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二枚目:梅に鶯 ホーホケキョ、ケキョケキョ。 隣の庭の梅の木がお気に入りらしい鶯は、今日も変わらず喉を鳴らす。 窓から覗き、綺麗なオリーブ色の羽毛を見て、昼はパスタでも作ろうかなどと思い至る。 「ん…」 時計の針が十二時を過ぎた頃、ようやく眠り姫が寝室からのそのそと這い出てきた。 瞼をこする仕草がなんとも色っぽい。 「おはよ、霧切さん」 「…あなた、またソファーで寝たわね」 爽やかな朝の挨拶は、ジト目でもって跳ね返された。 霧切さんが僕の家で寝てしまうことは、実は頻繁にある。 仕事の疲れからウトウトと、とか、お酒で酔いつぶれて、とか。今日は後者だ。 彼女が言うには、自分の家よりも落ち着いて、どうも気を抜いてしまうそうだ。 「お客様をその辺に寝かせるわけにはいかないでしょ。まあ、僕のベッドも上等とは言い難いけど」 「寝心地は最高だったわ。…けれども、どうして家主を追い出して、私がベッドを占領するのよ…」 霧切さんはまだ眠いようで、起きてきたばかりなのに、再びソファーに横になってしまった。 「適当に転がしておけばいい、と、いつも言っているでしょう…」 とは言っても、それは無理な話。 何せ彼女は、寝返りを打つたびに服を肌蹴るんだから。 目の毒だし、そのまま放置して風邪を引かれても困る。 ホント、ベッドに運ぶまで大変だった。主に理性が。 「文句があるなら、今度からは飲みすぎないでね」 「…普段はないのよ、酒に呑まれることなんて。どうしてあなたの家では…」 昨日の酒盛りを思い出す。 確かに、お互いに飲み過ぎというほど飲んだわけじゃない。 「僕の家なら別にいいけどさ。他の人の家では、絶対にやっちゃダメだよ? 特に男の人の家」 「その心配はいらないわ。どういうわけか、あなた以外には縁が無いのよ」 ヒラヒラ、と、ソファーの上で手を振る。 まあ、僕の家では安心して眠ってしまうということは。 つまり、それだけ僕が男として意識されていないということだろう。 職業上、身の危険には人一倍敏感な霧切さん。 その彼女が落ち着けるというのだから、危険とすらみなされていないんだ、僕は。 彼女の心を休める止まり木になれているのなら嬉しいけれど、男としては幾分複雑である。 「…あなたの部屋、鶯の囀りが聞こえるのね。お陰で目を覚ましたわ」 「春告げ鳥の谷渡り、だね。目覚まし代わりにしては風流じゃない?」 「まあ、そうね…ただ、風流を感じるには、まだ頭が起ききっていないかも…」 ゴソゴソとソファーの上で丸くなる姿は、寒がりな猫そっくり。 「…良い匂い。何を作っているの…?」 ソファーから届く声に、まどろみが混ざる。 「ただのパスタ。ニンニクを炒めてるだけだよ」 「あと何分で出来るかしら…」 「十分くらいかな。サラダも合わせれば、もう少し」 「…私はもうひと眠りするわ。御飯が出来たら起こして頂戴」 少しして、寝息が聞こえる。 春眠暁を覚えず、にはまだ少し季節が早いと思うのだけれど。 三鳴鳥の目覚ましも、彼女の休息を妨げるには役者不足のようだ。 【続く】
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霧切「苗木君、あなたに手伝って欲しいことがあるの」 苗木「うん、いいけど。それって、また探偵の仕事?」 霧切「その通りよ。引き受けてくれて助かるわ」 苗木「それで、今度は何をするの?」 霧切「潜入捜査というやつよ。 私が調べている事件の関係者があるパーティーに出席するのだけれど、そこに潜り込むのにあなたもついてきて欲しいの」 苗木「パーティーって、どんなパーティー?」 霧切「議員の主催する、よくあるものよ。まあ、それなりに大規模なものだれけどね」 苗木「それは……なんだか緊張するなあ。ボクなんか思いっきり場違いな気がするんだけど」 霧切「私がついているんだから、心配しないで。……いえ、むしろ自然な潜入を果たすためにはあなたの協力こそ必要なのよ」 苗木「そ、そうなの? ボクなんかで大丈夫かな」 霧切「ええ。不審を買わず会場に紛れ込めるよう、私達は若手実業家とその妻に扮して……」 苗木「ちょ、ちょっと待って。その設定、少し無理があるような……。ボクが若手実業家?」 霧切「そうかしら。私には何の問題も無いように思えるけれど」 苗木「ていうか本当に必要なのその設定?」 霧切「苗木君、私が今まであなたに必要の無いことを頼んだことがあったかしら?」 苗木「うーん……。無い……と、思う。多分」 霧切「そうよね。だから今回も疑問を挟むことはないのよ。いいわね?」 苗木「わ、わかったよ」 霧切「わかって貰えて良かったわ。それじゃあ、パーティーに備えて少し練習しておきましょう」 苗木「練習?」 霧切「そう、夫婦を演じる練習よ。『ねぇ、あなた?』」 苗木「う、うん? え?」 霧切「『響子さん』よ」 苗木「あ、ああ……。『何だい、響子さん?』」 霧切「そうね……さん付けでは少し硬いわね。『響子』にしましょうか。『ねぇ、あなた?』」 苗木「えーと、『何だい……響子』」 霧切「『愛してるわ』」 苗木「!!?? ボ、ボ……『僕も愛してるよ』……!」 霧切「よろしい。その調子でやってくれれば問題ないわ」 苗木(霧切さん……いつものポーカーフェイスで『愛してるわ』なんて言うんだから……ドキッとしちゃったよ) 霧切「当日もよろしく頼むわ。じゃあね」 苗木(そしていつも通り素っ気無く行っちゃった……でも何だか凄く嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか) ・ ・ ・ 霧切「……ッシャァ!(ガッツポーズ)」
