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卒業式もあっという間に終わり、季節は野球のシーズンを迎えた。 3月の、ほのかな暖かさを肌で感じながら、俺らは相馬市民球場に訪れていた。 第37回戦目の山相戦を迎える。 37回と言う伝統的な一戦だけに、両校のOBが見に来ている。 さて俺たち山田高校は、久しぶりの試合にテンションが上がりながらも、外野の芝生の上でキャッチボールをする。 先発は俺、佐倉英雄。まぁ佐和ちゃんも、伝統の一戦で、二番手とか出せないよね。 とりあえずオーダーは、春の県大会で使う予定のオーダーにしたらしい。 それだけに、この一戦は重要な試合だ。 「英雄! 一冬越して、なんか球の球威が増したよ!」 キャッチボールを終えるなり、哲也が嬉しそうに話す。 球威が増したか。まぁハードルトレーニングとか、とことん走らされたし、逆に球威が増さないと俺が泣くわ。 とりあえず哲也とブルペンに向かう。 ブルペンで投げて、改めて自分自身でも、球の球威や球速が増した事を実感する。 とにかく投げてから、哲也のミットに収まる感覚が早く感じるし、哲也のミットの音も何か良い音になっているし。 こりゃあ今日の試合、自己最速が出るかもしれんね。 両チームアップ、シートノックも終わり、遂に試合が開始される。 両校のOB達が見守る中で、37度目の試合が始まった。 先攻は相馬高校。 俺は軽く投球練習を終えて、息を大きく吸い、大きく吐いた。 春の息吹を確かに感じる日の暖かさ。観客席からのOB達の応援。仲間達からの声援など、どんどんと俺のモチベーションが上がっていく。 「プレイボール!」 主審の声が耳に反響する。 俺はゆっくりとプレートを踏んだ。 初球は右打者のインコースへのストレート。 そのサインに頷き、俺は大きく振りかぶり、哲也のミット目掛けて、球を投じた。 ≪前 HOME 次≫
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土曜を迎え、福山水産との試合が始まった。 第一試合のオーダーは、大輔以外、控えや1年のみの構成。 打線は、2回に大輔のホームランの後、5番起用の秀平(新座)が初球で、いきなりレフトまで運ぶホームランで、鮮烈な高校デビューを果たす。 3回にも、3番の岩村君のレフト前ヒット後、大輔のライトへのツーベースで、岩村君が生還し、3点目を挙げる。 8回にも大輔が、一死二塁の場面でライト前に弾き返し、二塁ランナー生還し4点目。 一方ピッチングでは、松坂君は5回8四死球の5失点で降板。 二番手亮輔は4回を被安打2の2四死球の無失点と好投するも、試合は4-5で敗北。 大輔は4打数3安打3打点。1本のホームランと、1本の二塁打を打っている。 秀平は4打数2安打1打点。大輔と同じく1本のホームランと、1本の二塁打を打っている。高校初試合にしては打ちすぎだ。 岩村君は、4打数1安打。まずまずの成績だ。 一年のくせに秀平は活躍している。県大会レギュラーあるかもな。 さて第二試合。先発はもちろん俺! セカンドには誉。ここで良い結果を残さないと、マジで岩村君にレギュラー取られるぞ! 今日の打線は見事に爆発する。まぁ春大で使うオーダーだから、爆発しないほうがまずいんだけどね。 初回から、1番恭平、2番耕平君が出塁し、無死一三塁から、龍ヶ崎の左中間を破る走者一掃のタイムリーツーベースを打ったかと思えば、大輔の右中間へのスリーベース。 さらに、俺の右中間へのツーランホームランなどで、いきなり5点を入れる猛攻。 さらに、ワンアウト後、秀平のセンター前ヒット、哲也のレフト前ヒットの後、ツーアウトになってからの二死二三塁で、恭平のライト前ヒットで、二塁ランナーも生還するなど、初回に打者一巡の7点を奪う。 この後も、初回ほどの爆発はなかったが、9回までに11得点あげる。 投げては、スーパーハイパー天才の俺が、9回を投げて被安打1の無四死球の無失点で、11-0で圧勝する。 誉は見事4打数無安打。昨年の夏の大会出場からずっと、いまのいままで1本も打っていない。 だがそれが誉だ。一年生に、あいつの守備やバントは出来まい。 しかし、やはりここぞの場面で打てないと、レギュラーからはずされるのは確実かな? とりあえず、俺は春の県大会への調整も出来たし、あとは県大会を待つだけだな。 ≪前 HOME 次≫
