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「必要な家具があったら、さっきの部屋から勝手に出していいよ」 「分かったわ」 持って来ていたスポーツバッグを部屋の片隅へ移動させ、中から学校指定の手提げ鞄を取り出す委員長。この中に入れてたんだ。 「……あれ? ってことは学校も一緒に行くの?」 「何で一緒に行かなきゃいけないのよ。私は勝手に学校へいくから、あなたも勝手にして」 振り返ることなく、中の物を出していろんな場所に配置する委員長。 「ん、分かった。着替えとかは?」 「もちろん持って来てるわ。だから箪笥が欲しいわね」 「そっか。それなら特に問題は無いかな。それじゃあ僕は1階に下りてるね」 「待ちなさい」 委員長の部屋を出ようと足を1歩出したところで声を掛けられ、僕はほとんど上半身のみで振り返る。 「どうしたの?」 「勉強、見て欲しいんでしょ。教科書と参考書も持って来てるから今からでも」 「あ、うん。でも夕飯の後でいいかな」 「別に構わないけど、何故?」 頬をかきながら僕は答える。 「お昼ご飯のときに食材使い切っちゃったから、ちょっと買いに行きたいんだ」 このままだと夕食が白いご飯と漬物のみになりそうだから、それは避けたいし。 「分かったわ。じゃあそれまでにどの教科を教わりたいのか考えておいて。私は部屋のレイアウトを考えたりして待ってるから」 「うん。あ、それとお風呂はご飯終わってからでいい?」 「構わないわ」 「了解」 頷いて僕は階段を駆け下りた。 夕食もお風呂も終わって、僕の部屋で勉強会が始まった。委員長の部屋の方が物が無くてすっきりしているけど、女の子の部屋でというのはやはり気が引けて、委員長を自分の部屋に招くことに。 お風呂に入った後も委員長は勉強をするからと普段はTシャツとハーフパンツというラフな格好で居るらしい。寝るときはまた別だって言ってたけど。 「パソコンにテーブル、本棚と箪笥……だけ?」 僕の部屋を物珍しそうに見回してぽつりと漏らす委員長。 「あまり物を置いてても部屋が汚くなるだけだから」 「……高校生とは思えない質素さね」 人差し指を額に当てて頭痛を示すようなポーズの委員長。 「そう?」 「とにかく始めましょう」 数学を教えて欲しいと夕食のときに言っておいたから、委員長は数学に関する本を全部持って来てくれていた。それにしても参考書合わせて……10冊くらい? 「そんなに読んだの?」 「まだ全部は解き終わってないわ。7割くらいってところ」 「それでも十分凄いよ」 満更でも無さそうな表情の委員長はこほんと咳払いして、「何からまずやるの?」と真摯な表情に戻って尋ねてきた。 「まずは学校で出された課題をやろうかな」 「そういえばあなたって課題提出率悪かったわね」 「うん……って、覚えてるのそんなこと?」 「特に提出物悪い人はね。あなたといつも一緒に居るもう1人の男子生徒……名前なんだったかしら。彼も悪かったと思うけど」 「隆二は……うん、まあそうだね」 多分委員長が言ってるのは澤田隆二という僕の友達のことを言ってるんだと思う。隆二は僕以上に成績も提出率も悪いけど、面白くていい奴。 「とにかく私の監視下に居るんだから、提出物が悪いなんてことは許さないわ」 「……お手柔らかにお願いします」 今日出されたのはプリントの課題。全部埋めて来いというものだけど……最初から分からない。 「ごめん、最初から……」 「最初から? ……ってここは高校2年のときにやったわよ」 「2年で?」 「そう。まだ今は新しい教科書始まったばかりだから課題のほとんどは2年のときのものばかりだわ。大問5のみね、新しい授業の内容は。……あなた真面目に授業聞いてたの?」 「あ、あはは」 実を言うとあまり授業は聞いていない、というか聞けていない。特に数学は数字の羅列を見ていると眠くなってくるし、教師の言っていることも良く分からなくてさらに眠気を誘われて……。 「じゃああなた、なんで理系選んだのよ。うちのクラスは理系のはずでしょう?」 「うーん、お父さんが理系だからかな」 「父親の背中を追うってわけ?」 「ちょっと違うけど……1番尊敬できる人がお父さんだから。その人に近づきたいと思うのは自然じゃないのかな」 お父さんの仕事はあちこち飛び回る必要があるから、家の中が疎かになるのが嫌な僕には合わないと思う。それでもやっぱり尊敬する人のやっている仕事には憧れがあるし、それに少しでも近づきたいから数学が苦手でも理系クラスに来た。……ちょっと後悔してるけど。 「それは、そうかもしれないわね」 「もう1つ」 「何?」 「文系科目の方がもっと酷いから、かな」 「…………はあ」 呆れた溜め息を吐かれた。委員長って溜め息吐くこと多いみたい。僕のせいっていうのもあるとは思うけど、それ以上に癖なんだと思う。 「そういえばまた質問なんだけど、委員長は何故こんな時期に来たの? お母さんは確か8日くらいには出掛けていったはずだから、時期考えると随分遅いような……」 「またその話? どうせ質問するなら最初にまとめて考えておきなさい」 「ご、ごめん」 委員長って学校と普段の態度、あまり変わらないんだ。文句言いながらも答えてくれるところとかも。 「昼にも言ったように、派遣する女子には条件が必要だったのよ。いくら学校長と親しいあなたのお母さんから言われたこととはいえ、簡単に頷いてた ら学校長として大問題でしょう? だから条件に当てはまる女子をまず決定して、その後に職員会議で本当にその女子でいいのか検討して……っていうのを繰り 返したそうよ。それでようやく私に決まったってわけ。その間が大体1週間くらい」 「そうだったんだ」 「もうこの話はいいでしょう。今更いろいろ聞いたって何も変わるわけじゃないんだから」 心底疲れたという表情で委員長は答える。確かに委員長としてはただでさえ進学する先とか勉強とかで頭がいっぱいなのに、さらに面倒なことを背負い込むことになったんだから大変だろうなあ。 「そうだね。……あれ、ここはどうだっけ」 2問目は自力で解けたけど、3問目は途中で詰まってしまった。1問目と同じように解けばいいと思ってたのに、なんかちょっと違う……? 「既にそれもやったわ」 「うーん……」 「……見なさい」 頭を押さえながら委員長が自分のノートの端に計算式を書いてくれる。ああ、ここが違ってたんだ。 「ありがとう」 「本当に全然駄目なのね」 「面目ないです……」 って言ってる傍から4問目で手が止まる。 見るに見かねてだと思うけれど、委員長は無言のまま立ち上がって部屋を出て行ってしまった。怒ったのかな、やっぱり。 大問5以外は2年の範囲だって言ってたっけ。 「2年の教科書って何処だったかな」 独り言で気づいた。自分の頭の悪さを自覚していたのに委員長に全部聞いて、自分で調べようとしなかった。もちろん授業のノートも普段取ってないから持って来ていない。今開いているプリントと計算用のメモ用紙のみ。 ……委員長も怒って当然だ。大分前、お母さんに勉強を教えて欲しいって言った時「教わるなら教わる側も最大限の努力をしろ」って言ってたっけ。 「確か全部隣の部屋に束ねて置いちゃったんだ」 眠くなってきたけど、もうちょっと頑張ろう。せめて委員長が起きてきたときに、間違ってるところだけでも教えてもらえるように。
