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昼食が終わり、トリッシュは一人中庭で椅子に座り紅茶を啜っていた。マリコルヌは今はいない。 モンモランシーと一緒に部屋に引き篭もるギーシュを呼びに行った為だ。 昼からの授業はなく、呼び出されたばかりの使い魔たちと親睦を深める時間に当てられている。 これもメイジとしての教育の一端なのだろう。 周りを見ると、猫のような植物に何かで打ち抜かれる者、溶かされて消えていく主人を笑う人型の生物、 ラジコン型の使い魔と追いかけっこをする者、背中を剥がされ死んでいく者など、午後の暖かな日差しが射す中庭で それぞれが使い魔たちと楽しそうに遊んでいる。 「トリッシュ、お待たせ」 「や、やあ。コンニチワ」 マリコルヌとややぎこちないギーシュが手を振りながらトリッシュの座るテーブルへとやってきた。 目の前に座ったギーシュの頬が真っ赤に腫れていることにトリッシュは気付きなんとなく聞いてみた。 「アンタ、なんで顔が腫れてんの?」 「ああ…これはだね……」 ギーシュは言い辛そうに口をモゴモゴと動かす。実際に喋り辛そうだが理由は他にあるようだ。 それに一緒に迎えに行ったはずのモンモランシーがいないことにトリッシュは気付いた。 「二股がバレたんでモンモランシーと、もう一人の子に殴られたんだよ」 「マ、マリコルヌ!アレは違うんだよ!そう!ケティが勝手に勘違いして……」 マリコルヌが代わりに答え、ギーシュがしどろもどろに言い訳する。 「サイテー。人間のクズだわ」 冷ややかな視線と共にトリッシュは冷たく言い放ち、それを聞いたギーシュは崩れるようにテーブルに突っ伏し、 ブツブツと何かを囁く。良く見ると肩を震わせ泣いているようだ。 「僕の…見せ場が……フラグが…………うう…」 トリッシュとマリコルヌは余りに哀れなその姿を見て、ギーシュをそっとしておいた。 「申し訳ございません!」 少し離れた席で黒髪のメイドが桃髪の少女に謝っていた。 「またあの桃髪か…怒られてるメイドってシェスタ?って人じゃないの?」 「シエスタだよ。いい加減に人の名前覚えようよ。ちなみに怒ってるほうがルイズね」 マリコルヌのツッコミを無視して、トリッシュは怒鳴り散らすルイズと謝り続けるシエスタを見る。 シエスタがなにをしたかは知らないが、ルイズの叱責は段々とエスカレートしていった。 それを見かねたルイズの使い魔(名前はマリコルヌも知らない)が二人の間に入って止めようとするも 股間を蹴られて撃沈する。 「あの使い魔もアンタも!貴族に対する礼儀ってものを知らないようね!!」 「申し訳ございません!何卒お許しを!」 ルイズは“生意気にも貴族と同じ席についてた!”や“私を無視した!”など、叱責の殆どがシエスタではなく 誰かの使い魔に対するものだった。要するに八つ当たりでシエスタがイジメられているのだと、トリッシュは理解した。 「アンタ、風邪っぴきと親しいみたいだけど色目でも使ったの?」 「そのようなことは……ございません」 「本当に~?そうねアンタの髪ってカラスみたいな汚らしい色してるもの。出来る訳ないわよね」 ルイズが言った言葉に、頭を下げて怯えていたシエスタの顔に怒りとも悔しさともとれる表情が現れた。 漸く怒りが収まったのかルイズはシエスタの表情に気付かずに、自慢とする桃色がかかった金髪を掻き揚げて 跪いたシエスタを見下ろし立ち去ろうとする。 しかし、ルイズの行く手に一人のメイドが立ち塞がった。 「アンタ、ちょっと待ちなさいよ」 今まで様子を見ていたトリッシュだった。 目の前に立ち塞がったトリッシュを見るもそれを無視してルイズは、股間を押さえ悶絶している使い魔を 蹴飛ばして起こすと今度その使い魔を罵倒し始めた。 「アンタ聞いてんの?」 トリッシュが問いかけるが、ルイズは無視して言い訳する使い魔の股間に蹴りを入れ、またも悶絶させる。 ルイズの肩を掴んで振り向かせよう手を伸ばすと、シエスタがトリッシュの手にしがみつき、 懇願する眼でトリッシュを抑える。 「シエスタ。アンタあの女になにやったの?」 「え…?、その、紅茶を……」 トリッシュがテーブルを見る。テーブルにはケーキとティーカップが置かれ、ティーカップから僅かだが 紅茶が零れていた。これをルイズは怒ったのだろう。 「判ったわ。アンタは離れてて」 困惑するシエスタを引き離しトリッシュはティーカップを手に取ると、使い魔を罵倒するルイズの頭に向けて、 その中身をブチ撒けた。 「うきゃ!あちちちち!!ちょっといきなりなにするのよ!!ヤケドしたら如何するつもり!!!」 「ワザとやったんじゃね~わ。寛大なお貴族様なら許してくれるでしょ?」 いきなり紅茶をかけられたルイズは当然のように怒るが、トリッシュは悪気がなさそうな顔で言い訳をする。 その顔を見て更にルイズは怒り出した。 「アアア、アンタ、貴族に対する、れれ、礼儀ってモノを、しし知らないようね」 「知ったことじゃね~わよ。なんで私がアンタに『敬意』を払わなきゃいけね~わけ?」 沸騰したヤカンのように顔を真っ赤にしたルイズがトリッシュを睨む。トリッシュもその視線を真っ向から受け止める。 「れれ礼儀を知らないって言うなら、わわ私が教えてあげるわ!けけけ決闘よ!!」 「ちょ!ちょっと待ってくれ!」 今まで傍観していたマリコルヌがルイズを止めるが、時、既に遅くルイズは『ヴェストリの広場』で待つと 言い残し足早に立ち去り、その後を回復した使い魔が追いかけていった。 「マズイよトリッシュ!いくらルイズが『ゼロ』って言ってもメイジなんだ!僕も一緒に謝るから許してもらおうよ!」 必死に説得するマリコルヌを見てトリッシュは首を振る。 「だったら、僕が決闘するよ!使い魔の不始末は主人の不始末でもあるんだ!」 今度は自分が戦うと言い出したマリコルヌの肩に手を置いて、トリッシュは澄んだ瞳で見つめる。 「それはできないわ。私が売ったケンカなんだから」 尚も食い下がるマリコルヌを放って、トリッシュはシエスタに向き直る。シエスタは怯えた表情を見せ、 マリコルヌと同じくトリッシュを止めようと口を開きかけるが、トリッシュはそんなシエスタに微笑みかけ、 それを見たシエスタは思わず口を閉ざしてしまった。 「シエスタ。お願いがあるんだけど」 「は、はひ?あ…なんでしょうか?!」 「着替えとお風呂を用意しておいて」 そう言って困惑するシエスタとマリコルヌを残して、トリッシュはルイズの待つ『ヴェストリの広場』に向かった。 「どうしよどうしよ……ギーシュ!君も止めてよ!!」 未だにテーブルに突っ伏したギーシュに頼むも、心ここに在らずと言った感じで何かを囁いていた。 「ふふふ…香水の壜さ…これを拾えば……フラグが……うう…」 妄想に耽るギーシュをそっとしておいて、マリコルヌはトリッシュの後を追いかけていった。
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++第九話 使い魔の決闘③++ 花京院はゆっくりと身体を起こした。 身体の節々が痛む。特に右腕の痛みが酷い。 しかし、立つことはできた。 それを阻止するはずのゴーレムは立ちすくんでいる。 主からの命令が来ず、どうすることもできないのだ。 ギーシュは自分の喉を押さえ、目を白黒させていた。 「どんな気分だ? 自分の中に何かが入っているっていうのは」 「……!」 目を見開き、ギーシュは必死に訴えるが、その声は出ない。 花京院はギーシュからバラを取り上げた。 バラの造花が魔法の杖だったようで、ゴーレムたちは次々と土に戻り、土の山だけが残った。 「さて、僕は考える。これから『お前をどうするか』をな」 「……」 「今、お前の中には僕のスタンドが入っている。僕の意のままに動き、お前を殺すことができる力だ」 花京院の言葉に、ギーシュの顔が青くなる。 「このままお前を操って自分の首を締めさせようか。それとも内側から風穴を空けようか。いっそこのまま内側から破裂させるという考えもある。……しかし、このまま殺すのを決闘とは呼べないな」 スタンドを操作し、ギーシュの右手を差し出させた。 その手のひらにバラを置き、握らせる。 ギーシュは理解不能というように、花京院を見た。 「剣を二本作れ。それ以外に何かしたら殺す」 花京院の本気を感じ取ったようで、ギーシュは身震いした。 恐怖に震えながらも、バラを振る。 すぐ側の地面が盛り上がり、二本の剣が現れた。 ギーシュに剣を握らせてから、距離を取らせた。 互いの距離は三歩ほど。一歩踏み込めば剣が届く程度の距離だ。 「お前は剣を握ったことがないだろうし、戦いの経験も浅いだろう。一方、僕は戦いには慣れているが、身体がもう限界に近い。今の僕とお前なら対等だと思わないか?」 「……」 ギーシュは無言のまま握った剣と花京院の顔を見比べた。 彼の顔には今までの余裕の笑みも、からかいもなかった。真剣勝負への恐怖と、もう一つ別な感情がそこにはあった。 エジプトでDIOの館に乗り込むとき、全員が持っていたもの。 DIOとの最後の戦いのとき、花京院が持っていたものと同じものだ。 力量の差がはっきりしていても、それがあれば戦える。 絶望的な状況でも、それさえあれば希望が見出せる。 それを言葉にするのならば――“勇気”。恐怖を克服する力だ。 ……なかなか、いい顔になってきたじゃないか。 ギーシュは敵であり、ルイズを侮辱した相手に違いはない。しかし、花京院は少しだけ敬意を払うことにした。 目の前に突き刺さった剣の柄頭に手を置き、花京院は高らかに宣言した。 「我が名は花京院典明。我が主、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの誇りのため、そして、傷つけられた二人の少女のため。ギーシュ・ド・グラモン、お前に敗北を味わわせてやる」 ギーシュは震える手で剣を握り、構える。 花京院も左手で剣を掴んだ。 その瞬間、左手に刻まれたルーン文字が輝き出した。 花京院とケンカし、部屋に戻ったルイズは落ち込んでいた。 ベッドの上に仰向けになり、天井を眺めながら呟く。 「なんであんなこと言ったんだろ……」 あの時、魔法について質問され、怒ってしまった。 自分をゼロのルイズだと馬鹿にしているんだと思った。 前の授業でも失敗していたから余計に傷ついてしまった。 でも、あいつは知らなかったんだろう。魔法のことも、たぶん今日始めて知ったはずだ。 自分の知らないことを質問する、そんな当たり前のことを怒ってしまった。 「……はぁ」 ため息ばかりが口から漏れる。 謝りに行こうかとも考えたが、自分のプライドが許してくれない。 使い魔に頭を下げるメイジがどこにいる。使い魔はメイジの下僕。向こうが謝るのが道理というものだろう。 ルイズは起き上がり、腕を組んで考えた。 謝るべきか、謝らないべきか。 悩んだ結果――ルイズは立ち上がった。 「よ、様子を見るだけ。