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≪昨年の夏、甲子園で4番として活躍した鵡川良平君。今年はキャプテンも務めます。しかし4番でキャプテンとなった鵡川君に、苦悩が訪れます。 昨年の秋の県大会は、決勝で理大付属で僅差で敗れました。地区大会出場しても初戦敗退。決勝、地区初戦でどちらも無安打で終わりました。 また春の県大会も無安打で終わり、一時は4番降格と思われましたが、監督の宮路さんは鵡川君を4番で使い続けました≫ へぇ~良ちんって、キャプテンになってからは不調だったんだ。知らなかった。 ≪人間にだって、不調は必ずある。上手な人ならなおさらだ。だからこそ、良平ならきっといつか打ってくれる。今でも私はそう思ってます≫ 画面にグラウンドで撮影されたであろう宮路監督の姿と、後ろで練習する選手達。 白髪頭にしわだらけの顔。しかしその顔から感じられる覇気。 …こいつ、只者じゃない。 ≪4番として使い続けてくれる監督や、自分を信じてくれるチームメイトの為に、今年の夏は必ず4番として活躍します≫ 良ちんの声と日焼けした顔。 その目から感じられる並々ならぬ闘志は、野球を知らない奴でも気圧されるだろう。 ≪そう力強く答えた鵡川君。今日の試合では活躍したのでしょうか!≫ アナウンサーの声と共に映像は試合へと映る。 斎京学館対多摩野港南…。注目の一戦だ。 ≪先手を取ったのは港南。初回に1番村島君のフォアボールで出塁後、2番類沢君の送りバントで、一死二塁。その後3番の飯塚君がファーストフライで終わった後の4番中島君!≫ 打席に入る中島信吾。一応メル友である。 テレビの音声から鳴り響く快音と共に、画面の向こうの打球は空高く上がっていく。 ≪この打球が、右中間を破る先制タイムリーとなります!!≫ 中岡さんの力強い声。…この人実況とかに向いてるんじゃないか? ≪対する斎京学館も反撃したい所ですが、港南先発の阿部君の前に、ヒットを打つも得点につながりません≫ ランナー二三塁や、三塁の場面で、次々と打ち損じていく斎京学館打線。 やはり斎京学館は、チャンスでの得点圏打率が低いな。 ≪鵡川君も、チャンスの場面で打席に入るも、打てません…≫ 中岡さんの残念そう声。臨場感があるよな。 画面の向こうで見送り三振になり、悔しそうな顔をして、ベンチへと戻っていく良ちん。 ≪迎えた9回、斎京学館はツーアウトながら、ランナー二塁のチャンスで、バッターは4番の鵡川君。さぁ打てるか?≫ ランナーを映してから、打席へと入る良ちんが映される。 …やっぱり良ちんには、こういう場面で打席に入れる星の下に生まれてるんだな。 ≪阿部君の投じた初球でした≫ カキィィィィィィン!!!! …耳にその音が反響したとき、俺は呆気に取られた。 続いて試合中の男の実況の声が聞こえた。 ≪ぐんぐん伸びてー! 伸びてー!! 入ったぁ!!! 入りました!!! 逆転のツーラン! 逆転のツーランホームラン!! 4番鵡川の一振りで逆転!! ダイヤモンドを回りながら鵡川、ガッツポーズを浮かべた!!!≫ 実況の嬉しそうな声を耳にしながら、俺はさっきの良ちんのスイングを思い出す。 …なんだあのスイング? プロでも中々お目にかかれないような、美しさがあったぞ。 大振りにならず、コンパクトに打ち抜かれた打球は、ライナーのままレフトスタンドまで運びやがった。 やっぱり、良ちんは化け物だな。 「ハハッ…」 思わず笑っていた。そうだ…夏のときと同じだ。 こいつの今のスイングで、三振に取れるのは俺だけだと感じたあの夏。 まったく今でも変わってない。今でも三振に取れる自信はある。 ≪試合はその後、斎京学館が、さらにもう1点追加点を入れゲームセット。3対1で斎京学館、2回戦に突破しました≫ 中岡さんの声を聞きながら、胸に感じる戦いたいと言う欲求を抑える。 …今の鵡川良平なら、絶対に決勝に来るはずだ。 「負けねぇ…」 誰に宣言した訳でもなく、一人そんな事を呟いた。 俺達の初戦は4日後の丘山スタジアムだ。 ≪前 HOME 次≫
