約 5,576,879 件
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1043.html
第138話 レンベルリカの凪 ウェルバンルの暗雲 1484年(1944年)6月2日 午後1時 レンベルリカ領タラウキント この日、フェスク・スハルクは、久しぶりに、のびのびとした気持ちで屋上から空を眺めていた。 空は雲一つ無い晴天だが、風はひんやりとしており、疲れた体にはとても気持ちよく感じられた。 「・・・・すっかり変わってしまったなぁ。」 スハルクは、何気なく屋上から下に目線を写すや、思わず呟いていた。 タラウキント市内の様相は、2ヶ月前と比べてがらりと変わっていた。 タラウキント市は、タラウキント地方の中心都市であり、同時に城塞都市でもあるが、壁の中には多数の建築物が建ち並んでいた。 ところが、度重なる激戦の結果、町の半分以上は廃墟と化している。 スハルクが今居るレンベルリカ軍総司令部・・・・元マオンド共和国レンベルリカ領南西統治本部も、建物の左半分は、敵の砲火 によって半壊状態にある。 「復興するには、莫大な資金と人手が居るんだろうなぁ。」 スハルクはつぶやきながら、半ば廃墟と化したタラウキントの町並みを見続ける。 このタラウキント市やその外で、合わせて3度の会戦が行われた。 特に苛烈を極めたのは、5月16日に行われた3度目の攻撃であり、マオンド軍は防御戦を強引に突破して市内に侵入し、 一時は町の5割近くがマオンド軍の手に落ちたが、ハイエルフ族の士官、ミリエル将軍の奇策によって敵軍は混乱に陥り、 2日後にはタラウキント市から撤退していった。 この3度の攻撃で、レンベルリカ軍は戦死者12911人、負傷者29234人を出している。 戦死者や負傷者の中には、反乱軍の主要メンバーであったランドサール将軍やミリエル将軍も含まれており、戦力はかなり低下している。 マオンド側は、反乱軍以上に損害を受けていたようだが、兵力は40万以上もいるため、反乱側と違ってまだまだ予備部隊がある。 5月18日には、マオンド側は早速斥候部隊を送り込んで、反乱側の弱体ぶりを調べ始める一方、新たに2個軍団7万名以上の軍勢を主力に、 攻勢準備を進めていた。 だが、その翌日から情勢は変わり始めた。 5月20日。マオンド側の部隊の一部が突然、後方へ移動し始めたのだ。 マオンド側が行った後方への部隊移動に、反乱軍首脳部は誰もが首を捻った。 と言うのも、彼らはアメリカ軍がスィンク沖海戦で勝利したことや、グラーズレット空襲に成功した事を全く知らなかった。 ヘルベスタン人であるスハルクは、一応無線機を持っていたが、その無線機は戦闘中の流れ弾によって破壊され、外部との連絡は 一切途絶えたままとなっていた。 マオンド軍の部隊移動は5月28日から活発になり、6月1日からは何ら動きを見せなくなった。 その間、マオンド軍の動向を後方で監視していたスパイは、およそ10万~15万以上のマオンド軍部隊が南に 向かっていったと報告を送ってきていた。 タラウキントの激戦が始まるまで、マオンド軍が用意した軍勢は40万。 戦闘でいくらかは減ったが、それでも30万以上の大軍を擁していた。 しかし、マオンド側は急な部隊移動によって、残りの兵力の3分の1、または半数に減っていた。 そのため、準備されていた攻勢は取り止められ、マオンド軍は相変わらず、タラウキント市を包囲できる位置に布陣しながら レンベルリカ軍と睨み合いを続けている。 膠着状態に陥って早1週間。タラウキントのレンベルリカ軍は敵と交戦する事なく、平穏な時間を過ごしていた。 「はは、こいつは気持ちの良い天気だ。」 ふと、後ろから野太い声が聞こえてきた。 振り返った彼は、会談から上がってきたその人物を見るなり、声を掛けた。 「これはキルゴール将軍。」 「よう。元気そうだな。」 キルゴール将軍は、その厳つい顔に屈託のない笑みを浮かべながら、スハルクに挨拶をする。 「ええ。キルゴール将軍こそ、お体の具合はどうでしょうか?」 「体の具合?この通りぴんぴんしとるよ。」 キルゴール将軍は胸を右手で小突きながら言う。彼は3日前から発熱で床に伏せっていた。 「あれぐらいはただの微熱だよ。2日も寝たらすっかり良くなったぞ。それに加え、今日は気持ちの良い天気だ。 このような晴天なら、どんな奴だって気分は良くなるだろうさ。」 彼は顔の下半分に生えている髭を撫でながら言ったあと、快活な笑い声を上げた。 キルゴール将軍は、反乱軍のドワーフ族の部隊を統べる司令官である。 タラウキント市のレンベルリカ軍は、人間種であるレンベルリカ人を始めとし、ドワーフ族、ハイエルフ族、獣人族で構成されている。 そのうち、キルゴール将軍の配下にあるドワーフ族の部隊は32000名で構成されていた。 だが、部隊は相次ぐ戦闘で消耗し、今では28000名の兵しか残っていない。 残りの4000名は戦死するか、後方の野戦病院に担ぎ込まれている。 キルゴール将軍の部隊は、将軍自身も含めて勇敢に戦い、味方の勝利に大きく貢献している。 そんなキルゴールは、傍目から見れば頑固一徹の熱血漢であるが、実際は陽気で物わかりが良い。 最初は消極論を唱えていたスハルクとそりが合わなかったが、今では顔馴染みとなっているためか、スハルクに対しても気軽に話しかけてくれる。 「それにしても、敵は一向に攻めて来ないのう。いつまでも待機の状態が続くと、体が鈍ってしまうわい。」 そんなことを言うキルゴール将軍に、スハルクは思わず苦笑する。 「それで良いではありませんか。」 「・・・・まぁ、確かに良いのだが。」 キルゴール将軍は、釈然としない口ぶりで呟く。そんな彼の視線は、マオンド軍が居ると思われる方角に向けられていた。 「マオンド軍はこの間、ワイバーンから大量の伝単(ビラ)を撒き散らした。その伝単には、マオンド本国の侵攻を目論んだ アメリカ軍が撃退されたと書いてあった。あの時、君は頼りのアメリカ軍が撃退されたと知り、愕然としていたな。」 「ええ。」 スハルクは頷いた。 去る4月23日。マオンド軍は50騎ほどのワイバーンをタラウキント市に向かわせ、大量の伝単を市内に撒いた。 ビラには、北スィンク島沖海戦でアメリカ軍の艦隊が撃退されたと書いてあり、丁寧にも炎上しながら沈んでいく アメリカ軍空母の絵も付いていた。 その2日後にマオンド側の総攻撃が始まり、一時は市内に突入されるところまで行ったが、レンベルリカ軍は何とか持ち堪えた。 マオンド側は、彼らが頼りにしていた味方が来ないという事を知らせた上で、士気の喪失を狙って宣伝作戦を行ったのだが、 後ろ盾が無くなったと思ったレンベルリカ軍は逆に士気を上げ、徹底抗戦を行うことを決めた。 マオンド側の当ては外れ、攻撃部隊は戦意旺盛なレンベルリカ軍相手に敗北した。 それからも、マオンド軍は繰り返しタラウキント市に攻撃を仕掛けた。あるときなどは、連日ワイバーンの大編隊が上空に押し寄せ、 傍若無人な攻撃を繰り返したこともあった。 また、ある時は、付近の村から集めた数百人の住人達を門前に集め、虐殺した事もあった。 籠城兵達は、マオンド側の度重なる攻撃に神経を苛まれながらも、なんとか耐えてきた。 これからも続くであろうと思われたマオンド軍の攻撃は、5月18日を境にぱたりと止んだ。 そして、いつの間にか多くの敵部隊が、南に向かっていった。 「どうして、マオンドは攻撃を止めたのだ?」 キルゴール将軍は、唸るように粒やく。彼は理解が出来なかった。 「アメリカ軍を撃退したのなら、戦力に余裕があるだろう。更なる敵部隊が増援に駆けつけても良いだろう。 なのに・・・・・攻撃を仕掛けてこないとは。」 「部隊を増やすどころか、逆に削減して別方面に転用した、という事でしょうか?」 「そうかもしれん。そして、解せん事がまだある。」 キルゴール将軍は、不快気な顔つきで言いながら、空を眺めた。 「どうして、ワイバーン共は見えなくなったのだ?もう、4日もこの空には、ワイバーンが飛んでいないぞ。」 「言われてみれば、確かに・・・・」 ワイバーンを持たぬレンベルリカ軍は、マオンド軍に制空権を握られている。 今日のような晴天では、通常でも2、3騎ほどのワイバーンが高空を悠々と飛行していたが、ここ4日ほどは そのワイバーンすらも見あたらない。 「交代のために、一時後方に下がったのですかね?」 「それにしては長すぎると思うが。」 キルゴール将軍は、唸るような声で言った後、しばし考え込んだ。 1分ほど黙考した彼は、何かに思い至ったのか、ハッとしたような表情を浮かべる。 「もしかしたら、マオンド軍は何かを警戒して、兵を後方に引き上げさせたのだろうな。」 「何か・・・・・ですか?」 「そうだ。それも、他から兵を掻き集めなければならぬほど、強大なその何かに・・・」 「君の言うとおりだよ。」 唐突に、後ろから新たな声が聞こえた。 その声は、決起軍司令官、レオトル・トルファー中将のものであった。 「マオンド軍は、このレンベルリカとは別の地域で大きな問題を抱えている。」 トルファー中将は、キルゴール将軍の側に歩み寄ると、一枚の紙を差し出した。 「これは、ヘルベスタンで頑張っている同志から送られた魔法通信だ。つい10分前に魔導士が私に伝えてきた。」 キルゴールは、訝しげな表情でその紙を読み始めたが、その表情は次第に緩くなっていく。 「キルゴール。君はこの間、マオンド軍が兵の一部を引き上げさせたのは、別の地域で異常が発生したからだと 言っていたな?この紙に書かれている内容は、その異常の詳細だ。」 キルゴールは、スハルクに顔を向けた。彼の顔には喜色が混じっていた。 「スハルク。頼れる仲間が本格的に動き始めたようだぞ。まずは読んでみろ。」 スハルクは言われるがままに、差し出された紙を受け取って内容を読んだ。 「・・・・・・・・・」 紙に書かれていた文を読み終った後、スハルクはおもむろに草原を眺めた。 草原の向こう側には、マオンド軍が陣を張っているが、それを除けばのどかな風景だ。 時折、心地の良い風がびゅうっと吹き、戦場の凪に涼しさが戻る。 「アメリカ軍の来援を諦めたのは、どうやら早計だったようですね。」 「ああ、君の言うとおりだ。」 トルファーは深く頷く。 「ヘルベスタン地方は、連日アメリカ軍の爆撃機に襲われている。たった数日の間に、アメリカ軍はのべ2000機以上の 飛空挺を投入して、反乱部隊を包囲するマオンド軍に痛打を与えているようだ。このタラウキントに、一時の平穏が訪れたのも、 マオンドがアメリカの本格的な侵攻を警戒してからのことだろうな。」 トルファーの言葉を肯定するかのように、キルゴールとスハルクは頷いた。 「我々には、まだまだチャンスが残されている。ようやく、西の援軍が来てくれた今、私達もやるべきことをやるとしよう。」 執務室から5部屋ほど前の離れた部屋を通り過ぎようとしたとき、リリスティはちらりと、開かれたドアの中を見た。 「ん?」 リリスティはそれを見るなり、ドアの前で立ち止まった。 降り続ける雨は、首都が見渡せるバルコニーを水浸しにしていた。 「最近、こんな天気が多いよなぁ。」 シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは、憂鬱そうな口調で呟いた。 「最近は久しぶりに、こっから抜け出してやろうとおもったのに。こんなんじゃ、遊びに行けねえよ。」 彼が心底残念そうに呟いたその時、 「なぁにが遊びに行けないよ!」 聞き覚えのある声が後ろから響いてきた。その声を聞いたオールフェスは、一瞬、声の主が誰であるか忘れてしまった。 「え?」 オールフェスは間抜けな声を漏らしながら、慌てて後ろを振り返った。 「り、リリスティ姉?」 「そうでありますわ。皇帝陛下。」 彼の情けない問いに、リリスティは笑いながら大袈裟な口調で答えた。 「久しぶりだなぁ。でも、どうしてここに?」 「あんたの顔でも見たいなーと思って、帰り際にこっちに寄ったんだけど。あんた仕事どうしたの?」 リリスティの質問に、オールフェスは淀みなく答えた。 「さぼった。」 「さぼるな!!」 思わずリリスティは怒鳴ってしまった。 「まぁまぁ、落ち着いてよリリスティ姉。俺は最近かなり頑張ったんだよ。だから、今日から1ヶ月ぐらい仕事さぼっても 大丈夫かなぁ~と・・・・・いやすみません。今のはほんの軽い冗談です。はい。」 オールフェスは、思い思いの事を口走ろうとしたが、途中でリリスティが彼の首を軽く掴んだので止めた。 「そう。それは良かったわ。でないと、このままギュッと行っちゃうとこよ。」 「いやぁ、ははは。」 リリスティの爽やかすぎる微笑みにつられて、オールフェスも朗らかな、しかし引きつった表情で笑った。 「まったく。さっきマルバさんと会ったんだけど、オールフェスが頑張っているって自慢気に言ってたわよ。それなのに、 当の本人は仕事をさぼってるなんて。」 「なに、ただの小休止さ。別にさぼってるわけじゃないよ。最近は仕事の合間に20分ほど、ここで休んでいるんだ。」 オールフェスは苦笑しながら言った。 「リリスティ姉はいつ、首都に戻ったんだい?」 「3日前かな。海軍総司令部で開かれた会議に出席するために戻ったの。その後は久しぶりに実家へ帰ったわ。」 「久しぶりの実家はどうだった?」 「楽しかった。まぁ、妹連中は相も変わらず強かだったなぁ。」 「ああ、あいつらね。」 オールフェスは唸りながら言った。 モルクンレル家の子供は、長女であるリリスティの他に3人の女、1人の男の計5人である。 末っ子の弟は既に成人し、今は飛空挺乗りとして部隊に配備されている。 妹3人も成人して各方面で活躍している。 リリスティは、たまたま居合わせた妹連中に剣術や格闘術の試合を強要され、かれこれ4時間以上も付き合わされた。 彼女は疲労困憊しながらも、挑んでくる妹連中を打ち負かした。 「確か、帰ってくる度に勝負をしようと言うんだよな?」 「ええ。特にリラなんて、あたしが昼寝をしようとした矢先に挑戦状を叩き付けるほどだからね。」 「ていうか、元々の発端は、リリスティ姉が妹連中を手も足も出ないほど叩きのめしたからじゃねえか。いい加減負けてやれよ。」 「嫌だね。」 リリスティはフンと鼻を鳴らした。 「オールフェスも知ってるでしょう?あたしは負けることが嫌いなのよ。」 「そうだったなぁ。あいつらも戦う相手が悪かったな。」 オールフェスは苦笑しながら呟いた。 「それにしても、5月に入ってからは、こんな天気が多くなったなぁ。」 彼は、窓の外に顔を向けるや、どこかのんびりとした口調でリリスティに言った。 「そうねぇ。」 「まるで、俺の心境を現しているみたいだぜ。」 リリスティは、オールフェスの発したこの言葉が、妙に重く感じた。 (・・・・あなたも、大分苦労が溜まってるのね) リリスティは、オールフェスの寂しげな横顔を見るなり、そう思った。 アメリカ軍が北大陸の南にあたる北ウェンステルに上陸してから、早半年近くが経った。 6月1日の時点で、北ウェンステル領に配備されていたシホールアンル軍は、アメリカ軍によって北ウェンステル領の半分以上を 制圧されていた。 アメリカ軍は、主力の3個軍をもって西はルテクリッピから、東はサンムケにまで押し寄せている。 北ウェンステルに配備されている60万の味方部隊は懸命に戦っているが、装備の優れたアメリカ軍や、士気の高まった南大陸連合軍 相手に今も後退を続けている。 今から1ヶ月前の5月には、レイキ領にもアメリカ軍1個軍と南大陸軍2個軍が侵攻し、現在までに国土の半分が敵の手に落ちている。 北大陸の戦況が悪くなる中、アメリカ側は4月にホウロナ諸島を制圧し、ここに大艦隊や陸軍部隊を配備している。 3月の中旬には、ジャスオ領にもB-29の編隊が現れ、それ以降、ジャスオ領の後方基地もまた、敵の爆撃下にある。 戦況は、良くなるどころか悪くなる一方だ。 「リリスティ姉。」 オールフェスは、先とは違ったやや固い口ぶりでリリスティに聞いた。 「ホウロナ諸島には今、アメリカ軍や南大陸軍の別働隊が居る。そいつらは、日増しに戦力を蓄えつつある。リリスティ姉は、 この別働隊がジャスオか、レスタンに来ると思うかい?」 「・・・・・来るかもね。」 リリスティは答えた。 「アメリカ人は、この戦争は早く終らせようとしている。そのためには何だってやるかもしれない。あたしは陸軍の戦術には あまり悔しくないけれど、敵が来るとしたら、やっぱりジャスオかもね。」 「リリスティ姉もそう思うか。」 オールフェスはため息まじりに言った。 「敵はジャスオ領の南部地区に攻めてくるだろう。アメリカ軍は、上陸作戦にはもってこいの道具を腐るほど持っている。 そんな奴らが選ぶ上陸地点は、ホウロナからは遠いが、上陸作戦のしやすい南部地区だろう。ここは断崖の続く北部地区や、 潮の流れが変わりやすい中部地区と違って海も地形も穏やかだ。あいつらは、ここに大挙してやって来る。」 「対策の手立てはあるの?」 「あるよ。」 オールフェスは即答した。 「ウェンステル戦線から、支障を来さない程度にいくつかの軍団を引き抜き、レスタンや本国から増援部隊を送り込む。 7月までには、ジャスオ領南部だけで20万以上は集まる。敵は恐らく、この20万を超える数でホウロナから押し寄せて くるはずだが、この20万には最新装備の部隊を中心に編成する。この20万の部隊が敵を足止めしている間に、他からも 援軍を送り込ませる。敵が動けない間、俺達は北ウェンステルから兵をサッと引く。当然敵の追撃も激しいだろうが、 むざむざ敵の別働隊に退路を遮断されて、ジャスオ領南部や北ウェンステルの友軍部隊60万以上を失うよりは、遙かに 少ない損害で済むはずだ。」 「なるほどね。」 リリスティは納得したかのように頷く。 「敵の別働隊は、いつ頃になったら動き出すと思う?」 「・・・・・詳しくは分らないが、少なくとも7月末には行動を開始するだろうな。」 「それまでに、頼れる同盟国は、アメリカ軍の攻撃に耐えられるかな。」 リリスティの言葉に、オールフェスはぴくりと体を震わせた。 「マオンドか・・・・・全く、アメリカという国は、物持ちが良すぎて困るね。」 彼は、苦笑しながら言った。 「こっちの戦線には、少なめに見積もっても6、70万ほどの軍勢を派遣しているのに、レーフェイルに対しても 大軍を派遣している。レーフェイル方面は、アメリカの同盟国はほぼ皆無だから、マオンドは粘れると思う。」 「本当に粘れると思うの?」 リリスティは、オールフェスの言葉を否定するかのように言った。 「マオンドは、本国にまであの巨大爆撃機がやって来ているのよ。それに加え、マオンドにはケルフェラクのような高性能の 飛空挺は1機もない。このシホールアンルと違って、マオンドはあの爆撃機に対して、ひっかき傷を付けることすら出来ない。 そんな爆撃機に本国を蹂躙され、あまつさえレーフェイルの上陸を許したら、マオンドはもう終ったも同然よ。」 「いや、マオンドは粘るよ。」 オールフェスが振り返る。彼は笑っていたが、その目付きは恐ろしかった。 「粘ってもらわないと、困るね。」 一瞬、リリスティは背筋が凍り付いた。 「とにもかくも、マオンドは頑張るよ。あれこれ手を使ってね。そして、俺達も頑張る。だからリリスティ姉。」 オールフェスは、そのまま笑みを浮かべながらリリスティの側に歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。 「諦めたらだめだぜ?」 「・・・・オールフェス。」 リリスティは、儚げな声音で彼の名を呼んだ。 彼女は、今、目の前に居るオールフェスに恐怖感を抱いていた。 彼は、相変わらず笑っている。その笑顔は、いつも見せる物と変わらないように見える。 だが、しかし・・・・ 「リリスティ姉。」 両肩にかかっているオールフェスの手に、力が込められていくのが分る。 「諦めたら、全てが終わりだ。それは、リリスティ姉にも分ってるだろ?」 「オールフェス・・・・」 リリスティは、再び彼の名を呼ぶが、その言葉には力がこもっていない。 (なぜ・・・・) 彼女は、オールフェスの双眸をじっと見据えながら、内心で呟いた。 (なぜ、あなたの目は・・・・) 「リリスティ姉・・・!」 オールフェスが笑みを消し、まるで縋るような口ぶりで彼女の名を呟く。 (そんなに邪な物になったの?) 彼女は、狂気の混じったオールフェスの双眸をこれ以上見つめることが出来なかった。 「ええ。確かに。」 リリスティは、視線をそらしながらも、平静な口調で言った。 「まだ、勝負は付いていないわね。オールフェスの言うとおり・・・・」 一瞬、言葉に詰まる。この先は、言ってもいいのだろうか? 彼女は、しばし躊躇った。だが、その躊躇いも打ち消して、言葉を吐いた。 「諦めちゃ行けないわ。あたし達の国シホールアンルは、常にそうして生き延びてきたから。」 「ああ、そうだな。」 オールフェスは、掠れた声で言う。 「リリスティ姉も、根っからのシホールアンル人だな。」 「当たり前でしょ。私は周りから童顔だの、ガキだのと馬鹿にされてるけど、こう見えても第4機動艦隊を統べる将よ。 戦える限りは戦うわ。それに、私は負けるのが大嫌いだからね。アメリカの機動部隊相手に負け越したままじゃ気が済まない。」 リリスティは胸を張って、堂々とした口ぶりで言った。 オールフェスは、そんなリリスティを見て、彼女が青海の戦姫と呼ばれるのも納得がいくなと思った。 「あなたが何を考えているにしろ、あたしはあたしでやっていく。」 リリスティは男勝りな笑顔を浮かべると、右手の拳をポンとオールフェスの胸に当てた。 「だから、あんたはそんな顔しないで、堂々としなさい。そんな顔じゃ、町に出ても幽霊と間違われるわよ。」 オールフェスは思わず、顔を赤らめてしまった。 「ハハハ、リリスティ姉に言われると、たまらんな。」 「そう言われないようにしなければなりませんよ?皇帝陛下。」 リリスティは、最後の部分は妙に間延びした口調で言い放った。 「さて、気になるいとこの顔も拝めたことだし、姉さんはこれで帰るとしますかね。」 「おう、さっさと帰っていいぜ。俺は早めに昼寝したいから。」 オールフェスは、爽やかな口調でリリスティに言った。 「じゃあ。」 リリスティは、それ以上に爽やかな笑みを浮かべるや、右手の拳をオールフェスの脳天に叩き込んでいた。 部屋から出たリリスティは、そのまま1階の出口に向かった。 しばらくして、彼女は心臓の辺りを抑えていた。 激しい動悸が膨らんだ胸元を上下させ、健康的な褐色な肌には、自然と汗が流れていた。 「オールフェス・・・・」 彼女は、先ほどまで会話を交わしていたいとこの名前を呟く。 あの狂気に染まった目付き。オールフェスの異常なまでの、勝利に対する執着心。 そして・・・・ 「あの時、私が気丈に振る舞っていなかったら・・・・」 リリスティは、左の腰に吊っている短剣に目をやる。一瞬だったが、短剣に何かが触れるような感触があった。 その時は、彼女が一瞬だけ、答えを躊躇っていた。 リリスティが自らの心境を打ち明けたとき、オールフェスの手は彼女の両肩に置かれていた。 (もし・・・・・あそこで別の言葉を言っていたら) 彼女はそこまで考えてから、一瞬、脳裏に思い浮かべたくもない光景がよぎる。 その瞬間、胃の辺りが痛んだ。リリスティは一瞬歩調を緩め、顔をややしかめながら腹の辺りを抑える。 「・・・・はぁ。まさかね。」 リリスティは笑いながら、そんな馬鹿げた光景を頭から消し去った。 「オールフェスに限って、そんな事は無いわね。」 彼女は呟いてから、深くため息を吐いた。 「あたしも疲れてるんだなぁ。まぁ、今のご時世じゃ仕方のない事ね。」 リリスティはぼやきながら、3日前に行われた海軍総司令部での会議を思い出す。 会議の議題は、現在計画中の作戦についての物であったが、話の最後には、レーフェイル方面の話題も持ち上がった。 話によると、アメリカ海軍は4月のスィンク沖海戦で少なくとも空母3隻を撃沈され、5隻を大破させられたが、5月中旬には 戦力を盛り返して、再び活動を活発化させているという。 アメリカ軍の高速機動部隊は、5月末の時点で推定ながらも7隻、あるいは8隻の空母を中心にレーフェイル方面で活動しているという。 4月には壊滅的な打撃を喫した敵機動部隊が、僅か1ヶ月ほどで再生したと言う事に海軍上層部は驚きを隠せなかった。 リリスティは、この話題に関して、次のように発言している。 「マオンド海軍は、発表された戦果ほどは敵に打撃を与えていないと思われます。しかし、話半分としても空母1隻撃沈、 2、3隻を大破させたことはほぼ確実です。ですが、敵は再び、7、8隻の高速空母を揃えて前線に出てきた。この事からして、 アメリカ側は本国に補充用の空母を用意していたと推測されます。」 彼女の言葉に、シホールアンル海軍の将官達は、最初は難色を示していたが、次第に納得した。 現在のアメリカ海軍が、常に空母8隻以上の機動部隊でもって行動するのは、アメリカ海軍のみならず、シホールアンル海軍にも 常識として知られている。 シホールアンル側が確認した、太平洋艦隊所属の空母は16~18隻。 そして、マオンド側が確認した空母は、6月の時点で7、8隻。 これを合計すれば、敵は24隻ないし、26隻の高速空母を保有することになる。 それに加え、後方任務用の小型空母も別に20~30隻以上確認されている。 これに対し、シホールアンル海軍が保有する竜母は、現状で12隻。 今年の10月には、ホロウレイグ級の5番艦と、プルパグント級の1番艦、小型竜母の7、8番艦が前線に登場するため、 竜母部隊は16隻編成になる。 シホールアンル側は、真正面から戦ってもある程度勝算が見込める。 だが、マオンド側の竜母部隊は、僅か5隻のみ。 これでは強大な大西洋艦隊と真正面から戦えるはずもなく、マオンド機動部隊はシホールアンル側よりも慎重に行動せねばならないだろう。 これは、高速機動部隊同士で戦えば、の話である。 敵が小型空母も総動員して来ると、数の少ないマオンド機動部隊は数の暴力によって一飲みにされるだろうし、それよりマシな編成の シホールアンル側ですら、勝算の見込みは全くないだろう。 海軍だけでこの有様なのに、陸軍の場合はもっと酷いと聞いている。 「こんな有様じゃ、オールフェスがああなるのも、致し方無いのかな。」 リリスティはそう呟くと、再び歩き始めた。 最初は驚き、ふとすれば卒倒したい気分に駆られるが、リリスティにとって、このような数字合わせはもはや慣れた物であった。 その日も、帝都はずっと雨だった。しつこく覆い被さる灰色の雨雲は、いつまでも雨を降らし続けていた。 まるで、皇帝オールフェスの心境を代弁しているかのように。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1644.html
第289話 帝国領総戦線 1486年(1946年)2月3日 午後4時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル 帝都ウェルバンルの空は曇りに覆われていた。 未だに冬のままのウェルバンルは、前日に降り積もった雪があちこちに残っており、晴れない空模様は人口の減少したウェルバンルをより一層、殺風景な物にしていた。 「冴えない光景に冴えない戦況、そして、冴えないあたしの心境……いいところが無いわね」 シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、1月下旬より設置された陸海軍合同司令部のベランダから首都を一望しながらそう独語する。 彼女がいる陸海軍合同司令部は、陸軍総司令部と海軍総司令部の中間にある5階建ての古い施設を改修して設置されている。 これまで、陸軍総司令官と海軍総司令官が共に協議を行う場合は、いずれかの総司令部に出向いて話し合っていた。 ただ、会談を行う頻度はあまり多くなく、平時は年に3度ほど。戦況がひっ迫し始めた84年から85年でも5度しかなく、大体の作戦案は陸軍、または海軍内でのみ作成され、組織のトップが頻繁に顔を合わせて作戦のすり合わせ等を行う事は少なかった。 だが、戦況が極度に悪化した現在においては、前線の状況は目まぐるしく変化するため、陸海軍の連絡も密にする必要がある。 そこで、陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥はリリスティに陸海軍合同司令部設置を提案し、リリスティもこれに快諾した。 この陸海軍合同司令部には、陸軍、海軍双方の総司令部より連絡員のみならず、本総司令部の参謀達も多く配置されており、来たるべき連合軍地上部隊の大攻勢や、米海軍の活動に即応できる態勢が整えられていた。 また、陸海軍首脳部で協議を行う際は、この合同司令部で話し合う事も決められ、今日は合同司令部設置後、初の陸海軍首脳の協議が行われる予定であった。 本日の協議では、昨日までの戦況の確認と敵軍の最新情報の公開や、作戦のすり合わせ等が行われる。 だが、海軍側が用意した情報の内容は、非常に厳しい物ばかりである。 「提督。協議前なのに、そんな浮かぬ顔されるのはあまりよろしくない事かと」 背後から肩を落とすリリスティを気遣う部下が、心配そうな言葉を発するが、その口調はややおどけていた。 「この状況で晴れた顔つきで居ろというのかい?魔道参謀ー?」 リリスティは力のこもらぬ声で返しつつ、のっそりとした動きで後ろに振り返った。 総司令部魔道参謀を務めるヴィルリエ・フレギル少将は、地味にだらしない上司を見て苦笑してしまった。 「皇帝陛下がそのお姿を見たらなんと思われるでしょうか……恐らく、激怒して最前線に送られてしまうでしょうな」 「そん時ぁヤツも前線に道連れよ」 ひねくれ気味にそう発するリリスティを見かねたヴィルリエは、微笑みを浮かべて上司の両頬を両手でつまんだ。 「い、いた!何すんの!?」 「まーだ?まーだ目が覚めないの?んじゃこうして」 「ちょちょ、痛い!やめてったら!」 つまんだ皮膚を更に伸ばそうとするヴィルリエの手を、リリスティは強引に離した。 「こんのバカ!上官暴行罪で憲兵隊に突き出すわよ!」 「いやはや、これは失礼をば。それより……目は覚めたみたいね」 ヴィルリエはやれやれと言いたげな態度で、自らの目を指さしながら彼女に言う。 「まぁ……そうだ……ね」 リリスティは両頬をさすりながら、先程まで感じていた眠気が晴れた事に気付く。 彼女は多忙の為、一昨日からロクに睡眠が取れておらず、今や疲労困憊であった。 「眠気のせいでバカな事を口走ってたから、眠気覚ましのおまじないをかけてやったけど、効果はあったみたいね」 ヴィルリエはそう言ってから、気持ちよさげに笑い声をあげる。 「おまじないって……ただ頬をつねっただけじゃん」 リリスティはジト目を浮かべつつ、ぼそりと呟く。 彼女は軽く咳ばらいをしてから、改まった口調でヴィルリエに聞いた。 「さて。そろそろ来るんだね。ヴィル?」 「ええ。陸軍総司令部からエルグマド閣下がこちらに向かわれているとの知らせよ。リリィ、そろそろ会議室に戻らないと」 「言われなくてもそうするよ」 リリスティは凛とした顔つきでそう返し、ヴィルリエの肩を軽く叩きながら会議室に向かい始めた。 午後4時10分になると、合同司令部3階に設けられた会議室にエルグマド元帥とその一行が入室してきた。 席に座っていたリリスティは参謀達と共に立ち上がり、一行を出迎えた。 「お待ちしておりました、エルグマド閣下」 「すまぬの、諸君。ヒーレリ国境線と南部領戦線の対応で手を焼いておってな」 エルグマド元帥はにこやかに笑ってから、海軍側の向かい側に置かれた席まで歩み寄った。 彼はリリスティの真向かいまで歩いてから、軽くうなずく。 「それでは、早速始めるとしようか」 リリスティは無言で頷くと、陸海軍双方の参加者たちはひとまず、席に着いた。 「諸君らもご存知の事であろうが、前線の状況は……加速度的に悪化しておる。まずは、陸海軍双方の状況確認を行う事にする。手始めに陸軍から最新情報の公開等を行いたいが、よろしいかな?」 エルグマドの問いに、リリスティは無言で頷いた。 彼は左隣に座る参謀長に目配せし、参謀長は小さく頷いてから作戦参謀と共に席を立った。 「総司令官閣下の申されました通り、陸軍部隊は各地で苦戦を余儀なくされております」 陸軍総司令部参謀長を務めるスタヴ・エフェヴィク中将は、壁の前に掛けられていた指示棒を手に取り、壁に貼り付けられた地図を棒の先で指し始めた。 エフェヴィク中将は昨年8月まで第12飛空艇軍を率いていた歴戦の指揮官である。 元々は陸軍の歩兵畑の軍人であったが、30代中盤からワイバーン部隊の指揮を執り始め、着実に実績を重ねてきている。 昨年7月末のリーシウィルム沖航空戦では、アメリカ海軍の高速機動部隊に対して最後まで戦闘を完遂しなかった事を咎められ、8月初旬に第12飛空艇軍司令官を解任され、9月からは北方の第77予備軍の司令官という閑職に回されていた。 エルグマドが陸軍総司令官に任命されてからは、元々、エフェヴィク中将の経験と見識の広さに目を付けていた彼が直々に任地である北東海岸の基地に赴き、しばしの間帝国の現状と、エルグマド自らが抱く心境を打ち明けた後、 「国家危急存亡の折、陸軍総司令部の参謀連中を束ねられるのは……エフェヴィク。君を置いて他には居ない。是が非でも、首都の総司令部に赴き、その経験と、君の見識を生かして貰いたい」 と、真剣な眼差しを向けながらエフェヴィクに語り掛けた。 僻地に左遷され、内心腐っていたエフェヴィクは最初、やんわり断ろうとしていたが、陸軍総司令官であるエルグマドに直々に懇請されてはそれが出来る筈もなく、1月初旬には後任の司令官と交代し、陸軍総司令部の参謀長として首都ウェルバンルに赴任する事となった。 「特に包囲された南部領付近の攻勢は激しく、包囲下の部隊は後退を続けております。また、帝国本土領においても、敵は適宜攻勢をかけており、我が方は防戦一方です。既に……」 エフェヴィクは帝国のヒーレリ領北西部……いや、“旧帝国領ヒーレリ北西部”の辺りを指示棒の先で撫で回していく。 「ヒーレリ領は帝国領にあらず、帝国軍を撃退した連合軍は国境付近で進撃を止めつつも、戦力の補充と部隊の増援を計りながら、旧ヒーレリ北西部国境付近からの帝国領侵攻を伺っているおります」 エフェヴィクは更に、指示棒の先で旧ヒーレリ領北西部、西武付近、帝国本土中部、重囲下にある南部領を順番に叩いた。 「陸軍は主に、この4方面において連合軍と交戦していることになります。今のところ、帝国北部に分散していた予備の師団や、急編成の部隊を順次前線に投入し、または本土西部の部隊を幾つか移動させ、旧ヒーレリ領北西部や西武付近等の戦線に投入する事も計画しておりますが……如何せん、兵力が足りません」 彼は指示棒の先で、帝国本土領……南部を除く範囲を大きく撫で回した。 「紙面上の兵力だけでも170万しかおりません。そして、実際の兵力は……大甘に見積もってもその8割。7割あれば御の字と言った所です」 エフェヴィクは、棒の先で南部領を叩く。 「この南部領に囚われた150万。そう……失われつつある150万が、本土領にいれば、幾らかは兵力の融通も利きましたが、現状は非常に厳しく、本土領へ侵攻中、または、進行予定の敵軍兵力は、包囲網を攻撃中の部隊を除いても我が軍より多いと判断しております」 彼は手を休める事なく、指示棒の先を地図の右側……アリューシャン列島へと向けた。 「そして、敵軍はこのアリューシャ列島から、帝国本土東海岸にいつでも地上部隊を投入可能となっております。いわば……帝国軍は実に、5つの戦線を抱えていると言ってもおかしくないのです」 エフェヴィクはアリューシャ列島のウラナスカ島を棒の先で叩く。 「東海岸戦線においては、特にこの地に展開する敵機動部隊が重要な役割を担っております。昨日も敵空母より発艦した艦載機によって東海岸の海軍基地、物資集積所のある港が幾つか爆撃されており、この爆撃が集中的に続く場合、東海岸方面からの敵の上陸作戦が実行される事は確実であると、我々は判断しております」 エフェヴィクはその後も、淡々とした口調で話を続けた。 やがて、エフェヴィクにかわり、作戦参謀のトルスタ・ウェブリク大佐が対応策の説明を始めた。 ウェブリク大佐は、エルグマドが首都に赴任するまでは総司令部作戦副参謀だったが先の空襲で作戦参謀が戦死したため、繰り上げで作戦参謀を務める事になった。 「次に、これらの敵部隊に対する我が軍の迎撃ですが……参謀長も申しました通り、現状は敵との兵力差はもとより、装備や練度に対しても敵に大きく劣ります。このため、迎撃作戦の主体は首都防衛を重点とせざるを得ず、首都より遠方の地方に関しては、遅滞戦闘を主体とした作戦を行うのが現実的かと思われます」 ウェブリク大佐は一同に顔を向ける。 彼は平静さを装っていたが、その口調は重々しかった。 「ただし、その遅滞戦闘ですら、現状では困難と言えます。敵の航空戦力は日増しに増大するばかりか、その質においても、我が方のそれを遥かに上回っている有様です」 彼はそう言いながら、懐から折り畳まれた紙を一枚取り出し、それを広げて壁に貼り付けた。 「ご存知とは思いますが、これは敵が新たに前線へ投入した新型機です。この新型機の名称は……シューティングスター」 ウェブリク大佐は、簡単ながらも、紙に描かれた新型機に指示棒をあて、そして一同に顔を向ける。 「我が軍が撃墜困難……いや、不可能となっている超高速新型戦闘機であります」 シューティングスターという名を耳にした一同は、ほぼ例外なく表情を曇らせるか、または眉を顰めていた。 昨日、突如として前線に現れたシューティングスターは、ワイバーン隊やケルフェラク隊相手に一方的な戦闘を展開し、連合軍航空部隊の迎撃に従事していたシホールアンル側は、事前の予想を超える大損害を受けてしまった。 このため、シホールアンル軍は中部地区に展開していたワイバーン隊、飛空艇隊の航空作戦を全て中止。 帝国本土中部地区の制空権は、僅か1日ほどで連合軍に奪われてしまった。 前線部隊より入手した情報によると、シューティングスターはこれまでの常識では考えられぬほどの高速で飛行が可能であり、推測ながら、その最大速度は400レリンク(800キロ)を軽く超えるとされている。 帝国軍に、400レリンクを出せるワイバーンやケルフェラクは無い。 空中戦で大事なのは、1にも2にも、速度だ。 どれだけ驚異的な機動力を有していようが、戦う相手より遅ければ、常に不利な体勢で戦う事を余儀なくされる。 放たれる弾をかわせば、相手の攻撃は無に帰すが、追いつけなければ、相手の弾切れを待つのみとなってしまう。 実際、シューティングスターに襲われたワイバーン隊やケルフェラク隊の生き残りは、敵があまりにも早すぎる為、防御一辺倒の戦闘に終始し、背後に回って反撃しようとすれば、敵は高速で瞬時に離脱してしまい、光弾を放つ事すらかなわなかったという証言が非常に多かった。 「今のところ、シューティングスターの目撃例はこの一件のみとなっており、他戦線では確認できておりません。ですが……」 ウェブリク大佐は若干顔を俯かせつつ、言葉を続ける。 「これまでの経験からして、アメリカ軍はこの新兵器を大量配備しつつある事は明らかと言えるでしょう。マスタング、サンダーボルト、スーパーフォートレス。これらの兵器も、戦場に顔を見せ始めたと思いきや、半年足らずで大量に配備され、我が方を圧迫しております」 「要するに……帝国本土上空は、そのシューティングスターという超高速飛空艇で埋め尽くされるのも時間の問題、という事か。おぞましい物だ」 腕を組みながら聞いていたエルグマドが、不快気な口調で漏らした。 「シューティングスター……空の脅威も当然ではありますが、海からの脅威にも目を光らせなければいけません」 それまで黙って話を聞いていたリリスティが、重い口を開く。 「昨年の戦闘で、我が方は帝国本土東海岸と南海岸部の制海権を失っています。このため、敵は好き放題に活動しており、3日前にも東海岸に接近した敵の機動部隊が東海岸の軍事施設を攻撃しています。これと同じことは、南海岸にも起こりえる事で、復旧作業中のリーシウィルムや、まだ無傷の軍港が敵機動部隊に狙われる可能性があります」 リリスティは内心、決戦に惨敗した事を非常に悔しがっていたが、それを表には出さずに言葉を続けていく。 「今のところ、各軍港に分散配置した、残存の竜母や戦艦といった主力艦艇群はすべて、シュヴィウィルグ運河を通って北海岸に避退、または避退中ではありますが」 ここで、唐突にドアがノックされる音が室内に響いた。 「失礼します!」 「何事か!?」 入室してきた陸軍の連絡官を見て、ウェブリク大佐が問いかける。 「リーシウィルムの西部軍集団司令部より緊急信であります!」 連絡官は早口でまくし立てるように答える。 それと同時に、海軍の制服を着た連絡官が現れ、足早にヴィルリエのもとに歩み寄った。 「総司令官。シュヴィウィルグから……いや、シュヴィウィルグとリーシウィルム、それから……」 ヴィルリエから小声で報告を聞いたリリスティは、無意識に眉を顰めてしまった。 「本当、敵機動部隊は我が物顔で暴れているわね」 「どうやら、海軍側でも敵機動部隊襲来の報告を受けたようだな?」 聞き耳を立てていたエルグマドが苦笑しながら、リリスティに聞く。 「はい。