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ある日大和田が寄宿舎を歩いているとメイド姿の不二咲を見つけた 大和田「うぉいっ!!どうしたんだよその格好…」 不二咲「あ、あのね…ある人に無理やり着させられて…」 大和田「だ、誰にだ!!」 不二咲「うまく言えないけど…食堂にいる「た」のつく人だよ…」 大和田「よし、分かった!!」 言うや否や大和田は食堂に向かっていった そこには桑田とセレスがいた 大和田「誰だ!!不二咲にメイドの格好をさせた奴は!!」 桑田「俺はしらねーよ…」 セレス「私も存じませんわ。」 大和田「いや、お前らのどっちかだ!! お前らのどっちかが…」 モノクマ「犯人だよ!!」 大和田「うぉっ!?」 桑田「なんだよ!!いきなり出てくんな!!」 モノクマ「うぷぷ…こりゃ開かなくてはいけないようですなぁ… 食堂裁判を…」 セレス「食堂裁判?」 モノクマ「食堂でやる学級裁判みたいなものだよ。 基本的なルールは学級裁判と同じだよ。 ま、頑張ってね。」 大和田「よし、これで誰が犯人なのかはっきりさせるぜ…」 議論開始!! 大和田「不二咲はここにいる名前に「た」のつく人物が犯人だ言ったんだ… この中で「た」のつく人物といったら…桑田!!おめぇだ!!」 桑田「ば…馬鹿いってんじゃ…ねぇって…!!」 セレス「…たしかに、彼の苗字は桑「田」ですからね…」 桑田「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふざけんな!!俺は…俺は… 犯人なんかじゃねぇっつのぉぉぉぉ!! つーか、もう一人名前に「た」のつく奴がいる可能性もあるだろ!! このクソボケウンコタレっ!!」 大和田「もう一人?誰の事だ?」 桑田「セレスの苗字は偽名だったよなぁ… つまり、犯人はセレスって事になるかもだよなぁ…」 セレス「…桑田君、想像力が豊かですのね… …ふ…ふふ…ふふふふふ… ふざけてんじゃねぇぞ!!このダボォ!! 私の名前はセレスティア・ルーデンベルクなんだよぉぉ!!」 桑田「…セ、セレス…?人格変わったぞ…」 セレス「どうしても私を犯人にしたいらしぃが… それは大きな間違いですわよぉ…!! 私の名前はセレスティア・ルーデンベルク!! 同じ事を何度も言わせないでいただけますかぁ!!」 大和田「…なれ、電子生徒手帳を見せてみろ。」 セレス「あぁ!? プ…プライバシーの侵害ですわ…見せませんわよ…」 桑田「観念しろセレス!!もうお前の負けだ!!」 セレス「…負け…ふふふ…そんな言葉を聞いたのはいつ以来でしょう… …それにお前のなんて呼ばなくてこう呼んでください… セレスティア・ルーデンベルク、もしくは…安広多恵子…と。」 桑田「安広多恵子…たしかに「た」が入ってる名前だな…」 大和田「…認めるんだな…」 セレス「私、負けを宣告されてあがくほど往生際は悪くありませんの…」 こうして犯人はセレスに決定した 大和田「…どうしてこんな事したんだ!?」 セレス「…似合うかなと思ってやっただけですわ…」 桑田「…は?たったそれだけの理由なんだ…」 セレス「それだけの理由だなんて…あなた…死にますわよ。」 大和田「どんな理由があるにしろ、不二咲に変な格好させんな!! 次やったら承知しねぇからな…!!」 セレス「ふぅ…分かりましたわ。」 モノクマ「…さて…そろそお仕置きの時間だよ!! それでは…張り切っていきましょう!!お仕置きターイム!!」 そう言うとセレスの周りはカーテンで覆われた… カーテンにはこう書かれていた 魔法剣士産 コスプレ 主人公仕立て 桑田「…どういう事だ?」 大和田「さぁな…」 そして数分後、真っ赤な衣装に身を包んだセレスが出てきた モノクマ「にょっほっほ!!中の人ネタで今日一日レイアースの 「獅堂 光」のコスプレをしてもらうよ!!」 桑田「…なんだ、それほどひどいお仕置きじゃないじゃん。」 大和田「…それどころか結構似合ってんじゃねぇか。」 セレス「…確かにそうでしょうが…私、こういう衣装は苦手なんですの。」 セレスはちょっと頬をを赤らめて言った 桑田「そ、そうなんだ…」 セレス「とにかく今日の所は負けでいいですわ しかし、次はこうはいきませんわよ。」 そういってセレスはそそくさそうに食堂から出て行った… モノクマ「いや、しかしどうだった大和田君? 不二咲さんのメイド姿は…」 大和田「…に、似合ってねぇ事は無かったがよ… つーかどうだっていいだろ!!そんな事!!」 そういうと大和田は顔を真っ赤にして食堂から出て行った 桑田(…大和田…萌えるのは言いけど相手は女装した男だぜ…) 桑田はそう思いながらパンをほおばるのだった…
