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事件概要 鏡がGWで活動していたときに、同ジャンルの古参大手からマンレポにセット売りするなと言う記事が2枚ほど乗せられる。 そのことについて、該当サークルを電子とAで糾弾すると、ありもしない弱小サークルのことだと言い訳された。2008年1月23日 次のコミケカタログに謝罪文を載せてもらうよう準備会に直談判した結果、とりあえず「まんがレポートに個人的サークルの誹謗中傷は送って来ないように!」って注意書きを載せてもらう事に成功し、ガーディアンは4連つづりの潔白表明を乗せてもらう。2008年3月23日 セット売りはしていないと電子は断言しているが、鏡はGWのアンソロでセット売りに関しては認めている。 そして、セット売りの件は売り子が勝手にしたことだと言うことになった。 さらに電子は、高い金払ってでもほしかったんだから買った方が悪い。後から文句を言うなと言い放った。 電子的噂の真相 ・マンレポの作家は嘘つきだ2009年3月2日電子 ・問題のセット売り2009年3月4日電子 ・セット売り内訳2009年3月5日電子 ・セット売りは売り子が勝手にしたこと2009年4月3日電子 ・高いと思ったら普通は買いません2009年4月8日電子
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飛騨川の戦い 飛騨川の戦い(ひだがわのたたかい)は弘治3年7月に美濃の国加茂郡の飛騨川の河畔で行われた合戦である。 飛騨川野戦、益田川の戦いとも呼ばれる。 参加兵力及び戦力評価 三木桜洞城兵 攻略部隊:騎馬隊13500:姉小路良頼(三木嗣頼)、博麗霊夢、霧雨魔理沙 斎藤稲葉山城兵 迎撃部隊:足軽8000:遠山景任、蜂須賀正勝、生駒親正 奇襲部隊:足軽3000:斎藤義龍(8月5日、9月5日) 野戦においては騎馬隊は足軽隊に対し優勢であり、数で勝る三木軍が優勢である。しかし、騎馬隊は一度混乱してしまえば立て直しが困難であることを考えれば、斎藤義龍が二度に渡り奇襲攻撃を行ったのは道理である。 概要 飛騨出身の戦国大名である姉小路良頼(三木嗣頼)は越中国神保氏を打ち破り、美濃侵略を目的として兵を長男姉小路頼綱 (三木自綱)に預けて美濃に侵攻を命じた。 対して美濃を治める斉藤義龍は遠山景任に兵を預けて迎撃を命じ、自身も奇襲部隊を率いて2度にわたって戦った。 戦闘は盆地での平地戦で、緒戦は三木軍の騎馬部隊が遠山軍の足軽隊を圧倒し続けていた。 そのような時の斉藤義龍による奇襲で姉小路軍がいったんは崩れるかに見えた。 しかし博麗霊夢が奇襲を看破し、霧雨魔理沙よって統率された精強の騎馬隊により少数の斉藤軍は混乱の後壊滅。 結局奇襲は2度にわたって行われたが、2度とも奇襲隊は壊滅させられた。 孤軍となった遠山軍8000も壊滅。三木家の一方的な勝利に終わった。 しかしながら三木側の負傷兵も多く、稲葉山城攻略は断念せざるを得ない状況であり、三木自綱も飛騨に引き返すこととなった。 この戦いは戦術的に見て騎馬部隊の機動力及び打撃力を大いに示した戦いであり、その有効性を遺憾なく発揮した好例であろう。 三木氏は飛騨、越中の金山銀山によって経済的に富裕であり、多数の騎馬を揃えることができたのである。 合戦の影響 この合戦による斉藤家がうけた被害は甚大で半数以上の兵を失った。 この後は浅井家との同盟に頼るも、斉藤家単独での美濃防衛は不可能になり斉藤滅亡への流れを決定づけることになった。 また、この戦で軍を率いた三木自綱の名は近隣諸国に大いに知られることとなった。 斉藤義龍の奇襲に関する説 後の活躍でも分かるとおり義龍は騎馬隊を巧みに扱う名将であり「なぜ自身は寡兵しか率いず、本隊を遠山景任に預けたのか」という疑問が残る。 現在有力とされている説は以下のとおりである。 義龍は先年に父である道三を破ったばかりであり、そのときの合戦で自身の直属兵の多くを失っているらしいこと。 馬の多くを失ったが国内の混乱が収まっておらず財政基盤が脆弱であった為、馬を買い揃えることができなかったこと。 この時点で義龍は国人衆もまとめきれていたわけではなく、実質的に国人連合の盟主にすぎなかったこと。 遠山景任が率いていた軍も美濃の国人連合であり、兵の錬度も結束も悪かったこと。 これらの悪条件により、正面決戦を断念した義龍は自身のわずかな精兵による奇襲に一縷の望みをつないだという説である。
