約 4,555,873 件
https://w.atwiki.jp/presenile/pages/825.html
html2 plugin Error このプラグインで利用できない命令または文字列が入っています。 僕のあすがわからない 君のあすもわからない たぶん今日とおなじにしてるのだろうが わからない 横断歩道を渡りきれずにブレーキ音 駅のホームに立っていられない眩暈 突然にマグネチュード7.5 デパートの屋上から降ってくる命の終わり すれ違いザマに腹を抉るナイフ 炎に包まれる雑居ビル 僕のあすがわからない 君のあすもわからない たぶん今日とおなじに過ぎていくだろうが わからない わからないから無事でいよう 寝酒一杯で無事だったと手を合わそう 薄い布団に包まって 朝に目覚める無事でいたい 無事でいたいが わからない 寝酒のあともわからない 目を閉じたままの朝がきて 僕は三日三晩彷徨って 祈り祈って七日の七日で四十九日 北の海でイカになる イカになって遊び流れ 幾年かイカ泳ぎ 灯りに騙されて 冷凍船積みで港に入る 三日三晩彷徨って 祈り祈って七日の七日で四十九日 南の空でインコになる 永遠転生に終止符を打ちたいが わからない わからないから君も僕も無事でいよう .
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2649.html
135 名前:私は人がわからない[sage] 投稿日:2013/08/24(土) 14 43 29.34 ID lcwKyq+5 [2/8] 田中キリエの回想(一) 足を引っ掛けられて、私は転んでしまいました。 妙な浮遊感と共に迫ってくる地面に対して、咄嗟に手が出たのは僥倖だったと思います。前みたいに顔から倒れたりしたら、また眼鏡を割ってしまいますから。 「うぐっ」 しかし、枯れ枝のように細い私の腕では転倒の勢いを完全に殺せません。私はしたたかに身体を打ち付けてしまって、苦悶の声を漏らします。 そして、間髪入れずに次が来ました。 突如、背中にかかった強い圧力。唐突な負荷によって、肺にたまっていた空気が一気に抜け出しました。苦しい。どうやら誰かに足で踏まれているみたいです。 「あー、ごめんね。葛籠木さん」 頭上から降ってくる声には、言動とは裏腹に謝罪の念が全く感じられません。現に、踏みつけている足をどかす気配もなく、むしろぐりぐりと力を込めていました。 やめてください、と私は懇願を申し入れようとしたのですが、背中を踏まれているので上手く発声が出来ませんでした。 結局、出たのは踏まれた蛙のような奇妙な声で、「何を言っているの?」と馬鹿にした声が上から降ってきます。それは一人二人ではなくって、沢山の声でした。 くすくすくすくすくすくす。 せせら笑いが四方から降ってきます。私の視界には先程から床しかうつっていないのですが、教室内の様子は容易に想像出来ました。 クラスメイト全員が、私を見て笑っているのです。恐ろしいことに、憐憫や同情の想いは全く感じられない、冷たい目をして。 おそらく、当然のことだと考えられているのだとおもいます。私、葛籠木キリエがイジメられるのは正当な行為であると捉えているのでしょう。 毛虫や蛾を無条件に気持ち悪がるのと同様に、そこにさしたるバックボーンはない気がします。 ただイジメたいからイジメる。それだけなのです。 じわり、と視界が水気を帯び始めます。私は、どうしようもなく悲しくなってしまいました。 「……やめてください」 今度は、きちんと発音できました。そのせいかは知りませんが、背中にかかっていた圧力がフッと消えて、楽になります。どうやら、足をどけてくれたみたいです。 私は両腕に力を込めて立ち上がろうとしたのですが、再び背中を強く踏まれて、地面に伏せてしまいます。 瞬間、眉間に鋭い痛みが走りました。「ああ、やってしまったな」と、思った時には遅かったのです。 地面に伏した私の側には、フレームの歪んだ眼鏡が転がっていました。どうやら、眼鏡は壊してしまったみたいです。 「葛籠木って、なんかウザい」 次は頭を蹴られていました。 眼前に白い閃光が爆ぜ、一瞬、思考が止まります。 口の中にピリッとした痛みが走りました。口内を切ったのでしょうか。 次いで、コーヒーカップに乗った時のような酩酊感がじわじわと襲いかかってきました。油断すれば、そのまま嘔吐してしまいそうです。 私は耐えられなくなって、防御に備えるために身体を丸くしました。それを見て取ったのか、雨のように蹴りが降ってきます。 私は亀のようにして、ひたすら耐えました。 すんでのところで堪えていた激情が決壊して、ボロボロと涙が零れます。 それでも、嗚咽だけは押し殺しました。それが、私、葛籠木キリエの最後の矜持だったのでしょう。 136 名前:私は人がわからない[sage] 投稿日:2013/08/24(土) 14 47 59.07 ID lcwKyq+5 [3/8] 私への攻撃は、次の授業の開始を告げるチャイムによって止まりました。 今だ。 私は素早く立ち上がると、脱兎の如く駆け出します。くらくらと再び嘔吐感が襲ってきましたが、それに耐えつつ、無我夢中で走りました。 背後から上がる嘲笑。逃げ出した私を蔑む声。 それを聞きたくなくって、私は両手で耳を塞いだ不格好な姿勢で走りました。 「あ」 しばらく廊下を走っていると、曲がり角のところで担任の教師と出くわしました。 定年間際の初老である彼は、最初こそ廊下を走る私を諌めようとしましたが、その生徒が私、葛籠木キリエであるとわかると途端に閉口しました。 担任は無言で、そそくさと横を通り過ぎます。次の授業が始まろうとしているのですが、担任は何も言いません。私が授業に参加しようかしまいが、あまり関係ないようです。 私は走るのを止めて、遠ざかっていく担任の背中を、教室に入るまでじっと見つめていた。 目元に溜まった涙を拭ってから、私は考え始めます。 これから、どうしましょうか。 今更、ノコノコと教室に戻る気にはなれませんでした。かといって、校内をうろついていても他の教師に咎められてしまうでしょうし……。 ウーム、としばらく悩んだ末に、私は屋上に向かうことにしました。 屋上は、平時なら閉鎖されていて重い錠がかかっているのですが、最近は卒業生のアルバム作成に使用しているらしく、その錠が取り除かれているのです。 それでも、屋上に立ち入るのはいけないことです。 朝のホームルームでも先生が言っていました。「絶対に屋上には入るなよ」と。もし屋上に侵入したのがバレたら、私はこっぴどく叱られてしまうでしょう。 でも、構うもんか。 珍しく、今の私はやけっぱちになっているようです。バレたところでかまやしないさ、と破れかぶれな心境でした。 私は他のクラスの授業を邪魔しないように、こそこそと忍び足で歩きながら、密かに屋上を目指します。 道すがら、脳内にリフレインするのは先程の光景でした。 どうして、こんなことになったのでしょうか。 胸を占める想いは、それだけでした。 少し前までは、こんな風ではなかったのです。私はクラスでもあまり目立たないほうで、いつも教室の隅っこで読書をしている暗い子でした。 それでも、決してイジメられたりはしなかったのです。それどころか、少なくはあったけれど、友人と呼べる者さえいたのです。 けれど、ある日突然、何かが違ってしまいました。 今思えば、兆候はあったのです。 最初は、クラスメイトの何人かの言動に小さな棘を感じるくらいでした。それがどんどん肥大していって、今ではこの有様です。 言葉の暴力だけなら、まだマシなのです。なんとか耐えることが出来ます。しかし、肉体への暴力はキツイです。 心の傷のほうが肉体の傷よりも重い、という風潮が世間にはありますが、それは間違っていると思います。やっぱり、殴る蹴るなどのプリミティブな暴力が最も恐ろしいです。 心への攻撃なら、まだ耐えられます。確かに、心を強くするのは難しいですが、心を麻痺させるのは比較的容易いからです。 徹底的に我を殺し、自分自身を俯瞰するような視点を持てばいいのです。 当事者だけど、他人事。それを金科玉条にしていれば、まだ耐えられるのです。自分を殺せるのです。 しかし、肉体のほうはどうしようもありません。身体を強くするといっても、細身で病弱な私にはやはり限界があります。やり返す気概だって持ち合わせていません。 137 名前:私は人がわからない[sage] 投稿日:2013/08/24(土) 14 50 08.44 ID lcwKyq+5 [4/8] そもそも、私は暴力の類はてんで苦手なのです。 仮に、彼等に対し自由にやり返してもよいという状況が生まれたとしても、きっと私は黙って俯いてしまうでしょう。 暴力は恐ろしいのです。現在進行形でイジメられている私だからこそ、多少の説得力があると思います。 でも、私が最も恐ろしいのは暴力じゃない。 いい機会ですから、私は件のイジメについてとても恥ずかしい告白をしようと思います。もし誰かが聞いていたら、失笑を禁じ得ないような、とても恥ずかしい告白です。 その告白とは、以下のことです。 “私がクラスメイト全員にイジメているという事実”です。 嗚呼、ダメです、ダメです。考えただけで、赤面してしまいます。きっと今の告白を誰かが聞いていたりしたら、きっとこう言うでしょう。 「被害妄想も大概にしろよ。クラスメイト全員が、お前をイジメているはずがないだろ。被害者意識が大きすぎる」と。 ええ、ええ。全く以ってその通りです。世に遍在する通常のイジメであれば、加害者はせいぜい四、五人。クラス規模のイジメでは、その人数が限界なのです。 そもそも、一クラス単位の人間が、皆同じように、たった一人の人間に対し悪意を抱くなど不可能なのです。人の気持ちは十人十色、文字通りバラバラなのですから。 イジメに達するほどまで人を嫌うには、それなりのプロセスがあります。降って湧いたように、自然発生的にイジメが生まれるはずがないのです。 はい、はい、言いたいことはわかります。声の大きなオピニオンリーダーに従わざるをえず、不本意ながらイジメに加担するというケースだってあるだろうと言いたいのでしょう。 だけど、それならそういう空気を発するものなのです。自分は本当はこんなことしたくないんだ、という空気がどうしても漏れ出てしまうのです。 そして、イジメを受ける張本人がそれに気づかないはずがありません。ああ、この人はそんなに乗り気ではないんだな、と加害者の心の機微を感じ取れるのは自明です。 ――嗚呼、もう、いいです。ヤケクソです。羞恥心なんかはあさっての方向にでも投げて、私はあえてもう一度いいましょう。 “私、葛籠木キリエはクラスメイト全員から、等しく悪意を持って、等しくイジメられている。そこに強制の気配は皆無である。彼等はあくまで自発的に、自らが進んでイジメを行なっている” 屋上に着きました。 人が入ることを想定されていないためでしょう、屋上にフェンスの類はありません。背の低い縁が周囲を囲っているだけでした。 私は顔を上に向けます。空模様は、生憎よろしくありませんでした。梅雨時というのもあるのでしょうが、厚い雲が空を覆っていて太陽の姿すら視認できません。 でも、気分は悪くありませんでした。曇天模様の空が、現在の私の心境を現しているようで、なんとなく嬉しくなったからです。 空という非生物的な存在ではありますが、やはり自分に同調してくれるというのは嬉しいものです。 私は屋上の中心まで歩いていき、その場に腰を下ろしました。 六月の生温い風が、髪を揺らします。グラウンドからは下級生と思しき幼い声が、元気に発せられています。気の早いアブラゼミが、控え目にミンミンと鳴いています。 心地のよい時間です。久しぶりに訪れた平穏でした。 そのためでしょうか。私の心はいい塩梅に緩んでしまって、気づかぬ間にハラハラと落涙していたのです。 最近は、改めて意識することがありませんでしたが、私は、葛籠木キリエは、とても、辛かったのです。 正直に申し上げますと、私はクラスの人たちを恨んでいませんでした。 別に聖人君子を気取っているわけじゃありません。これは偽りのない、本心からの言葉です。 原因は全くわからないけれど、私はたぶん彼等を不快にさせるような行いをしてしまったのでしょう。でなければ、そもそもイジメなどが起こるはずがありません。 なら、仕方がないのです。そのような結果が生じるようなことをしたのは紛れもなく私なのですから。それでクラスメイトを憎んでいい道理にならないでしょう。そこだけは決して履き違えてはなりません。 だけど、ただ教えて欲しかったのです。私の何がいけなかったのかを。何が悪かったのかを。 実際に、彼等に問うたこともありました。が、クラスメイト達は侮蔑の表情を私に向けるだけで、何も教えてはくれなかったのです。 問題点がわからなければ、それを正すことは出来ません。 私はそれからも必死にイジメの原因を探っていますが、未だにそれは見つかっていません。 私は、どうしてイジメられるようになったのでしょうか――? そんなことを考えながら、鳥のさえずりに耳を傾け、瞼を下ろしました。 138 名前:私は人がわからない[sage] 投稿日:2013/08/24(土) 14 52 31.28 ID lcwKyq+5 [5/8] いつの間にか、眠っていたみたいです。 空はすっかり紫色を帯びて、夜を迎えようとしています。校内の喧騒も、もう聞こえて来ません。完全下校時刻を過ぎてしまってるのでしょう。 こんなに長く授業をサボタージュしたのは初めてでした。破れかぶれな心境も鳴りを潜めていたので、さすがに罪悪感がわきます。 ですが、今日はもうイジメを受けることがないという事実にもホッとしました。 今日も、なんとか乗り越えることが出来た。 そんな小さな達成感に、私は安堵の息を漏らしてしまうのです。 その時でした。異変を感じ取ったのは。 先の集団暴力で眼鏡を壊してしまったので、私の視界は依然ボヤケています。必然、鮮明に物を見ることが出来ません。 しかし、その朧気な視界の中でも、しっかりと捉えることが出来たのです。 屋上の縁に立つ、男子生徒の姿は。 息を呑みました。 脳裏にチラつくのは自殺の二文字です。彼はもしかして、今から死のうとしているのでは――。 そう思い立った途端、ダメだ、と強く思いました。 私自身、イジメを受けていると死にたくなることがあります。 暴力に身を曝されている時、「このまま死んでしまえたら、どれだけ楽なのだろう」と、絶望に身を委ねかけてしまうこともあります。 けど、ダメなのです。死ぬのは、ダメなのです。 どうしてダメなのかを、論理的に説明することは出来ません。が、自殺だけは絶対にダメなのです。人は、生きるのを諦めてはいけません。 もしかしたら、その道のほんのさきに幸福が転がっているかもしれないじゃないですか。この先には絶望しか有りえないと、誰が証明出来ましょうか。 だから、イジメを受けている私だからこそ、男子生徒を止めなくてはならないと思い立ちました。 そうとなれば行動に移しましょう。 本当は今すぐにでも声をかけたかったのですが、そうしたら彼は驚いてしまって、それで転落してしまうかもしれません。 だから私は、自分の存在を誇示するためにわざと大きく足を鳴らして、男子生徒に近づいていきました。 距離が縮まるにつれ、男子生徒の姿も鮮明になってきます。 男子生徒は私に背を向けるようにして立っているので、表情は伺えません。私に見えるのは、わりかし細い彼の背中だけです。 「……!」 だけど、その後ろ姿だけで十分でした。彼の発する不安定な雰囲気を察するのには。 私は足を止めました。なんといいますか、よくわからなくなったのです。 