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左右田「日向、お前七海とどこまでいったんだよ」 日向「なんだよ急に。何の話だよ」 左右田「とぼけんなよ、お前と七海って付き合ってるんだろ?」 日向「……別に俺は七海と付き合ってないぞ」 左右田「は? はああああああああ!?」 左右田「う、嘘だろ!? だってお前ら毎日一緒に居るじゃねえかよ!?」 日向「それでどうして俺と七海が付き合う理由になるんだよ」 日向「俺はただ──」 七海「日向くん、今って平気かな?」 日向「ああ七海。左右田と喋ってただけだから、問題ないぞ。何か用事か?」 七海「うん、よかったらこの後一緒におでかけしないかな?」 日向「いいぞ。今日は“あそこ”でいいか?」 七海「うーん、昨日遊び尽くしちゃったし、別のとこがいいな」 日向「じゃあ“あれ”にするか?」 七海「日向くんと恋愛ものはたくさん観たし、他にいいのは上映してないと思うよ」 日向「だったら“いつもの場所”に行くか」 七海「いいよ。日向くんとお昼寝すると気持ちいいし」 日向「決まりだな。すぐ行くからロビーで待っててくれ」 七海「分かった」 日向「で、左右田なんの話だっけ?」 左右田「もうお前なんて友達じゃねえ」
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苗木「江ノ島さん、お風呂沸いたから先に入っていいよ」 江ノ島「はーい。あ、そうだ。どうせなら苗木も一緒に入る?なんちゃって……」 苗木「うん!わかったよ!」 江ノ島「は?いや、冗談に決まって」 苗木「それならボクは先に入って待ってるよ!」 江ノ島「え……なに?なんなの……?」 苗木「まだかな、江ノ島さん……」 江ノ島「苗木?じゃ、じゃあアタシも入るから……」 苗木「うん!遠慮しなくていいよ!」 江ノ島「なんでそんなに元気なの……ほら」 苗木「ちょっと待ってよ!どうしてタオルを身体に巻いているの!?」 江ノ島「はぁ?当たり前でしょ?なんであんたが喜ぶような事をアタシがしなきゃいけないんだよ」 苗木「それはおかしいよ!タオルを湯船に入れるなんてマナー違反じゃないか」 江ノ島「うぷぷぷ、必死だね苗木クン。見れなくて絶望した?」 苗木「それは違うよ!タオルで身体を隠すって事は、その見えない部分に人は希望を持つんだ!」 江ノ島「え……?じゃあ、見せなかったらアンタはこのまま希望を持ち続けるの?」 苗木「そうだ!それにボクが期待通りに絶望しないなんて、江ノ島さんにとっては凄く絶望的だよね?」 江ノ島「アタシが絶望する?……最高じゃない!!」 苗木「キミがタオルを取らない限りはボクは絶望したりなんかしないし、希望を持ち続ける……これがボクの答えだ!」 江ノ島「……わかった。あんたに見せてやるから、それで思いっきり絶望しな!」 苗木「うん、江ノ島さんの裸は絶望的だよ(訳・饅頭怖い)」
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「…霧切さんって、気になっている人とかいないの」 唐突に降って湧いた問いだったので、彼の目をまじまじと見てしまった。 お手製のパスタを二人で食べ終えて、私にソファーを譲り、流し台の向こうから彼は問うた。 「……、苗木君でも、その手の話題に興味はあったのね」 思わず、思ったことをそのまま素で返してしまう。 馬鹿にされていると捉えたのか、苗木君は眉を寄せて、洗い物の手を一瞬止めた。 適当に回したチャンネルは、どこも週末の天気について語っている。 日本一律、概ね快晴。絶好の行楽日和になるらしい。 桜は過ぎ去り、新緑の季節。そろそろ長袖もお蔵になるだろう。 今日とて暖かかったので、先日舞園さんと一緒に買ったチューブトップを着て遊びに来たら、何故か苗木君に怒られてしまった。 私をお嬢様か何かだとでも思っているのだろうか。…満更でもないけれど。 「一人身の女の子が不用心だよ、あんな…」 「……どうせ、襲ってくる度胸なんてないもの」 「そりゃ霧切さんは、護身も出来るんだろうけどさ。だからって」 微妙に噛み合ってないというか、相変わらずこちらの意図が通じることもなく。 私の八つ当たりの矛先は、彼に無理やり羽織らされたシャツに向かう。裾を伸ばしてダボダボにしてしまおう。 「石丸君じゃあるまいし、破廉恥な、とか言い出さないでしょうね」 「そ、そこまでは、言わないけどさぁ…」 歯切れの悪いまま、洗い物に逃げる苗木君。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。 「…それで。何故それが、私の気になっている人の話になるのかしら」 「うん? …好きな人の一人でも出来たら、落ちつくかなって思って」 ―――よし、もっとダボダボにしてやろう。 「それはつまり、私は落ち着きのない女だと…、…貴方はそう言いたいのね?」 