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銀海の戦い(PixivファンタジアⅤ) ザイランスはロマル沿岸で行われた戦い。 第二章の公式イベント。 ガルガディア皇帝ガルディノスは、ローエン公国側の本隊とは別に、 ドワイト大隊をザイランス侵攻の要として送り出した。 銀海に浮かぶドワイト大隊の艦隊を前にザイランス皇帝 ライネイス・ハンが対峙する。 「海を制する鋼の竜」と「陸を制する覇王の獣」 この地を制する戦いの狼煙が今上がろうとしていた。 戦いはエデリオン戦役初年の真珠季に行われた。 大元帥ドワイトはガルガディア艦隊を率いてロマル北岸へと進軍、 対するザイランスはロマル海軍を動員していたものの、 その性質上、海上での戦いではまず勝ち目がなかった。 そのため浜に火計の手配をし、一度退いてガルガディア軍を引き寄せ、 先行隊が上陸次第、浜に火を放ち、混乱したところを衝く作戦に出る。 ◎参戦◎ ザイランス 主力:皇帝ライネイス・ハン、マルズーク(ザイランス帝国軍本隊) 国力(閲覧数):585579 金:125010 銀:048109 銅:492460 ガルガディア 主力:大元帥ドワイト(ガルガディア艦隊) 国力(閲覧数):518800 金:093064 銀:072988 銅:432748 ※ザイランスには『刀狩りの依頼』、ガルガディアには『錬金術師の依頼』により ボーナスポイントが加算されている。 (金30000、銀30000、銅10000の加算) 戦いはザイランスの勝利となり、ガルガディアの侵攻は失敗する。 ザイランス本土の戦いに勝利したライネイス・ハンは 再びトライガルド領ローエン公国へ侵攻し、瞬く間にこれを陥落。 西大陸に橋頭堡を築くと、ガルガディア帝国アークサンドヒルへと軍を進める。 (⇒『アークサンドヒルの戦い』) .
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【用語名】 魚津城の戦い 【読み方】 うおづじょうのたたかい 【詳細】 4の下で行われた戦いで、史実では柴田勝家と上杉景勝の軍が戦った。 勝敗としてみれば織田軍の勝ちであり、上杉軍は自害しまくった者が多い。 史実での戦いの経緯はここ参照。 これだけを見れば織田軍の勝ちではないかと言うことになるが、この直後に本能寺の変が起きる。 つまり織田信長が明智光秀に暗殺されるのである。 P.A.OdaにしろM.H.R.R.にしろ信長関係の歴史再現は、暗殺を回避するため理由をつけてだらだらやっていたりするのだが、 史実では信長が死ぬと柴田vs.羽柴の戦い(賤ヶ岳の戦い)が起きて柴田が死んだり、 そこから進めていくと、五大頂も解っているメンバーのうち利家と羽柴を除き、謀反などで死んでしまうため、デメリットしかない。 しかし、歴史再現を行い続けなければ羽柴の天下が来ないため、ある種のジレンマとも言える。 当初、P.A.Oda・M.H.R.R.サイドでは手取川の戦いだけにしておいて、魚津城の戦いをしないでおこうとしたのだが、 手取川の戦いの重要ポイントになる七尾城をノヴゴロドが襲名していて、ここには黎明の時代の遺産があり、 武蔵サイドに見られると非常に不味いため破壊しておいて欲しいと、柴田が十本槍に頼んでいた。 だが、手取川の戦いだと七尾城となっているノヴゴロドでは破壊活動が出来ない(史実では、織田・羽柴サイドは七尾城に入らずに戦いを終えている)。 そのため、万全の体制で信長暗殺の歴史再現に望むべく利家が魚津城の戦いへシフトするべきだと提案した。 今までの生活を手放したくない不破・光治は反対するが、羽柴がこれを認定。 地摺朱雀に投げ飛ばされていた森・長可が戻ってくるのに合わせこの歴史再現を可能とした。
