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【もしも京太郎と淡がWだったら】 目には目を、歯には歯をという言葉がある。 毒を以って、毒を制する――という言葉もある。 要するに彼ら、財団Xが行ったのは酷く単純な実験であった。 仮面ライダーWを倒すために、最強の仮面ライダーWをぶつける。 たった、それだけの事。 その構成に使われるメモリは――ボディサイドが本来のWに倣ったジョーカー・メタル・トリガー。 ソウルサイドは、その出力と特異性から、ただWを撃破する為に選ばれた。 エターナル・ナスカ・ウェザー。 どれも、理論上は単騎で最強のメモリだ。 Wの持つメモリの組み合わせのような意味での相性は考えられていない、モンスターマシン。 より高性能なメモリを。強力なメモリを。 それだけの考えで、装着者の生死やメモリ同士の相性を考えられずに、それは作られた。 そして――被験者を選んだ。 これらメモリと強力なまでの運命で引き合う装着者を。 メモリ自体の相性――ハードから制御できないのなら、それに見合うソフトを与えればいい。 また、ソフトの相性はどうでもいい。ただ、戦って、Wを撃破出来るのならばそれでいい。 被験体として名が挙がっていた新道寺の白水哩と鶴田姫子。 彼女たちが持つ、麻雀に関するオカルト能力から考えるのなら――Wとしても十分な戦力として起動する。 だが、ここではそんなものはどうでもいい。 ジョーカーと最適に引き合う者。 エターナルと最適に引き合う者。 それだけが、必要だった。 永遠の切り札として――財団の元で、破棄されるまで戦い続けてくれるのであれば。 それらの相性や生死など、二の次以下の問題であるのだ。 故に、彼と彼女は選ばれた。 ジョーカーメモリの最大の適合者、須賀京太郎。 エターナルメモルの最大の適合者、大星淡。 彼らは、歯車の一つでしかなかった。 エターナルジョーカーという、最強のモンスターマシンを操作する為の生き人形。 財団X――加頭順の“切り札”であり、“永遠”の奴隷。 彼と彼女の人格も、その適合性も関係ない。 ただ、Wをも超える最強のWを動かせれば――それでよかったのだ。 そして、物語は幕を開けた。 囚われた須賀京太郎は――もう、何度目か判らない幻覚を味わっていた。 彼には、他の人間の精神が搭載される。 本来ならば、絶対に適合するはずがないそれ。 それを無理やりに移植するのと同じである。 生体間臓器移植と同じく、肉体と魂の間にも――拒絶反応(リジェクション)は存在する。 同じく、魂と魂の間にも。 器は一つ。中身は二つ。 常識で考えて、耐えられるはずがなかった。 ならば、常識を覆せばよい――京太郎に行われているのは、それである。 まずは、精神が既に存在している器に別のものが搭載される際の反発の問題。 解決法は、簡単であった。 京太郎の魂――精神の容量を限りなく削る。 最低限体を動かすに足るだけの意識を残して、後の一切合財を奪い取ってしまえばいい。 心を殺す。 有り体に言うなら、それだ。 さらに、サイコメトリー……他者の精神に感応する能力。 それを、後付的に搭載する。 京太郎自身の精神を希薄にして、他者で塗りつぶしてしまえばよいのだ。 これがまず、一点。 次に二点目。 精神と肉体の拒絶反応――リジェクションについてであるが。 これもまた、単純な方法で解決が図られた。 拒絶反応は、それを小さくする事が出来てもなくす事はできない。 ならばいっそ――拒絶反応に耐えられる肉体にすればいいのだ。 崩壊するたびに再生すればいい。 崩壊が限度を超えたのならば、その肉体を取り換えて、新品を用意してやればいい。 須賀京太郎が、生身である必要などどこにもない。 勿論、完全なる無機物ではガイアメモリが適合するか不明。 故に脳を残して――正確にはその脳も含めて――須賀京太郎は改造される。 人を超えた人。仮面ライダーWを超えた仮面ライダー。 パーフェクトサイボーグ、ジョーカーとして。 計画は中盤。 精神の洗浄及び、四肢や内骨格の置換は終わった。 あとは内臓系を完全に生体機械や機械に置き換えてしまえば、完了する。 その間の手術は――麻酔なしで行われた。 これも、須賀京太郎の精神を破壊する為の一貫である。 既に京太郎は、その髪すべてが白髪と化していた。 ショックにより、色素を失い……囚われてから伸びた髪の毛は、その根元から白く色を失う。 監禁以前に存在していた京太郎の毛髪は、実験の邪魔だという事で切り落とされている。 故に今の彼はまさに、小説に登場する白髪鬼と同じだ。 想像を絶する苦痛の中、京太郎は麻雀を打っていた。 せめてもの気慰み。なんとか、己を保つ為の作業。 一日一日をカウントしながら、短く過去を振り返る。 己がここに囚われる前。彼女たちと囚われる前の記憶を、何度も巻き戻す。 ひたすらに、カウントを続ける。数を数え続ける。 そうでもしていないと、完全に気が狂ってしまう。際限ない痛みに、発狂してしまうだろう。 カウントと共に、過去が蘇る。 いつかの、部室。 須賀京太郎は、麻雀を打っていた。 宮永咲がいる。原村和がいる。片岡優希がいる。染谷まこがいる。竹井久がいる。 自分がいる。からかわれている。 そして、宮永照がいる。弘世菫がいる。渋谷尭深がいる。亦野誠子がいる。 自分がいる。誇らしげにしている。 ――。 ――。 誰だろうか、宮永咲とは。 誰だろうか、宮永照とは。 誰だろうか、原村和とは。 誰だろうか、弘世菫とは。 誰だろうか、片岡優希とは。 誰だろうか、渋谷尭深とは。 誰だろうか、染谷まことは。 誰だろうか。亦野誠子とは。 誰だろうか、竹井久とは。 誰だろうか。 誰だろうか。 そんな人間に出会った覚えはない。 自分は、そんな人間は知らない。 なのに、名前が分かる。顔が分かる。 見知らぬ人の中で、自分は話している。 理解ができない。ひょっとして、気が狂ってしまったのだろうか。 何が起きているのだろうか。死んでしまったのだろうか。 死にたくない。 死にたい。でも、死にたくない。誰か助けて。 再び京太郎は、部室に戻った。 今のヴィジョン。なんだったのだろうか。まさか、幻覚の中で幻覚を見るなど笑えない。 ついに、想像や想起すらもままならなくなったのか。 だとしたら、自分の精神もいよいよ駄目なのかも知れない。 いつもの部室。 宮永咲が笑いかけた。 片岡優希がからかってきた。 原村和が呆れ顔をした。 染谷まこがフォローを入れた。 竹井久が意味深に微笑んだ。 そして、誰かが泣いていた。 「助けて……誰か、助けて……」 誰もがそれを見ていない。 宮永咲も、片岡優希も、原村和も、染谷まこも、竹井久も気づいていない。 いや、気付いているのだろう。 だが、受け流していた。 ひょっとしてこれは――思い出せなくなっているだけで、日常茶飯事だったのか。 誰か、泣き虫が部室に居る。 いくら慰めても泣き止もうとしない。いつだって泣いている。 だから、もう皆相手をしなくなった。そういう事だろうか。 「なあ、咲……あれ、誰だっけ?」 「? どうしたの、京ちゃん」 「いや……あそこで泣いてる奴がいるだろ? 俺さ、ちょっと名前忘れちゃって」 「……誰も、いないよ?」 「えっ……」 「やめてよ。そうやって、私の事怖がらそうとしてるんでしょ! もう、京ちゃんってば……その手には乗らないからねっ」 「京太郎も、つまらない事を考えるもんだじぇ」 「そ、そうです……幽霊なんて、そんなオカルトあり得ません。ないったら、ないです!」 「……震えながら言われても、ねぇ」 「こら、久。そこは見なかった事にしてやれって」 何事もない、いつもの風景。 皆が笑った。 それを見て、京太郎も息を漏らした。 そうだ、ひょっとして麻雀の打ちすぎで疲れていたのかもしれない。 それとも、咲の言うとおり、咲をからかおうとしたのだったか。 どちらにしても、大した事ではないのだ。 それより今は、親番だった。逆転のチャンスだ。 麻雀に、集中しないと。つまらない事なんて、忘れよう。 「嫌だ……嫌、やだよ……! 助けて……! テル、菫先輩、たかみ先輩、亦野先輩……助けて……!」 だけれども、幻覚は消えなかった。 頭を抱えて、子供のように泣いている。 これは幻覚だ。本当は何も見てはしない。きっと、妄想だ。 それよりも、皆が待っている。笑っている。牌を切らねばならない。 だから、気にしている暇はないのだ。 「誰か……助けてよ……! やだよぉ……」 だと言うのに――それでも。 須賀京太郎は席を立って、その少女の元に進んだ。 皆が怪訝な目を向けた。優希が怒鳴っている。咲が呆けている。和が白い目を向けてくる。 そう、こうしている理由などないのに――それでも。 「判った。俺が――助けてやる」 そんな風に少女の手を取って、涙を拭っていた。 顔は、見えない。誰だかも判らない。 だけど――だとしても、泣いている少女を見過ごす理由などなかった。 体温は伝わらない。匂いも分からない。感触もない。 それでも、少女の嘆きが聞こえた。助けを呼ぶ悲鳴が、分かった。 だから――京太郎は手を伸ばした。 その涙を止めなければならない。 「な……っ!?」 研究員は色めき立った。 破られる筈がない拘束。千切れるはずがない繋縛。 それが、引きちぎられたのだ。 上体を起こす、被験者――須賀京太郎。 警備員が、すぐさま銃を構えた。研究員も、麻酔銃を構える。 神経への打撃の為、鎮静剤を利用していないのが仇となった。 だが、彼のスペックではどうあがいても脱出できない。そんな、拘束であるはずなのだ。 なのに――何故、そうなった。 そんな、戸惑い。 それが、須賀京太郎の明暗を分かった。 「……退、け、よ――ッ!」 翻る炎。パイロキネシス。 向けられた銃を持つ、人差し指だけを焼き散らした。 落ちる、銃身。炭化して硬直する手首。 それを一瞥もせず――パーフェクトサイボーグになる筈であった男は、実験台を抜け出した。 超能力が、まだ発動するなんて聞いていない。 気絶して意識を失う前に、研究員が思ったのはそれであった。 大星淡は、嘆き続けていた。 彼女に施された手術は、単純である。 否、正確に言うのなら手術の目的は単純であった。だが、未だ実験の途中だ。 肉体と精神の分離。 一体、どのような刺激を与えれば精神はどれだけぶれるのか。 そして、どう乱れるのか。 その振れ幅を調べて――最適解で彼女の肉体から精神を解脱させる。 そんな実験が、研究がおこなわれていた。 ある時は外部電流による、局部ごとの苦痛の反応と抵抗を調べられた。 ある時は生理的嫌悪感に起因される、精神の逃避を確かめられた。 ある時は中枢神経刺激薬――いわゆるドラッグによる、解放からの精神の動きを探られた。 ある時は志向性を持った幻覚による、身近なものの死を与えられた。 ある時は志向性を持った幻覚による、自分自身への死を与えられた。 精神に作用する薬を使用された。 肉体に働きかける薬を使用された。 苦痛が来た。快楽が来た。 おおよそ人道的とは言えない実験が、繰り返され続けた。 須賀京太郎とは対照的に、その肉体への影響は軽微であるが――。 それでも怖くて、痛くて、辛かった。 ああ、今日もまた――地獄が始まるのだ。 そう淡は諦めた。 助けを呼んでも、誰も来ない。 痛みを嘆いても、誰も止めない。 快楽に泣き叫んでも、誰も終わらせない。 ひたすらに続く地獄。 永遠の――拷問だ。 いつしか淡は、泣く事を止めた。 どうせ泣いても、何にもならない。 誰も助けに来てはくれない。いるのは自分を観察する研究者だけ。 どうあがいても逃げられたない。嫌だと言っても、それは止まらない。 だったら――もう、諦めるしか道はなかった。 昨日は何かがあった。 今日もまた何かが起こる。 明日もきっと何かあるだろう。 それだけの観念。 囚われてから、彼女の時間は三種類しかない。 どれだけ時間が経ったのかなんてもう、関係ない。 ただ、消えていく過去。過ぎていく現在。来てほしくない未来。 それしか存在していないのだ。 光を失った目で、虚空を見る。 今日、何が起こるのか。考えても無駄だ。 きっと遅かれ早かれこの肉体と精神は穢され歪められて、痛苦と汚辱に塗れて、心は墜落する。 だから、明日を望んでも無意味である。 過ぎてく果てに、死がある事を望むしかない。 それだけだった。 夢や、希望なんてない。 だから、期待してもしょうがない。 救いなんて願うな。光を目指すな。 どうせもう、自分は最低に身を窶し続けるしかないのだから。 なのに――この日は違った。 大星淡は、運命と出会った。 「なんだ、うげ――ぁ」 「き、貴様、どこか――」 「動く、な――」 炎を纏った、黒い怪人。 銃を向ける研究員を、素手で蹴散らしていく。 今にも息絶えそうなほど、足取りは重い。 それなのに確たるもので、あまりの重量を持つ巨体が、無理やり人の大きさに縮められているとすら錯覚する。 同じくマスクの怪人に変貌して――駆け寄った職員が、殴り飛ばされた。 裏拳一発。宙を舞う、マスクの男。 息も絶え絶えに片足を引きずりながら、それでも彼は歩く事を止めはしない。 淡を囲んでいる、強化ガラスにマスクの戦闘員が激突する。 その上から――黒い怪人は、殴りつけた。 砕けるガラス。それと共に躍り込む、怪人。 それが淡には――白色灯に反射するガラスの破片が――夜空に輝く星に見えた。 膝から、着地する怪人。 そしてそいつは――淡に手を伸ばした。 「俺が、助けにきた……お前の涙を、止めに来た」 「誰……?」 怪人と思っていたそれは、ただの少年だった。 周囲に纏う炎の所為か、見間違いでもしていたのだろうか。 己自身、泣き出しそうなほどの苦痛に顔を歪めながらも――。 その少年は、淡に笑いかけた。 これが、淡と彼の始まりの物語だ。 ――不仲があった。 「気安く話しかけないでよ。私に近寄らないでってば」 「……分かったけど、言わせてくれ。それでも俺は、お前の味方だ」 ――対立があった。 「なんで、そいつを庇ってんの!? そいつ、敵でしょ!?」 「……こいつは、俺たちと同じだ」 ――不協和音があった。 「だーかーらー、次はトリガーだってば」 「トリガーは全然言う事聞かないんだよ!」 ――戸惑いがあった。 「へえ、だったら死になよ……当然だよね?」 (こいつ……思った以上に、危険だ――) ――危機があった。 「勝て……ないよ……。こんなの、無理……」 「それでも――笑え。俺がついてる。俺とお前なら、大丈夫だ」 ――恐怖があった。 「やだ……も、やだ……。痛いのも、怖いのもやだよ……」 「……淡」 ――日常があった。 「違っ! テル、違うってば! こいつは彼氏なんかじゃないから! ただ、そこに居たヘボだから!」 「そうっすよ! こいつとは何もないし、全然興味なんてないから――って、オイ……なんで足踏むんだよ、淡」 ――代償があった。 「なんで、そんな事……隠してたの……?」 「リジェクションは……。別にお前が、気にする事じゃない……」 ――血涙があった。 「きょーたろーが戦うって言っても、絶対に私は戦ってやらない! もう、変身はしない!」 「だったら……一人ででも、戦ってやる。誰かが泣いてるなら、俺は戦う」 ――哀惜があった。 「そのままじゃ、きょーたろー……死んじゃうよ。だから、戦いなんてやめよう……?」 「……そうできたら、いいよな」 ――悪意があった。 「どうして……。なんで、テルが人質に……! や、だ……やだよ、テルー!」 「……お前の涙は、止めてやる。俺が、あの人を助ける」 ――約束があった。 「なら、誓って。絶対にもう、私を一人にしないって……最後まで、永遠のその先まで一緒に居てくれるって」 「……お前、思ったより泣き虫だもんな。判ったよ、お前が泣いてたら、すぐに駆けつけてやる」 ――慟哭があった。 「それでも……生きてて、欲しかったのに……! 少しでも長く、生きてほしいのに……!」 「……でもさ、女の子の涙を止められたんなら――悪くないぜ?」 ――戦闘があった。 「……これが、最後の戦いになる?」 「さあな……どうなるか、判らない。最後の最後まで、どうなるか……」 「でも、きっと俺とお前なら――大丈夫だ」 「どうして?」 「二人で一人の仮面ライダー。この街の涙を拭い、悪を砕く希望の象徴」 リジェクションが、京太郎の体を蝕む。 財団Xの軍門に下り、再改造や調整を受けたのなら戻るかもしれない。 だがその時果たして――今と同じ自分で居られるのか。 結局京太郎は、そのまま戦う事を選んだ。 淡と共に変身するだけで、身体には絶え間ない苦痛が襲い掛かる。 調整をされていない肉体の再生能力では追いつかず、仮面の下では血反吐をブチ撒ける。 もう、何もしていなくても――ただ立っているだけでもそれは、地獄と同じ。 伸ばした手の調節が聞かない。 淡の手を取る事も、涙を拭う事も不可能となっている。 一部を残して、機械となった代償。 望んでいないメリットとデメリット。押し付けられた災禍と、掴み上げた希望。 それでも京太郎は、立ち上がる。 誰かの涙を止める為に。財団の野望を砕き、二度と同じ人間を生み出さないために。 そして――いつか、いつの日か争いのないところで、淡が幸福に暮らせるように。 京太郎は痛みを噛み殺して、不敵に笑う。 「だったら――その希望の象徴が、絶望するわけないだろ? 俺たちが泣く事も、ない」 「……」 「信じろ。俺とお前なら――絶対に大丈夫だって」 言葉を紡ぐたびに、口の中を鉄錆の味が満たす。 幸いにして、Wとしての相性が悪い淡にそれは伝わっていない。 痛みも苦しみも、京太郎が受け止める。一片たりとも、誰かには向かわせない。 この身は牙であり、盾である。 そんな一心で、己を奮い立たせる。 くじけそうになる膝に力を入れ、震えそうになる手を殺す。 霞む視界に目を見開き、遠ざかる音に耳を澄ます。 「……そうだね。うん……そうだ。きょーたろーは約束を破ったり、しないもんね」 「……ああ、当然だろ?」 「だったら――二人で一緒に、どこまでもイケるよね」 「ああ、きっと――大丈夫だ」 そうして彼らは、最後の戦いに向かう。 どこかの世界、どこかの時間のお話である。
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「第ニ章:失われたO/過去からの追想」 「ちわーっす……って、もう京太郎来とるんか」 「女性に待たされる趣味はあっても、女性を待たせる趣味はないんで」 「はは、その格好らしくてええ台詞やな」 水を勢いよく飲み干す江口セーラの、その快活さは変わらない。 その赤い目を不敵に輝かせてあたりを見回す彼女は、今では、特殊犯罪や特殊事件に対する警察官だった。 ぼさぼさと跳ねたライトブラウンの茶髪。後ろ髪は伸ばしているらしいが、今は纏めて結わえてある。 やはり活発的な気風のいい良くも悪くも男前の女性であるが――一度、丁寧に憧によって髪を梳かれたときは、どこにでもいる長髪の美女となった。 当人は二度とやらないと言っていたが、どうやら尾行に変装を用いる時などには使用しているらしかった。 「とりあえず、今回の件について手短に纏めるで?」 「お願いします」 「この――青山士栗が失踪したのは三日前。失踪届を出したのは、姉の青山和。 妹が姉に言わず急にどこかに行くなどと言う事はないので、そもそも帰宅しなかった当日に届を出したかったらしいんやけど――まぁ」 「一日で失踪なんていうのは、無茶がすぎますね」 「そーなんやなァ……ま、真っ当な警察なら動かへんな。実際姉の和も、知人にそう言われて待つ事に決めたらしい」 「……そこらへん、制度的な問題ですね。ひょっとしたらそれが命取りになるかも知れないとしても」 「わぁってる……やけどまあ、失踪者を一々受理してたら警察も回らんくなる。最低限、ある程度見させて貰わんとな」 「……ええ、俺も分かってます。無茶だってのは」 「家族がどう思ったって、結局ただの家出とか夜遊びってせんもあるからなァ……こればっかりは、警察じゃどうにもならんわ」 「ま、自分から言っておいてアレですけど……警察に出来ない事をするために、俺みたいのがいるんですしね」 「京太郎は身軽やもんなー」 「逆に不便もありますけどね。……どこまで行っても、私立探偵ですから」 「ま、そのために俺がおるんやけどな」 「……これ、警察と民間業者の癒着になりませんかね?」 「なら、コーヒー経費で落としにかかるか?」 「まさか。駄目ですよ、お巡りさんが法を犯しちゃ」 「俺らは取り締まる側やもんな。……今なら笛吹のおっさんが言ってた気持ちがよー分かるわ」 「まだ口煩いんやで、あの人」――とセーラが笑う。 どうやら件の眼鏡の警視(今は警視長で部長である)は、直接の上役である。 しかしその笑みが満更ではなさそうなあたり、いい関係なのだろうと思う。ひょっとしたらいずれ彼と結婚するかもしれないな――なんて。 まあ、十三歳差は色々ヤバそうだが(確実に男に向けられる目が)。 そうなったら、出来る限り祝福しようとは思っている。 (……和か) 失踪した少女の外見。そして、その姉の名前は京太郎の胸に言いようのない寂寥感を齎す。 結局あれから十年、京太郎は清澄メンバーを探せず終いだ。 探す手段など山ほどあるし、己が探偵業をしているというのもそう。だけれども手を出しがたい。 どこかでやはり、失うことへの無意識的な忌諱反応があった。正確に言うのなら、失ってしまったと明確に分かってしまうことへの。 どうにも感傷的な性質は抜けない。 それでも前ほど浸らなくなったのは大人になった証か。それとも単に、こうして人は痛みに鈍くなっていくのだろうか。 なんて思考を即座に打ち切る。 それよりはこの少女を見つけ出す事が先決で、彼女の姉の不安を拭う事が何よりも優先されるべき事。 「それで、どうするん?」 「そうですね……当座は聞き込みしかないですね。現時点じゃ情報が足らない」 「って言うと、街の情報屋と……それとこの、青山士栗の家族か? 俺らの方でも話は聞いとるんやけど……」 「俺の方からも、改めて聞いてみたいんですよ。……あとは学校の担任ですかね。クラスメイトから聞ければ万々歳だけど」 「中学生相手は、難しいな。そこは京太郎の腕に期待ってとことして……担任って言うと――」 天井を仰ぐ江口セーラ。 考えるのは不得意と言っている彼女であるが、それは「意味もない事を考えるのが苦手」であって、大事な場所は外さない。 特にこの手の仕事に関わる事、事件に関わる事なら猶更。 まさか担当教諭の名前を忘れているなどという事はないだろうが――。 そこで彼女は、詰まっていた骨が取れたかのように目を開いて、手を叩いた。 それから発せられた一言は、京太郎を驚愕させるには十分すぎる言葉。 「あれや。原村和やった、そうそう」 「――――。はらむら、のどか」 「な、教師と姉の名前が同じなんておもろいなー。事件が事件なだけに笑えんけど、おかしな偶然もあったもんやな」 そこから先の、彼女の言葉は耳に入らない。 幾度となく京太郎の頭の中では、セーラの発した言葉がリフレインされているから。 原村和が生きていて、いつの間にか教師としてこの街で働いており、そして――今回の事件の関係者。 生きていたのなら、せめて連絡の一つでも入れてくれたらよかったんじゃないだろうか。 ――――これは京太郎も同じだ。和に対して自分の生存を伝えてない。 どうして巡り合う事がなかったのか。 ――――これだけ狭くて広い街だ。自分と職業が異なる彼女が、出会う確率というのはそう高くない。 とにかく彼女は元気でいるのか。 ――――教師をやっているのだから、そうに決まっている。 いくつもの問答を頭の中で行い、それを咀嚼し、同時に混乱し、そしてまた咀嚼するというルーチンワーク。 思う事は沢山あるし、言いたいことだって聞きたいことだって同じだけ。 彼女の十年、自分の十年――何があったのか、是非とも話してみたくて一杯になる。 だけどもそこで、自分を諌める。 確かに感傷的な性質であり、どうにも非情に徹しきれない一面もあるが――これは仕事だ。 実際に年頃の少女が一人失踪している。そんな事件。 その最中に私情を交えて思い出に浸り、過去に酔うなどとという事はあってはならない。 終わった後でいい。 この少女を見付けて真相を突き止め、それからの話でいい。 「……セーラさん」 「ん、どした?」 「アポイントメントを取って貰えますか? 青山和と、原村和それぞれに」 「……せやな。俺も同行した方がええかなって思っとってんねんけど、これからちょっとやらなきゃアカン仕事があるし……任せてもえーか?」 「一応、警察からの紹介ってことにしてください」 「りょーかい、や」 「まずはこの事件を見極めないと……これがただの家出なのか、事件に巻き込まれているのか。それとも……」 「……“そっち”の可能性にしても、件の士栗ちゃんがどうなってるかによる――ってとこやな」 「ええ。下手したら、被害者ではなく既に加害者のパターンもあり得るんで……。そこを見極め損ねると、最悪になる」 失踪者の探索に於いては、むしろそのパターンの方が多かった。――これまで京太郎が見てきた数々の事例では。 初めてそれに出会ったのは、探偵業もある程度続いてきたと思ったその日。 横流し品であるガイアメモリを使用したドーパントが起こす怪事件、或いは時より迷い込む逸れイマジンに当たるために探偵になった。 そんなある日だ。 音信不通になってしまった恋人を探してほしいという、そんな依頼。 仕事自体はいつもと変わりない。 かつて作った人脈を生かし情報を集め、そして推理して行動を類推する――それだけの話である。 しかし、いつものように進まない。まるで網に掛からない。 不審に感じた。人間というのはある程度の行動のパターンを持つはずなのであるのだが……。 そのあたりで、事件性が高いと京太郎は判断した。 初めは――言い方は悪いが、そのような強制的な自然消滅での破局という形を選んだというのもあり得るから。 しかしそれでも、全く以前の思考と同じ行動を行わないというのはあまりにも異常過ぎた。 監禁か、それともともすれば死亡しているか――それも考慮に入れるべきだった。 そして、まるでその人物と関係のなさそうな場所で遭遇したその女は――恋人である男から聞いた人間とは大きく異なっていた。 