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【拝戸直の人殺し 第十五話「殺人鬼の暴走」】 「今日はサンジェルマンからの指令で貴方の監視をすることになったF-No.315です。宜しくお願いします。」 「ええ、こちらこそ宜しくお願いします。」 今日はサンジェルマンに頼まれて『死神』の使い方の練習かたがた鵺の討伐を行うことになっていた。 なんでも鵺は正体不明の都市伝説だそうで、その正体が解る能力を持っていないと倒せないらしい。 俺の『生き物ならなんでも眼で見てその構造を理解した上で自在に改造・破壊』が出来る体質はどうも鵺の討伐に役に立つらしかった。 俺が今立っているのは2000年の番屋町。俺はまだ動物の解体で我慢してた頃かな? F-No製の簡易タイムワープ装置で俺は10年前に来ていたのだ。 「今回の討伐対象である“鵺”は都市伝説の中でも『原典』と呼ばれる本家本元の存在です。 ここ十数年、完全に行方を眩ませていていまだ発見することも出来ませんでした。」 「ふむ、だから過去に戻って奴を殺そうと?」 「そういうことです。」 「空間移動とか、時間移動とかってさ。 あれは使いすぎるとタイムパラドクスが起きるから不味いんじゃないのか?」 「はい、普段はそうなのですが……。 今回は事情が少し異なりましてね。 もう既にタイムパラドクスが起きているようなのですよ。」 「既に起きている?そんな物観測できるのか?」 「ええ、我々F-No.の技術にかかれば……不可能ではありません。」 「不可能ではない、ね。」 「とにかく、時間を移動した後に、鵺と何人かの人間を殺して頂かなくてはならないのです。」 「ああ、その任務も含めて俺の存在が必要だったと。」 「ええ、あまり志願者のいない仕事な物で。」 人殺し。 タイムパラドクスが起きているならばそれはきっと生きてはいけない人間が居ると言うことだろう。 そのせいで現在に不都合が生じている。 人殺しとは。 人殺しとは、芸術とはもっと非生産的な物であるべきだ。 現在を良くするための人殺しなど人殺しではない。 サンジェルマンはこんなもので俺の芸術に対する欲求を沈められると思っているのだろうか? だとしたら彼のパトロンとしての存在意義を考え直す必要があるな。 「……さん、……戸さん?」 「ん?」 「ああ、何か考え事でもしてたのですか?」 「いや、ちょっと妹のことを思い出していて。」 「おや、貴方も妹さんが?私にも妹が居ましてね。 F-No.333、美実って言うんですが生意気な妹で困りますよ。」 「あはは、俺の所の妹もなかなか聞かなくて、最近は落ち着きましたけどね。 ただまあ既婚の男性に入れ込んでいるのが心配ですけど。」 「あー、うちの妹は三角関係ですね。女だらけの三角関係。」 「うわー、それは心配だ。」 ぶっちゃけあんな妹どうでもいい。 上田明也という異常と関わった時点で奴の命運はもう定まっているのだ。 言語で心を規定するあの異常者は、言い表せぬ心を言語化することで心の価値を叩き落とす。 なんとなくそれが周囲に伝わるから警戒されるのだ。 そんな奴の近くに居て気持ちが良いというなら居れば良い。 そして死ね。言語還元することが可能な小説の登場人物と同じ記号になって死ねば良い。 あいつはきっと俺より危険だ。 そんな奴が好きなら好きなまま好きに死ねば良い。 「それじゃあそろそろ行きましょうか。」 「ええ、この時代の鵺は何処に居るんですか?」 「えっと……、この先の公園で弁当喰ってますね。ちなみに人間の姿をしているそうです。」 「成る程成る程」 そう言って俺とNo.315は夜も更けた10年前の学校町を歩く。 看板もどこか懐かしい物ばかり。 この頃は空港の警備も甘かったんだよな……。 「……あれです。」 小声で囁くNo.315 公園の真ん中でコンビニ弁当をぱくついてる妙齢の女性。あれが鵺らしい。 なんだか高級ブランドの服に身を包んでいる割には貧乏くさいというか……。 俺が鵺のことをマジマジと見つめている間にNo.315は連絡装置で現代のF-No.達と通信を始めていた。 「ああ、こちら315。対象を発見した。 これから戦闘に移る、報告以上。」 そう言うとNo.315が俺の方に再び小声で話かける。 「私の『フライングヒューマノイド』で先行して攻撃を仕掛けます。 相手は何百人もの黒服を罠に嵌めて葬っている危険な都市伝説なので注意してくださいよ。」 「解ってますよ。」 「それじゃあ…………。」 「ええ、まずはお前が死ね。」 まず死神の能力と俺の異常の合わせ技でF-No.315の『魂』を見つけ出す。 そしてそれを、掴み、握りつぶす。 声すら立てずにF-No.315は青白い炎と共に灰に変わってしまった。 都市伝説が魂を直接破壊されると皆こうなるのだ。 人間だと死体が残る。 俺は、……私は315の簡易タイムワープ装置を奪い取ると、鵺に声をかけた。 「お嬢さん、そこのお嬢さん。」 「あたしはもうお嬢さんなんて呼ばれる歳じゃないぞ。」 「そうですか、そんなのどうでも良いです。」 「それよりも良いのか?そこの黒服は仲間じゃないのか?」 「勘違いしないでくださいよ。化け物の仲間は化け物じゃない、人間です。 化け物同士には利害による連帯と裏切りしかない。」 「あんたは自分を化け物だと言うのか。」 「ああ、私は化け物だ。」 「ふむ、面白い奴だな……。」 「お嬢さん、この後少しご一緒しませんか? 貴方も人間を狩らないと駄目な生き物なんでしょう?」 「あたしは食えれば何でも良いよ。人間は食材の一つだ。」 「オッケー、じゃあ……そこの民家で一つどうでしょう?」 「……まあ良かろう。」 俺と鵺は連れだって適当な民家に押し入る。 一家五人、おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、そして子供が一人。 「あたしは年寄りの肉の方が好きだからそっちから行かせてもらうよ。」 「私は子供の目の前で親を切り刻むのが最高の芸術の一つと信じてますので、そちらから。」 私と鵺は二手に分かれた。 作業自体は思ったより速く終わった。 私は大人二人を喋れないように処理してから適当にバラして繋ぎ直して不格好な人形を作り、子供の部屋に飾る。 この手の作業が速くなったのはフランケンシュタインの製作技術を身につけたからだろうか。 学んで良かったフランケンシュタインの作り方。 「おい、そこの少年。」 部屋を血で真っ赤に塗りたくってからベッドで寝てた少年を起こす。 手足はシーツで縛ってもうぐるぐる巻にしてある。 少年は起きるなり醜く泣き叫んだ。 まだギリギリ生きている両親の姿を見ると恐怖のあまり股間をぬらしていた。 ああ、素晴らしい。 これでこそ殺人だ。 サンジェルマンに与えられる養殖の獲物では絶対に味わえない恍惚。 たまらないね。 「なんだ、まだやっているのか?」 「おやおや鵺ちゃん、お食事は終わりかい?」 「子供の泣き声がうるさいからこっちに来たが……。」 「ああ、丁度良いやこれからが面白いんですけど見ていきますか?」 「んー……。」 泣いている子供と私のオブジェを交互に見比べる鵺。 彼女は次の瞬間、思いも寄らぬことを言った。 「なあ、そこの子供は見逃してやっちゃくれないか?」 「え、やだ。」 当然断った。 「頼むよ、偶然出会った仲だろ?何も子供にここまで酷いことする必要無いじゃないか。」 「人食いのくせに良く言いますね。」 「私は子供だけは見逃す主義なんだ。可哀想だから。」 「こいつは私の獲物です。」 「ああ、そうか。」 ならば奪う、と言って鵺は突然俺に襲いかかった。 どういうことだ? こいつの行動原理がまるで解らない。 俺は咄嗟に身を躱して逆に鵺の左腕を切り落とす。 「――――正体不明の私を切った!?」 「やめてくださいよ。鵺さん。私は元々貴方みたいな正体不明を殺せる異常な体質なんですよ?」 「……ああ、サンジェルマンの手の者か。 またあたしの前に……。異常者共め、今度はあたしから何を奪う気だ……。」 「何を言っているんだお前?」 「もう二度とあの子は……!もう二度とあの子を殺させは……! ああ憎き頼政め、お前と同じ異常者共は“妾”が全員……!」 こいつ、狂っている。 訳がわからないが今のこの女の目は、明らかに狂人のそれだ。 話し合いが通じない相手には逃げるのが一番正しい選択である。 俺が咄嗟に部屋から逃げ出すと、さっきまで私がいた場所に雷が落ちた。 「この子だけは!この子だけは誰にも殺させないぞ!」 遠くから声が聞こえる。 どうやら俺を追ってきては居ないようだ。 あちこちの家にもの凄い音と共に雷が落ちている。 しばらくすると雷が落ちた家から火が出始めた。 丁度季節は冬。 空気は乾燥し、風は強く吹いている。 小さな火はあっという間に大きな炎に変わって家々を渡り歩き始めた。 「おいおいおい……、なんだよこりゃあ。」 芸術もへったくれもない大量虐殺。 まったくもって美しくない。ハッキリ言って萎えた。 俺はタイムワープ装置に付いた通信装置を破壊するとそそくさとその場を離れることにした。 これで俺は自由だ。 好きなように殺せる。 好きなように芸術が出来る。 “私”として自由に生きていける世界。 さあ、思う存分に殺してやるとしよう。 まずは適当にサンジェルマンのくれたリストの人間でも殺していくか。 いやいや、その前に腹ごしらえだ。 俺はフラフラとコンビニに向かった。 【拝戸直の人殺し 第十五話「殺人鬼の暴走」fin】
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【拝戸直の人殺し 第十話「人造人間」】 「こんにちわ、私の名前は拝戸直です。 会って早々不躾な質問ですが貴方の性癖はなんでしょうか? ちなみに私は死体に少々興奮してしまう性癖と、 人殺しをしていると少々生き生きしてしまう性格を持っていて、 少々難儀しているところなのです。 さて、人に物を問う時は自分からなんて言いますものですから自分から言ってみたんですけど…… どうやら駄目みたいですね。 あまり対話をしてくれそうな瞳はしていらっしゃらない。 いいですか? そもそも殺人とは一つの尊厳有る――しかも人間の――命を奪うという行いです。 それはきっと世間一般では許されざる物なのでしょう。 しかし私はそれが禁忌だとは思いません。 何故ならそれは美しいからです。 美しさの前ではありとあらゆる常識や規律は塵芥にも並ばぬゴミだからです。 殺人行為とは美しいのです。 その真珠のような瞳を丁寧に開いて見つめてみてください。 ここに切れ味の良い鋏がありますね? そう、先ほどあなたを脅す時に使った鋏です。 大きいでしょう?」 久しぶりの獲物に私の気持ちは高ぶっていた。 椅子にぐるぐる巻きに縛り付けられたか弱い少女A、これからこの娘が冷たくなるのかと思うとゾクゾクする。 「あらら、会話もしてくださらない、と。」 数㎝の距離で鋏を突きつけている目を潰そうか。 いやいや、こんな綺麗な瞳を潰すなんて芸術家としてあってはならない。 そうだ、この瞳から輝きを奪えばそれはそれは美しい作品になるにちがいない。 人はどこまで絶望できるのか。 この少女の死体を、死体の瞳を見つめた人間が、それを実感させられる作品が良い。 「あの、拝戸さん……やっぱりこういうことはあまりよろしくないんじゃ?」 「うるさいなあみぃちゃん。駄目だよ、これは正しく芸術活動だ。 神ですら止めることは許されない。」 「なんだかんだ言って人殺しな訳で……。 いや、普通の口裂け女である私にそれを止める理由はないんですけどね?」 「だろう、君は普通だ。だからこそ人間にとっては異常でしかないのだが…………。 まあとりあえず君がこの行為を止めないことは至ってまともな証拠だから安心してくれ。」 「……はっはっは、私は人間をやめたぞ―!」 「ああ、知っている。」 ちらっと少女の方を見る。 久しぶりの人間の獲物だから楽しまないと行けない。 一応、大学の教授にも休むと言っているし、 行為も番屋町のとある場所で借りている作業室で行われているので問題もない。 少女を拉致した時にも目撃者は居なかった。 今頃この少女は行方不明扱いだ。 料理の時間はまだまだある。 「っていう発想が駄目なんだよ!」 急に叫んだのに驚いたのかみぃちゃんが驚いてびくっとしている。 「良いですかお嬢さん。 芸術っていうのは長い時間をかけたから良い物ができるとは限りません。 むしろその場限りの情動に任せて!」 叫ぶと同時に鋏の中止めを外して分解する。 一本の鋏はあっという間に二本の刀のような形態に変化した。 「まるで嵐のように暴力的な創作活動を行った方が!」 