陸軍と海軍の連絡官は、ほぼ同時に似た報告を受けたようです」 今しがた伝えられた報告によると、現在、帝国領南海岸の4つの拠点……リーシウィルム、シュヴィウィルグ、トリヲストル、カレノスクナの地点に敵機動部隊から発艦した艦載機が襲来し、攻撃中という物だった。 攻撃は現在も続いている為、被害状況の詳細は分からないが、シュヴィウィルグでは、運河を通って避退しつつあった竜母クリヴェライカと戦艦ケルグラストが敵艦載機に攻撃され、防戦中という情報も入っている。 「モルクンレル提督は海からの脅威にも目を光らせるべきと言われたが、まさにその通りであるな」 「この一連の攻撃が敵の上陸作戦の前触れであるかは判断できませんが、もし上陸作戦が開始されれば、陸軍の計画も修正を余儀なくされるかと思われます」 ウェブリクがそう言うと、エルグマドは無言のまま大きく頷いた。 陸軍は、旧ヒーレリ領境付近を除き、本土西部の沿岸部近くに12個師団を配備しており、その内陸部には6個師団。そして、編成を終えたばかりの新師団が4個師団配備されている。 陸軍の計画では、このうち、半数近くに当たる10個師団を順次本土中部、並びに首都防衛線に近い東部付近に増援として送る手筈となっており、既に第1陣である歩兵2個師団が鉄道を使って、大きく北から迂回する形で東部戦線に送られつつある。 第2陣である1個歩兵師団と2個石甲師団は3月始めに鉄道輸送される予定で、6月までに10個師団全てを各戦線の前線、またはやや後方に予備部隊として配置する予定だ。 だが、その計画も、連合軍が帝国西部付近に上陸作戦を開始すれば、自然と狂ってしまう。 これまでの経験からして、連合軍は一度に1個軍(6~8個師団相当)を上陸させて強引に戦線を形成し、帝国軍を単一の戦線に戦力を集中させずに複数の正面で戦闘を強要させる傾向にある。 旧ジャスオ領や旧レスタン領、旧ヒーレリ領の戦いはまさにその典型であり、帝国軍は唐突に2正面戦闘を強いられて敗走を続けた。 それと同じ事を実行する可能性は、極めて高いと言えた。 もし、連合軍が西部付近の着上陸作戦を実行すれば、10個師団の他戦線の移動は不可能となり、少なく見積もっても4個師団は残存して敵の上陸に備えなければならないだろう。 「敵が上陸作戦を伴っているか否かは、ワイバーン隊の洋上偵察を実施すれば明らかになります。それよりも、今後の防戦計画について話を続けていくべきかと思われますが……陸軍からは続きはありますでしょうか?」 ヴィルリエがそう言うと、エルグマドはそうであったな、と一言発してから、ウェブリク大佐に説明を続けさせた。 1486年(1946年)2月8日 午前7時 ロアルカ島 昨日深夜に護衛任務を終えて、ロアルカ島の軍港に入港した駆逐艦フロイクリは、古ぼけた桟橋の側に艦を係留させ、短い休息を満喫していた。 フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、艦橋に上がるなり、やや遠くに浮かぶ見慣れない船にしばし注目した。 「ほう……珍しい船がいるな」 彼は、航海士官とやり取りをかわしていた副長のロンド・ネルス少佐に声をかけた。 「おはようございます艦長。珍しい船とは、あの木造船の事ですな?」 「ああ。今時は珍しい赤と黒の大きい船体か。どこの国の船だ?」 「最初は自分らも分からんかったんですが、聞いた所によると……イズリィホン将国の船のようです」 「イズリィホンか………戦争ではやたらめったに強いという、あの噂の……」 フェヴェンナはそう言いながら、ふと、イズリィホン船に何らかの異常が起きている事に気が付いた。 綺麗に塗装されたと思しき船体は、あちこちが傷付いており、特に船体後部には何人もの船員が張り付いて修復作業にあたっている。 特に目を引くのが、3本あるマストのうち、真ん中のマストが中ほどから折れてしまい、その上部がそっくり無くなっている事だ。 前、後部のマストには白い帆が畳まれているが、よく見ると、その帆にも小さな穴が開いている事が確認される。 「やたらに傷付いているようだが……」 「ノア・エルカ列島の西方沖で嵐に巻き込まれたそうです。あのイズリィホン船は何とか耐え抜いたとの事ですが、船体の損傷は大きいようですな」 「しかし、メインのマストがあの様では全速力は出せんだろう。あの船の船長は、ここでメインマストの修理をするだろうな」 「魔法石機関の無いイズリィホン船では妥当な判断と言えますね」 2人がその調子で会話を交わしていると、気を利かせた従兵が香茶入りのカップを持ってきてくれた。 「艦長、副長。淹れたての香茶であります」 「おう。気が利くな」 フェヴェンナは従兵に礼の言葉を述べつつ、カップを取って茶を啜った。 「明日の出港は朝の4時だったな」 「はい。僚艦3隻と別の駆逐隊4隻合同で、12隻の輸送艦を本土に護送する予定です。」 「往路は珍しく、一隻の損失も無く辿り着けたが……帰りは何隻残るかな」 フェヴェンナは自嘲めいた口調で、ネルス副長に言うが、副長は無言のまま肩をすくめた。 午前7時 イズリィホン船サルシ号 サルシ号の船頭を務めるヲムホ・ダバウドは、自ら指揮する乗船の状況を眉を顰めながら見回していた。 「イズリィホン水軍随一の大型軍船も、大嵐の前では小舟も同然じゃのう……」 ダバウドはしわくちゃの小烏帽子(略帽のような物)に手を置きながらそう嘆いた。 サルシ号はイズリィホン将国水軍で最新鋭の大型軍船で、全長は30グレル(60メートル)、全幅22メートル(44メートル)で、 排水量は800ラッグ(1200トン)になる。 イズリィホンがこれまでに建造した軍船の中では最大の船だ。 サルシ号は従来の軍船と比べて格段に大型化したにもかかわらず、船の操作性はこれまでの船と比べて向上していると言われている。 この船を建造したのは、イズリィホン内でも有数の規模を誇るオルミ領の造船所で、長年イズリィホンの軍船を建造し続けてきた名門であった。 オルミ国の守護大名はこの船を見るなり、どんな海でも悠々と渡ることが出来ると太鼓判を押し、幕府の中枢もこの船に大きな期待を抱いた。 しかし、自然はこの優秀な軍船を容赦なく振り回し、しまいには無視できぬ損害を与えてしまった。 特に、真ん中の帆棒(マストを表す)を失った事は大きな痛手である。 「早く修復せんと、シホールアンルにいる特使殿を待たせてしまう……ひとまず、ここは……」 ダバウドは髭で覆われた顎を右手でさすりながら、仏頂面で考え事を続ける。 その背後に快活の良い声音がかけられた。 「やあやあ!良い天気だのう!」 声の主はそう言いながらダバウドの両肩を叩いてから、するりと彼の前に歩み出た。 「これは団長殿。相変わらず元気溌剌でございまするな……」 「当たり前だろう!見よ、この見事な晴れ。わしらの前途を示しているとは思わぬか?」 ダバウドが被る烏帽子とは違う、手入れの行き届いた張りのある烏帽子を被る男は、満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。 「一昨日は酷い目に遭われたのに。団長殿は相変わらず豪胆なお方ですなぁ」 「これでもオルミ国の守護を任されておる身じゃ。領内の民や国人衆を率いるからには、どんな場に遭うても行く筋は明るい!と、言わねばならぬからの」 オルミ国守護を務める男……ルォードリア・キサスはダバウドにそう言ってから、豪快に笑い声をあげた。 彼は若干28歳にして、キサス家の当主を務めている。 キサス家は数あるイズリィホン武家の中でも強い勢力を誇り、元々は由緒ある家柄から派生した中規模の勢力程度の武家であるのだが、先々代、先代のキサス家当主が手練手管を用いて中枢に取り入り、先代当主も従軍した乱鎮圧の功がきっかけでイズリィホン国内でも有力な大名として勢力を拡大。 ルォードリアが18歳でキサス家の家督を継ぎ、その4年後、倒幕運動鎮圧の功もあり、キサス家は名実ともに国内で10位内に入る程の領地を手に入れ、押しも押されぬ有力大名として国中に知られる事となった。 ただ、キサス家の躍進は、長年分家筋として見ていた本家、ルィナクト家の勢力圏を半ば毟り取る格好で行われていたため、ルィナクト家の者達からは目の敵にされているのが現状だ。 そんな彼の性格は豪放磊落で、新しい物好きという面も持ち合わせている。 また、自分の思うままに物事を進めようとする面もあり、自分勝手な守護様と、陰口をたたく者も少なくない。 その彼が、一国の守護を務めていながら、なぜサルシ号に乗っているのか? 出港前に突如乗船してきた彼に、ダバウドは問いかけたが、キサスは 「これは、わしの領地で作った船じゃ。幕府水軍の所属とは言う物の、造船所の船大工は長年、キサス家が育ててあげてきた。言うなれば、この軍船はわしの赤子のような物じゃと思う。その赤子を送り出した主が、この旅路に同道するのは至極当然!と、思うのじゃが……違うかの?」 真剣な口調で逆に聞き返していた。 答えに窮したダバウドに、キサスは更に述べる。 「それに、この旅路で何か新しい物が見れると思うのだ。ソルスクェノ殿に再会したい気持ちも強いが……一番の目的は、イズリィホンには無い新しい物を、この目で見る事じゃ。シホールアンルには、それがある」 それを聞いたダバウドは、なんと自由奔放なお方なのかと、心中で思った。 しかし、辺境といえるこのロアルカ島を見ても、イズリィホンには無い物が多く見受けられる。 特に、帆も貼らずに高速で進むシホールアンル海軍の高速艦艇には度肝を抜かされた。 小型に部類されているシホールアンル駆逐艦でさえ、イズリィホン“最大”の軍船であるダバウド号より大きいのだ。 造船技術だけを取ってみても、イズリィホンとシホールアンルの差は非常に大きいという事がよくわかる一例だ。 「あの戦船を見るだけでも、多くの事を感じることが出来るのう」 キサスは、眼前の駆逐艦に指を差しながらダバウトに言った。 「そう言えば、シホールアンルの代官殿がそろそろ来船される頃でございますな」 「ほう。もうそんな時間であるか」 ダバウドがそう言うと、キサスは昨日の夜半にダバウドを始めとする代表者数名を上陸させ、シホールアンル側に船の修理ができる ドックと資材があるのか調べさせた事を思い出した。 ダバウドらの報告によると、唐突の来訪にであるにも関わらず、シホールアンル側の対応は紳士的であり、彼らの話を聞いてくれた。 相手側の話では、修理用船渠はちょうど空きがあるのでなんとか手配できるとの回答を得られている。 資材に関してだが、はっきりとした回答は得られなかったものの、夜が明けてから担当士官を船に向かわせ、被害状況を確認したいと言われた。 「噂をすればその姿あり、という奴じゃの」 キサスは、おもむろに左舷側を見た後、ダバウドの肩を叩きながらそう言う。 桟橋から小型艇が離れ、徐々にサルシ号に近付きつつある。 「シホールアンル籍の帆船もちらほら見るが、ああいう小型艇にも帆が付いておらぬとは……不思議な物でございますな」 「うむ。見る物全てがわしらを驚かせてくれる。退屈せんわい」 キサスはどこか満足気な口調でダバウドに返した。 程無くして、小型艇がサルシ号に接舷し、シホールアンル海軍の担当士官が部下2名を引き連れて船内に入ってきた。 キサスとダバウドは第3甲板の乗降口で担当士官らを出迎えた。 「日々ご多忙の中、軍船サルシへの視察にお越し頂き、誠に感謝いたしまする。改めまして、それがしはサルシの船頭を務めまするヲホム・ダバウドと申します」 ダバウドは恐縮しつつ、恭しい仕草で頭を下げた。 「それがしは、ルォードリア・キサスと申しまする。特使殿の出迎えのため、遠くイズリィホンより馳せ参じました。見ての通り、貴国の船を比べるべくも無い船ではございますが、不幸にも嵐に見舞われたため、かような事態に立ち至りました。我らは異国の地にて任を終えた同胞を出迎える事が勤めでありますが、船は傷付き、先行きは怪しい……我が同胞のためにも、ここは友邦国のお歴々のお骨折りを頂きたく、伏して、お願いを申し上げる所存でございます」 キサスは通りの良い、張りのある声音で担当士官らに願いを申し述べた。 「私はシホールアンル海軍西方辺境隊に所属するヴォリオ・ブレウィンドル少佐と申します。辺境隊司令官よりあなた方の話はお聞きしております。遠い異国の地に赴任する同胞を想う思いは、私にもよく理解できます。私自身、兄がフリンデルド本土の公使館員として働いております。戦況悪化の折、あなた方の望んだ通りの支援が出来るかは正直……確約できぬところがあります」 ブレウィンドル少佐は一旦言葉を止め、痩せた面長の顔を右や左に振り向ける。 「しかしながら、出来る限りの事はやらせて頂きます。そのために、まずはこの船の被害状況をこの目で確認させて頂きます」 「おお。心強い限りじゃ……」 キサスは、ブレウィンドル少佐の内に秘めた誠実さを感じた後、無意識のうちに感嘆の言葉を漏らしていた。 「頼みますぞ!ダバウド、お歴々を案内つかまつれ」 「は。これよりはそれがしがご案内仕ります。まずはこちらへ……」 ダバウドは担当士官ら案内すべく、先頭に立って甲板へ上がり始めた。 キサスは彼らの後ろ型を流し見しつつ、そのまま視線をシホールアンル駆逐艦を向けた。 「しかし……何度見ても凄い船じゃが……この国ではあれ程の大船でさえ、小さいというのだ。大きい奴はどれほどのものになる事か……ここにいるだけでも、わしらの国の伝統や、常識が何であったのか……心の中で揺れ動いてしまうわ。誠に、バサラよのぅ」 彼はそうぼやいてから、高々と笑い声を上げた。 異変は、損傷個所の確認を行っている最中に起きた。 キサスの耳に、遠くからけたたましい警笛のような物が飛び込んできた。 「む……なんじゃこの音は?」 第58任務部隊第1任務群は、午前4時30分にはロアルカ島より南東250マイルの沖合に到達し、午前5時までには第1次攻撃隊130機が発艦し、ロアルカ島攻撃に向かった。 第1次攻撃隊がロアルカ島に迫ったのは、午前7時を過ぎてからであった。 第1次攻撃隊指揮官兼空母リプライザル攻撃隊指揮官を務めるヨシュア・パターソン中佐は、眼前に広がるノア・エルカ列島の中心拠点であるロアルカ島を見据えながら、指揮下の各母艦航空隊に向けて、マイク越しに指示を下し始めた。 「攻撃隊指揮官騎より、各隊へ。目標地点に到達、これより攻撃を開始する。リプライザル隊は港湾南側の停泊地、並びに地上施設。ランドルフ隊は島中央部の停泊地、並びに付近を航行中の艦船。ヴァリー・フォージ隊は港湾北側の停泊地を攻撃せよ!」 パターソン中佐の指示を受けた各隊は、それぞれの目標に向けて行動を開始する。 第1次攻撃隊の内訳は、リプライザルからF8F12機、AD-1A36機。 ランドルフからF8F12機、AD-1A24機。 ヴァリー・フォージからF6F16機、SB2C18機、TBF12機となっている。 出撃前のブリーフィングによると、ロアルカ島の港湾施設は島の中央部に集中しており、大きく3つに分けられると言われている。 また、捕虜から得た情報では、ロアルカ島付近には航空部隊が配備されておらず、対空火器も比較的少ない事が判明している。 このため、同島に向かわせる攻撃隊は護衛機の比率を下げ、攻撃機を多く加える事で、ロアルカ島の敵艦船、並びに、敵施設への攻撃を重点的に行う事となった。 空母ごとに別れた3つの梯団が別々の動きを見せ始め、更に高度を上げる機体があれば、逆に高度を下げて行く機体もある。 リプライザル隊は真っ先に戦場に到達したため、敵の対空砲火は自然とリプライザル隊に集中する事となった。 敵の迎撃が全くないため、護衛のF8Fが敵の対空砲火を制圧するため、まっしぐらに敵へ突っ込んで行く。 ロアルカ島の大きな入り江には、慌てて出港したと思しき艦艇が多数見受けられ、そのうちの半分から対空砲火が撃ち上げられた。 F8Fは、高射砲弾の炸裂をものともせず、光弾に絡め取られる事もないまま、敵陣に接近して両翼の20ミリ弾を叩き込んだ。 F8Fに狙われたのは、地上の軍事施設の周囲に配置された対空陣地であった。 長方形型の兵舎と思われる5つの施設の周囲には、8個程の対空陣地が置かれており、それらが対空射撃を行うのだが、猛速で飛行するF8Fの動きに付いていけず、光弾はF8Fの残像を貫くばかりであった。 20ミリ機銃の集中射を受けたある対空陣地が瞬時に沈黙し、それを見たシホールアンル兵は驚愕の表情を見せたあと、半狂乱になりながら防空壕に飛び込んでいく。 別の対空陣地は果敢に反撃しようと、銃座の指揮官が声を張り上げて指示を飛ばすが、魔道銃を構えた兵士は、F8Fの機首が自分たちに向けられるや、すぐに魔道銃を放棄してしまった。 指揮官は激怒し、長剣を抜きながら兵士を追いかけようとするが、そこに20ミリ弾がしこたま撃ち込まれ、指揮官は銃座ごと体を粉砕された。 ロアルカ島守備隊の駐屯地上空には、F8Fの機首から発せられる大馬力エンジンが盛んに唸り声を響かせており、それは平和を維持する地に現れた破壊者そのものの雄叫びと言っても過言ではなかった。 サルシ号の船上から見たそれは、イズリィホン人である彼らから見たら、まるで夢現の中の出来事のように思えていた。 だが……それは夢現の中の出来事ではなかった。 「敵機動部隊だ!」 キサスは、上甲板に上がった瞬間、ブレウィンドル少佐の発した金切り声を耳にしていた。 「敵機動部隊ですと?となると……あれが、シホールアンルが戦っている敵であると。そう申されるのですな?」 「その通りです!しかし、こんな辺境の島にまで奴らが襲撃してくるとは……!」 キサスは、それまで澄ました表情を見せていたブレウィンドル少佐が、明らかに狼狽している事に気付いた。 「これは、視察どころではない!一刻も早く陸地に戻らねば」 ブレウィンドル少佐は目を血走らせながら、慌てて小艇に移乗しようとするが、そこにキサスが待ったをかけた。 「お待ち下され!今陸地に戻るのは危ういのではありませぬか?」 彼は片手を周囲に巡らせた。 キサス号の付近に停泊していた駆逐艦や哨戒艇が大慌てで出港し、広い湾内に展開しようとしている。 今この状況で陸地に戻ろうとしたら、小艇はこれらの艦と衝突する可能性があった。 「た、確かに……」 「今は事が収まるまで、この船に留まられるのが宜しいかと思われますが」 キサスの提案を受けたブレウィンドル少佐は、半ば困惑しながらも、顔を頷かせた。 (この者、生の戦を経験しておらぬな?) 同時に、キサスはブレウィンドル少佐が、前線を経験していない事にも気付き始めた。 「しかし、なぜこの僻地にまで、敵の機動部隊が……」 「ブレウィンドル殿。それがしは疑問に思うたのですが、この地には精強無比と強いと謡われておられる筈のワイバーンが見えぬのですの。ワイバーンはあれらを迎え撃たぬので?」 「ワイバーン隊は……おりません」 ブレウィンドルは、半ば絶望めいた口調でキサスに答える。 「敵が来ない僻地にワイバーン隊を置いて、ただ遊ばせる訳にはいかんと上層部が判断したのです」 「ううむ……となると、これはしてやられたという事になりますのぅ」 キサスは同情の言葉を述べるが、ブレウィンドルはそれに返答せず、無言のまま拳を握り締めていた。 この間にも、アメリカ軍機の空襲は続いていく。 陸の地上施設に第一弾を投下した米艦載機は、港湾施設や在泊艦船にも襲い掛かる。 キサスは、遠方ながらも、初めて目の当たりにする米軍機の攻撃を食い入るように見つめ続けた。 幾つもの小さな影は、ワイバーンと違って左右の翼を振らないのだが、それでいてワイバーンよりも動きが良いように思える。 特に直進時の速さはこれまでに見たワイバーンや、国の妖族、怪異共のそれと比べ物にならないぐらい早い。 それでいて、小さな影からは聞いた事もない轟音が響き渡り、音だけで敵を殺傷しようとしているのかと思わんばかりだ。 「なんとも耳障りの音じゃ。しかし、よくよく聞いて見ると、これはこれで力強いようにも思えてしまう……」 キサスは、上空に木霊するライトR-3350エンジンや、P W製R2800エンジンの音に対し、素直な感想を述べた。 アメリカ軍艦載機は、高空から降下して目標を攻撃する機や、超低空から目標に忍び寄ろうとする機、そして、高速で先行して目標に牽制攻撃を仕掛ける等、役割に応じて目標を襲撃している事が、おぼろげながらもわかり始めた。 これらの攻撃は凄まじく、停泊中の大船はもとより、抜錨して湾内で動き回っていた船ですら、アメリカ軍機の攻撃の前に次々と討ち取られつつある。 しかし、対する友邦国の軍も決してめげることなく、地上からは絶えず導術兵器の反撃(イズリィホンではそう呼んでいる)を行い、湾内の艦艇は、国旗と戦闘旗を雄々しくはためかせながら光弾を吐き続けている。 絶対的な劣勢下にありながらも、猛々しく戦う姿は、世界一の強国シホールアンルの意地を表しているかのようだ。 「アメリカ軍とやらの攻撃も恐ろしい物じゃが、それに立ち向かう貴国軍の戦船も負けず劣らず、天晴れなものですな」 「ええ。確かに果敢です。ですが……!」 ブレウィンドルは唐突に言葉を失ってしまった。 今しも、懸命の対空戦闘を続けていた一隻の駆逐艦が、スカイレイダーから放たれた爆弾を全弾回避し、生還の望みを掴んだ筈であったが、低空から接近してきた別のスカイレイダーの雷撃を受けてしまった。 2機のスカイレイダーは、両翼から2本ずつの魚雷を投下し、計4本の魚雷が駆逐艦の艦体に迫った。 駆逐艦は急転舵で回避を試みたが、全て避ける事は叶わなかった。 駆逐艦の左舷側中央部に1本の巨大な水柱が立ち上がると、駆逐艦は急速に速度を落とし始めた。 「今のはなんじゃ!?あの喧しい飛び物が、海の中に細長い棒状の物体を捨てたはずじゃったが……」 「今のは魚雷という兵器によって行われた対艦攻撃です。私も実際に見るのは初めてではありますが、敵は艦船を撃沈する際に、飛空艇の腹や、翼の下に魚雷を抱かせ、至近距離まで接近して目標に魚雷を当てに行くのです。その際、魚雷は海中に潜り込み、目標は海の中にある下腹を、あの棒状の物体によって串刺しされてしまい、そして……中に仕込んだ火薬を爆発させて大打撃を与えていくと、私はそう聞き及んでおります」 「なんと……となると、魚雷という名の得物は恐ろしい威力を持っておるのですな」 キサスは驚愕の表情を浮かべながら、傾斜を深めていく駆逐艦を見つめ続けた。 (あの戦船の中にもまた、シホールアンルの水士達が大勢乗っておる。船の傾きが異様に早いとなると……) 乗員の多くが死ぬ。それも、短時間の内で……100名単位で…… 「次元が……わしらの知る戦とは、何もかもが違い過ぎる。人が討ち取られていく数と、それに立ち至る時の流れまでもが」 「キサス殿の船は、不用意に動かず、このままじっとしておかれた方がよろしいでしょう」 「無論、そのつもりでございまする。ましてや、イズリィホンはこの戦に関しておりますぬからな。戦ともなれば、大旗を掲げて」 その瞬間、キサスは体の動きを止めた。 (旗……わしらの旗は……!) 彼はハッとなり、心中で呟きながらマストに顔を振り向けた。 サルシ号は嵐に見舞われ、メインマストを損傷してしまっている。その際、イズリィホンの国章が描かれた旗も無くしてしまった。 その後、サルシ号はシホールアンル側の警戒艦に不審船として止められた後、臨検させてイズリィホン船籍の船である事を説明した後に、ロアルカ島への停泊を許されている。 つまり、サルシ号は、一目にイズリィホン船籍の船と識別できない状態にあるのだ。 それは即ち…… 「あ……殿ぉ!空から何かが向かって来ますぞ!」 サルシ号が米艦載機に、シホールアンル船籍……つまり、敵艦船として認識される事を意味していた。 空母ヴァリー・フォージから発艦したSB2Cヘルダイバー艦爆16機は、TBFアベンジャー艦攻12機と共に、目標と定めた 港湾地区上空に達していた。 「眼下には桟橋から出港したての大型の輸送艦2隻に……あれは木造の輸送船か。それが1隻。あとは出港して湾内に展開しつつある小型艦3隻。 ちょこまかと動き回る駆逐艦は無視して、輸送艦を狙うか」 ヴァリー・フォージ艦爆隊指揮官であるデニス・ホートン少佐は、自隊の主目標を輸送船3隻に絞る事に決めた。 「デニス!聞こえるか!?そっちは何を狙うんだ?」 唐突に、レシーバー越しに艦攻隊指揮官の声が響く。 「ジェイソンか。こっちは輸送艦を叩く予定だ。そちらの目標はどれだ?」 「こっちは駆逐艦を狙う。何機かはまだ雷撃に不慣れだから、輸送艦を狙わせたいと思っているが」 「ふむ。いいだろう。相手からの反撃は少ない。のんびりと行かせてもらうよ」 「位置的にそっちの方が先だな。いい戦果を期待しているぞ。グッドラック!」 ホートン少佐は同僚の声に苦笑しながら、レシーバーを切った。 (不慣れなクルーがいるのはこっちも同じだな。16機中、8機のクルーは初陣だ。緊張で上手くやれんかもしれんだろうが…… 訓練通りにやってくれることを祈るばかりかな) 彼は部下の練度に不安を感じながらも、各機に指示を下し始めた。 第1、第2小隊は輸送艦1、2番艦。第3、第4小隊は木造の輸送艦を目標に定め、各々攻撃を開始した。 サルシ号の上空に、これまた聞いた事のない轟音が鳴り始めた。 「な、なんだこの金切り音は!?」 「あ奴はもののけか!?」 部下の護衛兵が耳を押さえたり、上空に指を向けながら、迫り来るある物を凝視する。 キサスは釣られるように空を見上げた。 サルシ号の右舷上方から、何かが急角度で降下を始めていた。 その姿は最初小さかったが、みるみるうちに大きくなっていく。 「と、殿!あ奴はこっちに落ちてきますぞ!」 「いや!落ちておるのではない!あれが、あの者達のやり方なのじゃ!」 キサスは、先程目撃したシホールアンル艦に対するスカイレイダーの急降下爆撃を思い出し、サルシ号も同じ方法で攻撃を受けているのだと心中でそう確信していた。 「ヘルダイバーだ!もう助からないぞ!!」 唐突に、傍らのブレウィンドルが叫び声をあげた。 「ヘルダイバー?それがあ奴の名でございまするか!?」 キサスはブレウィンドルに聞き、彼も答えたが、この時には、ヘルダイバーから発する甲高い轟音が地上に鳴り響いていたため、その声を 聞き取ることが出来なかった。 (なんという音じゃ!これでは、何も聴き取れぬ!!) 彼は無意識のうちに両手で耳を塞いでしまった。 だが、ヘルダイバーの発する轟音は、耳を掌で覆っても消える事はなく、むしろ大きくなる始末であった。 キサスは、徐々に機体を大きくするヘルダイバーを睨み付ける。 栄えあるイズィリホン武士団の一棟梁としての矜持が、この未知なる物体から逃れようとする自分をこの場に押し留めていた。 その矜持がいつまで保たれるかを試すかのように、米艦爆はサルシ号に向けて急速に接近していく。 サルシ号には3機の艦爆が向かっており、先頭はサルシ号まで高度2000メートルを切っていた。 キサスは緊張しながらも、ヘルダイバーと呼ばれるもののけの特徴を頭の中にじっくりと刻みつつあった。 (これまでに、妖族や天狗族、鬼族と言った異形とも呼ばれる者どもをわしは目の当たりにしてきたが……これこそ、正真正銘の異形と言うべきかもしれぬ) 彼は、翼の根元を膨らませながら、急降下して来るヘルダイバーに対してそのような印象を抱いた。 その時、ヘルダイバーの目前に複数の花のような物がが咲いた。 駆逐艦フロイクリは緊急出港を行った後、敵の空襲を受けたが、必死の対空戦闘を甲斐あって損傷は軽微で済んだ。 艦上で対空戦闘の指揮を執っていたフェヴェンナ艦長は、見張り員の報告を聞くなり、ぎょっとなった表情でキサス号の上空に顔を振り向けた。 「まずいぞ!アメリカ人共はイズィリホン船を爆撃しようとしている!」 フロイクリは今しがた、急回頭で敵の航空雷撃を回避したところだ。 彼は、輸送艦を爆撃して避退しようとする敵機を目標に定めようとしていたが、急遽目標を変更する事にした。 「目標、イズィリホン船上空の敵機!急ぎ撃て!」 フロイクリの4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲が右舷側に指向され、6門の主砲が急降下しつつある米艦爆に照準を合わせる。 命令から10秒経過したところで、仰角を上げた連装砲塔が火を噴いた。 高射砲弾はヘルダイバーのやや前方で炸裂し、6つの黒い花がイズィリホン船の上空に咲いた。 ヘルダイバーには砲弾の鋭い破片が突き刺さったはずだが、臆した様子を見せることばく、強引に黒煙を突っ切った。 「魔道銃発射!」 砲術長が号令し、直後にフロイクリの対空魔道銃が射撃を開始する。 右舷に指向できる8丁の魔道銃から放たれた光弾が、ヘルダイバーへの横槍となって注がれていくが、なかなか命中しない。 だが、それがきっかけとなったのか、ヘルダイバーは高度1000メートルを切らぬうちに胴体から爆弾を投下した。 「敵機爆弾投下!」 (くそ!落とせなかったか!) フェヴェンナは敵を落とせなかった事を悔やんだが、すぐに別の指示を下した。 「2番機を狙え!まだ爆弾を持っているぞ!」 フロイクリの照準は、その後ろを降下する2番機に向けられる。 6門の砲と8丁の魔道銃が矢継ぎ早に射弾を繰り出す。 他の僚艦は対空戦闘を続けるか、被弾して大破状態にあるため、フロイクリ1隻のみの対空砲火では思うような弾幕がはれない。 それでも、フロイクリの対空射撃は一定の効果があった。 長い間戦場を渡り歩いた歴戦艦だけあって、乗員の腕は確かであり、射撃の精度は良好であった。 それに加えて、ヘルダイバーは乗員が未熟な事もあって、1番機と同様、高度1000を切った直後に爆弾投下という、及び腰の攻撃を行わせるという効果もあった。 「1番機の爆弾が着弾!イズィリホン船の左舷側海面に外れました!」 「3番機、本艦右舷上空より接近!突っ込んできます!」 上空より響き渡るダイブブレーキの轟音に負けじとばかりに、大音声で報告が艦橋に飛び込んできた。 「こっちが狙われたか!」 フェヴェンナは表情を険しくするが、ヘルダイバーの矛先を引き付ける事も出来た。 彼はある種の達成感を感じながら、操艦に集中し続けた。 サルシ号に向かっていた米艦爆の腹から何かが放たれた。 「伏せて!爆弾です!!」 ブレウィンドル少佐が叫び、両手で頭を押さえながら甲板に突っ伏した。 直後に、キサスらもそれに倣って体を伏せた。 頭の上でまた変わった轟音が響き渡り、音だけでサルシ号を潰そうとしているように思えた。 直後、強烈な爆裂音と共に左舷側から猛烈な振動が伝わった。 「ぬ、ぬおぉ!」 キサスは船体に伝わる衝撃に体を転がされ、仰向けの形で体が止まった。 その眼前には、甲高い叫び声を上げながら真一文字に突っ込みつつある米軍機がいた。 先と同様、翼の根本を膨らませながら迫りつつある。 その周囲に黒い花が咲き、更には色鮮やかなつぶてが横合いから吹き荒んでいる。 (あ奴はシホールアンルの戦船から攻撃を受けておるな!) キサスは、先程までシホールアンル艦の対空戦闘を見学していたため、この機がどこかにいるシホールアンル艦から対空射撃を受けているのがわかった。 しかし、友邦国海軍の戦船はサルシ号を狙う機を落とすことが出来ぬまま、新たな攻撃を許してしまった。 胴体からまた黒い何かが吐き出された。 そして、両翼から閃光のような物が断続的に見えたと思いきや、礫のような物がサルシ号に降り注ぎ、船体の各所で雨垂れのような異音が鳴り響いた。 米艦爆は機銃を放った後、エンジン音をがなり立てながら、サルシ号の上空50メートルを飛行していった。 黒い物は丸い円となってサルシ号に落下しつつある。 それを見たキサスは、即座に死を覚悟した。 (わしは逝くのか……志半ばにして……) ならば、その瞬間が来るまで決して目は閉じぬ。 大の字になりながら、迫り来る黒い物体がサルシ号に着弾するまで、キサスは目をつぶらないことにした。 イズィリホン武士の誇りが、彼にそうさせた。 しかし…… 黒い物体は、丸い真円から若干細長い棒のように見えた。 その直後、物体はサルシ号の右舷側海面に落下していった。 右舷側から轟音と共に強い振動が伝わり、仰向けとなっていたキサスは、左舷側に転がされてしまった。 背中を左舷側の壁に打ち付けたキサスは、低いうめき声をあげたが、激痛を振り払うように勢いをつけて起き上がった。 「ええい!やりたい放題やりおって!!」 キサスは忌々し気に騒いだ。 更に3機目の爆音が鳴り響いたが、3機目は狙いを変えたのだろう、シホールアンル駆逐艦に向けて突入していった。 「もしや……あの船がわしらを手助けしてくれたのか。ありがたや……」 彼は、対空戦闘を繰り広げながら、回避運動を行う駆逐艦に向けて感謝の言葉を贈った。 「さりながら……状況は未だに良いとは言えぬ。アメリカとやらの軍勢はまたもや、こちらに手を掛けてくるであろう。それを防ぐためには……」 キサスはそう独語しながら、折れたメインマストに目を向ける。 サルシ号には、所属を示す記しが無い。 戦場と化したこの場で、それが致命的であるという事は、今しがた証明されたところだ。 国から掲げてきた記しは、今や海の底である。 (記しはもはや無き物になった。さりながら……あの姿までは、無き物となったわけではない……!) 彼はあることを思いつき、供廻りの衆に指示を下そうとした。 だが…… 「おのれぇ!やりおったな!!」 「不埒な輩めら!成敗してくれるわ!!」 キサスが振り向くと、そこには、本格的に武装した部下達が口角泡を飛ばしながら迎撃の準備を整えていた。 船内に一時避難しながらも、爆撃を受けて怒りが爆発し、予め用意されていた弓矢を引っ提げて甲板に上がって来たのだろう。 (いかん!) キサスは素早く動き、部下たちの前に躍り出た。 「ならん!ならんぞ!!」 「な…殿!?」 「如何なされた!?」 部下達は困惑の表情を浮かべる。 「イズリィホンは、アメリカという国とは戦をしておらん!」 「戦をしておらぬですと!?殿!あ奴らは我らに炸裂弾を投げつけ、一網打尽にしようとしたではありませんか!」 「返り討ちにしてやりましょうぞ!」 「如何にも!不遜な輩は討つべし!」 部下達は興奮のあまり、弓矢を掲げながら周囲を飛行する米軍機に反撃しようとしている。 だが、キサスは供廻り衆の感情に流されてはいなかった。 「この大たわけめが!今しがたの攻撃を見てもわからぬのか!?あんな速さで飛ぶあ奴らに、弓矢で射ても当たりはせぬわ!それ以前に、わしらが攻撃されたのは、ただの事故じゃ!」 彼は大声で叱責しつつ、メインマストを指差した。 「記しが備わっておれば、あのような攻撃は受けなかったかもしれぬ!」 「あの記しはもはやありません!そのため、敵の攻撃を受けておるのですぞ!」 「だから敵ではないのだ!わしらは、それを示さなければならん!」 「示すですと?旗はとうの昔に失われてしまいましたぞ!」 「うむ。確かに失われておるの。じゃが……」 キサスはニタリと笑みを浮かべると、左手で自らの頭を叩いた。 「ここの中にある記しまでは、失っておらん。そち達もあの模様を覚えておるであろう?」 「た、確かに……」 「殿。もしや、殿は記しを作ると言われるのですか?」 「そうじゃ。作る!材料は船倉の中にあるだろう?とびきり質の良い奴がの」 彼がそう言うと、供廻り衆は仰天してしまった。 「殿!あれは幕府が用意したシホールアンルへの献上品でございますぞ!どれもこれも、イズィリホンでは最高級の品ばかり」 「さりながら、あれはここで使うしかあるまい。白い布に色とりどりの染料。記し作りには持って来いじゃ」 「な、なんと……」 部下達は絶句してしまった。 キサスらは、出港前に幕府よりシホールアンルへの献上品として幾つかの貢ぎ物を渡されていた。 なかでも白い布は、特殊な工程を経て作られた最高級の一品であり、シホールアンル側は数ある献上品の中でも、特にこの高級布を好んでいた。 シホールアンル首都ウェルバンルにある帝国宮殿内で飾られている絵画の中では、3割ほどがこのイズィリホン製の白布を使用して制作されており、市井においても高い値が付くほどだ。 イズィリホンの下級武士層ではまず手が届かず、有力大名でさえもおいそれと手出しできぬと言われるほど、白布の質は高かった。 キサスは、その献上品を使って記し……国旗を作ろうと言い出したのだ。 部下達が絶句するのも無理からぬことであった。 「なりませぬとは言わせん。さもなければ、ここで粉微塵に打ち砕かれるだけぞ!」 キサスは有無を言わせぬ口調で部下達に言う。 対空砲火の喧騒と、上空を乱舞する米軍機の爆音が常に鳴り響いているため、口から出る声も常に大きい。 心なしか、喉が痛んできたが、キサスはここが耐えどころと確信し、あえて痛みを無視した。 「心配無用!幕府のお歴々が咎めれば、嵐に遭うた時に波にさらわれたと言えば良いわ。さあ!急いでここに持って参れ!早急にじゃ!」 「ぎょ、御意!」 複数の部下が慌てて下に駆け下りていった。 その間、キサスは右舷方向に目を向ける。 シホールアンル駆逐艦は今しがた、米艦爆の急降下爆撃を間一髪のところで回避していた。 そのやや遠方を、複数の小さな点が、ゆっくりと海上に降下していくところに彼は気付く。 横一列に3つならんだ黒い点は、海面からやや離れた上空にまで降下した後、這い寄るかのように進みつつある。 その先には…… (一難去ってまた一難、であるか……!) 「殿!献上品をお持ち致しました!」 「染料は!?」 「こちらに!」 部下達が黒い艶のある箱を持って甲板に上がってきた。 キサスは、部下が持っていた細長い箱をひったくると、中にあった白い布を取り出し、それを甲板に広げた。 ヴァリー・フォージより発艦した12機のTBFアベンジャーのうち、3機は未だに手付かずで残されていた木造の輸送船を的に定め、高度を下げながら的の右舷側より接近しつつあった。 「高度40メートルまで下げろ!前方の駆逐艦は無視だ。今の状態じゃ当てられん!」 アベンジャー隊第3小隊長のギりー・エメリッヒ中尉は2番機、3番機に指示を送りながら、目標を見据える。 現在、目標までの距離は約6000メートルほど。 輸送船の右舷側2000メートルに展開する駆逐艦は今しがた、ヘルダイバーの爆撃を回避し、対空戦闘を続けながら高速で直進に移っている。 本音を言うと、エメリッヒ中尉はあの駆逐艦を攻撃したかったが、彼が率いる小隊は、2番機、3番機のクルーが初陣であるため、高速で動き回る駆逐艦に魚雷を当てるのは難しいだろうと考えた。 そこで、彼は当てるのが難しい駆逐艦よりも、停泊している輸送船を雷撃して、確実に戦果を挙げる事にした。 攻撃が命中すれば、初陣のクルーも自信を付けるであろう。 「敵の木造輸送艦まであと5000!各機、雷撃準備!」 エメリッヒ中尉は無線で指示を下しつつ、胴体の爆弾倉をあける。 胴体下面の外板が左右に別れ、その内部に格納されている航空魚雷が姿を現す。 母艦航空隊の必需品の一つであるMk13魚雷だ。 「駆逐艦が対空砲火を撃ち上げているが、気にするな!1隻のみの射撃では、アベンジャーは容易く落ちん!」 エメリッヒ中尉は無線機越しに2番機、3番機のクルーらを勇気づける。 「2番機が若干フラフラしています!」 エメリッヒ機の無線手が報告してきた。 現在は高度40メートルだが、新米パイロットにとってはきつい高度だ。 緊張で操縦桿を握る手に力が入り過ぎているのだろう。 「2番機!力み過ぎるな!機体がフラフラしていたら、当たるものも当たらん!落ち着いて操縦しろ!」 「了解!」 彼は喝を入れながら、目標を見据え続ける。 駆逐艦は高射砲弾を連射し、編隊の周囲で断続的に砲弾が炸裂する。 時折、近くで黒煙が沸いて破片が当たる音がするものの、グラマンワークス(実際はGM社製だが)の作った機体は打撃に耐え続けた。 編隊のスピードは、魚雷投下を考慮しているため、200マイル(320キロ)程しか出していないが、それでも目標との距離は急速に縮まり、駆逐艦の上空を通り過ぎた後は、木造船まであと一息という所まで迫った。 「目標に接近!距離500で魚雷を投下する!」 エメリッヒは各機にそう伝えつつ、雷撃針路を維持する。 エメリッヒ機を先頭に右斜め単横陣の形で接近するアベンジャー3機は、敵船の右舷側に接近しつつある。 距離は尚も詰まり、今は1700メートルを切った。 (あの小型の木造船相手に、航空魚雷3本は過剰過ぎるだろうが……あの船の積み荷は敵の戦略物資だ。悪いが、俺達は仕事を果たさせて貰う) 彼は幾ばくかの同情の念を抱いたが、それに構わず沈める事にした。 それと同時に、認識票にも載っていない初見山の木造船に対して、遂にシホールアンルも使い古しの船を使わねばならなくなったのか、とも思った。 (俺達を恨むなよ。戦争を引き起こした上層部を恨んでくれ) エメリッヒは心中でそう呟きつつ、魚雷投下レバーを握った。 距離は1000を切り、間もなく魚雷を投下する。 だが、ここで彼は、思わぬ光景を目の当たりにした。 距離が1000を切る頃には、うっすらとだが、甲板上の様子が見てわかる事がある。 パイロットは基本的に、視力が良くないとなれないが、エメリッヒは入隊前にアラスカで漁師として働いていた事もあり、視力は2.0はある。 その2つの目には、甲板上で盛んに旗を振り回す一団が映っていた。 (旗?) 彼は怪訝な表情を浮かべつつ、なぜ彼らが旗を振っているのかが気になった。 この時、距離は900メートル。 