ただ、様子を見に行くだけよ。使い魔の管理はメイジの仕事だからね。それを怠るのはメイジとしてどうかと思うし」 誰に言うでもなく言い訳をして、ルイズは部屋を出た。 その時、目の前を二人の生徒が横切った。 「あのギーシュが決闘? 本当かよ。相手は誰?」 「平民だって聞いたぜ。あのゼロのルイズが召喚した使い魔だって」 「ちょっと待ちなさい!」 思わず、ルイズは呼び止めた。 怪訝な顔で二人は振り返り、ルイズの顔を見て目を見開いた。 そんなことには一切構わずに、ルイズは尋ねる。 「私の使い魔が……なんだって?」 「い、いや、今のは別にお前を馬鹿にしてたわけじゃ……」 ルイズの勢いに気圧され、一人が慌てて弁解しようとする。 「そうじゃない。私の使い魔が、ギーシュと、何をするって?」 「あ、ああ。聞いただけなんだが、どうも決闘するらしいぜ。お前の使い魔とギーシュが」 「……場所は?」 「ヴェストリの広場。ひょっとしたらもう始まってるかも……」 終わりまで待たず、ルイズは走り出していた。 こんなことなら、離れるんじゃなかった。 失態を悔やみ、自分を責める。 メイジと平民では勝負にすらならないだろう。 いくら相手がドットのギーシュだとしても、それは変わらない。 それだけの力の差がメイジと平民にはあるのだ。 初撃で、諦めてくれるならいい。 負けを認めて、すぐに引き下がるならいい。 それなら少しの怪我だけで済む。 でも、あいつはきっとそうしない。 ボロボロになっても、負けを認めないだろう。 たとえ絶対に敵わなくても、戦いを続けるだろう。 きっと、死ぬまでそうするつもりだ。 あの使い魔はそういう奴なのだ。 短い付き合いでも、ルイズにはそれがわかっていた。 だからこそ、急がなければならない。 生意気で、物分りがよさそうなくせに、ここぞというところで意地になる。 主人に従順であるべき使い魔としては失格だが、それでも生きていて欲しい。 ……無事でいなさいよ。 祈りながらルイズはひたすら走った。 To be continued→
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ゼロの使い魔への道-1 『ギーシュ危機一髪 その1』 『ギーシュ危機一髪 その2』 『ギーシュ危機一髪 その3』 『キュルケ怒りの鉄拳 その1』 『キュルケ怒りの鉄拳 その2』 『キュルケ怒りの鉄拳 その3』 『燃えよドラゴンズ・ドリーム その1』 『燃えよドラゴンズ・ドリーム その2』
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■ パートⅠ 使い魔は静かに暮らしたい ├ 使い魔は静かに暮らしたい-1 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-2 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-3 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-4 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-5 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-6 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-7 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-8 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-9 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-10 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-11 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-12 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-13 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-14 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-15 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-16 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-17 ├ 使い魔は静かに暮らしたい-18 └ 使い魔は静かに暮らしたい-19 ■ パートⅡ 使い魔は今すぐ逃げ出したい ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-1 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-2 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-3 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-4 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-5 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-6 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-7 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-8 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-9 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-10 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-11 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-12 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-13 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-14 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-15 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-16 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-17 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-18 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-19 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-20 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-21 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-22 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-23 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-24 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-25 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-26 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-27 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-28 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-29 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-30 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-31 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-32 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-33 ├ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-34 └ 使い魔は今すぐ逃げ出したい-35 ■ 使い魔は今すぐ逃げ出したい外伝 『ラ・ロシェールにて』 ├ ラ・ロシェールにて-1 ├ ラ・ロシェールにて-2 ├ ラ・ロシェールにて-3 ├ ラ・ロシェールにて-4 ├ ラ・ロシェールにて-5 └ ラ・ロシェールにて-6 ■ パートⅢ 使い魔は手に入れたい ├ 使い魔は手に入れたい-1 ├ 使い魔は手に入れたい-2 ├ 使い魔は手に入れたい-3 ├ 使い魔は手に入れたい-4 ├ 使い魔は手に入れたい-5 ├ 使い魔は手に入れたい Until It Sleeps ├ 使い魔は手に入れたい-6 ├ 使い魔は手に入れたい-7 ├ 使い魔は手に入れたい-8 ├ 使い魔は手に入れたい-9 ├ 使い魔は手に入れたい-10 ├ 使い魔は手に入れたい-11 ├ 使い魔は手に入れたい-12 ├ 使い魔は手に入れたい-13 ├ 使い魔は手に入れたい-14 ├ 使い魔は手に入れたい U.N.Owen ├ 使い魔は手に入れたい-15 ├ 使い魔は手に入れたい-16 ├ 使い魔は手に入れたい-17 ├ 使い魔は手に入れたい-18 ├ 使い魔は手に入れたい-19 ├ 使い魔は手に入れたい-20 ├ 使い魔は手に入れたい-21 ├ 使い魔は手に入れたい-22 ├ 使い魔は手に入れたい-23 ├ 使い魔は手に入れたい-24 ├ 