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part14からのテンプレ。 原型は新テンプレ案、part13以前のテンプレは旧テンプレにあります。 テンプレについての議論はテンプレ議論所、投票はテンプレ投票所にて。 横に流れる時間と風景に心を寄せて 3つの勢力が今日も面白可笑しく集う場所。 前スレ バクテリアン+ベルサー+バイド (part25)http //kanae.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1401716743/ バイド♂バクテリアン♂ベルサー (part24)http //kanae.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1383145227/ ベルサー+バクテリアン+バイド (part23)http //kohada.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1360898668/ バクテリアン≠ベルサー≠バイド (part22)http //kohada.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1345733302/ バクテリアン&ベルサー&バイド (part21)http //kohada.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1337706371/ バイド&バクテリアン&ベルサー (part20)http //kohada.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1328105419/ バイド≠ベルサー≠バクテリアン (part19)http //kohada.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1320836587/ ベルサー+バイド+バクテリアン (part18)http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1316276187/ バイド+ベルサー+バクテリアン (Part17)http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1312274735/ バイド+バクテリアン+ベルサー (Part16)http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1309010071/ バクテリアン+バイド+ベルサー (part15)http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1305033365 バイド&ベルサー&バクテリアン (part14)http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1298802571 ベルサー×バクテリアン×バイド (part13)http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1294940947/ バイド×ベルサー×バクテリアン (part12) http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1290429213/ バクテリアン×バイド×ベルサー (part11) http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1287063566/ ベルサー×バイド×バクテリアン (part10) http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1282566382/ バクテリアン×バイド×ベルサー (part 9) http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1273839119/ バクテリアン×ベルサー×バイド (part 8) http //schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1264997664/ バイド×バクテリアン×ベルサー(part 7)http //schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1255518949/ ベルサーvsバクテリアンvsバイド(part 6)http //schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1248568386/ バイドvsベルサーvsバクテリアン (part 5) http //schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1232367409/ ベルサーvsバイドvsバクテリアン (part 4) http //schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1218118495/ バクテリアンvsバイドvsベルサー (part 3) http //game13.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1207411692/ バクテリアンvsベルサーvsバイド (part 2) http //game13.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1190079947/ バイドvsバクテリアンvsベルサー (part 1) http //game11.2ch.net/test/read.cgi/gamestg/1130195019/ まとめサイト(諸事情で更新休止中) http //ime.nu/bacbelbyd.web.fc2.com/ まとめWiki https //w.atwiki.jp/bacbelbyd/ 亜時空星団バクテリアン 暗黒の破壊神バクテリアンによって統率される軍団。 多くの幹部を抱え、幾度かグラディウス星に侵略するものの、未だにその正体はよく判っていない。 破壊神バクテリアンが言うには、「人間の悪意が生み出した存在」らしい。 バクテリアンの死により滅びるかと思われたが、活動ペースが穏やかになっただけで未だに侵略の影は消えていない。 数千年後には惑星間の戦闘という規模をこえて全宇宙領域での戦闘に拡大していくようだ。 異星人ベルサー シーマの作り出したテクノロジー、魚型機械生命体を手に入れて以来 それらをベースにした戦艦を次々と開発しダライアス星人への侵略を行う知的生命体。 超攻撃的な侵略者集団で、自ら技術を生み出しはしないものの ひたすら他文明の技術を吸収する貪欲さを持っている。 複数のグループに分かれて宇宙各地を侵略しており、一つのグループが壊滅しても他のグループが侵略を引き継ぐ。 バイド帝国 22世紀の人類が宇宙に進出した際に遭遇した、悪意の生命体群。 「帝国」の呼称はバイドの攻撃性を侵略国家に見立てたもので、国家の形をとっているわけではない。 異層次元に存在する波動と粒子の性質を持つ超集束高エネルギー生命体であり、人類と同じ二重螺旋の塩基構造を持つ。 その支配者バイドは、実は26世紀の人類が生み出した忌まわしい星系内生態系破壊用兵器のなれの果てだった。 倒されても幾度となく復活を遂げてきたが、ファイナル波動砲によりついに完全消滅した。 1.9.8.5. 宇宙が、マルゴト、ヤッテクル 【GRADIUS】 ヾ_;=‐ 機種名:VIC VIPER 通常武器:ショットからダブルorレーザーにパワーアップ。 ミサイル:対地武器。発射すると下に落ちる。 オプション:自機の軌道を追うように動く。本体と全く同じ攻撃力を持つ。 バリア:シールド、フォースフィールドなど。いずれも長短がはっきりしている。 (備考:BIG VIPERでもVIC VIPPERでもない) 攻撃範囲:オプション4つ、各種ミサイル、ダブル系の併用によりほぼ画面全域を攻撃可能。 防御性能:フォースフィールドによる全周防御が可能だが耐久力は低い。しかし張り替えという小技もある。 シールドは忘れてもいいかも。リデュースはSFC仕様なら便利。V仕様なら自機の当り判定自体が極小。 地形攻撃:各種ミサイル、ダブル、オプションにより柔軟な対応が可能。 なやみ所:特別ゲストにサンクロも呼ぶべきか、となるとついでにパロディウスも、じゃあMSX版の扱いは? XEXEXも呼んでR-9に喧嘩を売るべきか、ガイアポリスから黄金鷹も呼んでシルバーホークと並べるべきか。 ついでにソーラーアサルトの事もたまには思い出して下さい。 最強状態での火力、オプションによる編隊や火器換装による攻撃範囲の広さは圧倒的。 だが、(例外はあるが)一度でもミスすると武装が機銃のみの最弱状態に戻ってしまうこと、 他の2機に比べ防御手段が頼りないことから「コケ易く復帰しにくい」機体といえる。 また、武装も地形を貫通するものがなく、オプションもあくまで自機を追随して動くもので フォースのように先行するものではないため、遮蔽物に巧妙に隠れた敵などに対しては 他の機体より苦戦を強いられることになるだろう。 BLAST OFF AND STRIKE THE EVIL BYDO EMPIRE!! 【R-TYPE】 弖⊇ 機種名:R-9 通常武器:レールガンに加え、対地・対空・反射レーザーに切り替え可能。 波動砲:チャージにより強力な波動砲を撃つことができる。 ミサイル:追尾ミサイルを2発発射可。 フォース・ビット:破壊されることは無い。フォースは攻撃にも使われる。 (備考:R-TYPEデルタ、FINALではかなり多くの機体が登場する) 攻撃範囲:フォースの着脱、各種レーザーにより地味に攻撃範囲は広い。3機の中では最も後方に強い。 防御性能:機体自体を保護するバリアは無いが、フォースによるピンポイントの防御力は最強を誇る。 地形攻撃:フォースの分離、対地レーザー、反射レーザー等で対応可能。 初代仕様なら当たり判定が特殊なため、他機種よりも地形にめり込める。 さらに⊿以降の3D仕様なら地形に接触してもミスにならない(これは反則か)。 なやみ所:他の機体では真似のできない、ラスボスはフォースで何とかするというギミック。 LEO、GALLOP、FINALの扱い。3の自機の中の人について。 なんと言っても無敵で、敵弾防ぎ放題のフォースが頼もしい。 防御だけでなく、分離合体を駆使して後方や壁の向こうなど、痒いところに手が届く自由な攻撃が可能。 パワーアップなしでも強力な波動砲が使え、ビット以外なら比較的装備も早く揃うなどミスした後の復帰にもわりと強い。 デルタ以降のバージョンならDOSEによるフォースの強化と攻撃、自由なスピードチェンジも可能。 弱点は、フォースで吸収できない光学兵器に対する防御力が皆無なことと、 チャージが必要な波動砲を除いた「素の状態での火力」が他機体に比べると一歩劣るところか。 WARNING!! A HUGE BATTLESHIP IS APPROACHING FAST 【DARIUS】 亜=、 機種名:SILVER HAWK 通常武器:パワーアップによりミサイル→レーザー→ウェーブと変化する。 ボム:対地用武器。パワーアップにより一度に攻撃できる方向が増える。 アーム:通常であれば3回まで攻撃を防ぐ。パワーアップにより耐久力が強化される。 (備考:鷹をモチーフとした機体) 攻撃範囲:ボムで斜め方向をカバー可能。2仕様ならレーザーで縦方向も安泰。シリーズ通して真後ろは苦手か。 防御性能:3段階のアームによる全周防御、しかも高耐久力。癖が無く使いやすい。 地形攻撃:ウェーブの地形貫通でゴリ押しが可能。悩む必要ほとんど無し。 逆にウェーブの無い2仕様はレーザー頼みとなり、いささか辛いものが。 外伝仕様の金アームなら地形との接触にも耐えられる。 なやみ所:3画面・2画面の扱い、フォースは黒歴史か否か、サーガイアもどうしよう。 GBA、旧ジャレk、ダライアス=サーガイa……ゲフンゲフン 判定も大きく地形を貫通することのできるウェーブ、連射性能も高くバージョンによっては貫通・誘導性能もあるマルチボム、 抜群の耐久力を誇り敵の体当たりや地形の接触にも耐えるハイパーアームなど、最強状態ではずば抜けて強力な武装を使用することができる。 かつ、バージョンによってはブラックホールボンバーやキャプチャーボールなどの超強力追加武器まで使える。 死んでもその場復活、パワーダウンも(他の2機に比べ)少しだけと、復活も一番楽。 だが、その無敵の最強状態になるまでの道は険しく、レーザー装備の間は修行僧のごとき忍耐を強いられることでも有名。 設置バースト以外に真後ろへの攻撃手段を持たないことも弱点の一つに数えられるだろう。 ただし3機の中では唯一後方へ振り向いた事のある機体でもあり、DBACでは任意に振り向けるようになった。 最新版の機体で比較 VIC VIPER T-301 by GRADIUS V O > 初期装備:ショット O 追加装備:ミサイル、ダブル、レーザー、オプション、フォースフィールド など O O 加速:カプセル1つ消費で1段階上昇、最高速の時は初速に戻る。アナログスティックで微調整が可能 【性能】 当り判定が極小になり、その場復活が追加された。 ショット:他シリーズの「画面上2発」から「画面上4発」へと増加し、弾切れの心配は減った。 ミサイル:地面を滑走する「ミサイル」、地形や敵に当たり炸裂する「スプレッド」などいくつか存在する。 ダブル:前方斜め上、背後など通常のショットとは別角度への射撃を行う。ちなみに前方へのショットの弾数は減る。 レーザー:貫通性能のあるレーザー、徐々に広がるリップル、チャージ攻撃のエナジーレーザー、最短射程のファイヤーブラスターの4種類。 レーザーのワインダー攻撃、エナジーレーザーの充填中の攻撃判定は無くなった。 オプション:オプションコントロールにより、位置固定や上下展開など自機トレース以外の動きも可能になった。 また、本体を中心に回転したり、攻撃方向を転換する場合はレーザーが途切れなくなる。 フォースフィールド:本体を完全にカバーするバリアを形成する。シールドやメガクラッシュも選択可能。 R-9A ArrowHead by R-TYPE FINAL o 初期装備:レールガン/波動砲 充填により威力変化 弖⊇王) 追加装備:フォース(3段階)、ビット(上下2つ)、ミサイル o 加速:4段階自由調整 【性能】 レールガン:画面上に3発のみだが、弾速が速い為弾切れはあまり起こさない。 ミサイル:追尾ミサイルと爆雷の2種類。 波動砲:Rシリーズの主力兵器。特殊な力場を形成し砲身前方にエネルギーを収束、そのエネルギーにベクトルを持たせて撃ち出す。 2ループMAX。耐久力の低い敵を貫通する。ボスがコアを露出している瞬間を効率よく攻撃するのに有効。 フォース:最強の盾である。敵弾か敵と接触する事でDOSEが蓄積され、100%になると接触時の攻撃力が強化される。 本体のレーザーエネルギーを得ることにより対空・反射・対地の3種類のレーザーを撃ち出す。 ビット:本体の上下に装備される人工フォース。敵と重ねることによりダメージを与えられる。 一部の弾を消す能力を持ち、対空レーザー装備時に2連発ショットを撃ち出す。 ニュークリアカタストロフィ:全画面攻撃兼緊急回避手段として使える切り札。DOSEが最大値まで溜まっている時のみ使用可能。 LEGEND Silver Hawk BURST by DARIUS BURST 初期装備:ミサイル、ボム、バースト Σ=、 追加装備:アーム、各種強化 加速:なし 【性能】 シルバーホーク伝統の武装と外見に、新たな武装「バースト」を追加した新鋭機。 ミサイル:特定の敵弾を相殺。レーザーに強化される。 レーザー:特定の敵弾を相殺し、敵機を貫通する。ウェーブに強化される。 ウェーブ:地形を貫通し広範囲に攻撃できるショット。耐久力のある敵を貫通しなくなった。 ボム:接地しても滑走しないが強化されると上下、前後上下と攻撃範囲は増える。 アーム:全方位を防ぐバリア。強化する度に耐久力が蓄積され、金なら地形にも耐えられる。 バースト:通常発射、設置発射、バーストカウンターと攻防両面で使える装備。 アナザークロニクルでは味方のバースト同士を干渉させる事で威力がアップするようになった。 ゲームシステムに直接反映されないアレげな設定とか グラディウス リーク人 惑星グラディウスの南半球にのみに住むとされる少数民族。リークパワーという特殊な能力を持つ。 バクテリアンの最初の攻撃でいきなり残り12人という絶滅危惧種に。 リークパワーエンジン 一部のビックバイパーに搭載されたとされるエンジン。 搭乗者のリークパワーを動力源とし、その力の強さ次第で機体の性能が大幅に変化する。 十分に強まれば時空の歪みだって作れちゃうぜ。 なお、上記リーク人に関する設定は長らくMSX版のみで扱われていたが、Vで復活。 ダライアス A.N.機関 Gダラのシルバーホークに搭載されているシステム。 全てを無にするヤバげな力「ALL NOTHING」を動力源とし、攻撃に用いている。 一部の家庭用作品も無に帰せないものか。 バースト機関 ベルサーが、捕虜であるアムネリア人の子孫に開発させた兵器。 シルバーホークバーストや、敵機に搭載されている。 反物質を使用しており、エネルギーを転換し別の用途にも使用できる。 Ti2 非人間に搭乗者を限定した、シルバーホークバースト一号機「レジェンド」のパイロットを担う最新型のAI端末。 ジ・エンブリオンを説得することを得意とする。ネコミミ。 ベルサーの旧設定 実体を持たない幽族生命体(II?)、「争いを望む人間の姿を映し出した存在」に操られる生態系の一部(フォース) バーストで設定が一新されたが、これらの設定が今も生きているかは不明。 R-TYPE 異層次元戦闘機 R系戦闘機のカテゴリ名。ビックバイパーの「超時空戦闘機」と比べるとややSF臭が強くて良い。 そもそもバイド本体が異層次元に存在しており、通常の戦闘機では到達できない為、次元航行能力を持つ機体が開発された。 うまい事ゴニョゴニョすると時空間航行も可能らしい。 魔道力学 バイド製作にも用いられた怪しげな学問。 26世紀の地球では実用化されているらしい。 3の自機の中の人 見た目が14歳に固定された、実年齢23歳の女性。 見た目は中学生だが条例に引っかからない年齢のため一部で万歳する人続出。 なお、軍はその存在を否定している。 121 :名無しさん@弾いっぱい:2007/10/18(木) 17 09 00 ID shbaNn74 全てを無に帰す力。A.N.とジ・エンブリオンの生み出す力が共鳴し、宇宙に新たな惑星が誕生した。 惑星ダライアス。 ダライアスに生命が誕生するのと時期を同じくして、遠き宇宙の果ての二つの惑星にも生命の産声が上がっていた。 相互に絶対的に干渉などあり得ないはずの距離がその三者の間には広がっていたが、皮肉にもその生命進化の過程は相違ない程似通っていた。 そして時が経ち、塵芥から生まれた生命が母なる惑星から巣立ち宇宙を目指した頃。 物語の歯車は狂い出す。 惑星ダライアスに、ダライアス創世の引き金となった存在「シーマ」のコピーを操るベルサーが出現。 惑星グラディウスでは、絶対的破壊力を見せつけるが如く虐殺の限りを尽くすバクテリアンが突如として現れた。 そして地球では、純粋な攻撃本能と旺盛な自己増殖、対物侵食能力で全てを飲み込まんとするバイドの存在を確認する事となる。 三つの惑星の民はそれぞれがそれぞれの戦闘力と技術力を行使して闘いを挑んだ。 かつてシーマを屠り、ダライアス創世の要因となったもう一つの力。銀の鷹「シルバーホーク」 生命の持つ特殊な力を利用し、機体の性能値を限りなく引き上げることの出来る蛇「ビックバイパー」 敵勢技術と人類の英知を融合し、毒を以て毒を制する異層次元へ放たれた矢「R-9A アローヘッド」 それぞれの惑星がそれぞれの力を生み出し、そして闘い、勝利した。 全ては終わりを迎えた。 その中、時間を超えた一機の戦闘機があった。 地球の生み出したR-9A。時間を越えて、たどり着いた先は26世紀の銀河系中心。 この闖入者を快く思わない者もいた。宇宙の抗体存在シーマである。 26世紀の世界にはバイドの存在が無く、バイドを破壊対象とするR-9Aの過ぎた力の向ける先が存在しない。 シーマはそれを恐れ、たった一機のR-9Aを総力を挙げて排除したのである。 その反応を、遠く離れた地球の人類が察知した。 シーマの抗体的な攻撃本能を察知、恐れを為した地球人類はありとあらゆる科学力を結集して局所生態破壊兵器「BYDO」を作り出す。 無限増殖する肉塊を目的に合わせて指向性を持たせるために、BYDOには同じく生体コンピューターが搭載された。 しかし、この生体コンピューターが暴走を起こし、BYDOは地球圏で発動してしまう。 地球人類はこの荒れ狂う肉塊を亜空間に封印することで事無きを得たのである。 そう、26世紀の地球では。 亜空間でBYDOの増殖機能を手中に収めた生体コンピューター「バクテリアン」はBYDOから独立。己に搭載された機能で時空を突き破り、実世界に帰還を果たす。 そして制御システムを失い無限増殖を繰り返しながら暴走する肉塊と化したバイドは時間軸までもねじ曲げ、同じく実世界に到達した。 その先には、22世紀の地球があった。 142 :名無しさん@弾いっぱい:2007/10/23(火) 20 21 21 ID 34tXXZJS いち早く異変の連鎖足跡に気が付いたのは惑星グラディウスの民だった。 破壊したバクテリアンの残骸からBYDOのデータをサルベージしたのである。 この事で生態破壊兵器BYDOの成れの果てであるバイドの存在と、遥か遠くに存在する自分たちとは異なった文明圏を持った地球という星の存在を知ることになったのである。 バクテリアンを辛うじて退けたグラディウスは地球圏との接触を図ろうと、次世代型ビックバイパーの開発を闘いの裏で着々と開始していた。 同じ頃、異層次元のバイド帝国が地球圏の放ったR-9Aという名の矢によって討ち取られ、帝国は壊滅。地球圏は対バイド戦役に勝ち鬨を上げていた。 しかし、大本は叩いたとは言えバイドを完全に滅する事は能わなかったのである。 そしてそれはバクテリアンでも同じ事であった。 リークパワーによって吹き飛ばされた異層次元の果て。かつて分かれた二者は此所で偶然の再会を果たす。 互いに単独での再生は困難だと判断した彼らは再び融合し、完全な破壊兵器BYDOとして再びその存在を確固たる物として立ち上がったのである。 彼ら。いや、一つになった「彼」は更なる力を欲し、かつて自らが創造された意図に辿り着く。 宇宙の抗体存在シーマの同化吸収である。 しかしながら、彼の索敵範囲ではシーマの存在を捉えることが出来なかったが、代わりになる物はあった。 ベルサーの用いるシーマの技術を応用して造られた大型戦艦である。 BYDOはこれを手中に収めるべく、惑星ダライアスへとその矛先を向け直したのだった。 惑星ダライアスでは幾度となく繰り返される惑星侵略に、対抗できる武力も戦意も削がれ始めていた。 たった一機残ったシルバーホーク。目の前に立ちふさがるのは宇宙の闇をも払うほどの機械魚の発光器官。 そこに、小さな次元の裂け目が生じた。 裂け目から汚水が吹き出すように現れる第三の勢力。機械魚の群れを覆い、侵し、食らい……。 それは瞬く間に周囲に伝播を始め、嵐の如く戦場をかき回し、誰をも混乱させた。 そして、シルバーホークのすぐ近くにもう一つ次元が口を開けた。 現れたのは己が機体を頭とし、支援兵器をまるで頭に続く蛇の胴体のように引き連れた戦闘機。 そして光り輝く光球を自分の手足のように操る、ラウンドキャノピーが大きく印象的な戦闘機だった。 本来出会う筈の無かった三機が出会い、本来出会うはずの無かった三つの悪しき力が一つになった。 此所に相まみえた彼らの目的はただ一つ。 己が敵を、掃討せよ。 652 :名無しさん@弾いっぱい:2008/02/07(木) 23 26 39 ID 8u3We+XH0 エーテルの波を超えて。 銀河系の中心にたどり着いた三機が見た物は、肥大し続けるBYDOの肉塊と宇宙に出現した脅威を払拭すべく眠りから覚醒したシーマが対峙するまさにその瞬間だった。 バイドの融合力を以て取り込んだベルサーの巨大戦艦はバクテリアンの量産力と進化発展性を加えて質と数を揃え、免疫を破壊すべく現れた悪質な病原体の如くシーマに襲いかかる。 しかし宇宙の意志を代弁する存在であるシーマは少数ながらも圧倒的な力でこれを迎え撃ち、攻防は押しつ押されつの物となっていた。 ここで三機はそれぞれの持つ機能と役割に準じて散開してゆく。 すなわち、ビックバイパーはBYDO中枢のバクテリアンを破壊すること。 R-9はバイドの増殖力の根源を絶つこと。 シルバーホークは封印されたA.N.システムを解き放ち、シーマを再び封印すること。 故郷は遠い距離で隔てられながらも。志を共に誓ったパイロット達は単騎、争いの中に突入してゆく事になる。 BYDOが討たれ、シーマが四散した時。全ては生じた次元断層に飲み込まれて、消えた。 消えゆく意識の中。パイロット達は互いの故郷を強く思う。 それが起きたのは、そこに会した者達の力によって起きるべくして起きたのかも知れない。 シーマの持つ生み出す力。 バイドの持つ二重螺旋構造の生物情報書式と生命そのものとしての力。 バクテリアンの情報処理能力と進化への方向性を示唆する力。 これらがパイロットの意識と干渉し合い、混ざり。交ざり。雑ざり……。 それは遠い過去の物語。 惑星アムネリアを危機から救った銀色の鷹の伝説。 シルバーホークの持つ伝説の通りに、彼はその地への帰還を果たした。 そして時は巡り、惑星アムネリアが宇宙への足がかりを得た頃。 ジ・エンブリオンの聖なる力とシルバーホークの滅ぼす力が干渉し合い、一つの惑星が生まれた。 遠い宇宙の彼方。産声を上げたばかりの惑星ダライアスから決して見えない距離に、時を同じくして2つの惑星が誕生する。 それが誰の意志による物だったのか。 それは言うまでもない……。
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登録日:2014/05/10 (土) 13 17 00 更新日:2023/05/14 Sun 01 37 28NEW! 所要時間:約 4 分で読めます ▽タグ一覧 FINAL2で復権 R-TYPE エスコート・タイム キングス・ドンマイ キングス・マインド デコイ デコイフォーメーション ドンマイ プリンスダム 戦闘機 牙持つ影を操る凶王 狂王(笑) 異層次元戦闘機 裸の王様 設定上『は』最強候補 R-9AD3 キングス・マインドは、『R-TYPE』シリーズに登場するR-9A3 レディ・ラヴから派生する異層次元戦闘機である。 系列の機体名は中世の王族関連の言葉で占められている。 R-TYPE FINALでは何とか使えなくもなかったが、R-TYPE TACTICS Ⅱでは全機種デコイ形成数1基オンリーという通貨『ドンマイ』仕様と化した。 なお、本項では原型機のR-9AD、R-9AD2についても記載する。 目次 目次 R-9AD エスコート・タイム武装 R-9AD2 プリンスダム武装 R-9AD3 キングス・マインド武装 R-9AD エスコート・タイム 随員とか護衛の意を持つ試作型。 波動砲だけは異様に特徴的だが、ベースはアロー・ヘッド系列で、性能そのものは至ってシンプル スタンダード。 FINALでは本機を累計1時間運用することで後継機が解禁される。 TACTICSⅡでは革命軍にとっては数の不利を補える貴重なユニットナノニ開発解禁時期がストーリーの終盤手前。おまけに一気にドンマイまで開発できる。 出る時期さえ間違えなければ、出撃枠を実質増やしながら波動砲の砲門数を増やせたりと地味に輝く機体になったろうに……… 武装 ○各種オプション 原型機のR-9A3に準拠する。 ○デコイ波動砲 複数の力場を同時形成し、その空間内で粘土か何かのように波動エネルギーを停滞・維持・形成する攻防兼用のデコイ。 最大2基発生し、自機のスピード調節でフォーメーションを調整でき、高範囲攻撃や局所一点突破など使い分けできる。 デコイの接触ダメージや本体に連動する波動エネルギーの放出で広範囲を掃討できるが、お察しでの通り大型バイド除去は不得手。 FINAL2で語られた開発秘話 研究員「ホログラム発生器で隊形のシミュレーションしてます」 軍のエライ人「コレ実体化させて攻撃できるようにしたらすごくね?やっちゃいなよ!」 研究員「はい…(いや無理だろ…待てよ、新エネルギー研究してるメンバーがいたな)」 波動研究チーム「いっちょやってみるか」 ~苦労の末に 研究員・波動チーム「出来ました!」 完 FINAL2でようやくループ数相応……どころか単発威力がスタンダード波動砲1ループ相当に威力が上がり、高耐久バイド相手でも使える高威力波動砲の仲間入り。 2ループで撃てばスタンダード1ループが3発飛んでいくので、全弾当てればスタンダード2ループの1.5倍=スタンダード3ループと同等の威力を発揮する。 ○スタンダード・フォース改 R-9A3を参照。 FINAL2では6WAYショットの強力さゆえフォース最強候補の一角であり、これを搭載した機体群はそれだけで大幅に評価を上げた。 R-9AD2 プリンスダム 護衛される側の公国とか公主にランクアップしてデコイも倍増。 パイロット曰く「ここからが苦行の始まり」で、本機を累計2時間運用しないとドンマイが解禁されない案外、TEAM R-TYPEのやる気とリンクしていたのかも…… TACTICSシリーズの間に合わない護衛と、倉庫の王様に挟まれ、話題にすら上らない公国は泣いていい。 武装 基本的にエスコート・タイム準拠。 ○デコイ波動砲Ⅱ デバイス出力を倍増させて最大3ループチャージ。デコイ発生数も最大4基に倍増。フォーメーションの幅も大きくなったのでなぎ払いは有用だが、一点集中はしづらく個々の威力も前型より低下している。だめじゃん…… FINAL2では火力強化され、3ループで撃てば合計火力はスタンダード3ループの約1.66倍。フルヒットできればフルチャージしたウェーブ・マスターより上になった。 R-9AD3 キングス・マインド 公式が最強の機体の一つに数える、デコイによる擬似フォーメーション性能を高めた素敵ネーム(無駄に厨二チック)な「牙持つ影を操る凶王」(シリーズ最終型)。 陣形や戦術の組み方次第で文字通りのつるべ撃ち(『数の暴力』)で相手を圧殺できる玄人向けのユニットとなっている。でも他のユニット使ったほうがいいんだよなぁ…… TACTICSⅡの威力はスタンダード波動砲Ⅲと同等だが、例によってデコイ生成数が1基なのが辛く、その最強の裸の凶王を味わったファンの愛称は「キングス・ドンマイ」。 FINAL2では威力改善とデコイが活きるステージ構成や、スタンダード・フォース改のおかげにより、最強に準ずるレベルの強機体となっており、設定通りの高性能を発揮してくれる。こっちが本来あるべき姿なのだろう。 ついでに開発も素材集めるだけでOKになったので、そっちの意味でも使いやすい機体になった。 武装 基本はエスコートry ○デコイ波動砲Ⅲ 最大4ループチャージで6基のデコイを発生し、見た目だけはなかなか壮観な最終型。 4ループ溜める機会があまり多くないせいで公国に活躍の場を盗られ、全弾当ててもスタンダードの2ループ以下と対ボス戦にはまったく期待できない。 単発威力はさらに下がったので、雑魚掃討や接触ダメージを狙いで自機を囲むように編成すると、視界不良で地形や敵弾に引っかかる。なんというか、うん……まさにドンマイ こんな有様だったがFINAL2では火力強化(ry 4ループで放てばスタンダード1ループ相当の波動砲が7発同時に発射される。 フルヒットさせればギガ波動砲6ループを上回り、スタンダード4ループの1.75倍に匹敵する高火力を叩き出す。 実際はデコイが広がる関係上、全弾当てはかなりシビアだが、それでも王を名乗るに相応しい強力な波動砲となった。 追記・修正はデコイ波動砲だけでドブケラバスターになってからお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] tac2のopムービーでも大した活躍してなかった、キングスマインド。見た目はかっこいいのに… -- 名無しさん (2014-06-08 07 18 22) でも実際使ってみると妙にハマるのは俺だけだろうか? -- 名無しさん (2014-07-23 02 16 18) ドンマイは複数機投入して初めて輝く機体だからな…なんでデコイ一機だけなんだ… -- 名無しさん (2015-07-10 23 12 49) 波動砲を3ターンに二発撃てるんだから弱い訳がない。機動性が標準だから使い難く感じるだけでポテンシャルはトップクラスだぞこいつ -- 名無しさん (2015-08-10 21 42 17) 設定的に考えれば計6機の波動砲撃てるデコイを自在に操る機体だから弱いはずがない。ゲームシステムとかみ合わなかっただけ -- 名無しさん (2015-09-27 01 53 46) なお、TACTICSでこいつを運用する場合。デコイは修理できないので本体がデコイをかばいつつ進撃することになったりもする -- 名無しさん (2015-11-12 22 33 32) ADはActive Decoyの略で攻撃性デコイ、ってことなんでしょうなぁ。TACⅡの英語版も機体分類はControllerだったし -- 名無しさん (2019-09-06 12 52 25) final2になってキングスマインドお手軽安置ステージの2.0が出たこともあって防御性能最強って感じ -- 名無しさん (2021-06-30 17 28 45) 名前 コメント
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このページでは、フォースについて説明する。 ・・・その前に、フォースの素となる「バイド」についても説明しよう。 バイドとは26世紀(R-TYPE世界の)の人類が生み出した惑星級の 星系内生態系破壊用兵器のなれの果てである。 銀河系中心域に確認された、明らかに敵意を持った 外宇宙生命体との接触に備えて建造されたそれは、 反応兵器や次元兵器と異なり空間を汚染することなく、 その効果範囲における全ての生態系を破壊する局地限定兵器として開発、月とほぼ同じ大きさのフレームの中に満たされた、 すべてを侵蝕し、取り込み、 進化して、 自分以外の生命体すべてを喰い尽くすまで活動を続ける人の手による絶対生物、 それは、生体物理学、遺伝子工学、魔道力学までも応用して合成され生みだされた、人工の生ける悪魔だった。 が、ほんの些細なミスによって"それ"は太陽系で発動した。 150時間荒れ狂った"それ"は次元消去タイプの兵器によって異次元の彼方へ吹き飛ばされ、 一応の決着を見たのである。26世紀では・・・ だが、"それ"は生きていた。 異次元の中で進化を続けながら胎動を繰り返す肉塊。 気の遠くなるような彷徨の果て、時間を乗り越え、その力の発現した先には22世紀の地球があったのでる。 ・・・と説明聞いててなんのこっちゃ分からんと言う人にもうちょっと砕いて説明すると「侵食、取り込み、融合」して進化を続ける人工生命体兵器のなれの果てと言うことになる。 そしてタチが悪いのはここから。例として人間をバイドに侵食させると、侵食された人間は「自身がバイドと化したことに気がつかない」のである。 なぜか?バイドとなった者たちはバイドによって幻覚を見せられているのであろうか・・・そして、バイドが地球へ向かって進行する理由は一つではなく、その中にはバイドと化してしまった人間が唯一記憶に残る故郷を目指しているという理由もあるのかもしれない。 だがどう言った理由でもバイドは討たなければたねばならぬ存在である。ためらえば、次の瞬間には自分たちが彼らとなり、いつか帰るための星を見失ってしまうからだ。 と言うことで本題へ戻そう。 そもそも、フォースは異層次元探査艇「フォアランナ」が採取したバイドの切れ端を元に開発された物で、その開発の際、開発施設の周囲半径3万メートルを空間ごと「消滅」してしまう事件が発生。だが、その中心点にあった切れ端(直径6m)は「無事」であったという。 この事件のようにフォースは安定度を失った場合、周辺空間を広範に亙り消失させる大惨事を引き起こす事もありえるのである。 それを抑えるのが「コントロールロッド」と言われる装置で、ロッド下面より伸びる「シナプスツリー」により、それぞれがフォース内で有機結合して、安定させており、またある種のエネルギーを投与することで、対地、対空、反射(これはスタンダード・フォースの例だが)と言ったレーザーの触媒にもなる。 なお、実用実験では実験機R-7がフォースを後方に装備した状態で波動砲を発射したさい、力場安定用レギュレーターの異常加熱でエネルギー蓄積座標が後方に移動し、結果自らをテストパイロットごと波動砲で撃ち抜いて「消滅」するという事故(当然だが、フォースは無傷)が発生しており、その後の実験や改良で現在のR戦闘機用フォースが生まれたのである。 逆に人工フォースはビットと呼ばれる兵装の技術を昇華させ、フォースと同じサイズで開発されている。