急に、彼の心中で疑問が沸き起こった。 目標は軍用船なのか? いや、……あの船はシホールアンル船なのか? それ以前に、あの船は攻撃してはいけないものではないか? 900メートルが過ぎ、700メートル台に接近した。 エメリッヒの双眸には、相変わらず旗を振り回す一団が見えていたが、距離が詰まることによって、得られる情報も多くなった。 独特な民族衣装を着た一団は、多くが手を振り回していたが、一部はしきりに、振り回す旗を見ろと言わんばかりに指を向けていた。 旗の模様はシホールアンル国籍の物ではなく、全く違う模様が見えていた。 (敵じゃないぞ!!) この瞬間、エメリッヒは全身後が凍り付いたような感覚に見舞われた。 体の反応は、自分が思っていた以上に素早かった。 「各機へ!攻撃中止!攻撃中止だ!!あれはシホールアンル船ではない!!」 エメリッヒは無線機越しに叫ぶように命じた。 その直後に、胴体の爆弾層を閉じ、機体を左右にバンクさせた。 アベンジャー3機は魚雷を投下せぬまま、高度40メートルで国籍不明船の上空を通過していった。 青と赤が横半分に分けられ、中央に赤紫色の丸が手描きで描かれたシンプルな記し……イズィリホン将国の国旗を、部下と2名と共に力強くはためかせていたキサスは、爆音を上げながらフライパスした米軍機を見送ったあと、急に体の力が抜けたように感じた。 彼は思わず、その場で屈んでしまった。 「お……おぉ。分かってくれたようじゃ……のぅ」 「殿!如何されました!?」 「殿!」 供廻り衆がキサスの周りに集まり、彼を気遣う。 「いや、大丈夫じゃ。ただ幾ばくか疲れただけじゃ」 キサスはそう言って、微笑みを浮かべる。 それからしばらくして、空襲警報が鳴りやんだ。 5分後、一旦落ち着きを取り戻したキサス号では、乗員が被害個所の確認を行う傍ら、破損したメインマストに急ごしらえの国旗を掲げていた。 「これがイズィリホンの国旗ですか」 ブレウィンドルは、文献以外でしか見た事が無かったイズィリホンの国旗をまじまじと見つめた。 「これこそ。我らが誇るイズィリホンの記しでございまする。さりながら……それがしには少々足りぬものがあると思いましてな」 「足りぬですと?何かの紋章を書き忘れたのでしょうか?」 「いや、荒々しいではありますが、記しはこの通りの様相で差し支えありませぬ」 「元の通りに描けた、という事ですな。なのに、なぜ足りぬと?」 「それはですの……まぁ、それがしの言葉のあやという物でござります」 キサスはそう言ってから、高笑いを上げる。 ふと、ブレウィンドルは、このキサスという男が野心家ではないかと思ってしまった。 (この方は、何か大きな事をやりそうな予感がするな。こう、歴史的な事を) ブレウィンドルは心中でそう呟いた。 のんびりと物思いに耽る時間は、そう長くはなかった。 先の空襲から20分足らずで、再び空襲警報が鳴ったからである。 「ま、また空襲警報だ!」 「殿!」 シホールアンルの担当官と、供廻り衆から再び悲鳴のような声が上がった。 それを聞いたキサスは、どういう訳か苦笑いを浮かべた。 「偉大なる帝国は、土地という土地、島という島、隅々まで総戦場になりけり、という事かの」 午前8時 ルィキント列島南南西220マイル地点 人間の生活習慣という物は、ある程度の期間が過ぎると常態化していくものである。 それは、社会においても同じであり、朝の仕事準備、業務、休憩、業務、帰宅と言った流れでほぼ進んでいく。 軍隊においても、それは同じだ。 早朝の偵察機発艦からの周辺海域索敵は、最大のライバルでもあったシホールアンル機動部隊が壊滅した今でも続行されている。 それは、アメリカ機動部隊のルーチンワークの一つでもあった。 そんな何気ない動作と化した索敵行は、ある物を彼らに見せつける事となった。 空母ランドルフより発艦したS1Aハイライダーは、暇で単調な索敵行を半ば終えようとしたときに、それを見つけた。 いや、後世の歴史家の中では、見つけてしまった、という表現を時々用いられるほど、この索敵行は歴史上の大事件であった。 「機長!あれは間違いありません!誰が見ても竜母です!」 「ああ、確かにそうだ!だが、なぜこんな所に?」 機長は7、8隻の護衛艦に過去まれた中央の大型艦を見るなり、疑問に思うばかりであった。 海軍情報部では、シホールアンル海軍の大型艦は全て、本国沿岸の安全地帯に避退していると判断しているという。 先日のシュヴィウィルグ運河攻撃の際、同地で遭遇した敵竜母部隊は、攻撃を担当したTG58.3が攻撃を加えたが、ある程度の打撃を与えただけで 撃沈には至らなかったという。 そもそも、TG58.1はこの地に有力なシホールアンル海軍艦艇が存在しているとは考えてはおらず、この日の索敵行は、どちらかというと初見の海域の調査を目的とした物であった。 このため、早朝に発艦したハイライダーは4機ほどで、通常よりも少なく、哨戒ラインの密度も薄い。 それに加えて、ハイライダー各機は海域の情報収集と、長距離飛行を念頭に置かれたため、ドロップタンクを装備している。 飛行距離は往復で1000(1600キロ)マイルもあり、通常の索敵行と比べても明らかに長い。 機長は、長い遊覧飛行だと心中で思っていたほどだ。 だが、のんびりと飛行を楽しむ時間は、唐突に打ち切られてしまった。 「ランドルフに報告だ!」 「了解!」 機長は後席の無線手に指示を伝えるが、そこで新たなものを見つけた。 ハイライダーより5000メートル離れた空域に、別の飛行物体を確認した。 その小さな物体は、大きく翻ってから頭をこちらに向けた。 その物体に、これまでに見慣れた、敵の“生き物らしい動作”は全く見受けられなかった。 (危険だ!) 言いようの無い恐怖感に襲われた機長は、咄嗟に機首を反転させ、この海域からの離脱を図った。 「未確認飛行物体を視認!離脱するぞ!」 反転したハイライダーは再び水平飛行に戻ると、離脱の為、エンジンを全開にした。 その頃には、向かっていた飛行物体は急速に距離を詰めつつあった。 「国籍不明機接近してきます!」 「わかってる!飛ばすぞ!」 ハイライダーは持ち前の加速性能を発揮し始めた。 不審機も加速したのか、しばしの間距離が離れなかったが、時速600キロメートル以上になると徐々に離れ始め、650キロを超える頃にはその姿は急速に小さくなり始め、700キロに達した時には、不審機の姿も、未知の母艦を伴った機動部隊も見えなくなっていた。 午前10時 ロアルカ島南東250マイル地点 第5艦隊司令長官を務めるフランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリのCICで戦果報告を聞いていた。 「先程、第2次攻撃隊の艦載機が母艦に帰投致しました。第2次の戦果報告は現在集計中ですが、第1次攻撃隊は艦船10隻撃沈、6隻撃破、複数の地上施設並びに、魔法石鉱山の爆撃し、多大な損害を与えております。こちら側の損害は、4機が現地で撃墜されたほか、被弾12機、着艦事故で3機が失われました」 通信参謀のアラン・レイバック中佐が淡々とした口調で報告していく。 「第2次攻撃隊の戦果に関しては、先にも申しました通り集計中ですが、暫定ながらも地上施設と港湾施設に甚大な被害を与えたとの報告が入っております」 「事前の予想通り、攻撃は成功だという訳だな」 フレッチャーはそう言いつつも、表情は険しかった。 「だが、現地では予想していなかった事態も発生したと聞いている。諸君らも聞いておるだろうが」 彼は言葉を区切り、溜息を吐いてからゆっくりとした口調で続ける。 「第1次攻撃隊は、攻撃の途中でシホールアンル帝国とは別の国に所属していると思しき、国籍不明の木造船を発見したと伝えてきた。そして……その木造船を誤爆したという報告も、入っている。一連の報告は、既に太平洋艦隊司令部に向けて送ってはいるが……」 「国籍不明船を誤爆したパイロットからの報告では、乗員が未知の国旗のような物を振っていたとあります。また、木造船自体もシホールアンル船と比べて年代的に数世代あとの物である事が判明しております。木造船を狙った爆弾は外れており、雷撃を敢行したアベンジャー隊も寸前で国籍不明船と気付いたため、同船舶が撃沈に至る程の損害は与えてはおりませぬが……」 「ヘルダイバーは爆弾投下後に機銃掃射を行い、ある程度の機銃弾が同船舶に命中したとの報告も入っている。不明船の所属国の調査は、後に行われる事になるだろう」 「この後、第3次攻撃隊の準備が予定されておりますが。どうされますか?」 参謀長のアーチスト・デイビス少将の問いに、フレッチャーは即答した。 「第3次攻撃は、この際中止にする。元々、ノア・エルカ列島はシホールアンルの辺境地帯だ。同地を訪れている、非交戦国の独航船や輸送船が停泊している可能性は1隻だけはないだろう。もし、別の国籍不明船を誤爆すれば、合衆国は世界中から非難される事になる。参謀長!」 フレッチャーは改めて命令を下した。 「TG58.1司令部に伝えよ。第3次攻撃中止。TG58.1は偵察機を収容後、直ちに作戦海域から離れるべし、以上だ」 「はっ!」 参謀長はフレッチャーの命令を受け取ると、通信参謀にその命令をTG58.1司令部に伝達するよう、指示を下した。 (しかし、まさかの誤爆事件発生となってしまったが……この他にも、問題はある) フレッチャーは、やや陰鬱そうな表情を浮かべつつ、紙束の中に挟まっていた、一枚の紙を手に取り、その内容を黙読した。 「ルィキント列島より南南西220マイルの沖合にて、未知の母艦らしき物を伴う艦隊を発見せり。艦隊には艦載機と思しき飛行物体も帯同し、偵察機を追撃する動きを見せるものなり。同飛行物体はワイバーンにあらず」
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1214.html
376 :reden:2012/04/20(金) 20 33 03 ID wlaiBnjM0 355-357さん 359さん まぁ貴族制・専制君主制が主流のこの世界でソ連の存在は劇薬でしかないですからねぇ。 ネウストリアとしては元の世界にのしつけておくり返したいところでしょう。 ヨークタウンさん 赤軍の進撃は会戦から逃げ延びた僅かな将兵たちによって尾ひれ付きまくりで伝わっていたりしますw 360-364さん 366さん 戦艦の建造…実際のところバルト沿岸諸都市が纏めて内陸都市になった際に、商船隊から補助艦艇に至るまで半壊してますから(汗 たぶんその再建がさきになるかと。 365さん 368-372さん 一言で言えば、想像力の欠如というところですね。 魔法文明によらず、自分たちを圧倒できる文明圏が存在するということ自体に考えが及ばなかったのが今回の失敗原因かと。 373さん 傀儡国家というのはありだと思います。 問題は、現地の被支配民族にどれだけ人材がいるかということで、最悪ソ連が人材・統治費用総負担のお荷物国家に… 374-375さん ベリヤのNKVDによる【適切】な保護……嫌な予感しかしない。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1102.html
第179話 レビリンイクル沖海戦(後編) 午後2時10分 第37任務部隊旗艦 空母タイコンデロガ パウノールは、フランクリンから発艦した偵察機の報告を受けてから、しばしの間思考が停止してしまった。 「司令官、大丈夫ですか!?」 幕僚が心配になって声を掛けてくるが、パウノールは反応しない。 「司令官!パウノール司令官!!」 「ん?ああ。すまない。」 パウノールはようやく我に返り、幕僚に謝った。 「それにしても、とんでもない事になったぞ。」 彼はそう言ってから、深いため息を吐く。 「ハイライダーが見つけた艦隊は、明らかに正規竜母を含む機動部隊だ。そこから発艦した敵ワイバーンは総計で 300騎以上にも上るから、敵は恐らく、4、5隻程度は用意しているかもしれん。」 「4、5隻・・・・・では、サウスラ島沖海戦の敵正規竜母は一体?」 「うーん、詳しい正体は分からんが、シホールアンルの国力からして、エセックス級並みに竜母を揃える事は難しい筈。 しかし、形だけが立派な竜母を揃える事は可能だろうな。」 「形だけの竜母・・・・それはもしや、偽竜母の事ですか?」 タバトス大佐の問いに、パウノールは深く頷いた。 「断定は出来んが、姑息なマネをしたがるあいつらの事だ。偽竜母を仕立て上げて、それで我々を吊上げようとして いる事は充分に想像が付く。いや、」 パウノールは首を横に振った。 「確実に吊上げられたな。」 「しかし司令官。TF58がサウスラ島沖海戦で撃沈した竜母は、正規竜母も含まれていたとあります。 それも、6隻。これは、シホールアンル側が持てる正規竜母の全てです。」 「敵がたった6隻しか持っているとは限らん。それ以外にまた何隻か前線に出ていたかもしれん。とはいえ、 新たに竣工した正規竜母のみで新艦隊を編成しても、果たして、300騎以上のワイバーンを一気に出せるかどうか・・・・」 パウノールの言葉に、タバトスは見る見るうちに顔を青く染め上げていく。 「もしかしたら、サウスラ島沖に出て来た竜母は、囮だったかもしれない。」 「囮?相手は小型竜母も6隻引きつれていましたぞ。」 「だから囮なのだよ。」 パウノールは抑え込むような口調で言う。 「正規竜母に見せかけた偽物と小型竜母を組ませれば、見た目は立派な機動部隊だ。」 「偽物・・・!?では、サウスラ島沖海戦の敵機動部隊は。」 「偽竜母が何隻も混じっている、まやかしの主力部隊さ。俺も、たった今気が付いたのだが、まさかこんな所で 偽竜母を使って来るとはな。」 パウノールは、片手で額を抑えながらタバトスに言った。 「どうやら、連中は以前から俺達を潰す作戦を練っていたようだな。」 「・・・・なんたることだ・・・・」 タバトスは顔を真っ青に染めながら、力無く呟いた。 艦橋の空気は曇りに曇っていた。 自ら虎口に入り込んでしまったTF37は、拷問にも等しい試練を受け続けているのだ。 作戦開始前は、あれほど楽観気分に包まれていた幕僚達も、今では誰もが暗然とした表情を浮かべていた。 そんなTF37司令部に、新たな通信が舞い込んで来た。 「司令官!TG37.1より通信です!我、敵飛空挺の攻撃を受けつつあり!」 「見えたぞ、敵機動部隊だ!」 第6攻撃飛行隊に属しているハウルスト・モルクンレル中尉は、直属の上司である第2中隊長の声を聞くなり、体を引き締めた。 所々に雲が張っており、海面が見辛くなっているが、それでも雲の合間には陽光に照らされた海が見える。 その美しい洋上に、幾つもの黒い物が浮かんでいた。 「あれが・・・・姉さんが戦ったアメリカ機動部隊か。」 モルクンレル中尉はそう呟くと、急に胃が締め付けられるかのような感覚に囚われた。 彼は、第4機動艦隊司令官を務めるリリスティ・モルクンレル中将の弟である。 今年で24歳になるハウルストは、18歳の時に帝立士官学校に入学し、20歳の時に卒業している。 元々は飛竜騎士を目指していたハウルストだが、彼はその選抜試験で落第してしまい、その後は首都近郊の騎兵旅団に配属されていた。 22歳の時に飛空挺搭乗員の募集を目にした彼は、飛空挺乗りの道を歩む事を決め、1482年10月には騎兵旅団から飛空挺部隊へ 転属となった。 83年10月には無事、訓練課程を修了し、編成されたばかりの第6攻撃飛行隊に配置となり、翌年4月にはいよいよジャスオ領の 飛行場に配置される事が決まった。 だが、第6攻撃飛行隊は、ジャスオ領とは真逆のシェルフィクル地方にある寂れた土地の飛行場に配備された。 飛行場の周辺には何も無く、第6攻撃飛行隊の将兵は誰もが地の果てに飛ばされたのだと言い合っていた。 第6飛行隊が配属されてから3日後の4月18日には、空中戦を専門とする第7戦闘飛行隊と第8攻撃飛行隊が、同じ飛行場に配置された。 そして3日後には、洋上での飛行訓練が始まり、3個飛行隊・計200機の飛空挺は、何も知らされぬまま、ひたすら訓練に励むしか無かった。 作戦の全容が明らかになったのは、今から2日前の事だ。 「機長!あれが敵さんの機動部隊ですか!?」 後ろに座っている後部射手のロレスリィ・インベガルド軍曹が、興奮で声を上ずらせながらハウルストに聞いて来る。 「ああ。そのようだぞ。その証拠に、俺達の前で第7の奴らが戦ってる。」 彼は前方よりやや上の方向に指をさした。 攻撃隊のやや前方では、迎撃い上がって来た敵艦載機と味方の護衛機が戦っている。 彼らの位置からは、どれが味方でどれが敵かは分からなかったが、護衛機は奮戦しているようだ。 動き回る機体の中には、翼の主翼が折れ曲がった機が幾つも居る。 (あれがコルセアって呼ばれている飛空挺か) ハウルストは心中で呟く。 コルセアの外観は、スマートな感のあるケルフェラクと比べてどこか荒っぽそうな印象が感じられる。 コルセアの恐るべき所は、ヘルキャットよりも格段に優れた速度性能で、シホールアンル自慢のケルフェラクでも 苦戦する事が多いようだ。 ヘルキャットとコルセア、ケルフェラクが乱舞しているのを尻目に、攻撃隊は敵機動部隊へ向けて進んでいく。 5分ほど飛行してから、攻撃隊は大きく二手に別れた。 「第8飛行隊が輪形陣の右側に回り込んでいくな。」 ハウルストは、編隊から離れていく第8飛行隊に目を向ける。 第8飛行隊に属する64機のケルフェラクは、統率のとれた動きで第6飛行隊から離れつつある。 その半分は、雷撃進路に入るため、既に低空へ降下しつつあった。 やがて、攻撃開始の時がやって来た。 「各機に告ぐ。全機突撃せよ!繰り返す、全機突撃せよ!」 第6飛行隊の指揮官機から、各機に向けて通信が飛ぶ。 待ってましたとばかりに、対空砲の射程外で旋回を続けていたケルフェラクが、一斉に向きを変えた。 第2中隊は、第1中隊の後に続くようにして輪形陣に向かい始めた。 急降下爆撃を行う第1から第3中隊は、高度2000グレル(4000メートル)から敵輪形陣に向かう。 低空雷撃を行う第4から第6中隊は、30グレルの超低空まで降下してから、目標に向かい始める。 米機動部隊が対空砲火を撃ち始めた。 ハウルスト達と対面する事になった輪形陣の左側には、駆逐艦5隻と巡洋艦2隻、戦艦1隻が配備されている。 その向こうには、板を浮かべたような船が4隻、2列ずつになって航行している。 4隻中、2隻は大型空母で、2隻は小型空母だ。 ハウルストは、前方の2隻の大型空母に注目した。 「レキシントン級正規空母か。」 彼は、小声で空母の艦級を言い当てた。 レキシントン級正規空母は、シホールアンル軍内では開戦以来、各戦場で活躍して来た精鋭空母として広く知られており、 搭載されている航空団は、シホールアンルが誇る最精鋭の飛竜騎士団と比べても全く見劣りしない実力を持つといわれている。 「レキシントン級のうち、1隻は確か、姉さんが撃ち漏らしていたな。」 ハウルストは緊張を感じながらも、それを和ませるためにわざと不敵な笑みを浮かべた。 「俺が仕留めてやる。」 彼は、小声で呟いた。 先行している第1中隊に高角砲弾が集中している。 対空砲火はかなり激しく、第1中隊の周囲は、あっという間に砲弾の炸裂煙で埋め尽くされた。 第1中隊は、そのまま駆逐艦の上空を通り過ぎてから、急降下を開始した。 12機のケルフェラクは、半数に別れてからそれぞれの目標に突っ込んでいく。 「巡洋艦を攻撃するつもりだな。」 ハウルストはそう確信した。 眼下に見える巡洋艦2隻のうち、1隻はアトランタ級である事が確認されている。 先ほどの激しい対空弾幕は、このアトランタ級から発射された物が多分に混じっている。 もう1隻はポートランド級か、ノーザンプトン級巡洋艦であり、撃ち上げる対空砲もあまり多くは無い。 その2隻に向かって、ケルフェラクが6機ずつ急降下を行う。 対空砲の炸裂煙が、降下するケルフェラクを負っていく。 アトランタ級の対空射撃は激烈であり、7基の連装砲や機銃を撃ちまくるその姿は、まさに粗ぶる炎竜そのものである。 1機のケルフェラクが、至近に高射砲弾の炸裂を受ける。その瞬間、ケルフェラクは大爆発を起こした。 炸裂した砲弾の破片が胴体の爆弾に当たったのだろう。 散華したケルフェラクは皮肉にも、自らが抱いて来た爆弾によって粉砕されたのである。 更に高度が下がった所で、2番機が噴き上がる機銃弾を食らった。 大口径の機銃弾を受けた主翼が一撃の下に吹き飛ばされ、きりもみ状態となって墜落し始める。 アトランタ級が回頭を始めた。 細長い船体を持つ防空巡洋艦は、時速28ノットで急回頭を行い、ケルフェラクの急降下爆撃を避けようとする。 残り4機となったケルフェラクは、尚も降下を続ける。 新たな1機が機銃弾を食らってしまった。コクピットに突入した20ミリ弾は、薄い風防ガラスを叩き割って、搭乗員の胸板を容易く貫く。 射殺された搭乗員の血飛沫でコクピットが真っ赤に染まり、ケルフェラクは投弾コースを外れ始める。 損傷したコクピット以外には目立った損傷は無いが、搭乗員を失ったケルフェラクはそのまま降下を続け、ついには海面に 激突してバラバラになった。 残り3機が投下高度に達し、次々と爆弾を投げ落して行く。 アトランタ級の右舷前部側に弾着の水柱が噴き上がり、回頭中の艦体が衝撃で揺さぶられる。 2発目は左舷中央部側の海面に落下し、海水を高々と跳ね上げた。最後の3発目は、アトランタ級の後部に命中した。 後部に命中弾を受け、のたうつアトランタ級に、低空から5機のケルフェラクが迫る。 雷装のケルフェラクは、輪形陣突入前には32機居たのだが、巡洋艦の防御ラインに到達した時は26機に減っていた。 駆逐艦群は、主に低空侵入機に攻撃を集中したため、雷撃隊は相次いで撃墜された。 その生き残りの26機のうち、5機が未だに強力な対空火力を持つアトランタ級を黙らせるため、向きを変えて接近して来た。 アトランタ級の主砲が5機のケルフェラクに向けられ、咆哮する。 ケルフェラクの周囲に高角砲弾が炸裂し、海面が白く泡立つ。 1機が、40ミリ弾をまともに食らって空中分解を起こす。残り4機が、アトランタ級の左舷側から迫る。 更に1機が白煙を噴き出したが、その時には800メートルの距離にまで迫っていた。 被弾した機も含む4機のケルフェラクが、相次いで魔道魚雷を投下する。 魚雷が着水した瞬間、振動が魔法石に伝わり、動力部が作動する。やがて、魚雷は白い航跡を引きながらアトランタ級に向けて突進し始める。 アトランタ級は尚も急回頭を続けて魚雷を回避しようとする。 艦首が、4本の魚雷と向き合う形になった。アトランタ級の艦長はこのまま直進して、魚雷をやりすごそうと考えた。 だが、戦神はアトランタ級に過酷な運命を与えた。 艦長はすぐに愕然とした。魚雷の1本が、右舷側艦首部に突進して来た。距離は100メートルも離れていない。 「総員衝撃に備えよ!魚雷が来るぞ!」 艦長はマイク越しに、大音声で全乗組員に伝えた。その直後、猛烈な衝撃が基準排水量6000トンの艦を揺さぶった。 シホールアンル側は知らなかったが、このアトランタ級巡洋艦は、2番艦のジュノーであった。 ジュノーは1942年1月に竣工して以来、数々の海戦を潜り抜けて来たベテラン艦である。 初陣である第1次バゼット海海戦以来、ジュノーは艦隊の主力である空母を守るため、自慢の16門の5インチ砲や 機銃を使って艦隊防空網の要を担い続けて来た。 ジュノーはこれまで大きな損傷を負った事が無く、乗員達からは幸運のジュノーとして呼ばれて来た。 しかし、その幸運も今日限りで終焉を迎えてしまった。 右舷艦首部に命中した魚雷は、薄い装甲板を付き破って艦内に達し、炸裂した。 炸裂の瞬間、艦首の破孔から大量の海水が流れ込んで来た。 これに加え、ジュノーが28ノットという高速で洋上を驀進していた事が、被害拡大に繋がった。 艦首部の区画は、大量に入り込んで来た海水によって次々と浸水し、ジュノーの喫水は見る見るうちに下がった。 そこに2本目と3本目の魚雷が突き刺さった。 2本目は右舷中央部に命中した。魚雷は船体を突き破って内部で炸裂し、艦深部の缶室と機関室に損害を及ぼした。 更に、被雷と同時に発生した浸水によって被害個所は瞬く間に海水で満たされていった。 3本目は後部に刺さったが、この魚雷は不発であり、艦に何ら損害を与える事は出来なかった。 アトランタ級が魚雷と爆弾で叩きのめされている間、第2中隊は戦艦の上空を越えて、レキシントン級空母へ向けて降下をしようとしていた。 第2中隊の周囲に激しい対空弾幕が張られ、機体が音を立てながらしきりに揺れる。 「対空艦の上空を超えたというのに、相変わらず激しいな。」 ハウルストは、米艦隊の底なしの火力に肝を冷やしていた。 第2中隊は、巡洋艦の上空を飛び越えるまでは何とか被害を0に抑えていたが、戦艦の上空に差し掛かった時に、猛烈な対空砲火に見舞われた。 相次いで2機のケルフェラクが叩き落とされ、空母への降下地点に到達した直後にまた1機落とされた。 第2中隊は、たった5分と言う僅かな時間で、3機も落とされたのだ。 米機動部隊が放つ対空射撃の激しさは、姉であるリリスティから何度も聞かされていたが、実際に体験すると、何物にも勝る恐ろしさを感じた。 (道理で、味方のワイバーンや飛空挺の損害が大きい訳だ) ハウルストは内心で呟く。 第2中隊長機が降下を開始した。第2中隊が狙うのは、レキシントン級の2番艦である。 中隊長の率いる第1小隊と第2小隊の5機が降下を始め、次にハウルストの属する第3小隊が降下を始める。 70度の角度で急降下を開始する。眼前には、レキシントン級空母が居る。 レキシントン級空母は、ネームシップであるレキシントンとサラトガの2隻が居る。 ハウルストは、目の前の空母がレキシントンであるか、それでもサラトガであるかが分からなかったが、彼にしてみれば、 それはどうでも良い事であった。 レキシントン級空母が回頭を始めた。 第1小隊や第2小隊は、高角砲弾の炸裂を周囲に受けながらも降下を続ける。 不意に、1機のケルフェラクに砲弾が直撃し、爆発した。 戦友の乗ったケルフェラクは、無数の残骸となって海面に落ちていく。 第1小隊と第2小隊は、高度900グレルまで降下した所で機銃の猛射を受けた。 新たな1機が機体の全身を穴だらけにされ、しまいにはバラバラに分解された。 別の1機が不意に右主翼が吹き飛ばされ、激しく回転しながら海面に直行し始める。 残り3機となった第1小隊と第2小隊が、投下高度まで辿り着き、次々と爆弾を落とした。 爆弾が、レキシントン級の右舷側海面に落ちて、水しぶきを上げる。 次いで、2発目が右舷中央部側の海面に至近弾として着弾し、水柱が立ちあがる。 3発目は見事に飛行甲板中央部に命中した。 だが、この爆弾は信管が不良であったため、炸裂しなかった。 「くそ、不発とは!!」 ハウルストは、味方が挙げる筈であった戦果が無効になったのを見て、思わず悔しがった。 3機のケルフェラクが投弾を終えると、ハウルスト機に向けて、砲弾や機銃弾が注がれて来る。 唐突に機体の真後ろで砲弾が炸裂し、金属的な音が響く。 ハウルスト機は、レキシントン級の後方から突っかかる形で降下を行っている。 照準器には、敵空母の飛行甲板が捉えられている。 敵空母は回頭しているため、最初は狙いを外してしまったが、冷静に愛機を操作したお陰で、再び敵空母を照準に捉える事が出来た。 高度が下がるに連れて、レキシントン級はますます大きくなって来る。それに比例して、対空砲火も激しくなる。 高度が900グレルを切ってから、目を覆うような機銃弾の嵐が注がれて来た。 ハウルストは、内心で早く高度を上げねばと叫んだが、同時にもっと高度を下げなければ当たらないとも思う。 高度が400グレルを切ったあたりで、大きな揺れが愛機を襲った。 ハウルストはやられた!と思った。 しかし、彼の思いに反して、機体はまだ快調に動き続け、しっかり操縦桿も握る事が出来る。 高度が250グレルに達した所で、彼は爆弾を投下した。 重い300リギル爆弾が胴体から離れ、機体が軽くなる感触が伝わる。 ハウルストは、渾身の力で操縦桿を引き、機体を立て直す。 訓練で何度もやった行動だ。体は自然に動き、操縦桿はすぐにではないが、徐々に手前に引かれていく。 ふと、彼は横目で、低空で迫るケルフェラクを見たような気がした。 しかし、彼の意識は機体を水平に立て直す事だけ集中しており、低空のケルフェラクなどは気にも留まらなかった。 高度が50グレルを割った時に、ハウルストは愛機を水平にする事が出来た。 後方から爆発音が響いた。 「機長!命中しましたよ!」 後部座席から、絶叫めいた声音が聞こえた。 ハウルストは一瞬だけ頬を緩ませたが、すぐに無表情になり、地獄の釜からの脱出に集中し続けた。 10分後、彼は集合しつつある味方と共に、敵機動部隊から離れた空域で旋回していた。 「凄いな。敵空母が停止しているぞ。」 ハウルストは、操縦席の右側方から敵機動部隊の輪形陣を眺めていた。 敵艦隊は、ハウルストを始めとするケルフェラク隊の猛攻によって手痛い損害を被った。 空母のうち、レキシントン級空母1隻に爆弾3発と魚雷4本を浴びせ、インディペンデンス級に爆弾2発を食らわせた。 レキシントン級は飛行甲板に3発の直撃弾を食らった他、左舷に3本、右舷に1本を食らっている。 敵空母は徐々に速度を落として行き、やがては停止した。 今は左舷に大きく傾いた状態で盛大に黒煙を噴き出している。 インディペンデンス級は爆弾2発を食らいながらも、機関部には損害を与えられず、被弾した後も全速力で驀進しながら、対空砲火を撃ちまくっていた。 この他にも、アトランタ級巡洋艦1隻に撃沈確実の損害を負わせ、巡洋艦2隻と戦艦1隻に爆弾を浴びせた。 これが、第6飛行隊と第8飛行隊が挙げた戦果であるが、空母に手傷を負わせたのは第6飛行隊だけである。 第8飛行隊は、急降下爆撃隊が空母へ投下した爆弾を全て外すという悲惨な結果に終わった物の、雷撃隊は第6飛行隊と同様に空母への攻撃を成功させていた。 しかし、問題は攻撃が成功した後・・・・つまり、魚雷が海中に投下された後にあった。 第8飛行隊は、空母に辿り着くまでに18機が生き残って魚雷を投下した。 敵空母は急回頭を行ったため、魚雷の大半は外れてしまったが、それでも3本は確実に右舷側に命中していた。 だが、ここで思わぬ珍事が起きた。 あろうことか、命中した魚雷は全てが不発であり、目標のレキシントン級にはかすり傷すら負わせられなかった。 第8飛行隊の指揮官は、魚雷の酷い欠陥ぶりに、ここが戦場である事も忘れて、しばしの間激怒した。 それも当然である。 何しろ、折角転がり込んで来た敵正規空母撃破(それも、長い間シホールアンル軍を苦しめて来た精鋭空母の1隻である)という大戦果が、 魚雷の不良によって台無しになってしまったのだ。 これでは、どんなに優しい人物でも烈火の如く怒り狂うであろう。 しかし、救いはあった。 第6飛行隊が雷撃に成功した敵空母には、第8飛行隊が投下し、外れた魚雷のうちの1本が、反対舷に命中した。 片舷に3本も食らってグロッキー状態であったレキシントン級空母は、この最後の被雷によって止めを刺された形となった。 「これで、ケルフェラクでも敵空母を撃沈出来る事が証明されましたね。」 「ああ。」 ハウルストは頷く。 ケルフェラク隊は、果敢な攻撃により、敵正規空母1隻撃沈、1隻撃破、他に巡洋艦1隻撃沈、2隻撃破、戦艦1隻損傷という戦果を挙げた。 ケルフェラク隊には、映像を撮る事の出来る撮影機も混じっており、もし、その機が生き残っていたら、この戦果は貴重な資料として今後に役立つだろう。 (それにしても・・・・・) ハウルストは浮かない顔つきで、集合しつつある仲間の機を見つめる。 (随分とやられた物だなぁ) 彼は、ぼそりと呟いた。 第6飛行隊の生き残りは続々と集まって来ているが、その数は、攻撃開始前と比べて大きく目減りしていた。 午後2時55分 TF37旗艦 空母タイコンデロガ タイコンデロガの属するTG37.3は、この日で4度目の空襲を受けようとしていた。 「くそ、シホット共は一体どれだけのワイバーンを用意しているんだ!?」 タイコンデロガの艦長は、苛立った声音で言い放つ。 司令官席に座っているパウノール中将は、今しがた飲み干した紅茶を従兵に下げさせた。 「畜生。いつもは良く飲む紅茶も、負けが込んでいるとあまり美味いと感じん。」 彼は、しわがれた声でそう言う。早朝と比べて、パウノールは憔悴していた。 「TG37.1は、飛空挺の来襲でサラトガと軽巡ジュノーを大破させられ、どちらも助かるかどうか分からんと聞く。その上、 軽空母のモントレイまでもが使用不能にさせられた。これで、わがTF37で使える正規空母は4隻、軽空母は4隻に減ってしまった。」 「司令官。今はひとまず、空襲を乗り越える事を考えましょう。」 タバトス航空参謀が横から口を挟んだ。 「この空襲を凌げれば、残った航空戦力で反撃を行う事も可能です。」 「残った戦力か。この8隻の稼働空母が、あと何隻減るのだろうか・・・・・」 パウノールは、悲観的になりつつあった。 だが、その半面、艦隊司令官としての矜持が彼の理性を維持し続けていた。 「司令官。本隊に敵ワイバーン90騎が現れました。」 「90騎か、意外と少ないな。」 「はっ。それから、50騎がこちらに向かっています。」 「・・・・・・・」 パウノールは何も言えなかった。 タイコンデロガは、本体から10マイル離れた後方で、損傷艦と共に航行していた。 先の空襲で、TG37.3は4隻の喪失艦と13隻の損傷艦を出している。 そのうち、本隊と共に行動できる艦は本隊に戻り、大破、あるいは25ノット以上のスピードが出せなくなった艦は、そのやや後方から 続く事になっていた。 パウノールは、この損傷艦ばかりの艦隊に戦艦サウスダコタと駆逐艦3隻を護衛に付け、残りを艦隊の防空に回した。 敵は、この傷だらけの艦隊にも刺客を送り込んで来た。 5分後に、敵ワイバーンが姿を現した。 先ほどまで、100騎以上の大群で群がって来たせいか、今見えるワイバーン群は大した数では無いと思い始めていた。 だが、艦隊の将兵達は、自分達の置かれている状況を思い返し、気を引き締めた。 ワイバーン群が、艦隊の左側に回り込みつつある。 「敵は、陣形の右側に居るサウスダコタを警戒しているな。」 パウノールが呟く。 陣形の左側に回り込んだワイバーン群は、高空と低空の二手に別れてから攻撃を開始した。 損傷艦群が対空砲火を放つ。 ワイバーン群の周囲で炸裂する砲弾は、最初と比べて余りにも少ない。 損傷艦群の中には、アトランタ級防空巡洋艦のリノも含まれているが、そのリノも、使える主砲は6門に減じているため、 有効な対空射撃が困難になっている。 敵ワイバーンは、接近していく内に1騎、また1騎と落ちていくが、最初のようにばたばたと落ちる姿は見られない。 敵騎群は、5騎を失っただけで、悠々と陣形の外郭を突破した。 ワイバーン群はこのままの調子で、タイコンデロガに殺到するかと思われた時、唐突に3隻のフレッチャー級駆逐艦が猛然と火を噴いた。 この3隻のフレッチャー級は、低空侵入のワイバーンを狙っていた。 それまで、敵のか弱い抵抗を嘲笑いながら進撃を続けていた竜騎士達は、周囲で炸裂する対空弾幕に度肝を抜かれた。 フレッチャー級駆逐艦は、1隻で5門の5インチ砲を持つ。 それが3隻集まれば、計15門の5インチ砲を敵に対して放つ事が出来る。 3隻のフレッチャー級駆逐艦は、ここぞとばかりに撃ちまくる。 低空から侵入して来たワイバーンは、慌てて高度を20グレルまで下げるが、相次いで2騎が叩き落とされた。 高空のワイバーン群は、サウスダコタからの援護射撃や、タイコンデロガ自身が撃ち上げる対空砲火によって、急激にその数を減らし始めた。 いきなり活発化し始めた米艦隊の防空網の前に、低空で、あるいは高空でワイバーンが次々に落とされていく。 撃てる砲の数が減っていようが、VT信管の威力は健在であり、ワイバーン群は至近距離で炸裂する高角砲弾の前に犠牲を増やしていく。 だが、それだけであった。 傷だらけの艦隊では、50騎程度のワイバーンですら満足に数を減らす事は出来なかった。 高空から侵入して来たワイバーンが、最初に攻撃を行って来た。 このワイバーン群は、25騎から16騎に減じていたが、竜騎士達の士気は旺盛であり、誰もが手負いのエセックス級空母を仕留める事で頭が一杯だった。 ワイバーンに向けて、タイコンデロガは左舷側の高角砲や機銃を一斉に発射する。 敵騎は、20ミリ機銃、40ミリ機銃の弾幕に絡め取られて落ちていく。 しかし、残りの敵騎は投下高度に迫り、爆弾を投下した。 「取舵一杯!」 タイコンデロガの艦長は、声を張り上げた。 予め舵を切っておいたのだろう、艦首がすぐに回り始める。 (遅いな・・・・) パウノールは、回頭が遅い事が気になった。 その刹那、艦橋の左横から閃光が差し込んで来た。 閃光で奪われた視界は戻りつつあった。 (う・・・・) パウノールは、体に痛みを感じ、顔をしかめた。 (体が痛い。さっきの衝撃でどこかに体をぶつけたのだろうか) 彼はふと、そんな事を思った。 (そうだ、すぐに起きなければ) パウノールははっとなって、体を起こしに掛った。その瞬間、腹部から強烈な痛みが走り、喉から何かが込み上げて来た。 彼は、そのこみあげて来た物を吐き出した。 (一体・・・・何だ?) パウノールは、腹部の激痛に開けかけた目を瞑ったが、痛みを我慢して目を開ける。 彼の目に入って来たのは、著しく破損した天井であった。 (これ・・・・は・・・・?) パウノールは理解が出来なかった。 周囲に視線を巡らせる。そこには、あり得ない物が存在した。 艦橋内には、夥しい数の死体が散乱していた。 死体の種類は様々であり、満足に五体をとどめている物もあれば、どこかが欠損したり、上半身、あるいは下半身が無くなっている物もある。 艦橋職員や幕僚達は、文字通り全滅していた。彼の側に常に居続け、アドバイスを送って来たタバトス大佐も、今では物言わぬ骸と化している。 (なんたる事だ・・・・) 彼は、頭をハンマーで殴られたようなショックを感じた。 (最悪の事態になってしまった・・・・・こうなってはもう、TF37司令部は艦隊を指揮出来ない。誰かに・・・・誰かに代わりに指揮を譲らなければ) パウノールは、心中でそう決意すると、声を出そうとした。 だが、彼は声が出せなくなっていた。 (喉が、やられている。) パウノールはそう思った。その時になって、彼は自らもまた、死に関わる手傷を負っている事を確認した。 (艦が止まっている。そういえば、傾斜が酷いな) 彼は、タイコンデロガが左に傾いている事に気が付いた。 (また魚雷を食らったか。) 先のワイバーン群は、犠牲を払いながらも2隻目のエセックス級空母を仕留める事が出来たのだ。 (1日で、正規空母が2隻。それも、新鋭のエセックス級空母が2隻も・・・・・今頃、シホットの奴らは久方ぶりの大戦果に狂喜しているだろうな) 悔しげな心境でそう思うと、心なしか涙が出て来た。 (そもそも、あんな情報さえ来なければ・・・・こんな事にはならなかったのに・・・・・畜生・・・・・・畜生!) パウノールは、後悔の念で胸が一杯であった。 彼は、衛生兵が来るまで思考を続けたが、彼の手傷は思ったよりも深かった。 再び、彼は吐血する。今度は、先ほどよりも量が多い。 (もはや・・・・これまで・・・か) パウノールは、自らの死を悟った。 彼は虚ろげな目になりながらも、脳裏にある将官の顔が浮かんだ。 (シャーマン・・・・・どうか・・・・俺の代わりに、艦隊を率いてくれ。そして・・・TF37の生き残りを、無事に帰してくれ・・・・) 彼は、心中でそう呟くと、ゆっくりと瞼を閉じて行った。 攻撃を受けているのは、TG37.3だけでは無かった。 TG37.1も、3度目の空襲を受けつつあった。 「敵ワイバーン多数が、輪形陣右側の上空を突破しつつあります!」 戦艦インディアナの艦長であるユニオス・ルーストン大佐は、対空砲火の喧騒の中、見張りから発せられた言葉に耳を傾けていた。 既に、輪形陣右側の防空網は滅茶苦茶になっている。 巡洋艦と駆逐艦の上空を突破した多数のワイバーンは、急速に輪形陣に迫りつつある。 インディアナは、右舷側に向けられる高角砲や機銃を必死に撃ちまくる。 敵ワイバーンは、インディアナから発せられる対空砲火の前に、確実にその数を減らしてはいるが、敵の数は余りにも多い。 「低空のワイバーン28騎、間もなく直上に差し掛かります!」 「低空侵入のワイバーン、レキシントンより距離2000に接近!」 ルーストン大佐は、次々に入る報告に苛立ちを募らせていた。 (くそ、このままでは空母群が危ないな・・・) 現在、インディアナはレキシントンの右舷600メートルを航行している。 普通ならば、インディアナは900から1000メートルほど離れた位置に付かなければならないのだが、インディアナ艦長はレキシントンを 守るためには、より接近して援護を行う事が大事だと判断し、敢えてレキシントンの右舷前方600メートルに占位した。 護衛艦が相次いで被弾し、対空火力が確実に減っている以上、レキシントンを守るにはこうするしかないと、ルーストン大佐は考えたのであった。 「高空の敵ワイバーン10騎が急降下開始!目標は本艦の模様!」 見張りが、それまで以上に緊迫した声音で伝えて来る。 