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「おにいちゃんどうしよう……」 「ん?どうした?」 「発情してきちゃった☆」 「☆じゃねえ!!馬鹿かお前は!!だいたいここがどこかわかってるのか!!」 「だってだって、あの包茎チンポとか見てたら……」 「芸術品をそんな目で見るな!!」 「大丈夫です。ダビデ像よりおにいちゃんの股間の方が芸術的ですから」 「褒められた気がしねえ!!」 「掘られたんですね」 「あながち間違ってないからくやしい」 「ああ、穴ガチってそういう……」 「うるせえよ!!」 「こほん、お客様。美術館の中ではお静かに願います」 ~明楽いっけいの憂鬱外伝その22~
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「おにいちゃん、犬拾ってきたんだけど……飼ってもいい?」 「面倒はだれが見るんだ。だいたい母さんが許すと思うか?」 「でも、でも、びしょびしょに濡れてて怪我もしてたし……」 「かわいそうなのはわかる。でもな、うちで飼うのはダメだ。う……泣くな。わかった、貰い手が見つかるまでだ。貰い手が見つかるまでなら飼ってもいい」 「え!本当?本当に飼ってもいいの?やったあ」 「ああ、男に二言はない。でどんな犬なんだ?」 「うん、ちょっと大きいけどね、金色の毛並みですごくかわいいの。尻尾ふりふりしてあいかのことペロペロ舐めてね、ああいうのを雌犬って言うんだね」 「いやその用法はおかしい。今庭にいるのか?じゃあ少し見に行くか」 「溜まってると思うけどいきなり襲っちゃダメだよ」 「ははっ、お前より色っぽかったら襲うかもな……って色っぺーー!!!!」 「男に二言はないんだよね。貰い手が見つかるかどうかは別として見つかるまでは飼っていいんだよね。貰い手見つかるかな?」 「鬼!悪魔!外道!!」 「悪魔ですから」 こうして明楽家にまた1人家族が増えたのであった ~明楽いっけいの憂鬱その8~
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415 :ひゅうが:2012/01/25(水) 19 15 00 ネタ「銀河憂鬱伝説」――演習対戦 ――同 日本帝国宇宙軍大学校 第1演習実技室 「なるほど。考えたな。」 嶋田茉莉中将(本人は繁太郎としての意識が強いが)は、自分の知識と照らし合わせ、ヤン・ウェンリーが行おうとしている戦術を見てニヤリと笑った。 目の前では、立体映像で再現された軍艦のブリッジで歯を食いしばっている彼(彼女?)の後輩たちの姿がある。 第1演習実技室では、ホログラムを用いた実技演習が行われてた。 交流の一環としてこの演習設備を使ってみるという名目であるが、同盟側にしてみれば国力で圧倒する日本帝国に対し一矢を報いるという気持ちであったし、日本側はともすれば慢心しかねない部下たちに気合を入れるという気分であった。 やれやれ。早く引退して今度こそ平穏な日常生活を送りたいものだ。と嶋田は思う。 この世界にやってきてから数十年を平穏に過ごせたことから、嶋田は「嶋田繁太郎」だった時のように生涯のほとんどを仕事に費やした頃のような平穏への渇望をやや和らげている。 が、それが夢幻会の一同の嫉妬を買ったらしく、こうして仕事を次々にもらう結果となっていた。 根が真面目な嶋田としてはやらないという選択肢を持っていなかったが、いくら処理能力が転生と電脳化で底上げされていてもいささか精神的な疲れは覚えるものだった。 まして、元が大日本帝国宰相を経験した男であるだけあって要領がよくどんどん出世してしまうとあっては。 「さて『提督』。どうするかね?回廊へ後退し迎撃網を再構築するか?」 嶋田は、今回の演習の指揮官役である宇宙軍大学校学生に向かって言った。 「いえ閣下。それをやってしまっては後方で伏せられている部隊による伏撃を食らいます。釣り野伏は勘弁です。ここは現宙域に停止し迎撃戦を開始します。ついては後備部隊については独自に行動され、敵の兵站への圧力をお願いします。」 うん。まぁ合格点だな。と嶋田は頷いた。 今回の想定は、日本帝国全域と自由惑星同盟領を舞台とした戦闘だ。 想定状況は同盟内で一部財閥と軍が結託したクーデターにより軍事独裁政権が成立。 主力艦隊はイゼルローン回廊から侵出してくる敵艦隊への対処のためにパランティア星系から動けずに待機している。 これに対し日本側は同盟最高評議会委員のよる要請を受けクーデターへの介入を決定、クーデター政権側も保有する艦隊による迎撃を敢行しようとしているというものである。 日本側の勝利条件は、バーラト星系の奪取とクーデター政権艦隊の撃滅。 同盟側の勝利条件は、日本側が投入する機動鎮守府級戦艦1隻以上の撃破もしくは艦隊司令部1個の殲滅(エア回廊の一定宙域の確保も含む)である。 なお、投入戦力は同盟側が4個艦隊4万6千隻。日本側は、3個機動鎮守府級戦艦と2個艦隊2万5000隻であった。 まず、同盟側の総指揮官をつとめるシトレ大将と艦隊司令官役のヤン中佐は艦隊の全力を挙げてエア回廊へ遮二無二侵攻。 出動準備を整えていた日本側艦隊は、学生である国木田少佐(第10期首席)を総指揮官とし高橋少佐を艦隊司令官に、嶋田を艦隊司令官兼機動鎮守府級戦艦「薩摩」艦長として助っ人に置いていたがこのうち高橋艦隊(高速艦で編成される)を迎撃に先発させていた。 もとが日本側主導による侵攻作戦であるために相互支援が可能な位置に高橋艦隊をおき国木田艦隊(+機動鎮守府2隻)が主隊として迎撃と侵攻を図ったのだが、そこへヤン艦隊がエア回廊への突入コースをとっているという報告が入った。 あわてた国木田艦隊は高橋艦隊に回頭と合流を下命するも、合流前に今度はシトレ艦隊が高橋艦隊方向から時間を見計らって突進。 結果、高橋艦隊の合流と入り乱れ、乱戦状態が出現してしまったのである。 ――日本側は、後方に展開するヤン艦隊の来襲前に司令部を回廊まで後退させるか、乱戦覚悟でシトレ艦隊の排除にかからなければならなくなってしまったのだった。 416 :ひゅうが:2012/01/25(水) 19 15 39 「了解したよ。これで高橋艦隊を見捨てて回廊へ逃げ込もうとすれば、君に鉄拳制裁をやっているところだ。ヤン艦隊の自爆攻撃を食らっていたと思うからね。」 「自爆攻撃・・・ですか?」 「そうだ。ヤン艦隊の目標はエア回廊への突入ではない。シトレ艦隊が総数3万8千を超えているのを見てもわかるだろう?ヤン艦隊は自分を囮にしたのさ。 君は回廊への突入を図るのだから『シトレ総司令を囮にし、ヤンが主力を率いて突入を介した』と判断したが実は逆だったというわけだ。 ここで君の頭の中でヤン艦隊は囮として規定されてしまった。釣り野伏を想定したのはまぁ合格点だが、攻撃的な運用がなされるとは『囮』という固定観念が邪魔をした――まぁそういうことだろう。」 嶋田はクスリと笑った。あの魔術師め。やはりやってくれる。 顔色を変えた国木田少佐は、「勉強になりました」と一礼した。 「急げよ。あとは数と数のぶつかり合いだ。私がハイネセンへの直接侵攻を図っても、数で勝る敵艦隊が旗艦を落としてしまうのが早いかもしれん。」 「は!」 それからの国木田艦隊は、彼が首席であるという事実を示すかのように高橋艦隊によるシトレ艦隊後方への「逆包囲」の展開と機動鎮守府級戦艦をほとんど丸裸にしての国木田艦隊による包囲突破へと戦術を移行させた。 対するシトレ艦隊も、乱戦の隙を逃がさず旗艦へ肉薄を試みつつある。 同室の机の向こうでありながら遮音措置がとられた同盟側旗艦(のホログラム)では、シトレ大将が少し目じりを下げていた。 「どうやら、容易に勝たせてはくれんか。」 「さすが、というべきでしょうな。我々の意図を見破り、即座に対処した。これは、ヤン艦隊別働隊による横撃は中止させた方がいいでしょうな。」 参謀長役となっているジェラルド・エイレネー少将が肩をすくめる。 「航続距離が足りない機動陣地を回廊に残してくるのを読み切り、この策を展開したヤン中佐。策士ですな。エル・ファシルの一件、運だけではないようで。」 「そうだろう?あれは怠け癖があるが、首から上の有能さは保証書をつけてもいいくらいだ。」 「なら、やるべきですな。ヤン『参謀長』の言を信じて。」 艦隊司令官役の一人であるルイ・マクヴィッツ大佐が、これまで見せていたヤンへの隔意をまったくなくした様子で楽しそうに笑う。 「敵移動要塞後方より識別信号!ヤン艦隊です!」 通信員役の簡易電子知性の報告に、シトレは口元を吊り上げる。 あいつめ。すでにこちらの様子を読み切って艦隊の再合流とこちらへの突進を選択したか。 「よし、いまだ!全艦突撃!イゼルローン攻略のために鍛え上げられた艦隊運動の精華を新たな友邦に見せてやれ!」 シトレ艦隊本隊とヤン艦隊は、全面攻勢を開始した。 ――演習の結果は、判定により同盟側の勝利となった。抜け目のない嶋田は、高速艦と機動陣地のうち航続距離延伸型を先発させてハイネセン近傍まで到達させたのだが、嶋田座乗の機動鎮守府級戦艦「薩摩」による包囲網が完成する寸前に、同盟側は自軍の7割以上の撃沈破と引き換えにヤン艦隊に所属する無人艦8000隻は総司令部へ向け乾坤一擲の突入態勢を完成させていたのである。 この時点で国木田少佐は戦術的敗北を宣言したのだった。
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177: フォレストン :2017/07/24(月) 15 49 28 球を極める 提督たちの憂鬱 支援SS 憂鬱ドイツコンピュータ事情2 改訂版 「前方の英仏巡洋艦より旗りゅう信号…貴艦隊の無事な航海を祈る、です!」 「マストに返礼旗を掲げろ、急げ!」 「ソーナーに感有り。右前方2500!」 「Uボートだ。こちらからは、絶対に手を出すなよ!」 バルト海を航行する日本艦隊は、英独仏の厳重な監視下に置かれていた。英国はともかくとして、ドイツやフランスは史実知識による先読みや謀略で痛い目に遭わされており、日本に対する不信は相当なモノであった。特にドイツは日本艦隊の予測進路にUボートを派遣するなど、その動向に常に目を光らせていたのである。 (やっぱり、こんな任務引き受けるんじゃなかった…!) 端から分かってはいたことであったが、今後の任務の困難さを想像すると思わず胃を押さえてしまう艦隊司令であった。 1939年12月初旬。 ヘルシンキ港沖に投錨した日本艦隊は、フィンランドを支援するために直ちに作戦行動に入った。先月の30日に、ソ連軍はフィンランドへの侵攻を開始していた。後に言う冬戦争である。 援芬派遣軍である日本艦隊は、重巡『妙高』、『足柄』、軽巡『最上』、軽空母『鳳翔』、航空工作艦『龍驤』に駆逐艦6隻を加えて構成されており、その中でも特異なのが龍驤であった。 航空工作艦とは聞きなれない艦種であるが、軽空母に準じる船体と艤装、さらに艦内には大量の補修部品とパーツの自作すら可能な工場が配置されており、文字通り航空機の工作艦であった。空母の格納庫では対応出来ない損傷や、重整備が必要な場合に重宝されており、稼働率を上げるのに一役買っていたのである。 