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階段の板を規則正しく踏む音が聞こえてきたと思ったら、すぐに足音の主は現れた。 「おはよう」 「……おはよう。あなた、昨日勉強が終わってすぐに寝たの?」 「うん。すぐに寝たよ。もう眠かったから」 「ということは私と同じくらいに寝たってことよね……」 寝ぼけ眼を擦りながら委員長は言葉を漏らす。 「私にはもう朝ご飯が出来てる気がするのだけど」 「できてるよ?」 「…………」 不満そうというか、不思議そうというか、委員長はいつもよりも目を幾分か細めて僕とテーブルの上の朝食を交互に見た。 「あ、もしかして朝はパンの方が良かった?」 「別に。家ではご飯だったから」 「そっか。それならほらほら、早く座って」 僕は委員長に昨日と同じ、向かい側に座って貰うように言う。まだ小さな欠伸が止まらず、だけどさすがに既に制服に着替えている委員長は操り人形がごとくやおら頷き、椅子に座った。 「いただきます」 「……いただきます」 どうやら委員長は朝が弱いようで、夢にまた片足を突っ込んだままみたい。その瞳もどこか焦点が合わないような様子でいつもよりも随分柔らかな印象を受ける、なんて言ったら怒られるかな。「普段は嵐か何かみたいじゃない」とか。 「……まさか朝起きたら包丁の音が聞こえるなんて生活が体験できるとは思ってもみなかったわ」 「あれ、普段は委員長って朝ご飯どうしてるの?」 「私が全部作ってるわ。母は朝が弱いし、父と妹はからっきし家事は駄目だから」 「そうなんだ。……あれ? それじゃあ今、委員長の家は誰が料理してるの?」 「知らないわね。多分それぞれ勝手に食べてるんじゃないかしら」 「……いいのかな」 「構わないわよ。うちのことは気にしないで」 なんだか素っ気無いけれども、味噌汁の椀を傾けてほうっと溜め息を吐いている委員長はなんだか本当にいつもの委員長とは全く雰囲気が違う。何か 別の人に乗り移られたんじゃないかっていうくらいに。どっちの方がいいかと言うと……どっちも委員長なのには変わりないから別にどちらとも言えないかな。 焼き鮭を突付いていると、夢遊病にでも掛かったかのようにふらふらと立ち上がって台所へ向かう委員長。 「どうしたの?」 「飲み物が欲しいわ」 「麦茶でもいい?」 「ええ」 「じゃあ座ってて。持ってくるから」 委員長は素直に頷いて再び椅子に座った。好きなように家のものを使っても構わないんだけど、今の委員長の状態はぼんやりしすぎていてちょっと危ないから、もしかすると間違えて醤油を持ってきたりしそうだ。 僕が冷蔵庫を開けて麦茶を作ったボトルを取り出した直後に、突然椅子をひっくり返しそうにしながら委員長が立ち上がった。なんか昨日もそんなことあったような。 「し、7時40分!?」 「え?」 「もう出ないと間に合わないわ!」 さっきまで夢と現実のどちらもの住人だったとは思えない勢いでリビングを出ようとする委員長に、僕は思わず麦茶の入ったお茶のケースを持ったまま目を点にして委員長を見ていたけど、 「待って!」 なんとか我に返った僕は慌てて引き止める。 「何?」 「委員長ってバス通学だったよね」 「そうだけど」 部屋の扉を掴んだまま、眉を1センチほど吊り上げて「早くして」との意思表示。その委員長を落ち着けるためにゆっくりと喋る。 「委員長の家からだともう出なきゃいけないかもしれないけど、ここは僕の家だよ」 「………………あ」 十分長い空白の後、呆気にとられた声で委員長が呟く。 「……不覚だったわ」 もう見慣れた溜め息を吐く姿を見せてから、ゆるゆると歩いて席に座りなおす委員長。なんというか、昨日から普段見れない委員長の姿が見れて面白いかな。お母さんや叔父さんには感謝しないといけないのかも。もちろん口が裂けてもそんなこと言えないけど。 「うちからだと徒歩でも10分も掛からないから、いつも8時30分くらいに出ると丁度いいくらいなんだ」 「確かに学校から近かったわね。徒歩で10分足らず、便利だわ」 「うん」 さっきまでの儚げな雰囲気とは打って変わって、完全に目を覚ましたもののどっと疲れた様子の委員長は僕が持ってきた麦茶を一気に飲み干した。 「ふう。朝からこんなにバタバタしたのも久しぶり」 「そうなんだ」 委員長の朝の様子って……なんか想像つかないな。両親も凄く真面目な人で委員長とさっき妹さんが居るって言ってたから4人とも無言で朝ご飯を食 べないと怒られそうな気がする。そうすると確かにこんなにバタバタすることなんて無さそう。学校でも全くそんな姿見たことが無いし。 朝ご飯を再開してすぐに委員長がお味噌汁をじっと見つめた。 「お味噌汁、赤なのね」 「白か合わせの方が良かった?」 「ううん、そうじゃなくて。うちは誰も味噌とか気にしないから、そのときそのときに安いもので済ませちゃうの。たまたま味噌が切れたときに白とか合わせが安くなってたから、このところ赤は全然飲んでなかったの」 「うちのお母さんは赤じゃなきゃ味噌汁じゃない! って言うからいつも赤なんだ。白はちょっと甘口だから好きじゃないんだって」 「分からないでもないけど、少し言い過ぎかしらね」 「うん、僕もそう思う」 こんな会話をしながら食事をするのも久しぶりな気がする。と言ってもまだ2週間くらいのはずだけど。お母さんは朝からでも良く喋ったから、ちょっとだけでも長く感じるのかもしれない。 「ごちそうさま」 「お粗末さまでした。食器はシンクの中に置いといてくれれば僕が洗うから」 「分かったわ」 委員長は割と遅めの僕よりもさらに遅いペースで食べていたから、時計を見ると8時をほんの少しだけ越した時間になっていた。 「私はそろそろ行くわね」 「早いね」 「この時間ならまだ学校の生徒の登校時間ではないから。人が増えれば増えるほど、見つかる可能性が高くなるし」 「あ、そういえばそうだね」 「……あなたは気楽でいいわね」 委員長、今日既に2回目の溜め息。 とんとんと規則正しい階段を上る音とすぐに取って返すように同じリズムで下りてくる音。多分鞄を取りに行ったんだと思う。 食器を洗おうと台所へ向かうと、足音はそのまま玄関の方へ向かったから、僕は慌てて玄関まで行く。 靴の爪先で玄関を打ちながら委員長が振り返って僕を見た。 「何? あなたも行くの?」 「ううん、そうじゃなくて」 委員長の家がどうかは知らないけど、うちは必ずお母さんがこうしていた。だから僕もしておこうと思う。 「いってらっしゃい」 呆けたような表情でしばらく僕を見ていた委員長は、いつもの溜め息とは違って、笑ったように息を吐いてから、 「いってきます」 扉を開けて出ていった。
