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「はぁ、はぁ、はぁ」 夜闇が覆う街を駆ける者が一人。まだ少年と青年の間ぐらいの年齢のその男は両の足を 必死に動かしアスファルトを蹴っている。 「あっちに逃げたぞォーーーッ!」 「追えッ!終えェッ!」 男は追われていたのだ。彼を追うのは黒いスーツにサングラスというフィクションから 抜け出してきたんじゃあないか?と言わんばかりの“追っ手”達だ。黒いスーツは闇に 溶け込むばかりか逆に彼らの存在を浮き上がらせている。 (間抜けめ) 追われる男は思ったが、しかし追っ手達の持つ銃は彼は明確に脅威だ。 人の少ない街ゆえに深夜に出歩いているものはいない。追われる男にとってそれが救い だった。余計な人が少なければ少ないほど男にとっては都合がいい。男の“特殊な”感 覚の邪魔をする者が減るからだ。 騒々しい足音とともに追っ手たちがついてきているのが分かる。敵はどうやら「忍び寄 って奇襲」ということをするつもりはないらしい。いや、それが無駄なことだと分かっ ているのだ。 なぜならこの追っ手達こそが男が逃げる理由を与えたものなのだから。男が持っている 超常の力は追っ手の組織が与えたものなのだから。 男は鼻をひくつかせ、歯をかみ締めた。追っ手たちへの怒りだ。 嫌な“匂い”のする奴等だと男は思った。もうすぐだ。もうすぐこの“匂い”をとめて やる。 男がたどり着いたのは打ち捨てられたマンションだった。見捨てられたのか老朽化はと どまるところを知らず、鉄骨が見えているようなところもある。雑草がはびこり、蔦が 絡み付いている。街の明かりからはすでに遠ざかり、月明かりだけが照らすその姿は如 何にも無残だ。 「ようやく観念したようだな、シン・アスカ」 「てこずらせやがって、とっとと檻に入りやがれェ!」 先ほどまで逃げていた男-シン・アスカは追っ手たちにすでに囲まれていた。特殊弾を 仕込んだ奇妙に大きな銃口が幾つも向けられている。追っ手たちは口々にシンに罵声を 投げていた。この追っ手たちもシンを追う組織のほんの末端に過ぎないのだ。 ふいにため息をつきたいような気分になった。こんな下っ端の相手をしているようでは 自分は目的にたどり着けない。そんなことを思った。 「良い夜だな」 シンはぽつりとつぶやいた。追っ手たちがピタリと騒ぐのをやめた。こういう手合いは 標的が命乞いをする声を聞きたがっている。こいつらはシンがどんな風に泣き喚くのか を聞きたがっているのだ。 シンはそれを経験から理解していた。 「壊れた建物というのはそれはそれで趣がある。壊れて、朽ち、新たな生命が集いだす 。それは自然の摂理だからだ。そこには人間の及ばない偉大な時の流れの一端がある」 「何が言いたいんだこのクソガキッ!」 追っ手達の期待する言葉ではなかったからか。また口々に騒ぎ出し始める。こんどこそ シンはため息をついた。そして、今度ははっきりと追っ手達に宣告する。 「アンタ達をこの場にふさわしい存在に変えてやろうというんだ!命を捻じ曲げ続ける そのゲスな“匂い”を止めてやるッ!!」 追っ手達は言われたことを理解した瞬間、全くためらわずトリガーをひいた。下っ端の 追っ手ではあったけれども、彼らは訓練された追っ手だった。取り囲んでいるお互いに あたらないような角度で中央のシンを狙った。 しかし、銃声の生む結果は同時に生じた土ぼこりに隠されてしまった。 いったい何が起こったのか―― 土ぼこりが晴れたとき追っ手達は標的の姿を見失ってしまう。 「探せ、探せ!」 リーダー格の男が叫んだ。追っ手達の額には汗が浮かんでいた。彼等が所属する組織は 失敗を許さない。秘密結社“ドレス”は厳しい組織だ。 程なく追っ手達が見つけたのはおよそ常人離れした「足跡」だ。人間の靴の形をしてい るのに人間ではなし得ぬほどの強烈な深さ。追っ手達は悟った。標的は、その超常の力 をもって跳躍したのだ。 とすればいるのは周囲唯一の建造物。追っ手達は廃マンションを見た。その天辺、月明 かりを背負い立つそいつを見た。 そいつの肌は青く、乾いたようにひび割れていた! 毛もそうだ!青く伸びた髪は風も吹かないというのに逆立っている! そいつの額には黄色く小さな角があった! そしてなによりそいつは人の形をしていた!先ほど追っ手達が取り囲んだ男と同じ服を 着ていた! 「あっあれは!」 「なんてことだ!」 そいつの立った建物が蒸気を上げて溶けて行く。 そいつの腕には鋭利な刃が生み出されている。 それはある寄生虫によって目覚める怪物! 全ての生物を超越した新たなる生き物! それはシン・アスカに与えられた“力”ッ!! 「バルバルバルバルバルバルバルバルッ!」 これがッ!これがッ!これがッ! こ れ が バ オ ー だ ッ ! そいつに触れることは死を意味する! W O O O O O O O O O O O M O ! 雄叫びが戦場を支配した。追っ手の誰一人として、反撃の銃声を鳴らすことはできなか った。彼らは恐怖していた。蛇の前に立つ蛙の気持ちか、あるいは蜘蛛の糸にとらわれ た蝶の気持ちか。彼らは避けられない死の運命を悟ったのだ。自分達の間を通り抜けた 青い怪物を認識すらできないまま、彼等の意識は永遠の闇の中へと落ちていった。 「やはりこいつらは何も持っていない……“ドレス”の奴等もそう簡単に尻尾は出さな いか」 バラバラになった追っ手の死体を探るも組織の手がかりになるようなものは見つからな い。 シン達家族に「寄生虫バオー」を植えつけた組織、“ドレス”ッ! その組織の成立はかの第二次世界大戦時まで遡るという。大量破壊兵器、生物兵器、ウ イルス兵器、ありとあらゆる“兵器”を生み出した死の商人“ドレス”はこのC.E.まで 拠点、名前、形態を変えて生き残ってきたのだという。彼らは「商品」の開発に手段を 選ばず、しかも彼等のネットワークは世界の国家にまで食い込んでいた。 シン達一家もその毒牙にかかった者たちの一部だ。彼ら“ドレス”は一家を生体実験の 生贄にした。宿主を異形の超人に変えてしまう「寄生虫バオー」を彼ら一家は植えつけ られていた。 一家そろっての殺しあい実験をさせられる前、からくも脱出した彼ら一家はさまざまな 国家を渡り歩き、安住の地を探していた。“ドレス”のネットワークに入っていない海 洋国家オーブは彼ら一家の楽園となるはずだった。 しかしその家族ももういない―― 家族を失い、シンは一人でプラントに渡った。バオーを植えつけられてばかりのころと 比べ随分成長した。そして一人だけであった。幸運と言えるのだろうか、これがドレス の追跡の目をくらました。 「家族が自分を生かしてくれたのだ」 シンは失った家族の思いをそう受け止めた。 プラント国防軍ZAFTに入ったのは別に自暴自棄になったというわけではない。ただ、金 もなく手に職のない小僧が、教育と生活する基盤を得るには軍隊に入るのが一番楽な選 択肢だっただけだ。 「この場で新しい生活を始めるのだ。パイロットだろうか?エンジニアだろうか?何に なるのかはまだ分からないがとにかく自分は生きていくのだ」 自分の経歴を秘密にしていたことから周囲に壁を作っていたシンだったが、アカデミー での生活、そしてZAFT軍人としての生活が次第にシンを孤独から脱出させた。親友がで きた。ライバルができた。悪友ができた。尊敬する先輩もできた。シンは少しずつ希望 を手に入れていった。 しかし、過去からやってくる恐怖がシンの運命に絡まってきたのはそう時間が経っての ことではなかなった!逃れられない運命というものをその時シンは実感した! 軍務の一環で訪れたロドニアの地球軍秘密ラボ、そこで行われていたおぞましい実験が シンの過去と結びついた。子供を薬品で調整し、優れた兵士を生み出す邪悪な実験。同 行していた仲間たちは誰一人として理解していなかったが、シンは地球連合軍が「ドレ ス」と癒着していることを悟った。「ブルーコスモス」が「ドレス」を利用しているこ とを悟ったのだ。 「コーディネーターを“不自然”と迫害しておきながら神を毛ほどにも思わないこの所 業!断じて許すものかッ!!」 シンは“ドレス”の野望を打ち砕くのが己に与えられた使命なのだと受け取った。親友 の伝手を通して、プラントのトップ“ギルバート・デュランダル”と面会するのは容易 かった。ドレスの悪行を暴くことはそのままブルーコスモスにも打撃を与えることを意 味する。「青き清浄なる世界」を掲げる組織が外道の実験を行うというスキャンダルは 世界を大きく動かすだろう。デュランダルとシンの思いが一致した。元々デュランダル 自身、親友と息子同然の少年の経歴から、命を歪めるものへの怒りがあった。シンには FAITHの資格と「ドレス壊滅」の単独任務が与えられた。軍務を降り、ZAFTの影ながらの 支援の下、ドレスを追うシンの戦いが始まった。 艦を降りるのは惜しかったし仲間たちからも惜しまられたが、使命がシンを突き動かし た。ブルーコスモスの活動が活発な国に侵入し、自分を囮にしながらドレスの手がかり を探した。今晩の追ってたちもそんなシンにおびき出された者達だった。 「だが諦めないぞ……俺達家族の運命をゆがめ、そして今なお多くの命を踏みにじり続 ける“ドレス”!必ず報いを受けさせてやるッ!!」 誰でもない自分の未来に誓うのだ。運命に決着をつけるためにシンは戦うのだ。恐怖の 来訪者が“ドレス”の喉元に刃を突きつける日はそう遠くないだろう。爛々と光る真紅 の目は確かにこの世界の歪みを睨み付けているのだ。 バオー来訪者 ~アスカの運命~ 完
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少女には歌があった。 技巧も何もない、子供が大人を真似て歌うような稚拙な歌だ。 それを聞く者は一人だけいた。 少女は笑っていた。 ――それから八年の時が過ぎた。 変わらず少女には歌があった。 その技術はプロとして通用できるほどのものとなった。 その歌を聞く者は比べ物にならないほど多くなった。 ……だが少女は、笑わなくなった。 「千早と美希を?」 「あぁ、今度はあの二人を組ませようと思う」 その日の仕事が終わり、報告を済ませた後に突然切り出された話に思わず聞き返してしまった。 「……ハードル高くないですか? 正直あの二人が組むところって想像できないんですけど」 千早は歌で、美希はモデルとダンスでそれぞれ徐々に活躍の場を増やしている。この二人が組むとなれば話 題性としては十分だろう。ただ、生真面目な千早と怠け癖の強い美希とでは水と油の関係だ。性格的な意味で 相性が合わないことは彼女たちを知る一人としてよく分かっているつもりだ。 もちろん、それはこのプロデューサーもよく知っているはずだった。 「それは百も承知だよ。でも、だからこそやる価値があると俺は思っている」 その目に一切の迷いはなかった。いつも通り、彼女たちを信じていると言わんばかりの輝きがあった。 「ってことは、もう新曲も決まってるんですよね?」 「いや、ダンスの振り付けまでできてるよ。早くしないと間に合わないからね」 間に合わない? と聞き返すと、プロデューサーは自信たっぷりに告げた。 「――彼女たちのデビューは、『秋の大感謝祭スペシャル』だ!」 『秋の大感謝祭スペシャル』 通称秋スペと呼ばれるこのイベントは全国に生中継されるほどの規模で行われる、年に四回しかない音楽の 祭典の一つだ。もちろんプロのアーティストもこぞって参加してくるので、新人が挑むには敷居の高すぎるイベン トなのは事実である。 「本気ですか?」 「言ったろ? やる価値はあるって」 確かに、765プロは今まで音楽の祭典に出場した経験はない。ここで出場を果たせたならば一気に名前に箔 がつくだろう。それほどのものなのだから生半可では通用しない世界である、ということなのだが。 「とにかく、時期がギリギリなんだ。シン君も可能な限りサポートお願いするよ」 「……なんでそんな切羽詰った状況までこの話しなかったんです?」 そう問いかけると苦笑が返ってきた。 ――結局、思い切ったことする割にはいつも通りなんだな。 そう考えると、不思議といつも通りに慌しくなりながらも上手くいきそうな気がした。 もちろん、それは甘い考えだった。 この日この瞬間が千早と美希、自分とプロデューサーにとって激動の日々の始まりだったのだった。 ……いろんな意味で。 「こら美希! 真面目に練習しろって!」 「む~、だって~」 「だってじゃない! ほら、さっきのところもう一回!」 「え~」 やる気のない美希の声が聞こえてくる。やはり美希の方のレッスンも難航しているようだった。 「……美希はいつも通りみたいですね」 「まぁ秋スペの存在自体知らなかったようだしね……そっちはどうだい?」 「これからです。こっちの方も少し気になったんで」 プロデューサーに缶コーヒーを渡してスタジオ内の美希を見る。相変わらず眠そうな目をしながら長い髪を揺ら している。 「変に気負って臨まれても困るんだけど、さすがに美希は気が抜けすぎだな」 軽い調子で言ってはいるが、言葉ほど楽観的に考えていないことが見て取れた。美希の扱いに慣れているプ ロデューサーも今回ばかりは苦戦の極みらしい。 「こっちは俺がなんとかするから、君は千早を支えてくれ」 「分かりました」 秋スペまであと三週間と少し、二週目まで仕事が入っている。その間はプロデューサーは美希に、自分は千早 に付きっ切りになるだろう。 時間は無駄にできない。できる限りのサポートをしなけらばならない。 「あぁそれと……これ、ありがとう」 肩越しに振り返ると、視線は美希に向けたまま缶コーヒーを掲げていた。 「動きにキレがない! もう一度最初から!」 「くっ……はい」 千早が悔しそうに呻いている。素人目から見ても美希と比べて見劣りするのが分かるのだから、それも仕方の ないことだが。 この二週間で二人は徹底的にそれぞれの長所に追従できるように――千早はダンス、美希は歌唱力――レッ スンに力を入れていく予定だ。残る一週で新曲の合わせとダンスに打ち込み、オーディションは期限ギリギリの 四週目で挑む……というのが今月の計画だ。 ――何度聞いても無茶な話だよな。 そう考えずにはいられないのだが、それでも彼女たちはやるしかないのだ。 「……少し休憩しましょう」 ダンスレッスンの講師が溜息を吐きつつ指示を出す。 千早は何かを言おうと口を開きかけたが、言葉を発することなく無言で頷いた。 「お疲れさん」 「別に疲れてはいません」 こちらに向かってきた千早に労いの言葉をかけたが突っぱねられた。成果があまりないせいか気が立っている らしい。 「あまり、うまくいってないみたいだな」 「……分かってはいるんです。ダンスが得意ではないことだけじゃなくて、自分の力が入りすぎてるのも原因だって」 しかしどうしても秋スペのことを意識してしまう、と千早は語った。 ――変に気負って臨まれても困る、か。プロデューサーの心配してた通りだ。 アイドルとしてではなく、歌手であることを活動の根幹としている千早にとってはとりわけ今回の仕事には多大 なプレッシャーを感じているのだろう。心なしかいつもよりも動きが悪いように見える。 「まぁ、とにかく今は休んで次に備えてくれ」 そう言ってミネラルウォーターを差し出す。少し温くなってしまったが、それでも喉を潤すことには支障ないだろう。 「ありがとうございます」 受け取った千早はしばらく手の中でペットボトルを転がし、ようやくキャップに手をかけた。それを見届けてから 自分の缶コーヒーのタブに指をかける。二、三口飲んだところで、こちらを見ている千早に気付いた。 「何?」 「あ、いえ……シンさんはコーヒーが好きなんですか?」 「ん? あぁ、好きな銘柄があるくらいには好きかな。千早は?」 「私も好きです。缶ではなくて、ドリップで淹れたものですけど」 そう言って千早はボトルに口をつける。だがその後も何度かこちらを窺う態度が目に付いた。 「飲んでみるか?」 どこか物欲しそうな顔をしていたせいか自然とそんなことを言っていた。が、 ――まて、それはいわゆるその、間接…… そんな当たり前のことに気付いたのは、千早の表情が呆気に取られたものになってからだった。 「悪い! 今のはナシ! 忘れてくれ!」 「は、はい!」 気まずい、あまりにも気まずい空気を誤魔化すかのようにコーヒーを一気に飲み干す。逆にやることがなくなっ てしまってさらに居心地が悪くなってしまったが。 ――落ち着け、こういうときは素数を数えるんだ。 頭の中で数え上げる。それだけで徐々に思考は平静を取り戻していった。ありがとうプ○チ神父、でも天国を 目指すのは勘弁な。 「……そういえば、こんなことで千早と話したことってなかったよな」 時間が経って落ち着いたためか、今さらそんなことに気付いていた。 「え?」 「初対面のときにもなんかとっつきにくいっていうか、壁みたいなの感じてさ。だからあんまり話した覚えがないっ ていうか」 他のアイドルたちとの会話にも感じた、認められたような嬉しさがあった。他愛のない話かもしれないが、それが 違う世界から来た自分にとっては些細な喜びだった。 「なんか今日はコーヒーの話とかで少しはお互いに楽しめたっていうか。あ、そういえば千早もコーヒー好きなの ……千早?」 ……それに浮かれていたせいで、千早の変化を察することができなかった。 両手で握り締めたペットボトルに目線を落とし、先程まで浮かんでいた年相応な少女の顔から一転して険しい 表情になっていた。 「ち、千早?」 「私、楽しそうにしてましたか?」 「え? あ、あぁ少しは」 それからさらに千早の顔が険しくなった。横から見ている限りではその表情が何を意味しているのかが分からな かった。 「……そろそろレッスンに戻ります。水、ありがとうございました」 そう言って立ち去る千早の背中を、ただ見送るしかなかった。 ――マズった、のか……? 再開されたレッスンで、やはり千早の動きはぎこちないものだった。 ――レッスンが終わって諸々の報告を終えた後、突然背後から声をかけられた。 「あらぁ、シン君。お疲れ様」 「あ、お疲れ様です。あずささん」 振り返るとすでに普段着に着替えたあずささんがいた。今日は雑誌に掲載するグラビアの撮影だけだったはず なのだが。 「こんな時間まで残ってるなんて珍しいですね」 まさかまた迷ってるのか、という不安が過ぎったがどうも違うらしい。 「ちょっと聞きにくいことなんだけど……千早ちゃん、いつも通りだった?」 その質問に、わずかだが鼓動が跳ね上がった。 「どう、してそんなことを?」 唐突なことで声が震えてしまった。それで察しがついたのか、やっぱりと小さく呟く声が聞こえた。 「何かあったんですか?」 事務所の屋上で仰向けになって寝転ぶ。鍵が掛かっていて普通ならば誰も入れない場所なのだが、外の階段 からよじ登って入ることはできる。 「……なんてこった」 マユの携帯を片手に月を見上げながらぽつりと呟いた。 ……あずささんから聞いた話を思い出す。 ――二日くらい前に、夜中の公園で千早ちゃんを見つけたの。 ――声をかけたら「なんでもないけど、今夜一晩泊めてほしい」って言われて…… ――私ひとり暮らしだし、とにかく話を聞こうと思って部屋に案内したんだけど、お茶を入れてくる間にソファー で眠っちゃってたの。 ――疲れていたみたいだし、むりやり起こす気もなかったからお布団をかけようとしたのよ。 ――そのとき寝言が聞こえちゃって……「もうあんな家にいたくない」って。 ため息が秋の夜風に混じって消えた。胸の奥に溜まったどうしようもない感情だけが残った。 ――俺はこれからどんな顔をして千早に会えばいいんだ? 知らなかった、と言うだけならば簡単だ。それでこの後悔が消えるのなら何度だって言うだろう。 「……なぁ、俺はこれからどうすればいいんだ?」 月に向かって問いかける。いつもと同じく、答えが返ってくることはなかった。 ――それからというものの、千早との会話がさらに減ってしまった。 千早の事情を断片的ではあるが知ってしまったことで望まずともぎこちない間柄になってしまい、そのことで 余計に自分の不甲斐なさを実感してしまった。美希の方もあまり芳しくはないらしく、プロデューサーも頭を抱え ていた。 仕事と並行した強化レッスン、さらに彼女たちのコンディションも決して良いとは言えない状態、様々な要素が 秋スペのプレッシャーにさらなる重みを加えていった。 それを改善する術を考え付くことができない自分を歯がゆく思いながら、ただ彼女たちを眺めていくような日々 だけが過ぎていった。 そして、秋スペまで時間が三週間を切った。 「お疲れ様です」 「あ……送っていくよ」 すでに夜も更けてかなり経っている。そこまで遠くないとはいえ、この時間に十五歳の少女を一人にするのは 気が引けた。 「別に、大丈夫ですよ。そこまで遠くないですから」 素っ気無く断られた。今にして思えば、休日も事務所に来ていたのは家にいたくなかったからということだった のだろう。そこに他人を招くことを嫌うのは当然のことではある。 「じゃあ途中まで送る。ちょっと夜風に当たりたいし」 本音を言えばプロデューサーは美希を送っていったのに対して自分がこのまま何もしないということに耐えられ なかったからなのだが。 「まぁ、それなら……」 と千早が言いかけたところで、壊れんばかりの勢いでドアが開け放たれた。 「た、大変です!」 入ってきたのは小鳥さんだった。 いつもの落ち着いた姿はなく、顔を真っ青にしながら大きく呼吸を繰り返している。 「小鳥さん!? どうかしたんですか?」 らしくない姿を目にして嫌な悪寒が背筋を走った。呼吸を落ち着かせながら小鳥さんが口を開く。 「ぷ、プロデューサーと美希ちゃんが、事故にあったって……」 ――事故? その言葉を理解する前に、さらに言葉は続く。 「美希ちゃんは無事みたいだけど、プロデューサーがトラックに撥ねられて……近くの病院に運ばれたって、美希ちゃんから」 頭の中が、真っ白になっていた。 考えるよりも先に身体は床を蹴って駆け出していた。 如月千早-01へ戻る 如月千早-03へ進む 目次へ
