約 13,165 件
https://w.atwiki.jp/sirenindex/pages/26.html
上条(これで、中にはほとんど屍人はいない。 しかも、屍人達は明るい空間に居続けた分、まだ暗闇に目が慣れてないはずだ……!) 上条は、周囲に十分気を配りながら、ホームセンターへと突入した。 内部は完全な暗闇。一歩間違えば、屍人と正面衝突すらしかねない。 だが、上条からすれば、屍人の位置は何となくだが察知できる。 上条とは違い、屍人達は、自分の気配を隠そうとはしない。足音も、呼吸の音も、まるで隠さずに、ただ歩いている。 襲われるという危機感を、感じていないからだろうか。 上条(まあどっちにせよ、余計な手間が省けるのはありがたいけど……おっと) 近くを羽根屍人が飛んでいることに気付き、身を屈める。 息を殺しながら、ホームセンターの奥へ、奥へと歩いていく。 上条(RPGの常識的に考えれば……頭脳屍人(ボスキャラ)の居場所は、ダンジョンの一番奥、ってか?) 奥へ、奥へ、微かな視界を頼りに、上条は進む。 そして、見つけた。 一目で分かる、異常なモノを、見つけた。 上条(……こ、れは……) 異常なまでに膨れ上がった頭部。 肉団子、と言って問題無いような、丸々とした、頭。 小柄な体躯――小学生のような――と、ほぼ同じくらいの大きさだ。 蠢く肉塊のようなグロテスクな風貌。ギョロリと周囲をねめつける目が、肉団子の中央に、一つだけあった。 上条は、その不気味(グロ)さに、軽い吐き気を覚える。 だが、立ち止っている暇は無い。 幸いにも、物陰の上条に気付いている様子は無い。 すぐさま飛び出して、手に持った物干し竿で叩き伏せれば良いだけだ。 上条(……悪い、今回だけは、我慢してくれ……!) 誰とも知れない異形に、上条は謝った。 この屍人が、子供のような体型をしているからか。 しかし、不思議と、今からこの屍人を殴り倒すというのに、子供を傷付ける、という罪悪感は無かった。 恐らくは、あまりにもグロテスクな頭部の所為だろう。 上条は、覚悟を決める。 ステイルを、御坂を、救う為にも。 上条(一、二の……) 物干し竿を握り締め、飛び出した。 上条(三ッ!!) 驚愕に歪んだ(らしい)肉団子。 逃げる間も与えず、上条は物干し竿を振り下ろす。 肉が、潰れる音。 上条「っ……!」 まだ、倒れていない。 もう一度、もう一度。何度も、何度も。 物干し竿を、肉団子に叩きつける。 上条「っ、っ、っ、っ!!」 やがて、肉団子の身体が、動かなくなった。 死んではいないだろう。否、死ぬことはないのだ。屍人は死なない。いずれ、蘇る。 ひとまず胸をなでおろしながら、上条はその場にへたり込んだ。 周囲の屍人達の気配が消えている。全て、活動を停止したのだろう。 上条「……ふぅ……これで、ステイル達も…… ………………?」 不意に、倒れた肉団子に、目が釘付けになった。 正確に言えば、肉団子の身体部分。肉団子の身体に着せられた衣服に。 上条「――――ちょっと、待て、よ」 どこかで、見た事のある服だ。 何度か、見た事のある服だ。 いや、と言うよりも、つい昨日、見た服ではないか? 昨日。夜遅くまで、『見ていた』服ではないか? 上条「やめ、ろ。やめろよ。やめて、くれ」 やたらと子供っぽい服。 ピンク色で、小学生が着るような、可愛らしい服。 その服の、ポケットから。 何かが、覗いていた。 アレは――――タバコの。 上条「あ、あああああああああああああ」 子供染みた体型。 子供染みた服装。 それに似合わぬ、ヘビースモーカー。 それは、誰だったか。 考えるまでも無い。思い出すまでも無い。 そんな人間は、この学園都市の中でも、たった一人しか、存在しない。 上条「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!」 上条は、叫んだ。 また、同じように、喉から振り絞れるだけの音を振り絞り。 肉団子の――――月詠小萌の、変わり果てた屍体を、見つめながら。 終了条件1達成(ミッションコンプリート)
https://w.atwiki.jp/sirenindex/pages/25.html
雨あられと放たれる電撃を、上条の幻想殺しと、ステイルのルーン魔術が打ち消していく。 反撃にとステイルの伸ばす炎剣は、しかしヒラリヒラリと空中で避けられる。 バランスの悪い造形ではあるが、空中の機動性はかなりのモノだ。 ステイル「なるほど、これが神裂の言っていた、屍人の『変異体』というヤツか。 不死の再生力に加え、完全にヒトを逸脱した造形、更に異能まで加わるとなかなか厄介だな……」 ステイルと御坂が一進一退の攻防を繰り返している間に、上条は走って御坂の足元まで辿り着く。 しかし、低空――およそ地上5、6メートルだろうか――とはいえ、空中を飛び続ける御坂に、上条は打つ手がない。 上条「ぐっ……ってか、敵が空中にいるんじゃ俺の幻想殺しでもどうしようもねーぞ……! ちょっと降りてこい、御坂ーっ!」 上条は御坂に向けて叫ぶが、返ってくるのは冷徹な雷撃だけだった。 それを見て、やはり、目の前の異形は上条の知っている御坂美琴ではない、という事実を確認させられる。 上条「……御坂」 ステイル「何をボーっとしている、上条当麻! 空を飛ぶ相手に駆け寄ってどうするつもりだ、相変わらずの単細胞だな君は!」 上条「あぁ!? いやだって他にどうしようも……」 炎を避けながら、雷撃を放つ羽根の生えた御坂。空中を蝶のように舞い続ける。 雷撃を掻き消しながら、炎剣を放つステイル。ルーンが描かれたカードを、湯水のように周囲にばら撒いていく。 両者の戦力は、ひとまずの拮抗を見せていた。 ステイル「いいか、よく聞け! コイツのように、人型から変異した『変異体』の屍人には、必ず付近に行動を統率する『頭脳屍人(ブレイン)』が存在する! というよりも、『頭脳屍人(ブレイン)』からの信号が無ければ、コイツら『変異体』は動けないんだ!」 上条「何だよそれ!? そんな話、どこから……」 ステイル「神裂が言っていたんだよ! 実際に『確かめてみた』とも言っていた!」 上条「『確かめて』……」 上条は、先刻の神裂を思い出す。 あの疲弊した表情は、幾度となく『屍人』達を相手にしてきたから、だったのだろうか。 ステイル「だから君は、その『頭脳屍人』を見つけ出して、倒せ! 僕がこの羽根アタマにやられないうちにな!」 上条「やられないうちに……ってなんだよそれ! それなら俺が御坂の相手をして、お前がそのブレインってのを探せばいいだろ! コイツの相手なら俺の方が慣れてる、絶対にやられたりしねえ!」 辺りかまわず乱れ撃ちされる電撃をいなしながら、二人は会話を続ける。 ステイル「なら聞くが……君は、コレが人間だった頃、『殺し合い』をしたことがあるのか?」 上条「!」 ステイル「『殺し合い』は、君が日常的に行っている『じゃれあい』とは違うんだ。 この化物は、目の前の人間を、確実に殺すつもりで攻撃を行ってる。 君は、その攻撃に、その『殺意』に、耐えきれる自信があるのか?」 上条は、御坂のことを思い返す。 いつもいつも、何かしらの理由を付けて喧嘩をふっかけてきた御坂。 けれど、それは所詮ただの喧嘩。じゃれあいのような、ただの喧嘩でしかない。 いつか、鉄橋の上でお互いの意地を張り合った時も。 上条は御坂を殴るつもりがなく、御坂も上条を殺すつもりがなかった。 御坂と、命をかけて『殺し合った』ことなど、一度だって無い。あるわけが、ない。 ステイル「そして何より、君は、この化物を――――この子を、殺したくないんだろう?」 上条「……ステイル」 ステイル「ならば、さっさと行け。 僕がこの子に殺されず、僕がこの子を殺してしまわないうちに、一刻も早く『頭脳屍人』を見つけ出せ!」 いつのまにか、また雨が降り始めている。 赤い雨は、サアサアと天から降り注ぎ、二人と一匹の身体を濡らす。 赤い雨に遮られ、上条からはステイルの表情が上手く読み取れない。 ステイル「頭脳屍人の特徴は、『頭部』に何らかの変異がある、ということだけらしい。 形態も多種多様で、一見では判別がつかない個体もいるということだ。 そして、発見されるとすぐさま逃亡を図る個体も多いらしい。注意しろ」 手短に目標の特徴を伝えるステイル。 上条はそれを聞くと、顔を上げ、走り始めた。 上条「絶対に、絶対に死ぬんじゃねーぞ、ステイル!」 そんなお約束(テンプレ)染みた言葉を残して、上条はその場を走り去る。 御坂「ギョギュゥェゥッ!!?」 走っていく上条の姿を見て、御坂が歪な声をあげる。 そして、後を追いかけようと頭部の羽根を羽ばたかせるが―――― ステイル「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ―――― I C R M M B G P 」 ――――突如として現れた、炎の巨人に、行く手を阻まれた。 降り続く赤い雨を蒸発させながら、紅の魔人は、御坂と相対していた。 ステイル「さぁ、我慢比べといこう。 僕は君を殺さない。けれど、魔女狩りの王(イノケンティウス)もまた、君程度のちゃちな電撃じゃ破れない」 魔女狩りの王、イノケンティウス。 摂氏3000℃の炎の巨人を自在に操る、教皇もかくやと言われる、最高峰の魔術。 あの幻想殺しですら、正面から打ち破ることはできなかった、ステイル・マグヌスの切り札(テトラカード)。 強力な魔術には相応の下準備が必要である。 魔女狩りの王の場合には、魔術を行使する範囲において、ルーンのカードを散布して力場を形成するという行為を必要とする。 ステイルは、御坂の存在を確認した直後、ルーンのカードを大量に取り出して、周囲にばら撒いていた。 ラミネート加工済みのカードは、雨によって威力を弱めることもなく、魔女狩りの王を顕現させる土台を作り上げている。 そして、その場に残されたのは、ステイルと、御坂。 御坂は、何度か魔女狩りの王に向けて電撃を発したが、全て掻き消された。 やがて無駄と分かると、今度はステイルへと向き直る。 ステイル「そうだ、それでいい。君の相手は僕で、僕の相手は君だ。 お互い、知らない仲の方が『やりやすい』だろう?」 ステイルは、薄く自嘲するように笑んで、御坂を見た。 御坂は、キチキチと虫のような口を鳴らして、ステイルを見た。 空からステイルを見下ろす御坂の手には、一片のコインが握られている。 上条「……っ、……っ、……っ」 上条は、建物の陰に身を潜め、荒れる呼吸を抑えつけながら、必死に整えていた。 周囲には、数体の異形が歩きまわっている。 どれも、未だ上条の存在には気付いていない。 上条(アレが……『変異体』、ってヤツか……) 頭部には触角のようなものが生えて、『犬』のように四つん這いで地面を這い回る屍人。 捻れた身体と両手足で、『蜘蛛』のように地面も壁も関係無く歩き回る屍人。 御坂と同じ、頭部や背中から昆虫のそれにも似た『羽根』を生やし飛びまわる屍人。 とてつもない『怪力』と、針金細工のような長い両手を持つ、巨体の屍人。 どれも、人間とは大きくかけ離れた、異形の造形。 あの中のどれかが、ステイルの言う『頭脳屍人』なのだろうか。 上条(……いや、違うな) 上条は、思考する。 限界に近い体力と、疲弊しきった精神を奮い立たせ、至極冷静に思考する。 上条(『頭脳屍人』ってのがコイツらにとって重要な指令塔だってんなら、こうも単純にあちこち歩き回ってるワケがねえ。 それなりの『護衛』がいるか、もしくはどこかに隠れてるかしてねえと不自然だ) 指令を出している、ということは、御坂が戦闘していることも相手には伝わっているはず。 ならば、指令塔である頭脳屍人は、敵の襲撃に備えるのが当然の思考というものだろう。 上条(……待てよ。 なら逆に言えば、『敵が守りを固めている場所』にこそ、頭脳屍人がいる可能性が高い、ってことか?) さほどの時間もかけず、その結論に辿り着く。 その思考力・推理力は、上条が幾多の修羅場を、戦場を潜り抜けてきたからこそのスキルでもあった。 上条(試してみる価値はあるな……) 上条は、建物の陰を伝い、歩き始めた。 時間は限られている。一刻も早く、敵を見つけ出さなければならない。 ステイル「が、へぁ……ッ……!!」 大きく抉り取られた脇腹を庇いながら、ステイルは立っていた。 シャワーのように血反吐を吐いて、ポンプのように血液を噴出させて、辛うじて、立っていた。 ステイル「ィ、ノケン、ティウスッ!!」 摂氏3000℃の炎の巨人が、空中の御坂へと突撃する。 しかし。 御坂の右手から放たれた一撃によって、炎の巨人は瞬間的に消し飛ばされた。 ステイル「また……アレか……ッ!!」 ステイルの身体を抉り取った一撃。 先ほどまでの、ぬるい電撃とは一線を画す、必殺の一撃。 ステイルには、何が起こっているのか、分からない。 御坂の手から放たれるコインの意味は、分からない。 御坂美琴。超能力者(レベル5)第三位。 名称(コード)、『超電磁砲(レールガン)』。 その名にも冠された、御坂美琴の切り札(テトラカード)。 かつて、御坂美琴が人間だった頃は、その威力は精々が音速、時折全力を見せる場合ですら、音速の三倍程度に留められていた。 無論、それだけでも、並の戦車程度なら一発で破壊出来る威力ではあったのだが。 しかし、今の御坂の、『理性』というタガが外れた御坂のそれは、その程度では収まらない。 元より、『レールガン』という兵装の最大の特徴は、『速度の限界が無い』という点。 空気抵抗・摩擦熱・電気抵抗・弾体強度……等々を考慮しなければ、理論上、その最高速度は光速に達する。 屍人となった御坂の『超電磁砲』の最高初速は、優に音速の十倍を数えるほどとなっている。 加速した分だけ、その射程距離は短くなり、最高速時は十メートルほどしか届かない、という短所はあるものの、 例えば先ほどのように、至近まで迫った魔女狩りの王を消し飛ばす時には、十二分に威力を発揮した。 遠距離の物体を撃ち抜く際には、速度を加減してやればいい。 地上のステイルを撃ち抜いたように、一撃で破壊する事はできなかったが、それでも十分だ。 ステイル「ぐ……っ、ハッ、クソ、どうやら、カッコつけて、自分から、貧乏クジを、掴んだみたいだね、どうも。 さっさとしろよ、上条当麻……っ!!」 炎の巨人の残骸を尻目にして、御坂はステイルへと向き直る。 屍人でなくとも、思考能力が衰退した状態でなくとも、そうするだろう。 粉々に消し飛ばした炎が、瞬時に再生するなど、思わないだろう。 御坂「!?」 消し飛ばされた筈の炎の巨人が、依然変わらぬ姿のままで、御坂の眼前に立っていた。 その巨人の腕が、御坂の身体へと襲いかかる。 御坂「ギィ、ギャェェェェェェェェェェッッッ」 頭部に付いた羽根が半分、焼けて落ちる。 バランスを崩した御坂は、文字通り羽根をもがれた虫の如く、地面へと墜落した。 魔女狩りの王は、ルーンによる結界を基体とした魔術。 ルーンを記したカードを破壊しない限り、その炎は何度でも、瞬時に、蘇る。 ステイル「……ぐ……はッ、はッ、はッ、」 しかし、ほぼ同時に、ステイルの膝が地に着いた。 