使い魔は手に入れたい-25 ├ 使い魔は手に入れたい Love ├ 使い魔は手に入れたい-26 ├ 使い魔は手に入れたい-27 ├ 使い魔は手に入れたい-28 ├ 使い魔は手に入れたい-29 ├ 使い魔は手に入れたい-30 ├ 使い魔は手に入れたい-31 ├ 使い魔は手に入れたい-32 ├ 使い魔は手に入れたい-33 ├ 使い魔は手に入れたい-34 ├ 使い魔は手に入れたい-35 ├ 使い魔は手に入れたい-36 ├ 使い魔は手に入れたい Can't Stop? ├ 使い魔は手に入れたい-37 ├ 使い魔は手に入れたい-38 ├ 使い魔は手に入れたい-39 ├ 使い魔は手に入れたい-40 ├ 使い魔は手に入れたい-41 ├ 使い魔は手に入れたい-42 ├ 使い魔は手に入れたい-43 ├ 使い魔は手に入れたい-44 ├ 使い魔は手に入れたい 21st Century Schizoid Man ├ 使い魔は手に入れたい Le Theatre du Grand Guignol ├ 使い魔は手に入れたい 21st Century Schizoid Man-2 ├ 使い魔は手に入れたい Le Theatre du Grand Guignol-2 ├ 使い魔は手に入れたい 21st Century Schizoid Man-3 ├ 使い魔は手に入れたい Le Theatre du Grand Guignol-3 ├ 使い魔は手に入れたい 21st Century Schizoid Man-4 ├ 使い魔は手に入れたい Le Theatre du Grand Guignol-4 ├ 使い魔は手に入れたい 21st Century Schizoid Man-5 ├ 使い魔は手に入れたい Le Theatre du Grand Guignol-5 ├ 使い魔は手に入れたい Sad But True ├ 使い魔は手に入れたい No Remorse ├ 使い魔は手に入れたい Dive in the sky ├ 使い魔は手に入れたい-45 ├ 使い魔は手に入れたい-46 ├ 使い魔は手に入れたい-47 ├ 使い魔は手に入れたい-48 ├ 使い魔は手に入れたい-49 ├ 使い魔は手に入れたい-50 ├ 使い魔は手に入れたい-51 ├ 使い魔は手に入れたい-52 ├ 使い魔は手に入れたい-53 └ 使い魔は手に入れたい-54 ■ パートⅣ 使い魔は穏やかに過ごしたい ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい-1 ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい-2 ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい-3 ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい-4 ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい-5 ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい-6 ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい外伝『バッカスの歌』 ├ 使い魔は穏やかに過ごしたい-7 └ 使い魔は穏やかに過ごしたい-8 ■ Shine On You Crazy Diamond ├ Shine On You Crazy Diamond-1 ├ Shine On You Crazy Diamond-2 ├ Shine On You Crazy Diamond-3 ├ Shine On You Crazy Diamond-4 ├ Shine On You Crazy Diamond-5 ├ Shine On You Crazy Diamond-6 ├ Shine On You Crazy Diamond-7 ├ Shine On You Crazy Diamond-8 ├ Shine On You Crazy Diamond-9 ├ Shine On You Crazy Diamond-10 ├ Shine On You Crazy Diamond-11 ├ Shine On You Crazy Diamond-12 ├ Shine On You Crazy Diamond-13 ├ Shine On You Crazy Diamond-14 └ Shine On You Crazy Diamond-15
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ともだち~ ずっとともだち~♪ ギーシュは上機嫌だった。 ずっとともだちいな~い♪ 鼻歌まで歌ってゴキゲンである。彼は両手で何か大きな箱を抱えて 中庭を歩いていた。箱の中にはギッシリと、色んな形の小瓶が詰められて いる。小瓶――そう、香水である。「香水」の二つ名を持つ彼女、 モンモランシー・マルガリタ・中略・モンモランシに、彼はこの香水の山を プレゼントするつもりなのだ。こいつを決め台詞つきでプレゼントした 時の彼女の反応を考えると、ギーシュはニヤニヤが止まらなかった。率直に 形容すると、いわゆる「アホ面」というやつだ。そういうわけで、彼はこの後の 勝利を確信しながら、それはもう上機嫌でモンモランシーの元へと向かって いたわけである。すると後ろの方から彼を呼ぶ声が聞える。 「ギーシュ!あなた何を持っているの?」 この声は・・・!ギーシュは確信した。モンモランシーだ!少し予定と違うが まぁいい!コホン、と一つ咳払いをすると、 「ああ、まるでセイレーンの歌声のようなその声!君はモンモランシーだね! なんという偶然、いやこれは始祖ブリミルの与えたもうた奇跡!僕も今君に 会いに行こうと・・・」 優雅な仕草でギーシュが振り返ったそこには、 般若のような形相で仁王立ちするケティの姿があった。 「ギーシュさま・・・」 背後からゴゴゴゴゴゴという擬音を引き連れて、ケティは死神のような眼で ギーシュを睨む。 「やはり・・・・ミス・モンモランシーと・・・・・・」 「ケッ、ケケケケケケティ!!ちっちががちが違うんだよこれは!!これは 先生に頼まれて――」 バッチィィイィン!!! 「さよならギーシュさま・・・死ねッ!!!」 へなっぷすいませんと叫びながらフッ飛ぶギーシュに、ケティはもはや一瞥も くれず歩き去った。 見事なきりもみ回転でフッ飛んだギーシュは地面に倒れたまましばらく痛みを こらえていたが、ハッと香水のことを思い出して跳ね起きた。 「ああああ!!こっ、香水ッ!割れてないだろうなぁ~!?」 ギーシュは地面に跪き、急いで香水をかき集める。よかった、どれも割れては ないようだ。使い魔に手伝わせてガチャガチャと箱に放り込む。草や土が ついてるものもあるだろうが・・・モンモランシーなら適当に言い繕えば ごまかせるだろう。ギーシュはそう判断すると、香水を仕舞い終わった箱を 持ち上げて歩き出した。さっきの事は色んな意味で痛かったが、この傷は モンモランシーの笑顔で癒してもらおう・・・などと考えると、ギーシュの片側だけ 腫れた顔はまたニヤニヤと歪むのであった。しかし――、不幸とは往々にして 連鎖するものである。ニタニタと上の空で妄想にふけっていたギーシュは、 前から歩いてくる少女もまた考え事で前など見ていなかったことに気付かなかった。 そして。 ドンッ!! 「うわッ!?」 「きゃあッ!!」 二人はハデにぶつかり、ハデに吹っ飛んだ。 「いったたたたた・・・ き、君ッ!前はちゃんと見て・・・アッー!!!」 なんと不幸な偶然か、再びギーシュの手から落ちた香水の山は、2度目の 衝撃に耐えることは出来なかった。ギーシュと少女の周りに散乱した小瓶、 その実に3分の2が無残に砕け散ってしまっている。 「なッ・・・なッ・・・なんということだ・・・!大枚はたいて買ったモンモランシーの ための香水が!!」 絶望と怒りに打ち震えるギーシュ。 「君ッ!!」 それがないまぜになった感情をぶつけるべく、ギーシュはキッと少女を睨む。 「責任は取ってもらうぞッ!!ゼロのルイズッ!!」 ルイズは悄然とした表情で中庭を歩いていた。ギアッチョはただ訳も分からず 異世界へ送り込まれてきただけの平民ではない。唯一心を許せる仲間達を 皆殺しにされ、その上リーダーを一人残したまま自分まで殺されてしまったのだ。 もしもギアッチョが自分だったら、とルイズは考えた。唯一無二の親友である アンリエッタが、敬愛するワルドが、そして家族が皆殺しにされてしまったら。 そう考えると、今までギアッチョにされた仕打ちなんか全て忘れて、ギアッチョの 隣で泣きたくなる。ギアッチョの怒りは、悲しみは、痛いほど分かっている つもりだった。それなのに、自分はギアッチョにあんな酷い事をしてしまった。 どれだけ悔やんでももう遅い。自分とギアッチョの心には、きっともう修復なんて 不可能な溝が出来ている。――ギアッチョは厨房の平民達の屈折のない善意に 囲まれていた。自分じゃきっと一生かかっても素直になんかなれない。自分は あの輪の中には永遠に入れない。ルイズはそう確信していた。 ルイズは幼い頃から周囲にバカにされ続けてきた。例え口には出されなくても、 周囲の眼は「ゼロだ」「落ちこぼれだ」という意識を持ってルイズの心に突き刺さる。 幼いルイズが心無い他人達から身を守るには、虚勢という張子の盾を持つしか なかったのである。そしてその盾はもはやルイズの心と完全に一体化し、 ごく一部の親しい人間を除いて、ルイズはその心の深奥を誰かに吐露する 事など出来なくなってしまっていた。 ――あいつの居場所は・・・私の隣じゃ・・・ない ルイズはもう一度呟き、そして悲しい決意をした。やっぱりダメだ。元の世界に 戻るにしろ、ここに留まるにしろ、あいつは私の使い魔なんかでいるべきじゃ ない。あいつを元の世界に送り返す方法か・・・もしくは契約を解除する方法。 どっちを選ぶかはギアッチョ次第だが、とにかくどちらかを見つけなければ いけない。そんな事を考えながらルイズは図書室へと歩き出し――そして、 ギーシュと衝突した。 「責任ですって!?前を見てなかったのはあんたも一緒でしょ!!どっちか 一人でも前を見ていたらぶつかりなんてしないわ!」 「黙りたまえゼロのルイズ!僕達の周りを見ろッ!!僕が大金をはたいて 買った香水だぞッ!!責任を取るのはそっちだ!!」 ルイズはそこで初めて周囲に眼をやり、香水瓶だったものの惨状を知った。 「フンッ!どうせモンモランシーにあげるつもりだったんでしょう!!あんた みたいな趣味の悪い男にはお似合いのプレゼントね!!自分の不始末は 自分でぬぐいなさいよッ!!」 「言ったなゼロのルイズッ!!