178: フォレストン :2017/07/24(月) 15 50 58 ごく一部の人間しか知らないことであるが、龍驤はもう一つ別の任務を帯びていた。 入口を海軍陸戦隊が厳重に警備している格納庫の一角に、それは存在していた。 仕切られたスペースの奥には、奇怪なオブジェが置かれていた。7000個ものトランジスタを組み合わせて作ったトランジスタコンピュータである。CPU、レジスタ、クロック、表示回路その他全てがトランジスタと発光ダイオードで構成された8ビットマシンである。世界よりも30年は先行するオーパーツなシロモノであり、艦が沈む際には、最優先で爆破処理が命じられていた。 夢幻会では、1932年の第二次五ヵ年計画でトランジスタの開発に莫大な資金と人材を投入しており、その成果がトランジスタコンピュータであった。現段階でのトランジスタの歩留まりは悪く、真空管で作ったほうが安上がりであったが、史実を知る者達はトランジスタとその先を見据えて開発を進めていた。必要な資材と予算は青天井であったが、将来の萌えのために必要と分かっていたので、某大蔵の魔王も何も言わずに予算を確保したのである。 龍驤のもう一つの任務とは、トランジスタコンピュータの運用とノウハウの蓄積であった。最終的に史実のパソコンを目指すとはいえ、その過程では逆行者達が直接触れたことが無い過渡的なコンピュータを開発する必要があった。そのため、(逆行者達からすれば)大昔のコンピュータに対する理解と運用出来る人間を確保することが求められていたのである。キーボードとマウス操作しか知らない人間に、当時のスイッチだらけのコンピュータを理解しろというのは難題だったのである。 「この計算お願い出来るかね?」 「少々お待ちください」 やってきた壮年士官の提出した紙を受け取った電子計算機操作員(電子計算機オペレーター)は、手早くパラメータを入力、計算開始と共に各所に配置された発光ダイオードが怪しげに光る。数瞬後に機械式のカウンターが回転して計算結果を表示し、それを操作員が用紙に書き込む。 「お待たせしました。どうぞ」 「ありがとう。助かるよ」 あらゆる分野において、難解な計算というものは存在する。人力でやれば、ひたすら手間である計算を一瞬で確実に片づけてくれるトランジスタコンピュータは大いに重宝された。海軍だけでなく陸軍からの依頼も引き受けていたために、冬戦争が激化するにつれてオペレーターが忙しさで悲鳴をあげることになる。 179: フォレストン :2017/07/24(月) 15 51 51 冬戦争においてフル稼働したトランジスタコンピュータであるが、機械的な信頼性には全く問題は無かった。しかし、それ以外の点で問題が発生していた。それは、実際に運用するオペレーター側からの要望であり、つまりはソフトウェア、運用面での問題であった。 オペレーター側の要望は、入力装置と表示機能の改善であった。トランジスタコンピュータの数値入力は、テンキーで行うのであるが、少量ならともかく大量の計算を捌くとなると、入力し辛いというのである。電卓に慣れている逆行者ならともかく、この時代の人間は、機械式計算機(タイガー計算機等)に慣れているため、桁ごとに独立したテンキーのほうが扱いやすかった。そのため、以後のトランジスタコンピュータの入力装置は、各桁を独立させた仕様となり、この傾向はオペレーションシステムが発達するまで続くことになる。 表示機能は、数値の入力と計算結果の出力に使われるのであるが、トランジスタコンピュータでは機械式のカウンターが使われていた。数値を入力するとモーターによって回転する電動式であったが、入力してから回転が終わるまでにタイムラグが発生した。数値入力が終わってもカウンターの回転が終わらないと計算開始されない仕様となっており、計算が終わっても完全に表示し切るまでに多少の時間がかかるわけで、大量の計算を捌く妨げとなっていたのである。 この問題に関しては、アナログで機械式な数字カウンターでは対応は不可能であり、新たな数字表示デバイスが開発された。いわゆる7セグメント表示式の発光ダイオードである。低電圧で駆動するうえに構造的には半導体そのものであり、トランジスタの製造設備が流用出来ることから、デジタルカウンターとして軍内部で急速に普及していくことになる。 日本は、トランジスタコンピュータに満足せずにコンピュータの開発を続けていった。トランジスタの歩留まり向上、トランジスタ単体の小型化と集積化。世界が日本の所業を知ることになるのは、5年後の1945年7月のことである。 180: フォレストン :2017/07/24(月) 15 52 40 1945年の『トランジスタ・ショック』以降、ドイツではコンピュータの開発が急ピッチで進められていた。コンピュータの開発には論理回路を構成出来るスイッチング素子が必要であるが、トランジスタが無いドイツでは真空管しか選択肢は存在しなかった。 伍長閣下の肝いりもあってか、予算と資材、さらに人材まで遠慮なく投下された結果、1945年末には、コンラート・ツーゼによるZuse Z4が完成した。Z4は、電気機械式計算機Z3のスイッチング素子を真空管に置き換えただけのものであったが、Z3の1000倍以上の計算速度で完璧に動作した。 ツーゼの開発したZシリーズは、最初から内部構造が2進数になっていた。そのため、真空管に置き換えるのがたやすく、信頼性も確保することに成功していた。以後、ドイツのコンピュータはZ4を基準に開発されることとなり、1947年には史実EDVAC相当の真空管コンピュータを作り上げることに成功している。ここらへんは、枢軸筆頭国の底力というものであろう。 ドイツ版EDVACは、プログラム内蔵式であり、ツーゼが開発した高水準プログラミング言語プランカルキュールが本格的に実装されたコンピュータであった。実装されたプランカルキュールは、代入文、サブルーチン、条件文、ループ、浮動小数点演算、配列、階層構造を持つ構造体、アサート、例外処理、目的指向型実行などのような当時としては先進的な機能が実装されていた。そのため、難解な機械語を使わずとも複雑なプログラミングを簡単に行うことが可能であった。 プログラムの変更によって多種多様な計算を実行することが可能であったため、本来の軍用に止まらず民間用途でも大いに活用された。単純なプログラミング言語としての完成度も高く、以後、欧州のプログラミング言語はプランカルキュールをベースとして発展していくことになる。 情報統制と某宣伝相の手腕の賜物ではあるが、ドイツ版EDVACは、欧州社会にコンピュータの有意性とそれを開発したドイツの先進性を示したという意味で記念碑的な存在となった。当時の欧州で実働する唯一のコンピュータであり、ドイツは欧州の盟主としての面目を大いに施したのである。 181: フォレストン :2017/07/24(月) 15 53 43 戦後しばらくの間は、テキサス共和国からの輸入に頼っていたドイツであったが、旧アメリカ人技術者を招聘して本国で量産体制が整うと猛烈な勢いで真空管を生産した。軍用民間問わず、真空管は引く手あまたであり、生産しただけ消費されていったのである。上述のドイツ版EDVACも、6000本の真空管と12000個のダイオードが使用されており、それらは全てドイツ本国で生産した真空管で賄われた。 ドイツのマイスター的職人技術と旧アメリカ仕込みの大量生産技術が組み合わさったことにより、真空管の大量生産と小型高性能化を両立することに成功し、年を追うごとに真空管は小型化され、大量生産によってコストダウンを実現したのである。 部品実装技術が進歩したのもこのころである。当時のドイツでは、真空管等の電子部品は筐体に固定するものであり、配線は被膜された銅線で空中配線するものであった。しかし、真空管の小型化と多数の部品実装が必要となると筐体に直付けではスペースが不足したために基板に部品実装したのである。あくまでも部品を固定する板であって、配線は未だに空中線なので基板と言えるかは微妙ではあったが。 しかし、それらの小型管を真空管コンピュータに適用すれば良いかというとそうはいかなかった。真空管は小型化すると寿命が短くなる弊害があり、それは多数の真空管を同時に使用する真空管式コンピュータでは容認出来るものではなかったのである。 ダウンサイジングの別アプローチとして、コンピュータでの使用に特化した真空管の開発も進められた。一つのガラス管内に二つの三極管を封入した形式の真空管で、史実では双三極管と言われる複合管である。論理回路用には最低でも三極管が必要であるが、二値論理を扱う分には四極以上は必要無かった。そこで、三極管二本分を一本のガラス管に封入して、スペースの節約を図ったのである。 双三極管は優れた性能を発揮し、ドイツで作られる全ての真空管式コンピュータに搭載されるまでになる。しかし、小型化にはやはり限界があった。そのため、当時のドイツではコンピュータの性能向上とサイズアップは同義とされ、ハードよりもソフトウェアに重きを置いていたのである 真空管は構造的にカソードからプレートに向かい熱電子を放出することで増幅動作を行う。しかし、この熱電子の総量は製造時に決定されているので、永遠に使い続けることは不可能である。熱電子の総量は材質が同じであれば、大きさによって左右されるので、小型化すれば低寿命になるのは必然であった。世界に冠たるドイツの真空管技術であっても物理法則を超えることは不可能だったのである。 182: フォレストン :2017/07/24(月) 15 55 01 1947年。 トランジスタが機密解除された日本では、トランジスタを用いた製品が市場に出回り始めていた。従来の真空管式ラジオよりも、小型高性能なトランジスタラジオをソニーが発売したのを皮切りに、続々と新製品が発売されていたのである。市販されている以上当然のことであるが、それらの製品は英国とドイツの大使館の関係者も入手可能であった。 当時のドイツのコンピュータ技術は、相変わらず真空管であった。フィラメント素材や製造工程、さらには運用上の工夫などにより、真空管の寿命を延ばしていたが、コンピュータ用真空管の性能向上は限界に達していた。そのようなときに、トランジスタの現物が手に入ったのである。関係者の期待は大きかった。 「…いったい、どの部分がトランジスタとやらなんだ?」 「この基板にくっついているどれかだと思うのだが…」 しかし、現実は非情であった。英国に比べてトランジスタに関する情報収集が上手くいっていないドイツは、トランジスタの現物を見てもさっぱり理解出来なかったのである。 この点、特許庁に日参してトランジスタ関連技術を調べ上げている英国と対照的であった。ドイツ側は知る由も無かったが、既に英国では実験室レベルではあるが、点接触型トランジスタの作製に成功していたのである。もっとも、点接触型トランジスタは振動に弱く性能が安定しないため、面接触型トランジスタの開発が急がれていた。 ともあれ、現地で解析出来ないのであれば、より設備と人材の整った本国へ移送する必要があった。在ドイツ大使館関係者は、外交特権を用いて製品を国外へ持ち出したのである。 