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「―――うわ、埃っぽ。オイオイ掃除しろよー」 「あなたにだけは言われたくなかったわよ」 少女二人―――霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドは物置の入り口で舞い上がった埃にけふけふと咳をしていた。 ―――アリスの家にいつものように魔理沙が略奪(本人は遊びに来たといつものように言い張っていた)しに訪れ、 いつものようにホットミルクをちびちびとすすっている時魔理沙がふと呟いたことが二人がここにいる原因だ。 お前ん家の物置ってどうなってるんだ? なにもあげないわよ? よし見に行こう。 なんにもあげないわよー!というか盗もうとするな! そんないつものように会話のドッジボールが行われ、 魔理沙は好奇心で、アリスはそう言えば物置どうなってたっけ最近開けてないような? という思いでアリスの家の物置が何か月ぶりだかに開かれることになった。その結果は。 魔窟。その言葉がこの物置を一言で言い表せるだろう。 首のない人形やら謎の仮面やら埴輪っぽい埴輪やら人間の肋骨っぽい骨やら散らばった紙やらぼさぼさになった筆やら…… とにかく様々な「よくわからないモノ」が乱雑に置かれて、というより打ち捨てられていた。当然整理なんてされていない。 奥の方なんかはもうよく見えない。 「うひゃー、こりゃまたすごいな? おーかた人形たちに使わなかったものここに捨てさせてたんだろ」 「捨てさせてるわけじゃないわよ………一応。しっかしこれは……掃除しよう、その内」 「そーそー、その内その内」 「うんうん、その内その内」 そんな女の子として非常にダメなことを言い合いながら二人は何となく物置の奥まで進む。そして一番奥にあったものは。 「………アリス。お前、男飼ってたのか?」 「違うわよっ。あーそうかそう言えばここにやってたっけ思い出した思い出した」 それは直立している裸の男だった。と言っても下半身には布がつけられて大事な部分は隠されていたが。 「いやこれどう見ても男だぜ? お前にこういう趣味があったとは……魔理沙さんびっくりだ」 「だから違うって言ってるでしょうがっ! 人形よ人形!」 人形、というといつもアリスのそばにいる上海人形や蓬莱人形と同じということか。しかし、それにしては。 「………ずいぶん生っぽいな? 生きてるみたいだぜ」 「そりゃそうでしょ、合成物だけど生もの使ってるんだから。魂が入ってない以外は人間と同じのはずよ」 「人形?いやでも、お前。人形って言えば上海とか蓬莱みたいな」 困惑している魔理沙にアリスは出来の悪い生徒に教えるように人指し指を立てる。 「人形と言ってもあんたが思ってるのとは違うわよ。そうね、「ひとがた」って言えば分かるかしら? 出来得る限り人の機能を持つ人形を作りだす、いいえ、もっと言うんなら人の手で再現された人。その完成形がこれよ」 ま、私はひとがたの方にはあんまり興味なかったけどね。そう言ってアリスは説明を終える。 「私が興味あるのは自律する人形だもの、どんなに出来が良くても動かない人形にあまり興味はないわね、その内捨てようかしら。 昔作ったものだし今見ると結構粗があって少し恥ずかしいなぁ」 主に性別とか。男の人形を作ろうとした自分は本当に大馬鹿だ。 ああ、どうしてあの頃の自分は女の子のすべすべのお肌の素晴らしさが分からなかったんだろう? どうして女の子の白魚のような指に見惚れていなかったんだろう? 女の子ヒャッホウ!女の子サイコー! ………そんな思いは心の奥に閉じ込めて鍵をしておく。魔理沙に聞かれたら逃げられそうだし。 「へぇー。こんなに良く出来てるのに。もったいないなぁ」 「言ったでしょ、魂の器になんて興味無いの。大体場所とって仕方ないし」 ふーん、と呟きながら魔理沙はしげしげと人形を観察する。じっくりと見ていると気づいたが、この人形にはこれといった特徴がなかった。 全世界の男を平均化したような体と顔と髪。それがひとがたということなのだろう。 そんなことを思いながら魔理沙は人形の腕を上げたり首を揺すったり髪を引っ張ったりしていたが、ふと目線を下におろした。 次いでキョロキョロと忙しなく視線を動かし、意を決したように一つ頷き、 下半身の布の中を覗き込んだ。 「わ、わ、わ、わ」 すぐさま顔を離す。顔は真っ赤だ。意味もなく手を動かす。よたよたと後ろに下がり地べたにぺたんと腰を下ろす。そんな魔理沙を見てアリスは、 「さ、誘っているの?」 「ふえ?」 「い、いえ………というか、何考えてるのよあんたって人はー!?」 うがー、とがなる。魔理沙もしどろもどろになりながらもなんとか言い返す。 「いや、でも、だって! な、なんか気になるじゃないか!」 「何それ、あんたの犬とかのオスメス鑑定法って人に聞く前にまず股間を見るでしょ!?」 「ち、違うよ! いやあんまり違わないけど! だ、大体何でお前もあんな………あんな………あぅ」 思い出し赤面をする魔理沙を押し倒したい衝動を理性をフル動員して抑え、アリスは本で見たのよ本でと必死に弁解をする。 男に興味があると魔理沙に思われてはたまったものではない。自分はいつだって魔理沙一筋だというのに。 とりあえずそんなんだからあなた友達できないのよゲッゲッゲと脳内で囁く霊夢の声は全力で無視しておいた。 「………というか、もう出ない?魔理沙」 「そ、そうだな。これ以上ここにいると、なんか、こう」 あれだよなー。あれよねー。そんなことを言い合いながら物置を出ようとして。 「―――え?」 アリスが声を上げる。どうした?と魔理沙が視線を向けているが、それどころではない。どう考えたってあり得ないことが起こっているのだから。 そうだ、あり得ない。「勝手に自分と魂が繋がっている人形が増えている」なんてこと、あり得るわけがない。 しかし、人形との魂のつながりはできている。その人形の状態は把握できる。 自分の意思を持ったわけではない、つまり何かの魂が乗り移ったということだ。だが、それこそあり得ない。 数年前から作った人形には彷徨える魂に乗り移られないようすべて強固なプロテクトがかけてある。 ―――だから、勝手に魂が宿るなんて、そんなことがあり得るはずないのに。 「人形が、嘘、なんで?なんで増えているの?」 「アリス? 増えてるってそりゃどういう」 魔理沙は先ほどのことで、アリスは数年前の人形という条件であの人形に思い当たり二人が後ろを向くのと、がさりという音がひとがたからしたのはほとんど同時だった。 ―――平均的だった顔は、体は、髪は、その全てが変わっていた。 顔はどこにでもいるような平凡な、だがじっくりとよく見てみれば人を引き付ける魅力に満ちた顔に。 体は細身ながらも引き締まった筋肉が見て取れる、そしてそれ以上に目を引く真っ白な肌を持つ体に。 髪は長さも髪型も普通、だがその色。墨を流したようなではなく闇そのもののような真黒な色の髪に。 そして、開かれた瞳は。赤い赤いどこまでも赤いブラッドレッドの瞳。まるで吸血鬼とも悪魔とも魔人とも思えるその容姿。 シン・アスカがそこにいた―――全裸で。 「って721!? なんで俺全裸なんだ!?」 前を隠すことよりもツッコミ優先、それがシン・アスカがシン・アスカである何よりの証! 「ひゃ、ひゃあああああぁああぁぁぁあああ!?」 「―――汚いモン」 響き渡る可愛らしい魔理沙の悲鳴! そして助走し跳躍するアリス! 「さらしてんじゃ、なーーーーーーーい!!」 「理不尽ッ!!?」 とても奇麗なシャイニングウィザードがシンの頭に炸裂し、シンの意識は再び闇の中へと戻っていった―――全裸で。 「とりあえず俺悪くないだろ、人形に服着せてないアリスが元凶じゃないか」 「えーと、まああれだ。乙女の前に全裸でいる方も悪いかなーとか言ってみるテスト」 「シャイニングウィザード使う乙女なんぞいてたまるかっ。いてもそんなものが乙女とは俺は認めないからな」 シンは憮然とした表情を浮かべたまま博麗神社の階段を昇り続ける。隣では魔理沙がぷかぷかと箒で浮かびながらシンをなだめている。 ……流石にもう服は着ている。自分が気絶している間にアリスが間に合わせで作ってくれた黒いシャツに黒いズボンだ。 黒い生地が余ってたからいいリサイクルになった、としたり顔でのたまうアリスをひっぱたきたかったが作ってくれた手前文句も言い辛かった。 ……今にして考えれば文句ぐらいは言っておくべきだったと後悔しているが。 ―――意識が戻ったシンは、アリスに投げつけられた服を着て自分の状況を語った。 自分は幻想郷なんて場所聞いたこともなく、これからどうすればよいのか分からない、と。 その言葉にアリスは疲れた溜息をつき、シンに硬貨が入っているのだろう、中からジャラジャラと音のする小袋を投げつけると魔理沙と一言二言話し合い、 そのままシンを外に蹴りだした。……今思い出しても腹が立つ。魔理沙が自分たちじゃ手に余るから専門家に頼むというフォローを行わなければ本気でアリスを張り倒していただろう。 「―――っと、着いたぜ。ここが博麗神社だ」 長い階段を昇り終わり、広い神社の境内でシンは息をつく。いくらザフトにいたとはいえあの階段は少し精神的に堪える。 昇っても昇っても見上げれば階段が続くというビジュアルは流石に辛かった。 「うおーい、霊夢ー。いないのかー? ………いないんならお茶っ葉ちょっぱって「させないわよ」こうってうお!?」 どこからともなく現れた霊夢に魔理沙は驚きの声を上げる。シンも声こそ出さなかったが、何の気配もなく現れた紅白の少女に目を見張る。 相当びっくりしたらしく、ちょやっ、ちょやっと当たらないパンチを繰り広げる魔理沙を適当にあしらいながら紅白の巫女服(恐らく。腋が出ているので正直自身はないが)を着た少女はシンをじっと見る。 なんだか自分の全てを見透かされているような気分がしてどうにも居心地が悪い。やがて霊夢は魔理沙に向き直り、 「なに、自分に男ができたから自慢しに来たの?よかったわねおめでとうおめでとうさようなら」 「違うよ!?」 まあ霊夢にもそれは分かってるだろう。だって顔を赤くしたりおろおろと手をばたつかせたり視線をシンと霊夢に交互に移している魔理沙を見て邪悪な笑顔を浮かべているし。 やがて魔理沙いじりにも飽きたのだろう、改めてシンに向き直る。 「で? 誰なわけよあなた」 「もっと早く聞いて欲しかったんだけどな? いや、まあいいさ、シン・アスカだ。どうにも話を聞く限りじゃあ異世界の人間………ってことらしいんだが?」 「ふーん」 「………」 「………」 「って、終わりかよ!?」 その言葉に霊夢は肩をすくめる。 「危険はなさそうだもの、勝手に住めば? 幻想郷は全てを受け入れる、らしいわよ」 「その幻想郷がどんなところかを聞きに来たんだよ!」 「やだ説明するのメンドイ。さー、お茶飲もうっと」 こうまでバッサリと斬り捨てられては埒が明かない。シンは魔理沙に顔を向ける。 「どうするんだよ、おい? というかこれのどこが専門家なんだよ!?」 「相変わらずやる気無いなぁこの腋巫女は……シン、アリスから小金もらったろ? それ賽銭箱に入れてみな」 「それでどうなるってんだよ………もういいや、あーあ、無駄足だったなぁ」 シンは疲れ切った顔で賽銭箱に小袋ごと硬貨を投げ入れる。ジャラジャラという音が静かな境内に響く。ヤケクソ気味に両手をパンパンと叩く。そうして帰ろうと後ろを振り向いて、 「いらっしゃいませ、博麗神社へようこそ☆ 当神社は誰でもウェルカム、ゆっくりしていってね!!」 ―――沈黙。間に耐えきれずに魔理沙を見る。まああっさりと目を逸らされたが。だが無敵のアルカイックスマイルを浮かべて霊夢はトークを続ける。 「辛い時、苦しい時、困った時。そんな時はこの異変解決のプロ、博麗霊夢にお任せあれ☆ どんな異変でもたちまち解決しちゃうんだからねっ♪ あ、でもでもっ、恋の相談はダメなの。ああ、キスって、どんな味がするのかなあ? てへっ☆」 これ以上見てられずにもう一度魔理沙を見る。彼女は虚ろな目で遠くを見ていた。あー自分もあんな顔してるんだろうなーなどとぼんやりと思う。 「それじゃあ、あなたにこの幻想郷がどんなところなのかこれでもかってぐらいに教えちゃうんだからっ♪ えへへっ、霊夢せんせーのハチミツ授業はっじまっるよー☆」 もう何も考えたくない。 「その前に普通にしてくれ、痛いから色々」 「そうね、私も馬鹿っぽいしゃべり方は疲れるからありがたいわ」 一瞬で素に戻った霊夢にシンはがっくりと肩を落とす。何と言うか、疲れる。 「相変わらず商魂たくましいなーこのヤクザ巫女は」 「人聞きが悪いわねぇ魔理沙、ヤクザとはなによヤクザとは。こうすると主にお金持ってそうな男の受けがいいのよ。 「霊夢ちゃん可愛いよハァハァ」とか「俺だーッ、結婚してくれーーッッッ」って言ってお賽銭入れてくれるバkもとい、いい人が増えるんだから」 「碌でもないなこの女。なんか俺の中の巫女のイメージが粉砕されていくんだけど」 「この先お賽銭入れてくれないんなら貴方のイメージなんて知ったこっちゃないわよ」 「………ホント刺されないようにな。ま、なんにしても賽銭は入れたんだから幻想郷のことを教えてやれ。シンはそのために来たんだから」 全くだ、と何度も首を縦に振る。これで何の収穫も無かったらお金と時間と精神の無駄だ。あのシャイニングウィザード女にも申し訳が立たない。 「何よ信用ないわね、お賽銭の分は働くわよ。働かざる者食うべからず、当たり前のことじゃない」 その言葉にようやく安心したのだろう、シンはやれやれと言いたげに息をつく。ようやくこれでこの地、幻想郷のことが分かる。 そう分かるとこれから先どうするかを考える。C.Eに戻るにしてもどうすれば戻れるかもわからないのだ、下手をすればここに骨を埋める覚悟もいるかもしれない。 住居のこと、食事のこと、通商のこと、交友のこと。かつてオーブからプラントに移った時と同じことをつらつらと考える。 とはいえ特に心配はない。息だってできる、言葉だって通じる。あの時のように子供というわけではない、それなりにやっていけるはずだ。そう結論付ける。 ―――なんとなく。大事なことを忘れている気がしたけど。 そんなこれからの事を考えていると、鼻先に白い紙が付いた棒を突きつけられた。 そんなことをされる意味と、ついでにその棒の名前が分からずに目を二、三度瞬かせる。 「………あー、すまん霊夢。意味が分からないんだが? なんで俺はこんな、えーと、あの、なんだっけ、名前が出ない」 「御幣よ」 「そう、それだ。その御幣を突き付けられてるんだ?」 「お仕事その一よ」 ますます意味が分からない。魔理沙もよく分からないのだろう、視線を向けると首を傾げていた。 「んー? 私にはお前が何しようとしてるのか分からないぜ霊夢」 「まあ実は私もよく分からないのよね」 「なんだとこの腋巫女」 シンはジト目で霊夢を見る。突如理不尽に棒を突き付けられたら機嫌だって悪くなるものだ。 「まあ落ち着きなさいな。どうにもねあなた、憑かれてるみたいなのよ」 その言い草に魔理沙は何のことか思い当たり頷く。 「おお、つまりあれか「お憑かれ様」ってやつだな。悪霊か、それとも怨霊か。どっちなんだ?」 お憑かれ様がなんのことか分からなかったが、悪霊や怨霊といった物騒な単語にシンは流石にぎょっとする。 「ちょ、それってどういう」 「慌てないでよ、うっとおしい。それに魔理沙も決めつけないでよ。………そうね、何かいるのは事実。事実なんだけど……」 言葉を切り、霊夢は言いよどむ。彼女自身戸惑っているのか少し歯切れが悪い。 「そう、事実問題いるのよね。ただ……変なのよ。悪意も害意も感じられない。とり憑いてる奴でそんなのにはお目にかかったことないのよね」 だから、と彼女は改めてシンに御幣を突き付け、 「とっとと正体表さないとこいつをボコる」 「何か今俺に理不尽な選択が選ばれた気が」 明らかに悪霊や怨霊より性質の悪いことを言ってのける霊夢にシンは片手で突っ込む。冗談だと思うし。 「…………冗談なんだよな?」 「……………」 「なぜ目をそらす」 ふと、先ほどまで聞こえていた鳥の虫の獣の鳴き声がしないことにシンは気づいた。魔理沙もその異常に気付いたのだろう、周囲を見渡している。 その中において霊夢だけは落ち着き払っていた。まるでそれの異常が当たり前のことのようにシンに御幣を突き付け続けている。 やがて。くつくつと少女の笑い声が聞こえてきた。最初はシンにだけに。次第に霊夢に、魔理沙に。球を転がすような声が頭の中に響いてくる。 その笑い声が止み、改めて沈黙が広がった時―――それは現れた。 少女たちよりも少しだけ高い、シンと同じ背丈。着衣はシンと同じ黒いシャツに黒いズボン。シンと同じ髪型、しかしシンのものより僅かに長い真黒な髪に病的なまでに白い肌。すらりと伸びたシンと同じ無駄のないしなやかな手足。 およそシンの鏡写しとすら言えるそれは、だが違うものが二つ。 ほっそりとした腰付き、シンのものより柔らかそうな肌、さらさらと梳く必要を感じさせない髪質。 そして黒いシャツを僅かに、本当に僅かに、言われなければ分からないほど僅かに、押し上げていないと言われれば押し上げていないようにも見えるほど僅かに押し上げている胸のふくらみ、と言うのもおこがましいほどのふくらみ。 つまり、一つは性別。わずかな違いがそれを女性的にしていた。 そして、もう一つ。眼だ。シンのブラッドレッドとは違う、透き通るようなエメラルドグリーン。その眼の色の違いがシンと彼女を決定的に違う存在にしていた。 そんな少女が、風景からまるで溶けだすようにシンの首に両手を回して現れた。 「―――ふむ。これが僕の身体か。なかなかのものじゃあないか」 シンの首からほどいた手足を一瞥し、そんな事を呟き少女は艶然と笑う。まっとうな精神を持った、つまり某凸のような特殊な趣味を持っていない男ならば間違いなく見惚れるであろう笑顔に、だがシンは。 「誰?」 そんなボンクラな事を言い放った。それがシンと縁のあるものだとばかり思っていた霊夢は思わずポカンと口をあけた。 「は……いや、ちょっと待って。あなたの知り合いじゃないの?」 「いや知らん知らん。間違いなく初対面」 手を振りながら言う。似たような顔なら毎日鏡で見ていたが流石に自分とほとんど同じ顔の少女(それも間違いなく美のつく)なんて会ったら忘れるわけがない。 そんなシンに少女は唇を片方だけ上げた笑みを浮かべる。 「おやおや、随分とひどいことを言うんだな君は。僕は悲しいよ、あの」 言葉を切り、 「僕の中で熱いモノを何度も何度も滴らせた事を忘れるとは。あれには僕も痺れてしまいそうだったと言うのに」 「待てや」 悪魔の戯言をぶちまける少女の肩に手を置く。これで止まるとは思えなかったが生来のツッコミ気質故だ。 