怪物に姿を変え、人を襲おうとしていたのだ。 ドーパントとは異なる力の持ち主。大きく隔たる怪物。 地球上の伝承の内にしか存在せず、この星にそのように刻まれた記憶はない。 となれば、契約した誰かのイメージによって実体を得る怪物イマジンか。 しかし――イマジンか、それとも……。 その時は辛くも撃退に成功したが、撃破には至らなかった。 それから京太郎は、問いかけた。 イマジンと言えば――彼女しかいなかった。 「お久しぶりです、小蒔さん」 「お久しぶりです、京太郎くん」 神をその身に降し、人と神を繋ぐ憑代となる巫女。 そんな生まれ持った特性と共に――彼女は“時を記憶する特異点”として、時間を守るために戦っていた少女。 心優しく、そして強い女性であった。 たとえ弱くとも、恵まれなくとも、運がなくとも何かを諦める理由にはならないと――そんな信念で戦った女性。 彼女は卒業と同時に、生家である霧島神宮へと戻っていた。その眷属である六女仙と共に。 そして以前と同じく、心霊的な事象の相談を受け付けていた。 その時に彼女は、ある事例と出会う。すなわち――。 「……ファントム?」 「ええ……。人の希望を喰らい、絶望へと導く――そんな怪物です」 魔力を持つ人間=ゲートの心にある希望を全て破壊し、絶望の淵へと叩き落とす事で――人はファントムと言う魔人として再臨。 ファントムは同族を増やすために人を襲い、人々の希望を踏みにじっていく。 それが去った後に遺されるのは絶望。希望という名の苗は枯れ果て、掘り起こされ、刈り取られる――心の終焉。 麻雀に於いてのオカルト能力というのは、ある種魔力に通づる――――というよりも、どちらも不可分なほど似ているし、ともすればオカルトというのは魔力の発現の形。 例えば神代小蒔はその身の上に神を降ろすし、姉帯豊音はその身の内に魔を飼っている。 どちらが先なのかは判らないにしても、とにかく通じ合うものらしかった。 「……なるほど」 「私たちは運よく、ファントムに変わる前の人を助ける事が出来ましたが……ですが」 「そんな力もないし、オーズとしての力を失ってる俺じゃ――太刀打ちできない、って言いたいんですよね?」 「……はい」 元より除霊などの超自然的な力を持っていた小蒔たちだ。 希望を砕かれ、あわや絶望に飲まれようとしていた被害者を助ける事ができたのは――彼女たちが、以前より手にしていた力の為。 勿論、京太郎にそんな力はない。ある筈がなかった。 それどころか京太郎は――オーズという、小蒔やセーラと共に戦っていたときの、欲望を力に変えて戦う戦士としての力を失っていた。 欲望と希望というのは、実に似ている。 生きるうちに何かを手に入れたいと思う事や、或いは守りたいと言う事――つまり自分の希望を叶えたいと思うのは得てして欲望。 希望と絶望が不可分のように、希望と欲望もまた密接に関わっている。 かつてオーズとして戦っていた京太郎は、欲望の強大さを知っている。 その力は容易く空間を引き裂き、雷を巻き起こし、音を置き去りにし、瀑布をしたため、重力を操り、火炎を撒き散らした。 地球上のあらゆる兵器の及ばぬ――人間の力では並ぶこともできないほど強大なパワー。 ならば、そんな希望と天秤の真逆に属している絶望――そしてファントムの力は、推して知るべし。 しかし本質は、そこではない。 小蒔のような力があれば、絶望に飲み込まれかけた人を救う事が出来る。 或いは失ってしまったオーズの力があれば、もしかしたら希望が全て失われるという事に歯止めをかけられたかもしれない。 でも――そのどちらも、京太郎にはない。 「だけど……小蒔さん。俺は、仮面ライダーなんです」 「……」 「たとえオーズとしての力を失っていても……俺はあの日誓ったんです。最後の希望だ、って」 「……京太郎くん」 「だから……、絶望なんてものがあるなら――――誰かから希望を奪い、絶望を与えようとする奴がいるなら……」 「……」 「俺は、戦う。須賀京太郎として……、仮面ライダーとして……」 この身一つになっても、悪と闘う――。 勿論、自殺願望はない。あくまで心構えの話だ。簡単に死を選べるほど、須賀京太郎の命は安くないのだ。 交わした約束もあるし、護りたい人間だっている――何よりも自分自身、死にたいはずがある訳なかった。 だけどそんなのは、皆同じだ。 ドーパントに襲われる人間。イマジンの改変によって消滅する人間。ファントムに陥れられる人間――皆京太郎と変わりない。誰もが明日を望むのだ。 だからこそ、護りたい。 仮面ライダーオーズの力があろうとなかろうと、そんな気持ちは変わらない。 人間の自由と尊厳を踏みにじり、舌なめずりをして牙を光らせる――絶望をほくそ笑む悪魔など、許せる筈がなかった。 「……相変わらずですね、京太郎くん」 「すみません……でも」 「うん、いいのではないでしょうか。京太郎くんらしくて――素敵だと思いますよ、私は」 「……ありがとうございます」 困ったように零す彼女に、苦笑で返す。 相変わらず、神代小蒔という人は――京太郎にとって姉のような人だった。 弱いからこそ、強さを諦めない。 逆に、強さを言い訳に何かを捨てる事がない――そんな、尊敬できる女性だ。 「では、二つほど――簡単にそちらに行くことができないので、京太郎くんに気を付けてもらいたいことがあります」 「なんですか……?」 「京太郎くんでは、《絶望による崩壊》が始まってしまったとき……止める事ができません。だから、その前に食い止めないと」 「早期発見、早期解決……判りました」 「それと、くれぐれも無茶はしない事! 言い方は悪いですが……そうなってしまった時には、諦める事も考えてくださいね」 希望を満たされ、絶望を与えられた時――正しく卵から雛が孵化するかの如く、ファントムは生まれる。 そしてその、殻であった人間は罅割れて、そして弾き飛ばされ死に至る。 比喩ではなく、現実としてそんな現象が巻き起こるらしい。物理的に。 除霊などを用いれば、ともすればそんな現象は止められるらしい――だが。 「……小蒔さん、探偵ってのは――――諦めが悪いんですよ」 「京太郎くん!」 「……。……そういう小蒔さんも、もう電王として戦えないんじゃないんですか?」 「……私はまだ、ライダーとしての力がなくなっても――モモさんたちと別れても、払う事が出来ますから」 「……。……まあ、二つとも分かりました。憶えておきます」 その時の会話を思い返す。 あれからも、時間が経った。時折彼女と連絡は取っている。 その中で判った事だが……何とも皮肉なことに、イマジンやドーパントの存在が、ファントムへの対抗手段となってしまっている事実があった。 イマジンは願い=希望を叶える。 つまりイマジンにとって希望を破壊されると言う事は――破壊するファントムというのは、利益を損なわせる敵。 宿主がファントムに変化してしまったら――言わばイマジンと契約した、人としてのその人物も死する為――彼らにとっては邪魔者なのだ。 戦いは以前よりも、複雑さを増していた。 倒すべきかそうじゃないのか――そんな判断すら、綺麗に決まる事もない。 「それじゃあ……あとは任せてええか?」 「ええ。……まぁ、逆にこっちが後で頼る事になるかもしれないですけど」 「ははっ、なら――お互い様って奴やな」 「ですね」 笑いあいながら、手を上げて別れる。 直後に会計を済ませた京太郎は、歩きながら方針を作り上げていた。一刻も惜しい。 情報は得た。 ならこうしている間にも、事件は動き出しているのだ。速やかに行動に移るほかあるまい。 件の青山士栗がもうファントムとなってしまっているのなら、新たな犠牲者を生まぬ為にも――。 或いは、青山士栗がファントムに狙われているのならば、一刻も早く彼女の身柄を確保する為にも――。 (……ってなると、和か。すぐにでも家族に面通ししたいけど、いきなり俺一人で行くよりは担任でも一緒に行ってくれた方がいいよな) 心理的な警戒の度合いだ。 和は京太郎と以前の知り合いであり、また、教師だ。仕事上の関係以上の気持ちを生徒には抱いているであろう――それが都合がいい。 警察からの紹介で来たと言ったならば、おそらくはすんなりと受け入れてくれるはず。 だが、失踪者青山士栗の姉はそうもいかない。 身内が居なくなった異常事態への動揺もあるだろう。そんなところの、「警察の紹介だ」と私立探偵がやってくる。 間違いなく――いくら専門家だと言ったところでも、不信の目は拭えないであろうし、ともすれば警察が丸投げしたとも思うはず。 そこに、担任の教師が居れば多少なりとも反応は変わるはずだ。 少なくとも一人でホイホイと顔を出すよりかは、よっぽどマシだ。 (それにしても……二人とも和って、なんか紛らわしいな) のどっちだけに、どっちも。 なんて言っても笑いが返ってくる筈はない。或いは新子憧なら、「馬鹿じゃないの?」と頭を叩いてくるだろうか。 そんな彼女の様子を思い返して笑いを零し、心を落ち着けたところでイグニッションキーを捻る。 目指すは、スマートブレイン学園中等部だ――。 ◇ ◆ ◇ 一歩ごとにリノリウムの床が、来客用スリッパと相俟って張り付くような音を立てる。 スマートブレイン学園中等部。 清潔な校舎。内側の壁は白く落ち着いていて、単なる学び舎というよりはもっと高尚なものを感じさせるほど。 ただ今は授業中。時折にぎやかな笑い声が響いてくる。 アポイントメント自体は、すんなりと受け入れられた。警察からの依頼――勿論前後関係を明かした――ところ、教頭から、逆に頼まれた。 どうにも話を聞く限り、青山士栗というのは悪い遊びに手を出すような人間ではないらしい。 それだけに教師としても事件性を心配している――調査については、向こうから申し出たいほどだと。 或いは、卒業生だけに警察よりも融通が利くと思ったのか――まあ、互いに悪い話ではなかった。 校舎を見て回る。 授業中である為、特に得られるものが多い訳ではないが……。 雰囲気としては、京太郎の知る普通の学校に近い。この街での普通と言うのは、他と異なっているが……それにしても。 特段校舎内で喫煙や飲酒、或いは合法・非合法のドラッグが蔓延していると言った様子はない。 まあ、どこにでも跳ねっ返りやカーストというのはあるもので、それはこの学園にしても例外ではないだろうが――。 一先ず、荒れてはいない。 それが確認できただけで、いいだろう。 それから、元の応接室に戻る。 離席していた原村和は、折よく今日は授業が入っていないらしい。 その呼び出しまで待っていてくれという話だったが――生憎と断って、こうして校舎を見回る事に決めた。 若干の警戒を滲ませながらも了承した教頭は、とにかく早期の解決を願っているようであった。 そして、扉を開いたそこには―― 「……えっ。……もしかして、探偵というのは?」 「久しぶりだな、和」 軽く手を上げて、笑いかける。 その鳶色の目を見開いていた彼女――桃色の髪を一房、側頭部にて赤いリボンで結わえて、腰まで伸ばしていた女性=原村和は、応じるように小さな笑いを零した。 相変わらず、いや、ますます美貌に磨きがかかっているようであった。 当時はどちらかと言えば温和な、護りたいという印象を受けるような表情であったが……今はそこに年相応の静謐さが含まれている。 なるほど、教師だと言うのも分かる責任感に満ちた顔つきだ。 長らく顔を合わせていなかっただけに、彼女に対する印象の変化に、些か戸惑うものが残るのもまた事実だ。 その、特段一目を集めるであろうスーツの上からも分かるほど盛り上がった乳房の前で、祈るように両手を握った和が窺うように眉を上げた。 「須賀君……そちらこそお元気でしたか?」 「まあ、それなりに。……和の方は?」 「元気……と言えたら、よかったんですが」 ま、だろうな――と思う。 生徒の突然の失踪に、眉を顰めぬ教師がいるはずがない。 互いに言いたいことは色々とあるものの、肩をすくめて手帳を取り出した。 早速、仕事に取り掛かるとしよう。 「……じゃあ、素行的には問題がなかったのか」 「はい。……青山さんに限って、悪いグループと付き合っているとか、夜遊びとかは。連絡を入れない、というのもおかしいです」 「そっか、ありがとう。……なるほどな」 つまりいよいよ、ファントムがらみである線は濃厚になってきた訳だ。 或いはドーパントの犯罪者に捕まったか、それともイマジンとの契約の影響で――その願いに絡む被害者となったか。 もしくは単純に、犯罪に巻き込まれたか。 なんにせよ、事件性が高いと認めざるを得ない。喜ばしくないことに。 「何か、悩みとかはあったりしないか? 家庭環境とか、校内のグループとか……勉強とか」 「……いえ。いつも快濶としていますね。友達は、特に仲が良い子が二人ほど」 「運動が苦手とか、そういうのは?」 「……体育教師顔負けです。元々は、私たちみたいに長野で育って……山で遊んでいたそうなので」 「山育ち、ね……どこも一緒なのか、山育ち」 「え?」 「いや、こっちの話」 そう言えば京太郎の知る限りでもかなりの身体能力を持っている高鴨穏乃(山育ち)と、和は友人であったと聞く。 ちなみに高鴨穏乃は新子憧の友人で、原村和も同じだ。小学校の一定時期から中学校なので、幼馴染に近いかもしれない。 憧からは、「元々麻雀で全国大会を目指したのも原村和と再会するため」だとか。 ……教えてあげたら、彼女も喜ぶかもしれない。原村和が生存していたことに。 「どちらかと言えば、正義感も強く……負けず嫌いな方で」 「負けず嫌い……か」 負けず嫌いな人間――いわば困難の内に合っても好戦意欲を保てる人間というのは、本質的に強い。 それが生来的な資質にせよ、あるいは後天的な環境にせよ、得てしてそういう人間というのは悩みがあっても自分で乗り越えられる。 或いは、障害というのは突破するためにある――だなんて嘯くかもしれない。 となると、人間関係による悩み。修学に対する悩み。ないしは健康に関する悩みというのは不適当であろう。 彼女を絶望させるとしたのなら――きっと手間だと思う。 資料にあったが、彼女の祖父の一人はノルウェー人、だそうだ。 士栗という中々一般的でない名もそのあたりに由来していて、それが故に衝突や軋轢というのも少なからずあっただろう。 そのあたりで排除されるというのも、あり得ない話ではない。 「その、間違っていると思ったのなら……或いは上級生とも衝突する事もありますが、基本的に優しい子で」 「……」 「そうですね。……喧嘩していたはずなのに、ちょっとしたらその相手と笑い合ってるというのもあります」 「……なるほどな」 話だけ聞くなら、皆に愛されている娘だろうが――。 特に仲が良いのが二人――という言葉には、多少なりとも引っかかる。 逆に言ってしまうなら、皆の輪に溶け込んでいる訳ではない……という言葉の裏返しともなるのだ。 まあ、額面通りに受け取っても問題ないかと考えてみる。 聞いたところの人物では、たとえそんな状態でも絶望しきることはないだろう。 別に、友達が百人いるから孤独でない訳ではない。 話す相手も遊ぶ相手も多いが孤独感を味わっているという人間もいるし――逆に、一人でも平気な人間はいる。 単純な数では、図れない問題だ。 ただ、正義感の強さと人間性の良さが、友人関係を保障してくれる訳ではない。 特にこの時期はそうであるが、中学生ほどの多感な年齢に於いて、“正しさ”は即ち“良さ”とは結びつかない。 逆にそんな“人の好い”態度で在ったり、“正義感”が疎まれるという話も、往々にして成り立ちえる。 もっとも、京太郎は別に学習指導の専門家ではないし――。 担任教師であるのがこの原村和である限りは、それが故に排斥されているというのは特に考えずともよいか。 特に和も、その青山士栗ほど活発ではないものの……似通ったところのある少女であったし。 「……よし、分かった。頼みがあるんだけど、いいか?」 「なんでしょうか? 私に出来る事で、青山さんが見つかるなら――なんでもします!」 「……じゃあ、その青山士栗の家族のところに行きたいんだけど。付いてきて貰えるか?」 「判りました。今すぐ準備しますけど……その」 教頭に伺いを立て、了承のサインを貰って部屋を出る和。 静かにメモを取り出して、青山士栗に関する情報を改めて整理する。 こうしていると確かに、家族や周囲が受ける衝撃は相当なものであったろう。今のところ、自分から失踪する理由が見られない。 ――或いは、彼女本人ではなく彼女の周囲にゲートがいるのかもしれない。 そう考えながら京太郎は、メモ帳を閉じた。 ファントムは、ゲートを絶望させるために手練手管を用いる。 そのために無関係な人間を攫う事や、或いは殺す事など毛ほどにも思っていない――どころか必要と褒め称えるだろう。 ならば、士栗本人ではなくたとえばその友人や姉がゲートという可能性もあり得た。 聞く限りでは身体能力に優れる為に、単純なる事件に巻き込まれたという可能性が減っていく。 何事も決めつけるのは、探偵としてご法度であるが……。 それでもこうして様々な証拠が並べ立てられるに従って、京太郎の内で、ファントム絡みではないかという思いは強くなっていくのだった。 「須賀君は、どうして探偵に?」 「……んー、まぁ色々あったけど。それでも、なんか困ってる人の役に立てたなら、それっていいよなーって」 「……須賀君らしいですね」 「和は?」 「私の将来の夢は、小学校の先生かお嫁さんだったんですよ?」 「本当か!? もっと、バリバリ両親のあとを継ぐか……麻雀プロにでもなるのかと思ってたけど」 「……どんな目で私の事を見ていたんですか?」 ハハハ、と力ない笑いで返す。 到底男に興味がある風ではなく、目下気になっているのは麻雀のみ――というある種のストイックさの持ち主。 ただ、だからと言って感情に乏しいとかコミュニケーション能力に難があると言った事はなく、京太郎とも普通に接していた。 あと、実は、私服は少女趣味で……麻雀の最中にも、エトペンと呼ばれる縫ぐるみを膝に抱いて卓に臨んでいたので、そういう面はあるのかも知れなかった。 なお、当時京太郎はそこはかとなく和の事を「いいな……」と思っていた。 明らかにスタイルが良く、美人で、おしとやかで、何かの真剣さや信念を持っていたからだ。 ……まぁ、あのオカルトに対して頑なな態度は、内心どうかとも思ってたが。 それも、昔の話だ。 「結局は中学校の先生になっちゃいましたけど……これも、いいものですね。誰かに、何かを教えるっていうのは……凄く」 「へー、まぁ……清澄のときも、和には何回か教えてもらったよな」 「……ええ。随分ともう、昔のことになってしまいましたけど」 しんみりとした言葉に、京太郎は唾を飲み込んだ。 やはり――思い出を思い出として消化する為に、彼女は過去との関わりを絶ったのだろうか。 そうして整理をつけて前に進もうとするのが、和なりのやり方なのかもしれない。 小さく喉を鳴らして、そんな空気を払拭する為におどけて見せる。 「それにしても、先生か……俺は逆に教えられてばっかりだな」 「探偵さんなら、確かに教えて貰わないとどうしようもないですよね」 「そうなんだよな。……なんか、いつまで経っても生徒みたいだよなぁ」 「ふふ、なら課外授業でもやりましょうか?」 女教師、原村和。 眼鏡を上げて、しかも何故かセーラー服で――と。なかなか魅力的な提案だ。 が、残念ながらその申し出を受けるわけにはいかないし……。 ましてや仮に、よしんば冗談で飛ばしたところで……憧から「浮気とか信じらんない。最低!」と言われるだろう。 ひょっとしたら、殴られるかもしれない。それは御免だ。思った以上に、憧の拳は痛いのだから。 「それじゃあ、部屋の方を見せて貰っても?」 原村和同じく、和という名前の少女の姉――青山和に頭を下げる。 やはり、青山士栗が和に似ていて……そしてその姉妹だけあって非常に、二人とも似ていた。 服装を変えれば、親しい人間以外は騙せるのではないだろうか――などと思うほど。 これが映画や演劇の世界だったら、一々演じる役者が大変だろうな……なんてくだらないことを考えるぐらいに。 きっと巧みにカメラワークを駆使して、上手いところ二人が同じところに立つシーンを撮影するであろう。 「須賀さん……あの」 「……大丈夫です、青山さん。妹さんは俺が必ず見つけ出します」 しっかりと目を見て――これは本心だ。 多分、探偵だろうと探偵でなかろうと変わらないだろう。 頭を下げて、二人を連れて士栗の部屋へ。 男が無断で少女の部屋に入ると言うのは――――今は緊急事態である為、仕方ないにしても――――あまり褒められた行為ではない。 その姉が付いてきたいと思うのは当然であるし、手持無沙汰になる和が同行するというのも頷けた。 本当のところを言うなら、仕事である以上は他の介在をさせたくないものであるが……。 家族の反応や、円滑な捜査の為であったなら受け入れるしかない。 そのあたりは、警察と違って強気には出られないのが悲しいところである。 士栗の姉から、解説を受けながら部屋を除く。 年頃の少女という割に、あまり少女趣味が見られるものは少ない。 唯一と言ったら……デフォルメした白猫の上半身に、白蛇の下半身を合わせた縫ぐるみ――確か、セアミィと言ったか。 以前見覚えがあるこれ、実は流行っているのだろうかなんて考えながら視線を移す。 ……特に、一際強く景色に映り込んだ物体に。 「これは……舞姫コンビのポスターか」 戦友――白水哩と鶴田姫子は、麻雀プロになっていた。 あのとき背負わされた十字架を乗り越えて、見事彼女たちは新しい人生を獲得した。 テレビに映り日本中に広められるその姿は、言わば人々の希望である。 そんな彼女たちは京太郎の誇りであり、一片でも彼女たちの人生に関われた事もまた、誇らしい。 同時にプロになったのは、片岡優希と南浦数絵。 彼女たちも――コンビ。それも、哩と姫子と同じ立場である。 そこらへん、何とも因縁深いんだな……と思う。この間だって、コンビ麻雀戦で鎬を削っていた。 どちらが日本一のコンビか、それを証明しようというらしい。 しかし、これが意味するところに――京太郎は半ば背筋が寒くなるものを覚えた。 ファントムは、ゲートと呼ばれる人々を絶望させ、ファントムを生み出そうとしている。 そこでは人の希望を踏みにじられることが当然の如く発生し、その為の姦計が張り巡らされる。 となれば。 青山士栗が哩と姫子のファンだとするなら――彼女を絶望させるために、哩と姫子に魔の手が及びこともあり得た。 しかし、当人にとって容易いものであってはならない。 まさに絶望を与える為の乾坤一擲で、相応の希望でなくてはならない。 故に、青山士栗にとってどこまで哩と姫子が重要であるか――という話だが。 「……やばいな、これ」 部屋を見渡した。 その限りで存在していたのは、舞姫。或いは都市伝説の本。 そこまで調べているのか――相当にコアだと、京太郎は小さく笑いを零した。 白水哩と鶴田姫子は、かつて仮面ライダーWと呼ばれる戦士だった。 彼女たちは、自身らを攫い改造したミュージアムへの復讐の為に戦い、その途中で京太郎と衝突した。 紆余曲折の末に、彼女らと手を取る事になった京太郎は――お互いを助け合い、そして囚われていた哩と姫子の友人を救出した。 同時にまた、京太郎が絶望に飲まれかけたときに、彼女らに助け出されたと言うのもある。 かけがえのない仲間だが――今はそこはいい。 ミュージアムと、そしてそのミュージアムが販売する怪人製造機のガイアメモリ。 ガイアメモリが生み出したドーパントという怪人と戦う際に、彼女たちが用いていた方法。 それは、依頼と検索。 先ほどコンビ麻雀プロとして話題に上げた、南浦数絵=地球の本棚――検索エンジンの全地球版だと思ってほしい――が検索をかける。 その対象は、この街にある森鴎外の舞姫。 被害者或いは相談者が舞姫に助けを求める紙を挟む事で、彼女たちは事件を知りドーパントを調べ、そして戦闘する。 曰く――経験を積むためというのと、ミュージアムに自分たちの存在を知らしめるため。加えるなら、ミュージアムの被害者を減らすためだそうだ。 まさか、そこまで知っているとは――。 つまりは哩と姫子が仮面ライダーであると確信には至っていなくとも、彼女たちと「舞姫」そして「仮面ライダーW」に辿り着いているとは。 これはちょっとしたファンでは難しいだろう。相応に、熱意を持っているという事。 確かに、この学園の都市伝説を調べれば「舞姫と怪人と仮面の男」に行き着くのは難しくない。 哩と姫子はこの学園の出身であるから――そこから辿れはするだろうが、関連付けるというのは些か困難。 「……悪いな、和。――ってああ、違います、青山さんの方じゃなくて」 「なんでしょうか?」 「ちょっと心当たりが出来たんだ――悪い、急がなきゃいけない」 「判りましたけど……その……」 不安げに瞳を揺らす和に、頷いて返す。 「何か判ったら、そのときは連絡する。――青山さんにも、勿論」 どこまで話していいのか――そんなのは、その時に考えて決める。 帽子を改めて被り直し、そのまま飛び出した。同時に、スマートフォンを操作して連絡。 これから向かう、仲間のところへ。 そして、事件を共に解決する立場である、新子憧と江口セーラのところへ。 「すみません、あの、俺です! 京太郎です! ちょっと二人にお願いがあるんですけど――」 幸いにして、電話はすぐに繋がった。 麻雀プロというのは人気職業であり、簡単に掴まったり予定が空いたりするものではない。 この街に来ていて――そして、イベントに臨んでいると言う事だった。 何とも実に、都合がいい。 あとは――逆に言えば、チャンスであるがピンチとも言えた。 青山士栗がゲートであるなら、その希望ともいえる白水哩と鶴田姫子が狙われる可能性だって、格段に上昇する。 こうしている間にも、彼女たちは襲撃を受けるかもしれない。 イグニッションキーを勢いよく捻り、ヘルメットのバイザーを降ろすとともに急発進。 あまり褒められた方法ではないが、とにかく今は――先へ。 ◇ ◆ ◇ そして京太郎がその場に駆けつけていたときには――既に事件が起こっていた。 逃げ出してくる人の波。 時折車道に食み出そうとしているそれを躱しながらバイクを走らせるが、しかし京太郎が回避したところで渋滞は生まれる。 