大体どうして君がまだここにいるんだ!? 魔法も使えないメイジが魔法学院にいるなんてお笑いだな!!君がとっとと ここを辞めていれば僕がここでぶつかることもなかったんだ!!土下座して 謝りたまえ!!そしてこいつを全部弁償しろッ!!そうすれば君がこの学院に 居続ける事を許してやろう!!」 「・・・なんですって・・・!!何も・・・何も知らないくせに・・・ッ!!許さないわ ギーシュッ!!決闘よッ!!!」 「ゼロのルイズが決闘だって!?アッハハハハハ!!いいだろう、女性に 手は上げない主義だが・・・受けて立とうじゃあないかッ!!僕が勝ったら 君は僕に土下座で謝った後にこいつを全て弁償し、その上でこの学院を 出て行けッ!!いいな!!」 「・・・上等じゃない・・・!!私が勝ったらもう二度と私を『ゼロ』だなんて 呼ばせないわッ!!ギーシュッ!!」 「いいだろう・・・フフフ・・・『君が勝ったら』ね!!こいつは傑作だ!! アッハハハハハハ・・・!!」 こいつは自分の勝利を微塵も疑っていない。ルイズは悔しさで涙が出そう だった。目頭が熱くなるのを必死で堪えていたその時、 バグシャアアッ!! 「あぁあぁああーーーーッ!!!ぶっ、無事だった香水をぉおお!!」 壊れることなく残っていた香水瓶を踏み潰しながら―― ギアッチョがそこに立っていた。 「・・・なッ・・・何してんのよッ・・・っく・・・ギアッチョ・・・!私を笑いに来たの なら・・・帰りなさいよ・・・!あんたには・・・うっく・・・関係ないでしょ・・・ッ!」 悔しくて情けなくて、ルイズはついに涙を堪え切れなかった。涙を見せまいと うつむきながら、ルイズは精一杯の強がりを言う。こいつには、ギアッチョに だけは、こんな場面を見られたくはなかった。きっとこいつは完全に幻滅した。 そう思うと、ルイズの涙はいよいよ量を増して溢れて来る。 だが―― 「いいや・・・関係あるね てめーはさっき言ったよなぁあぁ~~ 主の不始末は 使い魔の不始末だってよォォーー・・・!」 そこまで言うと、ギアッチョは色をなくした眼でギーシュを睨む。 「ルイズの不始末は・・・オレが引き受ける ギーシュとか言ったな・・・てめーの 決闘の相手はよォォーーー!!このオレだぜマンモーニッ!!!」
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朝!マリコルヌ・ド・グランドプレの新しき人生の始まりである!! 普段より二時間ほど早く起き、ベッドで未だ眠っているトリッシュを起こさぬように細心の注意を払いながら タンスの奥深くに仕舞ってあった秘密の品を取り出してカバンに詰め込み、そっとドアを開いて廊下に 誰も居ないことを確認すると足音を立てないように歩き、寮を後にした。 朝もやが煙るトリステイン魔法学院の隅にあるヴェストリの広場まで辿り着き、周りに人影がないことを 何度も確認して広場の隅の地面に穴を掘り、部屋から持ち出したカバンを開ける。 カバンの中にはフリルの付いたドレスや、リボンに彩られたスカート等々、女物の服がカバン一杯に詰め込まれていた。 その一品一品を名残惜しそうに触りながら掘った穴へと放り込む。 「コレなんか手に入れるのに苦労したよなぁ」 手に持ったのは学院の女生徒用の制服。魔法の掛かった扉を解除し警報の魔法の無効化等を行ないながら 全ての罠を掻い潜り、備品庫から盗んできたものだ。 無論、盗んだ事がバレないように全てを元の状態に戻したことは言うまでもない。 カバンに入っている服は全て、自分の倒錯した趣味を満足させる為に何度も危ない橋を渡って揃えた 品々である。自分の全てと言っても過言ではない。 心の声が『捨てるこたぁーねー、トリッシュに着せてやんな』と囁くが、サイズが違うし、それに昨日までの自分に 別れを告げるためにも捨てねばならなかった。 「これで良し」 盗みで培った隠蔽技術を最大限駆使して地面を元通りに戻し、マリコルヌはヴェストリの広場の入り口にまで 歩みを進め、もう自分にも何処に埋めたのか判らない地面の方を向き、 「アリーヴェデルチ(さよならだ)」 今まで世話になった服たちに感謝と別れを告げ、マリコルヌは広場を後にした。 その姿をモグラだけが見つめていた。 昨日の自分に別れを告げたマリコルヌが次に向かった先は厨房であった。トリッシュの朝食を用意させる為である。 朝早くから厨房は貴族たちの朝食の準備で忙しそうに人々が働いている。それを見ながら なかなか声を掛けれずにマリコルヌが厨房の入り口で立ちすくんでいると、後ろから声を掛けられた。 「お、おはようございます。如何なされました?」 マリコルヌが振り向くとそこには黒髪のメイドがマリコルヌを怯えた眼で見つめていた。 「いや、ちょっと話があって…」 「申し訳ございません!」 突然黒髪のメイドは頭を下げ謝ってきた。その声が大きかったので厨房内の料理人たちもマリコルヌに気付いた。 黒髪のメイドとマリコルヌに厨房中の視線が集まる。 「ちょっと待って!なんで急に謝るんだよ!」 そう言ってからマリコルヌは気付いた。朝早くからわざわざ貴族である自分が厨房を訪れたのである。 何か不作法があったとメイドが恐れ、魔法の使えぬ平民が貴族に対し必要以上にへりくだるのも無理はなかった。 「シエスタがどうかしたんですかい?」 巨漢の料理長がその手に包丁を持って、背後に立ちマリコルヌを見下ろしていた。 マリコルヌを包丁で傷つけようとする意図で持っていた訳ではなく、料理の最中に思わず持ってきてしまったのだろうが 包丁を持ち背が高くガッシリとした体格の料理長にビビッたマリコルヌは、しどろもどろになりながらも 何とか用件を伝えることに成功した。 「しかし、使い魔に人の食事を与えるんですかい?」 「僕の使い魔は君たちと同じ平民なんだ」 「えっそうなんですか?」 驚くメイドと訝しげな視線を送る料理長。料理長の男、マルトーは大の貴族嫌いでマリコルヌが使い魔と言えど 平民に貴族と同じ食事をさせるなど信じられなかった。 「その使い魔平民なんでしょう?犬っころと同じメシでも食わせときゃいいじゃないですか」 「貴族だろうと平民だろうと(好きな人には)変わりない!」 自分の皮肉に対し、『変わりない』と断言したマリコルヌにマルトーと厨房内の料理人、そしてシエスタは驚いた。 今まで貴族は平民のことなど奴隷か動物程度に思っていると考えていたからである。 彼らが今までに会った殆どの貴族は事実そうであったし、ここに居る貴族の子息たちもそうであった。 だが、目の前の小太りの貴族は『変わらない』と言った。月までぶっ飛ぶ衝撃をその場に居た平民たちは受けた。 「判りやした。用意させていただきます」 「うん、よろしく頼むよ。それから君、シエスタって言ったよね?」 「は、はいっ!何でしょうか?!」 「もう一つ、お願いがあるんだけど…」 固まるシエスタに向けて神妙な面持ちでマリコルヌは語りかけた。 部屋に手荷物を携えて戻ってきたマリコルヌは、まだトリッシュが寝ているのを見てベッドに近づいた。 寝苦しかったのか、単に寝相が悪いのかトリッシュの太ももが露になったのを見て、心の中で 始祖ブリミルに感謝しつつ、荒い鼻息を抑えながらトリッシュを揺さぶる。 「ト、トリッシュ、もう朝だよ。」 「う~……ん…」 ゴロリとトリッシュは寝返りを打つ。その拍子で胸の谷間がマリコルヌの眼に飛び込んできた! (ウオオオッ!良いんですか?!朝からこんなんで良いんですか?!) 思わず床の上でブリッジをカマして、悶え打つマリコルヌ。 (ウオッ!ウオッ!ウオッ!ウワオオォォォッ!) ブリッジが限界まで達しマリコルヌは床に崩れ落ちた。その後しばらく息を整えて再度トリッシュを起こそうとする。 「朝だよトリッシュ。朝食に間に合わないよ」 何故か先ほどとは打って変わり、太ももや胸の谷間に興奮しないキレイなマリコルヌに変貌していた。 「あと5分~、5分だけでいいから~」 「ダメダメ、早く起きて」 「ん~、ミスタ、水、フランス製のミネラルウォーターじゃなきゃダメよ ジョルノは着替え取ってちょうだい」 「フランスってのは知らないけど水と着替えだね」 マリコルヌは朝変えておいた水差しから新鮮な水と、調達した着替えをベッドの脇に置く 「さーさー起きた起きた」 「わかったわよ…アンタ誰?」 『トリッシュ、マリコルヌデス。昨日ノコトヲ思イダシテ』 「僕だよ。君の主人のマリコルヌだよ」 スパイス・ガールとマリコルヌに言われてトリッシュはやっと思い出した。夢ではなかったのだ。 「そこの洗面器に水を汲んでおいたから。着替えはここね。それじゃ僕は部屋の外で待ってるから」 そう言ってマリコルヌは部屋を出て行った。 「夢なら良かったのに…」 『トリッシュ、スグニ朝食ト言ッテマシタ。朝食ヲ抜クのは身体ニ良クアリマセン』 「そうね…おなかも減ってるし」 スパイス・ガールに促され、しぶしぶベッドから降りて顔を洗う。 「そう言えば着替えを用意したとか言ってたけど…」 ベッドの脇に置かれた、マリコルヌが用意した服を手に取り顔をしかめる。 「ナニ?このダサいズボン」 『トリッシュ、ソレハ「ドロワーズ」トイウ下着デス』 「下着ィ~?!マジこれ穿くの?!信じらんない…」 身だしなみに気を使うイタリア人で女のトリッシュにとって、二日続けて同じ下着を穿くことに抵抗があり、 用意された物が新品であったのも後押しして、仕方なくドロワーズを穿くことにした。 「それでコレね…」 着替えたトリッシュは何処から見てもメイドそのものであった。さすがにカチューシャとエプロンは付けなかったが。 部屋を出た後、外で待っていたマリコルヌの言い訳を聞きながら食堂へと案内された。