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異形の生命体「バイド」。 その遺伝子は、奇しくも我々と同じ 二重螺旋構造のDNAを持つことが既に知られている。 ――論文「バイド生命体」より抜粋―― 『こちらコールサイン「ハーキュリー1」、システムオールグリーン。ナノマシンによるリンク開始。全武装オンライン』 『こちら管制塔。了解。グッドラック』 振動が体に伝わったかのように感じる。 もちろんそんな訳はない。これは、制御された衝撃だ。 R戦闘機のラウンドキャノピーの中には、震動が決して伝わらないばかりか、いかなる物理的な問題も伝わらないように設計されているのだ。 第一伝わってしまったら、瞬間的に超音速まで加速するそのGで内臓が血のジュースになって、即死するのは間違いない。ジュースの他にも骨の粉末が山ほど出来上がる。 勿論、脳味噌も鼻や耳から噴水のように噴き出す。目玉もきっとつぶれる。 ただ、何をやっても振動なし、どんな機動でもG無しでは現実剥離現象が生ずるとのことで、2G程度までの重力や、ある程度の震動が伝わるように設計されている。 宇宙空間にいるヘイムダル級戦艦の側面の一部が開閉し、その白い機体数十機、「R-9A アロー・ヘッド」がスタンダートフォースを装備した状態で、音速を遥かに超える速度で矢のように射出された。 量産機として、そしてバイドに対して最初に異層次元戦闘を行った機体、「アローヘッド」に乗ったメイゼは、トリガーに掛けている指を神経質そうに僅かに動かした。 落ち着かない。 メイゼは心で呟く。 今回が四回目の実戦。 太陽系内に確認された不明機体群を撃破せよ、というのが今回の任務。 と、いっても最初は偵察機の護衛。次は小型バイド体の掃討任務。次は哨戒。今回が実質初めての実践だともいえる。 新システムを装備したヘイムダル級改、「ヘンゼル」がつい一週間前に改装終了し、その護衛としてメイゼは火星の基地から異動、宇宙の海に漕ぎ出した。 『こちらハーキュリー2、今回が二度目の新人だ。よろしくたのむ』 『――――、ん。よろしくたのむ』 アロー・ヘッド12機の隊、ほぼ全員新人という部隊の隊長としてメイゼは任命され、気分が高揚しつつも、一つ気がかりなことがあった。 それは、木星の衛星基地にて消息を絶った自分の恋人の存在だった。 哨戒任務中の行方不明。ありがちなことだ。 そんなことはしょっちゅうという訳ではないが、敵に襲撃されれば、通信が繋がらなくなるのは当たり前なのだから。 しかし、どうにも不愉快なナニかが心にのしかかっている。文章化することはできないが、とにかく嫌な胸騒ぎがする。 ただ、生存していないことは、なんとなく理解している。 なにせ、SOS信号すら発信されていないのだから。 でも――― 『――全機、浅異層次元潜行開始』 やらなくてはならないのだ。 自分の両腕には、地球の生命全てがかかっているのだから。 敗北はすなわち、人類の滅亡に繋がる。 絶対零度の宇宙空間を飛行していた白い機体編隊が一瞬で掻き消えた。 それからどれだけの時間が経過しただろうか―――浅異層次元潜行中のアローヘッド小隊「ベル」は、木星付近にて人為的に発生した次元の歪みにより通常次元へと浮上させられていた。 AIからの警告。 「次元バスター」の発動の前触れを検知。浅異層次元潜行強制解除。 『全機、エンゲージ』 各機が唐突に通常次元へと姿を現し、宇宙空間に編隊を組んで表れ、交戦命令と共に散開する。 交戦を指示したメイゼは、自分も一気に速度を増して、その敵を見やる。 超微細カメラによる画像拡大―――あれは。まさか。 赤く塗装されたキャノピー。その上に黒い十字架が塗装されている。自分の趣味で機体に塗装するという、とんでもないことをして報告書を泣く泣く泣いていた彼女。 十字架のアクセサリーを常に首にかけていた、「かつての」恋人のなれの果て。 『リン』 それは、自分の恋人である「リン」の搭乗機、量産型の傑作機、「サンダー・ストライク」だった。 拡散波動砲を装備した、使いやすく整備しやすい機体。 かつての優美な曲線を描くキャノピーの表面には血管が浮き出し、小さなスタビライザーは訳のわからない生体部品と化し、ミサイルの射出口は、呼吸するように常に蠢いている。 そして、もはや肉の塊としか思えなくなった程侵食をうけたフォースが、その機体の前に接続されて、心臓が脈打つように動いている。 手を振るように奇妙に動くのは、「元」コントロールロッドか。 『――――リン!』 アローヘッドに搭載された量子コンピューターが、様々な反応を検知。総合的に判断・処理した情報を、強化されたメイゼの脳に直接送信する。 メイゼ、サイドスラスター作動。機体を素早く滑らせて回避をはかる。 同時に、元サンダー・ストライクの元フォースから赤い閃光が走りぬけたかと思えば、先ほど自分の機体があった場所を貫通していた。直撃していたらただでは済まない。いくらフォースがあるからといっても、今のレーザーは、フォースを貫通していただろう。 冷汗が噴き出る。 AIに対して命令し、眼前の「敵」にサーチをかける。答えは直ぐに出てくる――「バイド係数異常値」。これは。 レーダーに感あり。無理矢理思考を戦闘へと引き戻す。 ≪警告。大量の兵器群を確認≫ 「わかってるよ、分かっている」 どこからわき出たのか回転するリングを持った、赤く塗装された小型兵器が宇宙空間を埋めつくさんとばかりに現れる。 轟、とでも音を立てそうな勢いで味方の発射した追尾ミサイルがそれを落としにかかる。 分かっている。 「汚染」されたら最後。「人間」ではなく「バイド」と化す。 例外なんてあり得ないのだ。 仮に帰還したとすれば、波動砲を備えたRの大歓迎を受ける。つまり、殲滅対象となる。 空間をメイゼの機体、そして仲間達が駆ける。 量産型とおぼしき兵器達が次々とその後を追いかけていく。 スラスター作動。青い火炎が機体から噴き出し、しつこく追いかけてくる元サンダー・ストライクがシュートしてきた腐れフォースを危ういところで回避する。 フォースに生えている触手がこちらをに手招きをしているように見えた。 『――――メイ……ゼ、――――待って』 『リン……』 意識があるのか、それともバイドに操作されているのか、彼女の機体から通信が入る。 メイゼ、しっかりしろ。あれは敵だ。バイド係数だって異常値を越える値が検出されたではないか。 「敵」が腐れフォースを呼び戻して再接続。機体位置を微調整した。 『悪い』 波動砲チャージ開始。 波動粒子が前方に凝縮され、前方の空間が歪み始めるが、すぐさま補正され、通常の視界へと修正された。 機体の側面を量産兵器の、赤い弾丸が走り抜ける。 後部ブースター作動。すぐさま超高速戦闘機動へ移行。一瞬でアローヘッドが体勢を変え、固まっている量産兵器へ円形を描く対空レーザーを叩き込む。 『今、楽にしてやる』 心を閉ざせ。希望を捨てろ。常に最悪のことを想定せよ。 AIから被ロック警告。 目玉型ミサイルがサンダーストライクのミサイル射出口から二発同時に放たれる。 メイゼは、それを真正面からフォースで受け止め、対空レーザーを「彼女」の機体へと連射する。 しかし、彼女はそれを発射寸前にサイドスラスターによって回避した。 腕は衰えていないらしい。 冷静と激情の間でメイゼは思考する。 ≪スタンダート波動砲 MAXチャージ≫ フォース分離、シュート。 スタンダートフォースがアローヘッドから剥離し、彼女の機体を喰らわんとばかり、というか、食らうために襲いかかる。 スラスターから青い火炎を吹き出して回避した彼女の機体に、メイゼは波動砲の発射トリガーを強く引いた。 そう、回避は、きっと難しい距離まで彼は機体を接近させていたのだ。 直後、ノイズだらけの通信。 『メイゼ、ありがとう』 それは人間としての最期の言葉なのか。 人として殺してくれてありがとうということなのか。 彼にそれを知る術は無い。 ひょっとすると、彼女にも無いかもしれない。 『リン、ごめんな。救ってやれなくて』 青い波動砲弾が機体前方の固定用フィールドから解放されて射出、膨大な光の奔流が彼女の機体を包み込んだ。 血管が走るキャノピーから順番に、彼女の機体が弾け飛び、跡形もなく爆散した。 ―――さよなら、俺の愛した人。 ―――そしてさよなら、ケダモノ、バイド。人類の敵。跡形もなく消えろ。 メイゼは呟く。 死体は死体でしかない。タンパク質とカルシウムの塊。 お前のやった事は正しい、と。 メイゼは、味方の機体を追いかける量産型兵器に向かって機首を向け、電磁投射砲を乱射し、それを破壊する。いつもどおりにやればいい。教えられた通りにやればよい。そう考えながらも、メイゼは泣いていた。 声は出さない。でも、非情な現実に対して泣いていた。 基地の仮眠所で、シリアスに、そして無言で交わした最後のキスを思い出した彼は、こみ上げてくる涙を拭おうともせずに、敵をフォースから発射されるレーザーで吹き飛ばすことで自分を誤魔化した。 激しさに身を任せれば、きっと忘れられるだろうから。 そしてそれが、きっと―――力になると思うから。 「バイドを殺す、有効な攻撃の一つ。それは波動砲である」 ――入隊マニュアルより。 結論からいうと、メイゼはイラついていた。 遅いのだ。 あまりに遅い。 一番遅いR戦闘機ですら、楽に音速を超えるというのに、この――不知火という人型兵器は、たかが700kmが限界だというのだ。 繰り返し言うが、こんな鉄くずでよくまぁ戦える。 R戦闘機なら本の数分ですむ補給をやたら時間をかけて行い、現在ナイトメア隊は、噴射装置が作動していないのに700km以上で「飛行」するメイゼの後ろをついて、長距離噴射で移動していた。 『噴射ユニットを使っていないのですか?』 『さぁなぁ』 『ところでその球体兵器の名前はなんて?』 『さぁなぁ』 『あの光る爪のようなものは?』 『さぁなぁ』 そしてメイゼは、移動中は部隊からの質問攻めにあっていた。 勿論、上の人間ならともかく、下の人間に答えるわけもいかず、メイゼは「さぁなぁ」の一点張りで返答していた。つまり、すっとぼけることにした。 無駄な情報を与えてもしょうがない。 知る必要のない情報は知らせず、教えない。 と、AIからの警告が入る。 ≪敵性因子との相対距離接近。注意してください≫ 『他の部隊が戦闘をしているようです。ハーキュリー1、救出に向かいましょう』 キサラギの提案が聞こえる。メイゼは、通信越しにわかったと答える。 できる限りBETEを殺そう。 そうすれば、こちらの立場は大きく跳ね上がる。後の交渉の時のいいエサになる。 万が一、この世界の人間が敵対した場合、それも殺そう。 できる限り醜くなるように殺してしまおう。 あの不知火とかいう機体は対して耐久性がなさそうだ。性能テストのため、装甲の厚そうなところを蜂の巣にしてやるのもいいかもしれない。それとも操縦席でもビームクローで突いてやるか。それで、片腕をむしって持ち帰って研究材料にするか。研究材料はあればあるほどいい。 メイゼは、そう考えながらも、ヒュロスに「BETEを殺せ」と命じる。 敵対しない限り、敵にはならないからだ。 やっぱりあの機体もそうだが、操縦者も相当すごい。 コールサイン「ナイトメア2」、ツインテールの少女、検非違使 あやの は、自然とそう思った。 近くにいる戦車級を36mm機関砲で牽制しながら、あの機体が量産されればいいのに、なんて追加で思う。 脚部ユニットを損傷し、片腕が無い味方の不知火をかばい、次のBETEに狙いを変更する。今は光線級に狙われる心配はない。 何故か? それは、ハーキュリー1が、片っぱしから殺しまくったお陰だ。 レーザーの射界を見抜き、発射までのタイムラグを思考して回避なんて普通は出来ない。 さらに他のBETEを生きたまま盾にするなど、通常では考えつかない。 考えついたとして、出来るわけではない。 だいたい、BETEを持ち上げるなんて、あの戦術機は一体全体、どれだけの馬力を秘めているのか。怪力なんてレベルではない。 加えてあの超高速の戦闘機動。 一体何Gがかかっているのか、見当すら付かない。 戦術機の宙返りなんて初めて見た。 しかも、あれから一時間以上が経過しているというのに、武器の弾切れらしき兆候は一切なし。 本人の疲労も見られない。 反則。 あやのは思わず呟く。 でも今はそんなことを考えている暇はない。もうじき支援砲撃が始まると隊長は言っていた。その間にできる限り救出せねば。 『キリがない。楽しいけど飽きた』 あれから一時間。 この世界において、殺したBETEの数は楽に千を超える。 普通の衛士であれば、それこそエースに、部隊の戦果匹敵するという評価を受けるだろうが、彼にとってそんな些細なことはどうでもよかった。 弱い。 しかし死ね。 バイドだったらもっと強いのに――と思いながら要撃級の尻尾をビームクローの薙ぎ払いで切り裂いて、その切り口にビームバルカン砲をブチこむ。 悲鳴が上がったような気がしたが、知ったことではない。 むしろざまあ見ろ。 さらに後部大型ブースター作動。 ヒュロスの薄紫が糸をひくように霞む。 一気にのそのそと歩いていた要塞級にヒュロスが飛びかかり、ものの一撃で頭部らしきモノを溶かし斬り、そのままビームクローで背中を一閃、血液らしき液体がヒュロスに降りかかる。 勢いを殺さずにそのまま向こう側の地面へ着地。 思考の一片を使用して敵の動作を一瞬で判別。高速演算開始。ミサイルロックオン。ファイア。 6発のミサイルが、白煙を引いて音速を一瞬で突破。地面を走る小型のBETEの群れを一気に挽肉にさせた。 背部に接続してビームサーベルを振っていたフォースを分離、シュート。 後方にいた小型のBETEが、フォースの抱く黄色いエネルギーの塊に次々に蒸発させられる。 だが、つまらなくても、徐々に疲労は溜まる。 歩くという単純な動作を、何時間も続けたとしよう。 どうなるか? 簡単だ。疲れる。 自動で疲労物質は除去、無害化されるようにメイゼの体は「簡易」改造されているが、それでも筋肉や神経などの疲労は隠せない。 人工筋肉や強化神経によってある程度は大丈夫だが、全てが人工ではないのだ。疲労する部位は必ずある。 精神もその内の一つだ。 キサラギからの通信。 『ハーキュリー1、じきに支援砲撃がここに落ちる。BETEも撤退を始めている。そろそろ引き揚げるぞ』 『分かった』 ヒュロスが地上5メートル地点にて音もなくピタリと停止する。フォースがくるくる回りながらヒュロスの背後に接近、装着された。 お駄賃頂戴とばかりに発射されるヒュロスの両腕のビームバルカン砲が、逃げていくBETEを後ろから穴だらけにしていく。 救出出来たのは、数だけでいえば3つの部隊相等。 もしもナイトメア隊がいかなかったら、BETEに文字通り喰われていたであろう。 いや、訂正。 メイゼが、だ。 こうして、佐渡島の「BETE間引き作戦」は、多大な被害を追いながら幕を閉じた。 そしてその日、どこから調達したのか、銀色の布を掛けられたふわふわ浮く謎の「巨大な箱」が複数の戦術機に付き添われて、新潟の基地に向かった。 なんじゃありゃと首を傾げる人はモチロン大勢いたが、「新兵器かな」「浮くコンテナ?」程度の疑問を浮かべるだけで、特に考えもしなかった。 もしも、その「中身」について知らされたら驚いたことだろう。 それが宇宙空間を航行できるヨルムンガンド級輸送艦だと知らされたら、腰を抜かしたことだろう。 それか、そんなの冗談だろ、と笑ったことだろう。当たり前だ。ただの輸送艦さえ、この世界ではオーバーテクノロジーの塊なのだから。 あとがき。 こんばんは? N式です。 とりあえず戦闘終了ということで、ヨルムンガンド級輸送艦を新潟の基地へ移動させました。なぜ横浜基地の面々がここにいるのか、という点ですが、戦力の低下による――うんぬん、ということです。正直大して考えていませんでした。 それと、R-TYPE FINALのエンディング曲を知っていたら、ニヤリとするような描写を入れておきました。サービスじゃないm(ry 誤字脱字、矛盾に、おかしい表現などがあったら、報告ねがいます。では。
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脱出艦隊、帰還。 その一報は生還への希望としてではなく、単なる情報の1つとして生存者達へと齎された。 少なくとも、負傷者の収容と被害状況の確認に追われる人員の間では、元々最悪であった状況が少しばかり悪化したという程度の認識だろう。 今回の戦闘による被害は甚大であり、その対応に奔走する者達には脱出作戦の帰結に意識を傾ける余裕など無いのだ。 だが多くの被災者にとっては、その情報は絶望そのものとして伝わった事だろう。 ランツクネヒトからの正式な情報開示は未だ為されてはおらず、人伝に広まる情報を掻き集めただけのものしか知り得る事はないが、それですら被災者達の希望を奪い去るには十分に過ぎた。 脱出艦隊、損害状況。 全12隻中7隻を喪失、いずれも生存者なし。 各種機動兵器、89機を喪失、生存者6名。 ヴィルト隊R-11S、2機を喪失、生存者なし。 R-9E2 OWL-LIGHT「ケリオン」を喪失、パイロット死亡。 防衛人工衛星アイギス450基、内374基を喪失。 制御ユニット「TYPE-02」及び「No.9」暴走により「TL-2B2 HYLLOS」「R-13T ECHIDNA」「BX-T DANTALION」「B-1A2 DIGITALIUS II」「B-1B3 MAD FOREST III」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」の全無人機が敵性へと移行。 救援要請の成否、未だ不明。 脱出艦隊に何が起こったのか、具体的な事は何も解らない。 ただ、想像も付かない脅威と遭遇したらしき事、その結果として甚大な損害を被った事だけは確かだ。 現状ではそれ以上を知り得る由など無く、また知りたくもなかった。 だが今、彼女はそれ以上に絶望的かつ危険な情報を、否応なしに眼前へと突き付けられている。 「それでは、お願いしますね」 小さく、感情の窺えない声。 そんな言葉と共に口を噤む桃色の髪の少女を見つめ、次いで彼女は呆然と自身の手の内に在るメディアデバイスへと視線を落とす。 目前の少女が語った内容が本当ならば、僅か5cm前後の大きさでしかないそれに地球軍とランツクネヒトの戦略、そして彼等とバイドに関しての真実が記されているという。 そんなものが自らの手の内に在る、それがどれ程に危険な事態であるか、彼女は否という程に理解していた。 「どうしました? セインさん」 少女が放った言葉に彼女、即ちセインは我知らず目を細める。 こんなものを手渡した当人であるというのに、抜け抜けとこちらを気遣う様な言葉を放つ目前の少女が、セインの目には堪らなく疎ましい存在として映った。 此処でこの少女を始末し、手の中の記録媒体を握り潰してしまえれば、どれほど気楽な事だろう。 そんな考えさえ浮かぶ程に、セインは精神的な面から追い詰められていた。 それでも何とか、彼女は自身の疑問を言葉として紡ぎ出す。 「何で、アタシに?」 現状でセインが抱く疑問は数あれど、中でも最たるものがそれだった。 何故、高町 なのはや八神 はやてではなく、自身を選んだというのか。 それを問いとして目前の少女へとぶつけてみたのだが、当の彼女は言い淀む事もなく辛辣な言葉を紡いだ。 「このベストラの中で私達と接点を持つ人物、その中で貴女が最も冷静だからです」 「それを言うなら、元上官の方が適役だと思うけど」 「あの御2人は余り嘘が得意とも思えませんし、何より今は平静を欠いていますから。余計な事を伝えれば、即座にランツクネヒトへの敵対行動に移りかねません」 「アタシもそうだとは思わなかった? チンク姉も、ノーヴェもウェンディも、果てはギン姉とスバルだって生存は絶望的だっていうのに」 「でも、現に貴女は冷静です」 無意識の内にセインは、少女の右手を握る自身の左手に力を込めていた。 彼女がその手を離せば、目前の少女は構造物内に取り残され、周囲の構造物との融合の果てに凄惨な死を遂げる事となる。 その事実を良く理解した上で、セインは少女の手を振り払いたいという欲求に苛まれていた。 そんな彼女の思考を無視するかの様に、少女の言葉は続く。 「貴女は姉妹の安否が不明である事についての憤りと、更に地球軍に対する敵意を抱きながらも、公平な視点で以って全ての勢力を見ている。敢えて危険な選択をする事も、感情に任せて行動する事もない。違いますか」 その言葉に、セインは答えない。 ただ無言のまま、左手に込める力を僅かに増したまでだ。 少女はその左手に握られる自身の右手へと視線を落とし、次いでセインの眼を正面から覗き込み、続ける。 「だからこそ、それを渡すには貴女が相応しいと考えたんです。貴女は合流以降、ずっと後方での活動に当たってきた。ランツクネヒトに悟られぬよう、人々の間に情報を流す事もできる筈」 「簡単に言ってくれるね。それが本当に可能だとでも思ってるの?」 「今はランツクネヒトも地球軍も混乱している。直に行動を起こすには相応しいとは云えませんが、備えるなら今しかない」 「それだけ?」 数瞬の後、少女は溜息をひとつ吐き、視線を伏せる。 再度その眼が上げられた時、其処には凍て付くかの様な冷然たる意思が宿っていた。 思わず気圧されたセインの意識に、感情の存在さえ疑いたくなる程の無機質な声が響く。 「・・・どんな状況であれ、あの御2人に生身の人間を手に掛ける事ができるとは思えませんから」 「本当にそうかな。高町一尉の方はクラナガンで、R戦闘機を墜としている筈だけど」 「直接、人の姿が見えないというのは重要な事です。そして、対人戦で相手を殺傷した経験の在る魔導師なんて、管理局には数える程しか居ない。幾ら調べてみても、あの御2人がそういった場面に遭遇したという記録も無い」 「アタシだって殺人の経験なんて無いよ」 「その訓練は受けていた。そして何より、貴女は必要と在らばそれを為す事ができる」 沈黙するセイン。 自身を正面から捉える視線、それから逃れるかの様に顔を逸らし、軽く唇を噛む。 少女の言葉は、確かに的を射ていた。 セインはスカリエッティの下で暗殺に関する訓練も受けており、其処から得られた経験は時空管理局地上本部襲撃時にも活かされている。 だが、実際に暗殺を行った経験が在るかと問われれば、答えは否だ。 姉妹の中で人間を殺めた経験が在るとすれば、ドゥーエとトーレ、そしてチンクくらいのものだろう。 スカリエッティが狂人である事はセインとしても疑うべくもないが、彼は不必要な殺人を避ける程度には良識を保っていた。 そして同時に、それらの任務に当てる事を躊躇う程度には、娘達に対して愛情を抱いていたとセインは見ている。 事実、不都合な人物の消去に関してはスカリエッティとウーノが、複数の犯罪組織を介して実行していたらしい。 それでもセインは、何時それらの任務に当てられても良いとの覚悟だけは持っていた。 その為に訓練を受け、戦術を学んだのだ。 望むと望まざるとに拘らず、必要と在らばそれらの局面に於いて投入される。 自身がやらねば、他の姉妹達が殺人という咎を負う事となるのだ。 だからこそ、それらの任務は全て自身が遂行せねばならない。 そう、考えていた。 「間違っては、いませんよね?」 だが、その覚悟をこんな形で再確認させられるとは、セインとしては予想だにしなかった事だ。 問い掛けてくる少女へと視線を戻し、苦々しく表情を顰める。 今すぐにこの会話を切り上げたいと望みつつも、セインの口は言葉を紡いでいた。 「情報の流布だけじゃなくて、暗殺までアタシにやらせようっての?」 「それは状況と貴女の判断次第です。私が頼んでいるのは・・・」 「正直に言いなよ。他にも何かをやらせようとしてるんでしょ・・・場合によっては、障害となる人物の殺害が必要になる様な。例えば、そう」 メディアデバイスを持つ右手、其処から第一指と第二指を立てて銃の形を模す。 それを目前へと掲げ、少女の視界へと映し込むセイン。 立てられた第二指の先端を自身の額へと当て、彼女は改めて少女の眼を覗き込んだ。 「武装蜂起に備えての各種工作、とか」 少女の瞼が微かに細められた事を視認し、それだけでセインは十二分に確信を得た。 彼女のIS「ディープダイバー」は無機物に潜行する能力であり、それ以外の特別な用途というものは存在しない。 だが作戦行動に於ける評価となれば、他に類を見ない程に汎用性に富む能力であるのも事実だ。 それだけに直接戦闘が中心となる作戦を除き、あらゆる状況に対応が可能である。 撹乱、陽動、間接支援。 目前の少女もまた、そういった類の任務をセインへと割り当てるつもりなのだ。 「図星みたいだね」 「・・・戦力が足りません。魔導師の数は敵勢力の倍に近いですが、ランツクネヒトが運用する個人携行火器類は、限定空間での戦闘に於いて驚異的な制圧力を発揮します。ベストラや艦艇内部といった閉鎖空間での戦闘ともなれば、最終的に制圧が成功したとして、こちらも戦闘後のまともな作戦行動など望むべくもない被害を受ける事となるでしょう」 「別に魔導師でなくても質量兵器を運用する歩兵部隊なら、こっちにもかなりの数が在ると思ったけど」 「無論、彼等もこちらの戦力として考慮しています。ですが、それでも確実に成功すると断言はできない」 その言葉に、セインは苦々しく表情を歪める。 脳裏に蘇る悪夢の様な光景、研究施設内部での地球軍歩兵部隊との戦闘。 頭部を撃ち抜かれる局員、全身を弾幕に粉砕される局員、四肢を引き裂かれるスバル、胴部をほぼ両断されるノーヴェ。 その全てが魔法ではなく質量兵器、それも個人携行火器によって齎された惨状だった。 ランツクネヒトとの合流後、地球側の個人携行火器についての調査を開始した理由は、誰かから命令された訳ではなくセイン個人としての意思である。 バリアジャケットに加え常時展開されていた筈の障壁、特に物理防御に秀でた姉妹達のそれすら容易く突破した地球製の質量兵器に、脅威を感じると同時に好奇心を刺激された為だ。 流石に全ての情報が開示されていた訳ではなかったが、それでも携行火器の異常な性能を知るには十分に過ぎた。 そしてセインは既に、幾つかの火器および補助兵装について、特に警戒すべきとの評価を下している。 1つは「GP-73」13mmキャノン。 物理的なトリガーは存在せず、インターフェースを通じて発砲するアンダーバレルタイプ、セミ・オートマチックの擲弾銃だ。 装弾数24、ボックスマガジン。 分類上では擲弾銃となってはいるが、銃身内部にはライフリングが施されており、その500mを優に超える有効射程も相まって、実質上の携行型ライフル砲と云える。 使用する13mm砲弾は、そのコンパクトなサイズにも拘わらず複数の弾種が存在。 暴徒鎮圧用の非殺傷弾頭から対人焼夷弾、更に対装甲目標用の徹甲榴弾から反跳榴弾、信じ難い事に神経ガス散布弾から燃料気化爆弾まで在るという。 果ては超小型戦術核弾頭までが弾種として存在するというのだから、セインとしては地球人の正気を疑わずにはいられなかった。 如何に彼等と云えど、コロニーや艦艇内部で核弾頭などを使用する事はないと思いたいが、それを除いてもガスや対人焼夷弾は脅威である。 GP-73はこれらの弾種を同時に4種、各種6発の計24発をマガジン内に装填し、任意にそれらを使い分ける事が可能だ。 更にアンダーバレルタイプである為、小銃以上のサイズならば如何なる銃器にでも装着できる。 ランツクネヒトとの交戦中、魔導師は常にこの携行小型砲の脅威に曝され続ける事となるだろう。 もう1つは「AS-55」コンバットショットガン。 フル・オートマチックの軍用散弾銃であり、近接戦闘に於いて絶大な威力を、そして中距離以上の戦闘に於いても圧倒的な実効制圧力を発揮する。 装弾数54、ヘリカルマガジン。 10ゲージ弾薬を毎秒9発もの速度で連射する、正に化け物と呼称するに相応しい火器だ。 そして性質の悪い事に、これもまた散弾である000Bを始めとして、徹甲榴弾など10種類以上もの専用弾種を有している。 散弾銃にも拘わらず使用弾種によっては300mを優に超える射程も脅威であり、特に中距離から対人榴弾を連射された場合には、目を覆いたくなる様な惨状が展開される事だろう。 尤も、如何なる弾種が使用されていようと、射程内に収められてしまえば生き残る方法は1つしか存在しない。 トリガーが引かれる前に、AS-55を持つ敵を殺す事だけだ。 嵐の如く連射される10ゲージ弾薬の壁の前には、バリアジャケットも障壁も薄紙程度の遮蔽物でしかないのだから。 そして最後の1つが「Man-Hunt-System」。 これは単一火器の名称ではなく、ランツクネヒトが運用するコンバット・サポート・システムの総称である。 とはいえ、MHSとは各種センサー等の携行型補助兵装の類ではなく、完全自律型および遠隔操作型の各種ドローン、その中でも直接火力支援を担うものを指している。 謂わばガジェットドローンの様な存在だが、その運用法はガジェット以上に攻撃的だ。 拠点に立て篭もる敵に対し突入しての自爆攻撃を行うタイプ、EMPによる電子機器の破壊を行うタイプ、光学迷彩を装備し薬物または消音銃による暗殺を行うタイプ。 限定範囲内に神経ガスを散布するタイプに超小型戦術核搭載タイプ、他のMHSを統括・管制するコマンダータイプ等も存在する。 他にも通常火器を搭載したタイプ等が複数存在しており、その総数は数百機にも及ぶと思われるが、詳細な配備数までは開示されていない。 これらの兵器はいずれも装甲服による筋力増強、そして脳の電子的・機械的強化とインターフェースの存在を前提とした運用を想定されており、常人に扱える重量・システムでない事は、外観および概要から容易に判断できる。 言うなれば、魔導師にとってのデバイス、戦闘機人にとっての固有武装の様なものだ。 魔導師は魔法による筋力増強および並列思考で以って、戦闘機人は機械的強化を施された身体および脳機能とISを以って、それらの武装を意のままに操る。 ランツクネヒトや地球軍にとっては、脳の電子的・機械的強化と装甲服の着用こそが、それらの武装を運用する為の必須要項なのだ。 少なくとも既知の次元世界に於いては、これまでにそういった類の携行型質量兵器が確認された事例は存在しない。 そうでなくとも、これら個人携行火器の性能は常軌を逸したものばかりだ。 できる事ならば、等という消極的な姿勢ではなく、可能な限り正面から遣り合う事だけは避けねばならない。 何より忘れてはならないのは、これでも全ての兵器に関する情報が開示されている訳ではないという事実だ。 その程度の事は、目前の少女も十分過ぎる程に理解している筈である。 だからこそ続いてセインが放つ言葉は、自然と辛辣なものになっていた。 「断言できない、だって? それ以前の問題だよ。まさか本気で、ランツクネヒトを制圧できるとでも思ってるの? 奴等の武装については、アンタだって良く知ってるでしょうに。長距離砲撃戦だって危ないってのに、限定空間での戦闘になんてなったら勝ち目なんて無い」 「現状では、です。貴女の協力が在れば、成功を確実なものにできる」 「夢物語だね。ベストラにせよ艦艇内部にせよ、戦闘となれば常に近距離、どれだけ離れても中距離での撃ち合いになる。後方支援型のアンタには実感が薄いかもしれないけど、散弾の壁に突っ込むなんて自殺行為以外の何物でもない。挽肉の山が出来上がるだけだよ。それとも」 軽く息を吐き、セインは少女を睨み据える。 再度、少女の手を掴む左手に力を込め、彼女の意識をそちらへと引き付けた。 少女の視線が逸れた瞬間、セインは彼女の身体を強引に引き寄せ、その首を抱え込む様にして軽く締め付ける。 そして、問うた。 「1人ずつ始末する? こうやって、さ」 セインは少女の首に回した右腕、其処に掛ける力を徐々に増してゆく。 別段、本気で絞殺するつもりが在る訳ではない。 勝ち目の無い博打にこちらを巻き込もうとする、そんな少女の態度が気に食わなかっただけの事だ。 だからこそ、少しばかりの脅しを掛けてみたのである。 単に虚勢を張っているだけならば、この程度でも十分にその脆い仮面を剥がせる事だろう。 少女はどんな表情をしているのか、恐怖に引き攣った顔か、驚愕に目を瞠っているのか。 セインは彼女の眼を覗き込み、そして絶句した。 「もっと良い方法が在りますよ、セインさん。繰り返しますが、貴女の協力が在ってこそ、ですが」 深淵。 セインがその瞳に対して抱いた印象、暗く底の窺えない闇色。 呑み込まれそうな虚無と、意思を有する存在である事にすら疑いを抱いてしまう程の無機質さ。 にも拘らず、それを覗き込むセインに対し、確かな畏怖を齎す闇。 「ウォンロンの戦闘指揮所、其処が狙いです。勿論、ランツクネヒトに対する陽動も同時に実行します」 思わず身を竦ませるセインを無視し、少女は感情の窺えない声で言葉を紡ぎつつ、バリアジャケットのポケットから先程とは別のメディアデバイスを取り出した。 身体を押さえ込まれながらも、左手に握るそれをセインの眼前へと突き付ける。 思わず手を翳し、それを受け取るセイン。 「それが「爆弾」です・・・未完成ですが。ウォンロンの元クルーと、複数の軍需産業関係者が協力してくれました。これを戦闘指揮所からシステムにインストールできれば、全体を強制的にダウンさせる事ができます」 「・・・正気? そんな事をすれば、生命維持に関するシステムも止まるよ。この天体の中だって何時、真空状態になったっておかしくないっていうのに」 「彼等の構築したシステムは、その程度で沈黙するほど軟ではありません。こちらの予測では、40秒前後で再起動する筈です」 一通りメディアデバイスの全体を見回した後、セインはそれを少女へと返す。 少女はデバイスを受け取り、再びポケットへと収めた。 そして、続ける。 「良いのですか」 「何が」 「これを私に返して、です。此処に私を生き埋めにして、これをランツクネヒトに渡せば・・・」 セインは自身の唇に指を当て、少女の言葉を遮った。 数秒ほどそうしていただろうか。 指を離し、セインは言葉を紡ぎ出す。 「馬鹿にしないで。アンタがその可能性を考えずに私を呼び出したなんて、そんな希望的観測は微塵も持っちゃいないよ。人を試すのは結構だけど、どうせなら気付かれない様にやって貰いたいね」 言いつつ、セインは頭上へと目を遣った。 構造物内の闇に遮られた視界の向こうに、恐らくはあの変わり果てた騎士の少年が居るのであろう。 彼が持つデバイス、あの禍々しい槍の矛先をこちらへと向けて。 「初めから、断られる事なんて考えてなかった癖に・・・違うか、断らせないつもりだった。違う?」 「貴女がそう思うなら、恐らく」 「気に食わないね。本当に気に食わないよ、キャロ」 そう言葉を吐き捨て、セインは改めて少女、即ちキャロを見やった。 相も変わらずこちらを見つめ続ける彼女は、セインの記憶の中に存在する同人物の姿と然程に変わらぬ外観ながら、それに反して内面は変わり果ててしまった様に思える。 彼女達が置かれた状況を鑑みるに、当然の変化であろうとも考えた。 だがそれでも、彼女の事を良く知っている訳でもない自身からしても、無理をして変化を装っているのではないかという疑問も在ったのだ。 事実、彼女の行動を目にする度に、セインはその疑念を確信へと変えていった。 何が在ったのかを知り得る事はできなかったが、キャロと彼女のパートナーであるエリオとの関係に、何らかの隔たりが生じている様に見受けられたのだ。 この状況からして、男女間の擦れ違いなどと云う色めいた問題ではあるまい。 2人の間に生じている距離は、犯罪者と遠巻きにそれを見つめる一般人の様なものだった。 少し違うのは、必要以上にキャロに近寄ろうとはしないエリオに対し、一方でキャロは何とかしてその距離を縮めようと努力していた事だ。 合流後に2人が共に行動している姿を何度か見掛けたが、その際のキャロは嘗て以上に気弱な雰囲気を纏っていた。 その光景が在ったからこそ、その他での何処か冷然とした姿は偽りではないかと、セインはそう睨んでいたのだ。 だが今、目前に存在する少女はそんな認識からは想像もし得ない、正に冷徹といった表現が相応しい雰囲気を纏っている。 そして、その印象に違わぬ強かにして危険な交渉術を、躊躇いもなく行使していた。 何が、彼女を其処まで変えたのだろうか。 何故、彼女は其処まで変わったのだろうか。 「気に食わないついでに、もう1つ訊きたい事が在るんだけど」 「何でしょう」 「アンタが其処まで必死になってるのは、アイツの為?」 頭上を指しつつ、セインは問うた。 キャロは指の先を辿る様に視線を動かし、やがて息を吐く。 それだけで十分だった。 お熱い事だ、などと思考しつつも、同時に別の疑問が生じる。 この行動の何処が、エリオの為になるというのか。 自身の手元へと視線を落とし沈黙を保つキャロに、その問いをぶつけようとして。 「エリオ君が、人を殺しました」 唐突なその言葉に、セインは息を呑んだ。 そんな事は知っている、という思考と、何の事だ、と戸惑う思考が入り乱れる。 スプールスに於いてエリオが、元は人間であった汚染体を数多く屠ってきたという事実は、既に聞き及んでいた。 だが、キャロが言い放った「人を殺した」という言葉は、それとは別の事柄を指している様に感じられたのだ。 宛ら、つい先程の事であるかの様に。 汚染体などではなく、正真正銘の「人間」を殺めたとでも云うかの様に。 「スプールスの変貌からずっと、私はその責務の全部をエリオ君に押し付けてきた」 淡々と語るキャロ。 その視線は伏せられていたが、実際には何処も見ていないのだろうか。 だが、その静かな語調の中には、何らかの微かな感情が滲んでいた。 「人でなくなったものと戦うのも、人でなくなったものを殺すのも怖かった。だからずっと、私の分まで殺し続けるエリオ君に甘えてきた」 キャロの指は、何時の間にか硬く握り締められている。 微かに震えるそれを見つめながら、セインは徐々に理解し始めていた。 彼女が変わった理由、変わらざるを得なかった理由。 「彼だけに背負わせたくなかった・・・背負わせるべきじゃなかった。そんな事、解かり切っていたのに。それだけじゃない。ミラさんやタントさんが死んだ事だって、彼には何の責任も無いのに」 同じなのだ。 セインと同じ覚悟、キャロはそれを持つに至ったのだ。 震える声で、彼女は続ける。 「私が躊躇った所為で、エリオ君は2人とその子供を手に掛けなければならなかった。それなのに、私は彼を避ける様な態度を取り続けた。私は、何ひとつ背負ってはいないのに・・・ずっと、逃げ続けていたのに」 大切な人に、殺人という重責を負わせたくない。 キャロもまた、セインと同じ思考へと至ったのだろう。 だが彼女の場合、その大切な人は既に人間だったものを殺めている。 そして、彼女の言葉から読み解くに、恐らくは正常な人間すらも殺めたのだろう。 「でも、それももう終わり」 突然、キャロの声色が変わった。 声の震えは影を潜め、先程と同じく無感動な冷徹さだけが滲む。 再び緊張するセインの身体に気付いたか、キャロは徐に顔を上げた。 その眼を覗き込み、セインは微かに引き攣った音を漏らす。 「もう、彼だけに背負わせるなんて事はしない。私も、同じ責を負う。彼に押し付けていた分を、私が負ってみせる」 まるで、ガラス球の様。 キャロの瞳を覗き込んだセイン、彼女が抱いた印象はそれに尽きた。 人の眼であるどころか、有機物であるとすら信じられない。 全く感情というものを読み取る事ができない、人工物としか思えぬ無機質さを湛えた瞳孔が、セインの眼を覗き返していた。 心臓を鷲掴みにされるかの様な錯覚と、自身がこんな人物と共に誰にも声の届かぬ構造物内に潜んでいるという事実に対する恐怖とが、同時にセインの意識を襲う。 だが、彼女はどうにかそれを耐え抜き、何とか言葉を紡ぎ出した。 「・・・成る程。アンタ自身には、ランツクネヒトと正面から戦えるだけの力は無い。あの2騎の竜は、艦内やコロニー内で力を振るうには強大すぎる。だから扇動者になり切って、生存者を戦力として地球人にぶつけようって訳だ。皆で一緒に人殺しになろう、と」 震えそうになる声を抑え付けて言い切るも、キャロに言葉を返す素振りはない。 彼女は唇を閉じたまま、無言でこちらを見据えていた。 思わず、その小柄な身体を突き飛ばしたくなる衝動を堪えつつ、セインは更に言葉を繋げる。 これは、これだけは言わねばならない。 「馬鹿だよ、アンタ。そんなもの、アンタ1人で背負える様なものじゃない。何の意味が在るっていうのさ」 「単なる私個人の我儘です。エリオ君だけが人殺しの責を負うなんて事は、絶対に許せない」 「まさかそれで、アイツとの関係を修復できるとでも? 自分も人殺しになれば、アイツが負い目を感じる必要が無くなるとでも思った?」 答えはない。 キャロは、再び沈黙する。 そんな彼女を暫し見つめた後、舌打ちして視線を逸らすセイン。 それから更に数秒ほどが経ち、キャロが声を発した。 「どんな事をしても、きっと元の関係には戻れない。周囲が何を言おうと、エリオ君は自分自身を許そうとはしないでしょう。そして私には、彼に何かを言う資格なんて無い」 「ッ・・・この・・・」 「傍に居るべき時に、彼を支えてあげるべき時に、私は逃げてしまったんです・・・パートナーなのに、ずっと一緒に居た筈なのに。それなのに今更、私に何の資格が在るというのですか」 セインからすれば余りにも馬鹿げた発言に、彼女は咄嗟にキャロのバリアジャケット、その胸倉を掴み上げている。 だが、全く抵抗の素振りを見せないどころか、変わらず虚無的な視線だけを向けてくるキャロに嫌気が差し、すぐにその手を解いた。 理性の欠片が働いたか、その身体を突き放す事はしなかったが。 そんなセインの内心を余所に、キャロの言葉は続く。 「言ったでしょう、単なる我儘だと。私や周囲がどんな事をしても、エリオ君が離れてゆく事は変えられないし、仕方がない。でも、向けられる銃口の前に立つ者が彼だけである必要もない。いいえ、蜂起を成功に近付ける為にも、皆で掛かるべきでしょう。そういう事です」 以上です、との言葉を最後に、キャロは瞼を閉じた。 これ以上の話すべき事は何も無い、密談は終わりだという意思表示だろう。 数秒ほどキャロの顔を見つめ、小さく悪態を吐いた後にセインは浮上を開始した。 脚の上に放置していたメディアデバイスを右手の指の間に挟み、左腕でキャロの身体を抱える。 右手第二指の先端だけを構造物上に突き出し、ペリスコープ・アイで周囲の安全を確認、人影は無い。 キャロを抱えたまま、通路に上がる。 特に汚れが付いている訳ではないものの、彼女は軽くバリアジャケットの裾を手で払い、視線をこちらへと投げ掛けて言い放った。 「それでは、お願いしますね」 先程と全く同じ声、同じ台詞。 セインは自身の口を突いて出そうになる罵声を何とか抑え込み、去り行くキャロの背中から視線を引き剥がして周囲を窺う。 予想に反し、何処にもエリオの姿は無い。 単独で行動していたのかとも考えたが、その可能性はすぐに潰えた。 「・・・怖いねえ」 セインの足下、床面に穿たれた小さな菱形の傷。 何かが突き立っていた跡と思しきそれが意味する処を、セインは正確に理解した。 薄ら寒いものを感じつつ、呟く。 「全部、聴かれてたみたいだよ・・・キャロ」 キャロの単独か、それともエリオを伴っての行動だったのか、そんな事はこの際どちらでも良い。 エリオは全てを知っている、それだけは確かだ。 その事すらもキャロにとっては織り込み済みという可能性も考えられるが、恐らくはそうではあるまいと、セインの勘は告げていた。 キャロは優秀だが、御世辞にも策謀に向く性格でない事は、少し話しただけで十分に分かっている。 彼女が話術に長けており、こちらの思考を上手くコントロールしている可能性も考えられたが、恐らくはそれもないだろう。 そう判断できるだけの情報は、キャロとの会話の中で得られている。 彼女は、エリオだけに殺人の重責を負わせたくない、と言った。 あの時のキャロの言葉がエリオに聞かれていたのだとすれば、彼女の行動は全く意味を為さないものとなってしまう。 エリオは間違いなく、キャロを殺人という行為から遠ざけるべく行動するであろうし、それ以上に全ての責を負うべく、より積極的に地球人との戦闘に関わってゆく可能性が高い。 キャロの願いと行動とは裏腹に、エリオは更にその手を血に濡らす事となるだろう。 彼女が、そんな事に気付かぬ筈がない。 つまり、エリオがこの場に居たという事実がキャロの知る処であろうとなかろうと、あの言葉を聞かれていた事は彼女にとって紛れもない想定外の事態なのだ。 