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「貴方」 「は、はいぃっ!」 いつの間にか立っていた生徒会副会長に、男子生徒は驚いて、三歩分ほど飛びのいた。 副会長さんの手には何か紙の束。それが演劇部に関する資料だと分かったのは、それに目を通しながら副会長さんがつらつらと言葉を並べ始めたから。 「演劇部の部員は女子四名、男子二名の六名。入部人数が去年は無し。他の部と掛け持ちが男女一名ずつ。そのため、実質活動メンバーは四名。学外で の発表は無し。部活の練習時間でさえ、話をしている時間の方が長い。それで足りない? 去年までの部費は破格すぎた。貴方たちの活動に正当な部費を支払っ ているだけ。少ないなんて、ふざけるのもいい加減にして」 「………………」 ぐっと唇を噛んで、男子生徒は言葉を押し殺していた。 「部活の時間は部活の時間。お遊びサークルなら家で出来る。もっと部費を必要としているところはたくさんある」 前提というか、演劇部についてよく知ってるわけではないんだけど、話の内容から多分生徒会副会長さんが言ってることは正論なんだと思う。 でも、ちょっと言いすぎなんじゃ、ないかな。 「失礼、しました」 走り去っていく男子生徒を見送る気も無いようで、再び日当たりの良い自分の席に戻って、読みかけの文庫本を開いた。 「あの」 関わりたくないのに、いつの間にか僕は口を開いていた。 既に今日は何度も読書の時間を邪魔されたからか、副会長さんは整った細い眉をかなり顰めて僕を見た。少しツリ目気味で、綺麗な黒髪を腰元まで伸ばした物凄い美人だからこそ、キツさが多分他の人よりも三割増しくらいになっている。 「何?」 「ちょっと、さっきのは言いすぎだと、思い、ます」 最後の方はちょっとしどろもどろになりながら、何とか言い終えた。 返ってきたのは予想通りの言葉。 「言い過ぎ? 真面目にやっている部活動を差し置いて、彼らに部費を出すことが正しいということ?」 「あ、あのそうじゃな――」 「貴方が出すというのなら構わない。生徒会からは十分に出してる。足りないなら成績を残せばいい。残せないなら生徒会として部費はこれ以上出さない。それだけの、簡単な話よ」 一度目を閉じてから、再び本に視線を落とした。 もうこれ以上は話にならないし、話を聞く気は無い。そんな意思表示が見え隠れしてる。 分かってます。多分、副会長さんの言ってることは正しいんです。 でもそんなにトゲトゲしく言わなくてもいいじゃないですか。そんなこと言ったら喧嘩になるだけだし、互いの印象を悪くするだけ。別に嫌われたくてこんなこと言ってるんじゃないですよね? そう言いたかったけど、今度話し掛けたら物理的に叩き出されそうだったから、じっと堪えた。 そんな僕の様子に気づいてか気づかずかは知らないけど、桜瀬さんはじっと佇んでいた僕の隣、生徒会室の入り口から一つ離れた席に座って、カップを傾けながら、耳元で頭を撫でるような声で言う。 「子音ちゃんはね、ちょっと言い方が怖いけど、嘘言ってないからね?」 「分かってます」間借りしていた席に僕はようやく座って、カップの中の茶色の液体を見つめたまま、小声で漏らす。「でも――」 「うん。多分、向井さんが言いたいんだろうってこと、分かるなあ。でもね? 予算があまり無いのも本当。あまり実質的な活動が無い部活に部費を渡して、 もっと必要な部活動にお金が回らないのは、ちょっと良くないかなって思うの」 副会長さんにも、多分桜瀬さんの声は届いていると思う。そんな中で何も反応していないのだから、僕達の話なんて興味無いのか、聞いてて「当たり前だ」と思っているのか。 でも僕は、いつもニコニコしている桜瀬さんが、かなりキツイことを言った副会長さんの言葉を訂正しなかったのはちょっと意外だった。目の前に居るし、副会長さんのことが怖い、ということも……桜瀬さんのことだから、あまり無いのかな。 とにかくいたたまれなくなって、大分冷えてきたフレーバーティーを飲み干そうと思った矢先。 「やあやあ! 生徒会の仕事はどうかな? 進んでるかな?」 とても緊張感のない、ゆるい声と共に生徒会室の扉が開かれた。入ってきたスーツ姿の男性を見て、 「校長先生、こんにちは」 桜の芽吹きみたいな笑顔の桜瀬さんが言った。 「お、桜瀬さん。元気そうですね。何よりです。一さんは?」 「……」 足を組んだままの一さん(そういえば副会長さんの苗字は、漢数字の一と書いて「にのまえ」と読むみたい)はちらりと入り口の人物に目をやって、すぐに何事もなかったかのように活字の世界へ戻った。 「あらら。一さんもいつも通りですね。それで……おや? 向井君じゃないですか」 「お久しぶりです、叔父さん」 ギスギスしていたところへ、少し天然が入ってる(こんなこと言ったら怒られるかな)叔父さんが来てくれたのは、ある意味渡りに船だったと―― 「あああああっ!」 お、思い出した! 僕はこの人に、山ほど言いたいことがあったんだった! ここのところいろいろありすぎて、忘れてた! 「ん?」 「はえ?」 「……?」 僕以外の全員、あの一さんすらが僕を、鳩が豆鉄砲を食ったように目をぱちくりさせていたらしい(いち早く復活したらしい桜瀬さん談)んだけど、僕には至急、可及的速やかに、片付けなければいけない問題が一つあったから、全く気づいてなかった。
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たべのこし【登録タグ た ゲキヤク 佐藤乃子 曲】 作詞:佐藤乃子 作曲:佐藤乃子 編曲:佐藤乃子 唄:ゲキヤク 曲紹介 佐藤乃子氏の16作目。UTAUオリジナル曲では10作目。 氏初のゲキヤクオリジナル曲。 歌詞 (YouTube動画概要欄より転載) 好きも嫌いも愛してね 声も形も 好きも嫌いも愛してね 死ぬまでずっと 噛んで噛んで噛んで 噛んで噛んで噛んで 飲み込んで 嗚呼 もう一回 噛んで噛んで噛んで 噛んで噛んで噛んで 味わって ほら 最高のディナーを 召し上がれ 手を付けたら最期まで 残さず食べて 手を付けたら最期まで 死ぬまでずっと もっともっともっと もっともっともっと 味わってってば そっか。 私は たべのこし たべのこし 嗚呼、 吐いちゃダメ 吐いちゃダメ 吐いちゃダメ 全部食べて。 吐いちゃダメ 吐いちゃダメ 全部残さず綺麗に食べて 飽きちゃったの? 飽きちゃったの? 飽きちゃ 駄目 骨までタベテ 死んじゃうまで 死んじゃうまで 食べて 食べて 食べて 食べて コメント 名前 コメント
