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多重構造の建物の中を逃げ惑っている。追われているのだ。 振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。 私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。 しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。 いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。 比較的都会で育った私は未だかつてこれ程の闇を経験したことがない。 異郷の夜には電灯はおろか松明の灯りさえなかった。藪蚊がいる。いや、蚊ではない。 得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。 小隊は全滅した。部下は一人を除いて皆死んでしまった。 私の責任なのだろう。 あの気味の悪い声は何だ?鳥だろうか。 ――ジャングルの鳥は夜でも啼くのだ。 男がいった。真っ暗で顔などわからない。 明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。 ――朝までいたらボーイに見つかる。捕虜になって辱めを受けたいか? それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。 それが玉砕というものだ。 甲高い声で男がいう。死ぬのは嫌だ。 急に怖くなった。日頃からあれ程生きることを厭(いと)い、 この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、 つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。 多重構造の建物の中を逃げ惑っている。追われているのだ。 振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。 私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。 しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。 いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。 比較的都会で育った私は未だかつてこれ程の闇を経験したことがない。 異郷の夜には電灯はおろか松明の灯りさえなかった。藪蚊がいる。いや、蚊ではない。 得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。 小隊は全滅した。部下は一人を除いて皆死んでしまった。 私の責任なのだろう。 あの気味の悪い声は何だ?鳥だろうか。 ――ジャングルの鳥は夜でも啼くのだ。 男がいった。真っ暗で顔などわからない。 明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。 ――朝までいたらボーイに見つかる。捕虜になって辱めを受けたいか? それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。 それが玉砕というものだ。 甲高い声で男がいう。死ぬのは嫌だ。 急に怖くなった。日頃からあれ程生きることを厭(いと)い、 この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、 つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。 ――あんたは取り返しのつかないことをしてしまった。 もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。 甲高いこえが告げる。この、生き残った部下の名前は何といっただろう? 取り返しのつかないこと。 折れそうな程細い腰。 蝋細工のような白い肌はひんやりと冷たい。 そして赤い、赤い・・・ 私は壊したかった。 簡単に壊れる癖に、一度壊れてしまったら二度と元には戻らない何かを。 急がなければ、こんなところにはいられない。臆病な私は逃げなければならない。 どこへ? あそこだ。 あの四角い明りは神社の鳥居なのだ。 ――何をしている? 体が思うように動かない。足が縺れる。闇が纏(まと)わりついて来る。 これ程の闇夜は経験したことがない。いや、違う。あの日もそうだった。 あの、夏の夜。 ああ、何かが泣いている、鳴いている、啼いている。 ああ、あれは・・・せみ?・・・ひぐらし?・・・とり・・・とり!? 「鳥!!」 目が覚めた、目を覚ました。 運転席では鳥口がいびきをかいている。 辺りはもう暗く夜が訪れていた――時刻は10時過ぎだった。 そして、私は気付いた――少女がいないことに。 なんて事だ――奴らだ――奴らの仕業だ。 鳥口を起こそうと試みたが、起きなかった。 外傷は無いようなので大丈夫だとは思うが。 私は鳥口にもしもの為の書き置きを残した。 車は前部が大破しており、動かす事は無理そうだ。 私は走り出した。 急がなければ、こんなところにはいられない。 どこへ? あそこだ。 古手神社だ。 私は先へ進むしかない。 ――何をしている? 私は走る。 体が思うように動かない。息が切れる。 足が縺れる。闇が纏わりついて来る。 私は走る。 夜と云うのは、こんなにも暗いものだったろうか。 比較的都会で育った私は、未だかつてこれ程の闇を経験した事がない。 ざわざわと森が騒ぐ。闇の中では木々は明らかに生きている。 いきなり恐怖心が湧いた。 ――何故、走る? 闇と云うのは、これ程畏ろしいものだったのか? 光を失っただけで、世界はこれ程に違った様相を示すものなのか。 そんな、空恐ろしい世界に私達は目を瞑り、知らぬ顔をして、のうのうと暮らしていたのか。 ――何で、走る? 光が欲しい、明かりが欲しい、灯りが欲しい。 陽光でも月光でも構わない、私の心に纏わりつく、 私の後ろから、憑きまとってくる闇を、祓って欲しい。 ――どうせ、無駄なのに。 無駄なのかも知れない、けれども私は走る。 躰は悲鳴をあげだした、けれども私は走る。 心の内の虫が叫びだす、けれども私は走る。 ――お前の様な人間が。 お前の様な人間が。 この言葉は堪(こた)えた。 確かに私の様な無能な人間が走ってどうなる? 私が行ったところで何かが変わるのだろうか? 私は走っている。 本当にそうだ、私に何が出来る? 少女がいなくなってから何時間経っている? 今さら行ったところで手遅れに決まっているじゃないか? 私は走っている・・。 何故? 何で? 何の為に? 私は――― その時、足下に小さな障害。 慣性に任せて前進しようとする躰。 手をつくことも出来ずに叩きつけられる。 そして―― 私は立ち上がる事が出来なかった。 私は倒れて、 萎えて、挫けて、折れて、潰れてしまった。 ああ、愚鈍な躰だ、すぐに息切れがする。 ああ、胡乱な心だ、そんな躰を支配も出来ない。 そう、無駄な行為だったのだ全て――無為だ。 京極堂が云う様に何もせずに帰ればよかったのだ。 私の様な人間が出しゃばるべきではなかったのだ。 私には英雄の様な活躍など出来るはずがないのだ。 私はいつもそうなのだ。 間抜けな話だ、自分の分もわきまえず。 奔走し、迷走し、失速し、失敗する。 もし、神の様な全てを見通せる存在がいるとして、私を見て嘲笑っているのだろうか? まるで、釈迦の手の上で、弄ばれる孫悟空の様だ。 と云っても、私は無能な猿なのだが。 私は大いに笑った。 そして、少し泣いた。 それは、とても滑稽で。 それは、とても惨めで。 それは、とても私だった。 汗が冷たくなり、頬がひりつきを覚える頃。 踏み潰された座頭虫の様に、私は空を眺めていた。 月は雲に隠されていたが、空には数多の星が煌めいていた。 ああ、あれは私なのだ。 灯りとしては役にたたず。 ただ、そこに存在している。 とても小さな、かすかな光だ。 胡乱な心が動きだす。 愚鈍な躰に心が戻る。 私にはまだしなくてはならない事がある。 道化師として、最後まで役目を果たそう。 ――ご免なさい。 謝らないで欲しい、謝らなければならないのは私の方だ。 遠くで、気味の悪い声がする。 ここらの鳥は夜でも啼くのだ。 行こう、行かなくてはならない。 私は取り返しのつかないことをしてしまった。 もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。 そして―― 私は立ち上がった。