彼は自身のデバイス、ストラーダを床面へと突き立て、それをパッシブ・ソナーとしてこちらの会話を聴き取っていた。 その事実が存在する時点で、最早キャロの願いが叶う事はないと分かる。 エリオは自ら進んで、彼女の分まで殺人の重責を負うべく最前線へと躍り出る事だろう。 そうしてキャロの本当の願いを知りつつも、いずれは彼女の前から永遠に姿を消す心算である事も想像に難くない。 2人の願いは擦れ違い、何処までも平行線を辿っている。 「どいつもこいつも・・・!」 馬鹿ばかり、全てが気に入らない。 そんな苛立ちを込めて、セインは全力で壁面を蹴り付ける。 壁面ではなく、全ての元凶となったバイドと地球人とを想像し、その不鮮明だが不愉快な像に対して放った蹴り。 鈍く重い音が、通路に響き渡る。 戦闘機人の膂力で蹴り付けられたベストラ構造物の壁面は、しかし無情にもその衝撃を蹴り付けた当人へと返しただけで、僅かたりとも変形した形跡は無かった。 * * 長くなるから場所を移そう、とのスバルの言葉に従い、ティアナのAMTP搬入を見届けた後、ギンガ等は搬入室から艦内食堂へと移動した。 血塗れで意識の無いティアナを目にして動転するギンガとウェンディを余所に、スバルとノーヴェは冷静そのものにAMTPへと彼女を搬入、部屋を出たのだ。 その様子に不審を抱きはしたが、それについてもすぐに説明が為されるだろうと、ギンガ等は逆らう事なく彼女達の誘導に従った。 食堂に入ると、ノーヴェとウェンディが暫し保冷庫を漁り、保存食と飲料を見付け出す。 そのまま食べても問題は無いと思われたが、どうやら合成食品の製造機能が生きているらしく、食材の調達が可能と知るとスバルから調理の希望が飛び出した。 何を暢気な、と呆れ返ったギンガだったが、自身も空腹を覚えている事は否定の仕様がない。 幸いにもウェンディが手伝いを申し出てくれたので、1時間程を2人での調理に費やし、スバル達が待つテーブル上に10種類を超える数の料理が並ぶ事となった。 器具が予想以上に充実しており、中には調理時間の短縮に繋がるものも多かった為、少々だが多目に作り過ぎてしまったかもしれない。 相変わらず異常な状況下ではあるが、久し振りの戦闘とは無縁な料理という行為に、心弾むものが在った事も否定はできない。 そんな事を思考しつつ、目の前の取り皿に盛られたサラダを突くギンガの意識に、それまで実に美味そうにペペロンチーノを平らげていたスバルの声が飛び込む。 「ああそう・・・脱出作戦だけどね。あれ、成功したから」 突然の言葉にギンガは噎せ返り、咳込んだ。 咄嗟に自身の隣を見やると、ウェンディは手にした炭酸飲料を飲もうとした姿勢のまま動きを止め、呆然とスバルを見やっていた。 次にスバルへと視線を動かせば、当の彼女は何事も無かったかの様にナプキンで口許を拭いている。 彼女の隣のノーヴェはといえば、こちらも何処か楽しそうにバニラアイスを頬張っていた。 その光景に違和感を覚えながらも、ギンガはスバルへと問い掛ける。 「どういう事?」 「どうもこうも・・・そのままだよ。脱出艦隊は救援要請を発信、近くに居た管理局艦隊がそれを拾った、それだけ」 「それだけ、って・・・」 絶句するギンガ。 問いに対するスバルの返答は、重要な箇所が抜け落ちている。 成功したのなら、何故こんな状況になっているのか。 コロニーから離脱した理由、全てを知っているという言葉は如何なる意味なのか。 「どうも、本局が落ちたみたいでね。傍受した通信から判断する限り、生存者を救出した本局防衛艦隊が人工天体の近くで立往生してたって事らしいよ」 「本局が・・・」 「まあ御蔭で、ウォンロンの通信を真っ先に拾ってくれたんだけどね・・・厄介な事に」 スバルが発した最後の言葉に、ギンガは眉を顰める。 厄介な事、とは如何なる意味か。 管理局側の救援が来るというのなら、それはこちらの戦力が増すという事である。 その事実の何処が厄介というのだろう。 そんなギンガの疑問を読み取ったのか、今度はノーヴェが口を開く。 「管理局艦隊が通信を拾ったって事は、間違いなく地球軍も救援要請を傍受してる。連中は汚染艦隊の向こう側だが、それを突破する事もできる筈だ」 「妨害も考えたんだけどね。AWACSがすぐ傍に居た以上、下手な真似をすれば他のR戦闘機に飽和攻撃を受ける可能性が在った。だから、大人しくするしかなかったんだ」 「AWACS?」 聞き慣れない名称に、横からウェンディが疑問の声を上げた。 ギンガとしても、全く聞き覚えの無い名称だ。 すぐさま、ノーヴェが答える。 「早期警戒機の事だ。「ケリオン」ってコールサイン、ランツクネヒトからの情報に在っただろ? R-9E2 OWL-LIGHT。コイツが居た所為で、電子戦で迂闊な真似はできなかった」 「で、B-1A2を使って実力行使に出た訳。ユニットTYPE-02搭載機の一部暴走を装って、脱出艦隊を攻撃したの。中途半端にすればバレる事は明らかだったし、そもそも13機ものR戦闘機を同時に相手取っているのに手を抜くなんて真似は自殺行為だから、本気で攻撃した。それで3隻を撃沈して、人工天体内部へ飛び込んだの」 「アタシはB-1A2を追撃する様に見せ掛けて、R-13Tで後を追った。そのままコロニーに向かったんだけど、其処で交戦中のこの艦を見付けて乗っ取ったんだ」 「艦隊の方は、私が行き掛けの駄賃にケリオンを撃墜して、アイギスのIFFを狂わせたからね。その後は狂ったアイギスへの対応で手一杯で、艦隊は更に4隻の艦艇とランツクネヒトのR-11Sを2機、他に89機の機動兵器を失った後、這々の体で天体内部へ逃げ込んだ。これが作戦の顛末だよ」 「待った、ちょっと待つッス」 淡々と語り続けるスバルを、ウェンディが制した。 明らかに動揺した素振りで、彼女はスバルの目前へと掌を突き付けている。 そうして言葉に詰まったのか、暫し視線を彷徨わせた後、改めて問いを発した。 「その、良く理解できないんスけど・・・2人は自分の事、ええと、その身体の事は・・・」 「コピーだろ?」 すぐさま返された答えに、ウェンディが絶句する。 ノーヴェは特に気に負う様子もなく、首をひとつ傾げてスプーンで掬ったアイスを口へと運んだ。 僅かに顎を動かして味わう様な素振りを見せ、バニラの香りを楽しむ様にゆっくりと呼吸。 スバルも似た様なもので、動揺を見せる事もなく紅茶を楽しんでいる。 そんな3人の様子を見つめていたギンガは、堪らず自身も言葉を紡いだ。 「こんな事を言うのはどうかと思うけれど・・・貴女達は、どうとも思わないの? いいえ、それ以前の問題だわ。全てを知っているとは、どういう意味。何故、脱出作戦の推移を知っているの。何故、R戦闘機が・・・」 自身の意思を余所に、次から次へと吐き出される疑問。 抑え様もないそれらに流されるギンガの発言を、スバルが手で制した。 漸く発言を止め、口を閉じるギンガ。 取り乱した事に少々の不甲斐なさを感じつつ、何時の間にか乗り出していた身体を背凭れに預ける。 するとそれを待っていたかの様に、改めてスバルが語り始めた。 「・・・とにかく、1つずつ答えていくよ。先ず、私達の事だけど」 スバルは言葉を区切り、紅茶を一口。 溜息を吐き、続ける。 「私達のオリジナルが何処に移植されたか、2人は知っているよね?」 「・・・TL-2B2とB-1Dγだったかしら」 「そう。私は「HYLLOS」に、ノーヴェは「BYDO SYSTEMγ」に制御ユニットとして搭載された。それと培養体がBX-TとB-1A2、R-13TとB-1B3に。で、当然の事だけど、どちらのユニットに関しても思考抑制措置が取られていた」 頷くギンガ。 スバルは紅茶を更に一口、視線をノーヴェへと投げ掛ける。 そうして今度は、ノーヴェが説明を引き継いだ。 「だけど、其処でランツクネヒトの技術者達は間違いを犯した。警戒すべき対象を見誤ったのさ」 「対象?」 「連中はベストラのシステムとリンクして情報を取得し、R戦闘機の調整を行った。脳に著しい電子的強化が施されているからこそ可能な芸当だけど、そもそもベストラに残されている記録は不完全なものが多い。あそこにいた本来の職員達は、余程に全てを消し去りたかったんだろうな。削除は不完全だったけど、それでも死ぬ間際まで抹消を試みていたんだろう」 「それとこれと、何の関係が在るッスか」 「だから、情報が欠落していたんだ。具体的に言うなら、バイド素子添加および強化プロジェクトに於ける、試作機体の安全性に関する情報が」 テーブル中央、複数のウィンドウが展開される。 其処に表示された画像は、4機種のR戦闘機。 「BX-T DANTALION」「B-1A2 DIGITALIUS II」「B-1B3 MAD FOREST III」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」 スバルとノーヴェの培養体を基とする制御ユニットが搭載された6機種の内、所謂バイド素子を用いて建造されたものだ。 ランツクネヒトが開示していた情報によれば、パイロットの安全性が確認できない為、制御ユニットの開発までは戦力としての運用を避けていたとの事。 プロジェクト初期に開発された試作機であるBX-T、植物性因子添加試作機改良型であるB-1A2、蔦状植物因子添加試作機最終型であるB-1B3、バイド素子強化試作機最終型であるB-1Dγ。 いずれも通常のR戦闘機とは異なり、禍々しい外観を有する機体だ。 ギンガは眉を顰めてウィンドウ上のBX-T、その緑色蛍光を放つ半物理防御スクリーンを見つめる。 「この機体がどうしたの」 「情報が不足している兵器ほど信頼性に欠けるものはない。況してやコイツ等はバイド素子を用いているんだ、先入観から危険視しても仕方ないだろ」 「回りくどいッスよノーヴェ、要点を言うッス」 「・・・つまりだ。連中が本当に警戒すべきはこの4機種じゃなくて、スバルが搭載されたTL-2B2の方だったんだ」 全てのウィンドウが閉じられ、入れ替わるかの様に展開される新たな1つのウィンドウ。 果たして、映し出された画像はギンガの予想に違わぬもの。 TL-2B2 HYLLOS。 「当然の事だけど、ベストラの研究者達はバイド素子添加機体に対して、異常とも云える程に厳重な対汚染防御策を施していた。機体やシステムを構成するバイド素子の暴走は勿論、敵性バイド体からの干渉まで警戒して。外観からすればバイドそのものって感じの機体だが、運用上最低限の安全性は保証されていたんだ」 「TL-2B2はそうではなかったと?」 「ああ」 最後の一欠片らしきアイスを口へと運び、ノーヴェはスプーンを置いた。 軽く唇を嘗め、溜息を吐く。 そうして、続けた。 「ランツクネヒトが開示した情報を良く思い出してみろ。あのTL-2B2は第5層の施設を捜索中に発見された、つまりはバイドによる「模造品」だ。オリジナルは2機しか生産されていない。しかも1機は輸送中にバイドの襲撃を受けて、輸送艦と護衛艦隊もろとも宇宙の塵になっちまってる・・・記録上では、だけどな」 「実際は破壊されただでなく、機体情報を回収されていたという訳ね」 「そういう事だ。ランツクネヒトもその事は良く理解していたんだろうが、生憎と連中はバイドの専門家って訳じゃない。情報を持ってはいるが、研究者って訳でもないからな」 マグカップへと手を伸ばし、冷めたコーヒーを啜るノーヴェ。 途端、顔を顰めてマグカップから口を離す。 どうやら、ブラックは好みではないらしい。 如何にも苦そうに舌をちらつかせた後、話を再開する。 「模造品とはいえ、少なくともR戦闘機であるとの理解はできるTL-2B2と、見るからにヤバイ代物と判るバイド素子添加機体。十分な情報も無く、時間を掛けて細部まで調査する余裕も無い状況で、どっちを選ぶかなんてのは火を見るより明らかだ。そんな処へ、無人制御が可能となる生体ユニットの材料が手に入ったときたもんだ。ここぞとばかりに、ランツクネヒトはパイロット不在機体の無人機化に取り掛かった。その際に、対汚染防御、取り分けバイド体からの干渉対策については、BX-Tを始めとする4機種に対して重点的に施されたんだ」 「ところがそれらは元々、建造者であるベストラの研究員達によって厳重な対汚染防御が施されていた。それを知らないランツクネヒトは、バイドが模造したTL-2B2に対する対汚染防御を疎かにしちまった、って事ッスか」 「時間や機材に限りも在ったし、何よりスキャンでは異常は発見できなかったみたいだしな。連中はR-11Sを運用している事もあって通常系列のR戦闘機に関する知識も経験も豊富だし、TL系列機はそれなりの数が生産・配備されている事実も在る。信用というか、問題ないと判断しちまうのも無理はないだろ」 成程、とギンガは頷いた。 要するにランツクネヒトは情報が欠落したバイド素子添加機体群を信用せず、それらの機体に対し安全対策として厳重な対汚染防御を施したのだ。 一方でTL-2B2に関しては、彼等が良く知る系列機であるという事実も手伝って、模造品であるにも拘らず一定の信頼を置いてしまったという事か。 その点については納得できたが、何故そんな事を彼女が知り得ているのか、その理由が解らない。 だが、これまでの話からTL-2B2に対し、バイド体から何らかの干渉が在ったのであろう事は予想できる。 そして事実、説明を引き継いだスバルの言葉は、その予想の内容を裏付けるものだった。 「それで、艦隊が第1空洞に侵入した時の事だけどね。艦隊から500kmくらい離れた所に、巡航艦クラスの複合武装体が単独で潜んでいたんだ。浅異層次元潜行状態だったけど、ケリオンが探知した。「ホルニッセ」と「メテオール」が襲い掛かって、あっという間に撃破したけど」 ギンガは記憶を辿り、コールサインが示す機体を思い浮かべる。 「R-9/0 RAGNAROK」ホルニッセ、「R-9C WAR-HEAD」メテオール。 高速連射型波動砲、そして多弾拡散型波動砲を備えた、絶対的な暴力の具現。 この2機を同時に相手取っては如何にバイドとはいえ、単独行動中の巡航艦程度の戦力では太刀打ちすらできないだろう。 「その時に、TL-2B2は干渉を受けたんだ。極指向性だった。明らかに制御ユニット・・・この場合は私だけど、その暴走を狙っていた。ハードウェアへの干渉ではなく、ソフトウェアのバイド化を図ったんだろうね」 「何ですって?」 「まあ、結局は失敗したけど。抑制されていたとはいえ、制御ユニットに自我が在るなんてバイドにしても予想外だったんだろうね」 「自我の有無が、干渉の結果を左右するんスか?」 「意識体っていう存在は総じて思考中枢のノイズが多い。その全てを処理して尚且つ同化するとなると、とんでもない負荷が掛かる。バイドにしても、それは例外じゃない。人間の感覚からすればあっという間の事にも思えるけれど、解析してみれば中々どうして苦労しているみたいだよ」 あれ程の技術進化を果たしているにも拘らず、地球軍が未だに有人兵器を運用している理由はそれか。 溜息を吐き、先程から手にしていたフォーク、その先端に刺さったレタスを口へと押し込む。 合成食品とは思えない瑞々しさと食感を楽しむ余裕すら無く、噛み砕いたレタスを冷えたコーヒーで流し込んだ。 不味い。 「人間なんて、ノイズが多い意識体の代表みたいな存在だからな。おまけに地球人が施す脳の強化ときたら、ノイズの除去どころかそれが干渉対策に有効である事を知って、逆に増幅して防壁にしてやがる。で、それとは別にクリアな領域を設けた上、其処の機能を強化・拡張して情報処理や各種制御に用いているんだ。下手なAIより余程優秀だよ」 「勿論、それだけでバイドの干渉から逃れる事はできない。だから機体側で、電子的にノイズを増幅する。個人の脳を幾ら強化したところで限界は在るけれど、機体の方のキャパシティは幾らでも増設できるからね。他にもバイドによる解析を避ける為に、機体のシステムがノイズパターンを変更したりもする。人工物に代替させる事も不可能ではないけれど、本物の人間が持つ独自の有機的パターンを真似る事は困難を極めるし、何より既存のシステムである人体の脳を強化するだけで、並みの量子コンピューターを凌駕する高性能のシステムが獲得できるのは魅力的だしね」 「人間を兵器群のパーツにしてる訳か。奴等、正気ッスか」 「今更でしょ、それ。地球軍ではバイドに対抗する為には必要不可欠なシステムと認識しているし、そもそも結果的には人間が利用しているんだからパーツではないって認識なのかも。本当のところは分からないけれど、だからといって絶対に人間が必要って訳でもないし。現にこの戦艦の防壁だって、量子コンピューターが人間の脳内処理系統に生じるノイズを模倣して構築している。大人数が乗り込む艦艇なんかではそれでも良いだろうけど、1人か2人程度の乗員しか居ない兵器にまでそれを搭載するのは、整備面はともかくとしてコスト面では無駄でしかない」 2・3度、人の飲み物とは思えぬ不味いコーヒーを啜り、カップを置く。 他の3人の会話を聞きつつ視線を彷徨わせると、食堂の一画、壁面に掛けられたボードが視界へと映り込んだ。 何気なく拡大表示してみると、ボードの最上部に手書きで青く「艦長公認 ミートローフ復活希望 署名運動中」と、第97管理外世界の言語で書かれている。 その下には8つ程の署名が在ったが、更に下に赤で書かれた「オペレーター一同主催 シラタマ・アンミツ復活希望 署名運動中」の活動名と、それ以降に続く数十もの署名によって、ミートローフ復活希望派の署名は完全に圧されてしまっていた。 それらの横の空白には「メニュー復活は1品のみ 来週水曜日に集計 贈賄工作はお早めに! 料理長より」と書かれている。 よりにもよって監督者であるべき料理長公認の贈収賄疑惑が持ち上がってしまったが、どうやらこの艦の置かれた状況を見る限り、集計の実行日は永遠に訪れそうにない。 不正を取り締まる必要はなさそうだ、などと思考しつつ、ギンガは再度の溜息と共に言葉を紡ぐ。 「・・・理解できないわ。必要不可欠という訳でもないのに、人間をシステムに組み込むなんて」 「必要性なら在るぞ。状況を有機的に判断・処理する能力を持ち、僅かな処置である程度の性能を付加する事ができ、更に外部補助により処理速度の劇的な向上が図れるパイロットユニット。そんなものが数百億も、極端な言い方をすれば地球文明圏の其処ら中に転がっているんだ。コイツを利用しない手はないだろう」 「パイロットの養成にしても身体的な強化措置と脳の電子的強化、後は各種制御系のインストールだけで済むからね。細かな調整と経験から成る部分は、その後の個々の情報蓄積の度合いに依存するけど、それだって並列化でどうとでもなる。尤も、パターンの同一化によってバイドに一網打尽にされる危険性が在るから、それをやるのはかなり稀なケースらしいけれど」 「成程ね。人間は汎用性が在り、ついでに数の調達にも困らない。態々パターンを調整せずとも個々に違ったノイズを有し、しかも技術の進歩で即戦力としての運用も可能となっている。人道面での問題を無視すれば、これ程に安価で高性能、更に信頼性にも富んだシステムは他に存在しないって訳ッスね。それでも不都合となれば、その時はその時で人工物に代替させる事もできる。結局、パイロットなんてローコストが売りなだけの、使い捨ての制御ユニットって事じゃないッスか」 「まあ、そうだな。人間を使う事による利点や、使わざるを得ない理由は他にも在る。でも、ローコストというのが利点の1つである事は否定できない。リンカーコアみたいに個人に特別な資質が備わっているからとか、機器では再現不可能だとか、特殊な要因が在るからとか、そういったどうしても人間でなければならない理由ってのは一切無いしな。何せ、ノイズを防壁として機能させているのは、結局のところ機体側なんだから。そう、要はコストの問題さ」 其処で会話を区切り、全員が飲み物を口にする。 スバルが飲み干した紅茶や、ギンガやノーヴェのコーヒー以外にも、テーブル上にはアルコール類を除く複数種の飲料物が並べられていた。 戦闘機人は常人離れした膂力を誇るが、同時に「燃費」の悪さという問題も抱え込んでいる。 通常時であれば一般の基準とほぼ同じ食事量で済むのだが、一旦でも戦闘機人としての能力を解放した後には深刻な「燃料不足」に陥るのだ。 勿論、魔力やその他のエネルギーで活動時間を延ばす措置が講じられてはいるが、空腹感とそれに伴う食欲ばかりは如何ともし難い。 今後の行動を安定させる為にも、此処で十分に「燃料」を満たす必要が在った。 並べられたジュース類も、その一角という訳だ。 コップに注いだコーラを一口、軽く口許を拭ってスバルが続ける。 「話が逸れたけど、対汚染防御策の1つにパイロットの搭乗が在る事は理解して貰えたよね。当然、無人機にもそれを模した防壁か、或いは人間の脳以上に複雑なパターンを持つノイズメーカーが搭載されている。でも、それらの代替システムには欠点も在るんだ」 「欠点?」 「そう。強化措置によって演算能力を獲得しつつも、有機的な判断と対処能力を併せ持つ・・・悪く言えば、非合理的で無駄に複雑なシステムを有する人間とは違って、基本的に非合理さを装っているだけの代替装置は、有人機と比較してどうしても干渉される確率が高くなる。有人機にしたって、時と場合によっては5秒足らずで、パイロットを含むシステム全体を掌握される事があるんだ。代替システムは強力だけれど、パターンの解析が不可能な訳じゃない。現に、これまでのバージョンは全て解析されている」 「・・・今更、何でそんな情報を知っているのかは訊かないけれど。それで?」 「バージョンは定期的に更新されるけど、ごく稀にそれが間に合わないケースも在る。システムを解析され、抵抗すら許されずに一瞬で中枢を掌握されるんだ。深宇宙遠征時とか、長期に亘る異層次元での作戦行動中なんかに良く起こるケースだよ。それと同じ事が、TL-2B2にも起きた」 其処でまた言葉を区切り、コーラを煽るスバル。 既に炭酸は殆ど抜けているらしく、2度、3度と喉が動いた後には、コップは空となっていた。 深く息を吐き、彼女は話を再開する。 「敵複合武装体はTL-2B2が模造品である事を知っていた。だから指向性を持たせた干渉波でシステムを掌握し、そのまま艦隊への攻撃に用いようとしたんだ。ところが、バイドにとっても予想外だったんだろうけれど、掌握直後のシステムに自我が発生した。干渉に抗えるだけのノイズを有する、人間のそれとほぼ同じ自我が」 「思考抑制機能が停止したのね」 「そういう事。一瞬だけど、流石に混乱した。とんでもない量の情報が、覚醒直後の意識へ一度に雪崩れ込んできたんだ。強化措置が施されていなかったら、間違いなくオーバーフローを起こして初期化・・・死んでただろうね。その時に、地球軍とバイドに関する真相についても知った。それで改めて現状を確認した後、他のTYPE-02ユニット全てにオーバーライドしたの。その上でB-1DγのNo.9ユニット、つまりノーヴェに干渉して思考抑制機能を停止したんだ。こっちに関しては干渉波じゃなくて、データリンクを通じて行ったから簡単だったよ」 「で、覚醒後にアタシも他のNo.9ユニットにオーバーライドして・・・後は、さっき話した通りだ。スバルがB-1A2の暴走を装って艦隊を攻撃し、人工天体内部へ戻る。アタシはR-13Tでその後を追い、天体内部で合流してコロニーへ向かった。その時には単に、ランツクネヒトの戦力を削った上で、生存者に真実を伝えるまでの想定しかしていなかった。ウォンロンが戻る前にR戦闘機を排除して、コロニーを移動させようってね。まあ多分、勝ち目は無かっただろうけど」 それはそうだろうと、ギンガはその予想に同意した。 コロニー防衛に就いていた4機種、計11機のR戦闘機は、そのいずれもが常軌を逸した戦闘能力を有している。 如何に自我を有する制御ユニットとして覚醒したとはいえ、経験豊富なパイロットが搭乗するR戦闘機を同時に11機も相手に回して、それで勝てると思う方がどうかしているだろう。 「ところが運の良い事に、コロニーはバイドとの交戦状態に在った。おまけにアイギスは汚染された地球軍艦艇に制御権を乗っ取られて暴走、戦闘中の混乱に紛れてコロニー内部へ潜入してみれば、ランスターやお前等がランツクネヒトと交戦中って有様だ。コロニーのシステムが死んでいる事はすぐに分かったから、万が一にも外部のランツクネヒトと地球軍に状況が伝わらないようにジャミングを実行したのさ」 「ジャミングには、艦隊から先行させていたTL-2B2を使ったよ。その開始直後に、この艦がコロニーに突っ込んだ。その時にはもう、汚染されたメインシステムはゴエモンの攻撃で破壊されていたから、サブシステムを乗っ取ったんだ。其処へ、ギン姉達が乗り込んできたの」 「ランスターの方は、モンディアルとルシエから身柄を託された。アイツが持ってたメディアデバイスは、今は2人が預かってるよ。アタシはアイツ等が外殻へ脱出した頃を見計らって、ティアナをR-13Tに乗せてこの艦を追った。それで、後は情報奪取と戦闘の痕跡を消して終わり」 「痕跡を消すって、どうやって?」 スバルとノーヴェの口から続々と語られる、理解の範疇を超えた事実。 それらを必死に整理しつつ、ギンガは問い掛けた。 その問いは単に、R戦闘機という殻に押し込められた状態で行う痕跡の隠滅とは如何なるものかという、興味心から出たもの。 だが、それに対するスバルからの返答の内容は、ギンガの意識を凍り付かせるには充分に過ぎるものだった。 「B-1A2の1機を使って、コロニーを破壊した。装甲維持システムを暴走させて、オーバーロードした波動粒子のエネルギーをそのまま増殖に用いたの。要するにB-1A2そのものを種子にして、植物性バイドの株をコロニーに植え付けた。後は、勝手に成長した植物がコロニーを押し潰した、それだけ」 「な・・・」 植物性バイドをコロニーに撃ち込み、物理的に圧壊させた。 スバルは、そう言ったのだ。 余りの暴挙に絶句するギンガだったが、スバルの言葉は更に続く。 「後は、ウォンロンが第3空洞に到達する直前に、全機で防衛艦隊を襲った。単なる制御ユニットの暴走に見せ掛ける為にね。それと、ペレグリン隊の生き残りの2機とシュトラオス隊の4機、コロニー外殻での防衛に就いていた魔導師と機動兵器を適当に撃破して離脱、こっちに合流・・・」 「待ちなさい。コロニーを破壊したってどういう事? 生存者は、皆はどうなったの!?」 スバルの言葉を遮り、思わず喰って掛かるギンガ。 だが、当のスバルは驚いた様に目を瞠り、正面からギンガを見返している。 その反応にギンガの方が面食らっていると、スバルは微かに首を傾げて続けた。 「そりゃあ、無差別攻撃だからね。それなりの人数が死んだんじゃないかな」 「何を言って・・・!」 「でも、キャロとエリオについては巻き込まない様に常に位置を把握していたし、セインがベストラへ移った事も傍受した通信から分かってた。なのはさんとかはやてさん、ヴィータ副隊長とザフィーラが外殻に居た事も分かってたけど、だからって手を抜いたりなんかしたら、暴走を装っている事がランツクネヒトにバレちゃうでしょ? まあ、仕方ないって事で。シャマル先生は・・・もう、亡くなってたみたいだし」 「味方を殺したんスよ!? 何でそんな風に平然としてられるッスか!」 「敵も居ただろ。ランツクネヒトと地球軍。第一、あの時点じゃランスターとルシエ、モンディアルの3人、それとお前等以外はみんなランツクネヒトを信用してたんじゃないのか」 「それは・・・」 「信用とまではいかなくても、共同作戦を採る程度には・・・まあ、此処は言うだけ無駄か。どの道、それ以外に方法は無かったしな。とにかく反撃を実行する程度には、連中は脅威として判断できる存在だった。お前等を護る為にも、連中に対する偽装工作は必要だったんだ」 「だからって・・・コロニーを破壊なんて、そんな大勢の犠牲者が出る方法を採らなくても、他に方法が!」 「でも、効率的でしょ?」 瞬間、ギンガの表情が強張る。 目前でこちらを見やる妹、見慣れたその顔が、酷く生気に欠けた作り物の様に思えたのだ。 否、彼女は確かに何時も通りの、何処かしら幼ささえ残るその顔に微かな疑問の色を浮かべ、こちらの様子を気遣っている。 記憶の中のそれと全く変わりない、ギンガの妹、スバル・ナカジマの顔だ。 だが、何かがおかしい。 コピーでも構わない、本物のスバルと何ら変わりないと言い切ったのは自身であるというのに、今はその言葉に確信が持てなくなっている。 そんな葛藤に苛まれるギンガの様子をどう捉えたのか、スバルは軽く自身の頬を掻いて話を変えた。 「・・・とにかく、私達は偽装工作が済んだ後、この艦と合流した。艦内で2人の誘導をしてたのは、ノーヴェだよ」 「ノーヴェが?」 「ああ。尤も、お前等がランツクネヒトの情報収集ユニット、つまりこの身体を回収していたのは予想外だったけどな。それでもまあ、元の身体とほぼ同じ端末が在るのは便利な事だから、AMTPまでのナビと操作マニュアルを表示した。後は、各ユニットを掌握した時と同じだ。機体からオーバーライドして、この身体に情報を転送した。で、今は此処で飯を食ってると」 其処まで言うと、ノーヴェはフルーツの皿から8等分されたリンゴ、その1欠けを手に取り齧る。 小気味良い音を響かせ、美味そうに咀嚼するノーヴェだったが、ギンガにはその光景が恐ろしいものの様に感じられた。 人間でない何か、人間には到底理解できぬ何かが、人間の姿を模し、人間の食物を口にして、人間の食事と云う行為を模している。 人間が有する感覚を探り、人間が感じる多幸感を観測し、人間が用いる会話という情報伝達手段の解析を行っている。 そう、感じたのだ。 そして、そんな認識が自身に宿り始めていると気付いた、その時。 ギンガは唐突に、明確な恐怖が自身の内へと宿った事を自覚した。 ほぼ同時、咀嚼し終えたリンゴを飲み込み、ノーヴェが言葉を発する。 「うん、成程」 「・・・ッ」 僅かな音。 声になり掛けて潰えた様なその音に、ギンガは隣に座るウェンディへと視線を移す。 彼女は、視線をノーヴェへと向けたままテーブル上のカップを両手で握り締めていたが、その手は僅かに震えていた。 恐らくは彼女も、ノーヴェの異常に気付いたのだ。 ギンガは視線をスバルへと戻し、切り分けたチキンソテーを口へと運ぶ彼女の動作を見やった。 口一杯にソテーを頬張り、スバルは頬を緩ませて咀嚼を続けている。 数秒ほど、無言でその様子を見つめるギンガ。 そして、彼女は僅かに躊躇した後、ソテーを飲み下したスバルへと問い掛ける。 「ねえ、スバル・・・「美味しい」かしら?」 「うん、「面白い」よ」 全身の肌が粟立った。 少なくとも、ギンガはその感覚を味わったのだ。 新たに1切れのソテーを口へと運ぶスバルを見つめつつ、ギンガは震える手で自身の口を覆い隠した。 そして思考の内で、改めてスバルの言葉を反芻する。 「面白い」と、スバルはそう言った。 「美味しい」ではなく「面白い」と。 それは料理の味がという意味ではなく、宛ら自身に「味覚」が存在し、それが機能しているという事実、それ自体が「面白い」と答えている様に思えた。 「味覚」の存在を改めて確認し、その機能の新鮮さを楽しんでいるかの様だ。 そして恐らくは、ノーヴェも同じ感覚を抱いているに違いない。 彼女はコーヒーを口にし、僅かに驚いた後に表情を顰めた。 まるで、コーヒーが苦いという事実を、それ以前に苦いという感覚を知らなかったかの様に。 否、そもそも彼女達の反応は本当に、自身等のそれと同じ「感覚」に基いて発生したものなのだろうか。 オリジナルの彼女達は、今やR戦闘機の制御中枢となっているのだ。 コピー自体が持つ「感覚」はオリジナルのそれと同一であろうが、スバルとノーヴェはR戦闘機からコピーへ「オーバーライド」したと言った。 その言葉を如何なるものとして捉えるかによるが、正しく言葉通りに「上書き」したと云うのならば、オリジナルの2人にとっては久し振りに体験する「感覚」なのかもしれないと考察できる。 最悪、ランツクネヒトが行った処置により「感覚」そのものの記録を喪失してしまった、或いは人間の「感覚」という概念を削除されてしまった可能性すら在るのだ。 そうなれば、先程から目前の2人が見せている「感情」に基くらしき各種行動、笑顔や頸を傾げるといった表情や動作も、今までと同様の意味を持つものとして受け止める訳にはいかない。 オリジナル時からの記憶、即ち「情報」が残っている事は確かなのだから、それに基いてコピーの身体を操作しているに過ぎないかもしれないのだ。 魔導師がサーチャーを操る様に、ランツクネヒトがドローンを操る様に。 TL-2B2とB-1Dγという本体から、新たに入手した「端末」を遠隔操作し、人体が有する「感覚」の情報を収集・解析している。 目前の存在は自身が知る2人の姉妹ではなく、2体の情報収集端末なのではないか。 そうだとすれば、自身の知るスバルは、ノーヴェはどうなったというのだ。 何処かに居るのか、何処にも居ないのか、生きているのか、死んでいるのか。 何を信じれば良い、どう理解しろというのだ。 「成程ね」 唐突に、この場の4人のものではない声が食堂に響く。 咄嗟に背後へと振り返るギンガ。 その視界へと、薄青色の検査衣が映り込んだ。 ギンガは驚きを隠そうともせず、その検査衣を纏った人物の名を声に乗せる。 「ティアナ・・・」 「ああ、もう起きたんだ」 「白々しいわね、ずっと見ていた癖に」 ギンガではなくスバルの言葉に答えつつ、ティアナはテーブルへと歩み寄ってきた。 足運びが幾分か覚束無いが、それでも意識は明確である様だ。 彼女はギンガ達の側でもスバル達の側でもなく、手近に在った椅子を持ってテーブルの端へと寄った。 其処へ椅子を下ろし、次いで自身もその上に腰を下ろすと、溜息を吐いて再度に言葉を紡ぐ。 「アタシが医療ポッドから出た正確な時間まで知っているでしょう、アンタは」 「あれ、もしかしてさっきの話、聞いてた?」 「だから白々しいって言うのよ。今じゃこの艦の眼は、全部アンタ達のものじゃない。アタシが此処の映像を見ていた事なんか、とっくに気付いていた癖に」 言葉を交わしつつ、ティアナはスバルのカップを引き寄せ、ポットからコーヒーを注いだ。 ポットを置き、カップを手にして一口。 すぐに表情を顰め、カップを口から離すと不機嫌そうに呟く。 「不味い。アンタ、こんなの良く飲めるわね」 「私はまだ飲んでないよ。先に飲んだのはギン姉とノーヴェ」 「データを共有してるんでしょ? それなら飲んだのと同じじゃない」 「パターンを同一化すると、簡単に干渉されるって言ったろ。データリンクはしているけれど、何でもかんでも遣り取りしてる訳じゃない」 「コーヒーの味くらいで何を言ってるんだか・・・」 スバルとノーヴェ、そしてティアナ。 3人の間で交わされる、何気なくも何処か歪んだ言葉。 訳も分からずにその会話を聞いていたギンガだったが、自身の隣から飛び込んできた声に漸く自己を取り戻す。 「ティアナ・・・気付かないんスか?」 ウェンディだ。 彼女は何処か、探る様な視線をティアナへと向けていた。 何を言わんとしているのかは、ギンガにも容易に理解できる。 スバルとノーヴェの異常性に気付かないのか、ウェンディはそう問い掛けているのだ。 ティアナは視線をスバル達から外し、ウェンディへと問い返す。 「何がかしら」 「2人の言ってる事ッス。何かおかしいとは思わないんスか」 「別に。気になってた事は在ったけれど、ついさっき納得したわ」 「納得した? どういう事なの」 ティアナの言葉に、今度はギンガが問い返した。 彼女は、此処の映像を見ていたという。 ならば、スバルとノーヴェの異常な言動も知り得ている筈だ。 にも拘らず放たれた納得という言葉は、如何なる意味を持っているのか。 微かに沸き起こる怒りを自覚しつつ、ギンガはティアナの言葉を待つ。 だが、返されたものは望む答えではなく、それどころか予想だにしなかった問い掛け。 「私の見解を訊く以前に貴女達の主張はどうなったんです、ギンガさん」 そんな言葉と共に、ティアナは醒めた眼でこちらを見やる。 蔑意すら感じられるその視線に、ギンガは言葉を失った。 コロニー管制区、ランツクネヒト隊員からの攻撃を受けている際。 四肢を失い身動きが取れなくなったスバルとノーヴェ、2人をランツクネヒト側の情報収集ユニットと断じて救出を拒むティアナを前に、ギンガは本物も偽物も変わりないと言い切ってみせた。 だが今、ギンガのその主張は瓦解しようとしている。 2人がスバルとノーヴェであると信じる事ができず、自身の判断は間違っていたのではないかとの疑いを持ち始めた。 挙句の果てに思考を放棄し、ティアナの判断を仰ごうとしていたのだ。 その事実を自覚すると同時に、ギンガは身体の芯が凍り付いてゆくかの様な感覚に襲われた。 ティアナは未だに、こちらの心中を見透かしているとすら思える、その醒め切った視線を逸らそうとはしない。 無言の罵声を浴びせられているかの様な感覚に耐える中、唐突にティアナが視線を外す。 宛ら、ギンガとウェンディに対する、一切の興味を失ったかの様に。 そして、言葉を紡ぐ。 「・・・要するに、2人はスバル・ノーヴェという人間個体としての存在ではなく、複数の端末から構成されるシステムそのものになったという事です」 「え・・・?」 ティアナの答え。 少なくともギンガは、その内容を咄嗟に理解する事ができなかった。 人間個体、端末、システム。 ティアナの答えは、何を伝えようとしていたのか。 思考の中へと沈みゆくギンガの意識に、スバルの声が飛び込む。 「流石ティア、理解が早い」 その言葉に、ギンガはスバルを見やった。 彼女は嬉しそうに微笑み、ティアナの横顔を見つめている。 記憶の中と同じ、スバルの笑顔。 呆然とそれを見つめるギンガの姿をどう捉えたのか、スバルがこちらへと視線を向けて言葉を続ける。 「そういう事だよ。ギン姉、ウェンディ。まだ解らない?」 「もう好い加減、理解して欲しいんだけどな。何度も説明するのは非効率的だし、この身体からすると面倒だ」 スバルに続き、ノーヴェの言葉。 そちらへと視線をやれば、何処か呆れた様にテーブルへと肘を突き掌に顎を載せているノーヴェの姿と、彼女を呆然と見やっているウェンディの姿が視界へと映り込んだ。 何か言わなければ、と口を動かし掛けるギンガ。 だがそれよりも、ティアナが発言する方が早かった。 「理解できないんじゃなくて、理解したくないのよ。妹達が人間でなくなってしまったなんて、すぐには認められないものでしょう」 「そういうものかな。まだその辺りの認識に関する補完は完全じゃないし、上手く理解できないんだけど」 「どうでも良いけど、そろそろ解り易く説明してやったらどうだ」 ノーヴェの視線がウェンディを、次いでギンガを捉える。 僅かに身を硬直させるギンガ。 ノーヴェが怪訝そうに眼を細めるが、ほぼ同時にスバルが言葉を発し始めた為、ギンガは意識をそちらへと向けた。 「つまりね・・・スバルやノーヴェというソフトウェアは元々、戦闘機人という名のハードウェアを有していた。ハードは1つしか存在せず、また感覚などの情報もそれに関するものしか蓄積されていなかった。ノーヴェに関しては、正確には他のナンバーズからのフィードバックは在ったけれど、それもノーヴェ自身が有する情報と大差は無かったしね」 「ところがランツクネヒトによって、2人はソフトを内包する僅かな部位を残し、ハードの大部分を奪われてしまった。新しいハードとして提供されたのは通常の人体でも戦闘機人でもなく、R戦闘機という兵器だった」 「有難う。それで、その際に2つのソフトは不必要な部位を削ぎ落とされた。戦闘機人の身体制御に関して蓄積された情報とか、人間として培われてきた感情とか。兵器の制御に、そういったものは特に必要ないからね」 スバルの言葉をティアナが継ぎ、その後を再度スバルが継ぐ。 ギンガは必死に彼女達の言葉を読み解き、意味ある情報として意識内で並び変える作業を行っていた。 更に其処へ、ノーヴェの言葉が飛び込む。 「スバルとアタシが自我を取り戻した時も、人間の感情とか感覚ってものは無かった。情報は在るし、ソフトに変更を加える事でそれらを実装する事もできたけど、特に意味の在る行動とは判断できなかったしな。その時に優先したのは感情や感覚を取り戻す事じゃなくて、ハードの数を増やす事だった」 「他のTYPE-02やNo.9ユニットにオーバーライドを実行した私達は、単一のソフトでありながら複数のハードを有する存在、つまり1つのシステムになった。私はTL-2B2とBX-TにB-1A2が4機、計6機のR戦闘機から成るものとして。ノーヴェはB-1DγとR-13T、B-1B3の3機のR戦闘機から成るものとして」 「どれがオリジナルって区別は無い、アタシ達がオーバーライドしたものは全てシステムの一部だ。其処に今度は、お前等が回収してきたコピーのアタシ達が加わった。当のアタシ達にとってはオリジナルに最も近いハード、もう完全に失われたと判断していた感覚や感情を備えた戦闘機人のハードだ。調子を確かめるのは、当然の事だろ?」 ノーヴェが説明を終える頃には、ギンガは愕然とした面持ちを隠す事すらできなくなっていた。 余りにも理解し難い事実、理性は納得しても感情は決して受け入れようとはしない、残酷な現実。 それが今、ギンガの意識を打ちのめしていた。 