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家族計略 D.O.のエロゲ家族計画より テーブル上とテーブル下のゲーム機(53p2コマ目) テーブル上は左から『WiiU』『PS3』『XBOX360』テーブル下は『3DSLL』 「ちょっと仕事で失敗して」(54p1コマ目) 原作6巻あたりのクー音参入あたり 56p3コマ目のクー音 どうみてもネコアルクの目でした。本当にありがとうございました。 月姫のネコアルクの声担当はクー音。
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♠ ♥ ♦ ♣ シャッフリンは、無駄口を好まない。 しかし、一つだけ聞きたくなった。 『マスター、マスターは本当に御兄弟がお嫌いなのですか?』 「あったりまえじゃん! お兄ちゃんに無断で勝手に諦めて消えようとするヤツなんか許せるか!」 逆に言えば、家族自身の手で殺すのはアリだとも言っているような言いぐさに、こいつひでぇなとナチュラルに感想を持つ。 『マスター、これからどうなさいますか』 「一松と合流して、家に帰って……ハムカツを食べる!」 言うと思った。 ジョーカーは内心で嘆息する。 さっきの振る舞いにせよ、とても聖杯戦争での生き残りを見据えた行動ではなかった。 同盟を組もうとしていた敵対者からの要求を蹴って、それでこの先どうするというのか。 こいつの行く道には、きっと破滅しかないだろう。 けれどそれでもいい。 こいつと一緒に破滅するのも悪くない。シャッフリンは、そういうサーヴァントだ。 とにかく、まずはマスターの弟の護衛やら図書館やらに散っていたシャッフリン達にも連絡をとって、 それからマスターのために匿名電話でも何でも、松野家の誰かに電話して来てもらって、 それからマスターに負担をかけないように霊体化を―― 「ラグジュアリーモード・オン」 ひどく怜悧な声が、シャッフリン達の頭上に振ってきた。 そしてその時は、マスターを死なせないために、盾となる何人かのハートをのぞいてほとんどのシャッフリンが霊体化を完了させた後だった。 そこに、氷血を降らせる孤児が槍を振り下ろしながら襲い掛かった。 ♠ ♥ ♦ ♣ ジョーカーの敗因は、二つだった。 一つ目は、デリュージの復讐心を見せつけられたことで『これほど大切に想っていた仲間なら、見捨てることはないだろう』という先入観を強く持ってしまったことだ。 だから、おそ松と共に松野一松に対してあれこれと対処する時も、まず『プリンセス・テンペストに対して誰も近づいていないかどうか』を優先して確認した。 テンペストさえ人質に取れば、奈美は何もできないだろうと無意識にそちらの確認を優先していた。 だから、デリュージ本人の動きに対する対処が遅れた。 二つ目は、人造魔法少女の実力を、研究所の戦いと同じレベルで捕えていたことだ。 あの戦いの前と後ではデリュージの殺しに対する熟練度は各段に異なっているし、魔法の扱い方にもより熟達している。 デリュージの策は、シンプルなものだ。 図書館に戻った振りをして、監視シャッフリンの動きを封じ、テンペストのサーヴァント達がおそ松と合流するよう誘導をして、テンペストのランサーを松野おそ松にぶつける。 デリュージを監視しているクローバーの兵士を倒してしまえば、すぐに魔力反応が消えたことからジョーカーにばれる。 そしてクローバーの兵士たちも、デリュージが少しでも不審な行動を取れば念話で報告しろとジョーカーからきつく言い含められている。 ならば、一瞬で、生かしたまま、かつ念話もできない状態にしてしまえばどうか。 例えば、首から上を凍らせるといった方法がそれだ。 デリュージは最後まで『田中』とだけ名乗った。 魔法少女に変身してからは、野球帽で髪の色を、サングラスで瞳の色を、コートを使ってコスチュームと浮遊させた水球を隠していた。 そしてジョーカーたちは『研究所で採取されたデータ』でしか実験体だった魔法少女のことを知らなかったために、『水の力を使って敵と戦うよ』の魔法で浮遊させた液体をトランプ兵士の首から上に貼り付けて、そのまま凍らせるという今回が初めての荒業を予測できなかった。 そして、ランサーを上手く誘導しさえすれば、かならずテンペストのランサーはシャッフリン達を仕留めるか、ギリギリまで追い詰めるところまでは行くはずだとアーチャーは読んでいた。 ジョーカーが、テンペストの従えるランサーの特徴を報告した時、 彼は、表面上こそ微笑したまま態度を変えなかったけれど、 念話の中の声では、愉快で仕方がないかのように哄笑していた。 アーチャーは、ランサーのことをよく知っていた。 仮におそ松の弟と友好関係を築いていれば、それが誘拐されるのを絶対に阻止しようとするし、 仮におそ松の弟とランサーが敵対関係寸前だったとしても、彼は自らの敵を横合いから攫われるほど不穏な事態をみすみす見逃すほど甘くは無いと、 それぐらいに身内には甘く、身内を害そうとする者には容赦しないことを理解していると、ジョーカーが令呪の使用を要求している最中に、そこまでを奈美に吹きこんでいた。 そして、デリュージもシャッフリンのことをよく知っていた。 シャッフリンは、能力こそ違えども基本的に白兵戦『しか』できないことを知っていて、それをアーチャーにも教えていた。 白兵戦しかできない敵ならば、ランサーが負けることはまず有り得ないと、アーチャーは太鼓判を押した。 仕留めるか、かりにシャッフリンが運よく逃げ延びたとしてもその時には余裕など失われており、デリュージでもマスターないしジョーカーに狙いを絞って撃破するチャンスが訪れるだろうと。 だから奈美は、一時は人間の姿に戻って魔力を消してまで、虎視眈々とランサーとアサシンの戦闘を見守っていた。 しかし、それはプリンセス・テンペストの命を抱えて歩むならば、あまりに綱渡りの道だった。 だからシャッフリン達も、そこまでのことをするはずないという先入観を持っていた 今回はたまたまそうならなかっただけで、 もし、ジョーカーが一度でもテンペストのランサーを相手にする前後で、デリュージの監視役たちと向こうから念話を取ろうとすれば、 もし、たまたま『剣士のバーサーカーの足元にある水分を、地面に槍を刺すことで一部を魔法で凍結させて足止めする』というバーサーカー封じが上手くいかなければ、 もし、都合よくランサーが自らおそ松たちのいる方へとすぐに向かってくれたけれど、もっと露骨な誘導が必要であり、それをランサーの監視に回されたシャッフリンが見ていたりすれば、 デリュージがシャッフリンを差し向けられる以前に、監視されているテンペストがサーヴァントと別行動している現状で、真っ先に殺されていた。 もし仲間の命を守ろうとするならば、あまりにもリスクが高すぎて実行できない動きだった。 しかし、デリュージは実行した。 仲間の命に保証があったわけではなかった。 デリュージは、プリンセス・テンペストを選ばなかった。 最悪は、仲間が死んでも仕方がないと諦めて、復讐の策を実行したのだ。 それこそが、『正しくない魔法少女』が取るべき手段だと、アーチャーが囁いたから。 『まさかマスター、仲間の1人を助けるために、他の大切な方々は見捨てるつもりではありませんね?』 仮に、この場でテンペストを守り通し、またここにいるテンペストと再会が叶ったとしても。 テンペストは、再会を喜んでくれるかもしれない。 デリュージと一緒に泣いてくれるかもしれない。 助けられなかったデリュージを、許してくれるかもしれない。 しかし。 聖杯のために彼女を選び、聖杯が獲れなかったら、 クエイクは死んだままだ。 インフェルノは死んだままだ。 プリズムチェリーは死んだままだ。 それで、本当に自分の喪失が、自分の無力さのために喪ったものを、救うことができたと言えるのか。 『そもそも彼女を守って、対面して、どうするのです? 他の仲間を完全に生き返らせるために死んでくれ、とでも言うつもりですか?』 お前はどの面を提げて、ここにいる仲間を守り、顔向けするつもりなのだと言われた。 それはお前の自己満足だと。 それは仲間を救済しているわけではないのだと。 そう言われてしまえば、呼吸が詰まった。返す言葉が無かった。 だからなのだろう。 ボロボロになった実体化サーヴァントを、人造魔法少女の瞬間最大火力をもって蹴散らし、ジョーカーごとマスターを串刺しにしたその瞬間。 ジョーカーはその両眼を大きく見開き、たいそう驚いたような顔をしていた。 ジョーカー自身には、大切な人を見捨てる前提の策など無かったと言わんばかりに。 マスターはマスターで、近くにいたハートの3番をふらふらの身体で突き飛ばしていた。 所詮、ジョーカーを殺害すればすべてのシャッフリンは消えるというのに。 最期の最期で、シャッフリンを、庇っていた。 ハートの3番に、何かを言い残していた。 アドレナリンで極限まで昂ぶっていたデリュージの耳には、入らなかった。 そして、奈美の敗因がただ一つ。 ランサーの足が速かったために、ランサーと松野おそ松が接触したその瞬間には居合わせられなかったことだ。 居合わせていれば、『図書館を出てから最初に会った赤いパーカーの青年』と、『ランサーと戦っていた紫のパーカーの青年』が、別人であることにはすぐ気づいたはずだ。 最期の最期で、ランサーとおそ松の会話を聞いている時に、やっとそれを察してしまった。 その時点で初めて、マスターもシャッフリンも、『魔法の袋』をどこにも持っていないと気付いた。 ならば、『松野おそ松の弟』はどこに行ったのか。 そして、おそ松の服装が、短時間で赤から紫に変わっていた理由はなぜなのか。 それまで、最初に見せられた拘束されたマスターが、バーサーカーのマスターだという可能性を失念していた。 あれを見せられた時点で、奈美はランサー達を襲っていたサーヴァントのことを『剣士のサーヴァント』としか知らされていなかった。 『いくら何でもサーヴァントが生きているマスターならば、マスターが拘束されているのに飛んでこないはずがない』という常識が働き『だがサーヴァントがバーサーカーだったならば別だ』という可能性に至れなかった。 結果として。 殺したくて仕方がなかった相手を殺したというのに、ちっとも勝った気がしなかった。 松野おそ松は最初から最後まで、デリュージの思い通りにならなかった。 『デリュージが憎くて仕方のなかった連中』は、自分の全てを犠牲にして、身体を張って、己の弱さや卑小さやクズだということさえも利用して、護りたいものを護りきって死んだ。 それは、仲間に庇われてただ1人だけ生き残ってしまった魔法少女にとっては、これ以上ないほど皮肉でしかない。 しかもその結末は、『デリュージ自身が、ピュアエレメンツの仲間を見捨てた行動を起こした』ために、生まれたものだった。 ――お前はやはり、暗くて陰湿な青木奈美のままだと、言われた気がした。 弟を殺すことに、嬉々として本心から同意したものだから、すっかりと騙された。 松野おそ松としては、騙したつもりも何もないだろう。 あれはあれで、間違いなく本音の一つではあったのだ。 奴は最初から最後まで、誰に対しても正直にしか振る舞っていなかった。 そんな人間を、想像できなかった。 デリュージには、必死で守ろうとしながらも、死ねばいいのにと平気で言えるような相手はいなかった。 平気で喧嘩できるような相手は、いなかった。 誰にも嫌われないように、必死に取り繕いながら生きてきた。 感情のまま誰かを殴ったり頬をはり倒したりして、嫌われようとも正直に自分らしいく振る舞う勇気なんて、持ち得なかった。 仲間でさえも、デリュージのじめついた部分に触れさせることは、無かった。 おそらくあのアーチャーも、あの性格ならば誰かと本音で喧嘩したことなど、そう無いだろう。 あらゆる者から身を守る完璧な鎧を身に着けるしかなかったサーヴァントとマスターは、 平気で裸になれる男のことだけを読み切れなかった。 ――お前は自分しか愛していないんだと、言われた気がした。 身内の命が差し出されそうになっている時に、逃げずに臆せずに、自分の命を差し出してでも、一番守りたいものを守るために自分の持てる全てを使う。 この男がやったのは、それだった。 デリュージがあの時に、それができていればどれほど良かったかと、悔やんでも悔やみきれないほど、後悔したことだった。 ――お前だけそんなだったから、生き残ってしまったのだと言われた気がした。 「違う」 足元には、赤く染まった死体があった。 槍を抜いた瞬間に、血が噴き出したために再び赤く染まったパーカーの青年が、倒れていた。 「違う」 ぐさりと、その死体をまた刺した。 「違う!」 ぐさり、ぐさりと。 死体の背中へと、なお三叉の槍を突き刺した。 そうでもしなければ、否定できなかった。 「これは、仲間を救うためなんだ。あの時とは絶対に違う。」 ぐさり。 ぐさり。 ぐさり。 ぐさり。 ぐさり。 「今回は」 ずたずたになったパーカーに、もうひと刺し。 その瞬間に、ラグジュアリーモードはおろか、魔法少女姿も解除されて消え去った。 野球帽もサングラスも、すでにどこかに落っことしている。 プリセス・デリュージは、プリンセス・テンペストに会えないのではない。 デリュージは、テンペストに会わないことを選んだのだ。 「選ばなかったことを後悔するんじゃない。後悔する前に、自分で選ぶ」 「――――青木さん?」 幼さを帯びた震える声が、公民館の入り口から聞こえた。 顔をそちらに向ければ、見慣れた顔と、見慣れた姿があった。 クラスメイトの越谷小鞠が、金髪の愛らしい少女剣士のサーヴァントを帯同して、その場に姿を現していた。 ♠ ♥ ♦ ♣ 「ねぇ、もうそろそろ安全なんじゃない?」 自身も走りながら避難路のナビゲートをしていたシップがそうつぶやいて、しばらく時間がたった頃だっただろうか。 それは、突然やってきた。 「お前ら……?」 何が起こったのか、最初は分からなかった。 ぜえぜえと喘ぎながら、走り続けていたのを止める。 トランプの兵士たちが、足先から大気に溶けるように消え始めていた。 望月が、震える声でその現象を口にする。 「サーヴァントの、消滅……」 意味は分かった。 しかし、分からなかった。 急にサーヴァントが消えてしまう。 どういう場合にそれが起こり得るか、一度聞いたことがあったはずだ。 とても、考えたくないケースだったはずだ。 しかし、彼のサーヴァントは続きを言ってしまった。 「マスターが、死んだ時だ」 嘘だろ、と言いたかった。 きっと、兄弟の間でもたまにやる、すごくタチの悪いドッキリ的ないたずらだ。 サーヴァントだから主人に似たのだろうと、そう言って笑いたかった。 しかし、消滅を迎える兵士たちは、ごく静かな表情で頷き合っていた。 その結果を受け入れるように。 果たすべきことは、果たしたという顔で。 これでいいのだ、 と言いたげに。 「良くねぇよ!!」 切らした息を絞り出すようにして叫べば、反動でゲホゲホと咽かえる呼吸困難が襲ってきた。 違う。 違う、違う。 どれほど酷い目に遭わされても、必ず家に帰って来てふんぞりかえるクズだったのに。 なんやかんやで、六つ子の真ん中にいる人だったのに。 消えるわけないだろと言いたいのに、咳ばかり出るせいで訴えられない。 トランプの兵士たちの足がなくなり、腰から上がなくなり、指先も消えていくのに、何も言うことができない。 あんなに簡単に、別れてしまったのに。 お前は友達ができたんだと、言ってくれたのに。 今まででいちばん、褒めてくれたのに。 ずっと、褒められたかったのに。 「行かないで……」 兵士たちは、ふるふると首を横に振った。 彼等の1人は、マスターの真似をした。 指先から手の甲まで限りなく薄くなっていたのに、その小さな手を男の髪の上に降ろして、ゆっくりと撫でた。 着ている赤いパーカーは、一松に着せられる前から汗だくだった。 きっとタクシーを降りてからは、紫のパーカーを探すために全力で走ってきたのだろう。 その沁みついた汗と、小さな手の感触だけを残して。 シャッフリン達が、すべて消えてしまった。 その消失は、彼の身体を動かしていた気力を根こそぎ奪ってしまった。 酸欠でフラフラになっていたところに、さらに咳きこみ過ぎての呼吸困難。 望月が必死に呼びかける声をぼんやり聞きながら、視界がブラックアウトするのはやむを得なかった。 共にとなりを走る兄弟は誰もいない。 松野一松しかいなかった全力疾走、そしてバタンキュー。 にゃーにゃーと鳴く、たくさんの友達に囲まれて。 頬を濡らしたまま、気を失った。 ♠ ♥ ♦ ♣ 「さて、どこまで当たりましたかねぇ」 自身を見張っていたトランプ兵士たちがみるみると消えていくのを確認して、 アーチャー――ヴァレリア・トリファは図書館の卓上に腕を組んで計画を再確認した。 青木奈美に語った、策の狙いに嘘偽りはない。 だが、彼は幾つか、自分自身の狙いを伏せていた。 一つ目の狙いは、テンペストとやらのサーヴァント――櫻井戒に、なるべく早いうちにこの聖杯戦争から脱落してもらうことだ。 ヴァレリアのやり方を知悉しており間違いなく警戒されるサーヴァントだということに加えて、あの男はこの聖贄杯に絶大なる憎しみを抱いている。 特に、生前の逸話がそのまま宝具になるというサーヴァントのシステムを鑑みれば、間違いなく聖贄杯憎しで生かされているような『あの姿』も彼の宝具として再現される可能性が高い。 しかし、それを却って利用することもできる。 生前は、『創造』を一度発動するだけでも自我を保てなくなると言われた身体だったのだ。 いくらサーヴァントの宝具が『真名』を開放して使うものだとはいえ、『偽槍によって魂を食いつくされる逸話』が、サーヴァントとしての身体に何の影響も与えないとは考えにくい。 シャッフリン達は、白兵戦しかできないサーヴァントだ。 しかし、デリュージに聞いて、実際に目にした限りの能力値そのものは、櫻井戒単騎の戦闘力を上回っている。 つまり、シャッフリンとは『創造』を使用すればたやすく撃破できる敵だが、 逆に言えば、『創造』を使わないかぎりは勝利できないレベルの敵だ。 会敵させ、一回でもその『創造』を消費させる。 それが、デリュージには伏せていた狙いの一つだ。 もう一つの狙いは、デリュージ自身に関するものだ。 アーチャーのサーヴァントは、デリュージの命令通りに、一刻も早く彼女の復讐を成させる手助けをした。 しかし、一方でこうも考えていた。 復讐の完遂によって彼女を燃え尽きさせてしまっては、その後の大幅なモチベーション低下を招いてしまう。 彼にとって、デリュージが復讐を遂げることが重要なのではない。当面は彼女とともに聖杯を目指すことが重要なのだ。 だから敢えて、その復讐のために『仲間を見捨てた行動をする』という矛盾した手段へと誘導した。 『この上は何としても聖杯を獲るしかない』と思い詰めさせ、彼女の執念を維持するために。 もしその思惑を知る者がいれば、『同じような願いを持っているとは思えないほど突き放している』と呆れただろう。 しかし、彼にはそうさせねばならないだけの信条がある。 「自分が救われたいなどと、思ってはならない」 デリュージの復讐に賭ける意気込みは、嫌いではない。 しかし、そもそも復讐しようなどという発想が、邪なる神父には存在しない。 そんなものは結局、自分の心を安らかにするためだろう。 自分の至らなさゆえに大切な人達を失ったと悔いているのに、なぜその自分が救われることを優先する。 大切な人達の笑顔があるセカイ。 望むものは、それだけでいいはずだ。 そこに救済された自分自身も加えてもらおうなど、図々しいにもほどがある。 「魔法少女とは不便なものですねぇ。変身することはできても、至らない『自分を変える』ことはできない」 魔法少女と、邪なる聖人には、似通ってはいても決定的な隔たりがあった。 それは、かつて彼自身が大切な子ども達を奪われた時に、ついぞ『奪った者達に刃を向ける』という選択肢を選べなかったことに、起因するのかもしれなかった。 そして彼の計画は、おおむねその通り運んだ。 多くのサーヴァントの情報を一方的に得るという目的は、達成された。 櫻井戒と松野おそ松をぶつけ合わせるという目的は、達成された。 櫻井戒に、一度でも『創造』を使わせるという目的は、達成された。 デリュージにおそ松を殺害させるという目的は、達成された。 デリュージの聖杯に賭けるモチベーションを維持したまま、この会敵を終わらせるという目的は、達成された。 エクストラクラスのマスター(松野一松)を確保するという目的だけが、達成されなかった。 松野おそ松がそれを防いだという一点において、策が外れた。 ♠ ♥ ♦ ♣ 『落ちついて』『仇のことを思い出した』。 その二つが達成された頭で、彼女は正確に記憶を取り戻した。 森の音楽家、クラムベリーのこと。 そして、家族のこと。 クラムベリーに、一太刀も浴びせられなかったこと。 はっきりした頭で、思い出した。 「どうしたんだバーサーカー。消えたかと思えば、いきなりそんなのを連れてきて……」 そして、彼女は結論を出した。 ――お姉ちゃんに顔向けできないよ!! 自分には、聖杯を目指すことはできない。 聖杯を目指すということは、踏み躙るということだ。 家族のために戦う誰かと戦って、その想いを踏み躙るということだ。 『家族想い』の少女が、己の復讐のために、それをできるはずがない。 となれば、彼女の取るべき道は決まっていた。 しかし、それを実行するには、ひとつだけ心残りがあった。 そんな彼女の耳に、わずかな『戦闘音』が飛びこんできた。 全てを失った時から『音楽家』を探す狂戦士として生きてきた彼女は、サーヴァントになった今ではよりいっそう、誰よりも、他の人には聞こえなくとも、『音を聞きつけること』に敏感になっていた。 もしかすると、先ほど迷惑をかけてしまった『姉を持つ少女』かもしれない。 そんな罪悪感もあって、責任感がとびきり強かった少女は、限られたわずかな時間を使ってその戦場へと走り出した。 そして、どこかのぼんやりと見覚えのあるマスターが、トドメを刺される現場に立ち会った。 自分のサーヴァントを、突き飛ばして庇っていた。 最期の台詞を、アカネの優れた聴覚は聞きとった。 ――家のこと、おねがっ―― そう言いかけて、刺された。 そのサーヴァントは、一目散に駆けてきた。 手近に落ちていた大鎌を拾った上で、駆けてきた。 アカネは彼女を回収し、元山総帥のところへと帰還した。 彼女をマスターの前に差し出すや、長刀と脇差をふたたび抜き取る。 抜き身の長刀を夜になった街灯の下にかざし、刀身に彼女自身の姿を映し出した。 時間は限られている。 するべきことは、決まっている。 「おい。バーサーカー。何を――」 刀身に映った彼女自身の姿に向かって、脇差を振るった。 「どうかマスターは、人を幸せにする絵を」 ――私のように、魔法で大切なものを壊さないで。 そんな祈りだけを内に秘めて。 彼女の霊核は、その一撃で両断された。 「どうして……!」 彼女にとって、自分がいなくなることでの唯一の心残りは、マスターのことだった。 自分が消えれば、マスターも半日後には消えてしまう。 不破茜は、責任感の強かった少女だ。 それだけが心残りだった。 しかし彼女は、たまたま駆けつけたことで見つけたのだ。 マスターを再契約させ、命を繋ぐことができる存在を。 よろよろと駆け寄ったその魔法少女は、ずいぶんと短い時間で衣服をくたびれさせたのか、 ぼろりと上に着ていた服がはがれていた。 トランプのジョーカーが描かれた服の上から、ハートの3番の衣服を重ね着していた。 そのサーヴァントは、マスターから『家』のことを託されていた。 どんなマスターであれ、『家族』のことを思ってサーヴァントに託したものを、 『家族想い』の彼女が見捨てられるはずがない。 かくして、サーヴァントを失った少年の元へ連れて来られたはぐれサーヴァントは、その人物へと手を伸ばした。 「このまま終わりたくなければ、手を――」 ♠ ♥ ♦ ♣ サーヴァントが消滅する時、足先から徐々に消えていくように、 シャッフリン達がマスター喪失の魔力切れで次々と消えていく中で、ジョーカーは最後まで残されたらしい。 