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このページはこちらに移転しました かい 作詞/164スレ52 作曲/うずまき 編曲/SEIYA しじみ!しじみ! あわび!あわび! はまぐりーはまぐりー あさり!あさり! ほたて!ほたて! さざえさざえ 音源 かい かい(アレンジver) かい(アレンジver 歌:202スレ66) かい(歌:呉板)
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第六十三話 鋼鉄の亡霊 すくらっぷ幽霊船 バラックシップ 登場! 数千年に渡ったエルフとの無意味な戦乱に終止符を打つため、アンリエッタからの命を受けた才人たち。 だが、エルフの住まう土地であるサハラは、これまで人間の侵入を許さなかった未知の世界だ。 巨大な障害を前にした才人たちに、コルベールは新造探検船オストラント号を彼らに託した。 それはコルベールの長年の夢を形にした、無限の可能性を秘めた未完の不死鳥。 さらに驚くべきことに、ギーシュたち水精霊騎士隊も援軍として駆けつけた。 夢にも見なかった新兵器と、集結した仲間たち。 意気上がる少年たちは、声をそろえて大きく叫んだ。 しかし、人間たちが抵抗を始めようとするときも容赦なく、敵は第二第三の作戦を展開させつつあった。 そして……前途に洋々としたものを感じて浮かれている少年たちにも、運命の女神は微笑み続けるとは限らない。 久しぶりの水精霊騎士隊全員集合に沸き返る少年たち。 彼らは才人との再会を喜ぶと、次にティファニアやルクシャナから自己紹介を受けた。 「テ、ティファニアです。みなさんどうぞ、よ、よろしくお願いします」 「ルクシャナよ。言っとくけど私は予約済みだから、誘われてもお答えできないから。あ、食事の誘いくらいなら受けてもいいけど」 内容的には先日銃士隊にしたものと大差ないが、今回は自分たちがエルフだということを知られている前提なので、 ルクシャナはともかくティファニアはひどく緊張していた。エルフだということで疎んじられるのではないか、人間はエルフを ひどく憎んでいるという恐怖によって、少年たちを直視できない。 ところが、少年たちの反応は斜め上の意味でティファニアの予想を裏切った。 「こちらこそよろしくお願いします! おれ、ギムリっていいます。まずはお友達からはじめましょう!」 「この、てめ! ティファニアさん、こんなやつよりまずおれとお友達になりましょう」 「邪魔だマニカン! ティファニアさん、こいつらといるとバカが移ります。美の女神の化身のようなあなたには、このシャルロが お相手をつかまつりましょう」 「お前も邪魔だ! わたしは今日までエルフとは恐ろしいものだとうかがってまいりましたが、今日それが大間違いだと 確信しました。我ら一同、命に代えてもあなたをお守りいたしましょう」 「あ、ど、どうもありがとうございます」 「ルクシャナさん。恋人がいてもかまいません。ぼ、ぼくとお友達からはじめてくれませんか?」 「いいわよ、百年後からでよければね」 すでにアンリエッタから一応の説明を受けていたからか、少年たちにエルフへの恐れはなかった。それどころか、 妖精がこの世に顕現したかのような二人の美しさに目がくらんでしまって、皆が皆ギーシュが分裂したみたいに 舞い上がってしまっている。 若さゆえの向こう見ずさを発揮して言い寄ってくる少年たち。ルクシャナは平然とした様子であしらっているが、 ティファニアはわけもわからずにうろたえるばかりだ。 「あの、本当にみなさんはわたしが怖くないんですか?」 「ぜんぜん!」 けれどティファニアは、第三者から見たら見苦しいことこの上ない少年たちの態度に、自分の中の不安が取り除かれて いくのを感じていた。彼らが人間のすべてではないにしても、これだけの人がエルフを受け入れてくれているのだと。 少年たちの熱狂は続き、ルイズたちや銃士隊はよくまあそれだけ熱くなれるなと、呆れて見ている。 そのとき、才人たちの後ろから聞きなれない少女の声が響いた。 「これでクルーは揃ったのかしら? ミスタ・コルベール」 振り返ると、そこには金髪をツインテールにまとめた小柄な少女が立っていた。ただ、その表情は高慢ちきそのもので、 出会った頃のルイズのような尊大な自信にあふれている。後ろには取り巻きのような、緑と栗色と金色の髪の、やや目つきの 悪い少女も控えていた。 「ああ、これはこれは。はい、ご覧のとおりこれで全員です。みな、王女殿下から直々に指名を受けた優秀な者ばかりですよ」 「ふーん、あまりそうは見えないけど。ま、いいわ。即席じゃこんなものかもね」 誰だこいつ? 才人は突然現れた少女に不審げな視線を見せた。コルベール先生にこの態度で、先生もなにやら卑屈に なっている。だがこいつ、どこかで見たような気がする……どこだっただろうか? そのとき、ようやく意識を回復したギーシュが、その少女の顔を見るやおびえたように直立不動の姿勢をとった。 「あら? これはお久しぶりですわね。ギーシュ殿」 「こ、これはクルデンホルフ姫殿下……」 ん? クルデンホルフ、その名前も、どっかで聞き覚えがある。よく見れば、顔を青ざめさせているのはギーシュだけでなく、 騎士隊の仲間たちや、モンモランシーたち女子生徒にも及んでいる。なんだ? エルフの国に行こうって正気を疑われるような 任務に平然と乗り込んでくるこのバカたちが、なんで明らかに年下の少女一人に怯えるんだ? そのとき、ルイズが才人の肩を叩いて耳元でささやいた。 「思い出したわ。あの子、クルデンホルフ大公国の当主の娘よ」 「なんだそりゃ?」 「ああ、あんたは知らないかもね。トリステインは名義上ひとつの国ってことになってるけど、貴族の中には領地の経営だけ じゃなくて、実質ひとつの国として独立を許されてるものもあるのよ。で、あの子のクルデンホルフ大公国はその中でも 有名な成金でね。貧乏貴族は借金してて、爵位が上でも頭が上がらないのが多いんですって」 ルイズは、伝統や権威ももろいものね、まあヴァリエール家は違うけどと、やや自慢げにつぶやいた。 なるほど、要するにギーシュたちの実家はあの子の家に金の首輪をされてるわけか。地獄のさたも金次第というが、 金の問題ではギーシュたちのバカさ加減も役に立たないか。才人は他人事で少女ひとりに圧倒されているギーシュたちを 眺めていたが、ルイズはそんな才人に呆れたように言った。 「あんた、ほんとに思い出せないの? あの子、学院に来たことがあったじゃない。ほら、フリッグの舞踏会のときよ」 「あっ! あの怪獣連れてきて大騒ぎになったやつ!」 才人の中でほとんど消去されかけていた記憶が蘇った。もうかなり前になるか、あの子が学院に来たことが確かに 一度あった。学院へ名を売り込むために、フリッグの舞踏会でデモンストレーションをしようと子供怪獣のチンペを 連れてきて、そのせいで取り返しにやってきたパンドラやオルフィのおかげで大変なことになったっけ。名前は確か…… が、そこまで考えたところで、才人に冷たい声がかけられた。 「ちょっとそこの平民、クルデンホルフ姫殿下にずいぶんと無礼なことを言ってくれるじゃないの」 「へ?」 気がつくと、彼女の取り巻きの女子が怒って自分を睨んでおり、ギーシュたちもおたおたしながらこちらを見ている。 「あ、もしかして全部口に出てた?」 ゆっくりと一同が首を縦に振り、才人は自分がとんでもないポカをやらかしてしまったことを知った。 まずい、これはまずい。ルイズは「はぁ」とため息をつき、才人の口からは引きつった笑いが漏れてくる。 「あ、あはは……」 「さて、このお方がベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ姫殿下と知って、今の台詞をおっしゃったんでしょうね?」 「いや、今思い出した」 そういやそんな名前だったなと、今となってはどうでもいいことを思い出しつつ才人は冷や汗をかいた。 しかしまずい。これはどう見たって自分が悪い。ベアトリスという子も、ものすごく怖い目でこちらを睨んでいる。 そりゃそうだ、人の目がいっぱいあるところで過去の恥部をさらされたら誰だって怒る。ここはひとまず…… 「も、申し訳ありませんでした」 「それだけ? 天下のクルデンホルフ姫殿下に恥をかかせておいて、謝るだけで済ますおつもり」 「いや、そう言われても……」 貴族の礼儀作法などには無知な才人は焦った。かといって、ルイズやミシェルに助け舟を求めるのは才人の 男としてのプライドが許さない。どうなる? もしかして無礼打ちとか? どうすればいいんだ。せっかく大役を 果たそうって決めたばっかりのときに。 だがそのとき、ギーシュが全速力で駆け込んでくると、才人を引き倒して土下座させ、自分も頭を下げた。 「すみませんでした! クルデンホルフ姫殿下、この者はわたしどもの友人でして、田舎者ゆえに世間の常識には うといところがありまして。ここはわたしどもに免じて、どうかご厚情をお願いします! ほら、君ももう一度謝って!」 「す、すいませんでした姫殿下。おれが悪かったです。ごめんなさい」 頭を砂に擦り付けながら、二人の男は必死にわびた。すると、ベアトリスは見下す視線を外すと、高慢な口調で言った。 「いいわ、平民に寛大さを示すのも貴族の責務ですもの、今回は忘れてあげましょう。では、ミスタ・コルベール、 詳しい予定等は後で聞きます。いきますわよ、おほほほ!」 高笑いを残すと、ベアトリスは取り巻きの女の子たちを連れて船台を去っていった。 才人とギーシュは、心臓をドキドキさせながら彼女の足音が遠くなっていくのを待つ。ところが、取り巻きの女子の 一人の、緑色の髪の子が戻ってきて、土下座したままの二人に向けて怒鳴った。 「いいこと! 今回は殿下のご厚情がたまわられましたけど、次は許しませんわよ。たとえ殿下が許しても、このわたしが 必ず制裁を加えます。覚えてらっしゃい!」 「わかりましたぁ!」 悲鳴のような才人とギーシュの叫びを聞くと、少女はきびすを返して、ベアトリスを追って駆けていった。 やがて足音も聞こえなくなって、ベアトリスが完全に行ってしまったことを確認すると、二人はようやく頭を上げた。 「ふぅ、どうにか事なきを得たようだな。サイト、あまり冷や冷やさせてくれるなよ。相手は貴族であり、トリステイン有数の 大金持ちのご令嬢だぜ。トラブルを起こしてたら、この国じゃ生きてけなくなるよ」 「悪い、今回は百パーセントおれが悪かった。考えてみりゃ、前にお前から説明受けてたな。恩に着るよ」 頭をぽりぽりとかいて、少しすりむいたおでこをなでながら才人は今度はギーシュに頭を下げた。その率直な態度に、 水精霊騎士隊も銃士隊も、才人に批判的な視線を向けていた者たちも表情を緩め、モンモランシーが才人の傷に 水の治癒魔法をかけてくれた。