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異世界の迷宮 徹底攻略 ポポロ異世界の迷宮 普通に攻略
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世界単位協会in六命 このサイトは、Sicx Lives(略称:SL、六命、等) 定期更新ゲームで交流したり騒いだりバトったり決闘したり死合ったりする企画っぽいもののWikiのはずです。 Sicx Lives?何それ? 定期更新ゲームっておいしい? そういう人は、おそらく間違って迷い込んでしまった可能性があるので、回れ右をお願いします。 主な活動場所は、コミュNo.620 世界単位協会。 Twitterハッシュタグ#世界単位協会in六命等で最新連絡が流れているかもしれません。 お知らせ 5/11 戦闘詳細ルールページ設置。 6/1(予定)更新時に、個人戦有り。 ※次回、個人対戦 バトル1:ENo.3345 ジュール(ジュール) VS ENo.1425 御神 鋼音(ワット) バトル2:ENo.3243 キララ=C=ティルフォ(セルシウス) VS ENo.2187 ミリ=バール(バール) ツイッターアカウントなどを追加してみました。 連携してみたので更新情報が自動ツイートされる筈。 このアカウントは呟き専用の為、リプなどで反応しない可能性があります、ご了承ください。 ……どうもフッターに半角スペース混ざると変になる模様、謎 登場単位紹介に、参加キャラクターさんの簡単なプロフィールを載せる場所を作りました。 Wikiの編集が出来る方、頑張れそうな方は、自身のページを作ってください。デザインソースはカロリのものをパクってもらって構わないです。 編集なんか出来ないよ!頑張れないよ! という場合は、カロリ背後まで連絡をお願いします。 Wiki管理人 Ikka 主犯 大熊猫 世界観原文 zesiki
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街の景色はめまぐるしく、それでもなぜか脳に染み渡るように理解できました。 影の人々は私を素通りして、彼らの生活を続け、その中で私の目に留まったのはある少年の姿。傷つき、叫び、それでも。 それでも、どこまでも自分の弱さを押し込めて、隠してしまう人。 「……泣かないのね、本当に」 涙を流すことを自分に許さなくなって、彼は本当に泣くことをやめてしまった。涙の一滴もこぼすことはなくて……その姿が、逆に痛々しくて。 どんな傷を負っても、どんな痛みに晒されても、彼が流すのは苦痛の声だけ。 感情の涙だけでなく、反応の涙まで否定しなければ、自分の弱さを否定できなかった。たぶんそれが彼の、ヒロトの弱さ。 「そんな目をしても、やっぱり泣かないのね、あなたは」 血を流して倒れるヒロトの手を取り、脈を計ります。こんなことをしておいてと思われるかもしれないけれど、彼を殺したくて攻撃したわけではないのだから。 「……辛いねぇ」 「ノアさん」 うっすらと、彼女の瞳が開かれました。 「いつから、見ていたんだい? 私が敗北したときには、すでにいたようだが」 「ずっと、です。ノアには、見つかっていたようですけれど……気付いていなかったんですか?」 「私はノアと記憶は共有しているが、ノアのそのとき見たものを見ているわけではないのでね。君を見た、という記憶がノアの中になければ、私が知ることはできないわけさ」 あら? それはおかしいのでは? 「ノアが私を見た記憶がないなんて、そんな事は……」 「世界の創造には私の記憶が必要。私の記憶はつまりノアの記憶。そういう、事だよ」 それは……つまり。もしかして。 「どう、して?」 「さあ、わからない。ノアに尋ねても返事はないしね。そもそも、あのタイミングで私が出てこられたのだって突然のことだったんだ。突然、私を押さえつけるノアの意識が、途切れてね」 記憶と意識は強く結びついています。少なくとも、私の世界ではそのように言われています。 世界の創造のために使ったのが、ノアさんの記憶ではなく、ノアの記憶であったとするのなら。もしかしたら、ノアはすでに自我を形成していられないほどに記憶を削られていたのかもしれません。 「好きだったんですよ、きっと。ノアさんのことが大好きで、消えて欲しく、なかったんです」 いずれにせよ存在は消える。それでも、少しでも長く生きていて欲しかった、なんて思ったのではないでしょうか。 だって彼女が言っていたではないですか。愛している、慕っている、と。 「ははは、そうかもね。結局彼女も私と同じ、自分のエゴを選んだというわけ、か」 笑う彼女の笑顔が余りにも寂しそうで。 「辛い、ですか?」 「どうかな。よくわからないよ。ただ、なぜかな。彼女を意識したのはこれが初めてだったのに、なぜか彼女を長い間知っていたような気もするんだよ」 たとえ意識はしなくとも、共にあった存在なのですから。あるいはノアさんが彼女の存在に気付いたとして、不思議はないように思えました。 ノア・アメスタシアは、たとえ出自が特殊であろうともやはり私たちと同じように、生きている存在だったのでしょうから。 「そして君も、ヒロト君に私にとってのノアと同じ事をするのかな」 「そう、ですね。そうなるんでしょうね」 私は小さく、光を指先に集めた。 「君はどうして、そうしてヒロト君に生きていて欲しいと思うんだい?」 ヒロトに、生きていて欲しい。それは、確かにあります。一緒に私も生きていけたなら、その喜びは二倍どころか三倍四倍――いいえ、十倍にも百倍にもなるでしょう。 でも、足りない。その程度の喜びで、私は満足できない。 「ノアさん、私はヒロトをとてもとても、傷つけるんです」 酷い女。それ以外に、私をたとえる言葉が見つからない。 「私はヒロトにとっての『大切』の中のひとつとしての存在では嫌なんです。『ユリア』の中に大切というものがあって欲しいんです。私だけを見て欲しい、私だけをその目で追って欲しい。私だけを守って欲しいとは思わない、でも、私を他の何かと同じ要素としてみて欲しくない」 「なるほど、それが君の、我が侭か」 ノアさんの言葉に、強く肯き返しました。 「はい、我が侭です。生まれてから一番大きな、胸が震えるような、怖くて、嬉しくて、そういう、我が侭です」 声には震えが混じりました。瞳から涙が零れました。怖い。死ぬのはとても怖い。 それでも。 あなたにもっとちゃんとしっかりはっきり、私を見て欲しいから。知って欲しいから。 「やれやれ……まったく、ヒロト君といい姫君といい、私の周りのこども達は加減というものを知らないな」 その言葉に、少し首を傾げました。 「あのう、つかぬ事をお聞きしますが、もしかして私はノアさんに嫌われているのでしょうか?」 「なぜ、そう思う?」 「他の皆さんは名前で呼ぶのに、私はいつまでも姫君、と呼ばれているので」 正確には、私たちの世界の出身者が、なのですが。 「なに、子供じみた嫉妬さ。タイヨウさんが生まれた国、タイヨウさんに特別だと思われている国……そういう国から来たから、かな」 「はぁ……しかし、タイヨウさんが骨を埋めたのは」 「ああ、知っている。死んだ存在が帰るのは属する世界という話だろう? 異世界に属する存在が死ねば存在は跡形もなく消えもとの世界へ帰る。タイヨウさんはこの世界で死に、灰になった。彼はこの世界に心から属していた。それはわかっているさ」 それが、世界のルールでした。属する、ということがどういうものなのかは私たちにもわかっていないのですが、心理的な部分や居住した時間など複雑な要因が重なっているらしい、と言われています。 「ただそれでも君に対しては少し個人的な感情もあるかな」 ノアさんはちょっぴり意地悪な顔をすると、 「丹念に私好みに育て上げた男を持っていかれそうな予感があったんだよ。逆光源氏計画が台無しさ」 ――? ギャク、ヒカル、ゲン―― 「え? え? え、あのその、ええええ!?」 「落ち着きたまえ、冗談だ」 「じょ、冗談ですか」 ほっと胸をなでおろす。いえ別にノアさんがどのような意図や感情をヒロトに向けていようとも構わないのですがその犯罪的な香りに少々戸惑ったといいますか焦りを覚えてですね。 「というのも冗談で」 「どっちですかぁっ!?」 思わず涙声になってしまいました。 「私好みの男にしようと思ったのは事実さ。育ててどうしようとも思っていなかったがね。私の知る限り、最高の男に、それを超えられるような男になるように。どうだい、ヒロト君はタイヨウさんのようになれると思うかい?」 私はヒロトを一目見て、その、傷だらけで汚れまみれの姿を見て。 「いいえ」 首を横に振った。 「ヒロトはヒロトです。ヒロトのなるようにしかなれないでしょう。そんなヒロトを――見てみたかったと思います」 「そうかい、それが聞けてよかった」 ノアさんはそれで満足したのか、再び瞳を閉じました。最後までこちらを見る視線には哀れみや同情はなくて、ただ、慈しんでくれていたことに深い感謝を覚えました。 深く、深く、彼女に頭を下げます。ヒロトを強く思ってくれている、二人の姉に、最大限の感謝を捧げます。 体を起こして、光に手を伸ばしました。 指先が震える。自分が今からすることに恐怖する。でもそれでも、私は、あなたに知ってほしいの。 失うことで見えるものがある事を。 失うことで守れるものがある事を。 悲しみは、耐えるだけのものでない事を。 「ねえ、ヒロト。あなたは、涙を流すことを自分に許さないあなたは、私のために、泣いてくれる?」 沈む。沈んでいく。意識が深く、どこまでも。 ――起きたまえ 誰だ? ――起きるんだ 知っている声。なのに知らない人の声。 ――まさか理解できているのか? なるほど、タイヨウの息子か タイヨウ? ああ、大洋――親父のことだろう。それがどうしたって? ――君の世話を任された。まったく、あの男の考えは理解しがたいな。私という存在の意義を理解しながら、このような事に使うなど。正気か? 親父のやることにいちいち疑問なんて持ってると疲れるよ? ――ふん、まったくその通りさ でも、あんたいい人だね ――何を唐突に。貴様もやはりどこか脳みそがあれなのか 何を納得してるのか知らんが、親父のこと悪く言いながらこうして俺のことを世話してくれてるんだろ。なら、いい人じゃん ――さてな、あの男への嫌がらせも含めて貴様をどうにかしに来たのかも知れんぞ それはないと思うなぁ ――なぜだ だって、すっげぇ優しい声してるんだもん。ぶっきらぼうな言葉だけど、俺を想ってくれてるもん。言葉からそれが伝わってくるもん ――勝手な思い込みだ。私はあるいは、貴様達全てを滅ぼす存在なのだから んー、よくわかんないけど、それがあんたが悪いやつって事になるわけじゃないんじゃないのかな。やりたくなくてもやらいとだめな事ってあると思うし ――では私がそれをこそ真に望んでいるとしたら それでもやっぱりあんたは悪いやつじゃないよ ――なぜ断言できる きっとあんたは、俺や親父のために悲しんでくれると思うから。そう思ってくれる人がやりたくなくてもやらないからって、仕方なくやるのなら、その人はやっぱり優しいよ ――貴様は……いや、いいさ そうか? ――ああ、だから早く、目を覚ませ 目、を、覚ます。 ――いつまで沈んでいるつもりだ。君のすべきはそこにあるぞ、目を開け、現実に苦しめ、そして掴んで見せろ。 掴むって何をだよ。 ――明日を。痛みと喜びに満ちた明日を。やりたくない事をやるかやらないか、それが貴様に与えられた選択だ。そうして心を痛めることが貴様の役割だ 選択する、役割。 ――行け、ヒロト君。そうして、取り戻せ。あの頃の君を あんた……あんた、まさか。 ――さっさと行けというのがわからんかこの馬鹿者が! ぐじぐじくだらないことばかり言っているようなら尻にロケット花火刺して吹き飛ばすぞ 怖えよ。仕方なく、歩き出す。方向なんてわからないが、たぶんそっちであっている。 そうして歩いていけば、自分の状況が次第に頭の中に蘇ってきた。足は自然に刻みを速めていった。 その暗闇の先に光が溢れ、視界いっぱいに広がって――意識の覚醒と全身の感覚の復活は同時。 俺は顔だけを動かす。ユリアは……俺の目の前に、立っていた。その体は淡い光に包まれ、たとえようのない存在感に満ちている。理解した。瞬時に俺は全てを理解した。 ユリアは、礎と一体化している。 「なん、で……」 ユリアは屈んで、俺の頬を両手で優しく持ち上げた。 「私がこの世界に来た理由、やっとわかったの。人間って不便ね、自分の気持ちさえもちゃんと理解できないんだもの」 そう微笑んで、ユリアは立ち上がる。 ユリアが何を考えているのかわからないが放っておけない。それだけはまずいと直感が告げている。 「ユリア……何を、するつもりだ!?」 腕で上半身を起こした。全身の傷は酷いもので長く放っておけば危険であることは明白。だがそれでも、今は目の前のことを。 「この世界はもう限界。本当に、のこり数分で粉々に砕けてしまう。そして、ノアさんの産んだ仮想の世界はなくなってしまったから世界を複製という形で仮に存続させることもできない。残された手段は、この歪みの原因をこの世界から消し去ること、だけ」 そういって、ユリアは己の胸に手を当てた。 「私の力では礎を破壊することはできません。だから私は、この世界を出ます。そしてどの世界でもない、世界のたゆたう無と混沌の海に沈みます」 「それで……どうするんだ?」 「どうも。礎を手に入れても私には世界の作り方なんてわからないし、作りたい世界もないわ。だからといって、無為に世界を生み出すようなこともするべきじゃないと思うの。だから、永久に沈むわ、この存在のまま」 は。あははははっ。はははははははははっ!!!! 最ッ低だな本当に俺は! 俺の矮小な世界を守ろうとして結局これか、なんだよ、同じじゃねえか。俺も礎を生んだクソヤロウを馬鹿にできないじゃんかっ!! 「俺の、せい、で……こんな……っ」 「あなたのせい……そうね、それは否定しないわ。けれど大翔、あなたがノアさんを、そして私たちを守ろうって思ってくれた気持ちは決して嘘なんかじゃない。それだけは、誰がなんと言おうと、本当だった」 誰かがいつか言ったような言葉だった。 違う、違うんだよ。俺はそんなに立派なやつじゃない。みんなを守りたかったのだって俺の自己中心的なものだったんだ。 「あなたは大丈夫、私が保証する。あなたはきちんと向き合える、世界と。本当の、世界と」 無理だよ、何もできない俺は結局逃げるに決まってる。だってほら、いまだって俺は、君と目を合わせることさえできない! 自分の罪を見ることのできないようなヤツが、まともになれるわけがいないだろう? 「……あまり、長居はできない。ヒロト、私、もう行くね? あなたと過ごした日々、沢山の思い出があれば、きっと悠久の中でもさびしくなんかないよ。だから、ありがとう、ヒロト」 その声がまるで俺を責めているかのような被害妄想を覚える。そんな事はきっとない。 何だこれ。結局俺は何がしたかったんだ、俺に何ができたんだ? 「あなたと同じよ、ヒロト。私はあなたが死ぬのが嫌だった、それだけ」 もうひとつの結末。俺の死。 俺が乃愛さんの死を頑なに拒んだように、ユリアも俺の死を拒んだのだろうか。 残されるものはこんなにも深い痛みを抱えないといけないのだろうか。 重いなぁ。何があいつらなら乗り越えられるだよ、俺の馬鹿。こんなの押し付けるなんて、最低じゃんか、俺。 こんな終わり方。最悪の終わり方。 ……最悪? おかしなことを言う。さっき考えたじゃないか。俺が死なない、誰かが死ぬ、そのどちらもが俺にとっては等しい物だと。どちらがよいというのでないのなら、どちらが悪いというわけでもないはず。 なのに俺はこれを、この結末を最悪だと思う。そう、そこに間違いはない。この結末は、誰がなんと言おうとも最悪だ。 ――掴んで見せろ なぜか、よく知っている声が聞こえた。 ――やりたくない事をやるかやらないか、それが貴様に与えられた選択だ。そうして心を痛めることが貴様の役割だ よく知っている声なのに、余り知らない人。なぜかその声に込められた力に、強く、心が揺り動かされた。 ――私は選択したぞ、ヒロト君。君らを失いたくないから、選択した。私の存在意義を、全て失ってもいいと思ったんだよ 拳を握る。ぼろぼろになったグローブが小さく裂けた。潰れた指は、いつの間にかもとの形を取り戻していた。 『お前は思い知るよ、お前の本当の強さを』 俺の強さって、何だ? 俺が強いと思える本当の強さって、一体なんだ? 『ヒロ君の望む結末は、どんなものならヒロ君自信が満足できるの?』 俺が望むのはどんな未来だ? 本当に求めたのはどんな明日だ? 選ぶ。 俺が、選ぶ? 一体、何をだよ。 選ぶ、決める。俺が、俺の意志で。 全部を台無しにした俺が。ただ結果を見送るのではなくて、選ぶ。未来を受け入れるんじゃない、選ぶ。 失われていくのを受け入れるんじゃない。自分の意志で失うことを選ぶ。あるいは。 「ぐ、く、ああああああ!!!!」 両腕の力を振り絞る。胸の傷口から赤い血が流れ、口や鼻からも血が逆流する。 痛みは無視する。けど血を失うわけには行かない。俺は魔法で背中から貫通した傷を氷付けにした。一応の、止血だ。 自業自得だよな、本当。一番誰が悪いのかって言ったら、俺なんだろう。一人で自分の我が侭押し通そうとして事態を最悪まで一気に転げ落した。そんなヤツが今更しゃしゃり出てくるほうが間違ってるんだろうな。 まあ、間違ってるのは最初からだっけ。 ああもうなんかな、血が抜けすぎて頭ん中すっからかんだ。 でもこれで、いいのかな。 何も考えないでもっと単純に、願いに囚われずに、未来を、選べるかな、乃愛さん。 「俺は――」 どう、したい? 俺はどうするべきだ? 俺にできることは二つ。選べる道はたった一つ。 何もせずにユリアを見送るのか、それとも、俺の魔法で礎を貫くのか。 俺は選ぶよ、ユリア。きっとそういうことなんだろう? 世界と向き合うって。 俺の望まない未来が待っている。それだけは変えられない。 君が望む未来は――君が望む、結城大翔は。 その未来を、自分で選ぶ、そういう男なんだろう? だったら掴むさ。どんな未来でも選ぶしかないのなら。待ってるだけなんてごめんだ。俺が始めたことだ、俺が見届ける。最後まで。 呼吸を整える。瞼を閉じ、世界を黒く塗りつぶす。 ゆっくりと視界を開く。月明かりが目に染み込んでくる。 「行かせない。そんなところにユリアを一人になんて、絶対にさせない」 ユリアがぴたりと動きを止めた。 「ユリアの中の礎は、俺の魔法で貫けば問題なく消滅させられる。その際、ユリアの命も一緒に貫くことになる、けど」 俺の出した答えに、ユリアはといえば、微笑んでいた。 「私を、その中の礎と共に討つ。そういうのね、ヒロト」 「うん、そうする」 「なぜ?」 なぜ、か。それに足る理由。 理にかなったことを言うのならば様々な理由があげられるだろう。例えば安全の問題。たとえ人の手出しの及ばない場所へ沈むといえ、それが人の手がいつ届くとも知れない場所である以上、誰かがその力を利用しようと考えないとも限らない。また、ノアのような存在の例もある。 その他にも思いつくことはいくつかあるが……正直そのあたりのは建前だ。 本当は、ただユリアがそうなるのが嫌だって言う、ごく個人的な感情。 「ユリアの悲しい顔は、見たくない。思い出だけを持っていくって、たぶんきっと苦しいから。