こいつと一緒に破滅するのも悪くない。いつかと同じように、そう思っていた。 そいつは、一緒に破滅するのを許さなかった。 そんなことが起こるなんて、考えもしなかった。 死ぬべきときに、死ねなかった。 それは、死ぬべきときに死ねなかった魔法少女からの、報復なのかもしれなかった。 あるいは、どこまでもワガママだったマスターの、最期の最期でのワガママなのだろうか。 「バーサーカーは、どういうつもりだったんだ?」 胡散臭い目で、再契約したマスターは彼女を見下ろす。 ほんのわずか接触しただけとはいえ、第一印象は『スペードのエースにぶっとばされる』というものだったのだ。 『やあ君が新しいサーヴァントなんだね、これからよろしく』というわけにいくはずもない。 それに、サーヴァントにマスターを失った衝撃があるように、 マスターにも、サーヴァントを失った衝撃があるはずなのだ。 ジョーカーは、マスターが図書館では保身のために自分を売ろうとしたことを思い出した。 マスターは、我が身とシャッフリンの二択ならば、我が身を選ぼうとする人間だった。 だから、最期の瞬間に、マスターの心の天秤に乗っていたのは『自分を取るか、シャッフリンを取るか』ではない。 「『音楽家』への復讐も、何も終わっていなかったのに……」 ――マスターは、なぜヘドラの討伐にこだわるのでしょう。 そう訊ねたら、マスターは答えた。 ――だってヘドラがここまで来たら、この家、なくなっちゃうかもしれないじゃん。 この家が俺達クソニートの唯一の牙城なんだからさ、となぜか偉そうに言った。 創られた偽の家であるにも関わらず、そう言った。 あの家で、ハムカツを食べたがっていた。 つまりはそれが、彼が最後に『自分の命』との天秤に乗せたものだ。 だからシャッフリンは、まだ破滅することを許されない。 新たなマスターの元へと、片膝を折る。 二君へと仕える、その境遇を受け入れた。 「恐れながら『音楽家』と名乗る魔法少女には、心当たりがございます」 その二つ名を、『魔法の国』から来た魔法少女であるシャッフリンが知らないはずもない。 「なんだって?」 こうして元山総帥は、彼女が憎んでいた『音楽家』がどこの誰なのか、彼女が消えた後で知ることになる。 ♠ ♥ ♦ ♣ 「元山とかいう奴、家にいなかったな」 残念だと唸りながら、棗鈴は腕を組んで帰路を歩いていた。 背後には、霊体化したレオニダス一世ことランサーが従っている。 「サボりか。けしからん奴だ」 学校に行かなかった時点でもうサボりなのだが、そこをレオニダスは突っ込まない。 にゃーにゃーと、たくさんの猫たちの鳴き声を聞きつけたのはそんな路上だった。 すっかり暗くなってしまっても、鳴き声を聞けばどの猫かは聞き分けられる。 「レノンと……テヅカと……アカツカもいるのか?」 とことこと鳴き声の方に駆けて行けば、助けを求めるように擦り寄られる。 そうだ。確かこいつらには、今朝『危なくなったら頼るといい』と約束をしたばかりだった。 鳴き声に導かれるように、路地裏へと入っていく。 そこにいたのは、予想外の存在だった。 「サーヴァント!」 と、マスターなのだろうか。 赤いパーカーの青年が顔をぐしゃぐしゃにしたままそこで気を失っていて、猫達がその周りをにゃーにゃーと鳴いていた。 えらくステータスの低いサーヴァントの少女が、その傍に寄り添っている。 他のマスターとサーヴァントならば、倒さなければならない。 しかし。 猫たちは、助けてくれと、そう言っているように見えた。 「お前らの、友達なのか?」 そう訊ねると、猫達は一斉に肯定するように「にゃー」と鳴いた。 その猫達の姿は、そこにいたサーヴァントにある決心をさせる。 あの場を立ち去る時、マスターの兄は彼女に言ったのだ。 彼女だけに、聞こえる声で。 『俺の弟、よろしくね? 性格ひん曲がってるけど、意外といい奴だから』 この台詞、一度言って見たかったんだよね、と。 『十四松の時』に言ってみたかったから、とにへにへ笑っていた。 『あとさ、あとさ。俺も六つ子で良かったよ』 一松に向かって言わなかった理由は、きっと簡単だ。 『自分が友達を作ったせいで、兄が危険な戦いに赴いた』と、そう思い込ませたくなかったのだろう。 そんな風に言うのは、卑怯だと思う。 ――頑張らなきゃ、いけなくなるじゃん。 「殺し合うつもりが無いマスターなら、どうか助けてください」 最初のがんばりは、頭を下げて命乞いをするという情けないものだったけれど。 ♠ ♥ ♦ ♣ バカっていうのは自分がハダカになることだ。世の中の常識を無視して、純粋な自分だけのものの見方や生き方を押し通すことなんだよ。バカだからこそ語れる真実っていっぱいあるんだ。 ♠ ♥ ♦ ♣ アカネというサーヴァントの出自について、追記することが一つある。 彼女は、『魔法少女育成計画』というゲームの電脳世界のデータが流出したことで、聖杯に招かれた存在だ。 つまり、彼女が招かれたのは「魔法少女育成計画」というゲーム内での『アカネという魔法少女(プレイヤーキャラクター)』としてであり、『不破茜という少女』としてではない。 ならば、彼女が『不破茜』という人格を存在させたまま消滅した時、 『英霊アカネ』は、間違いなく聖杯を起動させる魔力として蓄えられるのだろう。 ならば、消滅した『不破茜』の人格の、その魂の向かう先とは。 その行き先が、存在するとすれば――。 【アカネ@魔法少女育成計画restart 消滅/帰還(タダイマ)】 【松野おそ松@おそ松さん 死亡/不還(カエラズ)】 【シャッフリン@魔法少女育成計画JOKERS 元山総帥と再契約】 【B-5・路地裏/一日目・夕方】 【棗鈴@リトルバスターズ!】 [状態] 健康 [令呪] 残り三画 [装備] 学校指定の制服 [道具] 学生カバン(教室に保管、中に猫じゃらし) [所持金] 数千円程度 [思考・状況] 基本行動方針:勝ちたい 1:こいつら、どうすればいいんだ? 2:『元山』は留守だったし、どうしよう… 3:野良猫たちの面倒を見る 4 他のマスターを殺すなんてことができるのか…? [備考] 元山総帥とは同じ高校のクラスメイトという設定です。 ファルからの通達を聞きました。 【レオニダス一世@Fate/Grand Order】 [状態] 健康 [装備] 槍 [道具] なし [所持金] なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターに従う。マスターを鍛える 1:目の前の主従にどう対処するか、マスターの意向を聞く。 2:放課後もマスターを護衛 【松野一松@おそ松さん】 [状態] 気絶 [令呪] 残り三画 [装備] 松パーカー(赤)、猫数匹(一緒にいる) [道具] 一条蛍に関する資料の写し、財布、猫じゃらし、救急道具、着替え、にぼし、エロ本(全て荷物袋の中) [所持金] そう多くは無い(飲み代やレンタル彼女を賄える程度) [思考・状況] 基本行動方針:??? 1:??? ※フラッグコーポレーションから『一条蛍の身辺調査』の依頼を受けましたが、依頼人については『ハタ坊の知人』としか知りません 【望月@艦隊これくしょん】 [状態] 健康 [装備] 『61cm三連装魚雷』 [道具] なし [所持金] なし [思考・状況] 基本行動方針: 頑張る 1:目の前の主従にどうにか助けてもらう 2:一松を生還させてあげたい 【C-5・東恩納邸/一日目・夕方】 【一条蛍@のんのんびより】 [状態] 健康、輝ける背中(影響度:小) [令呪] 残り三画 [装備] 普段着 [道具] 授業の用意一式、こまぐるみのペンケース、名札 [所持金] 小学生のお小遣い程度+貯めておいたお年玉 [思考・状況] 基本行動方針:帰りたい 0:プリンセス・テンペストと一緒にブレイバーさんたちの帰りを待つ 1:脱出の糸口が見つかるまで生き延びる 2:自分と同じ境遇のマスターがいたら協力したい。まずは鳴ちゃん達から。 3:自分なりにブレイバーさんの力になりたい [備考] ※U-511の存在に気付けませんでした。 ※念話をうまく扱うことができず、集中していないとその内容が口に出てしまうようです。 【プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS】 [状態]健康、人間体 [令呪]残り三画 [装備]なし [道具]魔法少女変身用の薬 [所持金]小学生の小遣い程度 [思考・状況] 基本行動方針:帰りたい 0:蛍ちゃんを護衛しながら、ランサーたちの帰りを待つ 1:悪い奴をやっつけよう! 2:ランサーは、聖杯のために他のマスターを殺せるの??? 3:元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙 [備考] ※討伐令に参加します ※情報交換中に一度ランサーを使いにだし、魔法少女になるための薬を持ってきてもらいました。 【C-5・公民館前/一日目・夕方】 【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】 [状態] 健康、人間体(変身解除) [令呪] 残り二画 [装備] 制服 [道具] 魔法少女変身用の薬 [所持金] 数万円 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す 0:越谷さん――? 1:ピュア・エレメンツを全員取り戻すためならば、何だって、する 2:テンペストには会わない。これは、私が選んだこと。 3:ヘドラ、アサシンに対する対処。現状、討伐令に従う主従の排除は保留? ※アーチャーに『扇動』されて『正しい魔法少女になれない』という思考回路になっています。 ※学校に二騎のサーヴァントがいることを理解しました。 ※学校に正体不明の一名がいることが分かりました。 ※ファルは心からルーラーのために働いているわけではないと思っています 【越谷小鞠@のんのんびより】 [状態] 健康、不安 [令呪] 残り三画 [装備] 制服 [道具] なし [所持金] 数千円程度 [思考・状況] 基本行動方針:帰りたい 0:青木さん――? 1:その男の人は…… 2:松野さんというマスターは、悪い人ではないと思う 3:これが終わったら帰宅して、ちゃんと夏海を安心させる 【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン<リリィ>)@Fate/Unlimited cords】 [状態] 疲労(中) [装備] 『勝利すべき黄金の剣』 [道具] なし [所持金] なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターを元の世界へと帰す 0:目の前の少女をどうするか考える 1:コマリを守る 2:バーサーカーのサーヴァント(ヒューナル)に強い警戒。 3:白衣のサーヴァント(死神)ともう一度接触する機会が欲しい 4:接触しようと思っていたマスターが…… 【C-5・東恩納邸付近/一日目・夕方】 【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】 [状態] 健康 [装備] ワイヤーを射出できる腕輪 [道具] 木霊(任意で樹の元に現界することができる) [所持金] なし [思考・状況] 基本行動方針:蛍を元の世界に帰す 0:蛍ちゃんたちと合流。ランサーさん、シップちゃんたち、大丈夫かな… 1:蛍の無事を最優先 2:町と蛍ちゃん両方を守るためにも、まずはヘドラ討伐を優先したい 3:討伐対象の連続殺人は許すことができないけれど… 4:あのバーサーカーさんに、何があったんだろう… [備考] ※U-511の存在に気付けませんでした。 【櫻井戒@Dies irae】 [状態]裂傷多数、『創造』を一度発動 [装備] 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス) [道具] [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:妹の幸福のため、聖杯を手に入れる。鳴ちゃんは元の世界に帰したい。 1:家に帰ったら、もっとちゃんと鳴ちゃんと話をしてみる 2:今は「正義のため」にアサシンを討伐する [備考] ※討伐令を出されたヘドラを他のマスター達の中で一番警戒しています。 ※少しマスターに対する後ろめたさが消えました ※『創造』を一度使ったことで何か弊害があるかどうかは、後続の書き手さんに任せます 【C-5・公民館付近/一日目・夕方】 【元山総帥@仮面ライダーフォーゼ】 [状態]健康 [令呪]残り一画 [装備]ペルセウス・ゾディアーツのスイッチ(ラストワンまで残り?回) [道具]財布 、画材一式 [所持金]高校生としては平均的 [思考・状況] 基本行動方針:静かな世界で絵を描きあげる 0:バーサーカー…… 0:お前、音楽家のことを知っているのか――? 1:作品の完成を優先する。だから、ここで脱落するわけにはいかない 2:作品を託せる場所をあたる。候補地は今のところ『高校』『小学校』『孤児院』 3:ヘドラは絶対に排除しなければならない 4:自分の行動範囲で『顔を覚えた青年』をまた見かけることがあれば、そして機会さえあれば、ひそかに排除する [備考] ※『小学校』と『孤児院』の子どもたちに自作を寄贈して飾ってもらったことがあります。 ※創作活動を邪魔する者として松野十四松(NPC)の顔を覚えました。 もちろん、彼が歌のとおりの一卵性六つ子であり、同じ顔をした兄弟が何人もいることなど知るよしもありません。 【アサシン(シャッフリン)@魔法少女育成計画JOKERS】 [状態] 健康 [装備] 『汝女王の采配を知らず』(再契約した時に辛うじて霊体化のまま消えずに残っていたクラブ数体とダイヤの数体を残し、全滅) [道具] [所持金] なし [思考・状況] 基本行動方針:新たなマスターに従う。しかし新たなマスターの口から矛盾した命令でも出ない限りは、前マスターの意向を守る(前マスターの家族とその友人を守る) 1:新たなマスターに『音楽家』のことを説明する。 2:一刻も早くシャッフリンの再補充を済ませて万全を期したい。海岸にヘドラの雑魚でも打ちあがっているといいのだが…… ※魔法の袋は、一松と共にいたシャッフリンが消滅した時にともに消滅しました。 シャッフリンの再補充が完了すれば復活させられます。 【一日目・夕方/B-4・図書館】 【アーチャー(ヴァレリア・トリファ)@Dies irae】 [状態]健康 、令呪による制約(松野おそ松・シャッフリンの主従に敵対行動を取らない) [装備]なし [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手にする 1:図書館の後始末(従業員に対して等)を済ませ、デリュージと合流 2:アサシン、ヘドラを狙う他のマスターを殲滅 ?? 3:櫻井戒にはなるべく早く退場を願いたい 4:同盟相手の模索。 5:エクストラクラスのサーヴァントに興味。どんな特徴のサーヴァントか知りたい 6:ルーラーの思惑を知るためにも、多くの主従の情報を集めたい。ルーラーと接触する手段を考えたい 7:廃墟街のランサー(ヘクトール)には注意する [備考] ※A-8・ゴーストタウンにランサー(ヘクトール)のマスターが居るだろうことを確信しました ※プリンセス・テンペストの主従、一条蛍の主従に対して、シャッフリンから外見で判断できるかぎりの情報を得ました(蛍の名前だけは知りません)
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2008.04.28 22 37 野良(--) 「お兄様っ。『忘れ物』を届けに参りましたわっ!」 「……はい?」 学校で授業を受けていると、突然飛びこんできた女の子に重箱を突きつけられた。重ねた着物に膨れ上がった、五歳ぐらいの見たこともない少女に。 「……ええと、君、誰?」 「っ! ヒドイですわ、お兄様っ! こんなに可愛い妹のことを無視するだなんて!」 「いや、僕に妹なんて……」 「無理もありませんわ、あんなことがあったんですもの……」 「あんなこと? いや、まったくさっぱりこっれっぽっちも心当たりが……」 「でも大丈夫! あのおぞましい事件に『引き裂かれた』お兄様との絆、私がきっちりばっちりむっちり取り戻してみせますわっ!」 「はい?」 「というわけで先生様! 兄は急用ができたので早退いたしますわ!」 「え? あ、はい。お大事に……」 「ちょ、先生!?」 「さあ、お兄様。行きますわよ」 「へ、う、うわぁ?」 怒涛の展開に教室中が驚愕に襲われている間に、僕は少女に手を掴まれ、教室から引きずり出されていた。 全く一度も面識もない少女に。 そのまま廊下を駆けながら、不気味な笑いにただ引かれる。 「ちょ、ちょっと! 君、一体誰なのさ!」 「ふふふ、お兄様。なにがなんでも受けいれていただきますわ。私の家族を『完成』させるために……」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ コミカルなものを、と心がけてノリだけで描いてみた。ここからドタバタ活劇が始まることを期待する。 幽水晶 なんか萌え系展開を狙ってませんか。いや、ロリコンでそれはないのか…? 女の子がドSっぽくて楽しそうです。04/29 00 22 水上 える 忘れ物を届けに来たくせに教室から連れ出すとは、なんという支離滅裂なキャラ… 多重人格探偵サイコで、死体で家族を作る回を思い出しました。04/29 00 33 野良(--) ドタバタコメディってのも一度は挑戦してみる価値があるのかもしれない。04/29 23 38
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聖杯戦争のマスターには、 『戦うマスター』と、 『戦わないマスター』がいる。 だからといって、 『戦わないマスター』が弱いわけではない。 ♠ ♥ ♦ ♣ 偽りの世界の空が、抜けるような青から黄昏色へと変わりつつある頃。 陽が沈む頃までじっくりと休息する予定だった青木奈美は、思いがけぬ来訪によって叩き起こされた。 否、実際に叩いて起こされたわけではないが、それに近い衝撃をもたらされて目覚めたのだ。 『ルーラーからの、新しい通達だぽん』 まどろみから目覚めた時、見覚えのある生き物がそこにいたのだから。 『マスターに1人1人伝えて回ってたから、順番が遅くなっちゃったのは申し訳ないですぽん。 これより討伐対象の追加をお知らせしますぽん』 『ルーラーからの討伐対象の追加のお知らせ』という言葉も衝撃的ながら、奈美を心底から動揺させたのは、それを報せに訪れたのが『彼』だったということだ。 名前を知っている――ファルだ。 ご主人さまを知っている――あの実験施設ではともに戦った、白雪のように曇りのない魔法少女だ。 彼女は、それだけしか知らない。 魔法少女デリュージは、白雪の冬に届いた後の白黒(ファル)にしか面識がない。 デリュージは、『正義の魔法少女(スノーホワイト)のマスコット』としてのファルしか知らない。 『新しく討伐対象としてサーヴァント『ヘドラ』及びそのマスター『空母ヲ級』が設定されましたぽん』 しかしだからこそ、眠気など全てさっぱり吹き飛んでしまった。 そして、 「なんで貴方が、こんなことやってるんですかっ……!」 怒りを、露わにした。 そのマスコットのご主人さまは、デリュージにとって一番の恩人だった。 デリュージが知っている『本物』の魔法少女たちの中でも一番正しくて、善良で、一緒にいれば安心と勇気をくれる魔法少女だった。 悪い魔法少女を退治してくれるはずの、魔法少女だった。 その魔法少女のマスコットキャラクターが、相棒が、よりにもよって『血で血を洗う殺し合い(せいはいせんそう)』に加担している。 悪趣味な間違いだということにしたかった。 彼等まで『こちら側』にいるとなれば、世の中に『正しい魔法少女』なんていないも同然ではないか。 「偽物ですか!? 洗脳ですか!? 幻覚を見せる、嫌がらせのつもりですかっ!?」 インフェルノの『悪い魔法少女をやっつけろ』という願いを無下にするようなことをしている、マスコットが許せない。 『マスター(殺し合いの参加者)』としてここにいるデリュージだからこそ、許せない。 何より、『ファルがここにいるなら、あるいはスノーホワイトも……』と疑ってしまう己のことが嫌だった。 「それとも…………所詮はスノーホワイトも、『魔法の国』の魔法少女(ヒト)だったってことですか?」 デリュージの見てきた、インフェルノが信じた、スノーホワイト像が誤りだったのか。 現実には、『正しい魔法少女』なんて何処にもいなかったのか。 『違いますぽん』 しかしファルは、震えの混じった電子音声で否定した。 『ファルが仕えている魔法少女は、スノーホワイトじゃないぽん。ルーラーだぽん』 「ルーラー?」 『聖杯戦争を裁定するクラスだぽん。ファルはその伝達係。それ以上でもそれ以下でもないぽん。 ある時代では別の魔法少女に仕えたことがあっても、今のファルは裁定者の魔力で現界しているぽん。 サーヴァントがイコール生き返った英雄本人じゃないのと同じで、ここにいるファルも魔法少女アニメに自分をモデルにしたマスコットが出演してるような感じだぽん』 釈然とはしないまでも、その説明でどうにか理解はできた。 どうやらこの戦争に、スノーホワイトが関係しているわけではない。 その可能性が否定されたことで、少しは昂ぶっていた気持ちも落ち着く。 奈美が黙り込んだのを待って、ファルは『ヘドラ』とやらの説明を再開した。 これまでに何回も繰り返してきた文言をまた復唱するように、慣れたものだった。 『報酬はクエスト内での働きに応じて令呪一画、とどめを刺した主従には二画。 既に発令されている討伐令よりも、優先度は上ということですぽん』 言い切ると、マスコットキャラクターは消える直前にその輪郭をノイズで揺らめかせた。 まるで、もっと言いたいことがあると迷って、そしてできなかったかのように。 その不安定な揺らめきを見て、奈美の心はやっと落ち着いた。 少なくとも――今のファルは無慈悲な戦争運営者の命令を聞くだけの存在かもしれない。 だが、決してスノーホワイトと共にあった時のファルから変わってしまったわけではない。 マスコットキャラクターとは、『正しい魔法少女』の仲間で、困っている人達を助けるものだと聞いている。 かつて、スノーホワイトがファルと相談して事に当たっていた姿は、幼い頃にアニメで見た『正統派魔法少女』の姿そのものだった。 あの『正義』が、仕える相手しだいでそうそう変節するものではないと信じたい。 その証拠に、あのファルは『自分の仕えている主はスノーホワイトではない』と証言した。 本当に心から『ルーラー』に仕えているのなら、わざわざ『ルーラーの正体はこの人物ではない』と発言する必要はない。 英霊は、知識の上では生前の記憶をすべてぼんやり覚えているという。 ファルも同じなら、スノーホワイトのことを悪く言われることが嫌だったから、『スノーホワイトがご主人さまでは無い』とわざわざ言及したのだろう。 これでも、人間観察力だとか人を見る眼はある方だ。田中先生は見誤っていたじゃないかと指摘されたら言い訳しようもないけれど。 ファルは人間ではない。判断するには表情も声質も容姿も欠けている。 しかし、それらを差し引いた上で判断しても、悪意を持って通達をしているようには見えなかった。 だから、奈美は仮説を持った。 聖杯戦争の運営者は、一枚岩ではない。 少なくともあのマスコットキャラクターが、本意からルーラーに協力しているとは思えない。 この仮説をどう利用すべきかはまだ見えてこないけれど、これは青木奈美だけが手に入れた、自らを有利にするかもしれない手がかりだ。 