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「うわッ!なにコレ!メチャクチャ広いじゃない!」 「ここが『アルヴィーズの食堂』さ。みんなここで食事を取るんだ」 マリコルヌの後について歩きながらトリッシュは周りを見渡した。 絢爛豪華な装飾に眼を奪われつつ、マリコルヌから教師を含む貴族全員がこの場所で食事を取ると 説明される。トリッシュはこんな場所で食事を取ったことなど一度も無く、内心ドキドキしていた。 「さ!ここに座って」 「あ…うん」 マリコルヌが席を引きトリッシュを座らせると、その横の席にマリコルヌは座った。 他の貴族たちも続々と集まってきているが、トリッシュを見ると怪訝そうな顔をしてボソボソと 小さな声で周りの貴族と会話し、その内容がトリッシュにも聞こえていた。 「なんでメイドが座ってるんだ?」 「ほら、アレよ。昨日の儀式で……」 「平民なんだろ?…貴族と同じ席に座るなんて…」 正直居心地が良いとは言えない。そんなトリッシュの様子を見たマリコルヌが トリッシュの眼を見つめ紳士的に微笑みながら、 「他の奴らが言う事なんて気にしちゃダメだよ」 そう言ってトリッシュを慰める。マリコルヌはトリッシュの好みのタイプではけっして無いが 今まで自分の周りに居た男の中には無かった、その紳士的な態度にトリッシュは好感を覚えた。 「なんでメイドが…ああ、あなた確かマリコルヌの使い魔だったわね」 ふと隣の席を見るとドリルのようなロール髪の少女が座っていた。 「やあ!おはようモンモランシー!今日はギーシュと一緒じゃないのかい?」 モンモランシーと呼ばれた少女は不機嫌そうに口を尖らせマリコルヌを見ると、 「ギーシュは食事いらないって」 「へえ?ギーシュの奴どうしたんだろ?」 「昨日医務室にあなたの様子を見に行ってからずっと変なのよ。 今日だって呼びに行ったら『僕のそばに近寄るなああーーーッ』って言って出てこないのよ ねえマリコルヌ何か知らない?」 「う、うん僕にも判らないな。なんだか大変だね。ア、アハハ…」 二人の会話を聞いていたトリッシュは知らない振りを決め込むことにした。 「ところでどうして使い魔がここにいるのよ?外で待たせるんじゃないの?」 「え?ああ、ほら、使い魔と主人は一心同体って言うじゃないか」 やはり、自分がここに居ることは変らしい。トラブルはマズイと感じたトリッシュは モンモランシーに語りかけた。 「あなた…モンモランシーって言ったわよね?私、やっぱりここに居ちゃマズイかしら?」 「別に良いんじゃないの?あなたの主人が良いって言ってるんだから。 私の知ったことじゃないわ」 そう言って、モンモランシーは頬杖をしならが溜息を吐きだした。 おそらくは昨日胸を覗き込んでいた男のことで頭が一杯なのだろう。トリッシュの事などに 構ってられないと言った感じである。 (それにしても、あのキザ男には何にもしてないのにそんなに怯えるなんてね。 とんだ腰抜けだわ。マンモーニってヤツね。あのハゲ親父を少しは見習うべきだわ) 昨日、ギーシュを縛り上げて猿轡を噛ませ、持っていた毛抜きでやめてくれと叫ぶコルベールの 髪の毛を一本一本丁寧に抜いて額縁に飾っていった事を思い返しながら、トリッシュは 食事の開始を待つことにした。 豪華としか言いようの無い料理が運ばれトリッシュがたくさん並べられたフォークやナイフなどの 使い方や食事のマナー等をマリコルヌに聞いていると前の席に一人の少女が現れた。 桃色の髪の色をした小柄な少女である。その髪の色に父親を思い出し、トリッシュは 少し不快になった。 (うわ…アレで斑点つければあの男にそっくりだわ…朝から最悪ね…) 「ほら、椅子を引きなさいよ。気の利かない使い魔ね」 仕方ないといった感じで少女の後ろに控えた少年が椅子を引き、少女が腰掛ける。 (なんだか生意気そうな小娘ね。ムカつくわ。……今、使い魔って言ったわよね?) 『ソウデス。使イ魔とイイマシタネ』 スパイス・ガールがトリッシュの心を読んだように疑問に答える。 昨日の医務室でスパイス・ガールを発現してメイジにスタンドが見えないことは 確認済みである。もっとも見えているのなら召喚されたときに騒ぎになっている筈なのだが その時は意識はあったが眼が覚めておらず、スタンドの防衛本能でスパイス・ガールが勝手に 動いていたのでトリッシュの記憶には残っていなかった。 ちなみにその時の事をスパイス・ガールは怒られるのが怖かったので黙っていた。 「すげえ料理だな!俺こんなに食えないよ!」 (同感ね。おなかは空いてるけど朝からコレじゃ逆に食欲無くすわ) 目の前に座った少年に心の中で同意しながら料理を眺める。 この量と内容はトリッシュの基準から言ってとても朝食には思えなかった。 「あのね?ほんとは使い魔は外なの。アンタはわたしの特別な計らいで、床」 そう言って頬杖をつきながら桃色の髪の少女は少年に床に座るように命じる。 その様子を見ていたトリッシュに少女が気付き不機嫌そうな顔で話しかけてきた。 「ちょっとアンタ。なんでメイドが座ってんのよ、さっさと椅子からどきなさい」 桃色の髪と少女の態度にムカついたのでトリッシュは無視を決め込んだ。
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第一章 使い魔は暗殺者 前編 リゾットは怒っていた。心の底から。頭のてっぺんを突き抜けるような怒りを、不甲斐ない自分に感じていた。 ――オレは…何一つとしてっ、仲間と交わした誓いを果たすことが出来なかったっ!! それが、リゾットの怒りの原因だった。 ボスを殺すこと。 栄光を掴むこと。 仲間たちと約束したことを、リゾットは何一つとして叶えることが出来ず、無様に死んでいく自分が、リゾットはこの世で一番許せなかった。 誇りを傷つけられ、栄光を掴もうと誓った。 けれど、全ては無駄に終わってしまったのだ。自分たちの反乱は、挫折した。 誰が悪いのではないだろう。強いて言うのならば、運が無かったとしか言えない。 戦いに勝つには天の時と地の利と人の和が必要だと言われている。 地の利と人の和は同等だった。けれど、天の時はブチャラティたちに味方した――そういうことだ。 しかし、リゾットはそれだけに全てを委ねる事はできなかった。 リーダーである自分がもっと上手くチームを指揮していれば勝てたのではないか。そう考えてしまうのだ。 すでに起きてしまった出来事にもしもはない――。そう分かっていても、リゾットの頭の片隅で声は囁く。 ――お前の采配が悪かったから仲間たちは無駄死にしたのだ…………。 と。 だからこそリゾットは相打ちを覚悟でボスを殺したかった。 相打ちでボスを殺してもどうしようもないことは分かっていたけれども。仲間はもう一人も残っていないし、ボスを殺しても自分が死んでしまっては、それで終わりだ。 それに、リゾット以外の仲間が死に絶えたとき、ボスを殺す理由は無くなっていた。“仲間と”栄光と掴むためにボスを殺そうと決意したのだから。 それでもリゾットがボスを殺そうとしたのは、死んだ仲間たちに少しでも報いたかったからだ。 死んだ後、あの世で仲間たちと再会したとき、胸を張っていられるように。そう思って、リゾットはボスを殺しに行った。 が、最後の最後、後一歩が及ばなかった。結局、天の時は最後までリゾットの味方をすることはなかったのだ。 ――オレたちは……決して栄光を掴む事が出来ないと言う事なのか?! 神を裏切ったオレたちには祝福を受ける資格がないと言うのか?! そんなことは……そんなことは認めないッ! 絶対に認めるものかァッ! オレは……いや、オレたちは! 使い捨てられて、踏み台にされるために生きていたのではないッ!!!! リゾットは怒っていた。心の底から。頭のてっぺんを突き抜けるような怒りを、無慈悲な神に向かって感じていた。 ――オレたちは……栄光を掴むんだ!!! 「あんたたち誰?」 雲ひとつ無い晴天の空を背景に、誰かがリゾットの顔を覗き込んでいた。 急激に意識が上昇して目が覚めたため、視界はあまりよくなかったが、リゾットを真上から見下ろしている人物が桃色に近いブロンドの少女だという事は分かった。 そうして、その少女が白いブラウスとプリーツスカートを身に纏い、その上に黒のマントを羽織っている事も。 (コス……、プレとかいうやつか?) 少女の姿を見たリゾットの最初の感想は、正直どこかずれていた。しかし、これは彼にとっては致し方ないことでもあった。 少女の格好からリゾットが連想したものは、チーム仲間のメローネが(自分の)食費を削ってまで購入していたジャッポネーゼアニメやジャッポネーゼマンガに描かれていた、いわゆる魔女っ子と呼ばれるものだったからだ。 メローネや歳若い仲間が楽しそうに読んでいるのを見て、一度だけリゾットも読んだ事があるが、あまりの展開の破天荒さに5ページほどで挫折した。 けれども、メローネたちにはそこがいいらしく、同じく面白さが分からなかったプロシュートやギアッチョとともに肩身の狭い思いをしながら、 『あれが若さか』 などという発言をしてちびちびとワインを啜った記憶が懐かしい。あの時はまだ、ソルベとジェラートも居て、ボスに反感を持つ前だった。 あれから、そう、色んなことがあった。 身を粉にして組織を大きくしたというのに、与えられた対価はそれに見合うことは無く。ボスはリゾットが嫌っている麻薬を金のために、裏の人間だけではなく一般市民にまで売り出した。 それがリゾットには気に食わなかった。元々リゾットは裏の人間が必要以上に表の人間と関わる事を良いとは思っていなかったし、麻薬は人をボロボロにする。短い目で見れば金になる商売かもしれないが、長い目で見れば害にしかならない。 そうこうしている内に、待遇に不満を抱いたソルベとジェラートがボスのことを調べ始めて、殺された。 そんな様々な要因が重なって、トリッシュというボスの娘の噂が切っ掛けとなり、リゾットたちは組織を裏切った。ボスを倒すために。 そして、昔夢見た理想を現実にするために。 しかし、現実は非情で、リゾットの仲間たちはボスの娘を護衛するブチャラティチームたちと戦い、死んでいった。 リゾットも一人ボスと対峙し、負けた。そう、ボスのスタンド能力の前にリゾットは敗北したのだ。裏の世界では負けはそのまま死に繋がる。つまり、リゾットは死んだ――はずだった。 (そうだ。俺はエアロスミスの銃弾を受けて死んだはずだ) 未だ上手く働かない思考をフル回転させてリゾットはこの状況を理解しようとした。何故、イタリアのサルディニア島でボスに敗れた自分がこんな城の見える平原に居るのか。しかも―― (この女、あんたたち……複数形で訊いた?) そのことに疑問を持ったリゾットは、目の前にいる少女を警戒しながらゆっくりと上体を起こし、体を捻って後方に視線を動かした。 「!!?」 その瞬間、リゾットはこれまで味わった事の無いほどの混乱に襲われた。 メタリカを体内に宿しているせいで白目の部分が充血している、他人とは違う目を大きく見開いて自分の後ろに広がっている光景を呆然とした表情で見つめる事しかできない。 (馬鹿な……っ、これは、どういうことだ?!) サルディニア島に居たはずなのに、こんな観光地のような場所に居る事も不可思議な事だが、それ以上に不可解なことが目の前に広がっている。 「ホルマジオ……、イルーゾォ……、プロシュート……、ペッシ……、メローネ……、ギアッチョ……。馬鹿な……、死んだはずだ……ッ」 そう、リゾットの背後には死んだはずの彼の仲間たちが倒れていたのだ。 暗殺チームのリーダーとして普段から滅多に感情を揺らす事の無いリゾットだが、この状況にはただ心の底から驚愕するしかなかった。 (天国とでも言うのか?) イタリア生まれのイタリア育ちであるリゾットはギャングに入って後も基本的な思考はローマ・カトリックに由来していた。 そのため、この異常な状態を天国と思ったわけだが――、それにしてはどうも様子がおかしい。 混乱しながらも、仲間たちは全員気絶しているだけだと確認したリゾットは、次に周りの様子を慎重に観察し始めた。 目の前には未だに少女が憤然とした面持ちで仁王立ちしている。 