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十一枚目:雨に番傘 & 十二枚目:桐に鳳凰 「…意味もないことを考えすぎたみたい…風に当たってくるわ」 外に出ると、雪が降っていた。 雪の白がやけに眩しく感じられて、思わず目を伏せる。 道端に積もった雪山が街灯を反射しているからか、それとも。 その白の純朴さの中に、彼に通ずるものを見たからか。 病人、それも友人に嫉妬するなんて最低だ。 さらにそれだけに留まらず、苗木君やみんなの努力を侮辱した。 苗木君に見られないようにポケットに隠した鶴の歪さは、私の性根が歪んでいることの象徴なのかもしれない。 サク、サク、サク。 降り積もる雪に、足跡を刻んで独り歩く。 薄手のベストを羽織っただけの恰好では、寒さが厳しい冬の夜。 それでも頭を冷やすにはちょうどいい。 せっかくだし、行きつけの商店でも寄ろう。 空気が悪くなってしまったのは私の責任。自腹を切るのも当然だ。 美味しいお酒と、彼の作った肴があれば、きっと元通りになる。 そう、思っていたのに。 「…年末年始は休業、ね…失念していたわ」 誰にともなく一人ごちる。 個人経営の店なら、前後三日は休業するのもザラだ。 私としたことが、こんな当たり前なことに気付けなかったなんて。 店のシャッターの張り紙をしばらく睨みつけても、開くわけでも無し。 気が抜けてしまい、白く濁ったため息を吐きだして、そのままシャッターに背を預ける。 歩いていれば、話していれば、考えずに済むこと。 立ち止まった瞬間に、物思いに耽ってしまう。 それは大抵考えたくもない、日頃見ないようにしている自分自身の恥部。 私は、苗木君の、何なんだろう。 そもそも『舞園さんに取られた気がした』だなんて、思い上がり甚だしい。 彼女の方が苗木君とも付き合いは長いし、鶴の一件もある。 ちょっと腹黒いところもあるけど、明るくて他人を気遣える良い娘だし。 アイドルという肩書も、きっと男の人には魅力的なはず。 お似合いだ。 立っているのがだんだん面倒になり、ずるずるとシャッターに背中をこすりながら、崩れるようにしゃがみ込む。 膝を抱えると、少しは寒さも紛れた。 雪はどんどん積もる。 そのまま、私を埋めてくれないか。 ふ、と影が差す。 降り積もる雪と街灯の光を遮って、青い一輪の影。 なんとなく来てくれるだろうことを予測していた私は、そのまま膝に顔を埋めていた。 「…何、やってんの」 「…行きつけの店が閉店中で、ショックで崩れていたところよ」 「とりあえず立って、霧切さん。全身雪まみれだよ」 「…雪化粧よ。似合うでしょう」 「意味違うから」 苗木君の腕が軽く私の服を払って、それから私を引きずり起こす。 自分の意思で立つ気力も起きなかった私は、引っ張られるままに彼の胸の中へ飛び込んだ。 「え、ちょ…」 「……」 温かい。 人の温かさだ。 あの学園で、初めて彼から教わったモノ。 千羽鶴を中断して、雪の降る中を、傘二本に私のコートまで持って。 それは面倒だっただろう。 それでも彼は、文句も言わず、嫌な顔もせず、私のために。 「霧切さん…?」 律義なところは苗木君の美点だけど、頼り過ぎては彼の負担になってしまう。 分かっているのに。 彼が私を甘やかすから。私にまで優しいから。 この温かさを手放す事は、今まで出来なかった。 「…あなたはどうして、私なんかと…」 「え、何?」 体を離すと、再び冬の寒さが隙間に戻ってきた。 それでも、私は独りで立つ。 数歩離れて、苗木君の傘の外側に。 「…なんでもないわ。帰りましょうか、苗木君」 受け取ったコートを身につけ、自分用の傘を開いて距離を置く。 いつまでもいつまでも、彼にしがみついている訳にはいかないから。 苗木君は少しの間考えるようなそぶりを見せて、私のポケットに手を入れた。 「…何のつもり?」 「ちょっと、コレもらうね」 取り出したのは、捨てる予定だった失敗作の鶴。気付いていたのか。 傘を上手く首で支え、器用に紙を折っていく。 曲がった翼は綺麗に伸び、大きすぎる嘴は別の形に。 最後に尾を裂いて、出来上がったのは鶴とも違う別の鳥。 私が失敗したはずの折り紙が、彼の手でまた息を吹き返した。 「これは…?」 苗木君は何も言わずに、その鳥を私に手渡した。 それから自分の傘を閉じて、私の傘の中に入ってくる。 急接近する二人の距離。唐突過ぎて、少しだけ焦る。 「あの…」 「…私なんか、って…あんまり言わないでね」 優しい声。 なのに、なぜかドキッとした。 肝心なことは何一つ察してくれない癖に、余計なことばかり気付く少年だから。 「それから、嫌なことはちゃんと嫌って言ってほしい」 「嫌、って…」 「僕、ホラ、あまり頭は良くないから…無意識に霧切さんを傷つけていても、分かって無い事とかあるからさ」 「…違うわ、あなたが悪いわけじゃない」 少なくとも今回は、私が独りで勝手に傷ついただけだ。 こういう時、私は真っ直ぐ苗木君の目を見られない。 苗木君もそれを察してか、私の正面ではなく隣に立った。 いつの間にか、私を追い越していた背丈。 いつの間にか、私より広くなっていた肩幅。 いつの間にか、大人っぽくなっていた声。 私の知らない間にも、苗木君はどんどんカッコよく変わっていく。 学生時分のようにいつまでも私が付きまとうのは、本当は迷惑じゃないだろうか。 今まで気づかないふりをしていた疑問。 怖くて、苗木君本人には絶対に聞けない言葉。 『どうしてあなたは、今でも私なんかに付き合ってくれているの?』 まるで、その心を見透かしたかのように。 「僕は霧切さんの苦労も、苦痛も、苦悩も…一つも分かってあげられないけど」 「……」 「せめて霧切さんを癒す、止まり木になれたらな、って…そう思ってるから」 努めて明るい声で、そんな言葉をくれた。 「どうして…」 また答えずに、彼は私の手を握り締める。 手を取るのではなく、指と指を絡めて、離さないように。 手袋越しに、温かさが伝わってくる。 心臓がバクバクとなるのが、つないだ手を通して伝わるんじゃないかと不安になる。 今まで何度か、彼と手を繋いだことはあったけれど。 こんな、恋人みたいな繋ぎ方なんて。 本当に、どうして。 「…『月が綺麗ですね』」 唐突に、苗木君が呟いた。 「え?」 「ううん、なんでもない」 問い返したのは、聞こえなかったからじゃない。 その言葉の意味を、もし彼が知っていた上で使ったのだとしたら。 ふと見返ると、顔はそっぽを向いていた。 ただ、その耳が真っ赤に燃えあがっているのが分かる。 どうして、と、私は尋ねた。 苗木君は答えずに、ただ月を褒めた。 雪が降っている。 月なんて、見えるはずはないのに。 「…『貴方と見ているから、綺麗なのね』」 「……」 「……」 沈黙は凍らず、私たちは手を握ったまま、どちらからともなく歩きだす。 雪の白に違って、二人の顔は燃える赤。 「…は、恥ずかしいね、コレ」 「…じゃあ、何で言ったのよ…」 「き、霧切さんこそ」 「私は別に…恥ずかしくなんかないもの」 「顔真っ赤じゃないか」 「……寒いからよ」 使い古された陳腐な言葉だけれど。 私と苗木君の二人に、これ以上相応しい応答もないだろう。 好きだ、なんて、ストレートに言い合える仲じゃないから。 ああ、でも、それなら。 もう少しくらい、彼に迷惑をかけてもいいだろうか。 「…そう、寒いから…もう少し寄りなさい、苗木君」 年の瀬に祈る。 許されるのなら来年も、こうして彼の隣を歩んでいけますように。