「む、その様子では僕の中で退廃的かつ官能的な息をついたことも忘れてしまったのかね僕の中で荒々しく猛っていたことも忘れてしまったのかね清らかなるままだった僕の中を君好みになるよう蹂躙してしまったことも忘れてしまったのかね僕の全てを君好みに弄り倒したことも忘れてしまったのかね。全く嘆かわしいことだよ」 「ホントもう黙れ?………はっ!?」 自分とこれ二人だったならまだよかった。だが、今この場にはあと二人の少女がいる。その少女たちにどう思われたか。目の前の悪魔の口を塞いでからその事実に気付く。 恐る恐る二人に目を向けると。 「あら、そう。やっぱりボコる必要があったみたいねこのゴミ虫は」 「とんだ女の敵だな、魔理沙さんの火力がパワーな魔法が火を吹くぜ」 おめでとう! しょうじょたちは いのちのききに しんかした!! 「待て!!」 「待たない」「待たんぜ」 「お願いだから聞いてくれ! 嘘だ、こいつの言ってることは全部嘘八百だ!! 俺がこいつに、えーと。そんなエロスなことをしたわけ無いんだ」 「男は皆そう言うんだよこれがヨヨヨ」 「あんたは黙っててくれ話がこじれる!後ヨヨヨとか口で言うなっ」 必死の形相に何かを感じたらしく、二人は疑わしげな視線を向けたままだがとりあえず武器は下ろしてくれた。 「証拠は? あなたがゴミ虫じゃないっていう証拠を出して欲しいんだけど」 「ゴミ虫……いや、まあいい。証拠か、証拠。えーと、証拠、証拠は、その、だなー。あのだな、えーtだから武器を構えないでくれ!!」 手を突き出して後ずさるシンは実にボンクラっぽかった。だが、シンにだって言いたくないことぐらいある。 二人の構える武器の危険度と「それ」を言うことで粉砕される男のプライドを天秤にかけ、何度も葛藤して、何度も頭を抱えて、そうして出した結論は。 「言うよ……言えばいいんだろ。いいさ、そうだよ、言ってやるさ………俺は。俺はっ!」 すぅー、と大きく息を吸い込んで、そして。 「俺は!!! あのまあなんだほらあれだよあれそのまあほれえーとあのそのーまあなんというかそのだな童貞だったりするんだよってあれなんだろ心がずきずきと痛いな?」 言った後で後悔が襲ってくる。頭を抱えて身もだえしてしまう。 実によいヘタレ。だがそんなシンを責められる男などいるものか。いるんならそんな男は滅んでしまえばいい。滅んでしまえばいい。 そんなシンを霊夢は申し訳なさそうに、魔理沙は首を傾げながら見つめ、 「………漢らしい宣言で悪いんだけど」 「それ、証拠にならない」 頭を抱えて身もだえしてしまう。さっき以上に。境内の隅っこに行って小さくなってプルプルと震えてしまう。 「なあ童貞って何だ?」 「すいませんもうホント勘弁してください死にたい」 とうとう耐えきれずに頭を地面にごんがごんがと打ち付け始めた。 「……で? 結局あなた誰なわけよ。シンのあの様子を見てる限りじゃ本当にあなたのこと知らないみたいだけど」 流石にシンが不憫になってきたらしく霊夢はシンに瓜二つな少女に御幣を突き付ける。少女もここまで盛大に自爆するとは思ってなかったのか苦笑いを浮かべながら頷いた。 「僕としてはもう少し彼を弄り倒したいところなんだがね。これ以上ぐだぐだとやっていては君の機嫌を損ねてしまうようだ、いいだろう」 そう言うと少女はもはや完全に死んだ魚の目になったシンの前に立つ。 「さて、シン・アスカ。付喪神、と言うものを知っているかな。長い時間がたったり強い思いを込められて使われ続けることで化け、意思を持つようになった道具。詰まる所、僕はその付喪神なわけだよ」 シンはその言葉に訝しげな目になる。少女はシンのそんな視線に肩をすくめる。 「信じられないかい?」 「ん、そう言うわけでもないさ。そもそも異世界なんてモンがあるんだ、その程度で信じられないなんてこたぁない。信じられないなんてことはないが……分からない? 分からないな、俺は、そんなふうに物を長く使ったり、強い思いを込めたりした物なんて。思い当たる節は」 ごそり、と。なにも有るわけないポケットの中を探る。………当然何もなかったけれど。 「………一つしかない」 「んじゃそいつだ、そいつが付喪神になったんだろう」 魔理沙の言葉に、だが少女は違うと首を横に振る。 「シン、もっとよく考えてみるんだ。あるじゃあないか、君が命を預け、君の剣として共に有った、君の全てが注ぎ込まれた物が」 「そんなものは…………う?」 改めて、自分を覗き込んでくるエメラルドグリーンの瞳をまじまじと見る。 ―――その瞳の色が、少女のすべての言動を自らの剣である鉄巨人との繋がりを思い起こさせる。 翼持つ悪魔。自由殺しの魔剣。そんな禍々しい異名が相応しいと思える凶悪な姿を持つ自らの相棒。かつてのメサイア攻防戦で砕けてからも改修を受けC.Eを共に駆け抜けたMS。 「―――デスティニー?」 「熱いモノとは君の涙。終わらない戦いにコクピットの中で退廃的な息をついたこともあったね。つい最近まで君は僕を少しでも強くなるよう改修し続けてくれた。OSは君に最良化されもはや他人には歩かせることすらできない。 ―――もっと早く気付いて欲しかったな?」 そう言い少女―――デスティニーは唇の端だけを持ち上げて笑う。それこそ、人を誑かし堕落させる悪魔のように。 「それとも納得いかないかな、御主人?」 「………納得は、する。納得はするんだけどな、なんだってさっさと言わなかったんだよ? さっさと言ってくれりゃあいいだろうに」 「ああ、それは深い意味はないよ、嫌がらせだし」 「待てや欠陥機」 デスティニーはくつくつと笑いながらシンのつっこみを受け流し、面倒くさそうな表情を浮かべる霊夢とぽかんと口を開けている魔理沙に優雅にお辞儀を一つする。 「さてと。紹介が遅れてしまったねお嬢さん方。僕の名はZGMF-X42S、と言っても面倒だからねぇ。デスティニーと呼んでもらいたい。まあ今はこんな姿だが元はモビルスーツ、あー、分かりやすく言えばロボットだよロボット。人が乗るロボット」 す、と魔理沙に向けて手を伸ばす。握手を求められていると気付くと魔理沙はおっかなびっくりにその手を握り返す。 「えーと。霧雨魔理沙だ、よろしく……で、いいのか?」 「うん、よろしく。君とは仲良くやっていけそうだよ。理由はさっぱりわからないのだけれどね?」 「うーん、なんとなくだが私もそんな気がしてきたぜ。理由はさっぱりわからないんだけどなー?」 そのまま二人は手を強く握り合う。仲良くやっていけそうな理由に思い当たったシンはとりあえず眼を逸らしておいた。 そんなやり取りを霊夢は魔理沙とデスティニーの主に胸部を見比べて頷くと手をぱちん、と打ち鳴らす。 「ま、なんにしてもあんたが悪霊の類じゃあないってことも分かったことだし、いい加減話を進めましょう。シン、ついでにあんたも。 とりあえずお上がんなさい、幻想郷についてきっちりしっかり教えてあげるから」 そう、デスティニーの存在で脇に逸れたがそもそも博麗神社に来た目的はここ、幻想郷の事を知るためだ。 「色々あって忘れてただろ、お前? ま、なんにしてもこれで私もお役目御免だな。そろそろお暇するぜ」 「ん、ああ。色々とありがとうな、魔理沙。ホントに助かった。アリスにもそう伝えておいてくれよ」 おーう、と元気よく返事をして魔理沙は箒にまたがりあっという間に空に消えていった。 「今日は無理だけど、その内あなたにも空の飛び方は教えなくちゃね。とりあえず今日は重要なところからいこうかな」 「よろしく頼む。デスティニー、さっきみたいに引っかき回すなよ?」 「オウケイオウケイ、分かっているともさ。僕は君の隣で蜂蜜っぷりを存分に味わわせてもらうとするよ」 「そういう物言いを止めろっつってんだよ!?」 そうして時は過ぎて。とりあえずの幻想郷について覚えてないと危険な部分を聞き終わった頃にはもう大分日が傾き夕暮れとなっていた。 「うお、もうこんな時間かよ。どうするかなぁ、これから」 「あら、そう言えば聞きそびれてたけどあなたどこか行くあてあるの? ………言っておくけど私は無理よ。今でさえ私一人でギリギリなのに二人も増えたりしたら飢え死にしかねない、いやむしろする」 「だろうなぁ。ま、そこまで甘えられないよ。と言うか、デスティニーお前食事とかはどうなってるんだ?」 「おいおい、君はモビルスーツが食事なんてすると思っているのかい? 心配せずともちゃんと自家発電可能だよ」 その言葉に霊夢は思い出したかのように手を叩く。 「ああそうだ、デスティニー、あんたはここに残りなさい」 「ただ働きさせる気満々じゃないか!? 流石に乗り手としては見過ごすわけにはいかないんだけど」 「そう言うわけじゃないわよ。色々その娘は分からないことも多いしね、今は私が管理しておくべきと思っただけよ。まあただ働きはさせるけど」 結局させるのかよ。そうぼやきながらシンはデスティニーに視線を向ける。 「デスティニー、その。ええと」 「君が気に病むことでもないだろう。危険を及ぼす可能性があるものは管理されてしかるべきだからね」 「………そっか。ごめんな、デスティニー」 「気に病むなと言ったろう? まあ君らしいがね」 仕方がない御主人だとでも言いたげにデスティニーは苦笑を浮かべる。 「性分なんだよ、悪かったな。……まあなんにしても、デスティニーを頼むよ霊夢」 「言われずとも。で、結局あなたはどうするの?」 「………………里の宿場、かなぁ。お金ないけど」 「私だって無いわよ………って、あら?」 霊夢は意外そうに空を見上げる。つられてシンも見上げるとそこには、 「…………うげ。アリス・マーガトロイド」 「人を見て呻き声をあげるんじゃないわよ失礼な。おまけにフルネームだなんて、ケンカ売られてる気がするわね」 これだから男は、と愚痴りながら音も立てずにアリスは境内に着地する。 「珍しいわね、こんな時間に。と言うかなんでそんな険悪なのよ」 「険悪にもなるわよ。私はこの男の裸を見たんだから」 「……見られた、じゃなくて?」 「見たのよ」 「見せられた、でもなく?」 「見たのよ。とりあえずシャイニングウィザードをかましておいたわ」 ぽん、と肩に手を置かれた。隣にいたデスティニーの手だ。霊夢もシンを見ている。 どちらも、同情に満ちていた。 「アリス、そんなんだからあなた友達できないのよ。と言うかシン、怒っていいわよ」 「や、つっこみどころが多すぎてにんともかんとも。それに一応服作ってくれたり賽銭代くれたりしたから怒りにくくて……」 一応って何よ一応って。そう言いたげな表情を浮かべたアリスはとっても理不尽だった。 「………まあいいわ。ほら、帰るわよ」 そう言いアリスはシンの腕を掴む。その行動の真意が分からずシンは目を数回瞬かせる。 「えーと? すまんよく分からないんだけど、帰るってどこに」 「はぁ? そんなの家に決まってるじゃない、ホント男って馬鹿ね」 どうしようもない、とでも言いたげにアリスは肩をすくめる。そんなアリスの行動はシンをますます混乱させる。 首を傾げたまま固まる主人に肩をすくめてデスティニーが代わりに質問する。 「ふむ? 悪いがまったく要領を得んよ。分かるように説明してもらえれば助かるのだけれど」 「あらごめんなさい美少女今度時間があるときにお名前を聞かせて頂戴な。確かにこれじゃ話が繋がらないわね」 「その反応の違いはなんだキサマ」 自分とデスティニーとであまりにも違いすぎるアリスの反応に流石にシンも女性に対する気遣いをかなぐり捨ててツッコまざるを得ない。 「ふん、野郎と女の子。どちらをぞんざいに扱うかなんて考えるまでもないじゃない。」 その言葉を聞いた瞬間、シンは顔を思いきり歪める。 「なによその嫌そうな顔。百合がそんなに悪いとでも言いたそうね?」 「ン………いや、別に同性愛に偏見があるわけじゃないさ。そこまで珍しいものでもないしな」 ただ、とため息交じりにシンはぼやく。よく見るとその表情はアリスに対する嫌悪ではなく何かを思い出して疲れているように見える。 「知り合いの男が色々と強烈でなぁ。どうにもそういう話を聞くとそっちを思い出して」 「ふーん? まあ男ならどうでもいいわ。ええと、それでなんだったかしら」 アリスは人差し指を顎に当てて、んー、と声を出して。 「ああそうそう、あんたのことよシン。部屋用意したからあんた私の家に住みなさい」 ぱちぱち、とシンは目を数回瞬かせる。正直予想していなかった言葉だ。霊夢もそうだったのだろう、驚いた顔を浮かべている。 「……何よその顔は。まさか嫌だとかぬかすんじゃないでしょうね。そんなこといったらシバくわよ、この膝で」 「シャイニングウィザード!? じゃなくて、今の流れだとお前男嫌いなんだろ?」 「別に嫌いじゃないわよ、ただ私の視界から滅んでほしいだけで」 「それは十二分に嫌ってるだろう!? いや、そうじゃない。男嫌いならなんで俺を住ませてくれる?」 横からの「シンが女の子っぽい顔してるからじゃないの」だの「うむ、服と化粧をしっかりすればどこに出しても恥ずかしくないだろうね」などと言う言葉は聞こえないったら聞こえない。 「男なんて嫌いよ。嫌いだけど。あんたは私の人形だからよ。ちゃんと責任はとらなくちゃ」 ぱちぱち、とシンは再び目を数回瞬かせる。 「………律儀ねー、アリスは。ほっぽいてもいいでしょうに」 「余計な御世話。自分が決めたルールは守るのは当たり前のことよ」 ふーん、と心底どうでもよさそうに霊夢はアリスを見る。 「しかし、そうか。だから俺を家から蹴りだしたのか………部屋を作るために。本当に助かる。アリス、ありが「礼なら毎朝三度の叩頭でしなさいな」十匹ほどいないかな、お前に投げつけてやるのに」 じりじりと二人は距離を測りあう。シンは蟻を投げつけるために。アリスはシャイニングウィザードを叩き込むために。 「喧嘩なら帰ってからやってよ、邪魔くさい」 霊夢の言葉で二人は帰路に着くため階段に向かう。当然ガンをつけ合いながら。 ―――と、シンが何か思い出したように霊夢に顔を向ける。 「あのさ、ありがとうな霊夢。色々助かったよ、幻想郷のこととかデスティニーのこととか」 「ええ、それはなにより。まだ教えてないこともあるからその内また来なさい、とりあえず賽銭分は教えてあげるから」 その返答にシンは苦笑しながら階段を降り始めた。隣でアリスも霊夢らしいと肩をすくめていた。 そうして二十段ほど石段を降りたところで、 「―――シン」 霊夢から呼ばれた。ん?と振り返る。霊夢が鳥居の下に立っている。夕日で顔はよく見えない。見えないが、笑っているような気がする。 そして、楽園の巫女ははっきりとした声で告げた。 「ようこそ、幻想郷に」 日々が始まる。この幻想の地にて、どこにでもいる平凡「だった」少年の日々が、もう一度。 次へ 一覧へ
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前ページ次ページ悠久幻想曲ネタ ――カランカラン 「こんちわー」 「ごはんっ!」 ……デス子少しは自重しろ、と突っ込みたい気持ちを何とか押さえ込んでシンは店の中へと入っていく。 エンフィールドの中央、セントラルロットはさくら通りの入り口に構えられた大衆食堂兼酒場兼宿屋である『さくら 亭』。手ごろな値段と家庭的な味、そして『看板娘』目当てでこの店に立ち寄る客は後を絶たない。シンもまたそ の一人……ではあるのだが、彼の場合は他の客とは違う理由でここを訪れることが多い。 「いらっしゃいませー……って、なんだシンか」 カウンターから営業スマイルを振りまいていたボーイッシュな外見の少女――パティ・ソールはシンの方を向く と一転して呆れたような表情へと変わった。 「なんだってのはないだろ。それが客に対する態度か?」 シンは「ごっはっん! ごっはっん!」と連呼するデスティニーをうざったそうに手で振り払いつつ、カウンター 席に腰をかける。 「お客さんにはちゃんと敬意を払って接してるわよ。まかないや残飯目当ての誰かさんと違ってね」 ぐ、とシンは息を詰まらせる。この世界に来て早一ヶ月、シン自身のみならずデス子ことデスティニーという厄介 な消費専門役の存在によって火の車にさらなる油を投入されたジョートショップの家計の負担を何とか軽減させ るため定期的にさくら亭に行くことが通例となっていた。もちろんシンの懐事情は万年氷河期なので料理を注文 するのではなく余り物やまかないを要求するのがいつものことだったが。 しかし、 「……確かに今まではそうだった。タダ飯食らいと言われるのならそれも認める。だけど今日は違う!」 バン! とカウンターを叩いてシンは声を張り上げる。 「俺は! 今日! この店で定食を注文するッ!!」 「「「な、なんだってー!?」」」 半ば名物と化しているシンとパティのやり取りに聞き耳を立てていた常連客から驚愕の声が上がった。その言 葉をぶつけられたパティは「今さら何を当たり前のことを言ってるんだか」と言いたげな様子だったが。 「――今さら何を当たり前のことを言ってるんだ? 馬鹿じゃないのか? それが普通だ普通」 む、とシンは声がした方に目を向けてわずかに息を呑む。二つほど離れたカウンター席に呆れたように緑の髪 をかき上げている女性が座っていた。その背後で「ごはん~」と呻きながら飛んでいく何かもあったが 「あれ、エル? 店はもう開いてるんじゃないのか?」 「マーシャルが臨時休業にしたんだよ。なんか修行だなんだとか騒いでたけど」 彼女――エル・ルイスは普段はさくら亭の二軒隣に位置する『マーシャル武器店』で働いている。こちらはさくら 亭とは異なり、店主であるマーシャルのいい加減な性格に加えて極端なまでの変人っぷりから年中閑古鳥が鳴 いている店なのだが、そんな状態にも関わらず店長は放漫な経営を続けているというある意味で奇跡のような店 である。 「おかげで朝から暇でさ……パティ、おかわり」 「はーい」 空になったコーヒーカップを渡したその手で再度髪がかき上げられる。そこから覗く長い耳は彼女が人間では ないことを象徴していた。 ――エルフ。人間よりも遥かに高い魔法の素養を持ち、人間よりも遥かに寿命が長い亜人の種族。 この街では数こそ多くはないが、その存在は当たり前のものとして認知されている。未だに見慣れないシンにとっ ては会うたびに胸中で動揺を押さえ込まなければならないような相手だったが。 「だらけてるな」 「お互い様だろ。というかそっちはいつだってだらけてるだろうに。あまり一緒にしてほしくないね」 再びシンは言葉を詰まらせた。エルは誰が相手であろうと歯に衣着せぬ物言いで接するために非常に相手が し辛い。それでも出会った頃に比べれば随分マシになったほうだが。 「あぁそうそう、お前のナイフの研磨は終わってるから後で引き取りに来てくれ」 そう言ってエルは席を立つ。シンは返事を返す暇もなくその背中を見送った。 「……なんつーか、相変わらずだなエルの奴」 「そんなもんでしょ。で、いい加減注文したら?」 パティの言葉に当初の目的を思い出したシンは突然地の底から湧き上がってくるような声でうっすらと笑い始めた。 「ふ、ふふふ……そうだったな。そういえば朝飯を食いに来たんだった」 その異様な気配を察してか、カウンターに近いテーブルの人間の視線がシンに集まる。 「長かった……いや永かった! 水しか飲まない日もあった。鉛筆の端をかじりながら飢えをしのいだ日もあった。 一週間ずっと『パンの水スープ』しか飲まない日々を送りながら節約を続けてきた!」 そんな節約を続けていながらルクス通りの高級レストラン、『ラ・ルナ』ではなく値段が安いさくら亭を選んだとい う事実にうっ、と何人か涙をこらえるような仕草を見せた。言葉をぶつけられているパティは「いつまで続くのよこ れ……」と呻いていたが。 「それもすべては今日のためのこと! 今となっては栄光の日々! さぁパティ、今すぐこのお客様にメニューを 寄こしやがぎゃあああああああああ!?」 突然上がった絶叫に今度は食堂にいたすべての人間の視線がシンに集まる。 その腕には、デスティニーが噛み付いてぶら下がっていた。 「いっ、いだっ、何すんだよデス子っ!?」 「マスター、私は、おなかが、空きました」 デスティニーはくぐもった声で一語一語を文字通り噛み締めながら呟く。理性の光が失った瞳を目にしてシン を含めたほとんどの者が背筋を凍らせる。 ――鬼神だ、食卓の鬼神が降臨した。 かつてまかないや余り物ばかりとはいえ、テーブル一杯に並べられた料理を四半刻もせずに平らげた豪傑。さ らにその後で「もうないんですかぁ……?」と寂しげに呟いて周囲の人間の度肝を抜いた伝説は記憶に新しい。 「わ、わかった! わかったからとにかく離れろっ! 注文できないぞ!?」 