その遥か後ろには平地用の――つまりは守りに向いてない移住性を重視した――城が聳え立っていた。 そして、その城と少女の間に、十数人ほどの人間が、全員同じような黒いマントを羽織ってまるでファンタジーに出てくる魔法使いの持つ杖のようなものを手にして、リゾットたちを物珍しそうな顔で眺めている。 「あんたたち、誰?」 もう一度少女は聞いてきた。瞳には苛立ちの色がはっきりと見える。それ以外には、焦りと、少しばかりの恐怖。 期待通りに行かなかった事に対する拍子抜けしたような感情。それと、大きな疑問だろうか。この事態に戸惑っているようにも思えた。 「……オレは……、リゾットだ」 とりあえずリゾットはそれだけ答えた。頭の中では未だに黄色いヒヨコが踊っている。 (とにかく、ここがどこか分かるまではこちらの情報は最低限隠さなければいけないな……) 「どこの平民?」 平民? この問いにリゾットは一瞬詰まった。身分社会が崩壊して久しいこの時代、ヨーロッパにも貴族と呼ばれる人種は居るが、こういった物言いをすることはない。 つまり、導き出される結論は、ここはヨーロッパ以外の身分社会がまだ残っている土地か――、はたまた、地球ではないどこかだ。 (本当に異世界だとすると――ナルニア国年代記のようなものか) リゾットは幼い頃に読んだヨーロッパで有名なファンタジーシリーズの名前を挙げて秘かに笑った。 従兄弟が憧れていたファンタジーの世界に――もしかしてだが――自分が足を踏み入れているのかと思うと、なんとも言いがたい気分になってくる。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」 と、リゾットが物思いに耽っている間に、周囲の時間はどんどん進んでいたようだ。 驚きが終わった野次馬たちが、馬鹿にしたような色を浮かべながら声を掛けてくる。げらげらという爆笑をバックコーラスにして。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」 「さすがはゼロのルイズだ!」 ルイズ――どうやらこの桃色掛かった金髪の少女の名前らしい――の拙い反論に、他の子供たちは一斉に笑い声を上げ、馬鹿にする。 そんな子供たちの幼稚な行為に、リゾットは眉を顰めた。 他人を嘲笑うという行動は大きく分けて、自分に絶対の自信があるために相手を軽く見るというものと、相手を軽んじる事で自分が優れていると錯覚したいというものがある。 しかし、どちらの場合も相手の実力を過小評価し、自分の実力を過大評価する傾向にある。そして、それは殺し合いの世界に身を置く者としては非常に不味い事であった。 自分を強いと思うことは油断を招くし、相手を弱いと思うことは隙を生む。過去、その結果として自分に殺された要人やギャングなどの構成員たちを思い出しつつ、リゾットは緩やかに警戒レベルを戦闘時から常時に戻した。 どうやらそこに居る人間たちが結託してリゾットたちを攻撃するような状況にはならないらしい。 けれども、疑問は何一つとして解消されて無い。リゾットは慎重に彼らの出方を待った。 「ミスタ・コルベール!」 少女がまた叫ぶ。誰か――リゾットが推測するに引率者――を呼んだようで、その声に反応して人垣の中から中年の男性が進み出た。 丸い眼鏡をかけた、額から頭のてっぺんまで禿げている温厚そうな男である。この男も真っ黒なローブを身に纏い、大きな木の杖を手にしていた。 絵本や映画などに出てくる魔法使いそのものの姿だ。街でこんな格好をしていたら、道行く人たちに白い目で見られることは確実である。 が、その男――ミスタ・コルベールと呼ばれていた――を見て、リゾットの暗殺者としての感覚が盛大に反応した。 一気に警戒レベルが跳ね上がり、ドッドッドッと心臓が血液を全身に送り出そうと動き出す。酸素が体中を駆け巡り、思考が活性化する。 (この男……、強い! そして、戦い慣れしている!) 男の表情や足運びなどから彼の実力を推測したリゾットは、全身の筋肉を強張らせた。 しかし、そんなリゾットの考えとは裏腹に、男は昼行灯という言葉が似合うほど害意の無い顔でルイズという少女に対して返事をする。 「なんだね。ミス・ヴァリエール」 「あの! もう一回召喚させてください!」 そうして、のんびりとした男とは対象的に、身振り手振りで気を引き必死になって何事かを頼み込んでいるルイズの台詞に、リゾットは思い切り困惑した。 (召喚だと?) その単語を聞いて真っ先に思い出したのは、やはりチーム仲間の一人、ジャッポネーゼマニアのメローネがやっていた(ジャッポネーゼ言葉ではプレイするというらしいが)ファイナル○ァンタジーとかいう、指輪物語の設定を下地にしているRPGとかいうTVゲームだった。 頭に角を生やして杖を持った幼女が脳裏に浮かぶ。そういえば目の前にいる少女も幼い。角は生えてないようだが、杖は持っていた。 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!」 「決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは『使い魔』を召喚する。今、やっているとおりだ」 半ば涙目になりながらルイズは尚も言い募るが、コルベールは素っ気無く首を振るだけだ。 周りの生徒たちはコルベールとルイズの会話を邪魔しないように大声で笑う事は止めていたが、ルイズに対してニヤニヤと歪んだ笑みを向けている。 (召喚……使い魔……。この二人の言葉をそのまま信じるのなら、オレは……いや、オレたちは地球から別の世界に呼び出されたということか!) コルベールの登場で脳に充分な酸素が行き渡ったリゾットは、先入観を棄ててこの事態を正確に把握する事に専念する。 この状況が理解できなければ、どういった行動が最適になるのかも分からない。 リゾットの能力ならばここにいる全員を一気に殺すことも可能だが、それをして仲間が危険になるような事になってしまっては困る。 「それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼らのうちの誰かを使い魔にするしかない」 「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」 ルイズが屈辱と怒りで頬に朱を散らせて大声を張り上げると、また子供たちが一斉に笑った。 それをルイズが悔しそうな瞳で睨みつけるが、それでも笑い声の大合唱は止まらない。 リゾットはあまりに幼稚すぎる子供たちの反応に、呆れたような視線を向けた。 あまりに呑気すぎる。イタリアの小学生より程度が低いかもしれない。 (それにしてもオレたちはこのルイズとかいう女に呼び出されたのか……。使い魔…………というとあれか、黒猫のような扱いを受けるのか) 生粋のイタリア育ちのリゾットが想像する使い魔と言えば、ローマ・カトリックの魔女狩りでイメージが固定化された黒猫である。 ちなみにリゾットの脳内では、箒に乗った鉤鼻の魔女が黒猫を従えて満月をバックに飛んでいる姿が浮かんでいた。 (それは……少し、いや、かなり嫌だな。というよりこの傲慢で駄々っ子なマンモーニの下につくなど真っ平ゴメンだ。逃げるのが得策だと思うが……、仲間を見捨てるわけにはいかない。どうするべきか……) リゾットはこの短い時間でルイズの性格を端的にだがきちんと把握していた。ルイズには悪いが、このような人間は雇い主としては最低の部類に入る。きっと食事すらまともに与えてはくれないだろう。 「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼らは……」 リゾットが本気で対策を考え始めた頃、コルベールの説教も終わりに掛かっていた。 「ただの平民かもしれないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければいけない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼らのうち誰か一人には君の使い魔になってもらわなくてはな」 「そんな……」 (どうやら使い魔とやらは一人しかなれないらしいな。しかし……、仲間にそれを押し付けることはリーダーとしてあってはならない行為だ……) がっくりと肩を落として溜め息を吐くルイズに少しむっとしながら、リゾットは冷静に情報を処理していく。 今までの会話や様子から推測できる事をまとめると、こんな感じだ。 一、ここは魔法使いが存在する異世界である。 二、リゾットたちはルイズと呼ばれる少女の使い魔として呼ばれた。 三、何故か知らないが、仲間たちは全員生き返っている。 四、彼らは学校に所属している。コルベールと呼ばれる男が教師らしい。 五、彼女らは二年生になったばかり。 六、現在、ここの季節は春だ。 七、ルイズと呼ばれる少女はクラスメイトから軽んじられていると思われる。 八、使い魔は一人一体が原則。 九、この国は平和である。 十、彼らは全員中流以上の家庭の生まれ。 ほかにも細々としたところが推測できたが、彼らと関わる上で重要になってくるところと言えばこれくらいだろう。 「さて、では、儀式を続けなさい」 「えー、彼らのうち、誰かと?」 「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね? 何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く一人を選んで契約したまえ」 コルベールがそう厳しく言うと、途端に周りから、そうだそうだ、早くしろよ、どれも一緒だからさっさと選べよ、などといった野次が飛ぶ。 あまりのウザさにリゾットは一瞬メタリカを使い全員の口をホッチキスの針で縫い止めようかと思ったが、止めておいた。そんなことより仲間の事が気に掛かる。 何故選ばれたのかは不明だが、この召喚によって――ソルベとジェラートは除くが――全員が生き返っている事は、リゾットにとって幸運だった。 暗殺チームに身を置き、それを率いる事になったリゾットにはチーム以外に信頼できる人間がいない。チームが家族と言っても過言では無いくらい互いを大切に感じてもいる。 (――つまり、これは恩か?) ルイズの召喚の儀式がなければ自分も仲間たちも死んだままだった。そう考えると、リゾットはルイズにかなりの恩を受けたことになる。 「ねえ」 新たな発見に脳をフル回転させていたリゾットに、空気をまったく読まずにルイズが声を掛けてくる。 リゾットが顔を上げるとそこには何かを決意して唇を真一文字に結んだルイズが立っていた。 「なんだ?」 「起きているのがあんただけだし、まあ、顔もそこそこイケてるし……。とにかく、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 リゾットが返事をすると、瞳にあった決意はあっさりと霧散し、ルイズはブツブツと言い訳を口にする。 