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名を聞くとすぐその人の風貌が想像できるような気がするものであるが、会ってみると、それがまた、思っていた通りの入というのも無いものである。昔物語を聞いても、現代の人の家が、あの辺であろうと感じ、人物も、今日の誰のようなと思いくらべて見られるのは、何入もそんな気のするものか知ら。また、どんな時であったか、現在今話していることも、目に見ていることも、自分の心の中も、この通りのことがいつであったか知ら、あったような気がしていつとは思い出さないが、必ずあったような心持のするのは、自分だけが、こんなことを感ずるのか知ら。
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屏風や襖などが絵にしろ文字にしろ拙劣な筆致でできているのは、そのものが見苦しいよりも、その家の主人の趣味の至らぬのがなさけないのである。いったいその所有の日用品によっても、その人柄を軽蔑することはあるものである。それほど上等のものを持つべきであるというのではない。破損しては惜しいというので品格のない見にくいものにしておいたり、珍奇なのがよいというので無用な装飾があったり、繁雑な好みをしているのをよくないというのである。古風に大げさでない高価にすぎぬもので品質のすぐれたのが好もしいのである。
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亀山上皇の離宮のお池に、大井川の水をお引き遊ばそうというので大井の村の者に命じて水車をお作らせ遊ばされた。多くの金銀をたまわって、数日で仕上げて流れにかけて見たけれど、ほとんど廻らなかったので、さまざまに直して見たけれどついに巡らずにただ立っているだけであった。そこで宇治の里入を召して作らせられたところが、わけもなく組み立てたが、思うように巡って水を汲み入れることに効果があがった。何かにつけてその道の心得のある者は尊重すべきである。
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――上空 その時は、突然やってきた。 予測通りに襲来したネウロイを迎撃する為、502の面々は空へと上がった。 メンバーは夜間哨戒を行っていた下原と書類仕事に追われたサーシャ、ロスマンを除いた全員である。 明らかに攻撃に傾倒した面子であったが、迎撃には何ら問題なく、彼等を纏め上げるラルという頭脳もあった。 誰もが何時も通りに戦い、何時も通りに勝利を収めるであろうことを想像していた。 しかし、ネウロイの行動は、想像の上を行くものであった。 管野『コイツ等、俺等に見向きもしねぇ!?』 俺「拙いぞ、ラル。奴等、こっちを無視して街へ向かう算段だ」 ラル『舐めた真似を……ッ!』 ネウロイに死の恐怖は存在しないのか、計23機の航空機型ネウロイは迎え撃つウィッチに見向きもせずに、一直線に近隣の街へと飛翔した。 その行動に驚愕こそしたものの、経験によって冷静さを取り戻したウィッチ達は迷わず、追跡を開始する。 ネウロイの行動は彼等の思考を一時的に凍りつかせるには十分であったが、最適の選択とは言い難かった。 目的が何にせよ、迎撃する存在が攻撃手段を有している場合、逃げ切ることは非常に困難だ。 ましてや、戦場は空の上、視界を遮るものは僅かな雲のみと、条件も悪い。 結局、街への道程の半分に至る時点で、ネウロイの総数は5機にまで減少するという体たらく。 全てを倒し切るまで時間の問題と思われたが、残る5機が厄介だった。 今まで撃墜されたネウロイは、まるでウィッチ達の性能を測る為であったのか、軌道や攻撃の射線が読まれ始めていた。 俺(賢しいな。性能に劣る者を使って、こっちの手の内を探ったのか) クルピンスキー『街に着くのが速いか、僕達が撃墜するのが速いか。時間との勝負だね』 ニパ『悠長にやってる余裕なんてないよ! このままじゃ街が……!』 俺「俺が先行する。俺は後ろを着いて来ただけだし、軌道も攻撃方法も読まれていない」 ラル『行けるかッ……?』 俺「やれるだけのことはするさ。巧くいったら、残りを攻撃してくれ」 ラル『よし! クルピンスキーとジョゼは俺の援護に回れ! 頼んだぞ!』 『了解!』 編隊の中から頭一つ分突出した俺の後に、クルピンスキーとジョゼが続く。 前者は俺が無茶な真似をしない為の手綱役、後者は攻撃に傾倒しすぎた場合の防御役といったところか。 俺「来い、アドラー」 アドラー「……よいのか?」 俺「……何がだ」 アドラー「いや、何でもない」 後にして思えば、それは最後通牒だったのだろう。 その僅かに漏らした感情に、俺は気付くべきだった。 俺はアドラーを欠片も信用などしていなかったが、依頼人の意向を優先する気質が災いしたのである。 そして、その時は訪れた。 俺と隣を寄り添うように飛んだいたアドラーが、一つになる。 自分ではない者が自分に溶け合うような感覚に眉を顰めるが、同調に際して何度となく味わってきたものだ。問題はない―― アドラー《掌握率100%、魔法力の同調による精神の入れ替えを開始……!》 俺「何……ッ!?」 アドラー《悪いな、俺。この身体、貰い受ける……!》 ――筈であった。 次の瞬間、黒鷲と俺は分離した。 何が起こったのか理解できないクルピンスキーであったが、力なく落下していく黒鷲を前にして、慌てて急降下していく。 ジョゼはジョゼで目を白黒させながらも、自分に与えられた命令を全うしようと俺の後を追う。 ジョゼ『お、俺さん……ッ!? アドラーさんが……ッ!!』 俺?「………………成功、か」 クルピンスキー『何をやってるんだ! 自分の使い魔だろう!?』 俺?「く、くく、くはははははははははははははははははッ!!」 二人の声も届いていないのか、俺は狂ったように笑い声を上げる。 まるで別人のようである。少なくとも彼女達の知る俺は、不遜と傲慢を形にしたかのような笑みを浮かべるような人間ではない。 俺?「行きがけの駄賃だ。まずは試運転がてら、目障りな羽虫を落としてくれる……!」 コートの内側に隠されていた片手剣を抜き放ち、爆発的な加速を見せる。 見る見る内にネウロイへと追い縋るや、追い抜き様、一刀の元に両断した。 明らかにネウロイの大きさに対して、足りぬ刀身。 だが、刀身を包む蒼い燐光が、刃状に形成した魔法力で足りぬ間合いを補っていると知れた。 俺は念動系、魔法力の移動と集中は、最も得意とする所。このような真似が出来たとしても不思議ではない。 続き、一機、また一機とネウロイが両断されていく。 圧倒的な性能と技量による一閃は、暗殺者のものではなく、誰の目から見ても騎士のそれだった。 俺?「これで、終わりだ……!」 憎悪に似た怨嗟の響きが声を彩る。 片手剣の刀身は更に輝きを増し、目も眩むような光を放つと同時に振り下ろされる。 斬撃と同化した魔法力が解き放たれ、数百mもの距離を一瞬で無に帰す。 言うなれば、飛ぶ斬撃。 通常の剣技ではありえない技であったとしても、そこに魔法力が解せば不可能も可能となる。 