刀の内一本を少女の首に向けて振るう。 「良い物が出来る場合もよくよく有ることなんですよ!」 首の皮一枚だけを丁寧に切り裂く。 おやおや、やっと泣き始めたか。 ああ、なんていい顔しているんだろう。 知らないお兄さんに拉致されてとてつもなく恐ろしかったに違いない。 やべえ、良い。 この顔すごく良い。 ただの泣き顔のくせに俺を興奮させるとはなかなか逸材じゃないか。 素材が良いならば調理法もシンプルがベスト。 調理法にこるのは素材のいまいちさを隠したがる証拠だ。 丁度方法もマンネリ化してたしこの子は滅茶苦茶にいたぶるだけで殺してあげよう。 「安心してくださいそこの少女A! 君はこれから爪を一枚ずつゆっくり剥がした後に皮をむかれて、 片腕だけミンチになってもらうんです! 死ぬんじゃないかって? 馬鹿を言わないでください、これでも私は医者の卵だ。 君が苦痛に耐えきれる限界はもうとっくに見定めていますよ。 君は少々意志が強いようですし、すこし作業スピードを速めたところで何ら問題ないでしょう。 あと死んだら死んだで頭蓋骨に口では言えないような物を突っ込むから楽しみにしてくださいね! それじゃあ……」 楽しい殺人時間の始まりだ。 コンコン、と気分が盛り上がったところでノックの音。 一体誰なのだろう? 「そこまでです!」 「お、お前は!」 お前は!とかいう問題じゃない。 白衣+全裸というファッションセンスを持つ人間を私は一人しか知らない。 サンジェルマン伯爵。 私のような特殊な才能だか感性だかを持つ人間を探し回っているらしい。 「そう、私こそがサンジェルマン伯爵! じゃなくてですね、そこの少女を殺すのを少し待って欲しいのですよ。」 少女の顔に希望の灯が灯る。 腹が立つので思い切りよく顔を殴っておいた。 悲しそうな顔がまたそそる。 「で、なんですドクトル・サンジェルマン。 事と次第によっちゃあ怒りますよ。私は寸止めが大嫌いなんです。」 「いえ、その子は殺すなり解体するなり好きにして欲しいのですが……。 面白い本を見つけたものですからその前に渡したくて。」 サンジェルマンが私に本を手渡す。 題名はそのものずばり「フランケンシュタイン」 どうやら題名通り「フランケンシュタイン」の作り方が書いてあるらしい。 「え!」 鋏をその場に捨てて本を開き、顔を近づける。 「何これ!」 空いた片手で少女の頸動脈を締め上げる。 「面白そうじゃないですか!方法のマンネリもこれで解決だ!」 「あーでも無料じゃあげませんよ?少し時間旅行を……」 「おっけーおっけー、その話は後で聞く。」 少女の死を確認してから、手頃な“素材”の完成を確認してから、 私はサンジェルマンとみぃちゃんの存在を完全に無視してその本を熟読し始めた。 【拝戸直の人殺し 第十話「人造人間」】
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【拝戸直の人殺し 第六話「拝戸直は人恋し」前半】 生まれた時から人間は平等じゃない。 たとえば才能、たとえば環境。 努力じゃきっと埋められない差。 俺と同じ通りを歩いているあの赤いコートの男はまったく赤の他人だ。 俺と同じ通りを歩いているあの黒い服の男はまったくの他人だ。 彼らはきっと俺みたいに人殺しはできない。 でも彼らには彼らにしか出来ないことがきっと有る。 人ってなんて不思議なんだろう。 人ってなんて愉快なんだろう。 ――――――――まぁ、死ねばみぃんな一緒だけどね。 俺の才能は全てをイコールにする才能。 死を振りまく才能。 神様が許してくれた創作行為。 俺はそれを存分に楽しみたいのだ。 「題名【月と罪と土の下】。」 “私”の目の前には首吊り死体が有った。 この狂おしい月の明かりの下、私の目の前にいる人間は死を選んだのだ。 今回の作品には手がかかった。 まず誰もいない山の奥に人間を二人拉致監禁。 一人の首を落として地面に埋め、もう一人の首に縄をかけ、腕を縛り一日放置。 その間、相手と会話を交わすことは絶対にしない。 ただゆっくりゆっくり死にたい気分にさせるのだ。 このすばらしく悲惨で悲惨な惨状は爽やかな夜の風を血の香りで染めた。 胸一杯にそれを吸い込むと流石の私でも吐き気がする。 我が愛しのみぃちゃんはというとすでに卒倒しており、私の背中ですやすや眠っている。 口裂け女というにはあまりに愛らしい寝顔だった。 口が裂けたり裂けなかったりを繰り返すその姿さえ私の胸をときめかせる。 なんということだろう。 やはり私は彼女に勝る作品を作れないのだろうか? いいや、そんなことはない。 彼女とともに創作活動を続ければいつかきっともっとすばらしい作品が出来るはずだ。 そうなったらその時こそ、私は胸を張って彼女に愛を告げよう。 たとえ作品として劣っていても、私の彼女への愛情は変わらないのだ! 誰もが気づいているとは思うが私こと拝戸直は世界一幸福な恋する殺人鬼なのだ。 「―――――――――さて、帰るか。」 “俺”は作った作品をデジカメで撮影してから破壊すると、気絶したみぃちゃんを背負って山を下りることにした。 幸い夜とはいえ月も明るく、山道は大変歩きやすそうだったのである。 俺は月明かりがふんわり落ちてくる夜は、作品のことばかり考えている。 考えても考えてもつきることはないことは知っているが、月の美しい夜というのは死体が映えるのだ。 赤い月をにらむ生首。 朧月夜の水死体。 薄月の下の白骨。 青月に笑う轢死体。 残月が照らすバラバラ死体。 君はこの情景を想像できるだろうか? どれもこれも死体が情趣にあふれた芸術作品に変わる瞬間だ。 ネクロでファンタシーな素敵ビューポイントだ。 君も一度殺せば絶対に解る。 あれは綺麗だ。 まさしくあれこそ文学と言うべき物だ。 「なーんて、話をすると泣かれるからやらないけどね。」 背中で寝ている愛すべき同居人を起こさないように俺は夜の山道を歩き続けた。 すると、もうすぐ山道も終わりというところに男が一人立っている。 気配から察するになかなか良い素材になりそうだ。 俺はその男を少し解して持って帰ることにした。 ところで、自慢ではないが俺は人間を殺すのが得意だ。 初めて人を殺した時以来、出会った人間にもっとも似つかわしい死に様がなんとなく解るのだ。 それが実現されるように動けばおおむね相手は死体になっている。 抵抗する相手であってもそれは同じ、というかそんな相手を嬲るのも殺人鬼のたしなみである。 というわけで俺はみぃちゃんを背負ったまま男に接近した。 「あのー、すいませんが……。」 男は“私”に声をかける。 遠くてよくわからなかったが外国人らしい。 こんな夜遅くに山道を歩いているとは怪しい外国人だ。 私は口裂け女との契約で得た脚力を生かして男の心臓に一気に跳び蹴りを決めた。 ライフルのように鋭く狙い澄まされたつま先が男の胸を貫通する。 男は音もなく倒れた。 即死である。 「すいませんが、あなたがハイドさんですか?」 即死である。 そう私が判断したのに死体は起き上がって私に質問を繰り返す。 男は私の返答を待ちながら胸の傷に何かの薬を塗っている。 まったく、やれやれだ。 どうやら彼もまたまともな人間ではないらしい。 「その通り、俺が拝戸直だ。番屋町のハイセンスでハイエンドな殺人鬼。 絶賛売り出し中だからどうぞよろしくお願いします。」 こういう場合、嘘を吐くのは良くない。 こちらから正々堂々名乗り出てやろう。 案外、俺のファンという可能性がある。 「なるほど、ところでそちらの女性は?」 「ああ、俺の作品【口裂け女】。みぃちゃんって呼んでくれ。」 「みぃちゃん、なるほどねえ……。 正直に答えていただいてありがとうございました。 正直な答えには率直な質問で応えたいと思います。」 「質問?なんだいそりゃ。」 俺男は敵という雰囲気ではない。 俺の圧倒的人間観察眼がそれを告げてくれる。 俺に胸を貫かれていた時、確かにあの男は喜んでいた。 あれは想像以上の物を見つけられて喜ぶ人間がする顔だ。 間違いない。 「えぇっとですね、私の友人の従妹が貴方に一度酷い目に遭わされたと聞いています。 その友人が大変ご立腹でして、すこし貴方には活動を制限していてほしいんですよ。 何も殺すなって訳じゃないんですが……。 人間相手の殺し、とくに高校生を対象にした物はやめてもらいたいんです。 もちろん、こちらも見返りは用意します。 貴方の殺人ライフをより健やかにするための支援などの準備は整っています。 私も貴方が殺人を自ら芸術と呼びライフワークにしているのは知っています。 ですからできればダヴィンチやミケランジェロにスポンサーが居たように、私は貴方の支援者になりたいのです。 そしてできれば友人として私の個人的な趣味の手伝いもしてほしい。 了承していただけますかね?」 「つまりあの男装少女に関わるなってか。まあ、別に彼女への興味はもう無いしそれは良いが……。」 それにしても、だ。いきなり人殺しを助けてやろうなんて怪しすぎる。 それを行ったところでいったいこいつに何のメリットがあるのだろうか? とはいえ俺をだまし討ちにかけるならもうとっくにかけているはずだし……。 ―――――――うん、小賢しいことはやめだ。 「決めてくれましたか?」 「良いぜ。ただし条件がある。ハーメルンの笛吹きってあんた知っているか?」 「へ?そりゃまあ知っていますけど。」 「俺ってばあの人のファンでね、あの人との面会をセッティングできるんならその話に乗るぜ。 返事は今すぐ頼む、もう疲れてへとへとだから速く家に帰りたい。」 相手にしないで適当にふっかけてお帰りいただこう。 これだけ無理難題を言えばこいつだって対応出来ないはずだ。 「良いですよ。」 「へ?」 「ハーメルンの笛吹き、彼もまた私の友人です。 貴方にお願いしたようなことと同じお願いをして協力してもらっていました。」 「いやいやいや、嘘だろう。」 こんな都合のいい話が有って良いわけがない。 だが目の前の男の筋肉、呼吸音、その他様々なところから判断する限り、少なくとも彼は嘘を吐いているわけではなさそうだ。 これでも俺は人一倍人殺しをしてきた殺人鬼だ。 人間の肉体に現れる微妙な変化から感情を読み取ることなんて簡単である。 だからこそ解せない。 俺の目の前にいる男は誰なのだ? 「まっさか、貴方に対して嘘を吐くわけにはいきませんよ。 これから友人になってもらう人間ですもの。」 「……まあ嘘じゃないのは解るが、俺みたいな殺人鬼ばかり友人にしてどうしようと言うんだ?」 「殺人鬼だけじゃあないですよ、政治家、社長、変わり種ではプロスポーツ選手。 私は一種独特な才能と精神の持ち主ばかりを捜しては友人になっているんです。 言い忘れていましたが私も都市伝説の一種でして、名前をサンジェルマン伯爵と申します。 以後、よしなに。」 「はぁ、よろしく。」 伝説上の貴人を名乗る男が俺の目の前にいる。 しかも彼は俺が殺しても死なない。 俺は段々その男に興味を持ち始めていた。 とりあえず俺はこの男の目的から調べてみることにした。 「ところであんたはそういうアブノーマルな奴らを集めて何をする気なんだ?」 「世界征服しようかと思っています。」 「ほへぇ……、あんた暇人だね。」 「ええ。」 「あと、あんたの言う才能と精神って何?」 「世の中に天才って居るじゃないですか、アインシュタインとか。 まさにあれです。 私は世に出ない天才から世に出る天才、さらには世を捨てた天才まで手広く集めています。」 「じゃあ俺は何?人殺しの天才?」 「ええ、そんなところです。貴方以上に人を殺すことを楽しむ人間は私の知り合いには居ません。 いや、もちろん生きている人間に限ればですけどね。」 「うれしいこと言ってくれるじゃないか。」 俺の芸術が多少なりとも解る人種らしい。 そのうち俺の秘宝館に案内してやろう。 あそこには目玉で作った数珠とか、人の皮膚を使ったジグソーパズルが有る。 きっと見せてやれば彼は喜ぶに違いない。 「じゃあ、あんたに一つだけ良いことを教えてやるよ。」 「何ですか?」 「俺はまだ一度も人を殺したことがない。」 「…………どういうことでしょう?」 サンジェルマンとやらはなかなか話のわかる奴らしい。 もしかしたら俺の話を理解してくれるかもしれない。 俺は誰にも話したことのない話を始めた。 「そもそも、俺の定義する殺人とは芸術であり、文学だ。 それは解っていただけたか?」 「まあ言葉の上では理解しています。」 「よし、それだけ解っているなら充分だ。 芸術というのは発表されて人々の目に触れなければ意味がない。 例えモナリザといえど発表されなければ子供の落書きと変わらない、と俺は思う。 