一部のワイバーンが、後続して来る雷撃隊に気を利かせたのだろう、インディアナの対空火器を減らすために急降下爆撃を仕掛けて来た。 「撃ち落とせ!戦艦の対空火力がどんな物が、思い知らせてやれ!」 ルーストン大佐は吼えるような声で指示を飛ばした。 敵ワイバーン群は、丁度、インディアナの上空を超えてから急降下を開始したため、左舷側の対空火器が射撃出来る状態になった。 それまで沈黙していた左舷の高角砲と機銃が一斉に火を噴いた。 10門の高角砲と、数十丁もの対空機銃が唸りを上げ、上空を砲弾と機銃弾で埋め尽くす。 レキシントンやベローウッド、モントレイから撃ち上げられた高角砲や機銃弾も加わり、敵ワイバーン群は次々と撃ち落とされる。 1騎、2騎、3騎と、敵ワイバーンはVT信管付きの砲弾に吹き飛ばされ、あるいは機銃弾によってずたずたに引き裂かれていく。 残った6騎のワイバーンは、高度800メートルまで降下してから爆弾を投下した。 「敵騎爆弾投下!」 見張りから報告が伝えられるが、ルーストン大佐は顔色一つ変えずに、ただ対空戦闘を見守る。 インディアナは回避運動を全く行わなかった。最初の爆弾が左舷側中央部の海面に着弾し、海水が跳ね上がる。 2発目の爆弾は、艦首正面の海面に至近弾として落下し、高々と水柱が跳ね上がるが、インディアナの艦首は、それを邪魔だと言わんばかりに踏み潰した。 3発目と4発目の爆弾が艦尾側の海面に落下した。 水中爆発の衝撃がインディアナに伝わる。35000トンの艦体は、一瞬後ろ側から持ち上がるような形で揺さぶられたが、その揺れもすぐに収まった。 5発目は右舷側の海面に外れ弾として落下し、6発目がついにインディアナに命中した。 重い300リギル爆弾は、第3砲塔の天蓋に命中し、派手な爆炎を噴き上げる。 爆弾命中の炸裂が、艦橋にも伝わって来たが、揺れは艦尾付近の至近弾よりも小さい。 「爆弾が第3砲塔に命中!損害は軽微!」 ルーストン大佐は、その知らせを聞いてニヤリと笑う。 (フン、シホット共の柔い爆弾なぞ、16インチ砲弾の直撃にも耐えられるように設計されたインディアナには通用せん。シホット共は、 本艦の対空火器を潰すつもりで編隊を分離させ、攻撃に当たらせたようだが・・・・それも無駄に終わったな。) 彼は、心中で敵の判断ミスを嘲笑った。 しかし、その嘲笑も、艦尾方向から伝わった突発的な振動によって吹き飛ばされた。 彼は、至近弾に取り囲まれるレキシントンに視線を移し、指示を飛ばしていた。 唐突に、原因不明の振動が艦全体を襲い始めた。 「な、何だこの揺れは!?」 彼がそう叫んだ時、後ろの艦内電話がけたたましく鳴った。 ルーストンは、電話に飛び付く。 「こちら艦長だ!」 「艦長でありますか!こちらはダメコン班です!先の至近弾で、推進機に異常が発生したようです!」 「何?推進機に異常が起きただと!?」 「はい!恐らく、至近弾が艦尾付近のスクリューシャフトを損傷させたかと思われます!それから、推進機の1基が停止しかけています!」 「停止しかけているだと?それは本当なのか!?」 「はい!間違いありません!」 ルーストンは唖然とした表情で受話器から耳を離した。 ダメコン班からの報告は事実であった。 インディアナは、艦尾付近に落下した至近弾によって、4基あるスクリューのうち、2基を損傷していた。 損傷した2基のスクリューの内、1基は損傷の度合いが激しい他、衝撃が艦内の推進器室にも損傷を与えていたため、スクリューの回転速度は 3分の1以下に落ちていた。 このため、インディアナは機関を全力発揮しているにも関わらず、最大速度である28ノットが出せぬ状態になっていた。 (なんてこった!これじゃただの足手まといになるぞ!) ルーストンは、思わず頭を抱えそうになった。 だが、インディアナの受難はこれだけではなかった。 彼は、見張りから「敵ワイバーン、魚雷投下!」という言葉を聞いた。 この時、彼は敵ワイバーンがレキシントンに向けて魚雷を投下したのだと思っていた。 実際はその通りである。 レキシントンを狙っていた敵ワイバーン群は、シホールアンル側の竜母部隊には珍しく、殆どが実戦を経験していない新兵 (とはいっても、入念に訓練は積んでいるため錬度は高かった)で編成されていた。 この新米竜騎士達は、訓練のお陰で、何とか米空母まで距離900メートルの位置に辿り着けた。 レキシントンを狙っていたのは、正規竜母ジルファニアから発艦した20騎のワイバーンであった。 目の前のレキシントン級は、随行するサウスダコタ級戦艦と共に回避運動を行いながら爆弾をかわしている。 レキシントンは、少しばかり舵を切っただけであったが、雷撃隊同様、新米ばかりで編成された爆撃隊は、急降下爆撃を全て空振りに終わらせていた。 雷撃隊の指揮官は、今がチャンスだとばかりに、レキシントンの未来位置を狙って一斉に魔道魚雷を投下させた。 本来ならば、もう少し接近してから魚雷を投下するのが良いのだが、それはベテランや、中堅の竜騎士が行う事であり、新米である彼らに 同じ事をさせるには、無理があった。 彼らの投下した20本の魔道魚雷は正確に作動し、扇状に広がって行く。 20本の魚雷網は、確実にレキシントンを捉えていた。 雷撃隊の指揮官は、レキシントンはもらったと確信していた。 しかし、彼らは思いがけぬ光景を目の当たりにする。 何と、レキシントン級のやや前方に出ていたサウスダコタ級戦艦が、速度を落とし始めたのである。 「なっ!?あいつら・・・・・・」 雷撃隊の指揮官は、その戦艦の献身的行為を目にして、思わず絶句してしまった。 アメリカ戦艦は、自らを盾にしてレキシントンを魚雷から救おうとしているのだ。 彼らはそう思った。 だが、実情は違っていた。 インディアナの乗員には、空母を守りたいと思う者は居るものの、わざわざ盾になってまで任務を遂行しようという者は皆無に近かった。 「回避だ!面舵一杯!」 艦長からしてそうであった。 しかし、 「艦長!魚雷7本が急速接近!距離200!!」 状況は絶望的であった。 重い戦艦の舵が効き始めるまで、時間は最短でも30秒は掛る。30秒たてば、艦首は思い通りの方向へ回り始める。 それまでに魚雷は、インディアナの腹を抉っているだろう。 「そ、総員、衝撃に備え!!」 ルーストン艦長は、大音声で乗員に命じた。 (こんな・・・・こんな馬鹿な事が!) 彼の心中で、やり場のない怒りが熱く煮え滾る。 (至近弾ごときで・・・・このような事態に陥るとは!!) ルーストンは、内心でそう叫んだ。 直後、35000トンの艦体は、右舷側から襲って来た激しい衝撃に大きく揺さぶられた。 シホールアンル軍の魔道魚雷は、戦争の後半頃になって、連合軍艦艇相手に猛威を振るったが、いずれの戦場でも魚雷の作動不良や不発に泣かされて来た。 後に、魔道魚雷は半ば傑作、半ば不良品として言われるようになるが、インディアナに命中した7本の魚雷は、全てが通常通りに作動していた。 インディアナの被雷から3分後に、別の竜母から発艦した雷撃隊は、軽空母ベローウッドに4本を命中させ、うち3発が起爆していた。 ベローウッドの被弾を最後に、シホールアンル側の航空攻撃は再び鳴りを潜めて行った。 午後3時20分 第37任務部隊第2任務群旗艦 空母フランクリン TG37.2旗艦であるフランクリンの作戦室に、パウノール司令官戦死の凶報が入ったのは、TG37.1の攻撃が終息してから5分後の事であった。 「そうか・・・・・分かった。」 第2任務群司令官であるフレデリック・シャーマン少将は、力無い声で、報告して来た通信参謀に返す。 「まさか・・・・パウノール司令官が・・・・・」 航空参謀は、今にも泣き出しそうな声音で言う。 「TF37司令部が事実上、壊滅してしまった今、誰かがTF37の指揮を取らねばならないが・・・・それにしても、よりにもよって、 こんな時に最高司令官が亡くなるとは。」 「艦隊の損害も、甚大その物です。」 参謀長が発言する。 「敵飛空挺と敵機動部隊との攻撃によって、我々は旗艦タイコンデロガを始めとする空母5隻、戦艦1隻、巡洋艦1隻、 駆逐艦14隻を撃沈破されています。そのうち、旗艦タイコンデロガやサラトガ、軽空母キャボットとベローウッド、 戦艦インディアナ、巡洋艦ジュノーは大破と判定される損害を受けています。特に、TG37.3の損害は甚大です。 使える空母がボクサー1隻に減った今、第3任務群は第2任務群か、あるいは第1任務群に統合するしかありません。」 「司令。たった今、第2任務群のモントゴメリー司令より指示を受けるとの通信が入っています。ここは、早急に 第2任務群が指揮をとり、悪化する状況に歯止めをかけねば・・・・」 「ふむ。」 シャーマンは頷きながら、頭の中では様々な事を考える。 被害甚大となった艦の中には、沈没確実の被害を被った艦が居る。その艦から生き残りの乗員を助けなければならない。 それと同時に、TF37は、陸上からの航空攻撃や、敵機動部隊からの反復攻撃を受ける可能性がある。 状況は、最悪である。12隻の空母のうち、使える空母は6隻しか居ない。 航空戦力も大幅に減少し、長い間迎撃戦闘を行って来た戦闘機パイロットは、半数以上が疲労している。 ここで、敵が再び大規模空襲を反復すれば、TF37は全ての母艦を撃沈されてしまうだろう。 (いや、陸上からの航空攻撃は、今の時間からしてもう無いかもしれない。) シャーマンは、自らの考えを一部否定する。 (敵のワイバーン部隊の中で、夜間作戦が可能な部隊はごく限られていると聞く。それに、敵の基地航空部隊は、我々との戦闘でかなり消耗 している筈だ。戦力を再編して攻撃を再開するにしても、もう少し時間はかかる。攻撃があるとすれば、明日になるだろう。我々は、明日の 早朝までには陸地から離れるから、敵の基地航空隊は、TF37に再攻撃を行う事は出来んだろう。) シャーマンは、心中でそう思った。 「陸地からの攻撃は、まず無いかもしれないな。だが、問題はまだある。」 彼は、ハイライダーから送られて来た情報を思い出した。 フランクリンは、新たに2機のハイライダーを発艦させていた。この2機は、機上レーダーで敵艦隊を探知し、位置と進路を知らせて来た。 情報によれば、TF37の南西側の海域270マイルの沖合を、敵機動部隊が航行しているという。 このまま行けば、TF37は安全圏に出るまでに、敵機動部隊から攻撃を受け続ける事になる。 (ただ待っているだけでは、基地航空隊の脅威は去っても、敵機動部隊の脅威は去ってはくれない。この脅威を取り払うには・・・・・ やはり、攻撃しか無い) シャーマンは顔を上げた。 「よし。通信参謀、艦隊の各艦に通達せよ。我、これよりTF37の指揮を継承。航空戦の指揮を執る。各空母は、攻撃隊発艦の準備を行われたし、だ。」 「司令、攻撃隊を発艦させるのでありますか?」 通信参謀が驚く。 「そうだ。攻撃だ。」 シャーマンは即答する。 「これより、各空母は急ピッチで攻撃隊を編成して貰う。それから、第3任務群は解隊し、第1任務群の指揮下に入るように伝えよ。」 彼は、有無を言わせぬ口調で通信参謀に命じる。 「急げ!敵は新たに攻撃隊を編成している筈だ。ここで反撃に転じなければ、我々はずっと、敵に付き纏われてしまうぞ。それに」 シャーマンはここで頬を緩ませた。 「ようやく、念願の正規竜母が現れたのだ。沈められる機会があるのならば、1隻でもいいから海底に送ってやるべきだろう。 攻撃隊のパイロット達も、早く出撃させてくれと、内心やきもきしている頃だ。」 「分かりました。全艦艇に指令を伝えます。」 通信参謀は頷くと、駆け足で艦橋から出て行った。 午後4時40分 TG37.2旗艦 空母フランクリン 幸か不幸か、太陽はまだ高い位置にあった。 時間は午後4時40分を回っているが、気象班が予測した日没まではまだ時間もある。 飛行甲板上には、弾薬を搭載した艦載機がずらりと並べられている。 弾薬の搭載作業は、事前に準備を終えていた事が功を奏し、比較的短い時間で終わった。 「第2次攻撃隊は、本艦からF4U24機、SB2C14機、TBF14機が発艦します。次に、イントレピッドからはF6F18機、 SB2C16機、TBF12機、軽空母ラングレーとプリンストンは、それぞれF6F12機とTBF6機ずつを発艦させます。」 「レキシントンとボクサーは?」 シャーマンは、すかさず航空参謀に聞き返す。 「レキシントンからはF6F18機、SB2C10機、TBF8機、ボクサーからはF4U30機、SB2C12機、TBF9機が発艦予定です。 このうち、本艦とボクサーのF4Uは、12機ずつ、計24機がロケット弾を搭載して、敵の輪形陣攻撃に当たります。それからプリンストン、 ラングレー、ボクサーの艦爆、艦攻も護衛艦の攻撃に回ってもらう予定です。」 「コルセアのロケット弾で駆逐艦の防空網に穴を開け、艦爆、艦攻の攻撃で巡洋艦や戦艦を叩き、残りの航空隊で敵竜母を狙う、か。 敵がやって来た戦術を、そっくりそのまま叩き返してやるという訳か。」 「はい。それも、徹底した形で行います。」 「潜水艦からは、何か新しい報告は無いか?」 「20分前の第一報以来、消息は途絶えています。」 今から20分前、TG37.2司令部に潜水艦タイノサから敵機動部隊発見さるという報告が伝えられた。 潜水艦タイノサは、僚艦であるハンマーヘッドと共に、この作戦で生じた未帰還機の搭乗員を救出するために派遣された潜水艦の1隻である。 アメリカ海軍は、アルブランパ港を監視している潜水艦部隊とは別に、12隻の潜水艦を動員してシェルフィクルやレビリンイクル列島の周辺に 配置していた。 タイノサとハンマーヘッドは、本来はトンボ釣りが主任務であったのだが、TF37が敵航空部隊の大空襲を受けているとの通信が入ってから は付近の哨戒活動を行っていた。 この2隻が、敵機動部隊発見という殊勲を挙げたのである。 「シホールアンル艦隊の最新の位置を掴めた事は幸いだが、それよりも、タイノサとハンマーヘッドは生き残って欲しい。」 「貴重な搭乗員救出艦ですからね。1隻でも失えば大損害です。」 「だな。」 シャーマンは頷く。 「2隻の潜水艦が命懸けで伝えて来た情報を生かすためにも、俺達は攻撃を成功させねばならん。」 彼は、静かながらも意気込みを感じさせる言葉を呟いた。 飛行甲板から、航空機のエンジン音が聞こえ始めた。 エンジン音はすぐに大きくなり、数分足らずで飛行甲板上は艦載機の発する爆音に満たされた。 「司令、各空母の発艦準備が間もなく終わります。TG37.1と37.3はあと10分で発艦準備が終わるとの事。」 「あと10分か。やはり、事前に準備を怠らなかったのが幸いしたな。」 シャーマンは満足気な笑顔を浮かべてから言う。 同時に、通信士官が紙を手に携えながら艦橋に飛び込んで来た。 「司令官!ピケット艦より緊急連絡です!」 「読め。」 シャーマンは冷淡な声音で通信士官に言う。 「はっ。ピケット艦コルホーンが、方位260度方向、距離180マイルの地点より接近する敵編隊を捉えたとの事です。」 「敵機動部隊から発艦したワイバーン隊だろう。早速追い討ちを掛けて来たか。」 シャーマンはうんうんと頷く。 「だが、シホット共が思い上がるのも、これまでだ。俺達も攻撃隊を飛ばし、敵機動部隊に空襲を行う。見てろよ、シホット。」 彼は、静かな口調で言い放った。 「バンカーヒルとタイコンデロガ、そして、TF37全体が味わった苦痛と恐怖を、そっくりそのまま叩き返してやるぞ。」 午後5時50分 シェルフィクル沖南南東380マイル沖 第2次攻撃隊が発艦を終えてから1時間が経った。 艦隊には、南西方面から新たな敵編隊が迫りつつあった。 「こちらフランクリン。ウィックスリーダーへ、敵編隊は君達から西に10マイル、1000メートル下方を飛行中だ。数は約200騎程だ。」 「こちらウィックスリーダー了解。すぐに向かう。」 ケンショウは、耳元のレシーバーから流れる隊長機とFDOとのやり取りを耳にしながら、先頭を飛ぶ隊長機に目を向ける。 「各機に告ぐ。聞いての通り、敵編隊約200騎が艦隊に近付きつつある。俺達は今より、この敵編隊を迎撃する。全機、俺に続け!」 イントレピッド隊を束ねるジャン・オーキス大尉の指示が飛び、イントレピッドから発艦した12機のF6Fは、オーキス機に従って、 敵編隊の居る方角に向かう。 迎撃に飛び立った戦闘機は、イントレピッド隊が12機、フランクリン隊が10機、プリンストン隊が8機、ラングレー隊が16機。 TG37.3のボクサーからはF4Uが14機発艦し、レキシントンからは12機が飛び立った。 総計で82機の戦闘機が発艦し、敵編隊に向かっているが、この82機が、TF37が出せる精一杯の戦力である。 残りの戦闘機は、第2次攻撃隊の護衛に出払っているか、艦内の格納庫で修理を受けている。 (いつもなら200機、多い時には300機以上を迎撃に出せる筈なのに、今ではたったの82機とは。この消耗率は異常だぞ) ケンショウは内心で思う。 早朝から始まった第1次攻撃隊の発艦から既に半日が過ぎ、TF37がCAPに繰り出せる戦闘機は、通常の半数以下である。 TF37の損害は、主力艦だけでも正規空母2隻、軽空母1隻が沈没確実の被害を受け、戦艦1隻に正規空母1隻、軽空母1隻が 沈没するかどうかの瀬戸際まで追い詰められている。 それと同時に、航空機の損失も膨大な物に上っており、TF37は推定で300機以上の艦載機を失っている。 この300機という数字は、敵に撃墜された機以外に、艦内で母艦と共に海没した機体や不時着水、あるいは着艦事故で失われた機も含んでいる。 戦闘はまだ続くため、航空機の損失数は更に増えるだろう。 イントレピッド隊が、他の母艦の戦闘機隊を率いる形で敵に向かってから5分が経過した。 「敵騎発見!」 オーキス大尉の叫び声が響いた。 イントレピッド隊の左下方に、敵ワイバーンの大編隊が飛行している。 敵編隊の全容は、所々に掛っている雲に覆われて把握しきれないが、FDOの言う通り敵の総数は、200は下らぬと思われた。 「イントレピッド隊はこれより、敵戦闘ワイバーンと空戦を行う。攻撃開始!」 オーキス大尉の気合のような言葉が響いてから、先頭の第1小隊が機首を翻し、1000メートル下方に居る敵編隊目掛けて突っ込む。 「第2小隊も続くぞ!」 「了解!」 ケンショウは小隊長にそう返事し、小隊長機にならって操縦桿を右に倒し、愛機を横転させながら降下の姿勢に移す。 視界がぐるりと回り、前方に翼を上下させるワイバーンの大群が見え始める。 緊密な隊形を維持しながら飛行を続けるワイバーン群だが、戦闘機の接近に気付いたのであろう、一部の敵騎が向きを変えて来た。 6000メートルを指していた高度計は急激に下がり、あっという間に5200まで下がった。 先頭の第1小隊が、向かって来たワイバーンに対して機銃を撃つ。 対するワイバーンも口から光弾を連射して来た。 第1小隊の攻撃で、1騎のワイバーンがひとしきり光を明滅させたあと、何かの液体らしき物を吹き出した。 同時に、第1小隊のうちの1機が機首から白煙を引き始め、小隊から離れ始める。 敵ワイバーン群が第1小隊とすれ違い、被弾騎を除いた残りのワイバーン8騎が第2小隊に迫る。 (来る!) ケンショウは心中でそう叫び、目測で敵が距離400まで接近した瞬間、機銃を発射する。 両翼の12.7ミリ機銃が唸りを上げ、6本の火箭が狙いを付けた1騎のワイバーンに注がれる。 機銃弾は敵ワイバーンの下方に逸れてしまった。 それと入れ替わるように、敵ワイバーンから放たれた光弾がケンショウ機に向かって来る。 緑色の光弾が機体の右方向を飛び去って行く。 敵の攻撃は逸れるかと思った瞬間、外から叩かれたような振動が伝わる。 振動は2回だけであり、いずれも機体に致命傷を負わせるほどではなかったが、 「畜生!」 ケンショウは悔しげな口調で罵声を上げた。 しかし、そんな感傷もすぐに振り払い、彼は新たなワイバーンとの正面対決に入る。 今度は5騎が迫って来た。 相手も500キロ以上のスピードで飛んでいるため、距離はあっという間に縮まる。 ケンショウは真ん中のワイバーンに狙いを付け、300メートルまで迫ってから機銃を撃った。 両翼の12.7ミリ機銃が再び唸り、操縦席にリズミカルな振動が伝わる。 今度は見事に命中した。 敵ワイバーンは、真正面からモロに連射を食らった。 襲い来る機銃弾は、敵の防御魔法によって弾き返され、敵ワイバーンの周辺が赤紫色に明滅する。 相手の攻撃は見当違いの所に飛んで行った。 ケンショウ機と敵ワイバーンが高速ですれ違う。彼はすぐに後ろを振り向いたが、目標のワイバーンの姿を確認する事は出来なかった。 (落とせてないだろうな。だが、防御魔法の明滅時間は比較的長かったから、あと少しで防御は敗れるだろう) 彼は心中でそう呟いた。 ケンショウも含む第2小隊は、全機が無事に敵編隊の下方に飛び抜けた。 「これより各ペアで戦闘に当たれ!ブレイク!」 中隊長機から指示が下る。それを聞いたケンショウは、相棒が後ろに続いている事を確認してから、愛機を左に旋回させた。 「さて、ここからが本番だぞ。」 ケンショウは自らを戒めるかのように、小声でそう言う。 敵編隊の周囲では、既に乱戦が始まっていた。 82機のCAPは、敵の護衛と渡り合いながら、隙を見ては攻撃ワイバーンに向かおうとした。 敵の護衛を振り切った2機のコルセアが爆音を響かせながら、攻撃ワイバーンに接近する。 狙われた攻撃ワイバーンが狙いを外そうと、慌てて蛇行するが、コルセア2機は無駄だと言わんばかりに容赦なく機銃弾を撃ち込んだ。 12.7ミリ機銃弾12丁の集中射撃を食らったワイバーンは、最初は防御結界に守られる物の、それもすぐに効果が切れる。 魔法の恩恵が無くなり、生身の体が晒された瞬間、竜騎士とワイバーンは無数の高速弾によってずたずたに引き裂かれた。 別のヘルキャットは、ワイバーンから真正面から受けながらも、それを強引に突っ切って攻撃ワイバーンへ急速接近する。 ヘルキャットは、ワイバーン群の指揮官騎と思しき敵騎を見つけるや、脇目も振らずに突進した。 ワイバーン群の指揮官は、自らに迫り来るヘルキャットを見て死を覚悟した。 その瞬間、下方から幾条もの光弾が吹き出し、それがヘルキャットに突き刺さる。 幾つもの光弾に穴を穿たれたヘルキャットは、主翼から黒煙を吐きながら錐揉み状態で墜落して行った。 敵編隊の周囲で戦闘機やワイバーンが墜落していく中、ケンショウ達は敵編隊の下方に居ながら目標を見定めていた。 「やはり、敵編隊の先頭付近をやるか。なあ、お前はどっちがいいと思う?」 「俺は君の指示に従うよ。それより、時間が無いぜ。」 ケンショウは、相棒にそう言われて苦笑する。 「そうだな。では、先頭のヤツを叩くか。」 ケンショウは頷いた。愛機のスロットルを開き、速度を上げる。 機首の2000馬力エンジンが轟々と開き、重い機体を高空に引っ張り上げていく。 目標は、敵編隊の一番右側を飛ぶ4騎のワイバーンだ。 上空では、味方の戦闘機隊と護衛のワイバーンが空戦を行っている。 敵編隊は半数近くをワイバーンで固めていたため、戦闘機隊の大半が戦闘ワイバーンとの空戦に忙殺されている。 だが、それでも一部の戦闘機は、ワイバーンに勝る速度性能を生かして、思い出したように敵編隊目掛けて突っ込んでいく。 味方戦闘機隊はいずれも上方から突っ込んできたため、敵の竜騎士達の注意は上に向いていた。 そのため、下方から迫りつつあるケンショウ機とそのペア機には気付かなかった。 「良いカモだぜ。」 レシーバーから相棒の声が聞こえる。 敵編隊との距離は既に600を割っている。ケンショウは、距離400まで近付いてから射撃をする予定であったが、敵は一向に気付く様子が無い。 そのまま2機のF6Fは、目標のワイバーン編隊の下方から接近を続ける。 と、その時、1騎のワイバーンがこちらに気付いたのか、急に体を左右に揺らした。 「今更気付いたって遅い!」 ケンショウは静かな声でそう言うと、躊躇い無く機銃の発射ボタンを押した。 曳光弾が敵ワイバーンの下腹に注がれ、しばしの間防御結界が働き、ワイバーンの周囲が光に包まれる。 光の明滅は僅か1秒で終わり、その次の瞬間、ワイバーンは全身を12.7ミリ弾に貫かれた。 「!!」 ケンショウはふと、背筋に悪寒を感じた。 「来るぞ!!」 彼は反射的に相棒に叫ぶと同時に、機体を右に横転させた。 愛機の姿勢がぐらりと右に傾いた時、斜め上方から光弾が降り注いで来た。 「ワイバーンだ!」 ケンショウは叫びながら、愛機を旋回降下させる。その時、彼は自らを襲ったワイバーンを見つけた。 襲って来たワイバーンは3騎いた。 その3騎は、ケンショウ機を狙って光弾を放って来た。ケンショウがこの集中攻撃を避けられたのは、奇跡に等しかった。 (タイミングが少しでもずれていたら、今頃は・・・・) 彼は脳裏に、自分の機体が炎に包まれながら墜落していく光景を思い浮かべ、身震いした。 (ええい、怖がっている暇は無い!) 彼は内心でそう思うと、再び奮起して襲い掛かって来たワイバーン相手にどう立ち回るかを考える。 「ケンショウ!そっちに2騎言ったぞ!俺の方にも1騎食らい付いている!」 「了解!」 ケンショウは答えながら、自分が圧倒的に不利な状況に陥ったと確信した。 速度性能ではヘルキャットが上だが、最近のワイバーンはスピードも580キロ程度は出せるため、この差は決定的ではない。 それに比べて、運動性能では圧倒的にワイバーンが上であるため、コルセアやヘルキャットでは1対1で分きつい。 それが2対1となると、ヘルキャットはかなり不利となる。 「奴らの思い通りになってたまるか!」 ケンショウは静かな声で言い放つと、スロットルを更に開き、エンジン出力を最大にする。 下降に入っていたヘルキャットは更に増速し、高度計の回転速度が更に上がる。 彼はGに耐えながら、後ろを振り向いた。 愛機の右後方にワイバーンが占位しているが、その姿は徐々に小さくなっていく。 しかし、後方から追跡して来るワイバーンは1騎しか見当たらない。 (もう1騎はどこに居る!?) ケンショウは心中で叫ぶ。 もう1騎のワイバーンは、いつの間にか居なくなっている。 彼は左右は勿論の事、全方位に目をこらしたが、もう1騎のワイバーンはどこにも居ない。 (見えるワイバーンと同じように、こっちの死角から追跡しているかもしれないな) ケンショウは、内心でそう確信した。 いつも慎重に行動する彼にしては、珍しく都合の良い判断ではあるが、戦闘で疲労していた頭は、この時、ケンショウの売りの1つである 慎重さを奪い去っていた。 高度1000メートルまで下降した所で、ケンショウは愛機を旋回させた。 「よし、続いて上昇に移るぞ。」 彼は旋回上昇に移ろうとした。その時、機体に横から殴られるかのような衝撃が伝わった。 金属が裂け、何かが音立てて砕けるような音が耳に響く。 防弾ガラスが割れ、その破片がケンショウの左頬を切り裂き、真っ赤な血がコクピット内に飛び散った。 「!?」 ケンショウは驚くと同時に、自らの失態を悟った。 機体の真上を1騎のワイバーンが飛び去る。 (くそ、しくじった!) ケンショウは叫び出したかったが、不思議と声が出なかった。 体は恐怖と緊張で硬直し、それまで滑らかに行っていた機体の操作にも無駄な手間が生じる。 エンジンにも被弾したのだろう、機首に穴が開き、2000馬力エンジンがひっきりなしに振動している。 速度は急速に落ち始め、今では440キロまで低下していた。 ケンショウ機をフライパスしたワイバーンが、距離800メートルの距離でくるりと向きを変え、また向かって来た。 ワイバーンの姿が徐々に大きくなる。最初は見え辛かったが、距離が狭まるに連れて、竜騎士の姿がはっきりと分かるようになった。 「逃げなければ!」 ケンショウは無我夢中で機体を操作する。 が、被弾でエンジンのパワーが落ち、各所に手傷を受けた愛機は、七面鳥を思わせるような緩慢な動きしかできなかった。 ワイバーンが500メートルまで迫った。相手の姿ははっきりと見て取れる。 「・・・・畜生!」 ケンショウは悔しさの余り、大声で叫んだ。 その瞬間、攻撃が放たれた。 「?」 ケンショウは思わず目を閉じたが、この時、彼は首を傾げた。 (この音は・・・・機銃弾?それに・・・・) 彼の耳に響いたのは、唐突に発せられた機銃の発射音と、2000馬力エンジンが発する爆音であった。 轟音が左から右に飛び去った。 ケンショウはすかさず、音が飛び去った方角に目を向ける。 自分を狙っていた筈のワイバーンは、突然の攻撃を受けて墜落しつつあった。そして、そのワイバーンを討ち取った張本人が、大きく旋回を行っていた。 「あれは、俺と同じF6F・・・・じゃないな。」 ケンショウは、その機に取り付けられている物・・・・夜戦仕様のF6Fに取り付けられた右主翼の丸い物に目が止まった。 「夜間戦闘機か。最新型のF6F-N5だな。」 彼は、安堵するかのような声音で呟く。 夜戦仕様のF6Fは、滑らかな動作でケンショウ機に近付いて来る。 ケンショウはまず、尾翼に注目した。 「ラングレー所属の艦載機か。」 彼は、尾翼に描かれている白地の長方形に黒のダイヤマークを見て、そのF6Fが軽空母ラングレーの搭載機であると確信する。 「そこのヘルキャット、聞こえる?」 無線機に声が響いて来た。ケンショウは、その声が異様に高い事にやや驚いた。 「ああ、聞こえる。感度はバッチリだ。」 「ふぅ、良かった。生きているみたいね。」 「お陰さまで、何とか生き延びる事が出来たよ。礼を言う。」 ケンショウは、右側方を飛ぶF6Fを見つめながら話す。 相手の顔は、風防眼鏡と飛行帽に隠れて見えない。 「君はラングレーの所属か?」 「ええ。と言っても、半ば居候のような物だけど。」 「居候か。てことは、君はあの噂の・・・・・・」 「あら、ご存知なのね。」 相手はそう言うと、ニコリと笑って来た。 「やはりね。あんたらの噂は前から聞いてるぜ。良い腕前だ。」 「どうも。」 相手は笑いを含んだ口調でケンショウに返した。 「しかし、酷い有様だねぇ。エンジンからは煙が出ているし、胴体は穴ぼこだらけだし、こりゃスクラップ前のポンコツ機みたいだわ。」 「俺の機体はそんなに酷い状況なのか?」 「ええ。何しろ、尾翼にも穴が開いているからね。でも、幸い、飛ぶ事だけは出来そうよ。今は、艦隊からやや離れたところで待機するのが吉かもね。」 「そうか・・・・・」 ケンショウは、幾分落ち込んでしまった。 さっきの判断は完全に誤りであった。もし、目の前のラングレー所属機が助けに来なければ、今頃は機体ごと海に叩き落とされていたであろう。 (まさに、九死に一生、て奴だな) ケンショウは鬱屈とした心中でそう思った。 「おっと、長話は良くないね。じゃ、私は姉貴の所に行かないといけないから、これで。」 「ああ。気を付けてな。さっきは助かった。」 ラングレー搭載のF6Fは、ケンショウの言葉を聞いた後、3度ほどバンクを振ってから離れて行った。 「あのF6Fのパイロット。女だったな。帰れたら、ラングレーの連中に聞いてみるか。」 迎撃隊の奮戦にもかかわらず、敵編隊は護衛のワイバーンの援護のお陰でさほど損害を受けずに、アメリカ機動部隊へ近付く事が出来た。 迎撃隊が戦闘を開始してから15分が経った頃、TG37.2は輪形陣の右側に迫った敵編隊を目視で捉える事が出来た。 巡洋戦艦アラスカは、陣形の右側に配置されている。艦の右舷側800メートル程離れた海域には、僚艦のボルチモアとサンアントニオが布陣している。 艦の乗員達は既に各所で配置に付き、敵の接近を今か今かと待ち構えていた。 「ついに来たか。」 アラスカの艦長であるリューエンリ・アイツベルン大佐は、第12戦艦戦隊司令官であるフランクリン・ヴァルケンバーグ少将の声を聞いた。 「多いですな。ざっと見ても100騎以上はおります。」 「うむ、厄介な事になって来たぞ。」 ヴァルケンバーグ少将は唸るような声音で返した。 「シホールアンル軍は、これまでの戦闘でマジックランスどころか、魚雷も使用している。既にTG37.1やTG37.3は大損害を 被ってしまった。この第2任務群までもが大損害を被れば、TF37は潰走を余儀なくされるだろう。」 「潰走ですか。嫌な言葉です。」 リューエンリは顔をしかめながら相槌を打った。 撤退と潰走。 この二つの言葉は、軍事にあまり詳しくない者が聞けば、似たような意味になると思われがちであるが、撤退と潰走では意味が異なる。 撤退は、軍人からすれば最も聞きたくない言葉の1つであるが、撤退という行動は、軍が部隊としての秩序を保ちながら戦線を離脱する事を言う。 潰走とは、その撤退中に起こりうる行動・・・・算を乱しての敗走の事を言う。 撤退はしていても、部隊としての秩序が保たれていれば再び軍として再生出来るが、潰走ともなれば、部隊を形成する基幹部隊がでんでんばらばらに 戦線を離脱するため、部隊は四分五裂して再編が困難な状況となり、もし再編の目処が付いたとしても、普通に撤退した部隊と比べて再編のスピードは 段違いに遅くなる。 これはTF37にも言える事であり、ここで更に大損害を受けてしまえば、TF37の命運は決まったも同然となる。 最悪の場合は、個別で離脱した損傷艦が、敵の水上艦隊やレンフェラルの襲撃で相次いで討ち取られる可能性もある。 いくら戦力が豊富なアメリカ海軍といえど、空母12隻を主力とするTF57を丸ごと失えば、戦力の再編に時間がかかり、以降の反攻作戦に 支障を来す事になる。 「最悪のケースを避けるためにも、ここは頑張らなければいけませんね。」 「だな、艦長。」 ヴァルケンバーグが頷いた瞬間、輪形陣外輪部から発砲音が響いた。 どうやら、敵編隊が輪形陣に向けて突入を開始したようだ。 「敵さんはいつも通りのサンドイッチ戦法を取らずに、片側を集中して攻撃するつもりのようです。」 「ほほう、一点集中と来たか。時間も時間だし、敵も焦っているのかもしれん。」 ヴァルケンバーグは、視線を夕日で赤らみ始めた空へ向ける。 時刻は既に夕方の6時を過ぎ、海上は夕焼けに覆われている。もう少し時間が経てば、日は完全に落ちる。 敵編隊の指揮官は、日没までに勝負を付けようと考えたようだ。 「だが、もはや敵の思う通りにはさせんぞ。」 ヴァルケンバーグは呟く。その瞳には、熱い闘志が籠っていた。 「先頭のワイバーン群、駆逐艦に向けて降下を開始!」 「輪形陣崩しをやるか。敵も生真面目だな。」 見張りの声を聞いたリューエンリは、小声で呟いた。 敵騎の数は、これまでの来襲騎数と比べて100騎前後と、幾らか少ない。(普通は多いのだが) しかし、それでも敵編隊は、少ない戦力を割いてまで輪形陣潰しを仕掛けて来た。 駆逐艦群が猛烈な対空砲火を放ち、突入して来るワイバーン群が次々と撃ち落とされていく。 しばしの間、敵ワイバーン群は撃たれっ放しの状態にあったが、やがて、高空から迫ったワイバーンが相次いで爆弾を投下した。 駆逐艦3隻の周囲に爆弾が落下し、水柱が噴き上がる。 1隻の駆逐艦が命中弾を受け、艦の前部から猛烈な火焔を噴き上げた。 更にもう1隻の駆逐艦が艦中央部に爆弾を食らい、爆炎が夥しい破片と共に噴き上がる。 駆逐艦2隻が相次いで被弾した事により、輪形陣の対空砲火網に穴が開き始めた。 その穴から、後続のワイバーン群が次々と輪形陣内部へ侵入を試みる。 「こちらは艦長だ。両用砲、撃ち方始め!」 リューエンリはすかさず、艦内電話で砲術長に指示を飛ばす。 それから2秒後に、アラスカの右舷側に配置されている4基の38口径5インチ連装砲が射撃を開始した。 8門の5インチ砲は射撃の切れ目を短くするため、2門の砲を交互に撃ち放っている。 アラスカの右斜め前800メートルを航行するボルチモアや、右斜め後ろを航行するサンアントニオも、それぞれ8門の5インチ砲を向け、 敵編隊を猛射している。 敵ワイバーン群は高空と低空に別れている。 駆逐艦攻撃に戦力を割いたため、敵騎の数は幾分減ったが、それでも70騎以上が上下に別れて輪形陣内部に突入しつつある。 アラスカのみならず、反対側に居る他の護衛艦艇も対空砲火を放っている。 陣形左側の護衛艦群は、位置の関係上、低空から迫る敵騎は狙えないが、代わりに高空から迫る敵騎には射撃を行う事が出来た。 アラスカは高空からの敵騎を狙って対空射撃を行っていたが、サンアントニオとボルチモアは、専ら低空侵入の敵騎を狙い撃ちにしていた。 2隻の重巡、軽巡が放つ対空砲火はまさに戦艦並みであった。 低空侵入のワイバーンは、矢継ぎ早に放たれるVT信管付きの高角砲弾や、40ミリ機銃弾の乱射の前に1騎、また1騎と、次々と討ち取られていく。 高空から迫る敵騎は、輪形陣内部に突入した瞬間に数騎ずつの編隊に別れた。 「高空の敵騎が分散!」 リューエンリは敵の動きを見て、思わず舌打ちをする。 「連中、180度方向に散らばりつつある。考えたな。」 「こうなっては、レーダー管制で繰り出される統制射撃も意味を成さなくなる。全く、厄介な事になった。」 ヴァルケンバーグも、額に冷や汗を浮かべながらそう呟いた。 小編隊のうちの幾つかが、唐突に急降下を開始した。 「あっ!複数の敵騎がボルチモアをサンアントニオに向かいます!低空侵入の騎も20騎前後が両艦に接近します!」 「巡洋艦にまで手を出すか。」 リューエンリは眉をひそめた。 敵ワイバーンは、低空と高空からほぼ同時にサンアントニオとボルチモアに向かった。 ボルチモアとサンアントニオは、これらに向けて高角砲と機銃を撃ちまくる。 敵ワイバーンは機銃弾や高角砲弾によってその数を減らして行くが、敵は全く怯む事無く、2隻の巡洋艦目掛けて突進する。 最初に攻撃を加えたのは、低空侵入を行ったワイバーン隊であった。 このワイバーン隊は5騎がサンアントニオに、6騎がボルチモアに対して攻撃を行った。 これらのワイバーンは、いずれも対艦爆裂光弾・・・・通称マジックランスを搭載しており、距離600に迫った所で2発ずつ搭載されていた マジックランスを一斉に撃ち放った。 ボルチモアとサンアントニオの右舷側に10発以上のマジックランスが殺到する。 対空砲火が迎撃するも、時すでに遅し。ボルチモアとサンアントニオの舷側に次々と爆発が起きた。 マジックランスの恐ろしい所は生命反応探知式という点にある。 この兵器は、必ず人が密集している場所に向かって行くため、着弾した場合の死傷者数がかなり多い。 ボルチモアは5発、サンアントニオは4発のマジックランスを受けた。 ボルチモアは、右舷側の機銃座と、右舷1番両用砲に損害を受け、機銃員の約半数が死傷するという被害を被った。 それに加え、1発は艦橋に命中したため、ボルチモアは艦長以下多数の艦橋職員を爆殺されてしまい、一時操艦不能に陥った。 サンアントニオは4発中、3発が右舷側の甲板に命中し、機銃座や両用砲座に損害を被った。そして、サンアントニオもボルチモアと同様に、 艦橋にマジックランス1本が突入したが、不幸中の幸いで光弾は起爆しなかったため、艦長戦死という最悪の事態は避けられた。 2隻の巡洋艦が相次いで被弾し、炎上した始めた所に、高空からワイバーンが急降下爆撃を仕掛けた。 ボルチモアとサンアントニオに爆弾が降り注ぐ。 急降下爆撃を行ったワイバーン隊は腕が悪かったのが、投下した爆弾の殆どが外れ弾となったが、それでも1発ずつがボルチモアとサンアントニオに命中した。 サンアントニオは、後部第3砲塔に爆弾を食らった。 爆弾が炸裂した瞬間、砲塔自体が弾け飛び、3本の砲身がくるくると回りながら吹き飛んでいく。 サンアントニオは後部部分の命中弾によって濛々たる黒煙を噴き上げたが、機関部にまでダメージは及んではいないため、そのまま30ノット以上の スピードで海上を驀進する。 ボルチモアは左舷側中央部に爆弾を受けた。 爆弾は、左舷側の丁度真ん中・・・・1番煙突と2番煙突の前側に命中し、2基の40ミリ4連装機銃座と、舷側に張り出されるような形で 釣られていた救命ボートが無残に粉砕された。 この被弾の直後、ボルチモアは急激にスピードを落とし始めた。 「ボルチモア、速力低下!」 リューエンリは、見張りの報告を聞くなり悔しげに顔を歪める。 「今の被弾で、ボルチモアは機関部にダメージを負ったかもしれんな。」 ヴァルケンバーグも、味方艦の落伍を目にしてに渋い表情を浮かべる。 「敵編隊の後続が更に接近します!」 リューエンリは見張りの言葉を聞きながら、目視で残りの後続部隊が輪形陣の内部に侵入しつつあるのを確認した。 「低空侵入騎が20から30・・・・降下爆撃隊が20騎前後残っています。」 「あれが奴らの全力だ。恐らく、低空侵入騎は魚雷を搭載しているだろう。艦長、最低でも低空侵入騎だけは食い止めろ。」 ヴァルケンバーグはリューエンリに言う。 「今、TF37の士気は危うい所まで来ている。ここでまた、空母を大破させられれば、士気はどん底まで落ちるぞ。」 「ハッ。分かっています。」 リューエンリはヴァルケンバーグに顔を向けて頷き、再び敵編隊に視線を送る。 「連中に、これ以上好き勝手させる訳にはいきませんからな。」 彼は静かな声音でヴァルケンバーグに返事しつつ、敵編隊を鋭い相貌で睨みつける。 「見張り員!低空侵入騎との距離を知らせ!」 リューエンリは大音声で命じる。 「ハッ!低空侵入騎は、本艦より右舷1800メートルまで接近中です!」 「ふむ・・・・あまり時間は無いな。」 