そのマンモーニぶりにリゾットはメタリカで説教したくなったが、いきなり目を閉じたルイズに虚を突かれた。 はて、何をするつもりなのだろう。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 疑問を感じているリゾットの前でルイズは杖を振ると、朗々とした声で呪文と思しき言葉を唱えた。 そうして、リゾットが反応するより先に、杖をリゾットの額に置く。 (何だ?! 体が動かないだと?!) とっさに避けようとしたリゾットは、そこに来て自分の体の自由が利かないことに気付いた。 上体を起こして膝立ちになった格好から、全身が彫像になったかのように身動きが取れない。そうして、そのことに戸惑っている間に、どんどんルイズの顔は近づいてくる。 一体なにが起こるんだ? そう思ったとき、ルイズの唇がリゾットの唇に重なった。柔らかい感触がする。 目を閉じたルイズは何故か頬を染めているが、リゾットにとっては蚊に刺された事と同レベルだ。 と、無感動にルイズを見つめているうちに(何しろ体が動かないのでそれ以外出来ない)キスは終わり、ルイズは唇を離した。 「終わりました」 少し恥らいながらコルベールに向かって報告するルイズを、リゾットは冷めた表情で眺める。 「『サモン・サーヴァントは』何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」 やっと厄介ごとが終わったというように晴れ晴れとした顔でコルベールが言った。 その言葉にリゾットは心の中だけで盛大に舌打ちする。やはり今のは使い魔とやらの契約の儀式だったらしい。 面倒な事になったと、頭を抱えたくなった。ルイズの唇が離れたせいか、体は元通り動くようになっていた。 後ろをもう一度覗くが、仲間たちはまだ目を覚まさない。普段の彼らならすぐに起きるのだが、一回死んでいるので勝手が違うのだろうか。 殴って起こそうかとも考えたが、スタンド攻撃が飛んできそうなので遠慮しておいた。 ここでザ・グレイトフル・デッドやホワイト・アルバムなんぞを発生させたら大変な事になる。 「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」 「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんかできないって」 リゾットの注意が逸れている間も彼らの会話は進んでいく。それにしても平民平民と煩いものだ。リゾットは真剣にメタリカで口を塞ごうかと考える。 「バカにしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」 「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」 おほほほ、と今にもお嬢様笑いが聞こえてきそうな声音で、見事な巻き毛を持つブロンドの少女が言う。 顔にはそばかすが散っていて、まだまだガキといった容貌だ。外見と中身が比例している良い例である。 「ミスタ・コルベール! 『洪水』のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」 「誰が『洪水』ですって! わたしは『香水』のモンモランシーよ!」 「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない。『洪水』の方がお似合いよ!」 「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせになによ!」 「こらこら。貴族はお互いを尊重しあうものだ」 ルイズとモンモランシーとかいう女の聞くに堪えない低レベルな口喧嘩(少なくともリゾットは耳栓がほしくなった)を、穏やかな声でコルベールが宥める。 この男、この集団と一人で相対しても勝てるほど飛び抜けた強さを持っているが、あまり畏怖されていないようだ。その事に僅かに首を傾げた瞬間、リゾットの体が熱くなった。 「なんだ、これはッ?!」 熱の発信源はどうやら左腕のようだ。見れば左手の甲に見知らぬ文様が刻まれていっている。熱い。 我慢出来ないほどではないが、脂汗が滲むのを感じた。 「『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ。すぐ終わるわよ」 やはりさっきのキスが契約履行の条件だったらしく、ルイズは苛立った声で説明してくれた。 どうやら契約のキスがよっぽどおきに召さなかったと思われる。しかし、激痛に襲われるリゾットにはそこまでルイズを観察する余裕は無い。 ぐっと唇を噛み締めて痛みに耐える。そして、その数瞬後、熱と痛みはあっさりと退いた。 「……使い魔のルーンか……。本格的だな……」 異常が終わった事に安堵の息を吐いたリゾットは、左手の甲に浮かび上がった文様を見てそう零した。 すると、コルベールが近づいてきて、リゾットの左手を持ち上げた。リゾットは反射的に攻撃に転じようとして、意識的にそれを抑えた。 コルベールにはリゾットに危害を加えようとする意志は無い。ただ、リゾットに刻まれたルーンを確認しようとしているだけだ。 相手に完全に敵意が無いことを理解し、リゾットはそれまで無意識に行っていた警戒を解いた。 この男はリゾットが敵になろうと思わない限り攻撃してこないだろう。 「ふむ……。珍しいルーンだな」 何か突っ込まれるかと思ったが、感想はそれだけのようだった。 もしかしたら自分が普通の人間ではないことがばれるかもしれないと思っていたリゾットは、この台詞に安心する。 「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」 「ちょっと待ってくれ」 くるりと踵を返して生徒たちに指示を出すコルベールを、リゾットは呼び止めた。平民の事を侮っている者たちなので無視されるかもしれないと案じていたが、リゾットが初めて自主的に声を掛けたからか、コルベールは興味深げな顔をして振り返ってくれた。 「何かね、――……ええと……」 声を掛けたコルベールはそこで自分がこの使い魔の名前を知らないことに気付いたようで、視線で名前を尋ねる。 リゾットはここで反抗的な態度を取る事のデメリットを理解していたので、出来るだけ丁重な口調で話すことにした。 「リゾット。リゾット・ネエロという。不躾で悪いのだが、気絶している彼らを運ぶのを手伝ってもらいたいのだが、お願いできるだろうか?」 その言葉にコルベールは、ああ、と軽く頷いた。別に了承したのではなく、失念していたことを思い出した、という様子だ。 複数形で話してはいたが、リゾットの仲間の事はすっかり忘れ去られていたらしい。 「そうだな、六人もの人間を学院まで運ぶのは難しいだろう。分かった。彼らはわたしが責任をもって学院に送り届けよう。君はミス・ヴァリエールと共に来たまえ」 そう言って今度こそコルベールは生徒たちに向き直り、宙に浮かんだ。 魔法使いと思わしき格好をしていることから、リゾットはこの可能性を頭のどこかで肯定していたが、想像と実際に見てみるとは大違いだという事を知る。 思わずぽかんとした間抜けな表情で、すうっと空中に飛び上がって静止するコルベールの後ろ姿を見上げる。さらに生徒たちも一斉に空へと浮かんだ。 およそ十メートルの高度で留まっている。ある意味でとても衝撃が強い光景だ。メローネなんかは飛び跳ねて喜びそうだが、あいにくとリゾットにそんな余裕は無い。 生まれて初めて見る魔法にひたすら唖然としていた。そうしているうちに、まずはコルベールが気絶しているリゾットの仲間たちを背後に浮かべて地平線の少し手前に位置している城へ向かって飛び出す。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」 次に生徒たちが口々にルイズをからかう言葉を残して去っていった。 これにはさすがのリゾットも、人間が宙を飛んでいくという画期的なシーンを目撃した興奮に砂をかけられた気分になった。 ある意味心沸き立つ光景であったため余韻に浸りたかったのだが、台無しである。が、そのおかげで現実に立ち戻ったリゾットは、横に居るルイズを見やった。 ルイズは先ほどの生徒たちの哄笑に怒りを感じているらしく、苛立ちを込めた視線で去っていく生徒たちの後ろ姿を睨みつけていた。 「あんた、なんなのよ!」 しかし、リゾットが自分を見ていることに気付くと、いきなりキレてきた。リゾットは一瞬この展開の速さについて行けずに目を見張る。 もっとも感情豊かなルイズに比べたら微々たる変化なので、相対するルイズは無反応だと感じたようで、さらに言葉を重ねるために息を吸った。 「なんで『サモン・サーヴァント』であんたみたいな平民を呼び出しちゃうのよ! ああ、ドラゴンとかグリフォンとかマンティコアとか……カッコいいのがよかったのに。それがダメだったらせめてフクロウとかワシとかそんな有能な使い魔を望んでたのに!」 どうやら癇癪玉が爆発してしまったらしい。地団太を踏んで悔しがっている。 リゾットはそんなルイズに向かってメタリカを発動させたかったが、仲間を全員生き返らせてもらった恩があるので何とか堪える。 ギアッチョだったら即行ブチギレて殴りかかるだろうな、プロシュートなら説教タイムに突入するだろう。と、苛々を紛らわせるために別のことを考えながら。 「…………それなのに、それなのに! なんであんたみたいな平民がのこのこ召喚されちゃうの?! 由緒正しい古い家柄を誇るヴァリエール家の三女であるこのわたしがなんであんたみたいな平民を使い魔にしないといけないの? ああ、わたしの人生お先真っ暗だわ!」 「………………それはすまないな。ところでミス・ヴァリエール」 全然申し訳ないと思ってない表情と声でリゾットは謝ってみせる。 ルイズはそれに対して、誠意が篭ってない! と怒鳴ったが、一応話を聞くつもりはあるらしい。じっとリゾットの目を見つめた。 「ここはどこなのか教えてもらえないか?」 「は? あんたそんな田舎から来たの? ここはトリステインよ。そして、あそこに見える城がトリステイン魔法学院! ちなみにわたしは二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。今日からあんたのご主人様だからね。ちゃんと覚えておきなさいよ」 だが断る。と、リゾットは返そうと思ったが、話がややこしくなるので止めておく。 その代わり新たに入った知識で推測を補強することにした。 (この国の名前はトリステイン。地球上には存在しない国だな。先ほどの魔法の件もあるから、ここは本当に正真正銘の異世界なのだろう。 そして、トリステイン魔法学院とか言ったな。ならばそこは国立校だと分かる。 その学校に通っているという事は、このルイズとか言う女はかなり身分の高い貴族だという事になる。そうして、貴族は平民を見下している。それもかなり徹底的にな) ルイズはその隣で、トリステイン魔法学院も知らない田舎者の平民を使い魔にするなんて。しかも、ファーストキスだったのに。 と、さらに嘆いていたが、自分の思考に没頭していたリゾットは余裕で無視した。 (とりあえず今はこの世界の情報を手に入れる事を優先しなくてはいけないな。ボスへの反逆でここしばらく緊迫した状態が続いていたからな……、少しは休息も必要だろう。それに……この女には恩もある) リゾットは飽く迄仲間たちのことを考えていた。成り行きで使い魔になってしまったが、人の実力を見極める事もできずに喚き散らすだけしか出来ない主人に忠誠を誓う気はまったく持ってない。 ――つまり、真面目に使い魔をやる気などこれっぽっちもないのである。しかし、ルイズに恩があることも事実。それを返さないことはリゾットの生き様にも関わる不祥事だ。 (恩を返すまでは使い魔として仕えるが、それ以後は………………この女次第だな) ちらりと横目でリゾットはルイズを見下ろす。彼女はまだリゾットたちを召喚してしまった事を嘆いていた。始祖ブリミルがどうとかこうとかと呟いている。 しかし、リゾットはこの我侭な少女が、まだ研磨する前の宝石のような存在である事を見抜いていた。