届かない日々を、すぐにでも届く場所にあるものを、それでも手を伸ばしたらいけないなんて、苦しすぎる」 もう叶わない願いを口にする。ああ、寂しいな。 「だから、私を討つの?」 「どうだろ。うまく説明できないや」 ただ嫌だと思った。ユリアが孤独の中に沈み、俺たちがいつものように笑いあう日々が。ユリアの側からは見ることができて、俺たちはそれを何も知らずにいる事が。 ただ、変わっていく俺を、レンさんを、世界を見続けることになるユリアはきっと途轍もなく辛いと思った。どんな思い出も、永遠の前では風化する。 ユリアがそんな思いをするのは、嫌だ。 ユリアの笑顔を守るためには、ユリアを失うしかない。そんな思い込み。 「そう……でもだめ、私はあなたには殺されてあげない」 ユリアは意地悪にも楽しそうにも見える笑顔を浮かべた。 「私はあなたの記憶の中で悲劇になるのは嫌。あなたは私が死んで悲しむ?」 「ああ」 「あなたは私が死んで後悔する?」 「ああ」 「あなたは私が死んで何かを得る?」 「いいや」 「それでもあなたは、私を殺すのね」 その確認の言葉に、俺はただ。 「ああ」 答えた。 冷たい風が流れる。夏の夜の風では氷付けにされた屋上を暖めるのは厳しいらしい。 「俺は君を、殺すよ」 この数ヶ月の日々が胸を流れていく。最後の日々を思いながらの数日を思う。 彼女が言えないその気持ちを俺が汲み取る。 親しい人に殺してくれなんて、とてもじゃないが言えない話だ。 「それなら私は、あなたを斃します。ええもう徹底的に一週間ほど寝込んでしまうくらいに」 妙に楽しそうだった。 「なんかすごくやる気に満ち溢れてるなぁ……」 「あなたに、私を殺したなんて罪の意識を植え付けるのはご免です。あなたの中で辛い思い出の筆頭になるのなんて嫌に決まってるわ」 「んなことねぇよ」 いや本当に、そんなことにはならないから。 「それがどんなものでも、ユリアとの思い出なら笑って思い返せるよ」 「ん……」 ユリアは肯き、俺達は同時に構えを取った。 拳に力を収束したところで、はたと気付く。集まる力が桁外れに巨大になっていた。思い当たる節はひとつ、礎の破片だ。あれには礎そのもののように世界の創造などの力はなかったが、どうやら単純に能力を高める力があったらしい。 思えば、乃愛さんの錯覚もその力を随分と引き上げていた。 「なんか、ごめんなほんと、俺が全部台無しにしてしまってさ」 「ノアさんを助けたかったあなたの気持ちもわかるから、大丈夫」 優しいな、こんな人間にまで。 「手加減、しないから。全力であなたを、たおすから」 「ああ、わかってる。俺も全力を出す」 力の全てを集める。拳の先の一点に、全てを。この一撃に貫けないものなどこの世界には、どの世界にも存在しない。それだけの力を。 特殊魔法『貫抜』の最大の特徴。狙ったものだけを貫き通すその力を、世界の礎の核のみに狙いを定める。他の何物をも貫かず、狙ったその物は必ず貫く。たとえ世界であろうともこの一撃は、貫き通す。 「すごいね、すごい力。でも――」 ユリアが弓を構えるような姿勢をとると、薄く、銀の光がその手に集まりだす。やがてそれは光の弓と矢を形作った。 月の光を集めたような輝く、透明の弓矢は、思わず心を奪われてしまうほどに美しい。 「この身は想い。楽園を夢見る儚き願い。全ての人の、心の支え。家名解放――我が名はユリア。私が背負うは、無垢なる銀」 その呪文が契機となったのか。弓矢は地上に降りた月のようにまばゆく優しく輝く。その強い輝きは、なぜか目を眩ませることは無く、ただ世界を白く染め上げる。雪原のように、ただ白く。 「この弓矢は、あなたの意志を撃ち抜くわ。肉体に損傷は無いけれど、意志を撃ち抜かれてしまえば立つ事はできない」 「俺の魔法は、お前の中の礎を貫き通すよ。他の何物をも傷つける事無く、ただその核のみを貫きその存在を打ち砕く」 互いの刃は一撃必殺。勝負はただ一瞬。 白銀の世界の中では世界中に俺とユリアの二人しかいない、最後の一撃の一瞬のために力を高めていく。 「……そうだ、ひとつ提案がある」 「提案?」 「おう。俺が勝ったら、俺の秘密を教えてやるよ」 「……俺に勝ったら、ではなく?」 「ああ、俺が、勝ったら、教えてやる」 ユリアはずるい、とくすくす笑った。 ずるいだろ、と俺も笑った。 「それじゃあ、私も。私が勝ったら、私の秘密をひとつ、教えてあげる」 「なんだよそれ、知りたいなぁ」 お互い様、と笑い合い。 不意に凪が訪れる。 始まりの――終わりの瞬間を、静かに待つ。 時が止まったような錯覚の中。 かちり、と、二十四時を告げる針の音が、やけに大きく響いた。 両の足で大地を踏みしめ、構えた拳をまっすぐに突き出し、ありったけの力で魔法を放つ。同時、銀の弓から、光が流星のように尾を引いて奔った。 互いの魔法は一瞬交差し―― 何かが砕ける、音を聞いた。 冷たい、冷たい床だな、と思った。そうしたのは俺の魔法だけど。 触れた部分からじんわりと寒気が広がっていく。 「これで、いいのか?」 「うん、これで……いい」 俺はユリアの頭を自分の膝に乗せた。 ユリアは目を閉じ深く息を吸うと、 「ああ……暖かい…………」 そう言って、星空を見上げた。 俺の魔法は礎を貫いた。ユリアの魔法は俺の魔法と交差した際に軌道が逸れた。『貫抜』は発動後は定めた目標まで直進する性質があるから軌道が逸れることはなかった。でもたぶん、それだけじゃないんだろうな、とは思う。 力を失い青い顔で倒れるユリアは、俺を見て優しく笑って、こういった。 「ねえ……膝枕、してくれる?」 断る理由など、何一つなかった。 「寒くないか? 夏とはいえ、もう夜中だし……」 「平気」 ちっとも平気なわけないはずなのだが、なぜか本当に平気に見える。 ユリアの呼吸は細く、その周期も長い。 「空、綺麗だね。ヒロト、あなたが手に入れた、今日だよ」 「ああ……ユリアが守ってくれた今日だ」 ユリアが守ってくれたから、俺に世界と向き合う機会をくれたから、今この時がある。 「ねえ、あなたの秘密って、何?」 「え、あー、うん。それはその、だな……」 しどろもどろになってしまう。なんとて言うか、別に言うのは構わないんだよな。ていうか、伝えたい。伝えておきたいその気持ちは強い。 でも恥ずかしい。恥ずかしいものは恥ずかしいからしょうがない。 「ヒロト? 約束でしょ?」 「ああ、うん、そうだな。約束だ」 俺はこほん、とひとつ咳払いをする。あー、だの、うー、だのとうめいて空を見上げて、ああなんつーかな、気の聞いた言葉はないかなーとかね、探して。 みつからねー。だから正直に、それだけを伝えよう。 ユリアの澄んだ瞳を覗き込む。 「俺は、結城大翔は――ユリア・ジルヴァナが、大好きです。俺はユリアを、愛しています」 かぁぁぁ、と頭に血が上る。ああ恥ずかしい、なに言っちゃってるんだろうな俺はもう。手で口元を覆う。どんな顔をしたらいいのかわからない。 いつの間にか好きになっていた。いつからなんてわからない。ただふと、そうなんだって気付かされた。 最悪の結果ってのはつまりそういうことだと思う。好きな人を失う、これが最悪の結果でなくてなんだというのだと。自分がずっと大切にしていたい人を失ってしまうのだ、痛い、苦しい、悲しいに、決まってる。 突然の告白に、ユリアはぽかんとしていたが、突然、相好を崩した。 「あはは、なによそれ、もう……ずるいよ、ヒロト。そんな事いわれたら、私も私の秘密教えたくなっちゃうじゃない」 「ん、教えてくれるのか?」 「……うん、教えてあげる。聞いて欲しいの」 ユリアは、緊張の面持ちで、頬を赤く染めて。 そっと、大切な秘密を告白した。 「私、ユリア・ジルヴァナは、ユウキヒロトを愛しています。愛しくて、恋しくて、大切で……私のものにしてしまいたいくらい、大好きです」 嬉しかった。嬉しくて言葉が出なくて。 「だから、ごめんね、ヒロト」 悲しくて、笑うしかなかった。 「あーあ、なんか俺達、タイミング悪いなあ」 「そうね。もっと早く自分の気持ちに気付けたらよかったわね」 機会は何度もあったんだと思う。でもそのたびに考えるのをやめて、逃げて、投げ出してきた結果がこれだ。後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。昔の人も同じような経験をしたのかもな。どうしようもなくなって初めて大切なものに気付くような、そんな経験を。 「悔しいなぁ……もっともっと、あなたと一緒に、生きてみたかったなぁ……」 絞り出すような声。 「ああ……俺も、そう思う」 締め付けられる心。 辛い、こんなにも辛いことが、世界にはある。俺が逃げ出したかったものが、今この膝の上にある。それでも手放すわけには行かない。だってこのぬくもりは、何よりも大切な人だから。 俺は守れなかった。君を守れなかった。願いに振り回されたせいで大切なものを守れなかった。 それでも俺はきっと、失ったからこそ今、この苦しみを手に入れた。この、かけがえのない苦しみを。 「あ……」 ユリアが声を上げた。その視線は空へと向いている。俺は空を見上げて――え? ちら、ちら ゆら、ゆら 雪? 何で、こんな時期に? 「何で、雪なんか……」 「雪……本当、に?」 ユリアが手を伸ばす。その指先に落ちた雪は、ゆっくりと溶けていく。 本物の、雪だ……。 「すごい……本当に、雪だわ」 「あ、ああ……それにしても何でいきなり、ていうかこんな時期に」 「理由なんかいいわ。雪が見れたのなら私は満足だもの」 ユリアは本当に理由なんかどうでもいいようだった。 ん、まあいいか。この場は流されておけば。 「はぁ……最後の最後で、夢が叶っちゃった」 「あん、夢て?」 「ヒロトにだけ話したわ、夕日を見ながら、ヒロトにだけ」 思いついたのは、文化祭の後の遊園地。 えーっと、あの時ユリアは…… 「……あ」 『雪の日に、好きな人を膝枕してあげるんです。私、雪の日に外に出たことないんですよ。それに、私の国はそんなに雪が降る地方でもなかったのでつもったりもしないんです。だから、薄くつもった雪の絨毯の上に座って、好きな人を膝枕して、空を見上げて、いろんなことを話せたらなぁって、そんなことをこの間、考えたりしました』 そんなことを、言っていた。夢見るように。 本当に、なんてちっぽけな、幸せな夢。 「はは……なんだよ、これじゃあ、役柄が逆じゃないか」 「そんなの些細な問題よ、幸せなら」 幸せ。なあ、本当に、幸せなのか? 「それに、こんなにあったかいんだもの。好きな人が――あなたが、こんなに傍に居てくれるから」 「ユリア、本当にそれで」 「幸せよ、私。そう……幸せなんだわ、私」 幸せそうに、辛そうに。 わかってるから、どんなに幸せでも、それはもうすぐ終わってしまう。 「……他に、何かして欲しいことはあるか? 今なら大サービス、ヒロ君がなんだって叶えちゃうぞ」 「本当? それなら、そうね……この手を、放さないで。最後の時まで」 俺は肯き、ユリアの手をそっと握った。冷たい、力の無い、細い手。それでもこの手は俺を救い上げてくれた。 「ヒロト、辛そうな、顔」 「んな顔、してないだろ」 「してるわ、とても辛そう……今にも、泣きそう」 「……泣かないよ、俺は泣かない」 だって、俺に涙を流す権利なんか、ない。俺が招いた事態なのに、泣くことが許されるわけが―― 「えいっ」 ぺちん。 弱々しく、頬が叩かれる。 「おいおい、いきなりなんだ――」 「痛い?」 え? 「泣いちゃうくらい、痛い?」 ……………………。 「今までずっと、痛みを堪えてたんだよね、悲しみに耐えてたんだよね。泣いちゃったら、もう立てないから。自分が立てなくなったら、自分が支えている人たちがどうなるか、知っていたんだよね」 呆然とする俺を、労る視線。 「もういいんだよ。我慢しなくていいよ、気持ちを押し殺さなくていいよ。だって、あなたが支えてきた人たちは、もうあなたを支えられるくらいに、強くなっているんだから」 思い浮かんだのは、妹達の姿。強く、優しく育った、血の繋がりはなくてもどこかそっくりな二人の姿だった。 「いいこ」 ふわりと、あいたほうの手で、俺の頭を撫でた。 もう力の入らない手が、優しく、俺の頭を。 「もう、頑張らなくていいよ……もう、楽になっていいよ。泣いて、いいんだよ」 「ユリア、俺は……俺、は」 何を言えばいい。俺はこの人に、なんて言えばいい? こんなにも想ってくれている人に、俺は何を返せる? なぁ……どうしたらいいんだよ……。 「ごめん……ごめんな。謝ってどうしようもないけど、本当に、俺は……っ!」 喉が干上がる。鼻の奥が、つんと痛む。なんだよ、ちくしょう。なんだよ、これ。 「いいよ。これも、私が望んだ結末、だから」 ユリアの体から、小さな光が浮き出る。ひとつ、またひとつと、蛍のようにふわふわと、白い光が飛び立っていく。 終わりが近いのだと、悟った。 心臓を鷲掴みにされたような恐怖が走った。 「ユリア」 「うん……もう、近いみたい」 ユリアは少し悩むような顔をして、 「ねぇ、最後に……酷いことを、お願いしていい?」 「言ってみろよ」 「うん。一年間……一年間だけ、私のことを忘れないで、ずっと、思い続けて。一年間、あなたのことを、独占させて」 それは、奇妙な提案だった。 「一年間ずっと、あなたの心の中で私を思い出して。私を、好きでいて欲しいの。一年間、だけ。せっかく歩みだすあなたの枷に、一年の間」 一年間。その言葉が何を示すのか。 ユリアお前もしかして、それってすごく、酷いことを言ってないか、なあ。 「そして……一年後経ったら、私の、こと、全部、忘れて?」 一年間。 「い……嫌、だ。な、なんでそんな、そんな、こと」 「うん、嫌、だよね。私、ひどいこと、言って、るね。わかってる、わかってるの。でもね、嫌なの。あなたが他の誰かのものになるのが嫌なのっ! あなたが私を愛さなくなるのが怖いのっ!! でも、でも……あなたが、誰も愛せずに幸せになれないのも、駄目なの」 ユリアはありったけの力を込めて、それでも弱々しく、手を握り返してきた。小刻なその震えは、寒さのせいじゃないんだろう。 でも、俺は。 「だって、全部忘れるって、そんな……しかも一年って」 「お願い、ヒロト。お願い、だから」 最後の最後で、そんな願い事。 涙に濡れた瞳がまっすぐに、俺の心に訴えかけてきた。 「わか……った。約束、する。俺は一年間、ユリアを想い続けて……一年後の今日、その全てを、忘れる」 口にした瞬間、例えようのない恐怖が全身を駆け巡った。一年。一年しか、俺はこの人のことを覚えていてはいけない。 そんなのは嫌だ。ずっと覚えていたいに決まっている。あんなに輝かしい、暖かな記憶を忘れるなんてこと耐えられるわけがない。 ……それでも俺はその願いを聞かないわけには、いかなかった。 「いい、の? 辛いわ、きっと。苦しいわ、きっと。私の、我が侭、なんだよ?」 俺は、口を歪めた。 ちゃんと笑えているだろうか。自信は、ない。 「当たり前だろ。耐え切れなくなったら、泣けばいいんだろ。それに、ほら、なんだ。好きな女の子の願いは聞いてやるのが、男ってもんだろ」 「あり、がとう」 その口を開くたびに、光が零れる。ユリアの存在が、次々に失われていく。 「本当に、ありがとう」 「ユリア……嫌だ、逝くな、まだ逝くな。ずっと逝かないでくれ!」 「ふふ、我が、侭だね。でも、ごめんね、それはできない、から。私も、もっとあなたと一緒に、いたい。離れたくない。あなたの、そばで、あなたと一緒に、もっと、色んなものを見たいよ」 「ユリア……ユリア……!」 俺はただ名前を呼んだ。そうする以外に何もできない自分をひたすらに呪う。 「怖いよ、悔しいよ、悲しいよ……こんなに満たされてるのに、幸せなのに、嬉しいのに、でも、辛いよ、ヒロト……」 「逝かないでくれよ、なあ。もっと、俺だって、一緒に! ずっと、ユリアのことを、覚えていたいんだ!!」 「うん……うん、ありがとう、ヒロト。私の大好きな人。でも――だから」 そっと、俺の頬を温かい指先がなぞり、目元を拭った。白い指先には、小さな水の粒がポツリと乗っかっていた。 それを見たユリアは、満面の笑顔を浮かべた。 「……ありがとう、ヒロト。私のために、泣いてくれて。私のために、私を失う覚悟を決めてくれて。あなたのその涙だけで、私は救われるわ」 はっと目元に手をやる。 もう流さないと決めたもの。もう零すことはないと誓ったもの。それが、ほんの一滴だけ確かに流れていた。 それを、とても大切なものを仕舞いこむかのようにぎゅっと手の平で包んで、 「ばいばい」 強く、強く抱きしめる。力ない、存在の薄いその体を。 「ありがとう、ヒロト。私、あなたと会えてからずっと――」 ――幸せだったよ。 一陣の風が吹いて。 俺の腕の中から、握った手の中から。 光を、攫っていった。 「あ――」 失った。 あの温もりも、声も、香りも、笑顔も全部。全部、失った。 今までここにあった。それが今はもう、ない。 冷たい、冷たい風が、雪が、全身を苛む。 あれ? だって、さっきまで全然、寒くなかったよな? なんで、そんな、急に。 「う、あ――」 溢れてくる。今まで押し込めていたものが、全部、溢れてくる。 頬が熱い。 痛い。ああ、痛いよ、ユリア……泣きそうなくらいに、痛い。 空を見上げる。雪が、火照った顔に舞い落ちる。その中の一粒が、目尻に落ちた。 「んだ、よ、ちくしょ」 視界がぼやけた。雪が目に入り、溶けた。 途端、意識がぐらりと揺らぎ、呼吸が詰まる。鼻の奥につんとした感覚。 際限のないものが溢れてくる。その感覚に、もう覚えていないくらいに懐かしい感覚に、背中が震え、喉が強張り、心が、裂けて。 ぱた、ぱたた 滴る熱を帯びた雨音に覆いかぶさるように、今までそこにあった温もりにすがりつくように。体を曲げ、頭を抱え。 「――――――――――――っ!!!!」 「はっ!?」 う……あ? ぼんやりとした頭で、辺りを見回す。部屋、自分の部屋だ。 「……涙」 目尻が濡れている。どうやら、泣いていたらしい。 理由は? 「夢……か」 体を起こす。全身が気だるい。 ぼんやりとした頭で、なんとなくカレンダーに視線を向けた。 八月、三十一日に、バツのマーク。ああ、めくり忘れてたのか。つまり今日は。 「九月一日、か」
