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「あら、もうこんな時間なのね。しょうがないわ、苗木君今夜は泊っていきなさい」 「……ねえ霧切さん。質問いいかな?」 「なにかしら?言っておくけど家に帰りたい、というのは駄目よ」 「いや、確かに日が暮れてだいぶたつけど、まだ電車は動いてるし…… 第一、事務所から僕の家までそんなに離れていないの知ってるで」 「駄目」 「…………」 「そうそう、頼んでおいたオードブル、一人では多いと思っていたのよ。 ちょうどいいわ。今日はそれを食べましょう。もちろんケーキもあるわよ」 「……絶対計画的だよね」 「なんのことかしら」 「大体、今日遅くなってるのは霧切さんがいきなり大量の仕事押し付けてきたからだよね。 普段はこんなこと絶対しないのに……」 「年末で忙しくて忘れていたのよ」 「……簡単だけど時間のかかる仕事内容ばかりなのは偶然?」 「偶然ね」 「…………」 「…………ねえ苗木君。今日私と一緒に食事をするのが嫌なのかしら?」 「そ、そうじゃなくて!霧切さんと一緒の食事が嫌なわけないじゃない。ましてやクリスマスなんだし。 気になったのは、普段から一緒に夕食を食べたりしているのに、どうして今日はこんなことするのかなってこと」 「…………今日がクリスマスだからよ」 「へ?」 「…………私のおじいさまはわかるでしょう?」 「…………あー……」 「あのおじいさまが今日恋人と一緒に過ごすのを許すと思う?」 「………………………………」 「ね?……でもね、苗木君。今日あなたは遅くまで残っても仕事を終わらせることができなかった。 そして帰ることもできない。私は仕方なくあなたを泊めることにした…… "偶然"一緒の夜を過ごすことになってしまったのよ」 「…………えーっと……通じるの?これ……」 「通じるわけないじゃない」 「え」 「言ったもの勝ちよ。大体、許してくれないのはおじいさまだけだし。 周りのお手伝いさんが何とかしてくれるはずよ」 「は、ははは……」 「その間に既成事実を作ってしまえばいいわけだし」 「ちょ、ちょっと霧切さん!?」 「あら、普段なかなか泊まっていかない恋人のためにせっかく準備したのだけれど」 「……………………」 「……ここまで言えばわかるわね、苗木君」 「……えっと、はい……」 「よろしい。じゃあ夕飯にしましょう。本当に遅くなってしまったわ」
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「猫カフェに行きましょう」 霧切さんが唐突に言い出した。僕は驚いて彼女の方を見る。わずかに頬を上気させている彼女の手には、何やらパンフレットのようなものが握られていた。 「猫カフェに行きましょう」 繰り返し言う霧切さん。大事なことなんだねわかります。僕は立ち上がって彼女に近づくと、その手に握られていたパンフレットをえいやっと抜き取った。 「三毛猫アメショシャム猫、オスメス子猫成猫みんなが振り向くあの子まで! どんなご要望にもお答えします!」 紙面いっぱいにひしめくねこネコ猫。上部にはポップな字体でそんな謳い文句が印刷されている。 僕は紙面から目を上げ、霧切さんを見た。目線がぶつかる。霧切さんは少し恥ずかしそうに目をそらす。 「……部室のポストに入れられていたのよ」 「そうなんだ……?」 納得しかけて、首を傾げ、もう一度紙面に目を通す。 猫カフェ。場所は希望ヶ峰学園の部活棟の一室だった。主催は生物部と料理研究会で、要するにちょっとした身内だけのお祭り? みたいなもののようだ。 再び霧切さんを見ると、さっきよりは顔色が落ちつた様子で、しかし若干鼻息荒く、 「この時間ならまたたびサービスが有るはず。苗木君、ここまで言えばわかるわね?」 「あー、えーっと、うん、まあ……」 頷くや否や、霧切さんに手を掴まれ、引きづられるようにして部室を出た。僕、助手。彼女、所長。また日頃の関係からも、僕が霧切さんを止められるはずもなく。 結局、そのまま猫カフェという名の生物部の部室へと赴くこととなった。……因みに、僕は犬派だ。 ◇ 30分500円から。もちろんメニューは別料金。 僕はこういったお店に来たことがないから適正価格か否かはわからない。けれど、 「霧切さん、後から延長もできるんだから最初に諭吉さん出すのやめよう?」 どう考えても十時間後には閉まってるから。ほら、従業員さんの顔も引きつってるし。 渋る霧切さんに変わって千円札を一枚財布から取り出し、鍵札をもらい、樋口さんを叩きつけようとする霧切さんの手を引いて宛てがわれた部屋へと向かう。 生物部の部室でこぢんまりとやっているものだと思ったら、どうやら猫派の影響力はあらゆる部活に波及しているようで、このためだけのプレハブ家屋が幾つか作られていた。 部屋の前に立っていた従業員さんに鍵札を渡し、部屋に入る。部屋の真ん中にテーブルと椅子、床には猫用のおもちゃ、それからキャットタワーなんかも設置されていて、随分と立派な作りだった。 そして、猫。アチラコチラにねこネコ猫。チラシの謳い文句通り、三毛猫アメリカンショートシャム猫ほか。全部で7,8匹の猫がそこいらで好き勝手に戯れていた。 「可愛いわね」 早速丸くなっていた一匹に近寄り、霧切さんは手を伸ばした。 指先が触れ、猫は少し顔を上げて霧切さんを見たけど、大して興味無さそうに尻尾をふりふり。触るなら触れ、と言わんばかりの様子。 霧切さんは膝を抱えるように屈みながら、少しうっとりした様子で猫の背中を撫でている。 僕はそんな霧切さんを見ながら、椅子の上で香箱座りをしていた猫を、 「ごめんね」 とどかし、テーブルの上にあったメニューを見た。流石にうちの料理研究会と共同出店(?)なだけあって豊富なメニュー。値段もそこまで高くない。 「コーヒーでいいかな?」 「苗木君、猫はコーヒーを飲まないわ。ミルクよ。それもちゃんと猫用。人が飲むミルクだとお腹を壊す事があるから注意が必要なの」 「そうなんださすがきりぎりさんはくしきだね。ところで霧切さん、コーヒー飲む?」 「ええ、いただくわ」 こちらを一顧だにしない霧切さんにちょっと不安を覚えながら、備え付けのベルでウェイターさんを呼び、注文をした。 飲み物だけだったからだろう、注文はすぐにやってきた。お盆には一緒に小さな袋が乗っていて、そこにまたたびが入っているらしい。ほんの少しだけお使いください、とウェイターさんは言い残していった。 「霧切さん、飲み物来たよ」 「ありがとう、苗木君」 ひたすら猫を撫で回していた霧切さんは、ようやく立ち上がり、テーブルに寄って……ミルクの入った平皿を持って、再び猫達の方へ。 床に置かれた更に鼻を鳴らしながら猫が群がる。霧切さんは少し離れた位置でうっとりとそれを眺めている。 「霧切さん猫好きなんだね」 「ちがうわなえぎくんそれはごかいよわたしはただこんごねこのそうさくとかあったときのためにこのこたちのしゅうせいをしらべているの」 「うん、うん、そうだね」 ものっすごい早口かつ棒読みで、平素の彼女はどこへ行ったのだろうか。 そのまましばし。霧切さんは猫達を構い続け、僕はそんな霧切さんを見ながらコーヒーを飲み。 ふと下を見やると、一匹の猫が僕を見上げていた。 「どうしたの?」 そう尋ねると、彼(彼女?)は一声にゃーと鳴き、僕の膝へと飛び乗った。 