男子生徒が死ぬ気でないのは、すぐにわかりました。 彼からは自殺者特有の(私自身もよく発してしまうのですが)厭世感のようなものが感じられませんでした。 どうやら自殺云々については、私の思い違いだったみたいです。 だけど。 男子生徒は、とにかく危うかったのです。 下手な喩えで申し訳ないのですが、歩き始めたばかりの子供に交通量の多い道路を横断させるのを強制的に見せつけられるような、しかもその道路には信号すら備え付けられていなくって、そのうえ、走行するのは大型の車ばかりで……。 ああ、いけません。我ながら支離滅裂ですね。 不思議なことに、彼を見ているとどうしても思考が固まらないのです。思考が散漫になって、不安定になってしまう。 不安定。そう、彼はとにかく不安定でした。 私は、当初の目的すら忘れて硬直していました。 すると、背後にいる人物の気配に気づいたのでしょう。男子生徒はやおら振り向きました。 「あっ……」 そこで私はようやく、目の前の男子生徒が自分と同じクラスメイトということを知ったのです。 139 名前:私は人がわからない[sage] 投稿日:2013/08/24(土) 14 56 20.73 ID lcwKyq+5 [6/8] 「鳥島くん……」 鳥島タロウくん。 彼は私と同じクラスで、いえ、クラスだけじゃなくって、この市立N小学校で一位二位を争う有名人でした。 鳥島くんはとても明るくて、男女の区別や学年の差異などもお構いなしに、誰にでも話しかける太陽のような人なのです。 N小学校の誰もが彼のことを慕っていて、それこそ教師さえも含めて、頼りにしているのです。 ――いえ、この場合は「でした」と言い換えたほうがよいのかもしれませんね。 振り向いた鳥島くんの表情は想定通り無機質で、目は虚と見間違えるほどに虚ろでした。 「…………」 鳥島くんの無言に、私はアッと乾いた息を漏らしてしまいます。 やはり、鳥島くんを見ていると心がざわつくのです。彼に気圧されてしまい、訳の分からない焦燥感に駆られました。 とにかく何か話さなくてはと思い、 「あ、の、こんなところで、どうしているんですか?」 当たり障りのない質問を投げかけましたが、返ってきた反応は無でした。 彼は私をチラリと見やっただけで、興味も湧かないのか、そのままフラフラと不安定な足取りで屋上を出ていきました。 ギイィバタン、と金属が軋む音と共にドアが閉まりました。 それと同時に、私は溜め込んでいた空気を一気に吐き出します。額には、じんわりと脂汗が滲み出ていました。 「こわかった……」 思わず、声に出してしまいます。それほど、さっきの鳥島くんの視線は怖かったのです。 上手く、言葉では言い表せないかもしれません。 鳥島くんの視線は、一言でいえば徹底的な黙殺。ひたすら私を見ないようにしているようでした。 それだけなら、只のシカトで済むのですが、彼の場合は違いました。シカトなんて生易しいレベルではありません。まるで人を人と捉えていないみたいな、病的なまでの無視でした。少なくとも同じ人間に向ける視線ではないでしょう。 あのような視線をぶつけられて動揺しない人間がいましょうか? 間違いなくいないと断言できます。それほどまでに、彼の視線は異常だったのです。 しかしながら、不思議です。 確かに、先程の鳥島くんは非常に機械的で非人間的な様相を成していましたが、瞳だけは少し違っていたのです。 向ける視線こそは別格でしたが、その根源にある瞳は、何故かとても人間らしかったのです。 そして、ソレは私もよく知っているもので、よく慣れ親しんでいる感情なのでした。 だけど、ソレが何かがいまいちピンときません。喉に小骨が刺さったようなもどかしさに、私は苛まれてしまいます。 ――鳥島くんは何を思って、あのような視線を人に向けるのだろう? と、私が思考を更に展開させようとした、その時でした。 私はボヤケた視界の中で、ある物を見つけます。 手帳です。 量販店ならどこにでも置いてありそうな安っぽい手帳が、縁の近くに落ちていたのです。位置からして、どうやら鳥島くんが落としていった物みたいでした。 私は恐る恐る縁まで近づいて、手帳を拾い上げます。 それなりに使い込まれているようでしたが、それ以外にはなんの変哲もない手帳でした。 しかし、そのなんの変哲もない手帳が、どうしようもなく私の好奇心をくすぐるのです。 ――ある日、突然豹変してしまった鳥島くん。その謎が、ここにあるのではないかしら? 私はゴクリと喉を鳴らしてから、辺りを見回します。 当然、自分以外に誰もいません。屋上にいるのは、正真正銘私一人です。 悪いと思う気持ちはありました。ですけど、それ以上にこの手帳が気になってしまったのです。 私はしばらく逡巡した後に、思い切ってエイッと手帳を開きました。 私が鳥島くんの謎を解明してみせよう、そう息巻きながら開帳したのですが…… 「全然、読めないよ……」 結論からいえば、手帳を読むことは出来ませんでした。 ページを満たしている文字の全部がとても癖が強く、どう頑張っても解読が出来なかったからです。 自分さえ理解出来れば構わないといった感じの、他人が読むことを全く想定していないような文字。 鳥島くんはいつもこんな字を書いているのか、と少し新鮮な気持ちになりました。 140 名前:私は人がわからない[sage] 投稿日:2013/08/24(土) 14 58 37.50 ID lcwKyq+5 [7/8] でも、もしかしたら――。 と、私は少し見解の幅を広げてみます。 これは、もしかして“あえて”こういう文字にしているのではないのだろうか、と私は推察したのです。 たとえば、こうやって“誰かに拾われたとしても中身を読まれないように”と。 「……さすがに穿ち過ぎかしら」 自分の極端な推理に呆れて、私は肩をすくめてしまいます。 それからも、パラパラと惰性でページを捲っていたのです、最後の書き込みがしてあるところで手を止めました。 「ここ、読めるかも……」 ページの下部にある書き殴り。そこだけは唯一、辛うじて理解出来る文字列を成していました。 私は必死にそこだけを注視し、声に出しながら解読を試みます。 「そろそ、ろ……か、んさつを……さい、かいす、るべき……だろう……?」 『そろそろ観察を再開するべきだろう』 ページには、そう書いてあったのです。 「?」 しかし、文字は読めても事情の読めない私には、何が何だかわかりません。 結局、この手帳を呼んで得たものは鳥島くんに対する罪悪感だけで、彼に関することは何もわからなかったのです。 「手帳、明日ちゃんと返してあげなくちゃな……。それと、勝手に中を見たこともキチンと謝ろう」 私は手帳のシンプルな表紙をぼんやりと眺めながら、明日の予定を決めました。 「それにしても、鳥島くんか……」 私は彼の不安定な姿を思い出し、若干の身震いをします。 鳥島くんは、変わってしまいました。 彼は、昔はこうじゃありませんでした。絶対に、あんな怖い視線を向けるような人じゃなかったのです。 鳥島くんはある日突然、己の有していた幅広い交友関係を全て断ち切りました。そして、自ら進んで独りになったのです。 最初こそは、親しい友人たちも鳥島くんを心配して、彼に積極的に関わろうとしていました。 が、誰もが彼の普通でない様子に恐れをなして、誰もが離れていきました。 今では、誰も鳥島くんに話しかけたりしません。彼は、恐怖の対象なのです。 それに、鳥島くんは己が意図してそうしているのかはわからないのですが、存在感がとても希薄なのです。気をつけて観察していても、何処にいるのかわからなくなる時があるほどです。 さっきだって、幽霊のようにいつの間にか屋上に居ましたし……。こういう言い方をすると、悪口みたいになってあまり好かないのですが……私は以前の彼ならまだしも、今の彼はどうしても好きになれませんでした。 鳥島くんは、とても怖い人なのです。 「あ……」 しかしその時、私はある重要な事に気がついて、瞳を目一杯に広げたのです。それは非常に大きなショックを伴っていて、思わずよろけてしまいます。 どうして、どうして私は今まで、こんな大事なことに気が付かなかったのでしょう。 灯台下暗し、とは正にこのようなことを言うのだと殊更に実感しました。 だって、こんな事実を見落としていいはずがない。 141 名前:私は人がわからない[sage] 投稿日:2013/08/24(土) 15 00 44.90 ID lcwKyq+5 [8/8] ――彼は、鳥島くんだけは、 「鳥島くんだけは、私をイジメない……」 恥の上塗りだとは重々承知しているのですが、前述したように私は現在“クラスメイト全員にイジメられています”。 しかし、鳥島くんだけは違ったのです。 勿論、彼自身が腫れ物扱いされているというのもあるのでしょうが、鳥島くんだけは私をイジメたことが只の一度もありません。 ナイフのように冷たい暴言を吐いたことも、私の身体に青アザをつけたことも無かったのです。 その事実に気づいた時、フッと心が軽くなりました。 まるで重荷を一つ置いていったような、縛る鎖が一つ無くなったような、そんな開放感に包まれたのです。 尤も、鳥島くんが私を助けてくれた訳でもありません。それこそ、同情さえもしたことがないでしょう。 彼からすれば、私の存在など路傍の石に過ぎないのです。それどころか、彼の無関心さを考えれば、私がクラスでイジメられているという事実さえ知りえないかもしれません。 だけど、 「それでも、やっぱり嬉しいな……」 私の顔は、自然と綻んでしまうのです。 闇に差し込む、ほんのちょっと光明。それが、私にとっての鳥島くんなのかもしれません。自分の置かれている立場が完全な闇でないというのがわかるだけでも、私にとっては大きな救いに成り得るのです。 それが、嬉しかった。 私の中にある鳥島くんに対する恐怖は相変わらず消えませんが、それでも感謝の念だけは湧きました。 私は大きく伸びをして、空を見上げます。 空は、本格的に夜を向かい入れようとしていました。夕日は隅に追いやられ、光る星はあちこちに散在しています。 普段よりも、幾らかマシな気分でした。イジメによる傷の重い痛みも、今はあまりきになりません。 明日もまた頑張ろう、素直にそう思えました。 ――けど、本当にそれだけだったのです。 今日は鳥島タロウくんという微かな光を再確認しただけで、私の周囲は真実、何も変わっていませんでした。 現在、晴れやかになっている私は、鎮痛剤によって一時的な逃避をしているだけに過ぎません。 私、葛籠木キリエの現状はこれっぽっちも、どうしようもないほどに、これっぽっちも変わっていなかったのです。 それは、そう遠くない未来に、すぐに思い知ることになりました。
https://w.atwiki.jp/niziroyale/pages/29.html
なにもかもがわからない ◆7RGbmc1fRg 目の前ではじけ飛んだ少女の血潮と死の臭い、目の前の光景が受け入れられぬままにいると また気がつけば場所が変わっていた。 俺が“飛ばされた”のは、どうやら古びたアパートの一室らしい。 『これから、お前達には最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう』 あの目隠しをした女の告げた言葉。修道女が目の前に描き出した魔方陣。 そして瞬間移動。 “常識的に物事を考える” 備府出やらない夫が人生の規範としてきた、己の中心に据えられた言葉に従えばこんなこと認められるわけがない。 しかし常識的に考えてこれは間違いなく現実。夢だとか幻覚とかではない。 とりあえずこれから何をすべきか、やらない夫は考え始めた。 まずはなにか武器がほしい。人殺しはしたくないが、拳銃でもあれば警告ができる。 荷物の整理をしようと、黒いデイバックの中をかき回す。 なにか「むにっ」とした、気持ちの悪いものが指にひっかかったような気がした。 なんだ?まさか変な生き物なんて入ってないよな? 嫌な汗が出てくるが、「むにっ」としたそれを手に掴み引っ張り出す。 「CD……?」 普通CDってのはディスクケースに入っているものだろう? それがなぜかそのまま抜身の状態で出てきた。 武器が出なかったことに文句のひとつも言いたくなるが、俺としてはキチンとケースにしまわない方が気になるね。 これを入れたやつはなにか? お気に入りのCDをアーティスト順に並べて、楽しく聞いたあとはきっちり元のケースしまうってこともしないんだろうか。 しかしこのCDちょっと変だ。なんというか普通のCDよりぶ厚いし、そもそも素材がおかしい。なんでゴムみたいな感触なんだ。 それに普通CDには表面にラベルやらなんやらが印刷されている。 しかしこれにはただ『DISC』と印字されているのみで、アーティスト名もタイトルも書いていない。 見れば見るほど不思議なDISCだ。 ……ん? ちょっと待て、表面になにか映りこんでいる! 見慣れた俺の顔じゃない。なんだこれは!いったい誰の顔だ!? ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!』 『やれやれだぜ』 『スタンド』 『星の白銀』 『幽波紋』 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 食い入るようにDISCを見つめているとスマートながらもがっしりとした、人型のビジョンが脳内でフラッシュバックする。 意味不明の単語が駆け巡り、そしてなによりその圧倒的なパワーとスピード! 痛い、頭が割れるように痛い!それに吐き気もだ!ちくしょう気持ち悪い! 座ってなんかいられない、トイレに、吐きにいかなくては。 こんなところで胃の中のものをぶち撒けるわけにはいかない……。 そう思ったとき、俺の視界は逆転していた。 天井が下に、フローリングの床が上にある。 なんだ、いったい。平衡感覚までおかしくなったのか? 違う。俺の感覚は正常だ。天井は常に上にあるし、床は地にあるもの。 ただ単に俺の身体が、マジックショーかなんかみたいにふわふわと宙を浮いていて……。 「……ちくしょう、やっぱ重いな。おい、落ち着け。暴れんなって」 重い?落ち着け? 俺のことか? 開け放たれた部屋の扉の前に、サングラスをかけた男が鼻を押さえ立っている。 クソッ、俺が頭痛でふらふらしてる間に近づかれたってわけか! 「な、なんなんだあんた!? あんたか!?あんたがやったのか!?俺をどうするつもりだ、答えろ!」 「おーおー、殺気立っちゃって恐いねぇ。お前もしかして乗っちゃってる系? なーんで餓鬼はこう簡単に命を投げ捨てようとするかな」 宙で二、三回転すると、ドスンと宙からソファの上へと落とされる。 なんだ今のは……超スピードだとかテクニックとかの問題じゃねぇぞ! “常識的に考えて”人間がなんの補助器具もなしに宙を浮遊するなぞありえない! きっとワイヤーかなんかを使って俺を吊るしあげたに決まってる! 「いったい、いったいなんなんだ、あんた!」 「……坂田研三、超能力者って言ったほうが分かりやすいか。言っておくが手品じゃねぇぞ」 どう考えても手品だろうが!超能力だって?! ありえない、あるわけがない。 さっきのだってどうせなんらかのトリックを使ったに決まってる! そうでなきゃ催眠術かなんかだ!常識的に考えろ!そうに決まってる! 「あら、信じられないって顔してるねぇ。でもさ、俺にしてみればお前の方がよっぽどエスパーだぜ。 暗くて分かんねぇか?ならよく見てみろ。お前の周りをな」 破壊されている部屋、扉。 なんだ?なんなんだ?誰がこんなことをやった?俺が支給品を確認していたときは普通だったろ? なんで俺がちょっと頭を抱えているあいだにこんなことに? 