日本の公安当局は、事前にこの動きを察知はしていたものの行動を起こさなかった。当時の日本は、ICの実用化に目途が付き、LSIの開発に本腰を入れようとしていたため、トランジスタはさして重要なものでは無かったのである。 ドイツ本国へ持ち帰られたトランジスタは、直ちに詳細な調査が行われた。 その結果、判明したのは以下の点であった。 黒い塊がトランジスタであること。 トランジスタが増幅作用を持っており、3極真空管と同様の働きをしていること。 ドイツの技術を総動員してもこの程度しか分からなかったのである。肝心のトランジスタの構造や作動原理などはさっぱりであった。球(真空管)しか知らないドイツ人技術者に石(トランジスタ)を理解しろというのは無理難題だったのである。 183: フォレストン :2017/07/24(月) 15 55 54 ちなみに、ドイツ本国に送られたのはトランジスタ時計であった。大まかな構造であるが、トランジスタ発振回路と時分秒に対応したカウンタと7segデコーダー、最終的に数字を表示する蛍光表示管(VFD)で構成されており、合計で700個近いトランジスタが使用されていた。 トランジスタ時計は、永久磁石がついたテンプ(または振り子)を駆動コイルの磁力で駆動し、駆動コイルに流す電流の制御に発電コイルとトランジスタを利用している。一連の動作は以下の通りとなる。 1.駆動コイルに電流を流すと磁力線ができて永久磁石が反発され、テンプがひげゼンマイを巻く方向に回る(最初は電流が流れず、レバー等でテンプに動きを与える必要がある時計もある)。 2.テンプの回転で永久磁石が動き、電磁誘導の働きにより発電コイルに電気が起きてトランジスタが駆動コイルに電流を流し続ける。 3.永久磁石が発電コイルから出ると発電コイルに電気が起きなくなり、駆動コイルの電流が止まる。 4.テンプがひげゼンマイの力で元に戻る際、発電コイルには逆向きの電気が起きるので、トランジスタは駆動コイルに電気を通さない。 手順1~4の一連の動きでクロックを形成して、その信号(電流)をモーターに伝えて針をドライブするのがトランジスタ時計である。それゆえにアナログ時計が基本であり、このようなデジタル時計は異端であったが、これには当時の日本の事情も絡んでいた。 トランジスタの機密解除が行われ、経団連傘下の一般企業でも自由にトランジスタを使用することが出来るようになったものの、ソニー等のごく一部の例外を除けば、当時の日本のメーカーの中にトランジスタの真価を理解出来る者はほとんどいなかったのである。 その結果、とりあえず真空管をトランジスタに置き換えてみました的な製品になったり、新技術を無理矢理使って付加価値を高めました的な製品が市場に出回ることになってしまったのである。件のトランジスタ時計もそのようなシロモノであり、お値段は車が買えるほどの実に高価な製品と成り果てていた。こんなシロモノを見定めて本国へ送ってしまった在ドイツ大使館関係者は、(物理的に)首切りされる寸前であったが、結果的に真空管の技術的ブレイクスルーを達成するきっかけとなったので、辛うじて首はつながったようである。 184: フォレストン :2017/07/24(月) 15 57 19 ドイツ本国におけるトランジスタの解析は、ほとんど進んでいなかったのであるが、別の技術が注目されていた。数字を表示する蛍光表示管である。蛍光表示管が真空管の一種であることは既に判明しており、実験により増幅作用も確認されていた。日本では、高級感のあるデジタルカウンターとして普及し始めた蛍光表示管を、ドイツでは真空管に代わる新たなスイッチング素子として注目したのである。 蛍光表示管は、電子管の一種であるため、やはり寿命は存在する。原因はフィラメント状カソードの劣化によるものであるが、平均的な故障間隔として8~10万時間、設計に配慮すれば30万時間以上とすることも可能であり、これはもう寿命が無いと言っているも同然であった。 真空管の一種で構造も簡単な蛍光表示管は、直ちにリバースエンジニアリングされて生産が開始された。真空管に比べて大幅な小型化、省スペース化が可能で、しかも省電力で長寿命。あっというまに既存の真空管を駆逐していったのである。 ドイツでプリンタ基板が実用化されたのもこのころである。トランジスタ時計に使用されていたプリンタ基板をリバースエンジニアリングしたものであるが、空中線が必要無くなったために、高密度な部品実装が可能となり、ダウンサイジングに大いに貢献した。 当然ながら、この恩恵をドイツのコンピュータも受けていた。コンピュータ用に双3極管と同様の働きをする多桁管が開発され、従来の真空管コンピュータの性能はそのままに、大幅なダウンサイジングと省電力化、さらに球切れ無しの長時間連続運転が可能になった。結果として、コンピュータ単体のコストダウンが進み、大学の研究室や民間企業でも導入出来る価格となったのである。 1950年代中ごろに登場した、これらのコンピュータ群は、プログラム内蔵式であり、ソフトを入れ替えれば多種多様な計算をこなすことが可能な画期的なシロモノであった。しかし、先んじて発売された日本の『万能電算機』(史実システム360)に比べると大きく性能が劣るため、欧州大陸とその植民地で使われるにとどまっている。 185: フォレストン :2017/07/24(月) 15 58 13 ドイツで開発された最大の蛍光表示管コンピュータは、ドイツ版SAGEシステム(Semi-Automatic Ground Environment:半自動式防空管制組織)である。1950年代終盤から運用が開始されたシステムであり、膨大な数の蛍光表示管が使用されていた。 ドイツ版SAGEで使用される蛍光表示管は、専用に設計されたものであった。30万時間以上の耐用時間が保証されており、史実における予防保守という名の毎日の真空管交換は不要であった。定期点検だけで事足りるようになったため、真空管の信頼性の低さをカバーするためにシステムを二重化する必要性もなくなったのである。加えて、蛍光表示管は真空管に比べると電力消費が非常に小さいために、システム全体が必要とする消費電力も激減した。その結果、製造コストだけでなく、ランニングコストも劇的に低減化された。 ドイツは1950年終盤から国内にSAGEサイトを整備していった。それらは史実と同じく窓の無いコンクリートビルのような外観ではあったが、システムが小型化されたために、せいぜい3階建てくらいの小さなものであった。 SAGEサイトは多くの追跡基地と接続されており、通常の電話回線で接続されたテレタイプシステムで目撃報告を送受信した。報告はオペレータが所定の形式に従って入力したもので、それをSAGEコンピュータが収集してブラウン管上にアイコンとして表示するようになっていた。 センターのオペレータはディスプレイ上のアイコンをライトガン(ライトペンのようなもの)で選択し、追跡基地から報告された追加情報を表示させることが出来た。各センターは150人までのオペレータが作業可能であった。 ドイツ版SAGEは、ドイツの防空能力を飛躍的に跳ね上げたのであるが、そのころになると日本は既に弾道ミサイルを実戦配備しており、想定していた富嶽による核爆撃は意味の無いものと化してしまっていた。なお、同様のシステムは英国も整備しており、パラメトロンコンピュータで構成したシステムを1950年代初頭に稼働させている。英国空軍は、バトル・オブ・ブリテンで味わった屈辱を忘れてはいなかったのである。 ちなみに、極東のチート島国であるが、1945年末に史実のバッジシステム(自動警戒管制組織)を稼働させている。このシステムは順次改良が加えられ、20世紀末にはジャッジシステム(自動警戒管制システム)に換装されることになる。 186: フォレストン :2017/07/24(月) 15 58 55 蛍光表示管のメリットは、真空管製造のノウハウを生かせることである。微細加工技術を生かして超小型な多桁管が開発されて実装された。1960年代になると、ガラス基板とフロントガラスのサンドイッチ構造による薄型蛍光表示管も実用化されて、さらなる小型化と集積化が可能となった。ドイツ製コンピュータの中身を見れば、びっしりと蛍光表示管が配置されて、眩しいくらいに中が明るいのが見て取れる。これは英国や日本のコンピュータには無い特徴である。 ドイツでは、蛍光表示管コンピュータだけでなく、トランジスタの開発も進められていた。しかし、日本との接点が少ないドイツでは、トランジスタの開発はなかなか進まず、最後まで蛍光表示管コンピュータを使うことになる。 蛍光表示管が現役であるならば、その親戚である真空管もまた現役であった。真空管技術を極めたドイツでは、電波発振用に超高出管が開発され、様々な用途に使用された。一例を挙げると、戦闘機用のレーダーがある。ドイツ機に搭載されたレーダーは異常なほどの高出力であり、スクランブルしてきた英軍のECMに打ち勝つほどであったという。
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表題 谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』。 ボーイズラブマシーン(P.135) モーニング娘。の曲『LOVEマシーン』。 ソウルな世界に旅立って卍解(P.136) 『BLEACH』の尸魂界(ソウルソサイエティ)と黒崎一護の必殺技・卍解。 「友情・努力・凌辱」(P.138) 『週刊少年ジャンプ』における連載漫画の三大原則「友情・努力・勝利」。同誌の前身・月刊『少年ブック』以来の編集方針であり、元は『少年ブック』時代に小学校4年生・5年生を対象にしたアンケートで「一番心あたたまる言葉」「一番大切に思う言葉」「一番嬉しい言葉」として決まったもの。 ブリーフのようなもの(P.140) 強盗事件などの報道でよく使われるフレーズ、「バールのようなもの」。バールなのかそうじゃないのかハッキリしなくてもやもやする。このフレーズを題材に清水義範が『バールのようなもの』という短編小説を書き、それを立川志の輔が新作落語に仕立てた。 リンゴの言葉が耕作を救うと信じて…!(P.143) 『ギャグマンガ日和』の劇中劇、「ソードマスターヤマト」から。
