊とも言われている魔法騎士師団が配備されている。 この魔法騎士師団の他に、陸軍の第515歩兵旅団が配備されている。 ファスコド島は、島全体が深い森に覆われており、別名森の島とも言われている。 この島に配備された第75魔法騎士師団は、これまでに編成された魔法騎士団の中で3番目に編成された歴史ある部隊で、師団将兵の錬度は高い。 北大陸統一戦では、ヒーレリ公国で起きた反乱事件を短時間で解決するなど、数々の武勲を挙げている。 ファスコド島以外にも、ジェド島、エゲ島、ベネング島に1個師団並プラス1個旅団。 あるいは1個師団が配備されている。 ジェド島、エゲ島にはファスコド島防衛の任を負った第22空中騎士軍が駐屯しており、周辺海域に睨みを利かせている。 このホウロナ諸島に、アメリカ機動部隊が襲って来れば、第4機動艦隊はホウロナ諸島並びに、ジャスオ領南部に展開するワイバーン隊と 協力して、敵を攻撃する予定だ。 その予定であった。 だが、その予定は、前日に送られて来た魔法通信によって覆されてしまった。 「オールフェス・・・・あんた、本当にそれで大丈夫なの?」 リリスティは、誰にも聞こえぬような小声で呟いていた。 それから20分後、リリスティは、司令官室にとある人物を招き入れていた。 「・・・・あの、大丈夫ですか、司令官?」 リリスティは、司令官席のソファーに座っている。その反対側に座っている士官。 竜母ホロウレイグ艦長、クリンレ・エルファルフ大佐が躊躇いがちな口調で尋ねられた。 「ええ、なんとかね。」 リリスティはそう言うが、彼女の顔には、はっきりと不満げな表情が浮かんでいる。 「クリンレ、こういう場では普通に呼んでいいのよ。気なんか使わなくていいから。」 リリスティは優しげな口調で言ったつもりだったが、クリンレから見れば、苛立ちながら話しているように見えた。 (うう・・・・とても気まずいな) クリンレは内心でそう思いつつも、とにかく話を続けようとした。 「リリスティ姉さんは、どうして僕を読んだんですか?」 「う~ん、ちょいとだけ、昔馴染みと話したくてね。」 リリスティはそう言いながら、用意されていたコップの水を一気にあおった。 コップの水はたちまち空になった。 「最近・・・・なんか、オールフェスが変に思えてしょうがないの。」 「オールフェスが?」 「うん。」 リリスティは頷く。 「一番最初に変だと思ったのは、1月の中旬頃に、あの変な国内相の役人がここに押し掛けてきてからよ。あの嘘つき役人は、 オールフェス直々の命令を受けたからといって、実質的に艦隊の指揮を取っていた。まぁ、結果は酷いもんになったけど・・・・」 ふと、クリンレは、リリスティの声音に憤りのような物が混じっている事に気が付いた。 (あの時の事、まだ怒っているんだな) クリンレは、同僚の艦長から聞いた話を思い出した。 彼はその時の出来事を直接見た訳では無いが、トアレ岬沖海戦の前に、リリスティは不承不承ながらも第11艦隊にオールクレイ級戦艦の クロレクとケルグラストを貸し与えた。 だが、貸し与えたこの2隻のうち、クロレクは撃沈され、ケルグラストは大破するという大損害を被った。 このような被害を受けても、目的を達成できたならばまだマシであっただろう。 だが、カリペリウは、自らが乗っていた巡洋戦艦エレディングラごとトアレ岬沖に水葬され、第11艦隊自体壊滅的な打撃を被ってしまった。 第11艦隊の損害報告を受け取った時、リリスティは思わず、カリペリウは大嘘つきだと、人目もはばからずに喚き散らした。 海戦に敗北した翌18日の午後には、国内相の役人が謝罪のため現れたが、どういう訳か、この役人もまた、終始生意気な態度でリリスティに 接したため、彼女の怒りは爆発した。 この役人はリリスティに叩きのめされた後、モルクドの艦内から海に放り込まれてしまった。 その後、彼女は司令官室で国内相の無能ぶりを罵りながら、部屋で暴れた。お陰で、室内は目も当てられぬ状態となった。 リリスティの怒りは、それほど凄まじい物があり、幕僚達は話す事は愚か、近付く時も神経を使った。 その怒りも、2、3日ですっかり引いているが、思い出すと、やはり腹が立つようだ。 「オールフェスは、以前、あたしに知恵を貸してくれと言ってくれた。あたしは二つ返事で答え、オールフェスに色々教えてやったわ。 でも、なんでだろう・・・・」 リリスティは困惑したような表情を浮かべた。 「あたしは最初、ホウロナ諸島の辺りで迎撃すれば、アメリカ機動部隊にも大打撃を与えられるはずって言った。なのに、オールフェスは ホウロナ諸島を見捨てようとしている。」 「ホウロナ諸島を見捨てるのですか!?」 クリンレは思わず叫んでしまった。 「ええ。昨日、第4機動艦隊は本国に戻れと言う命令文を受け取ったわ。あたしは、今日の昼過ぎに行われる会議で、各部隊の司令官に 言うつもりだったんだけど、あなたには今、特別に教える事にしたわ。」 「そんな・・・・会議で言えばいいのに。」 「あんたは昔から口が堅いでしょ?」 リリスティは人の悪い笑みを浮かべながらクリンレに言う。 「この事はしばらく内緒よ。」 「は、はぁ。」 クリンレはやれやれと言いつつ、後頭部を掻いた。 「しかし、僕はてっきり、ホウロナ諸島の周辺で、敵機動部隊と決戦する物と思い込んでいましたよ。相手の数が多いのが気掛かりでしたが、 それでも、自分達は勝てると思っていました。」 (勝てる・・・・・か。どうだろうなぁ・・・・) リリスティは内心、クリンレの確信を揺さぶるような事を思った。 相手・・・・シホールアンル機動部隊の宿敵である、アメリカ機動部隊は数が多い。 いや、多すぎると言ったほうが良い。 アメリカ海軍の機動部隊は、1月の時点で正規空母10から11隻、小型空母8隻を前線に投入している。 このうち、正規空母1隻と軽空母1隻の戦線離脱を確認している。 14日の時点では、戦線離脱した空母は軽空母1隻のみであったが、15日の夜半に、レイキ領沿岸に接近した米機動部隊に向けて、 陸軍のワイバーン隊が夜間攻撃を仕掛けたお陰で、ヨークタウン級空母2隻を大破(このうち、1隻は小破レベル)させた。 リリスティは知らなかったが、この時、損傷を受けた空母はエンタープライズであった。 エンタープライズを擁する第58任務部隊第1任務群は、15日の午後9時に、突然ワイバーン74騎の空襲を受けた。 TG58.1には、レーダーを搭載したF6F-N3ヘルキャット戦闘機が12機配備されており、レーダーが敵編隊を探知するや、 すぐに発艦して敵のワイバーン群を迎え撃った。 だが、僅か12機の夜間戦闘機では大量のワイバーンを阻止できなかった。 迎撃隊は7騎のワイバーンを撃墜したが、逆に4機撃墜、5機損傷の被害を受けて蹴散らされ、大多数のワイバーンが輪形陣に突入してきた。 米機動部隊は猛烈な対空砲火で迎撃し、ワイバーン14機を撃墜した。 だが、結果的に空母群への投弾を許してしまい、空母ヨークタウンに爆弾2発、エンタープライズに爆弾6発が命中した。 ヨークタウンは、中央部と後部部分に被弾したが、幸いにも被弾箇所はエレベーターを逸れていたため、応急修理をすれば戦闘続行は可能であった。 だが、エンタープライズは、3基のエレベーター全てを破壊され、空母としての機能を完全に失ってしまった。 このため、エンタープライズは大破確実の判定を受け、駆逐艦2隻の護衛と共にアメリカ本国に戻っていった。 このように、アメリカ側は戦闘可能な空母を2隻減らされてしまったが、それでも正規空母10ないし9、小型空母6ないし7隻が使用可能であった。 そのうち、北ウェンステル領の西部沿岸部で活動中の敵機動部隊は、正規空母6隻、小型空母4隻を中心に編成されている。 一方、リリスティの部隊は正規竜母、小型竜母共に6隻。これに陸上基地のワイバーンが加わるから、数の面では優勢である。 もし、アメリカ軍が西部沿岸部に展開している機動部隊でホウロナ諸島に侵攻して来れば、シホールアンル側に勝算がある。 だが、アメリカ側が東部沿岸部に展開している機動部隊も投入してくれば、数は互角どころか、敵側の方が勝りかねない。 そうなった場合、勝利はどちらに転がり込むか分からない。 「オールフェスは、敵の全機動部隊と戦って、貴重な竜母が全滅してしまう事を恐れているのよ。それも、僻地での戦いごときにね。」 「そんな、僻地って・・・・・」 クリンレは束の間絶句するが、意を決して言葉を続ける。 「ホウロナ諸島が取られれば、レスタンやヒーレリに、あの化け物爆撃機がやってきますよ!そんな事になれば、せっかく勝ち取った領土が 失われてしまいます!」 「そうね・・・・でも、オールフェスには何か考えがあるみたい。」 「考え・・・・ですか?」 「うん。」 リリスティは、自分の記憶をまさぐりながら、クリンレに言う。 「オールフェスの考えによると、強大な敵機動部隊を打ち破るには、その分力をあたし達の全力で持って攻撃し、壊滅させる事が、 アメリカ機動部隊を打ち破る唯一の方法と思っているみたい。」 「我の全力で持って、彼の分力を叩く・・・・・なるほど。確かに有効な戦術です。」 「うん。あたしは、それをここでやろうとオールフェスに言ったの。あの時は、あたしが入院している時だったかな。いきなり、 彼があたしに知恵を貸してくれと言って来たの。そして話し合った結果、オールフェスは敵の分力を、自分達の全力で叩いて 全滅させるという方法を思いついた。その時、オールフェスは、ホウロナ諸島沖をアメリカ空母の墓場に変えてやろうぜ、と言ってたわ。 なのに・・・・」 リリスティは、まるで理解しがたいと言わんばかりに表情を暗くした。 「いきなり、あたしの艦隊を本国に戻とはね。しかも、詳細も知らせないままに。」 「ホウロナ諸島が落ちたら、ただでさえ手一杯の防空戦闘が更にやりにくくなる。あいつは、一体どういう考えで・・・・・」 クリンレもまた、首を捻るばかりであった。ふと、彼は何かを思い出した。 「そういえば、僕もおかしいなと思った事があります。」 「ふ~ん、何それ?」 「はぁ・・・・これは、陸軍の友人から聞いた話なんですが。なんでも、前線に送られる予定であった陸軍の飛空挺部隊やワイバーン部隊が、 任地への移動中に消えているらしいんですよ。」 「消えた?」 リリスティは、素っ頓狂な声を上げた。 「はい。しかも、2騎や4騎ずつといった少数じゃなく、空中騎士隊が丸ごと消えるんですよ。消えた飛空挺やワイバーンの総数は、 かなりの数になるそうですよ。」 「かなりの数って・・・・まさか100や200ぐらい?」 リリスティは、自信の無さそうな口調で言った。しかし、仮に200騎のワイバーンや非空挺が消えたとしても、それを待ち望んでいた 前線部隊にとっては大打撃である。 だが、リリスティの言った数字は間違いであった。 「いえ・・・・」 クリンレは、一瞬躊躇った。言っても良いのだろうかと、彼は逡巡していた。 4秒ほど黙ってから、意を決してクリンレは言った。 「800・・・・です。」 「800!?」 今度は、リリスティが驚く番であった。 「そんな大量のワイバーンが・・・・前線に向かう途中に消えたの?」 「友人の話にからして、そうらしいです。お陰で、北ウェンステル戦線では、本来4000騎近い数のワイバーン、あるいは飛空挺が 配備される予定だったのですが、予想よりもかなり少ないので、前線のワイバーン隊は相当な負担を強いられているようですよ。」 「それって、本当なの?」 「僕もあまり信じていませんが、現実にワイバーンが少なくなっていると言う情報が意外とあちこちからあるようですから・・・・ 本当の事なのかもしれません。」 「800って・・・・いくら何でも消えすぎよ・・・・」 どこかに消えてしまった、800ものワイバーンと飛空挺。 800と言う数字は、第4機動艦隊の12隻の竜母が搭載する艦載ワイバーンよりも多い。 アメリカ軍や、連合軍の反攻が始まっている今、前線部隊では1騎でも多くのワイバーンや飛空挺を必要としている。 非常時と言っても良いこの時期に、なぜ800ものワイバーン、飛空挺が消えたのだろうか? 今の彼女には、その真意が全く分からなかった。 「はぁ・・・・何か、疲れてきたわ。」 リリスティは、深い溜息を吐きながらそう言った。 その後、クリンレは場の空気を和ませるために話題を変えた。 クリンレとの会見は1時間半にも及んだが、リリスティはずっと、何かが引っ掛かるような思いを感じていた。
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艦隊はゆっくりと港の奥に進んでいった。周りの帆船では、マストや甲板に 上がった何人もの人が、二つの船を見つめている。 「しかしなんというか、恥ずかしくなる視線だな」 「大の大人がみんな目ぇ丸くしてますもんね。どうも照れます」 自衛官達は、奇妙な視線に戸惑っていた。注がれている視線からは、侮蔑や恐怖、 歓喜といった感情ではなく、純粋なまでの驚きだけが感じられるからだ。 今までの任務では、そうそう感じる事もない視線だった。 岸壁がコンクリートではなく石で固められているため、輸送艦は横付けに 苦労した。しかしなんとか岸に着けることに成功し、その横に幾らか離れて 護衛艦が留まった。 その頃艦橋では、スーツを脱いだ事務官と艦長が相談していた。 「荷揚げといっても、一体どこに物資を置くんだね。野ざらしはまずいが 基地なんてあるはずも無いし・・・」 「それなら心配ありません。遭難船への救済措置で空き倉庫を貸して くれるそうですから、ある程度は捌けるはずです」 「で、その倉庫は一体どこにあるんだ?」 「港の中です。さっきの許可書を役人に見せれば、案内してくれるはずです」 「では、先に下りて案内と通訳に行ってきてくれ。頼んだぞ」 「分かりました」 その後事務官はいち早く下船し、そして荷揚げ作業が始まった。 岸壁につけた輸送艦は、作業を開始した。重苦しい作動音と共に 舷側の一部が左右に開いていき、暗い灰色をした舷側のそこだけが、 急に闇色になった。深い闇を覗かせているそこは、輸送艦の舷側扉だった。 その闇の中から、工事現場のコーンや踏切板のようなものを持った 自衛官が数人現れ、扉の前にそれらを設置していく。コーンが門の 両脇に置かれ、緑色の板が舷側扉と岸壁の間に橋渡しされる。 そして自衛官達が闇に向かって手を振ると、それに応えてエンジン音が 響き始めた。搭載車輛がエンジンをスタートさせたのである。 闇の向こうから最初に現れたのは、えぐれた鼻の軽装甲機動車である。 窓の真ん中に太い枠が通って、まるで太眉のように見える車だ。 機動車は港の幾らか奥に進んで停車し、その後も次々と輸送艦から 別の車輛が発進していった。 横幅の広い高機動車が現れ、巨大な73式大型トラックが一トン 水タンクを引き連れていく。ひょうきんな顔の73式中型トラックや、 地響きを立てる特大型トラックが港に並んでいく。 周囲が一杯になりだしたころ、ようやく事務官が帰ってきた。彼に倉庫の 場所を伝えられた自衛官の誘導により、車輛はまた別の所へ向かっていった。 移動がスムーズになりだした頃、艦からは今までと違う音が響き始めた。 鎖の鳴る音と、何かの機械の作動音である。その音は、甲板に係止されていた 車輛が、エレベーターによって艦内に下ろされていく音だった。
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第239話 夏の目覚め作戦 1485年(1945年)7月28日 午後9時 レスタン・ヒーレリ領境 周囲は、真っ暗な闇に覆われていた。 レスタン・ヒーレリ領境沿いには、草むらや木の葉に潜んだ虫のささやかな響きと、時折吹いて来る夏の暖かい風の 音が聞こえて来るだけで、何かの動きらしき物は全く無かった。 親子月と呼ばれる、大小2つの月が放つ神秘的な青白い光は、上空に広がった分厚い雲に阻まれ、周囲は冥界を 思わせるかのような、不気味な暗闇に包み隠されている。 「真っ暗だなぁ……」 とある1人の兵士が、小さいながらも、女特有の高い声で呟いた。 「おい、ミルヒィ。タバコの火を外に出すなよ。シホールアンル兵に見つかるぞ。」 ミルヒィと呼ばれたダークエルフの兵士は、同じハーフトラックに乗っている分隊長から注意を受けた。 「分隊長、心得てますよ。」 ミルヒィは右目をウィンクさせながら、分隊長に答えた。 「分隊長。小隊長より連絡が入りました。10分後に行動を開始するとの事です。」 「いよいよか……」 分隊長と呼ばれた軍曹……ミスリアル軍第12機械化歩兵師団第54機甲歩兵連隊第2大隊に属する小隊の一分隊を 預かるウラルス・ヘリケインズ軍曹は、心中では緊張しながらも、冷たい声音で言葉を吐き出す。 第12機械化歩兵師団は、ミスリアル第1軍第4軍団に所属する3個師団の内の1個師団である。 この日、第12機械化歩兵師団は、同じ軍団の同僚部隊である第8軽装機動歩兵師団(名前は軽装機動となっているが、 実際は自動車化歩兵師団である)と共に、ヒーレリ領境沿いにあるウトラスドと言う名の村を制圧する任務を与えられた。 攻撃命令を受けたこの2個師団の将兵達は、いよいよヒーレリ侵攻が始まるのかと誰もが思った。 それと同時に、今度の作戦でこれまで経験したような激戦を味わうと確信し、また、多くの仲間が散っていくと言う 悲壮感を露わにする者も少なくは無かった。 ミスリアル陸軍の戦術ドクトリンは、米式装備を与えられてからは米軍に準じた物を採用し、エルネイル戦から今日まで戦ってきた。 元来、精強な事で知られるミスリアル軍は、これまでの戦闘でアメリカ軍に勝るとも劣らぬ程の戦功を挙げてきた物の、急速に 軍の近代化を成し遂げつつあるシホールアンル軍によって被った犠牲も馬鹿にならなかった。 ミスリアル軍の戦闘は、昔と違って派手になり、度重なる勝利のお陰で軍の将兵達も絶対の自信を感じていたが、同時に、戦闘と なれば、少なからぬ味方が僅かな時間で散っていくと言う現代戦の非情さに、悲壮感を感じる者も少なくない。 攻撃を行うと聞いた将兵達は、また誰が、シホールアンル軍の銃砲弾幕によって命を落として行くのかと、半ば憂鬱な気持ちに なりながらも、シホールアンル最大の占領地であるヒーレリを遂に解放できる、というある種の感慨を感じる事で、次の作戦に 臨もうとした。 だが、ミスリアル軍の将兵達は、自らの指揮官が発した最初の言葉を聞くなり、疑問に思った。 “攻撃は28日午後9時頃。攻撃に参加する師団は……第12機械化歩兵師団と、第8軽装機動歩兵師団のみ。” ヒーレリ・レスタン領境には、現在、確認できただけでも20個師団以上はいると見られており、ミスリアル第1軍の正面にある 森林地帯には、少なくとも4個師団が森を堅固な防御陣地代わりにし、後方には砲兵部隊を展開させて待ち構えていると言う。 そんな所に、一応は1個大隊相当の戦車戦力を伴い、完全に機械化、自動車化されているとはいえ、僅か2個師団だけで突破するのは 不可能に近いのではないか? 指揮官の話を聞いた下士官・兵達は、誰もがそう思った。 また、なぜ、攻撃に参加する部隊が第12師団と第8師団のみなのかも、下士官・兵達の疑念を湧き起こした。 だが、彼らの疑念は、自然と晴れて行った。 ミスリアル王国は氏族社会である。 ミスリアル人は、肌の白いエルフと、肌の黒いダークエルフに大別されるが、実際は2種類のエルフの中でも更に種類が分かれており、 それらは何々氏族出身という形で分けられている。 王国内には、7つの氏族がある。 まず、ミスリアル王国最先端部にはフェミスエルヴァーン族と呼ばれる氏族があり、そこから東にウィパス族、エスパレィヴァーン族、 ウェティスベイン族、オウルダルヴァーン族、クセルス・エルヴァーン族、クィンクスレイルフ族となっている。 第12師団と第8師団は、それぞれウィパス族、エスパレィヴァーン族、ウェティスベイン族と、ミスリアル西部から中部地方出身の 者でほぼ固められていた。 ミスリアル人は、全体的に森の中で住み、日々の生活で狩猟を行っているため、ミスリアル軍の基本戦術ドクトリンである森林戦闘が 得意であるが、先の3氏族は、この森林戦闘を最も得意とする事で、ミスリアルでも広く知られていた。 その3氏族出身の兵でほぼ固められている第12師団と第8師団が、森林地帯に布陣した敵前線への浸透襲撃を命ぜられたのは、 ある意味当然の事と言えた。 各指揮官は、命令を伝え終えた後、こう付け加えた。 「諸君。今度の作戦は、かつて、我々が得意として来た森の中での戦いとなる。シホールアンル人達に、森の住人達の戦いぶりと言う物を、 久方ぶりに見せ付けてやろうじゃないか。」 こうして、密かに攻撃発起地点に到達した第12師団と第8師団は、攻撃開始の時まで、待機地点で待ち続けていた。 そして、この時。戦線後方の陣地から前線陣地に移動して丸1日の間待機していた2個師団の将兵達は、ようやく、行動に移り始めたのであった。 「よし、車から降りるぞ!」 上官であるヘリケインズ軍曹の言葉を聞いたミルヒィ・レティルナ伍長は、分隊の仲間と共にハーフトラックから降り、前方にある土嚢の陰に身を隠した。 ミルヒィの側に、ヘリケインズ軍曹が近寄り、自らの頭のヘルメットを2度小突く。 彼女はヘリケインズの示した行動の意味を理解し、すぐに冷たいアメリカ製のヘルメットを外し、代わりに紫色のベレー帽を頭にかぶせる。 彼女と同じように、分隊の兵全員が、ヘルメットからベレー帽に変える。 ミスリアル兵は、支給されたアメリカ製のヘルメットよりも、自国で作られたベレー帽の方が気に入っていた。 このベレー帽は、ミスリアル軍が3年前に採用したばかりの物である。 エルフ族である彼らは、特徴である長い耳がヘルメットによく引っ掛かる事を好ましく思っておらず(必要な時は装着していたが)、 ヘルメットをかぶるよりは、布製の帽子をかぶる方を好んでいた。 そこでミスリアル軍上層部は、耳に負担がかかるヘルメットを一応支給しながらも、国内に開設したばかりのアメリカ製の衣服製造工場で正式に ベレー帽を製造し、これを軍部隊に支給した。 ミルヒィ達がかぶっているベレー帽は、その新しい工場で作られた物である。 「ミルヒィ。どうだ?緊張してるか?」 隣のヘリケインズ軍曹が話しかけてきた。 「分隊長。緊張しない方がおかしいですよ。」 ミルヒィは、ため息を吐きながら彼に答える。 「私達が戦おうとしている敵は、完全充足の数個師団ですよ。そんな強力な敵が待ち構えている所を、たった2個師団で攻撃を 仕掛けるんですから、普通だったら、こんな無茶な攻撃は止めて欲しいですよ。」 「ほほう。じゃあ、今まで通り、ハーフトラックに乗りながら攻撃をしろと。そんな事したら、音で敵にバレて集中砲火を食らっちまうぞ。」 「……ある意味、今まで通りのやられ方ですね。」 ミルヒィがそう呟くと、ヘリケインズは苦笑する。 「まっ、我が栄えあるミスリアル機械化兵団は、どんな猛砲撃に浴びせられても強引に突破して来たがね。」 「その歴戦の機械化兵団が、今回はハーフトラックから降りて、敵陣にこっそりと忍び寄っていく訳ですか……」 「嫌かね?」 ヘリケインズは、やや唸る様な口調で問うてくる。 「……まっ、別に嫌じゃないかな。というか、私としては、ようやく本来の戦いが出来るかなぁと、思っていたりします。」 「ほう……どんな弱音が出て来るかと思ったら。お前もすっかり、ベテランになったな。」 彼は、昔からの馴染みでもあるミルヒィに対して、半ば頼もしげな口ぶりで言った。 ミルヒィ・レティルナ伍長は、今から3年近く前の1482年(1945年)5月に志願入隊し、基礎訓練を終えた10月になって、 シホールアンル軍との戦闘を経験した。 当時16歳であった彼女は、ミスリアル軍第22軽装歩兵旅団に配属され、米海兵隊の増援が来るまで絶望的な後退戦と防御戦を戦ってきた。 ミルヒィは、幼少時から家族と共に狩猟を行ってきた事もあり、部隊では、入隊時に家から持参して来たクロスボウを使って、弓兵として 敵と戦ってきた。 彼女はこの戦役で、シホールアンル軍の特殊戦部隊と交戦し、敵に腹部を刺されて瀕死の重傷を負うものの、奇跡的に一命を取り留めた。 83年4月には、戦役で負った傷も癒え、再び第22歩兵旅団に戻った。 83年9月。第22歩兵旅団は、戦役を戦い抜いてきた同僚部隊の第43軽装師団と第19軽装歩兵旅団の残余と共に再編され、新たに 第12軽装機動歩兵師団に編入された。 ミルヒィは、アメリカ製の装備と車両で編成された、全く新しい形の部隊を見るなり度肝を抜かれた。 第12軽装機動歩兵師団は、名前こそ軽装機動歩兵となっていたが、実質的には多数のトラックを装備した完全自動車化師団であった。 今までは、森林での戦闘を前提に、ある時は暗殺者の様に、気配を消して動くように訓練されたエルフ達にとって、アメリカ式の快速機動戦術は 全く異質な物に見えた。 第12軽装機動歩兵師団は、アメリカ人軍事顧問の指導の下、着々と訓練を行い、昨年7月のエルネイル上陸作戦では、他の部隊と共に、 ミスリアル軍初の機械化兵団として作戦成功に貢献し、以降の地上戦でも経験豊富なシホールアンル軍相手に勝利を重ねて行った。 エルネイル戦が終了した後は、ジャスオ領南部で戦力の再編と共に新機材を受け取った。 1484年11月には、全部隊に装甲化されたトラック……M3ハーフトラックと自走砲が装備され、第12軽装機動歩兵師団は 第12自動車化歩兵師団と改称された。 実を言うと、第12師団は、既にハーフトラックを受け取った第5、第6機械化歩兵師団と同様に、師団名に機械化歩兵と付く筈だったが、 ミスリアル軍上層部はシホールアンル軍に対する偽装のため、あえて、部隊名を自動車化師団とする事にした。 1月下旬に始まったレスタン戦線では、第12師団の所属するミスリアル軍第4軍団は、シホールアンル軍相手に奮闘した物の、第4軍団も また甚大な損害を被り、同僚部隊である第2親衛自動車化歩兵師団は戦力の60%を喪失して後方に送られ、第12師団と第8師団も定数の 30%の損害を受け、レスタン領中部地区にて戦力の補充と再編を行った。 戦力の補充と再編は7月の中旬まで行われた。 この間、第12師団はアメリカから供与された、新たなハーフトラックを受領すると共に、師団に1個戦車大隊を加えられ、7月17日には 正式に、第12機械化歩兵師団という名称を与えられた。 戦力の補充と再編は他の部隊でも進み、レスタン戦役で大損害を被った第2親衛自動車化師団は、本国から送られて来た戦車連隊を加えられた後、 新たに戦車師団に改編されている。 ミスリアル軍上層部としては、この休息期間中に第8師団にもハーフトラックを与えて新たに機械化歩兵師団を編成しようと考えていたが、 さしものアメリカも、レスタン戦役後は自軍の戦力補充だけで精一杯であったため、従来通り、非装甲のトラックを装備した自動車化師団の まま戦列に残る事になった。 エルネイル上陸作戦からレスタン攻略戦までの間、ミルヒィは第12師団が経験した全ての戦闘に参加しており、今は若干19歳ながらも、 彼女は歴戦の古参兵として分隊内では頼られる存在となっていた。 そんなベテラン兵である彼女も、ミスリアル軍本来の戦闘を再び行える事に、どこか懐かしさを感じていた。 「それにしても、上層部も思い切った物だな。まさか、夜間浸透作戦を仕掛けるとはね。」 「普通に行ったら、盛大に歓迎されて前進が難しくなりますから、上層部の考えも間違いではないと思いますけど。」 「俺もそう思うよ。」 ヘリケインズは、ミルヒィの背中に視線を向ける。 「となると、今日は久方ぶりに、ミルヒィの見事な射撃術を見られるな。背中のそいつも、久しぶりの獲物を与えられてさぞかし、 喜んでいる事だろう。」 「正直言って、こいつを実戦で使ったのはあの時以来1度も無いですよ。手入れは定期的にやってますけど、私の腕に関しては 余り期待しない方が……」 ミルヒィは首元を掻きながら、背中に吊り下げているクロスボウを手に取る。 彼女の装備は、正式にはM1ガーランドライフルと銃剣となっているが、それとは別に、長年愛用して来たクロスボウとナイフを所持している。 ミスリアル軍では、(ミスリアル軍に限った話ではないが)彼女のように、自前で武器を持ち込んで、それをそのまま装備する将兵が多い。 自前で持ちこむ武器は、主に長弓やクロスボウ、長剣と言った物が多いが、現在はミスリアル軍から支給された、アメリカ製のM1ガーランド ライフルやM1トンプソンマシンガン、M1カービンやM2重機関銃、M1919ブローニング30口径機銃といった銃火器が、圧倒的に 使用頻度が多い。 だが、ミスリアル軍将兵は、自前で持ちこんだ武器も、故郷のお守りがてらにそのまま装備として前線に携えており、時にはそれを使って 敵を倒す事があった。 以前、アメリカの新聞社に、トンプソンを持ったダークエルフの兵が、自前の長弓を使ってシホールアンル兵を倒そうとした所を写真に 撮られた事もある。 とはいえ、それらの持ち込んだ武器は、今では使用頻度の少なくなったお守り武器として装備されているだけであり、現実的な (アメリカ的な考えに染まったとも言われる)ミスリアル兵の中には、持ち込んだ武器を後方に置いて、身軽に動こうとする者も居る。 だが、今回の戦闘では、その持ち込んだ武器が最大限に生かされる機会でもあり、ミルヒィのように、クロスボウや長弓を携えた兵士には、 隠密裏に敵軍の歩哨を排除する任務が与えられていた。 「……時間だな。」 ヘリケインズは腕時計の針が、午後9時10分を指すのを見てから、こそりと呟いた。 その時、申し合わせたかのように、後方から航空機の爆音が響いて来た。 爆音は程無くして大きくなり、やがて、彼らの上空を多数の友軍航空機が飛び去って行った。 「第2小隊、前進!」 爆音が鳴り止んだ後、そんな声が響いて来た。 「聞いた通りだ。前進するぞ。」 ヘリケインズはミルヒィにそう言った後、左右に展開している部下達に向けて前進を命じた。 土嚢の陰に隠れていた分隊の部下達は、むくりと体を起こし、ヘリケインズと共にヒーレリ領へ向けて歩き始めた。 連合軍の前線からシホールアンル軍の前哨までは3キロ程離れている。 その3キロの道のりを、ヘリケインズとその部下8名は、身を屈めながらゆっくりと歩いて行く。 ヒーレリ側国境に向かって無言の前身を続けているのは、彼らのみでは無い。 第12師団に所属する第54機甲歩兵連隊と、第8師団に属する第24自動車化歩兵連隊の将兵、計4800名が、攻撃の第一陣として 無言のまま進撃を続けていた。 同日 午後10時 シホールアンル陸軍第68歩兵師団の前哨警戒陣地では、この日も、いつもと変わらぬ退屈な警戒任務をこなしていた。 第68歩兵師団第99歩兵連隊第2大隊は、中央戦線と呼ばれる戦線の最も西寄りの位置に陣取っていた。 「さっきの敵機は、後方の味方部隊を爆撃しているようだな。」 第2大隊第2中隊を指揮するオルタ・ファベスフォ大尉は、陣地の近くにある木から取ってきた枝をポキポキと折りながら、休憩中の 部下と雑談を交わしていた。 「ええ。何機ぐらい通っていきましたかね。」 「姿は見えなかったが、少なく見積もっても40機は下らなかった気はする。」 「40機ですか。うちの後方には第29軍団が居ましたね。もしかして、爆撃を受けているのはその第29軍団では?」 「恐らくはな。」 ファベスフォ大尉は忌々しげに答えた後、折り過ぎて短くなった木の枝を屑かごに投げ捨てた。 「アメリカ人はいつも爆撃ばかりだな。5日前には、前哨陣地の付近にミッチェルがやって来てドカドカと爆弾を落として行きやがった。」 「2日前もですよ。あの時は凄かったですな。インベーダー100機にサンダーボルトが60機以上と、大盤振る舞いでした。連中、俺達を こんな辺鄙な森林地帯ごと焼き払わんばかりに銃爆撃を加えて来ましたが……いや、あれは酷かった。」 「爆撃によって生じた死傷者は少なかったが、それ以上に、爆撃に神経をすり潰されて後方に引き下がった奴が多く出てしまった。」 「後送された精神錯乱者は、数にして100名以上。1個中隊程にも及びましたね。」 部下が深く溜息を吐きながら、ファベスフォ大尉に言う。 「前哨陣地の前に置いておいた地雷もほぼ全滅したのも痛かった。魔道地雷を作って、埋め直すにはかなりの時間が掛かるんだよなぁ。」 ファベスフォ大尉は心底嫌そうな顔つきで言った後、何かを思い出したのか、だらけていた姿勢を起こして部下に聞いた。 「おい。そういえば、空襲の直後に発注した魔道地雷の資材はどうなっている?」 「後方の要所が反乱民共に抑えられているせいで補給効率がかなり落ちている事もあり、資材はまだ届いていません。」 「なんてこった………ここで、敵の大攻勢が始まったら、敵戦車は地雷の心配をしないまま、悠々とこっちに向かって来るぞ。」 「砲兵の阻止弾幕がありますから、敵も易々とは突破できませんよ。まぁ、今までの例から言って敵の突破を完全に阻止する事は難しいでしょうが。」 「それにしても、足止め役が少なくなるのはあまりよろしくないな。」 ファベスフォ大尉は唸るような声で言ってから、眉をひそめる。 「すぐに補給を急がせてくれと、大隊本部に伝えてくれ。出来れば、明日の夜から地雷の作製と敷設に取り掛かりたい。」 「はっ、そのように。」 部下は頷くと、すぐに席を立って、魔道士の居る詰所に向かって行った。 「ちょいと用を足して来るか。」 不意に尿意を催したファベスフォ大尉は、中隊指揮所から出て、やや離れた人気の居ない木陰の所まで歩いた。 1分程で小便を終えた後、彼はゆっくりとした足取りで中隊指揮所に戻ろうとした。 「う……」 唐突に、どこからか短いうめき声が聞こえたかと思うと、直後に、誰かが倒れる音も聞こえてきた。 「ん?監視小屋の方から聞こえて来たぞ。」 ファベスフォは、その怪しげな音が、中隊指揮所から10メートル程離れた監視小屋から聞こえてきた事に気付き、急ぎ足で そこに向かった。 森林内にある前哨陣地には、所々に、高さ4メートル程の監視小屋がある。 監視小屋には、常時2名の見張りを立てて、木々の隙間から見える敵の前線を24時間態勢で監視していた。 彼は、上に続く梯子の先を見上げた。 「おい!どうした!?」 ファベスフォは声を張り上げたが、上の監視小屋からは何の反応もない。 「……俺の声が聞こえているか!何かあったのか!?」 彼はもう1度、監視小屋の警備兵に声をかけたが……やはり反応が無い。 「一体どうしたというんだ……」 不審に思ったファベスフォは、自分で上って確かめる事にした。 梯子に手をかけた時、ゴトリと、後ろで何か重々しい音が鳴るのを聞いた。 「……?」 ファベスフォは、不意に後ろで鳴った物音に気を取られ、顔を音がした方向に振り向ける。 そこには、薄く光る青い水晶玉らしき物が転がっていた。 「これは……!?」 彼は、その不審物を手に取ろうと、顔を屈めようとしたが、いきなり、首筋に衝撃が伝わった。 「……!」 ファベスフォは、首に強烈な痛みを感じた。あまりの激痛に、悲鳴が上がりかけたが、口から吐き出されたのは悲痛な 叫びでは無く、大量の血液であった。 彼は、何故、このような事になったのか、全く理解できないまま倒れ伏し、そのまま息絶えた。 その頃、ファベスフォ中隊に所属する魔道士のトラフ・エベルド軍曹は、定時連絡を終えた後、ゆっくりと水を飲みながら休憩を取っていた。 「おい、エベルド。お前、報告を送っていない奴が残っているぞ。」 彼は、今しがた交代したばかりの同僚にきつい口調で注意を受けた。 「え?本当かよ。」 「ああ。中隊が使う消耗品の要請書が、送信済みのサインを付けられてないまま残されていた。お前、こいつを中隊長に 見つかったら、またどやされるぞ。」 「いやぁ、面目ない。」 エベルド軍曹は、申し訳なさそうな表情で同僚に謝った。 「仕方ないから、俺が送ってやるよ。次は気を付けろよ?」 「手間を取らせて済まん。」 エベルド軍曹は同僚に感謝しつつ、側に置いてあった本を読み始めた。 「あれ……おかしいな。」 しばらくして、同僚の訳のわからぬと言いたげな声が聞こえてきた。 「どうしてだ……」 エベルド軍曹はその言葉を聞き流しながら本を読み続けたが、同僚に起きた異変が次第に気になってきた。 「おかしい……術式が発動できない。」 「ん?どうしたんだ?」 エベルド軍曹は同僚に振り向いてから、そう尋ねた。 「……俺って、通信魔法苦手だったのかな。」 「おい、大丈夫か?」 エベルドは、険しい顔つきで魔法通信を送ろうとする同僚に再び声をかける。 「……エベルド。なんか俺、通信魔法が使えなくなったようだ。」 「通信魔法が使えなくなっただと?なぜ?」 「いや……いきなりの事で俺も分からんのだが……」 「何度やっても駄目なのか?」 「ああ。術式は間違っていないんだが……」 同僚はそう言ってから、もう1度とばかりに、通信魔法の術式を詠唱して魔法を発動させようとする。 エベルドが聞く限り、同僚の術式詠唱は何の間違いも無かった。 だが…… 「くそ!やっぱり駄目だ!!」 同僚は、魔法を発動させる事が出来なかった。 「ちょっと貸してくれ。俺がやってみる。」 エベルドは同僚から紙を貰い、大隊本部に送る予定であった物資の要請文の内容を黙読し、それを魔法通信に乗せて送ろうとする。 術式を、まるで歌うかのような声音で詠唱する。 それが終われば、脳裏に術式が発動する時に伝わる、何かが弾け、染み渡っていく様な感触が伝わる筈であった。 だが、そのような感触は、全く無かった。 「……もう一回やってみる。」 エベルドは、背中に冷たい物を感じながら、もう1度通信魔法を発動させようとする。 だが、魔法は発動しない。 彼は何度も術式を展開し、時には、詠唱速度をゆっくりと行う等をして通信魔法を起動・展開しようとしたが…… 7回失敗した所で諦めた。 「畜生!何故できない!?」 エベルドは、苛立ちに顔を赤くしながら叫ぶ。 「術式を詠唱しても、魔法の展開はおろか、最初の起動すら出来ないぞ!」 「エベルド、もしかして、俺達は魔法が使えなくなったんじゃねえか?」 「……くそ!」 唐突に起きた、理解不能な事態に、エベルドの頭は興奮と混乱ですっかり煮詰っていた。 その時、送受信所の壕の近くで明らかに悲鳴らしき物が響いて来た。 「おい!今の聞いたか!?」 「ああ。聞いたぞ。まさか、敵襲じゃないだろうな。」 「そのまさかかもしれないぞ!」 2人は、咄嗟に置いてあった携行式魔道銃を手に取り、送受信所から飛び出した。 直後、同僚が短い悲鳴を発しながら、仰向けに倒れた。 エベルドは身の危険を感じ、すぐに近くの塹壕に飛び込む。 後ろを振り向くと、同僚の頭が見える。 「!?大丈夫……か………」 エベルドは、同僚の頭を見て言葉を発したが、その声音は次第にかすんで行った。 同僚の頭には、矢と思しき物が刺さっていた。 今は暗い夜間であるため、その影しか見る事は出来ないが、それでも、同僚の頭に矢が突き刺さっている事はわかった。 同僚は、何者かの手によって射殺されたのである。 「なんで矢が………」 エベルドはますます混乱して来た。 今や、弓や槍、剣の時代は終わった。というのが、エベルドが抱いている今の戦の印象だ。 シホールアンル軍の敵である南大陸連合軍は、新たに同盟に加わったアメリカによって急速に近代化され、アメリカ軍はともかく、 昔は蛮族と罵っていたカレアントや、魔法技術だけが取り柄で、軍備に関しては時代遅れと酷評していたミスリアル軍、そして、 その他の南大陸諸国までもが、アメリカ製の戦車やハーフトラックを使って機械化兵団を編成し、帝国軍を不利に陥れている。 その帝国軍も、現在は携行型魔道銃やキリラルブス等の新時代の兵器で身を固めており、弓矢や剣が武器の主力になる事は、 もはや無いだろうと考えられていた。 だが、同僚は、その“時代遅れの武器”の餌食となり、こうして彼のすぐ近くで物言わぬ躯と化している。 エベルドは、敵がまだ近くに居ない筈の状況で、同僚が矢に当たって戦死する事が、全く理解できなかった。 「なんであいつはやられたんだ!そもそも、敵が来る筈なら、事前に警報が鳴って野砲陣地がまず迎撃を行う筈なのに!」 エベルドは、半ば半狂乱になりながら、早口でまくしたてた。 砲撃で地雷は吹き飛ばされたとはいえ、軍の警戒網は厳重であり、監視小屋の兵は、敵の進軍をいつでも確認出来るように、 24時間態勢で見張らせていた。 そして、敵接近の情報が入れば、前哨陣地の対戦車部隊と、1ゼルド後方にある野砲陣地から集中射撃を行い、敵機械化部隊の 進撃を阻むよう、入念な準備が行われていた筈であった。 それが、何故機能しなかったのか? いや……それ以前に…… 「何故、俺の目の前にエルフの兵隊が居るんだ!?」 エベルドの前に、いつの間にか接近していたミスリアル兵が、何かを構えていた。 彼は自然に携行式魔道銃を構えて、目の前の敵兵を撃ち殺そうとしたが、ミスリアル兵はエベルドが引き金を引く前に、 構えていた物を発射した。 彼は、胸のど真ん中にそれを受けると、苦しそうな呻き声を上げながら昏倒した。 ミルヒィは、目の前の敵兵が仰向けに倒れるのを確認してから、内心では安堵していた。 「ふぅ、危なかった。危うく撃たれるところだったわね。」 彼女は、塹壕の中に隠れていた敵を危うく見落としそうになった。 気付いた時には敵が銃口を向けていたため、ミルヒィは大慌てでクロスボウの矢を放った。ろくに狙いをつけずに矢を放ったため、 彼女は攻撃に失敗したと思ったが、たまたま狙いが良かったのであろう。