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3連休の明けた金曜日、練習前に志田さんの入部が発表された。 「1年C組の志田皐月です! 皆さんのサポートを、しっかり出来るように頑張ります!! よろしくお願いします!」 みんなに囲まれながら、精一杯自己紹介する志田さん。 頭を下げたときに、全員が拍手した。 「えぇ~、それから男子の入部希望者が10名来ている。人気になると、みんな入部しやがる。だが、そう簡単には入れさせるつもりはない。とりあえずこれから1週間、毎日グラウンドを走らせる予定だ」 佐和ちゃんの言葉で締めくくられ、練習が開始された。 確かにグラウンドの周りを走っている奴らが居るが、そこまで気にならないな。 さて、地方大会に向けて、練習はかなり過激になってきた。 打撃を重点に置いた練習が多く、エースの俺ですら、バッティング多めの練習になっている。 やはり佐和ちゃんも、大輔頼りの打線なのをどうにかいしたいのだろう。 「しゃあぁぁぁ! 20球目!」 打撃練習を重点に置いていると言っても、やはりエースの俺は投げ込みをさせられる。 本日も調整の20球を投げ終えブルペンから上がる。 「佐倉先輩! タオルと飲み物です!」 ベンチに戻るなり、志田後輩が、タオルと飲み物を渡してくる。 続いて、受けていた哲也にも飲み物を渡した。 「おぉ悪いな」 「いえいえ! こんな暑い中、何十球も投げたんですから、これぐらいはマネージャーとして当然です!」 なんて真面目な子だ。明らかマネージャー気質じゃないか。 「あの、佐倉先輩って彼女とか居るんですか?」 「ぶっ!!」 志田後輩から貰った飲み物を飲んでいる最中に、志田後輩がそんな事を聞いてきたので、思わずペットボトルをくわえながら、噴出してしまった。 「ゲホッゲホッ! 馬鹿野郎! 飲んでる最中に変な質問すんな!」 「すいません! でも、佐倉先輩って顔が整ってるし、やっぱり居るのかなぁ~って思ったので…」 「居る訳ねぇだろうが、こちとら野球で忙しいんだ。全然会えないし、遊べないだろう。そんな状況で作る訳ないだろう」 一度落ち着いてから、再び一口飲む。 「そうですかぁ」などと志田後輩は言っていた。 「んじゃ、走りこみ行くか」 ベンチに座り、スパイクからアップシューズに履き替える。 今から往復7kmのロードワークをする為である。 「よ~し英ちゃん! 私もやる気満々だよぉ!」 ここで岡倉が来る。一応、今までチャリに乗って監視役を任されていたからだ。 っても、走ってる最中に話しかけてくるような最低な監視役だったが。 「あぁ佐和ちゃんが、お前はここに残ってろだそうだ。今日から監視役は志田になるから」 「えぇ~…」「あっ…分かりました」 落胆する岡倉と、嬉しそうにする志田。 まぁとりあえず、走りこみに行くか…。 志田は走っている最中に話しかけてこなかった。まぁそれが普通なのだがな。 ≪前 HOME 次≫
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年が明け、3学期が始まった。 まだまだ寒い日が続くが、野球部は少しづつだが実戦練習が始まった。 まずはアップ。やはり1時間かけて入念に行う。 その後、前にも話したダッシュのメニューをこなした後、打者はティーゲージを使ったトスバッティング。投手はブルペンに入って肩を作る。 投手と言っても、入るのは俺と亮輔のみ。佐和ちゃんがボールを受けてくれる。 最初はゆっくりと山なりの球を投げていく。そこで体の動きを1つ1つ確認し、徐々に動きを速くしていき、最後は普通のペースで投げていく。 そして投手の肩が暖まったところで、シートバッティングと言うのを行う。 簡単に言えば、俺がマウンドで、打者と勝負していく。1人が打席、1人がネクストバッターサークル、残りの8人は、各ポジションに付く。んで1人の打者が終わるたびに、1人が守備から抜ける。それを全員が終わるまでやる。 俺が全員と対戦した後、今度は亮輔が対戦する。 キャッチャーは、基本的に哲也だが、哲也が怪我した場合の為に、控えキャッチャーとして、誉が抜擢されている。 誉はまったく打てない割に、どんどんと守備が上達しているからな。 あまりの成長ぶりに、佐和ちゃんも目を丸くするほどだ。 んで、大輔はやはり抑えられない。 そもそも、どんな球でも平然と打ち返している時点で、奴は化け物だと思う。 こいつを敵に回さなくて本当に良かったと、改めて思ってしまう。 日が暮れ始める頃、他の選手がベーラン追っかけなどをやっている間、俺はハードルを使った股関節のトレーニングを行う。 千葉マリーンズに入団した元高校BIG3の唐澤侑己(からさわゆうき)投手は、高校時代にハードルを使ったトレーニングで、ステップ幅を広くさせ、よりフォームが安定させたそうな。 