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「……なるほど。事情は分かったわ」 「ごめん」 委員長がクラスの仕事を終えて戻ってきてすぐ。僕と委員長、住倉さんの3人はリビングに集まって報告会を始めた。専ら状況説明は僕がしていたんだけど。住倉さんが混ざると、毎回茶々が入るから一向に進まないから委員長が僕だけが喋るように進めたのもあるんだけど。 「別に謝らなくても。あなたが悪いわけではないんだから」 「そうね」 「ややかは黙って」 「ふふ。相変わらず辛辣で素敵よ、友香」 こんな感じでずっと続けていたのだけど、どうやら委員長も最終手段に入ったらしい。 「分かったわ。じゃああなたの両親に言ってもいいのね」 「……」 なんと、さっきまで茶々を入れては話を止めていて、委員長がどれだけ黙らせようとしても黙らなかった住倉さんが、たったヒトコトで沈黙した。 「男子生徒を騙してその家に押し入り、共同生活を強要した挙句、その男子生徒の秘密を盾に――」 「わ、分かったわ。分かったから、それはやめて」 沈黙の次は顔色を変えて住倉さんが隣に座って、携帯電話を取り出し掛けた委員長の腕を両手で掴んだ。 あの、と称するのは悪いけれど、住倉さんがこんなに慌てているのは初めて見た。 「向井君」 「あ、何?」 「ややかが変なこと言ったら、この電話番号に――」 「だ、駄目」 手をぷるぷると震わせている住倉さんは一回り体の大きい兄弟に餌を取られて、それに追いすがる末っ子動物みたいだった。 「――迷惑掛けないって誓える?」 「誓う」 ありえないくらいに即答だった。 「なら教えたって使わないし、教えておいてもいいわよね」 「駄目。絶対に駄目」 とうとう住倉さんは半泣きになってしまった。委員長、おそるべし。 「向井君、何かあったら私に言って。この子の弱点は両親への報告なんだけど、あなたは面識無いでしょうから」 「あ、うん。でもあの……住倉さんは大丈夫、なの?」 「大丈夫。数時間と経たない内にケロっとしてまた悪さするんだから。……ややか、変なことしなければ私も報告する必要は無いの。いい? 普通に生活しなさい、普通に」 「わ、分かったわ。善処する」 未だ目の端に涙を溜めた住倉さんは歯噛みしながら委員長を見ていた。 「そんなに睨むんじゃないの。私だって好きでこんなことしてるわけじゃないんだから。あなたの両親だって、毎回そんなことで連絡されたら困るでしょう?」 なんだか万引きを見つかった補導員みたいな口調の委員長。 「……ええ」 「ほら。涙拭きなさい」 ポケットから花柄のハンカチを取り出して、住倉さんに渡すと目許を押さえた。 「まだ制服だから、先に着替えてくるわ。そういえばややかの部屋ってどうするつもり?」 「あ、それなんだけど、一応僕の部屋の隣が空いてるから、そこを使ってもらおうかなと思ってる。荷物は2階の物置と外にある倉庫に置けばいいし」 「じゃあ片付けないといけないわね。でも今日中に片付けるのは大変かもしれないし、なんだったら私の部屋と共用でも構わないけど」 「急だから全部の荷物を運び出せないかもしれないし、そうすると最初は住倉さんにちょっと狭い思いさせちゃうかもしれないけど、ちょっとそれで我慢して貰えるかな?」 無言のまま、頭を縦に振って肯定の意を表す住倉さん。やっぱりちょっと言いすぎだったんじゃないかな。 「だったら尚更着替えてこないと。ちょっと待っててもらえるかしら」 「分かったよ」 自分の部屋に戻っていった委員長を見送ってから、押し黙っていた住倉さんは「悔しいわ」と言葉を漏らした。 「何で?」 「せっかくだから、友香の下着をハンカチと入れ替えてあなたの制服のポケットに入れておいて『あ、間違えちゃった』的な展開を期待していたのに。あんな予防線を張られていては無理だわ」 ああ、僕の憐憫の情はどこへやら。この不思議娘さんは全然反省していない。 最近知り合ったばかりとはいえ、この住倉さんなら本気でやりかねないと思う。 「…………」 「更に誠一の体操服と友香のネグリジェを入れ替えて、」 「委員長! 今すぐ住倉さんのご両親に電話してお引取り願って!」 立ち上がってリビングの扉を開けて叫んでみた僕に、休日遊びに行く約束をしていたのに仕事が入ったからと、部屋を出ようとした父親を止めるために抱きつく子供みたいに住倉さんは僕の腰に腕を回して自由を奪おうとする。 「ちょ、ちょっと待って。冗談、冗談よ」 でもそんな焦った顔の住倉さんは思った以上に可愛い、と言ったら本人は怒るだろうか。 ……怒らない気がするなあ。 「それ以前に、そんなことして僕と委員長が一緒に住んでいることがバレたら、連鎖的に住倉さんのこともバレると思うんだけど」 「別にいいけれど? クラスメイトの噂なんて馬耳東風だもの」 「でも学校側からお願いされた委員長は良いとして、住倉さんは完全に個人でうちに来るのを決めたんだから、学校側にバレたら確実に両親に連絡されるよ?」 「…………ま、まずいわね」 そこまで気は回ってなかったんかい! と思わず突っ込みそうになってしまった。 「でもそんなに嫌なの? ご両親に連絡されるの。うちに住み込みを始めたことの報告如何は別として」 「心配させたくないだけだわ」 「でもそもそも1人暮らしだったら心配するんじゃない?」 「いつものこと、だから」 言った住倉さんの表情は、ブランコを漕いでいれば絵になりそうなほど、開け放った窓から吹き込む風に揺らす髪と共に哀愁を棚引かせていた。 でも良く考えれば僕も同じような状態なんだっけ。あまり人のことを言えないんだけど、確かに僕も慣れっこかな。
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「えっと、リビングに二人を呼んだ理由なんだけど――」 リビングにあるダイニングテーブルで、向かいの椅子に女子二人を座らせて、僕は切り出した。 「分かったわ。今から三人でベッ――」 「住倉さんは黙ってて」 「ふふ、言うようになったわね。お母さん、嬉しい」 ほろりと泣き真似する住倉さんの扱いには徐々に慣れていくとして、当面必要なことをひとまず決めていくことにした。 と言っても、ホントに喫緊の問題だけだけど。 「掃除、食事の用意……どっちか得意なもの、ある?」 「得意ではないの、ごめんなさい」 「得意じゃないわ」 二人とも即座に、それもハモって答えた。何でこんな時だけ息があってるんだろ、二人とも。 っていうか、最初から聞かれること最初から分かってたんじゃないかなと思うほどの反応の良さに、僕は呆れよりも先に笑いが出掛けて、何とか留めることに成功する。 「少なくとも食事の用意は、ややかにはさせない方が良いわね。