管野『なんなんだよ、ありゃあ……!』 ニパ『俺って、あんな真似出来たの?』 ラル『さあな。不用意に自分の手の内を晒す性格ではないのは分かっているが……』 余りに、異常過ぎた。 俺は元来、あのような魔法力に重きを置いた戦い方をしない筈だ。 にも拘らず、今回に限ってこれでは皆が不信に思うのも無理はないだろう。 俺?「去らばだ、小娘共。お前達との生活、悪くはなかったぞ」 ラル『……待て、どこへ行く気だ、俺!』 ラルの言葉にも耳を貸さず、俺はストライカーユニットを巧みに操り、何処かへと飛び去って行った。 後を追う暇もない。困惑と疑心が彼女達の行動を阻害したのである。 敵も味方であった筈の少年も消え去った空の上、6人の少女達が取り残される。 一体、俺が何の目的で去ったのかすら分からぬ状況の中、黒鷲の呻きが沈黙を破った。 アドラー?「う、……く……」 クルピンスキー「無事、かい……?」 アドラー?「伯爵? ……ネウロイは、どうなった?」 僅かに言葉使いと態度の異なる黒鷲を前にして、クルピンスキーは一つの答えに辿り着く。 馬鹿な。ありえない。そんな言葉が何度も頭を過ぎるが、彼女の頭脳は答えを受け入れ始めていた。 震える唇が開く。だが、出てきた言葉は出てきた答えを否定しようとするものだった。 クルピンスキー「ネウロイは倒した、君の“主人”が……」 アドラー?「主人……? ラルが……な訳ないか。クソ、だんだん思い出してきやがった」 クルピンスキー「やっぱり、そうなんだね……」 直前の記憶を取り戻してきたのか、黒鷲は首を振りながら言った。 俺「身体を、持っていかれた……!」 深い悔恨の響きが、黒鷲の――否、俺の口から流れ出る。 入れ替わった精神と身体が、黒鷲の反逆を告げていた。 ――談話室 ラル「厄介な、ことになったな……」 俺「全くな。言い訳のしようもない。クソ、俺としたことが……」 起こりえない筈の現実に直面した一同ではあったものの、兎にも角にも一度冷静になるべきと判断し、空の上から基地へと帰投していた。 始めの内は悪ふざけではないか、という疑いもあったが、アドラーには知りえない筈の記憶を語る俺を前にして、疑心を払わざるを得なかった。 ニパ「でも、どうやって……」 管野「少なくとも固有魔法じゃ、ねぇよな? 精神を入れ替えるなんて、念動系でも感知系でも、攻撃系でも分類できないしよ」 俺「らしいな。コイツはネウロイの封印やらシユウの刺青同様に、学問・技術としての魔法、術式の類だ」 ロスマン「ありえないわ。使い魔が、そんな荒唐無稽な魔法術式を自身で組み上げるなんて……」 俺は、アドラーが直前に漏らしていた言葉を思い出す。 魔法力の同調による精神の入れ替え、と奴は言っていた。 精神と魔法力が密接な関係にあることは、周知の事実である。 信じれば信じるほど、願えば願うほど、呼応するように力が増していく不可思議な力。それが魔法力だ。 魔法力を辿って行った先に、精神が制御装置や原動力として存在していたところで何ら不思議はない。 恐らく、俺以外のウィッチでは現状のような精神の入れ替えは出来なかった筈だ。 ただでさえ、精神という曖昧で不確かなものを入れ替える。それには複雑かつ高度な術式が必要となるのは考えるまでもない。 だが、それだけでは必要な項目を満たせない。如何に万能に見える魔法力であっても、不可能は存在する。 しかし、俺とアドラーはその項目を満たしてしまっていた。 それは魔法力の相性である。 肉体面のみならず、精神面まで同調できる、また覚醒状態に至れる適合率の高さが災いしたのだろう。 俺「……一つ、分かったことがある」 クルピンスキー「それは、現状を打破できることなのかな?」 サーシャ「いえ、そうでなくても、何か解決の糸口になるようなことでも構いませんよ」 半ば混乱している思考で、二人が言葉を漏らす。 対し、俺は冷静だった。 後悔や焦りが自身にとって何らプラスにならないことを知っていた。 起きた現実に変えようがないのなら、せめて先をよりよい方向へと修正するだけだ。 俺「いやに人間臭いと思ったが、……あいつ、どうやら本当に元人間らしい」 ジョゼ「どういう、こと、ですか……?」 俺「入れ替わりの瞬間に、僅かではあるが奴の記憶を見た。視線の高さや視界に入った腕は、間違いなく人間のそれだった」 下原「そんな、人間が使い魔になるなんて、聞いたことありませんよ!?」 俺「だろうな。俺もない」 ますます深まっていくアドラーの正体と謎に、混迷の度合いも相対的に増していく。 俺「まあいい。奴の目的が何にせよ、俺がやることは一つだ。伯爵、悪いが窓を開けてくれないか?」 クルピンスキー「……どうするつもりだい?」 俺「言うまでもない。俺は俺の身体を取り戻すだけさ」 幸いにして、人から鷲の身になったものの、飛び方は分かった。 それがこの鷲の身体に埋め込まれた術式によるものか、記憶によるものなのかは分からなかったが、そのようなことは問題ではないだろう。 今現在、俺は契約の途中である。しかも、依頼人側から打ち切られぬ限りは有効な類のものを結んでいる。 この鷲の身体では契約を果たそうにも無理がある。それではプロとして名折れだ。何としても、身体を取り戻さねばならない。 ラル「待て、俺。アドラーの居場所も分からん状態で行った所でどうしようもないだろう。焦るんじゃない」 俺「焦ってる訳じゃないよ。奴の記憶を垣間見た時に、少しだけ見えた景色がある。 アレだけ鮮明に見えたってことは、強烈に意識していたってことだ。そこに何らかの目的があるのは間違いない。奴もその近くに潜伏しているさ」 下原「で、でも、場所が分かっても、どうしようも……」 俺「それも問題ない。どうやら、奴の使った術式はこの身体に刻み込まれたものらしい。 つまり、使い魔として同調さえしてしまえば何とかなる。元々、あの身体は俺のものだ。精神も肉体に引きずられるのは道理だろう」 ピョンピョンとカエルが跳ねるように、机の端まで移動する。 どうやら、鳥というものは人間のように左右の脚をそれぞれ前に出して歩けるようには出来ていないようだった。 黒い翼を広げ、宙へ舞い上がろうとした俺を見て、管野が痺れを切らしたように立ち上がる。 管野「おい! お前、一人で行くつもりかよ」 俺「ああ? 当然だろ。これは俺の落ち度だ。自分の尻くらい自分で拭くさ」 それがどうかしたか、とばかりに首を傾げる。 俺にはどうにも、こういったところがある。 他人を道具のように使うことには抵抗がない癖に、好意や善意といったものを受け取るつもりがない。 それは、俺が彼女達を仲間というよりも依頼人として強く認識しているからだ。 仕方のないことである。暗兵は依頼や任務を遂行する為に、平気で仲間を切り捨て、また自らも切り捨てられることを良しとする。 依頼人と認識していなければ、依頼遂行の為に依頼人自身を切り捨てかねないのだ。 自らの使い手すら切り捨てた時、暗兵は道具ですらなくなる。 その一点を守るため、その認識を譲ることは決してないだろう。 ラル「はあ、お前という奴は……。ところで、仮に巧くアドラーに接触できたとして、身体は取り返す自信はあるのか?」 俺「自信なんかいるかよ。そんなもんが必要なのは、よっぽどの馬鹿か弱者だけだ。俺には自覚だけあればいい」 ラル「……言い方が悪かったな。身体を取り戻す確率はどの程度だ?」 俺「さあな。同調できたとしても、奴も抵抗するだろう。そうなれば身体の主導権の奪い合いになる。まあ、これに関しては元の所有者である俺に有利だろうから問題はない、と思う」 クルピンスキー「じゃあ、問題があるとするなら……?」 俺「……奴の剣を掻い潜って、身体に触れること、かな。空戦の技術はそれほどでもなかったが、剣技に関しては間違いなく達人の領域だった」 加えて言うのなら、魔法力の存在もある。 