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どんな微かでも みんなを愛してた。 ♠ ♥ ♦ ♣ サーヴァントとしての健脚で、櫻井戒は駆けた。 松野一松とそのサーヴァントがどちらの方角に追われていったのかは、すぐに分かった。 あの怪人のたどって行った道の、ところどころ――まるで、何気なく左手で触るような位置に、石化した跡が点々と続いていた。 ほどなくして、探していた紫パーカーの青年は、猫背のまま向こうから歩いてきた。 1人きりだった。 少しの距離があるところで、こちらに気付いたように立ち止まった。 「松野さん、無事で良かった……シップはどうしたんだい?」 暗いぼそぼそとした声で、松野一松は答える。 「死んだよ。怪人もいなくなった」 「それは……」 陰鬱な声に、鳴から聞いたシップのステータスの低さに、そういうこともあるのかと腑には落ちる。 どんな言葉を駆けるべきか躊躇った。 しかし――すぐに、彼を話をするために探していたわけではないと思い出した。 「なら、都合がいい」 携えていた大剣を、そのまま松野へと向けた。 相手が、ぎょっとしたようにその眼を見開く。 「なんで……?」 「僕のマスターの身に降りかかる危険を、いち早く取り去るためだよ」 櫻井戒は、松野一松、シップの主従とこのまま関係を持ち続けることを、極めて危険だと判断していた。 それは、彼等が同盟を組むにしてもメリットが少なすぎる、むしろ鳴たちのお荷物になる弱さの主従であり、共にいれば彼等をかばうだろう鳴の負担が増えるから――というだけの理由ではない。 そもそも、松野一松の雇い主である人物のことを、鳴も蛍たちも楽観的に考えすぎている……と思っている。 ブレイバーにも英霊になるだけの思慮深さはあるようだが、それでも『物事の裏を読む』ことができるほど人間の悪事に精通しているわけではない。 おそらく、依頼人は『一条蛍をマスターだと疑って、身辺を探るために調査員を雇った』わけではない。 いくら信頼できる会社に頼んだとはいえ、聖杯戦争のことを何も知らない一般人(松野が依頼を受けなければそうなる予定だった)に『一条蛍はマスターなのかどうか』を探り出せるかどうかは怪しいし、 そもそもとっくに一条蛍の個人情報をある程度は手に入れる段階まで調べあげているのだ。 『依頼人は一条蛍を既にマスターだと確信しており、それ以上の手がかり(例えば彼女の周囲に他のマスターが接触していないかどうか等)を求めて調査員を雇った』と考えるべきだ。 だとすれば、避けなければならない展開は、その依頼人に『一条蛍と接触している東恩納鳴』のことまで割れてしまうことだ。 『なるべく他のマスター殺害に鳴を巻き込みたくない』というランサーの方針を維持するためにも、鳴にはできる限り、小学生としての日常に浸かっていてもらわなければならない。 そこを脅かされてはならない。 さらに言えば、この依頼人であるマスターを討伐することにも、鳴を巻き込むのに気が進まない。 『松野一松が依頼人に送る報告を逆に利用して、依頼人を捕まえる罠をしかければいい』と鳴は乗り気になっていた。 しかし、そのマスターを捕えてどうするつもりなのか。 まさか脱出狙いに転向させるなど叶うはずもないのに、殺さずには済ませられない。 彼女には見えていない。しかし、それでいい。 実際にそのマスターを殺す現場になど、居合わせなくてもいい。 そもそも、相手も社会人でありそれなりに地位のある人物が予想される以上、簡単に『おびきよせ作戦』に引っかかるはずもないのだ。 一条蛍がマスターだと確信しているのなら、わざわざ意味ありげな餌に食いつかなくとも、一条蛍を先に捕まえて拷問でもするのが最も手っ取り早いのだから。 もっとも効率的に解決させる方法ならば、外道の手段がある。 『一条蛍の調査中』に、松野一松が、『明らかに事故(ヘドラに巻き込まれた等)ではない形』で、遺体として発見されることだ。 そうすればどうなるか。 警察が呼ばれる。警察が松野一松の遺族に連絡を入れる。 当然、調査を依頼していたフラッグ・コーポレーションにも連絡が入る。 すると、『松野一松が誰から依頼を受けて調査をしていたのか』が警察に伝わる。 警察に、その依頼人を捕まえることまでは期待していない。 しかし、『捜査線上に、その依頼人の名前が上がる』ところまで行けば充分だ。 サーヴァントの霊体化があれば、セキュリティの堅固な会社から情報を盗み出すことはできなくとも、警察の会話を立ち聞きするぐらいはできる。 それさえできれば、櫻井戒だけで、そのマスターを暗殺する機会が訪れる。 それは、思いついただけの策だった。 実際に実行するとなれば、断念していたはずの策だった。 櫻井戒は己のことを手段を選ばない屑だと規定しているけれど、基本的には幼いころから武道の道に通じてきた好青年でもあり、 聖杯戦争で勝つためならば積極的に人道をふみにじっていくような外道ではない。 何より、それは正しい魔法少女――プリンセス・テンペストの説いた『正義のため』に反する行いだ。 仇敵である『聖贄杯』でもあるまいに、そこまでの非道を行う必要はないと判断していた。 しかし、彼の言い放った言葉――『聖杯を獲る手段が他になければ、無辜のマスターを殺すのか』という欺瞞を撃ちぬく言葉は、決定的だった。 これ以上、遠慮も配慮も何も無しに、それを言う人物と共にいてはいけない。 松野にこれから口止めをしたところで、彼と一緒にいれば、鳴はその言葉をいやおうにも思い出すだろう。 そうなれば、遠からずごまかしきれなくなる。 己が生還するための道は、ランサーが聖杯を獲るための道であり、なおかつ犠牲の上に成り立つ道だということに。 そうなれば、鳴という少女は――あの無垢な正しい魔法少女は必ず、自分を止めるために動くだろう。 己が身を戦場で危険にさらすことになっても、令呪の全てを使い切ることになっても――最悪は、ランサーを止めるために立ちはだかり、敵に無防備な背中を晒すことになっても。 それは、絶対に阻止しなければならない。 「あなたは厳しいことを言いながらも、僕のことを優しい人間だと見積もり過ぎているよ。 僕はマスターを……大切な人達を不幸にしないためなら、何でもする」 遣り切れない、とは思っている。 己の眼差しは、憂いを隠せていないかもしれない。 しかし、それでも非道を実行する。 英霊になる以前の、生前の行状からもずっとランサーはそうだった。 大切な女性を救うためならば、親友といっていい仲だった者が相手でも、実際に殺すことこそなかったもの、殺す覚悟で相対したこともあった。 そもそも、一族の呪いを解いて妹を救うためであり、かつ叛逆すれば己と妹も殺される境遇だったとはいえ、 アサシンの連続殺人どころではない――数百人か数千人単位かで無辜の人間が殺されることになる『黄金錬成』の儀式を、肯定する側にいたのだ。 いずれ学校が戦場になり、彼のクラスメイトたちも皆がその生贄にされる可能性があると知っていながら、それを黙認するような立場の人間だ。 己を腐りっきった屑と自称するまでに至るほど、必要とあれば手を汚すことに躊躇はしない。 「これは別にあなたを恨んでいるわけでも、見下しているわけでもありません……いや、何を言っても言い訳か」 すぐに終わらせよう、と言葉を途切れさせ、苦しませない斬り方を心掛けるように構えた。 松野はただ、それを呆然と見ていた。 呆然と見つめたまま口を開いた。 「……いやー、ジョーカーちゃんの言う通り演技してほんと正解だったよ、これ」 ごくカラっとした、さっきまでのぼそぼそ喋りとは似ても似つかない声だった。 「それにしても、まさか出会いがしらに殺す宣言されるとか、アイツ何やらかしたんだろ」 右手を後頭部にあててぼりぼりと掻くのと同時に。 その周囲に、サーヴァントの少女たちが出現していく。 驚いたが、同時に納得もし、先刻の『サーヴァントは消えた』という言葉に納得しかけた己を叱責した。 バーサーカーのマスターがばらまいていった魔力の残り香にしては、気配が濃すぎると思っていたところだ。 シップとは似ても似つかない、白黒の巻き毛にトランプ柄の衣装を着た幼い兵士たちだった。 紫のパーカー周囲にはハートが囲み、スペードとクラブの柄が前線に出て槍と棍棒を突き出す布陣だ。 先頭には、ひと目で実力者だと分かるだけの気迫を持った、スペードのエース。 「貴方、松野さんじゃありませんね。……いや、『松野さん』ではあるのか。ご兄弟ですか?」 よく見れば、紫パーカーの男はさっきまでと違うズボンを着ている。 まるで、顔が瓜二つの男と、着ているパーカーだけ入れ替えたかのように。 「同じ顔が、二つあったっていいよな?」 そう言うと、男は素早くわしゃわしゃわと髪を撫でつける。 わざとらしくぼさぼさにしていた頭髪を、アホ毛2本のみの髪型へと戻した。 松野一松では絶対にしない、明るいにこにことした自然な笑顔で名乗る。 「どうもー。松野家の長男、松野おそ松でーっす」 右手の人差し指で、鼻の下を得意げにこすった。 ♠ ♥ ♦ ♣ 「――ダメ」 その一言で、望月の心臓に吸い込まれようとしていた鎌はぴたりと止まった。 その鎌は、一松の額に刺さる直前で動きを止めていた。 ……一松の、額? 気付けば一松は、望月の前に立っていた。 兄の手をふりほどき、望月の前に、彼女を庇うように、そこに立っていた。 「一松、何してるの?」 望月へのとどめを制止した兄は気が付けば目の前にいて、一松にそう訊ねていた。 自分が庇ったことを自覚して足はがくがく震えはじめたけれど、心底から『止めろ』と思ったことは事実なので今さらどくわけにもいかない。 「そんなにその子が大事だったの?」 うるっせぇ、と言わんばかりに真正面からガンを飛ばすようににらみつける。 ところが。 視線がぶつかった次の瞬間、おそ松は笑った。 ふっと、わざと作っていた挑発的な表情から、自然な笑顔へと戻るように笑った。 「あのさぁ、一松」 うん、と一つ頷き。 次の瞬間、がいん、と頭を派手に叩かれた。 容赦のない、げんこつだった。 「お前、こんなに大事なことを、なんで言わなかったの」 戸惑ったようにどよどよっとなるサーヴァントの少女たちを待っててね、と制して、 据わった眼で詰め寄られる。 いや、なんで今まで言わなかったとか、こいつにだけは言われたくない。 「俺、お前のことは外で映画を見ただけでもきっちり報告をいれてくれる子だと思ってたんだよ? なんで今回は言わなかったの、すっげぇ大事なことじゃん!?」 苛ついたようにダンダンダン、と地団太を踏み鳴らされた。 なぜ急にこんなに怒り始めたのか、一松には分からない。 「な、なにそれ。自分だってこっそり聖杯戦争やってたくせに」 もう長男にとって、彼等を始末することは確定だったはずだ。 どうしていきなりごね始めたのか、一松には分からない 「そこじゃねぇよ! どうでもいいんだよ聖杯戦争なんか!!」 言い切った。 さっきまで聖杯に願って死んだ人たちを取り戻すとか何とか言っていたくせに、『どうでもいい』とか掌を返した。 じゃあ報告しろと言っていたのは何だ。 分からない。 この長男のラインが分からない。 聖杯戦争がどうでも良くなるほどの重大事なんか―― 「友達ができたなら、ちゃんと言えよ!!!!!!!」 ――――――――――えっ 全く予想もしていない方向からガツンと殴られた、気がした。 「お前が猫以外の他人を庇うなんてよっぽどのことじゃん!! なんで言わないの!? 友達多いトッティならともかく、お前は言わなきゃだめだろ!! お前に友達ができないの十四松とかみんな気にしてたの、知ってるだろ? お兄ちゃん、てっきり弟のガールフレンドぶっ殺すとこだったじゃん!」 「い、いや、今まで、友達とか考えたことなかったし。こいつサーヴァントだし」 いや、弟のガールフレンドぶっ殺すも何も、直前にその弟を殺そうって話してたじゃないかアンタ。 色々とツッコミどころ満載な雰囲気におののきながらも、ぼそりぼそりと答えると、兄は納得したように「あー」と頷いた。 「なるほどね。自覚無かったんだ。まぁ分かるよ。 初めての経験だもんね、それは仕方ない。でもさ、俺びっくりしたよ。本当にびっくりしたよ。 お前でも、女の子をかばって身体張ったりするようになったんだ」 そう語るうちに、1人で納得したのか、うんうんと頷く。 右手がゆっくりと、こちらの頭上にのびた。 ぽむ、と掌が髪の上に置かれる。 「やるじゃん! すっげぇ見直した! お前が女の子から『楽しかった』って言われるなんてよっぽどのことじゃん。すごいすごい」 ワシワシと撫でられた。 褒められている。すごく撫でられている。 こちらとサーヴァントを殺そうとした人間に、今は褒められている。 その時だった。鎌を持ったジョーカーの少女が、硬い声で会話に割り込んだ。 「マスター。田中が、あと数分でこの近辺に到着するとクラブの5から報告がありました」 「マジで? 俺らがちゃんと捕まえたか確認しに来るの?」 「そのようです。向こうとしては、約束の成立を確認したい立場ですので」 「んー、田中ちゃんの令呪だと『一松とそのサーヴァントに手を出すな』とまでは言ってないしなぁ。 しばらく、俺の気が変わったことは、ばれない方がいいと思う」 「御意。具体的には?」 「そうだなー」 ちら、とこちらの格好を上から下まで見られた。 「ねぇ、何の話してるの?」 「よぉし。一松、『ばんざい』しようか」 「は? なんでばんざい?」 「いいからいいから」 ぐい、と両腕が引っ張られて頭上へと上がる。 直後、パーカーの裾を掴まれて強引に脱がされた。 ばんざいの状態だったので、するりと袖を抜かれる。 「え、いやちょと待てゴラ!」 話の流れは見えないしさすがに気持ち悪いわ! と思ったら、 腕まで自由になった直後に、ぼすっと何かを投げつけられた。 兄の着ていた、赤いパーカーだった 「はい、これ着て。さすがにズボンまで履きかえてる暇はないか。 それから髪はちょっと整えないとね。 あとボソボソ喋るのもなるべく禁止。闇のオーラも引っ込めてほしい。 田中ちゃん達には『弟』とは言ったけど『一卵性』とは言ってないから、たぶんこれでばれないでしょう! あとは、ジョーカーちゃんが考えた言い訳を覚えて――「いや、何言ってんの?」 「ん? 正しい『おそ松兄さん』のやり方」 「正しいおそ松兄さんのやり方って何だー!?」 「言っとくけど、これ別にお前のためとかじゃないよ?」 嫌な予感がする。 嫌な予感がすることなのに、この兄がわざわざ『弟に責任はない』とか言及しているのが、なおさらいつもと違う。 「ちょっとけじめをつけるだけだから。 こっから先は、ギャグとか言わない自己責任アニメみたいな感じで」 ♠ ♥ ♦ ♣ 松野家長男であるおそ松の眼から見て。 いや、おそ松以外の眼から見ても。 松野一松には、友達ができない。 本人は、友達なんか一生要らないと言っている。 でも、本当は友達がほしいと思っていることを、松野家の兄弟は知っている。 松野家の六つ子の四男にとって、友達を作るということは他のどんな行為よりもハードルが高い。 それだけ、一松は兄弟以外にとてつもない壁を作っている。 まともに会話ができないし、善意を示されても受け取ることを拒否するし、人と距離を縮めるのが怖いから毒舌を吐いて突き放す。 自分には価値が無いから、友達になってくれる人間なんているはずがないと諦めている。 この先、ニートが珍しくやる気を発揮して、猫カフェとかの面接を受けて仕事に就けることがあったとしても。 独り立ちがしたくて、財力も住むアテも何もないのに、家を飛び出してどうにか生きていくことができたとしても。 そういうハードルを越えられた時も、ついぞ友達を作ることだけはできないのではという気がする。 イヤミやチビ太、ハタ坊、トト子といった幼なじみとはずっと交流があるけれど、一松が彼らのことを『友達』の括りにいれないのはたぶん、 あくまで『六つ子』として親しくなった関係であり、『一松が自力でつくった友達』ではないからだ。 それはきっと、松野家に宝くじが当たって、それこそ一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入るよりも珍しく、とてつもない重大事だ。 なぜなら、お金は世の中のどこにでもあって、たまたま六つ子のところには入ってこないだけに過ぎないけれど、 『一松の友達』は、一松自身が頑張らなければ世界のどこにも存在しない。 一松は、頑張れない。 兄弟(みんな)がいるから友達は要らないと、自分に言い聞かせていた。 その、一松が。 自分が死んでも守りたいほど――誰かのことを大切に想い、近い距離に置いている。 サーヴァントだから、という理由だけではない。 サーヴァントが死んでもマスターは即死しないのに、それでもおそ松の手を振り払って庇おうとした。 直後に一松と眼をしっかり合わせて、本気の眼なのかどうかも確かめた。 まったく、おそ松の愚弟ときたら、自分が自分にとってどれだけの偉業を成し遂げたのか、ぜんぜん自覚していなかった。 その相手は幼い女の子で……見た目の年齢差とか考えると犯罪じみてくるから、『ガールフレンド』なのかとか考えるのは、ひとまず止めておくけれど。 『イッチー』というあだ名で呼ばれて、『楽しかった』と本心から言ってもらえる関係を作っている。 あの性格がひんまがった一松を相手に、『楽しかった』と言ってくれている。 なんだ、この女の子めちゃくちゃいい子じゃん、と思った。殺そうという発想はもう無かった。 精神年齢を比べれば、おそ松は、一松よりもずっと子どもだ。 だがしかし、おそ松は一松の兄であり、一松はおそ松の弟だった。 聖杯に願いを賭けて、最終的にみんな生き返らせればいい、という神父の話は、ころりと信じた。なぜならおそ松は、バカだから。 それに、ヘドラのとてつもない被害だとか、自分が命令してシャッフリンがやってきた罪の重さだとかを考えると、 『これはいつもと同じで、どうにかやり直しの効くイベントなんだ』と思いながら聖杯戦争に臨める方が、正直なところ楽だったから。 それに、その案ならば、最終的には兄弟の誰も喪わずに、確実に元の世界に帰ることができるから。 少なくとも、六つ子の誰かを永久に失うことになるなんて、最初から考えもしていなかった。 とりあえず『また兄弟揃ってのニート生活に戻る』ことは大前提のように、ことさら意識するまでもなく、そう動くつもりだった。 聖杯を獲って一攫千金だと目が眩んでいた時も、シャッフリンのしでかしたことに怯えて泣いてしまった時も、今になってもずっとそうだった。 だって仕方ない。 別に他人なんかどうなってもいいとまでは思わないけれど、会ったことのない有象無象の命と、身内のそれとで、前者を取れと言うのはちょっと有り得ない。 『いつも通り』ならば、『いつも通りにやってもいい』ならば、六つ子は平気で兄弟同士を蹴落とし合う。 自分の保身のために襲われている兄弟を見捨てて逃げるぐらいは平気だし、聖杯はおろかおやつの取り合いをするだけで殺し合いに発展する。 別にすごく仲の良い兄弟じゃない。 5人の敵と言っても正しい関係だ。 だけれど、せっかく兄弟が真剣にがんばって、きっと緊張したり、不器用に話しかけたり、たぶん猫と遊んだりしながら友達を作ったのに、女の子を庇う気概を見せたのに。 それを応援しないなんて、そんなのは兄弟(強敵)として失格なのだ。 この戦争が終わるまでの関係だろうと、二人にとって後味の悪い終わらせ方なんてしたくない。 世の中には、お互いに憎からず思っていても、振られて別れて、離ればなれになってしまうような二人だっているのだから。 ……一松が探さないなら、俺達も探さないよ? 弟の猫(ともだち)がいなくなった時、一松にそう言った。 弟は、自分で探り探りして、そして見つけたのだ。 本気の本気で睨み返してきたのが、その証拠だ。 だから、お兄ちゃんは応援する。 そういうものだ。 とてもシンプルな理由だ。 弟にはじめて友達ができて、兄は本当に嬉しい。 すごく寂して、すごく嬉しい。 たとえ今が聖杯戦争の真っ最中だろうと、 『田中』を初めとする身内を失った人たちからクズ外道と謗られようとも、 こればっかりは仕方ないし、絶対に譲れない。 ♠ ♥ ♦ ♣ 住宅街の中にぽつんと作られたある程度の広場――公民館の駐車場に、戦場は移されていた。 「最初は『ちょっと理由があって、アンタらと一緒にいるのが良くないからウチの弟を探さないでください』ってお願いしに来たつもりだったんだけど。 なんか試しに一松の振りしてみたら、『交渉の余地無し』って感じ?」 スペードのエースが、眼にも止まらぬ敏捷さで槍の穂先から火花を生み出し、捌いている。 火花を生むのは、おそ松の台詞が届いているのかいないのか、青年の携える闇色の大剣が、受け止め、押して押され、弾くことで生まれる剣戟だった。 眼にも止まらぬ速さ。それはありきたりの表現だが、おそ松の視界では本当に追いつけないどころか、火花の煌きさえ残像でぶれて見えるほどのありさまだ。 おそ松どころかそれ以下のスペードの上位ナンバーでさえも、割って入ることを許されないレベルの戦闘だと悟り、ただ槍を構えるのみに徹している。 剣戟の風圧だけで、駐車場のアスファルトに亀裂が入り、破片となって散っていく。 両者の風圧はの余波は、やや離れた場所で観戦するおそ松たちにも届いていて、その迫力に周りを囲むハートシャッフリンたちを振るえさせつつも、 『エースが戦っているのだから自分たちもしっかししなければ』と言わんばかりに背筋を伸ばしてまっすぐな防御陣をつくらせる。 何も知らぬ者から見れば、黒いセイバーの青年とランサーの少女の激突かと錯覚しそうなほどの、真っ向からの決闘じみた攻防だった。 『マスター、戦況はスペードのエースに有利です。ご安心を。 得物と技量では相手の方が上、敏捷さと小回りでこちらが勝っていると言ったところでしょうか』 そばにいるジョーカーから、念話が届く。 ひょえー、シャッフリンちゃんってこんな強かったのかー、とおそ松はその感想を念話に出さずに内心にしまった。 直接話すこともできる状況ではあるのだが、ある理由から、この戦闘では念話で話そうということになった。 『……なんかごめんね? ころころスタンス変えちゃうマスターに巻き込んじゃって』 『変わっておりません。我々の仕事は、一貫して主様に下郎の刃を近づけないこと』 『……ありがと』 すぐそばにいるハートの3番の服を着たシャッフリンの手を、ぎゅっと握りしめた。 よく目を瞠って見れば確かに、敵のランサー(ランサーなのになぜか剣使いだ)は、大剣を生かした押しつぶすような打ち下ろしの攻撃をよく行い、スペードのエースは小回りを利用した攻撃を駆使しているように見えた。 スペードのエースは槍を振り回しての足払い、足先狙い中心の攻撃に切り替えて攻勢を続けている。 圧倒的に身長で上回っているランサーは、低所からの攻撃を裁くために必死になっているように見えた。 『ここで仕留めますか?』 『んー。でも、あのひとを消しちゃうと、田中ちゃんの仲間も半日以内に死んじゃうんでしょ? ならいいや。ただでさえ約束破って逃げることにしたのに、これ以上恨み買うのも良くないと思うし』 『御意。しかし、敵の方はこちらを仕留めるまで退くつもりは無いようです』 『どうにかやっつけて、一松を諦めてくれたらいいんだけどねー。 あ、でもスペードちゃんたちの方が危ないようなら、その時は遠慮しないでいいから』 『各スペードにそう伝達します』 やがて両者は、いったん仕切りなおすように間合いを取った。 槍使いの筋骨たくましい身体と、魔法少女のみずみずしい白肌を、汗が幾筋も浮いてはすべっていく。 おそ松は、早く終らせたい一心で呼びかけた。 