デスティニーは噛み付いたまま「う~……」と唸っていたが、渋々ながらシンの腕を解放した。 「……漫才は終わった?」 「こんな身体張った漫才頼まれてもするかっ!」 そう言いながらシンはひったくるようにメニューを受け取って中身に目を通す。やっと朝食にありつけると騒ぎ立 てるデスティニーを意識の外に追いやりつつ吟味し、メニューを閉じた。 「決まったわね、早く注文しなさいよ。後がつかえてるんだから」 覚悟を決めた顔で頷き、シンは高らかに声を張り上げる。 「一番安い定食を一人前! あ、そこのちんまいのには余り物でも……」 「フタエノキワミッ!」 「アッー!」 再び食の鬼神と化したデスティニーの小さな拳がシンのこめかみに突き刺さった。 「――虚しい。美味いのに何か虚しい」 遅めの朝食をいそいそとつまみながらシンはそこそこ値は張るが量は多い定食の『三人前』の値段が記された 伝票を睨みつける。彼の苦難の日々がもたらした恩恵はわずか数十分で消えてしまった。ちなみにあっという間 に二人前を食べ終えたデスティニーは結局余り物に手を出していた。 「作った方にはなんか複雑な感想ね……お皿下げるわよ」 うぃ、と力なく答えながら食堂の底に沈殿するような重いため息を吐き、シンは食堂を見渡す。この一ヶ月で見 知った顔もあれば、初めて見る顔もある。朝っぱらから酒を飲んで騒いでるような者もいれば一人黙々と食事を 続ける者もいる。酒場という性質も兼ね備えたこのさくら亭は街中の様々な人間が集まることが多く、ある意味で このエンフィールドという街の縮図と言っていいのかもしれない。もっとも高級住宅地であるウェストロットに住む 人間がここに訪れるようなことはほとんどないのだが。 「……ん?」 そんな人波の中、時折姿を見せる小柄なウェイトレスに目が留まった。 ――シンの腰ほどまでしかない身長、全身に青や白の鎧のようなものを身に纏い、背中には半ばで折りたたま れた赤いラインの入った黒い翼がある。その上からエプロンを着ているのだから目立って仕方がない。 「んぅ?」 わたわたとテーブルと椅子の間を縫うように走り回りながら空いた皿をトレイに乗せ続ける。追加オーダーの声 に涙声で「ちょ、ちょっと待ってくださぁ~い!」と叫びながら厨房の奥へと駆け込んでいった。 「まさか……デス子、あれ見たか!?」 「ふが?」 固焼きパンにかぶりつきながら振り向いたデスティニーから一切の期待を捨て、シンは厨房から出てきた小柄 な人影に再び目を向ける。料理を乗せた大きなトレイを両手で抱えながらテーブルに向かっていった。 「あれって、やっぱり……」 シンの頭の中に類似する姿のMSが浮かぶ。デスティニーの前に彼が乗っていた機体。テストパイロットだった 頃から慣れ親しんだ愛機とも呼べる存在。 「いやでも、なぁ?」 誰にともなく問いかけながらシンは頭を抱える。ただでさえ厄介なのが一人すぐ傍で猛威を振るっているのだ から声をかけ辛い。ここで働いているのだからパティから話を聞ければ一番早いのだが、さっきから厨房に引きこ もっているのでそれも叶わない。 自分から声をかけるしかないか、と考えたところで喧騒に紛れて声が聞こえてきた。 「や、やめてください……」 「いいじゃんか。酌くらいしてくれよ」 声を辿っていくと、店の奥で例の少女が酒を飲んでいた男に腕を掴まれていた。テーブルには三人の男、全 員が顔を真っ赤にしながらヘラヘラと笑っている。 「おいおい……」 マズイな、と内心焦りながらシンは厨房に目を向ける。こういった店の中でのトラブルはパティかさくら亭の店主 が治めることが暗黙のルールである。以前シンが似たような件で仲裁に入って酔っ払いを追い出したところ、後 でパティから散々怒鳴られたのだ。以降こういったことに首を突っ込むことはなくなったのだが…… 「仕方ないか」 未だに幸せそうな表情で食事を続けるデスティニーを一瞥して二度目のため息を吐き、シンは席から立ち上がった。 「むぐ? マスターどうしたですか?」 「ちょっとそこまで、余計な世話を焼いてくる」 頭の上に?マークを浮かべるデスティニーに「いいから食ってろ」と告げてシンは店の奥へと歩き出す。人が多 いせいでなかなか前に進めない。 「一杯だけでいいからさぁ、な?」 「あの、わたし……ほ、他のお客さんもいますから」 きっぱりと断ることが出来ない性格なのか、目に怯えを浮かべながら少女は男の腕を振り払えずにいた。 (やっぱり、同一視はできないよなぁ) シンは会話に耳を傾けつつ人を掻き分けながら進む。あともう少しで辿り着くというところで、 ――その変化は始まった。 少女の瞳に光が宿った瞬間、背中の翼が二本の剣がマウントされたバックパックに変化した。次いで全身の青 い鎧が赤へと変色し、先程までの頼りない目が釣りあがった。 「離せって言ってるだろ、この酔っ払いが!」 荒々しい口調とともに少女は男の腕を捻り上げた。叫び声をあげながら男は腕を放し、自由になった手で少女 は背中から身の丈ほどの――少女にとっての、だが――剣を引き抜いて三人の酔っ払いに突きつけた。 「さっきから好き勝手なことばかりアタシに言いやがって! アタシは奴隷じゃないんだよ! 飲みたいなら自分 で勝手に注ぎな! まとめて三枚におろし殺されたいかぁ!?」 男たちは小さく悲鳴を上げながら痙攣したように頭を縦に振る。それを目にした少女はフンと鼻を鳴らしながら、 今度は周りに目を向けた。店内は静まり返り、全員の視線が少女に集中していた。ジロリと少女が睨みつけると 止まった時間が動き出したように店の喧騒が蘇った。 「ったく、フォースもフォースだよ。ああいう手合いはキッパリ断ればいいのに」 ブツブツと文句を言いながら少女は剣を納めた。最後に酔っ払いたちに一瞥をくれてテーブルから離れていく。 (――なんなんだいったい?) 電光石火のごとき展開に軽く置いてけぼりをくらいながら、なんとなくここまで来て元の席に戻るのも躊躇われ たのでシンは少女に声をかけた。 「え~とあの、店員さん?」 「あぁ?」 及び腰な呼びかけに少女は敵意すら感じる声で振り返ったが、直後に面食らった顔に変化した。 「あ、アンタは……元マスター!?」 その反応に軽く困惑しながらシンはやっぱりか、と小さく嘆息した。 「元、ってことは俺の想像した通りでいいみたいだな」 少女――ソードインパルスはどこか気恥ずかしそうに目線を逸らしながらその言葉に頷いた。 「いずれ会いに行くつもりだったけど、こんなに早く会うことになるとはね」 それは自分にとって幸運なのか不幸なのか、という疑問が浮かんだがそれをキッパリと打ち消してシンは会話 を続けることにした。 「何から話せばいいのかいまいち分からないんだが……なんでここに?」 「ん? 行き倒れていたとこをここの親父さんに拾われた。で、今は恩返しがてらここで働いてる」 どこかで聞いたような話だなぁと心の中で乾いた笑いを浮かべながらシンはさらに質問を重ねる。 「いつからここに来たんだ? あ、この世界でって意味で」 「二週間くらい前かな、確か。ここで働くようになったのはつい最近だけど」 二週間前、となるとデスティニーが現れた頃と重なる。やはり例の召還魔法と関係があるようだった。 「まぁ立ち話もなんだし、どっかに座ってから続けたほうがいいんじゃないか?」 「ん、そうだな。パティにどやされかねないしデス子もいることだしカウンターに行くか」 「……デス子?」 あれ、とシンが指差した先にはすべての料理を完食して一息ついているデスティニーがいた。 「――へぇ」 ソードの声の調子が変わる。嫌な悪寒がシンの背筋を走ったときには鋭い視線が突きつけられていた。 「悪いね、申し訳ないけどやっぱり今は忙しいしやっぱり後日にしよっか」 「な、なんで突然不機嫌になってるんだ? 俺なんか気に障ること言ったか?」 「うるさいっ! 今は忙しいって言ってんだろ!? 早く行かないと三枚に……」 と叫びかけたところでソードの目にまたしても光が宿った。背中の剣が消えて一対の巨大なビーム砲が出現し、 鎧は黒に緑のラインが入ったものへと変わる。そして鋭い視線はなりを潜め、どこか冷めたような目になった。 「……すまない、元マスター。ソードが迷惑をかけた。彼女もまた私自身とはいえ代わりに謝罪する」 深々と頭を下げる少女に目を白黒させながら、シンは確認するように問いかける。 「ブラスト、なのか?」 「ご覧のとおりだ」 と言いながらブラストは胸を張った。確かにインパルスは三種のシルエットを換装することで異なる性能を発揮 するMSではある。だがそれがこんな形で現れるとは、とシンは驚きを隠せなかった。 「ふむ、驚かせてしまったか。重ね重ね申し訳ない。ただソードが妹に嫉妬して元マスターに的外れな苛立ちを ぶつけているのはさすがに見ていられないと判断して……」 と説明している途中で色が赤へと戻った。 「なっ、バッ、何言ってんだよブラストっ!?」 「何を言っているも何も真実だろう? ソードは私でもあるのだから勘違いであるはずもない」 「そ、それは……ってだからってそれを今ここで言うのはおかしいだろ!?」 「ふむ、そうか。元マスター、どうもソードは素直になれない性分らしいのだがどうか寛大に接してやってほしい」 「だからなんでそんなにオープンすぎるんだよブラストはぁぁぁぁぁぁっ!?」 コロコロと一人芝居のように色と口調を変えながら言い争いは続く。軽く頭痛を感じながらシンは一時撤退を提 案する本能に従うことにした。 「あ~……とりあえずデス子待たせるのもなんだし、今日のところは帰るわ」 そこで二人――と言って良いのかどうか――は止まり、どこか残念そうな様子で平静を取り戻した。 「そうか、不本意だが元主に迷惑をかけるつもりはない。いつでも来てほしい」 「今度は一人で来いよ! 絶対一人で来いよ!?」 「えっと、あの、また来てください!」 ブラスト、ソード、そして直接話す機会のなかったフォースから別れの言葉を受けてシンは背を向けて歩き出す。 (デス子だけじゃなくてインパルスも、か。武器店に寄る前に図書館に行ったほうがいいかもな) そんなことを考えながらカウンターまで戻ると、プラプラと足を揺らしながらデスティニーが口を尖らせていた。 「む~、どこに行ってたんですかマスター? いきなりいなくなるなんて酷いですよ~」 この様子だとインパルスがいたことに気付いていないらしい。食卓の鬼神は食事中には他の事に気が回らなく なるらしい。 「……お前は気楽でいいな」 まだ朝だというのに疲れきった声音で呟き、シンは伝票の上に代金を置いて出口へと歩き出した。 前ページ次ページ悠久幻想曲ネタ
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1 ???「バン!」 シオニー「ひっ」 キラ「シオニーさんがまたいじられてる…流石にかわいそうだね」 シン「キラさんでもそう思いますか? 確かに、遊び半分でやってる人が増えてる気がします」 キラ「言い方が微妙にムカつくけど、僕も同意見だよ。それと遊び半分じゃなくて完全に遊んでるよ」 シン「…ダメですよ、こんなの。俺、やめさせてきます」 キラ「待って」 シン「何で止めるんですか」 キラ「それは効果のある方法だと思う…でもね、シン」 シン「…何ですか」 キラ「それは彼女のプライドを傷つける、そうは思わない?」 シン「プライドって…でも、こんな事が続くよりは!」 キラ「その結果、“バン!”されて“ひっ”する事は無くなった。でもそれは君のおかげで、自分自身の力で得た結果じゃない」 シン「それでも怯える事が無くなるのに変わりは無いじゃないですか!」 キラ「君はシオニーさんの事をとても思いやってはいる。けどね、それに尊重は含まれていないと思う」 シン「尊重…ですか」 キラ「彼女はプライドの高い人だよ。年下の君に庇われた事が分かれば、感謝する一方で複雑な思いを抱くはずだ」 シン「じゃあ、俺はどうすればいいんですか」 キラ「君は…いや、僕達はね、彼女に抵抗する方法を教えるべきだと思うんだ」 シン「抵抗する方法?」 キラ「“バン!”されても反応されなくなれば、皆も無駄だと分かれば、自然と“バン!”される事は無くなる。僕はそう考えてる」 シン「…確かに、その通りかもしれません」 キラ「抵抗する方法を、その力を彼女に付けさせる事。それが僕らの出来る“尊重”だと思うんだ」 シン「…キラさんって」 キラ「ん?」 シン「すごいんですね。そう言う事を、そう言う深い所まで考える事が出来るだなんて…」 キラ「べ、別に、君に褒められたって嬉しくないんだからねっ!」 シン「褒めたらコレだよ…そう言う所があるから素直に尊敬できないんですよ」 キラ「そんな事言う君もツンデレだよね☆」 シン「…」 キラ「ごめんごめん、謝るよ。だからその冷たい目はやめて、本当に怖いよ」 シン「はぁ…分かりました。それで、具体的にはどうすればいいんですか?」 キラ「僕にいい考えがある。準備は全部こっちでするから、シンは計画実行直前に合流してもらっていいかな?」 シン「分かりました」 ~次の日の早朝、計画実行直前~ キラ「と言う訳で、僕達はリモネシア外務大臣公邸、シオニーさんの寝室前にやってまいりました。 これより“寝起きドッキリバズーカでシオニーちゃんのソフトクリーム並のメンタルを鍛えてあげよう”作戦を開始しようと思います」 シン「…」 キラ「あれ、どうしたのシン? ひょっとして朝は弱い?」 シン「少しでもアンタを尊敬した俺が馬鹿だった。てか何ですかこれ?」 キラ「最初に言ったでしょ。寝起きドッキリバズ…」 シン「そうじゃねえよ! ドッキリする意味がわかんないんだよ!!」 キラ「朝から騒がないで。近所迷惑だよ、シン」 シン「チクショウっ! 何で俺の方が怒られてるんだよ…」 キラ「これは抵抗、つまり“慣れる”ための、免疫を作る作戦だよ。バズーカの発射音に比べれば、机叩く音なんて屁でもないでしょ?」 シン「理屈は正しいような気がっ…! いや、こんなのはやっぱり間違ってる…」 キラ「間違ってる…か。そうだね」 シン「えっ?」 キラ「これは間違ってるよね」 シン「キラさん…キラさんがまともな事を…」 キラ「やっぱりバズーカより戦車のがいい…ひでぶっ!?」 シン「死ね!!」 ・ ・ ・ キラ「こちらキラ・ヤマト。外務大臣寝室への侵入に成功しました、指示をお願いします」 シン「…」 キラ「まぁ誰も答えてくれる人はいないんだけどね。えっと、ターゲットは…」 シオニー「スゥ…スゥ…」 キラ「よく寝ています。パジャマはカワイイ系です…あ、口からよだれを垂らしてる。これは恥ずかしい映像だね、ビデオに撮っておこう」 シン「やめろ」 キラ「ん? どうしたの? て言うか、なんのかんの言ってたわりに、結局は付いてきたね」 シン「アンタから目を離すと本当に戦車とか持ち出しかねないから監視してるんですよ」 キラ「へぇ…でもさ、そんな事言って本当はさ」 シン「…何ですか」 キラ「女の人の部屋に入りたかったんじゃない?」 シン「な、なっ!? そ、そんな訳!」 キラ「シーッ! 図星だからって騒がないでよ。これだから思春期のチェリーボーイは困るんだよね」 シン「ぐっ…何でここまで言われなきゃならないんだよ…」 キラ「悪かったよ。ところでシン」 シン「…何ですか」 キラ「僕が準備するまでの間、探索とかしても…ええんやで?」 シン「す、するわけ無いでしょ! てか何で関西弁なんですかっ!」 シオニー「ンムゥ…?」 シン「」 キラ「」 シオニー「…ムニャムニャ」 シン「…ほっ」 キラ「…ふぅ。もう、やめてよね。騒ぐなら出て行ってよ」 シン「キラさんが変な事言うからでしょうが」 キラ「反応する方もする方だよ…反応する砲、なんてね☆」 シン (今度はコクピットを縦に斬ろう) キラ「さて、起きられると面倒だから手早くすまそう…はい、君はこれ持って」 シン「…看板?」 キラ「寝起きドッキリには必要だよ」 シン「…今更だけど趣旨を完全に見失ってますよ」 キラ「あ、カメラの方も君が持って。彼女の醜態をしっかりと収めてね」 シン「いやですよ。ここまで来て言うのもなんですけど、さすがにカメラだけはやめてあげましょう。そう言うのはここだけに留めましょうよ」 キラ「そう硬い事を言わないで。ここで硬くしていいのは上の頭じゃなくて、下の方の頭だよ…ほら、これあげるから」 シン「何意味の分からない事を言ってるんですか。大体、買収なんて手には引っかかりません…え、これって…」 キラ「そこのタンスから失敬した彼女の物だよ…ふぅ、縞々はいいよね」 シン「い、いつの間に?!」 キラ「部屋に入って君がキョロキョロさせてる間にね…僕なら君がまばたきしてる間に数と種類を把握できる。忘れない事だ」 シン「ドヤ顔で語らないでください。それ以前に社会の為に役立ててください、その力」コソコソ キラ (顔真っ赤にしながらポケットにしまいながら言っても説得力無いんだけどなぁ…) シン「な、何ですか、ニヤニヤと気色悪いですね」 キラ「別に。さて、色々話している間に準備完了…」 キラ「じゃ~ん。寝起きドッキリバズーカ、ハイマット&ドラグーンフルバーストモ~ド」 シン「」 キラ「どう?」 シン「…はぁ?」 キラ「感想が無いのは、少し寂しいかな…」 シン「いや…あの、馬鹿じゃねえの?」 キラ「何それ。小学生以下の感想だよ」 シン「いやいや、何で罵られるの? てかこれ何門あるの? それ以前にどっから出したの?」 キラ「君に戦車はダメって言われたから、質がダメなら数で対抗しようと思ってね」 シン「答えになってないでしょ! てかこれじゃ戦車の方がまだマシ…いや、どっちも無しだけど!」 キラ「シンはどうでもいい所で細かいよね」 シン「どうでもよくない所だよ! これは」 キラ「キラ・ヤマト! 寝起きドッキリバズーカフリーダム、行きます!」 シン「話を聞けぇ!」 キラ「それでも、守りたい世界が…」 シオニー「んに? だれかいるの…」ガバッ シン「げっ」 シオニー「ひ?」 キラ「あるんだぁあああ!!!」 ・ ・ ・ シン「耳が、耳がっ、耳がぁああ!」←バズーカの発射音で鼓膜に大ダメージ キラ「」←大量のバズーカ発射の反動で吹き飛ばされて壁にめり込んでいる シオニー「」←爆音で思考を吹き飛ばされている シン「ぐぉぉおっ…! し、シオニーさん大丈夫ですか!?」 シオニー「」 シン「って…大丈夫な訳…無い…ん?」 シオニー「…」 シン「このパジャマの、とある部分…主に股間部分に出来た染みって…嘘だろ、マジかよ」 ガヤガヤ ナンダイマノオトハ ダイジンノヘヤカラダ ヨシ、ダレカトビラヲ バン ッテアケルンダ マカセロー モウヤメルンダ シン「やばい、人が来る! 逃げないと…でも、このまま、この人を放置してたら」 シオニー「…」 シン「大人になって、しかも外務大臣なのに粗相をしたなんて汚名を…こんなあられもない姿を衆人に晒す事になる…」 キラ「し、シン。ねぇ、君の持ってるカメラ、まだ動いてるよ…そのあられもない姿をバッチリ撮ってるよ…」 シン「くそっ、どうすれば…」 キラ「まず僕の声を聞いて。まず電源を切って…」 シン「放って…放っておけるかよ、この人の尊厳を、この人自身を!!」 キラ「…ぼ、僕の事も放っておかないでほしいな…」 シン「シオニーさん、すみません!」 シオニー「なに…? あなたは…ひゃん?!」ダキアゲ シン「犯人はキラ・ヤマトォ!! キラ・ヤマトが出たぞぉ!!」 キラ「ちょ!?」 シン「エスケエェプ!!」 シオニー「ひぃいやああああぁあ?!」 騒ぎを聞きつけた人間が部屋に飛び込んできたのは、シンがシオニーを抱えて窓から脱出した直後の事だった。 ちなみに抱えている最中はずっと胸を掴んでいた。 これが、後に“リモネシア外務大臣誘拐事件”として世間を騒がせる一大事の、知られざる発端であった。 ~続かない 2 ――戦闘機 かつての戦争の主役を担っていたが、MSの登場以降、その座から転落した存在。 MSから戦闘機形態へと移行し、機動力を向上させる機体も存在するが、それはあくまでもオマケであって、やはりMSとしての運用に重きがもたれている。 そんな過去の遺物と言える戦闘機が、敵対行動を取ってくる。 並みのMSパイロットであれば鼻で笑うだろう。そして返り討ちにしてやると打って出るだろう。 それが一機や二機、多くても五、六機であればの話だ。 カミーユ・ビダンは、愛機であるZガンダムのコックピットの中で、戦慄に近い物を覚えていた。 眼前の宇宙空間に展開する戦闘機の、文字通りに群を成す姿に圧巻されていた。 視界を、レーダーを覆いつくす、数えるのが馬鹿らしい程の量の戦闘機の群。 