一方で、通達された内容の方はただならぬ案件だった。 ヘンゼルとグレーテル以上に、優先して打倒しなければならない主従がこの地にいるという。 しかも、このまま看過すれば、このK市がまるごとヘドロに飲まれて消滅するかもしれないときた。 これは、『討伐令に参加するマスターの背中を狙う』という方針をかためたそばから、方針を転換しなければならない、かもしれない。 奈美が『ヘドラ討伐令に従おうとするマスター狩り』をしたところで、いずれ他のマスター達が『ヘドラ』を打倒して戦争は問題なく続いていくし、大勢に影響はないという可能性もある。 しかし、もし奈美が介入したせいで『ヘドラ討伐』が遅延して取り返しのつかないことになれば――奈美自身の行動のせいで、ヘドラが聖杯を獲得するか、聖杯戦争そのものが潰れましたなんて、最悪過ぎて笑えない。 まずは、念話でアーチャーに連絡しよう。 まだアサシンの起こした殺人事件についての調査はまとまっているか分からないが、それどころではない事実が判明したと相談しよう。 『そんなことを言って、外道な行為に手を染めるのを先延ばしにする口実が欲しいだけなんじゃないですか?』とか嫌味の一つでも言われるかもしれないが。 余計な心配は、無用だ。 そんな口実を欲しがるなど、もう諦めた。 私は、正しい魔法少女には、なれない。 ♠ ♥ ♦ ♣ 「やっぱり、家の外から見張ってても何もならないのかなぁ……」 右隣を不動産屋に、左隣を1階はカフェ、2階は探偵事務所というビルに挟まれた――ちょっと外装に年季があるけれど、ごく住み心地は良さそうなお宅。 表札に『松野』と書いてあるそんな家を、越谷小鞠と霊体化したセイバー・リリィは左隣のビルの影に隠れながら見張っていた。 なぜなら、マスターと思しき赤いパーカーの青年の跡をつけていけば、そこに帰宅したからだ。 もっと言えば、その青年が殺し合いに積極的ではない話し合いのできる人だったら、協力してもとの世界に帰りましょうと、同盟を持ちかけるためだ。 さらに言えば、それは下校の道すがらにリリィと話し合って、『次に学校みたいな事件が起こった時のためにも、いざという時に頼れる同盟相手がいるといいですね』と確認したからだった。 いや、ステータスを目視した限りでは、いざという時に戦いで頼りになるようなサーヴァントだとはとても思えなかったのだけれど。 それでも『殺し合いの世界で生き残らなければならない』というプレッシャーを幼い身空で背負っている小鞠にとって、同じ目的を持っている、しかも立派な成人男性のマスターと出会えれば、どれほど心やすらかになるだろうか。 リリィもそうであればと思っていたので、『あの人と話してみたいです』という小鞠の決断に賛同してここまで来た。 「それに、あの人って本当に大丈夫なのかな……さっきも道端に落ちてた五円玉を見つけて、『やっりぃ!』とか言ってぴょんぴょん喜んでたような人だし……」 『大丈夫。私もこれまでの道中で観察していましたが、目を見れば分かりますよ。 私の修行の旅路でも、同じ目をした方々に出会ったことがあります。 どの方もこころよく『訓練中のトラブル』だとか『くんずほぐれつの密着』とかさえあれば満足だとかで、無償で真摯に稽古をつけていただいた、いい方達でした』 「リリィさんそれ大丈夫だったんですか!?」 その人達と比較されるのって、わりと最底辺同士の争いのような……。 修行の旅とやらがぴんとこない小鞠でも、そう思う。 『それに、先刻の通達は彼の元にも届いているはずです。 今や、ほぼ全てのマスターにとっての脅威は『ヘドラ』とやらを倒すことにあるでしょう。 それならば、立場を決めかねているマスターの方であっても、協力し合えるのならばそうしようと言う気持ちに傾いているのではないでしょうか』 希望的観測ですけどね、と小鞠のサーヴァントは付け加えた。 慰めるようなその言葉を聞いて、小鞠の心も少しずつ軽くなっていく。 そう、大丈夫。たとえ何かがあったとしても、この人は私を守ってくれる人だ。 しかし、あのニュースで報道されていたことはやはり現実だったのだと思い出したのもまた確かだった。 あれを放っておけば、この世界中があのニュースのようなヘドロに変わってしまうかもしれない。 小鞠も、クラスメイトも、セイバーリリィも、この世界の越谷家も。父も母も。卓も。夏海も……そんなもの、想像したくもない。 『コマリ、扉が開きました』 「あ、本当だ、出てきた……」 また出かけてきマッスル!と大声が響き、『さっきの青年』が姿を現した。 今度は、少女のサーヴァントは連れていないようだ――霊体化させている可能性もあるが。 「い、行きましょう。リリィさん」 『はい、お供いたします』 青年は左肩にグローブのぶらさがったバットを担ぎ、右手には野球の硬球を握ったまま弾んだ足取りで歩いていく。『十四松』とネームの入った野球のユニホームを着ていた。 さっきは赤いパーカーだったのに……運動するから着替えたのだろうか。 しかも、帰宅した時とはどうもテンションが違っている。 変な人だ、と思いながらも、小鞠とリリィはこそこそと青年に追いすがった。 どこか人目につかない場所にでも行けば、そして善良な人格の持ち主だと確信が持てれば、話しかける機会が見つかるかもしれないと期待して。 ――その青年が、先刻まで尾行した青年とは別人だということに気付かないまま。 ♠ ♥ ♦ ♣ 予想はしていたが。 やはりというか、マスターはいまいち理解していないようだった。 「それって、1人で全員倒すのは面倒だから協力しましょうってことだよね? 願ったり叶ったりじゃない?」 そんな単純な話だったならばどれほど良かったか。 ひとまず、ハートの3を霊体化させずに帰って来るなんてあまりにも不用心だと説教――もとい忠言をして、その『同盟の申し入れ』がいかに怪しく油断ならず危険なものであるかを、マスターにも分かるように強く再説明する。 どちらかと言えば、ジョーカーこそ『なんで俺がわざわざ交渉に出向くような事態になったんだ』と怒られる覚悟をしてきただけに、拍子抜けを通り越して呆れるものがあった。 『あまりに危険が過ぎます。 いずれ敵対することは必定の関係であるにも関わらず、マスターの御身を晒すように脅迫し、一方相手方はマスターの身を晒すことを恐れておりません。 マスターを暗殺するための企みを持って交渉の席を設けたのだという疑いもあります』 「……でも、俺のことはシャッフリンちゃんが守ってくれるんだよね?」 『それは当然。どんな奇襲、搦め手にも対応できるよう、壁役のハートとスペードの精鋭たちで御身を固めますゆえ。交渉の際に選ぶ言葉も、慎重に吟味いたします』 マスターの家族が部屋に乱入してくるリスクがあるので、会話は霊体化を通して行っている。 虚空に向かって嬉しそうにペラペラと1人会話をしている姿は、これはこれで頭のおかしい人間の振る舞いかもしれないが、 マスターは周囲からも馬鹿だと思われているのが共通認識のようなので、変に怪しまれることはないだろう。 「要するに、交渉はジョーカーちゃんがアドバイスしてくれるから、俺はうんうん言って話を聞いて、それから相手のマスターと仲良くできるようにお喋りすればいいんでしょ。 それぐらい大丈夫だって。やること無くて退屈してたから、役に立てて嬉しいし」 だから、退屈とかそういう問題では無いのであって。 また言葉を尽くそうとしたが、マスターが切り出す方が早かった。 「あのさ、ジョーカーちゃん」 いつになく静かな声だった。 契約してから、初めて聞いたかもしれないぐらいに、しんみりとマスターは言った。 「…………なんか、ありがとうね?」 思わず、まじまじとマスターを見てしまった(霊視なので視力は良くないのだが)。 もしかすると、すごく唐突で、かつ意外な言葉を聞いたのだろうか。 「いや、俺はいいんだけど、シャッフリンちゃんたちはこの『戦争(ゲーム)』をやってる間だけの命なわけでしょ。 それなのに『マスターだから』ってだけで、俺のために命張ってくれて、今も全部俺のために盾になろうって考えてくれるわけじゃん? 俺、今まで足を引っ張る連中はいたけど、そこまでしてくれる相手っていなかったから」 照れたように、後頭部をぼりぼりと掻きながらそう言った。 『……恐れ多くも、ありがたきお言葉』 驚いた。 最初の『俺はいいんだけど』という言葉は不可解だったけれど、マスターがここまで真摯な言葉を発するとは。 生前のシャッフリンは、主人から一応は褒められたことこそあれど(その褒め言葉も半分は主人自身の手柄でもあるかのように話したものだが)、感謝の言葉を向けられたことなど無かったのもある。 「それで、さっき『ファル』とかいうのが言ってたことなんだけど」 切り替えるように、ニヘニへと明るい口調に戻ったものだから、つい話題に釣りこまれてしまった。 「シャッフリンちゃんだけでは、あのヘドラってヤツは倒すの難しいって言ってたよね? だったら、もし、『同盟』が成功すれば、協力してヘドラを倒すために何かできないかな?」 『…………』 これもまた意外だ。 マスターの口から、己が働きかけることで状況を変えたいのだという意思が出てきた。 マスターは確か、シャッフリンがヘンゼルとグレーテルを狙って討伐令に参加しようとした時は反対していたはずだ。 『先方のサーヴァントの耐久力は、我々の最大攻撃力をはるかに上回る頑健さを有しておりました。 その防御力をヘドラに対しても適用できるようであれば、あるいは対抗策の一つになり得るやもしれません』 「そっか……じゃあ俺、やっぱりその『同盟』に賭けてみたい。 スペードちゃんやハートちゃんたちも危ないけど、頑張ってくれるかな?」 しかも、『どうしても討伐令のヘドラを倒したい』ともとれるような意気込みを伺わせている。 どちらかと言えば喜ばしい意気込みだが、いったいどんな心境の変化があったのか。 はばかりながら、シャッフリンはおそ松へとその理由を尋ねた。 ♠ ♥ ♦ ♣ 『殺します。殺す以外にない』 マスターからの念話が届いたので、アーチャーはこちらからも報告したいことがありますと断りを入れた。 デリュージは『まさか、また誰かと接触したんですか?』とけげんそうなコメントをした後、ではまずはそちらから、と続きを促す。 しかし、『複数個体で一つのサーヴァントを為す、トランプのマークを身に着けた幼い少女たち』という特徴を伝えたとたんに、そのマスターは豹変した。 『そいつらはこれから図書館に来るんですね? 私もすぐ向かいます。皆殺しにしましょう』 そう言い切った青木奈美の語尾には、笑っているかのような震えがあった。 アーチャーは、奈美が笑っているところなどこれまでほとんど見たことが無い。 しかも、似たような声で笑っていた子どもなら覚えている。 レーベンスボルンで目にした『失敗作』のソレに似ていた。それも、仲が良かったべつの『失敗作』を失った者のソレだった。 『えー……お断りしておきますが、仮に同盟を結べたとすれば、他のマスターを探すのに大いに有利になる他、情報収集力の強化、戦力の大幅増加、マスターを奇襲できる可能せ『殺します』 皆まで言わせなかった。 ここまで憎悪に満ち満ちた声を聴いて察せないほど、ヴァレリアも愚かではない。 『奈美さん、お知り合いですか?』 『…………敵です』 『敵』だと答える前に、言葉を選ぶような沈黙があった。 『最悪の』とか『最低の』とか『忌々しい』と言った形容を付けようとして、そのどれもが彼等を表現するには生温いと判断したのかもしれない。 『それは復讐ですか?』 『いけませんか?』 むべもない。 彼女が、奪われたものを取り戻すためにここにいることは知っている。 それを奪った悪しき英雄が、あのトランプ兵士たちだったということなのだろう。 それも、よほどデリュージにとって残虐な奪い方で。 恐ろしい偶然があったものだ、とヴァレリアは念話では表すことなく独りごちる。 確かに、青木奈美の意向次第では、アサシンたちを最初の生贄にするという計画に路線変更することも考えてはいた。 しかし、そうなることも考慮して、初めてマスター立ち合いの元に本格的な接触をした最初の主従が、まさかマスターにとってこれ以上ないほど因縁の強い仇敵だったとは。 それとも、マスターとサーヴァントを引きあわせた聖杯とやらがそのように『選ばせる』ことを期待して配置したことだろうか。 だとすれば、聖杯はまるで黒円卓の副首領閣下のように性格が悪い。 『念のために確認いたしますが、我々の目的は聖杯を獲得して願いを叶えることであり、復讐ではない。 聖杯を手にすることができれば、仇もなにも、奈美さんの喪った者はそっくり取り戻せることでしょう。 そして、彼等と同盟することにはメリットがあり、敵に回すことには高いリスクがある。 付け加えるならば、サーヴァントはただの英霊の座から限界した霊体――戦争が終われば『座』に戻るだけの複製品であり、仕留めたとしても『殺害した』ことにはなり得ません。 それでも、敢えて復讐に命を賭けますか?』 自分で言うのもなんだが、これだけ長い前置きと念押しを、青木奈美はおそらく我慢して最後までは聞いてくれた。さらに、一考してくれるような間もあった。 そして、答えは変わらなかった。 『仕留めます。昔の私は、あの連中を怖いと思っていた。今ここで、そこから逃げる選択肢はない。 それに、連中もサーヴァントなら、マスターを勝たせるために動いているんでしょう。 人の仲間は殺しておいて、自分のご主人さまは幸せにしたいなんて、そんな身勝手は許せない』 『逃げない……ですか。なるほど』 ヴァレリアにとっては、悪くない答えだ。 そして彼女は、私情に憑りつかれているいるだけではなく、それが己を変えるために必要だと自覚している。 『では彼女らのマスターは? おそらく貴方がたの因縁とは無関係ですが、道連れに殺害しますか?』 『どのみち、聖杯を獲るためには殺すことになる相手でしょう?』 学校で会った時とうってかわって、殺意を剥き出しにしたデリュージは頼もしく、危うい。 当初は『聖杯を手に入れるためならば何だってする』という志だったけれど、既に『トランプのアサシンを殺害してから聖杯を手に入れる』という目的に変質しているようにも取れる。 ならば仕方ない。 この復讐が遂げられれば、彼女は真の意味で修羅に落ち、地獄道を共に歩める共犯者となっていることだろう。 自分が手綱を握り、マスターを操って、復讐劇の筋書きを書かせてもらうしかない。 『では、私に策を委ねていただけますか? いくら何でも、これから行われる会談の場で100%彼女らを皆殺しにする前提で事を進めることは難しい。 なぜなら、敵は何人いるかもわからな『53匹です』 『失礼、53名のサーヴァントとそのマスターを2人で相手することになるのですから、正面から迎え撃つわけにもいかない。 そもそも私の宝具は、私自身への攻撃ならばいざしらず、私以外の者を護ることには向いていない。 であるなら、頭を使い、順を追って彼女らを追い詰める段取りが必要だ。それはデリュージにもご理解いただけますね?』 敢えての魔法少女名で呼び、その現実を確認する。 『分かりました。ただし、策については全て私に聞かせなさい。 回りくどい手を使うのは構いませんが、近い将来に必ず連中を滅ぼすこと。 ここで令呪を用いることまではしませんが、それに匹敵する命令だと思いなさい』 『無論』 これでも聖杯を獲るという願いのために憎しみの暴走を抑えているが、それも決して長くは無いことが暗に伝わる。 『では教えてください、マスター。あの兵士たちの総数を。戦い方を。能力値を。弱点を。知っている限りの全てを』 『当然です』 彼女は既に、正しい魔法少女の道を放棄している。 馬鹿正直に討伐令に加わるのはもったいない、と指摘された時はあれほどに不快感を示したサーヴァントからの助言を、今や自ら恃んでいる。 ヴァレリアにとっても、良い傾向だった。 『アーチャー。初めて貴方に感謝しています。 あの復讐相手と、私を繋ぐ接点を作ってくれて』 生前は、滅多に前線には出たことのなかった黒円卓の第三位にして、首領代行。 その本領は、戦場での活躍よりも、策謀を用いての暗躍にあった。 人の行動を操り、選択肢を奪い、罠へと追い込み、潰し合わせる。 何よりこの聖杯戦争では、サーヴァント自身が強固でも、マスターを切り崩すという手段が使える。 信頼していたり、愛し合っている組み合わせだからといって、彼に引き裂けない関係など存在しない。 ♠ ♥ ♦ ♣ 「魔法少女ってことは……『トゥインクルシスターズ』みたいなのだよね! ほら、今夕方に再放送やってるアニメの……」 「あっ、その再放送ならわたしも見てるよ! 主人公が緑のヤツだよね」 「良かった、話通じた! わたし、アレに出てくるトゥインクル・ブラックが好きなの。 いつもは主人公と距離置いてるんだけど、ものすごく強くて……オレンジのカズホとはまた違う意味でかっこいいお姉さんキャラだと思うの」 「うん、ピュアエレメンツでも、黒は一番お姉さんのプリンセス・クエイクの担当なんだよ。 かっこいいリーダーで、恋愛相談とかも余裕で乗ってくれて……やっぱり黒ってクールなお姉さんポジがやるものだよね」 「うんうん。すごいなぁ、本物の魔法少女だぁ……鳴ちゃんもシスターズではブラックが好きなの?」 「んー……わたしは緑かなぁ。自分の衣装も白だけど緑色も入ってるし。でもブラックのあのキメポーズかっこいいよね」 「「邪悪な存在は、私が黒に塗りつぶす!」」 びしぃっ、と両手をクロスさせた決めポーズを同時に決めて、小学生二人が同士を見る眼で互いを見つめる。 ランドセルをおろして公園のベンチに座りながらだと、大学生のお姉さんが近所の子どもを相手に遊んであげているように見えなくもないけれど。 「えっと、蛍ちゃん。私もそういうアニメとかは昔見てたし好きだけど、今は聖杯戦争の話をした方がいいと思うなぁ」 「そうだね。もう夕方だから、せめてこれからの予定はまとめておきたいし」 互いの後ろに立っている中学生くらいの少女と、十代後半ぐらいの青年が苦笑いしながらそうとりなすと、小学生2人……一条蛍と、『東恩納鳴』と名乗った少女は、すなおに「「ごめんなさいっ」」と謝った。 最初はお互いの自己紹介から始めましょう、と簡素に始まったはずの話し合いは、気が付けばずいぶんと長引いてしまっていた。 遊具の下から地面に伸びている黒い影はだんだんと細長くなり、遊具自体も黄昏色にやわらかく包まれ始めている。 遊具と言っても、ブランコと滑り台と鉄棒と砂場――あとは木製のベンチが置かれた東屋ぐらいしかない。 どこの住宅街にも一つは設けられているような、子どもの遊び場所だった。 さすがに中学生ならまだしも小学生がこの物騒な時期に外で遊ぶのは推奨されていないらしく、子ども達もちらほらやって来た程度で、この時間帯ではそれもいなくなった。 「『これからの行動』って言われても……」 東恩納鳴が、言いにくそうに言葉を途切れさせた。 あ、まずい。これ話題を振られるやつだ、と身構える。 「そっちの人がどうするかだよね?」 やっぱり振られた。 東屋の外で少女たちと目を合わせないようにしながら猫たちに猫じゃらしを振るっていた 『そっちの人』――もとい、松野一松はあからさまに狼狽した。 東屋の中に立っているシップの方を必死に睨んで『俺の言いたいこと分かるよな?分かってくれ。頼む』と目線で懇願する。 彼のサーヴァントは、やれやれという顔で代わりに答えてくれた。 「あー……あたしらも依頼主のマスターには、自分達がマスターだってばれたくないんだわ。 だから、あからさまに『バイト』のアタシらまで怪しまれるような報告をするのは避けたいっす」 「でもでも、その『フラッグコーポレーション』さんに問い合わせたら、依頼をした人って分からないのかな」 シップと同年代ぐらいの外見をした『ブレイバー』とかいうサーヴァントが、おずおずと尋ねる。向こうもシップを同い年かそれ以下ぐらいだと判断したのか、敬語は取れていた。 ちなみに、外見もシップは黒いセーラー服であり、ブレイバーは白いスカートと灰色のセーラーの中学制服を着ているので、(最初に現界した時は緑色のきらびやかな衣装だったけれど、目立たないように人間らしい格好にもなれるらしい)この二人だけなら中学生同士の会話に見えなくもない。 「いや、それは無理があるっしょ。いくらウチのマスターが社長の知り合いだって言っても、プライバシーの保護とかあるし。秘密厳守もばっちしって感じのデカい会社だったし」 シップが『だよね?』と確認するようにこちらを見て首をかしげたので、ぶんぶんと首を縦に振った。 心なしか、その場にいる二組四名の視線が『この男の人は自分で話せないんだろうか……』という感じに刺さってくるので、一松はもう何度目かもわからない後悔の念に襲われた。 本当に、こいつらの尾行を継続するんじゃなかった。 せめて、学校にランサーのマスター――ステータスがやばい――が来た時点で、すごすごと引き返すべきだった。 いや、実際にそうするつもりだった。 しかし、ぽかんと驚いていたマスター同士がやがて何やら話を始め、二人(迎えにきたサーヴァントも入れて計三人)で校門を出て行くのを見て、気づいてしまったのだ。 これ、ハタ坊になんて報告すればいいんだろう。 一日、二日尾行してみましたが、何も異常は見つけられませんでした。 争い事に関わりたくないならば、そう報告して身を引くのが賢明だ。 なんせ、ハタ坊に依頼をした人物はマスターである可能性が高い。 自分はただのバイトで雇われた調査員であり、決してマスターではありませんと、そう怪しまれない報告をしなければならない。 しかし、だとすれば。 この後、もし――小学生たちは見たところ友好的そうだけれど――万が一にでも二人が戦いになったりして、どちらかが脱落したりすれば、『一条蛍の身辺には怪しいところは何もありませんでした』と報告したりすれば、きわめて胡散臭いものになってしまう。 せめて、この二人の接触がどうなるのかは見届けよう。 シップと二人でそう結論づけ、追いかけて小学校から出た。 しかし、とっくにばれていたらしい。 『いったい何の目的があって僕たちを尾行していたんですか?』 話し合いのために公園についた時点で、男性のサーヴァントから『そこにいるのは分かっている』と睨まれた。 そしてランサーを名乗ったサーヴァントにあれこれ尋問されたり、 その途中に『ファル』とかいう変な生き物が出てきたり、 『ヘドラ討伐令』の説明があって皆が驚いたり、 とにかく互いに戦う意思がないことを確認したり、お互いのサーヴァントやら行動方針やらを説明したりして、今に至る。 ちなみに、情報交換だけでここまで時間がかかった理由の一つめは、ファルの『討伐令』という予想外の報せがきたからであり、 二つ目は、好奇心旺盛な小学生二人が魔法少女やら勇者やらの話で盛り上がったからであり、 三つ目は、一松の応対があまりにしどろもどろだったせいだ。 結局、遣り取りのほとんどはシップに押し付けたままだ。 せめてサーヴァントには1人でも男がいて良かった。 これで自分以外は全員女の子に囲まれたりしたら、絶望しかない。 『なぜ彼女たちがサーヴァントだと分かった? いやむしろ、なぜ貴方は小学生の個人情報の資料なんかを持ち歩いていたんですか?』 もっとも、その紅一点ならぬ白一点の追求がいちばん厳しかったわけだが。 とても困った。 アルバイトとはいえ、身辺調査をしているのに依頼主について明かすなど言語道断。 ましてやバイトの話を持ってきたのは、NPCとはいえ幼馴染のハタ坊であるし、おいそれと情報を吐きだすわけには……。 『答えなければ、敵性マスターとして僕たちを探っていたと思われても仕方ありませんよ?』 はい、ばらしました。 やはり一松は、旧知の仲との信頼関係よりも保身を取る人間だった。 だってこのランサー、見た目年下なのにめっちゃ眼が怖いし。 語調は静かだけれど、有無を言わせぬ圧迫の仕方を心得ている感じもするし。 やはりサーヴァントというからには、ヤの付く業界かそれ以上に『そういうこと』には詳しいのだろうか。 「では、松野さんに聞きますが、その『一条蛍の身辺調査』……報告の期限はいつまでですか?」 