「ねぇ、そろそろ止めにしない? これってそっちのマスターに無断でやってるんでしょ? 早いとこ終わらせないとマスターが来ちゃうよ?」 「そういうわけにはいかない。 貴方の弟は、僕のマスターの生命線になる情報を握ってしまっている。だから、このまま消えられては困る。 あの人の様子だと、威圧されたり拷問でもされたりしたら、すぐに情報を吐いてしまいそうだろう?」 「あーそれは有りそう。うちの兄弟どいつもクズだから」 『マスター、そこは嘘でも否定すべきかと』 「――じゃなくて。ほらそこは俺からよく言って聞かせるから。 もう絶対にそっちに関わらせないから」 「それだけじゃない。貴方はどうやって弟さんの危機を察知して、タイミングよく現れた? 貴方も僕たちの動きを見張っていたんじゃないのか?」 「ぎくっ」 「しかも、カマをかければそこまで動揺するということは、『弟のことが心配でつい』というわけでもなさそうだ。 そうやって得た情報を、誰かに売ろうとしていたか、聖杯を狙っていて利用できると踏んでいたか」 「ぎくぎくっ」 「ちなみに、その『売ろうとしていた相手』のことは教えてもらえるかな?」 「いや~、それは無理かなぁ。正直に言ったらおれもジョーカーちゃんも、たぶん全方向から許してもらえないなぁ……」 『まさにこのサーヴァントのマスターを人質に取っていましたからね』 『ジョーカーちゃんのせいだからね!?』 「なら仕方ない。今は貴方を拷問して洗いざらい吐いてもらう時間も惜しいんだ。 つまり、分かるだろう?」 「い、いや、でもさ? スペードのエースちゃん達も強いよ? すぐには倒せないよ?」 「ここからは、そうはならない」 そう言い放ったのは、おそ松だけでなく、己の両手にある大剣――偽槍に対してもだった。 己が腐っていることが鳴に露見して、信用を失ったり嫌われたりするのはちっとも構わない。 けれど、それであの無垢な少女が、ランサーのために穢れようとすることだけは、あってはならない。 一刻も早く、全ての災いの種を潰す。 しかし、単純な力量のぶつけ合いでは、スペードのエースが現状で上回っている。 状況の膠着を打破するためには、単純な白兵戦に勝る技を繰り出すしかない。 もしもマスターがこの場に来てしまえば、穢れを見せまいとしてきた、これまでの全てが無駄になる。 その焦りが、らしくない早急な判断に繋がっていく。 禁忌であり切り札となる宝具の使用を、そこに決断させた。 「行くぞ――そして来い、偽りの槍よ」 元々、彼はその宝具――『創造』の使用を、生前から極力は拒んでいた。 一度でも吸い取られれば、魂を吸いつくされて心の無い戦奴にされる不安は、彼にとって何よりも忘れ難いものだ。 しかし、サーヴァントとしての彼はその『戦奴にされる』という状態まで宝具――真名を開放して、初めて行使する手段となっている。 そのために、生前は戦わない時でも絶えず感じていた喰いつくされるような灼熱地獄も、召喚されてからはまるで感じたことがない。 その安堵が、彼の鬼札を切る判断を緩めてしまったことは否めない。 かくして、彼は開いた。 地獄への扉を。 ココダクノワザワイメシテハヤサスライタマエチクラノオキクラ 『許許太久禍穢速佐須良比給千座置座』 「血の道と 血の道と 其の血の道 返し畏み給おう」 その詠唱が始まった時、『黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)』が哭き始めた。 猛悪なまでの、凶念がやって来る。 寄越せ、寄越せ、魂を寄越せ。 「な、なにこれ!? 何かヤバい! 分かんないけどヤバいことだけは分かる!」 『おそらくは、固有結界の詠唱かと』 その槍の意味をしらないシャッフリン達にも、おそ松にも伝わるほど、凶暴な『飢え』が槍から叫ばれている。 それも、敵に向かって訴えるものではない。 使い手である、櫻井戒への要求であり、支配欲であり、代償であり、蹂躙だった。 にも関わらず、それらを向けられていないシャッフリンの全てが、間接的に伝わってくる余波の振動ひとつで『食われる』恐怖を、『地獄の業火で焼かれるように』料理される感覚を知覚してたじろいでしまう。 その吠え猛りを直接に受け止めることが、そのまま櫻井にとっての狂信となる。 この狂った穢れに耐えきれる己は、この凶暴さを利用しようとする櫻井戒は、 まぎれもなく、魂から腐りきった屑である。 「禍災に悩むこの病毒を この加持に今吹き払う呪いの神風」 この世に存在する天つ罪、国つ罪の全てを己が被ろう。 畔放(あはなち)、溝埋(みぞうめ)、樋放(ひはなち)、頻播(しきまき)、串刺(くしさし)、生剥(いきはぎ)、逆剥(さかはぎ)糞戸(くそへ)。 ありとあらゆる、全ての穢れを己に集めよう。 「橘の 小戸の禊を始めにて 今も清むる吾が身なりけり」 生膚断(いきはだたち)、死膚断(しにはだたち)、白人(しらひと)、胡久美(こくみ)、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪、昆虫(はうむし)の災、高つ神の災、高つ鳥の災、畜仆し(けものたおし)、蠱物(まじもの)する罪。 全ての罪悪を、全ての病を、全ての災害を、引き受けよう。 「千早振る 神の御末の吾なれば 祈りしことの叶わぬは無し」 全ての穢れは、己にあり。 我が祈りは、無双なり。 なればこそ、愛しい者たちが穢れを被る道理は無し。 それが叶わぬことなど有り得ないと、眩しい世界を守るために己を穢す祈りの歌だ。 「創造」 人間が、己自身を毒の地獄へと変性させる。 此処にいるのはもう――いやとっくに、『優しくも厳しいお兄さんの櫻井戒』などではない。 全身が腐りきった、異形への創造だ。 それまでの激しい剣戟と比べれば、いっそ軽くおだやかな動きで大剣が動いた。 スペードのエースはそれを槍の先端で難なく止め、打ち払う動きにつなげようとする。 つなげようとした――できなかった。 先端が、その瞬間に腐り落ちた。 日中にいちど折られ――そしてダイヤのシャッフリンが鍛えなおしたスペードの槍が、ほぼ『溶けた』と言っていい腐敗速度でボトリと落ちた。 「!?」 スペードエースはその表情に驚愕を浮かせながらも、とっさの判断から槍の石突でランサーの身体を打つべく槍を回転させる。 回転させようとした――すでに槍の石突まで、得物の全体に腐敗が進行していた。 瞬く間にボロボロと形を崩していく槍に、スペードのエースは数秒も断たないうちに無手となる。 「――!」 それでも闘志を失わず、ランサーに組み付いて得物を奪おうとした身体が抉られるように倒れた――得物も使わない、ただの蹴りに倒された。 まるで、蹴激の威力だけではない、身体を真の意味で『削る』ような別の力が、そこに働いたかのようにキレイに倒された。 「エースちゃん!?」 おそ松の悲鳴は、おそらくエースの耳に届かなかった。 倒れた瞬間に、巨大な大剣がその顔面に真上から刺さったからだ。 シュウシュウと、硫酸でも爆ぜるような腐敗の音が、致命傷を受けたエースの鼻梁あたりから聞こえてくる。 彼女は顔面を潰されてもまだ戦おうとするかのように、どこかにいった得物を探すかのようにジタバタと動いていたが、ランサーはそれをすっかり無視して剣を引き抜いた。 残ったスペードの軍団を突破しようと、散歩か何かと変わらぬ平常の足取りでスタスタ歩く。 そこからは、腐敗地獄だった。 しかもその地獄そのものは、先ほどまで人間の姿だったサーヴァントただ1人を指していた。 槍をひとたび振るうごとに、受け止めたスペードの槍の方が腐る。 数で包囲してランサーを槍で突き刺したところで、刺した槍の方が腐って、ランサーにはボロボロの木切れで突かれたほどの傷跡さえ残らない。 刺した槍から腐敗が伝染して、シャッフリン自身が両手から腐っていく。 シャッフリン達に、初めから回避するという選択肢は無い。 避けたり、逃げたりすれば、後方にいるジョーカーとマスターが護れない。 スペードのキングが腐敗した大剣で腹を貫かれ、 スペードのクイーンがそのまま振り回された大剣をぶつけられてキングごと腐り、 スペードのジャックがランサーの身体に槍を突きたてたばかりにその両手をボロボロと腐り落とし、 スペードの10がジャックを開放しようと支えて、ジャックに触れた面から腐り始め、 クラブのジャックが、気配遮断で潜っての不意打ちを頭部に与えようとして、頭部に振り下ろした棍棒が腐ったためにバランスを崩して落下し、 クラブの9が、少しでもランサーの足を止めようと足元にしがみついて上半身を腐らせた。 「相手が悪かったね」 数字の大きい方から次々と倒れていくシャッフリンたちを哀れむかのように、腐敗地獄は宣告する。 その声まで、声帯を腐らせたかのようにヒビ割れていた。 姿は人間で、しかしそこからは鼻が曲がりそうな――曲がるのを通り越して鼻まで腐りそうなほどの腐臭がおびただしい。 素手だろうと、武器越しだろうと、『相手に触れることでしか戦えない』者に、 黒円卓の第二位が破れる道理など絶対に有り得ない。 時間をかけないという宣言の通り。 一分も断たないうちに、兵士たちの数が半分を割った――それも、致命傷を受けたのはほとんど上位ナンバーだった。 戦場の兵士たちに使う用語で言えば、壊滅状態だった。 折り重なったトランプ兵士たちのさらに向こう側には、ガタガタ震えるハートに囲まれて、それ以上にガクガクと震える彼女たちのマスターがいる。 初めて目の当たりにする『可愛がっていたシャッフリン達が犠牲になっていく姿』に、歯の根がカチカチとなっている。 しかし彼は、震えながら、ハートの3番を付けたシャッフリンと、ジョーカーの柄に鎌を持ったシャッフリンを両腕で抱きしめるようにしている。 彼女たちと念話で何事かを話すように、視線を交わしている。 そして、傷つきながらも立ち上がろうとしている生き残りシャッフリン達に、泣きそうな声で言い放った。 「ジョーカーちゃんごめん。令呪、使う。 『諦めるな。命令を待つんじゃなく、周りを見て戦え』」 マスターの身体から、令呪の発動を示す魔力光が放たれた。 その輝きに呼応するように、シャッフリン達の眼に戦意が宿り始める。 戦線に加わらずに待機していたダイヤのスート十三体までも加わり、マスターを囲んでいたハートのスートのうち約半数も前線に加わるよう前にでる。 「もう一回! もう一回、令呪を使うから。『■■、■■■■■■■■■■、■■■』」 二回目の令呪は、ごく小声だった。 何を言っているか、唇の動きだけではランサーにもいまいち読み取れない。 しかし、一回目の令呪を重ねがけするような類のそれだったらしく、生き残ったシャッフリンたちが、ボロボロの者も含めて気力をより充溢させたように立ち上がる。 「それは根本的な打開策にはならないよ。僕みたいな屑と出会ってしまったのが運の尽きだ」 幾らなんでも、令呪の大判振る舞いにもほどがあった。 ここでシャッフリン達が倒されたらマスターの死も避けられないとはいえ、それでランサーの腐敗を食い止められない以上は焼石に水にもほどがある。 だが。 「…………屑って誰のこと?」 櫻井戒の言った言葉に対して、松野おそ松が顔を上げた。 ふたたびランサーと目を合わせ、そう訊ねた。 「僕のことだよ。松野さんたちとは、住んでいる世界が違うことがよく分かっただろう。 とても家族には見せられたものじゃない。こんな腐った世界に好きこのんで浸かっていられる、汚い手も平気で使う人でなしが、屑でなくて何なんだ?」 それは、彼を諦めさせるための台詞だった。 戦争も殺戮も、裏社会の黒円卓のことも何も知らない、 ただの貧相で弱っちい『バカ兄貴』が、そこそこ強いサーヴァントを引いただけでどうにかなる世界ではないのだと、 そう悟すための、台詞だった。 だから、 「そんなわけ、ないじゃん」 真っ向からの否定が返ってくるなんて、思わなかった。 「アンタ、兄弟が誘拐されたのに見捨てて家で梨食ってたことある?」 「――え?」 何か、ひどく人間失格な行為を聞いた気がする。 おそ松が口火を切るのに合わせて、シャッフリン達も腐らずに残っていた武器を構えて臨戦態勢を取った。 時間をかけるわけにもいかないランサーは、戦闘の続きを再開してシャッフリン達をどかすために大剣を振るい始める しかし、声も枯れよとばかりの大声で、その男はがなり立て始めた。 「おやつの今川焼欲しさに弟妹(きょうだい)とガチで殺し合ったことは? 弟がそこそこ頑張ってたバイトを、気に入らないからってだけでメチャクチャに荒らしたことある? 女を買う金を作るためだけに、家財道具全部売り払って家族に怒られたことあんの!? 自撮りの背後に全裸で映り込んだことは!? リア充がバーベキューしてるのにムカついて石投げたことは!? ハロウィンの日に知り合いの家に勝手に上がりこんで、家財道具ぜんぶ巻き上げたことはあるか!! どれも無いんじゃないの!?」 大剣の一刺しで、クラブのシャッフリンを庇ったハートの腹を貫く。 しかし嫌が応にも耳に入って来るのだ。 櫻井戒は、悪の組織に所属する堕落した存在だ。 しかし、社会的な常識はバッチリある。 だから『そんなゲスいことをする人間が本当にいるのか?』と素で思ってしまう。 危うく自分が8歳の妹からおやつを取り上げて1人ゆうゆうと食らう光景を想像しそうになり、イカンイカンと首を横に振った。 「就活に充てるために貰った金で、真昼間っから酒飲んだことは? 弟が勝ってきたパチンコの金、根こそぎぶんどったことある? 親友が金を貸してくれなかったからって、八つ当たりでそいつの車をボコボコにしたことある!? 小さな女の子を連れてパチンコに行ったことは? ゲームなんだって勘違いして、たくさんの人を殺すように命令して自覚無しだったことはあんの? どれも無いのに、自分のことを『屑』とか言ってんじゃねぇバーカバーカ!!」 どうやらハートのシャッフリンに限れば、他のシャッフリン達より頑健さが抜きんでているらしい。 刺しても払っても腐敗の進行速度が遅いし、それを心得ているかのようにクラブがやスペードの残党が攻撃されそうになると庇うように前に出てくる。 しかしなぜだろう。 黒円卓で、様々な悪逆非道に手を染めた狂人たちなど見慣れているはずなのに。 何百人を殺したとか犯したとか聞かされるより、 常識ある人間として、そっちの方が生理的に屑に感じてしまう不思議。 ――いや、違う。 松野おそ松が自分のことをどう罵ろうと、櫻井戒が屑だということに変わりないはずだ。 櫻井戒が己のことを屑だと自称するのは、べつにただの自虐とか被虐趣味だとかでは断じてない。 妹や大切な人を穢さないためならば、自分がどんな汚れ役でも引き受けると、 家族や近しい人達を守り抜くという、誇りも確かに存在する自己認識なのだ。 「だいたいアンタ、俺が弟の為にここにいると思ったか!! 違うもんね!! 俺、嫌々やってるだけだからね!! 実はさっきだって、弟殺せば聖杯が手に入るって思ったら弟殺しかけたからね!! 本当は今だって、こんなんとっとと終わらせてハムカツ食いたいぐらいしか考えてないからね!!」 何度も何度も起き上がる、ハートのシャッフリンたちに焦燥を感じる。 ハートたちが倒れそうになったら武器を持たないダイヤのシャッフリンがそれを支え、敏捷さでわずかに勝るスペードの下位ナンバーたちは攻撃するよりもちょろちょろと駆けまわり、ランサーの視界を遮るようなものを投げつけて攪乱に徹し始めている。 そいつらを掃討するための効率的な攻撃手順を、頭の中で組み立てる。 しかし、声は聞こえている。 そして思う。 「弟妹(きょうだい)は、もっと大切にした方がいいんじゃないかな?」 思っただけでなく、口に出してしまった。 櫻井戒にとって、日常とは眩しく美しいものだ。 弟妹(きょうだい)とは(妹しかいないけれど)、無垢でかわいらしくて仕方がないものだ。 誘拐されたのに忘れ去って呑気に梨を食べるなど考えられない、外道の所業だ。 『日常』を踏み躙るような発言を口にされて、つい『相手の言葉に耳を傾けている』ことを認めてしまった。 「うっ、せー、よ!! やっぱりお前は『屑』じゃねえだろ! 『弟を大切に』とか『長男だから』って言われるのが一番ムカつくんじゃボケェ!!」 彼の『己は真底から腐った屑である』という自己規定に、『この眩しい日常で生きることを選べない人間だから』という憧れもあったことは想像に難くない。 「弟達なんか嫌いだし! 死ねばいいのにって割と本気で思ってるし!! 何かあると比べられるし、どこ言っても指さされるし、 こっちが寂しがってるのに遊んでくれないし、お兄ちゃんだからって優しくしてくれたことなんかほとんど無いし! 家族に見せたくないとかバカじゃねぇの! どうせどんな弟妹(きょうだい)だって、そのうち自然に汚れてくもんなんだよ! 今は可愛い年頃かもしれないけどな! どうせあと十年もしたら溺愛された反動で頭がアホの子とかになって、危ない彼氏とかにガンガン貢いだりして家族の頭が痛くなったりするんだからな!」 「ひ、人の妹を一緒にするな! 僕の妹は誰にも汚させない!!」 つい、ガチの反論になった。 逆に言えば、櫻井戒には、日常こそが地獄だったと主張する人種への耐性が無い。 そして、このK市に松野家ほど、眩しい若者時代だとか、あたたかな日常だとか、美しい兄弟愛に対する幻想を破壊する家庭はない。 一方でおそ松は、信じている。 味方は己とシャッフリンだけであり、兄弟は五人の敵である。 世界はすべからく、五人の敵に比べれば取るに足りない中立であり、 六つ子に産まれてしまった日常とは、常に甘やかな地獄なのだ。 「汚さないとか無理に決まってんだろバーカ! むしろ俺だったら率先して道連れにするね! 誰か1人だけ上に行くとか絶対に許せるか! 行先が地獄でも皆一緒なら怖くねぇだろそっち選ぶわ!! キレイなままでいてほしかったら時間でも止めてみろバーカ!!」 もはや、何を言っているのかを自覚しているかさえ怪しい。 けれど、自分自身と兄弟に対する扱いならば、彼はとてもよく知っていた。 なにせ、彼の自意識はたいそう小さくて扱いやすい。 おそ松にとって、時間とは止まらなくていいものだ。 なぜなら彼は、十年たってもやっぱりバカだから。百年先も、生きていればバカをやっているから。 「ふざけるな! 大切な妹を邪道に引っ張りこむなんて、そんなことができるわけないだろう!」 この『聖杯戦争』の中で、櫻井戒も、大切な妹と同年代のマスターを穢れた行いに巻き込むまいとした。 けれど頼もしい彼女は、隙あらばとランサーを助けようと、自ら戦場に出ようとして、なかなかうまくいかなかった。 そんな思いもあって、ランサーはいっそう強く否定の言葉を吐いた。 大切な存在を、自分と道ずれに地獄に落としても上等だなんて、そんな行いがあってたまるか。 そんな人間がいるとしたら、それこそが真のクz―― 「――っ!」 その考えが、脳裏をよぎりそうになったのと同時だった。 一斉に槍と棍棒を叩きつけられた櫻井戒の身体に、『それらが身体を擦る感覚』と、『切り傷を受けたような痛み』が襲いかかったのだ。 「痛い、だって?」 有り得ない。 大剣を大振りに振りぬいて包囲を振りほどき、見下ろせば。 確かに振り払われたシャッフリンの得物には腐食が起こり始めているものの、その速度はスペードのエースを潰した時に比べれば極めて遅々としており、未だ形が崩れていない。 そして己の身体を見下ろせば、武器を撃ち込まれた箇所には、確かに血が滲みはじめている。 「まさか……」 ダメージが、わずかなりとも通るようになっている。 黒円卓第二位の『創造』が、ただの社会最底辺の一般人の心底からの叫びを聞いただけで、綻びそうになっている。 原因があるとしたら、しかしそのせいでしか有り得ない。 エヴィヒカイトの『創造』とは、『そうではないはずがない』と当たり前のように狂信している自分論理の思い込みに由来する。 『それが当然の摂理なのだ』と当たり前のように完全に信仰していなければ、その鉄壁は途端に乱れて崩れ去る。 本来ならば、ただの一般人が『お前はクズじゃない』と吐いたところで『なんでこいつは水が低い所から高いところに流れるようなことを言っているんだ』としか響かないはずの狂信が、ぐらぐらと揺るがされている。 攻撃が有効になったのを見て、シャッフリンたちの眼に『狙い目だ』という不屈の意思が強く輝き始めた。 円形にランサーを包囲し、残ったわずかな人数でも頼りにしあうように目線を交わし合う。 そう、シャッフリンたちだって、もはや人数が三分の一以下に減り、ほとんどが負傷しているか、地面に倒れてもがいている。 それでも、その動きはむしろ洗練されたものになっていた。 洗練されているというよりも――よく、連携が取れていた。 結果的にランサーを『(狙っての事かは怪しいにせよ)おそ松の言葉が効力を発揮するまで、足止めしきる』という役割を果たせるほどに。 誰かに武器が直撃しそうになれば、誰かが手を引いて回避させる。 まだ少しは戦闘力のあるスペードやクラブが犠牲になりかければ、ハートが盾になって少しでも持たせる。 その原因は、重ねがけした令呪の一つ目にあった。 『命令を待つのではなく、横を見て戦え』と。 元々、シャッフリンとはジョーカーという指揮官があってこその存在だ。 しかし、横の連携が取れないわけではない。 彼等は、複製されたホムンクルスだ。個にして全であり、全にして個である。 とあるシャッフリンの後継機では、それを利用した52体全員による『踊ってみた』動画が作られたほど、動きを合わせることは難しくない。 そのことに『集団で一つの作業をすることに慣れている』人物が気づいて、『それが実現しやすいように』令呪で能力を手助けしてやれば、 ジョーカーの命令を待たない一糸乱れぬ連携など、できないはずがない。 「君たちは弱い……しかし、しぶとくて強い」 次々と増えていく切り傷に舌打ちし、ランサーは思うままにならない己が身体でシャッフリンと相対する焦燥を感じた。 松野家のバカ息子は、1人1人ならただのゴミだ。 二十数年生きてきて、それはおそ松も何度となく身にしみている。 そして、シャッフリン達も1人1人ならそう強くない。 スペードのエースは強かったけれど、あれも『先陣を切る』という斬りこみ隊長として求められる役割のための強さでしかない。 しかし今、おそ松にはシャッフリン達がいる。 シャッフリン達には、おそ松がいる。 自分1人では勝てなくとも、自分『達』ならば勝てるかもしれないと、賭けている。 (不味いな……彼等を見つけてから、一体どれほどの時間が経過した?) 本当なら、とっくに口封じを完了させているはずだった。 己が切り札が解除されかかっているという前代未聞の事態もあり、しかしここで撤退するわけにもいかないとランサーは懸命に打開策をひねり出そうとする。 「……ッェ」 しかし、その好機らしきものは向こうからやって来た。 おそ松が、えずくような呼吸を一つ吐いた。 そして次の瞬間、立て続けにゲホゲホと咳きこみ始めて、身を折ったのだ。 ランサーの視力なら、彼が口から吐き出したものの色は分かる。 赤だ。 吐血した。 ハートの3が気遣うように彼を助け起こし、彼の方もそれに甘えるように身をくの字に折ってぶるぶると震えている。 目にするのは初めてだが、包囲を続けながらも主人の方を心配げに見ているシャッフリン軍団を見て、ランサーもさすがに察した。 魔力切れだ。 当然の帰結だった。 プリンセス・テンペストはおそなくとも身体を改造された人造魔法少女であり、保有する魔力量は一般的な魔術師よりもよほど潤沢にできている。 対して、松野おそ松は、魔術師の素養も何もあったものではないただの屑ニート。 シャッフリンはサーヴァントとしては破格なほどに燃費の良い性能をしているけれど、 しかしそれでも、マスターの魔力を必要としない時は『他のサーヴァントをエネルギー源として使った場合』のみだ。 