トレーナーは佐伯っち。佐伯っちは元陸上選手だけあって、こういうのに詳しいらしい。 んで佐和ちゃんは、他の選手の相手をしている。 「おらぁ英雄ぉ~手を抜くな。しっかりと股関節の動きを確認しろぉ」 気の抜けた声で佐伯っちが、俺の指導をする。 反抗したい気持ちはあるが、俺は指導を受けている身。仕方なく言う事を聞く。 「なぁ佐伯っち?」 「あん? どうした英雄」 「合唱部見に行かないのか?」 俺はトレーニングをしながら、佐伯っちに質問する。 一応合唱部の顧問も務める佐伯っち。しかしここの所は、毎日のように野球部の練習に参加している。 「元々、顧問の手当欲しさに合唱部の顧問やってたからな。あっちは副顧問の蔵田先生も毎日来ているからな。安心だよ」 「へぇ~熊殺しが合唱部の顧問って、似合わねぇなぁ」 などと呟きながら、しっかりと股関節を動かしながら、ハードルを越えていく。 夕焼けに染まるグラウンドの端でハードルを越える俺。 やべぇ! アニメとかにありそうな光景やん!! よっしゃ! 頑張るぞ! ≪前 HOME 次≫
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福山水産との練習試合も終わった日曜日。 俺は鵡川の家にお邪魔していた。誕生日会をやるためだ。 ってか、女子ばっか! 男が俺しかいねぇ! なんか、不審者を見るような目で、見られてるし、泣きたい。 「あっ! 佐倉英雄!」 部屋の隅っこで、疎外感を味わいながら、飲み物を飲んでいると、良ちんが急に現れ、俺に怒鳴りつけてきた。 「なんだ良ちん。俺は今、一人ぼっちと言う疎外感を味わってるんだよ」 「そんな事どうでも良い! 何故ここに居る?」 殺意のある視線を俺にぶつける。いちゃ悪いのかよ。 「あっ? 鵡川から呼ばれたんだよ。悪いか?」 「ぐっ…! 姉さんが呼んだんならしょうがないか…」 姉には弱いシスコンの良ちんだった。 「お前の所はどうなんだ?」 良ちんと食事をしていると、急に良ちんが聞いてきた。 「なにが?」 「なにがって県大会の事だ」 なんだ県大会の事かよ。 「予選からは、西部地区じゃ多摩野港南、兼光学園、荒城館、蔵敷工業が出場を決めている。東部だと丘山南、紅陽(こうよう)が出ている」 「どこも強いとこだな」 まぁそれが当然なんだけどね。 丘山南、蔵敷工業なんかは甲子園にも出場している高校だ。 「まぁ当然だろうな。んでお前らは去年よりも強くなったのか?」 「強くなったよ。俺もさらにレベルアップしたし、四番は良ちんに負けないぐらいの打者だよ」 「…ほぉ。まぁ全国制覇を目指すなら、俺よりも凄い打者じゃないと不可能だぞ」 「あっ?」 俺は食うのを止めて、良ちんを見る。 良ちんはジッと俺を見ていた。 「全国には、俺よりも凄い打者がたくさん居るし、遊星よりも打ちづらいピッチャーはたくさん居る。俺は去年の夏に改めて思い知った」 「へぇ~」 冷静を装いながら俺は食事を再開する。 良ちんよりも凄い打者ばっかか…余計に行きたくなったじゃん…甲子園。 「だからこそ…俺はもう一度、あの場所で野球をしたい…」 そう隣で呟く良ちんの言葉。 多分、俺が甲子園で敗れたら、そんな事を言うのだろう。 「佐倉英雄…」 「どうした?」 「今年の夏、絶対に…山田高校と戦いたい。俺と戦うまで、敗れるなよ」 「敗れるわけないだろうが。俺は頂点目指してるんだからさ。お前らが敗れなきゃ、いずれぶつかるさ」 不敵な笑みを浮かべて、そう良ちんに返答する。 その言葉に良ちんも笑顔になった。 結局、その後は、ちょこっと鵡川と話して終了。 なんか知らんが、野球への情熱がいつも以上に燃えている…。 県大会はもうすぐだ。 ≪前 HOME 次≫
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「ナイスピッチ佐倉君。凄いカッコ良かったよ」 「サンキュー」 試合終了後、反省会も終わり、いざ帰ろうと言うときに鵡川が話しかけてきた。 ここで野球部一同が、鵡川の存在に気付いたのだった。 「なんだ? 鵡川は英雄の応援にでも来たのか?」 「あっ佐和先生」 そんな鵡川に、佐和ちゃんが話しかける。 「違います。私の弟が斎京学館の選手なんで、応援に来たついでみたいなものです」 「ほぉ…」 ニヤニヤしながら、佐和ちゃんがこっちを見る。 なんだあの目は、ウザい。激しくウザイぞ! 「英雄」 「なんですか?」 佐和ちゃんは俺の首から腕を回して、俺の左肩に左手を置きながら、耳元で俺の名前を呼ぶ。 「我が部は、恋愛OKだぞ」 そう言う佐和ちゃんの顔を見る。満面の笑みだ。 「あの佐和先生…」 「なんだ? 感謝しなくても良いんだぞ!」 「ウザいです」 「はっはっはっ! 