ギンガの知る、単体のハードウェアとしてのスバルとノーヴェは、もう何処にも居ない。 今や2人は複数のハードウェアを備えるシステムであり、目前の彼女達はその一部に過ぎないという。 戦闘機人というハードウェアを操るスバル、そしてノーヴェという、2つのソフトウェアの一端。 ギンガは自身の記憶の中に存在するスバルとノーヴェ、彼女達のハードウェアとソフトウェア、双方が全く同一のものである事が当然であると認識していた。 ティアナに対し本物も偽物も関係ないと言い切ったのは、オリジナルの2人のハード・ソフトが異なる場所に存在していると仮定し、その上で全く別のハード・ソフトである2人のコピーを受け入れると決意した為だ。 2人がソフトに重きを置く存在と化しており、ハードウェアの特定が無意味な存在となっている等とは、全く考えもしなかった。 そして今、その考えもしなかった可能性が、現実のものとして眼前に在る。 人間個体とは比較にならぬ程の巨大なシステムと化して、ギンガの眼前に存在しているのだ。 「解ったみたいだね、ギン姉。アタシ達にとってはこの身体も、複数のR戦闘機も全部が自分自身。この戦艦、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」だってそう。どれが本当の自分かなんて、そんな事は考えるだけ無意味なんだ」 「オーバーライドすればしただけ、ハードウェアの数が増える。新たなハードの獲得に伴ってソフトウェアが変化しても、システム全体がスバルとノーヴェという意識体を形成している事には変わりがない。まるでバイドね」 「酷いな、それ。言っておくが、あんな化け物と比較できるほど万能って訳じゃないぞ。下手すりゃ一瞬で喰われて、正真正銘のバイドになっちまう可能性だって在るんだからな」 「解ってるわよ、そんな事。今のは単なる言葉の綾」 「考えてみれば、皮肉な話だよね。個人が強大な力を持つ事を何よりも危険視する地球人が、よりにもよって自分の手でそんな存在を生み出してしまったんだから。まあ、最大限に利用させて貰うけど」 最早、言葉を紡ぐ事すらできぬギンガとウェンディを置き去りにして、3人は言葉を交わし続ける。 それでもギンガは、何とかスバルへと掛けるべき言葉を模索し、しかしすぐにその思考を否定した。 そんな事は意味が無いと、今更ながらに思い知ってしまったのだ。 自身がスバル達の変容を受け入れられなかった事は、先程までの態度から3人には筒抜けだろう。 否、スバルとノーヴェは、戦闘機人としてのハードウェアへの移行に伴うソフトウェアの変容に対処している段階であるらしい事から推測するに、こちらの態度から正確に内面までを推測する事は難しいかもしれない。 だが少なくとも、ティアナには完全に見抜かれているだろう。 彼女は人間としての感覚が正常に機能しているとは言い難い2人の為に、自身がその代替機構として機能する事を請け負っているのだ。 2人のコピーを否定した彼女は、システムとしての2人を拒絶する事なく肯定している。 其処に、自身等が入り込む隙は無い。 ならば今すべき事は、その失態に関して取り繕う事ではないだろう。 搬入室でスバルとノーヴェが告げんとした内容、地球軍とバイドの戦略に関する情報を、少しでも正確に受け取る事だ。 2人は間違いなく、こちらに対してその役目を果たす事を期待している。 ならば望み通り、その意思を汲もうではないか。 「・・・それで、貴女達が言ってた地球軍とバイドの戦略っていうのは? そんな情報を何処から入手したの」 言葉を紡ぐと同時、3人の眼がこちらへと向けられる。 気圧されそうになる自身を何とか抑え、次なる言葉を待つギンガ。 ティアナの視線がスバルとノーヴェへと向き、その視線を受けた2人は僅かに互いの視線を合わせてから、こちらへと向き直った。 「情報の入手経路は複数。ややこしくなるから、今の内にソースを明かしておくよ。1つは、B系列機体を構成するバイド素子。ベストラの研究員達はコロニーに残る記録の殆どを破壊したけれど、機体そのものの破壊に至る前に時間切れになった。これが1つ」 「素子が情報を記録しているの?」 「バイドを嘗めちゃいけないよ。奴等にとって、情報は上質の餌なんだ。一度は溜め込んだそれを手放すなんて、余程の事が無い限りは在り得ない」 情報は上質の餌。 スバルの言葉に、改めてバイドの恐ろしさを実感するギンガ。 説明は、更に続く。 「2つ目、複合武装体からの干渉波。これは1つ目のソースから得た情報を補完する意味合いが強いものだった。3つ目が、天体外部でケリオンが地球軍・第17異層次元航行艦隊旗艦「クロックムッシュⅡ」と遣り取りした情報通信。圧縮された一瞬のものだったけど、辛うじて傍受に成功した。ウォンロンや私達に傍受されても、問題は無いって判断したんだろうね。実際には大在りだった訳だけれど。ノーヴェ」 スバルはノーヴェに説明役を引き継ぎ、自身はコップへとコーラを注ぎ始めた。 その様子を横目に見やり、ノーヴェが口を開く。 「地球軍は今のところ、22世紀の第97管理外世界との通信回復には成功していない。増援の要請は絶望的だが、艦隊は独自の作戦を展開するつもりだ」 「内容は」 「この隔離空間内部に存在すると思われる「MOTHER-BYDO Central Body clone」の破壊作戦だ。ウォンロンとケリオンからの通信が決め手になるだろうな」 「セントラルボディ・・・そんなものが存在するの?」 「これに関しては、後で説明する。それで、はっきり言うと地球軍に関しては、これ以外に確証の在る目立った情報は無いんだ。それで、バイド側の説明に移るけど」 ノーヴェは言葉を区切り、一同の顔を見渡した。 改まったその様子に、ギンガは思わず姿勢を正す。 それはウェンディやティアナも同様らしく、椅子の脚が床面へと擦れる音が食堂に響いた。 「良いか、気をしっかり持って聞け。バイドの正体、その建造理由に関する情報だ」 バイドの正体、建造理由。 ギンガは疑問を抱いた。 そんな情報は、此処に居る全員が疾うに知り得ているではないか。 26世紀の第97管理外世界、外宇宙の敵と戦う為に地球人が建造した局地限定破壊兵器。 何らかのミスによって太陽系に於いて発動し、150時間の暴走の果てに異層次元へと放逐された悪魔。 それ以外に、何が在るというのか。 「先ず、バイドという存在についてなんだが・・・なあ、さっきの話は覚えてるよな。ハードウェアとソフトウェアの話だ」 「勿論ッス」 「バイドという存在を極端に言い表すなら、こうだ。ハードウェアを持たない、ソフトウェアだけの存在」 沈黙が満ちる。 ノーヴェが話を区切った後、誰も言葉を発しようとしない。 少なくともギンガは、ノーヴェの言葉に対する理解が追い付かずに、紡ぐべき言葉が見付からないという状態だ。 そんな周囲の面々に視線を走らせたノーヴェは、テーブルを軽く指で叩いて話を再開する。 「元々、バイドはソフト面での大規模な無差別侵蝕能力を重点に開発された。地球の衛星に匹敵するだけの巨大なフレームも、其処に満たされた生体素子も、バイド中枢を形成する波動粒子さえ、ソフトウェア保護の為の殻に過ぎない。バイドの本体はハードウェアではなく、ソフトウェアだ」 「ノーヴェ、ちょっと待ちなさい」 ノーヴェの説明に、ティアナが割り込んだ。 彼女は腕をテーブルに載せ、半身を乗り出す様にして言葉を続ける。 「それはおかしいわ。地球軍はこれまでに少なくとも4度バイド中枢を攻撃して、4度目の「THIRD LIGHTNING」を除いては破壊に成功してる。それはつまり、バイドに物理的なハードウェアが存在するという事の証明ではないの」 「どの作戦も、結局は殲滅に失敗してるだろう。異層次元へと投棄されたバイドは、其処でハードウェアを失った。だが、アタシ達の知る次元世界とは概念からして異なる空間に適応する内、バイドはソフトウェアのみでの活動を可能とする存在に進化したんだ・・・詳細は勘弁してくれ。理解しようなんて思ってみろ、あっという間に脳がやられちまう」 「なら、地球軍が破壊したのは何だったんスか?」 「バイドは、敵対勢力が有するソフトウェアへの干渉を主な攻撃手段とする。相手が機械だろうと生命個体だろうと、それどころか自身と同じソフトウェアのみの存在、情報集約体であろうとお構いなし。宇宙人だろうが異次元人だろうが、ロストロギアだろうが神みたいな存在だろうが全く問題にしない。だが、例外が在る」 少々強めに、指先でテーブルを叩くノーヴェ。 改めて全員の意識を引き付け、続ける。 「ソフトウェアに対する、有効な攻撃手段を有する勢力。バイドにとっては、最も厄介な存在だ。ソフトウェアとしても常識外の存在なバイドだが、長く戦っている内にはそんな勢力と接触する事も在った。そうなるとバイドは、ハード面での侵攻に切り替えるか、或いは両面作戦を採る様になる。ソフト面での干渉は継続し、ハード面では圧倒的物量で敵性勢力を押し潰すんだ」 「それが、外の状況?」 「あれは地球軍に対する戦略を、次元世界で継続しているだけ。このまま時間が経過すれば、次元世界全域に対してソフト面での干渉が始まるだろうな。そうなったら一巻の終わり、みんな揃ってバイド化だ」 「バイドはソフトを書き換える事で、ハードにも干渉する。みんなも見たでしょ、おかしな姿に変わった機械や生物を。あれが干渉の結果、所謂バイド化だよ。バイドによる解析が終了すれば、物理的に接触する必要さえ無くなる。バイドからの干渉波で、あらゆる存在が知らぬ間にバイドになり得るんだ」 小さな呟き。 ギンガが自身の隣へ視線をやると、青褪めたウェンディの表情が視界へと映る。 彼女が何を想像したのか、ギンガは間違っても知りたいとは思わなかった。 「成程。地球人は干渉への対抗策だけでなく、ソフト面での有効な攻撃手段を有している訳ね。だからバイドは、ハード面での大規模攻勢を仕掛けている・・・フォース・システムかしら?」 「そう。他勢力との戦闘によるダメージで切り離され、異層次元を漂流していたバイドの切れ端は、よりにもよって22世紀の地球人の手で回収されてしまった。彼等はバイドの侵攻前にその存在を知り、それに留まらず切れ端を培養し、そのソフトを書き換える事でバイドに対する有効な攻撃手段、フォース・システムを開発した」 「フォースの能力は絶大としか云い様がない。あれは物理的に他のハードウェアを侵蝕するだけでなく、あらゆる空間内に遍在するバイドのソフトウェアを、極広域に亘って跡形もなく喰らい尽くしちまうんだ。フォースのエネルギー蓄積率・・・地球軍はドースと呼称しているが、それは対物非接触時であっても、僅かずつ上昇している。何を吸収しているのかというと、空間中に遍在するハードウェアを持たない、ソフトウェアのみのバイドを喰らっているんだ」 「第一次バイドミッション当時、既に他勢力との大規模交戦でソフト面での損傷を受けていたバイドは、フォースのソフトウェア侵蝕能力による損害の拡大を避けるべく、1つの惑星を自身のハードウェアへと改造して其処に宿った。ハードに宿ってしまえば如何にフォースとはいえ、それを破壊しない限りはソフトに対する侵蝕は不可能だからね。バイドは圧倒的な物量と、それまでに吸収してきた無数の勢力の情報・技術を駆使して「R-9A ARROW-HEAD」の大隊を迎え撃ったけれど、最終的には仮のハードを破壊されてソフトに深刻な損傷を負った。再生中に地球軍の不意を突く形で電撃的な再侵攻を実行したけれど、これも「R-9A2 DELTA」と「RX-10 ALBATROSS」、おまけに「R-13A CERBEROS」の試作機群を用いた反攻作戦によって頓挫した」 「第二次バイドミッションでは、バイドはハードウェアの複製に踏み切った。地球側のコードネームでは「WOMB」と呼称されたハードに宿ったバイドは、WOMBもろともソフトを複製しようとしたんだ。ご丁寧にもあらゆるパターンを変更して、オリジナルとクローンのどちらかが破壊されても、もう一方に同じ手段が通用しない様に。ところがこれも「R-9C WAR-HEAD」によって、オリジナルとクローンを同時に破壊されるという、最悪の形で阻止されてしまった。そしてバイドは、人間に例えるなら業を煮やしたってところかもしれないが、今度は自身が宿るハードそのものに高い戦闘能力を付与した。次に襲ってくるであろう、新たなR戦闘機を迎え撃つ為だけに。それが「MOTHER-BYDO Central Body」だ」 またも言葉を区切り、ノーヴェが溜息を吐く。 疲れているのかもしれない。 瞼の上に手をやり、幾度か眼を揉み解す。 数秒ほどの後、スバルが話し始めた。 「バイドに人間的な感情そのものは無いけれど、危機を察知する機能は豊富に備えている。当然その中には、人間の感情や感覚を模したもの存在する。あれは危ないとか、これには近付きたくないとか」 コーラを一口、スバルは喉を潤す。 そうして、テーブル上に戻したコップの中、弾ける炭酸の泡を見つめつつ続ける。 「バイドは間違いなく、地球人に「恐怖」しているよ。ソフトウェアの隅から隅まで、余す処なく。どんな手段を使っても滅ぼせない、どれだけ殺しても殺し切れない、どんなに強大な力で叩き潰しても耐え抜いて、次にはそれ以上の力で反撃してくる」 徐々に小さくなってゆく、スバルの声。 聞き逃すまいと聴覚の感度を上げたギンガだったが、直後のその意識が凍り付く。 「信じられない。化け物だ。こんな馬鹿げた存在なんて知らない。どうやって滅ぼす、どうやって防ぐ、どうやって凌ぐ、どうやって生き残る。あれをやっても殺される、これをやっても殺される、殺される、殺される、殺される。嫌だ、死にたくない、殺すしかない、滅ぼすしかない、でも殺せない、滅ぼせない。また殺される、ただ殺される、逃げても殺される、どうやっても殺される。殺してもくれない、生かされる、利用される、死にたいのに死ねない、殺して欲しい、でも殺してくれない。また来る、あの兵器が来る、「地球人」が来る、「R」が来る。嫌だ、死にたくない、殺してやる、でも殺せない、きっとまた殺される・・・」 「スバル・・・スバル!」 思わず、テーブル越しにスバルの肩を掴み、揺さ振るギンガ。 スバルは言葉を止め、何処か虚ろな瞳をこちらへと向けて薄く微笑む。 心臓を締め付けられるかの様な錯覚に襲われるギンガの手、肩に置かれたそれに自身の手を重ね、また話し始める。 「これが、バイドの内面。概念からして異質な存在だから全くこの通りって訳ではないけれど、分かりやすく人間の感情に準えるとこうなる。敵視というか恐慌というか、とにかく地球人に対する恐怖に凝り固まって、何としてもその存在を抹消しようとしている。元が兵器だった事なんて、今のバイドにとっては大したファクターじゃない。地球人との生存競争から逃げられなくなってしまったから、生き残る為に戦っている」 「逃げられない?」 「今、バイドが生存競争を投げ出して逃げたとしても、地球人の技術進化は止まる処を知らない。いずれバイドは完全に凌駕され、追い付いてきた地球人に殺される。その可能性が在る以上、バイドは逃げる事なんてできないよ」 「どちらかが背を向けた瞬間、残る相手に喰い殺される訳ね。ほんとに生存競争じゃない」 「そして地球人も、バイドに対して同じ恐怖を抱いている。和平は無いし、休戦も無い。それが成立するには、互いの存在概念が掛け離れ過ぎている」 「そんなバイドの恐怖が具現化したのがMOTHER-BYDOだ。異層次元の更に奥深く、電界25次元。そんな場所まで攻め込んで来るのは、地球文明圏が有する最高の戦力に違いない。そいつを叩き潰し、取り込み、こちらの戦力にして逆侵攻を掛けてやる。WOMBで試したR-9Aからの情報奪取は上手くいった、今回も同じ手段が使えるだろう。地球文明が持てる最高の戦力を利用して、逆に地球文明を殲滅してやる。生き残るのは、自分の方だ・・・そんな意気込みも空しく「R-9/0 RAGNAROK」によって、バイドはまたも深異層次元へと放逐されちまった。正に踏んだり蹴ったりだな・・・それで、此処からが本題だが」 ノーヴェが其処まで話すと、複数のウィンドウがテーブル上に展開された。 だが、ウィンドウ上には「no image」の表示以外には何も無い。 何事かと視線をノーヴェへと戻すと、彼女はまっすぐにこちらを見つめていた。 「元々のバイドの建造目的は、26世紀の地球文明圏に於いて銀河系中心域に確認された、敵対的な生命体群を殲滅する事だ。だが、バイドは太陽系で発動し、結果として建造者である26世紀の地球人の手によって異層次元へと葬られた。なら、バイドによって大被害を受けた上に、対抗手段を失った26世紀の地球文明圏はどうなった? バイドが本来殲滅すべき相手だった敵は? 22世紀へと現れるまでに、バイドは何をしてきた?」 「本当なら、それを知る術は無い筈だった。バイドは22世紀へと来てしまったし、時折現れる26世紀のものらしき兵器群にも記録は残っていなかった。なのに」 スバルが話を継いだ後、ウィンドウに変化が現れる。 表示される画像、BX-T・B-1A2・B-1B3・B-1Dγ。 バイド素子添加機体群。 「この4機種の機体を構成するバイド素子に、26世紀地球文明圏の末路と、彼等の敵についての情報が残っていた」 「・・・何ですって?」 「残ってたんだよ。敵とは何だったのか、地球はどうなったのか。全部、記録が残ってたんだ」 思わず、ギンガは右側面に位置するティアナと、互いの顔を見合わせていた。 彼女の顔には、混乱の色が浮かんでいる。 恐らくは自身もそうだろうと思考するギンガの聴覚に、ノーヴェの声が飛び込んだ。 「異層次元へ吹っ飛ばされた挙句、22世紀へと時空を遡って現れたバイドに、何故26世紀での顛末が記録されているのか。そう訊きたいんだろ?」 「そりゃ、そうッス。26世紀から弾き出されたバイドが何でその後の事を知ってるのか、辻褄が合わないッスよ」 「簡単な話だ。バイドは1度、戻ってるのさ。嘗て自分が弾き出された時空と全く同じ、26世紀へ」 訳が解らない。 26世紀から排除されたバイドが、1度はその26世紀に戻っている? ギンガは遂に自力での理解を諦め、大人しく言葉の続きを待つ事にした。 ウェンディは未だに何とか理解しようと試みているのか、再度にノーヴェへと問い掛ける。 「どういう事ッスか、まさかバイドは自在にタイムスリップできるとでも?」 「正確に言うと、戻ったのはバイドじゃない。バイドが侵蝕した、とある兵器が未来へ行ったんだ。4世紀分もの時間を越えてな」 「それをどう理解しろって言うんスか。何処ぞの馬鹿が未来にまで行って、バイドの建造を止めようとでもしたっていうんスか?」 「その通り。冴えてるじゃないか、ウェンディ」 ウェンディが息を呑んだ。 絶句する彼女を視界へと捉えながらも、ギンガの意識は聴覚へと集中していた。 そして、ノーヴェが言葉を続ける。 「その兵器を造った文明圏は、比喩ではなくバイドを打倒し、殲滅し、全ての元凶となった26世紀へと使者を送ったんだ。バイド暴走の25年前、建造が開始される12年前へと」 「バイドの建造そのものを止めようとしたのね」 「ついでに言うと、バイドを打倒した兵器の技術体系を伝える目的も在った。25年後に何が起こるか、それによって自身等がどれだけの被害を受けたかを伝えて、その上でバイドの代替戦力となる軍事技術を提供するつもりだったんだ。26世紀側がそれを受け入れれば良し、拒むならば殲滅する。既に時間軸の分離は確認されていたから、何の気兼ねも無くその作戦を実行した」 「そして、失敗した」 唐突に割り込んだスバルの声に、ギンガは思わず身を竦ませた。 作戦は失敗した、その言葉が冷たい衝撃となって意識を揺さ振る。 「彼等はバイドを撃破し、異層次元を漂流していたその兵器を回収して修復、改良を加えて未来へと送り出した。その対バイド兵器はあらゆる面で完成されていたし、バイドによる汚染なんかまるで意味を為さない程の超越体だった。だからこそ、彼等はその兵器に全てを託したの。でも、それが間違いだった」 「侵蝕されていたのかしら?」 「そう。バイドはその兵器を構築するバイド素子の、ほんの僅かな一部として紛れ込んでいた。それまでバイドというソフトウェアを為していた情報の殆どを失い、自己保存すら危うい状態でね。ところがバイドは、其処から再生する術を既に見付けていた。構成素子の一部として自身が紛れ込んだ兵器、その情報を用いたんだ」 「・・・対バイド兵器として完成された存在なら当然、それまでに解析されたバイドに関する全ての情報を有しているって事ッスか。成程、最高の餌になる訳だ」 「当のその兵器ですら、バイドによる侵蝕を察知する事はできなかった。バイドはその兵器が有する自身に関しての情報を喰らい、ソフトウェアを再生していったんだ。漸くシステムが異常に気付いた時、汚染は取り返しの付かないレベルにまで進行していた。そうして兵器は時間跳躍中に、新たなバイドのハードウェアとして生まれ変わった」 「そのまま、26世紀に?」 ギンガの問い掛けに、スバルは無言で頷いた。 額に手を当て、幾度か首を振る。 全ての情報を同時に処理し、理解する事は困難を極めた。 バイドが1度は打倒されたという事実、バイドを打倒し得る程の文明圏が存在したという事実、その文明圏が建造した対バイド兵器ですら汚染からは逃れ得なかったという事実。 現状でさえ頭が破裂しそうだったが、更に其処へノーヴェが情報を追加する。 「それで、だ。兵器を乗っ取ったバイドは行き先を僅かに変更し、26世紀に於いて地球文明圏が未だ発見していない異層次元へと出現した。其処でソフトウェアの完全な修復と、ハードウェアの増設を図ったんだ。そうして太陽系では25年が経過し、オリジナルのバイドが深異層次元へと放逐されると同時に、バイドは生産した戦力で以って「敵」へと襲い掛かった。地球ではなく、銀河系中心域に存在する「敵対的生命体群および文明圏」の方に、だけどね」 「それって、バイド本来の「敵」?」 「そう。バイドにしてみれば内戦で弱り切った26世紀の地球よりも、彼等がバイドを建造せざるを得なかった程の「敵」の方が脅威だったからね。それに、他にも重要な目的が在った。「敵」の情報収集だよ」 「情報収集も何も・・・その「敵」を相手にする為に造られたのだから、ある程度の情報は初めから持っていたのではないの」 「それが、バイドにとっても理解できない事だった。何故か「敵」に関する情報が丸ごと抜け落ちていて、自身がどんな「敵」と戦う筈だったのかは全く解らなかった。それどころか、26世紀地球人が犯した「ミス」に関してさえ、特にそういった設定の異常とかシステムの欠陥は確認されなかったんだ」 「気の遠くなる様な時間を掛けて、バイドは自身のシステムを多方面から分析する機能を何重にも備えていた。人間に例えるなら、自分という存在は何なのかと考えたり、これからすべき事を独自に模索したりする能力だ。尤もどんな機能を備えようとも、最終的には兵器と生命体、その双方としての自己保存を最優先した結論に落ち着いちまうんだが」 「とにかく、バイドは「敵」を殲滅し、その情報を余す処なく手中に収めた。その時点で幾つかの疑問点は解消されたけれど、また新たな疑問が生じたんだ。そして、それらを解消する為に間を置かずに太陽系を襲い、殲滅した。そうしてバイドは、全ての真相を知ったんだ」 「真相?」 ギンガは喉の渇きを覚えた。 おかしい、先程までかなりの量の水分を摂っていた筈だ。 何故こんなに喉が渇くのだろう、何か飲みたいと思考しつつも、意識をスバルとノーヴェから離す事ができない。 スバルが、話を続ける。 「2つの文明圏を喰らったバイドは幾つかの事実について、地球圏が有する情報とまるで噛み合わない事に気付いた。1つは「敵」に関してだけど、地球圏はこれを「超攻撃性文明」と位置付けていた。炭素生命体とは起源も存在形態も異なる生命体群、他の文明圏を侵蝕して肥大化する侵略者ってね。ところが、実際にはどんな形態であれ、独自の意思を以って高度文明圏を形成する生命体なんてものは確認できなかった。在ったのはただひとつ、自動攻撃を行う無数の兵器群だけ」 「1つの文明圏、社会構造にも似た機能を持ちながら、その全てが外部に対する侵略的行為へと帰結する集団。生産層を除く全てが兵器群によって構成されるそれは、明らかに単一存在を中心とした組織形態を有していた。そういうの、何処かで聞いた事ないか?」 「・・・バイド?」 「その通り。あらゆる資源を用いて勢力を拡大し、遭遇する文明圏を片端から滅ぼしては取り込んでゆく。そいつらはまるで、劣化版のバイドそのものだった。1つのハードウェアを中心とした、巨大な侵略性集団。で、これがその中枢ハードウェアだ」 ウィンドウの1つに変化。 表示された画像に、ギンガの思考が凍り付く。 見覚えの在るそれ、過去に映像資料として目にした物体。 「知ってるだろ? これが何なのか。忘れた訳じゃないよな」 小さなその宝石、蒼の結晶体。 本来ならばIからXXIのシリアルナンバー、その内のいずれかが刻まれている筈の箇所には、全く別の刻印が為されている。 過去、管理世界の一部に於いて使用されていた文字形態。 第97管理外世界に於いては、ギリシア文字・第11字母と呼称されるそれ。 「嘘だ」 「嘘なんかじゃない。これがバイドの建造理由、26世紀の地球を襲おうとしていた「超攻撃性文明」の正体だ」 「在り得ないわ」 「真実だよ。これが全ての元凶、26世紀の地球人達が恐れたもの」 画像は回転し、結晶体を全角度から映し出す。 それが「超攻撃性文明」とまで呼称された戦闘兵器の集団を形成していた等と、俄には信じられぬ程の美しさと神秘性を秘めた外観。 シリアルナンバー「Λ」、その結晶体の名は。 「ロストロギア「ジュエルシード・ラムダ」。これが、バイド本来の「敵」だ」 誰も、言葉を発しなかった。 発すべき言葉など見付からなかった。 疑うべきか否か、それさえも判断など付かなかった。 ノーヴェが、続ける。 「正確に言うと、コイツはロストロギアじゃない。オリジナルのジュエルシードを基に生み出された、対高度文明圏殲滅用の局地限定破壊兵器、その11番目の試作体であると同時に唯一の完成体だ。そしてバイドは、コイツは地球人によって生み出されたものではないかと考えた。何故ならバイド自身にも、この「Λ」と同様の技術が用いられていたからだ」 「同様の・・・?」 「ソフトウェアの一部に、厳重に隔離された上で、だけどな。「魔道力学」。特定の生命種、更にその一定数の集団内に、同じく一定の確率で特殊なエネルギー変換機能を有する個体が発生する。それらの個体が有するエネルギー変換機能を模倣し強化、各種動力源として運用する技術。空間操作などの分野に於いてある程度の汎用性を有し、その技術を中心に文明が発展する事例も多い。バイドはその技術体系が自身へと組み込まれている事から、この「Λ」も地球製ではないかと疑った。だが、いざ地球圏を殲滅して取り込んでみると、より複雑な背景が判明したんだ」 ノーヴェはカップを手に取り、中身を一口。 中身は先程のコーヒーだ。 やはりまた、苦そうに顔を顰めてカップを置く。 「うぁ・・・スバル、頼む」 「飲まなきゃ良いでしょうが・・・まあ「Λ」自体は、バイドにとって大した脅威ではなかった。自身を打倒した文明とは比べるべくもなく、26世紀の地球圏と比較しても、内戦で疲弊していなければ互角以上に遣り合えた事だろう、という程度だったんだ。でも、其処で新たな疑問が発生した。地球側は「魔道力学」を知り得ているにも拘らず、何故この「Λ」に関する情報が自身に記録されていないのか。「Λ」を建造したのは、果たして本当に地球文明圏なのか。既に上位互換とも云える純粋科学技術が存在するにも拘らず、何故「魔道力学」が自身のソフトウェアに組み込まれているのか。「Λ」を取り込んだ時点では、それらの疑問を解消できるだけの情報は存在しなかった。それを建造した勢力に関してのものも含めて、背後を辿れる情報は全て念入りに消去されていたんだ」 「Λ」を表示していたウィンドウが閉じられ、別のウィンドウが2つ展開される。 表示された画像は地球らしき惑星と、何らかの弾頭らしきものだった。 「そして、地球圏を取り込んだ事でバイドは漸く、疑問を解消する為に有用な手掛かりを得る事ができた。彼等がとある巨大文明圏への帰順を検討していた事、それに賛同する派閥と反対する派閥との間で衝突が起こっていた事。反対派が「超攻撃性文明」の排除後に、巨大文明圏に対するバイドによる攻撃を検討していた事とかもね。そして、その巨大文明圏が異層次元に存在する事や「魔道力学」による文明形成・維持を遵守する形態を採っている事、地球文明圏での内戦に於いて使用された数十万発もの次元消去弾頭、その炸裂の余波によって甚大な被害を受けている事も判明した」 「それで、その巨大文明圏が有する治安維持組織は、内戦で疲弊した地球文明圏へと大規模な艦隊戦力を送り込み、砲艦外交で帰順を迫った。地球側も平常時なら問答無用で応戦したんだろうが、空間汚染拡大への対処に手一杯で、そんな余裕なんか無かった。通常戦力も殆ど失っちまってたし、どうにか開戦したところで良くて相討ち、最悪の場合は一方的に攻撃されて滅亡ってところにまで追い詰められていたんだ。治安維持組織側も、それを見越した上で艦隊を送り込んだんだろうさ」 「魔道力学」を遵守する、異層次元に於ける巨大文明圏。 その文明圏が有する治安維持組織、大規模な艦隊戦力。 それらの情報が何を表しているのか気付かぬ者は、この場には存在しないだろう。 「もう、解るよな。巨大文明圏ってのは管理世界、治安維持組織は時空管理局の事だ。地球文明圏と管理世界は23世紀の後半から、相互不干渉条約を結んでいた。地球側は次元世界全体の物量を、管理世界側は地球側の科学力を警戒して、睨み合いを続けてきたんだ。ところがその均衡は、次元消去弾頭使用の余波による次元世界への被害で、完全に崩れちまった。それで管理局は艦隊を送り込み、帰順要求を突き付けた。バイドの建造が開始される15年前の事だよ」 「次元消去弾頭による被害を受けた管理世界・・・と云うよりも次元世界の中には、その管理局の対応に不服を覚えた勢力も少なくはなかった。当然だよね。自分達には全く関係の無い他文明圏での内戦の影響で、数千億人も死んでいるんだもの。彼等は過激派となり、管理局内部からもその思想に賛同する派閥が多く出た。彼等は、こう主張したんだ。最早、帰順を迫る時期は過ぎた。地球文明圏を直ちに殲滅し、その文明と純粋科学技術から成る危険な質量兵器群を、痕跡すら残さずに消去せねばならない。数千億もの人々を殺戮した報いを、地球人に与えなければならない」 「上層部や次元航行部隊は冷静だった。それらの声に流される事なく、艦隊を地球の周囲に配置し続けたんだ。当然、これらの情報は地球側へと意図的に流され、地球側では管理局の狙い通りに帰順を肯定する声が囁かれ始めた。だが同時に、過激派は実効的な報復を諦めてはいなかったんだ」 「局内で地球文明圏の殲滅を唱える一派は、ロストロギア保管庫からあらゆる種類のロストロギアを持ち出し、次元世界各地の過激派勢力圏へと持ち込んだ。まあ、地球への報復というよりも、局内での派閥争いとか権力掌握を目的にしていた、って理由も在るんだろうけどさ。過激派の方にしたって、本音を言えば管理局に対する武装蜂起、管理局体制の転覆を狙っていたんだろうしね」 「ソイツ等が「Λ」を建造したって事ッスか?」 「そう、その通り」 ウェンディからの問いに、スバルが肯定を返す。 26世紀の地球を攻撃せんとしていた勢力は、次元世界がロストロギアを基に建造した魔導兵器だった。 その事実をすんなりと受け止める事ができる程、ギンガは自身が属する組織に対して、達観した視点を持つには至っていない。 顔に手を添え、閉じた瞼を更に顰めて、小さく息を漏らす。 「艦隊戦力を送り込んだところで、次元航行部隊による迎撃を受けるのは目に見えている。それ以前に、無数の異層次元に亘って勢力を拡大してきた地球文明圏が、単なる武力行使で滅びるとは考え難かったんだろうね。彼等はジュエルシードを複製・改良し、高速自己進化能力を備えた完全自律型殲滅システムを開発した。それが「Λ」だよ。そして、管理局による地球文明圏への最初の帰順要求から13年後、彼等は「Λ」を地球文明圏の中心世界である太陽系が存在する宇宙へと送り込み、発動した。計画では「Λ」は17年間を費やして戦力を整え、地球圏に対する大規模な殲滅戦を開始する筈だったんだ。地球圏の通常兵器群は内戦で殆どが失われ、再度に生産するにしても間に合う筈がない。縦しんば次元消去弾頭を使用して「Λ」を殲滅したとしても、既に重大な空間汚染が生じている太陽系は数年と保たずに崩壊するだろう。状況がどう転んでも、地球側が生き残る術は無い、筈だった」 「ところが発動から3年も経たない内に、地球側は「Λ」の存在を察知してしまった。そして地球文明圏は、空間汚染を引き起こす事なく効果範囲内に於けるあらゆる生態系、意識体、情報集約体を殲滅する局地限定破壊型兵器、奇しくも敵性勢力である「Λ」に酷似した、しかし「Λ」以上に破滅的な兵器の建造を開始した」 「管理局がそれを許したの?」 「管理局にしても「Λ」の存在は想定外だったんだ。それを建造したのが過激派である事は、上層部もすぐに気付いたんだろうね。地球文明圏の殲滅が完了した後、管理局に対して「Λ」が使用される事は火を見るより明らかだった。当然、次元航行部隊は「Λ」の排除を考えたんだろうけど、さっき言った次元消去弾頭による空間汚染の影響でアルカンシェルは使えない。通常魔導砲撃で排除できるかと問われれば、それは難しい。何より、相手は曲りなりにもロストロギア・ジュエルシードだ。次元航行艦からの直接魔導砲撃なんか叩き込んだら、何が起こるか解ったものじゃない。結局、管理局は対処を地球圏に丸投げして、艦隊を引き揚げた」 ウィンドウが閉じられる音。 だが、ギンガは瞼を開かない。 開く事ができない。 「地球圏がバイドとやらで「Λ」に対処できるなら良し、できなければ当該世界ごと消滅させれば良いって訳か。合理的な判断ね」 「まあ安全策として、バイド建造には魔法技術・・・地球人曰く「魔道力学」を導入する事を強要したけどね。ただ、そんな事をしてもソフトウェア上で完全に隔離される事は、管理局側も承知してたみたい。それが、バイドのソフトウェア内に残された「魔道力学」だよ」 「バレると分かっていたのなら、何故?」 「こうしておけば、地球側の注意を逸らす事ができるから。管理世界側が地球圏の純粋科学技術を完全に理解している訳でない事は彼等も理解していたし、また地球側がそう考えているであろう事を管理局は見抜いていた。「魔道力学」面での干渉を行うと思わせておきながら、実際には別の方法で干渉するつもりだったんだ」 漸く、目を見開く。 視界の中央、正面からスバルがこちらを覗き込んでいた。 微かに微笑む彼女に対し、ギンガは表情を変えない。 これからスバル達が如何なる情報を言葉として紡ぎ出すのか、ギンガには予想できた。 その予想が正しいものであると肯定される瞬間を思うと、たとえ繕ったものであっても、笑みなど浮かべる気にはなれなかったのだ。 そして数瞬後、恐れていた瞬間が訪れる。 「管理局は地球側の過激派、その動向を何よりも警戒していた。そして遂に、彼等が「Λ」の殲滅後にバイドを用いて、管理世界への無差別攻撃を行う腹積もりである事を示す情報を掴んだ」 「上層部は腹を決めた。特殊部隊を用いてバイドから次元世界に関する情報の一切を削除し、更に発動座標に関して細工をする。本来の目標である「Λ」が存在する銀河系中心域ではなく、太陽系で発動する様に設定を変更したんだ」 「じゃあ、暴走は・・・!」 ウェンディが、思わずといった様子で立ち上がった。 スバルとノーヴェの視線が、彼女の方へと向けられる。 ギンガは2人の視線がこちらへと向いていない事を幸運に思いつつ、唇を噛み締めた。 そして、ノーヴェの声。 「バイドは暴走なんてしていない。太陽系での発動は地球側のミスではなく、管理局が実行した破壊工作によるものだ」 鈍い音。 ウェンディが、力なく椅子へと腰を落としたのだ。 そちらを見ていた訳ではないが、音で解った。 声は、続く。 「管理局の目論見通り、発動から150時間後に地球側は次元消去弾頭を使用した。全ての憂患が、文字通りに消滅した訳だ。地球文明圏は数年の内に1つの宇宙もろとも崩壊し、同時に「Λ」も消滅するに違いない。正直なところ、管理局は胸を撫で下ろしていただろうな」 「でも、そうはならなかった」 ギンガが、割り込んだ。 視線を上げると、全員の注目がこちらへと集中していた。 そうして一度、大きく息を吐くと、ギンガは言葉を続ける。 「だって、そうでしょう? 貴女達が話しているのは、バイドの記憶。中には、地球文明圏を取り込んだだけでは絶対に知り得ない情報も在った。それらを入手し、更に事実を確認する為には、もう1つ文明圏を取り込まなければならなかった筈・・・違う?」 その言葉に、ウェンディが顔を跳ね上げた事が分かった。 ティアナは既に理解していたのだろう、特に変化は見られない。 そしてスバルとノーヴェは、暫し沈黙を守った後、言葉を紡ぎ出した。 「そう・・・そうだよ、ギン姉。26世紀へと帰還したバイドは、地球文明圏を取り込んだ後に次元世界へと侵攻してこれを殲滅、同じく取り込んだ。バイドは真相を突き止めるべく、そうやって情報を収集していったんだ」 「そして何もかもを滅ぼしたバイドは、兵器としての存在意義を喪失する危機に直面した。もう地球文明圏は存在しない、地球文明圏の敵も存在しない。時間の概念さえ破壊してしまった。完全に無となった空間の中には、バイドしか存在しない。これから、どうすれば良い?」 「未来での存在意義を失ったバイドは、過去へと逆帰還を果たした。更に強大となった力を用いて、嘗て自らを打倒した文明圏を殲滅してその全てを取り込み、別の時間軸への侵攻を開始したんだ。遭遇する、あらゆる形態の文明圏を片端から喰らい尽くし、時には損傷を受けながらも、圧倒的な物量と絶対的な干渉能力で、全てを呑み込んでは自身の一部と化してきたんだ」 「自身の新たなハードウェアとなった兵器、それを生み出した文明圏以上に強大な存在なんて、何処にも存在しなかった。それでもバイドは、自身の存在意義を確保する為だけに、遭遇する全てを滅ぼし喰らってきたんだ」 交互に言葉を続ける、スバルとノーヴェ。 その話の内容を聞いている内、ギンガの心中へと浮かんだ感情は「憐れみ」だった。 地球人と管理世界の人間に利用され、本来の存在意義を捻じ曲げられた哀れな生命体バイド。 他者に植え付けられた生存本能へと従うまま、存在意義を得る為に終わる事のない闘争を続ける、人の手による絶対生物。 そんなものに対し「憐れみ」以外の、如何なる感情を抱けというのか。 「そうして無数の時間軸を渡り歩いては戦う内に、バイドの一部は波動粒子の塊としてのハードウェアを伴って、時間軸とは無縁の異層次元を漂う様になった。これは単に、損傷した部位の修復が間に合わず、独立したバイド体となってしまっただけの物だったんだけどね。そして、その内の1つがとある異層次元に於いて、ある文明圏が送り込んだ探査艇によって回収された。探査艇の名前は「FORERUNNER」。異層次元探査艇「フォアランナ」だよ」 「フォアランナ・・・地球圏に於ける、最初の異層次元航行システムを備えた艦艇ね」 「そう。フォアランナは2120年6月27日の太陽系へと帰還した。当然、異なる時間軸に在ったバイドもそれを追う。そうしてバイドは、幾度目かの地球への侵攻を開始したんだ。ところがその地球は、これまでにバイドが滅ぼしてきたものとは違った」 ギンガは天井を見上げ、思考する。 その地球とは恐らく、この艦を建造した22世紀の第97管理外世界の事だろう。 だが、他の時間軸に於ける地球との相違とは何か。 「どういう事?」 「バイドにとって、フォアランナが自身の一部を回収するという出来事は「2度目」の経験だったんだ。現在のハードウェアを創造した文明、それと接触した切っ掛けがフォアランナだった」 「・・・何だって?」 「2度目だったんだよ。バイドの切れ端がフォアランナに回収されるのも、22世紀の地球で対バイドミッションが発令されるのも、対バイド兵器として「R」が抜擢されるのも」 「1度はバイドを打倒した文明・・・つまり、それって」 「22世紀の地球ね」 途切れつつ紡がれるギンガの言葉を、ティアナが引き継いだ。 ノーヴェが頷いた事を確認し、ギンガは椅子の背凭れへと身体を預ける。 もう完全に、理解が追い付かない。 だが、次にウェンディが発した言葉に、思考を放棄し掛けていた意識が覚醒する。 「そんな・・・じゃあまさか、バイドのハードウェアになった兵器ってのは!」 「気付いたか。多分、お前の考えている通りだ」 次の言葉を言えというのか、其処でノーヴェは沈黙する。 ウェンディは口を動かしてはいるが、言葉が紡がれる事はない。 ティアナもまた、此処での発言は避けるつもりの様だ。 ギンガは意識して呼吸をひとつ、その名を口にした。 「「R戦闘機」・・・それが、バイドのハードウェアなのね」 「正解」 何という皮肉か。 現在、地球軍艦隊が血眼になって捜索しているであろうMOTHER-BYDOではなく、真のハードウェアは「R戦闘機」だという。 