思ったほど、バイクが進みそうにない。ここが限界か――と臍を噛む。 赤信号、止まるタクシー。鳴らされるクラクション。急ブレーキのトラック。 倒れる自転車の女性。何事かと呆けるコンビニの店員。首を傾げる大学生に、サラリーマン。 人の群れが逃げ出してきたその方向は、公園。 公園でイベントをすると言っていたので――間違いなく、白水哩と鶴田姫子が狙われていると考えてよいだろう。 どうするか。 公園の大きな石畳の通路には、未だに人の流れが出来ている。 よしんばバイクを降りたとて、この流れに逆らうのは一苦労だ。 ……仕方がないと、溜息を漏らす。 「……悪いな。見逃してくれよ」 誰に対するわけでもなく呟き、バイクを急加速。 後輪の爆発的な膂力に逆らわず、ハンドルを引き上げウィリー。そのまま、公園を囲むフェンスを飛び越える。 着地しようとしたその瞬間――完全に現れる木の枝を、頭をよじって回避。 落ち葉や枝が形成した腐葉土が、バイクの衝撃に耐えかねて盛大な煙を上げた。 構わず疾走。 枝にハンドルを取られそうになりつつも、車体を捻ってバランスを。 林を走行する自分を尻目に、批難を続ける人々の先を見る――おそらくは、あのあたり。 (――哩さん! 姫子さん!) ――居た。 グールと呼ばれる、ファントムの持つ尖兵。 正しく石と言える体色の所々に金色のラインを入れた、怪人。その額には金の角が二本覗き、顔にはスリットの入った仮面。 その無表情さこそが、何よりも雄弁に人間と彼らの間を隔てている。 対するは、二人の女性――白水哩と鶴田姫子。 白水哩は深緑の長髪を、向かって左側だけ垂らしている。背後で二つに結んだ髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。 麻雀プロとしていても、昔培った戦士としての勘は薄れてはいないらしい。 相手の持つ武器を奪い取り、巧みに立ち回っていた。その真紅の瞳が、凛として灯る。 相変わらずの短いスカートから除いた上段蹴りが、グールの頭部を弾き飛ばしていた。 「部長!」 哩に迫った槍の穂先を、横から蹴りつける一つの影。 鶴田姫子――赤色がかった茶髪のセミロング/薄緑の瞳/長い下睫毛が小悪魔的な風情を浮かべる。 相も変わらず袖口を弛ませた灰色のカーディガンから、指先が外界と僅かに触れ合う小さな手。 その手が、グールの顔面を真芯でとらえるが……ほんの少し身じろぎしただけで、未だ顕在。 奮戦虚しく、やがて追い詰められる。 さながら古代ローマのアリーナを小さくしたかのようなステージの隅へ。 そこへ、京太郎のバイクが躍り込んだ。 二人を追い詰めようとするグールを跳ねのけ、バイザーを上げる。 「……お待たせしました」 「京太郎!」 「きょーたろ君!」 「あとは、俺がやります!」 バイクの衝撃にも健在なグールを見て、京太郎は好戦的に頬を釣り上げた。 <BGM: 「ハードボイルド」 https //www.youtube.com/watch?v=PMw0f8znD7k> 「握手会なら後にしてくれ。忙しいんだ」 呟いた須賀京太郎が、懐から取り出したるのは――異形の銃。 赤を基調とした、角ばった近未来的な拳銃。ともすれば玩具や映画の撮影道具にも思えるだろうそれ。 グリップとトリガーの手前には小窓。その先には、アサルトライフルのマガジンを思わせるような斜めに生えた突起。 しかしこちらもまた、銃口である。 たった今火を噴いた黒い銃口の斜め下に存在しているそれは、連動するギミックを搭載し、京太郎がその気になれば即座に爆裂するだろう長方形。 哩と姫子を背後に庇い、京太郎は単身グールの群れに踊りかかる。 右手の内で暴れるマグナム。放たれる弾丸が、グールの胸で跳ねた。 怯んだそこに浴びせられるのは、左足での痛烈な回し蹴り。 グールの頭部を跳ね飛ばし、しかし止まらずに半回転。迫る右の踵が、よろけるグールの側頭部に突き刺さる。 迫り来るグールに、敢えて京太郎は近寄った。 繰り出される槍の横薙ぎを潜り避けて、相手の左足の甲に射撃。 砕ける装甲。呻くグールに構わず殴りあげ、後続のグールに叩き込む。 さながら、プロレスの試合で弾き飛ばされる相方に巻き込まれたパートナーよろしく、揃ってロープ際――壁へと追い詰められる。 瞬間、京太郎は転身。 銃を放り投げ、右手で背後のグールの槍の側面を叩いて攻撃を往なし――左アッパー/右フックのワンツー。 踏鞴を踏むグールに背を向けて、落下するマグナムを右手で受け取り――ダブルタップ/トリプルタップ。 脇の下を通して、標的を視界に収める事なく連続射撃。その目は、新たなグールを捉えていた。 前方から襲い掛かるグールの拳を、首を捻って躱す。薄皮一枚。 直後に胴体に接射。一切の距離なく弾ける弾丸に、突き動かされるグール――目掛けて米噛みへの左の肘打ち。 返す刀で裏拳を浴びせ、続いて顔面での接射――電流が走ったように震えた後、沈黙するグール。 「うおっ、っと」 袈裟懸けに振り下ろされた、右腕が肥大したグールの一撃。 バックステップとダッキングを駆使しながら――躱す/躱す/躱す/躱す/躱す。 その間も腰だめで、さながらダンスの為の演奏が如く砲声を上げるマグナム。 機先を制し、初動を殺し、速度を砕き――偏に京太郎が回避しているのも、これが理由。 積み重なるダメージに、グールの膝が居れた。 そこへ飛びかかる、両足での飛び膝蹴り。 さながら肩に跨るかのようにグールの顎を打ち砕き、同時に挟み込む形で両肘が振り下ろされる。 人間なら頭蓋が陥没するだろう衝撃に、たまらずグールは膝を折る。 飛び退いた京太郎のステップからの痛烈な横蹴り。壁際から復帰しようとしていたグールの真ん中に躍り込み、そのまま彼らを引き倒した。 そして京太郎が懐から取り出した長方形の――ガイアメモリ。 クリアーな赤のボディに刻まれているのは、爆弾を思わせる「B」の文字。 これがボムメモリ。仮面ライダーオーズとして戦う力を失ってしまった京太郎の、切り札。 確かに生身で彼らとやり合うのは、無謀が過ぎる。 一撃でも受ければ――ともすれば骨が砕け、肉が裂かれ、それだけで絶命する。上手く受けたところで、痛烈な打撲は間違いない。 また彼らの装甲は、拳銃弾をも通さない。 言うまでもなく生身の拳では、人類最強のヘビィ級ボクサーとて拳銃弾並み。 しかも拳の面積は弾丸のそれよりも広いので、貫くと言う意味では拳銃に足らない。 言うまでもなく京太郎は、ヘビィ級ボクサーでもなければ人類最強でもない。 その身の持ちうる攻撃を動員しても――最も強固で鋭い肘骨や膝を打ち込んでも、破壊力には開きがある。 しかしながら、怪人からの攻撃を受けて絶命しないためには――ただ躱せばいい。 当たらなければどうということはないという真理。 縦横無尽、変幻自在に緩急を織り交ぜれば、たとえ生身に出しうる速度だとしても惑わせてこれを回避するには十分。 そして生身で敵の装甲を貫けないのなら、武器を持てばいい。 それがこのマグナムであり、そしてこのガイアメモリだ。 「これで、お開きだ」 ――《BOMB》! ――《BOMB》! 《MAXIMUM DRIVE》! タップされたガイアメモリ。 囁く地球の声に耳を傾けつつ、マグナムへと挿入――同時にさながら弾倉めいていた銃身を掴み、斜めに引き上げ。 嵌り込む音と共に慣らされたのは、最後を告げる音声。小窓に浮かぶはBの文字。 直後、唸りを上げる銃身。放たれた光球が、グールへと迫り――分裂。 それぞれが立ち上がりかけたグールに激突し、爆炎を撒いた。 これが《爆発の記憶》を収めた、ボムメモリの力だ。 「……ふう」 拳銃を一回転、そのまま懐にしまう。 額に滲む汗を拭いながら、思考に戻る。 哩と姫子が狙われたということは――ここに来て真実、青山士栗はゲートであり、そして未だにファントムには至っていない事を告げた。 つまり、まだ間に合う。 フィナーレには遥かに遠い、ということだ。 (……待っててくれ。必ず、俺が助けるから) 静かに拳を強く握る。 人の希望を奪い、絶望を与えて――そして怪物を作り出すなど、到底許せるものではない。 奪われたならそれ以上の希望を持って、絶望を吹き飛ばせばいい。 あの夜から受け継いだ思いは変わらない。 ――俺が、最後の希望になる。 青臭いと言われようと、筋違いと言われようと……こればっかりは譲れないのだ。 オーズとしての力を失ったとしても、全てがフイになった訳ではない。 鍛えた技術と勇気と信念があれば、人の身に圧倒的な絶望の怪物とだって戦える。 「……憧に連絡を取りますから、事件が終わるまで外出とかは控えて下さい」 「そいはよかと……。そいよい、強か男になったな……京太郎」 「そりゃあ、まあ……色々と守りたいものが増えたんで」 スマートフォンをタップして、新子憧にコール。 京太郎は調査を進ませなければならぬ以上、ここで頼りにできるのは彼女以外の誰もいない。 すぐさま、彼女は呼び出しに応じた。 二三言告げれば、即座に返る了承の声。 伊達に仕事慣れはしていないというのもあるし、それよりも彼女と自分の長らくの付き合いの賜物である。 「そいよい、聞きました? ぶちょー」 「『握手会なら後にしてくれよ。忙しいんだ(キリッ)』……変わるもんやな、京太郎も」 「そーですか? 前から、色々格好つけしか男やったかとー」 「『握手会なら後にしてくれよ。忙しいんだ』……なんかツボに入りよるかも」 「『握手会なら後にしてくれよ。忙しいんだ(ドヤッ)』ですから、そいは勿論ツボに入ってん何の可笑しくなかとですよ」 「……やめてくれよ。ねえ、泣きますよ?」 このキャラ付、そんなに駄目か。駄目なのか。 おかしい。 もっとこう……ハードボイルドでスタイリッシュな感じになる筈だったのに。これじゃあハーフボイルドでフーリッシュじゃないか。 酷い虐めだ。 「あはっ、きょーたろ君の泣き顔ってそそるけん……よかよ?」 「姫子がこうゆーとるから、ほれ」 「なんて時代なんだ……これが麻雀プロだなんて」 ゲートよりも先に絶望するかもしれない。なんてこった。 ←NEXT
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◇ ◆ ◇ あれは――。 いつの日のことだったか、こんな会話をしたことを覚えている。 たわいもない、じゃれ合いだった。 今はもう消えてしまった日常という名の、ひと時。 「――あん、なんだって?」 「もう、京ちゃんってば……」 少し膨れた様子で、自分を見る少女。 儚いという形容詞は似合わないような、ある種の凡庸さ。 守ってやりたくなるといえば聞こえはいいが、現実、手がかかるだけ。 小さい。幼い。子供っぽい。 そう言い表せば、ちょうどよいだろうか。 「だから……幸福の王子様ってお話、知ってる?」 「聞いたことがあるような、ないような……」 歯切れ悪く、頭を掻く京太郎。 ……ちなみに頭に角があるのが、対する宮永咲だ。どうでもいいが。 頬っぺたを膨らまして、京太郎を見上げている。 うー、と首をひねってみる。だが、答えは浮かばない。 そもそも自分は、インドアよりはアウトドア派だ。本のことを聞かれても、困る。 そんな京太郎の考えが、態度ににじみ出たのであろう。 「信じられない」と言わんばかりの目を、京太郎に向けた。 というか、実際に口に出していた。 「信じられないよ、京ちゃん……童話も知らないの?」 「童話って……そりゃあ、童話ってほど子供でもねーし」 「……十分今も子供っぽいでしょ」 「お子様体型に言われたくないっつーの」 京太郎の無神経な一言に、いよいよ咲の頬は膨れ上がる。それから、朱に染まる。 そんな様子目掛けて、京太郎は、思わず「タコみたいだ」などと口を滑らせてしまい……。 しばらく、デリカシーの無さへの説教という名の、彼女のお小言に付き合う羽目になった。 耳を塞いで、目を閉じながら小言を聞き流す。 しばらく熱っぽく京太郎の言動がいかに無礼であったかを語っていた咲は、 話すことへの熱中から冷め、やがて、京太郎の態度に怒りを再燃焼させる。 飛びついて何とか耳を塞ぐ腕を除けようとするも、努力は空振りに終わった。 それを見ていた通りすがりの一般人Aが「また夫婦漫才しやがって……リア充爆発しろ」と呟くあたりには、 身の丈に会わない運動に疲れた咲が、片息をついていた。 そうして、お小言は終了。 話は、元の流れに帰還する。 「――って話なの。分かった?」 「ああ、思い出した。保育園で聞いたことがあったな……そんなの」 そういえばあのときの保母さんが初恋だったかもしれない。 だっておっぱい大きかったし……今どうしているだろう。 などと、上の空ながら咲の続きを促す。 「んで、その話がどうにかしたのか?」 「……京ちゃんはさ、この話、どう思う?」 「どうって、言われてもな」 話が抽象的過ぎる。 それに童話だ。 面白いとか、つまらないとかそんな感想は相応しくない気がするし……。 かと言って、適当に答える気にもならなかった。 普段のように受け流していい話だと、思えなかった。 どことなく、咲の態度が真剣みを帯びているのだ。 流石にその程度を理解できる程度の付き合いを、しているつもりだった。 「京ちゃんは、好き? それとも嫌い?」 「そうだなぁ……」 ある町に、宝石で彩られた幸福な王子の像があった。 人々の不幸を、ただ眺めるしかできない金色の王子。 ただまばゆいだけの自分。見ることしかできないふがいない自分。 そんな王子の下に現れた、一匹のツバメ。 越冬に向かおうとする彼女に、王子は頼み込む。 ――この体を剥がして、あの人たちの下に届けていただけないでしょうか。 ツバメは王子の頼みに従い、彼の装飾を剥がしては届けていく。 いろいろな人々が幸せになった。 病む者、飢える者、貧しい者……。 やがて宝石の目を失った王子はものを見ることができなくなり、 越冬の時期を損ねたツバメも、弱っていく。 最後に金箔を剥がしきって運んだツバメは死に、ツバメの死を知った王子の心は砕け散る。 そして、王子の像は引き倒され――その心臓は、ツバメと同じ場所に捨てられた。 だが、これを見ていた神様が天使を遣わせて、王子とツバメを天国へと連れて行く。 王子とツバメは、天国で幸せになりましたとさ――。 そんなお話だ。 「なんていうか……流石はキリスト教って感じだな。最後の神様とか」 「あはは……まあ、日本とかでもお釈迦様が出てくるし……」 「そういや、そうだな」 うーんと、首を捻る。 どんな答えを望んでいるか――ではなく、自分自身の感想を口にしてみる。 幸福な王子。 「……まあ、よかったんじゃないか。最後は天国でハッピーエンドなんだしさ」 「……単純」 「単純ゆーな。だったら、そういう咲はどうなんだよ」 聞いてきたからは、彼女が何かを伝えたかったのだろう。 そう思って、口を尖らせてみる。 そこには、どうせ自分は単純だとか。 あるいは、それなら文学少女様のご高説を聞かせてもらおうじゃないかとか。 そんな、咎めるような不貞腐れるような気持ちが含まれていた。 だけど京太郎は、わずかに言葉を失った。 話を振られた咲が見せたのだ。一瞬、うつむいた暗い顔を。 「私は、好きじゃないかな……この話。ううん、嫌い」 「珍しいな。お前が、はっきり嫌いって言うなんて」 「……うん」 あまり、自己主張をしないタイプの少女であった。 京太郎と話すようになってからは、それほどでもなくなってきたが……。 それでも元来、どこか引き気味に接する咲。 そんな彼女が嫌いだということは――本当に嫌なのだと、京太郎は思っている。 「だってさ、救いがないでしょ……この話」 「ん? 最後、天国に行って幸せに暮らしたって言われてるだろ?」 「死んでから、幸せって言うのも……おかしな話じゃない?」 「それは……」 現実的に考えるのなら、死んだその後のことなど分からない。 天国があろうが無かろうが、終わることには違いない。 だから、咲の言いたいことも理解できた。 だけどこれは、お話だ。 「……一番嫌なのはね、京ちゃん」 「なんだ?」 「『神様が天国に連れて行く』以外に、“二人が幸せになることはできない”ってところなんだ」 なるほど。 確かに、神様が拾い上げることによって、二人は幸せに暮らすことができた。 だけれどもそれは、逆説的に言うのであれば――。 それ以外に、幸せになる方法というのを、作者が思いつけなかったのだ。 あるいは本当に、天国に行くことが幸せだと思われているだけかもしれないが。 それきり、咲は肩を落とした。 彼女が何を伝えたかったのか、分からない。 こんなお話で、まさか本気でしょげているなんてことが――いや、ありえるかもしれない――。 押し黙る彼女。 肩を落とす彼女を見て、京太郎はやれやれと息を漏らした。 「仮にさ、咲」 「うん」 「天国なんてものがなくて――話がそこで終わってたとしてもさ」 「うん」 「自分がやりたいことをできたってんなら――最後までそれができたんなら、やっぱり幸せだったんじゃないか?」 嘆く王子は、少なくとも誰かに幸せを与えられた。 ツバメは――少し気の毒だが――愛する人の願いを叶えて、添い遂げることができた。 それだけ見たら、満足したいい死に方なんじゃないかと思える。 ……もちろん。 最後の最後で、ツバメの死に王子の心臓が砕けた――ということに目を瞑れば。 「ときどき、京ちゃんっていいこと言うね」 「うっせ」 「じゃあさ、もしもだけど――――」 ――――。 バイタル安定。 対ショック防御継続。 エネルギー低下。 経過順調。 ――――。 攻撃を続行。 素体の生命レベル、問題なし。 電圧を強化。 状況を再開。 ――――。 反射防御、低下。 経過順調。 攻勢対象への迎撃システム低下。 引き続き、実施。 ――――。 素体の意識、覚醒間際。 経過に異常なし。 検証。提案。認証。 続行許可。 ――――。 閾値、検査。 素体、半覚醒。 エネルギー低下。 成果、良好。 ――――。 採血、異常なし。 データ確認。 プラン続行。 身体能力、検査。 ――――。 機材設置。 資材搬入。 設計不備なし。 動力源、準備。 ――――。 ――――。 改造準備、完了。 「こ、こは……」 京太郎が目覚めた場所。 そこは自宅のベッドでもなければ、保健室でもない。ホテルでもない。 冷たい鉄のテーブルの上に、寝かされていた。 手足を動かそうと試みる。 ジャラリと鳴った、鎖。 よく見れば両手足に頑丈な鋼鎖が巻きついている。 あたりに顔を向ける。 その瞬間、視力を失わんほどの光を受けた。 手術室のライト。強力な光源。 あたりを取り囲む、白衣の男たちの影が見える。 「……ようこそ、須賀京太郎。新たなるライダーよ」 頭上付近に浮かんだモニター。 そこに映し出される人影。マントを纏った老人。 京太郎=オーズをもっとも追い詰めた、イカの怪人。その人間体だ。 うめき声を漏らしつつ、モニターを睨み付ける。 だが、そんな視線などものともせずに、老人は続けた。 「そして、これから君は生まれ変わるのだ。改造人間――TYPE-HOPPERとして」 「……どういう、意味、だ」 口の中に、鉄さびの味は無い。 どうやら、口腔は洗浄されているらしい。 亡羊とした頭ながら、理解できる。 自分は――須賀京太郎は、先ほどまで戦っていた敵。 カニレーザーやアポロガイスト。 それらと、同等の存在になるのだろう。 鎖が鳴った。 自分に迫る危険を防いでくれる、あの紫のメダルが無い。 あれがあったのならば、京太郎はこうも拘束を受けてはいないだろう。 背中に、嫌な汗がにじむ。 「あのメダル――オーメダルは、われわれが確保した」 「……ん、だと」 昏睡状態に陥る京太郎に、攻撃を繰り返した。 迎撃を行おうとするコアメダルのエネルギーが尽きるまで。 ショッカーの科学力をすればいとも簡単であったと、その老人は続ける。 「生身でのその特異性。戦闘経験は――わがショッカーとしても、有益なものになるだろう」 「おい……」 「あのエターナルなど無くとも、ライダーを殲滅するには問題ない――最強の戦力として」 鋼鉄の舞台に、体温が静かに奪われていく。 いや、それだけではなく背筋が凍え初めていた。 俎の上の鯉。 今の自分は正にそれだ。 自由なく、活路なく、未来などない虜囚。 改造手術を行われる――ヒト非ざるものにされるという恐怖感はなくもないが、 あまりに抽象的過ぎて、非現実すぎて実感を伴わない。 それよりも、生殺与奪を相手に握られていること――更に言うならば――、 仰向けに、無防備な腹部を相手に晒してしまっていることへの、言い知れぬ生理的な嫌悪感が上を行く。 思った以上にこの状況は悪夢的であり、京太郎の精神を蝕む。 だが、絶望はしない。 僅かばかりの相手の言動に推測を交えて、必死に頭を働かせる。 ただしこれは、京太郎が勇敢である訳でも――ましてや助かると希望を抱いているからでもない。 単純に。実に単純に。 今自分は絶望的な状況に置かれていると、直視してしまえば恐怖に飲み込まれてしまうから。 そう、理解してそんな状態を恐れているからに過ぎない。 気を紛らわしたい。 怖いことを、改めて怖いと思いたくない。 これ以上の恐怖や絶望を味わいたくない。 発端はその程度の、ちっぽけな逃避であった。 今の言葉から類推。 新たなるライダー――京太郎は把握外だったライダー=把握しているライダーがいる。 ライダーを殲滅――殲滅すべきライダーがいる。つまり、生きている。 “あの”エターナル――エターナル=大星淡と、恐らく折り合いが悪い。 ショッカー――自分を拐ったのはショッカーという名の組織。ミュージアムとは恐らく別路線。 考えろ――何でもいい。 気を紛らわせる為の何かを。 現状把握の為の何かを。 状況解決の糸口となる何かを。 とにかく、考えねば。考えるのだ。 不安。焦燥。逡巡。躊躇。思考。恐怖。推察。 そして、漸く京太郎の口から言葉が飛び出した。 少しでも、今を変える為の一歩となる一言。 「……なあ」 「なんだ」 「ショッカーって、なんなんだ」 敵を知り、己を知れば百戦危うからず――などという高尚なものではない。 単純な疑問。 加えて言うなら、己が覚えた違和感やこの閉塞的な状況を端的に紐解くであろうキーワード。 見慣れない街。 変わり果てた淡。 未知なる敵。 その全ての中心に存在するものであるのが、この、ショッカーだと考えた。 「お前らは……何者だ。何を目的にしているんだ」 「なるほど、貴様も別世界の存在か……。ならば、説明してやろう」 やおら、口を開く死神博士。 その口から溢れた言葉は――頭を働かせて、絶望から逃れようとする京太郎の心にトドメを刺した。 なけなしの、僅かな勇気も砕け散る。 後悔しないように生きようと決めてきた京太郎を以ても、 己の選択を後悔するには充分過ぎるものであった。 ショッカーの台頭。それは未確認生命体に起因する。 虐殺を繰り返す未確認生命体。 人類も手段を困じてはいたものの、対抗しえなかった。 その、あまりの脅威を前にする人々の前に――現れたのが大ショッカー。 次元の破れ目。それを潜り抜け、現世に迷い出た。 早急なる対策を求める日本政府にとって、未知なる技術力を持つ大ショッカーは救いの手に見えた。 尋常ならざる、明らかなる魔の手。それは理解できた。 だが、そんな黒い影よりも――目の前の無慈悲な怪物の方が、恐ろしかったのだ。 遂に、政府はその手を取った。 “こちら”にも存在していた研究技術を統合して――未確認に対抗する組織、ショッカーを。 彼らは作り上げてしまった。 恐怖に屈して、誘惑に負けて――暴れまわる怪物より狡猾な地獄の軍団を。 技術力を生かした怪人軍団にて未確認を追い詰めるショッカー。 激闘。その果てに、ショッカーは勝利。 そして、かの未確認生命体を除いたショッカーは――当然ながら日本を掌握した。 「我らが大願――世界征服への足掛かりとして、な」 なお――。 人々を恐怖の底に陥れ、ショッカーの台頭のきっかけとなった未確認生命体。 その未確認生命体のシリアルナンバーは第4号。 またの名を――クウガと言う。 それが、虐殺の張本人。 「あ―――ぁ」 「須賀京太郎……お前は、そんなショッカー最強の怪人となる」 喜べと、言わんばかりの口調。 ショッカーの組織力、支配力に畏れをなしたが故に京太郎は言葉を失った。 死神博士はそう考えた。故の言葉だ。 しかしそれは、些か的外れであった。 須賀京太郎が言葉を失ったのは――。 (第4号……またの名をクウガ……つまり――) ――宮永咲。 彼女が、ショッカーに殺された。 彼女が、虐殺を行った。 彼女が、彼女が、彼女が……。 彼女が死んでしまったのは知っている。 それが運命だとも、終わってしまった過去だとも。 だけれども、彼女は人を守った筈だった。 人知れず、涙を仮面に隠して、未確認生命体と戦い平和を守った。 本来であれば、その筈であるのだ。 だが、ここでは違う。 誰から称賛されることもなく、何の見返りもなく戦った宮永咲に、あまつさえ虐殺者の汚名が着せられた。 そして、疎まれ――殺されたのだ。 何が理由か、京太郎は理解した。 原因は――他ならぬこの自分であろう。 本来ならば、過去にて宮永咲が倒していた未確認生命体を自分が倒した。 その僅かな差異が、時の筋道を狂わせたのだ。 結果、宮永咲は虐殺者たる未確認生命体へと身を窶し、 日本はショッカーに占拠され、大星淡は須賀京太郎へと刃を向けた。 それも全て、自分が引き起こしたのだ。 何が、咲が守った世界を守る――だ。 そんな世界を壊し、人を守る彼女の手を血で汚し、名誉を汚名へと変えた。 自分が戦う敵と――イマジンと何も変わらない所業。 そんな者が、何をしたり顔で「仮面ライダーだ」などと息巻いているのか。 情けない。 恥ずかしい。 惨めだ。 消え去りたい。 まるで道化だ。 いや――道化どころか、本当の虐殺者は自分ではないか。 その果てにこうして、捕らわれている。 悪人には、相応しい――いや、足りない。 むしろあそこで、淡に刺し殺されていれば良かったとさえも思える。 自分は英雄ではない。 もう、ライダーですらもない。 ただの極悪人だ。裁かれるべき悪なのだ。 (殺せ……。もういっそ、殺してくれ……) 京太郎の五体から、力が抜けた。 