「いったい……誰がこんな……」 「お前、そこの面長のお前がやったんだよ。ドタバタうるせーから来てみりゃいきなりドアが吹っ飛んでんじゃねーか」 これを?俺が?どうして?どうやって? 「あの、すみません……俺、まだ頭のなかぐちゃぐちゃで……。正直自分でやったって記憶もなくて…… すごい申し訳ないんですけど、本当に俺がやったって言うなら、ここでなにがあったか教えてくれませんか? 坂田さん……」 「名前……(ボソッ)」 「え?」 「人に物聞く前には自己紹介くらいするよな、普通……」 「す、すみません……」 自分で名乗ることを忘れるほどに冷静さを欠いていたってのか、俺は。 ……無理もない。あんな凄惨な殺人現場を目の当たりにしたんだ。PTSDを患っても不思議じゃない。 俺は胸を張り、呼吸を意識する。 そして親から戴いた無二の名前。自身のパーソナルとなるべきその名を口にした。 「やらない夫……備府出やらない夫。ただの高校生です」 * その後、俺と坂田さんは場所を移すことにした。 俺がしっちゃかめっちゃかに暴れた音が他の参加者、特に殺しに乗ったやつに聞きつけられたとも限らないからだ。 俺が最初に飛ばされた古びたアパートから、いくらか離れた民家へと場を移しその居間に腰を据える。 俺が坂田さんに持った最初のイメージは、言っちゃ悪いがチンピラとまではいかないまでも、池袋にいそうなチャライ男。 正直俺はこういったタイプの人間にあまり好感の持てる方ではない。 ああいう種類の人間は弱者を虐げ、強者に媚びへつらう者が多い。そしてこういう緊急事態では、いつ裏切るともしれないからだ。 「ああ、電気は付けるなよやらない夫……って言うまでもないな。お前賢そうだし。 ……じゃあ一から説明すっぞ。その代わり俺からもいくつか質問させてもらう」 だがこの坂田研三という男。 なんというか、俺のイメージする所謂DQNと呼ばれる奴らとは少し違う。 妙に落ち着いてるというか、場慣れしているというか……。 「俺が駆けつけたとき、ちょうどお前のいた部屋のドアが吹き飛んだ。 それで中を見たら、お前が頭抱えてうずくまってるとこだった。 そして問題はここからだ。お前の側に立ってるやつが見えたのさ。古代の戦士みたいな格好した野郎がな。 微妙に透けて見えてたし、『背後霊』ってやつかな? そう俺が思ったとき、その『背後霊』はお前の身体の中に引っ込んでいった」 「……その『背後霊』が部屋を破壊したって言うんですか?」 ふざけるのも大概にしてほしい。 超能力者を自称するだけでなく今度は『幽霊』だ? 非常識的すぎる。やっぱりこの男、頭がおかしいんじゃ―― ……ちょっと待て。古代の戦士の姿をした『幽霊』だって? 「もしかしてその『背後霊』……筋骨隆々で、髪は逆だってて、両手にグローブとかはめてたりしました……?」 「ああっ、そうそう。そんな感じそんな感じ」 坂田さんの見た『背後霊』と、DISCの面に映りこんでいた像とが一致する。 考えてみればあのDISCを見ていた直後に体調がおかしくなったのだ。 もしかしたら幻覚を見せるヤバいDISCだったのかもしれない。 もう一度DISCを確認してみようと思いデイバックを確かめてみるが……。 ないッ!ないのだッ!ヤバいDISCがないッ! もしかしてあのアパートに置いてきてしまったのか? 「今度は俺が質問する番だ。やらない夫、お前その『背後霊』のチカラ使えるようになったの最近だろ? 特殊なチカラを持つ奴には自信がある。俺はそこらのやつらなんかとは違うんだって自信がな。 だから俺も多少のことじゃビビらねぇつもりだし、今だって落ち着いていられる。 お前にはその自信を感じられなかった」 俺にそんな力あるかどうかは別として、仮に『幽霊』の力を操れるようになったのだとしたらきっかけは間違いなくあのDISCだ。 だがそのDISCが手元にない以上確認する方法はない。 「もう一回、そのチカラ見せてみろ。身体の中に引っ込んだのなら身体の外に出すことも可能なはずだ」 そんなバカな。あるわけがないだろうがそんな。 俺はただの高校生に過ぎないんだ。ある日突然自分の中に眠っていた力が目覚めるなんて、三流ラノベの出だしそのままじゃないか。 「いや、俺にはそんな……」 「この状況だ。既成概念は全て捨てろ。お前には間違いなくチカラがある。それ使わないとお前……死ぬぞ?」 ――いや、こんな状況になってること事態、既にメルヘンやファンタジーの領域か……。 それにやらないと納得してくれなさそうだしなこの人……。 ダメもとと思いつつ、頭のなかでイメージする。 姿はもちろん荒々しいあの戦士のビジョン。 自分の身体のなかから飛び出すように、出ろッ!出ろぉッ!って感じで……。 「――おい……嘘だろ……」 俺の右腕が、二重にダブって見える。 霞目なんかじゃない。しかもそのもうひとつの右腕が自分の思った通りに動く。 そしてこのグローブの甲に散りばめられた鋲。間違いない、あの『幽霊』の手だ。 「右腕だけ……か。ま、ぼちぼち練習は必要か。 それで、これからどうするつもりだやらない夫。このゲームに乗る気か?」 「……あなたこそどうなんですか、坂田さん。自称超能力者のあんたなら、生き残れそうな気もしますが?」 俺はいまだこの坂田という男に信用を置いてはいない。 むしろ、この状況で他人を信用しろというほうが無理がある。 悲しいことだが、顔見知りでさえ気を許すことは難しいだろ。 「バァーッカ、俺は自分の能力を過信しちゃいないんだよ。50人以上の人間を殺してまわれとか無理に決まッてんだろ。 しばらくは様子見だ。どの道この暗がりじゃ移動するのもしんどいしな。つか疑問文に疑問文で返すな、バカみてーじゃねぇかよ。 はい、次お前。やらない夫の番。これからどうするか意見して」 「……俺もこんなゲームに乗る気はありませんよ。なんでも願いを叶えてやるなんて言ってますが、ぶっちゃけ嘘臭いし。 ただ頭の中に爆弾が埋めこまれてる以上、乗るやつは多数いそうですけどね。せめてそういうやつらから身を守る手段は欲しいんですが……。 それと言わせてもらいますが坂田さん、俺はあなたを信用できないでいます。正直言えば今こうしてあなたと一緒にいるということさえ危険だと思っている」 すでに、『幽霊』の右腕は出している。 あのDISCで見た内容通りのチカラがあるというのなら、驚異的なスピードとパワーを持っているはずだ。 ――おかしな挙動をすれば即叩き込む。その『覚悟』を決め俺は坂田さんと対峙する。 ドックンッ……ドックンッ……ドックンッ……ドックンッ…… 緊張しているせいか、いやに自分の心臓の音が大きく聞こえる。まるで全速力で駆け抜けたあとのような……。 ――ち、違う…!なにかおかしい…!? 「俺……俺の仕業。今お前の心臓の動き、速くしてる」 心臓の鼓動を無理矢理早められているッ! く、苦しい…! まさかこいつか!? 坂田さんが超能力でやったてのか!? 「……早まったこと考えんなやらない夫。俺もお前も立場は一緒だ。そもそも俺が乗り気なら今お前はこうして俺と話してさえいない。 なんならそのチカラの使い方を教えてやってもいい。だから少しは俺を信用しろ」 その直後、早鐘を打っていた鼓動が静かなものへと変わっていく。 ……どうやら超能力の存在を認めるしかないらしい。 こんなことが可能なら、俺はとっくに坂田さんに殺されているんだ。それだけは確かだ。 それに俺にチカラの使い方を教えるというのも、坂田さんが殺す側の人間だというならメリットがまったくない。 ……ダメだな、少し疑り深くなっている。このままじゃ神経のほうがやられちまう。 分からない事だらけだが、出来る限り坂田さんを信用することにしよう―――。 それにせっかく厨二病ラノベ的な能力に目覚めたんだ。 自分が正しいと思うことに使うべきだろ?常識的に考えて。 * どうやらやらない夫のやつも少しは俺を信用する気になったらしい。 俺の他に来ているガンツメンバーは玄野と加藤。それと玄野の彼女の小島多恵。 大阪で死んだはずの自分が生きているということは、おそらく加藤か玄野のどちらかが俺を再生させたってとこか。 桜井や、他のメンバーのことも気になるがそれも加藤か玄野に聞かなければ分からないな。 しかし今回のミッションは人数が多すぎる。それに相手が星人じゃなく人間……。 俺がいない間にまた状況が変わったのか? もしくは殺し合いを宣言した平戸ロイヤルという女がガンツの黒幕だったのか……。 ああっ、分からねェ、全然分からねェ。 やっぱ加藤か玄野と会わなきゃどうにもならねぇ。 てか俺、なんで見ず知らずの奴と一緒にいんだろ。 もしかして桜井の奴とやらない夫を重ねちまってんのか……。 そういやあいつ、あのあとちゃんと逃げられたのか? ここにいないってことは俺がいない間に100点とって解放されたか、それとも死んだか……。 ともかく、日の出までここでジッとしていることにしよう。 その間チカラの使い方を教えるなり、支給品とやらの確認を済ませればいい。 あとは黒球……ガンツのことをやらない夫に教えるべきかどうか……。 いつかは話さなければいけないことだが……しばらく様子を見てから、どう切り出すか決めることにしよう。 【新米スタンド使いと超能力者】 【A-3・民家/1日目・深夜】 【備府出やらない夫@2ch】 【状態】健康 【装備】スタープラチナのDISC、学ラン 【持ち物】支給品一式、不明支給品0~2 【思考】 基本:とりあえず殺し合いに乗る気はない。 1:チカラの使い方を坂田から教わる。 2:ひとまずは坂田と行動を共にする気。 3: 【備考】 ※DISCは初期位置のアパートに置いてきてしまったと思っています。しかし戻ることは危険と判断し回収は諦めました。 ※まだ名簿を確認していません。 ※坂田がスタープラチナの全形を確認できたのはDISC挿入時、スタンドが一時的な暴走状態にあったためです。 現在はスタープラチナの右腕のみ発現可能なようです。 【坂田研三@GANTZ】 【状態】健康 【装備】サングラス、普段着 【持ち物】支給品一式、不明支給品1~3、ポケットティッシュ(現地調達品) 【思考】 基本:しばらくは様子見。生存優先。 1:やらない夫と行動を共にする。 2:日の出を待ち、その後行動を開始する。 3:玄野計、加藤勝との合流。小島多恵はできれば保護してやりたい。 【備考】 ※大阪編死亡後からの参戦です。 ※自分がいなかった間にガンツになんらかの変化、もしくは異常が起こったのかもしれないと推測しています。 ガンツについては機会を見て話すつもりです。 【スタープラチナのDISC@ジョジョの奇妙な冒険】 破壊力 - A / スピード - A / 持続力 - A 射程距離 - C / 精密動作性 - A / 成長性 - A ジョジョの奇妙な冒険Part6、ストーンオーシャンより登場。 超精密な動きで物体を破壊する能力。 射程距離は2m以下であるが、そのスピードはあまりにも速く、時を超えた時、全ての世界の時間が止まる。 ホワイトスネイクの能力によりDISC化されたものであり、適正さえあれば頭部に挿入することで使用可能となる。 名前の由来はタロットの大アルカナ17番目の暗示「星」 時系列順で読む 前へ:ロイヤルボックス 戻る 次へ:『天才』と『過負荷』 投下順で読む 前へ:ロイヤルボックス 戻る 次へ:『天才』と『過負荷』 キャラを追って読む 行動開始 備府出やらない夫 行動開始 坂田研三 ▲
https://w.atwiki.jp/hmiku/pages/51092.html
【検索用 いきてるいみかわからない 登録タグ VOCALOID い しろくろ 初音ミク 曲 曲あ 神様うさぎ】 + 目次 目次 曲紹介 歌詞 コメント 作詞:神様うさぎ 作曲:神様うさぎ 編曲:神様うさぎ 絵:しろくろ(Twitter) 唄:初音ミク 曲紹介 曲名:『生きてる意味がわからない』(いきてるいみがわからない) ボカコレ2022秋TOP100ランキングにて69位を獲得した。 歌詞 (配布テキストファイルより転載) ボカロ曲のせいで 人としてだめになりそうだよ 繰り返すGIFの海 脳死したままで踊る 嗚呼、画面の端から流れるpngに 明るい未来を重ねてみるけど 黄熱のように今夜も疼いてる君の笑顔が 痛いよ あの時の下書きが 笑って 生きてる意味がわからない ねえだれか 愛したって ばいばい ばいばいですか? さみしくって さみしくって さみしくって 今日も今日も同じ笑顔にさようなら 生きてる意味がわからない ねえだれか 信じたって ばいばい ばいんばいですか? かなしくって かなしくって かなしくって 今日も今日も同じ笑顔に”さようなら” 左スワイプで 性格も人生も再起動 刹那の快楽に作り笑いをコピペしてる Q,“ユメ” はありますか? A,あるともないとも言えません 今日も 勇気ないくせに かまってもらいたくて シニタイってつぶやいてる 生きる意味がわからない ねえだれか 愛したって ばいばい ばいばいですか? さみしくって さみしくって さみしくって 今日も今日も同じ画面に溺れてく 生きてる意味がわからない ねえだれか 信じたって いいの? いいのですか? かなしくって かなしくって かなしくって 今日も明日も同じ笑顔にさようなら コメント 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/sims3/pages/46.html
チェスの練習はどうやるかわからない ギターの弾き方がわからない 写真の撮り方がわからない ガーデニングのやり方がわからない 結婚できない 実績解除が難しい 基礎系 Q:バースデーケーキって何処よ? A:スーパーで購入することもできますし、購入モードからも購入できます。 Q:シムの名前を変えたい A:市役所に行くことで変更できます。但し、夜間は営業していません。 Q:「家族の所持品に○○が追加されました」と表示されたが、何処に? A:購入モードの3つ目のタブを開いたところが「家族の所持品」です。 Q:コレクションヘルパーの使い方がわからない A:建築モードにして部屋に置く→ツールの収納庫でしまう→「家族の所持品」の「世帯」の中にあるので、□を押してシムの方に移動させる。シムの所持品に入れておかないと効力は発揮されない。 Q:神々の食事が作れない A:「~を用意する」ではなく「~を食べる」→「もっと」→「神々の食事」。一人分でないと料理できません。 Q:パーティーを成功させるコツ A:特質「パーティーアニマル」や「魅力的」を持つシムだと成功しやすい。パーティー用のテーブル(パーティー用の料理を出せる。$250。パーティーが終わったら片づけよう)やバルーンを置いて装飾するのも良い。音楽を流すとダンスができるので活用しても。招待客に積極的に話しかけ、良いムードレットを作り出すこと。 Q:他のシム(友達や結婚相手)と一緒に住みたい A:フレンドリー系の会話を続けていると「引っ越してくるように言う」のコマンドが出るので、これを使う。ロマンチックな会話では出ない。 ※世帯に空きがあることを確認しよう(世帯は6人まで)。 Q:引っ越ししたい A:自シムの携帯電話から「引っ越す」を選ぶ。 Q:会話のコツ A:シムは同じ会話が続くと退屈してしまうので、色々な内容の会話を織り交ぜながら話すこと。 特質「口達者(会話内容が増える)」「魅力的(友達になりやすい)」を持っていると有利。 金庫破りになりましたが物を盗めませんやり方教えてください - 名無しさん 2010-12-28 00 01 02 特質が2つしかついてない他シムとは結婚できない?? - 名無しさん 2011-03-05 21 43 11 暖炉のアップグレード(耐火性)がどうしてもできません。。。やっぱりバグですかね? - 名無しさん 2011-07-22 03 03 47 結婚相手がプレイヤーの家にきま。なぜかおしえてください。ちなみに相手を入れても世帯は5人ですせん。世帯にも追加されません - 名無しさん 2012-05-27 00 49 47 チーズの苗 - 名無しさん 2013-07-02 23 07 20 こんにちわ、最近シムズ3初めまして、ユーじの店やライブハウスを他の町でコピーしたのを、今すんでる町に張り付けたいのですが、 コピー張り付ける選んでも貼れません。どうしたらいいでしょうか - ちぃやんです。 2013-11-05 17 34 28 こんにちわ、最近シムズ3初めまして、ユーじの店やライブハウスを他の町でコピーしたのを、今すんでる町に張り付けたいのですが、 コピー張り付ける選んでも貼れません。どうしたらいいでしょうか - ちぃやんです。 2013-11-05 17 35 41 家を一から作り直したいけどできないどうやるの - ((( - )((( - )((( - ) 2015-01-31 14 35 20 パーティーを成功させるコツはありますか。 - シムズ好き 2016-03-09 19 27 35 暖炉を設置すると火事になってしまうんですが、どうすればいいんですか。 - シムズ好き 2016-03-10 00 22 09 名前 わからない事があればこちらに記入してください。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2527.html
