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アマンダはただ、そのジェームスだったものの前に立ち尽くしていた。 何が起こったのか、それが目の前に突きつけられていたとしても未だに信じることができなかった。 手にはジェームスに押しつけられた一枚の資料。悔しさ恐ろしさを苦々しく噛み締めながら、アマンダはそれを握りしめる。 ああ、私は彼を救ってやることができなかった。みすみす見殺しにしてしまった。彼の頼みを聞いてやることすらできなかった。ならば、せめてこの託された最後の想いだけはなんとしても成し遂げなければならない。 まだ力の入らない足腰を鞭打って、ライフルを杖代わりにアマンダはよろよろと立ち上がる。そしてジェームスだったものを一瞥すると、もう何も語らない肉塊に別れを告げた。 まだ名前も聞いていなかった彼のためにも、この資料は必ず持って帰ろう。そして、真実を探るのだ。この悪趣味でおぞましい奇妙な出来事の実態をなんとしてもつかむのだと決意した。 見ると、その資料は何かの染みで一部が読みとれない状態になっていた。どこかに、完全な形の資料はないのだろうか。 銃をしっかりと握りしめ血に塗れてしまった勲章を拾い上げると、ジェームスの最後の頼みを一枚片手に研究所の奥へと足を進めるのだった。 アマンダがその場を去ってからしばらくすると、頭を撃ち抜かれたはずの怪物はぴくりと身を動かしたように見えた……。 『神への冒涜』四人目「Dr.エイド / Bloody emergency Manual」 エレベータは深き地の底から勢いよく昇っていく。 その中にはエイドと一人の研究員の姿があった。 「は……ははは、生き延びた。私は生き延びたぞ! 勝った。あの老いぼれに勝ってやった!! …当然だな。この私があんなジジイになど負けるはずがないんだ。ふはははは!」 「あ、あの……ドクターエイド」 研究員は遠慮がちにエイドに声をかける。 「あァ? なんだ、私はおまえなんかに用はないぞ。話があるなら、さっさと言え」 「その……。さっきは申し訳ありませんでした…」 「ふん、もういい。だが、こうして私は無事だ。だったら何も問題はない」 「それで、その…。一人で逃げようとしてしまった私が言うのもあれなんですが…。あの男を置いてきてしまって、良かったんでしょうか……」 そんなことありませんよね、という目で研究員はエイドを見つめている。彼は彼なりに罪悪感に苛まれているようだった。 「ああ…、あいつか。まぁ、たしかに大事な研究材料のひとつではあるが。だが、どうせあれは失敗作だ。見なくてもどうせ結果は見えている。今頃、あれはめちゃくちゃのぐっちゃぐちゃになっているだろうさ。失敗作をただ廃棄したまで。何を気にする必要がある?」 エイドは当然だろう、とでも言わんばかりに答えた。 「で、ですが…。あの男だって、被検者とはいえ生きた人間です。ましてや、今は非常時。そんなときこそ助け合うべきだったのでは、と私は後悔しているのです…」 「助けるゥ? あの老いぼれをか! 何をふざけたことを言ってやがる! あいつは被検体の分際でこの私をコケにしやがったんだぞ!! そのあいつを助けるだと……貴様、何をばかなことを!!」 「い、いえ! その、わ、私はただ……! も、申し訳ありません…」 「チッ……いいか、被検体を人間だと思うな。実験動物だと思え。それが嫌なら虫けらだとでも思っておけ! 変な情など持つな。実験の妨げになるだけだ。少しは八神君を見習ってもらいたいものだな、くっくっく…」 「は、はい…」 「さて、今頃やつは被検体Yにでも喰われちまってるころか。ひゃはははは、ざまぁないぜ! おい、どうしたジェームス。おまえ、死んだのかよォ! あっははははは…!!」 エイドは不気味に顔を歪めながら、狂ったように笑い始める。 そんなエイドの様子を、研究員はただ顔をしかめて見ていることしかできなかった。 エレベータが階上に到着する。扉が開かれる。 二人は扉の陰に隠れて様子を窺ったが、どうやら危険はないらしい。研究所内は不気味なほどに静まり返っていた。 「くそっ、ひどい有様だな。さすがにもう、ここで研究を続けるのは難しいか…。おい、おまえ。何をすればいいかは、ちゃんとわかっているな?」 「はい」 「だったら、さっさと行け! おまえがそうであるように……いや、それ以上にまだ私にはやることがあるんだ!」 エイドが怒鳴りつけると、研究員は慌てて駈け出して行った。 研究内容が内容だけに、この計画ではあらゆる危険が想定される。そんな事態に際して、この研究所では非常事態マニュアルが用意されている。エイドもまた、そのマニュアルに沿って行動を開始する。 ひとつは、重要な資料を確保して脱出すること。 ひとつは、研究の痕跡をひとつ残らず抹消すること。 ひとつは、上層部の安全を確保することだ。 「上層部の安全……ねぇ、クソが。上のやつらは自分の身のことしか考えちゃいねぇ。大方、非常事態だと聞いてものんびり上で紅茶でもすすってやがるんだろう。ああ、腹立たしいぜ。いつかのし上がって、絶対にこの手で変えてやる! 私が頂点に立つのだ! 今まで私を扱き使ってきたやつらを逆にボロ雑巾のように扱ってやる!!」 この廃病棟、もとい研究所は地上三階、地下二階の五階構成だ。 二階が研究フロア、地上一階と地下一階は実験フロア、そして地下二階は隔離フロア。 東西に階段とエレベータを備え、今エイドたちが昇ってきたのは西側。アマンダは東側から地下一階に下りて、西側へと歩いていったその先でジェームスと遭遇したのだろう。 そして上層部は三階の管理区画で優雅にティータイムだ。 「ああクソ、くっそくそくそくそォ! 私がこんな目に遭っているというの上のやつらときたら……。それに八神だ! あいつはどこで何をしてやがるんだ! これはあいつの失態だ。あいつの被検体が暴れて逃げ出したからこんなことになったんだ。あいつが責任をとって全部一人で尻拭いをすればいいんだ…」 エイドは不機嫌そうに一階の自分の研究室に向かった。 八神とエイドは実験班の主任博士だ。 実験班は、二階の研究班の成果を被検体に投与して経過を観察する実務執行と、それら被検体の管理を行っている。 研究班は、《研究》の目的、すなわち…… 第一目的:野生生物に匹敵する強靭な肉体を持つ強化軍隊を得る。 第二目的:完全獣化させて敵の目を欺く野生部隊を得る。 これらのことを実現するための薬品の開発研究を執り行っている。 それとは別に確保班と管理班が存在する。 確保班は表の病院から実験に適性のある患者を見つけて実験班に報告したり、外部から適性のある者を被検体として研究所へ連れてくる。 そして、管理班とは上層部のことである。 「私のやるべきことはこれで全部だな。端末の情報もすべて消去した。あとは迎えが来るのを待って、こんなところはさっさとおさらばだ。あまり居心地のいい環境じゃなかったぜ。次の研究所はもう少しマシなところがいい」 ひとつのスーツケースを片手にエイドが彼の研究室から再び姿を現した。 そのスーツケースの中には《研究》の資料や、彼の私物などが詰められている。 「私の部下たちはみんなやられちまったか…。おかげで、あいつらの分も私が処理をすることになった。それもこれも、八神のせいだ。いや、あんな被検体を報告してきやがった確保班のせいか? いやいや、どうせ上からの指示なんだ。全部、上層部が悪いに決まってる!」 誰もいないのをいいことに、エイドは次々と愚痴を漏らした。 「ああ、そうさ。上のやつらなんて、口だけで技術もなにもないに決まってる! まだ研究班のほうがまともな仕事をしてるぜ。上からの無茶な要求をいくつも適えてきたんだからな。その点に関してだけは、私も評価してやる。だが、確保班。てめぇらはだめだ!」 エイドが日々の恨み辛みを呟いていると、静寂の研究所に一人の足音が響く。 「さっきの研究員か? おい、おまえまだこんなところをうろついているのか。それとも迎えの奴らが来たか!」 コツコツと音を響かせながらその足音の主は近付いてくる。靴の鳴らす音だ。 少なくとも、あの失敗作ではない。そして、ジェームスは生き残れていないだろうと確信している。それは、間違いなく人間の足音。 「おい、どうした。何か言ったらどうだ。え?」 足音はすぐそこの廊下の角から聞こえてくる。相手の姿はまだ見えない。しかし、声は届いているはずだ。 「こら、無視すんじゃねぇよ! 誰だ、おまえは!」 機嫌を損ねてエイドは不用心にも角から飛び出してしまった。 ゴツリ、と硬く冷たいものの感触を額に感じる……。 「それはこちらの台詞だ。おまえは何者だ……言え!」 エイドの額には銃が押し付けられていた。 「げ、げっ…!?」 相手は引き金に手を添えている。いつでも撃てる状態だ。 「わ、私は……ここで働いてる者だ。お、おまえこそ何だ? 同僚には見えないなぁ…」 相手は銃を押し付けたまま静かに答えた。 「私は国軍准将のアマンダだ。ここで怪しい悲鳴を聞いた。そしてこの有様を目の当たりにした。ここで何があった? 正直に話してもらおうか」 (ぐ、軍隊だと…! なぜそんなものがここに…。患者服……表の病院の患者か! くそっ、これはまずい相手に来られちまった) 「あ、ああ。うちの患者さまでしたか。これは失礼しました。ここは立ち入り禁止だと、そう書いてあったはずですが?」 「それは承知の上だ。これは一体どういうことだ? 話せ!」 「い、いやぁ。これはですねぇ、その。ちょっと研究にトラブルがありまして…。そう、事故! 事故なんですよ。危ないので部外者は立ち寄らないでいただけませんかねぇ」 エイドは普段の様子からは似ても似つかないへつらった様子で、不気味な愛想笑いを浮かべながら答えた。 「研究……だと?」 アマンダは眉を吊り上げる。 「ここは使われていない病棟のはずだが? それがなぜこんなところで研究をしている。その持っているケースは何だ。中を見せてもらおうか」 「い、いや、これは…。その、ここではちょっと……危険な研究をしているんですよ。患者さまにその危険が及ばないように、表向きには閉鎖しているということしているというか…。そう、危険なんです。ウイルスや菌を扱う研究をしているので。その……新薬の」 「ほう、新薬だと? 壁が抉られているのを見たが、薬の研究であんな惨状を招くのか。それは大層危険なお仕事だな」 迂闊、つい口を滑らせて余計なことを言ってしまった。しかし、もう後のまつりだ。 「あ…いや……薬とは関係ないんですよ。そうそう、熊が出たんですよ。それでこんなことに…。もう始末しましたから、兵隊さんは安心してお帰りください。もう安全ですから」 「熊だと? わざわざ、こんな海沿いまで降りてくるとは悠長な熊だな。私はさっき、その”熊”に会ってきたばかりだがな」 「え、えっ!? 会われたんですか。そ、それは大変でしたね……もし、怪我などされたのなら、表の病院で診てもらってください。それじゃあ、私は行かなければならないので失礼……」 「いい加減に本当のこと言ったらどうだ!!」 我慢の限界を迎えて、アマンダはエイドを壁に押し付けた。銃は額に突き付けられたままだ。 逃げ場はない。もはや言い逃れもできない。 「くっ……。その”熊”に会ったと言ったな。おまえ、どこまで知っている……?」 「何も。私はまだこの目を疑っている。地下で狼を見た。…いや、あれは本当に狼だったのか? とにかく、そいつは一人の老人を襲っていた。だから、私はその狼を撃った」 「そ、そうか! 始末してくれたのか! それは助かった。我々の仕事がひとつ減ったぞ。感謝するぜ、くっくっく…」 「その襲われていた老人は私の目の前で死んだ」 「そうか、それはお気の毒になぁ」 エイドはそれがすぐにジェームスのことだとわかった。心の中では大声でジェームスを笑い罵りながらも、それが表情に出ないように隠して、あたかも同情するかのように答えるのだった。 「だが……。ああ、私は一体何を見たんだ!? 信じられない。何と説明したらいいのかわからない…。だが、その老人は確かに私の目の前で……変死した!! 急に苦しみ始めたと思ったら、血が……肉が……う、うぷっ」 剛毛を所々に生やした肉団子が、血やら内容物やら得体の知れない液体をまき散らしながらどろどろごろごろと転がり、アマンダを押し潰さんと差し迫ってくる想像が頭をよぎってしまう。 アマンダはあの光景を思い出して、再び嘔吐感に襲われた。 その隙をエイドは見逃さない。 アマンダからライフルを奪い取ると、彼女が自分したようにそれを額に突き付けてやる。 「な…っ!! どういうつもりだ!?」 「へ……へへっ。ざァんねんでしたぁ! まだ何もォ? へーぇ、そうかい。そのことば、どこまで信じていいものやら。まぁ、それが本当だったとしても、見られてしまった以上はおまえをここから帰すわけにはいかねぇなぁ!!」 「く…ッ! き、貴様……やはり何か隠しているな! ここで何を研究しているんだ! 本当のことを言え!!」 「おいおい、お嬢さん。自分の置かれた状況をもっとよく考えるべきだぜぇ? 将軍サマだかなんだか知らねぇがなぁ! 世の中には知らないほうが幸せなことなんて、掃いて捨てるほどにあるんだぜぇぇえええ!? 余計な好奇心は身を滅ぼす……覚えときな!!」 形勢逆転、こんどはアマンダに逃げ場なし。そのまま、後ずさり壁に追い詰められてしまった。 「おまえは知るべきじゃないことを知ってしまったのさ。その罪は重いぜぇ…? くっくっく……」 「ふん。銃の持ち方がなってないな、素人め…。撃てるものか」 「そいつはどうだろうなぁ? 私は実験でもう何人殺っちまったか覚えてないなぁ…っひゃはははははァ! 躊躇? 迷い? そんなもの期待したって無駄だぜ、お嬢さん。私はなぁ! 他人なんかどうだっていいんだよォ! いいか、世の中生き残るためには勝ち続けるしかないんだよ。他人なんて蹴落として当然のただの駒に過ぎねぇんだよォ! 邪魔ものは排除する。邪魔になりそうな芽は早いうちに摘み取ってしまうに限る。秘密を知られた可能性がある以上、生かしちゃおけねぇんだよォォォ!!」 「くっ……外道め」 「なんとでも言え。ほら、死んじまえよォ!」 エイドは何のためらいもなく引き金を引…… 『グォォォオオオオォォオオオォォオオォォオオオ………ッッッ!!!』 どこかから聞こえてくる咆哮。思わずエイドの身がすくんだ。 その一瞬の隙をアマンダは見逃さない。 腹に拳を一撃、もう一発、そして膝で蹴り上げる。 「ぐ…ッ、うぐぅ…!?」 「おしゃべりが過ぎたな」 形勢再逆転。 アマンダは銃を奪い返して、うずくまるエイドの頭に銃口を向ける。 「あの声、まだ他にいるというのか。……まぁいい。秘密だって? それは面白そうだな。さぁ、こんどこそ吐いてもらおうか。それから、その荷物は預からせてもらう」 「う、ううっ…。わ、私はただ、上層部に言われてやっただけなんだ…! 私は何も知らない。私も何も知らされていないんだよォ! それでも撃つのか? この哀れな科学者を撃とうと言…」 銃声。 弾はエイドの頬をかすめて床にめり込んだ。血が一筋垂れて床に落ちる。 「話せ。次は命中させるぞ」 「チッ…。血も涙もねぇ女だな。いいだろう、教えてやる……」 エイドはスーツケースから一枚の紙切れを取り出すと、それをアマンダに手渡した。 「これは…?」 注意がその紙切れに移った隙を狙ってエイドが殴りかかる。 「うっひゃはははァ! ばかめ!!」 しかし、アマンダはその一撃をひらりとかわすと、体勢の崩れたエイドの後頭部を銃で打ちつける。 エイドは気を失って倒れた。 「……ばかはおまえだ」 スーツケースの中に入っていた医療用のものと思われるゴムチューブでエイドの両手を拘束すると、アマンダは何か使えるものはないかとスーツケースを漁った。 ジェームスに押し付けられた資料は、汚れていて読めない部分があった。もしかしたら、完全な形の資料がここにあるかもしれない。 「そういえば、あの資料には軍の司令部が絡んでいると書かれていたな…。ふん、そんなことあるものか。どうせ責任を押し付けて逃れるつもりに違いない。あるいは、軍司令を語って研究者たちを強制的に働かせていたのか?」 スーツケースには何枚もの紙資料や医療道具、鍵や小物、畳んだ白衣などがしまわれていた。 資料は別の国の言語で書かれているものや、何かの表や図形、あるいは写真が貼り付けられているものもある。 アマンダはその中から、自分の読めるものだけをかき集めた。 「クロロがどうだの、トキシンがどうだの、薬品のことはよくわからないが、これは私にも理解できそうだ。これは、この建物の見取り図か? ふむ。それからこれは……見覚えがあるぞ」 完全な資料だ。ジェームスに渡されたものとほとんど同じものがそこにあった。こんどは汚れはなくしっかりと最後まで読むことができる。 「…………なに? まさか、本当に軍が関わっているというのか!? それに……そんなところまで!? ば、馬鹿げている! こんな愚かな…とても信じられない…。でも、地下で見たあれは、そう考えるとたしかに納得がいく…。そ、それじゃあ、私が撃ったのはまさか……!!」 資料にはすべてが書かれていた。そして、これからのことも。 「そんなことのために、病院の患者たちを実験台にしていたというのか!? なんて酷い…。これは神への冒涜だ!! こんなこと、すぐにでも止めさせなければならない! 私が……この手で!」 だが、いくらすべてが記された資料にも、彼女の身にこの先起こり得る未来までは書かれていなかった。 アマンダが決意を示して手をぐっと握りしめる。すると、その拳の上に赤い滴が落ちた。これは……血液? 「な…しまっ……!!」 気付いた時には既に遅かった。 あまりにも資料に集中しすぎて、周囲の警戒を怠っていた。 アマンダの背後には例の人狼が立っていた。頭を撃ち抜かれたはずにも関わらず、それは死んではいなかったのだ。 しかし、もうアマンダにはそれを見ることも適わない。 振り返るよりも先に、人狼はアマンダの頭を噛み潰してしまったからだ。もう、どこが目でどこが鼻でどこが口なのかもわからない。血を勢いよく撒き散らす首から上のない肉の身体がそこにあるに過ぎなかった。 最期の瞬間、彼女は一体何を思っただろう。一体何を見たのだろう。目も頭も失ってしまった今になっては、それももうわからない。もう、なにもわからない。 人狼はそんな彼女の亡骸をめちゃくちゃに引き裂いてしまうと、ひと際大きな雄叫びを上げた。それは、どこか悲しいようでもあり、何かを酷く恐れているようにも聞こえた。果たして、それを聞くことができた者がまだいたかどうかもわからないが。 アマンダの銃が虚しく主の手を離れて床に転がる。 そこには一枚の血に塗れた資料が遺されるのみだった。 ――強 隊計画 概要 弱い。とても撃たれ弱い。銃弾のたった一発が致命 さ り得る。 部は野生生物のその強靭な肉体のタフさに着目し の能力 人に適用 と計画した。 々はその計画の一旦を担う。こ は我々の能力を れた上での依頼 て研究に励むように。 ま 、依頼主は軍司令部 で を忘れない 。 第 生生 に匹 る強靭 第二 的:完全 第三目的:不 現段階での研究経 経過1:精神の錯 ョック死。適性 い者は 死亡する。 経 2:外見の変化、 乱及び暴走→処分 :中途半端な獣化、精神が不安定で目的1を達成す 時期尚早。 一方で、必要以上の変化を見せる個体が現れる→目的2の研究に利用可能 4:獣人化、目的1の達成(ただし適応者のみ)。引き続き、研究を進め 経 完 化を目指す。精神 乱、暴走の再問題 経過 自我を失っ うになった 失敗である 経 完 成( 。一部に”絶 死 い”副作用発 た目はゾ は経 、自我を失って暴走。 了につき 体は隔離。第三 経過8:無 化成功。 的の試験的軍事利用 経過9:副作 のみ取り出 究を開始。 はそのま を得る目的 変化させずに、不 用のみ すことを目的とするが また経 経過2の状態に逆戻 経過10:今後 期待する。不 後の研究課題(難航中) To be continued... 神への冒涜5