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階段を下りると、混沌とした香りが鼻腔をくすぐった。くすぐるっつーか抉った。 「美優のやつ、失敗しやがったな」 呆れ、それでもまあ進歩はしているしその辺は認めないとなぁなどと胸中で呟きながら扉を開ける。 「よう、もう二人とも起きてたのか」 「おはよー兄貴。今日は昼まで寝てるかと思ってたけど」 「せっかくの休日を寝て過ごすのはもったいないだろ」 ま、それはそれで素敵な過ごし方だけどな。それよりも今問題にすべきはこの刺激臭だ。 「美優はどのくらいキッチンに閉じこもってんだ?」 「二時間……くらい?」 えーっと、今八時半だから、大体六時半くらいからか。嘘こけ。 ほれほれ本当の事を言いなさい。言わないと今漂ってくる匂いの元を全部お前の胃袋に流し込むぞ。 「……五時くらいに、すでに物音が聞こえてました」 「美優ー!!!!」 うきゃあぁぁぁっ!! などという悲鳴と共にどんがらがっしゃんと何かが崩れる音。 ため息ひとつ、俺は魔窟と化しているであろうキッチンへと踏み込んだ。 俺は人の努力を否定したりなどしない。頑張ることはいいことだ、うん。方向性を間違っていたり度を越していたりしなければ、の話だけど。 「というわけでジャッジタイム。本日の美優は度を越していると思う人」 判決、二対一により有罪。 「ふ、不当採決だよぉ!」 「ほほう……じゃあお前の背後に広がる天外魔境はどういうことだ?」 朝っぱらから美優に占拠されたキッチンは、その様相を大きく変えて今や――ああいいや、なんか説明したくない。ていうかこの状況を説明できる人間がいたら尊敬する。 水が重力を無視して宙に浮いてんだがどうやってんだこれ。魔法か、おい。 「美優、お前の努力は認める。確かにお前はここしばらくでその料理の腕を伸ばし、確実に進歩を遂げている」 「だ、だよね、だよねっ!?」 「しかしそれに伴って失敗時の被害も乗数的に拡大しているのはどういうことだっ!?」 「そ、それは、その……」 おう、なんだ言ってみろ。 「ち、ちゃれんじスピリット?」 「いやアタシに聞かないでよ……」 「だからって二人揃ってこっちを見るな! 一番聞きたいのは俺なんだよ!!」 結局台所を片付けるのに一時間近くかかってしまった……。 「だからさぁ、お前はあまり時間をかけすぎると逆に失敗するんだってば」 「で、でもほら、酢豚はおいしくできたよっ!!」 ああうん、確かにこの酢豚はうまい。ちょっと感動してしまうレベルだ。店で出てきても俺はがっつり食うね。 「けど何で朝から酢豚よ」 「なんかいつの間にかできてた」 「酢豚か? これ本当に酢豚なのか!? 実は何か得体の知れないものなんじゃないだろうな!?」 今まで自分が食べていた酢豚(?)を凝視する。大丈夫か、これ実は魔界の生命体だったりしないだろうな? 「兄貴、ちょっと疑いすぎだよ」 「といいつつなぜこっそり皿を俺のほうに寄せてきているのか詳しく説明してもらおうか」 美羽は答えず、ただ親指をぐっと立てていい笑顔を浮かべた。敵前逃亡か貴様っ! 食卓をはさんで火花を散らしていると玄関のチャイムが鳴った。誰だ、こんな時間……て時間でもないか。でも誰だ? 「あ、たぶん陽菜ちゃんだよ。さっき事情を話しておいたから」 「事情って?」 「美優が朝食作るために台所に入っちゃったんですよーって。そしたら笑って『それじゃあ朝ごはん作ってもっていくよ』だって」 「あ、あれぇっ!?」 「それは助かる。さすがに酢豚(?)だけじゃ腹は満たされないしな。片付けで疲れて何かを作る体力もないし」 「いやほんとほんと、持つべきは隣に住む幼馴染だよねー」 美羽が駆け足で陽菜を出迎えに行く。美優の視線がこちらへ向いてきた。はてさて、何か言いたいことでもあるのだろーか。 「ね、ねぇ、その会話、おかしいよね、ね? 何でワタシがご飯作ってるのにそんな話になるの?」 なにやら美優が必死になっているけど聞こえません。あーあーきこえませんきこえませーん。 都合の悪い事実には耳を貸しませんとも、ええ。 「大丈夫だよお兄ちゃん、かえって耐性がつくよっ」 ……何に対しての? て言うかそれ認めてるぞ、自分の製作物の毒性。 「みんなー、おっはよーっ! 待ちに待った陽菜ちゃんのご登場だよ、オマケつき!!」 「げほっ! ごほっ! がほっ!!」 青い顔をしたエーデルの襟を引きずりながら陽菜が賑やかに入ってきた。すごい、完全に気道が絞まっている。 「陽菜、そいつはなんだ?」 「朝散歩してたら見つけたから拾ってきたんだよ、相変わらず不健康そうな顔してたから!」 ナチュラルに酷いこといわれたアホ王子涙目。不健康というよりは貧弱なだけだと思うけど。 じたばたと暴れているエーデルの動きがだんだん鈍くなってきた。 「陽菜、そろそろ放したほうがいいんじゃないのか、それ」 「え、何が?」 本気で理解なさっていない模様。 別にエーデルがどうなろうと知ったことではないけどうちで人死にが出るのもいやだし陽菜を殺人犯にしてしまうわけにもいかない。 「ほら、お前が引きずってるエロい物体だよ」 「んにゃっ? のぉぉぉっ!? え、えーちんが何者かの手により瀕死の状態にっ!?」 「俺の目の前に犯人がいるんだが」 「えぇっ、美羽ちゃん!?」 「なぜそこでアタシが出てくるんですかっ!?」 「んー、流れ的に?」 「流れでいきなりアタシを殺人未遂の犯人に仕立て上げないで下さい! どこから見ても陽菜ちゃんのせいでしょう!」 陽菜はおもむろにエーデルから手を放すと、すすす……とすり足で俺の隣まで寄ってきた。 そして、びしぃっ! とポーズを決める。 「今えーちんに一番近いのは美羽ちゃんだよ! つまり犯人は美羽ちゃ――い、痛い痛い痛いよー!?」 「ええもう犯人なら犯人らしく強硬手段に出ることにいたしましたので……!」 「ヒロ君助けてー!!」 「えーっと、あ、これが持ってきてくれた食事か。ありがたく頂くぞ、陽菜」 「華麗にスルー!?」 あいにくと怒りの美羽には歯向かうつもりなどゼロだ。勝ち目云々以前に勝負にならない。 「げほっ、ごほっ……と、言うかだね。君たちは僕のことをもっと気にかけるべきではないのかい?」 「殺しても死ななそうだしなぁ……」 貧弱なのに。 「大体君、なんだい? 唐突に人のことをエロいなどと……失礼にもほどがあるだろう!?」 「おいおい、勘違いするなよ。俺は褒めたんだぜ?」 「……何?」 「つまりな、エロかっこいい=セクシーって伝えようとしたんだよ。んで、エロかっこいいって長いだろ? だから『エロ』かっこ『い』いっていう風に文字を取って略したわけだ」 ま、嘘だけど。 しかしエーデルはそんなほら話を真に受けたらしい。 「ふむ……そうか。エロかっこいい……セクシー、エロい、か。ふ、貧相な庶民にしてはなかなかのネーミングセンスだね!!」 なにやら一人で納得している。 とりあえず新学期からのあだ名はエロ王子で定着しそうだな。ていうか定着させてやるから覚悟しとけ。 俺とエーデルは互いに不敵な笑みを顔に浮かべてにらみ合う。くくく、庶民の力というものを思い知らせてやる。 「お兄ちゃん、ワタシもエロい風味に……」 「なれないっつーかならなくていいから」 そんなこんなでなぜだか大所帯での食事になった。 「っつーかエーデルはこっちのほうあまりこないだろ。何でノコノコ出歩いてんだよ」 「僕だって散歩くらいはするさ。それに……」 エーデルが目を細める。 この中では、俺にしかわからない意味を、込めて、 「あれから、ちょうど一年だからね」 言った。 一年。その言葉が表すものは、大きい。 一年前の八月三十一日、世界規模で起こった天変地異が、日本時間の九月一日になった途端にその全てが収まった。 原因不明の大災害。地震に津波、吹雪竜巻火山の噴火。本気で世界の終わりを想像した人も、いただろう。 ……多くの人が、犠牲になった。 それがほんの数人の人間によるものだということを知っている人間は、少ない。事実、今も世界中の研究機関や学者や、魔法使い達までもが原因の解明に奔走している。二度とあんなことが起こらないように。 ニュースでは、ちょうど一年となる今日を祝って世界各地で催し物が行われていると言っていた。まだ完全に全てが元通りになったわけではないし失ったものも多いけれど、それでもこの一年、この世界は多くのものを取り戻してきた。 今日は平日で本来なら学校があるべき日なのだが、そんな日なので休みになっている、というわけだ。 ……俺としては、ありがたい話だ。 「それにしても、あれから一年かぁ。長かったようで、短かったよねぇ」 陽菜はしみじみと天井を見上げた。 「まさか二学期始まってすぐに旅に出るなんて言い出すなんて想像もしてなかったもんね」 うんうん、と姉妹が揃って深く肯いた。 「まったくだ。世話をするこちらの身にもなって欲しかったものだよ、まったく」 偉そうに髪をかき上げるエーデルはそういうが、お前自分から買ってくれたじゃん、お前の世界の地理や風土の勉強。その辺のことは素直に感謝してるんだがなあ。 口が裂けても言わないけど。 「まあこうしてヒロ君がちゃんと無事に帰ってきたからいいけどさー」 「お前それこの前からずっといってるのな」 「いいじゃない、嬉しかったんだもん。嬉しい事は何度思い返しても嬉しいんだよ」 そーね。ありがとね。 最後の旅を終えて帰ってきた俺を、美羽や美優だけでなく、陽菜や貴俊も盛大に祝って出迎えてくれた。新手の嫌がらせかと思うくらいに盛大なものだったので正直思い出したくないが。何で家の前に戦車が止まってて号砲鳴らしてんだよ意味わかんねぇよ。 ま、帰る家があるってのは、うれしいことだけどな。 ふと、視線を感じる。 そちらをむくと……エーデルと、視線があった。ああ、わかってるってば。わかってるんだよ。 「あー。その話はまた今度な! 俺今日学校に行かないといけないんだよ、もう行かないと。あとお前はもう出てけ」 そういいながらエーデルを引き摺って居間を出る。 「あ、ちょっと待ってよ、アタシも行くから!」 「何かあるのか?」 「生徒会には、色々とね」 「あ……わ、ワタシも行くよ」 なんだ、結局全員出撃か。 「陽菜はどうする? どうせだし、一緒に行くか?」 陽菜は顎に指を手を立てて考えて――いや、これは、 「ううん、陽菜はいいよ、ヒロ君」 考えている、ふり。 「大事な用事、なんでしょ?」 まるで心を見透かすようなその視線に、俺は何も答えられなかった。 「それじゃあアタシは制服に着替えてくるから先に玄関で待っててよ」 「あ、ワタシも」 二人は階段を駆け上がっていった。 「……んじゃ、行ってくる。留守番、頼んでいいか?」 「はい、頼まれたよ。だから、ゆっくりしてきてね。陽菜はちゃんと待ってるから、ヒロ君を」 「ああ……ありがと」 俺は小さく笑って、部屋の扉を―― 「ヒロ君!」 呼び止められて、中途半端に開いた扉から顔を出した。陽菜は座ったまま、真剣な顔で、 「陽菜たち、一年前に何もなくして、ないよね?」 「…………」 何かを、感じているのか。 陽菜の魔法の影響か、彼女は特に世界の変化に敏感だ。他の誰にも理解できない変化を感じ取っていたとしても、不思議ではない。だから、 「……ああ、大丈夫」 まだ、何もなくしていない。これから、失いに行くんだから。 一年前のあの日。ユリアが消えた後、世界は少しだけ残酷な顔を見せた。 ユリアという存在の消失。その結果、ユリアはこの世界に存在していなかったことになっていた。この世界の人間でユリアのことを覚えていたのは、た俺だけ。レンとエーデルは異世界に属していたおかげか、この世界の干渉を受けることはなかった。 なぜそんな事になったのかはわからない。こんな時乃愛さんにでも尋ねれば答えが返ってきたのだろうか。だが彼女の姿も、この一年間一度として目にした事はなかった。 俺は静かに、居間の扉を閉じる。 何も知らないはず。でも、何かを感じてくれたんだと思う。それが純粋に、嬉しかった。 無言のエーデルと共に玄関の扉を潜る。照りつける白い陽射しに顔をしかめた。 「世界は――」 「あん?」 「世界は、あれだけのことがあったというのに、ほんの一年でこれほどまでに元の姿を取り戻す」 ……何を語っていらっしゃるのでせうか、この人は。 「それに対して人の心の複雑で単純な事だとは思わないかい? 一年もかけずに新たな想いを抱くこともできれば、何年経とうとも想いを断ち切れないこともある」 「人間がそういう風にできてるんなら仕方ないだろうさ」 日差しに手をかざす。どれだけ地上が騒がしくなっても、この空だけは一年前と何も変わらない。 そのことが少し、嬉しい。 「僕は永遠に君という存在と相容れないだろう。僕は君のことが大嫌いだ」 「そりゃ気が合うな。俺もお前のことはこの上なくだいっ嫌いだ」 「だが君のその想いだけは認めよう。誰が忘れても……たとえ君自身が忘れても、君がその一途な想いを背負って生きてきたそのことは、この僕は忘れない」 なんとなく、こいつはそれが言いたいがためにうちにきたのかと、そんな風に思った。 尊大で自己中心的で人の話を聞かないやつだったが……まあ、悪いやつじゃない、よな。 「ま、俺もお前のことは認めてやらなくもないさ。お前がいなけりゃ、この世界の今はもしかしたら違うものになってたかも知れないしな」 エーデルは不満そうにふんと鼻を鳴らすと、そのまま歩き出した。 「? お前学校に帰るんじゃないのか?」 ちなみに、今はエーデルは学校の敷地内に立派な一軒家を建ててそこに住んでいる。許可が下りたらしい。なんでやねん。 「ヒナ嬢が言っていただろう。ゆっくりしてくるといい」 「……ああ」 礼は言わないでおいた。なんとなく、アイツはそれを嫌がるような気がしたから。 歩くエーデルが角を曲がりその姿が見えなくなったとき、玄関が開き二人が並んで外へと出てきた。 「おう、遅いぞお前ら」 「こ、これでも急いだんだよ~」 わたわたと駆け寄ってくる美優。きょときょとと辺りを見回す。 「サフィールさんは?」 「さあ。どっかいった」 「適当ねぇ」 適当で結構。肩肘張って生きるのは疲れる。 俺達は並んで歩き出した。 そういえば、この一年で俺達の生活の中で大きく変わった部分もある。そのひとつが学校だ。この春から、学校にいわゆる通学路というものが生まれた。 体が沈むような浮くような感覚に包まれ、瞳を開けば長い坂道の入り口だった。去年までなかった『通学路』も、今ではすっかりおなじみの光景だ。とはいえ、通るたびに何か建物が増えていくのを見るのはやはり面白い。ここがある程度形になるのは、まだ随分と先だろう。 今までは学内に直接転移していたが、今では学校の前の長い道の入り口に転移させられる。なぜこんな風になったのかといえば、これも一年前のあの災害によるものといっていいだろう。 後ろを振り返る。すっかりと平穏を取り戻した町並みが、そこにはあった。 一年前のあの光景を、俺は忘れることはない。特に二度目に礎を解き放ったのは俺だ。その影響がどれほどのものだったのかはわからないが、それが原因で何かを失った人も、やはり、世界にはいるんだろう。 だから、この平穏な風景は俺にとっての免罪符であると共に、罪の証でもある。この痛みは少しばかり、重い。けれどこの痛みを忘れないようにしようと思う。 その痛みから続いているのが、この長い坂道だと思うから。 「この景色も、随分と見慣れてきたわね」 「うん。屋上から見る街も好きだけど、ワタシは坂道の途中から見る街のほうが好きかな。出店でお兄ちゃんがたこ焼き買ってくれたし」 「まったく、あんまり甘やかさないでって言ってるのにねぇ」 「とか言いつつしっかりとカキ氷おごらせたのはどこのどいつだこんちくしょうめ」 話題になっているのは今年の文化祭の話だ。今年の文化祭は坂道に街の有志の出店まで並び普段以上の大盛況だった。 この期間に合わせて旅から帰ってきていたのだが、旅よりもずっと疲れる日程だったのはどういうことなのだろうか。 とはいえ、生徒会副会長としてこれまで以上に活発に活動する美羽と、おっかなびっくりながらもそれを懸命に助ける妹達の姿を見ることができたのは僥倖だ。 俺が過保護にしすぎていたことを強く思い知らされた。俺が守るなんて息を荒くしなくとも、二人はちゃんとやっていける。俺は必要な時だけ、ちょっと手を貸す程度でいいのだ。 俺の存在なんて、そのくらいでちょうどよかったのだろう。全部を無理矢理背負おうとする必要は、なかったんだ。 美羽はきょときょととあたりを見回している。 「一応ここで待ち合わせなんだけど……」 待ち合わせ? はて、と首をかしげた時、二人が現れた。 「うぃーっす、乙カレー!」 「久しいな、三人とも」 「貴俊、レン」 待ち合わせてたのは二人だったのか。 「お前も一緒に見回りすんのか? 意外としっかり仕事してんだな」 「ふっ……これも、愛の力の為せる技だ。お前が帰ってくる頃にゃ面白可笑しく舞台設定しておこうと思ってな!」 ああなるほど、超絶巨大に余計なお世話か。 「美優、塩撒いとけ」 「え、う、うん!」 ごすがすごすぅっ!! 「ぎゃぁぁぁぁっ!?」 「うぉお? い、岩……いや、岩塩かっ!?」 大量の岩塩が貴俊に降り注いでいた。 「いやまて、何でお前岩塩なんか持ち歩いてるんだっ!?」 「え……は、伯方の塩のほうがよかった?」 ちゃうねん、そういう意味で言ったんじゃない。つかポケットに塩を常備しているのがおかしいと思う。冗談で言ったのに。 「けどまあしかし、攻撃力は必要ないんだし伯方の塩のほうがよかったって言えばそっちのほうが――ってどばーってかけてる!?」 「あ、あれ? だ、だめだった!?」 だめっていうか。いや確かに俺が言ったんだけど、本当にするとは思わなんだ。て言うか俺撒けって言ったんだよ? そんな袋さかさまにして五袋も六袋もぶっかけろとか言ってないよ? 「お、俺はもうだめだ……塩塗れになって干からびるんだ。あ、あとはみんなに任せて、俺はここで大翔の膝枕で休んで――」 「美羽、水ぶっかけろ」 「言われなくても準備できてるから」 「ごぼがばごべ!!」 うわー、俺地上でおぼれそうになってる人初めて見たわ。水揚げされた鯉みてえ。爪先サイズの可愛げもないが。 二分くらいで静かになった。 「それじゃあアタシ達は見回り行ってくるね」 「ああ、気をつけて」 「い、行ってきます!」 「美優、張り切るのはいいけど緊張しすぎるのもよくないぞ。それと、美羽のことを頼むぞ、こいつがもし暴れてる人間を勢い余ってついやっちゃいそうになったらあががががっ!?」 脇腹が痛い! 刺す様な締め付ける様な痛みがっ!? 「あーにーきー? ちょおぉっと、静かにしようかぁ?」 「静かにしたくてもお前の攻撃が……あああああ、します、いつまでも静かにしていますからっ!!」 ようやく解放された。な、なんだったんだ今の痛みは。かつて味わったことのない種類の痛みだった……。 どこであんな技術を身につけてくるんだろうなぁなどと思いながら、貴俊を引き摺って歩く美羽とその後ろをついていく美優を見送った。 ……俺の周りの男は女に引き摺られる運命にあるんだろうか。となると次は……俺? 「? どうしたヒロト殿、何か怯えているように見えるが」 「ああいや、なんでもない」 いや、大丈夫だよな、うん。レンは理由もなく俺のことを引きずりまわしたりなんか……理由、理由、ねぇ。 今日という日を考えるとその理由に心当たりができるんだんが。 「えーっと、久しぶり、だな。文化祭が終わってからだから二ヶ月ぶりくらい?」 「およそそのくらいかな。お元気そうで、何よりです」 レンの恭しい礼に背中がむずかゆくなる。 「なあレン、その敬語やめない?」 「従者が主に礼払うのは当然のことですが」 「だったらその意地悪な目をやめてくれ」 「了解した」 ふっとレンは笑顔を浮かべると、いつもの態度に戻ってくれた。 「この二ヶ月はどうだった? 顔つきは多少変わっているようだが」 「人数が一人減るだけで負担が全然違うってのがよくわかったよ。ま、面白かったは面白かったけどさ」 文化祭の前までの旅はいつもレンと一緒だった。エーデルに基本的な知識は叩き込まれたがさすがに貴族が旅にまでついてくるわけがないし、俺もそれを頼むつもりはなかった。そんな俺の面倒を見てくれていたのがレンだ。 正直最初は一人で旅をするつもりだったのだが、いやはや、考えが甘かった。 そんなこんなで旅をして、二ヶ月前にようやく一人でも大丈夫だろうと太鼓判を貰ったわけだ。 「それで、無用な責任感も少しは和らいだか?」 「相変わらずストレートな物言いだな……まあ、自分なりに解消はできたと思うよ」 「ふむ。ま、この世界で事の顛末を正確に把握しているのは我々しかいないのだから、あまり気負う必要はないと思うが」 なぜレンやエーデルが俺とユリアの事情に詳しいかと言えば、実況生中継されていたのだと言う。エラーズによって。