矢は見事、敵兵に命中した。 矢を受けた敵兵は、苦しげに呻いてから、そのまま仰向けに倒れた。 「ミルヒィ!お前の近くにあるのは何だ?指揮所か?」 後方から、分隊長であるヘリケインズ軍曹が問い掛ける。 「この壕ですか?指揮所かどうかはわかりませんが、ひとまず制圧しますか?」 「そうだな。ささっと制圧しちまおう。」 ヘリケインズ軍曹は頷くと、側にいた3名ほどの部下をミルヒィのもとに向かわせた。 同僚3名がミルヒィに合流した後、彼女はその3人を引き連れて塹壕の中に入り、近場にあった壕に敵兵が居ないか調べた。 武器をクロスボウから、M1ガーランドに持ち替え、物影に隠れながら壕の中を確認する。 1分程壕の中や周囲を調べたが、その近くにシホールアンル兵の姿は無かった。 「分隊長!ここには敵は居ません!」 「ようし………」 ヘリケインズは小さく頷きつつ、敵の伏兵を警戒しながら低姿勢でミルヒィ達の所へ走り寄った。 「ひとまず、前哨陣地の1つは抑えた。他の部隊も、受持ち区画を順調に制圧しているようだ。」 ヘリケインズは、散発的に聞こえる銃声を耳にしながら、低い声音で分隊員達に現状を知らせた。 「この調子で、俺達は前進を続ける。夜明けまでに敵第1防御線の砲兵陣地を制圧しなければいかんから、ここでグズグズして いられない。」 「勝負はここからだ、って事ですな。」 分隊員の1人がそう言い放った。 「その通りだな。では……次に進むとしよう。」 彼は分隊員にそう告げた後、自らが先頭に立って前進を始めた。 「おっと……言うのを忘れていた。ミルヒィ!例の水晶玉を回収しておいてくれ。」 「了解です!」 指示を受け取ったミルヒィは、周囲を警戒しつつ、塹壕をよじ登って、地面に落ちていた青い水晶玉を手に取った。 手のひらに収まるほどの小さな水晶玉は、淡い光を発していた。 ミルヒィは後方を振り返った。 敵の前哨陣地は、散発的に聞こえて来る銃声と、何らかの叫び声が上がる事を除けば、比較的静かである。 その静けさは、ここが戦場とは思えないほどであった。 (……いままでやかましい戦争ばっかりやって来たから、この静けさはある意味、新鮮さを感じるわね…) 彼女は心の中で思った。 シホールアンル軍陣地を襲撃しているのは、彼女の分隊だけでは無い。 ミスリアル軍は、この戦区に2個連隊4800名の兵力を投入し、その後詰部隊として更に2個連隊を進発させている。 通常なら、このような大規模攻撃は、夜間の場合でも、敵に察知される恐れがあるため、大抵は奇襲効果を得られる事は無い。 だが、ミスリアル軍はこうして敵に気付かれる事無く忍び寄り、先発の2個連隊は小隊、あるいは分隊単位で敵の主戦線に浸透しつつある。 シホールアンル軍第48軍団の第一線陣地には、第68歩兵師団と第221歩兵師団が、対戦車砲兵2個中隊を含む各1個大隊ずつを 配置していたが、この増強2個大隊は、ミスリアル軍と交戦を開始してから、一方的に押されていた。 何故、この大規模夜間強襲が成功したのか。 その答えは、ミスリアル軍の装備にあった。 話は、今から2週間ほど遡る事になる。 7月14日。ミスリアル軍北大陸派遣軍は、本国からある新兵器を送られていた。 ミスリアル本国では、6月下旬に極秘兵器であった通信魔法妨害兵器の開発が成功し、量産が始まっていた。 通信魔法妨害兵器は、ミスリアルがこれまでに開発して来た生命探知妨害魔法を応用した物である。 1482年10月。シホールアンル軍の行った大規模な通信妨害は、ミスリアル軍を大混乱に陥れ、緒戦にシホールアンル軍の大規模侵攻を 受けたミスリアル地上部隊は敗走を重ねた。 その後は、米軍の素早い救援のお陰でミスリアルは亡国の危機から脱する事が出来た。 ミスリアル軍魔法兵器開発部隊は、ミスリアル本土戦での戦訓をもとに、生命反応探知妨害魔法を開発すると同時に、通信妨害魔法の 開発を行い、紆余曲折の末、今年の6月下旬、水晶に妨害魔法を刷り込ませる事に成功し、兵器としての実用化に成功した。 妨害魔法を刷り込ませた水晶玉は、品質の関係から、持続時間が30分しかもたず、水晶の原料が少ない事もあって400個しか用意でき なかったが、魔法の効用範囲は、水晶玉1つで200メートルにも達し、その範囲内にある敵性の魔法通信は、水晶玉から発せられる妨害魔法の 影響で術式を起動する事が出来なくなる。 この魔法のお陰で、敵部隊は後方の味方部隊へ援軍を要請する事はおろか、敵接近の重大事を知らす事も出来ぬまま、現有戦力だけで侵攻軍との 戦いを余儀なくされる。 これを打開するには、伝令を送るしかない。 だが、その伝令さえも、敵の強力な銃火力の前には、ただ、動く標的を与えるだけで、満足に動けぬ内に撃ち殺される危険性が高い。 通信妨害魔法は、やられた側にとっては、まさに最大規模の災厄をもたらす代物と言える。 だが、今回の作戦では、この水晶を使うだけでは足りなかった。 進撃中は極力、敵に発見されるのを避けるため。魔道士は幻影魔法を使って姿を隠し、ゆっくりと境界線を渡り歩いていた。 そして、敵の前線から50メートル程まで近付いた時、彼らは水晶玉の魔法を発動したのである。 ミスリアル国民にとって、青天の霹靂とも言えたミスリアル本土決戦の混乱ぶりは、役割を変えて再び現出したのであった。 ヘリケインズの分隊は、他の分隊や、別の小隊と共に、辛うじて敗走した敵兵を追う形で、戦線の奥深くに浸透して行った。 交戦開始から30分程で、彼らの分隊は、主戦線から700メートル前進する事が出来た。 唐突に、ヘリケインズが右手を上げた後、近くの物影に隠れろという合図を送る。 ほぼ真っ暗な状況だが、夜目の利く部下達はその合図をすぐに読み取り、それぞれが木陰や窪みに隠れた。 「ミルヒィ、ちょっと来てくれ。」 ヘリケインズから後ろ2メートル程離れた木陰に隠れていたミルヒィは、姿勢を低くした状態で彼の側に寄る。 「あれが見えるか?」 「ええ……シホールアンル兵が集まっていますね。流石に感付かれたのか、敵が慌ただしく防衛態勢を整えつつあります。」 「とはいえ……あちらからはひっきりなしに叫び声が聞こえて来ている。どうやら、敵は混乱しているようだぞ。」 「……それにしても軍曹、あの陣地は何か妙ですね。」 「妙だと?何かあるのか?」 ヘリケインズは眉をひそめた。 「はい。見た目はただの防御陣地にも見えますが……その後ろ側になんか……野砲らしき物が見える様な。」 「野砲だと?ここは主戦線から1キロも離れていないぞ。敵の砲兵部隊は、対戦車部隊を除いて、大抵が主戦線から2、3キロか、 離れて6、7キロ後方にある物だが。」 「この森林地帯は、主戦線から5キロ程で途切れて、あとは草原と、平野が広がっているだけです。草原と平野部の敵軍は、 先月からアメリカさんが空から頻繁に叩いていましたから……あれはもしかして、空襲を避ける為に配備された砲兵隊か、 あるいは、防御密度をあげるために、思い切って前線に配備された物か。そのいずれかの可能性があります。」 「おいおい、敵さんは狂ったのか?シホールアンル軍の野砲は牽引式だが、それでも移動速度は早いとは言えない。 キリラルブスに引かせれば話は別だが……それにしたって、火力支援に要とも言える野砲を前線の近くに持ち込むとは……でも、」 ヘリケインズは怪訝な顔つきを浮かべながら、敵陣の方を見つめ続ける。 彼の目からは、敵防御陣地の後方に野砲を確認できなかった。 「俺の目からはよく見えないな。本当に野砲があるのか?」 「ええ。微かですが、ここから見えます。なんなら、こいつに上って正確に数を確認しましょうか?私、部隊の中で 一番夜目が利きますから。」 ミルヒィは、木を手で叩きながらヘリケインズに提案した。 「危険だぞ。敵に見つかったら集中射撃を受けるぞ。ここから敵の前線までは100メートルも離れていない。今の所、 敵は光源魔法を使って来ていないが、いずれは使うだろう。ここは止めた方がいいと思うが……って、おい!」 ヘリケインズは、話を聞き終わらないうちに気をよじ登ろうとするミルヒィを止めようとした。 「話を最後まで聞け!」 「分隊長、大丈夫ですよ。」 ミルヒィは、自信ありげな口調で言う。 「敵が混乱中なら、今の内に、目の前の敵の全容を確かめる事が出来ます。あの野砲部隊の配置は、明らかに通常の配置と異なっています。 敵の配置が変わっているとなると……もしかしたら、敵は後方からキリラルブスを呼び寄せ、防衛に当たらせている可能性もあります。 ひとまずは、敵の野砲がどれぐらいあるのか、そして、キリラルブスが居るのかどうか確認するのが先決でしょう。」 「キリラルブスの有無か……確かに、お前の言う通りだな。」 ヘリケインズは納得し、2度ほど頭を頷かせる。 「と言う事で、自分はちょっと様子を見て来ますね。」 ミルヒィはそう言いながら、そそくさと木を登って行った。 「お……って、もう行っちまった。」 彼は、やや呆れながらも、部下の見事な木登りを見学し続けた。 ミルヒィは、2分ほどで木の真ん中辺りの高さまで上がった後、枝に両足を乗せ、木にもたれ掛けながら、敵陣の方向をじっと見据えた。 小声で暗視魔法の呪文を詠唱し、視界を明るくしていく。 ミルヒィは幼少の頃から、家族と共に夜の狩に出ていた事もあり、夜目がかなり利くが、ここからでは100メートル向こう側の敵陣の 様子が分かり辛いため(シホールアンル軍は空襲対策のため、灯火管制を徹底している。そのため、敵陣には明かりらしきものが見当たらず、 ぼんやりとした敵らしき影しか見えない)暗視力強化の魔法を使って敵状を探ろうとした。 ほぼ薄暗かった視界は、暗視魔法のお陰でうっすらとだが、明るくなった。 視界は日中と違って、ほぼ白黒に近い状態だが、300メートル遠方まではなんとか見渡せた。 (そういえば、知り合いのレスタン人空挺兵は、普通に夜でも視界が開けて見えるって言ってたね。ホント、何もしていないのに 夜でも動き回れるのは、羨ましい限りだわ……) ミルヒィは、ヴァンパイア族である知り合いの特性を恨めしげに思いながら、敵陣の様子をじっくりと確認して行く。 (敵防御線と思しき塹壕……その後ろには、やっぱり野砲がある。半ば埋めている様な形で配備しているわね。ちょっと見ただけでは、 生い茂る木々が射線を邪魔して撃てないように見えるけど……) そっと、後ろを振り返る。 10メートル級の木々が並ぶ森は、野砲陣地を敷くには極めて不向きなように見えるが、シホールアンル軍は密かに射線上の木々を伐採する事で、 射撃用の弾道を確保していた。 無論、木を伐採すればその後がわかるため、上空偵察を行われれば丸わかりになるが、シホールアンル軍は木々の間に偽装網を張る事で、 この問題を解決していた。 (木はしっかりと倒してあるし、上には偽装網を張って偵察機対策もしっかりしてある。やはり、シホールアンルはしっかりしているわね) ミルヒィは、野砲の数を数え終わった。 この区域のシホールアンル軍は、約20門の野砲を布陣させていた。 常に後方にあるべきである野砲を、思い切り前進させてきた敵の狙いはいまいち分からないが、戦場では、野砲の砲撃は空襲の次に恐ろしい物だ。 エルネイル戦から、機械化兵団の一員として戦いを経験して来たミルヒィも、幾度も敵の阻止砲撃を経験しており、ある時は敵の砲撃が止むまで、 無我夢中で掘った穴に隠れて震えていたり、ある時はトラックで進撃中に敵の砲撃を浴び、仲間の乗っていたトラックが、まだ脱出を終えない内に 爆砕される光景を目の当たりにした事もある。 歩兵にとっては、野砲は恐ろしい存在であると同時に、ある意味では最も憎むべき存在ともいえる。 その憎むべき敵が、目の前で無防備な姿を晒していた。 それも、多数である。 敵がどのような意図で集めたのかは分からないが、狩人たる者、せっかくの獲物をおいしく頂かない訳にはいかなかった。 (キリラルブスはここに居ないか……ひとまず、敵の戦力は分かった。分隊長に報告を……) ミルヒィは暗視魔法を切って、通信魔法で報告を送る事にする。 自らの声で伝えるのも可能だが、彼女は地上6メートル程の高さに居るため、声をある程度大きくしなければ言葉が伝わらない。 そうなれば、混乱しているシホールアンル兵達も大声を聞いて、分隊の存在に気付いてしまうだろう。 彼女は魔法通信を使って、分隊長であるヘリケインズに報告を送る。 「……了解した。お前が敵の戦力を確認している間に、中隊が揃った。ミルヒィ、そっから敵にちょっかいを出してやれ。」 「ちょっかいですか?」 「ああ。適当に、矢を2、3本撃ち込んでやれ。」 「了解です!」 ミルヒィは魔法通信を切ると、再び暗視魔法を起動して、敵陣を見据える。 程無くして、塹壕の中でしきりに指示を飛ばしていると思しき1人の人影を見つけた。 100メートルの向こう側にいる人影などは、通常は見辛い物だが、暗視魔法には、視界を明るくする以外にも、若干の補正……カメラで言うなら ズーム機能のような物があるため、多少は判別できた。 「……あれを狙ってみるか。」 ミルヒィは、背中のクロスボウを取り出し、矢を装填した。 狙いを、薄く見える1つの影に定める。影は不安に駆られたかのように動き回っているが、行動範囲は限られており、塹壕から出ようとはしない。 「こんなに距離が離れた狙撃は2年ぶりになるけど……当たってよ……」 クロスボウのアイアンサイトは、小さな人影を常に追い続けているが、この調子では、なかなか狙いが定まらない。 「……未来位置を予測して撃とうにも、この距離じゃ。それに、横風も強い。多少、横にずらさないと、矢は大きく外れてしまう……」 彼女は緊張を押し殺しながら、いつ矢を放つか考える。 呼吸を浅くして体の動きを極力減らし、風の強弱を読みつつ、相手の動きを追い続ける。 集中力を高め、彼女は来るかも知れないそのチャンスを待ち、逸る気持ちを抑えながら、トリガーの指に力を入れていく。 待つ事2分。 目標の人影が、動きを止めた。 その瞬間、ミルヒィは矢が目標に突き刺さる最適な位置を考え、その方向に狙いを付ける。 風は北東から南西方向に吹いている。勢いは弱いとはいえ、風の影響を受け易い矢は、その弱い風を受けても狙いを逸れやすい。 それを考慮して、ミルヒィは、アイアンサイトの狙いを目標から幾らか左側に定め、そして…… 「あたれ……!」 トリガーを引いた。 ガーランドライフルとは違う、独特の小さな音と振動が伝わり、矢が勢いよく飛び出して行く。 待つ事しばし。 「……あ、当たった……!?」 ミルヒィは、目標の人影がいきなり仰け反り、そのまま倒れ込んだのを確認した。 「久しぶりの遠距離射撃で当てるとは……あたしって、天才かも。」 と、半ば自信過剰な言葉を呟いたが、その直後、倒れた目標の側にいたシホールアンル兵が、ミルヒィが居ると思しき方向に指を向けた事に気付いた。 「やば!ばれた!!」 ミルヒィはぎょっとなりながらも、咄嗟にその場から逃げるため、素早く行動を起こした。 彼女は信じられない事に、乗っていた枝から後ろ向きに飛び降りた。 通常では全く考えられない行動である。傍目から見れば、望んで投身自殺をしたようにも見える行動だが、ミルヒィはそうでもなかった。 彼女は後ろ向きに飛び降りたと見るや、次の瞬間には両手で下の枝を掴み、落下の勢いを減殺していた。 ミルヒィが60センチ下の枝を掴んだ時、シホールアンル軍陣地から放たれた魔道銃の集束弾が放たれて来た。 敵側に射撃の腕自慢が居たのか。魔道銃の光弾は、先程までミルヒィが居た辺りを正確に射抜いていた。 「敵ながらいい狙い……」 ミルヒィは射撃の腕前に感心しつつ、枝を掴んでは放して落下、また掴んでは下を素早く確認し、必要があれば体を捻るか、あるいは体の 勢いに乗り、手を離して落下という方法で、6メートル以上の高さを僅か30秒ほどで下って行った。 ミルヒィはヘリケインズのすぐ後ろに着地した。 「ただいま戻りました!」 「おう、よくやった!ただ、敵さんも俺達に気付いたようだな。ここからは、お前の古い相棒は使えなくなるな。」 「仕方ないです。でも……」 ミルヒィは、右の腰に吊ってある小さな袋から、青い水晶玉を取り出した。 「これはまだ使えます。3個中1個は既に使いましたから、こいつをまず使いましょう。」 「よし。術式を起動して、水晶に込められた妨害魔法を発動させて投げ込め。」 「了解です!」 ミルヒィは指示を受け取るや否や、素早く呪文を詠唱して魔法石の魔法を発動し、それを敵陣に投げ込んだ。 ヘリケインズの分隊のみならず、他の分隊も同じように水晶を投げ込んでいる。 この戦域には、計6個の水晶が投げ込まれた。 その瞬間、木の枝を狙って闇雲に撃ちまくっていた敵陣地の銃火が、一瞬だけ止まった。 鳴り止んだ銃声の代わりに、敵兵の叫び声が先程にも増して聞こえてきた。 「いいぞ。シホールアンルの連中、更に混乱してやがる。」 ヘリケインズはそう呟きながら、すっかり冷静さを失った敵に対して、してやったりと言わんばかりの表情を浮かべた。 「ヘリケインズ!そろそろ頃合いだ。突入する!」 唐突に、いつの間にか追いついて来た小隊長が彼に言うと、先頭に立って敵陣に突っ込み始めた。 「突っ込むぞ!」 ヘリケインズは鋭い声で分隊の部下達に命じた。 物影に隠れていた分隊員達はすぐさま立ち上がり、姿勢を低くした状態で敵陣に向かって行く。 彼らは、無言のまま敵陣に接近して行く。誰も、士気を上げるために雄叫びを挙げる者は居なかった。 シホールアンル軍の魔道銃が再び射撃を開始した。 それと同時に、上空に照明弾が打ち上げられ、瞬時に赤紫色の光が上空で灯った。 先発した分隊が、魔道銃の射弾を浴び、2、3名の兵が倒れ伏す。 「流石に気付かれたか。だが、もう遅い!」 ヘリケインズは小声ながらも、威圧するかのような声音で断言する。 上空に照明弾が灯った頃には、小隊長の直率する分隊は、敵の防御線まで僅か20メートル程にまで迫っていた。 前方で、魔道銃の者とは異なる射撃音が響き渡る。 その音は、明らかにアメリカ製銃器の放つ独特の発砲音である。 ヘリケインズの分隊は、敵の防御線まで一気に15メートル程まで接近した。 その時、塹壕から敵兵と思しき複数の人影が這い出して来た。 「敵だ!撃ち倒せ!」 ヘリケインズは持っていたM1トンプソンを構えながら、咄嗟に地面に伏せた。 彼が伏せた直後、敵兵が魔道銃を放って来た。 「やはり携行式魔道銃を装備しているか。」 彼は何気無く呟きながら、トミーガンという通り名が付いたトンプソンの照準を敵兵の1人に向け、引き金を引いた。 銃声と共に、銃口から弾き出された45ACP弾が初速280メートルのスピードで、狙った敵兵に向けて殺到して行く。 ヘリケインズは、45口径11.5ミリ弾の連射の強反動で狙いがずれるのを和らげるため、4発、または5発ごとにと、 指きり射撃を行う。 20発目を撃った所で、銃弾を受けた敵兵が仰け反り、塹壕の中に姿を消した。 「手榴弾!」 誰かがそう叫ぶと同時に、敵の塹壕内に手榴弾が投げ込まれた。 敵陣内に投げ込まれた手榴弾は2個であった。1個は塹壕には入らず、全く関係の無い所で炸裂して土砂を派手に散らした だけに終わったが、もう1個は過たず塹壕内に入り込み、魔道銃を撃ちまくっていたシホールアンル兵は、一目散に逃げ始めた。 手榴弾が炸裂するや、逃げ遅れた2名のシホールアンル兵が背中に破片を食らい、悲鳴を上げながら倒れた。 敵の反撃が止んだ事を確認したヘリケインズは、少し体を起こして右手を大きく振った。 前進再開の合図を確認した分隊員は、ヘリケインズを先頭に、敵防御線目掛けて突進する。 ヘリケインズを先頭に、分隊の8名の兵全員が塹壕内に飛び込んだ。 塹壕の曲がり角から、2名のシホールアンル兵が飛び出して来た。 彼は躊躇う事無く、トンプソンを撃つ。弾倉内の残弾は少なかったが、彼は的確な射撃で敵兵2人を撃ち倒した。 「あの壕を占拠する。」 ヘリケインズは、目標の四角状の防御陣地(トーチカのようなもの)に顎をしゃくった。 ちょうどその時、防御陣地に入ろうとする4名の敵兵の姿があった。 敵兵の内の1人がヘリケインズ達に気が付き、大慌てで中に入って行った。 「あいつら、魔道銃に取り付いて後続の味方を撃とうとしているぞ!」 ヘリケインズ早足で防御陣地の後ろ側に近付いて行く。 あと5メートルほどまで迫った時、いきなり、3名のシホールアンル兵が叫び声を上げながら飛び出して来た。 敵兵は全員が小銃を持っていた。 (まずい!) ヘリケインズは咄嗟に、左側にあった横の窪みに身を隠した。 その瞬間、敵がヘリケインズめがけて銃を撃って来た。隠れた窪みの周囲に光弾が突き刺さる。 時折、砕けた小石の破片が顔に飛び散ってくる。 「小癪な!」 ヘリケインズはトンプソンだけを出して連射を加えた。 トンプソンの射撃を食らったのか、敵の居る方向から悲鳴が上がったが、それでも敵は射撃を続けてきた。 「分隊長!援護します!」 その時、彼の耳にミルヒィの声が響いて来た。 咄嗟に後ろを振り向いたが、そこには物影に隠れている部下の姿しか無かった。 いきなり、右斜め上から銃声が聞こえた。 そこには、いつの間にか塹壕から上がっていたミルヒィの姿があった。 ミルヒィは、ヘリケインズが釘付けにされている間に、5名に増えていたシホールアンル兵に向けてガーランドライフルを撃ち放っていた。 彼女は4人の敵兵を倒したが、5人目は撃ち倒せなかった。 ミルヒィのガーランドライフルから、金属的な音を立てて空のグリップが吐き出された。 それに反応した敵兵は、仲間をやられた怒りの矛先を、ミルヒィに向けていた。 敵兵は、伏せようとしていたミルヒィに携行式魔道銃を向けようとしたが、その瞬間、隠れていたヘリケインズがトンプソンを撃ち放ち、その敵兵を射殺した。 「ふぅ……ありがとうよ!」 ヘリケインズは、自らの危機を救ってくれた戦友に感謝の言葉を送る。 「いえ、自分の方も分隊長に助けられましたよ。」 「という事は、お互い様か。」 彼がそう言うと、ミルヒィはそうですねと言いながら、苦笑を浮かべた。 「しかし、大丈夫なんですかね。あたし達、時々やかましく撃ち合っていますが。」 「いいんだよ、これで。」 ヘリケインズは、ちらりと、北の方角に目を向けながら答えた。 「俺達の大隊は、そうするように命じられている。俺達がこうしている間、今頃は第1大隊と第3大隊の連中が仕事を果たしているさ……」 「それにしても、敵はかなり慌てているようですね。」 「ああ。連中、泡食ってたぞ。もしかしたら、それのお陰かもしれないな。」 ヘリケインズは、ミルヒィの腰に吊ってある小袋を指差した。 「さて、敵混乱している今が、更なる前進の機会だ。小隊長の班は、あっという間に敵を倒したと思ったら、あっという間に前進して 行きやがった。こりゃ、俺達も負けてられんぞ。」 「その通りですね。」 ミルヒィは深く頷いた。 「この辺の敵は、他の分隊が殲滅したようだ。俺達はこの機会を利用して、更に奥へ進むぞ!」 ヘリケインズは、改まった口調でそう命じるや、分隊員と共に、塹壕を這い出し、敵に警戒しながら森の中を突き進んでいく。 その際、後続の味方部隊の姿も幾度となく見るが、味方部隊はヘリケインズの分隊を見つけても、無言のまま前進を続けていった。 ミルヒィの分隊は、並べられた野砲を尻目に、敵の新たな防御線へと向かって行く。 彼女はちらりと、野砲の砲列に視線を送る。 通常通り攻撃を行っていれば、ここに敷き並べられた20門以上の野砲は一斉に砲門を開き、砲弾の弾幕射撃を、ハーフトラックに 乗り込んだミルヒィ達にお見舞いしていた事であろう。 だが、ここにある野砲の砲列は、突然の奇襲の前に砲兵が逃げ散った事で、期待された阻止砲火を1発も放つ事無く沈黙を余儀なくされた。 ミスリアル軍の浸透戦術という奇策の前に、射撃の機会を完全に逸した野砲の砲列は、今では、その長い砲身をただ、上空に振りかざすだけの 無用な置き物に成り下がっていた。 第12機械化歩兵師団と第8軽装機動歩兵師団の投入した最初の2個連隊は、敵の前線を突破後は、それぞれの連隊が小隊、または 分隊レベルの小部隊に別れ、敵戦線後方に浸透して行った。 交戦開始から2時間が経過した午後11時には、第12師団の部隊が前線から2キロ後方まで進出し、敵側の連隊司令部を襲撃して 壊滅させていた。 一方で、攻撃を受けたシホールアンル軍第41軍団は、前線に展開させていた第68、第221歩兵師団の前線展開部隊から連絡が 途絶した事に驚きながらも、敵がどのような攻撃を行っているか全く情報が掴めなかったため、戦線後方に布陣している部隊を前線に 向かわせる事も出来なかった。 午後11時30分。前線から逃げ出して来た部隊の一部が、ようやく第2線陣地に到達し、連合軍の攻撃があった事を伝えられた。 第41軍団司令部はようやく、第2線陣地から増援部隊を送る事を決定したが、その決定は、結果からみれば遅すぎた。 前線に展開していた2個師団所属の部隊は、その大半がミスリアル軍の浸透作戦の影響で何らかの打撃を受けるか、半包囲されており、 じきに壊滅する事は時間の問題であった。 連絡の途絶した部隊は、約2個連隊、4000名以上にも及んでいる。 これらの部隊の中には、敵の攻撃を受けた部隊もあれば、敵に何の手出しも受けぬまま、気が付けば敵が後方に進出して包囲されていた、 という部隊もあった。 この身動きの取れなくなった部隊に対して、連合軍は更なる攻撃を加えつつあった。 午後0時。目標のラインにまで到達したミスリアル軍前進部隊は、進出成功の報を軍団司令部に送った。 その直後、軍団司令官から後方で待機を続けていた機械化部隊に対して、前進開始の命令が下った。 第12師団の中で、浸透作戦に参加しなかった第56機甲歩兵連隊は、事前にハーフトラックに分乗しており、命令が下るや、 護衛の第12戦車大隊(M4シャーマン戦車を装備)と共に敵戦線に向けて突き進んで行った。 1485年(1945年)7月29日 午前6時 リーシウィルム沖西方200マイル地点 第57任務部隊第2任務群は、第1任務群と共に、リーシウィルム沖西方洋上を、時速28ノットの速力で航行していた。 TG57.2の司令官を務めるアーサー・ラドフォード少将は、旗艦キティホークの艦上から、偵察機の発艦を眺めていた。 滑走を開始したS1Aハイライダーは、機首のエンジンをがなり立てながら速度を上げ、飛行甲板の先端部分で機体を浮かせ、朝焼けに染まった 大空に向けて、上昇して行った。 「これで、索敵隊は全機発進完了だな。」 ラドフォード少将は、航空参謀のフランクリン・イーブル中佐に顔を振り向けてから言う。 「敵の機動部隊は出て来ると思うかね?」 「断言は出来ませんが……出てこない可能性の方が高いと思われます。シホールアンル海軍は、今現在も、レーミア沖海戦で受けた損害から 完全に立ち直れていません。特に、深刻な損害を受けた、竜母航空隊の再編は今も継続中ですから、出て来る確率は30%と言った所でしょう。」 「こちらとしては、ありがたい限りだな。」 ラドフォードは軽く頷きながらそう言った。 「こちらの空母は9隻しかありませんからな。障害が少ないのはいい事です。」 イーブル中佐も同感だとばかりに、半ば嬉しげな口調で言う。 「攻撃隊の準備はどうなっている?」 「今の所、何の問題も起こらず、順調に推移しています。TG57.1の方も、スケジュール通りに進んでいるようです。」 「ふむ、万事順調、といった所だな。」 ラドフォードは口を引き締めながら、キティホークの周囲を眺め回して行く。 TG57.2は、旗艦キティホークの他に、エセックス級空母のオリスカニーとモントレイⅡ、軽空母ロング・アイランドⅡとライトが 主力である。 この5隻の空母を守るのは、戦艦イリノイとミズーリを含む30隻の戦闘艦艇である。 これらの護衛艦の中には、最新鋭の重巡であるデ・モインと、新鋭軽巡のウースターも含まれている。 TG57.2の北方20マイル沖には、任務部隊の旗艦が置かれているTG57.1が航行している。 TG57.1は、キティホークと同じく、最新鋭の大型空母であるリプライザル級のネームシップ、リプライザルがおり、その他に 正規空母レイク・シャンプレインとグラーズレット・シー、軽空母タラハシーの4隻を主力に据えている。 この4空母を守るのは、歴戦の巡戦であるコンステレーションとトライデント、重巡、軽巡、駆逐艦計29隻である。 TF57の正規空母、軽空母はあわせて計9隻、航空戦力は800機以上に上る。 TF57は、28日の深夜から始まったヒーレリ領攻略戦……Waking Summer作戦(夏の目覚め作戦)に参加するため、26日の夕刻には 指揮下の2個任務部隊が出撃を終えていた。 TF57は、早朝にリーシウィルム地方周辺に点在する航空基地を爆撃し、戦線後方の敵航空兵力を減殺する任務が与えられていた。 9隻の空母には、第1次攻撃隊の戦闘機、攻撃機が次々と飛行甲板に並べられており、発艦予定時刻である午前6時40分までには、 発艦準備を終えそうである。 「バイスエ沖のTF58はかなり暴れ回っているようだな。」 「はい。TF58の空母には、試験的に配備されたF8Fが何機か搭載されていましたが、そのF8Fがなかなかに活躍しているようです。 そのお陰で、他の母艦航空隊もかなり暴れているとか。」 「流石は最新鋭機といったところか。」 ラドフォードはそう言った後、飛行甲板に視線を移した。 飛行甲板には、第1次攻撃隊に参加する機体が敷き並べられている。 そこに、新たな1機が、10名ほどの甲板要員に押されて列に加わろうとしている。 その機体は、これまで、彼が見て来た艦上機と違って大きな特徴があり、外観も双発機と言う事もあって、F4UやSB2C等に比べて 非常に目立つ。 「こっちの任務群にも、F8Fとは別の機体が送られてきている。それも2つもだ。」 「今回の作戦が、あの機体の初陣になりますが、パイロットはこれまでの海空戦に参加して来たベテランです。必ずや、戦果を 挙げてくれるでしょう。」 「その通りだな。」 ラドフォードは、新たに列に加わった見慣れぬ双発機……F7Fタイガーキャットを見据えながら、そう答えた。 彼は、視線をF7Fから、列線の最後尾に向ける。 「ここからは流石に見え辛いか……まっ、スカイレイダーのパイロットもベテランだ。彼らもきっと、良き戦果を挙げてくれるだろう。」 ラドフォードがそう言った時、後ろから声がかかってきた。 「おはようございます。」 ラドフォードとイーブルは、声がした方向に顔を振り向けた。 「これはハイネマン技師。朝から御苦労だね。」 「スカイレイダーの調子はどうでしたかな?」 ラドォードは挨拶を返す一方、イーブルは気掛かりとなっていた点に質問を飛ばした。 「作戦参加予定の機体は、全て快調です。戦闘中にトラブルを起こす事は、まず無いでしょう。」 ダグラス社から派遣されて来た技師、エドワード・ハイネマンは、自信に満ちた口調でそう断言した。
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第289話 帝国領総戦線 1486年(1946年)2月3日 午後4時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル 帝都ウェルバンルの空は曇りに覆われていた。 未だに冬のままのウェルバンルは、前日に降り積もった雪があちこちに残っており、晴れない空模様は人口の減少したウェルバンルをより一層、殺風景な物にしていた。 「冴えない光景に冴えない戦況、そして、冴えないあたしの心境……いいところが無いわね」 シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、1月下旬より設置された陸海軍合同司令部のベランダから首都を一望しながらそう独語する。 彼女がいる陸海軍合同司令部は、陸軍総司令部と海軍総司令部の中間にある5階建ての古い施設を改修して設置されている。 これまで、陸軍総司令官と海軍総司令官が共に協議を行う場合は、いずれかの総司令部に出向いて話し合っていた。 ただ、会談を行う頻度はあまり多くなく、平時は年に3度ほど。戦況がひっ迫し始めた84年から85年でも5度しかなく、大体の作戦案は陸軍、または海軍内でのみ作成され、組織のトップが頻繁に顔を合わせて作戦のすり合わせ等を行う事は少なかった。 だが、戦況が極度に悪化した現在においては、前線の状況は目まぐるしく変化するため、陸海軍の連絡も密にする必要がある。 そこで、陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥はリリスティに陸海軍合同司令部設置を提案し、リリスティもこれに快諾した。 この陸海軍合同司令部には、陸軍、海軍双方の総司令部より連絡員のみならず、本総司令部の参謀達も多く配置されており、来たるべき連合軍地上部隊の大攻勢や、米海軍の活動に即応できる態勢が整えられていた。 また、陸海軍首脳部で協議を行う際は、この合同司令部で話し合う事も決められ、今日は合同司令部設置後、初の陸海軍首脳の協議が行われる予定であった。 本日の協議では、昨日までの戦況の確認と敵軍の最新情報の公開や、作戦のすり合わせ等が行われる。 だが、海軍側が用意した情報の内容は、非常に厳しい物ばかりである。 「提督。協議前なのに、そんな浮かぬ顔されるのはあまりよろしくない事かと」 背後から肩を落とすリリスティを気遣う部下が、心配そうな言葉を発するが、その口調はややおどけていた。 「この状況で晴れた顔つきで居ろというのかい?魔道参謀ー?」 リリスティは力のこもらぬ声で返しつつ、のっそりとした動きで後ろに振り返った。 総司令部魔道参謀を務めるヴィルリエ・フレギル少将は、地味にだらしない上司を見て苦笑してしまった。 「皇帝陛下がそのお姿を見たらなんと思われるでしょうか……恐らく、激怒して最前線に送られてしまうでしょうな」 「そん時ぁヤツも前線に道連れよ」 ひねくれ気味にそう発するリリスティを見かねたヴィルリエは、微笑みを浮かべて上司の両頬を両手でつまんだ。 「い、いた!何すんの!?」 「まーだ?まーだ目が覚めないの?んじゃこうして」 「ちょちょ、痛い!やめてったら!」 つまんだ皮膚を更に伸ばそうとするヴィルリエの手を、リリスティは強引に離した。 「こんのバカ!上官暴行罪で憲兵隊に突き出すわよ!」 「いやはや、これは失礼をば。それより……目は覚めたみたいね」 ヴィルリエはやれやれと言いたげな態度で、自らの目を指さしながら彼女に言う。 「まぁ……そうだ……ね」 リリスティは両頬をさすりながら、先程まで感じていた眠気が晴れた事に気付く。 彼女は多忙の為、一昨日からロクに睡眠が取れておらず、今や疲労困憊であった。 「眠気のせいでバカな事を口走ってたから、眠気覚ましのおまじないをかけてやったけど、効果はあったみたいね」 ヴィルリエはそう言ってから、気持ちよさげに笑い声をあげる。 「おまじないって……ただ頬をつねっただけじゃん」 リリスティはジト目を浮かべつつ、ぼそりと呟く。 彼女は軽く咳ばらいをしてから、改まった口調でヴィルリエに聞いた。 「さて。そろそろ来るんだね。ヴィル?」 「ええ。陸軍総司令部からエルグマド閣下がこちらに向かわれているとの知らせよ。リリィ、そろそろ会議室に戻らないと」 「言われなくてもそうするよ」 リリスティは凛とした顔つきでそう返し、ヴィルリエの肩を軽く叩きながら会議室に向かい始めた。 午後4時10分になると、合同司令部3階に設けられた会議室にエルグマド元帥とその一行が入室してきた。 席に座っていたリリスティは参謀達と共に立ち上がり、一行を出迎えた。 「お待ちしておりました、エルグマド閣下」 「すまぬの、諸君。ヒーレリ国境線と南部領戦線の対応で手を焼いておってな」 エルグマド元帥はにこやかに笑ってから、海軍側の向かい側に置かれた席まで歩み寄った。 彼はリリスティの真向かいまで歩いてから、軽くうなずく。 「それでは、早速始めるとしようか」 リリスティは無言で頷くと、陸海軍双方の参加者たちはひとまず、席に着いた。 「諸君らもご存知の事であろうが、前線の状況は……加速度的に悪化しておる。まずは、陸海軍双方の状況確認を行う事にする。手始めに陸軍から最新情報の公開等を行いたいが、よろしいかな?」 エルグマドの問いに、リリスティは無言で頷いた。 彼は左隣に座る参謀長に目配せし、参謀長は小さく頷いてから作戦参謀と共に席を立った。 「総司令官閣下の申されました通り、陸軍部隊は各地で苦戦を余儀なくされております」 陸軍総司令部参謀長を務めるスタヴ・エフェヴィク中将は、壁の前に掛けられていた指示棒を手に取り、壁に貼り付けられた地図を棒の先で指し始めた。 エフェヴィク中将は昨年8月まで第12飛空艇軍を率いていた歴戦の指揮官である。 元々は陸軍の歩兵畑の軍人であったが、30代中盤からワイバーン部隊の指揮を執り始め、着実に実績を重ねてきている。 昨年7月末のリーシウィルム沖航空戦では、アメリカ海軍の高速機動部隊に対して最後まで戦闘を完遂しなかった事を咎められ、8月初旬に第12飛空艇軍司令官を解任され、9月からは北方の第77予備軍の司令官という閑職に回されていた。 エルグマドが陸軍総司令官に任命されてからは、元々、エフェヴィク中将の経験と見識の広さに目を付けていた彼が直々に任地である北東海岸の基地に赴き、しばしの間帝国の現状と、エルグマド自らが抱く心境を打ち明けた後、 「国家危急存亡の折、陸軍総司令部の参謀連中を束ねられるのは……エフェヴィク。君を置いて他には居ない。是が非でも、首都の総司令部に赴き、その経験と、君の見識を生かして貰いたい」 と、真剣な眼差しを向けながらエフェヴィクに語り掛けた。 僻地に左遷され、内心腐っていたエフェヴィクは最初、やんわり断ろうとしていたが、陸軍総司令官であるエルグマドに直々に懇請されてはそれが出来る筈もなく、1月初旬には後任の司令官と交代し、陸軍総司令部の参謀長として首都ウェルバンルに赴任する事となった。 「特に包囲された南部領付近の攻勢は激しく、包囲下の部隊は後退を続けております。また、帝国本土領においても、敵は適宜攻勢をかけており、我が方は防戦一方です。既に……」 エフェヴィクは帝国のヒーレリ領北西部……いや、“旧帝国領ヒーレリ北西部”の辺りを指示棒の先で撫で回していく。 「ヒーレリ領は帝国領にあらず、帝国軍を撃退した連合軍は国境付近で進撃を止めつつも、戦力の補充と部隊の増援を計りながら、旧ヒーレリ北西部国境付近からの帝国領侵攻を伺っているおります」 エフェヴィクは更に、指示棒の先で旧ヒーレリ領北西部、西武付近、帝国本土中部、重囲下にある南部領を順番に叩いた。 「陸軍は主に、この4方面において連合軍と交戦していることになります。今のところ、帝国北部に分散していた予備の師団や、急編成の部隊を順次前線に投入し、または本土西部の部隊を幾つか移動させ、旧ヒーレリ領北西部や西武付近等の戦線に投入する事も計画しておりますが……如何せん、兵力が足りません」 彼は指示棒の先で、帝国本土領……南部を除く範囲を大きく撫で回した。 「紙面上の兵力だけでも170万しかおりません。そして、実際の兵力は……大甘に見積もってもその8割。7割あれば御の字と言った所です」 エフェヴィクは、棒の先で南部領を叩く。 「この南部領に囚われた150万。そう……失われつつある150万が、本土領にいれば、幾らかは兵力の融通も利きましたが、現状は非常に厳しく、本土領へ侵攻中、または、進行予定の敵軍兵力は、包囲網を攻撃中の部隊を除いても我が軍より多いと判断しております」 彼は手を休める事なく、指示棒の先を地図の右側……アリューシャン列島へと向けた。 「そして、敵軍はこのアリューシャ列島から、帝国本土東海岸にいつでも地上部隊を投入可能となっております。いわば……帝国軍は実に、5つの戦線を抱えていると言ってもおかしくないのです」 エフェヴィクはアリューシャ列島のウラナスカ島を棒の先で叩く。 「東海岸戦線においては、特にこの地に展開する敵機動部隊が重要な役割を担っております。昨日も敵空母より発艦した艦載機によって東海岸の海軍基地、物資集積所のある港が幾つか爆撃されており、この爆撃が集中的に続く場合、東海岸方面からの敵の上陸作戦が実行される事は確実であると、我々は判断しております」 エフェヴィクはその後も、淡々とした口調で話を続けた。 やがて、エフェヴィクにかわり、作戦参謀のトルスタ・ウェブリク大佐が対応策の説明を始めた。 ウェブリク大佐は、エルグマドが首都に赴任するまでは総司令部作戦副参謀だったが先の空襲で作戦参謀が戦死したため、繰り上げで作戦参謀を務める事になった。 「次に、これらの敵部隊に対する我が軍の迎撃ですが……参謀長も申しました通り、現状は敵との兵力差はもとより、装備や練度に対しても敵に大きく劣ります。このため、迎撃作戦の主体は首都防衛を重点とせざるを得ず、首都より遠方の地方に関しては、遅滞戦闘を主体とした作戦を行うのが現実的かと思われます」 ウェブリク大佐は一同に顔を向ける。 彼は平静さを装っていたが、その口調は重々しかった。 「ただし、その遅滞戦闘ですら、現状では困難と言えます。敵の航空戦力は日増しに増大するばかりか、その質においても、我が方のそれを遥かに上回っている有様です」 彼はそう言いながら、懐から折り畳まれた紙を一枚取り出し、それを広げて壁に貼り付けた。 「ご存知とは思いますが、これは敵が新たに前線へ投入した新型機です。