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私の使い魔はボロボロだった。 当たり前だ。ギーシュの『ワルキューレ』七体相手に、刃物一つで立ち回るだなんて冗談が過ぎる。 それでも彼は闘った。 脇腹や両腕から血を滲ませ、右脚を腫らし、けれどそんな事は気にもならないと言わんばかりに。 闘う彼は、まるで『今までずっとそうしてきた』程に自然だった。 闘いの中に日常を見出すような表情は、召喚した日に見た覇気の無い顔とも、私を拒否して逃げ回る態度とも全く違って 私は彼が判らなくなる。 イルーゾォは健闘虚しく、傷だらけで広場の中央に倒れ伏す。それを見て涙が零れた。 彼が見ておけと言ったのは、『死んでも屈さない』、とそういう事だったのだろうか? 対照的に無傷のギーシュが彼を笑った。彼のただ一つの武器を取り上げて、非を認め詫びろというのだ。 イルーゾォは当然のようにそれを断る。 彼の堅い意志を、ギーシュは再度笑う。この後なんか、見なくったってわかった。イルーゾォが音を上げるまで、一方的にいたぶるのだろう。 観衆の殆どがそれを望んでいるから。 イルーゾォの言う『貴族様』は、彼が命を賭した決闘すら、ショーと同じものだと思っている。 傷だらけの『平民』に同情するものは、数える程も居なかった。 イルーゾォ、もう謝って。ギーシュもこいつを許してやって! そう叫びたかったのに(隣りでキュルケが、同じような事を既に叫んでいた)喉が上手く動かない。 観客が大きくざわめく――――涙でよく見えないが、ワルキューレが何かしたに違いない―――― 涙を拭って前を見て、驚愕した。 ギーシュが、完全に消失して居たのだ。ワルキューレ達が主人を失って崩れ落ちる・・・・ 「ギーシュッ?!」 モンモランシーの悲鳴を背に受けて、私は走り出していた。 『死んでも屈さない』なんかじゃない。 『死なないし屈さない』――――私の使い魔は、誰よりも『自分が生きる事』に真剣だった。 オレはもう満足に働かない頭で、『鏡』になった小さなかけらを見つめていた。 オレの背後に映り込んだ糞ガキは、怯えた表情で辺りを見回す。 鏡の中は『死の世界』だ。生物も風も温度も無い死んだ世界に、慣れないものは誰だって震える。 その糞ガキを、オレと同じだけ血塗れの『マン・イン・ザ・ミラー』が背後からぶん殴った。 ガキは突然の衝撃に悲鳴を上げ(たようだった)逃げ出した。それを更に追いかけ、蹴りつける・・・・ スタンドも武器も取り上げられ、戦況は一転してオレのワンサイドゲームだ。――――『いつも通りの』。 オレは何をやっているんだろうと思った。 さっきまで『一人でこの試練を乗り越える』と燃えていたってのに、結局全部スタンド任せだ・・・・ バカらしくなって、折れた右脚の分だけ(我慢ならない痛みだ)適当に苛めてやってから、鏡の外に放り出す。 (あっという間に俺に劣らずボロ雑巾になった糞ガキは、泣きながら小さな声で謝罪を繰り返していた。) やっぱりオレは『マン・イン・ザ・ミラー』の能力無しじゃあ何にも出来ないんだな。 いつに無くマジに闘っても、『鏡』がなけりゃあガキにも負ける―――― 情けなくって泣けて来た。人を殺せない『暗殺者』なんてとんだ笑い種で、守る『誇り』も『信念』も途端に安っぽくなった気がした。 意識が落ちる寸前に、ルイズか駆け寄ってくるのが見えた。 「大丈夫?!」なんて聞いて来るのがおかしくて、口角を吊り上げる。大丈夫そうに見えるかよ? そして意識を手放した。 ぴくりとも動かなくなった使い魔を見て肝が冷える。し、死んじゃったの?嘘よ・・・ 恐る恐るイルーゾォを覗き込むと、血塗れの腹の辺りが小さく上下していた。まだ息が―――― 「『レビテーション』!重傷だけど、まだ死んでないわッ!タバサ、治癒魔法出来る?!」 ・・・キュルケ?あのう、何処でお知り合いに? 「全部はとても無理。」 「医務室に運ぶから、応急処置で構わないッ」 何だか知らないがテキパキと指示を出すキュルケに、私の使い魔は取り上げられる。 ・・・・まあしょうがないわ。イルーゾォは助けなきゃいけないし、あたしレビテーション使えないし。 そういう事なら礼を言おうと「あり・・・・」まで言ったところで、イルーゾォの身体が勢いよく目の前をスッ飛んで行った。 勿論私は無視で。 「あり・・・・あり・・・・アリーヴェデルチ。」 ベタに誤魔化したところで、知らない声が再び耳を劈く。 「イルーゾォさあんっ!嫌です、死んじゃうなんてそんな!」 「貴女!医務室のベッドをすぐに使えるようにして。後、氷やタオルの準備お願い!」 「は、はい!」 ・・・・メイド?あのう、一体どなたですか? 「助かりますよね・・・・イルーゾォさん・・・・!」 もしもしすみませんけど。 貴女とキュルケ、『なんで』意気投合してるの? あのう、そのう、わたし。そこに混ざれない雰囲気かしら・・・・? やっと私が自分の使い魔に会えたのは、あいつが医務室に詰め込まれて5時間もたった頃だった。 その辺に転がっている水属性のメイジを、キュルケが半分脅すみたいに集めて(それでもモンモランシーは断固拒否した) 医務室につくまでに殆ど流血は無くなり、校医の先生はその迅速な対応に甚く感激していた。 それでも骨折やら臓器の内出血やらで酷い怪我らしく、(「面会謝絶よ!」と何故かキュルケが言った)あいつの意識が戻ったのは一時間前。 それを聞きつけたあたしがやってきて・・・・ 「本当に怖かった・・・・私てっきり、イルーゾォさんが死んじゃうかと・・・・!」 「な、な、泣くなよっ」 ベッドサイドでさめざめと泣くメイドに途方にくれ、行き場をなくした手が零れる涙を掬おうとしたあたりで 私の聞こえよがしな咳払いに気づいた二人はぱっと離れた。死んじゃえば良かったんだこんなやつ。 「お邪魔だったら出て行くけど」 「いえっ、と、と、とんでもございません・・・・!」 真っ赤になって飛び出していくメイドを目で追って、何だか凄くやるせない気分になった。 何この、迷子になった飼い犬をやっと見つけたと思ったら、慎ましくも幸せそうなご家庭で『クロ』と呼ばれて可愛がられていたような気分は。 「お邪魔虫」 「五月蝿い!何時からそんなご身分になったってのよ!」 「ま、まだ言うのか!」 イルーゾォは久方ぶりに対面したと思ったら、警戒心をむき出しにこっちを見る。 少しばかり目を離した隙にすっかり『貴族不信』になってしまったようで(その辺は、あの戦いを見た後なら納得できるけれど) とても私達の関係は、『主人』と『使い魔』とは言えなかった。 「まあ・・・・ね、命に別状が無くって、良かったんじゃない?」 「『おかげさまで』」 「皮肉屋!」 「お邪魔m」 「五月蝿い!ああもう、話が先に進まないじゃない!私が対等に話してあげようって言ってるのにィッ!」 バンドエイド越しに頬っぺたを抓ったら、下に切り傷があったみたいで大げさに痛がられる。 なんでかなあ。なんでこんなになっちゃったのかなあ。もっと従順だったり、かっこよかったり、頼りがいがある使い魔が良かったのになあ。 「ここの医療はピカ一だから。もう一度寝て、起きた頃には全快だって。」 「嫌に早くないか?『そういう能力』の奴が居るのか?」 「ずいぶん持って回った言い方をするじゃない。まあ、そうね。水属性・医療魔術のエキスパートが控えてるわ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 イルーゾォが、警戒も何もあったもんじゃない間抜け面でこっちを見てる。 「は、は?じゃないわよ。魔法よ魔法。それしかないじゃない! 貴方を召喚して、モノを浮かせて、青銅像も作り出した。・・・・貴方だって何か魔法を使ったでしょ。」 確かに見た。ギーシュが身体を虚空に飲み込まれるように消えて、再び現れた時にはくちゃくちゃだった、 私は見たこともないあの魔法。平民なのに、何であんなことが―――― イルーゾォはたっぷり間を空けた後、これ以上ないってくらい眉根を寄せてこういった。 「イカレてんのか?」 私の正拳突きがクリーンヒットして、イルーゾォは『もう一度寝』たっきり、丸半日意識が戻らなかった。
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ルイズの前に緑色の鏡のようなものが出現した。 それを見て、周りにいた生徒達はびっくり仰天。 「馬鹿なッ! 奴はゼロのルイズだぞ!?」 「あ、あれは召喚が成功した証だ!」 「いったい何が! ゼロの使い魔はいったい何が出てくるんだ!?」 そんな叫び声を聞きながらルイズは唇がニヤけるのを必死にこらえていた。 (や、やった! ついにやったわ! サモン・サーヴァントに成功した! もう誰にも私をゼロだなんて呼ばせない。勝ったッ! ゼロの使い魔完! さあ早く姿を現して! どんな使い魔だろうと私は大歓迎よ!) そして、それは現れた。 第一印象を述べるならば、小さい。 第二印象を述べるならば、長方形。 第三印象を述べるならば、生き物じゃない。 それはゲートから出てくると、ポトンと地面に落ちた。 「……何、これ?」 ルイズはそれを拾い上げる。それは紙に包まれた硬い何かだった。 紙にはこう書かれていた。 『CIOCCOLATO』 その後、チョコラータというお菓子がハルケギニアで大流行する事になるのだがそれはまた別の話。 その頃、日本にて。 「ああ! 変な鏡みたいなやつの中にイタリア製のチョコレートを落としちまった! 畜生うまそうだったのに……楽しみにしてたのに……グッスン」 こうして平賀才人は帰路に着いた。 ゼロのチョコラータ 完