そのランサーからシップをすっ飛ばして質問が来た。 しどろもどろになりながらも、答える。 「い、いちおう……明日の夕方には一度報告を入れる、って言った……と思う。 ハタぼ……社長は、何日も時間かけたくないって言ってた」 「では、相手方もギリギリ明日までは不審には思うまいというわけですね。 ヘドラという目下の脅威もある以上、二面に敵を抱えるのはこちらも避けたいところです」 「じゃあ、まずは先にヘドラをやっつけましょう。蛍ちゃんも、それでいい?」 ブレイバーが、自らのマスターへと確認するように問う。 「はっはい、正直、今でもちょっと怖いけど、その『ヘドラ』を放っておいたら、明日にも町が危ないんですよね? 私もそれがいいと思います!」 両手を拳の形にして胸の前でぎゅっと握り、蛍が何度も頷いた。 魔法少女トークのこともありすっかり元気になった――風にも見えるけれど、まだ目元には泣いた痕が赤く残っている。 なんせ、『どこかのマスターがあなたに目を付けて、あなたに関する全てを探り出すように依頼したんですよ』という話を聞いた時は大変だった。 『私がなにか狙われるような失敗したんでしょうか』とえぐえぐ泣くものだから、ランサーとブレイバーと鳴が三人がかりで落ち着かせた。 ただの小学生(見た目はともかく)が、いきなり『殺し屋(みたいなもの)に目を付けられました』と宣告されたのだから、そうとう堪えるものがあったらしい。 鳴もすっかり蛍のことを保護対象だと見なしたのか、ませた口ぶりでに会話に加わった。 「んー……わたしは先に『討伐令』されてたアサシンも気になるけど、でも目の前の蛍ちゃんを守る方が先だよね。 一番がヘドラで、二番目が蛍ちゃんを狙ってる敵を倒す。それでいいよ」 すっかり『蛍ちゃん』と呼ぶようになっている。 彼女のいた子ども会では、中学生であっても子どもは一律に君付けちゃん付けで呼び合っていたのだそうだ。 「ありがとう鳴ちゃん。狙われてるのは私なのに、守ろうとしてくれて」 「これでも魔法少女だもん。それに、狙われてるのが分かってるなら、やっつけちゃうのも難しくないよ。 魔法少女のアニメでもよくあるじゃん。悪の組織に情報を盗まれてるのを逆に利用して、嘘の情報でおびきよせて嵌める展開!」 「そっか、そうだよね。そういう作戦なら、狙われてる私でも役に立てるかも!」 互いに命懸けだとは分かっているだろうに、微笑ましい作戦会議が交わされている。 きっと、予選期間の間にも悩んだり役に立てることを探したりしながら、生きて帰ろうとする覚悟を固めてきたのだろう。 子どもなのに強いのか。あるいは、子どもだから正義は勝つのだと夢を見られるのか。 どっちにしても、彼女らはよいこたちだと思う。 それに引きかえ、松野一松はゴミだ。 子ども達がこんなに頑張っているんだから、大人である自分も……などと思えるほどに、人としてまっとうにできてない。 どうせ戦っても生き残れないのだからと諦めて、少しでも長くモラトリアムできる場所を探すうちにここに迷い込んでしまった。 今でも、悪いサーヴァントの打倒計画が練られているというのに、『俺もぜひ参加させてください』とも、 『悪いな。俺は自分の身が一番可愛いから抜けさせてもらうぜ』と拒否することもできずに、居心地悪く座っている。 むしろ、その場が『みんなで力を合わせて一緒に生き残ろうね』という空気で盛り上がっているからこそ、いっそう自分の道には先が無いように感じていた。 ヘドラとやらがどんなものか、見たことはない。 けれど、サーヴァントたちがファルを詳しく問い詰めたのと、シップが『深海棲艦』について知っていたことから、具体的な恐怖として知ることはできた。 予想するのは、簡単だ。 ソレの討伐軍にシップを参加させたりしたら、絶対に死なせてしまう。 ヘドラだけでなく、たいていのサーヴァントに勝てそうにないことは、ランサーやブレイバーのステータスを見るうちに察してしまったけれど。 たとえ他のサーヴァントと力を合わせて突撃させたところで、火力も圧倒的に足りていないらしい彼女では真っ先に溶かされるポジションに収まってしまうか、海岸付近で雑魚を相手にどんぱちさせるのが関の山だろう。 じゃあ、自分たちは単独では弱いからと、蛍や鳴たちに保護を求めればいいのかと言えば、その選択肢も決して見通しは明るくない。 メンタルも弱く、猫と仲良くなることぐらいしか取り柄が無いダメ人間のマスターと、 ほぼすべてのステータスがEランクの上に、資材を持たなければろくなサポートもできない船(シップ)。 同盟相手がただの小学生なら、資材の輸送などで役に立てることは無いだろう。むしろ自分たちこそが足でまといにしかならないお荷物だ。 今でこそ――少なくとも『身辺調査の依頼主』の件が解決するまでは――あれこれと話しかけてくれてはいるが、いずれ自分達を重荷に感じて見捨てる時が来るんじゃないか。 見捨てなくとも、同盟を組めばまずシップがウイークポイントとして扱われて、道連れに破滅する主従を増やすだけじゃないか。 「じゃあ、シップさん達には、どんな報告をしてもらいましょうか?」 「できるだけ、相手がぎょっとするようなのがいいんじゃないかな」 「めんどくさ……まぁ、アンタらの都合に合わせるけど、先方に突っ込まれたらボロが出るようなのは勘弁ね」 少なくとも『がんばりますから見捨てないでください』と懇願できるほど、自分の性格が可愛らしくないことは自覚している。 ランサーの追求が厳しめなのだって、頭の中では自分たちに見切りをつける算段をしているせいかもしれない。 こんな人間に生まれ育った時点で、一松は人生の色々な事を諦めてきた。 それは、友達の1人でも作ることだったり、若者らしく合コンに参加することだったり。 クリスマスに出会った恋人の二人を祝福したり、人の好意を素直に受け取ったり、こんなに善良に差し出されている手を取るだけのことだったり。 きっと、この戦争を生き残れるような強い人間がいるとしたら、それは彼女たちで。 松野一松は、ほんとうに、この戦争を生き残れるような人間じゃない。 きっと、この世に要るのはよいこだけだ。 聖杯戦争家族計画 氷血のオルフェン
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 ◆M2vRopp80w氏 ―神無月の巫女― 輪廻転生を繰り返し、悲しい宿命を背負った二人の巫女。 陽の巫女と月の巫女。 世界を再生する為、剣神アメノムラクモによって引き裂かれ月の社に封印されるが、再び転生し月の巫女は陽の巫女と再会を果たす。 そんな二人に、アメノムラクモは贖罪としてある特別な力を授けた。 それは…。 穏やかな風と、温かな日差しが差す昼下がり。 高級マンションや住宅が並ぶ住宅街。 ある高級マンションの一室から、慌ただしい音が聞こえる。 「こらっ!雛子、待ちなさい!」 紅茶色の髪をしたひとりの女性が、小さな女の子を追いかけている。 「やだ~!」 女性と同じ紅茶色の髪をした小さな女の子は、元気に部屋を走り回っていた。 「ほら、捕まえたっ!」 女性の腕の中で、捕まえられた女の子は楽しそうにはしゃぐ。 子供の元気な様子に、女性は穏やかで優しい微笑みを浮かべている。 来栖川 姫子。 彼女は嘗ての陽の巫女である。 「もう、雛子。ちゃんといい子にしていないと駄目ってママに言われたでしょう?」 女の子を腕から解放すると、真っ正面を向かせて女の子を叱った。 「わかった?雛子。」 雛子と呼ばれた女の子。千歌音と姫子の間に生まれた娘である。 雛子は下を俯いていたが、隙を見て姫子の腕からすり抜けて再び走りだす。 「あっ、こらまた!」 二人でそんな事をしていたら、あっという間に、陽が沈む時間帯になってしまった。 「いけない!千歌音ちゃんが帰ってくる前に夕食の準備しなきゃ。」 姫子は時計を見て慌ただしくエプロンを身に付け、台所に立つ。 「ひなこもてつだう~。」 トコトコと台所まで走って来る。 「じゃあ、冷蔵庫からお野菜持ってきてくれる?」 「はぁい」 最初は見ていてハラハラしていたが、子供のうちから何でも経験させておくのも大事な事だ。 小さな体で一生懸命に母親の手伝いをする雛子を見て、姫子の顔が緩んだ。 「よし、これでいいかな。」 テーブルに並べられた豪華な食事、真ん中には今日買ってきた花を飾る。 今日は千歌音が出張先から帰ってくる予定だった。 《ピンポーン》 待ち人が帰って来た事を知らせるインターホンが鳴った。 「あ、ママだっ!」 雛子がいち早く、玄関の方へ走っていく。 「は~い!」 姫子も玄関へと急ぐ。 雛子が精一杯、背伸びをしてカギを開けドアを開くとそこには千歌音が立っていた。 「ただいま、雛子。」 「ママ~」 雛子が千歌音に抱きつくと、千歌音は雛子を軽々と抱きかかえる。 「お帰りなさい。千歌音ちゃん。」 「ただいま、姫子。」 姫宮 千歌音。 彼女は嘗ての月の巫女である。 「ちゃんとお母さんの言うこと聞いていい子にしていた?」 雛子は姫子の事をお母さん。 千歌音の事はママと呼んでいた。 千歌音は抱きかかえた雛子に尋ねる。 「ひなこ、いいこにしてたよ。」 「おかしいなぁ?お昼の時は随分とお母さんを困らせたけど?」 姫子は小首を傾げてわざとらしくそう言った。 「してたもん!ごはんつくるときも、ひなこおてつだいしたもん!」 ムキになって反論する雛子が何だか可愛らしくて、姫子と千歌音は微笑み合った。 「じゃあ、いい子にしてた雛子にママからお土産。」 千歌音は雛子を降ろすと、手に持っていた紙袋を渡した。 「わぁ、ケーキだ!ありがとうママ!」 嬉しそうに紙袋を持って、雛子はパタパタとリビングへ走っていく。 「ふふっ、雛子は元気がいいわね。」 その様子を見ていた千歌音がクスクスと笑った。 「元気なのはいいけど、もう大変だよ。」 苦笑いする姫子。 「ごめんなさいね。大変だったでしょう?姫子ひとりで。姫宮の家に帰っていてもよかったのに…。」 仕事で出張に行かなければならなかった千歌音は、姫子ひとりで雛子の世話をするのは大変だろうと心配して姫宮邸に帰るように言ったのだが…。 「大丈夫だよ。雛子おてんばだから乙羽さんに迷惑かける思うし…それに大変だけど楽しいしね。」 結局、姫子はマンションで千歌音の帰りを待つ事にしたのだ。 「そう?でもあまり無理をしては駄目よ。」 心配そうに姫子を見つめる千歌音。 姫子はそんな千歌音の手を握った。 「うん、分かってる。千歌音ちゃん、それより…」 姫子は千歌音を見上げて目を閉じる。 「姫子…」 千歌音は頬を微かに赤くして、姫子の唇に自分の唇を近づけていく。 「あ~ママたち、ちゅーしてる!」 二人の唇が重なろうとした瞬間、リビングのドアから雛子がこちらを覗きながらそんな事を言った。 「ひ、雛子…!」 「な…もう、雛子っ!」 姫子は顔を赤くして、自分達をからかう雛子に声をあげた。 「千歌音ちゃん、お風呂空いたよ。」 「ええ、じゃあ私もお風呂済ませてくるわね。」 先に雛子と一緒に風呂を済ませた姫子は、帰ってきてからも自室で仕事を続ける千歌音に声をかけた。 千歌音は姫宮邸から出て、ここに住んではいるが姫宮家の一人娘には変わりない。 いまでは姫宮を支えている大事な後継者だ。 毎日忙しい日々を送っている。 家に居る時くらいは、千歌音にゆっくりと過ごして欲しい姫子はなるべく一人で家事などをこなしている。 それでも優しい千歌音は、姫子を心配して色々と手伝ってくれるのだが。 「雛子は?」 自室から出て、リビングに出るとソファーの上で眠そうに目を擦る雛子の姿があった。 「もう眠いみたい。私が寝かしつけるから千歌音ちゃんはゆっくりお風呂に入って。」 「…いいの、私が寝かしつけてもいいけれど。」 「大丈夫だよ。千歌音ちゃんは明日も忙しいんだからゆっくりしていて。」 雛子を溺愛している千歌音は自分が寝かしつけたかったのか少し残念そうな顔をしたが、また明日も仕事が控えている。 ちゃんと体を休ませて欲しくて、姫子は千歌音をお風呂へと行かせた。 「ん~…」 「雛子おいで。絵本読んであげるから。」 雛子の手をひいて子供部屋に連れていく。 姫子は本棚から沢山ある絵本の中から、一冊を選んでベッドの横に座った。 絵本を途中まで読み聞かせ、雛子がウトウトと今にも瞼が閉じそうになっていた時だった。 「ねぇ、おかあさん…」 「なぁに?」 「なんでひなこには、きょうだいがいないの?」 雛子は何故だか、突然そんな事を言いだした。 「どうして?」 「だってひなこのおともだちは、いもうとがいるんだよ。」 そういえば雛子には、最近近所に出来た友達に妹が産まれたのを羨ましがっていた事を思いだした。 「でもみんないる訳じゃないでしょ?」 「うん…でもひなこもいもうとほしい…よ。」 姫子は今にも眠りにおちそうな雛子に布団をかけてやる。 「ほら、もう寝ねようね。雛子。」 「はぁ…ぃ‥」 「おやすみ。」 「おや‥すみなさぁ…ぃ」 姫子は、スウスウと静かな寝息を立て始めた雛子の寝顔を見つめた。 雛子が寝たのを確認し、絵本を本棚に直して子供部屋を出る。 「妹かぁ…」 姫子は雛子が言った事を思い出しながら、姫子はリビングへと戻って行った。 姫子がリビングのソファーに座ってお茶を飲みながらくつろいでいると、お風呂を済ませた千歌音がやってきた。 「あ、千歌音ちゃんもお茶飲む?それともお酒のほうがいいかな?」 「ありがとう、姫子と同じでいいわ。」 「うん。」 姫子は千歌音と一緒にソファーに座り、千歌音が居なかった数日間の出来事を話した。 「それでね…あ、ごめんね、なんか私ばっかり話してるよね。千歌音ちゃん疲れてるのに…」 「そんなことないわ、お話し楽しいから。」 千歌音の優しい笑顔を見て、姫子は雛子と話した先ほどの会話を思い出した。 「‥…ねぇ、千歌音ちゃん。ひとつ聞いてもいい?」 「なに?」 「あのね、千歌音ちゃんは一人っ子でしょ?」 「ええ…」 「千歌音ちゃんは兄弟とか居なくて、寂しいって思った事…ある?」 「え…?…そうね、確かに思った事がないわけでもないけれど…どうしたの、突然そんな事?」 「あのね…実は…」 姫子は雛子が妹を欲しがっている事を千歌音に話した。 「そう…雛子が…」 「だから雛子の願いを叶えてあげたいって思ったの。」 姫子も一人っ子で、雛子の気持ちが分かる。 ましてや両親を幼い頃に亡くした姫子はきっと寂しかっただろう。 雛子にはそんな思いをさせたくはない。 「そうね…あの力を使えばもうひとりくらいは…」 自分達には、普通では有り得ない特別な力を授かっている。 それは神であるアメノムラクモから貰った互いの子供を授かる力。 女同士でも身体を交わせるだけで子供を作る事ができる、二人だけにしかできない特別な力だ。 「それでね、千歌音ちゃん。今度は私が産みたいの。」 「えっ…姫子が?」 雛子を産んだのは千歌音だ。 子供はどちらでも授かる事ができる。 以前、雛子を授かる時も千歌音が姫子に心身ともに負担がかかる妊娠をさせる事を頑固として譲らなかったのだ。 その時、姫子は本当は自分が産みたかったのだが、あまり千歌音が拒否するので渋々諦めた。 「ね、お願い。千歌音ちゃん…今度は私に産ませて。」 「そんな…だめよ。姫子にあんな辛い事させたくないわ。」 千歌音はまたも頑なに拒否をする。 自分が経験しているからなおさらだった。 「私も産んであげたいの、千歌音ちゃんの子を‥ううん、産みたい。千歌音ちゃんの子が欲しいの。」 「姫子…」 「お願い、千歌音ちゃん。」 「……分かったわ、姫子。」 姫子の真剣な眼差しに、千歌音はやっと頷いてくれた。 「ありがとう、千歌音ちゃん‥!」 笑顔になった姫子を見て、千歌音は自分の決意の弱さに呆れた。 (だめね、私ったら‥姫子の笑顔にはかなわないわね…) あれほど姫子には産ませないよう決意していたのに、いざあんなふうにお願いされたらあっさりと許してしまった。 結局のところ、千歌音は姫子には子供の雛子以上に弱いのだ。 「でも大変よ、子供を産むのは…」 「うん、分かってる。」 千歌音が妊娠して出産するまでずっと側で見てきた。 大変なのは百も承知している。 「じゃあ、千歌音ちゃん…ベッドに行こう…もう雛子は眠ってるし。」 姫子が千歌音の腕に手を絡ませ、肩に頭を寄せた。 「姫子…」 身体を重ねるのは久しぶりだった。 ここのところ忙しくて、二人っきりで過ごす事がない。 ましてや雛子がいるので、そんな事をするのさえ躊躇ってしまっていた。 千歌音は姫子の肩に手を回して自分達の寝室へと向かった。 「あ…千歌音ちゃん‥」 シーツの擦れる音が聞こえる寝室で、二人の呼吸がやけに大きく聞こえる。 「姫子…」 ひとつの生命をつくりだす神秘的な行為。 それを自分達に与えられるなんて。 千歌音と姫子は、残酷な宿命を背負わせたアメノムラクモに感謝をしていた。 「どんな子が産まれるかなぁ‥」 二人で愛し合った後、姫子は嬉しそうに千歌音に微笑みかけた。 「そうだ、名前考えないと。千歌音ちゃんはどんな名前がいいと思う?」 まだ見ぬ子供に、姫子は想いを馳せる。 元気で健康に産まれてくれさえすればそれでいい。 「あ、でも…」 「なぁに?」 「千歌音ちゃん似の子がいいなぁ…」 「姫子…」 姫子の言葉に頬を赤くしながら、千歌音も優しく微笑みかえした。 それから数ヶ月後、姫子と千歌音の子が姫子のお腹に宿る。 姫子の思いが通じたのか、千歌音にそっくりな女の子が産まれ千羽と名付けられた。
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 結婚記念日編 「面白かったね、千歌音ちゃん。」 「そうね、でも姫子は途中で眠ってたけれど…」 姫子が退屈しないように、映画を慎重に選んだつもりなのだが、やっぱり姫子は眠ってしまった。 「う…で、でも途中でちゃんと起きたよ。千歌音ちゃんも、起こしてくれればよかったのに…」 「ふふっ…ごめんなさい。つい、姫子の寝顔が可愛くて…」 そう言う千歌音も実は映画をあまり見ていない。 自分の肩に、姫子が寄りかかっていたからだ。 結局、映画よりも姫子の可愛らしい寝顔に気をとられてしまい、あまり内容を覚えていない。 「も、もう…千歌音ちゃん…」 「さあ、行きましょうか。」 千歌音は、頬を染めて少女のように照れている姫子の反応を楽しみながら、次の場所へ向かった。久しぶりの映画やショッピングを楽しむ2人。 雛子や千羽が産まれてからは、ゆっくりと出かけるなんて暇はなかった。 今日は2人の結婚記念日。 雛子と千羽を姫宮邸に預け、久しぶりの2人っきりのデートをすることが出来る。 「わぁ…かわいい…」 姫子は、一軒のお店の前で立ち止まる。 「何か気に入ったのがあった?」 目をキラキラさせて、ショーウィンドウを覗く姫子。 「あ…ううん、そうじゃなくて…このお店…」 「入ってみましょうか?」 「あ、千歌音ちゃん…!」 千歌音は戸惑っている姫子の手を引いて、店内に入った。 中に入るとそこには様々な洋服が置いてある。 だが、よく見ると服のサイズが小さいようだ。 「あ…ここって…」 「ご、ごめんね、千歌音ちゃん…」 そこは子供服専門のお店だった。 どうやら、姫子は子供服に気を惹かれたらしい。 「せっかくのデートなのに…」 「ふふっ…気にしないで、姫子。」 いくら2人っきりのデートといっても、やはりそこは親だ。 預けてきた2人の子供達が、気になってしまうのは仕方ない。 「2人にも何か買って行きましょうか、お土産も約束してる事だし…」 千歌音は姫宮邸に2人を預ける時、いい子にしていたらお土産を買ってくると約束していた事を思い出した。 「いいの…千歌音ちゃん?」 「ええ、きっと子供達も喜ぶわ。」 「ありがとう、千歌音ちゃん…!」 笑顔になる姫子を見て、千歌音も自然と頬が緩んだ。 「きっと雛子と千羽、喜ぶだろうなぁ。」 夜景が美しいホテルのレストランで、姫子は絶景の夜景を見つめながら子供達の笑顔を思い浮かべる。 「ふふっ…そうね。」 千歌音は微笑んで、ワインに口をつける。 結局2人は、デートよりも子供達の洋服などを選ぶことに夢中で、沢山買い込んでしまった。 でもきっと、それでいいと2人は思った。 子供達にどれが似合うか服を選んだりすることは2人にとっては、とても幸せなことだった。 「千歌音ちゃん…ありがとう。」 姫子はナイフとフォークを置いて、千歌音を見つめた。 「姫子?」 「だって、千歌音ちゃんが私と結婚してくれて、子供達も産まれて、こんなに素敵なデート…すごく幸せなんだもん…」 「それは私も同じよ。姫子が側にいてくれて…子供達もいてくれて…ありがとう、姫子。」 「千歌音ちゃん…」 千歌音はそっと姫子の手に、自分の手を重ねた。 「今度はみんなで出かけましょうか?」 2人で腕を組み、涼しい秋の夜風で酔いを覚ましながら歩いていると、千歌音が不意にそんな事を口にした。 「そうだね!きっと楽しいだろうな。」 「どこがいいかしら?まだ2人は小さいし、やっぱり遊園地かしらね?」 「……」 「姫子…?」 突然、姫子は立ち止まって組んでいた腕を離す。 「あの…千歌音ちゃんは遊園地でもいいの?」 「え?」 「だって…私、千歌音ちゃんの気持ち知らないであの時…」 きっと姫子はソウマとのデートの事を言っているのだろう。 あの時、姫子は千歌音の気持ちも知らないでデートに行ってしまった。 まだ気にしているのだろうか。 「もうそんな事、気にしてないわ。」 「でも…」 「ほら、顔を上げて。そんな顔していたら、子供達が心配するわよ。」 「うん…」 姫子は俯いていた顔を上げて、千歌音の顔を見ると優しく微笑みかけてくれた。 「さぁ、行きましょう。」 「待って、千歌音ちゃん…」 「ひめ…?」 突然姫子に腕を掴まれ、千歌音が振り返ると姫子の顔が目の前にあった。 「ん…」 「姫子…」 重ねられた唇を少し離して、互いの瞳を見つめ合う。 「愛してるよ…千歌音ちゃん…」 「私もよ…姫子。」 2人は微笑み合って、再び唇を重ね合う。 幸せな結婚記念日も、もうすぐ終わる。 でもまた明日から始まる慌ただしい日々は、きっと今日以上に幸せだろう。