どうも感知の魔法全開で覗き見していたようだ。 「誰かが知っているから償うんじゃない、俺が納得するために償うんだ」 「わかっているさ。そういうあなただからこそ協力した」 そう言って、レンは紋章を取り出した。ん、どこかで見たやつだな。えっと、これは…… 「騎士団の紋章?」 「それがあれば騎士団寮に自由に出入りできる。団長がぜひとも一度全力で手合わせしたいそうだ」 人というか熊にしか見えない騎士団長の姿を思い出す。うん、全力で拒否願いたい。 「けど俺は……」 「姫様のことは関係なくあなたという人間に対しての要望だ、気にすることはない」 そこまで言われると、断り辛いものがある。 けどなあ、あの騎士団だろ? 一日訓練に参加させられただけで三日間まともに動けなくなった、あの地獄の。体力よりも、精神的にきつかった。詳しく思い出すと胃の中のものが口からナイアガラリバースするので思い出さないでおくが。 ていうかさ、もう体力的精神的に限界の人間を魔法で操って意地でも動かすって悪魔のすることだよね? 「まあなんていうか、過ぎてみれば全部思い出になるのが怖いな」 「出来事とは得てしてそういうものだ。辛い苦しいと思ってみても、過ぎてみればそれでも良かったと思い返せる。もっとも、世の中には都合のいいことしか思い返そうともしない人間もいたりするが」 「ええほんとにねぇもう!」 ちくちくと人の弱点をピンポイントで! そういうことすると泣いちゃうぞ!? 「……っと、それよりも今日は俺に会いに来たのか?」 「ああ、今日が最後、なのだろう」 「そうだな、今日で最後だ」 息と共に感慨を吐き出す。虚空に溶けた気持ちは、果てない空へ上っていく。限りなく薄く透明に広がりながら、それでも、消える事無く。 「長かったようで、短かったな、やっぱり」 「ヒロト殿……」 レンの視線を避けるように空を見上げ、歩き出す。学園までは、もう少し歩く必要があった。 巡った世界の数は両手の指の数を超えた。その中にはユリアの世界も入っている。 というよりも、この旅の目的の大きな目的のひとつだったのだから当然だ。 ユリアの父――つまりは一国の王様なわけだが、その人にユリアの最期を俺の口から伝えたかった。俺の見た、感じた全てを知って欲しかった。それがようやく叶ったのは、およそ半年前。ファイバーの故郷を訪れた直後だったか。 彼は静かに俺の話を聞いてくれた。すでに詳しい報告は受け取っていたはずだが、それでも俺の言葉の一つ一つ、単語の欠片に至るまでの全てを受け取ってくれた。 彼は俺の肩に手を置いて肯いた。深い光を宿した瞳が、優しく俺を見ていた。それだけで俺は、何か許されたような気持ちになったんだ。 そして彼はこんなことを言った。 『ところでレン、君は国ではなくユリアに仕えていたな』 『は、恐れながら』 『それは構わない。ところでユリアに子供ができたなら、その娘にも仕えるつもりだった』 『相違ございません』 唐突に目の前で始まったやり取り。なんだろうと軽い気持ちで見ていた。 『そうなると、その娘の父親……つまりはユリアの旦那に仕えることになるわけだ』 『……ええ、そうなりますね』 げっ。 その時点でどういう話になりつつあるのかを察した。察したが、まさか王様の前から全速力で逃げ出すなんて真似もできるわけがない。レンの悪巧みをする越後屋みたいな顔が恨めしかった。 『さて、君という剣は今仕えるべき主をなくしているわけだが……ちょうどいいことに、そこにいずれ仕えることになったであろう青年がだね』 いやっほう好きな人の父親に認められたぜい! なんて単純に喜べるかぁっ!! 『というわけで、レンのことは任せたよ』 『そういうわけでよろしく頼むぞ、ヒロト殿』 何がそういうわけなのかさっぱりわからないうちに結論が出ていた。 そういうわけで、なぜかレンと俺が何故か主従関係になった。ユリアの頑固なところは父親譲りかもしれない。 「そういえば……あれから、エラーズたちには会ったのか?」 首を横に振る。エラーズたちとはあれきり……ファイバーの故郷で再会してからというもの会っていない。まあ、向こうもこちらも世界をあちこちに飛んでいるのだから出会うほうが奇跡的な確率といえる。 「彼女はともかく、エラーズとポーキァは色んな世界の連中から目を付けられてるだろうしな」 「そうだな。まあ、彼女と出会えただけでもよかったか」 肯く。 ファイバーの故郷が何処なのかが判明したのが半年前。その話を聞いた俺たちはすぐさまそこへと向かった。 たどり着いた土地は酷い有様だった。その地域に詳しい老人に話を聞いたところ、三十年近く雨が降り続いていると言った。 三十年。それだけの間雨が降り続けば、そこはもう生き物の住める世界ではなくなる。一面が沼地となり、所々に見える腐れた組木が、かろうじてそこがかつて村であったことを主張していた。 その沼の真ん中に、真新しい木で組まれた十字架が突き立っていた。 レンを残し、一人でその光景を見ていた俺の背中に声をかけてきたのが、エラーズだった。 ――おや、珍しい。こんなところに人がいるかと思えば、まさか君だとは エラーズの話によれば、それはつい最近までファイバーの姉が磔にされていたものだという。三十年、ただひたすらに大地が、木々が腐り続け、命の気配が消えていく様を見せ付けられる。 俺は何も言わず……何も言えず、ただその光景をずっと見ていた。日が落ち、月が昇り、星が輝いても、ずっとそれを見ていた。 それを何十年も一人で見ていたのだという。 「しかしまあ、あなたの魔法で束縛を切ることができたとはな」 「と言っても礎の破片のおかげだけどな。元の俺の力じゃあ、あんなもん貫くことはできなかった」 礎の力によってその力の威力ばかりか効果の適用範囲までも広がった『貫抜』は、世界とファイバーの姉の繋がりを貫いた。 「それで、その人とはどんな話を?」 「挨拶をしただけだよ。向こうは三十年の束縛が解けたばかりだったし、俺も正直、何を言ったらいいのかわからなかったしな」 ただ、一言だけ。搾り出すように紡がれた言葉は、今でも耳の奥にこびり付いている。 「そうか……あなたが納得する為の旅だ、私は何も言わないさ。さて、そろそろ学校だな」 「ん、レンは学校まで行かないのか?」 レンの足が唐突に止まった。並んでいた肩が、一歩分だけ前に出た。 「あなたの戦いに水を差すつもりはない」 レンは一歩身を引き、剣を垂直に掲げた。 「私はあなたの剣だ、これは私が私自身に誓ったことだ。たとえあなたが姫様の事を忘れても、その事に変わりはない」 レンはまっすぐに俺を見ていた。 信頼と、優しさを込めて。 「あなたの生き方を誇るといい。ユリア様が守りあなたが手に入れた今日は、いつも変わらずここにある」 「――――――」 ああ、本当。俺はいつも、周りの人たちに助けられている。 この人たちと、今日という日をこの世界の上で歩けることを、本当に嬉しく思う。 そこに、君がいないことだけが悲しい。 ぎょっとした。心臓が止まるかと思った。 校内を歩いていたら沙良先生の背中が見えて、その向こうには変なお面をつけた男と、制服姿の女子の姿があった。 逃げよう。 その場で反転し、全速力で―― 「やあ、君ですか。まさか今日会えるとは思っていませんでしたよ」 「早っ、回り込むの滅茶苦茶早っ!?」 逃げ出そうとしたらいつの間にか回り込まれてた。ああそうか、こいつ変な体術使うんだっけ。迂闊だった! 「なんでお前がここにいるんだよ、ていうか、あの制服の女の子ってまさか……!?」 「そのまさかですよ」 うわー、やっぱりだよもう。 「つかてめえは何でこんなところにいるんだよ。いくら事情を知っている人間が少ないからって、お前らに襲われたコミューンの人たちがお前を見たらただじゃすまねえぞ」 どちらがただではすまないのかはさておき。 ていうか、俺だって正直複雑だ。そもそも俺とこいつの関係はいまいち微妙なんだよな……。俺がエラーズに対して嫌悪感にも似た感情を持っているのは陽菜やユリアを攫ったからというのが大きい。が、その仕返しとばかりにこいつらの長年の計画をぶっ壊してやったから、結構腹の虫は収まっていたりするのだ、個人的には。 俺としてはこの男相手に一戦やる意志は薄い。殴っていいなら殴るけど。全力で殴るけど。赤い狐になるまで。 「大丈夫ですよ、これでも私も色々と修行をしているんですから」 「修行ねえ……」 そもそもお前の心配なんかしてないけどな。 「この世界の漫画というもので学んだんですよ、行きますよ。フタエノキワ――」 「アーーーーーーッ!!!!」 なんかヤバい表現が出てきそうな雰囲気だったので全力で止める、体張って止める。 「危ないですね、いきなり魔法を使うなんて」 「貴様の発言もいろんな意味で危ないんだよ、自重しろ!」 世の中には! 触れちゃいけない領域ってもんがあるんです!! 「あんたら、仲ええなぁ……」 「いえいえそんな、隙があれば八つ裂きにして氷海に鎮めてしまいたい気分ですよ」 「爽やかに毒吐いてんじゃねえよ、穴開けるぞ」 あ、やっぱこいつ嫌いだ。エーデルは性格の不一致だが、こいつは明らかに俺に対して敵意、というには拙いか、とにかく隔意を持ってる。 「で、何してんだ、変態仮面」 「彼女を見ればわかるでしょう、転入……というよりは入学ですね、その手続きですよ、穴掘り小僧」 ほう……いい度胸じゃねえかこのヤロウ。そういえばエラーズには一度背後から不意打ち食らってたな。その借りを今ここで返すのもいいかもな。 「こーら」 「だっ!」 「む」 危険な考えが浮かんだとき、頭の上に柔らかく、しかしそれなりの重量のある物がのしかかってきた。 「なんだ……ん、柔らかくふわふわしたこの手触りは……まさか大福か!?」 「ましゅまろや!!」 ごはっ!? ぜ、全力で蹴りいれられた……。 「久しぶりに顔を見せたと思えば、しょーもない事でいざこざおこしおってからに。誰のおかげで即日休学なんて無茶ができた思うとるんや」 「いやー面目ないです」 俺が休学届けを出したのは、二学期が始まって二週間が経った頃だった。 『っつーことで、よろしくお願いします』 『……世界を見て回りたい、なぁ。世界を股にかけた災害復興でもするつもりか? ま、うちは構わんけどあんたはそれでええんか? 乃愛もおらんし妹達二人っきりになるで?』 『あいつらだってもう子供じゃないんだし、俺なんかがいなくてもしっかりやれますよ。むしろ俺がいないほうがしっかりできそうで怖いし』 ちなみに俺がいないと食事は壊滅的な事になっていたけどそれ以外はきっちりやっていた。どうやら俺が今まで全部やっていたのが悪かったらしいと反省して、今では家事はそれなりに分担している。 食事も。おかげで毎日がスリリングだちくしょう。 『ふーん、あんた、ちょっと変わったなぁ』 『そすか?』 『なんていうんやろ、余裕ができたな、いい具合に。ちゃんと周りが見えとる、見えたままに周りを受け入れとる、そういう風に見えるわ』 言葉に詰まった。そんなに俺は変わったんだろうか。 変われたんだろうか。 『にしても、話が急にも程があるやろ。いくら学園がその辺が大らか――言うよりは手抜きやからて、すぐになんて無茶もええとこよ?』 『すみません』 『ま、ええわ。タヌキに頭下げるんもしゃくやしちょいと裏技でも使うしかないやろな』 休学届けを出すのに三十分もかからなかった。たいした悶着もなく俺は一年間の猶予を得たわけだ。 無論、それだけの苦労を買って出てくれた人が居たからこそだと言うことはちゃんと理解しているつもりだ。 「ったく、アンタ等だけで会話しとるからあの娘がおいてかれとるやろ」 そういって沙良先生が示したのは、エラーズと一緒に立っていた制服を着た女子だった。パリッとのりの利いた一年生の制服に身を包み、世界に対して戸惑うように視線を漂わせている。 少女と目が合った。俺は思わず気まずさから視線をそらした。こんなところにいるなんて思いもしない人物。 レイネ。ファイバーの、姉。 「……ま、いきなり仲良くなんかできんか。それはおいおい、てことで」 沙良先生はレイネの手を引く。彼女が背を向けたことにほっとしている自分を知り、嫌悪感を覚え、これじゃだめだと思った。 ……ちゃんと、向き合おう。お互い、痛みから目をそらすだけじゃ何も変われない。 「あの!」 「――っ」 う、焦ってつい大きな声を。 レイネが怯えを含んだ視線を、それでもそらす事無く向けてきた。 ……あ。何を言うのか考えてなかった。 「あー、えー」 ど、どうしよう。 困っていると、レイネの横に立つエラーズがなにやら仮面を外して……って、嘲笑ってるのを見せ付けるためだけかよ! すぐに仮面元に戻しやがった! く、沙良先生もニヤニヤ見てるし! とにかく、ここは俺一人の力で乗り切らないと。大丈夫、俺はできる子だ……たぶん! 「その、何でこの世界に?」 出てきたのはただの質問だった。けど確かに疑問だった。なぜわざわざ、この世界に? 世界の穴がほとんど閉じている今、世界を渡るのも相当の苦労が必要なはずなのだが。 「……弟」 「は? ファイバー?」 「弟の不始末は姉の不始末よ。あいつがこの世界でやらかした事、とても償えるものじゃないけど償わないわけにはいかないから」 「君が弟の代わりに、この世界でその罪を償う、と?」 レイネはこくんと小さく首を立てに動かした。本当に小さな動き。それでも、その意志の強さは伝わった。 エラーズは仮面で表情を隠している。沙良先生は壁に寄りかかって目を閉じていた。 「あの子は私のためにあんなことまでしてくれたから。今度は私が、あの子のために何かをしてあげようと思う」 「償いが、ファイバーのためになるのか?」 「私の知るあの子はそういう子だったわ」 「あいつが、か。まあそうかもな、そういう人間だからこそ、思い詰めちまったのか」 ファイバーの純粋すぎた想いがやがて全てを犠牲にすることへ走り出したことは確かに許されないことだったろう。そこにノアの運が絡んでいたとしても。でもその想いそのものは、誰かを想う気持ちだけは、きっと尊いものだと想う。 「ファイバー、か。メルヘンオヤジなんていって悪かったかな」 「言ったの、そんな事?」 全力で言ったな、しかも勢いのままに無意識に。 ……というかファイバーの姉なんだよな、レイネ。つー事は何か、年齢的には沙良先生よりも上になるのだろうか……ロリ年増決定戦? びゅごうっ!! 首筋を鋭い何かが撫でていく感覚。驚きに振り返ってみると、沙良先生が据わった目でこちらを見ていた。うん、女性の年齢をネタにするのはよくないよね!! 「あなたは……少し、変わった」 「え?」 「雰囲気が。そう思っただけ」 それ以上説明する気はないのか、口をつぐんでしまった。 ……会話が途切れてしまった。 「じ、じゃあ俺はもう行くよ。先生、それじゃあ」 「ん。ああそや、明日は朝は早めにな、あんたはあんたで色々準備があるから」 沙良先生の言葉を聞きながら、レイネとエラーズの間を通り抜ける。 「――――――――」 小さく呟かれた言葉に立ち止まりそうになったけど、そのまま俺は階段を上った。 初めて会った時に呟かれた言葉。それに連なる、その言葉を、俺は深く胸に刻んだ。 『私はあなたを、許せないかもしれない。理不尽だけれど、弟を止めてもらって、感謝できないかもしれない』 それでも。 『生きていてくれて、ありがとう』 生きていれば。生きてさえいれば。 変わっていくことができるから。 屋上への扉を開け放つ。夏の湿った風が室内の凪いだ空気を押し分ける。押し寄せる熱気に顔をしかめながら、広がる青空へ飛び込んだ。 「あっつ……」 わかっていた事でも声に出さずにはいられない。 誰もいない屋上。遮るもののない世界に光は降り注ぐ。時刻は正午に近い。物影なんかあるわけなかった。 ため息をついて、フェンスに腰掛ける。静かな世界に、金属のきしむ音が小さく響いた。 「…………、はぁ」 空。青い空。この町で一番広い、空。まぶしくて、手をかざす。指の隙間から漏れる輝きが、目を焼いた。 「世界、か」 変わらない世界。そう、世界は何一つ変わっていない。 一人の少女が失われた現実は、事実としてここには存在していないのだ。 俺の大切な人たちが失われて、その傷は癒えることなく、それでもゆっくりと痛みは和らいで。 「なぁーに黄昏てやがんだ?」 「うううおあぁぁっ!?」 唐突に視界に割り込んだ黒い影に思わず大声を上げてしまった。 「貴俊っ!」 「いよう、何してんだ?」 「それはこっちのせりふだ! お前通学路の見回りじゃなかったのか!?」 「あ・き・た!!!!」 ……だめだこいつ、早く何とかしないと。あ、もう手遅れか。 「っつーか何でお前が生徒会長になれたんだ……」 そう。驚愕すべきことに、何故かこの男、生徒会長に立候補して当選していた。まあ対立候補がいなかったらしいのだが。 ちなみにそういう場合は信任投票が行われるわけだが、賛成票と反対票がほぼ一対一だったらしい。半分の人間が冷静な判断をしたととるべきなのか半分の人間が無謀な賭けに出たと取るべきなのか、非常に判断に困る。 ていうか今すぐでもいい、やめさせろ。 「ひっでぇなー、これでも一応ちゃんと仕事してるんだぜ?」 「美羽に引っ張り出されなけりゃまともに会議にも出席しないと非常に好評だが」 「てへっ☆ ごはっ!?」 鳥肌が立ったので思わず殴ってしまった。 「酷ぇなぁ。っと」 どかりと勢い良く腰をおろす貴俊。痛くないのか、そんな勢いで座って。 「で、見回りのほうは実際問題ないのか?」 「大丈夫だろ。何かあってもあの二人なら大抵の問題は解決できちまうし」 だからってお前が行かなくていい理由にはならないと思う。 「それにお前に会うのも久しぶりだしな。いや返ってきた時には会ったけどそれきりだしな」 「そうだな、こうしてゆっくり話すのは久々だ。ま、それまでもちょくちょく帰ってきてはいたけど」 それでも貴俊と会う機会は本当に少なかった。別に望んで会いたいと思うようなやつでもないし、貴俊もそれは一緒だろう。だからこうしてじっくり話す機会を設けるのは、それこそ一年ぶりということになる。 一年ぶり。 ああそういえば、一年前家に帰った俺は真っ先にこいつを殴りつけた。 何しろ安全なところにつれてけと言ったのに家には美羽や美優、陽菜たち一家どころかクラスメイトをはじめ俺の知る限りの知人友人が集まって大宴会を開いていたのだ。 混乱する俺は貴俊を探して引きずり出して河川敷へ向かった。 『お前、なんだあれ!?』 『ああん? そりゃお前みりゃわかんだろ、宴会だよ宴会』 『そういう事言ってるんじゃねえよ! 何でこの状況で宴会なんだよ意味わかんねぇぞ!?』 『ナニにイラついてんだよお前、意味わかんねぇぞ? お前が言ったんじゃねえか、安全なところに匿えって』 それが何で宴会に繋がってるのかと聞いてるのだが。 『この世界であの二人や沢井にとってお前の傍以上に安全な場所があるかよ。核シェルターの中にいたってテメェがいなけりゃあのこらにゃ意味ねーだろうがアホか』 『そういうのを屁理屈って言うんだよこのケダモノが!』 『あっはっははははっ! ほんとにどうしたんだよテメェそんなに感情むき出しにして。性格変わってんぞそういう事されると手ぇ出したくなるじゃんか』 それから先は余り覚えていない。 ただ探しに来た美羽たちによって喧嘩が強制的に中断されたことだけは覚えている。何しろ全身の力という力を根こそぎ奪っていきやがった。 「ところでお前、何か考えてるみたいだったけどどうしたんだ? 例の俺達の知らない彼女のことか」 「ああ。それに関係すること、かな」 貴俊には、ユリアのことを少しだけ話してある。