恐らく、使い魔であった時間が長かったのであろう。それほどまでにアドラーの魔法力の制御は巧みだった。 下手をすれば、あの剣技はシールドすら両断しかねないものだ。 最悪の場合、接近すら出来ぬまま死ぬ可能性もある。いや、最悪でも何でもない。ただ、当然の帰結と言えよう。 ラル「そうか。…………ふむ。皆、まだ飛べるだけの魔法力は残っているか?」 俺「は? いや、おい。なに言ってんだ……」 管野「問題ねーよ。今日の奴は、それほど硬かった訳でもないし。最後の手強そうなのも、アドラーに持ってかれたしな」 クルピンスキー「だね。少なくとも、足止めや気を逸らす、あとは逃げるくらいのことは出来るよ」 ニパ「じゃあ、行こうか……」 あーあ、面倒なことになったな、とばかりに一同はそれぞれ椅子から立ち上がり、談話室から出て行こうとする。 目の前の事態に一番、焦ったのは俺である。 俺「いや、待て待て。何をする気だ、お前等……」 ロスマン「何って、……そうね、訓練かしら?」 サーシャ「今日のネウロイのこともありますし、威力偵察というのはどうですか?」 俺「どっちも、今日じゃなくてもいいだろうが! それに全員でやるようなことでもないだろ!?」 焦る俺の言葉を意に介さず、ウィッチ達はそれぞれ顔を見合わせ、笑うだけだった。 ラル「仕方ないだろう。そうでもしなければお前は協力させてはくれないんだからな……」 俺「依頼人を危険に晒してまで、することじゃねぇよ」 ラル「だからこそだ。訓練、偵察の途中に、たまたまお前の身体を手に入れたアドラーに接触、やむをえず戦闘になることもあるだろうな」 俺「お前等、逃げ道を塞ぐつもりか」 俺を止めるには感情に訴えても無意味、ということを理解した上での実力行使。 部隊を率いる者としてあるまじき判断でこそあるものの、言い分は通っているし、行動も無意味ではない。 ネウロイは連続的に侵攻は繰り返さない。一定の周期でそれを行う。 故に、訓練にせよ偵察にせよ、魔法力に十分な余裕があるのならば、決して間違った行動とは言えないだろう。 合理的な判断に基づいた正攻法。それが、俺の意志を曲げさせる唯一の術である。 俺「分かった。分かったよ、俺の負けだ。それが依頼人の意向だと言うのなら、俺も従わざるを得ない」 ラル「理解が速くて助かるよ」 俺「但し、これだけは誓ってくれ。奴が攻撃してきたのなら、迷わず引き金を引け」 ニパ「ちょっと待ってよ、私達は……!」 俺「いくら人間とは言え、偵察中に攻撃されたのなら殺したところで、何の問題もない。所属も国籍もない死体が一つ増えるだけだ」 管野「お前、自分の身体がどうなってもいいのかよ」 俺「それはお前等にも言えることだろ。傷を負うことも命を失うことも、戦場では日常だ」 初めから覚悟は出来ている、と口を開かないままに瞳が語る。 依頼人の安全。それが少年の最優先事項である。これだけは決して譲れない。 もし誓えないというのなら、俺はこのまま鷲の姿のまま生活を送るつもりだ。 幸いにして、戦うことは出来なくとも偵察くらいは出来る。随分、歯痒い思いをするだろうが、依頼人が傷つくよりはマシだ。 ラル「……分かった。結果がどうなるにせよ、油断も躊躇もしない」 サーシャ「……少佐!」 ラル「俺は覚悟も最大限の譲歩はしている。ならば、我々も最悪の場合を想定しておくべきだ」 運の悪いことに、アドラーの行方は俺しか見当がついていない。 もし森の中に隠れていようものならば、闇雲に探し回った所で見つけられる確率は、砂漠に落とされた針を探し出すようなものだ。 つまり、俺が動かなければ、彼女達もまた動きようがないのである。 俺「まあ、その心配はないと思うけどな」 ジョゼ「どういうことですか……?」 俺「どんな目的にせよ、あの場で全員殺してしまえば、追手が来るのはずっと後になる。 基地では隊員死亡後の処理で追われるし、そもそも自分が身体を奪ったと知られるリスクも減るだろう?」 サーシャ「確かに、そうかもしれませんね」 俺「……と言うことは、アイツは余計な荒事は避けたいのさ。その上で、目的を果たすつもりなんだ」 ロスマン「でも、目的の邪魔をすれば、嫌でも戦うんじゃないかしら……?」 俺「だろうね。でも、それも問題ない。奴の性格は何となくだが掴んでるし、策も考えてある。危険なのは最初だけ。それさえ乗り切れば、少なくともお前等には危険はない」 呆れたことに、僅かな時間で身体を取り戻す算段を立てていたようだ。 不思議ではない。俺には自信は存在せず、自己というものを知り尽くしているのだから。 俺「それに俺には弱点もあるしな。正確には、俺でない者が俺の身体を使うが故に生じる弱点ではあるけどね」 ラル「では、お前の策を聞いておこう」 俺「いいか、まず……」 黒鷲の反逆が幕を開ける。 一体如何なる策を以って、暗兵とウィッチ達はそれに答えるのか。 そして、あの黒鷲の正体は、一体何なのか。その答えを知る者は誰一人としているものはいなかった。 だが、少年には一つだけ心当たりがあった。 精神の入れ替え。この世の技術とは思えぬ、荒唐無稽の術式。 神話や伝説の中でしか存在しない魔法使いが使うような魔法の体現者達。 選民思想――自らが最も優れているという妄想に憑りつかれた、人から“仙人”と成った一族を……。 次の話へ
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朦朧とした意識の中、私は古手神社の石段の前に辿り着いた。 私は躊躇せずに階段を登り始める。 私を支配していたのは諦観だった。 そうきっと、それはある。 きっと本殿の前辺りにだろう。 そして私はそれを見つけ出して。 自分の無力さに、打ちのめされる。 それで私は、私を確認するのだ。 そして、 もはや私は、そんな私を傍観している。 一つ目の鳥居をくぐる。 もうすぐだ。 数段の石段の上に二つ目の鳥居がある。 鳥居は世界の境を示すものなのだ。 あれを越えれば世界は変わる。 もうすぐだ。 そして―― 私は境界を越えた。 【悪魔の脚本】 整理された道が終わり、砂利道がガタガタと車を揺らす。 今年は空梅雨だった。 しっとりとした雨を楽しめるはずの6月も、もう真夏の様な日が訪れている。 あの年も、こんな空梅雨の夏だった事を、彼は思い出していた。 彼の名は赤坂衛。 警察庁に勤める古株の刑事だ。 彼と雛見沢の縁はずっと過去に遡る。 彼はここ雛見沢で、大石と、そして古手梨花と出会った。 古手梨花が予言した自らの死の運命。 赤坂にとっては、この少女を運命から救い出せなかった事は、 今になっても尚、忘れられない痛恨の悔やみだった。 やがて彼は雛見沢大災害を知り、当時世話になった大石と再会。 少女を襲った惨劇を、雛見沢連続怪死事件の謎を、例え今からでも暴こうと誓い合ったのである。 だが雛見沢は気が遠くなる程の長い時間に渡り封鎖され続けていた。 よって赤坂達は自分達の持つ情報を手記にまとめて発表し、 読者に当時の記憶を辿ってもらって情報を寄せてもらう以上の事は出来ずにいた。 しかし、ようやく雛見沢村の封鎖は解かれた。 本来なら大石と来る予定だったのだが、大石の検査入院が急に決まり1人で訪れる事になった。 同伴している2人は、赤坂の後輩の男と、その元部下で雛見沢の封鎖中その任務に関わっていた男だ。 赤坂は自分の荷物から、切り抜き帳を取り出す。 ――角はもうよれよれになり、相当の劣化が伺えた。 「――では、鬼ヶ淵沼をお願いします」 ――了解しました。若い男が答える。 車が走り、森を抜けると。 土砂で埋め尽くされた不自然な土地が姿を現す。 沼どころか、水一滴もない――そこが鬼ヶ淵沼跡地だった。 「ははは、沼どころか、水溜まりもないな」 「大災害の後、初期に埋め立てられたと聞いています」 そこは、広大な森の空き地に現れた無垢の巨大な大地。 