この新型機の名称は……シューティングスター」 ウェブリク大佐は、簡単ながらも、紙に描かれた新型機に指示棒をあて、そして一同に顔を向ける。 「我が軍が撃墜困難……いや、不可能となっている超高速新型戦闘機であります」 シューティングスターという名を耳にした一同は、ほぼ例外なく表情を曇らせるか、または眉を顰めていた。 昨日、突如として前線に現れたシューティングスターは、ワイバーン隊やケルフェラク隊相手に一方的な戦闘を展開し、連合軍航空部隊の迎撃に従事していたシホールアンル側は、事前の予想を超える大損害を受けてしまった。 このため、シホールアンル軍は中部地区に展開していたワイバーン隊、飛空艇隊の航空作戦を全て中止。 帝国本土中部地区の制空権は、僅か1日ほどで連合軍に奪われてしまった。 前線部隊より入手した情報によると、シューティングスターはこれまでの常識では考えられぬほどの高速で飛行が可能であり、推測ながら、その最大速度は400レリンク(800キロ)を軽く超えるとされている。 帝国軍に、400レリンクを出せるワイバーンやケルフェラクは無い。 空中戦で大事なのは、1にも2にも、速度だ。 どれだけ驚異的な機動力を有していようが、戦う相手より遅ければ、常に不利な体勢で戦う事を余儀なくされる。 放たれる弾をかわせば、相手の攻撃は無に帰すが、追いつけなければ、相手の弾切れを待つのみとなってしまう。 実際、シューティングスターに襲われたワイバーン隊やケルフェラク隊の生き残りは、敵があまりにも早すぎる為、防御一辺倒の戦闘に終始し、背後に回って反撃しようとすれば、敵は高速で瞬時に離脱してしまい、光弾を放つ事すらかなわなかったという証言が非常に多かった。 「今のところ、シューティングスターの目撃例はこの一件のみとなっており、他戦線では確認できておりません。ですが……」 ウェブリク大佐は若干顔を俯かせつつ、言葉を続ける。 「これまでの経験からして、アメリカ軍はこの新兵器を大量配備しつつある事は明らかと言えるでしょう。マスタング、サンダーボルト、スーパーフォートレス。これらの兵器も、戦場に顔を見せ始めたと思いきや、半年足らずで大量に配備され、我が方を圧迫しております」 「要するに……帝国本土上空は、そのシューティングスターという超高速飛空艇で埋め尽くされるのも時間の問題、という事か。おぞましい物だ」 腕を組みながら聞いていたエルグマドが、不快気な口調で漏らした。 「シューティングスター……空の脅威も当然ではありますが、海からの脅威にも目を光らせなければいけません」 それまで黙って話を聞いていたリリスティが、重い口を開く。 「昨年の戦闘で、我が方は帝国本土東海岸と南海岸部の制海権を失っています。このため、敵は好き放題に活動しており、3日前にも東海岸に接近した敵の機動部隊が東海岸の軍事施設を攻撃しています。これと同じことは、南海岸にも起こりえる事で、復旧作業中のリーシウィルムや、まだ無傷の軍港が敵機動部隊に狙われる可能性があります」 リリスティは内心、決戦に惨敗した事を非常に悔しがっていたが、それを表には出さずに言葉を続けていく。 「今のところ、各軍港に分散配置した、残存の竜母や戦艦といった主力艦艇群はすべて、シュヴィウィルグ運河を通って北海岸に避退、または避退中ではありますが」 ここで、唐突にドアがノックされる音が室内に響いた。 「失礼します!」 「何事か!?」 入室してきた陸軍の連絡官を見て、ウェブリク大佐が問いかける。 「リーシウィルムの西部軍集団司令部より緊急信であります!」 連絡官は早口でまくし立てるように答える。 それと同時に、海軍の制服を着た連絡官が現れ、足早にヴィルリエのもとに歩み寄った。 「総司令官。シュヴィウィルグから……いや、シュヴィウィルグとリーシウィルム、それから……」 ヴィルリエから小声で報告を聞いたリリスティは、無意識に眉を顰めてしまった。 「本当、敵機動部隊は我が物顔で暴れているわね」 「どうやら、海軍側でも敵機動部隊襲来の報告を受けたようだな?」 聞き耳を立てていたエルグマドが苦笑しながら、リリスティに聞く。 「はい。陸軍と海軍の連絡官は、ほぼ同時に似た報告を受けたようです」 今しがた伝えられた報告によると、現在、帝国領南海岸の4つの拠点……リーシウィルム、シュヴィウィルグ、トリヲストル、カレノスクナの地点に敵機動部隊から発艦した艦載機が襲来し、攻撃中という物だった。 攻撃は現在も続いている為、被害状況の詳細は分からないが、シュヴィウィルグでは、運河を通って避退しつつあった竜母クリヴェライカと戦艦ケルグラストが敵艦載機に攻撃され、防戦中という情報も入っている。 「モルクンレル提督は海からの脅威にも目を光らせるべきと言われたが、まさにその通りであるな」 「この一連の攻撃が敵の上陸作戦の前触れであるかは判断できませんが、もし上陸作戦が開始されれば、陸軍の計画も修正を余儀なくされるかと思われます」 ウェブリクがそう言うと、エルグマドは無言のまま大きく頷いた。 陸軍は、旧ヒーレリ領境付近を除き、本土西部の沿岸部近くに12個師団を配備しており、その内陸部には6個師団。そして、編成を終えたばかりの新師団が4個師団配備されている。 陸軍の計画では、このうち、半数近くに当たる10個師団を順次本土中部、並びに首都防衛線に近い東部付近に増援として送る手筈となっており、既に第1陣である歩兵2個師団が鉄道を使って、大きく北から迂回する形で東部戦線に送られつつある。 第2陣である1個歩兵師団と2個石甲師団は3月始めに鉄道輸送される予定で、6月までに10個師団全てを各戦線の前線、またはやや後方に予備部隊として配置する予定だ。 だが、その計画も、連合軍が帝国西部付近に上陸作戦を開始すれば、自然と狂ってしまう。 これまでの経験からして、連合軍は一度に1個軍(6~8個師団相当)を上陸させて強引に戦線を形成し、帝国軍を単一の戦線に戦力を集中させずに複数の正面で戦闘を強要させる傾向にある。 旧ジャスオ領や旧レスタン領、旧ヒーレリ領の戦いはまさにその典型であり、帝国軍は唐突に2正面戦闘を強いられて敗走を続けた。 それと同じ事を実行する可能性は、極めて高いと言えた。 もし、連合軍が西部付近の着上陸作戦を実行すれば、10個師団の他戦線の移動は不可能となり、少なく見積もっても4個師団は残存して敵の上陸に備えなければならないだろう。 「敵が上陸作戦を伴っているか否かは、ワイバーン隊の洋上偵察を実施すれば明らかになります。それよりも、今後の防戦計画について話を続けていくべきかと思われますが……陸軍からは続きはありますでしょうか?」 ヴィルリエがそう言うと、エルグマドはそうであったな、と一言発してから、ウェブリク大佐に説明を続けさせた。 1486年(1946年)2月8日 午前7時 ロアルカ島 昨日深夜に護衛任務を終えて、ロアルカ島の軍港に入港した駆逐艦フロイクリは、古ぼけた桟橋の側に艦を係留させ、短い休息を満喫していた。 フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、艦橋に上がるなり、やや遠くに浮かぶ見慣れない船にしばし注目した。 「ほう……珍しい船がいるな」 彼は、航海士官とやり取りをかわしていた副長のロンド・ネルス少佐に声をかけた。 「おはようございます艦長。珍しい船とは、あの木造船の事ですな?」 「ああ。今時は珍しい赤と黒の大きい船体か。どこの国の船だ?」 「最初は自分らも分からんかったんですが、聞いた所によると……イズリィホン将国の船のようです」 「イズリィホンか………戦争ではやたらめったに強いという、あの噂の……」 フェヴェンナはそう言いながら、ふと、イズリィホン船に何らかの異常が起きている事に気が付いた。 綺麗に塗装されたと思しき船体は、あちこちが傷付いており、特に船体後部には何人もの船員が張り付いて修復作業にあたっている。 特に目を引くのが、3本あるマストのうち、真ん中のマストが中ほどから折れてしまい、その上部がそっくり無くなっている事だ。 前、後部のマストには白い帆が畳まれているが、よく見ると、その帆にも小さな穴が開いている事が確認される。 「やたらに傷付いているようだが……」 「ノア・エルカ列島の西方沖で嵐に巻き込まれたそうです。あのイズリィホン船は何とか耐え抜いたとの事ですが、船体の損傷は大きいようですな」 「しかし、メインのマストがあの様では全速力は出せんだろう。あの船の船長は、ここでメインマストの修理をするだろうな」 「魔法石機関の無いイズリィホン船では妥当な判断と言えますね」 2人がその調子で会話を交わしていると、気を利かせた従兵が香茶入りのカップを持ってきてくれた。 「艦長、副長。淹れたての香茶であります」 「おう。気が利くな」 フェヴェンナは従兵に礼の言葉を述べつつ、カップを取って茶を啜った。 「明日の出港は朝の4時だったな」 「はい。僚艦3隻と別の駆逐隊4隻合同で、12隻の輸送艦を本土に護送する予定です。」 「往路は珍しく、一隻の損失も無く辿り着けたが……帰りは何隻残るかな」 フェヴェンナは自嘲めいた口調で、ネルス副長に言うが、副長は無言のまま肩をすくめた。 午前7時 イズリィホン船サルシ号 サルシ号の船頭を務めるヲムホ・ダバウドは、自ら指揮する乗船の状況を眉を顰めながら見回していた。 「イズリィホン水軍随一の大型軍船も、大嵐の前では小舟も同然じゃのう……」 ダバウドはしわくちゃの小烏帽子(略帽のような物)に手を置きながらそう嘆いた。 サルシ号はイズリィホン将国水軍で最新鋭の大型軍船で、全長は30グレル(60メートル)、全幅22メートル(44メートル)で、 排水量は800ラッグ(1200トン)になる。 イズリィホンがこれまでに建造した軍船の中では最大の船だ。 サルシ号は従来の軍船と比べて格段に大型化したにもかかわらず、船の操作性はこれまでの船と比べて向上していると言われている。 この船を建造したのは、イズリィホン内でも有数の規模を誇るオルミ領の造船所で、長年イズリィホンの軍船を建造し続けてきた名門であった。 オルミ国の守護大名はこの船を見るなり、どんな海でも悠々と渡ることが出来ると太鼓判を押し、幕府の中枢もこの船に大きな期待を抱いた。 しかし、自然はこの優秀な軍船を容赦なく振り回し、しまいには無視できぬ損害を与えてしまった。 特に、真ん中の帆棒(マストを表す)を失った事は大きな痛手である。 「早く修復せんと、シホールアンルにいる特使殿を待たせてしまう……ひとまず、ここは……」 ダバウドは髭で覆われた顎を右手でさすりながら、仏頂面で考え事を続ける。 その背後に快活の良い声音がかけられた。 「やあやあ!良い天気だのう!」 声の主はそう言いながらダバウドの両肩を叩いてから、するりと彼の前に歩み出た。 「これは団長殿。相変わらず元気溌剌でございまするな……」 「当たり前だろう!見よ、この見事な晴れ。わしらの前途を示しているとは思わぬか?」 ダバウドが被る烏帽子とは違う、手入れの行き届いた張りのある烏帽子を被る男は、満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。 「一昨日は酷い目に遭われたのに。団長殿は相変わらず豪胆なお方ですなぁ」 「これでもオルミ国の守護を任されておる身じゃ。領内の民や国人衆を率いるからには、どんな場に遭うても行く筋は明るい!と、言わねばならぬからの」 オルミ国守護を務める男……ルォードリア・キサスはダバウドにそう言ってから、豪快に笑い声をあげた。 彼は若干28歳にして、キサス家の当主を務めている。 キサス家は数あるイズリィホン武家の中でも強い勢力を誇り、元々は由緒ある家柄から派生した中規模の勢力程度の武家であるのだが、先々代、先代のキサス家当主が手練手管を用いて中枢に取り入り、先代当主も従軍した乱鎮圧の功がきっかけでイズリィホン国内でも有力な大名として勢力を拡大。 ルォードリアが18歳でキサス家の家督を継ぎ、その4年後、倒幕運動鎮圧の功もあり、キサス家は名実ともに国内で10位内に入る程の領地を手に入れ、押しも押されぬ有力大名として国中に知られる事となった。 ただ、キサス家の躍進は、長年分家筋として見ていた本家、ルィナクト家の勢力圏を半ば毟り取る格好で行われていたため、ルィナクト家の者達からは目の敵にされているのが現状だ。 そんな彼の性格は豪放磊落で、新しい物好きという面も持ち合わせている。 また、自分の思うままに物事を進めようとする面もあり、自分勝手な守護様と、陰口をたたく者も少なくない。 その彼が、一国の守護を務めていながら、なぜサルシ号に乗っているのか? 出港前に突如乗船してきた彼に、ダバウドは問いかけたが、キサスは 「これは、わしの領地で作った船じゃ。幕府水軍の所属とは言う物の、造船所の船大工は長年、キサス家が育ててあげてきた。言うなれば、この軍船はわしの赤子のような物じゃと思う。その赤子を送り出した主が、この旅路に同道するのは至極当然!と、思うのじゃが……違うかの?」 真剣な口調で逆に聞き返していた。 答えに窮したダバウドに、キサスは更に述べる。 「それに、この旅路で何か新しい物が見れると思うのだ。ソルスクェノ殿に再会したい気持ちも強いが……一番の目的は、イズリィホンには無い新しい物を、この目で見る事じゃ。シホールアンルには、それがある」 それを聞いたダバウドは、なんと自由奔放なお方なのかと、心中で思った。 しかし、辺境といえるこのロアルカ島を見ても、イズリィホンには無い物が多く見受けられる。 特に、帆も貼らずに高速で進むシホールアンル海軍の高速艦艇には度肝を抜かされた。 小型に部類されているシホールアンル駆逐艦でさえ、イズリィホン“最大”の軍船であるダバウド号より大きいのだ。 造船技術だけを取ってみても、イズリィホンとシホールアンルの差は非常に大きいという事がよくわかる一例だ。 「あの戦船を見るだけでも、多くの事を感じることが出来るのう」 キサスは、眼前の駆逐艦に指を差しながらダバウトに言った。 「そう言えば、シホールアンルの代官殿がそろそろ来船される頃でございますな」 「ほう。もうそんな時間であるか」 ダバウドがそう言うと、キサスは昨日の夜半にダバウドを始めとする代表者数名を上陸させ、シホールアンル側に船の修理ができる ドックと資材があるのか調べさせた事を思い出した。 ダバウドらの報告によると、唐突の来訪にであるにも関わらず、シホールアンル側の対応は紳士的であり、彼らの話を聞いてくれた。 相手側の話では、修理用船渠はちょうど空きがあるのでなんとか手配できるとの回答を得られている。 資材に関してだが、はっきりとした回答は得られなかったものの、夜が明けてから担当士官を船に向かわせ、被害状況を確認したいと言われた。 「噂をすればその姿あり、という奴じゃの」 キサスは、おもむろに左舷側を見た後、ダバウドの肩を叩きながらそう言う。 桟橋から小型艇が離れ、徐々にサルシ号に近付きつつある。 「シホールアンル籍の帆船もちらほら見るが、ああいう小型艇にも帆が付いておらぬとは……不思議な物でございますな」 「うむ。見る物全てがわしらを驚かせてくれる。退屈せんわい」 キサスはどこか満足気な口調でダバウドに返した。 程無くして、小型艇がサルシ号に接舷し、シホールアンル海軍の担当士官が部下2名を引き連れて船内に入ってきた。 キサスとダバウドは第3甲板の乗降口で担当士官らを出迎えた。 「日々ご多忙の中、軍船サルシへの視察にお越し頂き、誠に感謝いたしまする。改めまして、それがしはサルシの船頭を務めまするヲホム・ダバウドと申します」 ダバウドは恐縮しつつ、恭しい仕草で頭を下げた。 「それがしは、ルォードリア・キサスと申しまする。特使殿の出迎えのため、遠くイズリィホンより馳せ参じました。見ての通り、貴国の船を比べるべくも無い船ではございますが、不幸にも嵐に見舞われたため、かような事態に立ち至りました。我らは異国の地にて任を終えた同胞を出迎える事が勤めでありますが、船は傷付き、先行きは怪しい……我が同胞のためにも、ここは友邦国のお歴々のお骨折りを頂きたく、伏して、お願いを申し上げる所存でございます」 キサスは通りの良い、張りのある声音で担当士官らに願いを申し述べた。 「私はシホールアンル海軍西方辺境隊に所属するヴォリオ・ブレウィンドル少佐と申します。辺境隊司令官よりあなた方の話はお聞きしております。遠い異国の地に赴任する同胞を想う思いは、私にもよく理解できます。私自身、兄がフリンデルド本土の公使館員として働いております。戦況悪化の折、あなた方の望んだ通りの支援が出来るかは正直……確約できぬところがあります」 ブレウィンドル少佐は一旦言葉を止め、痩せた面長の顔を右や左に振り向ける。 「しかしながら、出来る限りの事はやらせて頂きます。そのために、まずはこの船の被害状況をこの目で確認させて頂きます」 「おお。心強い限りじゃ……」 キサスは、ブレウィンドル少佐の内に秘めた誠実さを感じた後、無意識のうちに感嘆の言葉を漏らしていた。 「頼みますぞ!ダバウド、お歴々を案内つかまつれ」 「は。これよりはそれがしがご案内仕ります。まずはこちらへ……」 ダバウドは担当士官ら案内すべく、先頭に立って甲板へ上がり始めた。 キサスは彼らの後ろ型を流し見しつつ、そのまま視線をシホールアンル駆逐艦を向けた。 「しかし……何度見ても凄い船じゃが……この国ではあれ程の大船でさえ、小さいというのだ。大きい奴はどれほどのものになる事か……ここにいるだけでも、わしらの国の伝統や、常識が何であったのか……心の中で揺れ動いてしまうわ。誠に、バサラよのぅ」 彼はそうぼやいてから、高々と笑い声を上げた。 異変は、損傷個所の確認を行っている最中に起きた。 キサスの耳に、遠くからけたたましい警笛のような物が飛び込んできた。 「む……なんじゃこの音は?」 第58任務部隊第1任務群は、午前4時30分にはロアルカ島より南東250マイルの沖合に到達し、午前5時までには第1次攻撃隊130機が発艦し、ロアルカ島攻撃に向かった。 第1次攻撃隊がロアルカ島に迫ったのは、午前7時を過ぎてからであった。 第1次攻撃隊指揮官兼空母リプライザル攻撃隊指揮官を務めるヨシュア・パターソン中佐は、眼前に広がるノア・エルカ列島の中心拠点であるロアルカ島を見据えながら、指揮下の各母艦航空隊に向けて、マイク越しに指示を下し始めた。 「攻撃隊指揮官騎より、各隊へ。目標地点に到達、これより攻撃を開始する。リプライザル隊は港湾南側の停泊地、並びに地上施設。ランドルフ隊は島中央部の停泊地、並びに付近を航行中の艦船。ヴァリー・フォージ隊は港湾北側の停泊地を攻撃せよ!」 パターソン中佐の指示を受けた各隊は、それぞれの目標に向けて行動を開始する。 第1次攻撃隊の内訳は、リプライザルからF8F12機、AD-1A36機。 ランドルフからF8F12機、AD-1A24機。 ヴァリー・フォージからF6F16機、SB2C18機、TBF12機となっている。 出撃前のブリーフィングによると、ロアルカ島の港湾施設は島の中央部に集中しており、大きく3つに分けられると言われている。 また、捕虜から得た情報では、ロアルカ島付近には航空部隊が配備されておらず、対空火器も比較的少ない事が判明している。 このため、同島に向かわせる攻撃隊は護衛機の比率を下げ、攻撃機を多く加える事で、ロアルカ島の敵艦船、並びに、敵施設への攻撃を重点的に行う事となった。 空母ごとに別れた3つの梯団が別々の動きを見せ始め、更に高度を上げる機体があれば、逆に高度を下げて行く機体もある。 リプライザル隊は真っ先に戦場に到達したため、敵の対空砲火は自然とリプライザル隊に集中する事となった。 敵の迎撃が全くないため、護衛のF8Fが敵の対空砲火を制圧するため、まっしぐらに敵へ突っ込んで行く。 ロアルカ島の大きな入り江には、慌てて出港したと思しき艦艇が多数見受けられ、そのうちの半分から対空砲火が撃ち上げられた。 F8Fは、高射砲弾の炸裂をものともせず、光弾に絡め取られる事もないまま、敵陣に接近して両翼の20ミリ弾を叩き込んだ。 F8Fに狙われたのは、地上の軍事施設の周囲に配置された対空陣地であった。 長方形型の兵舎と思われる5つの施設の周囲には、8個程の対空陣地が置かれており、それらが対空射撃を行うのだが、猛速で飛行するF8Fの動きに付いていけず、光弾はF8Fの残像を貫くばかりであった。 20ミリ機銃の集中射を受けたある対空陣地が瞬時に沈黙し、それを見たシホールアンル兵は驚愕の表情を見せたあと、半狂乱になりながら防空壕に飛び込んでいく。 別の対空陣地は果敢に反撃しようと、銃座の指揮官が声を張り上げて指示を飛ばすが、魔道銃を構えた兵士は、F8Fの機首が自分たちに向けられるや、すぐに魔道銃を放棄してしまった。 指揮官は激怒し、長剣を抜きながら兵士を追いかけようとするが、そこに20ミリ弾がしこたま撃ち込まれ、指揮官は銃座ごと体を粉砕された。 ロアルカ島守備隊の駐屯地上空には、F8Fの機首から発せられる大馬力エンジンが盛んに唸り声を響かせており、それは平和を維持する地に現れた破壊者そのものの雄叫びと言っても過言ではなかった。 サルシ号の船上から見たそれは、イズリィホン人である彼らから見たら、まるで夢現の中の出来事のように思えていた。 だが……それは夢現の中の出来事ではなかった。 「敵機動部隊だ!」 キサスは、上甲板に上がった瞬間、ブレウィンドル少佐の発した金切り声を耳にしていた。 「敵機動部隊ですと?となると……あれが、シホールアンルが戦っている敵であると。そう申されるのですな?」 「その通りです!しかし、こんな辺境の島にまで奴らが襲撃してくるとは……!」 キサスは、それまで澄ました表情を見せていたブレウィンドル少佐が、明らかに狼狽している事に気付いた。 「これは、視察どころではない!一刻も早く陸地に戻らねば」 ブレウィンドル少佐は目を血走らせながら、慌てて小艇に移乗しようとするが、そこにキサスが待ったをかけた。 「お待ち下され!今陸地に戻るのは危ういのではありませぬか?」 彼は片手を周囲に巡らせた。 キサス号の付近に停泊していた駆逐艦や哨戒艇が大慌てで出港し、広い湾内に展開しようとしている。 今この状況で陸地に戻ろうとしたら、小艇はこれらの艦と衝突する可能性があった。 「た、確かに……」 「今は事が収まるまで、この船に留まられるのが宜しいかと思われますが」 キサスの提案を受けたブレウィンドル少佐は、半ば困惑しながらも、顔を頷かせた。 (この者、生の戦を経験しておらぬな?) 同時に、キサスはブレウィンドル少佐が、前線を経験していない事にも気付き始めた。 「しかし、なぜこの僻地にまで、敵の機動部隊が……」 「ブレウィンドル殿。それがしは疑問に思うたのですが、この地には精強無比と強いと謡われておられる筈のワイバーンが見えぬのですの。ワイバーンはあれらを迎え撃たぬので?」 「ワイバーン隊は……おりません」 ブレウィンドルは、半ば絶望めいた口調でキサスに答える。 「敵が来ない僻地にワイバーン隊を置いて、ただ遊ばせる訳にはいかんと上層部が判断したのです」 「ううむ……となると、これはしてやられたという事になりますのぅ」 キサスは同情の言葉を述べるが、ブレウィンドルはそれに返答せず、無言のまま拳を握り締めていた。 この間にも、アメリカ軍機の空襲は続いていく。 陸の地上施設に第一弾を投下した米艦載機は、港湾施設や在泊艦船にも襲い掛かる。 キサスは、遠方ながらも、初めて目の当たりにする米軍機の攻撃を食い入るように見つめ続けた。 幾つもの小さな影は、ワイバーンと違って左右の翼を振らないのだが、それでいてワイバーンよりも動きが良いように思える。 特に直進時の速さはこれまでに見たワイバーンや、国の妖族、怪異共のそれと比べ物にならないぐらい早い。 それでいて、小さな影からは聞いた事もない轟音が響き渡り、音だけで敵を殺傷しようとしているのかと思わんばかりだ。 「なんとも耳障りの音じゃ。しかし、よくよく聞いて見ると、これはこれで力強いようにも思えてしまう……」 キサスは、上空に木霊するライトR-3350エンジンや、P W製R2800エンジンの音に対し、素直な感想を述べた。 アメリカ軍艦載機は、高空から降下して目標を攻撃する機や、超低空から目標に忍び寄ろうとする機、そして、高速で先行して目標に牽制攻撃を仕掛ける等、役割に応じて目標を襲撃している事が、おぼろげながらもわかり始めた。 これらの攻撃は凄まじく、停泊中の大船はもとより、抜錨して湾内で動き回っていた船ですら、アメリカ軍機の攻撃の前に次々と討ち取られつつある。 しかし、対する友邦国の軍も決してめげることなく、地上からは絶えず導術兵器の反撃(イズリィホンではそう呼んでいる)を行い、湾内の艦艇は、国旗と戦闘旗を雄々しくはためかせながら光弾を吐き続けている。 絶対的な劣勢下にありながらも、猛々しく戦う姿は、世界一の強国シホールアンルの意地を表しているかのようだ。 「アメリカ軍とやらの攻撃も恐ろしい物じゃが、それに立ち向かう貴国軍の戦船も負けず劣らず、天晴れなものですな」 「ええ。確かに果敢です。ですが……!」 ブレウィンドルは唐突に言葉を失ってしまった。 今しも、懸命の対空戦闘を続けていた一隻の駆逐艦が、スカイレイダーから放たれた爆弾を全弾回避し、生還の望みを掴んだ筈であったが、低空から接近してきた別のスカイレイダーの雷撃を受けてしまった。 2機のスカイレイダーは、両翼から2本ずつの魚雷を投下し、計4本の魚雷が駆逐艦の艦体に迫った。 駆逐艦は急転舵で回避を試みたが、全て避ける事は叶わなかった。 駆逐艦の左舷側中央部に1本の巨大な水柱が立ち上がると、駆逐艦は急速に速度を落とし始めた。 「今のはなんじゃ!?あの喧しい飛び物が、海の中に細長い棒状の物体を捨てたはずじゃったが……」 「今のは魚雷という兵器によって行われた対艦攻撃です。私も実際に見るのは初めてではありますが、敵は艦船を撃沈する際に、飛空艇の腹や、翼の下に魚雷を抱かせ、至近距離まで接近して目標に魚雷を当てに行くのです。その際、魚雷は海中に潜り込み、目標は海の中にある下腹を、あの棒状の物体によって串刺しされてしまい、そして……中に仕込んだ火薬を爆発させて大打撃を与えていくと、私はそう聞き及んでおります」 「なんと……となると、魚雷という名の得物は恐ろしい威力を持っておるのですな」 キサスは驚愕の表情を浮かべながら、傾斜を深めていく駆逐艦を見つめ続けた。 (あの戦船の中にもまた、シホールアンルの水士達が大勢乗っておる。船の傾きが異様に早いとなると……) 乗員の多くが死ぬ。それも、短時間の内で……100名単位で…… 「次元が……わしらの知る戦とは、何もかもが違い過ぎる。人が討ち取られていく数と、それに立ち至る時の流れまでもが」 「キサス殿の船は、不用意に動かず、このままじっとしておかれた方がよろしいでしょう」 「無論、そのつもりでございまする。ましてや、イズリィホンはこの戦に関しておりますぬからな。戦ともなれば、大旗を掲げて」 その瞬間、キサスは体の動きを止めた。 (旗……わしらの旗は……!) 彼はハッとなり、心中で呟きながらマストに顔を振り向けた。 サルシ号は嵐に見舞われ、メインマストを損傷してしまっている。その際、イズリィホンの国章が描かれた旗も無くしてしまった。 その後、サルシ号はシホールアンル側の警戒艦に不審船として止められた後、臨検させてイズリィホン船籍の船である事を説明した後に、ロアルカ島への停泊を許されている。 つまり、サルシ号は、一目にイズリィホン船籍の船と識別できない状態にあるのだ。 それは即ち…… 「あ……殿ぉ!空から何かが向かって来ますぞ!」 サルシ号が米艦載機に、シホールアンル船籍……つまり、敵艦船として認識される事を意味していた。 空母ヴァリー・フォージから発艦したSB2Cヘルダイバー艦爆16機は、TBFアベンジャー艦攻12機と共に、目標と定めた 港湾地区上空に達していた。 「眼下には桟橋から出港したての大型の輸送艦2隻に……あれは木造の輸送船か。それが1隻。あとは出港して湾内に展開しつつある小型艦3隻。 ちょこまかと動き回る駆逐艦は無視して、輸送艦を狙うか」 ヴァリー・フォージ艦爆隊指揮官であるデニス・ホートン少佐は、自隊の主目標を輸送船3隻に絞る事に決めた。 「デニス!聞こえるか!?そっちは何を狙うんだ?」 唐突に、レシーバー越しに艦攻隊指揮官の声が響く。 「ジェイソンか。こっちは輸送艦を叩く予定だ。そちらの目標はどれだ?」 「こっちは駆逐艦を狙う。何機かはまだ雷撃に不慣れだから、輸送艦を狙わせたいと思っているが」 「ふむ。いいだろう。相手からの反撃は少ない。のんびりと行かせてもらうよ」 「位置的にそっちの方が先だな。いい戦果を期待しているぞ。グッドラック!」 ホートン少佐は同僚の声に苦笑しながら、レシーバーを切った。 (不慣れなクルーがいるのはこっちも同じだな。16機中、8機のクルーは初陣だ。緊張で上手くやれんかもしれんだろうが…… 訓練通りにやってくれることを祈るばかりかな) 彼は部下の練度に不安を感じながらも、各機に指示を下し始めた。 第1、第2小隊は輸送艦1、2番艦。第3、第4小隊は木造の輸送艦を目標に定め、各々攻撃を開始した。 サルシ号の上空に、これまた聞いた事のない轟音が鳴り始めた。 「な、なんだこの金切り音は!?」 「あ奴はもののけか!?」 部下の護衛兵が耳を押さえたり、上空に指を向けながら、迫り来るある物を凝視する。 キサスは釣られるように空を見上げた。 サルシ号の右舷上方から、何かが急角度で降下を始めていた。 その姿は最初小さかったが、みるみるうちに大きくなっていく。 「と、殿!あ奴はこっちに落ちてきますぞ!」 「いや!落ちておるのではない!あれが、あの者達のやり方なのじゃ!」 キサスは、先程目撃したシホールアンル艦に対するスカイレイダーの急降下爆撃を思い出し、サルシ号も同じ方法で攻撃を受けているのだと心中でそう確信していた。 「ヘルダイバーだ!もう助からないぞ!!」 唐突に、傍らのブレウィンドルが叫び声をあげた。 「ヘルダイバー?それがあ奴の名でございまするか!?」 キサスはブレウィンドルに聞き、彼も答えたが、この時には、ヘルダイバーから発する甲高い轟音が地上に鳴り響いていたため、その声を 聞き取ることが出来なかった。 (なんという音じゃ!これでは、何も聴き取れぬ!!) 彼は無意識のうちに両手で耳を塞いでしまった。 だが、ヘルダイバーの発する轟音は、耳を掌で覆っても消える事はなく、むしろ大きくなる始末であった。 キサスは、徐々に機体を大きくするヘルダイバーを睨み付ける。 栄えあるイズィリホン武士団の一棟梁としての矜持が、この未知なる物体から逃れようとする自分をこの場に押し留めていた。 その矜持がいつまで保たれるかを試すかのように、米艦爆はサルシ号に向けて急速に接近していく。 サルシ号には3機の艦爆が向かっており、先頭はサルシ号まで高度2000メートルを切っていた。 キサスは緊張しながらも、ヘルダイバーと呼ばれるもののけの特徴を頭の中にじっくりと刻みつつあった。 (これまでに、妖族や天狗族、鬼族と言った異形とも呼ばれる者どもをわしは目の当たりにしてきたが……これこそ、正真正銘の異形と言うべきかもしれぬ) 彼は、翼の根元を膨らませながら、急降下して来るヘルダイバーに対してそのような印象を抱いた。 その時、ヘルダイバーの目前に複数の花のような物がが咲いた。 駆逐艦フロイクリは緊急出港を行った後、敵の空襲を受けたが、必死の対空戦闘を甲斐あって損傷は軽微で済んだ。 艦上で対空戦闘の指揮を執っていたフェヴェンナ艦長は、見張り員の報告を聞くなり、ぎょっとなった表情でキサス号の上空に顔を振り向けた。 「まずいぞ!アメリカ人共はイズィリホン船を爆撃しようとしている!」 フロイクリは今しがた、急回頭で敵の航空雷撃を回避したところだ。 彼は、輸送艦を爆撃して避退しようとする敵機を目標に定めようとしていたが、急遽目標を変更する事にした。 「目標、イズィリホン船上空の敵機!急ぎ撃て!」 フロイクリの4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲が右舷側に指向され、6門の主砲が急降下しつつある米艦爆に照準を合わせる。 命令から10秒経過したところで、仰角を上げた連装砲塔が火を噴いた。 高射砲弾はヘルダイバーのやや前方で炸裂し、6つの黒い花がイズィリホン船の上空に咲いた。 ヘルダイバーには砲弾の鋭い破片が突き刺さったはずだが、臆した様子を見せることばく、強引に黒煙を突っ切った。 「魔道銃発射!」 砲術長が号令し、直後にフロイクリの対空魔道銃が射撃を開始する。 右舷に指向できる8丁の魔道銃から放たれた光弾が、ヘルダイバーへの横槍となって注がれていくが、なかなか命中しない。 だが、それがきっかけとなったのか、ヘルダイバーは高度1000メートルを切らぬうちに胴体から爆弾を投下した。 「敵機爆弾投下!」 (くそ!落とせなかったか!) フェヴェンナは敵を落とせなかった事を悔やんだが、すぐに別の指示を下した。 「2番機を狙え!まだ爆弾を持っているぞ!」 フロイクリの照準は、その後ろを降下する2番機に向けられる。 6門の砲と8丁の魔道銃が矢継ぎ早に射弾を繰り出す。 他の僚艦は対空戦闘を続けるか、被弾して大破状態にあるため、フロイクリ1隻のみの対空砲火では思うような弾幕がはれない。 それでも、フロイクリの対空射撃は一定の効果があった。 長い間戦場を渡り歩いた歴戦艦だけあって、乗員の腕は確かであり、射撃の精度は良好であった。 それに加えて、ヘルダイバーは乗員が未熟な事もあって、1番機と同様、高度1000を切った直後に爆弾投下という、及び腰の攻撃を行わせるという効果もあった。 「1番機の爆弾が着弾!イズィリホン船の左舷側海面に外れました!」 「3番機、本艦右舷上空より接近!突っ込んできます!」 上空より響き渡るダイブブレーキの轟音に負けじとばかりに、大音声で報告が艦橋に飛び込んできた。 「こっちが狙われたか!」 フェヴェンナは表情を険しくするが、ヘルダイバーの矛先を引き付ける事も出来た。 彼はある種の達成感を感じながら、操艦に集中し続けた。 サルシ号に向かっていた米艦爆の腹から何かが放たれた。 「伏せて!爆弾です!!」 ブレウィンドル少佐が叫び、両手で頭を押さえながら甲板に突っ伏した。 直後に、キサスらもそれに倣って体を伏せた。 頭の上でまた変わった轟音が響き渡り、音だけでサルシ号を潰そうとしているように思えた。 直後、強烈な爆裂音と共に左舷側から猛烈な振動が伝わった。 「ぬ、ぬおぉ!」 キサスは船体に伝わる衝撃に体を転がされ、仰向けの形で体が止まった。 その眼前には、甲高い叫び声を上げながら真一文字に突っ込みつつある米軍機がいた。 先と同様、翼の根本を膨らませながら迫りつつある。 その周囲に黒い花が咲き、更には色鮮やかなつぶてが横合いから吹き荒んでいる。 (あ奴はシホールアンルの戦船から攻撃を受けておるな!) キサスは、先程までシホールアンル艦の対空戦闘を見学していたため、この機がどこかにいるシホールアンル艦から対空射撃を受けているのがわかった。 しかし、友邦国海軍の戦船はサルシ号を狙う機を落とすことが出来ぬまま、新たな攻撃を許してしまった。 胴体からまた黒い何かが吐き出された。 そして、両翼から閃光のような物が断続的に見えたと思いきや、礫のような物がサルシ号に降り注ぎ、船体の各所で雨垂れのような異音が鳴り響いた。 米艦爆は機銃を放った後、エンジン音をがなり立てながら、サルシ号の上空50メートルを飛行していった。 黒い物は丸い円となってサルシ号に落下しつつある。 それを見たキサスは、即座に死を覚悟した。 (わしは逝くのか……志半ばにして……) ならば、その瞬間が来るまで決して目は閉じぬ。 大の字になりながら、迫り来る黒い物体がサルシ号に着弾するまで、キサスは目をつぶらないことにした。 イズィリホン武士の誇りが、彼にそうさせた。 しかし…… 黒い物体は、丸い真円から若干細長い棒のように見えた。 その直後、物体はサルシ号の右舷側海面に落下していった。 右舷側から轟音と共に強い振動が伝わり、仰向けとなっていたキサスは、左舷側に転がされてしまった。 背中を左舷側の壁に打ち付けたキサスは、低いうめき声をあげたが、激痛を振り払うように勢いをつけて起き上がった。 「ええい!やりたい放題やりおって!!」 キサスは忌々し気に騒いだ。 更に3機目の爆音が鳴り響いたが、3機目は狙いを変えたのだろう、シホールアンル駆逐艦に向けて突入していった。 「もしや……あの船がわしらを手助けしてくれたのか。ありがたや……」 彼は、対空戦闘を繰り広げながら、回避運動を行う駆逐艦に向けて感謝の言葉を贈った。 「さりながら……状況は未だに良いとは言えぬ。アメリカとやらの軍勢はまたもや、こちらに手を掛けてくるであろう。それを防ぐためには……」 キサスはそう独語しながら、折れたメインマストに目を向ける。 サルシ号には、所属を示す記しが無い。 戦場と化したこの場で、それが致命的であるという事は、今しがた証明されたところだ。 国から掲げてきた記しは、今や海の底である。 (記しはもはや無き物になった。さりながら……あの姿までは、無き物となったわけではない……!) 彼はあることを思いつき、供廻りの衆に指示を下そうとした。 だが…… 「おのれぇ!やりおったな!!」 「不埒な輩めら!成敗してくれるわ!!」 キサスが振り向くと、そこには、本格的に武装した部下達が口角泡を飛ばしながら迎撃の準備を整えていた。 船内に一時避難しながらも、爆撃を受けて怒りが爆発し、予め用意されていた弓矢を引っ提げて甲板に上がって来たのだろう。 (いかん!) キサスは素早く動き、部下たちの前に躍り出た。 「ならん!ならんぞ!!」 「な…殿!?」 「如何なされた!?」 部下達は困惑の表情を浮かべる。 「イズリィホンは、アメリカという国とは戦をしておらん!」 「戦をしておらぬですと!?殿!あ奴らは我らに炸裂弾を投げつけ、一網打尽にしようとしたではありませんか!」 「返り討ちにしてやりましょうぞ!」 「如何にも!不遜な輩は討つべし!」 部下達は興奮のあまり、弓矢を掲げながら周囲を飛行する米軍機に反撃しようとしている。 だが、キサスは供廻り衆の感情に流されてはいなかった。 「この大たわけめが!今しがたの攻撃を見てもわからぬのか!?あんな速さで飛ぶあ奴らに、弓矢で射ても当たりはせぬわ!それ以前に、わしらが攻撃されたのは、ただの事故じゃ!」 彼は大声で叱責しつつ、メインマストを指差した。 「記しが備わっておれば、あのような攻撃は受けなかったかもしれぬ!」 「あの記しはもはやありません!そのため、敵の攻撃を受けておるのですぞ!」 「だから敵ではないのだ!わしらは、それを示さなければならん!」 「示すですと?旗はとうの昔に失われてしまいましたぞ!」 「うむ。確かに失われておるの。じゃが……」 キサスはニタリと笑みを浮かべると、左手で自らの頭を叩いた。 「ここの中にある記しまでは、失っておらん。そち達もあの模様を覚えておるであろう?」 「た、確かに……」 「殿。もしや、殿は記しを作ると言われるのですか?」 「そうじゃ。作る!材料は船倉の中にあるだろう?とびきり質の良い奴がの」 彼がそう言うと、供廻り衆は仰天してしまった。 「殿!あれは幕府が用意したシホールアンルへの献上品でございますぞ!どれもこれも、イズィリホンでは最高級の品ばかり」 「さりながら、あれはここで使うしかあるまい。白い布に色とりどりの染料。記し作りには持って来いじゃ」 「な、なんと……」 部下達は絶句してしまった。 キサスらは、出港前に幕府よりシホールアンルへの献上品として幾つかの貢ぎ物を渡されていた。 なかでも白い布は、特殊な工程を経て作られた最高級の一品であり、シホールアンル側は数ある献上品の中でも、特にこの高級布を好んでいた。 シホールアンル首都ウェルバンルにある帝国宮殿内で飾られている絵画の中では、3割ほどがこのイズィリホン製の白布を使用して制作されており、市井においても高い値が付くほどだ。 イズィリホンの下級武士層ではまず手が届かず、有力大名でさえもおいそれと手出しできぬと言われるほど、白布の質は高かった。 キサスは、その献上品を使って記し……国旗を作ろうと言い出したのだ。 部下達が絶句するのも無理からぬことであった。 「なりませぬとは言わせん。さもなければ、ここで粉微塵に打ち砕かれるだけぞ!」 キサスは有無を言わせぬ口調で部下達に言う。 対空砲火の喧騒と、上空を乱舞する米軍機の爆音が常に鳴り響いているため、口から出る声も常に大きい。 心なしか、喉が痛んできたが、キサスはここが耐えどころと確信し、あえて痛みを無視した。 「心配無用!幕府のお歴々が咎めれば、嵐に遭うた時に波にさらわれたと言えば良いわ。さあ!急いでここに持って参れ!早急にじゃ!」 「ぎょ、御意!」 複数の部下が慌てて下に駆け下りていった。 その間、キサスは右舷方向に目を向ける。 シホールアンル駆逐艦は今しがた、米艦爆の急降下爆撃を間一髪のところで回避していた。 そのやや遠方を、複数の小さな点が、ゆっくりと海上に降下していくところに彼は気付く。 横一列に3つならんだ黒い点は、海面からやや離れた上空にまで降下した後、這い寄るかのように進みつつある。 その先には…… (一難去ってまた一難、であるか……!) 「殿!献上品をお持ち致しました!」 「染料は!?」 「こちらに!」 