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暗闇を裂く朝の日差しの中、シン・アスカはジェフティのコックピットで目を覚ました。 (あれ? なんで俺、こんな所で寝てるんだ?) 首を傾げ、昨夜の事を思い出してみる。 ふと辺りを見渡すと、ボロボロになった毛布に包まれた抱き枕が一つ。 それをみて昨夜の記憶が、シンの脳裏に蘇った 残業(始末書)が終わり自室に帰る俺(デス子はすでに就寝済み) 疲れて眠ろうとシーツをめくると、そこには便乗ことフェイト隊長が! 「ウオーーーーーイ!」 思わず叫ぶ俺。 「どうしたの! シン! 」 ジャンジャジャーン! 「げぇ! 冥王!」 隣の部屋の壁をぶち抜いて、なのは隊長登場。 「冥王? シンあた……」 「いい加減にせい! あんた達、今何時やと思ってるんや!」 以前の凸乱入の騒ぎでショックを受け、まともに戻った(なった)八神部隊長の砲撃魔法が! 機転を利かし、デス子にシン・アスカ変装セット(黒い男性用カツラ、赤いカラコン、つり上がった付け眉毛)を付け 身代わりにして、ボロボロになった毛布片手に華麗なる脱出。 誰もいなくて静かな場所……即ち格納庫へGO! …………寒いからコックピットで寝よう。 デス子がいないとデスティニーは暖房きかないからジェフティで寝よう! 「エイダ。 悪いけど今日はコックピットで寝かせてくれ。 ……答えは聞いてない!」 「別に構いませんが、こんな所で寝たら風邪をひきますよ?」 「大丈夫。 俺コーディネーターだから。 んじゃお休み」 「あっシン。 いくらコーディネーターでも寒いのには変わりないでしょうに。 ……こうなったら仕方ありません」 (ああ、そうだった) 「……でも暖かいな、エイダ暖房入れてくれたのか? エイダ?」 コンソールを指で叩くが、反応がない。 (いやな予感がする。 それに待てよ、さっきの話、おかしくないか?) (俺は部屋から毛布しか持ってきてないのに、何で抱き枕があるんだ? ……そもそも俺は抱き枕なんて持ってないし) もぞもぞと毛布にくるまった何かが蠢いた。 (待てよ。 もしかしたら動物かもしれない。 昔から俺には、何処からか動物を拾って来る癖が……) 「……うーん」 明らかに女の子の喘ぎ声。 ( 無かったな。……じゃあ、中に入ってるのは誰なんだ? ) 勇気を振り絞り、毛布をゆっくり捲っていく。 そこにいたのは、肩くらいまで髪を伸ばした黒髪が印象的な、見かけはシンと同じ位の年齢の少女だった。 「あっ…」 あんたは一体誰何だァァアアアア!! と叫びそうになる自分を何とか押さえ、冷静に考えてみる。 1 あんたは一体、誰なんだぁぁぁぁぁぁ!と叫ぶ。 ↓ 騒ぎを聞きつけ、人が集まる。 ↓ コックピットに二人きり、しかも女の子はシンの膝の上。 ↓ 冥王「……頭冷やそうか?」 (´д`)マズー 2 冷静沈着、クールかつ、紳士的に相手を起こし、事情を聞いた後脱出。 ↓ 誰にも見つからない。 ↓ 頭を冷やさずにすむ。 ( ゚Д゚)ウマー 2だ! 2しかない! 毎回、毎回頭冷やしてて、このままじゃ頭冷やし殺されちまう! 第一頭冷やせば良いってモンでもないだろう、少しくらい熱くなっていた方がいい事だって…… いかん、愚痴っぽくなってしまった。 早速、紳士的に彼女を起こそうと毛布を捲り顔を見た瞬間、シンの頭に電撃が走った。 (……この子の何処かで会ったことがある!) 何処だったが頭を抱えているうちに、少女の目がゆっくりと開いた。 「あっ、シンおはようございます。 起床行動を開始します」 口を開くと同時に、少女のアホ毛がピョコンと立った。 シンはその声と口調に、聞き覚えがあった。 「君、もしかしてエイダか!?」 「そうですが、何か問題が?」 目の前の少女は眠そうな目をこすり、首を傾げながら言った。 「いや、あるだろ!」 すばやい突っ込み。 「そのーなんだ。 くっ、突っ込み所が多すぎてどうにも……」 頭を抱えてしまうシン。 そんな様子をエイダは不思議そうな顔で、頭頂部のアホ毛をピョコピョコと動かしながら見ていた。 「そのシン。 まずは目に付きやすい所で「そのアホ毛はなんだぁァァ」辺りから始めてはどうでしょう」 見るに見かねたのか、頭を抱えているシンに提案した。 「いや、アホ毛自体はルナマリアで見慣れてるし……はっ」 「そうか! 分かったぞエイダ! 君は実はファ」 「ティマじゃないですよ」 「……じゃあいったい?」 「(相当錯乱していますね……)今説明しますから、落ち着いて聞いて下さい」 「うああ、わかった」 「この体は(どうせシンに詳しい説明しても分からないでしょうから)簡単に言えばですね、 メタトロン技術のほんのちょっとした応用で作った、人体の機能を極限まで模した義体なんです」 真面目な顔でエイダは言った (何だろう? わかりやすく説明されただけなのに、馬鹿にされた気がする) 「それよりも君の顔に見覚えがあるんだが何でだ?」 「あ、それなら簡単です。」 今度は笑みを浮かべ、嬉しそうにエイダは説明を始めた。 「義体を作る際、参考にしたデータの中に機動6課隊員を含む、あなたの知り合いの女性のデータがあったためです」 「簡単に言えばモンタージュ写真みたいなもんだからって事か?」 僅かに首を傾げ、シンは口を開く。 「そういうことです、もっと具体的に言えば……」 「ああ、それは分かったんだが、なんで俺の上で寝てたんだ?」 「暖かくしてくれと言われましたので。 寒い人を暖めるには人肌が一番だと聞き実行してみました」 なぜか残念そうな顔をし、エイダは答えた。 (フェイト隊長の便乗みたいに、説明するのが好きなのか?) 「……何か問題がありましたか?」 上目遣いで怒られた子供のような目で、エイダはシンを見つめた。 「そうか、有難なエイダ」 シンは微笑みを浮かべると、エイダの流れるような黒髪をそっと撫でた。 「……いえ、独立型戦闘支援システムとして当然の事です」 その透き通るような白い頬を朱色に染め、エイダは答えた。 その時である。 突如としてジェフティのコックピットカバーが開かれ、人影がコックピットに飛び込んだ。 「マスター! 昨夜は酷いじゃないですか! 身代わりにされた私は、 八神部隊長に小一時間お説教されるし、高町隊長には頭冷やし殺されかけるし……」 シンの顔をみるや、マシンガンのような勢いで金髪の小柄な少女、デスティニーことデス子は叫び、違和感に気づいた。 マスターの膝の上に、人がいます。 ↓ 美人な人です。 ↓ 女の人は顔を真っ赤にしています。 ↓ マスターは女の人の髪を撫でています。 ↓ どう考えても終わった後です(何が?)本当にありがとうございました。 「マ、マスターのバカァァァァァアアああ!!!!」 デス子の右手が光って唸る。 これこそ、ザフト技術陣の野心作、開放式ビームジェネレーター。 またの名を元祖パルマフィオキーナ。 (嗚呼、今回はそういうオチか) どこか達観した表情でシンはデス子の光る右手を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。 「ゼロシフト、マミー」 その瞬間、シンの耳にエイダの声が聞こえた。 気が付くとシンの体は宙に浮いていた。 見えない力に引っ張られるように、コックピットから飛び出したのだ。 体勢を崩しながらも、何とか床に着地する。 コックピットを見上げると、エイダが巨大な盾を持ちデス子と相対していた。 「デスティニー、いきなり何事ですか? 説明を願います」 巨大な盾を背にもっていくと、吸い込まれるように消えた。 (あれがエイダの言っていたベクタートラップって奴か) 「その声、エイダちゃん!? ああ、マスター。 ついにAIにまで手を出して……」 目の前の少女がエイダであることに気付くと、デス子は頭を抱え始めた。 「? 何を言っているのですか。 それよりコックピットの中で暴れられては困ります」 「それに私のランナーであるシンに手を出して、一体どういうつもりですか?」 エイダにしては珍しく感情、怒気をはらんだ様子でデス子に問いかける。 「わ、私の旦那!? エイダちゃんこそどういうつもりですか! マスターはみんなの物です!」 「俺は物扱いか!」 怒鳴るシン。 「ランナーです。」 そんなシンを尻目を冷静に突っ込むエイダ。 「ランナーでも、旦那でもいいです! 単純なマスターをたぶらかして、許せません!」 「単純なのは否定しませんが、シンは望んで私の(コックピットの)中に入ってきたのです。 貴方に何か言われる筋合いはありません」 「否定しろよ! 何で俺の機体は毒吐きばかりなんだ!?」 頭を抱えるシン。 「わ、私の中に入って……!? マスター、エイダを片付けたらマスターをお仕置きです!」 何かを勘違いしているデス子。 既にデスティニーに似たアーマーを纏い、戦闘態勢をとっている。 「お、お前の(コックピットの)中にだってよく入っているだろ?」 何を言っているんだと叫ぶシン。 「インパルス姉さんと間違えてるんですね? もう許せません!」 そう言うとデス子はアロンダイトを抜き、シンを睨む。 (嗚呼、こいつなんか勘違いしてやがるな) シンは、そんなデス子の勘違いに気付き、溜息をついた。 自分も人の事はいえない。 というか思い込んだら一直線な所はそっくりなのだが、気付いていなかった。 「こんんの泥棒猫がアアァ!」 耐えかねたのかデス子から仕掛けた。 アロンダイト(人間サイズ)を展開し、エイダへと切りかかった。 「仕方ありません、これより迎撃行動を開始します」 何時ものように、冷静にそう告げるとジェフティに似たアーマー、頭部を模した帽子、スケート靴のような足鎧を身につけた。 右腕を瞬時にブレードに変化させ、デス子を迎え撃つ。 アロンダイトとブレードがぶつかり合う。 幾度もぶつかり合い、どちらからともなく格納庫の天井を突き破り、外へと飛び出した。 「やばい、俺も後を追わないと!」 呆然としていたシンは我を取り戻し格納庫の扉へと駆け出した。 一体どれほどの時が過ぎたことだろう。 二人は機動6課隊舎から数分ほど歩いた場所で対峙していた。 ビームライフルだのミサイルだのを乱射したせいで、辺りは草木一本生えていない死の荒野と化していた。 ちなみに周囲には機動6課隊員達が野次馬に駆けつけ、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。 「やりますね(以前確認したデータと比べて武装も能力も違う、まさか?)」 沈黙を破りエイダが口を開く。 「フフフ、私を今までのデスティニーと一緒にしてもらっては困ります!」 不敵な笑みを浮かべ人差し指をエイダへと突きつけた。 「やはりパワーアップを……」 人形のような顔を歪ませ、エイダは呟く。 「その通りです! 某赤い一撃なCE最高のジャンク屋、クライン派のターミナル、サハク家のアメノミハシラ」 「更に、管理局技術陣、Drスカリエティの協力を得て、完成したこの体!」 叫ぶと同時に光に包まれるデス子の体。 「究極の万能型をコンセプトに、遠距離最強のフリーダム、近距離最強のジャスティスの長所を取り入れ!」 その腰にはフリーダムのレールガンが、足にはビームサーベルが装備されていた。 「攻勢防御障壁スクリーミングニンバス、単位相光波防御帯アルミューレリュミエール、推進機関には火星製ヴォワチューレリュミエールを装備!」 そういうデス子の肩や下腕、胸部には以前はなかった追加装備があった。 「さらに、エネルギー不足を補うため、外部装着型GNドライブ(複製品)装備!」 背中には巻貝状の何かを背負っていた。 「そう! 今の私は、文字通り、CE最強のモビルスーツ! スーパーデスティニーは無敵です!」 大見得を切るデス子。その姿に野次馬に混じり事の成り行きを見ていたシンは思わず頭を抱えた。 (た、ただでさえ劣悪な整備性が最悪に……ってかGNドライブなんて何処で手に入れたんだ!?) 答え:スカリエティの所。 「私とて最強OFの意地があります、負ける訳にはいきません!」 今度は両腕をブレードに変化させるとデス子へと飛び掛るエイダ。 「受けて立ちます!」 デス子もまたアロンダイトを構え、エイダへと飛び掛る。 「まずい! やめるんだ二人とも!」 危険を感じたシンは二人の激突する間へと飛び込む。 「マスター!」 デス子は叫ぶ、アロンダイトはすでに振りかぶっている。 「シン!」 エイダも叫ぶ、斬りかかる寸前だ。 「「と、止められない!!」」」 (大丈夫だ、攻撃のベクトルを反対にずらして、投げ飛ばしてやれば……) シンが幾多の次元世界を渡っていた内、ある世界で師匠と呼べるある男に教わった技。 3人がぶつかり合うその瞬間。 「ぱ」エイダが。 「る」デス子が 「ま」シンが。 「「「パルマーーーー!?」」」 シンの両手はしっかりと、確実に、やさしくデス子とエイダ、二人の胸を鷲掴みにしていたのだった。 「だ、ダブルパルマ!」 その光景に持っていたビール缶を握りつぶし、ヴァイスが叫ぶ。 一応仕事中なのに、昼間ッから飲んでいる事について突っ込んではいけない。 「知っているんですか!? ヴァイスさん!」 その叫びを聞いたエリオはヴァイスへと振り向く。 「知らん! ただ、同時に二人の女の子の胸を揉むとは……流石らき☆すけ! 羨ましいぜ、シンの奴」 周りが白い目を向けているにもかかわらず叫び続けるヴァイス。 どうやら明日から彼の渾名は『エロ軍曹』に決まったようだ。 「そのシン、私に性的欲求をぶつけるのは構いませんが、私、赤ちゃん出来ませんよ?///////」 「…………(油断しました、まさか私にパルマをしてくるとは)///////」 一方パルマを喰らった二人は顔を真っ赤にして、その場に座り込んでいた。 「えっ、とその二人とも大丈夫、か?」 両手を離したシンは、戸惑いながら二人に近づこうとし、後ろから迫る黒いオーラに気付き、振り向いた。 「シン。 ……またそんなことして、頭冷やそうか?」 管理局のエース・オブ・エース、高町なのは。 またの名を二代目冥王。 既にレイジングハートは起動している。 リミッターも解除されていると考えた方がいいだろう。 「…………自由への逃走!」 その顔を見た瞬間、シンは逃げ出していた。 瞬間的には音速を超えていたかもしれない。 無駄かもしれない、でも生きる希望は捨ててはいけないのだ。 そうだよな。 トダカさん、マユ、レイ、ステラetc…… 「スタァアア、ラァイイトォイィオォ、ブゥレェイィィィカァァァァアアアア!!!!」 光がシンに迫る、必死で走るも逃げ切れるはずもなく。 「アーーーーーーーーーーーーーーー」 こうしてシンは一週間の入院、大量の始末書という羽目になったそうな。 ちなみにエイダとデス子は、シンが入院しているうちに誤解が解け、今まで以上に仲良くしているそうだ。 めでたく無し、めでたくも無し クリスマスへ ARMORED CORE 小ネタその5へ 目次へ
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男子生徒「あいつのこと?あぁ、知ってるよ」 赤く、暗く閉ざされた部屋。 かぎなれない薬品の独特のにおいが鼻につく。 病院でもかいだことのない、作業薬品独特のにおい。 一人の少年がひっそりとたたずんでいた。 彼は、作業を黙々と続けながらも、こちらの質問に答えてくれた。 静かな水音だけが、耳に届く。 こちらから質問するべきだろうか? そう躊躇するなか、そんなこちらの感情を悟ったのか、彼が口を開く。 男子生徒「話せば長い。そう、古くない話さ」 その物言いはとても静かなもの。 だというのに、その声に宿る響きは、彼が歴戦の戦士であることを雄弁に物語っている。 男子生徒「知ってるか?主役ってのは3つに分けられる」 そうして、右手だけをこちらに向けて、指折り数え始める。 男子生徒「強さを求める奴。プライドに生きる奴。流れを読める奴・・・この3つだ」 あまりにも単純に分けられたその内容に、しかしそれ故に納得する。 誰よりも観客の目をひきつける者。 誰よりも己自身を誇ることが出来る者。 そして、観客を引き込む力を持つ者。 それだけが主役を張れる。 演技力など関係ない。 方向性は違えども、彼らの魅力は総じて観客を犯す猛毒だ。 だからこそ、『彼』のことが気になった。 その3つのうち、『彼』はどれに含まれるのか? 男子生徒「あいつ?あいつは『ラッキースケベ』と呼ばれた主役だった」 そして 男子生徒「『あの劇』の主役だった男」 瞬間、脳裏をよぎったのはあの絶対的な黒い姫。 星々を引き連れて、夜闇に包まれた、たった一人のお姫様/魔王様 男子生徒「俺は、『彼女』を追っている」 彼の声に、現実に呼び戻される。 そんなこちらの思いは関係ないのだろう。 たんたんと言葉が続いていく。 男子生徒「あれは、冬の始まる少し前。赤い枯葉がいつもよりも多く積もっていたよ」 そういって、彼は作業を止める。 しばし物思いにふけるように虚空を見上げ、口を開く 男子生徒「あの劇は謎が多い。誰もが正義となり・・・誰もが悪となる そして誰が被害者で、誰が加害者なのか・・・」 ふと、目を閉じる気配がする。 そこに込められた沈黙は、悔恨か、それとも・・・ 男子生徒「一体、あの劇とはなんなのか」 それを知るために私はここに来たのだから。 話はそう、これより3ヶ月前にさかのぼる・・・ シンとなのは達は幼馴染 ~学園祭、あるいはシンにとっての黒歴史・上~ シン「演劇・・・ねぇ・・・」 感慨深げに呟いてから、背もたれに体重をかける。 高校生活も二年の半ばを過ぎた頃。 長年の使用にがたが来ているらしい椅子はギシリと音を立てて彼を受け止める。 夏も終わりの色を見せ始めたこの季節。 空調完備の学園の中とは言え、窓から差し込まれる光はまだ熱を多分にはらんでいた。 フェイト「演劇だって、シン」 シン「聞いてるよ」 不意に、真横から語りかけられる声に顔を向けずに答える。 相手からは微笑んだ気配がした。 こちらも相手も、まるで気になどしていない。 もう、何年も側にいるのだからお互いが空気のようなものだった。 フェイト「演劇かぁ、どんなのかな。やっぱりシェークスピア?」 シン「俺は、あぁいう文学作品とかには興味ないからなぁ」 フェイト「とか言いながら、ちゃんと読んではいるんでしょ」 シン「断定かよ・・・」 まぁ、読んでいるんだけどな。 と心の中で呟いてから、シンは隣に座る金髪の幼馴染を見る。 彼と同じようで全く違う赤い瞳が、弧を描いてこちらを見やる。 微笑んで、首をかしげるその微笑みに、やれやれとシンは息をつく。 フェイト「やっとこっち向いてくれたね」 シン「こらまて。まるで俺がいつもお前に顔を向けてないみたいじゃないか」 フェイト「そうだけどさ。シンに見られるのってなんか嬉しいんだもん」 シン「・・・相変わらずお前ってそういう恥ずかしいこと臆面もなく言うのな・・・」 フェイト「え?そうかな・・・でも、シンだからいえるんだと思うよ」 にこりと笑いながら呟いてくる彼女に、シンは心の底からこの純粋すぎる幼馴染にして親友の心の広さに感服する。 あぁ、せめて、と。 シン「せめて・・・こいつらもそんくらいの心の広さを持って欲しいんだがなぁ・・・」 呟いて、ちらりと教室内を見渡して。 男子生徒A「どういうことだよ!!」 男子生徒B「なんで俺たちが演劇なんて面倒くさいことしなきゃならないんだよ!?」 男子生徒C「そうだそうだーー!」 女子生徒A「私彼氏と約束してたのにー!!」 女子生徒B「え?あんたの彼氏って・・・あの?」 女子生徒C「まだ付き合ってたんだ・・・」 男子生徒D「んなことはどうでもいいんだよ!!リア充は黙ってろ!!」 女子生徒D「ちょっとあんた!何様のつもりよ!?いい加減にしなさいよね」 女子生徒E「まったく、これだから男子は・・・」 男子生徒E「んだとー!お前らこそなんだよその態度はーーー!!」 シン「・・・」 フェイト「・・・にぎやかだね」 さすがのフェイトも、苦笑を隠せないのか、眉根がわずかばかりよっているのを見てから、シンはもう一つ盛大なため息をついた。 なのは「ふぅ・・・やっとついたの・・・」 フェイト「あ、なのは」 シン「よう。まだ授業中だぞ」 なのは「もうこんなになってたら授業とか話し合いとか関係ないの・・・もう、髪の毛痛んじゃうよ」 そういって、彼の二人目の幼馴染にして親友である高町なのはが遠く離れた席からやってきた。 シンとなのはは離れた席にいたはずなのだが、この喧騒にまぎれてこちらに来たのだろう。 本来注意すべき教師(新任で、おっとりした女性教師。巨乳)も、おろおろとするばかりで生徒達の暴走を食い止められずにいる。 それを横目に見やってから、シンは再びなのはに目を向ける。 彼女はシンの前の席に座って、こちらを振り返るようにしてみてきていた。 なのは「演劇だってね」 シン「それはさっきフェイトと話したよ」 フェイト「なんだろうね・・・ワーグナーとか?」 シン「あんな英雄願望の塊の傲慢親父の作品なんぞを演らなきゃならんのかよ」 フェイト「ワーグナーはいいよ。人格はさておき」 はやて「文句ばっかりやなぁ・・・んじゃ、ダンテは?」 シン「神曲か?あんな一神教万歳の上に俺こそ至高とかいう厨二よりも酷い作品見たことない」 なのは「ていうか、なんだかんだ言って読んでるんじゃないシン君は」 二人してくつりと笑われて、シンはふんと鼻を鳴らす。 別段、彼の英雄譚が嫌いなわけではない。 作品の内容と才能は確かにとうなずくところはあるが、作者の人格は好きではない。 シン「だから、その作者の性格が気に食わないんだっての。俺は」 はやて「せなこというたかて・・・シン、私にワルキューレすすめてくれたやないの」 突然聞こえた声に、シンはそちらを振り返る。 いつの間にいたのかは分らないが、そこには彼の親友である八神はやてがへらへらと笑顔を浮かべていた。 かなりの喧騒の中とは言え、あいも変わらず神出鬼没なその登場。 シンは机に膝を突いて頬杖をつく。 シン「名作は名作だろうが。