ずっしりとした重み。少し顔をしかめる僕など気にする様子もなく、その猫は自身の毛を繕った後あくびを一つしてくるりと丸くなった。 「……気ままだなぁ」 苦笑しながら背中を撫でると、猫はごろごろと喉を鳴らした。ふわふわの毛。良い環境で、しっかりと面倒を見られているのだろうなぁ。 「……苗木君のくせに生意気よ」 呪詛を吐くような響きに、思わずぎょっとして顔を上げると、手袋にいくつかの引っかき傷を作った霧切さんがいた。 不機嫌さを隠そうともせずに椅子に座り、冷め切ったコーヒーを一口で飲み干すと、彼女は鋭い視線で僕を見て、 「苗木君のくせに、生意気よ……!」 「……構い過ぎるから嫌がられるんじゃないかなぁ」 僕の言葉に、霧切さんはつん、と唇を尖らせた。 苦笑しながらも、珍しく彼女が見せる歳相応の表情に、僕の心は少し浮き立つ。実はほんの少し猫に嫉妬していた。けれど、こういった副産物があるなら、まあいいかな、なんて思った。 「ほら、またたびもあるし、もう一回挑戦してみたら?」 注文と一緒にやってきたまたたび袋を霧切さんに手渡す。 彼女はしばし袋を見つめた後、袋の口を開け。 なにを思ったか。 中身全部を頭からふりかけ。 「ちょっと霧切さん!?」 「これなら……っ」 猫達の輪に飛び込み、慌てた係員の人が来るまで、猫の生る木となった。 ◇ 出禁になりました。
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十一枚目:雨に番傘 & 十二枚目:桐に鳳凰 「…意味もないことを考えすぎたみたい…風に当たってくるわ」 外に出ると、雪が降っていた。 雪の白がやけに眩しく感じられて、思わず目を伏せる。 道端に積もった雪山が街灯を反射しているからか、それとも。 その白の純朴さの中に、彼に通ずるものを見たからか。 病人、それも友人に嫉妬するなんて最低だ。 さらにそれだけに留まらず、苗木君やみんなの努力を侮辱した。 苗木君に見られないようにポケットに隠した鶴の歪さは、私の性根が歪んでいることの象徴なのかもしれない。 サク、サク、サク。 降り積もる雪に、足跡を刻んで独り歩く。 薄手のベストを羽織っただけの恰好では、寒さが厳しい冬の夜。 それでも頭を冷やすにはちょうどいい。 せっかくだし、行きつけの商店でも寄ろう。 空気が悪くなってしまったのは私の責任。自腹を切るのも当然だ。 美味しいお酒と、彼の作った肴があれば、きっと元通りになる。 そう、思っていたのに。 「…年末年始は休業、ね…失念していたわ」 誰にともなく一人ごちる。 個人経営の店なら、前後三日は休業するのもザラだ。 私としたことが、こんな当たり前なことに気付けなかったなんて。 店のシャッターの張り紙をしばらく睨みつけても、開くわけでも無し。 気が抜けてしまい、白く濁ったため息を吐きだして、そのままシャッターに背を預ける。 歩いていれば、話していれば、考えずに済むこと。 立ち止まった瞬間に、物思いに耽ってしまう。 それは大抵考えたくもない、日頃見ないようにしている自分自身の恥部。 私は、苗木君の、何なんだろう。 そもそも『舞園さんに取られた気がした』だなんて、思い上がり甚だしい。 彼女の方が苗木君とも付き合いは長いし、鶴の一件もある。 ちょっと腹黒いところもあるけど、明るくて他人を気遣える良い娘だし。 アイドルという肩書も、きっと男の人には魅力的なはず。 お似合いだ。 立っているのがだんだん面倒になり、ずるずるとシャッターに背中をこすりながら、崩れるようにしゃがみ込む。 膝を抱えると、少しは寒さも紛れた。 雪はどんどん積もる。 そのまま、私を埋めてくれないか。 ふ、と影が差す。 降り積もる雪と街灯の光を遮って、青い一輪の影。 なんとなく来てくれるだろうことを予測していた私は、そのまま膝に顔を埋めていた。 「…何、やってんの」 「…行きつけの店が閉店中で、ショックで崩れていたところよ」 「とりあえず立って、霧切さん。全身雪まみれだよ」 「…雪化粧よ。似合うでしょう」 「意味違うから」 苗木君の腕が軽く私の服を払って、それから私を引きずり起こす。 自分の意思で立つ気力も起きなかった私は、引っ張られるままに彼の胸の中へ飛び込んだ。 「え、ちょ…」 「……」 温かい。 人の温かさだ。 あの学園で、初めて彼から教わったモノ。 千羽鶴を中断して、雪の降る中を、傘二本に私のコートまで持って。 それは面倒だっただろう。 それでも彼は、文句も言わず、嫌な顔もせず、私のために。 「霧切さん…?」 律義なところは苗木君の美点だけど、頼り過ぎては彼の負担になってしまう。 分かっているのに。 彼が私を甘やかすから。私にまで優しいから。 この温かさを手放す事は、今まで出来なかった。 「…あなたはどうして、私なんかと…」 「え、何?」 体を離すと、再び冬の寒さが隙間に戻ってきた。 それでも、私は独りで立つ。 数歩離れて、苗木君の傘の外側に。 「…なんでもないわ。帰りましょうか、苗木君」 受け取ったコートを身につけ、自分用の傘を開いて距離を置く。 いつまでもいつまでも、彼にしがみついている訳にはいかないから。 苗木君は少しの間考えるようなそぶりを見せて、私のポケットに手を入れた。 「…何のつもり?」 「ちょっと、コレもらうね」 取り出したのは、捨てる予定だった失敗作の鶴。気付いていたのか。 傘を上手く首で支え、器用に紙を折っていく。 曲がった翼は綺麗に伸び、大きすぎる嘴は別の形に。 最後に尾を裂いて、出来上がったのは鶴とも違う別の鳥。 私が失敗したはずの折り紙が、彼の手でまた息を吹き返した。 「これは…?」 苗木君は何も言わずに、その鳥を私に手渡した。 それから自分の傘を閉じて、私の傘の中に入ってくる。 急接近する二人の距離。唐突過ぎて、少しだけ焦る。 「あの…」 「…私なんか、って…あんまり言わないでね」 優しい声。 なのに、なぜかドキッとした。 肝心なことは何一つ察してくれない癖に、余計なことばかり気付く少年だから。 「それから、嫌なことはちゃんと嫌って言ってほしい」 「嫌、って…」 「僕、ホラ、あまり頭は良くないから…無意識に霧切さんを傷つけていても、分かって無い事とかあるからさ」 「…違うわ、あなたが悪いわけじゃない」 少なくとも今回は、私が独りで勝手に傷ついただけだ。 こういう時、私は真っ直ぐ苗木君の目を見られない。 苗木君もそれを察してか、私の正面ではなく隣に立った。 いつの間にか、私を追い越していた背丈。 いつの間にか、私より広くなっていた肩幅。 いつの間にか、大人っぽくなっていた声。 私の知らない間にも、苗木君はどんどんカッコよく変わっていく。 学生時分のようにいつまでも私が付きまとうのは、本当は迷惑じゃないだろうか。 今まで気づかないふりをしていた疑問。 怖くて、苗木君本人には絶対に聞けない言葉。 『どうしてあなたは、今でも私なんかに付き合ってくれているの?』 まるで、その心を見透かしたかのように。 「僕は霧切さんの苦労も、苦痛も、苦悩も…一つも分かってあげられないけど」 「……」 「せめて霧切さんを癒す、止まり木になれたらな、って…そう思ってるから」 努めて明るい声で、そんな言葉をくれた。 「どうして…」 また答えずに、彼は私の手を握り締める。 手を取るのではなく、指と指を絡めて、離さないように。 手袋越しに、温かさが伝わってくる。 