ルイズはその光景を微笑みながら見て、口を出すかどうか迷ったが出さなくて よかったと思い、次いでコルベールとエレオノールに声をかけた。 「ところで先生、あのクルデンホルフの成り上がり者がなんでここに?」 「ん? ああ、それはなんだ。東方号の建造資金はミス・エレオノールに出資してもらってたんだが、その、実は」 「平たく言えば資金が底をついちゃったのよ。最初はアカデミーに予算を出してもらってたんだけど、施設が全壊して 当たり前だけど予算カット。いくら私でも、船を一隻オーダーメイドするだけの大金を動かせるほど懐は太くないわ。 そこで、スポンサーを募ったところで名乗りをあげたのが、あのクルデンホルフだったってわけ」 なるほどとルイズは思った。この東方号はコルベールの案を元に、エレオノールが推薦することで、各種新技術の 実験もかねて建造が認められた船だ。アカデミーが降りたら、海のものとも山のものともしれない船に金を出す ところなどそうはあるまい。 「もしも彼女の家が私の案に目をとめて出資してくれなければ、東方号は部品だけで頓挫していただろう。だがまあ、 その代償に、実験が成功したら完成品の実験データとともに、設計図をクルデンホルフに提供させられることになったがね」 「先生よくそんな条件を呑みましたね! あのクルデンホルフのことですから、設計図なんか渡したらそれを元に 何百隻も複製してきますよ。先生の努力が全部横取りされてもいいんですか!」 「かまわんさ、私なんぞが技術を独占しても世の人たちの役には立たん。多少ゆがんだ形でも、私の研究が世間に 新しい風を吹かせられるなら満足だ。それに、模倣されたなら、私はより優れたものを作る努力をするだけさ」 「先生……」 名誉欲など一切ないコルベールのすがすがしいまでの態度に、ルイズは目からうろこが落ちたような思いで、 このさえないはげ頭の教師を見つめた。 そうこうしているうちに才人の傷口はふさがり、心配そうに見ていたミシェルはほっとしたように才人の肩を叩いた。 「どうやら傷口も残らずにすみそうだな。しかし、噛み付くかと思ったが、よく謝ったな。たいしたものだ」 自分の非を認められずに暴れるのは愚か者のやることだ。そのことを褒められて、才人は照れてまた頭をかいた。 「いや、おれのせいで恥かかせちゃったのは事実ですし、せっかく集まってくれたみんなに迷惑かけるわけには いかねえしな。でも、あの取り巻きの女子どもはいけすかねえな。おもいっきり虎の意を狩る狐じゃねえか、むかつくぜ」 才人は少なくともルイズの貴族としての威光に頼ったことは一度もない。それを誇りにしているだけに、他人の すそにしがみつく輩は嫌いだった。 ところが、賛同してくれるかと思ったギーシュたちは、以外にも首を横に振った。 「いや、サイト。あの三人はベアトリス嬢の単なる取り巻きじゃないよ。腹心というべきなのかな、とにかく別格の存在なのさ」 「別格? あのヨイショたちがか?」 「ああ、まあ見た目はアレだが、元はけっこう裕福な家柄の生まれらしい。けど実家が没落して、十人いた姉妹も今では あちこちに散らばってしまってるそうだ。あの三人はトリステインに残って家の再建を目指してたそうだが、とうとう文無しに なってしまったところをベアトリス嬢にひろわれたらしいぜ」 「そうだったのか、だからあのときベアトリスがバカにされたと思ってあんなに怒ったのか。悪いことしちまったな……」 才人は第一印象だけで人を判断した自分を恥じた。そして、同時に高慢ちきに見えたけど、けっこういいところも あるんだなとベアトリスのことを見直した。どこか、出会ったばかりの自分とルイズ、それにアニエスとミシェルの関係と 似ている気もする。 「あの子も東方号に乗り込むのかな?」 「いや、彼女はあくまでスポンサーだからね。彼女にとっては、将来クルデンホルフの資産を受け継ぐための社会勉強の 一貫なんだろう。ただ、秘密を守ってくれるのは約束してある」 おいしいところはとっていくというわけか、それもまた金持ちらしいといえばらしい。 しかし、積もる話はまだまだあるが、それにも増して時間が惜しい。コルベールは皆を見渡して大きく告げた。 「さあみんな、我々にはこれからしなければならない仕事が山のようにあるぞ。物資の搬入から試験航海まで、 ヤプールは待ってはくれないから、これから全員死ぬ気で働いてもらうぞ!」 「はい!」 はじかれたように、少年少女たちと銃士隊は活動を開始した。 コルベールの指導で、用途を秘匿して準備されていた資材を船に積み込んでいく。それだけではなく、船内の構造に 習熟するために、数人のグループに分かれて船内旅行をおこなっていき、所要タイム内に迷わずまわって帰れるように なるまでなんべんも繰り返した。 まだ鋼鉄の器でしかない東方号。それに息吹を与えるために、水精霊騎士隊も銃士隊も上下の差はなくがんばった。 船内旅行をクリアした者から順に、コルベールとミシェルが相談して水精霊騎士隊と銃士隊の隊員たちの各部署への 配属を決めていく。ギーシュやギムリは機関室へ、ティファニアや料理の得意な者は厨房へ、モンモランシーのような 水魔法の使い手や銃士隊の衛生兵は医務室へといった具合である。 なおコルベールは船長、エレオノールは副長であり、ミシェルは戦闘時の指揮官を務める。自分の配属先を命じられた 両隊員たちは、いさんでそれぞれの持ち場へ飛んでいった。 「やあギーシュ、君は機関室勤務だって? さすが隊長、船の心臓をまかせられるとはすごいね」 「まあ、ぼくの冷静な判断力と手際のよさが評価されたんだろうね。レイナール、君はどこだい?」 「ぼくは操舵士を命ぜられた。まさかと思ってびっくりしたよ」 「ブリッジ勤務か! それはうらやましいな。いやいや、船の仕事に優劣はない、ぼくは自分の職務に誇りを持とう。 おや、マリコルヌじゃないか、君も任地が決まったのかい?」 「ぼくが一番ビリっけつだったみたい。場所は船底の……第三艦橋ってとこみたいだ」 「ほぅ、なんの仕事かは知らないががんばりたまえよ。じゃ、また後で会おう」 そうして時間はあっという間に過ぎて、日は暮れて夜になり、やがてほかの船の職人たちも仕事を終えて帰宅していく 深夜になっていった。 コルベールは機関室でボイラーの気密チェックをしていたが、ふと時計の針を見て、手伝っていたギーシュたちに言った。 「おっともうこんな時間か。君たち、これ以上は明日に響くからそろそろ終わることにしよう」 「はい、わかりました」 機械の補修にギーシュたち土のメイジはうってつけだった。錬金が、細かいところではどうしても精度が荒くなるという 弱点も、コルベールはあらかじめ見越して部品は大型化を覚悟で、可能な限りシンプルにまとめてある。こういう配慮も、 彼が天才であるひとつの証明だろう。けれどコルベールはそうしたおごりはまるで見せずに、教師として生徒に接していた。 「ご苦労様、君たちのおかげでだいぶはかどった。これなら、飛ぶのもまず大丈夫だろう。手を洗って、夜食でもいただいてきなさい」 「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。でも先生、やっぱり思ったんですが、なぜぼくらや銃士隊の方々が操船しなければ いけないんです? ちょっと機密が危なくても空軍から優秀な水兵を引き抜いたほうがよかったのではないかと思いますが」 「この船はこれまでの風石船とはまるで違う。下手に従来の船に慣れた船員よりも、むしろ船のことを何も知らない素人のほうが 先入観を持たなくていいんだ。さあ、明日一番で公試運転をして、問題がなければ完熟訓練に入る。時間がないから一週間で ものにしろという命令だ。それからはいよいよサハラに向かって出航するぞ。君たちも早く寝ておきたまえ」 「了解であります!」 少年たちは早くも熟練の水兵になった気分で、てんでバラバラの敬礼をして見せた。 一方、甲板上ではミシェルが銃士隊を指揮して、積み込み物資の点検作業をおこなっていた。 秘密厳守のために人足も最低限しか使えず、隊員たちは滑車で引き上げられたり、荷車で運び込まれてきた物資を 汗をかきながら甲板に積み上げていく。ミシェルはそれらの物資を台帳と照らし合わせて、合格したものを船内に 運び込ませながら、軽くため息をついた。 「やれやれ、隊内に続いてこんなところでも経理をすることになるとは。人生、どこでなんの技が役に立つかわからんな」 はじめはリッシュモンに拾われたとき、がむしゃらに勉強したことで数字に強くなっただけだった。それが間諜として 銃士隊に入ると、一番学があるからとアニエスに事務一切を請け負わされ、剣の腕と並んで後に副長に任命される 原動力となってしまった。 「それで、こんなところでエルフの国に行く手伝いをすることになるとは、一年前だったら考えもしなかっただろうな。 それもこれも、みんなサイトと出会ったことがきっかけか……」 手と頭を休めることなく、指示を出しながらミシェルは苦笑した。自分の人生が大きな転換点を迎えたことは、これまでに二回。 父がリッシュモンにはめられて天涯孤独となったときと、アニエスや才人と出会って人間らしい心を取り戻したとき。 思えば、数奇な運命と人は言うだろう。でも、今は自分で自分を不幸だとは思わない。失ったものは取り返しがつかなく、 果てしなく大きい。けれど、今持っているものも負けないくらい尊くて大きい。 帆布で覆われた空は星は見えないけど、町の隅っこで一人ぼっちで星を見上げていたころよりはずっといい。 それぞれの思いが交差しつつも夜は更け、東方号は夜明けの処女飛行を目指して眠り続ける。 だが、巣立ちのための最後の眠りを送る若鳥を、忌々しげな目で空から見下ろす目があった。 「報告します。あの者たちは、新しく建造した空中船で東に向かうつもりです。目的は、人間とエルフの世界の和解。 それによってマイナスエネルギーの発生を抑えると」 「うぬぬ……人間どもめ、こしゃくなことをはじめよって! 人間とエルフの和解など、絶対にさせてやるわけにはいかん。 その前にきさまらの希望など粉砕してくれる! バラックシップを浮上させろ! そしてすべてを焼き払うのだ!」 邪悪な思念が天にほとばしり、造船所から三十リーグ離れたラグドリアン湖の湖面に巨大な水泡があふれ出しはじめた。 湖水を裂いて、島のように巨大な何かが浮かび上がってくる。大きさは二百メートル、三百、四百、いや、最低でも 六百メートルはあるとてつもない巨体だ。 だがそれは島などではない。全身はさびた鉄色で覆われ、まるで要塞のように人造の構造物で覆い尽くされている。 湖水はその怪物が作り出した大波によって嵐のように荒れ狂う。 その中を、一艘の漁船がもまれていた。漁師は必死で船が転覆しないように操るものの、湖水は生き物のように 一人乗りの小さな漁船をもてあそぶ。 そして怪物はか細い抵抗を続ける小船を見つけると、全身から油の切れた機械のような甲高い音をあげて動き出した。 全身に装備された砲塔の一基が漁船に向けて照準を定める。