俺は人の命を奪うとそれで芸術らしき物は作るがそれを発表したことは無い。 大抵、自分でその出来を楽しんだ後に破壊してしまう。 陶芸家も不出来な作品は壊すだろう? だから俺は芸術作品を作っていない以上、人殺しは出来ていないんだよ。 あれは只の殺戮で、虐殺だ。文学からは未だほど遠い。」 さて、解ってもらえただろうか? まあ解ってもらえなくても話を聞いてくれただけで感謝するとしよう。 「…………さっぱり解らない。」 ですよねー。 「解らないですが、殺人=芸術、芸術の定義は誰かに評価されること。 よって芸術の定義を満たさない殺人は殺人ではない。 すなわち自分は人を殺していない。 ってことで良いですかね?」 「解ってるんじゃないか。そんな感じだよ。」 「理解できていたなら幸いです。」 サンジェルマンはニコリと微笑んだ。 無邪気な微笑だった。 「成る程、やはり貴方は変わっている。」 「そうなのか。」 「ええ、貴方とは良い友人になれそうだ。」 「そうかそうか、じゃあ次の質問良いかな? あ、あと車乗りながらで良いかな次の質問。」 「構いませんよ。」 とりあえず俺はサンジェルマンとみぃちゃんを車に乗せると会話を再開した。 「ところで俺が殺人の天才なのは良いんだが……、 そうなると俺はハーメルンの笛吹きとキャラがかぶらないか?」 「いいえ、彼は人殺しの天才ではありません。 さしずめ会話の天才、でしょうかね。」 「会話の天才?」 「彼は七カ国語をネイティブレベルで操れるんですよ。 英語、ロシア語、中国語、スペイン語、フランス語、ギリシャ語。それに日本語。 私もそこまでしか聞いたことがないけどもしかしたらほかの言語も操れるのかも。」 「それじゃあ只のスーパー通訳じゃないか。 俺のあこがれた殺人鬼はそんなつまらない男なのか?」 「ふむ、ところでハイドさん。あなたは天才の定義ってなんだと思います?」 「天才の定義?考えたこともないよ。」 サンジェルマンはそれを聞くとにやにやと笑った。 どうやら持論を語りたくてしょうがないらしい。 「良いですか、天才というのは普通の人間が一生かけても到達しない域に生まれながらに到達している人間です。 人並みの努力で神の力の一部を手にすることの出来る人間の総称です。 私はこれまで長い時間を生きてきました。 その間いろいろ勉強したので世界のあらゆる言語を話すことが可能です。 しかし、ハーメルンの笛吹きは私が生きてきた時間の数百、数千分の一で同じことができます。 私が以前、ギリシャ語を教えた時など三日で基礎文法を全て体得し、 その上で慣用表現は一週間で全て覚えました。 あれは正しく誰かと話すために生まれてきたのでしょう。 まあそれだけならもの凄い一般人ですが、 彼の語る言葉は何故か人に強力な暗示作用を示す。 只の人間であるはずの彼が、まるで魔法使いのように人を言葉で操れるのです。 彼は只の人間で有るはずなのに、口先だけで都市伝説を倒したりもできるんですよ? これをスペシャルといわずになんと言うんでしょう?」 「ふぅん…………。なんだ、ハーメルンの笛吹きって殺人鬼じゃないみたいじゃないか。」 だとしたらとてもつまらない。 いかに彼が天才だろうとそれでは意味がないのだ。 次のサンジェルマンの言葉は俺を完全に落胆させた。 「ええ、そうですね。彼は殺人鬼じゃない。只の天才だ。」 「なんだ……。がっかりだよ。」 「んー、よく寝た……。ってあれ?私いつの間に車の中に!?」 突然目覚めたみぃちゃんが無性にうるさかった。 空気読め。 みぃちゃんに適当に今までの経緯を説明する。 みぃちゃんはあまり納得が出来ていないようで首をかしげていた。 サンジェルマンはこれだから一般人は……みたいな顔していたがどう考えても異常なのはこの状況である。 訳がわからなくて当たり前だ。 ついでに言うならみぃちゃんは口裂け女である。 そんなことを考えながら俺の住むマンションに帰り着くと俺はサンジェルマンを秘宝館に案内することにした。 秘宝館はマンションの外に有るのだ。 「ああ、その前にですが……。」 マンションの外に出ると急にサンジェルマンが話を始めた。 いったい何だというのだろう。 「あなた、今でもハーメルンの笛吹きに会いたいですか?」 「え?そりゃあ、殺人鬼でも無いのにあれだけの殺戮芸術を行った人間に興味はあるが……。 興味がないと言えばそれは嘘だが……。 さっきまでの情熱は無いな。 同じ殺戮を芸術として志す同志じゃないわけだし。 まあー、つまらないかな、思っていたよりも。」 「そうかそうか、成る程ね。」 頬にピリピリとした感覚が走る。 「俺をつまらないと。うん、根性はすばらしい。」 その時俺が感じたのは紛れもない恐怖、俺は迷うことなく真後ろに飛び退いた。 【前半終了、以後後半】 「お初にお目にかかる、ハーメルンの笛吹きこと笛吹丁だ。 もちろん偽名だが、気にせずに仲良くしてくれ。」 俺の正面には顔の左半分が焼けただれた男が居た。 何時からそこにいた? サンジェルマンは慌てて笛吹と名乗ったその男を止めにかかる。 「笛吹さん、貴方はまだ動いてはいけないのですがね?」 「良いだろう?ここ数日でこれだけ治したんだ、許可しろ。」 「貴方を説得するのは骨が折れそうだし……。 殺さないでくださいよ、彼は都市伝説同士の戦いには不慣れなんですから。」 「あんたが笛吹きか?」 「ああ、そしてサンジェルマンにお前を止めるように頼んだ人間さ。」 「従妹の敵討ちか?殺しちゃいないんだが……。」 「馬鹿言うな、敵討ちなんかで動けるほど立派な人間やってるつもりはねえよ。 ただ単に、お前に対して少し興味がわいただけだ。」 男はコートの袖からたなびく包帯を腕に巻き直すと短刀を俺に向けて構える。 「確かに俺は殺人鬼じゃない。 俺の殺人は手段であって必要にかられたものであって趣味じゃない。 偽物だ。 偽物だが……、それでもつまらないと言われるような物じゃない。 腹立ち紛れも兼ねて、お前の芸術とやらで魅せてくれよ。」 いつの間にか頬に付いていた傷からの出血が止まらない。 何が殺人鬼じゃない、だ。 今俺に向けている眼はどうみても人殺しの眼じゃないか。 どうやら、かなり楽しめそうだ。 「じゃあ胸を貸していただきます、先輩。」 「来いよ、俺は昔から面倒見の良い先輩で通っているんだ。 なんならみぃちゃんとやらも呼んで良いぞ?」 「ふふ、女性は惨殺するもので戦わせるものじゃないです。」 「流儀に反する、か?」 「解っているんじゃないですか。」 「俺もアニメのバトルヒロインは嫌いだよ。そしてヒロインに戦わせる男はもっと嫌いだ。 お前とは話が合いそうだ。軽く遊んでやるから後で酒でも酌み交わそうや。」 「良いですね、あなたとは中々すばらしい殺し合い(ブンガク)ができそうだ。」 懐から真っ赤な鋏を取り出す。 今まで何人も屠ってきた得物だ。 まあ本気でやっても中々死なないだろうと信じて、俺はそれで笛吹という男に斬りかかった。 【拝戸直の人殺し 第六話「拝戸直は人恋し」前半fin】 【拝戸直の人殺し 第六話「拝戸直は人恋し」後半】 キィン! ガキィィイン! 笛吹の腕が二回、わずかに動いた。 その後からほんの少し遅れて金属音が響き渡る。 俺の手元から、まるで手品のように真っ赤な鋏が消えて無くなった。 笛吹は何事も無かったかのように右手を腰に当ててまるでギリシャ彫刻のように目の前で佇んでいる。 辺りをキョロキョロと見回すと俺の鋏はマンション前の道路に深々と突き刺さっていた。 「取りに行っていいぞ。」 そういって大きく一つあくびをする笛吹。 馬鹿みたいに隙だらけだ。 あんな人間を殺すなんてたいして難しいことではない。 俺は素直に鋏を取りに行くと、鋏の中止めを外して片方を笛吹に向けて投げつけた。 甲高い金属音。 また、俺の足下に鋏が突き立つ。 笛吹丁。 21歳、男性。 運動神経はかぎりなく無いに近い。 過去に何か武道をかじった程度の体裁き。 体格は標準よりすこし背が高い程度。 鋭い顔つきではあるが俗に言う美形とは少々違う。 アメリカに行けばやせ形と言われる、という表現がまさにぴったりだ。 髪型はオールバック。 香水をわずかにつけているらしい。 ハーメルンの笛吹きの契約者。 これが俺の持っている笛吹丁に関する情報だ。 これだけ見れば彼を殺すのはとてもたやすいように思われる。 しかし現実は違う。 何故、彼を殺せない? あの焼けただれた顔を切り裂き、筋肉をあらわにして、 それから筋繊維の一本一本を寸断することなんて大した労苦ではないはずなのに。 顔? 焼けただれた顔? 何かがおかしい。 火傷の面積が少なくなっていないか? 「どうした、ボサッとするなよ。怖いのか? 本式の殺人鬼様が、しがない私立探偵を恐れるのか? 何を恐れる? ここに立っているのは人間一人。 まず間違いなく貴様の得物だ! さぁ!さぁ!さあ! ここに居るのはお前の被害者になるかもしれない男だ! 昔は悪人だったが今はスッパリ足を洗い世の為人の為に働いている善良な男だ! お前はそれを殺れないというのか!? 言わないよなあ、言えない。 そんなの殺人鬼ではない。 むしろそんな人間を殺してこその殺人鬼だ、違うか? 言ってみろ、今此処でこの時俺が許可しよう。 言え!今すぐに言え殺人鬼! そしてそれを以て、この夜更けに俺は貴様に宣告しよう! 古めかしい推理小説のごとく宣告し断定しよう。 貴様が犯人だ! そして俺が探偵だ! ストーリーはたったいまクライマックスを迎えたんだ!」 安い、いいや高い挑発だ。 確かに魅力的な口説き文句ではあるが、 まるで自分が歌劇の主演を張っているかのような陶酔感を覚えるが、 あれに乗ってはならない。 あれは恐らく、俺の殺戮と同じようなものだ。 一度あれに魅入られればきっと俺の芸術より悲惨なことになる。 面白い、あれが笛吹丁か。 言葉を交わす必要はない。 彼が言葉で会話で自らの世界を形成するならばそれには踏み入れない。 あの世界は俺の織りなす殺戮で迎え撃たなくてはならない。 口を開けば確実にあいつに飲まれる。 まずは正面から口裂け女の脚力で近くに迫る。 ギリギリまで迫って迫って……一気に真上に飛び上がろう。 思い切り踏みきって力は十分にたまった。 あとは真上から彼を解体するだけだ。 その時、ゾワッと背中に気持ちの悪い気配を感じた。 彼に近づくのをやめて真横に回り込む。 「…………逃げたな?」 「殺しにかけては只の人……か。」 俺がさっきまで居た場所のコンクリートには深い亀裂が走っていた。 まただ。 また、彼が何をしたか確認できなかった。 もっと近づいて、あの正体不明の攻撃について調べなくてはいけない。 殺気が襲ってくるタイミングでならギリギリ反応して逃げられる。 「今の攻撃の正体が気になってしょうがないって感じだな。 教えてやろうか? 教えて欲しいとお前が言えば教えてやらないこともない。」 駄目だ、あの言葉を聞いてはならない。 会話が始まってしまえばきっとあいつの独壇場だ。 それだけは許してはいけない。 あいつは人殺しだけならば肉体的にも技術的にも完全に俺に劣っている。 俺に劣ることが出来ている時点でそこそこ立派なのだが今はまあ別の話だ。 そんなあいつが。 そんな笛吹という男が。 何かは解らないがたった1モーションだけ俺に遙かに勝っている。 それを可能にするのはきっと気が遠くなるような修練だけだ。 才能なんて物ではあの動きはできない。 同じ行為のルーチン、そして最適化。 それの究極、最終地点、人間には不可能な時間の積み重ね。 じゃあここで考えよう。 それを可能にする物ってなんだ? そうだ、都市伝説だ。 鋏を二本に分解して投げつける。 タイミングは微妙にずらす。 そしてその鋏の後ろから俺は一気に走り寄る。 魅せてみろ見せてみろハーメルンの笛吹き、悪魔を騙る偽殺人鬼。 貴様がその背中に背負う物は蝙蝠の翼か天使の羽か? 貴様がその腕でふるうのは悪魔の笛か龍の爪か! 第一撃 駄目だ、また見えない。 鋏の片割れが弾け飛んだ。 第二幕 笛吹が何か持っている。 今度は鋏が二つに切り裂かれた。 大惨劇 まっすぐ俺を狙う白刃。 このままなら死ぬ、だが鋏は一本だけじゃない。 “私”はもう一本の鋏を懐から取り出して………… 「――――――――――二人とも、そこまでです。」 サンジェルマンの澄んだ声が辺りに響く。 どうやらゲームセットらしい。 俺は笛吹の“心臓に突きつけていた”鋏を引いて、そこら辺に投げ捨てる。 笛吹も俺の“眼球に突きつけていた”刀を引いて、鞘に収めた。 「…………あそこで防御しないのかい。」 笛吹は呆れたように恐れるように呟いた。 “私”は最後の最後で笛吹を確実に殺すことを選んだ。 殺されるまえに殺せば俺の勝ちだからである。 「忘れていました。先輩の言葉を聞いてたらテンションあがってたのかも。」 「笛吹さん、もう満足でしょう。 貴方の方が強いかもしれませんが、それだけです。 彼は貴方を殺し得ます。」 「ああ、……そうだな。面白い物見せてもらった。」 それだけ言うと、笛吹丁は夜の町の中に消えていった。 その背中は心なしか満足気であった。 「ところで、よく土壇場で守りを捨てられましたね。 てっきりもう一本出した鋏で身を守ると思っていましたけど。」 「だって、そうしたら鋏ごと切られるじゃないか。 なんだあの無茶苦茶ずるい都市伝説。 結局正体も今一よくわからなかったぜ。」 「私の手伝いをしてくれるなら貴方にピッタリの物を用意しても良いですよ? あれは笛吹さんに一番相性が良い都市伝説ですから駄目ですけど。」 成る程。 こうやって自分の手元に強力な都市伝説契約者を増やしているのか。 確かに彼がいくら都市伝説を所持していたところで、 それを使いこなす契約者が居なくてはそれは只の死蔵品だ。 ばらまいておいてそのなかで誰か助けてくれれば良いやって所か。 ずいぶん適当な物だ。 「ふん、解った。 でもそれよりみぃちゃんが可愛がれそうなペットを一匹用意してくれ。 あいつは意外と動物好きなんだが都市伝説になってからという物、嫌われっぱなしらしいんだ。」 「は、はぁ……。まあ探しておきましょうか。」 それにしてもこの男には笛吹のような知り合いが何人もいるのか。 ならば、少し彼の目的に付き合うのも悪くないような気はしてきた。 俺はあくびをすると、とりあえず自分の部屋に帰ることを決めたのである。 【拝戸直の人殺し 第六話「拝戸直は人恋し」後半fin】 前ページ連載 - 口裂け女と人殺し