「や、そうじゃなくって、だから…拠り所があれば、安心するじゃない」 「へえ、そう…ふぅん」 「だ、だから! そういう格好は、そういう人の前で、っていうか…!」 食器を仕舞い終えると、冷蔵庫を手早に探る苗木君。 最近お気に入りらしい缶チューハイを二つ取り出して、一つをこちらに投げて寄越す。 どうも彼は最近、私には飲み物を与えておけば良い、と思っている節がある。 …あながち間違っていないのが、また腹立たしい。 いっそ、今晩は困らせてしまおうか。 プルタブを引くと、プシ、と景気の良いスプラッシュに、柑橘系の爽やかな匂いが乗って、鼻孔に届く。 出来心と言ってしまえばそれまでだけれど、そういえば最近彼をいじめていなかった。 こっそりと前のボタンを外し、裸の足を組ませて、私はゆったりと笑みを作った。 「…いるわよ、気になる男の人なら」 へ、と空気の抜けたような声。 次に、ゴン、という鈍い音がして、フローリングの床に缶が転がった。 蓋を開けていなかったのは幸いで、慌てて苗木君が缶チューハイを追う。 「…あら、どうしたの?」 「え、あ、いや、」 笑いを押し隠して、さも気にしていない体を装う。 よほど面喰らったのだろう、苗木君は缶を拾って、所在なさげに棒立ちしている。 ソファーを横にずれて、席を叩いて示すと、やや気まずそうに腰かけた。 「…貴方が聞いてきたんでしょう?」 「や、うん、そうだけど…ほら、ビックリして」 「これでも一応、妙齢の女よ。思う人の一人や二人、いたって珍しくは無いでしょう」 そう、そうだね、と、今度は苗木君が落ちつかない様子で、目を合わさずに間の抜けた相槌を打っている。 そのままプルタブに指をかけると、先程落とした缶から、炭酸が勢いよく泡を吹いた。 「うわ、わ、」 「……、…」 ぶしゅー、と、止めるすべもなく吹きこぼれる様。 顔を背け、必死で笑いをかみ殺す。 ああ、学生時分以来、久しい。 あの頃も私は、事あるごとに苗木君をからかって遊んでいたっけ。 どうしてか、他のクラスメイトには言えないような話も、彼を相手になら打ち明けていた。 もう幾年も経ったけれど、変わらずこの関係に在れたことに密かに喜びを覚えながら、私も缶チューハイに口を付ける。 「…ね、どんな人?」 フローリングに零れた酒を拭きながら、上目がちに苗木君が尋ねた。 はて、と首を傾げる。 どんな人、とはつまり、その『私が気になっている男の人』のことだろう。 じとり、と苗木君の目は、私の表情を見据えていた。疑っている、というサイン。 気に入らない。苗木君のクセにナマイキだ。 けれどもここで下手に誤魔化せば、余計に疑われてしまうだろう。 「……そうね。パッとしない人よ」 「…そうなの?」 「ええ。基本的に鈍いし、なのに無駄なところで勘が良い…どこにでもいるような、冴えない人」 思いつくままに、特徴を並べてみる。 苗木君は罰が悪そうに、目を逸らして頬を掻いた。 「そ、そんな悪し様に言わなくても」 「…いいの、どうせ本人には聞こえないんだから」 相手が誰であれ、私が人を悪し様に言う時、苗木君は必ず相手の肩を持つ。 そもそも私自身、他人の目の届かないところでその陰口を言う行為は、見えないところから石を投げるようで、ホントは好きじゃないのだけれど。 卑怯な行為だと分かっていても、それでも苗木君が相手の味方になるのは、ちょっと気に入らない。 ぐび、と一口、チューハイを流し込む。 甘みの中に少しだけ渋みのある、柑橘系の香りが喉を流れていく。 「…けど、じゃあさ」 「……何よ、まだあるの?」 「その人の、どこが良いのかな、って」 今度は苗木君は、私の目を見なかった。疑ってはいない、ということだろう。 何処が良いか、だなんて、そんなの。 数えたことも無いのに。 「……、優しい、ところとか」 言って、頬が燃えた。 「……」 「…とか?」 「……あとは、そう…いざという時に、その、意外と頼りになったり…」 何でこんな話を、苗木君相手に正面からしなければいけないのか。 ああ、暑い。 きっと春が過ぎたせいだ。あるいは、このお酒の。 じとり、と居心地を悪くするような汗が、背に滲む。 止めておこう、この話を続けるのは。 私ばかりが語り続けなければならないのは、不公平だ。 「…そういう苗木君はどうなのかしら?」 「え?」 唐突に話題が自分に向いたので、苗木君はまた目を見開いた。 「学生の頃から、女の子には人気があったでしょう。 …特定の子との付き合いは、無かったようだけれど」 「な、なんでそんなこと、知ってるのさ」 「…言っているでしょう。私の稼業は探偵なのよ」 その理屈でいくと、同級生全ての恋愛事情を知っていなければならないことになるだろうが、まあ蓋をしておこう。 「…まさかその歳で、思う人の一人もいない、なんて言わないでしょうね?」 仕掛けたこっちがまさかの割を喰ったので、もう一つおまけにからかってみる。 苗木君は困ったように笑い、ソファーに座り直した。 「……うん。いるよ、ずっと」 「……、…」 「…結構前から。片思い…みたいなんだけどね」 「…そう。それは、」 それは、の続きを紡げず、私は再び缶に口を付ける。 