照れるな貴様ぁ!」 そう大笑いしながら、佐和ちゃんは俺の背中をバンバン叩く。 むせてしまいそうなぐらい思いっきりやりやがって。ってかむせた。クソ野郎。 「大丈夫、佐倉君?」 咳き込む俺に、鵡川が優しく聞いてくる。 俺は咳き込みながらも、平気だとジェスチャーする。 「英ちゃんお水!」 岡倉が水を持ってくる。 それを受け取り、水を一口飲んだ。 「…すまん岡倉」 「えへへ、これでもマネージャーですから」 などと言いながら、岡倉は鵡川をじろりと睨む。 何故睨む理由があるのだろうか? 不思議でしょうがない。 「英雄、今のうち、はっきりさせとけよ」 岡倉と鵡川の間に感じる、見えない火花を想像していると、恭平がそんな事を言ってきた。 「何を?」 「三角関係はマズい。あるゲームで、それは実証済みだ」 そう小声で言う恭平だが、まったく意味が分からなかった。 とりあえず、バス乗り場で鵡川に別れを告げる。 その後、やけに話しかけてくる岡倉が、無性にウザかったのはここだけの話しだ。 「さて、地方大会まで、後2つとなった」 帰りのバスの中で、佐和ちゃんが前に立ち、そんな事を言い始める。 穏やかだったバスのムードは一変し、シーンとした殺伐とした雰囲気になる。 「次の相手である荒城館は、秋の大会で戦って勝利している。相手もレベルアップしているが、こっちもレベルアップしている。気持ちで負けるなよ」 「はい!」 佐和ちゃんの言葉に、一同が力強く返事をした。 俺はと言うと、眠気と格闘しながら聞いていたので、返事はしていない。 「決勝は、理大付属か蔵敷商業だ。理大付属には、去年の秋に負けてるからな。出来れば戦いたい。っても結果は明日の試合で分かる。1試合目に俺達がやるからな。そこで点差を付けて、相手を威圧するぞ」 「はい!」 またも佐和ちゃんの言葉に、一同が返事を返した。 それを聞き終えて、俺は寝てしまった。なので、その後の佐和ちゃんの言葉を聞いていないが、まぁ良いだろう。 明日も頑張るぞ…。 ≪前 HOME 次≫
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最後の打者を三振にした時、球場は今日一番の歓声が起きた。 4-2で我が山田高校は勝利し、準決勝へと駒を進めたのだった。 「おぅおぅ英雄さんよぉ~いつからフォークなんて覚えたんだぁ?」 試合後、佐和ちゃんがニヤニヤ笑いながら聞いてきた。 やはりフォークだとバレていたか。 「広島東商業との練習試合の後ですよ。あの時、自分に力が無いと思ったから変化球を覚えようと思ったんですよ」 フォークにしたのは、メジャーでは多投しないと聞いたからだ。 メジャーではあまり投げないと言う事は、フォークの軌道を知らないと言う事。つまりメジャーでも決め球として使える可能性が高いからだ。 あとは単純に決め球で最初に浮かんだのがフォークだった。 まぁ他にも理由はあるが、大体の理由はこの二つだ。 フォークを覚えると決めてからは、哲也と話して一日に30球程度だが、練習していたわけだ。 まぁ実戦ではこれが初めて。上手い具合に落ちてくれて助かったぜ。 「ほぉ、こりゃ、これからも楽しみだねぇ~」 などと佐和ちゃんはニヤニヤしていた。 ダウンのキャッチボールをしながら、哲也は「まだ甘かった」と厳しく評価していた。 伊良部の空振りは、あっちに俺がフォークを投げれるというデータが無かった事が大きい。現に自分でもあのフォークは納得していない。 やはり練習と実戦では感覚が違っていた。 まぁそれはおいおいと調整するか。これからも長い付き合いになる変化球だろうしな。 ダグアウトを出ると、応援に来ていた人たちが出待ちしており、拍手で迎えられた。 いつもの事ながらやはり嬉しいな。 応援団に一礼して、その後は球場の陰で柔軟などのダウンを行う。 「佐倉英雄」 哲也に背中を押されている所で声をかけられた。声が聞こえた方向に向くと、伊良部竜平が立っていた。 顔は笑っている。だが目元が赤い。試合終了後、誰よりも涙を流していた姿を思い出した。手には千羽鶴の束がある。 「俺の完敗だ。最後にフォークを投げられるとは思わなかった」 「うっせぇホームラン打たれたのも含めて1勝1敗だ!」 俺の言葉に伊良部は「まぁな」と言って笑う。俺も思わず笑ってしまった。 「あぁこれ、うちの分と俺たちが破った学校が作った千羽鶴の束だ。受け取ってくれうか?」 「当然だ」 千羽鶴を渡す伊良部。 俺はそれを両手で受け取った。とても重い。 「俺らの分まで頑張ってくれよ」 「ああ。任せろ」 俺は力強く言う。その言葉に満足したのか伊良部は笑顔のまま頷いた。 「頑張れよ」 などと伊良部は言いながら、去って行った。 俺は伊良部からもらった千羽鶴を見つめる。 「奴らの分を背負ったんだ。