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「ナイラン!」 大輔のツーベースで、ホームに戻ってきた龍ヶ崎に笑顔で言う。 「あのピッチャー動揺してるぞ。お前が決めて来い」 照れくさそうに龍ヶ崎は言いながら、ベンチへと戻る。 「言われなくても分かってるよ」 俺は龍ヶ崎の背中を見ながら、不敵な笑みを浮かべて呟いた。 打席へと入る。久遠の表情は明らか動揺していた。 なんだよ。こんなんで動揺すんのかよ。 思わずイラついた。 こいつ、本気でエースで4番…投打の柱…中心としてチームを引っ張ろうと思ったのか? そんなら、こんぐらいで動揺すんじゃねぇよ。 初球、甘く入ったストレートを叩く。 打球は右中間を真っ二つする。俺は二塁ベースへ。大輔は楽々ホームインした。 これで2点目。 続く中村っちは、左中間を破るヒットを放つ。 俺はノースライディングでホームベースを踏んだ。 ホームのカバーに来ていた久遠。 俺は久遠に近付き、久遠へと言い放った。 「全員の想いを背負う覚悟すら出来てねぇお前が、中心としてチームを引っ張れねぇよ」 試合はここで決まった。 さらにこの回哲也のヒットで1点を追加し4点。 その後も点を取る。8回には中村っちが、レフトスタンドにホームランを放つなど、9回までに7対0にする。 そして7点差で迎えた9回の裏。 マウンドには松坂君。 最初の打者を三振に打ち取るも、続く打者にフォアボール。続く打者にもヒットを打たれ、一死一二塁。 打者は1番。カウントは2-1からの4球目。 相手は松坂君のカーブにタイミングを外され、ショートへのゴロ。 それを恭平は掴むと、セカンドベースへ。セカンドの岩村君は、受け取るとファーストに送球した。 そしてファーストで秀平が捕りゲームセット。 大歓声と拍手の嵐の中で、整列し、そして試合終了を告げるように頭を下げた。 相手チームのすすり泣く姿を見て見ぬ振りをしながら、俺達はスタンドの前へと整列し、そして哲也の号令のもと、大きく頭を下げて、「ありがとうございました」と力強く叫んだ。 グラウンド整備も終え、ベンチから出る。 案の定、応援に来てくれた生徒に拍手や声援が貰う。 ここで哲也の号令のもと、整列し一礼する。 「英雄!」 「おぅ沙希か」 岡倉に背中を押してもらい、柔軟運動をしていると、沙希が笑顔で近付いていく。 なんか背中から、すっごく殺意が感じられるんですけど。 「ナイスピッチ! …その、ありがとね」 「気にすんな。久遠にゃ、お前は勿体無かったしな」 「勿体無い…って事は…」 何故か顔を赤くする沙希。 意味が分からん。ちなみに哲也なら勿体無くない。っつかお似合いだ。 「これが無自覚だから怖いんだよなぁ~英ちゃんは」 「はぁ? なにが?」 背中を押しながら、岡倉はぶつぶつと独り言を呟いた。 俺なんか口が滑ったかな? そういや久遠はどうしてっかな? あそこまで自信満々だし、やっぱり大変なんだろうなぁ…。 試合終了後のダグアウト入り口で円陣を組む。 その円陣はすすり泣く音、嗚咽を漏らしながら泣く声ばかりだった。 俺は負けたのだ。何もかも佐倉に…。 しかも、中学時代の佐倉に負けた。 もしあの場面、4番にツーベースを打たれ先制されても、中学時代の佐倉なら、わずかな希望を抱きながら、後続を断ち切っていただろう。 1点ぐらいなら、自分のバッティングで何とかなると言う自信があるからだ。 …それに比べて、俺はどうだ。 佐倉から打てず、自分の打撃の自信を失い、打たれて、もう勝てないと絶望した。 そのままズルズルと点を取られて…。 結局俺は、一番嫌いだった佐倉に憧れを抱いていただけじゃないか。 だからこそ、弱小校に入学した。 毎日筋トレや素振りを何百回もして、変化球を覚えて、シャドウピッチングをして、走りこんで…。 だけど、俺は結局なにも変わっていなかった。 佐倉のように、自分のバッティングとピッチングで、チームを甲子園に導こうと決めたあの日…。 あの日以来、俺はその場で足踏みをし続け、佐倉は走っていたと言う事か。 俺には荷が重すぎた…ワンマンチームのワンマンになる事なんて…。 成長した佐倉はどこまで勝つのだろうか? 佐倉になら、山口さんを任せられる…。 残りの夏、将来の進路を決めながら、佐倉を応援しよう。 鳴り響くセミの泣き声を聞きながら、そう決めたのだった。 ≪前 HOME 次≫