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捕手の戦い 【説明】 337 名前:スタメン名無しさん[sage] 投稿日:2006/07/19(水) 00 16 「捕手論争」 (ほしゅのたたかい) 紀元前に存在が確認されている「旧広島球団」において、定期的に繰り広げられたとされる戦いの総称。 当時最も大きな捕手豪族は当地の支配者として周囲の豪族に認知される効果があり、多くの豪族が参戦しては 戦い、散っていったとされる。 戦いに参加した主な豪族は以下の通り。 ・西山秀二 (さいざんのしゅうじ) 河内国からやってきた名奉行。長らく当地の支配者となったが、最後は江戸の都へ流浪させられた。 ・瀬戸輝信守(せとてるのぶのかみ) 官僚試験を主席で突破し、鳴り物入りで当地へやってきたが、結局完全支配はならず。 彼の次から次へ繰り出される球の後逸を人は「瀬戸物」と呼んで失笑したとされる。 ・木村森伊蔵介(きむらもりいぞうのすけ) 前任者二人に無かった「飛び道具」による攻撃力を武器に全土の支配に成功するが、 脆くなった防壁を突破されると次々に兵が敗走して敗れ去った。 もはや領土の拡充の見込みを失った当主・森伊蔵介は自棄酒を飲み、 その酒がたたって大怪我をしたとされる。これが後世に「森伊蔵を飲んだのは余である」の張り紙として語り継がれている。 ・石原飛燕守慶幸(いしはらひえんのかみよしゆき) 木村森伊蔵介を押しのけ領土を手にしたが、その戦いの最中、遠く玄界灘での戦いにおいて戦闘中に怪我を負い、 倉強肩守義和に領土を奪われる。以後、盛り返した飛燕守は長らく領土を二分した戦いを行ったが、最後は 戦いに疲れ果てた両軍の土民が一揆を起こし、その座を追われたという。 ・倉強肩守義和(くらきょうけんのかみよしかず) 京の都からやってきた豪族。長らく三番手の地位しか与えられなかったが、 熱心なる群衆の後押しもあり、石原飛燕守の不在に乗じて版図を拡大する。 以後、長い戦いが行われたが、最後は石原飛燕守共々、戦いに疲れ果てた 群衆からの一揆により領土を追われ、元の一豪族に戻ってしまったという。 ・上村蝦夷守和裕(うえむらえぞのかみかずひろ) 戦いが激化していた頃の広島球団に、遠く播磨の海賊集団「青波団」から派遣された 若き勇猛な武将。 倉・石原両軍の争いが激化する中、果敢にも領土の拡充をもくろみ参戦する。 しかし、あまりに非力な攻撃力が災いし、さほど大きな領土は奪えず、結果的に 「上村城」を築いてそこで守りを固めたという。 なお、この他にも山本翔なる武将や、小畑家なる豪族の存在が確認されているが さほど大きな版図を拡充することは無かったようである。 その一方で、「鈴衛 佑規衛門」(すずえ ゆうきえもん)なる浪人が 毎年次々と主君を変えながら、表舞台には出てこないにもかかわらず長らく生き残り、群衆は彼を 「妖精」と呼んで敬愛したという。
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風見鶏の戦い(PixivファンタジアⅢ) ウィンドラント東部ワゾー諸島・ジルウェット島にて ウィンドラントとアカツハラの間で行われた戦い。 第一章の公式イベント。 西大陸に侵略を開始したアカツハラ帝国は 西大陸、ワゾー諸島を次々と侵略し手中に収めていった。 その現状に対しウィンドラントは、国の中でも精鋭の魔法騎士と 南部ラムル公の軍を集め、ジルウェット島の砦を要とした防衛作戦を展開する。 ウィンドラントに迫るアカツハラの軍勢、激戦を前に風見鶏が揺れる・・・。 ◎参戦◎ ウィンドラント:ウィンドラント魔法騎士団、ラムル公国軍・砂の戦士団 魔法騎士ドワイト、ラムル公アルブレヒト 投稿数:203 戦力(閲覧数):48516 アカツハラ:アカツハラ大帝国軍 大将ヤタ、ナガシマ中将、ウェイダー 投稿数:186 戦力(閲覧数):69142 戦いはアカツハラの勝利となり、ワゾー諸島は以後帝国の勢力下に置かれる。 西大陸への橋頭堡を確保した帝国軍は、ウィンドラント本土への侵攻を開始する。 (⇒カナリア平原の戦い) 一方、帝国北領での戦いの戦況悪化を危惧し、 ウェイダー率いるイグニス新設実験部隊がベイダオ戦線へ向け離脱する。 (⇒白雪攻城戦) .