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5. 名無しモドキ 2011/03/06(日) 21 27 52 「サヨンの鐘」 −憂鬱世界版− 史実での、サヨン・ハヨンさんのご冥福をお祈りします。 「無情というか、人間の運命というものは、如何にしても代え難いとしか思えませんな。女の子が丸木橋で、滑って 流されるなんてことのないように、一車線とはいえ自動車も通過出来る橋を造ったんでしょう。」台湾の高原地帯とは いえ、礼装を着た陸軍中佐は、額に吹き出る汗を拭きながら隣に座った、内務省の官僚にささやいた。 「それは、どうですか。親切な日本人駐在の出征を送るときに増水した川に、一人の少女が流されたという史実を我々 が知っているからそう思うだけかもしれません。さあ、式典が始まります。今日は、純粋に、勇敢な彼女の冥福を祈り ましょう。」 山深い、リヘヨン村には周辺の村々からも大勢のタイヤル族が正装して集まっていた。県知事の、少女を讃える辞、 タイヤル族頭目による哀悼の辞、そして、はるばる東京から、訪れた四人の女学校の生徒により、真新しい四阿屋風の 記念碑に備えられた鐘がつかれた。群集のあちこちから嗚咽の声が聞こえた。 サヨン・ハヨンは、台湾タイヤル(日本統治で高砂族の一派とされる)族リヘヨン村(社)で生を受けて、小さい頃 から利発であった。小学校では、日本人の女性教師が、彼女の才能を惜しみ両親を説得して奨学金試験を受けさせた。 日本統治により、女子を含めて初等教育は普及していたが、高砂族が中学校に進学することは、かなり大きな村でも一年 に一人という時代である。リヘヨン村(社)からは、初めての女学校への進級者であった。 サヨンは、両親以下大勢の村人に、送られて恩師の女性教師に付き添われ、彼女の旅立ちに合わせるかのように新しく できた橋を渡って台北の女学校に出発した。日本人、漢族などが学ぶ女学校では、高砂族は珍しかった。 この女学校の、 日本人校長が民族融和に熱心で、先住民族である高砂族の歴史文化を学ぶ科目などを設けていた。サヨンは高砂族の中で は、最優秀の生徒であったことから、この校長は2年生の時に、提携している東京の女学校の編入試験と、その女学校が 外地からの生徒のために設けている奨学金をサヨンに薦めた。 高砂族にとって、台北という都会だけでも遠隔の地である。しかし、サヨンは恩師の恩に報いるためにも、小学校の教 員資格を取ろうと思っていた。その女学校が卒業後の課程として小学校教員のための専科を設けていると知ると、高砂族 の女子教育のためにと東京へ行くことを決心した。 最難関ではないにしろ。東京でも名の知れた女学校に始めて台湾先住民の編入生がくるとといことは校内でもちょっと した話題になっていた。ここで、始めてサヨンは疎外感を味わうことになる。 「まあ、お顔に刺青なさっているのかと思ったら素顔ですのね。」「ヘビとかもお食べになるの?東京ではあまりいませ んのよ。」「イノシシ狩りとなさってましたの。」「蛮族なのに日本語がお上手ですのね。」 これらは、お嬢様方の、悪気のない、少なくとも本人らにとって悪気のない天然に近い偏見であるが、サヨンの心を傷 つけた。 6. 名無しモドキ 2011/03/06(日) 21 31 46 この女学校でも、サヨンは忘れ得ぬ恩師に出会った。ロシア系と中国系のハーフである、美術の若い男性教師で あった。自分の外見から、からかわれたり、仲間外れにされたこと、それが悔しかったこと、勉強をすることで次第 に一目置かれるようになったこと。そして、自分のことを知ってもらうために努力したことを彼女に伝えた。 やがて、サヨンは、学校を説得して、許可を貰い母親からもらったタイヤル族伝統の髪飾りをするようになった。 そして、サヨンはタイヤル族のことを知ってもらいたいと思い、文化祭でタイヤル族の文化について展示をすること にした。サヨンが一人で、展示のための作業をしていると、クラスでも目立たない無口な生徒が、手伝いたいと言っ てきた。彼女は、東北地方の学校から途中で編入してきた生徒で、時々なまりが出るため、からかわれている生徒だ った。 「サヨンさんのような標準語がうらやましいです。でも、あなただけは、わたしのことを笑ったりしません。どうか、 友達になってくれませんか。」彼女はそういうと熱心に、サヨンにタイヤル族のことを聞いては展示品の説明文など を書いてくれた。 これが、切っ掛けになり、サヨンには何人かの友達ができた。1938年のある夏の日、放課後、サヨンたちは帰り道に 遠回りをして多摩川の土手を歩いていた。前日の大雨で川は増水していた。その川岸で、大勢の小学生が騒いでいた。 彼らの指さす方には、小学校低学年の男の子が川に流される姿が見えた。 サヨンは、それを見るなり、制服のまま川に飛び込んだ。サヨンは浮かんだり、沈んだりしながら男の子に近づいて 抱きかかえたが、一緒に流されて行く。やがて、近所で作業していた大工たちが、急を聞いて駆けつけてロープを投げ てくれた。サヨンは、男の子をロープに結わえたが、そこで力尽きて流されていった。官民あげての捜索の結果、サヨン の死体は翌日収容された。 このニュースは、ラジオ新聞などが大々的に取り上げた。これは、日本中の感動を呼び、サヨンの両親のもとには多額 の義援金が寄せられた。サヨンの両親は、サヨンの兄弟のための教育資金だけを受け取ると、残りの義援金は、高砂族の 教育資金のために寄付した。この資金は、サヨン奨学金として、毎年、更に寄付を集めて内地留学を志す、高砂族子弟の ために使われている。 サヨンの通っていた女学校では、生徒父兄が募金を集めてサヨンのために慰霊の碑と、サヨンを記念した一対の鐘を、 女学校と彼女の生まれ故郷であるリヘヨン村に贈った。この鐘が「サヨンの鐘」と後に呼ばれるようになる。 日米開戦直前、アメリカのハースト系新聞が、「日本人とは」という特集記事の中で「日本では、女子学生が水兵服 のおさがりを着ている。しかし、泳ぎは、日本の水兵と同じく上手ではない。」とキャプションをつけた戯画を掲載した。 猿顔のほほに、サヨンと刺青をした女学生が流されていくその戯画が伝えられると、人種偏見的な記事と相まって日本で は大きな怒りの声があがり、アメリカでも心ある人々の顰蹙をかった。 開戦後、「アメリカの水兵さんは、泳ぎが上手いから撃沈されても泳いで帰れるよな。」と思いを込めた幾多の必撃の 砲弾爆弾がアメリカの軍艦の襲った。 あまりにも扇情的な戯画は、日本の特務機関が、アメリカ人画家に手を回して描かしたことは、別な所でも、絶対に出 ない話である。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−おわり−−−−−−−
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「おにいちゃん今日はハロウィンだよっ!」 「はた目に分かるほどわくわくしてるな」 「もう月曜日からネタ用意してたからね。おにいちゃんは用意できてる?」 「子どもだまし程度だけどな。まあとりあえず、ハッピーハロウィーン!」 「ハッピーハロウィーン!犯してくれなきゃイタズラするぞ~」 「そんな用意してねえ!!」 「子どもだまし程度でもかまいませんよ?」 「お菓子しかもってねえ!!」 「おにいちゃんのおっきなキャンディペロペロしていいでしょー?」 「よかねえよ!!うまいこと言ったつもりか!!」 「つもりも何も、しっかりいただきますよ?それとも悪戯がいいですか?もちろん性的な悪戯ですが」 「鬼!外道!悪魔!!」 ~明楽いっけいの憂鬱外伝その18~
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長門有希の憂鬱Ⅰ 四 章 長門有希の日記 こちらの世界へ来て二年が過ぎた。 情報統合思念体からの連絡はない。支援もない。誰も助けに来ない。 このまま時が過ぎれば、わたしの有機サイクルはいつか性能の限界に達し寿命を遂げる。 それまで、色がない世界でわたしの思考回路は物理的に機能するだろう。 それならばわたしはいっそ、目を閉じ、耳を塞ぎ、口をつぐんだ生命体として生きようと思う。 わたしは長期の待機モードを起動させた。 果たして奇蹟は起きるのだろうか。 ---- タクシーの運転手に住所を棒読みで伝えると、十分くらいでそのアパートの前に着いた。 二階建ての二階、二〇五号室……。郵便受けにもドアにも表札らしきものはなかった。 呼び鈴を押した。こんなにドキドキするのは久しぶりだ。 赤の他人だったらなんとごまかすか、新聞の勧誘にするか、布団の販売にでもするか。 反応がない。もう一度呼び鈴を押した。やっぱり違うんじゃないか?。 それから郵便受けに戻り、周りに誰もいないことを確かめてからフタを開けた。 テレクラやらヘルスやらのチラシが詰まっているだけで、宛名を書いた郵便物は入ってなかった。 三度ノックして反応がないので俺はドアの前に座り込んだ。尻にあたった床のセメントが冷たい。 ここにいるのが長門でなければ、俺はこれからどうしよう……。 そんな先のことを考える気力はもう残っていなかった。 谷川氏の家にやっかいになりつづけるわけにもいかないよな。 長期戦になるかもしれない。とりえあずバイト探して、アパートでも借りるか。 向こうの世界はよかった。なんだかんだいって俺はあの生活が気に入っていた。 ハルヒはどうしているだろう。古泉は。俺がこのまま帰らなかったら向こうの世界はどうなるんだろうか。 もう日はとっくに暮れていた。 俺は長門のマンションにいた。長門が荷造りしていた。 どこかへ引っ越すのかと尋ねると、情報統合思念体のところに帰る、と答えた。 おい待てよ、俺を、ハルヒを置いていくのか。長門の腕を握った。 「自分が来たところに帰る」 「待ってくれ。いきなり帰るなんて言わないでくれ。お前がいなかったらSOS団はどうなるんだ。俺は!?」 長門はそれ以上何も言わなかった。そして一冊の本をくれた。 それからおもむろに和室に入ると、ふすまを閉めた。 俺がふすまを開けると、そこにはもう長門はいなかった。 俺の手にはエンディミオンがあった。 長門はさよならも言わずに消えた。 そこで、目がさめた。 見上げると、暗い藍色の空から雪が降っていた。 あたりはシンと静かで、すべての雑音を消してしまいそうな白いカケラが舞い降りてくる。 誰かが階段を上がってくる足音がした。怪しまれてはまずいとは思ったが隠れる場所もない。 このまま寝たフリをするか、あるいは立ち上がって今しがた尋ねてきたフリをするか。 階段を上り詰めた足音がはたと止まった。俺は立ち上がってそっちを見た。 「キョ……」 長門だ。やっと見つけたのだ。 俺はなにも言わず、長門もなにも言わなかった。 下げていた買い物袋を床に落とし、ゆっくりとこちらに歩いてきた。 なにかを言いたげな複雑な表情をして、俺の背中に細い腕をまわし、そして胸に顔をうずめた。 いつもの長門らしくない衝動に、俺は少しだけ動揺した。胸に暖かく濡れたものを感じた。 長門の髪に、綿を連ねるようにゆっくりと雪の切片が舞い降りた。 「長門……泣いてるのか」 「……」長門は顔をすりつけたまま動かなかった。 「あちこち探したぜ」 長門よ、お前もずいぶんと人間くさくなっちまって、俺は嬉しいよ。 俺と知り合った頃は無表情で無感情だった宇宙人製アンドロイドも、SOS団の連中と付き合ううちに、 人間特有の性質が身についてしまった。本人は気がついてないかもしれないが、俺はずっと観察していた。 情報統合思念体から見れば有機生命体の人間なんて、 ネズミとドングリの背比べ的な知性の低さを見て取っているかもしれないが、 人間それだけじゃないものもある。だからこそ稀有な存在なのだろう。 宇宙的にユニークと言った、長門よ、お前もそうなりつつあるんだよ。 「寒いから部屋に入れてくれないかな」 俺はかじかんだ手で長門の背中をさすった。 「……」 長門は手のひらで涙をぬぐって、表情を見せないようにそっぽを向いた。 