ステイル(マズイ、な……このレベルの怪我、自然回復は望めそうにない。 となると……) ステイルは、祈るように天を仰ぐ。 赤い雨が地面を濡らし、ステイルの流した血が、それに混じり、流れていった。 幸運にも、屍人に見つからないまま、上条はそこへ辿り着いた。 上条(……多分、この中、だな) そこは、やや大きめのホームセンターだった。 入り口近くには多数の日用品が揃えられ、中には工具から食料品まで様々な物が置かれている。 明々と電灯が点され、暗闇の学園都市の中で、一際目立っている。 内部には、多数の屍人の気配。 『犬』が地面を、『蜘蛛』が壁と天井を這い回り、数匹の『羽根』が空中を巡回している。 巨大な『怪力』は、見当たらない。どうやら、『怪力』は個体数が少ないタイプらしい。 上条は、外から、建物の軒下にあったゴミ置き場に身を潜めながら、中の様子を窺う。 上条(さっきまでの道のりと比べても、この中には屍人が異常に集中してる。 恐らく、この中に頭脳屍人ってヤツがいる……!) 息は整えられている。 足も、あと少しだけ動きそうだ。 拳も、辛うじて握れる。 上条(でも、どうすりゃいいんだ? これだけの屍人の目を掻い潜って、たった一人を探すなんて…… クソッ、せめて中に入ってじっくり探すだけの余裕さえあれば…… ……ん?) ふと、一体の屍人が、上条の目に留まった。 まだ『変異体』となっていない、人型の屍人。 見た事も無い顔。恐らく面識はないだろう。 上条が目に留めたのは、その屍人が手に持っている、懐中電灯。 上条(……そうか……!) 暗闇。 見つからないまま。 ホームセンターに点けられた明かり。 懐中電灯。 そう、屍人だって、人間と同じ。 明かりが無ければ、物が見えない。 上条(よし! そうと決まれば……!) 上条は、再び動き出す。 時間はかけられない。急いで、手早く下準備を終えなければ―――― 上条(――――出来た) 数分後。 次第に雨脚が強まっていく中で、上条は、ようやく準備を終えた。 既に上条がステイルの元を離れてから二十分近く経過している。 急がなければ、ステイルの身が危険だ。 上条は、迅速且つ冷静に、行動へ移った。 上条(まず、一つ目) ホームセンターの裏手。 普段は誰も気に留めない建物の外部に一つのドアがあり、その中は変電設備と自家発電設備が置かれている小部屋になっている。 この手の設備は、内部よりも外部に、別の入り口が設けられている事が多々ある。 このホームセンターがそうであるという確証は無かったが、しかし実際にあったのだから問題ないだろう、と上条は安堵した。 それらの設備を―――― 上条(――――思い切り、ぶっ壊す!) 隠れていたゴミ置き場から拾った、物干し竿(今どき珍しい木製である)で、変電設備を力の限り叩き壊した。 バチバチと火花が散る。 更に、発電設備も壊す。何度も、何度も、物干し竿を叩きつける。 僅かに、建物内部の空気が変わった。 急いで上条は小部屋を出て、ホームセンターの建物から距離をとる。 ホームセンターの明かりは、完全に消えている。 内部の屍人達は、動揺しているのか、外へ飛び出してくる者も多い。 上条(そんで、二つ目) 外に飛び出した屍人達が目にしたのは、遠くに見える眩い火花だった。 バチバチと、道路の脇を照らす火花。 様々な形態の屍人達は、その火花目掛けて殺到する。 上条は、予め、道路脇に設置されていた風力発電の設備を数基、叩き壊しておいた。 雨が降っていて、暗闇に包まれた状況。 漏電による火花もあがりやすく、そして僅かな火花でも目立ちやすい。 当然のことながら、火花のあがる場所に、上条は居ない。 屍人達は、誘蛾灯に誘き寄せられた蛾のように、誰もいない場所をウロウロと彷徨っていた。 上条(で、ラストだ) ホームセンターの入り口近く、いきなり、大音量で目覚まし時計のアラームが鳴り響いた。 ホームセンター内部にいた屍人達が、慌てたように、目覚まし時計の元へと向かう。 火花に誘き寄せられた屍人達には、雨の音もあって、聞こえていない。 犬屍人の内の一体が、目覚まし時計に腕を叩きつけて破壊した。 当然、音は止まる。 しかし、屍人達が再びホームセンターへと入ろうとした瞬間、再び、今度はホームセンターから少し離れた場所で、別の目覚まし時計が音を上げた。 再び駆け寄る屍人達。再び壊される目覚まし時計。 そして、三度、別の目覚まし時計のアラーム。今度は、また少し離れた場所。 駆け寄る屍人。壊される目覚まし時計。 そして、また別の目覚まし時計。 順々に、段々と、ホームセンターから屍人達を引き離すように、目覚まし時計は設置されていた。 言うまでも無く、上条の手によって。 単に、ホームセンターの入り口近くに置いてあった目覚まし時計に目を付けただけのことだったのだが、 意外にも、効果は大きいようだった。 物音が出て、陽動出来るモノなら何でも良かったし、そもそも暗闇を作り出した時点で作戦は半ば成功していたので、オマケ程度の案だった。 上条当麻3-2
https://w.atwiki.jp/sirenindex2/pages/16.html
学園都市内での『成績』は、主に能力の強度、学力、その他の特殊技能等を元にして掲出される。 中でも重要なのは、言わずもがな、脳開発で得た超能力の強大さ。 より強力で、より特殊な能力を持つ学生が、『成績優秀』として評価されるのである。 当然ながら、その『成績優秀者』を集めたエリート校も存在する。 例えば、御坂美琴の通う『常盤台中学』や、学園都市の5本指にも数えられる『長点上機学園』、『霧ヶ丘女学院』など。 そして、それらエリート校が集中して本拠を構えるのが、第十八学区。 現在、上条当麻が走り回っている学区である。 上条「ぜっ、ぜっ……ぐ、のっ、結局、知り合いにゃ、誰一人、会わなかったな……」 上条が大きく息を切らしているのは、自宅のある第七学区からここまで、走り通しでやってきたからだ。 初めは公共の交通機関を使おうとも思ったのだが、電車もバスもタクシーも、全く運行していなかった。 学園都市内の公共交通機関はほとんど機械化されているため、運転手などの業務員は必要ない。 システム自体に何らかの異常が起きているか、学園都市側が強制的にストップさせたか、どちらかである。 上条「……にしても、一体、皆どうなっちまってんだよ……?」 上条は、第七学区から第十八学区まで来る間に、フードを持っていた少年のように、顔から血を流して虚ろな目をした人間を何人も見かけた。 というより、見かけた人が全て、そうだった。 なるべく見つからないように、時には物陰に隠れてやり過ごし、時には正面から全力疾走で振り切って、ここまでやってきた。 更に言えば、強力な銃器を持った警備員(アンチスキル)までもが、おかしくなっていた。 上条の右手が打ち消せるのは、『異能の力』だけ。 銃器を使って襲ってくる人間には、到底勝ち目はない。 必死の思いで辿り着いた十八学区だが、インデックスに関する手掛かりも、今の状況を理解する手掛かりも、何も得られていなかった。 上条「くそっ!」 上条は思わず舌打ちをして、近くの電柱に拳を打ちつける。 右拳。あらゆる異能を打ち消す、幻想殺し(イマジンブレイカー)。 けれど、今の状況を打開する為に、この右拳で、一体何を殴ればいいのだろうか。 上条「………ん?」 その時、上条の数十メートル先の道路を、よく知った姿が横切るのが見えた。 上条「あれは、美琴!」 御坂美琴。 『超能力者(レベル5)』の一人、『超電磁砲(レールガン)』の能力者。 上条とは、とある『実験』に関する事件を経て以来、友人のような関係だ(と上条は思っている)。 上条(そうか。常盤台中学も十八学区の学校だったっけ。 何か、必死に走ってる感じだったな……。 それに今アイツ、右肩を押さえながら走ってたような……) 上条は考える。 周囲には、顔から血を流す警備員(アンチスキル)が増えてきている。 加えて、第十八学区は『エリート』の集まる学区だ。 当然、能力の強さも、低くて強能力者(レベル3)、下手をすれば超能力者(レベル5)すら出てくる可能性もある。 安全を考えて、インデックスの手掛かりを効率よく探るなら、なるべくこの学区は離れた方が良いのではないだろうか。 上条(……) →1、御坂の後を追いかける 2、御坂は放っといて、学区外へ出る 終了条件2:『青髪ピアス』を倒す 考える。 御坂美琴は、電気を操り、雷さえも呼び起こす力を持った能力者だ。 たった一人で、最新装備の軍隊一個大隊と渡り合えるほどの力を持った、学園都市第三位の超能力者。 ―――でも、たった十四歳の女の子でもある。 上条(……もしかしてアイツ、誰かに襲われて怪我でもしてるんじゃ……) 走っていた御坂の表情は、離れていた上条には分からない。 本当に怪我をしているのかどうかも分からない。 でも、もし、御坂美琴が誰かに突然襲われて、負傷して、必死に逃げ回ってる途中なのだとしたら。 『あの時』と同じように。誰かの助けを待ってるんだとしたら。 上条当麻は、そんなことは見逃せない。 上条は、街中に消えていった御坂の後を追って走り始めた。 上条(まあ、無事なら無事でいいんだし、それに美琴もインデックスとは知り合いだから、もしかしたらどっかで見かけてるかもしれねーしな!) 勿論、あまり大声で呼びかけたりすると、周りの『操られている』人たちに気付かれてしまう。 なるべく他人に見つからないように、それでも出来る限り速く。 上条は走った。 上条(ってか大覇星祭の時も思ったけど、アイツ走るの速くねー? ……って、どこいった!? やべ、見失った!) いくら自分も疲れているからとは言え、十四歳の女子中学生(もしかしたら怪我人)に走り負けるという事実を、 上条は認められない。 上条(ぐ……ちくしょ、こっちに行ったのは分かってんだ、思いっきり走れば見つかるだろ!) 上条は疲れた体に鞭打って、無理矢理速度を上げる。 とっくに息は切れ、脚もフラフラするが、しかし上条にとってこんなことは日常茶飯事でもある。 それでも、上条は気がつくべきだった。 背後から近付いてくる足音に。 ごがっ 上条「!?」 軽い音がして、上条の身体が前方に強く押し飛ばされる。 前傾姿勢で疾走していた上条は、当然姿勢を保てる訳もなく、地面に叩きつけられて、ごろごろ転がっていく。 上条「っ、なん、だ!?」 辛うじて受け身を取れたお陰で、怪我はほとんど無かったが、背中にまだ衝撃の余韻が残っている。 誰かから攻撃を受けた、と考えるまでもなく、上条は立ち上がり、背後へ向き直った。 上条「―――――お、まえ」 そこに居たのは、これまたよく見知った顔だった。 ただでさえ大した能力も無い人間を集めた上条の高校のクラスの中で、 更に上条と並んで『クラスの三バカ(デルタフォース)』と称される、落ちこぼれの一人。 漫画のような青髪に、不良ぶったピアス。 人のよさそうな笑顔と、線の細い体。 関西人が聞いたら耳に障りそうなエセ関西弁。 その『アイツ』が、そこにいた。 青ピ「かぁーみ、やぁーん♪」 顔から、ドロドロと、血を流して。 上条「――――」 上条は、何も言えなかった。 あの少年を見たときもそうだったが、今度はそれ以上に。 『一般人が』『操られている』。上条は、先ほどそう考えた。 ならば、上条の知り合いもまた、同様に操られている可能性があるのは、自明の事だ。 この、青髪ピアスのように。 上条「――――ぁ、て」 青ピ「へ、へへへへ、かみやぁぁ~~~ん♪ かみ、かみ、かみ、かぁみやんんんんん♪」 青髪ピアスは、楽しそうに笑いながら、上条に歩み寄る。 そういえばコイツは、肉体強化能力の無能力者(レベル0)だったっけ。 だから、後ろから俺に追いついてきたのか。 多分、走ってきて、そのままドロップキックでもしたんだろう。 上条の頭は、そんな無為な思考で埋め尽くされ、十分に機能していない。 青ピ「へ、へへへ、へへへへへへへへへへへ」 青髪ピアスは笑っている。楽しそうに笑っている。 青ピ「かみやぁーん♪」 楽しそうに、幸せそうに、笑いながら、言った。 青ピ「 た ノ し イ ナ ぁ ♪ 」 上条「――――ッ」 上条は、何も言わず、背中を向けて、逃げ出した。 上条(そんな、そんなそんなそんなやめろやめろよやめてくれなんだよそれなんなんだよこれ!) 吐き気を抑えて。疲れも忘れて。走った。 走って走って、逃げて逃げて、そのままどこかへ行ってしまおうと。 でも、もう一度、背中に衝撃。 もう一度、地面に転がる。 青ピ「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ みぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ん????????????」 さっきと同じ。走っていて、追いつかれて、蹴り飛ばされた。 じゃあ、走って逃げられる筈が無い。 上条「……っ……っ」 上条は立ち上がれない。 今度は、蹴り飛ばされて転がされるだけでなく、そのままマウントポジションにもちこまれていた。 青髪ピアスの腕が、上条の首に伸びる。 万力のような力で、上条の首が締めつけられる。 あの少年の時と同じく、人間とは思えない力。 操られている人は、どうやら力も多少強くなっているようだ。 いや、青髪ピアスは肉体強化を使っているからだろうか。 上条の思考は脱線する。 何も考えたくなかった。 昨日まで、普通に学校に行って、普通に馬鹿騒ぎをして、普通に遊んでいた、友人。 いつも三バカ三バカと呼ばれて、何かと一緒につるむことも多かった。 昨日も、夜遅くまで、担任の教師の自宅で、三人並んで特別補習を受けた。 その友人が今、自分の首を容赦なく締めつけている。 上条「……が……っ……ぁ」 名前を呼ぼうとするが、声が出ない。 精神的にではなく、肉体的に、直接喉を締められているのだから。 青髪ピアスは、笑っている。 上条の首を締めながら、笑っている。 ふと、目から流れる血の筋が、上条には涙を流しているようにも見えた。 それでも、腕の力は緩まることなく、上条の意識を削っていく。 上条(………ぁ) そこで、上条はふと思った。 御坂美琴。 大の大人が100人まとめてかかっても敵わないであろう、『超電磁砲(レールガン)』の少女。 彼女が、本当に怪我をしていたのだとしたら、その理由は何だったのだろう。 警備員(アンチスキル)の銃器も、磁力の壁は突き破れない。 学園都市第三位を傷付けられる能力者も、そうはいない。 そもそも、銃器や能力を前にすれば、御坂美琴も警戒するし、それなりの防御行動はとるだろう。 でも、もし。彼女が攻撃されたのが、彼女の友人だったなら。 今、この瞬間の上条と同じように、親しい友人が、顔から血を流して襲ってきたのなら。 御坂美琴は、学園都市第三位の超能力者。 電気を操る、最強の電撃使い(エレクトロマスター)。 ―――でも、たった十四歳の、女の子。 上条の拳に力が入る。 上条の勘違いなのかもしれない。勘違いであってほしい。 それでも、一度考えてしまうと、上条にはそれが許せないことに思われた。 それは御坂美琴でなくともいい。学園都市に住む、ごく普通の学生、教師、その他の一般人でも構わない。 親しい友人、家族、先生、生徒から、突然攻撃を受ける。 殴られ、蹴られ、首を絞められる。 それが、どれだけ惨いことなのか。どれだけ悲しいことなのか。 そう考えるだけで、上条の拳は、硬く、硬く握り締められていた。 上条「……ぉ」 青ピ「?」 上条「――――ッッ!!!」 硬く握った右拳を、青髪ピアスの頬にブチ込む。 容赦はしない。できない。 突然の反撃を受けた青髪ピアスの腕から、僅かに力が抜ける。 それを見逃さす、左腕で青髪の右腕を掴んで引き剥がす。 上条「ごほぉっ! が、はっ、げほっ、げほっ!」 呼吸が戻る。急な酸素供給で頭が揺れる。 それに怯んでいる暇はない。 頬を殴った右拳で、そのまま青髪の耳を掴み、目一杯引っ張る。 青ピ「アアァァァ~!?」 耳を引っ張り、体勢を崩し、マウントの体勢から脚を抜く。 そのまま脚に力を込めて、青髪の身体をひっくり返すように立ち上がる。 そしてそのまま、今度は上条が上になって、マウントポジションを取った。 肉体強化とは言えど、所詮無能力者(レベル0)。 完全にマウントを取ってしまえば、そうそう崩せはしない。 上条は、再び右拳に力を込める。 上条「……悪い、必ず、俺が元に戻して見せる。 だから、今はちょっと我慢してくれ」 青髪の顔面を殴っても、耳を引っ張っても、やはり『何か』を破壊出来た感覚は無かった。 人を操っている『何か』は、直接身体を触っても破壊出来ない類のモノなのだろう。 青ピ「 ア ァー」 青髪は、一声呻いてから、 青ピ「 さ すガ は カ ミヤ ン や ネ 」 ―――確かに、そう言って、笑っていた。 上条は迷わない。 全力を込めた右拳で、青髪の顔面を、真上から叩き伏せた。 硬いコンクリートの路面に、青髪の後頭部を叩きつけるようにして。 冗談みたいに、小さく、軽い音がして、青髪ピアスの少年は、動かなくなった。 終了条件2(ミッションコンプリート)