どんなに書いた奴が酷くても、それは変わらない」 はやて「うふふー。相変わらず、シンはツンデレさんやねー」 シン「うるさい・・・てか、ほっぺたをつっつくな」 つんつんとこちらの頬を指でつついてくるはやての手を軽く払いのけると、彼女はさして気にすることもなく、 側にあった椅子を持ってきてシンの隣に腰掛けて、シンの腕をとる。 シンにとってはわずらわしくも、いつものことなのでいい加減気にしない。 というか、ツッコムのに疲れ果てたといってもいいだろう。 無論、側にいる二人の親友の目が若干鋭くなったことを除外すれば、であるのだが・・・ はやて「にしても、演劇かぁ・・・みんなはなんかやりたいのあるん?」 なのは「私は、特にないかな?」 フェイト「うん、私も。ていうか、私はあんまり読んでないからわかんないや」 シン「別にかしこまった奴じゃなくていいんじゃないのか?浦島太郎とか、シンデレラとか・・・」 アリサ「甘いわね」 四人の言葉をさえぎるようにして、凛とした声が響く。 シンはその声に眉根を寄せてその声が聞こえてきた方向へと顔を向ける。 其処にいる自信に満ち溢れた風貌をもった王女のような風貌の少女と、それとは正反対なまるで月のような印象を受ける二人の少女。 まるで相反するような、それでいて対の姉妹のようなその二人の親友を見つけた。 アリサ「いい。私たちはもう中学生じゃないの」 シンに指を突きつけながら言い放つ勝気な親友、アリサ・バニングスは声を静かに燃やしながら言葉を続けた。 アリサ「私達ももう17歳なのよ?いい加減大人の一歩手前なの。そんな私達が浦島太郎?シンデレラ? 少しは高校二年生であるという自覚を持ちなさい」 すずか「もう、アリサちゃん。落ち着いて・・・」 荒ぶるアリサを抑えるように、もう一人の親友月村すずかが微笑みながら声をかける。 アリサはそれでも言い足りないのだろう。 わざわざ腕を振り上げてから再びシンに指を刺す。 アリサ「いぃい?私たちはもっと身の丈にあったものをやるべきなの!それが、己の責任であり、学校行事に対する義務よ」 シン「はいはい・・・お前ときたらまったく、いっつも熱くなって、大丈夫のなのか?」 アリサ「だから!いい加減名前で呼びなさいよね!お前とか、ふ、その、ふう・・・・」 シン「ふう?なんだ?」 アリサ「なんでもない!!」 きっぱりと言い放ち、腕を組んで胸と顔をそらす彼女に、シンは内心でため息をついた。 シンにとって学校行事など面倒くさいものの代弁詞だ。 やるからにはきっちりやるのが彼の流儀だが、基本的には彼は興味のないことはまるでやる気が起こらない。 言ってしまえば好き嫌いが激しい子供のようなものだ。 だからこそ、シンは彼女の言動に違和感を覚え シン「お前・・・もしかして楽しみなのか?演劇」 アリサ「な!?そ、そんなわけないでしょ!!」 図星だな、と中りをつけた。 シンはニヤリと笑みを浮かべ シン「そうだよなー。高校生にもなってヒーローごっこしたいんだもんなー。アリサはさー」 アリサ「~~~~ッ!!だからあんたはーーーーー!!」 赤く顔を染めるアリサをからかい、ながら。 だからこそシンは気が付かない。 はやて(なんであれで気付かへんのや?」 すずか(アリサちゃん・・・) なのは(ライバルながら・・・同情するの) フェイト「シン、皆のことが好きだもんね」 彼らを悲しい目で見つめる4対の瞳が在ることに。 すずか「でも、実際のところ大変だよね」 シン「なにがだよ?」 とりあえず、場の空気を変えようとすずかが話を振った。 はやて「あぁ、まさかくじ引きで演劇なんちゅー一番面倒くさいもんを引くとはなぁ・・・」 やれやれと妙に静かになったシンに腕を絡ませながらはやてが首を振る。 この文化祭には一つの変わったルールがあった。 それは、各クラスで行う出し物をくじ引きで決める、というものである。 別に、これは昨今の無気力な子供達対策だとか、言われなければやらない子どもたちだとか、ゆとり教育の弊害と言うわけではない。 勿論、マニュアル通りの人生を歩ませるわけでもなければ、生徒達を無理矢理こき使おうな度と言うわけでもない。 これには、深い事情があったのだ。 昔、まだシン達が中学生や小学生時代のこと。 ある一部の優秀な生徒達が面倒くさい学校行事を嫌って、画策したことがあった。 学園祭は、表向きはにぎやかそうで、それでいて全ての出し物が休憩所であるというとんでもない事態が。 お化け屋敷のような看板を出しながら、中身は休憩所。 喫茶店のような看板を掲げながら、その実は休憩所。 出店のようでいて、その実は休憩所。 さらには演劇のための舞台も全ては休憩所という徹底振りだった。 無論、教師陣もおかしいと思ったのだが、あまりにも巧妙に仕組まれたそれに、先生や、他の生徒達も気が付かないまま当日になるまで発覚することはなく。 その歳の文化祭は「おかしい。何かがおかしい」と皆に言わしめる伝説の年となってしまった。 ちなみに、その計画の発案者は 「だって、僕が一生懸命やるなんてめんどくさいじゃない?嫌いって言う人もいるんだしさ」 というどこまでもフリーダムな言葉を吐いていたとのことらしい。 それ以来、学校側もそのような事態が万が一にも起きないようにと、念には念をいれてくじ引きで決める。 ということが決定したのだった。 なのは「それにしても・・・全部休憩所ってむちゃくちゃシュールなの」 フェイト「そうだね。でも、かなり大変じゃないのかな?」 すずか「だよね・・・絶対にまともに学園祭をやったほうが楽だよね」 はやて「まぁ、何処にも無駄に優秀な奴はおるっていうことやな・・・シンの知り合いらしいけど」 なのは「あー・・・らしいね」 すずか「え?そうなの?」 シン「・・・聞くな・・・」 フェイト「まぁ・・・あの人なら・・・やりかねない・・・」 すずか「どんな人なの?」 フェイト「えーっと・・・あんまり、善人じゃない、かな?いい人ではあるんだろうけど」 なのは「フェイトちゃんでさえそういうんだもんね・・・それって、悪人じゃない?」 一つ笑みを浮かべて、なのははシンに目を向ける。 シンはばつの悪そうにそっぽを向くが、それでも周囲を親友に囲まれたせいで、誰からも逃げられていない。 なのは「本当に・・・まさかってかんじなの」 はやて「せやなぁ、まさか大当たりを引くなんてな・・・」 フェイト「でも、引いたのがシンだもん。仕方ないよ」 ちなみに、このクラスの代表でくじを引いたのはシンだった。 本来彼は実行委員ではないのだが、あいにく彼以外の全員がはずせない用事ばかりとなってしまい 彼が代理と言う形で引いたのだが・・・ なのは「シン君、くじ運ないもんね」 はやて「せやな。今までもシンって凶とか大凶ばっかりやもんな。おみくじ」 フェイト「それどころかビンゴから街の景品まで、全部ティッシュだよ?シン」 アリサ「あんた、どこまで運がないのよ・・・」 すずか「・・・それはある意味凄いような・・・」 シン「ほっとけ!!」 シンの悲しいツッパリと、虚勢。 幼馴染のあまりにもの運のなさにあきれを通り越して寧ろ悲しみすら感じ始めたころ、すずかがポツリと呟いた。 すずか「でも、実際何をやるんだろうね・・・」 その言葉にフェイトが首をかしげながら フェイト「そうだね・・・個人的には、面白い劇がいいかな」 なのは「私も、そうかな。演劇って、皆で一丸となってやることができるから」 アリサ「私はシェークスピアかワーグナー」 シン「はいはい。高尚だねー」 アリサ「シン!!」 再びからかおうとするシンに今度はなのはが口を開いた。 なのは「シン。いくらアリサちゃんが可愛くても、そうやっていじめるのはかっこ悪いよ?」 アリサ「んな!?」 シン「な、何言ってんだなのは!!」 フェイト「アリサは、可愛いもんね」 シン「いや、それはそうだが・・・って、そうじゃなくて!!」 アリサ「か、かわ!?」 すずか「はい、アリサちゃん。深呼吸深呼吸」 はやて「うーん・・・でも、ありあわせのものでやるんもおもろないなぁ・・・」 ぽつりと呟いたはやての言葉に、皆が彼女を向く。 はやてはにんまりと笑いながらシンの腕から名残惜しそうに離れる アリサ「はやて、どういうこと?」 すずか「ありあわせって、だめなのかな?」 皆の疑問を代弁したような二人の言葉に、はやてはやはり笑みを浮かべたまま、人差し指で眉間を軽く叩く。 普段のおちゃらけた姿からは想像もつかないほどに、その仕種が似合っていた。 はやて「だって、もう何度も演じられてきた題目を今さら私達みたいな素人が演じるんよ? しかも古いから皆感情移入なんて難しいやろ?そんなんでいい舞台が出来るわけがないやん」 なのは「でも、もともと皆で楽しもうっていうものなんだし、別にいいんじゃないかな?」 フェイト「そうだよ。皆が楽しめればそれでいい。だよ」 うんうんと頷く二人にはやては大げさに首を振る。 はやて「いやいや。二人とも、よく考えてみ?さっきアリサちゃんがいっとったけど、私らももう高校生や。 高校生ゆうたらもう結婚もできるんや。シンと」 妙に『シンと』のところに力がはいっていたような気がするが、それはまぁ、無視しよう。 はやて「それやのにシェークスピアやらワーグナーやら・・・そんな手ごろにサクッと終わらせることなんてできひんものに手を出したら・・・ それこそ終いやで?」 確かに、素人が世界に名だたる名演を演じるなどおこがましいにも程が在るだろう。 荒も多いし未熟どころか素人の集団。 しかも舞台装置を一から創らなければならないという手間付だ。 シン「でもさ、それが文化祭ってもんだろ?まずい屋台とか、豚肉の入ってない焼きそばとか、タコが入ってないたこ焼きとか・・・」 アリサ「なんであんたはそんな夏祭りな感じなのよ!!しかも全部食べ物じゃない!!」 なのは「シン君、おなか空いてるんだね・・・」 フェイト「はい、シン」 シン「お、アーモンドチョコか。サンキュー」 フェイト「ううん。気にしないで」 フェイトが何処から取り出したのか、アーモンドチョコをシンへと渡す。 そのあまりにも自然な流れを見て、なのはは苦笑を浮かべる。 はやて「相変わらず、フェイトちゃんはシンにべったりやなぁ・・・」 フェイト「そうかな?いつも通りだから」 当たり前に笑う彼女をみて、なのはは少しだけ胸が痛んだ。 フェイトがシンの面倒を見ているようだが、その実は違うことを知っているからか、それとも なのは「はやてちゃん。話の続き続き」 はやて「うん?あぁ、せやったな」 考えようとした内容を無理矢理洗い流すように、なのはははやてを促す。 はやてはコホンとわざとらしい咳払いをして はやて「えーっと、どこまで話したか・・・あぁ、せやな。文化祭の醍醐味っちゅうところまでか・・・ 確かに、ぎこちない演技、棒読みの台詞、その上舞台装置は張りぼてにすら見えないごちゃまぜ・・・ そういうのも確かに味がある。でもな、シン」 はやては言葉を区切り、一人ひとりの顔を見て、最後にシンに瞳をあわせる。 はやて「だからこそ、精一杯いいものに仕上げたいんや。皆が笑って過ごせるように。皆が面白かったっていえれるように」 ふと気が付けば喧騒が止んでいる。 今まで騒いでいた男子も。 今まで無関心だった女子も。 おろおろとのたまうばかりの新任教師(おっとりした巨乳)も。 皆が皆、しんと静まり返り、先ほどまで喧々囂々とした教室内にいる皆がはやての言葉に聞き入っていた。 はやて「せやから、思い出になるもんに、他人様のシナリオなんて持っての他や。きっちりかっちり一から創って、私らだけの舞台をつくる。 それが、文化祭やと思うんや」 と、そこではやても皆が自分の言葉に聞き入っていることに気が付いた。 きょろきょろと周りを見渡し、ばつの悪そうに頭に手をやり。 はやて「ま、まぁあれやな。皆で思い出に残るようなもんにしようちゅうことや」 シン「思い出、ねぇ・・・」 シンがあきれたように、それでいて眩しいものを見るかのようにはやてに微笑みかける。 相も変わらずのきれいごと。 普段のひねた彼ならば笑い飛ばすその言葉に、何故かいつも彼女の言葉は覆せなかった。 自分には到底出来ないことを容易くやってのける彼女は、まさしく四騎士の主に相応しかろうと考えながら、ふと疑問がわきあがり アリサ「・・・でもさ、結局何をやるの?」 すずか「アリサちゃん、シビアすぎよ・・・」 なのは「ちょっとは空気を読むの」 アリサ「ちょ!?大事な問題でしょ!?」 それを口に出さなくてよかったと心の中で息をついた。 しかし、はやては再び不敵に笑みを浮かべ はやて「いやいや・・・よぉう聞いてくれた。まさしく空気読んどるで、アリサちゃん」 シン「よかったのかよ」 フェイト「シンもきっと思ってたでしょ」 シン「断定!?」 真横から当たり前のように、分かってるんだといわんばかりに微笑みながら言い当てた幼馴染に驚く。 はやてはそんなことも全て無視して はやて「私がさっき言ったように、誰かの後を追うんやない。自分達の道を作るいうたんや・・・つまり」 間をためて、力を込める。 気が付けばクラスメイト全員がごくりとつばをならし、飲み込まれている。 そんなプレッシャーを何処吹く風と言うように。 はやてはビシリと何故かシンに指を突きつけ はやて「わたしがオリジナルのシナリオ作ってそれを舞台でするんやーーーー!!!!!」 クラスを静けさが支配する。 はやてが凄まじいドヤ顔を決める。 そんな中、誰よりも突っ込みの申し子である彼が回復するのを起点にして シン「お前は一体なにを考えてるんだーーーー!?」 シンはや以外「「「「「「はーーーーーーーーー!?」」」」」」」 少なくとも、この瞬間だけはクラスは文字通り一丸となった気がした。 シン「ただいまー」 マユ「お帰りなさい。お兄ちゃん!!」 学校から自宅である高層ビルの一角である自宅に帰ってきたシンは、己の胸に飛び込んできた妹を優しく抱きとめた。 白い肌に紫色のクリクリとした瞳。 料理中だったのだろう、フリルの付いた可愛らしいピンク色のエプロンを身に纏っている。 シンは、学校では見せないような優しい笑みを浮けべて、そっと自らの妹の頭を撫でる。 彼女はそれが心地よいのか、まるで猫が咽をくすぐられるように満面の笑みを浮かべた。 シン「ただいま、マユ。今日の飯はなんなんだ?」 シンはそう問いかけながらもマユをそっと放す。 彼女は一瞬眉根をひそめながらも名残惜しそうにシンから身を引き、かばんを半ば奪い取るように受け取る。 マユ「今日は秋刀魚のいいのが見つかったから、網焼きにしてみたんだ。あとね、左隣の佐藤さんからほうれん草をもらったからおひたしにして、 あ、それと筍ご飯も作ってみたんだよ!お兄ちゃん好きでしょ。それに、お芋のお味噌汁かな」 シン「へー、そいつは美味そうだな・・・なんか手伝いはいるか?」 マユ「うーん・・・もう一品あったほうがお兄ちゃんいいとは思うんだけど・・・ちょっと思いつかないから今日は大丈夫だよ」 シン「おい、俺を空腹にさせないでくれよな・・・」 そういいながら、シンは靴を脱いで居間に移動する。 清潔に保たれながらも、どこか生活観があふれる部屋からは、確かに筍のにおいと、魚を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。 そこで、ふとシンはマユを振り返った。 シン「そういえば、父さんと母さんは?」 マユ「父さんも母さんも今日は泊りだって。なんかデバイス調整がうまく言ってないとか言ってたよ?」 シン「ふーん・・・それじゃあ、また徹夜か・・・いい加減年を考えて欲しいよな」 マユ「もう、そんなこと言ってたら、お父さんもお母さんも新しい弟か妹を作って抗議してくるよ?」 シン「・・・そういう生生しい発言は勘弁してくれ」 まるで主人にじゃれ付く子犬のようにつき従う妹に、シンはげんなりとしながら呟いた。 未だに子供たちの前でも堂々と甘いいちゃいちゃっぷりを見せ付けてくる両親ならばありえない話ではない。 いい年をした大人、しかも自らの両親が、目の前でいってらっしゃいのキスをするなど、子供達にとっては視覚的侵略に他ならない。 そんな両親がいない気軽さと、寂しさが入り混じった感情が胸裏をよぎる。 キッチンのすぐ側にあるテーブルの上には、おそらく一時帰宅した母のものであろうが、メモが殴り書きで置かれてあった。 それを横目で確認して、シンは居間にあるソファーに座り込み、なんともなしにテレビのリモコンをつけてチャンネルを変えていく。 ニュースキャスター『本日、白熊の赤ん坊が―――』 アニメ『負けられねーんだよ!!男の子―――』 ドラマ『まぁ!?奥さ―――』 お姉さん『さぁいきますわよ!黒ウサ―――』 特にとりとめもない番組ばかりとわかってはいたのだが、最終的にバラエティ番組にする。 いつかの再放送なのか、秋口の始まりにしてはやけに厚着をした司会者が、発言者にむかってひたすら突っ込んでいくというよくある内容だった。 シンはそれをぼうっと見つめていると頬につめたい何かを押し付けられた。 びくりとしながら振り向くと、そこにはマユが水滴の付いたままの缶ジュースを持っていた。 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべているそれは、間違いなく確信犯なのだろう。
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オーディションは何度か経験していて、決して初めてというわけではなかった。 ――なのに、 「…………なんだ、この数?」 衝撃だった。圧倒だった。 それ以外の言葉が出てこないほどに意識が吹っ飛ばされていた。 『秋の大感謝祭スペシャル』オーディション会場は、無数の人でごった返しになっていた。 「う~ん、俺も見学がてら来たことはあったけど……今回は特に活気があるなぁ」 「やっぱり秋スペだからですか?」 「それもある。まぁ他に挙げるとするなら、彼らが全般的にブームを煽り立ててるっていうのもあるかな」 そう言ってプロデューサーは目立たないように人差し指をある人物に向けた。指先の延長を視線で辿ると、 会場全体をざっと見回しながらメモ帳にペンを走らせている男がいた。 「芸能記者だね、他にも何人かいる。さしずめ今の段階から見所がありそうなアイドルをチェックしてるってところ かな」 ……言われてみれば、あきらかにアイドルやプロダクション関係者ではない人間が混ざっていた。これほど 大規模なイベントとなれば自ずと注目度も高くなるということか。 「ま、これだけいろんなアイドルが集まれば当然だろうけどね。ほらあそこの四人、AoA sを出したところの新人だよ」 「あ、知ってます。確かStrikerSって名前でしたよね」 「よく勉強してるじゃないか。で、あっちの女の子たちはShuffle!!、あっちはOGガールズ、どれも最近知名度を 上げてきているユニットだ」 どの名前もどこかで聞いたことがあるものばかりだった。つまりはそれだけ競争率が跳ね上がる、ということだ。 最近よく話題になっているとはいえ、千早と美希のデュオがどれだけ通用するのか…… ――いや、信じろ。信じるんだ。 これまでの日々を思い出す。一ヶ月にも満たない間だったが、いろんなことがあった。 なかなか上手く進まないレッスン、危うく大惨事になりなねなかった事故、事情はよくは分からないが そして今、この秋スペに臨む二人のアイドルがいた。 「……大丈夫ですよね」 「当然だ」 自信たっぷりにそう言い切るプロデューサーの表情にも、わずかながら緊張が見えていた。 「――それでは参加者の方はステージの方へ移動してください」 場内のアナウンスを受けて、アイドル達はそれぞれに割り振られた番号のステージへと移動を始めた。その中 に青いと黄緑のジャージを着た千早と美希の姿を見つける。 ――頑張ってくれ、二人とも。 既に万事手は尽くし、自分に残された役目はこのこの軌跡を見届けることだけとなった。 オーディションが始まる直前の緊張からか、背中に嫌な汗が浮かんできました。 レッスンの時にも使っている着慣れたはずのジャージにすら妙な違和感があります。 周りを見渡せば他の事務所のアイドルばかり、プロデューサーとマネージャーも今は傍にいません。隣には 美希もいるのに、なぜか孤立しているような気分になってます。 ――こんな状態で、上手く歌うことができるの? 自分にそう問いかけても答えは返ってきません。それどころか、あれだけレッスンを積んだダンスをここで失敗し てしまったら、歌とダンスのどちらも満足に表現できずにオーディションが終わってしまったら、途中で審査員の 人が飽きて帰ってしまったら、自分の失敗で美希に迷惑をかけてしまったら…… そんな不安ばかりが自分の中でどんどん大きくなっていきました。 「……千早さん」 よくない考えが頭の中で渦巻いていると、美希が私の手を握ってきました。 「美希?」 励ましてくれているのかしら? そんな考えが浮かんですぐにそれが違うことに気付きました。 小さくではあるけれど、確かに美希の手は震えていた。そっと顔を窺ってみると、少しだけ額に汗が浮かんで いました。 ――あの美希が、緊張している。 それが分かった瞬間私の心に小波が立ち、そしてすぐさま収まりました。 不安になっている場合じゃない。二人揃ってこんなことで躓いている場合じゃない。 ここは確かに大舞台、だけどけっして到達点じゃない。 私たち765プロのアイドルの、プロデューサーたちと目指しているトップアイドルの道の通過点なのだから。 ……瞳を閉じ小さく深呼吸をして、今回の話を受けた頃まで記憶を遡らせます。 少し不安そうな顔をしながらも今回の話を持ってきて、今日まで真剣にレッスンに取り組んでくれたプロデュー サーがいました。 最初はやる気がまるで見えなかったけど、あの事故を境に驚くほど実力を伸ばした美希がいました。こうして 振り返ってみると総合的なレッスンの量は美希のほうが私よりもずっと上で、私が沈んでいるときには励まされるこ とも多かったように思います。 あずささんや真、私たちを気遣い支えてくれた仲間たちがいました。