リューエンリはそう呟くと、すぐに艦内電話に飛び付いた。 「砲術長。聞こえるか?」 「こちら砲術長です。何でしょうか艦長?」 「これより低空侵入騎に対して主砲を撃つ。すぐに発射準備かかれ。」 「え・・・・艦長!今は対空戦闘中ですぞ!」 「構わん。すぐに発射準備を行え!急げ!!」 リューエンリは有無を言わさぬ口調で砲術長に命じた。 砲術長は慌てて了解と言うと、すぐに艦内電話を切った。 「艦長・・・・まさか、主砲で敵騎を撃つつもりか!?」 「はい。無茶だ、と言いたいのは分かります。しかし、空母をなるべく傷付けぬためには、今はこれしか方法がありません。」 「しかし、相手はワイバーンだ。戦艦の主砲弾を撃っても、あんな小さい的に当たる確率は限りなく0に近い。いや、紛れも無く0だ。」 「それも承知しています。」 リューエンリはニヤリと笑う。彼の表情からは、僅かばかりだが、自身が感じられた。 「私が狙っているのは、敵騎を派手に脅かすだけです。その間、本艦の対空火器は使えなくなりますが。」 リューエンリとヴァルケンバーグが会話を交わしている間、アラスカの前後に配置された55口径14インチ3連装砲は、ワイバーンの居る 右舷側に向けられていく。 3基の主砲が敵に向けられる間、主砲発射準備のブザーを聞いた機銃員や給弾員は、旋回していく主砲を見るや、仰天し、大慌てで艦内に避難していく。 「こんな忙しい時に主砲を使うだと!?うちの艦長は何を考えてんだ!」 「そんな事知るか。さっさと走れ!主砲の発射に巻き込まれちまうぞ!」 ある機銃手は悪態を付きながら、射手席から飛び跳ねて艦内に続くハッチに走り寄り、ある給弾員は、装填しようとしていた機関砲弾を海に放り込んで、 仲間の後に続く。 最後の機銃員が艦内に飛び込み、扉が音立てて締められた瞬間、ブザーが鳴り止んだ。 9門の14インチ砲は、殆ど水平の状態で向けられていた。 ブザーが消えて3秒ほどの沈黙が流れた後、リューエンリは溜めた物を吐き出す様に、大音声で命じた。 「ファイア!」 その瞬間、アラスカの右舷側が爆発した。9門の14インチ砲は、一斉に砲弾を放つ。 大音響が0.2秒遅れで3度鳴り響く。 低空侵入を図っていた30騎のワイバーンにとって、アラスカの取った行動は、まさに常識破りの物であった。 ワイバーン隊の指揮官がアラスカの主砲発射に唖然となった時、目の前で巨大な水柱が立ち上がった。 その時になって、ワイバーン隊の指揮官は、アラスカの取った行動を瞬時に理解し、指揮下のワイバーンに対して指示を送ろうとした。 だが、指揮官はワイバーン共々、水柱に巻き込まれてしまった。 ワイバーンの群れの中で、9本の水柱が轟々と立ち上がった。 リューエンリは、指揮官騎らしきワイバーンが、水柱に巻き込まれる様子を見て、思わず溜飲を下げた。 「ワイバーンが・・・吹っ飛んじまった。」 彼は、小声で独語した。 ワイバーン群は、立ち上がる9本の水柱に姿を覆い隠されてしまった。 だが、水柱が晴れると、そこから多数のワイバーンが現れて来た。 敵編隊の数は幾らか減ってはいるが、それでも20騎以上は居る。主砲の水柱で落とせたのは、せいぜい2、3騎。多くても4、5騎程度のようだ。 「クソ!やはり、主砲弾をぶち込むというのは無謀すぎたか!」 リューエンリは、自ら考えた作戦は失敗したと悟った。 「おや?」 と、その時。傍で眺めていたヴァルケンバーグが、意外そうな声を漏らした。 「敵さん、編隊が大幅に乱れている。それに・・・・何かパニックを起こしているワイバーンも居るぞ。」 「何ですって!?」 リューエンリは双眼鏡を構え、改めて敵編隊を見つめる。 良く見ると、先ほどまで整然としていた編隊は、今ではでんでんばらばらとなり、1騎1騎が思いのまま飛行している。 それに加え、最後尾に居るワイバーンは、急に上昇したり、あるいは横転したりする等、怪しげな動きを見せている。 そのようなワイバーンが8騎ほど見受けられる。 「やったぞ!これで敵は統制雷撃がやり難くなっただろう。艦長、どうやら、君の作戦は当たったようだな。」 「ええ、確かに。」 リューエンリは僅かに頬を緩ませるが、すぐに引き締めた。 「ですが、まだ喜んでいる場合ではありません。敵は依然として近付きつつあります。後は、両用砲と機銃でどこまで頑張れるか。」 リューエンリはそう返した。その時になって、両用砲と機銃が戦闘を再開した。 再び対空砲火の弾幕が敵ワイバーンに対して張られる。 敵騎群は、大きく数を減らしている物の、一向に引く気配を見せなかった。 対空戦闘が終わりを告げたのは、それから10分後の事であった。 「うーむ・・・・空母がまた傷付いてしまったか。」 TG37.2旗艦であるフランクリンの艦橋で、シャーマン少将は腕組をしながら僚艦イントレピッドを見つめていた。 彼の表情は険しい。 「イントレピッドからの報告によりますと、先の空襲で爆弾3発と魚雷1本を受けた模様です。この損害で、イントレピッドは28ノットまで しか速度を出せず、飛行甲板は使用不能との事です。」 「爆弾3発に、魚雷1本か。TG37.3や、TG37.1に属している空母が受けた被害に比べると、まだ傷は浅いと言えるのが唯一の救いだな。」 「ええ。ですが、イントレピッドから発艦した攻撃隊は、他の母艦に移すしかありません。」 「攻撃隊の連中には苦労を掛ける事になったが、それはともかく、母艦に大破以上の損害が出なかった事は喜ばしい事だ。」 「ええ、確かに。」 ウェルキン中佐は頷いた。 「使える母艦がまた1隻減った事は痛いですが、とにもかくも、被害の極限には成功した、と言えますな。」 「ああ。」 シャーマンは頷きながら、黒煙を噴き上げるイントレピッドを見つめ続ける。 イントレピッドは、先の攻撃で飛行甲板に爆弾3発を食らった他、舷側に魚雷3本を受けた。 だが、敵の魚雷は3本中2本が不発であり、唯一、右舷側中央部に命中した魚雷だけが、イントレピッドに損害を与える事が出来た。 イントレピッドは、被弾によって前部エレベーターと後部エレベーターが使えなくなった他、艦深部の缶室にも損害が出たため、艦載機の発着は 不可能となり、速度も28ノットまでしか出せなくなった。 今、イントレピッドでは必死の消火活動が行われている。 艦体から流れる黒煙は後ろに棚引いているが、機関部へのダメージは深刻というレベルではないため、船としての機能は充分に生きている。 シャーマンは、損傷したイントレピッドから、その奥の右舷真横を航行するアラスカに視線をずらす。 「敵の雷撃隊は、イントレピッドに到達する前に、アラスカや巡洋艦群に散々痛めつけられていた。特に、アラスカが行った常識破りの攻撃の お陰で、敵編隊はイントレピッドを撃沈する機会を失った。航空参謀。」 シャーマンはウェルキン中佐に顔を向けた。 「もしアラスカが、あの時主砲を発射していなかったら・・・・イントレピッドがこうして、フランクリンの真横を航行している事は無かった かもしれんな。」 「ええ。敵のスコア表に、大型空母のシルエットがまた1つ増えていたでしょうな。だが、アラスカ艦長の咄嗟の判断が、それを未然に防いだ。」 「そうだ。ひとまず、これで敵の空襲は終わりだ。後は・・・・」 シャーマンは、心中で敵機動部隊に向かっている第2次攻撃隊の姿を思い浮かべる。 「こちらが繰り出したパンチが、うまくヒットするかどうか・・・だな」 時刻が午後6時45分を回った頃、TF37を発艦した第2次攻撃隊は、敵機動部隊が繰り出した迎撃を撥ね退けながら、敵機動部隊の上空に到達を終えていた。 「ふぅ。敵のワイバーン共は何とか食い止められたな。」 カズヒロは、イントレピッド艦爆隊第2小隊の2番機として敵機動部隊への攻撃に参加していた。 「カズヒロ、こんな天気で攻撃しても、ちゃんと当たると思うか?」 後部座席に座っているニュールが尋ねて来る。 空は既に太陽が落ちかけ、周囲は薄暗い。第2次攻撃隊は薄暮攻撃という、あまり好ましく方法で敵に挑もうとしている。 「自信はあまり無いね。」 カズヒロはきっぱりと言う。 「敵の竜母へ攻撃する、という事自体初めてだ。いつもの通りに上手くやれる自信は無い。だけど、やるしかない。」 「・・・だな。」 ニュールは頷いた。 「やるしかねえな。」 「そうさ。でなきゃ、TF37は明日も敵のワイバーン相手に海上でダンスだ。無駄なダンスをさせないためにも、敵の竜母に必ず爆弾をぶち込んでやる。」 カズヒロは強い口調で言う。彼の表情には、緊張と期待の混じった色が浮かびあがっていた。 「攻撃隊各機に告ぐ。これより、敵機動部隊を攻撃する。」 指揮官騎の声がレシーバーから聞こえ、各母艦航空隊に攻撃目標が割り当てられる。 「イントレピッド隊は敵竜母1番艦、フランクリン隊は敵竜母2番艦、レキシントン隊は敵竜母3番艦を攻撃する。ボクサー隊、プリンストン隊、 ラングレー隊はコルセア隊の突入後に敵護衛艦を攻撃せよ。」 攻撃隊指揮官は、一呼吸置いてから最後の一言を吐き出した。 「全機突入せよ!」 その命令が発せられるや、攻撃隊の先頭を飛行していた22機のコルセアが待ってしましたとばかりに翼を翻し、低空に降下していく。 敵機動部隊に対する攻撃は、まず、コルセアのロケット弾攻撃から始まる。 ボクサーとフランクリンから発艦したロケット弾搭載機は24機だったが、2機はワイバーンの襲撃によって、敵機動部隊に到達する前に撃墜されている。 残り22機となったコルセアは、輪形陣の左側に向かっていた。 コルセアは敵艦の射程に到達する前に、6機、または5機ずつに別れた。 コルセア隊の目標は、輪形陣外輪部を航行する敵駆逐艦である。 各機には、5インチロケット弾が8発ずつ搭載されており、これを撃ちこむ事によって敵艦の対空火力を減殺する。 その後、艦爆や艦攻が輪形陣を突破し、竜母や戦艦、巡洋艦に攻撃を仕掛ける。 時間の都合で、輪形陣の両側から攻撃する事は出来ないため、第2次攻撃隊は陣形の片方から敵艦隊の上空に侵入して攻撃する手筈になっている。 奇しくも、第2次攻撃隊の戦法は、敵機動部隊が送り出した攻撃隊が取った物と全く同じ物であった。 この時、第2次攻撃隊に襲われた艦隊は、リリスティが直率する第1部隊であった。 第1部隊は、輪形陣の外輪部に12隻の駆逐艦を配置している。コルセア隊は、左側の外郭を埋める6隻の駆逐艦全てに襲いかかろうとしていた。 駆逐艦群が前、後部に配置された主砲を放つ。 コルセア隊の周囲には砲弾が炸裂し始めるが、飛んで来る砲弾の数は多くは無い。 輪形陣外郭を固める駆逐艦群の任務は、輪形陣突破を図る攻撃機を複数の艦で攻撃し、弾幕で敵機を撃ち落とすか、あるいは追い返す事である。 通常なら10以上の砲弾が敵機の周りで炸裂する筈なのだが、コルセアは、それぞれ駆逐艦1隻ずつに迫っているため、敵駆逐艦は単艦で 迎撃をするしかなかった。 そのため、砲弾はばらばらの位置で炸裂し、高射砲弾幕を形成する事はほぼ不可能となった。 コルセア隊は、それぞれの小編隊が横一列となり、猛速で目標である駆逐艦に接近していく。 周囲に高射砲弾が炸裂するが、数が少ないせいもあって、全く命中しない。 コルセアは更に高度を落とし、高射砲の狙いを外そうと試みる。 駆逐艦スェルインバの艦長は、一向に両用砲が有効打を与えられない事に業を煮やし、砲術長に対して敵機の前方の海面を撃てと命令した。 両用砲は、狙いをコルセアの前の海面に定め、再び発砲する。 最初の砲弾が弾着し、水柱が噴き上がるが、弾はコルセアの後方に逸れていた。 敵機が800グレルに迫った所で、対空用の魔道銃が一斉に撃ち放たれる。 七色の光弾が、横一列になって迫るコルセアに注がれ、そこに両用砲の射撃も加わった事から、コルセアの周囲の海面は砲弾の破片の落下と、 光弾の弾着によって白く泡立った。 コルセア1機に魔道銃の光弾が集中された。その次の瞬間、コルセアの機体から弾着の火花が飛び散り、次いで、右の主翼から紅蓮の炎が噴き出した。 操縦不能に陥ったコルセアは、機体を右に傾けながら海に突っ込み、激しい水飛沫が噴き上がった。 魔道銃の射手達が頬を緩ませ、この調子とばかりに別のコルセアにも狙いを定める。 しかし、そのスェルインバが撃墜できたコルセアはこの1機だけであった。 コルセア隊の速度は600キロ近くにまで達しており、敵駆逐艦が対空射撃に専念できる時間は、思いのほか短かった。 コルセアは距離800メートルまで迫るや、両翼から機銃を放って来た。 スェルインバを襲ったコルセアは、正規空母フランクリンから発艦したVF-13所属の機体であり、6機中1機が撃墜されている。 残り5機のパイロットは、洋上に散った戦友の仇とばかりに機銃を乱射する。 合計で30丁もの12.7ミリ機銃から発射された弾丸は、文字通り弾丸の雨となってスェルインバを襲った。 コルセアのガンカメラは、スェルインバから放たれる七色の光弾と、コルセアから撃たれた無数の曳光弾が交錯した後、艦体のあちこちから 弾着の煙が噴き上がる様子を克明に捉えていた。 距離400メートルまで迫った5機のコルセアは、一斉に5インチロケット弾を発射した。 5機のコルセアが放ったロケット弾は計40発にも及び、それらが白煙を引きながら、猛速で敵駆逐艦目掛けて殺到していく。 40発中、その半数近い18発がスェルインバの艦体に満遍なくし、外れ弾となったロケット弾も、艦の周囲に弾着して水柱を上げた。 5インチロケット弾は、シホールアンル側が使用していく対艦爆裂光弾とは違って無誘導であり、威力も段違いに劣る。 しかし、ロケット弾の飛翔速度は爆裂光弾と比べて、約1000キロ以上とかなり早く、敵艦の乗員から見れば、ロケット弾はあっという間に距離を縮めて来た。 ロケット弾は、全てが瞬発信管であり、ある程度の装甲を有した軍艦には余り効果は無いが、スェルインバのような駆逐艦や哨戒艇といった、 弱装甲の艦艇に対しては侮れない威力を発揮する。 スェルインバは、艦体に満遍なくロケット弾をぶち込まれた。 それまで、コルセアに対して放たれていた主砲や魔道銃が、襲い掛かってっきたロケット弾によって瞬時に破壊されてしまった。 主砲塔は側面や天蓋を穿ち抜かれて使用不能になり、吹きさらしとなっていた銃座は、射手や給弾員もろとも艦上から薙ぎ払われた。 艦橋にも3発のロケット弾が命中する。ロケット弾は、光弾と比べて確かに威力は低い物の、それでも数発が纏まって着弾すれば恐ろしい結果を招く。 スェルインバの艦橋職員は、時速1000キロで突入して来たロケット弾によって、艦長を含むほぼ全員が即死した。 ロケット弾の連続爆発が止むと、スェルインバは艦の前部から後部にかけて火災を起こし、やがてスピードを落とし始めた。 残り5隻の駆逐艦も、スェルインバと同様にロケット弾の斉射を浴びせられた。 5隻の駆逐艦は次々と被弾していく。その内の1隻が弾薬庫の誘爆を引き起こし、艦体が艦橋の手前から引き裂かれてしまった。 被弾した6隻のうち、1隻が爆沈し、3隻が甚大な損害を負って艦隊から落伍して行った。 コルセア隊のロケット弾攻撃で対空砲火の薄くなった所を、好機とばかりに艦爆隊や艦攻隊が次々と突入し、輪形陣内部に侵入していく。 最初に輪形陣の内部へ侵入したのは、正規空母ボクサー、軽空母プリンストンとラングレーから発艦したヘルダイバー9機とアベンジャー19機である。 元々、ヘルダイバーは12機居たのだが、機動部隊手前で生起した空中戦で3機が迎撃のワイバーンによって撃墜されている。 アベンジャー隊も、3飛行隊合わせて21機は居た物の、やはり敵騎の急襲を受けて散華している。 ワイバーン隊の迎撃は熾烈であり、護衛のF6FやF4Uも、数で勝るワイバーンに押し切られてしまった。 そのため、攻撃隊は17機の艦爆、艦攻が目標到達前に撃墜されている。 とはいえ、生き残った艦攻、艦爆は、目標である敵艦まであと一歩の所まで迫っている。 その先陣を切るボクサー隊、プリンストン隊、ラングレー隊は、対空砲火を浴びながらも、目標目掛けてひたすら前進を続けていく。 駆逐艦の防衛ラインを最初に突破したのは、プリンストンとラングレー隊であった。 11機のアベンジャーは1隻の巡洋艦に狙いを付け、そのまま超低空で目標に接近していく。 プリンストン、ラングレー隊に狙われたのは、巡洋艦ルバルギウラである。 ルバルギウラはフリレンギラ級対空巡洋艦の2番艦であり、4インチ口径の両用砲を160門積んでいる。 プリンストン、ラングレー隊の指揮官は、無線で短い会話を交わし、このアトランタ級防空巡洋艦に匹敵する巡洋艦を潰すため、合同で雷撃を行う事にした。 11機のアベンジャーは、プリンストン隊が横一列になって先行し、ラングレー隊が同じ隊形でその後ろから続き、前後に2段構えの陣形を取る。 プリンストン隊が先行しているため、ルバルギウラの砲火をまともに浴びるのは必然であった。 5機のアベンジャーは、アトランタ級にも匹敵する対空砲火を浴びせられ、早くも1機が左主翼を高射砲弾に吹き飛ばされ、もんどりうって海面に叩き付けられる。 残り4機のアベンジャーも、周囲で炸裂する高射砲弾の破片を浴びる度に、機体の外板に傷が増えていく。 グラマンワークスの異名を取る航空機会社が作り出した雷撃機は、この戦闘においてもその名に恥じぬ強靭性を発揮した。 ルバルギウラの艦長は、高射砲弾が周囲で炸裂してもなかなか落ちないアベンジャーを見て苛立ちを募らせた。 アベンジャーは、高射砲弾が炸裂するたびに右に、左によろめくのだが、機体自体は火を噴く事無く、ルバルギウラとの距離を詰めていく。 距離1300メートルに近付いた所で、ルバルギウラの対空魔道銃が一斉に火を噴いた。 片舷だけでも22丁もの魔道銃が向けられるフリレンギラ級の対空射撃は、ライバルとされているアトランタ級のそれと遜色の無い物であった。 七色の光弾が鮮やかな軌跡を曳きながら、4機のアベンジャーに注がれる。 しかし、アベンジャーは高度5グレルという目も眩むような超低空で飛行しているため、光弾の大半は敵機の上か、あるいは横を通り過ぎると言う有様であった。 アベンジャー群は、周囲に高射砲弾の炸裂や、光弾を撃ち込まれても、海面が泡立っている事も気にせず、急速にルバルギウラへ向かって来る。 1機のアベンジャーが、操縦席の真正面から光弾を受けた。 その瞬間、操縦席の前面に何か赤い物が飛び散り、その1秒後に右主翼に光弾の連射が命中した。 アベンジャーは右主翼から夥しい燃料を吹き出した後、そこから炎を吹き出した。 パイロットを失い、機体にも致命傷を負ったアベンジャーは、機体をぐらりと右に傾け、炎上しながら海面に激突する。 その直後、海上で爆発が起こり、アベンジャーが墜落した箇所には炎が燃え広がった。 敵機の壮絶な最期に、ルバルギウラの射手達は怨念じみた物を感じ取った。 僚機の散華に怯む事無く、敵機は距離800メートルに迫ると、胴体から一斉に魚雷を投下した。 「敵機魚雷投下!距離400グレル!」 見張りが上ずった声で、艦橋へ報告する。 ルバルギウラの艦長は、魚雷の航跡を見定めた上で取舵一杯を命じた。 フリレンギラ級巡洋艦は、戦艦や竜母といった大型艦と違って機動性が良いため、艦の乗員からは踊り上手とまで言われている程だ。 ルバルギウラは比較的短時間で回頭を始めた。舵を回してから実際に動き出すまでの時間は、僅か20秒である。 鋭角的な艦首が鮮やかに回っていく。そんなルバルギウラの操艦でも、扇状に放たれた3本の魚雷をかわせるかどうかは分からない。 3本中、2本まではかわせたが、1本が左舷側後部に迫っていた。 「速度上げ!最大戦速!」 艦長は咄嗟に命じた。 ルバルギウラは、艦隊速度である15リンルに合わせてスピードを出していたが、機関室力を最大にすれば、17リンルまでスピードを出す事が出来る。 艦長は艦の速度を上げる事によって、左舷後部に迫る魚雷をかわそうとした。 「魚雷、尚も接近!」 見張りが逐一報告を知らせて来る。 ルバルギウラに真っ白な航跡が迫りつつある。魚雷は、ぎりぎりで衝突コースに乗っていた。 「魚雷、本艦まで40グレルに接近!」 見張りが更に声を張り上げた。甲板上では、新たなアベンジャー編隊に対して、両用砲や魔道銃が猛射しているが、ルバルギウラの艦長は その喧騒が耳に入らなかった。 (頼む、外れてくれ!) 彼は、心中で叫んだ。本当は声に出して叫びたいが、艦長である彼にとって、そのような事は許されるものではない。 彼は命中するかと覚悟し、足を踏ん張った。 しかし、ルバルギウラには、何の反応も無かった。 「敵魚雷、艦尾後方を通過!右舷側に抜けました!」 見張りが歓喜を上げるのを、艦長は伝声管越しに聞き取り、思わず安堵する。 そして、 「敵編隊、魚雷投下!距離350グレル!」 凶報も間を置かずに飛び込んで来た。 「畜生、アメリカ人共め!」 彼は唸るような声でそう言った。 第2陣のアベンジャーは、第1陣から放たれたルバルギウラの動きを読むようにして魚雷を投下していた。 アベンジャー群は投下する前に、対空砲火で1機を撃墜されたが、残りの5機は無事に投雷を果たしている。 アベンジャーが投下した5本の魚雷は、舵を切るルバルギウラの左前方から迫りつつあった。 「舵戻せ!」 艦長は咄嗟に伝える。このまま舵を切れば、ルバルギウラは右舷を敵の魚雷に晒す事になる。そうなっては、複数の魚雷を艦腹に叩きこまれてしまう。 少しでも被雷のリスクを少なくするためには、魚雷と真正面から向き合うしか無かった。 艦長の判断は僅かに遅れ、ルバルギウラは右舷やや斜め前から魚雷の来襲を迎える事になった。 アベンジャーが轟音を立てながら上空を飛び去って行く。5機中、2機は機銃を発射して、ルバルギウラの銃座を潰そうと試みた。 ルバルギウラは、両用砲や魔道銃を総動員して、小癪なアベンジャーを叩き落とそうとする。 1機のアベンジャーに光弾が集中した、と思われた次の瞬間、アベンジャーは両翼から火を吹き出し、力尽きたように機首を下げて、海面に激突した。 「魚雷2本、左舷方向に抜けます!」 見張りの声が艦橋に届く。アベンジャー群は、5本の魚雷を扇状に発射したため、2本は被雷コースから外れて行った。 残り3本が、ルバルギウラに迫って来る。更に右奥を進んでいた魚雷が被雷コースから外れた。だが、そこまでであった。 「魚雷2!本艦に向かって来る!距離30グレル!」 見張りの声音は、絶叫めいた物に変わっていた。 艦長は艦橋の窓から、2本の白い航跡が右前方からスーッと迫るのを見つめていた。 「総員、命中時の振動に備えろ!」 彼は艦内に繋がる伝声管へ向けてそう叫んだ。その直後、ルバルギウラは猛烈な振動に揺さぶられた。 ラングレー隊の放った魚雷は、2本が命中した。 まず、1本目は敵巡洋艦の右舷前部に斜め前から当たった物の、信管が作動しなかったため、不発であった。 その2秒後に、右舷中央部に2本目が同じく斜め前から突き当たった。2本目は無事に起爆し、ルバルギウラの横腹に穴を穿った。 リリスティは、モルクドの左舷を行くルバルギウラが、右舷から高々と水柱を噴き上げる様子を見て、憎らしげに顔を歪ませる。 「ポエイクレイに敵機が迫ります!」 間を置かずに、新たな報告が艦橋に飛び込んで来る。 リリスティは視線を移す。彼女の眼には、戦艦ポエイクレイの上空から、逆落としに急降下していく機影が捉えられていた。 「戦艦を狙うとは。」 リリスティは感情の無い声で呟く。 ポエイクレイは、両用砲や魔道銃を撃ちまくって、敵艦爆を迎え撃つが、思うように敵機を落とせない。 ポエイクレイに向かっている敵は艦爆だけではない。 低空からは9機のアベンジャーがポエイクレイの柔らかい腹に魚雷を撃ち込むべく、射点に迫りつつある。 ポエイクレイは上空のヘルダイバーと、低空のアベンジャーに対して対空戦闘を行っているため、満足な射撃が出来ていない。 リリスティの旗艦モルクドを含む4隻の竜母も、苦境に陥る僚艦を救うため、向けられるだけの両用砲や魔道銃を撃ちまくるのだが、敵機は その努力を嘲笑うかのように、次々と爆弾を投下した。 唐突に、1機のヘルダイバーが爆弾を投下した瞬間に魔道銃の連射を浴び、右の主翼を吹き飛ばされた。 切断面からは炎が吹き出し、ヘルダイバーは錐揉み状態に陥った後、海に落下した。 ポエイクレイの左舷側海面に高々と水柱が噴き上がった。水柱の頂が夕日に照らし出され、まるで大量の真っ赤な血が噴き上がったように思える。 ヘルダイバーの爆弾が次々と落下し、ポエイクレイの周囲にはひっきりなしに水柱が立ち上がる。 中央部付近に閃光が走った。 「ポエイクレイ被弾!」 見張りに言われるまでも無く、リリスティは自らの目で、ポエイクレイが爆弾を食らったのを確認していた。 前部艦橋と後部艦橋の間にある中央甲板には、4門の両用砲が設置されていたが、ヘルダイバーの1000ポンド爆弾は、この4門の両用砲を 纏めて吹き飛ばしてしまった。 最初の被弾から3秒後に、ポエイクレイは被弾個所から2次爆発を起こした。 「予備弾薬が誘爆したようね・・・・」 リリスティは小声で呟く。彼女の言う通り、ポエイクレイは破壊された両用砲の予備弾薬が誘爆を起こし、被害が拡大していた。 唐突に、ポエイクレイが左舷に舵を切った。後続の艦爆が投下した爆弾が、ポエイクレイの未来位置を抉り、空しく海水を噴き上げる。 米艦爆の急降下爆撃は、それで終わったが、ポエイクレイには別の敵が迫っていた。 「ポエイクレイにアベンジャーが接近します!あっ、魚雷を投下した模様!」 見張りは、緊張と興奮に声を裏返しながらも、刻々と状況を伝えて来る。 ポエイクレイに迫っていたアベンジャーは8機居たが、その内2機が対空砲火で撃墜され、残りの6機が距離900で魚雷を投下した。 ポエイクレイには、6本中2本が衝突コースに入っており、ポエイクレイの艦長は慌てて回避を命じたが、艦爆の対応に気を取られ過ぎていたのが 仇となり、魚雷を避ける事は出来なかった。 ポエイクレイの左舷に中央部魚雷が命中し、水柱が立ち上がる。 その次に、艦尾部分からも水柱が噴き上がり、ポエイクレイの艦体は、一瞬だけ後ろから突き上げられた。 「ポエイクレイが・・・・!」 リリスティの隣に立っていたハランクブ大佐が、僚艦の受難を前にして表情を凍り付かせた。 ポエイクレイは魚雷2本を受けたが、流石に防御の行き届いた新鋭戦艦だけあって、機関部等の艦深部の重要区画は無事であり、致命傷には至らなかった。 だが、ポエイクレイは致命傷こそは免れた物の、重大な損傷を負った事には変わりなかった。 「ん?ポエイクレイの動きが・・・・」 リリスティは異変に気付いた。 ポエイクレイは、若干左舷側に傾斜してはいたが、傍目から見れば大した損傷は負っていないと思われていた。 だが、ポエイクレイの動きは、被雷前と比べて明らかに異常だった。 ポエイクレイは、何故か左に回頭を続けていた。 「おい、ポエイクレイは一体何をしている!?」 ハランクブ大佐もポエイクレイの異変に気付いた。 「魔道参謀!各艦へ、ポエイクレイとの衝突に気を付けろと伝えて!」 「は、はっ!」 リリスティの急な指示に、魔道参謀は慌てながらも命令通りに動いた。 その間にも、敵の後続編隊が輪形陣内部に迫りつつあった。 「敵大編隊!我が母艦群へ向かって来ます!」 「ポエイクレイより緊急信!我、操舵不能!」 2つの凶報が時間差で入って来たが、リリスティは2つめの報告を聞くなり、顔を怒りで赤く染め上げた。 「く・・・・また戦艦がやられるとは!」 彼女は、怒りで口を震わせながら、敵機襲来前に第2部隊で起こった出来事を思い出した。 午後4時20分頃、第1部隊の北東側20ゼルド付近を航行していた第2部隊は、突然、敵潜水艦の雷撃を受けた。 当初、敵潜水艦の雷撃は輪形陣外郭を固める駆逐艦を狙ったようであり、敵潜水艦は駆逐艦から距離1000グレルという距離から魚雷を放っている。 しかし、駆逐艦が運良く、魚雷が発射される直前に潜望鏡を発見したため、魚雷発射と同時に舵を切った。 敵潜水艦は、発射された魚雷の数からして2隻から3隻は居たと思われたが、駆逐艦は見事な操艦で全ての魚雷を回避した。 狙われた駆逐艦は2隻であったが、この2隻の駆逐艦は魚雷をやり過ごすと、魚雷の発射点目掛けて突進した。 2隻の駆逐艦の艦長は、姑息なマネをしてきた敵潜水艦の息の根を止めるべく、生命反応を頼りに、あっという間に潜水艦を追い詰めた。 駆逐艦が、慌てて潜航していく潜水艦の真上に占位し、爆雷を投下しようとした時、後方から腹に答えるような爆発音が連続で轟いた。 魚雷は確かに目標から逸れた。だが、魚雷その物が、その時点で役目を果たした訳では無かった。 駆逐艦が避けた魚雷は、全てが輪形陣内部に侵入し、他の巡洋艦や戦艦、そして竜母にまで迫っていた。 発射された魚雷が10本以上あった事。そして、発射した潜水艦が扇状に魚雷を撃った事が、第2部隊の混乱に拍車を掛けた。 魚雷は、1本が巡洋艦イーンベルガに、3本が戦艦ロンドブラガに命中した。 イーンベルガは左舷中央部に魚雷を受け、艦腹に穴が開いた。 イーンベルガ被雷から僅か5秒後には、ロンドブラガが相次いで魚雷を受けた。 ロンドブラガは、2本が左舷前部に命中し、1本が中央部に命中した。これによって、ロンドブラガは左舷に傾斜した。 更に別の魚雷が竜母群に迫った所で、第2部隊の各艦は回避運動を行い、最終的には陣形が大幅に乱れてしまった。 幸いにも、被雷したイーンベルガとロンドブラガは、沈没するような損害は受けなかったが、両艦は9リンル以上の速度は出せなくなった。 リリスティは、敵潜水艦の思わぬ攻撃によって混乱した第2部隊を案じ、第1部隊を第2部隊より東に進めた。 そこに、アメリカ機動部隊から発艦した艦載機が襲い掛かって来たのである。 リリスティは、日が落ちた後は、戦艦部隊と巡洋艦部隊を、複数の駆逐艦と共に切り離し、アメリカ機動部隊に夜戦を挑もうと考えていた。 第4機動艦隊本隊には、新鋭戦艦であるネグリスレイ級戦艦が4隻おり、巡洋艦や駆逐艦も新鋭艦ばかりであり、水上戦闘になればアメリカ軍にも 充分に渡り合えると思われていた。 しかし・・・・ 「どうやら、艦隊を突っ込ませる事は出来なくなったみたいね。」 リリスティは口元を歪めながら独語する。 敵潜水艦の攻撃と、今行われているアメリカ機動部隊との攻撃で、予定されていた夜戦の主役になる筈であった戦艦4隻のうち、2隻までもが 魚雷によって損傷している。 1隻は浸水によって速度が出せなくなり、もう1隻は舵が故障してぐるぐると回るだけしか能が無い。 ネグリスレイ級戦艦は、性能からしてみればアメリカ海軍のサウスダコタ級戦艦とも対等に渡り合えるとされているが、たった2隻で、尚3隻の サウスダコタ級戦艦、2隻のアラスカ級巡洋戦艦を擁する敵機動部隊に立ち向かっても、必ず負ける。 こうなっては、竜母に搭載している航空兵力で攻撃を続行するしか、方法は無かった。 だが、その唯一の方法ですら、今しも迫りつつある敵編隊によって潰されるか否かの瀬戸際に立たされている。 「敵機急降下!ホロウレイグに向かう模様!」 見張りから、新たな報告が伝えられて来た。 どうやら、敵機は竜母に対して、攻撃を仕掛けて来たようだ。アベンジャーの編隊が、モルクドの前方1000グレルを横切って行く。 艦首の銃座が横合いから射撃を行うが、低空飛行している事に加え、殆ど追いかけ射撃のような形になっているため、弾は全く当たらない。 「本艦左舷上空にヘルダイバー!急降下―!」 相変わらず、見張りの声が伝声管を伝って、艦橋に響いてくるが、リリスティは動じなかった。 「さて・・・・ここからが勝負ね。」 彼女は、誰にも聞かれぬような静かな声音で、そう呟いていた。 カズヒロの操るヘルダイバーは、高度4000メートルの上空を飛行しつつ、攻撃目標である敵1番艦に向かっていた。 「空が暗くなりかけている。早いうちに済まさんと、薄暮攻撃が夜間攻撃になってしまうな。」 後ろに座っているニュールが、心配そうな声でカズヒロに言った。 太陽は半分以上が隠れており、空にはこの世界の特徴でもある、2つの月がうっすらと現れている。 敵艦隊に対する攻撃は、完全に薄暮攻撃の様相を呈しているが、真っ暗闇な夜間よりは今の内に済ませた方が幾分マシである。 「第1小隊が行ったぞ!」 カズヒロは、薄暗い中でも、艦首側に回った第1小隊が急降下を開始する姿を確認できた。 敵騎の襲撃で、第1小隊は4機から3機に減ってはいるが、そんな事は機にはしていないと言わんばかりに、3機のヘルダイバーは急角度で突っ込んでいく。 高射砲の弾幕がこの3機に向けて注がれる。 対空砲火の弾幕は意外と厚い。 先行のコルセア隊や、ボクサー、ラングレー、プリンストン所属の艦攻、艦爆は輪形陣左側の陣形を崩す事に成功した物の、竜母群の近くに来ると、 未だに無傷であった輪形陣右側の艦艇が激しく高射砲、魔道銃を撃ちまくって来た。 高射砲弾の弾着が連続し、第1小隊の各機に幾度となく至近弾が出るが、3機のヘルダイバーはダイブブレーキを開きながら、敵竜母1番艦目指して 急降下していく。 第1小隊が高度1000メートルに達した時、敵竜母はいきなり右舷側へ急回頭を行った。 小隊の指揮官は、敵竜母は僚艦の居ない左舷側を回頭すると思っていたのだが、敵はその逆を行った。 第1小隊の指揮官は知らなかったが、モルクドの右舷を航行していたホロウレイグは、ボクサー隊の攻撃を避けるために、右舷へ回頭を行っていた。 モルクドとホロウレイグの間隔は1200メートル程であったが、ホロウレイグが回頭した事によって、間隔が広まり、モルクドは右舷に回頭する事が 出来たのである。 第1小隊が次々に爆弾を投下した時には、敵艦は爆弾の命中コースから完全に離れていた。 最後尾のヘルダイバーが、引き起こしを掛ける際に被弾し、炎を拭きながら墜落して行った。 投下された3発の爆弾は、いずれも敵竜母の左舷側海面に外れて行った。 その頃には、第2小隊が敵艦の左舷側方向から急降下を行っている。 第2小隊の突入開始を尻目に、カズヒロ達の第3小隊は敵艦の左斜め後方に回り込んでいた。 時折、高射砲弾が近くで炸裂し、愛機が不気味な音を立てながら振動する。 「対空砲火が意外と激しいな。」 カズヒロは、緊張に声を震わせながら、後ろのニュールに話し掛けた。 「そりゃそうさ。連中だって大事な母艦は傷付けられたくはないだろうから、必死こいて対空砲を撃ちまくるのは当然だ。」 「確かにね。」 カズヒロは苦笑しながらニュールに答える。その時、後方で高射砲弾が炸裂し、後ろから押し出すような衝撃が伝わった。 「おわ!?」 カズヒロは、今までのよりも強い衝撃に、思わずやられたかと思った。 「おい、大丈夫か!?」 彼は咄嗟に、後部席のニュールを呼ぶ。 「ああ、大丈夫だ。心配無いぜ。」 「ふぅ、良かった。いきなりガン!て音がしたから驚いたぜ。」 カズヒロは安堵しながら、愛機の状態を確認する。 幸いにも、機体に命中した砲弾の破片は急所を避けたていたらしく、何ら異常は認められなかった。 「第3小隊!突っ込むぞ!」 無線機に第3小隊長の声が響いた。カズヒロは咄嗟に、薄暗い闇に隠れている敵竜母を見つめる。 敵竜母の上空を、第2小隊のヘルダイバーが超低空で横切って行く。 爆弾が右舷側海面に落下して、水柱が立ち上がる物の、敵竜母は何ら損害を受けた様子は無い。 「第2小隊も失敗したか。」 「第2小隊もだって?」 カズヒロの言葉に、ニュールは驚きの余り声を上ずらせた。 「第1、第2小隊が失敗したとなると、後は第3、第4小隊が残るのみだ。こりゃ責任重大だぞ。」 カズヒロはその言葉には答えず、2番機の後を追って急降下を開始した。 ヘルダイバーは左側にぐらりと傾き、機首が敵空母の甲板に指向される。降下角度は70度を超えていた。 主翼に取り付けられている穴開きのダイブブレーキが展開され、すぐに甲高い風切り音が鳴り始める。 対空砲火が急に激しくなり始めた。敵竜母の対空砲火は、新たに左舷後方から迫って来たヘルダイバー編隊に向けられている。 初めての敵母艦攻撃に、カズヒロは自分でも不思議に思うほど、心を落ち着かせていた。 小隊長機は、カズヒロ機よりも更に低い高度に達し、噴き上がる対空砲火に絡め取られる事なく、投下高度である600メートルを目指して急降下していく。 (流石は小隊長だ。いい位置に付いている。) カズヒロは、降下の際のGに苦しみつつも、小隊長の腕の良さに感心した。そのまま行けば、敵竜母の甲板に爆弾を叩き付けられるだろう。 だが、その次の瞬間、衝撃的な事が起こった。 隊長機の前面で高射砲弾が炸裂した直後、機体が飛び散って来た破片によって前面をずたずたに切り裂かれた。 そして、更に噴き上がって来た光弾の連射が追い討ちをかけ、隊長機はあっという間に爆発した。 (!?) カズヒロの内心に衝撃が走る。 小隊長機の余りにもあっけない最後。 文字通りの散華であった。 カズヒロは、小隊長機の最後に驚いたが、そのすぐ後には、むらむらと闘争心が沸き起こって来た。 敵竜母は再び回頭を始めた。 2番機は、敵艦の艦首が左に回り始めた直後に爆弾を投下した。 (2番機が爆弾を投下した・・・・・だが) カズヒロは爆弾の行方がどうなるか分かっていた。 2番機のパイロットは絶好のチャンスだとばかりに爆弾を投下したであろう。 しかし、敵艦は、パイロットが爆弾の投下レバーを押す直前に、被弾コースから逃れていた。 爆弾は、ぎりぎりの所で敵竜母右舷側海面に至近弾として落下した。 これまで7機のヘルダイバーが投弾に成功したものの、命中数は0。 いずれもが、本来は必中コースであった筈なのに、敵艦の艦長は巧みに爆弾を裂けている。 (やばい・・・・あの艦の艦長は出来る奴だ) カズヒロは内心で、敵竜母艦長の腕前の良さに感心した。 (だが、俺は絶対に当てる!) しかし、彼は諦めなかった。 高度計が1200を切り、1000に達しようとする。敵竜母は、対空砲火を狂ったように撃ちまくりながら、左舷へ回頭しつつある。 このままいけば、カズヒロ機も爆弾を外してしまう。 (このままでは当たらない。それでも、当てる方法はある) カズヒロは内心で呟きながら、愛機の動きを敵艦に合わせた。急降下を行いながら機体の向きを変えるのは至難の業である。 しかし、カズヒロは無我夢中で、愛機を敵艦に近づけていた。 (投下高度は・・・・400だ!) 彼は、事前に決められた投下高度を無視し、高度400で爆弾を投下する事にした。 海上には、ダイブブレーキから発せられる金切り音が最高潮に達し、敵艦の乗員達は耳を塞ぎたい衝動に駆られながらも、尚も接近する ヘルダイバーを撃ち落とそうとする。 目を覆うような光弾の連射が、次々と向かって来る。 右主翼にハンマーで叩かれたような音が響くが、カズヒロは意に返さない。 事前の指定投下高度である600を超えた。胴体の爆弾倉は既に開かれ、内部から1000ポンド爆弾が除いている。 更に3度ほど、強かな振動がヘルダイバーに伝わるが、カズヒロは気にしなかった。 目の前には、敵竜母が間近に迫っていた。大きさは、カズヒロの乗るイントレピッドよりは小ぶりであるが、それでも敵艦の巨大さは感じ取る事が出来た。 高度計が400メートル台に達するのを目にしたカズヒロは、投下スイッチを押した。 「投下ぁ!!」 道場の試合で相手を威嚇するのと同じように、彼はボタンを押すと同時に気合を放った。 ヘルダイバーの爆弾倉から、1000ポンド爆弾が誘導策に引っ張り出された後、敵竜母の甲板目掛けて解き放たれた。 カズヒロは機体が軽くなった感触を手に感じ取るや、咄嗟に操縦桿を引いた。 急激なGが彼の全身にのしかかって来る。 頭が締め付けられるかのような重圧に、カズヒロは必死に耐える。 高度計が100メートルを指してから、ようやく愛機の姿勢が水平になった。 「やった!命中したぞ!!」 後ろからニュールの弾んだ声が聞こえたのはその時であった。 そのヘルダイバーが投下した爆弾は、モルクドの後部飛行甲板に命中した。 爆弾は木製の飛行甲板をあっさりと突き破り、格納庫に達してから炸裂した。 爆発の瞬間、モルクドの艦体が激しく振動した。 「飛行甲板に敵弾命中!火災発生!」 振動に辛くも耐えたリリスティの耳に、そのような言葉が聞こえて来くる。 更にもう1機のヘルダイバーが爆弾を投げ落す。この爆弾はモルクドの右舷側海面に落下した。 ヘルダイバーの攻撃は休む間もなく続けられる。 第4波のヘルダイバーが、右舷側方から第3波と入れ替わるようにして急降下して来た。 モルクドの対空砲陣が猛烈な勢いで撃ちまくり、大事な母艦をこれ以上傷付けさせまいと奮闘する。 2番機のすぐ後ろで高射砲弾が炸裂するや、垂直尾翼が粉砕され、そのまま死のダイブへと移行する。 残り2機が、高度600メートルまで下降し、爆弾を投下した。 2発の1000ポンド爆弾がモルクドに降り注ぐ。 最初の1発目は、左舷側に至近弾として落下し、水柱が舷側の魔道銃を撃ちまくっていた数人の射手を海にはたき落とした。 2発目が、モルクドの飛行甲板に命中した後、盛大に爆炎を噴き上げた。 (これで2発目か。やはり、そのまま無傷で済むって事は無いものね) リリスティは、幾分醒めた気持でそう思った。 「低空よりアベンジャー接近!距離700グレル!」 ヘルダイバーの爆撃が終わった後も、攻撃は続く。 低空侵入を果たした10機のアベンジャーは、モルクドまであと一歩の所まで迫っていた。 敵機は対空砲火を浴びながらも、徐々に距離を詰めて来る。 海面スレスレを飛行する敵雷撃機は、魔道銃の射手にとってただ怖いだけでは無く、苛立ちをも募らせる難敵である。 