https://w.atwiki.jp/sirenindex2/pages/15.html
目覚まし時計が鳴った。 上条当麻は時計を叩きながら起き上り、しばらくぼーっと部屋の壁をみつめる。 上条(あー、何か全然寝足りねーな。やっぱ夏場は暑くて駄目だ、エアコン買おうかな……) ……うちのエンゲル係数がもう少し下がってくれればな……) 横目で、大喰らいの居候の寝床を覗き込む。しかし。 上条「…あれ? インデックス? どこだ?」 居るはずの女の子が居なかった。 昨晩は確かにそこで寝ていたのを確認したのだが、今は布団以外に寝そべっているものは無い。 上条「おかしいな、この時間ならまだアイツは寝てるはずなんだが……って、あらら?」 時間を確認しようと目覚まし時計に手を伸ばす。 時計が示している時間は、6時前だった。目覚まし時計は普段7時にセットしているはずなのだが。 上条「ってかよく見たらまだアラーム鳴ってねーじゃん。 ……んー?」 上条は顎に手を当てて、少し考え込んだ。 その時。 ―――ォォォォォォォォ――― 音が聞こえた。 上条「ん…? サイレンの音?」 地の底から響いてくるような音だった。 サイレンのような音。さっきはこれをアラームと勘違いしたのだろうか。 上条「何だ? 能力者が暴れてんのか? ってかそれならインデックスが……!」 上条は慌てて寝床から飛び出して、服を着替え、外に飛び出した。 雨が降っている。 霧雨程度の雨だったので、上条は気に留めなかった。 インデックスは見当たらない。 サイレンの音も、止まらない。 上条(ったく、アイツ一体どこに……) そこまで考えて、上条は僅かな異変に気がついた。 上条(……頭痛?) ―――オオオォォォォン――― サイレンの音に共鳴するように、頭の奥から痛みが響いてくる。 上条(ク…ソッ…何なんだ、この音…!) 上条は頭痛をこらえながら、アパートの階段を駆け降りる。 街路を見渡しても、やはりインデックスの姿は無い。 インデックスが、早朝のこの時間に上条に一言も告げずに外出するなどということは、今までに一度も無かったことだ。 上条(まさか、また魔術師関係の事件に巻き込まれたのか?) とりあえず、いったん部屋に戻って知り合いに連絡を取ってみようか、と考えた上条だったが、 直後、銃声が響いた。 上条「……ッ!」 銃声は数キロほど離れた場所から聞こえてきたようだが、恐らくは第七学区内であろうと思われた。 続け様に、更なる銃声と、爆発音のようなモノまで聞こえてくる。 上条(何だ!? 警備員(アンチスキル)が誰かと戦ってんのか!?) 上条の背筋が強張る。 以前、学園都市に魔術師が侵入したことは幾度かある。 勿論、それらの多くは隠密行動に長け、学園都市との正面衝突を回避していた。 学園都市の防衛機構は、並大抵の国家軍ならば退けることが出来るとさえ言われているほどだ。 が。それにも例外はある。 前方のヴェント。後方のアックア。 この二人は、学園都市のセキュリティと警備網を、文字通り正面から力ずくでぶち破った。 そのことを、上条は思い出していた。 インデックスが消えた。 街には銃声が響いている。 この二つが無関係だと言い切る事が出来ない程度に、上条は非日常に慣れていた。 上条(くそ、どうする…! インデックスが家を出たのがいつなのか分からない以上、あまり遠くを探してもマズイ場合もある。 まずは学区の中をを探すか…!?) 1、学区外へ出て探す →2、まずは第七学区の中を探す 3、その他 終了条件2:『フード』の発見 上条(アイツは走るのもそこまで速くねーし、交通機関の使い方も分かってない。 まだそこまで遠くには行って無い筈だ……!) 上条は走り始めた。 同時に、ズボンのポケットから年季の入った携帯電話を取り出して、アドレス帳を開く。 上条(まずは誰かに連絡を……とりあえず、土御門にしとくか) 元魔術師にして、現無能力者(レベル0)の隣人。 土御門元春に電話をかける。 無機質なコール音が、絶えず響いてくる銃声にかき消される。 いつの間にか、サイレンの音と謎の頭痛は止んでいた。 十数回目のコール音。 『こちら、○○お留守番電話センターです……』 上条「クソッ! まさかアイツもどっかで巻き込まれてんのか!?」 いったん通話を切って、再びアドレス帳をめくる。 上条(誰か、力になってくれそうなヤツは……) 瞬間。 上条の右手に持っていた携帯が、見えない『何か』に押し潰されるように、粉々に砕け散った。 上条「ッ!!」 バギン、と『何か』が砕ける音。 『何か』は、携帯を潰し、上条の体も潰そうとしたところで、上条の右手によって砕かれた。 異能の力を問答無用で打ち砕く、幻想殺し(イマジンブレイカー)によって。 上条「念動力(サイコキネシス)か……!?」 上条(っつーか俺の携帯……もう新しく買い替える金が……不幸だー……) 上条は前方を見る。 携帯電話を眼前に掲げていたため、周囲への注意が疎かになっていた。 そのおかげで、壊されるのは携帯だけで済んだのだが。 上条の前には、制服姿の少年が立っていた。 年の程は15,6だろうか。上条と同年代か、更に下。 顔に見覚えは無い。 というよりも、見覚えがあっても、分からないだろう。 少年の顔から、赤い液体が噴き出していた。 目から、鼻から、口の端から、挙句には耳からも。 赤い、赤い、血が噴き出しているようだった。 上条「……っ」 上条は思わず息を呑む。 あまりの異常さと恐怖に、体が動かなかった。 声を掛けようにも、舌が引き攣って声も出せない。 少年は、ゆっくり、近付いてくる。 のそり、のそりと。 ゾンビ映画のゾンビ達のように、脚を引きずることはない。 日常生活を送る人間のように、ごく普通に、上条に向かって歩いてくる。 上条(……?) しかし、上条は、少年の右手に握られているものに気がついた。 見覚えのある、白い『フード』。 その白いフードは、少年の腕から零れる血で、赤く染まっていた。 ぎちり、と拳を握る音。 上条の体は、もう動く。 元より、怖がることなど何もない。 異常は飽きるほどに見てきた。恐怖は慣れるほど感じてきた。 その全てを、右手一本でぶち壊してきた。 上条「おい、お前、そのフードをどこで手に入れた?」 上条の質問を聞いて、少年は笑った。 口の端から血が零れ落ちるのも気に掛けず、口が裂けるくらい、にっこりと。 少年は、静かに右手を上条に向けた。 念動力(サイコキネシス)。 上条「ッッ!」 バギン! 飛来した念動力を、突き出した右手で迎え撃つ。 上条「やっぱ誰かに操られてるみてーだな……!」 念動力の塊を打ち消したと同時、上条は少年目がけて走り出す。 少年は尚も同じ体勢で念動力を撃ち出しているが、全て幻想殺し(イマジンブレイカー)によってかき消されていった。 元々10メートルも無かった二人の距離は、あっという間に縮まった。 上条(とりあえず操ってる魔術を打ち消してから、話聞かせてもらおうか!) 少年の右腕を払いのけ、上条の掌底が、少年の頭を打ち抜いた。 少年は後ろによろめき、フードを取り落とす。 しかし。 少年「あ゛、あ゛、あ゛ー?」 上条「!?」 その両腕が、今度は上条の喉を捉えた。 少年は、何も変わっていない。顔から血を垂れ流し、虚ろな表情を浮かべている。 上条「が、ふっ…!」 少年の両手に力が入る。人間とは思えないほどの力だった。 ミシミシと音を立てているのは、上条の喉笛だけではない。 少年の両腕が、過剰な力に耐えかねるように、軋んでいる。 上条(やべ、今の状態で念動力(サイコキネシス)を使われたら……!!) 上条「が、ああああっっ!!」 上条は目一杯の力を込めて、少年の体を蹴りつけた。 蹴る場所は、心臓。 少年「がう゛っ!?」 少年の口から、呻きと共に血が漏れる。 腕から力が抜ける瞬間を見計らって、上条は少年を突き飛ばし、距離を取った。 上条「が、はっ、げほっ、ごほっ」 心臓部に外部から強い圧迫を加えると、心原性の失神を誘発する。 これは頭部に打撃を加える場合よりも、遥かに確率が高いことを、上条は知っていた。 少年は、言葉も無く崩れ落ちた。どうやら、上手くいったらしい。 上条「とっさにやっちまったけど……死んだりしてないよな……?」 倒れた少年は、体を丸めてうずくまっている。ピクリとも動かない。 だが、呼吸はしているようだ。 上条は安堵して視線を移す。 頭を掌底で打った時に地面に落ちた、白いフード。 上条は改めてそのフードを見た。 上条(…やっぱり、インデックスの『歩く教会』……!) 禁書目録の頭脳を保護する為にあてがわれた、大聖堂級の結界能力を持つと言われる個人用防御礼装、『歩く教会』。 しかし、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって破壊され、今は何の防御能力も持たない布切れだ。 上条(インデックスは、まだ近くにいるのか……?) 上条は、うずくまった少年をジロリと睨む。 当然のことだが、何の反応も無い。 しかし、上条はある事に気がついた。 上条(この制服……長点上機(ナガテンジョウキ)の制服か?) 長点上機学園。 学園都市内でもトップクラスのエリート開発校だ。 学園都市内の高レベル能力者のほとんどが所属、またはかつて所属していたとも言われる。 上条(でも、それにしては、能力の使い方がお粗末だったな…… いや、それは操られてるから……というか、魔術で操られてるってんなら、俺の右手で……ん?) 様々な疑問が頭の中で渦を巻く。 居なくなったインデックス。サイレンのような音。戦闘音。顔から血を流す少年。右手を使っても戻らない意識。 そもそもこの状況、今何が起こっているのか、上条に判明していることはほとんどない。 確かな事は、インデックスが居ない事。学園都市に異変が起きている事。 上条「……黙って突っ立ってるだけじゃ、何も変わらねぇ」 上条は再び走り始める。 ひとまずは、第七学区内を見て回り、インデックスを探す。 もし見つからなかった場合は、第十八学区を探す。 長点上機学園の生徒ならば、十八学区が主な活動エリアのはずだ。 長点上機には寮もある。少年は十八学区で何者かの攻撃を受け、その後で第七学区に来た可能性もある。 手掛かりになるようなものは一つもない。 だから、走れるだけ走らなければならない。 上条は走った。 終了条件2達成(ミッションコンプリート) アーカイブ:『歩く教会の一部』
https://w.atwiki.jp/sirenindex/pages/13.html
上条 当麻 / 5:54:44 目覚まし時計が鳴った。 上条当麻は時計を叩きながら起き上り、しばらくぼーっと部屋の壁をみつめる。 上条(あー、何か全然寝足りねーな。やっぱ夏場は暑くて駄目だ、エアコン買おうかな……) ……うちのエンゲル係数がもう少し下がってくれればな……) 横目で、大喰らいの居候の寝床を覗き込む。しかし。 上条「…あれ? インデックス? どこだ?」 居るはずの女の子が居なかった。 昨晩は確かにそこで寝ていたのを確認したのだが、今は布団以外に寝そべっているものは無い。 上条「おかしいな、この時間ならまだアイツは寝てるはずなんだが……って、あらら?」 時間を確認しようと目覚まし時計に手を伸ばす。 時計が示している時間は、6時前だった。目覚まし時計は普段7時にセットしているはずなのだが。 上条「ってかよく見たらまだアラーム鳴ってねーじゃん。 ……んー?」 上条は顎に手を当てて、少し考え込んだ。 その時。 ―――ォォォォォォォォ――― 音が聞こえた。 上条「ん…? サイレンの音?」 地の底から響いてくるような音だった。 サイレンのような音。さっきはこれをアラームと勘違いしたのだろうか。 上条「何だ? 能力者が暴れてんのか? ってかそれならインデックスが……!」 上条は慌てて寝床から飛び出して、服を着替え、外に飛び出した。 雨が降っている。 霧雨程度の雨だったので、上条は気に留めなかった。 インデックスは見当たらない。 サイレンの音も、止まらない。 上条(ったく、アイツ一体どこに……) そこまで考えて、上条は僅かな異変に気がついた。 上条(……頭痛?) ―――オオオォォォォン――― サイレンの音に共鳴するように、頭の奥から痛みが響いてくる。 上条(ク…ソッ…何なんだ、この音…!) 上条は頭痛をこらえながら、アパートの階段を駆け降りる。 街路を見渡しても、やはりインデックスの姿は無い。 インデックスが、早朝のこの時間に上条に一言も告げずに外出するなどということは、今までに一度も無かったことだ。 上条(まさか、また魔術師関係の事件に巻き込まれたのか?) とりあえず、いったん部屋に戻って知り合いに連絡を取ってみようか、と考えた上条だったが、 直後、銃声が響いた。 上条「……ッ!」 銃声は数キロほど離れた場所から聞こえてきたようだが、恐らくは第七学区内であろうと思われた。 続け様に、更なる銃声と、爆発音のようなモノまで聞こえてくる。 上条(何だ!? 警備員(アンチスキル)が誰かと戦ってんのか!?) 上条の背筋が強張る。 