部下達が黒い艶のある箱を持って甲板に上がってきた。 キサスは、部下が持っていた細長い箱をひったくると、中にあった白い布を取り出し、それを甲板に広げた。 ヴァリー・フォージより発艦した12機のTBFアベンジャーのうち、3機は未だに手付かずで残されていた木造の輸送船を的に定め、高度を下げながら的の右舷側より接近しつつあった。 「高度40メートルまで下げろ!前方の駆逐艦は無視だ。今の状態じゃ当てられん!」 アベンジャー隊第3小隊長のギりー・エメリッヒ中尉は2番機、3番機に指示を送りながら、目標を見据える。 現在、目標までの距離は約6000メートルほど。 輸送船の右舷側2000メートルに展開する駆逐艦は今しがた、ヘルダイバーの爆撃を回避し、対空戦闘を続けながら高速で直進に移っている。 本音を言うと、エメリッヒ中尉はあの駆逐艦を攻撃したかったが、彼が率いる小隊は、2番機、3番機のクルーが初陣であるため、高速で動き回る駆逐艦に魚雷を当てるのは難しいだろうと考えた。 そこで、彼は当てるのが難しい駆逐艦よりも、停泊している輸送船を雷撃して、確実に戦果を挙げる事にした。 攻撃が命中すれば、初陣のクルーも自信を付けるであろう。 「敵の木造輸送艦まであと5000!各機、雷撃準備!」 エメリッヒ中尉は無線で指示を下しつつ、胴体の爆弾倉をあける。 胴体下面の外板が左右に別れ、その内部に格納されている航空魚雷が姿を現す。 母艦航空隊の必需品の一つであるMk13魚雷だ。 「駆逐艦が対空砲火を撃ち上げているが、気にするな!1隻のみの射撃では、アベンジャーは容易く落ちん!」 エメリッヒ中尉は無線機越しに2番機、3番機のクルーらを勇気づける。 「2番機が若干フラフラしています!」 エメリッヒ機の無線手が報告してきた。 現在は高度40メートルだが、新米パイロットにとってはきつい高度だ。 緊張で操縦桿を握る手に力が入り過ぎているのだろう。 「2番機!力み過ぎるな!機体がフラフラしていたら、当たるものも当たらん!落ち着いて操縦しろ!」 「了解!」 彼は喝を入れながら、目標を見据え続ける。 駆逐艦は高射砲弾を連射し、編隊の周囲で断続的に砲弾が炸裂する。 時折、近くで黒煙が沸いて破片が当たる音がするものの、グラマンワークス(実際はGM社製だが)の作った機体は打撃に耐え続けた。 編隊のスピードは、魚雷投下を考慮しているため、200マイル(320キロ)程しか出していないが、それでも目標との距離は急速に縮まり、駆逐艦の上空を通り過ぎた後は、木造船まであと一息という所まで迫った。 「目標に接近!距離500で魚雷を投下する!」 エメリッヒは各機にそう伝えつつ、雷撃針路を維持する。 エメリッヒ機を先頭に右斜め単横陣の形で接近するアベンジャー3機は、敵船の右舷側に接近しつつある。 距離は尚も詰まり、今は1700メートルを切った。 (あの小型の木造船相手に、航空魚雷3本は過剰過ぎるだろうが……あの船の積み荷は敵の戦略物資だ。悪いが、俺達は仕事を果たさせて貰う) 彼は幾ばくかの同情の念を抱いたが、それに構わず沈める事にした。 それと同時に、認識票にも載っていない初見山の木造船に対して、遂にシホールアンルも使い古しの船を使わねばならなくなったのか、とも思った。 (俺達を恨むなよ。戦争を引き起こした上層部を恨んでくれ) エメリッヒは心中でそう呟きつつ、魚雷投下レバーを握った。 距離は1000を切り、間もなく魚雷を投下する。 だが、ここで彼は、思わぬ光景を目の当たりにした。 距離が1000を切る頃には、うっすらとだが、甲板上の様子が見てわかる事がある。 パイロットは基本的に、視力が良くないとなれないが、エメリッヒは入隊前にアラスカで漁師として働いていた事もあり、視力は2.0はある。 その2つの目には、甲板上で盛んに旗を振り回す一団が映っていた。 (旗?) 彼は怪訝な表情を浮かべつつ、なぜ彼らが旗を振っているのかが気になった。 この時、距離は900メートル。 急に、彼の心中で疑問が沸き起こった。 目標は軍用船なのか? いや、……あの船はシホールアンル船なのか? それ以前に、あの船は攻撃してはいけないものではないか? 900メートルが過ぎ、700メートル台に接近した。 エメリッヒの双眸には、相変わらず旗を振り回す一団が見えていたが、距離が詰まることによって、得られる情報も多くなった。 独特な民族衣装を着た一団は、多くが手を振り回していたが、一部はしきりに、振り回す旗を見ろと言わんばかりに指を向けていた。 旗の模様はシホールアンル国籍の物ではなく、全く違う模様が見えていた。 (敵じゃないぞ!!) この瞬間、エメリッヒは全身後が凍り付いたような感覚に見舞われた。 体の反応は、自分が思っていた以上に素早かった。 「各機へ!攻撃中止!攻撃中止だ!!あれはシホールアンル船ではない!!」 エメリッヒは無線機越しに叫ぶように命じた。 その直後に、胴体の爆弾層を閉じ、機体を左右にバンクさせた。 アベンジャー3機は魚雷を投下せぬまま、高度40メートルで国籍不明船の上空を通過していった。 青と赤が横半分に分けられ、中央に赤紫色の丸が手描きで描かれたシンプルな記し……イズィリホン将国の国旗を、部下と2名と共に力強くはためかせていたキサスは、爆音を上げながらフライパスした米軍機を見送ったあと、急に体の力が抜けたように感じた。 彼は思わず、その場で屈んでしまった。 「お……おぉ。分かってくれたようじゃ……のぅ」 「殿!如何されました!?」 「殿!」 供廻り衆がキサスの周りに集まり、彼を気遣う。 「いや、大丈夫じゃ。ただ幾ばくか疲れただけじゃ」 キサスはそう言って、微笑みを浮かべる。 それからしばらくして、空襲警報が鳴りやんだ。 5分後、一旦落ち着きを取り戻したキサス号では、乗員が被害個所の確認を行う傍ら、破損したメインマストに急ごしらえの国旗を掲げていた。 「これがイズィリホンの国旗ですか」 ブレウィンドルは、文献以外でしか見た事が無かったイズィリホンの国旗をまじまじと見つめた。 「これこそ。我らが誇るイズィリホンの記しでございまする。さりながら……それがしには少々足りぬものがあると思いましてな」 「足りぬですと?何かの紋章を書き忘れたのでしょうか?」 「いや、荒々しいではありますが、記しはこの通りの様相で差し支えありませぬ」 「元の通りに描けた、という事ですな。なのに、なぜ足りぬと?」 「それはですの……まぁ、それがしの言葉のあやという物でござります」 キサスはそう言ってから、高笑いを上げる。 ふと、ブレウィンドルは、このキサスという男が野心家ではないかと思ってしまった。 (この方は、何か大きな事をやりそうな予感がするな。こう、歴史的な事を) ブレウィンドルは心中でそう呟いた。 のんびりと物思いに耽る時間は、そう長くはなかった。 先の空襲から20分足らずで、再び空襲警報が鳴ったからである。 「ま、また空襲警報だ!」 「殿!」 シホールアンルの担当官と、供廻り衆から再び悲鳴のような声が上がった。 それを聞いたキサスは、どういう訳か苦笑いを浮かべた。 「偉大なる帝国は、土地という土地、島という島、隅々まで総戦場になりけり、という事かの」 午前8時 ルィキント列島南南西220マイル地点 人間の生活習慣という物は、ある程度の期間が過ぎると常態化していくものである。 それは、社会においても同じであり、朝の仕事準備、業務、休憩、業務、帰宅と言った流れでほぼ進んでいく。 軍隊においても、それは同じだ。 早朝の偵察機発艦からの周辺海域索敵は、最大のライバルでもあったシホールアンル機動部隊が壊滅した今でも続行されている。 それは、アメリカ機動部隊のルーチンワークの一つでもあった。 そんな何気ない動作と化した索敵行は、ある物を彼らに見せつける事となった。 空母ランドルフより発艦したS1Aハイライダーは、暇で単調な索敵行を半ば終えようとしたときに、それを見つけた。 いや、後世の歴史家の中では、見つけてしまった、という表現を時々用いられるほど、この索敵行は歴史上の大事件であった。 「機長!あれは間違いありません!誰が見ても竜母です!」 「ああ、確かにそうだ!だが、なぜこんな所に?」 機長は7、8隻の護衛艦に過去まれた中央の大型艦を見るなり、疑問に思うばかりであった。 海軍情報部では、シホールアンル海軍の大型艦は全て、本国沿岸の安全地帯に避退していると判断しているという。 先日のシュヴィウィルグ運河攻撃の際、同地で遭遇した敵竜母部隊は、攻撃を担当したTG58.3が攻撃を加えたが、ある程度の打撃を与えただけで 撃沈には至らなかったという。 そもそも、TG58.1はこの地に有力なシホールアンル海軍艦艇が存在しているとは考えてはおらず、この日の索敵行は、どちらかというと初見の海域の調査を目的とした物であった。 このため、早朝に発艦したハイライダーは4機ほどで、通常よりも少なく、哨戒ラインの密度も薄い。 それに加えて、ハイライダー各機は海域の情報収集と、長距離飛行を念頭に置かれたため、ドロップタンクを装備している。 飛行距離は往復で1000(1600キロ)マイルもあり、通常の索敵行と比べても明らかに長い。 機長は、長い遊覧飛行だと心中で思っていたほどだ。 だが、のんびりと飛行を楽しむ時間は、唐突に打ち切られてしまった。 「ランドルフに報告だ!」 「了解!」 機長は後席の無線手に指示を伝えるが、そこで新たなものを見つけた。 ハイライダーより5000メートル離れた空域に、別の飛行物体を確認した。 その小さな物体は、大きく翻ってから頭をこちらに向けた。 その物体に、これまでに見慣れた、敵の“生き物らしい動作”は全く見受けられなかった。 (危険だ!) 言いようの無い恐怖感に襲われた機長は、咄嗟に機首を反転させ、この海域からの離脱を図った。 「未確認飛行物体を視認!離脱するぞ!」 反転したハイライダーは再び水平飛行に戻ると、離脱の為、エンジンを全開にした。 その頃には、向かっていた飛行物体は急速に距離を詰めつつあった。 「国籍不明機接近してきます!」 「わかってる!飛ばすぞ!」 ハイライダーは持ち前の加速性能を発揮し始めた。 不審機も加速したのか、しばしの間距離が離れなかったが、時速600キロメートル以上になると徐々に離れ始め、650キロを超える頃にはその姿は急速に小さくなり始め、700キロに達した時には、不審機の姿も、未知の母艦を伴った機動部隊も見えなくなっていた。 午前10時 ロアルカ島南東250マイル地点 第5艦隊司令長官を務めるフランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリのCICで戦果報告を聞いていた。 「先程、第2次攻撃隊の艦載機が母艦に帰投致しました。第2次の戦果報告は現在集計中ですが、第1次攻撃隊は艦船10隻撃沈、6隻撃破、複数の地上施設並びに、魔法石鉱山の爆撃し、多大な損害を与えております。こちら側の損害は、4機が現地で撃墜されたほか、被弾12機、着艦事故で3機が失われました」 通信参謀のアラン・レイバック中佐が淡々とした口調で報告していく。 「第2次攻撃隊の戦果に関しては、先にも申しました通り集計中ですが、暫定ながらも地上施設と港湾施設に甚大な被害を与えたとの報告が入っております」 「事前の予想通り、攻撃は成功だという訳だな」 フレッチャーはそう言いつつも、表情は険しかった。 「だが、現地では予想していなかった事態も発生したと聞いている。諸君らも聞いておるだろうが」 彼は言葉を区切り、溜息を吐いてからゆっくりとした口調で続ける。 「第1次攻撃隊は、攻撃の途中でシホールアンル帝国とは別の国に所属していると思しき、国籍不明の木造船を発見したと伝えてきた。そして……その木造船を誤爆したという報告も、入っている。一連の報告は、既に太平洋艦隊司令部に向けて送ってはいるが……」 「国籍不明船を誤爆したパイロットからの報告では、乗員が未知の国旗のような物を振っていたとあります。また、木造船自体もシホールアンル船と比べて年代的に数世代あとの物である事が判明しております。木造船を狙った爆弾は外れており、雷撃を敢行したアベンジャー隊も寸前で国籍不明船と気付いたため、同船舶が撃沈に至る程の損害は与えてはおりませぬが……」 「ヘルダイバーは爆弾投下後に機銃掃射を行い、ある程度の機銃弾が同船舶に命中したとの報告も入っている。不明船の所属国の調査は、後に行われる事になるだろう」 「この後、第3次攻撃隊の準備が予定されておりますが。どうされますか?」 参謀長のアーチスト・デイビス少将の問いに、フレッチャーは即答した。 「第3次攻撃は、この際中止にする。元々、ノア・エルカ列島はシホールアンルの辺境地帯だ。同地を訪れている、非交戦国の独航船や輸送船が停泊している可能性は1隻だけはないだろう。もし、別の国籍不明船を誤爆すれば、合衆国は世界中から非難される事になる。参謀長!」 フレッチャーは改めて命令を下した。 「TG58.1司令部に伝えよ。第3次攻撃中止。TG58.1は偵察機を収容後、直ちに作戦海域から離れるべし、以上だ」 「はっ!」 参謀長はフレッチャーの命令を受け取ると、通信参謀にその命令をTG58.1司令部に伝達するよう、指示を下した。 (しかし、まさかの誤爆事件発生となってしまったが……この他にも、問題はある) フレッチャーは、やや陰鬱そうな表情を浮かべつつ、紙束の中に挟まっていた、一枚の紙を手に取り、その内容を黙読した。 「ルィキント列島より南南西220マイルの沖合にて、未知の母艦らしき物を伴う艦隊を発見せり。艦隊には艦載機と思しき飛行物体も帯同し、偵察機を追撃する動きを見せるものなり。同飛行物体はワイバーンにあらず」
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第125話 フォルサ軍港夜襲 1484年(1944年)4月7日 午前2時 ヘルベスタン領フォルサ マオンド海軍の根拠地であるフォルサ軍港は、2日前から緊張した空気を漂わせていた。 付近の現地住民達は、基地に近付くだけで番兵に聞き咎められ、運の悪い者は顔に1つか2つほどアザをつけられて追い返されている。 番兵達が、基地の外に目を光らせている間、軍港内では真夜中であるにもかかわらず、昼間と変わらぬ活気さに満ちていた。 桟橋や岸壁に接舷した輸送船、輸送帆船に幾多もの物資が詰め込まれている。 甲板上の係員が「上げろ!」と大声で指示を出し、纏められた荷物が手動式のクレーンによって引き上げられ、物資が甲板に乗せられていく。 輸送船上で行われている作業を、第3艦隊司令官であるソラウ・ターヘント中将は、旗艦である巡洋艦スラウンスの艦橋から眺めていた。 「しかし、上層部も上層部だ。」 ターヘント中将は苦笑しながら呟いた。 「一度は、ユークニア島を見捨てると言いながら、今頃になって急に決戦を挑むと言うとはな。こういう事は、早く決めて欲しいものだ。」 「仕方ありませんよ。」 スラウンスの艦長が苦笑しながら言ってきた。 「首都の連中は酒を飲みながら作戦を練っているんですから。判断が遅れるのはいつもの事です。」 「こらこら、あからさまな上層部批判はやめたほうが良いぞ。粗探しにご執心な特別参謀殿に聞かれたらまずいからな。」 彼はそう言って、艦長をたしなめた。 特別参謀とは、本国の上層部から送られた高級将校であり、艦隊でいう参謀長のような者である。 本来、特別参謀は艦隊の参謀連中を纏めるという役割があるのだが、近年では、この特別参謀には艦隊指揮官や幕僚の監査、という 役割も与えられ、必要な場合は上層部に艦隊指揮官、あるいは幕僚の解任を進言することも出来る。 (前の世界のソ連にいた政治将校と似ている) その特別参謀に今の言葉を聞かれれば、幕僚ではない艦長でさえ、ただでは済まないときがある。 「今の言葉は聞かなかった事にしておく。それよりも、艦隊の出撃準備はどれぐらいで終わりそうだね?」 ターヘント中将は、背後に立っていた補給参謀に聞いた。 「もう間もなく終わる頃です。」 「もう間もなく・・・・か。第3艦隊に関しては、ひとまず準備よし、という事だな。問題は、増援にやってくる主力部隊だけか。」 マオンド軍上層部は、政府首脳部から受けた命令に基づいて、4月10日を期して、全艦隊を挙げてスィンク諸島に陣取るアメリカ艦隊に 攻撃を仕掛ける事を決定した。 元々、マオンド共和国首脳部は、ユークニア島を見捨てようとしていた。 しかし、会議の席上、海軍総司令官のトレスバグト元帥が、B-29の存在をインリク国王に言及した事が、上層部の判断を変えるきっかけとなった。 「アメリカ軍は、B-29スーパーフォートレスという名の凄い性能を持つ爆撃機を持っている。」 と言われ始めたのは、今年の1月後半に入ってからである。 シホールアンル帝国から帰って来た連絡船の乗員の話から、マオンド軍上層部はアメリカ側が新しい爆撃機を実戦に投入した事を知った。 乗員の話から推察すると、このスーパーフォートレスという爆撃機は、片道800ゼルド(2400キロ)という遠距離を飛行でき、 それでいて高度5000グレル(一万メートル)という途方も無い高さまで上がれるという。 この情報に、マオンド軍情報部は最初信じられなかったが、2月後半になって、シホールアンル帝国から送られたB-29関連の最新情報によって、 スーパーフォートレスが、一見デタラメとも思えるような性能を、本当に発揮している事がわかった。 だが、それでもマオンド側はアメリカ軍が攻め入ってくるまでまだ時間はあると、のんびりと構えていた。 しかし、そののんびりとした空気も、アメリカ軍がユークニア島を急襲した事によってたちどころに吹き飛んでしまった。 もし、ユークニア島が占領され、B-29の拠点となれば、レーフェイル大陸西部方面は完全に射程内に収まる。 その射程内には、マオンド本国も含まれている。 「陛下、スーパーフォートレスは実に800ゼルドもの行動半径を有しています。ユークニアが取られれば、本国の北西部分が空襲を受けます。」 「ど・・・・どの部分まで?」 国王が、躊躇いがちに聞いた。トレスバグトは、淀みのない口調で答えた。 「クリンジェまでは及びませんが・・・・ジクス、トハスタ、スメルヌは完全に行動半径内に入っています。」 そこから、国王の判断は変わった。 その日の会議は、国王は前の命令を撤回せぬまま終わったが、翌日の早朝、インリク国王は、ユークニア島に侵攻中のアメリカ艦隊を撃滅せよ、 との命令を首相のカングに出させた。 この方針の急転換によって、マオンド海軍はアメリカ海軍相手に決戦を挑む事になったのだが、各艦隊の準備がまだ整っていなかったため、 各艦隊が集結し、スィンク諸島に進撃できるのは、早くても4月10日になる。 ターヘント中将からして見れば、全艦隊が集結し、ユークニア島へ向かい始めるまでの時間が遅いように感じられた。 「せめて、8日ごろに進撃を開始したかったものだがなぁ。」 彼はため息をついた。 第3艦隊は、補給が済み次第フォルサを出港し、マオンド本国にあるサフクナ軍港に向かう事になっている。 このサフクナ軍港にマオンド海軍の主要艦隊全てが集結する予定である。 (2月の大演習の時に見られたあの大艦隊が、再び見られる。それも、今度は実戦だ) 先ほどまで、どこか不満げな気分だったターヘント中将であったが、脳裏に浮かぶ大艦隊の姿を思い浮かるや、闘志が沸いてきた。 「しかし、夜間に出港せねばならんとは、どこか情けない気分になりますな。」 艦長がぼやいた。 「仕方あるまいさ。ベグゲギュスの報告にもあったように、敵機動部隊はさほど遠くない海域をうろついとるんだ。昼間に、ワイバーンの援護もなしに 航行したら、それこそ敵を喜ばせるようなものだ。」 「敵さんがフォルサから僅か250ゼルドの海域にまで進出していると聞いた時は、流石に肝を冷やしましたな。」 「その敵さんはどこかに消えてしまったがな。恐らくユークニア島に戻ったのだろう。敵機動部隊を発見の報が届いた時は、既に夕方の5時を回っていたからな。」 「ベグゲギュスの消息が途絶えた事が、少し気がかりですね。」 艦長が、どこか不安げな口調で呟いた。 午後5時2分、フォルサ沖を警戒中であった2頭のベグゲギュスがアメリカ機動部隊発見を知らせ、その1時間後に消息を絶っている。 「恐らく、敵の護衛艦に退治された可能性があるな。ベグゲギュスの性格はかなり凶暴だ。好機があればすぐに獲物に向かっていく。 品種改良の施されたベグゲギュスでさえ、その傾向が強く残っている。」 「では、2頭のベグゲギュスも、敵機動部隊に挑んで返り討ちにあったかもしれませんね。」 「そうかもな。」 ターヘント中将は、艦長にそう言い返しながらため息を吐いた。 それから30分後、艦隊の補給作業が終わった。 「よし、艦隊各艦に下令。出港!」 ターヘント中将は、第3艦隊の全艦に命じた。 艦深部にある魔道機関が唸りを高め、艦首の錨が巻き上げられていく。 最初に出港したのは駆逐艦である。 フォルサ軍港の狭い入り口を、1隻、また1隻と、16隻の駆逐艦が外海に出て行く。 上空を、4騎のナイトメア・ワイバーンが飛び抜けていく。 82年6月のグラーズレット空襲で痛い目に合わされたマオンド軍は、夜間戦闘も可能なワイバーンを開発し、83年7月から部隊配備を開始している。 フォルサ軍港の上空を守るのは、第9空中騎士団のワイバーン隊で、戦闘用、攻撃用のワイバーンが合わせて120騎配備され、そのうち16騎が 夜間戦闘も行えるナイトメア・ワイバーンである。 フォルサ等の軍港には、常時1個小隊のナイトメア・ワイバーンが上空哨戒に当たっている。 そのナイトメア・ワイバーンの小隊が上空を飛び抜けていく様子は、まるで、艦隊に頑張って来いよと、声援を送っているようにも見える。 8隻の駆逐艦が出撃した後は、いよいよ巡洋艦群の出撃となる。 まず、旗艦のスラウンスがゆっくりと進み始めた。 その時、異変は起きた。 上空を旋回していた4騎のナイトメア・ワイバーンが突然、港の入り口方向に向きを変えるや、猛スピードでその方角に向かって行った。 艦隊の将兵があっけに取られているとき、各艦の魔道士達は信じられない報告を受け取った。 「司令官!フォルサ港根拠地隊より緊急信です!」 魔道士官が、血相を変えながら艦橋に飛び込んできた。 「上空警戒隊が、8ゼルド西方において不審な生命反応多数を探知、数はおおまかですが、少なくとも100ほどの生命反応を探知したとの事です。」 「100ほどだと!?」 ターヘント中将は、思わず仰天してしまった。 ワイバーンに乗っている竜騎士は、シホールアンル軍と同じように全て魔道士であり、魔法を使う事によって相手のワイバーンや竜騎士、 あるいは航空機搭乗員の生命反応が探知できる。 その生命反応が少なくとも100、という事は・・・・・最低でも5、60は下らない数の敵飛空挺が、このフォルサに向かっている事になる。 その向かいつつある敵といえば、もはや言うまでも無い。 「アメリカ機動部隊は、夜間攻撃隊を発進させたか・・・・!」 ターヘント中将は、アメリカ軍を大いに呪った。 「各艦に通達!速やかに港外へ脱出せよ!」 彼は、大慌てでそう命じたが、そう簡単に出来る物ではない。 フォルサ軍港は、天然の良港として昔から使われていたが、ただ1つ、欠点があった。 それは、2つしかない港の出入り口が狭い事である。 フォルサ軍港の出入り口は、北水道と南水道呼ばれ、大型艦が出入りできるのは北水道のみである。 南水道は幅が狭く、せいぜい小型輸送船等の小船しか出入りできない。 そのため、第3艦隊はの各艦は、命令を受け取った後も1隻ずつしか港から出れなかった。 旗艦スラウンスがようやく、港の外に出た時、夜闇の空には聞き慣れない音が木霊し始めていた。 この時になってようやく、残りのナイトメア・ワイバーン12騎が飛び立ち、敵編隊に向かって行ったが、それから僅か10分後に、 フォルサ軍港の上空で青白い光が煌いた。 フォルサ軍港の上空に現れたのは、第72任務部隊から発艦した68機の攻撃隊である。 第72任務部隊は、午前0時までにはフォルサの西方250マイル(400キロ)の洋上に到達し、攻撃隊を発艦させた。 攻撃隊は、第72任務部隊第1任務群の空母ワスプ、ゲティスバーグ、第2任務群の空母イラストリアスから発艦している。 ワスプからはF6F-N3が8機、SB2Cが16機、TBFが8機、ゲティスバーグからF6F-N3が12機、イラストリアスからSB2Cが12機、 TBFが12機出撃した。 攻撃隊は、フォルサ軍港から10マイルほどの距離で、敵の戦闘ワイバーンの迎撃を受けたが、護衛のヘルキャットがワイバーンに立ち向かった。 5分後には、新手の戦闘ワイバーン12機が向かって来たが、これは12機のF6Fに横合いから突っ掛かれ、そのまま空戦に引きずり込まれた。 空母ワスプの艦爆隊は、教導機に付き従いながら、悠々と港の上空に達した。 教導役のアベンジャーが照明弾を落とすと、ぱぁっと青白い光が広がり、それまで暗闇に覆われていた港から闇がいくらか払拭された。 「隊長!港の出入り口から敵艦が外海に向け脱出しています!」 空母ワスプの艦爆隊長であるアイヌ・モンファ少佐は、部下の報告を聞きながら、機体の右前方にうっすらと見える陰を見つけた。 照明弾によって、闇は一応払拭されているのだが、完全に払われた訳ではなく、地上の様子は少し分かり辛い。 だが、モンファ少佐の目には、確かに水道から脱出しようとする艦影が映っていた。 「こちらでも確認した!第1、2小隊は水道の敵艦を狙う!残りは予定通り、停泊中の輸送船を叩け!」 「了解!」 モンファ少佐機を先頭に、8機のヘルダイバーが翼を翻して、水道をゆっくりと航行する敵艦に突っかかっていく。 ヘルダイバーが向かって来るのに気付いたのであろう、敵艦が甲板上に発砲炎を煌かせた。 高射砲が8機のヘルダイバー目掛けて放たれたが、砲員が慌てているのか、弾は見当外れの位置で炸裂している。 (さぁ、インディアンの狩の腕前を見せてやる!) モンファ少佐は、内心でそう思ってから自らを奮い立たせた。 彼は、元々はインディアンの子孫である。 チッペワ族出身の父とドイツ系移民の母の間に彼は生を受けた。 元から喧嘩っ早い彼は、学生時代の時も頻繁に喧嘩騒ぎを起こし、常に血の気の多い狂犬として街の不良に恐れられたものだが、 喧嘩の腕もさることながら、勉強も良くでき、高校卒業まで成績は常にトップクラスであった。 そんな彼は、海軍に憧れて海軍兵学校に進む事に決め、推薦を貰うことにとした。 が、元来不良少年として知られたモンファに、それは無理な話であった。 アナポリスに受験するには、学業が優秀であることも必要だが、何よりも“いい子”でないといけない。 その点、モンファは悪ガキ中の悪ガキであった。 アナポリスに入るには、連邦議員の推薦を貰わなければならない。 常に真面目な人材を好む連邦議員達が、素行不良のモンファに推薦を与えるはずも無く、彼は18歳で浪人生となった。 そこから彼は変わり、1年ほどはアルバイトをしながら勉強に励んだ。 そんな彼がアナポリスへ入学出来たのは、初めての挫折を味わって1年後の事である。 アナポリス卒業後は、海軍航空隊のパイロットとして実績を積み、42年2月には空母エンタープライズのドーントレス小隊の指揮官に任命され、 数々の海戦を渡り歩き、43年5月にはエセックス級空母ランドルフの艦爆隊中隊長に任命され、8月から訓練を共にした部下達と実戦に参加した。 そして、44年1月から空母ワスプの艦爆隊長として赴任して以来、部下達を鍛えに鍛えた。 その訓練の成果が、今発揮されようとしている。 ヘルダイバー隊は、高度2000メートルから暖降下爆撃の要領で、敵艦の左舷側上空から突入し始めた。 敵艦が、盛んに高射砲を放って来る。水道を航行する敵艦のみならず、その後方の敵艦も援護射撃を行っている。 水道の入り口にいる敵艦と、水道内を航行している敵艦の大きさが違う。水道内の敵艦の方が形も大きく、搭載している砲も多い。 (巡洋艦クラスだな) モンファ少佐は、目標の敵艦が巡洋艦級である事を見抜いた。 巡洋艦ともなれば、大きさは6000~8000トンクラスある。 それほど大きな艦が、今目の前に見えている狭苦しい水道内に沈めば、フォルサ軍港は本来の機能を成さなくなるに違いない。 (絶対に外せんな) 彼がそう思っている間にも、敵巡洋艦との距離は迫りつつある。 30度の降下角度で、時速470キロの速度で迫るヘルダイバーは、あっという間に敵巡洋艦との距離を詰める。 敵巡洋艦との距離が200メートルまで迫った時、モンファ少佐は胴体内の1000ポンド爆弾を投下した。 爆弾が胴体から放たれた瞬間、機体が軽く浮いたような感触が伝わる。敵巡洋艦は魔道銃を撃ちまくって来るが、不思議にも当たらない。 敵巡洋艦の真上を飛び抜ける。それでも、敵弾は当たらない。 (このまま、無傷で戦場を離脱できるかな?) 彼は一瞬、そんな事を思ったが、いきなりガン!ガン!と、機体がハンマーで叩かれたかのように振動する。 その瞬間、彼はヒヤリとなったが、幸いにも致命傷は避けられたようだ。 「あっ、爆弾外れました!」 後部座席の部下から報告が伝えられる。その口調には、どこか残念そうな響きが含まれているが、 「2番機被弾!」 唐突に、後ろの部下から悲鳴じみた声が上がる。 不運にも、2番機は魔道銃の射弾に捉えられ、叩き落されてしまったのだ。 (くそ、なんてツイてない!) モンファ少佐は、心の中で愚痴ったが、爆弾を投下した以上はもう何も出来ない。 ただ、他の仲間が敵巡洋艦に爆弾を叩き付けるのを祈るだけであった。 「あっ!飛空挺だ!」 スラウンスの見張りは、照明弾の光に照らされたアメリカ軍機が、暖降下しながら港の入り口に向かって行くのを見た。 おぼろげな姿のアメリカ軍機は、胴体がやや太く、後部の尾翼が反り上がっている。 その敵機は、旗艦スラウンスには目もくれずに、港の入り口に向かっていた。 「ヘルダイバーと思しき敵機!軍港入り口に急接近!」 その報告を受け取った時、ターヘント中将は背筋が凍り付いた。 「軍港の入り口にいる艦は!?」 彼はすかさず、見張りに聞き返した。 「フォクロドが入り口の近くにいます!」 ターヘント中将は、頭を抱えたくなった。 ヘルダイバー群の狙いは、脱出して来た艦ではない。獲物は、今しも脱出しようとしている艦なのだ。 水道に入れば、船は身動きが取れない。そこを叩き沈めれば、船は浅い海底に沈座し、水道は使い物にならなくなる。 そして、軍港内にいる21隻の艦艇、30隻の大型輸送船、輸送帆船は、港内に閉じ込められたままとなってしまう! 「アメリカ人め、つくづく嫌な手を考えやがる!」 ターヘント中将が忌々しげに喚いた時、後方で爆発音が起こった。 この時、巡洋艦群の6番艦であった巡洋艦フォクロドは、艦上の魔道銃や高射砲でアメリカ軍機を撃っていたが、弾は全く当たらなかった。 やがて、敵の1番機が爆弾を投下した。この爆弾は、フォクロドの左舷13メートル横にある岸壁に命中した。 ヘルダイバーから投下された1000ポンド爆弾は、岸壁の表面部分を引き剥がし、多量石くずや破片がフォクロド艦上に吹き散らされ、 左舷側銃座の兵多数が殺傷された。 2機目が爆弾を投下した瞬間、魔道銃の光弾を集中された。その次の瞬間、2番機は左主翼から炎を噴出し、錐揉みになりながら海面に墜落した。 乗員達が喜ぶ暇も無く、2番機の爆弾が降って来る。 爆弾は、フォクロドの艦首から30メートルの場所に着弾した。 海底の土砂が海水と共に噴き上げられ、少なからぬ泥がフォクロドの前部甲板に撒き散らされる。 3発目でついに命中弾となった。 爆弾は、フォクロドの後部甲板に命中。爆弾は最上甲板を貫いて第2甲板、第3甲板にへと侵入し、第3甲板の床に弾頭が当たった瞬間、爆発した。 後部甲板から火柱が吹き上がり、破片と火の粉が空高く舞い上がった。 4発目は中央部に突き刺さり、第2甲板の中央部兵員室に到達した瞬間、炸裂し、爆風が第2甲板を駆け巡った。 次の爆弾は前部甲板に突き刺さり、最上甲板を突き破って第3甲板まで達したが、爆弾を不発であった。 6発目、7発目が外れ弾となるが、最後の8発目が命中した。 この8発目の爆弾が、フォクロドに致命的な被害をもたらした。 この爆弾は第3砲塔の右横に突き刺さるや、第2甲板で爆発した。その爆発エネルギーは、第3砲塔直下の弾火薬庫にも及んだ。 爆弾が炸裂してから1秒後に、フォクロドは弾火薬庫が誘爆し、それによって艦体後部が完全に切断された。 一瞬にして推進器を失ったフォクロドは、10メートル進んだ所で停止し、やがて、切断部分から海底に没し始めた。 フォクロドは、運河の出口まであと30メートルとまで迫っていたが、間一髪の所で脱出を果たせなかった。 フォクロドから高々と吹き上がる火災炎と黒煙は、後一歩のところで脱出を果たせなかったフォクロド乗員の無念さを如実に現しているかのようであった。 後続の駆逐艦8隻は、フォクロドの大破着低によって、完全に脱出路を断たれてしまった。 「フォクロド損傷!行き足止まりました!」 「・・・・なんたることだ!」 ターヘント中将は、本当に頭を抱えてしまった。 フォクロドが水道内で停止、着低したと言う事は、フォルサ軍港は閉鎖されたと言う事でもある。 フォルサ軍港は、港としての機能をほとんど失ってしまったのだ。 「残りの敵機が軍港内に向かいます!」 軍港上空の“篝火”が消えぬうちにとばかりに、残ったアメリカ軍艦載機が軍港に殺到していく。 軍港周辺の対空砲火が火を噴くが、不慣れな夜間射撃ともあって思うように敵を撃てないのであろう。 逆に、敵機の爆弾が次々と港湾施設や、係留されている艦船に叩き付けられていく。 「・・・・・」 ターヘント中将は、フォルサ軍港が爆撃を受けていく様子を、ただ呆然とした表情で見つめるだけであった。 だが、アメリカ軍機の攻撃はまだ終わっていなかった。 空母イラストリアスから発艦した攻撃機のうち、12機のアベンジャーは脱出した敵艦隊を攻撃目標に選んでいた。 12機のうち、2機が高度2000で敵艦隊の上空に占位した所で照明弾を投下した。 脱出した敵艦隊の上空で、青白い光が広がり、敵艦の姿が明瞭に映し出される。 イラストリアス艦攻隊長のジーン・マーチス少佐は、照明隊が照明弾を投下したのを見て、すかさず指示を下した。 「全機突撃せよ!第1小隊は敵巡洋艦3番艦!第2小隊は敵2番艦を狙え!スコックス!俺達はあいつを狙うぞ!」 「わかってまさあ!」 パイロットのジェイク・スコックス少尉は、陽気な口調で答えながら、機首を目標の巡洋艦に向けた。 マーチス少尉が率いる第1小隊、5機のアベンジャーは、目標である敵3番艦の左斜め後ろから迫りつつある。 敵艦隊は、空襲による混乱のせいか陣形がバラバラになっている。 巡洋艦群だけは、単縦陣で航行していたが、駆逐艦と離れているため、相互支援が出来にくくなっている。 アベンジャー隊に、敵巡洋艦が対空砲火を撃って来るのだが、第1小隊、第2小隊ともに、高度が10メートル前後の超低空で飛んでいるため弾が当たらない。 「いつやっても緊張するぜ・・・・」 スコックス少尉は、顔に緊張した表情を浮かべつつも、半ばおどけた口調で呟く。 高度計に目をやりながら、敵巡洋艦との距離を詰めていく。 敵3番艦は、狂ったように魔道銃を撃ちまくってくる。だが、その放たれた光弾は、ほぼ全てが機体の上面に飛び抜けていく。 「七色の天井だな。」 マーチス少佐は、緊張感の欠けた口調でそう言った。 傍目から見れば、美しいイルミネーションにも見えるが、このイルミネーションは、触れればその本人を死に追いやる、恐ろしい物だ。 (美しい物には毒があるっていうが・・・・・これはその典型だな) マーチス少佐は、七色の天井という目の前の毒に肝を冷やしつつも、敵3番艦に視線を移す。 敵3番艦は取り舵に回頭したのだろう、マーチス隊に左舷側をさらす形になった。 それまで、敵3番艦はマーチス隊に艦尾を向ける形で対空戦闘を行っていたが、この状態では左舷側の僅かな銃座と艦尾銃座しか使えなかった。 艦長はこのままでは埒があかぬと判断し、艦と回頭させて左舷側の対空火器を総動員し、迫り来るアベンジャーを一気に葬り去ろうとした。 敵3番艦はブリムゼル級巡洋艦に属しており、改装によって魔道銃の搭載数を12丁から30丁に増やしている。 片舷側には、15丁の魔道銃が指向できる。艦長の判断は、一見正しいように思えた。 しかし、正しいと思えた判断は、同時に致命的な結果をもたらした。 敵3番艦が回頭を終えた時には、5機のアベンジャーは距離900メートルまで迫っていた。 15丁の魔道銃が光弾を放つのと、アベンジャーが距離700で魚雷を投下するのは、ほぼ同時であった。 5本の魚雷が、敵3番艦を捉えるべく扇状になって散開し、海中を突き進んでいく。 魔道銃の光弾は、何発かがアベンジャーに当たっているのだが、どういう訳かアベンジャーは落ちる気配を見せない。 「くそぉ、豚野郎が!さっさと落ちろぉ!!」 魔道銃の射手が罵声を放ちながら光弾を放つが、射手にとって、その罵言が遺言となった。 アベンジャーは、両翼の12.7ミリ機銃を敵3番艦に向かって放った。 12.7ミリ弾が敵3番艦の左舷20メートル手前に突き刺さり、小さいながらも細い水柱が、まるでミシンを縫うように次々と立ち上がる。 弾着があっという間に艦上に達した。 先ほど罵声を発した射手が、迫り来る機銃弾を見て目を見開き、悲鳴を上げかけるが、機銃弾が胸のど真ん中に命中し、そのまま後ろに吹き飛ばされた。 別の射手は、右腕を千切り飛ばされた後、顔面に直撃弾を食らって即死する。 曳光弾が艦上に突き立ち、板張りの甲板がささくれ立つ。 ある水兵は、機銃座の側に付いている盾に隠れたが、その盾は、元々古い物であり、厚さも薄かった。 その薄い鉄板に12.7ミリ弾が殺到した。 水兵が背中から腹にかけて激痛を感じた時、12.7ミリ弾は彼の腹部に詰まっていた内臓をあらかた粉砕するか、体外に吹き飛ばしていた。 アベンジャーが機銃を乱射しながら、敵3番艦の上空を通り過ぎていく。 右舷側の機銃座が射撃を開始した時、突然猛烈な衝撃が艦を襲った。 5機のアベンジャーが放った魚雷は、2発が敵3番艦に命中していた。 まず、1発目は敵3番艦の中央部に命中した。 魚雷は命中してから起爆する間に、その薄い装甲を易々と突き破り、防御区画を貫いて、通路に達した瞬間、弾頭が爆発した。 爆発に伴うエネルギーは、敵3番艦の艦腹を叩き割り、火災と浸水を発生させた。 この被雷によって、敵3番艦は大ダメージを被ったが、その衝撃から立ち直らぬうちに2発目が左舷側前部・・・・ちょうど、艦橋の横にあたる位置に命中した。 爆発の瞬間、真っ白な水柱が吹き上がった。水柱が崩れ落ちた後、敵2番艦はしばらく航行していたが、やがて、左舷に傾斜しながら洋上に停止した。 沈没確実の損害を負った敵3番艦のみならず、敵2番艦も災厄に見舞われていた。 敵2番艦は、1番艦よりは少しましな戦いぶりを見せた。 2番艦の艦長は、アベンジャーが射点に付くと、しきりに回頭を繰り返して射点をはずしまくった。 アベンジャーが新たな射点に付けば、またもや回頭して外す。 そんな事が4回も繰り返された時、アベンジャーの1機が至近で炸裂した高射砲弾の破片をモロに浴びて叩き落された。 その時になって、上空に輝いていた照明弾が消えた。 照明隊のアベンジャー2機は、持って来た照明弾を全て使い果たしてしまい、攻撃隊の目標を照らし出す事が出来なくなった。 敵2番艦の艦長はこれを好機と捉え、対空射撃を止めさせた。 対空射撃を行えば、位置を露呈してしまう。昼間ならば自殺行為も当然であるが、視界の悪い夜間ならば、逆に有効な手でもある。 これによって、第2小隊のアベンジャーは当てずっぽうで魚雷を投下した。 この時、4機のアベンジャーは、敵2番艦の右舷後方に位置する形で雷撃を行った。 雷撃する位置としては、いささか微妙な射点であったが、第2小隊の指揮官はそれでも雷撃を行わせた。 だが、このヤケ気味の攻撃が、奇跡的にも敵2番艦に被害を与えた。 4本中1本の魚雷が、敵2番艦の右舷側後部に命中したのである。 命中の瞬間、艦尾近くから高々と水柱が吹き上がり、敵2番艦は一瞬、艦尾が宙に吹き上げられた。 この時、魚雷は右舷側後部の艦尾付近に命中したのだが、この魚雷は命中した瞬間に爆発してしまった。 魚雷は通常、命中してから少しばかりの時間を置いて爆発するよう、信管が設定されているのだが、この魚雷は整備兵の腕が悪かったためか、 命中した瞬間に信管が作動してしまった。 いわゆる、過早爆発という物である。 これによって、敵2番艦に開いた穴は、3番艦と比べると格段に小さい物であった。 だが、魚雷の爆発は、船にとってはかけがえのない部分に異常を発生させていた。 なんと、敵2番艦はそのまま円周運動を始めたのである。 魚雷炸裂時の衝撃は、敵2番艦の舵を思い切り捻じ曲げ、右舷側の推進器を吹き飛ばしてしまった。 このため、舵が急回頭時の位置に固定され、そのままぐるぐると右回頭を繰り返し始めたのである。 第3艦隊は、アメリカ艦隊と戦わぬうちに、早くも3隻の巡洋艦を撃沈破されるという大損害を被ってしまったのだ。 午前2時40分 ターヘント中将は、頬を震わせながら、目の前を航行する味方艦に見入っていた。 目の前に居る味方艦は、最新鋭のタリグモゴ級巡洋艦の8番艦として完成した巡洋艦ハーセントナである。 ハーセントナは、今年の1月に就役して以来、猛訓練によって着実に錬度を上げてきた。 乗員達の士気も高く、アメリカ軍艦の1隻や2隻、軽く叩き沈めてやると末端の水兵までもがいうほどだった。 そのハーセントは、舵故障という凶事に見舞われ、今はただ、右に旋回するしか能の無い船に成り下がっている。 「これで、使える艦は巡洋艦3隻に、駆逐艦8隻のみ・・・・・・か・・・・!」 ターヘント中将は、西の方角に目を剥き、しばらくの間睨み続けた。 僅か30分未満の空襲で、フォルサ軍港は味方艦が水道に沈められているために使用不能となり、港湾施設や停泊艦船には少なからぬ被害が出ている。 そして、アメリカ軍機は脱出した艦にも襲い掛かり、1隻が沈没確実の損害を受け、もう1隻が舵故障で使い物にならなくなった。 第3艦隊は、空襲前までは巡洋艦6隻、駆逐艦16隻を率いていたのだが、今では戦力は半分しか残っていない。 沈没艦こそは少ないが、閉塞された軍港内には、同じ艦隊に所属している駆逐艦8隻が取り残されている。 第3艦隊は、事実上壊滅したも同然の被害をうけたのである。 「戦いもしないうちにこの有様では、本番は相当酷い戦いになるかもしれんな。」 ターヘント中将は、知らず知らずのうちにしかめっ面を浮かべてそう呟いていた。 --------------------- 行動半径図 http //cv-79yorktown.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_202f.html