809 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 10 54 16 ID /4kh.2c. [1/12] 遂に、ぽつぽつと雨が降ってきた。 徐々に雨量を増していく雨は、雨脚こそはまだ弱いが、これから激しくなっていくだろう予感を感じさせる、たしかな力強さを持っていた。降りしきる雨粒は遊歩道に黒い染みをつくり、通行人たちは慌てて傘を広げている。 私はコーヒーカップをソーサーに戻すと、ぼんやりと雨に見入った。 「何を見ているんだ?」 前田かん子が、角砂糖をコーヒーに入れながら問うた。 「いや、雨、降っちゃったなって」 「雨?」 怪訝そうに目を細めてから、彼女も外を見やった。雨粒は窓を軽くノックし、水滴を張り付かせては落ちていく。 「雨が降ると、なにか不都合なのか」 「不都合。そうですね、不都合といえば不都合です。実は今日、傘を持ってくるのを忘れちゃいまして。このままじゃ濡れて帰ることになるなと危惧していたわけです」 「嘘だな」 即座に否定されて、びっくりして対面を見返す。前田かん子はじっと私を睨みつけていた。嘘吐きを見る目だった。 「今のお前の返答は、通常よりも幾らか早かった。あらかじめ私がこの質問をするのに備えていたんだ。本当はもっと別の理由があるんじゃないか。雨が降るとマズくなる、別の理由が」 「……さすがに穿ちすぎですよ。別の理由なんてあるはずないじゃないですか」 ゆるゆると首を振る。 「前田さんが私のことを嫌っているのはわかっています。ですが、そう何度も突っかかられるのは困りますよ。とても疲れてしまいます。お願いですから、多少の不快には目を瞑ってもらえませんか」 「嫌っているのはわかっている、ねえ……」 角砂糖をコーヒーに入れながら、前田かん子は面白そうに笑う。 「ああ。たしかに私はお前を嫌っているさ。それもかなり。私はお前が嫌いで嫌いで仕方がない。鳥島タロウの全てが気に喰わない。特に、その喋り方。そのとってつけたような丁寧語は気に入らん。一人称が私の男子高校生だなんて、今まで見たことがないぞ」 まさか口調を指摘されると思っていなかったので、少々面をくらう。しかしまあ、言われてみると確かに珍しいかもしれない。妙齢の男性でもないくせに一人称が私だというのは。だが、これはもう癖みたいなもので、すっかり馴染んでしまって今更どうこう出来る物ではなかった。 「すいません。言葉遣いに関しては、我慢してもらうしかありません。長年染み付いてしまったものなので、矯正は難しいかと」 私がそう言うと、前田かん子は、チッと舌を鳴らして視線を外した。耳についているシルバーピアスが、オレンジ色の照明に照らされて鈍い光を放つ。 810 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 10 56 18 ID /4kh.2c.[2/12] 「なら、さっさと本題に入れ。キリエについて訊きたいことがあるのだろう?」 すわ本題か。私は居住まいをなおし、腕を組んでしばし考え込むと、やおら口を開く。 「そうですね……じゃあ、まずは田中さんの簡単な個人情報、プロフィールを教えてもらえますか?」 「プロフィール……内容云々は、私の自己判断で構わないのか?」 「構いません」 「そうか。了解した」 前田かん子は角砂糖をコーヒーに入れると、瞑想する時のように瞼を下ろした。どのようなことから話すべきかを考えているみたいだ。 五分程度経つと、彼女はフゥと息を吐き、目を閉じたままの状態で滔々と話を始めた。 「氏名、田中キリエ。現在は父親と継母の三人暮らしで、兄弟はいない。ペットなども飼ってないが、唯一自室でサボテンを育てている。現在三年目。継母からの贈り物と聞いている。 身長は百四十二・三センチで、体重は三十六・二キログラム・・いや、訂正だ。体重は三日前に二百グラム増えたから、正確には三十六・四キログラムだ。それと足のサイズは二十一・五センチ。 性格は引っ込み思案かつ人見知り。けど、細かいところに目が届き気配りは上手。だから、キリエのことを悪く思うやつは一人だっていないはずだ。キリエは優しくて可愛いからな。アイツの陰口を叩いてる人間なんかいたら、殺してやるさ。 利き手は左だが、書き物をするときや食事などでは右手を使う。まあ、スポーツ等以外では左手を使わないから、実質右利きと言ってもいいのかもしれない。 好きな食べ物は宇治金時で、嫌いな食べ物はトマト。趣味は料理に手芸。料理のほうは言うまでもなく絶品。小さい頃かずっと包丁を握っていたからな。経験だって豊富だ。休日にはお菓子なんかもつくったりする。 手芸のほうは、大体冬が近づくととマフラーや手袋なんかを編み始める。キリエが今年つけているピンク色のマフラーも、自分で編んだものだ。キリエはピンクが好きだから、毛糸も必ずピンク色のものを使用する。ふふっ、ほんとうに愛らしい。 それと、風呂に入ったときに最初に洗う箇所は左足の甲で次は・・」 「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」 堪らず声を上げてしまった。身を乗り出すようにして話を遮る。前田かん子は急に話の腰を折られたためか、不機嫌そうに此方を睨みつけていた。 「なんだよ、急に」 「あ、いえ、いきなり話を中断させて申し訳ないとは思うのですか……あの、いくらなんでも詳しすぎやしませんか?」 「はあ?」 何を言っているのかわからない、といった風で首を傾げる。その態度があまりにも自然なものだったので、一瞬、間違っているのはこちらなのではと考えてしまう。けど、まさかそんなはずはないだろう。 811 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 10 58 16 ID /4kh.2c.[3/12] 「ですから、ちょっと田中さんについて仔細に知りすぎていますよ。身長や体重を小数点以下まで把握しているなんて、忌憚なく言わせてもらうとかなり異常です。ましてや、入浴時云々なんて言うまでもないかと……」 そう指摘すると、前田かん子は呆れ顔になって、 「なあ、鳥島タロウ。お前には、親友と呼べる人間はいるか?」 「親友、ですか? いえ、お恥ずかしながら……」 前田かん子は、やはりそうか、とでも言いたげにやれやれと首を振った。 「なら、理解できなくても仕方がないか。無知蒙昧なお前に教えてやろう。普通、親友ってのは相手のことをとてもよく理解しているものなんだ。とてもよく、だ。 親友のいないお前にはイマイチ理解出来ないのかもしれんが、これしきの基礎知識、親友なら知ってて当然なんだよ」 「そ、そうなんですか」 衝撃の事実だった。これまで私の考えていた親友像と、前田かん子の説明する親友像には、大きな隔たりがあった。まさか、親友なるものの心の距離感がここまで近いとは……。もはや密着と言っても差し障りがないではないか。 ぶっちゃけ、今言った親友の定義は違っているのではと疑ったりもした。が、実際に親友を持つ者の言葉にはやはり重みがあった。白黒つけるまでもない。恐るべし親友。自分にもいつか、そんな存在が出来たらなと願う。 ふむふむ、と感慨深く頷く。これでまた私はひとつ賢くなった。 「それで、次に訊きたいことはなんだ」 「次、ですか……次はですね、えと」 「どうした? 随分と考えあぐねているじゃないか」 返答に窮していると、ここぞとばかりに攻撃してくる。意地悪な小姑のように、ネチネチと陰湿に。 「今日は訊きたい事が山ほどあったから私を呼び出したんだろう? なのに、質問内容をぽんぽんと繰り出せない今の状況はおかしいな。私にはとても奇異に見える」 「ですから」 難癖をつけるのも大概にしてほしい。私は多少声を荒げて啖呵を切る。 「前田さんは疑りすぎなんですよ。ちょっとの間、言葉に詰まっていただけでしょう。それをなんですか。まるで私に腹蔵があるみたいに言うのは。そう気を揉まなくても、なんの裏もありゃしませんよ。 今はただ、ほら、バイキング料理と一緒です。目の前にずらりと料理が並べられていると、どれから手に取ろうか悩んでしまうでしょう? そんな感じで、質問を決められずにいたのです」 「本当にそうかな」 それでも揶揄する前田かん子に、身体の温度が上昇しかけるが、ハッと気付く。身に覚えがあった。こうやって、わざと私を苛立たせ、本性を暴こうとする手口には。 812 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 00 14 ID /4kh.2c.[4/12] なるほど。冷静に観察してみれば、彼女からは明らかに作為的な雰囲気を感じる。私の本音を白日の下に曝すために、意図的に因縁をつけているのだ。つまるところ、彼女と同じことをしている。茶道室に居座る、あの魔女と同じことを。 そうとわかれば話は早い。 「さあ、どうですかね」 一息入れ、道化のように肩をすくめてみせる。こういう相手に真面目に取り掛かってしまうのは逆効果でしかないのを知っていた。 こちとら長いあいだ斎藤ヨシヱに煮え湯を飲まされ続けているのだ。この手の対応には、抜かりがない。 前田かん子もこれ以上の揺さぶりは詮無しと悟ったのだろう。そうかい、と呟いたきりあっさりと身を退いて、変に突っかかるのをやめた。黙って角砂糖をコーヒーに入れ、訊きたいことは決まったかと再度訊ねる。 「それでは、田中さんの男性遍歴について訊かせてもらえますかね」 私と付き合う以前、田中キリエがどんな恋愛をしてどんな別れ方をしていったかが気になっていた。 「ないよ」 「えっ?」 「キリエが男と付き合ったことは、今まで一度だってない。曲解されぬ内に言っておくが、女ともだぞ」 「へぇ、意外ですね。彼女って、中々モテるんじゃないですか? 容姿については問題ないですし、性格だっていいでしょう」 「ああ、モテたさ。キリエはクラスでもあまり目立つほうではないが、そのぶん密かなファンは多い。中学時代は言わずもがな、高校でだって何度か告白されている」 「なのに、どうして誰ともお付き合いを?」 「さあね。どっかの誰かさんを長年想い慕っていたからじゃないのか」 挑戦的な瞳で私を見る。こういう言われ方をされてしまっては、何も言い返すことが出来ない。愚者を気取ってわからないフリをし、遠くを眺める。 「どうして、なんだろうな」 急に、前田かん子が独白する。田中キリエの趣向は理解し難いとでも言いたげに、眉根を寄せていた。 「容姿はよくない。体格も華奢で頼りない。いつもへらへら笑ってて何を考えているかわからない。見てて不愉快だし、男性らしい魅力も皆無。少なくとも私には、ただの下賎な男にしか感じられない。なのに、なぜ、キリエはコイツに失望しなかった……」 角砂糖をコーヒーに入れながら、何か考え込んでいる御様子。私を貶める発言が鼻につくが、それは寛容な心をもって流しといてやろう。 813 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 02 34 ID Lfmv7T16[5/12] それよりも、 「前田さん。いい加減、口を挟んでもいいですかね」 彼女は私にちらりと目をやって、訊ね返した。 「口を挟むって、なににだよ」 「コーヒーです」 私は、およそ液体らしい動きを獲得していないコーヒーを指差した。 「いくらなんでも砂糖を入れすぎでしょう。あまりにも量が多いもんだから、溶解しきってないじゃないですか。ものすごくじゃりじゃりしてそうです。というか、こんなの飲んだら血糖値がとんでもないことになりますよ」 「うん? 普通、砂糖はこれくらい入れるもんだろう。じゃないと苦いじゃないか」 「……いや、まあ、苦いかもしれませんけど」 コーヒーとはその苦味を味わうものではないのか、と心中で突っ込む。 前田かん子は小首を傾げながらも更に角砂糖を追加していたが、シュガーポットが空になったところで漸く手を止めた。そしてコーヒー(?)を口に含むが、どこか不満気な顔をしている。 まさか、まだ砂糖を入れ足りないのだろうか。勘弁して欲しい。こちとら見ているだけで胸焼けを起こしそうだというのに。 私は目の前の光景から目を逸らし、己のブラックコーヒーを口に含んだ。ねちゃねちゃとした甘ったるさを感じるのは、間違いなく錯覚だろう。 私は豆の苦味を十全に味わう為に、咥内の液体をぐるりと掻き回したのだった。 それから、私達はぽつぽつと言葉を交わした。 会話の主な内容は、もちろん田中キリエについて。彼女の情報を取り入れる度、重要な情報、不要な情報を取捨選択し、頭の中のメモ帳に書き連ねていく。そうすることで、あやふやだった田中キリエ像に肉付けがされ、実体を伴っていく。 前田かん子は面倒臭そうながらも、割りと誠実に質問に答えてくれた。やはり根は義理堅いのだろう。質問と返答の応酬は、滞りなく進んでいく。 話の途中、彼女はライダースーツのポケットから煙草を取り出した。 「ここ、全席禁煙ですよ」 無理だろうなと確信しつつも、控えめに諫言する。 うるせーちくしょーそんなルール私にゃ関係ねーんだよバーカ、ってな感じで素っ気なく跳ね除けられると大方予測していたのだが、存外、彼女は普通に従った。手中の煙草を、再びポケットに戻す。 意外と規則は守る人なのかしら、と危うくギャップ萌えで好感度が急上昇しそうになるが、軒下に違法駐車されている無骨なバイクを見て正気に戻る。 814 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 04 10 ID Lfmv7T16[6/12] 結局のところ、どこにでもあるただのダブルスタンダードだった。あれはいいけど、これはだめ。前田かん子の中にも、独自の線引きがあるのだろう。あぶないあぶない。危うく好きになってしまうところだった。 そんなやりとりがあり、また質問を数個加えたところで、話が潰えた。 ざあざあ、と力強さを露にした雨音を聞きながら、私達は同じ沈黙を共有する。