低空侵入機に対しての射撃は、舷側が高い竜母にとってなかなかやり難い仕事である。 敵機が5グレル以下の高度で接近して来る物ならば、魔道銃は設置個所の関係上、銃身を、水平より下げながら撃たなければならない。 魔道銃は光弾を発射する指向性兵器ではあるが、米軍が使うような、火薬式の銃と同様に反動がある。 射手はこの反動を抑えながらアベンジャーを狙い撃つのだが、これが意外と難しい。 経験を積んだ射手は、5、6発置きに撃つ事で反動による影響を幾らか少なくできる。 しかし、経験が未熟な新兵の場合、興奮して魔力が切れるまで撃ちまくる場合が多い。 モルクドでも、そのような傾向は現れていた。 魔法石の交換を要求して来る射手は、殆どが新兵か、経験未熟な若い兵ばかりであった。 逆に、経験を積んだ物は、効率よく射撃を行い、常に弾道の修正を試みている。 1機のアベンジャーが、胴体を光弾の連射に撃ち抜かれた。 機体には目立った損傷は無かった物の、命中弾のうち数発はコクピットのガラスを砕いて、パイロットに命中していた。 操縦手を失ったアベンジャーは、頭から海面に突っ込んで、飛沫と共に姿を消した。 残ったアベンジャーは、仲間の死を見ても臆する事無く迫って来る。 敵機は、モルクドから800メートルまで近付き、胴体から魚雷を投下した。 9本の魚雷は扇状に広がっていく。 9本中、5本が直撃コースに入った。モルクドの艦長はすぐさま取舵一杯を命じ、艦の回頭を再開させた。 予め舵は切っていたのだろう。モルクドの艦体は、大型艦にしては滑らかな感じで左に回ろうとしていた。 モルクドの回頭のお陰で、大半の魚雷が艦の左右を通り過ぎる事になった。 だが、モルクド艦長の判断は、完全に良い物とはならなかった。 「左舷前方より魚雷接近!距離100グレル!」 2本の魚雷が、モルクドの斜め前方へ迫っていた。魚雷のスピードは思いのほか早く、あと10秒足らずでモルクドの艦体を抉る事は、ほぼ確実であった。 魚雷はあっという間に、モルクドの至近に迫った。 艦長が大音声で、艦内各部へ魚雷の衝撃に備えるようにと伝えていく。 幕僚達の顔は、一部を除いて真っ青になり、誰もが来るべき衝撃に耐えようと、足を踏ん張る。 そんな中、リリスティは平静さを保っていた。 (アメリカ人達は、このような状況を朝から幾度も体験して来た。今頃、アメリカ人達は自分達が味わった恐怖を思い知れ、とか叫んでいるかもしれないね・・・) 彼女は、内心でそんな事を思いながら、幕僚達がやるように、床に足を踏ん張り、姿勢をややかがめて魚雷命中時の衝撃に備える。 唐突に、突き上げるような強い震動が床から伝わった。 その瞬間、モルクドの左舷側前部には巨大な水柱が立ち上がり、24000トンの艦体が大きく右舷に傾いた。 強烈な振動のため、艦橋に居た乗員や幕僚の殆どが床に転がされてしまった。 リリスティはよろけながらも、振動が収まるまで耐え切った。 「応急班!至急対処を急げ!」 艦長が咄嗟に伝声管に飛び付き、応急班へ指示を送る。 「こちら左舷前部兵員室!艦長はおられますか!?」 「こちら艦長だ。どうした?」 「敵の魚雷は第4甲板前部食糧庫とワイバーン糧食庫の間で炸裂し、兵員室にまで浸水が及んでいます!今、乗員が消火作業と防水作業を行っています。」 「分かった。ひとまずは、浸水を食い止め、被害を抑える事を考えろ。じきに応急班も現場に辿り着くから、それまで頑張ってくれ。」 「はっ!最善を尽くします!」 艦長は、伝声管で各部署との確認を行っている。リリスティは、モルクドの速度が落ちている事に気が付いた。 「魚雷の浸水で艦が重くなっている。命中個所は前の辺りだから、命中と同時に艦の速度も相まって、浸水が多くなったかもしれない。」 彼女が小声でそう呟いた時、後方から大音響が轟いた。 (この音・・・・・もしや・・・!) リリスティは、音が聞こえた方角に何があるのかを思い出した。 「ギルガメルが大爆発を起こしています!」 見張りが泣かんばかりの声音で、伝声管越しに報告を送って来た。 ギルガメルには、空母レキシントンから発艦したヘルダイバー10機と、アベンジャー8機が迫っていた。 レキシントン隊の攻撃は、まず、艦爆の急降下爆撃から始まった。 彼らの攻撃は、どの母艦航空隊よりも精確かつ、気迫に満ちている物であった。 レキシントンのパイロットは、僚艦シスター・サラが沈没確実と判定される損害を被った事をきっかけに、全員が敵竜母撃沈の意気に燃えた。 ヘルダイバー隊は、対空砲火によって3機が撃墜されたものの、残り7機は高度300メートルまで突っ込み、怒りの一撃を加えた。 レキシントン隊に狙われたギルガメルは、まさに不運としか言いようが無かった。 7機のヘルダイバーが放った1000ポンド爆弾は、いずれもがギルガメルに降り注いで来た。 7発中2発が外れ弾となったものの、残り5発が飛行甲板の前、中、後部と、満遍なく命中し、ギルガメルはたちまち大破同然の損害を受けた。 それに加えて、低空から8機のアベンジャーが攻撃を加えて来た。 アベンジャー隊は、途中1機が魔道銃に撃墜されていたが、残る7機は、あろうことか、ギルガメルまで500メートルという近距離にまで迫り、 一斉に魚雷を投下した。 7本の魚雷のうち、1本がギルガメルの艦尾を抜け、もう1本は投下時に故障して、海中に沈んで行った。 だが、残り5本の魚雷が、ギルガメルの中央部から後部にかけて命中し、左舷側に高々と水柱を噴き上げた。 水柱が崩れ落ちた直後、ギルガメルは艦深部の弾薬庫から大爆発を起こし、多量の黒煙を吹き出しながら大傾斜し、被雷から5分と経たぬ内に停止した。 火災と黒煙を上げながら傾斜を深めていくギルガメルの姿は、この艦が竜母としての機能を失っただけでは無く、船としての機能も完全に失われた事を現している。 ギルガメルが遠からぬうちに、水面の底へ召される事は、誰の目から見ても明らかであった。 ギルガメルの被弾炎上を最後に、アメリカ軍機の空襲は終わりを告げ、敵編隊は去って行った。 「ひとまず、空襲は終わりましたな。」 リリスティの後ろに立っていたハランクブ大佐はそう言ってから、ホッとため息を吐いた。 「しかし、敵編隊も派手に暴れ回った物ね。」 リリスティは、艦橋の窓から燃えるギルガメルを見つめながらハランクブ大佐に返した。 彼女は表面上、冷静さを装っていたが、内心では竜母を喪失した事によって、少なからぬショックを受けている。 「ギルガメルはもう、助からないわね。」 彼女は、小さな声音で言いながら、拳を力強く握る。 ギルガメルは、開戦以来シホールアンル海軍機動部隊の一員として活躍して来た名竜母であり、搭乗員にも腕利きが多く揃っていた。 海軍内でも、不屈の古参空母として広く知れ渡り、ギルガメルよりも性能が上のホロウレイグ級竜母の艦長達も、ギルガメルに対しては 尊敬の念を抱いていた。 そんな名竜母ギルガメルも、その輝かしい艦歴に幕を下ろす時がやって来たのである。 「浮かぶ物は、いつか沈む。戦場では普通の出来事。でも・・・・」 リリスティは、顔を俯かせる。 「いつも見慣れた艦が沈んでいく光景は。やはり、慣れない物ね。」 彼女は、頬に一筋の涙を流した。 「司令官。ギルガメル艦長より、あと10分で総員退避が終わるようです。」 「・・・・分かったわ。」 リリスティはゆっくりと頷いた。 「司令官。夜戦の方はいかがいたしましょうか?」 「夜戦は中止する。」 彼女はきっぱりと言い放った。 「こっちの戦艦は、4隻中2隻が傷物にされて使えない。それに加えて、他の竜母や艦艇にも被害が出ている。ここは追撃を中止して、 損傷艦の援護に当たるべきよ。」 「しかし、敵機動部隊は全滅した訳ではありません。敵の正規空母は、多くても3隻程度は健在です。ここは追い討ちをかけて、敵に更なる 損害を与えるべきかと思いますが。」 「主任参謀の意見は最もだわ。」 リリスティは振り向く。 「でも、こっちにまで、更なる損害が出てしまう。あなたはさっきの空襲で分からないの?相手はあのアメリカ機動部隊よ。今は自分達が劣勢だから、 大慌てで逃げているけど、あたし達だけで追撃したら、これ幸いとばかりに猛然と反撃して来るわ。それに、こっちの損害も無視できないしね。 それ以前に、戦力が少ない。少ない手勢で数に勝る敵に挑めばどうなるかは、マオンド海軍が証明している。」 「はぁ・・・・では。我々は今後、損傷艦を引き連れて帰還する事になるのですな?」 「そうなるわね。」 リリスティはそう答えると、ため息を吐いた。 「それにしても、あたし達は運が無かったわね。」 彼女は肩を竦めながら主任参謀に語る。 「不意に近付き過ぎた挙句、敵さんから手痛い一撃をくらってしまうとは。本当、我ながら迂闊だったわ。」 「アメリカ人達も相当怒っていたようですからな。何せ、我が第1部隊は、4隻中、3隻の竜母を撃沈、撃破されてしまいましたから。」 「このモルクドは爆弾2発に魚雷1本。ホロウレイグは爆弾5発を食らっている。ギルガメルは・・・・まぁ、見ての通りね。」 「でも、これで敵機動部隊は、戦力の半数を撃破されました。それもこれも、皇帝陛下の策のお陰ですな。」 「そうね。」 得意気に語るハランクブ大佐の言葉に、リリスティはさり気なく答える。 (まっ、こっちが優勢だったとはいえ、あのアメリカ機動部隊とまともにやり合って、勝てたのは良かったわね。でも・・・・・) リリスティは、先ほどからある事を心配し始めていた。 陸海軍の共同の大規模航空作戦は、現時点で敵機動部隊が敗走しつつある事から、勝利はほぼ確定したと言える。 戦果は、暫定ながらも敵正規空母2隻、小型空母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦14隻撃沈確実。 正規空母2隻、小型空母1隻、戦艦1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦8隻大中破。航空機約600機撃墜、撃破となっている。 この集計結果には、今後、多少の修正が為されるであろうが、それでも新鋭空母エセックス級正規空母の撃沈や、サウスダコタ級戦艦といった 大型艦に大損害を与えた事は確認されている。 それに対して、シホールアンル側は、陸軍がワイバーン468騎、飛空挺98機、リリスティの第4機動艦隊が、ワイバーン150騎を失うか、 あるいは損傷し、最後の最後で正規竜母1隻、駆逐艦2隻を喪失するという手痛い損害を被った物の、主力である正規竜母群は未だに4隻が無傷である。 この結果を見るに、敵機動部隊に壊滅同然の損害を与えたシホールアンル側が、この決戦を制した事になる。 しかし、リリスティは、自軍が与えた損害よりも、自軍が被った損害・・・・特に、航空部隊の損害が気になっていた。 この決戦に用意したワイバーン、飛空挺は約1800。 そのうち、撃墜された物は400から、多くて500。損傷は最低でも100以上は行く。 喪失と損傷を合わせれば、航空部隊は600以上。実に、総兵力の3割にも及ぶ損害を被った事になる。 今回の決戦では、腕利きの部隊も多く参加していたという。これらの部隊もまた、少なからぬ損害を受けている事はほぼ確実である。 今のシホールアンルの現状から言えば、今回の決戦で勝利はしたものの、それで生じたこの大損害は余りにも大きい。 ジャスオ領の戦闘の際、陸軍では2ヶ月半の間に、喪失並びに損傷を600騎出していた。 それに対し、今回の戦闘では、たった1日で600以上もの損害をだしてしまったのだ。 敵正規空母並びに、大型戦艦、その他諸々を撃沈破するために、シホールアンル軍は上手くすれば2カ月間は使える航空戦力を丸々すり潰したのである。 (この戦闘は、恐らく、後になって響いてくるかもね。部隊全体の錬度や、ワイバーン、飛空挺の補充の問題等で) リリスティは、内心で呟いた。 ギルガメルが沈没したのは、それから20分後の事であった。 攻撃隊が敵機動部隊への攻撃を完了した頃。 TF37でも、ギルガメルの後を追うように、最後の時を迎えようとするフネがあった。 空母サラトガの艦長であるジョージ・ベレンティー大佐は、艦橋の張り出し通路から敬礼をした状態で、最後の儀式を見届けていた。 辺りは日が落ちかけているため薄暗かったが、それでも、マストから引き下ろされていく星条旗だけはみえていた。 (3か月前に、俺がこの栄光の空母にやって来た時は、これで俺も古参の仲間入りになったかと思った物だが・・・・・それが、今では・・・・・!) ベレンティーは、悔しさのあまり叫びそうになったが、彼の艦長としてのプライドが、それを抑え込んだ。 飛行甲板には、ベレンティーと同じように下ろされる星条旗を、敬礼しながら見上げる乗員達が居る。 歴戦の空母、サラトガ。 開戦以来、数々の戦場で武勲を立てて来た彼女は、今日、軍艦としての輝かしい経歴に幕を閉じる。 サラトガは、今日の戦闘で4本の魚雷と3発の爆弾を受け、大破した。 特に痛かったのは魚雷による損害であり、左舷側と右舷側の缶室が破壊された上に、機関室にも重大な損傷を負った。 この事は、後の消火活動や復旧作業にも大きく影響し、最終的には左舷側に17度傾斜したまま洋上に停止する事になった。 空襲から3時間後には、火災も浸水も止まったが、機関室が損傷を負って満足な動力が確保できないため、艦の排水作業は遅々として進まなかった。 午前6時。瀕死のサラトガを運命づける決定的な出来事が起きた。 乗員達が総出で復旧作業に取り組んでいる最中に、浸水を止めていたハッチが水圧に耐え切れずに弾け飛び、再び浸水が発生した。 至急ダメコン班が駆け付けて対処を行ったが、今度ばかりは浸水を止める事は出来なかった。 浸水は拡大し、艦の深部を次々と呑み込み始めた。 ベレンティー艦長は熟慮の末、決断を下した。 それは、総員退艦であった。 短いながらも、荘厳な儀式は幕を閉じた。 「艦長より、総員に達する!これより、総員退艦を行う!各員は、魚雷の損害が少ない右舷側より脱出するように!諸君の武運を祈る!」 ベレンティーは、飛行甲板上を見回しながら言うと、乗員達に対して敬礼を送った。 乗員達も答礼を返した。 やがて、サラトガの別れが始まった。 それから20分後。ベレンティーは、僚艦ヘレナの艦上から、傾くサラトガを見つめていた。 不意に、遠くから腹に応えるような爆発音が聞こえた。 「あの音は・・・・・インディアナの雷撃処分は予定通り行われたのか。」 彼は、音の下方角に目を向けながら、寂しげな声音で呟く。 TG37.1は、空母サラトガと軽空母ベローウッド、戦艦インディアナ、軽巡ジュノーが大破した。 そのうち、ジュノーは総員退艦後に、魚雷発射管に詰められていた魚雷が火災に誘爆して爆沈し、ベローウッドは今から10分前にその後を追った。 戦艦インディアナは、右舷側に7本もの魚雷を食らったため、大浸水を起こして洋上に停止した。 後にダメコン班の奮闘で火災と浸水は食い止められた物の、インディアナは既に機関部が壊滅した他、推進機や舵機室にも重大な損傷を受け、 復旧は絶望的と判断された。 その瀕死のインディアナは、味方駆逐艦によって雷撃処分された。 サウスダコタ級戦艦2番艦として、42年半ばから活動して来たインディアナは、期待とは裏腹に、あっけない最後を遂げたのである。 「インディアナが先に逝くか・・・・・」 ベレンティーは、悲しげな口調で呟いた後、視線をサラトガに移した。 それから20分ほど経ってから、サラトガに大きな変化が見られた。 真っ暗になった洋上に浮かぶ黒い影は、急に沈下のスピードを速め始めた。 「あ・・・・・」 ベレンティーは、思わず声が漏れた。 サラトガが沈む。 ヘレナの甲板上に集まっていたサラトガの乗組員達は、誰もがレディ・サラを注視する。 サラトガは、左舷側へそれ以上傾く事無く、艦全体が沈降しつつあった。 黒い影。サラトガの乗員達がいつも見ていた、あの巨大な煙突が、徐々に下がって行く。 「レディ・サラが・・・・・俺の乗艦が・・・・」 隣に立っていた、古参の兵曹長が嗚咽しながら、サラトガの最後を見届けている。 サラトガの乗員達は、ヘレナのみならず、別の駆逐艦3隻にも救出されている。 駆逐艦の中には、サラトガとは馴染みの深かったデューイもおり、艦の乗員達も、サラトガの乗員達と同様に、慣れ親しんだシスター・サラの最後を悲しんでいた。 艦の沈降は緩やかに進んでいく。シンボルである巨大な煙突も、海中に消えていく。 やがて、浮いていた艦首側の飛行甲板も海に没し、サラトガの姿は見えなくなった。 開戦以来、サラトガは太平洋艦隊の所属艦として、シホールアンル軍と戦って来た。 レアルタ島沖海戦では、レキシントン、エンタープライズと共同して、この世界で初の戦艦撃沈という快挙を成し遂げ、史上初の空母対竜母の 戦闘であるグンリーラ沖海戦では、自らは脇役に徹しつつも、別働隊であった敵巡洋艦群を艦載機で翻弄した。 ガルクレルフ沖海戦では、敵の拠点であったガルクレルフ基地に、エンタープライズと共に殴り込みを仕掛け、その後のバゼット海海戦には 参加できなかった物の、後のミスリアル軍に対する航空支援では、海戦に参加できなかった鬱憤を晴らすかのように、艦載機隊が地上で奮闘している シホールアンル軍を蹂躙した。 43年前半の敵補給路寸断作戦では、僚艦レキシントンと共に作戦をこなし、9月の犯行時には、TF57の一員として作戦に参加し、44年前半に 行われたフリントロック作戦では、敵がTF58を襲っている間に、レキシントンと共同で敵の航空基地襲って壊滅状態に陥れ、5ヶ月後のエルネイル 上陸作戦では、第3艦隊の一員として史上最大の作戦に参加し、艦載機で上陸軍を支援した。 この世界にやって来てから3年11カ月。 英傑艦サラトガは、生き残りの乗員達が無事、退避出来た事で満足したかのように、静かに沈んで行った。 後に乗員達は、サラトガの最後を「穏やかであった」と、口に揃えて言う事になる。 空母サラトガの沈没を最後に、ヘイルストーン作戦は終わりを告げた。 第37任務部隊は、艦載機を収容し、損傷艦と合流後、出し得る限りの速度で現場海域を離脱した。 TF37はこの戦闘で壊滅的な打撃を被り、帰還後はTF38に編入される事になる。 この海戦の顛末は、後にラジオで放送され、アナウンサーが涙を流しながら、9月19日は史上最悪の海軍記念日である、 と言う事になるが、それはもう少し日が経ってからの話である。 レビリンイクル沖海戦 アメリカ海軍 損害 喪失 正規空母バンカーヒル タイコンデロガ サラトガ 軽空母ベローウッド キャボット 戦艦インディアナ 軽巡洋艦ジュノー バサディナ(19日午後5時頃、レンフェラルの攻撃によって沈没確実の被害を受ける) 駆逐艦カシンヤング以下10隻 大破 軽空母モントレイ 重巡洋艦ボルチモア 軽巡洋艦リノ サンアントニオ 駆逐艦4隻 中破 空母イントレピッド 重巡洋艦ピッツバーグ 軽巡洋艦モービル バーミンガム 航空機喪失 502機 シホールアンル軍 喪失 正規竜母ギルガメル 駆逐艦3隻 大破 正規竜母モルクド ホロウレイグ 駆逐艦3隻 巡洋艦2隻 戦艦2隻 ワイバーン・飛空挺喪失数 518騎 損傷179騎
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1185.html
第236話 間違った提案 1485年(1945年)6月23日 午前7時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル 目を開けると、そこには、灰色の天井が広がっていた。 「う……チッ、嫌な色だぜ。」 深い眠りから覚めたばかりのオールフェスは、いつも見慣れたその天井に対して、忌々しげにそう言い放つ。 「起きたばかりの光景が、悪い夢を見た時のそれと似ているとは。一日の始まりとしては、あまり、良いとは言えんねぇ。」 彼はため息交じりの口調で呟いた後、体を起こし、ベッドから立ち上がった。 黒の寝間着を付けている彼は、よれよれになった裾を手ではたいた後、背中まで伸びている亜麻色の髪を、寝台のテーブルに 置いていたひもで後ろに束ねた。 オールフェスは、壁掛け時計の針を見つめた。 「午前7時5分か。会議まではあと2時間あるな。」 今日は、彼の住まいでもある帝国宮殿で、陸海軍の首脳も含めた定例の会議を行う予定となっている。 オールフェスにとって、この定例会議はストレスの溜まる行事となっていた。 「糞面白くねェ話聞く前に、適当に朝飯でも食って英気を養うか。いや……武道場にいって汗を流すのがいいかな……それとも、 溜まっている書類仕事をやった方がいいかな。」 彼はブツブツと呟きながら、着替えの入ったクローゼットを開け、寝間着からいつもの服に着替えていく。 淡い赤色を基調とした王の服に着替え終わった彼は、鏡で自分の身なりを確認した後、首をコキコキ鳴らしながら寝室を出て行った。 同日 午前9時 帝国宮殿内大会議室 起床してから会議に参加するまでの間、オールフェスは朝食前に1時間ほど、剣の稽古を行い、それから朝食に入った。 その後、午前8時20分から午前8時55分までは、執務室でうんざりとした表情で書類仕事を行って時間を潰した後、午前9時前に 執務室を出て、大会議室に向かった。 「陛下。大会議室には各省庁の大臣がお集まりになられています。陸海軍の首脳もおなじく。」 「わかった。」 オールフェスは、参加者の集合を伝えてきたマルバ侍従長に短く返答してから、ゆったりとした足取りで大会議室に向けて歩いて行く。 その道中、所々に配置された衛兵が、オールフェスの通る度に直立不動の体勢で、皇帝陛下である彼を見送っていく。 程無くして、オールフェスは大会議室前まで辿り着いた。 いつも、自分が通る大きなドアの前で、オールフェスは一旦立ち止まった。 「ふぅ……さて、と。」 彼は、深く溜息を吐いてから、ドアの両側に立っている衛兵に目配せし、ドアを開けさせた。 ドアがギギィ……という小さなきしみ音と共に拓かれ、オールフェスは中に入っていった。 彼は、長テーブルの両側に座る各省庁の大臣や陸海軍の首脳らには視線を送らず、そのまま、玉座に向かう。 オールフェスの入室を確認した計12名の参加者達は、一斉に立ち上がって、オールフェスに向けて恭しく頭を下げた。 オールフェスは、装飾の施された玉座に座り、参加者達を眺め回した。 参加者の内の1人。帝国議会議長兼帝国政府主席を務める、ポルサウ・クロヴレイソが、皺が深く刻まれた顔をゆっくりと上げた。 「陛下。おはようございます。参加者は全て集まっております。」 「おはよう。全員、着席していいぞ。」 オールフェスは、感情のこもらぬ声音で、参加者全員にそう告げた。 彼の言葉を聞き取った参加者達は、静かに腰を下ろして行った。 「まず、内政面の方から報告を聞きたいのだが。クロヴレイソ、この2カ月の間、何か変化は無いか?」 「はっ。内政面に関してですが、幾つかございます。まず、帝国本土内での物流に変化が表れ始めた事が1つ。その次に、帝国臣民の中に、 戦争継続に不安の声が上がりつつある事。大きな事に関しては、この2つが上げられます。最初の1つ目に関しては、ユシオント商工大臣 から説明があります。」 名前を呼ばれた商工大臣、ルギオレス・ユシオントは、短く刈り上げた髪をやや撫でた後、軽く頭を下げてから席を立った。 「現在、我が国の産業は、アメリカ軍の保有するスーパーフォートレスの爆撃の影響で物流に悪影響が出たため、各地で生産量の減少や 物価の上昇等の影響が生じております。特に、米軍の爆撃を多く受けている、南部3つの辺境領では物流は勿論の事、産業はほぼ壊滅に 等しい打撃を受けています。アメリカ軍の爆撃によって生じた影響は、南部はもとより、中部地区や北東地区にも生じつつあり、 主要都市にある市場では、主要商品の仕入が不可能になった事で、店を畳まざるを得なくなった商人も多数出てきております。我が国は、 建国時より、本土の中部地区や北部地区の金鉱山や宝石鉱山より出る莫大の収入によって、国を大きくし、民の懐も暖かくして来ました。 今も尚、我が国の資金は無尽蔵にあります。しかし……金銭と言う物は、買う物があって初めて、生きていく物でございます。店の閉鎖や 商会の解散といった事が今後も増え続ければ、国民は物が買えなくなり、やがて、我が国の産業が衰退する事は、火を見るよりも明らかに なります。」 ユシオント商工大臣は、額に脂汗を浮かべながら説明を続けていく。 彼の言う通り、シホールアンル帝国では、米軍の戦略爆撃によって店や商会の閉鎖が相次ぐようになってから国民の消費が減り続け、 現状では、金があれども、買う物が買えないため、文字通り、宝の持ち腐れ状態に陥るという事態に至っている。 帝国政府では、豊富な資金力を活かすために、閉鎖した商会に復興金として多額の補助金を送っており、それらの商会は、未だに戦火の 届かない北東部や北西部に移動し、新しく店を構えようとする所が増えて来ている。 帝国上層部の考えた資金援助策は、被災地で家を失った被災者にも適応されており、臣民達は資金面で苦労する事も無く、無事に 疎開地に向けて避難する事が出来ていた。 だが、この一連の経済対策は、同時に被災地の大幅な人口流出という副次的な効果も生み出しており、特に、南の辺境領である ウィステイグ領では、同地に住んでいた250万の臣民が、今では160万人に激減して産業の復興が全く進まぬという事態に陥っている。 ウィステイグ領の領主であるフリテム・リヒンツム伯爵は、税収が大幅に減ったため、領地を維持する事が難しいという報告を送っており、 帝国上層部はリヒンツム伯爵に対しても、緊急に援助金を送っているのだが、ウィステイグ地方への戦略爆撃は現在も続いているため、 援助金の大半は、施設や道路の復旧費に消えていくのが常である。 ウィステイグ領よりも北にある2つの領地でも状況は同じであり、南部3領の産業は空爆のみならず、臣民の人口流出と、それに伴う 消費量の低下によって深刻なダメージを受けつつあった。 「この状況を打開するには、敵の戦略爆撃を阻止するか、あるいは、何らかの形で効果を失わせるかしか、方法はありません。」 「私からも、説明があります。」 ユシオント商工大臣に変わり、今度は内需大臣のユルヴァ・フリヴサが説明を始めた。 「先程、商工大臣の説明にもありましたが、我が帝国臣民の購買意欲が低下している事は、開戦前と比べても明らかです。それに加え、 人口の流出は、この首都でも起きつつあります。わが内需省の調査によりますと、帝都の臣民が使用した金銭は、昨年のこの時期と比べて、 約3割近く減っているという結果が出ました。原因としては、帝都内の市場や、郊外で経営していた人気の商店や、商会が解散して店を 閉めるか、あるいは別の地方で移転するか等で、帝都の民が欲しがっていた物が無くなり、それが、民の購買意欲の低下に繋がった物だと 思われます。それに加えて、この首都ウェルバンルの地理的条件が原因で民が首都を離れ、物を買う消費者が減少した事も、金銭の使用量 が昨年のこの時期と比べて、減少した原因の1つと考えております。」 「人口流出か……これは痛すぎるな。」 オールフェスは、後頭部を掻きながら呟く。 「近い内に、本格的な対策を立てないと行けないだろうな。爆撃を受けている南部は仕方ないとしても、国の中心である首都近郊の経済まで もが衰退したとあっては、今後の戦局にも響いて来る。商工省と内需省でその辺りを考えてくれ。なんなら、共同チームを編成して対策に 当たってもいいぞ。」 「はっ。わかりました。」 オールフェスの指示を受け取った2人の大臣は、恭しく頭を下げてから、腰を下ろす。 2人の大臣に変わって、今度は医療福祉省のエリミャ・シボルィクが席を立った。 (むむ、エリミャの姐さんか。こりゃきつい事を言われそうだな) 彼は、この中では唯一の女性大臣を見るなり、心の中で不安げに呟いた。 腰まで伸ばした緑色の髪に、華奢な格好のシボルィク大臣は、今年で35歳になるが、姿恰好は20代中盤にも見える。 元は海軍出身の軍人であり、リリスティの先輩でもある彼女は、8年前に戦傷で軍務を離れてからは、元老院の議員として議場で活躍を続け、 開戦前には若干30歳にして、大臣に任命されている。 その手腕は、並居る古参達でさえもが唸るほど優秀であり、オールフェスも彼女には一目置いていた。 「陛下。現在、我が国はアメリカを含む連合国と交戦中でありますが、我が帝国軍は、対米戦を開始して以来、既に100万を超す将兵を 失っています。このため、国内では、肉親を失った事により、精神を病む者や、命を絶つ者が出始めています。それに加え、民の中には、 この戦争が、いずれ我が国の国土にも及び、住民でさえも巻き込んだ戦が繰り広げられるのではないか?という不安の声も出始めています。」 「その辺りに関しては、国内省側からの報告で聞いている。今更、聞く必要はないと思うが。」 「はい。ここまでは、陛下が以前、お聞きした通りです。ですが、問題はここからです。」 シボルィク大臣は、オールフェスの突き放す様な言葉にたじろぐ事無く、平静な声音で言葉を発して行く。 「先も話した通り、戦死した遺族の中には、精神を病んだ上に、命を絶つ者が現れ、それに至らなくても、戦争の行く末を案ずる声が 増え始めています。ここまでなら、まだ問題はありません。ですが、ここ最近、戦争を継続する帝国政府内に、不満の声を発する者が 急速に増えつつあります。」 「何?それは誠か?」 国内省のギーレン・ジェクラ大臣が反応した。 「はい。確かな筋の情報です。」 「何たる事だ!偉大なる我が帝国の民ともあろうものが、陛下に対して不敬な言葉を発するとは!」 「おいおい、ジェクラよ。今は落ち着けよ。」 いきなり喚き出すジェクラを見ていたオールフェスは、半ばあきれ顔になりながら宥める。 「はっ。申し訳ありませんでした……シボルィク大臣、邪魔して悪かったな。続けてくれ。」 彼女は、説明を中断された事を気に留める様子も無く、淡々とした口調で言葉を続けた。 「この不満の声は、大半が、戦略爆撃を受けた南部地方の民から発せられておりますが、一部では中北部の住民からも発せられている、 という情報もあります。陛下、これら一連の声は、今の所多くは聞こえておりませんが、民の中には、不満を言わなくても、心中には 何か思う所がある者が、相当数いると思われます。やはり、民も気付いているのかもしれません。我が帝国が、この戦争に勝てぬ事を。」 シボルィク大臣が言い終えるや、どこからともなく呻き声が漏れた。 「大臣の言う事はもっともだな。」 オールフェスは、シボルィク大臣の言う事を冷静に受け止めた。 「今は、広報省の努力のお陰で、臣民の士気は未だに高いが、アメリカの連中に南部を焼き討ちにされた上に、こうまでも大損害を 受けては、大臣の言う様な事が起こるのは、ある意味当然と言える。今の所、遺族の連中にも援助金をバラ撒いたりして対策を取って いたが、今後は別の方法での対策も考えないといけないな。」 「はっ。臣民の士気を高める為にも、何か変えなければ行けないでしょう。例えば、臣民が心の底から安堵する様な希望を与えるとか……」 彼女はそう言いながら、隣に座っている国外相のグルレント・フレルに目を向けた。 シボルィク大臣から冷たい視線を送られたフレルは、しかし、それに反応しなかった。 「そうだな……では、そこの所は後で考える事にしよう。報告、大義であった。」 彼は、仰々しい言葉を発しつつ、心中では (はぁ……いつ言っても、この言葉は俺に似合わねぇなぁ) と、幾ばくかの恥ずかしさを感じていた。 内政面での報告を聞き終えたオールフェスは、最も気掛かりとなっていた軍事面での報告を聞こうとしていた。 「では、軍部の代表から話を聞きたいが、何か報告はあるか?」 「はっ。では、私から。」 陸軍総司令官のウィンリヒ・ギレイル元帥が説明を始める。 「現在、我が陸軍は、属領であるバイスエ領に20個師団、ヒーレリ領に34個師団。そして、帝国本土南部に30個師団を配置して おります。連合軍は、4月末にバイスエ領を占領して以来、進軍を止めておりますが、バイスエ領並びにヒーレリ領の領境付近には、 敵部隊が集結中であり、連合軍はバイスエ、またはヒーレリ領へ向けて近々、大規模な侵攻作戦を行う物と予想しております。」 「敵の戦力はどれぐらいだ?」 オールフェスは、すかさず聞いた。 「威力偵察とスパイの調査の結果、バイスエ方面には最低でも20個師団ないし、25個師団。ヒーレリ方面には30個師団の 存在が確認されています。また、本土南部の国境には、敵は40個師団の戦力を配置しております。この方面の敵は、2月以来 この状態のまま待機を続けているようです。」 「陸軍側としては、集結中の敵部隊に対する攻撃は行わないつもりですか?」 ジェクラ大臣が聞いて来る。 「行いません。いや、行えない、と言った方が正しいでしょう。攻撃を行うにしても、中核となる石甲師団は数が足りず、特に、 帝国本土南部の部隊は、40個師団中、4個が石甲師団で、残りは砲兵師団か、軍直轄の予備歩兵師団、並びに予備機動旅団ぐらい しかありません。また、敵の占領地に攻勢を仕掛けるにしても、我が軍の航空部隊は、敵の航空部隊よりも数が少なく、万が一、 制空権を確保したとしても、距離の関係上、短期間で制空権を奪取される恐れがあります。我が航空部隊の基地は、領境から 100ゼルド以上離れているのが常ですからな。」 アメリカ軍を始めとする連合軍航空部隊は、レスタン領が陥落した翌日から、ヒーレリ領や本土南部の航空基地に対して、断続的に 航空攻撃を仕掛けるようになった。 シホールアンル軍航空部隊は、これらの空襲部隊に対して、果敢に反撃して来たが、次第に数で勝る連合軍航空部隊に押され気味となり、 5月末には、ヒーレリ領境沿いの前線航空基地が全滅するという事態に見舞われた。 この一連の航空撃滅戦でまたもや損害を被ったシホールアンル軍は、苦肉の策として、航空基地を領境から最低、100ゼルド (300キロ)の距離を置いて配置する事を決め、ワイバーン隊や飛空挺隊は、最前線からはるか離れた後方に置かれた。 その結果、航空部隊の被害は日を追う毎に減少し始めたが、逆に、領境沿いの制空権は、連合軍航空部隊に抑えられる形となったため、 領境沿いの地上部隊は、連日来襲する連合軍機の銃爆撃に被害を出していた。 シホールアンル軍部隊の配置は、明らかに防御を重視した形となっており、攻勢に移れる状態では無い。 もし、攻勢に移ったとしても、最前線から100キロも離れていない場所に基地を設けた連合軍に対して、前線より遥か後方に 航空基地を配備してしまったシホールアンル軍では航空支援の密度に決定的な差が出てしまうため、地上部隊が航空支援を受ける前に、 敵爆撃機の攻撃で大損害を出す事は、容易に想像できた。 「ジェクラ大臣。守りの体勢に移っている我々は、攻勢に移れる余裕は、今の所ありません。」 「……なんとも消極的な。」 ジェクラは、失望したと言わんばかりに、頭を横に振る。 「現状では、これが精一杯です。無論、まだ希望はあります。」 ギレイル元帥は、語調を強めながら説明を続ける。 「連合軍がバイスエ、ヒーレリのどちらかに侵攻を行う事は、先に説明しましたが、陸軍としましては、この2つの地方に増援を送る事で、 敵の侵攻に対処する方向で準備を進めています。増援部隊の内訳は、バイスエ方面に5個石甲師団を含む2個軍9師団、並びに3個旅団。 ヒーレリ方面に3個石甲師団を含む2個軍6個師団、並びに2個旅団となっています。」 「ほう、随分と羽振りがいいな。」 オールフェスは、感心した口調でギレイルに言う。 「はっ。北方や西端部の辺境で警備当たっていた部隊を、被害を受けて休養が必要な部隊と交代したのと、動員令を受けて招集された 予備役や新兵が戦力化できましたので、今回のように大規模な増援が可能となりました。元々、我が陸軍は常備軍200万の他に、 予備役200万を有しておりますから、現在も尚、適度に動員を発しつつ、新規部隊の編成を行っております。」 「………」 説明を聞いていたジェクラが、不快そうな目付きでギレイルを見据えるが、ギレイルはそれを無視した。 「陸軍は、訓練が行き届いた師団の層が厚いからな。こう言う時には本当、助かるな。」 「とはいえ、対米戦を経験した部隊が少ない事もあって、実戦でどれだけの戦闘力を発揮できるかはまだわかりません。この状態で 大規模な攻勢を行えば、人員の大量損失に繋がる事は明白であるため、陸軍としましては、そんな彼らにも経験を積ませる為に、 敢えて防御を中心とした戦闘を行わせるようにしております。」 「なるほど。経験のある奴とない奴の差があり過ぎては、実戦ではそれがもとで戦線崩壊、と言う事にもなりかねないからな。」 「しかし、陛下。その大量動員が原因で、属国の将兵が現地民に対して、過度な行為に及ぶ事が増えている、という情報もあります。」 唐突に、シボルィク大臣が口を挟んで来た。 彼女の言葉を聞いたギレイルは、あからさまに不快な表情を浮かべた。 「現地の将兵が懸命に戦えるか否かは、現地の住民の出方次第と言っても過言ではありません。ここは、軍部隊の充実を行うと同時に、 将兵の精神的な教育を計ってはどうかと思いますが。」 「失礼だが大臣。我が軍の将兵は、充分な訓練を受けている。彼らが住民に対して敵対行動を取ったのは、住民が馬鹿な事を考えたからに 過ぎん。」 「将軍。あなたは身内の報告しか聞いていないから分からないのです。私の省の下部組織からの報告では、軍の将兵が現地で略奪を 働いたり、住民の経営する商店に、不当な方法で商品を買ったりなど、様々な報が届いています。これでは、住民の反感を煽っている ような物です。前線の将兵に心おきなく戦って貰いたいと考えるのならば、まずは、このような蛮行を止めさせ、逆に、将兵にも住民に 対する教育を施した方が良いと、私は考えます。エルグマド将軍のやり方が、その見本です。」 シボルィク大臣は毅然とした態度で、ギレイルにそう言った。だが、 「エルグマドの考えで戦争に勝てれば、苦労はしないですぞ!大臣!エルグマドは、現地住民に厚遇を施しながらも、おめおめと逃げ帰った ではありませんか!彼のせいで、我が陸軍は防御一辺倒の戦いしか出来なくなった!帝国の窮状を作り出したエルグマドのやり方は、私は 賛同できん。それに、属国の守備は我が帝国軍が担っているではないか。属国の連中も、我が帝国の一臣民として、軍に無限大の協力をしても いい筈だ!」 ギレイルは、顔を赤く染めながら、シボルィクに言い返した。 それに対して、シボルィクも顔に不快気な色を表す。彼女が苛立った表情を浮かべつつ、ギレイルに反論しようとしたが、それは出来なかった。 「待て。ここは会議室だ。喧嘩をする場所じゃないぞ?」 オールフェスは、冷たい声でそう言い放った。 「今は、建設的な話し合いをしよう。大声で醜く怒鳴り合うのは、会議が終わった後にやってくれ。」 「はっ。失礼いたしました。」 ギレイルは、姿勢を正してオールフェスに頭を下げた。 その一方で、自分の考え方を全否定されたシボルィクは、不服そうに顔を曇らせながらも、無言でオールフェスに頭を下げた。 「話を元に戻します。前線の本格的な兵力配置は、増援部隊の到着を待って行われる予定です。ヒーレリ領では、動員可能の兵力の半数を、 領境沿いから30ゼルドの範囲に配置すると同時に、石甲師団を含む機動軍を要所に配置し、敵の上陸作戦に備えます。バイスエ方面でも、 ヒーレリ領と同様に、前線に配置する部隊を多くすると共に、沿岸部の部隊も適宜増強致します。今度の防御作戦では、このような兵力配置で 臨もうと考えています。陸軍からは以上です。」 「次に、海軍側からの説明になりますが……」 説明を終えたギレイル元帥に代わって、今度は海軍のエウマルト・レンス元帥が口を開いた。 「海軍としましては、目下、母艦航空隊の再建に努めると共に、艦隊の編成を急いでおります。ただし、今回の敵の侵攻に対しましては、 海軍は最小限度の行動に留まるか、あるいは行動が困難であると判断しています。」 「艦隊の再建はどれぐらい進んでいる?」 オールフェスが質問する。 「艦隊の再建としましては、まず、1月のレーミア沖海戦で損傷した竜母群の修理と試験航行は、潜水艦に撃沈されたジルファリアを除いて 全て終了しています。第4機動艦隊は、修理の成った艦と既存の艦、新しく就役した小型竜母を含めて訓練に当たっています。また、今年の 4月より戦力の成ったフェリウェルド級戦艦が、他の新鋭艦と共に第4機動艦隊に編入され、訓練を行っています。第4機動艦隊の戦力は、 6月20日現在で正規竜母6隻、小型竜母8隻、戦艦7隻、巡洋艦13隻、駆逐艦36隻となっています。巡洋艦と駆逐艦の数が少ないのは、 重要度の高い竜母や戦艦を優先的に修理したため、未だに修理が成らず、戦線に復帰できていないためと、補充と喪失が追い付いていない事が 原因となっております。その他にも、戦艦マルブドラガと巡戦マレディングラ、ミズレライスツはまだ修理が続いているため、他の巡洋艦や 駆逐艦と同様に、前線に復帰できておりません。その他の艦隊に関しては、第4機動艦隊と共に行動した第2、第3艦隊以外の艦隊は、前回の 海戦に参加していない事もあって以前と変わらぬ状態で任務に当たっています。」 「……しかし、ジルファリアの喪失が痛すぎるな。」 オールフェスが渋面を作りながら、レンス元帥に言った。 