「――なるほど、これが所謂(いわゆる)未確認飛行物体の着陸場と云うやつか」 「そんな事云われてるんですか」 「オカルト愛好者の間じゃ有名らしいよ、政府がここで宇宙人と交流していたってね」 「わっはっはっはっは」 この沼があの6月末に突如湧き出した火山性ガスの発生場所だ。 致死性の極めて高い、硫化水素と二酸化炭素の混合ガスは深夜の内に村を丸ごと飲み込み、 雛見沢と云う村を一夜にして滅ぼしたのである。 そして封鎖された後、ここを管理していた政府によって沼は埋め立てられた。 「でも彼らにも彼らなりの論理があるらしくて、地質学的に云って、 ガスの発生源を塞ぐ為に、沼を埋め立てても何の意味もないらしいんだよ」 「そりゃ、そうでしょうね。火山口を埋め立てって話は聞かないですから」 近年、オカルト愛好者達の間でこの雛見沢大災害が話題なのだそうだ。 雛見沢大災害は火山ガスの噴出と決着したのだが、それは政府が事実を隠蔽する為に作った腹案で、 その実態は宇宙人による細菌攻撃だったと云う風説だ。 彼らが根拠とするのは、『34号文書』と呼ばれる秘密の文献の存在であった。 この『34号文書』は、雛見沢の診療所に勤務していた鷹野三四と云う看護婦が記した手記である。 (34号とはその名前をもじったものらしい) この女性は雛見沢に伝わる奇妙な鬼伝説の歴史を追い、 その伝説が何を意味するかを解き明かそうとする個人研究者であったとされている。 その内容によれば、あの年の雛見沢大災害は事前に予見されていた、と云うのである。 彼女の研究によるならば、雛見沢には太古の昔、 宇宙から飛来した未確認飛行物体が墜落し、鬼ヶ淵沼に沈んだと云う。 その未確認飛行物体には、地球に存在しない、宇宙の寄生生物が漂着しており、村人達に感染した。 この細菌に寄生された人間は凶暴化し、『鬼』と呼ばれるに相応しい存在と化したと云う。 鷹野三四はこれこそが、沼から湧き出した鬼の正体だとしている。 墜落した未確認飛行物体に乗っていた宇宙人は、地球人達が自分の持ち込んだ細菌の所為で、 大変な事になっているのを知り、その姿を村人達の前に現した。 ――これがオヤシロ様の降臨であるという。 宇宙人は、地球外文明の高度な方法で村人を治療したが、対処療法にしかならなかった。 その為、宗教的象徴として、オヤシロ様の名で崇められていた宇宙人は、 症状を悪化させない為に法を科したと云う。 細菌たちは雛見沢の風土にのみ馴染んでいたので、宿主が雛見沢を離れると症状を悪化させてしまう。 その為、村から離れるなと云う規則を作ったのだ。 これがその後の鬼ヶ淵村の仙人を巡る伝説につながっていく。 つまり、仙人達が持っていたと云う仙術や奇跡の技は、全て宇宙人がもたらした英知だったのだ。 「わっはっはっは。本当にオカルト愛好者達は、そう云った話が好きですよね」 「でも、鷹野三四は雛見沢大災害を予見したらしい。それは嘘じゃない。 確かにこの切り抜き帳に書いてある」 「そんな、まさか。あっはっはっは。・・・・――赤坂先輩それ本当に?」 仙人達の時代から長い時間を経る内に、人々に寄生した細菌は非常に安定したものになり、 人体に無害なものとなった。そして宇宙人も細菌も、人々の記憶から薄れていく。 だが宇宙人たちは御三家に守られながら何百年もの間、生き続けてきたと云うのである。 古手神社の秘密神殿の中で代々、ご神体として崇められて生きてきたのである。 その宇宙人は寄生している細菌たちを操り、その結果、村人達を何百年も支配していた。 その支配を取り戻すため、彼らは再び寄生細菌の太古の力を取り戻すべく、研究を始め―――。 後は諸説が入り混じり、結局は寄生細菌を地球規模でばらまき、地球の支配を目論もうとした、 宇宙人の地球侵略計画こそが雛見沢大災害の正体である――と云うらしい。 それで、実は日本政府内には宇宙人の侵略と戦うための秘密部門があって、 彼らは米国の秘密基地で訓練を受けていて―――。 そして、彼らが動き出し、この宇宙人の地球侵略を食い止めるため、 村を全て封鎖して毒ガス攻撃で完全に封殺した――と云うのである。 「わっはっはっは!!流石にそこまで来ると、冒険科学小説の域ですな」 「俺もここまで来ると滅茶苦茶だとは思う。 ただ、この滅茶苦茶を書いた鷹野三四はあの年の6月中旬、正体不明の怪死を遂げる。 そして、その死の直前に、自らの死を悟ったかの様に、 村に来ていた1人の男性に、この切り抜き帳を預けて意思を託したと云うんだ」 その男性の名は『関口巽』。 「その男性も奇妙な行動をして、雛見沢大災害の前日に失踪している。 だが、残された切り抜き帳には1枚の紙が挟まっていて、それにはこの大災害を予言していたんだ」 「まさか!そんな事ありえない、偶然ですよ」 「わからないが、偶然ではないと思う連中に云わせると、その後の政府の対応がおかしいらしい。 例えば、この沼の埋め立てが一例だ。 さらに埋め立て前に、秘密の地質調査をしていたという封鎖に関わっていた者の証言もある。 否定派はそれを単にガスの発生地だから、危険に備えて立ち入りを制限していた主張するが――」 「それは、多分、否定派の云うのが正しいんじゃないかと思いますね」 「他にも雛見沢を封鎖していた関係者たちは定期的に血を抜かれて厳密な検査を受けていると云う。 それは、実は、細菌感染の陽性反応を見るものであったと云われている」 「矢張り、ガスが湧き出す危険があったから、健康管理に気を遣っただけじゃないですか」 「まあ、君の云う事ももっともだと思う。あと、他にもっと面白い話もあるぞ。 雛見沢大災害では火山ガスは発生していないと主張する連中もいる」 「火山ガスが発生していない?どういう意味ですか」 「つまり、元々火山ガスなんか噴出してなくて、ガス災害と云うのが政府の嘘だと主張しているんだ」 「それこそオカルト愛好者のこじつけですよ、一体何を根拠に?」 「封鎖解除後、オカルト愛好者が押し寄せて、未確認飛行物体説を補強するために調査したらしい。 連中の主張はこうだ、 『政府発表の火山ガス成分によるなら、硫化水素によって金属が腐食されたり、 自然体系に大きなダメージが残るはずだ。だが雛見沢にはその痕跡が残っていない。 よって、火山ガスが噴出したとは到底思えない』――だ、そうだ」 「もっとも、あれから何十年も放置された村だ、痕跡が発見できたかも疑わしいが」 「はっはっは、まあお話としては面白いですけどね――赤坂先輩はそれを信じてるのですか?」 「最初は信じなかったが、最近は俺もわからない。何割かは真実が含まれているかも、と思っている」 「赤坂先輩ともあろうお方が、未確認飛行物体説を信じるんですか?」 「この切り抜き帳。これが本物の『34号文書』だとしたら?」 「え?」 「あの年の6月、大災害の前日に失踪した、関口巽が所持していた、正真正銘の本物だ」 『34号文書』は雛見沢大災害の混乱で長い事行方不明だったが、私たちの出版した手記を見た、 あの日、関口巽と一緒に取材に来ていたという読者の男性が送ってくれたのだ。 (彼はカストリ雑誌の編集者でもあり、陰謀説の一翼を担っているらしい) 当時は妄想と思っていた大石すら、雛見沢大災害の後では決して笑い捨てられる内容ではなかった。 それは、雛見沢に土着の寄生細菌による風土病が『オヤシロ様の祟り』だったと云う部分だ。 もちろん、病原体は発見されてないので仮説の域を出てはいない。 「大石さんの仮説なんだが、御三家が過去の信仰心を村に取り戻すために、 大昔の毒性の強い病原体を研究していたのは本当じゃないか、って云うんだ。 雛見沢大災害はその結果の失敗じゃないかってな」 もちろんこの辺りには、風説や奇説や珍説も入り混じっている。 雛見沢大災害の直前に謎の死を遂げた診療所長。 そして、関口巽失踪の夜に惨殺された古手梨花と云う少女の謎・・・。 