彼女のコーヒーカップは既に空になっていた。私も残り少ないコーヒーを一気に煽って、同じく空にする。 スッキリしないな、とカップの底をじいと見つめながら思った。 違和感。そう、言うならば私は前田かん子に対し違和感を感じていた。田中キリエについて話す時の彼女は、その、何かが違うのだ。具体的にどう違うのかと訊かれたら困るのだが、とにかく、前田かん子は田中キリエ対し、特殊な感情を抱いているように見える。 だから、私は訊ねていた。 「前田さんは、どうしてそんなに田中さんに傾倒しているのですか?」 正直、返答は期待していなかった。私達は依然敵対関係を継続させているし、なにより前田かん子はプライベートな質問には答えないだろう。彼女が果たすべき義務は、あくまで田中キリエ関連の事のみなのだから。 だから前田かん子が、わかったと言って小さく頷いた時には、私は心底驚いていたのであった。新種の生物でも発見したときのような、物珍しい感動を覚えていた。 「私とキリエが初めて会ったのは、中学校からだ」 腕を組みじっと椅子にもたれたまま、彼女は小さいけれど、しかしはっきりとした声で己について語り始める。 この時、言ってしまえば私は心構えが出来ていなかったのである。どこか異国にでも観光に来たような、いわばお客様のような気楽さで話に耳を傾けていた。だから、次に発せられた発言には、掛け値なしに仰天することになる。 「当時、私はイジメられていた」 「はっ?」 横っ面を引っ叩かれたような衝撃。手にしていたコーヒーカップを落としそうになり、テーブルが硬質な音を立てる。 待て。待ってくれ。彼女は今、前田かん子は今、なんと言ったのだ? イジメられていた? バカな、そんな、まさか。 「冗談でしょう?」 今の発言が信じられなくて、若干、茶化すような口調で問いなおした。が、寄越された鋭利な視線で今のが嘘でないと確信する。 ほとほと信じられない話ではあるが、彼女は過去、本当にイジメられていたらしい。現在の恐ろしい風体からでは、到底考え付かないことである。 「私は昔から、孤独を恐れていた」 前田かん子は、静かに回顧を始める。 815 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 05 46 ID Lfmv7T16[7/12] 「とにかく独りになるのが怖かったんだ。周りに誰もいないという環境を異常なまでに厭い、沈黙ではなく喧騒を愛した。私はそんな人間だった。だから、学校ではいつも寄生虫のように特定のグループにくっつき、下手な相槌と愛想笑いを振りまいてコミュニティに媚を売っていた。 今となっては反吐が出そうな毎日だったが、当時の私はそれなりに幸せだった。私にとって一番マズイ事態というのが孤独。極端な話、孤独さえ遠ざかっていれば全部満足だったんだよ。 けど、まあ。そんな日常が続くはずもなかった。私はとてもつまらない人間だった。付和雷同をよしとし、常にイエスしか言わない人間。主体性も個性も欠陥した、大量消費品みたいな人間。そんな人間が、まず面白いはずがない。私は次第に疎まれ、イジメられていった。 イジメが始まったときは、文字通り地獄だったよ。今まで散々イジメられないように生きてきたんだ。それが突然、独りぼっちに。嗚呼、まさに発狂もんだったね。最悪ってのは、ああいうのを言うんだろうな。 そして、次第に私は自殺を考えるようになった。辛い日常に疲れていたんだ。目の前でちらつく死が、とても甘美な麻薬のように思えた。だから、死ぬことにしたんだ。 死に場所は学校の屋上を選んだ。学校の屋上飛び降り自殺。そっちのほうが、自宅で首を吊ってるよりもセンセーショナルな事件になると思ったからだ。 自分の死によって、アイツらに少しでも罪悪感を感じさせれれば、そんな復讐も兼ねていたのかもしれない。笑っちまうよな。加害者が被害者に対して申し訳なかったと思うことなんて、ありえないのに。 そして、私は恨み辛みを書いた遺書を持って、屋上に行ったんだ。ちょうど、今ぐらいの季節だった。寒い寒い冬の日。そこで、出会ったんだ。キリエに。田中キリエに。 夕日をバックにして立っていたキリエは、なんというか、ひどく非現実的な人物に見えた。まるで異世界に足を踏み入れてしまったような錯覚に陥った。我ながら陳腐な表現ではあるが、そのときは本当にそんな気がしたんだ。 私は驚いてしまって、何も口にすることが出来なかった。キリエも同じで、突然の来訪者に驚いているみたいだった。互いに顔を見合って、妙な牽制をしあっていた。 こんにちは、と機先を制したのはキリエだった。アイツは柔らかい笑みを浮かべて、こう訊ねてきたんだ。どうして屋上に来たのって。 悲劇のヒロインに酔っていた私は、無粋な部外者に水を差された気がして、とても気分が悪かった。別に貴女には関係がないでしょ、とか、つっけんどんなことを言った気がする。 けど、キリエはあくまで柔和に、優しくのんびりと接してくれた。久しぶりの温かい気遣いに、じんわりと胸に心地よいものが広がるのがわかった。私達は初対面だったが、自然とキリエに愁眉を開いていった。 816 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 08 53 ID gEXkxocY[8/12] キリエは、夕日を見に来たのだと言った。学校の屋上から見る夕焼けはとても綺麗で、だからたまに此処へやってくるのだと。そして、よければ貴女も一緒に見ないかと誘われた。断るはずがなかった。私は黙ってキリエの横に並んで、夕日を見た。 綺麗だった。赤い夕日、紫色の千切れ雲、微かに光る星屑。空なんて今までに飽きるほど見てきたけど、私はあんなに美しい夕日を見たことがなかった。感動で胸中がぐちゃぐちゃになって、気付けば泣き出していた。 そして、全てを吐き出していた。孤独が怖いこと、イジメられて悲しいこと、屋上には自殺しに来たこと。私が吐露したモノを、キリエはそっくりそのまま受け入れてくれた。私の全部を受け入れてくれた。話を終えた後、アイツは私にそっと言ってくれたんだ。 なら、私と友達になりましょうって。それなら前田さんは独りじゃないでしょうって。 世界が変わった気がしたよ。喩えるなら、灰色だった世界に色がついたんだ。息苦しかった空気が爽やかなものになって、身体がとても軽くなっていた。生きているっていう実感が、初めて沸いたんだ。 でさ、触れたんだよ私は。私は真理に触れたんだ。キリエさえ居れば、他のことなんてどうでもいいんだっていう、至極簡単な真理に触れたんだよ。私にとっての世界は、キリエと、その他の有象無象なんだってことがわかったんだ。 大衆など必要ない。賑やかのなんていらない。私にはキリエ。ただ隣りにキリエさえいればいい。それなら孤独だって怖くないって。キリエさえいれば、世界なんて滅んだっていいんだって」 前田かん子は、私がいることなど忘れてしまったかのように、機械的に話しを続ける。口元は歪に曲がり、時折哄笑を漏らす。瞳は暗く濁り、此処ではない遠い世界を見据えている。 話はまだ終わっていないようだったが、もう十分だった。私はトリップしてしまった彼女を、冷ややかな視点で見ている。 違和感の正体にやっと気付いた。というか、気付くのが遅すぎたくらいだ。やはり自分は感情の推し量りが不得手なのだなと、つくづく実感する。 私はずっと、前田かん子が田中キリエに対して抱いているのは友情だと思っていた。けど、違うのだ。それは友情とは程遠いものだった。 彼女が抱いていたのは、ただただ歪曲し、狂気すら宿した、愚にもつかない愛情。おぞましさすら感じてしまう、井戸の底のように暗い感情だった。 気持ち悪い。私は対面に座る前田かん子を見て、そう思った。気持ち悪い、と。 「以上で、私とキリエの話は終わりだ」 話が終わると、彼女の瞳にも漸く光が戻ってきた。放棄していた正気を手繰り寄せつつあるのだろう。怖気立つような不快な感じが、徐々にではあるが消えていく。 ホッと胸を撫で下ろした。あの気持ち悪い前田かん子には、二度と会いたくないと思った。 817 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 10 36 ID gEXkxocY[9/12] 「いやぁ、そんな過去があったのですね。色々と意外な事実も露呈して、とても興味深く話が聞けました」 話をしてもらった礼儀として、質問をひとつする。 「ところで、結局イジメはどうなったのでしょうか?」 「ああ、あれからイジメていた奴等全員、学校に来れなくした」 「へぇ……」 具体的なことは訊かずにおこう。 と、不意に、フラッシュを焚いた時のように窓の外がピカリと光った。数秒して、ゴロゴロと天が唸り声を上げる。 私と前田かん子は、ほぼ同時に通りに目をやった。いつの間にか、外はとても暗くなっていて、通行人はものの見事に一人もいない。店内の客も全て消えていて、カウンターの店員さんだけが、ちらちらとこちらを盗み見ていた。 「…………」 もう頃合いだなと、これより先のことは断念する。内心、満足していない部分もかなりあったが、人事は全うしたのだ。後は、天啓を待つのみなのだろう。 「最後の質問です」 前田かん子を見据えて、言葉を続ける。 「どうして、田中さんは私のことが好きなのですか?」 これだ。何があろうと、最後にこれだけは訊いておこうと決めていた。長年の疑問。田中キリエが、なぜ鳥島タロウを好いているのか。 「あなたの口ぶりだと、田中さんが私を好きになったのは、どうやらもっと昔のことのようです。しかし、私と田中さんが初めて出会ったのは、高校からのはずだ。少なくとも私はそう認識しています。 なのに何故、田中さんは私に恋心を抱いていたのか。ずっと疑問だったんです。前田さん、教えてもらえますか?」 また雷が落ちた。前田かん子の顔が、青白い光に照らされる。轟音で窓が震え、キシキシと嫌な音を立てる。彼女はコツコツ、と人差し指でテーブルを叩いている。 「私も詳しく聞いたわけじゃない」 と、前田かん子はあらかじめ前置きをした。私は首肯して、先を促す。今から事の真相が、暴かれる。 「キリエは昔、市立N小学校に通っていた」 市立N小学校という単語を聞き、心臓がどきりと跳ね上がる。 「市立N小学校って……」 「そうだ。キリエはお前と同じ小学校に通っていたんだ」 818 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 12 15 ID gEXkxocY [9/12] 要は私と同じだよ、と自嘲的な響きを含めて、彼女は説明する。 「当時、たしか小学五年生だったか。キリエはイジメに会っていた。原因はわからない。アイツは優しい人間だから、自分からは絶対にイジメの原因を作り出していないはずだ。ほぼ一方的に危害を加えられたに違いない。 それだけでなく、家でもかなりの不和を抱えていたと聞く。さっき家族構成を説明した時、私は母親でなく継母だと言ったよな。アイツの実の母親は、もう既に亡くなっているんだ。自殺だったらしい。 キリエ自身が、特に母親のことは話したがらないから、これはあくまで憶測なんだが、おそらくキリエは実母から虐待を受けていたように思う。言葉の端々から、なんとなくそんな匂いがした。少なくとも、母親とは決して良好な関係ではなかったはずだ。 つまり、内でも外でも、キリエの世界はボロボロだったんだよ。嗚呼、可哀想に。キリエは、あの時が人生で一番辛かった時期だと言っていた。とても、ひとりで耐えられるものではなかったと」 ふっと、彼女の顔から憐憫の念が消え、憤怒に取って代わった。 「だけど、だ。憎たらしいことに、私にとって、最も不快な事実があったんだ」 激情をおさえきれなかったのだろう。彼女は唐突に握りこぶしでテーブルを叩いた。身体はやるせなさで震え、歯をぎりぎりと噛み締めている。羨望と憎悪が混ざり合った瞳の先には、当然のように私がいた。 「そんな絶望のさなかにいたキリエを救ったのが、鳥島タロウだという事実だ」 今にも噛み付かんばかりの表情で、最後を締めくくった。 かちり、と頭の中で歯車が動き出した。私は剣呑な様子の前田かん子には意にも介さずに、じっと考え込む。 そうだ。私は知っていた。小学五年生の時に、そのような少女がいたのを知っていた。かちかちと、歯車が噛み合わさっていくのを感じる。だが、何かが足りない。ジグソーパズルのワンピース。後一つ、最後にそれが埋まりさえすれば全て思い出せるのに。 「前田さん」 私は目を閉じて、眉間の辺りを強く揉んだ。かちかちかちかち。歯車が回る。 「当時、田中さんは苗字が違ったんじゃないですか? 田中キリエでない、もっと難しい名前だったはずだ。そうだ。私はその少女を知っている。けど、田中キリエではなかった。もっと違う。違う名前」 おぼろげながらも、少女の姿が浮かんでくる。しっかりと意識を向けなければ消えてしまうほどの儚い幻想だったけれど、確かに私の中に少女はいた。 そうだよ、と未だ興奮の抜けぬ声色で前田かん子は言う。 「アイツの親父は婿入りだったから、離婚時に苗字が変わっている。小学生の時、キリエは田中キリエでなかった。当時のアイツの苗字は・・」 819 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 13 47 ID gEXkxocY [10/12] 最後のピースを手渡してくれた。 「葛篭木だ。小学生の時のアイツの名前は、葛篭木キリエだ」 「ツヅラギ、キリエ・・」 かちり。全ての歯車が噛み合わさり、からくりは動き出す。フラッシュバックする情景。ストロボをたいた時のように、眩い閃光と共に記憶が浮かび上がっていく。 雨。校舎。昇降口。たたずむ少女。弱い。死んでしまいそうな。傘。失くした物。探索。結果。帰り道。水溜り。虹。そして、少女の瞳に宿る……。 靄が晴れていくように、さっと疑念がきえていくのがわかった。心に一陣の風が吹き、清涼剤の如き爽やかな気分が胸中を占める。やっとだ。わからないという気持ちの悪い状態から、やっと解放されたのだ。 葛篭木キリエ、いや、田中キリエはあの時の少女だったのだ。 「ありがとうございます」 テーブルに手をついて、深々と頭を下げた。自分にしては珍しく、それは正真正銘の心からの感謝だった。 「質問はこれで全て終わりました。前田さんのおかげで、これからうまくやれそうです。本日は御協力、誠に感謝いたします」 「ふん」 前田かん子はつまらなそうに鼻を鳴らしてから、すっと腰を上げた。自分の責務は果たした言わんばかりに、きっかりと私への関心を無くす。そして、ポケットの中から小銭入れを取り出した。 「支払いは結構です。今日は私が払いますよ。そもそも呼び出したのは此方ですし、そこまでしてもらうわけにはいきません」 「断る。お前に妙な借りはつくっておきたくない」 そうして乱暴に硬貨を投げる。三百十五円。ブレンドコーヒーちょうどの値段だった。 「それと鳥島タロウ。携帯電話を貸せ」 「携帯電話?」 誰かに連絡をとるつもりなのかしら、と疑問に思いつつも、私は古びた携帯電話を彼女に差し出した。すると、パキン。携帯電話が真っ二つに折られた。そしてそのままテーブルの上に放り投げられる。 「これからは二度と私に連絡をとろうとするな。わかったな」 「……はい」 意気消沈の返事をしながら、二つに分離した携帯電話を左右それぞれの手で拾い上げる。断面から赤いコードが、内臓のようにだらしなくはみ出していてグロテスクだった。 まあ、前々から機種変更をしようと思ってたし、別にいいんだけどさ。けどさ、そんなの口で言えば済むことじゃない。なにも物理的破壊に躍り出なくたって……まあ、いいんだけどさ。