心臓がバクバクとなるのが、つないだ手を通して伝わるんじゃないかと不安になる。 今まで何度か、彼と手を繋いだことはあったけれど。 こんな、恋人みたいな繋ぎ方なんて。 本当に、どうして。 「…『月が綺麗ですね』」 唐突に、苗木君が呟いた。 「え?」 「ううん、なんでもない」 問い返したのは、聞こえなかったからじゃない。 その言葉の意味を、もし彼が知っていた上で使ったのだとしたら。 ふと見返ると、顔はそっぽを向いていた。 ただ、その耳が真っ赤に燃えあがっているのが分かる。 どうして、と、私は尋ねた。 苗木君は答えずに、ただ月を褒めた。 雪が降っている。 月なんて、見えるはずはないのに。 「…『貴方と見ているから、綺麗なのね』」 「……」 「……」 沈黙は凍らず、私たちは手を握ったまま、どちらからともなく歩きだす。 雪の白に違って、二人の顔は燃える赤。 「…は、恥ずかしいね、コレ」 「…じゃあ、何で言ったのよ…」 「き、霧切さんこそ」 「私は別に…恥ずかしくなんかないもの」 「顔真っ赤じゃないか」 「……寒いからよ」 使い古された陳腐な言葉だけれど。 私と苗木君の二人に、これ以上相応しい応答もないだろう。 好きだ、なんて、ストレートに言い合える仲じゃないから。 ああ、でも、それなら。 もう少しくらい、彼に迷惑をかけてもいいだろうか。 「…そう、寒いから…もう少し寄りなさい、苗木君」 年の瀬に祈る。 許されるのなら来年も、こうして彼の隣を歩んでいけますように。
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苗「霧切さんはこんな服は嫌い?」 霧「私の好き嫌い以前に、私には似合わないと思うわ」 苗「そうかなあ。僕はそうは思わないけど」 霧「自分の身の丈は自分が一番よく知っているわ。私が着るには、少し可愛らしすぎるわよ」 苗「うーん。でも霧切さんならこういうのも……」 霧「……もしかして、からかっているつもりなのかしら?」 苗「なっ!? い、いや、そんなつもりじゃ……」 霧「私を乗せて似合わない服を着させて、笑いものにしようって魂胆なんでしょう?」 苗「……」 霧「いつも私に振り回されている仕返しをしたかったんでしょうけれど……」 苗「……それは違う!」 霧「?」 苗「僕は……からかおうだなんて思ってないよ! 霧切さんが着たら絶対可愛いと思うから言ってるんだって!」 霧「……!」 苗(って、勢いに任せて僕は大声で何を力説してるんだ?) 霧「……」 苗(霧切さん黙っちゃったし。今更だけど恥ずかしい……) 霧「……見たい?」 苗「え?」 霧「私が……この服を着ているところ、あなたは見たいの?」 苗「う、うん……」 霧「そう、わかったわ。あなたがそこまで言うなら……試しに買ってみようかしら」 苗「ほ、ほんと!?」 霧「ただし……これは私にとってもそれなりに勇気の要る挑戦なんだから」 苗「うん?」 霧「私に挑戦を促したあなたにも、相応の責任を負ってもらうわよ?」 苗「へ? 責任?」 ----------------------------- 桑「な、苗木、お前……その格好……プッ」 山「女性物のコートでペアルックとは……斬新ですな……」 葉「ひどいバカップルだべ!」 霧(苗木君とお揃いのコート……悪くないわ) 苗(どうしてこうなった……!?)
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ガラッ 苗木「え?」 霧切「・・・・・・・・・」 ・・・着替え途中にタイミングよく入ってしまうってそれどこのToLoveる?って 思うよね。僕もそう思う・・・・だけど・・・ 霧切←いつも通りの格好 苗木←生まれたままの姿 パオーン 普通これって逆じゃないかな?・・・(涙) 苗木「あ、あの・・・霧切さん、これは・・・その・・・!?」 霧切「・・・・・・・・」 僕は慌てて弁解(何の?)しようと霧切さんに話しかけるが 当の霧切さんは普段通りの表情だった。 そ、そうだよね。霧切さんがこの程度で慌てたりするわけないよね。 苗木「ちょ、ちょっと汗かいたからジャージにでも着替えようかなーって、ははは・・・・」 霧切「・・・・・・・・・・・・・」 僕はなるべく冷静に取り繕おうと必死に霧切さんに話を振るが、なぜか霧切さんは無言のままだった。 というかまるで一時停止したかのように微動だすらしていない・・・。 えーと・・・や、やっぱり怒ってるのかな・・・?(汗) 「あの・・・・霧切さん・・・?」 僕が再度声をかけると霧切さんはやっと僕の顔を少し見たかと思うとまた視線は下に行き・・・・・・ 「(って僕なんでこのまま話しかけてるんだよ!?これじゃただのジェノサイダー・・・いや変態じゃないか!?)」 僕は慌てて下を隠すが霧切さんは特に反応せずまた視線を僕の顔の方に向けた。 さ、さすが霧切さん・・・全然動じてないよ・・・ 苗木「あの・・・・・・」 霧切「・・・・・・・・・・・・・」 苗木「だから・・・・・・・・・」 霧切「・・・・・・・・・・・・・」 苗木「霧切さん・・・・?」 霧切「・・・・・///////////////////////(ふるふるふる)」 苗木「(めっちゃ顔赤くして震えてる-----------!?!?) ご、ごめん霧切さんーーーー!!!!!」 その後終いには涙まで出てきた霧切さん(泣き顔も可愛いと思ったのは秘密だ)を必死に慰め、謝るが 当然許されるわけも無く、この後三日間口を聞いてくれない(というか出会うと逃げられる)日々が続いた・・・・。
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七海「日向君、最近来ないな…ちょっと探してみよ」 真昼「ほら、日向。この間言っていたカメラ」 日向「いいのか?なんか結構良さそうなカメラだけど…」 七海「…………むっ」 罪木「えへへ、日向さん、今日は何を話しましょうか?」 日向「そうだな…」 七海「………むっ」 西園寺「日向おにぃ~、お腹すいた~」 日向「お、おいおい、あんまりくっつくなよ」 七海「……むっ」 花村「日向君、また君のためだけに料理を作ってきたよ」 日向「ほ、本当か?」 七海「…むっ」 ソニア「では日向さん、今日は二ヶ国語マスターしましょう」 日向「いや、さすがに無理だって…」 七海「むっ」 日向「そういえば最近七海と過ごしてないな…っと、噂をすれば…」 七海「……………………」 日向「なぁ、今日は俺と…」 七海「今日は恋愛ゲームについてじっくり調べようと思うんだ」 日向「え?」 七海「日向君には今日一日私にみっちり付き合ってもらうからね」 日向「ちょ、お、おい七海?」