それを見計らった死神博士が、麻酔を使用する。 須賀京太郎は眠りにつく。 夢を自分自身との約束と捉えるなら―約束と言う名の夢は、呪いとなる。 夢の中に、堕ちていく。 呪いは、彼を飲み込んだ。 生きる希望も戦う意味も、京太郎の瞼と共に閉じられた――。 「……」 静かに佇む貯水槽に手を這わせる。 指先が震えていた。 何とか片手で包んで殺そうとするも……ただ、震えが大きくなっただけだ。 指先の感覚が薄い。 首の辺りを、焦燥感にも似た渇きが襲っている。 何とか呼吸を整えようとするも、上手くいかない。 明らかに動揺していた。 相手の肉体にナイフが突き立つあの感覚が、今も消えないのだ。 直後など、握りしめた手が硬直してしまい難儀したほど。 自分は戦えると思っていた。 格闘技どころか、喧嘩をしたこともない。 センスがある。やれば、大抵のことはできる。 素質もあった。勝負勘は、麻雀と同じだ。つまりは、我が物だった。 最強の力を持つガイアメモリ。その、最強の適合者である自分。 何も問題はなかった。 ない、筈だったのに……。 ――淡! 自分を呼ぶ言葉。見知らぬ声。 あの男のものだった。自分の力になすすべもなく敗れた男。 出会った覚えなんてないのに、奴は、自分の名を呼んだのだ。 それが……。 それが――。 ――“不愉快でならない”のだ。 淡にとって、ライダーはただの障害だった。 台所でゴキブリを見かけたらとりあえずブッ殺す。 その程度である。 直ぐに殺せない場合、“生意気だ”“手間がかる”“しぶとい”とは思いこそすれ、 「強い」とか「このままでは不味い」とか「こちらも危うい」とは思わない。 要するに、ただの記号である。 そこにある。 邪魔だ。 だから倒そう。 そんなロジックの下、戦うべき相手なのだ。 正しく言うなら戦いではない。 駆除や掃除や作業と言い表した方が、相応しいであろう。 故に、特段の闘志はなかった。 ただ、とりあえずさっさと片付けよう――。 なんてことしか考えては、いなかった。 いなかったのに……。 あの男のせいだ。 淡の名を呼ぶ声が。 驚愕に染まる瞳が。 縋ろうとする手が。 噴き出した鮮血が。 そのどれもが、相手は記号などではなく――一個の人間だと告げている。 あの瞬間、淡の行うそれは戦闘となり、殺人となった。 明確なる罪の証。 それを突き付けられたのだ。眼前に。 なりを潜めていた恐怖と忌諱感が鎌首を擡げた。 命のやり取りをしているという舞台に引き上げられた。 如何なる適合値を持ち、類い稀なる資質を有し、強大な能力を保持しているとしても。 大星淡は少女でしかない。 麻雀で他者を蹂躙するのとは違う、明確なる暴力。 平然とそれを行使できるほど、淡は残酷な人間ではなかった。 思い出せば、戦いの緊張感に身体が震える。 ストレスに胃液が込み上げ、口の仲が渇く。 恐ろしかった。もう戦いなんて嫌だ。やりたくない。 だけど――。 「待ってて、テル……。今度は私が助けるから……」 ここで逃げられる理由などないのも事実。 震える指で涙を拭う。 貯水槽に反射する涙。その先で目を閉じる宮永照。 吐き出された空気が、水槽を彩る。 淡の言葉に、反応はない。 視線の先で少女は、身動ぎひとつせずに瞼を閉じるだけ。 淡は静かに、拳を握りしめた。 ◇ ◆ ◇ 京太郎の繰り出す拳が、怪人の胸を貫く。 血飛沫を上げて倒れる未確認。 その背後で震える子供。 倒したと、安心はできない。 敵はまだまだ多い。雲霞の如く涌いているのだ。 守るべき人々がいる。 牙を持たぬ人々がいる。 恐怖に怯える人々がいる。 連続した戦闘に、肩が上下する。だが、未だに数多くの敵。 気が挫けそうになるのを、なんとか奮い立たせる。 この身は盾だ。 皆、戦う力を持たない。自分だけがそれを有している。 止まってはならない。 自分がそうしたら最後、背後の人々の運命は決定するのだ。 敗れてはならない。折れてはならない。倒れてはならない。 勝たねばなるまい。立ち上がらねばなるまい。守りぬかねばなるまい。 やるしかないのだ。 怯えた瞳を向ける少年に、笑いかける。 自分が何とかするから――何とかできるから、怖がらなくていいのだ。 そう、恐怖を和らげるべく笑みを残し、怪人と向き合う。 握り拳。腕が痛む。 だが、そんなものは噫にも出さない。 ただ、不敵な笑いを零す。 「さあ……来いよ。仮面ライダーは、負けないんだ」 組み付かんと近寄る化物に、パンチ/キック/ワン・ツー。 飛びかかる敵へカウンター。 回し蹴り、膝蹴り、正拳突き。背負い投げ。 ボディ、ミドル、ハイ。 肘打ちからの後ろ回し蹴り。鑪を踏んだ敵へ飛び蹴り。 背中を打たれた。装甲で弾ける火花。 よろけたところに襲いかかる、無数の腕。 拳を、額で受ける。 視界がブレるが――構わず、刺突。 そのまま、怪人の腕を引き千切る。 崩れそうになる膝を、必死に支える。 そのまま、躍りかかった。 京太郎が派手に戦えば戦うほど、怪人の注意はこちらに向く。 一体たりとも、背後に向かわせない。 そう、覚悟を固めると拳を抜き打った。 数々の攻撃が身体の芯に響くが――挫けては、なるものかと。 「――は、ぁ。流石に……この数はヤバかった」 何度も胸を上下させて、膝に手を当てる。 言葉の通り、流石に数が多かった。 京太郎も少なくないダメージを受けた。立っているのも、困難なほど。 しかしそれでも、守り抜けたのだ。 疲労感を凌駕するほどの達成感。 それとともに、背後に庇った少年を見やる。 そして、少年からの返答。 ――人殺し。 「えっ……」 彼の指に従って、周囲を見る。 倒した怪人の山は――血涙を流す人間の屍と化していた 朱に染まった瞳が、京太郎を睨み付ける。 声にならない悲鳴が、漏れた。 ――お前がやった。 ――お前がやった。 ――お前がやった。 「ち、違う……! 俺はただ……助けようと……守ろうとして……!」 ――人殺しめ。 ――夢を返して。 ――死にたくなかった。 「そんな……そんなつもりじゃ……!」 ――許さない。 ――助けて。 ――恨んでやる。 「俺は……! 俺は、ただ……!」 ――お前のせいだ。 ――お前のせいだ。 ――お前のせいだ。 「お、俺は……ッ」 「……京ちゃん」 「――――っ。さ、咲……?」 振り替えれば、自分と同じように屍の山に立った咲。 ただし、咲の姿ではない。 以前見た、クウガというあの姿――であるが。 「――――」 輝く装甲はその表面を剥がされ、宝石じみた複眼も抉られている。 その暗い眼孔の――咎めるような目線に気圧され、悲鳴を溢して身体が退いた。 言葉にならない。ただただ驚愕し、戸惑うしかない。 「私はこんなになっちゃったけど……皆は、京ちゃんに感謝してるみたいだよ?」 咲の言葉に同じく、蠢く何か。 クウガの、その周囲に倒れる怪人。積み重ねられた醜悪な玩具。 片側が異形で。もう片側が人間の。 欠損だらけの身体を起こして、笑う。 心底愉快そうに、誰もが手を叩いた。 ――ありがとう。 ――ありがとう。 ――ありがとう。 「う、ぁ……」 ――おかげでこんなに強くなれたよ。 ――改造されて幸せだったよ。 ――これも全て、君のおかげだ。 誰もが笑顔だった。 感謝していた。祝福していた。 皆が京太郎を肯定していた。 京太郎の行いは正しかったのだと――。 何も間違ってはいないのだと――。 そのおかげで自分達は幸福だったのだと――。 君はヒーローだと――。 狂った嗤いで祝詞を唱える。 歪んだ表情が、痛苦に塗れる顔面が、異様な多幸感で満たされる。 それだけを見るなら、“地獄(テンゴク)”に違いなかった。 「……良かったね、京ちゃん」 「違っ……! 俺は、こんなつもりじゃ……」 ――ありがとう。 ――ありがとう。 ――ありがとう。 異様な笑みを浮かべた死者が、咲を飲み込んだ。 腕の波に包まれて、破損だらけのクウガが消える。 そのまま京太郎にも襲い来る、肌色の波間。 剥がれた爪が、京太郎の身体を覆う。 絶叫。 感謝を口にする死者を振り払えず、京太郎の身体は暗泥に沈み混んだ。
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闇の中をひた走る少女。 それに追いすがる、いくつもの影。 ジャガーの姿。蝙蝠の姿。リザードの姿。 そして――その頭目として現れた男。 須賀京太郎。 またの名を、タイプ:マスクドライダー、 「見つけたぞ、ディケイド。そのベルト――ショッカーに返してもらう」 「だ、誰ですか!?」 「Version3。それがお前に死を齎すものの名前だ」 ――V3と呼んだ。 新世代型のマスクドライダー。 ショッカーの作り出した、最高峰の改造人間・ライダータイプ。 既に離反した二体だが、追っ手を退けるその性能。 それを踏まえて、より強力なライダーを作り出した。 故のV3。第三期の改造人間である。 生体と機械の拒絶反応を抑え込むシステム。 他のライダータイプを踏襲、凌駕する性能。 まさに当代に於いて、史上最高の改造人間。 「おとなしくベルトを渡せば、殺しはしない」 「……本当ですか?」 「ああ、本当だ」 「……でも、改造とかするんですよね?」 「……」 「黙らないでくださいよ!」 ……で。 「あー、音撃打のカード使っちゃいましたぁ……」 「うん、なんかゴメン。本当ゴメン」 洗脳装置をブッ壊されて。 須賀京太郎は今、ここに居ます。 失ってしまったカードの力を取り戻すために、夢乃マホ――仮面ライダーディケイドと旅に出ました。 メーテルと機械の星に旅立つのならともかく、既に体は機械です。 おもちを触ろうとしたら握りつぶしてしまう。完全に地獄だった。 そしてどんなおもちを見ても、心がときめいても下半身はときめかない。 本当に地獄である。 「……それじゃあ、君は」 「はいっ、大ショッカーを倒します!」 「……判った。俺も付き合う」 未確認生命体の侵攻。 しかしそれに対して――ショッカーは人類を守った。 あらゆる政治・企業へと取り入ったショッカーは、容易く日本を占拠してしまっていた。 実際のところ、ショッカーという名は出ていない。 ただ、コングマリットとしてショッカーは現実として存在する。 それはメディアに浸透し、社会に根を張り、少しずつ静かに――すべてを犯していく。 彼らが作り上げた、あらゆるライダーの可能性を破壊する装置。 それがディケイド。 世界中に散らばったピースが、万一にでも作動しないように。 己たちに牙を剥く事がないように、破壊を目的に製作された。 京太郎のような改造人間部門。 それとはまた別の部門が作り上げた、ドライバーだった。 「こんな体になっちまったけど……それでも俺は、人を守りたいんだ」 「京太郎さん……!」 「……だから、君の旅を手伝わせてくれよ」 「はいっ!」 「ここが……えっと、オルタナティブの世界ですね」 「何それ」 「大体わかってくださいよ!」 「わからねーから。絶対わからねーから」 夢乃マホと名乗った少女と共に、世界を巡る。 元の世界は、大ショッカーによって支配されてしまっている。 それをどうにかする為の、鉤となるのがディケイドのベルト。 失ってしまった力を取り戻すために――すべてのライダーと絆を結ぶのだ。 「……この世界、壊れちゃいます」 「甦ったアンデッドによって、地球上の生物が滅ぶかもしれない――か」 「勿論、マホたちで助けますよね?」 「……そうしたいけど、あんまり首突っ込むのもな」 「どうしてですか?」 自分たちは稀人だ。 本来ならその世界に存在しない人間。いてはならないイレギュラー。 確かに、この力があれば人を助ける事が出来る。護る事ができる。 しかし、いつまでもそこに留まれる訳ではない。 京太郎たちの力を当てにさせてはならない。 一時。ただ一時、その世界に立ち寄った存在。 物語の根本を歪めてはならない。本当に立ち向かうのはその世界の人間だ。 ほんの少し、誰かが挫けそうになったのなら――足を止めてしまったのなら。 その時、立ち上がるだけの時間を稼ぐ。言葉を与える。 それだけで、十分だった。 「なるほど、この世界の敵は……デカすぎるだろ、あれェ!」 「邪神14です!」 「名前はいいから……なんだあれ、どうすりゃいいんだよ……!?」 「諦めちゃだめです! ライダーなんだから、諦めちゃだめですよ!」 「なるほど――言うとおり、だなッ」 そしてめぐる、別の世界。 彼らの旅は続く――回り出す運命。 「ここは何の世界だ?」 「デルタの世界です!」 「……どこも、異常は見られないけどさ」 撃ち出される弾丸。突如、姿を変える人々。 否――人々ではない。 街中の雑踏、全てがオルフェノクであったのだ。 「なるほど……オーガか。いい性能だぜ」 オルフェノクの中にも、人間との共存を臨むものがいる。 姿が変わってしまったとはいえ、昨日今日ですべてを捨て去れるほど――彼らは残酷ではなかった。 或いはただ、人間が絶滅動物を保護するのと同じかもしれない。 どちらにしても、人類の絶滅を臨んでいるものはいなかった。 なのに――。 スマートブレイン。 京太郎とマホの世界でのショッカーに当たる組織が、人類への虐殺命令を出し続ける。 従わないものには、その武力を以って私刑を執行。 恐怖心による支配。暴力による支配。 ここは――そんな世界だった。 あと一歩。そんなときに謎の勢力に敗れ、攫われてしまった人類の希望。 暴力に虐げられる人々。暴力に支配されるオルフェノク。 放っておけないというマホに従って、京太郎も立ち上がった。 予感が当たるのならば、これは大ショッカーからの追っ手であろう。 「だが、日本じゃ二番目だな」 「勿論一番はマホですよねっ」 「流れ的に俺だろ!」 そしてまた、次の世界に。 異世界にかかる“橋”。それを利用して、大ショッカーは各世界に侵攻するのだと言う。 目的はその世界――ではない。 全てのライダーの抹殺。 そして、その力を己の世界に利用する事。 事実、そんな異世界の技術を利用されて作り出された、改造人間まで現れる。 ただカードの力を取り戻す為だった旅は。 いつからか、全てのライダーを助ける為の旅となる。 そしてそれは己の世界を守る事に繋がり、人々を助ける事となる。 「で、ここは?」 「パンチホッパーの世界です」 「……結局その一言じゃわからねーんだけど」 この世界は、全ての種族が手を取り合って暮らす世界。 軋轢がないとは言えない。差別がないとは言えない。 それでも誰もが、歩み寄っている世界だ。 だが――不穏分子と言うのはいつの時代にも存在する。 大ショッカーの技術。 提供されたその技術による、各勢力トップの誘拐。 己の世界の不始末。 それは、自分たちが付けなければならない。 「人間じゃないとか、そうじゃないとかよりも――さ」 「ええ、大事な事があるんです! 誰かを思いやる心というものが!」 「だからなんで俺の台詞取るんだよ!」 この世界を救う事は出来ない。問題の解決はできない。 ただ、一瞬であろうとも手を取る。 そして、大ショッカーの野望を食い止めるのだ――。 次に来た世界。 荒廃はしていない。どう見ても普通の世界。 「ここは、ナスカの世界ですね」 「……で、どんな感じなんだ?」 「人々を助ける仮面ライダーって都市伝説が――あっ」 「どうした!?」 「この世界、今、書き変わりました……ショッカーが統治する世界に」 最強の敵、ショッカーグリード。 敗れて捕えられたライダーたち。オーズが存在しない世界。 新たなるグリードを、誰も止める事ができない。 全てのグリードを束ね、そして支配するショッカー。 ガイアインパクトによる人類の選別。悍ましい計画。 立ち向かう京太郎とマホもしかし、グリードに敗れてしまう。 間一髪助け出された。 目の前には、見知らぬライダー。 「ここは……それにあんたは、敵か!?」 「ノーウェイ、落ち着いてください。私は戒能良子。仮面ライダーNEW電王です」 「まだ、ショッカーにやられてないライダーがいたんですね……驚きです」 そして彼女から事の顛末を聞く。 ショッカーが時の列車を占拠。 そして過去に現れてショッカーの為の基盤を作り、全ての勢力をまとめ上げたと。 これはいわばプロトタイプ。 京太郎たちの世界の前身。或いは鏡に映しだされた似姿。 「なら――前哨戦ってことで、どうですか?」 「オッケー、気に入った。どの道ショッカーは倒さなきゃいけないんだからな」 「その意気ですっ!」 そして彼らは本来の世界に帰還する。 全てのライダーとの絆を深めて、戻ったカードの力。 いや、それだけではない。 もっと大切なものを――受け継いだのだ。 「……敵は多いですね」 「ああ……」 「……でも、大丈夫です。だって今は――」 「そう――俺たちはダブルライダーだ。それに」 「仮面ライダーは、護るべき人たちの為にも負けちゃいけないんですよねっ!」 あらゆる世界からの技術を集約したショッカー。 その恐ろしい改造人間の数々。 それを目の前にしても、二人は挫けない。膝を付かない。 ライダーというのは――人々にとっての、希望なのだ。 「さて――それじゃあ、行きましょうか」 「ああ……俺たちの戦いは、これからだ――!」
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「空気さん、空気さん」 「……ん。もう、放課後だったっけ?」 「いや、普通に教室移動っすね。……どれだけ寝過ごすつもりだったんですか?」 口調からは今にも押し出されんばかりのフランクさが感じられるが、全体的な雰囲気としてはどこか陰りのある黒髪の少女――、 東横桃子の問いかけに、欠伸を噛み殺して応じる男子生徒。 伸びをして、首を捻りながら頭を掻く。金髪がくしゃりと揺れる。 それからまた気だるそうに、数学の教科書――一限目のものだ――を、机に戻す。 桃子は知っていた。 彼は、金髪の少年は――須賀京太郎は、教科書の殆どを学校に置き去りにしていると。 「ほら、イケメンさん。行くっすよ」 「……呼び方、安定しないのな」 「須賀くんが、敬愛と親密と三分の一の純情な感情を込めて私を下の名前で呼んでくれたら考えてやるっすけど」 「……どんな風にだ?」 「んー、仲良しっぽく『京さん』とか『京ちゃん』とか!」 軽く期待を込めた桃子の視線を、「じゃあパスで」と手のひらで払う京太郎。 おおよそ頭一つ分違う彼の目許にはその実、万物に対する拘りというものが感じられない。 どこか遠くを――ここではないどこかを、それだけを捉えている。 はあ、と溜め息を漏らす。 ある事件があってから――この手の瞳をするものは、少なくないのだ。 今も隣にいるこの少年がその内の一人だとしても、無理はなかった。 「あと、須賀くんってのもやめて貰えるか?」 「はいはい。まあ、空気キャラのよしみで受け入れてやるっすけど」 「……悪いな。ありがとう、東横」 東横桃子は――影が薄いという次元を通り越して、影そのものとなってしまったような少女だ。 顔は整っている。スタイルもいい。 性格は暗すぎず、むしろ、ある種フレンドリーと言ってもよい。 本来なら人の輪の中心に入っていてもおかしくない気軽さと、決して悪くはない気楽さがある。 それでも彼女は、友達が少ない。 苛められているとか疎まれているとかではなく、彼女の体質とも言える問題によって――桃子は人と関われない。 よほど大きな音を立てたり、派手な動きでもしない限り――。 東横桃子は、“他人に認識されない”。 否。正しく言うとすれば、認識されても意識されないのだ。 そこにいると、思われない。姿形も、発生すらも。 「……同級生にこんな運命の人みたいな人がいるのに、碌に友達らしいこともできないとかつまらないっす」 「何か言ったか?」 「なんでも……。……って、耳はいいって言ってましたよね? 知ってるっすよ!」 「そっか。俺は知らないんだよなぁ」 「うんうん、自分のことは意外と自分自身知らないものだ…………って、んな訳ないっす!」 「東横さん、うるさい」 「うわーん、他人行儀になったーっ! しかも、やっぱり耳がいいじゃないっすかぁー!」 その、数少ない友人。 それがこの――須賀京太郎である。 東横桃子の先程の体質にも関わらず、とても恥ずかしい告白をブチかましてくれたとある先輩がいる以上、 過度に須賀京太郎へとベタつきはしないが……。 それでも、自分のことを認識できる人間というのは実に貴重である。 というか、初めてだ。 正確に自分の姿を見ることができる――そんな人は。 これが同じ学年で、同じクラスで、隣の席であると言ったらもう運命と言っても過言ではない。 出会いは、こうだ。 我がスマートブレイン学園の――普通の高校とは違う、季節外れの入学式。 生まれ故郷を離れなくてはならないことへの不満と不安と、 どうせ場所が変わってもクラスに友人なんてできないんだろうなーという諦観から、 ホームルームをサボろうと思って、目的なく明後日の方向へ、廊下を歩いていたそのときだ。 「なあ、同じクラスだったよな? そっち、教室とは真逆だけどいいのか?」 方向音痴なのか、と笑いかける金髪の少年。 見覚えはあった。少年の言うように、自分と彼とは同じクラスであった。 だが……。 「そ、それ……私に……? 私に、言ってる……? まさか……? 本当に、っすか……?」 「そのサボり方は……新しいなぁ」 「さ、触っていいっすか!? これ何本に見えます!? 私綺麗っすか!? ポマードポマードっす!」 「へっ?」 「な、名前! 名前を教えて欲しいっす! うわー、キョドっちゃうっす! うわーっ! うわーっ!」 「……そっか、そういえば保健室はあっちだったっけ。お大事にな」 「ご丁寧にどうもどうも……って、違う! 逃がさないっすよ!」 「い゛っ!?」 「乙女座の私としてはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられないっす! 獅子座っすけど!」 それから、冷や汗を浮かべて距離を取ろうとする彼に食らい付き、なんとか自己紹介をした。 それこそ例の、自分を求めて恥ずかしい告白をした先輩――彼女のような、ド恥ずかしい告白だ。 何しろ、舞い上がっていた。 自分のことを完全に認識できるがいるなど、まさに瓢箪から駒だ。 詳しく聞いたところ、彼――須賀京太郎も長野出身であると言う。 これは正しく、運命であろう。 友人になるべくして、自分たちは出会ったのだ。少しはこの学園のことが好きになれそうだった。 「……で、ノッポさん」 「どうした、東横さん」 「他人行儀な呼び方は本気で傷付くのでやめて欲しいっす……。で、こんな噂聞いたことあります?」 「どんな噂なんだ?」 「まあ、ぼっちであるぼっちさんが知るわけないっすよねー」 「……そうだな、東横桃子さん」 「ちょ、ちょっとした冗談じゃないっすか! そんな怖い顔しないで欲しいっす!」 東横桃子が体質的にひとりぼっちだとしたら、須賀京太郎は実質的にひとりぼっちだ。 意図的に気配を消して、人の輪からそれとなく遠ざかり、無気力さで無責任さを表して頼られなくしている。 そんな須賀京太郎に、何でもないことで話しかけるのは、桃子を含めて数人か。 それ以外の人間に対しては至って普通に接するのに――桃子たちに対しては、やけにぶっきらぼうだ。 まあ、美少女に話しかけられて照れているのかもしれない。あはは。 それか、そういうお年頃なんだろうか。あとはデレツンとか。 「……で、どんなのなんだ?」 「んー、と」 この学園で、真しやかに囁かれるいくつかの噂。都市伝説の一つ。 それは――。 「『灰色の怪物と、生徒を襲う仮面の男』っすよ!」 「――――」 「あのー、どうかしたっすか?」 「……ん? 何が、どうかしたのか?」 「んー、何でもないっす。あはは、あはは」