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 千羽出産編 ◆M2vRopp80w氏 姫子のお腹に赤ちゃんを授かり、出産予定日を間近に控えたある日…。 「あ、洗濯物取り込まなきゃ。」 姫子がベランダに干した洗濯物を、取り込もうと立ち上がったその時だった。 「だめよ、姫子は休んでいないと!」 台所に立っていた千歌音が、慌ててこちらへやって来る。 「大丈夫だよ、千歌音ちゃん。それくらい私が…」 「だめ。私がやるから座っていて。」 千歌音は姫子の初めての出産が心配で付き添う為にしばらくの間、休暇を取って家にいる。 千歌音も出産を経験しているが姫子の身体とお腹の子が心配で、いてもたってもいられないようだ。 何をするにも、すぐに駆けつけて来る。 しかし、それは千歌音だけではなかった。 「そうだ、部屋のお掃除でもしようかな…」 「だめ~!おかあさんはやすんでなきゃだめ!」 今度は雛子が姫子の下にやって来る。 「雛子?大丈夫よ、これくらい…」 「だめったら、だめっ!おなかには、あかちゃんがいるんだよ!おそうじはひなこがやるっ!」 雛子は初めての妹が産まれる事が相当嬉しいらしい。 千歌音がいつも姫子を心配しているのを見て、出産が大変なのを子供ながらに感じているらしい。 雛子まで何かと駆けつけてくる。 「はい…わかりました。」 あまりに雛子が訴えてくるため、姫子も仕方なく諦めリビングへ戻ろうとしたその時…。 「……っ!」 「おかあさん…?どうしたの?おかあさん!」 姫子は突然その場に座り込んだ。 お腹に痛みを感じる。 (これって…もしかして…) 「ママぁ…!」 雛子はリビングにいた千歌音の下に泣いて走って来た。 「雛子?どうしたの?」 「ママ!おかあさんが、おかあさんが…」 「……!」 雛子の様子にただならぬ雰囲気を感じて、千歌音は姫子がいる部屋に向かうと姫子が座り込んでうずくまっていた。 「姫子!大丈夫?」 「千歌音ちゃん、もしかしたら…陣痛…かな…?さっき急に…」 苦しみながらも心配をかけさせまいと姫子は笑顔を作って話すが、額には汗が滲み出ている。 「予定日まだなのに…」 「心配しないで、そうゆう事はよくあるわ。今すぐ病院へ行きましょう。」 千歌音は姫子を抱えて車に乗せ、かかりつけの産婦人科に車を走らせた。 病院へ着くと、姫子はすぐに分娩室に運ばれた。 「おかあさん…」 雛子が涙を浮かべて、分娩室を見つめたまま千歌音のスカートをギュッと掴んだ。 「大丈夫よ、雛子…」 「でも…おかあさん、ものすごくいたがってたよ!?」 先ほどの姫子の苦しむ様子に、不安を感じた雛子は大粒の涙をポロポロと流す。 「心配しないで、雛子。ママもね、雛子が産まれる時すごく苦しかったのよ。」 「ママも…?」 千歌音は雛子を安心させるように、優しく肩を抱いた。 「そうよ。痛くて苦しかったけど、雛子に早く会いたくて頑張ったの。」 「ひなこに…?」 「ええ、雛子も早く赤ちゃんに会いたいでしょう?」 「うん…」 「今度はお母さんが頑張っているの。だから雛子も泣かないで、無事に赤ちゃんが産まれるようにママとここで待っていましょう。ね‥?」 そう言って、ハンカチで雛子の涙を拭いてやると落ち着いたのか笑顔を浮かべた。 「うんっ!おかあさん、がんばってるんだもんね。ひなこいいこにしてまってる。」 「雛子…」 姫子に似て、意志の強い雛子を千歌音はぎゅっと抱きしめた。 どれくらい時間がたったのか、千歌音と雛子は病院のソファーに座ったまま待ち続けていた。 雛子は千歌音の膝に頭をのせてウトウトとしている。 雛子の頭を撫でながら、窓を見ると外はもう暗くなり始めていた。 (長いわね…私の時もこんなに長かったかしら…?) 千歌音が雛子を産んだ時を思い出していると、突然分娩室から赤ちゃんの泣き声が聞こえた。 「今の…!?雛子、雛子、起きて…」 眠りかけていた肩を揺り動かすと、雛子が目を擦りながら目を覚ました。 「うぅん…おかあさんは…?」 分娩室の扉が開き、中から先生が出てきた。 「先生!?赤ちゃんは…」 「無事に産まれました。お母さんも無事ですよ。」 「ありがとうございます…!雛子、赤ちゃん産まれたのよ。雛子の妹が。」 「ほんと?ほんとにほんと?」 「ええ、本当よ。」 「わぁ!!ひなこにいもうとができたぁ…!」 喜んでピョンピョンと飛び上がる雛子を見て、千歌音は微笑んだ。 (よかった…姫子も赤ちゃんも無事で…) 千歌音はやっと安堵して胸を撫で下ろした。 病室に入ると、ベッドには姫子と産まれたばかりの赤ちゃんがいた。 「千歌音ちゃん…雛子…」 姫子がこちらに微笑むと、雛子はベッドに駆け寄った。 「おかあさん…!」 「心配かけてごめんね‥」 「ひなこいいこにしてまってたよ。」 「そう、えらいね。雛子。」 姫子にほめられて、雛子は嬉しそうに笑う。 「身体の具合はどう?」 千歌音が心配そうに姫子の顔を伺った。 「うん、大丈夫…先生が数日後には退院出来るだろうって。」 「そう、よかった…」 「それより、千歌音ちゃん…抱いてあげて。」 「いいの…?」 「もちろん、私達の子だもん。千歌音ちゃんに抱いて欲しいの。」 ベッドに眠る産まれたばかりの赤ちゃん。 姫子と千歌音の子。 千歌音はそっと赤ちゃんを抱き上げた。 雛子を産んだ時よりも、少し小さいような気がする。 しかし、こんなに小さいのに確かに生きているのだ。 千歌音の腕の中で。 「ね、千歌音ちゃんに似てない?」 「そうかしら?」 「似てるよ。顔とか、目とか…輪郭とか。きっと大きくなったら、千歌音ちゃんみたいに綺麗になるんだろうな。」 まだ産まれたばかりの我が子を嬉しそうに自慢する姫子。 「ママぁ!ひなこも、あかちゃんだきたい!」 雛子は妹を抱きたくて、千歌音の服を引っ張りねだる。 赤ちゃんを渡し、雛子にも抱かせてやる。 「わぁ…ちっちゃ~い。ねぇねぇ、あかちゃんなんてゆうなまえなの~?」 「あ、そうだった…千歌音ちゃん、この子の名前まだ決めてないでしょ?」 「え?ええ‥。」 「この子の名前、私がつけてもいいかな?」 「姫子が?私は構わないけれど…」 「あのね、千歌音ちゃんの千と、羽が生えてる天使みたいな女の子で…千羽。千羽ってどうかな?」 「千羽…いい名前ね。」 「でしょ?この子の顔を見た時、決めたの。」 千羽を見つめ柔らかく微笑む姫子の顔は、もうすでに母親の顔になっていた。 千歌音が心配しなくても、姫子は大丈夫だったようだ。 「姫子、ありがとう。」 千歌音は感謝の気持ちを伝えた。 「…千歌音ちゃん。」 「雛子、妹が出来てよかったわね。もうお姉さんね。」 「千羽と沢山遊んであげてね、雛子。」 「うんっ。」 雛子は産まれたばかりの妹の柔らかい頬を指で触れると、千羽はギュッと指を掴んで強く握り返した。 「わたしがおねえちゃんだよ。よろしくね、ちはね!」
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神無月の巫女 エロ総合投下もの 幸せ家族計画 初めてのお留守番 「それじゃあ行ってきます。」 「乙羽さん、子供達の事お願いしますね。」 姫宮邸の大きな玄関の前で、姫子と千歌音を見送る乙羽と子供達。 「お嬢さま達の事は任せて、ごゆっくりなさって来てください。」 そう言って乙羽は2人に微笑みかけた。 「ありがとうございます、乙羽さん。雛子、千羽の事お願いね。」 「うん、行ってらっしゃい。お母さん、ママ。」 「千羽、おいで。」 姫子は見送りに来た雛子の後ろにいる千羽を呼んだ。 雛子の後ろで不安そうに隠れるその姿に、姫子はなおさら後ろ髪を引かれる思いだった。 千羽は寂しそうに、姫子のもとに駆け寄ってくる。 「乙羽さんとお姉ちゃんがいるから大丈夫だよ。いい子にしてたら、お土産も買ってくるからね。」 姫子は千羽の綺麗な黒髪を撫でながら、優しく微笑む。 「うん…」 千羽はか細い声でそう言うと首をこくりと頷かせた。 「さあお二人とも、そろそろお出にならないと。」 「そうですね…さあ、姫子行きましょうか。」 千歌音は腕時計を見て、姫子に声をかけた。 「うん…じゃあ行ってくるね。」 姫子と千歌音は三人に見送られながら姫宮邸をあとにした。 2人の姿が見えなくなり、乙羽は大きな扉を閉める。 「……?」 振り返った乙羽の視界に、千羽の顔が入る。 その顔はどこか寂しそうだった。 「…千羽、お姉ちゃんと遊ぼう!」 雛子もその様子に気づいたのか、千羽に明るい声で話しかけた。 「うん…」 雛子は千羽の小さな手をとって、2人のために用意された子供部屋に向かう。 乙羽は先ほどの千羽の様子が気になり、その後ろ姿をただ黙って見つめていた。 「……」 「…こ…姫子?」 「えっ、あ…何、千歌音ちゃん?」 千歌音に声をかけられ、姫子は慌てて顔を上げた。 どうやら、歩きながら考えごとをしていたらしい。 「そんなに気になる?あの子達の事。」 千歌音は少しばかり苦笑いしながら、姫子に問いかけた。 「あ…あのね…」 どうやら千歌音には、全てお見通しのようだ。 「千羽の事でしょう?」 「……うん。」 実は千羽にとって、今日が初めてのお留守番だった。 乙羽と雛子がついているから、安全の面では問題はないだろう。 しかし千羽はまだ幼いのだ。 普段は母親である姫子にくっついて、離れようとはしない。 容姿は千歌音にそっくりなのに、性格はまるっきり違う。 555 :幸せ家族計画 初めてのお留守番 ◆M2vRopp80w :2008/10/27(月) 22 16 35 ID cuqztI+m 554 続き 泣き虫で大人しく、人見知りが激しい千羽。 姫子は心配で仕方ないようだ。 「そうね…確かに心配ね。」 乙羽に預けていれば、何も問題ないだろう。 雛子だっているのだから。 だが、一つだけ心配が2人にはあった。 それは…。 「乙羽さんとは今日が初対面なのよね…」 「千羽、何して遊ぼうか?」 「……」 雛子は千羽に話しかけるが、先ほどからずっとこの調子だ。 部屋に用意された沢山の玩具や絵本は、姫宮邸に遊びに来る孫たちにと千歌音の両親が用意してくれたものだった。 普通の子供ならきっと喜ぶだろうが、千羽はいっさい見向きもしない。 「じゃあ…お庭で遊ぶ?」 「……」 千羽は黙ったまま、首を横に振った。 「う~ん…あ!じゃあ、お家の中でかくれんぼする?」 「…かくれんぼ?」 「うん、ここのお家なら広いし…ね。」 雛子は何度か姫宮邸に来て、ここで遊んだ事もある。 千羽が産まれたことで、最近は来ていなかったが。 「じゃあ、お姉ちゃんが鬼になるから千羽は隠れてね。」 「う…うん…」 「い~ち…に~い…」 雛子が壁に向かって目を瞑り数えだすと、千羽は慌てて立ち上がり部屋から出ていった。 千羽は小さな体でトコトコと走り、隠れられる場所を探す。 いくら家の中とはいってもこの広さだ。 部屋は数え切れないほどあり、入ろうとすると部屋には数人のメイド達が仕事をしている。 人見知りの千羽が入れるはずがない。 「どうしよう…お姉ちゃんに見つかっちゃう…」 千羽の心が再び落ち込んできたその時、どこからか微かに甘くいい匂いがした。 「…お母さんが作ったお菓子と同じ…」 それはどこか、母である姫子が作ってくれるお菓子と同じ匂いがした。 千羽は隠れることなど、すっかり忘れて匂いのもとを辿っていく。 すると、少しだけ開いた扉から僅かに明かりがもれていた。 千羽はそっと扉の隙間から部屋の中を覗き見ると、そこはどうやら厨房のようだった。 辺り一面に、甘い香りが漂っている。 そして厨房にはたった1人、千羽の見覚えのある女性が黙々と作業をしていた。 (あのひと…たしか、乙羽さんだったかな…?) 「さて…あとはケーキが焼けるのを待つだけ…?」 乙羽はひと通りの作業を終えると、扉の向こうから誰かの視線を感じて振り返った。 「誰です、そこで見ているのは…!千羽お嬢さま‥!?」 556 :幸せ家族計画 初めてのお留守番 ◆M2vRopp80w :2008/10/27(月) 22 43 51 ID cuqztI+m 555 続き 乙羽は驚いて、急いで扉を開ける。 「…!?ご、ごめんなさいっ…!」 そこには覗いていたのが気づかれたことに驚き、その場から逃げようとする千羽がいた。 「千羽お嬢さまっ…!」 乙羽が呼び止めると、千羽はゆっくりと振り返る。 その姿はまるで、いまから叱られるのを恐れている子供のようだった。 「よろしかったら、中に入ってご覧になられますか?」 乙羽は千羽に優しく微笑みかけた。 「あ…えっと…その…」 てっきり叱られると思っていた千羽は、戸惑っているのかモジモジしながらスカートの裾を握りしめている。 「さあ、どうぞ中へ…」 「…いいの?」 不安げな瞳をこちらへ向ける千羽。 「ええ、そんな事で怒ったりしませんから安心してください。」 乙羽がそう言うと少し安心したのか、千羽の表情がわずかに和らいだ。 「いないなぁ…どこに行ったんだろ…?」 雛子は先ほどからずっと千羽を探していたが、どこにも見当たらない。 姫宮邸に何度か来ている雛子には、見つけられる自信があった。 だが、どれだけ探しても千羽を見つけらない。 いったいどこに行ってしまったのか…。 「……?」 雛子がしばらく廊下を歩いていると、誰かの話し声が聞こえてきた。 長い廊下の先にある扉から、わずかに明かりがもれている。 雛子が急いでそこへ走っていくと、そこには…。 「千羽…!」 「あ、お姉ちゃん…!」 千羽は乙羽の側で椅子に座り、楽しそうに笑っている。 「‥な、何してるの?」 「乙羽さんがお菓子作ってるとこ見てたの…すごいんだよ!ほら、お姉ちゃんもおいでよ。」 千羽は、すっかりかくれんぼの事など忘れているようだった。 厨房のテーブルには焼き上がったばかりのケーキと、さまざまなトッピング用のフルーツなどが並べられている。 「わぁ…」 見たことがないような、楽しそうな笑顔を見せる千羽。 「乙羽さん、これは何に使うの?」 「ああ…これはですね…」 千羽は乙羽が作るお菓子に、夢中になって見入っている。 (そんな楽しそうな顔…私だって見たことないのに…) 2人で楽しそうに笑っている姿を、雛子は複雑な気持ちで見ていた。 「さあどうぞ、お召し上がりください。」 テーブルには、美味しそうな乙羽特製のケーキと紅茶が並べられている。 「いただきます。」 雛子と千羽は、できたてのケーキを一口ほおばった。 「おいしい…!お母さんのケーキと同じ味がする。」 それもそうだろう。 姫子と同じ味が出せるのは、作り方を教えた本人である乙羽だけだ。 母親を思い出させる乙羽のケーキは、先ほどまで沈んでいた千羽を魔法のようにあっという間に笑顔にさせた。 「ふふっ、ありがとうございます。まだ沢山ありますからね。」 自然と乙羽の頬も緩んでしまう。 容姿は幼い頃の千歌音にそっくりなのに、子供らしく笑顔を見せる千羽が可愛らしく思えた。 思えば、幼い頃の千歌音は我が儘も言わず、姫宮家の令嬢として恥ずかしくないように躾られていた。 ピアノや茶道、習い事も数多く普通の子供のように友達と遊ぶこともなかった。 そんな千歌音にも周りを唯一困らせた事があった。 それは姫宮邸の庭にある大きな木に登ることだった。 気持ちよさそうに村を眺める千歌音に、乙羽は憧れて一度だけ登ったが、降りる事が出来ず大騒ぎになった。 あれ以来、千歌音があの木に登ることは無くなってしまった。 もし自分が登らなければ、千歌音が唯一安らげる場所を奪うことはなかったのだろうか。 いまとなっては、千歌音にはそれ以上に安らげる場所ができたが‥。 「おいしいね、お姉ちゃん。」 「う、うん‥あ、千羽、ケーキついてるよ。」 「え?どこぉ‥」 雛子が千羽の口元についた、ケーキの屑を取ってあげようと手を伸ばしたが‥。 「千羽さま、ほら取れましたよ。」 乙羽はハンカチを取り出して、千羽の口元を拭いてやる。 「あ、ありがとう‥」 千羽は照れくさそうに、乙羽にお礼を言う。 「………」 雛子は伸ばしかけた手を、つまらなさそうに引っ込めた。 「ね、乙羽さんも一緒に遊ぼうよ。」 「え‥私もですか?」 「うん、ね。いいでしょ、乙羽さん。」 千羽はすっかり乙羽に懐いてしまったようだ。 「そうですね、仕事が終わったらいいですよ。」 「本当?絶対だよ。雛子お姉ちゃん、いいよね。」 「……しらない‥」 「えっ…」 「2人で遊べば…私…もう千羽の事なんてしらないっ…!」 雛子は怒ったようにソファーから立ち上がり、千羽を置いて部屋から出て行った。] 「お姉ちゃん…?」 千羽は雛子が怒ったことに戸惑った。 いつも千羽に優しくてくれる雛子が、千羽に怒るなんて。 千羽の顔からは笑顔が消え失せ、瞳には今にも溢れそうなほど涙を浮かべている。 「千羽、お姉ちゃんに何か悪いことしたかな…?」 「千羽お嬢さま…」 「…あっ!」 「どうかなさいましたか?」 千羽は突然、何かを思い出したように俯いていた顔を上げた。 「お姉ちゃんに、あやらなきゃ…!」 「ち、千羽お嬢さま…どちらに‥?」 千羽は慌てたように、雛子の後を追いかけた。 (私‥なんであんな事言ったんだろ‥) 長い廊下を歩きながら、雛子は落ち込んでいた。 自分でも信じられなかった。 大切な妹である千羽に、あんな事を言うなんて。 雛子が起こったのは、かくれんぼをすっぽかされたからではない。 自分の前で乙羽に笑顔を見せる千羽に対して怒ったのだ。 それは明らかに、乙羽に対してのやきもちだった。 (でも‥千羽が悪いわけじゃないのに…) 雛子は千羽が産まれた時、とても嬉しかった。 初めて出来た妹。 泣き虫でか弱い妹を、いつも守ってきたのは自分だ。 なのに乙羽はあっという間に、千羽の心を掴んでしまった。 それを見ていた雛子は、面白いはずがない。 とはいえ、千羽を傷つけてしまった事は間違いない。 (やっぱり、戻って千羽にあやまらなきゃ…) 雛子が足を止めて、千羽のもとに戻ろうとした。 「雛子お姉ちゃんっ…!」 「ち、千羽…!?」 突然聞こえた声に後ろを振り返ると長い廊下の向こうから、千羽が雛子のもとに一生懸命走ってくる。 「千羽っ…!」 おもわず雛子も千羽のもとに駆け寄ろうと走り出したその時…。 「千羽っ…走っちゃだめっ!」 「えっ、きゃあっ…!」 雛子しか目に入っていなかったのか、千羽は廊下にある棚にぶつかってしまった。 その振動で棚に飾られていた、高価そうな花瓶がぐらりと傾いた。 「あ…っ…」 「千羽っ…危ないっ!」 “ パリイィィン! ” 花瓶が割れたその音は、姫宮邸の廊下に大きく響いた。 「いまの音は…!?」 客間にいた乙羽は、その音を聞いて慌てて廊下に飛び出した。 「ごめんなさい、花瓶を割ったのは私です‥。」 乙羽の前で謝る雛子。 乙羽が音を聞き、駆けつけた時には廊下には割れた花瓶と側に立ちすくんだ雛子しか居なかった。 今は乙羽が事情を聞くため、客間に呼ばれていた。 広い客間には乙羽と雛子だけしか居ない。 「本当に雛子さまが割られたのですか?」 「はい‥」 乙羽はじっと雛子の瞳を見つめる。 容姿は姫子にそっくりな顔立ち、大きな瞳と紅茶色の髪、最近ますます姫子に似てきた雛子。 いつもはおてんばで明るい雛子の表情は、まるで大切な何かを守るように意志の強さが表れているのを乙羽感じた。 「雛子お嬢さま、それは…嘘ですね。」 「っ…嘘なんかじゃないよ…っ!」 「なら、どうしてそんなに慌てるのですか?」 「そ、それは…」 雛子の声がだんだんと小さくなっていく。 乙羽は、雛子の言っていることが嘘だと最初からわかっていた。 普段、嘘をついたことがない正直な雛子が嘘をつくとすぐわかる。 そんなところまで誰かにそっくりだった。 「本当だよっ…!本当に私がっ…」 「お姉ちゃんを怒らないでっ…!」 雛子が大きな声を上げて、乙羽に訴えていると千羽が部屋へ駆け込んできた。 「千羽っ…どうして‥!」 「千羽お嬢さま…」 「お姉ちゃんは悪くないのっ!花瓶割ったのは千羽なの…」 千羽は瞳に涙を浮かべて本当の事を全て話した。 「わかっていますよ、最初から‥」 「えっ…?」 雛子が嘘をついているのは、乙羽にはお見通しだった。 確かに雛子はおてんばだが、人を困らせたり嘘をついたことがない事は乙羽もよく知っている。 そんな雛子が嘘などをつけばすぐにわかった。 雛子が誰かを庇おうとしている事も。 「乙羽さん、千羽を叱らないで。私が千羽にあんなこと言ったから…」 「違うよっ…千羽がかくれんぼしてたのにお姉ちゃんのこと忘れてたから…」 互いに庇い合う2人を見て、乙羽は間違いなく千歌音と姫子の子供だと思った。 きっとあの2人も同じような立場なら、きっと互いに庇い合うかもしれない。 「確かに花瓶を割った千羽お嬢さまはいけませんね。」 「っ…」 「ですが、雛子お嬢さまも同じです。」 「お姉ちゃんは悪くないよっ…!」 「いいえ‥確かに雛子お嬢さまも悪いです。だって嘘をつかれたのですから。」 「嘘‥?」 「はい。雛子お嬢さまが千羽さまを庇おうとするお気持ちはわかります。ですが、それでも嘘をつくのはいけません。それは相手のためにもなりませんし、逆に大切な方を傷つけてしまうかもしれませんよ。」 乙羽の言葉を聞き、雛子は横にいる千羽を見る。 相手のためを思うなら、正直に本当の事を話さなければ相手も自分も傷つくはめになる。 現に千羽はいまにも泣き出しそうだ。 千羽のためにと思っていたことが、千羽を逆に傷つけてしまっていたかもしれない。 「嘘ついてごめんなさい…乙羽さん、ごめんね‥千羽。」 「ううん…千羽も。ごめんなさい、お姉ちゃん。」 雛子と千羽は笑いあった。 「あ…でも、どうしよう…花瓶。」 雛子が不安そうに乙羽に視線を向ける。 「そうですね、ちゃんと正直にご両親や旦那様方に謝られたら、きっと許してくださいますよ。」 普段、躾に厳しい旦那様や両親もきっと謝れば許してくれるだろう。 大事なのは気持ちの問題なのだ。 「ですが、お二人をご両親からお預かりしている身ですから…ちゃんと罰を受けていただかないと…」 乙羽は千歌音と姫子から、悪い事をしたらちゃんと叱ってほしいと言われていた。 保護者として、2人を躾るのは当然の役目だ。 「ば…罰…?」 「はい。そうですねぇ…どんな罰にいたしましょうか…」 乙羽は2人の様子を伺いながら、少しいじわるそうに考えた。 「う…」 「ふふっ…では、お二人にはこの家のお掃除を手伝ってもらいましょうか?」 「え…お掃除?それでいいの‥?」 「はい。」 たかが掃除とはいえ、この広い姫宮邸だ。 3人で掃除するのが大変な事は2人にもわかるはずだ。 雛子と千羽は互いに顔を見合わせる。 「よ…よしっ!千羽、掃除がんばろう。」 「うんっ、お姉ちゃんとがんばるっ。」 はりきる2人の様子が可愛らしくて、乙羽はクスッと微笑んだ。 「さあ‥お二人とも、お掃除始めましょうか。」 「はーい。」 3人の元気な声が客間に響く。 これなら夕暮れ頃にはきっと終わるだろう。 (きょうの夕食は腕をふるわないと…) 疲れてお腹をすかせるだろう2人のために、乙羽は夕食の献立を考える。 「乙羽さ~ん、早く、早く!」 「はい、いま行きますよ。」 2人に急かされながら、乙羽の声は楽しそうにはずんでいた。 「ちょっと遅くなっちゃったね。」 「そうね、子供達まだ起きてるかしら…」 姫宮邸への帰り道、辺りはもうすでに真っ暗だ。 姫子と千歌音は腕を組み、涼しい秋の夜風を感じながら仲むつまじく歩く。 「子供達、喜ぶかなぁ…」 姫子の手には、子供達のために買ったお土産が入った紙袋が下げられている。 「あと乙羽さんにもお礼言わなきゃね。」 「ええ。」 こうして2人きりで過ごせるのも、乙羽が子供達を預かってくれたおかげだ。 「あ…」 「まだ明かりがついてるわね、まだ起きてるのかしら‥?」 2人が歩いていると、見えてきた姫宮邸から明かりがついているのが見えた。 「ただいま帰りました。」 姫宮邸の玄関の扉を開け、中に入るが誰も来ない。 「……おかしいわね、いつもなら乙羽さんが出迎えるのに…」 他のメイド達はもう休んでいる頃だろうが、いつもこの時間帯は必ず乙羽は起きている。 姫宮邸のメイド長である乙羽はこの屋敷の責任を任されている。 乙羽はいつも、戸締まりの確認や見回りなどで夜遅くまで起きていた。 もちろん見送りや出迎えなどは一度も怠ったことはない。 「乙羽さん、居ないの?」 千歌音が中に進みながら、声をかける。 客間を覗くが、やはり誰も居ない。 「どうしたのかしら…?」 「もしかしたら、子供部屋かな?」 姫子は客間から離れた、子供部屋へ向かうと扉から、わずかに明かりがもれている。 「やっぱりここに…」 姫子はドアを小さくノックして、そっと扉を開けた。 「ただいま、みんな…‥?」 「姫子、どうしたの?」 子供部屋に後からやってきた千歌音は、入り口の前で扉を開けたまま立ち止まっている姫子に声をかけた。 「しーっ…」 「…?」 姫子は千歌音の方を向いて、口に人差し指をあてて静かにと促した。 「あ…」 何事かと千歌音が部屋を覗くと、雛子と乙羽、そして2人の間に千羽が挟まれるように3人とも眠っている。 「珍しいわね、あの乙羽さんが。」 「うん、もう少し寝かせてあげよう。」 2人はふふっと笑い合うと、3人に風邪をひかないように毛布をにかけてやった。 「おやすみなさい。」 「ご苦労さま、乙羽さん。」 子供部屋の明かりを消し、静かに扉をしめた。 川の時になって眠る3人。 その寝顔はとても幸せそうだった。 終わり。