一体どこから現れたのか。突如として出現した戦闘機の群は、Zガンダムに対し、その猛烈な数でもって濃密な火線を展開しながら、文字通り雪崩打って襲い掛かった。 並みのパイロットならば一瞬で打ち落とされてしまう程のそれらを、だがカミーユは悉く回避し、返り討ちにし続ける。 技量は流石であるが、多勢に無勢と言う状況には変わらない。いくら撃墜しようとも、敵の数は一向に減らない。むしろ増えているとカミーユは感じて、それは不幸にも正解だった。 高い火力を有するZガンダムでも手に余る数。MA形態へと移行し、退却すべきだと考えたが、一瞬でも隙を見せれば致命傷を負いかねない数。 大口径のメガ粒子砲や、反応弾の様な、圧倒的な面制圧力を誇る武装でもなければ、この状況を打破する事は難しい。 撃っても落としても、湯水の如く湧いてくる。恐れる事はないのか、仲間がどれだけ撃墜されようとも、攻撃の手を緩める事をしない。 戦慄はカミーユに焦りが生じさせ、冷静な思考を妨害しはじめ、ついに一瞬の隙が生まれてしまう。 「しまった!」 その隙を見逃さず、敵機はZガンダムに攻撃を仕掛けた。戦闘を開始してから、これが初めての被弾となる。 幸い撃墜には至らなかったが、このまま同じ事を繰り返してしまえば時間の問題だ。 冷静さはさらに失われ、最悪の結末がカミーユの脳裏に過ぎる。 そんなカミーユの動揺を見越してか、さらに数を増やした戦闘機が、手負いを仕留めようと襲い掛かる。 その戦闘機の群を、一条の光が撫でる様に走る。光に撫でられた戦闘機は、一瞬にして爆散する。 「カミーユ! 無事か!?」 通信から聞こえてきたのは、カミーユの親友の声。 「シン!」 カミーユの窮地を救ったのは、赤い翼を持つ一機のMS。血涙の様に両目を赤で隈取った顔を持つガンダム。デスティニーガンダム。 その背に装備された、高出力のビーム砲の一撃で、戦闘機の群をなぎ払ったのだ。 「シン、すまない、おかげで助かった」 「遅くなって悪い。それより、こいつらは何だよ。ゼントラーディなのか?」 「わからない……ただ」 「ただ?」 「凄まじい敵意だ、ゼントラーディや今までのどんな敵よりも悪意を持った奴らだ」 「話は出来そうにない……か」 撃墜された分を補うかのように、再び数を増してくる戦闘機。 NTとして研ぎ澄まされた、カミーユの勘。戦友として共に戦場にたったシンに取って、それは信頼に値し、この場での行動を一瞬で決断させるものだ。 「レイやアムロ大尉達、あとアスランがもうすぐ来る……それまでやれるか、カミーユ」 「この程度なら問題ないさ」 二機は撤退するでなく、突撃し、敵を殲滅する事を決めた。 たった二機で、友軍の到着まで無数に挑む。無謀であるが、やり通す自身は二人にあった。 「行くぞ! カミーユ!」 「おう!」 ・ ・ ・ 数で勝る敵に対し、二人は、その類稀なる技量と連携を持って劣勢を撥ね退ける。 その後しばらくして戦域に到着した、アムロやレイ達の援軍の活躍もあり、戦闘機の群はその数を減らしていく。 もうすぐカタが付く。気を抜く訳ではないが、誰もが確信を持ち始めた時だ。 「来る……!」 「カミーユも感じるか!」 「アムロ大尉、どうしたんですか?!」 「気を付けろシン、何かが起こる」 カミーユやアムロ、クワトロらのNT達が、機敏に何かを感じ取る。 その直後だ。宇宙空間が“裂けはじめた”のは。 死を恐れずに襲い掛かって来る戦闘機が、まるでクモの子を散らす様に撤退していく。 裂け目はどんどん広がっていく、大きくなっていく。空気の存在しない宇宙空間が、まるで震えている様だと、その場にいる全員が感じる そして戦闘機の姿が見えなくなった時、大きく割れた宇宙空間の隙間の中から、一つの巨大な影が姿を表す。 「さ…魚?」 無意識にシンが呟いた様に、その影は魚の形をしていた。正確に言うなら、古代魚であるシーラカンスの姿。 本物とは違い、その体は鋼鉄で出来ていて、大きさも数百メートルと桁違いのものである。戦場にいる者、全てが圧倒される。 そして鋼鉄のシーラカンスは、先ほどの戦闘機の群がそうであったように、何の予兆もなく、ただ敵意をむき出しにして、シン達に襲い掛かった。 「クソッ! 何だってんだよ! アレは!!」 「各機、回避行動に専念しろ!」 アムロの指示は自然なものだ。得たいの知れない敵に対し、無闇に仕掛けては、返り討ちにあう危険を伴う。 シーラカンスはどうでるか。大きさからして、戦闘機やMSの様に機敏には動けないだろう。だが、その図体であるなら、戦闘機やMSの持ち得ない、破壊力のある兵器を搭載している可能性が高いし、実際そうであった。 シン達に対し、シーラカンスは全身から高出力のビームを、そして自身の鱗を大量に飛ばしきた。 高速で飛んでくる鋼の巨大な鱗。直撃すればMSを一撃で破壊する程の質量を持つそれは、ビームライフルを数発当てて、ようやく破壊できる硬度。 鱗がそうであるなら、本体も同様だ。何機かが隙を見て行った攻撃を受けても、シーラカンスは涼しい顔をして宇宙を遊泳している。 責めあぐねるシン達をあざ笑うかの様な攻撃を繰り広げるシーラカンスが、一旦攻撃をやめ、その尾びれを向けてくる。 尾びれの中央が光を放つと、センサーが強力なエネルギー反応を感知する。まるで何かを警告するかのように。 「いかん! 全機散開!!」 クワトロの言葉と、尾びれからの光線の発射は同時であった。幸い逃げ送れた機体はなかった。 だが間髪をおかず、シーラカンスは再び鱗と、今度は腹部から巨大なミサイルとアンカーを発射する。 先ほどよりも、さらに濃密な量の攻撃。 それら全てが、一瞬で消えた。突如出現した黒い穴が飲み込んだのだ。 続いて、シーラカンスの前に、二機の戦闘機が飛び込んでくる。 先ほどの戦闘機とは違う、銀と青、あるいは赤色の二機。無茶だ、止めろと誰もが叫ぼうとした。 次の瞬間、銀と青の戦闘機が発した、先ほどのシーラカンスの光線と同様の出力の光線が、シーラカンスの体を貫き、胴体が真っ二つになる程の大爆発を起こす。 誰もが呆気に取られている。自分達が苦戦した敵を、突如現れたあっと言う間に倒したのだから、当然である。 「――こちらダライアス宇宙軍。応答願います」 全機の通信回線に、戦闘機からと思しき声が入り込む。無感情で抑揚のない少女の声だ。恐らくはどちらかの機体のパイロットであろう。 「……こちらは地球連邦軍、ロンド・ベル所属のアムロ・レイ大尉だ」 「地球連邦軍? ロンド・ベル?」 アムロの問いに応えたのは、先ほどの少女とは違う、今度は野太い男の声だ。やはり、二機の内のいずれかのパイロットであろう。 「聞きなれないのはこちらも同じだ。敵意はない。所属と、先ほどの敵の正体を知ってるなら教えてくれ」 「ダライアス宇宙軍のリーガ・プラティカ大尉だ……おい、どう言う事だ! ベルサーを知らないと言うのか?!」 「ベルサー、それが奴らの名前か」 「……埒があかねぇ、落ち着けて離せる場所はあるか」 ベルサー。 地球圏に現れた、新たなる脅威。 シン達はリーガ、Ti2、そしてシルバーホークと共に、新たなる脅威へと立ち向かう。
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「さて、本日お忙しい中に皆様にお集まりになって貰ったのは他ではありません。欧州課資財調達班のシン・アスカの素行調査結果を ご報告させて頂きたいと思った次第であります。では、まずお手元の資料をご覧下さい」 薄暗い会議室の中、これまた薄暗い雰囲気で何やら妙な会議が始められようとしていた。 参加者は素性を隠す為か、皆一様に黒頭巾を被り、あまつさえボイスチェンジャー によって声色すら変える徹底っぷりだ。 「僭越ながら、議事進行は私伝説が努めさせて頂きます。宜しいですか?正義、赤チン」 「構わない。続けてくれ伝説」 「承知しました正義」 「って何で私が赤チンなのよ!レイ!」 黒頭巾を脱ぐと中から現れたのは、赤い髪とスーツになってもミニスカートが心情 のルナマリア・ホークが顔を出した。 「五月蝿いぞルナマリア。お前はこの会議の秘匿性について重々理解しているのか」 「うっさいわね!アスランじゃなくて、ザラ課長が正義でレイが運命。その方向性で 何で私が"赤チン"なのよ。傷薬?私消毒薬なの?もうちょっと考えなさいよ!」 「所詮便宜上の名前だ。気にするな。俺は気にしない。これっぽちも」 「うわっ何かスッゴイムカツクんだけど」 「いいから席に戻れ、赤チン。文句は伝説の報告を聞いてからでも遅くは無いだろう」 「イラっ来た。今私すっごく苛っと来たわ」 「赤チンに構っていると進行が遅れますので、正義こちらをごらん下さい」 伝説がパソコンを操作すると、プロジェクターから伸びる光が暗闇に走り、パワー ポイントが起動する。 トップページには、運命観察日記第三次中間報告書と大業かつデカデカと明記されて いる。 「六月九日土曜日午前十一時二十三分。JR第二京都駅で運命の様子です」 プロジェクターには、普段着に着替え、駅前のモニュメントで誰かを待つシンの映像 が映し出されている。 頻繁に腕時計を確認したり、髪を何度も触ったりと、本人は無意識だろうが、何処と 無く落ち着かない様子が見て取れる。 「もう、ややこしいからシンでいいじゃない」 「しっ!黙ってろ赤チン」 「はぁ~い」 『もしかして待たせた?』 『いいや、今来たとこだ。ティアナさんこそ、そんなに急がなくても良かったのに』 急ぎ早に走ってきたティアナを、頭を振るいながらやんわりと制すシン。 まるで、ドラマのシーンを切り出してきたかのようなベタな展開にルナマリアの限界 値は一瞬で振り切れ雲海の彼方へと飛び立っていく。 「痒い。痒いわ!もう全身かゆかゆよ!それに嘘付きなさいよシン。アンタ、報告書通 りなら一時間も前から待ってるでしょ!って言うか年下に"さん"付けなのかアンタは!」 ルナマリアは、バンバンと報告書を打ち鳴らし、腹を減らした虎のように「がああ」 と唸り続けている。 映像には件の人物をシンが挨拶する場面が映し出され、報告書によれば、シンが駅前 に到着した時間は午前十時半。 ティアナとの待ち合わせの時間が十一時半だから、シンは、キッカリ一時間前に駅前 に立ちソワソワしていた事になる。本当にお約束を外さない男である。 「赤チン。少し静かにするんだ」 「うぅ、私の時は平気で一時間は遅刻してきた癖にぃ。シンのあほぅ」 ルナマリアはグッタリと机に突っ伏し、モゾモゾと芋虫のような動きをしながら、なにやらブツブツを嘯いている。 はっきり言って不気味以外何者でも無い。 「赤チンと運命は距離が近すぎただけだ。互いに異性を認識する前に深い仲になった弊害だな。 友達付き合いの延長線上だったのか、そうでないか。当事者の赤チンが一番良く分かっているだろう。後、気持ち悪いからその動きは止めろ」 「いきなりマジトークしないでよレイ…って言うか人の恋愛を勝手に推測するな」 「それはすまなかったな。で、続けていいか、ルナマリア?」 「あぅ…お願い」 ルナマリアはさめざめと涙を流しながら、プロジェクターに視線を向ける。 映像がズームされ、シンとティアナの様子が鮮明に表示される。 『今からどうする?』 『まず飯でも。ティアナさん、何か食べたい物ある?』 『そうね。何でもいいけど』 『なら、大通りの方行こう。この間美味い店見つけたんだ』 『そうね。ならそうしましょうか』 シンの態度はぶっきら棒に見えて、何処と無く柔らかい物があり、相手を気遣っているのがバレバレだった。 連れだって歩く二人だが、肩が触れあうか触れ合わないかのギリギリの距離を保ち、 二人の今の互いを思う距離感を如実に現している。 二人共見ようによっては、仲の良い兄妹に見えるが、歳の離れた男女が逢引をしている ように見える。 「一応シン本人に聞いた所、買い物に付き合った"だけ"だそうですが、この様子を見る と何処まで信用して良いのか分かったものではありません」 「そうね…」 ルナマリアの額には怒りの四つ角が既にダース単位で発生し血管が浮き出ている。 二人はやがてオープンカフェに入り、簡単な昼食を取るようだった。 シンは、運ばれてきたランチを黙々と口に運び、何故かティアナは、その様子を上機嫌 に見つめている。 『ちょっと、アンタ。食べかす頬っぺたについてるわよ、見っとも無いわね』 『あ…あぁ、悪い』 本当に何気無い仕草で気を付けていないと見落としそうになってしまう。 ひょいとティアナは、シンの頬っぺたについたベーコンを取り、自分の口へと運ぶ。 シンは、特に何とも思っていないのか、皿に残ったパスタをフォークで集め口に運び続けている。 傍から見れば途轍もなく恥ずかしい情景が繰り広げられているのだが、恐らく今は全 ての感情が食欲に向いているのだろう。 そんな、シンを見たティアナは、頬を指でかき「まぁいいか」と言った具合にで自分の 皿へと意識を移している。 プチっと、本当に些細な音が聞こえる。 だが、確実にルナマリアこと赤チンの血管が切れる音を隣に座るアスランは聞いていた。 (怖えええ) 「落ち着け私。落ち着きなさいルナマリア・ホーク。そうよ今の私はルナマリア・ホークでなく、只の赤チン。 消毒液よ消毒液なのよ。だから、あんな小娘がシンに粉掛けようと対した事じゃないの。ねえ、私」 ポーチからコンパクトを取り出し、青筋を立てながら、鏡越しに自分に語りかけながら うっとりとするルナマリア。 アスランは「どんなセルフコントロールだ」とゲンナリとした様子でルナマリアを見つ め、視線を再びプロジェクターへと戻す。 場面はいつの間にかカフェから駅前屋台広場へ映っている。休日だけあって、広場は人混みでごった返し、 案の定と言うべきか、殆どの客が家族連れかカップルばかりで、皆甘い物を楽しみながら休日に彩りを加えている。 「私だって、駅前広場ならシンと良く行ったもんね!」 果たして誰に張り合っていると言うのだろうか。 ルナマリアは、机から体を乗り出し、映像の仲の二人に噛み付かんばかりに呻き声をあげている。 シンとティアナは、極有り触れたアイスクリームの屋台に並び、これまたベンチに腰掛け何気無い会話を交わす。 『チョコばっかりだな』 『良いじゃ無い好きなんだし。こんなとこで気を使っても仕方ないでしょう』 『あんまり食べ過ぎると太るぞ』 『…こ、これ位問題ないわよ、ちょっと!』 『勿体無いだろ。それにこれ以上食べるとやっぱり太るぞ』 『…ア、アンタねぇ』 と、シンはこれまた何気無い仕草でティアナの頬についたアイスを拭い、自らの口に運ぶ。 「ああ!」 ルナマリアが突然立ち上がり、プロジェクターに若干本気めの殺意をぶつける。 『なんだよ、手はちゃんと洗ってるぞ』 『分かってるわよ』 シン本人は全く意識していないようだが、ティアナの方は耳朶を赤く染め、口をパクパ クさせている。 「あの小娘。私でもそんな事された事無いのにいいい!」 ついに怒りが我慢の限界を超えたのか、バキリと言う音と共に硬スチール製のデスクが罅割れる。 「正義。私は赤チンの限界点が今一よく分かりません」 「奇遇だな伝説。俺も良く分からない。多分、自分がされた事が無い事をされると、速攻でメーター振り切るんじゃ無いか?」 「なる程…」 ルナマリアは二人が止める間も無く「クケケケケ」と奇声を発しながら、椅子でプロジェクターの破壊に元気に精出していた。 纏っている空気が鬼気迫り過ぎて、二人はルナマリアに近寄る事すら出来ない。 ドッカン、ドッカンと剣呑な音が会議室に響き、プロジェクターとレイのパソコンが粉々になった所。 「あぁいい汗かいた!」 すっきり爽やかと言った様子で、軽やかに席に着いた。 「気が済んだか…赤チン」 「ええ…少し落ち着いたわ」 (これだけやっても少しなのか) 女は恐ろしいとアスランの背中に大粒の冷たい汗が流れる。。 アスランはルナマリアの蛮行を見てみぬふり決め込み、これが母校のナンバーワンアイドルの成れの果てだと自戒を込め、 アメフトの試合で華麗なチアガール姿を綺麗な思い出としそっと封印した。 「だが、不味い…これは不味いだろシン」 今はまだ清い交際?を保っているかも知れないが今後どうなるか分からない。 あまり言いたくない話題だが、自分を含め男は基本的に狼なのだ。どれだけ自制心が強 かろうと、一度プッツンいってしまえば止まる事を知らない生き物なのだ。 「そうだ、ホテルに入る写真をフライデーか何処かに撮られて、それをネタにザフトかアクタイオン社に持ち込まれたら… スキャンダル…株価大暴落…代表が泣く。カガリは今泣いているんだぞ!シン!もとい紹介した俺の面目が丸つぶれだ!」 アスランは幅跳びの世界選手権で優勝出来程の論理を飛躍を見せつけ、もう完全に目元 が黒くなり妄想と現実の区別が付かなくなってしまっている。 「まぁ…あそこで何故か唸ってるアスランは放って置いて…実際ルナマリア。お前はどう思う?」 「どうって…何がよ」 「お前はシンの恋人だろう。今のシンがティアナ・ランスターに向ける感情が恋愛感情かどうか分からないか?」 「"元"恋人"よ。アンタ、わざと言ってるでしょう…今の私にシンの何かを言う資格なんてないもの」 「だとしても、俺を除いて最近までシンの一番近くに居たのはお前だ。何か感じる事くらいあっただろう」」 「分かんないわよ。彼女だったからって、私、シンの全部知ってるわけじゃ無いもの」 「情けないな」 「あんですって?」 その時アスランが正気ならば、薄暗い会議室の中で稲光が交錯したのを確かに見ただろう。 室内の気温が下がり、二人の怒気に呼応するように気圧が極端に低下していく。 「ちょっと今の聞き捨てならないわね…私よりレイの方がシンの事詳しいですって?」 「俺はシンの親友だからな。親友とは最も親しい友とか書く。つまりは、シンと生涯を共にする存在と言う事だ。 俺はシンの婿だしな。知らない事は無い。無くても聞けば教えてくれるはずだ」 「ホモは黙ってなさい」 「腐女子も黙っているがいい。シンは気が付いて無いかも知れんが、ベットの下に男×男の如何わしい本を持っているなど 全くもって汚らわしい。そんな君が俺と同じくシンの幼馴染で元恋人だと!全く厄介な存在だよ君は!」 テンションが上がったて来たのか、異母兄弟のクルーゼそっくりの言い回しになるレイ。 こうなると彼を止める事が出来るのはオーブ統括西日本部長のギルバード・デュランダ ルかシンのデコチョップしかない。 真に残念な事に両人ともこの場にはおらず、つまり、二人を止める物は何も無く、口喧嘩はヒートアップして行くだけだ。 「残念でしたあ、シンはその事知ってたもんねぇ。知った上でスルーしてくれた優しい奴だったもんねえ。 って言うかアレはファンタジーよファンタジーなの。空想の世界の産物を現実世界に持ち込んでくる方がナンセンスよ! 大体現実世界のヤヲイは汚いのよ、あっシンは全然別ね!」 「馬脚を現すとはこの事だなルナマリア。お前の穢れた妄想の産物にシンを利用するなど 言語道断。元恋人として勿論、幼馴染としても異を唱えさせて貰おう!」 「ホ○パワー全開の女装野郎に言われたくないわよ。頭ん中ぶっ飛び過ぎて終わってるじゃないの!」 「勘違いするなルナマリア。俺は最初から最後までクライマックスだ!主にシン方面で」 「黙れや変態…」 因みに本来突っ込み役のアスランだが、その後の人生をどんな風にシミレートしたか知らないが、 真っ白に燃え尽きたボクサーのように机にガックリとうな垂れて絶望している。 一体何をどう考えれば、そんな精も根も尽き果てた状態になるのか、甚だ疑問だが、今 のルナマリアとレイには些細な事だった。 むしろ邪魔?とさ言える雰囲気だ。 「さっきから聞いてれば!未だに未練タラタラでは無いか!」 「ったりまえでしょ。アンタは分かって無いかも知れないけど、シンって超優良物件なのよ。 オーブの最前線でエース張ってるし、仕事方面だって将来有望だし、スポーツ万能だし、あれで結構頭も良いし、 炊事洗濯も一通り出来るでしょ、我侭言っても基本的に聞いてくれるし、コスプレしてくれるし、夏と冬のイベントに 連れてっても顔引き攣らせるだけで文句の一つも言わず付いてきてくれるし、何よりマユちゃんが可愛いしぃ、それから、それから」 シンの良い所を上げる度に、ルナマリアの語尾がドンドンか細くなって行く。 今のルナマリアは、まるで、親と逸れ不安意脅える幼子のようにも見えた。 「じゃあ、何故別れたと言うんだ全く…」 「…私は別れたく無かったわよ…」 「…すまない。俺が無遠慮だった」 「いいわよ…別に」 地雷を踏んでしまったのか。 急に生気を失くし、ドンヨリと塞ぎこんでしまうルナマリア。 レイは、シンとルナマリアが別れた原因を直接は知らない。 シンからは「ルナが俺の事嫌いになった」と聞かされただけだ。 だが、ルナマリアの様子を見る限り、どうにもシンとの別離を後悔しているように見えた。 「俺は…便利屋では無いんだがな」 「何よ急に」 「兎に角二人共。シンの対処は"親友"の私に任せて頂きたい。バッチリ事の仔細、シンの気持ちを聞いて来ようと思っている」 「…まぁそんなに…言うならレイに任せるわよ」 自分で聞ければ一番良いのだろうが、今のルナマリアにそんな度胸は無かった。 ムカツク事実だが、シンとレイは親友同士だ。男にならば言える事もあるだろう。 寄りを戻すと言うより、もう一度お互いちゃんと話したい。 別にあの娘の事が好きならそれでいい。 でも、せめて、シンの言葉で直接今の気持ちを聞きたい思うのだが、あれこれ考える内に 、随分時間が経ってしまっていた。 ならば、とっとと電話の一つでもして約束すればいいのだろうが、二十代も半ばに差し掛 かるとと一度突き出した槍は中々引っ込める事が出来ないのだ。 繊細な乙女心はそんな事を思いながら、レイに一縷の望みを託したのだ。 「頼むぞレイ。俺の命運はお前にかかってる。このままじゃ俺は終身刑だ」 「アスランは、いい加減こちら側に戻って来てください。午後の仕事に差し支えます」 生ける屍と化したアスランは、生気の抜けた顔でレイに懇願するように抱きついてくる。 レイは、面倒くさそうにアスランを引っぺがし、総務のメイリンに引き取りに来るように連絡する。 「本当に任せていいのね」 「ああ…勿論だ。俺が望んでいるのはシンの幸せだけだ」 「アンタは本当に敵か味方か分からない奴よね」 「気にするな。俺は気にしない」 黒頭巾を脱いだレイの笑顔は、女性のルナマリアが見ても美しいと感じる程慈愛に満ちていた。 「って言うか何で黒頭巾被らないといけないのよ、レイ」 「こんな事に会議室を使ってる事がバレたらギルに怒られる」 「…そりゃそうだわ…ね」 やってる事が無茶な割にはレイ・ザ・バレルはそことなく常識人だった。 -04へ戻る -06へ進む 一覧へ