漁師はそれを見て、とっさに湖に飛び込もうとしたが遅かった。 「ふ、船のお化け……」 それが漁師の最後の言葉だった。次の瞬間、四連装の巨大な砲塔から放たれた四発の砲弾は、漁船を包み込むように して着弾。数十メートルはある水柱が漁船を覆って、木片一つ残さず漁船は粉砕された。 怪物は続いて、全身に数百門はある砲塔を、一方向に向けて仰角をあげた。 照準は、東方号の眠る造船所街。朝日が昇り始める中、恐るべき脅威が迫りつつあった。 早朝からの造船業務をはじめようと、職人たちが起きはじめる造船所街。いつもであれば食堂から煙が上がり始め、 日の出を知らせるラッパが鳴るころ。はじめに異変に気づいたのは、一人の壮齢の将校だった。ある巡洋艦の擬装委員を 勤める彼は、その艦の完成後には艦長として就任することが決まっていたので、毎朝一番にいずれ自分のものになる 艦を眺めに行くのが日課だった。が、その日の朝はいつもとどこか違っていた。 「ん? 今日の朝はやけに静かだな」 まだ薄暗い道を散歩しながら、彼はふとつぶやいた。いつもであれば道を歩きながら、スズメやカラスの鳴き声が 嫌というほど耳に入ってくるというのに、この日は一羽の鳴き声もしない。 雨でも降るのかなと、彼は空を見上げた。しかし雲は少なく、降りだすような兆候は見えない。わしの気のせいかなと、 彼は特に気にせずにぼんやりとしながら歩いていくと、鳥の鳴き声が聞こえてきた。 「なんだ、ちゃんといるじゃないか」 歩きながら、彼は今日も変わらない一日が来たと思った。それにしても、これはなんという鳥だったかな。スズメや カラスと違い、なんとも甲高く空気を切り裂くような鳴き声だ。しかも何十羽も群れをなしているらしく、幾重にも 重なってどんどん多くなっていく。 そのとき、彼は突然立ち止まった。同時に全身の血液が一瞬で消滅してしまったかのように顔色が消え、筋肉が こわばって指一本動かせなくなった。思い出したのだ、軍人である自分の耳に染みこんだ、この鳥の名を。 目的地だった彼の船が目の前で紅蓮の炎を吹き上げた。船体が真っ二つに折れ、昨日取り付けたばかりのマストが 木切れのように回転しながら飛んでいく。 「わ、わしの船が……」 炭と化した船体の残骸や火の粉を浴びながら、彼は呆然として立ち尽くした。 元は全長百メイル弱の船体は跡形もなく、数ヶ月間職人たちが努力を重ねた結晶は無残な残骸となって燃え盛る。 同様の惨劇は十数か所で同時に起きていた。船台上で劣化した船体の補修工事をおこなっていた貨物船が、船首を 丸ごと吹き飛ばされて横転した。艦尾を粉砕されたコルベット艦が艦首を天に向けて倒立しながら燃えている。 もちろん被害は船舶だけにとどまらない。食料倉庫が一瞬で炎に包まれ、牧舎が吹き飛ばされて数十頭の 馬がひき肉にされたうえで焼き払われる。道路に起きた爆発は巨大なクレーターをうがち、根元からへし折られた 高さ五メイルの給水塔が逃げ惑おうとしていた人を押しつぶす。 宿舎や事務所も被害の例外ではない。直撃を受けたものは痕跡もなく消滅し、爆発から数十メイル離れていても 爆風に建物が耐えられずに倒壊する。むろん、そこにいた人間はすべからく巻き添えとされた。 最初の巡洋艦の爆沈から一分足らず。いつもと変わらぬ朝を迎えるはずだった造船所街は、人もモノも一切差別しない 火炎と熱風と飛び散る凶器と化した鉄片の支配する阿鼻叫喚の巷となった。 だが、幸運にも東方号の治められた船台はまだ被害を免れていた。 目覚まし時計の音が子守唄に聞こえる爆音の中で、船内の小部屋で眠っていた少年たちや銃士隊は全員目を覚ました。 甲板上に集合して何事かと騒ぐ彼らは、船から降りようとするところをミシェルに止められた。 「騒ぐな! 今ミスタ・コルベールが確認しに行っている。各員はそれぞれ持ち場に戻って待機しろ!」 帆布で覆われた船台上からは外が見えない。ひたすら轟音と爆発音が連続する中で、ミシェルが一喝してまとめなければ 少年たちはパニックに陥っていただろう。 一方、建物の外に様子を見に行ったコルベールとエレオノールは、大火災に見舞われている造船所街を見て愕然としていた。 「な、なによこれ! なんで街中から火の手が上がってるの。まさか、何者かの攻撃! 誰かが忍び込んで火をつけたとか!?」 「いや違う。これは砲撃によるものだ」 素人のエレオノールと違って、若い頃に従軍経験もあるコルベールは、爆音に混ざる風を切る飛翔音から砲撃だと悟った。 しかしいったい何者が? この短時間でのこの被害、一門や二門の火力ではない。少なくとも数十門が一斉発射しなければ 街全体を炎に包むなど不可能だ。 そのとき、東方号の船台から五百メイル離れた船台で建造されていた巡洋艦が直撃を受けて吹き飛んだ。百メイルあった 船体は木っ端微塵となり、数秒遅れてやってきた衝撃波がコルベールとエレオノールの顔をひっぱたく。 「巡洋艦をただの一撃で! とんでもない大口径砲だぞ!」 「ど、どうするのよ! このままじゃここが攻撃を受けるのも時間の問題よ!」 「くっ……仕方がないか。来たまえ!」 一瞬だけ苦渋をにじませた顔を浮かべたコルベールは、意を決するとエレオノールを連れて船台に戻った。東方号の 上甲板に続くタラップを駆け上がり、甲板で碇や帆の準備をしていた少年たちのなにが起こってるんですかという 質問を無視してブリッジに登ると、彼は船全体に風魔法の応用で声を伝える伝声管に向けて叫んだ。 「諸君! 船長のコルベールだ。まずこれは演習ではないことを断っておく。落ち着いて聞いてくれ。現在この街は 何者かによって、砲撃による攻撃を受けている」 たちまち全艦に緊張と動揺が走った。砲撃? どういうことだ。なんでここが砲撃されなくちゃいけないんだ? まさか、 ガリアが戦争を仕掛けてきたのか? 様々な憶測が飛び交い、それらはパニック寸前で銃士隊員たちによる「黙れ!」の 一喝で止められた。 「敵の正体は不明だが、すでに町全体が攻撃の被害を受け、退艦は不可能な状況となっている。助かる道は緊急発進 しかない! 即刻水蒸気機関を始動させる」 「待って! まだ水蒸気機関はテストもしてないのよ」 エレオノールが調整もしていないエンジンで飛ぶのは危険すぎると抗議した。だが、コルベールは一顧だにしない。 「そんな猶予はない! 短い時間で始動まで一気にやってしまわなければならない。絶対に失敗は許されないぞ。 ギーシュくん、窯室に火を入れたまえ。水蒸気の充填を始めるんだ。錨鎖庫、錨を上げろ! 甲板要員は帆を上げる 準備。船首及び両舷の砲手は砲撃の準備をして待機、機関始動と同時に天幕を吹き飛ばして飛び上がるぞ。総員、 オストラント号発進準備だ!」 「おおーっ!」 全艦で怒号のような声が鳴り響き、東方号のありとあらゆる箇所で人間が動き始めた。 ギーシュがギムリや仲間の火のメイジに命じて窯に火を入れさせ、自らはワルキューレを操って窯に石炭をくべていく。 錨鎖庫では力自慢の銃士隊員が重いハンドルを回して、鎖につながれた錨を巻き取っていく。 甲板上は混乱していた。慣れない動きで帆を張ろうとして焦って失敗し、何度もやり直してようやく形らしくなっていった。 一番張り切っていたのは砲列甲板に配備された少年たちだったろう。東方号には自衛用に、コルベールオリジナルの いくらかの道具のほかに船首両舷に二門、左右舷側に各二門、全部で六門の大砲が装備されている。それに火薬を 込めて弾を詰め、窓を開いて砲身を船外に突き出して合図を待つ。 むろん暇な箇所などない。医務室ではいつ負傷者が運ばれてきてもいいように、包帯や水の秘薬が準備される。 厨房ではパンにソーセージとチーズを挟んだだけの簡素な朝食をティファニアたちが急ピッチで用意し、手すきの 要員たちが各部署に大車輪で運んでいった。 そして才人とルイズはルクシャナとともに船尾の格納庫に向かった。そこにはコルベールが用意していた秘密兵器があり、 発進とともに使えるように、数人の仲間たちとともにスタンバイした。 爆発音はさらに近くなり、船台を覆っている帆布もびりびりと震える。もういつここが直撃を受けてもおかしくはない。 「ギーシュくん! 蒸気は溜まったかね?」 「ゲージを振り切りました! いつでもいけるはずです!」 ゼロ戦の燃料計を参考にして作った蒸気圧計が、ギーシュの目の前で赤を指して震えている。アカデミーのスクウェアと トライアングルメイジが作った蒸気釜は、火の魔法による急激な加熱にも耐えてくれた。 「タラップ上げろ! 船体固定金具外せ!」 船を船台に固定していた金具が取り払われ、東方号は船台の上に乗っているだけの状態になる。 続いて船に乗り込むためのタラップが船体に収納されようとしたとき、船台の上に数人の少女が駆け込んできた。 「ちょっとあなたたち! これはいったいどうなってるの? ミスタ・コルベール、説明しなさい!」 「クルデンホルフ姫殿下! 避難していらっしゃらなかったんですか! くっ、早く乗り込んでください。オストラント号は発進します」 「なんですって! わたしに無断でそんな勝手なこと」 「いいから早くしてください! 街といっしょに焼け死にたいんですか!」 甲板にいた少年たちは、しぶるベアトリスを取り巻きの少女たちとなかば無理矢理に船に引き上げた。 手動式のタラップが船体に収納され、不要な出入り口も固定される。これで後顧の憂いはなくなった。コルベールは船底の 風石の貯蔵庫に向けて命じた。 「風石を起動させてくれ。船体に浮力を与えるんだ!」 「了解です!」 風のメイジが魔法を加えると、貯蔵庫に蓄えられた透明な結晶体が輝き始めた。ハルケギニア特産の鉱物である『風石』は、 一定の刺激によって風船のように浮力を持ち始める不思議な特性を持っている。地球風にいえば反重力を発生させる とでもいうべきか、精霊の力の結晶らしいが詳しいことは人間の手ではまだ解明されていない。 ヘリウムを充填された飛行船のように東方号は少しずつ浮揚をはじめ、クルーたちは船が水の上に浮かんだような錯覚を 覚えた。あと一歩だ。コルベールは満を辞して叫んだ。 「左右水蒸気機関、主機へ動力接続。プロペラ回転開始!」 ギーシュたちが蒸気伝道管のコックをゆっくりとひねり、蒸気釜に充填された高圧蒸気が水蒸気エンジンに流れ込んでいく。 その膨大な圧力でピストンを動かし、回転力を得るのが水蒸気機関の仕組みだ。しかしどんなエンジンも始動のときが 一番危険なのだ。蒸気圧計を睨みながらコックをひねるギーシュたちに、伝声管ごしにエレオノールの声が響く。 「あなたたち、焦るんじゃないわよ。一気に蒸気を流し込んだら過負荷でえんじんは破裂するわ。昨日教えたとおり、 一呼吸ずつ確実に回すのよ」 自分たちの一動作に東方号全員の生命がかかっていると、ギーシュたちは汗で顔をびっしょりと濡らしてコックを ひねり、動力を得たプロペラが重々しく回転を始める。そしてついにゲージは全開を指し示した。 「やりました! 