無様な試合な試合は出来ないな…」 ぼんやりと呟いた。 その後、俺は哲也に背中を押してもらい柔軟。 スタンドに上がって準決勝を見る。 ノーシード創育学園とBシード丘山東商業の試合だ。 「創育学園って、去年創部したばかりの学校だろう?」 「あぁ」 大輔が弁当を頬張りながら、俺に聞いてくる。ちなみに大輔が食べてるのは岡倉の弁当。よくその摩訶不思議な弁当を平然と食えるな大輔。 「去年、創部したばかりで、元は女子高。2年17名、1年14名の計31名。出来たばかりの去年は兼光学園に7対0でコールド負けをしているが…」 などと俺は呟いた。 だが今年はどうやら大きく進化したようだ。 初戦で延長11回の勝利。2回戦は4点差から逆転勝利。 3回戦には理大付属と延長12回の試合で勝り、ベスト8入りをしているダークホースだ。 対して丘山東商業は、昔から県内中堅校に名を連ねている学校だ。 三強時代に入り、当時の強豪、中堅校は軒並み弱体化する中で、結果を残し続けている数少ない学校だ。 今年もシード校として出場している。実力は十分にあるはずだ。 創育学園の先発は、背番号13の左腕の福島。佐和ちゃん曰く「今大会初登板の1年生」らしい。 対する丘山東商業の先発はエース平内。昨秋、春と好投を演じていたピッチャーだが、今大会は2試合投げて6失点とイマイチ調子に乗れていない。 さて試合が始まった。 先攻は創育学園、後攻は東商業。 「…? あのブルペンで投げてる投手…」 俺は創育学園のブルペンで投げている投手に視線が移った。 良い球を投げてるな。あのピッチャー。…だけど、あいつ。…いや、違うか。 先制したのは東商業。 1回の裏の一死一三塁から、4番の浜井のセンター前ヒットで先制したのだ。 対する創育学園も2回の表に5番の財津(ざいつ)のセンターへのソロホームランで同点に追いつく。 だが、東商業は2回に1点、3回に2点を奪い、4対1で3点リードしていた。 さらに4回の裏、一死満塁から創育学園の福島が押し出しフォアボールで4点差とした所でピッチャーの交代となった。 ≪創育学園、選手の交代をお知らせします。ピッチャー福島君に代わりまして鶴海(つるみ)君≫ 電光掲示板の名前が変わる。「鶴海」と書かれた文字を見てゾワッと体が震えた。 やはりそうか。やはり…あいつなのか…。 一抹の不安を覚えて俺は佐和ちゃんへと質問した。 「なぁ佐和ちゃん」 「あぁ?」 俺は隣でコンビニの弁当を食べる佐和ちゃんの名前を呼んだ。 「あのピッチャーの出身中学校って…丘山第二中学校とかだったりする?」 「ちょっと待ってろ」 そういって手元にあった各校の登録選手が書かれたパンフレットを開き確認する。 「…あぁそうだ。丘山二中出身だ。なんだ知り合いなのか?」 「まぁ…そんなところですかね」 そう呟いて、マウンドへと視線を向けた。 投球練習をする男。そいつは中学時代、県大会決勝で投げ合ったピッチャーだ。 中学時代、県大会決勝戦を思い出す。 俺が居た中学校は、6回まで相手の先発にパーフェクトピッチングをされていた。 確かにうちの打線は貧打を体現したようなへっぽこ打線だったが、四番の俺ですら抑え込まれていた。 相手ピッチャーは2年生。1つ年下の奴に完全試合を成し遂げられそうになっていた事に、当時の俺は腹立っていた。 そのピッチャーこそが鶴海雄吾。忘れもしない名前だ。 8回に俺のソロホームランで勝ち越したが、我が中学校が打ったヒットは、その1本のみ。 鶴海は2年生ながら、その大会NO,1右腕と呼ばれていた。 思い出しただけで、悔しさがこみ上げてきた。 だが創育学園が勝てば、リベンジが出来るか。 鶴海は一死満塁のピンチを2者連続三振で切り抜ける。 その創育学園は6回に4番中桐(なかぎり)のスリーランなどで一挙6点を奪い逆転に成功。 さらに8回にも1点を取り、結果は8対5で勝利したのだった。 鶴海はその後も無安打で抑え、無四球、8奪三振の好投を演じたのだった。 今度の相手は楽しみだ。 ≪前 HOME 次≫
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準決勝を前日に控えた本日。 俺は今日も80球の投球と、フォークの練習を少しして調整をする。 その後、軽くランニングをして汗を掻いてからは打撃練習に専念する。 打撃練習ではマシンを使い、鶴海を想定したバッティングが行われている。 「良いかぁ! 鶴海の持ち球は、全て手元で変化をする球ばかりだぁ! 球を見極めるのは至難の業だ! だからこそ、しっかりと振りぬけ! 力で外野まで運べ! 金属バットの特性を最大限生かせ! 良いな!」 「はい!」 素振りやティーバッティングなどをする選手の周りを歩きながら、佐和ちゃんは力強く言った。 それにしっかりと返事をする選手達。 