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石で組まれた舗装道が続き、ジェットコースターの赤いレールが、島中を巡っている。 どことなく滑稽なネズミの絵柄があしらわれた、中世風の城の背には、ゆっくりと回り続ける観覧車。 夢の国、というのがぴったりな表現だろう。 隣を見れば霧切さんが、落ち着かない様子で、言葉を待つようにして僕を見返していた。 「……とりあえず、一通り回る?」 「ええ、そうね。そうしましょう。そうするべきだわ」 そわそわ、そわそわ。 もどかしげに足を揺らし、表情は平静を装っていても、視線はあちらこちらを泳いでいる。 「もしかしなくても、楽しみにしてたり…する?」 「え、ええ…そうね、楽しみというより、興味深いものは…」 いつものとぼけるフリもないので、相当なものなのだろう。 そういえば、こういう娯楽のための施設には縁遠かった、と、以前から聞いていた気がする。 電飾きらびやかなメリーゴーランド、楽しげなポップが鳴り続ける園内。 よし、此処でくらいは、彼女をリードしよう。 いや、別に遊びに来てるというワケでもないんだけれど。 いつも負んぶに抱っこだから、せいぜい此処でくらいは。 「じゃ、じゃあ霧切さん、僕がs「行くわよ、苗木君」 ガシ、と掴まれた腕。 次の瞬間、体ごと引っ張られそうな勢いで引っこ抜かれた。 こけそうになる暇もなく、ずるずると怪しいネズミの巣窟となっている門の向こうへ、引きずられていく。 「ちょっ、わ、っ……っと、待って、霧切さん! 早い、早いから!」 「時間は有限よ、ぐずぐずしている暇はないわ」 声はいつも通り単調なのに、なんて分かりやすい浮かれ方なんだろう。 彼女との歩幅の差を、なるべく考えないように努めながら、小走りについて行った。 カップルが腕を組む、だなんて夢心地の次元じゃない。 ちょっとした連行だ。発見されたてのグレイマンか、僕は。 霧切さんと遊園地にやってきた。 「で、えっと…何から調べる?」 「定番は絶叫マシーンかホラー屋敷ね。観覧車も良いけれど、それは締めにしましょうか」 だから、何の定番なんだ。 「…あの、一応確認しておくけど、これ捜査だからね」 「……」 恐る恐る提言。 細めた目で、無言で、僕への不満を訴えてくる。 いや、遊園地を楽しみにしていたであろう彼女にそんなことを言うのは、僕だって罪悪感を覚えるけれども。 「……貴方にいちいち言われなくても、分かっているわ…そんなこと」 喜んでいる時は分かりにくいけれど、不満は割と露骨に表す人だ。 言葉も声もキツくなるし、何より目が鋭くなる。 不機嫌な時の霧切さんはそら怖ろしいけれど、拗ねてしまう彼女の子どもっぽさが、少しだけ微笑ましくもある。 なんだかんだで、僕が歩き出せば、それでもその数歩後ろをとことことついてきてくれる、その微笑ましさ。 「あ、じゃ、じゃあ…その、現実の世界に帰ったらさ」 「……」 「一緒に行こうか、遊園地」 「……、…ホントに?」 ぱ、と、本当に分かりにくいけれど、表情が明るくなる。 子どもっぽい時の霧切さんは、まるで気難しい飼い猫のようだ。 少しだけ頬に赤みが差して、満更でもなさそうに、また足元をもじもじさせる。 喜んでもらえているなら、それが何よりだ。 例えば僕なんかは、よく両親と妹と、家族ぐるみで遊園地やテーマパークに通うことは多かった。 思春期にはそれを疎んだこともあったけれど、思い返してみれば貴重な思い出。 霧切さんが一度も行ったことがないというのなら尚更、そういう思い出を彼女にも抱えてほしい。 うん、そうだ、それならなるべく賑やかな方が良いな。 彼女が先程言っていたデートのようなものも、僕個人としては魅力だけれど、彼女を楽しませるにはそれじゃ役者不足だろうし。 「そ、そうね…貴方が連れて行ってくれるというなら、私も…やぶさかでは、ないけど…」 「うん、皆で休日合わせてさ。朝日奈さんなんか、特に喜んで、くれると、……」 ビキ、と、嫌な音を立てて空気が凍った。 視線がスッと細くなり、先程まで穏やかだった顔に青筋が浮かぶ。 ほんのりと引き攣らせるように微笑む口元が、背筋も凍るほどに怖い。 愉快な音を立てて光る電飾の場違い感ったら。 あ、何か地雷踏んだな、と、本能で理解する。 何の地雷を踏んだかは分からないけれど、踏んでしまったことは分かる。 本当に、不機嫌な時だけは分かりやすい人だなあ、と、他人事のように思いながらも、思わず気を付けの姿勢に。 「……苗木君」 「は、い」 「良い計画ね。本当に。貴方らしい良い計画だと思うのよ。楽しみだわ」 「あ、あの、」 「……さっさと済ませましょう。これは遊びでも、ましてやデートでもないのでしょう?」 くる、と僕に背を向けて、足早に歩いて行ってしまう霧切さん。 「あ、僕、飲み物とか…買ってこようか?」 「……必要あるかしら」 「はい、スミマセン」 気圧されて、自然と謝罪の言葉が口をつく。 こうして、一つのアトラクションにも触れないまま、僕たちは足早に園内を回ったのだった。 肩を怒らせて歩く彼女との歩幅の差に惨めさを覚えつつも、今までは僕の歩幅に合わせてくれていたのか、と改めて実感してみたり。 分かりにくい彼女の優しさに触れて、懲りずに僕はクスリと笑ってしまい、 「……」 その数瞬後に飛んできた殺気と視線に、再び身を竦ませることになる。 ……霧切さんと、なんだか気まずいひと時を過ごした。 彼女の不機嫌は遊園地を巡る間中続き、その歩幅に合わせるのが精いっぱいの僕は、終える頃にはへとへとになっていた。 怒っている時の霧切さんは、僕とのコミュニケーションを徹底的に拒む。 かろうじて後ろについて行くことは許してもらえたけれど、調査も彼女一人で全て済ませ、目も合わせてくれない。 怒りが冷えないのも当然と言えば当然で、なぜなら怒らせた僕本人が、その理由を自覚していないのだ。 鈍い鈍いとはよく言われるけれど、やっぱり今回も僕が何かしてしまったのだろう。 けれども理由が分からないので、謝ることも出来ない。 霧切さんは論理の人だ、謝罪するには、僕自身が何故霧切さんに申し訳ないと思っているかが明確でなければいけない。 それも分からないまま、ただひたすらに許して欲しいから謝るというのは、そもそも失礼になるかもしれないし。 まあ、そんなわけで。 謝ることも出来ず、故に彼女の機嫌が治るワケでもなく。 図書館の調査を兼ねて休憩を挟むことを提案したのも、空気に耐えかねた僕の方からだった。 霧切さんと図書館にやってきた。 「えーと…あ、何から調べようか」 「……貴方は休みたいのでしょう。どうぞ、座っていればいいじゃない。調査は私が一人でやってしまうから」 一人で、の部分に、心なしか棘が。 言うが早いか、霧切さんは本の森の中に、僕を残してずんずんと進んでいってしまった。 ……相当怒らせてしまったみたいだ。 プライドも高い人だ、やっぱり後から笑ったのが一番いけなかったんじゃないだろうか。 いや、だって、拗ねてる霧切さんが可愛いから。 等と、ぶつぶつと虚空に言い訳する、独り寂しく残された僕。とりあえず手近な椅子を引いて、座る。 はあ、と、どこからか大仰な溜息が聞こえた気がした。 ふと顔を上げると、机の端に古ぼけてくすんだ色の文庫本が置かれている。 こんな本、座る前には置いてあっただろうか? 不思議に思いつつも、何故か興味と指を伸ばしてみる。 『そして誰もいなくなった』 よく知っているタイトルと作者名に、興味を惹かれて、手に取ってみた。 「……私が調査で足を使っている間に読書だなんて、良い御身分ね」 「っ! …、…き、霧切さん…」 背後から突然呼びかけられて、飛び上がりそうになる。 驚かさないでよ、といつもの調子で言いそうになって、彼女の機嫌を損ねてしまっていることを思い出す。 「いや、読んでたワケじゃないんだ。机に無造作に置いてあったから、何かな、と思って…」 「…机に?」 「ホラ、普通、本は本棚にあるじゃないか。ちょっとした違和感だけど…もしかしたらバグかもしれない、よね?」 思い付きで「バグ」を持ちだして言い訳してみれば、彼女も合わせて、仕事モードの顔つきになった。 