ドアを開けると、六畳ひと間の、古びたアパートの部屋につつましい生活空間があった。 マンションに住んでた頃も元々モノ持ちなほうではなかったが、家具はほとんどなかった。 ぎっしり詰まった本棚を除いて。 それから俺は、長門がこっちの世界に来てからどう過ごしていたかを聞いた。 「わたしがこちらの世界に来たのは、約五年前。 ここでは情報統合思念体が存在しない。涼宮ハルヒという人間も存在しない。 そのためにわたしは長期の待機モードに入った」 いわば宇宙探査船が未知の星に漂着し、資源を節約するため乗組員が低温スリープに入るようなものか。 「身よりもなくてどうやって食ってたんだ?」 「……パチンコ」 パチンコ!?生活力あるなお前。 「この付近一帯で採用されているパチンコ台はすべてクリアした。スロットの目押しも習得した」 目押しって神業だぞ。 財布の残りをいつも心配していた俺より、ずっとたくましいよ。 「毎日、本を読んで過ごした」 俺は改めて部屋を見回した。 相変わらず本が好きなようだ。部屋の壁が本棚で埋め尽くされている。 「あの文庫本を書いた作家に会ってみたよ。事情を話すと協力してくれてな、ここまで来れたんだ」 「谷川流には前に接触を試みた。だがコスプレと思われて門前払いされてしまった」 なんてこった。谷川氏が言ったとおりだったか。 「それ以降、谷川流に接触する人間を監視していた。二年が経過した時点であなたは現れないと判断した」 「向こうの世界とこっちの世界の違いは何だ?接点は谷川氏だけなのか」 「限定された情報から推測すると、この世界はわたしたちがいる世界の平行世界。 ただし、わたしたちは谷川流の脳内にだけ存在する」 「それがこっちの世界の俺たちか」 「そう」 「そうか……俺もよく分からないんだが、なんでお前だけ五年前に飛ばされたんだ?」 「情報が限定されすぎていて分からない。 でも、位相変換がはじまったとき、わたしが無理に止めようとしたために時間軸が狂った可能性はある」 「古泉も言ってたんだが、敵対する組織とかいうやつらの罠じゃないか」 「その可能性もある。危険を回避するために、この時空でのわたし自身のアイデンテティを消した」 要するに身元を消したってことか。 「こちらの世界では、長門有希は創作上の人物でしかない。それをノイズとしてうまく身を隠すことができた」 なるほど。どおりでなかなか探し出せなかったわけだ。 俺はとりあえず谷川氏に電話することにした。 「もしもし谷川さんですか、キョンです。長門を見つけました。ええ、無事です」 谷川氏は驚嘆していた。まさか自分の作中の人物が実在するとは、聞かされていたとはいえ衝撃だろう。 「ええと、今日はここに──」マイクを押さえて長門に向き直った。「今日ここに泊めてもらっていいか?」 「……いい」 「ここに泊まります。じゃあ、明日伺います」 俺は電話を切った。長門は心なしか喜んでいるようではあるが。 「これからどうする。向こうの世界に帰る方法はあるか?」 「分からない」 忘れていたことがあった。 「これ、喜緑さんから預かったんだが」俺はバックパックから、例の黒い球を取り出した。 「……」長門は目を丸くした。 「渡せば分かると言っていたが、これはいったい何なんだ?」 「これは……空間を封じ込める技術」 「すまん、なんだって?」 「空間がこの球の内側に折りたたまれている。位相変換せずに次元を超えて物質を転送したいときに使う」 それで喜緑さんか。 「何が入ってるんだ?」 「素粒子がひとつだけ」 「素粒子って、宇宙を飛んでる、原子より小さいアレか。たったひとつだけ?」 「そう。この状態を維持するには莫大なエネルギーが必要。この大きさでは素粒子一個が限度」 「これを何に使うんだ?」 「おそらく緊急通信用。素粒子は通常、粒子と反粒子のペアになっている。 片方の素粒子に与えた情報は他方に伝わる。このペアのもうひとつは、情報統合思念体が観測しているはず」 つまり、異次元間での通信用か。 「ただし、一度しか使えない。この素粒子が情報を持って向こうの素粒子に遭遇すると消滅してしまう」 「助けを求めるチャンスは一度きりってことか」 「そう」 数年分の物理の授業を受けたような気分だ。とりあえずは帰る切符はあるということか。 気が付けば腹の虫が鳴いていた。 「もうこんな時間か、腹減ったな。どこかに食べに行くか?」 「……晩ご飯、作る」 そう言って、さっきの買い物袋を広げた。冷蔵庫を開けると材料はあるようだ。 長門の手料理は久しぶりだ。 いつだったか朝比奈さんと三人で食べたのは缶カレーの大盛りだったか。 味噌汁に魚の塩焼きに、肉じゃが、か。見る限り、あれから料理も習得したらしい。 「……おいしい?」 「うん。うまい。いい嫁さんになれそうだ」 ふつうならここで女の子がポッとか顔を赤らめてくれそうなんだが、長門には通じない。もくもくと食っている。 長門はふとなにかを思い出したように箸を止めた。 「この世界にひとつ、謎がある……」 「なんだ?」 「わたしが誰かの配偶者だという情報を多く見かけた」 「そうなのか」 「“長門は俺の嫁”って、何」 「なんだそりゃ」 「コンピュータネットワーク上でよく見かける」 「さあ、なんだろう。初耳だが。だとするとお前の旦那は大勢いるってことだな」 「……」 長門は無言のまま複雑な表情で食い続けた。 「水が沸いた。水温40℃」 「ああ、風呂か。今日はほこりだらけだからな。ありがたい」 浴室を見ると、石鹸やらシャンプーやらナイロンタワシやらが一切ない。 「お前はふだん風呂に入らないのか?」 「わたしにはナノマシンによる自浄機能がある。通常、風呂は必要ない。 ……それにレディにそんな質問をしてはいけない」 「そ、そうか、禁則事項だよな。すまん」野暮なことを聞いた。 「コンビニで入浴セットを買ってくる。歯ブラシも」 俺はどうも、長門の人間っぽい面とそうでない面のギャップについていけてないようだ。 この後がちょっと問題だった。 「布団が一組しかない」 「じゃあ俺は毛布かなんかあればそれでいいよ」 「……風邪を引きかねない。一緒に寝ればいい」 「それはいくらなんでも困るぞ」 「なぜ」 いやまあ、なんというか。俺もいちおう男だし、健康な男子だし、 というか長門とひとつの布団で寝るというシチュエーションが嫌だというわけじゃないが、 長門とあらぬ関係にでもなったら情報統合思念体に殺されかねんわけで、 ハルヒに知られたら三度殺されて三度蘇生されて三度埋められるだけじゃ済まない。 などと俺がブツブツ言っている横で、長門は押入れから布団を出して広げた。 ともあれもう十二時だ。昼間の疲れと、やっと会えた安堵も手伝ってか、睡魔が襲ってきてどうしようもない。 俺は迷いつつ布団に潜り込んだ。長門に背を向けて。 長門は蛍光灯のスイッチを引いて、音を立てずにそっと布団に入ってきた。 目をつぶること三十分。あれほど眠かったはずが待てど暮らせど眠れない。頭の後ろに長門の視線を感じる。 朝比奈さんが長門のマンションに泊まったとき、 寝てるときに長門に見られてる感じがして落ち着かない、と言っていたのを思い出した。 「長門よ」 「……なに」 「頼むから眠ってくれ。見つめられてると落ち着かん」 「……分かった」 長門が孤独に暮らした五年間を思えば、それくらい我慢してやれという誰かの声がした。 妥協案として長門のほうに向き直り、手を握ってやった。 そこからの記憶はなく、泥のように眠った。夢は見なかった。 「起きて」 長門の声で目を覚ました。昨日までの出来事が夢ではないことを確認するために周りを見回した。 「ああ」それからちゃんとズボンを履いたままであることを確認して安心した。かなり寝苦しかったはずだが。 「おはよう。今何時だ?」ちゃぶ台の上に朝飯が用意されている。 「八時二十四分十五秒」 「今日の予定は、とりあえず谷川氏に連絡してどうやって向こうに帰るかを話し合うことだな」 「朝ご飯、食べて」 「お、おう」 なんだか昭和四十年代の歌謡曲に出てきそうな風景だが、ひとつだけ言わせてもらえば、長門の味噌汁はうまい。 「長門」 「なに」 「ボクの髪が肩まで伸びたら、元の世界に帰ろう」 「……分かった」 そこ、笑うとこ。 俺は長門を連れて谷川氏のお屋敷に行った。 おばあちゃんが出迎えてくれた。 「めっさかわいいお嬢ちゃんじゃないかねっ。寒かったろう。さあさあ、おあがり」 「……」誰かの面影があることに長門も気が付いたようだ。 座敷に通された。 「谷川さん、長門を連れてきました」 「はじめまして谷川です」谷川氏は少し照れたような、感激したような微妙な表情を浮かべた。 「……長門有希」長門は少しだけ頭を下げた。 二人とも無言だった。どうも空気が固まっている。 「ええと、長門がこっちに来たのは五年前で、存在を知って一度は谷川さんに会おうとしたらしいです」 「ああ、やっぱりそうなのか」 「……あのときは制服を着ていた」 今日は珍しくタートルネックの黒のセーターを着ているが、それでか。 「それで、俺たちがどうやって向こうに帰るか、なんですが」 「そう、それが問題だね」 「いちおう、向こうの世界と連絡は取れるらしいんです」 俺はバックパックから、例の黒い玉を取り出して見せた。 「これは?……重いね。何かなこれ」 「向こうの世界の素粒子が入ってるらしいんです」 「ほう……そんなことができるんだ?」 「向こうの情報統合思念体が俺に託したんです。連絡用らしいですが」 長門が人差し指を立てた。 「連絡は……一度」 「ニュートリノと反ニュートリノが遭遇するとき、向こうに情報が伝わるってわけだね」 さすがSF作家だ。 「連絡はつくとして、どうやって向こうに帰る?物理的な転移が必要だろうけど」 長門は谷川氏に向き直り、 「あなたが小説を書けば、そのとおりになる」と言った。 「僕が?」 「わたしと彼は、あなたの書いたストーリーの上を歩いてきた。 帰るための手段も、それに従う」 「ええと、じゃあきみたちを元の世界に返す方法を僕が決めればいいわけか」 「……そう」 「これからの展開の中にそれを含めて出版されればいいわけだね」 「そう。ただし十三巻には時空の歪みが内包されている。 向こうの世界からこちらの世界への接触はできないように書き直してほしい」長門が答えた。 こちらの世界の情報は、わたしたちがいた世界に漏れてはならない、 情報は一方通行でなければならない、長門はそう言った。 「分かった。今回の現象も含めてプロットとして書いておこう。で、きみたちは同じ手順で向こうに戻る」 「同じ手順と言うと?」 「その地上絵をもう一度登場させて、向こうの世界への扉が開く」 長門がちょっと考え込んで言った。 「その場合、扉は、向こうから開かなくてはならない。情報統合思念体の支援が必要」 「どうやって支援を頼むんだ?」俺が聞く。 「この素粒子球で座標を伝える」長門が黒い球を指した。 「そうだ。これはそのために用意されたんだね」谷川氏がうなずいた。 パズルのピースがすべてはまった。決行は、今夜だ。 「あの、ひとつだけお願いが。できれば今後、ハルヒにはあまり無茶をさせないでください」 「分かったよ。ほどほどにする。ただし読者を満足させられる程度には」谷川氏は笑った。 