確か鶴海の持ち球は、佐和ちゃんの話しだと、ストレートと大体同じ速さで変化するカットボールと佐和ちゃん曰く「球の回転数が少なく、直球に近い球速で沈む」と言う変化球らしい。 どちらもストレートと同じ速さから変化するので、見極めは難しいだろう。 だからこそ、詰まっても力強く振りぬいて外野まで運ぶしかないのだ。 そんな中で、馬鹿みたいな飛距離の打球を打つ男が居る。 やはり明日の試合も、この馬鹿頼りになるだろう。 「ははっ! まぁ大輔ならスタンドまで運びそうだけどなぁ~」 などと佐和ちゃんは笑いながら言う。 まぁ奴なら詰まっても場外に運びそうな破壊力を持ってるもんな。 打撃練習後、ゲームノックが行われる。 セカンドは岩村君ではなく、誉がやっている。 明日は投手戦になると佐和ちゃんは踏んでいるのだろう。 そうなると、打撃力のある岩村君よりも、守備に定評のある誉をセカンドにするべきだと読んだのだろう。 それに岩村君は、今夏の打撃成績は10打数1安打。 前の試合はまだマシだったが、それまではガチガチで打てる印象はなかったしな。どうせ打てないなら、守備の良い誉を選んだのだろう。 ゲームノックを終え、早めに練習を切り上げる。 合宿所に戻り、銭湯から帰ると、校舎内にある視聴覚室を借りて、創育学園の準々決勝の試合の映像を佐和ちゃん、哲也と見る。 「警戒すべきはクリーンナップだろうな」 佐和ちゃんがテレビを見ながら呟く。 「でしょうね。3番の高畠、4番中桐、財津の3人の平均打率が…」 「平均打率は4割1分。長打率が6割9分3厘。出塁率が4割9分1厘。OPSが1.184」 俺はざっと成績を口にする。 ちなみにこの計算は、創育学園が相手だと決まった日の夜にはしていたわけだが。 「ちなみに連打率は高畠が2割5分。中桐が5割。財津が6割6分6厘と、中桐、財津が高いわけだ」 「英雄、よくそこまで計算したね…」 隣で座る哲也が呟く。 相手チームのデータを知らないと何にも始まらないだろう。まぁ俺が野球の指標フェチなだけかもしれないが。 「確かに成績上はそんな感じだが、高畠、財津は欠点が分かりやすい」 そういって映像を早送りして、高畠の打席の所で再生する。 思わず椅子から身を乗り出して映像を見つめる。 「この打席が特に顕著に現れた。高畠はストレートの対応力こそ高いものの、カーブはてんで駄目だ。見ろ、タイミングがかなりずれている」 なるほど佐和ちゃんの言うとおり、タイミングがあっていない。 「二球目のカーブも大きく空振り、これでツーストライク。三球目もカーブにするかと思いきや、相手バッテリーはストレートを選択した。完璧にタイミングが崩れたと思ったんだろう。だが…」 三球目、先ほどまでずれたスイングをしていたとは思えないほどの鋭いスイングでレフト前に弾き返した。 「このとおり、ストレートにはかなり対応力がある。他の変化球も空振りしているが、カーブが特に苦手のようだ」 「俺、カーブ投げれないんですけど?」 「だから代替品を考えておけ」 そうして次のバッターとなり財津へと回す。 「財津はぱっと見た感じ、苦手な球はない。どの球にも上手く合わせている。だが、こいつは低めのボールが苦手なようだ」 そういって映像は違う場面となる。 この映像は確かに分かりやすい。高めに浮いた球は打ちに来たが、低めはまったく打ちに行かない。結果フォアボールを選んだが、やはり高めが好きなようだ。 「こいつは低めに集めれば良いと?」 「まぁそうだろうな。だが、多少浮けば狙ってくる。コントロールはしっかりと意識しろよ」 「りょーかい」 そうして最後の映像は四番中桐だ。 「こいつはこれといって苦手なものはなさそうだ。強いてあげるなら、アウトコースのボールの見極めが甘いといった所か。多少ボールっぽいコースでも手を出してくる」 「外中心の配球で良さそうですね」 「まぁな。だが外一辺倒なリードでもダメだぞ。中桐のアウトコースだけの打率だと5割を越してる。見極めがが甘いからという安易な理由だけで外中心のリードは厳しいだろうな」 やはりどのバッターも欠点が分かりやすい。 選手の能力は高そうだが、欠点がわかりやすいなら楽勝だ。 「あとは明日の英雄の状態だな。疲れもそろそろあるだろ?」 「いや全然」 俺の言葉に佐和ちゃんは訝しげに見てくる。 ここまで二試合連続先発完投をしている俺だが、疲れは全くない。 「まぁ無理はするな。明日はクリーンナップを抑える事が、勝利の鍵になるんだ。投手戦は必至。気をつけろよ」 「あぁ」 佐和ちゃんの言葉に俺は小さく頷いて、明日に備えるのだった。 ≪前 HOME 次≫