私情を抜きにした捜査時の霧切さんが相手の方が、今は良い。 「…ちょっと貸してもらえる? 読んでみるわ。おかしいところがあるかもしれない」 「え、危なくない…? 調べるなら、僕が読むよ」 「気遣いは結構だけど…貴方、コレを読んだことがあるの?」 黙って首を振る。と、呆れたように肩を竦める霧切さん。 「……なら、おかしいところがあっても違いに気付けないでしょう」 「あ、そっか…」 大人しく彼女に本を任せた。 ああ、もう、情けない。 それでも、一応会話は続けることは出来たので、と、無理矢理前向きに自分を納得させてみる。 ペラペラと速読する霧切さんの隣に、さり気なく腰を下ろす。 ピタ、と読む手を止めて一度だけ僕を見、また読書に戻った。 「えっと……、…」 「…聞きたいことがあるなら、はっきりと聞いてくれる? 別に、読むことに差し支えはないから」 「あ、いや、…大したことじゃないんだけど、どんな話なんだっけ?」 再び向けられた目は、心なしか冷ややかだ。 これほど有名な作品の、その粗筋すら知らないなんて、と、視線が非難している。 「…はぁ。クローズドサークルの典型、とでも言えば良いかしら」 「くろーず…?」 「外界から切り離された空間とか、そこで起きる事件のことよ」 「えーと、孤島とか、吹雪の中の山荘とか…? …なんか他人事には思えないね」 そうね、と相槌を返して、再び霧切さんは本の中に戻って行ってしまう。 実はクローズドサークルの話も、学園時代に霧切さんに既に叩きこま…教わった教養の一つだ。 僕としては少しでも長く会話を持たせるのに必死なわけで、どうにかして話題を紡ごうと言葉を探る。 「あ、あと…あれだよね、なんだっけ…童謡殺人?」 「…知ってるじゃない。『見立て殺人』の典型ね。寓話や伝承に準えた事件が起こるのよ」 「……なんか、ホントに他人事には思えないんだけど」 「ええ、少なからず影響を受けているでしょうね」 何が、とは、互いに言及しない。そこから先はメタ情報だ。 それ以上いけない、と脳内で警鐘が鳴っている。話題を変えよう。 「あー、…じゃあ、つまり、この小説って結構代表的な推理小説だったりするの? その、教科書的存在、みたいな」 いつか霧切さんに教わった言葉を、そのまま持ち出した。 さすがに霧切さんも気付いたみたいで、きょとん、とした表情でこちらを見返す。 数瞬見つめ合って、ふ、と、霧切さんの方が先に吹き出した。 「ふふっ…必死ね、苗木君」 「だ、だって、相当怒らせちゃったみたいだから…」 「それにしても、昔私が教えたことを…っ、ふ、…必死に話の種にして、あんな……」 どうもツボに入ってしまったらしい。 彼女の破顔は見たことがないけれど、それでも顔を背けながら、くつくつと愉快そうに肩を揺らしている。 どうやら、もうそれほど怒ってはいないみたいだ。 よかった。本当に。 「……その、ごめんね、霧切さん」 ここぞとばかりに、謝罪の言葉を口にしてみる。 彼女の怒っていた理由はまだ分からないままだけれど、何というか、そういう流れだろう。 「いいわよ、もう。貴方が何をした、というわけでもないし」 何をした、というわけでもないらしい。 本当に、どうして怒っていたんだろうか。僕も探偵だったら、きっと理解できるのに。 「そう、本当に…貴方らしい提案だったわ。どこかずれていたけれど」 「う…」 「……それでも、私を気遣ってくれたのよね」 ありがとう、と、目を逸らしながら、聞こえるか聞こえないかほどの声で呟かれた。 素直なんだか素直じゃないんだか、わからない。 けれども決して悪い気はしなくて。 偶然とはいえ、この本が出しっぱなしになっていたことに感謝しなくては。 「それにしても…例えミステリに興味がなくても、この話は教養として知っておくべきよ、苗木君」 「そ、そうかな…」 「どのジャンルでもたいてい有名どころを押さえている、という貴方の数少ない長所が台無しになってしまうわ」 それは困る。 僕の、本当に数少ないアイデンティティの一つだというのに。 肩書に偽りありね、と、意地悪そうに笑んだ霧切さんの、ふと椅子の隣に、また別のミステリを積んでいるのに気づく。 「…その本たちは?」 「…あ、これ、は……その…」 はた、と、彼女自身もようやく思い出したように、積んだ本の表紙を撫でた。 見れば、『ABC殺人事件』や『モルグ街の殺人』など、聞き覚えのある作題が並んでいる。 ちょうど名前だけ知っていて、中身には触れたことのなかったものばかり。 首を傾げていると、歯切れの悪いままに、霧切さんはぼそぼそと告げた。 「あ、なたに…」 「僕?」 「…どうせ、知らないのでしょうから…紹介しようと、思って」 嘘だ、と、すぐにわかった。 いや、嘘というよりも、でっち上げの理由だろう。 僕がミステリに造詣が深くないことを、彼女は今知ったようなものなんだから。 だとすれば。先程の調査のうちに、僕に紹介するために集めていたとすれば、それは。 「……勘違いしないで欲しいのだけれど、…苗木君、これは」 「霧切さんも仲直りしようとしてくれてた、そのきっかけに…ってこと?」 「そっ、…、……別に、…ただ、貴方がそういう教養がないから、紹介しようとしただけで…」 赤みの差した頬、ごにょごにょとすぼんでいく言葉尻。 ホント、こういうときだけは分かりやすい人だ、と、思わず頬が緩む。 相手の嘘を暴くのは得意なのに。 けれども、なんだかむず痒いような、それでも居心地悪くもない、良い雰囲気だ。 先程の失態を挽回するためにも、ここはもう少し踏み込んでみても良いかもしれない。 「で、でもさ、僕は…僕は読まなくてもいいかな」 緊張でどもりながら言うと、怪訝そうな顔を霧切さんが見せた。 「どうして? …私のおススメは気に入らないかしら」 「や、そうじゃなくて。だって霧切さんが、内容は全部覚えているんでしょ?」 「ええ、まあ…」 「じゃあ文章を読まなくても、これから先も霧切さんと一緒にいれば、教えてもらえるじゃない」 は、と、呼吸を吸う音。 次いで、ギシ、と、軋む音。 見れば、金魚のように口と目を見開いたまま、霧切さんが固まっていた。 思わず顔を覗き込むと、ハッとしたように背けられる。 「あの…?」 「……そういう、ものじゃないでしょう、これは」 背けた顔の向こうから、絞り出したような声。 「話の、…流れ以外にも、文章の技巧とか…雰囲気とか……実物を読まないと味わえないものだって、あるのよ…」 「あ、そっか。そうだよね…」 どうも、反応が芳しくない。 そんなにおかしなことを言ってしまったのだろうか。 僕としては、『これからもよろしく』をちょっと格好つけて言ってみただけなんだけれど。 「……卑怯よ、苗木君。そういうの」 「え、何が?」 「……なんでもない」 一瞬だけこっちを見遣る彼女の目が、また不満の色を浮かべている。 どうせ天然なんだから、と、ぼやくように零す。 ああ、またか。思わず肩が下がる。 また原因の分からないまま、地雷を踏んでしまったのか。 上手く持ち直したと思った矢先にこれだから、僕という奴は。 「…もうここに用はないわ。一応本の件は、レポートに書きとめておくだけにしましょう」 「あ、うん」 すた、と思い立ったように立ち上がり、そそくさと出口へ向かってしまう霧切さん。 どうも、上手くいかないことばかりだ。 諍いのない人付き合いにはそれなりに自信があったんだけれど、それでも彼女にはまだまだ届きそうにない。 先程と同じように、少しだけ広い歩幅を追う。 やってしまった、と後悔して俯いていた僕は、彼女の耳がほんのり赤く燃えていたことに、後になるまで気付けなかった。 霧切さんと、ちぐはぐなひと時を過ごした。