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昨日 - 今日 - 合計 - カテゴリ 冥道残月破 刀々斎 天生牙 戦闘 殺生丸 犬夜叉 犬夜叉の父 用語 鉄砕牙 【概要】 継承者(けいしょうしゃ)の戦(たたか)いとは、犬夜叉と殺生丸によって行われた、犬夜叉の父の継承者たる証となる妖刀・鉄砕牙を巡る最後の戦いである。戦いの勝者が「正統なる継承者」、即ち「鉄砕牙の継承者」にして犬夜叉の父の「正統の血統」である事を示す事となる。戦いの焦点は二人の生死ではなく、犬夜叉が真の継承者である事を殺生丸に認めさせ、天生牙から冥道残月破を奪いとる事にある。犬夜叉の父は生前からこの戦いの勃発を予期しており、戦いに勝利するのは犬夜叉であると考えていた。犬夜叉の父の予想は当たり、戦いの勝者は犬夜叉となった。この戦いにより、殺生丸は鉄砕牙の真の継承者である犬夜叉に冥道残月破を譲り渡し、鉄砕牙の所有権を完全に放棄する事になった。 事の発端は死神鬼が天生牙誕生の秘密を殺生丸に教えた事である。天生牙は鉄砕牙から打ち出された従属の刀であり、同時に冥道残月破を犬夜叉に与える為の道具でもあった。鉄砕牙は犬夜叉の父の正統な後継者である事を示す物でもあり、死神鬼から見ても本来ならば兄である殺生丸が受け継ぐのが筋と指摘されていた。殺生丸にとって犬夜叉が父の後継者であるという事実は受け入れ難く、奈落の策略に加担してでも犬夜叉と最後の戦いを行う事を決意する。そうして行われたのが、継承者の戦いである。奈落から与えられた鏡の妖の破片を天生牙にまぶす事で、殺生丸は鉄砕牙の能力を丸ごと複製し犬夜叉との戦いに臨んだ。 能力を全て奪われた犬夜叉の鉄砕牙と、全ての能力を奪い取った殺生丸の天生牙、殺生丸が圧倒的に有利な状況で戦いが始まるが、真の継承者たる犬夜叉は戦いの中でその能力を取り戻していく。犬夜叉を選ぶという鉄砕牙の意志を感じ取った殺生丸は、犬夜叉に冥道残月破を放ちその力を見極める。鉄砕牙との協力で冥道を浸食するほどの妖力を発揮した犬夜叉を、殺生丸は真の継承者として認める。継承者の戦いに敗北の意志を示した殺生丸に呼応するように、天生牙は鉄砕牙に切り裂かれ、犬夜叉の父の思惑通りに冥道残月破の妖力を犬夜叉の鉄砕牙へと譲り渡した。 犬夜叉と殺生丸の戦いはここに決着し、この戦い以降は殺生丸が自らの意志で犬夜叉に戦いを挑む事はなかった。奈落との最終決戦においても殺生丸は「兄弟同士戦えば奈落の思うつぼだが、手心を加えても事が長引くだけ」と発言し、手心を加えないと言いつつあくまで犬夜叉を傷つけない天生牙での戦いを選んでいる。このように殺生丸は犬夜叉を兄弟として戦い合うべき存在ではないと認識するようになっており、二人の関係性には前進が見られている。 コメント 名前 コメント
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[炎門の戦い(テルモピュライの戦い)] [解説] 炎門の戦い(テルモピュライの戦い)とは、聖華暦320年に帝国が行った北進征伐の中でも、スパルタ族の120機を中心として、カナン族、カレナ族、ラクト族、リュトフ族、ミルラ族、ココペーリ族等に代表されるカナド部族がそれぞれ戦力を供出する形で寄り集まったカナド連合軍およそ300機とバルクハル公爵家から北進征伐の全権を委任された暗黒騎士クセル・クセスを代将とする帝国の黒剣機兵団およそ3000機が5日間にわたって激突した最も大きな戦闘のことである。 この戦いは、ラコニア峡谷の中でも特に切り立った崖が両側から迫り、道幅が狭い道が続く難所にカナド連合軍が陣を構え、地の利を最大限に活かして、10倍にもなる兵力差を覆したことでも知られるが、その勝利には、カナド連合軍側を率いたスパルタ族の当時の族長の1人、レオニダス・スパルタ・ファミリアを中心としたスパルタ族の戦士たちの活躍を欠かすことはできなかった。 この戦いの序盤において、黒剣機兵団は、主力機となる機装兵ゲア・ガロウドを多数投入した数に任せた力押しによって、カナド連合軍の陣を押し潰す作戦を選択していた。 これは、圧倒的な優勢を確保している状態でのセオリーとしては正しいものではあった。 