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冒涜せしナチュラル・マキナ R 自然文明 (7) クリーチャー:ヘッドレス 12000 ■T・ブレイカー ■このクリーチャーが攻撃する時、自然のカードをすべて、自分のマナゾーンから手札に加える。 作者:赤烏 収録 DMW-13 「ビギニング・レゾン」 評価 名前 コメント
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彼らの冒涜は、無垢な悲哀を無謀な憤怒に変える。 Such sacrilege turns blinding grief into blinding rage. オンスロート 【M TG Wiki】 名前
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狼男は唸り声を上げながらふらふらとわしに近づいてきた。 くそっ、銃さえあれば……。銀の弾丸だ! 誰かシルバーブレッドを持ってこい! しかしここには目の前の化け物と自分しかいない。この狭い部屋で怪物と二人っきりだ。当然、いい雰囲気になんてなるわけがない! 『神への冒涜』二人目「退役した老人 / A crisis bites the Old man」 半ばわしは混乱していたのだ。 さっきまで、この部屋にはあの若造とわしの二人だけだったはずだ。それがどうだ、今は目の前のアイツとわしの二人だけだ。これがどういうことかわかるか? 若造があん畜生に食われちまって、次はわしの番……。まぁ、それも地獄ではあるだろう。 だがそうじゃない。あの若造は突然わしの目の前であの化け物に変わったのだ。 クソつまらない人生を既に70年近く送ってきたが、こんなことは初めてだ。現役時代は数々の戦場で死線を潜り抜けてきた。戦場には悪魔が棲む、何が起こるかわからない……とはよく言うがこれはなんだ。ここが地獄か。戦場でもないのに関わらず! それじゃあ、あいつはどうなった。あの若造は。 死んだ? いや生きている? ああ、いるとも。どこに? 目の前に。……まさか。あれが、あの似ても似つかない化け物があのいかにもひ弱そうな若造だと! 「く、く、来るな! き、貴様、上官の命令が聞けんのか!」 『どうしたジェームス、さっきまでの威勢は』 スピーカーからあのクソったれの声が聞こえてくる。担当医だなどと言ってわしらを騙していたエイドとかいう男だ。 『ふん、散々私をばかにしてくれた罰だ。どうせ、おまえも失敗作に決まってる。そいつに殺されるなり、情けなく逃げ出すなり好きにすればいいさ! おーっと、そうかそうか。おまえに逃げ場なんかなかったなぁ!』 やつが何を言っているかなんて頭に入ってこなかった。ただ目の前の混乱に対応するだけで精一杯だった。 『ウ……グゥゥ…』 人狼は突然、膝をついてその場に倒れ込んだ。 「ドクターエイド、数値に異常が!」 「被検体Yの体温低下中!」 「意識レベルに異常が見られます! 経過2…ジャムです!」 助手たちが次々に結果を報告する。それが意味するのは、失敗だ。 「なんだと、またか! くそっ、また上にどやされちまう…。ええい、やめだやめだ! 処分しろ!!」 「まだ被検体Aが残っていますが?」 「被検体Yと同じものを投与してるんだ、どうせ同じだろ! それに、あいつには恨みもあるからな…。ああ、そうだ。どうせ処分するんだ。だったら、腹いせにあいつが”できそこない”に喰い殺されるのでも観察してやろうじゃねえかぁ!」 (ああ、なんてこと…) その結果を受けてもう一人のドクター、八神はますます心を痛めるのだった。 (ナ、ナニガ起コッテイル…?) 被検体Yと呼ばれた男はようやく意識が苦痛から解放された。 しかし、その意識を次に支配したのは恐ろしいほどの恐怖と怒りと悲しみと、その他色々な感情をごちゃ混ぜにした混沌とした感情だった。 (ナンダコレハ。コノ臭イハナンダ。ナンテ不快ナ…! ナンダコノ景色ハ。ナンダコノ色ハ。ナンダコノ手ハ、ナンダコノ鼻先ニ見エルヤツハ、ナンダコノ目ノ前デ睨ンデルヤツハ! オレハ誰ダ! ココハドコダ! ナニガ起コッタ!!) 「ウグォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」 わけもわからず暴れ始めた。目の前にいるやつが何か言っているがまったく理解できない。 怒りに任せて腕を振るう。床に鋭い爪痕が残った。 悲しみに任せて腕を叩きつける。床に穴が空いた。 目の前にいるやつは何かを叫びながら走り回る。……目障りだ。 何を言っているのかはわからなかった。しかし、それが自分を侮辱しているようにも蔑んでいるようにも思えてならなかった。そうだ、敵だ。きっとあいつは敵だ、アイツハ敵ダ。 敵ハ払イノケナケレバナラナイ。敵ハオレヲ悪ク言ウ。敵ハ縄張リカラ追イ出セ、消セ、殺セ! 腕ヲ振ルッテ敵ヲ払イノケル。シカシアイツハ、チョコマカトソレヲ避ケテマワル。 アタラナイ。ナカナカアタラナイ。ナカナカ消エナイ。 ……早ク、早ク消サナケレバ。消サナケレバオレガ群レノ信用ヲ失ウ。群レ? ナンダソレハ。ワカラナイ。 オレハダレダ、ココハドコダ、群レトハナンダ、ワカラナイワカラナイワカラナイ! 何モワカラナイ!! ソンナ状態ガ更ナル怒リヲ呼ビ、ソノ黒イ感情ガ意識ヲ強ク縛リ付ケル。 「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」 咆哮。心ガ昂ル。 飛ビカカレ、回リ込メ、追イ詰メロ。 次ノ行動ヲ心ガ教エテクレル……。 クソったれ! とうとう、わしは壁際に追い詰められしまったようだ。もはやこれまでか……。 神に祈ったことなどなかったが、今が最初で最後のそのときなのかもしれない。 狼男めが飛びかかって来る。思わず頭を抱える。 「ひィッ! か、神よ、我を救い給え…!!」 抱えた頭のちょうど真上を化け物は通り抜けて行った。化け物は壁を突き破り、その向こう側の通路に転がり込んだ。 「か、感謝する! 神よ!」 その壁の穴からわしは逃げ出すことにした。いや、これは戦略的撤退である。 『ば、馬鹿な…! やつめ、鋼鉄の壁のぶち破りやがった! 緊急事態だ、なんとかしろ!!』 後ろからはクソ担当医の慌てた声が聞こえてきた。 どこをどう走ったのか覚えていない。 とにかく安全な場所を求めてジェームスは逃げ回った。……いや、戦略的撤退を続けたのだ。 「な、なんとかまいたようだな」 落ち着いて状況を確認する。 「あれは……。幻、じゃない…よなぁ。あの若造…。そんなまさか」 ジェームスはまだ目の前で起こったことが信じられずにいた。 「狼男だと!? クソが、そんなの…そんなの伝説の中だけの……ああ、畜生!!」 突然ベッドの下から現れて脱出を提案したあの男は、突然異形の存在となってしまった。親しい存在ではなかったが、それが急に遠いところへ行ったしまったように感じられて、孤独感と不安が不意にジェームスを襲った。 恐怖で心が押し潰されてしまいそうだった。まだ足が震えている……。 「なんとかあの若造を助けてやることは…。いや、それどころじゃない。今は自分が助かるかどうかもわからないってのに!」 とにかくまずは脱出だ。そう考えて、ジェームスはまずは現在位置を把握できる手がかりを探す。慌てて滅茶苦茶に走ったので、自分が今どこにいるのかまったく見当もつかない。 ジェームスが逃げ込んだ部屋は資料室のようだった。所狭しと棚が並べられ、ぎっしりとファイルの束が詰まっている。 「これはツイてる、地図があるかもしれない。神様様々だなっと」 手当たり次第に棚を引っかき回しては、これも違う、これも違うと不要な紙屑の山を重ねていく。 ふと気がつくと、部屋の奥のほうにぽつんとデスクが置かれていた。部屋は薄暗かったが、そこだけがうっすらとランプに照らされている。ジェームスは光に吸い寄せられるかのようにデスクに近寄った。 デスクにはいくつかの資料が広げっぱなしにされていた。 「地図…ではないな。不要……む?」 気になるワードを見かけたような気がして資料に目を戻す。 ある資料にはこう記されていた。 ――強化軍隊計画 概要:人は弱い。とても撃たれ弱い。銃弾のたった一発が致命傷にさえなり得る。 上層部は野生生物のその強靭な肉体のタフさに着目し、その能力を人に適用しようと計画した。 我々はその計画の一旦を担う。これは我々の能力を信頼された上での依頼だ。心して研究に励むように。 また、依頼主は軍司令部所属であることを忘れないように。 第一目的:野生生物に匹敵する強靭な肉体を持つ強化軍隊を得る。 第二目的:完全獣化させて敵の目を欺く野生部隊を得る。 (手書きでメモ)完璧に人の命令を理解する動物としてメディアにも転用可能、副収入が期待できる。 研究を部外秘とすることで市場の独占が可能。 現段階での研究経過 経過1:精神の錯乱、及びショック死。適性を持たない者は直ちに死亡する。 経過2:外見の変化、錯乱及び暴走→処分 経過3:中途半端な変化、精神が不安定で目的1を達成するには時期尚早。 一方で、必要以上 を見せる個 る→目的2の研究に利用可能 経過4:目 経 (インクか何かをこぼしたらしく、塗り潰されていて読みとれない部分が大部分を占めている) 経過9:副作用の を得る目的 変化させずに、 過2の状態に逆戻り 経過10:今後の成果に期 (赤字、手書きのメモ)部外秘。不用意に当資料を放置しないこと! 「軍…だと? 司令部は何を考えている!? 頭がイカれちまったのか、これはマトモじゃねぇ…。それじゃあ、さっきのはつまり……。わしらは実験台だってか! なんてやつらだ、人を何だと思ってやがる!」 ジェームスは資料を滅茶苦茶に破り捨ててしまいたい衝動に駆られた。しかし、一度冷静になってその手を止めた。 「そうだ、この資料を突き付けてやる。退役したとはいえ、まだわしの顔は利くだろう。それに部外秘だそうじゃないか、せめてこれでひと泡吹かせてやる。もし、これが事実だったら……それはそのときだ」 懐に資料を忍ばせるとジェームスは決意した。何としてもここを生きて脱出しなければならないと! 「クソ、地図がないじゃないか! 役立たずの紙屑め…。仕方ない、窓からでも下水でもいい。とにかく外に出られる場所を見つけなければ」 資料室には窓がなかった。誰もいないことを確認して近隣の部屋を覗くが、そこにも窓は見当たらない。 もしかすると地下室なのかもしれない。そういえば、階段を駆け降りたような覚えもあった。 「ここは何階だ? 階段かエレベータはないのか。自身の置かれた状況を把握しなければ、どんな作戦だって成功できないんだ。闇雲に動き回るのはまずい。そうだ、それと何か武器になるようなものも欲しい」 敵陣の真っ只中、誰かに道を尋ねるわけにもいかない。白衣でも奪えれば研究員を騙すことができるだろうか。果たして、そんなマヌケがここにいるだろうか。 「とにかくここは慎重に…。思い出せ、上官殿のことばを! 壁に耳あり障子にメアリー……む、これは何の教訓だったか」 壁を背に、進行方向だけでなく後方にも注意を注ぎながら進む。 曲がり角では慌てて飛び出さずにまずは様子をうかが……。 ゴツンという鈍い音。目から火が出た。 「…っつぅ! き、貴様、どこに目をつけてやがる!」 「…痛ってぇ! おまえ、どこに目をつけてやがる!」 二人は同時に叫んだ。 続けてもう一言ずつ叫んだ。 「おまえはクソ担当医! たしかエイドリアンとかいう…」 「ジェームス! この老いぼれめ、やっと見つけたぞ!」 エイドはジェームスの腕を捕まえて言った。 「おまえのせいで…。おまえのせいでなぁ! この有様だ! 逃げ出した”できそこない”のせいで研究員が何人もやられた! おまえだけはただじゃ済まさんぞぉ…」 「抜かせ! おまえらがイカれた研究をしているのがそもそもの原因だろう! わしはここの実態を世間にぶちまけてやるぞ。これで貴様らの計画もオシマイだな!」 「だったら、おまえだけは生きて帰すわけにはいかねぇ……どんな手を使ってもな!」 ジェームスが目を見開いた。そして不敵に笑いながら言う。 「クソったれめ、化け物に手を下させても……か?」 「それが望みならそうしてやる……な、に?」 エイドの背後には被検体Yがそびえ立っていた、唸り声を上げながら。 ジェームスはひとつの提案をした。 「おい、クソ野郎。喧嘩の続きは後だ。今はひとまずここから逃げる…いや、戦略的撤退といかないか」 「ああ、そいつは名案だ。どうせ道にでも迷ってたんだろう、私は出口を知っている。だから私から逃げ出すなよ」 「いいだろう……話はそのあとだ!」 ジェームスとエイドは顔を見合わせて頷き合った。 そして、人狼の咆哮と同時に一目散に駈け出した。 「ああ、クソったれ! おまえ、本当にあの若造ならわしの話を聞きやがれ! わしじゃなくて、こいつを喰い殺せ!!」 「なんだと! 私なんかより、このジジイのほうが長年熟成されてて美味いに決まってる! こいつを喰え!!」 「うるさい! おまえのほうが若くて柔らかいだろう! わしなんか、もう古くなってカチカチだぞ!!」 「馬鹿言え! 私なんか普段あまり運動をしないから、これだけ走っただけでももう筋肉痛でガチガチなんだぞ! 長年軍隊で慣らしたこいつのほうがまだ柔らかい!!」 そんなことを言い合いながら走る二人の先にエレベータが見えてきた。ちょうど一人の研究員が避難しようとしているところで、扉は閉まりかけていた。 「待て、私も乗せろ!」 「貴様、上官より先に逃げようとはいい度胸だ!」 鬼のような形相で上司と爺が駆け寄ってくる。そして、その背後には四足で走る人狼の姿。 「ひッ…!!」 研究員は慌てて『閉』のボタンを連打する。 エイドは閉じる扉にすんでのところで転がり込んだ。 「この馬鹿野郎! 待てと言ったろうがぁ!」 研究員を引っ叩くエイド。 そしてジェームスは……間に合わなかった。 「ま、待ってくれ! 一緒に逃げる約束だっただろう!」 「はっはっは! ざ、残念だったなぁ、若さの勝利ってやつだ! 負け犬は大人しく犬の餌になっちまいな、あばよ!!」 無慈悲にもエレベータは命令通りに搭乗者を上階へと運んでいく。ジェームスがいくら扉を叩いても機械は彼に同情などしてくれない。エイドは勝ち誇ったようにそれを見下ろしていた。 ジェームスが振り返ると、目と鼻の先に人狼の大きな顎が目一杯に開かれていた。 (これまでか…!!) ジェームスは死を覚悟した。 ――この、クソったれめが!! To be continued... 神への冒涜3