「ワイバーン搭載数が90騎以上を誇るホロウレイグ級は、財宝並みに貴重な存在だったんだが……」 「米潜水艦の活動海域が、以前よりも大幅に変わった事に気付かなかった我々の責任です。その事に関しては、深く、お詫びを申し上げます。」 「まぁ、済んだ事は仕方ない。海軍はあの後、レンフェラルの報復で小型空母を2隻沈めているから、収支としてはほぼ釣り合っているな。」 オールフェスの言葉を受けたレンス元帥は、恭しく頭を下げた。 正規竜母ジルファリアは、5月11日に、帝国本土西部にあるヴィランヅィ海軍工廠で損傷修理を終え、試験航行を行っていたが、その翌日、 米潜水艦の雷撃を受けて撃沈されてしまった。 シホールアンル側は知らなかったが、ジルファリアを撃沈した潜水艦は、ロックウッド中将の指揮する第6艦隊所属の潜水艦アーチャーフィッシュであった。 アーチャーフィッシュは、ミスリアル海軍から試験敵に渡された、小型の生命反応探知妨害装置の試験運用を行うため、ミスリアル海軍の士官2名と 共に3週間の哨戒活動に出ていた。 5月12日早朝。3隻の護衛駆逐艦と共に洋上を行くジルファリアを発見したアーチャーフィッシュは、ジルファリアの左舷側前方2000メートルから、 6本の魚雷を発射した。 魚雷は6本中、4本がジルファリアに命中した。 唐突に雷撃を受けたジルファリアは、たちまちの内に大火災を起こして洋上に停止し、被雷から1時間半後に沈没した。 アーチャーフィッシュは、魚雷発射後に探知妨害装置が故障したため、3隻のシホールアンル駆逐艦に追い回されたが、奇跡的に危機を脱し、 浮上後、艦隊司令部に向けて、敵大型竜母1隻を雷撃、撃沈確実という電報を発していた。 それから1週間後、レーミア湾沖の第5艦隊は、レンフェラルの攻撃で護衛空母バゼット・シーを撃沈され、キトカン・ベイが大破 (レンフェラルはキトカン・ベイも撃沈したと誤認している)するという手痛い仕返しを受けているが、その2日後にはコメンスメント・ベイ級の ネームシップであるコメンスメント・ベイとモンメロ・ガルフが補充として到着し、戦力の穴は埋められた。 米潜水艦の雷撃によって、貴重な正規竜母を失うという手痛い損害を受けたシホールアンル海軍であるが、艦隊の再建はその後も進み、 6月20日までには、完全ではない物の、形の上では“見物に出来る程度の”艦隊を再建する事が出来た。 「レンス提督。艦隊は相当数の規模を擁しているようだが、それでも、連合国海軍には戦いを挑めないのかね?」 ジェクラが質問を投げかけた。 「無理です。」 レンスは即答した。 「彼我の戦力差があり過ぎます。レンフェラルの情報によりますと、レーミア湾から30ゼルドないし、40ゼルド沖には、空母 4、5隻を中心とした機動部隊が2隊程、常時うろついているとの事です。それに加えて、レーミア湾港には、確認できただけでも 空母14、5隻が停泊中であり、これらの空母部隊は、交代で洋上の警備を行っているようです。また、最近入手した情報によりますと、 マルヒナス運河西方沖を航行中の別の空母機動部隊が、レーミア湾方面に向かっているとの報告も、上層部にもたらされております。 情報部の分析では……」 レンス元帥は、情報部と言う言葉を口にした時だけ、嫌そうに顔を歪めた。 「アメリカ太平洋艦隊は、レーミア湾沖に最低でも空母23隻を集結させ、沖合の警備を行いながら、次期侵攻作戦の出撃に備えて いるとの事です。大臣、我々が動員可能な竜母は14隻。それに対して、敵は空母が23隻です。その内、敵の主力であるエセックス級 正規空母は、我々が艦隊で有している正規竜母の数と比べて、およそ倍の数はいます。航空戦力は、2:1どころか、3:1の割合で 敵が有利でしょう。そのような場所に、艦隊を突っ込ませる訳にはいきません。」 「………」 レンス元帥の説明を聞くジェクラは、次第に表情を曇らせていく。 「百歩譲って、それで戦うとしても。全滅は免れないでしょう。ですが……時期が来れば、全滅覚悟といえでも、敵の空母を2、3隻、 道連れにする事は出来ます。しかし……母艦航空隊の錬度が未だに低い今は、敵機動部隊に対して決戦を挑んでも、一方的に討ち取られて いくだけです。それこそ、射的訓練の如く……」 「つまり、海軍としては、今度の防衛作戦には大兵力を投入出来ない、って事だな?」 「はっ……率直に申し上げて、そう言わざるを得ません。もし、竜母部隊全てを投入するとなると、あと3カ月は必要になります。 そうでなければ、母艦航空隊は一部を除いて、全く使い物になりません。」 海軍側の厳しい現実の前に、誰もが顔を俯かせた。 海軍の状況は、畑の案山子と罵られても何も言えぬ状態にあった。 艦艇の修理と再建はある程度成ったが、補充の乗員はまだ新米であり、使えるまでは相当の時間を要する。 それは、新鋭艦にも言える事であり、新たに第4機動艦隊に配備された3隻の小型竜母も、乗員は艦に慣れ切ってはおらず、艦隊航行すら ままならない状況だ。 艦艇や航空隊の数は揃えども(それも、かなりの無理をして、である)真の意味での再建には程遠いと言えた。 「ただし、状況に応じて小規模の打撃艦隊を編成する事は可能です。第4機動艦隊には、実戦経験の豊富な2個竜母群がある上、 巡戦マレディングラ、ミズレライスツの修理も1週間後には完了します。また、新鋭戦艦のフェリウェルド級は、前級と同様に 15リンルの高速力を発揮出来ますので、他の巡洋艦や駆逐艦と組ませて、一撃離脱専門の打撃艦隊に加える事も可能です。」 「つまり、少しばかりの戦力は出せる、と言う事か。」 「はい。とはいえ、戦力が出せるか否かは、敵の状況を見極めてからになります。」 「そうか……海軍側の状況は理解出来た。」 オールフェスは頷いた後、心中に疑問が湧いた。 「ところで、もしバイスエに敵が侵攻して来た場合、海軍はどうする?首都の軍港に張り付いている艦隊を敵にぶつけるつもりなのか?」 「いえ。バイスエに侵攻した場合に備え、新鋭の巡洋艦を含む快速艦隊を既に配備しています。この艦隊は、元々は第4機動艦隊に配備予定 の艦隊でしたが、モルクンレル提督を説き伏せて、何とか回す事が出来ました。この他にも、フェリウェルド級戦艦の3番艦もこの艦隊に 加える予定です。また、第4艦隊に配備されている旧式戦艦は、機関換装を含む大改装を終えていますので、敵の旧式戦艦にもある程度は 対抗可能です。強大な米太平洋艦隊相手には戦力不足は否めませんが、嫌がらせを行うには充分と言えます。」 「ほう。やるじゃないか。」 オールフェスはニヤリと笑った。 「軍事面での報告はこれで終わりかな?」 オールフェスの問いに、2人の将官は無言で頷いた。 「一通り、報告は聞かせて貰った。あとは、いつもの通り、この報告で聞いた問題で、それぞれが思った事を議論して貰おうか。」 彼は次のステップに移ろうとしたが、その時、国内相のジェクラが手を上げた。 「どうした?何か意見でもあるのか?」 「はっ。私から少々申し述べた事があるのですが、宜しいでしょうか?」 「いいだろう。」 オールフェスは頷いた。 「では……私から意見を述べさせて貰います。」 ジェクラは席から立ち上がり、参加者達を眺め回しながら言葉を発し始めた。 「最近、我が軍のたび重なる敗北の報に失望されていた方も多い事でしょう。私としましては、参加者各位に、私が思い立った案を 申し述べさせていただく。」 ジェクラは不意に、厳しい視線をレンス元帥とギレイル元帥に向けた。 「我が軍の敗北の原因は、将兵の徹底抗戦の意思が無いから起こった物であると、私は考えております!何故そう思うのかと言いたいで しょうが、私は、その証拠を持っております。」 ジェクラは、懐から2、3枚の紙切れを取り出した。 「これまでの作戦で、帝国陸軍だけでも100万近く、海軍も含めれば100万名以上の人員が失われていますが、損失人員の中には、 敵に情けを乞い、降伏した輩も多く見受けられます!捕虜から得た証言では、レスタン領で得られた我が軍の捕虜は、なんと10万以上 にも上ると言われています!10万ですぞ!」 ジェクラは、紙切れを振りかざしながら、詰問口調でレンスとギレイルに言う。 「閣下!あなたの陸軍は、敵に小突かれただけで腰砕けになる兵士をむざむざと前線に送り付けたのですか!?」 「大臣。貴方は一体、何を言われておられるのか?前線で戦い抜いた将兵を馬鹿にして居るのか?」 「馬鹿になどしたくはありませんが、敵に寝返った者に寛大なるほどの神経を、私は持ち合わせておりません。」 「何だと!?貴方は、我が軍を馬鹿にして居るのか!」 「その台詞はこちらのセリフですぞ。」 いけしゃあしゃあと言い返すジェクラに、ギレイル元帥は半ば呆れた。 「何ぃ?」 「前線で戦う兵士は、敵を殺す事であります。それをやらずに、自分の命欲しさに敵に投降する兵士を増やした軍上層部こそ、我が帝国を 馬鹿にしております。このような有様では、我が軍が崩壊して行くのは目に見えております。」 ジェクラは視線を、玉座に座るオールフェスに向けた。 「陛下!私から提案があります。」 「なんだ?」 「今後、前線の将兵が戦意を喪失し、敵に投降して利敵行為を働く事を防ぐためにも、これからは軍内部に、軍外部から出向した督戦を 専門とする部隊を置くべきかと、私は思います。」 ジェクラの発した言葉を聞いたギレイルは、絶句してしまった。 「大臣。それはつまり、戦い疲れて退却して来た味方部隊を、後ろから剣でつっ突き、無理矢理前線で戦えと脅すという事ですか?」 「分かり易く言えばそうなります。場合によっては、無断で退却して来た不良兵を処刑して、隊の士気を維持させる事も考えております。 陛下!もしこの督戦部隊の編成を行えば、このように、無様に敵に命乞いをする輩も減る筈です!既に、私は独自の判断で、10万近い 人員を集めて、いつでも任務を執行できるように訓練に当たらせております。今後の軍事作戦を円滑に進める為にも、督戦部隊の編成と 投入は、すぐにでも行うべきです!」 「……確かに、前線では後退した兵を脅しすかして、戦わせる場合もある。だが、それは、その場にいた上官の思い付きで行われる 事だ。始めから、後ろから味方を追い立てる目的で部隊を編成するとは聞いた事が無い。いくら負けが込んでいるとはいえ、それは 狂気の沙汰ではないか!」 ギレイル元帥が怒声を上げる。 「貴方は、そこまでして、帝国に勝利を求めたいのか!?」 「将軍。相手は連合軍だ。敵を圧倒するには、温存している予備兵力は勿論の事、常備軍を全て投入した人海戦術しかありません。 だが、普通にそれを行うには難しいであろうから、士気の維持を目標とした私の督戦隊が必要になって来るのです。今は技術も進歩し、 魔道銃という兵器も出てきておりますから、士気が限り無く低くなった部隊でも、魔道銃2、3丁で援護してやれば、敵陣に突っ込んで いくでしょう。」 「……すまないが、その魔道銃はどこに向けて撃つ予定だ?敵かね?」 「出来るだけ、敵を撃つ事に使いたいですが……場合によっては、怖気づいた味方に活を入れる時にも使うでしょうな。」 「!!」 ギレイルは、思わず頭に血が上ってしまった。 「如何です、陛下。この際、軍の士気を高める為にも、督戦隊は必要不可欠だと思いますが。」 ジェクラは、自信満々にそう告げた。 大会議室には、これまでにない重苦しい雰囲気に包まれている。その中で、ジェクラだけは異様に活き活きとしているように思われた。 それに対して、オールフェスは…… 「いや、すまんが必要ねぇな。」 あっさりと断ってしまった。 「ジェクラよ。味方を脅すだけしか能の無い、役立たずは別にいらねえんだよ。俺が必要とおもうのはな、魔道銃を敵に向けて撃って、 初めて戦局に貢献できる、“使える兵士”なんだよ。督戦を専門とする部隊だって?戦いでへとへとになった味方に戦えって言うぐらい なら、自分達で戦わせろよ。ギレイル、そう思わないか?」 「はっ!ごもっともであります!」 ギレイル元帥は、活きの良い声音でそう答えた。 それに対して、ジェクラは、自分が考えた自信満々の策が、あっさりと否定された事に呆然としていた。 「は…………し、しかし!」 「何がしかしなのかな?」 オールフェスは、ずいと前のめりになる。 「陸軍は陸軍で精一杯頑張っているんだよ。捕虜が出るだと?それでいいじゃないか。相手は本当に優しい人間なんだからよ、捕虜なんか 取らしちまえばいい。捕虜の連中は、曲がりなりにも、傷付きながらも戦い抜いた戦士だ。中には、一生消えない傷を負って、廃人同然に なった奴も居るかも知れない。でも、別に構わん。それに対して、お前の言っていた督戦隊って奴だけど、それはあるだけ無駄だから。 何で、敵の爆撃で残った、なけなしの補給物資を、“味方撃ちしか知らん糞共”に分けてやらないといけないんだ?無駄だろうが。」 オールフェスは、きっぱりと言い放った。 「と言う事で、ジェクラの案は取り下げる。帝国軍には、馬鹿共にあげる程、物資の余裕はないんでね。それに……500年前の悲劇は 繰り返したくない。」 「な…………」 「ああ、それともう1つ。お前が集めた10万の人員だが、そのまま陸軍にあげてくれ。密かに訓練を施しているようだから、徴兵したての 新兵よりは仕上がりも早い筈だ。」 「え…………」 「これは皇帝命令だ。この会議の終了後、すぐに取り掛かってくれ。」 オールフェスは、有無を言わぬ口調で、ジェクラに命じた。 「……わかりました。陛下の仰せられるままに……。」 ジェクラは、自らの敗北を悟り、大人しく席に座った。 「ギレイル。陸軍には、国内省から“味方撃ち部隊”10万がやって来る。連中を、敵を撃てるように再訓練し、歩兵師団なり、石甲師団に 混ぜるなりして、使ってくれ。」 「……ありがとうございます!これで、幾ばくかは前線の維持が出来るでしょう。」 オールフェスの英断に感極まったギレイルは、幾度も頭を下げた。 「ジェクラ。今回の不手際については不問にする。お前も色々とよくやってくれているからな。今回の失敗を教訓にして、以降の仕事に 取り掛かってくれ。分かったな?」 「はっ。畏まりました。」 ジェクラは、半ば諦めたような表情を浮かべつつ、しっかりとした声音でそう答えた。 この日の会議は、正午までには終わった。 オールフェスは会議を終えた後、くたびれた様子で執務室に戻って来た。 「全く……今日もただ、疲れるだけの会議だったな。」 ため息交じりに呟いた彼は、机の前に置いてある椅子にどっかりと腰を下ろした。 「ジェクラの提案には驚かされたな。これからは督戦隊が流行だ!と言わんばかりのツラで喚きやがって。あいつ、あれでも名門貴族の出かね? 500年前、何が起こったのか歴史の勉強で習った筈なのに……」 シホールアンル帝国が、現在の領土の半分程度の大きさしか無かった時代。 980年頃のシホールアンルは、かつて、シェルフィクルを首都としていたシェリクル大公国との戦争に明け暮れていた。 当時の皇帝であるポリスト・グレンディル王は、こう着状態に陥った戦況を打開するため、部隊の後方に督戦隊を置いた。 督戦隊の任務は、前線から離れようとした兵を引き止め、戦いにつれ戻したり、制止を振り切って逃げようとした兵は問答無用で殺害して、 士気を維持させる事にあった。 だが、督戦隊を投入してから1週間後には、督戦隊の導入に不満を抱く一部軍の考えに賛同した国民と、皇帝側との間で大規模な内乱が 勃発し、それから2年ほどは、シホールアンル帝国は二つに分裂して、血で血を争う内戦を繰り広げた。 結局、グエンディル王は反乱軍によって討ち取られ、シェリクル大公国とは和平を結ばれて戦争は終結した。 このように、督戦隊はシホールアンルを亡国に陥れかけた疫病神として、今でも民に嫌われていた。 その嫌われ者で、役立たずの集団を、ジェクラは復活させようとしたのである。 「ジェクラの奴は、アメリカのいた世界では、督戦隊を使って戦争を遂行させていた国もあったとか抜かしていたな。ソビなんとか という名前らしいが、まさか、それを聞いて自分達の国でも出来ると思ったのかねぇ。」 オールフェスは、不意にジェクラの似顔絵が描かれた書類を見つけた。 何を思ったのか、彼はジェクラの顔に落書きをし始めた。 程無くして、オールフェスは、ジェクラの首に、「私は兵を無駄に死なせようとした国賊です」という札を下げた落書きを描いていた。 「てめえはその通りだ。督戦隊なんていう屑集団を考える暇があったら、自分のケツの穴でも掘ってろや。」 彼は、口汚い言葉でジェクラをののしった。 「……もっとも、俺も人の事は言えないけどな。」 オールフェスは自嘲気味に呟いたあと、気を取り直して、つまらない書類仕事を再開させた。 1485年(1945年)6月24日 午後1時 レスタン民主国レーミア この日、戦艦アイオワは、僚艦ニュージャージーと共に5か月ぶりとなる前線復帰を果たしていた。 「艦長!見えました、レーミア湾港です!」 戦艦アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐は、双眼鏡で、今や連合国軍の一大拠点となったレーミア海岸を見つめた。 「レーミアの領境が近いってのに、凄い数の船だな。敵の空襲は大丈夫なのかな?」 「レスタン領の制空権は、完全に連合軍側が抑えているので、空襲の心配は必要ないとの事ですよ。」 副長が暢気な口調でブルースに答えた。 「今は空襲よりも、レンフェラルの襲撃を警戒した方がいいですね。1ヵ月前にも、護衛空母が1隻沈められていますから。」 「レンフェラルか。敵の空襲が無い今は、確かに脅威だな。」 「泊地の航空隊もかなり気合入っているようですよ。」 副長は、空に指をさす。ブルースは、上空に顔を向けた。 艦橋の張り出し通路に出ている彼らは、上空を旋回するPBYカタリナ飛行艇を見つめる。 「しかし、カタリナも頑張るもんだなぁ。開戦以来、ずっと現役だぞ。」 「カタリナはかなり使いやすいですからな。哨戒機としてはまさに、うってつけの名機ですよ。」 「だな。」 ブルースは頷く。彼は視線を、カタリナから左舷側700メートルを航行するニュージャージーに向けた。 ニュージャージーは、アイオワと同様、時速18ノットの速力で洋上を航行している。 実戦で敵戦艦部隊との激しい撃ち合いも経験しているニュージャージーの姿は、まるで、誇らしげに歩く凱旋将軍にも見えた。 「このアイオワとニュージャージーの修理が4カ月で終わるのは意外だったな。」 「ええ。敵弾はこの艦のヴァイタルパートも貫いて、なかなか酷い損害でしたが、海軍工廠の工員達の仕事ぶりは素晴らしいですな。」 「本当だよ。彼らには、いくら感謝しても感謝しきれないね。」 ブルースは、心の底から、短期間でアイオワを修理してくれた工員達に感謝していた。 「そういえば、TF58には既に、ミズーリとウィスコンシン、モンタナが加わっているようですよ。」 「ほほう。て事は、このレーミア湾には5隻のアイオワ級戦艦が揃う事になるのか………」 「8月まで待てば、7隻のアイオワ級勢揃いしますよ。」 「7隻……いやはや、一度は見てみたいもんだ。」 彼はそう言いながら、自然と胸の内が熱くなるのを感じた。 程無くして、レーミア湾港の全容が明らかになり始めた。TF58所属の正規空母や軽空母は、艦種ごとに勢揃いし、その間を 雑多の小型艦艇が往来している。 その中には、港から出航しつつある10隻のリバティ船やLSTの姿もあった。 それらの艦艇は、荷物目一杯積みこんでいるのだろう、喫水を深く下げていた。 ブルースらは知らなかったが、この10隻の輸送船は、バイスエ上陸作戦に参加する第1海兵師団の将兵や装甲車両を満載していた。 7月24日に決まったバイスエ攻略作戦の準備は、この日から本格的に開始されたのであった。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/935.html
※投稿者は作者とは別人です 66 :外伝(またはパラレル):2007/11/10(土) 20 01 01 ID OiXF2z220 サンダーボール作戦 12月22日、アヌスホルンに進出した第4機甲師団司令部に地元レジスタンスから戦線 の後方80マイルにあるティポンの魔法石採掘場で多数のアメリカ軍捕虜が強制労働に就 かされているとの情報がもたらされた。 第4機甲師団は二週間以内にティポン方面に向け大規模な突破作戦を行う予定だったがこ れが実施された場合、採掘場を放棄する際に守備隊が捕虜を“処分”していくであろうこ とは火を見るよりも明らかだった(三ヶ月前に起きたイチョンツ収容所事件を知らない者 はいない)。 報告を受けた第12軍団司令部は採掘場を急襲して捕虜を救出するための特別攻撃ティー ムを派遣することを決定。 ティームの指揮官には第4機甲師団R戦闘団の西竹一中佐が選ばれた。 米国戦車購入使節団の一員としてイリノイ州ロックアイランドの陸軍造兵廠を視察中に転 移に巻き込まれ開戦と同時に米陸軍に志願した西中佐は南方大陸の戦いで水際立った活躍 を見せ、ジョージ・S・パットンをして戦車隊を指揮するために生まれてきた男と言わし めた米陸軍きってのタンクエースだった。 12月26日早朝、耳を弄する爆音とともにサンダーボール作戦の幕が切って落とされた。 第8空軍が戦闘機と戦闘爆撃機、双発爆撃機に加え四発重爆まで投入した絨毯爆撃を行う と同時に第12軍団隷下の師団砲兵が装備する105ミリと155ミリの榴弾砲、軍団直 轄砲兵の8インチ榴弾砲、更にはシャーマン・カリオペの60連ロケットランチャーが鉄 の豪雨となって最前線に降り注ぐ 永遠に続かと思われた砲爆撃の余韻も醒めぬうちに朦々と立ち込める爆煙を衝いて、見慣 れないスマートなシルエットの戦車が戦車砲を撃ちまくりながら猛スピードで現れた。 第12軍団は本国から届いたばかりの最新鋭戦車M24チャーフィーの第一陣20輌を全 てこの作戦に投入していた。 アヌスホルンからティポンへ向う街道は大型車輌の通行には不向きなうえ30トンのM4 中戦車は途中にあるオマル川の橋を渡れなかった(悠長に仮設橋を組んでいる時間は無い)。 そこで軽戦車ながらM4と同等の火力を持つM24に白羽の矢が立ったのだ。 時速35マイルの路上最高速度を発揮して突っ走るM24-先頭を走るM24の砲塔には 1932年のロス五輪馬術競技で西中佐に金メダルをもたらした愛馬の名前である“UR ANUS”の文字が書き込まれている-の後にはハーフトラックに分乗した機甲歩兵、そ して救出した捕虜を運搬するためのトラックのコンボイが続く。 今回の作戦に使用されるGMCトラックには西中佐の命令で運転席と荷台に装甲版が取り 付けられるとともに自衛用の火器が搭載されていた。 多くの車輌は荷台の左右にジープ用のガン・マウントをボルト止めし30口径か50口径 のブローニング機関銃を装備したが、中には前後左右に1挺ずつ、計4挺の50口径機銃 を装備したほかどこから調達したのか航空機用の30口径連装機銃を助手席のフロントグ ラスから突き出した重武装タイプもあった。 67 :外伝(またはパラレル):2007/11/10(土) 20 04 03 ID OiXF2z220 時速25マイルの進撃速度を維持して快調に飛ばす特別攻撃隊は一度も敵の反撃に遭遇し ないことを訝しみながらもその日の正午にはオマル川を越え、採掘場は目と鼻の先という 位置まで到達していた。 ティポンのシホールアンル軍司令部も特別攻撃隊の侵入に気付いてはいたがその動きを完 全に読み違えていた。 人権思想という概念の無いシホールアンル軍(これはこの世界の住人全般に言えることだ が)はアメリカ軍が捕虜を救出するために攻撃を掛けてきたとは思わず、特別攻撃隊の目 的は司令部を襲撃して指揮系統を混乱させることだと判断したのだ(軍事的には真っ当で はある)。 さらにティポンの採掘場は採掘量、魔法石の質共に無いよりマシといった程度のもので、 どちらかというと占領地住民の懲罰施設といった性格のものであり、シホールアンル軍は さほど重要視していなかった。 このためティポン方面軍の主力は大部分が司令部のあるティポンの街周辺に布陣し、採掘 場の守備隊には警戒態勢につくよう連絡しただけだった。 採掘場守備隊からの緊急魔法通信がティポン方面軍司令部に届いたときにはM24の砲撃 が採掘場の正面ゲートを吹き飛ばしていた。 おっとり刀で飛び出して来たゴーレムはたちまちM61APCの直撃を受けて砕け散った が続いて現れた高速戦闘型キメラ-背中の甲羅に無数の棘を突出させたギランサス-には 手こずらされた。 ライフル弾を跳ね返し、ずんぐりした体型に似合わぬ俊敏な動きで戦車の砲撃を躱すギラ ンサスは空中高くジャンプすると体を丸めて体当たりしてくる。 この攻撃で3台のトラックが破壊されたが、最後はM15自走対空砲の37ミリ砲がキメ ラをズタズタに引き裂いた。 救出した捕虜(ルベンゲーブで撃墜された“ダイアモンド・リル”の乗員もいた)をトラ ックに乗せている間、一緒に強制労働に就かされていた地元住民の嘆願を聞いた西中佐は 砲弾に余裕のある戦車に命じて-M24は戦闘室床下の湿式弾庫(誘爆を防ぐため水が張 られている)に48発の75ミリ砲弾を収納するが、ほとんどの戦車兵は規則などクソ喰 らえとばかりに車内の空きスペースに予備の砲弾を詰め込んでいた-彼らの苦い思い出の 象徴である兵舎や人夫小屋を破壊していった。 途中で待ち受けるティポン方面軍主力との遭遇を避けるため、往路を大きく迂回するコー スを取って帰路についた特別攻撃隊は、途中敵の捜索隊と小規模な遭遇戦を繰り返しなが らも27日の夕刻にはオマル川西岸に進出した第4機甲師団の先遣隊と合流することが出 来た。 特別攻撃隊の損害はM24軽戦車1輌、M3ハーフトラック3輌、GMCトラック7台、 戦死17名、負傷49名であった。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/364.html
69 名前:F猿 投稿日: 2004/06/24(木) 06 45 [ qUq6iUEM ] 投下終了です。 長いな・・・。 二つに分けたほうが良かったかもしれない・・・。 70 名前:名無し三等兵 投稿日: 2004/06/24(木) 20 36 [ BgBAZcJE ] これほど良い話なんて随分と久しぶりです。 これからもこんな感じで続きを期待しています。 71 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/25(金) 08 03 [ LgjpIS.M ] 乙です。ジファンは後で爽快に吹き飛ばされてくれそう。 もしくはバレて大司教からの破門コース? では、頑張って下さい。 72 名前:名無し三等兵@F世界 投稿日: 2004/06/26(土) 08 23 [ vRjiTcVc ] まれに見る良作キター! 続き期待してます 73 名前:F猿 投稿日: 2004/06/26(土) 18 49 [ qUq6iUEM ] 青島「オレが天野さんに守ってもらえるのは主人公特権だからだ!」 佐藤「んなわけないだろ青島さん。というよりあんた主人公だったんですか?」 青島「佐藤お前!言って良いことと悪いことがある、歯を食いしばれ、修正してやる!」 佐藤「エゴだよそれは!」 天野「なんなんだこのテンションは・・・?」 というわけでやっと、やっと遭遇編に入ります。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/854.html
第36話 夜海のロウソク 1482年8月16日 ジェリンファ沖西南150マイル沖 午前2時 バルランド海軍第23艦隊に所属する巡洋艦ウォンクコーデは、隷下の巡洋艦1隻と駆逐艦6隻で、 輸送船14隻を取り囲みながら時速6リンルのスピードでジェリンファに向かっていた。 「この行程も、あと4分の1で終わりですな。」 ウォンクコーデの艦長であるルイック・リルク中佐は、副長の声を聞いて頷く。 「毎度の輸送任務とは言え、夜間の当直は疲れるな。」 リルク艦長は欠伸をかみ殺しながら副長に返事した。 バルランド王国は、陸路での兵員輸送の他に、定期的に海路での兵員、物資輸送を行っている。 毎度、輸送船の積荷は違ってくるが、大体が食料や大砲の弾薬、兵の甲冑や剣といった必要物資に、 500人から1000人単位の兵員をバルランド北部に送っている。 今回は、14隻中、5隻の輸送船には食料や弾薬、6隻には武器や医薬品、衣類等、3隻には合計で 1個連隊2200人の兵員と物資を乗せている。 この部隊はバルランド王国北部を守る第97軍団の増援部隊であり、到着後は97軍団に加わって シホールアンル軍に備える予定だ。 「眠気覚ましに、茶でも飲まんか?」 リルク艦長は、伸びた不精髭を撫でながら副長に聞いた。 「では、一杯いただきましょうか。」 「よし、分かった。従兵!眠気覚ましに茶を淹れてくれ。2杯だ!」 リルク中佐は従兵にそう告げると、従兵は艦橋の奥に引っ込んでいった。 間もなくして、従兵が茶を持って来てくれた。その時、艦隊司令官が艦橋に上がってきた。 「やあ諸君、おはよう。」 「おはようございます。といっても、まだ真夜中ですが。」 艦長は茶を飲みながら、司令官であるウォロ・ルークン少将に言った。 「おはようを言うには早すぎたかな。それよりも、わしも茶を一杯貰おうか。」 艦長は従兵に茶をもう一杯淹れてくれと頼んで、従兵はさっきと同じように奥に下がっていった。 「航海は順調かね?」 「ええ。いたって順調です。今日の正午までには、ジェリンファに到達するでしょう。」 「ふむ。それなら良いな。それにしても艦長、君はいい軍艦を欲しいとは思わないかね?」 「いい・・・軍艦ですか?」 ルークン少将の言葉に、リルク艦長は困惑した表情で反芻する。 「そうだ。我が海軍の艦艇は、シホールアンルやマオンドの艦と違って性能が低すぎる。 その気でかかれば、敵艦を叩き沈める事が出来るが、いつまでも性能の低い艦ばかりでは、 乗っている将兵に申し訳が立たない。」 バルランド海軍は、慢性的な艦艇不足に悩んでいる。 緒戦で少なからぬ艦艇を失っているバルランド王国は、以降のシホールアンル海軍との決戦を避けて艦艇を温存してきた。 しかし、性能はシホールアンル軍の軍艦に劣っており、上層部ではシホールアンル側の艦艇を上回る性能を持つ 艦の自己開発、又は購入を行おうと躍起になっている。 リルク中佐の指揮するウォンクコーデはレーダル級巡洋艦に属する。 性能は全長84グレル(168メートル)幅8.4グレル(16.8メートル) 基準排水量4300ラッグ(6450トン)速力は13リンル(26ノット) 武装は6.3ネルリ(16.1センチ)連装砲を3基6門積んでいる。 シホールアンル側のルオグレイ級や、旧式に分類されるオーメイ級にさえ太刀打ちできない。 駆逐艦のほうは14リンルまでしか速度が出せず、砲も3ネルリ砲4門しか積んでいない。 しかし、そのシホールアンル側はここ最近、バゼット半島の北側までしか艦隊の行動範囲を定めていないため、 半島の南側海域の制海権は南大陸軍が握っている。 そのため“安全海域”を航行する輸送船団は、順調に物資、兵員を運び続けていた。 「まあ、ここの海域は安全だからいいが、敵に立ち向かうとなれば、この艦ではやり合いたくないな。 せめて、アメリカ軍の持つニューオーリンズ級やブルックリン級を我が海軍にも欲しい物だ。」 ルークン少将はため息混じりにそう呟いた。 アメリカ海軍のこれまでの活躍は何度も聞いている。 ルークン少将は、ここ最近米海軍の巡洋艦、とりわけブルックリン級軽巡に惚れ込んでいた。 何よりも、シホールアンル側の巡洋艦を圧倒する15門の主砲に魅力的な発射速度、それに意外に頑丈な艦体。 彼にとっては、まさに理想の巡洋艦であった。 「司令官、ここ最近はシホールアンル側は表立った行動を見せていませんが、司令官はどう思われます?」 艦長の質問に、ルークン少将は肩をすくめた。 「さあ。私はシホールアンルの軍人じゃないから、あまり分からんよ。だが、私の意見からすれば、不気味だな。」 「不気味・・・・ですか?」 リルク艦長の言葉に、ルークン少将は頷く。 「本来ならば、奴らは必ず動き出す。陸か、海で。今までそうしてきたのに、あの4月の攻勢失敗以来、 シホールアンルは目立った動きを見せていない。つい最近は、ヴェリンス共和国に攻勢を仕掛けて、 領土を完全に分捕ったが、そのままミスリアルに雪崩れ込むと思ったら、何故か国境線でピタリと止まった。 そこが、私には分からん。」 ルークン少将は顔をしかめながら言う。 彼としては、ここ最近のシホールアンル側の動きが鈍い事に、彼らの意図を分かりかねていた。 彼のみならず、南大陸連合軍首脳部や、果てはアメリカ南西太平洋軍司令部までも、あれこれ予想は立ててみるのだが、 いずれの首脳部も、頭を悩ませていた。 「まっ、前線の一指揮官が、あれこれ考えても仕方あるまい。今は、この輸送任務を無事終わらせる事に集中するのみだ。」 そう言って、ルークン少将は艦長の肩を叩く。 「所で艦長。君にはジェンリファで、馴染みの者が居ると聞いたが?」 ルークン少将は人の悪い笑みを浮かべながら、リルク艦長に聞いた。 リルク艦長はなぜか気まずそうな表情を滲ませる。 「どうしてそのような事を聞かれるので?」 リルク艦長は苦笑しながらルークン少将に言った。その時、 「未確認艦、本艦隊に接近!」 突然、艦橋に飛び込んできた緑色の軍服を付けた将校、魔道将校が彼らに報告して来た。 「未確認艦だと?位置は?」 すかさず、リルク艦長が聞き返した。 「はっ。反応は本艦隊より北北西方面、距離は9ゼルドです。」 「9ゼルド?馬鹿に近いな。」 リルク艦長は顔を険しくしてそう呟いた。 突然、砲声が轟いた。 「!?」 リルク艦長とルークン少将は顔を見合わせた。 「司令官!」 「て、敵だ!」 ルークン少将は慌てふためいたように叫んだ。その直後、上空に赤紫色の光が、ぱあっと煌いた。 この照明弾の色は、シホールアンル軍の使う照明弾の物だ。つまり、 「シホールアンル軍だ!全艦戦闘用意!」 ルークン少将は声をわななかせながら命令を発した。 ウォンクコーデの艦内で鐘の音が鳴り響き、眠っていた乗員達が飛び起きた。 「敵艦隊発見!これより戦闘に移る。総員、戦闘配置につけ!」 艦長の鋭い声音が伝声管を伝って艦内に響いた。誰もが仰天しながら、それぞれの配置に付いて行く。 「これより、第23艦隊は敵艦隊を迎撃する!輸送船団は全速力でジェリンファに向かえ!」 艦橋では、ルークン少将が魔道将校に、指揮輸送船に送る魔法通信の内容をメモに取らせている。 「取り舵一杯!」 艦長の指示に従い、ウォンクコーデの艦体が左に振られていく。 輸送船の周囲から離れた寮艦がウォンクコーデの後方に着き始めたとき、敵艦隊が砲撃を開始した。 砲弾は、ウォンクコーデの左舷側海面に落下し、水柱が吹き上がった。 ウォンクコーデが、敵と反航戦の態勢を取った時、艦長は命令を下した。 「目標、敵1番艦、撃ち方はじめ!」 リルク艦長が命じ、ウォンクコーデが前部4門の主砲を放った。 弾着を確認する前に、敵艦隊から第2射が放たれる。 ウォンクコーデの右舷側海面に水柱が立ち上がる。水柱の本数は軽く10は超えていた。 互いに高速のまま、距離を詰めていく。 ウォンクコーデが4回目の斉射を行った時、周囲に水柱が立ち上がり、次いで被弾の衝撃が艦体を揺さぶった。 「中央部に命中弾!」 伝声管から乗員の悲鳴じみた報告が届いた。 「こっちはまだ夾叉も得ていないと言うのに。」 ルークン少将は歯噛みしながらそう呟いた。 ウォンクコーデが第5射を放つが、その10秒後に飛来してきた敵弾が周囲に落下し、うち数発がウォンクコーデを打ち据えた。 「第3砲塔被弾!砲塔要員全員戦死!」 「後部艦橋に命中弾、死傷者多数、衛生兵をよこして下さい!」 悲痛めいた報告が、次々と送られてくる。その時、魔道将校が青ざめた顔つきで艦橋に現れた。 「敵艦隊の陣容は、巡洋艦5、駆逐艦12です。」 「なんだと?」 ルークン少将は、敵の余りの多さに愕然とした。 第23艦隊の持ちえる艦は、巡洋艦2、駆逐艦6である。それに対し、敵は2倍の戦力でこっちに向かって来た。 それも、敵艦はいずれも、こちら側の艦の性能を凌駕している。これでは、到底勝ちようが無い。 「おのれぇ・・・・徹底的に殲滅する腹だな・・・・・・だが、」 ルークン少将の目に、狂気めいたものが混じった。 「ただではやられん!面舵一杯!敵艦隊の針路を塞ぐ!」 彼の命令の下、ウォンクコーデ以下8隻のバルランド艦隊は、やや間を置いた後、ウォンクコーデを順番に敵の針路を塞ぎにかかった。 回頭中にも、敵艦隊の砲撃は止まない。回頭しようとした駆逐艦が1隻、7.1ネルリ弾を2発食らった。 2発のうち、1発は艦首の喫水線に命中し、艦首の下側部分を大きく食い千切って海水が艦内に侵入し、スピードがみるみるうちに衰えた。 慌てて、後続艦が避けようとするが、時既に遅し。 大音響と共に、損傷した駆逐艦の後部に激突し、完全に停止してしまった。 そこに、敵駆逐艦の砲弾が殺到する。 たちまち、多量の砲弾を叩きつけられた不運な駆逐艦2隻は、短時間で燃える松明に変換させられた。 そして、シホールアンル艦隊はルークン少将の決意を嘲笑うかのように、先頭の2隻だけを回頭させ、 同航戦の態勢を整えて、残りは輸送船団に向かわせた。 「我々を素通りするとは!全力で持って叩きに来い!この腰抜けめが!!」 ルークン少将は、第23艦隊を迂回して輸送船に向かっていく残りのシホールアンル艦に罵声を浴びせる。 「艦長!こうなったら」 彼はリルク艦長に新たな指示を下そうとした時、敵艦の砲弾が落下してきた。 その中の1弾は、艦橋を直撃し、艦橋に詰めていた者全てを戦死させた。 護衛艦8隻が海の松明と化して10分後、別の海域でも火の手が上がり始めた。 炎はぽつ、ぽつ、と。 それはロウソクに火をともすように増えていき、最初の火の手が上がって10分後には14の炎が海上でゆらめいていた。 遠めで綺麗に写ったそのロウソクの火は、さほど間を置かずにぽつぽつと消え始めた。 1482年8月18日 バルランド王国ヴィルフレイング 午前8時 ヴィルフレイングの一角にある木造の2階建ての建物。 その中にある南太平洋部隊司令部で、5人の男たちは額を寄せ合って地図を睨んでいた。 「ここで、輸送船団は襲われたと言うのだな。」 男の中の1人。南太平洋部隊司令官、チェスター・ニミッツ中将は地図のとある一点を指差した。 その点。バルランド王国領ジェンリファから南西150マイル沖に付けられた罰印。 この罰印は、16日未明、シホールアンル艦隊の突然の襲撃で全滅させられた、バルランド軍護送船団が進んでいた位置だ。 「バルランド側は、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻で輸送船14隻を護衛していたようです。バルランド側の報告では、 午前2時の定時報告を最後に連絡が途絶え、翌17日ジェリンファの海岸で沈没船の残骸が漂着しているのを 現地の部隊が確認したようです。今もって護衛艦、輸送船の1隻も入港しない事から、敵艦隊に1隻残らず 沈められたものと判断します。」 参謀長のスプルーアンス少将は、怜悧な口調で説明した。 「巡洋艦2隻、駆逐艦6隻の護衛艦隊を沈めるには、最低でも巡洋艦3、4隻、駆逐艦8から10隻は必要です。 バルランドの護送艦隊は最低でも巡洋艦4隻、駆逐艦10隻程度の敵艦隊に襲撃されたものと推定します。」 作戦参謀のポール・ルイス中佐がスプルーアンスに代わって説明する。 「その事からして、この敵艦隊はバゼット半島を大きく迂回してから、この輸送船団を襲撃したのでしょう。」 「解せんな。」 ニミッツは首を振った。 「なぜ敵は遠出までをして輸送船団を襲ったのだ?確かに、バルランド海軍はシホールアンルよりは装備が劣るが、 制海権は我が方にある。太平洋艦隊の空母部隊も幾度と無くこの海域に進出して警戒に当たっていた。 敵にとってはあまり踏み込みたくない海域なのに、どうしてこのような危険な事をするのだね。」 「恐らく、味方の士気向上のためではないでしょうか?」 スプルーアンスが言って来た。 「ここ最近、シホールアンル側は目立った勝ち戦をやっておりません。そのため、前線の将兵の士気が落ちてしまった。 そこで、一見大博打のような作戦を立ててそれをやった。と、私は思います。あるいは」 スプルーアンスは、視線をジェリンファ沖から、何故かヴィルフレイングに向ける。 「何かを誘っているのか・・・・・」 その言葉に、ニミッツが反応する。 「何かを誘っている、か。レイ、誘っているとは、つまり我々の事かね?」 スプルーアンスは無言で頷いた。 「最新のスパイ情報では、今の所、敵の竜母部隊はエンデルドに留まっていますが、戦艦が、2、3隻ほど足りぬようです。」 「戦艦が2、3隻ほどか。参謀長、もしこのような輸送船団を殲滅する場合、攻撃側は高速艦で目標を攻撃するだろう?」 「そうです。敵の竜母はエンデルド、しかし、7隻いたはずの戦艦が2、3隻足りぬとなると、シホールアンル側は 襲撃艦隊に戦艦を組み込んでいる可能性があります。その敵戦艦は、27、8ノットの速度が出せるオールクレイ級でしょう。」 「と、なると。バゼット半島の南海岸沖には、戦艦を含む敵艦隊がうろついていると言う訳か。」 ニミッツは気難しそうな表情を浮かべる。 「バルランド側から護衛に関して、何か言ってきそうだな。」 「護衛任務に関して、ですな。」 情報参謀のバイエル・リーゲルライン中佐が発言する。 「そうだ。バルランド海軍の艦艇は、南大陸の中では一番の性能だが、シホールアンルやマオンド海軍の艦艇に 比べたら性能は低い。そのため、バルランド側が護衛に関して何か言ってくるかもしれん。私としては、 少々気が乗らんのだが。」 「もしかして、司令官はバルランド海軍の事を気に成されているのでしょうか?」 リーゲルライン中佐の質問に、ニミッツは頷いた。 「我々が頼りになるのはいい事だが、この国の軍は貴族の影響力が高い。そのため、我々が活躍する度に またぞろ訳の分からん事を言ったりするかもしれん。」 「つまり、嫉妬・・・・ですな?」 スプルーアンスの言葉に、ニミッツは大きく頷いた。 「そうだ、レイ。だが、嫉妬を抱くのは仕方なかろう。本来、主役であった彼らは、突然転移してきた我々に 活躍の場を奪われたのだ。嫉妬を抱く者が出てきても、仕方あるまい。話はずれたが、今後はバルランド側の 要請があった時に、どの任務部隊にどの艦を付けて送り出すか、それを今から話し合おう。」 ニミッツがそう言った直後、作戦室に通信将校が現れた。 「ニミッツ司令官。バルランド軍上層部から船団護衛を要請したいとの報告が入りました。」 通信将校が持っていた紙の内容を読み上げた後、ニミッツ中将はほら来たとばかりに苦笑した。 「早速、お呼びがかかったな。」 ニミッツ中将は、スプルーアンス参謀長に意味ありげな口調で言った。 翌日午後2時、ニミッツの姿は、再びヴィルフレイングにあった。 「諸君、バルランド側は我が太平洋艦隊に対して、船団の護衛を要請してきた。出発は2日後の早朝だ。」 「取り決めが早いですな。」 スプルーアンス少将は眉をひそめながら言う。 「つい2日前に、船団全滅の憂き目を見たというのに、それでもバルランド側は船団輸送を強行するのですか。」 「前線部隊の士気を下げぬ為には、物資補給は大事であると言われたよ。インゲルテント将軍は、なかなか強かな人だ。」 ため息混じりにニミッツはそう言った。 「決まったからには仕方ない。レイ、現在出港できる艦隊は?」 「キッド提督の第2任務部隊はすぐにでも出港できます。それから4日後には、第17、14任務部隊が整備と補給を 終えて西海岸に向かう予定です。」 ヴィルフレイングには、現在第2任務部隊と第14、17の任務部隊が待機している。 ハルゼーの率いる第16任務部隊は、東海岸沖を北上して敵の警戒に当たっている。 このうち、第2任務部隊は既に出撃準備を整えており、2日後の出港は可能である。 「第2任務部隊の編成はどうなっている?」 「第2任務部隊は、戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニア、重巡ニューオーリンズとアストリア、駆逐艦16隻で編成されています。」 「巡洋艦が足らんな。他の戦隊から2隻、巡洋艦をTF2に回そう。」 「TF15のサラトガは今整備中で港内から動けません。ですので、TF15から巡洋艦を2隻ほど回してはどうでしょうか。」 「そうだな。では、それでいこう。TF2に回す巡洋艦は・・・・」 ニミッツは考えた。TF15に所属する巡洋艦は重巡洋艦のサンフランシスコと軽巡ボイス、ホノルル、アトランタである。 もし、敵が水上艦艇で押せば、手数の多いボイス、ホノルルが最も役に立つであろう。 しかし、万が一の事も考えて、アトランタ級も加えた方が良いか? しばらく黙考したあと、ニミッツは決断した。 「ボイスとホノルルにしよう。それから、万が一の事も考えて、護衛空母のロング・アイランドと水上機母艦のラングレーを加えよう。 これなら、敵艦隊がどこにいようが、日中の間はラングレーの索敵機で常に、艦隊の周囲を警戒できる。」 「では、司令官。TF2司令部にはホノルルとボイス、ロング・アイランドとラングレーを加えると伝えます。」 スプルーアンスの言葉に、ニミッツは頷いた。 「TF14のレキシントンとTF17のヨークタウンの航空兵力は、今の所どうなっている?」 ニミッツ中将は航空参謀のエディ・ウィリス中佐に聞いた。 「両艦とも、戦闘機はこれまでの戦訓から、ほぼ半数近くか、半数以上を積んでおります。これにドーントレスやアベンジャーを 通常編成で乗り組ませてあります。両任務部隊の搭乗員の技量は相当向上しております。」 「ヨークタウンとレキシントンのパイロットは他艦と比べると新人の比率が多いからな。今は敵さんの竜母がエンデルドに 留まっているからいいが、対機動部隊戦闘になった場合は少し不安だな。」 2ヶ月前までは、ヨークタウンとレキシントンのパイロットはほぼベテランが占めていた。 しかし、本国での搭乗員大量養成がスタートすると、教官不足が生じてきた。 海軍上層部は実戦経験のある母艦航空隊から搭乗員を引き抜いて、教官配置に付かせたが、ヨークタウンとレキシントンでは、 引き抜かれた搭乗員が他艦より多かった。 今は配属されてきたばかりの新人が、その穴を埋めているが、実戦経験の無い搭乗員がどこまでやれるか。 ニミッツ中将はその事にやや不安に感じている。 「下手糞でない事は確かです。使えますよ。」 ウィリス中佐は自信ありげな口調でニミッツに語りかけた。 「そうだな。さて、まずは第2任務部隊を出港させて、グレンキアの近海でバルランド軍の輸送船団と合流させよう。」 ニミッツ中将はそう言って、艦隊の派遣を決定した。 その翌日、第2任務部隊は予定よりも早くヴィルフレイングを出港、一路西海岸へと向かった。 3日後にはTF14とTF17が後を追う予定である。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1376.html