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┌────────────┐ │ これは――「命」の物語 .│ └────────────┘ ┌────────────────────────────────┐ │ 小さな星の片隅で、誰もが懸命に生きてようとしていた――そんなお話 ....│ └────────────────────────────────┘ ――「命」に怯える少年 / | |.. . ゙、 . ゙、゙、. \ |. i | i |. ∧ 、.i. .i . ` 、. ! | |、 | | i | ! | | | 、 > | | i 「! ヽート!、 リ ! |ハ ト | ̄ ̄. ,..-、| i | !゙、 _、!二゙、-| イ リ ! |ヽ | / へ.゙、 丶ヾヽ ´{ i` ヽ! 1!| /| !ノ゙、リ ヽ \ !丶  ̄ Vイ ハ |\ i. 丶 \゙、 ` リ ` 「俺は死にたくない……絶対に、死にたくないんだ」ヽ `┬ 、 ヾ / i ;ィノ U ,....-ィ /,, ‐レリ _  ̄ /゛=!_ \ `ー-、_ _/ ゛== 、 \ / ̄ヽ、 ゛===-、 ――「命」を希う少女 | ./__// } } ./ | |___} | | ./ // ` //| /´ l ./ |/| .. | | ./ /イ 〃 , ィ ../ 〃 ,ノ .| | .. .ト、/___j!__,/__/ / ../ /_,j!______ | | | .. i!〃つ。ノ.V/l|\-‐ ´ '´つ。ノ.V/l}㍉ | ハ 「少しでも長く生きたい思うのは、そんなに悪い事なんか……?」 , fヘヽ弋l(......)ツ 弋(......)lツ / , イ .. ′ | i ¨¨¨¨¨ ¨¨¨¨¨ / | い i.| .| , ゚. . . . . . . . . . . . . .゚ , | .. ..| |i |ハ | ′ . . . . . . . ' . . . . . . . ′ノ | || || | .\__j j_/ .. | || || l .∧ / , l| リ 乂 个 .. ´  ̄ ` .. 个 ゚ リ \} .ト、 >... イ ./ \ い乂 .. .| > __ <│ j ./} /} /j/ `ー―ヘ ヽ}ィニ| |ニヽ ノ}ノ/_,イノ ィ __ -=ニニニニニノ ∨ニニ=- __ ――「命」を守り抜く少女 '" . . . . . . . . . ` / . . . . \ / . . / . / ヽ ヽ . / / . / / | . . .| |. . . / / . .′/〉 7 | .| | .|. . ′ . . . . /)//i .| __i__! . . . .|. . . .| | |人レ . .// //⌒ . .ト、 . . .| |` .| .| | __i!// //!∨八 . . .| | \| ト、 | . . .| | _/ { / //〉x芹示ミ.x ト | ,イ芹示ミx. | | | 「アンノウンの相手は、おまかせあれっ!」 / { /∨ ,イ〃h!i i i ! ` ‐┘ hii i i i ! j! ! | | __/ ∧_ イ i_.ヽ.乂ぅ;ソ 込 _ン'′! . . . | .| '" /\ノ .|ハ , ハ . .| |/ __ イ i! """ __ """ iノ l | } / . | .lヽハ i } 人 | // i! | .ゝ 、 ノ イ . l . . / .l __ '"/ . . .|| . . .| ′ . | > __ < . . .| ,′/ .l / __. i∧ .| \| . .| .v~i__ __レヘ .| / 〃/ . l /`¨´ ̄\-┼‐\!‐ ┴ ┴‐‐く 入__/^ヽ ` y/¨´ l ハ \ \∧ ∧ / ` . . ..l. / ! 、 | x─‐ヘ x─‐┐ ’'ヽ ´ / `| 〉 . .__Y^Y__ 〈 ハー‐ | 〈 .j‐┼ . . . . 〉 ′ l、 V 〉__/i! 〈\. . . .∧ | ――「命」を取り戻そうとする少女 ´ ` 、 / \ , `ヽ . / / . ' ' ' ', ∨ i / i | | | l | | | /. | |i | | } l | | \. | l | | | / | |i | 乂─人 ト、 | \ | ─ | | | / __| |l |,,___ ` \{ '´ } ,,N 八 |  ̄ ̄ ̄ | 八 小'庁示ミ、 '乏示庁`| / i| 八 「……アギトの力は、渡してもらう。私一人でいい」 ハj \{ 乂 ソ 乂 ソ レ'| | ヽ / | Λ ハ〕. | 丶 . / | トハ ' /‐'| | , / / | | . 込、 ,イ. . . | | ′ / / | | . . l. . ... ´ ` ... . . .i . i .| | ! ,. / i| |. . i| . i| .〕ト イ. . i. . . l . l .| | ; l | /{ ,r─‐= i| | ̄ ̄ ̄`ノ .;ト..,|. . . l . l .| | / | } /⌒ヽ 八 | ヽ 〈 `゛l . l .l 八 / | / / \ ヽ} ∨___∧ | / .,) }' /′ \ ,_ ` ._ ,}′ 、 // 、\ ,_ } / λ / / 〉〉x、 ,_ ′ /′/ ∧ / . / '/ニニ> .,_ / /ニ/ / ∧/___〈 ___ .. ∧ニニニニニニ ..,_ / /ニニ/ / ∧ ._ / ___ \ / _ニニニニニニニニ__ .,_ / /ニニニ/ / ∧ ∨ / `ヽ|ノ' ニニニニニニ_三\Ⅴ/ニニニニ/ / ∧ 〉′ . =====‐- .,_  ̄ ̄ ̄/ニニニニ 〈ニニニニノ' / ∧ ――「命」を失った少女 ,,, -='' `` - .、 ,;彡 ミ; ゙ .、 / _;;;,z '' ゙ , / ; ''"/ / ; ヽ // ;/ / /l l i ゙, / / ;/ ″l ハ | l ハ. / , ; '/"゙ヽ ゙ \i l l / j ;イ/,;=、ヽ -─‐-、゙ .. | i l l / i'l /) }! ー___ ゙i l .. l i / ! { 。/ ,ィチ" ̄ミ、. l ! i ... ″ l / ! ゙-" ;_) ゙ハ l / l ../ | ! ; "' , { c;/ノ }/ / / 「――ごめんね、須賀君」. ヽ`Y ` ‐ " / / /. { 、_ "" , . ' / /. ‘、 ` ー / / /. \ /,l / / /. ヽ !; { / / Y iー―┐¬、! | i l /i | ゙、| l| { /' } l | |ヘ ヽ /' / i | / l. .ハ } /,´ / / /j / 从. . . ゝ、 リ '、 / // ,ノ_/ ;;;;;;;;;;;;;;ノノ;;;ヽ. . .. .ヽ / /. .//>─" ̄. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . }/ ――「命」を守れなかった少女. / ヽ / ′ .. / ′i i i i i . ′ ′ i i ii i i i i i i .. i i i i_」iLi _i i i i i i . i i i i ´i i i i` i i ii i _i_!_ ,′ i } i 八 i ii i ii i { i !{ ii i ii i 从 /`ヽ i ′i. ヽ从小「八八八从__i从__ハノ__//ハ// ノ ノ/ i |. ′|{ ___ x''丐ミメ、ヽィイl/ | 「心配しないで。私と、一緒に戦いましょう?」 ′ i ゞ=≠'' し' ハV/^ i | ′ i . . . r辷'゚シ′/ i | ′ i ,  ̄^` / i | ′ 人 . . /// i | ,′ / / へ、 ‐ - イ// i | ,′ / / // ト . .イ // ii | ,′ / // / } ー ´{ |// jj | ,′ / / // /..斗ノ ト .」.'/ / / |. {{{ { i{ {>'" r{ ノ〉 `ヽ/ / | r‐くく { i{ | |ー-、 ,′ { { //从ノ /`ヽ \ヽハ i | |________,′ ヽヽ从///ヘ、 ――「命」を護ろうとする少女 _ ,, ... ‐ ..-......、 ,,,,ィ ;z , イ´ . `ヾ;´ ;;;< / ., 、 . ヾ;; ;;;ミ , ' // ヾ、 ヽ、 . . ヘ;; ヾ / //´ `\ヾヘ . . . iゞ;ヘ / . /_'_ , ィ' ゙´ } ;. . . . l!;'' `> . ,' `゙ " ィヤ壬ア; . . ;イ;;;!'' \ . iィャ心 弋_叨,'. . ;' i;;;;ii 「オルフェノクだかアンノウンだか知らんけど、あんま人間舐めんなって」 i 人弋タ /. !ノ;;;;;ll l . . . . ;;ヘ ' _ ,'. . i';;;;;;;;!! l| . . . ゙、 ;;iヽ、 ヾ_,) ,! l;;;;;;;;;ll il . . .ヽヘ .i≧.-,イ´i . i;;;;;;;;;l ヾ . . . . .ヘ´;;;;;;;;;ノ| .λ . ヾ;;;;/ ヾ . . . . ` ;;∠ォ'v〈 ヾ;. . ;;;シ´、 `ナー'" o/∧|O`ー' ̄ , ' ヽ、 { ., ,l/,' |! ; ヘ ソ .; . ! ヽ、 /. i l ヽ { ! .;! ;' ヘ ', ! ,z' i i . ゙T ー -.'" ! l l . ;'l l l ! . ;' ! l ――「命」を奪い続ける少女 _.. -‐……‐- .._ ´ `丶、 / 、 \\ \ `、 ヽ /, i i、 `、 `、 // i | 「\ \ ゙, ゙, ; .. . '/ , i |j `、-‐…‐-ミ.゙. Wハ / ,′,′ i 圦 、 ゙; 、 iハ 【_Vハ. ´ ; /\ \ }iハハj止_ハ; Г)、} 「……ゴメンネ」 / ; ; i ij jⅩ ` ‐-- ,㌢゙⌒¨ ,′ Г \ {{ ; iiⅱ jⅣ __ ″ / ; \. \ !iⅱi{ {い. \ ,㌢⌒ / ,゙ ; .. `、 ‘リ从W辷} } } # .゙ / ;゙; . ゙, 》'´ ノ人__ _,ノ ; / ,! }ii ; }} } ,´ , 厂}込、 . ; . / ,;゙| ,ハj / ,゙ / . /. √ ` ._;ァ=‐‐ ´! ;゙_jWル1 },゙ / / ; .゙i; . /{ {い ''7「 Vv , . { }トミ」|__/イ} {ノ ;; ii ; ;゙{_V゛ ;; | Vv/^゙ 、 ゙、]  ̄ミメ、 i ‘i八{ i{'ヤ ;、 ii | ,氷 \` ハ U ! \〈 ゙, ⅱ| /⌒^\ ` ‐- } ハ __ /` ‐- }i 从|__/_____\/ ノ/ ,ハ ――「命」を修復する少女 / / / / \ \ / / / // / ./ | | ゚ . / / / . / / ./ ./ . Ⅳ . . .| ゚ . . ′/ // _/__,/ _ / ./ . | ゚ . .| ゚ .. | /.| . /7´/ _」 / . /┼ ┼ ゚ .l | |. |// l /| | ./ ∧ ,」 . . | ゚ .\ .リ | |. |/ | ./ . | l/ l/ ‘ .| 八 | | / l | | / | / | | ___--、 ‘ .| ‘ | | /} / リリ . .| 「……でも、うちがおらんとオルフェノクが死んでまうんよ」 / 从{ |ァ´ ̄ ̄`ヾ \{ __-‘__, |// / / / | | / | ´ ̄ ̄`ヾ/イ / / | | __彡 / | 〃〃 ′ | /Χ | | `ー------=彡ク | _ 〃〃 |/´ ̄`∨ ∨ / .人 |  ̄`ヽ. / l \ / / / \ / 、__彡イ ト、 .\ /_ _ _ _ 彡 //l \ `ー‐ _. . ≦ | .从 八 --- ` l/ ./`ト . _ _ -‐ | _ _ _ /| / \ \ 八 ./ | .∧ Τ {_ノ∧ l/ ` \ ∨ j/ /´ | __ -‐ \  ̄ ̄ __/ /lノr‐ \ --‐ / /~⌒l / \ / { / ∧ \ / \ ――「命」を踏みにじる女性 , '"  ̄` 、 / ヘ ./ ヽ、 ヘ ′ i !ハ ∧ i| | ! ヤ ∧ |i | / リ从 ∧ 「いややわ~。ちょっと腕が灰になっただけやのにぃ」 | /´レ勹´ _`_キ ∧ | !' ,r=‐ ⌒i| \____ | 爪 ´,, ″| ヽ、 `ヽ | ゝ .,ノ 从 `ヽ、 | 心 _/.)^._ イ´ ∧\ }..,ィ|i /./ | i \ } ソ{ ./ | ,'‐^ュ `k | i \"´ji { 广 ̄丁 j’ ´ ‐''ノ从 |-ミ } ji ル / 人__,,斗宀'" i \|ノ; /i | 彳"/ /' │ !"¨ ./ |ゝ-弋./ /__ __ _/i / |!/| | / / `´ |/ | i| | / / | | i|┌──────────────────────────┐│ ――ここには神はなく、奇跡はあらず、英雄はいない。 │└──────────────────────────┘ 丶丶 / / \\,. ´ ̄ ̄ ̄` ,′,′ 丶丶 ` 丶 / / / 丶丶 i i / /ヽ / /\ 丶┘亠 └ / ヽ | | \ \ / / i | | | \ \ / / i | ヽ ! \丶 / l | 「退いてくれ……殺すのも、殺されるのも、殺させるのも御免だ」 i、ヽ、 |ヽイ / ,' 丶 ヽ | .| / / ト .ヽ | .| ノ ,′ 丶___,/丶┘ .└‐ィ丶,' ハ | \_ / / _-――――――i ,' ̄`ヽ l_ ヽ/ ̄ _,,..-‐――――丶 / 冖 | l .| ヽl ,イ .__--‐―-丶| (◎) |_ / | \ヽ ヽ_\ _,/ ̄_,..ィ ̄ ̄ ̄ ̄| 。 | )\ く _-‐==ニニ二三\ \ ',/ / ̄ _―― ̄ト○ ○.| /\ \ \ \ \ / ト _,/ ̄ ,―i||,リ ト---イ ヽ \ \ \ / \イ _,,..ィ ̄ ト、_,.イ \ \ / ヽイ i/ ̄ ̄ ┌──────────────────────┐ │ ――ただ等しく、生きようとするものだけがいる ...│ └──────────────────────┘「死ぬのは嫌だけど……ほっとけねーよな」「ギルスの力なんて、そんなの望んどらんのに……」「私の邪魔をしないで。京ちゃ――須賀、京太郎」「ニゲテ、アブナイ! キョータロー!」「オルフェノクは……どうして、人を襲うのかしら……」「おねーちゃん、置いて行かないで! やだよ、おねーちゃん……!」「人間なら、人間として足掻くのが筋ってもんやないんですか?」「貴方には、余計なものを背負わせちゃったわね」「本当は……オルフェノクと人間、手を取り合ってくれたらええなぁって」「首から上と、膝から下のどっちがええ~? 選んでええよ~」「……オルフェノクも人間も、関係ない」「王を殺したら――何もかもが終わってしまう。全てが、終わる」 蘇った命の価値は。 救った命の重さは。 託された命の代償は。 生きようとする命の罪は。 戦わなければ守れない命は。 戦っても取り戻せない命は。 懸命に生きようとするだけの命は。 そんな――誰もがただ生きる事を願っていた。 小さな星の「命」の物語。 / | |.. . ゙、 . ゙、゙、. \ |. i | i |. ∧ 、.i. .i . ` 、. ! | |、 | | i | ! | | | 、 > | | i 「! ヽート!、 リ ! |ハ ト | ̄ ̄. ,..-、| i | !゙、 _、!二゙、-| イ リ ! |ヽ | / へ.゙、 丶ヾヽ ´{ i` ヽ! 1!| /| !ノ゙、リ ヽ \ !丶  ̄ Vイ ハ |\ i. 丶 \゙、 ` リ ` 「俺は戦いたくない……嫌だけど……」ヽ `┬ 、 ヾ / i ;ィノ U ,....-ィ /,, ‐レリ _  ̄ /゛=!_ \ `ー-、_ _/ ゛== 、 \ / ̄ヽ、 ゛===-、 ┌──────────────┐ │ 「――――変……身ッ!!」 .│ └──────────────┘ ',∧ /ハ ',∧ . ‐…‐- . ./// ハ ∨ | |.| | ヽ/// / ∧ ’, | H | /// . /∧ 二二二二//ヽ _ { イ,' .丶\r/ヽ./// }l / } _ | {| . ’, 、 /// |!} | ̄lrく__.丿 ト {! . ’,// ハ! 「そうするしかないなら、俺が戦うッ!」 | 「 /_ ,}八、 | | | | // ∨ /─‐=ミ.__', ∨ \、 | | | | // r< r"´ ̄ヽ.ノ\\_ノ`ー┘! ! ー'′{′ |!〃/〉ヽ /{⌒} マ ¨´〈 ̄ ̄ ̄ / ∧)ヽ |!|!// V 厂}‐={ \_´ ̄ ̄`// =‐- .__ __ _|!|!イ マ廴/ { ∨ 厂厂∧´ / / /⌒> _. ‐… ¨¨´ _/ r───v /{// ノ { Y^}| { { ∧ ', / / / / / . ─=ニ / \__ ./\ ‐=ニ { l>"´ 人 ゝ─‐=彡 \丶 //} ; , ./ / _ニ=-─ァ ', {\ ⌒}=- } r"´ `¨¨¨¨¨´ 〉 `´/ ′{! | / _. -─=ニ7 マ¨¨//\ ー─‐ノ ∧ マ二二二二二二二ア'′/ ′/l ! ′ /_.二ニ=‐ァ `.// /`¨¨¨´} ’, \\r/\ォ>"´ / / / i| { { . -‐…ア¨´ ,.ー-‐.、 ヽ、 ヽ __ /,..-ニ‐- '"_,..) ' ´/ , _ 、´ . _______. . . . . . . . . . . . . . ' ,. ''" ,. -‐/ _  ̄\ . / / r─‐'‐ァ r─‐'ニニニニ7 .,ィ─ァ‐===‐‐二/ , ',. -一' ./..'/ .} . / /' = フ'¨,r ュ,rフ/二二フ/ 7´' ∠/ ∠¨_ / ,. '′ ,..,. ,/ ./ 7 / /ク r'/ / 三/ /´//ー‐/ /-'´//─‐,≠/ / { \ヽ i' /─'ー‐‐^ー―――^ー―´ '===' 'ー‐´ ー'´ `´\ ヽヽ ! /M A S K E D R I DE R_ _ . ,.'⌒ `,. l ! ー"ヽ ヽ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l l //. ! ゝ-‐'´ /l .! `ー-、 } | |// __. \ / } .} ヽ/ l 、 ヽ 、-、 ,.-, ,' r‐、ヽ `ヽヽ j ノ ._______| |ヽ ヽ_ヽ.∨ /__.ゝ ー’ノ___゙、`' / ___  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄〉 ./ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ } ./  ̄ ̄ ̄ / ./. ヽノ  ̄ ――この物語に、正義はない。
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If 「少女と笑顔と為せない約束」 ――愛してその人を得ることは最上である……愛してその人を失うことはその次によい。 (ウィリアム・M・サッカレー 19世紀英国作家) 「まだ、だ……まだ……俺は」 矢尽きはて、刀折れて。 そんな言葉で表すが等しい状態の京太郎が、唸り声を上げた。 傷付いて半ばから刀身が破損したメダジャリバーを杖代わりに、立ち上がる。 左の腕は力なく垂れさがり、前に突き出てる。肘と鎖骨が折れていた。 過度に使用したメダルの力を抑え込むために精神力を消耗しつくし、体力もごく僅か。 あれほどまでの白色であったスーツは焦げ跡と血しぶきで彩られ、強健さを表した装甲も、欠けぬところがないほど。 共に戦う仲間は既に生身に戻っており、その体にも幾条もの傷跡と打撲痕。 体力も使い果たして、かろうじて状態を起こすので精いっぱいだ。 故に、これは京太郎がやらねばならない事だった。 京太郎が屈すれば、全員が死ぬ。 京太郎が勝たなければ、全員が殺される。 勝ち目がないと分かっていながらも、それでも最早、戦うほかないのだ。 胸骨に罅が入り、脚の靭帯を損傷し、頸椎を捻挫、関節包を破損、眼底を骨折。 髄液出、内出血、火傷、擦過傷などは数えればきりがない。 だからと言って、休む事は出来ない。膝を折る事もできない。 ここで立たなければ、立ち続けなければ、倒れたきり起き上がれなくなるのは目に見えていた。 あまりにも強大な戦力差。 京太郎の手持ちで――仲間内の戦力で、もっとも強いプトティラコンボであるからこそ、かろうじて変身を維持しているだけ。 それ以外なら、藁のように手折られて終わりだ。 己がやるしかない。 己以外、誰もいない。 倒さねばならない。 止めなければならない。 戦わねばならない。 護らねばならない。 そんな義務感で補強された精神を以って、京太郎は幾度となく立ち上がる。 立って、一撃を受けて倒れて、また立って。 その繰り返しだ。ただ、己の苦痛を増やすだけの行為。 しかしそれでも、それ以外に出来る事はなかった。 少しでも時間を稼ぐ。 仲間が、この場を離れられるだけに回復するまで、粘り続ける。 このままなら、そう遠くなく自分が死ぬ事が分かっていても、それでも仲間を失うのは耐えがたい。 命よりも大切なもの。 実に使い古された陳腐な表現であるが、京太郎にとって、仲間とはそういうものとなっていた。 己が死んだとしても。命をどう減らしたとしても。 護る――この仲間だけは、絶対に。 更に半月板を損壊させられた京太郎は、それでもただ一心に身を起こした。 一分一秒、自分が立ち上がる時間が長ければ。足掻ければ。 その分、仲間の命が長らえる。 だからこれはきっと無駄ではないと――そう信じて、京太郎は立つ。 そんな京太郎の行動に辟易したのか。 眼前の敵が、拳を振り上げる。 エネルギーが拳に渦巻く。これまでのどれよりも、殺意と破壊力が込められたそれ。 どうやら、須賀京太郎もこれで終わるらしい。 そう思ったその時に。 「バカだね……やっぱりバカだ。きょーたろーは」 言葉と共に割り込む影。 大星淡=仮面ライダーゼロノスが、京太郎を護る形で、間に立っていた。 ゼロノスが、繰り出された一撃を受け止める。 須賀京太郎の代わりに、装甲を軋ませて。強力な攻撃を一身に受けるゼロノス。 淡のカードの正体と、その代償。 須賀京太郎はそれを知ったときに――尚更に、自分が戦わなくてはならないと思った。 もう、カードを使わせない。淡には戦わせない。 その為ここには、淡抜きの仲間と来ているはずなのに。 そんな京太郎の思いを知りながら、頷きながら。 実際のところ、大星淡はこの場に――ゼロノスとして、参戦した。 「あわ――」 呼びかけようとしたその瞬間。 ゼロノスは耐えきれず、弾き飛ばされて変身が解除された。 京太郎も余波で、変身が解けた。薄れていた猛烈な痛みが、襲い掛かる。 それでも構わず、地面に倒れ込むその少女に声をかけようとして――須賀京太郎は。 目の前の少女の名前がなんであるのか、少女が誰なのか、自分がなんと言おうとしていたのかを忘れた。 開きかけた口のまま、呆然とする。 何故、その場に少女が倒れてるのかが分からない。 見知らぬ少女が、この場に出ている。そして倒れている。 誰かわからずともそれは、京太郎の心を刺激するには十分だ。 再び奮起する。 戦わねば――守らなければならない。 腕が折れても、脚が砕けても、目が潰れても、心臓が破れても、戦わなければならない。 幾度目かの噛み締めで、奥歯が削れる。 それにも構わず拳で――砕けた拳で、身を起こそうとする。 変身して、戦わねば。 そんな京太郎の体を、何かが包んだ。 見知らぬ大男。ごつごつとした手。おそらくはイマジン。 何を、と言おうとした京太郎に。少女が笑いかける。 心配はいらないのだとでも、言いたげに。 「……デネブ。皆を、連れてってね」 「……分かったよ、淡」 事情が見えないが。 この少女とイマジンは、京太郎たちの味方のようだ。 自分たちが足止めを買って出ると、京太郎たちを庇うように前に立った。 ならばやはり戦える力を持ったライダーなのだろうが。 それにしても、敵が強すぎるのだ。 どれほど実力があるか判らないが、単騎で戦うのは不可能に近い。 「あんた、誰だか知らないけど……無理だ……! そいつは、一人じゃ危ない……!」 確りと叫んだつもりのその声は、掠れてひび割れていた。 横隔膜にも障害が残ったのか、胸腔のどこかが歪んだのか、喉がイカれてしまったのか。 理由は分からないが、ただ、思ったほどの大きさにはならなかった。 これで、伝わったのだろうか――と。 何とか瞼を開いて、少女の顔を眺めた。 「――」 複雑そうな顔をして、少女が京太郎を見つめ返す。 それから、少女はどこか寂しそうな笑みを浮べてると、 「大丈夫だよ……私はかーなーり、強いからさ」 自信ありげにそう言うと、問題ないと、京太郎に背を向けた。 伸ばした手が、遠ざかる。 デネブというイマジンに抱えられる形で、その場から引きはがされているから。 他の皆を見た。 京太郎が稼いだ時間は無駄ではなかったのか――辛うじて、本当に辛うじてだが。 牛の歩みと雖も、己の足で立ち上がる事が可能となっていた。 それはよい。 だが――それにしてもこの少女は誰で、一体、何の目的で京太郎たちを助けようとするのか。 そんな疑問に答えが与えられないまま。 京太郎の体は、少女から離されていく。 せめて理由が欲しかった。ただライダーだから助けに来たのではないと思えるのだ。 あの哀愁漂う微笑には、何か意味があると。 「もう憶えてないだろうけど――――大好きだよっ。バイバイ、きょーたろー」 最後にそう、少女が語りかけたのが聞こえた。 混乱が残る。 何故自分の名前を知っているのか。その言葉の意味は何なのか。 口を開いて呼びかけようとしても、声が出ない。 それから彼女は京太郎を一顧だにする事なく、ベルトを取り出すとその腰に巻いた。 そして――赤いカードを取り出し、言った。 「――変身」 さらに、赤のゼロノスカードを切って。 淡は、仮面ライダーゼロノス・ゼロフォームへの変身を行った。 背後で混乱しながら叫びを上げる京太郎を、デネブが引きずっていく。 他のライダーは、京太郎が稼いだ時間のおかげで。一人でも何とか、歩く事が出来る。 マスク越しに背後を確認した淡は、ゼロガッシャーを構えて、再び敵と相対する。 ひょっとしたらという奇跡を願った。 もしかしたら、彼と自分の間には強い絆があって、それで、ゼロノスのカードを使っても消えないのではないか。 そんな奇跡があるのではないかと、そう思った。 だけれども。 この世に、奇跡などは存在しない。 拠り所のない、根拠のない夢などはただ、風に散って消えるだけだ。 そんな事は、願っても無駄なのだ。 この世界はやさしくない。都合のいい奇跡なんて、起こらない。 ――だから。 (起こらないなら、起こせばいい。きょーたろーを守りきれば、それは奇跡と一緒なんだ) あのままでは――淡が割り込まなければ、確実に死んでいただろう京太郎。 それが生きると言うのはまさに、奇跡ではないだろうか。 そんな奇跡を、起こすのだ。この自分が。 都合のいい奇跡なんかじゃない。 大星淡が願って、大星淡が実行して、大星淡がやり遂げる。 そうすればきっとそれは、実態のない奇跡じゃなくて――確固とした運命となる。 須賀京太郎たちが、逃げ延びるだけの。遠くまで逃げて、生き残るまでの時間を稼ぐ。 デネブは京太郎たちを逃がすために共に行った。 故に淡はゼロガッシャー・サーベルモードの柄を握りしめて、単身、眼前の敵へと突撃する。 (悲しいなぁ……忘れられるのは。怖いなぁ……やっぱり、死ぬのも嫌だなぁ) まだキスもしてもらってない。 抱きしめても貰ってない。 二人でどこかに遊びに出かけたりもしていないし、落ち着いた時間を過ごせてもいない。 あの日交わした、淡の好きなおかずを詰めた弁当を食べる――というのも。 ――否。 まだではない。もう二度と、そんな日は訪れないのだ。 ここで淡が生き残ったとしても、京太郎の中にもう、淡はいない。 あの日の淡を知る人物など――存在しないのだ。 だから、残念でならなかった。 彼と結ばれずに、一人っきりで強敵に立ち向かって、静かに死んでいくのが。 でも……。 (嬉しいな――嬉しいなぁ……。うん、嬉しいよ……きょーたろー) 愛してその人を得ることは最上である……愛してその人を失うことはその次によい。 そんな言葉があるが、淡は、言った人間は相当分かってないなと思う。 もっと嬉しい事があるのだ、人生には。 愛した人を――護れる事だ。 それこそがこの世で最も満たされた行為だと思う。 故に、淡の心は死地と言うのに、晴れやかだった。 自分が消滅してしまうその事よりも。 須賀京太郎を護れるという事が――ただ、嬉しいのだ。 彼の為に時間を稼ぐ。 それがなんと――嬉しい事なのだろうか。 幾たびもの切り結びの末に変身が解けても、淡は、生身で敵に食い下がる。 (……きょーたろー、私の事を忘れてくれててよかったなぁ) もしも彼が淡の事を忘れないで、この場に残っていたのならば。 きっと深く、傷付くはずだ。京太郎が傷付くのは嫌だ。その心も、体も。 赤の他人が自分の代わりに死んだという事にも――きっと彼は涙するだろうが。 それでも赤の他人な分だけ、マシだ。 それと、もう一つ。 ここまで無残に傷を負った自分の姿を、京太郎に見せたくはないという乙女心。 髪は乱れ、爪は割れ、手首は折れ、肌には青痣、顔だって晴れている。 こんな姿、やっぱり好きな人には見せたくないのだ。 まだまだ心残りはあるけれど。 それでも本当に――京太郎を護れて良かった。 彼と出会ってよかった。 彼と話せてよかった。 彼を好きになってよかった。 彼を失わなくてよかった。 「きょーたろーが忘れても……私はきょーたろーの事が大好きだよっ」 彼を護れて――本当に良かった。 そう笑顔を見せた大星淡は。 その笑顔ごと、頭部を踏み砕かれて絶命した。 砕け散るゼロノスカードと同じく、道路の赤い錆となって。 時を同じくして。 大星淡と契約したデネブが消滅した事で。 須賀京太郎は、自らの身代わりになった、見知らぬ少女の死を知った。 彼女の言葉の真意を、知る事なく。 ――了