近頃の読者は、登場人物の血を見ないと満足しないから怖い。 「鉛筆……買って」 「何にするんだ?」 「信号を送るのに必要な材料」 「鉛筆でいいのか」 「地上絵の信号を素粒子球を通じて送る。 それには広い場所と光を放つ発火性の物質が必要」 広い場所は北高グラウンドでいいだろう。東中は一度やってるんで怪しまれるとまずい。 「発火性の物質って、花火みたいなもんか?」 「そう。大量の水と空気。鉛筆を二十キロ。それらから核融合する」 「二十キロ分か」核融合って……そんな簡単にできるのか。 空気はそのへんにあるとして、水はプールのたまり水を使おう。 この時期はだいぶ汚れてるだろうが。 導火線変わりに使うという灯油を二缶、谷川氏に頼んだ。 ええと鉛筆一本が十グラムくらいか。とすると二千本必要だな。十二で割ると……。 「鉛筆は百六十六ダース必要」考えていると先に言われた。 文房具店をいくつかハシゴしないといけないな。 俺と長門は、とりあえず北口駅まで買出しに出かけることにした。 百貨店のテナントで半分の量の鉛筆、さらに別の専門店で残りを調達した。 突然の大量購入は断られるかと思ったが、店員は喜んでいたようだ。 鉛筆を大人買いしたのははじめてだ。 俺は段ボール箱いっぱいの鉛筆を抱え、汗を垂らしながら歩いた。 帰りの道すがら、長門がふと足を止めた。 「……行きたいところが、ある」 「どこに?」 「……」南西の方を指した。 長門は黙って歩き始めた。 この方角は……、勘は当たっていた。図書館だった。 中に入ると暖かい空気が二人を包んだ。 紙とインクの匂いと、それから何か分からない安心させるこの雰囲気は、どこの世界でも同じかもしれない。 そういや、受付のお姉さんに頼みごとをしたままだったな。 俺はカウンターまで行って、長門を指して無事会えたので、と伝えた。 お姉さんは俺と長門を交互に見つめ、微笑んでいた。 「あなたの学生手帳、貸して」 「いいけど、何するんだ?」 長門は黙ってなにかの書類に記入し始めた。それをカウンターに持っていって、数分して戻ってきた。 「これ……記念に」長門の差し出した手に貸し出しカードがあった。 「ああ、ありがとう」 二年前、同じことを長門にしてやったな。そのお礼か。 何の記念だか分からないが、とりあえず受け取っておいた。たぶんもう、借りに来ることはあるまい。 それから長門は、あのときと同じように本棚の群れの間をさまよっていた。 俺も同じことをするか。空いてるシートに腰掛けて居眠りを決め込んだ。 夜九時、俺たち三人は十分に暗闇が降りてから行動を開始した。 車で学校の前を通り過ぎ、離れた空き地に止めた。 俺は大量の鉛筆を抱え、谷川氏は両手に灯油のタンクを抱えていた。 あきらかにタンクのほうが重いので変わりましょうかと言ったのだが、谷川氏はたまには運動しないとねと言って譲らなかった。 タンクを抱えての柵越えはちょっと大変だった。 正門から忍び込むと明らかにあやしい集団に見えるので、西側まで回って入り込んだ。まあどこから入っても十分あやしいんだが。 タンクはグラウンドに置いておき、先にプールへ向かった。懐中電灯で照らすと、水はあるようだ。 「鉛筆を入れて」長門が言った。 俺は箱を崩しながら鉛筆をバシャバシャ放り込んだ。長門は箱もいっしょに放り込んだ。 「紙もいいのか?」 「いい。必要なのは、炭素」 そういえば鉛筆の芯は炭素の同位体だったな。 それから長門はおもむろに右手をかざし、詠唱をはじめた。次の瞬間、プールの真中を軸に凄まじい旋風が起こった。 水が十メートルほど立ち上がったかと思うと、竜巻になり、そして黒い粉のような塊となって落ちてきた。 「ちょ…ちょっと口の中が……」その場にいた俺と谷川氏が、声を枯らしてのどと目を押さえた。 「……す、すまない。うかつ」 長門はあわてて二人をひっぱり、プールから離れた。 「周辺の水まで奪ってしまった。すまない」俺の水分が材料になったってわけか。 長門は学校の外へ走り去ってゆき、缶のお茶を二本持って戻ってきた。 「あー、コンタクトレンズがパリパリ言ってるよ」谷川氏が目をこすった。 「……もうしわけない」 「プールでなにを作っていたの?」 「炭、硫黄、マグネシウム、銅、その他可燃性の金属。そしてそれらの混合物」 「つまり、花火の材料か」 「……そう」 中世に行って錬金術師にでもなれるんじゃないか。 プールに戻ってみると、水と同じ体積の、灰色の粉らしきものが出来ていた。 「これ、どうやって運ぶんだ?」 「……任せて」 長門はもう一度右手を上げて、「今度は、大丈夫」と言ってから呪文を唱えた。 プールを埋め尽くしていた粉が、さっきと同じくらいの高さに立ち上がって球になり、少しずつ小さくなっていった。 最後はソフトボールくらいの球になった。 長門は空になったプールの底に下りていって、その球を拾い上げた。 「分子圧縮した」簡単に言ってるけど、すごいよ長門さん。 それから三人はグラウンドに行った。幾何学と測量の出る幕だ。 まず俺が巨大な正方形の頂点に二メートルくらいの棒を立てる。 暗くて分からないので、棒の先にペンライトを巻きつけた。 まず点を結んで線を引き、正方形を作る。 その頂点に対角線を二本引き、真中を割り出したところで上下左右の辺に垂線を引く。 これで内側に正方形が四つ現れる。 さらにその正方形の内側に正方形を作り、それを繰り返して碁盤状の正方形が出来上がった。 地上絵は、大きく二つの部分に分けることができる。 隣に同じ大きさの正方形をもうひとつ描いた。これで二つの絵が描ける。 あとは長門の指示で各マスの辺に点を置いてゆき、それを繋いでいくと絵が仕上がる。 これ、GPS使ったらもっと簡単にいきそうなんだが。 線に沿って灯油をちょろちょろと撒いた。これが導火線になる。 その上に長門がさっき作った球を持って火薬のウネを作った。 球から延々灰色の粉が流れ出て、長い山になっていった。 球はちょうど文字の最後の部分で消えた。 「警備会社の巡回まであんまり時間がない。急ごう」谷川氏が言った。 「わたしが素粒子球を上空千メートルまで投げる。合図をしたら、火を付けて」 「分かった」俺は手にもった松明に火をつけた。 「そろそろはじめますか」 「今のうちにお別れを言っとくよ。また会おう。作中でね」谷川氏が手を差し出した。 「いろいろとありがとうございました」俺は手を握って振った。 何度お礼を言っても足りない。この人がいなかったらずっとホームレスを続けていたかもしれない。 犀は投げられた。すべての準備が整った。 「谷川さん、カウントしてください」 「いくよ」 三、二、一、GO! 長門の手から勢いよく球が飛んでいく。 「今」 俺は地面に火を放った。まばゆい火柱が足元を走った。 青白く、さらに緑に、そして赤く燃える地上絵がグラウンドに浮かび上がる。 三秒、四秒、五秒……。見えはしないが黒い球が落ちてきているはずだ。 まだか、まだなにも起きない。 「特異点が発生した。向こうの次元が開いた」 長門が上を指差した。上空、百メートル付近だろうか、白い光の球が生まれた。 それが徐々に膨らみはじめ、そして落ちてくる。 長門は強引に俺の手をひいて、地上絵のまんなかに走った。球がちょうど真上から落ちてくる。 白い光はさらに膨らんで、直径三メートルほどにまでなっただろうか。 球が俺たちの上に落ちてきた。二人は球の中へ入った。 「目を閉じて!」長門が叫んだ。まぶたを閉じても強い光が目に飛び込んでくる。 強い地響きのような振動がまわりを包んだ。 俺と長門は互いに強く抱きしめ合い、光の中で、一瞬よりは長い永遠の間、じっと待った。 光が徐々に引いていく。目を開けて後ろを振り返ると、うっすらと消えていく谷川氏が親指を立てていた。 ── アスタラビスタ。 気が付くと、いつもの風景の中にいた。夜の北高のグラウンド。 前には同じ景色の中を神人に追われてハルヒと走った。 俺と長門はどちらとも、しばらくなにも言わなかった。 抱き合ったままだということを思い出して、俺は長門から腕をほどいた。 「俺たち、ちゃんと帰ってきたのかな?」 「こっちの標準時と同期した。今、情報統合思念体と話している。五年分のレポートをアップロード中」 「そうか。長門は無事に取り戻したからと言っといてくれ」 こういう場合の気分だ、少しはヒーローを気取ってみたい。 「伝える」 俺も自分の組織である家に帰ろう。というか、古泉に連絡を入れないとな。 あいつが思い余ってハルヒにすべてをぶちまけてしまう前に。 「古泉か、今帰ってきた。長門も無事だ」 携帯が通じる。どうやら帰ってきたようだ。俺の自宅にいるという未来の俺と遭遇しないように手配を頼んだ。 「マンションまで送っていくよ」 「……」この無言は俺の知る長門の表現では、ありがとうという意味。 俺は夢でも見ているかのように、終始ぼんやりとしたまま坂を下った。疲れてるんだろう。 見知らぬ世界へ行って、そして今帰ってきたという現実に、まだピンと来ていない。 マンションに差し掛かると長門が口を開いた。 「お茶、飲む?」 「さすがにちょっと疲れたから、今日は帰るわ。それに俺を待たせてるし」 何言ってんだろ俺、みたいな気がしたが長門には通じたようだ。 「……そう」 「じゃあ、またな」俺は元気なく手を振った。 長門はいつまでも俺を見ていた。 振り返るたびに小さくなっていく長門に向かって俺は、大丈夫だ、明日も会えるから、と手を振った。 わずか数日留守にしただけだったが、翌朝の俺はずいぶん懐かしい気持ちで学校へ行った。 ハルヒも、クラスメイト全員も、なにも変わっていなかった。 「懐かしいな、谷口」 「なに言ってんだお前、昨日いたじゃねえか」谷口が怪訝な顔をしていた。 昨日か、そんな遠い未来のことは知らん。 「キョン、おっはよ」さらに懐かしい声がした。 「お、おう」 俺はハルヒの顔をまじまじと見つめた。 「な、なによ。あたしの顔になんかついてるの?」 「いや、なんでもない」 やっぱりこいつがいないと俺の生活ははじまらない。 俺の居場所は架空なんかじゃない、嫌になるほどリアルなSOS団が存在する、こっちの世界だ。 俺は壁にかかっているカレンダーを見た。 長門がこっちの世界から消えて七日間、俺がこっちを出て四日間、俺の主観時間と一致する。 昨夜、古泉に電話して未来の俺を呼び出してもらい、古泉の家に引き取ってもらった。 未来の朝比奈さんとはまだコンタクトできないらしい。 ということは俺は古泉の家に数日泊まることになるわけか。 あいつの哲学やら能書きやらに何日も付き合うはめになるのかと思うと、今から気持ちが萎える。 耐え切れなくなったら長門のマンションにでも泊めてもらうとするか。 放課後、ひさしぶりの部活である。 俺の学業生活は放課後がメインなんじゃないかと思うくらい、この時間が来ると気分が開放的になる。 「あたし掃除当番だから。先行ってて」 我が団長様は教室の掃除か。ご苦労さま。 俺がいない間も、たぶんなにも変わらない日常が続いていたんだろうな。 こんな平穏な毎日が続けばいい、そう思う。 文芸部部室のドアノブに手をかけたところで、誰かが俺のベルトを引っ張る。 「……話がある」 長門、用があるときは袖を引いてくれと。