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【拝戸直の人殺し 第四話「拝戸直は殺人鬼」】 デパートでの買い物が終わると俺と口裂け女はいったん家に戻ることにした。 いつもならば人の一人や二人殺してしまうのだが一度名作を作ってしまったのでいまいち気分が乗らないのだ。 「そういえば拝戸さん。」 「どうしたの口裂け女。」 「その口裂け女ってやめてくれません? なんていうか人前でも呼びづらいんで……。」 おお、それは気づかなかった。 デパートではとくに呼ぼうとしなかったから良かったけど、 確かに呼称が口裂け女ではあまり都合がよろしくない。 「それは失礼、じゃあなんて呼ぼうかな? 君は人間の時なんて呼ばれていたんだっけ?」 「えっ。」 「え?」 「記憶が…………、ない。」 「名前覚えていないの?」 「まったく、そもそも貴方に殺されたときのこともうすぼんやりとしか……。 口裂け女になった直後は覚えていたはずなのに……。 憎いとかいう感情もあんまり思い出せなくなってきている?」 ほうほう、それはこれからやっていく分には都合が良い。 だますようで申し訳ないがそれならこのまま彼女も俺と一緒にいてくれるはずだ。 そして俺はもっとたくさんの芸術を世に送り出せる。 だが、一つだけ問題があった。 「お父さんのことも思い出せない、お母さんのことも思い出せない。」 そんな悲しそうな顔をしないでほしい。 不覚にも興奮してしまうじゃないか。 「拝戸さん、わたしこれからどうなるんですか?」 「…………。」 どう答えるべきだ? まるでゲームのようにいくつもの選択肢が浮かんでは消える。 崩れ落ちる崖に掴まるかのように俺はその中の一つを選んだ。 「わからない。」 口裂け女はおびえきった瞳でこちらを見つめる。 でもそれは初めて会った時の“俺を恐れる瞳”ではない。 もっと切実な、一人の人間の死を見つめるそれだった。 年齢に反してどちらかというと子供っぽい大きめの丸い目が涙があふれる。 彼女は小動物のように恐怖していた。 だが俺は覚えている。 彼女の人間だった頃の名前を確かに覚えている。 彼女の名刺が財布に入っていたのだ。 名刺や財布はそこらへんに捨ててしまったから何処にあるかは解らないが、 名前だけは実はしっかり覚えている。 「ただ、君の名前なら一応俺は知っている。」 俺がそういうと彼女は泣くのをやめた。 良い表情だ。 「君の名前は――――――――――。」 俺は彼女に彼女の名前を伝えた。 「……思い出せないけど、それが私の名前なんですね?」 「ああ、俺の見た名刺ではそうなっていた。」 「ありがとうございます。」 「妙じゃないか、俺に礼を言うなんて。」 「だって、親切にしてくれたじゃないですか。」 「いやそれも嘘かもしれないだろう。」 「嘘だったならなおのこと、お礼を言うべきですよ。 それはもう私のための嘘じゃないですか。」 …………なるほど。 やはりすばらしい、なんて善意に満ちた人間なのだろう。 俺は間違いなく彼女に恋している。 「そうか、まあとりあえず今の話は本当だから安心してくれ。 俺はこれからその名前……呼ぶの面倒だからみぃちゃんにしよう、それで呼ぶよ。」 「みぃちゃんって猫じゃないんですから……。」 「可愛いじゃないか。」 作品に恋をするなんてとてつもなく文学的で素敵だ。 倒錯的な愛はしばしば芸術をさらなる領域に高めていくものである。 俺と彼女が出会ったのは本当に運命なのだ、と俺は強く感じた。 「みぃちゃん。」 「何ですか?」 「少し付き合ってほしい場所があるんだ。良いかな?」 「別に良いですけど……。」 俺は町を見渡せる丘の上に車で行くことにした。 そこから眺める風景は本当に綺麗で、いつか文章にして誰かに読ませたいと思っていたのだ。 「みぃちゃん。」 俺は屋台で売っていた玉こんにゃくを買うとみぃちゃんに渡した。 彼女はそれをおいしそうにぱくぱくと食べる。 だめだこりゃ、俺の話を聞いていない。 勝手に話させてもらうとしよう。 「俺はどうしようもなく快楽殺人鬼だ。 初めて殺したのは近所の子供で、殺しやすそうだからと思って殺したんだよ。 両親が嘆き悲しむ姿が芸術的でまだ子供だったのにその姿に感動したのをよく覚えている。 その時以来、人々が悲しむ姿や、人々の喜ぶ姿を見たくて仕方がなくなった。 そのどちらにも人間の美しさが凝縮されているからだ。 だからまだ人間だった君が殺されかけたりした時のおびえた表情も 飽きたから返してやると言われて希望に顔を輝かせた時の表情も どちらも見ていてすごく感動した。文学的だった。 恐怖と絶望でいっそ殺してくれとわめいた君が綺麗だった。 それなのに助かると解れば生き意地汚く必死で逃げようとした君が綺麗だった。 どうしようもなく人間だった。 そしてそれに後ろからとどめを刺した時は最高だった。 逃げようとして自分の足が使い物にならないことに気づいた君の絶望した表情は“私”に生きる喜びを実感させてくれた。 本当に皆が皆あのようなうつろな表情を浮かべるんだよ。 何度も言うが私は人間が大好きだ。 だから清く正しく汚く普通で人間な君もまた大好きだ。 君は私が今まで為してきた殺人芸術の中で最高のものだ。 愛している。」 子供の血をインクにしてセンター試験を自己採点した時も 子供の前で父親を使って保健体育の授業をした時も とある男性の目の前で恋人を解体した時も こんな愛情を感じたことはなかった。 ただひたすらに私はこの口裂け女が愛おしいのだ。 今すぐにでもこの身をすべて捧げて愛を示したい。 でも彼女はそういうのは好きじゃない。 「よくわかんないけど私嫌いですからね、貴方のこと。」 そのつれない返事も俺の気持ちを掻き立てる。 こんなにも届かない気持ちを秘め続ける人間とはなんと文学的なのだろう。 そしてそれは自分なのだ。 ああ、芸術的ではないか。 ああ、文学的ではないか。 最高だ。 幸せだ。 私は彼女という芸術であり人間であり怪物であるそれのそばにいるだけでこんなにも幸せだ。 世のすべての人よ、羨め。 「だって見ず知らず私を殺したじゃないですか。 やっぱそういうの最低ですよ。」 「良いよ、君が気持ちを受け入れてくれるまで僕は努力を続けよう。」 この哀れで虚ろな殺人鬼に明確な目的を与えてくれたのは君なのだから。 待っていてくれ。 君をもっと美しく完成させてみせる。それが私の一生の仕事だ。 「ここ、綺麗な場所だろう? 子供の頃、親父に連れてきてもらった場所でね。 ずいぶん旧型のジープで長い坂道を越えてきたものさ。 夏になると青葉はしげり、川のせせらぎが耳に迫る、それはそれは美しい日本の原風景が現れるんだ。 こうしていると創作意欲がわいてくるんだよ。 家族以外の人間とここにこうして来たことはないんだ。」 「そうなの?じゃあなんで私をここに?」 「君とは一生付き合っていきたいと思ったんだ。 一生をかけて君を完成させる義務が僕にはある。 それが君という芸術に対する全人類、いいやこの私の義務なんだ。」 私は彼女に向けて手を伸ばす。 「この先にちょっとした山があるんだけど、そこで初めての共同作業としゃれ込まないか?」 こんな殺人鬼に許された精一杯のラブコール。 もし彼女が許してくれるならば、まずは共同作業で一つ作品を作りたい。 それそのものは大した出来にはならないだろうが彼女との思い出の品になるに違いない。 八つ裂きにしようか? 粉みじんにしようか? それとも無傷が良いのだろうか? ありとあらゆる方法でありとあらゆるものを殺して見せよう。 誰にもまねできない。 私だけの芸術を私だけの最高傑作と一緒に心を込めて作るのだ。 幸せだ。 幸せだ。 幸せだ。 私は彼女の手を取るとふらふらと山の中へ向かった。 【拝戸直の人殺し 第四話「拝戸直は殺人鬼」fin】 * 前ページ連載 - 口裂け女と人殺し
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【拝戸直の人殺し 第三話「拝戸直と口裂け女」】 拝戸直は朝早く起きると深煎りのコーヒー豆をたっぷり使ってコーヒーを淹れた。 水はただの水道水だが番屋町は山に囲まれた土地柄のため、とにかく水がおいしい。 只の水道水が他県でボトル詰めされて販売されているほどである。 だからそんな彼の淹れるコーヒーは大して飲み物の味にこだわらない人間であっても感動するようなおいしさなのであった。 「今日も良い朝だ。」 誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと拝戸はカーテンを開ける。 春の朝日が部屋の中を暖かく照らし始めた。 それがまぶしくて拝戸は思わず片手で目を覆った。 チーン! テレビで朝のニュース番組を確認すると男の子が両親に虐待されて殺されたというよくある悲しいニュースが流れていた。 それを見て拝戸はヤレヤレと首を振ると、トースターから出てきたトーストにジャムを塗り始めた。 時刻は朝の6時30分。 彼にとっては理想的ないつもの朝だ。 「口裂け女さん、もう朝の6時30分だ。起きてくれ。」 「へ?まだ7時前じゃないですか……むにゃむにゃ。」 「まったくもってだらしないなあ、早起きできるかということはその一日を占う要素なんだ。 早く起きた朝は余裕を持って一日を迎えられるだろう? そうしたらそれだけすばらしい一日を送れる可能性が増えるじゃないか。 さ、起きてくれ。今日は君についてもっと知ろうと思っているんだ。」 「うにゃー!」 ベッドでごろごろしていた口裂け女(メイド)はあっさり布団を引きはがされた。 寒そうに丸まっている。 「朝は低血圧なのー!」 「良いだろう、ならば軽く散歩でもしないか? 体に良いぞ?ほら、おいしいコーヒーも淹れてあるしそれを飲んでからとか。」 「うー……。」 「嫌か?」 「嫌。」 「わがままなお姫様だ。メイド服だけど。 あ、そうだ。服でも買いに行かないか? さすがにメイド服だけじゃあ困るだろう。」 拝戸は口裂け女がわずかに頷いたのを確認すると自分だけで朝のランニングと洒落込むことにしたのである。 彼はジャージに着替えてランニングシューズを履くとマンションの周りをゆっくり走り始めた。 走り始めてから十秒後、彼は明確すぎるくらい明確な変化に気がついた。 なぜかやたら速く走れるのだ。 今の彼はゆっくり走っているのだが、それでも今までの自分の全力疾走くらいに速く走れる。 「そういえば口裂け女は100mを3秒で走れるんだったっけか。 なるほどねえ、良い能力だ。」 彼は口裂け女について巷で語られていることを思い出す。 たとえばいつも刃物を持ち歩いているとか。 たとえばポマードに弱いとか。 しばらく走ると拝戸はマンションの自分の部屋に戻った。 「あ、おかえりなさい。」 「ていうかお前馴染んでいるなあ……。 自分を殺した殺人鬼の部屋でのんびり朝食喰うなんてどんな神経だよ。」 