いくら全員で個だからといって、性能Aランクがごろごろと並ぶスペードのエースを含めた53体のサーヴァントを、一般人1人の魔力で動かしていたことには変わりない。 しかも夕刻からずっと、おそ松を守るためにシャッフリンはほぼフルメンバーで働かされっぱなしだった。 今や普段は魔法の袋の中に待機させているシャッフリンも、戦闘向きではないダイヤやハートの下位ナンバーも含めた、フルメンバーで動かし続けている。 令呪を二回も消費したのは、大判ぶるまいでも何でもなかった。 そうしなければ、本当に魔力が足りなかったのだ。 (そう言えば……) 己が常に浴びている偽槍の苦痛に比べれば、ここで伝播する偽槍の邪気は大海の中の一滴のようなものであり、おそ松と櫻井戒では住む世界が違うと先ほどは諭そうとした。 しかし、その一滴こぼれただけの灼熱でも、ただの一般人にとっては業火の炎に充てられるような苦痛のはずだ。 腐り切ったランサーの身体からは、そばにいるのも耐えがたいほどの腐敗臭がしたはずだ。 なぜ、その邪気に耐えてまでここにいる。 自他共に認めてしまうほどの屑が、なぜその地獄のなかで正気を保って啖呵を切り続けていた。 この男は、決して何の頑張りも責任もなしに、ノーリスクでこの場所に立っているわけじゃない。 むしろ、全力でそれらの上に立っている。 ――誰のために? それを考えた時に、理解できた。 二回目の令呪を唱えた時の唇の動きを、今ならはっきりと読唇できる。 そりゃあ小声で言いたくもなる。 妹が大好きな櫻井戒だって、そんなことを言うとなればつい小声にもなるだろう。 『弟と、そのガールフレンドを、守護れ』 まったく、聖杯戦争で自らのサーヴァントに命じる令呪ではないと、戒でさえそう思う。 理解すれば、決して嘲りではない笑みが口元に浮かぶのは抑えられなかった。 「ずいぶんと無理をする……何故そこまで?」 「しーて言えば……さっき、すげぇ嬉しいことがあったから」 弱々しく笑って、そう言った。 紫のパーカーで口元をぐしぐしと拭い、ハートの3とジョーカーに寄りかかるようにして無理矢理立っている。 なんだ、そうか。 先ほどは弟なんか嫌いだと言ったけれど。 それはそれで、嘘では無かったのかもしれないけれど。 けれど、決してそれが全てでもなかったのだ。 ここで退けばランサーに追われて殺される人間がいて、 彼はその人を殺させないためにここにいる。 君も、同じじゃないか。 僕と正反対のようで、しかし、守りたいものは同じじゃないか。 揺らぎは消えた。 『こんなあり方の人間がいるならば、自分はどうなのだろう』と揺らがされていた迷いが、消えた。 きっと今ならば、創造を復活させて彼等を殲滅できるだろう。 しかし。 「ねえ、もう、良くない?」 互いが互いのことを正しく理解したときに、戦う理由は消滅した。 ここまで全力の全開を出せたのが、すべて特定の人間のためだったのだ。 逆に言えば、そこまでの事情がなければ彼はここまで出来なかったし、 なんだかんだでこの人間が、それ以外の目的でランサーたちの情報を『聖杯戦争を賢く生き延びるやり方』のために使って、それでランサーとそのマスターが窮地に陥るところはなかなか想像できない。 互いに互いの立場を何となく理解したので、『相手もそうなんだな』と了解すれば、まぁお互いが不利になる行動はとりたくないな、という気持ちも生まれつつある。 拳を交わして友情が、なんていうきれいな戦いでは無かったけれど。 「ああ、そうだな。……すまなかった」 ランサーの停戦宣言を聞いて、おそ松はそのままずるずるとアスファルトの駐車場に倒れ伏した。 ハートの3番が、かいがいしくひざまくらの姿勢を取る。 他のシャッフリン達も、盾となる数人のハートを残して霊体化した。 「あー……………疲れた」 「しかしどうしたものかな。僕のマスターの同盟者を探ろうとしてる人物の情報は、結局手に入らないままだ」 「いや、そこはアンタ1人で決めることじゃないでしょ」 マスターにもっと相談してからだ、と暗に言われた。 億劫そうにしながらも、ひざまくらのままでおそ松はゆるゆると突っ込む。 「例えばさ、人間の気持ちをエスパーする猫がいて、それが弟妹と仲良かったりするじゃん?」 「は?」 「人の気持ちが分かっちゃう猫だからさ、色々と暗黒面なことを弟妹に吹きこんだりもしちゃうわけだよ。メンタル追い詰めるかもしれないんだよ。 でもさ、その弟は、猫と仲良くしたがってるわけだよ。……俺はそういう時に、猫を取り上げるのは、気が進まないんだけど」 「……それは、猫自身が善意であるという前提だろう?」 「ここには悪意のある猫しかいないっけ?」 「まぁ……そうでもない、か」 妹と同じ字を名前に持つ少女のことを思い出せば、否定することはできない。 言い負かされたような悔しさに見下ろせば、『してやった』という顔をしているにやけ顔がある。 直後に、またゲホゲホと咽始めたけれど。 男女問わず、こういう陽気なタイプにランサーは弱い。いや変な意味ではなく。 「互いの問題が片付いたら、また会えるといいね」 「そん時は同じ戦いもう一回やれって言われても、できないからね」 そんな言葉を別れのあいさつ代わりに、ランサーは背を向けて帰還を始めた。 彼のマスターの元へと。 そして、残されたマスターは呟くのだ。 「もう、働きたくない……」 ♠ ♥ ♦ ♣ 目覚めた元山のところへと戻ってきたバーサーカーは、明らかに様子が違っていた。 呆然として、ぶつぶつと言葉を呟き、それ以外には反応もない。 「音楽家は、また『アレ』をする……呼ばれた……私のことを呼んだ……」 いつもの動作ではあったかもしれないが、こんなに同じ言葉ばかり繰り返し呟くのは初めてだった。 妄執だけでなく、恐怖めいた感情を感じさせるのも初めてだった。 予選からずっとそばにいれば、分かって来るものだ。 「アレは良くない……とても、良くない……アイツは私を呼んだ……おねぇ……なんて呼んだ?」 ひとまず動かないバーサーカーから脇差を縛られた後ろ手で拝借し、ロープの拘束を外した。 それでもまだ、呟き続けている。 それは、サーヴァントの少女を『音楽家』だと判断して襲い掛かったことに関係しているのではないか。 元山がそう推測するのは、難しくないことだった。 同時に、初めての本格的な罪悪感が彼の胸を刺した。 彼女には、特定の復讐相手がいて、その『音楽家』を探しているのだ。 おそらく、その音楽家とやらの『人を不幸にする音楽』によって、打ちのめされるほど酷い目にあったのだろう。 しかし自分は、『不快な音を撒く者』が相手だったとはいえ、彼女の復讐とは直接的に関係のないNPCやマスター達をして、 『あれが音楽家かもしれない』と適当なことを言って彼女の復讐心を利用していたも同然のことをしていた。 それは己が芸術を完成させるためには正すべきことだったけれど、 バーサーカーにしてみれば、本命の音楽家はどこだろうと焦燥に苛まれる日々だったのかもしれない。 幾ら元山のために召喚されたサーヴァントだからと言って、元山はこれまで、彼女の助けになったことがあるのだろうか。 彼女のために『音楽家』を探してやりたい。 君と話がしたい。 元山は初めて、そう思った。 だから、二画目の令呪であっても、バーサーカーのために、ためらわなかった。 「バーサーカー。『落ち着いて、君の本当の仇について思い出してくれ』」 それは、いわば彼女の狂化を一時的にでも解こうとする命令であり、いくら令呪の魔力をもってしても、彼女の精神汚染の深さを加味すればそう通用しないはずの命令だった。 しかし、彼女の願いは『音楽家に一太刀でも浴びせる』ことだ。 ほんの数十分の短い時間であれど、彼女に『マスターとサーヴァントの意思が合致した命令である』という多大な魔力ブーストをもたらした。 だから、彼女に対して、『落ち着いて』そして『音楽家のことを思い出す』効力をもたらした。 「私は――」 だから彼女は、その瞬間だけ取り戻していた。 『家族想い』の、不破茜を。 聖杯戦争家族計画 おそ松さん
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 結婚式編 「よし…これでいいかな。」 姫子は最後のダンボールをガムテープで止めると、ホッと一息ついた。 ドアがノックされ、千歌音が様子を見に来たようだ。 「姫子、荷造りは済んだかしら?」 「うん、今やっと終わったよ。」 「そう、じゃあお茶にしましょう。喉も渇いたでしょう?」 「うん、すぐ行くね!」 「やっぱり乙羽さんの淹れた紅茶と、手作りのケーキは美味しいね。」 「ええ…」 テーブルには温かい紅茶と、乙羽の手作りのケーキが置かれている。 「ありがとうございます。」 「私、ちゃんと乙羽さんみたいに作れるかなぁ…」 「大丈夫ですよ。レシピもお渡ししましたし…この間はお上手に作られたじゃないですか。」 姫子は数日前から乙羽に美味しい紅茶の入れ方や、ケーキの作り方などを教わっていた。 これから先は姫子が千歌音のために作る。 しっかりと教わっておいたのだが、こんなに美味しいケーキを食べると自信をなくしてしまいそうだ。 「でも、やっぱり乙羽さんの紅茶とケーキは絶品だよね、千歌音ちゃん?」 「………」 「千歌音ちゃん‥?」 「えっ…?」 「どうしたの、大丈夫‥?」 「え、ああ…ごめんなさい。それで、何の話しだったかしら?」 まただ。 千歌音は最近こんなふうにボーッと考え事をして、ずっとうわの空だ。 その理由は、姫子も乙羽も分かっていた。 (やっぱり…気にしてるんだ‥千歌音ちゃん) 「本当に此処を出て行かれるんですか?」 ティーカップを片付けながら、乙羽は姫子に尋ねた。 「はい、いつまでも此処でお世話になるわけにはいかないし…自分達の力で生きていこうって決めたんです。」 「そうですか…」 「でも、千歌音ちゃん…やっぱりまだ気にしていると思うんです。この間の事…」 数日前…。 千歌音は両親に電話で知らせたのだ。 姫子と結婚する事を…。 やはり分かってはいたが、大反対されてしまった。 千歌音の説得で母親は分かってくれたのだが、 父親は許してくれなかった。 どうしても結婚したいなら姫宮家を出るように言われた。 もちろん、お屋敷からは最初から出るつもりだったが、父を慕い尊敬する千歌音はショックを受けたようだ。 千歌音は自分の窓から庭を覗いた。 たくさんの思い出が詰まっているこの家を、明日の結婚式が終われば離れる。 「もう最後なのね…ここで過ごすのも‥」 結婚式当日‥。 その日は晴天で、まるで2人の結婚を祝ってくれているかのような青空だった。 「本日はおめでとうございます、どうぞこちらへ。」 すでに先に来ていた、姫宮家のメイド達に控え室に通される。 「なんだか緊張しちゃうな…」 姫子は小さな声で呟いた。 「大丈夫よ、私達と乙羽さんと神父の方だけなのだから。」 「うん…でも本格的なんだもん。ドキドキするよ‥」 千歌音は結婚式をあげるために、天火明村にある唯一の教会を選んで貸し切りにしてもらった。 今日はそこで式をあげる。 「乙羽さん、遅いね。間に合うのかな?」 姫子はたった一人の出席者である乙羽を心配していた。 今日の朝、乙羽は出発する直前に用事があるので遅れて行くと言い出した。 必ず行くと言っていたはずなのに、まだ来ていない。 「もうそろそろお時間です。お着替えの方を‥」 しばらく待っていたがメイド達に促され、仕方なく頷いた。 「確かに遅いわね…式ももうすぐだし。とりあえず着替えだけでも済ましておきましょうか?」 「うん…」 2人がウエディングドレスに着替えようと、立ち上がったその時だった。 「お待ちくださいっ!」 控え室の扉が勢いよく開かれ、大きなふたつの箱を抱えた乙羽が息を切らせて入ってきた。 「乙羽さん‥!ど、どうしたんですか?」 「はぁ‥はぁ‥なんとか間に合ったようですね。」 「いったいどうしたと言うの、何かあったの?」 心配そうに乙羽の側に駆け寄る2人。 「着替えるのは、まだお待ち下さい。」 「どうゆうこと?」 「これを…」 乙羽は2人にそれぞれ大きなふたつの箱を差し出した。 「これは‥?」 「それは‥御自分の目でお確かめ下さい。」 「うわぁ‥綺麗なドレス!」 姫子から先に開けると、そこには新しい純白のウエディングドレスが入っていた。 「これ…どうしたの?ドレスなら用意していたのに…」 千歌音は乙羽に尋ねた。 ドレスならもう用意していたのに、なぜもう一着必要なのか? 見たところかなり高価なドレスのようだった。 「それは来栖川さまに‥奥様からの贈り物でございます。」 「お母様から‥!」 「千歌音ちゃんのお母さんから‥私に?」 「はい…お嬢様も御自分のをご覧になってみて下さい。」 千歌音は自分の目の前にある、もうひとつの箱を開けるとそこには… 「これは…?」 そこには、一着のウェディングドレスとカードが一枚入っていた。 「素敵なドレス‥」 姫子はそのドレスに見とれていた。 純白の生地に美しいレースがあしらっていて上品なドレスだ。 「このドレス…どこかで‥」 千歌音はどこかで見たのか、そのドレスに見覚えがあった。 「それは‥奥様が旦那様とご結婚された時に着たドレスです。」 乙羽の言葉に、千歌音は思い出した。 昔一度だけ、母が着ていた写真を見せてもらった事がある。 「そうだわ…お母様が着ていたあの…でも、どうして‥?」 千歌音がドレスを箱から出すと、一枚のカードが目に入った。 「これ‥お父様の‥!」 そのカードを見た途端、千歌音の瞳からポロポロと涙が溢れた。 「千歌音ちゃん‥?」 姫子は心配そうに千歌音を見つめる。 「この字‥間違いないわ、お父様のよ。」 そのカードにはこう書かれていた‥。 “ 愛する娘へ、結婚おめでとう。“ 「昨日連絡を受けまして多忙な為、式には出席できないがこれをお二人にお渡しするようにと‥」 「それじゃあ…」 「たまにはお二人でお屋敷に顔を出すようにと…旦那様からの伝言にごさいます。」 その言葉を聞いて、千歌音の涙がさらにこぼれた。 「よかったね、千歌音ちゃん‥!」 「ええ‥」 (ありがとう‥お父様、お母様‥) 千歌音は心の中で両親に感謝しながら、カードとドレスを抱きしめた。 「よく似合っておられますよ、お嬢様。」 長い黒髪を整えながら、乙羽は鏡に映った千歌音に微笑みかけると千歌音も微笑んだ。 「乙羽さん、本当にありがとう。」 「そんな‥有り難いお言葉、私には‥」 「お父様を…説得してくれたのでしょう?」 「……!」 「このドレスと姫子のドレスを用意するために、今日遅れたのね。」 千歌音にはなぜだか全て分かった。 あんなに頑なに反対していた父が、なぜ許してくれたのか。 それは母ではなく、乙羽だとゆう事を。 「私は…何も…」 「いつだって、貴女は私を支えてくれたわね。それなのに…ごめんなさいね、何もしてあげられなくて。」 「そんな‥!私はお嬢様が幸せなら、私も幸せです。」 「本当に‥ありがとう。ずっと側にいてくれて‥」 「お嬢様…さあ、来栖川さまがお待ちですよ。」 「そうね…」 乙羽は、自分の涙を拭って鏡の中の千歌音にもう一度微笑んだ。 ステンドグラスから、美しい光が差した教会の扉が開く。 そこには美しい2人の新婦。 その2人の新婦は腕を組みバージンロードを、神父の下まで歩いていく。 その姿を乙羽は涙を浮かべ、見守っていた。 「来栖川姫子。病める時も健やかなる時も、汝はこの者を愛し、敬い、死が二人を分かつまで愛し、共に歩むことをここに誓いますか?」 「はい、誓います。」 「姫宮千歌音。病める時も健やかなる時も、汝はこの者を愛し、敬い、死が二人を分かつまで共に歩むことを誓いますか?」 「はい、誓います。」 誓いの言葉を交わし、2人は指輪をそれぞれ薬指にはめた。 「それでは、誓いのキスを‥」 互いのベールを上げ、キスを交わす姫子と千歌音。 大きな教会の鐘が響き渡る。 2人の新婦の新しい人生を祝うように‥。 「はい、乙羽さん。」 教会の入口で姫子が乙羽にブーケを手渡した。 「わ、私くしにですか?」 「乙羽さんには幸せになってもらわないと。ね、千歌音ちゃん。」 「ええ。」 「…私はもうすでに幸せです。お嬢様の結婚式をこの目で見れたのですから。でも…せっかくですから。」 乙羽はブーケを抱えて、青空の下で幸せそうに微笑んだ。 「千歌音ちゃん、お屋敷に戻らないの?」 式も無事に終わり、車は姫宮邸とは反対方向へ向かう。 「姫子に見せたい物があるの。」 そう言って千歌音は微笑んだ。 車はある場所で止まった。 そこには小さくも大きくもない、ちょっとした会場のような建物が立っている。 「ここは‥?」 「さあ、行きましょう」 手を差し伸べて、千歌音は姫子をエスコートした。 扉を開けて進むと、中は真っ暗で何も見えない。 「千歌音ちゃん、何も見えな‥」 その時‥。 真っ暗だった室内に突然明かりがついた。 そして‥。 「きゃっ‥!」 パーンとゆう大きな音が響いた。 「な、何‥!?」 姫子が目を細めて辺りを見回すと、そこには数人の見知った顔があった。 「結婚、おめでとう!!」 いっせいにかけらたお祝いの言葉。 それを理解した姫子の視界が涙で歪んだ。 「みんな…どうして…」 姫子の前には、真琴、イズミ達や、ソウマ、カズキ、ユキヒトらが集まっていた。 「この親友の真琴さまが、姫子の結婚式を知らない訳がないでしょ!」 皆の前でそう言うと、真琴は姫子の隣までやって来て本当の事をこっそりと囁いた。 「なんてね‥本当は宮様に呼ばれたんだ。」 「千歌音ちゃんに‥?」 姫子が千歌音を見ると、にっこりと微笑んでくれた。 (千歌音ちゃん…私のために…) 「あの、宮様…ご結婚おめでとうございます。」 イズミ達が千歌音に駆け寄り、花束を渡す。 「どうもありがとう、とても綺麗ね。」 千歌音に微笑みかけられたイズミは、顔を赤らめていた。 その様子を姫子と真琴が見ていると、イズミがこちらに顔を向けた。 「…はい。」 「あ、あの…」 突然姫子の前にやって来て、無愛想に花束を渡すイズミ。 「べ、別にあなたのために来た訳じゃありませんわよ。宮様のために来たんだから…」 背けた横顔は少し照れくさそうに見えた。 「ありがとう…イズミさん…」 「まったく、素直じゃないんだからイズミは。」 真琴がイズミをからかうように、にやけた顔でそう言った。 「なっ…大体、早乙女さん!あなたがどうしても来てくれって言うから、来て差し上げたのよ!」 「はい、はい、そうゆう事にしておきます。」 「早乙女さんっ!あなたねぇ…」 その様子を見ていた人々は、微笑ましい笑顔を浮かべている。 「来栖川、おめでとう。」 「大神君‥ありがとう、来てくれて。」 「よかったな、大切な人に会えて‥」 「うん…」 ソウマも微笑んでいる。 姫子は心の底から幸せだった。 「気持ちいいわね、風が。」 パーティー会場の庭で姫子と千歌音は夜風にあたっていた。 「うん…」 「そういえば、もうひとつのブーケはどうしたの?」 たしかもうブーケがもうひとつあったはずだ。 「あれ、マコちゃんにあげたの。」 自分の一番の親友に、幸せを願って。 「そう‥」 「千歌音ちゃん…今日は本当にありがとう。」 「私は…何もしていないわ。」 「そんなことない!こんなに幸せな時間をもらって…本当なら私が千歌音ちゃんを幸せにしなきゃいけないのに…」 「もう十分幸せよ、姫子が笑顔を見せてくれるから…」 「千歌音ちゃん…」 夜空の下で寄り添う2人を月が優しく照らし祝福してくれていた。
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 プロポーズ編 天火明にある大きな姫宮邸のお屋敷。 今夜は姫宮家の令嬢の誕生日を祝う盛大なパーティーに、大勢の人々が集まっていた。 「おめでとうございます、千歌音お嬢様。」 「ありがとうございます。」 千歌音は姫宮家の親族、姫宮グループの関係者、有名な政治家、様々な人達に囲まれてお祝いの言葉をかけられている。 「あ~あ、あれじゃぁ近づけないな…せっかく宮様に会えると思ったのに。」 真琴はシャンパンを飲みながら、ため息混じりに呟いた。 「仕方ないよ、千歌音ちゃん忙しいから。」 姫子は真琴をなだめる。 「姫子はいいよなぁ…あんな人が恋人なんて。みんなが知ったらどれだけ驚くか…とくにイズミとか?」 「こ、声が大きいよ、マコちゃん!」 姫子は周りに聞かれていないか辺りを見回した。2人が恋人同士なのは、乙羽、真琴、などの身近な人にしか知らせていない。 その時だった。 「宮様~!」 聞き覚えのある声の方を見ると、数人の女性達が千歌音の下に駆け寄っていく。 「あ…噂をすれば…イズミ達の奴、変わらないね。相変わらずだ…」 千歌音の周りには、あの取り巻きだったイズミ達がいた。 「なんか懐かしいね。高校生の頃を思い出すよね。」 高校を卒業して数年、大学も去年卒業した。 もう立派な社会人だ。 皆それぞれの道を歩んでいる。 姫子は大勢の人々の中で、ひときわ輝く千歌音を見つめる。 今日姫子は、ある決意をしていた。 「どうした、姫子?あ、宮様に見とれてたんだろ。」 「ち、違うよ。マコちゃん酔ってるじゃないの?の、飲み過ぎだよっ。」 「いいの、いいの。今日はパーティーなんだからさ。あ、あれ美味しそう!」 真琴は次々と運ばれて来る豪華な料理の下へ、行ってしまった。 「もう…」 姫子は再び千歌音に視線を戻すと、千歌音がこちらを向いた。 千歌音は遠くから、姫子に微笑みかける。 姫子も微笑み返し、周りに気づかれないように千歌音に手を振った。 (今日こそ、ちゃんと…) 「誕生日おめでとう、千歌音ちゃん。」 「ありがとう、姫子も誕生日おめでとう。」 2人はシャンパンの入ったグラスで乾杯した。 パーティーも終わって、やっと2人だけで過ごすバースディパーティーの時間。 姫子の目の前には、先ほどのパーティーの主役である美しい千歌音がいる。 「ごめんなさい、さっきはあまり話しも出来なかったわね。」 「ううん、みんな千歌音ちゃんのお祝いに来てるんだから気にしないで。」 「そう言えば、早乙女さんはもう帰ってしまったの?」 「うん、ちょっと酔ってたしね。イズミさんの車に一緒に乗って帰ったよ。」 「イズミさんと?珍しいわね、あの2人が…」 あの後、酔っ払っていた真琴を心配したイズミに車に乗せて送ってもらっていたが…大丈夫だろうか? 「マコちゃんとイズミさん、実はああ見えて仲いいんだよ。」 「そうなの…挨拶もろくに出来なくて申し訳なかったわね。」 その頃…。 「う~ん…あれ、ここどこ?」 「ここどこ?じゃないですわよ、まったく!」 目を覚ました真琴が周りを見ると、そこは車の中だった。 前を見ると中年の運転手が車を運転している。 そして隣に目をやると…。 「え、あれ…なんでイズミがいるの?あたし宮様のパーティーに居たのに…」 「あなたねぇ、酔っ払ってた事全然覚えてらっしゃらないの!?」 「あ…そう言えば…」 「あ、じゃないですわよ!いい迷惑ですわ!」 「ごめん、ごめん。そう怒んないでよ。」 真琴はイズミに手を合わせて謝った。 「ま、まぁ…見ず知らずの人ではないし…今回だけ送って差し上げますわ。」 イズミはプイッと窓の方へ顔を背けた。 どうやら本気で怒っているようではないらしい。 「さっすが、イズミ!やっぱ持つべき物は友達よね。」 「はぁ…調子のいいかたですわね、まったく…」 真琴の様子に呆れながらも、どこかまんざらでもなさそうにイズミは苦笑いした。 (どうしよう…) 姫子はいつ切り出そうかと、タイミングを見計らっていた。 (今日は絶対言うって決めてたんだから…) 姫子はあらためて決意を固めると、シャンパンを一気に飲みほした。 「姫子、大丈夫?」 その様子を見て心配した千歌音が声をかける。 「え、な、何が?」 