別に信じてもらえなくても全然構わなかったんだが、何故かあっさり信じた。逆にこちらが戸惑うくらいだった。 理由を聞けば酷く簡単な答えで、 「目ぇみてりゃわかるんだよ、そういうのは。お前に好きなやつができたことぐれーな」 にしても、だ。 「何度目になるかもわからん問いかけだが、そんなにわかりやすいのか俺は」 「あー? はは、まさか、このことに気付いてんのは俺と沢井ぐらいだろうぜ。美羽ちゃん美優ちゃんは気付いてねーだろ、家族だしな」 「……家族だと気付けないのか?」 「視点が違うんだよ。お前の根本の生き方自体はアプローチが変化しただけで変わっちゃいねーんだ。内側から見てりゃ判断し辛いだろうよ。それに、同じ愛でも家族愛じゃあ見えてこねぇもんもある」 愛って……。 「愛、ねぇ……」 「おー? なんだよ、元気ないのはそれが原因か? なんだ、情熱思想理念気品頭脳優雅さ勤勉さに加えて愛まで足りてないのか?」 「どんだけ足りてねぇ人間だよ俺!?」 ていうかそれだけ足りないものがあったらもう人としてどうかと。本能くらいしか残ってないだろ、それじゃあ。 「んで、愛の何について悩んでたんだ? このラヴマニアの俺に話してみろよ」 「お前が愛を語れるなんざ初めて知ったぞ」 「『知らねーならとりあえず騙ってみろ』って言ったのはお前じゃん。そら、語ってやるから言ってみろ」 とか言いながら顔が好奇心まみれなんだが。 まあいいか。俺はため息をひとつつくと、空を見上げた。 「俺はちゃんと、ユリアを好きでいられてるのか、少しわかんなくてな」 「ほうほう」 ……相槌の打ち方もなんかムカつく。 「ユリアと最期に約束したのは、話したよな」 「ああ、あのエグイ約束な」 「人の約束エグイゆーな」 そりゃ、精神的にかなりきついものがあったが。 何が辛かったかといえば、一年間ひたすらユリアのことを思い続けることではなく、今日という日を迎えること。今日という日に怯え続けること。それが何よりも、辛かった。 「この一年間、一日たりとも無駄にしないために必死だった。ユリアの記憶を抱えた俺が、その想いと一緒に居られる時間が、何よりも大切だった。けど……一日が終わり、眠りにつくのが怖かった。一日が終わっていくのが恐ろしかった。この思い出の全部を失う日が確実に近づいているのが憎かった」 一日が四十八時間あればいいとか、一年が七百三十日あればいいとか、そんなくだらない事を真剣に考えたこともある。でもそうなったところで結局、俺は次はこう思うだろう。 一日が九十六時間あればいい。一年が千四百六十日あればいい。 今日がずっと終わらなければいい。一年が、永遠に続けばいい。 けれど世界は変わらない。昨日も今日も変わらずに朝日が昇り夕日は沈み、月は闇夜を薄く照らし星は夜空を彩りやがて朝日が昇り明日が来る。そして、そんな世界こそを、ユリアは守り、願い、祈った。その世界のありのままの中で俺が生きることを、望み、夢み、叶えた。 でも。 「そうして俺は、ユリアに執着してるだけなんじゃないか、未練があるだけなんじゃないかって。好きだった記憶にすがり付いて、好きだと自分に言い聞かせて、どうにかこの罪悪感から逃れようとしてるだけなんじゃないのかって」 日の光が網膜を焼く。瞼を閉じれば、白い闇が広がる。 足の裏から這い上がる恐怖。肺を締め付けるような苦痛。今日までずっと抱えてきたもの。 「俺は、ちゃんと、あの人を愛してるのかな」 わからない。どれだけ考えても答えは出ない。 信じるに足る根拠のない気持ち。真偽の確かめようのない想い。 俺は―― 「お前……バカ? いやバカなのはわかってたけどそこまでバカだったとは……」 「おいこら、人がせっかくまじめに……」 「まじめに悩むようなことじゃねーだろうが、そんなの。執着? 未練? おいおいバカ言ってんじゃねーよ、お前の愛が何でできていようがそれが愛であることに変わりはねーだろうが」 貴俊は勢い良く立ち上がると両手を広げ、空を抱えるように体を仰け反らせる。 「時間は人を変える。人が変われば想いも変わる。想いが変われば愛だって変わる。けどな、どれだけ変わってもお前がお前であるようにお前の抱えた愛はお前の愛だろうが。お前が誰かを想う事に変わりはねーよ。それに、お前にその人をどう想ってるかなんて、俺からしてみりゃ丸わかりだぞ。いかにも好きな人がいますって幸せそ~な顔しやがって」 「あだっ、いだっ! 蹴るな、蹴るなっつーの!」 ていうかそんな顔してたのか俺。いや、それ以前に。 「俺この一年でお前と何回会ったよ」 「五回だな。ちなみに合計時間は十六時間二十八分だ」 「何でそんな細かく覚えてるんだよ!?」 「愛の力だぁーっ!!」 お前の愛は何製だ。というかたった五回でわかるくらいにふ抜けた顔してたのか、俺は。 「まああれだ。頭痛薬だって半分は優しさでできてるわけだし」 「話のつながりが読めないぞ」 「何でできててもいいだろって事。愛なんざ口で説明できるもんじゃねーんだよ。それなら思い込んだもんがちだ」 「そいつはまた随分と強引な解釈だな。そういう考え方が暴走してストーカーになったりするんじゃないのか?」 「度を越したらそうなるんだろうよ。ま、俺は年中限界突破、いつだってクライマックスだがな!」 肉片残さず掃除したほうがよさそうな人が目の前に居ます。 普段ならどうにかしてやろうと思うところだが、いい話……都合のいい話を聞かせてもらったのでよしとしよう。 「まあつまり、あれだな。俺はユリアが好きだと、そういうことか」 「それでいいだろうがよ。ったく、変なところで自信がないのは相変わらずだな」 ほっとけ。 「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。いつまでもお前の邪魔するわけにもいかねーしな」 「ああ。……それにしても、まさかお前から愛について聞く日が来るなんて思ってもみなかったよ」 「俺もまさか自分が誰かに愛を語る日が来るなんて、思いもしなかったぜ」 貴俊は踵を返す。 俺はその背中を見ながら、ふと、今まで聞こうとも思わなかったことを聞いてみたくなった。 「なあ、貴俊」 「あん?」 貴俊は肩越しに振り返り、 「お前、俺のことどう思ってるよ」 目を細めて、肩をすくめて前を向いて歩き出した。 「ブッ殺してぇ。超愛してる」 金属製の扉の閉まるやかましい音に重なった癖に、その言葉はしっかりと届いた。 ……不幸にも。 「しかしまあなんだ、世界にはいろんな考えのやつがいるよなぁ」 人を理解したり、誤解したり、嫌悪したり、好きになったり。 幾千幾万の人の想いが繋がり、重なり、反射して、拡散して、集まって、世界を覆う。人の想いのかたちは無限。人の想いの重なりも無限。烈火のごとく燃え盛るもの、雲のように不定形に漂うもの、水のようによどみなく流れるもの、氷のように冷たく凍りついたもの。全てが層を成して降り積もり、重なり、ひとつになる。 世界は、たぶんそうしてできている。人の想いが、記憶が、感情が、世界を形作る。世界の、礎になる。俺達は、その上で、その下で、その中で、生きている。 だから自分の気持ちを封じてしまえばその中に加わることはできなくなる。 一年前の、あの日。 俺に泣くことを許してくれた、悲しむことを望んでくれた人が居て、俺はようやく世界を見ることができた。世界に、居ることができた。 風が、秋の到来を予感させる風が、服を静かに撫でてゆく。弱い風、それでも、確かな風。 見上げた空には雲。透き通る、抜けるような青に散らばる、形を持たない白い塊。 俺はここに居て、ここに生きている。生きていたいと、そう思う。そう思わせてくれた人を、愛おしく思う。 だらりと力の抜けた体。滲む汗はシャツを濡らし、寄りかかったフェンスは小さく軋み、ずるりと、仰向けに寝転がる。 空だけが、そこにある。 背中には、屋上の床。その数メートル下には、大地。大地と空。 無限に広がる、二つの舞台に挟まれて、今日を生き、過去を抱きしめ、明日を目指す。 右腕を動かす。拳が静かに、耳の横へと押し付けられる。 わずかな風が、草木を揺らす音。 巻き起こった砂埃は、小さな粒子となって光の海を踊る。 「ああ……」 ありふれた世界。生きる毎日。変わらない日常。ひとつとして同じ日のない日々。 大切なものがあって、失ったものがあって、その全てが、今に繋がっていて。 たぶん、きっと、こんなものが。奇跡だった。 無限の想いが、愛しさが、切なさが、悲しさが、際限もなく込み上げて。 何となく、理由なんかなく、左手を、空へ伸ばす。空を、掴む。届かない空は、けれど、それだけで掴むことができる。 「ああ…………」 意味のない呟きがもれる。そこにこもったのは無数の思い。 言葉にすることのかなわない、今ここにある確かな気持ち。 限りない人の想いと奇跡とが折り重なる世界をあらわすには、俺には言葉が足りなすぎた。 「悔しいなぁ」 なんで、隣に君がいないんだろう。 なんで、君が笑っていてくれないんだろう。 それだけで、この世界は輝きを増すのに。潤いが満ちるのに。 「悲しいなぁ」 約束がある。 忘れたくない。 誓った。ここで誓った。 忘れたくない。 この日のために、一年間頑張った。 忘れたく、ない。 君の願いを、叶えに来た。 忘れるために、この一年間を必死に生きてきた。この大切な思いを抱えた日々を、輝かしいものにするために。 「忘れたくないなぁ」 意地。 好きな女の子の願い事を聞いてあげたい、ただそれだけの、ちっぽけな男の意地。 忘れたくないのが本当の気持ちだ。けど今の俺の存在はこの世界にとっては狂った歯車なのだ。ありえない存在を心にとどめ続ける矛盾した存在。そんなものをいつまでも抱えておけるほど、世界は優しくも単純でもない。 この大切な思いを忘れずにいれば、他の大切なものが更なる危険に晒されるかもしれない。再度の崩壊と言う形で。それは誰も望まない結末だ。 「伝えたかったなぁ」 言いたい言葉が、伝えたい気持ちがある。世界中に響き渡るくらいに叫びたい感情がある。 一年じゃ足りない。十年でも短い。百年ごときじゃ満ち足りない。 一生かかっても伝えきれない気持ちが、ここにある。この胸にある。 「無くさないよ」 たとえ忘れても。この想いを忘れて、君との記憶を忘れて、この感情さえも忘れても。 きっと無くさない。君を好きになって手に入れた、この気持ちは忘れない。 この世界がある限り。この世界にいる限り。 愛は姿を変えて、俺の中に在り続ける。 だから、今は。 「さよなら、ユリア」 俺はきっと。 目を覚ました俺はきっと。 涙を、流す。 純粋な、力。貫く、ただそれだけの魔法。 ただ君の記憶だけを、その記憶だけを貫く。 君との全てを、まっすぐに。 まっさらに。 「さようなら、一番、大切な人」 拳に、力を込めて。 その、一撃を―― とんっ。 力が、抜け。 空一面が飛び込んで。 意識が。
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ここでは初期から用意させていただいてる第一世界の詳細を載せる 地図作るのが省きたいよという方に用意させておりますので この世界の編集お願いたします 世界地図
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影 【名前】影 【備考】悪夢世界で最初に出会うことになるであろうこの世界の住人の1人、わりと優しい。 ガイド? 【名前】ガイド? 【備考】悪夢世界を案内する役割として作られた現実世界のガイドと瓜二つの男。 医者 【名前】医者 【備考】悪夢世界の住人の1人、りんごを人間へ変える手術を行ったが、その後りんごに不具合があったことを教えられ、存在意義が消失し首を吊って死んだ。 ナーイ 【名前】ナーイ 【職業】土産屋店主 【備考】土産屋ニ屋の店主である褐色肌の男、性格はよろしくない。 悪夢世界の住人 【名前】悪夢世界の住人 【備考】頭が無かったり、頭が蛆だったり、頭が魚だったりと、 様々な種族が存在している。住人の性格はほとんど悪い。 フロントマン 【名前】フロントマン 【備考】狭間の宿のフロントマン、現実世界から訪れた者にこの世界の説明をしたり、地図を渡したりと仕事熱心。 目つきの悪い少女 【名前】目つきの悪い少女 【性別】女性 【年齢】14 【職業】医者 【技能】黒魔法、白魔法、医療技術、身体強化魔法、格闘、機械改造 【備考】目つきと性格は悪いが、顔はわりと可愛い少女。 現実世界では、魔法少女として活躍している。 店員 【名前】店員 【備考】異形百貨店の店員、ひねくれている。 名を失った元現実世界の住人 【名前】名を失った元現実世界の住人 【性別】男 【種族】悪夢世界の住人 【備考】元々は現実世界からこの世界にやってきた人間だったが、 この世界の滞在中に現実世界の肉体が死亡し、永遠にこの世界に閉じ込められる事となった。 果たして彼は救われるのだろうか。 レヴィン 【名前】レヴィン 【性別】男 【年齢】22 【備考】酒好きの若い悪夢世界の住人、性格はわりと良い。 2足歩行の長靴を履いた黒猫 【名前】2足歩行の長靴を履いた黒猫 【性別】♂ 【職業】夢世界の旅猫 【種族】ウルタールの猫 【武器】レイピア 【装備】長靴 【備考】夢世界の1つ、ドリームランドのウルタールという国から やってきた、様々な夢を旅する黒猫。
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【タイトル】「終わる世界」 【ライター】天パ 【エンド予定】メイド騎士・姉妹 【テキスト量概算】200~250 【シナリオ完成予定】8月末 プロット 本編01 本編02-1 本編02-2 本編03
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10話選択肢で 貫く を選んだ場合 階段を下りると、混沌とした香りが鼻腔をくすぐった。くすぐるっつーか抉った。 大翔「美優のやつ、失敗しやがったな」 呆れ、それでもまあ進歩はしているしその辺は認めないとなぁなどと胸中で呟きながら扉を開ける。 大翔「よう、もう二人とも起きてたのか」 美羽「おはよー兄貴。今日は昼まで寝てるかと思ってたけど」 大翔「せっかくの休日を寝て過ごすのはもったいないだろ」 ま、それはそれで素敵な過ごし方だけどな。それよりも今問題にすべきはこの刺激臭だ。 大翔「美優はどのくらいキッチンに閉じこもってんだ?」 美羽「二時間……くらい?」 えーっと、今八時半だから、大体六時半くらいからか。嘘こけ。 ほれほれ本当の事を言いなさい。言わないと今漂ってくる匂いの元を全部お前の胃袋に流し込むぞ。 美羽「……五時くらいに、すでに物音が聞こえてました」 大翔「美優ー!!!!」 うきゃあぁぁぁっ!! などという悲鳴と共にどんがらがっしゃんと何かが崩れる音。 ため息ひとつ、俺は魔窟と化しているであろうキッチンへと踏み込んだ。 俺は人の努力を否定したりなどしない。頑張ることはいいことだ、うん。方向性を間違っていたり度を越していたりしなければ、の話だけど。 大翔「というわけでジャッジタ~イム。本日の美優は度を越していると思う人」 判決、二対一により有罪。 美優「ふ、不当採決だよぉ!」 大翔「ほほう……じゃあお前の背後に広がる天外魔境はどういうことだ?」 朝っぱらから美優に占拠されたキッチンは、その様相を大きく変えて今や――ああいいや、なんか説明したくない。ていうかこの状況を説明できる人間がいたら尊敬する。 水が重力を無視して宙に浮いてんだがどうやってんだこれ。魔法か、おい。 大翔「美優、お前の努力は認める。確かにお前はここしばらくでその料理の腕を伸ばし、確実に進歩を遂げている」 美優「だ、だよね、だよねっ!?」 大翔「しかしそれに伴って失敗時の被害も乗数的に拡大しているのはどういうことだっ!?」 美優「そ、それは、その……」 おう、なんだ言ってみろ。 美優「ち、ちゃれんじスピリット?」 美羽「いやアタシに聞かないでよ……」 大翔「だからって二人揃ってこっちを見るな! 一番聞きたいのは俺なんだよ!!」 結局台所を片付けるのに一時間近くかかってしまった……。 大翔「だからさぁ、お前はあまり時間をかけすぎると逆に失敗するんだってば」 美優「で、でもほら、酢豚はおいしくできたよっ!!」 ああうん、確かにこの酢豚はうまい。ちょっと感動してしまうレベルだ。店で出てきても俺はがっつり食うね。 大翔「けど何で朝から酢豚よ」 美優「いつの間にかできてた」 大翔「酢豚か? これ本当に酢豚なのか!? 実は何か得体の知れないものなんじゃないだろうな!?」 今まで自分が食べていた酢豚(?)を凝視する。大丈夫か、これ実は魔界の生命体だったりしないだろうな? 美羽「兄貴、ちょっと疑いすぎだよ」 大翔「といいつつなぜこっそり皿を俺のほうに寄せてきているのか詳しく説明してもらおうか」 美羽は答えず、ただ親指をぐっと立てていい笑顔を浮かべた。敵前逃亡か貴様っ! 食卓をはさんで火花を散らしていると玄関のチャイムが鳴った。誰だ、こんな時間……て時間でもないか。でも誰だ? 美羽「あ、たぶん陽菜さんだよ。さっき事情を話しておいたから」 大翔「事情……って?」 美羽「美優が朝食作るために台所に入っちゃったんですよーって。そしたら笑って『それじゃあ朝ごはん作ってもっていくよ』だって」 美優「あ、あれぇっ!?」 大翔「おおそれは助かる。さすがに酢豚(?)だけじゃ腹は満たされないしな。片付けで疲れて何かを作る体力もないし」 美羽「いやほんとほんと、持つべきは隣に住む幼馴染だよねー」 美羽が駆け足で陽菜を出迎えに行く。美優の視線がこちらへ向いてきた。はてさて、何か言いたいことでもあるのだろーか。 美優「ね、ねぇ、その会話、おかしいよね、ね? 何でワタシがご飯作ってるのにそんな話になるの?」 なにやら美優が必死になっているけど聞こえません。あーあーきこえませんきこえませーん。 都合の悪い事実には耳を貸しませんとも、ええ。 美優「大丈夫だよお兄ちゃん、かえって耐性がつくよっ」 ……何に対しての? て言うかそれ認めてるぞ、自分の製作物の毒性。 陽菜「みんなー、おっはよーっ! 待ちに待った陽菜ちゃんのご登場だよ、オマケつき!!」 エーデル「げほっ! ごほっ! がほっ!!」 青い顔をしたエーデルの襟を引きずりながら陽菜が賑やかに入ってきた。すごい、完全に気道が絞まっている。 大翔「陽菜、そいつはなんだ?」 陽菜「朝散歩してたら見つけたから拾ってきたんだよ、相変わらず不健康そうな顔してたから!」 ナチュラルに酷いこといわれたアホ王子涙目。不健康というよりは貧弱なだけだと思うけど。 じたばたと暴れているエーデルの動きがだんだん鈍くなってきた。 大翔「陽菜、そろそろ放したほうがいいんじゃないのか、それ」 陽菜「え、何が?」 本気で理解なさっていない模様。 別にエーデルがどうなろうと知ったことではないけどうちで人死にが出るのもいやだし陽菜を殺人犯にしてしまうわけにもいかない。 大翔「ほら、お前が引きずってるエロい物体だよ」 陽菜「んにゃっ? のぉぉぉっ!? え、えーちんが何者かの手により瀕死の状態にっ!?」 大翔「俺の目の前に犯人がいるんだが」 陽菜「えぇっ、美羽ちゃん!?」 美羽「なぜそこでアタシが出てくるんですかっ!?」 陽菜「んー、流れ的に?」 美羽「流れでいきなりアタシを殺人未遂の犯人に仕立て上げないで下さい! どこから見ても陽菜さんのせいでしょう!」 陽菜はおもむろにエーデルから手を放すと、すすす……とすり足で俺の隣まで寄ってきた。 