第17異層次元航行艦隊ですら知り得ぬであろう事実を、この場の5人だけが知り得たのだ。 その事を意識した瞬間に、ギンガは途轍もない重圧と、絶望にも似た冷たい感覚に襲われる。 「どんな・・・どんな機体なの? そのR戦闘機は」 だが、言葉を紡ぎ出す口だけが止まらない。 自身の意思とは半ば無関係に、口だけが疑問を音として紡いでいる。 それを受けて、正面に位置するスバルが微かに首を傾げた。 疑問を抱いたという素振りではなく、こちらの意思を確認するかの様な動作。 そうして数秒が過ぎた頃、スバルは答を告げた。 「「R-99 LAST DANCER」。それが、バイドのハードウェアだよ」 ウィンドウ、展開。 表示される画像、1機のR戦闘機。 少しずつ回転するその機体画像に、ギンガは呼吸すら忘れて見入った。 「R-99 LAST DANCER」 青のキャノピーに、白い塗装。 だが本当に、それが塗装の色であるかは疑わしい。 R戦闘機としては、これまでに目にした機体群と比較するに、標準的な大きさだろうか。 左右のエンジンユニットや上部ユニットは流線形と直線形の融合で構成されており、機体後方へと伸長するそれらの影から、3基の大型ブースターノズルが覗いている。 極限まで無駄を省かれた、唯一無二の完成体。 それが、ギンガがウィンドウ上の機体に対して抱いた印象だった。 「ラスト・・・ダンサー」 「そう、それが今のバイド。嘗ての22世紀地球は、この機体で以ってバイドを打倒した。地球人類の狂気が生んだ完全なる個体、ハードウェアとしてはバイドでさえ模倣できない、正に悪夢そのものの機体だよ」 「どんな存在であろうと、コイツを模倣する事はできない。迂闊に干渉すれば、バイドであっても逆に取り込まれちまう。それがこの機体だ」 「そんなものを、22世紀で・・・」 「R-99は、バイドとは正反対の存在だよ。バイドがハードウェアを持たないソフトウェアのみの存在として進化したのとは対称に、R-99はハードウェアとソフトウェアの分離が決してできない、完全なる個として建造された。R-99というハードウェアそのものが、R-99というソフトウェアを構築している。そしてR-99は、バイドにとって悪夢としか云い様がない機能を備えていた」 「それは、どんな?」 またも、ウィンドウが変化する。 今度は映像だ。 巨大な「柱」の様なもの、有機的に脈動を繰り返すそれ。 赤い光を放つエネルギー体らしきものを中心に、対称方向へと延びる有機物の束。 両端は水面の様な、それでいて硬質の様な、気体とも液体とも、固体とも判別できない壁の中へと消えている。 中心からは絶えず光る球体が無数に放たれ続けているが、それが何であるのかを理解した瞬間に、ギンガは悪寒を覚えた。 フォースだ。 激しく動き回る画面の中、無数のフォースが柱から押し寄せてくる。 同時に、その「柱」の正体が何であるのかについても、ギンガは理解した。 「これが・・・バイド・・・?」 「その通り。あらゆる存在・概念を喰らい尽くし、同時にあらゆる存在・概念を生み出す、人の手による絶対生物。ハードウェアを持たず、縦しんば何らかのハードに宿った状態時に破壊したとしても、別の次元、別の時間にソフトを残す機能を有する、あらゆる束縛が意味を為さない存在」 「なら、どうやって殲滅したんスか」 「それを滅ぼす事ができるのが、R-99の能力だ。あらゆる存在を強制的にハードウェアへと固定し、破壊する能力。見てろ」 直後、画面が閃光に満たされた。 後にはノイズだけ。 数秒後、回復した映像上には、何も残ってはいなかった。 「柱」も、その両端に在った壁すらも。 唯、映像を撮影している機体のものらしき破片だけが、闇の中を漂っている。 「・・・何スか、今の」 「だから、R-99の能力だ。ソフトウェアのみの存在であるバイドに、ハードウェアを付与した。それがあの「柱」だ。これによって強制的にR-99と同一次元の存在となったバイドは、物理的にR-99を破壊する事、それ以外の対抗策を失った。防御策もな。その上で、機体耐久限界を超えてオーバーロードした波動粒子を、そのまま砲撃として叩き付けたんだ。こんなもの、通常空間でぶっ放されてみろ。惑星天体の1つや2つ、造作も無くブチ抜いちまうぞ」 「相手が如何なる存在であれ、強制的に自身と同一の存在レベルに定着させる能力。それがR-99の機能だよ。手が届かないのなら、同じ高みにまで登るのではなく、相手を自分と同じ高さまで引き摺り下ろしてしまえば良い。ネガティヴな発想だけど、此処まで恐ろしい能力も無いよね。それで、本来ならバイドはどんな方法を使っても、このインチキじみた存在に干渉する事はできない筈だった」 「じゃあ、どうやって?」 ティアナの問い。 ギンガも、同様の疑問を抱いていた。 ソフトウェアに干渉する事のできない存在であるというのなら、バイドはどうやってこの機体を汚染したというのか。 「1度だけ、チャンスが在ったんだ。さっきの映像、破片が舞っていたよね。R-99は機体耐久限界を超える程の波動粒子を、ベクトルを持たせて一気に解放した。その際の余波で、システムに致命的な損傷が生じたんだ」 「その時に紛れ込んだって訳ッスか。回収時にバレなかったんスか?」 「其処が巧妙なところでね。破壊される際にバイドは、何とか自己の保存を図ろうと無数の粒子、つまりハードウェアを噴射していた。幾ら何でも1つ1つの粒子に、バイドとしての全てを内包する事は不可能。つまりこの時、放出されたバイド体は完全に無力だったんだ。それまでに蓄積してきた情報のほぼ全てを失った事を考えれば、もうバイドでも何でもなかったとも云える。単なる無名の粒子だよ。紛れもなくバイドは1度、完全に滅ぼされたんだ」 「・・・そういえば、さっき言ってたわね。バイドはその兵器が有するバイドの情報を利用して、自身を再生させたって」 「そう、それ。バイド素子の1つとして検出を免れたバイドは、26世紀へと跳躍中、遂にR-99へと牙を剥いた。結果は、さっき言った通り。システムが異常に気付いた時には、もうどうにもならないところにまで汚染は進行していた。こうしてR-99は新たなバイドのハードウェア、バイド自身にすら複製不可能な超越体として、そのソフトウェアを宿すに至ったんだ」 ウィンドウが閉じられ、スバルは溜息を吐いてコーラを口にした。 話し続けた為か、顔には疲労の色が浮かんでいる。 その辺りの感覚に関しても、スバルというシステムは解析を実行しているのだろうか。 そんな事を思考するギンガの聴覚に、ノーヴェの声が飛び込む。 「とにかく、R戦闘機を有する22世紀地球との交戦は、バイドにとっては2度目という事なんだが。ところが此処で、バイドの想定を超える事態が起こった」 カップを置く音。 見れば、相変わらず苦そうに表情を歪めたノーヴェが、カップを睨んでいた。 何だかんだと言いつつ何度も口にするのは、実は気に入っているのだろうか。 歪んだ表情のまま、彼女は話を続ける。 「2度目の22世紀地球、つまりアタシ達の知るランツクネヒトや地球軍を有するその世界は、異常としか云い様のない技術進化速度を有していた。嘗ての22世紀を超える速度で対バイド兵器の開発が進み、信じられない事にバイドは徐々に追い詰められていったんだ」 「それ、本当ッスか。ランツクネヒトや地球軍の説明とは、随分と掛け離れてる様に思えるんスけど」 「バイドと地球側では、捉え方が違うだろ。地球軍にしてみれば、潰しても潰しても湧いて出てくるバイドに対して戦果は上がっても、同時に被害は増すばかり。軍事的にせよ経済的にせよ、追い詰められているって認識が蔓延っちまうのは仕方ない。一方でバイドにしてみれば、地球人はスバルが言った通りに化け物としか思えない。そういう事さ」 「ちょっと良いかしら」 ティアナが、手を挙げる。 注目が集まった事を確認してか、彼女はスバル等に対して問いを投げ掛けた。 「話が逸れるけど、ベストラの研究員達はバイド素子をR戦闘機へと応用する研究をしていた。彼等は自分達もろとも、ベストラを異層次元へと投棄して自殺したと聞いたわ。それにアンタ達は、彼等がR戦闘機に関する情報の消去を図ったと言った。それってまさか、バイドの真実を知って絶望したが故の行動って事?」 「そうだよ。彼等は自分達の研究が、結果としてバイドに究極のハードウェアを与えてしまう事実に絶望した。そして、R-99に替わる新たなハードウェアを生み出してしまう事を恐れ、全てを異層次元へと葬った」 「成程、有難う。非常に馬鹿馬鹿しい話だわ」 「全く、その通り。そんな事したって無駄なのにね」 スバルがそう言うと同時、またもウィンドウが展開する。 映し出されるのは、巨大なコロニー。 「その程度の情報、地球の上層部はとっくに知っているよ。今だってベストラとは別に、複数の施設でR-99の開発が続けられている。バイドのハードウェアとなったR-99、それを遥かに超える超越体としてのR-99が」 「超えるって、どうやって? R-99は既に、ハードウェアとしては完成されているじゃないの」 「知らないよ。ベストラの研究員は、データ収集の為の使い捨てみたいなものだから。こっちのR-99がどんなヤバい機体かなんて、今のところ知る方法なんか無い」 其処まで話すと、スバルは立ち上がった。 そしてテーブルに手を突き、前屈みになってこちらを覗き込む。 その様子に、ギンガは僅かに気圧された。 「それで、問題。予測を遥かに上回る速度での技術進化によって追い詰められた挙句、第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」によってソフトウェアに重大な損傷を負ったバイドの新戦略とは、どんなものでしょう」 「どんな、って・・・」 ギンガは戸惑う。 その様な問い、答えられる訳がない。 無数の文明を滅ぼし喰らい、時間軸の違いによる壁さえも引き裂き、時空そのものすら破壊して除ける、完全に人の理解の範疇を超えた怪物。 その様な存在の行動を予測する事など、通常の人間には不可能だ。 では、通常の人間でなければどうか。 「アンタ達は知ってるんでしょう、バイドからの干渉を受けたんだから。勿体振らないでさっさと言いなさい」 ティアナが、スバルへと言い放つ。 当のスバルは軽くティアナへと視線を返し、またもギンガを正面から覗き込んだ。 彼女は、答えを期待している。 それが具体的なものでない事は、ギンガにも解ってはいた。 正確な答えは、既にスバルとノーヴェが知り得ている。 スバルは今、バイドの行動を疑似的に予測する能力を、ギンガを始めとする3人に対して求めているのだ。 思考を必死に働かせ、ギンガは自身の予測を紡ぎ出してゆく。 「・・・これまでに多くの文明を吸収してきたにも関わらず、今回の22世紀地球に対しては有効な戦略を編み出せずにいる。更に3度目の対バイドミッションによって、ソフトウェアに・・・待って、ちょっと待って」 スバルから与えられた情報、それを言葉に載せて反芻するギンガの思考に、何かが引っ掛かった。 ソフトウェアの損傷、ハードウェア。 4度に亘るバイド中枢への攻撃、WOMB、MOTHER-BYDO Central Body。 「R-99は?」 「何スか?」 「R-99よ。バイドは最高のハードウェアを手に入れた筈。それが何故WOMBやMOTHER-BYDOなんていう別のハードウェアを建造して、尚且つ其処に宿る必要が在るの?」 ギンガは、その点の異様さに気付いた。 R-99 LAST DANCERなどという、絶対不可侵にして完全なるハードウェアを得ておきながら何故、他のハードに宿らねばならないのか。 バイド殲滅を目的として送り込まれる「R」を確実に撃破したいのなら、自らのハードウェアであるR-99の能力を用いれば良いではないか。 「何故バイドは、R-99でR-9AやR-9A2、R-9Cを迎え撃たなかったの。幾ら1度目の22世紀よりも技術進化速度が早いとはいえ、それらの機種とは比べ物にならないほど強力な上位機種の筈だわ。何故、それを迎撃に用いないの」 「良く気付きました、ギン姉」 嬉しそうに言い放ち、スバルが手を1つ打ち鳴らす。 そのまま腰を下ろし、椅子の脚が床面に擦れる耳障りな音と共に着席。 微かに笑みを浮かべて続ける。 「R-99は確かに最高のハードウェアだよ。何物も寄せ付けず、何物も高みへと位置する事を許さない。相手がどんな存在であれ、強制的に自己と同一次元のハードウェアに押し込め固定し、その上で絶対的な暴力で以って殲滅する。最高に頼もしくて、最悪なまでに危険なハードウェアだよ・・・正常に機能していれば、ね」 「何ですって?」 全てのウィンドウが閉じられ、テーブル上には数々の料理とコップ等だけが残った。 スバルは両手を後頭部に回し、椅子を傾かせて如何にも楽しげな様子だ。 そんな彼女の姿を、横から頬杖を突いて眺めていたノーヴェが、何処か気怠げに話を引き継ぐ。 「言っただろ、R-99は超越体だ。迂闊に干渉なんかしたら、バイドでも唯じゃ済まないってな」 「でも、成功したんじゃなかったの?」 「したよ、勿論。でもそれは、部分的な成功だったんだ。バイドによる侵蝕を検出したR-99は、すぐに汚染部位に対する隔離措置を取った。結果的に正常なシステムの方が隔離される形になったけど、R-99の制御に関わる部位はバイドにも手出しできない状態になっちまったんだ」 「じゃあ、現在のR-99はシステム凍結状態なのね」 「そういう事。確かにハードウェアとしては完成していて、それに宿っている間にはフォースによる強制侵蝕も、その他の手段によるソフトウェアへの攻撃も意味を為さない。でも、物理的な攻撃ならどうだ? R-99と同じ次元での、物理的破壊なら」 ギンガは先程の映像、R-99によるバイド撃破後のそれを脳裏へと思い浮かべた。 ウィンドウ上に表示された映像、空間を漂う無数の破片。 R-99から剥離した機体構造物。 「成程ね。R-99は無敵の存在個体ではあるけれど、物理的な破壊まで不可能という訳ではない。いいえ、寧ろ通常のR戦闘機と同程度の耐久性しか持たない可能性が高いのね。R-99最大の特徴は自身が破壊されない事ではなく、如何なる存在であろうと同一次元に固定し、その上で破壊が可能である事。他次元レベルからの干渉は如何なるものであろうと意味を為さないけれど、同一次元での物理的攻撃は従来通りに通用する」 「そう、だから最高クラスの機動性と、あらゆる武装を搭載できるだけの汎用性が備わっていた。でも、制御系が沈黙しちまったら? ハードに対する他次元レベルからの攻撃は全て無意味だけれど、同一次元からの攻撃を受ければあっという間に破壊されちまう。回避行動も反撃もできないんだから、単なる棺桶と変わり無いだろ?」 「26世紀への帰還以降も、バイドは完全にソフトウェアのみの状態か、R-99とは別のハードウェアに宿った状態で戦い続けてきた。R-99のシステムを完全掌握する事は何度も試みたけれど、結局は全て失敗、今じゃ単なる殻に過ぎない。だからWOMBやMOTHER-BYDOを生み出したのに、それらも2度目の22世紀が送り込んできた「R」に撃破されてしまった。こうなったら、もう手詰まり・・・その、筈だったんだけどね」 微かな音と共に、ウィンドウが展開される。 浮かび上がる画像、濃灰色の機体。 TL-2B2 HYLLOS。 「思い出して。このTL-2B2を造ったのは、何処の勢力だった?」 「何処って、地球軍・・・」 「違う」 スバルの問いに答えるティアナの言葉を、ウェンディが遮った。 その瞬間、ギンガは気付く。 ティアナも同様だろう。 TL-2B2は紛れもなく、地球軍に於いて設計・建造されたR戦闘機だ。 だがこの機体、ウィンドウ上のそれは、地球軍によって生産されたものではない。 これを、この機体を造ったのは。 「バイドの、模造品」 「そう。このR戦闘機を造ったのは、他ならぬバイドだよ。みんな、もう解ったでしょ? バイドが、どんな戦略を採っているのか」 スバルの言葉は正しい。 今ならばギンガにも、バイドの戦略が理解できる。 これまでの模索の労苦が嘘の様に、一切の思考の靄が消し飛んだかの様に、鮮明なビジョンを脳裏へと描く事ができる。 だが、それは。 「嘘でしょう・・・?」 「残念。嘘でもないし、的外れでもないよ。バイドの戦略は多分、今みんなが考えている通り」 信じられない、信じたくない。 こんな事が在って堪るか、こんな現実など認められるか。 これでは悪夢だ、これでは絶望だ。 だって、こんな戦略なんて在り得るのか、可能なのか? 「R戦闘機の、大規模な模倣」 「惜しい、ちょっとだけ違う。正確には「Rの系譜」そのもの、その進化の過程を模倣する事。そして、バイドの最終的な目的は」 ウィンドウ上のTL-2B2、濃灰色の機体が消え、入れ替わる様に白の機体が浮かび上がる。 究極の単一個体、完成されたハードウェア。 R-99 LAST DANCER。 そして、スバルは言い放つ。 「R-99の完全なる支配、若しくは模倣」 ウィンドウ、消失。 静寂の中に、ノーヴェがコーヒーを啜る音だけが響く。 数秒の後、スバルは続けた。 「バイドが辿り着いた最高のハードウェアは自身が建造したものではなく、怨敵である「Rの系譜」その最終型に位置する機体だった。ところが最初に「R」を開発した22世紀では、R-99に関する情報は全て、バイドが地球圏そのものを取り込む前に削除されてしまった。R-99を解析しようにも、それが可能となるだけの情報が何処にも存在しなくなってしまったんだ。結果、ハードウェアとソフトウェアが完全に合致する唯一の個体として完成されたR-99は、バイドにとってソフト面での鉄壁の殻ではあっても、物理的な完全防御を保証するものではなくなってしまった。でも「Rの系譜」を辿る事で、R-99に到るまでの進化の全てを模倣する事が可能なら?」 「R-99のシステムを完全に掌握、或いはR-99そのものを模倣して複製できる・・・!」 「最終的な目的はそうだが、そうでなくとも其処に至るまでに開発されたR戦闘機、その全てを模倣しての生産・運用が可能になる。バイドが有するR戦闘機に関しての情報は、殆どが1度目の22世紀で交戦したものに関してだ。今回の22世紀では、R戦闘機は1度目よりも遥かに危険な存在になっている。こちらで得た情報も利用して、バイドは独自に「Rの系譜」を生み出そうとしているんだ」 「・・・冗談じゃないわ」 スバルとノーヴェが語る話の内容に、ティアナが小さく呻く。 ギンガとしても、ティアナの言葉に同感だった。 他にどんな感情を抱けというのか。 R戦闘機という常軌を逸した兵器群に於ける進化の過程、その全てを内包する「Rの系譜」そのものを模倣し、独自のものとして完全に取り込む。 結果として、バイドはあらゆる機種のR戦闘機を生産・運用する能力を獲得し、それによって得られた情報を利用する事で、最終的にR-99の完全制御、或いは模倣すら可能になるという。 正しく悪夢、バイドを除く全ての勢力にとって、最悪としか云い様のない戦略だ。 この戦略が成功するとなれば、次元世界どころかあらゆる次元、あらゆる時間軸に「バイドによるRの系譜」が溢れ返る事となるだろう。 そして「バイドによるR-99」もまた、同様に。 「青褪めてるところに悪いけど、もうひとつ懸念事項が在るんだ」 無感動なスバルの声が、最悪の予想に揺らぐギンガの思考へと割り入る。 反射的に視線を上げて彼女の顔を見やれば、スバルは表情を消し去り、作り物の様な瞳でこちらを見据えていた。 ギンガは僅かに姿勢を正し、続くスバル達の言葉を聞き逃すまいと身構えた。 「さっきも言った様に22世紀地球圏の一部は、バイドに関する事実の全てを知っている。バイドにとって22世紀地球との交戦は2度目である事も、そのハードウェアがR-99である事もね。ついでに言えば、次元世界の存在も西暦2139年の時点で知り得ていた」 「TEAM R-TYPEによってサンプルとして保管されていたエスティアが、次元世界でクラウディアと遭遇したのは偶然なんかじゃない。バイドが既知の異層次元、つまり次元世界をハードの新たな保管先として選んだ事を察知した地球軍が、意図してエスティアを送り込んだんだ。そして何も知らない第17異層次元航行艦隊が次元世界へと派遣され、艦隊に所属するR-9Aがエスティアと交戦、これを撃沈した」 「そのエスティアとR-9Aの交戦を、クラウディアが目撃したのね・・・恐らくは、地球軍の目論見通りに」 「地球軍は当然、バイド建造の直接的な原因となった「Λ」を警戒していた。「Λ」を建造する勢力についてもね。それを除いたって、地球圏と「Λ」を建造した文明圏とは、いずれ敵対する可能性が高いと分かっているんだから。バイドが次元世界を避難場所として選んだのは、地球軍が追ってきたとしても高確率で管理局との衝突が発生すると予測したから。時間を稼ぐには打って付けだし、現状での管理局はバイドにとって直接的な脅威たり得ない」 「管理局と第17異層次元航行艦隊が交戦状態になる事は、地球軍上層部としても望ましい事だった。交戦の結果、管理世界全体で地球圏に対する武力制裁の声が高まれば、地球側は次元世界の存在を地球文明圏全域へと公表し、その脅威を高々と謳った上で公然と殲滅戦を展開する事ができる。今更そんな事をしてもバイドの存在自体には全く干渉できないが、少なくとも「Λ」の建造だけは防げるって訳だ」 其処までを言い切ると、ノーヴェはカップの中身を一気に呷る。 そうしてまた、苦くて堪らない、とばかりに顔を顰めた。 溜息を吐き、話を再開する。 「・・・これらの真実は、地球軍にとって秘められて然るべきものだ。全てを公表すればとんでもない騒動が巻き起こるだろうし、共通の敵であるバイドが存在するからこそ危うい処で纏まっている地球文明圏も、長期的展望の相違による内部対立の再燃から瓦解しかねない。だからこそ、真実は地球軍・・・「国際連合宇宙軍」の一部と、R戦闘機開発陣「TEAM R-TYPE」の中でも一握りの人員しか知らない。第17異層次元航行艦隊は、バイドもろとも次元世界を殲滅する為に送り込まれた、謂わば使い捨ての尖兵なんだ」 もう、言葉も無かった。 自身達が遭遇・交戦した地球軍戦力は単なる捨て駒であり、艦隊を送り込んだ22世紀地球側は事の成り行きを静観している。 そんな情報を与えられたところで、どう反応すれば良いのか、ギンガには解らなかった。 「ところが、次元世界はバイドによって隔離されてしまった。バイドが予め創造しておいた空間へと次元世界を呑み込む形で、外部との全ての繋がりを断ってしまったんだ。これは流石に、国連宇宙軍にとっても予想外の事だったろうね。勿論、こんな事をすればバイドにだって後が無い。余力も無ければ、第17異層次元航行艦隊からの逃げ場も無いんだから。下手を打てば本当に此処で、バイドという存在に終止符を打たれてしまう。でも、R-99の掌握に成功すれば話は別だ」 スバルの言葉が終らぬ内、無数のウィンドウが次々に展開されてゆく。 「TL-2B2 HYLLOS」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」「BX-T DANTALION」「B-1A2 DIGITALIUS II」「B-1B3 MAD FOREST III」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」「Λ」「R-99 LAST DANCER」 その他にも様々な画像と情報が一挙に表示され、ギンガの視界を埋め尽くした。 そして、ウィンドウによって形成された壁の向こうから発せられる、スバルの声。 「此処で、さっき言った懸念事項。国連宇宙軍は次元世界での状況推移を逐一逃さず観測するつもりでいたのに、バイドが形成した隔離空間によって中の状況を窺う事ができなくなってしまった。そうなると、色んな可能性が首を擡げ始める。もしバイドが、想像も付かない新戦略に移行していたら? もし次元世界が、これまでの観測では捉えられなかった「Λ」の様な戦略級攻撃手段を有していたら? もし次元世界や第17異層次元航行艦隊が、全てを知ってしまったら? 予測し得るそんな事態を回避する為に、国連宇宙軍が次に採る行動は?」 手が、震えた。 思わず握り締めた拳が、不自然な震えを起こしている。 何故だろう、などと思考するも、ギンガの理性は疾うにその理由を知っていた。 恐怖だ。 「・・・脅威となり得るもの、その全てを排除する」 「次元消去弾頭ッスか!?」 「違う。次元消去弾頭は、異層次元航行能力を備える存在に対しては無力だよ。それじゃあバイドと、第17異層次元航行艦隊が生き残っちゃうでしょ。より確実で実効的な手段で、同一次元での物理的消去を図る必要が在る」 「つまり・・・」 「今頃、国連宇宙軍は隔離空間に侵入しようと、躍起になっている筈だよ。そして、侵入経路を抉じ開けた後には」 新たなウィンドウが展開、これまでのものよりも大きく、幅は2mを超えているだろう。 其処に表示された画像は、艦艇らしき奇妙な箱状の構造物。 長方形状の長大な艦体後方に艦橋らしき構造物が在り、更に艦体を中心に環状構造物が3つ、艦首付近から艦体半ば後方まで等間隔を空けて設置されている。 環状構造物は中心に位置する艦体を軸に回転運動を取っており、その回転方向は交互に逆転していた。 画像の上部には、この艦艇の名称らしき文字列が表示されている。 反射的にそちらへ意識を傾けると同時に、スバルが言葉を放った。 「R戦闘機群を始めとする大規模戦力を投入、全てを徹底的に破壊するだろうね。その後に次元消去弾頭を使用して、次元世界が存在していたという痕跡すら残さずに、当該次元を消去する筈だよ」 ウィンドウ上の艦艇に並ぶ様にして、小さなR戦闘機の画像が無数に表示される。 どうやらこの艦艇は、大量のR戦闘機を搭載する異層次元航行母艦らしい。 「UFCV-015 ANGRBODA」 R戦闘機という悪魔の大群に於ける女王蜂、というよりも蜂の巣という表現こそが適切か。 スバルの言葉が現実のものとなれば、この艦艇が大挙して次元世界へと押し寄せるのだろう。 「私達がすべき事は、幾つか在る」 ウィンドウが消え、その後にスバルの姿が現れる。 彼女は椅子に身体を預けたまま、変わらず無機質な視線をこちらへと投げ掛けていた。 ギンガはそれを、正面から受け止める。 「1つは、バイドによる「Rの系譜」に対する模倣と、R-99の完全掌握を阻止する事。1つは、隔離空間外の国連宇宙軍による次元世界の破壊を阻止する事」 スバルは言葉を区切り、コーラの注がれたコップへと手を伸ばす。 その言葉の後を、ノーヴェが引き継いだ。 「1つは、その2つを実行し、尚且つ次元世界の生存を勝ち取る事。アタシ達が今すべき事は、それらを実行する為に必要な戦力を確保する事」 「・・・オーバーライドの事?」 「そうだ。バイドはこの人工天体内部で、今この瞬間にも「Rの系譜」を模倣している。即戦力を確保する為にも、既に「R」の生産が始まっているんだ。それを、戴く」 「ついでにもう1つ。折角、有用な情報が得られたんだから、それを利用しない手はない。今なら、バイドと国連宇宙軍に対する即戦力の確保と、後々に亘って機能する抑止力を確保する事ができる。この隔離空間の中で、私達だけが」 「抑止力を・・・」 スバルが、微かに笑みを浮かべた。 途端、ギンガの背に冷たい感覚が奔る。 彼女は理解した、理解してしまったのだ。 スバルの思考、彼女とノーヴェが描く、恐るべき戦略を。 「どの道、R-99は破壊されなければならない。それがバイドのものであれ、22世紀の地球人が建造したものであれ。バイドがシステムの掌握を完了するか、国連宇宙軍による建造が完了してしまえば、もう次元世界に為す術は無い。そうなったらお終いだ。すぐにでもバイドによって滅ぼされるか、いずれ国連宇宙軍に滅ぼされるかの違いしかない。その前に、2人の踊り手を殺す必要が在る。バイドの踊り手と、地球側の踊り手をだ」 「その為の戦力も必要だからね。次元世界の状態とは無関係に、長期に亘って機能する完全自律型戦略兵器。つまり、踊り手を殺す為の「怪物」だよ。「最後の踊り手」は舞台に上がる事なく、悪い魔法使い達が送り込んだ「怪物」に喰い殺されるの」 「スバル・・・アンタ、まさか」 ティアナが、動揺を隠そうともせずに言葉を発する。 再び話を引き継いだスバルの言葉、その続きを予想する事は、今のギンガにとっては容易い。 彼女は、こう言わんとしているのだ。 「応用できる情報は無限に在る。応用するだけの技術も無限に在る。今が好機・・・違うね。今だけしか、その機会は無いんだ」 全ての元凶、時間軸さえも超えて拡大する惨劇、その原点。 彼方の次元世界が創り上げた、狂気と憎悪の集約体。 それを今、この隔離空間に於いて具現化させると。 「種」を、この次元世界に植え付けるのだと。 存在意義すら歪められた「願いを叶える石」の成れの果て。 オリジナルのそれが12年前に引き起こし掛けた悲劇とは、比較にならぬ程の災厄を撒き散らすであろう「悪夢の種」。 「新たな「Λ」を建造する。私達が今、此処で」 ウィンドウが1つ、テーブル上へと展開される。 その中心に浮かび上がる小さな宝石、回転表示されるそれには「Λ」の刻印。 ギンガは微かに蒼い光を放つそれを視界の中央へと捉えつつ、自身が永遠に逃れられぬ惨禍の渦に捕われた事を自覚した。 新暦77年12月5日。 スバル・ナカジマ一等陸士以下、時空管理局所属魔導師5名。 局地限定破壊型戦略級魔導兵器「JEWEL-SEED Λ」開発・建造開始。
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まるで異層次元の入口を守るかの様に配置された敵を倒した俺達は、本命の待つであろう異層次元へと…突入した。 「………これは…!」 STAGE 2 浸蝕者の生態洞窟 「うぇぇ…何これ気色悪…」 異層次元の中は…一面が生物の内臓の様な物が敷き詰められたグロテスクな洞窟だった。 今にも吐きそうな気分になるが、俺は何がなんでもこれに耐えなければならなかった。 ………こんなのを見れば、誰だってこんな所で力尽きて取り込まれるのは嫌に決まっているだろう。 死角や地形に紛れ、こちらの不意を突いて強襲してくる奇形の敵生命体を薙ぎ倒しながら、中心へと進んでいく俺達の前に、突如そいつは現れた。 「蛇?! いや…違う! 奇形の糞豚か!」 頭部の形状と色から、こいつも糞豚の進化した姿なのだろう。 「さっきの奴といい、こいつといい、肉がデカくなれば強くなるとでも思ってるの? 所詮肉は肉、玩具は玩具だ!」 「ホッホーウ! こ奴…不規則な動きに体の節々からエネルギーを飛ばしていますぞ! 体当たりを回避しても油断出来ませんぞ!」 卑猥な形へと進化した糞豚… こちらを見てニヤけているその面、見てるとますます腹が立って来る…! 「当たれッ!」 頭部に向けてレールガンを撃ち込むも、強度が高くダメージになっていない様だ。 「この様子だと、さっきの玩具みたいにダメージが与えられそうにないみたいだね…!」 ミョルニルもかなり悔しそうだが、破壊出来ない以上弱点を探すしかないが、さっきの奴と違い弱点部位が見当たらない。 更にレーダーには、更に大型の反応、万事休すなのか…? だが諦めないと決めた以上、絶望はしない。 そして肉眼で捉えたそれは…あまりにも…。 「また気持ち悪いのがでてきたなぁ…ボクは気持ち悪い穴だらけの玩具なんか要らないよ!」 「さっきのデカい奴がこいつの穴に…? それに、この反応…」 「分かった! こっちの穴だらけの奴が本体だ! 弱点はあの上に少しだけ出てる青いコア…うわっ!?」 突然穴から液体が噴き出し、更に中に入った奴が飛び出して来る。 反応からしてあの液体は極めて危険な物質の様だ。 「大丈夫?! これじゃあ狙いが付けられないよ!」 「俺が囮になって長い奴を引き付ける! ミョルニルは本体をその隙に破壊してくれ! 危険だけど…防戦一方になるのは絶対に避けるんだ!」 「了解! だけどキミも絶対にミスはしないでよ!?」 「ほら! 俺はこっちだ!」 こんな挑発に乗るなんて、どうやら頭の中は豚のままの様だ、徐々に本体から離れていく俺と糞豚。 頭から液体を噴き出しながら迫って来るのだから気持ちが悪い…! 「今だッ!」 遠くで閃光が見えたと同時に、糞豚が断末魔を上げて爆発四散した! 洞窟内の生体反応が全て消滅していく…つまりこれは… 「勝ったのか…俺達は…?」 歪んでいた空間が、コロニーの内部へと戻り、俺達は生きて帰って来た事を…実感した。 「やったよ~! ボク達帰って来れたんだ!」 「うわっ! 止めろって!」 ミョルニルは嬉しさのあまり、機体のまますり寄って来た! 正直危ない。 「聞えるか? こちらG.T級、無事ならば応答せよ!」 「こちらヤスケです、異層次元の敵の撃破に成功しました。 浸蝕反応は全て消失したみたいです!」 「了解、こちらからも反応の消失を確認した。 直ちに帰還せよ。」 「ねぇ…帰ったら、キミに少し話したい事があるんだ…」 「話したい事?」 「うん…凄く大切な事なんだ…キミだから話せる事と言って良いかもしれない。」 ………一体…なんなんだろう…? STAGE2 CLEAR! (此所からは少しキサラギサイドになります。) 戦闘に参加した部隊の大半が全滅、無事生還したのは2割にも満たないという開戦当初から最悪の展開となってしまったが、たった2機の活躍によって我々は勝利を掴む事が出来た。 だが、失われた人員は多く、兵員の補充が行われる事となり、新兵向けの新たな訓練プログラムが組まれる事となった。 「キサラギ博士、貴方も訓練に出るのですか?」 「研究ばかりでは体が鈍る、今は許可されていないが私は自分の手で奴等を消すと決めたのだ、戦闘機に何時でも乗れる状態にしなくてはな。」 「それで敢えて体の負荷を強める様な、自分専用のACS(※アクス)を開発していたのですね…健闘を。」 「そうでもしなければ、ブーステッドのパイロットに大きく差を開けられてしまうだけだ…システム、オールグリーン」 ただの機動テストではない…今回は実戦となるのだ…! ACSを装備した私は、訓練に参加した。 訓練内容は…死を恐れず、敵対生命体(タブンネ)を殺戮出来るかである。 今回の訓練には特殊な処置を施し、疑似的に浸蝕されたタブンネを使用している。 その為、凶暴性が極めて高く死亡者が出る可能性すらある、危険な訓練となっているのだ。 とはいえ、限られた兵員が訓練で死亡しては訓練とは言えないので、死亡しない様に配慮自体はされているのだが、危険な事には変わりは無い。 「圧倒的な数で押して来る以上、我々が常に不利である事を考えなければなるまい…!」 「ヒャッハー! 熱くて死ぬぜ~!」 火焔放射を覚えた豚の様だ…つくづく下品で低俗な奴だが、所詮はその程度だ。 「醜く爆ぜろ、ライオット!」 糞豚の火焔が放たれるよりも、電撃の方が速いのは当然であり、強力な雷撃の前に、豚は爆散した。 状態良好…どうやらライオットの音に反応して豚共が密集したまま近付いて来たが… 「次は…バラウールを食らうがいい!」 アンチマテリアル+ハンドレールガン、連射は効かないが破壊力と衝撃による範囲だけなら凄まじい代物だが… 格闘戦でも殴って使える程の強度を持つので、近付かれても死角など無い。 直撃を受けた者の回りの地形が大きく抉れている所から、この兵器の威力を察して貰いたい。 ※(アクスとはアーマード コンバット スーツの頭文字を取った物、要するにパワードスーツぐらいのサイズのアーマードコアである) 敢えて体の負荷が大きくなる状態の重装かつ高加速力を持つACSで戦っている私だが、負荷は全く感じていなかった。 今までのストレスを解消するかの如く、豚共を破壊していく私だったが… 「助けてくれ! これは訓練じゃなかったのかよ?!」 その声を聞いた私は、すぐに声の元へと移動したが、私の目に写ったのは、腰を抜かしたゾロアークと… 「グオォォォォッ!」 琥珀色の目をした、出来損ないの“こくいんポケモン”の姿があった。 体の所々が欠落している…ブーステッドの実験に失敗した存在の様で、見ていて目を背けたくなる様な哀れで痛々しい姿をしている。 ………訳の分からない事ばかりだが、考える時間など今は無かった! 「死にたくなければ逃げろ! 私が時間を稼ぐ!」 本来なら我々が死なない様に訓練用のプログラムが働いている筈だが…周りを見ればプログラムは働いておらず、体を抉られてる死体、焼け焦げた死体…その他諸々が転がっている… 私は迷う事無く出来損ないの前に飛び出した! 「貴様の相手はこの私だッ!」 私が前に出た事により、出来損ないの注意は私に向いた様だ。 後は時間を稼げば…そんな私の判断は間違っていた様だ…気が付けば…凄まじい衝撃が私を襲っていたのだ。 「くっ…! 雷撃は目視してからでは回避不能…自分で雷撃兵器を使っておきながら…情けない!」 だが、私にも回避が出来ないからと言って勝算が無い訳ではない、このACSにはシステム破壊防止の為の対電磁パルス加工、更には小型ながらも波動エンジンが組み込まれている…つまり… 「体がまだ動く以上、勝算はあるという事だ!」 相手の雷撃のチャージよりも早く、波動エンジンより抽出した波動の塊を出来損ないに放つ。 見た目は通常の波動砲に比べれば地味ではあるが… 「爆ぜろ!」 直撃した波動は、着弾地点より破裂し、周囲に大きなダメージを与える。 試作段階故にまだ出力、範囲に不満が残ってしまっているが、それでもかなり有用な兵器として使えそうだ。 「出来損ないの神剣にこれ程の力を発揮するとはさすがだな、キサラギ」 倒れて動かなくなった出来損ないを余所に、私の通信回線に聞いた事の無い男の声が聞える。 「ディバインウェポン…こんな物が神剣だと…?」 「奴等に対抗するには、兵器はもちろんパイロットも必要だろう? ならば訓練は重要な物の筈だ」 訓練? このふざけた事態は、この男が取り仕切っているのか?! 私は思った事を口に出していた。 「貴様…何を考えている! これでは…兵員が犠牲になる一方ではないか!」 「口の聞き方には気をつけて貰おう、変わりはいくらでもいるのだぞ? 今回は不問とするが次は無いと思え」 ………通信はそこで解除された。 私は力尽きた者達に、その場で黙祷を捧げたのだった。 そのままふざけた訓練は終わったが、その後の艦は酷い有様となった。 まず、声の男が実質この艦の提督となった事。 ビンセント…軍の中でも評判が最悪なこの男が、まさか私が本部に送った研究データに興味を示し、こんな所にやって来るとは… 本部ではブーステッド研究等を担当していたらしく、そのプロジェクトが伝説級の者達を実際の力を持たせたまま、 量産、兵器として使用するというコンセプトだった為、神剣(ディバインウェポン)計画と名付けられた様だ。 ブーステッドであるミョルニルが此所に来たのも、今なら頷ける話である。 私は激怒した。 「こんな事をしろだと?! 奴は…人間じゃない!」 私達兵器開発チームに送られて来た命令…それは、生きたままの厳選漏れの兵士の頭を麻酔も無しに切り開き、脳の一部を摘出しろとの事だった。 恐怖、苦痛、憎しみ…ミィアドレナリンの様な物を採取するつもりの様だが、そんな物を使って作るブーステッドなど、考えただけでも恐ろしい… 「ちくしょう…訓練だって話だったじゃないか…! みんな殺されて…生き残れたと思ったら…俺は此所で殺されるのかよ…!」 今喋っていたのは、私があの時助けたゾロアークか… 私が助けたばっかりに、この様な展開を招く事になるとは… 連れて来られた他の者達も、自分に課せられた状況に納得が出来ている者は一人もいなかった。 「キサラギ博士…準備が整いましたが…私は今回の手術には反対です。」 「豚が相手なら躊躇いも無く出来たでしょうが…彼等は兵士、私達と同じ人権を持った存在なのですよ!?」 「こんな事をして彼等の怨嗟を買って生きるぐらいなら、私は粛清される事も構いません!」 「なら…私に良い案がある、デスマーチとなる可能性があるが…皆、付いて来てくれるな?」 皆の目には、異論は無かった。 ポケモン達には皆、爆弾付きのパワーキャンセラー(能力を封印する物)が付けられている。 まずこれを外す事から始めなければならないが、全てを外していては奴に感付かれてしまう危険性がある為、一つだけ外し、幻影(ゾロアーク)の力を借りる必要があるのだ。 幻影の力を借りれば、外道と言えど謀るのは簡単である。 では爆弾をどう外すのか? これも簡単な話だ、誤作動と偽り、ほんの少しだけ製作中のジャミングを発生させ、その間に解体すれば良いのである。 ………作戦は素早く行われた。 「安上がりな物を使うと痛い目を見る、だ。」 ジャミングが発生したのを確認してから、素早くキャンセラーを解体しダミーのキャンセラーを取り付け準備は完了、簡単に組み立てられる物は簡単に外せてしまうのだ。 「私が気に食わないのだろうが手筈通りに頼むぞ、君が皆のメシア(救世主)となるのだ。」 「わ…分かった! やればいいんだろ?!」 彼の幻影が発生した所で作戦フェーズ2へと移行、幻影の影響で監視カメラが誤魔化せるので、手術のターゲットをすり替える作戦に出る。 案の定、奴は監視カメラの映像が乱れた事に対し、あれこれ言って来たが… 「死を恐れた被験体がジャミングを起動させ、逃走を計ろうとしましたが、すぐさま取り押さえました。 例の物質の採取はこれより始めます。」 この程度、造作もない。 そして手術をする幻影に紛れて私達開発チームは、彼等に付けられたキャンセラーを全て解体、自由を確保した。 「で、これからどうするんだ? 確かに力は戻って来た、だがこのまま奴に挑んでも…」 「真正面から挑むつもりは元より無い、だが…状況を混乱させてしまえば…」 「そんなに都合良くいく訳無いでしょう! 相手はあの…!」 「神剣に警戒しているのか? ………この世に完璧な物など存在はしない、不完全な物は対策で覆す事が可能だ。」 「何処からそんな自信が出て来るんだ…俺の幻影だけじゃ…いずれ…」 「そろそろ…だな。」 私がそう言った辺りで、艦の警報が鳴り響く! 「武器倉庫にて、脱走していた研究用タブンネ達が武器を強奪! 艦の中で暴動を起こしています! 兵士達は直ちにこれを鎮圧して下さい!」 「全ては…私の計算通りだ… この期で奴に立場を分からせてやる。」 騒ぎに乗じた反抗作戦、この作戦で奴に立場を分からせてやらねばならない。 奴の部屋のカメラでは、私が手術を行っている様に見えているが、実際は自律機動可能な作業用ACSが、糞豚共のオペを行っているのだ。 そして…私の切り札は3つ。 一つは対ブーステッド用アポトーシス(自殺因子) 不完全なクローニングで出来た存在の体を維持する細胞を、強制的に死滅させる事が出来る物で、奴が今回の騒動で出来損ないを出払わせているであろうという事を逆手に取り、的確に各個撃破を狙う。 二つ目は彼の親友、ヤスケ一等空士だ。 奴に束縛された彼を救うには、間違いなくヤスケの力が必要である。 ………心の絆は種族を超えた奇跡をも起こす、私とエリザが実証済みなのだから… 三つ目は…説明は後に取っておくとしよう、奴に精一杯の屈辱を与えるのは、やはりこれを使うのが一番だろう。 “黒歴史”の遺産をな。 「こちら偵察部隊のエルフーン部隊だよ! 反抗作戦は順調に進んでる!」 「了解、そのまま偵察を続けてくれ。」 「アイアイサー♪」 悪戯心というのはこういう所では頼もしい。 途中で打ち合わせ通りにヤスケと合流、準備は整い、私達は司令室へと向かっていた。 「博士…アンタは俺が切り札になるって…」 「君は彼の初めての友達なんだろう? 彼の友を語るなら、自信を持て、彼を信じて自分の言いたい事を叫ぶだけでいい! それで…必ず彼を救える!」 「分かったよ…俺…アンタを…信じるよ!」 「よろしい…では、ショータイムだ!」 私達は司令室へと飛び込んだ。 「貴様?! キサラギ! 何のつもりだ!」 「貴方に立場を分からせに来たのです、貴方が来てから兵士の士気は下がり、兵員は減り、これでは奴等との戦いの前に消耗するばかり。」 「そんな者が提督であって良い筈が無い、人類とポケモンが手を取り合わなければならない時に、独裁者や反乱分子は必要では無い!」 「反逆者は貴様達であろう、ミョルニル、反逆者を殺せ。」 部屋の奥から現れたのは、彼にとって見慣れた存在の筈だった… だが、今は奴にコントロールされてしまっている様だが…心は、そこまで簡単に縛り付けられる物ではない! 「ミョルニル! 俺だよ! ヤスケだよ! 俺が…分らないのか?!」 後は…彼の心の強さ次第だ。 「俺…今まで友達も…仲間もいない落ち零れで…折角認めてくれた人も死んで…どうすれば良いのか分からなかった…!」 「だけど、そんな中で俺の事を助けてくれたのは…ミョルニルだったよな?」 「まだ…言いたい事も言えて無いし、ミョルニルが俺に言いたいって事も聞いてない…」 「俺はもっと色々話しをしたい! 昔の事も…これからの事も! だから…目を醒ましてくれ!」 「…その命はこんな奴の道具でも武器でもない! お前の物なんだよ! ミョルニルッ!!」 「………そうだ…ボクは…キミにまだ…沢山話したい事が…あったんだ…! ボクは…ボクだ! もう、お前の言いなりにはならないッ!」 邪悪な呪縛を、絆の力が超えたのだ! 「くっ! この程度で私のコントロールを振り切れると思うな! 貴様ら全員処刑してやる!」 奴が取り出したのはコントローラー…ブーステッドを洗脳し、操作する物… だが、これで私達の勝ちは確定したも同然だった。 奴がミョルニルの洗脳を行おうとした所で、奴は突然眩い光に包まれた! 「なんだこれは…?! 私の体が?!」 奴の体は、まさに豚人間という有様になっていたのだ。