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まだ還れない。 ♠ ♥ ♦ ♣ シャッフリンは、一体一体ならば――特に数字の低い連中なら、殺すのはそう難しくない。 というよりも、今のデリュージからすれば、たとえ相手がサーヴァント(英霊)に祀られていようとも下位ナンバー相手に一方的に殺される気はしない。 マスターではサーヴァントに敵わないというのは基本原則だが、同時にサーヴァントは生前の姿の劣化コピーだとも聞いている。デリュージの地力そのものも、当時よりは上昇している。 厄介なのは、その殺せるはずの一体一体が、束になって連携して襲い掛かってくることだ。 例えば、この聖杯戦争にさえ参加していなければ彼女がたどるはずだった未来で、大半の改良型シャッフリンを殺し尽してしまった一件がそのいい例だ。 そのケースでは、デリュージの側も悪魔という物量戦力を持ち合わせていた上に、シャッフリン達がある程度は散開して動いていたために各個撃破することができた。 さらにデリュージ自身にも後戻りはできない事情があったために、自らの身を顧みずに限界を超えた戦いをすることができたという、好状況が揃っていた。 今の彼女は、違う。 今のデリュージは死ねない。無茶ができない。シャッフリンを倒した『その後』があることを意識しなければならない。 聖杯戦争を、勝ち残らなければならない。 そうでなければ、ピュアエレメンツを取り戻せない。 その一念が、デリュージの理性を保たせていた。 だから、アサシンの討伐令に加わるのはもったいない、と指摘された時はあれほどに不快感を示したサーヴァントからの助言を、すすんで恃んだ。 同年代と比較して頭を回しながら気を遣って生きてきたとはいえ、青木奈美は歴戦の英霊たちにも匹敵する策謀家というわけではない。 そして、この聖杯戦争にさえ参加していなければ実行する予定だった『復讐計画』のように、何でも命令をきく悪魔やら、魔法少女を強化する薬品やら、敵を拘束する魔法のアイテムやらといった道具の数々が整っている状態でもない。 アーチャーに魔力供給をしているために、下手に全力を出し尽せない身体でもある。 絶対に殺さなければならない標的だからこそ、慎重に、理性的に、接触しなければならない。 アーチャーと話し合った上で、図書館には先方よりも先に到着していることにした。 急ぎ私服に着替えて、図書館行きのバスに乗った。 制服は私服に着替え、頭には野球帽を深くかぶり、目元には●イソーで購入したほとんどオモチャ同然の大きなサングラスをかける。 極力、短い付き合いで済ませるつもりの連中だけれど、万が一に備えてなるべく身元が割れやすい格好はしたくない。 なぜ野球帽という発想が出たのかというと、一度クエイクが間違えてカバンの中に入れてきたのを思い出したからだ。 その時は女子大生が持ち歩くには珍しいと思っただけだったけれど、簡単な変装をするには役に立つ。 そして、なぜ魔法少女の姿を取らないのかと言えば、おそらくシャッフリン達も『水属性の実験体』のことぐらいは把握しているからだ。 こちらが持つ手札の開示は、タイミングを見て行わなければならない。 たどり着いた図書館は、元より人気の少ない場所にあった。 市内にある小学校や中学校から、どちらからも通えるような位置に作ろうとしたら、どちらからも微妙に通いにくい山あいに作ってしまったような、そんな寂しい場所だ。 平日の――それも郊外にある図書館は、市内の不穏な空気もあって客入りが少ない。 正面入り口には、『臨時休館』の札がかかっていた。 これはアーチャーが掛けたものだろう。 邪魔な客が立ち入らないようにして置く、と言っていた。 そう多くない職員とわずかな客は、アーチャーが腕っぷし――サーヴァント同士の戦いには不向きなだけで、一般人よりは充分以上に強い――によって適当に眠らされて拘束されている手はずだ。 多少やり過ぎている感がしなくもないが、どのみちシャッフリンは――奈美の記憶しているとおりの連中ならば――総軍で図書館におしかけてマスターを護ろうとするぐらいのこともやりかねない。 そうなれば、どのみち図書館にいるNPCは似たような目に遭うだろう。 となれば、そこでシャッフリンたちにひと暴れさせる機会を与えるよりもこちらで手はずを整えて、まっすぐに奈美達の元に歩いてくる状況を作った方がやりやすいというのがアーチャーの言だった。 『デリュージ、分かっていますね?』 『何度も言われなくても分かっています。確実にジョーカーかマスターを仕留められる状況でもない限り、こちらから手を出しません。 連中を全滅させるためなら、穏便な会話ぐらいしてみせます』 広めのテーブル席に、一面ガラス張りの窓をすぐ背にして座る。 その窓の外には、敷地を区切るフェンスのすぐ向こう側に小川が流れていることも確認済みだ。 デリュージの魔法――『水の力を使って敵と戦うよ』は、水底でも地上にいる時と同じような呼吸と、推進力を与えてくれる。 もし撤退しなければならなくなった時に、水中戦ができないサーヴァントを撒くための逃走経路としては充分に機能するものだった。 『ああ、建物の周囲に、幾つかサーヴァントの気配が出現しましたね。 一瞬だけ霊体化を解いて、露骨に“存在を示してみせた”という風です。 “この周囲も兵士で囲んだから、下手なことを考えるな”という威圧でしょう』 『下手なこと?』 『第三者による背後からの奇襲などでしょう』 背後から差し込む日差しが、やわらかな黄昏色から夕焼けの色に変わり始めた頃、アーチャーがそう言った。 予想していたよりは早い到着だ、と身を引き締める。 いつでも動けるように、ではなく己を抑えるために。 そして、 トランプの柄の上衣が目に映った瞬間。 奈美はすんでのところで、我を忘れて吠えそうになる己を自制した。 ぞろぞろと。 奈美がじっと凝視していた通路から、何度も復讐する夢を見た集団がやって来た。 赤いパーカーを着た若い男を警護するように、トランプ衣装の兵士たちが輪を作って移動する。 周囲をハートの上位ナンバー4名が警護し、さらにその外側をスペードの6名が囲む布陣だ。 鎌を持った死神――ジョーカーは、マスターに寄りそうようにしてすぐ隣に。 ジョーカー! 仲間を庇ったクエイクと、命乞いをしたテンペストの首を刎ねたジョーカー! そんな咆哮は、吐き気を催す直前のうめき声じみた音になって口から漏れた。 手元に置いていたミニタオルを、強く握りしめる。 魔法少女の膂力のせいで、その瞬間に裂けた。 素手だったら絶対に血がにじむほど拳を握っていたはずなので、槍の扱いに支障をきたさないように持ってきたものだった。 ジョーカーを必要以上に見てはいけない。 今はとにかくマスターの方を観察しろと、己に言い聞かせた。 そして、シャッフリンのマスターの開口一番。 「どうもー。シャ……アサシンのマスターやってます。松野おそ松でっす」 奈美とは違う世界にいるかのように。 ゆるゆるとした声だった。 そして飲みこむのに、時間のかかる名前だった。 偽名? いや、偽名にしてもあんまりな名前だから、もしかして逆に本名? 「お粗末さん?」 「あ、おそ松の字は、おそが平仮名で松が木の松でっす」 右手を頭の後ろに回して照れたようにぼりぼりと掻きながら、男は奈美達の対面に座った。 シャッフリンたちがその椅子の周りを取り巻くように囲んで奈美とアーチャーに警戒態勢を取り、ハートのエースが男の膝の上にちょこんと乗っかる。 甘えているような仕草だが、いざという時の盾役を兼ねているのだろう。 名前はおかしなものだったけれど、外見はごく平凡な男だった。 どこか目立つ特徴をあげろと言われたら逆に難しく、たとえば幼稚園児に色鉛筆をわたして『男の人を書いてみなさい』と言ったら、この男のような絵になるだろう。そんな青年だ。 「アーチャーのマスターをしています。田中です」 低く、冷たい声で名乗った。 なぜ偽名でまずこの名前が出てきたのか、自分でもよく分からない。 「田中ちゃんかー。下の名前はなんて言うの?」 「田中です。下の名前はありません。察してください」 そこで初めて、交渉相手に必要以上の敵意があると感じたのか『おや?』と首をかしげる。 ここで手札を切る。 シャッフリンに対してではなく、マスターに対して。 「それとも、こう言えばそちらのサーヴァントは理解するかもしれません。 『人造魔法少女』の実験体の1人です」 ジョーカーの冷徹な顔が、瞬間的にこわばった――ように、横目でも分かった。 さっと大鎌を少し揺らすだけで、テーブルの左右にいたスペードの6体が一斉に槍を向ける。 保身のためではなくマスターの為なのであろう、その献身が憎くて仕方ない。 ジョーカーの顔面に、剣山のように氷の刃をぶちこむところを想像する。 ぶちこまれたジョーカーが、そのまま無惨にばったりと倒れるところを想像して抑える。 「え? 何? ジョ――アサシンちゃん達の知り合いなの?」 こともあろうに、ジョーカーを『ちゃん』付けで呼んだ。 それだけで、このマスターは『知らない』のだと理解する。 だから、わざと意地悪く言う。 「あら、そこのサーヴァントは、自分の出自についてさえもマスターに教えていないんですか?」 「マスター、耳を貸してはなりません」 ジョーカーが、攻撃用意、と言いたげに大鎌を構えた。 『これはアーチャーに接触した時点で仕組まれた罠だったのか』と早合点した動きだった。 まさか偶然のつながりだとは信じられないだろう。 「なぜ構えるんですか? 私は攻撃しようとしたわけでも、騙そうとしているわけでもない。 ただ、事実を語るだけです」 「付け加えておきますと、私が貴女の部下たちと接触した時点では、まさか我がマスターのお知り合いだとは思いもしませんでした。信じるかどうかはご自由ですが」 そこから矢継ぎ早に、教えてやった。 自分たちは、そこにいる死神たちの御主人さまの派閥争いの側杖を食らって、誰かが遊びのように考え付いた計画のせいで『人造魔法少女』にされてしまったのだと。 そこにいる死神に、在庫一世処分のごとく皆が殺されたのだと。 何も悪い事などしていなかったのに、命乞いをしても無慈悲に殺されたのだと。 本来は無関係だったのに自分たちと一緒にいて護ろうとしてくれた魔法少女でさえも殺されたのだと。 たとえ相手が子どもでも理解できるような分かりやすい言葉で、明瞭に説明してやった。 おそ松と名乗ったマスターの顔は、惨殺を分かりやすく聞かされるごとに青ざめていった。 ジョーカーの方を見つめ、瞬き以外の動きをせずにじっとしている。 ジョーカーと念話をして、本当のことなのかを確かめているのかもしれない。 さぁ、この不意打ちに何と答える。 こいつは、今この瞬間から『加害者遺族』も同然の立場におかれ、奈美は『被害者、兼、被害者遺族』になった 奈美はその反応を注視した。アーチャーも、より鋭い眼で注視した。 その目は、『貧者の見識:A』であり、『扇動:A』の眼だ。 ひたすら人間を把握する能力に特化したアーチャーは、マスターの一挙一同でどういう人物かを見抜いてしまう。 まるで、学校生活していた頃の青木奈美を、100倍も過敏にしたような性質だ。 念話は終わったのか、おそ松はジョーカーと奈美とを、言葉を考えるように交互に見つめた。 「えっと……それって、この聖杯戦争を始める前の……」 「私の生きていた世界で、本当に起こったことです。戦争でも何でもないのに殺されました」 『殺された』と繰り返す。 謝罪されても、許そうと言う気持ちなんかこれっぽっちも湧かないけれど。 それでも、お前の言葉によって、シャッフリンをどう追い詰めるかの手がかりが得られる。 お前たちはどういう主従なのかを、私たちに教えてくれ。 おそ松はジョーカーを抱っこして、どん、とテーブルの上に乗せた。 深々と、テーブルに手をつき、頭もくっつけるようにして土下座の手つきを取る。 緊張した神妙な声を出し、冷や汗をテーブルにぽたぽた垂らしながら、 「えー、このたびは、じゃなかった、ずっと前に、うちのサーヴァントが大変な不幸を田中さんのご友人に与えてしまいまして、オワビの申し上げようもアリマセン。 すべての原因はこのサーヴァントにありますので、どうか煮るなり焼くなりどうぞどうぞ」 売った。 さすがに予想外だった。 こいつ、憎しみの矛先を恐れて、自分のサーヴァントをあっさり売った。 卓上に乗せられたまま、ジョーカーは硬い声を出した。 「お言葉ですがマスター、この場合は半日以内にはぐれサーヴァントと契約しない限りマスターも脱落いたします」 「うげっそうだった! 俺の夢かなわないじゃん!! あーもー、ジョーカーちゃん何やっちゃってくれちゃってんの!?」 『これは……見極めるまでも無かったかもしれませんねぇ』 『私にも分かります』 幼児にだって分かるだろう。 こいつ、ただのバカだ。 なんで、こんなバカがここにいる。 憎悪とも少し違うやり場のない苛立ちが湧いてきて、奈美は踵で床をガツガツと蹴った。 シャッフリンだけが、冷静な顔のままで口を開く。 奈美に対して。 「これは、復讐宣言ですか?」 極力、このサーヴァントとは会話をせずに済ませたかった。 しかし、バカなマスターに聞かせるためだと割り切って、奈美は口を開く。 言葉を選びながら、泣きわめき逃げ惑うシャッフリン達を、手当たりしだいに槍で串刺しにしていく妄想をする。 「まさか。ただの方針確認ですよ。 私の聖杯に賭ける願いは、奪われた全ての仲間を生き返らせること。 その為なら何人だって殺すし、人道も知ったこっちゃない 憎い仇と共闘するのも耐えてみせる」 ここだけは、一部嘘だ。 「交渉をするなら、そういう方針だと説明しなければならないでしょう。 松野さんはどうなんですか? まさか、そんな凶悪なアサシンを飼いならしておいて、戦争否定派でもないでしょう」 ジョーカーは疑いを隠し切れないようで、未だにスペードの構えを解かせていない。 それでいい。むしろ、その姿勢こそ好都合だ。 『田中』は復讐に燃えている。いつマスターに襲いかかるか分からない。 『田中がマスターを襲うかもしれない』『田中がマスターに讒言を述べるかもしれない』という警戒をしてくれた方が都合がいい。 「お互いの方針を理解しないと、同盟を組めるか分かりません。お聞きしてもいいですか?」 奈美は、表向き普通に交渉を進める。 シャッフリンについて述べる時も、悪辣な言いようではあるが、事実を述べているだけだ。 おそ松を騙すような言葉は使わない。そこに隙がある。 ジョーカーは、おそらくマスターを矢面に立たせることや、マスターが騙されたり操られることには警戒していても、マスター自身が、自分の意思で、シャッフリンを拒絶するという可能性はほとんど懸念していない。 マスターを戦場に立ち入らせず関わらせない一方で、マスターから命じられたらどんな理不尽でも、それこそ自害せよと言われても従う、そんなスタンスであり続けているならば、それはそうなる。 あるいは生前の生き様がそうだったからか、『マスターが自分達を破滅させるならば、それでも構わない』と達観しているかもしれない。 そして、奈美はシャッフリンのマスターに方針を尋ねる。 色々な会話を引き出し、引き延ばす。 やばい、めっちゃ私利私欲で参加しているなんて言いづらい。 今度は、松野おそ松はそういう顔をした。 いや、実際にはもう少し違うことを思ったのかもしれないけれど、とにかく『こんな重たい話をされた後に、自分の動機を語らなきゃいけないのか』とうろたえている風に目が泳いでいた。 良かった、こういう小物の方がやりやすい。 別にこいつが『大病を患っている恋人を救うために聖杯を求めています』とかだったら殺すのを止めたなんてことは全く無いけれど。 「まぁ……俺も、聖杯が欲しいんだよね。田中ちゃんには本当に悪いけど」 それでも欲望を素直に認めてしまうあたり、小物ではあるが欲に正直ではあるらしい。 「では、共に聖杯を狙うならば、『いつまでも』手を取り合うわけにはいきませんね。 そちらの方で、具体的に『これを倒すまでは協力したい』というアテはありますか? もっとも、現状で脅威になる主従だと、真っ先に挙がる連中がいますけれど」 言葉はよどみなく口から出る。 確かに普段の生活でも――演技もあったとはいえ――口数は多い方だったけれど、今の自分はそれ以上にペラペラと役者のようによどみなく喋れる。 もしかして、復讐に酔っているのだろうか。 今度は自分が彼等を殺すのだと思うと、とつぜん笑い出したいような衝動にかられたりもする。 「ああ、そうそれ。俺達も『討伐令』の連中を倒したいと思ってるんだ」 「ライダーですか? それともアサシンですか?」 「そりゃヘド……ライダーでしょ。シャッフリンちゃんたちをあんなのに突っ込ませるのは心配だけど、あれ放っといたらみんな無くなっちゃうみたいだし」 不可思議な言葉が飛び出した。 シャッフリンたちが心配。 シャッフリンが憎くてたまらないマスターの前でそう言うのはあまりにデリカシーが無いし、実際聞き捨てならないけれど、 私利私欲のために駒として使っているはずのサーヴァントの身を案じているとしたら、ちぐはぐな印象だ。 ましてや、ついさっき、シャッフリンたちが無慈悲な暗殺者だと知ったばかりだろう。 念話で【ふむ……】と思慮深げな声が聞こえてきたので、やはりアーチャーも同じ点が気になったらしい。 ここは踏み込むしかない。 「しかし、こういう考え方はどうですか? ヘドラはほぼ全ての主従を敵に回したといっていい。 ならば、私たちが手を出さなくとも、時間の問題で他の主従が討伐してくれるでしょう。 なら、私たちが討伐令に参加する必要はない。 むしろ、確実に聖杯に近づきたいならば、ヘドラ退治に夢中になっているマスターを背後からアサシンで奇襲した方が確実じゃないですか?」 アサシンに楽をさせてやれる提案。 しかし、かつて、奈美自身も『考えたことすら忌まわしい』と拒絶した提案。 それを、 「いいねぇー!」 喜びで飛び跳ねんばかりの、満面の笑顔を見せられた。 「確かにそっちの方が、シャッフリンちゃんに楽させてやれるし、確実に優勝に近づくじゃん! そっか、そっか! 俺も『アサシン』の時にシャッフリンちゃんにそう言えば良かったんだ。田中ちゃん頭いいねぇ~」 褒められた。 ノリノリに乗ってきた。 膝の上にいたハートエースと「やったね!」とハイタッチしているのを見るに、本気も本気らしい。 こちらをバカにしているわけではないらしい。 その方がどれほどマシだったか。 おかしい。 こいつは、奈美が『被害者遺族です』と主張すれば、(言ったことは最低だったけれど)とたんに冷や汗をかいて頭を下げるような、ごく一般的な俗物のはずだ。 それがどうして、こんな外道そのものの提案には怯えずに乗って来る。 どこかおかしい。食い違っている。 しかし、ひとしきり歓迎した後、おそ松ははたと我に返ったようにテンションを落とした。 「……あ、でもやっぱりいいや。 それで本当にヘドラ退治が失敗しちゃったら困るし。 NPCだからって、か……ヘドラの犠牲者を増やしちゃうのは良くないし」 まただ。 今度は一転して、NPCの身を心配する発言だ。 NPCだからといって、死なせるのは良くないと言った。 あまりにも善良な一般人すぎる。 他のマスターを外道な手段で殺すことは厭わないのに、NPCの犠牲者を実際に見るのは気分が乗らない。その判断基準はどこにある。 「すみません、参考までに聞きたいのですが、おそ松さんは今までにどれぐらいの主従を脱落させたんですか?」 「えーっと、シャッフリンちゃんが言ってたのは、ランサーとアサシンと……全部で何人だっけ?」 おそ松が訊ねて、ジョーカーが答える。 ジョーカーが挙げた主従の組数は、両手の指で余るほど多いと言うわけではなかったけれど、 それでも予選期間の間はNPCをのぞき一組も殺さなかった奈美からすれば、とんでもない成果にだと言っていい数だった。 「そうですか……それは、短期間の間でずいぶんと殺人鬼になりましたね」 それほど大した皮肉を言ったつもりはなかった。 聖杯を狙って戦っている時点で、誰もが他のマスターを殺すのだと覚悟を決めているはずだから。 奈美だって自分が同じことを言われても、大した痛痒は感じなかっただろう。 その、はずだった。 「えー、そういう言い方されるのは傷つくなぁ。 サーヴァントは最初から幽霊みたいなものだって言ってたし、 マスターだって本当に死んじゃうわけじゃないでしょ?」 「――――――えっ」 その一瞬は、素で意味が分からなかった。 隣にいたジョーカーも、はて、と首をかしげた。 『これは、これは……』 アーチャーだけは察したらしく、念話でさもおかしそうな笑いを送ってきた。 こいつは、マスターは死ぬわけじゃないと、そう言った。 どういうことだろう。 まとめてみよう。 松野おそ松は、魔力も感じなければ、『人造魔法少女』の話を聞いてもど素人丸出しの顔をしている、ただの戦わない一般人マスターだ。 聖杯でゲットしたいのは富だか名誉だかしらないが、とにかく欲に目がくらむ俗物だ。 しかし、情が無いわけでは無い。NPCでさえ気に掛けるほどには、良識らしきものがある。 そして何より、救いがたいほどのバカだ。 この聖杯戦争を――現実味の無い、リセットの効くゲームか何かのように思い込むほどの、バカだとしたら。 ああ。 これは。 アーチャーが笑うわけだ。 見つけた。 この主従を、崩壊させる最も大きな、穴。 余りにも分かりやすい、穴。 松野おそ松は、いきなり生まれた沈黙に、なんだなんだという顔をしていた。 あまりにも間抜けな、何も分かっていない顔に向かって説明してやった。 仲間を殺されたことを語った時以上に分かりやすく、説明してやった。 実際、難しい言葉なんか少しも使わずに伝えられる。 この殺し合いは、本物ですと。 負けたマスターは、消えて死にます、と。 お前が可愛がっているそいつらは、お前の為だと言いながらこれまでずっと平気で犠牲者を積みあげてきたのです、と。 シャッフリンたちは、止められない。 マスターにとっては、事実、理解しておいた方がいい情報だから。 むしろ、今まで理解してなかったことの方が、不思議なぐらいだから。 『何かマスターの精神衛生上に良くない事が起こっている』とは察していても、 『あたりまえな聖杯戦争のルール』が一般人にとっては残酷なものだと、まずそこを実感できない。 それがマスターを最も追い詰める真実だと、いまいち理解できていない。 簡単な説明を、何度も繰り返して理解させるうちに。 おそ松の顔色が、さらに変わっていった。 蒼白から、白へと。 デリュージは笑った。 心の底から笑った。 笑って、尋ねた。 「あなたのサーヴァント、今まで、一体何人のマスターを殺してきたんでしたっけ?」 あなたの膝の上にもいるそいつらは、別にあなたの味方でもなんでもない、 ただの無慈悲な死神なんですよ、と。 無垢な顔でマスコットか何かのように膝の上に乗っているハートのエースを、眼光で刺し貫きながら。 ♠ ♥ ♦ ♣ 公園を照らす日差しは、黄昏色から夕焼けの色へと、眩しいものから弱々しいものへと変じていた。 十一月にもなれば、陽が落ちるのも早くなる。 そんな夕陽をスポットライトにして、東恩納鳴がまばゆい白色の宝石を掲げた。 そのまま額に当て、叫ぶ。 「プリンセスモード・オン!」 少女の身体が、まばゆい光に包まれた。 言葉にすると陳腐だが、そうとしか表現しようがなく、そして子どもに夢を与えるには充分過ぎるものだ。 「白き旋風! プリンセス・テンペスト!」 今ここで名乗りを挙げてキメ顔でポーズを取る必要なんか無いだろ、などという無粋なことは誰も言わない。 「か……かっこいい……」 素直に喜んでいる小学五年生だっているのだから。 十代前半ぐらいの――つまり、多くの魔法少女アニメで採用される年齢設定の、可愛らしい魔法少女がそこにいた。 白くみずみずしい肌に、小柄ながらも手足はすらりと伸びている。 背中に背負ったオリーブを思わせる木の葉の輪っかと、腰に携えられたギラギラした刀剣は、まるでどこかの神話から抜け出してきた戦女神のようだ。 「すごい……見た目が大人になってる。髪の色まで変わってる!」 外見なら一条蛍の方がもっと大人だとおそらく全員が思っただろうが、誰も言わなかった。 鳴はちょっと得意げな顔で、二つ結びの髪をふわりと揺らすように小首をかしげてみせた。 長くのびた髪の毛は淡茶色に変じた中に光沢を散らし、ティアラが夕陽に煌いてまぶしい。 首から下を飾るのは、白く薄い布と葉の飾りを纏ったような露出の高い衣服だった。 特に下半身など、まるで―― 「――ふんどし?」 その印象を言葉にしたのは、望月だった。 そう言えばこいつが現役だった時代は、今よりかなりふんどし需要高めだった。 「ち、違うもん! ちょっとデザインがそう見えるかもしれないだけだもん!!」 自分でも薄々そう思っていたのか、プリンセス・テンペストと化した鳴が必死に否定する。 