蒸気いっぱい、いつでもいけるはずです!」 「よくやったわ! ミスタ・コルベール、発進準備完了よ」 エレオノールの声に、コルベールは満足そうにうなづいた。彼の生徒たちも銃士隊もぶっつけ本番にも関わらずに、 自らの技量を超えてよく働いてくれた。点数をつけるなら百点満点を惜しみなく全員に与えるだろう。彼らのがんばりを 無駄にしてはいけない。 「ようしいくぞ! 全砲台、撃ち方五秒前。四、三、二、一、撃てーっ!」 待ってましたと六門の大砲が放たれて、船台を覆っていた帆布が吹き飛ばされる。その薄布を隔てた先から現れた 周辺の町並みはすでにのきなみ破壊しつくされ、無事である艦船は一隻も残っていない。 しかし敵の砲撃は形あるものをすべて破壊しつくそうとしているかのように、不気味な飛翔音をまだ続かせている。 最後の標的は間違いなくここだ。コルベールは舵を握るレイナールに最後の命令を下した。 「レイナールくん、上げ舵十五度。エンジン出力全開! オストラント号、発進!」 プロペラが可能な限りの全力で空気をかき、風石で浮力を与えられた船体を押し上げていく。 浮いた! コルベールやエレオノール、レイナールは歓喜の声を上げた。だがそのとき、マストの上で見張りに 立っていた銃士隊員から悲鳴のような叫びが響いた。 「敵弾接近! 本船への直撃コースです!」 聞いた人間全員から血の気が引いた。飛んでくる砲弾は動体視力のよい者なら視ることができる。それが砲弾の 形に細長ければ、それは自分に向かっているものではないので安心できるが、もしそれが丸っこく見えたら自分に 向かって飛んでくる最悪の砲弾だ。そして今、彼女の目に映っていたのは、その丸く見える砲弾だった。 ”神様っ!” このときばかりは、普段の信心深さの大小に関わらず誰もが心から祈った。命中までほんの数秒、もはやなにを しても手遅れだ。すがれるものは神でも悪魔の加護でも、奇跡の二文字しか存在しない。その熱心な祈りが届いたのか、 命中直前で砲弾の形がわずかな楕円形に変わった。 「伏せろっ!」 砲弾は東方号の船尾をかすめ、東方号が建造されていた船台の中に一直線に吸い込まれていった。 刹那、大爆発が起こり、東方号は直下型地震にも勝る激震に襲われる。 だが、いっぱいに広げた帆は爆風のエネルギーを掴み、東方号を一気に上空まで押し上げたのだ。 「ここは……私たちは、生きてるの?」 伏せた床から顔を上げたエレオノールがつぶやいた。口の中には転げまわったときに切ったのか、わずかな 鉄の味が染みている。しかしそれも、ブリッジの外に広がる群青の空を目の当たりにしたときには感動の味に 塗り替えられていた。 「飛んでる……オストラント号が、飛んでるんだわ!」 その瞬間、船内のあらゆる箇所で感激の涙が乱れ飛び、万歳三唱がこだました。 振り返れば、地獄の釜と化した造船街が燃えている。あの中にいたら、いまごろ全員命はなかったに違いない。 皮肉なことに、敵の砲弾の炸裂が刹那の差で東方号を一気に高度五百メイルにまで押し上げ、安全圏に到達させたのだった。 轟々と水蒸気を吐き出し、プロペラを回転させて東方号は飛ぶ。その従来の風石船とは段違いの速力に、水精霊騎士隊も 銃士隊も感嘆し、作ったコルベールやエレオノールも満足げに微笑んだ。 だがしかし、敵の砲撃はなおも街へ向かって間断なく続いている。この執拗さ、コルベールは敵の狙いはこの東方号 だったのだと、完全に確信した。 ”私たちがここにいたばかりに……すまん” 業火に包まれた街を見返して、コルベールは街の住人たちに心の底からわびた。硬く食いしばった口内では歯がはじけ、 握り締めたこぶしからは血が垂れている。 けれども嘆いてばかりはいられない。敵の目的が東方号ならば、この船は処女航海とともに初陣も経験しなければ ならないのだ。コルベールは船尾の格納庫に通じる伝声管に向かって叫んだ。 「コルベールだ。サイトくん、そちらの準備はいいか?」 「大丈夫です。いつでも飛べます! 「わかった。敵の砲撃はラグドリアン湖の方面から続いている。先行して敵の正体を偵察してきてくれ」 「了解! ゼロ戦、出撃します!」 航空眼鏡をかぶり、ひざの上にルイズを乗せて才人はゼロ戦の操縦桿を握った。東方号には東方号のモデルと なったゼロ戦がそのまま格納されていた。すでにエンジンの暖気運転はすませてある。むろん、飛行甲板やカタパルト などといった便利なものはないが、そこはルクシャナの先住魔法の出番だ。 大気の精霊の加護を受けた風に乗り、ゼロ戦は高速で射出されて宙を舞う。 「うぉぉぉっ!」 ガンダールヴだったときよりはるかに重い操縦桿と格闘しながら、才人は必死に機体を安定させようとした。素の自分で 飛ばすことの恐怖も、ひざの上でしがみついてくるルイズを守らなくてはという思いが、体に染みこんでいたパイロットとしての 記憶を呼び起こしてねじ伏せる。 「よしっ! なんとかコツは思い出した。ラグドリアン湖か……いくぜルイズ!」 「ええっ!」 あっという間に東方号を追い抜き、最高時速五八〇キロのゼロ戦はぐんぐんとラグドリアン湖めざして飛んでいく。 だが……ラグドリアン湖を見下ろせる位置に差し掛かったとき、才人とルイズの眼前に現れたのは想像をはるかに超える怪物であった。 「なんだありゃ!? 島? いや、動いてる!」 「あれは島なんかじゃないわ! 鉄でできた、まるで動く要塞だわ!」 二人の見下ろす前で、正体不明の巨大物体は全身から火花を吹いているように、間断なく砲炎をほとばしらせている。 そして、しだいに距離が縮み、物体の詳細が見えるようになってくると二人はもう一度息を呑んだ。 トリステイン王宮よりはるかに巨大な鉄の塊が浮いている。それは規則性があるわけではなく、城郭やビルのような構造物に、 アンテナや鉄塔などの雑多なパーツが乱雑に組み合わさった訳のわからない集合物。まるでコンビナートを丸めてしまったような。 だがそのとき、才人は鉄の塊の中に見覚えのある船が合体していることに気づいた。仏塔に似ていることからパゴダマストとも 呼ばれた、造形美ともいうべき太く天高く伸びた艦橋構造物に、艦首と艦尾に二基ずつ配置された連装砲塔。それが過去に作った プラモデルと完全に一致する。 「戦艦……長門!」 間違いなかった。連合艦隊旗艦を務め、終戦後にビキニ環礁の水爆実験で沈んだ栄光の戦艦がそこにいた。 それだけではない。目を凝らせば、他にも戦艦ペンシルヴァニア、高速戦艦比叡、巡洋戦艦レパルスなどの名だたる艦船が 揃っている。それらが砲身を天に向けて、次々に主砲を放っているのだが、全体からしたらそれらすら氷山の一角でしかない。 「うそだろ、ビスマルクまでいやがる。信じられねえ、こいつは地球最強の連合艦隊だぜ……」 呆然とつぶやいた才人の眼前で、超巨大要塞戦艦は数百門の主砲の照準を接近してくる船影に変更した。 ターゲットは、東方号。この巨大・強大な敵を迎え、未完の東方号に打つ手はあるのだろうか…… 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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さかなへんクイズ 鯏 あさり うぐい 鯵 あじ 鮎 あゆ 鮑 あわび 鯆 いるか 鰯 いわし 鰻 うなぎ 鰕 えび 鰍 かじか 鯑 かずのこ 鰹 かつお 鰈 かれい 鱚 きす 鯨 くじら 鯉 こい 鯒 こち 鮗 このしろ 鮴 ごり 鮭 さけ しゃけ 鮏 さけ 鯖 さば 鮫 さめ 鰆 さわら 鯱 しゃち しゃちほこ 鱸 すずき 鯣 するめ 鯛 たい 鮹 たこ 鱈 たら 鰔 たら かれい 鯲 どじょう 鱠 なます 鯰 なまず 鯡 にしん 魚時 はす 魚反 はまち 鯊 はぜ 鰰 はたはた 鱧 はも 鰉 ひがい 鮃 ひらめ 鰒 ふぐ あわび 鮒 ふな 鰤 ぶり 鯔 ぼら いな 鮪 まぐろ しび 鱒 ます 鰐 わに
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闇の瞳 一 闇太郎、例の堅気な牙彫の職人らしい扮装(つくり)、落ちつき払った容子で、雪之丞の宿の一間に、女がたの戻りを待っているのだが、もう顔を見せそうなものだと思いはじめて、四半晌(はんとき)、半晌、一晌――なかなか、帰って来る模様がないので、何となく落着かなくなって来た。 それも、単に、逢いたいとか、話しがしたいとかで、尋ねて来た彼ではない。今日昼すぎになって一日一度は、見まわることにしている、鉄心庵――そこを覗いて見ると、何と、おどろいたことに庵中に人気は絶えてなく、窩の揚蓋も、あけッぱなしになっていて、さては、しまった、島抜け法印、見込んでまかせといたお初の色香にまよって、駆け落ちでもしたのかと唇を嚙んだが、よく調べると、首欠け阿弥陀仏の前に、置手紙が載っていて―― 親分、すまぬ、大切な預りもの、ちょいと気をゆるしたひまに、姿が無く、このままにては、生きて、男同士、お目にかかれぬ仕儀、これより草の根を分けてなりと、お初をたずねださねばならぬゆえ、二つあって足りぬ首をしばらくお借り申し、行方をたずねに出かけ申し候、おわびは、たずね出しての上、いかんとも究命に逢い申すべく候。 と、書きのこした、いが栗坊主の、ざんげの文だ。 ――やっぱし、無理だったのだ。法印は、すばしッこく智慧のまわる方であねえ。お初といえば女狐よりも狡い奴――だまされたと見えるが、みんな、俺の罪だ! 闇太郎、地団駄が踏みたいのを、やッと押えて、すぐに、気のきいた仲間、若い者を集めて八方、お初踪跡(そうせき)の捜索に出してやったものの、夜になっても、消息が知れぬので、何よりも、雪之丞に頼み甲斐のなかったのを、今更わびても始まらぬが、善後策を相談し、身辺の警戒を忠告するためと、この旅宿屋(やどや)に駆けつけて来たわけだった。 闇太郎、まちにまったが、老年宵ッ張りの師匠の菊之丞さえ、もう床についてしまったというのに、いつになっても、雪之丞が戻らぬので、気にもなり、いら立たしくもなって来た。 ――もしや、もう、お初の奴が、何か小細工をやりはじめたのじゃあねえか知ら?いかに素早い奴でも作者の今日では、意趣がえしの法もつくめえが―― もつとも、お客と、ちょいと付き合って、じきに戻ると、男衆を通じてことづてでもあったことだ――もう少し、辛抱して見ようと、心を強いて落ちつけて見もしたが、自分が待っているということを、忘れるような相手ではないので、あまりに時刻が経つと、気が気でなくなるばかり―― 階下(した)の小部屋に泊っている男衆を呼んで、呼ばれた先は、どこだ?――と、たずねると、客は広海屋で、茶屋は、柳ばしのろ半だという答―― 「じゃあ、まち切れねえから、こっちからろ半へ出かけて見ましょう――入れちがいになったら若親方に、寝ずに待っているように言って下さい――すぐ引っかえして来ますから――ぜひに今夜中、話して置きたいことがあるのでしてネ」 彼は、男衆にそう頼んで、辻かごで、柳ばしへ急がせて行った。 