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――病院。 それは怪我をした者、病を患った者を治療する救いの場だ。 そこは最も信頼できて最も安心できる場所のひとつである。 私はそう信じていた……”そのときまでは 。” そして、”それ”は私の運命を変えたのである。 ――ははは…。そいつはできない相談だ。噛みつかれでもしちゃ、大変なことになるからなぁ!―― 『神への冒涜』一人目「被検体 / The first of Episode」 不可解な夢から目を覚ますとそこは見知らぬ病室だった。 「……ここ…は? 病院?」 看護師がそれに気がついて声をかけてくる。 曰く、私はどうやら事故に巻き込まれてここに運び込まれたらしい。病室は個室のようで、他の患者の姿は見えなかった。 「心配しなくていいのよ。うちの先生は最高の腕を持っているのだから。あなたは何も余計なことは考えずに寝ていなさい」 (事故に巻き込まれただって?) 事故のことを思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せるが何も思い出せない。自分の名前すらだ。これも事故の影響なんだろうか。 (そういえば、強いショックを受けて記憶の一部が飛んでしまうという話を聞いたことがあるような) そんなことをぼんやりとした頭で考えていたが、いつの間に眠ってしまっていた。 次に目を覚ましたのは、担当医を名乗る医者に声をかけられたときだ。 「……なた。そこのあなた。ちょっといいかしら」 「……? え、あぁ……。あなたは?」 「私は八神。私があなたを担当することになりました。私も全力を尽くすことを約束します。だからあなたもつらいかもしれないけれど、それに負けないでいっしょにがんばっていきましょう」 八神は無表情で励ますようなことばを言った。実際のところあまり励みにはならない。 「つらいとは…。私はそんなに悪いんですか」 「そうね…、少し長い期間の入院をしてもらうことにはなりそうね。だけど心配はいらないわよ。命に別状がないということだけは約束できるから。だから安心して。まぁそういうわけで、長いつきあいになりそうだから私を信用しておいてほしいの」 「そうですか…。わかりました。よろしくお願いします」 「それじゃあ、これからの治療の予定を説明するわ。まずあなたには各種の検査を受けてもらうことになります。詳しい治療方法はそれから検討することになりますが、外傷は目立たないので最初は投薬による治療が中心になると思います。それから……」 八神は説明を続けた。 八神は細身で背の高い女性だった。無表情で冷静で淡々としゃべる。 いわゆるシゴトのできるオンナというやつだろうか。 「……以上ですね。何か質問は?」 私は八神に一番の疑問を問いかけてみることにした。 「実はこの病院に来る前のこと全然思いだせないんですが…」 「…ふぅん。それはつまり記憶がない、と」 「事故に巻き込まれたと聞きました。これもその事故の影響でしょうか」 「…そうね。その可能性は高いわ。それも踏まえて治療計画を検討することにしましょう」 八神はカルテにそのことを書き込むと、何かあったら看護師を通じて伝えてほしいと言い残して去って行った。 記憶がない……と聞いたときに、無表情な八神が一瞬にやりと笑ったように見えたが気のせいだろうか。 心配はいらない、安心しろと言われても、突然こんな状況に置かれてはそれも無理な話だった。 そして、翌日から連日の検査、検査、検査。 血を抜かれたり、レントゲンを撮られたり、よくわからない器具を装着させられたり。 採血と体重の測定は毎日行われた。しかし結果がどうなのかはまだ教えてもらえないらしい。 退屈な日々だった。 「久しぶりね。調子はどうかしら」 ある日、再び八神が病室に現われた。 「まったく毎日毎日、検査ばかりでいやになってしまうよ」 「そう…。それは元気そうでなによりね」 この頃には当初のような不安はなくなってきていた。慣れというものは恐ろしい。 相変わらず八神は無表情で冷たい様子だったが、もともとこういう性格なのだろう。 「今後の方針が決まったわ。前にも説明したように、投薬による治療を行っていきます。それと確認なんだけど、今までに薬を飲んで何かアレルギーが出たことはないわね?」 「大丈夫です」 「ならいいんだけど。それから、これはこっちの都合で申し訳ないんだけど病室を移動してもらうことになったわ。案内するから私についてきなさい」 「こっちの都合とは?」 「ええ、その……。治療にあたって必要な設備がこの病棟にはないの。その設備があるほうの病棟に移ってもらう必要があるってわけよ。申し訳ないけどね」 設備の都合なら仕方がない。八神に連れられて院内を移動する。 他の患者の姿は検査のときもそうだったが、ちらほら見かける程度だった。 知ってる顔はないかと捜したりもしたが、とくに知り合いを見かけることもなかった。 続いて中庭を通り過ぎる。 そういえば、病室で目を覚ましてから初めて外に出たような気がする。 どうも見覚えのない病院のようだが、ここは一体どこの病院なのだろうか。それとも、事故のショックでそんなことすらも忘れてしまったのか。目を覚ましてから数日経つが、未だ記憶は闇の中だ。 そもそも私は一体どんな事故に巻き込まれたというのだろうか。 看護師たちに何度か聞いてはみたが誰もが答えてくれなかったり、話をごまかしたりした。もしかして、私は何か大変なことにでも巻き込まれているのだろうか。 ……まさか。 いくらなんでも考え過ぎだろう。いや、そうであってほしい。 しかし、その願いはすぐに揺らぎ始めた。 「ここよ」 着いた先にその病棟はあった。 黒く薄汚れた建物で、壁は所々ひび割れている。白く清潔感のある、さっきまでいた病棟とはまるで対照的だ。 重そうな鉄の扉を八神が開けて中に入る。 中は薄暗く陰鬱な空気だ。病院特有の薬品の臭いとはまた違った異様な臭いが漂う。 「ここ…ですか…」 「オンボロで申し訳ないわね。古くなってきたから建て替えようという話も出てるんだけど、こっちにしかない設備をどう移動させるか、建て替え中に患者をその間どうするのか、などの問題があってなかなかね。これでも、ちゃんとしたうちの施設だから」 当初のような不安はなくなってきていた……? 否、当初以上の不安が襲いかかってきた。そんな不安を押しこらえて扉をくぐる。 後ろから扉が重々しく閉じる音が聞こえる。まるで外界とこの空間を断ち切ってしまうかのように。 階段をひとつ昇って、少し行った先に病室はあった。 相変わらず薄暗い。清潔感とはまるで無縁な空間だ。窓は閉め切られていて、部屋にはベッドと机がひとつあるのみ。にもかかわらず閉塞感さえ感じる。 「それじゃあ、しばらくしたらまた呼ぶから」 八神は、この病室でしばらく待つように言うと部屋を後にした。 「ああ、それから見ためボロボロだけど、一応これでもこっちは大事な施設なの。研究用の重要な施設なんかもあるから、あまりうろうろしないほうが身のためよ」 最後にそう言い加えながら。 八神が出て行ったあとはひたすら静かだった。その静寂がまたひどく不気味だった。 重苦しい空気を払いたくて窓を開けてみようと試みたが、窓はどうやらガラスがはめ込まれているだけで、開閉できるものではないようだ。 しばらく待てと言われても、とくに時間をつぶす手段もないので、ベッドに寝転がった。すると、ちょうど正面の壁にモニタ画面のようなものが設置されていることに気がついた。 テレビだろうかと思って部屋を見渡すが、リモコンのようなものは見当たらない。直接電源を入れられないかと画面に近づいてみるが、そのようなものも見当たらない。 仕方がないので、再びベッドに寝転がる。 そしてそのまま不安に押しつぶされるかのように意識は遠のいていった。 「……経過はどう?」 「ここまでは順調ですね。事前の検査でも適性はあるとの結果はでていますが、あとは試してみないことにはわかりませんね」 (話し声が聞こえる…。八…神……?) 「そう。今回はうまくいくといいけど。そろそろ結果を出さないと上がうるさくてね…」 「申し訳ありません」 「私たちだけのせいじゃないわ。上がもっと研究費用さえ出してくれれば、こんなにも苦労することないのに…」 (もう一人は……誰…? ”上”…?) 「ところで、この前のアレはどうだったのかしら。たしか最終段階までは行ったと報告を受けているんだけど」 「いえ、その一歩手前までですね。そこまでの経過は良好だったんですが、そこに来て拒絶反応が出まして。暴走を始めたのでやむなく処分しました」 「そう…。残念だったわね。検査結果では、過去最高の適性を見せていたと思ったんだけど…」 (…適性? それに……処分!?) 「今回は2体…か。だんだん少なくなってきたわね…。こんなので本当に成果が出ると上は思っているのかしら。私は早くこの研究を終わらせなくちゃならないのに…!」 「ドクター八神…」 「私なら大丈夫よ。それよりも今は目の前のことに集中しないと。さぁ、良い結果を出してくれるといいのだけれど」 「研究班は今回こそはいけると言っていましたが果たして…。まぁ、我々の役目はこっちですからね。我々は我々のできることで常に最善を尽くすのみですよ。あとは祈りながら見守りましょう」 「そうよね…。それじゃあ、やってちょうだい」 「任せてください」 突然の鈍い痛み。 熱い。身体が熱い。まるで内側から焼けるような熱さだ。 そして頭が痛い。平衡感覚が異常を訴えている。ひどいめまいだ。 視界がぼやける。まぶしい。だが同時に真っ暗でもある。目が白黒する。 浮かんでいるような、落ちているような、奇妙な浮遊感……。 「お、おまえたち、一体、何を……ッ!!」 「えっ?」 気が付くと、最初に目が覚めた病室のベッドの上だった。 看護師が心配そうに顔を覗き込んでいる。 「ずいぶんうなされてたようですけど…。大丈夫ですか?」 (……夢?) そこはすでに見慣れてしまったあの病室。薄暗さも、ひび割れた壁もない。 (そ、そう…だな。いくらなんでも、あんな薄汚い病室に患者を通す病院なんてあるはずがない。あれは、きっと不安が見せた幻に違いない) 胸をなで下ろして、看護師に答える。 「大丈夫です、申し訳ない。少し奇妙な夢を見ただけで……え?」 看護師の顔がぐにゃりとゆがんでいく。 「そレはヨカッた。心配シナクテイイノヨ。ウチノ先生ハ最高ノ腕ヲ持ッテイルノダカラ。アナタハ何モ余計ナコトハ考エ、考エ、カンガ…。ガ。ガ。ガ、ガガガガガ…」 「!?」 「おまえは、何も余計なことは考えなくていいんだよ! くひゃひゃひゃひゃひゃ!!」 看護師の顔が溶けてなくなり始めた。 溶けて穴があいた顔の向こう側に見えるのは見覚えのあるモニタ画面。 鼻を突くような異臭。押しつぶされそうに重い空気。 白い病室の壁は、徐々に黒ずんでひび割れていく。 ついに看護師は溶けてなくなってしまい…… 「……!!」 気が付くと、例の薄暗い病室のベッドの上だった。 (……ゆ、夢!?) そこは、移動させられた病棟の病室。明るさも、白い壁も、看護師の姿もない。 (今のが夢なのか? だとすると、研究がどうとか誰かが話していたあれは……。あれも夢か…?) まだ、頭がくらくらする。ベッドは汗で濡れていた。 「どうかした? 疲れた顔をして。怖い夢でも見たのかしら」 しばらくして病室へやってきた八神は言った。 当然、あんな不気味な夢の内容など話せるわけもない。 おそらく不安が見せた夢なんだろう。笑われてしまうのがオチだ。 「だ、大丈夫だ! なんでもない!」 「あらあら、落ち着いて。薬の副作用かもしれないわね。統計では精神が不安定になることがあるみたいだから」 薬と聞いて、例の研究がどうこうと話されていた夢が真っ先に頭に浮かぶ。 夢では何か鈍い痛みを最初に感じたのだ。あれは何かを注射されたのではないか。八神は言っていたじゃないか、”投薬による治療を行う”と! それに、もしあの研究の話が夢じゃなくて事実だったとしたら。 (処分……) まさか、夢の中の会話が本当なのかどうかなんてばかなことを問いただすわけにもいかない。 そもそも、そんなことが実際にあるわけがない、あってはならない! それこそ映画や小説の中だけなのだ、そんなものは。 「いや、あの…。そうだ、そろそろ教えて頂けませんか。私がここにいる理由を。看護師たちは誰も教えてくれなかったので」 代わりにずっと疑問になっていたことを問いかけた。 「なんだ、そんなこと…。言わなかったかしら、あなたは事故に巻き込まれたのよ。だから、ここに入院しているの」 「そうじゃない。どんな事故に巻き込まれたのか、それからどんな怪我か病気かでここに入院させられてるのかってことだ」 「目立った外傷はない。でもあなた、自分で言ってたじゃない。記憶が曖昧だって。つまりはそれ。あなたは内的疾患を患っている。だからその治療のためにここにいる。…これで満足かしら?」 まただ。また話をはぐらかされた。これは何か隠しているに違いない。 ここぞとばかりに一気に八神に追求する。 「いや、まだです。たしかに記憶ははっきりしませんが、それだけのために投薬はしないでしょう。それに事故の詳細をまだ教えてもらっていません」 「……事故のことは、申し訳ないけど言えないわ。ちょっと……表沙汰にできないことなの。つまり…その、あれよ。警察のほうから口止めされているの。患者たちも口止めされていたはずよ。あなたは覚えていないかもしれないけどね」 「なんだと? それならあなたも関係者じゃないか! 口外できないとしても、関係者間なら口外することにはならない。隠さずに教えてくれてもいいだろう!」 「ああもう、しつこいやつ! あなたはそんなこと、知らなくていいのよ!」 とうとう八神は怒り出してしまった。 「あなたは医者ですよね。患者は医者が何をするのかを知る権利があったかと存じますが?」 「うるさい! …これだから中途半端に頭のいいやつは嫌いなのよ! いい? あなたがそれを知ったところでなんの役にも立たないのよ! 世の中には知らないほうが幸せなことはいくらでもあるんだから!」 「それが記憶を取り戻すきっかけになるとしても…?」 「……記憶がないと言ったわよね。だったら、あなたはそれを思い出さないほうがきっと幸せよ。怖いとは思わない? もし、自分が大変なことをしでかしていたとしたら…」 「大変なこと? 待て。八神、何を知ってるんだ!?」 「うう……。こ、これ以上は言えないわ! あまり詮索しないほうがあなたの身のためよ!」 これ以上は何も言うことはない、と八神は逃げるように病室を後にした。 後を追おうと扉に手をかけるが鍵がかかっている。どうやら八神の仕業らしい。 八神は明らかに動揺していた。 私は確信した。ここはただの病院じゃない! こうしてはいられない。少なくともここは安全ではない。 私はなんとかここから脱出することを考えた。 扉には鍵がかかっている。窓はガラスがはめ込まれているだけで開くことはできない。ベッド前のモニタ画面にもとくに役に立ちそうな仕掛けはなかった。 (ベッドの下に隠れたり死んだフリで看守を騙して脱出しようにも、その看守がいないしな…) そう思いながらベッドの下を覗き込む。 「ん、これは…」 ベッドの下には通気口ダクトがあった。都合良くダクトの蓋は壊れている。 (罠か、それとも以前にも私と同じように脱出を試みた者がいるのか…) しかし、いつまでもこの部屋に留まっていても解決の目途は立たない。私は通気口ダクトを進むことにした。 ダクトは途中で道が分かれていた。どうやら他の病室につながっているらしい。使用されていない病室にうまく出られれば、扉は施錠されておらず脱出できるかもしれない。 ほとんどのダクト出口は蓋がされていたが、ようやく蓋が外れている部屋を見つけた。 部屋に誰もいないことを確認して通気口ダクトから這い出る。 「よし、まずは一歩…」 「だ、誰だおまえは!」 しまった。ベッドの上にこの部屋の主がいたらしい。 (敵か!? それとも…) ベッドの上にいたのは一人の老人だった。私と同じ服装をしている。ということは、ここの患者か。 「驚かせてすまない。別に私は怪しいものではない」 「そんなところから出てきて怪しくないもクソもあるか! 場合によっちゃ人を呼ぶぞ!!」 「そ、それは困る! 危害を加えるつもりはない! ご老人、まずは落ち着いて私の話を聞いてほしい」 私は自分の身の上と八神の不審な様子、夢で見た身体の異変や研究のことを老人に話した。無論、夢かもしれないということは伏せて。そして、ここはただの病院ではなく、直ちに脱出する必要があると。 老人は意外にもすぐに私に同意してくれた。 「やはりか。わしもおかしいとは思っていたんだ…」 老人はジェームスと名乗った。 ジェームスは夢ではなく目の前で実際に例の注射を打たれたそうだ。例の異変については薬の副作用だと説明された。 「ふん、年寄りだから何もわからないと思ってばかにしやがって…。そりゃあ、まぁ、最近の治療はこういうものなのかと少し信じかけていたが……その研究とやらの話が本当なら、やはりおかしい気がしてきたぞ! よし、こんなところすぐに出て行こう!」 ジェームスは真っ直ぐにドアを開けて出て行こうとする。 「ま、待て! 迂闊に歩き回るわけには…」 扉には鍵がかかってた。 「ふん、クソったれめ。こんなか弱い老人を閉じ込めて何が楽しいというのだ、この変人どもめ!」 ジェームスは扉を蹴飛ばした。もちろん、扉はびくともしない。 「お、落ち着いてくれ! やつらに見つかっては困る! 見つからないように脱出する計画を立てよう」 「わしがあと10年若ければあいつらなんか、この腕一本でぶちのめしてやったものを…。仕方ない、その計画とやらをさっさと聞かせろ」 とても元気な老人だ。少なくとも脱出の途中で倒れられてしまうような心配はないだろう。 「…よし。それじゃあ、次に担当医があの忌々しい扉を開けたらわしがそいつに殴りかかって」 「いやいや! そこは私がやるから、あなたは扉を閉められないように押さえて周囲の確認を…」 「おまえのような若造に任せられるか! いいか、わしが若いころは…」 あまりにも元気過ぎて、計画を立てるのも一苦労だった。 そのとき、 「ジェームス! うるさいぞ、静かにしろ! …私だ、エイドだ。入るぞ」 ご老人の担当医と思しき声が扉の向こうから聞こえてきた。 まずい、まだ計画が完成していないのに…。しかし、やるしかない…! (ジェームス、頼むからあいつは私にやらせてくれ。お願いだから周囲の確認を頼むよ) (ふん、仕方ない。今回だけだぞ、次はわしがやるからな) 次なんてあってほしくない。 「来るなと言ってもおまえは入ってくるんだろう。だったらさっさと入れ」 ジェームスが担当医を呼び入れる。 鍵の開く音が聞こえた。私は扉を開くその瞬間を待ちかまえて身構える。 (…今だ!) 扉は開かれた。私は勢いよく扉の向こうにいる男に飛びかかる。 しかし、 「おっと、残念だったな。おまえたちの様子は初めから監視されているんだよ」 渾身の一撃はいとも簡単にかわされ、さらに担当医の後ろにいた助手たちに取り押さえられてしまった。 「大人しくしててもらおうか」 「一人じゃないのか! き、聞いてないぞ!」 「聞かれなかったからな。おい、ジェームスとついでにそいつも連れていけ」 計画も空しく私とジェームスは研究員たちに捕らえられてしまった。 「…だから、わしに任せろと言ったんだ!」 「いや、そもそも監視されていたんだ。結果は同じだったさ…」 「まったく最近の若造はこれだ。すぐに言い訳をする。いいか、わしが軍隊にいたころはな…!」 私たちは窓も家具も何もない狭い部屋に閉じ込められていた。なぜか拘束は受けていない。 『逃げようとしても無駄だ。すでに”処置”は終わっているからな』 部屋の角に設置されたスピーカーから声が聞こえてきた。さっきのジェームスの担当医の声だ。 「処置…? なんのことだ。ここはただの病院じゃないな! おまえたちの目的はなんだ!?」 『それに答えてやる義務はない。おまえらは黙って最良の研究成果を見せてくれればそれでいいんだ』 「わしらに一体何をした! 場合によっちゃわしの上官殿が黙っておらんぞ!!」 『おまえが黙れ。どうせその上官殿はとっくの昔に退役している』 「ここから出せ! それに何だその態度は、男なら面と向かって話さんかい! 顔を見せやがれ、クソ野郎!!」 『ははは…。そいつはできない相談だ。噛みつかれでもしちゃ、大変なことになるからなぁ! ふん、とにかくもうおまえたちに言うことはない。以上だ』 それっきりスピーカーはもう何も言わなかった。 「…くそっ、老い先短いジジイめ! どうせ、おまえはこの研究に耐えられない。あくまで様々なケースのデータを得るためだ。そううるさくわめいていられるのも今のうちだぞ!」 エイドは監視モニタに拳を叩きつけた。 「ちょっと! 壊れたらどうするのよ! それに、お年寄りにそんなひどいことを言うもんじゃないわ…」 八神もその場にいた。しかし、その様子は担当医として見せた無表情で冷静なものとは違っていた。 「おやおや、ドクター八神。あんたらしくない台詞だな。いつも担当の被検体にはあんなにも冷たくあたっているくせに」 「あ、あれは…違う! あれは本当の私じゃなくて…。仕事だから仕方なく…!」 「そうかい。それじゃあ、仕事の時間だ。おまえの処置した被検体には注目しているんだぜ?」 (ああ、ごめんなさい…。でも私は彼らに逆らえない) 八神はこの《研究》に心を痛めていた。しかし、彼女にはどうすることもできなかった。 「各種センサー状態良好。いつでもOKです」 「こちらもオールグリーン。今回こそうまくいくといいですね」 「いつでも記録開始できますよ。この研究が成功したらお祝いに飲みに行きましょう」 助手たちが二人に声をかける。 「さぁ、最高の結果を見せてくれ…」 監視室にエイドの笑い声が響き渡った。 (め、目眩がする…。頭が…どうにかなりそうだ。こ、これは、あの夢のときと同じ……!) 八神の”被検体”は再び身体の異変に襲われていた。 「ど、どうした若造! しっかりしろ、傷は浅いぞ! …たぶん」 ジェームスはどうやら無事らしい。 『ほう、ドクター八神のほうが先か。やはり年寄りは効果が現れるのが遅くなるようだな』 (またあの声だ) 『被検体Yの体温上昇を確認』 『経過1をクリア。精神レベル異常なし、経過良好』 (別の声も聞こえる。一体な、何が…起こって、いると、い、うん、だ……!) 「が……ぐぅううう……!」 被検体Yの筋肉が目に見えて急激に発達していく。上半身、とりわけ首や肩を中心に変化は見られた。筋肉の発達についていけず、服は破けて被検体の身体のあちこちから鮮血が溢れ出す。 両手からは銀色の毛が生え始めた。それは徐々に被検体の全身を覆っていく。首筋も顔もすべてだ。 同時にメキメキと激しい音を響かせながら被検体の腰が脚が、骨格が姿を変え始める。それに伴って衣服がずり落ちると、臀部からは太いブラシのようなそれが、すなわち尾が姿を現した。 骨格の変化はそれだけに留まらない。被検体の鼻先と顎が突き出すように発達していきマズルを形成する。 「う……ぐぐぐ……」 口元からは大きく発達した犬歯が顔を覗かせている。 耳が頭頂部にぴんと立ち、それは大きく咆哮した。 「ウォォォオオオオオオオオオオオオオン!!」 ジェームスはただそれを腰を抜かして見ていることしかできなかった。 「く、クソったれ…。こりゃあ、まるで……狼…男…!」 ジェームスは目の前で起こったことが信じられなかった。 だが、それは紛れもなく事実。彼を覆っている影は正しくその狼男によるものだった。 「グルルル…」 狼男は舌と涎をだらりと垂らしながらジェームスにふらふらと迫る。 この狭い部屋に怪物と二人きり。逃げ場も隠れる場所もない。 「こ、こいつは……まずい。戦時中に敵軍の中、一人残されたあのときと同じぐらいやばいぞ…」 ジェームスに危機が迫る―― To be continued... 神への冒涜2