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987 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日:2007/01/23(火) 21 22 01 [ zHthby0g ] 皆様レスありがとうございますm( __ __ )m シホールアンル陸海軍の強さや装備面での質問が幾つかあがっているようなので、 まとめてレス返し&説明を行います。 シホールアンル陸海軍のうち、今の所、アメリカ側の最大の脅威となっているシホールアンル海軍。 シホールアンル海軍は730年に建国と同時に創立されました。 創立当時は、小型帆船20隻、大型帆船7隻の小海軍ですが、年を追う毎に規模は大きくなりました。 シホールアンルの技術革新の影響を一番に受けたのは海軍であり、新技術が開発されると、それを 取り入れて、周辺諸国との戦争に広く活用していきました。 また、建国当時から、シホールアンルは製鉄技術、生産技術、魔法技術においても周辺国と比べて一日の長があり、 強力な軍艦を作る事が出来ました。 また、1300年代後半に起きた、世界各国の鋼鉄艦ブームの先取りは、今は無きヒーレリからでしたが、その 5年後にはヒーレリに勝るとも劣らぬ鋼鉄艦を建造して世界をあっと驚かせました。 設立以来、海軍力の充実させてきたシホールアンルですが、そこには周辺国との戦争で得た教訓も 多数取り入れられています。 そえに、シホールアンルの周辺諸国は、海軍兵力が充実している国が多く、戦争となれば常に激烈な 海戦が繰り広げられました。 中でも、1450年に起きたヒーレリとの紛争では、敵側の軍艦、要塞砲を相手取った海戦が起こり、 シホールアンル側は敵の要塞、軍艦群を壊滅させて勝利を収めますが、シホールアンル側も参加戦艦 7隻中5隻喪失という甚大な損害を負いました。 当時のシホールアンル艦は、既に魔法石動力で航行が可能でしたが、防御面については難があり、 これが、通称ヒーレリ紛争時の戦艦戦力の壊滅という悲劇をもたらしています。 この当時のシホールアンル艦は時速18ノットが出せる事が出来、周辺国の軍艦の中では、シホールアンル海軍 はどれも高速艦揃いでした。 ですが、速力を得た反面防御はなおざりとなり、それが要塞砲、敵艦隊との決戦時に甚大な被害を出した 原因となりました。 988 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日:2007/01/23(火) 21 22 35 [ zHthby0g ] これをきっかけに、シホールアンル海軍は防御にも力を入れた艦艇の開発を行いました。 元々、魔法石動力で機関系統が占めるスペースは、石炭艦と比べても小さく、その分防御に回せたため、 シホールアンル海軍は戦艦ラインブラング級という艦を就役させて以来、次々と優秀な戦艦を送り出しました。 ガルクレルフ沖海戦で、アメリカ側の旧式戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニアと撃ちあった戦艦は、オールクレイ級 と呼ばれる軍艦で、全長はメートル法に直すと、204メートル、幅は29メートル、速力は27ノットで、 主砲は33.4センチ砲と積んでいます。 実はこのオールクレイ級は、他のジュンレーザ級の25ノット、ゼイルファルンザ級戦艦が23ノット出せる に対して、一段上の27ノットというスピードが出せます。 オールクレイ級は、元々15ネルリ(38.5センチ)砲を8門積んだ上で高速力で動ける、巡洋戦艦に似た 艦として竣工する予定でしたが、防御に難があるのを危惧した海軍上層部は、15ネルリから13ネルリに 砲のクラスを下げ、元々30ノット出せるスピードを、27ノットに制限して防御強化を計っています。 なので、シホールアンル戦艦は基本的に打たれ強く、魚雷攻撃以外ならばある程度の打撃は耐えられます。 戦艦の砲弾は、魔法石のエネルギー弾ではなく、普通の装薬と実弾を使用しているため、発射速度は米戦艦 と同等か、劣ります。 次に竜母に関してですが、きっかけはとある陸軍のワイバーン乗りが、海からワイバーンがやって来たら、 敵はどのような反応を示すだろうか?と言った事から始まります。 その陸軍ワイバーン乗りの言葉を真剣に理解した友人の海軍軍人は、ワイバーンを乗せた竜巣母艦の開発を 海軍上層部に働きかけます。 最初、海軍上層部は突拍子の無いこの竜巣母艦の案を握り潰そうとしましたが、それに興味を示したのが、 オールフェスの父であるクレンデルス・リリスレイ皇帝です。 リリスレイ皇帝の鶴の一声で始まった竜巣母艦の建造は順調に進み、1470年には試作艦が竣工し、この 試作艦は、ワイバーン運用に優秀な成績を収め、1473年に建造された大型竜巣母艦のチョルモール が竣工し、後の北大陸統一戦争で大きな威力を発揮しました。 海軍は、古来から進化し続けてきた戦艦、新発想のワイバーンを積んだ竜母によって大きく進歩しました。 989 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日:2007/01/23(火) 21 23 17 [ zHthby0g ] これに対して、陸軍は海軍ほどの進歩は遂げてきませんでした。 建国以来、海軍と同等の勢力であった陸軍は、最初は主に剣と盾、それに一部の魔道師から成る編成 でした。 陸軍もまた、時代を追う毎に進歩を続けてきました。ですが、他の周辺諸国も装備は似たようなもの であり、戦い方さえ間違えなければ、どのような戦場でも勝て、又、勝てぬまでも負けぬ戦いを繰り返して 来ました。 1200年代には大砲が装備されて、陸軍の戦術にも火力を重視にした者が多くなりましたが、最終的には 歩兵同士がぶつかり合う白兵戦で決着は付けられています。 大きな流れのあったのは1300年代初頭で、魔法技術で生まれたキメラを投入しての戦術が確立され、 シホールアンルは起こる戦争、紛争、内戦でこれを幅広く活用して数多の勝利を得ました。 ですが、頼りになるキメラも、対キメラ戦術が取られると瞬く間に効果は薄くなり、改良版のキメラ を登場させて一時は勝利を得るものの、また新たなキメラ戦術が出ては効果は薄くなるの繰り返しで、 シホールアンル陸軍は苦悩します。 1200年代末には、キメラより頑丈なゴーレムが登場し、前線はもちろん後方でも活躍しました。 しかし、1300年代に入ると、シホールアンルのみならず、周辺諸国も似たような戦術が出てくるようになり シホールアンルは1321年、1345年に起きた戦争では、勝利を収めたものの、陸軍兵力を多数すりつぶし、 陸軍兵力の再建途上に従事していた1380年代のヒーレリとの戦争では、初戦から海沿いの最重要拠点を 占領される一歩手前まで行きました。 しかし、この時展開していたシホールアンル海軍の鋼鉄艦3隻と、大型武装帆船4隻はありったけの弾を撃ちまくり、 ヒーレリ軍を2日足止めし、その間に戦場にやって来た陸軍の精鋭部隊は、効果的な支援砲撃の元にヒーレリ 軍と決戦を行い、辛うじて撃退しました。 この時から、陸海軍の共同作戦は広く行われ、1450年の2ヶ月紛争、1453~55年のベランギル事変 以外の平和な期間中、シホールアンルは陸海共同戦術を研究し続け、ついに1474年、シホールアンルは 北大陸統一戦争を開始しました。 991 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日:2007/01/23(火) 21 24 56 [ zHthby0g ] しかし、1380年代に起きたヒーレリ戦争時の陸海共同の戦いは、同時に陸軍の砲技術、火力戦力充実 を大きく遅れさせる原因(その時から、重砲を持つ海軍に砲撃を頼めば大体は解決が付くと思われてしまった) になり、進化は海軍に比べて陸軍は遅れました。 それでも、シホールアンルは陸海共に世界で1位の実力と謳われていますが、陸軍は、銃火器の早期開発、 実戦配備を行わなかった事を、深く後悔することになります。 とりあえず、シホールアンル陸海軍の技術差の真相はこのような物です。
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202 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/08/05(水) 06 02 52 ID hErcdyss0 193 F世界側は元世界の産業革命前の西欧がモデルですから、地力はあります。 農業、鉱工業などが発展すれば、F世界にとって大いにプラスになるだろうと考えています。 194 皇国側が常に勝利する展開だと面白くないので、今回は敗北というお話にさせていただきました。 195 リンド王国軍にとっては「勝った」という事実が、麻痺させているかもしれません。 196 まず学校というものが、貴族や聖職者のためのものですし、 読み書きが出来ない平民が殆どですからね。 197 そうなったら、多分皇国が世界の警察の役割を演じなければなりませんから、負担が増えますね……。 198 皇国側では至急の対策会議が開かれています。 199 皇国では、海外からの転移組などの“余剰人員”を中心に神賜島の開発を行っています。 また、F世界側の近代化の優先順位は低いですが、それでも皇国は 「いつか帰れるかも知れないけれど、永遠に帰れないかも知れない」 という前提で、F世界の発展を目指しています。 201 F世界の北方民族は、忍耐力に優れるんです。 それに、リンド王国は40年かけて軍を鍛えていましたので、精強なのです。 対するユラ神国は、「力の空白」を生まないために軍を増強し続けていましたが、 国家予算に対する軍事費でリンド王国に差を付けられ、差は広がる一方でした。 逆に言えば、リンド王国はそれだけ無理をしています。 短編というか外伝というか、投下します。
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第179話 レビリンイクル沖海戦(後編) 午後2時10分 第37任務部隊旗艦 空母タイコンデロガ パウノールは、フランクリンから発艦した偵察機の報告を受けてから、しばしの間思考が停止してしまった。 「司令官、大丈夫ですか!?」 幕僚が心配になって声を掛けてくるが、パウノールは反応しない。 「司令官!パウノール司令官!!」 「ん?ああ。すまない。」 パウノールはようやく我に返り、幕僚に謝った。 「それにしても、とんでもない事になったぞ。」 彼はそう言ってから、深いため息を吐く。 「ハイライダーが見つけた艦隊は、明らかに正規竜母を含む機動部隊だ。そこから発艦した敵ワイバーンは総計で 300騎以上にも上るから、敵は恐らく、4、5隻程度は用意しているかもしれん。」 「4、5隻・・・・・では、サウスラ島沖海戦の敵正規竜母は一体?」 「うーん、詳しい正体は分からんが、シホールアンルの国力からして、エセックス級並みに竜母を揃える事は難しい筈。 しかし、形だけが立派な竜母を揃える事は可能だろうな。」 「形だけの竜母・・・・それはもしや、偽竜母の事ですか?」 タバトス大佐の問いに、パウノールは深く頷いた。 「断定は出来んが、姑息なマネをしたがるあいつらの事だ。偽竜母を仕立て上げて、それで我々を吊上げようとして いる事は充分に想像が付く。いや、」 パウノールは首を横に振った。 「確実に吊上げられたな。」 「しかし司令官。TF58がサウスラ島沖海戦で撃沈した竜母は、正規竜母も含まれていたとあります。 それも、6隻。これは、シホールアンル側が持てる正規竜母の全てです。」 「敵がたった6隻しか持っているとは限らん。それ以外にまた何隻か前線に出ていたかもしれん。とはいえ、 新たに竣工した正規竜母のみで新艦隊を編成しても、果たして、300騎以上のワイバーンを一気に出せるかどうか・・・・」 パウノールの言葉に、タバトスは見る見るうちに顔を青く染め上げていく。 「もしかしたら、サウスラ島沖に出て来た竜母は、囮だったかもしれない。」 「囮?相手は小型竜母も6隻引きつれていましたぞ。」 「だから囮なのだよ。」 パウノールは抑え込むような口調で言う。 「正規竜母に見せかけた偽物と小型竜母を組ませれば、見た目は立派な機動部隊だ。」 「偽物・・・!?では、サウスラ島沖海戦の敵機動部隊は。」 「偽竜母が何隻も混じっている、まやかしの主力部隊さ。俺も、たった今気が付いたのだが、まさかこんな所で 偽竜母を使って来るとはな。」 パウノールは、片手で額を抑えながらタバトスに言った。 「どうやら、連中は以前から俺達を潰す作戦を練っていたようだな。」 「・・・・なんたることだ・・・・」 タバトスは顔を真っ青に染めながら、力無く呟いた。 艦橋の空気は曇りに曇っていた。 自ら虎口に入り込んでしまったTF37は、拷問にも等しい試練を受け続けているのだ。 作戦開始前は、あれほど楽観気分に包まれていた幕僚達も、今では誰もが暗然とした表情を浮かべていた。 そんなTF37司令部に、新たな通信が舞い込んで来た。 「司令官!TG37.1より通信です!我、敵飛空挺の攻撃を受けつつあり!」 「見えたぞ、敵機動部隊だ!」 第6攻撃飛行隊に属しているハウルスト・モルクンレル中尉は、直属の上司である第2中隊長の声を聞くなり、体を引き締めた。 所々に雲が張っており、海面が見辛くなっているが、それでも雲の合間には陽光に照らされた海が見える。 その美しい洋上に、幾つもの黒い物が浮かんでいた。 「あれが・・・・姉さんが戦ったアメリカ機動部隊か。」 モルクンレル中尉はそう呟くと、急に胃が締め付けられるかのような感覚に囚われた。 彼は、第4機動艦隊司令官を務めるリリスティ・モルクンレル中将の弟である。 今年で24歳になるハウルストは、18歳の時に帝立士官学校に入学し、20歳の時に卒業している。 元々は飛竜騎士を目指していたハウルストだが、彼はその選抜試験で落第してしまい、その後は首都近郊の騎兵旅団に配属されていた。 22歳の時に飛空挺搭乗員の募集を目にした彼は、飛空挺乗りの道を歩む事を決め、1482年10月には騎兵旅団から飛空挺部隊へ 転属となった。 83年10月には無事、訓練課程を修了し、編成されたばかりの第6攻撃飛行隊に配置となり、翌年4月にはいよいよジャスオ領の 飛行場に配置される事が決まった。 だが、第6攻撃飛行隊は、ジャスオ領とは真逆のシェルフィクル地方にある寂れた土地の飛行場に配備された。 飛行場の周辺には何も無く、第6攻撃飛行隊の将兵は誰もが地の果てに飛ばされたのだと言い合っていた。 第6飛行隊が配属されてから3日後の4月18日には、空中戦を専門とする第7戦闘飛行隊と第8攻撃飛行隊が、同じ飛行場に配置された。 そして3日後には、洋上での飛行訓練が始まり、3個飛行隊・計200機の飛空挺は、何も知らされぬまま、ひたすら訓練に励むしか無かった。 作戦の全容が明らかになったのは、今から2日前の事だ。 「機長!あれが敵さんの機動部隊ですか!?」 後ろに座っている後部射手のロレスリィ・インベガルド軍曹が、興奮で声を上ずらせながらハウルストに聞いて来る。 「ああ。そのようだぞ。その証拠に、俺達の前で第7の奴らが戦ってる。」 彼は前方よりやや上の方向に指をさした。 攻撃隊のやや前方では、迎撃い上がって来た敵艦載機と味方の護衛機が戦っている。 彼らの位置からは、どれが味方でどれが敵かは分からなかったが、護衛機は奮戦しているようだ。 動き回る機体の中には、翼の主翼が折れ曲がった機が幾つも居る。 (あれがコルセアって呼ばれている飛空挺か) ハウルストは心中で呟く。 コルセアの外観は、スマートな感のあるケルフェラクと比べてどこか荒っぽそうな印象が感じられる。 コルセアの恐るべき所は、ヘルキャットよりも格段に優れた速度性能で、シホールアンル自慢のケルフェラクでも 苦戦する事が多いようだ。 ヘルキャットとコルセア、ケルフェラクが乱舞しているのを尻目に、攻撃隊は敵機動部隊へ向けて進んでいく。 5分ほど飛行してから、攻撃隊は大きく二手に別れた。 「第8飛行隊が輪形陣の右側に回り込んでいくな。」 ハウルストは、編隊から離れていく第8飛行隊に目を向ける。 第8飛行隊に属する64機のケルフェラクは、統率のとれた動きで第6飛行隊から離れつつある。 その半分は、雷撃進路に入るため、既に低空へ降下しつつあった。 やがて、攻撃開始の時がやって来た。 「各機に告ぐ。全機突撃せよ!繰り返す、全機突撃せよ!」 第6飛行隊の指揮官機から、各機に向けて通信が飛ぶ。 待ってましたとばかりに、対空砲の射程外で旋回を続けていたケルフェラクが、一斉に向きを変えた。 第2中隊は、第1中隊の後に続くようにして輪形陣に向かい始めた。 急降下爆撃を行う第1から第3中隊は、高度2000グレル(4000メートル)から敵輪形陣に向かう。 低空雷撃を行う第4から第6中隊は、30グレルの超低空まで降下してから、目標に向かい始める。 米機動部隊が対空砲火を撃ち始めた。 ハウルスト達と対面する事になった輪形陣の左側には、駆逐艦5隻と巡洋艦2隻、戦艦1隻が配備されている。 その向こうには、板を浮かべたような船が4隻、2列ずつになって航行している。 4隻中、2隻は大型空母で、2隻は小型空母だ。 ハウルストは、前方の2隻の大型空母に注目した。 「レキシントン級正規空母か。」 彼は、小声で空母の艦級を言い当てた。 レキシントン級正規空母は、シホールアンル軍内では開戦以来、各戦場で活躍して来た精鋭空母として広く知られており、 搭載されている航空団は、シホールアンルが誇る最精鋭の飛竜騎士団と比べても全く見劣りしない実力を持つといわれている。 「レキシントン級のうち、1隻は確か、姉さんが撃ち漏らしていたな。」 ハウルストは緊張を感じながらも、それを和ませるためにわざと不敵な笑みを浮かべた。 「俺が仕留めてやる。」 彼は、小声で呟いた。 先行している第1中隊に高角砲弾が集中している。 対空砲火はかなり激しく、第1中隊の周囲は、あっという間に砲弾の炸裂煙で埋め尽くされた。 第1中隊は、そのまま駆逐艦の上空を通り過ぎてから、急降下を開始した。 12機のケルフェラクは、半数に別れてからそれぞれの目標に突っ込んでいく。 「巡洋艦を攻撃するつもりだな。」 ハウルストはそう確信した。 眼下に見える巡洋艦2隻のうち、1隻はアトランタ級である事が確認されている。 先ほどの激しい対空弾幕は、このアトランタ級から発射された物が多分に混じっている。 もう1隻はポートランド級か、ノーザンプトン級巡洋艦であり、撃ち上げる対空砲もあまり多くは無い。 その2隻に向かって、ケルフェラクが6機ずつ急降下を行う。 対空砲の炸裂煙が、降下するケルフェラクを負っていく。 アトランタ級の対空射撃は激烈であり、7基の連装砲や機銃を撃ちまくるその姿は、まさに粗ぶる炎竜そのものである。 1機のケルフェラクが、至近に高射砲弾の炸裂を受ける。その瞬間、ケルフェラクは大爆発を起こした。 炸裂した砲弾の破片が胴体の爆弾に当たったのだろう。 散華したケルフェラクは皮肉にも、自らが抱いて来た爆弾によって粉砕されたのである。 更に高度が下がった所で、2番機が噴き上がる機銃弾を食らった。 大口径の機銃弾を受けた主翼が一撃の下に吹き飛ばされ、きりもみ状態となって墜落し始める。 アトランタ級が回頭を始めた。 細長い船体を持つ防空巡洋艦は、時速28ノットで急回頭を行い、ケルフェラクの急降下爆撃を避けようとする。 残り4機となったケルフェラクは、尚も降下を続ける。 新たな1機が機銃弾を食らってしまった。コクピットに突入した20ミリ弾は、薄い風防ガラスを叩き割って、搭乗員の胸板を容易く貫く。 射殺された搭乗員の血飛沫でコクピットが真っ赤に染まり、ケルフェラクは投弾コースを外れ始める。 損傷したコクピット以外には目立った損傷は無いが、搭乗員を失ったケルフェラクはそのまま降下を続け、ついには海面に 激突してバラバラになった。 残り3機が投下高度に達し、次々と爆弾を投げ落して行く。 アトランタ級の右舷前部側に弾着の水柱が噴き上がり、回頭中の艦体が衝撃で揺さぶられる。 2発目は左舷中央部側の海面に落下し、海水を高々と跳ね上げた。最後の3発目は、アトランタ級の後部に命中した。 後部に命中弾を受け、のたうつアトランタ級に、低空から5機のケルフェラクが迫る。 雷装のケルフェラクは、輪形陣突入前には32機居たのだが、巡洋艦の防御ラインに到達した時は26機に減っていた。 駆逐艦群は、主に低空侵入機に攻撃を集中したため、雷撃隊は相次いで撃墜された。 その生き残りの26機のうち、5機が未だに強力な対空火力を持つアトランタ級を黙らせるため、向きを変えて接近して来た。 アトランタ級の主砲が5機のケルフェラクに向けられ、咆哮する。 ケルフェラクの周囲に高角砲弾が炸裂し、海面が白く泡立つ。 1機が、40ミリ弾をまともに食らって空中分解を起こす。残り4機が、アトランタ級の左舷側から迫る。 更に1機が白煙を噴き出したが、その時には800メートルの距離にまで迫っていた。 被弾した機も含む4機のケルフェラクが、相次いで魔道魚雷を投下する。 魚雷が着水した瞬間、振動が魔法石に伝わり、動力部が作動する。やがて、魚雷は白い航跡を引きながらアトランタ級に向けて突進し始める。 アトランタ級は尚も急回頭を続けて魚雷を回避しようとする。 艦首が、4本の魚雷と向き合う形になった。アトランタ級の艦長はこのまま直進して、魚雷をやりすごそうと考えた。 だが、戦神はアトランタ級に過酷な運命を与えた。 艦長はすぐに愕然とした。魚雷の1本が、右舷側艦首部に突進して来た。距離は100メートルも離れていない。 「総員衝撃に備えよ!魚雷が来るぞ!」 艦長はマイク越しに、大音声で全乗組員に伝えた。その直後、猛烈な衝撃が基準排水量6000トンの艦を揺さぶった。 シホールアンル側は知らなかったが、このアトランタ級巡洋艦は、2番艦のジュノーであった。 ジュノーは1942年1月に竣工して以来、数々の海戦を潜り抜けて来たベテラン艦である。 初陣である第1次バゼット海海戦以来、ジュノーは艦隊の主力である空母を守るため、自慢の16門の5インチ砲や 機銃を使って艦隊防空網の要を担い続けて来た。 ジュノーはこれまで大きな損傷を負った事が無く、乗員達からは幸運のジュノーとして呼ばれて来た。 しかし、その幸運も今日限りで終焉を迎えてしまった。 右舷艦首部に命中した魚雷は、薄い装甲板を付き破って艦内に達し、炸裂した。 炸裂の瞬間、艦首の破孔から大量の海水が流れ込んで来た。 これに加え、ジュノーが28ノットという高速で洋上を驀進していた事が、被害拡大に繋がった。 艦首部の区画は、大量に入り込んで来た海水によって次々と浸水し、ジュノーの喫水は見る見るうちに下がった。 そこに2本目と3本目の魚雷が突き刺さった。 2本目は右舷中央部に命中した。魚雷は船体を突き破って内部で炸裂し、艦深部の缶室と機関室に損害を及ぼした。 更に、被雷と同時に発生した浸水によって被害個所は瞬く間に海水で満たされていった。 3本目は後部に刺さったが、この魚雷は不発であり、艦に何ら損害を与える事は出来なかった。 アトランタ級が魚雷と爆弾で叩きのめされている間、第2中隊は戦艦の上空を越えて、レキシントン級空母へ向けて降下をしようとしていた。 第2中隊の周囲に激しい対空弾幕が張られ、機体が音を立てながらしきりに揺れる。 「対空艦の上空を超えたというのに、相変わらず激しいな。」 ハウルストは、米艦隊の底なしの火力に肝を冷やしていた。 第2中隊は、巡洋艦の上空を飛び越えるまでは何とか被害を0に抑えていたが、戦艦の上空に差し掛かった時に、猛烈な対空砲火に見舞われた。 相次いで2機のケルフェラクが叩き落とされ、空母への降下地点に到達した直後にまた1機落とされた。 第2中隊は、たった5分と言う僅かな時間で、3機も落とされたのだ。 米機動部隊が放つ対空射撃の激しさは、姉であるリリスティから何度も聞かされていたが、実際に体験すると、何物にも勝る恐ろしさを感じた。 (道理で、味方のワイバーンや飛空挺の損害が大きい訳だ) ハウルストは内心で呟く。 第2中隊長機が降下を開始した。第2中隊が狙うのは、レキシントン級の2番艦である。 中隊長の率いる第1小隊と第2小隊の5機が降下を始め、次にハウルストの属する第3小隊が降下を始める。 70度の角度で急降下を開始する。眼前には、レキシントン級空母が居る。 レキシントン級空母は、ネームシップであるレキシントンとサラトガの2隻が居る。 ハウルストは、目の前の空母がレキシントンであるか、それでもサラトガであるかが分からなかったが、彼にしてみれば、 それはどうでも良い事であった。 レキシントン級空母が回頭を始めた。 第1小隊や第2小隊は、高角砲弾の炸裂を周囲に受けながらも降下を続ける。 不意に、1機のケルフェラクに砲弾が直撃し、爆発した。 戦友の乗ったケルフェラクは、無数の残骸となって海面に落ちていく。 第1小隊と第2小隊は、高度900グレルまで降下した所で機銃の猛射を受けた。 新たな1機が機体の全身を穴だらけにされ、しまいにはバラバラに分解された。 別の1機が不意に右主翼が吹き飛ばされ、激しく回転しながら海面に直行し始める。 残り3機となった第1小隊と第2小隊が、投下高度まで辿り着き、次々と爆弾を落とした。 爆弾が、レキシントン級の右舷側海面に落ちて、水しぶきを上げる。 次いで、2発目が右舷中央部側の海面に至近弾として着弾し、水柱が立ちあがる。 3発目は見事に飛行甲板中央部に命中した。 だが、この爆弾は信管が不良であったため、炸裂しなかった。 「くそ、不発とは!!」 ハウルストは、味方が挙げる筈であった戦果が無効になったのを見て、思わず悔しがった。 3機のケルフェラクが投弾を終えると、ハウルスト機に向けて、砲弾や機銃弾が注がれて来る。 唐突に機体の真後ろで砲弾が炸裂し、金属的な音が響く。 ハウルスト機は、レキシントン級の後方から突っかかる形で降下を行っている。 照準器には、敵空母の飛行甲板が捉えられている。 敵空母は回頭しているため、最初は狙いを外してしまったが、冷静に愛機を操作したお陰で、再び敵空母を照準に捉える事が出来た。 高度が下がるに連れて、レキシントン級はますます大きくなって来る。それに比例して、対空砲火も激しくなる。 高度が900グレルを切ってから、目を覆うような機銃弾の嵐が注がれて来た。 ハウルストは、内心で早く高度を上げねばと叫んだが、同時にもっと高度を下げなければ当たらないとも思う。 高度が400グレルを切ったあたりで、大きな揺れが愛機を襲った。 ハウルストはやられた!と思った。 しかし、彼の思いに反して、機体はまだ快調に動き続け、しっかり操縦桿も握る事が出来る。 高度が250グレルに達した所で、彼は爆弾を投下した。 重い300リギル爆弾が胴体から離れ、機体が軽くなる感触が伝わる。 ハウルストは、渾身の力で操縦桿を引き、機体を立て直す。 訓練で何度もやった行動だ。体は自然に動き、操縦桿はすぐにではないが、徐々に手前に引かれていく。 ふと、彼は横目で、低空で迫るケルフェラクを見たような気がした。 しかし、彼の意識は機体を水平に立て直す事だけ集中しており、低空のケルフェラクなどは気にも留まらなかった。 高度が50グレルを割った時に、ハウルストは愛機を水平にする事が出来た。 後方から爆発音が響いた。 「機長!命中しましたよ!」 後部座席から、絶叫めいた声音が聞こえた。 ハウルストは一瞬だけ頬を緩ませたが、すぐに無表情になり、地獄の釜からの脱出に集中し続けた。 10分後、彼は集合しつつある味方と共に、敵機動部隊から離れた空域で旋回していた。 「凄いな。敵空母が停止しているぞ。」 ハウルストは、操縦席の右側方から敵機動部隊の輪形陣を眺めていた。 敵艦隊は、ハウルストを始めとするケルフェラク隊の猛攻によって手痛い損害を被った。 空母のうち、レキシントン級空母1隻に爆弾3発と魚雷4本を浴びせ、インディペンデンス級に爆弾2発を食らわせた。 レキシントン級は飛行甲板に3発の直撃弾を食らった他、左舷に3本、右舷に1本を食らっている。 敵空母は徐々に速度を落として行き、やがては停止した。 今は左舷に大きく傾いた状態で盛大に黒煙を噴き出している。 インディペンデンス級は爆弾2発を食らいながらも、機関部には損害を与えられず、被弾した後も全速力で驀進しながら、対空砲火を撃ちまくっていた。 この他にも、アトランタ級巡洋艦1隻に撃沈確実の損害を負わせ、巡洋艦2隻と戦艦1隻に爆弾を浴びせた。 これが、第6飛行隊と第8飛行隊が挙げた戦果であるが、空母に手傷を負わせたのは第6飛行隊だけである。 第8飛行隊は、急降下爆撃隊が空母へ投下した爆弾を全て外すという悲惨な結果に終わった物の、雷撃隊は第6飛行隊と同様に空母への攻撃を成功させていた。 しかし、問題は攻撃が成功した後・・・・つまり、魚雷が海中に投下された後にあった。 第8飛行隊は、空母に辿り着くまでに18機が生き残って魚雷を投下した。 敵空母は急回頭を行ったため、魚雷の大半は外れてしまったが、それでも3本は確実に右舷側に命中していた。 だが、ここで思わぬ珍事が起きた。 あろうことか、命中した魚雷は全てが不発であり、目標のレキシントン級にはかすり傷すら負わせられなかった。 第8飛行隊の指揮官は、魚雷の酷い欠陥ぶりに、ここが戦場である事も忘れて、しばしの間激怒した。 それも当然である。 何しろ、折角転がり込んで来た敵正規空母撃破(それも、長い間シホールアンル軍を苦しめて来た精鋭空母の1隻である)という大戦果が、 魚雷の不良によって台無しになってしまったのだ。 これでは、どんなに優しい人物でも烈火の如く怒り狂うであろう。 しかし、救いはあった。 第6飛行隊が雷撃に成功した敵空母には、第8飛行隊が投下し、外れた魚雷のうちの1本が、反対舷に命中した。 片舷に3本も食らってグロッキー状態であったレキシントン級空母は、この最後の被雷によって止めを刺された形となった。 「これで、ケルフェラクでも敵空母を撃沈出来る事が証明されましたね。」 「ああ。」 ハウルストは頷く。 ケルフェラク隊は、果敢な攻撃により、敵正規空母1隻撃沈、1隻撃破、他に巡洋艦1隻撃沈、2隻撃破、戦艦1隻損傷という戦果を挙げた。 ケルフェラク隊には、映像を撮る事の出来る撮影機も混じっており、もし、その機が生き残っていたら、この戦果は貴重な資料として今後に役立つだろう。 (それにしても・・・・・) ハウルストは浮かない顔つきで、集合しつつある仲間の機を見つめる。 (随分とやられた物だなぁ) 彼は、ぼそりと呟いた。 第6飛行隊の生き残りは続々と集まって来ているが、その数は、攻撃開始前と比べて大きく目減りしていた。 午後2時55分 TF37旗艦 空母タイコンデロガ タイコンデロガの属するTG37.3は、この日で4度目の空襲を受けようとしていた。 「くそ、シホット共は一体どれだけのワイバーンを用意しているんだ!?」 タイコンデロガの艦長は、苛立った声音で言い放つ。 司令官席に座っているパウノール中将は、今しがた飲み干した紅茶を従兵に下げさせた。 「畜生。いつもは良く飲む紅茶も、負けが込んでいるとあまり美味いと感じん。」 彼は、しわがれた声でそう言う。早朝と比べて、パウノールは憔悴していた。 「TG37.1は、飛空挺の来襲でサラトガと軽巡ジュノーを大破させられ、どちらも助かるかどうか分からんと聞く。その上、 軽空母のモントレイまでもが使用不能にさせられた。これで、わがTF37で使える正規空母は4隻、軽空母は4隻に減ってしまった。」 「司令官。今はひとまず、空襲を乗り越える事を考えましょう。」 タバトス航空参謀が横から口を挟んだ。 「この空襲を凌げれば、残った航空戦力で反撃を行う事も可能です。」 「残った戦力か。この8隻の稼働空母が、あと何隻減るのだろうか・・・・・」 パウノールは、悲観的になりつつあった。 だが、その半面、艦隊司令官としての矜持が彼の理性を維持し続けていた。 「司令官。本隊に敵ワイバーン90騎が現れました。」 「90騎か、意外と少ないな。」 「はっ。それから、50騎がこちらに向かっています。」 「・・・・・・・」 パウノールは何も言えなかった。 タイコンデロガは、本体から10マイル離れた後方で、損傷艦と共に航行していた。 先の空襲で、TG37.3は4隻の喪失艦と13隻の損傷艦を出している。 そのうち、本隊と共に行動できる艦は本隊に戻り、大破、あるいは25ノット以上のスピードが出せなくなった艦は、そのやや後方から 続く事になっていた。 パウノールは、この損傷艦ばかりの艦隊に戦艦サウスダコタと駆逐艦3隻を護衛に付け、残りを艦隊の防空に回した。 敵は、この傷だらけの艦隊にも刺客を送り込んで来た。 5分後に、敵ワイバーンが姿を現した。 先ほどまで、100騎以上の大群で群がって来たせいか、今見えるワイバーン群は大した数では無いと思い始めていた。 だが、艦隊の将兵達は、自分達の置かれている状況を思い返し、気を引き締めた。 ワイバーン群が、艦隊の左側に回り込みつつある。 「敵は、陣形の右側に居るサウスダコタを警戒しているな。」 パウノールが呟く。 陣形の左側に回り込んだワイバーン群は、高空と低空の二手に別れてから攻撃を開始した。 損傷艦群が対空砲火を放つ。 ワイバーン群の周囲で炸裂する砲弾は、最初と比べて余りにも少ない。 損傷艦群の中には、アトランタ級防空巡洋艦のリノも含まれているが、そのリノも、使える主砲は6門に減じているため、 有効な対空射撃が困難になっている。 敵ワイバーンは、接近していく内に1騎、また1騎と落ちていくが、最初のようにばたばたと落ちる姿は見られない。 敵騎群は、5騎を失っただけで、悠々と陣形の外郭を突破した。 ワイバーン群はこのままの調子で、タイコンデロガに殺到するかと思われた時、唐突に3隻のフレッチャー級駆逐艦が猛然と火を噴いた。 この3隻のフレッチャー級は、低空侵入のワイバーンを狙っていた。 それまで、敵のか弱い抵抗を嘲笑いながら進撃を続けていた竜騎士達は、周囲で炸裂する対空弾幕に度肝を抜かれた。 フレッチャー級駆逐艦は、1隻で5門の5インチ砲を持つ。 それが3隻集まれば、計15門の5インチ砲を敵に対して放つ事が出来る。 3隻のフレッチャー級駆逐艦は、ここぞとばかりに撃ちまくる。 低空から侵入して来たワイバーンは、慌てて高度を20グレルまで下げるが、相次いで2騎が叩き落とされた。 高空のワイバーン群は、サウスダコタからの援護射撃や、タイコンデロガ自身が撃ち上げる対空砲火によって、急激にその数を減らし始めた。 いきなり活発化し始めた米艦隊の防空網の前に、低空で、あるいは高空でワイバーンが次々に落とされていく。 撃てる砲の数が減っていようが、VT信管の威力は健在であり、ワイバーン群は至近距離で炸裂する高角砲弾の前に犠牲を増やしていく。 だが、それだけであった。 傷だらけの艦隊では、50騎程度のワイバーンですら満足に数を減らす事は出来なかった。 高空から侵入して来たワイバーンが、最初に攻撃を行って来た。 このワイバーン群は、25騎から16騎に減じていたが、竜騎士達の士気は旺盛であり、誰もが手負いのエセックス級空母を仕留める事で頭が一杯だった。 ワイバーンに向けて、タイコンデロガは左舷側の高角砲や機銃を一斉に発射する。 敵騎は、20ミリ機銃、40ミリ機銃の弾幕に絡め取られて落ちていく。 しかし、残りの敵騎は投下高度に迫り、爆弾を投下した。 「取舵一杯!」 タイコンデロガの艦長は、声を張り上げた。 予め舵を切っておいたのだろう、艦首がすぐに回り始める。 (遅いな・・・・) パウノールは、回頭が遅い事が気になった。 その刹那、艦橋の左横から閃光が差し込んで来た。 閃光で奪われた視界は戻りつつあった。 (う・・・・) パウノールは、体に痛みを感じ、顔をしかめた。 (体が痛い。さっきの衝撃でどこかに体をぶつけたのだろうか) 彼はふと、そんな事を思った。 (そうだ、すぐに起きなければ) パウノールははっとなって、体を起こしに掛った。その瞬間、腹部から強烈な痛みが走り、喉から何かが込み上げて来た。 彼は、そのこみあげて来た物を吐き出した。 (一体・・・・何だ?) パウノールは、腹部の激痛に開けかけた目を瞑ったが、痛みを我慢して目を開ける。 彼の目に入って来たのは、著しく破損した天井であった。 (これ・・・・は・・・・?) パウノールは理解が出来なかった。 周囲に視線を巡らせる。そこには、あり得ない物が存在した。 艦橋内には、夥しい数の死体が散乱していた。 死体の種類は様々であり、満足に五体をとどめている物もあれば、どこかが欠損したり、上半身、あるいは下半身が無くなっている物もある。 艦橋職員や幕僚達は、文字通り全滅していた。彼の側に常に居続け、アドバイスを送って来たタバトス大佐も、今では物言わぬ骸と化している。 (なんたる事だ・・・・) 彼は、頭をハンマーで殴られたようなショックを感じた。 (最悪の事態になってしまった・・・・・こうなってはもう、TF37司令部は艦隊を指揮出来ない。誰かに・・・・誰かに代わりに指揮を譲らなければ) パウノールは、心中でそう決意すると、声を出そうとした。 だが、彼は声が出せなくなっていた。 (喉が、やられている。) パウノールはそう思った。その時になって、彼は自らもまた、死に関わる手傷を負っている事を確認した。 (艦が止まっている。そういえば、傾斜が酷いな) 彼は、タイコンデロガが左に傾いている事に気が付いた。 (また魚雷を食らったか。) 先のワイバーン群は、犠牲を払いながらも2隻目のエセックス級空母を仕留める事が出来たのだ。 (1日で、正規空母が2隻。それも、新鋭のエセックス級空母が2隻も・・・・・今頃、シホットの奴らは久方ぶりの大戦果に狂喜しているだろうな) 悔しげな心境でそう思うと、心なしか涙が出て来た。 (そもそも、あんな情報さえ来なければ・・・・こんな事にはならなかったのに・・・・・畜生・・・・・・畜生!) パウノールは、後悔の念で胸が一杯であった。 彼は、衛生兵が来るまで思考を続けたが、彼の手傷は思ったよりも深かった。 再び、彼は吐血する。今度は、先ほどよりも量が多い。 (もはや・・・・これまで・・・か) パウノールは、自らの死を悟った。 彼は虚ろげな目になりながらも、脳裏にある将官の顔が浮かんだ。 (シャーマン・・・・・どうか・・・・俺の代わりに、艦隊を率いてくれ。そして・・・TF37の生き残りを、無事に帰してくれ・・・・) 彼は、心中でそう呟くと、ゆっくりと瞼を閉じて行った。 攻撃を受けているのは、TG37.3だけでは無かった。 TG37.1も、3度目の空襲を受けつつあった。 「敵ワイバーン多数が、輪形陣右側の上空を突破しつつあります!」 戦艦インディアナの艦長であるユニオス・ルーストン大佐は、対空砲火の喧騒の中、見張りから発せられた言葉に耳を傾けていた。 既に、輪形陣右側の防空網は滅茶苦茶になっている。 巡洋艦と駆逐艦の上空を突破した多数のワイバーンは、急速に輪形陣に迫りつつある。 インディアナは、右舷側に向けられる高角砲や機銃を必死に撃ちまくる。 敵ワイバーンは、インディアナから発せられる対空砲火の前に、確実にその数を減らしてはいるが、敵の数は余りにも多い。 「低空のワイバーン28騎、間もなく直上に差し掛かります!」 「低空侵入のワイバーン、レキシントンより距離2000に接近!」 ルーストン大佐は、次々に入る報告に苛立ちを募らせていた。 (くそ、このままでは空母群が危ないな・・・) 現在、インディアナはレキシントンの右舷600メートルを航行している。 普通ならば、インディアナは900から1000メートルほど離れた位置に付かなければならないのだが、インディアナ艦長はレキシントンを 守るためには、より接近して援護を行う事が大事だと判断し、敢えてレキシントンの右舷前方600メートルに占位した。 