対するカナド連合軍が陣を敷いた峡谷は、その幅が機兵3機がやっと横に並べる程度と極端に狭く、黒剣機兵団の数の利が有効に作用しないとはいえ、なんといっても兵力差10倍である。消耗戦にもつれ込んだところで、普通であれば押し潰せないはずがなかったのだ。 そう、普通であれば。 結果から述べると、黒剣機兵団は3日続いたこの緒戦において、およそ1000機、全体の三分の一にも及ぶ兵力をすり潰すことになってしまう。 後年、この緒戦での失敗の要因には、帝国有数の武勇を誇る黒剣機兵団の驕りがあったのだ、とも、カナド部族に対して、所詮は最果ての蛮族ども、という侮りあったのだ、とも、さまざまな説が挙げられるが、いずれにしても黒剣機兵団がカナド連合軍の、特にその中核を担うスパルタ族の、単純な兵数だけで計ることのできない戦闘能力を見誤っていたことは間違いない。 また、この緒戦において、円形の大盾と長槍を用いた攻防一体の陣形、ファランクスを得意とするスパルタ族が主導して構えた陣形は、陣形の兵を流動的に交代させながら、最前面に部隊の保有する殺傷能力と防御力を集中させ続けることが可能な消耗戦、防衛戦に特化した亜流のファランクスとも呼べる形であった。 つまり、カナド連合軍は、黒剣機兵団側が単純に数に頼って押し潰すという戦法をとってくることを見越して、先んじてそれに対応する陣を構えていたのだ。 このことも、黒剣機兵団が大きく被害を出すことになった一因と言えるだろう。 そして、4日目。 多少攻め手を変える程度では、いたずらに被害を増やすばかりとなっていた消耗戦に、ついに業を煮やしたクセル・クセス率いる黒剣機兵団は虎の子である復元幻装兵、黒群の幻装兵ホークビット数機を前線に投入することを決定する。 量産型に類する幻装兵の、さらに復元機であるとはいえ、それでも聖華暦320年時点における狩装兵と比較すると幻装兵ホークビットの力は凄まじく、カナド連合軍側も決して少なくない被害を被ることになる。 そして、カナド連合軍はホークビットに押し込まれるままに、狭い峡谷の中を辛うじて陣形を保ったままで後退することを余儀なくされる。………いや、後退を余儀なくされた、というように見せかけたのだ。 ホークビットが投入されたことで、これまでの防御陣形では防ぎきれないと判断したレオニダスは、あえて陣形を下げることで、ホークビットを峡谷の奥に誘い込むことに成功する。 ただでさえ横に機兵が横になんとか3機並ぶのが精一杯の狭い峡谷である。 通常の機兵よりも大型な幻装兵ホークビットが満足に得物を振るうためには、1機づつ、侵入するほかない。 ここまで条件をととのえた上で、これを迎え撃ったのが、レオニダス・スパルタ・ファミリアその人と、カナド連合軍の中でも特に精鋭である23人のスパルタ族の戦士たちであった。 彼らは、これまでの防御と継戦能力に特化した陣形ではなく極めて攻撃的な、スパルタ族本来のファランクスを組みホークビットと激突する。 斃れるものがあれば、すぐに後列がその穴を埋め、常に3対1でホークビットと対峙する状況を維持し続けることで、最大火力を正面の敵に集中させ続けるという、文字通り、命を賭した正面激突である。 そうして、その日の夕刻、カナド連合軍は、この決死の攻撃により、ついに投入されたすべてのホークビットを撃破することに成功する。 しかし、カナド連合軍が失ったものもまた大きかった。 この決死の突撃に参加したスパルタ族のうち、レオニダスを除く精鋭23名はその全員が戦死、あるいは戦闘不能の状態となってしまっていたのだ。 そうして翌日、この日はこれまでの戦いでスパルタンがおった損傷を修理するため、レオニダスが後ろに下がらざるを得ず、スパルタ族以外の部族が中心となって陣形を組み防御に当たっていた。 この隙を穿つように斬り込んできたのが北進征伐の全権を任されていた代将、暗黒騎士クセル・クセスその人である。 自身の搭乗機である魔装兵ダアク・ガロウドを駆り、単身カナド連合軍の陣形に飛び込んだかと思えば、暗黒剣技ソウルイーターを纏わせた大剣を振るい、瞬く間に、カナド連合軍の陣形を機能不全に追い込んでしまったのだ。 無論、カナド連合軍側もただ指を咥えてみていたわけではない。 