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翌日、山田高校の野球部ブームは予想以上、斜め上を行くほど加熱していた。 まず「野球部、中国大会優勝」なんつう垂れ幕が、校舎の屋上から堂々と垂らされている。 普通は「甲子園出場」とか「甲子園優勝」じゃないんですかね? それからクラスに行けば、某人気男性ユニットも顔負けな程、女子の黄色い声援を受けた。 まず嬉しい。恭平なんか、嬉し泣きをしていた。恭平の下半身にいるジョニーも嬉しそうに立っているように見えたのは、ここだけの秘密だ。 教師とすれ違うたびに「優勝おめでとう。今年の夏頑張れよ!」なんて言われる。 俺は「甲子園行ったら、年間の評定を5にしてくださいよ」って言ったら「お前の成績じゃ、八百長すらできない」などと言われちまった。くそが。 佐和ちゃん曰く「ブームなんて、1ヶ月あれば消えるもんだ。ましてや一つの学校レベルだろう? 1週間で消えるだろう。浮かれるなよ」と言っている。 まぁ浮かれてるのは、恭平ぐらいなんですよね…。いや、1、2年の奴ら数名と誉、中村っちが居た。 一日にして、ここまで人気になったんだから、浮かれるのはしょうがない。 観客者が居れば居るほど、練習に熱が入るもんだ。 まぁ一日ぐらいは、この人気を堪能しても良いのではないかと思うがね。 「凄い人気ね英雄」 「おぅ沙希か」 昼休み、いつもの面子(哲也、恭平、岡倉)で飯を食っていると、沙希が話しかけてきた。 名も知らない女子から、お昼のお誘いがあったが、丁重にお断りしている俺。だって、名前も知らない奴と食事なんてしたくないもん。 「まぁ人気になるのは、しょうがないだろう。俺はイケメンだからなぁ~」 正直、俺も浮かれてるのかもしれない。 そんな事を考えながら、卵焼きを頬張る。うん。母上、砂糖と塩を間違えてます。 「天才の次はイケメンねぇ。あんたの大口発言は大概、的を外さないから余計にたちが悪いのよね」 そう沙希は言って、溜め息を吐いた。 ん? 的を外さない? って事はこいつ、俺をイケメンだと思ってるんだな。良い心がけだ。 「岡倉、弁当くれるか?」 「えっ? あぁ良いよ三村君」 いつの間にか居た大輔が、岡倉から弁当(俺への弁当らしい)を頂いている。 っとここで大輔の彼女さん登場。どうやら大輔に弁当を届けに来ただけらしい。 一応彼女さんと目が合ったので、「よぅ」とだけ挨拶をしておく。 しかし大輔は弁当を、岡倉からもらい、彼女からももらい、そして自分の弁当は三重…。こいつの胃袋はブロックホールか何か? 「……なんか、英雄が遠い人みたい」 「はぁ?」 沙希は、下へ視線を移しながら、聞き取りづらい程小さな声で呟いた。 その言葉に、俺は思わず首をかしげた。 「…ごめん。なんかさ…今の英雄が、テレビの向こうの芸能人みたいな感じだからさ…そんな事言っちゃった」 などと言って、照れ笑いする沙希。しかし口元しか笑っていないのは明白だ。 「なぁ沙希…「あっ英雄ごめん! ちょっと用事思い出したから!」 沙希は、俺の言葉をさえぎるように大きな声を出すと、俺の返答を待たずして、逃げるように教室を後にしていった。 「……なんだあいつ?」 今日の沙希は変だな。俺が話しかけても、なんか適当に返されるし。 バンバン! 「…ってか岡倉、背中を何べんも叩くな。いい加減マジ切れするぞ」 「だって何回も呼んでも、無視するんだもん」 俺無視してたか? …う~ん、気付かぬうちに、考え事をしていたんだな。 「あぁそうか、ワリィ…」 「良いよぉ~。そうだ聞いてよ! 昨日ね、家に帰ったらね…」 岡倉の声が入ってくるのに、脳が理解しない。まるで右耳から入り、左耳から抜けていくようだ。上の空とはこの事だろうか? 外は、まさに晴天と呼びたくなるほど、青く晴れた空。 …屋上で、空を見に行きたい。 そんな衝動に駆られ、俺は岡倉たちと、一度別れ屋上へと向かった。 ≪前 HOME 次≫
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2回の表、秀平はセカンドゴロ、哲也はピッチャーゴロ、岩村君はショートフライと、三者凡退で終わる。 その裏、打者は4番の久遠から始まる。 「お願いします!」 礼儀正しく、久遠は一礼してから打席へと入り、足場を固めてからゆっくりと構えた。 目は真剣、なら俺も真剣勝負だ。 初球はインコース高めへのストレート。 俺は頷き、大きく振りかぶり、そして放った。 完璧のリリース。久遠は振ってくるもかする事も出来ず、空振り。 よしっ! 指先の感覚は鈍ってないな。 二球目は、外角へのスライダー。 俺は頷くと、一呼吸間を置いてから、投球モーションに入り、球を放った。 ボールからストライクに入るスライダー。 久遠はまたもスイングするも空振り。拍手と歓声が漏れる。 哲也からの返球を受け取ると、帽子を脱いで汗を拭った。 今日は暑い。ペース配分しないといけないと分かってるが、こいつ相手には手を抜きたくない。 