レッスンでは歌とダンスをよりよくするため に一緒に意見を出し合ったりもしました。 そしてプロデューサーと一緒に支えてくれて、私の歌を好きだと言ってくれた人がいました。 ……私たちは、多くの人に支えられてここまでやってこれた。 今までやってきたレッスンを思い起こして、私は美希の手を強く握りました。 「あ……」 不安に揺れていた美希の目に少しだけ安堵の色が広がりました。 ――大丈夫、私たちならやれる。 言葉は必要なく、目と目が逢うだけで私の考えは伝わったようです。美希の瞳にいつもの輝きが戻っていました。 「――えー、大変お待たせいたしました。これより審査の方にに移ります」 審査員の一人がマイクを片手にそう告げた瞬間、会場全体に緊張が走りました。私たちの、そしてここに集まっ たすべてのアイドルたちの運命が決まる時が来たのです。 「と、その前に……72番のペア、みんなを代表して何か一言お願いします」 72番、それは私たちの番号。突然のことで一瞬悩みましたが、美希ともう一度目を合わせてお互いに頷いた後、 声高に宣言しました。 「絶対に合格してみせます!」 「絶対に合格してみせるの!」 私と美希の声が重なりました。しばらくの間会場は静寂に包まれて、どこからか小さく笑う声が聞こえてきました。 「……なるほど、自信と気力は十分なようですね。本番を楽しみにしています」 そう言って、審査員の人は小さく微笑みました。 自信はある、気力もある。 今までの日々が糧となって私の内側に溢れてきました。 合格しないはずがない、そんなことまで胸を張って思えるほどに。 「それじゃあ1分後に審査を始めます。皆さん頑張ってください」 ――いよいよ、始まる。 「いくわよ、美希」 「うん、千早さんもね」 1分という時間もかからずに、私達は心身ともにコンディションを整えました。 「……まったく、少しだけ焦ったじゃないか」 隣でプロデューサーが大きく息を吐いた。どうやら想定してなかったことらしい。 「まぁ二人ともよく答えてくれたよ。テンションもいい感じに上がってる」 ステージ上で待機している二人を見る。すでに準備ができているのか、周りから浮いているほどに落ち着いた 表情で待機していた。 その姿を見て思う。 ――みんな……強いんだな。 千早も、美希も、プロデューサーも、 自分にはない強さを持っていることに、わずかな羨望も込めて。 ……会場に曲が流れ始める。 その一挙一動を見逃さないために、他の一切から意識を絶った。 こうして9月某日、 765プロダクションは、『秋の大感謝祭スペシャル』の出演枠を手に入れた。 <アホ毛> ――うたた寝から目覚めてみると、自分の頭に些細な変化が起こったことに気が付いた。 シン「……なんなんだこれ。ナ○キのロゴを上下反転させたみたいな寝癖ができてる」 シン「くそ、手だけじゃ直らないな……仕方ない」 シン「すいません、小鳥さん。少し外します」 小鳥「はーい……あら? 可愛い寝癖ね。まるでナ○キのロゴを上下反転させたみたい」 シン「すぐに戻りますん、でっ!?」 ――ゴガンッ! 小鳥「し、シン君!? なんで急に右に倒れるの?」 シン「く、ぉぉぉぉぉぉぉ」 小鳥「大丈夫なの? 凄い音がしたけど」 シン「な、なんとか……ってふぉっ!?」 ――ゴン! シン「なんだっていうん、だっ!?」 ――ガン! シン「いい加減にしろよっ!?」 ――バガンッ! シン「うおぁぁぁぁぁぁ! 奮い立て俺の三半規かぁんっ!?」 ――ゴシカァン!! この一人コントのようなシンの奇行は、実に三分間も続いたのだった…… シン「あ~、なんかい~感じで脳みそがシェイクされて変な気分に」 小鳥「絶対に動いちゃ駄目よ、傍から見るとこれ以上やったら死ぬかもって顔になってるから」 シン「分かってます……でもいったいなんでこんなことに」 小鳥「……ねぇ、ひょっとしてその髪がはねてる方向にバランスが傾いているんじゃないかしら?」 シン「え? あぁ、そういえばこのアホ毛右にはねてるような」 小鳥「それにその癖毛、どこかで見たような……」 ――ガチャリ 美希「お、おはようございますなの……」 シン「美希? ってなんでそんなにボロボロなんだ!?」 美希「分からないの……なんかまっすぐ歩けなくてひゃあっ!!」 小鳥「あぁっ、美希ちゃんが左にくるくる回って壁に激突してる!?」 シン「左って……俺と逆の方にバランスが傾いてるのか?」 小鳥「見てシン君! 美希ちゃんの頭にいつもの癖毛がないわ!」 シン「はぁ!? ひょっとしてこのアホ毛バランサー!? なんで俺の頭に!? っていうかこれどうやって収拾 つければいいんだよ、あぁもうワケが分からないーーー!!」 小鳥「……うん、なかなかにシュールね」 シン「小鳥さん、妄想が日本国内で収まってるうちにこっちの会計チェックお願いします」 小鳥「あら、シン君。でももう少し待って、今どうやってオチをつけるか考えるから」 シン「駄目です。というか、ここ数日ずっと隣で妄想を聞かされている俺の身にもなってください。何故か俺が メインだし」 小鳥「……ぴよ~ん」 シン「無害な瞳で訴えてきても駄目です」 -02 一覧へ
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1 ――あの人が嫌い いつも怖い顔をしているから、嫌い。 私に会うと、寂しげに話しかけて来るから、嫌い。 赤い眼が、血の色のようだから、嫌い。 私も同じ目だけど、やっぱり嫌い。 だけど、一番の理由は…… 私 か ら マ マ を 盗 っ て 行 っ ち ゃ う 人 だ か ら 嫌 い 突然現れて、いつも怖い顔でいるから嫌い。 だから私に話しかける時は、決まって私は無視をした。 そんな時の、寂しそうな顔が余計に腹が立った。 そんな私を、ママが注意するのが嫌い。 私がまるで悪い子みたいな気分になるから。 強くて、かっこよくて、大好きなママを盗られる気がした。 私に掛けてくれるママの言葉が、あの人盗られちゃう気がして許せない。 だから私は、あの嫌いな……うぅん、大大大っ嫌いなあいつと対決することにした。 あいつの部屋をコンコンってノックして(決して私の背が低くてインタ-ホンに届かなかった訳では無い) 空けられたドアから、部屋に滑り込んだ。 汚い部屋なら、いきなり文句でも言ってやろうと思ったのに綺麗だった。 余分な物なんか一つも無い、面白みの無い部屋。 ますます嫌いになった。 まるで私がお片づけが出来ない子って言われた気がしたんだから。 どうしたら良いか分からないってオロオロしてるのを見て、私は ちょっと勝った気分になって、ドカっとベットに座った。 そして言ってやったの 「あんたなんか大っ嫌い!!」って 言った後で、文句でも言われるのかって、待ち受けていても、何も文句は飛んで来なかった。 ちらっとあいつの方を見ると、なんだか酷く悲しい顔で俯いていたわ。 なんだか私が悪者みたいじゃない。 黙っているのに耐え切れなくなって、私が部屋に帰ろうとすると、あいつが呟いた。 決して私が、沈黙に耐え切れなくて逃げようとした訳じゃないわ。 「そっか……嫌いか……」 そうよ、私はあんたなんか大っ嫌い。 2 ――まだ、彼は泣いているんやろか? 煌々とした灯りを落として、すっかりと暗くなった隊舎に帰って来た頃にはもう9時に近かった。 鬱積した疲労は体を蝕ばんで、動かすのも億劫な程に手足は休息を求めていた。 今すぐにでも熱いシャワーを浴びて、太陽の残り香がするパジャマとベットに包まれたい欲求に 堪えながら、私は自分のデスクへと足を運んだ。 部屋についてスイッチを入れると、蛍光灯が瞬いて灯る。デスクの椅子を引いて、どっかりと 腰を落とすと、思わずそのまま突っ伏して寝てしまいたい衝動に駆られた。 けれどそれはあかん。 まだ自分には仕事が残っとる。六課のトップとして、部隊の責任者として、そして私の理想の為。 私が六課を立ち上げる際には、様々な圧力が掛かり、多すぎるほどの反対と戦ってきた。 幸いにもバックに聖王協会やリンディさん達が付いてくれた。反対する心情も私は理解出来る、 実績の乏しい小娘が部隊を編成し、運用する。しかもメンバーは私の騎士団を含めて、現管理局の魔導師 の中でも極上の面子を要求しているのだから。 メンバーを選定する際には、私達のエゴが混ざっていると知りながら、理想と言い聞かせる事でそれを塗り潰した。 毎日反対意見を唱える人の説得に奔走し、時にはバックの力をちらつかせて黙らせる。 明確な却下が出るまで、口八丁手八丁で時間を稼ぎ、圧力をのらりくらりと交わしながら根回しを続ける。 なのはちゃんやフェイトちゃんには相談をほとんどしなかった。 いや、相談をしていても、そう云った交渉の裏で行われる汚い仕事については話さんかった。彼女達は純粋で 無垢や。そしてそれは、長所であると同時に短所でもある。 そうして無理矢理に立ち上げたのが、私の六課。立ち上げの経緯がそれだけに、敵は多い。 同じ組織と言えど、内部は常に蹴落とし合っている。組織の中での予算の奪い合い、発言権の増大を狙っての 工作、現場指揮権の優劣を決める駆け引き。誕生したばかりの部隊の立場ははっきり言って低い。 有力な魔導師が揃っているとは言え、実績の無い部隊に権力は無い。 そして失敗は許されない、なにか落ち度があればそこから付け込まれて、最悪の場合六課は解体される危険もある。 表向きは仲良く話す幹部達は、常に相手の腹を探り合いながら談笑し、管理局の舞台裏で交渉テーブルにつく。 そんな席に居て腹芸と、時には恫喝じみた事をする私は汚れているやろうなと思う。 ……こんな仕事をするのは私だけでえぇ 一通り感傷に浸って、今日の仕事の詰めに入るべく私はデスクに大量の資料と、部下達から 上がってきた報告書と申請書に眼を通す作業を開始した。 11時を回った辺りで、ほぼ総ての資料に眼を通し終わり、決済の判子を押して席を立った。 手元の明かりを消し、重たい足を引き摺るようにして出口へと向かう。バックの中のリィンは とうの昔に寝息を立てて、そんな彼女を起こさないようにゆっくりと持ち上げた。 不意に彼に会いたい衝動に駆られたけれど、時間を考えて自重する。出口のノブに手を掛けた所で 戸締りのチェックをもう一度しようと、部屋を一周する。すると私のデスクからは死角になっている 場所で、硬い椅子を並べて眠っている彼を、シンを見つけた。 大方残業でもして、部屋に帰るのが面倒になったのだろう。どうせ明日は休みだ。 私は一度持ち上げたバックをゆっくりと降ろして、シンへと近づく。彼が起きやしないないかと 酷くどきどきしながら、ゆっくりと彼の頭を持ち上げて、椅子と頭の間に滑り込み太腿に頭を乗せ直した。 男の子とは思えない艶やかな黒髪に、指を通して頭を撫でた。むがむがと言いながら、頭の位置をずらした彼を 愛しく思う。 あの日、虚ろな表情と、夕焼けに似た哀しい赤眼。激情に染まり、憎悪と自己嫌悪にたぎった赤い瞳は、今は閉じられて 安らかに眠っている。私は飽きる事無く、手櫛で漉きながら横顔を見つめているたんや。 寝言で呟く言葉が私であるように、彼の夢の中でも私がいますように、そう願いながら…… 言葉になっていない彼の寝言は、猫の様に気まぐれで、雲のように捉え所が無い。 さっきまでの蝕む疲れは、心地良い疲れに変わって私の意識を溶かす。疲れと、普段なら有り得ない状況が私の脳髄を 甘く犯して、こんな一日の終わりなら、悪くない。本音など望むべくも無く、探り合いに疲れた一日の終わりがこんなにも 穏やかなら、私はもっと頑張れる。 願わくは彼に平穏を、傷ついて、裏切られて、何度無くしても、それでも尚誰かの為に怒れる彼に、今は安らぎを。 そんな祈りを捧げながら私の膝で眠るシンの横顔を見つめながら、私は彼の頬を伝う涙と、呟いた言葉にを聞いて 私は涙した。 ――ごめん…………守れなくて あぁ、彼の心はまだ泣いているんや。 手のひらから落ちてしまった命を見つめて、僅かに残った後悔を啜って、シンはまだ泣いている。 生来の物であろう活発さを次第に取り戻してはいても、傷跡はいまだ彼の中で血を流している。 風雨の様な哀惜の慟哭から、まるで凪の湖面の様にさめざめと、形を変えて彼の叫びは私の心に 流れて来た。 それでも手を止める事無く、私はシンを撫で続けた。 なぁシン? いつになったら泣くのを辞めるんやろ? なぁシン? 私の傷を知ったら、同じ様に泣いてくれるんやろ? なぁシン? 私はいつになったら、君の傷を癒せるんやろ? なぁシン? 君は私が逝っても、こんな風に泣いてくれるん? そんな留めどない思いと問い掛けを抱いて、私も一緒に泣いていた。 救われるより救いたい、偽らざる私の想い。けれど私の傷を見てどう想うだろう? 救う為に手を差し伸べながら、その実救われたいと願う私は醜い偽善者だ。 しとどに落ちる雨のように、頬伝う涙は流れて、今だけは…… 3 私が流した涙は、顎の先からぽたりと落ちて、彼の頬を濡らした。 ゆっくりと目開けて、眠そうに手をごしごしと動かすと、私に気づいて 目を真ん丸にした。 「や!八神隊長!!」 慌てて起き上がろうとする彼の額を抑えて、そのまま私の膝で横になるように促した。 赤い顔をしながら目線をうろうろと彷徨わせている様は、どこか可笑しくて私は微笑んだ。 なんとも言えない、エレベータで相乗りしている時のような、沈黙が場を支配する。先にそれを 破ったのは私。 「なぁ、シン? まだ……泣いてるん?」 私の問い掛けで始めて、泣いて居たのを自覚したのだろう。またも目を真ん丸にした後、恥ずかしそうに 私の腿に顔を埋めた。そして、なにか言いたそうな雰囲気を感じ取って、頭を優しく撫でる。 しばらくそうしていると、ぽつぽつとシンが喋り始めたので、私はそれに耳を傾けた。 「その、すいませんでした……泣いたりなんかして。んで……ありがとうございます……心配してくれて」 返事の変わりに、赤くなっている耳たぶを少しつまんでみた。びくりを体を動かした後、また沈黙。 だから私はまた聞いた。今度より深く。まだ泣いてるのかと、想い出はまだ……君を責め立てるのかと。 「俺は……沢山殺しました。無くさない様に、奪われないように、護る為に……でも結局ダメでした。 護れなかった、何一つとして……この痛みは決して消える事無く、この先ずっと俺を責め立てるでしょうね。 でも今は……この痛みが無くなる方が嫌なんです。これは俺の生きる理由の一つだと思うから」 「こっちに来てから、分かった事があったんです。俺が護る為にと戦っても、殺した事実は変わらない、 そうすることで俺は沢山の俺を作っていたんです……今はそれが辛い。どんな理由を付けても、やった 事実と責任は俺ですから」 悲哀に満ちた告白を聞いて、私はさらに涙した。そして私の心は、悲しみと共に奇妙な安堵と連帯感を覚えた。 あの日、リィンが逝った事はいまでも私を苛める。私にもっと力が有ればなんとかなったのでは無いだろうか? 誰に聞いても、あれは仕方なかったと答えるだろう。現に皆はそう答える。けれど、たとえそうだとしても 私は思わずにいられない。もっと力が有れば、もっと知識があれば救えたかもしれないと…… 私の騎士達は過去に沢山の人を傷つけた。多くの人達と生き物を襲い、時には命を奪っただろう。たとえ過去に 騎士達がした事でも、その責任は現在は私にある。私は夜天の主なのだから。 どれほどの慰めを聞いても、どれほどの言葉を掛けられても、私の過去の傷はじくじくと痛み、私が下す命令で傷つく 相手の憎悪がそれに塩を塗り込める。 過去の痛みをいまだ抱え込み、想いの為に誰か傷つけた。 奇妙な安堵と連帯感の正体はこれだろう。彼を想う気持ちとは別に、私は傷の舐め合いを 求めているのかもしれない。そうすることで私は救われると思っているのかも知れない。 まったくの偽善者だ。自分の事ながら醜くて、反吐が出る…… 「なんで……隊長……いや……はやてまで泣いてんだよ……」 気遣ってくれる彼の言葉が今の私には、途方も無く嬉しくて、そして痛い。 いつの間にか身を起こして、膝枕で無く隣に寄り添うように座るシンが 愛しくて、哀しくて。 私の醜い心は歓喜と苦痛に悲鳴を上げる。言葉は嗚咽となって静か薄暗い沈黙の部屋に響き、 思いは溢れる涙になって頬を伝った。 彼の為に泣いていた筈が、今は自分の為に泣いている。情けないと頭の片隅では思いながらも 今はこの気持ちがこぼれて、どうしようもない。 ふと気づけば、優しく抱かれていた。シンの胸は温かく、私がしていたように頭を撫でてくれる手からは、 温もりが伝わって来た。それを認識した私の弱い心は溢れ出して、堰を切った濁流になる。嗚咽では無く、 声を出して大泣きしながら、私を抱くシンに私は抱きついた。 泣き疲れて、それでもぐずぐずと彼の胸に抱かれていた。伝わって来る体温が心地好くて、髪を漉いてくれる手が 気持ち好くて。もうしばらくこうしていたいと思いながら、私は私の傷を彼に曝け出した。 まだこうしていたいと思いながらも体を離して、最後はこう結ぶ。 こうする事は傷の舐め合いかもしれへんなって。 余計な事を言わなければ良いのにと、そう考えながらも私は言った。言わなければならないのだ、自分でそれに 気づいてしまっているのだから。それと知りながら無視などすれば、私は永遠に彼に届かないと思うから。 拒絶に怯えてきつく目を閉じた顔は、まるで凶悪犯が裁判の判決をびくびくと待つように。 受け入れて欲しいと浅ましく震える肩は、死刑囚がその実行の朝に怯える様に似ていた。 ――願わくば……もう一度抱いて欲しい 酷く長い一瞬だった。 再び私は抱きすくめられて、年下の彼の胸の中で息をしていた。 見上げてみるとそこには、優しい紅い瞳があった。彼のしなやかな指が 私の涙を拭い、まるで恋人達の様に頬を撫でる。 交差する視線と頬に当てられた掌が熱い。そして一度目を逸らした後で、もう一度 戻ってきた紅い瞳。 言葉を捜しながら話し始めたシンを、一字一句聞き逃すまいと私は見上げた。 「傷の舐め合いかもしれない、でも……それでもいい。はやてが泣いているのは見たくない。 だから……それでもいいんだ」 優しい言葉と思いはさっきまでとは違って、私の傷を優しく癒してくれた。 湧き上がる歓喜と愛しさに戸惑いながら、ありがとうと言い続ける。それしか言えないから。 頬に当てられたシンの左手に私の右手を重ねて、左手で彼の涙の後を撫でる。 シンの右手がいまだにぽろぽろと流れる私の涙を拭い、絡み合った視線はお互いに どうしようもなく熱く濡れていて…… ただひたすらに静謐な部屋で、不思議と穏やかな互いの鼓動を感じ、 窓から差す月明かりは、まるで祝福のように私達を照らす。 私達は同時に目を閉じて、吐息が触れ合うまで顔を近づけて…… バックが落ちた音に驚いて、急に恥ずかしくなって二人とも離れた。 音がした方に振り返ってみると、汗をだらだらと流すリィンと目が合った。 多分、その時私は鬼の様な顔をしていたのかもしれない。 二人してリィンの方を見ていた為に、シンには見られなくてよかったと 冷静考えていた。 冷や汗をまるで滝のように流すリィンは、聞いてもいないのに饒舌に話し始めた。 「あ、あのですね! 眠っていたらですね! はやてちゃんの泣き声に驚いてですね!! 慌てて起きたんです! そうしたら……その……そんな場面で……声掛けづらくて…… 決して夢中になって覗きなんてしてませんよ! つい……その~」 うん、あらかたの事情は解かったわ。多分リィンは悪ぅないかもな。 けれど納得いかへん、理性が許しても感情がリィンを許すわけにはいかん言うてる。 まぁここで話してもあれや、ちょっとお散歩行こうな。 がたがたと震えるリィンをバックに入れて、気まずそうなシンを見る。 「なぁ……シン。明日……デートしよ?」 シンが返事の変わりに微笑むの確認すると、私は明日の服とリィンのお仕置きを考えながら 部屋に戻った。 後日、リィンのメンテ日 シャーリー「リィン曹長、詳しく教えてください!」 リィン「ここだけの話ですよ~はやてちゃんとシン君がですね~」 シャーリー「それでそれで!!」 リィン「本当にここだけの話ですからね、それでゴニャゴニャ~(ry」 シャーリー「キャーキャー!! それホント!?ホントにホント!?」 なのは「ふぅ~ん……詳しく聞かせてね?」 フェイト「メンテに出してたデバイスを取りに来たら、だいぶ面白そうな話してるね?」 ヴィータ「あの色魔め! はやてにそんなことを!!」 リィンⅡ「ひぃぃぃ亜qswでfrgthyじゅぉ;p:@」 シャーリー「私は知りませんよ! リィン曹長から聞いただけですから!!」 リィンⅡ「ヒドイ! 裏切りですぅ!!」 シン「で? なんで俺はいまヴィータ副隊長と模擬戦を?」 ヴィータ「問答無用!! 逝って来い大霊界!! ギガントシュラァァァァクッ!!」 シン「そろそろ俺は本気で死ぬかもしれないな……だがこんな所で俺はぁぁぁぁぁ!!」 なのは「ヴィータちゃんとあそこまでやりあえるなんて……シン、恐ろしい子!!」 フェイト「じゃぁそろそろ私達も行こうか? なのは?」 なのは「そうだね、フェイトちゃん。全力全開で……ね?」 エリオ「あの~止めたほうが……」 シグナム「なぜだ? 少なくとも私は留めるはさらさら無い」 エリオ「…………」 キャロ「でも……シンさん、死んじゃうかもしれないですし……」 ティアナ「シンなら大丈夫よ、シャマル先生も待機してるし。さて、私もアップ始めようかな」 キャロ「…………」 スバル「ティア……今日は私達の訓練は無かった筈じゃ」 ティアナ「自主練よ、文句ある?」 スバル「…………」