本当に気にしてないんだけどさ。別に、携帯電話くらい、いいんだけどさ。 はあ、と溜め息を一つ。携帯電話をテーブルに置き、つんつんと指でいじる。 820 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 15 04 ID gEXkxocY [11/12] と、それで立ち去るだろうと思っていた前田かん子が、なぜかまだ前方に立っていた。 「まだ何か?」 点燈することのない液晶画面を覗き込みながら、いじけた口調で訊ねる。が、返事は返ってこない。 これは本格的におかしいぞ、と不安を感じながら顔を上げると、彼女は今まで見たことのない、なにやら難しい顔をして私を見下ろしていた。 「まだ、言わないつもりなのか」 低い、しわがれたハスキーボイスでそう言った。 はてなにやら。こちらとしては首を傾げるしかない。 「言わないもなにも、今日は訊きたいこと全て訊けましたし、私にはもう言うことはありませんけど」 「違うっ」 即座に言い返される。まだ惚ける気なのか、と前田かん子は詰問調で口火を切った。 「あまり私を舐めるなよ。気付いていないとでも思っていたのか。今日、お前は私と会ってからずっとそうだ。何を言うにも、薄皮一枚挟んだような嘘くさい物言いばっかしやがって。 違うんだろう、鳥島タロウ。お前の本当の目的は、キリエの情報を訊くことではない。そうなんだろう」 「…………」 「言えよ。なにが狙いだ。電話でなく、わざわざこんなショッピングモールの喫茶店にまで呼び出して、私とくだらない会話を交わした理由はなんだ。なにを企んでいるんだ。吐けよ、洗いざらい吐けよ。気味が悪いんだよ、お前」 「……くくく」 自然と、笑い声が漏れ出ていた。いやいや驚いた。前田かん子、コイツは私が思っているよりも、よっぽど鋭かった。野生の勘などではなく、冷静に私を観察しての結論なのだろう。彼女に対する評価を、改めなくてはならない。 「ええ、その通りです」 私はお手上げだとばかりに万歳して、降参の意を表した。 「たしかに、私が前田さんを呼び出したのは、田中さんのことを訊くだけではありません。それはあくまで名目上の理由です。隠された、真実の目的があります」 一呼吸置いて、十分な間をつくって空気を張り詰めた。そして、あくまで慇懃な口調で、ゆっくりと真意を告げた。 821 :私は人がわからない:2012/08/22(水) 11 16 25 ID gEXkxocY [12/12] 「私が前田さんを呼び出したのは、ひとえに言って好感度を上げるためです。田中さんとの個別ルートを進めつつ、前田さんとも親密になり、そしてゆくゆくは両手に華エンドという壮大な目的が・・」 雨音に負けないほどの乱暴な騒音。いつの間にか目の前から前田かん子は消えていて、出入り口のドアに付随していたベルが床に落ちた。店員さんは仰け反るようにして、恐怖でブルブルと震えている。 エンジン音がして、外に目を移すと、彼女はちょうどフルフェイスヘルメットを被っているところであった。そして前田かん子は私を一度も見ることなく、大雨の中をバイクで駆け抜けて行った。目を見張るほどの猛スピード。事故らなきゃいいけど、と不必要な心配をする。 猛獣の唸り声が遠ざかっていき、完全に消滅したところで、私は漸く身体の緊張を解いた。 「……怖かったなあ」 呟く。正直、かなり怖かった。身体中が間断なく震えている。終始わざと余裕な態度をつくっていただけに反動が凄い。深い呼吸を何度か繰り返し、私はなんとか平常心を取り戻した。 さて、今日の計画はうまくいったのだろうか。残念ながら、それはわからない。百点満点とは云えないだろうが、それでも及第点ぐらいは取れたはず。少なくとも赤点は免れた。 まあ、詳しいことは何も判明していないけど、今はそれでよしとしよう。 それよりも、 「まさか、田中キリエが葛篭木キリエだったとはねぇ……」 合縁奇縁。人の繋がりとは妙なものであると、殊更に実感する。いや、中々どうして。忘れていたフラグを今になって回収するとは、自分も結構主人公やってるじゃないか。笑ってしまう。 「…………」 これから、どうしよう。私はぽつねんと残された店内で一人、呆けたように座っている。 店の外では、相変わらず強い雨が地面を跳ねていた。冬本番のこの季節。この雨の中に出て行ったら、間違いなく風邪をひいてしまうだろう。明日からまた学校だし、体調を崩してしまうのは得でない。 「ふむ」 少し悩んだ末、私はまだカウンターで怯えている店員さんを呼んで、コーヒーのおかわりを注文した。雨脚が弱まるまで、もうちょっと店内で粘ろうと思ったからだ。 その時だった。 ・・君さ、傘持ってる? 不意に、まだ幼い頃の己の声が再生されて、私は思わず苦笑したのだった。 そうだ。葛篭木キリエと初めて話したあの日。あの日も私はこうして傘を忘れて、雨が止むのを待っていた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1622.html
70 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 14 57 07 ID GnfQ6JQS 熱い夏の日だった。 空には入道雲が浮かび、その中で輝く白い太陽はジリジリ地面を照り付けている。コンクリートの道路はまるで鉄板のように焼き上がっていた。 遠くには陽炎も出来ていて、街路樹が並ぶ街道をゆらゆらと揺らしている。 アブラゼミがミンミンと騒ぎ、それは何かを急き立てるように感じた。 そんなありふれた七月の光景。 その上を、弾丸のように駆けて行く少年が一人。 彼は溢れ出てくる汗をシャツの袖で拭い、タッタッタッと小気味好く地面を蹴りつけて、ひたすらに走っている。 呼吸は不規則で、息もままならないといった風ではあるが、その顔は決して苦しそうなのものではない。 むしろ、愉快そうに口元を歪めていて、苦楽を共にしたような奇妙な笑みを浮かべていた。 額に張り付く髪の毛が気になっているようだが、走る速度は決して下げない。 少年はただ一心不乱に、前へ前へと歩を進めて行く。 その日は土曜日だった。 土曜日の学校というものは平日とは違い、時間割も短縮されてしまい、時計の針が十二を越えることなく、さっさと下校時間となってしまう。 少年は土曜日の学校が嫌いだった。 授業は道徳や総合などの微妙なものばかりであるし、昼休みになると必ず行うドッジボールも出来ない上、楽しみの給食も出ないからだ。 彼は帰りのホームルームが終わるまで、ずっと唇を尖らして過ごしていた。 そして、放課後。 全ての時限を終え、学校も終了なるのだが、遊び盛りの少年がこのまま一日を終わらせる筈がない。 彼はクラスの男子達を集め、皆の予定がないのを確認すると、昼から遊ばないかと提案した。 男子達はそれを快諾し、各自昼食を摂った後、学校のグラウンドで野球をしようということになったのだ。 71 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 14 58 05 ID GnfQ6JQS 少年は、いつもクラスの中心にいた。 彼は頭も良く、運動神経にも優れ、授業中にはいつもくだらない冗談を言ってはクラスを沸かしていた。 加えて責任感も十分にあるので、学校の行事等を行う時は率先してクラスをまとめ上げていた。 友人も多く、人望もある。そんな少年だった。 自宅が見えてくると、少年はより一層走るスピードを上げ、ただいまも言わずに玄関の扉を開けた。 勢いそのままに階段を駈け登り、バットとグローブがある自室を目指す。 しかし、疲れ知らずに稼働していた彼の足が、まるで電源が切れてしまったかのように、突然ピタリと止まってしまった。 微かに開いた隣りの部屋から、しくしくと啜り泣きが聞こえたからだ。 そこは彼の妹の部屋だった。 少年は狂ったように脈打つ心臓を静め、額に浮かぶ汗を拭うと、扉の前で耳をすませる。 自身の口から漏れ出る息がうるさかったが、部屋の中からは確かに泣き声が聞こえた。 少年はそっと扉を開けて中を覗き込む。 部屋の中に、妹は居た。 彼女は部屋の隅で膝を丸く屈めて、溢れる涙を両手で擦りながら静かに泣いている。 彼女のその姿を見て、少年は堪らず声を掛けた。 「リンちゃん」 少年の声を聞いて、妹は顔を上げる。 そして、その瞳一杯の涙を溜めこんで彼に飛び付いた。 「うわっ」 受け止める準備をしていなかった少年は体勢を崩し、二人して倒れこんでしまう。 妹は少年の胸の辺りを掴み、お兄ちゃんお兄ちゃんと連呼した。 スカートがだらしなく捲り上がり、下着が見えてしまっていたので、さり気なくそれを直してやり、その涙やら鼻水やらでくしゃくしゃになった顔を汗まみれのシャツで拭いてやった。 そしてしばらく背中を撫でていると、徐々に妹の落涙も落ち着いてきた。 「どうしたの?」 頃合いだと思って少年がそう聞くと、思い出してしまったのか、妹の目に再び涙が溜まり始める。 それから、しゃくり混じりの声で言った。 「あのね、あのね。トラが……ひっく……トラが苦しそうなの……」 「トラ?」 72 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 14 59 01 ID GnfQ6JQS トラというのは、一年程前から妹が飼い始めているジャンガリアンハムスターの名前であった。 ハムスターのくせに虎とはやけに強そうな名前をしているなと、少年は前々から思っていた。 「トラに何かあったの?」 そう聞いてみたが、妹は少年の質問には答えず、ぐいぐいと彼の腕を引っ張った。 そして、トラの住むケージの前にまで移動させられた。妹が中を見るように促したので、少年はケージの中を覗きこむ。 いつもなら元気よく滑車を回し、せまいケージ内をこれでもかと言うぐらいに駆け回っているトラであったが、そんな元気一杯の姿も今は見る影無く、ケージ内の丁度真ん中辺りでぐったりと横たわっていた。 少年は一目見て、トラの異常を察した。 「トラにエサをあげてから、ずっとこうなの」 事の継起を説明する妹の顔は、不安と動揺に震えている。 そんな彼女とは対照的に、少年は涼しげな顔でふむふむと頷いていた。 実を言えば彼自身も、目の前で起きている突然の事態に、中々に動揺していたのだが、妹の手前うろたえるわけにもいかず、精一杯の平静を試みていた。 せめて妹の前ぐらいはカッコつけたいのが、兄というものだ。 少年は、その小さな頭で考えた。 どうして、トラはこのような状態になってしまったのだろうか。 妹は、エサをやってからトラの容体がおかしくなったと言っていた。 と言うことは、やはりエサが原因でこうなってしまったのか、はたまたもっと別のことが原因なのか。 少年は色々と考えてみたが、結局わかったのは、これが自身の手に負える問題ではないということだった。 時計を見ると、時刻はもうそろそろ一時を回る頃になっていた。もう野球には間に合わないだろう。 頼りになる母は仕事に出かけていた。帰って来るのはよくて夕方、悪ければ深夜になるだろう。 頼りになるのは少年一人。ここでしっかりしなくちゃいけないのは自分なのだと、少年は自身に言い聞かせた。 とにかく、こういう時はまず病院だ。それも人間のではなく、動物の。 少年は脳内で地図を広げ、近くに動物病院があるかを探した。 目を瞑って、さらに集中する。 しかし、いくら探しても見つからない。 ただの病院ならともかく、普段特別注視する訳でもない動物病院など、例えあったとしても、少なくとも少年は覚えていなかった。 73 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 14 59 49 ID GnfQ6JQS 「トラ、すごく苦しそう……早く楽にしてあげたいな」 妹が横で呟いた。 少年はそこで一度目を開け、ケージ内のトラを見つめた。 トラは相変わらずの虫の息で、その小さな鼻をひくつかせ、びくびくと痙攣していた。 少年はその姿を見て、顔をしかめた。 なんたる脆弱な姿なのだろうか。あまりに弱々しく、本当に今にでも死んでしまいそうだ。 少年はいつの間にか、トラから目が離せなくなっていた。 とり憑かれたように、ケージ内のただ一点を見据える。 その虚弱な姿態を見ていると、頭の中が妙にクリアになっていく気がした。濁り一つない水面のように、思考が透き通っていく。 そんな、やけに判然とした意識の中で、少年はトラを見つめ続けていた。 その時だった。 パチン、と指を鳴らす音が室内に響いた。それと共に、思い切り後頭部を殴られたような、そんな衝撃が、少年を襲う。 そしてその衝撃は消えることなく、彼の体を蝕んだ。 身体中の神経が薄れていくような奇妙な感覚。 眠っているような、起きているような境界の曖昧さ。 すとん、と彼の顔から表情が落ちた。 「……お兄ちゃん?」 妹が不思議そうに少年を見上げていたが、彼は全然気にする様子でない。 少年はあまりにも自然な動作で、ケージの入口を開け、既に息絶え絶えのトラを手のひらの上に乗せた。 トラの体はまだ暖かかった。これはまだしっかりと生きているのだ。 手のひらを通して伝わる、微かに光る命の灯。 それを感じながら、少年は少しずつ指に力を込めていく。 徐々に力を強めていき、最後には指が白くなる程の力で、手中の小動物を握り締める。 やがて、ポキリと枯れ枝が折れるような音が、耳に届いた。 「えっ?」 そこで、暗示がかかったように動いていた少年の顔に表情が戻る。 眠っていたような意識が、一気に現実に引き戻された。 そして、今起きた出来事を頭が受け入れ始めると、少年の顔はみるみると青ざめていった。 どうして、自分はこのような行動に至ってしまったのだろうか? それが、少年にはわからなかった。まるで何者かに操られていたかのように、自分の意志とは全く無関係に、気がつけばトラを殺していた。 異様なまでの現実感の無さがあった。 しかし、手のひらの上に乗るソレが、今のが決して夢でないことを物語っている。 74 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 15 00 49 ID GnfQ6JQS 「……お兄……ちゃん」 妹の一声で、少年は混乱から立ち直った。 彼はハッとして顔を上げる。 先程までシャツの裾を掴んでべったりとくっついていた妹が、いつの間にか遠くに居た。 「なんで……そんな……」 妹はいやいやとかぶりを振りながら、兄を見る。 「えっ……?」 少年は驚愕した。 妹の瞳が、兄を見つめるその瞳が、いつもの敬虔な光を携えていなかった。 いや、それどころか彼女の目はまるで得体の知れないモノでも見るかのような、そう、まるで、異常者でも見るかのように少年を見ていた。 彼はそんな妹を見て、知らず口を開いていた。 「だって、リンちゃんが言ったんだろ。トラを楽にしてあげたいって」 少年は続ける。 「そうだよ。だから、僕は悪くない。これっぽっちも悪くない。だって僕はリンちゃんのお願いを聞いてあげただけなんだから」 だから、だから。 「そんな目で僕を見るなよっ!」 少年は叫んだ。 顎の先から汗が一粒落ち、カーペットに滲む。 妹は一歩、一歩と後退り、部屋を出る最後に、こう言った。 「お兄ちゃん、普通じゃないよ」 母が帰宅してきた後、少年はトラについての一連の騒動を説明した。 母ならわかってくれると思った。自分が悪くないということを。自分はただ妹の願いを聞いてあげただけに過ぎないのだと。 しかし、話を進めていくうちに、母の顔が怪訝なものへと変わっていった。 そして、話を終える頃には、母の瞳にも妹と同じ光を携えていた。 母もそれから、少年を忌避するようになった。 