以前、学園都市に魔術師が侵入したことは幾度かある。 勿論、それらの多くは隠密行動に長け、学園都市との正面衝突を回避していた。 学園都市の防衛機構は、並大抵の国家軍ならば退けることが出来るとさえ言われているほどだ。 が。それにも例外はある。 前方のヴェント。後方のアックア。 この二人は、学園都市のセキュリティと警備網を、文字通り正面から力ずくでぶち破った。 そのことを、上条は思い出していた。 インデックスが消えた。 街には銃声が響いている。 この二つが無関係だと言い切る事が出来ない程度に、上条は非日常に慣れていた。 上条(くそ、どうする…! インデックスが家を出たのがいつなのか分からない以上、あまり遠くを探してもマズイ場合もある。 まずは学区の中をを探すか…!?) 1、学区外へ出て探す →2、まずは第七学区の中を探す 3、その他 終了条件2:『フード』の発見 上条(アイツは走るのもそこまで速くねーし、交通機関の使い方も分かってない。 まだそこまで遠くには行って無い筈だ……!) 上条は走り始めた。 同時に、ズボンのポケットから年季の入った携帯電話を取り出して、アドレス帳を開く。 上条(まずは誰かに連絡を……とりあえず、土御門にしとくか) 元魔術師にして、現無能力者(レベル0)の隣人。 土御門元春に電話をかける。 無機質なコール音が、絶えず響いてくる銃声にかき消される。 いつの間にか、サイレンの音と謎の頭痛は止んでいた。 十数回目のコール音。 『こちら、○○お留守番電話センターです……』 上条「クソッ! まさかアイツもどっかで巻き込まれてんのか!?」 いったん通話を切って、再びアドレス帳をめくる。 上条(誰か、力になってくれそうなヤツは……) 瞬間。 上条の右手に持っていた携帯が、見えない『何か』に押し潰されるように、粉々に砕け散った。 上条「ッ!!」 バギン、と『何か』が砕ける音。 『何か』は、携帯を潰し、上条の体も潰そうとしたところで、上条の右手によって砕かれた。 異能の力を問答無用で打ち砕く、幻想殺し(イマジンブレイカー)によって。 上条「念動力(サイコキネシス)か……!?」 上条(っつーか俺の携帯……もう新しく買い替える金が……不幸だー……) 上条は前方を見る。 携帯電話を眼前に掲げていたため、周囲への注意が疎かになっていた。 そのおかげで、壊されるのは携帯だけで済んだのだが。 上条の前には、制服姿の少年が立っていた。 年の程は15,6だろうか。上条と同年代か、更に下。 顔に見覚えは無い。 というよりも、見覚えがあっても、分からないだろう。 少年の顔から、赤い液体が噴き出していた。 目から、鼻から、口の端から、挙句には耳からも。 赤い、赤い、血が噴き出しているようだった。 上条「……っ」 上条は思わず息を呑む。 あまりの異常さと恐怖に、体が動かなかった。 声を掛けようにも、舌が引き攣って声も出せない。 少年は、ゆっくり、近付いてくる。 のそり、のそりと。 ゾンビ映画のゾンビ達のように、脚を引きずることはない。 日常生活を送る人間のように、ごく普通に、上条に向かって歩いてくる。 上条(……?) しかし、上条は、少年の右手に握られているものに気がついた。 見覚えのある、白い『フード』。 その白いフードは、少年の腕から零れる血で、赤く染まっていた。 ぎちり、と拳を握る音。 上条の体は、もう動く。 元より、怖がることなど何もない。 異常は飽きるほどに見てきた。恐怖は慣れるほど感じてきた。 その全てを、右手一本でぶち壊してきた。 上条「おい、お前、そのフードをどこで手に入れた?」 上条の質問を聞いて、少年は笑った。 口の端から血が零れ落ちるのも気に掛けず、口が裂けるくらい、にっこりと。 少年は、静かに右手を上条に向けた。 念動力(サイコキネシス)。 上条「ッッ!」 バギン! 飛来した念動力を、突き出した右手で迎え撃つ。 上条「やっぱ誰かに操られてるみてーだな……!」 念動力の塊を打ち消したと同時、上条は少年目がけて走り出す。 少年は尚も同じ体勢で念動力を撃ち出しているが、全て幻想殺し(イマジンブレイカー)によってかき消されていった。 元々10メートルも無かった二人の距離は、あっという間に縮まった。 上条(とりあえず操ってる魔術を打ち消してから、話聞かせてもらおうか!) 少年の右腕を払いのけ、上条の掌底が、少年の頭を打ち抜いた。 少年は後ろによろめき、フードを取り落とす。 しかし。 少年「あ゛、あ゛、あ゛ー?」 上条「!?」 その両腕が、今度は上条の喉を捉えた。 少年は、何も変わっていない。顔から血を垂れ流し、虚ろな表情を浮かべている。 上条「が、ふっ…!」 少年の両手に力が入る。人間とは思えないほどの力だった。 ミシミシと音を立てているのは、上条の喉笛だけではない。 少年の両腕が、過剰な力に耐えかねるように、軋んでいる。 上条(やべ、今の状態で念動力(サイコキネシス)を使われたら……!!) 上条「が、ああああっっ!!」 上条は目一杯の力を込めて、少年の体を蹴りつけた。 蹴る場所は、心臓。 少年「がう゛っ!?」 少年の口から、呻きと共に血が漏れる。 腕から力が抜ける瞬間を見計らって、上条は少年を突き飛ばし、距離を取った。 上条「が、はっ、げほっ、ごほっ」 心臓部に外部から強い圧迫を加えると、心原性の失神を誘発する。 これは頭部に打撃を加える場合よりも、遥かに確率が高いことを、上条は知っていた。 少年は、言葉も無く崩れ落ちた。どうやら、上手くいったらしい。 上条「とっさにやっちまったけど……死んだりしてないよな……?」 倒れた少年は、体を丸めてうずくまっている。ピクリとも動かない。 だが、呼吸はしているようだ。 上条は安堵して視線を移す。 頭を掌底で打った時に地面に落ちた、白いフード。 上条は改めてそのフードを見た。 上条(…やっぱり、インデックスの『歩く教会』……!) 禁書目録の頭脳を保護する為にあてがわれた、大聖堂級の結界能力を持つと言われる個人用防御礼装、『歩く教会』。 しかし、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって破壊され、今は何の防御能力も持たない布切れだ。 上条(インデックスは、まだ近くにいるのか……?) 上条は、うずくまった少年をジロリと睨む。 当然のことだが、何の反応も無い。 しかし、上条はある事に気がついた。 上条(この制服……長点上機(ナガテンジョウキ)の制服か?) 長点上機学園。 学園都市内でもトップクラスのエリート開発校だ。 学園都市内の高レベル能力者のほとんどが所属、またはかつて所属していたとも言われる。 上条(でも、それにしては、能力の使い方がお粗末だったな…… いや、それは操られてるから……というか、魔術で操られてるってんなら、俺の右手で……ん?) 様々な疑問が頭の中で渦を巻く。 居なくなったインデックス。サイレンのような音。戦闘音。顔から血を流す少年。右手を使っても戻らない意識。 そもそもこの状況、今何が起こっているのか、上条に判明していることはほとんどない。 確かな事は、インデックスが居ない事。学園都市に異変が起きている事。 上条「……黙って突っ立ってるだけじゃ、何も変わらねぇ」 上条は再び走り始める。 ひとまずは、第七学区内を見て回り、インデックスを探す。 もし見つからなかった場合は、第十八学区を探す。 長点上機学園の生徒ならば、十八学区が主な活動エリアのはずだ。 長点上機には寮もある。少年は十八学区で何者かの攻撃を受け、その後で第七学区に来た可能性もある。 手掛かりになるようなものは一つもない。 だから、走れるだけ走らなければならない。 上条は走った。 終了条件2達成(ミッションコンプリート) アーカイブ:『歩く教会の一部』 上条 当麻 / 8:23:52 学園都市内での『成績』は、主に能力の強度、学力、その他の特殊技能等を元にして掲出される。 中でも重要なのは、言わずもがな、脳開発で得た超能力の強大さ。 より強力で、より特殊な能力を持つ学生が、『成績優秀』として評価されるのである。 当然ながら、その『成績優秀者』を集めたエリート校も存在する。 例えば、御坂美琴の通う『常盤台中学』や、学園都市の5本指にも数えられる『長点上機学園』、『霧ヶ丘女学院』など。 そして、それらエリート校が集中して本拠を構えるのが、第十八学区。 現在、上条当麻が走り回っている学区である。 上条「ぜっ、ぜっ……ぐ、のっ、結局、知り合いにゃ、誰一人、会わなかったな……」 上条が大きく息を切らしているのは、自宅のある第七学区からここまで、走り通しでやってきたからだ。 初めは公共の交通機関を使おうとも思ったのだが、電車もバスもタクシーも、全く運行していなかった。 学園都市内の公共交通機関はほとんど機械化されているため、運転手などの業務員は必要ない。 システム自体に何らかの異常が起きているか、学園都市側が強制的にストップさせたか、どちらかである。 上条「……にしても、一体、皆どうなっちまってんだよ……?」 上条は、第七学区から第十八学区まで来る間に、フードを持っていた少年のように、顔から血を流して虚ろな目をした人間を何人も見かけた。 というより、見かけた人が全て、そうだった。 なるべく見つからないように、時には物陰に隠れてやり過ごし、時には正面から全力疾走で振り切って、ここまでやってきた。 更に言えば、強力な銃器を持った警備員(アンチスキル)までもが、おかしくなっていた。 上条の右手が打ち消せるのは、『異能の力』だけ。 銃器を使って襲ってくる人間には、到底勝ち目はない。 必死の思いで辿り着いた十八学区だが、インデックスに関する手掛かりも、今の状況を理解する手掛かりも、何も得られていなかった。 上条「くそっ!」 上条は思わず舌打ちをして、近くの電柱に拳を打ちつける。 右拳。あらゆる異能を打ち消す、幻想殺し(イマジンブレイカー)。 けれど、今の状況を打開する為に、この右拳で、一体何を殴ればいいのだろうか。 上条「………ん?」 その時、上条の数十メートル先の道路を、よく知った姿が横切るのが見えた。 上条「あれは、美琴!」 御坂美琴。 『超能力者(レベル5)』の一人、『超電磁砲(レールガン)』の能力者。 上条とは、とある『実験』に関する事件を経て以来、友人のような関係だ(と上条は思っている)。 上条(そうか。常盤台中学も十八学区の学校だったっけ。 何か、必死に走ってる感じだったな……。 それに今アイツ、右肩を押さえながら走ってたような……) 上条は考える。 周囲には、顔から血を流す警備員(アンチスキル)が増えてきている。 加えて、第十八学区は『エリート』の集まる学区だ。 当然、能力の強さも、低くて強能力者(レベル3)、下手をすれば超能力者(レベル5)すら出てくる可能性もある。 安全を考えて、インデックスの手掛かりを効率よく探るなら、なるべくこの学区は離れた方が良いのではないだろうか。 上条(……) →1、御坂の後を追いかける 2、御坂は放っといて、学区外へ出る 終了条件2:『青髪ピアス』を倒す 考える。 御坂美琴は、電気を操り、雷さえも呼び起こす力を持った能力者だ。 たった一人で、最新装備の軍隊一個大隊と渡り合えるほどの力を持った、学園都市第三位の超能力者。 ―――でも、たった十四歳の女の子でもある。 上条(……もしかしてアイツ、誰かに襲われて怪我でもしてるんじゃ……) 走っていた御坂の表情は、離れていた上条には分からない。 本当に怪我をしているのかどうかも分からない。 でも、もし、御坂美琴が誰かに突然襲われて、負傷して、必死に逃げ回ってる途中なのだとしたら。 『あの時』と同じように。誰かの助けを待ってるんだとしたら。 上条当麻は、そんなことは見逃せない。 上条は、街中に消えていった御坂の後を追って走り始めた。 上条(まあ、無事なら無事でいいんだし、それに美琴もインデックスとは知り合いだから、もしかしたらどっかで見かけてるかもしれねーしな!) 勿論、あまり大声で呼びかけたりすると、周りの『操られている』人たちに気付かれてしまう。 なるべく他人に見つからないように、それでも出来る限り速く。 上条は走った。 上条(ってか大覇星祭の時も思ったけど、アイツ走るの速くねー? ……って、どこいった!? やべ、見失った!) いくら自分も疲れているからとは言え、十四歳の女子中学生(もしかしたら怪我人)に走り負けるという事実を、 上条は認められない。 上条(ぐ……ちくしょ、こっちに行ったのは分かってんだ、思いっきり走れば見つかるだろ!) 上条は疲れた体に鞭打って、無理矢理速度を上げる。 とっくに息は切れ、脚もフラフラするが、しかし上条にとってこんなことは日常茶飯事でもある。 それでも、上条は気がつくべきだった。 背後から近付いてくる足音に。 ごがっ 上条「!?」 軽い音がして、上条の身体が前方に強く押し飛ばされる。 前傾姿勢で疾走していた上条は、当然姿勢を保てる訳もなく、地面に叩きつけられて、ごろごろ転がっていく。 上条「っ、なん、だ!?」 辛うじて受け身を取れたお陰で、怪我はほとんど無かったが、背中にまだ衝撃の余韻が残っている。 誰かから攻撃を受けた、と考えるまでもなく、上条は立ち上がり、背後へ向き直った。 上条「―――――お、まえ」 そこに居たのは、これまたよく見知った顔だった。 ただでさえ大した能力も無い人間を集めた上条の高校のクラスの中で、 更に上条と並んで『クラスの三バカ(デルタフォース)』と称される、落ちこぼれの一人。 漫画のような青髪に、不良ぶったピアス。 人のよさそうな笑顔と、線の細い体。 関西人が聞いたら耳に障りそうなエセ関西弁。 その『アイツ』が、そこにいた。 青ピ「かぁーみ、やぁーん♪」 顔から、ドロドロと、血を流して。 上条「――――」 上条は、何も言えなかった。 あの少年を見たときもそうだったが、今度はそれ以上に。 『一般人が』『操られている』。上条は、先ほどそう考えた。 ならば、上条の知り合いもまた、同様に操られている可能性があるのは、自明の事だ。 この、青髪ピアスのように。 上条「――――ぁ、て」 青ピ「へ、へへへへ、かみやぁぁ~~~ん♪ かみ、かみ、かみ、かぁみやんんんんん♪」 青髪ピアスは、楽しそうに笑いながら、上条に歩み寄る。 そういえばコイツは、肉体強化能力の無能力者(レベル0)だったっけ。 だから、後ろから俺に追いついてきたのか。 多分、走ってきて、そのままドロップキックでもしたんだろう。 上条の頭は、そんな無為な思考で埋め尽くされ、十分に機能していない。 青ピ「へ、へへへ、へへへへへへへへへへへ」 青髪ピアスは笑っている。楽しそうに笑っている。 青ピ「かみやぁーん♪」 楽しそうに、幸せそうに、笑いながら、言った。 青ピ「 た ノ し イ ナ ぁ ♪ 」 上条「――――ッ」 上条は、何も言わず、背中を向けて、逃げ出した。 上条(そんな、そんなそんなそんなやめろやめろよやめてくれなんだよそれなんなんだよこれ!) 吐き気を抑えて。疲れも忘れて。走った。 走って走って、逃げて逃げて、そのままどこかへ行ってしまおうと。 