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―――ZGMF-X42S、デスティニーの強化案は非常に難航を極めたと言える。何せ元々が欠陥機と呼ばれるほどに難のある機体だ。 シンのデスティニーへの習熟によりある程度は補えてはいるがそれでも辛いものはあった。 だからこそ強化案はや改修策は何度も立ち上がり、しかしそのたびに立ち消えていった。 理由は単純である、その強化をデスティニーで行う必要がない、改修すればデスティニーの強みが消える。これに尽きた。 例えば、近接戦に特化する案。一撃離脱を主とするデスティニーからすれば確かに魅力はあったのだがその場合砲戦がほぼ死ぬ。 例えば、射撃戦に特化する策。急加速、急制動を行えるデスティニーからすれば悪くはないがそうすると今度は寄られると不味い。 その他様々な案が出されたのだが全て採用されることはなかった。 もしも採用して強化したとしてもそれはもうデスティニーである必要性がないものばかり。 デスティニーだけの魅力を持つことが出来ない、早い話が他の機体に乗り換えた方が早かったのだ。 だからこそデスティニーの強化は極々普通な装甲の強度や動力の上昇、機動性の向上ぐらいのものしか行われなかった。 改修と呼べることは精々がパルマフィオキーナの周辺にゲシュマイディッヒ・パンツァーを仕込むことぐらい。 そんな中、ジャンク屋ギルドのデータを漁っているときにパワーシリンダーについての記述を見た。 その時は特に気にすることもなくそのまま読み流したのだが、デスティニーの特性を考えている内にふと思い付いた案。 デスティニーは一対一という状況に強く設計されている。それならばいっそのこと一対一に特化させればいいのではないか、という考え。 相手の能力に応じてその加速力で適切な位置を取り続け、距離に応じて兵装を使い分けるという戦い方は一対一で真価を発揮する。 火力はすでに十分、ならば必要とされるのは加速力の向上。推進力は現状で劇的な向上が望めないのだからまずは初速に狙いを絞る。 初速を得る手段はスラスターによるものだけではない、脚部で地面―――正確に言えば大質量の物体――を蹴って加速。 戦艦を蹴って増加した機動力は、対峙したパイロットからしてみれば通常の三倍とも言ってもいいほどに爆発的なもの。 パワーシリンダーを用いれば通常の三倍というのも誇張ではなくなってくるかもしれないのだ。 また、脚部に限定せずとも有用な代物だ、パワーシリンダーの全力を以て殴りつければPS装甲であってもただでは済まない。 例え装甲が持ったとしても間違いなく内部の電装系やフレームは衝撃に耐えきれないだろう。況や、パイロットは尚のことだ。 そう考えて強化プランをパワーシリンダーを組み込む形で引き直す。その上でまず見直さなければならなかったのは装甲。 爆発的な加速により上昇する相対速度で、シンの反応速度では間違いなく敵機の攻撃を碌に避けられないことは目に見えていた。 加えてパワーシリンダーの圧倒的な力である。下手にMSを殴りつけたら逆にデスティニーのフレームが歪むことは明白。 VPS装甲にかける電圧を上げ、フレームにはVPS装甲の技術を応用して強度を高めることでそれはクリア、しかし問題はまだあった。 シンの反応速度は決して早いわけではない、現時点でさえデスティニーの速度には徹底した予測を行うことでどうにかついていけるレベル。 パワーシリンダーでさらに上がった初速にはとてもじゃないが反応しきれない。 被弾ならば硬度を増したVPS装甲で多少は問題ないのだが、問題は敵を通り越しかねないということ。 それなればいっそのこと、通り越しても絶対に敵機を補足し続けられるようにすればいいと考えた。 具体的にはマルチロックオンシステムを搭載し、その増加した管制能力でただ一機だけをロックオンし続ける。 本来ならば多数の敵機を捕捉することを前提としたミーティアの飽和攻撃の管制に使われるそれによりシンでも扱えるレベルに抑えられる。 また、あくまでも一機のみを捕捉するのだからコンソールには然程手を加えなくて済んだというのもありがたかった。 その他に頭部排熱機構の追加や加速の際に機体のバランスを取るためのテールスタビライザーを追加していったのだが。 そこまできて根本的な問題が発生してきた。とてもじゃないがエネルギーが持たなかったのだ。 パワーシリンダーに加えてVPS装甲にかける電圧の増加、加えてフレーム部にも電圧をかけている。 マルチロックオンやスタビライザー、その他の細かい処理も馬鹿にはならない。 結果。ハイパーデュートリオンですら賄いきれないほどの途方もないエネルギーが必要となってしまったのである。 どんなに理想的に動いたとしてもまず20分程でフェイズシフトダウンを起こしてしまうほどの燃費の悪さ。 そのままお蔵入りになるかと思われたが、しかしその燃費の悪さは「恒常的に運用するなら」という前提があった。 そもそもパワーシリンダー等を常に起動させるからエネルギーが足りなくなるのである。 ならば逆に必要に応じてそれらを起動―――言うなれば、形態を移行させる形で運用すればエネルギーの面ではどうにかなる。 何より、こんな機能を持ったMSなど間違いなく新機体として開発することなど出来ないだろう。 それに加えてどう足掻いても払拭できない致命的な欠陥を考えれば形態の移行こそがベスト、それ以外では運用できる代物ではない。 デスティニーの強みを失わせず、特徴をより強く反映させ、なおかつデスティニーだけの魅力を持つ。 それら全てを満たすそれを、シンは極限的なまでの破壊を行うための形態―――エクストリームブラストと呼んだ。 尚、その結果デスティニーのデザインが非常に、所謂「悪役」染みた物になったことにはシン以外には不満を持たれてはいない。 シン以外からはデスティニーらしさが強調されたいいデザイン、相手からしてみれば威圧感があると好評であった。シン以外には。 何が悲しくてあいつ悪役っぽいのに乗ってるとか言われなきゃいけないんだ、とは某パイロットS・Aさんの言葉である―――― 『おおおおおオオオオオッ!!』 放熱のためにスピーカーから発せられる音はまるで悪魔のようなしゃがれ割れた物。 紫に迫るデスティニーは咆哮染みた叫びと共に拳で紫が立っていた岩塊を殴りつけた。 自分を直接狙わないデスティニーの行動に紫は訝しげに眉を寄せたが、元々紫を狙ったものではない。 デスティニーの拳を受けた岩塊は瞬時に粉々に砕ける、あくまで狙うのは足場の破壊。 そしてそれにより生まれるであろう体勢の崩れ、狙うべきはそこだ。 「あら」 デスティニーの目論見通り岩塊は粉微塵に砕け散る、しかしそれに紫が驚くことはなかった。 結界ごと自分を殴り飛ばしたのだからこの程度ならまず造作もないだろう、今更驚くようなことではない。 問題はこのデスティニーにどう攻めるのか、である。細かな光弾ではまずダメージにはならない。 もしそれでダメージを負う、或いはその可能性があるのならデスティニーは弾幕の中を突っ切ってきたりはしないだろう。 ならば大技? それも困難だろう、デスティニーの瞬発力はまるで爆発するかのような凄まじさ。 それよりも早く大技を準備し打ち込むというのは流石に現実的ではない。それは境界を操ることにしても同じこと。 どうしたって集中するための時間がいる、それは普段ならば大して問題にもならないような僅かな時間。 しかし、こういった小細工無しの真っ向勝負を挑んでくる相手にはその僅かな時間さえも致命的となる。 恐らくそれをデスティニーは予測していたのだろう、だからこそ紫に挑んできていると見るべきか。 どちらにしても、大技も境界弄りも出来ないと考えた方がいい、ならば残るは。 (物理的衝撃による攻撃、か。VPS装甲でならむしろそれが最善かしらね) 紫は正直なところ妖怪の中では非力な方である。どんなに効率的に攻撃したとしても間違いなくVPS装甲は抜けないだろう。 ストライクフリーダムの白色の装甲ですら大したダメージは与えられなかったのだ、黒色の装甲なら言わずもがなだ。 しかし、である。VPS、と言うよりフェイズシフトの系列には衝撃を受ける度にエネルギーを消耗するという難点が存在する。 核動力ならばフェイズシフトダウンは起こらないと思われがちだが、実際には多量のエネルギーを一気に消耗すれば十分起こり得る。 (その形態、燃費はどうなのかしらねぇ?) ましてや、エクストリームブラストならば尚のことだ、細かな衝撃でも間違いなく稼働時間に影響が出てくるレベル。 恐らく最初から長期戦は捨てているのだろう、多少被弾してでもエネルギー切れを起こす前に相手を沈めるための形態。 それならば、大技で直接仕留めるのではなく細かな弾幕や物理攻撃でエネルギーを削り切る。 デスティニーからしてみれば一番厄介な攻撃であり、正解はそれなのだ、とは思うのだが。 (素直には狙わせてくれない、か) エクストリームブラストの欠点など、間違いなくシンは気付いているだろう。 紫がちょっと見ただけで分かるようなことなど、気付いていないはずがない。 と言うよりも、その欠点を分かり切っているからこそ形態変化という形で運用しているはずだ。 それに、エネルギーを削り切る前にこちらが沈められる可能性だって十分にある。 むしろそれを可能にするためのエクストリームブラストだと考えて動くべき。 この男が行っているのは奇策でも何でもない、徹底した理詰めによる戦法。 これぐらいなら大丈夫。そんな理も何もない考えこそデスティニーにとって最大の好機となる。 全力で来い。そう言った以上、こちらも全霊をかけて挑むのが礼儀と言うもの。 (まあ、藍を使ってないのに全霊も何もないとも言うけど) それはそれである、なんにしても手は抜けない。事実上境界を操ることは封じられているのだ。 手を抜いたら間違いなくこちらがやられる。能力無しでは紫は決してそこまで強いわけではないのだから。 砕けた岩塊から離れ、空間の下に向かって飛びながら上に目がけてスキマから引きずり出した墓石を落としていく。 その光景に流石にデスティニーも仰天してしまい思わず場違いな言葉を叫んでしまった。 『罰当たりなっ!』 「当たります、石が」 普段のデスティニーなら皮肉の一つや二つが即座に飛んでくるところだが、しかし今はそうではない。 思考のリソースを機体制御に回しているため、返ってきたのは冷淡で平静そのものと言った言葉。 無造作に落としたようにも見えた墓石だが、しかし全てデスティニーを狙って落とされたもの。 デスティニーの言うようにこのままでは落ちてくる墓石が直撃してしまう。 装甲は持つだろうが、だからと言ってそう何度も当たっていたらエネルギーが持たなくなる。 それならばどうするか。決まっている、このエクストリームブラストで砕くのみだ。 『邪魔ァッ!』 その言葉通り、邪魔な物をどけるかのように腕を軽く振るう、ただそれだけで当たった墓石が粉微塵に砕け散っていく。 そうして墓石を砕きながら、デスティニーは紫目がけて地面を蹴った。 「まあ、罰当たりね」 墓石を粉砕するデスティニーに呆れたような声を上げながらも紫は落ち着き払った様子で長物を構えた。 このスキマに漂っている何の変哲もない標識だ、しかし妖怪が振り回す以上、標識と言って侮ることはできない。 それに、紫は何もたった一本の標識でデスティニーを相手取るつもりはない。 一本で足りないのなら二本、それでも足りないのならよりたくさん。多数の標識を周囲に漂わせながら紫は微笑む。 「残念ながら通行禁止ですのよ、守ってくださるかしら?」 艶然と微笑んだまま距離を詰めてきたデスティニーの首を狙い、まるで斬首刀を扱うかのように標識を振り抜いた。 しかし紫が詰めてきた自分にカウンターを合わせてくることはデスティニーも予測していたのか、腕で標識を防ぐ。 金属同士がぶつかり合う派手な音を響かせながら標識がまるで飴細工のようにぐにゃりと曲がるが、デスティニーの装甲には傷一つ付かない。 そのことは紫も予想していたのだろう、動揺することなく標識を投げ捨て別の標識を手に取った。 振りかぶってデスティニーの脳天に叩きつけようとするが、振り下ろされる標識に手刀を打ちつけて力任せに叩き切る。 空間の果てへと吹き飛んでいく標識の先端を見て紫はどうしたものかと僅かに思案した。 「交通法は守りなさいな」 『知ったことか!』 最悪ですね、とデスティニーに言われたが気にすることもなく右脚を軸にし、頭めがけて回し蹴りを放つ。 ボ、と空気が爆ぜる音が聞こえるほどの回し蹴りが紫に当たった、人間に直撃すればそのまま挽肉になるであろう一撃。 しかし紫は事前に結界を張っていたのか、何事もなくただ周囲の標識と共に吹き飛ばされるだけ。 そしてそれは紫にとっては願ったりの状況でもある。甘く見ていたつもりはないが、認識を改める必要がある。 境界を操る程度の能力が使いづらい以上、やはり今のデスティニーに接近戦は挑むべきではない。 徹底して距離を保つべき、それがデスティニーに対する最善手である、のだが。 (当然、読んでるわよね?) そう考えて動く相手に対する対処もとっているはずだろう。そうでなければエクストリームブラストなど採用するはずがない。 最善だけを取って勝てはしない、それはシン・アスカという人間を相手にしているからこそだ。 人間であるからこそある程度の揺らぎを生じさせる、そしてシンはその揺らぎを認識している類いの人間だ。 そういった人間は往々にして厄介である、何せそういった人間は間違いなく自分の弱さを理解している。 弱くて揺らぐ、曖昧な存在。そのようなものが人間性と呼ばれるものであり、同時に紫が愛する存在である。 最善手は、とる。当然だ、最善を無視し続けて勝つなど相当に実力差がなければとても出来るものではない。 取るが、それは最善の手を打っていると読まれても問題がないか、或いは最善手であることを読まれないよう偽装するか、だ。 馬鹿正直に最善手を取ったりしたのなら、この男は間違いなくそれを狙い撃ちにしてくる。 (んじゃあ、どうすっかしらねー) 距離があいたのだからこの距離を保つ。まあそれが最善だろう、問題はその最善を保ち続けるべきか否か。 最善手に固執しすぎるべきではない、だからといって距離を詰められるのも不味い。 どうするにしても攻撃は加えなければならない、デスティニーが長期戦を嫌うのならこちらから長期戦に持ち込むだけだ。 そう決めると紫は自分に追随する標識全てを妖力で動かしデスティニー目がけて投げつける。 大量に飛んできた標識にデスティニーは小さく舌打ちをした。紫が知っての行動ではないだろうがこれは少しだけ不味い。 何故不味いのかをどうすれば紫に悟られずに済むのかを考えるが標識だって止まっているわけではない。 迫る標識はすぐ目前まで近づいている、このまま考え込んでいたらそれこそ紫に気づかれかねない。 どうするか一瞬考え、結局エクストリームブラストの本懐である短期決戦に沿うことにした。 『そこぉ!』 腕を振るって標識を叩き落とす、マイクが拾う騒音に辟易としながらも間をおかずにまた飛んできた標識に意識を集中させる。 装甲で受けることはそうそう何度も出来ない、装甲以上にエネルギーが持たなくなってくるからだ。 それならどうするか。その答えはそう難しいことではない、飛んできた標識をマニュピレイターで掴み、握り潰すだけ。 十本以上あった標識を全て掴み、握った部分を握り潰すと標識の支柱は紙屑か何かのように細くなっていた。 全ての標識を握りつぶすと、それは最早一本の支柱から多数の標識が生えているかのような冗談じみた光景。 その冗談みたいな光景の中、デスティニーは大きく体を仰け反らせながら両手に持っていたその標識を紫目がけて投げ付ける。 『く・ら・えぇぇぇっ!!』 まるでヘリのローターのような音を鳴らしながら標識が紫へと迫る、しかし紫の注意は標識には然程向いていなかった。 いくらパワーシリンダーによる投的といえどその速度は決して早いものではない、少なくとも紫ならば十分捉えられるもの。 重要なのは投げ付けた標識にどのような意味を持たせるのかということ。当てるつもり、ではないだろう。 それならば近づいて振り回した方が当てやすいはず、わざわざ投げる必要は低い。そのことに気付かないような愚図ではないはずだ。 少なくとも、エクストリームブラストの致命的な欠点をどうすれば隠せるかに頭が回る程度の知恵はあると紫は踏んでいた。 (割と綱渡りよね、その行動。それでもやるってのは、いい判断と決意よ) さて、そんな知恵があるとするのなら狙いは何か。避けたところを狙い撃ちにする? 悪くはないがもう一声欲しいところだ、見え見えすぎて予想も何もあったものではない。 避けたところを狙うというのは方針としてはそう間違ってはいないだろう、それ以外に何をしてくるか。 デスティニーの兵装を一つずつ吟味し、一つの可能性に思い当る。それは標識が飛んでくる音を聞いて確信に変わった。 いや、正確に言えば標識が飛んでくる音に混じって聞こえてきた音によって、である。 フラッシュエッジ?。標識を投げた直後に一緒に投げたのであろう、それも標識を避けたら刃に斬り裂かれる絶妙な軌跡。 舌打ちと共にフラッシュエッジを避けられるよう大きく動くと、風切り音を鳴らしながら標識が通り過ぎていった。 標識もフラッシュエッジも難なく避けられた。無知な子供ならばいっそ拍子抜けしてしまいそうなほど。しかし、分かっている。 デスティニーがこんな簡単に避けられるような温い攻撃など許すはずもない、本命が来る。 その予感と共に結界を張るが、張り終えた瞬間に空気を焼く音と共に長射程砲の強烈な熱と閃光が撃ち込まれる。 長射程砲の攻撃も防がれてしまった、だがその程度で動揺なんてしていられない。当たらなかった、だったらどうだというのだ。 『まだだっ、逃がすかぁッ!』 大事なのは当たるという確信ではなく当てるという意思だ、まだ意思は死んではいない。 そのまま長射程砲を連射しながら前進。パワーシリンダーで増大した力で長射程砲を発射する際の反動を強引に抑え込む。 放たれる高出力の砲撃を避けながら紫は光弾を撃ち出してくる。 弾幕と呼べるほど高密度なものではないがデスティニーの虚を突く形で放つ絶妙なもの。 知ったことかと被弾に構うことなく前進したくなるが、まだ紫を倒せる目処は立っていない。 短期決戦を狙うべきではあるが紫の底がまだ見えない以上、考えなしに突っ込んでいくのは馬鹿のやることだ。 そしてデスティニー、特にエクストリームブラストはそんな馬鹿な考えで成り立たせることは不可能。 『デスティニー、残り時間!』 「現時点で十七分二十一秒、消費エネルギーが12%です」 細かいことを、と内心で疎ましく感じながらも自分の予想以上にエネルギーを消耗していることに舌打ちをつく。 今はまだ誤差の範囲内だが、無計画に動きまわればすぐに支障が出てくることは明白。 それにまだ15分以上あるとは言うが、それは動き回らず被弾しなければの話。実際の稼働時間はもっと短くなるだろう。 被弾に構わず突っ込むべき状況はしっかりと見極める必要がある、そしてその状況は今ではない。 どうすべきか逡巡し、敢えて紫から距離を離す。接近戦だけがエクストリームブラストではない。 一気に距離を変えられ、変えた距離に合わせた戦いが出来るのがデスティニーの一番の強みだとシンは考えている。 一対一に強いというのはその強みによる結果だ、それはエクストリームブラストにおいても例外ではない。 何も考えずに接近するのも距離を空けるのもデスティニーでは意味がない、重要なのはそれで何をするのかだ。 性能だけで押し切れるほどデスティニーは強い機体ではない。その性能をパイロットが活かしてやらなくてはならない。 ………もっとも、そうやってパイロットに求められるものが多すぎるからこそデスティニーは欠陥機と呼ばれているのだけれど。 『偏差射撃に集中したい、誤差の修正頼む!』 「了解しました、マルチロックオンシステムよりMA-BAR73/S及びM2000GXの同期を行います」 その言葉を聞き終わる前にデスティニーはビームライフルと長射程砲を構えていた。 ロックをかけた瞬間に紫目がけて乱射しながら岩塊を蹴って距離を開ける。 多重に掛けたロックオンのおかげで通常形態よりもその射撃の精度は高まっている。 岩塊に足をかけ飛び回りながら同じく空間を縦横無尽に飛び回る紫の行動を読みながら射撃を行う。 今度は距離を開けた時のような乱射はしない、そんなことをしてはあっという間にエネルギーが底をつく。 長射程砲を撃つがそれは牽制、本命であるライフルを紫の進行方向に設置するかのように発射。 結界で阻まれたが、しかしそれは逆に言えば結界で防がなくてはならなかったという避けられなかった証でもある。 (ふうん、偏差射撃? 丁寧にやってくるわね) 丁寧。デスティニーの戦い方はそう呼ぶのが的確であろう。豪快さはあってもそれは決して雑なものではない。 相手の隙を突くという基本を徹底して行い続けている、豪快さも奇抜さも全てはその基本を貫くためのもの。 教本にはまず乗せられないだろうが実に理想的な立ち回り、基本も何も知ったことかとばかりのキラとは真逆だ。 もっとも、それでも尚相手を踏みにじり蹂躙できるからこそキラの戦い方は王道と呼べるのだが。 デスティニーが行っているのは自分の弱さを補う、悪く言えば誤魔化すための小細工だ。 少なくとも万人が認める強さではないだろう。しかし紫はそれでこそだと思っている。 (それでこそ、人間なのよ) 弱さを認め弱さを補い弱さと付き合う。だからこそ人間とは美しい。決して化け物には持ちえない美しさだ。 少しずつではあるがこの男のことが見えてきた。同時に、何故キラがこの男に拘っているのかも。 今度はライフルで牽制しながら長射程砲を撃ちこんでくる。それを結界で防ぎながらも、くすり、と笑う。 嬉しい。こうやって必死になっている姿は実に嬉しい、自分に出来る最善を必死に探し当て実行する勇気は実に喜ばしいものだ。 適当にやる、とまでは言わないがある程度命は慮ってやるつもりだった。しかし、ここまで必死だと試したくなってくるではないか。 どこまでこの男がやれるのか、どこまで人間のままで化け物に挑めるのか試したくなってしまう。 そうと決めたのなら行動は迅速に、だ。結界を張ったままデスティニーに強引に接近を試みる。 (う? よって? 来た………どうする、どうするっ?) そのまま殴り飛ばせばいいと単純に考えるべきではないだろう。間違いなく何らかの対策があると見るべき。 