しかし、槍で突こうとも、暗黒闘気を纏った装甲に届く事はなく、返す刃を防ごうと盾を向けても盾ごと、何の抵抗もなく両断されるような相手に、文字通り手も足も出なかったのである。 そうしてついに、クセル・クセスを先頭に据えた黒剣機兵団の一団が、峡谷の特に狭くなった難所に布陣したカナド連合軍を突破せんとした、まさにその時、クセル・クセスの眼前にレオニダス・スパルタ・ファミリアが立ちはだかる。 レオニダスの駆るスパルタンのその姿は、応急修理により所々装甲が継ぎ接ぎで、まさに満身創痍の様子ではあったが、レオニダスの持つ二つの聖遺物に宿る精霊ディオスクロイの力を溢れんばかりに纏わせて、ただクセル・クセスの駆るダアク・ガロウドを見据えていた。 ここに、聖華暦830年現在はもちろん、この当時、聖華暦320年時点においても稀な、両軍の総大将同士の直接対決が発生したのである。 かたや暗黒騎士の力を纏い、かたや精霊の力を纏った総大将同士の直接対決。 両軍共にいかなる助力も足手まといにしかならないことは自明であり、否が応でも一騎打ち以外の形での衝突にはなりようがなかった。 本来、帝国軍、軍法において、一騎打ちは禁止されている。 それはよしんば敗北した場合に、全軍に与える負の影響があまりにも大きいためだ。 だからこのとき、クセル・クセスは残る全てを部下に任せ、後方に引くべきだったのかもしれない。事実、後世の歴史家からそのような批判があることも事実ではある。 だが、黒剣機兵団の全軍を預かる代将として、バルクハル公爵家の顔に泥を塗るわけにはいかないクセル・クセスにとって、目の前に現れた相手方の頭領であるレオニダスに対し、尻尾を巻いて逃げるような真似もまた、選びえなかったのだ。 そうして、始まった壮絶な戦いは、天頂で輝く太陽が山陰に隠れるまで続いたとも伝えられるが、その戦いの末に、カナド方の総大将レオニダス・スパルタ・ファミリア、黒剣機兵団方の総大将クセル・クセスは双方の刃によってその膝をつき、斃れることになる。 この結末はあまりに大きな波紋を両軍に広げることとなる。 しかし、その受け止め方はそれぞれの陣営で対照的であった。 カナド連合軍側は、スパルタ族のみならず、参加しているすべての部族がレオニダスに続けとばかりに奮起し素早く統制を取り戻していったのに対して、黒剣機兵団側は事態を飲み込めず目の前の敵と切り結ぶもの、我先に後退すべく峡谷に押し寄せるもの、そして、峡谷の反対側ではそもそもに情報が錯綜しているために進軍を続けようとするもの、という極度の混乱の中での潰走ともいえる有様である。 こればかりは、兵の質がどうこうという問題ではない。 そもそもとして、自らの命が助かることなど、最初からから考えていない決死隊であるカナド連合軍と、この局面に至ってなお、圧倒的に数で勝り、つい先ほどまで、負けることなど、そして総大将が斃れることなど、微塵も考えてもいなかった黒剣機兵団では、その覚悟の差が、決定的なまでに開いていたのだ。 一説では、クセル・クセスが一騎打ちの末に斃れた時点では、黒剣機兵団は依然1600機近い兵力を残していたともされ、そこから未帰還となった機体の半数ほどは撤退時の混乱の中での同士討ちや、事故による擱座であったとも言われている。 なんにせよ、こうして、のちに炎門の戦い(テルモピュライの戦い)と呼ばれることになるこの戦いは、双方に甚大な被害を出しながらも、カナド連合軍側が、帝国、黒剣機兵団を食い止める形で、決着することになったのだ。 この戦いの以後、戦場となった、この峡谷は、その苛烈な戦場の様子から炎門(テルモピュライ)と呼ばれるようになる。 最後に、この戦いにまさに挑まんとするカナド連合軍に向け、レオニダス・スパルタ・ファミリアが行った演説から、有名な一節を紹介しよう。 「この戦いが終わった時、世界は記憶するだろう!たとえ刃折れ、矢尽きようとも、この拳ある限りスパルタに、カナドに敗北はないということを!戦士たちよ。盾と共に故郷へ戻るのだ。たとえ死すことになろうとも!」