そして、びしぃっ! とポーズを決める。 陽菜「今えーちんに一番近いのは美羽ちゃんだよ! つまり犯人は美羽ちゃ――い、痛い痛い痛いよー!?」 美羽「ええもう犯人なら犯人らしく強硬手段に出ることにいたしましたので……!」 陽菜「ヒロ君助けてー!!」 大翔「えーっと、あ、これが持ってきてくれた食事か。ありがたく頂くぞ、陽菜」 陽菜「華麗にスルー!?」 あいにくと怒りの美羽には歯向かうつもりなどゼロだ。勝ち目云々以前に勝負にならない。 エーデル「げほっ、ごほっ……と、言うかだね。君たちは僕のことをもっと気にかけるべきではないのかい?」 大翔「殺しても死ななそうだしなぁ……」 貧弱なのに。 エーデル「大体君、なんだい? 唐突に人のことをエロいなどと……失礼にもほどがあるだろう!?」 大翔「おいおい、勘違いするなよ。俺は褒めたんだぜ?」 エーデル「……何?」 大翔「つまりな、エロかっこいい=セクシーって伝えようとしたんだよ。んで、エロかっこいいって長いだろ? だから『エロ』かっこ『い』いっていう風に文字を取って略したわけだ」 ま、嘘だけど。 しかしエーデルはそんなほら話を真に受けたらしい。 エーデル「ふむ……そうか。エロかっこいい……セクシー、エロい、か。ふ、貧相な庶民にしてはなかなかのネーミングセンスだね!!」 なにやら一人で納得している。 とりあえず新学期からのあだ名はエロ王子で定着しそうだな。ていうか定着させてやるから覚悟しとけ。 俺とエーデルは互いに不敵な笑みを顔に浮かべてにらみ合う。くくく、庶民の力というものを思い知らせてやる。 美優「お兄ちゃん、ワタシもエロい風味に……」 大翔「なれないっつーかならなくていいから」 そんなこんなでなぜだか大所帯での食事になった。 大翔「っつーかエーデルはこっちのほうあまりこないだろ。何でノコノコ出歩いてんだよ」 エーデル「僕だって散歩くらいはするさ。それに……」 エーデルが目を細める。 この中では、俺にしかわからない意味を、込めて、 エーデル「あれから、ちょうど一年だからね」 言った。 一年。その言葉が表すものは、大きい。 一年前の八月三十一日、世界規模で起こった天変地異が、日本時間の九月一日になった途端にその全てが収まった。 原因不明の大災害。地震に津波、吹雪竜巻火山の噴火。本気で世界の終わりを想像した人も、いただろう。 ……多くの人が、犠牲になった。 それがほんの数人の人間によるものだということを知っている人間は、少ない。事実、今も世界中の研究機関や学者や、魔法使い達までもが原因の解明に奔走している。二度とあんなことが起こらないように。 ニュースでは、ちょうど一年となる今日を祝って世界各地で催し物が行われていると言っていた。まだ完全に全てが元通りになったわけではないし失ったものも多いけれど、それでもこの一年、この世界は多くのものを取り戻してきた。 今日は平日で本来なら学校があるべき日なのだが、そんな日なので休みになっている、というわけだ。 ……俺としては、ありがたい話だ。 陽菜「それにしても、あれから一年かぁ。長かったようで、短かったよねぇ」 陽菜はしみじみと天井を見上げた。 美優「あの時は本当に心配したから……」 美羽「そうだよ兄貴。自分の体に世界の礎を宿らせてそれを貫くなんて危ない真似を勝手にするんだもの」 大翔「だーかーら、悪かったって言ってるだろ?」 美羽「謝って済むものじゃないの! 大体兄貴はねぇ……」 あーもう、美羽の小言は始まると長いんだよなぁ……。自然とため息が漏れた。 ふと、視線を感じる。 そちらをむくと……エーデルと、視線があった。ああ、わかってるってば。わかってるんだよ。 大翔「あー。その話はまた今度な! 俺今日学校に行かないといけないんだよ、もう行かないと。あとお前はもう出てけ」 そういいながらエーデルを引き摺って居間を出る。 美羽「あ、ちょっと待ってよ、アタシも行くから!」 大翔「何かあるのか?」 美羽「生徒会には、色々とね」 美優「あ……わ、ワタシも行くよ」 なんだ、結局全員出撃か。 大翔「陽菜はどうする? どうせだし、一緒に行くか?」 陽菜は顎に指を手を立てて考えて――いや、これは、 陽菜「ううん、陽菜はいいよ、ヒロ君」 考えている、ふり。 陽菜「大事な用事、なんでしょ?」 まるで心のおくまで見透かすようなその視線に、俺は何も答えられなかった。 大翔「……んじゃ、行ってくる。留守番、頼んでいいか?」 陽菜「はい、頼まれたよ。だから、ゆっくりしてきてね、ヒロ君」 俺は静かに、居間の扉を閉じる。 何も知らないはず。でも、何かを感じてくれたんだと思う。それが純粋に、嬉しかった。 美羽「それじゃあアタシは制服に着替えてくるから先に玄関で待っててよ」 美優「あ、ワタシも」 二人は階段を駆け上がっていった。途端に会話がなくなる。俺とエーデルはお互いを牽制しあうように並んで玄関の外に出た。 なんていうか、やっぱりこいつとは何年経っても合わないな。 エーデル「世界は――」 大翔「あん?」 エーデル「世界は、あれだけのことがあったというのに、ほんの一年でこれほどまでに元の姿を取り戻す」 ……何を語っていらっしゃるのでせうか、この人は。 エーデル「それに対して人の心の複雑で単純な事だとは思わないかい? 一年もかけずに新たな想いを抱くこともできれば、何年経とうとも想いを断ち切れないこともある」 大翔「人間が、そういう風にできてるんなら仕方ないだろうさ」 日差しに手をかざす。どれだけ地上が騒がしくなっても、この空だけは一年前と何も変わらない。 そのことが少し、嬉しい。 エーデル「僕は永遠に君という存在と相容れないだろう。僕は君のことが大嫌いだ」 大翔「そりゃ気が合うな。俺もお前のことはこの上なくだいっ嫌いだ」 エーデル「だが君のその想いだけは認めよう。誰が忘れても……たとえ君自身が忘れても、君がその一途な想いを背負って生きてきたそのことは、この僕は忘れない」 なんとなく、こいつはそれが言いたいがためにうちにきたのかと、そんな風に思った。 尊大で自己中心的で人の話を聞かないやつだったが……まあ、悪いやつじゃない、よな。 大翔「ま、俺もお前のことは認めてやらなくもないさ。お前がいなけりゃ、この世界の今はもしかしたら違うものになってたかも知れないしな」 エーデルは不満そうにふんと鼻を鳴らすと、そのまま歩き出した。 大翔「? お前学校に帰るんじゃないのか?」 ちなみに、今はエーデルは学校の敷地内に立派な一軒家を建ててそこに住んでいる。許可が下りたらしい。なんでやねん。 エーデル「ヒナ嬢が言っていただろう。ゆっくりしてくるといい」 大翔「……ああ」 礼は言わないでおいた。なんとなく、アイツはそれを嫌がるような気がしたから。 歩くエーデルが角を曲がりその姿が見えなくなったとき、玄関が開き二人が並んで外へと出てきた。 大翔「おう、遅いぞお前ら」 美優「こ、これでも急いだんだよ~」 わたわたと駆け寄ってくる美優。きょときょとと辺りを見回す。 美優「サフィールさんは?」 大翔「さあ。どっかいった」 美羽「適当ねぇ」 適当で結構。肩肘張って生きるのは疲れる。 俺達は並んで歩き出した。 そういえば、この一年で俺達の生活の中で大きく変わった部分もある。そのひとつが学校だ。この春から、学校にいわゆる通学路というものが生まれた。 今までは学内に直接転移していたが、今では学校の前の長い道の入り口に転移させられる。なぜこんな風になったのかといえば、これも一年前のあの災害によるものといっていいだろう。 世界各地で各種自然災害が起こっていたわけだが、それは各地のコミューンにも共通する事だった。コミューンは空間的に実世界から隔離されているので津波や火山の噴火などの心配はなかったが、地震や暴風などの被害から逃れることはできなかった。 いくら魔法使いが住む町とはいえ、怪我人が大量に出るし少なからず死人も出た。学園も授業どころではなかったので、活動の一環としてボランティア活動――つまりは災害復興の手伝いを全校生徒で行ったのだ。 元々生徒は基本的に町との関わりをもてないが、これがいい機会になり経験になったということで、生徒と住民側との要望により通学路が設定されたというわけだ。 今では通学路周辺には学生向けのアパートや食堂、商店なども並んでいる。一年でまあ、よくもここまで変わるものだと思った。 まあその分色々と問題も多いようで、美羽は生徒会副会長としてせわしなく働いているわけだ。ちなみに美優は今では生徒会臨時委員としてかりだされている。 一年もあれば、人も世界も、色々と変わるもんだな。 体が沈むような浮くような不可思議な感覚に包まれ、瞳を開けると長い坂道の入り口だった。去年までなかった『通学路』も、今ではすっかりおなじみの光景だ。とはいえ、通るたびに何か建物が増えていくのを見るのはやはり面白い。ここがある程度形になるのは、まだ随分と先だろう。 後ろを振り返る。すっかりと平穏を取り戻した町並みが、そこにはあった。 一年前のあの光景を、俺は忘れることはない。特に二度目に礎を解き放ったのは俺だ。その影響がどれほどのものだったのかはわからないが、それが原因で何かを失った人も、やはり、世界にはいるんだろう。 だから、この平穏な風景は俺にとっての免罪符であると共に、罪の証でもある。この痛みは少しばかり、重い。 それを振り切り、長い坂道の一歩を踏み出した。 大翔「今日は学園か、通学路か?」 美優「お姉ちゃんと一緒に通学路の見回りだよ、最近こっちに引越ししてきてる人が増えているから、だって」 美羽「生徒側としては将来コミューンに入りたいのならこっちに居たいんでしょうね。そのおかげで、夏休みは結構人の動き激しかったみたいよ」 むう、すでに将来を見据えた行動をしているのか。立派なもんだなぁ。まあ、魔法使いの力を生かしたいのならコミューンに入る方が都合はいいよな。魔法の使用の制限がないわけだし。 美羽「一応ここで待ち合わせなんだけど……」 待ち合わせ? はて、と首をかしげた時、二人が現れた。 貴俊「うぃーっす、乙カレー!」 レン「久しいな、三人とも」 大翔「貴俊、レン」 待ち合わせてたのは二人だったのか。 大翔「お前も一緒に見回りすんのか? 意外としっかり仕事してんだな」 貴俊「ふっ……これも、愛の力の為せる技だ。お前が帰ってくる頃にゃ面白可笑しく舞台設定しておこうと思ってな!」 ああなるほど、余計なお世話か。 大翔「美優、塩撒いとけ」 美優「え、う、うん!」 ごすがすごすぅっ!! 貴俊「ぎゃぁぁぁぁっ!?」 大翔「うぉお? い、岩……いや、岩塩かっ!?」 大量の岩塩が貴俊に降り注いでいた。 大翔「いやまて、何でお前岩塩なんか持ち歩いてるんだっ!?」 美優「え……は、伯方の塩のほうがよかった?」 違う。そういう意味で言ったんじゃない。つかポケットに塩を常備しているのがおかしいと思う。冗談で言ったのに。 大翔「けどまあしかし、攻撃力は必要ないんだし伯方の塩のほうがよかったって言えばそっちのほうが――ってどばーってかけてる!?」 美優「あ、あれ? だ、だめだった?」 だめっていうか。いや確かに俺が言ったんだけど、本当にするとは思わないよね? て言うか俺撒けって言ったんだよ? そんな袋さかさまにしてぶっ掛けろとか言ってないよ? 貴俊「お、俺はもうだめだ……塩塗れになって干からびるんだ。あ、あとはみんなに任せて、俺はここで大翔の膝枕で休んで――」 大翔「美羽、水ぶっかけろ」 美羽「言われなくても準備できてるから」 貴俊「ごぼがばごべ!!」 うわー、俺地上でおぼれそうになってる人初めて見たわ。 二分くらいで静かになった。 美羽「それじゃあアタシ達は見回り行ってくるね」 大翔「ああ、気をつけて」 美優「い、行ってきます!」 大翔「美優、張り切るのはいいけど緊張しすぎるのもよくないぞ。それと、美羽のことを頼むぞ、こいつがもし暴れてる人間を勢い余ってついやっちゃいそうになったらあががががっ!?」 脇腹が痛い! 刺す様な締め付ける様な痛みがっ!? 美羽「あーにーきー? ちょ……っと、静かにしようかぁ?」 大翔「静かにしたくてもお前の攻撃が……あああああ、します、いつまでも静かにしていますからっ!!」 ようやく解放された。な、なんだったんだ今の痛みは。かつて味わったことのない種類の痛みだった……。 どこであんな技術を身につけてくるんだろうなぁなどと思いながら、貴俊を引き摺って歩く美羽とその後ろをついていく美優を見送った。 ……俺の周りの男は女に引き摺られる運命にあるんだろうか。となると次は……俺? レン「? どうしたヒロト殿、何か怯えているように見えるが」 大翔「ああいや、なんでもない」 いや、大丈夫だよな、うん。レンは理由もなく俺のことを引きずりまわしたりなんか……理由、理由、ねぇ。 今日という日を考えるとおもくそその理由に心当たりができるんだんが。 大翔「えーっと、久しぶり、だな。二ヶ月ぶりくらい?」 レン「およそそのくらいかな。お元気そうで、何よりです」 レンの恭しい礼に背中がむずかゆくなる。 大翔「なあレン、その敬語やめない?」 レン「従者が主に礼払うのは当然のことですが」 大翔「だったらその意地悪な目をやめてくれ」 レン「了解した」 ふっとレンは笑顔を浮かべると、いつもの態度に戻ってくれた。 レン「この二ヶ月はどうだった? 顔つきは多少変わっているようだが」 大翔「人数が一人減るだけで負担が全然違うってのがよくわかったよ。ま、面白かったは面白かったけどさ」 俺達が話題にしているのは、この二ヶ月――俺が、一人で旅をしていた時期の話だ。 親父のように異世界を渡り歩いてみたいという気持ちを俺が打ち明けたところ、レンが旅の仕方を教えてくれるというのでしばらく一緒に旅をしていた。そして二ヶ月前にようやく大丈夫だろうという太鼓判を貰い、俺は一人旅に出たわけだ。 俺が親父のように旅先で死んでしまわないかと本気で心配する美羽を説得するのは骨だったが、意外にもすんなりと受け入れてくれた美優と一緒に説得して説き伏せた。 レン「それで、無用な責任感も少しは和らいだか?」 大翔「相変わらずストレートな物言いだな……まあ、自分なりに解消はできたと思うよ」 レン「ふむ。ま、この世界で事の顛末を正確に把握しているのは我々しかいないのだから、あまり気負う必要はないと思うが」 大翔「誰かが知っているから償うんじゃない、俺が納得するために償うんだ」 レン「わかっているさ。そういうあなただからこそ協力した」 そう言って、レンは紋章を取り出した。ん、どこかで見たやつだな。えっと、これは…… 大翔「騎士団の紋章?」 レン「それがあれば騎士団寮に自由に出入りできる。団長がぜひとも一度全力で手合わせしたいそうだ」 人というか熊にしか見えない騎士団長の姿を思い出す。うん、全力で拒否願いたい。 大翔「けど俺は……」 レン「姫様のことは関係なくあなたという人間に対しての要望だ、気にすることはない」 そこまで言われると、断り辛いものがある。 けどなあ、あの騎士団だろ? 一日訓練に参加させられただけで三日間まともに動けなくなった、あの地獄の。いや、体力的にきついんじゃなくて、精神的にきつかった。詳しく思い出すと胃の中のものがナイアガラするから思い出さないけど。 ていうかさ、もう体力的精神的に限界の人間を魔法で操って意地でも動かすって悪魔のすることだよね? 大翔「まあなんていうか、過ぎてみれば全部思い出になるのが怖いな」 レン「出来事とは得てしてそういうものだ。辛い苦しいと思ってみても、過ぎてみればそれでも良かったと思い返せる。もっとも、世の中には都合のいいことしか思い返そうともしない人間もいたりするが」 大翔「ええほんとにねぇもう!」 ちくちくと人の弱点をピンポイントで! そういうことすると泣いちゃうぞ!? 大翔「……っと、それよりも今日は俺に会いに来たのか?」 レン「ああ、今日が最後、なのだろう」 大翔「そうだな、今日で最後だ」 息と共に感慨を吐き出す。虚空に溶けた気持ちは、果てない空へ上っていく。限りなく薄く透明に広がりながら、それでも、消える事無く。 大翔「長かったようで、短かったな、やっぱり」 レン「ヒロト殿……」 レンの視線を避けるように空を見上げ、歩き出す。学園までは、もう少し歩く必要があった。 一年前の、あの日。ユリアが消えた後、世界は少しだけ残酷な現実を俺に突きつけてきた。 ユリアという存在の消失。その結果、ユリアはこの世界に存在していなかったことになっていた。この世界の人間でユリアのことを覚えていたのは、直接干渉した俺だけ。レンとエーデルは異世界に属していたおかげで、この世界の干渉を受けることはなかった。 『姫様は、もうこちら側の人間といっても差し支えないほどに、この世界へ溶け込んでいたのだろうな』 そう呟いたのはレンだった。 存在の消失による影響が出るのは、その存在の属する世界においてのみ発生する、とのことだ。ユリアは、俺達の世界の一員になっていた。 俺はそれを嬉しく、誇らしく思う。 俺が休学届けを出したのは、二学期が始まって二週間が経った頃だった。 大翔『っつーことで、よろしくお願いします』 沙良『……世界を見て回りたい、なぁ。世界を股にかけた災害復興でもするつもりか? ま、うちは構わんけどあんたはそれでええんか? 乃愛もおらんし妹達二人っきりになるで?』 大翔『あいつらだってもう子供じゃないんだし、俺なんかがいなくてもしっかりやれますよ。むしろ俺がいないほうがしっかりできそうで怖いし』 ちなみに俺がいないと食事は壊滅的な事になっていたけどそれ以外はきっちりやっていた。どうやら俺が今まで全部やっていたのが悪かったらしいと反省して、今では家事はそれなりに分担している。 食事も。おかげで毎日がスリリングだちくしょう。 沙良『ふーん、あんた、ちょっと変わったなぁ』 大翔『そすか?』 沙良『なんていうんやろ、余裕ができたな、いい具合に。ちゃんと周りが見えとる、見えたままに周りを受け入れとる、そういう風に見えるわ』 言葉に詰まった。そんなに俺は変わったんだろうか。 変われたんだろうか。 沙良『まあ自由にしたらええ、幸いうちの学園はその辺おおらか言うより適当やからな。手続きの書類は――』 休学届けを出すのに三十分もかからなかった。たいした悶着もなく俺は一年間の猶予を得たわけだ。 巡った世界の数は両手の指の数を超えた。その中にはユリアの世界も入っている。 というよりも、この旅の目的の大きな目的のひとつだったのだから当然だ。 ユリアの父――つまりは一国の王様なわけだが、思い込みでもなんでもいい、その人にユリアの最期を伝えるのは俺の役目だと思っていた。 彼は静かに俺の話を聞いてくれた。すでに詳しい報告は受け取っていたはずだが、それでも俺の言葉の一つ一つ、単語の欠片に至るまでの全てを受け取ってくれた。 彼は俺の肩に手を置くと、深く肯いた。深い光を宿した瞳が、優しく俺を見ていた。それだけで俺は、何か許されたような気持ちになったんだ。 そして彼はこんなことを言った。 王『ところでレン、君は国ではなくユリアに仕えていたな』 レン『は、はぁ……恐れながら』 王『うん、それは構わないんだ。そしてユリアに子供ができたなら、その娘にも仕えるつもりだった』 レン『相違ございません』 唐突に目の前で始まったやり取り。なんだろうと軽い気持ちで見ていた。 王『そうなると、その娘の父親……つまりはユリアの旦那に仕えることになるわけだ』 レン『……ええ、そうなりますね』 げっ。 その時点でどういう話になりつつあるのかを察した。