護衛艦が相次いで被弾し、対空火力が確実に減っている以上、レキシントンを守るにはこうするしかないと、ルーストン大佐は考えたのであった。 「高空の敵ワイバーン10騎が急降下開始!目標は本艦の模様!」 見張りが、それまで以上に緊迫した声音で伝えて来る。 一部のワイバーンが、後続して来る雷撃隊に気を利かせたのだろう、インディアナの対空火器を減らすために急降下爆撃を仕掛けて来た。 「撃ち落とせ!戦艦の対空火力がどんな物が、思い知らせてやれ!」 ルーストン大佐は吼えるような声で指示を飛ばした。 敵ワイバーン群は、丁度、インディアナの上空を超えてから急降下を開始したため、左舷側の対空火器が射撃出来る状態になった。 それまで沈黙していた左舷の高角砲と機銃が一斉に火を噴いた。 10門の高角砲と、数十丁もの対空機銃が唸りを上げ、上空を砲弾と機銃弾で埋め尽くす。 レキシントンやベローウッド、モントレイから撃ち上げられた高角砲や機銃弾も加わり、敵ワイバーン群は次々と撃ち落とされる。 1騎、2騎、3騎と、敵ワイバーンはVT信管付きの砲弾に吹き飛ばされ、あるいは機銃弾によってずたずたに引き裂かれていく。 残った6騎のワイバーンは、高度800メートルまで降下してから爆弾を投下した。 「敵騎爆弾投下!」 見張りから報告が伝えられるが、ルーストン大佐は顔色一つ変えずに、ただ対空戦闘を見守る。 インディアナは回避運動を全く行わなかった。最初の爆弾が左舷側中央部の海面に着弾し、海水が跳ね上がる。 2発目の爆弾は、艦首正面の海面に至近弾として落下し、高々と水柱が跳ね上がるが、インディアナの艦首は、それを邪魔だと言わんばかりに踏み潰した。 3発目と4発目の爆弾が艦尾側の海面に落下した。 水中爆発の衝撃がインディアナに伝わる。35000トンの艦体は、一瞬後ろ側から持ち上がるような形で揺さぶられたが、その揺れもすぐに収まった。 5発目は右舷側の海面に外れ弾として落下し、6発目がついにインディアナに命中した。 重い300リギル爆弾は、第3砲塔の天蓋に命中し、派手な爆炎を噴き上げる。 爆弾命中の炸裂が、艦橋にも伝わって来たが、揺れは艦尾付近の至近弾よりも小さい。 「爆弾が第3砲塔に命中!損害は軽微!」 ルーストン大佐は、その知らせを聞いてニヤリと笑う。 (フン、シホット共の柔い爆弾なぞ、16インチ砲弾の直撃にも耐えられるように設計されたインディアナには通用せん。シホット共は、 本艦の対空火器を潰すつもりで編隊を分離させ、攻撃に当たらせたようだが・・・・それも無駄に終わったな。) 彼は、心中で敵の判断ミスを嘲笑った。 しかし、その嘲笑も、艦尾方向から伝わった突発的な振動によって吹き飛ばされた。 彼は、至近弾に取り囲まれるレキシントンに視線を移し、指示を飛ばしていた。 唐突に、原因不明の振動が艦全体を襲い始めた。 「な、何だこの揺れは!?」 彼がそう叫んだ時、後ろの艦内電話がけたたましく鳴った。 ルーストンは、電話に飛び付く。 「こちら艦長だ!」 「艦長でありますか!こちらはダメコン班です!先の至近弾で、推進機に異常が発生したようです!」 「何?推進機に異常が起きただと!?」 「はい!恐らく、至近弾が艦尾付近のスクリューシャフトを損傷させたかと思われます!それから、推進機の1基が停止しかけています!」 「停止しかけているだと?それは本当なのか!?」 「はい!間違いありません!」 ルーストンは唖然とした表情で受話器から耳を離した。 ダメコン班からの報告は事実であった。 インディアナは、艦尾付近に落下した至近弾によって、4基あるスクリューのうち、2基を損傷していた。 損傷した2基のスクリューの内、1基は損傷の度合いが激しい他、衝撃が艦内の推進器室にも損傷を与えていたため、スクリューの回転速度は 3分の1以下に落ちていた。 このため、インディアナは機関を全力発揮しているにも関わらず、最大速度である28ノットが出せぬ状態になっていた。 (なんてこった!これじゃただの足手まといになるぞ!) ルーストンは、思わず頭を抱えそうになった。 だが、インディアナの受難はこれだけではなかった。 彼は、見張りから「敵ワイバーン、魚雷投下!」という言葉を聞いた。 この時、彼は敵ワイバーンがレキシントンに向けて魚雷を投下したのだと思っていた。 実際はその通りである。 レキシントンを狙っていた敵ワイバーン群は、シホールアンル側の竜母部隊には珍しく、殆どが実戦を経験していない新兵 (とはいっても、入念に訓練は積んでいるため錬度は高かった)で編成されていた。 この新米竜騎士達は、訓練のお陰で、何とか米空母まで距離900メートルの位置に辿り着けた。 レキシントンを狙っていたのは、正規竜母ジルファニアから発艦した20騎のワイバーンであった。 目の前のレキシントン級は、随行するサウスダコタ級戦艦と共に回避運動を行いながら爆弾をかわしている。 レキシントンは、少しばかり舵を切っただけであったが、雷撃隊同様、新米ばかりで編成された爆撃隊は、急降下爆撃を全て空振りに終わらせていた。 雷撃隊の指揮官は、今がチャンスだとばかりに、レキシントンの未来位置を狙って一斉に魔道魚雷を投下させた。 本来ならば、もう少し接近してから魚雷を投下するのが良いのだが、それはベテランや、中堅の竜騎士が行う事であり、新米である彼らに 同じ事をさせるには、無理があった。 彼らの投下した20本の魔道魚雷は正確に作動し、扇状に広がって行く。 20本の魚雷網は、確実にレキシントンを捉えていた。 雷撃隊の指揮官は、レキシントンはもらったと確信していた。 しかし、彼らは思いがけぬ光景を目の当たりにする。 何と、レキシントン級のやや前方に出ていたサウスダコタ級戦艦が、速度を落とし始めたのである。 「なっ!?あいつら・・・・・・」 雷撃隊の指揮官は、その戦艦の献身的行為を目にして、思わず絶句してしまった。 アメリカ戦艦は、自らを盾にしてレキシントンを魚雷から救おうとしているのだ。 彼らはそう思った。 だが、実情は違っていた。 インディアナの乗員には、空母を守りたいと思う者は居るものの、わざわざ盾になってまで任務を遂行しようという者は皆無に近かった。 「回避だ!面舵一杯!」 艦長からしてそうであった。 しかし、 「艦長!魚雷7本が急速接近!距離200!!」 状況は絶望的であった。 重い戦艦の舵が効き始めるまで、時間は最短でも30秒は掛る。30秒たてば、艦首は思い通りの方向へ回り始める。 それまでに魚雷は、インディアナの腹を抉っているだろう。 「そ、総員、衝撃に備え!!」 ルーストン艦長は、大音声で乗員に命じた。 (こんな・・・・こんな馬鹿な事が!) 彼の心中で、やり場のない怒りが熱く煮え滾る。 (至近弾ごときで・・・・このような事態に陥るとは!!) ルーストンは、内心でそう叫んだ。 直後、35000トンの艦体は、右舷側から襲って来た激しい衝撃に大きく揺さぶられた。 シホールアンル軍の魔道魚雷は、戦争の後半頃になって、連合軍艦艇相手に猛威を振るったが、いずれの戦場でも魚雷の作動不良や不発に泣かされて来た。 後に、魔道魚雷は半ば傑作、半ば不良品として言われるようになるが、インディアナに命中した7本の魚雷は、全てが通常通りに作動していた。 インディアナの被雷から3分後に、別の竜母から発艦した雷撃隊は、軽空母ベローウッドに4本を命中させ、うち3発が起爆していた。 ベローウッドの被弾を最後に、シホールアンル側の航空攻撃は再び鳴りを潜めて行った。 午後3時20分 第37任務部隊第2任務群旗艦 空母フランクリン TG37.2旗艦であるフランクリンの作戦室に、パウノール司令官戦死の凶報が入ったのは、TG37.1の攻撃が終息してから5分後の事であった。 「そうか・・・・・分かった。」 第2任務群司令官であるフレデリック・シャーマン少将は、力無い声で、報告して来た通信参謀に返す。 「まさか・・・・パウノール司令官が・・・・・」 航空参謀は、今にも泣き出しそうな声音で言う。 「TF37司令部が事実上、壊滅してしまった今、誰かがTF37の指揮を取らねばならないが・・・・それにしても、よりにもよって、 こんな時に最高司令官が亡くなるとは。」 「艦隊の損害も、甚大その物です。」 参謀長が発言する。 「敵飛空挺と敵機動部隊との攻撃によって、我々は旗艦タイコンデロガを始めとする空母5隻、戦艦1隻、巡洋艦1隻、 駆逐艦14隻を撃沈破されています。そのうち、旗艦タイコンデロガやサラトガ、軽空母キャボットとベローウッド、 戦艦インディアナ、巡洋艦ジュノーは大破と判定される損害を受けています。特に、TG37.3の損害は甚大です。 使える空母がボクサー1隻に減った今、第3任務群は第2任務群か、あるいは第1任務群に統合するしかありません。」 「司令。たった今、第2任務群のモントゴメリー司令より指示を受けるとの通信が入っています。ここは、早急に 第2任務群が指揮をとり、悪化する状況に歯止めをかけねば・・・・」 「ふむ。」 シャーマンは頷きながら、頭の中では様々な事を考える。 被害甚大となった艦の中には、沈没確実の被害を被った艦が居る。その艦から生き残りの乗員を助けなければならない。 それと同時に、TF37は、陸上からの航空攻撃や、敵機動部隊からの反復攻撃を受ける可能性がある。 状況は、最悪である。12隻の空母のうち、使える空母は6隻しか居ない。 航空戦力も大幅に減少し、長い間迎撃戦闘を行って来た戦闘機パイロットは、半数以上が疲労している。 ここで、敵が再び大規模空襲を反復すれば、TF37は全ての母艦を撃沈されてしまうだろう。 (いや、陸上からの航空攻撃は、今の時間からしてもう無いかもしれない。) シャーマンは、自らの考えを一部否定する。 (敵のワイバーン部隊の中で、夜間作戦が可能な部隊はごく限られていると聞く。それに、敵の基地航空部隊は、我々との戦闘でかなり消耗 している筈だ。戦力を再編して攻撃を再開するにしても、もう少し時間はかかる。攻撃があるとすれば、明日になるだろう。我々は、明日の 早朝までには陸地から離れるから、敵の基地航空隊は、TF37に再攻撃を行う事は出来んだろう。) シャーマンは、心中でそう思った。 「陸地からの攻撃は、まず無いかもしれないな。だが、問題はまだある。」 彼は、ハイライダーから送られて来た情報を思い出した。 フランクリンは、新たに2機のハイライダーを発艦させていた。この2機は、機上レーダーで敵艦隊を探知し、位置と進路を知らせて来た。 情報によれば、TF37の南西側の海域270マイルの沖合を、敵機動部隊が航行しているという。 このまま行けば、TF37は安全圏に出るまでに、敵機動部隊から攻撃を受け続ける事になる。 (ただ待っているだけでは、基地航空隊の脅威は去っても、敵機動部隊の脅威は去ってはくれない。この脅威を取り払うには・・・・・ やはり、攻撃しか無い) シャーマンは顔を上げた。 「よし。通信参謀、艦隊の各艦に通達せよ。我、これよりTF37の指揮を継承。航空戦の指揮を執る。各空母は、攻撃隊発艦の準備を行われたし、だ。」 「司令、攻撃隊を発艦させるのでありますか?」 通信参謀が驚く。 「そうだ。攻撃だ。」 シャーマンは即答する。 「これより、各空母は急ピッチで攻撃隊を編成して貰う。それから、第3任務群は解隊し、第1任務群の指揮下に入るように伝えよ。」 彼は、有無を言わせぬ口調で通信参謀に命じる。 「急げ!敵は新たに攻撃隊を編成している筈だ。ここで反撃に転じなければ、我々はずっと、敵に付き纏われてしまうぞ。それに」 シャーマンはここで頬を緩ませた。 「ようやく、念願の正規竜母が現れたのだ。沈められる機会があるのならば、1隻でもいいから海底に送ってやるべきだろう。 攻撃隊のパイロット達も、早く出撃させてくれと、内心やきもきしている頃だ。」 「分かりました。全艦艇に指令を伝えます。」 通信参謀は頷くと、駆け足で艦橋から出て行った。 午後4時40分 TG37.2旗艦 空母フランクリン 幸か不幸か、太陽はまだ高い位置にあった。 時間は午後4時40分を回っているが、気象班が予測した日没まではまだ時間もある。 飛行甲板上には、弾薬を搭載した艦載機がずらりと並べられている。 弾薬の搭載作業は、事前に準備を終えていた事が功を奏し、比較的短い時間で終わった。 「第2次攻撃隊は、本艦からF4U24機、SB2C14機、TBF14機が発艦します。次に、イントレピッドからはF6F18機、 SB2C16機、TBF12機、軽空母ラングレーとプリンストンは、それぞれF6F12機とTBF6機ずつを発艦させます。」 「レキシントンとボクサーは?」 シャーマンは、すかさず航空参謀に聞き返す。 「レキシントンからはF6F18機、SB2C10機、TBF8機、ボクサーからはF4U30機、SB2C12機、TBF9機が発艦予定です。 このうち、本艦とボクサーのF4Uは、12機ずつ、計24機がロケット弾を搭載して、敵の輪形陣攻撃に当たります。それからプリンストン、 ラングレー、ボクサーの艦爆、艦攻も護衛艦の攻撃に回ってもらう予定です。」 「コルセアのロケット弾で駆逐艦の防空網に穴を開け、艦爆、艦攻の攻撃で巡洋艦や戦艦を叩き、残りの航空隊で敵竜母を狙う、か。 敵がやって来た戦術を、そっくりそのまま叩き返してやるという訳か。」 「はい。それも、徹底した形で行います。」 「潜水艦からは、何か新しい報告は無いか?」 「20分前の第一報以来、消息は途絶えています。」 今から20分前、TG37.2司令部に潜水艦タイノサから敵機動部隊発見さるという報告が伝えられた。 潜水艦タイノサは、僚艦であるハンマーヘッドと共に、この作戦で生じた未帰還機の搭乗員を救出するために派遣された潜水艦の1隻である。 アメリカ海軍は、アルブランパ港を監視している潜水艦部隊とは別に、12隻の潜水艦を動員してシェルフィクルやレビリンイクル列島の周辺に 配置していた。 タイノサとハンマーヘッドは、本来はトンボ釣りが主任務であったのだが、TF37が敵航空部隊の大空襲を受けているとの通信が入ってから は付近の哨戒活動を行っていた。 この2隻が、敵機動部隊発見という殊勲を挙げたのである。 「シホールアンル艦隊の最新の位置を掴めた事は幸いだが、それよりも、タイノサとハンマーヘッドは生き残って欲しい。」 「貴重な搭乗員救出艦ですからね。1隻でも失えば大損害です。」 「だな。」 シャーマンは頷く。 「2隻の潜水艦が命懸けで伝えて来た情報を生かすためにも、俺達は攻撃を成功させねばならん。」 彼は、静かながらも意気込みを感じさせる言葉を呟いた。 飛行甲板から、航空機のエンジン音が聞こえ始めた。 エンジン音はすぐに大きくなり、数分足らずで飛行甲板上は艦載機の発する爆音に満たされた。 「司令、各空母の発艦準備が間もなく終わります。TG37.1と37.3はあと10分で発艦準備が終わるとの事。」 「あと10分か。やはり、事前に準備を怠らなかったのが幸いしたな。」 シャーマンは満足気な笑顔を浮かべてから言う。 同時に、通信士官が紙を手に携えながら艦橋に飛び込んで来た。 「司令官!ピケット艦より緊急連絡です!」 「読め。」 シャーマンは冷淡な声音で通信士官に言う。 「はっ。ピケット艦コルホーンが、方位260度方向、距離180マイルの地点より接近する敵編隊を捉えたとの事です。」 「敵機動部隊から発艦したワイバーン隊だろう。早速追い討ちを掛けて来たか。」 シャーマンはうんうんと頷く。 「だが、シホット共が思い上がるのも、これまでだ。俺達も攻撃隊を飛ばし、敵機動部隊に空襲を行う。見てろよ、シホット。」 彼は、静かな口調で言い放った。 「バンカーヒルとタイコンデロガ、そして、TF37全体が味わった苦痛と恐怖を、そっくりそのまま叩き返してやるぞ。」 午後5時50分 シェルフィクル沖南南東380マイル沖 第2次攻撃隊が発艦を終えてから1時間が経った。 艦隊には、南西方面から新たな敵編隊が迫りつつあった。 「こちらフランクリン。ウィックスリーダーへ、敵編隊は君達から西に10マイル、1000メートル下方を飛行中だ。数は約200騎程だ。」 「こちらウィックスリーダー了解。すぐに向かう。」 ケンショウは、耳元のレシーバーから流れる隊長機とFDOとのやり取りを耳にしながら、先頭を飛ぶ隊長機に目を向ける。 「各機に告ぐ。聞いての通り、敵編隊約200騎が艦隊に近付きつつある。俺達は今より、この敵編隊を迎撃する。全機、俺に続け!」 イントレピッド隊を束ねるジャン・オーキス大尉の指示が飛び、イントレピッドから発艦した12機のF6Fは、オーキス機に従って、 敵編隊の居る方角に向かう。 迎撃に飛び立った戦闘機は、イントレピッド隊が12機、フランクリン隊が10機、プリンストン隊が8機、ラングレー隊が16機。 TG37.3のボクサーからはF4Uが14機発艦し、レキシントンからは12機が飛び立った。 総計で82機の戦闘機が発艦し、敵編隊に向かっているが、この82機が、TF37が出せる精一杯の戦力である。 残りの戦闘機は、第2次攻撃隊の護衛に出払っているか、艦内の格納庫で修理を受けている。 (いつもなら200機、多い時には300機以上を迎撃に出せる筈なのに、今ではたったの82機とは。この消耗率は異常だぞ) ケンショウは内心で思う。 早朝から始まった第1次攻撃隊の発艦から既に半日が過ぎ、TF37がCAPに繰り出せる戦闘機は、通常の半数以下である。 TF37の損害は、主力艦だけでも正規空母2隻、軽空母1隻が沈没確実の被害を受け、戦艦1隻に正規空母1隻、軽空母1隻が 沈没するかどうかの瀬戸際まで追い詰められている。 それと同時に、航空機の損失も膨大な物に上っており、TF37は推定で300機以上の艦載機を失っている。 この300機という数字は、敵に撃墜された機以外に、艦内で母艦と共に海没した機体や不時着水、あるいは着艦事故で失われた機も含んでいる。 戦闘はまだ続くため、航空機の損失数は更に増えるだろう。 イントレピッド隊が、他の母艦の戦闘機隊を率いる形で敵に向かってから5分が経過した。 「敵騎発見!」 オーキス大尉の叫び声が響いた。 イントレピッド隊の左下方に、敵ワイバーンの大編隊が飛行している。 敵編隊の全容は、所々に掛っている雲に覆われて把握しきれないが、FDOの言う通り敵の総数は、200は下らぬと思われた。 「イントレピッド隊はこれより、敵戦闘ワイバーンと空戦を行う。攻撃開始!」 オーキス大尉の気合のような言葉が響いてから、先頭の第1小隊が機首を翻し、1000メートル下方に居る敵編隊目掛けて突っ込む。 「第2小隊も続くぞ!」 「了解!」 ケンショウは小隊長にそう返事し、小隊長機にならって操縦桿を右に倒し、愛機を横転させながら降下の姿勢に移す。 視界がぐるりと回り、前方に翼を上下させるワイバーンの大群が見え始める。 緊密な隊形を維持しながら飛行を続けるワイバーン群だが、戦闘機の接近に気付いたのであろう、一部の敵騎が向きを変えて来た。 6000メートルを指していた高度計は急激に下がり、あっという間に5200まで下がった。 先頭の第1小隊が、向かって来たワイバーンに対して機銃を撃つ。 対するワイバーンも口から光弾を連射して来た。 第1小隊の攻撃で、1騎のワイバーンがひとしきり光を明滅させたあと、何かの液体らしき物を吹き出した。 同時に、第1小隊のうちの1機が機首から白煙を引き始め、小隊から離れ始める。 敵ワイバーン群が第1小隊とすれ違い、被弾騎を除いた残りのワイバーン8騎が第2小隊に迫る。 (来る!) ケンショウは心中でそう叫び、目測で敵が距離400まで接近した瞬間、機銃を発射する。 両翼の12.7ミリ機銃が唸りを上げ、6本の火箭が狙いを付けた1騎のワイバーンに注がれる。 機銃弾は敵ワイバーンの下方に逸れてしまった。 それと入れ替わるように、敵ワイバーンから放たれた光弾がケンショウ機に向かって来る。 緑色の光弾が機体の右方向を飛び去って行く。 敵の攻撃は逸れるかと思った瞬間、外から叩かれたような振動が伝わる。 振動は2回だけであり、いずれも機体に致命傷を負わせるほどではなかったが、 「畜生!」 ケンショウは悔しげな口調で罵声を上げた。 しかし、そんな感傷もすぐに振り払い、彼は新たなワイバーンとの正面対決に入る。 今度は5騎が迫って来た。 相手も500キロ以上のスピードで飛んでいるため、距離はあっという間に縮まる。 ケンショウは真ん中のワイバーンに狙いを付け、300メートルまで迫ってから機銃を撃った。 両翼の12.7ミリ機銃が再び唸り、操縦席にリズミカルな振動が伝わる。 今度は見事に命中した。 敵ワイバーンは、真正面からモロに連射を食らった。 襲い来る機銃弾は、敵の防御魔法によって弾き返され、敵ワイバーンの周辺が赤紫色に明滅する。 相手の攻撃は見当違いの所に飛んで行った。 ケンショウ機と敵ワイバーンが高速ですれ違う。彼はすぐに後ろを振り向いたが、目標のワイバーンの姿を確認する事は出来なかった。 (落とせてないだろうな。だが、防御魔法の明滅時間は比較的長かったから、あと少しで防御は敗れるだろう) 彼は心中でそう呟いた。 ケンショウも含む第2小隊は、全機が無事に敵編隊の下方に飛び抜けた。 「これより各ペアで戦闘に当たれ!ブレイク!」 中隊長機から指示が下る。それを聞いたケンショウは、相棒が後ろに続いている事を確認してから、愛機を左に旋回させた。 「さて、ここからが本番だぞ。」 ケンショウは自らを戒めるかのように、小声でそう言う。 敵編隊の周囲では、既に乱戦が始まっていた。 82機のCAPは、敵の護衛と渡り合いながら、隙を見ては攻撃ワイバーンに向かおうとした。 敵の護衛を振り切った2機のコルセアが爆音を響かせながら、攻撃ワイバーンに接近する。 狙われた攻撃ワイバーンが狙いを外そうと、慌てて蛇行するが、コルセア2機は無駄だと言わんばかりに容赦なく機銃弾を撃ち込んだ。 12.7ミリ機銃弾12丁の集中射撃を食らったワイバーンは、最初は防御結界に守られる物の、それもすぐに効果が切れる。 魔法の恩恵が無くなり、生身の体が晒された瞬間、竜騎士とワイバーンは無数の高速弾によってずたずたに引き裂かれた。 別のヘルキャットは、ワイバーンから真正面から受けながらも、それを強引に突っ切って攻撃ワイバーンへ急速接近する。 ヘルキャットは、ワイバーン群の指揮官騎と思しき敵騎を見つけるや、脇目も振らずに突進した。 ワイバーン群の指揮官は、自らに迫り来るヘルキャットを見て死を覚悟した。 その瞬間、下方から幾条もの光弾が吹き出し、それがヘルキャットに突き刺さる。 幾つもの光弾に穴を穿たれたヘルキャットは、主翼から黒煙を吐きながら錐揉み状態で墜落して行った。 敵編隊の周囲で戦闘機やワイバーンが墜落していく中、ケンショウ達は敵編隊の下方に居ながら目標を見定めていた。 「やはり、敵編隊の先頭付近をやるか。なあ、お前はどっちがいいと思う?」 「俺は君の指示に従うよ。それより、時間が無いぜ。」 ケンショウは、相棒にそう言われて苦笑する。 「そうだな。では、先頭のヤツを叩くか。」 ケンショウは頷いた。愛機のスロットルを開き、速度を上げる。 機首の2000馬力エンジンが轟々と開き、重い機体を高空に引っ張り上げていく。 目標は、敵編隊の一番右側を飛ぶ4騎のワイバーンだ。 上空では、味方の戦闘機隊と護衛のワイバーンが空戦を行っている。 敵編隊は半数近くをワイバーンで固めていたため、戦闘機隊の大半が戦闘ワイバーンとの空戦に忙殺されている。 だが、それでも一部の戦闘機は、ワイバーンに勝る速度性能を生かして、思い出したように敵編隊目掛けて突っ込んでいく。 味方戦闘機隊はいずれも上方から突っ込んできたため、敵の竜騎士達の注意は上に向いていた。 そのため、下方から迫りつつあるケンショウ機とそのペア機には気付かなかった。 「良いカモだぜ。」 レシーバーから相棒の声が聞こえる。 敵編隊との距離は既に600を割っている。ケンショウは、距離400まで近付いてから射撃をする予定であったが、敵は一向に気付く様子が無い。 そのまま2機のF6Fは、目標のワイバーン編隊の下方から接近を続ける。 と、その時、1騎のワイバーンがこちらに気付いたのか、急に体を左右に揺らした。 「今更気付いたって遅い!」 ケンショウは静かな声でそう言うと、躊躇い無く機銃の発射ボタンを押した。 曳光弾が敵ワイバーンの下腹に注がれ、しばしの間防御結界が働き、ワイバーンの周囲が光に包まれる。 光の明滅は僅か1秒で終わり、その次の瞬間、ワイバーンは全身を12.7ミリ弾に貫かれた。 「!!」 ケンショウはふと、背筋に悪寒を感じた。 「来るぞ!!」 彼は反射的に相棒に叫ぶと同時に、機体を右に横転させた。 愛機の姿勢がぐらりと右に傾いた時、斜め上方から光弾が降り注いで来た。 「ワイバーンだ!」 ケンショウは叫びながら、愛機を旋回降下させる。その時、彼は自らを襲ったワイバーンを見つけた。 襲って来たワイバーンは3騎いた。 その3騎は、ケンショウ機を狙って光弾を放って来た。ケンショウがこの集中攻撃を避けられたのは、奇跡に等しかった。 (タイミングが少しでもずれていたら、今頃は・・・・) 彼は脳裏に、自分の機体が炎に包まれながら墜落していく光景を思い浮かべ、身震いした。 (ええい、怖がっている暇は無い!) 彼は内心でそう思うと、再び奮起して襲い掛かって来たワイバーン相手にどう立ち回るかを考える。 「ケンショウ!そっちに2騎言ったぞ!俺の方にも1騎食らい付いている!」 「了解!」 ケンショウは答えながら、自分が圧倒的に不利な状況に陥ったと確信した。 速度性能ではヘルキャットが上だが、最近のワイバーンはスピードも580キロ程度は出せるため、この差は決定的ではない。 それに比べて、運動性能では圧倒的にワイバーンが上であるため、コルセアやヘルキャットでは1対1で分きつい。 それが2対1となると、ヘルキャットはかなり不利となる。 「奴らの思い通りになってたまるか!」 ケンショウは静かな声で言い放つと、スロットルを更に開き、エンジン出力を最大にする。 下降に入っていたヘルキャットは更に増速し、高度計の回転速度が更に上がる。 彼はGに耐えながら、後ろを振り向いた。 愛機の右後方にワイバーンが占位しているが、その姿は徐々に小さくなっていく。 しかし、後方から追跡して来るワイバーンは1騎しか見当たらない。 (もう1騎はどこに居る!?) ケンショウは心中で叫ぶ。 もう1騎のワイバーンは、いつの間にか居なくなっている。 彼は左右は勿論の事、全方位に目をこらしたが、もう1騎のワイバーンはどこにも居ない。 (見えるワイバーンと同じように、こっちの死角から追跡しているかもしれないな) ケンショウは、内心でそう確信した。 いつも慎重に行動する彼にしては、珍しく都合の良い判断ではあるが、戦闘で疲労していた頭は、この時、ケンショウの売りの1つである 慎重さを奪い去っていた。 高度1000メートルまで下降した所で、ケンショウは愛機を旋回させた。 「よし、続いて上昇に移るぞ。」 彼は旋回上昇に移ろうとした。その時、機体に横から殴られるかのような衝撃が伝わった。 金属が裂け、何かが音立てて砕けるような音が耳に響く。 防弾ガラスが割れ、その破片がケンショウの左頬を切り裂き、真っ赤な血がコクピット内に飛び散った。 「!?」 ケンショウは驚くと同時に、自らの失態を悟った。 機体の真上を1騎のワイバーンが飛び去る。 (くそ、しくじった!) ケンショウは叫び出したかったが、不思議と声が出なかった。 体は恐怖と緊張で硬直し、それまで滑らかに行っていた機体の操作にも無駄な手間が生じる。 エンジンにも被弾したのだろう、機首に穴が開き、2000馬力エンジンがひっきりなしに振動している。 速度は急速に落ち始め、今では440キロまで低下していた。 ケンショウ機をフライパスしたワイバーンが、距離800メートルの距離でくるりと向きを変え、また向かって来た。 ワイバーンの姿が徐々に大きくなる。最初は見え辛かったが、距離が狭まるに連れて、竜騎士の姿がはっきりと分かるようになった。 「逃げなければ!」 ケンショウは無我夢中で機体を操作する。 が、被弾でエンジンのパワーが落ち、各所に手傷を受けた愛機は、七面鳥を思わせるような緩慢な動きしかできなかった。 ワイバーンが500メートルまで迫った。相手の姿ははっきりと見て取れる。 「・・・・畜生!」 ケンショウは悔しさの余り、大声で叫んだ。 その瞬間、攻撃が放たれた。 「?」 ケンショウは思わず目を閉じたが、この時、彼は首を傾げた。 (この音は・・・・機銃弾?それに・・・・) 彼の耳に響いたのは、唐突に発せられた機銃の発射音と、2000馬力エンジンが発する爆音であった。 轟音が左から右に飛び去った。 ケンショウはすかさず、音が飛び去った方角に目を向ける。 自分を狙っていた筈のワイバーンは、突然の攻撃を受けて墜落しつつあった。そして、そのワイバーンを討ち取った張本人が、大きく旋回を行っていた。 「あれは、俺と同じF6F・・・・じゃないな。」 ケンショウは、その機に取り付けられている物・・・・夜戦仕様のF6Fに取り付けられた右主翼の丸い物に目が止まった。 「夜間戦闘機か。最新型のF6F-N5だな。」 彼は、安堵するかのような声音で呟く。 夜戦仕様のF6Fは、滑らかな動作でケンショウ機に近付いて来る。 ケンショウはまず、尾翼に注目した。 「ラングレー所属の艦載機か。」 彼は、尾翼に描かれている白地の長方形に黒のダイヤマークを見て、そのF6Fが軽空母ラングレーの搭載機であると確信する。 「そこのヘルキャット、聞こえる?」 無線機に声が響いて来た。ケンショウは、その声が異様に高い事にやや驚いた。 「ああ、聞こえる。感度はバッチリだ。」 「ふぅ、良かった。生きているみたいね。」 「お陰さまで、何とか生き延びる事が出来たよ。礼を言う。」 ケンショウは、右側方を飛ぶF6Fを見つめながら話す。 相手の顔は、風防眼鏡と飛行帽に隠れて見えない。 「君はラングレーの所属か?」 「ええ。と言っても、半ば居候のような物だけど。」 「居候か。てことは、君はあの噂の・・・・・・」 「あら、ご存知なのね。」 相手はそう言うと、ニコリと笑って来た。 「やはりね。あんたらの噂は前から聞いてるぜ。良い腕前だ。」 「どうも。」 相手は笑いを含んだ口調でケンショウに返した。 「しかし、酷い有様だねぇ。エンジンからは煙が出ているし、胴体は穴ぼこだらけだし、こりゃスクラップ前のポンコツ機みたいだわ。」 「俺の機体はそんなに酷い状況なのか?」 「ええ。何しろ、尾翼にも穴が開いているからね。でも、幸い、飛ぶ事だけは出来そうよ。今は、艦隊からやや離れたところで待機するのが吉かもね。」 「そうか・・・・・」 ケンショウは、幾分落ち込んでしまった。 さっきの判断は完全に誤りであった。もし、目の前のラングレー所属機が助けに来なければ、今頃は機体ごと海に叩き落とされていたであろう。 (まさに、九死に一生、て奴だな) ケンショウは鬱屈とした心中でそう思った。 「おっと、長話は良くないね。じゃ、私は姉貴の所に行かないといけないから、これで。」 「ああ。気を付けてな。さっきは助かった。」 ラングレー搭載のF6Fは、ケンショウの言葉を聞いた後、3度ほどバンクを振ってから離れて行った。 「あのF6Fのパイロット。女だったな。帰れたら、ラングレーの連中に聞いてみるか。」 迎撃隊の奮戦にもかかわらず、敵編隊は護衛のワイバーンの援護のお陰でさほど損害を受けずに、アメリカ機動部隊へ近付く事が出来た。 迎撃隊が戦闘を開始してから15分が経った頃、TG37.2は輪形陣の右側に迫った敵編隊を目視で捉える事が出来た。 巡洋戦艦アラスカは、陣形の右側に配置されている。艦の右舷側800メートル程離れた海域には、僚艦のボルチモアとサンアントニオが布陣している。 艦の乗員達は既に各所で配置に付き、敵の接近を今か今かと待ち構えていた。 「ついに来たか。」 アラスカの艦長であるリューエンリ・アイツベルン大佐は、第12戦艦戦隊司令官であるフランクリン・ヴァルケンバーグ少将の声を聞いた。 「多いですな。ざっと見ても100騎以上はおります。」 「うむ、厄介な事になって来たぞ。」 ヴァルケンバーグ少将は唸るような声音で返した。 「シホールアンル軍は、これまでの戦闘でマジックランスどころか、魚雷も使用している。既にTG37.1やTG37.3は大損害を 被ってしまった。この第2任務群までもが大損害を被れば、TF37は潰走を余儀なくされるだろう。」 「潰走ですか。嫌な言葉です。」 リューエンリは顔をしかめながら相槌を打った。 撤退と潰走。 この二つの言葉は、軍事にあまり詳しくない者が聞けば、似たような意味になると思われがちであるが、撤退と潰走では意味が異なる。 撤退は、軍人からすれば最も聞きたくない言葉の1つであるが、撤退という行動は、軍が部隊としての秩序を保ちながら戦線を離脱する事を言う。 潰走とは、その撤退中に起こりうる行動・・・・算を乱しての敗走の事を言う。 撤退はしていても、部隊としての秩序が保たれていれば再び軍として再生出来るが、潰走ともなれば、部隊を形成する基幹部隊がでんでんばらばらに 戦線を離脱するため、部隊は四分五裂して再編が困難な状況となり、もし再編の目処が付いたとしても、普通に撤退した部隊と比べて再編のスピードは 段違いに遅くなる。 これはTF37にも言える事であり、ここで更に大損害を受けてしまえば、TF37の命運は決まったも同然となる。 最悪の場合は、個別で離脱した損傷艦が、敵の水上艦隊やレンフェラルの襲撃で相次いで討ち取られる可能性もある。 いくら戦力が豊富なアメリカ海軍といえど、空母12隻を主力とするTF57を丸ごと失えば、戦力の再編に時間がかかり、以降の反攻作戦に 支障を来す事になる。 「最悪のケースを避けるためにも、ここは頑張らなければいけませんね。」 「だな、艦長。」 ヴァルケンバーグが頷いた瞬間、輪形陣外輪部から発砲音が響いた。 どうやら、敵編隊が輪形陣に向けて突入を開始したようだ。 「敵さんはいつも通りのサンドイッチ戦法を取らずに、片側を集中して攻撃するつもりのようです。」 「ほほう、一点集中と来たか。時間も時間だし、敵も焦っているのかもしれん。」 ヴァルケンバーグは、視線を夕日で赤らみ始めた空へ向ける。 時刻は既に夕方の6時を過ぎ、海上は夕焼けに覆われている。もう少し時間が経てば、日は完全に落ちる。 敵編隊の指揮官は、日没までに勝負を付けようと考えたようだ。 「だが、もはや敵の思う通りにはさせんぞ。」 ヴァルケンバーグは呟く。その瞳には、熱い闘志が籠っていた。 「先頭のワイバーン群、駆逐艦に向けて降下を開始!」 「輪形陣崩しをやるか。敵も生真面目だな。」 見張りの声を聞いたリューエンリは、小声で呟いた。 敵騎の数は、これまでの来襲騎数と比べて100騎前後と、幾らか少ない。(普通は多いのだが) しかし、それでも敵編隊は、少ない戦力を割いてまで輪形陣潰しを仕掛けて来た。 駆逐艦群が猛烈な対空砲火を放ち、突入して来るワイバーン群が次々と撃ち落とされていく。 しばしの間、敵ワイバーン群は撃たれっ放しの状態にあったが、やがて、高空から迫ったワイバーンが相次いで爆弾を投下した。 駆逐艦3隻の周囲に爆弾が落下し、水柱が噴き上がる。 1隻の駆逐艦が命中弾を受け、艦の前部から猛烈な火焔を噴き上げた。 更にもう1隻の駆逐艦が艦中央部に爆弾を食らい、爆炎が夥しい破片と共に噴き上がる。 駆逐艦2隻が相次いで被弾した事により、輪形陣の対空砲火網に穴が開き始めた。 その穴から、後続のワイバーン群が次々と輪形陣内部へ侵入を試みる。 「こちらは艦長だ。両用砲、撃ち方始め!」 リューエンリはすかさず、艦内電話で砲術長に指示を飛ばす。 それから2秒後に、アラスカの右舷側に配置されている4基の38口径5インチ連装砲が射撃を開始した。 8門の5インチ砲は射撃の切れ目を短くするため、2門の砲を交互に撃ち放っている。 アラスカの右斜め前800メートルを航行するボルチモアや、右斜め後ろを航行するサンアントニオも、それぞれ8門の5インチ砲を向け、 敵編隊を猛射している。 敵ワイバーン群は高空と低空に別れている。 駆逐艦攻撃に戦力を割いたため、敵騎の数は幾分減ったが、それでも70騎以上が上下に別れて輪形陣内部に突入しつつある。 アラスカのみならず、反対側に居る他の護衛艦艇も対空砲火を放っている。 陣形左側の護衛艦群は、位置の関係上、低空から迫る敵騎は狙えないが、代わりに高空から迫る敵騎には射撃を行う事が出来た。 アラスカは高空からの敵騎を狙って対空射撃を行っていたが、サンアントニオとボルチモアは、専ら低空侵入の敵騎を狙い撃ちにしていた。 2隻の重巡、軽巡が放つ対空砲火はまさに戦艦並みであった。 低空侵入のワイバーンは、矢継ぎ早に放たれるVT信管付きの高角砲弾や、40ミリ機銃弾の乱射の前に1騎、また1騎と、次々と討ち取られていく。 高空から迫る敵騎は、輪形陣内部に突入した瞬間に数騎ずつの編隊に別れた。 「高空の敵騎が分散!」 リューエンリは敵の動きを見て、思わず舌打ちをする。 「連中、180度方向に散らばりつつある。考えたな。」 「こうなっては、レーダー管制で繰り出される統制射撃も意味を成さなくなる。全く、厄介な事になった。」 ヴァルケンバーグも、額に冷や汗を浮かべながらそう呟いた。 小編隊のうちの幾つかが、唐突に急降下を開始した。 「あっ!複数の敵騎がボルチモアをサンアントニオに向かいます!低空侵入の騎も20騎前後が両艦に接近します!」 「巡洋艦にまで手を出すか。」 リューエンリは眉をひそめた。 敵ワイバーンは、低空と高空からほぼ同時にサンアントニオとボルチモアに向かった。 ボルチモアとサンアントニオは、これらに向けて高角砲と機銃を撃ちまくる。 敵ワイバーンは機銃弾や高角砲弾によってその数を減らして行くが、敵は全く怯む事無く、2隻の巡洋艦目掛けて突進する。 最初に攻撃を加えたのは、低空侵入を行ったワイバーン隊であった。 このワイバーン隊は5騎がサンアントニオに、6騎がボルチモアに対して攻撃を行った。 これらのワイバーンは、いずれも対艦爆裂光弾・・・・通称マジックランスを搭載しており、距離600に迫った所で2発ずつ搭載されていた マジックランスを一斉に撃ち放った。 ボルチモアとサンアントニオの右舷側に10発以上のマジックランスが殺到する。 対空砲火が迎撃するも、時すでに遅し。ボルチモアとサンアントニオの舷側に次々と爆発が起きた。 マジックランスの恐ろしい所は生命反応探知式という点にある。 この兵器は、必ず人が密集している場所に向かって行くため、着弾した場合の死傷者数がかなり多い。 ボルチモアは5発、サンアントニオは4発のマジックランスを受けた。 ボルチモアは、右舷側の機銃座と、右舷1番両用砲に損害を受け、機銃員の約半数が死傷するという被害を被った。 それに加え、1発は艦橋に命中したため、ボルチモアは艦長以下多数の艦橋職員を爆殺されてしまい、一時操艦不能に陥った。 サンアントニオは4発中、3発が右舷側の甲板に命中し、機銃座や両用砲座に損害を被った。そして、サンアントニオもボルチモアと同様に、 艦橋にマジックランス1本が突入したが、不幸中の幸いで光弾は起爆しなかったため、艦長戦死という最悪の事態は避けられた。 2隻の巡洋艦が相次いで被弾し、炎上した始めた所に、高空からワイバーンが急降下爆撃を仕掛けた。 ボルチモアとサンアントニオに爆弾が降り注ぐ。 急降下爆撃を行ったワイバーン隊は腕が悪かったのが、投下した爆弾の殆どが外れ弾となったが、それでも1発ずつがボルチモアとサンアントニオに命中した。 サンアントニオは、後部第3砲塔に爆弾を食らった。 爆弾が炸裂した瞬間、砲塔自体が弾け飛び、3本の砲身がくるくると回りながら吹き飛んでいく。 サンアントニオは後部部分の命中弾によって濛々たる黒煙を噴き上げたが、機関部にまでダメージは及んではいないため、そのまま30ノット以上の スピードで海上を驀進する。 ボルチモアは左舷側中央部に爆弾を受けた。 爆弾は、左舷側の丁度真ん中・・・・1番煙突と2番煙突の前側に命中し、2基の40ミリ4連装機銃座と、舷側に張り出されるような形で 釣られていた救命ボートが無残に粉砕された。 この被弾の直後、ボルチモアは急激にスピードを落とし始めた。 「ボルチモア、速力低下!」 リューエンリは、見張りの報告を聞くなり悔しげに顔を歪める。 「今の被弾で、ボルチモアは機関部にダメージを負ったかもしれんな。」 ヴァルケンバーグも、味方艦の落伍を目にしてに渋い表情を浮かべる。 「敵編隊の後続が更に接近します!」 リューエンリは見張りの言葉を聞きながら、目視で残りの後続部隊が輪形陣の内部に侵入しつつあるのを確認した。 「低空侵入騎が20から30・・・・降下爆撃隊が20騎前後残っています。」 「あれが奴らの全力だ。恐らく、低空侵入騎は魚雷を搭載しているだろう。艦長、最低でも低空侵入騎だけは食い止めろ。」 ヴァルケンバーグはリューエンリに言う。 「今、TF37の士気は危うい所まで来ている。ここでまた、空母を大破させられれば、士気はどん底まで落ちるぞ。」 「ハッ。分かっています。」 リューエンリはヴァルケンバーグに顔を向けて頷き、再び敵編隊に視線を送る。 「連中に、これ以上好き勝手させる訳にはいきませんからな。」 