底の方に溜まっていた果実の粒が、一気に口の中に飛び込んできた。酸っぱくて、苦い。 「…辛いわね、片思いは」 「ううん、いいんだ。高嶺の花っていうか、魅力的な人だから…僕じゃ釣り合わないって分かってるし」 そういう、自分を過小評価して諦める所は嫌いだ。 人には必要以上に励ましてくるクセに。 苗木君はプルタブを引いたっきり、缶チューハイに口を付けようとしていない。 私が飲むから、合わせて自分も持ってきただけなのだろう。 その缶を奪って、新しく一口飲む。特に文句は言われなかった。 「…どんな人?」 別に聞きたくはないけれど、まあ、礼儀や話の流れというものがあるだろう。 苗木君もさっき、私に同じ質問をしたのだし。 「…頭の良い人かな。ちょっと理屈っぽいところもあるけど」 「……そう」 「ホントはすごく優しいのに、それを表に出すのが下手っていうか…結構不器用でさ、素直じゃないんだ」 愛おしそうに、苗木君は笑った。 自分の愛犬を紹介するかのように、穏やかな、保護者のような、友人のような。 「それで、」 「―――似合わないわ」 ああ、きっと本当に、酒を飲んでしまったからだろう。 さっきから、思った言葉を素のまま吐き捨ててしまうのは。 「似合わない、苗木君にそんな、……そんな女の、」 「…霧切さん」 「……、…」 酔っているはずなのに、肌寒さを感じる。春は過ぎたのではなかったか。 頭に鈍痛が奔った。冷えか痛みか、一瞬判断に迷う。 今日は随分悪い酒になってしまった。こんな、柄にもない話をしたからだろうか。 「……ごめんなさい」 私が悪し様に言えば、必ず苗木君は相手の肩を持つ。 「飲みすぎた?」 「…かもしれないわ。泊っていっても、いいかしら」 「いいけど…寝巻きとかは」 「…このシャツを、頂戴。今度、新しいものを返すから」 苗木君は許すように笑って、寝床の準備をしに向かった。
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――ぎ……ん……きて……えぎくん…… ――な、に……? 何か聞こえ…… 「苗木君起きなさい」 ――バチンッ! 「いだっっ!? 何っ!? えっ、何っ!? えっ!? 霧切さん!?」 僕は左頬に激しい痛みを感じて飛び起きようとした――けれどそれはできなかった。 恐らく今僕の頬をひっぱたいた犯人であろう霧切さんがベッドで寝ている僕に馬乗りになっていたからだ。 当然僕は状況を飲み込めずパニックに陥った。 「え!? なんで霧切さんが僕の部屋に居るの!? ていうかなんで僕の上に乗ってるの!?」 「あなたが何度言っても起きないからよ。鍵も開いていたし、それにここまでの熟睡って……あなた簡単に殺されるわよ?」 混乱する僕を前に霧切さんはいつも通り冷静に淡々と話す。 でも、僕はそれどころじゃない。 お腹の上の柔らかい感触で今にも発狂しそうだった。 「わかった! わかったから!今後は気を付けますからお願いですから降りてくださいっ!!」 「……そんなに必死になるほど重かったかしら」 「そ、それは違うよ! 別の問題があるからぁあっ!! とにかく降りてっ!」 僕が必死に叫ぶと彼女は「別の問題?」と眉を顰めながら呟いてようやく僕の上から降りてくれた。 ちょっともったいないかも、なんて全っ然思ってないけど、もう少しで本当に色んな意味でやばかった。 精神的に死んでたかも。 「苗木君? あなた顔が赤いわよ。息も上がってるし発汗もみられる……具合でも悪いのかしら」 「え、霧切さんが突然現れるからびっくりしただけだよ!(どう考えても君のせいじゃないか!)」 「苗木君、すぐにバレる嘘は感心しないわよ」 「え……ちょ、ちょちょちょ、霧切さんっ!?」 僕の嘘について批判しつつ、なんと彼女の顔が僕の顔にどんどん近づいてきた。 ――えっ?何これ?僕キスされるのかな。 そう一瞬でも思ってしまったら僕が焦らないわけがない。 けれど、もちろん当然霧切さんがそんなことをするわけがなかった。 至近距離に霧切さんの顔があるのが恥ずかしくて目を瞑っていたら、コツン――という感触が額にあった。 恐る恐る僕が目を開けると、相変わらず至近距離に霧切さんの顔があり、その額は僕のと重ねられていた。 僕はようやく、さっきの会話の流れを考えてみても、僕の熱の有無を確かめてくれているんだと分かった。 「あ、あの……霧切さん?」 「……少し微熱程度くらいには熱がありそうね。でも高熱じゃなくて良かったわ」 離れた霧切さんが、僕を案じてくれる言葉をかけながらフッと笑った。 いつもポーカーフェイスを維持している彼女だから、時々見せる笑みに僕はいつもドキリとしていた。 「あ、ありがとう。でも、熱を確かめるなら手で……あっ、手袋してるからか」 「ええ、そうよ。何か不快だったかしら? だとしたら謝るけど」 「いや、そんなことないよ! こっちこそごめん、変なこと言って」 「別に気にしてないわ」 霧切さんはそういうと右手で髪を払った。 その仕草と、サラリと動く綺麗な髪に僕は一瞬見とれる。 ここだけの話、僕は霧切さんのその仕草が好きだったりする。 「それで、どうして僕の部屋に?」 「ああ、そうだったわ。