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翌日の丘山スタジアム。今年は例年の動員数が少ないらしい。 まぁダークホースが2校。三強の準決勝までの潰し合いじゃつまらなくなるわな。 「あっ英雄君…」 ベンチ入りの前に、鵡川にあった。 「おっ鵡川。良ちんの応援か?」 「うん。それもあるけど…今日は英雄君の応援に来た。良平の応援はついで」 そう鵡川が笑顔で話す。 あれ? 春の時は、俺の試合はついででしたよね? それだけ彼女と仲良くなったという事か。 「んじゃ、良い試合できるように最善を尽くすよ」 「うん! 頑張ってね!」 鵡川の明るい声に後押しされたのか、やる気が2倍ぐらいに膨れ上がる。 彼女だけじゃない応援に来てくれた生徒たちに勝利を絶対にプレゼントしてやる。負けてたまるか。 グラウンドに入り、シートノックを受ける選手達を見ながら、ブルペンで最終調整をする。 球威は十分、変化球の精度も十分、やる気も十分! 今日も絶好調だぜ!! 相手の先発は予測通りの鶴海。 攻略方法は、どんな球でも思いっきり振りぬく。詰まっても打球は飛んで行くと思われると佐和ちゃんは言っていたが…。 あの球威があれば、そうそう外野までは運ばれないはずだ。 そうなれば投手戦は必至。決勝間近というのに長丁場になりそうだな。 先攻は創育学園、後攻は我が山田。 哲也が見事じゃんけんで勝利した。 シートノックも終わり、両校の選手がベンチ前に整列する。 「集合!」 球審の声に、決勝をかけた一戦の火蓋が切られる。 マウンドで投球練習をしながら、相手打者の特徴を思い出す。 一番福井はインコースを得意としていて、6本のヒットの内、5本はインコース。 二番稲本はカットをするのが上手く、変化球、特にスライダー打ちが特に上手いようだ。4本のヒットは全て変化球、うち3本はスライダー。 三番高畠はカーブへの対応力が異常に低く、ストレートへの対応力が異常に高い。調子にムラがあるが、内外を打ち分けるセンスがあり、特にアウトローを好んでいる。 うん、しっかりと覚えてるじゃないか。 最後の投球をし終え、哲也の送球を避けるがてら、ロージンに触れる。 ≪一回の表、創育学園の攻撃は、一番センター福井君。背番号8≫ 場内アナウンスが、応援の鳴り始める前のスタンドに鳴り響く。 打者と向き合う。球審の「プレイ!」と言う声に、試合開始のサイレンが鳴り響く。 初球は、福井の好きなインコースへのストレート。 まぁ相手に打ってもらって球数を少なくしたいしな。俺は頷き振りかぶる。 そして腕を振りぬいた。 乾いたミットの音。バットを止める打者。 二球目もインコース低めのストレート。またも空振りする福井。明らかタイミングが違う 外角へのスライダーを福井は見逃し、いきなり三振に仕留める。 続く二番セカンドの稲本。 まずはアウトコースにストレート。稲本は見送る。 二球目、こいつの好きなスライダーを投じる。振ってこない。 三球目、低めのワンバンするチェンジアップ。そんな球を稲本は打ちにいく。 打球はホームベース後ろでワンバンするファールになる。 その光景を見て、俺は思わず口元をほころばした。 こいつらの狙いって、まさかチェンジアップじゃないのか? 四球目、低めにストレートを放ち空振りし三振。 3番の高畠が打席に入る。 確認の為にボールになるチェンジアップを投じる。それを強引に振ってくる高畠。バットには当たらないが。 やはりか。なら…。 続く2球目は低めのストレート。3球目もストレートで空振り三振に仕留めた。 チェンジアップ狙いなら、あえて投げる必要もない。 初回三者三振。最高の立ち上がりだ。 だが、相手のチェンジアップ狙い。いくらなんでも露骨過ぎないか? ベンチに戻るときに、相手ベンチを見る。相手の監督が笑っているような気がした。思わず俺は顔をしかめた。 「英雄。相手は明らかなチェンジアップ狙いだね。これなら抑えやすいよ」 などと哲也は笑うが、俺は素直に頷けなかった。 本当にチェンジアップ狙いなのか? いくら狙っていても露骨過ぎじゃなかったか? ボール球ですら振りに行くのはいくら狙っていてもおかしすぎる。 「油断できないな」 思わず俺は呟いていた。 ≪一回の裏、山田高校の攻撃は、一番ショート嘉村君。背番号6≫ 「しゃあああああこぉぉぉぉい!」 打席でアホみたいに叫ぶ恭平。 っで、初球から打ちに行くもセカンドゴロ。なんかわけわからん奇声発しながら頭からベースに突っ込んだ。なにやってんだあいつ? ベンチに戻ってきた恭平に聞いてみたところ、どうやら手元でボールが変化し、詰まったせいで腕がしびれたそうだ。 二番耕平君はサードライナー。ボールを上手く芯で捉えたが少し引きつけすぎたようだ。 運悪くサードの正面だった。 三番龍ヶ崎がファーストへのファールフライで三者凡退で終わる。 龍ヶ崎らしからぬ力負けだ。悔しそうな顔をしてベンチへと走って戻ってきている。 