それからというもの、少年は時々人々から奇異な視線で見られることがあった。 その視線で見られる度に、少年は自身の異常性が浮き彫りにされるような気がして、怖くなった。 自分が普通でないと、嫌でも認識させられてしまうのだ。 結局、少年は少しクラスメイト達と距離を置くことにした。 不用意に近付きすぎると、悟られてしまうと思った。 少年は、普通になりたかった。 異常者から脱却したかった。 彼はただ、また以前のような日々を過ごしたいだけなのだ。それ以上のものは何も望んでいない。 そうして急に孤独になってしまった少年は、普通になるための模索を始める。 何が普通で、何が異常かを見極めるのだ。そうすれば、いつか普通になれると信じていた。 けれど、少年は心の隅ではわかっていたのだ。 自分が一生このままであることを。 75 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 15 01 32 ID GnfQ6JQS 翌朝、朝食を摂るために階段を降りていると、玄関で妹の鳥島リンと鉢合わせた。 セーラー服姿の妹は、いつものように髪を結い上げ、その眩しいうなじを惜し気もなく晒していた。 昨日のこともあるので、そのまま無視していくのも気まずいと思い、私は片手を上げて挨拶する。 「やあ、おはようリンちゃん。今から朝練?」 と、軽い質問も織り交ぜて聞いてみるが、妹はそんな私に一瞥もくれず、黙々と青のスポーツバックを背負い、ローファーを履くと「行ってきます」と言って出て行ってしまった。 今の行ってきますは、当然私に向けられたものではないだろう。 虚しく空中をさ迷っていた片手は力無く下がり、私は閉まってしまったドアを名残惜しく見つめた。 昨日の、数年振りに交わした妹との会話が蘇る。 ――兄さんみたいな人間が、誰かと付き合えるはずがないじゃない。 あの言葉には肉親に対する親愛の情など全く無くて、あったのは私に対する畏怖と軽蔑と、ほんの少しの心配だった。まあ、その心配も田中キリエに向けられたものだけど。 でも、それでもいい。 私はそう思った。 どんな形であれ、昨日久しぶりに妹と会話が出来たのは紛れも無い事実なのだ。 今までの彼女との関係を考えれば、昨日行われたささやかな会話だって、とてつもない進歩と言える。 これを契機に、彼女と仲良くなっていくことだって出来るかもしれない。何もそう全てを悲観してしまうこともないだろう。 元々、私は根っからのオプティミストなのだ。昨日のこともプラスに考えて、直ぐに切りかえるとしよう。 私はうんうんとひとり頷いた。 そんな楽観的な心持ちでリビングに入ると、今度は今まさに出かけんとする母と出くわした。 「あら、おはよう」 何かのついでのように母が挨拶する。 おはようございます、と私も挨拶を返した。 「もう、行くんですか?」 「ええ、最近はどうも忙しくてね。しばらくはこんな調子が続くと思うからよろしく」 「わかりました」 「朝ご飯は、いつもみたく適当に自分で用意しといて。後、家の戸締まりとガス栓のチェックはしっかりやっといてね。それじゃ」 わかりました、と返事をする頃には母の姿はもう無く、扉の閉まる音だけが耳に届いた。 母は私の背中の壁ばかり見ていて、最後まで目を合わせようとしなかった。 76 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 15 02 20 ID GnfQ6JQS 念のため玄関の扉の鍵を閉めてから、キッチンに向かい、コーヒーをいれて椅子に座った。 テーブルの上に置かれた買い置きのパンをかじりながら、テレビの電源をつける。 テレビからは突然、陰欝なBGMが流れ始めた。 ブラウン管に映る女性アナウンサーが、沈痛な表情でニュースを伝えている。 画面の右上には“とある一家を襲った放火事件。同一犯の可能性か!?”と四角い枠で囲まれたテロップが浮かんでいた。 どうやら、最近隣り町で頻繁に起きている連続放火事件のことらしい。 普段は寡聞な私も、この連続放火だけはよく知っていた。 私は黙ってコーヒーを啜る。 女性アナウンサーが手元の資料を見ながら、事件の概要を話し始めた。 昨夜、深夜二時頃。隣り街に住むある一家に魔の手が襲った。 被害者は、何処にでも居そうな平凡な四人家族で、家族構成は両親二人に小学校に上がったばかりの兄弟が二人だった。 火元が一階のキッチン付近であったため、階下で寝ていた父親と母親は、早急に家宅の異変に気付き、幸いにも素早く避難することが出来た。 しかし、二階で寝ていた兄弟二人が気付いた時には既に遅く、二人は燃え盛る家宅の中に取り残されてしまう。 そこで、救助隊の到着を待ち切れなかった父親は、勇敢にも二人の息子を助けに再び火の中へと飛び込んで行ったのだ。 けれど、現実とはいつも非情なものである。 結果、消防隊により鎮火された家の中からは、三人の焼死体が発見された。 不謹慎な物言いではあるが、正にミイラ取りがミイラになると言ったところであろう。 「父親、か……」 私は画面に映る、父親という二文字を見つめた。 私には父親が居なかった。 いや、生物学的な観点から見ればそんなことは有り得ないので、存在することには存在するのだろう。 けれど、鳥島家にはいない。 私には父親に関する記憶は全く無いので、父は少なくとも私の物心がつく前には居なくなってしまったことになる。 私は幼い頃、よく父のことを知りたがった。が、母はあまりその事を話したがらなかった。 77 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 15 03 15 ID GnfQ6JQS ただ、ずっと昔に死んでしまったとだけ聞かされている。 しかし私は大して、父がいないことを寂しく思わなかった。 鳥島タロウにとって、自分の家に父親がいないことが普通であったからだ。 けれど、妹は少し違った。 彼女は時たま、父の不在を嘆くことがあった。 「どうして私の家にはお父さんが居ないの?」と私は幼い彼女によく聞かれたものだ。 そんな家庭状況なので、私は母によくこう言われていた。 「タロウはお兄ちゃんなんだから、しっかりとリンちゃんのことを守ってあげるのよ」 母は毎日ことあるごとにそう言い、私はそう言われる度に誇らしい気持ちになった。 任せておくれよと言って、胸を張ったものだ。 けれど、いつしか母は私にその言葉を言わなくなった。 最後に言われたのは何時だっただろうか。 そんなことを考えて、少し淋しくなった。 朝食を済まして、私は登校の支度を始めた。 洗面所で顔を洗い、歯を磨き、寝癖を直してから自室へ向かい制服に着替える。 ワイシャツのボタンを閉め、厚手のセーターを着込んでから、ハンガーにかかったブレザーに手を伸ばした。 「んっ?」 その時、小さな違和感を感じた。 うまく言えないけれど、なんだかブレザーが少しおかしい気がする。 けれども、何がおかしいのかはわからない。何とも形容し難い、まるで靴の中に小石が入っているような、そんな違和感。 「気のせいかな……」 私はしばしブレザーを睨んでいたが、そんなことを気にしていては学校に遅刻してしまうので、さっさとブレザーを着込んで準備を再開した。 そして、学生カバンに教科書やノートを詰め込むと、早足で家を出た。 そして、鍵を閉める時。 ふと、今朝の放火事件のことが頭をよぎった。 家族構成は四人で死者数は三人。 生き残ったのは、確か母親であったはずだ。 愛する夫と幼い子供に先立たれてしまい、ただ一人とり残されてしまった母親は、一体どんな心境なのだろう。 私は少し気になりながら、鍵を閉めた。 78 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 15 03 57 ID GnfQ6JQS いつも通り、ホームルーム開始五分前に学校に到着する。 私はあまり朝は強くないので、普通に登校すると大抵この時間帯に学校に着くのだ。 下駄箱で靴を履き変えてから、冷え切った廊下を抜けて、教室のドアを開けた。 「あっ、タロウ!」 そしてドアを開けるやいなや、クラスメイト達が一斉に私に駆け寄って来た。 ここ最近は、ドアを開ける度に皆に集まられている気がする。 勘違いだとはわかっているが、まるで自分が人気者になったみたいで、少し嬉しい。 「タロウ、お前昨日結局どうなったんだよ?」 クラスメイトの一人が口を開く。 質問内容は予想通り、マエダカンコに関することだった。 何時の時代でも、人間のゴシップ好きとは変わらないものだ。 「えーと……」 昨日のことをそのまま話す訳にもいかないと思い、私は適当に話をごまかすことにした。 ただ彼女が、普通の人間には手の負えない、物凄く恐ろしい怪物だということを懇切丁寧に教えてあげた。 話を聞いたクラスメイト達は震え上がり、そして無事生還した私を不思議そうに見た。 そんな質疑応答を繰り返していると、黒板側のドアを開けて担任が入って来た。気がつけば始業のチャイムも既に鳴っている。 それを契機に、クラスメイト達は散り散りに自分の席へと戻り、遅れたホームルームが始まる。 担任の点呼が始まった。 次々と生徒の名前が呼ばれていく中、私はあれ?と首を傾げる。何故か田中キリエの名前が呼ばれていない。 見れば、最前列の廊下側の席がぽっかりと空いている。あそこは確か、彼女の席だった筈だ。 今日は欠席なのだろうか?昨日はあんなに元気そうだったのに。 私は田中キリエの柔和な笑顔と、無骨な形をした金づちを思い出した。 何はともあれ、こういう時は本人に聞くのが一番であろう。 私は朝のホームルームが終わると、携帯電話を開き、彼女にメールを送ってみることにした。 昨日の内にアドレスは交換している。 私の数少ないアドレス帳の中には、きちんと田中キリエの名前が入力されていた。 メールを送るのは随分と久しぶりの事だったので、多少操作を忘れているところもあったが、なんとか無事送信することが出来た。 よし、それでは次の授業の準備を始めようと思って、私が携帯電話をポケットにしまおうとした時、手中のそれが突然震え出した。 79 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/05(土) 15 04 57 ID GnfQ6JQS 誰かからメールが届いたようだ。 迷惑メールかしら、と思って携帯電話を開くと、驚くべきことに届いているのは田中キリエからの返信メールであった。 早い。相当に早い。いくらなんでも早過ぎる。 私は、彼女の返信の早さに脱帽した。 まだ送ってから数分も経って居ないのに……。 到着時刻を見てみると、なんと受信時間と送信時間とが同分であった。メールの受信から返信までが一分も経っていない。 まるで一日中携帯電話を握りしめてたかのような早さだった。 もしかしたら、彼女は昨日からずっと私のメールを心待ちにしていたのだろうか?まあ、そんなことは有り得ないか。 メール内容を確認する。 どうやら田中キリエは風邪をひいてしまったらしい。 元々あまり身体が強くないので、時たまこうして休むことがあるのだということが、絵文字を交えて丁寧に語られていた。 私はメールを返す。 てっきり生理で休んだんだと思っていました、と送信すると、再び一分足らずで返事が返ってきた。 自分は生理痛で休んだのではないということが、句読点を交えて克明に語られていた。 私はとりあえず、今日はしっかりと自宅で療養して早く学校に復帰してほしいという意のメールを送り、彼女のそれに対する感謝のメールを確認してから、今度こそ携帯電話をポケットにしまった。 ふぅ、と一息ついて窓の外を眺める。 なんだか、急に暇になってしまった気がした。 私は、今日から田中キリエとの甘く切ない恋人生活が始まるのだと意気込んでいたので、どうも肩透かしをくらった感は否めない。 突然、異動命令を出されてしまったサラリーマンのような気持ちだ。 それなら、放課後はどうしよう。 ここは彼氏らしく、恋人を気遣ってお見舞いにでも行ったほうがいいのだろうか。 だけれど彼女の性格を考えれば、私が訪ねてしまっては、何よりも当の本人の気が休められない気がする。 やはり、ここは大人しく帰ることにするべきか。 私がそう思っていると、ふと学校内の隅にある部活棟が目に入った。 頭をよぎるのは、茶道室の住人。 そういえば、少し前まではそれなりの頻度で会っていたけれど、最近は忙しかったせいもあってか、彼女とも久しく会っていなかった。 そうだな。 放課後の予定が決まる。 どうせ、これから忙しくなるのだ。最後くらいに一度、斎藤ヨシヱと会っておこう。
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/1093.html
唯先輩。 のんびりしててだらしなくてどこか抜けていて、だけど暖かくてやわらかくて決めるときにはきちんと決めてくれる人。 いつもいつも私が呆れることしかしてくれなくて、だけど本当にそうはさせてはくれない。 最初にこの人を目にしたのは、ステージの上。 子供のお遊びみたいなステージの上で、嘘みたいに輝いていたあの人の姿を今でも私は覚えている。 そしてその後、部活での姿に幻滅させられたことも。 悪印象と好印象、それの繰り返し。 それを繰り返しているうちに、その境界がわからなくなってくる。 それを全部ひっくるめてあの人なんだと。そして結局私は、そうして現れているものを嫌いとは言えなくなっている。 じゃあ、その逆なのか。 好き、なのかと。 言ってしまえば、実際その通りと言うことなんだろう。 こうしてまた練習時間を削るのにもかまわず、あずにゃんなんて変なあだ名をすっかり私が受け入れたと思って、ぎゅうっと抱きついてきているこの人を、私は結局憎めないでいる。 暖かくて柔らかな感触と鼻をくすぐる匂いと、その全てを心地よく思ってしまっている。 鼓動はどきどきと高鳴って、頬はじわっと熱くなって、頭の中はぽーっとなってしまって。 この人の胸の中にすっぽりと納まってしまう。 それが自分の定位置なんだと、そう思ってしまっている。 だから、そんな私はその人のことを――唯先輩のことを好きなんだと思う。 もちろん口にしたりはしないけど。 そうしてしまえば、きっとその人は調子に乗ってしまうだろうから。 まあ、そんなの。わざわざ口にしたりしなくても、こうして身をゆだねてる姿を見られれば一目瞭然なんだろうけど。 だから、それだけじゃない。 私がその言葉を口にできないのは。 好きですよ、なんて簡単に口にできないのは。 それがきっと、わからないから。 好き、なんて一言にいってもいろいろある。 大好物のタイヤキはもちろん――好き、だし。 愛用のむった……こほん。ムスタングももちろん――好き、だし。 可愛がってくれる両親ももちろん――好き、だし。 私が好き、と挙げるものはたくさんあって、それはそれぞれ意味が違ったりする。 なら、私が唯先輩に向ける好き、と言う言葉にはどういう意味を持たせればいいのか。 それが、私にはわからない。 先輩、だけじゃ足りない気がする。 親友、ともなんかちょっと違う。 バンドのメンバーなんてのもあってはいるけど、なんかズレがある。 この人と話しているとき。 ぎゅっとされてるとき。 なでなでとされているとき。 ふわっと笑いかけられているとき。 その時々に私の中に浮かび上がってくるものは、私が例示できるもののどれも当てはまらなくて。 だから、なんていえばいいのか私はわからない。 だからだろうか。もちろんそれは統括してしまえば、好きという言葉に繋がるし、それは自分にとって心地いいもののはずなのに。 