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コツ、コツ、コツと。 骸が歯を打ち鳴らしていた。 上下の顎が着いては離れ、着いては離れ。 何も見えない仄暗いその眼孔で、京太郎を嘲笑っている。 京太郎の行動により宮永咲は不幸な結末を迎えた。 それにより多くの人々は苦しみ、死んだ。 それが故に、怪人に改造された人間もいる。 惨事を引き起こしたのはひとえに京太郎の行動による。 未確認に殺される人を助けた/クウガが倒すべきはずの怪人を殺した――。 それが、何かの歯車を狂わせた。 ――いや。 そもそも、自分は本当に人を助けようとしたのだろうか。 やり場のない怒りを、憎しみを……あのとき持ち得なかった暴力で叩き付けたかっただけではないか。 本当は、他人などどうでも良かったのではないか。 ただ、未確認を殺したかった。 自分が加わる前に既に終わってしまった物語に介入し、 憎悪をぶつけようにも全てが終わっていなくなってしまった仇へと、 晴らしようがなかった怨嗟を、他ならぬ自分で叩きつける。 それがしたいだけじゃあなかったのだろうか。 ――そうだ。 だから、自分は今罰せられている。 そうだ。自分勝手な悪人だから、苦しむのだ。 自分は罪人だ。裁かれるべき悪行を犯した。 故に、こんなことは不思議でもなんでもない。 そもそも、父母を殺したのだ。 その応報が今になって訪れただけ。 結末は最初から、決まっていたのだ。 これまでの幸福な夢は、このために存在していた。 積み上げるだけ積み上げて京太郎を絶頂まで押し上げると、静かに周囲を切り崩す。 そうして、墜落する様を眺めるのだ。それこそが罰であると。 過去という轍は周囲に這い寄って来ていた。 その穴を深め、京太郎を突き落とす算段を作り上げていたのだ。 準備はできた。さあ、今だ――と。 すっかりと囲い込まれていた。 それから遂に、それは起きた。 漸く過去の罪は、清算のときを迎えた。 ――だから。 これが京太郎の終焉だ。 この悪夢は然るべき報いなのだ。 これは理不尽ではない必然であるのだ。 諦めて受け入れよう。 苦しみに疑問はない。傷みに当惑はない。辛さに不明はない。 これは、こういうものなのだ。 悩むのはもういらない。 ただ黙って苛まれればいい。 悩みなど必要はない。 だって自分はそれだけの罪を犯したんだ。 悩むべき理由はない。 もう、考えることをやめてしまおう。 昏睡状態にて繰り返される悪夢において、京太郎はそう結論付けた。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分を殺しにくる。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分に殺される。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分の前で殺される。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲に殺されている。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲を殺してしまう。 談笑中に、戦闘中に、食事中に、遊戯中に――。 教室で、街中で、野外で、居室で――。 黎明に、早朝に、日中に、夜間に――。 繰り返しそれは起こった。 終わりない慟哭。果てしない悪夢。切りがない痛苦。 嘆いても、怒っても、恨んでも、頼んでも、祈っても終わらない。 リピート。リピート。リピート。 リロード。リプレイ。リバース。 リセット。リトライ。リターン。 リピート。リピート。リピート……。 何度も仲間の死に様を眺めた。 幾度も友人の死に顔を看取った。 今度も恋人の死に体を抱えた。 手は届かない。 決して、届かない。 そんな、永劫とも思える責め苦に、京太郎の精神は軋み上げる。 今度はどこから来るのだろうか。 今度は誰が死ぬのだろうか/誰を殺すのだろうか。 今度はどんな最期を迎えるのだろうか。 答えなど返るはずもない。ただただ、悪夢が再演されるのみ。 再会の瞬間、怪物だと吊し上げられ五体を裂かれる宮永咲。 デート中、水底に沈められる大星淡。 登校の最中、自分を庇って刺殺される神代小蒔。 逃亡の末、凶弾に倒れる江口セーラ。 見せしめだと、両断された半身を継ぎ合わされた白水哩と鶴田姫子。 あるものは遺言を残して/あるものは会話の暇もなく殺される。 須賀京太郎と共にいるから殺される。 守るべき人々に殺される。 無辜の民衆など存在しない。誰もが石と棒で彼女たちを糾弾する。 数の暴力の末に、唯一絶対の判決を下す。 人数に任せて悲鳴を塗り潰す。怒声に懇願が消されていく。 味方など誰もいない。 全てが、敵だった。 守るべき人々なんてもういない。 誰もが京太郎に刃を向けた。 髑髏が、京太郎に手を差し伸べる。 ――助けるな。 ――庇うな。 ――守るな。 ――救うな。 あれは敵だ。大事なものを奪おうとする敵だ。 助けたっていいことなどない。どうせ裏切られるだけだ。 庇う必要なんてない。彼らは君より痛みを知らない。 背後から刺し殺す機会を狙っている。守ろうとするだけ無駄だ。 救う理由などあるわけない。そのまま引き摺り込まれて沈む。 ――あれは紛れもない敵でしかない。 ――協力して奴らに立ち向かおう。 ――奪われる前に全てを奪おう。 ――自分の心だけを守ろう。 なるほど確かに、そうだった。 仲間を殺されてなお、それをした人々の守護など考え付かない。 むしろ、仲間が殺される前に奴らを殺してしまおうと思える。 髑髏の言葉は甘美な誘惑であり、正当なる主張であった。 (ああ――それも、いいかもしれないな) 無限とも思える地獄の果てに乾ききった京太郎の心に、染み渡る提案。 普段なら一顧だにしない囁きにすら心が傾き始めていた。 自分が狙われるなら、自分がいるせいで彼女たちまで排除されるなら。 ならば、誰からも鑑みられず、触れ合うことのない最悪となればいい。 どうせこれ以上堕ちようがないのだ。 そうすれば彼女たちは襲われない/そうしようとする存在など皆殺しにできる。 それを可能とする力が――自分にはあるのだ。 京太郎は静かに手を差し出した。 灰褐色の骸骨が応えて、手を伸ばす。 髑髏は密かに、筋肉も皮膚もない顔でほくそ笑んだ。 これにて、洗脳は完了した――と。 だが、 (だけど……お断りだ。 お前は、笑ってた。皆が死ぬ様を笑って眺めてやがった) 想いを潜めていたのは京太郎とて同じであった。 幾度となく与えられる仲間の無惨な最期、理不尽な結末に心が削れきっていたのは事実だ。 心の筋力は萎え、骨を砕かれ、腑抜けにされたのもまた然り。 戦う意思などとうに削れ、守るべきものを見失った。 心は諦観に支配され、ただの虚無感だけが存在する。立ち上がる気力など、もうなかったのだ。 それでも――最後に怒りは残っていた。 踏みつけ嬲られ虐げられ、それでも/それだからこそ――憤怒は消えない/生まれる。 仲間を守れない自分。何もできない自分。最悪を呼ぶ自分。 全てを奪う運命。理不尽な世界。不可避な結末。 残虐な殺傷。凄惨な殺害。無惨な死体。 微かな反抗心が芽生えていた。 その先のことなど見通してはいない。 単純に、どこかに目掛けて奥底にへばりついた負の感情をぶつけたかったのだ。 やるせない憤懣が、哀惜の感嘆が行き場を求めていた。 こんな光景など肯んじられない――とにかく、否定してやると。 繰り返される惨状の圧力に、心の底へと圧しやられた情感は、ここで噴出する。 その対象が――矛先が現れたことによって。 或いは、逆に言うのであれば……。 須賀京太郎は、これほどまでの理不尽を負いながら、己以外に牙を向けはしなかった。 己を苛む少女たちや、仲間を害する民衆たちに……苛立ち嘆き苦しみこそすれ、刃を向けようとはしなかったのだ。 そこへ口実を伴った外敵――髑髏がが現れたのだから、反抗するのも道理であった。 (誰が――そんな奴の手をとるかよ) 握り締めた拳で、差し向けられた腕を弾き飛ばす。 同時、頭の中で、火花が弾けた。 それは雷となり、京太郎の全身を打った。 金属が掻き鳴らす音を聞きながら、京太郎は覚醒する――。 「――」 「ひっ……」 そして、目覚めたその場に居たのは、怯えた目を向ける白衣の中年。 自分が、相手の手を振り払った形となっていたらしい。 そこで気付いた。 両手両足を塞いでいた鎖の拘束が解けている。 そして、頭部には大仰なヘルメットがごとき機械。 頭がやけに重い。そして、気だるいのだ。 「洗脳が……。間に合わなかったの、か……」 男の言葉に、思い至る。 なるほど、自分の頭に装着されたこれは――洗脳装置だったのか、と。 先ほどまで自分が受けていた/その渦中にあった現実(ユメ)も、こいつが見せていたのだ……と。 そう認識した瞬間、その装置を地面に叩き付けていた。 最悪過ぎる映像。 どこまでも現実としか思えない光景。 京太郎の“人生(これまで)”を優に上回るほどの時間の体験。 悪夢は全て、京太郎の自責の念からではなかった。 どこからどこまでかは知らないが、この機械が生み出している部分もある。 京太郎は、地面との接触により破損した機械を、もう一度蹴りつけた。 カラカラと音を立て、ヘルメットは部屋の暗闇へと消えていく。 いくらか火花が跳ねた。 人間が息絶える直前の痙攣に似ているなと、他人事のように思った。 すると、 「た、立てるかい? 時間がないんだ……早く、ここから離れないと……!」 京太郎の様子を眺めて胸を撫で下ろした白衣の男性が、それでも恐る恐ると手を伸ばす。 顔面と同じほど手には冷や汗が滲む。 逡巡。 そこで、周囲の異変に目を向ける余裕が京太郎に生まれた。 赤い非常灯。それと、警戒を告げる報知器。 第三者の手により解除されたであろう拘束。 目の前の男性以外、誰もいない手術室。 果たして京太郎は、僅かに停止したのち――男の手を取った。 ◇ ◆ ◇ 「ほら、抑えてって……小蒔ちゃん」 「で、でも……!」 「あの場に僕たちが残っても、出来る事なんてなかったんだからさ」 「でもそれなら、余計に京太郎くんは――!」 声を大にする神代小蒔を宥めつつ、ウラタロスは息を漏らした。 先ほどからずっとこの調子だ。 助けたい、戻りたいという小蒔を相手に説得を続ける。 あの場に残っても皆がやられただけだ。 京太郎が取ったのは最善でなかったとしても、最悪を避ける行動だった。 そんな彼の頑張りを無駄にしてはいけない。 兎に角彼女の感情論を、理性的な言葉と論理を以って沈下していく。 釣りは得意だが、鎮火と言うのはどうにも苦手だ。性にあっていない。 まあ、女性から――それも美少女から――熱っぽい視線を向けられて詰め寄られるというのは悪くない。 それも、こんな状況でなければ。 助けに戻りたいと思うのはまた、ウラタロスとて同じであった。 ――須賀京太郎。 そこまで関係が深いという訳でもないが、幾度となく顔を合わせ、言葉を交わし、 ライダーとして共に戦ってきた。 仲間とか友人とか、そういう言葉はあまり好まないウラタロスであったが……それでも、彼と自分の関係を言い表すのなら、 いわゆる仲間というのに近いのではないだろうか。 モモタロスもなかなか彼を気に入っており、キンタロスも同様。 リュウタロスは懐いていて、小蒔は大層ご執心である。 勿論、ウラタロスとて彼を悪くなど思っていない。 どこか歪ではあるが、須賀京太郎も、彼の本来の主人である野上良太郎のような分類側に回る善人だろう。 それを置き去りにした。 ただ一人、たった一人、敵のど真ん中に。 確かに彼は強かった。自分たちの仲間内で最強に近い。だから、戦うとしたら彼が適任。 そして、あの状況で自分たちが加わったとしても良い事になるとは思えない。 故に、彼が残るのは妥当だった。感情論を抜きにすれば。 いくら強いとは言っても――あの並み居る化け物すべてを相手にするなど、不可能だ。 よしんば勝利したとしても、少なくない傷を負う。 勝っても死にかねない。負けたら当然生きる筈がない。運が良ければ、逃走できるだろう。 そんな場に、彼を置き去りにした。 彼がそうしろと言ったとしても、それを決断したのは紛れもなく自分たちであった。 そんな、ある種仲間と呼べる少年を死地に送る行為に、平然としていられるほどウラタロスも冷血ではない。 彼は、全員を生かすために自ら死へと身を投じた。 投じさせたのは、彼を含む全員だ。 (……せめて、生きててくれたらいいんだけど) であるからして、ウラタロスは考える。 自分があの場でできなかった事の代わりに、やるべき事がある。 それは、ただの感傷かも知れない。都合のいい言い訳かも知れない。 直接的に、彼の助けにはなり得ない行為だ。 でも、最後の彼の言葉を頼りに、ウラタロスは静かに決心した。 己がここでやる事は、彼の意志を尊重し小蒔の身の安全を確保し、 そして電王として、この事件の解決を図る事だ――と。 故に、小蒔を止めなければならない。ウラタロス自身、それは自分の責務だと解釈している。 だから、やれやれと息を漏らした。 この事件をどう解決するかなんて要するに――情報を収集するしかない。 正しい穴の形をしって、ピースを集めて、絵を完成させる。 今まではいつだってそうやって来た。この世界に囚われる前からそれは変わらない。 どこまでも、地道な作業だ。 情報を収集するにはどうするか? 決まっている。またあの時間に向かうのだ。 しかしそれが躊躇われた。 あそこは未知過ぎる。そして今度は、須賀京太郎がいない。 万が一もう一度あの連中と遭遇したら、そこで詰みかねないのだ。 虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うが――。 流石に何の安全策もなしに地雷原に突入するほど、ウラタロスは向う見ずではないのだ。 (さて……どうしたものかな) 今にも助けに行こうと言いたげなリュウタロスと、小蒔。 本心では助けに行きたいのだろうが、京太郎の覚悟もあって強く言い出せないモモタロス。 腕を組んで、セーブ側に向かうキンタロス。 そして、残りのリアクションを取らない人物たち。 静かにそちらに目を向ける。 いかに頭脳労働が得意と言っても、何の下地もなく結果を齎せるほどウラタロスは万能ではない。 せめて、何かしらヒントでもあれば――と、オーナーを見やる。 すると、彼は口を開いた。 「これは……大変よろしくないですねぇ」 それから、続いた言葉。 せめて何かしらのヒントさえあればという目線を向けただけだったが、 思いのほか、ヒントどころではなく答えを提示された。 まあ、その可能性はウラタロスも考えた。どころかそれは、本命以外の何物でもなかった。 須賀京太郎の行動――未確認生命体を撃破した事――が、時の筋道を狂わせたと。 本来ならば、その時間軸のライダーによって倒されるはずだったのだ。 それがそのライダーの戦闘経験となり、ウラタロスたちのきた小蒔のいる時間軸へと繋がる。 だが、京太郎がそれを結果として妨害してしまった為に、巡り巡って、世界は容貌を変化させたのだ。 元々、この世界の時間と言うのは酷く歪で不安定であった。 それは、ウラタロスたちイマジンが、閉じ込められている事によっても分かる。 故に、ほんの少しの行動が、大きく筋道を狂わせてしまうのだ――と。 (……しかし、彼もツイてないね) やれやれと、もう一度息を漏らした。 あの場で彼が行ったのは、人を助ける行為だ。 確かにそこには未確認生命体への憎しみもあっただろう。だが、彼はそれだけで戦えるほど、チャチな男ではない。 人が嘆いているから、故に、拳を握ったのだ。 本来ならそれは称賛されるべき行為だ。 野上良太郎がその場に居ても、きっと、同じ事をしたであろう――おそらくは。 事実幾度か、時の結果を異ならせてしまうと知っていながら、良太郎が人助けというルール違反を行った事だってあった。 そう見れば、京太郎の行為はそれと同じだ。 ただ違うのは。 不運である良太郎よりも、京太郎は運命に嫌われているかの如く行動が裏目に出たという事だ。 世界は、彼に対して厳しい。厳しかったのだ、今回は。 些細な、誰かがほんの少し前を向ける結果などへの改編ではなく――全てが負に向かうような、異常な変革を齎された。 それが、オーナーの言う「よろしくない」事。 良太郎の行ったもの程度ならば、苦言を漏らしこそすれ、オーナーは飲み込んだ筈だ。 だが、今回はそうも行かない。 京太郎が行った行為は奇しくも、己たちの敵であるイマジンのそれと同等となってしまったのだから。 故に――。 ここで、ウラタロスたちがすべき解決とはたった一つ。 たった一つの、シンプルなものだ。 「……おい、ふざけるなよ」 「そうなったら、京太郎はどうなるのかなぁ……?」 オーナーから導かれた答えに、しかし、グリード二人が異を唱えた。 京太郎のとった行動がイマジンと同じで、その結果も正しく同様なら――。 ウラタロスたちがすべき事は単純だ。 イマジンによる破壊を止めるのと同じく、京太郎が過去に於いて行った事を妨害する。 そして、時間軸を正しいものに戻す――というものだ。 だが、ここには問題がある。 特異点が一つの場所に存在する事は、過去も例にあるように、問題ではない。 だが、その他の人間についてのタイムパラドックスはどうなるのだろうか。 過去に於いて戦う須賀京太郎を止める場合――こちらには「京太郎が戦った場合のカザリとアンク」がいる――。 その二人は、時間軸が正常に戻った場合、いかなる事になるのだろうか。 また、そして何より――正常な時間軸への帰還において、 『あちら側の世界』に残された京太郎とメダルは、一体どのような扱いとなるのか。 本来の時間軸には、「戦いを止められた京太郎と一同」が戻るだろう。 だがその場合、彼らがその時間の住人となるなら、こちら側の「戦った場合のアンクとカザリ」の存在が重複する。 そうしたら、この二人はどうなるのか。 また、置き去りにされた京太郎は? 果たして正常に帰還するのか? それとも、切り離された時間と共に消滅するのか? 或いは、別の平行世界と言う形で――向こうで永遠に生きる事になるのか? (それに……前の良太郎のときは、良太郎が被るっていうのは『予め起きた事』だったから問題はなかった。 良太郎が知らないだけで、それはちゃんと起きていた――だからパラドックスは発生しない。 でも、今回僕たちは誰にも止められていない。だから……前とは違う) そして、自分たちはどうなるのか。 以前行ったそれとは違い、今回のは明らかなる矛盾を引き起こす事である。 その、時の齟齬に――自分たちが如何なる影響を与えられるのかも、未知なのだ。 故に、簡単にそのシンプルな結論に飛びつく訳にもいかなかった。 (さて……本当に、どうしようか) 京太郎を切り捨てるのならば、この場で一戦交える事も辞さないという構えのグリード二体。 相変わらず何を考えているのか分からないオーナーに、 今すぐにでもやはり助けに行こうと飛び出しそうな小蒔とリュウタロス。 悩んでいるモモタロスとキンタロス。 どうにも、この場で冷静に物事を考えられるのは自分しかいないのだ。 さて――本当に、どうしようか。 (ちょっとこれは、釣った魚が大きすぎるかな……?) 顎に手を当てて、ウラタロスは嘆息した。 ◇ ◆ ◇ 白衣の男に連れられて、京太郎は走る。 互いに無言だ。 男は長らく運動していないが為か息も絶え絶えであり、京太郎もまた、体調が万全でない為ふら付いている。 そのまま、誘導灯に導かれての逃避行。 最中、夢から醒めない心地の――自身の人生に等しい体感時間の悪夢――京太郎は、それでも周囲を確認する。 それは半ば、習性じみていた。 己の進むべき方向も判らない。照らしてくれる光などない。 目的がない。結末が思い描けない。ただ京太郎は、状況に流されるまま走っていた。 非常呼集と非常灯――何らかの危難がこの建物に訪れている事。 自分はそれに乗じて逃げ出している事。 先導する男は、迷う事ない足取りから、おそらくこの組織の科学者である事。 男は自分の拘束をとき、助け出そうとしている事。 頭の中で状況を整理しつつ、京太郎は漸く口を開いた。 「……あの」 「何、かな」 「どうして――俺を助けるんですか?」 それでは男は、裏切り者になってしまうだろう。 よくわからないが、きっとこの組織は恐ろしい組織であったはずだ。 裏切りが露見した場合、平穏無事では済まされない事は明らかである。 そういう意味の問いかけであったが、その実……。 その言葉には自分に助ける価値はあるのか――と、そのようなニュアンスが含まれていた。 京太郎自身は、無自覚であったが。 そんな京太郎の問いかけに、男は困ったように笑った。 「はは、やっぱり覚えてないか……」 「……なにが、ですか」 「私は――君に助けられたんだ。あの、オーズとしての君に」 それから、男は言った。 長野県のあの場所でかつて、自分は未確認生命体に襲われていた。 そのとき、仮面の戦士に命を救われた。 礼を言う暇もなかった。逃げるのに、必死だったからだ。 そして時間が過ぎ――今となって。 彼は、その戦士と巡り合ったらしい。死神博士が齎した映像に、その戦士は居た。 そうして、彼は、その戦士の仮面の下の素顔を知った。 それが京太郎だった。 であるが故に――彼はこうして今、京太郎を助け出そうとしているのだと。 「あの時は言いそびれたけど……ありがとう。本当に――助けてくれて、ありがとう」 「……」 ようやく礼が言えたと笑いを零す男に、背中越しに顔を歪ませた京太郎の様子に気付ける筈がなかった。 男の言葉と共にリフレインする映像。 怪人に変えられた人々。感謝を口にする化け物の群れ。血塗られた己の両手。 込み上げる不快感を、空気と共に吐き散らそうとする。 が、消えなかった。 「あの時の恩返しと言うのはおかしいけど……それが、理由だろうか」 男は小さく、笑った。言い訳じみた微笑が零れる。 その瞬間、京太郎は理解した。 この男は、己の罪を――つまりは己が務める組織が行ってきた行為を、罪として認識していると。 ギリ、と奥歯が鳴った。 半ば亡者のように覇気を失った京太郎であったが――。 その牙を向ける対象を目の前にして、殺気が生まれるのを自覚した。 この男は、罪人であった。 己が犯した罪を認知している。 ショッカーが行った非道を、理解している。 ――その上で、どうしてこうも平然と笑えるのか。 それは八割方が八つ当たりに等しい。 いや、正確に言うなら精神が均衡を保つために行われる、攻撃だった。 洗脳装置が齎した悪夢の中、京太郎に残ったただ一つの感情が怒り。 京太郎を人間足らしめる、最後のパーツ。 怒る事さえ失ったのならば、京太郎は心を砕かれ、ただの人形と化す。 故に彼の精神は、無意識的に、怒りの矛先を探していた。 或いは時間が経てばそうでもないのだろうが……。 元々の穏健な気質に似合わぬ、戦いの日々。 刻まれた幾多の痛苦と恐怖の傷跡。 繰り返される知人の死と言う悪夢のヴィジョン。 京太郎はまさに――手負いの獣よろしく、攻撃的になっていた。 それ以外に彼は今、人間としての心を保つ術を持たぬのである。 そんな京太郎の思いを知ってか知らずか、科学者の男は続ける。 「あれから――私は、考えたんだ……君に助けられて。 ここで生かされたんなら、きっと私の人生には意味があるし――意味があるものにしなくてはならない、と」 故に彼は続けていた、研究の開発を急いだ。 それは本来、事故などで身体を欠損した人々を助けるための技術。 作られれば、いずれ身体に障害を持つ人々も健常者と変わらぬ生活が出来る、そんな代物。 だが、その研究は行き詰っていた。 