苗木君のせいで忘れるところだった」 「どう考えても僕のせいじゃないと思うけど」 「何か言ったかしら?」 「……あの、霧切さん? この際だから言うけど人の部屋、っていうか異性の部屋に勝手に入ってくるのはよくないと思うんだ」 僕はそのまま何も言わず用件を聞こうとも思ったけど、なんだか霧切さんはそういう所が危なっかしい気がして、僕の考えを話すことにした。 「勝手に入ったのは悪かったわ。でも叩かれるまで起きない人がインターフォンの音程度で起きるかしら?」 「うっ……それは……でも! それはダメだよ! 僕だって男なんだよ!?」 僕が意を決して言い放った言葉に霧切さんが、珍しく驚いた顔をした。 でもすぐにいつものポーカーフェイスに戻……え?霧切さんが笑ってる? 「き、霧切さん?」 何か霧切さんの様子がおかしいことに気付いた僕の問いかけを無視するように、霧切さんが無言のままベッドの方に近づいてくる。 それだけじゃない。 彼女は何を考えているのか、ネクタイを緩めシャツのジッパーを少しだけ下ろして――って、えぇっ!? 「ちょ、霧切さん何やってるの!?」 「ネクタイを緩めてジッパーを下げたのよ」 「いや、そうじゃなくて!! 見えたらいけないものがもう少しで見えそうなんだけど!」 「見たいの?」 いつもの僕をからかう時の笑みを浮かべながらとうとう霧切さんが再びベッドの上どころか僕の太ももの上に乗って来た。 そして彼女の右手が僕の左胸に添えられる。 もう何が何だかわからない。 僕の動悸は全力疾走をしても足らないほどに激しく脈打っていた。 霧切さんは分かっているのにわざっとやっている。 いくら僕だって理性が揺さぶられないはずがない危険な状況だった。 そして霧切さんは僕の耳元に顔を近づけて言った。 「すごい、動悸ね。ふふっ……ねぇ、苗木君。あなたは確かに男の子だけど、私の信頼を裏切るような甲斐性はないわ」 「へっ?」 僕が間抜けな声を出すと、霧切さんは何事もなかったように離れて服装も元に戻した。 何だか男としてはすごく複雑なことを言われた気がする。 「ね? あなたは、こんな状況になっても何もできなかったでしょ? だからあなたの反論は認められないわ。でも……確かに男の子だというのは認めるけど」 少し顔を下に向けながら言う霧切さんの視線を追うとそこには――っ!? 「うわぁあっ!! み、見ないでよ霧切さん! セクハラだよっ!!」 僕は顔の熱がさらに上がるのを感じながら、足元にくるまっていた布団を急いで抱え込んだ。 霧切さんはそれを見て笑ってるんだから本当に性質が悪い。 霧切さんには適わないな。 それを痛感した精神疲労の激しい夜だった。 ― END ―
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まずは、オードソックスに自己紹介から始めたいと思う。 ボクの名前は苗木誠だ。 訳あって、休日にとある人物と二人きりでいるんだけど… 「ねぇ、霧切さん?」 ボクが呼んで振り向いたのは、霧切響子。 実は、ボクと彼女はなんやかんやで付き合うことになったのだが… 「何?」 ごらんの通り、彼女は無愛想な人だ。 「いや、あのさ。本当にここでいいの?」 ボクたちがいるのは、市立図書館。 はっきり言って「あれ」には向いていない場所だ 「どういう意味?苗木君が『どこか好きなところに行こうか』と言ったんでしょう?」 「そうなんだけど…」 ボクはデートのつもりで言ったんだけどな… 言い方が悪かったか、と一人後悔していると霧切さんが言った。 「ねぇ、もしかして図書館が嫌いなの?」 「え、ち、違うよ!そんな事ない!ボクも小学校の頃からよく使ってたし…」 「そう」 そう言うと霧切さんは図書館に入ろうとする。 「あ、ちょ、待って!」 待って、と止めたのは別にいい。 けど…止め方は別にあっただろう。 でも、ボクは慌てて霧切さんの腕を掴んで思い切り引き寄せた。 そう、お分かりだろうか。 「…」 「…」 どっちがどっちの3点リーダーだったかは分からない。 ただ、お互いずっと黙っていた。―抱き合うような体形で。 「―――ごめんっ!!」 ボクは慌てて体を引き剥がす。 そして、これでもかというほど頭を下げる。 ……しばらく頭を下げていたけど、何も反応がない。 おそるおそる頭を上げるとそこには… 「き、霧切さん…?」 ボクの目の前にあったのは、顔を真っ赤にした…なんていうのは嘘で、 そこには無表情の霧切さんの姿があった。 「えーっと、霧切さん…?」 あまりにも微動だにしない霧切さんに不安を覚えて、ボクはそっと霧切さんに触れようとした。 が、触れるその瞬間。 「――!」 霧切さんは何かを叫んで、走ってどこかへ行ってしまった。 呆気にとられたボクは「追いかける」という選択肢が思い浮かばずに、ただ立ち尽くすのみだった。 ―どれだけ時間が経ったのだろう。 我に返ったのは、すでに夕刻の時だった。 そんなにずっと立ってたのかと自分の精神力に関心しつつ、携帯に目をやる。 そこには、1通のメールが来ていた。 誰からだろう、と見るとそこには「霧切さん」という名前が映し出されていた。 慌ててないようを確認すると、そこにはこう書かれていた。 (今日はごめんなさい。 どこに行くかというのは、 あなたの意見も聞いておくべきだったわ。 でも、あなたもあなたよ。何とは言わないけれど。 また、日にちを調整して二人で出かけましょう。 またね。) と。 「…返事、しないとな。」 ボクはそう言いながらも、あの時の霧切さんを思い出す。 あの時、霧切さんは何かを叫んでいた。 何を…? ボクの記憶力と推理力を合わせて導き出された答えは… 「ばか」 そんな訳ないと思いつつも、あらゆる推理をしても答えは同じだった。 あの時、霧切さんは「ばか」と叫びながら逃げたのだろうか。 「―っ!」 みるみるうちに自分の顔が赤くなるのを感じ取った。 そして、ボクは慌てて携帯で電話をかける。 その相手は、言わなくても分かるよな。
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562 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/11/23(水) 00 42 17.03 ID yTnulCPw この二人の結婚式はやっぱりキリスト教式だろうか 神道式も案外似合いそうな気もする 霧切「で、あなたは洋式と和式どっちがいいの?」 苗木「え? うーん……和式はやっぱり体勢がきついから洋式の方がいいかな」 霧切「誰がトイレの話をしたの。私が言っているのは、結婚式のことよ」 苗木「け、血痕!?」 霧切「そういうのはいいから、真面目に答えなさい」 苗木「ご、ごめん。でも霧切さんの口から結婚なんて言葉が飛び出してくるなんて思わなくて……」 霧切「どういう意味かしら。さすがに失礼よ」 苗木「えー……うーん、そうだなぁ」 苗木(結婚か……この年でそんなの考えたことないけど……うーん、やっぱり霧切さんは 洋風のドレスの方が似合うかな。 あ、でも和服も霧切さんのクールな雰囲気と合ってて綺麗かもしれないし……) 霧切「人の顔をジロジロ見てどうしたの?」 苗木「いや霧切さんにはどっちが似合うかなって」 霧切「? ちょっと待ちなさい。どうして私を着せ替え人形にしているの? 勘違いしないでちょうだい」 苗木「ご、ごめんっ。そうだよね、勝手にボクの相手にされたら嫌だよね……」 霧切「そうじゃないわ。ウェディングドレスだろうと着物だろうと、着るのはあなたなのよ苗木君」 苗木「うんごめ……えっ?」 霧切「安心しなさい。あなたは私が『超高校級の嫁』として幸せにしてあげるから」 苗木「ちょっと何言ってるか分からない」
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とあるバス停にて 「ツいてないね、予報では午後から―なんて言ってたのに」 「あくまで天気予報は予想でしかないのよ。外れる事なんてザラよ――それに山の天気は変わりやすいもの」 「それにしたって天気も空気を読んで欲しいよ。折角、霧切さんがスパッと事件を解決したのに」 「……そうね、でも被害者を悼む涙雨ともとれるんじゃないかしら」 「そうだよね、ゴメンね。不謹慎なこと言っちゃって」 「いいえ、私も雨が憂鬱なのは同じだから…探偵の性とはいえ事件に巻き込まれるのも、ね」 僕達二人は、僕がたまたま当てた福引きの日帰り旅行に来ていた。 ちょうどペア券だったし、運良く霧切さんの予定も空いていたので、勇気を出して誘ってみた。 一応、普段頑張ってる僕へのご褒美って名目で。 普通に誘ったんじゃ断られるかもしれないし、助手として頑張ってる僕の労をねぎらうという形にしてもらった。 結果、こうして2人で旅行に来れた。 霧切さんには「苗木君をねぎらうのに、あなたが当てたのを使っていいの?」 「改めて用意しましょうか?」なんて言われたけど、本当はねぎらってもらう必要なんてない。 僕の意志で助手をしてるんだし、霧切さんと一緒に過ごせるだけで充分ねぎらいになる。 けれど、そういう回りくどい事でもしないと、霧切さんと遊びにはいけないし。……確かに助手として側に居られるけど 僕としてはこう、もう少し仲良くというか……ともかく一緒に遊びに行く口実が欲しかった。 それなのに……霧切さん曰く『探偵の性』らしいけど、事件に巻き込まれ、足止めを食らった。 事件は無事に解決したけれど、一泊する羽目になり…… 旅館の人が余計な気を回してくれたけど、僕は耐えた……耐えたんだ! 触れる肩、確かな温もり、穏やかな息づかい、とても甘い香り……… そのどれもが、僕の理性の防壁を打ち砕こうとしていた……。 ―――――― 僕はいつも通りだと思っていた。 霧切の名前を出した途端に、僕等を不審人物として事情聴取をしていた刑事さんが取調室を出て 次に署長さんと現れた時に、面白く無さそうな顔をしているのを。 そして対照的に署長さんは下手にでておべっかを使うのを。 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、霧切さんはどこ吹く風、なのも。 いつもの様に事件の詳細を聞き出し、そしてあっという間に事件を解決してしまう。 もうこれは予定調和なのではないのか?