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『神への冒涜』十人目「責任者 / Be seeing You」 3階、管理区画へと続く通路を八神、人狼ルーガルが新たに加わった解放軍が行く。 八神が入力したパスワードによって開かれた扉の先には細長い一本の通路が続いていた。 「隠れられそうなところはないねぇ…。非適応薬を撃ち込まれたら一巻の終わりだよ」 「隙を見せるわけにはいかねえな。気を引き締めて行くぞ」 通路はそのまま一本道でまっすぐ進み、突き当たりには大きな扉があった。 おそらく、ここが目的の管理区画だろう。その扉は既に開かれていた。 「罠……?」 「でも、ここで立ち止まるわけにはいかないさ」 扉の奥を窺い見る。 少し広めのその部屋には、多数の端末や通信機器、研究所のメインコンピュータと思われる機械などが立ち並んでいる。 壁にはいくつもの大きなモニタ画面が。画面にはこの建物のあちこちが映し出されており、このモニタを眺めているメルたちの姿もそこに映っていた。 「やつらめ、こいつで俺たちを監視してやがったんだな」 しかし、部屋の中には所長や研究員の誰の姿もなく、監視モニタにもそれらしき姿は映っていなかった。 所長室と思われる部屋を見つけたがそこももぬけの空で、まだ仄かに温かいティーカップだけが残されていた。 一足遅く逃げられてしまったのだろうか。 「そんなはずはないわ」と八神。 入口には制圧部隊が迫っていた。制圧部隊との戦いの最中に外へ逃げ出した研究員の姿は誰も見ていない。 見落とした可能性がないとは言い切れないが、あの所長に限ってそんな危険な方法をとるとは考えられないという。 さらにこの研究所には、正面の入口以外には屋上から飛び降りでもしない限りは外部へ脱出する方法がない。 「案外、追い詰められてまさに屋上から飛び降りてたりしてね」 「あの男は研究が外部に漏れることをひどく恐れていたわ。自分の目で安全を確認でもしない限り、決して何かを信じようとはしない。そんな男が追い詰められて身を投げるような真似をするかしら」 「屋上か…。そこへはどうやって行くんだ?」 「そこから出られるわ」 管理区画には入ってきた扉と所長室への扉の他にもうひとつの扉があった。 「あと確認していないのはその屋上だけだねぇ。……でも」 屋上への扉を開けようとしてふと思いとどまった。 この部屋には窓が無いので外の様子を窺い知ることはできない。扉を開けてみない限りはそこに所長や研究員がいるのかどうかはわからないのだ。 しかし、気になるのは開け放されていた扉。そして姿の消えた研究員たち。 これが罠である可能性も否定はできなかった。なぜなら相手はこちらのことを監視していたのである。ということは、おそらくもうこちらの狙いはばれてしまっていると考えて間違いないだろう。 メルが扉を前にして思い悩んでいると、そこに獅子の頭のキメラ、ホセが割って入った。 「姐さん、悩んでいてもしかたがありません。今は立ち止まらずに進むべきです」 続いて同じキメラの今度は山羊の頭のほう、アンドレが言う。 「それにもし本当にやつらが逃げてしまっただけだったのなら、わたしたちに悩んでいる時間はありません。相手にさらに逃げる時間を与えてしまうだけです」 さらに同じキメラの今度は蛇の尾、ミランダが続ける。 「アダモフさんに代わってあたいらを率いてきてくれた姐御が悩むなんてらしくないもんさ。わかった、ここはあたいらに任せなって」 ひとつの胴体に3つの頭を持つ彼らはそれぞれ個々の意識を持つが互いに影響されるものなのであろうか、3人の意見はいつも共通していた。 アダモフを初めとしてメルやテオは、地下に幽閉されていた被検体たちに希望を与えた。アダモフは道半ばにして倒れてしまったが、ここで立ち止まってはいけない。なぜなら、それはアダモフの想いを無駄にすることになるからだ。 とくに頭だけだとはいえ、同じ獅子の姿を持つホセはアダモフに憧れ、そしてその期待に応えたいと考えていた。 アダモフがいなくなってしまったからと言ってそれは変わらない。解放軍のために行動することが亡きアダモフのためになる。 3人は誓った。アダモフのためにも進まなければならないのだと。立ち止まっている暇などないのだと。 「よし、おれたちが先行して様子を見てくる。何か分かったら合図しよう」 屋上への扉を前に息をひそめて陣形を組む。 扉の前にキメラと虎が。後の仲間はいつでも突入できる体勢だ。 ホセとメルが面と向かい合って頷き合う。 そして勢いよく扉を押しあけてホセが先陣を切って突入、素早く飛び出しながらも警戒心を忘れることなく周囲の気配を探る。 すると突然の閃光。 「くっ、目が…っ」 どうっと重い音。キメラの巨体が床に仰向けに転がった。 尾のミランダが慌てて状況を把握しようとする。 ここからはホセやアンドレの顔はよく見えないが、まるでぴくりとも動かない。 「い、一体何が起こったっていうんだい?」 いくら身に力を込めても身体は一寸たりとも動かない。 ミランダからは確認できなかったが、扉の向こうにいたメルからはよく見ることができた。獅子と山羊の頭に注射器が刺さっているのを。 動かない身体に一人の影が近付いた。 影は一歩一歩、しっかりとキメラの蛇の尾のもとへ、ミランダへと近づいて行く。 「なっ、なんだあんたは!?」 ミランダは身の危険を感じたが、まったく見動きが取ることができない。 もの言わず、男の影がさらに近付きキメラの身体のすぐ横で立ち止まった。男は値踏みするかのようにキメラを眺めまわしている。 「ふん。制圧部隊を退けてこちらに向かってくると聞いてどれ程のものかと思ったが。……所詮は失敗作か」 「何をする気……い、いやっ、やめ…っ!!」 男は表情を変えることもなく蛇の尾を踏み潰した。尾はもう動かなくなった。 そして扉の向こうから驚いた表情でこちらを見ているメルや、その後ろにいるであろう失敗作たちに向かって男は言った。 「くっくっく…。楽しみに待っていましたよ。よくぞあの制圧部隊を消してくれましたね! ……実に都合がいい。まさに計画通りだ。これで私の立場は保証されたも同然、感謝しますよおまえたち」 「所長……!!」 八神が叫んだ。 「あいつが……責任者か!」 「オレたちをこんな目に遭わせた張本人!」 獣たちの間にどよめきが走る。 「おやおや、八神。そんなところで何をやっているのですか? 私の審判を遂行できなかった愚か者め。ふっはっははははは、できそこない同士お似合いではありませんか!」 八神はきっ、と男を睨みつける。 「ふん、気に入らないやつめ。誰がおまえを助けてやったと思っているんだ? おまえは恩を仇で返そうというのか? ふっ、頭の悪い八神君にはお仕置きが必要なようですねぇ…」 「もう脅したって無駄よ」 八神が扉の外へと歩み出る。 所長の背後には研究員たちが横に広がってずらりと立ち並んでいた。研究員たちは揃って八神に麻酔銃を向ける。 「そんな銃で何をするつもりなの? 非適応薬は私には効果なんてないわよ。ここの研究者ならわかるでしょう」 屈みこんで倒れたキメラの身体をそっと撫でると、立ち上がり八神は再び所長を睨みつけた。 「もうおしまいよ、所長。あなたさえいなければ、もう私も彼らも苦しむことなんてない」 「”彼ら”? その失敗作どものことかね? ああ、八神。おまえは何て憐れなんでしょうねぇ、くっははは」 「どうせ任務に失敗した私にはもう後はないのでしょう? だから脅しなんてもう無意味よ。所長……私はあなたを許さない。せめて最後にあなたをこの手で止めてみせる!」 「ふ…。追い詰められて本当に頭がおかしくなってしまったか。おまえが? この私を? 止めるだって!? ははは、何を言っているのだか。今まで私の言いなりになってきたおまえに何ができるっていうんです。……できやしない」 「いいえ、私は本気よ」 「できないさ。おまえは私の奴隷に過ぎないんだよ。おまえは命令されないと何もできないんだよ。いや、その命令すらも遂行できないんでしたっけねぇ……くくく」 「違うッ! 私は…!」 「だったらやってみろ!! 止められるものなら止めてみるがいい!!」 「ううっ……うわぁぁぁあああああっ!!」 男は八神の怒りを誘った。挑発に乗せられた八神は叫びながら男に向かって銃を向ける。その手にはアマンダのライフルが握られていた。 「愚かな…。やれ!」 男の命令で、頭に血が上って無防備な八神に麻酔銃が撃ち込まれる。八神に何本もの注射器が突き立った。 「あぐっ…! …………い、言ったでしょ。こんなもの、私には何の効果もない」 注射器に込められているのは非適応薬のはずだ。ただの人間には当然何の作用も起こさない。 一瞬は怯んだ八神だったが、これくらいのことでは諦めるものかとライフルを構え直して男に向けた。 「それはたしかに、ただの人間であれば何の効果もありませんよ。ところで八神、我々の研究の目的は何だったか覚えていますか?」 「目的……? 強化軍隊とか不死の薬とかいう馬鹿げたことでしょう!」 「馬鹿げただと……まぁいい。八神、これはもちろん知っていますね?」 男が一枚の紙切れを取り出してみせる。 「これは最新の研究経過のレポートです。ちょっと読んでみましょうか。えーなになにぃ…」 経過1:精神の錯乱、及びショック死。適性を持たない者は直ちに死亡する。 経過2:外見の変化、錯乱及び暴走→処分 経過3:中途半端な獣化、精神が不安定で目的1を達成するには時期尚早。 一方で、必要以上の変化を見せる個体が現れる→目的2の研究に利用可能 経過4:獣人化、目的1の達成(ただし適応者のみ)。引き続き、研究を進める 経過5:完獣化を目指す。精神錯乱、暴走の再問題 経過6:逆に自我を失ってしまうようになった。これは失敗である 経過7:完獣化達成(適応者のみ)。一部に”絶対に死ねない”副作用発生(見た目はゾンビのよう) 不適応者は経過2と同様、自我を失って暴走。研究完了につき実験個体は隔離。第三目的着手…… 「それが一体何だって言うの」 男がにやりと笑いながら続けて読み上げた。 「えーと、『経過8:無差別獣化成功。第一目的の試験的軍事利用開始』……ですね。さぁて、八神。この意味がおわかりですか?」 「何が言いたいの…!」 「憐れな。よろしい、無知なあなたでも理解できるように説明しましょう!」 男が合図すると、研究員の一人が再び八神に発砲した。八神の首筋に、新たに一本の注射器が突き立つ。これはさっきまでのものとは違う形をしていた。 「!?」 大きく胸が脈打う。 突然、激しい頭痛と目眩が、そして熱さが八神を襲う。 「ま、まさか」 「おわかりですか? 『経過8:無差別獣化成功』……くっくっくくくく。適性がどうとか、そんなものはもう関係ないんですよ!」 「し、しまっ……た」 八神はその場へと崩れ落ちる。 息が荒い。目が回る。身体が悲鳴を上げている。 ――これが、私の罪の、報い……なのか。 ゆっくりと八神の身体に変化が起こり始める、が。 さらに一発の銃声。 「!!」 八神の尻に突き立った一本の注射器。中身は言うまでもなく非適応薬だ。 つまり適性を失った披検体は――死ぬ。 「ぐ……うう………っ! サ………………エ、ル……」 寒い。 身体が凍えるように寒い。 頭の中で大銅鑼が鳴り響き、音が一度響くごとに意識が身体から遠ざかり、引き剥がされていく。 気がだんだん遠くなる。音が遠くなる。 身体から意識が遠のく程に周囲は暗く、狭く、そして寒くなっていく。 ああ、もう、何も、見、え、な……。 横たわる八神を前にして、男は笑っていた。 「…っはっははははは! そうとも、適性がないのなら”つくってしまえばいい”のだよ。ふっはっははははは!」 最初に撃ち込まれた麻酔弾に入っていたのは非適性薬ではなく、適性をつくる薬品だったのだ。そして次に撃ち込まれた注射器によって八神の身体に変化が始まる。しかし、そこで適性を消してしまえば……あとは言うまでもない。 「や、八神ぃーっ!!」 扉の向こうから悲痛な叫びが聞こえてきた。 「くそっ、貴様よくも八神を!」 ルーガルが飛び出すと、八神の仇と男に喰いかかろうとする。 「ま、待て! それじゃおまえもホセの二の舞だ!」 待っていたと言わんばかりに注射器が飛び交う。 咄嗟にゾンビたちが飛び出して、身を呈して人狼を庇った。 「ああ、なんてことだい。また仲間が……!」 制圧部隊との衝突のときと同じだ、とメルは思わず顔を背けた。 しかし、再び見るとそこには無事な様子のルーガルやゾンビたちの姿がある。人狼にもゾンビにもたしかに注射器は突き刺さっていた。 「こ、これは一体!?」 解放軍の仲間たちはこれに驚いた。しかし、驚いたのは彼らだけではなかった。 「ま、待て! 私はこんな報告受けていないぞ! おい、どうなっている!!」 「わ、わかりません! かつてゾンビたちを処分した例がなかったもので…」 研究員たちも不測の事態に大慌てだった。 おそらく不死の特性を持つゾンビたちや、不死の研究が始まった後に”処置”を受けたルーガルは、その特性ゆえに非適応薬を受けても死ぬことはないのだろう。思えば、人狼がアマンダ将軍に頭を撃ち抜かれたにも関わらず生きていたのはその特性のせいだったのかもしれない。 (これは……いける!) メルはこれを勝機と見た。 そしてすぐに指示を飛ばす。 「ルーガル筆頭にゾンビたちは前へ! 壁を作って敵の弾幕を防ぐんだ! あたしらに麻酔銃はもう効かないよ、徐々に距離を詰めて一気に畳みかけるんだ!!」 「よし、おまえたちおれに続け! 今こそ怨みを晴らす時、これ以上の犠牲を出さないためにも一人も逃がすな!!」 「「ウオオオオォォ!!」」 咆哮と共に突撃。 ゾンビたちは前方にて壁となり非適応薬の攻撃を封じる。続いてテオ率いる獣やキメラたちが隙を突いて研究員に襲いかかる。非適応薬をものともしない人狼は一人、前へ出て遊撃する。 「な、なんてこった…! いざというときのための非適応薬が!」 「ひぃぃっ! こんなの敵うわけがない…。増援の制圧部隊は来ないのか!?」 慌てるがあまり屋上から飛び降りる者、自ら命を絶つ者、仲間を盾にしようとする者……。混乱に陥った研究員たちはまるで統率がとれていない。非適応薬という必殺の頼みの綱を失っては尚更だ。 逃げ惑う研究員たちは一人、また一人と倒されて、初めは数ではほぼ互角だった解放軍と研究員たちだったが、見る見るうちにその数の差は開いて行った。そしてとうとう、残るは数人と所長を残すのみとなってしまった。 目の前には失敗作たちが迫っている。彼らは研究所の屋上の角へと追い詰められて、もうどこにも逃げ場はなかった。 「しょ、所長! なんとかしてください!!」 「所長だけが頼りです! た、助けて!!」 寄りすがる研究員たちを振りほどきながら、男は何か手段はないかと必死で探る。 言うまでもなく自分だけが助かる算段だ。どうすれば、最も確実に己の地位を失うことなく場を治めることができるのか。 (こ、このままでは失敗作どもが外部へと逃げ出して行ってしまう。それはだめだ! それでは研究が明るみになってしまう。もう八神もいないし、このままでは私が責任に問われてしまう! だめだ、だめだだめだだめだ。このできそこないどもを生きて帰すわけにはいかない!!) じりじりと獣たちは距離を詰める。 すると、怯えた研究員たちは所長にすがり、しがみつく。 「ええい、うるさい! 邪魔だ、私に触るなぁ!!」 振り払われた研究員たちは、ある者は獣の餌食に。ある者は屋上から下へ真っ逆さまに落ちて行った。 「ぐぁぁあああ……」 「しょ、所長……そんな酷い……」 そして残るはとうとうこの男、所長だけになってしまった。 仲間たちを掻き分けてメルが先頭へと出て言った。 「あんたが責任者かい? さぁて、観念をおし。もうあんた一人だけさ。命が惜しかったら吐いてもらうよ! あたしらをもとに戻す方法はあるのかい!? 研究所はここだけなのかい!?」 メルが低く唸り声を上げながら詰め寄るが、男は全く意にも介さない様子でただひたすら難しい顔をして唸るのみだ。 