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<女王と少年、時々ラーメン~フラワーガール~> 一度目だけなら偶然だが、二度以上起こったならそれは必然である。 そんな話を聞いたことがある。 まぁ世の中には二度あることは三度ある、なんて言葉も残っているわけだから先人の言葉というのも数撃ちゃ 当たるくらいのものなのではないかとも思うが。 ただ、今ならその言葉を信じられそうだった。 陽も暮れ、空に数え切れないほどの星と心奪われるような満月が浮かぶ夜。 そういった日には、必ずと言っていいほど彼女がそこにいた。 「――貴音」 「っ、何奴!」 そして声をかける度にこんな反応が返ってくるのも恒例のこととなっていた。 「あ……あなた様は」 「あー、とりあえずこれをどうにかしてくれ」 目の前に突き出された手のひらをつっつくように指さすと、慌てて貴音は腕を引っ込めた。 「も、申し訳ありません。またこのようなお恥ずかしいところを……」 「いいって、そんなに気にしなくて」 正直もう慣れたし……というのは心の奥に仕舞っておくことにした。 「また月を見てたのか?」 「はい。やはり満月の夜は、心安らぎます」 そう言って上がった視線を辿ると、頭上に淡く輝く月の姿があった。 自分もよく月を見上げている方だと思うが、貴音は決まって満月のときにこの場所に佇んでいるようだった。 初めて会ったときと同じく。 「こんな風に声かける度に怒鳴られるのも、もう4回目だっけ?」 「そ、それは……」 自分と同じくらいの背丈の少女が縮こまっている。いつも毅然とした態度を崩さない『銀色の女王』が。 そのことがどこかおかしくて、つい頬が緩んでしまう。 「わ、笑わないでください! あなた様は……いけずです」 「悪い悪い。でも変わったよな貴音も」 「え?」 「前より、少しだけ明るくなった」 月を見上げると思い出す。初めて出逢ったとき、思いつめた表情で月を見上げ語りかけていた目の前の少女。 しかし765プロでも仕事をするようになってから、その憂いを帯びた瞳には別の輝きが宿るようになっていた。 もっとも、彼女自身と彼女たちを送り込んだ黒井社長がそのことに気付いているのかは分からないが。 「そう、でしょうか?」 「あぁ」 それっきり彼女は俯いて黙り込んでしまった。顔に複雑な色が見え隠れしているのを目の当たりにして、自分 が失言してしまったのではという不安に駆られる。 「何か、悪いこと言ったか俺?」 「いえ、あなた様は何も。ただ……己の使命を忘れてしまったわけではないにしろ、安らぎに我が身を置いてい た自分が情けなくなっただけです」 「使命?」 「私は、民たちに……」 ――くぅ。 言葉を遮るように何かが暗闇の中で響いた。 何かあったかと辺りを見渡してみるが、近くには誰も、そして何もない。 貴音にも聞いてみようと視線を彼女に戻すと、月明かりに照らされた顔には朱が差し、いつもは凛々しい双眸 もどこへ向けていいのか分からないように右へ左へと彷徨っていた。 「……あぁ」 時刻は8時を過ぎた頃。 仕事を終えてからずっとここで月を眺めていたというのなら腹の音も鳴るというものだろう。 かく言う自分も昼以降何も食べていない。つられてこちらの腹の虫まで騒ぎだしそうだった。 「どっかで何か食べてくか?」 「え? あ、いえ、それは……」 「一応言っておくけど、俺の懐に二人分食費の余裕があるのはかなり珍しいと思う」 その言葉に呆気にとられていた貴音だったが、やがて小さく笑みを浮かべて頷いた。 「それでは、馳走になります」 「よし! それじゃあどこで……」 と考えようとしたところで、視界に端に屋台が飛び込んできた。のれんにはでかでかと『ラーメン』と書かれている。 屋台のラーメンとは不思議な魔力が込められている。醤油の香りが鼻腔の奥をくすぐり、空腹と相まって一層 食欲が沸いてくる。 ――まてまて、一人ならともかく今日は貴音がいるんだぞ。 なんとか駆け寄りたくなる気持ちを押し止め、改めて貴音に声をかけようとして…… 「――らあめん」 何やらとてもうっとりとした眼差しで、先ほどまで自分が見ていた屋台を見つめる『銀髪の女王』がいた。 ・ ・ ・ ――夢の中で また包んで…… テレビから聞こえてくる貴音の歌声を聞きながら、次のオーディションに参加するための資料をまとめる。 本来ならじっくり聞きたいところなのだが、今は誰の場合でも仕事中に番組を見ることが多くなった。もちろ ん彼女たちが出ている時に限るのだが。 そしてまるで自分の代わりとでも言うように、雪歩が真剣な表情でテレビに映る貴音の姿に注目していた。 ――あなたが来た! 待ち伏せするの ――でもやっぱりサッパリ 目合わない ――ドキドキした ハートがしぼむ ――もう シュン ねぇ bad bad you! 「……四条さん、少し雰囲気が変わりましたよね?」 「ん? あぁ、そうだな」 世間からの評価もそんなものだった。765プロとのコラボによって歌う楽曲の幅が広がったことが主な要因で はないかと言われているが、なんとなくそれだけではないように思えた。 ――雲の陰から 応援してる ――早く見つけてよ王子様 ――そのときをまってる ちらりと見ただけでも、その歌う姿から発せられるもの……オーラとでも呼べばいいのだろうか? ともかくそれが以前まで感じられていた険のようなものが抜け落ちていたように思える。 昨夜と似たような感覚。だが彼女はそれをただ良しとは思っていなかったようだが。 ――ねぇ いいかな もっと笑顔送ってみて ――そうよ 指の先まで 真っ赤になるわ ――あなたが好き! だが、少なくとも自分は今の貴音の方が好きになれそうな気がした。 物腰穏やかに礼儀正しく、どこか少し変わっていて可愛げのある今の貴音の方が。 「……何考えてるんだか」 「え? 何か言いましたか?」 「いや、なんでもない」 ――胸の奥が苦しくって ええ もう! ――花になりたーい もっと ――鮮やかなカラー ……歌い終わると共に拍手が沸き上がり、司会が貴音に語りかける。先ほどまでの歌とはがらりと印象が変わ り、いつもの古風で上品さを感じさせる貴音に戻っていた。 「はぁ……やっぱりすごいなぁ四条さん。私も、あんな風に凛々しくてかっこいい人になれるかなぁ」 その言葉に、作業していた手が止まった。 「え? な、なんでシンさん笑ってるんですか?」 「い、いや! なんでもない」 脳裏に浮かんだのは、昨夜幸せそうにラーメンを食べる貴音の姿だった。 ――今までも似たようなことがあったけど、この仕事ってみんなのいろんな顔が見れるよな。 ならば、いつかは彼女の言う『使命』というものを知ることができるのだろうか? そんなことを考えながら、また満月の夜にはあの場所へ行こうと心に決めていた。 「うぅ、やっぱり私なんかが四条さんみたいになれるわけないですよね……穴に埋まって反省してますぅ」 「え? あ、違うって! 笑ったのはそういうことじゃな……雪歩!? 出て来い雪歩ーーー!!」 ……一度目だけなら偶然だが、二度以上起こったならそれは必然である。 その原因が『彼』にしろ『彼女』にしろ、 また次の満月の夜に二人は出会うのだろう。 きっとまた、出会うのだろう。 オマケ P 「ユカタメイド……それは浴衣とメイド服を組み合わせた、まったく新し衣装!」 小鳥「すごい! どちらか片方だけの2倍、いや10倍の破壊力があるわ!」 二人「「萌え的な意味で!」」 シン「馬鹿やってないで二人とも雪歩引き上げるの手伝ってください!」
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参照●1の事 「ギャップならシンが来る前の勤務態度で仕事をすればいいのでは?」 シグナムの、この進言に私に光明を見た!! 確かに私の勤務態度は、シンが来る前と来てからでは大幅に違う。 シンがギャップ萌えならば、彼がこちらに来る前までの様に、仕事をすればええっちゅうワケやっ!! 「これから聖王協会の騎士カリムとの会合や、定時前には戻るからそれまで間の、問い合わせや書類整理、それから会議で使う資料の整理も頼む な、なんか分からん事あったら、グリフィスに聞くとええからな」 「は…… はい、了解です! (なんだ!今日のはやて隊長は一味違う感じが……)」 「リィン、今日はシンのフォロー頼むわ。 前線ばっかりやったから、こういった事務仕事は慣れへんと思うからな。 自分の仕事は簡単な レポート作成だけやから合間見て上手くやってや、それじゃ行ってくるで」 「はいです! お任せなのです!! (元のマイスターが戻って来たぁぁぁぁぁぁ!!)」 こんな調子で一週間が経った…… 彼女は元来有能であり、きちんと仕事をすれば、十二分に働く才女なのだ! いや、頭に超を2つくらい付けても決して言い過ぎではない!! 考えても見て欲しい。 二十歳に届かぬ年齢で、しかも前科持ち。 後ろ盾があったとはいえ、海千山千の管理局幹部を相手に立ち回り、部隊の設立に運営し運用。 部隊の幹部には、詭弁としか言えないリミッター制限を使って異常戦力を集中。 あげくに隊舎まで新築させ、それらを維持する為の予算の獲得を成し遂げる。 さらには畑違いである地上本部からも、将来有望な人材を二人も手元に引き抜き、J・S事件の際には、他所の部隊から筋を通さずにギンガを借り受て、あまつさえ指揮下に置いた程の辣腕を誇る。 暴走さえしなければ、彼女は稀代の官僚である!!! ―――……指揮官としては……まぁ、スルーしておけ 「午後一で他の課の課長と、合同で会議が入っるから。午前中に資料纏めといてな。 フォワードとスターズの両隊長からの、 訓練メニューと施設利用許可の申請書類に、目を通して判断しといてや、それくらいは出来るやろ? 元軍人なんやし。 ハンコはリィンが 持っとる。 念の為に一回グリフィスと内容の確認してからやで」 「了解です! 隊長格を除く、各隊員のデバイスのメンテナンスの日取りを、技術部と打ち合わせして書類で提出します。 戻った後で構いませんので、一度目を通した上で許可を下さい。 それからヴィータ副隊長と医務室のシャマル先生からの、 備品発注はグリフィス補佐官と検討の上で決済してよろしいでしょうか?」 「うん、ええよ。 課として必要な備品やったら発注してかまへん。 でもメンテナンスの日取りはフェイト隊長と、高町隊長と打ち合わせた上 でな。 訓練や常駐シフトとの兼ね合いもあるやろ。 シグナムは訓練無いはずやから同行してな、新参の小娘にはハッタリが必要や、いつ もより硬い感じでよろしく頼むわ」 「了解です、主はやて。 必要以上に威圧感は出さないよう、かつ低く見られないよう努力します」 「うん、その辺と匙加減は任せるな。 シグナムなら安心やわ、んじゃ行って来るで!」 ◇ ここ最近のはやて課長の仕事っぷりは凄い。 いや、凄いと云うだけでは伝えきれない程だ。 流石に若くして一つの課の長を、勤めるだけはあると思う。 バックアップとしての、彼女の有能さは、常に前線にしか居なかった俺にも 理解出来る。 魔導師としてのランクと、後衛としての資質は必ずしも同義では無い。 優れた兵士が優れた指揮官とは違うように、課長として求められるのは人望は勿論の事、他の課との折衝、予算獲得の為の交渉、下から上がって来る、膨大な申請等の処理など多岐に渡る。 補佐が居るとはいってもあくまで補佐だ。 最終的な決断と責任は課長が負う。 聖王協会の後押しがはあると言っても あの若さで、一つの課を立ち上げたのは伊達では無いと実感させてくれる。 そもそも優秀でなければ後押しなど有りはしないのだから。 全員が退社したオフィスの中で、シンは残務処理と明日の準備をしながら、辣腕官僚と名高いはやてを待っていた。 ◇ 「はぁ、最近のはやては凄いな…… でも話を聞けば、元々あんな感じでバリバリ仕事してたって言うしな…… なんだかんだ言っても、やっぱり実力のあるキャリアなんだよなぁ…… 俺みたいな前線部隊の戦争屋とはまた違う優秀さだな……」 「上司を呼び捨てとは聞き捨てならんな、修正が必要かな?」 「そうやな、部下の教育も上司に勤めや」 がらんとしたオフィスで、独り言をぶちぶちと呟いていると、いつの間にか帰って来た二人の声に驚いき、慌ててシンは椅子から立ち上がる。 少し眉間にしわを寄せて、あまり聞きたくない単語が聞こえた。 「シグナムはもう遅いから、今日は上がってええよ。 修正は私がしとくからな」 「はっ、主はやて。 お言葉に甘えさせて貰います。 (今日、計画を実行に移す気ですね、主はやて。 御武運を)」 それから一時間。 シンが修正される様子は無く、オフィスではせわしなくキーボードを叩く音だけが響いていた。 シンはちらりと横目で、課長席で仕事をするはやてを盗み見る。 ここ一週間で見慣れたけど、相変わらず仕事中の彼女は凛々しく、覇気に満ちていた。 「ふぁ~今日の仕事は終わりや、シンもお疲れ様な」 「お疲れ様です、はやて隊長」 「まだ一つ仕事が残っとるんやけどな」 「ここまで来れば付き合いますよ」 仕事終え、ゆっくりと背伸びをし、少し意地の悪い笑顔を向けながらはやては、シンに向かってまだ仕事は終わっていないと告げる。 対するシンは、少し皮肉げに唇を歪ませながら返事を返した。 勿論、まだまだやれますよ。 っと云う意味を込めて。 「えぇ心掛けやな、でも残した仕事はシンの上司に対する暴言の叱責やで?」 「げっ!」 「まぁ、そうビビらんと。 ペナルティはちょっと遅いけど夕飯奢りでええで、食堂やなくて私な、行きたい店あんのや」 「うぅ…… こうなったら仕方ないです、でも手加減して下さいね?」 「それは保障出来んなぁ、まぁシンの態度次第で決めような」 「了解です、それじゃ行きましょうか」 はやては故郷である、地球の料理を提供する店を希望した。 なんでもここミッドで、近年で数を増やしているらしい。 やはり故郷の味は懐かしいのだろうか? そんな事を考えると、少しだけ、ほんの少しだけオーブとプラントをシンは思い出した。 だが当面の問題は、感傷よりサイフだ。 一体どんな店なのだろうと、身構える気持ちでシンは目的の店をはやてと目指して歩いた。 そんな気持ちとは裏腹に、はやてが行きたいとねだった店は格式ばったものでは無く、街の小さな食堂と言った感じの気さくな店。 ファミリーレストランよりはちょっとだけ高いが、味は確かで量も多い。 雑誌には掲載されないが確かな店。 とははやての弁。 「シンはこういった雰囲気の店の方が居心地ええやろ? まぁ私もあんまお上品なとこはちょっと苦手やねんけどな。 カリムには申し訳無いけど」 制服の上着を脱いで、ネクタイを軽く緩めながら、微笑んで話すはやて。 仕事時のはやてととは違う、優しい所作にどきりとしながら椅子に腰掛ける。 ディナーのセットメニューと、ワインの中に果実を入れた物を頼んで、料理が来るまでの間に話をする二人。 料理が来てからも話は弾み、互いの料理を分け合うなどをしながら、さらに話は弾んだ。 店を出てから隊舎に戻る二人で歩いた。 大した距離では無かったし、なんとなくはやてと歩きたい気分になったのだ。 お互いにタクシーでぱっぱと帰って、笑顔で手を振りまた明日、と言うのは味気無い。 同じような気持ちだったのか、 はやても笑顔で了承をする。 ほんのり赤い頬は少しだけ飲んだアルコールのせいか、あるいは別の感情のせいか。 隊舎に向けて、ゆっくりと歩きながら、先ほどとは変わって二人ともなにも話さない。 「なぁ、シン?」 「ん? なんですか? はやて隊長??」 「いまは勤務時間やないから、隊長は付けんでええよ。 これは隊長命令な」 「思いっきり矛盾してますよ、それ…… でも、その……努力します。 は……はやて」 久しぶり思えるほどに、ゆっくり流れる時間の中で、掛けた声ははやてからのもの。 呼び捨てなんて始めてで、言って赤くなるシンと、言わせておいて赤くなるはやて。 煮えた頭ではやてが、ちょっと言いずらそうに、そしてかすれる様な小さな声でシンに問いかけた。 「手……繋いでええかな?」 「え? あ……はい」 まともにはやての顔を見れなくなったのか、ちょっと怒ったような顔で、視線を逸らしたシンを見てはやては微笑んだ。 ちょっと短気で、ぶっきらぼうなこの少年は、実は誰よりも優しくて、純粋だ。 赤くなった頬を自覚しながら、同じように頬を赤くして そっぽを向いているシンの顔をちらりと盗み見た後、しっかりと繋がれている手を見てはやては思った。 (計画通り!!、シンの中で私の株はうなぎ登りやぁぁぁぁ!!今日で行くとこまで行ってもいい位の高感度やでぇぇぇぇ) 隊舎に到着して、手を離そうとしたはやてにシンは思わず手を握る力を強めた。 「え?」 「あっ! その、すいません…… はやて……」 慌てて握った手を離してシンは考える。 ここ最近のはやては信頼に足る上司として、評価を改めてもいた。 以前のようなぐうたらな上司はそこには存在せず、キャリア官僚として、そして何よりも六課の長としてのはやてが居た。 そして、そんな凛々しい彼女は、今はアルコールのせいだろうか、頬を赤くして驚いたようにしながらシンを見つめ返す。 その顔は戸惑いと、ほのかに嬉しさを浮かべていた。 「そないに慌てて離さなくてもええのに」 「えっ、あ…… その…… すいません……」 「謝らんでもええよ、それとな…… まだ修正は終わりやないで?」 「はい、すいません。 って後はどうすればいいですか?」 「ここ最近な、私仕事頑張ったやろ? それのご褒美も一緒に欲しいなぁ」 少しいじけた様子で、小言を言った後、はやてはシンの手を握りなおして、目を閉じた シン「(や、やばい…… マジで可愛い。 最近はバリバリのキャリアって感じだったのに、今は普通に可愛い女の子で……)」 目を閉じて、可愛らしくキスを要求するはやては信じられないほどに魅力的で、ぐつぐつ煮えた頭でシンは恐る恐るはやての肩に手を置き、 自分の方へ寄せる。 そして自分も目を閉じてゆっくりと…… (きたきたきたきたきたぁぁぁぁ!!!! 一週間もの長い間、なのはちゃんやフェイトちゃんの用にガッツきたいのも我慢して、これでもかって ぐらい仕事した甲斐があったてもんや!!) 邪な考えとは裏腹に、二人を包む空気は恋人のそれ…… 唇が僅かに触れそうなその瞬間、桃色の魔力弾が精密射撃でシンをはやてからブッ飛ばす!!! 