どうしても解決できない問題があり、そして、開発資金に限界が来ていた。 そんな中彼は、己の原点に立ち返ろうとあの場所に戻ったらしい。 皆が楽しそうに泳いでいる中、寂しそうにそれを見ていた一人の車椅子の友人の事を。 彼の問題を解決する手段は、提示されていた。 軍事への転用。 或いはパワードスーツであったり、傷痍軍人の再兵役化だったり、SFよろしくのサイバネティック兵士であったり……。 そちらの方面での開発も行うのであれば、資金を援助するとの言葉。 彼は悩んだ。 己の持つ技術は、誰かを救うためのものだ。 戦争の是非は問わない。軍事の云々は語らない。 だが、そちらに使用されてしまうのは――彼の理想とは違っていた。 彼はそのとき、決断を迫られていたのか。 あくまで多少高性能な義肢として、自分の研究を打ち止めるのか。 それとも、死の商人と手を取ったとしても、高次元の技術を開発するのか。 そこで――。 あの事件に巻き込まれて、辛くも一命を取り留めた彼は、続けようと決断した。 達成の為の手段がどうであっても、己は解決をするべきだと。 助けられた命として、精一杯、その事に報いなければならないと。 それでもまだ彼は、直接的に軍事技術に介入しなかった。 自身の理論を基に、誰かがそれを軍事に転用をする事に目を瞑りこそはすれ、 自分自身が、その先兵として働く事だけは肯んじなかったのだ。 だが――それも、破られた。 迫る未確認の脅威を前に、彼はついに己が研究の戦闘転用を首肯する。 そして組まれた、各分野のスペシャリストを集めたチーム。 それを統合する組織――ショッカーの一員と、なったのだ。 彼は苦悩した。 己が作り出した理論は、人々の幸福と安全の為であった。 だがそれが結果として、血を生んだ。 脅威と戦うためには、相応の力が必要だ。 その事は嫌でも理解していた。 理想論だけで何かを守れるほど世界は甘くなどなく、如何なる主張を以っても武器を持たぬという事は、暴力によって容易く踏みにじられると。 それでもまだ、大義名分があった。 あの未確認生命体を暴れ回らせる事は、それは間接的に人々を殺している事と同じである。 だから、彼はそれに対抗する改造人間の製作にも携わった。 それが平和の為になると、誰かの笑顔の為になると思って。 そう、そこまではよかった。 だが、それからが問題であった。 未確認生命体4号を撃破した後のショッカーは、日本を掌握した。 平和や、ともすれば人類の希望の為であった改造人間は、悪の尖兵と化す。 彼の生み出した技術も同じく、血に濡れた。 組織から離れるには、浸り過ぎた。 今更裏切られたと嘆くには、手を汚し過ぎた。 家族の為にも、ショッカーの手を断る事は出来なかった。 彼は、己が大罪人だと理解した。 しかし、死ぬには勇気がなかった。 死は恐ろしいし、遺された家族のその後を思うと、死を選ぶ事などできなかった。 嘆きながら、ますます深みに嵌る日々。 でも――ここで。そんな絶望の日々の中で、彼は再び希望と出会った。 その身が、過剰なほどの傷跡に苛まれる少年だという事は理解していた。 己がどれだけ残酷な事を行おうとしているのかも、どれほど情けないのかも認識していた。 しかし彼は“それ”以外に、出来る事がなかったのだ。 故に、彼は危険を知りながら、京太郎を助けた。 単なる善意からではない。 少年を希望に仕立て上げるという残忍さ。 誰かに自分の荷を押し付けると言う傲慢さ。 少しでも自分が悪に染まりきっていないという証明欲しさに行う卑劣さ。 その事をハッキリと彼は知っていた。 知りながらもしかし、彼に出来る手段はそれしかなかった。 選べるものが悪と最悪だけであった。 更なる犠牲者を生むのか、それとも、一人の少年に希望を押し付けるのか。 どうしようもない、二択であった。 「だから――済まない。私は卑怯者だ。結局こうして、勝手な理屈で君に背負わせようとしている」 故の謝罪。 或いはその謝罪も、単なる言い訳にしか聞こえないだろうと、彼は考えた。 それでも、謝る以外はなかった。 自分が弱い人間であると知りつつも、そこに胡坐を掻くしか、他ないのだ。 対する京太郎は、 (……) 無言であった。 普段の彼ならば、ここで男を勇気づける事をしたかもしれない。 軽口の一つでも叩くか、それでも自分が改造されずに済んで良かったとか、危険を知りながらもこうして行動しただけいいとか、 何かしら彼への慰めを口にする余裕もあっただろう。 だが今の京太郎に、そんな心の余裕などはない。 ただ事実として、男の言葉を受け入れていた。 また、同時に思った。 男が自分に謝罪をすべきではない――と。 そもそもこの最悪の発端は、己が起こした行為に因るのだから。 再びの沈黙。 ただ、二人は駆けた。騒乱で浮足立つ、基地の中を。 途中、戦闘員一人にも出会わなかったのは幸運だろう。 勿論、科学者の男はその事を計算に入れた上で行動をしていたのだが、それでも万一というのはあった。 そうなったとき、希望は完全に潰える。 科学者である彼に戦闘能力などなく、戦力となる京太郎はその精神が戦闘可能な状態ではないのだから。 よかったと、科学者は嘆息した。 「ここの角を曲がれば――」 そしてすぐさま、吐いた以上の空気を吸い込んだ。 「ひっ」と、喉が鳴る。 何故、こいつがここに居るのだろう。 確かに彼が属するショッカーと、大ショッカーという括りで結ばれた組織の一員。 だがしかしその折り合いは悪く、こうしてショッカーの基地をうろついている事などないであろう存在。 死神じみた純白さを身に纏った、カプセルの内にするどき眼光を潜ませる怪人。 その名を―― 「これからのお前たちの行先を、占ってやろう」 ――ジェネラル・シャドウと言う。 その手には二枚のカード。 どちらにするのか選べと、そう告げられているらしかった。 科学者の男は、自分の心が挫ける音を確かに聞いた。 ジェネラル・シャドウの戦闘能力は、イカデビルに匹敵――或いは凌駕するであろう。 人である自分が対せられる相手ではなく、病み上がりの須賀京太郎でもそれは難しい。 ましてや今彼は、オーズとしての力を失っているのだ。 まさに、絶体絶命であった。 それが崩壊の足音に聞こえた。 己のような大悪人に向けられた、罰であると考えた。 希望を胸に進んだ先に待っていたのは果てしない絶望で、その底を彷徨ううちに僅かな光と巡り合った。 その光を手にして、進もうとした矢先に――最大級の絶望だ。 やはり、都合がいい話などこの世界にあるわけがない。 これはきっと、因果が応報されたのであろう。 数々の改造人間を作った己が、こうして改造人間に処分されるのなど、実に諧謔が効いていた。 だけれども……。 「……下がっていてください」 そう、折れそうになる男の眼前に広がる背中。 須賀京太郎が拳を構えて、二人の間に割り入っていた。 対するは最強の魔人。己の手には何も持たない身であるというのに――だ。 その身一つを盾にして、強大な砲弾を受け止めようとしている風でもあった。 そんな様子に、ジェネラル・シャドウはどことなく満足げな吐息を零し―― 「……なるほど、スペードの3か」 そしてその後、侮蔑に等しいほどの声色を、須賀京太郎に向けた。 否、それは明確なる侮蔑であった。或いはそこには、失望の響きが含まれているだろう。 ジェネラル・シャドウの人となりを、男は知らない……だが、その声色にはどこか、須賀京太郎への好意や興味がにじみ出ていたのだ。 しかしそれも、消えていた。 「今のお前に、俺は何の関心も持たない……。そんな目をした奴が、仮面ライダーであるものか」 「……何を、好き勝手」 「行くがいい。今のお前には、戦う価値もない」 「……」 対する京太郎は己へと振りかかる憮然とした言葉の、真意を探っていた。 眼前の怪人の意図はなんなのか。 油断させるつもりなのか。だが、油断などさせずとも自分たちを捉える事は容易ではないのか。 ここで怪人の言葉に従うべきだろうか。その方が安全か。 だが、目的はなんだ。 ここで自分を見逃す理由は何だ――と。 そんな京太郎の様子を、ますます詰まらなそうに、ジェネラル・シャドウは一瞥する。 「今の貴様と戦っても、得られるものはない。何より、気に入らん」 「……そう、かよ」 顎でしゃくって、出口を指すシャドウ。 その先に気配はない。 科学者の計画通り、そこが穴となっているのか。それともシャドウが人払いをしたのかは不明だが……安全と言うのは確かだった。 今の京太郎には、怒りや闘志より戸惑いが勝った。 ただでさえ、色々な事があり過ぎた。己を見失っていた。 そこに来て、これだ。よく意味の解らない敵の幹部。合理的とは思えない行動。 混乱が増すばかりだ。 ならここは――見逃してくれると言うのであれば、それでいい。 どうせ、実は嘘だったとしても結果には変わりが無いのだから。 須賀京太郎は、どちらにしても死ぬ。 宣言を覆したジェネラル・シャドウに刃を向けられても、ここでシャドウに立ち向かっても。 だったら、どうなっても一緒だった。 目を閉じて、一歩を出す。 同時に抜き放たれるサーベル――シャドウ剣。 「……ただし、お前には残って貰う」 その切っ先は、京太郎と科学者の間。 彼我の間を正しく分裂させんと、振るわれていた。 白衣の男は、自らの眼前に晒された暴力の象徴に悲鳴を漏らした。 京太郎は、拳を握りしめて、改めてシャドウを睨み付ける。 「貴様には用はない。だが、まだこの男は必要だからな」 端的に答えると、もはや京太郎の事を意にも介さぬと顔を背けるシャドウ。 握りしめた拳に、力が籠る。 馬鹿にされる事は、いい。 自分が弱いのは真実である。敵がどう思おうと、関係ない。 だが、ここで自分一人だけが逃げると言うのは、一体どうなのか。 残された科学者はどうなるか。 処刑は――されないだろう。必要であると、シャドウが言った。 しかし、だからと言って残していくのか。戦う力を持たない男を、敵の言葉に従って。 それは果たして、正しい行動だろうか。自分自身、後々、許せる行動だろうか。 などと考え――しかし、その思考の炎が掻き消える。 今の自分がすべき事は何か。 それ以前に、出来る事など存在するのだろうか。 実はただ、理由を付けて反抗したいだけなのではないか。 そもそも、正しさとはなんだろうか。これから先の己など、あるのか。 迷っていた。鈍っていた。濁っていた。くすんでいた。 京太郎は今、戦うことも出来なかった。 そんな気概すら、削がれているのだ。精々が、瞬間的に何かが沸騰し、すぐさま冷めるだけ。 己がやりたい事も、出来る事も一切が分からない。 己の心で決断をする事も、決断に心を従わせる事も、決断に用いる基準もない。 ただ、迷っていた。 (――――) 逡巡した。 いつもならここで、一も二もなく人を守る事を選んだだろう。 そうして誰かを犠牲にして生きながらえても、後々その後悔が自分を押しつぶす事を知っているから。 だから、たとえ身一つでも、一秒でも長く科学者の彼が逃げ出すまでの時間を稼ぐ。 そんなつもりで、戦いに臨むはずである。 しかし、今は別だ。 心の表情は削がれて、目玉を潰された。 絶え間ない慟哭に耳は破れ、嗄れた喉は声を出せない。 かつてないほど、京太郎は無力であった。 カザリを庇ったときよりも。 小走やえを止めようとした時よりも。 イマジン相手に盾にしかなれなかった時よりも。 血反吐を吐いてもヤミーと戦った時よりも。 Wに恫喝された時よりも、ドーパントに命を奪われかけたその時よりも。 目指す先がないというのは、方向性を失ったというのは、これほどまでに人を弱くさせるのだ。 そして、京太郎が答えを出さんと悩む間に――。 「――分かった。それに元から、私は残るつもりだった」 白衣を翻して、中年男性はそう答えた。 思わず息を飲む京太郎。 止めようと、無謀だと手を伸ばそうとして――それも止まる。 そう言って、それからどうなるのか。 今の自分に、この男性へとかけられる言葉など何もないのだ。 その資格も、ない。 「君に背負わせてばかりじゃあ、申し訳ないんだ……。 だから私も、戦う。何とか君の力を取り戻せるように、やってみる」 「……あ、の」 「これしか取り戻せなかったが……。残りは――メダルも、私に任せてくれ」 そう、京太郎へと荷物を手渡し、背中を押す科学者。 一歩二歩、その勢いのまま体が泳いだ。足に力が入らず、踏みとどまる事ができない。 手術着とは違う、元々京太郎が着ていた衣服。 大切なドライバーを欠いた、装備品。 それを押し渡され、自分を気にせず先に行け――と言われてしまったのだ。 「君には……残酷な事を押し付けてしまっている。直接戦うのは、君だから……。 私は酷い臆病者だろう……だから、気にしないでいいんだ。 それよりも、君は……無事に逃げ出してくれ。君は、人類の希望なんだ。私の希望なんだ」 「……俺、は」 「済まない……勝手な期待を押し付けてしまって……」 何も、言い返す事が出来なかった。 勝手な期待は辛いと、普段なら思ったろう。 或いはその期待を裏切らないようにしようと、そう思っただろう。 だけれども今は、ただ空虚なだけだ。 どんな言葉を懸けられても、心を上滑りしてしまう。 何をすればいいかもわからず、ただ相手の言葉を聞くにとどまってしまう。 「恨んでくれてもいい。君は……生き延びて、くれ」 剣を境に、男は笑った。 それは笑みと呼ぶにはあまりにも弱弱しく、情けない。引き攣っただけの笑い。 それでも――今の自分の表情とは、比ぶるべくもないほど、輝いていただろう。 「そんなこと、言われて……ハイそうですかなんて……」 強い語気はない。 それでも何とか否定しようとして――言葉を選んでいるうちに、口を紡ぐ須賀京太郎。 基盤を失っている彼では、誰かに響く/自分に響く言葉を発せられる訳がない。 それでも、まだわずかに残った人間性が、男を見捨てていく事を拒否するだろう。 しかしそれでは、話が進まない。 シャドウの目的は達成されない。 であるがゆえに――。 「トランプ・フェイド」 ジェネラル・シャドウは、科学者を連れて姿を消す。 これ以上ここで話していても、何も進む訳がなかった。 遺された須賀京太郎。 再び、虚空を掻いて彷徨うその手。 あの時ほど力を入れている訳ではないが……。 それでも、また掴み損ねたのは、事実であった。 「……俺は」 そう項垂れると、須賀京太郎はその場を去った。 幾度も未練がましく振り返り、拳を握りしめ……。 それでも己に出来る事などないのだと頭を垂れて、この基地を抜け出した。 そこに、人類の希望となるべき戦士の姿はない。 力を持たず、目的を失い、気概を無くして――重荷に潰されそうな少年がいるだけだ。 向かうべき先を持たぬから、悪戯に浪費していく。精神を、肉体を。 確たる一歩を踏み出す力はなく、歯を食いしばって耐える心もない。 過酷な運命に翻弄される、ただの生ける屍だ。 「……ふ」 さて――と、ジェネラル・シャドウは考える。 スペードの3。 それは“切り札(ジョーカー)”にはなり得ない。“王たち(キング)”の力も持たず、“最強(エース)”でもない。 まさに、唾棄すべきカードである。 それだけを見るのなら、彼の未来は暗い。最弱や最低を運命づけられているのに等しい。 だが、限定的な条件・状況ならば――だ。 それは時に、“切り札(ジョーカー)”を凌駕する事さえ、あり得る。 果たして彼の運命は、ただのブタ札で終わるのか。 それとも、ジョーカーをも打破する札となるのか。 今のままの濁ったの瞳では、ジェネラル・シャドウと相見える事はないだろう。 スペードは剣。スペードは力。スペードは勇気。 あり得るのならば、もう一度。 初めての邂逅のときのように、彼がライダーとしての精神を取り戻す事を――。 己の好敵手として相応しい存在となる事を、願おう。 「――ほう」 そして、戯れに占ったその先。 頬を釣り上げる道化師=ジョーカーのカードが、少年の旅路を示していた。 シャドウは、静かに笑いを零した。
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「第一章:Jという二つ名/最後の切り札」 ――スマートブレイン学園都市。 都内に存在するその学園は、中学から大学。 最近は付属の小学校や幼稚園をも設立させ、まさに一大教育都市を建設させている。 そんな学園の存在する街の、とあるビルの一角。 そこに彼は――彼らは居た。 年代じみたタイプライターを前に、黒い学生服を思わせるスーツの青年。 英字新聞を広げて、顔に被せるようにしつつデスクに足を投げ出し、目を閉じる。 そのほど近くのデスクに腰掛ける女性は、パソコンを前に眉を寄せる。 最新式のタブレット、スマートフォンを卓上に並べて時折クリック音を交えながらタイピングを行うその指は細く白く、 桜色の爪からは彼女の瀟洒さや或いは垢抜けた様を察するには容易い。 憂鬱そうに髪を掻き上げてコーヒーを啜る様子は、それだけで一枚の絵になるような美しさを伴っている。 一つの部屋に同居する現代と過去。 青年の鎮座する一角は古風――悪く言えば時代遅れや時代外れと言った風貌であり、ともすれば胡散臭さを感じるほど。 一方の女性が形成する一角は正しく現代風であり、弁護士事務所や或いは会計監査・司法書士の事務所を思わせる。 それらの対立が、ますますこの探偵事務所を胡乱としてそこはかとない信用の無さを作り出す。 というより、正確に全体を描写してみよう。 まず、部屋自体はそう新しいものではなく、壁紙も燻んでおりレトロ風。 証明もそう明るいものではなく、今は窓から入る陽光の方が強い。 しかし、置いてある機材はどれも新しい。黒革の来客用ソファーも、テーブルも、作業用のデスクも。 古いのは青年の周囲だけ。 そこは置いて行かれた物悲しさや、或いは青年の静かなる頑固さを主張している風。 何ともちぐはぐな内観であった。 しかしこの探偵事務所には――ある秘密がある。 学園都市を、いや日本全土――全世界を揺るがしたとある事件から十年。 関係者以外の記憶からは薄れ、その事件を知らぬ少年少女が成長するには程よい頃合い。 静かに噂される希望。絶望に抗うものが、最後に身に纏う事が出来る最強の武器。 人の手に負えず、人の身に耐えきれず、人の心を食い荒らす怪物と戦う仮面の戦士。 人に曰く――最後の希望。 そう、“最後の希望”……だ。 ,.ー-‐.、 ヽ、 ヽ __ /,..-ニ‐- '"_,..) ,. ァ i ' ´/ , _ 、´ ,.r ´ ,.' __ ,. r'´. . .,' . _______. . . . . . . . . . . . . . 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お金関係とか、特に」 「……いい性格してるな、本当」 やれやれと、溜め息を漏らす京太郎。 とある事情から新子憧が背負った膨大な借金を、彼は肩代わりしていた。 こうして話題に出すのはあくまでも彼らなりの諧謔であり、ちょっとした小突き合い。 須賀京太郎は本気で新子憧に借金について恩を着せるつもりなどはなかった――それに見合うだけの対価を、彼女からは借りていた。 もっとも新子憧もそれに甘えるつもりなどはなく、あくまでも仕事の成果で彼に返済する気概である。 朝には遠く、昼とも呼べないそんな時間。 言うなれば午前だろうが――デスクの上で足を組んでいた京太郎は、立ち上がりコーヒーを飲み干した。 行儀が悪いから止めろと言われているが、退屈な日は顔を帽子で塞ぐか新聞を被るかして、こうやって過ごしていた。 いつも変わらぬ、学生服染みた黒のスーツ姿。 それが青年――私立探偵、須賀京太郎のスタイルだ。 「今から行くの?」 「ああ、悪い予感が本物になる前にな」 「何格好をつけてんのよ。似合わないって言ってるじゃない、そーゆーのはさ」 「……はい。行ってきます、はい」 「あ、ご飯はどうするの?」 「外で食うからいいって。なんか適当に」 「夜には帰って来なさいよ? ……大事な約束、忘れちゃいないわよね?」 「……流石に未来の伴侶との約束忘れるほど、老けちゃいないさ」 笑いを零し、帽子を突っ掛ける。 ロートルばりの、典型的な探偵ファッション。 むしろあからさますぎて、ドラマや映画の撮影に間違われかねないほどの、あまりに型に填まったスタイルである。 その所為か、柔和な風貌と相俟って二枚目半の雰囲気を纏っていた。 「……はぁ。格好つけ」 <BGM: 「俺たち二人で一人」 https //www.youtube.com/watch?v=e-EouE0vmeg> 「あれ、須賀君……仕事?」 「ああはい、これからちょっと」 「そ、頑張って」 須賀京太郎の借り受ける探偵事務所の真下はボウリング場。 鷺森ボウル――その店長、鷺森灼は箒片手に階段を降る京太郎へと笑いかけた。 彼も彼女も、十年前の事件の関係者。 灼は変わらずの外見。妙齢の女性と言うには幼すぎて、ひょっとすれば未だに学生と言っても通じそうな体躯。 違いと言えば、かつてはおかっぱであったその黒髪を肩に掛かるまで伸ばしているところか。 掃除をするときも嵌めているボウリンググローブに、知らず京太郎は顔を綻ばせた。 何度か慰安として、探偵事務所のメンバーとボウリングに向かう。 まあ、メンバーと言っても先ほどの新子憧しかおらず、大概は憧に負けてしまってそれで終わり。 鷺森灼と、この街に来る以前からの馴染みである憧は、どうやら密かにボウリングのコツを教えて貰っているらしかった。 ちょっとズルくないかと思うが、そういうちゃっかりとした要領の良さが彼女の魅力であるので、黙る。 「そう言えば」 「はい」 「なんだか最近、色々とよくない噂を聞くんだけど……それ絡み?」 「それは後で聞かせて貰いますとして……。えーっと、その……守秘義務で」 「それ、答えているのと同じだと思……」 困ったなと笑う京太郎に、灼が溜め息で返す。 それじゃあと手を上げて、京太郎は灼の横を颯爽と通り抜けた――が、水を巻かれていた下の段に滑り、転びそうになった。 困ったような笑みに、灼は再びやれやれと返すのだった。 ボウリング場。 これも中々古めかしい遊びと言えば遊びであるが、体を適度に動かすのに行える手軽さと言ったらない。 故に未だに学生やサラリーマンの客は絶えず、灼の耳にも街の噂話を届けるのだった。 だから今は、情報源として須賀京太郎の手伝いを行う形となっていた。 (行方不明者は……スマートブレイン学園の生徒、中等部の一年生か。名前は……青山士栗。家族構成は姉との二人暮らし) プリンターから印刷された依頼用紙を眺める。 個人情報保護の観点からそれは秘匿されてしかるべきものだが――ともすれば大事に発展する可能性もあるこの事件、多少の法の逸脱には目を瞑って貰おう。 簡単な履歴書程度のそれは、警察に提出された捜索願以上の意味はない。 写真を眺める――桃色の長髪、腰まで。瞳は青みがかったグリーン。中学生一年生とは思えないナイスバディ。 昔ならどうか判らないが、流石にいい年齢。 少女にその手の目線を向けると言うのは論外と言うのもあるし、何よりも愛する人一筋なので特段思うところはない。 ただ――それとなく人気があるだろうなとか。優しそうだなとか。あまり派手な遊びはしないなとか。自分から事件に巻き込まれる立場にはありそうにないなとか。 その手の、冷静な分析を行うだけ。 物事に対して先入観を以って捜査――調査に当たるのは、この手の職業については鬼門。 故に見たままの印象は見たままの印象として脳に留めて、本格的に考慮に入れるのはその他の情報。 しかし、自分がどう見たか――即ち「他人がこの少女をどう見るか」と言うのは、何を探すにあたっても有用となり得る情報である。 基本的に人間は、まずは見た目で判断する。 そしてその判断を基に評価を下すのだ。この女は大人しそうだとか――或いは派手そうだとか、そういった具合に。 そんな評価にそぐわない行動が行われていた場合、人は脳に強くその違和感を焼き付ける。派手な印象として現れる。 たとえばヤクザ者がファンシーグッズの前に居たのなら、誰かしらは友人との会話でその事を話題に上げるだろうし。 或いは、年配のサラリーマンが昼間から公園に佇んでいれば、何かしらの不幸を連想する。 もしくは、落ち着いた進学校生がスタンガンを購入していれば、何事かと不審に思うだろう。 思った以上に人は人を気にしないし、人は人を気にしている。 だからこの手の第一印象というのは――調査するに当たっては、手がかりの一因を担う事も多い。 外見は京太郎の判断道具にはならないが、しかし調査道具とはなるのだ。 (やるとしたら――まず、セーラさんから詳しい話を聞いて、次には担任教師に。それから、家族のところか) 用紙を畳み、手帳にしまう。 これまで起きた事件が簡易に記された手帳。京太郎の戦いの日々。 探偵は足で稼ぐのが基本だ。捜査百篇。警察もそう、代わらない。 取り出したるスマートフォンで、早速アポイントメントを取得する。 十年前の知人/十年来の友人。 共に苦難を乗り越えた仲間――その絆は、安くはない。 もっとも流石にお互い、顔パスで出来るほど容易い立場ではなくなってしまっているが。 待ち合わせの喫茶店に訪れた。 待ち人は――まだいない。 「お、須賀さん」 「どうも、マスター。ちょっと待たせて貰ってるけど、大丈夫ですか?」 「俺の方は構わないよ。折角のお客さんだしね」 広川大地――その青年は、京太郎に笑いかける。 かつてはサッカーを行っていて、インターハイでもいいところに言ってプロ入りしたが、脚の怪我にて引退。 それから、こうして趣味の喫茶店を始めたのだ。この街に戻って。 京太郎とは顔なじみ。 喫茶店というだけあり、やはり情報や噂話を耳にする事も多いため、京太郎もしばしば情報収集に利用する。 大地は京太郎の情報提供者――というだけではない。 かつて、凶暴化した同級生――森永幸平と言う名の――に襲われているときに、京太郎が助けた。 それ以来、十年。 そのときは御互いの名前も知らなかったが、つい先日顔を合わせて、それから交友が始まった。 「いらっしゃい、京太郎さん」 「あ、ありがとう。いつもので」 「マスター、いつものだってー」 ライダースペシャルと名付けられたそれ。 それはこの店で働く二人――そして京太郎にとっても、馴染み深いものだ。 このウェイトレスの少女、仁科武美と京太郎に直接の面識はなく、お互いの関係は単純に客とウェイトレスでしかない。 しかし武美はかつて、救われた。 京太郎ではなく、京太郎が灯した炎に導かれて己の命を燃やした、一人の男によって。 その男は、風になった――この街に吹く風に。 かつては同郷であり、敵味方となり、最期には戦友だった一人の男。 内木一太――――仮面の下に躰の/心の火傷を隠した、一人の戦士だ。 直接その最期は見ていない。だけれども、きっと彼ならば最後まで前のめりだったとは、想像がついた。 「マスター、何か変な話とか入ってないですか?」 「うーん。……やけに家出人が増えてるとか、知り合いがいなくなったとは聞くけど」 「……。話題に上がった人物の名前とか、判ります?」 「ちょっと待ってくれるか? 一応、メモはしてるから」 金属製の鈍色を放つポットが火にかけられる。 取り出したるコーヒー豆を引きながら大地が戸棚を開けるのを、京太郎はカウンター越しに眺める。 深入りのマンデリンとモカのブレンド――香りと苦み、そしてコクと僅かな甘味を感じさせるブレンド。 矛盾や或いはどことない物悲しさ、そしてガツンと襲い来るコーヒー豆の風味。それが頼んだ、ライダーブレンドだった。 さてどうなることかと、店内を見回す。 流石に平日の昼に至らないこの時間に学生が要るはずもなく、看板娘である武美が常連らしきサラリーマンと談笑しているのみ。 彼女が身に着けた、「N」を思わせる古代文字を表す髪止めを眺めながら、京太郎は店内を満たす珈琲の香りを鼻腔に満たした。 この街に来て、暮らしてから長い。 ここに住む人々とはそれなりに顔を合わせてきてはいるし、自分自身第二の故郷と呼んで差し支えないほど愛着が湧いた。 十年経てば、街としても落ち着きが生まれる。 だからこそ、街に潜む悪の気配に――その兆候に、京太郎は眉間に皺を寄せざるを得ない。 十年。 この街は、未だ年若い。 故に街としても成熟に至らないための不便もある。同時に、熱意や活気に満ち溢れている。 暮らす人々もまた同様で、昔日の想いは押し流されて、前へ前へと進んでいく。 在りし日、こう言われた。 ――この街は欲望に満ちている、と。 欲望故に衝突し、衝突は摩擦や軋轢を生む。そして摩擦や軋轢は再び欲望へと還元される。 欲望――即ちは願望や希望。 そして、希望があればそこに絶望が生まれるのもまた必然であった。 「お待たせ。読み上げた方がいいか?」 「いや、ちょっと見させて貰えばそれで十分です」 メモに目をやる。 そこには話題に上がった名前と、そして話題に上げていた人物たちの簡単な特徴が記されている。 ざっと眺めて、記憶。いずれ自分のところに、何らかの形としてそれが訪れる可能性もあり得る。 しかしながら、目当ての人物は見当たらない。 という事は――少なくとも、ここに記された客層が当たるような場所には向かっていないとも言えた。 もっとも、この街の全ての人間がこの店に顔を出すわけではない。決めつけるのは、早計だが。 ←Next