しかし、ここまでは想定範囲内だ。やはり球威があるようだ。そう簡単に得点はくれなさそうだ。 二回の表、哲也の徹底したチェンジアップを使わない組み立て。 初球のストレートを4番中桐は見送る。2球目のスライダーをカット。3球目のスライダーもカットされた。 中々上手いバッティングをしている。だがまだまだだ。 4球目はインコースにストレート。ゆっくりと頷き、腕を振りかぶり、投球モーションから放つ。 中桐は振ってくるが当たらず、空振り三振で終わる。 続く5番財津。 こちらもスライダーをカットしてくる。なんだこの違和感。 こいつらチェンジアップを狙ってるんじゃないのか? カウントはワンボールツーストライク。決め球はアウトコース一杯にストレート。 違和感を感じながらも頷き、そして振りかぶり放った。 金属の快音が響くも、打球はセカンド正面。誉はしっかりと捕球しファーストに転送しアウト。 ただ単にチェンジアップを引き出すためにカットしている可能性は高いが、なんだか違和感が拭えない。 こいつら、まさかチェンジアップを封じる為に初回に露骨なチェンジアップ狙いを見せたのか? それとも、すでにチェンジアップ狙いを解除したのか? 打者は6番の鶴海。 サインは外角低めにチェンジアップ。さすがの哲也も違和感を感じているようだ。 ゆっくりと頷き、振りかぶる。 違和感の正体を見せてもらうぞ! 放たれるチェンジアップ。 これで見送ればこいつらの狙いは変わった。そうなるはずだ。 だが鶴海はしっかりと踏み込み、さも狙っていたかのように振りぬいてくる。 快音と共に打球は右中間へ。 振り向く。しかし俊足の耕平君の守備範囲内だ。 しっかりと耕平君がキャッチしチェンジ。 外角低めのチェンジアップを、あそこまで運べるとは、鶴海の打力を甘く見てた。 「英雄、やっぱり相手はチェンジアップ狙いなのかな?」 ベンチに戻る最中に哲也が聞いてくる。 「かもしれないな。スライダーをカットしていたのは、チェンジアップを引き出すためかもしれないからな」 この言葉で普通は片が付くはずの事なのに、未だに違和感が拭えなかった。 二回の表、ネクストバッターサークルで大輔を見る。 鋭いスイングで鶴海の球を打ち砕く大輔。 打球は三遊間を抜くレフト前ヒットだ。これには鶴海も苦笑いを浮かべている。 相手チームに動揺している様子はない。はなっから大輔のヒットはしょうがないと思っているのかもしれないな。 やはり大輔の打撃力は凄い。いつ見ても感動する。 対して俺は、初球を打つも、球威に押されサードフライ。 予想以上の球威に驚いてしまっていた。その上手元でボールが変化するから詰まらされる。これじゃフルスイングしても中々ヒットにはならないだろう。 こりゃあ、大輔ぐらいしか外野に運べなさそうだな…。 っと思ったら中村っちもセカンドとライトの間に落ちるポテンヒットで出塁。 続く秀平はセカンド正面へのゴロでゲッツーに倒れてしまう。 こりゃあ投手戦になるな。 ≪前 HOME 次≫
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4月29日、丘山スタジアム。 今日は、春季県大会準々決勝が行われる。これの勝者が夏のAシードを獲得できる。 我が校は第3試合、第1試合は斎京学館と荒城館の試合だ。 「あれ? 佐倉君?」 球場前でぼんやりとしていると、鵡川に声をかけられた。 「おぉ鵡川。良ちんの応援?」 「うん! もしかして佐倉君も今日試合?」 鵡川が笑顔で聞いてくる。いつもながら笑顔が眩しい。 「あぁ、っても第三試合だけどな」 「そっか。ついでになるけど、応援するね!」 そう笑顔のまま鵡川が言う。 こりゃあ無様な試合には出来ないぞぅ! 「おぉサンキュー。んじゃ、俺は三塁側のスタンドで試合を見るからよ」 「分かった。頑張ってね!」 と言うわけで鵡川と別れて、俺は三塁側のスタンドへ向かった。 第三試合の登場なので、アップせず、我が校全員で試合を見つめる。 斎京学館のマウンドに居る川端は、さすがの名門校のエースだ。 序盤の3イニングで、圧巻の8奪三振とは。 一方打線だが、四番の良ちんが打てない。 初回で無死満塁のチャンスが回ってきて空振り三振。そのせいで勢いが無くなった斎京学館は、無死満塁から無失点に終わる。 3回にも無死三塁のチャンスで打席に立つも、サードライナーのゲッツー。 結局中盤戦を終えて両チーム0-0と同点。 斎京学館は、何度もチャンスを作るも、要所要所で打てず、荒城館は、川端の前に1安打で抑え込まれている。 