診療所の地下に秘密の研究施設があり、そこで入江は細菌の研究をさせられていたが、 罪の意識に耐えかねて自殺。 オヤシロ様の復活と云う宗教的な祭典の何らかの意味の為、梨花は宗教的儀式で惨殺され生贄に――。 だが、彼らが研究した細菌は失敗作だった。 ――それは村人達に寄生するどころか、そのまま死に至らしめてしまう殺人細菌だったのだ。 そして村は、一夜にして滅びてしまう事になる。 「ただのガス災害じゃない事は明白なんだ。ガスが湧く直前に、 1人の男性がそれを予記して失踪、さらに数人の村人が怪死を遂げている。 それを切り抜き帳にまとめた鷹野三四本人も含めてね。 あれを偶然の予見不可能な災害だとするには、どうにも腑に落ちない要素が少なくない。 この『34号文書』を読めば、それは明らかになってくる」 「じゃあ――、雛見沢大災害は自然的な災害ではなく、人為的な災害?」 「その後の長い封鎖は、その殺人細菌を調査するためじゃないかとも囁かれている」 「まあ、未確認飛行物体がって、説よりは狂信者集団の方が信憑性はありますね」 「――この跡地を見ていると、本当に未確認飛行物体が墜落した可能性もあるかもしれないな」 「馬鹿馬鹿しい――」 「それが馬鹿馬鹿しくて調べたくても、沼は埋め立てられて確かめる術もない。 地質学的には何も効果は期待できないはずの馬鹿馬鹿しい工事によってだ」 「赤坂先輩がそれを立証するには、あとはここの住民の生き残りを見つけて、 体内からその特殊な病原体ってやつを見つけ出すしか、ないんじゃないですか」 「――それも致命的だ。大災害の後、雛見沢出身者に対する魔女狩りのせいで、 今や出身者の存在は不明だ。彼らは名乗りなどあげない」 「じゃあ、お手上げじゃないですか」 「それでも諦めないのが刑事魂ってものだよ。 あれが自然災害じゃなかったって云う状況証拠はいくらでもあるんだ。 何か一つの具体的証拠で芋づる式に全てを白日に晒せるかもしれない」 「まあ、あれから大分経過してますからね。真相はあまりに深い闇の中かもしれません」 「そうだな・・・・・新世紀になった、今頃になってここを訪れても、何も解りはしないのかもな」 あの年の6月に。雛見沢で一体、何があったと云うのだ。 確実にわかっているのは、鷹野三四がそれを予見して怪死を遂げて。 さらにそれを予記した関口巽が失踪し、診療所の所長が怪死を遂げ、 オヤシロ様の生まれ変わりと信じられていた古手梨花と云う少女が、惨殺されたと云う事実のみ。 関口巽の残した紙にはこう書かれていた。 『私、関口巽は真相が解りました。 誰が犯人かは特定することが出来ません。 唯、解った事は、オヤシロ様信仰と関わりがある事です。 雛見沢連続怪死事件は連続ではありません。 そして、奴らが古手梨花を殺すのです。 それで、計画を実行するのです。 これを読んだ貴方。どうか真相を暴いてください。 それだけが私の望みです。 関口巽』 関口巽を真相に辿り着かせ、失踪させた、この切り抜き帳は一体何なのか。 内容が示すとおり、それは壮大な陰謀を暴いた一大告発書なのか。 当時、誰もが思った様に、唯の妄想のでっち上げなのか。 何が真相か解らなくなる時、この惨劇を見て誰かが楽しんでいるのを思う事がある。 この切り抜き帳は、そう、脚本なのだ。 数千人もの村人の命を一夜にして奪う、惨劇の舞台脚本。 人の死を見て笑う地獄の観劇者のための、悪魔の脚本。 この脚本を誰かが書いた、そして誰かが上演した。それを見て誰かが笑った。 くそ!!、あの年の6月に雛見沢で一体何が起こったって云うんだ・・・・!! 境目を越えると、 拓けた所に建物がある――本堂――本殿――本社―― 私はおずおずと近寄っていく。 近づくと入り口に影がある――影――陰――人影―― 瞬時に躰が緊張した、なぜならその数が多かったからだ。 その人影は4つ。 左から大きい影が2つ。 続いて小さな影が1つ。 一番右に大きな影1つ。 なぜ? 闇にまぎれて顔までは見えないのだが、確かに存在している。 在ったとしても、変わりはてた影が1つのはずなのに、 この影達はいったい何なんだろう? 「――――――」 小さな影が声にならない声をあげた――猿轡(さるぐつわ)でもされているのか? 一刻の間を持って、私は気付いた。 ああ、生きている。
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【神の情報開示】 緊急要項第1号 自然発生的末期発症者(以下L5と表記)が確認された場合、 施設長はL5が異常的社会行為を起こす前に迅速に事態を収拾しなくてはならない。 ただし、機密保持に厳重に注意する事。 その際、施設長は機密保持部隊に対し応援を要請できるものとする。 機密保持部隊は、確保に当たり必要と判断した場合は発砲許可を施設長に対し申請する事ができる。 L5の確保は極力、生体である事が望ましいが、機密保持上の理由でそれが困難な場合、 生死を問わないものとする。 全てにおいて機密保持と外部発覚を最優先する事。 ただし、機密保持は外部発覚阻止に優先するものとする。 緊急要項第34号(複写・持出・許可なき閲覧――厳禁) 本要項は最高決裁者の決裁によってのみ適用される。如何なる簡易決裁もこれを認めない。 また決裁者は本要項適用の決裁に当たっては可及的速やかに判断する事。 対処不能な事態が発生し最高決裁者がそれを認められる場合、機密保持と外部発覚阻止の為、 入江機関(以下、機関と表記)は最終的解決をしなければならない。 最終的解決とは以下を指す。 L2以上の潜在患者全員の収拾 機関施設の完全な証拠隠滅 本要項の適用の隠蔽 施設長は上記を事態発生から48時間以内に遂行しなくてはならない。 不測の事態により施設長の指揮が困難な場合、長官がこれを兼務する。 最終的解決は以下の手順で遂行される。 ガス災害偽装、及び交通の遮断 交通封鎖部隊は警察官に偽装し、雛見沢地区を外部より遮断する。 その際、自然ガス災害であるよう偽装する事。 (略) 通信手段の遮断 (略) 潜在患者の集合 機密保持部隊本隊は雛見沢地区災害集合場所に潜在患者全員を集合させる事。 集合手順は別紙参照の事。集合後は厳重に点呼を行い全員の集合を確認する事。 (略) 潜在患者の対処 機密保持部隊本隊は集合させた潜在患者への対処を行う事。 対処にあたっては、ガス災害偽装を疑われないよう注意する事。 (略) 機関施設の隠蔽 (略) 村内捜索 機密保持部隊は村内の完全捜索を行い、生存者がいない事を厳重に確認する事。 (略) 完全撤収 全ての作戦を終了し、機密保持部隊は雛見沢地区から撤退する。 後続の一般部隊に不信感を持たれない様厳重に注意する事。 なお、機関施設は秘匿区画の完全撤去が終了するまで継続警備とする事。 <女王感染者ト一般感染者ニツイテ> 病原体ハ蟻ナドノ社会型生物ト同ジ習性ガアルモノト推定。 女王蟻ニ当タル女王感染者ガ常ニ1人オリ、ソレガ古手家代々ニ受ケ継ガレテイルモノト推定。 マタ、一般感染者ハ女王感染者ヲ庇護スル傾向ガ強ク、其レヲ容易ニ観察デキル。 マタ、女王感染者ノ半径ニ束縛サレル一般感染者トハ違イ、 女王感染者ハ土地ニ束縛サレルモノト推測。 (略) <感染者集落ノ崩壊ニツイテ> 前途ノ理由カラ、女王感染者ガ死亡スルヨウナコトガアッタ場合、 感染者集落ハ集落単位デ末期症状ヲ引キ起コスモノト推定。 末期症状ハ急性ナラバ早クテ二十四時間以内、遅クトモ四十八時間デ発症スルタメ、 四十八時間以内ニ最終的解決ヲ行ナワナカッタ場合、騒乱ハ極メテ甚大ニナルモノト推定。 マタ、集落規模カラ見テ、警察、憲兵程度デハ此レノ鎮圧ハ容易ナラザルモノト推定。 反国家武装蜂起ト位置付ケ、緊急ニ軍ヲ以ッテ鎮圧スルノガ最モ適当ト思ワレル。 