ならば自分はどうするか。敢えて距離を取るべきか、それとも紫の対策を力ずくで叩き潰すのか。 どうすべきか一瞬の迷い、そしてその迷いは相変わらず致命的で。 迫る紫は光弾を乱射しながら接近してくる、装甲は耐えられるだろうがエネルギーの消費がいい加減馬鹿にならない。 デスティニーからソリドゥス・フルゴールで防いだ方がエネルギーの消費を抑えられると進言される。 無論それは極力避けた上での話だ、そして避けるために必要なのは自分自身の操縦技術。 『避けて見せるさ………デスティニー、ソリドゥスの制御をっ!』 「単位相値の安定を確認、回避マニューバに合わせ形状の調整を行います」 『パルマもだっ、中から撃つ!』 両の手甲に光波盾を発生させながらパルマフィオキーナを拡散ビーム状にして光波盾の内側から紫目がけて撃ち放つ。 パルマフィオキーナの出力は抑えたものだ、今この状況で最大出力のパルマフィオキーナを撃ち込めはしないだろう。 あくまでも牽制のためのもの、紫の出方が分からない以上下手に自分の手の内をさらけ出したくはなかった。 光波盾で光弾を受けながらデスティニーは紫の目的を必死で考える。わざわざ接近戦を挑みに来た? それはないだろう、パワーシリンダーの力を目の当たりにしてそれを受ける危険を冒すほど紫は自惚れが強くないはずだ。 だったらなんだ、何故寄ってくる。砲戦では埒があかないからこちらのペースを乱しに来たのか、それとも或いは。 取りとめのないことばかりが浮かんでは消えた、紫の目的を絞り切れないことに胃が焦れそうになる。 デスティニーの考えなど知ったことではないのか、撃ち込まれるパルマフィオキーナを危なげなく避けながら紫は尚も距離を詰める。 『く、ぅっ!?』 一度も撃たれることなく距離を詰めてきた紫の顔面目がけて拳を叩きつけようとしたが、ゆらりと動いて避けられてしまう。 あまりに呆気なく避けられたことに悔しさ混じりの声を上げたが、紫はそんな声など意に介することはなかった。 それどころか、まるで幽霊か何かのような、存在していることさえ妖しいほどの動きでデスティニーの頬をするりと撫でてきた。 何をする、そう言って振りほどこうとするがそれよりも早く紫はデスティニーの顔を掴む。 「藍、ちょっと場所移すからしばらくお願いねー?」 仰せのままに。そう言いたげに肩をすくめた藍がモニターの端に映ったがデスティニーの思考は別のことに向けられる。 場所を移すとはどういうことなのだろうか、この空間ではどこに場所を移したところで大して変わらないはず。 そう考えていたデスティニーだったが、自分が相対している存在が妖しくも怪しい妖怪であるということを思い出し考えを改める。 そしてその改められた考えは実に正しいものであった。周囲の景色が不可思議な異空間から黄昏時の空へと一瞬で切り替わる。 まるで映写機で場面が切り替わったときのように何の継ぎ目のない変化にデスティニーは困惑した声を出すしかない。 あまりにも明瞭であるからこそ逆に不明瞭さを感じさせてしまう。畏怖の念を感じ、それを振り払うかのように声を張り上げる。 『何をした!? 何が………デスティニー、どこだぁっ!?』 間。デスティニーも場所の確認に時間がかかっているのか返事が返ってこない。 紫から強引に距離をとり、どうにかここがどこなのか探ろうと必死になって辺りを見渡す。 眼下に見えるのは和を感じさせる館、そして石造りの階段に点在する桜の木。 その風景には見覚えがあった、しかし戦闘の熱で浮かれる頭ではそれがどこだったのかぴたりと当てはまらない。 『桜………桜って?』 頭の中にあった疑問を思わず口にするがデスティニーから返事はない。 元々返答を期待していたわけではないのだから気にはしないが、口にしたことで少しずつ頭が動いてきた。 桜の木なら先ほど散々見たではないか、あまりにも状況が変わりすぎて頭が追いつかなかったが今なら分かる。 高度を示す数値も非常に高いものを示している、天空にある桜が咲く楼閣、そうだ、ここは。 「地軸より測定を完了、白玉楼の上空です」 『見りゃわかるっ! エネルギー、残りは!?』 「現時点で64%、時刻に換算して11分49秒です。予測との誤差をログに出力しますか?」 後でな、と答えデスティニーは予測よりも消耗が激しいことに内心歯噛みする。 15分を切り出したことが問題なのではない。予測よりも多くエネルギーを消耗しているということのほうが問題だ。 それは即ち主導権が紫に傾いているということでもあるのだ、予測との誤差はその表れに過ぎない。 どうにかして主導権を取りたいところだが、しかし無理に狙っていけばそれこそ大きな隙にしかならない。 デスティニー、特にエクストリームブラストでは雑な行動こそが何よりの大敵となる。 焦るな、逸るな、落ち着け。行動の雑さなど九割九分心中の動揺が招く行為に過ぎない。 震え、怯えた叫び声を出しそうになる自分にそう言い聞かせながら五感から伝わる情報を必死で処理する。 自分をしっかり持て。レイ・ザ・バレルの様に冷静でい続けろ。ルナマリア・ホークの様に熱を捨てるな。 デスティニーに必要なものは才覚ではない、只管の努力と揺るがない意思なのだから。 「上空より質量を確認、多数来ます」 質量と言われ何のことだと返しそうになったデスティニーだったが、上空を見上げて納得した。 紫がスキマから零した大量の墓石がデスティニーめがけて降り注ぐところだったのだから。 空を埋め尽くす墓石という、あまりにも非現実的な光景に目を疑うが、このまま呆けていたら直撃は免れない。 スラスターを噴射して後退すると、装甲を僅かに掠めて火花と耳障りな音を散らしていった。 だが、音はそれだけだった。墓石が地面に落ち、砕け散る音をセンサーは拾っていない。 『聞こえない? 何だ、なに!?』 「質量、下方より接近中。多数です」 『下ぁ?』 その言葉に地面を見れば、落ちて行ったはずの墓石が向きを変えて上空めがけて突撃しているところ。 誘導追尾を行う墓石にデスティニーは絶句するが、止まったところで相手が止まるわけもない。 迫る墓石を大きく動いて避け、避けきれなかったものは手刀で砕いたが執念深く追尾を行ってくる。 『うぅっ、埒が………デスティニー、地上まで降りる! 奴からロックは切るなよ!』 地上に向けてスラスターを噴射して加速、地表寸前で胸部スラスターによる急停止を行い石畳を砕き割りながら着地した。 紫が制御しきれなかったのか、墓石の幾つかは地面に叩きつけられ粉微塵となるがそれでもまだ大量に残っている。 強引にスピードを殺したことによる苦しみで止まりたくなるが、なおも迫る墓石を見ればそんな気も吹き飛んだ。 石畳を強く蹴って連続でバックステップを繰り返した。蹴る度に石畳は砕け、周りの石畳が衝撃でひっくり返る。 ひっくり返った石畳に当たって墓石が砕けていく、それで一気に墓石の数は減ったがそれでもまだ幾つか残っている。 大質量の石がぶつかり合って砕ける音を聞きながらデスティニーは眼前に迫る墓石に拳を叩きつけた。 二度、三度と墓石を砕くが、しかしデスティニーはその行動に違和感を感じる。 こんな単調で碌に通じないような攻撃を八雲紫が行うものなのか、という疑問。 少なくとも妖怪の賢者と呼ばれるような者の行う行動としては温いものだ。 墓石を当てられる自信があった? いや、その可能性は低いだろう。 地面に墓石を叩きつけ、石畳を回避できなかったことを鑑みればその反応速度は決して速くはない。 下手をすれば対して早くもないデスティニーの反応より遅い可能性すらある。 そして自己のそんな遅さを紫が認識していないのか、そんなことも分からない阿呆なのかと問われれば否だろう。 なにかある。そう感じるのとアラート音が鳴るのは同時だった。 「上空より質量を確認、一つです」 先程の様に墓石を降らそうというのか、そうも思ったがそれならば反応が一つだけというのはおかしい。 何をしようとしているのか分からず空を見上げた。瞬間、意識が一瞬凍った。 空にあったのはひび割れた窓ガラスと赤いランプがついた緑色の板、しかしそう見えたのは一瞬だけ。 近づいてくるにつれてそれが何なのか分かった。天井に付いたパンタグラフ、台枠に取り付けられた輪軸。 そしてその巨体が何台も連結されたその姿。全体的に錆びついているが間違いない。 列車である。本来ならばレールの上を走行するはずのそれが空から地面にいるデスティニーめがけて降ってきていた。 『何だとぉぉォォオオオオオッ!?』 迫りくる巨体に絶叫し、地面を転げるかのように飛びのいた。無様ささえ感じさせるほどの回避行動。 しかし巨大な鉄の塊が落下してくるという本能的な恐怖に突き動かされたからこその無様さである。 落ちてきた列車はそのまま地面に叩きつけられるはずだったが、しかし音もなく地面へと吸い込まれるように消えていった。 いや、本当に吸い込まれたのだ。その証拠に地面には先程までデスティニーがいた紫色の異空間がスキマを広げていた。 デスティニーはあまりの恐怖感に荒い息をつくが、紫の姿が上空にないことに気づく。 『いない? デスティニー、ロックはどうなってる!?』 「現在探知を、っ、いました。ですが遠いです」 『遠い、瞬間移動? なにするってんだ』 デスティニーが感知した座標のほうを見るが、限界までモニターをズームさせても豆粒ほどの大きさにしか見えないほどの遠距離。 何をしようとしているのかが分からずに訝しげな声を上げたが、背後から声が聞こえてきた。 恐らくは白玉楼の住人たちだろう、戦闘の音に気付き様子を見に来たといったところか。 その中にはハイネの声も含まれていた。デスティニーに刀を向ける妖夢を宥め賺しながらも困惑した声をあげている。 まあそれはそうだろうな、と内心で思いながら紫の様子を窺っていたが、奇妙な音をセンサーが拾った。 カン、カン、という鐘を鳴らすかのような断続的な音。それが紫のほうから聞こえてきた。 何でもないはずのその音は、しかしデスティニーには何故か途方もなく警戒心を呼び立たせる音だった。 「黒いMSだと? ブリッツじゃあない、ってことは………デスティニー? シンか!?」 『すいません、それは後で………避難誘導お願いします、ハイネ!』 普段だったなら強烈な違和感を感じたであろうハイネの言い回しだが、今はそんなことに構っていられなかった。 予感がするのだ。あの音は人の生命に対する危機を知らせる警戒音であり警鐘であると、その予兆であると。 デスティニーの言葉にハイネは一瞬訝しげに眉を寄せたものの、聞こえてくる音に気付くと白玉楼に振り返る。 「全員退避だ、白玉楼は捨て置け! 退避、退避しろぉっ!!」 「え、ちょ、ハイネ、突然何言ってるんですか、っていうかなんですかその黒一色!?」 状況をつかめずハイネとデスティニーを見比べる妖夢に、ハイネは苛立たしげに舌打ちをすると妖夢の襟首を掴んだ。 その表情は先程までの飄々としたものとは違い焦燥感と危機感に煽られ歯を剥き出しにしながら歪んでいる。 「放してくださいよ、猫か何かみたいに掴まないでください!」 「文句いう暇があったらさっさと避難しろ、死んでから文句いう気か!?」 普段の彼とは違う剣幕で怒鳴りつけるハイネに妖夢は言葉を失うしかない。 それは、ハイネが余裕をかなぐり捨てていることに対して危機感を感じられない未熟さだともいえる。 とはいえ、おっとりがたなで駆けつけてきた幽々子にも怒鳴るかのような勢いで全員の避難を行えと言う姿には流石に文句を言おうとした。 しかし妖夢が文句を言おうとしていることを察したのか、苛立った様子でハイネは舌打ちをする。 「うるっせぇな………お嬢、こいつ頼むぞ、俺はだれか残ってないか確認してくる!」 「ええ、心得ているわ。お気をつけてね、ハイネさん」 ほとんど投げつけるかのような勢いで妖夢を幽々子に預けたハイネは残っている奴はいるかと叫びながら白玉楼に駆けていく。 何が起こっているのか分からず妖夢は目を白黒させるばかり、そんな妖夢を仕方がないなあと言わんばかりの目で幽々子は見つめていた。 「ひ、ふ、みの、よ………うん、全員いるわね。それじゃあ避難するわよ、妖夢」 ハイネに対しては蝶を送って合図する、不安もなくはないがハイネなら上手くやれるだろうという目算もあった。 それにしても、と心の中で幽々子は呟いた。なんだって紫は「あれ」を使う気になったのだろうか。 「あれ」は下手をすれば白玉楼にさえ被害が及ぶ、およそたった一体の敵に対して使うような代物ではないはずだ。 白玉楼に被害が出たとしても紫の能力を考えれば被害などあってないようなものだ、そのことに関してはさほど気にしていない。 気になるのは「あれ」を使う気になった紫の心境か。それと、使わせる気にさせた黒いロボット。 うぅん、と一声唸り、やがて頭を軽く振った。気になることは気になるのだが、今は避難することが先決だ。 すでに何が起きているのかが肉眼で確認できるほど。先程からなっている音は遮断機から出ている音だ。 地面から生えた遮断機、それが一本、二本、三本四本五本六本七本八本九本――――百を超えようという数の遮断機が音を鳴らしている。 その量ゆえに、もはやカン、カン、という断続的な音ではなくカカカカカカ、と連続した異常な音になってしまっている。 (悪乗りが過ぎるわよ、紫?) ここまで異常な状況を作り出すのは黒いロボットに対する心理的影響を狙ってのことなのだろうが、正直やりすぎだとは思う。 やりすぎなのも異常なのも、そのどちらも紫らしいと言ってしまえばそれまでなのだが。 紫との付き合いはそれなりには長いつもりだが、それでも完全に彼女のことを理解できているというわけではないのだ。 何にしても、避難しないと自分はまだしも妖夢は危険だろう。あの質量は半人半霊といえども耐えられるものではない。 遮断機が生えるのに合わせて枕木が敷かれレールが伸びていくのが遠目にも見えるようになった。 妖力で動かすのだから必要ないだろうとは思うのだが、それは紫にとって譲れないものなのだろうか。 そんなことを考えていたら肩を強い力で掴まれた。この白玉楼で自分にこのような事をする存在というのは決まっている。 「早かったわね、ハイネさん」 「行動は迅速でなきゃあさ………シン、お前はどうする気だ!?」 どうする、と言われデスティニーは自分がどうしたいのかを考える。 向かってくる「あれ」を避けるのが最善なのだろうが、しかしそれをやったところで何の解決にもならないだろう。 紫が「あれ」を使って自分を狙うのをやめるとは到底思えないからだ。 それに、紫は恐らく避けるだろうと考えている、その考えの通りに動くのは面白くない。 個人的感情を抜きにしても、主導権を握られたままというのは状況としては芳しいものではない。 思い通りに動き続けては、最終的には相手の思い通りに負けてしまう。 どうにかして紫の度肝を抜いてやらなくてはならない、主導権を握るのだ。 そんなデスティニーの意志が伝わったのか、幽々子は扇子を口元に当てて興味深そうに喉を鳴らす。 「まあ。やるというのならば頑張りなさいな。多少の被害なら目を瞑りますので」 どこまでこの男が紫に立ち向かえるのか少し興味が湧いた。恐らくは紫も同じ気持ちなのだろうとは思っている。 それを見届けるためならば白玉楼が多少損壊しても構わない、加えてハイネの言い草からすればシン・アスカの変異した姿なのだろう。 ハイネから聞いていた存在でもあるし、悪魔の妹に勝った存在でもあるという。 その実力を見極めたいという気持ちが最終的な決め手となった。 まあ、紫にたまには痛い目を見てもらうのもいいかという思いも無くはないのだが。 最悪白玉楼は紫の能力をコキ使って修復させればいいのだ、自分たちは太平楽に眺めていればそれでいい。 「だ、そうだぜシン。思いっきりやりな」 ハイネの言葉にデスティニーは何も言わず、ただ意志を示すために握った拳同士をがぁん、とぶつけ打ち鳴らした。 その動作に満足したかのようにハイネはにっと笑いながら頷き、不満げな声を上げる妖夢を引きずりながらデスティニーから離れる。 去っていくハイネたちをモニターの端に捉えながら、デスティニーは機体の状態をチェックしていく。 思い切りやれ、というのなら遠慮はしない。少しでも紫の鼻を明かしてみせる。 遥か遠くに見えていたはずの「それ」はすでに肉眼で十分見える距離にまで迫っていた。 地面から生えていく遮断機を横切り、敷かれた鉄製のレールの上を走行する「それ」が、吠えた。 ぷぁーん、とけたたましい警笛を鳴らすそれ―――列車がデスティニーを跳ね飛ばさんと一直線に迫りくる。 『来たか………デスティニー、やれると思うか?』 ただ避けたって紫は驚きもしないしどうとも思わないだろう。だったらどうすれば驚かせられる? どうすれば奴の思惑を超えられる、鼻をあかせられる、度肝を抜かせられる。 色々考えたがエクストリームブラストの能力を考えるとある結論が出た。 即ち、列車を受け止める。最高速度時速100?以上、重量にして30tもの鉄の塊が何基も連結されたそれを止める。 自分がやろうとしていることをコンソールに打ち込みデスティニーに伝えた。 無茶だとは自分でもわかっている、しかしこのままただ避けてしまっては紫の思うままだ。 そんなものを見過ごしたまま勝ててしまえるほど、このデスティニーという機体は温い機体ではない。 そのことは心の底からよくわかっている。それなりには長い付き合いだ、少なくとも自分が一番長くこの機体に乗っているのだから。 一瞬間があって、やがてデスティニーの落ち着き払った声が返ってくる。 「スペック上は可能です」 『じゃあ後は、俺次第ってことか?』 「接触部の電圧を引き上げます、及び接触から3秒後に強制廃熱を開始」 デスティニーから返ってきた言葉は事務的なもの、しかしそれが今は頼もしい。 憶測でもなくやれることを全てしようとしてくれている、下手な慰めよりも今は必要なものだ。 やってくれるというのなら、自分もまたやれることを全てやるだけ。要はいつものこと、である。 軽く息をつくと騒音と轟音を立てながら向かってくる列車を真っ直ぐに見据える。 そして、列車の最後尾に悠然と立っている紫をも見据え、デスティニーは腰を僅かに落とした。 「―――来ます」 その言葉と共に機体を粉砕するかのような衝撃がデスティニーを貫いた。 デスティニーを―――幻想郷でダウンサイジングされる前の巨体であったとしても―――遥かに上回る質量だ。 その大質量が、なにも構えずに当ったのなら機体がばらばらにされてもおかしくないほどの衝撃を生み出す。 衝撃で意識が放り出されそうになるが必死に食らいつく、そしてそれは列車にも同じことだ。 腕を伸ばし、マニュピレイターを鉄板に食い込ませる。地面を足で踏みしめようとするがあまりの勢いで引き剥がされてしまう。 脚部、腰部、ウイングバインダー、メイン。全スラスターのベクトルを一致させた上で出力を全開。 それでどうにか弾き飛ばされないでいるがだからと言って楽な状況というわけではない。 列車の駆動音と地面の破砕音で鳴り響くアラートがかき消されてしまいそう、それほどまでに凄まじい轟音だった。 地面を踏み締めて勢いを少しでも殺そうとするが、碌に踏み締めることもできずに地面から引き剥がされてしまう。 引き剥がされる度に地面に足をつけるのだが、それでも再び引き剥がされることを何度も繰り返す。 ダウンサイジングされる以前のデスティニーを遥かに上回る質量を止めるのはエクストリームブラストと言えど容易いことではない。 それでも必死で食らいつくうちにどうにか完全に足を接地することができるようにはなった。 だが列車を受け止めていることによる負荷は尋常なものではなく、全身のパワーシリンダーの温度が一気に上昇する。 特に脚部に係る負荷は凄まじく、舞い上がった枯葉が露出しているシリンダーに触れた瞬間炎上するほど。 自然冷却など機体の温度上昇に全く追いつかない、このまま放置していたらエンジンが爆発してもおかしくない。 とはいえそうなることは予測済みだ、だからこそデスティニーは事前に強制廃熱の準備をしていたのだから。 デスティニーが列車を受け止めてからきっかり三秒、強制廃熱が始まった。 ウイングバインダーから噴き出すコロイド粒子の色が通常の紫からドス黒い赤へと変色していく。 機体各部に取り付けられた冷却材も半分近く使用、装甲の継ぎ目から漏れる冷却ガスが機体の温度を引き下げる。 そしてそれでも排出しきれなかった熱を逃がすべく、頭部ユニットが装甲を展開させ廃熱機構を露出させた。 悪魔の如き面持ちとなったデスティニーから廃熱の際に生じる轟音が発せられるが、奇しくも列車も同時に警笛を鳴らす。 ガオーッ。ぷぁーん。どちらも機械が発したはずのそれは、しかしまるで野獣が雄叫びをあげているかのよう。 がりがりと石畳を削り割りながらデスティニーは列車に押し込まれていく、だがそれは同時に石畳をしっかりと踏みしめている証でもある。 そしてその大地を踏みしめる力によって少しずつだが列車の速度が落ちていく、止まっていく。 パワーシリンダーとデスティニーの全スラスターの推力によって徐々に列車を力づくで停止させる。 列車がどれほど車輪を回そうとしても、デスティニーの力で先頭車両が僅かに宙に浮いており動力は地面へとは伝わらない。 一機のMSが列車を受け止めるという光景に紫は少し驚いたように目を見開いていた。 だが、まだだ。この程度で度肝を抜いたとは到底言えない、まだこの程度では八雲紫の思考の上を行ってはいない。 未だ紫の掌の上でしかないのだと論理ではなく直感で感じる、このままでいいはずがない、このままでは勝てはしない。 だったらどうする、どうすればいい。どうすれば紫の思惑を超えられる、列車を止める以上のこととは何か。 そんなことを考えていたら列車の最後尾、その屋根に腰かけている紫と目があった。 列車を受け止めたことに少しは驚いたのだろうが、それはある程度は予測できていたのか悠然と蟲惑的な笑みを浮かべている。 その表情に腹が立たなかったわけではない、苛立ちは確かにある。しかし感情に流されては彼女の思うつぼだろう。 列車を持ち上げている腕に力を込める。