「どこであってもおなかは普通に減るもん。」 「なるほど、文学的だ。」 ああ、なんてことだろう。 君はどうあっても普通を貫くんだ。 と、他人には理解できないような理由で拝戸は深く感心した。 拝戸の用意した朝ご飯を食べてから二人はとりとめもない会話を始め、それが途切れると近くのデパートに服を買いに行くことにした。 拝戸はなんだかんだ言って普通の服も用意していたので服を買いに行く服がない、なんて無様な事態にはならなかった。 下着まで丁寧に用意していた拝戸に若干というかすごく引いていた口裂け女だったが、 とりあえずメイド服で外に出るわけにもいかないので素直にそれに着替えて部屋を出た。 デパートまではとりあえず拝戸の車に乗っていくことになった。 拝戸の乗るムーブは番屋町の市街地に向けて狭い道をすいすい進んでいく。 「大学生のくせに自分の車持ってるなんてずるいです!」 「医学部に合格した自慢の息子だ。それくらいあったって良いだろう?」 「でもでも私は親に買ってもらえなかったですよ車。」 「ああー、そういや君はもう大学卒業しているのか。」 「私の方がお姉さんですね。もうちょっと敬うべきです。」 「十分敬意を払っていると思うけどね。」 「ところでお医者さんなんですか。」 「ああ、これでも精神科医志望だ。切った張ったの外科なんて野蛮きわまりないぜ。」 「精神科だってよくわからない人たちしか患者に来ないようなイメージが…… っていうかあなたがかかるべきですよ精神科には。」 「知らないのかい?いや、普通知らないか。フロイトも自らの治療のために精神医学を研究したそうだ。 彼の書いた当時の友人への手紙には明らかに精神病的な傾向が見受けられる。」 「ふーん……。」 どうやら彼の話はあまり興味を持っていただけなかったようだ。 拝戸は残念そうにため息を吐く。 「そういえば口裂け女って常に口が裂けている訳じゃないんだね。」 拝戸は彼女の口を指さす。 口裂け女はそのことに気づいていなかったようで自らの頬に触れて驚いていた。 「あれ?本当だ!」 軽く喜ぶような仕草。 やはり口が裂けっぱなしなのは嫌なのだろう。 しかし口が裂けていた方が拝戸は好みだった為、彼は少々がっかりしている。 「それ見てて気になったんだけどさ。 君は口裂け女としてどこまでのことができるんだい? とりあえず俺の足が速くなったりとか契約とやらの効果は出始めているみたいだけど……。」 よりすばらしい能力を手に入れれば よりすばらしい芸術に近づく 拝戸直はどんな能力でも自らの殺人行為に華を添えると期待していた。 「鋏とか……、出せますね。」 「鋏?なるほど、それ以外には有るか?」 「あとはまだ私自身もあなたの契約者としてのレベルも未熟なので……、 特に何もできません。あ、ちょっと力が強くなってるかも。」 「なるほど、身体能力の強化と武器を自由に出現させる力ね。 それは割と便利だな。 お、デパートついたぜ。今日は好きな服買ってやるから存分に見て回ってくれ。」 その言葉を聞くと口裂け女は少女のようにはしゃぐ。 どうやら出費がかさみそうだな、と拝戸はすこしばかり困った表情をしていた。 【拝戸直の人殺し 第三話「拝戸直と口裂け女」fin】 * 前ページ連載 - 口裂け女と人殺し
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【拝戸直の人殺し おしまい「夜霧に消える」】 「はい、これで最後の一人。」 死神の鎌を突き立てる。 被害者の胴体が三つに割れて中から血が肉が肺が胃が膵臓が肝臓が脾臓が臓物という臓物がこぼれ落ちる。 私の思うとおりの作品になった。 「題名“命の流出”といったところか、悪くないな。」 「ええ、中々素晴らしいと思います。」 「みぃちゃんも中々芸術というものがわかるようになってきたじゃないか。」 「もう長い間、貴方の側に居ますからね。」 「芸術は理解者があってこそ進化する物だよ、君が居て良かった。 君は俺の作品の中でも数少ない心のこもった、自我のある作品だからな。 そんな君に俺の芸術を肯定して貰えるならば間違いはないのだろう。」 F-No.315を殺してからすぐ、俺はみぃちゃんをサンジェルマンの研究所に迎えに行ってから再び時間移動装置を使った。 事件はまだ伝わっておらず、彼女を連れ出すのは簡単だった。 俺が時間転移したのは二十年前。 西暦で言えば大体1980年代後半、バブルの時代という奴だ。 本当に醜い時代だった。 醜い人間、醜い風景、本当に本当に見るに堪えなかった。 「これはフランケンシュタインにするんですか?」 「うーん……そうだな、素体としては悪くない。 悪くないが、流石にここまでバラバラにすると面倒だ。」 私は歩き始める。 夜の風が頬を撫でる。 一歩、また一歩歩むごとに俺の後ろから聞こえる足音が増えていく。 私がこの二十年で作り続けた大量のフランケンシュタイン達、そしてみぃちゃんの足音。 私はこの時代に本来いない人間だ。 だからどこで何をしようと俺を捜し出すことは出来ない。 ただタイムパラドックスを防止するためか“死ぬ運命の人間”しか今の俺は殺せないで居る。 “死ぬ運命”にない人間を殺そうとしても偶然が重なって殺せないのだ。 だが、それも今日までだ。 この日が終われば、時計の針が十二時を指せば、俺は時間の拘束を逃れられる。 「私はね、美術館を作りたいんだ。 美しい物しか存在しない私の私による私の為の空間。 その為には俺の芸術作品たるフランケンシュタインを全て集めなければならない。 その全てが俺の元に集まったら、俺は死体の美術館をこの世界に作りたいと思う。 その為の準備も存分にしてきた。 私がこの長い時間の間に作ってきた死の芸術の数は恐らく1000を超える。 本日、集まって貰っている君たちはその中でも上の上。 私の最高傑作と言っても良いだろう。」 私の後ろを歩く死体達は何も答えない。 それで良い。 言葉は要らない、静寂だけが支配している空間。 「初期の試作品の中で一体だけ、長らく所在が不明だったフランケンシュタインが居る。 今も思い出す、少女のフランケンシュタインだ。 試作品十号、感覚機能特化型。 足技を中心とした格闘技をインプリントしてある個体でね。 中々良い性能だった。これから彼女を迎えに行こうと思う。」 「私は酷い目に遭わされましたけどね。」 「そうだったな。まあ過去のことだ。この世界ではほんの数ヶ月前のことだろうけれどもな。」 時計の針が十二時丁度を指そうとしている。 三、二、一、……ついに日付が変わった。 これで私は好きな人間を好きに殺せる。 「さぁ、始まりだ。」 【拝戸直の人殺し おしまい「夜霧に消える」 fin】 「へくしょん」 「風邪引いたのフランちゃん?」 「いやー、なんか噂されたような……。」 「大丈夫だよ、此処にいる限りは俺たちが守ってやるって。」 「きゃーアスマかっくいいー。フランちゃんに嫉妬しちゃうなあーなんて。」 「お二人とも、本当にありがとうございます。」 【電磁人の韻律詩に続く】
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人殺しの話――(ひとごろし野放し) ◆EchanS1zhg 【0】 人が死ぬ時にはね―― そこには何らかの『悪』が必然であると、『悪』に類する存在が必然であると、この私はそんなことを思うのだよ。 【1】 朝という時間も過ぎ、街も暖め始められた午前の頃合。 本来ならば人通りも少なくないだろうに、しかしそんな気配を僅かにも感じさせない通りをひとりの少年が歩いていました。 深夜の散歩のような人気のなさと、活気を想像させる午前の風景。 その矛盾を楽しんでいるのか、足取りも軽くブロックの敷き詰められた歩道をとんとんと歩いています。 少年はかなり背が低くそして愛らしい顔をしており、それだけならば場合によっては少女と言っても通じるかも知れませんでしたが、 しかしその他の全てがそれを否定していました。 裸の上半身にそのままタクティカルベストを纏い、下はタイガーストライプのハーフパンツを穿いており、足元は物騒な安全靴。 手にはオープンフィンガーグローブと、これだけでも相当なものですが、 頭に注目してみれば、斑に染めた髪の毛。右耳には3連ピアス。左耳にはピアス代わりに携帯のストラップが吊られています。 そして、なにより少年の印象を強く変えているのが顔面の右半分に彫り込まれた凶悪なデザインの刺青でした。 顔面刺青――そんな代名詞を入れられちゃう少年の名前は零崎人識。 零崎の中の零崎。零崎と零崎の零崎。零崎の申し子。少年は――殺人鬼でした。 そんな顔面刺青であり殺人鬼でもある少年は、午後に入る前のまだ軽やかな空気を吸いながら道を行きます。 取り立てて行き先があるわけでもなく、そぞろと、なんとなしの感覚で太陽を右側に北へと向かっていました。 そして河に架かる橋に到達したというところで少年は橋の真ん中あたりに誰かがいるのに気づきました。 「何してるんだ、ありゃあ……?」 年季の入った茶色のコートと目深に被った飛行帽。 背丈はやや小柄で少年とも少女とも判別のつかないその人物は、どうやら大きな箱を橋の上から押し出そうとしているようです。 近づきながら見れば、どうやらそれはぐるぐると縄を巻かれた中ぐらいの冷蔵庫でした。 「不法投棄じゃねぇか……! おい、ちょっとそこのお前っ!」 当たり前かつ場違いなことを言いながら少年は、どちらともつかない人物へと駆け寄ってゆきます。 しかし、冷蔵庫を投棄しようとしていた人物は少年を一瞥すると、躊躇うことなくそのまま押し切り、それを落としてしまいました。 ふわりと冷蔵庫が宙に飛び出し、すぐに水面にぶつかって大きな音を立て、そして泡だけを残して沈んでゆきます。 少し濁った水面からはすぐに冷蔵庫の姿は見えなくなり、引き上げようにもできないだろうとそんな感じです。 「なにやってんだそこおおぉぉおおおっ!!」 顔面刺青であり殺人鬼でもある少年からの厳しいツッコミが何者かへとぶつけられます。 それは、こんな殺し合いの場面でという意味なのか、ただその行為に対してなのか、色々と意味を取ることはできますが、 少年にとっては後者でした。 不思議な話ではありますが、殺人鬼であっても少年はそれなり以上の常識も持ち合わせているのです。 「そういうのはリサイクル業者に頼むもんだろうがよぉ……あーあ、もうこれどうするんだ……?」 少年は冷蔵庫を落とした人物の隣まで来ると橋の欄干から河を見下ろして深い溜息をつきました。 そして、あらためてその犯人(しかも現行犯)をまじまじと観察します。 年齢は少年よりも低そうに見えました。もっとも少年自体が相当に低く見られるので傍から見れば同じくらいです。 格好は黒のジャケットに黒のズボン。その上に茶色のコートを羽織って、頭にはゴーグル付きの飛行帽。 短めの黒髪に、精悍な顔つき。ここまでだと一見すれば男性だと思ってしまいそうですが、しかしよく見れば少女でした。 そして、少女は少年よりも少しだけ背が高いようでした。 そんな少年のような少女の名前はキノ。 旅人であり、パースエイダー(注・パースエイダーは銃器)の名手。少女は――人殺しでした。 殺人鬼は人殺しに対して、いかに君が行ったこと――不法投棄は悪辣非道なことかを説きます。 どれだけ反社会的な行動で、どれくらい非エコロジーで地球環境を省みない行為なのか、滔々と語ってみせます。 そんな彼に対して人殺しの少女は、「はぁ、そうなんですか」などと曖昧な返事を繰り返すばかりでした。 じゃあ、もういっそこんな不届き者は殺して解して並べて揃えて晒してしまおうかと少年が思った時、 少年のおなかがぐぅと鳴りました。 【2】 「”死なない”人間の首ねぇ……」 場面は変わって先ほどの橋より程近い場所にある庶民的なラーメン屋さんの中。 少年と少女は向かい合って同じテーブルにつき、朝食と昼食を兼ねた食事――お洒落に言えばブランチをいただいてました。 「変な話だな」 「ええ、ボクもそう思います。とても驚きましたし」 ラーメンをすすりながら少年は言い、少女は餃子をパクパクと平らげながら答えました。 かくかくしかじかと略さずに説明すると、先ほど少女が投棄した冷蔵庫の中には死なない人間の首が入っていたそうです。 正確に言えば、殺しても生き返る人間。なので、少女は首だけを持ち去りどこかに捨てればいいと考えたのです。 「まぁ、魔法がありならなんでもありか」 「そうなのかもしれませんね」 少年は先の放送で聞かされたことを反芻し、そして自身が出会ってきた人物達のことを思い出しました。 虎の様な少女。卑怯な軍人。超電磁砲。戦うメイド。真白なシスター。