でも、もう一度、背中に衝撃。 もう一度、地面に転がる。 青ピ「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ みぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ん????????????」 さっきと同じ。走っていて、追いつかれて、蹴り飛ばされた。 じゃあ、走って逃げられる筈が無い。 上条「……っ……っ」 上条は立ち上がれない。 今度は、蹴り飛ばされて転がされるだけでなく、そのままマウントポジションにもちこまれていた。 青髪ピアスの腕が、上条の首に伸びる。 万力のような力で、上条の首が締めつけられる。 あの少年の時と同じく、人間とは思えない力。 操られている人は、どうやら力も多少強くなっているようだ。 いや、青髪ピアスは肉体強化を使っているからだろうか。 上条の思考は脱線する。 何も考えたくなかった。 昨日まで、普通に学校に行って、普通に馬鹿騒ぎをして、普通に遊んでいた、友人。 いつも三バカ三バカと呼ばれて、何かと一緒につるむことも多かった。 昨日も、夜遅くまで、担任の教師の自宅で、三人並んで特別補習を受けた。 その友人が今、自分の首を容赦なく締めつけている。 上条「……が……っ……ぁ」 名前を呼ぼうとするが、声が出ない。 精神的にではなく、肉体的に、直接喉を締められているのだから。 青髪ピアスは、笑っている。 上条の首を締めながら、笑っている。 ふと、目から流れる血の筋が、上条には涙を流しているようにも見えた。 それでも、腕の力は緩まることなく、上条の意識を削っていく。 上条(………ぁ) そこで、上条はふと思った。 御坂美琴。 大の大人が100人まとめてかかっても敵わないであろう、『超電磁砲(レールガン)』の少女。 彼女が、本当に怪我をしていたのだとしたら、その理由は何だったのだろう。 警備員(アンチスキル)の銃器も、磁力の壁は突き破れない。 学園都市第三位を傷付けられる能力者も、そうはいない。 そもそも、銃器や能力を前にすれば、御坂美琴も警戒するし、それなりの防御行動はとるだろう。 でも、もし。彼女が攻撃されたのが、彼女の友人だったなら。 今、この瞬間の上条と同じように、親しい友人が、顔から血を流して襲ってきたのなら。 御坂美琴は、学園都市第三位の超能力者。 電気を操る、最強の電撃使い(エレクトロマスター)。 ―――でも、たった十四歳の、女の子。 上条の拳に力が入る。 上条の勘違いなのかもしれない。勘違いであってほしい。 それでも、一度考えてしまうと、上条にはそれが許せないことに思われた。 それは御坂美琴でなくともいい。学園都市に住む、ごく普通の学生、教師、その他の一般人でも構わない。 親しい友人、家族、先生、生徒から、突然攻撃を受ける。 殴られ、蹴られ、首を絞められる。 それが、どれだけ惨いことなのか。どれだけ悲しいことなのか。 そう考えるだけで、上条の拳は、硬く、硬く握り締められていた。 上条「……ぉ」 青ピ「?」 上条「――――ッッ!!!」 硬く握った右拳を、青髪ピアスの頬にブチ込む。 容赦はしない。できない。 突然の反撃を受けた青髪ピアスの腕から、僅かに力が抜ける。 それを見逃さす、左腕で青髪の右腕を掴んで引き剥がす。 上条「ごほぉっ! が、はっ、げほっ、げほっ!」 呼吸が戻る。急な酸素供給で頭が揺れる。 それに怯んでいる暇はない。 頬を殴った右拳で、そのまま青髪の耳を掴み、目一杯引っ張る。 青ピ「アアァァァ~!?」 耳を引っ張り、体勢を崩し、マウントの体勢から脚を抜く。 そのまま脚に力を込めて、青髪の身体をひっくり返すように立ち上がる。 そしてそのまま、今度は上条が上になって、マウントポジションを取った。 肉体強化とは言えど、所詮無能力者(レベル0)。 完全にマウントを取ってしまえば、そうそう崩せはしない。 上条は、再び右拳に力を込める。 上条「……悪い、必ず、俺が元に戻して見せる。 だから、今はちょっと我慢してくれ」 青髪の顔面を殴っても、耳を引っ張っても、やはり『何か』を破壊出来た感覚は無かった。 人を操っている『何か』は、直接身体を触っても破壊出来ない類のモノなのだろう。 青ピ「 ア ァー」 青髪は、一声呻いてから、 青ピ「 さ すガ は カ ミヤ ン や ネ 」 ―――確かに、そう言って、笑っていた。 上条は迷わない。 全力を込めた右拳で、青髪の顔面を、真上から叩き伏せた。 硬いコンクリートの路面に、青髪の後頭部を叩きつけるようにして。 冗談みたいに、小さく、軽い音がして、青髪ピアスの少年は、動かなくなった。 終了条件2(ミッションコンプリート)
https://w.atwiki.jp/sirenindex/pages/24.html
上条 当麻 / 20:46:15 / 第二学区 暗闇と霧雨に包まれた学園都市の中で、上条当麻は、戦っていた。 上条「クソっ! どけよ、どいてくれ!」 上条の周りには、十人前後の人だかり。 学生、教師、警備員(アンチスキル)。顔触れは様々だが、皆一様に、『屍人』と化している。 上条に襲いかかる異能。念動力(サイコキネシス)、発火能力(パイロキネシス)、風力使い(エアロマスター)。 それらを全て、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』で撥ね退ける。 警備員の手に握られた拳銃。 それから銃弾が放たれる前に、射線から体をずらし、他の屍人を壁にして銃撃を防ぐ。 それでも攻撃は止まらない。上条の身体は、少しずつ痛めつけられていく。 赤い水に濡れた手が、上条を殴り、引っ掻き、掴み、締めつける。 上条「チクショォ……ッ!!」 あらゆる異能を打ち砕く右手も、今この時は、攻撃を防ぐ以外の役には立たない。 勿論、それが無ければ上条はあっという間に紙屑のように吹き飛ばされてしまうだろうが、 しかし、攻撃を防ぐだけでは、状況は打開しないのだ。 上条の身体能力そのものは、あくまでも一般人の域を出ない。 何らかの神憑り染みた力が働きでもしない限りは、拳一つで十人以上もの人間を打倒するなど、不可能だ。 何より、変わってしまったとは言え、『無関係の』『善良な一般人だった』モノ達を、躊躇無く殴れはしない。 少なくとも、上条当麻には、そんなことが出来る筈がない。 しかし、屍人達は、何の容赦も無く上条に襲いかかる。 それは上条に対してだけでなく、屍人達自身に対しても、容赦無く。 指が砕ける事などまるで気にせず、拳を叩きつける。歯が折れる事などまるで気にせず、獣のように食らいつく。 攻撃を受ければ一度は怯むが、いずれ立ち上がり、再び襲いかかる。 屍人達には、恐怖という概念が欠落しているかのように、上条には思えた。 或いは、上条程度のちっぽけな存在がいくら抗ったところで、屍人達の恐怖には成り得ない、ということなのかもしれない。 上条「が……ァッ!」 屍人の一人、教師風の男の拳が、上条の鳩尾を突いた。 息が詰まり、動きが止まる。 機を逃さず、屍人達が一斉に上条へ群がる。 だが、一瞬、屍人の群れが大きく揺らいだかと思うと、 ステイル「――――Ash to Ash(灰は灰に)」 その内およそ半数の屍人の身体が、突如として燃え上がった。 ステイル「――――Dust to Dust(塵は塵に)」 更にもう半分。 上条を取り囲んでいた屍人達が、絶叫を上げながら燃え落ちる。 魔術によって生み出された、赤灼の業火によって。 ステイル「土は土へ。灰は灰へ。塵は塵へ。 死せる塵の人形(ひとがた)は、憐憫無く祝福無く、只々塵へ還るがいい――――」 ステイル・マグヌスが生み出した、劫火によって。 上条「――――!!」 上条は、一瞬の忘我の後、いつの間にか目の前にいたステイルの胸倉に掴みかかる。 ステイル「……何だい? その目は。折角なけなしの力を振り絞って助けてやったと言うのに」 上条「ふざけんな!! あの『屍人』達だって、元々は普通に生きてた一般人なんだぞ!? それを……あんな……!」 怒りに身を任せて詰め寄る上条を睨んで、ステイルは大仰に溜息を吐いた。 ステイル「神裂に会って、聞いているんだろう?」 上条「……っ!」 ステイル「ああなったらもう、元には――――」 上条「この……ッ!!」 上条はステイルの頬に拳をぶつけようとして――――気が付いた。 ステイルの、青く染まり、やつれ切った顔に。 瞳は、生気の光が抜け出てしまったように暗く淀み、 常時固く結ばれていた口元はだらしなく緩み、 皮肉的な口調とは裏腹に、まるで人間らしい表情が見られない。 上条「……何か、あったのか?」 ステイル「……!」 上条の言葉にハッとしたのか、ステイルは慌てて表情を取り繕った。 取り繕った、ということが上条にさえ分かるほど、急場しのぎ染みた仕草だ。 ステイル「フン、いつから君は僕の心配が出来るような立場になったんだ? なんてことはない、ただ『屍人』の群れに襲われて疲れてるだけさ。どちらにせよ君には―――――」 フラッシュバック。 焼ける肉の音。燃える骨の匂い。 『彼女達』の断末魔。『彼女達』の呪いの声。 ステイル「――――関係ない、話だ」 ステイルは、内からこみ上げてきた吐き気を、無理矢理に押し戻す。 出来る限りの平静を装って。 上条「……」 上条は、ゆっくりと、ステイルの首襟を掴んでいた手を離す。 何も訊かない。何も訊けなかった。 ステイル「まあ有り得ないとは思うが……一応聞いておこう。 何か、この状況を打開するような考えがあるかい?」 数秒の沈黙の後。 何事も無かったように、ステイルは話し始めた。 どうやら、これからの行動について話をしたいらしい。 上条「この状況を打開できることかどうかは分かんねーけど…… インデックスを探し出すのが、何より先決だと思う」 ステイル「やはり、君も彼女の居場所を知らないんだね?」 ステイルは、上条に悟られぬよう、コートの下の拳をキツく握りしめた。 何を差し置いても守ると誓った少女。禁書目録。 今、彼女は、どこで、何をしているのか。 上条「ああ、俺が朝起きて、『こうなって』たと思ったら、もうインデックスは居なくなってた。 一体いつの間に、どこへ行ったのかも分からねえ。 クソ……ッ!」 上条は、怒りを隠すことなく、拳を握りしめる。 自分自身に向けての怒り。 そして、誰にも頼らず、何にも頼らず、たった一人で行ってしまった禁書目録に向けての怒り。 ステイル「……君には言っておいた方が良いだろう。 いいか、何としてでも、必ずインデックスを見つけ出すんだ。 彼女は、隠れているか、逃げ回っているか、或いは――――」 ――――或いは。 ステイルは、その先に続く言葉を、呑み込んだ。 ステイル「――――とにかく、インデックスを探せ。僕も探す。 彼女を見つければ、もしかしたらこの『異界』から脱出する術も見つかるかもしれない」 上条「! 本当か、ステイル!?」 ステイル「ああ……」 希望を見出した様子の上条とは対照的に、ステイルの表情は再び沈んでいた。 だが、上条はそれに気付かない。 上条「そうか……確かに、インデックスなら、この妙な世界を作り出してる魔術について、何か知ってるかもしんねーしな!」 ステイル「……」 魔道図書館。10万3000冊の禁書目録。 彼女の脳(アタマ)には、きっとこの世の全てがあり、そして恐らくは何も無い。 ステイルは、何も言わなかった。 そして、二人の会話は、そこで中断される。 突如、空より飛来した、一条の雷撃によって。 ステイル「っ!!」 まず反応したのは、ステイル。 稲妻が二人に到達するコンマ数秒前に、稲妻を察知して、身体を向けた。 しかし、遅過ぎる。面と向かい合った状態からの攻撃ではなく、完全な奇襲だ。防御結界の展開も、僅かに間に合わない。 上条「ッ!?」 遅れて、上条が反応する。 ステイルの突然の動きに対応するように、その方向へと視線を向ける。 上条の眼が、その稲妻を捉えた瞬間、『右手』は、条件反射のように、稲妻へと突き出されていた。 音を立てて、稲妻が砕け散る。 上条の右手。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によって。 ステイル「チッ、どうやら、あまり長々とお喋りしている余裕は無かったみたいだね! 盾の代わりくらいには役立てよ、『幻想殺し』!」 稲妻が打ち消された事にホッとする間もなく、ステイルは臨戦態勢をとる。 ルーンのカードを何十枚と懐から取り出し、同時に中規模の炎剣を顕在化、稲妻の飛んできた方向を見据える。 しかし、上条は、右手を突き出した体勢のままで、動かない。 上条「…………っ」 何も言わず、嗚咽を呑み込むように、動かない。 ステイル「……? どうした、上条当麻! 『敵』だ!」 上条「…………」 ステイルの叱咤も聞き流し、上条は空を見る。 稲妻が飛んできた方向。そこには。 ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン 飛んでいた。 頭から生えている、虫の様な六枚羽を羽ばたかせて、少女が飛んでいた。 バケモノになった御坂美琴が、飛んでいた。 上条の友人で、 上条が殴り倒して、 上条が別れを告げた、 御坂美琴が、バケモノになって、空を飛んでいた。 御坂は、何も言わない。 昆虫のような複眼で、変わりきった異形の顔で、上条とステイルを見ていた。 上条は。 上条「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!」 喉から、振り絞れるだけの音を吐き出して。 狂ったように、叫んだ。叫ぶように、狂った。 上条「何だよ何だよ何なんだよ何なんだよオオオオオォォォォッ!! 御坂が何したっていうんだよ何もしてねえだろ何も出来るわけねえだろおおお!!! 何でこんなコトになるんだよ何でこんなコトにならなくちゃいけねえんだよ何で何で何で何で何で何でだよオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」 吠えるように、呪うように、叫んだ。 周囲に憚ることなく、御坂以外の何物も目に留めず、ただ叫んだ。 己の無力を悔み、世界の不条理を恨み、叫び続けた。 奇しくもそれは、いつかどこかで、白い少年が世界の不条理を嘆いたように。 今、上条当麻の心は、その重みに、潰されかけていた。 ステイル「――――」 ステイルは、その姿を見て、何を思ったのか。 かつて、記憶を消さなければ死んでしまう少女がいたこと。 かつて、その少女を守る為に、その少女を傷付け続けた己のこと。 或いは、もっと近い記憶。 つい先刻、己の炎で焼き払ってきた『彼女達』のこと。 世界は優しくなんてない。世界は美しくなんてない。 無為に、無意味に、無作為に、誰かが傷付き、誰かが死んでいく。 世界は、絶望で満ちている。どう足掻いても、絶望に、満ちている。 ステイル「――――上条当麻ッッ!!」 それでも。 だからこそ。 ステイルは、目の前の少年に叫ぶ。 かつて、絶望に満ちていると『思っていた』世界を、右手一つで、粉々にぶち殺してしまった少年に。 上条「――――」 先ほど上条がそうしたように、今度はステイルが上条の胸倉を掴み、その目を睨みつける。 炎剣は片手に保ったまま、空に浮かんだ御坂からも目を反らして。 ステイル「『アレ』が、お前にとってどんな意味を持つ人間『だった』のかは知らない! だがな、これだけは忘れるなよ……! 『アレ』を倒さなければ、『アレ』は、他の人間を襲うんだ」 上条「――――」 そんなことは、知っている。 ステイル「『アレ』を倒さなければ、お前も、他の人間まで殺される」 そんなことは、解っている。 ステイル「『アレ』を倒さなければ――――『彼女(アレ)』は、いつまでも、人を殺し続ける」 そんな、ことは。 ステイル「『アレ』を倒さなければ――――今も尚抗い続ける『誰か』が、殺される」 分かって、いる。 御坂美琴は、決して、人を殺したりしないだろう。 けれど、『アレ』は、かつて御坂美琴だったあのバケモノは、きっと、人を殺す。 何の為に殺すのかは分からないけれど、『屍人』は、人を殺す。人がいる限り、殺し続ける。 御坂美琴は、そんな人間ではないけれど。 今の『アレ』は、もう、御坂では、ないのだから。 上条「――――分かってる。 分かってるんだよ、そんなこと」 上条の瞳には、光が戻っていた。 上条の拳には、力が戻っていた。 ステイル「なら、戦え。最後の、最後まで。 このフザけた世界を、お前の右手で壊し尽くすまで」 上条「分かってるって――――」 刹那の閃光。 ステイルの背後から、再び飛来する雷撃の槍を。 上条の伸ばした『幻想殺し』が、完膚なきまでにぶち殺す。 上条「――――言ってんだろ……!!」 上条は、ステイルの掴む手を力任せに振り払い、空を飛ぶ御坂を、強く睨みつける。 ステイル「そうだ、それでいい……!」 黒い少年と、赤い魔術師が並び立つ。 少年は右手を握り締め、魔術師は炎剣を構える。 上条「悪い、御坂。もう少しだけ、我慢してくれ。 お前を倒して、インデックスを探し出して、このふざけた幻想(セカイ)をぶち壊すまで――――!」 そして、戦闘が始まった。 終了条件1:『頭脳屍人(ブレイン)』を倒す 上条当麻3-1