それから、突然現れるのは心臓に悪いから。 「で、話ってなんだ?」 「情報統合思念体が、向こうの世界に関する記憶を消したほうがいいと言っている。 平行世界との論理的逆説を招きかねない」 「そうなのか……俺はできれば忘れたくないんだが」 あのとき、谷川氏が別れ際に見せた笑顔が忘れられない。 「俺の記憶が消えてもお前は覚えているのか」 「わたしの記憶からも消去される。以降、あの本と谷川流に関する情報は禁則事項となる」 「それはなんだか寂しいよな」 「情報統合思念体のアーカイブには保管される。必要なときに封印が解かれる」 「長門を見つけ出したときの、あの瞬間は忘れたくないんだが」 長門はちょっとだけ考えて、 「希望するなら、そのままでもかまわない。でも、言葉にしようとすると抑制がかかる」と言った。 「分かった。未来人の禁則事項と同じだな」 「古泉一樹と朝比奈みくるの記憶は消去する」 「しょうがない。やってくれ」 「……あなたは外にいて」長門はドアを開けて中に入った。 「な、長門さんなにするんですかぁ!?」 「長門さん、それはあまりに大胆すぎます!うわああ」 部屋の中から、椅子がひっくり返る音、それからキャーともギャーともつかない叫び声が上がった。 な、中で何が起こってるんだ? ハラハラドキドキして楽しんでいると、しんと静まり返った。 おもむろにドアが開いて、いつもより涼しい顔をした長門が出てきた。「……終わった」 「あなたの番」 「き、禁則事項ってどうやるんだ?」まさか脳を切開して取り出したりしねーだろうな。 「……こう」 長門は両手で俺の頭を抱えて「少しかがんで」と言った。俺は言われるままに頭を長門の顔に近づけた。 やわらかく暖かい唇を額に感じた。 ── あなたの中にわたしの記憶があれば、それでいい。 長門、その言葉、忘れないよ。 「もう!有希ったら一週間もどこ行ってたのよ!心配したじゃないの」 ハルヒが珍しく半ベソをかいている。長門の首に巻きついて離れない。 「エルサルバドルの両親に会いに行った。進路のことで」 「だったら連絡くらいしていってよね。だいたいエルサルバドルてどこよ」 「ラテンアメリカですね」聞かれもしないのに古泉が答えた。 「エルサルバドル、中米の小国家。人口約六五八万人。 面積は約二万一千平方キロメートル。国内総生産は百六十六億ドル」 長門、それは詳しすぎて逆にあやしい。 しかしホンジュラスとかエルサルバドルとか、アンドロイドはなんでラテン系が好きなんだ。 「おかえりなさい。無事でよかった」 ドアが開いて喜緑さんが登場した。 長門は喜緑さんと特殊な方法で会話でもしているのか、数秒見つめあった。 「キョンくん、おつかれさま」喜緑さんが笑顔で言った。 「いえいえ、いろいろとありがとうございました」 アンドロイドにもこういう、喜緑さんみたいな感情豊かで優しいタイプがいるんだよな。 「これ」長門がハルヒに向かって、なにやら袋を差し出した。 「あたしにお土産?」 「……そう」 袋の口を開けるとコーヒー豆の缶が出てきた。 「へー。コーヒーの産地だったんだ」ハルヒが嬉しそうに言う。 長門がチラリと俺を見た。これしか手に入らなかったからしょうがないんだ、とでも言いたげな目で。 「どこかでコーヒーメーカーを手配しないとね、みくるちゃん」 「あ、ハイハイ。明日、ドリッパーとマグカップを持ってきますね」 朝比奈さんメニューにコーヒーが追加されましたか。待ち遠しいです。 その後のことを、少しだけ話そう。 長門だが、あいつはふだんと変わりない、いつもの長門に戻ったようだ。 今回のことで、あいつと俺の間に、見えない親密ななにかができたように思う。 「なあ長門、いつかふたりでどこか行かないか」 「……また、図書館に」 「そうか。ほかに好きなところへ行ってもいいんだぞ」 「……図書館」 長門にはそれ以外ないようだ。まあ帰りに映画にでも連れてってやろう。 「ハルヒには内緒でな」 「分かった」 長門はひとことだけうなずいて、また本の世界に戻っていった。 俺の財布には今も、存在しないはずの西宮市立図書館のカードが入っている。 いつか、この禁則が解けたら、長門にも話してやろうと思う。 そう、とりあえずは俺たちを生み出した、谷川氏のこと。 ── また会おう。作中でね。 もう一生、出会うことはないだろう。少なくともこちらの世界からは。 谷川さん、しばらくはハルヒをおとなしくさせてくれたら助かります。 俺は上でもなく東でもなく、どっちか分からないあっちの世界に向かって祈った。 しかしこれもまた、谷川氏も含めた今回の出来事が、 別の世界の誰かの頭の中に存在する物語である可能性を、俺は否定できないでいるのだ。 END ---- -[[長門有希の憂鬱Ⅰプロローグ]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ一章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ二章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ三章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰおまけ]] ----
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「おにいちゃん、犬拾ってきたんだけど……飼ってもいい?」 「面倒はだれが見るんだ。だいたい母さんが許すと思うか?」 「でも、でも、びしょびしょに濡れてて怪我もしてたし……」 「かわいそうなのはわかる。でもな、うちで飼うのはダメだ。う……泣くな。わかった、貰い手が見つかるまでだ。貰い手が見つかるまでなら飼ってもいい」 「え!本当?本当に飼ってもいいの?やったあ」 「ああ、男に二言はない。でどんな犬なんだ?」 「うん、ちょっと大きいけどね、金色の毛並みですごくかわいいの。尻尾ふりふりしてあいかのことペロペロ舐めてね、ああいうのを雌犬って言うんだね」 「いやその用法はおかしい。今庭にいるのか?じゃあ少し見に行くか」 「溜まってると思うけどいきなり襲っちゃダメだよ」 「ははっ、お前より色っぽかったら襲うかもな……って色っぺーー!!!!」 「男に二言はないんだよね。貰い手が見つかるかどうかは別として見つかるまでは飼っていいんだよね。貰い手見つかるかな?」 「鬼!悪魔!外道!!」 「悪魔ですから」 こうして明楽家にまた1人家族が増えたのであった ~明楽いっけいの憂鬱その8~
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392 :百年戦争:2016/11/06(日) 22 32 35 1922年。その艦隊は生まれ故郷を遠く離れた極東の帝国に係留されていた。 ロシア帝国バルチック艦隊。 かつて世界有数の規模を誇った海軍で最精鋭の艦隊として編成された艨艟は、もはや彼ら以外に掲げる者も居ない喪われた帝国の旗を掲げたまま、目指す航路も見つけられずに朽ち果てて行くのだと思われていた。 国を追われた君主たちが、狂気とも言える無謀な決意を宣言するこの日まで。 「――移動の準備が整いました、陛下」 この期に及んで纏わりつく逡巡を振り払い、アレクセイ・ルイ=ナポレオン・ボナパルト少将は彼らの旗艦たるガングートの甲板から異国の帝都を眺めていた主の背中に声を掛けた。 「……もうそんな時間か」 それに応えて振り返った主君――ニコライ・アレクサンドロヴィチ、ロシア皇帝ニコライ二世と呼ばれた男の顔にもまた躊躇いの色が浮かんでいる。 これから行う選択が本当に正しいのか、彼もまた完全な確信を抱く事が出来ずにいるのだ。 生まれた時からロシア皇族としての教育を受けてきたニコライ二世がこのような感情を家臣に見せる事など革命以前にはあり得なかった事であるが、アレクセイが軟禁されていたツァールスコエ・セローから皇帝一家を救出して以降、皇太子と同じ名を持つナポレオンの末裔は家臣ではなく家族同然の同志という立ち位置を確立してしまったらしい。 それが祖国から追い出された皇族という惨めな共通項からくるものだという現実が、アレクセイに忸怩たる思いを抱かせる。 叶うならばロシア帝国への忠勤の褒賞として、このような信頼関係を皇帝との間に築き上げたかった。 「申し訳ありません」 アレクセイの口から思わず零れた言葉は、このような現実を引き起こした己の血統に対する謝罪であった。 バルチック艦隊の指揮権掌握と皇帝一家のロシア脱出。 おそらくアレクセイはやり過ぎてしまったのだ。 皇帝一家の無事を確保してその再起の可能性を追求するあまり、ナポレオンの血統が十分な戦力と名声を確保して混乱する欧州に留まる事がどのような事態を引き起こすかにまで意識を向ける余裕が無かった。 バルチック艦隊を掌握したアレクセイの帰還を恐れるフランスの反発によってイギリスは縁戚であるロシア皇帝一家の亡命を受け入れが不可能になり、ロマノフ王室は何の所縁も無い極東――大日本帝国への亡命を余儀なくされた。 ナポレオンの血筋がその傍にいなければ、大英帝国の庇護の下に亡命政権を作る事が出来たはずなのに。 「気にする事は無いよ少将」 不意に謝罪を告げられた元皇帝は、悔恨を滲ませる家臣の真意を汲み取って笑顔を浮かべた。 「貴官は私と、私の家族の為に最善の行動を取ってくれた。君がいたからこそ私たちはボリシェビキ共に殺されずに脱出でき、こうして再び歩き出せる。そのように忠誠を尽くしてくれた臣下を放り出して、誰がロマノフと共に歩んでくれるというのだ?」 柔らかな主君の言葉に、フランス皇帝の末裔は背筋を伸ばす。 「愚にもつかぬことを申し上げました――行きましょう陛下、我等が未来の為に」 「うむ……例え愚かな選択だとしても、我等は最後まで足掻いてみせる」 この日、大日本帝国においてロシア帝国王党派を中心とした亡命政権が設立される。 ロシア帝国艦隊政府。 ガングート級弩級戦艦二隻を基幹としたバルチック艦隊をその『領土』としたこの亡命政権は、ソ連から「時代錯誤な専制主義者たちの妄動」「引き際を知らない負け犬たちの艦隊」と罵倒されながら、ロマノフ王朝の資産や亡命ロシア貴族の財産を使って船舶を購入する事でその『領土』を拡大。 シベリア、アラスカ、カナダなど日英に亡命したロシア王党派の資産ネットワークを構築し、自前で船団の警備まで行う大規模な海運業者としての側面を強くしていく。 393 :百年戦争:2016/11/06(日) 22 33 12 夢幻会の憂鬱 世界大戦終結後、夢幻会の面々は頭を抱えていた。 その苦悩の原因は太平洋を挟んで睨み合いを続けるアメリカ合衆国や、シベリア連合の向こう側で蠢くソビエト連邦ではない。 1653年以来ずっと共同歩調を取り続けてきた日本の友好国であり、シベリアと太平洋の二正面で米ソという敵性国家に挟まれた日本にとってもはや必要不可欠な存在となった同盟国、イギリスである。 日英共同でオランダを滅ぼした事で東南アジアと太平洋は日本の勢力圏となり、フランスをアジアから追い出してスムーズになった両国の交易は莫大な利益をもたらし、アジア太平洋に戦力を割く必要の無くなったイギリスの影響力は欧州を中心に拡大。 