「気になってたんだ、ここ最近のはやてちゃんの態度……」 そこでなぜだかはやてではなく、シンにアクセルシューターをブチかます、管理局の白い悪魔が空気を揺らめかせながら、ゆっくりを現れた!! ジャーンジャーンジャーン!! げぇ!!なのはちゃん!?!? とははやての弁 はやてでは無く、シンに攻撃を当てたのは複雑な乙女心ゆえか! そこ! 冥王とか言わない!! そして吹き飛んだシンの体が、壁に激突する寸前に金色の閃光が奔り、彼を受け止めた。 その姿、正に雷光!! 「大丈夫? シン? シンは危うくあのチビ狸に騙されそうになっていたんだよ」 ホールにゆっくりとシンを横たえてながら、フェイトが物騒な事を言う。 だがシンはあまりの痛みのせいか、状況がよく分からない。 いや、分かるはずも無いけど…… 「なんで邪魔しよるんや? あ? 騙すって随分な言い草やなぁ自分ら……」 いつの間にかバリアジャケット姿になったはやてが静かに答える。 ゆらりと立ち上がる姿は、夜天の王にふさわしい。 「純粋なシンに付け込むようなやり方は良くないよ」 「それにはやてはツメが甘いよ、監視カメラの存在と当直を忘れてたの?」 「シグナム達を抑えとして置いといたはずなんやけどな」 「「いまの私達に敵はいない!!」」 それもそのはず、クロノに頼んで(脅して)リミッターを解除しているのだから、解除していない副隊長と医務室官と犬っころなんぞ、 燃え上がるこの二人の敵では無い。 「シグナムは強敵だけど今は医務室でシャマルと一緒に寝てるよ」 「ザフィーラとリィンもね」 「あの子達の敵討ちもせなあかんわけやな……ん? そういえばヴィータはどうしたん?」 「そういえば見てないね、まぁ居ても敵じゃないけど」 「けど、そんな事どうでもいいよね? 覚悟は出来てる? はやて、私は出来てるよ」 ヴォルケンリッター随一の突貫娘の不在を、怪訝に思いながらも三人は魔力を解放していく。 最早シンに止めることなど出来ようはずも無く。 しかしそれでも、シンは! シンは三人を止めるつもりで! 痛む体を起き上がらせて一瞬上向き!! ヴィータとバカデカイ鉄槌を見た!!! 「はやての頼みとはいえ納得いかねぇぇぇぇ!! ギガントシュラァァァァァァァークッ!! 往生せいやぁシィィィィィィィィンッッッ!!」 眼前の友達にして恋敵へ意識を集中していたせいか、戦闘モードで対峙していた三人は、反応が遅れて振り向くのが精一杯。 シンは振り下ろされる鉄槌を見て『おいおい、それなんの冗談だよ? 流石に俺に死ぬんじゃね?』なんて事を思った。 「非殺傷設定とかあれの前じゃ意味無いだろ、常識的に考えて。 どうみても魔力ダメージだけじゃ終わりそうも有りません、 本当にありがとうございました。 こりゃ死んだな、俺。 マユ、ステラ、レイ、ミネルバの皆。 いま逝くよ」 死の瞬間、走馬灯が流れるという。 それは脳が過去の情報を超高速で検索し、事態を回避する手段を探す一種の防衛本能だ。 巡る回しく流れ映像、ゆっくりとさえ見える、自らを襲うハンマーを見ながらさよならをした過去の人達に、会いに行く覚悟を決めた。 いま、会いに行きます…… 黄泉返りは流石にムリポ…… 数日後 「はい、シン。 あーんして」 「あのな、ティアナ。 見舞いは嬉しいけどそれはちょっと……」 リンゴを剥いてシンに差し出すティアナに、シンは恥ずかしそうに断る。 そこで彼女の剥いたリンゴ並みに真っ赤な顔と、必死な様子を感じ取れないから君はダメダメな奴なんだよ。 微妙な空気が流れる病室、場違いに元気な声の侵入者が来るまで、そこは青春の甘酸っぱいモジモジ空間だった。 「シン! 見舞いにきたよ~あれ? ティアナもいるじゃん」 「なっ! なによ! 居ちゃ悪い!? 同僚の見舞いに来るのがそんなに不自然っ!?!?」 空気読めよ!! そう言いたげなティアナの視線をガン無視して、スバルが鼻歌交じりにプロテインを取り出す。 「「なんでプロテイン?」」 異口同音で疑問を口にする。 見事なユニゾンだ。 「栄養価高いじゃん? 直りも早くなるかな~って、ミキサーとミルクも持ってきたしね。 おっ、リンゴだ。 一緒に入れるよ~ いいよね?答えは聞かないけど」 そういってリンゴとミルクとプロテインを、あっという間にミキサーに放り込み、プロテインジュースを作るスバルに猛然と ティアナが噛み付く。 そりゃ噛み付くわな。 「ちょっと! なんであんたは人の話を聞かないの!!」 「え~別にいいじゃん、減るもんじゃないし~」 「減るんだよ!! リンゴとかバリバリ!!」 ギャアギャアと言い合う二人に、ため息を付いてプロテインジュースを飲みながらシンは呟いた。 「ここ病室なんだぜ? 静かにしろよって言っても無駄だしな…… あぁ、ゆっくりしてぇな……温泉とか。 おっ、意外にこのジュース美味しいな」 切実な想い。 叶わない願い。 せめて入院生活だけはと、願ってもそれすらも…… 「「「始末書が無くならない……」」」 「当然だろ? 始末書だけで済んでることが奇跡なんだから。 あぁ、それからシンの病院は君達には教えないから、そのつもりで。 理由は分かるだろ? 流石に。 そこっ! 手を休めない!! それにしても彼の耐久度は異常だな…… ほらっ! さっさと手を動かす!」 「「「近い内に彼とは実践形式の模擬戦ね……手加減は出来そうもないかな」」」 なんでこんな課の後ろ盾についてしまったのだろう? 僅かに後悔しながらもクロノ提督の叱責は止まない。 そんなは着実に死亡フラグを立てて居る事に気づかない…… 一覧へ
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1 シン「……はやて隊長」 はやて「ん?なんやシン」 シン「俺、確か仕事中に貧血で倒れたんでしたよね」 はやて「そうや。ビックリしたで」 シン「で、わざわざ俺を医務室に運んでくれた、と。本当にありがとうございます」 はやて「ええよお礼なんか」 シン「……それはそれとして」はやて「?」 シン「なんで俺、はやて隊長に腕枕されてるんですか?」 はやて「医務室の枕が『なぜか』全部洗濯中だったんよ」 シン「……まぁそれはいいとして」 はやて「ふんふん」 シン「なんで俺達下着姿なんですか?」 はやて「シンを医務室に運ぶ途中で『偶然』ホースの水にぶち当たってなぁ」 シン「それで?」 はやて「ここ全年齢板やし全裸もどうかと思ってな」 シン「……まぁ百歩譲ってそれもいいとして」 はやて「ふんふん」 シン「なんで足を絡めてるんですか?」 はやて「濡れて寒いだろうと思ってな」 シン「……まぁそれもいいとして」 はやて「ふんふん」 シン「……なんで反対側にフェイト隊長がいるんですか?」 フェイト「え?便j…」 シン「すいません、やっぱいいです」 2 ヴィヴィオ「パパー! はい、これあげる!」 シン「これは……」 【かたたたきけん】と書かれた三枚の折り紙 ヴィヴィオ「パパお仕事で疲れてるから……いつでも使ってね!」 シン「あ、ありがとうなヴィヴィオ(かわいいなぁ……財布に入れて御守りにしよっと)」 ヴィヴィオ「じ~~~」 シン「♪~(テレビを見ている)」 ヴィヴィオ「じ~~~」ソワソワ シン「…………」 ヴィヴィオ「じ~~~」ウズウズ シン「……一枚使おうかな」 ヴィヴィオ「は~~い!!」 はやて「成程……こういう手もアリやな」 ~後日~ はやて「シン、これ受け取ってくれへんか」 シン「ん?なんです?」 【プロポーズ券】×10 シン「( ゚д゚)……」 はやて「な、なるべく早めに使ってや///」モジモジ シン(……エリオにでもやるか……) フェイト「はいシン!」 【便乗券】×50 フェイト「便乗してほしいときに……」 シン「必要ないだろ」 3 シン「・・・・・」 なのは「う、あ・・・・・」 フェイト「姉さん・・・・?母さん・・・・?そこに・・・」 スバル「・・・・・うぇぇ」 ティアナ「あれ?皆何倒れてるの?ん、パスタ?」 シン「やめ・・・、・・・アナ、それは・・・・(ガク)」 ティアナ「こ れ 喰 っ て い い か な ?(笑顔)」 ティアナ「ワタシノ・・・カラダハ・・・・ボロボロだ・・・・」 カチャーンとフォークが落ちる音が響き食堂から光が消えていった・・・ 4 強襲のはやて はやて「ふ……ふはははは……」 シン「何がおかしいんだ、アンタって人は!?」 はやて「私の勝ちやな、シン。今ざっと計算してみたけど、世界の半分は女難に染まるで。スレ住人の頑張りすぎや!」 シン「なめるな!」 はやて「シン、何をする気や!?」 シン「たかが女難ひとつ、パルマで押し返してやる!」 はやて「なんやて!? 正気かいな、シン!?」 シン「アンタほど急ぎすぎもしなければ、女性に絶望もしちゃいない!」 はやて「女難は始まっているんやで!」 シン「パルマ・フィオキーナは伊達じゃない!」 シン「なんだ? やめてくれ、こんなことに突き合う必要はない!」 レイ「お前だけに辛い思いはさせん!」 シン「しかし、その補正じゃ! キョンにイスラまで、無理だよ、皆下がれ!」 ルルーシュ「世界がダメになるかならないかなのだ、やってみる価値はある!」 シン「ダメだ! 女性陣からフルボッコにされるだけだぞ! 女装している大河やカズヤまである!」 ディアッカ「うわぁぁぁっ!」 イザーク「ディアッカァ!」 はやて「結局、遅かれ早かれこんな女難だけが広がって世界を圧し潰すんや。ならアンタは、自分の手で私の婿になって贖罪せなあかん。 シン、なんでこれが分からんのや?」 シン「離れろ! パルマの力は!」 はやて「こ、これは……パルマの共振? 男の意志が集中しすぎてオーバーロードしとるんか!? なのに、恐怖は感じへん。 むしろ熱く、欲望を感じるなんて」 シン「何もできないで!」 タクト「光の向こう、男性陣が弾き飛ばされている!」 議長「もっとよく観測しろ! 何が起こっているんだ!?」 はやて「そか……せやけどこの熱さを持った女性達がアンタを欲しがるんや。それを分かるんや、シン!」 シン「分かっているよ! だから世界に、男の意地を見せなきゃならないんだろ!」 はやて「はん! そういう男の割にはユーノに冷たかったやないか!」 シン「俺はマシーンじゃない! 高町隊長をユーノに振り向かせることなんてできない!……だからか! アンタは高町隊長を邪魔者のように扱って!」 はやて「そうか、ユーノはなのはちゃんを求めてたんか。私はそれに気付かずに、なのはちゃんの当て馬にすることも考えつかなかったんやな」 シン「アンタほどの人が、なんて器量の小さい!」 はやて「シンは私のダーリンになってくれたかもしれない男や! なのに振り向かないあんたに言えたことかいな!」 シン「ダーリン? 俺が!? うわぁっ!」 なのは「……はやてちゃんが」 アティ「高町さん、どうしたんですか!?」 ラミア「女難が世界から離れていくでございますことですことよ」 ことり「そんな!?」 ラクス「女難の浸食率変化、完全に世界から………………………………離れませんわね」 女性陣「やっぱりね」 -25へ戻る -27へ進む 一覧へ
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もっとも、やったデスティニーにとっては何のことはあるのだが。 『―――ぶ、はァッ!!』 緊張から解き放たれ大きく息を吐く。確かに理屈では問題はない、問題があるのだとしたら打ち抜くのが遅れることぐらい。 だからと言って上手くいく保証があったわけでもない。下手をすれば自分で自分のクランブル・ポイントを砕いていた可能性もあった。 ほぼ間違いないとは言っても、正直他の手段があるのならこんな危険すぎる橋は渡りたくなかったというのがデスティニーの本音。 そんなデスティニーの心境を知る由もないフランは手を押さえながら痛みに顔をゆがませる。しかし心中を埋めるのは目の前の機械人形を破壊できなかったことへの不満と、そして―――そして? 「っ、もう、要らない手間をかけさせて!」 もう一度掌を開き能力を使おうとするが、足止めもしない雑な行動をデスティニーが見逃すはずもなく。 一気に接近してCIWSを近距離から放つ。流石に目に入ると不味いとフランも理解しているのか能力の発動を切り上げて手で顔を防ぐが、デスティニーにとってはその行動も都合がよくて。 顔の前まで上げられた手をデスティニーの鋼鉄の手が掴み、手首を捻じりあげる。 「ッつぅっ!?」 捻じりあげられた痛みにフランが呻き、そしてデスティニーの顔を見る。感情を映さない硝子の瞳、能面のような白い顔、そして目じりに走る血の涙のような、或いは悪魔じみた赤いライン。 息をのむフランに向けてデスティニーは静かに、一言だけ呟く。 『――――』 その言葉を聞いたフランはかっと頬を赤く染め、ぶんぶんと片腕をでたらめに振り回す。その赤みと行動は羞恥ではなく怒りから来るもの。 振り回す腕がデスティニーに当たり手首の拘束が緩むとそのままデスティニーの腹を蹴飛ばして強引に距離を開ける。 そうして距離が開くとブツブツと苛立たしげな呟きをし始める。 「……にして……かにして……バカにして、バカにして、バカにしてぇっ!」 腹を押さえながらデスティニーは体勢を整えて片手でフラッシュエッジを引き抜く。 その視線をフランから逸らさずに機体の状態を確認。 (ぐ、ぅ………デスティニー、動力部は大丈夫か?) (問題はないがね……腹部フレームが少し歪んでいる、どれだけ馬鹿力なんだか) (動きゃいいさ。それより………あの反応からすると「図星」みたいだな) デスティニーがフランに呟いた言葉はたった一言。 怖いか。 ただその一言だけ。ただ鼻白めばいいだけの言葉に対しての過剰な反応。その反応が如実に真実を映している。 一番最初に気付いた違和感は、気が振れているという霊夢の評に対して気を失った美鈴に向けた心配そうな眼差し。気が振れているのならあんな目が出来るはずもない、ならばフランは少々情緒不安定なだけの小さな子供ではないのか。それがシンがフランを見ていて感じたこと。 それを踏まえた上で早くデスティニーとの戦いを切り上げようとしていることを考えれば、ある程度は予測はつけられる。 後はフランに確認の言葉を投げつければいいだけのこと。反応はまさしくデスティニーが予想した通り。つまり、フランは自分に恐怖を感じ始めているということ。 本人はまだはっきりとは認識していないだろう、ただ早く勝負をつけたいだけ。しかし勝負を切り上げようとする焦燥や挑発に対する怒りはどこから来たものなのか。 結局のところ、彼女はこれ以上デスティニーと戦うことが怖いのだ。だからこそ勝負を早くつけようとする――デスティニーと相対する時間を少しでも早く終わらせたいと考えだす。図星を突かれ、動揺する。 500年近く生きていたとしてもほとんどこの屋敷の中のことしか知らないフランとは違い何度も何度も、それこそ初めての出撃の時から死線をくぐり抜けてきたシンとでは時間の濃度が違う。 その濃度の違いがフランの心に恐怖心を抱かせる。今はまだ焦燥や苛立ち程度だろう、しかし心に芽生えた恐怖の種は最後の詰め、肝心要となる部分で必要になってくる。 (どうにか……仕込めた、か。ならさ、後は。詰めてくっ!) 満月を背に鉄の翼を広げ、デュアルアイを緑色に強く光らせるデスティニーを見てフランは身体をふるりと震わせ首筋が泡立たち、掌にじんわりと汗が滲む。 自身が感じているものが何なのか、彼女は知らない。まだ、知らない。 ―――ZGMF-X42S、デスティニーは欠陥機である。兵器としては最悪といってもいい。どうあってもその評価はもう動かない。 ならば。デスティニーは「弱い」機体なのか? 否である、その答えはまったくもって否である。豊富な武装もさることながらそれ以上に人体と遜色のない柔軟な可動により、剣の達人が操れば巨大な鋼鉄の剣聖と化し、銃の名手が操れば戦場を制圧する銃神と成る。 乗り手の能力をダイレクトに増幅させて発現させ、人類の歴史そのものが武器となる、マン・マシン・インターフェイスの完成形。それがデスティニーという機体の本質。 MSの兵器としての一面ではなく、人類が宇宙に適応するための巨大なパワードスーツとしての一面を色濃く受け継ぎ完成させた、本来あるべき姿のはずが時代の流れの中では異端となってしまった奇妙な機体。 反応が早いわけでもなく格別飛び抜けた技量を持たないシン・アスカは強いとは言えない。器用貧乏とも言える兵器としてあまりある欠陥を持つデスティニーは強いとは言えない。 だが、その二つが噛み合ったのなら。シン・アスカの叩き上げていった努力に応えられる機体があるのなら。デスティニーの性能を限界まで引き出す努力を行う乗り手がいるのなら。 デスティニーガンダムは強い。シン・アスカとデスティニーが共にあるのなら、剣聖になれずとも銃神になれずとも、どんな欠陥などものともしないほどに。 「やああああ!」 叫び声と共にレーヴァテインを大きく振り回すが、脚部スラスターを噴射され距離を開けられレーヴァテインは空を切り、距離を開けられたときにビームライフルを連射されるだけに終わってしまう。 そうして開いた距離をフランが詰めようとしてもそれより早くフラッシュエッジを投擲されデスティニーの方から距離を詰めてくる。 舌打ちと共に迫るフラッシュエッジを手刀で弾くがデスティニーはその弾かれたフラッシュエッジを右手でグリップを握ってまた上段から斬りかかってきた。体を仰け反らせて刃を避けながらもデスティニーの行動にフランは意外なものを覚える。 (っ、また上から!? そういう……癖? みたいなものなのかな?) 先ほどのフォーオブアカインドの時にも感じたが切りかかる時、と言うより仕掛ける時は上段から仕掛けてきている。それも何度も何度も必ず決まって、だ。 今フラッシュエッジの刃をギリギリまで引きつけた上で避けることが出来たのもデスティニーが毎回上段から斬りかかってきたから今回もまた上段からではないか。そう予測したからこそ。 無論そう思わせておいて下段に切り替える、ということも考えないわけではなかったが、今の仕掛け方でそれは無いとフランは踏んでいた。 いい加減デスティニーの攻撃にも慣れてきて反応できるようになっていたところだ、無論それはデスティニーも感じていることだろう。ならわざわざ回避されて隙を作るような仕掛け方はフランの中の常識ではやりはしない。それでも行うのなら、それはもう完全に身体に染みつきとれない癖のようなもの。 デスティニーに気付かれないようフランはこっそりとほくそ笑む。正直な話この鉄人形を倒すとっかかりが見当たらなかったのだ、それがここにきて見せた致命的な隙。 (ふふん? やっぱり人間だね、詰めが甘すぎ。早く上からおいでよ、モツぶちまけてあげるよお兄さんっ) 距離を開けるために思い切り腹を殴りつけて吹き飛ばす。錐揉みしながら館の正門と衝突し轟音を立てて門が崩れ落ちる。 土煙の中光る一対の緑色の光、その光がデスティニーが健在であることを告げていて。 直後、大出力のビームがフラン目掛けて撃ち込まれる。危なげなく回避したフランが下を見れば瓦礫の山の中でデスティニーが長射程砲を腰溜めに構えている姿が。 (ぐぅ、う……デスティニー、損傷は!?) (不味いね、動力部の損傷はないんだが……腹部装甲のフレームとの接合が千切れかかってる。下手したら装甲が持ってかれるよ!) (くそっ、当たったらどうってことあるってことかよ!) うっとおしそうに機体に引っ掛かった瓦礫を振り払い、フランを寄せ付けないように地面を走りながらビームライフルを乱射。 とにかくどうにかしてフランの上をとらなくてはならないが、下手に上昇すれば当然フランに蜂の巣にされてしまう。 フランに隙を作った上で一瞬で構わない、彼女の上をとり、そして。 (多分……かかるはずだ。なら後はどうやって上がるか、か) 上空から撃ち込まれる光弾をソリドゥス・フルゴールで防ぎ光線を装甲に掠めながらも致命的となる一撃を回避しながらデスティニーはフランの隙を窺う。 向こうから降りてきてくれるのが一番ではあるのだが先ほどから自分からはデスティニーに寄ろうとはしない、こちらから接近してもすぐに距離を強引に開けようとしてくるぐらい。 (なら、一度落とす……か) (装甲もいい加減不味いんだがね?) (持たせるのがお前の役目だろ、なるたけ避けるから!) 心の中で言うが早いか、ウイングスラスターを広げ一気に上昇する。隙だらけのデスティニー向けてフランは杖を向け、スターボウブレイクを撃ち込んでいく。 機体を捻じり、スラスターを噴射し、盾を両腕に構えて防ぎ避けるがそれでも全く損傷が無いわけもなく。 空気を裂く音が響く中、装甲が削れる甲高い音が混じる。