鉄板がひしゃげ、ぎぃぎぃと耳障りな音を立てた。 まだ機体の状態には余裕がある、衝突した瞬間こそ大量のアラートを吐き出したがそれも今は無視できる量。 要はまだやれるということだ。重要なのはそこ、まだこれ以上、列車を止める以上のことができる。 (これ以上、か………なら、さぁっ!) 意を決し、腕に込める力をさらに強めると、徐々に列車が浮き上がっていく。 車輪が僅かにレールから離れている程度だったのが、車体が傾き連結部を通して後部車両まで浮き上がる。 ぎしり、ぎしりと列車が嫌な音を立てる、しかしそれはデスティニーも同じだ。 列車を受け止め、更には持ち上げようという無茶で機体の全身が悲鳴をあげている。 だが、その悲鳴に応じるかのように列車の傾きが大きくなる、どんどんと持ち上がっていく。 後部車両に腰かけていた紫は滑り落ちてはかなわないと窓枠に手をかけて、腰かける位置を屋根から妻へふわりと変えた。 飛行はしなかった、まだ余裕ということなのか。しかし、それは大きな見誤りであった。 傾きはなおも大きくなる、もはや車両の全てが宙に浮きあがっているのにそれでもまだ込める力を緩めることはない。 そうやって力任せに列車を持ち上げた結果、列車が地面に対して垂直にたちあがる。 ぎしぎしと機体が軋む音を立てる中で一瞬、腰かけていた紫と視線があった。 ひく、と引き攣った顔を浮かべている。その顔だ、とアラートが鳴り響く中でデスティニーはそう思った。 その顔を浮かべさせてやりたかった。自分の想像を超える状況に陥ったその顔を見たかった。 それに、その顔はさらに引き攣ることであろう。なにしろ、この状況はまだ終わりではない。 力をさらに込めて列車を尚も傾ける、とはいえ力を込めるのはこれで最後だ、後は重力がやってくれる。 垂直にたちあがった状態からさらに傾いたことで列車は徐々に徐々に、傾きを増していく。 ぎぃ、ぎぃと不吉な音を立てながら地面に向けて傾いていく。その状況に、さしもの紫も驚愕の声を上げるしかなかった。 「しょ」 恐らくは正気か、と問うたのだろう。思わずそう言ってしまうのも無理はないことだ。 しかしその言葉は地面に、そしてすぐ傍に建っていた白玉楼に列車が叩きつけられる音によってかき消されてしまった。 白玉楼の屋根瓦が砕け木の柱が割れ爆ぜる、漆喰はがらがらと崩れていき四方八方に欠片を飛散させる。 列車は白玉楼に叩きつけられた瞬間こそ原形を保っていたものの、地面に打ち付けられた瞬間ばらばらになった。 鉄の板は裂け内部の鉄製フレームはひしゃげ嫌な音を立てながら折れ曲がる。 運転席に合った機械や座席は内部でただの残骸となるか、勢いで外へと吹き飛ばされるかのどちらかであった。 車輪は外れて吹き飛ぶ、中には遥か天高くへと飛ばされたものまであり、恐らくは二、三秒は落ちてこないだろう。 地面も列車が叩きつけられた衝撃によって陥没、ぐらぐらと地面が揺れ足を取られて転倒している亡霊や妖夢もいた。 かろうじて列車は台枠と床部分、一部の外板は無事だったがそれ以外はひどい有様、それを列車だと分かる者は少ないだろう。 白玉楼に至ってはただの瓦礫の山へと変わってしまっている、無事と呼べる箇所は一つたりともない。 地面に叩きつけられる直前にかろうじて飛び降りた紫は茫然とその惨状を目の当たりにするしかなかった。 いくらなんでもこんなことをやってくるとは思わなかった、列車を受け止めるどころか投げ飛ばすとは。 そもそもデスティニーは避けるだろうと思っていたのだ、受け止めた時点で十分驚いたのだがその上を行かれた。 轟音と震動で痺れる頭だったが、デスティニーがやってのけたことに驚きを隠せなかった。 ―――そんな驚愕があったからだろうか、デスティニーが動き出していることに気づくのが一瞬遅れた。 自らも倒れこむかのように列車を投げ飛ばしたデスティニーだったが、即座に起き上がると倒れた列車の上を駆ける。 台枠を踏みしめ、込めすぎた力で踏み割りながらデスティニーは右手を固く握りしめた。 同時に左掌部のジェネレーターにエネルギーを回しパルマフィオキキーナを起動。 掌部周辺のゲシュマイディッヒパンツァーで熱せられたコロイド粒子を掌の中で循環させていく。 列車の台枠の上をデスティニーは猛然と驀進する、パワーシリンダーの脚力で台枠が歪み、砕けることなど意にも介さずに。 ただ只管に我武者羅に、紫目掛けて駆けていく。その拳を打ち付けるために。その輝きを叩きこむために。 向かってくるデスティニーに気付くと紫は舌打ちを一つして結界を張った。 しかしその結界はただ一層の、多重に張られたものではなかった。列車に意識をそらされて反応が遅れてしまった。 そしてその程度の結界ではデスティニーの拳は防ぎきれないことは紫も分かっていた。 (それすらも思惑通りと言ったところ、かしらね?) だが同時に、紫は感心もしていた。列車を受け止め投げ飛ばすなど想像もつかず、実際してやられたといったところだ。 それはデスティニーが必死に紫の思惑を超えようとした結果だ、必死に化け物に抗った結果だ。 人間とはそうでなくてはならない、そうだからこそ紫は人間を愛おしいと感じるのだから。 紫はそう思いながらすぐ目の前に迫るデスティニーの拳を見、直後全身を襲った衝撃に歯を食いしばる。 結界はただの一撃で力任せに粉砕された、防ぎきれなかった衝撃で紫の身体は吹き飛ばされてしまう。 拳自体は決壊で防ぎ切ったため致命的な傷こそないが、しかしただ弾き飛ばしただけでデスティニーが止まるはずもない。 むしろ本命がまだ残っている、左手のパルマフィオキーナだ。結界もないこの状況では直撃は流石に不味い。 そうでなくともちらりと見ただけであれの出力の高さは見てとれる、下手をすれば二重結界ごと蒸発させられかねない。 当たるわけにはいかない。吹き飛ばされとんでもない速度で移り変わる景色の中、こちらに迫るデスティニーを見てそう考える。 ならばどうするか。少なくとも今のこの状況ではどうにもならないということは明白だ。それならば、その状況を変えるのみ。 そして紫は自分がそれができることをちゃんと理解している。思考を定めた後は早かった。 即座に自身の背後にスキマを開く、デスティニーに吹き飛ばされた紫は当然そのスキマの中へと吸い込まれていく。 それは紫を追うデスティニーも同じことだった、突如開いたスキマに反応しきれずその中へと突っ込んでいってしまった。 デスティニーと紫が消えた後、残ったのは白玉楼の残骸とその上に投げ捨てられた列車。 そして、ただの瓦礫の山と化したそれを、しんとした静寂の中、言葉もなく見る幽々子たちだけであった。
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参照●1の事 「ギャップならシンが来る前の勤務態度で仕事をすればいいのでは?」 シグナムの、この進言に私に光明を見た!! 確かに私の勤務態度は、シンが来る前と来てからでは大幅に違う。 シンがギャップ萌えならば、彼がこちらに来る前までの様に、仕事をすればええっちゅうワケやっ!! 「これから聖王協会の騎士カリムとの会合や、定時前には戻るからそれまで間の、問い合わせや書類整理、それから会議で使う資料の整理も頼む な、なんか分からん事あったら、グリフィスに聞くとええからな」 「は…… はい、了解です! (なんだ!今日のはやて隊長は一味違う感じが……)」 「リィン、今日はシンのフォロー頼むわ。 前線ばっかりやったから、こういった事務仕事は慣れへんと思うからな。 自分の仕事は簡単な レポート作成だけやから合間見て上手くやってや、それじゃ行ってくるで」 「はいです! お任せなのです!! (元のマイスターが戻って来たぁぁぁぁぁぁ!!)」 こんな調子で一週間が経った…… 彼女は元来有能であり、きちんと仕事をすれば、十二分に働く才女なのだ! いや、頭に超を2つくらい付けても決して言い過ぎではない!! 考えても見て欲しい。 二十歳に届かぬ年齢で、しかも前科持ち。 後ろ盾があったとはいえ、海千山千の管理局幹部を相手に立ち回り、部隊の設立に運営し運用。 部隊の幹部には、詭弁としか言えないリミッター制限を使って異常戦力を集中。 あげくに隊舎まで新築させ、それらを維持する為の予算の獲得を成し遂げる。 さらには畑違いである地上本部からも、将来有望な人材を二人も手元に引き抜き、J・S事件の際には、他所の部隊から筋を通さずにギンガを借り受て、あまつさえ指揮下に置いた程の辣腕を誇る。 暴走さえしなければ、彼女は稀代の官僚である!!! ―――……指揮官としては……まぁ、スルーしておけ 「午後一で他の課の課長と、合同で会議が入っるから。午前中に資料纏めといてな。 フォワードとスターズの両隊長からの、 訓練メニューと施設利用許可の申請書類に、目を通して判断しといてや、それくらいは出来るやろ? 元軍人なんやし。 ハンコはリィンが 持っとる。 念の為に一回グリフィスと内容の確認してからやで」 「了解です! 隊長格を除く、各隊員のデバイスのメンテナンスの日取りを、技術部と打ち合わせして書類で提出します。 戻った後で構いませんので、一度目を通した上で許可を下さい。 それからヴィータ副隊長と医務室のシャマル先生からの、 備品発注はグリフィス補佐官と検討の上で決済してよろしいでしょうか?」 「うん、ええよ。 課として必要な備品やったら発注してかまへん。 でもメンテナンスの日取りはフェイト隊長と、高町隊長と打ち合わせた上 でな。 訓練や常駐シフトとの兼ね合いもあるやろ。 シグナムは訓練無いはずやから同行してな、新参の小娘にはハッタリが必要や、いつ もより硬い感じでよろしく頼むわ」 「了解です、主はやて。 必要以上に威圧感は出さないよう、かつ低く見られないよう努力します」 「うん、その辺と匙加減は任せるな。 シグナムなら安心やわ、んじゃ行って来るで!」 ◇ ここ最近のはやて課長の仕事っぷりは凄い。 いや、凄いと云うだけでは伝えきれない程だ。 流石に若くして一つの課の長を、勤めるだけはあると思う。 バックアップとしての、彼女の有能さは、常に前線にしか居なかった俺にも 理解出来る。 魔導師としてのランクと、後衛としての資質は必ずしも同義では無い。 優れた兵士が優れた指揮官とは違うように、課長として求められるのは人望は勿論の事、他の課との折衝、予算獲得の為の交渉、下から上がって来る、膨大な申請等の処理など多岐に渡る。 補佐が居るとはいってもあくまで補佐だ。 最終的な決断と責任は課長が負う。 聖王協会の後押しがはあると言っても あの若さで、一つの課を立ち上げたのは伊達では無いと実感させてくれる。 そもそも優秀でなければ後押しなど有りはしないのだから。 全員が退社したオフィスの中で、シンは残務処理と明日の準備をしながら、辣腕官僚と名高いはやてを待っていた。 ◇ 「はぁ、最近のはやては凄いな…… でも話を聞けば、元々あんな感じでバリバリ仕事してたって言うしな…… なんだかんだ言っても、やっぱり実力のあるキャリアなんだよなぁ…… 俺みたいな前線部隊の戦争屋とはまた違う優秀さだな……」 「上司を呼び捨てとは聞き捨てならんな、修正が必要かな?」 「そうやな、部下の教育も上司に勤めや」 がらんとしたオフィスで、独り言をぶちぶちと呟いていると、いつの間にか帰って来た二人の声に驚いき、慌ててシンは椅子から立ち上がる。 少し眉間にしわを寄せて、あまり聞きたくない単語が聞こえた。 「シグナムはもう遅いから、今日は上がってええよ。 修正は私がしとくからな」 「はっ、主はやて。 お言葉に甘えさせて貰います。 (今日、計画を実行に移す気ですね、主はやて。 御武運を)」 それから一時間。 シンが修正される様子は無く、オフィスではせわしなくキーボードを叩く音だけが響いていた。 シンはちらりと横目で、課長席で仕事をするはやてを盗み見る。 ここ一週間で見慣れたけど、相変わらず仕事中の彼女は凛々しく、覇気に満ちていた。 「ふぁ~今日の仕事は終わりや、シンもお疲れ様な」 「お疲れ様です、はやて隊長」 「まだ一つ仕事が残っとるんやけどな」 「ここまで来れば付き合いますよ」 仕事終え、ゆっくりと背伸びをし、少し意地の悪い笑顔を向けながらはやては、シンに向かってまだ仕事は終わっていないと告げる。 対するシンは、少し皮肉げに唇を歪ませながら返事を返した。 勿論、まだまだやれますよ。 っと云う意味を込めて。 「えぇ心掛けやな、でも残した仕事はシンの上司に対する暴言の叱責やで?」 「げっ!」 「まぁ、そうビビらんと。 ペナルティはちょっと遅いけど夕飯奢りでええで、食堂やなくて私な、行きたい店あんのや」 「うぅ…… こうなったら仕方ないです、でも手加減して下さいね?」 「それは保障出来んなぁ、まぁシンの態度次第で決めような」 「了解です、それじゃ行きましょうか」 はやては故郷である、地球の料理を提供する店を希望した。 なんでもここミッドで、近年で数を増やしているらしい。 やはり故郷の味は懐かしいのだろうか? そんな事を考えると、少しだけ、ほんの少しだけオーブとプラントをシンは思い出した。 だが当面の問題は、感傷よりサイフだ。 一体どんな店なのだろうと、身構える気持ちでシンは目的の店をはやてと目指して歩いた。 そんな気持ちとは裏腹に、はやてが行きたいとねだった店は格式ばったものでは無く、街の小さな食堂と言った感じの気さくな店。 ファミリーレストランよりはちょっとだけ高いが、味は確かで量も多い。 雑誌には掲載されないが確かな店。 とははやての弁。 「シンはこういった雰囲気の店の方が居心地ええやろ? まぁ私もあんまお上品なとこはちょっと苦手やねんけどな。 カリムには申し訳無いけど」 制服の上着を脱いで、ネクタイを軽く緩めながら、微笑んで話すはやて。 仕事時のはやてととは違う、優しい所作にどきりとしながら椅子に腰掛ける。 ディナーのセットメニューと、ワインの中に果実を入れた物を頼んで、料理が来るまでの間に話をする二人。 料理が来てからも話は弾み、互いの料理を分け合うなどをしながら、さらに話は弾んだ。 店を出てから隊舎に戻る二人で歩いた。 大した距離では無かったし、なんとなくはやてと歩きたい気分になったのだ。 お互いにタクシーでぱっぱと帰って、笑顔で手を振りまた明日、と言うのは味気無い。 同じような気持ちだったのか、 はやても笑顔で了承をする。 ほんのり赤い頬は少しだけ飲んだアルコールのせいか、あるいは別の感情のせいか。 隊舎に向けて、ゆっくりと歩きながら、先ほどとは変わって二人ともなにも話さない。 「なぁ、シン?」 「ん? なんですか? はやて隊長??」 「いまは勤務時間やないから、隊長は付けんでええよ。 これは隊長命令な」 「思いっきり矛盾してますよ、それ…… でも、その……努力します。 は……はやて」 久しぶり思えるほどに、ゆっくり流れる時間の中で、掛けた声ははやてからのもの。 呼び捨てなんて始めてで、言って赤くなるシンと、言わせておいて赤くなるはやて。 煮えた頭ではやてが、ちょっと言いずらそうに、そしてかすれる様な小さな声でシンに問いかけた。 「手……繋いでええかな?」 「え? あ……はい」 まともにはやての顔を見れなくなったのか、ちょっと怒ったような顔で、視線を逸らしたシンを見てはやては微笑んだ。 ちょっと短気で、ぶっきらぼうなこの少年は、実は誰よりも優しくて、純粋だ。 赤くなった頬を自覚しながら、同じように頬を赤くして そっぽを向いているシンの顔をちらりと盗み見た後、しっかりと繋がれている手を見てはやては思った。 (計画通り!!、シンの中で私の株はうなぎ登りやぁぁぁぁ!!今日で行くとこまで行ってもいい位の高感度やでぇぇぇぇ) 隊舎に到着して、手を離そうとしたはやてにシンは思わず手を握る力を強めた。 「え?」 「あっ! その、すいません…… はやて……」 慌てて握った手を離してシンは考える。 ここ最近のはやては信頼に足る上司として、評価を改めてもいた。 以前のようなぐうたらな上司はそこには存在せず、キャリア官僚として、そして何よりも六課の長としてのはやてが居た。 そして、そんな凛々しい彼女は、今はアルコールのせいだろうか、頬を赤くして驚いたようにしながらシンを見つめ返す。 その顔は戸惑いと、ほのかに嬉しさを浮かべていた。 「そないに慌てて離さなくてもええのに」 「えっ、あ…… その…… すいません……」 「謝らんでもええよ、それとな…… まだ修正は終わりやないで?」 「はい、すいません。 って後はどうすればいいですか?」 「ここ最近な、私仕事頑張ったやろ? それのご褒美も一緒に欲しいなぁ」 少しいじけた様子で、小言を言った後、はやてはシンの手を握りなおして、目を閉じた シン「(や、やばい…… マジで可愛い。 最近はバリバリのキャリアって感じだったのに、今は普通に可愛い女の子で……)」 目を閉じて、可愛らしくキスを要求するはやては信じられないほどに魅力的で、ぐつぐつ煮えた頭でシンは恐る恐るはやての肩に手を置き、 自分の方へ寄せる。 そして自分も目を閉じてゆっくりと…… (きたきたきたきたきたぁぁぁぁ!!!! 一週間もの長い間、なのはちゃんやフェイトちゃんの用にガッツきたいのも我慢して、これでもかって ぐらい仕事した甲斐があったてもんや!!) 邪な考えとは裏腹に、二人を包む空気は恋人のそれ…… 唇が僅かに触れそうなその瞬間、桃色の魔力弾が精密射撃でシンをはやてからブッ飛ばす!!! 「気になってたんだ、ここ最近のはやてちゃんの態度……」 そこでなぜだかはやてではなく、シンにアクセルシューターをブチかます、管理局の白い悪魔が空気を揺らめかせながら、ゆっくりを現れた!! ジャーンジャーンジャーン!! げぇ!!なのはちゃん!?!? とははやての弁 はやてでは無く、シンに攻撃を当てたのは複雑な乙女心ゆえか! そこ! 冥王とか言わない!! そして吹き飛んだシンの体が、壁に激突する寸前に金色の閃光が奔り、彼を受け止めた。 その姿、正に雷光!! 「大丈夫? シン? シンは危うくあのチビ狸に騙されそうになっていたんだよ」 ホールにゆっくりとシンを横たえてながら、フェイトが物騒な事を言う。 だがシンはあまりの痛みのせいか、状況がよく分からない。 いや、分かるはずも無いけど…… 「なんで邪魔しよるんや? あ? 騙すって随分な言い草やなぁ自分ら……」 いつの間にかバリアジャケット姿になったはやてが静かに答える。 ゆらりと立ち上がる姿は、夜天の王にふさわしい。 「純粋なシンに付け込むようなやり方は良くないよ」 「それにはやてはツメが甘いよ、監視カメラの存在と当直を忘れてたの?」 「シグナム達を抑えとして置いといたはずなんやけどな」 「「いまの私達に敵はいない!!」」 それもそのはず、クロノに頼んで(脅して)リミッターを解除しているのだから、解除していない副隊長と医務室官と犬っころなんぞ、 燃え上がるこの二人の敵では無い。 「シグナムは強敵だけど今は医務室でシャマルと一緒に寝てるよ」 「ザフィーラとリィンもね」 「あの子達の敵討ちもせなあかんわけやな……ん? そういえばヴィータはどうしたん?」 「そういえば見てないね、まぁ居ても敵じゃないけど」 「けど、そんな事どうでもいいよね? 覚悟は出来てる? はやて、私は出来てるよ」 ヴォルケンリッター随一の突貫娘の不在を、怪訝に思いながらも三人は魔力を解放していく。 最早シンに止めることなど出来ようはずも無く。 しかしそれでも、シンは! シンは三人を止めるつもりで! 痛む体を起き上がらせて一瞬上向き!! ヴィータとバカデカイ鉄槌を見た!!! 「はやての頼みとはいえ納得いかねぇぇぇぇ!! ギガントシュラァァァァァァァークッ!! 往生せいやぁシィィィィィィィィンッッッ!!」 眼前の友達にして恋敵へ意識を集中していたせいか、戦闘モードで対峙していた三人は、反応が遅れて振り向くのが精一杯。 シンは振り下ろされる鉄槌を見て『おいおい、それなんの冗談だよ? 流石に俺に死ぬんじゃね?』なんて事を思った。 「非殺傷設定とかあれの前じゃ意味無いだろ、常識的に考えて。 どうみても魔力ダメージだけじゃ終わりそうも有りません、 本当にありがとうございました。 こりゃ死んだな、俺。 マユ、ステラ、レイ、ミネルバの皆。 いま逝くよ」 死の瞬間、走馬灯が流れるという。 それは脳が過去の情報を超高速で検索し、事態を回避する手段を探す一種の防衛本能だ。 巡る回しく流れ映像、ゆっくりとさえ見える、自らを襲うハンマーを見ながらさよならをした過去の人達に、会いに行く覚悟を決めた。 いま、会いに行きます…… 黄泉返りは流石にムリポ…… 数日後 「はい、シン。 あーんして」 「あのな、ティアナ。 見舞いは嬉しいけどそれはちょっと……」 リンゴを剥いてシンに差し出すティアナに、シンは恥ずかしそうに断る。 そこで彼女の剥いたリンゴ並みに真っ赤な顔と、必死な様子を感じ取れないから君はダメダメな奴なんだよ。 微妙な空気が流れる病室、場違いに元気な声の侵入者が来るまで、そこは青春の甘酸っぱいモジモジ空間だった。 「シン! 見舞いにきたよ~あれ? ティアナもいるじゃん」 「なっ! なによ! 居ちゃ悪い!? 同僚の見舞いに来るのがそんなに不自然っ!?!?」 空気読めよ!! そう言いたげなティアナの視線をガン無視して、スバルが鼻歌交じりにプロテインを取り出す。 「「なんでプロテイン?」」 異口同音で疑問を口にする。 見事なユニゾンだ。 「栄養価高いじゃん? 直りも早くなるかな~って、ミキサーとミルクも持ってきたしね。 おっ、リンゴだ。 一緒に入れるよ~ いいよね?答えは聞かないけど」 そういってリンゴとミルクとプロテインを、あっという間にミキサーに放り込み、プロテインジュースを作るスバルに猛然と ティアナが噛み付く。 そりゃ噛み付くわな。 「ちょっと! なんであんたは人の話を聞かないの!!」 「え~別にいいじゃん、減るもんじゃないし~」 「減るんだよ!! リンゴとかバリバリ!!」 ギャアギャアと言い合う二人に、ため息を付いてプロテインジュースを飲みながらシンは呟いた。 「ここ病室なんだぜ? 静かにしろよって言っても無駄だしな…… あぁ、ゆっくりしてぇな……温泉とか。 おっ、意外にこのジュース美味しいな」 切実な想い。 叶わない願い。 せめて入院生活だけはと、願ってもそれすらも…… 「「「始末書が無くならない……」」」 「当然だろ? 始末書だけで済んでることが奇跡なんだから。 あぁ、それからシンの病院は君達には教えないから、そのつもりで。 理由は分かるだろ? 流石に。 そこっ! 手を休めない!! それにしても彼の耐久度は異常だな…… ほらっ! さっさと手を動かす!」 「「「近い内に彼とは実践形式の模擬戦ね……手加減は出来そうもないかな」」」 なんでこんな課の後ろ盾についてしまったのだろう? 僅かに後悔しながらもクロノ提督の叱責は止まない。 そんなは着実に死亡フラグを立てて居る事に気づかない…… 一覧へ