命に関わるわ」 「酷い。お茶目心で塩と砂糖をわざと間違えているのに」 普段の生活にお茶目心なんか要らないと答え掛けて、これは住倉さんの罠に掛かっていることに気づく。 「それに砂糖と塩を間違えただけで命には関わらないのではなくて?」 「毎日そんな食事ばかりしてたら、すぐにまいるって意味」 「あー、確かにそうかも」 っていうか、そこまで酷かったら僕が料理担当無理にでも変えさせてるかも。 「じゃ、じゃあ僕がその辺りは担当するから、えーっと……」 後は掃除―― 「洗濯くらいはやっても良いわよ?」 珍しく。 本当に珍しく、住倉さんが、話の展開を、普通に、実に普通に、進めた。 僕が思わずこうやって区切って言ってしまうくらいに珍奇なのは、もう周知の事実だと思う。 ……でも、どうしても素直にその申し出を受け入れられない自分が居る。 だって、住倉さんだし。 「変なこと考えてないよね?」 「また変なこと企んでるんでしょう」 今度は僕と委員長がハモって、思わず二人で顔を見合わせ、溜息。まあ仕方が無いよね。どう考えたって住倉さんがまともに話を進めようとしてくれることなんて今まで無かったし、性格を考えれば疑ってしまってもおかしくはないと思う。絶対に何かウラがあると。 「二人して心外だわ」大仰に肩を竦めて見せる住倉さんは続けた。「やましいことなど、何も考えてないわ。ただ、学校で疲れて帰ってきたら間違えてあなた達の下着を入れ替えちゃうかもしれないけど」 全然やましくないことなんか無い。というかやましさしかない。ていうか疲れてるのも疲れてないのも全く無関係に、この人なら絶対入れ替える。 「……やっぱり、あたしが洗濯するわ」 頭を軽く押さえて委員長が呟きを漏らす。 「そっちの方がいいかも」 「二人で勝手に話を進めないで欲しいのだけど」 ふくれっ面の住倉さんは、正直その見た目だけなら可愛かった。でもこの状況をわざと作っておいてこれだから、もう笑うしか無い。 なんだか、ホント先が思いやられるね。 「とりあえず、住倉さんはお風呂掃除お願いするよ」 「……何か納得出来ないわ」 「一応、本当の家主が居ない間は僕が家主だから、納得できないなら帰ってもらってもいいんだよ?」 しばらくいつもよりもジトっ気(とでもいうのがいいのかな?)を濃くした目を向けていたけど、僕はそれをかわしつつ、 「じゃあひとまず直近の問題は解決したし、僕は部屋に戻ってるから。また夕飯になったら呼ぶから、それまでは自由行動ということで」 と逃げの一手を打った。 足取り重く部屋に戻った僕は、深々と溜息を吐いて、ベッドに寝転んだ。 正直に言って、この状況は凄くキツい。 今までほとんど喋ったことが無かった委員長と二人暮らしでも先行き不安だったのに、掴みどころのない住倉さんまで迎え入れた共同生活。ちょっと 展開がゲームとかアニメとか、そういう 非常識 が許される場でしか見たことも聞いたこともないものになってる。僕の人生のシナリオを書いた人は、きっと 酷くサディスティックな人なんだろうと思う。そうに違いない。 とりあえず、こんなことになったのは、委員長をうちに呼び寄せた叔父さんのせいだ。なるべく早く叔父さんに状況を説明して、二人が帰らなきゃいけないような状況を作りださなきゃ。 いや、追い出したいわけではないんだけど、やっぱりこの歳の男女三人暮らしはやっぱり、いつどこでどんな問題が起こるか分かったものではないから。 そんな言い訳がましいことを思いながら、いつの間にか意識は沈んでいた、らしい。 らしいっていうのは、その時から委員長に叩き起されるまでの記憶が全く無かったから。
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一旦家に戻った住倉さんは制服のまま旅行カバンを肩に提げて戻ってきた。その間に黒のキュロットスカートと白地のTシャツに着替えてきた委員長と僕は2 人で、僕の隣の部屋を片付けた。正確には荷物を僕の部屋か外にある倉庫に運んだだけ。でも結構大物も多くて、終わったら委員長は「ちょっと疲れたから」と 部屋に戻っていった。 後は戻ってきた住倉さんを部屋に案内するだけなんだけど。 「じゃあ住倉さんはここ……あれ?」 2階まではついてきたのを確認していたのに振り返ると住倉さんは居らず、更に首を巡らせるとトイレの隣の物置を開けていた。 「住倉さん、そこはただの物置だよ」 「……ここがいいわ」 「え?」 「ここ」 「……あの、住倉さん。そこって窓も小さくて、換気もほとんどできないよ?」 「この暗さと狭さが丁度いいの」 頬に手を当てて感嘆の溜息を吐く住倉さん。徐々に住倉さんの行動とか思考が読めるようになってきたかなと思いきや、そんなことは無かった的な展開。うん、でもまあ、そんな予感はしてた。委員長とのやり取りを見ているだけでも、しばらくは無理だよね。 「何も置けないよ?」 「必要無いもの」 「ほら、授業の課題とか」 「スタンドライトを持ってくるから」 「壁が薄いから寒さと暑さにも弱いよ?」 「問題ない」 「……」 「くすくす」 ここまで”物置使いたいオーラ”を出されていては、こっちも拒否する理由が無くなってしまう。物置に人が住んではいけないという法律も無いし。 もちろん嫌がっている人を押し込めるのは虐待とかで問題になると思うけど、むしろ好んで入っているんだから僕が拒絶する理由は無い。 でもここってせいぜい2畳しか無いはず。こんな狭苦しいところに入りたがるんだろう。実は前世がネコだったとか? とにもかくにも、こちらから拒絶する理由は特に無いし、物置中の荷物を住倉さんに使ってもらう予定だった部屋へ移動させる。布団はお客さん用の ものを使ってもらうことにした。いちいち家から持ってきてもらうのも大変だろうし。というか僕に持って来いと言い出しかねないから、っていうのもあるんだ けど。 「この狭さ。良いわ」 いそいそと僕が持ってきた水色のシーツを掛けた布団を敷く住倉さん。 「あ、寝るときには扉を開けておいてね」 「夜這いの為ね? 分かったわ。着ておく服装に希望はある?」 「違う違う」 「窒息するからよ」 呆れ顔と溜め息を引きつれ、部屋に戻ってた委員長が戻ってきていた。 「あなたもあなた。毎回毎回ややかの変則球に対応してたら、これからやっていけないわよ」 「う、うん。分かってはいるんだけどね……」 委員長ほどまだ割り切れるというか、扱いに手馴れるというか、そこまで達してないわけで。 相変わらず眠そうに見えるような細目の住倉さんは更に目を細める。 「ふふ。まだ修行が足りないわね。末永いお付き合いになりそうだわ」 「それは勘弁してください」 「だからそうやっていちいち反応しないの」 ああ、神様。居るなら居るで返事してください。何でこんなことしたんですか。僕はこんな試練を乗り越えさせなきゃいけないくらいに悪い子だったんですか。 確かに容姿だけなら、っていうのも悪いけど、結構美人な2人に囲まれているというのは言うまでも無く幸せな部類だと思う。でもその中身がその、非常に言いづらいけど、扱いがたいというか理解しがたい人だからアウトです。乱闘沙汰になってもおかしくないレベルの。 まあ委員長も初っ端のアレが衝撃的だっただけで、それ以外は割とまともだから住倉さんとくくられると嫌がるかも。 「どうしたの?」 「う、ううん。何でもないよ、ははは」 恨み節とかはひとまず置いといて、住倉さんと委員長の生活拠点はなんとかなったから、後は家の中での決まりを決めなきゃいけないな。