そして試合は8回を迎え、ついに試合が動く。 8回の表、1安打しか許していなかった川端に、荒城館の四番遠藤が、ノーアウトから、レフトオーバーのスリーベースヒットでチャンスを作ったのだ。 ここで初球スクイズする荒城館。しかし打球に勢いが強すぎ、サードがしっかりと送球すれば、アウトに出来るタイミング。 この場面で、サードの良ちんが右手で掴み、素早くホームにスローイングする。 しかし送球はキャッチャーの頭を越す大暴投。 結局、三塁ランナーはホームイン。良ちんにエラーが記録される。 まぁ1点差なら、斎京学館の打線なら楽々返せるはずだった。 しかし、今日の斎京学館は、チャンスで後一本が出ず、結局1-0で敗退。 ヒット2本の荒城館に対し、斎京学館は10倍の20本を打つという前代未聞の結果となった。 ちなみに斎京学館は、満塁の場面が4度あったが、全て凡打や三振で終わっていた。 「まさか斎京学館が…」 哲也が、何も言えないと言った様な表情を浮かべながら呟いた。 斎京学館の敗因は、おそらく四番の良ちんだろう。 今日の良ちんの成績は、5打数無安打4三振。四番がこの有様じゃ、どうしようも出来ないだろう。 しかも良ちんのエラーで負けている。こりゃあ良ちん、最悪干されるかもだぜ。 なんて事を考えていたが、アップを始めたら、そんな事も考えなくなった。 今は、自分の試合を見つめる事が大切だしな。 ≪前 HOME 次≫
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「ん? そろそろ消灯じゃないか」 時刻はすでに9時半を過ぎていた。他の奴らはゾロゾロと就寝する準備を進めている。 その中で俺はテレビを見ていた。 「英雄も早く歯を磨いたほうが良いんじゃないの?」 歯を磨きながら、哲也が呼びかけてくる。 「やっぱり、斎京学館の試合の見ておきたいからさ」 「…そう」 俺は哲也の顔を見ずに、テレビをジッと見つめながら答えた。 哲也からの寂しそうな声を無視して、高校野球ダイジェスト開始の時刻をまった。 そして10時を迎える。 他の奴らはすでに寝床へと行った中で、俺は一人テレビを見ていた。 「おいおい英雄ぉ、消灯時間は過ぎてんぞぉ。寝不足で動けなくなったら、マジでぶっ飛ばすぞ」 「あん? あぁ佐和ちゃんかぁ」 ふと後ろから声をかけられたので、振り向くとそこにはパジャマ姿の佐和ちゃんが居た。 手には2つの缶コーヒー。1つを俺に投げ渡した。 「早く寝ろって言う割には、コーヒーなのな」 「うっせ、俺の趣味だ」 などと佐和ちゃんは言いながら、俺の隣に座る。 そして指で缶コーヒーを開けて、一口すすった。 「まったく、てめぇも今日のあの試合に注目してるんだな」 「当然だ。なんて言ったって、三強の2校が初戦で潰しあうんだからな」 斎京学館 対 多摩野港南。 やはり佐和ちゃんも注目していたか。 「まっ! 三強が全て同じブロックに入ってるんだ。潰しあいしてもらわないとな」 そう言ってニヤリと笑う佐和ちゃんだった。 ≪今年も高校球児の暑い夏が始まりました! この番組では、その高校球児達の暑い夏を皆様が感じ取れるような番組にしていきたいと思います! 司会は私、中岡絵里と…≫ ≪宮部春海がお送りします!≫ 中々可愛いアナウンサーの、毎年恒例のお約束みたいな言葉を言い終え、開会式の模様がテレビの画面に映し出された。 しかし中岡さん、おっぱいデカいな。好みだ。 ≪今年も甲子園を狙えるように頑張ります!≫ 画面の向こうで、良ちんが意気込みを語る。 …なるほど確かにキャプテンっぽいな。 ≪春夏甲子園出場できるように、全力で優勝を狙います!≫ 続いては理大付属のキャプテンさん。 …頭がツルッツルッのハゲだ。やばい、この髪型自体で意気込みを感じられるぞ。 ≪えっと…中国大会を制したので、この勢いで甲子園出場を狙います…≫ 画面の向こうでは、我が校のユニフォームを着て、少し俯きがちに話す男の姿。 こいつはキャプテンに向いてないな。前の2人みたいな意気込みを見せろ! …あれ? 我が校のユニフォーム? 「…いつの間に哲也が…」 「俺も驚いた。ってか、キャプテンっぽくないなぁ~…」 そう言って溜め息を吐く佐和ちゃん。まぁ確かにそうだよね。俺も思った。 でも、試合中とか練習をしてる時は、キャプテンなんだよな哲也は。 そして開会式が始まり、行進していく選手達が映されていく。 そこには、我が校の行進姿も…案の定恭平がテンポが間違ってた。恥ずかしい。 んでその後、開会式の流れをある程度、放送した後、画面は司会者を映した。 司会者2人の下らない対談の後、CMを挟んで、今日の試合結果を放送する事になる。 CM明けて、いきなり斎京学館の良ちんについての話題から始まった。 ≪前 HOME 次≫