「姫子、少し飲み過ぎよ。」 シャンパンのボトルを見ると、もう半分も無くなっていた。 姫子は先ほどから自分で気づかないほど、シャンパンをあおるように飲んでいる。 まるで、酒の力でも借りるように。 「ほら、顔も赤いし…もう休む?」 「だ、大丈夫だよ。千歌音ちゃんっ…!」 「そう?それなら、いいけれど…」 (危なかった…せっかくのチャンスなんだから、しっかりしないと…) 「そういえば、はいこれ。姫子に。」 千歌音は突然姫子に少し大きめの箱を手渡した。 「え…私に?開けても…いい?」 「ええ、もちろん。」 包装紙を取って箱を開けると、そこには新品のカメラと一冊のアルバムが入っていた。 「あ、このカメラ…」 それはずっと姫子が欲しがっていたカメラだった。 かなり高価で、お金を貯めれば買えない事もない品物なのだが、姫子には手を出せない理由があった。 「千歌音ちゃん、こんな高価なの…私…」 もちろん千歌音がくれた物なのだから、嬉しいに決まっている。 姫子は少しばかり戸惑っていた。 「いいのよ、私の気持ちだから。それにね、姫子にはたくさん思い出の写真を撮って欲しいの。」 「千歌音ちゃん…」 「私からの誕生日プレゼント、受け取ってくれる?」 「うんっ…ありがとう千歌音ちゃん。私たくさん写真撮って、このアルバムにたくさん思い出残すね!」 姫子の嬉しそうな笑顔に、千歌音の頬が緩んだ。 その千歌音の表情を見ていた姫子は、決心を固めた。 「あのね…私からも千歌音ちゃんに渡したい物があるの。」 「私に‥何かしら?」 「千歌音ちゃんは‥今幸せ?」 「え…?ええ‥そうね、毎日忙しいけれど幸せよ。だって姫子がこうして側にいてくれるから。」 千歌音は少し頬を染めて柔らかく微笑む。 その顔からは、幸せが滲み出ていた。 もっと千歌音の幸せな顔が見たい。 そしてずっと思っていた事を、姫子はようやく口に出した。 「千歌音ちゃん…私と結婚してくれる?」 「え…?」 千歌音は最初キョトンとした顔で姫子を見つめていたが、姫子の真剣な眼差しに動揺を隠しきれなくなった。 「いま…なんて‥?」 「私と結婚して欲しいの、千歌音ちゃん。」 「……!」 姫子のその言葉を聞いた途端に、千歌音の顔が真っ赤になって俯いてしまった。 「ご、ごめんね。いきなりだったからびっくりしたよね…」 「……」 「あのね、分かってるよ。千歌音ちゃんの言いたい事‥」 女同士で結婚なんて無理な事も、もちろん承知している。 ましてや千歌音は姫宮家の一人娘で後継者だ。 そんな事を知られたら、世間からどんな目で見られるかも姫子は分かっていた。 「でもね、私これから先もずっと千歌音ちゃんの隣にいたい。千歌音ちゃんの支えになりたい。千歌音ちゃん、さっき言ってくれたよね?私が側にいるから幸せだって。」 「ええ…」 「私も‥千歌音ちゃんとこうして一緒にいられる事が一番の幸せだよ。」 「姫子…」 姫子は平気だった。 たとえ世間からどんな目で見られようとも、千歌音に誓ったあの時のように、恥ずかしがらず誰の前だって言える。 千歌音の事を愛していると。 「千歌音ちゃんの幸せな笑顔を、ずっと隣で見ていたいの。」 姫子は真っすぐに千歌音を見つめた。 「千歌音ちゃん…」 その眼差しと言葉にうろたえる千歌音だったが…。 「私も…」 「えっ?」 「私も…っ…!私も…姫子の隣で、姫子の幸せな笑顔が見たい…」 千歌音は真っ赤になった顔を、ようやく上げて口を開いてくれた。 「千歌音ちゃん…それって…?」 「私も…姫子と結婚したい…んっ!?」 姫子はあまりにも可愛らしい千歌音に、そしてその応えを待ちきれなくて唇を重ねていた。 「ひめ…こ‥」 「いいの…?千歌音ちゃん、私と…本当に…」 唇を離してもう一度確認すると、千歌音はこくりと頷いてくれた。 姫子は嬉しそうに微笑んで、千歌音に優しく呟く。 「愛してるよ、千歌音ちゃん…」 2人の顔が再び近づいた…。 「結婚式…しましょうか?2人で。」 ベッドで愛し合った後、千歌音がふとそんな事を言い出した。 「結婚式?」 「ええ…2人だけの結婚式。別にね、誰かに祝ってもらわなくてもいいの。それに…」 「それに?」 「私、姫子のウェディングドレス姿が見たいの。」 そう言って千歌音はふふっと笑った。 「え、わ、私の?千歌音ちゃんの方が似合うよ、きっと。」 「じゃあ2人で着ましょうか?」 ベッドの中でキュッと手を繋いで、2人は寄り添った。 「そしたら私、いっぱい写真とるね。あ、千歌音ちゃんから貰ったアルバム、すぐいっぱいになっちゃうかも。」 「そうしたら、また私がプレゼントするわ。」 「うん‥!」 「でも…まさか姫子からプロポーズされるなんて、思わなかったわ…」 「本当はもっと早く言うつもりだったんだよ、ただ…いつ言い出そうか、ずっと迷ってたの。」 姫子は少し照れくさそうに、額をくつっける。 「そう‥でも、嬉しかったわ。姫子にそんな事言って貰えて…」 最愛の人とまた出逢え、側にいられるだけでただ幸せなのに。 千歌音は自分が世界で一番幸せなのではないかと思った。 「そうだ、千歌音ちゃん。私、渡したい物が…」 姫子は千歌音に、プレゼントをまだ渡していない事に気づいた。 「…‥千歌音ちゃん?」 聞こえるのはすうすうと穏やかで静かな寝息。 仕方ない。 あれだけ盛大なパーティーだったのだから、きっと疲れたのだろう。 千歌音は幸せそうな顔で眠っていた。 「あ、そうだ…!」 姫子は何かを思いついて、千歌音を起こさないように静かにベッドから出た。 そして…。 (千歌音ちゃん、喜んでくれるかな?) 姫子は微笑んで、ベッドの中に再び入り眠りにつく。 幸せそうに2人はまるで、二枚貝のようにぴったりと寄り添う。 そして…姫子の隣で眠る最愛の人の薬指には、小さなダイアモンドをあしらった指輪がキラキラと光っていた。 エロなくてすいません。 結婚式、書いた方がいいですかね? あんまり上手く書ける自信がないんですが…。
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京太郎「……暑い!」 宥「そうかなぁ? あったかいよ?」 京太郎「もうすぐ九月で気温も下がってくるかもしれないけどな? 今はまだ八月なんだよ!」 宥「?」 京太郎「不思議そうな顔するな! あーもう、ストーブ切るぞ」ピッ 宥「あ、待って!」 京太郎「んでもって窓開ける! 熱がこもって空気が澱んでるからな」ガラッ 宥「うぅ……風が冷たいぃ」プルプル 京太郎「普通それは涼しいって言うんだ」 宥「京太郎くん、ひどい……」 京太郎「ひどくて結構。光熱費だってかさむんだからな」 宥「むぅ……えいっ」ムギュッ 京太郎「なんだ、抗議は受け付けないぞ?」 宥「抗議じゃなくて、交換条件はダメ?」 京太郎「まぁ、ものによる」 宥「寒いから、京太郎くんがあたためて?」 京太郎「俺は暑いんだけど……」 宥「私は寒いんだもん。もっと、体の奥からあったかくなりたいな」チラッ 京太郎「えーっと、そういうのはもうちょっと暗くなってからの方が良くないか?」 宥「だって京太郎くん、最近はクロちゃんとばっかりなんだもん」ムスッ 京太郎「あー、それな」 京太郎(夏場だと脱水症状の危険があるんだよな……こいつとするとなおさら) 京太郎「やっぱ夜じゃダメか?」 宥「私は今がいいなぁ」 京太郎「……わかった。誕生日だしな」 宥「ふふ、一緒にあったかくなろうね」 宥「んっ……お腹の中、あったかぁい」トロン 京太郎「ふぅ……大丈夫か?」 宥「うん。でも、汗かいちゃったから後で一緒にお風呂入ろうね」 京太郎「そのパターンだとまたあったかくなっちゃいそうだな……」 宥「あ、それいいね」 京太郎「さすがに自重しようぜ。もうすぐ晩飯だし」 京太郎「……今日はその、大丈夫なのか?」 宥「うーん、危ない日ではなかったと思うけど」 京太郎「ならいいけど。……そんなにゴム嫌か?」 宥「だってあったかくないんだもん」 京太郎「こっちもなるべく気をつけてるけど、最後にホールドしてくるのはまずいと思うんだよ」 宥「でも、私は京太郎くんとの子供、ほしいな」 宥「子供を早く産めたら、それだけ一緒にいられる時間も増えるのかなって」 宥「お母さんには……京太郎くんを紹介することもできなかったし」 京太郎「宥……」 宥「ごめんね、わがまま言っちゃった」 京太郎「後、二年か三年だけ待ってくれ。せめて学校出るまではさ」 宥「うん……一緒にあったかくなろうね、クロちゃんと京太郎くんと、みんなで」 宥「あ、子供は何人がいい?」 京太郎「……一姫二太郎?」 宥「私は……サッカーができるくらいかなぁ?」 京太郎「さ、最低でも七人……」 宥「みんなでおしくらまんじゅうしたらあったかそうだよねぇ」ホクホク 続きません
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 新たな命編 「あの…いま何とおっしゃったのですか?」 「おめでたですよ、おめでとうございます。」 「おめでた…って、妊娠とゆうことですか…?」 「はい、これからは定期的に来てください。それから…」 突きつけられた現実に、千歌音は戸惑いを隠せなかった。 医師の話も耳に入っていないようだ。 (あれは…やはり夢ではなかったの…) 千歌音の頭の中にある出来事がよみがえった。 事の発端は数週間前にさかのぼる。 「ここは…どうしてまたここに…?」 千歌音は眠りから覚め、横たわっていた身体を起こし辺りを見渡すと、そこは千歌音と姫子が前世で最後に過ごしたあの場所だった。 美しく幻想的だが、誰一人も居ないその花畑は千歌音に寂しさと不安を与えた。 「これは…夢なの…?」 これは夢なのだろうか? それとも月の社から解放され、生まれ変わって姫子と過ごしたあの日々の方が夢なのだろうか。 千歌音はどちらが現実で夢なのか分からなくなっていた。 その時だった。 どこからともなく声が聞こえてくる。 (…月の巫女よ…) 「…!」 突然、聞こえてきた声に千歌音は驚いて、俯いていた顔を上げた。 「その声は…アメノムラクモ…」 聞き覚えのあるその声は、千歌音と姫子に残酷な運命を与えた神、アメノムラクモだった。 「私は、どうしてここにいるのですか?生まれ変わり転生したはず…まさか!?」 千歌音はハッとした。 最悪の出来事が頭をよぎる。 「またオロチが…復活したのですか!?」 (心を静めなさい…月の巫女、貴女をここに呼んだのは私です…) 声を荒げる千歌音をなだめるように、アメノムラクモは静かに話し始めた。 「なぜ…私を…?」 (貴女をここに呼んだのは、貴女の決意を確かめる為…そして…) 「決意…?」 (貴女が前世で月の社に封印される時、我が問いかけた言葉を覚えているか‥?) それは社へ封印される時、アメノムラクモが千歌音に問いかけた選択の事だろうか。 輪廻転生から外れ、無の安らぎに身を委ねる事も出来るのだと‥。 だが、その選択を千歌音は選ばなかった。 たとえどんなに残酷で辛い運命が待ち受けていても、愛するたったひとりの運命の人と巡り会うため、千歌音はその宿命を受け入れた。 (転生したいまでも、その決意が揺らぐ事はないか…) 「何度聞かれても、私の気持ちが変わる事はありません。」 千歌音が発したのその言葉には、強い決意が満ち溢れていた。 (そうか…ならば、もう聞く事はない…) 「アメノムラクモ…ただそれだけの為に、私をここに呼んだのですか?」 千歌音にはただそれを確かめる為だけに、ここに呼ばれたとはとうてい思えなかった。 (確かに、貴女を呼んだのはそれだけではない…貴女にある力を授ける為…ここに呼んだのだ…) 「力…?」 (この力は、我ら神のみぞ与えられる新たな命を造りだす力…貴女の決意が変わらない物ならば、与えようと…決めていた…) 「命…いったい何の話しです!力とは何なのですか…!?」 (月の巫女‥よ、新た‥に生まれ‥てくる命…を大切に…するが‥よい…) アメノムラクモの声は段々と空の向こうへと遠ざかるように、小さくなっていく。 「お待ちください!まだ、聞きたい事が…っ!」千歌音が立ち上がり、空に声を投げかけた瞬間、強い風が吹きあげた。 たくさんの黄色い花びらが、空へと舞い上がる。 「いったい何なの、力とは…アメノムラクモは私に何を伝えたかったの…」 千歌音の心は、アメノムラクモの言葉によって不安でかき立てられていた。 「姫子…私…どうしたら…」 千歌音は孤独と不安からか、不意に愛する人の名前を口にした。 『…か‥ね‥ちゃん…』 「…!」 幻聴だろうか? 微かに姫子の声が聞こえたような気がした。 「まさか…姫子がここにいるはずなんて…」 呼ばれたのは自分だけだ。 姫子がここにいるはずがない、そう自分に言い聞かせ自分の耳を疑った、だが…。 『ちかね…ちゃん‥』 「……!いまのは…姫子?」 その声はこちらに近づいてくるように、徐々にはっきりと聞こえてきた。 「姫子…どこ!どこにいるの…!?」 千歌音は辺りを見回し、ふと後ろを振り返えると遠くの方で巫女服を着た女性が立っているのが見えた。 「姫子?姫子なの…!?」 千歌音は急いで駆け出した。 段々と見えてくるその女性は、ゆっくりと両手を広げ千歌音を優しく受け入れるように微笑んでいる。 『ちかねちゃん…』 その胸の中に飛び込んだ瞬間、千歌音は温かなお日様のような安らぎに身を包まれていた。 「ちか…ねちゃん…」 「ん…‥」 「千歌音ちゃんっ…」 千歌音が瞳を開けると、目の前には姫子が心配そうに千歌音を覗き込んでいた。 「姫子…?」 「大丈夫?千歌音ちゃん、ずっとうなされてたから‥」 「……!」 千歌音はハッとして、勢いよく飛び起きた。 「ど、どうしたの、千歌音ちゃん…きゃっ!?」 「姫子‥よかった、夢ではないのね‥」 突然千歌音に抱きしめられた姫子は、頬を染めながら驚いていた。 結婚してから、こうして朝食を2人っきりで食べるのは何回目だろうか? テーブルの前には、トーストやサラダ、目玉焼きなどのシンプルな朝食が並べられている。 ただいつもとは違って、今日は2人の間に会話が飛び交わない。 いつもは何気ない食器の音やカップを置く音が、やけに響いて聞こえる。 それがなおさら2人を沈黙にさせた。 (…何て言ったらいいのかしら…) 千歌音はコーヒーに口をつけながら、今朝の夢の事を姫子にどう言い出そうか迷っていた。 姫子に余計な心配はさせたくはない。 あれがただの夢ならそれでいいのだが、姫子にはもう隠し事はしないと約束している。 (やっぱり…姫子に…) 千歌音はコーヒーカップを置いて、意を決した。 「姫子あのね…」 「千歌音ちゃんあのね…」 千歌音が決心して出した声は、姫子が出した声と同時に重なった。 「…えっ?」 「あ…な、何…千歌音ちゃん?」 「い、いいえ、姫子から…」 2人はしばらく互いに譲り合っていたが、千歌音の方が先に折れようやく話しを切り出した。 「あのね今朝…私、夢を見たの。」 「夢って…じゃあ、今朝うなされてたのは…」 「私ね…夢の中でアメノムラクモに会ったの…」 「……!」 「夢の中でアメノムラクモが言っていたわ。私の決意を確かめる為に呼んだと…そして…」 「もしかして…力がどうとかって…?」 「えっ…!?」 姫子は俯いて、コーヒーカップに中に映る自分の顔を見つめた。 「やっぱり…千歌音ちゃんも、あの夢を見たんだね…」 「私もって…もしかして、姫子も見たの?あの夢を‥」 「うん、夢の中で私に言ってた。力を与えに来たって‥」 再び2人の間に沈黙が流れた。 姫子は俯いたまま顔を上げようとはしない。 「千歌音ちゃん‥また私達、巫女として目覚めるのかな‥?」 「姫子‥」 見ると姫子の声と手が微かに震えていた。 「またあんな思いしなきゃいけないのかな‥」 姫子が弱々しく、顔を上げるとその瞳から今にも涙が零れ落ちそうだった。 千歌音は席を立ち、姫子の隣へ座った。 「姫子、きっと大丈夫よ。アメノムラクモはオロチが復活するとは、言わなかったわ。」 千歌音は震える姫子の手を包み込む。 「でも…もしも、またオロチが復活したら…千歌音ちゃんとまた離ればなれになるなんて嫌だよっ…!」 姫子の頬に大粒の涙がつたった。 「姫子…」 「千歌音ちゃんっ…」 千歌音の胸に飛び込んでくる姫子を抱きしめながら、内心は穏やかではいられなかった。 オロチ復活はいつ起こるか、自分達にも分からない。 またあの辛い運命がいつ待ち受けているか予測なんて出来ないのだから。 「姫子、私はね‥たとえどんな運命が待ち受けていても平気よ。」 千歌音は姫子の頭を撫でながら、優しい眼差しを姫子に向ける。 「千歌音ちゃん‥?」 「だって姫子が教えてくれたじゃない。どんな永遠にだって神様にだって負けない。2人の気持ちは繋がっているって‥」 あの別れの時、姫子が千歌音に言ってくれた言葉。 あの言葉があるから、千歌音はいつだって強くなれた。 たとえどんな残酷な運命が待ち受けていても、いまの2人なら乗り越えられる、千歌音はそう信じられる。 「だから心配しないで。たとえ何があっても姫子は私が守るわ。」 「だ、駄目だよっ、今度こそ私が千歌音ちゃんを守るんだからっ…」 泣いていたはずの姫子は、千歌音の言葉を聞いたとたんに強い口調で言い返した。 「ふふっ…ほら、もう泣き止んだ。」 「えっ…?あ…」 千歌音の言った通り、先ほどまで流れていた姫子の涙は嘘のように止まっていた。 千歌音を守りたい、その想いだけで姫子はこんなに強くなれる。 互いに想い合う2人ならどんな運命も恐くない。 そんな気持ちにさせた。 「千歌音ちゃんごめんね‥千歌音ちゃんだって不安なのに私ばっかり泣いて‥」 「そんな事ないわ、姫子がこうして側にいるだけで、私は安心できるもの‥」 2人は互いに見つめ合い、微笑み合った。 「でも…アメノムラクモが言ってた力って、何の事なのかな?」 「さぁ…新たな命がどうとか言っていたけれど…」 「……!?」 「ど、どうしたの姫子?」 姫子は何かに気づいたように、千歌音の腕から離れた。 「ね、ねぇ…千歌音ちゃん‥まさかと思うけど…」 「何?」 「あ、あの…あのね…」 姫子はなぜか、頬を赤らめて口ごもっている。 「姫子?」 「あ‥その…でも、違ってるかも…しれないし…」 「それでも構わないから、話してみて‥ね。」 「う、うん…」 千歌音に優しく促され、姫子はコクリと頷いた。 「その…アメノムラクモが、新たな命を造り出す力を与えるって言ってたの‥後、その命を大切にしなさいって…」 「ええ、確かに私にもそう言っていたけれど…」 「……それって‥あ、赤ちゃんのことじゃないのかな…」 「……え?」 「ご、ごめんねっ!も、もしかしたら違うかもしれないし…」 姫子は顔を真っ赤にして、慌てふためいている。 その様子を見て、姫子の言葉を理解した千歌音は顔を真っ赤にした。 「あ…」 「ごめんね‥変な事言って‥」 「そんな事…ないけれど…」 2人の間に気恥ずかしい空気が流れる。 確かにアメノムラクモは、新たな命を造り出す力と言っていた。 神だけが与えられる力、だとすると姫子の言っている事も、あながち外れていない気もする。 普通の人なら、ただの夢だと片づけてしまうだろうが、姫子と千歌音は巫女だ。 いまは巫女の力を失っているものの、神に仕えていた唯一の存在。 2人にはただの夢だと思えなかった。 たとえ、もしそれが本当だとしたら、なぜアメノムラクモは私達にそんな力を与えるのだろうか? 「千歌音ちゃん…いま言った事忘れて。きっと私の勘違いだと思うから…」 姫子は俯いて、恥ずかしそうにそう呟いた。 寝室の明かりも消して、ほんの少し眠りかけていた千歌音の耳に姫子の小さな声が聞こえる。 「千歌音ちゃん…もう寝ちゃった?」 「いいえ…どうしたの、眠れない?」 千歌音は、隣のベッドに寝ていた姫子の方へ振り向く。 「…うん。」 「よかったら、一緒に寝る?」 「いいの…?」 「どうぞ。」 ベッドから出てきた姫子は、自分の枕を抱え千歌音のベッドに潜り込んだ。 「あったかい…」 千歌音の温もりに安心したのか、穏やかな表情を見せた。 「千歌音ちゃん…」 「なぁに?」 「忘れてって言ったけど、今日私が言った事…まだ覚えてる?」 「ええ…」 「…もし、あの夢が本当なら…千歌音ちゃんは、赤ちゃんが…欲しい?」 「姫子…?」 「私は…千歌音ちゃんの赤ちゃんが欲しい。」 姫子は真っ直ぐな瞳で、千歌音を見つめた。 「ひ、姫子…」 いつもとは違って、大胆な姫子に千歌音はドキリとした。 「もしね…そんな力があるのなら、私は千歌音ちゃんの赤ちゃんを産んであげたい。千歌音ちゃん…だから、確かめて欲しいの。」 「……っ!」 姫子は千歌音の胸に、すがりついてくる。 「ま、待って姫子…」 姫子のあまりの大胆さに、千歌音は戸惑った。 まだあの夢が確かなのか、分からないのだ。 千歌音は慌てて、姫子を引き離した。 「あ、千歌音ちゃん…い、嫌だった…?」 「そ、そうではないの…ただ…」 もしその力が与えられたとしても、どうやってやるのか見当がつかない。 普通の男女なら、身体を重ねればいいだけだが、2人は女同士だ。 本当に子作りなんて出来るのだろうか? 「それに…私だって、姫子の子を産んであげたい…」 そう言って普段の凛々しい千歌音とは違う、可愛らしい表情で呟いた。 「千歌音ちゃん…」 どうやら互いの気持ちは同じらしい。 愛する人の子供を産んであげたい。 そう思うのは自然だった。 「それに姫子に、あんな辛い思いさせたくないもの。」 きっと、お産の事を言っているのだろう。 もし妊娠した時の事を考えたら、姫子には辛い思いをさせたくない、千歌音はそう思った。 「もし産むのだとしたら、私が姫子の子を産みたいの…」 千歌音の強い意志を、姫子は拒めなかった。 「う、うん…分かった…」 そう言ってもどちらが妊娠するかは分からないのだが…。 「千歌音ちゃん…」 姫子は千歌音の身体を抱きしめた。 「本当にいいの…?」 「ええ…姫子になら…」 「ありがとう、千歌音ちゃん…」 そう言って姫子は千歌音の上に覆いかぶさった。 (まさか本当に妊娠するなんて…) 千歌音は帰り道、自分のお腹をさすりながらどう姫子に話そうか考えていた。 きっと姫子は喜んでくれるだろうが、千歌音は少しばかり不安だった。 ちゃんと子供を育てていけるだろうか、母親しかいない家庭でいじめられたりしないだろうか、様々な不安がよぎったが…。 (でも…姫子と私の子供だもの…きっと強い子に育つはず‥) 千歌音の心はすでに、母親のような強い意志に変わっていた。 《数ヶ月後》 「ねぇ、千歌音ちゃん。どっちがいいかなぁ?」 姫子は両手に色違いのベビー服を持って、こちらを振り向いた。 「姫子が選んだのなら、どちらでもいいと思うけれど…」 千歌音は少し大きくなったお腹を抱えて、姫子の側に寄った。 「う~ん…どっちがいいかなぁ…こっちもかわいいし‥」 どうやら黄色にするかピンクにするか悩んでいるらしい。 千歌音は姫子のそんな姿が可愛らしくて、つい微笑んでしまう。 「あ‥千歌音ちゃん。ほら、ベビーカーもあるよ。」 ようやく服を決めた後も、姫子は次から次に子供用の服やオモチャなどに目移りしていた。 今日は休日のためか、まだ小さな赤ちゃんを連れた夫婦や、お腹の大きい妊婦などが店を訪れている。 千歌音も今日は身体の調子が良かったので、姫子と2人でもうすぐ産まれる子供の服などを買いに、店へやって来ていた。 「たくさん買っちゃったね。」 姫子は嬉しそうに、商品が入った紙袋を千歌音に見せた。 「ふふっ‥姫子ったら、結局全部見て回るんだもの。」 「だ、だって…全部可愛かったんだもん‥」 千歌音に笑われて、姫子は照れくさそうにはにかんだ。 私達はもうすぐ親になる。 あの日、病院から帰ったあと子供が出来たと姫子に話すと最初は驚いていたが嬉しそうに喜んでくれた。 あれから数ヶ月、千歌音のお腹も少しずつ大きくなり、もうすぐ親になるのだと日々実感している。 買い物を済ませ、家に帰る頃にはもう夕暮れ時になっていた。 見慣れた街並みが夕日に染まっていく。 ふと、2人が公園の前を通ると子供連れの親子が3人で手を繋いで歩いている。 「…千歌音ちゃん。」 それを見ていた姫子は、千歌音に空いていた方の手を差し出した。 「姫子?」 「手、繋いで帰ろ?」 「…仕方ないわね、はい。」 そう言いながらも千歌音は微笑んで、姫子と手を繋いでくれた。 「そうだ、今度はミルクも買わなきゃ。」 「そうね、あとオムツも。」 2人で新しい家族を迎えるため、きっとこれから忙しくなる。 でも新たに産まれてくる命に、姫子と千歌音の心は毎日幸せでいっぱいだ。 「綺麗だね、夕日。」 「ええ、とても。」 きっといつか親子3人で手を繋いで、この帰り道を歩く日が来るだろう。 もうすぐ実現する、夢見ていた日々を心待ちにして2人は我が家へと向かった。