二 初冬ながら、涸(か)れもせず、恒にかわらぬ、漫々たる夜の大川を、見渡す、料亭ろ半の門を潜って、今夜は、広海屋の一座は、顔をも姿をも見せぬ――と、いうことを、帳場からハッキリと聴いたとき、闇太郎は、今迄の胸さわぎを、まさかと抑えていたのが、現実(じつ)となって、思わず、 「やっぱし行(や)りやあがったな!」 と、呻いて、奥歯を嚙んでしまった。 いかに、江戸の隅から隅まで、闇夜も真昼のように見とおす心眼を持った闇太郎にしろ、ろ半を出て、河岸に突っ立った刹那、 ――ウーム! と、吐息が出てしまった。 計りに計って、軽業お初が、雪之丞を陥穽(おとしあな)にあざむき入れたとしたなら、事は重大だ。その上、長い時間を費やしながら、あれだけの技倆を持った雪之丞が、斬り抜けて、戻って来ぬので見れば、お初の掘った穴の深さも暗さも、十分に了解出来る。 闇太郎が、日ごろ感じたことのない戦慄さえ覚えた。背すじを、川風よりも寒いものが、ゾーッと走った。 ――あま!たくみやがったな!それにちげえねえ―― 闇太郎は、暗い川水のおもてに、蛇体になって、口から火を吐きながら泳いでいる、執念の女鬼が、こちらに嘲けりのろいを投げつけているような気がした。 が、彼は、憤って、誓うように、低く怒号を叩きつけた。 ――負けるものか!畜生!あまッ子風情に! 彼は、一種独特の思索の綾いとを、たぐり寄せて見ようとした。 闇の水を睨んでいたが、しかし、結局、うかんで来るのは、白い、美しい、仇ッぽい女の、嘲笑の顔だけで、その女が、どの方角を差して動いたか、どんな手段を取って、雪之丞を陥れたかは、判然しない。 ――だが、あまた手下を集めての仕事としたら、高が知れたものだのに――あいつは、いかに狡狐(ずるぎつね)でも、女の身で、立派な仲間も子分も持っていねえ、またどんな同類が、百人あつまたところで、雪之丞に敵いッこはねえのだが――して見ると、いよいよ、雪之丞の大敵の方へ内通しやがったか! 闇太郎は、そうした場合の、雪之丞の胸の中を思うと、腸が千切れそうだ。 ――折角、十何年、一心不乱に、父御、母御、一家一門のかたきが討ちてえばっかりに、肝胆を砕き、苦艱(くげん)をかさねて来たあの人が、いよいよという瀬戸際に、つまりもしねえ女泥棒風情の、恋のうらみから、底を割られ、剣の山に追い上げられたら――それこそ、死んでも死に切れめえ!もし、そんなことがあったら、此の世に、神も仏もねえというもんだ。畜生!万一、そんな場合にゃあ、この闇太郎、あの友達の恨みをついで、百倍千倍にして、仕けえしをしてやるから――この大江戸を火の海にだってしてやるから―― 闇太郎は、沸き立つ憤怒にわけのわからぬことを、叫び立てそうになって、辛うじて自分を抑えた。 ――馬鹿!貴さまが、あわてふためく時じゃあねえ――心をしずめて、何とかひとつ方便をめぐらさねえことにゃあ―― しかし、うまい考えも、頓には出ずに、両国広小路の方へうつむき勝ちにやって来ると、フッと、向うに一群の人数――十人ばかり、いそがしげな捕物勢らしい。 闇太郎、棒立になってみつめた。 三 闇太郎、一たん、立ち止ったが、ためらわず、来かかる一隊――二人の同心に指揮された、白鉢巻、手ッ甲、脚絆、素わらじの、すでに物々しく十手を摑んだ捕物どもの方へ、怖れ気もなく近づいてゆく。 堅気をきわめた、縞物ぞっき、髪のかたちさえ直しているから、どこから見ても、これが、本体は江戸切っての怪賊と、見抜くほどのものが、あの中には、まじっていないと、とうに悟ってしまったのだ。 うつむき勝ちの、用ありげな足どり、通りすがろうとすると、向うは、橋詰にさしかかりそうになったので、捕ものは川向うか、あらためて、同心から、みんなに訓示というわけだ。 「おい、いよいよ、いつ出ッくわすかも知れねえぞ」 と、鉄火な口調で、 「先に出してある、竹町の半次や、子分どもから、橋を渡りゃあ、知らせがあるはずだ。お杉を締めて聴き出したところじゃあ、あいつと一緒に、今夜おさむれえがたんといる模様だ。どうせ、やくざ浪人、すぐ抜いて来るだろうが、そいつらあ、いい加減に、どこまでも、お初に、ぐッと引ッついて、逃しちゃあいけねえぜ」 ――お初!お杉! 同心の唇から漏れた、その名ほど、闇太郎をびっくりさせたものがあるであろうか! さすがに、棒立ちになろうとしたが、じきにいつもの彼に帰って、捕物隊が、かたまって、こっちに目が無いのを幸いに、ぴたりと、つい其所の天水桶に吸いついてしまうと、夜の蝙蝠(こうもり)が、のぞいて見てもわからぬ程だ。 ――じゃあ、あま、今日、古寺を抜けたうれしさに、のこのこ市中を歩きまわって、こいつ等に嗅ぎつけられたのだな。ふん、唐変木の、薄野呂のこいつ等だって、馬鹿にすりゃあ、とんだ目を見るものさ。だが、それにしても、こりゃあ、思いがけねえことが、耳にへえった、こいつ等のあとを慕えば、十に八九、お初の奴のいどころが知れるだろう。そこには、必ず雪之丞が苦しめられているのだ――さむれえを仲間にしたというからにゃあ、こいつぁいよいよ大事になった――何にしても、あいつ等のあとを跟(つ)けて―― 闇太郎、羽織をぬいで、ふところに、頭に手拭をのせ、裾を割って、片ばしょりにすると、急に、いつもの、身軽をきわめた姿となる。 同心の、指揮で、駆けゆく一隊――一てえ、どけえ、いきゃあがるんだ? 彼等が、両国ばしの、中ほどまで、渡りすごしたのを見ると、サッと、天水桶をはなれて、ヒラリと飛ぶ、夜の鳥のよう――もう、捕物隊のついうしろに引ッついてしまった。 橋を渡りつめたところで、どこからか、飛び出して来た、一人の男――目明しの子分体―― 「旦那、やっぱし小梅の方角ですぜ」 「小梅たあ、一てえ、とんだはずれへ行きゃあがった――浪人ものを連れて、押し込みを働こうてえわけか――」 「さあ、あっしぁ、まだ、どんづまりまでは突きとめていねえんで――業平(なりひら)ばしから先のことは、親分や、作太が、嗅ぎまわっているはずです」 「遅れちゃあ、いけねえ、いそげ!」 同心一行、先をいそいで、うしろに目がない。闇太郎の尾行は、楽々だ。 四 軽業お初が、浪人組を引率して川向うに姿を消したという聴き込みに、検察当局にこそ、その目的が判明しなかったが、闇太郎にはあまりに明らかすぎるほど呑みこめるのだ。 それゆえこそ、彼は矢も楯もたまらない。一刻一秒を争わずにはいられぬ。 ――こおまで着て、どうして雪之丞を、敵の手に渡したか?たとえ、今夜、このおれの姿がばれて召し捕られることになっても、友達だけは助け出さねばならぬ。おっと、また、牒者(ちょうじゃ)の奴が、出て来たぞ。今度は何をいやがるのか? 淋しい淋しい、夜の流れ――業平橋とは、名こそ美しけれ、野路をつないで架った橋の袂で黒い影が待ちうけていて、 「旦那、たしかに、お初をはじめ浪人ものは、この橋を越したには相違ねえんです。ですが、うちの親分はじめ、一生懸命嗅いでいるものの、ここから先は、見当がつきません――この近所にゃあ、奴等が、荒っぽい腕をそろえて、乗りこまなけりゃあならねえほどの、豪家もなし、さりとて、生半家の家へ押し込むに、それほど人数をそろえるわけもねえでしょう?実は旦那がたがいらしってから、いつもの勘で、考えていただきてえと思いやして――」 「何だ!何をまごまごしていやがったのだ」 と、同心の一人が哮(たけ)った。 「小半晌も、さきに出張っていやあがって、今までそこらをウロウロしているたあ、あきれかえった奴だ!それで、竹町の親分づらが出来るのか?そんなことなら、申し上げて、十手を取り上げてやるからそう思え!」 「ほんに、驚き入った野呂間だな!竹町も、焼きが、まわったの」 と、今一人もつぶやいたが、 「しかし、この場で、腹を立てていてもはじまらぬ、これ、貴さま達の中で、この辺の地理に明るい奴はないか!金持という金持の家敷を知っているものはねえか――」 「へえ、あッしは、つい、この近所の生れでして――」 と、名乗って出る、同心手付の捕り方が、何やらしゃべり出そうとするのを、もう、闇太郎は聴いていない。 ――ようし、これから先は、この俺が、立派に嗅ぎ出して見せてやるぞ。何が、あいつ等金持ちの蔵(むすめ)を狙うか?奴等は荒屋敷、荒寺を目あてにして、今夜の陣を張っているのだ。もうこの橋を渡ったと、見当がつけばこっちのもの―― 役人たちが、土地を知っているという捕り手を案内に、バラバラと、駆け去ったあとで、橋を渡り切って、うしろを見送った闇太郎―― ――ぺッ、間抜めえ!どこへでも消えていきゃあがれ!あばよ!と、嗤(わら)って、冷たい夜風が、こうこうと、淋しく溢れる堤に立って、薄雲に下弦の月が隠れているが、どんよりとした空の下に、森々と眠っている村落を見晴るかす。 それから、その堤根を、ましらのような素早さで、南へ駆ける闇太郎の、目あてとするのは、これから五、六町行ったあたりに、住持が女犯でさらし物になってから、住むものもなく大破した、泰仁寺という寺があるのを思い出したからだ。彼は去年の冬ざれ、例野見と洒落(しゃれ)たときに、その寺の境内で、休んだことを思い出した。キーンと感じた勘を、闇太郎は疑わぬ。駆けろ!駆けろ!大丈夫、間に合うぞ! 五 女犯廃寺の泰仁寺―― その荒れ森や、黒い甍(いらか)は、やがて闇太郎の鋭い目の前に、どんよりして来た、初冬の夜空の下に見えた。 闇太郎は、立ち止って、じっと耳をすますようにして、その耳を地に伏せるようにする――こう、こう、こう――と、淋しい夜風の漂う底に、やがて、何を聴き出したか、ニーッと、白い前歯が現れる。 ――ふうむ、どうだ、自慢じゃあねえが、江戸御府内の隅から隅まで、闇の中で見とおすと、人に言われるこのおいらだ――目ばかりじゃあねえ、耳もやっぱり順風耳だぞ――この夜ふけに、あの阿魔でもなくッて、荒れ寺の中から、金切ごえを聴かせる奴があるか――な、あの、かすかなかすかな物の気配――ありゃあ夜禽(よどり)の声でもねえ、物ずきが、胡弓を弾いている音いろでもねえ、女のこえだぜ――ふ、ふ、やっぱしあのおしゃべりおんなが、何かしゃべていやあがるんだ。 気軽になって、もう、はっきりと、目的成就の一歩手前まで来たように、声さえ出して笑おうとしたのだったが、その瞬間、 「あッ!」 と、仰天したように、大きく叫んで、ほとんど、地を蹴って飛び上った。 鋭い彼の耳の鼓膜に、ズーンという、さまで高くはないが、不気味なひびきが伝わったのだ。声に出して、 「あッ、ありゃあたしかに銃おとだ!はばかりもなく夜中の鉄砲!こいつは大変だ!こうしちゃあいられぬ!」 と、叫ぶと、タッと、両の股あたりを、平手で叩くと、それこそ、鉄砲玉のように、闇太郎は、泰仁寺の、寺域めがけて駆け出した。 闇太郎は、明るい光の下で見たら、このとき紙のようにも青ざめていたであろう!夜の銃声――物ずきに射つものがあるはずではない――たしかに、きっぱり、物のいのちを絶とうと決心した者だけが、敢てする業なのだ。 ――雪之丞いかに、強くっても、鉄砲玉は避けられめえ!し、しまったことをしたな!雪!無事でいてくれ!頼んだぞ!今、すぐに、おれが助けに行くんだぞ! 打ッつかりそうになった、崩れかけた高い土塀、パッと、地を蹴るようにすると、いつか、寺の裏手の杜(もり)の中へ――落ち積った枯葉の上に飛び下りて、ちょいと止って、全身を耳に、呼吸(いき)を詰めたが、まるで肉食獣の足裏を持っているかのように、カサというひびきも立てず、杜の右手の墓地を潜って鐘楼の方へ近づいてゆく。 そして、鐘楼(しょうろう)の石垣にとりついて、前庭の方へ目をやったとき、彼は、覚えず、抑え切れず、 「あッ!〆めた!」 と、わめきそうになって、声を呑んだ。 その刹那の、闇太郎のうれしさ!見よ、二十間あまり離れた、本堂の縁先、鈍い、紅い、おぼろな光に照らされて、あの、なつかしい、心の友が、相もかわらず落ちつきを失わず、しっとりと荒菰(あらごも)の上に坐っているのだ。 ――ふうむ、じゃあ、あの銃音は、おどかしのためだったのか?おどかしだとすれば、ああしてじっとしているからには、いのち取りの弾丸(たま)にやられるはずはねえ。 と、見つめていると、何やら、女の声が、嘲けるように聴えたと思うと、ひらりと、本堂の高縁から、飛び下りた人の影! ――よッ!お初の奴だ!しかも、短銃を持ちゃあがって! 闇太郎は、息を呑んだ。 六 白い脛(はぎ)もあらわに、褄(つま)を蹴りみだして、沓脱(くつぬぎ)に跳ね下りると、庭下駄を、素あしに突っかけて、短銃を片手に、雪之丞の前に歩み寄るお初――闇太郎は、俄に咲き出した毒の花のようなすがたを、呪いに充たされて、みつめ続けた。 ――畜生!いけねえ魔物を掌に握っていやあがる――あれせえなけりゃあ、糞!こうしちゃあ見ていねえのだが―― 荒蓆(あらごも)の上に、坐っている雪之丞は、しかし、じっとりと、身じろぎもせず、お初を、澄んだ目で迎えているようだ。 「ねえ、雪さん!」 甲高(かんだか)な、お初の声が、鐘楼の、蔭の闇太郎の耳まで筒抜けにひびいて来る。 「おまえさんへの、あたしの怨みは、ことごとしく並べるまでもないよ――だけれど、ねえ、あたしだって、これで、やっぱし只のおんなさ。一度、惚れたおまえさんを、穽穴(おとしあな)に追い落して、生き地獄の苦しみに逢わせようとまで、憎み切るには、随分、手間ひまがかかったよ。おまえさんの秘しごとを、あたしがちゃんと摑んでいることは、おまえさんがようく知っている。でも、今だって、それを歯の外へ出しちゃあいないのだ。今夜、こんなことになったのは、おまえさんが、あの生け憎らしい、野郎なんぞを使って、あたしをひどい目に逢わせようとしたからさ――あの闇の野郎なんぞを!」 闇太郎、突然、自分の名が出たので、首をすくめて、小さく舌打ちをした。 ――ちょッ!闇の野郎だって!生け憎らしい野郎だって!きびしいことを、いやあがって! 「雪さん、おまえさんは、あの野郎が、今、江戸で、どんな羽振りを利かせているか、ようく知っていなさるはずだ。あたしにゃあ目の上の瘤さ――それを知って、あの狐野郎をつかって、あたしをあんな古寺なんぞの穴ぐらへ押し込めるとは、あんまりじゃあないかねえ――だから、今夜、あたしは、わざわざ、同じような、古寺をえらんで、おまえさんをお招き申したのだよ。それも、お礼ごころに、あそこよりか、もっと淋しい、もっと怖ろしい、女犯でさらし物になって、舌を嚙んで死んだ坊主や、坊主にだまされて、怨み死にに死んだ女たちの幽霊が、丑満(うちみつ)ずぎには屹度(きっと)出て来るというこの寺をさ――ここの須弥壇(しゅみだん)の下の隠し穴は、女たちを絞め殺して、生き埋にほうり込んだあととかで、そりゃあ、陰気で鬱陶(うっとう)しい所だが、おまえさんほどの美しい男が、そのあだすがたではいって行ったら、御殿女中のしいたけたぼ、切髪のごけさんといった、坊主に生き血を啜られた挙句、くびり殺された女たちの怨霊(おんりょう)が、さぞ、うつつを抜かすだろうよ――ふ、ふ、このお初ちゃんほどの女を振りとおした雪さんでも、相手が幽霊じゃあ振り切れまいね。その、真白い頰ぺたを嚙み切られたり、くびすじを食い切られたり、からだ中を嘗(な)めまわされて、狂い死にに死んでやったら、幽霊たちがそれこそ大よろこびでござんしょうよ。ほ、ほ、ほ、ほ。あたしのお礼は気に入りましたかい?芝居がかりで、面白いと、感心してくれますかい?太夫さん!親方さん!ええ大阪表、大江戸切っての、人気者の女がたさん!おまえさんが、怨霊どもに奪(と)られたら、天下の御ひいきの御婦人がたは、ずいぶんがっかりするだろうねえ――さあ、あたしにばかりしゃべらせていないで、雪之丞さん、何とかお言いな。浮世での、台詞(せりふ)の言いおさめになるのだろうから――」 お初の毒舌は、雪之丞へよりも、闇太郎の癇癪に、ぴんぴんと響いて来るのであった。 七 さんざ、毒舌を弄(ろう)しつくしたお初は、ますます雪之丞に迫り近づいて、掌(てのひら)にもてあそぶ短銃を、ひけらかすようにして見せながら 「さあ、技倆(うで)自慢のおまえさん、何とか、すばらしいところを見せたらどう?気合の術から、白刃(しらは)とり、お芝居や講釈で、評判だけを聴いている、武芸の奥義を、あらん限り知っているような、おまえさんじゃあないか――高々、この弱むしおんなの、手の中のいたずら物が怖いといって、そんなにすくんでしまわなくったっていいよ。大方、さすが、人をそらさぬ人気渡世ー―わざと怖ろしがって見せているのであろうが――ほ、ほ、ほーーこれだけいっても、飛びついて来ないのを見ると、ほんとうに怖毛(おじげ)をふるっているのかねえ――」 ――雪之丞、何だってあんなにじっとしているんだろう? と、闇太郎は、はがゆく呟(つぶや)いた。 ――日ごろのあの男にも似合わねえが――もっとも、武芸という奴は、出来れば出来るほど、用心深いというから、荒立つことをして、毛を吹いて傷を求めるより、あとでしずかに手だてを凝(こら)そうとしているのかも知れねえが――ええ!じれッてえなあ、こんなことなら、この俺も、どこかで短銃を盗んで来るんだッけ――これでも、二本差していた昔は、銃っぱらいじゃあ、ひけを取らねえ男だった――。 お初の方では、細い、白魚にも似た人さし指を、曳金にチカリと掛けてちょいと、雪之丞に狙いをつけながら、犠牲(にえ)をじゃらす雌豹(めひょう)のように、 「どうでしょうねえ、太夫さん、親方さん、今、そこで、十八番の所作(しょさ)ごとを演って見て下さいと頼んだら、否やをおっしゃるでしょうかねえ?でも、鳴物もうたもないから、いけないというかしら――じゃあ、あたしの足の指に、つい泥が着いてしまったから、拭いて下さいと頼んだら、首を横におふんなさるでしょうかねえ?いいえ、あたしは、そんな失礼なことは言いません――あたしと一緒に、どうぞ、座敷へ上って下さいな。さっきから言うとおり、須弥壇の下に、設けの陥穽が、お前さんを待って、口を開けていますからね――なあに、怖いことはない。急に、いのちを取るように、慈悲深く出来ている穴じゃあない――息も出来れば、手足も伸ばせる――お上のお手入れがあったとき、ゴロゴロしていた白骨も、かたづけてしまったから綺麗なものさ。さあ、あたしが、入口まで、連れて行って上げるから、こうおいでなさいよ――ほ、ほ、ほ――こないだの意趣晴(いしゅばら)しに、じき上の本堂で、ちょいと一口飲(や)って、娑婆というものが、どんなに楽しいかというところを、見せつけて上げましょうね?ふ、ふ、ここにいなさる門倉さん、武術にかけては、おまはんに敵(かな)わないかも知れないが、これでなかなか情があって、どこかのお人のように、木仏金仏石ぼとけというのじゃあないのですよ。今夜はひとつ、みっちり仲のいいところを、見せつけて上げますかね――」 お初は、冷たく笑ったが、急に意地悪い悪どさで、 「さあ、おしゃべりはするだけした。雪さん、起って頂戴――御案内をしますから――」 銃口が、ぐっと、雪之丞に、突きつけられる。 無言に立ち上る雪之丞―― 「歩くんだよ。生れぞくない――」 憎々しく浴びせかけて、お初は行手を顎(あご)で示した。 八 お初の持った短銃の銃口に追われるように、しんなりしたうしろ姿を見せて、縁側に上ってゆく雪之丞―― お初がふりかえって、門倉平馬が、啣(くわ)えぎせるでいるのに、皮肉な、苦い言葉―― 「ねえ、門倉さん、煙を輪に吹いて、ぼんやりしていないでさ。そこらに、ゴロゴロころがっている、河岸(かし)のまぐろの生きの悪いような先生方を、もう一度、息を吹っ返させてやったらどんなものだね――それでもみんな道場(うち)へかえりゃあ、先生だろうから。ほ、ほ、ほ、門弟衆に、見せてやりたいわね」 平馬は、唇をゆがめるようにして、煙を吐くと、荒っぽく、ぽんと雁首(がんくび)を灰吹きに叩きつけて、立ち上って、庭に下りようとする。 闇太郎、その方には、目もくれない、物蔭を放れると、本堂の裏手にまわって行ったが、あらび果てている戸じまり、別に工夫を要するでもなく、雨戸を外して、すうと、影のように中にはいる。 ジャリジャリと、塵埃(ほこり)が、一めんな廊下を、つたわってゆくと、お初の、例の、ねばっこいような、色気と皮肉とが、ちゃんぽんになっている声が、 「雪さん、さあ、今が娑婆と、お別れですよ。おまえさんの子分か友だちか知れねえが、おの闇太郎の薄野呂のように、あたまこそ丸めておれ、生ぐさもんおが一日も、無くッちゃあ生きていられねえような、あんな和尚を番になんぞ、つけて置きはしないけれど、だから、却て、一生、おまえさんの目はおてんとさまを見られないのさ。生じッか番人もいない、穴ぐらの中で、話相手は、おばけや怨霊、とどのつまりは、生きながら、可愛らしい鼠(ねずみ)やいたちに、生血を吸われ、生き肉をかじられておさらばさ。ちっとばかし凄いねえ――ふん、この場になっておまえさんは、いやに落ちついて、すましかえっているんだね?何という意地ッ張りだろう?」 お初は、少し思わくが、はずれているに相違なかった。 どんな性根の雪之丞にしろ、何しろ大願を抱く身、いざ、いのちの問題となれば、哀訴もし、懇願もして、どうにかして、生きのびさせて貰おうと、あがきまわるに違いない――それを眺めて、存分に、せせら笑ってやろうともくろんでいたのが、相手が、落ちつき払っているので、計画、画餅(がべい)では物たりない。 何よりも、彼女としては、雪之丞が、もがきにもがき、もだえにもだえて、最後は、感情や官能で、媚(こ)びて来たとき、自分が、どんな態度に出るだろうかと、それを想像することが、不思議な、変態的な歓びでもあり、期待でもあったのだ。 ――そんなとき、あたしに、あの人を、どこまでも突っ刎(ぱ)ねてしまうことが出来るだろうか?とりすがって、どんなことでもしようというのを、穴ぐらに、蹴落すことが出来るのだろうか?