そして、ふっと一瞬穏やかな表情になったかと思うと、顔色の悪い様子で不気味に笑い始めた。 「は……はは、ひゃ、っは。はは、はははは…。あっはっはははははははははははははは!!!」 獣たちはその様子に思わずたじろいだ。 「な、なんだ?! 気味が悪ぃ…」 「きっと追い詰められておかしくなったんだ。憐れなやつだな」 しかし決してそうではなかった。 「天才だ。私は天才だよ……くっくくく。どうして今までこんなことに気がつかなかったんだ」 男は諦めたわけでも、狂ったわけでもなかった。いや、初めから狂ってはいたのかもしれないが。 ついに見つけたのだ。自分が最も確実に助かる方法を。 「そうだよ、八神君。やはりあなたには感謝しますよ。最後の最後におまえは私を救ってくれたのだからね!」 今となっては男は八神と同じ立場だった。 もう後はない。このままではこの失態の責任を問われて”主”から罰を受けることになるだろう。いや、それ以前に目の前にいる失敗作たちは男を許すことなどできない。情報を引き出すために今は生かされているのかもしれないが、用が済めばすぐにでも殺されてしまうだろう。 待っているのは死の運命―― 「だが……私は死なん!!」 男は懐から注射器を取り出すと、それを自分の腕に突き立てた。 「な、なんだ!?」 咄嗟のことに誰もそれを止めることなどできなかった。 「八神ぃ…。おまえの言うとおりだ。相手の言いなりになっているから逃げ道が塞がってしまうのだよ…!」 目の前で男の筋肉が異常に発達し始める。 「こいつ、何をしやがった!」 「ふははは…。まだ未完成ではあるが研究していた不死薬が役に立つときが来た! 主など知るか。所長なんて小さい座などもう知るか。私こそが”主”になってやる…。私は死を超越する…! 私は人を越える…!! 私が主……神になってやるのだ!! 研究の成果を主にくれてやるぐらいなら私が有効に使ってやるわ!!」 男の身体は急速に変化を見せ、それはとくに胴体の筋肉を中心に大きく発達していった。 胴体は肥大化し、まるで壁のようになる。皮膚は薄暗く変色し、徐々に硬質化していく。 「うおお…。力がみなぎってくるではないか。なんと素晴らしい…!」 さらに身体は肥大化し、もとの四肢は成長した胴体に埋もれて先端部分以外は見えなくなってしまった。 腹部や背はさらに硬化し、もはや獣たちがいくら爪を立てても牙を立てても傷一つ付けられない程になった。まさに鉄壁の護り。もはや何者も彼を傷つけることはできない。 「これで私は不死身にして無敵だ!! 誰も私を倒すことなど不可の……ぐ、ううっ!?」 肥大化した身体はそれ相応の質量を有し、その重さに敵わず男は仰向けに倒れてしまった。たとえ鉄壁の護りを持とうとも、重力には何者も抗えない。 その酷く重量のある身体を男は自らの力で起き上がらせることができない。 その姿はさながら……否、まさしく巨大な亀そのものだった。 「なんだこいつ…。勝手に自滅しやがった」 「神じゃなくて亀になっちまったねぇ…」 甲羅と化した胴体からは、申し訳程度に四肢やいつの間にか生えていた尾が姿を覗かせていた。 「なんだこれは……!? こ、こんなはずでは…! こんなのは嫌だ。こんな姿のまま生きるぐらいならせめて死なせてくれ! ひ、非適応薬を!!」 「……残念だったな。不死の特性を持つ者に非適応薬は効かない。今まで同じ苦しみを大勢に与えてきたんだ。せめて同じ苦しみを味わって報いを受けるがいいさ。……永遠にな!!」 「や、やめろ…」 ヒレのように変化した四肢をばたつかせながら亀は必死に抵抗するが、ひっくり返ったままの姿でどうすることもできない。ルーガルは亀をゆっくりと、しかししっかりと持ち上げると、力任せにそれを放り投げてしまった。 「やめろぉぉおおおおおお!!」 亀は勢いよく回転しながら宙を舞うとそのまま研究所の向こう、表の病院のさらに先に見える海へと飛んで行った。 「亀は長生きだってか。一生そのまま苦しんでいるがいい。これは今までおまえたちに苦しめられて来たみんなの分だ」 不死薬は中途半端に完成していたのだ。 男はこれから永遠に巨大な亀として生きていくことを運命づけられた。この星が滅ぶ日が来るそのときまで。いや、不死の亀はたとえ宇宙に放り出されても死なないかもしれない。 こうして彼らの復讐は完了した。 もとに戻る方法は見つからなかったが、少なくともこれで新たな犠牲者が増えることはもうない。 ――かのように思われたが、後にこの研究所で気がかりな資料が発見された。 あの男、研究所メディカル=エデンの所長はサマエルのコードネームを持ち、この”研究”の幹部の一人に過ぎなかったのだ。 資料は”主”の存在と、ラミエルやラグエルなどと呼ばれる別の幹部の存在を示していた。 「エル……天使の名か。神や天使を騙るとは。研究内容もさることながら、一体どれだけ神への冒涜をするつもりなんだ、こいつらは」 「どうせ自分が神だとでも思っているんでしょ。それよりも、まだ戦いは終わっていなかったのかと落胆することはないよ。これはあたしらにとっての希望でもあるんだ。まだもとに戻れる可能性があるってことだからねぇ」 「そうだな。それにあんな研究がまだ残っているとわかった以上、それを放っておくわけにもいかねえ。アダモフの遺志を継いでおれたちは闘い続けるさ。これ以上の犠牲者を出さないために!」 こうしてすべての研究所を壊滅させるために解放軍の仲間たちは各地に散って行った。 この日を境に世界各地であらゆる施設での不審な事故や、新種の動物の目撃情報、言葉を話す獣の伝説などを耳にするようになるのだが、それはまた別のお話である……。 しかし忘れないでほしい。 歴史には決して語られぬ、人々を奇怪な研究から守るために人知れず闘った、かつては人だった者たちの存在が確かにあったということを。 End 神への冒涜data 『古代ゼリー文字』
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これまでか―― そう思われたとき、一発の銃声が研究所に響き渡った。 倒れる人狼の背後から姿を現したのは、銃を構えた一人の女性だった。 『神への冒涜』三人目「アマンダ将軍 / Rifle brings to a death of the Lycanthrope」 ここ『メディカル=エデン』は裏では怪しげな研究を秘密裏に行っているが、表の顔は歴とした病院で通っていた。 時には患者の中から適応者を見つけ出してはそれを被検体としていたが、表向きには通常通りの職務も執り行っている。むしろ、裏の研究に関与している医師はごく少数であり、そのほとんどはその研究の存在すらも知らされていなかった。 彼女……アマンダもまた、表の病院の通常通りの職務のお世話になっている者の一人だ。メディカル=エデンは規模こそ大病院というほどのものではなかったが、軍病院としての顔も持ち合わせていた。 「准将…、本当にご無事でよかった…!」 「申し訳ありません! 私が不甲斐ないばかりに准将をこんな目に…!」 部下と思しき者たちが彼女に次々と声をかけている。 「ここは戦場じゃない、准将はよせ。それに私はもう……准将ではない」 アマンダは敵の攻撃から部下を庇って右目の視力を失った。指揮官でありながら前線に出るなど、甘い考えだったと思い知らされる。部下の被害を最小限に抑えることも指揮官としての大切な役目ではあるが、時には犠牲もやむを得ないこともある。大義親を滅す、である。 これにより将として、それ以前に兵力として不適格だと判断され”名誉除隊”の勲章を与えられたのだ。 その勲章を手に、苦々しい顔でそれを眺めるアマンダ。 「くそっ、何が名誉除隊だ! こんなもの名誉でも何でもない……!」 「し、しかし准将。その勲章によって生活上の様々な社会的恩恵が受けられるものだと聞いております。退院後の再就職にも役に立つはずです…」 「それがなんだ! それがおまえたちを守ってくれるのか? ……私は心配なんだ、おまえたちのことが。おまえたちも一人前の兵士だ。それはわかってる! でも、私は……ッ!」 アマンダは悔しそうに勲章を握りしめる。 「准将…」 「そこまで我々のことを…!」 他の将たちはそんな彼女のことを、甘さを捨てきれない愚将だと呼ぶかもしれない。しかし、彼女は誰よりも仲間たちを大切に考えていた。……彼女は兵士としては優しすぎたのだ。 「すまないが、今日はもう帰ってくれないか。私は少し一人になりたい…」 「了解しました…。どうか、お大事に。それでは失礼いたします。……総員退却!!」 「「はッ!」」 一人の部下が号令をかけると、他の部下たちはそれに従いぞろぞろと病室を後にしていった。 それを見届けたアマンダは小さくため息をつきながら窓の外を眺めるのだった。 (右手側の視界が欠けて見える……) 今は眼帯をしているせいだが、右目の視力を永遠に失った彼女には、たとえ眼帯が外されたとしてもその違和感は一生ついて回ることだろう。 一匹の蝶がひらひらと窓から迷い込む。アマンダは何となしにその蝶をつかもうと手を伸ばすが、手は虚しくも見当違いの場所で空を切るだけだった。 再び小さくため息を漏らし、今度は窓辺に立て掛けている銃に目を移した。 いつ如何なる状況でも武器は決して手放さない。それが彼女なりのこだわりだった。 数々の作戦をこの愛銃とともにこなしてきた。彼女にとって、そのライフル銃は部下たちと同じぐらいに愛着のあるものだった。 「おまえたちとも、もうすぐお別れ……か」 しかし、その愛銃(あいぼう)も軍から支給されたものだ。退役に際して、その銃も軍へ返却することになっている。部下たちとも、相棒とも、そう遠くない未来には別れる運命なのである。 アマンダはベッドから起き上がると、その銃を片手に病室から出歩くことにした。 彼女は患者たちの間ではちょっとした有名人になっていた。一般患者たちと軍関係者の病棟は分けられていたが、中庭は共通のものだ。彼女はその中庭を散歩するのが入院してから数日の日課になっていた。それは「ライフル構えた女将軍が中庭を行進している」とすぐに患者たちの間で噂になったものである。 しかし今日の日課はいつものと様子が違った。裏の病棟から聞こえてきた悲鳴をアマンダは聞き逃さなかったのだ。 「今のは……。あの病棟は、今は使われていないはずでは?」 表向きにはそこは廃病棟ということにされていた。本来なら、そこから声が聞こえてくるはずはない。 それにも関わらず再び悲鳴が聞こえてきた。いや、悲鳴というよりはむしろ、それは何か獣の啼き声に近いのかもしれない。 「廃病棟に不可解な叫び声、か。まるで悪霊か何かの仕業だが…」 また声が聞こえる。獣の啼き声に続いて別の叫びが聞こえる。今度こそ明らかに人の悲鳴だった。 「誰かいるのか!!」 廃病棟の入口に駆け寄り中に呼びかけた。 返事がない。しかし、ここがただの廃病棟だとは到底思えない。もしかすると事は急を要するかもしれない。 見ると廃病棟の鉄の扉はただ南京錠で施錠されているのみだった。アマンダはその鍵を銃で叩き壊すと、重い扉を押し開けて廃病棟の中へと駆け込む。 中は酷い有様だった。 あちこちで白衣の男たちが血塗れで倒れている。倒れている者は皆すでに事切れていた。 部屋は荒らされ、壁は抉られ、それらは赤黒いデコレーションがなされている。さらに、あちこちに何かの鋭い爪痕が残されている。 「なっ!? これはどういうことだ。熊でも出たのか、こんな海沿いの病院に?」 場合によってはまた相棒の出番が来るかもしれない。 アマンダはライフルをしっかり握りしめると、慎重に病棟内を進んでいった。 さっきまでの騒ぎは何だったのか。病棟内はいやに静かだった。 まるでその瞬間を境に時間が止まってしまったのではないかという錯覚さえした。 だが、それはゆっくりと、着実に迫ってきているのが目に見える。 (これまでか……!!) エレベータを背に、ジェームスはその化け物と対峙していた。いや、むしろ状況は非常に一方的だと言ったほうがいいだろうか。 ジェームスの眼前には、限界まで開かれ切った人狼の大きな顎が。それは、もうこれ以上は何をどうやっても開かない。あとは一息に閉じられるのみだ。そしてそれは熟れたトマトを真上から叩き潰すかのように、ジェームスの頭をぐしゃぐしゃに噛み潰してしまうのだろう。 かつては、一人の軍人として数々の戦場で窮地を脱してきたジェームス。 敵軍に包囲され、弾は尽きて、仲間たちが次々に撃たれては倒れて行った。しかし次は自分の番かというときに援軍が駆けつけてくれた。 戦車に危うく轢き殺されそうになったこともあった。だが偶然目の前でエンストを起こしてくれたので、お礼に隙間から中に手榴弾(パイナップル)をひとつくれてやった。 捕虜として敵陣に囚われたこともあった。そのときはたしか、逆に敵の機密を奪って逃げてきてやったのだったか。 そして、なんとか窮地を乗り越えたあとにはいつも仲間たちが自身を迎えてくれたものだった。 共に戦った戦友たち、愛すべき部下たち、そして厳しくも憧れでもあった上官殿……。彼らの顔が次々と浮かんだ。ああ、これが走馬灯というやつなのかとジェームスは思った。 また幸運の女神の加護を受けられるだろうか。いや、もはや一瞬後には深い闇の底だろう。 ならば、焦らさずにせめて一瞬でやってくれ。そうやって恐怖を煽ってくれるな。 死を覚悟したジェームスに既に死そのものへの恐怖はなかった。しかし、それを目の前でちらつかせておきながら、それがいつ来るかわからないその状況が怖かった。 不意を突かれることほど驚くことはない。そして、それが今か今かと先を想像してしまって、何度も何度も身を震わせることになるのだ。そう、例えるならジェットコースターは上って行って落ちる寸前の、下向きに傾いて一瞬止まるその瞬間が一番怖い。あるいは病院らしい例えなら、注射の針が刺さるその瞬間か。 人狼は大顎を開けたまま、目の前で一寸たりとも動かない。そして、自分も身動きが取れない。 唯一動かせる目で上を見上げる。鋭い牙がぎらりと光る。 下を見る。血のように赤い舌が、獲物はまだかと待ち構えている。 そして奥を見る。人狼の喉の奥はどこまでも続く深淵の闇。その向こうに待っているのは地獄だろうか。 (わしは十分生きた。自分のやりたいように自由に生きてきた。だから、そこにはこれっぽっちも未練なんかねぇ。だが、せめて最期にこのイカれた研究をメチャクチャにしてやりたかったもんだぜ…) 懐には戦略的撤退の最中に見つけて忍ばせた、この危険な研究の資料があった。せめて、これを公にして狂った研究者たちに仕返しをしてやりたかった。それは、犠牲になったあの若造のためにもだ。 しかし、それももはや叶うまい。皮肉にもその若造は目の前にいたが、それは既にその若造ではない。そして、その目の前の存在によって、この仕返しが失敗に終わらせられそうとしているのだから。 「ああ……この、クソったれめがぁぁあああ!!」 そして時は再び動き出す。 ギロチンのようなその大顎がジェームス目がけて落ちる。 心臓が激しく脈打つ。血が逆流する。それなのに血の気は引いて汗が止めどなく溢れ出す。 息を飲む暇もない。目を瞑らせてもくれない。 迫り、詰まり、落ちる! ――そのときジェームスは、黄金の一閃を見た。 頭上を走る一筋のそれは、本来なら目で追える速度のものではなかったはずだった。 だが、死の瞬間を体感したジェームスにとっては、それはとても遅すぎるぐらいに見えた。 それは一発の銃弾。弾は回りうねりながら、しかし一直線に、まるで決められた道筋を辿るかのように、ゆっくりゆっくりとその軌跡を描く。そして、その後を追うように赤い液体がほとばしる。 背後のエレベータの扉に火花を散らせてそれは喰い込んだ。それと同時に人狼はジェームスの肩にもたれかかるようにして倒れた。そこで初めて、病棟地下に響き渡る銃声に彼は気がついたのだった。 「片目でもなんとか狙えるものだな…」 倒れる人狼の背後から姿を現したのは、それを見かけて迷わず発砲したアマンダだった。 膝を折り、がくりと床に手をつくジェームス。 ジェームスは目を見開いて、息も荒く、何かを繰り返し呟いていた。どうやら何が起こったのかを把握するのに少し時間が必要なように見える。 「……な!? 人がいたのか!!」 それよりも先にアマンダが事態を把握する。 「こいつの陰に隠れてて気がつかなかったんだな…。咄嗟のことだったんだ、すまない! 怪我はないか…?」 弾が貫通したときに飛び散ったのだろう、ジェームスの顔には少量の血がついていたが、どうやら他に血を流している様子はない。ひとまず胸を撫で下ろすアマンダ。そして、ここで何があったのかを確認しようとジェームスに話しかける。 「どうやら無事のようで良かった…。服装からすると、あなたもここの患者のようだな。私はアマンダだ。まずは落ち着いて、ここで一体何があったのか話してくれないか?」 しかし、ジェームスはまるで心ここに非ずといった様子で、床に手をついたままの状態で床を見つめ続けている。 「…ケモノ。……バケモノ……」 さっきから、こうしてずっと同じことばを繰り返してばかりだ。 「大丈夫か? 化け物はわかった。たしかにこいつは普通じゃない。一発で仕留められたのは幸運だった…。それで、何があったのか私に話してくれないか。いや、まずは落ち着こう。立てるか?」 「バケモノ……若造……あぁぁあああぁぁ…」 ジェームスにはまるで聞こえていない。 「……まいったな。どういうことかわからないが、まずは早くここを出たほうが良さそうだ。他にもいるかもしれない。おい、本当に大丈夫か? ほら、立つんだ! 肩を貸そう、つかまれ」 手を差し伸べると、アマンダの懐から勲章が落ちてジェームスの目の前に落ちた。それを見てジェームスは眼の色を変えた。 「これは……。あ、あんた、軍人なのか……!」 「元、軍人だ。やっと正気に戻ってくれたんだな。勲章を一目見ただけで私が軍人とわかるということは、あなたも?」 「良かった! まだ、わしにも最期のツキは残ってた! おい、あんた! これを受け取れ! そして、それが本当なのか調べてくれ!! もし本当だったら……なんとかしろ!!」 ジェームスは懐から例の資料を取り出すと、それをアマンダの手にねじ込んだ。 「な、なんだこれは? ここで何があった!? いや、それは後だ。手をとれ、脱出しよう!」 資料を受け取ったアマンダは再び手を差し伸べるが、ジェームスはそれを払いのけて、また両手をついて床を眺め始めてしまった。 「わしは……もうだめだ。あんただけでも逃げろ。絶対に生きてここを出るんだ。これは上官命令だ! さぁ、早く行け!! ……くっくく、くははは……ぐっはっはっははははははァ!! エイドめ、ざまあみろ! 今に見てやがれ。おまえらの計画もこれで終わ…うぐッ!!」 