「いや、そんな恥ずかしそうなこと言ったつもりは……そりゃあ女でソレつけてる人は珍しいかもだけど」 「珍しいどころじゃないから! 絶対ないから!」 望月の応答は、どこかがずれていた。というか時代に適合していなかった。 男六人分の生活臭むんむんの家で暮らしていたせいで、何か悪い影響でも与えてしまったのだろうか、と松野一松はひそかに心配にかられる。 そう言えば、彼女が童貞臭の激しい松野家にわりとすぐに順応してくつろいでいたのも、『船』とはそういうむさ苦しい男所帯の集団生活の場でもあったから、らしい。 「でも、ブレイバーさんのコスチュームも可愛いよね。勇者って言うか、お姫様みたい」 話題をそらしながらも、テンペストこと鳴は元のコスチュームに戻ったブレイバーをきらきらした眼で褒めた。 「えへへ、ありがとう」 淡い緑色のドレスと蔦や花の飾りをあしらった勇者――ブレイバーも、まんざらでもなさそうに照れを見せる。 事の起こりは、話し合いがいよいよ今宵からの行動――ヘドラ討伐計画に移行してからのことだった。 当初は討伐令も傍観するスタンスだった一条蛍たちだが、ヘドラの脅威度を認識し、蛍自身を含む彼女の日常さえも危ういとなれば、討伐令参加予定(当初はアサシンだったが)の鳴やランサーに協力しない理由がない。 しかし、まさか一般小学生でしかない蛍をヘドラの出現地点に連れていけるはずもない。 だから、蛍ちゃんには自宅でじっとしていてもらおうということになり、蛍は役に立てないことにしょげて、ブレイバーや鳴に気にすることではないと慰められた。 鳴が、魔法少女としての活躍を見せられなくて残念だと言ったことで、蛍はちょっとだけ笑顔になり、こう言った。 こんな時に言うことじゃないかもしれないけど……鳴ちゃんの変身した姿を今、見せてもらったらダメかなぁ、と。 魔法少女アニメを愛好する小学生にとって、本物の魔法少女が変身して戦う姿を見られるかもしれない、というのはたいそうな誘惑だった。 テンペストも、『魔法少女としての活躍』を賞賛されることに耐性が無かったのか、すごくにやけた顔で快諾した。 その代わり、ブレイバーの衣装をもう一度見てみたいとちゃっかりねだる。 こうして、コスチュームお披露目会になった。 悠長なイベントかもしれないが、少女たちにとっては決戦前の空気を作るために必要な盛り上がりでもあった。 しかし、1人だけそんな和気藹々とした光景の中で、難しい顔をしている者がいた。 一松ではない。彼は難しくする以前に、状況を横目で見ている。 他でもない東恩納鳴の、サーヴァントだった。 難しい顔のまま、ランサーは切り出した。 「鳴ちゃん。やはり鳴ちゃんも、家に待機しているべきだと思う」 それは、今までのやり取りでも何度か口にしたことだった。 鳴――テンペストも、『またランサーがそれを言った』という顔をする。 「サーヴァント同士の戦いなんだよ。マスターも混じって戦うなんて、危険すぎる」 「だから、私なら魔法少女だからヘドラの毒も効かないし、大丈夫だよ。 もし効くとしても空飛べるんだから避けられるし、地面が溶けても大丈夫だもん」 これも、繰り返し鳴が言ったことだ。 「それでも、やはり危険だ。最初にバーサーカーに襲われた時のことは覚えてるだろう」 「それは、分かるけど……でも、わたしが討伐をやろうって言ったんだよ」 「それは相手がアサシンとそのマスターだった時だ。 それにマスターが戦いに出てこないのは、べつに恥ずかしいことでも何でもない」 「でも、私がいれば、ランサーがピンチの時に令呪とか使ったり、できることがあるかもしれないじゃない。それに……」 分かっていない大人に反論する子どもの顔で、魔法少女は白状をした。 「今度はお手柄を立てた全員に、令呪を配ってくれるんでしょ? 令呪が欲しいわけじゃないけど……ルーラーって人と話せれば、戦わないで聖杯を貰えないかどうか、お願いできるかもしれないじゃない」 その言葉は、鳴の主従以外の全員にとって不可解なものとして聞こえた。 そして、鳴のサーヴァントにとっては、きわめて心苦しい言葉として聞こえた。 実のところ。 ランサー、櫻井戒と、マスターである東恩納鳴の間には、その実、お互いの理解度に圧倒的な隔たりができている。 鳴は正しい魔法少女として、かっこいいランサーのマスターとして、自分も戦いで役に立ちたいと思っている。 鳴にとってのランサーは、サーヴァントに襲われていたところを救けてくれた、優しくて頼りになるお兄さん(ヒーロー)だ。 だから鳴は、最初に戒から『どうしても聖杯が欲しい』という打ち明けを聞いていても、イコールで無辜のマスターを殺すこともいとわない人物だと、頭の中でつながっていない。 そうでなければ、図書室でも『討伐令に参加して悪いマスターを殺すのは間違っているのだろうか』と悩んだりはしないだろう。ランサーはそもそも他のマスターを殺すつもりだということを、すっかり意識の隅にやっている。 子どもらしく、アニメなどで見た正義のヒーロー像や、人を襲う悪人像と比べてみて、『こんなにかっこよくていい人が、あっさり人を殺そうとするわけがない』と思いたがっている。 初対面の時にバーサーカーをあっさり仕留めるところは目撃したけれど、その行為は『死ぬところだった自分を救ってくれた』という大義名分によって麻痺したものだ。 昼休みに『悪い人をやっつけて令呪が欲しい?』と聞いたときも、ランサーは『争いごとは嫌いだよ』と答えていた。 それに、最初から『できる限りは鳴の意向に沿う』とも言ってくれたので、自分が嫌だと言えばランサーは正義に悖るような殺人はしないだろうと、すっかり信頼している。 しかしランサーは、そんな綺麗なヒーローなどでは有り得ない。 誰よりもランサー自身が、そう自認している。 実のところ、ランサーは妹や大切な人達をキレイなまま守るためならば、どんな外道に手を染める覚悟もある人物だ。 だから、ヘドラの討伐戦にも、なるべくマスターを巻き込みたくはない。 あくまで、マスターの信じる正義を守るために戦いたいという気持ちには偽りない。 だが、万が一にも『創造』の宝具を使う事態になれば、己の穢れをあの純粋な眼に見せつけることになる。 それだけでなくマスターがヘドラの膨大な悪意だとか、令呪目当てにつどう人間の業だとかを目の当たりにして傷ついてしまうことも避けたい。 あのまっすぐな正義が曇るところは見たくない。 何より討伐戦の中で、マスター自身が危害を加えられることは絶対に回避するつもりでいる。 そんなランサーだから、『もしかしたら戦わずに済むかもしれない』と言う希望的観測は、あくまで鳴を安心させるための詭弁でしかない。 だから、鳴から純粋にランサーを想っての気遣いを聞かされて、とっさに言葉がうかばなかった。 それを聞いていた一同の中で、まずシップが不思議そうに尋ねた。 「あれ? おたくらって聖杯戦争やらずに脱出希望じゃなかったっけ?」 ランサーから生還優先で同盟相手を探していると聞けば、普通はそう思う。 「わたしはそうだけど、ランサーはどうしても聖杯が要るんだって。 だから、戦わないで聖杯を手に入れる方法を探してるの」 「え、そんな方法があるんですか?」 蛍がびっくりした顔をする。 「いや……まだ分からないけれど、そういう可能性があるなら賭けてみたいと思っただけさ。 あまり人に言えるようなものじゃないけれど、僕にも一応願いはあるからね」 「戦わずに聖杯を手に入れるって……ランサーさんは何かアテがあるんですか? も、もしかして、ルーラーさん相手に戦ったりするつもりなんですか?」 ブレイバーも、この話題には食いついた。 彼女自身、今は蛍の保護を優先するスタンスだが、基本的には聖杯戦争そのものに対して否定的な考えだ。 『戦わずに聖杯を獲る』というのが、誰か他の人に迷惑をかけないやり方だったならば、むしろそれを応援したい。 「場合によってはそうなるかもしれない。 まだ何もわかっていないから、希望的観測だけどね」 鳴がそれを聞いて、ここぞとばかりに推した。 「だったら、やっぱり今回の『討伐令』ってチャンスじゃない。 まだ何もわからないんでしょ? このままじゃランサー、他のマスターを殺さなきゃいけなくなっちゃうよ?」 つい勢いで口にしてしまったような後半の部分を聞いて、蛍がさらに驚いた顔をする。 「え!? ランサーさん、方法が見つからなかったら、聖杯戦争やっちゃうんですか!!」 まさか、初めて出会えたブレイバー以外で協力してくれるお兄さんが、一歩間違えれば聖杯のために殺し合いをする予定だというのは衝撃的すぎる。 ランサーはそれに対して曖昧な笑みを浮かべ、やんわりと否定するしかない。 「いや、僕もできればその手段は取りたくないよ。」 「そうだよ。ランサーはいい人だから。人殺しは嫌いだって、言ってくれたもんね?」 「あ、ああ……好きか嫌いかで言えば、そうだね」 「そ、そうですよね……良かったぁ」 「いや、でも『ルーラー』に聞いたってどうにかなる問題なの? これ戦争っしょ?」 疑問を呈したのはシップだった。 サーヴァントの中でもランサーは生前に実戦の経験が数えるほどしかなく、ブレイバーはそもそもただの人間を相手に戦ったことがない。 そういう意味ではこの中だと彼女が最も『戦争』に慣れていた。 「だってあたしたち、聖杯戦争のルールはこうですよって叩き込まれた上で召喚されてんだぞ? 逆に言えば、ルーラー的にも『最期の一人にならない限り、絶対に聖杯はあげません』ってことじゃない?」 「そ、そんなのやってみなかったら分からないもん。ランサーだって、私が望むなら間違ったことはしないって言ってくれたし。そうだよね、ランサー?」 「そうだね……できるだけ、君の意向には沿いたいよ」 気が付けば、ランサーはぎこちない笑顔を浮かべっぱなしになっていた。 その笑顔は、それでもランサーを『良い人』という眼で見ている蛍とテンペストの眼には爽やかな笑顔に見えるものだったが。 「他に方法が見つからなかったら?」 どんよりと陰鬱な一松の声が、横合いからぼそりと言った。 「それは……希望的観測なのは承知している。でも、探してみるつもりだ」 「だぁ、かぁ、らぁ。できなかった時は、どうすんの」 相変わらず、半目のような目つきの悪さと、体育座りのままだ。 しかし、その応答はそれまでとは違っていて、相手に絡みつこうとするようなねちっこさがあった。 まだ小学生の東恩納鳴と、一条蛍。中学生にして勇者をやっていた犬吠埼樹。享年は高校生だった櫻井戒。 生まれは早くとも、あくまで少女として二度目の生を受けた望月。 この中で松野一松は、ほぼ唯一の大人である。 自立していないし、社会に出られそうにもないし、この中ではいちばん何もしていないし、大人らしいとは言い難い大人だけれど。 それでも二十数年を生きてきて、子どもの頃にみたアニメと現実は全然違うと悟ったり、期待を裏切られたり、騙されたりしてきたことはそれなりにある。 『自分の主観においてのいい人』と『客観的に見ても善良な人』はイコールではないことを知っている。 そんな大人の眼から見れば、櫻井戒の言葉が曖昧に濁されたものだということは一目瞭然だった。 『できれば』とか『かもしれない』とか『そうしたい』の繰り返し。 別にすぐれた観察力を持たなくとも、年長者の眼から見れば、『子どもをがっかりさせないために、曖昧に言葉をにごす大人のそれ』だとすぐに分かる。 「どうしても他の方法が見つからない時は、願いを諦めるのか、それとも殺すのかって聞いてるんだけど」 「それは……」 それでも、普段の一松なら、内心では思ってもそれを言葉に出すような出しゃばりはしないはずだった。 少女たちが真面目に訊ねているのに、いかにも『相手は子どもばかりだからごまかせるだろう』という答え方をしているのが、女を上手くあしらうリア充を見ているみたいでちょっとイライラする。 このまま、流れでこのチームに組み込まれそうになっているのに、肝心な部分がごまかされたまま話が進んでいくのはモヤモヤする。 もっと言えば、ずるい若者が女子小学生たちを煙に巻いているのはどうだろうという、良心じみたものも全く皆無ではない。 そう思ってはいても、さすがにこの状況下で地雷を踏みに行くほど一松も豪胆ではない。 しかし。 「なんで答えらんないの?」 スキル・輝ける背中。 現状、会話をただ隅っこで見ていただけの一松はさほどブレイバーに近づいていなかったけれど、それでもこれ以上なく『諦めた者』だった彼に対して。 その効果は『なんとなく今なら言いたいことも言える』という程度に気を大きくさせていた。 それが、良いことだったかはまったく別として。 「アンタは、どっちの側にいんの?」 それでも、一松だってランサーのことを甘く見ていることには変わりなかった。 でなければ、挑発的な言葉を吐ける度胸まではない。 いつかクリスマスの夜に絡んだカップルのように、自分が介入したことで不穏な空気になったとしても、どうせより固く結束して元のさやに納まるのだろうと、下から目線で見て楽観視していた。 「そ、そんな聞き方することないでしょ。 ランサーが殺す方についたりとかするわけないよ。だって……」 だから、鳴が庇うようにランサーの前に出てそう言った時、一松も、ほらこれでまた仲直りして一致団結の流れになるぞと思ったのだが。 「……そんなこと言ってたら、蛍ちゃんだって殺さなきゃいけないじゃないっ」 そう言った言葉が、ひそかな分岐点になった。 ランサーがその瞬間だけ、とても苦々しい顔をする。 それはランサーにとって、今の鳴にもっとも考えてほしくないことだった。 その事実に気付けば、少女は遠からず、ランサーの汚れた戦いに介入しようとしてしまうから。 58人を殺害したアサシンの討伐――それ自体が正しいのかは分からないが、少なくとも、無辜の人達が殺されるのを止めることは、魔法少女の眼から見ても正義だ。 海から汚染を広げて攻めてくるライダー『ヘドラ』の討伐――町を滅ぼそうとする敵から守ることは、おそらく正義だ。 じゃあ、殺し合うつもりなんか無いのにただ巻き込まれただけの、優しいお姉さんを、聖杯が欲しいから殺すことは? ――どう考えても、幼い魔法少女を関わらせていい正義ではない。 「それは違うよ。僕は蛍ちゃんみたいな人には手を出さない」 まずは欺瞞を重ねてでも鳴を安心させる。 そして、その時だった。とりあえず『様子見』にしていた松野一松というマスターへの対処が、ランサーの中で車両のレール切り替えのようにはっきりと定まった。 お互いに、言い過ぎたことや煮え切らなかったことを謝って、表面上は何事もない仲直りが終わる。 「――音楽家か?」 仲直りが終わるのを見計らって現れたわけでは決してない、脈絡のない問いかけだ。 すっかり朱色に染まった公園で、新たな脅威が、斬りこむような詰問をその場に投げた。 ♠ ♥ ♦ ♣ 東恩納鳴が、『人造魔法少女』の姿に変身していた頃と、時間は前後する。 「あなたのサーヴァント、今まで、一体何人のマスターを殺してきたんでしたっけ?」 松野おそ松はただの戦わないマスターだと、青木奈美は自分の見立てに確信を持っていた。 うじゃうじゃいる同じ顔の少女達が、幸運の女神でもなんでもない無慈悲な大量殺人鬼だと理解して、 これまでK市で何もせずに何も知らずに平和に生きてこられた恩恵が、甘い汁でもなんでもない、たくさんの屍から流された血だったのだと思い知って、 ヘドロ一色に染められた海も、日々この街で誰かが誰かを殺戮していることも、すべて現実に起こっている、本物のの脅威なのだと理解して、 これまでと同じようにサーヴァントと仲良く優勝を目指そうとする精神力など、とうてい持ち合わせているわけがない。 そして、自分の道を失い、一方的に不信感を持った主従のたどる道など見えている。 早々に脱落するか、あるいはどちらかがどちらかを切り捨てようとして、共倒れになるか。 あとは機会を見てその耳に甘言のひとつも仕込んでやれば、砂の城よりも簡単に瓦解することだろう。 サーヴァントではない奈美の槍でさえも、労せず背中からたやすく刺し貫いて嗤えるほどに。 ゴミの主従にはふさわしい末路だと、そう思っていた。 事実、おそ松の顔からはさっきまでのお気楽な表情が削ぎ取ったように消えている。 両眼をぎょっとするほど見開いて、すぐ隣にいるジョーカーのことを凝視している。 「ジョーカーちゃん…………これ、本物だって言ったっけ?」 まったく抑揚のない声で、そう訊ねる。 「初めて拝謁した時に、『殺し合いです』と申し上げました」 抑揚のない声が、そう答えた。 「……そっか」 おそ松は、そして無言で何度か頷いた。 それは恐ろしい沈黙だった。 しかし、奈美にとっては続きが気になって仕方ないアニメの次回予告のように愉快だった。 奈美は、ただ黙って期待したものの到来を待った。 彼が感情を爆発させて、状況など顧みずに愁嘆をさらし、シャッフリンへと呪詛を吐きだすのを待った。 しかし。 しかし、次に起こったのは、奈美がまったく予想もしない出来事だった。 ぶわっと、おそ松の眼から春の選抜で負けた高校球児みたいな量の涙があふれ出た。 「どうしようジョーカーちゃん! 俺、本当の本当にヤバいところまで来ちゃったよ!!」 椅子からすべり落ちるように飛び出し、ジョーカーにひしっとしがみついてわーっと泣きついた。 それは、さながらガキ大将に苛められて猫型ロボットに泣きつくダメ小学生のようなすがりつきっぷりだった。 ――――――は? その光景は、青木奈美が予想したうえで期待していた愁嘆場かつ修羅場と180度異なるものだった。 「やばい、とは?」 「いつの間にか俺、連続殺人の主犯みたいだし!! ヤバいヘドラ来るし!! 本当にヤバいって分かってたらこんなとこ来なかったーっ!!」 「マスター、落ち着きましょう。まずは語彙を取り戻すことが肝要かと」 ジョーカーが、気安くお身体に接触する無礼を失礼いたします、と断りを入れて、なぐさめるようにおそ松の背中をさする。 待て。 待て、待て待て。 奈美はつい、己のほっぺたをつねる。 痛い。ちゃんと痛い。これは夢まぼろしじゃない。 なぜ、よりによって泣きつく。 そ、い、つ、に、泣きつく。 お前が言う所の、『本当にやばい』の筆頭がそいつだ。 このマスターはついに気が狂って、恐怖のあまりシャッフリンを正しい認識で見られなくなったのか。 奈美はそういう考えに囚われた。 ♠ ♥ ♦ ♣ しかし、おそ松はまったくの正気だった。 むしろ、それが彼にとってもっとも自然なリアクションであるぐらいには正気だった。 それは『今までの人生で最大級のやらかしをしてしまった人間のリアクション』ではあったし、 それは『責任が取れないかもしれない大罪が降りかかってきて怯えきっている人間の顔』であったし、 それは『夢の世界のように何でもありなんだと思っていたのが非情な現実だと言われて耐えきれない人間の反応』ではあったけれど、 しかし、それらは全く、シャッフリン達への態度を変えてしまう理由にはならない。 そんなものに影響されて彼自身が変わってしまうようであれば、子どもの頃からずっと『奇跡的に変わらないバカ』などやっていられない。 松野おそ松は子どもである。 自立していないし、社会に出られそうにもないし、まともとは言い難い大人だけれど、もっとずっとそれ以前の問題として子どもである。 『自分の主観においてのいい人』と『客観的に見ても善良な人』はイコールではないことを知っているはずなのに、 『いい奴なのに、どうして拒絶するんだろう』とか意識するまでもなく、一度ふところに入れた人間には変わらないまま接するような子どもだった。 でなければ、昔はしょっちゅういじめていたミソッカスの幼なじみが、『ミスター・フラッグ』という恐ろしい権力者になって目の前に現れても、 『ハタ坊自体は何も変わってない』とあっさり納得して、気さくに金をせびるほど遠慮なしに接することなんかできはしない。 その友人によって尻の穴に凶器サイズの旗を刺されたり、正体不明のお肉料理(いわゆるアミルスタン羊的な)を半ば無理に食べさせられたりしているのに、 依然として友達付き合いを継続して、イヤミから虐められていれば庇ったりするような関係を続けられはしない。 小学六年生のメンタルのまま成長しなかった男、とはよく言われるところだが それ以下の年齢である一条蛍や東恩納鳴でさえ、この町ではマスターとして『大人の判断』をしようと背伸びしているのだから、 マスターの中では彼が最も幼いとさえ言っていいかもしれない。 そこに闇なんかない。狂ってもいない。 人並みに罪悪感を抱くだけの心はあるし、命の重さだってたぶん理解している。 さらに言えば、彼は戦争のいろはも知らない一般人だ。 いつもドタバタ騒動に巻き込まれて死ぬような眼にあったりしたこともあるけれど、 それらは聖杯戦争だとか、電脳世界を滅ぼそうとするヘドラの災害だとか、シャッフリンが生前に起こしてきた殺戮劇に比べれれば、いわゆる『ギャグ補正』という言葉で何とかなる、『戦い』のうちにすら入らないと言える。 しかし、そのことは別に、おそ松の人格形成がごくまともに行われており、周りもまっとうな人間ばかりだったことを意味しない。 変人か狂人かバカしかいないような環境で育ち、彼自身もそういう『おかしな人間』への耐性だけは異様についた、立派なバカとして成長した。 ただ、どうしようもなく奇跡的なバカだったせいだ。 もしも、彼が見てきたシャッフリンに、欺瞞があったなら別だった。 もしも、シャッフリンがおそ松に対してまったく献身を示すことなく、うやうやしくも健気に仕えることなく、冷淡な関係を築いていたら。 おそ松はシャッフリンの行状を知った瞬間にドン引きし、もはや彼女たちを恐怖の対象としか見ることができなかっただろう。 もしも、シャッフリンが召喚された時におそ松を騙して、あるいは不適切な説明をしたおかげで『これはゲームなんだ』と思い込まされたのだとしたら。 おそ松は『よくも騙したな』と怒り、嘆き、絶望するだけで、シャッフリンに頼るという選択肢など選ばなかっただろう。 もしも、シャッフリンがやる気だけの無能なサーヴァントであり、『これまでは終始有利に立ち回りながらおそ松を安全に生き残らせた』という実績が無かったならば、 おそ松は『なんて犯罪をやらかしてくれたんだ』と八つ当たりをシャッフリンにぶつけ、おそ松自身にも非はあったにも関わらずあっさりと屑のようにシャッフリンを見放して、サーヴァントの乗り換えさえも検討しただろう。 もしも、シャッフリンが平気で人を殺せるような生粋の兵士ではなく、殺人を忌避する少女でありながらおそ松のためにやりたくもない殺人をしたのだとしたら、 さすがの屑(クソニート)でも『こんな小さな女の子に殺人を無理強いしてしまった』というわずかばかりの良心がうずき、これ以上もシャッフリンとまともに接することはできなかっただろう。 しかし、シャッフリンは懸命におそ松の身を慮り、かいがいしく仕えていた。 おそ松が勝手に聖杯戦争のルールを勘違いしていただけだった。 こんな状況下でも、なお真っ先に打開策を相談できる相手として思い浮かぶぐらい、とても有能だった。 いやいやおそ松の命令に従ったわけではなく、おそ松の為なら何でもするという態度を常に示してくれた。 接した時間こそ長くなかったけれど、おそ松はシャッフリンのことが好きか嫌いかと問われたら大好きだった。 まずみんな可愛いし、聖杯を掴むチャンスをくれた金づるだし、普段は別行動してはいても何かにつけおそ松を立ててくれて、意見を尊重してくれるすばらしい従者(サーヴァント)だし。 さすがにおそ松でもロリコン趣味はないのでエロイことしたいという眼で見ることはなかったけれど、 ハートのシャッフリンたちなどは男ばかりの生活の中にいきなりできた引っ込みじあんな妹のように可愛いし、他のシャッフリンたちも喜んで男をダメにするぐらいに献身的だ。 唯一会話ができるジョーカーは感情を露わにすることこそ少ないけれど、常におそ松のためを思って動いてくれているのがよく分かる。短くとも、接していれば分かる。 例えばある時は『もし、街をうろついてる時に落ちてる小銭を拾ったりしたら持ってきてくれる?』