回避しきれず掠めているだけだがそれでも光弾の量が尋常ではないのだ、VPS装甲と言えど徐々に削れ内部のフレームが露出していく。 だが、それだけの価値はあった。スターボウブレイクで勝負を決められると思っていたのか、眼前に迫るデスティニーに目を見開き驚いた表情を浮かべていて。 「―――ッ!」 『ん、な、クソォォオオ!!』 慌ててデスティニーから距離をとろうとするが、それよりもデスティニーがフランの腕を掴む方が早い。そのまま衝撃が出来るだけ少なく済むよう紅魔館だった瓦礫の山目掛けて投げつける。 轟音と瓦礫を巻き上げてフランが紅魔館の残骸に叩きつけられたのを横目にデスティニーはかろうじて無事に建っている時計塔を見る。 (ン……よし、後は、あの子が上がってきたら……………う?) デスティニーのセンサーが森の中の反応を捉える、その数は5つと小さな反応が1つ。考えるまでもない、魔理沙達だろう。 近づいてきた理由は………まあ、ここまで派手にやらかしたからだろう。というよりここまでやっておいて来ない方がどうかしている。 (どうする……どうする!? あの子は俺に気をとられてるけど、だからって魔理沙達に流れ弾がいく可能性が……いや、魔理沙達の方に突っ込んでくかも……くそっ、な、ら、さ!) 『デスティニー! アロンダイトっ、使うぞ!』 「ここでか!? ――――ン、了解!」 デスティニーが言うが早いか背部ウェポンラックに収まっていたアロンダイトの刀身がバシャンと小気味のいい音を立てて展開、同時にデスティニーは地上に降り立つべく一気にスラスターを噴射する。 両手でアロンダイトの柄を掴み一気に引き抜きながら、ずどんという轟音を響かせてデスティニーが大地に立つ。 そして、虫の羽音のような低い音が脇構えに構えられたアロンダイトから静かに聞こえてくる。暗闇の中、デスティニーの瞳とアロンダイトの光刃が鮮やかに浮かび上がっていて。 背後から聞こえてきたのは魔理沙の戸惑うような声、いやだが今は。デスティニーが構えているアロンダイトなら与しやすいと考えたのかフランがレーヴァテインを大上段に構えて突っ込んできている。 どんどんと距離を詰めてくるフランに対してギリギリまで動こうとしないデスティニー。そうして限界まで引きつけておいて、上段から振りおろされるレーヴァテインを迎え撃つべくアロンダイトを跳ねあげ袈裟に斬りつける。 ぶおん、と豪快な風切り音を立てたアロンダイトがレーヴァテインとぶつかりあい一瞬火花が散る、エネルギーの総量で上回るレーヴァテインがアロンダイトのビーム刃を突き破り実体部に当たり。 そのままフランが吹き飛ばされ、瓦礫と化した紅魔館で時計塔と並び無事だったレミリアの部屋へとブチ当たり部屋が粉砕された。レーヴァテインが直にぶつかったアロンダイトの実体剣部は僅かに焦げただけで変形一つ起こしていない。 ―――――宇宙空間は無重力である。子供でも知っている当然のことだと偉い人は笑うが、しかしそのことを感覚としてどれだけ理解できていることか。 例えば、だ。戦艦に向かって突っ込んで来るMSがいたとしよう。そのMSをビームサーベルで叩き切り、もしも爆散しなければどうなるだろう。 重力圏ならばそのまま重力に引かれて地上へ落下するだけだろうが、宇宙ではほとんど減速することなく戦艦へと向かうことになる。当然だ、ビームサーベルにはMSの重量を支えられるほどの干渉力があるはずもない。 戦艦ならばそのまま轟沈するだけで済むだろうが、もしも迫られているのがコロニーだとしたら? それを防ぐために実体剣は存在する、どれほど非効率的と嘲られようとも宇宙空間での戦闘を行う以上絶対に必要なものなのだ。だからこそデスティニーガンダムはアロンダイトを今もなお背負い続けている。 高出力など必要ない、精々MSのPS装甲に傷をつけられる程度でいい、後は強固な実体剣部でフレームを圧し折る。必要なのは戦場で長く扱えるような硬度と耐久性、そして切りつけたMSを確実に弾き飛ばせる重量。対艦刀の名を冠してはいるが戦艦の装甲を引き裂けるよう出力に重点を置く対艦刀とはまるで違うコンセプト。 むしろ、正当進化した重斬刀。それがアロンダイトという兵装の実質。 構えたまま吹き飛んで行ったフランをアロンダイトを振り抜いたまま見ていたデスティニーだったが、ぶん、と残心を行いアロンダイトを背部ウェポンラックへと収めた。 轟音と共に瓦礫に埋まったフランがすぐに立ち上がりまた上空へと上がっていったからだ、すぐに追わなくては。そろそろ決着を付けられるだろう、そのための布石はもう十分打ってある。 と。背中から戸惑うような声が。 「え、あ、誰だお前、って、いうか、シンは。シンをどこやったんだよ!?」 魔理沙の声。彼女からしてみればシンとフランが戦っているはずなのに当のシンはおらず、代わりにいたのはシンとは関わりのなさそうなゴツゴツとした機械人形。戸惑うのは当然だろう。 本当ならちゃんと説明すべきなのだろうが、そんな暇があるわけもなく。だから、せめて。 ぽん、と。本当に何気なく魔理沙の頭に手を置く。撫でるでもないその動き、しかしその動作は淀みもなく何よりも優しくて。 まるで違う姿なのに、その動きはシンを彷彿とさせる。だから、魔理沙は思わず口にしていた。 「――――シン?」 魔理沙の言葉に機械人形は応えない。何も言わずにただ、心配するなとでも言いたげに魔理沙の頭から離した手を軽く振り、そのまま上空へと飛翔していった。 (馬鹿だね、君は。そんなことやってる暇はないだろうに) 揶揄するようなデスティニーの言葉、だが咎めるような響きはない。 (馬鹿さ、俺は。馬鹿だからな、馬鹿をやり続けてるんだもんな、馬鹿だよ俺は。けど…………お前もさ?) (分かってるよ、分かっているんだ、君に付き合う僕はもっと大馬鹿なんだって……シン、ウイングバインダーからのミラージュコロイドの散布量を上げるよ!) (ああ、限界までやってくれ! ミラージュコロイドも……それに、速さも!) 展開し広がったウイングバインダーから鮮やかな紫色の光が噴出し一気にデスティニーが加速、高温に熱せられたミラージュコロイドであるその光はウイングバインダーから排出される端からまるで鳥の羽のように千切れていって夜の闇に消えていく。 一切速度を緩めることなくフランの周囲を飛び交いながらビームライフルを乱射しながら接近し、すれ違い様にフラッシュエッジで切りつける。 しかし、フランもデスティニーの速さに反応できていないわけではなく、すれ違った瞬間に小さな光弾を確実に当てていく。 デスティニーの速度こそ落ちないもののその攻撃はデスティニーの装甲を確実に削っていき、徐々に内部フレームが露出していく。 それでも、デスティニーは速度を緩めることなくフランが僅かに見せる隙をついて長射程砲を乱射し撃ち込む。速度が速度だけに照準が定まらず砲身もガタガタと震え安定しないためほとんどは当たることなく空へと消えていく、しかしそれ以上に狙いを付けられない理由がある。 『―――グゥウウウウ!』 方向転換の際にかかるGでデスティニーの機体がぎしぎしと音を立てて軋む。極力径を大きくして旋回してはいるものの一切減速せずに方向を変えているのだ、いくらVPS装甲が頑丈でもフレームが持たない。 だが、あと少し。空中に撒き散らされたコロイド粒子があともう少しだけ足りない。尚も長射程砲を乱射するが、碌に冷却も行わずに連射し続けた銃身がどんどんと焼けついていく。 (銃身が焼けつくまで撃ち続ける奴があるかっ、これ以上は撃てんよ、暴発しかねない!) (く、う? あともう少し、あともう少しだってのに………い、や? 待てよ……待てよ? どの道コレは使わなくて、だったら……だったら、ン、よし、いけるなっ!) 高速で飛行しながら手に握った長射程砲を背部ウェポンラックから取り外し、同時にアロンダイトを引き抜き構えることなく刀身を展開させる。 だがデスティニーが動くよりも速くフランがレーヴァテインを振りかざし迫る。レーヴァテインを胸に突き立てようとするが、デスティニーが膝を顔の近くまで垂直に上げてレーヴァテインの光刃をカチ上げる。 それでも完全に逸らすことはできずにレーヴァテインがデスティニーの頭部へと接触、首を捻じって頭が吹き飛ぶのだけは避けられたが右のカメラアイに突き刺さりそのまま後頭部まで突き抜け、右方ウイングバインダーまでも半分ほど千切れて飛んで。 『グ、ゥ、ォォオオオオオ!?』 ぶちぶちと回路が引き千切れる激痛と共に視界がブラックアウト、一瞬後にサブモニターが起動し視界が戻る。パチ、パチと抉られた頭部からは火花が飛び頬の装甲も一緒に引き千切られてしまい内部機構から冷却ガスが噴出していて。 しかし、その甲斐はあった。勝利を確信したフランに隙が出来ていて。 備えていた長射程砲を無造作に放り投げ、同時に脚部スラスターを逆噴射して距離を開けながらアロンダイトをフラン目掛けて勢いよく投げつけた。 「うぇっ、まだぁっ!?」 頭部を破壊されてもなおしぶとく追いすがるデスティニーに苛ついた声―――本当にそうなのかは分からないけれど―――を上げながらもフランは迫るアロンダイトを危なげなく回避する。 呆気ないとも感じる回避、しかしアロンダイトを避けることに集中しているが故にデスティニーの本命には気付かない。 ビーム刃が出ている状態の、空を切る音を立てながら回転するアロンダイトがエネルギー自体はまだ残っている長射程砲を叩き切ることでスパークが発生、コロイド粒子をまき散らしながら閃光がフランの目を焼く。 「くぅっ!?」 いくら吸血鬼といえども、至近距離からのビームコンフューズを受けては網膜が焼き切れる。無論再生される、再生はされるが即時再生というわけにはいかない、確実に隙が出来るのだ。 その隙を逃してくれるほどデスティニーは甘い相手ではないということはいい加減フランは思い知っている、確実にこのタイミングで仕掛けてくるだろう。 だが―――だが。知っている、フランは知っている。デスティニーには仕掛ける時は上から仕掛けてくるという癖があることを。 今は確かに目が見えない、しかしスターボウブレイクを待機させておくことでデスティニーの接近を妨げることならばできる。 がづん、と音がした。恐らくは投げたアロンダイトが時計塔に突き刺さった音だろう、しかし今はそんなことはどうでもいい、重要なことではない。 重要なのは。網膜は治り、「見える」ということだけ。そう、分かっているのだ、上を見上げれば――― (――――見ぃぃつけた♪) デスティニーがいるということを。きゅうっ、と口が三日月のように吊り上がり空中で静止しているデスティニー目掛けてレーヴァテインを伸ばす。 この至近距離、外すことなどあるはずが無くレーヴァテインがデスティニーの胸に吸い込まれるように突き刺さり。 そのまま、何の抵抗もなく突き抜けた。比喩表現ではない、本当に何の抵抗もなかった。それこそ、まるで霧に杖を突き立てたかのような。 ―――地上から、羽虫が羽ばたくような生理的嫌悪を感じさせる音が聞こえる。同時に、かち、かちと言う音も。 フランは理解する、理解してしまう。仕掛ける時は必ず上から、デスティニーにそんな癖などなかったことを。ただの自分に都合のいい思い込みだったことを。そして今、自分が感じている感覚を。 かち、かちと固い物が触れ合う音がする。かち、かちと耳元で音がする。かち、かちと自分の歯が鳴る音。 地面に降り立ち、翼から紫の鮮やかな光をまき散らし、真っ直ぐ右腕を伸ばし掌に光球を握るデスティニーに恐怖する音。 ―――MMI-X340、パルマフィオキーナ掌部ビーム砲。デスティニーガンダムが両の掌に持つ特徴的なこの兵装。 状況に合わせて的確な兵装を選択しなくてはならないという欠点を持つデスティニーの中では比較的どのような状況での使用に耐えられる兵装ではあるが、しかし近距離での奇襲以外にはやや扱いづらい兵装でもある。 デスティニーの爆発的な推進力があるからこそ真正面から突進してパルマフィオキーナを直にブチ当てられるが、そもそもいくら出力がジェネレータに直結しているとはいえ砲口の小ささと砲身の短さからどうしても出力を上げづらいのだ。 集束率を変えることでビームライフルから目晦ましまで使えるが、撃墜となるといずれ装甲の技術躍進に追い付けなくなることは自明の理。 だからこそ改修するのならば欠点を補うか、それともいっそのこと取り外すかだ。シンが選んだのは前者、出力を増加させる方法。とはいえただ出力を上げるだけではただのいたちごっこ、根本的な解決とはならない。 本来ならそのままパルマフィオキーナは撤去されるだけの話だったのだが、その状況はラクス・クラインの「互いが互いの抑止力となれるよう軍事力を均一化する」という目論見で行われたプラントと地球連合との技術交換で一変する。目を付けたのは特殊装甲、エネルギー偏向装甲ゲシュマイディッヒ・パンツァーである。 元々は強烈な磁場を発生させることでビームの軌道を曲げるための兵装であり、フリーダムの兵装の中でも最大出力を誇るパラエーナプラズマ収束ビーム砲をも歪曲させるほどの磁場を発生させ得ていたもの。 しかしデスティニーに使用するものはそれよりもごく小規模なもの、パルマフィオキーナの周りに使用しているだけ。当然それだけでは撃たれたビームを曲げることも撃ったビームを曲げることもできない。 だが、それは弾速の速い通常のビームの話。今デスティニーが行っているのは高温に熱せられたコロイド粒子をゆっくりと噴出しているだけ、その「遅い」ビームはゲシュマイディッヒ・パンツァーによって歪曲され徐々に円を描いていく。 円を描きつつもパルマフィオキーナからコロイド粒子が尚も噴出され、ゲシュマイディッヒ・パンツァーの磁場の中で圧縮されていく。 それを繰り返した結果、デスティニーの掌にはビームの球が形成される。超高温にして超高圧のビームの塊だ、MSの実体盾ならば紙きれのように容易に貫通し要塞に使われるPS装甲すらも溶解させうる。 泣き所は範囲がピンポイントすぎて当てづらいことと、ビーム球の形成に時間がかかることだろう。当て難さはシンの戦術でどうにかカバーするとして、問題はどうチャージの時間を稼ぐか。 わざわざフランに目晦ましをかけたのはそれが理由、閃光が炸裂した瞬間一度フランの頭上をとり、即座に地上目掛けてスラスターを吹かしていた。ウイングバインダーと叩き切られた長射程砲から周囲に撒き散らされたコロイド粒子はデスティニーの姿をスクリーンに焼くように鮮明に浮かび上がらせていて、それも時間を稼いでくれた。 全ては、パルマフィオキーナを最高の形で叩きこむための布石。そして今。パルマフィオキーナのチャージが終わる。上空に浮かぶフランを見上げてカメラアイを緑色に光らせ。 「――――――ひっ」 フランが息をのむ、その仕草も顔も雰囲気も、何もかもがデスティニーに対する恐怖に染まっていて。 手を伸ばしありとあらゆるものを破壊する程度の能力を精度を落として発動、手当たりしだいに周囲の物を破壊する。雑に破壊することで生まれる衝撃は波紋となって光弾をまき散らしデスティニーを襲う。 デスティニーは地面を蹴り、自らの足で駆けながら弾幕を避けていく。全てを避けることはできずに徐々に装甲が削られていくが、その姿からは明確で強い意志が感じられて。 (だい、じょうぶ、だいじょうぶ! 翼が壊れちゃってるんだもの、私がいるとこまでは登ってこれない、私はここから弾幕を張ってればいいんだよ、簡単なことじゃあない!) 安心しながらも恐怖を拭いきれないフランの心境を知ってか知らずか、デスティニーは光弾を避けながら地面を駆け、時計塔を目指していく。 頭部は右半分がスクラップ同然となり、ブレードアンテナは折れ、ショルダーアーマーは千切れ、所々からフレームが見え隠れしている、そんな姿になってもなお駆け抜け、時計塔まで辿りつき。 跳躍し時計塔の壁を片手で掴んで張り付く、しかしそれだけではフランに届くはずもなく。だからこそ、時計塔の壁を蹴り、直後スラスターを噴射し再び壁に張り付く。それを何度も繰り返すことで煉瓦が砕ける音と共に壁を蹴り登っていく、最早壁を手で掴むこともせずただ蹴りとスラスターだけでどんどんと高く。 フランも光弾を撃ち込んでいくが真っ直ぐに上を目指すデスティニーを追い切れず、機体を掠めて壁にひびを作るだけに終わってしまう。デスティニーは抉られた装甲から覗くフレームが削られながらも尚も上を―――時計盤に突き刺さったアロンダイトを目指し、辿りつく。 時計盤に突き刺さったアロンダイトの上に飛び乗る、デスティニーの重量に軋んだ音を立てるがそれでもアロンダイトは折れることなく。 腰を屈めながら翼を広げ、伸ばした右手に光球を携えるその姿は止まり木に止まった悪魔のようで。 その姿をフランは歯をかちかちと鳴らし、身体を震わせながらただ見る。自分が館の外で悪魔の妹と呼ばれていることはなんとなく知っている、吸血鬼という存在が途方もなく畏れられていることも。 だが、そんなことを言っていた奴らはとんでもない大嘘つきだとフランは思う。だって、目の前の鉄の機械人形の方が余程悪魔めいているではないか、余程畏れに足る存在ではないか。あれに比べたら自分の、自分達の如何に脆弱なことか。 ………冷静に考えられたのなら、フランが今考えていることは本当に馬鹿馬鹿しいことだ。満身創痍のデスティニーと比べほとんど無傷なのだから、どちらが優位かなど考えるまでもないこと。 しかし、今現在のフランにとってはその馬鹿馬鹿しい考えこそが正しいこと、恐怖に焼かれた頭は目の前の取るに足らないはずの存在を途方もなく巨大なものと認識してしまう。 フランがもしレミリアのように外に目を向けていたのなら、もう少し正常に年を重ねていたのなら冷静さを失うこともなかっただろう、フランに敗因があるのならばそれは彼女の幼さ故。 そして。デスティニーが、アロンダイトを蹴り、飛び立った。 「―――ぅぅゃあああああ!!」 恐慌に駆られ、真っ直ぐフラン目掛けて突っ込んで来るデスティニー目掛けてスターボウブレイクを無茶苦茶に乱射する。しかし碌に狙いもつけない弾幕がデスティニーに通用するはずもなく、殆どが当たることなく時計塔に吸い込まれるように撃ち込まれ、時計塔が崩れていくだけ。装甲を掠めながらも速度を緩めることなく突進し続けて。 どうしようどうしようと思考は混乱状態、だがフランは今できることが一つ思い当たる。恐らくデスティニーは長い距離は飛べないだろうから背を向けて全速力で距離を開ける。状況的にもその行動がベスト、しかしフランはその行動をとらない、とりたくない。 背を向けることがプライドに障るから、ではない。あの機械人形から目を離す、そんなこと恐ろしくてとても出来ないのだ。だからと言って見続けることも怖くてとても出来ない。だから、フランが選んだのは下策中の下策。 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力で、向かってくるデスティニーを破壊する。これ以上デスティニーと向かい合わなくて済む、そんな心に支配されたフランにとっては下策も魅力的に映ってしまう。 そうすることを選んだはいいが、デスティニーのクランブル・ポイントを掌に収めようとする間にもどんどんと距離が詰まってきていて。 (はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやくはやくはやくはやくはやくぅぅうう!!」 知らぬ間に声に出ていることにもフランは気付けない、クランブル・ポイントが掌に収まるまでの時間は至っていつも通り、遅いわけではない。 だが急く気持ちがそのいつも通りを遅く感じさせる、一瞬のはずがフランにとっては無限に続くかのようで。 その間にも当然デスティニーはフラン目掛けて突っ込んできていて、掌の中の光がはっきりと目で見えるほどにまで近づき。 『パルマ―――!』 クランブル・ポイントがようやく掌に収まり後は握りつぶすだけ、しかしデスティニーももう腕を振りかぶっていて光球をフランにぶつけようとする寸前。 恐怖で混乱を起こしながら破壊しようとする、ただ破壊することだけを一心に願い、デスティニーがここからいなくなってくれるよう強く思う。 (壊れろっ、壊れろ! 壊れろ、壊れろ壊れろ壊れろ壊れて壊れて壊れて壊れて―――!!) だけど、もう。デスティニーの硬質な掌と光球は眼前に合って。 『フィオキーナァッ!!!』 「壊れてよぉぉおっ!」 ―――恐怖で極限状態のフランが意識を失う直前見えたのは、光球が無くなった大きな灰色の掌と、全身に細かな亀裂が入って崩れ去りそうなデスティニーだった―――