https://w.atwiki.jp/sirenindex2/pages/56.html
上条当麻は、辿り着いた。 体は赤い雨に濡れ、今に気絶しそうなほど息を切らし、 全身擦り傷切り傷打撲に覆われ、なけなしの体力を振り絞って、辿り着いた。 崩壊を抜け、変異に抗い、嘆きを呑み、苦痛を払い、犠牲を踏み、絶望を超え、恐怖を倒し、 ようやく、ココに辿り着いた。 惨劇の中心。異界の深奥。混沌の原初。 全てを終わらせる、最後のステージ。 直径にしておよそ五メートルはある、赤い水溜まり。 中央に立つ上条の姿が、ハッキリと、その水溜りに映し出されている。 赤い水に創り上げられた、深紅の水鏡。 鏡は、異界の入り口を示すシンボル。 その赤い水鏡は、まるで煉獄の入り口のように。禍々しい深紅が、奈落の底まで続いているように見えた。 そして、その煉獄の中に。 銀髪のシスターの姿が、上条の姿と共に、映し出されている。 現実の上条の隣には、誰もいない。 しかし、水鏡の中には、彼女がいる。 禁書目録。Index-Librorum-Prohibitorum。 十万三千冊の魔道書を手にする、一人の少女。 世界を壊せる、一つの魔神。 禁書目録は、何も言わない。 淀んだ瞳で、鏡の中から上条を見つめ返してくる。 上条「――――やっぱり、お前はそこにいるんだな、インデックス」 誰に話しかけるでもなく、上条は、一人呟いた。 悲しそうな眼。けれど、燃えるような意志(ちから)を込めた瞳。 上条は、右の掌を、大きく開く。 上条「初めて会った時に、言ってたよな」 ――――地獄の底まで、ついてきてくれる? 少女は、そう言った。 上条「俺の答えは、あの時と変わらねぇ。 地獄の底までついていくなんざ、ゴメンだよ」 ――――地獄の底までついて行きたくなけりゃあ、地獄の底から、引きずり上げてやるしかねーよなぁ だから、少年は、そう思った。 地獄のような戦いを何千回経たとしても、今日という絶望を何万回繰り返したとしても、その答えは、変わらない。 少なくとも、今、少年がそこに立っているのは、たった一人の少女を救う為だった。 そして、救われなかった世界の全てを救う為に。 いつかの時と同じように、いつもの時と同じように。 命をかけて、たった一人の少女を地獄から引きずり上げる為に、世界の全てを救う為に、上条当麻は立っている。 それはきっと、どちらを優先するべきという事も無く、その少年の中で、二つは同じ事なのだろう。 禁書目録を救う。世界を救う。理由も無く、信念も無く。 ただ、上条当麻は、救いたいと思うから。命を懸けて救う価値があると思うから。 上条は、開いた右手を、赤い水鏡に叩きつけた。 水鏡はまるでガラスのように、バギン、と音を立てて、砕け散る。 砕けた水鏡の奥に広がっているのは、赤い世界。煉獄のインフェルノ。 上条は右手を強く握りしめ、その煉獄へと堕ちていく。 インデックスを救う為に。この惨劇の幻想を、打ち壊す為に。
https://w.atwiki.jp/sirenindex2/pages/57.html
――――気が付くと、上条当麻は其処にいた。 地獄のように紅く、天国のように朱い、異界の中に。 上条「此処は……」 足元には、どこまでも続く草原。 所々に点在する三角錐形の岩のような物体を除けば、視界を遮るものは見当たらない。 三百六十度、どの方向を見渡しても、地平線まで見通せる。 頭上には、曇天の空。 赤く染まった雲が、今にも落ちてきそうなくらい、不穏な模様を描いて浮かんでいた。 上条「……ああ、そうか。そういうコト、か」 何かを納得し飲み下すように、頷きながらひとりごちる。 彼は、思い出す。 此処が何処なのか。どうして自分が、此処にいるのか。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 自分が何をしたのか。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 自分は此処で、何をすべきなのか。 そして。 上条「――――また、会えたな。インデックス」 目の前に凝然と佇立する、少女を見る。 少女と、その胸に抱えられた、『首』を、見る。 禁書「――――」 彼女もまた、虚ろな瞳のまま、上条を見返す。 『首』もまた、無機質な瞳で、上条を見つめる。 上条「今度こそ、絶対に、救けてやるから」 改めて、その覚悟を口にする。 すると不思議に、上条の全身に力が漲った気がした。 錯覚に過ぎないと解っていても、上条にはそれが有難く思えた。 上条当麻は、この少女を、この世界を、救わなければならないのだ。 例え何があろうとも。 そう、その為に、彼は―――― 禁書「――――ォ、ォ」 その時初めて、ひたすらに沈黙を保っていた禁書目録の口が、厳かに開かれた。 禁書「――――ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ―――」 それは、始まりを告げる音。 サイレンのような、咆哮。 その音は、世界を揺らすように。 少女の口から。 少女が、その両手に抱えた、『首』の造形物から。 鳴り響く。啼き喚く。 上条当麻は、右手を握る。 上条「来いよ、禁書目録(インデックス)。 お前も、『呪い』も、この世界も、そのサイレンも。 こんなふざけた幻想、全てまとめて――――」 神浄討魔は、右手を握る。 上条「――――俺のこの手で、ぶち殺してやる――――!!」 終了条件1:『禁書目録』を倒す 禁書目録は咆哮する。 その小さな口から、この世全ての呪怨を吐き出すように。 上条「インデェェェェェェェェェェェェェェェェェェックスゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!」 己を鼓舞するかのように雄叫びを上げて、上条は走り出す。 立ち尽くす禁書目録の下へ。 狙いは、禁書目録が胸に抱えた、『首』。 理由は無い。理由は無いが、上条はそれが、その『首』こそが、真に打破すべきモノである事を直感していた。 全てを壊す為の、要の楔。 それが恐らく、あの首だ。 一体、それが何であるのか、どのような魔術的意味を持つのか、何も分からない。 だが。 上条(どんなモノだろうが関係無ぇ――――俺の右手で、ぶち壊す!!) 上条は走る。 しかしそれを、禁書目録が拒絶する。 禁書「ォォォォォオオオオオオオオオオオォォォォゥゥゥゥゥゥォォォォォオオウウウウウゥゥ」 鳴り続けるサイレンの音に、僅かな変化が起きた。 歌のトーンを変えるように、禁書目録の声がうねる。 魔術――――それも恐らくこの異界でのみ通用する、異形の魔術、だったのだろう。 駆ける上条の足元の地面が、突如塔のように隆起して、上条の身体を貫こうと襲い掛かる。 上条「ッッ!!」 無論、その攻撃は『幻想殺し』が掻き消す。 突き上げる土の塔に右手が触れた瞬間、塔は弾けるように崩れ去った。 上条の脚は止まらない。 更に、禁書目録へと迫っていく。 禁書「ゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥォォォォォオォウウウウゥゥゥゥォォォオオオオオ」 サイレンの音は更に調子を変えて、異界の摂理を歪めていく。 空間がガラスのような音を立てて歪み、罅割れる。 しかしその歪みも罅割れも、『幻想殺し』は全て打ち殺す。 音を立てて壊れていく異界を背景に、上条は走る。 その脚を止める事は、出来ない。 もうあと数歩で、禁書目録に手が届く距離だ。 禁書「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」 一際大きなサイレンと共に、禁書目録の目がカッと見開かれる。 空間の歪みは、最高潮に達している。 今にも、異界そのものが崩れて無くなってしまいそうな程に。 禁書「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」 禁書目録は、己の全てを、世界の全てを絞り出すように、吠えた。 その呪いは形を成し――――禁断の魔術へと、昇華する。 バキィン、と鋭い音がして、彼女の目の前の空間に、巨大な亀裂が現れた。 上条「――――っ!!!」 その亀裂に、上条は見覚えがない。 『今の上条』にとって、それは初めて目にする魔術である。 しかし、上条の身体が、そこに刻まれた本能が、その亀裂に、強大な危険を感じ取っていた。 上条(亀裂の中に、『何か』いる……!!) 裂けた空間の向こう側。自分たちの知る世界でも、異形の住まう異界でもない、何処か。 その向こうに座す、想像及ぶべくもない、『何か』が、上条を、見ていた。 瞬間。 巨大な光の柱が、亀裂の中から放たれた。 上条「ッッ!!!??」 上条は咄嗟に右手を突き出し、その光を打ち消そうとする。 だが。 上条「打ち……消せない……っ!?」 光の柱と『幻想殺し』は、互いに拮抗したまま、動かない。 柱の勢いに押され、上条の足が初めて止まった。 『堕辰の殺息(ドラゴンブレス)』。 呪を帯びた竜の咆哮。 全てを殺し、全てを壊す、禍つ魂の波。 上条「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」 目一杯に右手を押し込むが、光の柱には打ち勝てそうにも無い。 同時に、上条の体力にも限界が見え始めていた。 ギリギリと、波が右手へめり込んでいく。 それでも、上条当麻は諦めない。 上条「この、程度で」 光の向こう側。 そこからでは見えない少女の姿を、頭に描く。 いつも隣にいた彼女の顔を。 虚ろな目をした彼女の顔を。 とても大切な、彼女の顔を。 上条「絶望してられねーんだよオオオオオオオオォォォォォッッ!!!」 バチィィッ!!と、火花が散るような音。 上条は、迫る光の柱を『かわして』、柱の右側面へと躍り出た。 上条の右側、十数センチスレスレを、抑えを失くした光の柱が貫いていく。 『堕辰の殺息』と『幻想殺し』が拮抗しているというのなら、少なくとも『幻想殺し』をかざす間は、直接光を受ける事は無い。 押し飛ばされそうな圧力を耐えつつ、あえて『横』へと移動する事で射線を外したのだ。 だが勿論、こんなものは、ただ一瞬攻撃を凌いだだけに過ぎない。 狙いが外れていることを知った禁書目録は、間髪置かずに、光柱を真横に薙ぎ払おうとするが…… 上条「遅いッ!!」 そこで再び、『幻想殺し』に阻まれる。 斜め前方に突き出された右手が、しかと光柱の攻撃を防いでいた。 そして同時に、上条は光柱から離れ、禁書目録へと近付くように、斜方に走る。 一度逃れても、再び照準を合わされれば、結局は同じ事の繰り返し。 故に、禁書目録が照準を定められぬように、横軸への動きを入れつつ、近付く。 しかし、身体全体で回避する上条とは違い、『堕辰の殺息』は禁書目録の顔向きだけで照準を合わせる事ができる。 ほんの数秒もあれば、再び正面に捉えられることは間違いない。 だが、その数秒の猶予を、上条は与えない。 元より、『堕辰の殺息』が放たれた時点で、歩数にして二、三歩ほどの距離しかなかったのだ。 ――――既に上条の拳は、禁書目録へ届く位置にある。 上条「――――これで、終わるんだな」 力を込めて、大きく一歩、踏み込む。 禁書目録の懐へ。 上条は覚えていない、いつかの時と同じように。 そして、その右手に、ありったけの力を込めて。 『首』を、殴り飛ばした。 首は大きく宙を舞い、そのまま空中で弾け散った。 まるで空気を入れ過ぎた風船のようだ、と益体も無い事を上条は思う。 サイレンの咆哮は止み、世界の綻びが少しずつ修復されていく。 禁書目録は、目を見開いたまま、身動き一つしない。 上条「――――」 上条の膝が、ゆっくりと地に付いた。 力は出し切った。全てやり切った。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ これで、自分のした事は無駄ではなかった――――そう、言えるだろうか。 そんなことを考えながら、禁書目録を見る。 呆然と、ただその場に立ち尽くす、少女の顔。 それが、突然。 ギョロリ、と。 ・ ・ ・ ・ 禁書目録の目が、裏返った。 上条「え――――?」 禁書「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」 上条の驚きは、いつのまにか再び現出した『堕辰の殺息』に塗り潰される。 再び歪み始める世界。再び鳴り響くサイレン。 気付けば、目の前には既に、光の波が迫っていて。 もう、遅い。 ――――上条当麻は、その右手だけを残して、跡形も無く消滅した。 終了条件1達成(エピソードクリア)
https://w.atwiki.jp/sirenindex/pages/19.html