すると、急にジェームスは苦しみ始めた。見たところ目立った外傷はないはずだ。内部をやられているのだろうか。 「大丈夫か!! くそっ、部下たちを帰すんじゃなかったか…。だが、生存者を見捨てるわけにはいかない! 背負って行く、私におぶされ!」 しかし、もうジェームスには聞こえない。 床に手をついたままの体勢で、ジェームスは歯を食いしばりながら何かに耐えている。汗は滝のように溢れて、床に水溜まりができるほどだ。 「ぐ…ぁぁぁああああぁぁあああっ!! お、おのれ、エイド! おのれ、クソ医者ども! 貴様らの思い通りになってたまるものか……。ぐ、ううっ! わ、わしは……最期の最期まで抗ってやる。くそったれ…め……がぁッ……!!」 アマンダは気がつかなかったが、ジェームスの両の手からは黒い剛毛が生え始めていた。彼が見ていたのは床ではなく、己の手だったのだ。 あの若者とは違って年齢のせいもあるのだろうか、その変化は遅いものだったが逆にそれが仇となった。変化に時間がかかるほどに身体にかかる負担は大きくなる。しかもジェームスは高齢で、当然ながらあの若者より体力があるとも思えない。 その負担が、じわりじわりとジェームスの首を絞めていく。到底、彼には獣化に耐えられるほどの体力などなかった。 もちろん、そんなことをジェームスが知る由もない。ただ、あの若者に起こったのと同じことが遅れて自分にも起こり始めたのだろうということは理解していた。その苦痛が、かえってジェームスに束の間の正気を取り戻させた。 このままでは目の前のこの人を自分が殺してしまうかもしれない。そうなる前に、早く手を打たなければならなかった。 「く…ッ。ま、待った。そこのあんた…。もうひとつ命令追加だ……!」 「あ、ああ! もちろんだ、私に任せろ! すぐに外へ……」 「わしを……殺していけ」 「えっ……!?」 仮に身体が持ったところで、ジェームスにはあの若者のように暴れまわるほどの元気はないだろう。口でこそ、威勢のいいことばを飛ばしているが、身体の衰えはジェームス自身が一番よくわかっていた。 暴れまわって研究をメチャクチャにして、エイドを八つ裂きにしてやるのもいいかと考えたが、どうもそれは叶わない相談のようだった。それに、あの若者の様子を見たところだと、おそらくは混乱するのか、意識が保てないのかで暴走してしまい、自由は利かないだろう。そして、逆に捕らえられて研究資料にされるのがオチだ。 「そうなるくらいなら……わしは、最大限の抵抗をしてやる……! 死ぬことで!! 撃て! 早く!! 手遅れになる前に!!」 力を振り絞って叫ぶジェームス。 「それはできない! 諦めるな! 仕返しをしたいのか!? 生きていれば仕返しのチャンスだってまた来る!! だから生きろ!! 死んだらそれだってできないだろう!?」 状況が理解できずに、とにかく生存者を救おうとするアマンダ。 「くそったれ! 上官命令だと言っている!! つ、つべこべ、言わ、ずに、さ、さっさと、や……や……りャぐ…ァぎがあぁぁぁあああぁぁっ!!」 表面上に大きな変化は見られなかったが、若者の場合と同様にジェームスの筋肉も徐々に発達しつつあった。普段の彼を知る者なら、急に逞しくなった上半身にすぐに違和感を感じただろう。サイズが少し大きかった患者服も、いつの間にかきつそうになっている。 しかし、アマンダとジェームスはついさっき初対面を交わしたばかり。残念ながら、そんなことに気付くわけがない。 発達する筋肉はジェームスの内臓や骨を圧迫する。変化が現れるのが遅いせいで、それらの変化が筋肉の変化に全く追い付いていないのだ。メキメキと音を響かせながらジェームスの骨格が姿を変え始めるが、それは獣化によるものではない。 「がッ……くぁ……は、が……ぐがが…が………ハヤ……グ…あガ……ゴロ…シ………がカ……カはっ…………!!」 発達する筋肉の圧迫に耐え切れずに、年老いて脆くなった骨は折れて、崩れて、ねじ曲がる。内臓を握り、捻り、押し潰す。 自身の筋肉が内側から自身を絞め殺す。血の混じった赤い泡が口から溢れ出してくる。 折れて異常な方向に押し出された骨が胴体を突き破って姿を見せる。そこからは、赤くて黒くて白くて黄色くてどろどろぐちゃぐちゃぶつぶつしたものが押し出されては次々とぶちまけられる。 ぶちまけられたそれは、何とも言えない悪臭を放ちながら床に零れ、飛び散り、弾けながら不気味に流れてくる。肉片や骨欠、ああ、それからあれはなんだろう。潰れて千切れてばらばらになったハラワタの一部のようなものも浮かんでいる。 さらに、その骨が突き破った腹の穴も異常発達した筋肉がすぐに覆い隠してしまうが、行き場をなくした筋肉は体外へはみ出してもなお成長を続けようとする。真っ赤な筋張った肉がぼこぼこと湧き出すように、まるでサボテンのような瘤を作り、血の噴水を上げながら突出する。 腕が、脚がひしゃげて、奇妙な方向に何節にも折れ曲がる。手足が真っ赤に染まったかと思ったら、それは指を撒き散らしながら爆ぜてどす黒いミートボールのできあがり。腕から肘から、太腿から脛まで、折れ曲がった節ごとにミートボールはできて、節を境に千切れては汁を滴らせながらごろごろと床を転がった。 そんなおぞましい光景を、アマンダはただ、何が起こっているのかも理解できずに震えあがりながら見ていることしかできない。 「ひッ……?! う、うう……ごほっ。おぇえぇえええぇっ」 頭で理解できなくても、身体はそれに嫌悪感を示して危険を嘔吐という形でアマンダに知らせてくれる。 喉が熱い。目頭も熱い。胸が抉られたかのように痛い。……しかし、ジェームスはそれを遥かに凌駕する痛みを感じている。 ほら、内臓を押し潰された胴体は空気の抜けた風船のように萎んでしまっている。肋骨が見当たらないから、それもきっとすでに粉々か、あるいはあの突き出てる骨がそうなのかもしれない。それから、その萎んだ風船はまた再び膨らみ始めている。中身は空気じゃなくて、増殖する筋肉だろうけど。 おっと、残念。耐え切れなくなった背骨がついに折れて、とうとう風船は煮崩れたぐずぐずの肉団子になってしまいましたとさ。 そして、肉団子は溢れる筋肉に皮膚を弾けさせながらさらに成長を続け、とうとう彼の頭も肉の中に埋もれてしまった。 厭な音を響かせながら、頭蓋骨が潰されていくのがよく聴こえてくる。肉団子の上部から火山の噴火のように噴出されてくる肉の赤とは違った白っぽいぐちゃぐちゃしたあれは、実物を見たことがないから断言はできないけどきっと脳味噌だろう。皮肉にも今初めて実物を目の当たりにすることになってしまった。いや、もう皮なんてなくて、ただの肉の塊に過ぎないのだけど。 あたり一面は赤と黒と白と黄色と、それから様々な液体でメチャクチャで、もうどんな色をしているのかもわからない。 最後の仕上げに何かが転がってきた、と思ったらジェームスの目玉としっかり目が合ってしまった。 ああ、こんなにも恐ろしいのに、こんなにもおぞましいのに、それなのに目を離すことができない。 身体が固まってしまって、腰が抜けてしまって、まぶたすらも全然言うことを聞いてくれない。 これからアマンダは肉団子を見るたびに、目に焼き付けられてしまったこの光景を嫌でも思い出して苦しむに違いない。 そして、そのたびにジェームスの亡霊が現れて、なぜあの時撃ってくれなかったのかと激しく責め立てるのだ。 アマンダは後悔した。 こんなことなら、せめて苦しむ前に頼みを聞いて撃っていれば良かった。 ひと思いに延髄を撃ち抜いてやれば、こんな苦しい思いをせずに楽に逝けたのに。 でも、それはできなかった。そのせいで彼は最悪の形で逝った。果たして、ジェームスの抵抗は上手くいったのだろうか。 だが、そんな後悔をしたのも後のこと。 なぜなら、今はこの信じられない光景にただただ放心することしかできなかったのだから。 彼女の目の前には、ようやく変化が追い付いたらしく黒い剛毛を所々からうぞうぞと生やした血と肉と毛の塊が、血や内容物の混ざり合った池にぐちょりと転がっていた……。 To be continued... 神への冒涜4
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『神への冒涜』七人目「獅子アダモフ / Haste makes Mistakes」 俺たちをこんな目に遭わせた憎き研究者どもに思い知らせてやる――! デテンを騙してまんまと自由を手にした失敗作たちは、復讐を誓ってこの研究所の上層を目指して一気に駆け上がる。 まずは頭を討つ。お偉いさんは最上階にいるのが相場だ、とはこの”解放軍”を率いる筆頭、獅子アダモフの言だ。 「やつらめ、目にもの見せてやる!!」 しかし、どうも様子がおかしい。 研究所内はいつも静かだが、今日はいつもに増して静かだ。 これは普通の静けさじゃない。地下牢に隔離されていたとはいえ、そんなことに気がつかないほど感覚が鈍ってしまってはいない。 空気が冷え切っている。凍りついてしまったと言ってもいい。そこにはある種の違和感のようなものが感じられた。 先頭を走っていたアダモフたちが足を止める。 それにつられるように後続の獣たちも立ち止まった。 「なんだか様子がおかしいようだね。これは一体どういうことだい……?」 メルがふと言葉を漏らした。 「ただおねんねしてるってだけじゃあなさそうだぜ。これは……血の臭いだ」 その言葉にテオが返す。 「よくはわからないけど、どうやら”先客”がいるようだねぇ。血の臭いだけじゃない。テオ、あんたと似たような臭いがするよ」 「へぇ…そいつはまた。そのお客さんがおれたちにとって敵じゃなきゃいいんだがな」 獣たちは周囲を警戒しながら、さっきまでとは対照的にとても慎重に歩を進めていく。 地下一階。 目の前に見えてきたのは西側のエレベータ。そして、その前に一面に広がる血の池と、その池の中に転がっている異様な肉塊だ。 肉塊からは今もなお不気味な液体が悪臭を放ちながらどろどろと流れ出し続けている。 その肉塊とは言うまでもなく、かつてジェームスだったものだ。もちろん、アダモフたちはジェームスのことなど知らない。 「ははぁ、臭いのモトはこいつだね。……これはまた酷い有様だよ。誰かは知らないけどかわいそうに」 隔離フロアには失敗作のキメラやゾンビたちも近くの牢に閉じ込められていた。 皮肉な話ではあるが、そういったものに見慣れてしまったメルたちは、このおぞましい肉の塊を目前にしてもアマンダのように嘔吐感などを催すことはなかった。 しかし、生理的な嫌悪感は例え見慣れていたとしても決してなくなることはない。 ある者は絶句し、ある者は思わず涙を流し、ある者はせめてこの犠牲者が安らかに眠ってくれるようにと祈りを捧げる。 「こいつぁひでぇ…」 「研究者ドモメ。アイツラコソ人間ジャネエ、悪魔ダ…」 「もしかしたら私もこうなってたかもしれないのか…」 「おで生きテる。まダ救いある、おでたち。でもこイツにはない…」 解放軍を得も言われない重い空気が覆う。とくにゾンビたちの間でそれは顕著だった。 デテンのときのように、食料だ! 肉だ! などと不謹慎なことを言いだせる者は誰もいなかった。 しばしの沈黙。 そして沈黙は次第に悲しみに変わり、さらに怒りに変わった。 「許せねえ…。あいつら血も涙もねえんだ! 実験台がどうなろうと何とも思わねえんだ!!」 「傲慢な科学者どもめ…! 自分たちが神にでもなったつもりか? これは神への冒涜だ! 私はかつて神父だった。こんな所業を神が許されるはずがない!!」 「おいらは神は信じちゃいねぇけど、おいらたちと同じように実験台にされちまった仲間がこうして無残にも死に姿を晒させられてるのを見逃してなんかおけないぜ!!」 獣たち、キメラたち、ゾンビたちは口々に叫ぶ。喚く。咆える。 怒り、悲しみ、その他諸々のどす黒い感情が渦巻いてうねりとなり場の空気を支配する。 復讐だ。殺せ、引き裂け、八つ裂きニシロ。愚カナ科学者ドモハ皆殺シダ。死ヨリモ重イ苦痛ヲ――! もう誰が何を言っているかさえ理解できない。言葉にならない思いを叫びに変えて、悲鳴とも咆哮ともつかない声を失敗作たちは口々に上げた。 とうとう我慢しきれずにあたりかまわず、壁や床を殴り出す者。果ては隣にいる仲間に噛み付く者さえも現れる始末。 辛うじて人としての意識を保っているとはいえ、それはとても不安定なものだった。一歩間違えば、すぐにでもあの被検体Yのように暴走しかねない者もいた。 そんな中でただ押し黙って一人騒ぎが収まるのを待つ者がいた。 獅子アダモフだ。 アダモフはただ冷静に目の前の肉塊を睨みつけている。 しかしとうとう我慢の限界に達したのか、獅子は騒ぎ暴れる仲間たちに一喝する。 「いい加減にしないか!!」 獅子の咆哮が響き渡る。研究所内はすぐに再び静まり返った。 「うろたえるんじゃない! 俺たちの目的はなんだ。ただ怒りに任せて暴れまわることか。えぇ!? 違うだろう!! 悪いのはこの研究を指揮したやつらだ。頭の腐ったやつらだ! そんなやつらがいるせいで、俺たちはこんな姿に変えられてしまった。やつらが憎い。憎いのはわかる。怒りがこみ上げてくるのもよくわかる!! だが、こんなばらばらの状態で何ができる!? できないんだよ。何もできやしないんだよ!!」 獅子はさらに咆えた。力いっぱいに咆えた。 「俺はあんたらに教えてもらったんだ。仲間で力を合わせることがいかに大きな力を生むか…。いかにそれが大事なことかを!!」 アダモフはかつての地下牢に放り込まれたばかりの頃のことを思い出していた。 今でこそ、この研究所での研究は煮詰まっている状態だったので地下牢へ送られてくる失敗作の数は多いものではなかったが、今よりも研究がはかどっていた頃は毎日のように隔離フロアへ失敗作が連れられてきていた。 多くの仲間たちが、新たな失敗作が放り込まれるために牢の入り口が開くその瞬間を狙って脱出を計ったものだ。しかし、これまでに脱出に成功したものは皆無だった。 自分の牢が開かれれば、失敗作たちは誰もが我先にと牢の入り口に殺到し、互いに争い蹴落とし合い、そしてその隙に次々と研究員に非適応薬を撃ち込まれて処分されていったのだった。 そんな不毛な様子をアダモフはいくつも見てきた。 自分の牢が開かれたことも何度かあった。そのときも同じことが起こった。アダモフはそんな様子をただぼんやりと見ているだけだった。 どうせ脱出したって殺されるだけだ。ましてやこの姿なのだ。 もし街に突然獅子が現れたらどうなる? 当然、捕獲されて処分されるだけだ。 ではこのまま大人しくこの地下牢にいればどうなる? いずれ処分の日が訪れて結局は処分されるだけだ。 アダモフは悲観的だった。すべてに絶望していた。 どうせ死ぬ運命でしかない。下手に暴れればそれが早くなるだけのこと。 だから俺はじっとしている。抵抗したって無駄だ。ただ疲れるだけなのだ。 だったら、俺はもう何もしたくない。天国からでも地獄からでも、どっちでもかまわない。あの世からお迎えが来てこんな薄汚い地下牢から俺を救い出してくれるその日までは、俺はもう何もしないし、何も考えない。 抵抗しても無駄。無駄無駄無駄。すべてが無駄。 どう足掻いたところで運命は変わらない。 ならば、大人しくその運命を受け入れてしまうのが最もラクなのだ。 死ぬことでしか救われない報われない浮かばれない。それならば、俺はそれを受け入れよう。 他人のことなどどうでもいい。自分のことすらどうでもいい。何もかもがどうでもいい……。 そんなことを思いながら檻の片隅で獅子は、毎日のように処分されていく仲間たちをばかばかしいとも思いながら、死んだような目でぼんやりと眺めるだけの日々を送っていた。 たまに思い出したように地下フロアを管理する研究員が檻の中へ”餌”を投げ込みに来る。 もちろん、十分な量などあるわけがない。失敗作たちはたちまちそのわずかな”餌”に殺到し互いに争い合うのだ。誰もが生きるのに必死だった。ただアダモフだけを除いては。 アダモフはその”餌”に全く関心を持たなかった。時に愚かに、時に哀れに思いながらその”餌”を奪い合う他の失敗作たちを眺めるだけだ。 どうせ死ぬしかないのだ。ならば、そんなに生に執着して一体何になるというのか。 無駄だ。すべては無駄なのだ。 そんなことをして無駄に苦痛を増やすぐらいなら、こうしてただ静かに死を待つほうがずっといい。こうして待っているだけでお迎えがやってきてくれるのだから、それほどラクなことはない。 研究員がただ漫然と失敗作たちを生かしているはずはない。与えられる”餌”の量が少ないところをみるとそこまで真剣ではなさそうだが、もしまだ生きていたらいずれ別の実験材料にでもしてやろう程度のことは考えていそうだ。 それならやはり俺は死を待つことを選ぶ。 抵抗するだけ無駄。処分されるだけだ。 生き長らえても無駄。またやつらのオモチャにされるだけだ。 だから俺はこのまま餓死してやるつもりだ。 やつらの手にかかって死ぬのは癪だ。やつらのオモチャにされて死ぬのも悔しい。だから餓死してやる。 失敗作が一匹死んだところでやつらは惜しくも何ともないだろう。どうせまたどこかから別の実験台をさらってくるだけだ。 だが、やつらに殺されるぐらいなら自ら死んだほうがずっとましだ。だから俺は死を待つのだ……。 あるいはそれがアダモフなりの抵抗なのかもしれなかった。 アダモフはどんどん痩せてやつれて衰弱していった。もちろん、そんなアダモフを気にかけるような者もいるはずがなかった。 ある日、アダモフの檻にまた新たな失敗作が連れ込まれた。 脱走を計った失敗作たちがまた何匹も処分された。アダモフはいつものことだと気にも留めなかった。 ここから出せと威勢よく騒いでいた二匹の新入りたちも次第に静かになって行った。 「ああ、あたしたちこれからどうしたらいいんだい……。もうこんなの……いやだよ……」 新入りの一匹が悲しそうに啼いた。 「ばか、諦めんじゃねえ! おまえがそんなだと、おれまで暗い気分になっちまう。まだ何かチャンスがあるはずだ! 絶対に諦めるな。諦めたら終わりだろ!!」 もう一匹の新入りがそれを励ます。そして、その新入りはアダモフを見るなり言った。 「ほら、見ろ。あいつなんて……なんて憐れなんだ。諦めたらおまえもああなっちまうぞ。いいのか? いいわけないだろ、なぁメル!?」 「て、テオ…! そんなこと言うんじゃないよ。し、失礼じゃないか」 アダモフは二匹のそんなやりとりを関心なくぼんやりと眺めていた。 すると、女のほうの新入りがアダモフに近づいてきて声をかけた。 「あ、あの…。さっきはごめんなさいね…。うちの人、悪気があったわけじゃないんだよ。その……ちょっと気が動転してて……ごめんなさい」 「……別に。