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 新たな命編 「あの…いま何とおっしゃったのですか?」 「おめでたですよ、おめでとうございます。」 「おめでた…って、妊娠とゆうことですか…?」 「はい、これからは定期的に来てください。それから…」 突きつけられた現実に、千歌音は戸惑いを隠せなかった。 医師の話も耳に入っていないようだ。 (あれは…やはり夢ではなかったの…) 千歌音の頭の中にある出来事がよみがえった。 事の発端は数週間前にさかのぼる。 「ここは…どうしてまたここに…?」 千歌音は眠りから覚め、横たわっていた身体を起こし辺りを見渡すと、そこは千歌音と姫子が前世で最後に過ごしたあの場所だった。 美しく幻想的だが、誰一人も居ないその花畑は千歌音に寂しさと不安を与えた。 「これは…夢なの…?」 これは夢なのだろうか? それとも月の社から解放され、生まれ変わって姫子と過ごしたあの日々の方が夢なのだろうか。 千歌音はどちらが現実で夢なのか分からなくなっていた。 その時だった。 どこからともなく声が聞こえてくる。 (…月の巫女よ…) 「…!」 突然、聞こえてきた声に千歌音は驚いて、俯いていた顔を上げた。 「その声は…アメノムラクモ…」 聞き覚えのあるその声は、千歌音と姫子に残酷な運命を与えた神、アメノムラクモだった。 「私は、どうしてここにいるのですか?生まれ変わり転生したはず…まさか!?」 千歌音はハッとした。 最悪の出来事が頭をよぎる。 「またオロチが…復活したのですか!?」 (心を静めなさい…月の巫女、貴女をここに呼んだのは私です…) 声を荒げる千歌音をなだめるように、アメノムラクモは静かに話し始めた。 「なぜ…私を…?」 (貴女をここに呼んだのは、貴女の決意を確かめる為…そして…) 「決意…?」 (貴女が前世で月の社に封印される時、我が問いかけた言葉を覚えているか‥?) それは社へ封印される時、アメノムラクモが千歌音に問いかけた選択の事だろうか。 輪廻転生から外れ、無の安らぎに身を委ねる事も出来るのだと‥。 だが、その選択を千歌音は選ばなかった。 たとえどんなに残酷で辛い運命が待ち受けていても、愛するたったひとりの運命の人と巡り会うため、千歌音はその宿命を受け入れた。 (転生したいまでも、その決意が揺らぐ事はないか…) 「何度聞かれても、私の気持ちが変わる事はありません。」 千歌音が発したのその言葉には、強い決意が満ち溢れていた。 (そうか…ならば、もう聞く事はない…) 「アメノムラクモ…ただそれだけの為に、私をここに呼んだのですか?」 千歌音にはただそれを確かめる為だけに、ここに呼ばれたとはとうてい思えなかった。 (確かに、貴女を呼んだのはそれだけではない…貴女にある力を授ける為…ここに呼んだのだ…) 「力…?」 (この力は、我ら神のみぞ与えられる新たな命を造りだす力…貴女の決意が変わらない物ならば、与えようと…決めていた…) 「命…いったい何の話しです!力とは何なのですか…!?」 (月の巫女‥よ、新た‥に生まれ‥てくる命…を大切に…するが‥よい…) アメノムラクモの声は段々と空の向こうへと遠ざかるように、小さくなっていく。 「お待ちください!まだ、聞きたい事が…っ!」千歌音が立ち上がり、空に声を投げかけた瞬間、強い風が吹きあげた。 たくさんの黄色い花びらが、空へと舞い上がる。 「いったい何なの、力とは…アメノムラクモは私に何を伝えたかったの…」 千歌音の心は、アメノムラクモの言葉によって不安でかき立てられていた。 「姫子…私…どうしたら…」 千歌音は孤独と不安からか、不意に愛する人の名前を口にした。 『…か‥ね‥ちゃん…』 「…!」 幻聴だろうか? 微かに姫子の声が聞こえたような気がした。 「まさか…姫子がここにいるはずなんて…」 呼ばれたのは自分だけだ。 姫子がここにいるはずがない、そう自分に言い聞かせ自分の耳を疑った、だが…。 『ちかね…ちゃん‥』 「……!いまのは…姫子?」 その声はこちらに近づいてくるように、徐々にはっきりと聞こえてきた。 「姫子…どこ!どこにいるの…!?」 千歌音は辺りを見回し、ふと後ろを振り返えると遠くの方で巫女服を着た女性が立っているのが見えた。 「姫子?姫子なの…!?」 千歌音は急いで駆け出した。 段々と見えてくるその女性は、ゆっくりと両手を広げ千歌音を優しく受け入れるように微笑んでいる。 『ちかねちゃん…』 その胸の中に飛び込んだ瞬間、千歌音は温かなお日様のような安らぎに身を包まれていた。 「ちか…ねちゃん…」 「ん…‥」 「千歌音ちゃんっ…」 千歌音が瞳を開けると、目の前には姫子が心配そうに千歌音を覗き込んでいた。 「姫子…?」 「大丈夫?千歌音ちゃん、ずっとうなされてたから‥」 「……!」 千歌音はハッとして、勢いよく飛び起きた。 「ど、どうしたの、千歌音ちゃん…きゃっ!?」 「姫子‥よかった、夢ではないのね‥」 突然千歌音に抱きしめられた姫子は、頬を染めながら驚いていた。 結婚してから、こうして朝食を2人っきりで食べるのは何回目だろうか? テーブルの前には、トーストやサラダ、目玉焼きなどのシンプルな朝食が並べられている。 ただいつもとは違って、今日は2人の間に会話が飛び交わない。 いつもは何気ない食器の音やカップを置く音が、やけに響いて聞こえる。 それがなおさら2人を沈黙にさせた。 (…何て言ったらいいのかしら…) 千歌音はコーヒーに口をつけながら、今朝の夢の事を姫子にどう言い出そうか迷っていた。 姫子に余計な心配はさせたくはない。 あれがただの夢ならそれでいいのだが、姫子にはもう隠し事はしないと約束している。 (やっぱり…姫子に…) 千歌音はコーヒーカップを置いて、意を決した。 「姫子あのね…」 「千歌音ちゃんあのね…」 千歌音が決心して出した声は、姫子が出した声と同時に重なった。 「…えっ?」 「あ…な、何…千歌音ちゃん?」 「い、いいえ、姫子から…」 2人はしばらく互いに譲り合っていたが、千歌音の方が先に折れようやく話しを切り出した。 「あのね今朝…私、夢を見たの。」 「夢って…じゃあ、今朝うなされてたのは…」 「私ね…夢の中でアメノムラクモに会ったの…」 「……!」 「夢の中でアメノムラクモが言っていたわ。私の決意を確かめる為に呼んだと…そして…」 「もしかして…力がどうとかって…?」 「えっ…!?」 姫子は俯いて、コーヒーカップに中に映る自分の顔を見つめた。 「やっぱり…千歌音ちゃんも、あの夢を見たんだね…」 「私もって…もしかして、姫子も見たの?あの夢を‥」 「うん、夢の中で私に言ってた。力を与えに来たって‥」 再び2人の間に沈黙が流れた。 姫子は俯いたまま顔を上げようとはしない。 「千歌音ちゃん‥また私達、巫女として目覚めるのかな‥?」 「姫子‥」 見ると姫子の声と手が微かに震えていた。 「またあんな思いしなきゃいけないのかな‥」 姫子が弱々しく、顔を上げるとその瞳から今にも涙が零れ落ちそうだった。 千歌音は席を立ち、姫子の隣へ座った。 「姫子、きっと大丈夫よ。アメノムラクモはオロチが復活するとは、言わなかったわ。」 千歌音は震える姫子の手を包み込む。 「でも…もしも、またオロチが復活したら…千歌音ちゃんとまた離ればなれになるなんて嫌だよっ…!」 姫子の頬に大粒の涙がつたった。 「姫子…」 「千歌音ちゃんっ…」 千歌音の胸に飛び込んでくる姫子を抱きしめながら、内心は穏やかではいられなかった。 オロチ復活はいつ起こるか、自分達にも分からない。 またあの辛い運命がいつ待ち受けているか予測なんて出来ないのだから。 「姫子、私はね‥たとえどんな運命が待ち受けていても平気よ。」 千歌音は姫子の頭を撫でながら、優しい眼差しを姫子に向ける。 「千歌音ちゃん‥?」 「だって姫子が教えてくれたじゃない。どんな永遠にだって神様にだって負けない。2人の気持ちは繋がっているって‥」 あの別れの時、姫子が千歌音に言ってくれた言葉。 あの言葉があるから、千歌音はいつだって強くなれた。 たとえどんな残酷な運命が待ち受けていても、いまの2人なら乗り越えられる、千歌音はそう信じられる。 「だから心配しないで。たとえ何があっても姫子は私が守るわ。」 「だ、駄目だよっ、今度こそ私が千歌音ちゃんを守るんだからっ…」 泣いていたはずの姫子は、千歌音の言葉を聞いたとたんに強い口調で言い返した。 「ふふっ…ほら、もう泣き止んだ。」 「えっ…?あ…」 千歌音の言った通り、先ほどまで流れていた姫子の涙は嘘のように止まっていた。 千歌音を守りたい、その想いだけで姫子はこんなに強くなれる。 互いに想い合う2人ならどんな運命も恐くない。 そんな気持ちにさせた。 「千歌音ちゃんごめんね‥千歌音ちゃんだって不安なのに私ばっかり泣いて‥」 「そんな事ないわ、姫子がこうして側にいるだけで、私は安心できるもの‥」 2人は互いに見つめ合い、微笑み合った。 「でも…アメノムラクモが言ってた力って、何の事なのかな?」 「さぁ…新たな命がどうとか言っていたけれど…」 「……!?」 「ど、どうしたの姫子?」 姫子は何かに気づいたように、千歌音の腕から離れた。 「ね、ねぇ…千歌音ちゃん‥まさかと思うけど…」 「何?」 「あ、あの…あのね…」 姫子はなぜか、頬を赤らめて口ごもっている。 「姫子?」 「あ‥その…でも、違ってるかも…しれないし…」 「それでも構わないから、話してみて‥ね。」 「う、うん…」 千歌音に優しく促され、姫子はコクリと頷いた。 「その…アメノムラクモが、新たな命を造り出す力を与えるって言ってたの‥後、その命を大切にしなさいって…」 「ええ、確かに私にもそう言っていたけれど…」 「……それって‥あ、赤ちゃんのことじゃないのかな…」 「……え?」 「ご、ごめんねっ!も、もしかしたら違うかもしれないし…」 姫子は顔を真っ赤にして、慌てふためいている。 その様子を見て、姫子の言葉を理解した千歌音は顔を真っ赤にした。 「あ…」 「ごめんね‥変な事言って‥」 「そんな事…ないけれど…」 2人の間に気恥ずかしい空気が流れる。 確かにアメノムラクモは、新たな命を造り出す力と言っていた。 神だけが与えられる力、だとすると姫子の言っている事も、あながち外れていない気もする。 普通の人なら、ただの夢だと片づけてしまうだろうが、姫子と千歌音は巫女だ。 いまは巫女の力を失っているものの、神に仕えていた唯一の存在。 2人にはただの夢だと思えなかった。 たとえ、もしそれが本当だとしたら、なぜアメノムラクモは私達にそんな力を与えるのだろうか? 「千歌音ちゃん…いま言った事忘れて。きっと私の勘違いだと思うから…」 姫子は俯いて、恥ずかしそうにそう呟いた。 寝室の明かりも消して、ほんの少し眠りかけていた千歌音の耳に姫子の小さな声が聞こえる。 「千歌音ちゃん…もう寝ちゃった?」 「いいえ…どうしたの、眠れない?」 千歌音は、隣のベッドに寝ていた姫子の方へ振り向く。 「…うん。」 「よかったら、一緒に寝る?」 「いいの…?」 「どうぞ。」 ベッドから出てきた姫子は、自分の枕を抱え千歌音のベッドに潜り込んだ。 「あったかい…」 千歌音の温もりに安心したのか、穏やかな表情を見せた。 「千歌音ちゃん…」 「なぁに?」 「忘れてって言ったけど、今日私が言った事…まだ覚えてる?」 「ええ…」 「…もし、あの夢が本当なら…千歌音ちゃんは、赤ちゃんが…欲しい?」 「姫子…?」 「私は…千歌音ちゃんの赤ちゃんが欲しい。」 姫子は真っ直ぐな瞳で、千歌音を見つめた。 「ひ、姫子…」 いつもとは違って、大胆な姫子に千歌音はドキリとした。 「もしね…そんな力があるのなら、私は千歌音ちゃんの赤ちゃんを産んであげたい。千歌音ちゃん…だから、確かめて欲しいの。」 「……っ!」 姫子は千歌音の胸に、すがりついてくる。 「ま、待って姫子…」 姫子のあまりの大胆さに、千歌音は戸惑った。 まだあの夢が確かなのか、分からないのだ。 千歌音は慌てて、姫子を引き離した。 「あ、千歌音ちゃん…い、嫌だった…?」 「そ、そうではないの…ただ…」 もしその力が与えられたとしても、どうやってやるのか見当がつかない。 普通の男女なら、身体を重ねればいいだけだが、2人は女同士だ。 本当に子作りなんて出来るのだろうか? 「それに…私だって、姫子の子を産んであげたい…」 そう言って普段の凛々しい千歌音とは違う、可愛らしい表情で呟いた。 「千歌音ちゃん…」 どうやら互いの気持ちは同じらしい。 愛する人の子供を産んであげたい。 そう思うのは自然だった。 「それに姫子に、あんな辛い思いさせたくないもの。」 きっと、お産の事を言っているのだろう。 もし妊娠した時の事を考えたら、姫子には辛い思いをさせたくない、千歌音はそう思った。 「もし産むのだとしたら、私が姫子の子を産みたいの…」 千歌音の強い意志を、姫子は拒めなかった。 「う、うん…分かった…」 そう言ってもどちらが妊娠するかは分からないのだが…。 「千歌音ちゃん…」 姫子は千歌音の身体を抱きしめた。 「本当にいいの…?」 「ええ…姫子になら…」 「ありがとう、千歌音ちゃん…」 そう言って姫子は千歌音の上に覆いかぶさった。 (まさか本当に妊娠するなんて…) 千歌音は帰り道、自分のお腹をさすりながらどう姫子に話そうか考えていた。 きっと姫子は喜んでくれるだろうが、千歌音は少しばかり不安だった。 ちゃんと子供を育てていけるだろうか、母親しかいない家庭でいじめられたりしないだろうか、様々な不安がよぎったが…。 (でも…姫子と私の子供だもの…きっと強い子に育つはず‥) 千歌音の心はすでに、母親のような強い意志に変わっていた。 《数ヶ月後》 「ねぇ、千歌音ちゃん。どっちがいいかなぁ?」 姫子は両手に色違いのベビー服を持って、こちらを振り向いた。 「姫子が選んだのなら、どちらでもいいと思うけれど…」 千歌音は少し大きくなったお腹を抱えて、姫子の側に寄った。 「う~ん…どっちがいいかなぁ…こっちもかわいいし‥」 どうやら黄色にするかピンクにするか悩んでいるらしい。 千歌音は姫子のそんな姿が可愛らしくて、つい微笑んでしまう。 「あ‥千歌音ちゃん。ほら、ベビーカーもあるよ。」 ようやく服を決めた後も、姫子は次から次に子供用の服やオモチャなどに目移りしていた。 今日は休日のためか、まだ小さな赤ちゃんを連れた夫婦や、お腹の大きい妊婦などが店を訪れている。 千歌音も今日は身体の調子が良かったので、姫子と2人でもうすぐ産まれる子供の服などを買いに、店へやって来ていた。 「たくさん買っちゃったね。」 姫子は嬉しそうに、商品が入った紙袋を千歌音に見せた。 「ふふっ‥姫子ったら、結局全部見て回るんだもの。」 「だ、だって…全部可愛かったんだもん‥」 千歌音に笑われて、姫子は照れくさそうにはにかんだ。 私達はもうすぐ親になる。 あの日、病院から帰ったあと子供が出来たと姫子に話すと最初は驚いていたが嬉しそうに喜んでくれた。 あれから数ヶ月、千歌音のお腹も少しずつ大きくなり、もうすぐ親になるのだと日々実感している。 買い物を済ませ、家に帰る頃にはもう夕暮れ時になっていた。 見慣れた街並みが夕日に染まっていく。 ふと、2人が公園の前を通ると子供連れの親子が3人で手を繋いで歩いている。 「…千歌音ちゃん。」 それを見ていた姫子は、千歌音に空いていた方の手を差し出した。 「姫子?」 「手、繋いで帰ろ?」 「…仕方ないわね、はい。」 そう言いながらも千歌音は微笑んで、姫子と手を繋いでくれた。 「そうだ、今度はミルクも買わなきゃ。」 「そうね、あとオムツも。」 2人で新しい家族を迎えるため、きっとこれから忙しくなる。 でも新たに産まれてくる命に、姫子と千歌音の心は毎日幸せでいっぱいだ。 「綺麗だね、夕日。」 「ええ、とても。」 きっといつか親子3人で手を繋いで、この帰り道を歩く日が来るだろう。 もうすぐ実現する、夢見ていた日々を心待ちにして2人は我が家へと向かった。
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作者:dC7b0v9F0 175 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage] 投稿日:2012/02/20(月) 01 54 10.79 ID dC7b0v9F0 ほむほむ「ホムゥ…ホムゥ…」 サムイヨー オナカスイタヨー まどまど「マドマドー…ホムラチャーン…」 ガンバロウ ホムラチャン フラフラ ヨロヨロ さやか「あ、ほむまどのつがいだ!だいぶ弱ってるみたいだね…」 ほむほむ「ホムゥ!」 ニンゲンダ! まどまど「マドォ!」 ニゲヨウ! トテトテ…ヨロヨロ…コテン! ほむほむ「ホムゥ…マドカァー」 ゴメンネ マドカ まどまど「マドマドォ?…ホムラチャーン」 ダイジョウブ? ホムラチャン さやか「慌てて走ると危ないよ!」 ヒョイ! ほむまど「ホムゥ!?」 「マドォ!?」 さやか「大丈夫!虐めたりしないよ!」 ほむほむ「ホムゥ?」 ホントニ? さやか「もちろん!私が飼ってあげるよ!」 ほむほむ「ホムホムゥ!」 ヤッター まどまど「マドォマド! ホムラチャーン!」 ヨカッタネ! ホムラチャン! ・・・・・・ さやか「よし、綺麗になったね!」 ほむほむ「ホムゥ!」 キモチイイ! ピカピカ まどまど「マドォ!」 サッパリシタヨ! ツルツル さやか「お風呂の後はごはんだよ!ほら!」 ほむまど「ホムホムゥ!」 「マドマドォ!」 ムシャムシャ パクパク さやか「うんうん、たっぷりお食べ!」 ほむほむ「ホムホムゥ、マドカァー」 シアワセダネ マドカ まどまど「マドマドォ、ホムラチャーン」 ソウダネ ホムラチャン さやか「嬉しそうで何よりだよ!ずっとうちにいていいからね!不自由はさせないよ!」 ほむまど「ホムホムゥ!」 「マドマドォ!」 アリガトウ! ・・・・・・ さやか「おや!ほむほむ、お腹が膨らんできてるね!」 ほむほむ「ホムホムゥ!」 コドモガ デキタヨ! さやか「それはおめでとう!」 まどまど「マドマドォ!」 キット カワイイ コドモダヨ! ほむほむ「ホムホムホムゥ!」 イッパイ アソボウネ! まどまど「マドマドォ!」 シアワセナ カゾクニ ナロウネ! ほむほむ「ホムゥホム!」 タノシミダネ! さやか「私も楽しみだよ!」ニコニコ ・・・・・・ ほむほむ「ホムホムゥ…!!」 ウマレル…!! まどまど「マドォ! ホムラチャーン!」 ガンバッテ! ホムラチャン! さやか「がんばれ!ほむほむ!もう少しで産まれるよ!」 ほむほむ「ホムゥゥゥゥッ!」 ポン! 仔ほむ「ホ…ホミャアアアアアアア!」 まどまど「マドォ!」 ヤッター! さやか「やった!産まれた!最初は元気な仔ほむだね!」 ほむほむ「ホムホムゥ! マドカァー!」 ヤッタヨ! マドカ! まどまど「マドマドォ! ホムラチャーン!」 ガンバッタネ! ホムラチャン! 仔ほむ「ホミャア! ホミャア!」 ほむほむ「ホムホムゥ…///」ワタシタチノ コドモ… まどまど「マドマドォ…///」 カワイイ アカチャン… さやか「さて、じゃあいただきまーす!」 ヒョイ! 仔ほむ「ホミャ!?」 ほむまど「ホムゥ!?」 「マドォ!?」 ガブリ! 仔ほむ「ホ…ミャミャミャミャァァァァァ!!」 さやか「うーん、やっぱりほむまどの踊り食いは産まれたてに限るね!」 ムシャムシャ 仔ほむ「ホミャミャミャァアアアアアア!」 リョウアシ クイチギラレ ほむほむ「ホ…ホムゥ…?」 ボーゼン… まどまど「マ…ドォ…?」 ジシツ さやか「心身ともに健康な親から産まれたのは絶品だね!」 ムシャムシャ…パクン! 仔ほむ「ホ…ミャ…」 さやか「ほむまどなんかに愛想を振舞って苦労した甲斐があったよ!」 ゴクン! ほむほむ「ホビャアアアアアアアアアア!」 ワタシノ アカチャンガアアアア! まどまど「マドマドォオオオオオ!」 ナンテコトヲ! さやか「さあほむほむ!次の子が産まれそうだよ!」 ほむほむ「ホ…ホムゥッ!」 ポン! 仔まど「ミャ…ミャドオオ! ミャドオォォ!」 さやか「お、次は仔まどだね!」 ヒョイ! ほむほむ「ホムゥゥゥゥゥゥ!」 ヤメテエエエエエエ! まどまど「マドォォオオオオオ!」 タベナイデエエエエエ! さやか「あは!両親の絶叫が良いスパイスになるんだよね!今度は一口でいっちゃえ!」 パクン! 仔まど「ミャドオオオオ!…ミャ…」 ムシャムシャ…ゴクン! ほむまど「ホビャアアアアアアア!」 「マドォオォォオォォ!」 さやか「さあ!あと2匹くらいは孕んでるはずだよ!どんどん産んでね!」 ほむほむ「ホムゥ! ホムゥゥゥゥゥ!」コドモタチ! ウマレテキチャ ダメ! さやか「あはは!こどもが産まれないように力み始めたよ!まったくひどい親だね!」 まどまど「マドマドォ! ホムラチャーン!」 ガンバッテ! ホムラチャン! ほむほむ「ホムゥゥゥゥゥゥ!」 コドモヲ マモル! さやか「あははは!顔中汗まみれで頑張ってる!無駄な抵抗なのに!」 ほむほむ「ホムホムムゥゥゥ…」 モウダメ… ポン! ポン! 仔ほむまど「ホミャアアアアアアア!」 「ミャドオオオオオオ!」 さやか「お、仔ほむと仔まどが一緒に出てきた!じゃあ私も2匹一緒に…」 ヒョイヒョイ! ほむほむ「ホビャアアアアアアアアアアアア!」 ヤメテエエエエエエエ! まどまど「マデャアアアアアアアア!」 オチビチャンタチ! さやか「いただきまーす!」 パクン!ムシャムシャ 仔ほむまど「ホミャ…」 「ミャド…」 ほむほむ「ホムホムゥ…」 コドモタチガ… ポロポロ まどまど「マドマドォ」 ドウシテ コンナコトニ… ポロポロ さやか「こどもはこれで全部みたいだね…おいしかったよ!ありがとう!ほむほむ!まどまど!」 ほむほむ「ホムゥホムホムゥ…」 シアワセナ カゾクニ ナルハズ ダッタノニ… シクシク まどまど「マドォマドォォ…」 カワイイ アカチャンタチガ… ポロポロ さやか「さて、早速次のこどもを作って欲しいところだけど、それどころじゃなさそうだね…これだけストレス感じちゃってると、できたこどももおいしくなさそうだし…」 ヒョイヒョイ! ほむまど「ホムゥ!?」 「マドォ!?」 さやか「もう要らないから潰して捨てちゃえ」 ギュウウウ! ほむほむ「ホビビビビイイィィ!」 グルジイヨオオオ! まどまど「マディディディディィィ!」 ダズゲデエエエ! さやか「おりゃ!」 …グチャッ! ほむまど「ホ…ム…」 「マ…ド…」 ポイ! さやか「よし、次のつがいを探しに行くか!」 おわり ジャンル:さやか ほむほむ ほ食 まどまど 仔ほむ 仔まど 妊娠 感想 すべてのコメントを見る 幸せ家族を破壊するっていいね 架空の動物だからな まさに正しいほむまどの扱い方だね 次は仔あんさや食おう!