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いつも通りに出たけれど、委員長に捕まったり、生徒会長と話をしていたために結構ギリギリの時間で教室の入り口を跨ぐことになった。 「あぶねー。せっかく久しぶりに早起きして出てきたってのに、いつもより遅く到着とか詐欺以外の何物でもないな。これからはやっぱりギリギリまで寝ておこう」 「今日はたまたまだって。ほら、いろいろあったし」 スムーズに来れてたらきっと5分弱は余裕があったはず。 「いやいやお前は分かってないな。『早起きは三文の徳』とか言っていたが、現実は委員長に捕まり、生徒会長……はいいとしても学校へギリギリ到着するという損をした。俺はこの諺を書き換えたいね。『早起きは三文の損』って」 多分世の中の半数くらいは賛成してくれるぜ、と冗談だか本気だか分からないことを言いながら手を振って、教室前の方へ歩いていった。隆二は前か ら二番目の、教師から見やすい位置にある席だから授業中寝づらくてかなわん、とか言ってた。寝るんじゃなくてちゃんと授業を受けろと言われるかもしれない けど、実際僕も人のことを言えないかな。 「おはよー、向井君」 「お、向井今日はギリギリだな!」 声を掛けてくれるクラスメイトに「おはよう」と挨拶して自分の席に座る。僕の席は窓際最後尾から2番目。昨日席替えをしたばかりだから、これからしばらくは授業がつまらなくても窓の外が見て過ごせそうだなあ。 本来ならそう言いたいところなんだけど、実はそうでもない。 何せ隣の席は―― 「あ、委員長遅いねー」 「忘れ物取りに帰ってたの」 「そっかー」 息を整えながら教室に入ってきた委員長が人差し指でずれた眼鏡を戻し、スカートの折り目を正しつつ歩いてきて、僕の隣の席に座った。 「おかえり。教科書は見つかった?」 「ええ」 頷いてから委員長はさっと教室を見回してこちらに意識が誰も向いていないのを確認してから、僕の机に1冊教科書を置いてもう1冊何故か同じ教科書を机に入れた。 「あ、あれ?」 2冊? 「……本当に疲れたし、呆れたわ」 「この教科書って……?」 ちらりと僕の方を見て、無言のまま今自分の机に入れた教科書を自分の口元を隠すように持ち、裏書を僕に見せる。そこには委員長の性格を反映しているような、素直かつ綺麗な楷書で『辻川 友香』と書いてあった。 僕の机の上に置いてある教科書をひっくり返すと、そこには僕の、女の子と間違えられるような丸っこい字で『向井 誠一』と、同じように書いてあった。 「あれ、あれ?」 慌てて鞄の中を開けてみると、鞄の中から数Cの教科書が。今日の授業は数Ⅲの方。 そういえば確かに昨日はせっかく数Ⅲを勉強したというのに、全部本棚から教科書とノートを入れた覚えがある。やっぱり意識が朦朧としている状態で翌日の準備をしては駄目だね。 「…………」 「気をつけなさい」 「面目ないです」 僕がそう言った直後にチャイムが鳴った。それと同時にうちのクラスの担任である初老の男性が教室に入ってきて、騒がしかった教室がすぐに静かになった。 「えー、出席を取ります」 嗄れ声で男女混合、名前の順番に呼んでいく。 「鈴木」 「はい」 「住倉」 返事は無い。 僕が振り返ると、やはり空席。 「住倉は今日も遅刻か。誰か連絡は受けてないか?」 皺が入った眉間に更なる皺を刻んで担任の大下先生は髪と同様に白くなった髭をいじる。クラスから全く声が上がらず、手も挙がらないのを見て深々と溜め息を吐いてから次の名前を呼んだ。 「住倉さん、今日も来てないね」 確か昨日と一昨日も朝のHRに間に合っていなかったような。 小さく委員長に尋ねてみると、素っ気無く答える。 「もう来てるわよ、彼女」 「え?」 ちらっと視線を合わせるだけだったけれど、思わず委員長の方へ顔が向く。 「朝、私が来たときには居たもの。でもその後、何処かへ行ったわ」 「じゃあ来てたって教えてあげればいいのに。委員長って結構意地悪なんだ」 「誰が意地悪よ。すれ違っただけで別に連絡は受けてないもの」 「それはちょっと、詭弁のような」 「言っておいて欲しければ彼女から言ってくるの。だから勝手な行動しない方があの子の為にもなるわ。……あなたは知らないかもしれないけど、あの 子ってちょっと変わってるのよ。1年から私はずっとクラス一緒だから知ってるんだけどね。全体的にこう、表現しづらいくらいに変わってるの」 確かに初めて見たときはなんというか、笑い方が卑屈な感じがあって、それでいて何か見透かしているような感じがある気はしたかな。それでも自己紹介はぼそぼそ喋ってること以外は無難だったと思うから、委員長が言うほど変わってる印象が無い。 「でも少し喋り方がおかしいとか、考え方が違うとかいうだけで距離を置いちゃうのはどうかなあって思うんだけど……」 「そういうレベルじゃなくて。もう根本的におかしいのよ」 と、突然委員長が立ち上がって号令。僕も慌てて立ち上がり挨拶。朝のHRは終了し、委員長は着席してからさらに言葉を続ける。 「根暗で誰とも接点を持たないタイプに見えて向こうから話し掛けてくることも多いかったり、天才肌で勉強が出来るように見えて実は理系科目以外は ボロボロだったり、運動神経が全く無さそうで水泳だけは得意だったり、お菓子作りは得意なのに普通の料理は壊滅的だったり、暗くて狭いところじゃないと落 ち着かなかったり」 「それはなんというか……凄いのか凄くないのか、良く分からないね」 「ええ。料理の場合は単にあの子、凄い甘党だから目玉焼きにすら砂糖を掛けちゃったりするだけで、食べられないものを作るってのではないんだけど」 「それは……その……」 朝からそんなものを食べるのはちょっと、キツイかな。 「あれであのスタイルっていうんだから、神様は信じないけど、人間自体の遺伝子がほとんど似通ってるなんていうのすら到底信じられないわよ」 再度溜め息を吐く委員長。 「それで1年も2年もクラス委員長だったから、プリント提出してないとかいう度に彼女を探さなきゃいけなくて。そうしてたらいつの間にか仲良く なってた。1年生のバレンタインデーにトリュフチョコの詰め合わせみたいなのを貰ったこともあったわね。綺麗に1個ずつ違うのが6個も入ってたから買って きたのかと思ったら、全部手作りとか言ってて驚いた覚えがあるもの。それも私と家族にあげるためだけにだって」 「手作りで委員長に……ってまさか住倉さんって、そういう趣味の人?」 そういう、っていうのはまあ、そういうこと。別に女性同士でも、うん、悪くはないと思うけど。 「どっちもオーケー、というよりも単に気まぐれなのよ。2年のバレンタインデーは特に何も無かったしね。むしろあの子の方が……」 「あの子?」 慌てて首を振る委員長。 「何でもない。とにかく、彼女はかなりの変り種よ。みんなが係わり合いを持ちたくないのも分かるくらいに」 「そうなんだ」 答えて僕は再度後ろの席を見やる。 なんだか可哀想な、そうでもないような。感想まで良く分からなくしてしまう人なんだなあ、と思う。