男と女と、燃えカスと魔法使い――無茶苦茶でした。 生き返る。つまりは死んだふりかもしれないし、特殊な蘇生技術かもしれないそれ。 殺し名と呪い名の名前と例をあげればある程度は理屈が考察できそうでしたが、以下省略。考えても無駄だと割り切りました。 「しかし、お前も人の情ってのがないのかよ。割り切り……いや、この場合は切り捨てのプロだな」 「うーん……」 かははと笑い少年は分厚く切った焼豚を口に放り込みました。少女は無愛想な表情でまだまだと餃子を平らげてゆきます。 ふたりは橋の上で出会った後、少年が食事をとろうといったのでここまで移動してきました。少女に断る理由はなかったからです。 そして、当たり前ですが店内は無人でしたので少年がそれなりの腕を振るって食事を並べ、 今は無言で食事を進めるのも寂しいという少年の言により、それぞれの経緯を話し合っているという訳です。 その中で少年は自身が出会ってきた変テコな人々の話を、少女は自分が切り捨てた4人の話をしました。 「なんであんたはそいつらを殺したんだ?」 全くもって誰に対しても愚問でしたが、殺人鬼は人殺しに対してそんなことを聞いてみました。 「自分が生き残るため、ですね」 少女はその理由を、そもそも理由なんか持たずに人を殺してしまう少年に答えました。少年はかははと笑います。 「最後の一人になっても生きて帰れる保障なんかないぜ? 嘘かもしれないし、その時はどうするんだ?」 「その時は、その時になってから考えます」 「気のきかない回答だな」 「ええ、そう思います」 少年は息をひとつついてまたラーメンをすすりました。少女は大量にあった餃子の最後を名残惜しそうに飲み込みます。 殺すことに関しては真逆の殺人鬼と人殺しでしたが、先の展望のなさに関しては似たもの同士でした。 そしてなにより、 「ごちそうさま」 「ごちそうさま」 ふたりはハラペコキャラでした。 【3】 ところで、と殺人鬼は話を切り出しました。 「俺も殺すのか?」 人殺しは何も答えません。しかし場面を取り巻く空気の色が変わりました。緊張の糸がピンと張り詰めます。 「俺は別にどっちでもいいんだが……」 少年は少女を観察していました。おそらくは相手も同じです。なんてことのない食事の風景でしたが、両者ともプロのプレイヤーでした。 生粋の殺人鬼は目の前の人殺しを分析します。 4人殺したというのは本当でしょう。むしろ、ここに来る前はもっと殺していたに違いありません。それが”匂い”でわかりました。 性質としては『薄野』か、それとも『天吹』が近いのか、『零崎』と同じ殺し名を浮かべて少年は考えます。 「まぁ、俺はちょっとした契約があって自分から手は出せないんで、そっちが決めてくれ」 切欠を与えれば目の前の少女は確実に自身を殺しにかかってくる。その確信がありながら少年は緊張の糸を引きます。 はたして殺し合いが始まったとして勝てるのか? それは少年にとって問題ではありません。問題となるのはそこではなく、やはり死色の真紅との取り決め。不殺の誓いでした。 「あぁ、別に食事を奢ったことに関しては気にしなくていーぜ。どうせ無銭飲食だしな」 だけど、あの真っ赤な鬼殺しはこの場所にはいません。未だ不明の登場人物の中にいるとも思えません。 たったこれっぽちの世界の端。開始より半日足らずも経過した今。行き遭ってないという事実が彼女の不在を証明していました。 零崎人識の物語が零時から開始したとして、未だ欠陥製品とも遭遇を果たしていない。これは零崎人識だけの番外編と断言できます。 「………………」 だったらいいんじゃないか? そんな気持ちが殺人鬼の中でむくむくと起き上がってきます。 緊急事態。殺し合いを強要され一人しか生き残れないという状況。殺害の匂いを濃く漂わす者が目の前にいるという場面。 つい先ほどもそんな存在と遭遇し、そんな現場を目の当たりにしたばかりで、みんながそうしているのを見せられて、 勿論、他人は他人、自分は自分、人の殺しは人の殺し、自身の殺しは自身の殺しと言えるのだけど、どうして我慢するのかとも思えます。 零崎にとって殺人とは生き様――ですらありません。 必要だからというわけでもなく、息をするように以下の心臓を動かすように程度の生態であり性質であり、生の有様。 生き焼かれた獣の咆哮か、魔術師の含む冷たい笑いか、旅人の見つめる無感情な目にか、 少年の中の『零崎』が僅かに”洩れ”ました。 たったそれだけで、始まりました。 殺人鬼である少年にも、人殺しである少女にも、それだけで十分だったのです。 【4】 ――さぁ、零崎を《再開》しよう。 【5】 瞬間。少女によってテーブルが蹴り上げられ、その上に乗っていた食器ごと少年へと降りかかってきました。 瞬間。ひうんと音がして、テーブルが乗っていた食器ごとバラバラに寸断され床に派手な音を立ててばら撒かれました。 ここまでおよそ1秒。 少年はポケットになにかを仕舞うと、ゆっくりと椅子から立ち上がりながら店の奥にまで移動していた少女を見ます。 そこにはこちらへと向けられた無骨なリボルバーの銃口があり、そうだと認識する前にそれが火を噴きました。 がぃうん――と、今度はそんな奇妙な音が響きました。 見れば、何時の間にちょろまかしていたのか少年が心臓を庇うかのように分厚い中華包丁を構えています。 そしてその刃の真ん中に小さな、まるで銃弾を受け止めたかのような痕ができており、それはそのままその通りでした。 少年は発射された弾丸を見切り中華包丁でガードした――ということでした。 再び銃声。今度は奇妙な音は響かず、ただ少年の座っていた椅子の背に穴が開く音だけが小さくしました。 回避を成功させ椅子から通路へと出ていた少年の手には新しい刃物が握られており、中華包丁はもう床の上です。 3発目の銃声。これも少年には当たりません。ただ、その後ろにあった入り口のガラスを砕いただけでした。 決して少女の射撃技術が低いというわけではありません。 少女は正しく心臓や当たれば致命傷となる場所を撃ちました。避けなければ少年が死んでいたのは間違いありません。 けれども、『零崎』の少年はそれを容易く避けてみせるのです。 普通は避けれません。発射された銃弾が人間の運動能力以上の速度を持っているという現実は決して覆りません。 しかし、銃には狙いをつけて――つまりは”殺気”を発してから発射されるまでのどうしようもないタイムラグが存在します。 コンマ数秒。熟練していればそれ以下。少女は熟練者ではありましたが、しかしどうやってもそれを零にすることはできません。 そして、そのタイムラグが零でないとするならば、殺気を感じることのできる『零崎』にとっては無限にも等しい時間なのです。 故に、『零崎』に銃は通用しません。ですが、 「かはは」 少年はカウンターの上に”飛び移されて”いました。 3発目の銃撃を避けカウンターの上に飛び移ったのは紛れもなく少年の意志です。しかしそこに少女の誘導がありました。 まるで”銃弾を避ける者との戦闘の経験がある”かのように、彼女はそれを前提とした牽制射撃を行ってみせたのです。 たった2発で少年に銃撃が通用しないと知ると、 少女は3発目にお腹より少し下――大きく動かないと次の回避に支障が出るような場所を狙ったのです。 これには少年も舌を巻きました。 『零崎』の前で拳銃を構える者はことごとく屠られるだけの雑魚キャラくんでしかなかったはずなのです。 しかし、別世界からやってきたのかもしれない少女――キノは違いました。少年――人識はとても傑作なことだと思いました。 4発目の銃声が鳴り響きます。 カウンターの上を突進していた人識はそれを軽く跳躍することで回避”させられ”ます。 着地の際に発生するこれもコンマ以下のタイムラグ。 無限とは言わないまでも、キノが扉を潜って店の奥へと退くには十分な時間でした。 零崎を再開してより5秒ほど。状況は再びニュートラルなものへと戻りました。 キノは決してひとつの殺しに執着するタイプではないだろうと人識は理解しています。 ”必要”の為に殺す者は不必要や無駄、それにリスクを忌諱します。ここで無理や無茶をするとは思えません。 つまり追わなければ再開した零崎は終了です。誰も殺していませんので死色の真紅の約束を破ったことにはならないでしょう。 それに、溜まっていた鬱屈も多少は晴れました。食後の運動としても今のでちょうどいい具合です。 「また、放浪するかな……?」 戦場のど真ん中で人識は余裕たっぷりに5秒ほど思考して、 その次の瞬間――爆炎に吹き飛ばされました。 再開より合わせて10秒。それで人識の零崎は完全に停止してしまいました。 【6】 粉塵やら瓦礫やらが積もり積もった”廊下”の上に血塗れとなって横たわる人識の姿がありました。 その傍らには油断なくショットガンを構えるキノが立っています。 どうやら、致命傷を負った人識に介錯の一撃を放つか、それをキノが逡巡しているという場面のようです。 口からごぼごぼと血を吹く人識は目線だけでキノの申し出を断りました。 キノも弾丸が勿体無いからでしょうか、それを承諾して――そして抜け目なく彼のデイパックを回収してその場を去ります。 去り際にただ一言、 「あなたは今まで出会った中で最悪の敵でしたよ」 そう言い残して行ってしまいました。 これが殺人鬼と人殺しの邂逅の始まりから終わりまでの全てでした。 【7】 ずたぼろとなった人識ですが、全身の傷は爆炎――いきなり撃ちこまれたロケット弾によるものではありません。 さすがにそれが店内に飛び込んで来た時には人識もひどく驚きましたが、そんなもので殺される彼ではありませんでした。 ロケット弾の軌道は見れば察することは容易でしたし、 そうだと解れば避けながらすれ違い、背後からくる爆風で”自身を加速させる”なんて芸当も難しくもありません。 ですが、故に人識は次のショットガンの一撃を避けることができませんでした。 なにせそこには全く”殺気”がなかったのです。 自分がどのようにして人殺し――キノにしてやられたのか、気づいた時には無数の散弾が身体にめり込んでいました。 ロケット弾は人識を仕留める為の攻撃ではありませんでした。 キノが人識と自分との間に煙幕という”目隠し”をする為の手段でしかなかったのです。 そして、ロケット弾を撃ち放ったキノはすぐさまに”煙”を撃ちました。 もし人識が突進してくるとしたならば通らざるを得ないルート。人識ではなく、あくまでルートをキノはただ無意で撃ったのです。 そこに人識がいてもいなくても関係なく、仮に人識が店から出て逃亡していたとしても関係なくキノは撃ちました。 人識がいると確信があれは殺気が生じてしまう。目で確認できてしまっても殺気が生じてしまう。 故に、キノはあえて不確定な状況をつくることで、そこにただの撃つだけ状況を作り、無意の一撃を放ったのです。 こんなものが避けられるはずがありません。意図のない弾丸。殺気のない弾丸。 ましてや人識は爆風により加速中。煙幕を抜けた時にはそれを避け得る猶予は全くの零でした。 傑作だと、人識は顔を笑いの形に歪めます。 ”撃ち殺された”零崎など前代未聞もいいところでしょう。おそらく、この先にも出てくることはないと思われます。 もしも死んだ兄がこれを聞いたらどんな表情をするのか。もし大将に聞かれでもしたら殺されてしまうだろう。 そしてあの生まれたての妹がこれを知ったらあいつはどうするのか。人識は想像して、笑う代わりに血を吐きました。 自分を狙っていない弾丸――殺意ゼロの弾丸に撃ち殺される。 乗することも除することもできない零を撃ち抜くのはゼロの弾丸。まさにこれが零崎殺し。 両手が動くならば拍手喝采ものだとそう思い、そしてそれができないことが少し残念なことだと人識は思いました。 あいつは、あの欠陥製品はこないのだろうかと死に瀕した人識は思います。 もう死ぬということは避けられません。どうしようもない致命傷です。いくつかの弾丸が内臓を食い破っていました。 このまま退場して零崎人識の物語は幕を閉じる。それは避け得ないことです。 だったら、ここにあいつがこないと場がしまらないんじゃないか――なんて期待。 しかし、せっかく介錯を断ってまで苦痛に耐えているというのに、待てども待てどもその気配はありません。 まったくこちらが何度あの欠陥製品の危機に駆けつけたことか。人識は心の中で毒づきます。 もっとも約束があるわけでもなく、またこちらが駆けつけてない危機がある以上、それはお門違いもいいところなのですが。 そろそろ人識の意識も遠くなってきました。 死色の真紅と遭遇したあの時に零崎が終わっていたのだとしたら、こんなところで死ぬのがむしろ相応しいのかもしれない。 「それも悪くない」――ある零崎の言葉が人識の中に浮かんできます。 