一番警戒する打者でもあるが、同時に試合前のあの約束が気にかかっていた。 「…奴じゃ沙希と釣りあわねぇよ」 ボソッと呟いた。三球目のサインが出される。 三球目、インコース低めへのストレート。 俺は頷くと、息を大きく吐いた。 見ろ久遠。これが俺の実力だ。 放たれるストレート。 そのストレートに、久遠は何も出来ず、ただただ見送っただけだった。 「ストライク!! バッターアウトォ!」 球審の右手が挙がる。大歓声と拍手が球場に響く。 俺は息を吐いて、哲也の返球を受け取る。 久遠は悔しそうに俺の顔を見つめながら、ベンチへと戻っていく。 この後も5番をファーストゴロ、6番をピッチャーフライに抑え、無失点で切り抜ける。 ワリィな久遠。こんな所で足踏みなんかしてられねぇんだ俺は。 この後も両チーム足踏み状態が続く。 予想以上に久遠は良いピッチャーだったらしい。まさかうちの打線をここまで抑えられるとはな。久遠やるじゃん。 だが、そろそろうちの打線も目を覚ますだろうよ。それまで俺は抑えていけばいいだけの話だ。 5回の裏、龍獄の攻撃。一死一塁でバッターは、6番レフト武藤。 カウント2-1からのカットボールに、武藤は打つも詰まり、哲也の前に打球を転がす。 哲也はそれを右手で掴むと、すぐさまセカンドベースへと投げる。 セカンドベースに入った恭平は、捕ってからすぐさまファーストに投げる。 両ベースのランナーともアウトのゲッツーでチェンジ。 この回も龍獄高校を無失点で抑える。 試合は6回を迎えるが、我が校も、龍獄も点を入れていない。 スコアボードに綺麗に刻まれていく「0」の文字に、俺は少し悔しさを覚えた。 「まさかこんな状況になるとはな」 攻撃の前の円陣で、佐和ちゃんが呟いた。 打線は初回の3本以降、いまだにヒットを打っていないのだ。 大輔にいたっては、2打席目見送り三振で倒れている。 「この回は1番からだ。なんとしても出塁し、大輔の前にランナーを溜めろ」 「はい!」 力強く返事をする一同。 だが、大輔の前には龍ヶ崎も居る。得点のチャンスの無い相手よりも、こっちが有利なのは当然だ。 「大輔、2打席も三振をくれてやったんだ。しっかりとその分の借りは返せよ」 「はい」 冷静な口調の割には、力強さが感じられる。 この回の大輔には期待できそうだな…。 「おっしゃあ! 大輔に回すどころか、俺様のホームランで決めてやらぁ!」 などと意気込みながら打席へと向かう恭平。 おっ! あれなら… 「ストライーク! バッターアウトォ!」 三球三振かよ! 「…すまん」 落ち込み気味に戻ってくる恭平。 こいつのハイテンションが無くなると寂しいなぁ。 「元気出せ恭平」 大輔が、冷静に恭平の背中を叩く。 緊張していないし、やはりこの回の大輔は何かをしてくれるはずだ。 しかしランナーが出ない。続く耕平君も良い当たりを打つも、セカンド正面のライナーでアウトになってしまう。 そして打者は3番の龍ヶ崎を迎えた。 「龍ヶ崎! 頼む!」 俺もベンチから声援を送る。 龍ヶ崎の背中を見つめる。こいつのこの打席に懸ける思いが感じられた気がした。 初球をファール、2球目もファールにし、3球目を見て、カウントは1-2。 迎えた3球目、おそらくスライダー。 それを龍ヶ崎は打ち抜いた。打球はセカンド頭上を越すライト前ヒット。 初回以来のヒットに、スタンドはドッと沸く。 そして打者は4番の大輔。 その心強い背中に、俺は熱いエールを送った。 ≪前 HOME 次≫
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前のバッターの三村の弟が左中間を破るツーベースヒットを放った。 いきなりリードを縮められるチャンスを迎えた。 ホームランを狙えば同点もいける。前の打席は変化球に詰まらせてライトフライだったが、斯波の変化球の球筋はもう確認した。次は確実に仕留める。 打席に入る前に、ベンチからのサインを確認する。 監督のサインは送りバント。 定石通りといえば定石通りのサインだ。 「やっぱり敵わねぇのかよ」 思わず呟いてしまった。監督のサインをヘルメットのつばをつまむ動作で返答しながらも、ネクストバッターボックスで打席を待ち構える三村大輔へと視線を向けた。 分かってる。あいつのほうが確実性はあるし、俺よりも同点ホームランを打てる確率が高いのは分かる。分かっているのだが、俺は舌打ちをしちまった。 4番を打って甲子園という夢を諦めたはずなのに、まだ心の隅で三村大輔に勝とうとしている。それが悔しくて情けない。 軟式少年野球団の頃からエースで4番。 軟式少年野球の小さな大会では何度も優勝していたし、大きな大会でもそれなりの成績を収めていた。 中学に上がっても弱いチームだったから、1年生の頃からエースで4番を務めていた。 