あたしは、してやるつもりだけれど、ことによったら、あの人の、涙ぐんだ目でも見たら、こっちの気持がくたくたになってしまうかも知れない――あたしは、そのときの自分が見たいのだ。 そんな、悪どい妄念(もうねん)まで抱いていたのに、雪之丞は、殆んど、一世一代の重大な危機にのぞんでいるという自覚さえないように、ただ彼女のいうままに、動いているだけだ。お初は、歯がみした。 「雪さんあたしのいったり、したりしていることは、冗談じゃあないのだよ」 九 闇太郎のような強敵が、つい障子外まで、忍び寄っているとは、さすがのお初も気がつかず、当のその人の耳があるのにお構いなしで、いら立たしさまぎれに、 「どうも、雪さん、あたしという女が、田圃の親分や、島抜け法印みたいな、業さらしでなくって、お気の毒さま――じゃあ、まあ、しばらく、穴ッぱいりをしておいでなさいよ――じきに、あたしが、来て見るからね――それまでに、その大切な、美しい、やさしい顔を、おねずさんに嚙じられない用心をなずった方がようござんすよ――さあ、おはいり――」 ガラガラと、引き戸になっている、陥穽(おとしあな)への入口が、あいたらしく、やがて、顧みられぬ女のやけ腹な、おこりッぽい調子で、 「さあ、下りなと言ったら、下りないか!愚図々々していると、お初ちゃん、気が短いよ、上方ものとは違うんだ。どてっぱらへ、ドーンと一発ぶち込むよ――ふ、ふ、一度惚れた女だなんぞと思って、甘ったれッこなしにしてさ――下りなよ、雪之丞――」 雪之丞は、何と観念したか――手向いは、大けがの元と、胸をさすったのであろう――梯子(はしご)か、それとも綱か、それをつたわって、地下室へ下りて行った容子―― 「大人しくしているんだよ、御府内御朱引の中とはちがうんだよ――じたばたすると、火をかけて遠慮なく、古寺ぐるみ、焼き殺すから――」 と、おとして置いて、ガラガラピシャリと、下り口の戸を閉めると、ガチャガチャと金物のひびきをさせたのは、錠を下したのであろう―― 「ふ、ふ、可愛さあまって、憎さが百倍ッてネ、これで、胸がせいせいした」 と、捨鉢につぶやいたお初、門倉たちがいる方へ、出て行ったが、相変らずのキンキンした調子で、 「さあ、これから、勝祝いに酒盛りと出かけますかね――皆さん、ごくろうさま――でも、あんまり、手もなくたおされてしまったので、見物の仕甲斐がありませんでしたよ。ほ、ほ、ほ、それでも、あたしのために、気まで失って下すったのだから、お礼を申します――ことに、鳥越の先生なぞ、二度まで、生き死にの思いをなすったのですからねえ――まあ、ほ、ほ、ほ、みなさん、おつむを布でしばったりして、大そうな御容体ですこと――」 かまわず、毒のある言葉と笑いを浴びせかけて、 「さあ、これから飲みあかしましょう。お礼ごころに、お酌をして上げます――」 「雪めが、ぶちこまれた穴の上――本堂で酒盛りは、一しおうまいだろう」 と、門倉平馬の、野太い声。 「駄目ですわ。行って見たら、ごみだらけで、坐われたものじゃありません――この座敷が、このお寺では一ばんさ。おい、重詰や、樽を、おだしよ――吉」 と、連れて来た乾児(こぶん)に、命じるお初だ。 ――へえん。 と、嘲笑うのは、本堂障子外の暗い廊下に立つ闇太郎―― ――田圃や島抜けのような、のろ間でなくって――業さらしでなくってお気の毒だって?はばかりさまさ――まあ、一ぱいやってから、雪之丞をからかいに来て見るがいい――きもッ玉がでんぐりかえって、腰を抜かさずにはいられめえから――は、は、は、やっぱし、女さかしゅうして、牛うり損うだなあ――大人しく、万引でもしていりゃあいいに、あばずれ奴! 一〇 座敷の方で、酒宴のにぎわいが陽気らしくはじまったころ、闇太郎は、いつか、荒れ障子を開けてもう、真暗な、本堂の中にはいっていた。 だが、夜と、暗がりが世界のような彼、足元にも、手元にも、迷うことではない。まるで、明るみの中を歩くように、雑多にころがっている、仏具や、金仏の間を、巧に趾先(つまさき)さぐりに通り抜けて、近づいたのが、須弥壇の前――抹香臭(まっこうくさ)さ、かび臭さが鼻を撲(う)つ。 おぼろかな気配のうちに、さすがに荘厳味を感じさせて、高く立っている如来像には見向きもせず、壇下を、手さぐりで、一探り、早くも、台の前かざりの、浮き彫の、嵌(は)め込みの板を、触れて見て、彼は、それが、引戸になっているのを悟った。 ――ははあ、これだな、お初の奴が、ガラガラと開けたのは――つまり、ここから壇の下に潜ると、陥穽になるわけなのだ。 お初は、遠慮する必要がないから、出入りの秘し戸を、思い切って開けることが出来たのだが、こちらはそうはいかない――闇太郎は、油断のある男ではない上に、今夜は、つい鼻のさきに、目も耳もはしっこい、敵を控えている身だった。 大事を取って、息をととのえて、指先を、秘し戸にかけると、いつか錠がはずれて、スッ、スッと、小刻みに開いてゆく。 お初の場合には、あんなに輾(きし)んだ引き戸が、闇太郎の、用心深い手にかかると、まるが單年に膏をくれた溝を走るかのように、辷るようにひらかれたのだ。 闇太郎は、うまうま、おのが姿を、須弥壇の下に蔵(かく)すと、元の通りに閉めて、さて、心耳をすます。 今度こそ真の闇――床下から湧き上って来る毒気が、息を窒(つま)らせるばかりで、この中に押し込められた、雪之丞、どこにどうなりゆいたのであろう?いき差しも聴えない。 ――ふうむ、俺がもぐって来たのを、俺と知らずに、静息の法で、在り所(か)を隠したな! 静息の法というのは、人、近づくと知れば、相手の呼気、吸気と、あるか無きかの息を合せて、物の気配を相殺させ、その間に容子をうかがって、避けるか戦うかの判断を加えるための、秘密の術のひとつ―― その間に、闇太郎は、切り穴が、板張りに開いているのを探り当てたが、案の定、そこから一本の綱が、下におろされている―― ――ふん、綱をたぐりあげても置かねえところを見ると、お初の奴、勝ち誇りゃあがったな――どうずるか見ていろ―― 闇太郎は、切り穴の中に、首を突き入れるようにして、かすかなかすかな咳ばらいを、一つした。 と、殆んど、間を置かず、ひどく深い穴の底でも、同じような咳ばらいがする。これがこんな場合それといわずに、自分の本体(からだ)を、知らせ合う法で、咳ばらいには、めいめいの特長があるから、ほんおかすかな、小さい、低いひびきでも、お互に、ははあ――近づいて来たのは、誰だな?何人だなということが呑み込めるわけだ。 闇太郎が、綱の一たんを摑んで軽くゆさぶった。 ――この綱にすがって、上って来い。 と、すすめたのだ。 すると、たちまち、その綱が、ビーンと緊張して、スルスルと、上って来る者があるのが、闇太郎の指に感じられる。 上り口まで来たところで、手を腕にかけて、引き上げてやる。 「太夫、わびはあとだ。さあ、先へ戻りな」 と、雪之丞が板張に立ったとき、闇太郎は囁いた。 一一 須弥壇下の闇の中―― 手と手を取り合ったが、雪之丞、闇太郎、多言の場合でない―― 「外へ――早く!宿へ戻るがいい」 「かたじけない」 外の気配を、じっと、うかがった雪之丞、ふたたび、引き戸をあけて、つい、一瞬に、すがたは、もう消え失せる。 本堂にたたずんで、コソリと、杉葉が、たった一度、裏庭でかすかに鳴るのを聴いた、闇太郎、 ――ウム、これでよし―― と、心の目で、雪之丞が、もはや、寺後(うら)の杜を抜けて、塀さえ越してしまったのを、見届けてつぶやいたが、 ――それにしても、俺にゃあ、このままじゃあ、帰られねえ――お初の奴び、ちょッぴり礼を言わねえことにゃあ―― スウッと、本堂を、物の影のように抜けると、いつか、庭へ下りて、さも遠くから、たった今、駆けつけて来たかのような息をし妙に掠めた、低い調子で―― 「吉ッつぁん――黒門町の、もしや吉さんというお人が、このお寺に来てはいやあしませんかね?」 庫裏(くり)の、上りがまちに、腰を下して、いずれ、悪徒(しれもの)らしいかごかきを相手に、これも寒さ凌ぎの、冷酒をかぶっていた、がに股の吉が―― 「たれだ?俺の名を言うなあ――」 と、不気味そうに、びっくりしたような、 「手めえは何だ?」 どこから、出し抜けにあらわれたか、突如として、暗がりの庭にはいって来た男を見て叫んだ。 相手は、そんなことには、頓着なく、 「おお、お前が吉ッつぁん――安心しやした。さっき、池の旗を駆け出して、川向うまで、一足飛び――大てい、この辺だろうと、お杉の姐御が言うものだから、見当はつけて来たが、若し一あし違えになったら大変だと思って――」 さも、安心したらしい、しかし、意味ありげな口上――吉は、立って来て、手拭を盗ッとかぶり、尻をはしょって、空脛(からすね)を出した男を、闇を透してみつめるように、 「じゃあ、おめえは、池の端の、お杉姐御のところから、来たって言うのだな――一あし違えたあ、妙な文句だが――」 「いやもう、今夜という今夜は、面くらってしめえやしたよ。お杉姐御も、かわいそうに、お番所さ」 「えッ!お杉さんが、番所へ引かれた?」 と、吉の声がつッぱしる。 「へえ、なあに、ゆうべ、黒門町のお初さんの宿をしたのが、判ったというのでネ――奴等あお初姐御が、浪人衆をかたらって、川向うへ来たというので、ちゃあんと知っていやあがって――」 「何だと!じゃあ、奴等が、川のこっちへ出張ろうッてえのか?」 吉は、せかせかしくいって、 「奴等に知れるわけが、あるはずがねえが――」 「あッしにゃあ、詳しいわけはわかりません――だが、お杉さんが、引かれる真際に、役人に薬を使って、着物を着更えながら、紅筆で、あっしに書きのこして行ったんですよ。お初さんが、川向うの泰仁寺へ行ったはずだ――吉ッつあんが跟(つ)いているから、駆けつけて、知らせろッてネ――小女(ちび)が、その手紙をあッしの穴へ持って来てくれたんです。それを読むと足を空にかけ出して来たんですが――」 一二 二度、三度、顔を合せているがに股の吉、相当、目あしの鋭い男だが、闇太郎の、ひょいとしたいきでガラリ調子を変えて見せる、不可思議な技術と、擬声(ぎせい)の巧さとに、すッかり相手を見そくなってしまった。 もっとも、それを、責めるわけにはいかないのだ――闇太郎の、この種の技巧は、江戸切ッての目明し、岡ッ引の、心眼さえ、何度、くらまして来ているか、わからないのだから―― 「そんなわけで、黒門町の姐御に、是非とも、一刻も早くこのことをお耳に入れなけりゃあ、お杉さんにあッしが済まねえ――吉ッつぁん、姐御が、この寺にいるなら、早速知らせて上げておくんなせえ」 「いうにゃ及ぶだ――お杉さんはまさか口は割るめえが、浪人衆の方の門人か何かが、行く先きを知っていて、しゃべってしまえばそれッきりだ」 と、前庭を、書院座敷の方へ駆け出す吉のあとから、闇太郎は、ぬからず跟いて行った。 「姐御!酒盛なんぞ、陽気らしくやッている場合じゃあありませんぜ!」 吉が、庭先から叫ぶと、 「何だい!仰山らしい!何がどうしたって言うんだい!」 と、きめつけるような、お初の声。 