察したが、まさか王様の前から全速力で逃げ出すなんて真似もできるわけがない。レンの悪巧みをする越後屋みたいな顔が恨めしかった。 王『さて、君という剣は今仕えるべき主をなくしているわけだが……ちょうどいいことに、そこにいずれ仕えることになったであろう青年がだね』 大翔『ヘイヘイヘイ、ヘーイ!!』 レン『どうしたヒロト殿、唐突にそんな大声を出すなどとはみっともない』 みっともなくていいから! 話が変な方向に流れるよりはずっといいからっ!! けど異世界だろうがなんだろうが俺の話は無視されてしまうようで。 王『というわけで、レンのことは任せたよ』 レン『そういうわけでよろしく頼むぞ、ヒロト殿』 そういうわけで、なぜかレンと俺が何故か主従関係になった。ユリアの頑固なところは父親譲りかもしれない。 レン「そういえば、結局ファイバーの故郷へは辿り付けたのか?」 大翔「ああ、なんとかな。ファイバーのお姉さんにも会えたよ。まあ、二度と会いたくない連中もいたけどな」 レン「二度と……ああ、エラーズたちか」 肯く。 一人旅を始めて最初に訪れたのが、エラーズの故郷だった。たどり着いたその場所は酷い有様だった。その地域に詳しい老人に話を聞いたところ、三十年近く降り続いた雨がようやくつい最近上がったのだという。 三十年。それだけの間雨が降り続けば、そこはもう生き物の住む世界ではなくなる。一面が沼地となり、所々に見える腐れた組木が、かろうじてそこがかつて村であったことを主張していた。 その沼の真ん中に、真新しい木で組まれた十字架が突き立っていた。 エラーズの話によれば、それはつい最近までファイバーの姉が磔にされていたものだという。三十年、ただひたすらに大地が、木々が腐り続け、命の気配が消えていく様を見せ付けられる。 俺は何も言わず……何も言えず、ただその光景をずっと見ていた。日が落ち、月が昇り、星が輝いても、ずっとそれを見ていた。 レン「それで、その人とはどんな話を?」 大翔「挨拶をしただけだよ。向こうは三十年の束縛が解けたばかりだったし、俺も正直、何を言ったらいいのかわからなかったしな」 ただ、一言だけ。搾り出すように紡がれた言葉は、今でも耳の奥にこびり付いている。 レン「そうか……まああなたが納得する為の旅だ、私は何も言わないさ。さて、そろそろ学校だな」 大翔「ん、レンは学校まで行かないのか?」 レンの足が唐突に止まった。並んでいた肩が、一歩分だけ前に出た。 レン「あなたの戦いに水を差すつもりはない」 レンは一歩身を引き、剣を水平に掲げた。 レン「私はあなたの剣だ、これは私が私自身に誓ったことだ。たとえあなたが姫様の事を忘れても、その事に変わりはない」 レンはまっすぐに俺を見ていた。 信頼と、優しさを込めて。 レン「あなたの生き方を誇るといい。ユリア様が守りあなたが手に入れた今日は、いつも変わらずここにある」 大翔「――――――」 ああ、本当。俺はいつも、周りの人たちに助けられている。 この人たちと、今日という日を歩けることを、本当に嬉しく思う。 そこに、君がいないことだけが悲しい。 ぎょっとした。心臓が止まるかと思った。 校内を歩いていたら沙良先生の背中が見えて、その向こうには変なお面をつけた男と、制服姿の女子の姿があった。 逃げよう。 その場で反転し、全速力で―― エラーズ「やあ、君ですか。まさか今日会えるとは思っていませんでしたよ」 大翔「早っ、回り込むの滅茶苦茶早っ!?」 逃げ出そうとしたらいつの間にか回り込まれてた。ああそうか、こいつなんか変な体術使うんだっけ。迂闊だった。 大翔「なんでお前がここにいるんだよ、ていうか、あの制服の女の子ってまさか……!?」 エラーズ「そのまさかですよ」 うわー、やっぱりだよもう。 大翔「っつーかてめえは何でこんなところにいるんだよ。いくら事情を知っている人間が少ないからって、お前らに襲われたコミューンの人たちがお前を見たらただじゃすまねえぞ」 どちらがただではすまないのかはさておき。 ていうか、俺だって正直複雑だ。そもそも俺とこいつの関係はいまいち微妙なんだよな……。俺がエラーズに対して嫌悪感にも似た感情を持っているのは陽菜やユリアを攫ったからというのが大きい。が、その仕返しとばかりにこいつらの長年の計画をぶっ壊してやったから、結構腹の虫は収まっていたりするのだ、個人的には。 礎を作り出したことに関しては、まあ多少思うところもなくもないが、それであの結末になったのは俺の行動の結果なんだ。別にエラーズをとやかく言うつもりはない。 そんなわけで、俺としてはこの男相手に一戦やる意志は薄い。殴っていいなら殴るけど。全力で殴るけど。赤い狐になるまで。 エラーズ「大丈夫ですよ、これでも私も色々と修行をしているんですから」 大翔「修行ねえ……」 そもそもお前の心配なんかしてないけどな。 エラーズ「この世界の漫画というもので学んだんですよ、行きますよ。フタエノキワ――」 大翔「アーーーーーーッ!!!!」 なんかヤバい表現が出てきそうな雰囲気だったので全力で止める、体張って止める。 エラーズ「危ないですね、いきなり魔法を使うなんて」 大翔「貴様の発言もいろんな意味で危ないんだよ、自重しろ!」 世の中には! 触れちゃいけない領域ってもんがあるんです!! 沙良「あんたら、仲ええなぁ……」 エラーズ「いえいえそんな、隙があれば八つ裂きにして氷海に鎮めてしまいたい気分ですよ」 大翔「爽やかに毒吐いてんじゃねえよ、穴開けるぞ」 あ、やっぱこいつ嫌いだ。エラーズは性格の不一致だが、こいつは明らかに俺に対して敵意、というには拙いか、とにかく隔意を持ってる。 大翔「で、何してんだ、変態仮面」 エラーズ「彼女を見ればわかるでしょう、転入……というよりは入学ですね、その手続きですよ、穴掘り小僧」 ほう……いい度胸じゃねえかこのヤロウ。そういえばエラーズには一度背後から不意打ち食らってたな。その借りを今ここで返すのもいいかもな。 沙良「こーら」 大翔「だっ!」 エラーズ「む」 危険な考えが浮かんだとき、頭の上に柔らかく、しかしそれなりの重量のある物がのしかかってきた。 大翔「なんだ……ん、柔らかくふわふわしたこの手触りは……大福か!?」 沙良「ましゅまろや!!」 ごはっ!? ぜ、全力で蹴りいれられた……。 沙良「ったく、アンタ等だけで会話しとるからあの娘がおいてかれとるやろ」 そういって沙良先生が示したのは、エラーズと一緒に立っていた制服を着た女子だった。パリッとのりの利いた一年生の制服に身を包み、世界に対して戸惑うように視線を漂わせている。 少女と目が合った。俺は思わず気まずさから視線をそらした。こんなところにいるなんて思いもしない人物。 レイネ。ファイバーの、姉。 沙良「……ま、いきなり仲良くなんかできんか。それはおいおい、てことで」 沙良先生はレイネの手を引く。彼女が背を向けたことにほっとしている自分を知り、嫌悪感を覚え、これじゃだめだと思った。 ……ちゃんと、向き合おう。お互い、痛みから目をそらすだけじゃ何も変われない。 大翔「あの!」 レイネ「――っ」 う、焦ってつい大きな声を。 レイネが怯えを含んだ視線を、それでもそらす事無く向けてきた。 ……あ。何を言うのか考えてなかった。 大翔「あー、えー」 ど、どうしよう。 困っていると、レイネの横に立つエラーズがなにやら仮面を外して……って、嘲笑ってるのを見せ付けるためだけかよ! すぐに仮面元に戻しやがった! く、沙良先生もニヤニヤ見てるし! とにかく、ここは俺一人の力で乗り切らないと。大丈夫、俺はできる子だ……たぶん! 大翔「その、何でこの世界に?」 出てきたのはただの質問だった。けど確かに疑問だった。なぜわざわざ、この世界に? 世界の穴がほとんど閉じている今、世界を渡るのも相当の苦労が必要なはずなのだが。 レイネ「……弟」 大翔「は? ファイバー?」 レイネ「弟の不始末は姉の不始末よ。あいつがこの世界でやらかした事、とても償えるものじゃないけど償わないわけにはいかないから」 大翔「君が弟の代わりに、この世界でその罪を償う、と?」 レイネはこくんと小さく首を立てに動かした。本当に小さな動き。それでも、その意志の強さは伝わった。 エラーズは仮面で表情を隠している。沙良先生は壁に寄りかかって目を閉じていた。 レイネ「あの子は私のためにあんなことまでしてくれたから。今度は私が、あの子のために何かをしてあげようと思う」 大翔「償いが、ファイバーのためになるのか?」 レイネ「私の知るあの子はそういう子だったわ」 大翔「あいつが、か。まあそうかもな、そういう人間だからこそ、思い詰めちまったのか」 姉を束縛して、故郷を滅ぼして。レイネが止まった時の中で変化を捉え続けていたのに対し、ファイバーは流れる時と共に変化を感じ続けていたんだろう。 焦燥が身を焦がす感覚は、誰にでも覚えがある。何十年もそれを感じ続けその意志を折らなかった事は、まさに驚愕に値する。 レイネ「あなたは……少し、変わった」 大翔「え?」 レイネ「雰囲気が。そう思っただけ」 それ以上説明する気はないのか、口をつぐんでしまった。 ……会話が途切れてしまった。 大翔「じ、じゃあ俺はもう行くよ。先生、それじゃあ」 沙良「ん。ああそや、明日は朝は早めにな、あんたはあんたで色々準備があるから」 沙良先生の言葉を聞きながら、レイネとエラーズの間を通り抜ける。 レイネ「――――――――」 小さく呟かれた言葉に立ち止まりそうになったけど、そのまま俺は階段を上った。 初めて会った時に呟かれた言葉。それに連なる、その言葉を、俺は深く胸に刻んだ。 『私はあなたを、許せないかもしれない。理不尽だけれど、弟を止めてもらって、感謝できないかもしれない』 それでも。 『生きていてくれて、ありがとう』 生きていれば。生きてさえいれば。 変わっていくことができるから。
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第六世界群の光速度 No19203のはら まさひこさんの質問から閃いたことがあるので一つ。 第六世界群のひとつひとつが、他の世界と同量の質量を持っている とのこと。 そして、何もないところからエネルギーが追加されることはないので、分裂の前後で世界全体のエネルギーの総和が変わったと考えるべきではない。 世界の分裂数を n と置くと、 E=mc^2 の式より、分裂後のある一つの世界のエネルギーは、 E/n=mc ^2 。 つまり、世界の分裂後に変わったのは他ならぬ光速度。 するとすると、第6世界群内での平均的な光速度は… E/n=1/3000=M・(c^2/3000) だから、 c=√1/3000=0.0183 ということになる。 第6世界群内の平均的光速度は5490km ミンコフスキー空間での時間の長さはTCで現されるので、第6世界群内での平均的時間進行は、0.0183ということになる。 これは、分裂前の第6世界の時間での1年が、世界群では約54.64年になる計算。 第6世界群ではすさまじい勢いで時間が進行することになります。 うん。お見事。 ソース 世界の謎掲示板No19329より転載
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すでに学園を包む衝撃は絶え間ないものとなっていた。各所で行われている戦いが、それだけ激戦となっているのだろう。 それはつまり、まだみんな生きていることの証拠。誰も俺達は欠けていない。だから今はただ、走る。 乃愛「それにしてもここまでお膳立てされていると、次は誰が出てくるのかつい考えてしまわないかい?」 大翔「ええまあそりゃあ考えますけど……後残ってるのって言うと」 美優「ファイバー、エラーズ、それからポーキァ……ですね」 ポーキァか。また嫌なやつが残ったもんだ。また絡まれたりするんだろうか。前回存分に罠にはめてぼこぼこにしてやったし、ガキっぽいあいつは相当怒ってるんじゃないだろうか。 ……むしろガキっぽいから逆に忘れてたりな。そっちのほうがありそうだ。 ポーキァ「なぁーんかすっげぇ馬鹿にされてる気がするんだけどぉー?」 大翔「うぉ、ポーキァ!? よう、そんなところで黄昏てどうした」 窓に腰掛けていたポーキァにまったく気づかずに通り過ぎるところだった。思わず普通の知り合いにするように話しかけてしまったではないか。 ポーキァ「どうもこうもねーよ。もう少し早く来るかと思ったんだけどなぁ。待ってるこっちの身にもなれっつーの」 どうやらここで待っている間にやる気がなくなってきたらしい。 大翔「別に無理してやるこたないだろ。んじゃ、俺達は先に行くぜ――っと!」 軽く退いた頭の鼻先を小さな雷撃が走った。ちり、と鼻先が少し焦げた。 ポーキァは窓枠から立ち上がる。ぱりぱりと、青白い電気が弾けた。じり、と何かが焼ける音と嫌な臭いが漂いだす。 ポーキァ「悪ぃけどそーゆーわけにもいかねえんだ。ようやく俺達の目的のブツが手に入るんだからな、アンタ等に余計なことをされちゃあ困る」 大翔「さっきと言ってる事が逆じゃねーか。それなら、俺達を待つのはおかしいだろ」 全員でかかってくるか、あるいは俺達の手の届かないところにさっさと行ってしまえばいいのだ。後者に関しては、この学校に何か仕掛けがしてあるのだろうと大体推測が立つ。だが、前者は? なぜ明らかな邪魔になる俺達をさっさと潰さない? ポーキァ「俺達にも色々都合があってね。まあとりあえず、あんたらはここで俺と遊んでてよ」 大翔「お断りだクソガキ」 美優「絶対、や!」 レン「断固拒否する」 乃愛「頼み方に誠意が足りないな誠意が。土下座でもしたまえ、少年」 俺達の一斉の拒絶に、ポーキァがこめかみに血管を浮かべ目を吊り上げる。それにしても乃愛さん、何気に一番酷いこと言ってませんでしたか。 大翔「というかだな、ポーキァ。お前は重大なことを忘れている」 ポーキァの背後――俺達が今しがた通ってきた道を指し、その後、俺の背後――これから進むべき方向を指す。 立ち位置が、徹底的に悪すぎる。ていうかアホだろお前。 大翔「そんなわけで、俺達はせっかくだからお前を無視して進ませてもらうぜ!」 ポーキァ「うお、おいこらちょっと待て!!」 ポーキァに背を向けて走り出す――なんて事を、当然黙って見逃すようなやつではない。 逃げる俺達に対して、次々に雷撃を放ちながら追いかけてきた。炎や水、氷やら風ならともかく雷となると基本的に回避は不可能だ。美優の魔法でどうにか防いでいるが、さすがにいつまでも逃げられるとは思えない。何より美優への負担が大きすぎる。 大翔「やっぱり、誰かが足止めしないと無理か……?」 けど、誰にだ? 相手がポーキァで雷電の特殊魔法では、この中でまともに相手ができるのは俺しかいないだろう。何しろこの至近距離、相手の魔法がどこに来るのか感知できる俺でなければかわすことはできないからだ。 ……けど、なぁ。俺がここでポーキァを引き止めて残りの三人だけを進ませるのも気が引ける。エーデルに頼まれた手前もある。 いや、俺は別に物語の主人公でもなんでもないんだ。できる人間がやることをやるべきだろう。 大翔「よし、ここは俺が残って、ポーキァを引き止めます。だからみんなは――」 美優「だめ、絶対にだめ!!」 美優に全力で否決された。なぜだか怒っている。 美優「ユリアさんは、お兄ちゃんが助けに行かないとだめなの! お兄ちゃんが行かないとだめなの!」 大翔「いやそんなこと言ってる場合じゃ……大体なんでいきなりそんなルールができてるんだよ」 美優「だめなものはだめ! じゃないとお兄ちゃんが……」 乃愛「あーはいはい、二人とも落ち着いて。ここは私が引き受ける、それで全て解決だろう?」 俺達の間に割って入った乃愛さんは、足を止める。悠然と立つその姿に隙はない。 大翔「いいんですか、乃愛さん? いくらあなたでも、あの雷撃は」 乃愛「これでも君よりも長い間タイヨウさんの師事を受けていたんだ。それに絶体絶命の状況など、すでに慣れたものだ。あんな風に、やんちゃな子供の躾もね」 そういって笑った乃愛さんの顔は、なんというかその、ぞっとしないものだった。 ああそういえば、昔乃愛さんが起こったりなんかするときはあんな顔してたっけ。うん、ひたすらに怖かった。何しろガキ相手に容赦しねぇ。 大翔「わかりました、お願いします。けど、絶対に死んだりしないでくださいよ」 乃愛「悪いが、あの程度の相手に死ぬ方法が思いつかなくてね。さあ行きたまえ少年少女、君達の望むその先へ」 芝居がかった言葉とともに、乃愛さんはポーキァへ一気に距離をつめた。すべるような動作でポーキァに一撃を加えたのを見送り、俺達は逆の方向へと走り出した。 階段は、図ったかのようにすぐそこにあった。 ……やはり、この戦いもやつらの目論見どおりなのだろうか。だがその結果までその通りにはさせない。 意思を改めて確かめ、階段に足をかけた。 なるほど、と。そう思った。 話には聞いていたし多少の言動から想像はしていたが、それでもこうやって向かい合うと、そう思わずにいられなかった。 乃愛「確かに彼らに似ているようだな。こういうものは見ていて辛いだろうな、嫉妬するのもわかる」 殴り飛ばされたポーキァが立ち上がるのを見ながら、乃愛はどこか醒めた様子で呟いた。 結城大翔と黒須川貴俊。彼等とポーキァはよく似ていた。いや、それを言うのなら、ファイバーたち全員が似ているといえるだろう。 乃愛「さて、それを矯正するのも教師の役目か。さあかかってきたまえポーキァ君、存分に君を叩いて打ちのめし鍛えなおしてやろう」 ポーキァ「ちっ、なんなんだよアンタは……ああ、ファイバーからそういえば聞いたぜ、最悪に凶悪なオンナだって」 血の混ざった唾を吐き捨てながら、四肢に雷を纏う。乃愛は答えず、冷静にその様子を観察する。構えから発動までの時間、その間のポーキァの視線や表情、筋肉の動き。感じられるありとあらゆるを解析する。 乃愛の魔法は『錯覚』であり、相手の脳に偽りの情報を叩きつけることだ。本来ならば実践向きの能力ではない。故に解析する。偽りの情報を送り込むためには、正しく自他周囲の情報を自身が認識しなくてはならない。そして糸口を掴む。己の勝利へといたる道筋への入り口を。 乃愛「覚悟したまえポーキァ君。その最悪に凶悪な存在が、数年ぶりの全力で目の前の獲物を屠ろうとしているのだからね」 ざわり、と。空気の質が変わる。 乃愛は静かに構えを取る。それは、大翔と同じスタイルの構え。結城大洋が世界に残したもののうちの、そのひとつ。 ――ファイバーが奪い去った命の、遺産。 乃愛「運命とはどこまでも皮肉なものだ。だがそれも、一興というのかな」 ポーキァ「運命ね、俺のいっちばん嫌いな言葉だ。アンタこそ覚悟しろよ、俺の一撃はかなり応えるぜ?」 青白い光が暗い世界を照らしつける。 暴れまわる雷撃は天井を床を削り、電灯を破裂させる。 乃愛「出力は確かに驚異的だな。だが――」 互いににらみ合いながら、乃愛は静かに過去を思い出す。彼女にとって誰よりも敬愛すべき存在であり、今なおその心に住まう存在。結城美玖。 優しく気高く誇らしく、そしてそれ以上になによりも型破りで、強かった。彼女に比べれば、目の前の力が恐ろしいなどと欠片ほども思うわけがない。何よりも自分には彼女の言葉が残っているのだから。それがある限り、自分には何も恐れるものなどないのだと。 そう確認し、確信し、乃愛は笑う。そして彼女は、乃愛をやめる。 ノア「さあはじめようか青少年、持てる力の全てでぶつかって来たまえ! そして君にも教えてやろう、君の知らない世界、弱肉強食のみで構成されたあの忌まわしき世界においてすら、生まれてきた瞬間に恐怖された、私という存在を」 ノア・アメスタシアの全力。 