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生野の戦い 生野の戦い(いくののたたかい)とは永禄9年に姉小路家と山名家、尼子家の間で起こった戦いである。実際には生野だけでなく、朝来郡の広い範囲で行われた。 参加兵力及び戦力評価 姉小路・弓木城兵37977 前衛部隊 :騎馬隊15500:浅井長政、紅美鈴、十六夜咲夜 主力鉄砲隊:鉄砲隊10000:明智光秀、リグル・ナイトバグ、明智秀満 支援鉄砲隊:鉄砲隊2500 :本願寺顕如、原長頼、江馬輝盛 遊撃騎馬隊:騎馬隊6000 :斎藤義龍、海北綱親、遠藤直経 支援鉄砲隊:鉄砲隊2500 :磯野員昌、斎藤利三、ルーミア 姫路城兵 旗本隊:鉄砲隊18500:姉小路頼綱、明石全登、遊佐続光 山名・鳥取城兵36572 第一部隊:足軽隊9000 :山名祐豊、レミリア・スカーレット 第二部隊:足軽隊10000:伊吹萃香 第三部隊:足軽隊8000 :南条宗勝 此隈城兵27065 第一部隊:足軽隊7000:山名豊国 第二部隊:足軽隊8000:吉岡定勝 第三部隊:弓隊7000 :一色義道 尼子・月山富田城 第一部隊:足軽隊5000:尼子晴久 第二部隊:足軽隊8000:立原久綱 第三部隊:足軽隊6500:市川経好 第四部隊:足軽隊5000:田北鎮周 第五部隊:足軽隊5000:宇山久兼 姉小路は定番と言える鉄砲隊と騎馬隊での編成。騎馬技術の研究が進み、武田・上杉までとは言わないまでも西国大名にとっては十分な戦闘力を持っていると言えよう。 対する山名は伊吹萃香の力により兵力増加、足軽の驚異的強化が行われている。しかし、黒田・レミリア・萃香以外の武将の層は相変わらず薄く、彼ら三名が早い段階で戦闘に加入しなければ兵力の優越も無意味になりかねない。 尼子の援軍が来ることを入れれば山名・尼子同盟軍の方が兵力は優越している。ただし、尼子は技術研究があまり進んでいないため戦力としてはあまり期待できない。 合戦概要 弓木、姫路で山名家を破った姉小路家は鳥取城、此隈城を一挙に攻略するべく着々と準備をすすめていた。対する山名家も迎撃の準備をすすめ、軍を質量共に強化していた。 8月20日、姉小路軍38000は弓木城より山名領に侵攻した。対する山名家も此隈城に5000の兵を残し22000をもって出撃、山陰道と但馬街道が交差する生野の地で激突した。 緒戦、山名軍は側道を使って本来遊軍のはずの斉藤義龍隊を急襲した。斉藤隊は少数であったが混乱する事もなく前衛の浅井長政隊と協力してこれに逆撃を加えた。山名豊国、吉岡定勝両隊は一色義道隊の弓での支援を受けながらの戦いであったが、勢い、兵数に勝る斉藤、浅井両隊の前に苦戦を強いられ、姉小路軍の鉄砲隊が到着する前にすでに半ば壊滅状態にあった。姉小路軍が鉄砲隊の支援の元、攻撃を本格化させると戦線は崩壊し、山名軍は次々に此隈城へ潰走した。なお、この時点で此隈城は磯野隊、姉小路頼綱隊による攻撃を受け、落城寸前である。 此隈からの3隊が潰走を始めたころにやっと鳥取からの援軍が到着、交戦を開始した。このとき斉藤隊は鳥取城攻略のための後詰を率いるために弓木城へ一時撤退、浅井隊も此隈城方面へやや深追いしていたため中央に陣取っていた明智光秀隊へ攻撃が集中した。これに対し明智光秀隊は山を背に鶴翼に陣を展開して山名軍先鋒伊吹隊へ三斉射し、その出鼻を挫いた。明智隊の激しい銃撃によって山名軍の攻撃が阻まれている間に浅井、顕如隊が戦場に到着。山名軍を明智隊を中心とした巨大な鶴翼内に閉じ込める形となった。山名軍は南条隊を浅井隊に振り向けて足止めさせ、引き続き鶴翼の要である明智隊を壊滅させるべく数度に渡って山名祐豊本隊と伊吹隊による強襲を行った。山名祐豊本隊と伊吹隊に比べて明智隊は少数ではあったが、明智隊へ多くの兵力を割り振った分、顕如隊への備えは薄くならざるを得ず、顕如隊による側背からの銃撃によって情勢は互角となり、明智隊対祐豊、伊吹両隊の交戦は俗に死闘と言われるほどの激しさとなった。幾度も乱戦となり、時に光秀自身が槍を振るう事態となるほどであったと言う。しかし結局、最初の明智隊の銃撃による損害が響いて伊吹隊は壊滅。この死闘を制したのは明智隊であった。 これによって全体の均衡は破れた。南条隊と祐豊隊は浅井隊によって分断され、孤立した両隊へ明智光秀は追い討ちをかけるように虚報を流して動揺を誘った。