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最後につじつまがあってりゃ何やってもいいんだよ ♠ ♥ ♣ ♦ 事態は動きつつある。 図書館ではシャッフリンが動かし、そして少し離れた場所では今まさに乱入した狂戦士が動かしている。 否、ここではどうしてもシャッフリンが動かさなければならない。 お互いに同盟を結んで聖杯戦争を勝ち抜くために利益を得ようなどという最初の方便はもはや完全に本音と建前の使い分け以前の茶番と化しており、 お互いがお互いに『殺す機会を見つけるためにとりあえず同じ席を設けている』状態だ。 ここまでのやり取りから分かる『田中』という少女の存在はあまりにも危険だった。 シャッフリン達だけならばまだしも、そのマスターであるおそ松までに臨界点寸前と見える憎悪の矛先が向いている。 そういう私情で動くことはないシャッフリンにも、それが人間の感情の中でも極めて激しいものであり、当人でさえ制御が及んでいないものだと見て取れた。 これでは聖杯を手に入れるという本懐を忘れて、今にもアーチャーに宝具の使用を命令しておそ松たちの殺害を優先する……という事態になってもおかしくない。 そして、シャッフリン達にとってはそのアーチャーこそが目下のところ脅威となる。 シャッフリン達の攻撃では何をしても傷つけられないことが分かっている上に、どんな攻撃手段を持っているのか全く分からないのだから。 だから彼女は、風の実験体をクラブのスートが捕捉したという状況を理解するや、要求した。 『こちらが攻撃されない限り、主従の数が残り十組を割るまで、『風の実験体』の主従には手を出さないと約束する。 何ならマスターに令呪を使っていただき、『人造魔法少女の主従には手を出さない』という制約をかけてもいい。 その代わり、アーチャーのマスターには令呪を一画使うことを要求する。 内容は、『アーチャーに松野おそ松、シャッフリン主従へのあらゆる敵対行動を禁じる』こと。 これがなければ、今後は同席することなどできない。』 それは、もはや交換条件ではなく脅迫して従わせるに等しい要求だ。 人造魔法少女ならば魔法少女の中でも極めて戦闘向きの性質を持っており、その分だけ潤沢な魔力を持つ『田中』が令呪を使って命じれば、かなり強制的な効力を発動させるだろう。 ――そして、それができないのならば、この場でシャッフリンから交渉決裂と見なされてマスター殺害にかかられても仕方ない。 彼女らの元主人であるグリムハートさえかくやというほどの、有無も言わせない要求だ。けれど押し通すしかない。 もちろん、田中たちもこの交渉のテーブルにつくことを決めた以上、この場で襲われた時の対策ぐらいはしているだろう。 (たとえばアーチャー達が一度もテーブルの上に手を置かないのは、テーブルの下で携帯か何かを操作して、この世界の匿名掲示板にでも『遺言(自分たちが知り得る限りのシャッフリン達の情報)』を打ち込み、ボタン操作一つでばらまく準備でも整えているのではないかと踏んでいる) それでも押し通すしかない。それがジョーカーにできる最大限の譲歩ラインだ。 もはやジョーカーは、『これから悩まされるかもしれない予想できる被害(=ここで田中を殺害しにかかったリスク)』よりも、 『どんな形でいつ嵌め殺されるか予想できない、絶えず背中にある刃(=アーチャー達と令呪の縛りも無しに同盟するリスク)』の方が、よほど危険だという結論に達していた。 そして、ある程度は押し通せるとジョーカーは読んだ。 「どこまで、人の仲間を、踏み躙る、つもりですかっ……悪魔ども!!」 棒立ちのままそう叫んだ田中の声は、ほとんど声というよりも咆哮だった。 【あの、ジョーカーちゃん? 俺ら完全に悪役になってるんだけど……】 【奴等にとって我々は最初からずっと悪役です。問題ありません】 【そういう問題!?】 彼女に、『その場所にいる仲間はおそらく同一人物だ』と理解させるのにはだいぶ時間がかかった。 あらゆる時代と世界から、英霊と召喚者を呼び寄せるのが聖杯戦争だ。 既に失われた命だからといって、臨終の際に聖杯に招かれていても不思議はない。 同じ世界の同じ時代で仇敵同士だった魔法少女たちがここに、1人は『サーヴァント』として、もう1人は『マスター』としてそれぞれ招聘されている例もある。 NPCが作り物なれど命を持っているように、命を作りだす術もある。 ならば風の魔法少女が生きていることに何の不思議があるか。 それでも信じられないようだったので、変身前の少女の特徴を次々と挙げた。 シャッフリンたちは人間の言葉を理解できないけれど、会話を聞いていればマスターの名前が『メイちゃん』だということぐらいは理解できる。 変身前の体格は小学校低学年程度で、髪形はふたつ結び。 魔法少女に変身する直前はこういうポーズを取って叫び、変身した直後にはこういうポーズを取る。 『魔法の国』の人間では知らないはずの私生活に関わる特徴を他のシャッフリンの身振り付きで挙げれば、田中はやっと理解したように顔色を変えた。 そして、理解してしまえば田中は仲間のことを見捨てられない。 仲間の復讐をうたう者が、同じ口で『実はここで生きていました』という仲間を見捨てれば復讐の大義も何もかもなくなる。 それは簡単な論理だし、それが人間の感情だとシャッフリンでも理解できる。 怒りで思考もままらないのか、少女は襲いかからんとするその身体を横合いからアーチャーの腕で抑えられている様子だった。 そのアーチャーが、田中に代わって質問を重ねた。 人質を取るというのなら、まずは現在その『風の実験体とそのサーヴァント』が置かれている状況について詳しく教えてほしい。 人質の正確な状況を知らなければ、こちらは『人質には手を出さない』という保証にどれほどの信頼を置いていいのか分からない。 目下のところ安全な状況にいるのか、すぐに脱落するおそれは無いのか、監視するシャッフリンも含め周囲には他にもサーヴァントやマスターがいるのか。 それを伝えるのが人質を取る側としての義務でしょう、と。 正論だった。だからシャッフリンは説明した。 今のところ、同盟相手らしきマスターがそばに二人いた。 1人は小学生らしき少女で、もう1人は成人男性。見たところどちらも魔術師らしくはない。 彼等が連れているサーヴァントは片方が『ブレイバー』と呼ばれ、もう片方が『シップ』と呼ばれていた。 どちらも基本的な七騎には該当しないクラスだが、何度もそう呼ばれていたのでそれがエクストラのクラス名だと思われる。 あいにくとマスターの目視ではないのでステータスは確認できなかったが、三組の仲は遠目にも良好そうで、同盟関係か、それに近い間柄であることは間違いなかった。 なかった、というのは現在ちょうど別行動になったからだ。 たった今、剣を持ったサーヴァントが襲来し、小学生の従えるマスター二人と交戦状態になった。 小学生のマスターたちは戦場から離脱し、クラブのシャッフリン三体もそちらの動きを優先して負わせている。 風の魔法少女の従えていた『ランサー』のサーヴァントにはかなりの手練れらしき風格があり、マスター二人が逃亡したのもサーヴァントの指示による避難だった。 現在は住宅街を逃走中だが、周囲にそれ以上のサーヴァントの気配は無し。 目下のところ、サーヴァントがその戦闘で負けたとしても直後に脱落する危険は無い模様。 襲撃を受けていると聞いた瞬間にまた田中が身を乗り出したけれど、 アーチャーが小さな首の動きと手の仕草で制して、『話は最後まで聞きましょう』と言わんばかりの余裕を見せていた。 やはりこちらを切り崩す方が物理的にも心理的にも難しい、とジョーカーは確信する。 その微笑のまま、アーチャーから『そのランサーについて分かることは』と尋ねられたので、答える。 ランサーと呼ばれていたが、黒い大剣を使っていた。 黒い軍服じみた、二十世紀初頭の西洋式らしい軍服を着ていた。 外見は十代後半から二十歳前後の、日本人らしき青年だった。 基本的には『ランサー』と呼ばれているが、最初にマスターの少女から『カイおにいちゃん』と呼ばれた。 アーチャーは微笑を崩さないまま、その特徴を聞いていた。 気取られていないか、シャッフリンの注意はそこに向いていた。 実は、同じことを念話でもマスターに話しているが、一つだけアーチャー達には伏せた情報がある。 マスターにはどうしても、報告すべき事柄だと判断した。 その『一つの報せ』を聞いた時、マスターは念話の中だけでやや狼狽した声を上げた。 驚くのも無理からぬ内容の話だった。ただ、それを顔には出していない風だったので、少なくとも田中に不信感を持たれた様子は無かった。 そのことは意外だったが、喜ばしい反応だった。てっきり、主人はもっと考えていることを顔に出すタイプかと思っていた。 もしや己は主人の評価をやや低く見積もり過ぎていたのかもしれない、と内省したほどに。 今のところ、不安要素は残さなかったはずだ。 しかし。 「まだ一つ、お聞きできなかったことがありますね?」 テーブルの対面に座るアーチャーは、即座にそれを見抜いてきた。 「もしや、そのお話に出てきたお若いマスターの男性、松野さんのご身内ではありませんか?」 何故。 シャッフリンがそう問うのと同時だった。 田中の視線がねばっこく、絡みつくような眼へと変わった。 身内を殺されたと主張する田中は、こちらのマスターの身内という言葉が出て、そういう眼をした。 「戦闘に参加していないもう一組の主従に対する言及が少なかったものですから。 もちろん直接的に人質と関係するくだりではありませんでしたし、人質の尾行を優先しているために情報が少なかったのかもしれませんが、 戦闘に対してどう反応したのかの説明ぐらいはあってもいいもののように感じました。 それに、いくらこの世界が『そういう場所』だとはいえ、『我がマスターの身内も生きたままここに招かれている』という結論に至るのが早すぎると言いますか……まるで『実際に身内が殺し合いに招かれているケースを見たことがある』ように感じられました。 あとは松野さんと何事か念話をされていたようで、驚いた反応が読み取れましたし……他にも根拠は幾つかありましたが、まず言葉にできるのはこれぐらいですね」 作り物めいた微笑とともに種明かしされたのは、心を読んだのでも何でもないただの観察眼だった。 少なくとも田中には気取られなかったものを見抜かれているのだから、その見ぬく眼は本物だ。 おそらくは貧者の見識か、人間観察に相当するスキルを持っている。 しかし、手がかりを撒くような話し方になったのはジョーカーの落ち度だ。 失策をしたとほぞを噛みながらも、ジョーカーは反論した。 だとしても、今この場でそれに何の関係があるのか、と。 アーチャーのマスターの仲間を、こちらが人質に取っている状況は何も変わらない。 「ではそのご身内を、こちらに連れてきていただけませんか? それが、貴方達の要求する令呪を受けるための、最低条件です」 アーチャーはそんな不意打ちを、言い放ってきた。 その理由を尋ねれば、そんなの当然でしょう、と言わんばかりにアーチャーは説いた。 一つ目。 幾らお互いの安全を図るためとはいえ、聖杯戦争の中でたった三度しか使えない令呪をここで一画使ってくれというのは、あまりにも条件として過大なものだ。 こちらがその条件を飲むのなら、そちらも『人質の安全保障』以外に何らかのリターンを支払ってもいいはずだ。 たとえば『分かりやすく他の主従を一組脱落させる成果を見せる』といったことがそれだ。 ちょうどこちらも、ほとんど知識のない『エクストラクラス』についての情報を得たいと思っていた頃だったし、ここでそのサーヴァントを脱落させて、残ったマスターから情報を聞き出せるのは都合が良い。 二つ目。 言語能力も持たない上に、下手に接触すればこの監視状態が露見してしまうシャッフリンが人質を見張るならまだしも、 『シャッフリンのマスターの身内』が、『人質とすぐに接触できる場所』に『コミュニケーションできる同盟者』として存在するのは、あまりにも人質とマスター双方によろしくない。 おそ松の身内ならば裏で手を組むのも容易だろうし、シャッフリンたちが人質に手を出さなくとも、身内のマスターを介して人質のマスターを悪い方向へと誘導し、アーチャーのマスターと殺し合うように仕向ける……などといった悪辣な策を容易に実行することができる。 それなのに『人質には手を出さない』と保証されても、信頼も何もあったものではない。 よって、人質とおそ松の身内が別行動しているこの機をついて、今のうちに身内を始末してほしい。 三つ目。 先ほどのやり取りで改めておそ松も『聖杯を獲ることで殺してしまった人々を蘇生させる』という方針で落ち着いたけれど、本当に同じ願いで聖杯を狙う者同士だという確かな保証が欲しい。 本当に『聖杯によって殺した人々を蘇生させて責任を取る』つもりならば、己の身内だって殺して蘇生するだけの覚悟を持っているはずではないか。 いずれも、きわめて正論だった。 正論だったが、マスターに突きつけたくない正論だった。 これが、先ほどまでの――『おそ松は誰かを殺害した上での聖杯獲得など望んでいなかった』と知る前のシャッフリンならば、 他のマスターに彼の身内(同じ顔なのですぐに兄弟だと分かる)がいたからといって、いちいち報告したりしなかった。 『おそ松が聖杯を望んでいる』以上、それは『マスターの身内だろうと聖杯を獲るためならば殺害していいのだ』と解釈して、勝手に脱落させただろう。 何の躊躇もなしに兄弟の従えるサーヴァントを殺害するか、もしくは拘束して『汝女王の采配を知らず(クビヲハネヨ)』を使うための贄として『魔法の袋』の中に保存したか、どちらかだったはずだ。 しかし、シャッフリン達がそんな風におそ松の意向を決めつけて動いていたせいで、多くの主従を殺害して、主人を泣かせてしまったというこの結果がある。 だからこそ、ジョーカーもクラブたちから『マスターの1人は顔がご主人さまに瓜二つだった』という報告を受けた時に、まずマスターに報告すべきだと判断した。 それに、『おそ松がヘドラ討伐にこだわった理由』を聞いた後では、なおさら知らせた方が良いと思った。 知らせた上で、マスターの意向を尊重したかった。 いくら『聖杯に賭ける願いの中に、殺してしまった者の蘇生を追加する』ことで改めて聖杯狙いの方針になったとはいえ、 マスターが基本的には殺人を好まないことをシャッフリンはようやく理解したばかりなのだ。 そんなマスターに、今この場で、新たな人間を、それも近しい人物を殺せという。 もちろん厳密には『殺せ』ではなく『連れてこい』という要求だが、連れてくるにはおそらくサーヴァントの殺害が必須だろうし、連れてきた後で情報を引き出されるだけ引き出されるなどして殺されるのがオチだろう。 さらにアーチャーは、結論を急きたてるように言葉を継いだ。 「この条件を満たしていただけるならば、今この場で我がマスターから令呪を行使していただいても構いません」 「アーチャー! そこまで呑むことは――」 「良いではないですか、マスター。我々の本懐は聖杯を手に入れることです。 ただし、こちらを縛る令呪にも『残り十組になるまでは』という制約を付けましょう。それぐらいの譲歩はあってもいい。 それから、そちら側が後ほど履行する令呪も、『人造魔法少女の主従』ではなく『人造魔法少女のマスター』に手を出さないという条件に変更していただきます。 私はどんな攻撃を受けてもまず壊れませんし、最初の条件ではもし人質のマスターがサーヴァントを乗り替える事態になれば、その時に令呪の効果がどうなるのか読めませんからね」 アーチャーが少女の腕を掴んで制したまま、ごく柔和そうな微笑を向けた。 今ここで先に令呪にかけられてもいいと、太っ腹なところを見せているようで実は違う。 先にリスクを支払っておいて、『私は条件を満たしました。貴方達もできますよね』とプレッシャーをかけるのは、シンプルかつどこでも使われるやり口のひとつだ。 おそらく、このまま人質を取られて脅される展開自体は避けられないと覚悟した上で、少しでもこちらを追い詰めるために条件をつけたのか、あるいはそれ以上の狙いがあるのか。 どちらにせよ主様の顔を曇らせる要求が回避できないことは、シャッフリンにとって歯痒い展開だ―― 「マジで!? 弟を1人殺すだけで、俺達殺さないって約束してくれるの!? よっしゃよっしゃ! 身内なら嵌めるのも簡単だし楽勝じゃん!!」 ――だと思っていたのだが、マスターである松野おそ松は明るい声でそう言った。 シャッフリンよりも、よっぽどノリノリで賛同していた。 すごくすごく、嬉しそうだった。はしゃいでいると言ってもいい笑顔だった。 両手をぐっと握り、元気よくガッツポーズまで決めていた。 ――――――は? 田中とアーチャーの口が、揃ってそういう形に開いた。 彼等の性格を考えれば、それはよほど珍しい光景なのだろう。 予想もしていなかったものを見た、という顔だ。 実は、ジョーカーも顔には出さないだけで『この反応は予想していなかった』と思っている。 「いやー、良かった。これで関係ない人差し出せって言われたらちょっと抵抗あったけど兄弟なら気楽じゃん。日頃の恨みも晴らせるし!」 もしや『殺しても聖杯で生き返らせればいい』とか説かれたあまり、現実逃避からおかしくなったのではないかという疑いは、その言葉で消え去った。 どう聞いても、どう見ても、身内の方が気楽に殺せるぜ!という喜びを全身で表現していた。 椅子から立ち上がって、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。 対面の主従の表情が固まっているのを見れば、シャッフリンでさえ何を思っているのか正確に予測できる。 これは、ひどい。 なぜなら、誰だってきっとそう思う。 「じゃあアーチャーさん、令呪お願いしゃーっす! 俺それを見たら速攻捕まえて来るんで!」 こうして、事態は動く。 気が付けば、ジョーカーではなく、彼のマスターが動かしている。 それが事態を解決する方向なのか、破滅への転がり坂を一直線なのかは別として。 ♠ ♥ ♦ ♣ ここ数十分の逃走はなんだったのか。 もっと言えば、ハタ坊の依頼を受けて小学校に向かって、ランサーやブレイバーに見つかった時から、ずっと『なんでこんなことになってるんだろう』と感じっぱなしだった。 しかし、これは本当に、何だ。 一松は眼を瞠ったまま、その『戦闘痕』に釘付けになっていた。 シップの『輸送』スキルによる逃走の経路選択はとても良かった……と思う。 少なくとも、ほぼ見ず知らずの街なのに、一松は走りながら一度も『この道は前にも通った気がする』という不安にかられたりしなかった。 それでも逃げ切れなかったのは、単純に怪物と一松との間にあるどうしようもない体力の差と、怪物がこのあたりの土地勘を持っているかのように的確な追尾をしてきたからだ。 まるで何日も高所から、町全体の風景を俯瞰して記憶していたかのような知り尽くしようだった。 そして、仮にもサーヴァントである望月が下手な攻勢に出れなかったのは、陸上戦用の装備に住宅地への被害を懸念したことと、下手にマスターを刺激すれば、令呪を発動されてバーサーカーがこちらに飛んでくる可能性があったせいだ。 シップは一対一で戦えば、たいていのサーヴァントには負けてしまう。 だから、仕方ない。 もう無理、限界だと路地の上でへたり込むことになったのも、 その後から怪物が「邪魔者は消えろ!」と追いつきつつあったのも、良くはないけれど当然の流れだった。 住宅街の住民に、こんな怪物が歩いてるのに誰も出てこないのかと助けを求めたくはあったけれど、もうすぐ日没という時間であり、 かつ小学生の通学域だから外出を遠慮している住民が多いことを考えれば、仕方がない。 だからここで終わるのだとしても、一松にとっては嫌だったけれど、仕方のない帰結だった。 だが、直後に起こったことは極めて不自然かつ理解を超えるものだった。 大きなスペードマークの描かれた服を来た少女が上空から飛びかかるようにして怪物の眼前へと降り立ち、 持っていた槍をさっと横に薙いだだけでそいつを吹き飛ばした。 「ぐほっ」っといううめき声をあげて、まるで箒で紙屑でも弾かれたように軽々と、2メートルを超える怪物の体躯が、小学生くらいの少女によってぶちのめされた。 怪人の身体は右に門戸を開けていた空き家らしき敷地へと叩き込まれ、その空き家の玄関ドアをたたき割るようにして激突して止まる。 スペードの少女は、玄関の破壊と怪物の動きが停まったのを見ると、表情のない顔でこくりと頷いた。 ステータスが見えることから、彼女もまたサーヴァントだと分かる。 筋力はA、敏捷はA、耐久は……なんだこいつ、肉弾戦に関係ありそうな数値はぜんぶAだ。半端ない。 「いやぁ、間に合って良かった良かった。 なんか道がところどころ石化してたから、その後を追って正解だったー」 しかも、その『スペードのエースの少女』が敬礼を向けた先にいたのは、よりにもよって飽きるほど見慣れた姿だった。 夕陽の街ににじむような赤いパーカーを着た同じ顔の男が、同じ顔をした様々なマークのトランプ兵士たちに囲まれてにこにこしながら歩いてくる。 …………なんで、おそ松兄さん? そう喋りたくても、息がすっかり切れていて、ぜはっ、ぜはっとしか喋れない。 「おー一松。生きてたか。サーヴァントはか弱そうな女の子って聞いてたから、先に潰されてたらどうしようって心配してたんだぞ。 あ、うちの弟がいつもお世話になってます。兄のおそ松です」 後頭部に右手をやってぺこぺこと、シップに挨拶までしている。 「あ、どうも……えっと、イッチーの兄弟のおひとりさん?」 「まぁ、詳しいことは人の来ないところで、ってことで」 ほれ、と空き家の敷地を指さし、他のトランプ兵士たちが一松とシップの手を引いたり背中を押したりして、敷地内へと入るように促した。 気が付けば、戦闘痕である空き家の玄関先にも、数体のトランプ兵士が群がり、怪人の姿から高校の制服を来た青年へと変わった男をつんつんと突いている。 その中の、鎌を持った1人におそ松が話しかけた。 「えっと……もしかして殺しちゃった? 幾ら聖杯のためとはいえ、アレはちょっとビビったんだけど……」 「人間体に戻って、気を失っているだけのようです。 戦闘不可能になれば元に戻るのか、それともサーヴァントの方が魔力を消費した影響で、マスターも変身体を維持できなくなったのかもしれません」 「そっかぁ。じゃあ魔法のロープだっけ? 一応それで縛っておいて」 「了解しました」 そんな高校生をまたぎながら、トランプたちに引っ張られるようにして空き屋の中へと連れられて行く。 同じ屋根の下で暮らしている実の兄がマスターだったのか、という驚きよりも、その兄がたいそう心得た風にサーヴァントと遣り取りしている、という驚きの方が強かった。 なんでこいつは、こんな状況は全部分かっているみたいな顔で出てくるんだ。 「あの……おそ松兄さん、ありがとう」 ようやく、長距離走によってバクバクと破裂しそうだった心臓も落ち着いてきたので、やっと絞り出した声でそう言った。 状況は分からないが、怪人に殺されそうだったところを救われたのは間違いない。 「べつにー、お礼なんていいって。 もしアイツが先にお前ら殺しちゃってたら、『連れて来る』っていう約束の判定が割と微妙になるところだったんだしー?」 「連れて来る約束?」 手早く縛り上げられて空き家の中へと引きずられてくる元怪人のマスターを不憫そうに見ていた望月が、あれ、と首をかしげた。 そんな望月には構わず、廊下で先頭に立っていた兄は言った。 「一松が逃げ切ってくれたおかげで、ここに来るまでのタクシー代が無駄にならなかったよ」 とてもツヤツヤとしたゲスい笑顔で、そんな台詞を。 言葉と同時に、知らない家の廊下で腕をがしりと掴まれて止められる。 「――え?」 「ひゃ――ちょっと!!」 兄に動きを止められたのと、同時だった。 伏兵でも霊体化させていたのか、トランプ兵士の数が倍に増えた。大半はクラブかダイヤの衣服を着こんだ兵士だ。 クラブマークを付けたサーヴァントたちが揃って望月の身体を壁に抑えつけ、ダイヤの同じ顔が慣れた風にばばっと艤装を剥ぎ取って抵抗手段を奪う。 何をするんだ、と声を上げる間もなく、松野家の長男は言葉を継いだ。 「うん、要するに――後で聖杯にお願いして絶対に生き返らせてあげるから、今は死んでくれない? 一松さん」 …………。 ……………。 ………………いや、分かってたけどね。 弟を助けるために必死こいて駆けつけてくれるほど、殊勝な人じゃないって分かってました、はい! でも、やっぱりひどくないか、この展開。 「クソだわ!! お前ほんっとうにクソだわ!!」 憤激しても、とっさにそんな語彙しか出てこない己が恨めしい。 「なんだよー。どうせお前だって『しばらくお互い死なないように協力してやるから俺を殺して来い』って言われたら同じことすんだろー? それに、長い目で見れば、今リタイアしといた方が絶対にお得だよー? 闇松にはこの聖杯戦争は荷が重いから。それに引き換えうちのシャッフリンちゃん達はめっちゃ優秀だから。 聖杯にお願いして生き返らせてもらった後は、もしお願いに余裕があったら一松にも報酬わけてあげるから!」 「『だから死ね』って言う時点で外道の発想だ、このクソカス松!!」 「それにさ、一松」 長男の顔から、ニヤニヤとした笑みが消えた。 「これ以上、聖杯戦争を続けたい?」 