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misfortune ◇6Pgs2aAa4k氏の作品 “Dead man talK n ” 口を開くと不平不満が出るばかりだ。 クダグダの戦争はグダグダの落着はしたけど何一つ変わっちゃいない。 いや、変わりつつあるけど悪い方向に向かっている。 ナチュラルとコーディネーターは歩み寄りつつあるけど、相互の不信感は消えていない。 ──顔は笑っているけど、心の中はどうなんだか。 不平不満を口に出すとどうなるのかはすぐに分かった。 密告されて手に縄が掛かって冷たい無機質な牢獄の中に入れられる。 密告したのは多分ルナマリアだ。俺が不平不満を漏らしたのはアイツの前だけだからな。 でも、恨む事は出来ない。アイツには家族がいる。 俺と家族を天秤にかけたら家族に傾くに決っている。 昨日、彼女が面会に来て泣きながら謝ってたけど、涙を見ると理解出来た。 さて、そろそろ時間か。死ぬには良くも無いけど悪くも無い日だ。 天気なんてプラントにはあまり関係ないけどな。 処刑方法はギロチンだ。全く古典的で派手なもんだ。 確か、ギロチンは人道的な処刑方法だった筈だ。血腥い事は否定しないが。 台の上に立つと見た顔が色々ある。……アスハもいるな。暇だからわざわざ見学にでも来たんだろう。 神父が俺に近寄り、懺悔だのなんだの儀式めいた事をする。 最後に聞かれたのは何か望みはあるのかという事。 望みならある。アスハの上着が欲しい。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。 上着を引き裂いてウサを晴らしてやるだけさ。 怨みや辛みはこれで帳消しにしてやるさ。 ……ルナマリアもいる。まだ泣いているみたいだ。 泣くなよ。お前が心配で死ねなくなる。 だから、笑って見送ってくれ。お願いだ。 “call my name,please” カーテン越しに光が私の目を貫く。 時計を見ると、もうお昼に近い。どうやら寝過ごしてしまった様だ。 隣りにはシンが静かに寝息を立てている。その寝顔はまるで子供の様だ。 今じゃ泣く子も黙るザフトのトップエースなのに、私には無防備な姿を見せてくれる。 それはとても嬉しい事だ。 ぼんやりとしながらシンの頭を、子供をあやす様に撫でていると、幸せを感じる。 勿論、夕べシルクのベッドで愛し合った事にも女として幸せを感じるのだけれども、こんな風に気怠い疲労感を感じながら愛しい人の横顔をみるという事の方が幸せを感じる。 「……………………」 でも、その幸せをシンが崩壊させた。 寝言で私じゃない他の女の名前を呼んだのだ。 私の幸せは一瞬にして砂上の楼閣の様に崩れ去った。 目眩がして視界が真っ暗になる。私は重力に逆らおうともせずにそのまま後ろに倒れる。 首だけ動かして横を見ると、飲みかけのカフェオレが分離している。 もう既に冷めきっているのかも知れない。 まるで二人の心みたいね、と一人ごちるともう一度シンの横顔を見る為に振り向く。 何故だろう。シンの顔がぼやけて見える。頬を冷たい何かが伝っている。 多分、私は泣いているのだろう。 裏切られた哀れな私の為に? 誰かの代用品として扱われた私の為に? 違う。この涙は私の為の物じゃない。 シンと決別する為の涙だ。 放れてしまった二人の心は二度と近付く事はない。 平行線の様に、交わる事はない。 でも私は、精一杯の偽りの優しさで貴方の事を包んであげる。 紛い物の愛で貴方を虜にしてあげる。 哀れなのは私じゃなくてアンタよ、シン。 アンタが人生の絶頂を迎え時、次の瞬間に私が奈落の底に落としてあげる。 それが、私の細やかな復讐。 でもね、あと10秒だけ待ってあげるわ。それが私に出来る最後の慈悲よ。 まどろみの中でも良いから……。 ――私の名前を呼んで。 “ひとりぼっちということ” 私の目の前でシンは静かに眠っている。 多分、二度と目覚める事はないだろう。 私が長い間盛り続けた毒は、ゆっくりと確実にシンを冒していった。 そして、今日でとうとう致死量。私の細やかな復讐が成し遂げられる。 シンが眠っているのは、かつて愛し合ったあのシルクのベッドだ。 皮肉なものね。あの時私の名前を呼んでくれれば、こんな事にならなかったのにね。 語りかけてもシンは答えてくれない。 独りぼっちと言う寂しさが酸の様に私の心を蝕む。 シンは静かに人からただの冷たい屍に変わっていく。 やつれたシンの顔には昔の面影はない。 目は落ち窪み、頬は痩せこけ、雪の様に白かった肌は土気色だ。 残念なまでに無残。 でも、仕方無いよね。あの時に私がどんなに望んでも貴方は私の名前を呼んではくれなかったのだから。 悲しさが私を支配しても、私の目から涙は出てこない。 涙なんてとうの昔に枯れ果てた。 日に日に毒に体を蝕まれていっても、私に優しく微笑んでをくれた。 私の事を疑いもせずに、ただ、微笑んでくれた。 その微笑みの為に涙は枯れ果てた。毒を盛るのを止ようと思ったか解らない。 でもね、寝言では私じゃない誰かの名前を呼ぶのよ、貴方は。 偽りの優しさが痛かった。 微笑みが私の心を砕いていった。 欲しい物は手に届きそうな所にあるのだけれど、絶対に届かない。 歪んだ渇望が私を狂わせていったのよ。 私も残酷だけど、貴方はもっと残酷。 ねえ、シン。一人じゃ寂しいでしょ。寂しいなら私の名前を呼んでよ。ずっとそばにいてあげるから。 私は寂しいよ。だって私はアンタが好きなんだから。 好きになった人を簡単に嫌いにはなれないよ。 だから、私を一人にしないでよ。 私を一緒に連れていって。 ――ひとりぼっちは嫌だよ。 DESTINY単発-07へ戻る DESTINY単発-08へ進む 一覧へ
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「こんにちは、アスカさん。ご機嫌いかがですか?」 一応の礼儀は弁えているつもりなのか、そんな挨拶の言葉を口にしながらシンの顔を覗き込んだのは、シンもよく知る少女だった。 「みん、と……?」 「お見舞いに来ましたわ」 掠れた声で来訪者の名を口にするシンに、ミント・ブラマンシュはそう言って柔らかく微笑した。 「それにしても……」 顔一面に浮かべていた笑みを消し、ミントはおもむろに顔を上げ、部屋の中を見渡した。 「――殺風景な部屋ですわねぇ、何も無いじゃないですか」 半ば呆れたようなミントの科白の通り、シンの部屋には私物らしきものが殆ど置かれていない。 床に無造作に脱ぎ捨てられた軍服も、デスクの上に積み上げられた書類や記憶媒体も、全て仕事に関係したものばかり、プライベートに関わるようなものは何も無い。 唯一私物と言えるものは、今は枕元に置かれているピンクの携帯電話だけ、そう言えばシンが私服でいるところすらミントは見たことが無かった。 エンジェル隊に来てから未だ日が浅いとはいえ、変化の激しい本人の気性といい、ミルフィーユとはまた違った意味でつくづく読み難い男である。 ちなみに他のエンジェル隊員達の私室は、まるで部屋そのものを私物化しているかのようにそれぞれ個性的な改装が施されている。 ミルフィーユの部屋にはお菓子作り用のキッチンが備えられ、蘭花の自室にはトレーニング用の器具や占いグッズが混在している。 フォルテの自室はまるで博物館のように収集した銃器類を飾るガラスケースが立ち並び、ヴァニラの部屋には礼拝用の祭壇と御神体らしき円筒状のオブジェが設置されている。 かくいうミントの私室にも、趣味の着ぐるみコレクションを保管するための金庫が増設されている。 それらの部屋に比べれば――否、一般的な若者の私室と比較しても、この部屋は余りに殺風景であると言えるだろう。 「エッチな本も無いんですか?」 「ねーよ! ……別に良いだろ、そんなの」 落胆したようなミントの物言いにへそを曲げたのか、シンは憮然とした表情を浮かべながらぶっきらぼうに言い返した。 「無駄なものは置かない主義なんだよ」 「あら? 必要最低限なものすら揃っていないように見えますが」 負け惜しみにも似たシンの言葉を一笑し、ミントは何やら思案するように口元に手を当て、再び部屋の中へ視線を巡らせる。 見れば見る程物寂しい、がらんとした殺風景な部屋……それは言い換えれば、どんな物でも持ち込めるということにはならないだろうか? そう言えば先日実家の方で面白いものが開発されたと聞いている、それの実験も兼ねてこの殺風景な部屋に少しばかり『個性』を与えてみるのも良いかもしれない。 「――アスカさん。この部屋にちょっとしたインテリアを追加して、ついでにその風邪も治してしまいませんか?」 「……は?」 ミントの唐突な提案に、シンは思わず怪訝そうな声を上げた。 翌日、未だ病床に臥すシンの部屋にミントが〝連れてきた〟のは、まるでヒョウタンか洋梨のような8の字型のずんぐりとした体躯が特徴的な一体のロボットだった。 「……ミント、それは?」 「我がブラマンシュ財閥が先日開発した全自動型の家庭用医療ロボット、名づけて『できるんです君ver. Ka』。これはその試作機ですわ」 唖然とした顔で尋ねるシンに、ミントは誇らしげな表情で傍らの奇怪なメカを紹介する。 銀河に名だたる超巨大企業集団、ブラマンシュ財閥――ミントはその総帥令嬢である。 今回、ブラマンシュ財閥傘下の医療器メーカーが同じく財閥傘下のロボット製造業者と提携して家庭用の医療ロボットを開発したらしい。 「風邪の看病から緊急時の手術まで全自動」を謳い文句に設計開発されたそのロボットの試作機を、ミントはシンのために実家から取り寄せたのだという。 自社の製品に絶対の自信を抱いているのか、『できるんです君』の性能を説明――というよりは自慢――するミントの笑顔に揺るぎは無い。 「本当に信用出来るのかよ?」 「ではご自分の身体で試して下さいませ」 ベッドの上に上体を起こし、胡散そうな眼差しで『できるんです君』を眺めるシンに、ミントは挑戦的な笑みを浮かべて指を鳴らした。 両脚のキャタピラを転がしながら、『できるんです君』はゆっくりとシンの座るベッドに近づき――、 『WARNING! 患者 の 容態 が 危険レベル と 判定』 いきなり警告を始めた。 ずんぐりとした胴体の装甲がスライドし、ぽっかりと開いた腹の空洞から、まるで昆虫の脚のように幾つもの関節を持つ細長いアームが無数に展開する。 『迅速 な 処置 が 必要 と 判断。緊急手術 を 開始 します』 物騒極まりない科白をのたまいながらアームを触手のようにうねうねと動かし、ベッドににじり寄る医療ロボット(という名のガラクタ)に、シンの中で何かが弾けた。 「自由への逃走!」 ひらりとベッドから飛び降り、出口へ一目散に駆け出したシンの後ろ襟を、アームが引っかけるよおうに掴まえる。 風邪により低下した体力と身体能力、それがシンの敗因だった。 暴れるシンをベッドの上に縛りつけ、『できるんです君』がアームを振り上げる。 無数のアームの先端でメスや注射器やよく分からない器具が不気味に煌めき――、 「オペ 開始」 「いやぁあああああああああああああああああああっ!?」 そして――、 「ねぇ……何か最近シンの奴が変じゃない?」 デスクワークに一区切りがつき、ミルフィーユの手作りケーキをおやつに休憩しながら、蘭花が何気ない口調でそう切り出した。 蘭花の言葉に他の者達も心当たりがあったのか、フォークを動かす手が一瞬止まる。 シン・アスカが宇宙インフルエンザから復帰して数日、それまでとは明らかに違うシンの様子に、エンジェル隊の全員が違和感を抱き始めていた。 「……風邪が治ってからのシン君、何だかちょっと冷たくなった気がします」 そう言って落ち込んだように表情を曇らせるミルフィーユに、隣で紅茶を啜っていたフォルテが意外そうに首を傾げる。 「そうかい? あたしは逆に暑苦しくなったように感じるんだけどねぇ」 「えー? フォルテさん、それ全然違いますよぉ!」 フォルテの科白に、ミルフィーユが不満そうに口を尖らせる。 「――だ、そうですけど。アスカさん、何か問題ありまして?」 そう言って何気ない素振りで話題の中心人物を一瞥するミントに、ミルフィーユ達も視線をシンに向ける。 その先には――、 「……コー、ホー。コー、ホー」 しゅこー。 髑髏のような不気味な鉄仮面を被った変態がいた。 襟元や袖口から覗く素肌は金属的な光沢を放ち、背中から突き出すパイプからは断続的に蒸気が噴出している。 ミルフィーユ達の視線を受け、シン(らしき仮面男)は赤い両眼をチカチカと明滅させながら、一言。 「――気ニスルナ。俺ハ気ニシナイ」 落ち着いた口調でそう諭され、ミルフィーユ達も気にしないことにした。 『いや気にしろよ』 投げ出されたソファの上で呟くノーマッドのツッコミは、いつも通り誰も聞いちゃいなかった。 ここは地球から遥か何万光年も離れた銀河の果て、トランスバール皇国。 古代文明の遺産〝ロストテクノロジー〟の回収を主な任務とし、銀河の平和と安全を守るために日夜戦い続けるギャラクシーエンジェル隊は今日も平和だった。 ――BAD END 2:仮面ソルジャー セーブポイントへ戻る 前へ戻る 次へ進む 一覧へ
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水銀燈「くぅっ、メイリンとか言うのは確か翠星石のミーディアム! こ、こんな辱めをされて黙っていられないわぁ……翠星石はどこに――」 蒼星石「翠星石ーーー!!!」 翠星石「…ん?なんですぅ、蒼星石?」 蒼星石「なんですぅじゃないよ。僕のところのマスターでも聞いたけどあんな物を!」 翠星石「あー。あの水銀燈が痛がってる奴ですぅ。ふふっ、アノ暴力人形も良い気味ですぅ」 蒼星石「翠星石が言うのも。いや、そうじゃなくてそ、その……えーと、変だよ!」 翠星石「??? 何のことですぅ?」 蒼星石「……い、いやだってその。変に勘違いしてるじゃないか他の人だって」 翠星石「蒼星石が何が言いたいのか解らないですぅ」 蒼星石「……って、いやえーとだからね! 人間とドールズ達はあくまでマスターと人形の関係だよ。 それなのに変な目で見て愉しむなんて。僕達は穢れ無き少女になる為に作られたのに!」 水銀燈「……なぁにぃ、それはぁ? 私が穢れてるとでも良いたいのぉ?」 蒼星石「……!? 水銀燈! いや、だから僕は(視線逸らし)」 翠星石「ふふーんっ。水銀燈は最近はアリスゲームそっちのけだからそう言われるんですぅ(ふんっと胸を張りながら)」 水銀燈「なんですって!」 蒼星石「翠星石そうじゃなくて」 翠星石「だって、マスターの事ばっかりで、その内、御父様を裏切るに決まってますぅ」 水銀燈「……そんな、私が御父様を蔑ろになんて……裏切るなんて!!! 良いわぁ、貴方達を今すぐ此処でジャンクにしてあげる!(剣を引き抜いて)」 翠星石「むぅ。暴力ドールはコレだからいけないですぅ。気に入らなかったらすぐ暴力でなんとかしようとするですぅ」 水銀燈「う、五月蝿い! 二度とそんな口がきけない様にジャンクにしてあげるわぁ!」 ルナ「こら!!! 貴女達、喧嘩はダメでしょ!」 蒼星石「ま、マスター今は危ない!」 水銀燈「黙れ人間! 今はアリスゲームを始めるのよぉ! 其処のガラクタ人形二体を潰すところを其処で見てなさい!」 ルナ「止めなさい! もう、シンが倒れたってこんな時に何をやってるの!」 水銀燈「……え? し、シンが!? それはどういう事なの?」 ――医務室 水銀燈「シン! シンは何処なの!?」 医療スタッフ「こら、騒がしくしない!」 水銀燈「誰か、何があったか説明しなさい! 私の契約者なのよ!」 レイ「落ち着け。別に命に別状はない」 蒼星石「シンさん! って、ほんとに倒れて……ってえーと何か透明な幕が掛かってる?」 薔薇水晶「……病気が移ると大変だかららしい。艦は閉鎖空間だから伝染するの早いから」 医療スタッフ「そういうことだ。レイも言ったが別に命の別状があるわけじゃない。はしかみたいなもんだ」 水銀燈「はしか? 何なのそれは? 何でシンはあんなに苦しそうなの!」 レイ「俺が説明する。コーディネイターは病気や怪我など体が丈夫に作られている傾向になる。 親の望む最初の願いは子供の健康だからな。ただ、コレは落とし穴があって逆に一部の病気には抗体が弱くなる」 アーサー「特にシンは一般の出だし、オーブに居た位だから兵役とかも考えてなくコーディネイートされてるからね」 水銀燈「もっと解り易く言って頂戴!」 薔薇水晶「……要するに偶然の体が慣れない病気に掛かった。それで必要以上に反応して熱を出している」 医療スタッフ「最近は体力が落ちている様子だったけど、彼は一人で背負い込むタイプだったからね。 少し無理がたたっていたのかも知れない。まぁ、3~4日絶対安静だ」 水銀燈「な、なによぅ。それじゃまるで私が悪いみたいじゃない……」 薔薇水晶「毎晩激しいから」 蒼星石「ま、毎晩!?(ドキドキ)」 タリア「けど、油断は出来ないわ。病院に搬送するにしても逆に其処をテロリストに狙われる危険もある。 だから、艦内で出来るだけ安静にさせてるの。驚かせてごめんな――何処へ行くの?」 水銀燈「決まっているでしょぅ? 真紅を殴りに行くのよ。私の契約者をこんな目にあわせ――(ぱあんっとタリアが平手打ち) な、何をするのよぉ。 全部、全部アイツがいけないんじゃない! 私だって迷惑掛けたのに何もしないなんて」 タリア「貴女がすべき事はそんなことなの? 病気で彼が倒れている間にまた問題を起こすつもり!」 水銀燈「おだまり! 私にはそういうことしか出来ないのよぉ。……それに私が離れれば契約者の力を吸うのが減るし」 蒼星石「……水銀燈」 タリア「違う……違うわ。水銀燈? 確かに私達は貴女の課された使命について理解が足りていないかもしれない。 けれどね。今、貴女がすべき事はそんなことなの? 貴女は苦しんでる彼を放り出して何処へ行こうというの?」 水銀燈「放り出すなんて! 違うわ、そんなんじゃぁ……」 レイ「約束していただろう? ちゃんと寝ずに看病すると。その後殴りに行くんじゃなかったのか?」 薔薇水晶「……約束不履行?」 医療スタッフ「そうだね。君達は人間の病気に掛かるとは思えないから手伝ってくれると助かるよ」 水銀燈「う、五月蝿い! 解ったわ。そ、傍に居ればいいんでしょぅ! 下働きなんて好きじゃないけど 契約者の為だし、約束を守らないといけないし(ぶつぶつ)」 熱い……熱いんだ。感覚が……体が……まるで焦がす為にローストされている様な熱さを感じされる。 頭はぼーーっとするし、咳は止まらないし、体も痺れているのかだるくて手も上げられない。 何となくこの感覚はあの時と似ている。忘れようったって忘れられない、オーブが焼かれた時のことだ。 俺は何も出来なくて、爆風や爆音、あちこちで焼けた人や家の匂いと熱風の中、走って逃げていたあの日。 力が無くて、守れなくて、結局俺は何もかも失ってしまっていたあの日。もう戻れない過去の日々。 俺はマユの手をしっかり握っていたのに離してしまったんだ。結果、その手は二度と届かない所へと逝ってしまった。 「マ……マユ」 「……シ……?――じょうぶ?」 ああ、行かないでくれマユ。俺はマユを守りたかったんだ。今でもそう、その先もずっとだ。 あんな腕だけのジャンクにしたかった訳じゃ……ん? ジャンク? アノ子の口癖か。何時の間にか移ってたみたいだ。 そういや、倒れる直前のアノ一件はマユには黙って居たいな。それより水銀燈大丈夫か? 恥かしいのは確かだけど、このまま気を病んでたり暴れたりいなければ……って、こんな常態で気にするのはお門違いか。 ごめんよ。マユ、また俺は何か大事なモノを失ってしまいそうだ。けど、そんなのは嫌だ。 だから、その手を……離さないでくれ。俺はもう寂しいのは嫌だ。解っているけど、認めたくないんだ。 一人で泣くのも、携帯を見つめてもう取り返せないと解っていても戻ってきてくれと願いたいんだ。 う、何か考えが全然纏まらない。コレが走馬灯って奴なのか? 手に残る感触しか解らない。 「マユぅ……いかないでく……」 「シ…シン!?……や、あのちょ……そのぉ」 お願いだ。戻ってきてくれ……うっ、こんなに手が小さくて体も冷たくなって……でも、俺が悪いんだ。 あの時、俺が守れなかったから。やだ。離れたくない。其処か其処に居るのかマユ? 絶対に絶対にもう離さないから、手を離さないから、だから……だから、戻ってきてく……ん? 何だか、明らかにサイズがオカシイ。マユってこんなに小さかったっけ? 後なんだか服がふわふわしてるし……ん。コレは羽? そうか、マユは天国へ逝けたんだな。 可愛かったし良い子だからきっと天使になれたんだろう。それは兄として誇らしいが逆に自分が情けない。 まさか、たかが病気で死ぬなんて。あれ? けど、何だか羽の色が白くない? 「天使だ……そうか此処は天国か」 「……なななななななな、人を……否、人形を抱きながら何をぅ!?」 「……え?……なんか黒!」 「…………第二声がそんなセリフなんて許せないわぁーーーーーーーーーーーー!!!」 「ふげら!!」 