上条 当麻 / 19:44:33 / 第十五学区 太陽は沈み、夜の帳が下ろされる。 元々雨雲に隠れていた太陽だが、いざ地平線の向こうに消えてしまうと、辺りの暗闇は一層深さを増した。 雲は相変わらずかかっているようで、月明かりは全く見えない。 自動点灯の街灯が、陽光の消えた学園都市を照らす。 だが、その光景はいつもの学園都市とは大きく違う。 街のあちこちに見かけられる、『変わってしまった』人間。 彼らは、変異してしまう以前の、人間と同じような生活を続けていた。 友達(だったモノ)と一緒に街路を歩く者、子供(だったモノ)を連れて家路に急ぐ者。 中には、飲食店の席に座って赤いゼラチンのようなモノを咀嚼する者もいる。 学園都市内の人間のほとんどが、変わってしまっていた。 生き残っていた人間も、少しずつ、変わってしまった人間達に駆逐されていく。 少しずつ、少しずつ、人間が、入れ替わっていく。 その学園都市の中を、上条当麻が走る。 その顔には疲労の色が濃く、足取りもふらついている。 彼は、もう当初の目的―――インデックスを探すことを忘れかけていた。 ただただ、目の前の惨劇から逃げる為に、そして目の前の惨劇を止める為に、彼は走っていた。 雨は止んでいた。既に体中ずぶ濡れだが、これ以上雨に体力を奪われないのは都合が良い。 一日中走り通しで、上条の脚はボロボロだ。明日にでもなれば、筋肉痛で立ち上がることも出来ないかもしれない。 それでも、上条は走る。 その上条に、背後から声をかける者が居た。 ???「上条当麻ッ!!」 上条にとっては、何時間ぶりかに聞く、人間の声。それも、よく知る間柄の人間。 上条は脚を止めて、振り返る。 そこに居たのは、紛れもなく、神裂火織だった。 ポニーテールに纏めた長い黒髪。 ボロボロ(というわけではないらしいが)のTシャツとジーンズ。 腰に差した、身の丈ほどの七天七刀。 上条「神……裂……!? お前、学園都市にいたのか!?」 その声に、神裂は首肯だけを返す。 上条「……神裂? 何か、あったのか?」 神裂の顔を伺いながら、上条はゆっくり話しかける。 その顔は、どこか、上条の知っている神裂とは違うような気がした。 もちろん、赤い涙を流しているワケでも、歪な笑みを浮かべているワケでもないのだが。 何となく、虚ろな表情に、見える。 神裂「……大丈夫、です。 朝から、色々あったので、少し疲れましたが」 その言葉を聞いて、上条は何となくだが、理解した。 上条が青髪ピアスと出会ったように、神裂も、誰かと出会ったのだろう。 もちろん神裂の力量を鑑みるに、戦闘に関しては心配いらないだろうが、それでも精神的なダメージは話が別だ。 上条がそんなことを考えていると、神裂が喋り始めた。 神裂「それより、上条当麻。 今、この街で起きている事について、私が考え得る限りの事を話します。 ですから――――どうか、力を貸してください」 上条「………!」 神裂の顔が、悲痛に歪んでいた。 上条は何も言わずに頷くしかできない。 神裂の、ここまで痛々しい表情を、上条は初めて目にした。 一体、神裂火織に何があったのか。 それは、上条の知る由もない。 ひとまず安全そうな路地裏に身を隠した後、神裂は、この異変について分かる限りの事を、上条に話して聞かせた。 異界、赤い海、変異した人間、何者かの作為、そして、赤い水。 神裂「この『呪い』の正体は、この世界に蔓延する『赤い水』と関係があると思われます」 上条「赤い水……って、朝から続いてた、あの赤い雨のことか?」 朝からポツポツと降り始めていた雨は、正午前に激しくなり、そのまま夕方過ぎまで降り続いた。 ちょうど雨が激しくなった頃、上条は、その雨水が『赤い』ことに気がついていた。 神裂「……ええ、そうです。それだけでなく、この学園都市内の上下水道を含めた水の供給は、全て『赤い水』に埋め尽くされています」 上条「それって、つまり……水道の蛇口をひねったら、赤い水が流れてくる、ってことか……?」 神裂「ええ」 上条は、ゴクリと唾を呑む。 神裂「そして、負傷することによって流した血液の分だけ、赤い水が体内に入り込む。 それによって、黄泉戸喫(よもつへぐい)と同じ呪いを受ける。 ――――つまり、『不死の呪い』を」 上条は、合いの手を入れる事も無く、話を聞く事に集中していた。 神裂「『不死の呪い』を受けてしまった人間―――仮に『屍人(しびと)』と呼びましょう―――は、 今は、生前と同じ生活習慣に従って行動しているようですが……いずれは、完全に『人間以外のモノ』に変わってしまうでしょう」 上条「……そん……な…… でも、アレが呪いっていうんなら、何で俺の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』で打ち消せなかったんだ!?」 神裂「呪いの本体は、体内の赤い水にあります。 ですから、『容れ物』に過ぎない身体に触れただけでは、呪いを打ち消す事が出来ないのでしょう。 貴方自身の体内の呪いなら、その右手が打ち消すでしょうが……」 上条「じゃ、じゃあ、『屍人』になった人間を元に戻す方法は……?」 神裂は、一度だけ深呼吸して、告げた。 暗い瞳のままで、冷静に。 神裂「ありません。 恐らく、変わってしまった人達は、二度と、元には、戻らない」 上条「っ!!!」 神裂「本国の解呪のエキスパート達ならば、或いはこの呪いも解く事が出来るかもしれませんが……」 上条「なら今すぐそいつらを呼んで―――」 神裂「不可能です。言ったでしょう、現在この街は外界とは霊的にも物理的にも完全に遮断されている。 この異界そのものを破壊しない限り、外部と連絡を取る事は出来ません」 上条「ならこの異変を起こしてる魔術師を倒せば―――」 神裂「それも可能性としては低い。まず、原因となる魔術師を倒しても、この異界が解かれる確証は無い。 加えて、この呪いは黄泉戸喫と同じ、だと言ったでしょう。その示す意味を考えれば、明らかです」 上条「っ、何なんだよ、そのヨモツヘグイってのは!?」 神話の話。イザナギとイザナミの話。 死んだイザナミを黄泉の国から連れ戻そうとしたイザナギ。 しかし、イザナミは黄泉から帰ることはできないと言う。 その理由が、黄泉戸喫。 黄泉の国の食物を食べたイザナミは、既に黄泉の住人となってしまった。 だから、黄泉から還ることは出来ない。 黄泉の国の食物。赤い水。 黄泉の住人。屍人。 これが意味するところは、つまり。 神裂「黄泉のモノを取り込んだ人間は、黄泉の住人となる。 つまり、この世界を崩壊させたとしても、既に黄泉の住人となってしまった彼らは、もう――――」 上条「――――っるっせえんだよっ!!!」 神裂「!」 上条は、あらん限りの声で怒鳴った。 自分達が、身を隠している事も忘れて。 上条「そんなごちゃごちゃした理論なんてどうでもいい! そんなハナっから決めつけられた考えなんざどうでもいいんだよ!! お前だって見たんだろ!? 変わっちまったヤツらを! どうしようもないくらいおかしくなったアイツらを!!」 朝からひた隠しにしていた、無力感、絶望感。 それらを纏めて打ち払うように、上条は叫ぶ。 神裂「……」 上条「それを見てて……なのに……何で、そんなこと言えんだよ……!!」 神裂「………」 神裂は、何も言わない。 上条「……朝、俺のクラスメイトの一人に会った。そいつも、顔から赤い水流してて、俺に襲いかかって来た。 他の知り合いには会ってねえけど、もしかしたら―――もしかしたら、他の奴らだって、ああなってるのかも知れねえ」 神裂は、何も言わない。 上条「インデックスとか、土御門とか、御坂とか、あいつらだって、今この瞬間に、赤い水に冒されてるのかも知れねえ! もしそうなってもお前は、戻る事は無理だ、諦めろ、って言えるのかよ!? 大人しく、化物になっちまったままで残りの人生楽しんでくれ、って言うのかよ!?」 神裂は、何も言わない。 上条「そうじゃねえだろ!? そんなくだらねえコトが、認められる訳無えよな!! だったらもっと足掻けばいいだろ! みっともないくらい足掻き抜けばいいだろ!!」 神裂は、何も言わない。 上条「それが幻想だろうが理想だろうが知った事じゃねえ! そんなふざけた現実なんざ、片っ端から俺がぶち殺してやる!!」 そこで初めて、神裂が口を開いた。 顔には、僅かな笑みが浮かんでいる。 神裂「貴方なら、そう言うだろうと思いました」 だが、目は笑っていない。 遠いモノを、眩しいモノを見るような、寂しい目で、上条を見つめている。 神裂「私にとっても、この状況は未知数。今の発言も、現段階では全て推測にしか過ぎない。 ならば、貴女の幻想を信じてみるのも、悪くない」 けれど、と神裂は続ける。 神裂「その幻想を信じ続けると言うのなら、まず貴方自身が生き残らなくては、話になりませんよ?」 神裂の言葉が終わるのを待たず。 二人のいる場所に向けて、一条の稲妻が走った。 上条「!?」 上条が咄嗟に右手を稲妻に向けて突き出すと、稲妻は音を立てて砕け散った。 片や神裂は、事も無げに、鞘に収めたままの刀を振るって稲妻を掻き消した。 上条「クソッ! 見つかっちまったのか!」 神裂「当たり前でしょう! あれだけ大声で叫べば、嫌でも見つかりますよ!」 上条「すいませんちょっとテンションあがっちゃってたんです!」 上条と神裂は軽口を叩きながら、電撃が飛んで来た方向を見る。 その先に居たのは、 上条「御坂……じゃ、ない……御坂妹か!?」 御坂美琴そっくりの、クローン。違うのは、頭に携えた軍用ゴーグル。 1人ではない。 5人。御坂美琴と同じ顔の少女が、5人揃って、そこにいた。 『超電磁砲(レールガン)』のクローン、通称『妹達(シスターズ)』は現在約1万人ほど存在するが、 学園都市内に居留しているのは、その内でも精々6000~7000人程度。 それも、身体機能の調整の為に医療研究施設に全員収容されていたはずだ。 その彼女達が、今、顔から赤い水を流しながら、そこに立っている。 上条の知っている『妹達』―――個体番号10032号、『御坂妹』が、その中にいるのかどうかは、分からない。 彼女達の顔を見て、上条は想像してしまった。 御坂美琴が、赤い水を顔から流している姿を、ありありと。 上条「……っ! おい! お前ら―――」 神裂「後ろです!」 神裂の声に反応した上条の右手が、背後から飛んで来た雷撃の槍を叩き壊した。 見れば、背後の路地からも『妹達』が幾人か、上条達を狙っていた。 5人どころではない。次から次へと、湧いて出るように、『妹達』は増えていく。 神裂「……致し方有りません。 上条当麻! あなたは此処から離れなさい! 私が此処で足止めを担います!」 上条「離れるって、どうやって!?」 狭い路地裏のどこを見渡しても、表通りに繋がる道は全て『妹達』に封鎖されている。 少なくとも、道を塞ぐ『妹達』を倒さないと、逃げようがない。 だが、『聖人』にそんな常識染みた通せんぼが通用するはずもなかった。 神裂は、何も言わず、すぐ傍にあったビルの壁に、素手の一撃で大穴を空けてしまった。 穴は、ビルの内部、果ては表の街路へも通じている。 更に襲い来る電撃を、七天七刀の鞘と幻想殺しが払い飛ばし続ける。 上条「……わぁい、これって弁償費とか、どうすんだろ」 神裂「そんなものは最大主教(アークビショップ)にでもツケておけばどうとでもなります! さあ、早くここから!」 上条「うっ、わ、分かった! でも、神裂―――お前も、気をつけろよ!」 神裂「言われるまでもありません。たかが能力者如きに、手間取ることなどあり得ませんよ」 神裂はそう言って、少しだけ笑った。 上条は、ビルに空けられた大穴を通り、表通りへ向かう。 その場に残されたのは、神裂と、数え切れないほど多くの『妹達』。 いつの間にか、その数も増えていた。 神裂が知る由もないが、『妹達』は『ミサカネットワーク』の接続により情報を共有している。 故に、『ミサカネットワーク』により次々と増援が呼ばれているのだった。 『妹達』は、上条を追おうとしているのか、ビルの穴に向かってスタスタと近付いてくる。 もちろん、神裂がそれを許すはずもない。七天七刀の鞘打ちで、近付く『妹達』の脚を砕く。 遠距離から襲いかかる電撃も、全て払い飛ばされる。 神裂「通すまいとする立場は、逆転したようですね。 私は元より、攻めるより守る方が得意ですから、心してかかってきなさい。 それに……」 神裂は、七天七刀を、鞘から抜き放つ。 2メートル以上もの刀身を持つそれは、闇夜においても、艶な輝きさえ放っている気がする。 神裂「彼がいない以上、手加減する理由もありません。 『聖人』神裂火織の名に於いて―――神の御許へと、貴方がたを葬送しましょう」 そして、一番近くにいた『妹達』の頭と胴体が、切り離された。 上条「ぐっ、はぁっ、はぁっ、今日は、走り詰めだな、はぁっ、はぁっ」 上条は、息を切らせながら街路を走る。 神裂との会話である程度体力は回復していたが、それでも脚の筋肉疲労まで全快するわけではない。 辺りに人の気配が無い事を確認して、上条は走るのを止めた。 上条(屍人になった人達は、今までの生活習慣に従ってる、って言ってたな…… じゃあ夜になったら、家に帰ってる、ってことか?) もちろん、20時前の現時刻では、部活を終えた学生や残業帰りの会社員もチラホラ見受けられる時間だ。 ここは学園都市内にしては閑静な街並みだが、繁華街などに行けば、より多くの『屍人』が居る事だろう。 もちろん、今、此処においても、油断は出来ない。 上条「……あ! そういや神裂にインデックスの事だけ聞いてねえじゃん! しまった……でも、アイツも気にしてないみたいだったし…… とにかく早く捜さねーと……!」 当初の目的をようやく思い出した上条。 しかし、 上条は、目が合った。暗闇の中でも、確かに。 赤く染まった目。煌くような瞳。 いつの間にか、目の前に立っていた。 距離にしておよそ5メートル。暗闇で、近付くのが分からなかったのか。 初めは、『妹達』かと思った。 だが、『妹達』が頭に着けているはずの軍用ゴーグルが無い。 それに、あの顔は、あの表情は。 どう見ても―――― 美琴「と゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉぉま゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ??」 上条「み、さか―――――?」 御坂美琴が、立っている。 『屍人』になった、御坂美琴が。 1、逃げる →2、戦う 終了条件2:『御坂美琴』を倒す 静けさ。 音は何もない。 例えあったとしても、二人には聞こえなかっただろう。 御坂は、雷撃の槍を繰り出した。 上条は、無意識に幻想殺しを突き出して、雷撃の槍を掻き消す。 御坂が電撃を放つ。 上条が右手で払う。 雷撃の槍。右手が殺す。 砂鉄の槍。右手が殺す。 超電磁砲。右手が殺す。 本物の雷。右手が殺す。 御坂の攻撃は、全て上条に防がれる。 能力こそ、かつて同じよう使えてはいるが、その使い方が余りに甘い。 ナイフを持った幼稚園児が怖くないのと同じように、 今の『超電磁砲(レールガン)』に、超能力者(レベル5)としての強さは残っていない。 