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勘というものは、全面的でなくても一応は信じておくべきだと、後付ながら僕は思った。まあ、信じたらどうにかなった訳でもないと思うんだけど、ね。 リビングの扉を開けてすぐ。既に見慣れてしまった眼鏡姿の女子生徒と共にもう1人、学校では見慣れているけれど、僕の家の中では全く見たことない姿が見えた。 目の前の短めの二つ結びにあれ? と思う前に。 「ちょっと来て」 入ってきた僕の姿を見つけて、ソファーで居心地悪そうにテレビを見ていた委員長が、いかにも怒ってます風の体で僕に近づき、すぐに手を引き、廊下へ競りの前のマグロみたいに引きずるようにして連れだした。 「御免なさい」 「……まだ、何も言ってないのだけど。っていうか自覚あったのね」 溜息と共に、僕の顔にいたずらをやらかした子供を見る目をする。 「そうじゃないんだけど……」 「そうじゃないって、じゃあどういうこと?」 腕組みしながら、眼鏡の奥を釣り上げる委員長はちょっとばかし、恐怖を覚える姿だった。 「聞かれてた、みたい」 みたい、というのは本当にそうだったのか分からないから。でも結果論からして、ほぼ確実にそれが原因だと思う。 細かい説明を省いたせいで、一瞬言葉の意味を取りきれなかったのか、はたまた理解したくなかったのかは分からないけど、数拍の間を置いてから、両手で自分の口を押さえた。 「聞かれてたって……ま、まさか、人の往来があるような場所で私たちの話を……!」 「ち、違うよ! あの……話せば長くなるんだけど……」 今日、帰り際にあったいろいろを掻い摘んで話してみると、なるほど、あの人にはいろんな意味で気を付けるべきだったんだと、後から気づいた。終わったことだから、今更もうどうしようもないんだけど。 黙って聴き終えた後、ショートカットで眼鏡っ娘のクラスメイトかつ同居人の、再三の溜息と共に漏らされた「まあいいわ」は何だかリストラされた サラリーマンじみた諦観に近いものがある気がした、って言ったら多分怒られるから言わないけど、とにかく僕と委員長はもう1人が待つリビングに戻った。 「どうしたの? 秘密のお話?」 「そんなところです」 突慳貪に答えた委員長に苦笑しながら単刀直入、僕は椅子に座っているその人に尋ねた。 「あの、もしかして……あのときの話、やっぱり聞いてました?」 「……はい?」 「あれ? えーっと……?」 「どうしました?」 あれ、まさか気づいてない? ジト目が僕を射ぬく。委員長、でもうちに来る理由なんて、他に無いと思ったんだよ。 いやいや、でも実はそう言いつつ、知らないふりをしているだけ、とか? じっとハテナ顔の目の前の女子生徒を見ても、答えは出てきそうになかったから、とりあえず話を進める。 「で、でも……何故うちに?」 ようやくその話になりましたかあ、と言いたげな破顔で身を乗り出してきた、ミニツインテールの人は堰を切ったように喋る。 「私が来たのは校長先生に会った向井くんが物凄い勢いで話し掛けてたから、きっとみんなにはなかなか言えない秘密があったんだろう、って思ったん ですよ。そしたら、向井くんのお家から見たことがない女の子が出てきてさあ大変。もしかして、もしかすると、もしかしたのかも! と思ってしまって、そこ の彼女……お名前は知らないですけれど、帰ってきたのを見計らって思わずピンポンを押してしまったんですよ」 ……委員長……? ちらりと委員長の方を向いたら、慌ててそっぽを向いた。バレたの、僕のせいじゃなかったんじゃない。 こほん、とその人物は咳払いをしてから答える。 「どういう理由なのかを説明してもらおうと思ったんですが、なかなか教えてくれなくて……困ってました。でも、何となく分かりました」 今までの話の中から、どういう事情が分かるんだろう。曲解してないかな。 えへん、と……こういうのも悪いけど、委員長とか住倉さんと比べてやや控えめな胸を張って。 「でも、年頃の男の子が女の子2人と同居しているというのは、生徒会としても見過ごしておけません。というわけで生徒会長たる、この桜瀬明菜も監視役として、共同生活をさせて頂きます」 条桜院高校、生徒会長桜瀬明菜さんはそう、言い切っちゃった。 「「え、ええー!?」」 当然、僕と委員長は、見事にハモって声を挙げた。 ただでさえ、3人での共同生活に不安を抱かずに居られなかったのに、更に同居人が増えるなんて。 もう今更1人増えても、2人増えても一緒でしょうと思うなかれ。 何と言ってもあの全校生徒の投票率8割オーバーの”あの”生徒会長様。委員長や住倉さんの印象は、ぶっちゃけてしまうと、僕の中では桜瀬さんよ りもよっぽど強いんだけど、周囲の目はそうでもない。そんな桜瀬さんと同居だなんて……もしバレたりしたら、命がいくらあっても足りない。 「大丈夫です。心配はいりません。食事や洗濯、何でも出来ますから、お手間は掛けさせませんよ」 「や、そういう問題じゃなくてですね……」 もうここまで来たら、多分追い返すことなんて出来るわけないと分かっていても、足掻いてみたくなるのが人間というもので。 「ほ、ほら。ご両親とか……心配するでしょう? 委員長の家とか、住倉さんの家はちゃんとご両親の了解を得てるのでいいですが……」 ちょっと嘘吐いた。委員長の家は多分事情を知ってるけど、住倉さんのご両親は海外生活中だから、まだ了解を取ってない。そもそも会ったことがな いから、突然「娘さんと同居させて貰っていますが、いいですよね?」みたいなこと言ったら、海外からジェット機で戻ってくるそのままで家に突っ込まれそ う。 でも、突然娘が家出したらきっと困る。そう、困ってくれないと僕が困る。 だからこそ、そんな話題を出したんだけど。 「ちょっと待ってくださいね」 突然携帯を取り出した生徒会長、桜瀬明菜さんはぴぽぴぽっとキーを押して何処へやらに電話をその場で掛け始めた。 「あ、お母さん?」 どうやら掛けた先は自宅みたいだった。 「お友達に、一人暮らしで凄く困っている子が居てね? 心配だから、しばらくその子のお家に泊まってお世話してあげようと思うんだけど、いいよね?」 巧みにその相手が男であることを隠して喋ってる様子とか、疑問形が「いいかな?」ではなく「いいよね?」という既に同意だけを得るつもり満々な ところとか、やっぱり見た目以上、思っている以上にこの人はやり手なんだと思った。そしてその人に睨まれたカエルである僕は、ヘビ相手なんかとは違った方 向でもう手も足も出ないのだった。 「うん、うんうん。それじゃあ」 ぴっと電話を切って早々「大丈夫でした」と目を><(こんな風に)しながら、親指を立てた。 「あ、うん……はい。分かりました」 同居人、3人目が追加されました。僕、どうなっちゃうんだろう。