そして、最後に……自分のことを最悪だと言い残して去っていったあのキノという少女のことを思い、 「知ってるよ」 と呟いて息を引き取りました。 【零崎人識@戯言シリーズ 死亡】 【8】 「ただいま……と言っても君は返事してくれないんだよね」 最初に人識と出会った橋のたもと。 スクーター(注・モトラドではない)を停めていた所まで戻ってくるとキノはようやくふぅと一息つきました。 「まったく、恐ろしい相手だった……」 来た道を振り返りキノは誰となしに――スクーターは返事をしてくれないので本当に誰となしに呟きました。 零崎人識――あの奇抜な格好の少年はキノが今まで出会った敵の中でも最悪のものでした。 どんな殺人者にも殺す理由というものがあります。殺すという意志がいつもこちらを向いていました。 復讐の為に刃を向ける男。 国と家族を守る為に銃を掲げる兵士。 僅かな金品の為に襲い掛かってくる野党。 感情の発露のままに酒瓶を振り上げる酔っ払い。 己のテリトリーを守る為に唸り声をあげる森の中の獣。 どれもこれもが同じようにそれを持っていましたが、しかしあの少年の殺意に指向性は零(ありません)でした。 存在そのものが殺人という現象。まるで人を怖がらせるための物語の中に登場する殺人鬼。 まだ背中に残っていた僅かな怖気にキノは身体を震わせます。 「餃子おいしかったですよ」 そういえばご馳走の礼をしていなかったことを思い出し、一応はと声にするとキノはスクータに跨りました。 「神社か……なにか手ごろな武器を調達できるといいんだけどな」 言うと、少年から人が集まっていると話を聞いていた神社へと向かいスクーターを発進させます。 そしてエルメスのものとは比べくもない軽い音をたて、太陽を背に河を右手に西へとそのまま走り去って行きました。 殺人鬼と人殺しが殺しあったなどとは想像もできない青い空がその上に広がっており、吹く風はとても爽やかなものでした。 【C-4/路上(南側)/1日目・昼】 【キノ@キノの旅 -the Beautiful World-】 【状態】:健康 【装備】:トルベロ ネオステッド2000x(12/12)@現実、九字兼定@空の境界、スクーター@現実 【道具】:デイパックx1、支給品一式x6人分(食料だけ5人分)、空のデイパックx4 エンフィールドNo2x(0/6)@現実、12ゲージ弾×70、暗殺用グッズ一式@キノの旅 礼園のナイフ8本@空の境界、非常手段(ゴルディアン・ノット)@灼眼のシャナ、少女趣味@戯言シリーズ 【思考・状況】 基本:生き残る為に最後の一人になる。 1:神社に向かう。交渉か襲撃かは状況しだい。 2:エルメスの奴、一応探してあげようかな? [備考] ※参戦時期は不詳ですが、少なくとも五巻以降です。 8巻の『悪いことができない国』の充電器のことは、知っていたのを忘れたのか、気のせいだったのかは不明です。 ※「師匠」を赤の他人と勘違いしている他、シズの事を覚えていません。 ※零崎人識から遭遇した人間についてある程度話を聞きました。程度は後続の書き手におまかせです。 ※ C-4北部にあるラーメン屋さんでロケット弾が炸裂し、周囲にその音が響き、家屋の一部が倒壊しました。 その中に零崎人識の死体が残っており、ポケットの中に「七閃用鋼糸x6/7@とある魔術の禁書目録」が入っています。 ※ 「薬師寺天膳の生首」は冷蔵庫に入れて縄でぐるぐる巻きにした状態で河に捨てられました。 投下順に読む 前:死者・蘇生(使者・粗製) 次:CROSS†CHANNEL 時系列順に読む 前:何処へ行くの、あの日 次:「謀反が起きた国」― BATTLE ROYAL IXA ― 前:「契約の話」 ― I m NO Liar ― キノ 次:ペルソナヘイズ 少女には向かない職業 前:愛憎起源 Certain Desire. 零崎人識 死亡
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【拝戸直の人殺し 第二話「口裂け女の事情」】 口裂け女、ここでは仮に山田恵子としようか。 山田恵子は普通の女の子だった。 普通の家庭に生まれ、 普通の家庭で普通に育ち、 普通の小学校に入り、 普通の中学校に入り、 普通の高校に入った辺りで普通に初恋と失恋を体験。 普通の友達に囲まれた普通で素敵な青春を送った。 地元にある普通の大学に普通に受験勉強して普通に合格。 男っ気が無かったが普通のキャンパスライフを満喫して、 普通に大学を卒業、普通に地元の企業に就職。 普通の新人歓迎会に出て、普通に歓迎されて、普通に一次会から帰ったその道すがら、 やっと彼女は気付いたのだ。 「私の人生って普通に始まって普通に終わるんだな。」 彼女の普通の頭は普通にその結論を導き出した。 私はきっと特別であることなんて無いのだ。 どこにでも居るような人間のどこにでもある普通の一生を送り続けるのだ。 それに嫌悪感を抱いているわけでもないし彼女は別にそれでも良いと思っていた。 だが、そんな彼女が恐れている物が一つだけ有った。 それは死ぬことだ。 彼女は死の先に何が有るかも解らなかったし想像することもできなかった。 だから死が怖くてしょうがなかった。 彼女の祖父や祖母が死んだときも普通に悲しくて泣いていたが、 同時に普通じゃない死を恐れていたのだ。 そんな死が、彼女が“普通”という限りなく浅はかな悟りを得た丁度その日その時に迫っていた。 まず最初に後ろからナイフを突きつけられた。 わずかに皮膚が裂けた痛みが彼女を脅えさせる。 彼女にナイフを突きつけた殺人鬼は優しい声で素直に言うことに従えと言った。 そうすれば殺さないとも言った。 勿論それは拝戸直の嘘だ。 一月に一回、行方不明を装って人を殺しまくってきた殺人鬼の嘘を信じる方が愚かというものだ。 しかし普通の彼女は異常な状況下だったために普通にその言葉を信じてしまった。 結果 彼女は口裂け女として生まれ変わる憂き目を見たのである。 そして死を恐れて殺人鬼と都市伝説として契約をしてしまった。 ついに彼女は普通を捨てて、悪夢の連続殺人鬼拝戸直の掛け替え無い“作品”として生まれ変わったのである。 題名は【口裂け女】だ。 「さてと、口裂け女。 君の身の上話をおおざっぱにまとめたんだが何か質問は有るかな?」 「えっと、特にありません。」 「そうか、それならオーケーだ。 ところでその衣服に付いた血液で床を汚されると迷惑なので身体を洗ってきて欲しい。 着替えは一応着られそうな物をこちらで用意しておくよ。」 「へ!?あ、はぁ……。」 改めてコンニチワ。 俺の名前は拝戸直(ハイドタダシ)。 一般的な医大生である。 芸術的な殺人鬼である。 偶然好みのタイプの女性を見つけたので陵辱・殺害してみた所、 いきなり口裂け女として生き返られてしまいましたとさ。 ところで俺は人間が好きだ、って話はしたよね? もう一度理由を説明すると俺は人間の持つどうしようもない醜さと代え難い美しさの同居に心惹かれるんだ。 そう言う意味では口裂け女というのは美人の女性が実は化物(フリークス)っていうマジ勃起物の状況なんだよね。 醜さと美しさの同居、とてつもなく文学的だとは思わないかい? さらに彼女の場合は無残な死と懸命な生もまたその身体に内包している。 生き返った死人な訳だからね。 期せずして俺は俺の求めていた惨殺死体における文学性の一つの到達点を見つけてしまったわけだ。 死んでて生きてる美しくて醜く人間でなおかつ化け物。 さらに彼女自身が普通に生きてきた人生も自分の手によって今正に異常に引き込まれている。 正常と異常の境をふらふらと渡り歩くその姿もまた……文学だ。 「あのー、この服は一体何なんですか?」 シャワーを浴びると口裂け女は俺の用意したメイド服に着替えていた。 「決まっているだろうメイド服だ。」 「それは一応解るのですがなんで下着から何から何まであるんですか?」 「言っても良いがお前は絶対厭がるだろうなあ。 ――――――死体を着せ替え人形にして遊んだ時の物なんて言ったら発狂するよね。 ちゃんと洗濯したけど……」 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」 「夜なんだから近所の人に迷惑だろ?余り騒ぐな。」 「嫌だ!気持ち悪い!脱ぐ!今すぐこんなの脱いでやる!」 「まぁ待てよ、今此処で脱いだらマッパだぜ。 一人暮らしの男の部屋で女性が裸だなんて艶めかしすぎて直さん欲情しちゃうなあ。 メイド服を脱ぐ夜ってか?さいっこうだねえ!でも脱いじゃうとそれはそれで萎えるしさあ。 半脱ぎ位にしてくれると文学的でより最高だね。」 バックステップまで壁際までのけぞられてしまった。 所謂ドン引きと言う奴か。 まったく、今更お互い隠す所も無いというのに妙な奴だ。 「ななななな、貴方は何を言ってるんですか! ていうかなんですか文学的って! 私を殺した時からずっとそればっかり言っているじゃないですか!」 「文学的ってのは俺が素晴らしいと思う物につけている形容動詞だ。 単に褒めたって芸術的じゃないだろう? 少しでもハイセンスな言葉を模索したいじゃないか。」 「訳がわからない…………。」 彼女は俺の最優秀作品なのに俺の美的センスが解らないらしい。 これは徹底的に教育せざるを得ないようだ。 「まぁ椅子にでもかけ給えよ。君の為に紅茶を淹れよう。 安いダージリンだがミルクティーにして角砂糖も落とそう。 金の代わりに心を掛けた一杯だ。 断る理由は君にあるまい?」 「あ、ありがとうございます。」 やはり普通だ。 普通にお茶を勧めると普通に受け取って普通にお礼を言った。 しかしこの状況でその普通を発揮できる事実こそが異常。 流石俺の愛する最優秀作品である。 「シャワーを浴びてきても身体は冷えるはずだからな。 いやぁ、メイドにご奉仕だなんてすごく倒錯していて気分が良いなあ。」 「そうなんですか……?」 「そうだね。」 首をかしげる口裂け女。 良いぞ、中々可愛らしい。 「ところでこれからの話なんだけどさ。」 と、言うと口裂け女はびくっと体を震わせた。 「わ、私は人を殺すような真似はしませんよ!?」 「いやいや、口裂け女が人を殺さないでどうするよ? 自分の存在保てないんじゃないの?」 「うぅ~……。」 ここで俺が口裂け女との契約時に手に入れた都市伝説の知識を披露しよう。 都市伝説というのは知名度が有ればあるほどその存在を確かにする。 存在が確かであればあるほど強力な力を発揮できるそうだ。 知名度を上げたり存在を確かにするのに一番良い方法はその都市伝説の再現を行うことだ。 口裂け女ならば私キレイ?って言っていいえと言った相手でもぶっ殺してればそれで済む。 だが、空前絶後の天才殺人鬼である俺としてはチープな殺し方は嫌いだ。 そこで、彼女にこんな提案をしてみた。 「じゃああなたは『あたしキレイ?』って聞くだけで良いよ。」 「へ?」 「人の一人や二人俺が殺そうじゃないか。 良いか、まずお前は俺の作品だ。 はい、と答えてくれた人は俺の芸術を理解している。 だから俺の芸術に協力をして貰おう。 いいえ、と答えてくれた人は俺の芸術を理解していない。 だから俺の芸術を体感して貰おう。 これで良いだろう?君は都市伝説として普通に生きていける、俺は芸術活動によりいっそう打ち込める。 最高じゃないか。」 口裂け女はしばらく理解に苦しむ表情をしていたが…… 諦めたように、頷いてくれた。 「よし、それじゃあ今日すべき話はこれで終わりだ。 あとはベッドでゆっくり寝るなりなんなりしてくれ。」 「え、でもベッドは一つしか……。」 「構わない、君が使ってくれ。俺はハンモックで寝る。」 「有るの!?」 「有るよ。」 俺はハンモックを素早く用意すると口裂け女にベッドを勧めた。 「ちなみにどうしても一緒に寝たいならば直さんが添い寝してやっても良いぞ。 子守歌のサービス付きだ。」 「遠慮しておきます。 ……念のため言っておきますけど貴方とは仕方なく契約しただけですから。 私個人は貴方のことが嫌いです!」 「俺としては君とベッドで一緒に寝る関係になれたらロマンティックなんだけどねえ?」 「会うなり私を殺すような人間と仲良くする気なんて無いですからね!」 「普通だなぁ……。」 まっ、それが良いのだが。 今日は色々起こりすぎた。 明日はゆっくり大学さぼって彼女と交流してみよう。 そう思って俺は床についたのである。 【拝戸直の人殺し 第二話「口裂け女の事情」fin】 * 前ページ連載 - 口裂け女と人殺し