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Interlude「The people with no name」 「……ふう」 牌譜の整理から、頭を上げる。 空が段々と曇ってきていた。これではこの先遠からず、雨が振るだろう。 やれやれと、肩を回す。 ずっと座って打ち続けていたのだ。いい加減、肩が重い。気圧のせいもあるかもしれないが。 気圧の所為と言えば、髪の毛の纏まりも悪いのだ。 特に片側だけが、放っておいても渦を巻く。昔はどうにかしようと試みたが、今はもうどうもしてない。 それどころか、これもファッションの内であると思う事にしていた。そう開き直っていた。 小走やえは空を見上げて、溜息を漏らす。 空を見るたびに、奇妙な気持ちに襲われる。 それは歓喜と恐怖だ。 歓喜と言うか、一種の爽快感と言うか――。また、空を飛びたいと、身体が疼く。 奇妙な話だ。 “また”――などというのが、おかしい。 人の身である自分が空を飛んだことなどないというのに、何故そんな感情を抱くのだろうか。 風を切る音。雲を突き抜ける感触。街を見下ろす感覚。 それらが想起されるのである。 どうにもリアリティがある。それがますます、奇妙である。 疲れているのかなと、目薬を射して頭を振る。 スマートブレイン学園には、様々な学校の麻雀部が集められていた。 そしてその生徒たちは皆、基本的に元の高校での麻雀部と同じコミュニティを形成するようになっている。 やえのように――そうでないものは、総合的な麻雀部に所属する事となった。 そこには問題があった。 スマートブレイン学園がいくらマンモス校と言っても、この地区の出場枠は1つ。 それ故に、レギュラーメンバーとして大会に出られるのはただの5人。 各高校であった麻雀部のコミュニティを集めたメンバーとした集団たちと、 元の学校のメンバーを揃えられず、この学校での――いわばあぶれもの――を集めたスマートブレイン学園麻雀部。 その中で、学内の大会を行って出場する5人を決定事となっていた。 やえは、その学園の麻雀部に所属。 見事、現段階でレギュラーの座を勝ち取ったが、寄せ集めの集団。誰もが必死な集まり。 いつその座が変わるとも知れず、居残り続けるには多大な労力を必要とする。 維持するのも、楽ではない。 それ故こうして、ひたすらに麻雀を打っているのだ。以前よりも、なお。 しかし、ここでもう一つ奇妙な事がある。 これが不思議と、苦にならないのだ。 以前はそうした生活の内に、少しずつ倦んでいって、ストレスを溜めていた。 そうだったと――漠然と記憶している。 だというのに近頃は、それもない。 確かに麻雀が好きだと言うのはある。色々思うところがあるが、好きである。 それでも、好きな麻雀をしていたのは以前と同じであるのだ。 それで、以前は追い詰められていた。でも今は、そうでもない。 レギュラーになったからだろうか、と考えてみる。 確かにしっくりきた。 後輩の前でやたらと気取った先輩面をしたり、と自分にはそういう面がある。 だから、レギュラーになって益々心を固めたというのは、あるのかもしれない。 前みたいに、他にある道に目を向けようと――逃げようと――しなくなったのだ。 当面は、麻雀一本で行こうと思っている。 (……考えてもしかたないか。馬鹿らしいし) 今は悩んでいない。確かに辛いが、逃げ出したいと言うほどでもない。 だから――それでいいじゃないか。麻雀に集中できるのだ。 ふう、と鞄を手に取った。 そろそろお開きの時間であろう。 やるものはまだ残るだろうが……やえは、帰る事に決めた。 余計な事を思い浮かべてしまうあたり、集中力に欠いているのだろう。 この分では、練習をしたって身になりはしないのだから。 (……そういえば) 奇妙な事と言えば、もう一つ。 時々、夢を見るのだ。奇妙な夢を。 空を飛ぶ蜂の化け物に囚われた自分。 それに打ち込まれた毒だかが作用して、とにかく息苦しく、耐えがたいほどの苦痛が訪れる。 誰か、助けてくれと叫ぶ。 これほど苦しいのならいっそ、殺してくれと。 そこに――少年が現れるのだ。金髪の少年が。 出会った覚えはない。 小学生の時分から、そもそも麻雀漬けの毎日である。出会いなどあるわけない。 そんな話した事もない少年が。 自分目掛けて、手を伸ばすのだ。その手を離さない……掴んで見せる、と。 その夢の中で、少年は叫ぶ。 ――あなたの痛みも、苦しみも……俺が止めてみせる! そうして、やえの悪夢は終わりを告げる。 この夢を見た後には、何故だか、安堵するものだ。 同じぐらい……大切な何かを忘れているようで、胸が痛むが。 (王子様に助けてもらうとか……ちょっと、ねぇ……) いい年して、と思う。 どんな少女趣味だとも思う。確かに憧れるが。 そして、この話には続きがある。 夢を見た後に気が付いたのだが、この少年、実在するらしい。 食堂や売店で、何度か見かけた。 その度に女性と会話している。どうやら、相当軟派な気質なのか。 夢の中の彼とは若干イメージが異なるようで、勝手に穢された気がしている。 尤もそれはただのやえの思い込みであり、現実の彼にとっては逆に申し訳ない話だが。 話しかけてみようか――と思った事が何度か。 でも一体、どう言えばいいのだろうか。 「夢の中であった事があるんです」とか言おうものなら、相当な電波さんである。 ……いや、見知らぬ少年をヒーローにする夢を見る時点で、大概だけど。 そう思うと、躊躇われた。 また同時に、別に話しかけなくてもいいかと思っている。 本当の彼がどんなものなのかは知らない。 だけれども自分は、夢の中で戦う彼に勇気づけられ、前に進む力を貰っている。 何とも乙女チックで、知人が聞いたら爆笑間違いなしであるが……。 それで、いいのではないだろうか。 変に話を広げなくてもいい。暴こうとしないでもいい。追求しなくてもいい。 兎に角今の自分は、前に進もうとしているのだから。 「……帰ろうかな」 ふう、と改めて空を見上げる。 雨が降らなければ、いいのだが……。 「憧、またバイト先から?」 「あ、うん……ごめん」 新子憧が携帯を片手に席を立つのを、卓から身を乗り出して、ジャージの少女が覗き込む。 それに付随して、黒髪の少女が頑張ってと手を振った。 携帯電話に耳を当てながら、申し訳なさそうに部室を後にする新子憧。 必然、お開きになる流れである。 掃除をしようと皆が立ち上がる。 それを見計らって、鷺森灼は、夏なのにマフラーを巻いた厚着の少女――松実宥に話しかける。 「また……怪人がらみ?」 「そう……なのかな……。憧ちゃん、無理しないといいけど……」 元・阿知賀麻雀部。 その内の三人――新子憧、鷺森灼、松実宥はある共通点を持っていた。 人ならざる怪異。 ヤミー。イマジン。ドーパント。 それらの怪人と接触する機会があった、というものだ。 鷺森灼、松実宥――共にイマジンとの元・契約者だ。 鷺森灼は、風に吹き飛ばされてしまった思い出のネクタイを探す事を条件に。 松実宥は、寒さをどうにかする為に。 それぞれ、イマジンと契約してしまっていた。 それから彼女たちは、仮面ライダーと出会った。 鷺森灼、松実宥ともに、命の危機を助けられたのだ。 灼は、激昂したイマジンに殺されそうとなったところを。 宥は、彼女の願いを湾曲して燃え盛るビルに閉じ込められたところを。 仮面ライダーオーズ=須賀京太郎と。 仮面ライダーバース=新子憧に、助けられた。 正確に言うのであれば、松実宥はそれより前に、須賀京太郎に助けられていた。 変な男に絡まれているときに、彼が間に割って入ったのだ。 あの時は恐ろしかったが……。 「なら、須賀君も……?」 「その可能性は、高……」 松実宥がマフラーの裾を握りしめるのと同じく、灼もスカートの裾を掴む。 イマジンという化け物に襲われた自分を庇って倒れた彼。 それから、どんな形でもよいから、彼の力になろうと思った。 あまり話すのは得意ではないが、色々と情報を集めて……。 その先に、彼が再び傷付き倒れたと知ってから。 退院後の一度を除いて、彼と顔を合わせてはいない。 理由は至極明快であった。 松実宥も、京太郎に助けられたらしい。 変身した憧とタッグを組んだ仮面ライダーオーズに。 その時の京太郎の様子を、彼女から聞く機会があった。 宥曰く、「怖がっていた」そうだ。 そのまま宥に名前も告げず、碌に言葉も投げかけずに、去っていく。 その背中は、何かに怯えている風であった――と。 そんな宥の言葉から、灼は察した。 宥の人物眼には、一目置いていた。 彼女はこう見えてもしっかりしているのだ。であるが故に、信用できた。 彼女の見たとおりであるならば、須賀京太郎は、人と関わる事を避けようとしている。 バイトで怪人と戦っていると打ち明けた新子憧――灼は同じ境遇という事で宥から聞いた――とは異なり、 彼は、自分一人で背負いこもうとする。 思えば、灼が話しかけているときもそうであった。 彼は、自分を遠ざけようとしていた。 京太郎に関わる事で、関わった人間に被害が及ばないように。 そう願っての行動であろう。 彼は、助ける/助けられる以上の関係に踏み込む事を忌諱していた。 いや、その関係の中でも――接触は必要最小限に止めようとしている風にも、見えた。 極力、リスクを下げる為に関わらない。 そういうスタンスと言うのは、判る。 でも、彼のそれはスタンスと言うよりは……もっと別の何かであると、思えた。 ある種、強迫観念じみている。 言ってしまうのなら、呪いのようなものだった。 何が彼をそうまで追い詰めてしまったのか。 その事を、灼は知りたいと思った。 彼は恩人であった。ともすれば、それ以上の感情を抱いていると言ってもいい。 (でも……) だからと言って、彼にそう求めるわけにはいかない。 憧という共に戦う仲間はいる。 また、他にも見た。ボウガンを使うライダーとか、神代小蒔という巫女であったりを。 彼は決して、孤独ではないだろう。 それでもきっと彼は――灼を庇ったあの時のように、単身何かに向かっていくタイプだ。 誰かに辛い思いをさせるのならば、自分一人で抱え込む。 そうして鋼のように、嵐の中に身を投じていく男なのであろう。 そんな彼の、余計な荷物になりたくない。 そう思ったが故、灼は、彼に近付く事を止めた。 ただでさえきっと、己のもの以上に抱え込むだろう少年。 そんな彼に、必要以上に何かを負わせたくはなかった。 願わくば――。 彼のそんな、呪いが解けているといい。 ヒーローとしてではなく、少年として、その生活を全うしてほしい。 そしていつか、余裕がでたのなら、自分のところにでも来てくれればいい。 それまでは……。 (私は私の道を全うする……。だから、そっちも……) 彼から得た勇気で。立ち向かうその不屈さで。諦めない気高さで。 自分は、自分に出来る道を進んでいくだけであろう。 それこそが、自分に出来る、彼への精一杯のお礼なのだ。 空を見上げる。 雲行きが、怪しかった。 (……どうしてるんやろ) 機嫌が悪くなった空模様を眺めながら、末原恭子は思いを馳せる。 自分を助けてくれたヒーロー。 仮面を纏った王子様。 頼りになる年下の少年。 仮面ライダー=須賀京太郎に。 この街に暮らす以上、仮面の戦士という存在を耳にした事はある。 だけれども、そんなものを信じるほど恭子は子供ではなかった。 己の身に、その異常が振りかかるまでは。 巨大な、人間大のゴキブリ男。 末原恭子が遭遇したのは、そいつだ。 外見からくるあまりの醜悪さに加えて、そいつ自身から発せられる、粘り気を帯びた雰囲気。 恭子は恐怖した。そのまま、その場にへたり込んだ。 思いに反して動かない体を引きずり、逃亡を図る。 じわじわと嬲るように追い詰めてくるゴキブリ男に、とうとう彼女が行き止まりまで追いやられた時。 それは――仮面ライダーは、来た。 そこからは、あまりの早業であった。 恭子の眼には映らないほどの速度でゴキブリに攻撃を加えると、そのまま叩きのめした。 彼の発するあまりの圧力に、助けられた自分が恐怖するほど。 ならば対するゴキブリにとっては一入であり、その身の因果をなぞるように、悲鳴を上げて逃げ出した。 ただ違うのは、自分には助けが入って、あのゴキブリにはそれがなかった事であろうか。 因果応報という奴だ。 (なんか、無茶してへんとええけど……) 考えながら、頭を掻く。 あれから彼と、会ってはいない。 恭子自身、麻雀部でやる事が多かったと言うのもあるが……。 何度か、お礼に、勇気を振り絞って一年生の教室を覗きに行った。 それでも彼には出会えなかった。 幾人かに訪ねてみたものの、暫く休学するらしいという返答のみ。 詳しい事情を訊いてみたが、それにも答えは無かった。 どうやら彼は、そこまで誰かと親しくはしていないらしい。 それなりに誰とでも付き合う。 だが、その休学の事情を知る者が一人もいないほど――浅いのだ。 その事に恭子は、眉を寄せたのを覚えている。 思えば彼は、自己評価が低かった。 恭子を家に送ろうとする際も、自分のような不審者にそれを知らせていいのかと問いかけてくるほど。 それほどまでにこちらの安全を考えているのかとも思えたが、 それ以上にあれは――あの目は、己自身を信じていない、過小評価をしている眼であった。 (なんていうか……難儀な奴やなぁ。もっと、誇ってええんやないんか?) 彼自身がどう思っているかはさておき、彼はまぎれもなくヒーローだと。 彼に助けられた恭子は、思う。 その目が間違っているとは思わない。 だって――。 自分自身が恐ろしいのに戦いに出て、人を助けて、誰かの恐怖を拭う。 そんな存在が、ヒーローでない筈がないのだ。 ヒーローの条件がどんなものだとか、恭子は知らない。 また、その事について論じるつもりもない。それはどうだっていい。 だけど、思っている事はあった。これがヒーローであると、そう感じる指針のようなものはあった。 恭子の考えるヒーローは、実に単純だ。 誰かを勇気づけられるもの。 誰かを励ますもの。 誰かに、まだ挫けてはならないと思わせるもの。 それこそが、ヒーローなのだ。 だから――。 (私はあんたのことを、ヒーローだと思っとるからな) 彼はヒーローであった。 彼は、まぎれもなくヒーローである。 きっと今だって、誰かの心の支えになるべく、戦っているのだろう。 曇天の空を見上げながら、末原恭子は思いを馳せた。 (やっぱり京セラでは京太郎攻めなのは確定しているけどここは敢えて若干の変化球を投げておきたいところ あの怪物騒動から考えるに淡と京太郎はかなり中が良さそうだし、それに嫉妬したセーラが 京太郎を攻める……いやないなやっぱりない。セーラは攻められてこそのセーラだからそれはない。 だからやるとしたら、ここからセーラが京太郎を誘惑しようとして迫るんだけど…… 「やっぱり京太郎には淡って女友達がいるからノンケ」ってヘタレになって決めきれないところに、 「先輩、俺をそう言う風に見てたんですか……たまげたなぁ」って、軽く言葉攻めしてノンケアピールをして、 それを聞いたセーラが「それでも俺いつの間にかお前の事が」って言って、京太郎が笑って、 「じゃあどうして欲しいんですか? 同性の後輩をそんな目で見る変態な先輩は」って、おもむろにワイシャツを……) 「……おい、早くツモれ」 (でもそう考えるのも良さそうだけどやはり京太郎鬼畜攻めというかセーラへの菊攻めは素晴らしいんだけど、 ここはやっぱりホモ特有の純愛でやっぱりヘテロよりホモが純愛ってソクラテスは素晴らしい事を言った――じゃなくて、 私もたまには京太郎とセーラの純愛が見たいというか、やっぱり純愛は素晴らしいホモは最高だって分かんだね……でもなくて、 ここは、淡っていう女友達がいる京太郎をノンケだと思ったセーラが、自然と身を引いていく感じになって、 でも抑えきれずにラブレターとか出しちゃって、それでも結局告白の場に向かう事ができずに、 あとあと京太郎からこんな事があったんだよって言われた時に罪悪感を感じちゃって、 でも京太郎の喋り方に、淡は彼女じゃないのか、自分にもチャンスはあるのかと考えてまた自己嫌悪しちゃって……) 「おい、照。なあ、おい」 (そんなセーラが少しずつ自分から遠ざかっていく事に寂しさを感じた京太郎は、 ある日淡に迫られるんだけどなんとなく咄嗟に拒絶してしまって、自分自身への違和感を抱いて、 そこでようやく気持ちを自覚して、セーラの元へと向かっていく。もう走る。確実に走る。 息が上がって喉が乾いた京太郎にアイスティーを出したセーラに向かって京太郎は、 「やっぱりどうしても、俺は先輩の事しか考えられないんです」って、自分が好意を抱いていることをカミングアウト。 仲がいい先輩に対していわばマイノリティーであるホモをカムアウトした京太郎は、 二度とセーラの前に顔を出さないようにしようと思うんだけど、 そこはセーラが追いかけて、雨が降る中、幸せなキスをして二人は結ばれる――って) 「おい!」 「……分かった」 丁度自分が今したラブストーリーにぴったりの天気だな、と。 手配を整理しながら、宮永照は窓の外へと目をやった。 (ホモはせっかち……じゃなくて、菫はせっかちだな) ふう、と渋谷尭深が入れたお茶を啜る。 熱い。これは熱い。ちょっと熱いんじゃないだろうか。 熱いのは京太郎とセーラの仲で十分である。セーラの中温かいなりぃ……。 なんてのはともかくとして、「ふー」「ふー」と冷ましつつ、部室を見回す。 今ここにいるのは、自分を含めて4人。 渋谷尭深。亦野誠子。弘世菫。そして自分――宮永照、だ。 そこに、いるべきもう一人の姿はない。 大星淡。 自分たち、元白糸台高校の攻撃的チーム――虎姫の一員である。 彼女は一か月以上前、この部室に顔を出さなくなった。 あまりにも唐突だった。全員が驚愕した。 中学の頃、事情があってインターミドルに出ていないと言った彼女は、麻雀に貪欲だった。 「絶対安全圏」「ダブリー」と名付けた、二つのオカルトを駆使して他者を蹴散らす。 圧倒的強者。麻雀の申し子であったのだ。 彼女はきっと、麻雀を好きだったろう。 照の後をついて、いつも笑っていた。 未確認生命体の事件によってインターハイが延期と言われた時、最も憤慨していたのは淡だ。 そんな彼女の、突然の退部宣言。 異常であった。流石の照も、驚愕に声を上げるほど。 恐らく、この部室の誰よりも――彼女は純粋に、インターハイを楽しみにしていた。 妙な柵などは何もない。単純に自分の実力を露わそうと、考えていたはずだ。 それなのになぜ。 部長である弘世菫は、何度も彼女の元まで足を運んだ。 彼女がいなければ、定員割れをしてしまって、『元・白糸台』としてのグループを結成できなくなるからではない。 あれは、本心から心配していた。 あれほど楽しんでいた淡の、唐突の引退だ。 それが尋常なる事態ではないとは、誰もが思うだろう。 故に、菫は淡の元へ向かったのだ。なにか私生活で困りごとはないのか――と。 それでも、結果は芳しくなかった。 せめて部室に顔を出してくれと言ったが、それも受け入れられなかった。 「気が向いたら」とだけ。 その「気が向いたら」は、今日この日まで実現していない。 このチームは、淡抜きになってしまっていた。 (そのあたり――その後からか。菫は機嫌が悪いし) そういえば、それは確か……いつだったか。 いつだったかは忘れたが、乱暴にドアを開けて、椅子にどっかりと腰を下ろした菫は吐き捨てた。 ――淡は麻雀より、男を取ったのだと。 憤懣やるせないといった菫の様子に怯える誠子と、慌てる尭深。 どういう事かと、聞いてみた。 すると、菫は言った。淡が、男とねんごろにしているのを見た――と。 色々と暈されていたが、菫がそう判断するに足る何かを、見てしまったらしかった。 そうでなければ少なくとも、憶測などで誰かを口悪く言わない。 そんな菫が言うのだから、きっと真実なのだろう。 ……が。 照は思った。 確かに、それもあるだろう。淡が、あの須賀京太郎と楽しげに言葉を交わしているのを見た。 互いにきっと、憎からず思っているはずだ。残念ながら(京セラ的な意味で)。 でも、それだけではないのだ。 それがあの怪物。あの、蝶がごとき怪人だ。 あの時の事を思い返す。 やけにあの二人は、手馴れていた。 怪物が出たと言うのに怯え・慌てもせず、ある種の冷静さを持っていた。 余程、そういう場面に出会う事が多いのであろう。 彼らはそういう心構えを――『覚悟』をしている人間だった。 そして、避難した先での淡からの口止め。 それにより、照は確信した。淡が部活に出られない理由はこれだ……と。 須賀京太郎と先に出会ってから、その戦いに身を投じたのか。 身を投じている矢先に、須賀京太郎と出会ったのか。 どちらが先かは知らない。 ただ、どちらにしても淡の様子がおかしかったのはあの怪物たちとの戦いで、 須賀京太郎と親密になってのも、その戦いが理由であろう。 そんなのどちらでも、よかった。 兎に角、淡が顔を出さない事には理由があったのだ。 麻雀そのものを、嫌いになった訳ではない。 その戦いさえ終われば、彼女は再び部活に顔を出すだろう。 その時、菫の説得ぐらいはしてあげようと思う。 (……) それともう一つ。 菫の言葉によるなら、大星淡は相当切羽詰まった様子であったらしい。 取り付くシマもなく、持ち前の愛嬌や溌剌さも失って、打ちひしがれた目を向ける。 そんな状態で、退部を告げていた。 きっと、よほど戦いが不満であったのだろう。それか、恐ろしかったのか。 兎に角、良い感情など欠片も抱いていなかった。それほどまでの状況だったのだ。 そんな淡が、少なくとも笑いを取り戻せた。 その事実に、宮永照は胸を撫で下ろす。 巻き込まれただけでも、不幸な宿命を背負わされてしまっただけだとしても。 その中で何かしら、やりがいや楽しみ……或いは笑顔を浮かべる事が出来る何かを見つけられたのなら。 それは、幸福であるのだと思う。 その幸福を淡にもたらしたのは、須賀京太郎だ。 正直なところ、彼の人となりはよく知らない。 もしもあの本が彼の性格を反映させていると言うのであれば、 明朗で面倒見がよく、それでもどこか抜けているお調子者で、でも何かに真剣に打ち込めるというところか。 まあ、所詮はフィクションであるし……。 彼が本当にそんな人間かどうかは分からないが。 少なくとも、淡が懐くほどの人間なのだ。 悪人ではないと思いたい。自分に、プリンを譲ってくれもしたし。 そう言えば、あの時の彼はどこか辛そうであった。 あれも、戦いの運命に身を投じる事となったからであろうか。 淡も京太郎も、どちらも戦闘の因縁に負を背負わされていたのだ。 そんな二人が――。 笑えるようになったのならば、それはきっと良い事なのだろう。 今、どうなっているかは分からない。 これから先、どうなるのかも判らない。 でももしかしたら、いつかきっと――また、淡がこのメンバーに加わる日が来るのではないか。 そう、照は信じたかった。 (……淡の事を、お願い) 折り重なる雲に覆われた灰色のキャンバスを目に映して。 自分の思いが届いてくれればいいと、宮永照は思った。