彼は静かな声音でヴァルケンバーグに返事しつつ、敵編隊を鋭い相貌で睨みつける。 「見張り員!低空侵入騎との距離を知らせ!」 リューエンリは大音声で命じる。 「ハッ!低空侵入騎は、本艦より右舷1800メートルまで接近中です!」 「ふむ・・・・あまり時間は無いな。」 リューエンリはそう呟くと、すぐに艦内電話に飛び付いた。 「砲術長。聞こえるか?」 「こちら砲術長です。何でしょうか艦長?」 「これより低空侵入騎に対して主砲を撃つ。すぐに発射準備かかれ。」 「え・・・・艦長!今は対空戦闘中ですぞ!」 「構わん。すぐに発射準備を行え!急げ!!」 リューエンリは有無を言わさぬ口調で砲術長に命じた。 砲術長は慌てて了解と言うと、すぐに艦内電話を切った。 「艦長・・・・まさか、主砲で敵騎を撃つつもりか!?」 「はい。無茶だ、と言いたいのは分かります。しかし、空母をなるべく傷付けぬためには、今はこれしか方法がありません。」 「しかし、相手はワイバーンだ。戦艦の主砲弾を撃っても、あんな小さい的に当たる確率は限りなく0に近い。いや、紛れも無く0だ。」 「それも承知しています。」 リューエンリはニヤリと笑う。彼の表情からは、僅かばかりだが、自身が感じられた。 「私が狙っているのは、敵騎を派手に脅かすだけです。その間、本艦の対空火器は使えなくなりますが。」 リューエンリとヴァルケンバーグが会話を交わしている間、アラスカの前後に配置された55口径14インチ3連装砲は、ワイバーンの居る 右舷側に向けられていく。 3基の主砲が敵に向けられる間、主砲発射準備のブザーを聞いた機銃員や給弾員は、旋回していく主砲を見るや、仰天し、大慌てで艦内に避難していく。 「こんな忙しい時に主砲を使うだと!?うちの艦長は何を考えてんだ!」 「そんな事知るか。さっさと走れ!主砲の発射に巻き込まれちまうぞ!」 ある機銃手は悪態を付きながら、射手席から飛び跳ねて艦内に続くハッチに走り寄り、ある給弾員は、装填しようとしていた機関砲弾を海に放り込んで、 仲間の後に続く。 最後の機銃員が艦内に飛び込み、扉が音立てて締められた瞬間、ブザーが鳴り止んだ。 9門の14インチ砲は、殆ど水平の状態で向けられていた。 ブザーが消えて3秒ほどの沈黙が流れた後、リューエンリは溜めた物を吐き出す様に、大音声で命じた。 「ファイア!」 その瞬間、アラスカの右舷側が爆発した。9門の14インチ砲は、一斉に砲弾を放つ。 大音響が0.2秒遅れで3度鳴り響く。 低空侵入を図っていた30騎のワイバーンにとって、アラスカの取った行動は、まさに常識破りの物であった。 ワイバーン隊の指揮官がアラスカの主砲発射に唖然となった時、目の前で巨大な水柱が立ち上がった。 その時になって、ワイバーン隊の指揮官は、アラスカの取った行動を瞬時に理解し、指揮下のワイバーンに対して指示を送ろうとした。 だが、指揮官はワイバーン共々、水柱に巻き込まれてしまった。 ワイバーンの群れの中で、9本の水柱が轟々と立ち上がった。 リューエンリは、指揮官騎らしきワイバーンが、水柱に巻き込まれる様子を見て、思わず溜飲を下げた。 「ワイバーンが・・・吹っ飛んじまった。」 彼は、小声で独語した。 ワイバーン群は、立ち上がる9本の水柱に姿を覆い隠されてしまった。 だが、水柱が晴れると、そこから多数のワイバーンが現れて来た。 敵編隊の数は幾らか減ってはいるが、それでも20騎以上は居る。主砲の水柱で落とせたのは、せいぜい2、3騎。多くても4、5騎程度のようだ。 「クソ!やはり、主砲弾をぶち込むというのは無謀すぎたか!」 リューエンリは、自ら考えた作戦は失敗したと悟った。 「おや?」 と、その時。傍で眺めていたヴァルケンバーグが、意外そうな声を漏らした。 「敵さん、編隊が大幅に乱れている。それに・・・・何かパニックを起こしているワイバーンも居るぞ。」 「何ですって!?」 リューエンリは双眼鏡を構え、改めて敵編隊を見つめる。 良く見ると、先ほどまで整然としていた編隊は、今ではでんでんばらばらとなり、1騎1騎が思いのまま飛行している。 それに加え、最後尾に居るワイバーンは、急に上昇したり、あるいは横転したりする等、怪しげな動きを見せている。 そのようなワイバーンが8騎ほど見受けられる。 「やったぞ!これで敵は統制雷撃がやり難くなっただろう。艦長、どうやら、君の作戦は当たったようだな。」 「ええ、確かに。」 リューエンリは僅かに頬を緩ませるが、すぐに引き締めた。 「ですが、まだ喜んでいる場合ではありません。敵は依然として近付きつつあります。後は、両用砲と機銃でどこまで頑張れるか。」 リューエンリはそう返した。その時になって、両用砲と機銃が戦闘を再開した。 再び対空砲火の弾幕が敵ワイバーンに対して張られる。 敵騎群は、大きく数を減らしている物の、一向に引く気配を見せなかった。 対空戦闘が終わりを告げたのは、それから10分後の事であった。 「うーむ・・・・空母がまた傷付いてしまったか。」 TG37.2旗艦であるフランクリンの艦橋で、シャーマン少将は腕組をしながら僚艦イントレピッドを見つめていた。 彼の表情は険しい。 「イントレピッドからの報告によりますと、先の空襲で爆弾3発と魚雷1本を受けた模様です。この損害で、イントレピッドは28ノットまで しか速度を出せず、飛行甲板は使用不能との事です。」 「爆弾3発に、魚雷1本か。TG37.3や、TG37.1に属している空母が受けた被害に比べると、まだ傷は浅いと言えるのが唯一の救いだな。」 「ええ。ですが、イントレピッドから発艦した攻撃隊は、他の母艦に移すしかありません。」 「攻撃隊の連中には苦労を掛ける事になったが、それはともかく、母艦に大破以上の損害が出なかった事は喜ばしい事だ。」 「ええ、確かに。」 ウェルキン中佐は頷いた。 「使える母艦がまた1隻減った事は痛いですが、とにもかくも、被害の極限には成功した、と言えますな。」 「ああ。」 シャーマンは頷きながら、黒煙を噴き上げるイントレピッドを見つめ続ける。 イントレピッドは、先の攻撃で飛行甲板に爆弾3発を食らった他、舷側に魚雷3本を受けた。 だが、敵の魚雷は3本中2本が不発であり、唯一、右舷側中央部に命中した魚雷だけが、イントレピッドに損害を与える事が出来た。 イントレピッドは、被弾によって前部エレベーターと後部エレベーターが使えなくなった他、艦深部の缶室にも損害が出たため、艦載機の発着は 不可能となり、速度も28ノットまでしか出せなくなった。 今、イントレピッドでは必死の消火活動が行われている。 艦体から流れる黒煙は後ろに棚引いているが、機関部へのダメージは深刻というレベルではないため、船としての機能は充分に生きている。 シャーマンは、損傷したイントレピッドから、その奥の右舷真横を航行するアラスカに視線をずらす。 「敵の雷撃隊は、イントレピッドに到達する前に、アラスカや巡洋艦群に散々痛めつけられていた。特に、アラスカが行った常識破りの攻撃の お陰で、敵編隊はイントレピッドを撃沈する機会を失った。航空参謀。」 シャーマンはウェルキン中佐に顔を向けた。 「もしアラスカが、あの時主砲を発射していなかったら・・・・イントレピッドがこうして、フランクリンの真横を航行している事は無かった かもしれんな。」 「ええ。敵のスコア表に、大型空母のシルエットがまた1つ増えていたでしょうな。だが、アラスカ艦長の咄嗟の判断が、それを未然に防いだ。」 「そうだ。ひとまず、これで敵の空襲は終わりだ。後は・・・・」 シャーマンは、心中で敵機動部隊に向かっている第2次攻撃隊の姿を思い浮かべる。 「こちらが繰り出したパンチが、うまくヒットするかどうか・・・だな」 時刻が午後6時45分を回った頃、TF37を発艦した第2次攻撃隊は、敵機動部隊が繰り出した迎撃を撥ね退けながら、敵機動部隊の上空に到達を終えていた。 「ふぅ。敵のワイバーン共は何とか食い止められたな。」 カズヒロは、イントレピッド艦爆隊第2小隊の2番機として敵機動部隊への攻撃に参加していた。 「カズヒロ、こんな天気で攻撃しても、ちゃんと当たると思うか?」 後部座席に座っているニュールが尋ねて来る。 空は既に太陽が落ちかけ、周囲は薄暗い。第2次攻撃隊は薄暮攻撃という、あまり好ましく方法で敵に挑もうとしている。 「自信はあまり無いね。」 カズヒロはきっぱりと言う。 「敵の竜母へ攻撃する、という事自体初めてだ。いつもの通りに上手くやれる自信は無い。だけど、やるしかない。」 「・・・だな。」 ニュールは頷いた。 「やるしかねえな。」 「そうさ。でなきゃ、TF37は明日も敵のワイバーン相手に海上でダンスだ。無駄なダンスをさせないためにも、敵の竜母に必ず爆弾をぶち込んでやる。」 カズヒロは強い口調で言う。彼の表情には、緊張と期待の混じった色が浮かびあがっていた。 「攻撃隊各機に告ぐ。これより、敵機動部隊を攻撃する。」 指揮官騎の声がレシーバーから聞こえ、各母艦航空隊に攻撃目標が割り当てられる。 「イントレピッド隊は敵竜母1番艦、フランクリン隊は敵竜母2番艦、レキシントン隊は敵竜母3番艦を攻撃する。ボクサー隊、プリンストン隊、 ラングレー隊はコルセア隊の突入後に敵護衛艦を攻撃せよ。」 攻撃隊指揮官は、一呼吸置いてから最後の一言を吐き出した。 「全機突入せよ!」 その命令が発せられるや、攻撃隊の先頭を飛行していた22機のコルセアが待ってしましたとばかりに翼を翻し、低空に降下していく。 敵機動部隊に対する攻撃は、まず、コルセアのロケット弾攻撃から始まる。 ボクサーとフランクリンから発艦したロケット弾搭載機は24機だったが、2機はワイバーンの襲撃によって、敵機動部隊に到達する前に撃墜されている。 残り22機となったコルセアは、輪形陣の左側に向かっていた。 コルセアは敵艦の射程に到達する前に、6機、または5機ずつに別れた。 コルセア隊の目標は、輪形陣外輪部を航行する敵駆逐艦である。 各機には、5インチロケット弾が8発ずつ搭載されており、これを撃ちこむ事によって敵艦の対空火力を減殺する。 その後、艦爆や艦攻が輪形陣を突破し、竜母や戦艦、巡洋艦に攻撃を仕掛ける。 時間の都合で、輪形陣の両側から攻撃する事は出来ないため、第2次攻撃隊は陣形の片方から敵艦隊の上空に侵入して攻撃する手筈になっている。 奇しくも、第2次攻撃隊の戦法は、敵機動部隊が送り出した攻撃隊が取った物と全く同じ物であった。 この時、第2次攻撃隊に襲われた艦隊は、リリスティが直率する第1部隊であった。 第1部隊は、輪形陣の外輪部に12隻の駆逐艦を配置している。コルセア隊は、左側の外郭を埋める6隻の駆逐艦全てに襲いかかろうとしていた。 駆逐艦群が前、後部に配置された主砲を放つ。 コルセア隊の周囲には砲弾が炸裂し始めるが、飛んで来る砲弾の数は多くは無い。 輪形陣外郭を固める駆逐艦群の任務は、輪形陣突破を図る攻撃機を複数の艦で攻撃し、弾幕で敵機を撃ち落とすか、あるいは追い返す事である。 通常なら10以上の砲弾が敵機の周りで炸裂する筈なのだが、コルセアは、それぞれ駆逐艦1隻ずつに迫っているため、敵駆逐艦は単艦で 迎撃をするしかなかった。 そのため、砲弾はばらばらの位置で炸裂し、高射砲弾幕を形成する事はほぼ不可能となった。 コルセア隊は、それぞれの小編隊が横一列となり、猛速で目標である駆逐艦に接近していく。 周囲に高射砲弾が炸裂するが、数が少ないせいもあって、全く命中しない。 コルセアは更に高度を落とし、高射砲の狙いを外そうと試みる。 駆逐艦スェルインバの艦長は、一向に両用砲が有効打を与えられない事に業を煮やし、砲術長に対して敵機の前方の海面を撃てと命令した。 両用砲は、狙いをコルセアの前の海面に定め、再び発砲する。 最初の砲弾が弾着し、水柱が噴き上がるが、弾はコルセアの後方に逸れていた。 敵機が800グレルに迫った所で、対空用の魔道銃が一斉に撃ち放たれる。 七色の光弾が、横一列になって迫るコルセアに注がれ、そこに両用砲の射撃も加わった事から、コルセアの周囲の海面は砲弾の破片の落下と、 光弾の弾着によって白く泡立った。 コルセア1機に魔道銃の光弾が集中された。その次の瞬間、コルセアの機体から弾着の火花が飛び散り、次いで、右の主翼から紅蓮の炎が噴き出した。 操縦不能に陥ったコルセアは、機体を右に傾けながら海に突っ込み、激しい水飛沫が噴き上がった。 魔道銃の射手達が頬を緩ませ、この調子とばかりに別のコルセアにも狙いを定める。 しかし、そのスェルインバが撃墜できたコルセアはこの1機だけであった。 コルセア隊の速度は600キロ近くにまで達しており、敵駆逐艦が対空射撃に専念できる時間は、思いのほか短かった。 コルセアは距離800メートルまで迫るや、両翼から機銃を放って来た。 スェルインバを襲ったコルセアは、正規空母フランクリンから発艦したVF-13所属の機体であり、6機中1機が撃墜されている。 残り5機のパイロットは、洋上に散った戦友の仇とばかりに機銃を乱射する。 合計で30丁もの12.7ミリ機銃から発射された弾丸は、文字通り弾丸の雨となってスェルインバを襲った。 コルセアのガンカメラは、スェルインバから放たれる七色の光弾と、コルセアから撃たれた無数の曳光弾が交錯した後、艦体のあちこちから 弾着の煙が噴き上がる様子を克明に捉えていた。 距離400メートルまで迫った5機のコルセアは、一斉に5インチロケット弾を発射した。 5機のコルセアが放ったロケット弾は計40発にも及び、それらが白煙を引きながら、猛速で敵駆逐艦目掛けて殺到していく。 40発中、その半数近い18発がスェルインバの艦体に満遍なくし、外れ弾となったロケット弾も、艦の周囲に弾着して水柱を上げた。 5インチロケット弾は、シホールアンル側が使用していく対艦爆裂光弾とは違って無誘導であり、威力も段違いに劣る。 しかし、ロケット弾の飛翔速度は爆裂光弾と比べて、約1000キロ以上とかなり早く、敵艦の乗員から見れば、ロケット弾はあっという間に距離を縮めて来た。 ロケット弾は、全てが瞬発信管であり、ある程度の装甲を有した軍艦には余り効果は無いが、スェルインバのような駆逐艦や哨戒艇といった、 弱装甲の艦艇に対しては侮れない威力を発揮する。 スェルインバは、艦体に満遍なくロケット弾をぶち込まれた。 それまで、コルセアに対して放たれていた主砲や魔道銃が、襲い掛かってっきたロケット弾によって瞬時に破壊されてしまった。 主砲塔は側面や天蓋を穿ち抜かれて使用不能になり、吹きさらしとなっていた銃座は、射手や給弾員もろとも艦上から薙ぎ払われた。 艦橋にも3発のロケット弾が命中する。ロケット弾は、光弾と比べて確かに威力は低い物の、それでも数発が纏まって着弾すれば恐ろしい結果を招く。 スェルインバの艦橋職員は、時速1000キロで突入して来たロケット弾によって、艦長を含むほぼ全員が即死した。 ロケット弾の連続爆発が止むと、スェルインバは艦の前部から後部にかけて火災を起こし、やがてスピードを落とし始めた。 残り5隻の駆逐艦も、スェルインバと同様にロケット弾の斉射を浴びせられた。 5隻の駆逐艦は次々と被弾していく。その内の1隻が弾薬庫の誘爆を引き起こし、艦体が艦橋の手前から引き裂かれてしまった。 被弾した6隻のうち、1隻が爆沈し、3隻が甚大な損害を負って艦隊から落伍して行った。 コルセア隊のロケット弾攻撃で対空砲火の薄くなった所を、好機とばかりに艦爆隊や艦攻隊が次々と突入し、輪形陣内部に侵入していく。 最初に輪形陣の内部へ侵入したのは、正規空母ボクサー、軽空母プリンストンとラングレーから発艦したヘルダイバー9機とアベンジャー19機である。 元々、ヘルダイバーは12機居たのだが、機動部隊手前で生起した空中戦で3機が迎撃のワイバーンによって撃墜されている。 アベンジャー隊も、3飛行隊合わせて21機は居た物の、やはり敵騎の急襲を受けて散華している。 ワイバーン隊の迎撃は熾烈であり、護衛のF6FやF4Uも、数で勝るワイバーンに押し切られてしまった。 そのため、攻撃隊は17機の艦爆、艦攻が目標到達前に撃墜されている。 とはいえ、生き残った艦攻、艦爆は、目標である敵艦まであと一歩の所まで迫っている。 その先陣を切るボクサー隊、プリンストン隊、ラングレー隊は、対空砲火を浴びながらも、目標目掛けてひたすら前進を続けていく。 駆逐艦の防衛ラインを最初に突破したのは、プリンストンとラングレー隊であった。 11機のアベンジャーは1隻の巡洋艦に狙いを付け、そのまま超低空で目標に接近していく。 プリンストン、ラングレー隊に狙われたのは、巡洋艦ルバルギウラである。 ルバルギウラはフリレンギラ級対空巡洋艦の2番艦であり、4インチ口径の両用砲を160門積んでいる。 プリンストン、ラングレー隊の指揮官は、無線で短い会話を交わし、このアトランタ級防空巡洋艦に匹敵する巡洋艦を潰すため、合同で雷撃を行う事にした。 11機のアベンジャーは、プリンストン隊が横一列になって先行し、ラングレー隊が同じ隊形でその後ろから続き、前後に2段構えの陣形を取る。 プリンストン隊が先行しているため、ルバルギウラの砲火をまともに浴びるのは必然であった。 5機のアベンジャーは、アトランタ級にも匹敵する対空砲火を浴びせられ、早くも1機が左主翼を高射砲弾に吹き飛ばされ、もんどりうって海面に叩き付けられる。 残り4機のアベンジャーも、周囲で炸裂する高射砲弾の破片を浴びる度に、機体の外板に傷が増えていく。 グラマンワークスの異名を取る航空機会社が作り出した雷撃機は、この戦闘においてもその名に恥じぬ強靭性を発揮した。 ルバルギウラの艦長は、高射砲弾が周囲で炸裂してもなかなか落ちないアベンジャーを見て苛立ちを募らせた。 アベンジャーは、高射砲弾が炸裂するたびに右に、左によろめくのだが、機体自体は火を噴く事無く、ルバルギウラとの距離を詰めていく。 距離1300メートルに近付いた所で、ルバルギウラの対空魔道銃が一斉に火を噴いた。 片舷だけでも22丁もの魔道銃が向けられるフリレンギラ級の対空射撃は、ライバルとされているアトランタ級のそれと遜色の無い物であった。 七色の光弾が鮮やかな軌跡を曳きながら、4機のアベンジャーに注がれる。 しかし、アベンジャーは高度5グレルという目も眩むような超低空で飛行しているため、光弾の大半は敵機の上か、あるいは横を通り過ぎると言う有様であった。 アベンジャー群は、周囲に高射砲弾の炸裂や、光弾を撃ち込まれても、海面が泡立っている事も気にせず、急速にルバルギウラへ向かって来る。 1機のアベンジャーが、操縦席の真正面から光弾を受けた。 その瞬間、操縦席の前面に何か赤い物が飛び散り、その1秒後に右主翼に光弾の連射が命中した。 アベンジャーは右主翼から夥しい燃料を吹き出した後、そこから炎を吹き出した。 パイロットを失い、機体にも致命傷を負ったアベンジャーは、機体をぐらりと右に傾け、炎上しながら海面に激突する。 その直後、海上で爆発が起こり、アベンジャーが墜落した箇所には炎が燃え広がった。 敵機の壮絶な最期に、ルバルギウラの射手達は怨念じみた物を感じ取った。 僚機の散華に怯む事無く、敵機は距離800メートルに迫ると、胴体から一斉に魚雷を投下した。 「敵機魚雷投下!距離400グレル!」 見張りが上ずった声で、艦橋へ報告する。 ルバルギウラの艦長は、魚雷の航跡を見定めた上で取舵一杯を命じた。 フリレンギラ級巡洋艦は、戦艦や竜母といった大型艦と違って機動性が良いため、艦の乗員からは踊り上手とまで言われている程だ。 ルバルギウラは比較的短時間で回頭を始めた。舵を回してから実際に動き出すまでの時間は、僅か20秒である。 鋭角的な艦首が鮮やかに回っていく。そんなルバルギウラの操艦でも、扇状に放たれた3本の魚雷をかわせるかどうかは分からない。 3本中、2本まではかわせたが、1本が左舷側後部に迫っていた。 「速度上げ!最大戦速!」 艦長は咄嗟に命じた。 ルバルギウラは、艦隊速度である15リンルに合わせてスピードを出していたが、機関室力を最大にすれば、17リンルまでスピードを出す事が出来る。 艦長は艦の速度を上げる事によって、左舷後部に迫る魚雷をかわそうとした。 「魚雷、尚も接近!」 見張りが逐一報告を知らせて来る。 ルバルギウラに真っ白な航跡が迫りつつある。魚雷は、ぎりぎりで衝突コースに乗っていた。 「魚雷、本艦まで40グレルに接近!」 見張りが更に声を張り上げた。甲板上では、新たなアベンジャー編隊に対して、両用砲や魔道銃が猛射しているが、ルバルギウラの艦長は その喧騒が耳に入らなかった。 (頼む、外れてくれ!) 彼は、心中で叫んだ。本当は声に出して叫びたいが、艦長である彼にとって、そのような事は許されるものではない。 彼は命中するかと覚悟し、足を踏ん張った。 しかし、ルバルギウラには、何の反応も無かった。 「敵魚雷、艦尾後方を通過!右舷側に抜けました!」 見張りが歓喜を上げるのを、艦長は伝声管越しに聞き取り、思わず安堵する。 そして、 「敵編隊、魚雷投下!距離350グレル!」 凶報も間を置かずに飛び込んで来た。 「畜生、アメリカ人共め!」 彼は唸るような声でそう言った。 第2陣のアベンジャーは、第1陣から放たれたルバルギウラの動きを読むようにして魚雷を投下していた。 アベンジャー群は投下する前に、対空砲火で1機を撃墜されたが、残りの5機は無事に投雷を果たしている。 アベンジャーが投下した5本の魚雷は、舵を切るルバルギウラの左前方から迫りつつあった。 「舵戻せ!」 艦長は咄嗟に伝える。このまま舵を切れば、ルバルギウラは右舷を敵の魚雷に晒す事になる。そうなっては、複数の魚雷を艦腹に叩きこまれてしまう。 少しでも被雷のリスクを少なくするためには、魚雷と真正面から向き合うしか無かった。 艦長の判断は僅かに遅れ、ルバルギウラは右舷やや斜め前から魚雷の来襲を迎える事になった。 アベンジャーが轟音を立てながら上空を飛び去って行く。5機中、2機は機銃を発射して、ルバルギウラの銃座を潰そうと試みた。 ルバルギウラは、両用砲や魔道銃を総動員して、小癪なアベンジャーを叩き落とそうとする。 1機のアベンジャーに光弾が集中した、と思われた次の瞬間、アベンジャーは両翼から火を吹き出し、力尽きたように機首を下げて、海面に激突した。 「魚雷2本、左舷方向に抜けます!」 見張りの声が艦橋に届く。アベンジャー群は、5本の魚雷を扇状に発射したため、2本は被雷コースから外れて行った。 残り3本が、ルバルギウラに迫って来る。更に右奥を進んでいた魚雷が被雷コースから外れた。だが、そこまでであった。 「魚雷2!本艦に向かって来る!距離30グレル!」 見張りの声音は、絶叫めいた物に変わっていた。 艦長は艦橋の窓から、2本の白い航跡が右前方からスーッと迫るのを見つめていた。 「総員、命中時の振動に備えろ!」 彼は艦内に繋がる伝声管へ向けてそう叫んだ。その直後、ルバルギウラは猛烈な振動に揺さぶられた。 ラングレー隊の放った魚雷は、2本が命中した。 まず、1本目は敵巡洋艦の右舷前部に斜め前から当たった物の、信管が作動しなかったため、不発であった。 その2秒後に、右舷中央部に2本目が同じく斜め前から突き当たった。2本目は無事に起爆し、ルバルギウラの横腹に穴を穿った。 リリスティは、モルクドの左舷を行くルバルギウラが、右舷から高々と水柱を噴き上げる様子を見て、憎らしげに顔を歪ませる。 「ポエイクレイに敵機が迫ります!」 間を置かずに、新たな報告が艦橋に飛び込んで来る。 リリスティは視線を移す。彼女の眼には、戦艦ポエイクレイの上空から、逆落としに急降下していく機影が捉えられていた。 「戦艦を狙うとは。」 リリスティは感情の無い声で呟く。 ポエイクレイは、両用砲や魔道銃を撃ちまくって、敵艦爆を迎え撃つが、思うように敵機を落とせない。 ポエイクレイに向かっている敵は艦爆だけではない。 低空からは9機のアベンジャーがポエイクレイの柔らかい腹に魚雷を撃ち込むべく、射点に迫りつつある。 ポエイクレイは上空のヘルダイバーと、低空のアベンジャーに対して対空戦闘を行っているため、満足な射撃が出来ていない。 リリスティの旗艦モルクドを含む4隻の竜母も、苦境に陥る僚艦を救うため、向けられるだけの両用砲や魔道銃を撃ちまくるのだが、敵機は その努力を嘲笑うかのように、次々と爆弾を投下した。 唐突に、1機のヘルダイバーが爆弾を投下した瞬間に魔道銃の連射を浴び、右の主翼を吹き飛ばされた。 切断面からは炎が吹き出し、ヘルダイバーは錐揉み状態に陥った後、海に落下した。 ポエイクレイの左舷側海面に高々と水柱が噴き上がった。水柱の頂が夕日に照らし出され、まるで大量の真っ赤な血が噴き上がったように思える。 ヘルダイバーの爆弾が次々と落下し、ポエイクレイの周囲にはひっきりなしに水柱が立ち上がる。 中央部付近に閃光が走った。 「ポエイクレイ被弾!」 見張りに言われるまでも無く、リリスティは自らの目で、ポエイクレイが爆弾を食らったのを確認していた。 前部艦橋と後部艦橋の間にある中央甲板には、4門の両用砲が設置されていたが、ヘルダイバーの1000ポンド爆弾は、この4門の両用砲を 纏めて吹き飛ばしてしまった。 最初の被弾から3秒後に、ポエイクレイは被弾個所から2次爆発を起こした。 「予備弾薬が誘爆したようね・・・・」 リリスティは小声で呟く。彼女の言う通り、ポエイクレイは破壊された両用砲の予備弾薬が誘爆を起こし、被害が拡大していた。 唐突に、ポエイクレイが左舷に舵を切った。後続の艦爆が投下した爆弾が、ポエイクレイの未来位置を抉り、空しく海水を噴き上げる。 米艦爆の急降下爆撃は、それで終わったが、ポエイクレイには別の敵が迫っていた。 「ポエイクレイにアベンジャーが接近します!あっ、魚雷を投下した模様!」 見張りは、緊張と興奮に声を裏返しながらも、刻々と状況を伝えて来る。 ポエイクレイに迫っていたアベンジャーは8機居たが、その内2機が対空砲火で撃墜され、残りの6機が距離900で魚雷を投下した。 ポエイクレイには、6本中2本が衝突コースに入っており、ポエイクレイの艦長は慌てて回避を命じたが、艦爆の対応に気を取られ過ぎていたのが 仇となり、魚雷を避ける事は出来なかった。 ポエイクレイの左舷に中央部魚雷が命中し、水柱が立ち上がる。 その次に、艦尾部分からも水柱が噴き上がり、ポエイクレイの艦体は、一瞬だけ後ろから突き上げられた。 「ポエイクレイが・・・・!」 リリスティの隣に立っていたハランクブ大佐が、僚艦の受難を前にして表情を凍り付かせた。 ポエイクレイは魚雷2本を受けたが、流石に防御の行き届いた新鋭戦艦だけあって、機関部等の艦深部の重要区画は無事であり、致命傷には至らなかった。 だが、ポエイクレイは致命傷こそは免れた物の、重大な損傷を負った事には変わりなかった。 「ん?ポエイクレイの動きが・・・・」 リリスティは異変に気付いた。 ポエイクレイは、若干左舷側に傾斜してはいたが、傍目から見れば大した損傷は負っていないと思われていた。 だが、ポエイクレイの動きは、被雷前と比べて明らかに異常だった。 ポエイクレイは、何故か左に回頭を続けていた。 「おい、ポエイクレイは一体何をしている!?」 ハランクブ大佐もポエイクレイの異変に気付いた。 「魔道参謀!各艦へ、ポエイクレイとの衝突に気を付けろと伝えて!」 「は、はっ!」 リリスティの急な指示に、魔道参謀は慌てながらも命令通りに動いた。 その間にも、敵の後続編隊が輪形陣内部に迫りつつあった。 「敵大編隊!我が母艦群へ向かって来ます!」 「ポエイクレイより緊急信!我、操舵不能!」 2つの凶報が時間差で入って来たが、リリスティは2つめの報告を聞くなり、顔を怒りで赤く染め上げた。 「く・・・・また戦艦がやられるとは!」 彼女は、怒りで口を震わせながら、敵機襲来前に第2部隊で起こった出来事を思い出した。 午後4時20分頃、第1部隊の北東側20ゼルド付近を航行していた第2部隊は、突然、敵潜水艦の雷撃を受けた。 当初、敵潜水艦の雷撃は輪形陣外郭を固める駆逐艦を狙ったようであり、敵潜水艦は駆逐艦から距離1000グレルという距離から魚雷を放っている。 しかし、駆逐艦が運良く、魚雷が発射される直前に潜望鏡を発見したため、魚雷発射と同時に舵を切った。 敵潜水艦は、発射された魚雷の数からして2隻から3隻は居たと思われたが、駆逐艦は見事な操艦で全ての魚雷を回避した。 狙われた駆逐艦は2隻であったが、この2隻の駆逐艦は魚雷をやり過ごすと、魚雷の発射点目掛けて突進した。 2隻の駆逐艦の艦長は、姑息なマネをしてきた敵潜水艦の息の根を止めるべく、生命反応を頼りに、あっという間に潜水艦を追い詰めた。 駆逐艦が、慌てて潜航していく潜水艦の真上に占位し、爆雷を投下しようとした時、後方から腹に答えるような爆発音が連続で轟いた。 魚雷は確かに目標から逸れた。だが、魚雷その物が、その時点で役目を果たした訳では無かった。 駆逐艦が避けた魚雷は、全てが輪形陣内部に侵入し、他の巡洋艦や戦艦、そして竜母にまで迫っていた。 発射された魚雷が10本以上あった事。そして、発射した潜水艦が扇状に魚雷を撃った事が、第2部隊の混乱に拍車を掛けた。 魚雷は、1本が巡洋艦イーンベルガに、3本が戦艦ロンドブラガに命中した。 イーンベルガは左舷中央部に魚雷を受け、艦腹に穴が開いた。 イーンベルガ被雷から僅か5秒後には、ロンドブラガが相次いで魚雷を受けた。 ロンドブラガは、2本が左舷前部に命中し、1本が中央部に命中した。これによって、ロンドブラガは左舷に傾斜した。 更に別の魚雷が竜母群に迫った所で、第2部隊の各艦は回避運動を行い、最終的には陣形が大幅に乱れてしまった。 幸いにも、被雷したイーンベルガとロンドブラガは、沈没するような損害は受けなかったが、両艦は9リンル以上の速度は出せなくなった。 リリスティは、敵潜水艦の思わぬ攻撃によって混乱した第2部隊を案じ、第1部隊を第2部隊より東に進めた。 そこに、アメリカ機動部隊から発艦した艦載機が襲い掛かって来たのである。 リリスティは、日が落ちた後は、戦艦部隊と巡洋艦部隊を、複数の駆逐艦と共に切り離し、アメリカ機動部隊に夜戦を挑もうと考えていた。 第4機動艦隊本隊には、新鋭戦艦であるネグリスレイ級戦艦が4隻おり、巡洋艦や駆逐艦も新鋭艦ばかりであり、水上戦闘になればアメリカ軍にも 充分に渡り合えると思われていた。 しかし・・・・ 「どうやら、艦隊を突っ込ませる事は出来なくなったみたいね。」 リリスティは口元を歪めながら独語する。 敵潜水艦の攻撃と、今行われているアメリカ機動部隊との攻撃で、予定されていた夜戦の主役になる筈であった戦艦4隻のうち、2隻までもが 魚雷によって損傷している。 1隻は浸水によって速度が出せなくなり、もう1隻は舵が故障してぐるぐると回るだけしか能が無い。 ネグリスレイ級戦艦は、性能からしてみればアメリカ海軍のサウスダコタ級戦艦とも対等に渡り合えるとされているが、たった2隻で、尚3隻の サウスダコタ級戦艦、2隻のアラスカ級巡洋戦艦を擁する敵機動部隊に立ち向かっても、必ず負ける。 こうなっては、竜母に搭載している航空兵力で攻撃を続行するしか、方法は無かった。 だが、その唯一の方法ですら、今しも迫りつつある敵編隊によって潰されるか否かの瀬戸際に立たされている。 「敵機急降下!ホロウレイグに向かう模様!」 見張りから、新たな報告が伝えられて来た。 どうやら、敵機は竜母に対して、攻撃を仕掛けて来たようだ。アベンジャーの編隊が、モルクドの前方1000グレルを横切って行く。 艦首の銃座が横合いから射撃を行うが、低空飛行している事に加え、殆ど追いかけ射撃のような形になっているため、弾は全く当たらない。 「本艦左舷上空にヘルダイバー!急降下―!」 相変わらず、見張りの声が伝声管を伝って、艦橋に響いてくるが、リリスティは動じなかった。 「さて・・・・ここからが勝負ね。」 彼女は、誰にも聞かれぬような静かな声音で、そう呟いていた。 カズヒロの操るヘルダイバーは、高度4000メートルの上空を飛行しつつ、攻撃目標である敵1番艦に向かっていた。 「空が暗くなりかけている。早いうちに済まさんと、薄暮攻撃が夜間攻撃になってしまうな。」 後ろに座っているニュールが、心配そうな声でカズヒロに言った。 太陽は半分以上が隠れており、空にはこの世界の特徴でもある、2つの月がうっすらと現れている。 敵艦隊に対する攻撃は、完全に薄暮攻撃の様相を呈しているが、真っ暗闇な夜間よりは今の内に済ませた方が幾分マシである。 「第1小隊が行ったぞ!」 カズヒロは、薄暗い中でも、艦首側に回った第1小隊が急降下を開始する姿を確認できた。 敵騎の襲撃で、第1小隊は4機から3機に減ってはいるが、そんな事は機にはしていないと言わんばかりに、3機のヘルダイバーは急角度で突っ込んでいく。 高射砲の弾幕がこの3機に向けて注がれる。 対空砲火の弾幕は意外と厚い。 先行のコルセア隊や、ボクサー、ラングレー、プリンストン所属の艦攻、艦爆は輪形陣左側の陣形を崩す事に成功した物の、竜母群の近くに来ると、 未だに無傷であった輪形陣右側の艦艇が激しく高射砲、魔道銃を撃ちまくって来た。 高射砲弾の弾着が連続し、第1小隊の各機に幾度となく至近弾が出るが、3機のヘルダイバーはダイブブレーキを開きながら、敵竜母1番艦目指して 急降下していく。 第1小隊が高度1000メートルに達した時、敵竜母はいきなり右舷側へ急回頭を行った。 小隊の指揮官は、敵竜母は僚艦の居ない左舷側を回頭すると思っていたのだが、敵はその逆を行った。 第1小隊の指揮官は知らなかったが、モルクドの右舷を航行していたホロウレイグは、ボクサー隊の攻撃を避けるために、右舷へ回頭を行っていた。 モルクドとホロウレイグの間隔は1200メートル程であったが、ホロウレイグが回頭した事によって、間隔が広まり、モルクドは右舷に回頭する事が 出来たのである。 第1小隊が次々に爆弾を投下した時には、敵艦は爆弾の命中コースから完全に離れていた。 最後尾のヘルダイバーが、引き起こしを掛ける際に被弾し、炎を拭きながら墜落して行った。 投下された3発の爆弾は、いずれも敵竜母の左舷側海面に外れて行った。 その頃には、第2小隊が敵艦の左舷側方向から急降下を行っている。 第2小隊の突入開始を尻目に、カズヒロ達の第3小隊は敵艦の左斜め後方に回り込んでいた。 時折、高射砲弾が近くで炸裂し、愛機が不気味な音を立てながら振動する。 「対空砲火が意外と激しいな。」 カズヒロは、緊張に声を震わせながら、後ろのニュールに話し掛けた。 「そりゃそうさ。連中だって大事な母艦は傷付けられたくはないだろうから、必死こいて対空砲を撃ちまくるのは当然だ。」 「確かにね。」 カズヒロは苦笑しながらニュールに答える。その時、後方で高射砲弾が炸裂し、後ろから押し出すような衝撃が伝わった。 「おわ!?」 カズヒロは、今までのよりも強い衝撃に、思わずやられたかと思った。 「おい、大丈夫か!?」 彼は咄嗟に、後部席のニュールを呼ぶ。 「ああ、大丈夫だ。心配無いぜ。」 「ふぅ、良かった。いきなりガン!て音がしたから驚いたぜ。」 カズヒロは安堵しながら、愛機の状態を確認する。 幸いにも、機体に命中した砲弾の破片は急所を避けたていたらしく、何ら異常は認められなかった。 「第3小隊!突っ込むぞ!」 無線機に第3小隊長の声が響いた。カズヒロは咄嗟に、薄暗い闇に隠れている敵竜母を見つめる。 敵竜母の上空を、第2小隊のヘルダイバーが超低空で横切って行く。 爆弾が右舷側海面に落下して、水柱が立ち上がる物の、敵竜母は何ら損害を受けた様子は無い。 「第2小隊も失敗したか。」 「第2小隊もだって?」 カズヒロの言葉に、ニュールは驚きの余り声を上ずらせた。 「第1、第2小隊が失敗したとなると、後は第3、第4小隊が残るのみだ。こりゃ責任重大だぞ。」 カズヒロはその言葉には答えず、2番機の後を追って急降下を開始した。 ヘルダイバーは左側にぐらりと傾き、機首が敵空母の甲板に指向される。降下角度は70度を超えていた。 主翼に取り付けられている穴開きのダイブブレーキが展開され、すぐに甲高い風切り音が鳴り始める。 対空砲火が急に激しくなり始めた。敵竜母の対空砲火は、新たに左舷後方から迫って来たヘルダイバー編隊に向けられている。 初めての敵母艦攻撃に、カズヒロは自分でも不思議に思うほど、心を落ち着かせていた。 小隊長機は、カズヒロ機よりも更に低い高度に達し、噴き上がる対空砲火に絡め取られる事なく、投下高度である600メートルを目指して急降下していく。 (流石は小隊長だ。いい位置に付いている。) カズヒロは、降下の際のGに苦しみつつも、小隊長の腕の良さに感心した。そのまま行けば、敵竜母の甲板に爆弾を叩き付けられるだろう。 だが、その次の瞬間、衝撃的な事が起こった。 隊長機の前面で高射砲弾が炸裂した直後、機体が飛び散って来た破片によって前面をずたずたに切り裂かれた。 そして、更に噴き上がって来た光弾の連射が追い討ちをかけ、隊長機はあっという間に爆発した。 (!?) カズヒロの内心に衝撃が走る。 小隊長機の余りにもあっけない最後。 文字通りの散華であった。 カズヒロは、小隊長機の最後に驚いたが、そのすぐ後には、むらむらと闘争心が沸き起こって来た。 敵竜母は再び回頭を始めた。 2番機は、敵艦の艦首が左に回り始めた直後に爆弾を投下した。 (2番機が爆弾を投下した・・・・・だが) カズヒロは爆弾の行方がどうなるか分かっていた。 2番機のパイロットは絶好のチャンスだとばかりに爆弾を投下したであろう。 しかし、敵艦は、パイロットが爆弾の投下レバーを押す直前に、被弾コースから逃れていた。 爆弾は、ぎりぎりの所で敵竜母右舷側海面に至近弾として落下した。 これまで7機のヘルダイバーが投弾に成功したものの、命中数は0。 いずれもが、本来は必中コースであった筈なのに、敵艦の艦長は巧みに爆弾を裂けている。 (やばい・・・・あの艦の艦長は出来る奴だ) カズヒロは内心で、敵竜母艦長の腕前の良さに感心した。 (だが、俺は絶対に当てる!) しかし、彼は諦めなかった。 高度計が1200を切り、1000に達しようとする。敵竜母は、対空砲火を狂ったように撃ちまくりながら、左舷へ回頭しつつある。 このままいけば、カズヒロ機も爆弾を外してしまう。 (このままでは当たらない。それでも、当てる方法はある) カズヒロは内心で呟きながら、愛機の動きを敵艦に合わせた。急降下を行いながら機体の向きを変えるのは至難の業である。 しかし、カズヒロは無我夢中で、愛機を敵艦に近づけていた。 (投下高度は・・・・400だ!) 彼は、事前に決められた投下高度を無視し、高度400で爆弾を投下する事にした。 海上には、ダイブブレーキから発せられる金切り音が最高潮に達し、敵艦の乗員達は耳を塞ぎたい衝動に駆られながらも、尚も接近する ヘルダイバーを撃ち落とそうとする。 目を覆うような光弾の連射が、次々と向かって来る。 右主翼にハンマーで叩かれたような音が響くが、カズヒロは意に返さない。 事前の指定投下高度である600を超えた。胴体の爆弾倉は既に開かれ、内部から1000ポンド爆弾が除いている。 更に3度ほど、強かな振動がヘルダイバーに伝わるが、カズヒロは気にしなかった。 目の前には、敵竜母が間近に迫っていた。大きさは、カズヒロの乗るイントレピッドよりは小ぶりであるが、それでも敵艦の巨大さは感じ取る事が出来た。 高度計が400メートル台に達するのを目にしたカズヒロは、投下スイッチを押した。 「投下ぁ!!」 道場の試合で相手を威嚇するのと同じように、彼はボタンを押すと同時に気合を放った。 ヘルダイバーの爆弾倉から、1000ポンド爆弾が誘導策に引っ張り出された後、敵竜母の甲板目掛けて解き放たれた。 カズヒロは機体が軽くなった感触を手に感じ取るや、咄嗟に操縦桿を引いた。 急激なGが彼の全身にのしかかって来る。 頭が締め付けられるかのような重圧に、カズヒロは必死に耐える。 高度計が100メートルを指してから、ようやく愛機の姿勢が水平になった。 「やった!命中したぞ!!」 後ろからニュールの弾んだ声が聞こえたのはその時であった。 そのヘルダイバーが投下した爆弾は、モルクドの後部飛行甲板に命中した。 爆弾は木製の飛行甲板をあっさりと突き破り、格納庫に達してから炸裂した。 爆発の瞬間、モルクドの艦体が激しく振動した。 「飛行甲板に敵弾命中!火災発生!」 振動に辛くも耐えたリリスティの耳に、そのような言葉が聞こえて来くる。 更にもう1機のヘルダイバーが爆弾を投げ落す。この爆弾はモルクドの右舷側海面に落下した。 ヘルダイバーの攻撃は休む間もなく続けられる。 第4波のヘルダイバーが、右舷側方から第3波と入れ替わるようにして急降下して来た。 モルクドの対空砲陣が猛烈な勢いで撃ちまくり、大事な母艦をこれ以上傷付けさせまいと奮闘する。 2番機のすぐ後ろで高射砲弾が炸裂するや、垂直尾翼が粉砕され、そのまま死のダイブへと移行する。 残り2機が、高度600メートルまで下降し、爆弾を投下した。 2発の1000ポンド爆弾がモルクドに降り注ぐ。 最初の1発目は、左舷側に至近弾として落下し、水柱が舷側の魔道銃を撃ちまくっていた数人の射手を海にはたき落とした。 2発目が、モルクドの飛行甲板に命中した後、盛大に爆炎を噴き上げた。 (これで2発目か。やはり、そのまま無傷で済むって事は無いものね) リリスティは、幾分醒めた気持でそう思った。 「低空よりアベンジャー接近!距離700グレル!」 ヘルダイバーの爆撃が終わった後も、攻撃は続く。 低空侵入を果たした10機のアベンジャーは、モルクドまであと一歩の所まで迫っていた。 