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――それは一秒にも満たない僅かな時間 けれど私にとっては今まで生きてきた時間より遥かに長く感じる一瞬 全てがスローモーションに感じ その暖かい感触が失われるのがどうしようもなく辛い そんな一瞬の出来事。 あれは昨日の放課後の事だった…… いつもの様に苗木君と一緒に帰ろうとして、私の用事で彼を待たせていた。 私と苗木君は付き合っている。 いわゆる彼氏彼女の関係だ――おそらく……。 彼の煮え切らない態度に我慢できず、私の方から告白したのだ。 だと言うのになぜ断言出来ないのかと言えば……具体的なエピソードに欠けるからだ。 確かに何度かデートを重ねたが、最近ようやく手を握ってくれるようになった。 それも私の方から握ってだ……… 勿論、私は彼と遊びに行ったりするのは楽しい――でも彼も本当にそう思っているのだろうか……。 彼は本当に私の事を好いていてくれるのだろうか……最近そんな事をよく考える。 私の告白を受け入れてくれた時の彼の顔……本当は嫌々だったんじゃ無いだろうか? そんな不安。 彼を待たせている教室に近付くと、何やら話し声が聞こえる。 職業病かしら、つい立ち聞きしていたら苗木君の声が聞こえてきた。 「……という訳で私様と付き合って欲しいの」 「勿論いいよ」 え?今なんて……? 「じゃあ早速今度の日曜日ね」 「うん、でも午後からは予定があるから午前中がいいんだけど」 「苗木のクセに私様とのデートに――」 もう限界だった。 これ以上は黙って聞いていられない、……ただショックが強過ぎて 踵を返してその場から逃走した。 やっぱり彼は私の事は好きでは無かったのだ だって江ノ島さんに告白されて彼は即答していて、私の時は少し間があったのに 今度の日曜日だって私と約束があるのに……二股をかけるつもりなのだろうか 酷い裏切りだ。……彼はそういった事はしない人だと思っていた。 それともやはり、私の事は好きでも何でも無いのだろうか…… 確かに私は江ノ島さん程可愛くもないし、胸も…大きくない。 一般的に胸は大きい方が良いと聞くし だからって酷い、あんまりだ。こんな事なら好きにならなきゃよかった。 ―――――― あれは…霧切!やったねーさすが私様。作戦大成功♪時間も読み通り、タイミングバッチリじゃん。 普段からイチャイチャしやがって、しかもなに?まだ手を繋ぐだけ? お前ら小学生かっつーの!今時そんな純情物語、流行んねーよ。 見ててイライラするし、私様が引っ掻き回して別れさせてやるよ。 せいぜい絶望しな!それこそが私様の楽しみなんだからな 苗木君からメールが来た。 『まだ用事に時間かかりそう?教室で待ってるから』 ―いつもなら彼を待たせて悪いな、と思うところだけど…… 『悪いけど先に帰ってて、まだ時間かかりそうだから』 どうにか怒りを鎮めながら返信した。 『霧切さんの事待ってるよ、それに僕ら付き合ってるんだし』 いけしゃあしゃあとそんな事をよく言えたものね。携帯を握りしめる手に力をこめていると…… 「あれ霧切じゃん、何やってんの?」 …今、苗木君と同じ位会いたくない人に声をかけられた。 「あら、江ノ島さん…あなたこそどうしたの?…私はちょっと用事があって」 どうにか表情を殺しながら、努めて声を落ち着けて返した。 「ふーん。私様は今苗木にコクってきたとこなの」 「!!……へぇ~意外ね。あなた苗木君みたいなのがタイプなの?」 若干の怒気を孕ませながらまたも無表情を装って返す。 「あれ?怒らないの?…あんたと苗木って付き合ってたんじゃなかった?」 この女は!分かっててやっているのか! 「別に…付き合ってないわ……あんな軽薄な人。あなたによくお似合いじゃないかしら」 「何それ酷い~まっ、付き合ってないならいいんだ。後顧の憂いってやつ?」 「言っちゃあ悪いと思うけど~、やっぱ苗木みたいな奴って胸が大きい方が好きっしょ」 「霧切じゃあ~ちょっとね……」 生まれて初めて人に殺意を覚えた。 「ごめんごめん~そんな怖い顔すんなって」 「とにかく、苗木と付き合うことになったから、あんまし彼にちょっかい出さないでね」 「そう……お幸せに」そう別れを告げるのが限度だった。 「…うぷぷぷぷ……じゃあね~」 信じてたのに………… ――次の日―― 「酷いよ霧切さん、僕ずっと教室で待ってたのに。それに夜電話もしたのに……」 「……(酷いのはどちらかしらね)……」 「えっ何か言った?」 「いいえ、ごめんなさい。用事が終わった後、疲れてたからすぐ寝ちゃったのよ」 「そっか、なら仕方ないね」 見るからにしょんぼりする彼。 ……何故だろう頭の中は怒りが占めているはずなのに、少し罪悪感を覚えた。 罪悪感を覚えるべきは彼のはずなのに…… 「じゃあ昨日一緒に帰れなかった分、今日はどこか行こうよ」 「………何を言っているの、何故私が苗木君とどこかに行かなきゃならないのかしら?」 「えっ?……だって僕ら付き合って…」 どの口がそんな事を言うのかしら。彼を睨みつけた。 「霧切さん?怒ってるよね…僕、何か悪い事した?」 「悪い事?アナタ本気で言ってるの?……だとしたら救いようが無いわね」 「えぇ!?謝るから、僕の何が悪いのか教えてよ」 「……いい加減に!「オハヨー霧切に苗木」……」 「おはよう江ノ島さん」 「……おはよう。苗木君…金輪際私に話しかけないで頂戴!」 最後に苗木君と江ノ島さんを一睨みしてから教室を出た。 …………追っても来ない。僅かに残っていた未練も完全に断ち切れた ―――――― うぷぷぷぷ……いいじゃん予想通りの展開。 霧切が出て行った後、すぐに追いかけようとした苗木を止めるのは手間だったが その甲斐はあった……。あの後授業が始まる直前に帰ってきた霧切だが 苗木に一瞥もくれず、授業が終わるなりすぐに教室を出てを繰り返し 昼休み―霧切に作ってきた弁当を片手に、途方に暮れる苗木を見るのは快感だった。 ――勿論その弁当は私様が頂いた。そして霧切が教室に戻ってくるなり 「苗木アリガトー弁当めっちゃ旨かったし、明日もまた作ってね」 なんて言ったら、物凄い形相でこっち睨んでくるし、未練タラタラ過ぎ 最高の快感だわ。ゾクゾクしちゃう ――放課後―― 「待ってよ!霧切さん!!」 授業が終わるなり教室を出て行こうとする霧切さんに必死に追いかける。 思えば昨日の放課後からおかしかった。 いつもどんなに遅くなっても僕に待ってて、言うくせに昨日は先に帰って、だもん。 それに朝から理不尽な怒りをぶつけられたら、いや、もしかしたら僕が悪いのかも 訳を聞きたくとも、すぐに教室から居なくなるし 何故か江ノ島さんが今日に限って僕を拘束しているし とにかく終業のチャイムがなると同時に、僕と霧切さんは教室を駆け出した。 走って走って走って……とうとう彼女を追い詰めた。 逃げるのを諦めた代わりに、僕を睨みつけてくる。……怖い 「霧切さん!話を聞いて、絶対何かの誤解だって」 「…話しかけないでって言ったわよね」 「!!