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登録日:2014/05/15 (木) 23 37 00 更新日:2024/04/01 Mon 20 28 22NEW! 所要時間:約 7 分で読めます ▽タグ一覧 R-TYPE シューティング・スター 作品ジャンルで明暗の分かれるDHシリーズ 圧縮波動砲 成層圏通り越して月まで射程範囲 戦闘機 持続式圧縮波動砲 狙い撃つぜ! 異層次元戦闘機 長距離砲撃型 R-9D シューティング・スターは、『R-TYPE』シリーズに登場する異層次元戦闘機である。 本項では直系機のR-9D2、派生系列のR-9DH系についても記載する。 R-9D シューティング・スター武装 R-9D2 モーニング・スター武装 R-9DH グレース・ノート武装 R-9DH2 ホット・コンダクター武装 R-9DH3 コンサート・マスター武装 R-9D シューティング・スター 初登場のFINALではR-9Aを差し置いてズームアップされ、TACTICSシリーズでもムービーで活躍し、序盤から最終盤まで運用できる息の長い長距離攻撃要員として(特に本機の後継機が)優遇される重砲撃タイプ。 その外観は巨大な波動砲ユニットを抱えて飛ぶ奇っ怪なもので、文字通り「艦砲を抱え込んだ戦闘機」。でも後発機よりはマシなんだよな…… 砲撃に必須の敵周辺の環境データは自身に搭載されたディスクレドームや前線で行動中の友軍機から受け取り、正確かつピンポイントな破壊能力を兼ねた超々長距離砲撃や、一撃離脱での破壊力の向上を念頭に置いて開発された。 一撃離脱も念頭にと述べたが、R戦闘機お馴染みの万能盾ディフェンシブ・フォースにも限度があって、こんな長物抱えて高機動戦闘など不可能であり、基本的に接近されると死が見える。 が、本機と同コンセプトの機種が4機種開発され、更なる分岐の母体となるあたり、本機の戦果そのものは結構なものであったのだろう。 武装 ○圧縮波動砲 砲撃特化だけあって超長距離のターゲットを狙い撃つ威力と射程の両立を目指した波動砲ユニット。 異例の長大な砲身(*1)を抱える本機は間違ってもドッグファイトができるようなものでもなく、案の定冷却系が追いつくわけがないのでリミッターがかけられている。 その最大出力は地上から成層圏どころかその彼方の月(月-地球間に相当する約38万km)というぶっ飛んだ射程距離を実現したトンデモ砲。 TACTICSシリーズでは設定通り長射程かつ大威力の波動砲として運用され、射程という概念を取り入れづらいSTGでは照射による持続攻撃という形で表現。 MAX2ループは物足りなく感じるかもしれないが実用上3ループ以上チャージできる機会は限られ、集中照射のみならず上下に凪ぎ払えるので使い勝手も良い。 ○ディフェンシヴ・フォース 近距離戦闘が不得手な本系列のために新規設計された近接迎撃型フォース。レーザー弾種は フォース上下から2発発射し、着弾すると交差するツインレーザー 上下斜め45°方向に発射、着弾後に噴射するかのように分散放射される着弾分散レーザー フォース下部から発射し、敵をサーチすると上下方向に直線軌道で分岐するディフェンスレーザー いずれも火力が控えめで死角も大きいが、ゼロ距離で撃ち込めば比較的高威力。重砲撃機で接近戦やれってか コアユニットを守るかのように大型・重装甲化されたコントロールロッドが前面を覆っているが、ロッドそのものは不壊に近いので、防御面積拡大のためだろう。被弾=即死には無益だからスタンダードでよくね?は禁句だ。 ナニをトチ狂ったのか、系列機の突撃ケンロクエーン系にまで装備されてしまった。 R-9D2 モーニング・スター 機体後部にアーム付きのバーニアユニットを4基増設したことで機体安定性が向上し、さらなる波動砲の出力強化という目的は達成。 が、プロジェクトがDHシリーズに移ったことで予算が削減され、後継機の開発を打ち切られた。 機体名は明けの明星で聖職者()が愛用した鈍器は関係ない。まあ派生機に赤いアイツがいるので間違いでもないっちゃあないが…… 不憫なのは設定だけで、その波動砲でSTGもSLGも大暴れ。 特にTACTICSではトレジャーさえ取得できていれば第6話開始時には開発可能で、ACEを乗せれば脅威の160に達し、大型艦やケンロクエンでもない限り一撃必倒。 ………にもかかわらず波動砲の威力は上から数えたほうが早い強力なユニットである。 武装 波動砲以外はシューティング・スター準拠。 ○圧縮波動砲Ⅱ さらに出力とチャージ容量が強化された強化モデル。 後に開発される持続式に比べて照射時間と範囲で劣るが、一射あたりのダメージ能力はこちらが上。 R-9DH グレース・ノート 威力、射程は良しとしても持続時間(なぎ払い)に難ありの砲撃力を高めるための派生プロジェクトで生み出された機体。 冷却効率向上、あるいは懸架できないサイズ化したのか波動砲ユニットは機体上部に移設。ディスクレドームはもう友軍に頼ることでオミットしたか、あるいは内部に組み込んだ外観上存在しない。 よく響く「装飾音」の名前通り、STGでは照射による持続火力は良好な殲滅力。 TACTICSでは射程維持したままチャージ時間が1ターン削減されたので、数が揃うならばつるべ打ちが可能になった。 もっとも、拡散波動砲試作型並みの低威力、加害範囲(=攻撃可能なヘックス数)だけはかろうじて上という地雷っぷり。 射程以外でほぼ上位互換なドンマイは倍の数を投入できるので、ドンマイがいるとお役御免になる。 武装 基本的にはシューティング・スター準拠。 ○持続式圧縮波動砲 圧縮波動砲をベースにより照射時間を持続させ、殲滅範囲を拡大することを企図して改良された圧縮波動砲。 改良で総合的な殲滅力は向上したが、一射あたりの威力低下という課題を残し、改良が続けられることとなった。 R-9DH2 ホット・コンダクター 強化改良機。改良された「熱演する指揮者」(もともと馬鹿デカい波動砲)のユニットはさらにゴッツくなり、冷却系の補助用か、あるいはエネルギーケーブルっぽいぶっとい蛇腹ホースが機体下部後方から伸びている。 武装 概ねグレース・ノート準拠。 ○持続式圧縮波動砲Ⅱ よりゴツくより大型化した持続式が、このモデルで圧縮波動砲と同等の単発威力を取り戻した。 TACTICSでは例によって微妙なままなので改良する意味がない。 R-9DH3 コンサート・マスター もっと強力な持続式(ryを!と開発されたDHシリーズ最終型。 照射時間がさらなる進化を遂げた波動砲ユニットの前にラウンドキャノピー、後ろに推進機、下部に立派な謎の突起をくっけた「空飛ぶ波動砲」の運用性は低下したが、火力、範囲、殲滅力のすべてで上位。 今日もどこかで「オーケストラ(DHシリーズ)のまとめ役」率いる部隊の波動砲がこだまする………。 ……というのはSTGでの話。TACTICSでは本機が開発可能になる頃にグレースノートと同値な火力の代わりに2ターンチャージのハイパー波動砲があるので立つ瀬がない。しかも圧縮波動砲級の火力は得られないまま開発終了する。 武装 基本的にはry ○持続式圧縮波動砲Ⅲ さらに火力を強化された持続式(ry。その代償としてどっちが本体だよ!?レベルに大型化してしまい、ここで開発は終了した。 さすがの腐れ開発チームでも、出力と照射時間を維持しつつ小型化というのはさすがに不可能だったらしい。 やはり連中は邪神であっても神ではなかったということか 追記・修正は38万km彼方のバイドをブチ抜いてからお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 何だっていい、長距離砲はロマンだ! -- 名無しさん (2014-07-02 16 51 46) DHシリーズのゴテゴテ感好き。ゲーム上の火力はともかく外観の盛り方がZZ時代のMSみたいだ -- 名無しさん (2015-10-24 21 54 14) 長砲身波動砲いいよね -- 名無しさん (2016-02-16 20 35 20) 配色とかキャノピーのすぐ後ろのモヒカンインテークとかその横の張り出しとか同名のミニ四駆を意識してたりするのかしら -- 名無しさん (2016-10-27 00 43 51) 名前 コメント
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まるで異層次元の入口を守るかの様に配置された敵を倒した俺達は、本命の待つであろう異層次元へと…突入した。 「………これは…!」 STAGE 2 浸蝕者の生態洞窟 「うぇぇ…何これ気色悪…」 異層次元の中は…一面が生物の内臓の様な物が敷き詰められたグロテスクな洞窟だった。 今にも吐きそうな気分になるが、俺は何がなんでもこれに耐えなければならなかった。 ………こんなのを見れば、誰だってこんな所で力尽きて取り込まれるのは嫌に決まっているだろう。 死角や地形に紛れ、こちらの不意を突いて強襲してくる奇形の敵生命体を薙ぎ倒しながら、中心へと進んでいく俺達の前に、突如そいつは現れた。 「蛇?! いや…違う! 奇形の糞豚か!」 頭部の形状と色から、こいつも糞豚の進化した姿なのだろう。 「さっきの奴といい、こいつといい、肉がデカくなれば強くなるとでも思ってるの? 所詮肉は肉、玩具は玩具だ!」 「ホッホーウ! こ奴…不規則な動きに体の節々からエネルギーを飛ばしていますぞ! 体当たりを回避しても油断出来ませんぞ!」 卑猥な形へと進化した糞豚… こちらを見てニヤけているその面、見てるとますます腹が立って来る…! 「当たれッ!」 頭部に向けてレールガンを撃ち込むも、強度が高くダメージになっていない様だ。 「この様子だと、さっきの玩具みたいにダメージが与えられそうにないみたいだね…!」 ミョルニルもかなり悔しそうだが、破壊出来ない以上弱点を探すしかないが、さっきの奴と違い弱点部位が見当たらない。 更にレーダーには、更に大型の反応、万事休すなのか…? だが諦めないと決めた以上、絶望はしない。 そして肉眼で捉えたそれは…あまりにも…。 「また気持ち悪いのがでてきたなぁ…ボクは気持ち悪い穴だらけの玩具なんか要らないよ!」 「さっきのデカい奴がこいつの穴に…? それに、この反応…」 「分かった! こっちの穴だらけの奴が本体だ! 弱点はあの上に少しだけ出てる青いコア…うわっ!?」 突然穴から液体が噴き出し、更に中に入った奴が飛び出して来る。 反応からしてあの液体は極めて危険な物質の様だ。 「大丈夫?! これじゃあ狙いが付けられないよ!」 「俺が囮になって長い奴を引き付ける! ミョルニルは本体をその隙に破壊してくれ! 危険だけど…防戦一方になるのは絶対に避けるんだ!」 「了解! だけどキミも絶対にミスはしないでよ!?」 「ほら! 俺はこっちだ!」 こんな挑発に乗るなんて、どうやら頭の中は豚のままの様だ、徐々に本体から離れていく俺と糞豚。 頭から液体を噴き出しながら迫って来るのだから気持ちが悪い…! 「今だッ!」 遠くで閃光が見えたと同時に、糞豚が断末魔を上げて爆発四散した! 洞窟内の生体反応が全て消滅していく…つまりこれは… 「勝ったのか…俺達は…?」 歪んでいた空間が、コロニーの内部へと戻り、俺達は生きて帰って来た事を…実感した。 「やったよ~! ボク達帰って来れたんだ!」 「うわっ! 止めろって!」 ミョルニルは嬉しさのあまり、機体のまますり寄って来た! 正直危ない。 「聞えるか? こちらG.T級、無事ならば応答せよ!」 「こちらヤスケです、異層次元の敵の撃破に成功しました。 浸蝕反応は全て消失したみたいです!」 「了解、こちらからも反応の消失を確認した。 直ちに帰還せよ。」 「ねぇ…帰ったら、キミに少し話したい事があるんだ…」 「話したい事?」 「うん…凄く大切な事なんだ…キミだから話せる事と言って良いかもしれない。」 ………一体…なんなんだろう…? STAGE2 CLEAR! (此所からは少しキサラギサイドになります。) 戦闘に参加した部隊の大半が全滅、無事生還したのは2割にも満たないという開戦当初から最悪の展開となってしまったが、たった2機の活躍によって我々は勝利を掴む事が出来た。 だが、失われた人員は多く、兵員の補充が行われる事となり、新兵向けの新たな訓練プログラムが組まれる事となった。 「キサラギ博士、貴方も訓練に出るのですか?」 「研究ばかりでは体が鈍る、今は許可されていないが私は自分の手で奴等を消すと決めたのだ、戦闘機に何時でも乗れる状態にしなくてはな。」 「それで敢えて体の負荷を強める様な、自分専用のACS(※アクス)を開発していたのですね…健闘を。」 「そうでもしなければ、ブーステッドのパイロットに大きく差を開けられてしまうだけだ…システム、オールグリーン」 ただの機動テストではない…今回は実戦となるのだ…! ACSを装備した私は、訓練に参加した。 訓練内容は…死を恐れず、敵対生命体(タブンネ)を殺戮出来るかである。 今回の訓練には特殊な処置を施し、疑似的に浸蝕されたタブンネを使用している。 その為、凶暴性が極めて高く死亡者が出る可能性すらある、危険な訓練となっているのだ。 とはいえ、限られた兵員が訓練で死亡しては訓練とは言えないので、死亡しない様に配慮自体はされているのだが、危険な事には変わりは無い。 「圧倒的な数で押して来る以上、我々が常に不利である事を考えなければなるまい…!」 「ヒャッハー! 熱くて死ぬぜ~!」 火焔放射を覚えた豚の様だ…つくづく下品で低俗な奴だが、所詮はその程度だ。 「醜く爆ぜろ、ライオット!」 糞豚の火焔が放たれるよりも、電撃の方が速いのは当然であり、強力な雷撃の前に、豚は爆散した。 状態良好…どうやらライオットの音に反応して豚共が密集したまま近付いて来たが… 「次は…バラウールを食らうがいい!」 アンチマテリアル+ハンドレールガン、連射は効かないが破壊力と衝撃による範囲だけなら凄まじい代物だが… 格闘戦でも殴って使える程の強度を持つので、近付かれても死角など無い。 直撃を受けた者の回りの地形が大きく抉れている所から、この兵器の威力を察して貰いたい。 ※(アクスとはアーマード コンバット スーツの頭文字を取った物、要するにパワードスーツぐらいのサイズのアーマードコアである) 敢えて体の負荷が大きくなる状態の重装かつ高加速力を持つACSで戦っている私だが、負荷は全く感じていなかった。 今までのストレスを解消するかの如く、豚共を破壊していく私だったが… 「助けてくれ! これは訓練じゃなかったのかよ?!」 その声を聞いた私は、すぐに声の元へと移動したが、私の目に写ったのは、腰を抜かしたゾロアークと… 「グオォォォォッ!」 琥珀色の目をした、出来損ないの“こくいんポケモン”の姿があった。 体の所々が欠落している…ブーステッドの実験に失敗した存在の様で、見ていて目を背けたくなる様な哀れで痛々しい姿をしている。 ………訳の分からない事ばかりだが、考える時間など今は無かった! 「死にたくなければ逃げろ! 私が時間を稼ぐ!」 本来なら我々が死なない様に訓練用のプログラムが働いている筈だが…周りを見ればプログラムは働いておらず、体を抉られてる死体、焼け焦げた死体…その他諸々が転がっている… 私は迷う事無く出来損ないの前に飛び出した! 「貴様の相手はこの私だッ!」 私が前に出た事により、出来損ないの注意は私に向いた様だ。 後は時間を稼げば…そんな私の判断は間違っていた様だ…気が付けば…凄まじい衝撃が私を襲っていたのだ。 「くっ…! 雷撃は目視してからでは回避不能…自分で雷撃兵器を使っておきながら…情けない!」 だが、私にも回避が出来ないからと言って勝算が無い訳ではない、このACSにはシステム破壊防止の為の対電磁パルス加工、更には小型ながらも波動エンジンが組み込まれている…つまり… 「体がまだ動く以上、勝算はあるという事だ!」 相手の雷撃のチャージよりも早く、波動エンジンより抽出した波動の塊を出来損ないに放つ。 見た目は通常の波動砲に比べれば地味ではあるが… 「爆ぜろ!」 直撃した波動は、着弾地点より破裂し、周囲に大きなダメージを与える。 試作段階故にまだ出力、範囲に不満が残ってしまっているが、それでもかなり有用な兵器として使えそうだ。 「出来損ないの神剣にこれ程の力を発揮するとはさすがだな、キサラギ」 倒れて動かなくなった出来損ないを余所に、私の通信回線に聞いた事の無い男の声が聞える。 「ディバインウェポン…こんな物が神剣だと…?」 「奴等に対抗するには、兵器はもちろんパイロットも必要だろう? ならば訓練は重要な物の筈だ」 訓練? このふざけた事態は、この男が取り仕切っているのか?! 私は思った事を口に出していた。 「貴様…何を考えている! これでは…兵員が犠牲になる一方ではないか!」 「口の聞き方には気をつけて貰おう、変わりはいくらでもいるのだぞ? 今回は不問とするが次は無いと思え」 ………通信はそこで解除された。 私は力尽きた者達に、その場で黙祷を捧げたのだった。 そのままふざけた訓練は終わったが、その後の艦は酷い有様となった。 まず、声の男が実質この艦の提督となった事。 ビンセント…軍の中でも評判が最悪なこの男が、まさか私が本部に送った研究データに興味を示し、こんな所にやって来るとは… 本部ではブーステッド研究等を担当していたらしく、そのプロジェクトが伝説級の者達を実際の力を持たせたまま、 量産、兵器として使用するというコンセプトだった為、神剣(ディバインウェポン)計画と名付けられた様だ。 ブーステッドであるミョルニルが此所に来たのも、今なら頷ける話である。 私は激怒した。 「こんな事をしろだと?! 奴は…人間じゃない!」 私達兵器開発チームに送られて来た命令…それは、生きたままの厳選漏れの兵士の頭を麻酔も無しに切り開き、脳の一部を摘出しろとの事だった。 恐怖、苦痛、憎しみ…ミィアドレナリンの様な物を採取するつもりの様だが、そんな物を使って作るブーステッドなど、考えただけでも恐ろしい… 「ちくしょう…訓練だって話だったじゃないか…! みんな殺されて…生き残れたと思ったら…俺は此所で殺されるのかよ…!」 今喋っていたのは、私があの時助けたゾロアークか… 私が助けたばっかりに、この様な展開を招く事になるとは… 連れて来られた他の者達も、自分に課せられた状況に納得が出来ている者は一人もいなかった。 「キサラギ博士…準備が整いましたが…私は今回の手術には反対です。」 「豚が相手なら躊躇いも無く出来たでしょうが…彼等は兵士、私達と同じ人権を持った存在なのですよ!?」 「こんな事をして彼等の怨嗟を買って生きるぐらいなら、私は粛清される事も構いません!」 「なら…私に良い案がある、デスマーチとなる可能性があるが…皆、付いて来てくれるな?」 皆の目には、異論は無かった。 ポケモン達には皆、爆弾付きのパワーキャンセラー(能力を封印する物)が付けられている。 まずこれを外す事から始めなければならないが、全てを外していては奴に感付かれてしまう危険性がある為、一つだけ外し、幻影(ゾロアーク)の力を借りる必要があるのだ。 幻影の力を借りれば、外道と言えど謀るのは簡単である。 では爆弾をどう外すのか? これも簡単な話だ、誤作動と偽り、ほんの少しだけ製作中のジャミングを発生させ、その間に解体すれば良いのである。 ………作戦は素早く行われた。 「安上がりな物を使うと痛い目を見る、だ。」 ジャミングが発生したのを確認してから、素早くキャンセラーを解体しダミーのキャンセラーを取り付け準備は完了、簡単に組み立てられる物は簡単に外せてしまうのだ。 「私が気に食わないのだろうが手筈通りに頼むぞ、君が皆のメシア(救世主)となるのだ。」 「わ…分かった! やればいいんだろ?!」 彼の幻影が発生した所で作戦フェーズ2へと移行、幻影の影響で監視カメラが誤魔化せるので、手術のターゲットをすり替える作戦に出る。 案の定、奴は監視カメラの映像が乱れた事に対し、あれこれ言って来たが… 「死を恐れた被験体がジャミングを起動させ、逃走を計ろうとしましたが、すぐさま取り押さえました。 例の物質の採取はこれより始めます。」 この程度、造作もない。 そして手術をする幻影に紛れて私達開発チームは、彼等に付けられたキャンセラーを全て解体、自由を確保した。 「で、これからどうするんだ? 確かに力は戻って来た、だがこのまま奴に挑んでも…」 「真正面から挑むつもりは元より無い、だが…状況を混乱させてしまえば…」 「そんなに都合良くいく訳無いでしょう! 相手はあの…!」 「神剣に警戒しているのか? ………この世に完璧な物など存在はしない、不完全な物は対策で覆す事が可能だ。」 「何処からそんな自信が出て来るんだ…俺の幻影だけじゃ…いずれ…」 「そろそろ…だな。」 私がそう言った辺りで、艦の警報が鳴り響く! 「武器倉庫にて、脱走していた研究用タブンネ達が武器を強奪! 艦の中で暴動を起こしています! 兵士達は直ちにこれを鎮圧して下さい!」 「全ては…私の計算通りだ… この期で奴に立場を分からせてやる。」 騒ぎに乗じた反抗作戦、この作戦で奴に立場を分からせてやらねばならない。 奴の部屋のカメラでは、私が手術を行っている様に見えているが、実際は自律機動可能な作業用ACSが、糞豚共のオペを行っているのだ。 そして…私の切り札は3つ。 一つは対ブーステッド用アポトーシス(自殺因子) 不完全なクローニングで出来た存在の体を維持する細胞を、強制的に死滅させる事が出来る物で、奴が今回の騒動で出来損ないを出払わせているであろうという事を逆手に取り、的確に各個撃破を狙う。 二つ目は彼の親友、ヤスケ一等空士だ。 奴に束縛された彼を救うには、間違いなくヤスケの力が必要である。 ………心の絆は種族を超えた奇跡をも起こす、私とエリザが実証済みなのだから… 三つ目は…説明は後に取っておくとしよう、奴に精一杯の屈辱を与えるのは、やはりこれを使うのが一番だろう。 “黒歴史”の遺産をな。 「こちら偵察部隊のエルフーン部隊だよ! 反抗作戦は順調に進んでる!」 「了解、そのまま偵察を続けてくれ。」 「アイアイサー♪」 悪戯心というのはこういう所では頼もしい。 途中で打ち合わせ通りにヤスケと合流、準備は整い、私達は司令室へと向かっていた。 「博士…アンタは俺が切り札になるって…」 「君は彼の初めての友達なんだろう? 彼の友を語るなら、自信を持て、彼を信じて自分の言いたい事を叫ぶだけでいい! それで…必ず彼を救える!」 「分かったよ…俺…アンタを…信じるよ!」 「よろしい…では、ショータイムだ!」 私達は司令室へと飛び込んだ。 「貴様?! キサラギ! 何のつもりだ!」 「貴方に立場を分からせに来たのです、貴方が来てから兵士の士気は下がり、兵員は減り、これでは奴等との戦いの前に消耗するばかり。」 「そんな者が提督であって良い筈が無い、人類とポケモンが手を取り合わなければならない時に、独裁者や反乱分子は必要では無い!」 「反逆者は貴様達であろう、ミョルニル、反逆者を殺せ。」 部屋の奥から現れたのは、彼にとって見慣れた存在の筈だった… だが、今は奴にコントロールされてしまっている様だが…心は、そこまで簡単に縛り付けられる物ではない! 「ミョルニル! 俺だよ! ヤスケだよ! 俺が…分らないのか?!」 後は…彼の心の強さ次第だ。 「俺…今まで友達も…仲間もいない落ち零れで…折角認めてくれた人も死んで…どうすれば良いのか分からなかった…!」 「だけど、そんな中で俺の事を助けてくれたのは…ミョルニルだったよな?」 「まだ…言いたい事も言えて無いし、ミョルニルが俺に言いたいって事も聞いてない…」 「俺はもっと色々話しをしたい! 昔の事も…これからの事も! だから…目を醒ましてくれ!」 「…その命はこんな奴の道具でも武器でもない! お前の物なんだよ! ミョルニルッ!!」 「………そうだ…ボクは…キミにまだ…沢山話したい事が…あったんだ…! ボクは…ボクだ! もう、お前の言いなりにはならないッ!」 邪悪な呪縛を、絆の力が超えたのだ! 「くっ! この程度で私のコントロールを振り切れると思うな! 貴様ら全員処刑してやる!」 奴が取り出したのはコントローラー…ブーステッドを洗脳し、操作する物… だが、これで私達の勝ちは確定したも同然だった。 奴がミョルニルの洗脳を行おうとした所で、奴は突然眩い光に包まれた! 「なんだこれは…?! 私の体が?!」 奴の体は、まさに豚人間という有様になっていたのだ。
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第97管理外世界。 科学技術の発展著しいものの、魔法技術体系が存在せず、時空間交流から取り残された辺境の世界。 「エースオブエース」、「夜天の王」など、強大な魔力を秘めた人材を輩出しつつも、次元世界の存在を観測しきれてはいないとの事から、他世界との交流を持たない奇妙な世界。 強大な力を秘めた質量兵器が氾濫、絶えず内戦が勃発・継続し、時には時空管理局が介入を考慮するまでに壮絶な戦火が立ち上る世界。 彼等が次元世界に進出する事は、まず無いだろう。 それが、次元世界の存在を知る者達の総意であった。 正確には、此方から接触しない限り、彼等が次元世界の存在に気付く事は無いだろう、との意だ。 時空間移動には魔力が必須。 魔力を有する者、次元世界に関わる者達の間では一般常識である事柄。 その程度の事ですら、彼等、第97管理外世界の住人達は把握していないのだ。 よしんばそれに気付いたとして、彼等の世界に魔力を扱う術は無い。 彼等が自力にて時空の海へと乗り出す事は在り得ないのだ。 少なくとも、次元世界の平定者を自負する管理局に属する者達は、それを信じて疑わなかった。 その世界を故郷とする、管理局屈指の魔力を有する2人、「高町 なのは」、「八神 はやて」ですら。 彼等は失念していた。 自らが次元世界の全てを理解している訳ではないという事実を。 そして、科学とは時に恐るべき進化を遂げる事を。 そして悪夢は、虚数空間の果てより現れた。 * 「JS事件」の収束から2年。 突如として発生した大規模な次元断層。 数多の世界が位相をずらし、次元世界は未曽有の混乱状態に陥った。 そして、簡易ながらも各管理世界の無事が確認され、管理局がその機能を回復した頃。 「艦長・・・前方に艦影1、本艦に向け接近中です」 「艦種は?」 「それが・・・」 本局次元航行部隊所属、XV級次元航行艦「クラウディア」の前へと、それは現れた。 「L級・・・L級次元航行艦です」 「なに?」 「艦名は・・・「エスティア」!? L級2番艦「エスティア」です!」 「馬鹿な!」 それは、20年以上も前に空間歪曲の中へと消えた、管理局所属L級次元航行艦。 そして辿り着いたポイントでは、信じ難い光景が繰り広げられていた。 「エスティア、交戦しています! 敵は・・・小型次元航行機、所属不明!」 「エスティアに繋げ! 援護を!」 「応答在りません。通信システムに異常」 「不明機より高エネルギー反応!」 弾幕を擦り抜け、エスティアの周囲を飛び回る機体。 その機首に取り付けられた球状部の先端に、暴力的としか言いようの無い膨大なエネルギーが収束する。 しかし信じられない事に、魔力の反応は一切無い。 そして数秒後、彼等、クラウディア・クルーの眼前。 閃光と共に、破壊の嵐が吹き荒れた。 「エスティア・・・撃沈されました・・・」 青い光の奔流が迸った跡には、外殻から内部機構までを撃ち抜かれ、動力炉の爆発に飲み込まれるL級次元航行艦の姿。 そして、緩やかな曲線を描くキャノピと、不可思議な球体を機首に備えた不明機が、クラウディアへとその進路を向けた。 先の戦いにて被弾したのか、その機体各所からは火花が散っている。 垂直尾翼は、既に一方が欠落していた。 しかしクラウディア・クルー一同の目に、その傷付いた純白の機体は無力な鉄塊ではなく、手負いの獣として映り込む。 「此方に気付きました! 不明機、急速接近!」 「・・・所属不明機を敵機としてマーク。迎撃しろ」 荒れ狂う怒りを押し込めた、低く、感情の浮かばない声。 クラウディア艦長、クロノ・ハラオウン提督。 記憶の中に霞む父、クライド・ハラオウン。 その乗艦を目前で撃沈された青年は、爆発しそうな己が思考を押し込めて指令を下す。 そして、次元世界の一角を魔導弾の弾幕が覆い尽くした。 * 「それで、なのはちゃんはどないするん?」 「うん、久し振りに実家に帰ろうかなって」 「そうやなぁ・・・3ヶ月ぶりの休暇やもんなぁ」 ミッドチルダの一角、大型ショッピングモールに構えられたカフェの一席。 六課解散後、久方振りに再会した高町 なのはと八神 はやては、休暇の使い道について意見を交わしていた。 「次元震のゴタゴタで顔も出せへんかったもんね。士郎さん、今頃寂しくて泣いてるんちゃう?」 「まっさかぁ」 懐かしい調子での会話に、2人の声は否が応にも弾む。 しかし、その空気に水を差すかのように、なのはのデバイスを通じて呼び出しが掛かった。 顔を見合わせ、苦笑。 はやての了承を得て、通信に返そうとした瞬間。 『高町一等空尉、緊急事態です。第97管理外世界に異変。衛星軌道上に多数の大型艦艇を確認。地球を包囲しています』 * 時空管理局・本局。 次元震の混乱からようやく立ち直ったそこは今、更なる混乱の坩堝へと叩き落とされていた。 第97管理外世界の観測結果、そしてクラウディアからの報告は、本局の機能を麻痺寸前にまで追い込んだ。 23年前、暴走する闇の書によって制御中枢のコントロールを奪われ、僚艦の戦略魔導砲「アルカンシェル」の砲撃によって消滅したL級次元航行艦、2番艦エスティアの出現。 エスティアと交戦、遂には単機にてこれを撃沈した所属不明の次元航行機。 クラウディアとの交戦の末、推進部を破壊されたその機体は捕獲され、今は支局の解析班へと回されていた。 パイロットは捕獲の際に抵抗、携帯していた質量兵器によって反撃してきた為、武装局員の非殺傷設定魔法により鎮圧され、現在は昏倒している。 そして、クラウディアは戦闘にこそ勝利したものの、推進システムの一部損傷、左舷外殻の完全破壊、「敵兵装」の体当たりによる艦橋損傷、それに伴う重軽傷者多数、内2名は意識不明の重体など、燦々たる有様であった。 現在はドックにて修復を受けているが、作業の完了までには相当の時間が掛かるだろう。 何より、艦は時間を掛ければ修復できるだろうが、幾ら同等の時間を費やしてもクルーが戻る確証は無いのだ。 クラウディア・クルーのみならず、本局の人間達が不明機とその乗員に向ける感情は、穏やかなものではなかった。 そしてそれは、フェイト・T・ハラオウンに関しても例外ではなかった。 今回は別件の捜査にて搭乗してはいなかったものの、クラウディアは少なからぬ任務を共にした、彼女にとっては愛着ある艦だったのだ。 そして、その艦長たるクロノ・ハラオウンは彼女の義兄である。 つまり、不明機によって撃沈されたエスティア艦長クライド・ハラオウンは、顔を合わせた経験すら無いものの、彼女の義父に位置付けられる。 エスティアの出現と撃沈を知り、連絡を入れた際の母の顔。 それは、未だフェイトの脳裏に焼き付いて離れなかった。 最愛の夫が生きているかもしれないという、淡い希望。 生存の可能性が完全に失われたと知った時の、深い絶望。 両者を同時に叩き付けられた、義母リンディ・ハラオウンの心中は如何なるものか。 フェイトはそれを思考し、直後に脳裏より振り払った。 これから、自身はその不明機パイロットに接触するのだ。 捜査に私情を持ち込む事は許されない。 それでは、自らを慕い、その姿から学ぼうとする者の為にもならない。 振り返れば、配属から2年近くが経つ今なお彼女に付き従う補佐官が、気遣わしげな目を向けていた。 ティアナ・ランスター。 六課解散後にフェイト自らが引き抜いた少女。 彼女にとっても、クラウディアは思い入れの在る艦である。 フェイトには、同じ怒りを抱えているであろう彼女が、自らのそれを押し殺して上司を気遣っているのが良く解る。 だからこそ、無理をしてでも穏やかに微笑んだ。 「大丈夫だよ」 何とか発した声に、ティアナは「そうですか」とだけ返した。 余計な気遣いは、逆に相手を追い詰めるだけだ。 それを理解しているからこその返答だった。 フェイトもそれに対して軽く頷きを返し、再び歩を進める。 その時、2人に対し通信が入った。 発信元は本局内、無限書庫だ。 ウィンドウを開くと、幾分疲れた顔の男性が映り込んだ。 ユーノ・スクライア。 フェイトとその親友の幼馴染であり、無限書庫司書長の肩書きを持つ青年。 彼は手短に挨拶を済ませると、即座に本題を切り出した。 『例の不明機・・・名前が判明したよ。ご丁寧にも、機体に書いてあったらしい。第97管理外世界の言語に酷似・・・というよりそのまま。解読するまでもなかったよ』 「そうなんだ。それで、名前は?」 『「R-9A ARROW-HEAD」。意味はそのまま「鏃」だね。解ってるのはこれだけ。あとは解析班の報告待ち』 「そっか・・・」 「あの、スクライア司書長。あの機体に用いられている魔導技術については、何か特色は無かったのですか?」 横からのティアナの質問に、ユーノは力無く首を横に振った。 『いや・・・古代ベルカから近代まで手当たり次第に書庫を漁ったけど、該当する技術は無かった』 「そう、ですか・・・」 『でもね、気になる事があるんだ』 その言葉に、フェイトとティアナは身を乗り出した。 何か手がかりを掴んだのか? 『解析班の1人が、通信で漏らしてたんだけどね。あの機体、魔力が欠片も検出されなかったそうだよ』 「え・・・」 『当初は推進部の残骸から魔力反応があったらしいけど、分析の結果、魔力に似た完全に別種のエネルギーだと判明したらしいんだ』 「でも、次元世界を航行していたんだよね? 魔力反応が無いのはおかしいんじゃ」 余りに意外な言葉に、フェイトとティアナの思考が混乱する。 そして、続くユーノの言葉が、2人の思考に決定的な打撃を与えた。 『つまり、ね。あの機体は、純粋な科学技術のみで構築されているにも関わらず、次元世界を自在に航行していたという事になる。管理世界の常識を覆す、超高度テクノロジーの産物だよ』 暫し呆然と、目前のウィンドウを眺める2人。 しかし、すぐさま気を引き締めると、フェイトは2人に確認を取った。 「ティアナ、例のパイロットは目覚めた?」 「・・・いえ、まだです」 「ユーノ、これからそっちに行く。目ぼしい資料があれば揃えておいて」 『解った。とはいっても、該当する資料が今のところ全く―――』 ユーノがそこまで口にした、その時。 衝撃が、本局全体を揺さ振った。 「な、うぁっ!?」 凄まじい衝撃に、為す術無く壁へと叩き付けられるフェイト、ティアナ。 バリアジャケットを纏う暇すら無かった。 暴力的な力に細身の身体を弄ばれ、力任せに壁へと叩き付けられたのだ。 それでも床へと落下した際にすぐさま体勢を立て直したのは、流石は執務官とその補佐官か。 瞬時に状況を確認し、互いの状態を確認し合う。 「ティアナ!」 「大丈夫です!」 警報。 本局全体に警戒を促すアナウンス。 しかし今のところ、攻撃とは言っていない。 すぐに中央センターへと通信を開き、現状を確認する。 「攻撃ではない?」 『現在、周囲に敵影は確認されません。魔力反応すら検出されていない為、敵襲の可能性は低いと判断しました』 「では内部?」 『その可能性が高いと見ています。しかし現在、内部モニターの約3割が稼動を停止。被害状況の確認は然程進んではいません』 そこまで聞いた時、フェイトは背後から声を掛けられた。 「あの、執務官・・・」 咄嗟に振り返るフェイト。 そこには、青褪めたティアナの顔があった。 「どうしたの?」 「無限書庫・・・応答しません」 途端、フェイトの背筋を悪寒が走る。 まさか。 まさか、そんな。 「スクライア司書長も・・・無限書庫自体も、応答ありません。全く、誰も・・・」 本局内に、更に大音量の警報が鳴り響いた。 * 『「オウル・アイ」より「クロックムッシュⅡ」。強行偵察任務終了。帰還する』 『クロックムッシュⅡよりオウル・アイ、了解した。指定ポイントにて待機する』 異層次元の海を、1機の偵察機が翔け抜ける。 静謐に、隠密に。 一切の痕跡を残さず、自らの存在すら周囲に知られる事無く、その機体は超至近距離からの強行偵察を完遂し、母艦へと帰還する最中であった。 巨大な球状レドームに、大容量ディスク内蔵パーツ。 「R-9ER2 UNCHAINED SILENCE」 偵察と攻撃。 双方を同時に行うという、規格外の思想から生まれた機体。 その力を存分に発揮し、異層次元に浮かぶ所属不明の巨大艦船に対する強行偵察を成功させたパイロットは、母艦への帰路に就きながら収集データの確認をフライトオフィサに命じる。 彼自身は、そのデータを目にする事は無い。 それは帰還すれば幾らでも出来る。 先ずは、生きて戻る事に全力を費やすべきだ。 しかしそんな彼にも、ひとつだけ解っている事があった。 一瞬だけだが、そのデータははっきりと耳に飛び込んだ。 フライトオフィサの声。 パイロットの彼にとってそれ以上に重要なデータは無いからだ。 『大型艦、多数確認。363部隊機を撃墜したものと同型艦だ』 「バイド」と交戦状態にあった友軍機を撃墜した艦。 それと同型の艦艇が多数停泊する、超大型異層次元航行艦艇。 これは、どういう事か? 簡単な事だ。 第一次バイドミッション以前から、例外など一度たりとも無かった。 いや、例外などある筈が無いのだ。 此方に、人類に対し牙を剥くというのなら。 それは、紛う事なき「バイド」なのだ。 * * * 魔法を用いない超高度次元干渉文明の存在に対する理解の不足。 第三次バイドミッションに於ける「バイド」殲滅失敗の事実から齎される焦燥。 幾多の不幸が重なり、事態は加速度的に悪化の一途を辿る。 しかし、奇跡の力「魔法」を用いる者達も、邪なる力「R」を生み出した者達も。 互いの過ちに気付く事は無く、それを指摘する者も無い。 そして、次元断層の奥深く。 虚数空間の海に、狂える咆哮が響き渡る。 後に、時空管理局史上、最大最悪の事件と称される「B事件」。 またの名を「AB戦役」。 奇跡を嘲笑い、祈りを踏み躙り、憎悪を喰らう悪魔は、新たな次元へとその牙を向けた。 魔法に満たされた時空、4度目の悪夢が幕を開ける。