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「ナイピー英雄!」 試合終了と共に、佐和ちゃんに笑顔で迎えられた。 俺も思わず笑顔になってしまう。 まさか俺がノーヒットノーランを達成するとは。 リトルリーグから野球をやっていたし、何度か経験しているが、やはり嬉しいものがある。特に今回は高校野球では初めてだ。 …やべぇ嬉しい! 「って言っても、甘い球は多かったし、まだまだだな」 そう付け加える佐和ちゃん。 付け加えるなし。 「しっかし、お前らも本当に強くなったよ。とりあえず、これからは全体のレベルを底上げする。主に守備を強化する。守備のミスが少なければ少ないほど、試合では有利になるからな」 「はい!!」 一同が力強く返事を返した。 「英ちゃん! 凄い格好良かったよ!」 グラウンド整備も終わり、ベンチの中から物を外に出すときに、岡倉が笑顔で話してくる。 「まぁな、やっと岡倉も俺の魅力が分かったか」 「…ずっと…英ちゃんの魅力なんて分かってるよ…」 急にもじもじして話す岡倉。頬は赤い。 ま、まさか! 岡倉…俺に気があるのか? …ごめん、知ってた。 「英ちゃんは記憶力ある?」 「あぁ? なんで?」 ダグアウトへと続く通用口近くで、岡倉に背中を押されながら、柔軟運動をしていると、岡倉が質問してくる。 「いや、私ね、中学の頃に好きだった人が居たんだ」 「へぇ~」 だからどうしたし。ってか、なんでそれが俺の記憶力と関係あるんだよ? どう見ても関係ありません。本当にありがとうございました。 「その人と会ったのは、一回だけだし、話した事も無いんだけどね」 「なんだそれ?」 そんなんで好きなのかよ。岡倉は変わっていると思ってたけど、まさかここまで変わっているとは…。 「私が中学時代の時に野球やってたの知ってる?」 「……あぁ、聞いた覚えがあるような…ないような…」 前に一度、岡倉と話していて聞いた記憶がある。 確か最後までベンチに入れなかった、とか言ってたな。 「実はね。その人を見たのって、練習試合で相手した時なんだ」 「へぇ~」 何故岡倉の恋愛話を耳を傾けているのか。 「練習試合のときに、私の居た中学の部員がね、私をいじめてたんだ」 「なんで?」 「野球は女の子には出来ないって言ってさ、いっつも練習に入れてくれなかったりしてたの」 そいつはまた凄いですね。 別に野球は男がやるとは決まっていない。女性には体力的には無理といっている奴に「何故体力が無いといけないのか?」と小一時間問い詰めたい。 大事なのは、どれくらい野球ができるかじゃなくて、どれくらい野球をやりたいかだと思う。 だから俺にとってみれば、女が野球をやろうが、男が野球をやろうが関係なかったりする。 「でね、その人がね、私達を見て言ってくれたの。「お前らみたいに性別で野球出来る出来ないって言ってる奴に俺からヒットを打てるわけがねぇ」って。そしたらね、なんと! その後の試合で、私達のチームは、その人が一本も打てずに、パーフェクトピッチングの14三振。凄いよね」 「凄いなぁ~。名前聞かなかったのか?」 そんな凄い奴が居るなら、会って話したいね。 だって、そこまで豪語してやってのける奴なんて、中々居ないぜ。 正直、俺の知ってる中じゃ俺ぐらいだもん。それ出来るの。 「スコアブックに名前が書いてあったから、今でも覚えてる」 「マジで? 名前なんつうの?」 ナイス岡倉! 名前が分かれば、頑張って経歴とか、進学した高校が分かるはずだ! そういう奴と話すことで、新しい考え方ができるわけだ。つまり、野球のレベルアップへとつながる。 「…えへっ! 佐倉英雄って言うの」 「…はっ?」 そう言ってニコッと笑いながら言う岡倉。 思わず首をかしげる俺であった。 ≪前 HOME 次≫