そう思ってしまうほど見慣れたいつもの光景だ。 そしてあっという間とはいえ、日が暮れるには充分過ぎる時間が経ち、一泊せざるを得なくなった。 なんでも、事件は解決したけど事情聴取はまだ続くらしい。 僕等は優先的に済ませてもらったが帰宅手段がなかった。 折しも、降り出した雨の影響もあり、無理に帰る方が危ないと判断したのだ。 どうせ明日は休日だ。霧切さんとまったり過ごそうと思っていたのだが…… 『田舎は交通手段が限られますから、是非お泊まり下さい』なんて、親切そうな女将さんが言っていた。 もっとも気が効き過ぎて、僕らは同じ布団で寝る羽目になった……… さすがに年頃の男女が同衾はマズい。石丸クンじゃなくとも不純異性交友の誹りは免れない。 だというのに霧切さんたら……… 『他の部屋は全部埋まっているらしいし、今日はもう疲れたわ』 『大丈夫よ。私は苗木君を信じてるから……ここまで言えば分かるわね?』 なんてお風呂上がりのしっとりした姿で言われて、うまく返事ができない内に 電気を消して先に寝息をたて始めたものだから…僕も諦めて床についた。 本当によく耐えたと思う。霧切さんが横に無防備な寝姿をさらしている。 ――ただそれだけで頭は熱を帯び、ギンギンに冴える。 おかげでほとんど眠ることなど出来なかった。 僕の葛藤ときたら、ハムレットに勝るとも劣らないレベルだったと思う。 ―――――― そして今、昨晩よりも遥かに緊張している。 朝一番で旅館を出て、近くのバス停まで歩いていたら突然の豪雨に見まわれた。 昨晩あれだけ降ったのだから、もう昼まで降らないだろうと思っていたのだが…… 一応持ち歩いていた折りたたみ傘だが、大して役に立たず、僕らは急いでバス停に駆け込んだ。 ところが例のごとく、田舎のバス停ゆえに本数が少ない。 少なくとも後一時間は来ない。この豪雨の中、再び旅館に戻るのは躊躇われる。 幸い、このバス停には屋根もベンチもある。一時間は長いけど、二人で居ればすぐに経つ。 そう判断したのは僕だけでは無いようで、どちらともなく腰掛けて、昨日の出来事を話していた。 「――事件に巻き込まれるのは、ね」 「やっぱり霧切さんでも嫌なの?」 「当たり前でしょう。一々どこかに出かける度に事件に巻き込まれたら、体がいくつあっても足りないわ」 「それに折角の休日が……それも苗木君が誘ってくれたのに……残念だわ」 「霧切さん……」 霧切さんもそう思ってくれてたんだ。少し気持ちが通じ合ってる気がした。 「……それにしても苗木君?」 「何かな?」 何となく訪れた沈黙を霧切さんから破った。 「昨夜の事よ、私達同じ布団で寝たのよね?」 「う、うん。だけど急になにを?」 思い出すだけで顔が熱くなる。悶々とする。 「だというのに、あなたときたら……」 ヤレヤレといった風に顔を振りながら、ため息をつく霧切さん。 こ、これはまさか!! 「正直言ってガッカリよ、日本には据え膳食わぬは―なんて諺があるのに」 「えぇぇ!!?そりゃないよ、僕がどれだけ必死に我慢していたと……アレ?」 「よかったわ。苗木君も人並みの欲求を持ち合わせていて…(私に魅力が無いのかと)…」 あぁぁ……いつものからかっている時の笑顔だ。 しまった……それに、僕は何を口走って……。 「き、霧切さん!さっきのは冗談で……」 「わかってるわよ、意気地なしの苗木君」 やられた……気を抜くとすぐに霧切さんの手のひらで遊ばれてしまう。 いつか霧切さんから一本とれる日がくるのだろうか…… 「ね、苗木君。少し肌寒いの。温めてくれない?」 僕が頭を抱えて沈んでいると、いつの間にか距離を詰めていた霧切さんがそう切り出してきた。 「え?うん、そうだね、確かに少し寒いかも」 「昨日布団でくっついている時のアナタ、とても暖かかったわよ」 なんて言いながら僕の左肩にもたれ掛かってくる。 「ちょ、霧切さん…」 「ふふ、暖かい。どうして苗木君の体温はこんなに高いのかしらね?」 そんなの、決まってるじゃないか。 「あら?苗木君、アナタ不整脈の検査を受けた方がいいかもしれないわね、胸がドキドキしてるわよ」 「も、もう騙されないからね、霧切さんにからかわれてばかりはいられないし」 「残念ね、でも…寒いのは本当よ」 確かによく見ると微かに震えている霧切さん。 唇もうっすら紫色に…… だから僕は霧切さんの肩を掴んで抱き寄せた。 一本とるなら今しかない!普段のお返しだ。 寝不足の頭ではそんな事しか考えられなかった。 「な、苗木君!?」 「こうすれば2人とも暖かいよね?」 「え、で、でも……」 珍しく霧切さんが動揺している。これだけでも行動に移した甲斐があった。 「実を言うと僕も寒かったんだ。…これで僕も暖かいよ、何故か霧切さんの体温も高いから」 「……苗木君の癖に生意気ね…」 そう呟きながら僕の背中に腕を回してきた。 ふと、実はとんでもない事をしているのでは?と思ったが。 どうせ後10分もしないうちにバスが来るだろう。 それまで暖をとっていればいい――お互いカイロのようにポカポカしているんだから。 この後、豪雨のせいでさらに一時間遅延したバスが来るまで、僕らはずっと抱き合っていた。 ――――――