気にしてない」 アダモフは興味がなさそうにそっぽを向いて返した。 その様子を機嫌を損ねてしまったと勘違いしたのだろうか、メルは続けてアダモフに話しかける。 「あんた、ずいぶん辛そうだね…。その、さっきの埋め合わせってわけじゃないけど……何か助けがいるならいつでもあたしたちに声かけてよ。できることなら手を貸すからさ」 アダモフは何も答えない。 「おい、そんなやつほっとけよ…。それよりもこれからどうするのか考えねぇと」 「あんたは黙ってな! ホントすまないね、空気の読めない亭主で…。あたしはメル。あっちはテオ。あんたは?」 しばらく沈黙を守っていたアダモフだったが、メルがいつまでも顔を見つめ続けているので仕方なく名乗ることにした。 「…………アダモフ」 「そうかい、アダモフ。あんたはなんか他のやつらとは違う感じだねぇ。あんたなら信用できるかもしれない…」 「変わらないさ。……いや、他のやつらのほうがもっとましかもしれないぜ。だって俺は…」 「テオ、こっち来なよ! さっそくここから逃げ出す作戦を考えるよ! 3人で!!」 それはまさか俺も入っているのかとめんどくさそうに思うアダモフだったが、どうせ死を待つまで退屈なことには違いがなかったので、その余興になんとなくつき合ってやることにするのだった。 こうして檻の片隅の仲間が増えた。 ただぼんやりと過ごすだけの毎日は、このメルとテオと自分でこの研究所から脱出する作戦を考えるものに変わった。 もちろんアダモフは本気ではなかった。本当に脱出できるなどとは端から思ってなどいない。ただ相槌を打つだけだ。 作戦会議は主にメルが発案してはテオがそれを反論し、テオが発案してはメルがそれを切り捨てるような流れだった。結局、いつまで経ってもこれと言った作戦はできなかった。 ある日、また別の新入りの失敗作がこの檻に連れられてきた。アダモフたち以外の失敗作はこの機会を逃すものかとこぞって脱走を試み、そしてまた互いに足を引っ張り合った。 新入りを連れてきた研究員は呆れたようにため息をつきながら、非適応薬を装填した麻酔銃を構えて数発それを撃つ。 檻の入り口へとひしめき合う失敗作たちは次々と倒れていった。そして、その失敗作たちから狙いが逸れた流れ弾が一発。その射線上にはアダモフの姿があった。 痩せ細り衰弱し切っていたアダモフには到底それを避けることなどできない。 「まあいいさ…。やつらに殺されるのは気に入らないが、これでようやく俺もこの苦痛から解放されるんだ……」 否、アダモフにはそれを避けるつもりさえなかった。アダモフはそのまま死ぬつもりだった。しかし…… 「アダモフ! 危ねぇ!!」 衝撃。 痩せて軽くなっていたアダモフの身体はいとも簡単に弾き飛ばされ、檻の角のほうに転がった。 「あ、あんた! 大丈夫かい!? アダモフも!!」 メルが心配そうに言った。テオは平気そうな様子でそれに返す。 「あんなもん当たりゃしねえよ。それよりアダモフ! おまえは無事か!?」 どうやら流れ弾に気がついたテオが咄嗟に体当たりをして、アダモフをその射線上から逃がしたらしい。結果として、アダモフもテオも非適応薬を受けて倒れることはなかった。 アダモフは驚いていた。 今まで、誰も他人のために身体を張るような者などここにはいなかった。誰もが自分が助かることだけを考えていた。 だがテオは違った。失敗作たちにとって非適応薬は劇薬も同然、少しでもかすれば拒絶反応を起こしてすぐに死んでしまう。にもかかわらず、テオは己の身を危険に晒しながらもアダモフを救ったのだ。 「どうして……」 アダモフは呆然とテオの姿を眺めていた。しかし、それはかつてのただぼんやりと様子を眺めていた頃のものとは意味が違っていた。 「良かった、生きてるな。当然じゃないか、おれたちは仲間だろう? 一緒にここを出ようと約束したじゃねぇかよ」 「そうだよ。あたしたち3人でここから出るんだ! 生きて! ……ね。言ったじゃないか、できることなら手を貸すってさ」 「……なぜだ?」 アダモフは静かに呟いた。 「うん?」 「どうしてあんたたちは俺を助けるんだ? 俺なんか助けたところで何の得にもなりやしない。それにどうしてそんなに希望を失わずにいられるんだ。もし脱出できたとしてもこんな姿だ。もうまともに生活することだってできやしないのに…」 メルとテオはきょとんとして顔を見合わせた。そして、笑いながらこう返した。 「あはははは! どうしたんだいアダモフ、頭でも打った? 今日はやけに気弱じゃないのさ。まぁ、そんなに痩せてちゃ元気もでないか! テオ、次の”餌”が来たらアダモフの分も獲ってきてやりなよ。この弱りっぷりだ。きっとなかなか競争に勝てなくて落ち込んじゃってるんだよ」 「ああ、他のやつら容赦ねぇからなぁ。任せときな。一番良いのを獲ってきてやるぜ!」 テオは二つ返事で答えた。 「アダモフ、当然じゃないか。それとも何か理由がないと誰かを助けちゃだめだとでも言うのかい? それに脱出した後のことを今から考えたって仕方ないさ。だってまだあたしらは脱出できてないんだから。それこそ獲らぬタヌキのなんとやらだね。それは脱出してから考えようよ。でなきゃ、いつまで経っても何もできやしないよ」 「そうさ、助け合うことは大事だぜ。なんせ敵はこの研究所の科学者全員だからな。それに研究を指揮してるやつもいるだろう。そんなところに一人でぶつかっていって何ができるってんだ? 多勢に無勢。だったら、こっちも数で勝負しねぇとな。仲間は一人でも多いほうが心強い! おれたちはおまえの力が必要なんだよ!」 衝撃を受けた。まるで世界がひっくり返ったかのようだった。 アダモフはこれまでいつも独りで生きてきたのだ。彼にとって『仲間』などあり得ないものだった。 とても貧しい家庭に生まれ、さらに幼い頃に両親も家も失ったアダモフは盗みで己の命をつないできた。 当然、他人には嫌われる。お尋ね者にもなった。 頼れるものなどいない。自分の腕だけが頼り。失敗したときが死ぬときだ。 そして彼は失敗を犯してしまった。 たまたま盗みに入ったところがこの研究所だった。そして運悪く研究員に見つかってしまったアダモフは拘束され、薬品を嗅がされて意識を失い、気がついたときにはもうこの檻の住人だった。 あまりに静かだったので油断したのだ。それに表向きにはここは廃病棟。ここに人がいるなどとは思ってもみなかった。 もう使われていない金になりそうな機械でも拾えないかと考えていた。誰もいないだろうと踏んで、ロクに確認もせずに忍びこんでしまった。迂闊だったのだ。 目を覚ませば檻の中。 初めはしょっ引かれたのかとも思った。しかし、そうではないことにアダモフはすぐに気がつく。 やけに暗い室内。にもかかわらず、どういうことなのか室内の様子はよく視えた。 室内は奇妙な臭いが充満していた。腐ったような臭い。獣の臭い。嗅いだ事のない不快な臭い。 その臭いのひとつは自分から発されていることに気がつく。不思議に思って試しに腕の臭いでも嗅いでみようかとしたところで新たな違和感に気がつく。 「な、なんだこの手は…。お、俺は一体!?」 慌てて己の全身を確認する。どこまでもどこまでも毛で覆われている。 背筋を冷たいものがぞわぞわと昇ってくるような感覚。毛が逆立つ。足腰にはまるで力が入らない。そして、さらにその後ろはピーンと張ったかのように強張っている。 ……後ろ? なんだ、その後ろって。それ以上後ろに何があるというのか。 薄々予想はついた。だが、それを確かめずにはいられない。この目で確認してそんなものはなくて、さっきまで見たものも実は目の錯覚か幻覚で、すべては夢だったのだと信じたかった。 しかしそれは叶わない。 振り返るとそこには……先端にふさふさとした毛を生やした尾が不機嫌そうに揺れていた。 その尾に意識を集中する。右へ動けと念じると右へ。左へと思えば左へ。それは自分の思ったように動いた。紛れもなくそれは自分自身の身体の一部だった。 驚いて思わず立ち上がって檻の低い天井に頭をぶつけそうになった。しかし、それは絶対にあり得ない。 なぜなら、既に彼は二本足で立ち上がることすらできない身体になってしまったからだ。その事実が虚しく宙を切って、再び床に押し付けられる前足によってこの目の前に突き付けらている。 ああ、これは今までの罪の報いなのか―― かつて人間だった獅子は絶望し、過去を悔い、そしてすべてを諦めてしまった。 そんな彼を救ってくれるような仲間はいるはずもなかった。 ……そんな仲間が今は二人もいる。生まれて初めての奇跡だった。 「俺は……助けられていいのか? 俺は仲間を頼っていいのか……?」 思わずそう呟いていた。 「なーに言ってんだい。あたりまえじゃないの!」 「おれも、おまえなら信用できると思ってる。だからもちろんおまえもおれたちを頼ってくれていいんだぜ」 メルもテオもそれが当然であるかのように答えた。 獅子は生まれて初めての光を見た。この闇の中で見つけた、仄かで明るくて温かい光だった。 光を見つけて生きる気力を取り戻した獅子は、仲間たちの助けを受け入れて少しずつ元気になっていった。 自分のどこにこれほどの前向きな気持ちがあったのだろう。それはアダモフ自身の予想を遥かに超えて、気がついたときには地下牢にいる失敗作たちのほとんどが自分たちの仲間になっていた。これはアダモフ自身が勧誘していったものだ。 これにはメルも驚いていた。まさかあの互いに争い合っていた失敗作たちをまとめ上げてしまうなんて、ただものではないと称賛した。 三人寄れば文殊の知恵とは言うが、今やそれ以上の頭がここに集った。 脱出するための作戦として様々な案が飛び交った。初めにメルの発した案が、他の一人の一言でより洗練されていき、また別の一人の声でさらに磨きを増していく。そしてとうとう作戦は完成した。 最後にメルは確信した。 「なるほど…。いける…! これならいけるよ! きっとうまくいく!!」 テオもそれに同意だった。 「ああ、これならきっとうまくいく。あとはチャンスを窺うだけだな」 誰もそれを否定する者はいなかった。 その作戦を実行するリーダーに仲間たちをまとめ上げたアダモフが選ばれるのもおかしなことではなかった。 初めは自分なんか……と謙遜していたアダモフだったが、仲間たちに励まされ、持ち上げられていくうちに満更でもないように思うようになった。 そして何も知らないデテンが地下牢を訪れたとき、とうとう作戦は実行されたのだった。 「俺はあんたらに教えてもらったんだ。仲間で力を合わせることがいかに大きな力を生むか…。いかにそれが大事なことかを!!」 静まり返った研究所にアダモフの声が響き渡る。 既にそこには我を忘れて嘆き哀しみ暴れていた者たちの姿はない。 「個々の力じゃ研究員たちには適わない。多勢に無勢だってテオが言ってたもんな。だからこっちも数で挑まなけりゃならないんだ。ばらばらじゃだめだ! 俺たちは力をひとつに合わせなければならないんだ! そうでなければ俺たちに勝利はない!!」 誰もがその言葉を静かに、真摯に受け止めていた。 「だから……頼む。俺たちと共に戦うと誓ってついてきてくれたみんなにもう一度だけ頼みたい。どうか俺たちに力を貸してくれ。そして、力を合わせてくれないか。ばらばらじゃない、ひとつの力だ。力をひとつにするんだ!」 「アダモフ、あんた……」 「こんどは逆におれたちが教えられることになるとはね…。こいつはうっかりしてたぜ」 仲間たちは口々にすまなかった、目が覚めたというようなことを声に出した。 改めてそれを確認したことで解放軍は再び……いや、以前よりも増してその結束を固めたのだった。 「わかった。おれたちはもう自分勝手な真似はしないと約束する。これからはすべてアダモフの指示に従う。それでいいな、おまえら!?」 テオが仲間たちに確認する。 仲間たちはそろって咆えた。もちろん、その意味するところは言葉を以って語らずとも明確だった。 「テオ…。それにメル、みんなも。ありがとうな……! みんなのおかげで俺は今こうしていられるんだ。とくにメル。あんたが俺に声をかけていなかったら今ごろ俺は死を選んでいただろうよ。だから、あんたには本当に感謝している。あんたには命を救われたんだからな」 獅子は深く頭を下げた。 「ちょ、ちょっとちょっとぉ?! な、なにさ。急にそんな……あ、あたしは別にそんな大したことなんか…。て、照れるじゃないのさ。そんな改まって礼を言われるほどのもんじゃないよ、あたしは」 「おいおい、アダモフさんよ。おれの嫁さんに向かってそいつぁ……少し妬いちまったじゃねぇかよ。そういうのは戦いが終わってからにしてくんな。じゃないとおれの士気が下がっちまうぜ。勢いが落ちちまう前に一気にカタをつけに言ってやろうぜ。敵も待ちくたびれちまうぞ」 メルもテオも心からアダモフをリーダーとして認めていた。 今さら誰も文句など言うはずがない。誰もがアダモフを解放軍の将として認めていた。 「わかった。だったら敢えてもう礼は言わねえよ。勝とう、この戦いに! そしてその戦果を以って俺からの礼とさせてもらう。足を止めてしまってすまなかったな。改めて……行くぞ! 責任者の血を以ってこの愚かな研究を終わらせてやろう!!」 「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」 もう何度目かわからない咆哮。 解放軍の心は既にひとつになっていた。 目的を再確認した解放軍はエレベータ横の階段を勢いよく駆け上がって行った。 研究所一階へ。 エイドの研究室前を通りかかる。 もう何も言わないエイドの頭や、頭のないアマンダの身体がそこには転がっている。 一行はそこから二人の遺品であるライフルや散らばった資料を入手した。そこにはこの研究所の見取り図もあった。 それによるとアダモフの予想通り責任者はここより上階、3階の管理区画にいることがわかった。 ライフルはまだ両手が変化しておらず自由になっている仲間に持たせることにした。 さらに八神が落としていったと思われる非適応薬装填済みの麻酔銃も手に入れた。非適応薬のことはかつて処分されていった失敗作たちを観察していたアダモフがよく知っている。 デテンが持ってきていた麻酔銃や予備の薬も回収して持ち運んでいたので非適応薬のことはすぐにわかった。 何かの役に立つかもしれないし、こちらが確保することで敵の武器を減らせることも考えて、これも持っていくことにしたのだった。 その場に八神の姿はなかった。跡形もなく喰らい尽くされてしまったのか、それとも……。 研究所内を駆け抜けさらに進む。 壁は抉られ、血は飛び散り、研究者の亡骸はあちこちに転がっている。やはり先客がいるのは確からしい。 研究所入口に辿り着く。 扉は壊され開かれている。今なら難なくここから逃げ出すことができるだろう。 どれだけぶりの外の光だろう。いつの間にか暮れていた陽は再び顔を出し始め、研究所の外からは朝陽が顔を覗かせている。 「逃げたい者がいるなら好きにしてもらっていい。俺はそれを止めないし咎めたりもしない」 アダモフは仲間たちに再確認するが、もはや今すぐ逃げ出して自分だけ助かろうと思うものはいなかった。 仲間たちは口々に言った。 自分は最後まで共に戦うと。やつらへの復讐を果たして気持ちよく共に脱出しようと。 もしかしたらまだ元の姿に戻れる可能性があるかもしれないと信じている者もいた。憎き研究者にひと泡吹かせてやらなければ気が済まない者もいた。そして、将として慕うアダモフの力になりたくて協力を願う者もいた。 意図は様々だったが、誰もが最後まで共に戦うことを誓った。 誰もがアダモフを信頼し、そして誰もが勝利を確信していた。 「後悔するなよ。わかった、行くぞ! 目的は3階、管理区画の研究責――」 そのときアダモフの身体はぐらりと傾いた。 言葉は遮られ、獅子の身体は乱暴に横倒しになる。 大柄なその体躯が打ち倒された音が研究所内に……いや、あるいは仲間たちの心に反響する。 あまりにも突然のことで何が起こったのかわからなかった。 目の前には驚いた表情のままで、まるでそのまま時間が止まってしまったかのようなアダモフが横たわっている。その身体には一本の麻酔銃から放たれた注射器が刺さっている。 そこで初めて気がついたのだ。 アダモフは死んだ。 あっけなく死んだ。 殺されてしまった! しかし一体誰の手によって? 混乱する仲間たちに追い打ちをかけるかのように、拡声器を通したそれは無慈悲にも言い放たれたのだ。 『我々は制圧部隊だ! 無駄な抵抗は止めて、直ちに投降せよ!!』 To be continued... 神への冒涜8