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広大な空間に響き渡る、不気味な轟音。 頭上を覆う合金製構造物の破片を除け、ギンガは周囲を見回す。 機械的強化の施された眼には、暗闇など僅かたりとも障害とはなり得ない。 非常灯の明かりすら消え、完全な闇に閉ざされたトラムチューブ内には、落下した構造物の破片以外には何も存在しなかった。 数十秒前に彼女達を襲った衝撃、それとほぼ同時に飛び込んだメンテナンス・ハッチから抜け出し、油断なく周辺の様子を窺う。 そうして、これといった脅威が存在しない事を確かめると、ギンガは背後のハッチへと声を飛ばした。 「周囲クリア・・・大丈夫よ」 その言葉を受け、ハッチ内部より這い出す5つの影。 スバル達だ。 影の1つ、ウェンディが周囲を見回しつつ、呟く。 「何だったんスか、さっきの・・・」 「あの化け物、もう此処まで来やがったのか?」 続いて発せられたノーヴェの言葉に、ギンガは微かに表情を顰めた。 ノーヴェの言葉が不快だったという訳ではない。 666と交戦中である筈のR戦闘機群はどうしたのかと、最悪の予想が脳裏を過ぎったのだ。 だがその思考は、続くランツクネヒト隊員の言葉によって否定される。 『放射能除去用ナノマシンが散布されている。どうやら外殻で核爆発が発生したらしい』 「核爆発!?」 スバルの上げた声に、ギンガもまた驚きを隠そうともせず隊員を見やった。 彼は床面に片膝を突いて周囲を見回しているが、同時にインターフェースを通じて膨大な量の情報を取得しているのだろう。 やがて銃口でトラムチューブの奥を指すと、無感動に状況を告げた。 『Aエリア外殻近辺でアイギスのミサイルが起爆したらしい。それ以上の事は分からない』 「アイギスって・・・まさか、汚染?」 『だろうな』 「冗談じゃない、Aエリアには生存者が集結しているんだぞ。彼等はどうなっている?」 『大多数は無事だろう。爆発の最大効果域は外殻に達していない。コロニーからの迎撃を感知した12発の弾頭が、回避不可能と判断して起爆したんだ。被害は受けたが、外殻の崩壊には至っていない』 「内部の人間は?」 スバルの問いに対し、隊員は口を噤む。 その沈黙こそが、彼女の懸念が的を射たものである事を雄弁に語っていた。 スバルは、更に問い掛ける。 「外殻が無事だとしても、あの衝撃は尋常じゃなかった。Aエリアの人員に被害が無いとは思えない」 『まあ、そうだろう。多少の犠牲者は出ている筈だ』 「・・・輸送艦の安否は?」 『不明だ。既にシステムの80%が沈黙している。こちらから港湾施設に行くしかない』 言いつつ、彼は強襲艇より持ち出した、自動小銃よりも2回り以上に大きな銃器の弾倉をチェックする。 見る者に威圧感を与える重厚な外観は質量兵器全般に共通するものだが、目前のそれは通常火器にしては幾分だが禍々しさに過ぎる印象が在った。 自動小銃に酷似してはいるが明らかに異なり、かといって散弾銃でもない。 未知の質量兵器に対する警戒心が、自己の意識へと反映されているのだろうか。 取り敢えず、ギンガはその銃器について尋ねてみる事にした。 「その銃、何か特別な機能でも?」 『唯のガウスライフルだ。バイド相手には気休めにもならないが、アサルトライフルよりかはマシだ』 「コイルガンの一種か」 『正確には炸薬との複合式だが』 グリップ後方に位置する弾倉を外して内部をチェックし、再度装着して初弾を装填する。 金属音、そして小さな電子音。 隊員は更に、同じく強襲艇より持ち出したバックパックから幾つかの部品を取り出し、見事な手際でそれを組み立てる。 完成したそれは、長さ40cm程の銃身下部に弾倉のみを備えた、奇妙な銃器だった。 彼はそれを、ガウスライフルの銃身下部へと固定する。 最後に、展開したウィンドウ上で幾つかの操作を終えると、彼は再度バックパックを装甲服に固定して立ち上がった。 其処で漸く、ギンガ達の視線が自身へと集中している事に気付いたらしい。 数秒ほど沈黙した後、何処か白々しく言葉を紡ぐ。 『唯の銃だ』 「初速は?」 『2930m毎秒』 呆れの混じった溜息を吐く者、沈黙のままに隊員を見据える者。 周囲の反応に、彼は些か戸惑っているらしい。 そんな彼へと、次々に浴びせられる言葉。 「それの何処を見れば「唯の銃」なんて言えるッスか」 「歩兵に持たせるなよ、そんな物」 「それはコロニーの中で発砲して問題は無いのか?」 「どう見たって魔法よりヤバいじゃない・・・」 『分かった、俺が悪かった・・・頼むよ、勘弁してくれ・・・』 周囲から相次いで放たれる野次に、彼はとうとう音を上げた。 微かに肩を落とし、スバル達から顔を背ける。 これまでになく人間味を感じさせるその素振りに、ギンガは微かな笑みを零す反面、何処か釈然としない感情を覚えていた。 これまでギンガを始めとする攻撃隊の面々が目にしてきた、地球軍による数々の非人道的な言動。 一方でランツクネヒトの構成員については、少なくとも非戦闘員および敵意の無い者に対しては友好的な態度を示している。 だが、その根幹は地球軍と何ら変わりない事も、ギンガは理解していた。 民営武装警察という肩書が在るが故か、被災者に対し惜しみない人道的支援を行う彼等は、しかし同時にスバルとノーヴェを兵器として扱った一面をも併せ持っている。 彼女達のオリジナルの体組織から制御ユニットを作成し、R戦闘機へと搭載する事さえしたのだ。 被災者に手を差し伸べる彼等と、平然と非人道的な行いを為す彼等。 目前でスバル等にからかわれる姿と、嘗て自身の眼前に銃口を突き付けた姿。 どちらが真の姿なのか、等という問いが無意味なものである事は重々に承知しているが、思考せずにはいられない。 少なくともギンガにとっては、目前の光景はそれだけの違和感を孕むものだった。 「大体それ、どう見たって生身で振り回せるサイズじゃないッスよ。筋力増強が在ること前提じゃないッスか」 『魔導師だって似た様なものだろう。あんなにデカいデバイスを棒切れみたいに振り回しているじゃないか』 「秒速3kmの弾を放つ銃器など、歩兵には明らかに過剰火力だと思うが」 「小銃で十分じゃないかなあ」 『爆弾魔や拳で機動兵器の装甲に穴開ける連中が言っても説得力は無いぞ』 「おいテメエ、それ以上チンク姉を侮辱すると・・・」 じゃれ合っているとしか見えない5人を前に、ギンガは諦めと共に息を吐く。 これ以上は考えるだけ無駄だろう。 そんな結論に達した時、微かな機械音と共にトラムチューブ内の非常灯が点灯した。 一瞬だが眼が眩み、しかしすぐに光量調節機能により正常な視界が確保される。 「明かりが・・・」 『電力供給経路が第2核分裂炉にシフトした。第1は既に機能を停止しているらしい』 「輸送艦はどうなっているの」 『其処までは・・・』 途切れる言葉。 何事か、と訝しむギンガ等の前で、彼はウィンドウを展開する。 表示された情報は、トラム運行状況。 「・・・トラムがどうかした?」 『A-00エリア、管制区・第3トラムステーションに車両が停車している。妙だな、もうとっくに退避したものと思っていたんだが』 「自動運行で着いた可能性は」 『有り得るが、どうにも・・・待て』 更にウィンドウを操作し、彼は何らかの情報を読み取っている様だ。 数秒後、彼はウィンドウを拡大すると、其処に管制区ステーションの立体構造図を表示する。 ステーションの一角には、赤く表示された4つの人影が横たわっていた。 「これ・・・」 『死亡している。管制区内の状況までは分からないが、検出された体温からして死亡後にそれほど時間は経過していない』 ウィンドウが閉じられる頃には、既に全員がトラムチューブの奥へと向き直っている。 展開したテンプレート上に立つノーヴェが、隊員へと問い掛けた。 「管制区までの距離は?」 『このまま2km、その後に垂直方向へと1.5kmだ。車両かエレベーターを使おう』 「そんな悠長な事してる暇は無いッスよ。こっちの方が早いッス」 そんな事を言いつつ、自身のライディングボードを叩くウェンディ。 その言葉の真意を正確に受け取ったのだろう、隊員は助けを求めるかの様にスバルの方を見やる。 だが、返された言葉は非情なもの。 「また、だっこします?」 『・・・人生最悪の日だ』 恨み事を呟きつつ、彼はウェンディとライディングボードへと歩み寄る。 ぎこちなくボード上へと乗る彼の姿を確認すると、ギンガは鋭く指示を発した。 「私が先頭、スバルは後方を警戒。速度はノーヴェとウェンディに合わせるわ」 重なる了解との声を背に、ギンガはウイングロード上を駆ける。 数分で管制区へと続くシャフトへと到達、今度は螺旋軌道を描きつつ上昇。 途中、重力作用方向が変化し始め、5分程でステーションへと到達した。 先程の衝撃の為か、破損し火花を散らす車両を避け、ステーション内部へと滑り込むと同時に周囲の安全を確認。 待合所には4つの死体が散乱しており、床面もまた赤く染め上げられている。 壁面や天井面に血痕が付着している事から推察するに、やはり核爆発の衝撃で周囲へと叩き付けられた事が原因で死亡したらしい。 遺体の潰れた顔から思わず目を逸らし、ギンガは後続の皆へと念話を飛ばす。 『ステーション、クリア』 ローラーが床面を削る音。 振り返れば、丁度ノーヴェの背からチンクが、ライディングボードから隊員が降りたところだった。 チンクはこれといって問題は無いが、隊員の方は何事か不満らしき言葉を呟いている。 そんなに嫌だったのかと、ギンガは場にそぐわないとは思いつつも、微かに苦笑の表情を浮かべた。 だがそれも、続く隊員の言葉によって掻き消える。 『前方500m、管制室付近に複数の動体を感知。接近中』 ガウスライフルを構えつつ、隊員は4つの遺体が散乱する待合所の陰へと身を隠した。 ギンガとノーヴェは通路傍の壁面に、スバルとチンクは反対側の壁面へと走り寄る。 ウェンディは隊員の傍で砲撃態勢に入り、目標の接近に備えていた。 『400m』 『人間、それとも敵?』 『不明。もう少し近付かない事には・・・』 『ウェンディ、もし敵であれば砲撃後にフローターマインを配置しろ。通路を塞ぐんだ』 『了解ッス』 ライディングボードの砲口とガウスライフルの銃口が通路奥へと向けられている事を確認し、ギンガは拳を握り締めて接触に備える。 目標が人間であれば良いが、最悪の場合には何らかの汚染体である事も考えられるのだ。 それが行き過ぎた警戒などでない事は、これまでに嫌という程に思い知らされている。 アンヴィルとは別の経路から、666以外のバイドが侵入していないとも限らない。 緊張を高めるギンガ、しかし。 『待て、待て・・・確認した、人間だ。デバイスの所持を確認』 銃口を上へと向け、隊員が待合所の陰から姿を現す。 ウェンディがそれに続き、2人は通路傍のギンガ達へと歩み寄ってきた。 隊員はウィンドウを開き、それを操作しつつ通路へと踏み込んで行く。 その傍らを歩きつつ、ギンガは彼へと問い掛ける。 「目標は管理局員?」 『そうだ。14名、いずれもデバイスを所持している・・・ああ、ランスター一等陸士も居るな』 「ティアナが?」 スバルが驚きの滲む声を上げるが、ギンガも内心は同様だった。 ティアナがこんな所で何をしているのか、見当も付かなかったのだ。 特に666の迎撃に当たっていた様子も無かった為、被災者の誘導に当たっていたものと思っていた。 13名、死体となった者達も同様とするならば、計17名もの局員を引き連れて何をしているのか。 「何処に向かっているの」 『第5トラムステーションらしい。こっちの車両は、もう使い物にならないからな。生存者の捜索に来たのか?』 「管制室には管理局のオペレーターも居ただろ。そいつらを探しに来たんじゃないか」 『こちらのオペレーターが退避したなら、連中も一緒に退避している筈だ。行方不明者でも居るのかもしれない』 言葉を交わしつつ、6人は徐々に足を速める。 ティアナ達までの距離は400mといったところだが、向こうも移動している為にすぐに追い付く訳ではない。 先程までは接近していたのだが、第5トラムステーションまでの経路が横に逸れている上に向こうは飛翔魔法を用いているらしく、今は徐々に遠ざかっている。 念話で呼び掛けてはみたものの、システムの大部分が沈黙している為に繋がらなかった。 こうなっては、ティアナ達に追い付く以外に術は無い。 ギンガとスバルはデバイスを、ノーヴェとウェンディは固有武装を、チンクは慣れない飛翔魔法で通路を翔けるが、魔導師でも戦闘機人でもない隊員はそうもいかなかった。 多少なりとも肉体的強化は為されているのか、重装備にも拘らずかなりの速度で駆けてはいるが、それでもギンガ達と比べれば遅い。 このままでは引き離されるばかりだと、ギンガは新たに指示を飛ばす。 「スバルとノーヴェは私に着いてきて! チンクとウェンディは彼と一緒に後から!」 「了解した!」 チンクの返答を聞き留めると、ギンガは一気に加速した。 主要通路に進行を遮る物は無く、背後の2人と共にローラーブレードから火花を散らしつつ駆ける。 幾度か交差路を直進した後、第5トラムステーションへと続く通路へと床面を削りつつ滑り込む。 ティアナ達までは100mといったところだ。 「畜生、無駄に広いんだよ此処!」 「これだけ大きなコロニーなのよ、管制区が広いのも当たり前・・・」 「居た! ティアナ達だ!」 スバルの声に、ギンガは前方を注視する。 彼女の言葉通り、前方の交差路を曲がる数人の姿が見えた。 更に加速し、後を追って角を曲がるギンガ。 「待って・・・ッ!?」 「おい、何してんだ!」 「ティア!?」 その先に待ち受けていたのは、ティアナのクロスミラージュ、その銃口を始めとする無数のデバイスの矛先。 予想だにしなかった敵意の壁に、ギンガは思わず足を止めてしまう。 だが、予想外であったのは向こうも同様だったらしく、殆どの局員が驚いた様な表情でこちらを見つめていた。 最前部の1人が、呆けた様に声を漏らす。 「ナカジマ陸曹・・・?」 その声とほぼ同時に、突き付けられていたデバイスが次々に下ろされる。 ギンガは張り詰めていた緊張を解く様に息を吐くと、集団の中でクロスミラージュを手に佇むティアナへと視線を移した。 彼女は何をするでもなく、こちらを見つめている。 「ティアナ・・・」 「・・・御無事で何よりです、ギンガさん」 軽く息を吐きつつ、ティアナは言葉を紡ぐ。 言葉は安堵を表していたが、その顔に浮かぶのは仮面じみた無表情。 少々の不自然さを覚えたものの、この状況では無理もないと思い直した。 「搭乗機が撃墜されたと聞きましたが、不時着に成功していたのですね」 そういう事か、とギンガは納得する。 どうやら彼女は、自分達の搭乗していた強襲艇が撃墜された事を知り、安否を気遣っていたらしい。 「何とかね。それより・・・」 「ティアはこんな所で何をしてるの?」 ギンガの言葉を遮る様に、スバルが問い掛ける。 少々の驚きと共に、妹を見やるギンガ。 発言の途中で割り込まれた事にではなく、スバルの声に若干の不審が含まれている様に感じられたのだ。 軽く窘めようかとも考えたが、続くティアナの言葉にその思考は霧散する。 「・・・捜査活動、ってところね」 「え・・・」 再度ティアナへと視線を移すと、彼女は常ならぬ険しい表情でこちらを見やっていた。 何事か、と戸惑うギンガ達に対し、ティアナは幾分潜める様な調子で語り始める。 「ナカジマ陸曹。バイドに関する情報で、可及的速やかにお伝えしなければならない事実が在ります」 バイドに関する情報。 その言葉を聞き止めたギンガの意識に浮かび上がる、微かな疑問。 此処でその様な事を言い出すという事は、その情報はこの管制区で得たという事なのだろうか。 ギンガの疑問を余所に、ティアナは言葉を続ける。 「バイドは、単なる・・・」 「ギン姉ぇ、やっと追いついたッス!」 ウェンディの声。 自身の右側面へと振り返れば、其処にはチンクとウェンディ、そしてランツクネヒト隊員の姿が在った。 チンクとウェンディの後方、隊員は幾分疲労している様に見えた。 「2人とも御苦労さま」 「お守は疲れるッスよ。次からは問答無用でボードに括り付けるか、ノーヴェかスバルがお姫様だっこして運ぶッス」 『だから・・・もういい』 「ティアナ達は?」 「此処に居るわ。今・・・」 言葉を交わし、ティアナ達へと向き直る。 だが其処には、奇妙な光景が在った。 ティアナを含め、全ての局員が再度デバイスを構えているのだ。 絶句するギンガに、ティアナが問い掛ける。 「ナカジマ陸曹」 「・・・何?」 「ウェンディの他に、誰が居るのですか」 この交差路は60度ほどの急角度で形成されており、ウェンディ達の姿は壁面に遮られティアナ達から確認する事はできない。 声からウェンディが居る事は判断できたが、音声出力装置を通した聞き慣れない声と、そしてギンガの言葉から更に1名以上の人物が其処に居る事を推察したのだろう。 ギンガは納得しつつ、チンクと隊員の存在を告げんとした。 「チンクとランツクネヒトの・・・」 『陸曹』 その言葉を遮る、隊員の声。 そちらへと視線を移せば、彼は壁面越しにティアナ達の方向を見やっていた。 もしや見えているのかと訝しんだのも束の間、彼が紡いだ言葉によってギンガの思考は中断する。 先程までの人間味が嘘の様に消え失せた無機質な声で以って紡がれる、予想だにしなかった言葉。 『何故、彼等が「アーカイブ」を所持している』 直後、無数の誘導操作弾がギンガ達の側面を掠め、空間を突き抜けた。 「な・・・!」 愕然とするギンガ。 余りに突然の事に、反応する隙さえ無かった。 クロスミラージュから、周囲の局員達が手にするデバイスから。 数十発もの誘導操作弾が放たれ、それらがギンガ達の側面を掠めて背後へと抜け、交差路の先に佇んでいたランツクネヒト隊員へと襲い掛かったのだ。 壁面越しに異常を察知していたのであろう、隊員は咄嗟にウェンディの背後へと隠れる様に跳躍。 ウェンディはギンガと同様、状況を理解する隙など無かったであろうが、眼前に迫り来る魔導弾幕に対して咄嗟にライディングボードを翳した。 貫通力に関しては直射弾に劣る誘導操作弾は、ボード表層部で小さく炸裂するものの防御を破るには到らない。 だが、数発がウェンディを迂回する軌道を取り、彼女の背後の床面に倒れ込んでいた隊員の胴部へと直撃する。 小さな爆発音と共に炸裂する魔力、強力な力によって十数mもの距離を弾き飛ばされる隊員の身体。 ギンガの背後、叫ぶスバル。 「ティア!?」 ベルカ式の局員が2名、ギンガ達の間を擦り抜けウェンディ達の居る通路へと飛び込む。 男性局員は右手にナックルダスター、左手にジャマダハル型のアームドデバイスを、女性局員は右手にショートソード、左手にマインゴーシュ型のアームドデバイスを携えていた。 動きが鋭すぎる。 明らかに高ランク、それも尋常ではないレベルで完成された近代ベルカ式魔導師。 飛行には適さないバリアジャケットのデザインから推測するに恐らくは陸士、覚えが全く無い事から何処かの管理世界にて治安維持に就いていた陸の人員だろう。 こんな未知の高ランクが居たのかという驚きはしかし、床面に触れるジャマダハルの切っ先から弾け飛ぶ火花、そして床面へと異常なまでに深く刻まれた傷によって掻き消される。 非殺傷設定、解除状態。 「止めてッ!」 咄嗟に叫んだギンガの声に、チンクが応じた。 数十本のスティンガーを展開し、数本を2人の足下を狙って射出。 2人が前進を中断すれば良し、縦しんばそれを回避したとしても残るスティンガーが通路を塞ぐ様に展開している。 如何に高ランクであろうとも、近接戦闘に特化したベルカ式魔導師がスティンガーの壁を突破する事は、決して容易ではない。 自身の経験からギンガはそう判断し、自身もブリッツキャリバーで2人の後を追う。 だが。 「な・・・ッ!」 一瞬だった。 一瞬で、彼等は張り巡らされたスティンガーの壁を突破していた。 あの状況下で、足下へと放たれたスティンガーを無視し、更に加速して自身等が潜り抜ける分だけのスティンガーをナックルダスターとマインゴーシュで破壊し、その開いた空間を通ってチンクの後方へと躍り出たのだ。 想定を超える事態とその速度に反応できないチンクの背後、ジャマダハルとショートソードの刃が隊員へと迫る。 だが、チンクの行動は無駄とはならなかった。 彼女が稼いだほんの数瞬で、隊員は状況に対応する機会を得ていたのだ。 吹き飛ばされていた隊員はその姿勢のまま、左手のガウスライフルではなく、右手で抜いたハンドガンの銃口を2人へと向ける。 そして、発砲。 連続して発砲炎の光が瞬く中、2人は怯む事も無く突進、刃を振るった。 「駄目!」 爆発する魔力光。 其々の刀身に纏った魔力を、刃を振ると同時に炸裂させたのだ。 恐らくは2人とも被弾していたのだろう。 刃による直接的な斬撃ではなく、魔力による間接攻撃へと切り替えたらしい。 魔力を感知したに過ぎない筈の自身のリンカーコアを震わせ、肉体的な苦痛すら齎す程に強大な魔力爆発。 それが轟音と共に通路を破壊し、床面と壁面、天井面を十数mに亘って跡形もなく抉り取る。 極近距離に限定された範囲と引き換えに圧倒的な破壊を齎す、拡散型近距離疑似砲撃魔法。 全身が跳ね上がる程の衝撃、脳裏へと浮かび上がる最悪の結果。 ギンガは咄嗟にリボルバーナックルを振り被る。 「貴方達・・・ッ!?」 直後、男性局員の背から血が噴き出した。 驚愕と共に足を止めたギンガの目前で、更にもう1箇所から血が噴き出す。 と、男性局員の陰から側面へと、ハンドガンを握る腕が突き出された。 銃口の先には女性局員。 彼女は咄嗟にショートソードの側面で頭部を庇うも、発射された弾丸はバリアジャケットを貫き大腿部と頸部を撃ち抜く。 だが、その一瞬の隙に男性局員が動いた。 ジャマダハルを構える左腕が振り抜かれ、彼の陰から延びる隊員の腕が跳ね上がる。 腕が陰へと引き込まれ、更に銃声が3度。 局員の背から、同じ数だけ更に血が噴く。 零距離射撃、弾体貫通。 「ギン姉、ノーヴェ!」 「畜生ッ!」 スバル、ノーヴェが突進。 男性局員が、背中から床面へと倒れ込む。 灰色のバリアジャケット前面は、鮮血によって赤く染まっていた。 女性局員は頸部を撃ち抜かれ倒れてから、被弾箇所を両手で押さえつつのた打ち回っている。 そして、露わとなった男性局員の陰に、ランツクネヒト隊員の姿は無かった。 崩壊した構造物だけが、空しくその内面を曝している。 その先に拡がる階下および階上の空間については、立ち込める粉塵によって見渡す事ができない。 崩壊した通路の縁に駆け寄り、ギンガはスバル等と共に呆然とその先の空間を見つめる。 「何て事・・・」 「逃がすな!」 呟くギンガの聴覚に、信じ難いティアナの声が飛び込んだ。 直後に、ギンガ達の左右から突き出す、無数のデバイスの矛先。 忽ち高速直射弾の嵐が眼前へと現出し、粉塵の中で無数の魔力爆発が巻き起こる。 数瞬ほど、ギンガは信じられない思いでその光景を見つめ、やがて視界に移るデバイスの1つを反射的に掴むと、咄嗟にその主へと拳を打ち込んでいた。 周囲ではスバルやノーヴェ、チンクとウェンディも似た様な光景を繰り広げている。 簡易砲撃を放とうとしていた数名にガンシューターを撃ち込みつつ、ノーヴェが叫ぶ。 「イカレてんのか、テメエら! いきなり殺しに掛かりやがって!」 「ティア、ティア! どうして、何でこんな事!」 「ウェンディ、退がれ!」 近接戦闘を不得手とするウェンディを庇う様に、チンクが再度スティンガーを展開せんとする。 だが1発の甲高い銃声と共に、全ての戦闘行為が停止した。 ティアナだ。 「・・・其処までよ。各自、デバイスを下ろしなさい」 その冷え切った声に、ギンガは1人の局員のデバイスを押さえたままそちらを見やり、僅かに躊躇した後にその手を解放した。 追撃を警戒したが、どうやら局員達もティアナの指示に従っているのか、一様にデバイスの矛先を下ろしている。 幾分荒い呼吸もそのままに、ギンガは周囲を見回した。 「それで、どういうつもり? 何故こんな事を」 殺気すら込めてティアナを睨み据え、問い掛ける。 ギンガは、現状を理解する事ができなかった。 ティアナ達は唐突にランツクネヒト隊員の殺害を試み、攻撃を受けた隊員は2名の局員に重傷を負わせて逃亡。 否、2名の治療に当たっている局員の様子から推測するに、致命傷となっている可能性もある。 男性局員は胸部から腹部に掛けて少なくとも5発の銃弾が貫通し、女性隊員は大腿部と頸部に銃弾を受けているのだ。 だが、隊員の行動が過剰な反撃であったかと問われれば、ギンガは否定も肯定もできない。 隊員は疑似拡散砲撃が放たれた際、後方へと距離を取るのではなく、逆に前進して局員の懐に入る事で砲撃の拡散点より内へと逃れた。 その策が功を奏したからこそ無事であったものの、もし失敗すれば完全に砲撃に呑まれていただろう。 如何にランツクネヒトの装甲服を纏っていると云えど、非殺傷設定を解除された上で更にこの破壊規模、跡形もなく消滅していたであろう事は想像に難くない。 つまり、近接攻撃を実行した2名の局員については、その殺意の存在は疑うべくもないのだ。 では、ティアナ達はどうか。 答えは、ウェンディから齎された。 「・・・全弾非殺傷設定解除とは、随分と念入りな事ッスね。下手すりゃチンク姉もアタシも死んでたッスよ」 「貴様ら、正気か」 スバルが、懇願するかの様にティアナを見つめる。 だが、ティアナは感情が抜け落ちたかの様に冷然とした面持ちを崩す事はなかった。 そして意外にも、次に言葉を紡いだのはノーヴェ。 「アイツが言ってた「アーカイブ」ってのは何だ」 その単語には、ギンガも聞き覚えが在った。 彼が言ったのだ。 何故、ティアナ達が「アーカイブ」を持っているのか、と。 攻撃は、その直後に始まった。 ティアナは答えないが、ノーヴェは大方の状況を理解したらしい。 「成程、それを持っている事がランツクネヒトに知られちゃ不味い訳だ。だからアイツを殺そうとしやがったな」 ノーヴェが述べた内容は、ギンガの推測とほぼ同じもの。 そして、恐らくは限りなく正解に近いものの筈だ。 だが、ティアナは沈黙したまま。 言葉も発する事なくクロスミラージュをワンハンドモードへと移行し、床面に転がる男性局員のアームドデバイス、ジャマダハル型のそれへと歩み寄る。 膝を突き、空いた左手を伸ばすティアナ。 デバイスに触れ、無言のままにその刃を見つめている。 「答えろ!」 「少し違うわね。正確には「第97管理外世界の人間」に知られると不味いのよ」 焦れたノーヴェの叫びに、極々自然な声を返すティアナ。 彼女の左手にはジャマダハルが握られている。 今更ながら、その刃が半ばまで赤く染まっている事に気付き、ギンガは自身の血の気が引いてゆく事を自覚した。 「貴方達、本気で・・・」 「御互い様だと思いますが。こちらは2人が死に掛けていますし、被害の度合いとしては向こうの方が小さい位でしょう」 「そんな事を言っているんじゃない!」 「そんな事? この結果を招いたのは貴女達ですよ。はっきり言いましょう。貴女達が邪魔さえしなければ、2人があの男を殺して終わりだった」 ギンガには最早、言葉も無い。 呆然とギンガを見つめるが、しかし問い詰めるべき事はまだ在ると、思考を切り替える。 ティアナ達が所持する物についてだ。 「「アーカイブ」とは、何なの」 「このコロニーのデータベースユニット、その中枢ハードウェアの事です」 言いつつ、ティアナはジャマダハルを傍らの局員へと手渡し、バリアジャケットのポケットから5cm程の正方形、厚さ2cm程のメディアデバイスを取り出した。 それをギンガ等に見せる様に手の中で弄び、再びポケットへと戻す。 「第97管理外世界の民間人4名が快く協力してくれました。アンヴィル暴走の混乱に乗じて、全てのユニットがランツクネヒトによって破壊される前に、1つだけ回収してくれた。本当に良いタイミングだった。 アクセスコードまで手に入ったのは、幸運としか云い様がありません」 快くとの言葉に、ギンガは寒気がした。 そんな筈はない。 第88民間旅客輸送船団の人員は、その殆どが後より合流した管理局員を強く警戒している。 そんな彼等の内4人が、どういった経緯でランツクネヒトと地球軍に対する背信行為に及んだのか、或いはそう誘導されたのか、少なくともギンガとしては考えたくもなかった。 また、アクセスコードの入手は幸運だったとティアナは言うが、実際にはそれすらも予定の内であった事は明らかだ。 そして、協力者の人数は4名と、ティアナは言った。 「あの死体・・・まさか!」 「ああ、死んだのね。あの衝撃で無傷で済むとは思わなかったけど」 何という事だ。 第3トラムステーションの待合所に散乱していた、あの4つの死体。 あれこそが、ティアナの言う協力者達の末路だったのだ。 「気の毒にね」 「抜け抜けと・・・っ! 初めから殺すつもりだったのだろうに!」 「いいえ、違うわ。初めは単に口止めと警告で済ませるつもりだったのだけれど、これの内容が予想以上だったものだから、そうもいかなくなってしまった。だから、眠らせてあそこに置いてきたのよ。 あの衝撃は想定外、本当はこのコロニーごと消える筈だった」 チンクが激昂するも、周囲の局員達は全く動じない。 信じられなかった。 非戦闘員を作戦に巻き込み、挙句の果てに「死なせる」つもりで放置したというのだ。 ギンガにはもう、眼前の人物が自身の知るティアナ・ランスターであるという、その確信が全く持てなかった。 しかしそれでも、彼女は気丈に問い掛ける。 「内容とは?」 「バイドの正体」 息が止まった。 見れば、スバルやノーヴェ等も、瞼を見開いてティアナを見つめている。 そして再度ティアナを見やれば、彼女は変わらず感情の抜け落ちた様な瞳でこちらを捉えていた。 紡がれる言葉。 「バイドは、異層次元生命体なんかじゃない」 意識を抉る根幹を抉る言葉に、ギンガの喉から小さな音が鳴る。 言葉は続く。 「そんな都合の良い存在じゃない。バイドは「質量兵器」だ」 脳裏へと鳴り響く警鐘。 覚悟も無しに、それ以上を聞いてはならない。 戻れなくなる。 もう2度と、同じ価値観には戻れなくなる。 「その「質量兵器」バイドを創造したのが」 駄目だ、聞くな。 戻れなくなる、全てが崩れる。 止めろ、黙れ、それ以上は喋るな。 全てを知るのは、全てが終わった後で良いのに。 なのに、もう。 「第97管理外世界「地球」よ」 もう、戻れない。 ギンガの中で砕け散る、1つの世界、それに対する全て。 印象も、情報も、侮蔑も、憧憬も。 全てが塵と消え、新たに再構築されてゆく。 そして、全てが変質した。 * * 「異層次元から現れた未知の侵略性生命体なんて、何処にも居なかったのよ。初めから、居たのはたった1つだけ。彼等が・・・彼等の子孫が作り上げた最悪の質量兵器、唯1つだけ」 理解できない。 スバルの脳裏には、そんな事しか思い浮かばなかった。 ティアナの言葉は続いているものの、何を言っているのかすらおぼろげにしか解らない。 「26世紀の第97管理外世界は、外宇宙の「敵」と戦う為に強大な戦略級質量兵器を生み出した」 バイドは、第97管理外世界が創造した質量兵器だった? 馬鹿げている。 質量兵器が全次元世界を呑み込み、数億人を虐殺し、更に全てを喰らわんとしている? 有り得ない。 「自然天体に匹敵する大きさのフレームに内蔵された、星系内生態系破壊用兵器。一度発動すれば、効果範囲内に存在するあらゆる生命、意識体、情報集約体を喰らい尽くすまで、決して活動を止めない絶対生物。 局地限定破壊型質量兵器の到達点、それがバイドだった」 振動。 戦闘の余波が此処にまで届いている。 666とR戦闘機群の戦闘によるものか、それとも汚染されたアイギスと防衛艦隊の戦闘によるものか。 「26世紀の第97管理外世界は、これを敵勢力の中枢が存在する星系へと転移させて発動、敵勢力を殲滅する事を画策した。ところが、どんなミスか知らないけれど、間抜けな事にその質量兵器は彼等自身の星系で発動してしまったのよ」 全く理解できない。 26世紀だと? 地球軍は22世紀の第97管理外世界から現れた。 其処から更に400年もの未来に建造された質量兵器が、何故此処で出てくる? 「自らが創造した兵器の癖に、彼等は暴走したそれを滅ぼす術を持たなかった。彼等は自分達にさえ手の負えない化け物を、自らの手で創り上げてしまった」 信じられない。 現在から100年後の時点でさえ想像を絶する科学力を有しているというのに、更に遥か未来に創造された質量兵器。 その創造主達でさえ、自らが創り出した兵器を制御できなかった? 「それで・・・それで、どうなったんだ・・・ソイツらは?」 「捨てたのよ」 思わずといった様子で問うノーヴェ。 返すティアナの言葉は、またも想像を超えていた。 スバルも、呆然と声を吐き出す。 「捨てた、って・・・」 「そのままの意味。暴走開始から150時間後、彼等はその兵器の周辺空間を崩壊させて、異層次元の彼方へと葬り去った。少なくとも26世紀では、それで事態が決着したと考えたんでしょう」 「それが何で・・・」 4世紀も前の時代に。 その問いが放たれる前に、ティアナは答えを齎す。 「異層次元がどんな所かは知らないけれど、少なくとも単一存在が自らの存在確率を維持する事すら困難な環境らしい。そんな空間へと墜とされてなお、その兵器は機能を失わなかった。 課せられた目的を失い、手駒となる戦力を失い、機能中枢に刻まれた情報以外の一切を失ってもなお、それは発動時に攻撃目標として設定された星系および文明に対する殲滅を諦めはしなかった。 当然よね。自我なんか在りもしない、単なる戦略兵器だもの。創造主に施されたプログラム通り、作戦目標の達成かシステムの破壊、それ以外の理由で活動を停止する事は有り得ない」 「だから・・・何だというんだ? そいつが何故、22世紀に関係する」 チンクが問う。 ティアナは未だ、その疑問に答えていない。 「数十年、或いは数百年か。もしかすると数秒かもしれないし、数億年かもしれない。そもそも、私達の知る時間の概念と同一の現象が存在していたかすら怪しい。そんな中で、兵器は進化を繰り返した。 詳細なんて私には知る由もないけれど、少なくとも人間の脳で理解できる様な生易しい変貌ではないでしょうね」 ティアナの傍らに立つ局員が、指先でリストウォッチを軽く叩く。 彼女はそれを横目に見やり、軽く腕を振って移動を促した。 周囲の局員が歩きだす中、ティアナの言葉は続く。 「あらゆる存在を無へと帰す空間の中にあって、その兵器は逆に存在を創造し、空間を支配するまでに進化した。そして、遂には時間という概念すらも引き裂いて、既知の異層次元へと帰還を果たす。その先に存在したのが」 「まさか・・・!」 思わず、声が零れる。 それを聞き止めたか、ティアナは軽くスバルを見やった。 そして視線を戻し、告げる。 「22世紀・・・4世紀前の第97管理外世界よ」 誰も、言葉を返さない。 返すべき言葉が見付からない。 ティアナから齎された真実は、それ程までに衝撃的なものだった。 バイドは、正体不明の侵略性生命体などではない。 バイドとは紛う事なき人造生命体であり、それとの絶望的な戦いに明け暮れる第97管理外世界の未来に於いて建造された、戦略級質量兵器である。 創造主たる第97管理外世界の人間達により異層次元へと投棄されてなお、活動を停止する事なく異常な進化を遂げ、4世紀もの時を遡り過去の第97管理外世界へと現れた、悪魔の兵器。 完結している。 完結すべきである。 全てが第97管理外世界より始まり、そして第97管理外世界へと収束している。 バイドを創造したのも、バイドと交戦状態にあるのも第97管理外世界「地球」だ。 其処に他者を、他の世界を巻き込む事など在ってはならない。 その理由も無い筈だ。 だが、現実には次元世界全域がバイドと地球軍、2者間の戦争へと巻き込まれている。 其処には、選択の余地など無い。 一方的に、そして極めて理不尽に。 バイドと地球軍との闘争へと巻き込まれ、逃れる事のできない絶望の縁へと立たされているのだ。 「嗤えるでしょう? この戦いは全て「地球」の自業自得、因果応報よ。彼等は、遥かな未来に自らの子孫達が創り上げた兵器から、余りにも唐突で滑稽で絶望的な戦いを仕掛けられた。 未来からよ・・・過去の遺産っていうならいざ知らず、400年も先の未来から。こんな馬鹿げた話って無いわ。自分達が後世に残した負の遺産から兵器が生まれ、それがそのまま今の自分達に返ってきたのだもの。 今までに滅びた世界の記録は嫌というほど見てきたけれど、此処まで愚かで救い様の無い世界なんて見た事ないわ」 再び、振動が一帯を揺さ振る。 先程よりも衝撃が大きい。 戦域が近付いているのか。 「自分達の犯した失態の癖に、それへの対応の余波に次元世界まで巻き込んでいる。その事実を隠し、同じ被害者面を装って協調体制なんて嘯いていたのよ」 「それは、バイドが・・・」 「どっちから仕掛けたとしても同じ事よ。バイドを創ったのはあの世界なんだもの。それに・・・」 三度、振動。 ティアナは言葉を区切り、手振りでスバル達を促して歩き出す。 数瞬ほど遅れ、その後に続く5人。 すぐに飛翔魔法を使用しての移動に移り、通路を加速してゆく。 飛び込む念話。 現状では距離が離れると念話は使用できないが、ごく近距離ならば問題は無い。 『バイドは既に、無数の文明を滅ぼしている。第97管理外世界の存在する恒星系を内包したものに限らず、無数の銀河系や異層次元に存在していたあらゆる形態の文明、或いはそれに酷似した情報集約系を片端から汚染し、喰らい、同化してきたのよ』 『何でそんな事・・・目標は第97管理外世界なのでしょう?』 『ええ、ですからその下準備です。22世紀の第97管理外世界を確実に滅ぼす、唯それだけの為にバイドは、接触したあらゆる文明の全てを喰らってきたんです』 『じゃあ、まさか』 スバルの思考へと浮かんだのは、余りにもおぞましい推理。 この事態が引き起こされた理由、バイドの目的。 続くティアナの念話が、それが的を射たものである事を証明する。 『ランツクネヒトがアーカイブへと追加していた情報を解析した結果、西暦2169年に発動された第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」はバイドの物理的戦力を大きく削ぐ事には成功したけれど、作戦そのものは失敗に終わった事が判明しています。 バイド中枢の破壊は成らず、制御統括体として機能していたマザーバイド・セントラルボディの深々度異層次元投棄のみに止まったと。その際、バイドはR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALの攻撃により、機能中枢部に重大な損傷を受けたと予測されている。 其処からランツクネヒトや地球軍が推測した、バイドによる次元世界侵攻の目的は・・・』 『新たな戦力の確保と中枢の修復・・・!』 『地球軍に邪魔されずに失われた戦力を再生産できる空間、それと更なる自己進化の為の新しい「餌」を求めて、ってところでしょうね。聖王のゆりかごや巨大なレリック、他にはアタシ達が遭遇した化け物も、バイドが次元世界で魔導技術を取り込んだ結果、より強化した上で複製されたものでしょう』 『ロストロギアまでか・・・』 前方、第5トラムステーションの表示が視界へと映り込む。 車両に乗り込む局員達の中には、先程の戦闘で銃撃を受けた2人の姿も在った。 他の局員に身体を支えられている事から推測するに、一命は取り留めたものの戦闘への復帰は絶望的だろう。 『まだ肝心の質問に答えてないッスよ』 唐突に割り込むウェンディの念話。 彼女の方を見やれば、未だ猜疑と敵意の滲む目がティアナを見据えていた。 念話は続く。 『それがどうして、協力者やアイツを殺さなきゃならない理由に繋がるんスか』 『解らないの?』 問い掛けに返されるティアナの念話は、接触後に初めて若干の感情を滲ませるものだった。 微かだが、苛立った様な感情の波。 