一方、鳥取城に戻った伊吹萃香は昼夜兼行で兵3000を率いて生野へ取って返したが、道中を急がざるをえず兵の疲労が激しくなったために、当初はものの役に立たなかった。これらの混乱は後に南条宗勝によって収められたものの、全体としては圧倒的に不利は変わらなかった。そこへ山名家への援軍として尼子軍が到着、状況は動くかに見えた。しかし、まさにその時に此隈城落城の報が両軍にもたらされた。尼子軍は既に先鋒の尼子晴久が顕如隊と交戦を始めていたが此隈城落城の報を聞いて不利を悟り撤退。戦場に残る山名方は南条隊、祐豊隊、伊吹隊各々3000以下の部隊のみとなった。姉小路軍は弓木、此隈の軍を集結させつつあり、幾重にも山名軍を包囲した。開戦当初より活躍していたレミリアはこのときも激しく明智隊に攻撃を加えつつ、一方で顕如隊の銃撃を防ぐなど八面六臂の活躍ぶりであった。萃香隊も厚囲の中で明智隊に損害を与えている。しかし結局は多勢に無勢で四方からの銃撃に耐え切れず、山名軍は全滅した。 山名軍の強化について この戦いの前に山名軍は短期間で足軽に関する技術を伸ばし、また、各地からの浪人衆5万を加えて大幅に強化されていいた。技術開発は黒田、増員は萃香によるところが大きいがこれを可能ならしめたのは生野銀山の資金力であると言われている。黒田は各国と交渉して戦後の生野銀山の利権と引き換えに足軽技術に関する情報を手に入れ、それを各地から金に飽かせて技術者を招聘して昼夜をおかず研究させたことで驚異的な速さでの技術革新が行われた。浪人衆は各地で姉小路家に敗れて各国を流浪していた者が山名と姉小路の戦いが行われることを聞きつけて此隈城、鳥取城に集結していた。ただ、5万という数は尋常な数ではなく、萃香の能力が相乗効果をなしたと言われている。浪人衆達は萃香によって登用された。その俸給、兵糧を支えたのも生野銀山の資金力である。 山名軍の敗因 この戦いは当初より姉小路軍の方が数が多く山名家不利ではあった。しかし、鳥取城からの援軍の遅れが戦力の逐次投入の形となって決定的な敗因となったことは合戦当時から言われていた。これは当初、此隈城兵は全軍で篭城をして姉小路軍の疲れを待って鳥取城からの援軍を待つという体制であったのに、此隈城軍が城外に釣り出され、鳥取城軍が対応できなかったというのが通説である。いかなる理由で野戦に引きづりこまれたのかは諸説あるが、姉小路軍は斉藤義龍隊6000を先行させて孤立しているように見せかけて油断を誘い、山名豊国が22000をもって一挙にこれを突いて敗走せしめ、全軍の士気をあげようとして誘いに乗ってしまったという説が有力である。ただ、この事に関しては確かな記録も残っておらず、どの説も推測の域を出ていない。 この戦いの影響 山名の主力軍は壊滅、鳥取城に残る兵もわずかであり防衛はもはや困難となった。1月、山名家は鳥取城を開城して降伏、城主以下武将領民の生命は安堵された。山名祐豊は衰退していた山名氏を立て直して、因幡、但馬、播磨、丹後四カ国を領するまでに力を伸ばし、さらに生野銀山の発展によって山名宗全以来の繁栄を築き上げた。しかしその覇業もここに終わりを告げた。 逸話 ほぼ両軍の先頭が接触すると同時に、戦場に記録的な濃霧が発生したと言う。これを察知した本願寺顕如は独断で部隊を引き、様子を見ると保守策を取った。 その結果として、濃霧を乗じて浅井、明智両隊へ突撃しに来た山名軍本体の索敵範囲から逃れ、さらに山名軍の背後からの援護射撃ができ、地理を利用した山名の袋叩きの図りを破り、逆包囲を成功した・・・とは民間の通説の一つで、「実は偽報を食らって足踏みずれていただけ」という説もある。残された史料が足りないので、真相はおそらく部隊長の本願寺顕如のみぞ知るのだろう。 この戦いの激しさは両軍で万余の戦死者が出た事でもわかる。生野は太古において荒神が道行く者の半数を殺したことから「死野」と呼ばれていたのを、縁起が悪いとして「生野」という名に改められた歴史を持つ。この戦いはまさに「死野」の再現であった。 BGM 亡き王女の為のセプテット Ezel-Ash (Act.72,73) ※かつてE館にあったが現在はリミックス版に置き換えられている Demon Lord Remilia 東方アレンジ・耳コピスレッドCD企画 「幻想音楽祭~Phantom Concert」(Act.73)