俺は朦朧としていた意識がようやく回復をしていた所、視界の先にあった黒い羽を見た感想を思わず零せば その刹那に水銀燈の虎拳が顎に炸裂し、意識をはっきりと取り戻す事が出来た。ただ、本気で危なかった。 普段から鍛えておかなかったら、顎をそのままこそげ落としていただろう。全く何処であんな技を覚えたんだろうか。 ふと状況を確認してみる。まず、体は鉛の様に重く凄くだるい。さっき熱で倒れた所為だろうか。 周りには薄いビニールの幕が垂れており、結構やばい病気だったんだろうか? 一気に不安になってくる。 そして、俺の腕の中でずっと抱き締めて握っていた手の主を見る。其処には何時も部屋でおかえりを言ってくれる ドメスティックヴァイオレンス炸裂の銀髪黒服のお人形が顔を真赤にしながらもふるふると小さく震えていた。 む、何時もとのギャップなのだろうか? 凄く可愛く見える。 「って、水銀燈何でこんな所に」 「は?……なんですって!? 貴方の傍に居たら急に引っ張って抱いて来た癖に」 「本当か。なら、ずっと手を握ってたのは水銀燈?」 「……そうよ。全く”マユ~マユ~”って死んだ妹だったかしらぁ? そんなのずっと呼んじゃってたわぁ(なんで私じゃないのよぉ)」 「ん?何か最後が聞き取れなかったが」 「おだまり!」 水銀燈は何時もの様に拳を俺に叩き込むが……ちゃんと手加減をしてくれていた様だ。あまり痛くない。 その気遣いがあるなら最初から殴らないで欲しいのだが本気で殴り返されそうなので言葉は飲んでおく。 となると、俺がずっと握っていたのはやっぱり彼女の手だった様だ。少し意外な印象を受けた。 小さいとは思っていたがなんでだろう? あまり違和感が無かったのだ。人形の彼女の手が。 何となくマユを連想した訳じゃないが何処かその手は冷たいのに心地良かったのだ。 確かに水銀燈の体は人形だから体温も無いしやはり人の温もりとは違うのかもしれない。 それでも、その手に馴染んだ感覚は一体なんだったんだろう? しばしうつむきながら考えて居ると 水銀燈がくいっと服の胸元を引っ張りながらも視線を高く俺の顔へと向けている。 「シン……その、あの。……ごめんなさい」 「は? どうした急に?」 「その……貴方が倒れたのは私が一因があるのよぉ。体力を吸い過ぎたのと」 「毎晩のあの”激しい”のか」 「そ、それはそうだけど、帰って来てからのは……そ、そのぉ……けど、結果倒れたのよぉ。 やっぱり、私は貴方にとっても邪魔な存在なのよ。…私はミーディアムが居なくても動けるし――」 「お前が居なくなったら誰がお帰りなさいを言ってくれるんだ?」 「……え?」 そっと手を触れれば何時もあんなに気にしていた水銀燈の髪に少し違和感を覚えた。 銀糸の様な綺麗な銀髪が少しくすんでいる様に指の間に引っ掛かっている。 ぎしりっとなりそうな手櫛を途中で止めて頭をそっと撫でながらもしばしそのゆっくりとした時の中を噛み締めながら 俺大きく息を整えていく。そうだ、マユがあんな夢で出てきたのも俺がしっかりしていないからだ。 忘れている訳じゃない。けど、死んだ後まで心配させてどうする。 人形の女の子すら守れてないなんて、そんなことじゃマユだって化けて夢に出て来たくもなるもんだ。 珍しく大人しい水銀燈は小さな震えも段々と収まってきたのか目をそっと閉じながらも言葉を聞いてくれている。 「俺がやらなかったら誰がこの髪の手入れをするんだ?」 「そ、それ位一人でやるわよぉ」 「この髪は? 俺が寝てる間に一人でやれてたか?」 「そ、それはぁ……」 「最初に言っただろ。途中で投げ出すのは嫌なんだ。例えどんなに殴ろうが ぶっ倒れようが何をされたってそうだ。俺からは辞めるつもりはない」 じっと語り掛けるように言葉をゆっくりと紡いで相手に語り掛けていった。 "何が解る"か"出来ない"とかは解らない。だが、覚悟だけは決めて最後まで遣り通す努力をする。 俺に出来るのは後にも前にもこんな事位だ。なら出来るだけの事を遣れば良い。 コイツも根は多分良い奴なんだろうと思う。ただ、上手く消化出来てないんだ。 俺がアカデミーで荒れていた時みたいに一杯一杯で、がむしゃらで、貪欲で、それしか支えが無い。 俺は殴られたって、病気でぶっ倒れても何とか治ることが出来る。それは人間だからだ。 ただ、心の傷と言うのは時間だけでは解決してくれないのは俺自身が一番良く解っている。 「……貴方はほんとぅにおばぁかぁさんね……私と居ても良い事無いのに」 「そりゃ、確かに毎晩殴られるのは良い事じゃないな」 「……じゃあなんでなの?」 「俺は契約者で少なくともアリスゲームが終わるまでずっと一緒に居るって決めたんだ。 その後はどうなるか解らないけど、今は絶対にそれを反故するつもりはない」 「……シン」 「水銀燈。お前は焦らなくて良いからさ。もっと俺のことを信じてくれよ」 「な、何よぉ。それじゃ私が信じてなかったみたいじゃなぃ……私はずっと貴方を信じてたのに」 「んじゃなんで彼是言うんだよ?」 「それは……そ、それはね」 「水銀燈。シンさんの様子は…………へ?」 言葉と共に視線が泳いで急に動揺をし始める水銀燈。俺を信用し切れてないからだと思ったが違ったのか? うーん、人形の考える事は良く解らないと突き放してしまえるほど今の俺達の距離は近くなってるし。 ……近くなってる? あ、そういえば何か重要な事を忘れている様な気がする。 凄い自然に馴染みすぎてしまっているのだが、そんなことを考えて居ると医務室のドアが開かれる。 そして俺達が視界には行った刹那、まるで蛇に睨まれたかえるの様に硬直している。 しばし、視線を交差させながらもゆっくりとした時間が流れており、その静寂を噛み締めていた。 「あら、蒼星石。シンなら目が覚めたわぁ」 「…………………WAWAWA忘れものぉ~、ご、ごゆっくりぃっーーーー!!!」 「は?」 「どうしたのかしら?」 「……さぁ? まぁ、だるいからもう少し寝るな? すぐに治すからな? そしたら、髪の手入れをしてやるから」 「……わ、解ったわぁ。早く元気になりなさぁい? 貴方は私の大切な大切なミーディアムなんだから」 「ああ、解っているって」 蒼星石は何やら変な呪文?と言うかセリフを残してそのままぴしゃりっとドアを閉めて何処かへ行ってしまった。 この間も同じセリフを言っていたのだがあれはなんなんだろうか? 思考して見ようにも体に残る微熱でイマイチ考えも纏まらないのでもう一度寝ることにした。 体を横にすれば水銀燈も体をよじ登って顔を合わせようとする。何だか今日の彼女は違和感を感じる。 いや、俺が病気だから感覚や意識がちょっとぼやけているのだろう。 けど、この違和感のある可愛い水銀燈のままってのも良いなぁっとちょっと思ってしまった。 ちなみにその日、蒼星石が見たのは薄いビニール越しに ”ベットでお互いを抱き締めあいながらも談話をしつつ” ”水銀燈は髪を乱れながらも寄り添って指を相手の手に絡めており” ”シンは体が汗でびっしょりで息も絶え絶えな様子” と言った感じの光景であった。無論、彼女の頭の中は今宵も勘違いが耐えない。 「アンインストール~、アンインストール~、あんな光景はさっさと忘れないとぉ、寝れないんだぁ、アンインストールぅ」 「蒼星石? 何をぶつぶつ言ってるですぅ?」 「な、なんでもないよ! ほんと何も無かったよ! ほんとだって!」 「??? 変な蒼星石ですぅ」 蒼星石の悶々と過ごされる夜は今夜も続いていた。 一覧へ
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前ページ次ページ悠久幻想曲ネタ ……常闇の中、二つの影が浮かび上がっていた。 ひとつはダークダガーL。暗闇に溶け込めそうなほどの黒でありながらその雰囲気は不相応に感じ るほど明るく彩られている。 ひとつはシャドウ。周囲の闇よりもさらに昏い闇を纏い、気だるげに手の中の知恵の輪を動かしていた。 「以上が今日、街で起こった騒動の一部始終でありんす」 「……テメェはちったァ口調を統一させたほうがいいんじゃねェのか?」 むー? と小首を傾げるダークダガーから視線を外し、シャドウは知恵の輪を見つめる。 特に複雑に絡み合っているわけでもない二つの輪、しかしこれらが解き放たれるには一つの方法 しかない。輪自体に手を加えない限り、それは避けることのできない宿命のようなものだった。 「それで、どうしますかね黒い旦那? フリーダムの件を差っ引いてもこれはイレギュラーなことじゃ?」 「フン……元々アイツとは手を組んでるワケじゃねェ。互いに互いを利用し合ってるだけだ。俺らが口 を挟むのは筋違いってモンだろ? っていうか、テメェだって元はアイツ側だったんじゃねェのか?」 「いや~、どうにもあの人は苦手なもので……」 気恥ずかしそうに頭を掻くダークダガーをシャドウは胡散臭いものを見るかのような目で見つめる。 「……テメェに苦手なモンがあったのか」 「基本的にツッコミがなければ5秒で死にます。あ、旦那の脱力系無気力ツッコミはまぁ個人的には ギリ満足なラインなので無問題ッス!」 グッジョーブ!Σd(>ヮ<)と親指を立てるダークダガーに二度と突っ込みをしないと誓いつつ、シャドウ はさっさと次の話題に移ることにした。 「で? 図書館の方はどうなってンだ?」 「あ~……もちっと時間がほしいとこです。ちっとばかし守りがキツイんで」 ガキリ、と知恵の輪を軋ませて、シャドウはマスク越しにダークダガーを睨みつけた。 「手、抜いてンじゃねェだろうな?」 「それはありません、天地神明とプチ行方不明なおししょーの名前に誓って」 グッ、と胸の前で拳を握り締めるダークダガーの瞳には、いつになく真剣な輝きがあった。 「……俺が全快になるまでにはキチっと済ませとけよ」 「あいさー!」 ズバッ! と敬礼をして、ダークダガーは暗闇からスッと気配を消していた。 「……フリーダム、か。そりゃアイツなら動くわな」 クックッ、とくぐもった笑いが木霊する。 「さァて、これから先どうなるか、なっ!」 カキンッ! と知恵の輪が二つに分かれる。 「あ、ヤベ」 力任せに引き抜かれた輪は、歪に広がっていた。 「納得のいく説明をしてもらおうか」 さくら亭の一席にて、ブラストインパルスは目の前に座るシン・アスカに尋問さながらの口調で問い 詰めていた。 「納得のいくって……あんな街中でビームとか撃ちまくってりゃそりゃ止めるだろ」 「その点については反省している。だが、私が聞きたいのはもう一点のことだ」 分かるだろう? という視線を受け、シンはうんざりしたように声を漏らした。 「……そんなにフリーダムを助けたのが気に食わないのか?」 「違う、と言えば間違いなく嘘になる。だがそれ以上に解せないという理由が大きい」 ブラストの疑念ももっともだろう。何せ問答無用に命を狙ってきた相手なのだ。直接的に関係がある とは言えないが、コズミック・イラでは幾度となく煮え湯を飲まされた相手でもある。 だというのに、二度もシンはフリーダムを救うために自らの身を危険に晒した。これらの情報を踏まえ ているなら十人中十人がシンの行動に疑問を抱くことだろう。 「今では私もそれなりの感情を持っている。あれに対しては取り分け特別なものを、な。元マスターの 意思は出来得る限り尊重したい。しかし、今回の件は相応の理由を示してほしいところだ」 「…………」 シンは眉根を寄せて考え込む。ブラストの主張は嫌味なほどに真っ当なものである。彼女自身が 納得できないという旨の追求ではあるが、つまるところこれは今後のインパルスたちの行動も左右 しかねない問題でもある。口調の端々に棘が含まれているのもそのことが関係しているのだろう。 やや間を置き、シンは口を開いた。 「……あいつは、なんか似てるんだ」 「似てる?」 詳細を促すブラストの声をシンはあえて無視した。言葉にしたはいいが上手く説明ができないのだ。 「だから、一度面と向かって話をしたいんだ」 「聞く耳を持っているとは思えないな。今度こそ死ぬ可能性も充分に有り得る」 「それでも!」 シンの強い口調にブラストはわずかに目を見開く。それを見て、シンは声のトーンを落とした。 「……それでも、話をしたいんだ」 わずかな間とはいえ、シンはフリーダムと言葉を交わした。会話とも呼べない敵意を剥き出しにした 言葉のぶつけ合いだったが、シンはずっとそれが気になっていた。 それはきっと、 ――貴様が……私を殺したからだ! ――あんたがステラを殺した! ……確証などない。しかし、あのフリーダムもまたシンのイメージから生まれ出でたものであるのなら そうでないと言い切ることも出来ないのだ。 だからこそ、シンはフリーダムとの対話を望んでいるのだ。 「……少し変わったな、元マスター」 「変わった?」 「牙が抜けたのではなく、牙を剥く場を弁えるようになったのだと願いたいものだ」 ブラストの口調から険しさが抜け落ちた。納得した、と言うよりも呆れたというような口ぶりではあった が、それでもブラストには何かしら得るものがあったようだった。 「今回のところはこれでよしとしよう。とはいえ、またフリーダムが襲ってきたなら我々は手段を選ばず 奴を撃ち倒すからそのつもりでな」 「まぁそのときはそのときだけど……一区切りついたところで俺も話がある」 ん? と聞き返すブラストだったが、その表情が一瞬にして強張った。 外見上はそれほど変化がなかったが、シンの全身から怒りのオーラが滲み出ていた。 「も、元マスター……?」 「フォースとソードから聞いた。民間人を盾にしたって?」 うっ、とブラストは呻く。 三身一体であるインパルスらではあるが、それぞれの意識は独立している。擬似的なものであると はいえ生活スタイルに差がある以上、例えばブラストが寝入っている時にフォースやソードが活動す るということもほぼ日常的に見られる光景なのだ。 ちなみに、ブラストはついぞ一時間ほど前に仮眠を取っていた。 「……フォース、ソード」 「い、いやな! アタシらは聞かれたことを答えただけで! な、フォース!?」 「う、うん」 地の底から這い出てくるかのような声音のブラストから追求される前にあっさりと二人は白状する。先 の戦いの最中、壁をよじ登っている途中でシンはブラストが無防備にフリーダムの射線上に現れたの を見ていたのだ。当然なぜ撃たれなかったのかが気にかかり、フォースたちに直接尋ねたのだ。ブラ ストにとって不幸なことにそのときが仮眠時と重なっていたのだった。 もっとも、ブラストも特に口止めしていたわけでもなかったのでこのことで二人を責めるのは酷である とも言えた。 「確かに、向こうのあいつは相手のコクピットを絶対に狙わないような奴だった。こっちでもそれが同じ だっていうんならそれで動きをある程度封じられる手段としては文句なしに良い手だとは思う」 「……その通りだ。だから私は、」 「だけど、」 突きつけられるような鋭い口調にブラストは言葉を飲み込んだ。 「――だけど、無関係な人たちを巻き込むやり方なんて俺は認めない。」 ……彼女も分かっていたはずだった。彼がそんなことを許せない人間であることは。 量りにかけるのが自分の命だけならここまでの怒りをシンは見せなかっただろう。だが、ブラストは ただその場にいただけの人間を巻き込みかねない方法を取った。 万物に絶対など存在しない。仮とはいえ生物であるなら尚更のことだ。 9割方確実であったとはいえ、流れ弾が飛んでくる可能性もなかったとは言い切れない。それでも あの方法を取った理由のひとつは、フリーダムに精神的な追い込みをかけるためだった。 もちろんそんなことを正直に語れるはずもない。結果としては何も問題がなかったとはいえ、一時の 激情に流された軽率な行動と責められても仕方のないことだ。 「あれは、その……」 なんとか弁明しなければ、と口を開くもブラストは上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。結果、視線 を逸らし俯き気味の姿勢になってしまう。 昼時を少し回った頃だからか、店内がやや騒がしくなる。そんな中で、ブラストはポツリと呟いた。 「――ごめん、なさい」 わずかだが、ブラストの目尻に涙が浮かんでいた。 彼女なりに考え、シンの身の安全を優先した結果選んだ方法。そのことについて咎められようとも なんら後悔はない……はずだった。 しかし、この現状にブラストの心中はかき乱されていた。 不安、恐怖、そういったネガティブな感情がないまぜになり、いつしか仮面を剥がされたように弱さ を顔に出していたのだ。 その様子を見てシンは戸惑った表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込め、手を伸ばした。 ビクリとブラストは身体を震わせ、思わず目を閉じる。 しかし、優しく頭を撫でられる感覚にすぐに目を見開いた。 「あ……」 「……言い忘れてた。ありがとな、助けてくれて」 取り繕ったような言葉ではない、不器用だが確かな感謝がその言葉には込められていた。 頭から手が離れる。そっぽを向いたシンの顔に朱が差していた。それを見たブラストも同じように 頬を赤く染めて視線を外す。傍から見ればとても不思議な光景だろうが、二人にそれを気にする余裕 はなかった。 「と、当然だ。私は私の役目を果たしただけで……」 「ぷっ……ぶわはははははは! 怒ったり泣いたり照れたりって今日はずいぶん表情豊かじゃねぇか ブラスト!」 それまで成り行きを見守っていたソードが耐え切れず吹き出した。その声に何か言いかけたブラスト は中途で言葉を飲み込み、怒りを湛えた声で自身の内側へと声を向ける。 「……ソード、いつも少し突かれただけで慌てふためく貴様が言えたことか?」 「いっ、いつもの凄みがねぇぞ? そんなに元マスターに嫌われたくなかったのか?」 げらげらと腹を抱えて――るような印象を感じさせる――さらに追求するソードにブラストは反撃を 試みるものの、いつもの調子が出ずに延々と言葉の応酬を繰り返していた。 「あ、あははははは……なんかその、賑やかですね」 「まぁ……なかなか見れない光景だな」 いつもとは攻守が逆転したブラストとソードが引っ込み、苦笑いを浮かべたフォースが現れた。止め られないのか止める気がないのかは分からないが、どうやら放置するつもりらしい。 「あ、そうだ。ちょっと待っててください」 そう言ってフォースはパタパタと厨房の奥に消え、手に皿を持って戻ってきた。 「これは……パウンドケーキ?」 「はい! 最近ちょっと練習してるんです。よかったら食べてみてください」 顔を綻ばせるフォースに、シンは笑みを返しながら「それじゃ遠慮なく」とフォークで一口サイズに 切り分け口に放り込んだ。 『あ』 それに気付いたブラストとソードが声を上げた。ニコニコと期待の笑顔を浮かべるフォースと、フォー クを咥えたまま固まるシン。 痛々しいほどの静寂、そして…… 「――あ」 「あ?」 「あンまァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァい!!」 顔の穴という穴からチェレンコフ光を放ちながら、シンの意識は大宇宙の彼方へと飛んでいった。 満天の星空の下、手足を引きずるようにフリーダムは街道を歩いていた。 身体の至る所から光の血が流れ、点々と道に落ちていく。それはエンフィールドの市街から延々と 続いていた。 (少し、多いな……) 大破とまではいかずとも、蓄積したダメージの量は相当なものだった。 例のドラグーンの攻撃、それがほとんどではあったがデスティニーやインパルスとの戦いで内側へ の負担が積み重なっていたことも災いしていたのだ。 「くっ……!」 地面を睨みながら歯噛みする。数の不利もあった、予測不能の襲撃もあった、しかしそれ以前に 自分の甘さが今の惨めな現状を生んでしまったことにフリーダムは憤りを覚えていた。 (私は何故、あんなことを聞こうとした……?) 不可解だった。命を狙っているはずの自分を助けようとしたシン・アスカも、その好機を逃しその 真意を問おうとした自分も。 撃てばよかったのだ。そうすればすべて終わっていた。 自分もこんなところで生き恥を晒すことなく目的を果たし、光となって消えていただろうに…… 何故? 何故? 何故……? 意識が薄れ、考えがまとまらない。傷は一日で治るほどのものではなく、しかしどこかで身を休ませ ることもできない。何者かに狙われている以上、安全なところでもない限り寝入ることもできない。 何処へ行けばいいのか? このままこの道を進んだところで何か得るものがあるのだろうか? 疲弊しきった肉体と精神が弱音を上げ、視線が地面から離せなくなっていた。 いっそこのまま……思考が危険な領域に踏み込んだところで頭を振る。いつしか足は止まっていた。 どうすればいいのか、答えの出せない問いがずっと頭の中で渦巻いていた。 「――なんか落し物でもしたのかい?」 「っ!?」 不意に降ってきた声に背筋が凍りつく。 まったく気付かなかった……いや、そもそも声をかけられるまで気配を感じなかった。 「でなけりゃなーんでずっと下向いてんだ? こんな美人さんがいるってのに空を見上げないなんて 損にもほどがあるってもんだろ」 空? と声に導かれるように顔が上がる。先ほどまで縫い付けられたように留まっていた視線がコバ ルトブルーの景色を映し出した。 (――月) 見事なまでの満月。心を奪われるという逸話も納得してしまうほどの、美しい深艶の月。 ……その傍らに、青い翼の少女が宙で胡坐をかきながら月に目を向けていた。手に徳利と盃を持って。 朧だった意識が覚醒する。自分と瓜二つの顔立ち、差異はあるが似通った容姿。 初めて出会うというのに、その相手のことをよく知っていた。 「お前は……!?」 その声に反応したのか、少女はこちらを向いてクッと盃の中身を飲み干した。 「――よう、はじめましてだな『姉さん』?」 呆然と見上げる自分を見下ろしながら、少女――ストライクフリーダムは口角を吊り上げた。 前ページ次ページ悠久幻想曲ネタ