第264話 雪中の危機 1485年(1945年)12月5日 午前3時 ヒーレリ領クヴェンキンベヌ 長い軍務の合間に取れた束の間の休息は、唐突に響き渡る大音響とともに吹き飛ばされた。 「!?」 30分前に小隊長との打ち合わせを終え、配置先の塹壕内で毛布に包まって寝ていたアールス・ヴィンセンク曹長は、 突然、爆発音が響いた瞬間に自然と跳ね起きた。 「来たぞー!敵の砲撃だー!!」 誰かが声高に叫び、塹壕やタコツボの外に出ていた兵士達が憑かれたかのような素早い動きで、物陰や手近にあるタコツボに身を隠す。 耳障りな甲高い飛翔音が響いた後、幾つもの爆裂音が響き渡る。 その中には、何かが砕け散り、数秒後に音と共に地面が微かに揺れ動く。 (畜生!どこかの馬鹿が焚火でもやっていたのか!?) アールスは心中でそう思った。 クヴェンキンベヌでの戦いが始まって以来、アールスの所属する第115空挺旅団はシホールアンル軍の攻撃を何とか凌いできた。 自信満々で挑んだ攻撃が頓挫した事で弱腰になったシホールアンル軍は、第115旅団を含むクヴェンキンベヌ守備隊に対して、断続的に砲撃を 浴びせる事で戦力の弱体化を狙っていた。 特に夜間に行われる砲撃は、夜の生活にも慣れたレスタン人と言えども応える物があった。 シホールアンル軍はこちらの神経をすり減らすかのように、闇雲に砲撃を加えるだけの大雑把な砲撃をするばかりだが、時にはこちらの陣地から 発せられる焚火を目標にして、極めて正確な砲撃を加える事もあった。 昨日の未明には、第3大隊のある小隊が、寒さをしのぐために僅かばかりの時間だけでもと、焚火を起こした30秒後に砲撃を受け、戦死者5名、負傷者12名を 出して小隊がほぼ全滅という惨事が起きた。 これ以降、夜間の焚火は禁止という命令が発せられている。 だが、アールス達の陣地に降り注ぐ砲撃は、適当撃ちにしては嫌に正確であったため、彼は誰かが命令を無視して焚火を起こしたのかと思った。 砲弾の弾着は、最初の着弾から大して間を置く事もなく、後方へとずれ始めていた。 砲撃は30分程で終了し、辺りは再び、雪混じりの夜風の吹く暗い森という、いつもながらの殺風景な物になっていた。 いや、殺風景な光景はいつも以上とも言えた。 「あーあ、気に入っていた木が見事に折れてるぜ……」 自分のタコツボから出て来たアールスは、後方20メートルの所に立っていた、高さ15メートル程の木が折れている事にやや悲しみを感じた。 「……お前たち大丈夫か!?」 アールスは周囲を見回しながら、一言叫ぶ。 程無くして、分隊員から返事の声が上がった。 「…よし、俺も含めて“9人”全員揃っているな。」 アールスはそう呟いた後、途端に元々居た残り3人の事を思い出す…… (くっ……) 彼は余分な感傷は要らぬとばかりに、頭を軽く左右に振る。 「全員、その場に待機しろ!間を開けたらまた撃って来るかもしれん!」 彼は全員に聞こえるように大声で指示を飛ばした後、そそくさとタコツボに隠れた。 3時間後……まだ空が明るくならない内に、それらは音を立ててやって来た。 「あの畜生共……どこまで俺の睡眠時間を削れば気が済むんだ!」 アールスは憎々し気に呻きながら、持っていたガーランドライフルに弾丸を込めた。 視線を前方に移す。 「……キリラルブスが16台に、兵員輸送型が12台か。そしてその後ろに倍以上は控えているな。」 舌打ちしながら銃を構えた。 距離はざっと600メートルほどだ。 今、目の前に迫りつつある敵前進部隊は、先ほどまで旅団の砲兵部隊によって散々阻止砲撃を浴びせられていた。 敵部隊の後方で煙を上げて擱座したり、弾痕の側で転倒しているキリラルブスはその名残である。 旅団の砲兵隊はギリギリまで砲撃支援を続けるようであり、今もまた、多数の飛翔音と共に敵部隊の周囲に砲弾が落下する。 爆炎と共に真黒な土が吹き上げられる。 1台のキリラルブスが至近弾を浴び、危うく転倒しそうになるが、幸いにも持ち直して進撃を続ける。 「チッ、引っ繰り返ればいいのに。」 アールスは忌々しげに呟いた。 「バズーカ班!準備は出来ているか!?」 彼はタコツボの外に向かってそう叫ぶ。 「準備OK!命令があり次第、アツイ奴をぶち込んでやりますよ!」 バズーカを持っている部下が威勢よく答えて来る。 それを聞いたアールスはニヤリと笑いながら、再び前に視線を向ける。 ヴァンパイア特有の暗視能力のお陰で、雪の降る真っ暗闇でも敵の姿をはっきり見る事が出来る。 「来るなら来い。今度も手酷く叩いて追い返してやる。」 視線の先に居る敵前進部隊は、旅団砲兵の阻止砲撃を何ら恐れる事無く進軍を続けていく。 唐突に、1両の輸送型キリラルブスの真後ろに砲弾が着弾する。 その瞬間、輸送型キリラルブスは後部から持ち上げられ、そのままくるりと1回転してしまった。 背面の兵員室は勢いよく地面に叩き付けられ、大きく凹んでいた。 別のキリラルブスは、阻止砲撃の至近弾で後ろの脚部を吹き飛ばされ、力尽きたかのように擱座する。 数分ほどで、敵前進部隊の先頭は守備陣地から200メートルの所に達していた。 16台から15台に減った敵キリラルブスは、出現時と変わらぬ速度で前進を続けている。 「まだ撃つなよ……」 アールスは、小声で射撃命令を待つ部下達に言う。 当然、彼の声は聞こえていないが、彼の耳には、部下達が了解と返事したように思えた。 身に包んだ防寒着のせいか、はたまた、夜の戦いに慣れたヴァンパイア族の習性のせいか。 彼は近い内に始まる戦いを前にして、体の血が熱くなっているように感じた。 程無くして、キリラルブスが陣地まで100メートルの位置に接近した。 「撃ち方始め!」 アールスが大音声で命じるや、銃を構えていた部下達が一斉に引き金を引き、バズーカを構えていた兵はロケット弾を発射する。 2台のキリラルブスにロケット弾が命中し、爆炎が上がった。 前の右脚部に被弾したキリラルブスは関節部に損傷が及んだのか、前のめりになってそのまま停止した。 また、砲塔正面に被弾したキリラルブスは急に動きを停止した。 「早速1台は擱座させたか。さて、もう1台は……」 アールスが期待するような口ぶりで言うが、砲塔正面にロケット弾を受けたキリラルブスは、煙が晴れるや、すぐに動き始めた。 「駄目か……」 アールスは眉間にしわを寄せながら呟く。 前進していたキリラルブスが一斉に停止し、お返しとばかりに備砲を撃ち放つ。 砲弾が陣地の全面に相次いで着弾し、爆発と共に大量の土砂と雪が吹き上げられる。 砲弾の一部は陣地の付近に着弾し、アールス達は塹壕やタコツボの中で身を竦めて、爆風や破片の直撃を避けた。 キリラルブスの集団はすぐに動きを再開し、陣地に迫って来た。 「バズーカ班!装填はまだか!?早くしろ!!」 「今撃ちます!」 彼の怒声に誰かが答えた直後、再びバズーカ砲がロケット弾を弾き出す。 1発は目標から逸れてしまったが、もう1発がキリラルブスの後を付いて来た、兵員輸送型キリラルブスの右横腹に命中した。 装甲が薄い輸送型キリラルブスはこの被弾で行動不能となり、黒煙を吹きながらその場に停止した。 敵を迎撃している部隊はアールス分隊の他にもおり、敵前進部隊はバズーカの反撃によって次々と損害を出している。 今分かるだけでも、3台のキリラルブスと、輸送型2台が被弾し、擱座していた。 だが、敵部隊の大半は健在であり、防御陣地まであと50メートルにまで迫っていた。 「敵がさっぱり減らんぞ!あと、戦車部隊の連中はどうしたんだ?そろそろ救援に駆け付けてもいい筈だぞ!」 アールスは、一向に現れない救援の戦車部隊に苛立ちを募らせていた。 いくら夜の戦いに慣れ、時には超人的な力を発するヴァンパイアとはいえ、銃砲弾を受ければ必ず死ぬ。 普通よりも少しばかり強い歩兵部隊が敵装甲部隊にまともにぶつかっても勝敗は見えている。 そこに機甲部隊の増援が必要となる。前の敵の攻撃は、第37機甲師団から派遣された戦車部隊が支援してくれたお陰で粉砕することが出来た。 アールスは、今回もそれを期待していた。 「分隊長!後方より増援がやって来ました!第37機甲師団は今回も約束を守ってくれましたよ!」 唐突に、後ろから部下の叫び声が響いて来た。 それと同時に、後ろから迫るエンジン音も耳に飛び込んで来た。 「ようし!いつも通り、騎兵隊のお出ましとなったか。戦闘はこうでなくちゃいかん。」 アールスはようやく、敵とまともに戦えると心中で確信した。 後方から現れたM4戦車は、彼の言葉に応えるかのように主砲を放った。 「……ファック!こっちの砲弾が弾かれたぞ!」 第37機甲師団R戦闘団に所属する第94戦車大隊は、第115旅団司令部からの要請を受けた師団司令部より支援命令を受け取り、 第115旅団の陣地に殺到しつつある敵石甲部隊を迎え撃った。 第94戦車大隊第1中隊を率いるロン・ランシング大尉は、最初の1発を放ち、見事に敵キリラルブスに命中させた。 だが、砲弾はキリラルブスの正面に命中するや、火花を散らして弾かれてしまった。 「ありゃ例の装甲強化型キリラルブスだ!距離300でイージーエイトの主砲が効かんとは!」 ランシング大尉は悔しさのあまり表情が険しくなった。 彼の乗るM4戦車は、M4E8と呼ばれるシャーマンシリーズの集大成ともいえる物であり、主武装たる備砲52口径72.2ミリ砲を 搭載した強力な戦車である。 砲身長の伸びた備砲は、初期型シャーマンよりも明らかに貫通力が上であるのだが、敵新型キリラルブスの装甲は、決して侮れない筈の 高初速弾を弾き飛ばしてしまったのだ。 「大隊長より各中隊へ、正面の敵石甲部隊は第1中隊が引き付けろ。第2、第3中隊は敵の左右に回り込め!」 「こちら第1中隊、了解!」 ランシング大尉は大隊長にそう答えてから、指揮下の各小隊に命令を伝えた。 「こちら中隊長。これより、第1中隊は敵石甲部隊に最接近する。全車、俺に続け!操縦手、前進しろ!シホット共の誇るゴーレムに 至近距離から弾を突っ込むぞ!」 「了解です!」 命令を聞いた操縦手が戦車を前進させる。 30トンの車体が土と雪を噴き上げながら、半ば吹雪いている夜闇に向けて突っ込んでいく。 第1中隊9台の戦車(通常は16台である)は、高らかにエンジン音を上げながら走行し、やがては陣地の手前に躍り出た。 それに対して、キリラルブスも待ってましたとばかりに砲を撃ち放って来る。 第1小隊に属する2号車が車体に被弾する。 直後、爆炎が吹き上がり、2号車は猛烈な黒煙と火災を生じながら停止した。 シャーマン戦車も停止し、応戦する。 70メートルという至近距離から放たれた砲弾は、今度ばかりは新型キリラルブスの正面をぶち抜いた。 その瞬間、キリラルブスの石の体が吹き飛び、ど派手に爆炎を噴き上げた。 別のキリラルブスは側面に砲撃を食らい、体の後ろ半分が爆発によって吹き飛んだ。 第1中隊のシャーマン戦車も、1両が右の履帯部分に被弾し、行動不能となるが、戦闘自体はまだ可能であり、砲塔を回してキリラルブス1台に 砲撃を浴びせ、これを撃破した。 第1中隊は24台のキリラルブスを相手にしており、交戦開始から5分ほどで、第1中隊は4台に減っていたが、その間、側面に回り込んだ 第2中隊(11台)第3中隊(8台)が攻撃を開始し、シホールアンル軍前進部隊の足を完全に止めた。 しかし、時間が経つにつれて、戦線に現れるキリラルブスの数は増大し、最終的に第94戦車大隊は戦力を半減し、後退してしまった。 戦闘開始から40分後の午前7時15分には、敵前進部隊は第115旅団第756連隊の守備陣地に取り付き、激しい戦闘を繰り広げていた。 アールス達は、10分前に第1防衛線を放棄し、第2防衛線に後退後、敵の石甲化歩兵部隊相手に60メートル隔てた距離で撃ち合っていた。 分隊支援の30口径機銃が、木陰や遺棄された車両等を隠れ蓑にして前進を続けるシホールアンル兵目がけて火を噴く。 敵は機銃の掃射を受けて身動きが取れなくなったが、それでも、銃口だけを向けて盛んに光弾を撃ち放って来る。 アールスは、小さい木陰の裏に縮こまったシホールアンル兵に持っていたM1ライフルを撃ちまくる。 8発目でクリップが排出され、アールスは装填のために頭を下げた直後、敵弾が頭のすぐ上を飛び去っていくのを見て、彼は体を竦めた。 「クソ!頭を下げてなかったら死んでたな!」 アールスは腹立ち紛れに言いながら、新たなクリップを取り出してライフルに装填した。 「手榴弾!」 誰かがそう叫んだ直後、後ろから手榴弾が投げ込まれる。 敵の方に投擲された手榴弾が、切断された木の前で炸裂した。 「もっと遠くに投げんと敵を傷付けられんぞ。」 惜しくも有効打とならなかった投擲に、アールスは指導するような口ぶりで呟く。 その時、別の兵が投げた手榴弾が、上手い具合に敵兵が隠れている木陰の後ろに放り込まれ、直後に炸裂した。 手榴弾の炸裂によって、夥しい破片と爆風がシホールアンル兵に襲い掛かり、血煙を吹きながら前のめりに倒れ込んだ。 「ようし!いい投擲だ!」 彼は有効打を与えた部下に賞賛の声を漏らしながら、ガーランドライフルを更に打ち込む。 そこに、6名ほどのシホールアンル兵が新たにやって来た。 アールスはその集団に狙いをつけ、クリップに残っていた弾を全て撃ち放った。 5発ほど撃ったところで独特の音と共にクリップが排出される。その間、彼の射撃はシホールアンル兵1人を撃ち倒していた。 新しいクリップを取り出し、再度装填を終えて銃口を向けようとした時、いきなり激しい銃撃音と共に夥しい数の光弾がタコツボの真上を 飛び去るか、周囲に着弾して細かな土や雪を盛んに噴き上げた。 「おわっ!?くそ、機関銃を持ち込んで来たか!」 アールスはヘルメットを抑えながら叫んだ。 新たに現れたシホールアンル兵は、対空魔道銃を軽量化した軽機関銃タイプの魔道銃を持ち込み、アールス達目がけて乱射していた。 これに対して、分隊の30口径機銃も敵の射手を討ち取るべく、応戦するが、敵の機銃班は素早く物陰に移動し、木と木の細い隙間から銃口を出して射撃を再開した。 業を煮やしたある兵が手榴弾を投げ込もうと、右腕を出したが、その瞬間、光弾に腕を撃ち抜かれてしまった。 「くそ、やられた!!」 兵は銃弾を受け、真っ赤な血を吹き出した右腕を引っ込ませながら、ピンを抜いたままタコツボ内に転がり落ちた手榴弾を、左手で掬い取り、そのまま敵目がけて投げ込んだ。 だが、ろくに力も入れずに投げた手榴弾は、敵から30メートル手前に落下して、空しく炸裂しただけであった。 「あの厄介な魔道銃を潰さんと、キリラルブスがやって来る。そうなれば、敵の歩兵に雪崩れ込まれるな……」 アールスは、何か策は無いかと必死に考える。 「今の内に……今の内に連中を潰さねえと……お、そう言えば。」 彼は何かを思い出し、腰や足のポケットをまさぐった。 「……あったぞ。」 アールスはポケットから赤い発煙弾を取り出した。 「……おい!誰か聞こえるか!!」 彼はあらん限りの声で叫んだ。 「はい!聞こえますぜ!」 「バズーカはあるか!?」 「あります!弾も装填済みですが、あの糞共が魔道銃を撃ちまくっているせいで、まともに顔を上げられません!」 「そうか、ちょっと待ってろ!」 アールスは発煙弾のピンを引き抜き、それを思い切り、敵目がけて投げ込んだ。 発煙弾はちょうどいい具合に、敵の陣取る物陰から10メートルほど手前まで届いた。 シホールアンル兵は手榴弾かと思い、すかさず顔を隠す。 その時、発煙弾から赤い煙が吹き出し、たちまち赤い煙幕に覆われた。 「今だ!手榴弾を投げられる奴は今すぐ投げ込め!バズーカ班!敵が居ると思しき場所に熱い奴を突っ込んでやれ!」 アールスの号令が下った直後、バズーカを担いだ兵が待ってましたとばかりに起き上がり、ロケット弾を発射した。 その直後、煙幕の向こうから銃撃が再開され、再び夥しい量の光弾が吐き出されるが、先ほどと違って精度は余り無い。 敵が銃撃を再開した瞬間、ロケット弾が煙幕の向こう側で炸裂した。 程良い場所で炸裂したのか、爆発の直後、敵兵の何人かが悲鳴を上げるのが聞こえた。 更に別の兵も、手榴弾を惜しげもなく投げ込み、シホールアンル兵に追い打ちをかけた。 「今だ!突っ込むぞ!動ける奴は俺に付いてこい!!」 アールスは魔道銃の射撃が止んだ事を好機と捉え、一気に敵を押し返すべく、反撃に打って出た。 タコツボから飛び出したアールスは、全速力で戦場を駆け抜けた。 煙幕に突っ込んだ後、2秒ほどで煙から飛び出した。 そこには血まみれになって倒れている7名の敵兵と、新たに増援としてやって来た18名の敵兵が居た。 この時、アールスと敵兵たちとの距離は、僅か10メートル程である。 彼らは皆、驚きの表情でアールスを見つめていた。 「アメリカ兵だ!!」 1人のシホールアンル兵が叫ぶや、一斉に銃を構えようとしたが、アールスは彼らに向けて、素早くピンを抜いた手榴弾を投げ込んだ。 「うわ!爆弾だ!!」 敵兵が叫び声を上げながら、投げ込まれた手榴弾を回避すべく、パッと散らばり始めたが、地面に伏せたアールスは敵兵を次々と狙い撃ちにした。 3名の敵兵が銃弾を受けて倒れ込む。 手榴弾が炸裂し、4名の敵兵が爆風と破片を受けて吹き飛ばされた。 アールスが8発の弾を発射し終えると同時に、分隊の部下達も煙幕を突っ切って来た。 兵士の1人は、トミーガンを乱射しながらシホールアンル兵に体当たりした。 「小癪なアメリカ人め!体の上に乗る」 その兵士は、罵声をあげかけたシホールアンル兵の顔をトミーガンの連射で吹き飛ばした。 別の兵が仲間を殺した米兵に仕返しをすべく、魔道銃を構えたが、横合いから銃弾を受けて昏倒した。 部下達の正確な射撃は次々とシホールアンル兵を撃ち倒していく。 アールス達を先ほどまで悩ませていた軽魔道銃が、突撃して来た彼らを殲滅すべく、銃口を向け直そうとしたが、接近した部下が魔道銃を背後から 射手に銃弾を浴びせて射殺する。 戦闘はアールス達が優位に進めていたが、それも長くは続かなかった。 「おいおい、こりゃえらい事になったぞ!」 アールスは、応戦する敵兵の背後から迫りつつある、多数の敵歩兵と、支援用のキリラルブスを見て愕然となった。 「くそ!敵の数が思ったよりも多い!後退だ!!」 彼は声を荒げながら、付いて来た部下達に向けて叫ぶ。 いつの間にか、彼は周囲に居る味方が増えている事に気付く。ざっと見ても20名以上はいるだろうか。 (やたらに味方が居るようだが、他の分隊も俺達の後を付いて来たのか?) アールスはそう思いつつも、しきりに後退を叫び続けた。 周囲の部下達は、迫りくる敵に対応しきれないと感じたのか、木陰や物陰から離れて、来た道を全速力で戻り始めた。 「おい!撃つのは後でしろ!さっさとケツをまくるぞ!」 「分隊長も一緒に行きましょう!」 「いや、俺はまだ行かん。お前以外にもまだ頑張っている奴が居るからな。」 「し、しかし。」 「ごちゃごちゃ抜かさんでいいから、さっさと行け!後でまた会おう!」 アールスはそう言いながら、尻込みする部下を強引に後退させた。 彼の分隊員は全員が無事に後退していった。 彼らに習うかのように、後続して来た別の味方も後方に逃げ始めた。 「よし、周りの味方も少ないな……俺もここからオサラバするか。」 アールスは部下達の後を追おうと、敵陣に背中を向けた。 唐突に、背中を殴られたかのような衝撃を感じ、その場に転倒してしまい、地表の雪に顔を押し付けてしまった。 「おっ……と、くそ。何でこんな時にドジを……」 アールスは立ち上がろうと、両腕に力を入れた。 だが、力が入らない。 「あれ?なんで力が……畜生!」 彼はもう一度、両腕に力を入れて立ち上がろうとしたが、やはり力が入らなかった。 「うぐ……俺って、こんなにひ弱だったか?それに……俺ってこんなに寒がりだったのか?」 アールスは、いつの間にか体が震えている事に気が付く。 そして、耳から聞こえて来る物音が嫌に小さく、遠くから聞こえるような感じになっている事に対しても、まるで他人事のように感じられた。 「はは、なんで物音がこんなに小さく聞こえるんだぁ……おかしいねぇ……」 「……ル…!………ス……………アー……!」 ふと、聞き覚えのある声が耳に入って来た。 それと同時に、彼は誰かに、仰向けに転がされた。 「アールス!アールスしっかりして!!」 「テレス……なんだそのツラは。何泣きそうな」 「いいから黙って!あんたは手を、あんたは足を持って!逃げるよ!!」 テレスは、誰かに両手と両足を持たせると、そのままアールスを運ばせる。 テレスがトミーガンを乱射しながら掩護し、彼女目がけて多数の光弾が注がれたのを見たが、そこで一瞬、彼の意識が飛んだ。 その次に目を開けた時には、アールスはタンカに乗せられ、ジープのボンネット乗せられようとしていた。 「お願いです軍医殿。あたしの同僚を……いや、恋人を救ってください……お願いです、私の順番は一番遅くてもいいから、彼を先に」 「テレス!何も言うんじゃない!君だって腹を撃たれているんだ。安静にしないと死ぬぞ!」 「お願いです……お願いです!」 「わかった!分かったから……おい、意識が混濁している。ジープはまだ来ないのか!?」 「今呼んでます!少し待って下さい!!」 彼の耳に飛び込んで来る会話を聞く限り、テレスも負傷したようだ。 「クソ……なんで……なんでお前まで。というか、俺は撃たれたのか……ぐふっ」 「曹長!喋らんで下さい!無駄に体力を消耗すると死にますぜ!」 「おい、1、2、3で乗せるぞ……1、2、3!」 唐突に、軽い浮遊感が伝わったかと思うと、ドスンという音と共に背中に衝撃た伝わる。 ほぼ同時に、体に激痛が走った。 「ぐ……は……」 「すいません曹長。野戦病院まではすぐそこです。あと少しだけ我慢して下さい。ちょっと、モルヒネを1本くれ。」 赤十字マークが描かれているヘルメットを被った、赤目の衛生兵がアールスの腕にモルヒネを投与した。 「フェリーネ!ちょっと退いてくれ。野戦病院までかっ飛ばして来る。」 「了解!気を付けて!」 運転手がエンジンを軽くフカした後、ジープを発進させようとする。 「すまん、俺も乗せて行ってくれ!」 「……早く乗れ!」 別の誰かが同乗を求めて来ると、運転手が手荒い口調で許可した。 その兵士が助手席に飛び乗ると、ジープは野戦病院に向けて発進した。 「おい聞いたか?」 「聞いたって、何の話をだ?」 「第726連隊の戦線が敵に突破されたらしい。それも、1時間前にな……」 同日 12月5日 午後3時 第5艦隊旗艦 戦艦ミズーリ 第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将は、艦橋の右舷側通路上で、仏頂面を浮かべたまま報告を聞いていた。 「……以上です。」 第5艦隊参謀長アーチスト・デイビス少将は、能面のような表情で報告を終えたが、その口調はやや震えていた。 「……クヴェンキンベヌ戦線の一部が敵に抜かれてしまった……か。作戦区域を担当する第2軍集団司令部からは何と言ってきている?」 「は。現在、第115旅団の一部が包囲されるも、現有戦力でもって敵の侵攻に対応中なり、と、申しておりますが……」 「ふむ。第2軍集団は明日頃に総反攻を計画していると聞いている。反攻開始までは、クヴェンキンベヌの守備隊は持つと思うかね?」 「情報によりますと、敵の突破を許した戦線は、クヴェンキンベヌ戦線の南西部、ヴェソと呼ばれる地区のようです。そこには、陸軍の精鋭である 第115空挺旅団が守備に就いていましたが、敵はここを突破したようです。このヴェソが抜かれた場合、敵はカイトロスクへ続く街道に雪崩れ込む ことが出来、あと10キロ進むと、カイトロスク街道への出入り口を抑えられるとの事です。現在は、クヴェンキンベヌ守備隊が総力を挙げて防戦中 との事ですが……敵は全方位に渡って攻勢を強めているため、あと10キロを死守できるかどうかは定かではありません。」 「我々としては、是が非でもクヴェンキンベヌ守備隊には頑張って貰いたい所だが……せめて、航空支援が使えれば、現在の窮状も打破できるはずだが。」 「現在進行中のシホールアンル本土侵攻作戦が頓挫すれば、計画は大きく狂う事になり兼ねませんな。」 デイビス少将は、脳裏にワシントンで開かれた会議の内容を思い出しながら、フレッチャーに言う。 「計画か……思えば、これほど壮大な作戦計画は聞いた事も無かった物だが。それはともかく、クヴェンキンベヌ守備隊と第2軍集団には、この窮状をなんとか 引っ繰り返して欲しい所だ。」 「我々の方は、天候不順のせいで予定が遅れたのを除けば、既に準備は整いつつあります。最後の洋上補給も滞りなく行われておりますし。」 デイビスの言葉を聞きながら、フレッチャーはミズーリの右舷側800メートルを行く艦船に目を向けた。 現在、第5艦隊は洋上補給を行っている最中であり、今もミズーリの目の前では、ギアリング級駆逐艦1隻が給油艦から燃料補給を受けている所だ。 「第58任務部隊所属の各任務群は、警戒任務に充てられた任務群を除く各隊が補給を行っています。既に、TG58.2は全艦が補給を終え、警戒役のTG58.4と 任務を交代している最中です。」 「軍港から出て来た敵機動部隊は、今どうしているかね?」 「潜水艦部隊からの報告によりますと、敵機動部隊はレビリンイクル諸島から北東250マイルの海域を未だに遊弋しているとの事です。」 「……私は敵が一か八かの賭けで、洋上補給中の我が艦隊に決戦を挑んで来るかと考えていたが……やはり杞憂であったか。」 「補給を行っている海域は、レビリンイクル諸島沖から700マイルも離れている上に、TG58.3とTG58.4を警戒任務に充てています。以前の連中ならば、 一計を案じる事もあったでしょうが、今や、彼らには予備戦力は無きに等しく、基地航空隊の援護が必然となった彼らでは、基地航空隊の航続距離圏外であるこの 海域に出撃する事は非常に危険な物となります。損害をなるべく抑えたい彼らとしては、なんとしてでも自分の庭で勝負を決めようと考えている事でしょう。」 「堅実な判断だが、戦力の少ない状況で確実に戦果を挙げる為には、過度に出過ぎないのも手、という訳か。敵将もなかなか手堅い判断をするじゃないか。」 「となると、今回もまた……ある程度の被害は出そうですな。」 「不謹慎な発言かもしれんが、例え正規空母を5、6隻沈められても、敵主力を全滅させれば充分割に合う。いや、そうしなければならんのだろう。これは、 以前にも言った事だがね。」 フレッチャーはそう言ってから、深いため息を吐く。 「我々としても辛い戦になりそうですな。」 「仕方あるまいよ、参謀長。それが戦争という物だからね。」 フレッチャーは言葉を吐きながら、ミズーリと共に航行する多数の艨艟に視線を送る。 ミズーリの右舷側300メートルには、僚艦ウィスコンシンが並んでいる。 元は日本海軍の金剛級高速戦艦に対抗する事を目的として建造される予定だったアイオワ級戦艦の姉妹艦だが、転移後の設計変更によって強化型高速戦艦から 本格的な戦艦として、ミズーリを含むアイオワシスターズは生まれ変わった。 その強固な装甲は敵弾によく耐え、異色ながらも、新式の17インチ砲は敵戦艦撃破にその威力を十二分に発揮して来た。 だが、もしかしたら…… (今度の海戦で、アイオワ級もまた、1隻か2隻が水面の底に導かれる事になるかもしれない。だが、それはある意味、必然と言っても過言ではないだろう。 問題は、その犠牲に見合う分の成果を残せるか否か……だ。成果を挙げる事が出来なければ、大機動部隊が無傷で帰って来ても意味は無い。俺は、果たして……) フレッチャーは心中で呟きながら、自らの肩にのしかかる重責をひしひしと感じていた。 「……参謀長。やはり、祈るしかあるまいな。」 「長官……」 「敵は確かに備えている。だが、それはこちらも同じだ。見てみろ……新鋭空母のリプライザルに、上空を飛ぶベアキャット。」 フレッチャーは、ミズーリの上空を爆音を上げながら飛ぶ去っていくF8Fベアキャットの編隊を指さした。 「それに、空母の艦内にはこれまた新鋭のAD-1スカイレイダーが出撃の時を待っている。俺達も、自慢の新鋭艦と新鋭機を取り揃えて、あの雪辱を晴らしに 行くのだ。ここは、これらの新兵器と、将兵達の腕を信じよう。」 「……そうですな。」 デイビス少将は深く頷いた。 「明後日から忙しくなる。恐らく、これが最後の海戦となるだろう。海のプロフェッシナル同士の最後の戦いだ。」 フレッチャーは吹っ切れたような口調で参謀長に言いつつ、視線を遠くに向けた。 「ここは、互いに悔いを残す事が無いよう、全力でぶつかりあって行こうじゃないか。」
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/308.html
822 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/18(月) 03 56 50 [ hGn.zo2w ] 1945年 5月2日 ドイツ降伏 陥落した帝都から西へ逃れるドイツ軍とドイツ人難民の群れが幾つもあった。 運の悪い群れはソ連軍の爆撃や蹂躙を受けて壊滅。 運の良い群れは米軍戦線まで落ち延びて投降した。 その中の1つ、ベルリン防衛隊の残余と、幾つもの壊滅した師団の残滓が集まって出来た群れがあった。 先頭をパンツァーカイルを組んだケーニヒスティーゲルとパンテルが先導し、大きく円陣を組んだⅣ号戦車とヘッツァーが後に続く。 円陣の真ん中には装甲擲弾兵のSd.Kfz.251から輸送部隊のトラック、市営バスから民間の自動車など雑多な車両の列が黙々と西への道を走り続けている。 どの車両にも、呻き声を上げる負傷兵から怯えた表情で辺りを見ている民間人等、車両と同様雑多な人間で満載状態になっていた。 よく見ると、円陣を組んでいる戦車突撃砲、パンツァーカイルを組んでいる戦車隊にも歩兵が張り付いている。 顔の皺が目立つ国民突撃兵から、まだ十代半ばをやっと過ぎたのヒトラーユーゲントの少年兵、国防軍兵、空軍野戦師団兵などこれまた雑多。 唯一武装親衛隊兵は居ない。理由は簡単で、みんな死亡した国防軍兵の服に着替えてしまったからだ。 その群れの中で最後尾で殿を請け負っている、迷彩すら施されていない錆止塗装のままの新型戦車が居た。 E-79戦車。ロシア製のディーゼルエンジンを搭載し、強力な装甲と128mm砲を備えたある意味ケーニヒスティーゲルを上回る戦車である。 「…………燃えている」 かさついた唇から、生気の無い声が漏れる。 E-79の車長ハッチから、後方をずっと眺めている少尉が居た。 彼の名前はアルフレート・シュトライバー。 ベルリンから辛くも脱出できた、数少ない戦車の一両を駆る戦車エースである。 「全てが、燃えている……燃え尽きている」 彼の眼差しの先にあるもの。 それは、ほんの数十時間前までそこで死闘を繰り広げていた、凄まじい黒煙で覆われた帝都の残骸。 かなり離れたにも関わらず黒煙が見えるその様は、一国の巨大な帝国の終焉を示すには充分だった。 だが、終焉の様ですら、シュトライバーの心を動かせなかった。 彼の心は、大きな虚無で満たされていたのだから。 彼は数日前の4月30日午後3時30分、彼の所属していた部隊に課せられた任務を果たした。 ベルリン郊外で遭遇した『森の王』を、戦死したヘルムート・フォン・カスパー大尉から託された"銀の砲弾"によって屠ったのだ。 だが、任務を果たしたにも関わらず、彼が救われる事は無かった。 魔女の鍋底と化したベルリンで多くのソ連軍戦車を撃破した後。 僅かな包囲網の緩みを鬼神の如き戦い振りで潜り抜け突破し、西へと脱出するこの群れと合流した。 その過程で多くの戦友達が倒れていったが、虚無に満たされたシュトライバーの心を動かすには至らなかった。 彼を動かすもの。それは、戦いのみであった。 彼は殆ど戦車と一体になっていた。黒煙で禄に視界が確保出来ない状態にも関わらず敵の居場所と距離を言い当てた。 的確な移動により敵の射線から悉く逃れ、隙を付いては一方的に撃破していく。 その様は味方にすら畏怖を抱かせた。彼の駆る戦車の乗員は、常軌を逸した言動を繰り返す戦車長に怯えていた。 この群れに居られるのも、群れの側面を襲おうとしたJS-2数両をほぼ一両で難なく殲滅したその腕を買われているに過ぎない。 作戦会議の場でも異様な雰囲気を放出するシュトライバーに対し、必要で無い限り声をかける者は居なかった。 「森の王を倒し、全ては燃え尽きた。なのに。何故、終わらない?」 森の王を倒した後も、彼は悪夢から逃れる事は出来なかった。 悪夢は彼を蝕み続けた。かつて休暇中にライン川の森で出会った『何か』。 隊が転戦したロシアの戦地と西部戦線、そしてカスパー大尉の死地であるザクセンドルフ郊外。 ヴァルハラに召される直前にカスパーから聞かされた言葉が鐘楼の鐘のように響き渡る。 『本来、任務はお前が果たすべきものだったのだ』 『何故なのです。何故自分なのですか大尉!?』 そしてカスパーは去り、任務だけが残った。 ゼーロウ高地での死闘から撤退したあの夜、泣き咽ぶ彼の手に落ちてきた真っ赤な血の雫。 血の雨に打たれ、絶叫したシュトライバーの背後で鳴動を始めたあの紅い砲弾ケース。 開いた砲弾ケースに収まっていたのは……。 823 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/18(月) 03 57 37 [ hGn.zo2w ] 意識が、一瞬で虚無から現実へと復帰する。 群れを率いる指揮車両のSd.Kfz.251から、ソ連軍戦車隊が迫っている事がヘッドホン越しに伝えられて来た。 周囲を素早く見渡す。 確かに、キャタピラの軋む音や、タイヤが轍を刻む音、歩兵の息遣いまでもが多く聞こえて来る。 「敵か、ロシア軍だけだな」 僅かな安堵を込めて呟き、車体の正面を背後に回させる。 彼の感じるエネジィが、円陣を組む他の車両やパンツァーカイルを組んでいる連中の方より多く存在したからだ。 指揮車両に対し、殿を持って応戦する旨を伝える。向こうから感謝と安堵が返されて来る。 時間稼ぎになる事に対し年若い装填手の顔が悲痛に歪んだのをシュトライバーは見たが、彼は構わず射撃指示を出した。 「距離800、目標先頭のT-34/85。撃て!」 轟音と共に撃ち出された128mm鉄甲弾が、T-34/85の砲塔部を吹き飛ばす。 射手はカスパー隊時代からの付き合いで、腕は並のベテラン以上だ。やはり、シュトライバーに恐れを抱いてはいたが。 「敵戦車隊、尚も前進中、次弾装填急げ!」 「ヤボール!」 装填手達が黒い汗を流しながら連携して弾丸を装填し、藥筒を押し込んでから閉鎖器を閉じる。 砲塔がグググっと動き、炎上するT-34/85を押しのけるようにして前に出ようとするJS-1を捉える。 「撃て!」 JS-1の車体下部に穴が開き、内部で爆発した運動エネルギーが車体の穴と言う穴から噴き出す。 車体の上に乗っていたソ連軍兵士が爆発に巻き込まれ、玩具の人形のようにバラバラと振り落とされていく。 「見たか敵の死だ……次は2時のT-34/85だ。装填急げ!」 猛烈に応戦して来るソ連軍戦車の砲撃によって揺れるE-79の中で、何かに駆られるようにして指示を出し続けるシュトライバー。 その為か、彼は気付かなかった。 雲の無かった空に真っ黒な暗雲が発生し、稲光を迸らせながらE-79の頭上で渦を巻き始めた事を。 車内に積んだままであったあの砲弾ケースが、疼くように緑色の光を放った事を。 続く