ノア「『敗北とは勝てないことではなく相手を負かせないことだ』という、その屁理屈をどこまでも信じ続ける私の力を」 それは、徹底的に敵を叩き潰すことに特化した戦法。いや、戦法も何もないそういった存在となること。 彼女と戦うならば、そこに引き分けなどは存在しない。後に残るのは勝ちか負けのみ。そして敗北即ち死の世界で生まれた彼女は、敗北をどこまでも拒絶し、貪欲に勝利を奪い取る。 故に彼女は常勝無敗。ファイバーをして最悪に凶悪といわしめた彼女を知る少ない者達は、彼女をこう呼ぶ。 大蛇。敗北を喰らう蛇。 雷撃と錯覚。ベクトルのまったく違う力が、激突する。 あと一階。あとひとつ階段を上れば、屋上だ。そして屋上は棟ごとに分離していることから考えても、使うべき階段はすでにわかりきっている。 大翔「中央棟の階段!」 中央棟へ向けて駆ける俺達。もはや遮るものはなく、目的地へと向けて突き進むだけだ。 その前に悠然と現れたのは―― 大翔「変態仮面!!」 エラーズ「ああもう、なんだか私としても訂正するのも面倒になりますね、これは」 狐の面の向こうでため息をついた。確かそう、エラーズといったか。別に変態仮面でいいじゃんか。わかりやすいし。 大翔「んじゃあそのお面を真っ赤に塗りつぶせよ。そしたらなんか別の名前考えるから」 まるちゃんとか。 だがエラーズは俺の親切な提案をさらりと無視した。 エラーズ「さて少年、ファイバーが御指名だ。ひとりでこの先へ行ってくださ」 そう言って、階段の前から退くエラーズ。随分と親切なことだが……ひとり、だと? 大翔「お前に言われなくても行くのは行くさ。でもわざわざ譲ってもらわなくても、俺達三人でお前を叩き込んで通るって選択肢もあるぜ?」 エラーズ「また随分と悠長な話ですね。三人なら私を一瞬で倒せると思ったのですか? 舐めないでもらいたいですね」 エラーズが不快そうに声を沈めた。なんとなく、気配も変わる。 エラーズ「言っておきますが、そんなことは不可能ですよ」 レン「随分な自信だな。それでは、試してみるか?」 キン、と静かに剣に手をかけるレンさん。二人の間に静かな緊張が生まれる。 エラーズ「ふふ……私を甘く見すぎですよ皆さん。私はね……逃げ足にはこの上ない自信があるのですよ!」 大翔「偉ぶって情けない事を大声で宣言してんじゃねえ!」 しかも微妙に共感してしまいそうになった。こいつら本当に世界を滅ぼす気あるんだろうな。 なんか壮大なドッキリにでもはめられているんじゃないかと疑いたくなってきた。 エラーズ「まあ冗談はともかく、私もそうやすやすとやられはしないということです。そうそう、それから、私達の計画は時間がたてば成就されますとも言っておきましょう」 つまりのんびりしている暇はないということか。でもそれならわざわざ俺を通すのはなぜだ? やはりそれも計画に関係があるのか。もしそうならば、むしろ俺がひとりでのこのこ行くのは逆に危険だともいえる。それでやつらの計画が達成されては元も子もない。 だが、このまま放置していてそれで本当に連中の計画が達成されればそれで終わりだ。さて、どうする――? 美優「お兄ちゃん、悩んでも仕方ないよ。先に行って」 レン「そうだな、このままここで悩んでいるわけにもいかないのなら、あとは賭けるしかないだろう」 大翔「美優、レンさん……わかった。それじゃあ、先に行ってまってる」 俺は二人から離れ、階段に向かう。エラーズは面のおかげで、その表情は見えない。なにを仕掛けてくるかもわからない。油断なく注意しながら、その横を通り抜け―― エラーズ「まあ、やるだけやってみなさい」 大翔「え?」 ようとしたところで、何か呟きが聞こえた……と、思う、んだが。 エラーズを振り返っても、その顔はただまっすぐと美優とレンさんに向けられていた。励まされた? いや、まさかな。俺は階段を駆け上がり、屋上への扉に手をかけた。 ――ギィン! 背後で金属のぶつかる音。振り返ると、レンさんがエラーズに斬りかかっていた。美優も今にも魔法を放とうとしていた。 美優が、小さく笑った。いつもの、気の弱いものじゃない。しっかりとした笑顔。 行ってらっしゃい。 たぶん、そういわれた。だから俺も、親指と笑顔でそれに返事をする。 行ってきます。 剣戟と爆音を背に、俺は扉を一気に開いた。 エラーズの動きは鍛えられたものだった。その様子からなんとなく察してはいたが、実際に戦ってみるとその強さを実感する。 美優が放つ炎に合わせて、突撃。距離を一瞬でつめた勢いと共に放たれた突きはしかし、エラーズを捉えずに壁を粉砕するのみ。 レン「あの男、先ほどの言葉はある意味冗談ではなかった、ということか。ならば……」 魔法との連携の一撃を事もなくかわすあの動き。只者ではない。だがしかし、レンの攻撃手段は剣だけではない。 レン「これはどうだ! 『単剣一刃』!」 レンの剣に魔力が宿り、その剣を床へと振り下ろした。 瞬間、レンの剣筋をなぞるように白い光が現れ、光は床を砕きながら一瞬でエラーズへと迫る。だが、まるでそれを知っていたかのように最小限の動きで光の刃をかわし、反撃の拳を打ち込む。 重い一撃を、剣の腹で受け止める。 美優「レンさん、下がって!」 氷の刃が次々に現れ、エラーズへと襲い掛かる。が、取り囲むように発生したそれを、背後からの攻撃すら振り返らずに回避する。 レン「なんなんだあの動きは! あれではまるで――」 美優「お兄ちゃんみたい」 レンが言葉の途中ではっと息を呑み、その言葉を美優が受け取った。 まるで魔法の発生とその効果を先読みしたような動き。それはまさしく、大翔が違和感を感じるといっていたその動きそのものだった。違いがあるとすれば、特殊魔法の発生さえも感知してしまう、というところか。 レン「くっ、あの体術に加えてこちらの魔法を感知するとなれば、かなり厄介だぞ」 一端美優の傍まで距離をとる。エラーズは積極的に仕掛ける気はないのか、追撃をかけてくる様子はなかった。 レン「すまないな、ミユ殿。私一人で押さえ込めたのならよかったのだが、それも無理そうだ」 美優「だいじょうぶです。これでも、お兄ちゃんの妹なんですよ」 美優は力のこもった瞳でまっすぐにレンを見やる。 レン「君は本当に、ヒロト殿を好きなのだな。ヒロト殿が羨ましいことだ」 美優「それを言うなら、レンさんもユリアさんが大好きじゃないですか」 確かに、と笑う。 レンにとっては、ユリアは姫という以上の存在だった。その身分など関係ない、ただその存在に自分は仕えると、そう誓えるほどの。 だからこそ、彼女にとって結城大翔という存在は扱い辛いものだった。ユリアが彼に対して、単純な親愛以上の感情を抱いていると察してしまってからは、特に。 美優「ごめんなさい、レンさん。うちのお兄ちゃんがあんなので……」 レン「うん? ああしまった、顔に出ていたかな」 美優「いえ、なんとなく。でも、ワタシはああいうお兄ちゃんは、見ていて嬉しいです。正直、うまくいってほしいと思っています」 レン「私もそう思っているのだが、なかなか感情というものは厄介なものでな」 割り切れないこともある。 いや、レンにとってこの世界は割り切れないことで溢れている。だがそれでも、その中でも、ただひとつ信じると決めたものがある。 レン「なに、悩むのは後だ。今は、我々のやるべきをやらねばな」 美優「はい、そうですね」 その決意を立ててからすでに何年も経った。その間、その決意が揺らいだことは一度もない。そして今、この瞬間も。 レン「いくぞエラーズ、世界の敵! 我が名はレン・ロバイン。ここより彼方の異世界の王国に属する、ユリア・ジルヴァナただひとりの剣だ!」 美優「あ、あう……! い、いきます! 私は結城美優。絆だけで繋がった、お兄ちゃんとお姉ちゃんの妹です!」 その二人の名乗りに、仮面の奥でエラーズは小さく笑った。決して馬鹿にしたわけではない。むしろ、どこかうらやむような。 エラーズ「ええ、かかってきて下さい。私はエラーズ。醜く小さな願いを棄てきれずしがみ付く、世界の誤謬!」 割れんばかりに地を蹴り、壁を使って飛び上がる。そのレンとそれに追随する雷を迎え撃つエラーズ。 魔法は悉くかわされ、剣は受け流される。それでも、ひたすらに剣は翻る。剣が魔法が拳が嵐のようにぶつかり合う。 黒い雲に覆われた空。びゅうびゅうと吹き付ける風。 手を離すと、支えを失った扉は重い音を立ててしまった。視線はまっすぐに前を向いている。その先には両手両足を紐で縛られたユリアと、その横に立つファイバー。二人の視線は向かい合っており、ユリアの瞳には…… 大翔「ファイバアァァァ!」 何も考えずに地を蹴る。 大翔「てめえ、なにユリアを泣かせていやがる!!」 涙に濡れた瞳。やつがなにをしたのかは分からないがそんなこと分かる必要はない。ユリアを泣かせた時点で、あいつをぶっ飛ばすことは決定事項だ! 右の拳に力を集める。いける! その確信と共に、力を解き放つ! 魔法は空を貫き、ファイバの鎧の一部を削り取った。くそ、直前でかわされた! だが距離は開いた。今のうちにユリアを―― ファイバー「その程度の腕で、我らの夢を阻めると思うな!」 ドンッ! 脇腹に鋭い一撃。体が横に折れ曲がり、フェンスに激突する。 大翔「ゲホッ、ぐ……そ……」 痛みに顔をしかめながら、立ち上がる。衝撃は逃したので、ダメージはそれほど酷くない。 ファイバーを睨みつける。俺とやつの立ち位置はちょうどユリアを挟んで対極に位置している。今の状況だとユリアを解放するのはちと無理か。 再び地を蹴り今度はファイバーへと向かう。ファイバーは風のハンマーを次々に放ちながら突っ込んできた。感覚を便りにハンマーをかわす。 大翔「おおお!」 ドンッ! 空気が爆発したような音と共に、ファイバーと激突する。流れるように体を捻り、顔面へ蹴りを放つ。首を捻るだけでかわされ、反撃に拳を振り下ろされる。両腕を使って受け止め、半歩下がる。 一撃一撃が、いちいち重い! けど、どうにかしないと。ユリアを、助けるために! 両足で力強く地を踏みしめ、腹に力を込める。倒すべき相手を睨みつけ、俺は躊躇うことなく踏み込んだ――。 呆然と……まるで意識が肉体から遊離したような気分で、私は目の前の戦いを見ていた。 両手両足は魔力を封じる縄で縛られているおかげで、魔法を使うこともできない。ううん、たとえ魔法を使えたとして、今の私が使うのかどうか。 この瞳から涙が零れていることにさえ、ヒロトさんの言葉で気づいたというのに。 ユリア「――――ヒロトさん」 かすれた声で、無意識のうちに口をついてでた、彼の名前。それを呼ぶだけでこんなに心が苦しいのは、やはりファイバーが先ほどいった通りなのだろうか。 ファイバー『貴様は所詮、タイヨウの死の責任の重さを軽くしようとしているだけなのだろう。だからこそ、あの小僧の傍にいるのだろう。そうやってこの世界を守ってあの小僧さえ守りさえすれば、その責任から解放されると思っているのだ!』 違う。そんなの違う。 だって、ヒロトさんは言ってくれた、もう怯えなくていいって。あの瞳で伝えてくれた、もう背負わなくていいって。 だから……だから私は!! ファイバー『冷静に考えて、貴様はもう元の世界へ帰っているべきだった。まあ我々としてはそれで助かるが……貴様がそうしなかった理由は何だ。いつまでも縛られているからだ。実に、自分本位な理由にな』 ……そうなのだろうか。そうなのかもしれない。 私も、考えていた。なぜ私は帰ろうとしないのか。そう私が決めたから? うん、確かにそう。でもここまで事態が進行した以上、ファイバーたちが現れたあの時点で、一国の王女として私は国へ引き返すべきだった。明確な敵が現れ、それが私を狙っているのだから。 けれど私はどこまでも、自分の力でこの世界を……ううん、彼を守ることにこだわった。それは、なぜ? 答えは私自身にも、わからない。けれど、本当にファイバーの言うとおりなら。それなら私はなんて愚かしいのだろう。 この苦しみも悲しみも切なさも全て、私の身勝手なもの。 ヒロトさんのように、純粋な意志のみに根ざしたものではない、卑しいもの。そうだというのなら、私は……彼の前に、いるべきではないのかもしれない。 それはなぜか、胸を締め付けるほどに悲しいこと。ねえヒロトさん、私はあなたの傍にいてもいいのかな? 私は、どうしたら…… 大翔「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ! てめえは質問してばっかだなクソッたれ!!」 はっと顔を上げた。ヒロトさんは服はところどころ破け傷も負っていたけれど……それでも、あの力強い瞳の輝きは決して鈍ってなんか、いない。 ファイバー「ならば貴様は答えが出せるのか、自分が今、何のためにここにいるのかという答えを!?」 拳を、体をぶつけ合いながら、ファイバーは問いかけていたのだ。なにをかは分からない。けれど、その言葉はまるで自分に叩きつけられたかのように全身に衝撃を受けた。 大翔「答え? 答えって何だよ。答えがあれば全部納得できるのか、答えさえあれば全部信用できるのか? 大体俺がここにいんのはてめえがユリアを攫ったからだろうが、いちいち答えるまでもない!」 ファイバー「なぜ彼女を助けようと思う。それは世界を救うためか、それとも個人的な感情によるものか?」 炎や氷、風や雷が次々と放たれ、ヒロトさんはそれをかわすけれど全てをかわしきれはしない。少しずつ、全身の至る所に傷を増やしていく。 それでもまっすぐにファイバーを睨みつけ、ヒロトさんは走る。 大翔「理由なんかどうでもいい――」 その心の、赴くままに。 実力差は明らかだった。身体能力にはそこまで目立った差はない。動きだけならむしろ鎧のある向こうよりこっちのほうが早く動けるくらいだ。 だがしかし、俺の腕力と技術じゃその鎧の向こうにまで攻撃を届けさせられないし、魔法を使うにしても完全に扱えない俺じゃあ魔法を放つまでにどうしても一瞬の隙を生んでしまう。目の前の男相手にその隙は致命的過ぎた。 そしてその実力差のせいか、野郎はやたらと余裕綽々に俺に対してあれこれ質問してきやがるのだ。 何のために戦うのかに始まり、この世界を守る意志があるのか、父の弔いのつもりか、仲間を見捨てることに躊躇いはなかったのか、なぜここまで来たのか。 どれもこれもふざけた質問ばかりだ。 大翔「理由なんかどうでもいい、俺は俺がこうすると決めたことをやり抜いているだけだ!!」 だから足を止めない、下を向かない。前へ進む。それしかできないのなら、できることを貫き通すだけだ! ガゥンッ! 鎧の板金を強く打ち据える。ただの鋼じゃない、異常な硬さ。おそらく、魔法か何かの効果でもあるんだろう。そういうことができるのかどうかはわからないが。 ファイバー「理由もなく理想もなく願いもなく目的もない、と?」 大翔「そうだよ、なんだ不満そうだな。人のやり方にけちつけんなよ。お前らなんか散々人様に迷惑かけてんだから」 ファイバー「だが我らには理由があり願いがある。それがある限り貴様に負けはしない」 そうですかそれはえらいですね花丸でもくれてやるよ。だから帰って糞して寝てろ。 大翔「お前らのその願いやらなにやらに巻き込まれる人の身にもなって見やがれってんだよ!」 ガゥンッ! ガゥンッ! 体重と遠心力を乗せた回し蹴り。繋いでかかと落し。正確に防がれてしまう。技術の差というよりは、経験の差か。 ファイバー「そうは言うがな、それなら貴様を巻き込んだ姫君を貴様はどうする?」 大翔「あぁん? なんだそれ、どういう意味だ?」 いつの間にかこちらを凝視していたユリアの瞳が揺れた。なぜかその瞳に迷いが見える。 ファイバー「彼女はタイヨウの死に責任を感じていた。お前も不自然に思っただろう、一国の姫が貴様のような人間の家に来たことを。いつまでもそこに留まり続けたことを」 それは、確かにその通りだ。とはいえ、自分の好きにすればいいといったのが俺だったので特に聞くこともしなかった。 というか正直どうでもいいと思っていたような気がする。結局俺にとって、ユリアはお姫様という認識はあったものの、実感は乏しかった。 ただの、ちょっと変わった女の子がそこにいただけだ。 ファイバー「彼女はその償いにお前を利用したに過ぎん。貴様は彼女により巻き込まれ今こうして理不尽な戦いに身を投じ、己の大切な人々を危険に晒しているのだぞ!」 親父の死。確かに、ユリアはそれに責任を感じていただろう。それはたぶん、俺が少し何かを言ったくらいでどうにかなるもんじゃない。 今の俺なら、きっと少しはそれがわかる。自分が背負うものの重さの大切さと、その辛さが。それらを背負って、俺も今ここにいるんだから。 大翔「それは許す」 ユリア「は……?」 若干呆れた声が聞こえたがとりあえず無視。 大翔「ていうか許すも何もないんだよそんなもん。それでユリアが少しでも心の重荷を減らすことができるんならそれでいいだろ、いくらでも利用してくれて結構だっつーの。それが、俺がこうするって決めたことなんだから」 ファイバー「わけが分からんな。貴様は他人に迷惑をかけられるのが嫌いなのではないのか」 その言葉に思わず苦笑した。 大翔「分かってんじゃねーか。他人に迷惑かけられるのなんか絶対御免だ、俺はそんなの受け入れられるほど人間できてねーんだよ。だから、ユリアに迷惑かけられるのは問題ないんだろうが」 ユリア「ヒロト、さん? それって、どういう……」 ユリアも困惑している。 ああそういえば、ユリアには言った事はないのか。まあいちいち言うようなことでもないしな。 大翔「家族だろ、俺達」 それはもう、俺の中では当然になっていたことだ。この数ヶ月の生活でそうなっていたことだ。 大翔「俺はな、決めたんだよ。ずっと忘れてたことだ。そのために俺は親父に鍛えてもらった。俺は家族を守る。家族がいられる場所を守る。そのために、ここに来たんだ。だからファイバーはぶっ飛ばす、ユリアはつれて帰る。そんで世界もついでに守って、あとは新学期に備えるだけだ」 ファイバー「それが、貴様の戦う理由か」 大翔「戦う理由なんかじゃない。俺が俺でいるために必要なだけだ」 世界も他人も関係ない。一番自分勝手なのは、たぶん俺だ。 家族を守りたいから、家族が家族でいられる場所を守りたいから。そんな理由で、家族を危険に晒している。矛盾している、自分勝手だ。我が侭にもほどがある。 大翔「俺はガキだ、ただのガキだ。我が侭で自分勝手な。だからユリア、なーんにも、気にすんな。自分のやりたいようにやればいい、迷うかもしれないし躊躇うかもしれないけど、なにもしないよりきっとマシだ」 何かをすることは常に失敗の恐怖が付きまとう。自分の心が分からないまま動かなくちゃならない事だってある。 けど、動けばきっと何かが変わる。動かなければ、たぶん何も変わらない。だから動く、歩く、進む。 大翔「理由なんか小さいことだ。ユリアがどんな理由で俺の傍にいてくれたにしろ……俺は君に、目一杯救われてる。だからユリア、ありがとう」 ユリア「ヒロトさん……私は、あなたの傍にいても、いいの?」 おいおい、なんつーことで悩んでるんだか。今更も今更、そんな質問、答えるまでもなく答えは決まっている。 大翔「君が望むのなら、俺が望む限り」 ユリア「……うんっ!」 ユリアの涙に濡れた笑顔を見て、ほっとした。ああ、そうだ、俺はこれを取り戻しに来たんだ。 だから、そのためには―― 大翔「さあ――倒すぜ、俺の敵」 ファイバー「いいだろう――かかって来い。俺の、敵」