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クソガキどもが飯を食い終えたら、妹の麗子を大智に任せ、俺は皿洗いをする。 「おい英雄! 麗子のおむつ!」 皿洗いの途中だと言うのに、大智が俺を呼ぶ。 おむつなんて、どこにあるか知らねぇよ! 「英雄。ほら!」 ここで健太が紙おむつを持ってくる。 グッジョブ健太! クソガキだがよくできる子だな! と言うわけで、初のおむつの取替え。 どうやら麗子は糞をしたらしい。凄まじい臭いに耐えながら、おむつを取り替える。 やり方は母上から聞いている。上手く出来たか分からないが、なんとかなっただろう。 こんな事を毎日のようにこなしていたのか沙希。 マジで凄いぞ、尊敬に値するぞ。 皿洗いを終え、洗濯機で洗っていた洗濯物を干す。 健太のクソ野郎は、リビングのテレビでゲームをしている。少しは手伝え、この野郎! 洗濯物のコツも、母上から聞いた。 まぁこんなに聞くと母上も、やはり質問されたよ。どうした? ってね。 正直に話すと母親は「じゃあ、私も行くわよ」と言っていたが、これは俺の誕生日プレゼント。丁重に断った。 俺一人でやるからこその誕生日プレゼントだ。 洗濯物を干すのも終了し、掃除へ…とその前に昼飯作りだ。 冷蔵庫を見る限りで、作れるのはチンジャオロースと判断し作る。 健太と大智からの判定は、イマイチだった。まだまだ精進が足りないな。 そして掃除機をかける。 けっこうスピーディーにやっているつもりだったが、すでに時刻は2時を過ぎていた。 干していた洗濯物と、布団を中に入れ、ある程度の事は終わった。 んで、またも麗子が泣き始めたので、おむつを取り替える。 今度は小便のほうのようだ。今度はさっきよりも上手くできたと思う。 そんなこんなで時刻を見ると3時を過ぎていた。 そろそろ買い物に出かけるか。健太と大智、麗子を連れて、近所のスーパーへと向かった。 沙希の野郎、楽しんでなかったら、ぶっ飛ばしてやる! ≪前 HOME 次≫
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浜野の先発は、背番号13番の堂島(どうじま)と言う投手。 右投げの投手で、球の切れや伸び、制球力など、全てにおいて神田に劣っている。まぁ当然だろう。 「なんで神田で行かないんだろう」 隣で呟く哲也。確かにそうだ。 相手は山口県の優勝校である宇部水産だ。そんな相手に神田をぶつけないでどうするんだ? 「おそらく、神田の後釜作りだろうなぁ」 「あぁ? おぉ佐和ちゃん」 後ろから声がしたので、振り向くと、佐和ちゃんが立って試合を観戦していた。 「後釜作り?」 「あぁ、神田は3年だろう? あの堂島は2年生、神田が引退した後のエース候補だな。まぁ俺らで言う亮輔だな。全国区のチームと真剣勝負できる機会は少ない。だから、ここで試してるんだろう」 「なるほど」 佐和ちゃんの説明に、俺と哲也は頷いていた。 確かに全国レベルのチームと真剣勝負できる機会なんて、滅多に無い。将来の後釜か。監督も大変だな。 試合は、宇部水産が先制する。 初回に、一番から三番まで、ツーベースヒットで2点先制。さらに四番のスリーベース、五番の犠牲フライで初回から4点を奪う。 対する浜野も負けられない。初回の攻撃で、ツーアウトから三番、四番、五番のクリーンナップが連続ヒットで2点を返す。 初回から乱打戦となった今日の試合は、宇部水産がリードしていく。 二回に3点、三回に2点で、ついにヘボピー堂島は降板し、神田が登板。 しかしその神田に、勢いに乗った宇部水産が襲い掛かる。 神田は四回に1点、五回に2点、七回に1点を奪われてしまう。 宇部水産は七回までに13点を挙げる猛攻を見せる。 浜野も、二回に2点、四回に3点、六回に1点を返しているが、13対8で負けている。 昨日の広島東商業との試合を見た限りでは考えられないような試合展開だな。 この乱打戦の結果は、宇部水産の勝利。 13対9で勝利をする宇部水産。 勢いのある宇部水産打線を抑え切れなかった神田。 あの神田ですら抑えきれない打線か。 「勢いが無ければ、ここまで大混乱にならなかっただろうな」 試合終了のサイレンが鳴り響く中で、佐和ちゃんはそんな事を呟いていた。 「宇部水産の打線は確かに、勢いに乗れば怖いが、勢いに乗らせなければ怖くない。ピッチャーも浜野に比べればイマイチだ。元々守備が売りのチームだからな。今年は、守備が良いうえに打撃力もあるってだけ。幾分優勝に近付いたな」 佐和ちゃんの言葉に、俺の心臓が高鳴った。 優勝と言う言葉を聞いたせいだ。明日勝てば、中国地方大会1位。 俺達はすでに、全国レベルって事か。 絶対に勝つぜ! ≪前 HOME 次≫