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『神への冒涜』五人目「Dr.八神 / the Lord gives them the Last judgment」 まだアマンダが生きていてエイドと銃を奪い合っていた頃、一方で八神は三階の管理区画に呼び出されていた。 責任者と思われる男が八神の前に座っている。男は八神に優しい口調で、しかし優しくないことばをかけた。 「八神。あなたは大変なことをしでかしてくれましたね。おかげでこの研究所は台無しです。主は私に安息を与えると仰せになりました。これがどういうことか、わかりますか?」 「……わかりません」 「憐れな。よろしい、無知なあなたでも理解できるように説明しましょう。主はもうこの研究所は不要だと仰いました。この私さえも。つまりはファイアです。わかりますか? クビですよ、クビ! 私がいらないと仰るのです! ああ、なんということか。ミスを犯したのは私ではないというのに! 主は勘違いをしておられる。もちろん、誰のせいかわかっていますね?」 八神はなにも答えない。 それを言うなら、八神のせいでもなかった。八神は実験班の主任だったというだけのことだ。 直接の原因は被検体Yの暴走。その被検体に薬品を投与したのは彼女の部下だったし、そもそも被検体Yを連れてきたのは確保班なのであり、その責任を実験班の八神一人が問われるのもお門違いというものだった。 しかし、この事故は確かに実験の最中に起こったことだ。たとえ原因が何であれ、上層部はその実験の主任である八神に責任があると判断するのだ。 エイドも同じく実験班の主任だった。しかし、彼は責任を追及されない。なぜなら、不幸にも被検体Yを担当していたのが八神の部下だったからだ。 部下の責任は上司の責任として、八神の肩にのしかかる。しかし、八神の上司にあたる目の前の男はそうはしない。男はこの研究所の所長の椅子を失いたくなかった。ゆえに、その責任を八神に押し付けようとしているのだ。 「……まぁ、いいでしょう。誰だって自分の失敗は認めたくないものです。そこで、あなたにひとつだけチャンスをあげましょう。これは私からの最後の審判だと思って、迅速に、確実にこれに応えなさい。主は我々に最後のチャンスを与えられました」 その”主”から送られてきたのだろう、男は一枚の手紙を取り出すとそれを読み上げる。 『親愛なる我が子らよ。千年王国の扉はもうすぐそこまで近づいてきた。我々が永遠を手に入れられる日も近い。諸君らの努力に心より感謝する。しかし、そのためには我々の秘密は決して部外者に知られてはならない。なぜなら、部外者は決して我々の考えを理解することができないからだ。そして、部外者は我々に敵対し反抗者となることだろう。永遠を手に入れれば反抗者の攻撃など取るに足らないものになる。だが、永遠を手にしていない今はまだそれは危険視するべきものだ。悪しき者どもに我々の崇高なる目的を邪魔することを許してはならない。悪魔どもは焼き払え。そして選ばれし者たちに永遠を』 八神はこの自らをまるで神であるかのように語る”主”が嫌いだった。八神は自ら望んでこの研究に携わっているのではない。この目の前の男も、そしてエイドのこともとても嫌っていた。 上司の男は続ける。 『しかし、哀しいことではあるが、あろうことにもエデンが失敗を犯した。大切な子羊を鎖から解き放ってしまった。解き放たれた迷える子羊は怯え、暴れて、柵の外へと飛び出そうとしている。我々の大切な子羊を部外者の目に晒してはならない。なぜなら、部外者はその子羊を見るとそれを恐れ、憎み、反抗者となるからだ』 「わかりますか? エデン……つまりはこの研究所のことです。主はあなたの失敗を既に御存じなのです」 ”主”は神のはずがないのだから、いくらなんでも事故をもう知っているのは早過ぎる。おおかた、この目の前の男が連絡したに違いない。おそらくは自分の椅子を守るために報告に都合のよい色を付けて。 『我はエデンに安息を与える。子羊が外部に晒されてしまうのが避けられないのなら、我はエデンに裁きを下そう。反抗者が生まれる前に羊たちを子羊諸とも土に還そう。しかし、エデンの羊とて、己が身は愛しいということを我はよく理解している。そこを最大限に汲み取り、我は哀れな羊たちに試練を与える。見事この試練を乗り越えられたのであれば、我はエデンの努力を認めて次の機会を与えよう。近くベウラよりエデンへ、第一の目的の試験的運用を兼ねて制圧部隊が到着する。哀れな羊たちよ、生き残りたければ制圧部隊の到着よりも先に事態を収拾してみせよ。我は制圧部隊の長からの報告のみを以ってその結果を判断する。以上』 「つまりはこういうことです。もうすぐ、制圧部隊が第一目的の試験を兼ねてここに送られてきます。それよりも先に事態を解決しなさい。そうすればクビは避けられる…。しかし、これは私じゃない、あなたの責任です。ですから、当然あなたがこの試練を受けるべきなのです」 八神は目の前の男こそ哀れだと思った。責任を私に押し付けて、試練を私に押し付けて、それで自分はもう安全だと安心しきっている愚かな男だ、と。仮に八神がそれを拒んで何もしなければどうするつもりなのだろうか。今度は何か理由をつけてエイドにでも責任を押し付けるのかもしれない。 こんな愚かな男のために働いてやる義理など八神にはなかった。しかし、そんな男の言いなりにならざるを得ない理由があった。それゆえに、八神はこの男の命令に逆らうことができない。そして、それはこの男もよく知っている。だからこそ、男は八神に責任を押し付けたのだ。 「八神、私に代わってこの試練を受けなさい。そして見事乗り越えて見せなさい。それが、私からの最後の審判です。もちろん失敗は許しません。これが果たせなかったとき、あなたはどうなるか……よくわかっていますね?」 「……はい」 そう答えざるを得なかった。 逆らえばどんな目に遭うかはよく分かっている。なぜなら、彼女はその手で数々の被検体たちをその目に遭わせてきたからだ。自分が助かるために多くの罪もない被検者たちを生贄に捧げてきたのだ。 そんな状況が八神はとても心苦しかった。悔しかった。しかし、自分にはどうすることもできない。だからこそ、こんな研究所は潰れてしまえばいいと心の中でいつも思っていた。 それが今、こうして現実になろうとしている。それでも状況は変わらなかった。 ベウラ……。おそらくはこことは別の研究所の名前だろう。そう、この怪しげな研究を行っているのはこの研究所だけではなかったのだ。仮にこの研究所が潰れたとしても、他の研究所がまだある限り八神は運命を回避することができないのだ、目の前のこの男が存在している限りは。 かつて潰れてしまえと何度も望んできた研究所が今まさにその瞬間を迎えようとしているというのに、八神はそれを享受することさえ許されない。 こともあろうに、その瞬間を自らの手で回避させろと男は命令した。 逆らえば自分が次の実験台。従えばこの男の奴隷として働かされる日々が続く。どちらを選んでも地獄しかなかった。まだこうしてまともな人間のままでいられる分には後者のほうがマシだろうか……。 数々の被検体の末路を見てきた八神は当然、実験台行きの切符など選べるはずもない。 この研究所の存在の危機はあの男の危機であり、それと同時に八神の危機にもなった。 失敗すれば実験台……。八神は悔しい思いを押し殺してでも、この研究所の危機を回避させるしか選択肢はなかったのだ。 八神は疲れた顔でエレベータに乗っていた。 己の身を守るためにも、この事態を急いでなんとかしなければならない。ぼんやりしていると、すぐにでも制圧部隊がやってきて時間切れ。もれなく被検者たちの仲間入りになってしまう。 八神は二階の研究班の元へと向かった。研究班なら、被検体Yに投与した薬品のことを熟知している。何か対抗策が得られるかもしれない。 (ああ…。まさか、こんなことになるなんて。あの子も可哀想に…) 八神は被検体Yがまだ人間だったときの顔を思い出して心を痛める。 あの男に呼び出されて三階へ向かうときに地下一階にいた八神は、結局は東側に向かうことになるのだが、まずは西側のエレベータに向かった。そして、エレベータの前に人狼と化したあの被検体Yと、銃を構えた見知らぬ女がいるのを見た。女はその銃で人狼を撃ち殺してしまった。 もし八神も同じ立場に置かれていたら、間違いなく銃を撃っただろう。己の身を守るために。 被検体Yに罪はなかった。彼はただ偶然、本件とはまた別のある不幸な”事故”に巻き込まれて実験台にされてしまっただけなのだ。むしろ、罪があるのは自分たちのほうだった。 そして、その彼は撃たれて……死んだ。 異形の姿のまま他人を傷つけてしまう恐怖に怯えながら生かされ続けるよりは死んだほうがまだ幸せだったのかもしれない。しかし、彼から平穏な人生を奪っておいて、それで死ねて幸せだったなんて言える権利が八神にあるはずもなかった。 ああ、なんと身勝手なことだろうか。しかし、八神はあの責任者の男に逆らえない。従うほか仕方がない。 同僚や、とくに被検体と接するときは敢えて心を殺して努めて冷徹に振る舞ってきた。そうでもしなければ、良心の呵責に耐えきれず、心が押し潰されてしまいそうだったから。しかし、それも気楽なものではなかった。一時は心が押し潰されそうな痛みに耐えることができても、それは少しずつ少しずつ八神の心を傷つけ蝕んでいく。限界が来るのも時間の問題だった。 二階に到着し、エレベータの扉が開く。 かつて被検体Yが軟禁されていた病室の前に差し掛かった。心が締め付けられる。 同じような病室がいくつか並ぶ通路を通り過ぎてさらに行くと、そこに研究班の研究区画があった。 ここにも被検体Yが現れたのだろう。ここも人狼の暴れた跡がありありと残されおり、数々の研究員がその歯牙にかかって無残な姿になっている痛ましい光景だった。 「生き残った者はいる!?」 研究班の誰かがまだいないか確かめるために声をかける。 「その声は……八神さん…!」 すると、隅にあるロッカーの中から一人の研究班員が出てきた。 「デテン! あなたは無事だったのね、良かった…」 彼はデテン。八神がこの研究所内で心を許せる数少ない者のうちの一人だった。 「ああ、恐ろしかった…。急に獣人が現れたかと思ったら、そいつは僕たちに襲いかかってきたんだ! 僕はなんとか助かったけど、他の班員はおそらくみんなやられてしまった…。あれはどういうことなんだ!? 獣人たちはみんな地下の隔離フロアにいるはずじゃなかったのか!?」 彼は被検体たちを敢えて、その姿如何を問わず”獣人”と呼んだ。多くの研究員は、それを被検体や失敗作などと呼んでいたが、それはあまりにも可哀想だとしてデテンは敢えてそう呼ぶようにしていた。 八神もデテンの前では素直な自分の姿を見せる。 「いえ、違うのよ。あれは……逃げ出したの。実験の最中に。まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかった…」 「そうか…。でも八神さんが無事で良かったよ。それで、ここに避難してきた……ってわけじゃなさそうだね。上に何か言われたのかい?」 「話が早くて助かるわね。急いでその逃げ出した被検体をなんとかしなくちゃならないの……制圧部隊がここに押し掛けて来る前に。そうしないと、私はあの男にどんな目に遭わされるか…」 「制圧部隊だって…! ということは、もうこの話が上に伝わってるのかい!? いくらなんでも早過ぎる!!」 「あの男が報告したに違いないわ…。自分の立場を守るために……最低なやつ」 「僕も所長は苦手だな…。生活のためだから仕方ないけど、できればもっと別のところで世間に胸が張れるような研究がしたかったね…。それじゃあ、その逃げた獣人たちを……処分しなくちゃならないのか」 「ええ…。今回ばかりはいつものようにこっそりと隔離フロアへ回してもらうわけにはいきそうもないわね…。きっと、あの男は被検体の死体を確認しない限りは納得してくれない。すべての研究資料の確保と、機密処理の完了を見届けるまでは認めようとしない」 「……じゃあ、殺すしかないんだね。可哀想だけど。わかった、手を貸すよ。八神さん一人じゃ大変だろう? まずはここを襲った暴走したやつをなんとかしないとね。そいつは僕がやろう。麻酔銃を用意してくるよ」 「待って」 準備に取り掛かろうとするデテンを八神は引きとめた。 「その被検体は……死んだわ」 「なんだって! そ、そうか…。さすがに手が早いな」 「私じゃない…! 誰かは知らないけど、襲われている人がいたのよ。なぜか銃を携帯していて、自己防衛のために……撃ったわ。一撃で仕留めた……かなりの腕前よ」 「それは逞しいな…。誰かは知らないけど、一度銃を教えてもらいたいものだね。それじゃあ、あとは事後処理だけかい?」 「いいえ、被検体はもう一人いるのよ。脱走騒ぎのどさくさに紛れていつの間にかいなくなっちゃったんだけど…。そっちはエイドが捜しに行ったわ。外に逃げてないといいけど…」 「入口は鍵がかかってたはずだ。窓から出られたらお手上げだけど…。それじゃあ、まだ中にいる可能性もあるんだね。まぁ、そっちはエイドに任せるとしよう。あいつは手荒だから少し心配だけど…」 「それがそうも言ってられないのよ。さっきも言ったけど、私たちには時間がない。制圧部隊が来る前になんとかしなければならない。それに一応、これでも実験班の主任なのよ。私も捜しに行くわ」 「僕も行ったほうがいいかい?」 「大丈夫よ…。それより事後処理の手伝いをお願いできる? あなたの事後処理のついででいいから、私の端末内の情報の抹消をお願い。書類のほうは捜索の足で寄って自分でなんとかするつもり」 「わかった、任せてくれ。僕はもう少しここにいるから、困ったことがあったら頼ってほしい」 「ありがとう。これが私のIDとパスワードよ」 八神は自分の端末のログイン方法をデテンに教えた。その代わりに、デテンは八神に数本の麻酔弾を手渡した。 「麻酔銃はいつものところにある。その弾には麻酔薬の代わりに非適応薬が入ってる。幸運を祈るよ…!」 「あなたもどうか無事で…!」 非適応薬―― これは被検者の適性をなくさせるための薬品だ。 被検体に投与された薬品を適性のない者に投与するとその者はショック死してしまう。 この非適応薬を被検体に投与し適性を失効させることで、その被検体を直ちに死に至らしめることができる。 非常事態マニュアルは被検体の脱走に際しても想定されており、その場合においては非適応薬の使用が許可されることになっている。暴走して手がつけられなくなった被検体の処分に対してやむなく使用されるものだ。 麻酔銃にこの非適応薬を詰めた弾薬を装填し対象に向かって撃ち出すことで、離れた位置から安全に暴走する被検体を鎮めることができる。 なお、この薬品は研究区画において厳重に管理、保管されている。 これさえあれば、万が一にもう一人の脱走被検体が暴走し、襲われた場合にもそれを対処することができる。 八神は麻酔銃を手に入れると、まずは書類のある自分の研究室に向かうことにした。 研究区画から近い西側のエレベータを利用して、八神の研究室のある一階へと降りる。 八神の研究室は、エイドの研究室の隣にあった。西側からなら、エイドの研究室の前を通り過ぎていくことになる。 エイドの研究室に差し掛かったとき、八神はその異変にすぐに気がついた。 「ひ、ひッ…!?」 そこはまるで血の池。おびただしい量の血が床一面にぶちまけられている。 その血の池の中に誰かが倒れているようだ。通路の角の視界になっていて誰かはわからないが、たしかにそこに誰かの脚が見える。恐る恐る近づいてそれを確認する八神。 倒れている者の正体は服装と、すぐ近くに落ちていたライフルですぐにわかった。それは、被検体Yを撃ち抜いたあの見知らぬ女……アマンダだった。 どうしてこんなところに……? こんな状態で無事であるわけがない。しかし、まだ息があるのかどうかを確かめようと、八神はさらにそれに近付く。 「う…ううっ…………!! こ、これは……。な、なんて無残なの……」 アマンダの上半身はズタズタに引き裂かれていて目も当てられない。切り裂かれた胸部からは骨が剥き出しになっていて、その傷の深さが窺える。さらにアマンダの首から上は跡形もなくなっていた。ついさっきまでまだ生きていたのだろう、首からはまだどくどくと大量の血が流れ出している。 もちろんその正体は予想がついているが、この様子だと彼女を引き裂いた犯人はまだ近くにいる可能性が高い。 思わず後ずさる八神。 すると、八神は何かに足を取られて尻もちをついてしまった。 何か丸いものを踏んだような。こんなところにボールが? それとも、フラスコか何かの瓶でも転がっていたのだろうか。何気なしにそれを八神は手で拾い上げる。 ぐにゃりとした感触。表面はぬるぬるしている。 そして生温かい……。 「ひ、ひゃぁぁああぁあっっ……!!?」 思わず投げ捨ててしまった。 それはごろりと床に転がると、憎々しげに八神を睨みつける。 それはエイドの頭だった。アマンダとは対照的に首から下がどこにも見当たらない。 目は見開かれ、表情は恐怖と苦悶に歪んでいる。もともと歪んだようなエイドの顔がさらに酷い有様になっていた。 「エ、エイドまで……! まさか、そんな…ッ」 嫌いだったとはいえ、短くない間を共に過ごしてきた仲だ。その見慣れた顔が……顔だけが目の前に転がっている。 ついさっきまではことばも交わしていた。しかし、その口はだらしなく開かれていて、もう何もことばを発することはない。 この事態は只事ではなかった。 以前にも被検体が脱走するようなことは稀にあった。しかし、そのときはここまで大きな被害は出なかった。 「ど、どうして……こんなことに……。被検体Y…あの子……一体何なの!?」 ぴた、ぴた……。 水の落ちる音が聴こえる。……水道から水が漏れている? 何をこんな時に。 それとも、これは涙が落ちる音? たしかに、いつの間にか八神の目からは恐怖の涙が流れ落ちていた。 しかし、これはその音じゃない。 ぼた。ぼたぼた。 八神の顔にぬるぬるした生温かい液体がかかる。 思わず上を見上げた。 「グォォオオオォォォオオオォォォオオオォッッッ!!」 呼んだかい、とでも言いたげな顔がそこにはあった。 「あ、あなた……し、死んだはずじゃ……!!」 慌てて麻酔銃を手で探るが…………ない! 尻もちをついたときに落としてしまったのだろうか。麻酔銃は離れた位置に転がっていた。 直接、麻酔弾を突き刺そうと弾薬を取り出そうとするが、頭の中が真っ白になって指が言うことを聞いてくれない。 必死に麻酔弾をつかもうとしても、それは手から零れて落ちて逃げ出してしまう。自分もできることなら、すぐに逃げ出してしまいたかった。しかし、腰が抜けてしまったのか、よりにもよってこんなときに身体に力が入らない。 「や…やめ……ッ!!!」 再び、研究所内に人狼の咆哮が響き渡った……。 To be continued... 神への冒涜6
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脚本・演出 ディズム 出演 驚天動地倶楽部 ディズム:ドクター J.B.:ジョエル 小ka栗ショーン:レオ ペレ夫:ショーン 公演 チケット販売ページ 2022/10/07 19 00- 2022/10/08 14 00- 2022/10/08 19 00- 2022/10/09 13 00- 会場:Theater Mixa(シアターミクサ) 3st 待機所案内 4st 待機所案内 / 投稿告知 ハッシュタグ #魔境の探検家たち 関連配信 2022/09/10 20 00- 【チケット販売中!】10月の舞台『冒涜都市Z』について説明する配信 ※待機所案内 2022/10/02 20 00- 今週末は舞台『冒涜都市Z』だ!! ※待機所案内 2022/10/09 19 00- 舞台冒涜都市Zおつかれさまでした!! ※待機所案内 2022/11/12 22 00- 舞台『冒涜都市Z』後夜祭<ディズム、コーサカ、YACA> ※待機所案内 ツイート 告知 公演告知 "――いつもと違う、驚天動地。" ペレ夫 / ディズム esora uma / YACA チケット販売予告 グッズのお知らせ / 『驚天動地対談』 当日ツイート 1日目:小ka栗ショーン 2日目:ディズム 感想 ゲネプロ:ディズム / esora uma 1 / 2 / ヤスの字 / アミノ / シェリム / まだら牛 / テラゾー / 石井プロ / 祁答院慎 1日目:ディズム / ペレ夫 / 小ka栗ショーン / コーサカ 2日目:ディズム 3日目:ディズム / J.B. / 小ka栗ショーン / ペレ夫 1 / 2 / esora uma (ペレ夫) 打ち上げ 楽曲サブスク配信 (アミノ)