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6限、帰りのホームルームまで、平穏かどうかは分からないけれどとにかく終わって、無事に全日程が終了した。 「どっか寄ってくか?」 「うーん……やめておくよ」 「お前小遣い少ないしなあ。おばさんとかに強請ればいいと思うぜ」 「別に少ないとは思ったこと無いよ。小学校のときは学年掛ける100円だったし」 掛ける言葉も無い、とでも言ってるかのように額に手をやった隆二は僕を呆れたような目で見る。 「ま、お前が良いなら良いんだけどだがよ。ま、帰ろうぜ」 「うん」 先に出た隆二を追いかけるような形で僕が外へ出ると、 「痛っ」 誰かとぶつかり、僕は受身も取れずに後ろにひっくり返った。最初から受身なんて練習してないけど。 「あたた……ごめんなさい」 「……」 僕を見下ろしていたのは、日焼けして褐色の肌と女性らしいかなりのプロポーションを持った、鋭い目つきの女子生徒だった。髪は腰元くらいまで綺麗に伸びた黒髪で、束ねるでもなくただそのまま垂らしてある。 謝罪するでもなく、非難するでもなく、倒れた僕を頭の先から上履きまで睥睨してから、時間が惜しいとでもいうかのように女子生徒はつかつかと歩いていってしまった。 「おい、大丈夫か誠一」 「特に怪我とかはしてないから、全然問題は無いよ。……それにしても彼女、何であんなに僕をじろじろ見てたんだろ」 「さあな。でもあれ、うちんところの委員長の妹だぜ」 「え?」 確かに委員長は妹が居るって言ってた気がするけど、目の鋭さ以外は(こういうと委員長は怒るだろうけど)あまり似ていないと思う。 「水泳部ではかなり有望な選手らしくてな。彼氏も水泳部の大会で手に入れたとか聞いたな」 度々デート中が目撃されているらしい、と付け加える隆二。 「そうなんだ」 委員長の妹さんってことは委員長がうちに来ているってことは知ってるはずだろうし、もしかして僕を見に来たとか? 「ま、大丈夫ならそれでいい。帰ろうぜ」 「うん」 僕たちは階段を降り、学校の校門前まで出ると軽く手を上げて別れた。駅前に行くには僕の家の方向とは逆になるから。 隆二を見送って僕は深々と溜め息を吐く。 ようやく1日、というか学校が終わった。本当はお小遣いが足りない、というよりも最大の問題は委員長に鍵を返してもらっているから、僕がいつま でも帰らないとまた委員長が家に入れないことだったりする。明日から勝手口だけでも鍵を開けておこうかな。それよりもお父さんにお願いして、家の鍵を作っ てもらおうか。新しく鍵を作ってもらうにしてもマスターキーが無ければ作れないはずだから、お父さんに電話してお願いするしかないかな。 なんだか今日はいろいろ疲れたなあ、と溜め息混じりに歩いていると家の前に、うちの学校の女子が倒れているのが見える。 「……って倒れてる!?」 冷静に状況を分析している状況じゃない! 「だ、大丈夫ですか?」 慌てて駆け寄ると、肩まで伸ばしたストレートヘアの隙間から僕をじっと見る目が。 「……住倉さん、何してるんですか」 「お腹、減った」 「お腹?」 「そう。お腹が減ったの」 「……分かりました。じゃあ家に――」 って駄目だ。まだ委員長は帰ってきていないけど、帰ってきたらまずいことになる。 「入っていいのね」 「あ、あの、何処か別のところで、」 「無理。もう動けない」 「今ちょっと家散らかってるから……」 「構わないから」 有無も言わさぬその勢いに呑まれ、僕は頷いた。 「食べるものだけ、ですよ」 「ええ、十分だわね」 手を引いて住倉さんに立ってもらって、僕は先に鍵を開ける。自分で土埃を取った住倉さんはおとなしく僕の後に家に入ってきた。 ……リビングには特に何も物、置いてなかったっけ? 「ちょっと待ってて。リビングを軽く片付けてくるから」 「構わないわ」 「僕が構うから、ね」 「そう。あなたが構うなら仕方が無いわね」 頷いた住倉さんをそこに残して僕はリビングに入り、鞄をソファの傍に置いて辺りを見回す。委員長のものは……ここには無さそう。台所の中も調べ てみるけど、こちらもこちらで委員長に繋がるものは何も無い。委員長用の茶碗とか箸はまだ用意してないしね。これならばれないと思う。 「お待たせ、住倉さ……あれ?」 居ない。さっきまで玄関で座っていた住倉さんが、居ない。 直後、トイレの水を流す音が聞こえてきて、トイレの扉が開くと同時に手をハンカチで拭きながら住倉さんがいつもの眠そうな瞳のまま現れた。 「住倉さん! びっくりしたよ、突然居なくなるから」 「生理現象は仕方が無いの」 「……ま、まあ、そうだね。じゃあこっちに」 「ええ」 家の中を探されたのかと思ったけど、そうじゃなかったようで一安心。やっぱり何を考えているのか、良く分からない人だと思う。 「綺麗じゃない」 「慌てて片付けたからね」 「その割には埃、ほとんど無いわね」 言って電話が置いてある台に指を走らせてから答える。う、なんというか、鋭い。 あまりこの辺りは詮索されたくないから、僕は早めに話を本題に切り替える。 「えっと、何が良い? すぐに食べられるものならお菓子がいくつかあるけど」 「甘いものがいいわ。それと牛乳」 お菓子が入った籠の中を探すとピーナッツ入りのブロックチョコレートがあった。というか甘いのはこれくらい。 「チョコレートがあるけど、ピーナッツが入ってる。それでもいい?」 「ええ、もちろん」 お菓子が入っている籠からチョコレートを出して、牛乳をガラスのコップに注ぐ。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 徐にそれを受け取って、封を切る。僕はその姿をじっと見ているわけにもいかないし、委員長が突然帰ってきても困るしで、内心かなり焦っていた。 委員長の電話番号かメールアドレスくらい聞いておけば良かったかな。そうしたらもうちょっとどこかで時間を潰してきて、とか連絡できたのに。