…じゃあ僕の独り言でもいいよ、ともかく僕は謝りたいんだ」 「僕の何がいけなくて、君を怒らせているのか、それは分からないけど」 「改善するから。…どうか許して欲しい!」 「僕の好きな霧切さんには、そんな怒った顔は似合わないよ!」 「……へぇ…じゃあどんな顔をすれば良いのかしら?」 今まで見たことのない冷ややかな顔をしている。……冷や汗が出てきた。 「……何にも知らない振りしてアナタの横で笑ってれば良いのかしら?」 「…それともアナタに捨てられた悲しみで泣いていればいいのかしら?」 「そんなの真っ平ごめんよ!!私の気持ちを弄んだアナタを許すつもりはないわ」 「弄ぶ?僕が霧切さんを捨てる?」 困惑しか浮かばない。 「いつの間にかシラを切るのが上手くなったわね……でも私には通用しないわ」 「昨日聞いたのよ!アナタと江ノ島さんの会話を…」 「江ノ島さんに告白されてアナタは付き合うって言ったじゃない!」 ??どういうことだ?? 確かに昨日、霧切さんを待ってる間に江ノ島さんとは話はしたけど。 告白なんてされてないし、付き合うなんて一言も…… 「あっ!?…違うよ誤解だよ霧切さん」 「何よ…白々しい……もう二度と私には関わらないで!…さよなら」 「本当に違うんだ、待ってよ」 離れて行く霧切さんを後ろからひしと抱きしめた。 ―――――― 「……離してもらえるかしら」 急に背後から抱きしめられた………よりによってこんなタイミングで ――彼に対する気持ちは冷め切っていたはずである。 昨日からずっと胸が痛い、これが喪失感、失恋というやつだろうか。 だというのに彼はそんな私のことは気にも留めず、新しい彼女とイチャイチャして 休み時間の度に教室を出て行く私の――どれほど惨めだったか、どれほど悔しかったか。 彼には微塵も理解出来ないだろう…… それに私と彼を繋ぐ最後の絆だったお弁当も…… 完全に彼とは終わった……そう思っていたのに。 終業の鐘がなると同時に、彼が駆け出して、追いかけて来た…… 朝に来なかったくせに! ……けれど不思議とほんの少し、ほんの少しだけ嬉しかった。 そして今日だけで何度目か分からない感情の発露 もう抑えがきかない。―彼に決別を告げて立ち去るつもりだった。 そこでこれである。 「嫌だ!絶対に離さない!霧切さんが許してくれるまで離すもんか!!」 「あなたねぇ……」 呆れと怒りがせめぎ合うが今は呆れの方が勝ったみたいだ……それに…… 「はぁ……あなたを許せそうにはないの、分かるでしょう?」 「分からないよ、だって、僕が好きなのは霧切さんだけだもの」 「白々しい…あなたが江ノ島さんと付き合うって、江ノ島さん本人に聞いたのよ」 「それは違うよ!…なぜ江ノ島さんがそんな事を言ったのか僕には分からないけど…」 「僕が付き合うって言ったのは今度の文化祭の買い出しだよ」 「1人じゃ大変だろうし、手伝うって意味で言ったんだよ」 「え……?」 彼に背中を向けていてよかった。間の抜けた顔を見られずに済んで… 「だって、あれは江ノ島さんが頻繁に行事をサボるから、その罰ゲームでしょ」 「だからって1人じゃ大変でしょ?それで……」 なんということだ…彼の言い分が本当なら、私はとんだ勘違い女だ。 「でも、じゃあなんで江ノ島さんは昨日私に………」 「ハッハー!それはあんたらがもどかしいから私様が手助けしてやったのよ」 「江ノ島さん!?」 「あなた何故ここに……?」 「いつまで経っても戻ってこないから、心配して……なんて嘘」 「何をヤってんか見に来たのよ、それじゃあね~」 「……何だったんだろ?」 「さぁ?相変わらず常軌を逸してるわね」 「……ともかく、これで誤解って分かったよね?」 「そうね……でもアナタの浮気相手が江ノ島さんとは限らないわ」 「そんな事しないって、絶対」 「分からないわ、そもそもアナタが私に確信を与えてくれていたら……」 「確信ってこういう事かな?」 苗木君の腕の中で回された、と思った瞬間 キスをされた。 ――それは一秒にも満たない僅かな時間 けれど私にとっては今まで生きてきた時間より遥かに長く感じる一瞬 全てがスローモーションに思え、その暖かい感触が失われるのがどうしようもなく辛い そんな初めてのキス――。 「これで良いかな?」 顔を真っ赤にした彼がそう尋ねてくる。 けれど私は――私も顔を真っ赤に染めながら 「こんなんじゃ全然足りないわ」 「私がアナタを想って不安を覚えた時間分はしてくれないと」 と、彼の唇を貪った……。 「……ハァ…ハァ…大好きだよ…霧切さん」 「わ…私もよ……苗木君」 いったいどれくらいの時間が経ったのだろう、もう日は大分傾いていた。 僕と霧切さんの口の周りはお互いの唾液でベタベタだ…… それをまた舐めとって、舌に絡めながらお互いの口の中で攪拌する。 「ハァハァ……霧切さんの美味しいね」 「んぅん…苗木君のも…美味しいわ……」 もう、いい加減切り上げて帰らなきゃ。……でも離れたくない それは霧切さんも同じなのかも、さっきから僕らはお互いの顔しか見ていない。 後五分、後五分だけ、まるで目覚ましに対する言い訳のように 自分の理性に言い聞かす。後五分したら離れる。 ……そんな事をもう何十回も繰り返している。 もう自分達では止めることは出来ないようだ。 「大好き…大好きだよ……」 「私も…私もよ……」 「霧切さん……いいよね?」 「苗木君………えぇ勿論」 「はぁー盾子ちゃんってば絶望的に飽きっぽいんだから……」 「自分でひっかき回しといて、飽きたーって」 そう言いながら、変装をとく。 「別にこんな事しなくてもあの二人なら勝手にくっつくと思うけどね」 「って2人ともまだ居るし!……それに、ずっとキスしてるの?」 盾子ちゃんが居たら面白おかしくひっかき回せるんだろうけど、 ここは見つからないように遠回りして…… 「って、苗木くん!霧切さんの服を脱がし始めてって、霧切さんも!?」 「急いで離れないと……///」 ――翌日―― 「苗木くーん霧切さん、おはようござい…ま…す?」 「おはよう舞園さん?どうしたの?」 「いえ、いつも苗木君と霧切さんは仲良しだなと思いまして…」 舞園さんがぎこちなくなるのも仕方ない、私と苗木君が手を繋ぎながら登校してきたのだから 「霧切さん、昨日喧嘩していたと思ったら、いったい何があったんですか?」 「別になにも、私と苗木君は付き合っているのだし、普通の事でしょ?」 「苗木君!いったい何があったんですか?…私エスパーですから嘘をついてもわかりますよ」 「いやぁ…あはは、僕たち素直になることにしたんだ。ね?響子さん」 「そうね。誠君…行きましょ」 舞園さんには悪いけど二人きりを楽しみたい。 「私を無視して二人の世界に!?いったい何が……」 「説明しよう!」 「江ノ島さん!?何か知ってるんですか?」 「二人は昨日ヤったのよ」 fin ――――――