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【拝戸直の人殺し 第十二話「死神の遺産」】 「おいメルとやら。」 「あ゛ー、なんですかぁ?」 「いや、サンジェルマンにはお前と契約しろって言われたんだけどさ。」 「はい。まあその、あれですよね。」 「うん、そうなんだよ。」 「「別に契約する必要ないんじゃね?」」 「なんだ、解ってるなら話は早い。俺は周囲の人間の記憶から消失するとか言う愉快なリスクを背負いたくないんだよ。」 「私としても私の弟妹達が世界中で暴れているんで契約の必要に迫られてないですからね。」 「ぶっちゃけどうするんですか?」 「そりゃあお前、とりあえず素材は確保したいからお前の能力は貸して貰う。 でも契約はしない!」 「都合良いなおい!?」 みぃちゃんが肉片にされてしまった後、俺はサンジェルマンの治療を受けてなんとか命を取り留めていた。 まだ肉片が残っているなら治せるとサンジェルマンは言っていたがそれも時間がかかるそうだ。 「もう……、困ったなあ。」 目の前で紅茶をすする少女。 俺が都市伝説を失っている間に護衛として貸与されたハーメルンの笛吹きである。 本来は学校町を恐怖に陥れた殺人鬼の所有する都市伝説なのだが、 その殺人鬼が出来ちゃった婚を決めて無事に寿引退となった為に俺の所にやってきたのだ。 「とりあえず番屋町に帰りませんか?」 「まあ、それもそうか。家事手伝いは丁度一人欲しかったし。 あと亀も一匹居るからお世話お願い。俺嫌いなんだけどね。 俺の作品が気に入ってたからさ。」 「作品?」 「うん、俺の殺人は全て芸術だからな。 殺した奴には全部作品名とか付けている訳よ。」 「自分の作品が自分の作品を破壊してたら世話無いですよね。」 「……お前ムカツク奴だな。」 「こりゃあ失礼しました。 家で契約者の帰り待ってたら私の契約無視して聖遺物に触れて死の危険にさらされた上、 知らない女連れ帰って来て『俺、こいつと結婚するよ!』とか言われて結構腹立ってましてね。」 「…………まぁ、あれだ。お前も大変なんだな。」 「解って頂けて何よりです。」 まああくまで直感で直観で感性に基づいた適当な観想じゃなくて感想なのだが。 こいつは都市伝説として致命的な欠点がある。 それはこいつが自分と相性の良い契約者に恵まれないと言うことだ。 上田明也という最強クラスの契約者を得てなおこの程度なのだ。 俺と契約したところでそれほど力を発揮できるとは思えない。 野良で好き勝手暴れている方がまだマシってところだ。 「とりあえずじゃあ番屋町に帰るか?」 「ええ、そうしましょう。なんか今はちょっと旅したい気分です。」 俺たちはとりあえず立ち寄っていた喫茶店を出ると車に乗り込んだ。 「……煙草吸わないんですね。」 「医大生が煙草なんぞ吸う訳無いだろう。上田さんは吸うのか? だとしたら良くないな、できれば禁煙して欲しい物だ。」 「吸うって言っても電子煙草ですよ? しかもストロゥベリィ。」 「苺味なの!?」 「ええ、苺味の電子煙草をことのほか好んでましたね。」 「うわぁ……。」 「わわわわわ!? よそ見しないで前向いて前!」 「おっと、失礼失礼。」 とかなんとか言っていたら、おもいきり壁に激突した。 シートベルトを締めていなかったので思い切り頭をぶつける。 「わわわわわわわ!?なにやってんですか!」 「…………死ぬ、痛みでマジ死ぬ。」 「あーもう!私ちょっと助け呼んできますよ!」 「頼むわ。」 なんとか無事だったらしいメルが車を抜け出して助けを呼びに行く。 するとそれと入れ違いになるかのように救急車がやってきた。 あれ? このパターンはとてもまずい気がする。 意識が薄れていって俺は静かに目を閉じた。 「―――――――んあ」 白い天井の建物の中で俺は目を覚ました。 どうやら俺は病院に運び込まれていたらしい。 「お、直兄ちゃん目が覚めたの?」 「げげぇ、純じゃねえか!」 「あのー直さん?」 「こ、今度は誰だ!?俺はこんなイケメ……、あ゛」 「お久しぶりです拝戸直さん。」 「え~っと、俺が能力手に入れた時にぶっ殺しそうでぶっ殺さなかった男装少女。 上田さんの妹だったっけか?もしかして俺を殺しに来た感じでしょうか。」 「いや、違うよ。純ちゃんと一緒に遊びに来てただけ。」 「おお、ちょっと安心したぜ。」 「全治二週間で入院確定らしいよ。まあサンジェルマンがこっそり直しに来てくれるから……。 三日もすれば出れるよ、頑張ってね!あとこれ着替え。」 「…………解った。ありがとう。」 枕の裏に違和感。 俺はベッドから身体を起こす。 枕の下から髑髏の仮面が出てきた。 「ところでこれはなんだ?」 二人とも驚いた顔をしている。 表情から察するに何も知らないのだろう。 さて、それならこれは一体何なんだろうか? 俺は面白そうなのでとりあえずそれを着替えの中に入れておくことにした。 【拝戸直の人殺し 第十二話「死神の遺産」fin】
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【拝戸直の人殺し 第八話「兄妹」】 ところでいきなりだが俺には一人妹が居る。 幼い頃から一々俺についてきたり、俺の真似をしたりするのが気に障ったのを覚えている。 相手をするのは面倒だったが、兄として最低限の世話はしてきたつもりだった。 しかし何時からだろう? 彼女の俺に対する態度がどう見ても妹のそれではなくなってきた。 「お兄ちゃん!お弁当だよ!」 「お兄ちゃん!忘れ物!」 「お兄ちゃん!部屋を綺麗にしておいたよ!お片付けしたら褒めてくれるよね!」 「お兄ちゃん!そういえば部屋に有ったあの本ってなぁに?保健体育の教科書なの?」 「お兄ちゃん!さっき話していた女の人ってだぁれ?」 「お兄ちゃん!なんで今日は帰り遅かったの?」 「解ったよ、じゃあ少し“お話”してくるね!」 ……ここから先は正直思い出したくもない。 俺が人殺しに目覚めたのも半分はあいつから受けたストレスが原因だと思う。 ていうか人の部屋を完全に整理整頓したりエロ本を俺ですら見つけられないような場所に隠し直すなと。 小さい頃に一人で片付けしているのを褒めて以来、あいつ、片付けにこだわっていたっけ。 まあ大学に入ってからはあいつとも会っていないのでどうでも良い話だ。 さて、ろくでもない話はこれでお終い。 俺とみぃちゃんは遊園地に来ていた。 そうだ、遊園地に来ていた。 来ていたが、少しばかり厄介なことになっていた。 話は遡ること十分前 「………………。」 「あれ、気絶している。」 俺とみぃちゃんはジェットコースターに乗っていた。 すると、あまりの恐怖に彼女はいつの間にか気絶していたのだ。 「あちゃあ……、休憩所ってどこにありましたっけ?」 俺は先ほどまでノリノリだった係員の人に彼女を休ませられる場所を訪ねた。 すると、俺たちの会話を聞いていたのか後ろから高校生のカップルが声をかけてきた。 「あのー、すいません。良ければ休憩所の場所に案内しましょうか?」 「え?それはありがたい、お願いできますかね?」 髪を短く切った感じの良い男子高校生と その彼女とおぼしき長い黒髪の美しい都市伝説の二人組だった。 数分後。 「……という訳で、妹が居るんですけどね。もう困った奴なんですよ、ハハ。」 「あー、俺も姉が居るんですけど本当に迷惑ですよねえ。」 「部屋とか構わず入ってきたりして。」 「その上部屋に入っている物勝手に漁ったりして。」 「ああー!あるある!」 何故か俺は男子高校生、明日真との会話が盛り上がっていた。 しかしもう一人の恋路とかいう彼女は会話に入ってこない。 それは俺たちの会話が入りづらいとかそういう原因では無いように思えた。 彼女は俺の正体に感づいている? いやまさか、……まさかだよな。 「でも良いじゃないですかー、それだけ妹さんはお兄さん大事にしてくれてるってことで。」 「そうそう、お兄ちゃんのことは私が一番良く解っているんだから。」 「でもでも俺の彼女につきまとうとか色々アウトじゃないか?」 「いやー、アウト……ですね。」 「アウトじゃないもん、悪い虫を追っ払っているだけだもん。」 「ですよねー!」 「それを言ったら俺の姉なんか酷いですからね。 去年のクリスマス俺たちに黙ってホテルの予約なんかしてもうムードも何もないっていうか……。」 「本当にこれだから姉だの妹ってのは――――――――!?」 「あ、やっと気づいたー?」 「どうしたんですか拝戸さん?…………ってドチラサマ?」 そうして、今に至るのである。 「其処の二人+お兄ちゃんの肩で気絶してるとか私でもあんまり無いハッピー状態なあなた! お初にお目にかかります。 生まれはY県番屋町、育ちはここ学校町。 私は私は中央高校二年C組二十二番、拝戸純です。 ピュアと書いて純です、よろしくねっ!」 俺の目の前には妹が居た。 何故此処に一人で居るのか、どうやって俺たちを見つけたのか、 今更聞いても意味はない。 「そうらしいね、今度会ったらよろしく。 さて、それは良いんだけどお兄ちゃんの肩で乗ってるそのふざけた女を可及的速やかに引き渡してくれると助かるかな? お兄ちゃんに悪い虫がついたら祓ってあげないと。」 「待てっ、純。お兄さんはこのお姉さんと至って清いつきあいでだな。 お前がまた出てきてぶちこわしにされるとそれこそお兄ちゃん一生彼女が出来なくなりそうな気がするんだよ。 お前だってお兄ちゃんがこのまま結婚も出来ない状態は嫌だろう?」 「え、むしろ望むところだよ。 ていうか私と結婚してよ。 大丈夫、お父さんもお母さんも許してくれるよ。だって二人とも優しいもん。」 「くっ、何を言っているんだこいつ……?」 明日くんドン引きである。 俺の妹はしばらく会わないうちにどうやらもっと危険になっていたようだ。 「仕方ないか。」 明日がボソリとつぶやいた。 「拝戸さん、ここは危ないので一旦逃げていてください。」 「へ?」 「いやー、俺その子が通っている高校の風紀委員なんですよ。 だからやっぱり校外で休日とはいえ自分の通っている高校の生徒がこんな危ない子としているのは放っておけないというか。 ……とにかくその女の人だけでも目を覚ますまで安全なところに運んでください。」 「いや、しかし俺の家族の問題を人に任せる訳には……。」 ドスン!ドスン!ゴッスン! なにやらもの凄い音がして何かが明日と拝戸の足下に直撃する。 土煙の中から現れたのは五寸釘。どこから取り出した? 「何二人でヒソヒソ話しているの? 私の邪魔をするなら明日君も……許さないよ?」 「待って純ちゃん、どうかな、とりあえずここは遊園地、公共の場所だ。 家族の問題なんだし、一旦家に帰ってからでもお兄さんとゆっくり話してみたらどうかな?」 恋路が明日を守るように彼の前に立って純を説得する。 「ごめんなさい恋路さん、それは出来ない相談だよ。 貴方も貴方もなんだか“胡散臭い”感じがするモン、そこのお姉さんと同系統の雰囲気だね。 ああ、でもそこの雌豚とは違って貴方は貴方は身も心も美しいからあまり気にしないでくださいね? 交渉の相手としては信用しがたいだけだよ。」 更に一歩、純が俺たちの所に近づく。 「拝戸さん、信じられないかも知れませんが貴方の妹さんは超能力みたいなものを持ってます。」 「へ?」 「なので出来れば今日の出来事は綺麗さっぱり忘れてここから逃げて頂けると幸いです。」 「そ、そうなのか?まあ地面にこんな強烈に釘を突き立てるとか、 昔から人間離れしていたけどここまで酷くはなかったが……。 せいぜい物を隠すのが異常なほど得意ってくらいで……。」 「だからとにかく、今は逃げてください。こういうのに対処するのは俺得意なんで。」 「ふむ……。」 さて、こいつは信用に足るのだろうか? これでも俺は殺人鬼だ。 “人間(エモノ)”を見定める眼だけは持っているつもりである。 その眼で見る限りにおいてこの明日真は正義感の強い人間であるようだ。 少なくとも今の「異常さを成長させた」純に接しても毒されはしない。 戦闘能力はどうだろう? ふむ、まあそこそこ悪くない。 油断さえしなければ時間稼ぎはできるか。 「恩に着る!」 俺は振り返ることなく、みぃちゃんを背負ったまま逃げ出した。 さて一時間後。 「いやー、大変だった大変だった。」 「ほんとですよ、なんだったんですあの子?」 俺とみいちゃんは遊園地から逃げ帰る車の中にいた。 あの後、結局俺たちは純に追いかけ回されてだまし討ちにかけてなんとか彼女を気絶させたのだ。 どうにも明日くんは一瞬で倒されたらしい。 俺の眼が不味かったのか、純の成長が俺の予想を超えていたのか……。 「俺が知りたいよ。」 本当に、訳がわからない。 いつからあんな化け物に育ってしまったのだろう。 【拝戸直の人殺し 第八話「兄妹」fin】