突き放すようにあっけらかんとした、しかし冷たくは無い声でそう聴かれた。 腕を掴まれたその手には、あまり力がこもっていなかった。 「え……」 「クラブのシャッフリンちゃん達が見てたよ。 ずっとガチガチに緊張して、逃げようとするか黙ってばっかりだったって。 これからもっと大変な想いして、それでも聖杯戦争を続けたい? いくら闇松だからって、マジの殺し合いとか、ヘドラ大決戦とかやりたくないでしょ?」 喧嘩の罵詈雑言とは違う、雑談のようにまったりとした問いかけなのに、答えられなかった。 確かに、その通りだったから。 もう『六人でひとつ』じゃないなら、松野家で平穏な暮らしが続かないのなら。 別にどうなってもいいんじゃないかと、ずっと思ってきたから。 予選の間からずっと、ギリギリまで『興味が無い』ことにして逃げ続けてきた。 それでも『非日常』が避けられない空気になってきたら、壊れるのを見たくなくて自分から家を捨てた。 他のマスターやサーヴァントと関わっていくのは心臓に悪くてたえず緊張したし、 小学生にさえできるコミュニケーションもろくにできずに輪の外にいるのはすごくいたたまれなかった。 「別に一松が死にたくないとか、俺を止めたいとか考えてるなら、 ここでサーヴァント抜きの兄弟喧嘩してもいいけど、どうする?」 怪人に追われている間も、とにかく必死に逃げるだけで、先のアテなんてまるで無かった。 こんなに苦しいのに、なんで逃げてるんだろうと思った。 別に何としても生き延びてやるという覚悟もやる気も何もないのに。 生き延びたところで今後どうしようという計画性も無しに、なんとなく自分を攻撃してこない人達の近くで寄生を続けるだけなのに。 そう思っていた。 ならばここでひと思いに死んでしまう方が、楽かもしれない。 もうあの家には、戻れないのだから。 のたれ死んだところで、本当に悲しんで絶望する人間などいるはずもない。 十四松とかなら悲しんでくれるかもしれないが、それも一時のことで、すぐ家の中も元の空気に戻るだろう。 実の兄からも見放されるなんて、屑の最期としては妥当なものだ。 諦めたように眼を逸らせば、兄は「本当にいいの?」と念を押すように効いてくる。 素直に肯定するのも何となくしゃくだったので、「別に、好きにすれば」と兄の顔を見ないまま吐き捨てた。 そっか、と兄が頷く気配がした。 ああ、これで終われるんだな、と思った。 「っつーわけで、ごめんね? まずは君に退場してもらうから」 「あたし?」 ――え? 「あ、でもこの子、殺さずに連れて帰っちゃだめかな? シャッフリンちゃん達が殺されちゃった時に、非常食になるんだったよね?」 「相手方から、『情が湧いたから殺さずにおいたのだ』と受け取られたら面倒になります。 もったいなくはありますが、殺した方が確実かと」 自分のサーヴァントが非常食呼ばわりされている。 何が起こっているのか、よく分からなかった。 自分が死ねと言われたはずなのに、自分のサーヴァントの方が殺されそうになっている。 何故、どうして。いや、自分のサーヴァントなのだから、自分が死ねば英霊の座とかいう所に還るのだろうけど。 なぜ、自分に向けられるはずの刃を、彼女が受けるような流れになっている? 「いや、ちょっと待って。話の流れは!? なんで俺じゃなくてそいつが殺される流れになってんの?」 「ああ、言ってなかったっけ? 殺すって言っても、俺と同盟結ぼうって人が何かまず『エクストラクラス』のこととか尋問したいらしいんだよ。 で、マスターとサーヴァント両方とも生け捕りで連れて行くのは難しいから、まずはサーヴァントちゃんに退場してもらおうって流れ」 大鎌のトランプ兵士がその切っ先を向けているのは、 クラブのシャッフリンたちに抑え込まれて壁にほぼ磔状態になっている、望月という真名の少女だった。 いきなりのことで、令呪を使おうという発想さえ、その時は頭から抜けていた。 望月は諦めたような顔で、その命令をした長男へと話しかける。 「えーと、これって命乞いとかは……」 「ごめんね!」 「デスヨネー」 いや、ちょっと待ってよ。 俺は確かにクズだけど、でも。 そいつが先に沈むところは、見たくないと思っていたんだけど。 「代わりに君のマスターは幸せにするから! 聖杯獲って取り戻す的な意味で!」 「それってどっちかって言うとアタシがマスターのご家族に言う台詞じゃね!? いや、別にそーいう関係じゃないけど!」 そいつは、すごくいい奴だから。 他のマスターと全然話ができなかったのに、願いが何も見当たらなくてひたすら怠けて逃げ回るだけだったのに。 そんな俺を見捨てずに着いてきてくれたぐらい、本当にいい子だから。 「ああ、でも最後に、ひとつだけ言わせてほしいな」 だから、最期だなんて言わないで。 こんなことになるのなら、もっといい子になっておけば良かったなんて、そんな後悔は嫌だから。 本当は、もっと猫と遊ばせてやったり、もっと怠けさせてあげたかったんだから。 「イッチー……本当、はね」 だから、そいつを沈ませないで。 俺の前から、消さないで。 「楽しかった、よ……」 そいつは、俺の―― 大鎌が、セーラー服を着た少女の心臓部へと、吸い込まれるように振り下ろされた。 ♠ ♥ ♦ ♣ 「そろそろあなた方のマスターも標的と接触した頃合いでしょう。 本当に捕獲に成功したのかどうか、確認しに行くだけです」 まずは、図書館から外に出て松野おそ松を捕捉できるかどうかが最初のハードルだった。 青木奈美(彼等にとっては『田中』だが)には、監視役として数体のクローバーシャッフリンが付けられている。 令呪を使ってアーチャーの動きを封じたとはいえ、奈美がテンペストを心配するあまりに接触をはかろうとする可能性などをシャッフリン側も警戒しているだろうし、これは当然の措置だろう。 そして、監視役は多くて数人だろうというアーチャーの読みも、当たっていた。 「こちらは先に令呪を使ったのですから、彼等がこちらの要求を満たしたのかどうか、いち早く確認するのは当然の権利でしょう。 止められる謂われはないはずです。むしろここで妨害した方が、あの人はご身内を逃がす魂胆があるのかと疑いを招きますよ」 早口であれこれと理屈をつけて監視役のシャッフリンを論破し、魔法少女へと変身したプリンセス・デリュージは日没もおしせまった街中へと繰り出した。 最初のハードルを越えることには成功した。 「気配遮断を使えるのはクラブの十三体のみ。 私を尾行し、何かあったら止めるためにクラブが三体。図書館でアーチャーの監視を続けるクラブが二体。 テンペストの尾行と、私を接触させないよう見張るためのクラブが三体。 残り五体だが、『サーヴァントを殺害しながらマスターをかどわかす』任務なら、気配遮断を持つクラブはそれなりの数が投入されるはず。 つまり、それ以外の場所を監視するクラブは足りていない」 現状を確認するため、聞こえないようひとりごちる。 アーチャーを連れて出なかったのは、クラブの警備を分散させる目的などもあるが、何より機動力と速度の問題があったからだ。 アーチャーは身体それ自体が『完全なる器』と自称するほどの防御性能を有しているが、身体能力は鍛え上げた人間から毛が生えた程度のものでしかない。 魔法少女のように、建物の屋根の上を跳躍しながら短時間で移動するような芸当はできない身体だった。 そして、デリュージが条件を果たしたかどうか見張ると言いながらも、すぐにおそ松達の後を追わなかったのは、 身内同士で嬉々として蹴落とし合う光景なんて絶対に見たくなかったからだ。 デリュージは身内も同然の人達を失ったのに、殺したくてたまらない相手は身内同士で殺し合っても全然平気だなんて、そんなのは忌々しくて仕方がなかった。 「『前の主人』といい『今の主人』といい、どうしてあんな奴に尽くすのか本当に分からない」 一度、外出しようとするデリュージを止めようとしたために気配遮断を解いたクラブたちが、懸命に追いすがりつつも尾行するのを、後ろ眼に見ながら吐き捨てた。 住宅街を出てから図書館へと続く道路に入るならおよそこの経路だろうという道路に出て屋根伝いに進んでいく。 やがて、進行方向から見慣れた顔に赤いパーカーの男が歩いてきた。 片手にはジョーカーが持っていた『何でも入る魔法の袋』を提げて、その周囲はスペードの兵士4体ほどに囲まれている。 相変わらずサングラスに野球帽、コートのままのデリュージが眼前に降り立つと、初めて顔をあげた。 「指定されたモノの確認を」 事務的にそう告げてから、まるでヤクザか何かのような言いぐさだ、と自嘲する。 「はい」 おそ松は魔法の袋の開け口を緩めると、気を失った青年の頭部をそこから引きずり出した。 片手も続けて引っ張り出し、手の甲にあるそいつの令呪も見せる。 「弟さんのサーヴァントは?」 「殺したよ。簡単だった」 流石に実の弟を捕まえたとあっては感傷的になっているのか、さっきまでの明るい顔ではない。声音も、沈んでいるような暗さがある。 「これでいいでしょ。図書館に戻るよ」 「歩いて、ですか?」 「今、人と一緒にいたい気分じゃないし帰りのタクシー代も無いから。歩いてゆっくり戻る」 「では同行しましょうか? 私としても、最期まで成し遂げるかは見届けたい」 「この袋の中に残りのアサシンもみんな入ってるけど、一緒に歩きたい?」 「…………」 「それに、今さら逃げたりしないよ。『身内を監視対象から引き離す』っていう目的は達成したんだから」 まったくその通りだ。そしてまぁ、予想通りの答えだ。 幾ら夜も近いとはいえ、街中で拘束した男1人を抱えて目立たないように歩こうと思ったら、シャッフリンたちの魔法の袋に入れて持ち運ぶしかない。 そしてシャッフリンの魔法の袋の中には、待機中のシャッフリン一同がぎっしりと入っている。 共に図書館まで帰るなんて、あまりにもリスクが高すぎる行為だ。 「分かりました。ではこちらは先に図書館で待っています」 ――もっとも、仮に安全に帰る方法があったところで、元からここで共に図書館に戻るつもりはなかった。 ――そういう計画のつもりで、ここまで来た。 跳躍し、元来た道を駆けながら『大人しく図書館へと戻る』とおそ松の眼にアピールする。 さて、と後方にいるクラブの三人をちらりと見て、『これからやること』を確認。 ここからが本番だ。 全てを出し抜かなければならない。 『アーチャーがシャッフリン達に手を出さない』という制約を付けたまま、おそ松とアサシンをもうすぐ確実に仕留めるために。 身体をすっぽりと隠していたコートの内側を、再確認する。 そこには、いつも水球を装飾として浮遊させている時の応用で、水球を幾つか隠しながら持ち運んでいた。 まずはこれを使う。 デリュージは図書館へと戻るべく跳躍させていた身体を、いきなり停止させた。 ♠ ♥ ♦ ♣ 乱入したバーサーカーを制するための戦いは、思いのほか長引いていた。 「えいっ!」 ブレイバーの腕輪から放たれる光の糸が四本。 時に一条の光線のように、時に大きくしなる鞭のように。 様々に軌道を変え、方向を変え、角度を変えながらバーサーカーの少女を捕えようと、その体に肉薄しようと断ち切られては伸ばされる。 それらに囲まれながら、くるくるとバーサーカーは踊るように動く。 右手には長刀を、左手には脇差を。 バーサーカーの『殺しの間合い』が、二度目の本格的な戦闘で編み出したのは、二刀流だった。 複数の敵、複数の手数に囲まれた時のための、攻防一体の構えだった。 長刀がゆらゆらと動くたびに、乱れ飛んでいた光の糸は切断されてはらはらと消え去っていく。 『見えているものならなんでも斬れるよ』の魔法は一撃ごとに『対象を視界に入れる』と『刀を一度振る』というプロセスが必要になるけれど、 逆に言えば、『しっかりと視界にいればチラ見でもいい』し、『刀を振ってさえいれば大振りでなくとも構わない』という強みがある。 そして、ワイヤーがどんな軌道を描こうとも、それらは全てブレイバーの腕輪から放たれるものだ。 犬吠埼樹のいる方向に向かって長刀を揺らめかせ、斬りつければ、光の糸を射出される根元の箇所から断つことができた。 憎悪に満ちた目を光らせていなければ、それは素早い剣舞のようにも見えただろう。 「ずいぶんと可憐なバーサーカーだね」 そして、ワイヤーの隙をついて一撃を入れようとするランサーの接近は、全てくるくると回りながらの脇差しのモーションで、牽制し、防御し、『大剣に阻まれる、見えない剣戟音』を響かせる。 ブレイバーを護身する精霊は、彼女以外を張りついて護れない。 櫻井戒がその『触れずに致命傷を与える斬撃』を回避するためには、黒い大剣を盾として防御に回すしかない。 この攻防をなかなか収束させられない原因は、バーサーカーの地の利と双方の相性にあった。 遊具など数えるほどしかない小さな公園には、バーサーカーを不利にするような遮蔽物となるものがほとんど無い。 すでにその幾つかの遊具も戦いの余波で破壊され、滑り台や鉄棒だった金属の骨組みが地面に転がり、破壊された水飲み場からは吹き出し続ける冷水が地面を水浸しにしている。 そして、ブレイバーに真価を発揮させる『満開』も、さすがに住宅街の真ん中でその巨大な大輪の光を披露すれば、閉じこもっていた一般人たちもさすがに飛び出してくることを思い使えない。 バーサーカーならば周囲の眼を気にすることは恐れないだろうし、そこでNPCとはいえ野次馬が被害を受けることを、彼女のやさしさは望まない。 「このまま、間合いを詰めずに攻撃を続けられるとしたら厄介だな……」 一方で、ランサーの切り札もまた『相手が触ることも厭わしくなる肉体へと変性する』というものだ。 そもそも『触れなくとも斬れる』ことを前提とした敵には、根本的な相性が悪い。 「音楽家は糸をつかったか?……しかし、多角的に攻撃してくるところは、やはり音楽家……」 しかも、彼等にとっては意味不明な言葉を呟き続けており、『これ以上続けても膠着するばかりで時間の無駄だ』といった説得の類も通じない。 (そもそも令呪によって足止めを命令されている) 「ランサーさん! 例えばその剣をもっと大きくのばして、面の攻撃で叩いたりとかできますか?」 「いや、確かにこれは使用者の扱いやすい形をとるものだけれど、戦闘中に剣の大きさを変えられるかは……そういう技に心当たりでもあるのかい?」 今ひとつは、ブレイバーとランサーのコンビネーションが即興のものであるということだ。 かつての彼女が『勇者』の1人として侵略者(バーテックス)達を相手にしてきた戦いでは、まず樹がワイヤーを用いて敵を拘束するのが第一段階であり、 その後に、動きを封じられた敵を仲間たちが総出で叩く――という戦法を取ることが多かった。 しかし現状、ワイヤーを伸ばすことに苦心している段階でランサーが接近するのは、まだ呼吸を合わせられる段階ではないランサーをワイヤーのしなる攻撃に巻き込みかねないものになってしまう。 「いや、待てよ……面の攻撃か」 しかし、そこでブレイバーの言葉を受けたランサーが一つの案を生んだ。 「ブレイバー。そのワイヤーの攻撃を大振りにして注意を引き付けてほしい。 接近戦に持ち込めるかもしれない方法を思いついた」 「は、はい!」 指示に従ったブレイバーが、『蛍ちゃんごめんね』と呟いてから一度に使う魔力消費を増やし、ワイヤーの光りをより強く輝くものにした。 なるべくバラバラな四方向に拡散するように射出し、なるべく動きを目で追いたくなるように大きくワイヤーを操る。 ある者はしならせ。ある者はまっすぐな閃光として。 バーサーカーが一条の閃光の方に対して「ビーム……?」と困惑したような――あるいは、見覚えのあるような声を漏らした。 すぐさま刀を縦に、横に、斜めに、反対斜めに、と動かし続けるでことで攻撃を斬り落とすが、その間にランサーは事を起こす。 「テンペストから近所迷惑だと怒られるかもしれないが……すぐに片づけよう」 ランサーの大剣が公園とその向こうの住宅を取り仕切るセメント塀を大きく切り裂き、剣の先端をちょいっと突き刺して持ち上げることで巨大な一面の盾のように構えていた。 そのまま突進に移行する。 騎士にはあるまじき不格好さだが、頓着するようなランサーでもない。 バーサーカーもその方向を振り向き。刀を振った。 しかし、その幅の広い盾を一刀両断するには、脇差の小ぶりな一撃ではなく、長刀の大きな一撃が必要になる。 頭上から真下へと長刀を振り上げ、振りおろす、数秒とはいえそれに動きが費やされてしまう。 「隙ありっ!」 塀を使った盾が両断され、ランサーが吹き飛んだ盾を回避したのと同時だった。 再生したワイヤーが、とうとう刀の振り下ろされた手に絡みついた。 他のワイヤーも続けざまに縛り、両腕の手首を起点として締め上げるように動きを止めることに成功する。 切断するまでには至らない。 『勇者』だったころも彼女のワイヤーは、星屑のような敵こそ両断したけれど、バーテックスのような強度を持った一角の敵ならば動きを止めるだけで精一杯、ということもよくあった。 また、サーヴァントとしての彼女も、力は強い方では無い。 だからこそ、刀の振りを止めることに専心する。 どうにかして拘束主であるブレイバーの顔を刻もうとするように手首の角度を変えようとするけれど、負けじと関節単位の動きをも封じるようにワイヤーの手綱を握る。 ブレイバーはその状態でも、どうにか笑ってみせた。 「つやつやの顔と笑顔は、女子力のアピールポイントだもん! そこを斬られたりしたら、お姉ちゃんに顔向けできないよ!!」 いちばん尊敬する人を持ちだしての、身を振るわせようとする一言だった。 しかしその言葉が耳に届いた時、バーサーカーの顔色が変わった。 バーサーカーは、『音楽家を見分けるための特徴に関すること』以外を理性的に考えられない。 だから、すでに『音楽家』だと見定めた人物の発する言葉に、いちいち意味を認識することはない――はずだった。 『■■■■■に顔向けできないよ!!』 今の彼女から、『■■■■』のスキルは喪われている。 しかし、『音楽家だと名乗った者』が、『もはや正しく認識することもできないその言葉』を呼んだことは、彼女自身にも訳が分からないほどの憎悪をもたらした。 「音楽家は……そんな名前を、呼ばないっ!!」 その眼光でワイヤーも切断せんとばかりに、これ以上ないほどの憎悪を眼光ににじませる。 ブレイバー――『■■■■■』と言った少女を眼光で貫き、叫んだ。 「お前が、『アレ』なんかやらなければ!!」 そして、その言葉を言い放たれたブレイバーもまた、何故だかの既視感に襲われた。 それは、その眼と同じ眼を、知っていたから。 自分より少しだけ年上の、背の高い少女が、血を吐くような声で叫んでいたのだから。 同じようにその眼には憎しみがあって、 同じように、憎しみの裏には哀しみがあるように見えたから。 誰かのために、心の痛みを抱えた人の眼だったから。 自分を責めている人の、眼だったから。 ――私が、勇者部なんて作らなければ!! サーヴァントの対応としては失格かもしれない。 しかし犬吠埼樹は、『心の痛みを分かるひと』だ。 「お姉ちゃん?」 だから。 そうつぶやいてしまった。 ワイヤーを引っ張る腕が、その一瞬だけ緩んでしまった。 「ブレイバー! 力を緩めるな!!」 そう叫んで、ランサーが大剣を振りかぶりながら接近するよりも早かった。 バーサーカーは咆哮し、ワイヤーで腕を拘束されたまま、 『■■■■■』と呼んだ少女をこの手で切り裂こうとするように駆け出し、刀を振りぬこうとした。 ランサーがその大剣で斬りはらうよりも、正面にいるブレイバーが先に斬られる。 そう見えた。 しかし、そうはならなかった。 水浸しになっていた地面が、その刹那、バーサーカーの足元だけ一瞬で凍り付いた。 足元の違和感に、バーサーカーは狼狽する。 それは傍目には分かりにくい変化であり、その場にいた二人には、ワイヤーの拘束から抜け出しきれずに止まったようにも見えただろう。 しかし、どちらにせよランサーにとっては好機に違いなかった。 「終わらせる……!」 次の刹那にはもう、漆黒の大剣が打ちおろされようとしている。 それはバーサーカーの頭上から、叩き潰すような力を持った一撃であり、回避不能の致命打になり得るものだった。 しかし、直撃する直前にバーサーカーの姿が書き消えた。 拘束する者のいなくなったワイヤーが、はらはらと地面に落ちる。 「え? 消える魔法?」 「いや、気配ごと消えている。霊体化だ。マスターが令呪を使ったのかもしれない」 実際は『身の危険を感じたら戻れ』という令呪が適用された結果によるものだったが。 「で、でもそれなら! 早くシップちゃんたちを助けにいかないと! 急ぎましょう」 「いや、そちらには僕1人で行こう。ブレイバーにはマスター達の方に向かってほしい。 バーサーカーがどちらに消えたのか分からないんだ。この隙をついて襲われる可能性も充分にある」 「でも、大丈夫ですか? ランサーさんも怪我しているのに……」 改めて観察すれば、ランサーの身体には大剣でも隠しきれずに傷ついた箇所が幾つかあった。 「精霊の加護がある君と、バーサーカーから憎まれてはいないらしい僕と。 戦力の割り振りとしては充分じゃないかもしれないが、均等なものだよ。それに、僕のマスターのことも頼みたい」 「分かりました。お気をつけて」 大切なマスターを託されては断れない。 ブレイバーは合流を優先するために、ランサーを見送った上で自分のマスターと念話を繋げるよう集中した。 しかし気持ちは切り替えても――犬吠埼樹という少女の記憶には、あのバーサーカーの『心の痛み』を抱えた眼が、いつまでも焼きついていた。 ♠ ♥ ♦ ♣ アーチャーのマスターである少女と別れてから、しばらくの後。 赤いパーカーに、平凡な外見の青年は、路地裏に入っていくと魔法の袋を開けた。 中にいた若い男性を、どさりとそこに吐き出す。 そこに、バーサーカーに襲われた時に逃がされた猫たちもわらわらと集まってきた。 ちょっと野暮用を済ませるだけだと、アイツは言った。 自分の人間関係を清算してくるだけであり、面倒くさいけど楽勝だから、と。 むしろ、お前がいた方が大いに邪魔なだけでむしろ足手まといだと。 信頼してもいいのか胡散臭かったけれど、彼の周囲を囲む四人のトランプ兵士が、有無を言わせず従わせてくる。 今でも、さあ急ぐぞを言わんばかりに赤いパーカーの袖を引いてくる。 だから、意に沿わなくとも、今は一つのことをやるしかない。 この場から一刻も早く、離れるのだ。 大丈夫、みんな出し抜けると、アイツは言った。 ♠ ♥ ♦ ♣ 越谷小鞠は、セイバーリリィの背中におぶさって、彼女の疾走に任せていた。 アスファルトの歩道が、住宅街が、ものすごい速さで後ろへと流れていく。 どうしてそうなったのか――少し、時間をさかのぼる。 数十分前に聞いた会話のことと、そして、それ以前に起こったことまで、遡る。 尾行していた野球服の青年が、いきなりドブ川でバタフライを始めた時にはリリィも小鞠も仰天した。 リリーが、これは何かの鍛錬なのでしょうか、と呟いた。 いや、十一月のドブ川で泳ぐ鍛錬の必要な日本人って何者ですか。 呆然としていた二人は、しかし数秒後に我に返った。 このままドブ川を下って行けば、『今のK市』の海に出る可能性もある。 そうなれば、あとは泳ぎながら白骨になるだけだ。 すかさずセイバーリリィが実体化して疾走し、青年の行き先に回り込むことに成功する。 ドブ川にどぼんして青年の進路をふさぎ、半ば体当たりするようにして止めた。 セイバーの英霊が身体を張って止めたのだ。 壁のような障害物にでも激突したかのように岸辺まで吹き飛び、そのまま水でも飲んだのか気絶した。 放っておくわけにもいかないので、そのままリリィに背負ってもらって、松野家まで送り届けた。 リリィは海外からの留学生で、小鞠はホームスティ先のお宅の娘さんということにしよう、などと道中で対NPC松野家の皆さんようの設定を作った。 そして松野家の呼び鈴を鳴らしたのが、黄昏時にもさしかかった頃だ。 リリィが背負っている青年と同じ顔をした青年が3人ばかりで出迎えたのを見た時は、二人そろって仰天した。 聞いてない。 いい歳をした一卵性兄弟の成人男性が、こんなにたくさん実家暮らしを続けている家庭だったなんて聞いてない。 結果的に彼等は、その家の五男がおぼれているところをを助けた恩人(ということになった)として、大いに感謝され、かつお菓子とか諸々を差し出されてのもてなしを受けた。 その歓待でのドタバタ劇は、なんせ『全員童貞かつトト子以外の若い女性には縁が無い松野家に、金髪美少女と童顔の女子中学生がやってくる』という衝撃的なものだったので、 30分アニメのAパートを丸ごと使用して1エピソードが作れるぐらいには濃いものだったけれど、完全な余談でしかないので割愛する。 補完SSの類でも生まれない限り、兄弟たちのテンパり劇場は陽の芽を見ることはないだろう。 結局色々とやらかした兄弟がいったん引っこんで、リリィと小鞠は今、松野家の茶の間にいる。 『どうしようセイバーさん……この中の誰がマスターなのか分からないよ。というかそもそも、服の色ぐらいでしか見分けられないよ……』 『いえ、コマリ。もし家のいる彼等の中にマスターがいるとすれば、私を見てサーヴァントだと気づき、他の家族のいない場所で接触を図ろうとするでしょう。 彼等は六つ子だと仰っていました。つまり、外出している残り二人のどちらかがマスターではないでしょうか』 『なるほど……でも、だとしたら、いったん帰らせて、明日また来た方がいいのかな。 