敵機は対空砲火を浴びながらも、徐々に距離を詰めて来る。 海面スレスレを飛行する敵雷撃機は、魔道銃の射手にとってただ怖いだけでは無く、苛立ちをも募らせる難敵である。 低空侵入機に対しての射撃は、舷側が高い竜母にとってなかなかやり難い仕事である。 敵機が5グレル以下の高度で接近して来る物ならば、魔道銃は設置個所の関係上、銃身を、水平より下げながら撃たなければならない。 魔道銃は光弾を発射する指向性兵器ではあるが、米軍が使うような、火薬式の銃と同様に反動がある。 射手はこの反動を抑えながらアベンジャーを狙い撃つのだが、これが意外と難しい。 経験を積んだ射手は、5、6発置きに撃つ事で反動による影響を幾らか少なくできる。 しかし、経験が未熟な新兵の場合、興奮して魔力が切れるまで撃ちまくる場合が多い。 モルクドでも、そのような傾向は現れていた。 魔法石の交換を要求して来る射手は、殆どが新兵か、経験未熟な若い兵ばかりであった。 逆に、経験を積んだ物は、効率よく射撃を行い、常に弾道の修正を試みている。 1機のアベンジャーが、胴体を光弾の連射に撃ち抜かれた。 機体には目立った損傷は無かった物の、命中弾のうち数発はコクピットのガラスを砕いて、パイロットに命中していた。 操縦手を失ったアベンジャーは、頭から海面に突っ込んで、飛沫と共に姿を消した。 残ったアベンジャーは、仲間の死を見ても臆する事無く迫って来る。 敵機は、モルクドから800メートルまで近付き、胴体から魚雷を投下した。 9本の魚雷は扇状に広がっていく。 9本中、5本が直撃コースに入った。モルクドの艦長はすぐさま取舵一杯を命じ、艦の回頭を再開させた。 予め舵は切っていたのだろう。モルクドの艦体は、大型艦にしては滑らかな感じで左に回ろうとしていた。 モルクドの回頭のお陰で、大半の魚雷が艦の左右を通り過ぎる事になった。 だが、モルクド艦長の判断は、完全に良い物とはならなかった。 「左舷前方より魚雷接近!距離100グレル!」 2本の魚雷が、モルクドの斜め前方へ迫っていた。魚雷のスピードは思いのほか早く、あと10秒足らずでモルクドの艦体を抉る事は、ほぼ確実であった。 魚雷はあっという間に、モルクドの至近に迫った。 艦長が大音声で、艦内各部へ魚雷の衝撃に備えるようにと伝えていく。 幕僚達の顔は、一部を除いて真っ青になり、誰もが来るべき衝撃に耐えようと、足を踏ん張る。 そんな中、リリスティは平静さを保っていた。 (アメリカ人達は、このような状況を朝から幾度も体験して来た。今頃、アメリカ人達は自分達が味わった恐怖を思い知れ、とか叫んでいるかもしれないね・・・) 彼女は、内心でそんな事を思いながら、幕僚達がやるように、床に足を踏ん張り、姿勢をややかがめて魚雷命中時の衝撃に備える。 唐突に、突き上げるような強い震動が床から伝わった。 その瞬間、モルクドの左舷側前部には巨大な水柱が立ち上がり、24000トンの艦体が大きく右舷に傾いた。 強烈な振動のため、艦橋に居た乗員や幕僚の殆どが床に転がされてしまった。 リリスティはよろけながらも、振動が収まるまで耐え切った。 「応急班!至急対処を急げ!」 艦長が咄嗟に伝声管に飛び付き、応急班へ指示を送る。 「こちら左舷前部兵員室!艦長はおられますか!?」 「こちら艦長だ。どうした?」 「敵の魚雷は第4甲板前部食糧庫とワイバーン糧食庫の間で炸裂し、兵員室にまで浸水が及んでいます!今、乗員が消火作業と防水作業を行っています。」 「分かった。ひとまずは、浸水を食い止め、被害を抑える事を考えろ。じきに応急班も現場に辿り着くから、それまで頑張ってくれ。」 「はっ!最善を尽くします!」 艦長は、伝声管で各部署との確認を行っている。リリスティは、モルクドの速度が落ちている事に気が付いた。 「魚雷の浸水で艦が重くなっている。命中個所は前の辺りだから、命中と同時に艦の速度も相まって、浸水が多くなったかもしれない。」 彼女が小声でそう呟いた時、後方から大音響が轟いた。 (この音・・・・・もしや・・・!) リリスティは、音が聞こえた方角に何があるのかを思い出した。 「ギルガメルが大爆発を起こしています!」 見張りが泣かんばかりの声音で、伝声管越しに報告を送って来た。 ギルガメルには、空母レキシントンから発艦したヘルダイバー10機と、アベンジャー8機が迫っていた。 レキシントン隊の攻撃は、まず、艦爆の急降下爆撃から始まった。 彼らの攻撃は、どの母艦航空隊よりも精確かつ、気迫に満ちている物であった。 レキシントンのパイロットは、僚艦シスター・サラが沈没確実と判定される損害を被った事をきっかけに、全員が敵竜母撃沈の意気に燃えた。 ヘルダイバー隊は、対空砲火によって3機が撃墜されたものの、残り7機は高度300メートルまで突っ込み、怒りの一撃を加えた。 レキシントン隊に狙われたギルガメルは、まさに不運としか言いようが無かった。 7機のヘルダイバーが放った1000ポンド爆弾は、いずれもがギルガメルに降り注いで来た。 7発中2発が外れ弾となったものの、残り5発が飛行甲板の前、中、後部と、満遍なく命中し、ギルガメルはたちまち大破同然の損害を受けた。 それに加えて、低空から8機のアベンジャーが攻撃を加えて来た。 アベンジャー隊は、途中1機が魔道銃に撃墜されていたが、残る7機は、あろうことか、ギルガメルまで500メートルという近距離にまで迫り、 一斉に魚雷を投下した。 7本の魚雷のうち、1本がギルガメルの艦尾を抜け、もう1本は投下時に故障して、海中に沈んで行った。 だが、残り5本の魚雷が、ギルガメルの中央部から後部にかけて命中し、左舷側に高々と水柱を噴き上げた。 水柱が崩れ落ちた直後、ギルガメルは艦深部の弾薬庫から大爆発を起こし、多量の黒煙を吹き出しながら大傾斜し、被雷から5分と経たぬ内に停止した。 火災と黒煙を上げながら傾斜を深めていくギルガメルの姿は、この艦が竜母としての機能を失っただけでは無く、船としての機能も完全に失われた事を現している。 ギルガメルが遠からぬうちに、水面の底へ召される事は、誰の目から見ても明らかであった。 ギルガメルの被弾炎上を最後に、アメリカ軍機の空襲は終わりを告げ、敵編隊は去って行った。 「ひとまず、空襲は終わりましたな。」 リリスティの後ろに立っていたハランクブ大佐はそう言ってから、ホッとため息を吐いた。 「しかし、敵編隊も派手に暴れ回った物ね。」 リリスティは、艦橋の窓から燃えるギルガメルを見つめながらハランクブ大佐に返した。 彼女は表面上、冷静さを装っていたが、内心では竜母を喪失した事によって、少なからぬショックを受けている。 「ギルガメルはもう、助からないわね。」 彼女は、小さな声音で言いながら、拳を力強く握る。 ギルガメルは、開戦以来シホールアンル海軍機動部隊の一員として活躍して来た名竜母であり、搭乗員にも腕利きが多く揃っていた。 海軍内でも、不屈の古参空母として広く知れ渡り、ギルガメルよりも性能が上のホロウレイグ級竜母の艦長達も、ギルガメルに対しては 尊敬の念を抱いていた。 そんな名竜母ギルガメルも、その輝かしい艦歴に幕を下ろす時がやって来たのである。 「浮かぶ物は、いつか沈む。戦場では普通の出来事。でも・・・・」 リリスティは、顔を俯かせる。 「いつも見慣れた艦が沈んでいく光景は。やはり、慣れない物ね。」 彼女は、頬に一筋の涙を流した。 「司令官。ギルガメル艦長より、あと10分で総員退避が終わるようです。」 「・・・・分かったわ。」 リリスティはゆっくりと頷いた。 「司令官。夜戦の方はいかがいたしましょうか?」 「夜戦は中止する。」 彼女はきっぱりと言い放った。 「こっちの戦艦は、4隻中2隻が傷物にされて使えない。それに加えて、他の竜母や艦艇にも被害が出ている。ここは追撃を中止して、 損傷艦の援護に当たるべきよ。」 「しかし、敵機動部隊は全滅した訳ではありません。敵の正規空母は、多くても3隻程度は健在です。ここは追い討ちをかけて、敵に更なる 損害を与えるべきかと思いますが。」 「主任参謀の意見は最もだわ。」 リリスティは振り向く。 「でも、こっちにまで、更なる損害が出てしまう。あなたはさっきの空襲で分からないの?相手はあのアメリカ機動部隊よ。今は自分達が劣勢だから、 大慌てで逃げているけど、あたし達だけで追撃したら、これ幸いとばかりに猛然と反撃して来るわ。それに、こっちの損害も無視できないしね。 それ以前に、戦力が少ない。少ない手勢で数に勝る敵に挑めばどうなるかは、マオンド海軍が証明している。」 「はぁ・・・・では。我々は今後、損傷艦を引き連れて帰還する事になるのですな?」 「そうなるわね。」 リリスティはそう答えると、ため息を吐いた。 「それにしても、あたし達は運が無かったわね。」 彼女は肩を竦めながら主任参謀に語る。 「不意に近付き過ぎた挙句、敵さんから手痛い一撃をくらってしまうとは。本当、我ながら迂闊だったわ。」 「アメリカ人達も相当怒っていたようですからな。何せ、我が第1部隊は、4隻中、3隻の竜母を撃沈、撃破されてしまいましたから。」 「このモルクドは爆弾2発に魚雷1本。ホロウレイグは爆弾5発を食らっている。ギルガメルは・・・・まぁ、見ての通りね。」 「でも、これで敵機動部隊は、戦力の半数を撃破されました。それもこれも、皇帝陛下の策のお陰ですな。」 「そうね。」 得意気に語るハランクブ大佐の言葉に、リリスティはさり気なく答える。 (まっ、こっちが優勢だったとはいえ、あのアメリカ機動部隊とまともにやり合って、勝てたのは良かったわね。でも・・・・・) リリスティは、先ほどからある事を心配し始めていた。 陸海軍の共同の大規模航空作戦は、現時点で敵機動部隊が敗走しつつある事から、勝利はほぼ確定したと言える。 戦果は、暫定ながらも敵正規空母2隻、小型空母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦14隻撃沈確実。 正規空母2隻、小型空母1隻、戦艦1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦8隻大中破。航空機約600機撃墜、撃破となっている。 この集計結果には、今後、多少の修正が為されるであろうが、それでも新鋭空母エセックス級正規空母の撃沈や、サウスダコタ級戦艦といった 大型艦に大損害を与えた事は確認されている。 それに対して、シホールアンル側は、陸軍がワイバーン468騎、飛空挺98機、リリスティの第4機動艦隊が、ワイバーン150騎を失うか、 あるいは損傷し、最後の最後で正規竜母1隻、駆逐艦2隻を喪失するという手痛い損害を被った物の、主力である正規竜母群は未だに4隻が無傷である。 この結果を見るに、敵機動部隊に壊滅同然の損害を与えたシホールアンル側が、この決戦を制した事になる。 しかし、リリスティは、自軍が与えた損害よりも、自軍が被った損害・・・・特に、航空部隊の損害が気になっていた。 この決戦に用意したワイバーン、飛空挺は約1800。 そのうち、撃墜された物は400から、多くて500。損傷は最低でも100以上は行く。 喪失と損傷を合わせれば、航空部隊は600以上。実に、総兵力の3割にも及ぶ損害を被った事になる。 今回の決戦では、腕利きの部隊も多く参加していたという。これらの部隊もまた、少なからぬ損害を受けている事はほぼ確実である。 今のシホールアンルの現状から言えば、今回の決戦で勝利はしたものの、それで生じたこの大損害は余りにも大きい。 ジャスオ領の戦闘の際、陸軍では2ヶ月半の間に、喪失並びに損傷を600騎出していた。 それに対し、今回の戦闘では、たった1日で600以上もの損害をだしてしまったのだ。 敵正規空母並びに、大型戦艦、その他諸々を撃沈破するために、シホールアンル軍は上手くすれば2カ月間は使える航空戦力を丸々すり潰したのである。 (この戦闘は、恐らく、後になって響いてくるかもね。部隊全体の錬度や、ワイバーン、飛空挺の補充の問題等で) リリスティは、内心で呟いた。 ギルガメルが沈没したのは、それから20分後の事であった。 攻撃隊が敵機動部隊への攻撃を完了した頃。 TF37でも、ギルガメルの後を追うように、最後の時を迎えようとするフネがあった。 空母サラトガの艦長であるジョージ・ベレンティー大佐は、艦橋の張り出し通路から敬礼をした状態で、最後の儀式を見届けていた。 辺りは日が落ちかけているため薄暗かったが、それでも、マストから引き下ろされていく星条旗だけはみえていた。 (3か月前に、俺がこの栄光の空母にやって来た時は、これで俺も古参の仲間入りになったかと思った物だが・・・・・それが、今では・・・・・!) ベレンティーは、悔しさのあまり叫びそうになったが、彼の艦長としてのプライドが、それを抑え込んだ。 飛行甲板には、ベレンティーと同じように下ろされる星条旗を、敬礼しながら見上げる乗員達が居る。 歴戦の空母、サラトガ。 開戦以来、数々の戦場で武勲を立てて来た彼女は、今日、軍艦としての輝かしい経歴に幕を閉じる。 サラトガは、今日の戦闘で4本の魚雷と3発の爆弾を受け、大破した。 特に痛かったのは魚雷による損害であり、左舷側と右舷側の缶室が破壊された上に、機関室にも重大な損傷を負った。 この事は、後の消火活動や復旧作業にも大きく影響し、最終的には左舷側に17度傾斜したまま洋上に停止する事になった。 空襲から3時間後には、火災も浸水も止まったが、機関室が損傷を負って満足な動力が確保できないため、艦の排水作業は遅々として進まなかった。 午前6時。瀕死のサラトガを運命づける決定的な出来事が起きた。 乗員達が総出で復旧作業に取り組んでいる最中に、浸水を止めていたハッチが水圧に耐え切れずに弾け飛び、再び浸水が発生した。 至急ダメコン班が駆け付けて対処を行ったが、今度ばかりは浸水を止める事は出来なかった。 浸水は拡大し、艦の深部を次々と呑み込み始めた。 ベレンティー艦長は熟慮の末、決断を下した。 それは、総員退艦であった。 短いながらも、荘厳な儀式は幕を閉じた。 「艦長より、総員に達する!これより、総員退艦を行う!各員は、魚雷の損害が少ない右舷側より脱出するように!諸君の武運を祈る!」 ベレンティーは、飛行甲板上を見回しながら言うと、乗員達に対して敬礼を送った。 乗員達も答礼を返した。 やがて、サラトガの別れが始まった。 それから20分後。ベレンティーは、僚艦ヘレナの艦上から、傾くサラトガを見つめていた。 不意に、遠くから腹に応えるような爆発音が聞こえた。 「あの音は・・・・・インディアナの雷撃処分は予定通り行われたのか。」 彼は、音の下方角に目を向けながら、寂しげな声音で呟く。 TG37.1は、空母サラトガと軽空母ベローウッド、戦艦インディアナ、軽巡ジュノーが大破した。 そのうち、ジュノーは総員退艦後に、魚雷発射管に詰められていた魚雷が火災に誘爆して爆沈し、ベローウッドは今から10分前にその後を追った。 戦艦インディアナは、右舷側に7本もの魚雷を食らったため、大浸水を起こして洋上に停止した。 後にダメコン班の奮闘で火災と浸水は食い止められた物の、インディアナは既に機関部が壊滅した他、推進機や舵機室にも重大な損傷を受け、 復旧は絶望的と判断された。 その瀕死のインディアナは、味方駆逐艦によって雷撃処分された。 サウスダコタ級戦艦2番艦として、42年半ばから活動して来たインディアナは、期待とは裏腹に、あっけない最後を遂げたのである。 「インディアナが先に逝くか・・・・・」 ベレンティーは、悲しげな口調で呟いた後、視線をサラトガに移した。 それから20分ほど経ってから、サラトガに大きな変化が見られた。 真っ暗になった洋上に浮かぶ黒い影は、急に沈下のスピードを速め始めた。 「あ・・・・・」 ベレンティーは、思わず声が漏れた。 サラトガが沈む。 ヘレナの甲板上に集まっていたサラトガの乗組員達は、誰もがレディ・サラを注視する。 サラトガは、左舷側へそれ以上傾く事無く、艦全体が沈降しつつあった。 黒い影。サラトガの乗員達がいつも見ていた、あの巨大な煙突が、徐々に下がって行く。 「レディ・サラが・・・・・俺の乗艦が・・・・」 隣に立っていた、古参の兵曹長が嗚咽しながら、サラトガの最後を見届けている。 サラトガの乗員達は、ヘレナのみならず、別の駆逐艦3隻にも救出されている。 駆逐艦の中には、サラトガとは馴染みの深かったデューイもおり、艦の乗員達も、サラトガの乗員達と同様に、慣れ親しんだシスター・サラの最後を悲しんでいた。 艦の沈降は緩やかに進んでいく。シンボルである巨大な煙突も、海中に消えていく。 やがて、浮いていた艦首側の飛行甲板も海に没し、サラトガの姿は見えなくなった。 開戦以来、サラトガは太平洋艦隊の所属艦として、シホールアンル軍と戦って来た。 レアルタ島沖海戦では、レキシントン、エンタープライズと共同して、この世界で初の戦艦撃沈という快挙を成し遂げ、史上初の空母対竜母の 戦闘であるグンリーラ沖海戦では、自らは脇役に徹しつつも、別働隊であった敵巡洋艦群を艦載機で翻弄した。 ガルクレルフ沖海戦では、敵の拠点であったガルクレルフ基地に、エンタープライズと共に殴り込みを仕掛け、その後のバゼット海海戦には 参加できなかった物の、後のミスリアル軍に対する航空支援では、海戦に参加できなかった鬱憤を晴らすかのように、艦載機隊が地上で奮闘している シホールアンル軍を蹂躙した。 43年前半の敵補給路寸断作戦では、僚艦レキシントンと共に作戦をこなし、9月の犯行時には、TF57の一員として作戦に参加し、44年前半に 行われたフリントロック作戦では、敵がTF58を襲っている間に、レキシントンと共同で敵の航空基地襲って壊滅状態に陥れ、5ヶ月後のエルネイル 上陸作戦では、第3艦隊の一員として史上最大の作戦に参加し、艦載機で上陸軍を支援した。 この世界にやって来てから3年11カ月。 英傑艦サラトガは、生き残りの乗員達が無事、退避出来た事で満足したかのように、静かに沈んで行った。 後に乗員達は、サラトガの最後を「穏やかであった」と、口に揃えて言う事になる。 空母サラトガの沈没を最後に、ヘイルストーン作戦は終わりを告げた。 第37任務部隊は、艦載機を収容し、損傷艦と合流後、出し得る限りの速度で現場海域を離脱した。 TF37はこの戦闘で壊滅的な打撃を被り、帰還後はTF38に編入される事になる。 この海戦の顛末は、後にラジオで放送され、アナウンサーが涙を流しながら、9月19日は史上最悪の海軍記念日である、 と言う事になるが、それはもう少し日が経ってからの話である。 レビリンイクル沖海戦 アメリカ海軍 損害 喪失 正規空母バンカーヒル タイコンデロガ サラトガ 軽空母ベローウッド キャボット 戦艦インディアナ 軽巡洋艦ジュノー バサディナ(19日午後5時頃、レンフェラルの攻撃によって沈没確実の被害を受ける) 駆逐艦カシンヤング以下10隻 大破 軽空母モントレイ 重巡洋艦ボルチモア 軽巡洋艦リノ サンアントニオ 駆逐艦4隻 中破 空母イントレピッド 重巡洋艦ピッツバーグ 軽巡洋艦モービル バーミンガム 航空機喪失 502機 シホールアンル軍 喪失 正規竜母ギルガメル 駆逐艦3隻 大破 正規竜母モルクド ホロウレイグ 駆逐艦3隻 巡洋艦2隻 戦艦2隻 ワイバーン・飛空挺喪失数 518騎 損傷179騎
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第3話 接触せよ 1941年 10月19日 午前8時 カナダ オンタリオの名物と言えば?と言われれば、現地の人はこう口ずさんだ。 「ナイアガラの滝さ。見てないのなら一度見てきたらいいよ。」 ナイアガラの滝、それは世界でも有数の滝である。 有数の滝といっても、それを構成しているのは、カナダ滝、アメリカ滝、ブライダルベール滝の3つである。 どれもこれも、一見の価値がある滝だが、見物人が行くのは、やはり一番規模の大きいカナダ滝であろう。 観光で見に来たチャック・ルイスは、目の前の光景が信じられなかった。 「一度見てきたらいいよ。」 と言われて、ナイアガラの滝がどんなものか見てやると、張り切ってトロントからここまでやってきたのだ。 確かに、眼前の光景は一見の価値はあるかもしれない。しかし、そこには、本来のナイアガラとは、違う光景があった。 「ゴート島はどこに行った?アメリカ滝は・・・・・・・いったい。」 彼が立っているのは、カナダ領から正面にゴート島が見える位置に、彼は立っていた。 そのゴート島や、アメリカ滝が消えているのだ。 変わりに、アメリカ領の向こうは、漠然とした海が続いていた。 対岸は、アメリカ合衆国であったが、その国は、綺麗さっぱり無くなっていた。 「俺の目がおかしくなったのかな?」 彼はそう言って、目を何度も擦り、目の前の光景を眺める。 目の前には、相変わらず、海が広がっていた。残っていたカナダ滝が出す音は、どこか悲しげに聞こえるようだった。 1481年 10月19日 午前8時 ワシントンDC 国務長官のコーデル・ハルは、車でホワイトハウスに向かっていた。 電話があったのは6時を過ぎてからである。 電話の相手によると、今日未明、原因不明の異変が起き、それが原因で合衆国以外の国から 全く連絡が取れなくなったと言う。 それを聞いたハルは、最初、磁気嵐で電波の状態が悪くなり、電報や各外国放送の送受信が 出来なくなったのかと考えた。 だが、それはあり得ない。 いくら磁気嵐だとしても、合衆国本土のみは、通信が満足に出来るとは考えられない。 普通ならば、合衆国内の通信も満足に出来ないはず。 それに、外国からの電報や放送が、ぱったりと止んだと言うのも、磁気嵐では到底考えられない。 「細かい事は、ホワイトハウスで考えるとしようか。」 そうしないと、頭が混乱する。そう思ったハルは、この事件に関しての思考を止めた。 ホワイトハウスに付くと、陸軍参謀総長のジョージ・マーシャル将軍とぱったり出会った。 「おはようマーシャル将軍。」 「おはようハル長官。」 マーシャル将軍はぶっきらぼうな口調で答えた。 いささか機嫌が悪いようだ。 (朝の乗馬が取り消しになったので、機嫌を悪くしているんだな) とハルは思った。 マーシャル将軍は、日曜の朝には、いつも数時間ほど馬に跨って、参謀総長官邸の周囲を走り回っている。 この時も、マーシャルはいつもの乗馬を楽しもうとしていたが、そこにホワイトハウスから電話が入ってきた。 「大統領は、なんで急に私達を呼んだのだろうね。」 「なんでも、未明に起きた異変について、色々話し合いをするようだな。」 「異変か。まあ、ある程度は予想出来ていたが。」 マーシャルはそう言う。彼は、腕に何か四角いものを持っている。 それが何であるか聞こうとしたが、その間に会議室の前に来ていた。 会議室のドアを開けると、そこにはルーズベルト大統領と、フランク・ノックス海軍長官、 それに、最近海軍作戦部長に任命された、アーネスト・キング大将が話し合っていた。 「おはようございます、大統領閣下」 「おはよう。寝覚めの気分はどうかね?」 「いたって快調ですよ。」 マーシャルがそう言うと、ルーズベルトは鷹揚に頷いた。 「そうか。まあ、席に座ってくれたまえ。」 2人は、失礼しますと言って席に座った。 その後、5分ほどで、陸軍長官のスチムソン、司法長官のフランシス・ビドルなどの各省庁の トップが、次々に入って来た。 最後に入ってきたのは、農務長官のクロード・ウィッカードであった。 「さて、話を始めるとしよう。」 ルーズベルトが口を開いた。 「諸君の中には、聞いている者も、聞いていない者もいるかもしれないが。 本日未明、わが合衆国は、外部からの連絡が全く入らなくなった。」 ルーズベルトはそこで区切り、周りを見渡す。誰も驚いている様子は無い。 いや、内心では驚いている者もいるかも知れないが、いまいち現実味が沸かないのだろう。 「報告を聞いたのは、午前5時を回ってからだ。既に、太平洋艦隊、大西洋艦隊では周囲の捜索に 策敵機を飛ばしておるようだ。そうだな?」 ルーズベルトは、禿頭の男に顔を向けた。 「そうであります、閣下。サンディエゴの太平洋艦隊司令部では、現地時間の午前6時に、 カタリナ飛行艇を使って、周辺海域の捜索に当たっております。」 「うむ。」 ルーズベルトは頷いた。そこで、会議室の一同がざわつき始めた。 「コーデル、国務省は今どのような状態だね?」 「国務省は、現在、各国大使から面会の要請が次々と来ております。 また、外国の我が国の大使館からも連絡は今だ出に取れぬ状況が続いています。」 「まあそうであろう。」 ルーズベルトは、誰かに視線を送った。それはマーシャル将軍であった。 「マーシャル君、既に写真は拡大してあるね?」 「はっ。ここに写真を準備してあります。」 そう言うと、マーシャルは、先ほど持っていた、梱包された四角いものを引っ張り出した。 「最初、私も夢であってくれと祈ったものだよ。皆に見せてやってくれ。」 マーシャルが頷いて、包みを開いた。 「本日午前6時に捉えられた、ナイアガラの滝周辺の写真です。 もう1つは、カナダ国境沿い、いえ、元カナダ国境沿いの“海”です。」 その2枚の写真が、皆の前にさらけ出された時、 物語は始まった。 1481年 10月19日 午後2時 カリフォルニア州サンディエゴ 「メキシコ見当たらず。」 「南アメリカ大陸はどこにも見当たらず、依然南下中」 「ハワイ、ウェークからの通信不能」 「アラスカより入電、対岸にユーラシア大陸は見えず、対岸は海のみしかあらず」 サンディエゴの太平洋艦隊司令部には、このような報告が続々と入って来た。 午前6時には、サンディゴから12機のカタリナ飛行艇が飛び立ち、アラスカでも7機のカタリナが発進した。 西、南、北の方角を捜索したが、カタリナ飛行艇のパイロットは、自分達の目が信じられなかった。 いつもはそこにあったはずの大陸や島などが、綺麗さっぱり無くなっているのだ。 「ミスタースミス、君はこの報告を、どう解釈する?」 キンメルは、隣の参謀長、ウィリアム・スミス少将に声をかける。 「いささか、馬鹿げているような考えですが、よろしいでしょうか?」 「構わん、言ってくれ。」 キンメルは言い放った。 「H・G・ウェルズの作った世界に放り込まれたと言っても驚かんよ。」 「では、自分の考えをいいます。」 そう言って、彼は机に広げられている世界地図を、指示棒で指した。 「ここが、わが合衆国です。現在、合衆国本土以外で、通信が取れるのは、ここアラスカのみ。 他は軒並み通信が途絶えています。そして、カタリナからの報告。」 スミスは、地図の適当な場所トントンと叩いた。 「長官。はっきり申しまして、この地球では、わが合衆国本土と、アラスカのみが残り、他は海の底に沈んだか、あるいは」 スミス少将は人差し指を上に向けた。 「どこぞに飛ばされてしまった、かでしょう。ここから先は、科学者しか詳しい事は分からんでしょうが、 恐らく、何かの原因で、他の国が消滅したか、我々合衆国とアラスカのみが飛ばされたしか・・・・・・ 馬鹿げた事ですが、それしか考えが浮かびません。」 スミス少将は頭を掻いた。 自分でも、このような事を言うのは恥ずかしいと言わんばかりの表情である。 キンメルは腕を組んで、じっとスミスの説明に聞き入っていたが、キンメル自身も頭が混乱しっぱなしである。 「・・・・・どうもさっぱりしないな。」 「カタリナからは、特に変わった内容の報告は送られておりません。」 主任参謀のチャールズ・マックモリス大佐も言う。 「カタリナは、500マイル索敵したら引き返すように命じているため、現在の時刻では、ここに到達している頃です。」 マックモリス大佐は、ペンで、地図に点を書き入れていく。カタリナ飛行艇は最低でも3000キロ以上の航続力を 持っており、最大では4000キロの彼方まで飛んでいく事が出来る。 今回は、近辺の他の大陸や、島を探すだけで、索敵線を500マイル(800キロ)に設定している。 しかし、すぐに見つかるはずの島や、大陸も、一向に見つからない。 現在、カタリナ飛行艇は120マイルのスピードで飛行しているから、今は基地に戻っている最中である。 「私が思うには、参謀長のおっしゃるとおりだと思います。 まあ、私としても頭が混乱していないと言えば嘘ですが、先ほど言われた、世界がアメリカのみを残して海に没した と言うのは考えられません。そのような地殻変動は、その前に必ず兆候が現れます。 私が思うには、もう1つの仮定です。」 マックモリス大佐の顔がより険しくなる。 オペラ座の怪人と噂された怪異な面構えが、その怪人と比べても、遜色ないほど変わっていた。 「仮に合衆国本土や、アラスカが他の、例えば、訳の分からぬ異世界などに飛ばされたとします そうなれば、いきなり途絶えた、ハワイやウェーク、ミッドウェー、そしてフィリピンからの通信。 そして、各国の電報や外国向けの放送、それらの原因が説明できるのです」 キンメルは頭を振った。 「くそ、どうかしてる。君達は、私も含めてみんな気が狂ってるいるんだ。 と、言えばすぐに解決できるだろうが・・・・・・」 キンメルは、ため息をつきながら、溜まった紙を取り、改めて一枚一枚めくっていく。 「ガラパゴス諸島を発見できず・・・・・・ハワイの陸軍守備隊との通信途絶・・・・・・ プリンスオブウェールズ岬沖(ベーリング海峡の最狭部のアメリカ側の岬)に対岸なし・・・・・・ これだけの証拠が揃っている以上、気が狂っているとは言えないな。」 むしろ狂った方がマシな状況だな、という最後の一言は口に出さなかった。 彼は紙の束を机に置いた。 「500マイルの索敵線では何も見つからないでしょう。」 マックモリスはそう言うと、作戦地図に何かを書き始めた。彼は、索敵線を書いている。 「索敵線を延ばしましょう。1000マイルほどに。」 「1000マイルか。カタリナの航続力なら、それは可能であろうが、パイロットに負担を一層強いる事になるぞ?」 スミス少将が警鐘を鳴らした。 「疲労が溜まってしまったら、それを回復するのに時間が掛かる。1000マイルでは長すぎるだろう。」 「参謀長、何もカタリナのみに索敵を任せようと言っているのではありません。」 「何?」 スミスは首を捻ったが、マックモリスが言わんとしている事はすぐに分かった。 「空母を使うのだな?」 「その通りです。」 マックモリスは、サンディエゴを指差した。 「現在、サンディエゴには、レキシントン、サラトガ、エンタープライズの3空母がおります。 この3空母は、それぞれ独立した艦隊を編成しています。書類上では、エンタープライズ隊は第8任務部隊、 サラトガは第6任務部隊、レキシントンは第10任務部隊となっています。この艦隊を、洋上に出港させ、 艦載機で索敵させるのです。艦載機の中で、新鋭艦爆のドーントレスはドロップタンク無しでも、 最大770マイルは飛行でき、最低でも、各任務部隊の周囲300マイルは常時索敵できます。」 「なるほど。」 キンメルは納得したように頷いた。 「カタリナと含めて索敵させれば、索敵の密度も上がるな。いい案だ。」 キンメルは、地図に向けていた視線をスミスに向けた。 「スミス、TF10、8、6に出港命令を出せ。大至急だ。」 すかさず命令を下す。 5分ほどして、各任務部隊に命令電が届いた。 10月30日 午前9時40分 ニューヨーク東方600マイル沖 この日、ノーフォーク海軍基地を離水したカタリナ飛行艇、ネルファ7は単調な飛行を続けていた。 「機長、600マイル線に到達しました。」 航法士のエルビス・クラウンティー兵曹は、機長のアッシュ中尉に報告した。 アッシュ中尉は、前方を見据えながら了解と返事した。 「1000マイル線まではまだまだ遠いな。おい、エルビス。他の奴らは起きているか?」 「起きてますよ。」 返事を聞くと、アッシュ中尉は軽く頷いただけで、再び操縦に専念する。 クラウンティー兵曹は、機体の後部に向けて歩いていく。 後部側には、右、左側に張り出した風防ガラスがあり、そこに7.62ミリ機銃が据え付けられている。 「あっ、クラウンティー兵曹。」 「よう、お2人さん。調子はどうだい?」 彼は、2人の機銃手に声をかけた。いずれも1等水兵であり、彼よりも若い。 「自分は大丈夫ですが、ルイスのほうが少し調子がおかしいようで。」 「おい!やめろって!」 ルイスと呼ばれた水兵が、慌ててもう1人のほうの口を塞いだ。 ルイスはどこか眠たそうな顔をしている。クラウンティー兵曹は一目で分かった。 「ルイス君、居眠りしていたな?」 「え?い、いや。」 「隠さないでも、目を見れば分かる。お前の目は、今ものすげー眠ぃ!って顔をしとる。」 ばれていた。実は、5分前までルイスは居眠りをしていたのである。 10分少々だったが、同僚のアレックスが叩き起こしてくれた。 「まあ、こんな長距離洋上偵察では仕方ないだろう。ホレ、これでも食って眠気を紛らわせろ。」 クラウンティー兵曹は、懐から2枚のチューインガムを差し出して、1枚ずつくれてやった。 「ありがとうございます。」 2人は声をそろえて、彼に礼を言った。 「眠くなるのは仕方ないが、交代まであと30分ちょいだ。それまでに我慢しろ」 クラウンティー兵曹はガムをあげると、自分の座っていた席に戻った。 海図が書かれたチャートに、10分おきに印しを付けて、コースが間違っていないかも確認する。 コースが間違うと、その分、余計な飛行をする事になり、最悪、洋上で燃料切れになってしまう。 そのため、航法士は常に位置を確認する必要がある。 「機長、右に2度ズレています。」 「2度だな、了解」 アッシュ中尉はそう答えると、操縦桿を左に回して、コースを元に戻していく。 空は晴れており、雲量も多くない。海上は遠くまで見渡せた。 「定時連絡だ。こちらネルファ7、ニューヨーク沖東北東600マイル沖を現在高度3000メートル、 時速120ノットで飛行中、異常なし。送れ」 そう言って、彼は無線士に定時連絡の電文を送らせた。 「どこまで行っても海だねえ。 こっから先は永遠に海が続いていると思うと、どうもやる気が萎えて来る。」 「どうして、合衆国以外の国が消えちまったんですかねぇ。」 「H・Gウェルズが呪いをかけたんじゃないのか?それなら納得できるぜ。」 そう言ってアッシュ中尉と副操縦士は笑った。 そこに航法士のクラウンティー兵曹が操縦席に顔を出した。 「話が弾んでおりますな。」 「どうした航法士。何か見つけたのか?」 「いえ。ただ、お土産を持ってきましたよ。」 そう言って、兵曹は2枚のガムを差し出した。 「いつもの奴ですが。」 「サンキュー。いい眠気覚ましになるよ。」 2人は1枚ずつとって、兵曹に礼を言った。 アッシュ中尉はガムの包みを取って、それを口に放り込んだ。 その時であった。 「機長!」 唐突に、マイクから興奮したような声が飛び込んできた。 「どうした?」 「左前方に何かあります!」 「左前方だとぉ?おい、何かあるか?」 アッシュ中尉は右席の副操縦士にも左側海面を見せた。 肉眼では分かりにくいため、アッシュ中尉は双眼鏡を引っ張り出し、それで海上を眺めた。 しばらくして、水平線上に何かが見えた。 「左前方に船らしきものを発見した。距離は15~20マイルほどだ。近付くぞ。」 アッシュ中尉はそう言うと、機首を船らしきものの方向に向けた。 高速輸送船のレゲイ号は、ひたすら東に向かって、時速10リンル(20ノット)のスピードで航行していた。 レゲイ号は巡洋艦ほどの大きさであり、横幅が広く、高速で航行しても安定性がある。 この船には、国外相の担当大臣であるフレルらが乗っていた。 彼らは、西のレーフェイル大陸の覇者、マオンド共和国に軍の参加を頼み込み、それの了解を得てきた。 それと同時に、マオンドとシホールアンルの同盟関係もより強固な物にできた。 長距離魔法通信で結果報告を送った4時間後には、オールフェス直々に成果を称える返事が返されてきた。 そして、マオンド参戦の立役者となった、フレルは、甲板で船長と話をしていた。 「ようやく、3分の1を過ぎた所でしょうか。」 船長のリィルガ中佐が言ってくる。 「3分の1か。行く時はもっと早い時間で行けたのだが」 「行く時は、かなり急いでいましたからね。通常なら、10リンルで約3000ゼルドの距離を 10~12日ほどで行くんですが。今回は急ぎの用件だったので、最高速度に近い17リンルで ぶっ飛ばしましたからね。お陰で、最短記録を樹立できましたよ。」 「6日で着くとは私も思わなかったよ。せめて、9日は掛かるであろうと思っていたが。魔法石は大丈夫かな?」 「これぐらい無理をしたって、あの魔法石はなんともなりませんよ。」 リィルガ中佐は満面の笑みを浮かべて答えた。 「ポスレンド産の魔法石は頑丈ですから。」 「船長の言うとおりだ。」 フレルも頷く。 ちなみに、ポスレンドとは、北大陸の南東部にあるポスレンドと呼ばれる町にある、魔法石の採掘場である。 「船長―!」 突然、マストの見張り台にいた船員がリィルガ中佐を呼びかけた。 「どうした!?」 「左側方から何か来ます!」 「何かとはなんだ!?」 「わかりません!」 何かを見つけたらしい。しかし、その何かが分からないと言う。 「いったいどうしたのやら。」 リィルガ中佐は懐から伸縮式の携帯望遠鏡を取り出した。 望遠鏡で左側海面を見ようとした時、耳に聞き慣れない、いや、ずっと前に聞いた事があるが、 聞かなくなって久しいような音が聞こえてくる。 「この音は?」 左隣のフレルが聞いてくるが、 「分かりません」 と答えて、リィルガ中佐は望遠鏡を覗く。よく晴れ渡った青空が見え、所々に雲がある。 船員が見つけたものは、すぐに視界に移った。 船の左舷後方。その方向から、何かが向かって来る。 その何かは、海上ではなく、空を飛んでいた。 「あれは・・・・・一体?」 最初、小粒が空に浮かんでいる、と言った感じであったが、時間が経つにつれて、その不審な飛行物体は姿を現し始めた。 10分ほど経つ頃には、その飛行物体は、レゲイ号まで8ゼルドの距離に迫っていた。 「あれは飛空挺だ!」 フレルが思わず叫んだ。 「ええ、確かに飛空挺の類です。しかし、味方の竜母は飛空挺は積んでいない筈ですが。」 「前線にも配備していない。」 フレルも言う。 「2年前に実戦投入して、全滅させられた時以来、ずっと開発中のままだ。 試作機が何機か、国内にあるが・・・・・・」 フレルは、目の前にいる飛空挺が、どこの国のものであるか考えた。しかし、その考えはすぐに消えた。 「ここは海のど真ん中。最短距離のクロレンベ岬までまだ2000ゼルドもあります。 現在、飛空挺を開発しているのはわがシホールアンルのみ。他はワイバーンか、その亜種ぐらいです。」 「そのワイバーンも航続距離はあまり長くない。」 「と、なると・・・・・」 会話をやり取りしている間に、その飛空挺は至近に迫っていた。 かなりの高度を下げているのか、その機体の特徴までも分かった。 木製の手漕ぎボートのような胴体に、やっつけで取り付けましたと言わんばかりの翼、その翼に配置された2基の回転装置。 「あれはなんだ!?」 始めてみる飛空挺に、誰もが仰天していた。 グォオオオオーーン!という、まるで威嚇するような爆音が響き、それはレゲイ号の右舷側に飛び抜けていった。 胴体には、これまた見た事のない、星のマークが描かれていた。 彼らが始めて目にしたアメリカの飛空挺。 その飛空挺こそ、アッシュ中尉らが乗るネルファ7。PBYカタリナであった。 この日、アメリカは、未知の世界と、初めての出会いを交わした。 出会いは、ニューヨーク沖のみならず、太平洋地域でも交わされていた。 1481年10月現在の世界地図 /丶ゝ ゝ ゞ / ゝ _------ヾ / 丶 ミ丶 丶_ / / ヾ ゝ iアラスカ/ →至レーフェイル大陸 ( ソ / ____ ___/ ヽ 北大陸 ( )/ ヘ / // \ / ソ ソ ) 》 / ヽ ノ __ _______ __ _ \ / ヘヽ / __/ ミ__丶/ \ / / / ノ / I / / \ I アメリカ本土 / ( \ ソ / ___ノ丶ヾ / ヽ_____________________________ / ゝ、、、 \ ヽヽ ヽ \ ソ / 》 / \ ヽ / \ 南大陸 / ( ゝ ミ 丿 丶丶 ___ソ \,,,,,〆 地図その2 t \ / ヽ / ヽ /\丿 \ ノ / \ レーフェイル大陸 ヽ \ / ヽ丶 / ゝミ 丿 ノ__ ミ \ 彡_ミ〆 南北大陸全体図 ttp //cv-79yorktown.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2007/10/30/photo_3.jpg 北大陸地図 ttp //cv-79yorktown.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2007/10/30/photo_4.jpg 南大陸地図 ttp //cv-79yorktown.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2007/11/22/photo.jpg レーフェイル大陸地図 ttp //cv-79yorktown.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2007/10/30/photo_5.jpg