昭和二十年一月吉日 宛最高戦争指導会議 小泉大佐殿 高野一二三記ス 「ご存知の通り、アルファベット計画は戦後の日本の国際的な地位向上を目的としたものです。 そして、我が国は世界への平和的貢献を模索し、国際的地位を確立するに至りました。 日本は国際社会において重要な地位を担う国家として成熟し、さらにその存在感を強める事でしょう。 よって、現在、時代に即した形になるよう、アルファベット計画の見直しを進めています」 「そして、この4月に新体制の理事会が発足し、全計画に対する新方針が決定されました。 この入江機関の研究目的は二つありました。 一つは雛見沢症候群の研究と治療法の確立。もう一つは多面運用の模索です。 新生理事会はこの後者の、多面運用の模索については即時の中止を決定しました。 これらの研究開発が国内で行われていた事実と痕跡は、今後はむしろ醜聞になりかねません。 入江機関は直ちに、これに関わる全ての研究を中止し、一切を破棄してください」 「また、入江機関につきましては、最長3年を目処に、研究の収束を図ってまいります。 私どもにとっての最大の目的は、軍事目的の研究が行われていた事の完全な破棄です。 よって、雛見沢症候群と云う特殊現象が研究されていた痕跡と、 そもそも存在していた事実についても隠蔽すべきであると考えます」 「誤解ないようにして頂きたいのは、 私どもはあくまでも研究を直ちに中止させようと云うのではなく。 円満な形で研究を終了させようと云う事です。この違いをご理解ください」 物事が想像よりも悪くなる事は遭っても、良くなる事は少ないのが私の人生である。 その観点から見ると、矢張りこれも悪い事に当てはまるのかも知れない。 私は暗闇の中、少女を拉致した影達と対峙していた。 そして――私は吃驚(びっくり)していた。 どうしよう。 それが私の中に遭った感情だった。 相手は3人、私は1人。 しかも私は丸腰だ。 しまった。 これが私に新たに生まれた感情だった。 私はお世辞にも、体力がある訳でもない。 せめて、武器になる様な物を持ってくれば。 どうしようもない。 右の影が――残念と呟き、首を振った。 左の影達が手に握った何かを私に向ける――銃か? ああ、私はここで死ぬのか?――そう死ぬだろう。 私は目を瞑り、その時を待ちかまえた――せめて苦しまずに。 矢張り京極堂の云うとおり、大人しく東京に帰れば良かったのだ。 ああ、雪絵に一言謝りたかった。 私はこの時間が、永遠に続くかと思った。 【決意表明】 願いを成就し、望む未来を紡ぐ力。 紡がれる糸の強さは、意志の強さ。 気高く強き願いは必ず現実となる。 それは小さな胸に宿る、大きな決意。 人の命が、もしも地球より重いなら。 私の小さな決意は、地球よりも重い。 運命は個人だけじゃなく、人を、世界を支配する絶対の力。 それはつまり、もはや運命。 私が紡ぐのは、運命。 実現の約束された願いは、もはや願いとは呼ばない。 私の絶対の意思が、絶対の未来を紡ぎ出す。 誰にも邪魔できない、誰にも覆せない。 サイコロの1なんて認めない。 全てのサイコロを6にしてやる。 それは生きながらにして神に至る。 それに気づいた時、私は解放される。 そう。私は神の域を超えるのだ。 サイコロの目など私は越える。 サイコロの目は私が決める。 運命すらも、私が決める。 挫けぬ絶対の意思で。 永遠に続くかと思われた時間は、音によって破られた。 甲(かん) かん?――「バン」じゃないのか? 甲(かん) まただ――これは?――跫(あしおと)? 甲(かん) 私は後ろを振り返る。 鳥居の向こうにあいつの上半身が見える。 甲(かん) 雲に隠れていた月が、不意に丸い姿を現す。 奴がやって来たんだ、物語を終結させる為に。 劇的。 余りに劇的、 まるで活劇。 そして―― 月光を背に、 黒衣の殺し屋が登場した。 物語の世界において、(少なくともその中では)作者は神と言っても構わないでしょう。 ならば神として、この言葉を使う時、神託を告げる刻(とき)が来たようです。 今ここに、全ての情報が提示されました。 これまでに、紡ぎ出されたカケラたちを、理で繋ぎ合わせれば、一つの形を示すでしょう。 ここで私が問いたいのは、 「誰が犯人かを推理する問題」ではなく、 「誰が神なのかを証明する問題」なのです。 ここは小説やゲームなどと言った、一方的な世界ではありません。 貴方は傍観者ではなく、観測者にもなりうるのです。 (そして、この世界では観測者は神と言いかえる事も可能でしょう) さて、 親愛かつ敬愛なる、読者の皆様の解答を心よりお待ちしております。 「後神の刻(とき)」~神降ろし編(出題編)~ <完> 次回予告 ひなびた寒村で起こった連続怪死事件。 そこを訪れた、へっぽこ文士・関口巽に襲いかかる怪奇たち。 物語が混迷の度を極めた時、ついに現れた黒衣の殺し屋。 奴は神か、悪魔か、はたまた妖怪か。 黒衣の殺し屋が理を語る時、世界は一つに集束する。 疾風怒濤、快刀乱麻、驚天動地な解答編。 「後神の刻~神貶(おと)し編~」 12月12日(土)本スレッドにて投稿予定。 関口巽の明日はどっちだ!
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車は夕暮れを切り裂く。 そして古手神社の前に停まる。 「エンジンは掛けたまま、待っていてくれ」 そう云うと、私は階段を駆け上がる。 急げ――今なら間に合うだろう。 息が切れる、鈍りきった体だ。 裏手に回ると、小屋があった。 鍵はかかってない、中に入る。 1階は倉庫の様になっていた。 私は迷わずに2階に上がった。 そこに――少女はいた。 窓際に腰かけて、片手には葡萄色の飲み物を持っている。 そして――少女は云った。 「関口、"また来てくれたの――"」 「ぎ、ぎみをざらういにきた」 私は噛んだ、意味は伝わらなかっただろう。 だが構わない、人を攫(さら)う時には同意は必須ではない。 私は少女を無理矢理抱きかかえると、 少女を攫った。 少女を連れて戻ると鳥口は驚いていた。 「うへえ、先生何をするんですか」 「いいから、車を出すんだ鳥口君」 ――立つ鳥跡を濁さずですよ。 鳥口は訳のわからない事を云って、車を発進させる。 少女は私の膝の上で、喜怒哀楽の喜と怒と哀が混ざった様な顔をしていた。 これでいい、このまま東京に帰ればいい。 あいつらも、東京までは追っては来ないだろう。 ガタガタ 振動を感じた。 少女の形を感じた。 私は以前、矢張りこうして抱いたことがある。 それは妄想だ。遥か前世の記憶のように朧げな。 私はその肌の温もりを吸い取るように、実にゆっくりとした動作で彼女を抱きしめた。 これでいい――そうこれでいい。 東京に帰ろう――この娘も一緒に。 そうだこれいい――これで全ていい。 いきなりこの娘を連れて帰ったら、雪絵は驚くだろうか? 私と、雪絵と、一緒に暮らすのも悪くないのかもしれない。 そんな気がする。 私がくだらない妄想に浸っていると。 私の膝の上に座っていた少女が云った。 「関口。気持ちはとても嬉しい――けど、 矢っ張り未来は決まっているのですよ」 少女は何故か、泣き出しそうな表情だ。 「大丈夫だよ――僕には全てが解った」 私が答えると、少女は。 「今回の関口は、今までで一番格好いい――でも」 ――どういう意味だ? その時、車の前方で破裂音。 刹那に、平衡(バランス)が崩れる。 ――うへえ!! 鳥口の間抜けな叫び。 制御を失った車は脇の雑木林に―― 私は咄嗟(とっさ)に少女の頭を抱え込んだ。 そして―― 激突。 【交信】 「――本部より鶯(うぐいす)、男性2名がRを奪取した。 車にて逃走。これを阻止し、Rを奪還せよ」 「――鶯1より本部、任務了解、発砲許可を申請」 「――本部より鶯1。発砲を許可する」 「鶯1より狙撃班、発砲を許可する。R確保のため、障害を阻止、排除せよ」