「今、池の端から人が駆けつけて、手入れがあって、お杉さんが、番所へ引かれたというのですよ」 「何だって!お杉が!」 さすがに、お初の語韻に、驚きがまじる。 「姐御が、立ち廻ったのが、ばれたんだそうですよ」 「ふうむ?」 「それで、若し、どうかした拍子で、川向うへ来たことが知れたら、一騒動、とにかく、容子を知らせろと、頼まれて、お杉さんの懇意な人が、飛んで来てくれたのですが――」 「では、役人に、今夜のことが知れたというのか?」 と、門倉平馬が、臆病風に誘われたようにいう。 「お杉さんは、何もいいはしますめえが、あそこには、雇婆(やといばばあ)もいるし――万一、底が割れたら、もうじき奴等が押しつけて来るものと思わなけりゃあ――」 吉が、そう答えたとき、お初はもう、すっと立ち上っていた。 立ちながら―― 「平馬さん、奴等が近づいていると、あたしの武器じゃあ、音がして悪い――あんたの手を借りなけりゃあ――」 お初、吉の言葉に動顚(どうてん)させられて、今は、雪之丞に対する複雑な気持をじっと、持ち怺(こら)えることさえ出来なくなり、一思いに、殺害してしまおうと、決心したものと見えた。 「心得た」 相手が、穴ぐらの中で、自由を失っているのであれば、大して手向いも出来るものではない――と、考えたらしく、平馬は言下に太刀を摑んで突ッ立った。 「あたしが、鉄砲でおどかしているうちに、ズバリと殺っておくんなさいよ――本堂へ引き出すからさ――」 ――ケッ、ケッ、ケッ! と、闇太郎、声を呑んで嗤(わら)わざるを得ない。 ――ざまあ見ろ、須弥壇下へくぐって見ろ、雪之丞にゃあ、いつだって、この闇太郎が着いているんだ。馬鹿あめ! 怪賊は闇の中で、ニヤリと白い歯を現して、本堂の方をのぞき込んだ。 一三 一度、雪之丞に打ち倒されて、半死半生の目に合された、剣客や、門弟たち、さすがに不死身で絶気のあとでは、第一の妙薬と、大杯を傾けていたのが、これ等もドヤドヤと立ち上って、お初、平馬のあとを、本堂の方へ跟いてゆく。 それを、錆びた燭台の、裸蠟燭のあかりで、ニヤニヤしながら眺めていた闇太郎、やがて、奥で―― 「おや!これは不思議だ!」 と、お初の甲高な、いくらか取りみだしたような声がして、 「だれか、もっと大きな蠟燭を持って来ておっくれよ」 「どうしたのだ!姿が見えぬのか?」 と、平馬のハッとしたような叫び。 「いいんですよ、その手燭(てしょく)では、あかりが届かないんだから――隅々までわかるように、向うの百日蠟燭を持っておいでなさいよ」 お初の声の下から、平馬の門弟の一人が、座敷へきて、燭台から、百日蠟燭を火のついたまま、抜いて摑んでゆく。 が、どんな灯りも無駄だ。 「まあ!あいつ、どうしたのだろう?厳重に錠を下して置いたのに!」 お初が、さすがに、絶叫した。 ――へん、外からあけて、抜け出さして、また、ちゃあんと、しまりをして置いたんだ。 と、闇太郎は、赤い舌さえ出して、嘲って、 ――もっともっとびっくりしあやがれ! 平馬の声が、 「どれ、拙者に蠟燭を――どんな隠れ穴があるのかも知れぬ――下りて、見てまいる」 「お気をつけなさいよ――隠れていたらあぶないから――」 「なあに、こうしてまいれば――」 抜き身の刀を提げて、綱をつたわって下りてゆくつもりらしい。 門倉平馬、惚れたお初の目の前で、何とかして勇気を示し、いつぞや以来の、不信用を取りかえしいたいのであろう――自分だけは、今夜同伴の剣士たちとは、ちっとはちがったものだということを示したいのであろう。 平馬が、穴の底に着いたと思うころ、闇太郎、バラバラと、縁側に走り寄って、大きな透る声で叫んだ。 「ざまあ見ろ!お初、手前ッちが、このおれさまに張り合えるかい!とんちきめ、尋ねる人は、もうとッくに楽々と、蒲団の中で楽寝をしていらあ――あばよ!」 「やッ!ちくしょう、うぬあ何だ!」 と、がに股の吉、びっくりして、闇太郎に摑みかかるのを、突きとばして、尻餅をつく上へ、あびせかえるように、 「三下!引ッ込んでやがれ!馬鹿、俺がわからねえか!」 「あッ、お前は、闇の――」 「うるせえ!」 と、一喝して、 「手めえに恨みはねえ、早く亡(ふ)けろ!役人が来るなあ、ほんとうだぜ!」 タッと、一跳躍して、暗がりの庭を、突ッ切って、塀を刎(は)ね越えようとしたとき、 ――ズーン!と、いう銃(つつ)の音――つい側のにわいしに中って、火花が散った。 「間抜けめ!」 と、塀外へ下りたとき、 「卑怯だぞ!てめえ、密告したんだな!」 と、憤怒を投げつけるお初の声がひびいた。
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現在の表示中のページ:活動報告/20101029 [編集] 活動日 学習テーマ あらまし ページタグ [編集] 活動日 2010年10月29日(金) [編集] 学習テーマ 小グループ学習 [編集] あらまし 小グループ学習でビデオを使った読み取りグループに参加した。 使用したのは「手話通訳者全国統一試験をめざす人たちの学習教材」のDVDバージョン。何年度版かはわかりませんでした。 収録映像の中から順番に見た。都合、三名の方のお話しの読み取りに挑戦することとなった。 最初の方は男性で、小学校時代は、聴覚障害児クラスと健聴児クラスで交互に学び、中学からはろうあ学校と健聴者学校に通学。高校からろうあ学校のみの通学となられ、ろうあ学校で手話学び吸収し、手話の重要性に気づかれたとの話しでした。 2番目は女性。友人夫婦が鹿児島県に旅行に行き、桜島の噴煙の話を珍しがって聞かせくれた。ところがこの女性自身が桜島近くの出身。地元に住むものの苦労を語るという形で進んだ。地元に住むものには、天気予報で明日の風向きにより噴煙がどの方向に流れるかを放送するのは当然だが、旅行者には珍しいこととして受け止められるとの話になるほどと感心した。 この日最後となる3番目の方も女性。あわびを食べるまでの苦闘を語られた。一度目は発熱により断念。二度目は台風により途中で引き返し。三度目の正直?ようやくのこと注文したあわび料理。運ばれてくるとなぜか伊勢エビ料理。伊勢海老料理も美味しかったので満足しているが、ご主人の注文したあわび料理と少し交換してようやくのことあわび料理を一口食べたという話であった。 3人目の方はオーダーするときにメニューを指し示して給仕係とコミュニケーションを取った。別の料理が運ばれたことを考えると「情報保証」の問題が顔をのぞかせる話だなと思いました。 [編集] ページタグ 20101029 やじろべえ 活動報告 金曜日
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ドラゴンナス【どらごんなす】 (ナス) パワードラゴナスのはとこ。ちなみに雌らしい。 モルツやあわびを輸出入している商人。 関連キャラ 娘様:娘様城城主 マッシュ:仲間 ゲーフィー:仲間 鳥人間:仲間 あわび:仲間 モルツ:仲間 パワードラゴナス:はとこ カテゴリ:娘様軍
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これまでの歩み 2013.7.29オノノクスニンジャとしてポケガイに登場2013.7.31阪本に改名2013.9.12Twitterアカウント登録 2013.10.1 ポケガイでの活動休止、陰弄になる その後、東雲に改名 冬ごろ、阪本に戻る 2014.1.5 ポケガイ管理人から兄のツイッターへ警告。一時活動休止 2014.1.27(?)安中として復活 2014.4.1(?)阪本に改名2014.5.17ブログ開始 2014.6.19 ポケガイ活動休止 2014.6.20一条に改名2014.7.29 活動開始から1周年 2014.7.29 「イチジョウ国」開設 2014.8.20 前サイト開設 2014.11.2 ポケガイ復活 2014.11.13涼宮に改名 2014.12.3(?) Twitter謎のリツイート事件発覚。 アカウントのパスワードを変更 2014.12.9 新たなTwitterアカウント登録。 前のアカウントは廃止 2015.1.11織斑に改名 2015.1.14 新サイト開設 オノノクスニンジャ→阪本→陰弄→東雲→阪本(榊原、ビオラ)→安中→阪本→一条(あわび、その他諸々)→涼宮(あわび、その他諸々)→織斑(あわび、その他諸々)
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【あわびねこ】 ネコの耳ってのは非常に薄くて、血管なんかも透けて見えるでしょう、 そこ をこの、葉緑素が通るときに日光を受けて光合成をして繁殖しはじめる 『唐沢商会の漫画:あわびねこ』 葉緑素って光合成をすると繁殖するのか??? トンデモない OLD
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【登録タグ C デスおはぎ 広衣ウミ 曲 朱雀P 欲音ルコ 波音リツ】 作詞:朱雀P 作曲:デスおはぎ 編曲:デスおはぎ 調声:朱雀P 唄:広衣ウミact2.00 コーラス:波音リツ・欲音ルコ 曲紹介 ウミちゃん祭りと聞いたので広衣ウミちゃんにオリジナル曲を歌ってもらいましたよ! 素敵なイラストはディナシー氏、感謝です。 歌詞 私は暗く深い海の底 貴方の事を考えて 待ちわびた、その時来る事 この世に生まれてきた 深い闇が包む世界に 閉じ込められたその想いは 私だけ一人寂しく 誰も知らぬままに ただ一節(ひとつ)の光の道を 貴方へと届くこの道を ひたすらに探し続けて 思い焦がれてくれた そう、この世に存在する その証をただ求めて この光を手に入れるの 私なら出来る 私は暗く深い海の底 貴方の事を考えて 待ちわびた、その時来る事 この世に生まれてきた 貴方の声 貴方の瞳 その姿を感じてたいと 憧れて想い焦がれては 貴方を求めるの 今すぐでも会いたいから 貴方のこと探し続け 生まれてきたその証を その意味を 知りたいの 待ちわびた時 貴方に出会えた 輝く光が溢れて 嬉しさのあまりに思わず私は 涙溢れ出すの 私が生まれた意味 存在の証は この涙 貴方と出会えたから この溢れる想いを みんなに伝えるの この歌で 私の声に乗せて 私は広い海 母なる海で 生まれたの 感謝してます ありがとう ありがとう コメント 名前 コメント
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山菜料理 なめたけと蕨のお吸い物 あわびたけ(ひらたけ)と蕨の和え物 蕨チャーハン 蕨ピザトースト 蕨卵ごはん 蕨納豆 蕨メニュー スーパーで買ってきたあく抜き済みのワラビです。 2006-05 by Orange from Japan なめたけと蕨のお吸い物 あわびたけ(ひらたけ)と蕨の和え物 蕨チャーハン 蕨ピザトースト 蕨卵ごはん 蕨納豆