などという雑用のような仕事まで快く引き受けてくれたし、 おそ松が退屈していると判断すれば、寂しいときは言ってくださいとばかりにハートのシャッフリンを寄越してくれた。 さっき交渉の場に赴くときも、とにかくおそ松の安全を最優先に考えてくれて、しつこいぐらいに忠告したり、警護をするシャッフリンを厳選したりと、色んなことをしてくれた。 おそ松は親から甘やかされて扶養される生活には慣れていても、誰かから尽くされたり守られてきた経験というものがほとんど無い。 六人兄弟の長男という立場だったからこそ、兄弟で何かをしでかせば真っ先におそ松の名前で呼びつけられるし(実際、彼が主犯だったことも多かったのだが)、 逆に兄弟の中から代表して誰かが何かをやらなければならない時は、他の兄弟も真っ先に『こういう時のための長男だからね』と生贄にする(実際、それだけ日頃の恨みも買っているのだが)、そんな二十数年を生きてきた。 だからこそ、何があってもマスターに尽くし、危険がないように守りますというシャッフリン一同には、ただ可愛い女の子であるという以上に入れこんでしまう。 ちなみに先ほどシャッフリン達を売ろうとしたのも、別に彼女たちに他意があったとか拒絶したとかでは全くない。 自分の保身を最優先した上で、田中の復讐心も少しは晴れるかと思っただけである。 「つまり、主様は本物の殺し合いだと認識していれば、聖杯を求めないご意向でいらっしゃったのですか?」 「うんっ……おれ、連続殺人の首謀者みたいになっちゃったよぉ……」 「それは大変な心得違いをしておりました。いかような責めを受けても足りません」 「いや、罰とかより……何とかする方法を考えてほしい……」 今この時も、お互いの間に認識違いがあったことを知れば、警備の眼を緩めないようにしながらも平身低頭してくれている。 これが彼の弟達だったならば、『元はと言えばお前のせいだろ』と言わんばかりに、どいつも我先にと責任逃れの逃亡をしていたところだ。バナナの皮とかで転んで間抜けに死ねばいいのに。 彼女たちがたくさん人を殺した、それは本当なのだろう。 田中と名乗る少女からの友達を殺されたという弾劾にも、念話で真偽を聴いてみたところ本当にやったことだと答えた。 なぜそんなことをしたのかと更に聴いてみれば、『当時の主様の御意思でしたので』と答えた。 そっかー、そういうものなのかー、と納得した。 きっと殺された側からすれば堪ったものじゃないだろう。実際今の自分がまさに、自分主犯で殺したことになった人達を思うと心がひたすら痛い。 そういうことをする子達だったというのはもちろん怖かったけれど、ご命令ひとつで殺戮する有り方が邪悪だとか、そういう相手だから彼女たちとの関係を考え直そうとか拒絶するよりも、 彼女たちのそういう一面をこれまで知らなかったことや、今それを知ったことの方が、おそ松にとっては大事だった。 けれど。 「何を、仲良く慣れあっているんですかっ…………」 そんな彼のことを、当然、許せない者もいる。 ♠ ♥ ♦ ♣ 目の前にいる青年の顔に、めいっぱいに氷槍をぶちこむところを想像する。 それでもまだ足りない。 もう駄目だ。殺意の忍耐力が、限界に近いところまで来ている。 シャッフリンのマスターも殺す。 グリムハートのこととは関係ないけれど、彼を殺せばシャッフリンは全て消えるし、何より聖杯を狙う競争相手なのだから――そんな理屈づけは、すっかり彼方まで吹き飛んでいる。 こいつは仲間を殺された奈美の気持ちを考えていないとか、そういう次元の問題でさえない。 この男は、シャッフリンたちのやった所業の全て理解したというのに、そいつらを受け入れて、これからも一蓮托生だと可愛がり仲を深めている。 これが、シャッフリンたちと同罪でなくて何なのか。 その激昂を声に表して、タオルの下にあった変身ジュエルを握りしめた。 殺してやりたい。殺す。絶対に殺す。 『大丈夫ですよ奈美さん。アプローチは予定と変わりますが、策に遺漏はありません』 ほくそ笑むような嘲弄を含ませた念話が、奈美の頭を揺らした。 ほぼ間をおかずに神父もまた立ち上がって、奈美を遮るように語り出した。 「これはこれは、主従仲がよろしくて結構なことです」 何をいけしゃあしゃあとものを言う。 奈美は今までの中でも一番、このサーヴァントに腹を立てた。 「しかし、『何とかする方法』というならば簡単なことだ。 聖杯に賭ける願いを以って、責任を取ればよろしいじゃありませんか」 同じ顔をしたシャッフリンたちと、そのマスターが揃って首をかしげる仕草をした。 しかしアーチャーが説明を続けるうちに、マスターの方が希望で顔を輝かせていく。 アーチャーが説いたことは簡単だ。 聖杯に願いを賭ければ何でも叶う。 ならば、これまでに犠牲になった人達を生き返らせればいい。 それこそ、『田中』が仲間たちを生き返らせようとしているように。 この聖杯戦争で犠牲にしたマスターも、『田中』の仲間たちも、生き返らせて責任を取ればいい。 もともと、弱いシャッフリン並みに単純思考だったマスターだ。 「そっか、その手があったんだ!!」と素直に喜び、そうだそうしようと頷いている。 それが陥穽であることぐらい、中学生の奈美にも分かる。 当然、奈美だってピュアエレメンツを復活させるにせよ、よりによって彼等に生き返らせてもらうなんて御免だった。 そんなことをするぐらいなら、最期の二組になった時点で後ろから槍を刺して殺す。 しかし、弱いシャッフリン並みの思考力でその程度と譬えられるのだから、上位のシャッフリンなら『何かが怪しい』と疑うことくらいは予想できる。 ジョーカーにはおそらく、これがマスターを篭絡するための言葉だと見抜かれているだろう。 先ほどの『現実の戦争だと知っていれば参加するつもりはなかった』という意向を聞いたからには、 先ほどの奈美からの説明がおそ松を傷つけるためのものだったことは理解できるだろうから。 「主様、お待ちを」 しかし、ジョーカーの思惑はそれだけではない。 言葉を発するジョーカーを見た、奈美はそう直感した。 嫌な直感だった。 ジョーカーは、笑みを浮かべていた。 淡々としたその顔に、初めて見る表情が宿っていた。 いやらしい笑みだった。 きっとこいつは、クエイクやインフェルノにトドメを刺した時もこんな風に笑っていたのだろうと、そう思わせる笑みだった。 そしてジョーカーは、おそらく手に入れたばかりだろう鬼札を切った。 「『実験体』と呼ばれていた魔法少女の1人――風属性の少女を、先ほど捕捉しました。 マスターとして、聖杯戦争に参加しています」 そしてさらに、こう付け加えた。 「クラブの偵察が変身するところを見届けましたので、間違いありません」 ♠ ♥ ♦ ♣ 夕陽を背負い、元山総帥は浮かない顔つきで住宅街を歩いていた。 その原因は二つある。 ひとつは、完成した絵画の置き場所――その候補地の一つである小学校を当たって、また絵を貰ってくれないかどうか相談する予定だったのだが、それが潰れてしまったことだ。 その小学校がテロ襲撃事件のせいで臨時下校を行い、とっくに児童が帰宅するわ職員会議の続きがあるわで、校舎に入れなくなってしまっていた。 ここに至って初めて、元山は聖杯戦争や世の中の動きに無関心だったことを反省した。 もうひとつは、午後になって、バーサーカーが帰還した直後に受け取った伝達『ヘドラ討伐令』に対してどう動くべきか、未だ決めかねていたことにあった。 このK市そのものが消滅するリスクがある。 すべてが醜いヘドロに飲まれてしまう。 それはK市の風景を描いている元山からすれば、存在意義そのものの消滅といってもいい緊急事態だった。 もしも、この街に来たばかりの頃の元山だったならば、まず狼狽し、その後は激昂して彼のサーヴァントに、『海で暴れまわる不快な連中を消して来い』と命令していたことだろう。 しかし、今の元山は、自身のサーヴァント――バーサーカーのことを、ある程度理解してしまっている。その性質を、把握しつつある。 彼女が怒りを露わにするのは、主にこの街で不愉快な雑音をばら巻く連中――より具体的な言い方をすれば、『闘争』をしている時に起こる『音』に対してだった。 彼女が嫌悪して、かつ憎悪しているのは、『音楽家』――と称する嫌な音をもたらす人物、もしくは、そいつに似た連中が引き起こす『殺し合いの音』に対するものなのだろう。 ヘドラによってもたらされた被害とはヘドロ公害であり、つまりは環境破壊だ。 場所によっては野次馬が悲鳴をあげたり船が沈んだりしているらしいが、それだけでは『音』に関係する惨事だとは言い難い。 むしろ、そのヘドラを退治するために集まってくれた連中が起こす『戦い』の音にこそ、彼女は襲いかかってしまうかもしれない。 まだバーサーカーと出会って間もない頃だったら、『令呪』をもちいて強制するという選択肢も元山にはあった。 ――海にいるヘドラを操っている者を『音楽家』だと思いこめ。 そんな命令を出せば、彼女はすぐさま湾岸部へと突撃していくことだろう。 『街そのものが融解する恐れがある』という、風景画を描く人間にとってはこの上ない損失の可能性がありながら、元山はバーサーカーを強制的に従わせることを躊躇っている。 それは、元山が芸術家にとっては不要だと思っているもの。捨てた方がいいと思っているもの。 超人であるペルセウス・ゾディアーツにとっても、不要であるはずもの。 人間らしい、情だった。 昼間の戦いで、バーサーカーが負った斬撃の傷は、未だ癒えきっていない。 元山は一般人に比較してもかなりの魔力を持っているとはいえ、治療の術を使える魔術師というわけではない。バーサーカーが負傷すれば、魔力を多めに消費しての自然治癒に任せるしかない。 彼女はこれまで元山の希望を、充分以上に満たしてくれていた。 一方で元山は、届いているのかさえ分からない感謝の言葉を投げるだけで、その傷を癒す魔術の一つも使えない。 そもそも、自分が戦いの激しさを甘く見て、ただ『黙らせろ』とだけ命令して放置したことで、彼女を苦戦させてしまった――そのせいだとも言える負傷をさせたのだ。 幾ら全てを斬り刻むことのできるサーヴァントであっても、話に聞いた融解地獄の中へと飛びこませるのは、あまりに危険なことではないだろうか。 そんな懸念が元山に芽生えるのは、仕方のないことだった。 傍らにいる少女剣士はもはや、このK市でただ1人元山の味方をしてくれる人物、というだけではない。 この街で唯一の、その身を案じる対象となりつつあった。 「……だが、相手が不快な音を撒く連中なら、君も出てきてくれるはずだ」 帰路の途上で、元山は神経質そうな線の細い顔に笑みをにじませた。 一方的に補足できたのは、嬉しい偶然だった。 そこは、小学校のおひざ元のように整備されていた住宅街の区画の真ん中だった。 つまり娯楽施設やファーストフード店のように、大人と小学生の混成集団がゆっくりと立ち話できるような空間が、児童向けひろばぐらいしか無かった――見つけやすい場所で、見られにくくすることが難しい地域だった。 公園の外――道路を挟んだ向かいの歩道からでも、彼等の姿は見えた。 「バーサーカー、今朝の連中だ」 ここで会ったが百年目――と言えるほど因縁が深いわけではないが、次に会ったらただじゃおかないと決めていた男達の一人だ。 もっと広い自然公園で、意味不明かつ集中を阻害すること極まりない歌をうたっていたクズどもの1人。 着替えたのか、黄色いパーカーから紫色のパーカーに服装が変わっている。 しかも、好都合なことにサーヴァントらしき少女を連れている。 奇妙な砲塔のような装備を抱いていることを除けば制服をきた一般人少女のようにも見えるが、ステータスが見えるのだから間違いない。 つまり、あいつはNPCではない――殺しても、ルーラーから制裁を受けない人間だ。 サーヴァントが複数いるのは厄介だが、一方的に補足しているなら、バーサーカーの刀剣による遠距離斬撃であっさりと殺害、すぐさま逃走できると元山は踏んだ。 「バーサーカー、東屋の一番奥にいる男が分かるか。セーラー服のサーヴァントと一緒にいる。……ほら、若草色の服を着た女の子の左奥だ。 魔法少女アニメにでも出てきそうな、髪やら腕輪やらに花飾りをくっつけた目立つ子の、その後ろにいるだろう」 そう告げれば、彼女はすぐさま実体化を果たす。 「若草色の服…………」 だが、元山が指示をした男ではなく、その直前の言葉に反応して。 その上、その表情は今までよりもさらに異質だった。 空虚だった眼が、完全に据わっている。 『若草色の服を着た女の子』を食い入るように見据えている。 しかし瞳はまったく焦点が合っていない。 「魔法少女……花飾り…っ」 「待てバーサーカー、今の会話の流れでなぜそうなるんだ?」 神経質そうな声が制止をかけるのも届かず、アカネは地をすべるように素早く集団の前へと進み出た。 「――音楽家か?」 三人のサーヴァントも、そのねばっこい視線には即座に警戒態勢を取った。 きちんと己のマスターを庇えるような距離を取り、マスターの1人――プリンセス・テンペストでさえ、一条蛍の前に進み出て庇う仕草を取る。 場の全員から注目を集めて、しかし彼女の視線はブレイバー――犬吠埼樹だけしか目に入っていない。 「音楽家か?」 重ねて、ただ1人に向けてそう問うた。 それが不特定多数に向けられた問いかけならば、誰もが予見できたかもしれない。 そうだ音楽家だと肯定すれば、おそらく良い事は起こるまいと。 ぶしつけな闖入者の質問に、すすんで答える義理など無いと。 しかし、彼女の問いかけは、『あなたは私の探していた音楽家なのですか』と、ただ一人の少女に対して求めるものだった。 だから。 新たなサーヴァントが己に何かを期待しているのだろうと、確かめる判断をしたその少女――ブレイバーは。 人がやりにくいことを勇んでやり、せっぱつまったヒトを放っておけない『勇者』である犬吠埼樹は。 『勇者』をする傍らで、歌手になるオーディションを受けていたほど、歌うことも、音楽を聴くことも大好きだった少女は。 誠実な答えを、選んでしまった。 「質問の意味はよく分かりませんけど……音楽は大好きです!」 曖昧ながらも、肯定した。 「そうカァ」 その瞬間。 彼等は初めて――この聖杯戦争に関わった者たちにとって初めてとなる、彼女の凄絶な笑みを見た。 笑みの傍らには長剣がある。 即座に上から下へと振り下ろされる。 ブレイバーの顔面をすっとなぞるように一閃する。 それは距離をすっとばした斬撃になりその額を両断――しなかった。 「――っ木霊!?」 斬撃が走る瞬間、精霊――木霊が樹の顔を隠すように盾になり、抜き手の視界を遮ったのだ。 斬撃はブレイバーではなく木霊の身体を断ち割るように一閃し、主人の身を守り切った。 精霊は斬られても死なない、その代わりに木霊が直前で展開したシールドが相殺するように断ち斬られ、細かなガラス片として落ちるように崩れ消滅する。 「あ、ありがとう木霊……」 「その眼――バーサーカーだな」 ブレイバーの無事が確認できたその刹那、ランサーもまた戦闘態勢に移行していた。 腕にはすでに漆黒の槍――槍という名を持った大剣があり、その身は既に突進する風と化そうとしている。 バーサーカーはその接近をちらと見て、もう一閃、剣を小さく薙いだ。 「――っ!!」 直感――そして黒円卓でも指折りの剣士に師事して磨かれた『心眼』が、『一刻も早く防げ』という警告をランサーに送った。 大剣――『黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌ)』を刃ではなく腹の部分でかざし、己とバーサーカーの間を遮る盾として身を低くする。 大剣に一度、斬りつけられたかのような振動が走り抜けたが、傷はつかなかった――おそらく、生身で受けるのはあまりにも危険すぎる攻撃が行われ、そしてそれは神秘性の高い『黒円卓の聖槍』を傷つけるまでには至らなかった。 エヴィヒカイトを極めた超人を『捧げた魂の霊的装甲に守られた存在』とするならば、彼らが扱う聖異物は、いわば『霊的装甲そのもの』だ。 バーサーカーはその一撃が不発に終わったことも顧みず、再びブレイバーと対峙している。 「鎌鼬か――違う、刀を振ってから斬撃が走るまでの間に時間差がほとんどなかった。 まるで空間を無視して攻撃したようだ」 「テンペストちゃん。蛍ちゃんを連れて逃げてもらえるかな!」 ブレイバーはワイヤーを出す腕輪を前方に構えながら、知り合ってまもない魔法少女へと求めた。 バーサーカーの視線がまた己だけに向いているのをいいことに、すっかり腰を抜かしている己のマスターを逃がそうとしての指示だ。 「でも、ランサー達を置いて逃げるのは……」 そしてその懇願は、ランサーも意思を同じくするところだった。 『なにも見捨てて逃げろと言っているわけではない』と説くように、言葉を選んで頼み込む。 「大丈夫、変わった宝具を使うようだが、こちらも1人ではないし勝てない敵じゃないよ。 それより、戦う力の無い蛍ちゃんを守る者が必要だ――僕らが合流するまで、君の家で彼女をかくまってくれ、プリンセス・テンペスト」 「――分かった。任せて!」 テンペストは力強く頷き、一条蛍の手をとって公園から出るように駆けだした。 戒から初めて魔法少女名で呼ばれたという喜びもあったらしく、走りながら蛍へと「大丈夫、私がついてるから」と太鼓判を押している。 この場にはシップと松野一松の主従もいたわけだが、こちらはシップが背中に庇うような形でひっそりじわじわと公園の出口に向かおうとしているので、逆に声をかけづらい。 シップのステータスの低さは誰もが知っているのでランサーたちも加勢しろとは言い切れず、特に指示は出さない扱いになっている。 そんな対峙を、元山は歯噛みしながら見守っていた。 いきなり何も音を出していない緑色の少女を『音楽家』と称して飛び出していった行動にも困惑するところだったけれど、何より焦りを覚えるのは戦況の推移だった。 いくらバーサーカーが強いと言っても、昼間の戦いでは負傷していたこともある。 複数のサーヴァントに囲まれている状況下で、下手に『狙いを逃げようとしているマスターただ1人に絞れ』などと命令して、隙を作らせることはできない。 (いや…………待てよ。連中の大半は、意識がバーサーカーに向いている) その時、元山に発想の転換が訪れた。 ついさっきまで、元山はバーサーカーの力になれないことに自責していた。 むしろ今こそ、バーサーカーに任せきりにしているだけでなく、己の敵は己の力で排除するよう努力をするべきだ。 この街に住まう前、天ノ川の学園都市でもそうしてきたではないか。 決意するや、すぐに己の武器を取り出した。 赤いボタンをくっつけた、武骨な球体――ゾディアーツスイッチがその手にある。 「我が心を乱すものは、全て排斥する…!」 カチリとスイッチを押しこみ、コズミックエナジーが青紫の光になって己を包んでいくのに身を任せる。 そこに現れたのは、大剣と石化の篭手を装備した人ならぬ者。 身長2メートルを超えるメデューサ殺しの英雄――ペルセウスを象った星座の力を、そのまま宿した怪人だった。 公園の出口まであと数メートルばかりまで距離を縮めたところで、望月は西洋剣を持った異形が攻撃の構えをとっているのを目撃した。 「イッチー、危ない!」 望月が一松をほとんど突き飛ばすように移動させると、そこをかすめるようにペルセウスの攻撃――剣から放たれた青白い稲妻のようなエネルギーが地面を直撃した。 その威力が何のこけおどしでも無いことは、一瞬で消し墨の色に染まった地面が消滅している。 「うっわー。マジでめっちゃ痛そー……」 「え゛ぇぇええええええええ!? 何、こいつ何!? ステータスも見えないんだけど!! これでサーヴァントじゃないって嘘だろ!?」 それとなく戦線から離脱させてもらい、その後で可能ならシップだけは加勢に戻ろうぜ、という計画だったところを、 ギラギラと青白い身体の異形が立ちふさがったものだから、一松は人が変わったかのような高い声で悲鳴を上げる。 望月がそんな一松をずるずると引きずるように怪人から引き離すけれど、怪人は悠々と歩きながら公園の中へと距離を詰めてくる。 「サーヴァントじゃなくて、使い魔っぽくもないから、マスターだろうね。 たぶんあっちで暴れてる人のマスターだろうけど、あたしらで倒してみる?」 「――無駄だ。見たところその武器は近距離の戦いに向いてないだろう」 人の声とは思えない――奇妙な濁りのまじった声が、牙を剥き出しにした怪物の口から出た。 怪物の剣が軽く触れただけで、公園の入り口――車両侵入禁止用のU字型レールが、ぐしゃっと紙でできているかのように折れ曲がって倒れる。 反対の手で怪物がもう一つのU字型レールに軽く触れると、触れた地点から水が紙にしみこむようにと石化していく。 「石に……!」 「我が集中を乱す者には、沈黙の罰を……!」 「いや、集中を乱したとか知らねーから。絶対に初対面だから!」 シップが後方を顧みれば、戦闘は既にして始まっていた。 ブレイバーの腕輪から放たれる若草色のワイヤーが狂戦士を拘束しようと四方に舞い、狂戦士がその動きを縫って一太刀を浴びせようと刀を裁く。 ランサーは狂戦士の見えない斬撃からブレイバーをかばうことに集中し、こちらに助勢する余裕はなさそうだ。 「あたしが何とかしろってかー? ……はぁ、めんど」 めんどい以前の問題だろうと叱られそうな感想だが、彼女にとってマスターがやられたりして悲しい思いをするのは面倒なことだ。 駆逐艦『望月』としての装備のなかから爆雷(艤装に合わせて手のひら大サイズ)を取り出し、怪人との間合いをはかる。 (これでも怠けていて全く備え無しではなく、松野家のような住宅地での使用に備えてあらかじめ炸薬はかなり減らしている) 「いよっ」 放り投げた。それもペルセウスの怪人に向かって、ではない。 右斜め後方――ちょうど滑り台の降り口のあたりへと、転がるように投げた。 数秒の間をおいて、公園の砂場がどん、と炸裂した。 公園でもっともやわらかく、軽い砂地となっているそこから、大量の土煙が吹き上がった。 ランサーたちの戦場には届かず――しかし怪人の視界を隠すには充分なほどの、薄茶色の土煙と爆発による煙だった。 目くらましを利用し、望月はマスターの手を引いて走る。 「よし、逃げよっか。イッチー」 「なんで敵に向かって投げなかったの?」 「あれ、投げ返されたらやばいんだよね」 土煙に咳きこむ怪人にも、彼等が遠ざかる気配は感じられた。 逃げられる、追うしかないと言う判断と、『バーサーカーをこの場に残していくことになる』という躊躇が、元山の足をしばらく止める。 しかし、先ほどまで彼女の身を案じていた気持ちが、元山に令呪の使用を『もったいない』と思わせなかった。 「バーサーカー、令呪をもって命ずる。その二人を足止めし、己に身の危険を感じたら戻れ」 令呪は即効性のある命令ほど効果が強くなり、具体性を欠いた命令ほど効果が弱くなるという。 『身の危険を感じたら』という限定条件のくっついた命令に完全な効果が見込めるかどうかは定かではないが、逃走目的で霊体化するための魔力ぐらいにはなるだろう。 公園の戦場に背を向けた元山の耳に、少女の叫び声が聞こえてきた。 「どうして、その『音楽家』さんを憎むの!?」 土煙の向こう側からでも凛と響く、バーサーカーに向かっての呼びかけだ。 「音楽は、人を幸せにするものでしょう?」 まったくだ、と元山は思う。 世の中には、人の迷惑になる音をたてる人間が多すぎる。 聖杯戦争家族計画 「おかえり」が待ってる場所
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草案 登場人物 ピカチュウ:高屋敷寛/広田寛 某トレーナーの名前から ハハコモリ:高屋敷真純/板倉真純 ドーブル:高屋敷青葉 スケッチ必須 ペルシアン:高屋敷準/大河原準 アゲハント:高屋敷春花/王春花 某ヒロインの名前から ジュペッタ:高屋敷末莉/河原末莉 使い手のシキミとの小説家繋がり ニャース:久美景 カクレオン:劉家輝 ルカリオ:山名純子 -- (ユリス) 2020-02-09 20 26 32