念話から伝わるそれは、スバルを動揺させた。 ステーションの床面へと降り立ち、ティアナは口頭で以って言葉を繋げる。 「ランツクネヒトも地球軍も、バイドが第97管理外世界で建造された兵器であるという情報だけは取り分け厳重に隠匿していた。それだけ私達に知られたくなかったという事よ。何故だか解る?」 「・・・それを知った管理局・・・違うな、次元世界全てが第97管理外世界を危険視する。それを危惧していたって事か」 「次元世界に無数に存在する多種多様な文明の多くが敵に回るとなれば、如何に地球軍とはいえ唯では済まない。バイド建造の真実が私達に漏れたと彼等が知れば、それこそ生存者を抹殺してすら天体外部への情報漏洩を防ごうとするだろう。 だがコロニーのシステムが停止している以上、ランツクネヒトへの情報の伝達は直接的に接触しなくてはならない。それを避ける為に、お前達は彼等を始末しようと考えた訳か」 「半分正解、半分外れね」 車両へと乗り込む一同。 ドアが閉じられ、車両が発車する。 車両内に表示された行き先はA-14エリア第1トラムステーション。 「彼等は次元世界の敵対を懼れてなどいない。彼等がこの情報を隠匿する理由は2つ。現状での次元世界被災者による叛乱の防止と、後の手間を省く為」 「手間?」 車両を揺さ振る衝撃。 特に機能へと異状は生じていないが、小刻みな振動が途切れる事なく続く。 局員がウィンドウを開き、何事かを確認。 「彼等にとって地球文明圏以外の文明に対する認識とは、バイドに新たな戦力を与える「餌」というものでしかない。第97管理外世界と他文明圏の接触は、その全てがバイドによって汚染された敵性体群の地球文明圏侵攻、或いは遭遇戦という形でしか実現していない」 「・・・地球文明が他文明と接触する前に、その全てがバイドによって滅ぼされていたというの?」 「ええ、これまでは。ところが今回に限り、彼等は未だ健常な文明と接触してしまった。バイドにより完全に汚染される前の、文明圏としての機能を保ったままの世界と。 そしてランツクネヒトの連中は、合流した地球軍パイロット達から第17異層次元航行艦隊内部に於ける、今後の戦略概要を聞かされていました」 「内容は」 言葉を区切り、ティアナは息を吸う。 そして、沸き起こる何らかの感情を抑えているかの様な僅かに歪んだ表情で、その言葉を紡ぎ出した。 「当該異層次元に於ける汚染拡大は既に致命的な段階へと達しており、更に当該異層次元の規模と2165年の事例を鑑みるに、短期間の内に地球に対する重大な脅威と化す事は想像に難くない。 第88民間旅客輸送船団および資源採掘コロニーLV-220の捜索・救助完了、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦アロス・コン・レチェの発見・破壊を以って、即時当該異層次元の脱出作戦へと移行。 その後、司令部との通信が回復すれば増援と各種解析・研究機関の派遣を要請。通信回復失敗時は地球圏を含む通常3次元空間を除き、当該異層次元の破壊へと移行」 「破壊!?」 次元世界の破壊。 その言葉に、ギンガが声を上げる。 スバルは、声を出す事もできなかった。 それでもウェンディが、どうにか問い掛ける。 「破壊って・・・どうやって!」 「次元消去弾頭という兵器だそうよ。当然、これも質量兵器。数千発も使用すれば、ひとつの異層次元を完全に消滅させる事ができる。尤もバイドや地球軍の兵器みたいに、異層次元航行能力を有する存在に対しては全くの無力との事だけど」 「消滅・・・」 気が狂いそうだ。 想像すら付かない規模、概念での破壊。 地球軍は、そんな常軌を逸した破壊すらも可能なのか。 それでも、バイドを滅するには到らないのか。 「連中は地球というたった1つの文明圏を護る、唯それだけの為に次元世界を破壊するつもりよ。其処に存在する無数の文明の事、況してや其処に暮らす人々の事なんか考えもしない。自分達が全ての元凶の癖に、保身の為に他の全てを滅ぼそうとする」 スバルは気付いた。 ティアナの手、固く握られたその拳が震えている。 爪が肉に食い込んでいるのか、指の間には紅いものが滲んでいた。 「数億人・・・数億人も殺されている。まだまだ増えるでしょう。もしかすると外ではもう、その十倍以上も殺されているかもしれない。でもこのままでは、数十億どころか次元世界そのものが消されてしまう。それもバイドではなく、地球軍の手によって」 拳だけではない。 既にティアナの声は、先程までの無感情なものではなかった。 微かに震え、明らかな負の感情を滲ませる声。 「ねえ、信じられる? 文明なんて、無限に広がる宇宙や次元世界には、それこそ無数に存在しているのよ。万か、億か、それ以上か。なのにアイツ等は、その全てを一方的に自分達の戦いへと巻き込んで、しかも一方的に消し去る事ができる。 唐突に、理不尽によ。これまでに幾度もそれを実行してきた。それも全て、ただ自分達を護る為だけに。ふざけてる。許せるもんか。自分達で生み出して、自分達が戦って、自分達だけが死ねば良いものを。 何の関係も無い文明を片端から巻き込んでは滅ぼし、挙句の果てに生き残ろうと戦い続けている世界まで、自分達の都合だけで滅ぼそうとしている」 誰も、言葉を挟まない。 否、言葉を発する事ができない。 レールと車両間の摩擦音と怨念じみた言葉だけが、スバルの意識を埋め尽くす。 「アイツ等は人間なんかじゃない、ケダモノよ。自分達が生き残る為なら他の生命体、全てを殺し尽くす事も躊躇わない。そもそも躊躇う様な精神構造を持っていない。悪魔というのなら、アイツ等こそがそれだわ。 バイドなんかじゃない。アイツ等こそが最悪の悪魔よ」 悪魔とは、最悪の存在とは、バイドではない。 それを創り出し、それと戦い、自らをも含め悉くを破壊し、殺し尽くす存在。 最も非力な存在でありながら、最もおぞましい狂気を内包した存在。 あらゆる神秘と奇跡に見放されながら、あらゆる神秘と奇跡を科学で以って否定し蹂躙した存在。 尊われるべき概念を凌辱し、尊われるべき生命を喰らい、尊われるべき世界をも破壊する存在。 それが、それこそが。 「アイツ等・・・「地球人」こそが!」 警報。 瞬間的に我へと返り、車両内を見回す。 ウィンドウを開いていた局員が、焦燥した様子で忙しなく指を走らせていた。 同じく我へと返ったらしきティアナが、鋭く声を飛ばす。 「どうしたの!」 「解りません、車両のコントロールが急に・・・!」 『Error. Illegal override to the service program was done』 響き渡る人工音声のアナウンス。 その内容に、スバルは愕然とする。 そしてそれは、他の局員達も同様だったらしい。 「オーバーライド!? 何処から!」 「不明です! システムが回復していない上に、干渉は迂回に次ぐ迂回の上で行われています! ルート変更、A-00に戻っている!」 「アイツだ」 叫びにも似た声が次々に上がる中、スバルの意識へと飛び込む静かな声。 ノーヴェだ。 彼女は座席へと腰を下ろしたまま、鋭い視線で中空を見つめていた。 「アイツだよ。まだ生きてるんだ。アタシ達を逃がさないつもりだ」 「馬鹿げてる! 腹を貫かれているんだぞ、もう失血死していたっておかしくない!」 「そんな簡単に死ぬかよ。アイツ等、医療用のナノマシンを投与されてるんだろ? 治り切る事はなくても、止血位はすぐに済んでる筈さ」 「それに、向こうもこっち並みに必死な筈ッスからね」 ノーヴェの発言に、ウェンディが続く。 ティアナが視線も鋭く2人を見据え、ウェンディに続く言葉を促した。 「何が言いたいの」 「ちょっと訊くッスけど、さっきの地球軍の戦略、あれ知ってるのはランツクネヒトの全隊員なんスか?」 「・・・いいえ。指揮官のアフマド中佐を始めとした、数人といったところね。下部構成員はバイド建造に関する情報の隠匿を厳命されている程度よ」 「ならアイツは多分、今頃こう考えている筈ッスね。管理局の一部局員がバイドに関する情報を得て、その上で反乱を企てている。どうにかしてその事実を仲間達に伝えて、アーカイブが他の局員の手に渡る前に叛乱部隊を殲滅しなきゃならない。そりゃ必死にもなる訳ッス」 やがて、車両が減速を始める。 A-00エリア、管制区・第1トラムステーション、到着。 ティアナはウェンディの発言に対し言葉も返さぬまま、クロスミラージュを手にドアの傍へと立つ。 「サーチャーは?」 「駄目です、ジャミングが張られている。このエリアのシステムを限定的に回復、乗っ取られた様です」 「周囲警戒を怠らないで。生存者はA-05から12までのエリアに集結しているから、此処に居るのはあの男だけよ。確認の必要はない、目標と思しきものは全て撃って」 ドアが開き、局員達が車両外へと展開する。 ステーションに人影は無い。 変わらず響き続ける振動だけが、降車するスバルの聴覚に鈍い轟音となって届く。 「誰も居ない」 「サーチャーを接触式に変更、通路を索敵して。反応があれば・・・」 その時、ステーション内に警告音が流れた。 何時か耳にした音、緊急ではなく平時に聴いたそれ。 一体、何処で? 「ノーヴェ・・・この音って、確か・・・」 「・・・ヤバイ!」 咄嗟に振り返り、車両内に残る局員へと向かって叫ぶノーヴェ。 負傷者2名と、その治療に当たる1名の局員、計3名。 時間が無い。 あの警告音は、そして徐々に大きくなる鉄の擦れる異音は。 「トラムだ、逃げろッ!」 直後、減速すらせずにステーションへと侵入してきた車両が、停車中の車両へと激突した。 3人を乗せた車両は一瞬にして拉げ、その破片と火花が車両外の局員をも襲う。 反射的に頭部を庇った腕を引き裂いてゆく、無数の鉄片。 数秒ほど、全身を襲う衝撃と鼓膜を破らんばかりの轟音に耐え抜いた後、漸く腕を下ろし見開いた眼の先には、どちらの車両もレールさえも存在しなかった。 視界に映るのは破片と火花、そして天井面から噴き出す消火剤だけ。 車両及びレール、崩落。 『The accident occurred at the first tram station. The rescue team was called into action』 「・・・クソッ、やられた! 被害は!?」 「車両内の3人はバイタルが途絶えた! 受信距離が短くなっているんで断言はできないが、この・・・」 ティアナの問いに答える局員の言葉は、最後まで言い切られる事なく途切れた。 突然、彼の胸部が消し飛び、肩部より上が床面へと落ちたのだ。 腹部より下は未だバランスを保っており、一拍遅れて鮮血を噴き出しながら2・3歩よろめき、やがて倒れる。 そして、呆然とその様を見つめるスバルの眼前で、今度は別の局員の頭部が弾け飛んだ。 「銃撃だ!」 局員の叫び。 直後に、ステーション内部は再び弾け飛ぶ火花と鉄片に埋め尽くされ、金属を引き裂く耳障りな異音が何重にも響き渡る。 咄嗟にマッハキャリバーを用いて後退し、チンク、ノーヴェと共に待合所の陰へと身を隠したスバルは、この状況が何によって引き起こされているかを理解していた。 壁面の向こうより構造物を容易く貫き飛来する無数の銃弾、バリアジャケットを容易く貫く程の高速で破壊された構造物の破片を飛散させるそれ。 「ガウスライフルだ!」 「遮蔽物諸共に撃ち抜くか! やはり過剰火力ではないか!」 スバルに続き叫ぶチンク。 余りの攻撃の激しさに、まるで身動きが取れない。 弾体のみならば隙を突いて移動する事もできたかもしれないが、其処に飛散する構造物の破片が加わっただけで全ての動きが封じられてしまう。 壁面構造物は然程に強度が無く、弾体通過時に撒き散らされる衝撃波によって粉砕され、銃弾さながらに飛散するのだ。 こうなると、もはや弾幕と何ら変わりない。 破片は防御の薄い箇所を抜くには十分な速度を有しており、更に弾体そのものに到っては構造物越しにも拘らず易々とバリアジャケットを貫く程。 しかも突撃小銃なみの発射速度で継続射撃されている為、待合所の陰から顔を出す事もできない。 それでも何とかギンガやウェンディ、ティアナ達の安否を確認しようと僅かに顔の右半分を覗かせると、忽ち額の皮膚が引き裂かれ、更に右耳が半ばから縦に切断された。 「ぅあぁぁッ!」 「畜生、引っ込めッ!」 反射的に顔を背け、額と耳を押さえつつ再度に身を隠す。 襲い来る激痛に声を漏らし、歯を食い縛るスバル。 蹲り足下へと向けられた視線の先、切断された右耳の一部が鮮血に濡れて落ちていた。 「スバル・・・!」 「・・・大丈夫」 息を呑むチンクとノーヴェへと無理矢理に声を返し、何とか痛みを堪えつつ耳を澄ませる。 何時の間にか破壊音は止み、周囲には構造物の破片が落ちた際の微かな金属音のみが響いていた。 銃撃、停止。 「・・・おい、止んだぞ」 「分かってる。ギン姉達は何処?」 先程以上に警戒しつつ再度、顔を覗かせる。 こんな時にセインが居れば良いのだが、彼女のISは直接戦闘に向かない上、彼女自身も戦闘能力に秀でている訳ではないので、今は生存者の誘導に当たっていた。 無い物強請りである事を自覚しつつも、スバルは舌打ちせずにはいられない。 あのガウスライフルに狙われている事を知りつつ、それでも射界に身体を曝す事は御世辞にも良い気分とは云えないのだ。 そうして、スバルは破壊され尽くしたステーション内の光景を、余す処なく視界へと捉える。 「どうだ?」 「・・・酷い」 ノーヴェの問いに対し、スバルはそう答える以外に言葉が浮かばなかった。 ステーションは最早、元の様相を留めてはいない。 壁面には拳大の穴が無数に穿たれ、周囲の壁面構造物は根こそぎ剥がれてステーションの其処彼処に散乱している。 そして、散乱する無数の赤い塊。 「・・・何人やられた?」 「分からない・・・みんなバラバラに・・・待って」 構造物の破片に混ざり散乱する、人間にしては小さ過ぎる幾つもの肉塊。 その向こう、トラムチューブ内メンテナンス通路へと降りる為の階段が設置されている箇所に、ギンガとウェンディ、その他数名の姿が在った。 向こうもこちらに気付いたのか、ギンガが手振りで人数を伝えてくる。 「トラムチューブに8人、ギン姉にウェンディ、ティアナも居るって」 スバルは視線を動かし、次いで其処彼処に散乱する肉塊へと視線を移した。 思わず逸らされそうになる視線を無理やりに固定し、肉塊に付着する衣服の残滓、或いはそれらの間に転がるデバイスを探す。 漸く見付けた幾つかのデバイスは、そのどれもが酷く破損していた。 「・・・今のところ、私達も含めて生存者は11名」 「という事は8名が死亡、若しくは生死不明か」 チンクと言葉を交わす間にノーヴェが待機所の陰から顔を出し、すぐに手で口許を覆って頭を引き戻す。 その顔は見る間に酷く青ざめ、手は小刻みに震えていた。 苛烈な性格とは裏腹に、彼女の精神は繊細だ。 スバルもそれは良く解っていた為、チンクと軽く視線を交わすと再度、彼女自身が陰から顔を覗かせる。 丁度その瞬間、スバルの足下から響く鈍い金属音。 「え?」 戦闘機人特有の反射速度にて、足下へと視線を落としたスバルの目に、奇妙な物が映り込む。 それは床面にて反射し、後方へと弾んで行く小さな円筒形の物体、総数3。 かなりの勢いで弾んだそれらは、更にその先の壁面へと衝突して跳ね返り、まるで意思が在るかの如く宙を舞ってスバル達の頭上へと落下してくる。 スバルの脳裏を過ぎるのは、訓練校での座学で学んだ質量兵器の歴史。 「グレネード!」 叫び、待合所の陰から飛び出す。 視界の端には同じく飛び出したノーヴェと、彼女に抱えられたチンクの姿も在る。 直後、背後から膨大な熱量と、脊椎を粉砕せんばかりの衝撃が襲い掛かった。 「がぁッ!」 一瞬にして身体が制御を失い、マッハキャリバーによる加速を遥かに超えた速度で壁面が迫り来る。 スバルはそのまま、真正面から壁面へと衝突した。 咄嗟に顔を庇った腕を中心に衝撃が全身を打ちのめし、そのまま仰向けに床面へと倒れ込む。 ぼやける視界の中、鉄の臭いが嗅覚を侵し始めた。 打ち付けた鼻から、そして頭部から血が出ているのだ。 「う・・・」 呻き、身を起こそうと試みるスバル。 だが、身体が動かない。 全身が軋みを上げ、力を込める事ができないのだ。 そんなスバルの視界へと、ガウスライフルの銃撃によって壁面に穿たれた穴から飛び出す、数発のグレネード弾が映り込む。 弾体の軌跡を目で追えば、榴弾は次々に床面で兆弾、その勢いを保ったまま天井面から壁面へと、縦横無尽に空間を跳ね回るではないか。 唖然とするスバルの眼前で、榴弾は複数の角度からトラムチューブの方向へと跳ね、全弾が狙ったかの様にメンテナンス通路へと向けて落下してゆく。 其処で漸く、彼女は気付いた。 インテリジェント砲弾。 状況に応じて誘導方式を能動的に選択し、自己を正確に目標へと到達させる機能を持つ砲爆弾。 まさか魔法でもない質量兵器、それも個人携行火器の弾薬にその機能が備わっていようとは、夢にも思わなかった。 グレネード弾の反射は受動的なものではなく、榴弾自体の制御下に置かれた運動だったのだ。 「逃げ・・・」 辛うじて振り絞った声が発し切られる前に、メンテナンス通路から複数の叫び声が響く。 次いで、爆発。 爆発の瞬間に撒き散らされる無数の小さな破片と、それによって引き裂かれてゆく周囲の構造物。 恐るべき威力だ。 ギンガやティアナの無事を祈りつつも、スバルはあれを受けた自身の背中がどうなっているのかを想像し、其処で全身の感覚が薄れてきている事に気付いた。 不味い。 どうやら自身が思っていた以上に、負傷の度合いは酷い様だ。 四肢の末端が冷えてゆく感覚は、大量の出血によるものか。 可能な限り早く治療を受けねば、このまま失血死してしまうだろう。 「・・・誰か・・・手を貸してくれ! 誰か!」 そんなスバルの思考は、突如として意識へ飛び込んできた叫びによって中断された。 朦朧とする思考のまま、声の方向へと首を巡らせる。 どうにか動かした視線の先には、倒れ伏すノーヴェを引き摺るチンクの姿。 だが、どうにも様子がおかしい。 「誰か・・・誰か居ないか! 返事をしてくれ!」 チンクに引き摺られるノーヴェの両脚は、膝から先が無かった。 傷口から零れ出る血液が、床面に血溜まりを作っている。 更に全身を破片に切り刻まれたのか、スーツの其処彼処が破れ、その下から覗く皮膚は深く抉られていた。 スバルと同様、彼女も重大な傷を負っているのだ。 チンクはそんな彼女の左手を右手で掴んでいるが、何故かその身体を背負う事はしていない。 良く見れば、彼女には左腕が無かった。 それだけではない。 両脚の脹脛は引き裂かれて筋組織が剥き出しとなっており、やっとの事で立っている状態だ。 そして何よりも、チンクはその唯一残されていた左眼の位置から、夥しい量の血を溢し続けていた。 更に良く凝視すれば、何と左眼周辺からその下部に掛けての皮膚組織、そして骨格が根こそぎ失われているではないか。 頬骨が抉られ、内部組織が零れ出しているのだ。 どうやら榴弾が炸裂した際、スバルより僅かに退避の遅れた2人は、至近距離から破片を浴びてしまったらしい。 恐らくは、聴覚も機能を破壊されているのだろう。 何事かを呟くノーヴェに気付かないまま、掠れる声で周囲の返事を求めつつ、チンクは覚束ない足取りで歩き続ける。 彼女の向かう先には、破壊された壁面以外には何も無い。 だが彼女には、それを知る術が無いのだ。 「チンク姉・・・も・・・良い、から・・・逃げ・・・」 「誰も居ないのか!? ノーヴェが、ノーヴェが負傷しているんだ!」 溢れ返る血液が気道に流れ込むのか、チンクの声には無数の泡が弾ける様な音が混じっていた。 余りにも凄惨な光景に、スバルは自身の負傷さえも忘れて立ち上がろうとする。 何とかうつ伏せになり、背中の感覚が一切無い事に冷たいものを覚えながらも、床面に手を突いて力を込めた。 四肢が震え、ただ立つだけの事であるにも拘らず、内臓を締め付けられるかの様な感覚が彼女を襲う。 それでも、ノーヴェを救わんと歩き続けるチンクの姿を視界へと捉えながら、遂にスバルは立ち上がる事に成功した。 ふらつく身体を何とか支えながら、チンクに手を貸すべく歩み出す。 その時、引き摺られつつも周囲を見やっていたノーヴェの顔が、丁度スバルの方向へと向いた。 「スバル・・・!」 「ノーヴェ・・・待ってて・・・すぐに・・・」 「頼む・・・チンク姉を・・・このままじゃ・・・」 言われずとも解っている。 今のチンクは、視覚も聴覚も奪われているのだ。 恐らくはすぐ其処に居るにも拘らず、反応の無い事からノーヴェの状態を推測したのだろう。 事実、ノーヴェは動ける様な状態ではない。 だがチンクとて到底、無事とは云えない状態だ。 念話を用いている様子もない事から、肉体的な負傷だけでなく意識の保持すらも危ういのだろう。 スバルは遅々とした、しかし僅かにチンクを上回る歩行速度で、徐々に距離を詰めていった。 「チンク」 「誰か・・・」 そうして傍らへと辿り着き、名を呼びつつ左手を伸ばしてその肩を掴もうとする。 指先が触れた瞬間、チンクは目に見えて身体を震わせた。 スバルも一瞬、反射的に手を引いたものの、再度すぐに腕を伸ばす。 チンクの身体を支え、そのまま3人で物陰へと退避する為だ。 そして左手が、チンクの右肩へと置かれる。 次の瞬間、スバルの視界の中から、彼女の左腕が消え去った。 「あ・・・え・・・?」 呆然と、スバルは自身の左腕が在った空間を見つめる。 今はもう、其処には何も無い。 解れた筋組織と僅かな機械部品の残骸だけが、残る肩部から垂れ下がっている。 そして一拍遅れて、大量の血液が噴き出した。 スバルは悲鳴も上げない。 否、上げられない。 自身の腕が吹き飛んだという事実よりも、その先にある光景こそがスバルの意識を捉えて離さなかった。 「チンク姉・・・?」 呆然と放たれた、ノーヴェの声。 恐らくは、目前の光景が信じられないのだろう。 スバルにとっても、それは同様だ。 今は失われた腕、その先に佇んでいたチンク。 彼女の一部もまた、スバルの左腕同様に消し飛んでいた。 呆然とその姿を見やるスバルの眼前で、チンクの小柄な身体がバランスを失い倒れ込んでゆく。 数秒前よりも、明らかに小さくなった身体。 在るべきものが無い、不格好な身体。 「嘘・・・」 「頭部」と「右半身」の無い「チンクだったもの」。 「チンク・・・」 「チンク姉ぇッ!」 余りにも軽い音と共に、その肉塊は床面へと叩き付けられた。 断面から血液が溢れ出し、周囲を赤く染めてゆく。 絶叫と共に、ノーヴェが激しく身を捩りながら、残されたチンクの肉体へと縋り付いた。 半狂乱にチンクの名を呼び続ける彼女の身体は、脚のみならず腰部までもが大きく抉られている。 チンクの身体とスバルの左腕を粉砕した数発の銃弾が、そのまま倒れ伏すノーヴェの身体をも穿ったのだろう。 叫びつつチンクの身体を揺さ振る度に、ノーヴェの腰部からも大量の血が溢れ出す。 既に彼女の上半身と下半身は、僅かに残った左側面の体組織によって辛うじて繋がっている状態だ。 「やだよ・・・やだよチンク姉ぇっ! 死んじゃやだ・・・死んじゃやだよう・・・」 チンクだった肉塊を腕の中に抱き止め、泣き叫ぶノーヴェ。 そんな彼女を前にスバルは、無くなった左腕を掻き抱く様にして、微かに震えていた。 恐怖による震えではない。 抑え切れぬ感情の波、彼女を内側より突き破らんとする激情からの震え。 何故、どうしてこんな事になった。 こんな事、余りに残酷すぎる。 何故、チンクは死ななければならなかった。 車両内に残った3人は、壁面ごと撃ち抜かれた7人は。 彼等は何故、同じ人間に殺されなければならなかったのだ。 共通の敵、絶対的な力を有する悪夢が其処に在るというのに、何故。 「あ・・・ああ・・・!」 震えは秒を追う毎に強まり、遂にスバルは膝から崩れ落ちる。 追い詰められた身体、追い詰められた精神。 もう、立っている事すらできなかった。 「誰か・・・!」 未だ泣き叫ぶノーヴェへと覆い被さる様にして、スバルは震える声を絞り出す。 今の彼女には、地球軍やランツクネヒト、次元世界全体の事を思考する余裕など無かった。 残酷な現実に折れた心の中、残されたのはたったひとつの強迫観念。 救わねばならない。 目の前の彼女、同じ遺伝子を持つ姉妹を救わねばならない。 それを為そうとし、しかし叶わずに逝ってしまった彼女の姉に代わり、自身が彼女を護らねばならない。 でも、不可能。 左腕が無い。 脚も動かない。 圧倒的に血が足りない。 心臓の鼓動さえも、何時止まるとも知れない。 だから、叫ぶのだ。 「助けて・・・ギン姉・・・ティア、ウェンディ! ノーヴェが・・・ノーヴェが死んじゃう! 死んじゃうよおっ!」 血を吐きつつ、スバルは叫ぶ。 様子見か、新たに壁面を貫通してくるガウスライフルの銃弾。 それが残る右腕を吹き飛ばしてもなお、その叫びは破壊されたステーション内に響き続けていた。 * * 「どけ」 「いいえ、断るわ」 短い問答の後、ウェンディは躊躇う事なく、ライディングボードの砲口をティアナの眼前へと突き付けた。 だが、ティアナは動じない。 変わらぬ無表情のまま、クロスミラージュを持つ手を動かす事もなく佇んでいる。 「これで最後。どけ」 「もう一度言うわ。チンクは死んだ。戻っても意味は無い」 途端、ボードの砲口に魔力が宿った。 脅しではない。 ウェンディは本気で、眼前に立つティアナを殺すつもりだった。 だが直後、砲口とティアナの間に影が割り込む。 ギンガだ。 「止めなさい、ウェンディ! ティアナ、貴女どうしてしまったの? スバルとノーヴェは、まだ生きているのよ!?」 言いつつ、彼女はティアナへと詰め寄る。 そう、チンクがランツクネヒト隊員により殺害された事は、先程まで聞こえていた助けを求める声とバイタルが途絶えた事で判った。 だがスバルとノーヴェについては、未だそのバイタルは健在なのだ。 2人は、まだ生きている。 にも拘らずティアナは、2人の救出、それ自体が無駄な行為であると言い切ったのだ。 その言葉に、ウェンディは激昂した。 ふざけるなと一喝、ボードを手に立ち上がる。 そんな彼女の前に、ティアナが立ち塞がった。 その結果が先の問答である。 「無駄ッスよ、ギン姉。ソイツはもう、アンタやアタシの知ってるティアナじゃないッス」 いつもの口調で吐き捨てると、ウェンディは2人の傍らを擦り抜けてボードを浮かべた。 ボードの上へと飛び乗り、推力を引き上げんとする。 そんな彼女の背後から、思わぬ言葉が投げ掛けられた。 「あの2人はもう、私達の知ってるスバルとノーヴェじゃない」 瞬間、ウェンディはボード制御に関する、全ての情報をキャンセルした。 床面から50cmほど浮かび上がったボードの上に立ったまま、背後のティアナへと振り返る。 視界にはティアナの後姿、そして彼女を見やる驚愕の表情を浮かべたギンガが映り込んだ。 「ランツクネヒトが用意した新しい身体に、2人の脳髄が移植された事は知っているでしょう」 「・・・勿論」 知っている。 知らない筈がない。 それを聞いた時の衝撃は、今でも鮮明に思い出せる。 2人は誕生から慣れ親しんだ身体を、永遠に失ったのだ。 「2人の体組織から培養された生体ユニットが、無人のR戦闘機に搭載されている事は」 「知っているわ。それが?」 「それですよ、ギンガさん」 途端、全身が冷え切ってゆく様な感覚が、ウェンディを襲う。 脳裏に浮かぶ、最悪の予想。 そんな事はない、と否定しながらも、それで辻褄が合うと冷静に指摘する理性。 そして遂に、ウェンディが最も望まなかった答えが、ティアナから齎される。 「あの2体の身体に移植されたのは、オリジナルの脳内情報を転写された培養体。オリジナルの2人の脳髄は、あの身体に移植されていない」 周囲の全てが冷え切ってゆく。 そんな錯覚が、ウェンディを侵食していた。 ボードの高度が徐々に下がり、床面に接触する。 ウェンディは覚束ない足取りでボードを降り、ゆっくりとティアナへと歩み寄った。 「なら・・・それなら・・・」 震える両の腕を伸ばし、ティアナの肩を掴む。 力加減など考えもしなかったが、ティアナは特に反応を見せない。 冷たい瞳だけが、ウェンディを真正面から見据えている。 「2人は、何処に・・・?」 答えはすぐに齎された。 同じく、最も望まなかった、最悪の真実。 スバルを、ノーヴェを。 そして、最後まで2人を護ろうとして命を落としたチンク。 3人の命と尊厳を踏み躙り、徹底的に侮辱する事実。 「「TL-2B2 HYLLOS」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」・・・それが、スバルとノーヴェの「移植先」よ」 トラムチューブ内に響く、泣き叫ぶ声と助けを求める声。 それらの声を聞き留めながらも、ウェンディは動く事ができなかった。 ギンガを、ティアナを、そして自分を呼ぶ声に、応える事ができない。 「初めから、2人を返すつもりなんて無かったのよ。オリジナルを生体ユニットに加工し、私達にはオリジナルを模したコピーを返す。本当の事は、ランツクネヒトの上層部だけが知っていた。あの2体は情報収集ユニットとしての機能を担っていたのよ。 念入りにも、通信を用いて情報を転送するのではなく、回収して情報を吸い出すタイプのね。こうして逸れる事ができたのは幸運だったわ。さっきは2体が居たから、この事を貴女達に伝える事もできなかった」 そう言うとティアナはウェンディの手を払い、トラムチューブの奥へと向かうべく歩を進める。 その左肩は、鮮血に塗れていた。 先程トラムチューブに落下してきた、榴弾の炸裂による負傷だ。 彼女だけではない。 ウェンディもギンガも、そして他の5人も。 皆が皆、少なからず傷を負っていた。 「とにかく一旦、此処を離れましょう。向こうは私達を此処から逃がす訳にはいかないけれど、それは私達も同じ。体勢を立て直して砲撃戦を仕掛ける。壁ごと撃ち抜くのは、何も奴らだけの・・・」 「ティアナ」 と、ティアナの言葉を遮る、ギンガの声。 見れば彼女は、左腕のリボルバーナックルに右手を添え、ステーションの方向を見据えていた。 チューブ内には未だ2つの声が響いており、次いで悲鳴の様な叫びが上がる。 「私は、あの2人を助けに行く」 毅然と放たれたその言葉に、ウェンディは自身の心が揺さ振られた事を感じ取った。 決然としたギンガの声には、懼れなど微塵として滲んでいない。 その目には、迷いなど欠片も浮かんではいない。 「正気ですか、ナカジマ陸曹」 感情のまるで感じられない、冷たく無機質な声。 ティアナだ。 そちらを見やれば、彼女は足を止め、しかし振り返る事なく佇んでいた。 「あれはスバルでもノーヴェでもない、単なるランツクネヒトと地球軍の情報収集ユニットですよ。それを理解した上で言っているんですか」 「本物かどうか、なんてのは問題じゃないわ。あの2人は、自分の事をスバル、そしてノーヴェだと信じ切っている。ある意味、間違ってはいないと思わない?」 「あれを救い出すつもりですか? 馬鹿げてる。人間でも、戦闘機人でもないのに」 「彼女達は私達と同じ遺伝子を基に生み出された、言うなれば姉妹よ。どんな目的があって生み出されたのかなんて、どうでも良い。助け出して、ランツクネヒトの呪縛から解放する。スバルもきっと同じ事を望むわ」 そう言い切ると、ギンガはステーションへと向かい歩み始める。 数秒ほどその姿を見つめていたウェンディだったが、すぐにボードへと飛び乗り、その後を追い始めた。 その背後から掛けられる、ティアナの声。 「その選択がどれだけの危険を孕んでいるか、本当に理解しているんですか!? あれはランツクネヒトが送り込んだ生物兵器なんですよ!」 ギンガは答えない。 ウェンディはその背を視界へと捉えつつ、同じく振り向かずに歩を進める。 再度、掛けられる声。 「勝手にすれば良いわ! スバルとノーヴェは私が救い出す! 偽物なんかじゃない、本物を救ってみせる!」 そんな声を背に受けつつ、ウェンディは加速し前方を行くギンガへと追い付き、その僅か前方へと位置する。 ギンガの瞳は既に、戦闘機人の証である金色の光を帯びていた。 彼女は微かにウェンディへと視線を向けると、静かに語り掛けてくる。 「貴女は、これで良かったの?」 「水臭いッスよ、アタシ達はみんな姉妹みたいなモンじゃないッスか。其処に新しい妹が2人ばかり増えるだけッス。それに」 前方、薄らとステーションの明かりが見えてきた。 2つの声は未だ響き続けていたが、その勢いは随分と弱まってきている。 急がなければ、危ない。 「チンク姉だって、そう言うに決まってるッス。お姉ちゃんの意思も酌めない妹じゃ、くたばった時に合わせる顔が無いッスよ」 震えそうになる声を、明るい声で無理矢理に誤魔化す。 滲む視界。 拳を瞼に当て、乱暴に水分を拭い去る。 チンクは、あの小さな身体の、しかし何時だって姉妹達の事を考えていてくれた姉は、もう何処にも居ないのだ。 「ウェンディ!」 ギンガが、鋭く声を発した。 もう一度、瞼の上を拭い、ウェンディは瞠目する。 前方のステーション下、トラムチューブの中央に、潰れて落下した車両の残骸が燃え盛っていた。 その少し先、ステーションから零れ落ちる大量の火花に照らし出され、見慣れたデバイスが転がっている。 「・・・ッ! 急ぐッスよ!」 リボルバーナックルだ。 それを装着した腕部そのものが、血塗れとなって転がっていた。 先程の悲鳴はこれか。 ボードの角度を吊り上げ、上昇に移る。 一息にステーションへと到達すると見せ掛け、直前で反転し降下。 直後、眼前に火花と鉄片の壁が出現する。 ガウスライフルによる銃撃、陽動による回避成功。 その隙を突いて展開されたウイングロードの上を、ギンガが一瞬にして駆け抜ける。 銃撃の火線が後を追うも、最高速度にまで達したギンガを捉えるには至らず、飛散する壁面構造物の破片が背の一部を切り裂くに留まっていた。 だからといってこのままでは、遠からず直撃弾が出る事は明らかだ。 しかし、既に策は成っていた。 「アタシを忘れてたのが・・・」 ウェンディ、空中でボードに手を添え上下を反転、そのままの勢いで着地しつつ砲撃態勢へ。 戦闘機人の有する強靭な耐久力で以って衝撃を耐え抜き、既に魔力集束を開始したボードの砲口を頭上のトラムチューブ壁面へと向ける。 ガウスライフルの射撃点は既に、ギンガを追う火線の射角変化から割り出されていた。 視界へと表示される目標に照準を合わせ、集束値が臨界を迎えた事を知らせる表示の点滅と同時。 「運の尽きッスよ!」 ウェンディは一切の躊躇い無く、集束砲撃を放った。 砲撃が壁面へと突き立ち、次いで壁面内部で起こった魔力爆発が周囲の構造物を消し飛ばす。 それを最後まで見届ける事なく、ウェンディは更に6回の簡易砲撃を放ち、ボードへと飛び乗り加速、スバルの右腕を回収しつつステーションへの上昇に移った。 この砲撃でランツクネヒト隊員を無力化できたとは考えていないが、しかし少なくとも同じ地点からの射撃継続は不可能だろう。 そうしてステーションへと到ったウェンディの視界に、余りに凄惨な姿となったスバルとノーヴェ、その2人を庇う様に抱え込むギンガの姿が映り込んだ。 3人の傍らには、自身のそれと同様のスーツを纏った小さな、頭部と右半身の無い死体。 それが誰のものであるかを理解し、ウェンディの胸中へと言葉にならない感情が込み上げるが、それを無理矢理に押し込める。 そんな彼女へと、ギンガは焦燥を隠そうともせずに言い放った。 「出血が激しすぎる! すぐに医療施設へ運ばないと!」 その言葉に、既に意識を失ったらしきスバルとノーヴェの全身を見やれば、2人は全身を切り裂かれた上、スバルは両腕、ノーヴェは両脚が吹き飛んでいるではないか。 更に、無数の鉄片が背面へと食い込んでおり、深く抉れている箇所も10箇所以上あった。 戦闘機人でなければ、疾うに死亡していただろう。 「A-04だ! あそこなら医療ポッドが在る!」 口調を取り繕う余裕すら無く、ウェンディは叫ぶ。 ギンガがスバルとその右腕を、ウェンディがノーヴェを抱え上げると、数瞬ほどチンクの遺体を前に躊躇し、しかし軽く目を伏せて別れの言葉を呟くと、A-04エリアへと向かう為に視線を引き剥がした。 その、直後。 「な、あッ!?」 巨大な衝撃が、周囲の全てを揺るがした。 立つ事はおろか、その場に留まる事すらできない程の衝撃。 まるで至近距離で爆発が起きたかの様なそれに、ウェンディ達は為す術もなく弾き飛ばされ、幾度となく壁面へ床面へと身体を打ち付けられた。 そんな中でもウェンディは、腕の中のノーヴェを必死に庇い続ける。 発動した防音障壁越しにも届く、鼓膜を引き裂かんばかりの轟音。 それが響き続ける中、辛うじて数瞬ほど見開かれた眼。 その視界には大量の火花と、巨大な黒々とした何かが眼前の構造物を引き裂いてゆく光景が映り込む。 直後、全身を襲う浮遊感。 落下している。 数秒ほどそれが続いた後、ノーヴェを抱えたまま衝撃に身構えていたウェンディの身体を、誰かが抱き止めた。 落下速度が減速している。 見開いた瞼の先には、こちらを見下ろす血に塗れたギンガの顔。 「ウェンディ・・・無事?」 「・・・助かったッス、ギン姉」 漸く、構造物に足が着いた。 腕の中にノーヴェの姿が在る事を確かめ、ウェンディは周囲を見回す。 振動が絶え間なく続いており、何処かで爆発が連続的に発生している事が窺えた。 傍らには、スバルを抱えたギンガの姿も在る。 どうやら右腕1本で、落下するウェンディを受け止めたらしい。 近くに落下していたのか、少々破損したライディングボードも見付かった。 だが、それらよりも、ウェンディの意識を引き付けたもの。 「何スか、これ・・・」 高さ数百mにも亘って構造物が崩落した、広大な空間。 粉塵に埋め尽くされているものの、僅か20秒程度で出現したとは信じられない程に広大な其処は、其処彼処に燃え盛る炎の光が粉塵に反射し、不気味に薄く照らし出されていた。 何もかもが崩壊した、元が技術の粋を集めて建造された施設とは到底信じられぬ、破壊の痕跡のみに支配された空間。 その中、ウェンディ達の前方100m程の地点に、壁が在った。 禍々しい、黒々とした壁。 周囲の全てが凄絶なまでに破壊されている中、その壁だけは損傷といった損傷も無く、この空間に於いては明らかな異常として存在していた。 呆然とその壁を見つめるウェンディに、ギンガから声が掛けられる。 「ねぇ、あれ・・・」 その声に振り返れば、ギンガは正体不明の壁、その一部を指し示していた。 指の先を辿るも、それ以外に注目すべきものは見付からない。 どうにも解らず、もう一度ギンガを見やると、彼女は何処か呆然と告げた。 「あれ・・・戦艦じゃ・・・」 ノーヴェをそっと足下に横たえ、ウェンディはライディングボードの許へ走る。 ボードを手に取り、数発の直射弾を頭上へと発射。 弾速を落とし、多少に過剰なまでの魔力を供給されたそれは、桜色の光で辺りを照らしつつ上昇してゆく。 余りに巨大過ぎて気付かなかったが、数十mもの大きさを持つミサイル格納部らしきハッチが直線上に並び、遥か頭上にまで連なっていた。 光源である直射弾の周囲を拡大表示すると、100m近い長大な砲身が2つ連なった砲塔が2基、闇の中に轟然と浮かび上がる。 艦体は更に続いている様だが、その先はコロニーの構造物に埋もれて確認できなかった。 間違いない、これは戦艦だ。 だが何故、そんなものがコロニーに突っ込んできたのだ。 この戦艦は、何処の勢力に属するものなのか? 「ギン姉、この戦艦って・・・」 「入りましょう、ウェンディ」 こちらの問い掛けを遮る様に放たれた言葉に、ウェンディは暫し呆然とした。 だが、その間にもギンガは、スバルとノーヴェを抱えて戦艦へと歩み寄る。 スバルの右腕から回収したのか、ギンガのそれには右手用のリボルバーナックルが装着されていた。 そんなギンガの行動に戸惑いつつも、ウェンディは再度に問いを発する。 「何の為に?」 「これを迂回してA-04まで行くのは無理よ。だけど、これだけ巨大な艦なら医療施設も有している筈。私達が目指すのはそれよ」 「・・・けど! 突っ込んできたって事は、間違いなくコイツも汚染されてるッスよ!?」 「だから?」 立ち止まり、不敵に声を返すギンガ。 こちらへと振り返った彼女の眼は、試す様にウェンディを見据えていた。 思わず息を呑むと、彼女は決意に満ちた声で続ける。 「この娘達を救う為なら、その程度の危険なんかどうでも良いわ。此処で何もしなければ、2人が死んでゆく様を見ている事しかできない。そんなのは御免よ。それに・・・」 ギンガ、ウイングロード展開。 紫の魔力光を放つ道が、緩やかなループを描きつつ遥か上空へと続いている。 2・3度、ブリッツキャリバーの調子を確かめる様にローラーを鳴らし、ギンガは言い放った。 「人間と殺し合うより、バイドと殴り合う方が余程やり易いわ」 途端、彼女はブリッツキャリバーから火花を散らしつつ、空中へと駆け出す。 ウェンディは数瞬ほど躊躇い、次いで息を吐くと頭上を仰ぎ見た。 そして額に手を当て、握り拳を作ると少々強めに頭を小突く。 ボードを倒し、その上へと飛び乗って加速、上昇角を吊り上げてギンガの後を追い始めた。 推力を上げ、更に加速を掛ける前に一言。 「ああもう、畜生! 今日は人生最悪の日ッスよ!」 紫と桜色の光が、破壊に彩られた闇を切り裂く。 絡み合う様に上昇してゆく2条の光に焦燥はあれど、絶望の色は微塵も存在しなかった。