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気がつけばそっと体を引き寄せられ暖かなもので体を包まれていた。 それは苗木君の腕であり体であり、服一枚隔てた先から命の脈動が伝わってくる。 誰もいない、夕焼けに染まる教室の中で私たちは密着していた。 廊下からは下校する他の生徒の声が聞こえてくるがそれすらも遠い世界の出来事のようだった。 (暖かい…) 知らず知らずのうちに私の手は苗木君の背中へと回っていた。 息を呑むような苗木君の気配が伝わってくるが、今更手を降ろしたりはしなかった。 (もう少しだけ…もう少しだけこうしていたい…) それは紛れもなく本心だったが、そんな事を考えている自分に驚くと同時に恥ずかしさがこみ上げてきた。 ちょうどその時下校のチャイムが鳴りそれを合図に抱擁が解けた。 (あっ…) 少し残念に思う己の思考を振り払う。 正面にははにかむような苗木君の顔がある。 直視できずに私はそっぽを向いてしまった。 なんだろう、この気持ち。 私は探偵で、常に冷静でいなくてはならないのに。 自分で自分の心が分からない。 苗木君と一緒にいるとかき乱されてしまう。 「その…嫌、だったかな」 その声にハッと顔をあげる。 戸惑ったような視線とぶつかり、何か言わなくてはと焦ってしまう。 「ち、ちがうわ…」 反射的にそう応えてしまった。 本当にらしくない。よく考えを吟味せずに発言するなんて。 「良かった…」 心底安心したように苗木君が微笑む。 たったそれだけのことなのに幾分か心が安らぐような気がする。 色々考えているのが馬鹿らしい気がしてくる。 「そろそろ帰ろうか?」 手を引っ張られ教室を出る。 少し前を行く苗木君の耳は少し赤くて、でもきっと私の顔もきっと赤い。 そのことに自然と笑みが浮かぶ。 手袋越しにでもやはりその手は暖かかった。
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「苗木君、ちょっとよろしいですか?」 食堂で夕食を終えたボクにセレスさんがそっと近づき、話しかけてきた。 「何か用?セレスさん」 「大切なお話がありますの。…ここでは他の方の耳がありますので別の場所に移動しましょうか」 彼女は有無を言わさぬ調子で歩き出した。ボクは慌てて後を追う。 食堂を出たボクたちは大浴場の脱衣所にやってきた。夕食時ということもあり、周囲に人気は無い。 …この場所に、ボクは嫌な予感がした。 おもむろにセレスさんが身を乗り出して、あの射るような視線を投げかけてくる。 「さあ、苗木君。正直に言いなさい。あなた…覗きましたわね?」 嫌な予感は的中した。 数時間前…セレスさんをはじめ、女子たちがモノクマの目を誤魔化すために大浴場に入った。 ボクは欲望…好奇心…様々な感情を抑えきれず…“男のロマン”に従って、葉隠クンたちと一緒に浴室を覗いたのだった。 しかし、それがセレスさんに気づかれていた…。 「の…覗いたって、な、何を」 背中に冷や汗が流れるのを感じながら、ボクは震える声で言った。 当然、セレスさんは追及の手を緩めてはくれない。 「この期に及んで白を切るおつもりですか?わたくしの目は誤魔化せませんわよ」 うう…セレスさんの視線が痛い…。 彼女は腕を組み、口をつぐんでボクの答えを待っている。あまりにも重い沈黙のあと、ボクは覚悟を決めた。 「ご、ごめん…!ボクは…お風呂を…覗き…ました…」 「初めから正直に言えばいいものを…。残念ですわ、あなたはもっと紳士な方だと思っていましたのに」 セレスさんがため息をつく。ボクには返す言葉もなく、うなだれることしか出来なかった。 「それで、どこまで見ましたの?」 「えっ?」 思わぬセレスさんの言葉に、ボクは顔を上げて聞き返していた。 彼女はボクから視線をそらし、少しうつむいている。 「だから、どこまで見たのかと聞いているのです」 その声は、先程までとは打って変わって弱々しい。 セレスさんだって女の子なんだから、男に裸を見られて平気なわけがないよな…。 ボクは辛そうな彼女の姿を直視することができず、再び頭を垂れた。 そして記憶を辿りながら、湯煙に覆われた視界の中にうっすらと見たものを正直に答える。 「えっと…(大神さんの)無駄な肉のついてない背中…(朝日奈さんの)横から見た胸…」 「まあ…」 呆れたようなセレスさんの声が聞こえる。下を向いたまま、額を流れる汗をぬぐってボクは続けた。 「それに…(霧切さんの)形のいいお尻…(腐川さんの)すらりとした脚…」 ボクはさらに思い出す。 それから、セレスさんの…セレスさんの色っぽい……えーっと……色っぽい………? …そういえば、ボクがお風呂を覗いた時、セレスさんは湯船に浸かっていた。 ボクが見たのは、せいぜいお湯から出ていた華奢な肩ぐらいだ。 「…そうだ、色が白くて…綺麗な肩を」 お風呂の中でのセレスさんについては、こう言う他なかった。 ボクは告白を終えたが、セレスさんは何も答えない。 沈黙に耐え切れなくなり、ボクは恐る恐る顔を上げてセレスさんの方を見た。 彼女の瞳には、涙の粒が光っていた。 「…全く。普段からそんないやらしい目でわたくしを見ていたのですか。 男性は皆けだものだとよく聞きますが、あなただけは違うものと信じていましたのに…。 どうしましょう。わたくし、もうお嫁に行けませんわ…」 セレスさんはそう言うと、制服のポケットからレースのついた黒いハンカチを取り出して目尻を拭った。 ああ…泣かせてしまった…。 ボクはひどい罪悪感に襲われた。 「そ、それは…いや…ごめん…」 普段から…そこだけは否定したかったけど、この状況でそんな事が言えるわけがない。 許して貰えるかは別として、とにかく謝らなくては…。 ボクが謝罪の言葉を探して頭脳をフル回転させていると、ふいにセレスさんが場違いな声をあげた。 「…でも、そう褒められると悪い気はしませんわね」 いつの間にか、セレスさんは普段通りの微笑を浮かべた表情に戻っている。 あ、あれ…?さっきまで泣いてたのに…? あまりに急激すぎる変化に、ボクは目の前で何が起こったのか理解できない。 そんなボクに構うことなく、彼女は言った。 「いいでしょう。他の方々には、あなたがわたくしの裸を覗き見たこと…黙っておいて差し上げます。 あなたが自制心を失うほどに、わたくしが魅力的なのは仕方のないことですものね」 いや、セレスさんの裸は見てないんだけど…。 喉から出そうになった言葉を、ボクは飲み込んだ。 何が何だかわからないけど、ここでセレスさんに逆らうのは得策じゃない。そう直感がボクに告げる。 しかし、彼女が続けて言った言葉は、ボクの想像を遥かに超えるものだった。 「…ですが、あなたには責任を取って頂きますわ。これまで以上にわたくしを敬い、力の限り尽くしなさい。 そうすれば、いずれはランクが上がり、わたくしの伴侶となる資格を得ることが出来るかもしれません」 は…?はんりょ…?伴侶って何だ…??肩しか見てないのに?? 「ちょ、ちょっと待ってよ、セレスさん!ボクは…」 ボクは思わず大声を出していたが、セレスさんは片手を上げてそれを制する。 「何か文句がありますの?わたくしをお嫁に行けなくなるような目に遭わせておいて? 一人前の男性なら、相応の責任を果たすのが筋というものでしょう」 かつてない程、きっぱりとした口調だった。 何も言えなくなったボクに、彼女は容赦なく追い討ちをかける。 「よろしいですか?」 「………うう…」 ボクは言葉にならないうめき声を出すことしかできずにいた。 「 よ ろ し い で す わ ね ? 」 セレスさんの鋭い視線がボクの胸を貫く。 ボクは観念した。 「……はい」 もう彼女には頭が上がりそうにない…。 * * その後…セレスの部屋。 部屋の主は、一人微笑み、呟いた。 「うふふ…。一時はどうなることかと思いましたが、上手くいきましたわ。これで苗木君はわたくしのもの…」 ポケットから取り出したその手には、黒いハンカチと目薬が握られていた。