でも、それだとまた家に来る口実を考えないといけませんよね……んー、わざと忘れ物をして帰る、とか……?』 そんな風に、念話で話し合いをしていた時だった。 カバンから軽快な着メロが鳴り響き、小鞠はびくりと身を震わせた。 以前に住んでいた村では富士宮このみの使っていた携帯電話を羨ましく使わせてもらったりしていたものだが、このK市の越谷家では、持っていた方が都合が良いからと携帯を持たされた設定になっている。 持ちたくて持ちたくて仕方がなかったはずなのに、いざ手元にあると着信が鳴るたびにびくりとしてしまうのは何とかしたいところだ。 携帯を取り出して画面を見れば、着信の主は『夏海』と表示されていた。 「はい、あたしだけど」 電話向こうにいるはずの妹は、無言電話をしてきた。 「ちょっと、どうしたの。夏海でしょ?」 『………………』 「おいこら。返事しなさいよ」 『ねっ…………』 「ね?」 携帯の耳をあてた箇所から、呼気を吸うような音が聞こえてきた後、 『ねえちゃんの、バカ―――――ッ!!!』 「……っつー。な、何すんのよなつみぃ! 耳がきーんってなったんだからね、今!」 さすがに他人様の家で大声を出すのはまずいので、口元に手をあてながら精いっぱい威嚇する声を出す。 『姉ちゃんが何やってんだバカ! 臨時下校だから教室まで迎えに行ってやったのにいねぇし! 先に帰ったのかと思ったら家にもいないし!待ってても帰ってこねぇし! 兄ちゃんに聞いても見てないって言うし! なんかテロがあった時、姉ちゃんが現場の近くにいたって言うし!!』 一気に吐き出された虚勢じみた怒鳴り声は、小鞠の胸をついた。 そうか、悪いのは自分だったと、言葉を聞くにつれて理解できる。 NPCたちは危機感が足りていない。そういう風にできている。 しかし、不人情ではない。 『テロが起こった時に現場のすぐ近くにいた姉』を、臨時下校になった学校で、妹が『一緒に帰ろう』と心配してやってこないはずがない。 いつも姉に対する敬意なんてあって無きがごとしのいたずらをして姉を怖がらせたり、おちょくったりするけれど、いつだって家出をする時は姉を連れ出したりして、小鞠を巻き込みたがるのが夏海だ。 教室まで小鞠の様子を見に来るのは、予想できない方が悪いぐらいに予想できたことだ。 NPCだからと言って、冷淡に接していたつもりなんか無かったのに。 セイバーリリィと話し合いながら帰りたかったから。 そのことで頭がいっぱいになって、妹のことを今まで忘れていたのは、姉の小鞠だった。 慌てて、今どこにいるのかの説明を始める。 『えっとね、今、下校の途中に川でおぼれてた人を見つけて……いや本当、うそみたいな本当の話だって。 それで家まで送ったら感謝されちゃったから、お邪魔させてもらってたの。 もうすぐ帰るから……うん、大丈夫』 その後に、忘れてはならない言葉を添える。 『心配かけて、ごめんね?』 夏海は最後に、ずっとやわらかい声で『バカ』と言った。 『母ちゃんが、夕飯はシチューだって』と付け加えてくれたので、許されたのだと分かる。 通話は切れた。 「帰りましょう、リリィさん」 「そうですね」 苦笑しながら頷きあった時だった。 「ハァ!!?? 何言ってんだこのクズ長男!!」 さっきの夏海もかくやというほどの罵声が、松野家の廊下から聞こえてきた。 「金がないのは、どうせテメェがパチですったせいだろうが! 弟の金でタクシー呼ぶとか馬鹿なの?んなもん一晩かかってでも歩いて帰れ!」 『……だよ……。いち……がさぁ……』 受話器の向こうからも声は聞こえてくるけれど、そこまでは聞き取れない。 常人より優れた聴覚を持っているセイバーリリィが、その会話を小鞠に伝えてくれることになった。 「どうしたのチョロ松兄さん。そんな大声出したらお客さんに聞こえるでしょ?」 「いやそれがさ、うちのバカ長男が、パチンコでアリ金すって帰りの交通費が無いことに気付いたから、タクシーを呼んでくれって言うんだよ」 「うっわー完全に自業自得じゃん。それで弟にたかる? しかもなんでタクシー? 電車やバスに比べてずっと高いじゃん」 『おいこらその声はトッティだな!? 別に自分の帰り賃欲しさにタクシー呼ばせるほどお兄ちゃんはクズじゃありませーん! 途中で一松を迎えに行かなきゃいけねぇんだよ! そのためにタクシー使う必要があるの! 急がなきゃ間に合わない案件なの!!』 これはリリィが聞きとった電話相手の声だ。 「え?一松兄さん絡みってどういうこと? それも急がなきゃ間に合わないって何?」 『え……えーと、確かめてみないと分かんないけど、とにかく大事なこと! もしかすると、一松様の人生に関わることかもしんない!』 「なんっか怪しい。兄さんタクシーでどっか遊ぶとこ行くために適当なこと言ってない?」 『ち、がーう!! 下手すると一松がもう戻ってこられないかもしれないんだって!!』 「だからそれが何なのかって、聞いてるんだけど――」 バン、と木の板に掌を叩きつけるような音がした。 小鞠もここで、そっと廊下をのぞいてみる。 同じ顔をした1人、青いパーカーの人が、お札を一枚、黒電話を置いた台にばしっと置いた音だった。 「全財産だ。チップはとっておけ」 「いや千円じゃ大した距離走れないからねカラ松兄さん。っていうか『チップ』と『お釣り』ってぜんぜん違う意味だからね」 「やめた方がいいんじゃないの? またぼったくられるかもしれないよ?」 緑パーカーと桃色パーカーが遠慮がちに止める中で、背後から更に黄色いパーカーの人が現れた。 リリィが助けた後に着替えた、野球服の人だった。 同じように財布から千円札を電話台に置いた。 「はい、結局粉飾決算じゃなかったから、今月は余裕あるよ」 「十四松兄さんまだ株やってたの!?」 その間に、青パーカーは緑パーカーと受話器を交代する。 「なぁおそ松。一松を迎えに行くって本当か?」 『そうだよカラ松! もしかしてお金出してくれんの! なにお前神なの!?』 「一松が、言ってたんだ」 『お?』 「『六つ子で良かった』って。なんか、思いつめてるみたいだった……」 「うんうん。言ってた言ってた」 横からそう口を挟んだのは、黄色いパーカーの人だった。 『へぇ……』 「そのことと関係あるのか」 『たぶんね』 「家出したとかじゃ、無いんだな?」 『そうならないようにする。……時間はかかるかもしれないけど、絶対に皆で家に帰れるような形を考えるから』 その台詞はリリィに聞きとってもらったものだが、その声色が真剣であることは、おぼろに聞こえるだけだった小鞠にもよく分かった。 直後、それを聞いた他の六つ子たちも財布から金を取り出し始めていた。 「もういいよ。これで何かの勘違いだったら、明日は性根叩き直すために二人とも無理矢理ハロワに連れて行くから」 「だね、闇松兄さんの口からそういうこと言われると、エスパーにゃんこのこと思い出しちゃった」 憎まれ口めいたことを言いながらも、全員の表情が笑みに変わっている。 「……というわけで、ここに四千円集まった。これで、一松のいそうな場所ぐらいには行けるか?」 『行ける行ける! じゃあまずウチにタクシー呼んで! そこで金を先払いしてもらって、まず俺のいるとこまでタクシーつけてもらうから! そっから小学校の近くの、入り口にアーチがある住宅街に乗りつけてもらう!』 「頼んだぞ、兄さん(ブラザー)」 『任せなさーい。……そうだよなぁ。俺、長男(ブラザー)だもんなぁ』 「あと、マミーが言っていた。今夜はハムカツだ」 『マジで! めっちゃ楽しみにしてる!!』 そしてまた、通話は切れた。 思い出した。 中学二年生になった春に、久々に夏海に連れられて家出をしたことがあった。 その時に迎えに着てくれたのは、一つ年上のお兄ちゃんだった。 考える。 越谷小鞠は、幼く見られることが多いけれど、越谷夏海のお姉ちゃんだ。 家に帰れば妹が待っている、お姉ちゃんだ。 だけど、だからこそ、松野家の長男とやらは、会っておいた方がいいマスターだ。 なぜなら、色々と変わった家族だけれど。 きっと、悪い人ではない。 越谷家の小鞠と、同じ側にいるマスターだ。絶対にそうだ。 だからその人に会ってみようと、松野家長男が指定していた場所に寄り道することにした。 聖杯戦争家族計画 Boys be smile
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出産の事はよくわからないので、かなり適当かも… 姫子のお腹に赤ちゃんを授かり、出産予定日を間近に控えたある日…。 「あ、洗濯物取り込まなきゃ。」 姫子がベランダに干した洗濯物を、取り込もうと立ち上がったその時だった。 「だめよ、姫子は休んでいないと!」 台所に立っていた千歌音が、慌ててこちらへやって来る。 「大丈夫だよ、千歌音ちゃん。それくらい私が…」 「だめ。私がやるから座っていて。」 千歌音は姫子の初めての出産が心配で付き添う為にしばらくの間、休暇を取って家にいる。 千歌音も出産を経験しているが姫子の身体とお腹の子が心配で、いてもたってもいられないようだ。 何をするにも、すぐに駆けつけて来る。 しかし、それは千歌音だけではなかった。 「そうだ、部屋のお掃除でもしようかな…」 「だめ~!おかあさんはやすんでなきゃだめ!」 今度は雛子が姫子の下にやって来る。 「雛子?大丈夫よ、これくらい…」 「だめったら、だめっ!おなかには、あかちゃんがいるんだよ!おそうじはひなこがやるっ!」 雛子は初めての妹が産まれる事が相当嬉しいらしい。 千歌音がいつも姫子を心配しているのを見て、出産が大変なのを子供ながらに感じているらしい。 雛子まで何かと駆けつけてくる。 「はい…わかりました。」 あまりに雛子が訴えてくるため、姫子も仕方なく諦めリビングへ戻ろうとしたその時…。 「……っ!」 「おかあさん…?どうしたの?おかあさん!」 姫子は突然その場に座り込んだ。 お腹に痛みを感じる。 (これって…もしかして…) 「ママぁ…!」 雛子はリビングにいた千歌音の下に泣いて走って来た。 「雛子?どうしたの?」 「ママ!おかあさんが、おかあさんが…」 「……!」 雛子の様子にただならぬ雰囲気を感じて、千歌音は姫子がいる部屋に向かうと姫子が座り込んでうずくまっていた。 「姫子!大丈夫?」 「千歌音ちゃん、もしかしたら…陣痛…かな…?さっき急に…」 苦しみながらも心配をかけさせまいと姫子は笑顔を作って話すが、額には汗が滲み出ている。 「予定日まだなのに…」 「心配しないで、そうゆう事はよくあるわ。今すぐ病院へ行きましょう。」 千歌音は姫子を抱えて車に乗せ、かかりつけの産婦人科に車を走らせた。 病院へ着くと、姫子はすぐに分娩室に運ばれた。 「おかあさん…」 雛子が涙を浮かべて、分娩室を見つめたまま千歌音のスカートをギュッと掴んだ。 「大丈夫よ、雛子…」 「でも…おかあさん、ものすごくいたがってたよ!?」 先ほどの姫子の苦しむ様子に、不安を感じた雛子は大粒の涙をポロポロと流す。 「心配しないで、雛子。ママもね、雛子が産まれる時すごく苦しかったのよ。」 「ママも…?」 千歌音は雛子を安心させるように、優しく肩を抱いた。 「そうよ。痛くて苦しかったけど、雛子に早く会いたくて頑張ったの。」 「ひなこに…?」 「ええ、雛子も早く赤ちゃんに会いたいでしょう?」 「うん…」 「今度はお母さんが頑張っているの。だから雛子も泣かないで、無事に赤ちゃんが産まれるようにママとここで待っていましょう。ね‥?」 そう言って、ハンカチで雛子の涙を拭いてやると落ち着いたのか笑顔を浮かべた。 「うんっ!おかあさん、がんばってるんだもんね。ひなこいいこにしてまってる。」 「雛子…」 姫子に似て、意志の強い雛子を千歌音はぎゅっと抱きしめた。 どれくらい時間がたったのか、千歌音と雛子は病院のソファーに座ったまま待ち続けていた。 雛子は千歌音の膝に頭をのせてウトウトとしている。 雛子の頭を撫でながら、窓を見ると外はもう暗くなり始めていた。 (長いわね…私の時もこんなに長かったかしら…?) 千歌音が雛子を産んだ時を思い出していると、突然分娩室から赤ちゃんの泣き声が聞こえた。 「今の…!?雛子、雛子、起きて…」 眠りかけていた肩を揺り動かすと、雛子が目を擦りながら目を覚ました。 「うぅん…おかあさんは…?」 分娩室の扉が開き、中から先生が出てきた。 「先生!?赤ちゃんは…」 「無事に産まれました。お母さんも無事ですよ。」 「ありがとうございます…!雛子、赤ちゃん産まれたのよ。雛子の妹が。」 「ほんと?ほんとにほんと?」 「ええ、本当よ。」 「わぁ!!ひなこにいもうとができたぁ…!」 喜んでピョンピョンと飛び上がる雛子を見て、千歌音は微笑んだ。 (よかった…姫子も赤ちゃんも無事で…) 千歌音はやっと安堵して胸を撫で下ろした。 病室に入ると、ベッドには姫子と産まれたばかりの赤ちゃんがいた。 「千歌音ちゃん…雛子…」 姫子がこちらに微笑むと、雛子はベッドに駆け寄った。 「おかあさん…!」 「心配かけてごめんね‥」 「ひなこいいこにしてまってたよ。」 「そう、えらいね。雛子。」 姫子にほめられて、雛子は嬉しそうに笑う。 「身体の具合はどう?」 千歌音が心配そうに姫子の顔を伺った。 「うん、大丈夫…先生が数日後には退院出来るだろうって。」 「そう、よかった…」 「それより、千歌音ちゃん…抱いてあげて。」 「いいの…?」 「もちろん、私達の子だもん。千歌音ちゃんに抱いて欲しいの。」 ベッドに眠る産まれたばかりの赤ちゃん。 姫子と千歌音の子。 千歌音はそっと赤ちゃんを抱き上げた。 雛子を産んだ時よりも、少し小さいような気がする。 しかし、こんなに小さいのに確かに生きているのだ。 千歌音の腕の中で。 「ね、千歌音ちゃんに似てない?」 「そうかしら?」 「似てるよ。顔とか、目とか…輪郭とか。きっと大きくなったら、千歌音ちゃんみたいに綺麗になるんだろうな。」 まだ産まれたばかりの我が子を嬉しそうに自慢する姫子。 「ママぁ!ひなこも、あかちゃんだきたい!」 雛子は妹を抱きたくて、千歌音の服を引っ張りねだる。 赤ちゃんを渡し、雛子にも抱かせてやる。 「わぁ…ちっちゃ~い。ねぇねぇ、あかちゃんなんてゆうなまえなの~?」 「あ、そうだった…千歌音ちゃん、この子の名前まだ決めてないでしょ?」 「え?ええ‥。」 「この子の名前、私がつけてもいいかな?」 「姫子が?私は構わないけれど…」 「あのね、千歌音ちゃんの千と、羽が生えてる天使みたいな女の子で…千羽。千羽ってどうかな?」 「千羽…いい名前ね。」 「でしょ?この子の顔を見た時、決めたの。」 千羽を見つめ柔らかく微笑む姫子の顔は、もうすでに母親の顔になっていた。 千歌音が心配しなくても、姫子は大丈夫だったようだ。 「姫子、ありがとう。」 千歌音は感謝の気持ちを伝えた。 「…千歌音ちゃん。」 「雛子、妹が出来てよかったわね。もうお姉さんね。」 「千羽と沢山遊んであげてね、雛子。」 「うんっ。」 雛子は産まれたばかりの妹の柔らかい頬を指で触れると、千羽はギュッと指を掴んで強く握り返した。 「わたしがおねえちゃんだよ。よろしくね、ちはね!」
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マスターセイバー アーチャー ランサー ライダー キャスター アサシン バーサーカー エクストラクラス サーヴァントセイバー アーチャー ランサー ライダー キャスター アサシン バーサーカー エクストラクラス マスター セイバー +越谷小鞠 越谷小鞠&セイバー・リリィ ――006:Lily White 少女闘争黙示録 よいこたちの一幕 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所 聖杯戦争家族計画 おそ松さん トワイライトシンドローム +黒鉄一輝 黒鉄一輝&セイバー ――016 Walkür 「諦めたくない、と彼らは言った」 照らしの行先 Breakdown 「勝つのは僕達だ、と彼は言った」 アーチャー +棗恭介 棗恭介&アーチャー ――011 Sprinter 死界魔霊都市 ミッション・スタート Breakdown 「勝つのは僕達だ、と彼は言った」 +プリンセス・デリュージ プリンセス・デリュージ&アーチャー ――001:Christof Lohengrin 少女闘争黙示録 覆水は器へ戻れず、疾風は勁草を知った 未来観測者育成計画SKULD 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所 聖杯戦争家族計画 Boys be smile 聖杯戦争家族計画 おそ松さん トワイライトシンドローム 全てはじぶんのために +衛宮切嗣 LOG.EX 災厄 ――009 Black Bullet 時を這い寄る因果 聖杯殺伐論 狩る者、狩られる者 LOG.EX-41 遠望 +間桐桜 鬼子母神 ――008 Prism 想いは伝わらない 伽藍、黙し語らず 狩る者、狩られる者 Bona valetudo melior est quam maximae divitiae. ランサー +棗鈴 棗鈴&ランサー ――010 雨のち晴れ なかなか人に懐かない猫達 最初の課題 聖杯戦争家族計画 おそ松さん 夕陽に誓う +佐倉杏子 佐倉杏子&ランサー ――018 Revolution お前にあげられない Crazy Ripper Town 忍法・魔法語 +電 電&ランサー ――004 Metallic Memories 電雷の鋼鉄 鋼鉄の精神、甲鉄の体 +ルアハ ルアハ&ランサー ――015 Rapunzel 伽藍、黙し語らず 狩る者、狩られる者 Bona valetudo melior est quam maximae divitiae. +プリンセス・テンペスト プリンセス・テンペスト&ランサー ――021 Tubalcain 鳴りやまぬ花 覆水は器へ戻れず、疾風は勁草を知った 未来観測者育成計画SKULD 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン ライダー +吹雪 吹雪&ライダー ――024 海色(みいろ) 「諦めたくない、と彼らは言った」 死界魔霊都市 ミッション・スタート Breakdown 「勝つのは僕達だ、と彼は言った」 +岡部倫太郎 岡部倫太郎&ライダー ――003 Jihad 決意の朝に 雷電神話・比翼連理 永劫回帰はもういらない 嵐の予感来たりて 昏の水平線に敗北を刻む +空母ヲ級 空母ヲ級&ライダー ――025 深色(みいろ) 胎動 我はいざ征きて(※一部深海棲艦のみ) ブリッツクリーク(※一部深海棲艦のみ) 未来観測者育成計画VERDANDI(※一部深海棲艦のみ) 未来観測者育成計画SKULD(※一部深海棲艦のみ) いつか世界を託した浜辺で Breakdown(※一部深海棲艦のみ) 嵐の予感来たりて(※一部深海棲艦のみ) 鼓動、電海より木霊する(※一部深海棲艦のみ) LOG.EX-41 遠望 忍法・魔法語(※一部深海棲艦のみ) 「勝つのは僕達だ、と彼は言った」(※一部深海棲艦のみ) 昏の水平線に敗北を刻む(※一部深海棲艦のみ) キャスター +春日野椿 春日野椿&キャスター ――002 Eclipse Parede 死界魔霊都市 未来観測者育成計画URD 未来観測者育成計画VERDANDI 嵐の予感来たりて +牧瀬紅莉栖 牧瀬紅莉栖&キャスター ――017 Point 人の境界 未来観測者育成計画URD 未来観測者育成計画VERDANDI いまはいつかじゃないよ 昏の水平線に敗北を刻む アサシン +ペチカ ペチカ&アサシン ――007 Logic Error 少女闘争黙示録 聖杯殺伐論 Date et dabitur vobis. +エルンスト・フォン・アドラー エルンスト・フォン・アドラー&アサシン ――022 New Faze コマトウツワ ブリッツクリーク Breakdown +秋月凌駕 勝者と敗者、英雄と落伍者 ――019 Völsunga saga 我はいざ征きて 最初の課題 トワイライトシンドローム +松野おそ松 松野おそ松&アサシン ――014 Shuffle(※台詞・視点無し) 時限式カラミティ 鳴りやまぬ花 よいこたちの一幕 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所 聖杯戦争家族計画 Boys be smile 聖杯戦争家族計画 おそ松さん +ヘンゼルとグレーテル ヘンゼルとグレーテル&アサシン ――027 Ripper Night 胎動 Crazy Ripper Town Never die/born バーサーカー +元山惣帥 元山惣帥&バーサーカー ――013 茜の消えた空に 鳴りやまぬ花 Crazy Ripper Town 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所 聖杯戦争家族計画 Boys be smile 聖杯戦争家族計画 おそ松さん +真庭鳳凰 真庭鳳凰&バーサーカー ――026 Elder Bird 少女闘争黙示録 Crazy Ripper Town 忍法・魔法語 +美国織莉子 美国織莉子&バーサーカー組 ――012 Back Number 人の境界 未来観測者育成計画URD 未来観測者育成計画VERDANDI いまはいつかじゃないよ 昏の水平線に敗北を刻む エクストラクラス +ニコラ・テスラ 仁義八行 ――028 Tonitrus 電雷の鋼鉄 雷電神話・比翼連理 Crazy Ripper Town +イリヤスフィール・フォン・アインツベルン イリヤスフィール・フォン・アインツベルン&マシン ――020 白雪 気高き二人は人狼に何を思うのか Crazy Ripper Town トワイライトシンドローム 其は全ての傷、全ての怨嗟を潤す我らが戦場 +松野一松 四男&十一番艦 ――023 月沐浴 なかなか人に懐かない猫達 未来観測者育成計画SKULD 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所 聖杯戦争家族計画 Boys be smile 聖杯戦争家族計画 おそ松さん 夕陽に誓う 最後の盾持ち、円陣を組んで +一条蛍 一条蛍&ブレイバー ――005 星と花 コマトウツワ 鳴りやまぬ花 未来観測者育成計画SKULD(※台詞・視点無し) 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン サーヴァント セイバー +アルトリア・ペンドラゴン<リリィ> 越谷小鞠&セイバー・リリィ ――006:Lily White 少女闘争黙示録 よいこたちの一幕 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所 聖杯戦争家族計画 おそ松さん トワイライトシンドローム +ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン 黒鉄一輝&セイバー ――016 Walkür 「諦めたくない、と彼らは言った」 照らしの行先 Breakdown 「勝つのは僕達だ、と彼は言った」 アーチャー +天津風 棗恭介&アーチャー ――011 Sprinter 死界魔霊都市 ミッション・スタート Breakdown 「勝つのは僕達だ、と彼は言った」 +ヴァレリア・トリファ +霧亥 +アタランテ 鬼子母神 ――008 Prism 想いは伝わらない 伽藍、黙し語らず 狩る者、狩られる者 Bona valetudo melior est quam maximae divitiae. ランサー +レオニダス一世 棗鈴&ランサー ――010 雨のち晴れ なかなか人に懐かない猫達 最初の課題 聖杯戦争家族計画 おそ松さん 夕陽に誓う +メロウリンク・アリティー 佐倉杏子&ランサー ――018 Revolution お前にあげられない Crazy Ripper Town(※台詞、視点無し) 忍法・魔法語 +アレクサンドル・ラスコーリニコフ 電&ランサー ――004 Metallic Memories 電雷の鋼鉄 鋼鉄の精神、甲鉄の体 +ヘクトール +櫻井戒 ライダー +Bismarck +アン・ボニー&メアリー・リード +ヘドラ キャスター +円宙継 +仁藤攻介 アサシン +死神 +U-511 +ゼファー・コールレイン +シャッフリン +ジャック・ザ・リッパー バーサーカー +アカネ +ファルス・ヒューナル +呉キリカ エクストラクラス +柊四四八 +ハートロイミュード イリヤスフィール・フォン・アインツベルン&マシン ――020 白雪 気高き二人は人狼に何を思うのか Crazy Ripper Town トワイライトシンドローム 其は全ての傷、全ての怨嗟を潤す我らが戦場 +望月 四男&十一番艦 ――023 月沐浴 なかなか人に懐かない猫達 未来観測者育成計画SKULD 聖杯戦争家族計画 GIRLS GAME 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所 聖杯戦争家族計画 Boys be smile 聖杯戦争家族計画 おそ松さん 夕陽に誓う 最後の盾持ち、円陣を組んで +犬吠埼樹