上条「御坂――――」 美琴「 ア 」 美琴「 ハ ハハ ハ ハハ ハ ハハハ ハ ハハ ハ ハ ハハ ハ ハハ ハ ハ ハ ハ ハハ ハハハ ハハハ ハハハ ハ ハハハ」 御坂は、笑った。嬉しそうに。楽しそうに。 上条の顔を、真正面から見つめながら。 上条「……っ」 上条は、嗚咽を呑み込んで、御坂の顔を見る。 赤く染まった顔を。笑みに歪んだ顔を。 そして、脚を踏み出した。 ―――恐らく、変わってしまった人達は、二度と、元には、戻らない 神裂の言葉を思い出す。 ―――黄泉のモノを取り込んだ人間は、黄泉の住人となる 神裂の言葉。 さっき打ち払った言葉が、今更のように、頭に響く。 上条(そんなワケ、ねえよな) 襲いかかる電撃を、右手一本で払い除けながら、上条は脚を進める。 御坂の顔を見ながら、一歩一歩、進んでいく。 上条(御坂、お前は、俺が、必ず――――!) 美琴「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――――――z______ッッッ!!!!」 御坂の叫びも、叫びと共に放たれた電撃すらも、上条の幻想殺しが受け止める。 上条「御坂アアアアアッ!!」 御坂と上条の距離は、既に1メートルも無い。 上条は、最後の一歩を、踏み出した。 御坂の身体から弾け飛ぶ電撃に、右手を突き出す。 それだけで、数億ボルトの電撃が幻のように消え去っていく。 電撃を全て掻き消した瞬間、上条は、大きく右拳を振りかぶった。 上条「――――必ず、元に戻してやる」 そして、御坂の顔に、その拳を―――― 御坂「 と ォ ま ♪ 」 ――――ぶつける事が、できなかった。 御坂の赤く染まった笑顔を見たからか。 その声に、インデックスを思い浮かべたからか。 神裂の話を思い出して、動揺していたからか。 上条の拳は、御坂の顔の手前で、止まっていた。 青髪ピアスは殴れたのに。 どうして、今、止まってしまったのか。 上条にも、分からなかった。 美琴「 え ヘ ♪ 」 御坂の小さな手が、赤い水で濡れた右手が、上条の顔を掴む。 上条「ッ!!!」 上条が気付いた時には、もう遅い。 幻想殺しが打ち消せるのは、右手に触れた異能の力だけ。 美琴「 イ ッし ょ に な゛ ろー ネ ♪」 上条の頭に、十億ボルトの電流が流される。 かつて、橋の上で対峙した時とは違う。 正真正銘、御坂美琴は、上条当麻を殺害する為に、全力を込めた電流を、その頭に流し込む。 ――――上条当麻は、死亡した。 終了条件 未達成
https://w.atwiki.jp/sirenindex2/pages/18.html
暗闇と霧雨に包まれた学園都市の中で、上条当麻は、戦っていた。 上条「クソっ! どけよ、どいてくれ!」 上条の周りには、十人前後の人だかり。 学生、教師、警備員(アンチスキル)。顔触れは様々だが、皆一様に、『屍人』と化している。 上条に襲いかかる異能。念動力(サイコキネシス)、発火能力(パイロキネシス)、風力使い(エアロマスター)。 それらを全て、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』で撥ね退ける。 警備員の手に握られた拳銃。 それから銃弾が放たれる前に、射線から体をずらし、他の屍人を壁にして銃撃を防ぐ。 それでも攻撃は止まらない。上条の身体は、少しずつ痛めつけられていく。 赤い水に濡れた手が、上条を殴り、引っ掻き、掴み、締めつける。 上条「チクショォ……ッ!!」 あらゆる異能を打ち砕く右手も、今この時は、攻撃を防ぐ以外の役には立たない。 勿論、それが無ければ上条はあっという間に紙屑のように吹き飛ばされてしまうだろうが、 しかし、攻撃を防ぐだけでは、状況は打開しないのだ。 上条の身体能力そのものは、あくまでも一般人の域を出ない。 何らかの神憑り染みた力が働きでもしない限りは、拳一つで十人以上もの人間を打倒するなど、不可能だ。 何より、変わってしまったとは言え、『無関係の』『善良な一般人だった』モノ達を、躊躇無く殴れはしない。 少なくとも、上条当麻には、そんなことが出来る筈がない。 しかし、屍人達は、何の容赦も無く上条に襲いかかる。 それは上条に対してだけでなく、屍人達自身に対しても、容赦無く。 指が砕ける事などまるで気にせず、拳を叩きつける。歯が折れる事などまるで気にせず、獣のように食らいつく。 攻撃を受ければ一度は怯むが、いずれ立ち上がり、再び襲いかかる。 屍人達には、恐怖という概念が欠落しているかのように、上条には思えた。 或いは、上条程度のちっぽけな存在がいくら抗ったところで、屍人達の恐怖には成り得ない、ということなのかもしれない。 上条「が……ァッ!」 屍人の一人、教師風の男の拳が、上条の鳩尾を突いた。 息が詰まり、動きが止まる。 機を逃さず、屍人達が一斉に上条へ群がる。 だが、一瞬、屍人の群れが大きく揺らいだかと思うと、 ステイル「――――Ash to Ash(灰は灰に)」 その内およそ半数の屍人の身体が、突如として燃え上がった。 ステイル「――――Dust to Dust(塵は塵に)」 更にもう半分。 上条を取り囲んでいた屍人達が、絶叫を上げながら燃え落ちる。 魔術によって生み出された、赤灼の業火によって。 ステイル「土は土へ。灰は灰へ。塵は塵へ。 死せる塵の人形(ひとがた)は、憐憫無く祝福無く、只々塵へ還るがいい――――」 ステイル・マグヌスが生み出した、劫火によって。 上条「――――!!」 上条は、一瞬の忘我の後、いつの間にか目の前にいたステイルの胸倉に掴みかかる。 ステイル「……何だい? その目は。折角なけなしの力を振り絞って助けてやったと言うのに」 上条「ふざけんな!! あの『屍人』達だって、元々は普通に生きてた一般人なんだぞ!? それを……あんな……!」 怒りに身を任せて詰め寄る上条を睨んで、ステイルは大仰に溜息を吐いた。 ステイル「神裂に会って、聞いているんだろう?」 上条「……っ!」 ステイル「ああなったらもう、元には――――」 上条「この……ッ!!」 上条はステイルの頬に拳をぶつけようとして――――気が付いた。 ステイルの、青く染まり、やつれ切った顔に。 瞳は、生気の光が抜け出てしまったように暗く淀み、 常時固く結ばれていた口元はだらしなく緩み、 皮肉的な口調とは裏腹に、まるで人間らしい表情が見られない。 上条「……何か、あったのか?」 ステイル「……!」 上条の言葉にハッとしたのか、ステイルは慌てて表情を取り繕った。 取り繕った、ということが上条にさえ分かるほど、急場しのぎ染みた仕草だ。 ステイル「フン、いつから君は僕の心配が出来るような立場になったんだ? なんてことはない、ただ『屍人』の群れに襲われて疲れてるだけさ。どちらにせよ君には―――――」 フラッシュバック。 焼ける肉の音。燃える骨の匂い。 『彼女達』の断末魔。『彼女達』の呪いの声。 ステイル「――――関係ない、話だ」 ステイルは、内からこみ上げてきた吐き気を、無理矢理に押し戻す。 出来る限りの平静を装って。 上条「……」 上条は、ゆっくりと、ステイルの首襟を掴んでいた手を離す。 何も訊かない。何も訊けなかった。 ステイル「まあ有り得ないとは思うが……一応聞いておこう。 何か、この状況を打開するような考えがあるかい?」 数秒の沈黙の後。 何事も無かったように、ステイルは話し始めた。 どうやら、これからの行動について話をしたいらしい。 上条「この状況を打開できることかどうかは分かんねーけど…… インデックスを探し出すのが、何より先決だと思う」 ステイル「やはり、君も彼女の居場所を知らないんだね?」 ステイルは、上条に悟られぬよう、コートの下の拳をキツく握りしめた。 何を差し置いても守ると誓った少女。禁書目録。 今、彼女は、どこで、何をしているのか。 上条「ああ、俺が朝起きて、『こうなって』たと思ったら、もうインデックスは居なくなってた。 一体いつの間に、どこへ行ったのかも分からねえ。 クソ……ッ!」 上条は、怒りを隠すことなく、拳を握りしめる。 自分自身に向けての怒り。 そして、誰にも頼らず、何にも頼らず、たった一人で行ってしまった禁書目録に向けての怒り。 ステイル「……君には言っておいた方が良いだろう。 いいか、何としてでも、必ずインデックスを見つけ出すんだ。 彼女は、隠れているか、逃げ回っているか、或いは――――」 ――――或いは。 ステイルは、その先に続く言葉を、呑み込んだ。 ステイル「――――とにかく、インデックスを探せ。僕も探す。 彼女を見つければ、もしかしたらこの『異界』から脱出する術も見つかるかもしれない」 上条「! 本当か、ステイル!?」 ステイル「ああ……」 希望を見出した様子の上条とは対照的に、ステイルの表情は再び沈んでいた。 だが、上条はそれに気付かない。 上条「そうか……確かに、インデックスなら、この妙な世界を作り出してる魔術について、何か知ってるかもしんねーしな!」 ステイル「……」 魔道図書館。10万3000冊の禁書目録。 彼女の脳(アタマ)には、きっとこの世の全てがあり、そして恐らくは何も無い。 ステイルは、何も言わなかった。 そして、二人の会話は、そこで中断される。 突如、空より飛来した、一条の雷撃によって。 ステイル「っ!!」 まず反応したのは、ステイル。 稲妻が二人に到達するコンマ数秒前に、稲妻を察知して、身体を向けた。 しかし、遅過ぎる。面と向かい合った状態からの攻撃ではなく、完全な奇襲だ。防御結界の展開も、僅かに間に合わない。 上条「ッ!?」 遅れて、上条が反応する。 ステイルの突然の動きに対応するように、その方向へと視線を向ける。 上条の眼が、その稲妻を捉えた瞬間、『右手』は、条件反射のように、稲妻へと突き出されていた。 音を立てて、稲妻が砕け散る。 上条の右手。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によって。 ステイル「チッ、どうやら、あまり長々とお喋りしている余裕は無かったみたいだね! 盾の代わりくらいには役立てよ、『幻想殺し』!」 稲妻が打ち消された事にホッとする間もなく、ステイルは臨戦態勢をとる。 ルーンのカードを何十枚と懐から取り出し、同時に中規模の炎剣を顕在化、稲妻の飛んできた方向を見据える。 しかし、上条は、右手を突き出した体勢のままで、動かない。 上条「…………っ」 何も言わず、嗚咽を呑み込むように、動かない。 ステイル「……? どうした、上条当麻! 『敵』だ!」 上条「…………」 ステイルの叱咤も聞き流し、上条は空を見る。 稲妻が飛んできた方向。そこには。 ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン 飛んでいた。 頭から生えている、虫の様な六枚羽を羽ばたかせて、少女が飛んでいた。 バケモノになった御坂美琴が、飛んでいた。 上条の友人で、 上条が殴り倒して、 上条が別れを告げた、 御坂美琴が、バケモノになって、空を飛んでいた。 御坂は、何も言わない。 昆虫のような複眼で、変わりきった異形の顔で、上条とステイルを見ていた。 上条は。 上条「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!」 喉から、振り絞れるだけの音を吐き出して。 狂ったように、叫んだ。叫ぶように、狂った。 上条「何だよ何だよ何なんだよ何なんだよオオオオオォォォォッ!! 御坂が何したっていうんだよ何もしてねえだろ何も出来るわけねえだろおおお!!! 何でこんなコトになるんだよ何でこんなコトにならなくちゃいけねえんだよ何で何で何で何で何で何でだよオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」 吠えるように、呪うように、叫んだ。 周囲に憚ることなく、御坂以外の何物も目に留めず、ただ叫んだ。 己の無力を悔み、世界の不条理を恨み、叫び続けた。 奇しくもそれは、いつかどこかで、白い少年が世界の不条理を嘆いたように。 今、上条当麻の心は、その重みに、潰されかけていた。 ステイル「――――」 ステイルは、その姿を見て、何を思ったのか。 かつて、記憶を消さなければ死んでしまう少女がいたこと。 かつて、その少女を守る為に、その少女を傷付け続けた己のこと。 或いは、もっと近い記憶。 つい先刻、己の炎で焼き払ってきた『彼女達』のこと。 世界は優しくなんてない。世界は美しくなんてない。 無為に、無意味に、無作為に、誰かが傷付き、誰かが死んでいく。 世界は、絶望で満ちている。どう足掻いても、絶望に、満ちている。 ステイル「――――上条当麻ッッ!!」 それでも。 だからこそ。 ステイルは、目の前の少年に叫ぶ。 かつて、絶望に満ちていると『思っていた』世界を、右手一つで、粉々にぶち殺してしまった少年に。 上条「――――」 先ほど上条がそうしたように、今度はステイルが上条の胸倉を掴み、その目を睨みつける。 炎剣は片手に保ったまま、空に浮かんだ御坂からも目を反らして。 ステイル「『アレ』が、お前にとってどんな意味を持つ人間『だった』のかは知らない! だがな、これだけは忘れるなよ……! 『アレ』を倒さなければ、『アレ』は、他の人間を襲うんだ」 上条「――――」 そんなことは、知っている。 ステイル「『アレ』を倒さなければ、お前も、他の人間まで殺される」 そんなことは、解っている。 ステイル「『アレ』を倒さなければ――――『彼女(アレ)』は、いつまでも、人を殺し続ける」 そんな、ことは。 ステイル「『アレ』を倒さなければ――――今も尚抗い続ける『誰か』が、殺される」 分かって、いる。 御坂美琴は、決して、人を殺したりしないだろう。 けれど、『アレ』は、かつて御坂美琴だったあのバケモノは、きっと、人を殺す。 何の為に殺すのかは分からないけれど、『屍人』は、人を殺す。人がいる限り、殺し続ける。 御坂美琴は、そんな人間ではないけれど。 今の『アレ』は、もう、御坂では、ないのだから。 上条「――――分かってる。 分かってるんだよ、そんなこと」 上条の瞳には、光が戻っていた。 上条の拳には、力が戻っていた。 ステイル「なら、戦え。最後の、最後まで。 このフザけた世界を、お前の右手で壊し尽くすまで」 上条「分かってるって――――」 刹那の閃光。 ステイルの背後から、再び飛来する雷撃の槍を。 上条の伸ばした『幻想殺し』が、完膚なきまでにぶち殺す。 上条「――――言ってんだろ……!!」 上条は、ステイルの掴む手を力任せに振り払い、空を飛ぶ御坂を、強く睨みつける。 ステイル「そうだ、それでいい……!」 黒い少年と、赤い魔術師が並び立つ。 少年は右手を握り締め、魔術師は炎剣を構える。 上条「悪い、御坂。もう少しだけ、我慢してくれ。 お前を倒して、インデックスを探し出して、このふざけた幻想(セカイ)をぶち壊すまで――――!」 そして、戦闘が始まった。 終了条件1:『頭脳屍人(ブレイン)』を倒す 終了条件2:『御坂美琴』を倒す