オランダが滅亡していた為にボーア戦争そのものが発生せず、日本と連携した為にフランスとのアジア植民地獲得競争を史実より負担も少なく乗り越え、中華市場に進出する事も成功している。 史実で背負った各種の負担と引き換えにアメリカとは敵対関係になっていたが、その代償として大英帝国はアイルランドとの統合を成し遂げ、日英同盟はユーラシアの東西から全世界を牽制可能な理想的同盟として機能していた。 そうであるのに何故、夢幻会はイギリスによって思い煩わされているのか? その理由は衰退の兆しも見せない大英帝国の存在そのものにあった。 1918年。ロシアの戦線離脱とアメリカ風邪パンデミックにより第三共和政が崩壊し、唯一の敗戦国として過酷な戦後賠償を追及されるはずだったフランスに対して寛容すぎる講和の条件を提示したのは、意外な事にフランスと泥沼の塹壕戦を繰り広げたドイツ帝国であった。 最も強硬にフランスへの懲罰的賠償を要求すると思われたドイツが示した甘すぎる提案に、オランダを失うフランスは歯軋りしながら頷き、巻き込まれただけに過ぎない大戦争を少しでも早く終わらせて国内の立て直しを図りたいオーストリア=ハンガリーも承諾。 日英は大戦に参加した利益を何も得られない事に反発したが、五年も続く戦争で高まり始めた国内の厭戦感情を考慮して講和を受け入れざるを得ずせっかく占領したフランスの海外植民地を無償で返還する。 フランスは被占領地の無償返還と引き替えにオランダを始めとした新規独立国を承認し、ヴェルサイユ条約によって世界大戦は終結する。 もちろんこれはドイツ人が戦乱と疫病で荒廃したフランスの惨禍を目撃し、博愛精神に目覚めて慈悲の心を発揮したからではない。 ドイツ帝国はやがて復活する将来のフランスよりも同盟国であるはずの日英――特にイギリスの存在を恐れていたのだ。 世界大戦で独仏を始めとした欧州が被った戦災と比べてイギリスは人的被害のみに留まり、さらにはその人的被害も大戦の最初から塹壕戦の泥沼をのたうち続けた欧州諸国に比べれば微々たるものに過ぎず、相対的に見ればイギリスの国力は増加しているとさえ言える。 200年以上の長きに渡って日本が陰日向に支援し続けていたイギリスは、ドイツが自国の復興に注ぎ込むべき賠償金をフランスから搾り取るのを断念してでもその国力の増大を阻止しようとするほどに強大化していた。 その強大化した存在感は日本が講和会議の席上で提案しようとしていた国際的平和維持機構の構想にも影響を与え、本格的に組織の設立に賛同する国が現れずに国際連盟が成立しないという事態を引き起こす。 それがどれほど素晴らしい理想に基づいた組織であれ、大英帝国という怪物が参加すればその主導権がイギリスの物になるのは明らかであり、同盟国である独墺も敵性国家であるフランスもこれ以上イギリスの影響力を拡大させるような組織の誕生を望むはずがなかったのだ。 夢幻会を中心とする日本政府は慌ててイギリスに国際連盟設立への協力を打診するが、古くからの友好国はにこやかな笑みと共にこの申し出を謝絶。 国際連盟設立に賛成しなかったどの国よりも、衰退無き世界帝国が国家の加盟する大規模な国際組織の存在を必要としていなかった。 世界大戦により欧州の競争相手が疲弊し、アメリカが国内対立で身動きが取れなくなっている現状では国際情勢を自国の有利なように動かしていくのは大英帝国にとって容易い事であり、大規模な国際組織の存在はむしろ足枷になりかねないとこの時のイギリスは考えており、イギリスの戦略パートナーは日本だけで十分だという自信さえ抱いていた。 結局、日本の構想はスイスのジュネーブに各国の大使館職員が常駐する施設が設置されるに留まり、この史実とは比べ物にならない小規模な組織=国際会議連絡事務所が国連と呼称されるようになる。 このイギリスの傲慢とも言える世界戦略は、大日本帝国を巻き込んで世界の流れを史実から更に歪めて行ってしまう。 394 :百年戦争:2016/11/06(日) 22 33 45 第四次太平洋戦争でアメリカ太平洋艦隊を殲滅した日本海軍は仮想敵の消滅によりその拡大を一時鈍化させるが、世界大戦に前後してアメリカ海軍が戦力再建を本格化させるとこれに対抗する為に大規模な艦隊建造を決定。 第三次ハワイ沖海戦においてその効果を実証した弩級戦艦群による艦隊編成を発展・改良し、超弩級戦艦による第二次八八艦隊計画を開始する。 1911年に日英共同設計で金剛型巡洋戦艦四隻、薩摩型超弩級戦艦(薩摩、安芸、河内、摂津)四隻を建造。 大戦が始まった1913年には日本式の改良を加えた準金剛型である伊吹型巡洋戦艦(伊吹、鞍馬、筑波、生駒)四隻、クイーンエリザベス級をタイシップに扶桑型超弩級戦艦四隻を建造し艦隊を丸ごと一新する。 国力にモノを言わせた大規模建造は戦時中という事も有りさらに加速し、史実の八八艦隊計画通りに艦齢八年の艦隊編成を目的として第三次八八艦隊計画が始動。 日本海軍のあからさまな標的とされたアメリカは増大した国力を生かして壊滅させられた海軍力の再建と拡大を推進し、国内対立によろめきながらもダニエルズプラン=三年艦隊を計画。真っ向から日本海軍の拡大に立ち向かっていく。 そして太平洋から始まり大西洋へと伝播したこの異常な速度の建艦競争に欧州で唯一余力がある大英帝国が参戦。 終戦により一番艦以降の建造中止が予定されていたアドミラル級巡洋戦艦四隻(フッド、アンソン、ハウ、ロドネー)の建造を再開する。 この事態に顔を引き攣らせたのは国内の復興に掛かり切りになっているフランスと、東欧の混乱を収拾させようと走り回っているドイツであった。 日英によって海軍力を壊滅させられたフランスもイギリスとの建艦競争で作り上げた大洋艦隊が健在なドイツも、国力を回復させたいこの時期に大規模な艦隊建造を行う余力など欠片も残っていなかったからだ。 海軍を持つ列強が建艦競争に参加出来ないという屈辱に震えながら独仏は睨み合い、平穏を謳歌していたイタリアを仲介にバカげた建造祭りを行っている三カ国を呼び出して史上初の軍縮会議であるローマ海軍軍縮会議を開催する。 独仏連携という外交上の異常事態が引き起こしたこの会議は、日英に軍事的に包囲されたアメリカにより最初から難航した。 大戦による疲労が無いアメリカは軍縮失敗による各国の負担などまるで気にせず、日英合計との同量保有と日英同盟の解消を主張。 当然日英がそんな条件を認めるはずもなく、何としても建艦競争による財政負担を回避したい独仏が必死に説得し、カナダ国境と言う長大な潜在戦線を抱えるアメリカも国内から海軍の無制限な拡大に疑問が出た事で、ようやくアメリカも軍縮に前向きになる。 ドイツ帝国は日英への対抗から単純な軍縮に応じられないアメリカを納得させる為に、アメリカの準同盟国であるフランスに建造中のコロラド級戦艦を一隻購入させ、これによってイギリスへの牽制とする案を打診。 これに軍縮条約により予算削減を行いたい日本の夢幻会がイギリスの説得に回る事で軍縮条約はようやく前向きに進み始め、少しでも艦隊戦力を立て直したいフランスがドイツ案を承諾し、ドイツはフランスに財政負担を押し付ける代わりに洋上戦力の不利を受け入れる。 1921年。日米英55万トンを基準として独仏:2、伊 1.75の比率で戦艦の保有率が決定。 戦艦は基準排水量4万トン砲口径16インチ10門以下と規定され、艦齢15年未満は代艦建造禁止。 米仏以外の新艦建造は原則として禁止とし、既に長門型戦艦を完成させていた日本との兼ね合いで米英は16インチ砲搭載戦艦二隻を追加で建造・完成させ、フランスはアメリカから未完成のコロラド級一隻を購入。 日英米が建造中だった巡洋戦艦は二隻づつ空母へと改装される事になり、日本は天城、赤城を、アメリカはレキシントンとサラトガを、イギリスはアドミラル級の二・三番艦であるアンソンとハウを改装空母として完成させる。 各国が所有を許された16インチ砲戦艦は大日本帝国の長門、陸奥を筆頭に大英帝国がネルソン、ロドネー。アメリカ合衆国コロラド、メリーランド。 そしてフランス共和国ラファイエット。 かくして、列強のメディアにビッグ7と呼称される16インチ砲戦艦群が誕生する。 395 :百年戦争:2016/11/06(日) 22 34 20 このようにヴェルサイユ条約や軍縮条約に様々な影響を与えた大英帝国の存在は、同盟国である大日本帝国国内にも無自覚な影響を与え夢幻会にとって頭痛の種となっていた。 イギリスは日本にとって誠実で友好的な同盟国であったが、 強大過ぎる同盟国の存在はその鮮やかすぎる外交手腕と共に日本国内でも警戒心を呼び起こし、列強たる日本がイギリスに外交的主導権を握られていると感じる 日本国内の勢力は夢幻会を『対英追従』と攻撃し、日英協調による日本の勢力安定を求める勢力は国際連盟設立など夢幻会が行おうとする日本の独自外交を『反英孤立』と呼んで非難する。 もちろん夢幻会はイギリスべったりの追従政策を行うつもりも、日英で競争して世界の覇権を争うような意思も無かった。 イギリスとは有力な同盟者として協力できる問題は協力し、多国間での国際関係を強化する事で日本の国益を確保していくという夢幻会の方針は、皮肉な事に200年以上イギリスとの共同歩調を推進してきた夢幻会自身の政策によって日和見主義だと批判され、史実よりも拡大した日本の勢力圏も相まって日本国内における夢幻会の影響力を低下させる事態にまで発展してしまう。 それでも夢幻会は辛うじて国内政治における主導権を確保していたがその代償として外交政策へと関与する余裕を失い、イギリス以外の国との外交関係強化を目的とした国連設立は軸足の欠けたものとなって失敗する。 結局日本の外交方針は日英同盟を主軸とした独自外交の追求という中途半端な物に終始せざるを得ず、そしてイギリスの影を引きずった日本の外交は欧州の警戒心によって鈍化していく。 この状態を誰よりも喜んだのは日本国内の親英派日本人ではなく、同盟者であるイギリスだった。 友好的な近代列強である大日本帝国は大英帝国にとって最重要の同盟国であり、その同盟国が他国の影響を受ける事無く日英同盟を中心にした外交政策を取り続けるという事はイギリスの覇権を維持する上で大いに満足出来る要素であったからだ。 イギリスはロシア内戦に干渉してシベリア連合の成立を日英共同で支援し、その後東欧で発生したポーランド・ソビエト戦争にはドイツの復興遅延を狙って意図的に干渉せず、トロツキーが提案したウクライナ・ベラルーシの分割を容認してドイツの視線を東欧に向けさせる。 さらに独仏対立が激化して欧州列強が自国周辺に釘付けになると、大英帝国はオスマン=トルコ帝国へと介入を開始。 日本を誘ってトルコの近代化に協力すると共にアラビア半島全域をオスマン=トルコへと併合し、1925年には満州と同じようにアラビア鉄道株式会社を設立する事で己の勢力圏に組み込んでしまう。 『世界の管理者(ワールドオーダー)』 没落無き世界帝国の国力に裏打ちされたイギリスの自信は日英同盟を通じて大日本帝国を、そして列強各国を大いに振り回していく事になる。 396 :百年戦争:2016/11/06(日) 22 35 46 以上で投下終了です wiki転載はOKです