あの頃の俺は、まさしく選ばれた人間だと勘違いしていた。 高校に入学しても、俺はエースで4番になれるだろうと思った。 俺が入学すれば、どんなに弱い高校でも甲子園にいける。それを証明したくて、入学前年度、夏決勝敗退、秋地区リーグ全試合15点差コールド負けの弱小にまで一気に落ちた山田高校を選んだ。 こんな学校でも俺の手で甲子園に連れて行く。そしてプロ野球選手に…。それぐらい俺は自分の力を過信し、自分に酔いうぬぼれていた。 あいつらに出会うまでは…。 素人のくせに、小学校の頃から野球を続けていた俺のバッティング技術全て上回っていた三村大輔。 ボールを破壊するという形容がふさわしいスイングで、あらゆるエースの球を打ち砕いた。そんなパワーを誇りながらも、決して長打を狙わずあくまでチームプレイを優先する姿を見て、俺は4番を諦めた。 ストレートからチェンジアップまで、全ての球が洗練され、どんな場面でも動じず、嬉々として相手を打ち取る佐倉英雄。 研ぎ澄まされたコントロールと、どんな局面でも余裕ある表情を浮かべ、エースとして重責を軽々とこなす彼の姿に、俺はエースを諦めた。 その時初めて理解した。 俺は選ばれた人間ではないと。生まれ持った素質も、生まれた持ったセンスも無いんだと。あくまで俺は一般人に過ぎなかったということを。 前に一度、三村に1日の素振りの数を聞いた事があった。 「そうだなぁ。いつも500くらいから数えんのが面倒になって、その後1時間ぐらいするからなぁ。どれくらいだろう?」 あいつは悪びれずに言った。 500と言う数だけでも凄いのに、奴はその後も1時間も素振りをしている。そんな事、俺には出来ない。 「素振りは、頭空っぽにできるし、やってて楽しいからな」 そういって笑う三村大輔を見て、本当に選ばれた人間、天才と呼ばれる人種を理解した。 三村大輔は常人とは思考が異なる。それは佐倉英雄にも言えることだ。 そんな奴だからこそ、俺は4番と言う打順を諦めたのだ。 …だが、そう言っても諦めきれはしない。 負けたとは思っていない。まだ勝とうと俺はもがいている。 絶対に4番に戻ってやる。奴に負けないぐらいに打てるようになってやる。そして甲子園で4番の座るのは俺だ。 だから今は、奴の前で甘んじてやる。 「…くそが」 思わず呟いていた。 打席に入り、バントの構えをする。これだけでも屈辱的だが、恥に震える体を律するように唇を強く噛み締める。 初球、相手の腕から放たれたストレートを、しっかりと当てて前に転がす。 毎日、バントの練習はさせられていたからな。ちょっと強すぎたか? ボールはピッチャー前のボテボテだが、三村の弟の足なら平気だろう。 必死に一塁まで走ったが判定は当然アウト。それでもランナーは三塁に進んだ。 一死三塁…頼むぜ4番。 打席へと入る三村に俺は無言のエールを送った。 ≪前 HOME 次≫
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学校も終わり、部活を始めようとする頃、偵察に行っていた佐伯の旦那が帰宅する。 初戦の相手は予想通りの丘山城東。鶴丸高専に16対0の大差で5回コールド。 試合相手も決まり、選手達の顔にも真剣さが増す。 特に亮輔は、因縁の相手と戦う事に俄然やる気になった。 佐和ちゃん曰く「油断しなければ楽々勝てる相手」と語っている。 ブルペンで投げ込む亮輔と松坂君を羨ましそうに俺は見ながら、スパイクからアップシューズに履き替え、のんびりと走り出す。 ゆっくり目のペースで、グラウンドを走って汗を掻く。一応これも調整メニューである。 「しゃあぁカモンベイベー!!」 生徒が応援に来ると知って、かなりやる気を出す馬鹿の恭平は、ハイテンションでノックを受ける。 あの馬鹿、試合前の練習で体力を使い切るんじゃねぇか? しかし、もう最後の大会が近付いていると言うのに、俺は何故か緊張して無いな。 確か中三の時は、最後の大会の開会式の前日なんて、緊張しすぎて眠れなかった記憶がある。 まぁ高2から始めたしな。緊張しないと言えば当然なんだけど。 なんかアッサリし過ぎじゃないか、俺? 1時間ののんびりランニングを終え、佐伯のおやっさんとストレッチをする。 「なぁ英雄」 「あぁ、なんだい?」 俺の背中をグイグイ押す佐伯っちが話しかけてくる。 「丘山城東に勝ったとして、次の相手はどこだと思う?」 「…そうだな。県大会に出場している龍獄と、明星学院の可能性が高いな。まぁ今日の試合結果によるけど、おそらく明星学院だと思う。打力もあるからな」 「ほぉ、なるほど。まっ明星学院が妥当だな」 などと佐伯の親方と、相手の予想の話題で盛り上がる。 まぁ正直、丘山城東が楽々と言っても、油断は出来ない。 三番手として、ブルペンからエールを送ろう。 ≪前 HOME 次≫