最近の私は唯先輩にぎゅっとされるたびに、わからないというその言葉が先にたって、なんかもやもやとして落ち着かない気分になってしまう。 だから、そのもやもやがどよどよしたものに変わってしまう前に、私はいつも抱きつく唯先輩を引き剥がす。 唯先輩はそれが寂しいよーなんて言いながら結局は笑う。 それを、私は寂しく思ってしまう。 頼んでもいないのにぎゅうっと抱きついてくるくせして、それを嫌がる素振りを見せる私に平然としているのが気に入らない。 少しは傷付く素振りを見せてくれたっていいと思うのに。 そんな自分勝手な思いを、そのときいつも抱いてしまう。 本当に自分勝手だ。もやもやしたよくわからないものを理由にそんな行動をとっているのに、更にはそのリアクションに注文をつけるなんて。 まあ、それを言うなら頼んでもいないのに抱きついてくる先輩のほうも、勝手と言えばそうなんだけど。 ことあるごとにぎゅっと抱きつくその癖はどうにかした方がいいとは思う。 その被害にあう頻度が最も高いのはきっと私なんだろうけど。 その対象が私だけではない、と言うのもまた、何度も見てきたことだから。 もう一つ。 多分私は唯先輩のこともわからないんだと思う。 なぜ、どうしてこんなに私に抱きついてくるのかと。 私をこんなに可愛がってくれるのかなと。 可愛いって唯先輩は私のことをそういってくれる。 じゃあ、それが理由でいいんじゃないか、なんて思いはするけれど。 あの人のことだから、それだけの理由で毎日ぎゅうっと抱きついてきて、なでなでしてくれて、調子に乗ったときはむちゅーっとまでしてきそうになっていたとしても、それ程の違和感は無いけれど。 だけどそれだけじゃないと私は思ってしまっている。 きっと、それだけであって欲しくないと思っているのかもしれない。 可愛い後輩だから、なんてその口で断定して欲しくない。 できれば、私と同じように、私のことを本当はどう思っているのか少しでも悩んでいて欲しい、なんて――そう思っている。 だけど唯先輩は、いつものようにふんわりと笑っているだけ。 こうして私の手でその行為をやめさせられても、その笑顔はちっとも変わらない。 だから、私の胸の中のもやもやは、そうならないようにと引き剥がしたはずなのに、結局はどよどよしたものに変わってしまっている。 だから、私の口調は知らず厳しいものになってしまう。 その態度も、まるで八つ当たりみたいに、それに近しいものになってしまう。 ぼけっとしてないで練習しますよ!なんて本当に怒った顔できっと睨み付けたりなんかして。 それに多少は傷付いたりしてくれればいいのに、なんて思ったりしながら。 ああでも、それでもいつものように笑ったままなのは。 ひょっとしたら、きっと私のことなんてどうでもいいからなのかもしれない。 私に怒られても嫌われてもきっとどうでもよくて、私のことはそれくらいにしか思っていないのかもしれない。 しぶしぶ、なんて顔でようやくギターを肩にかけた唯先輩をむすっとした顔で迎えながら、私は落ち込んでしまう。 もちろんそれを演奏に反映させたりはしないけれど。 楽しそうにギターを弾く先輩の横で、時々ぶつかる視線に笑顔を返しつつも、私はそれとは正反対の思いを身の内に沈めていた。 どうしてこうなってるんだろう、なんて、そんな疑問をまた同時に浮かべながら。 本当にわからない。 自分のことも、先輩のことも。 だからもやもやして、どよどよして、いらいらして。 いっそ先輩の傍にいなければいいのかもしれないなんて、そんな風に思ってしまう。 思ってしまうのに、だけど、思えない。 そんなの嫌だ。先輩のいない風景を思い浮かべただけでぞっとする。 もし、あの文化祭のデモテープを聴いたりせずに、新歓ライブを見たりせずに、軽音部に入ることもなかった私がいたりしたら。 きっとその私は先輩のことを欠片も思ったりもせずに、それでも笑いながら日々を過ごしていたのだろうけど。 今の私は、そんな私にはとてもなれそうに無い。 扉を空けると先輩があずにゃんって迎えてくれて。 ぎゅうっと抱きしめてくれて。 なでなでなんかしてくれたりして。 そして一緒に練習したりして。 それは全部私にとって幸せと呼べるものだから。 それがなくなったらきっと、そう呼べる私はどこにもいなくなってしまうから。 だけど。 それを全部手に入れている私は、幸せな私のはずなのに。 それを疑問に思ってしまうほどに、苦しい。 もやもやして、どよどよして、いらいらして。 そしてぎゅうっと胸が締め付けられる。 わからない、本当に、どうしてこうなってしまってるのか。 私がこんな思いを胸に押し込んでいるのに、どうして先輩はそんなに楽しそうに笑っていられるのか―― 一人きりの帰り道、私は隠すことも無く大きなため息をつく。 いつもなら唯先輩と二人で歩いていたこの道を、今の私は一人で歩いている。 さすがに限界だった。これ以上唯先輩といっしょにいたら、本当にどうかなってしまいそうだった。 いつかの入りたての頃真面目に練習しようとしない皆に憤慨してしまった自分のように、暴れてしまいそうだった。 いっそそうしてしまえばいい、なんて思わなくも無かったけど。 だけどそんなわけのわからない理由で怒られても、唯先輩も困るだろう。 だから、少なくともきちんと整理が付くまでは、それはできないと思う。 そうせずにいられているということは、ひょっとしたらあの頃よりも私は大人になったと言うことなのだろうか。 本当にそうなれているのなら、自分の気持ち位あっさりと整理をつけられているのだろうけれど。 ため息をつく。 用事がありますから、と一緒に帰ろうとした先輩を突き放したときでも、あの人はそっかぁそれじゃ仕方ないね、なんて笑っていた。 はあ、とため息をつく。 ばいばーい、なんて手を振って、歩み去る私を見送ってくれた。 いくら先輩でも、こんなあからさまな理由を使えば、それが口実に過ぎないってわかりそうなものなのに。 ただ私が、先輩から離れるために用事があるって言っているだけなのに。 それはきっと、いくら鈍くてほんわかしている先輩にも伝わっているはずなのに。 だけど、先輩はいつものように笑っていた。 だから、ぎゅうっと締め付けられる胸は、ズキズキと鋭い痛みを感じるほどにまでになってしまう。 そう、私の言葉に傷付いてくれればいいのに。そんな姿を見せてくれればきっと、私の痛みも消えてくれるかもしれないのに。 ――どうして、そう思ってしまうのか。 それじゃまるで、私が唯先輩のことを傷つけたいと思っているようだ。 そんなはずないのに。私は間違いなく、唯先輩のことを――好きなのに。 好きな相手にそんなことしたいと思ってしまうなんて、そんなの、おかしい。 好きな相手をいじめたくなるとか、そんな話に聞く男子小学生の恋愛表現のようなものなんて。 そんなのおかしすぎる。 私はどうして、こんなことをしてるんだろう。 だって、私のそういう態度に傷付くと言うことは、つまり。 唯先輩は私を、私と同じ位に好きでいてくれて、私と同じように胸を痛ませてくれていると言うことだから。 つまり私はそれを確かめたくて、そうであって欲しいと願って、こんなことをしているということなんだろう。 私を、好きでいて欲しいって、私と同じように胸を痛ませて欲しいなんて、そんなこと。 子供じみていて、自分勝手で――嫌になる。 つまり。 そんな私には、あの人に好きでいてもらう資格なんてないということなんだろう。 もし仮に、何かの間違いであの人が私のことを好きでいてくれたとしたならば。 私は、あの人を傷付けてしまったということになるから。 そんなこと、許されるはずがない。 だからきっと私には、あの人を好きでいる資格もないんだと思う。 こんな私が、あの人に好かれていいはずがない。 こんな私が、あの人を好きでいていいはずがない。 だけどきっと。 あの人は明日もまた、私に笑いかけるんだろう。 あの人は明日もまた、私のことを抱きしめるんだろう。 あの人は明日もまた、きっと―― そうして私は、あの人のことをもっと好きになる。 今より、もっと好きになる。 そんな資格なんて自分にないと言いながら、だけどそんなことないよと笑うあの人にまた甘えてしまうんだろう。 だから、わからない。 私はわからなくなる。 私はいつもわからなくなる。 私はどうすればいいのか。 わからないに包まれて、どうしようもなくなっている私は、どうすればここから抜け出すことができるのか。 何かに助けを求めようとして、すがりつこうとした先に映るのは、やはりあの人の笑顔で。 どんなにぐるぐるめぐっても、辿り着く先はいつもそこで。 堂々巡りの繰り返し。 だから、どうすればいいのかわからない。 本当にわからない。 わかっていることは唯一つ。 好きと言う、言葉だけ。 その意味すら私にはわからないのに。 それでも尚胸の中で止まない、その言葉だけ。 私はまたため息を付いて、そして、ゆっくりと顔を上げる。 時間を潰していた私よりもきっと、先に家に帰り着いているだろう唯先輩の、その家の方へと目を向ける。 きっとごろごろと過ごしてるんだろうなと、その姿をまるで自分がそこにいるかのように鮮明に思い浮かべられる。 そうしていて欲しいと、きっと私は思っているんだろう。 私の言動に傷ついて、暗い部屋で一人泣いてなんていて欲しくない。 そうしてくれたら、なんて思ってしまう自分がいるのは止められないけれど。 そしてまた堂々巡りの自己嫌悪。 こんな私には、それこそがふさわしいのかもしれない。 そしてもう一度ため息をつき、歩き出そうとした。 だけど、足が止まる。 止めたのは、ポケットで震える携帯。 取り出した画面に映るのは、あの人の名前。 メールボックスを開けば、リストの一番上にあの人からのメール。 唯センパイ。 その名前を小さく呟いて、ボタンを押す。 そして、思い知らされる。 ――きっと、魔法がもしこの世にあるとしたら、こんな形をしているんだろうなと。 わかってたのに。 わからないなんてことなかったのに。 私の答えはいつでもそこにあるんだって。 何度も辿り着いたその場所に。 わかっていたのに、私はまた、あの人に甘えてしまったんだ。 きっといっぱい傷付けてしまったあの人は、またそうして私に甘えさせてくれたんだ。 私のことを、わかっていてくれたんだ。 だから今この言葉を、私に届けてくれたんだろう。 私は画面から目を離すと、空を仰いで、思わず零れそうになったものを素早く人差し指で払った。 くるりと踵を返し、そして私はまた歩き出す。そして走り出す。 私の家からは遠ざかっていくけど、あの人の家には近付いていくその方向へ。 伝えなきゃいけない。 やられっぱなしは性に合わない。 だって、私は負けず嫌いなんだから。 それはきっと、あの人もよく知っていること。 だからきっとあの人は、玄関先で私が訪れるのを待ってくれているに違いない。 じゃあ、何を告げよう。 きっと笑顔で私を迎えてくれるあの人に。 ごめんなさい? それとも。 ありがとう? 違う、それよりも先に私が告げたいのは、あの人が望んでいるものは他にある。 あの人が届けてくれたものと、同じ形。 その音を、ただあなたの鼓膜へと、私の声で。 最初からそうしていればよかったんだよって笑うあの人へと、大好きって思いをいっぱいに詰め込んで。 今までずっと口にできなかった、その言葉を告げよう。 今でもまだ、その意味はわからないままだけど。 だけどきっとそうすれば、私は知ることができるんだと思う。 あの人は教えてくれるんだろうと思う。 導いてくれるんだと思う。 その言葉の先へと、私がいるべき場所、あるべき姿へと。 だから。 ――大好きです、唯先輩。 『大大好きだよ、あずにゃん』 END 何度読んでも本当に素晴らしい。すごい。 -- (名無しさん) 2010-12-09 21 19 17 同意。面白い。 -- (名無しさん) 2010-12-11 04 01 17 この唯はかっこ唯 -- (名無しさん) 2011-01-15 05 23 03 大大ってのがまたね -- (名無しさん) 2011-07-08 07 56 54 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1538.html
50 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 37 27 ID TmKKkU8J 人の居なくなった放課後の教室で、私はひとり自分の席に座っていた。 開け放たれた窓からは、冬特有の冷気を帯びた暖かい風がカーテンを揺らしていて、とても心地が良い。 今日は休みなのか、いつも聞こえる運動部の喧騒も、グラウンドからは聞こえない。教室内にはカーテンがはためく音が聞こえるだけで、不気味なほどに静かだった。 この世界で自分しか居ないみたいだ、なんてありふれた言葉が頭に浮かぶ。こういう言葉は嫌いじゃない。 私はそこで思い出したように、ポケットに入っている便箋を取り出した。 いつもなら、授業が終わると真っ直ぐに帰宅してしまうようなこの私が、こんな誰も居ない教室にひとりで残っているのには理由がある。この一通の手紙が原因だ。 今朝、いつものように登校してきた私は自分の下駄箱にこの便箋が入っているのを発見した。便箋は上履きの上に丁寧に置かれていて、まるで私のことを待っているかのようだった。 昨日下校した時はこんな手紙を見ていない。ということは昨日私が帰った後に入れたか、それとも今日の早朝に私が来る前にでも忍ばせたのだろう。 どちらにしろ、無視する訳にはいかない。 私はそれをポケットに入れて、そのまま教室には向かわず、人気が少ない非常階段で一人便箋を確認した。 便箋は青色の可愛らしい花の模様がついたもので、宛先のところに“鳥島くんへ”と私の名字が書かれていた。 中に入っている手紙も同様に、青色の四方に花がプリントされているものであり便箋とセットであるのがわかった。 手紙には私に放課後、教室に残っていて欲しい事が簡素に書かれていて、刻まれている丸っこい筆跡から、差出人が女子であることが推測出来た。 一体、何の用なのだろう。そんな疑問が頭に浮かぶが、私はこれを無視する理由も無かったので、結局こうやって放課後に待つことにしたのだ。 風がいっそう強く吹いた。 私は取り出した便箋の中から手紙を抜き出し、書かれている女子特有の丸っこい文字の羅列を眺めながら、手紙の差出人について考える。 51 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 38 27 ID TmKKkU8J 手紙には差出人の名前が書かれていない。それが書き忘れなのか、故意にやっているのかはわからない。しかし、私はそれが一番に知りたい情報だったので少し残念だった。 名前の有無は重要だ。名前が無いということは差出人がわからないということなのだから。 差出人がわからないと呼び出した理由についても全く予想が出来ない。名前が無いせいで、朝からずっと何故呼び出されたのかを考えているのに私に全くわからなかったのである。 何故、私を呼び出したのだろう。 相手が誰なのかがわからない。なので予想しようにも出来ないのだが、それを差し引いても私には、誰かに呼び出されるような理由なんて全くなかった。 私はクラスではあまり目立つほうではない。友人は居るが、どれも皆浅い関係に留まっており、親友と呼べるような存在も居ないのだ。 特に女子とは全く会話をしていない。 高校生というものはクラスではあまり男女が仲良くしないものだ。仲良くするのはあくまで学校外である。私もその暗黙の了解にきちんと倣っていたので、高校で女子と話をしたことなど、斎藤ヨシヱを除いて数えるほどしかなかった。 だから、今日私を呼び出した相手も、おそらく男子なのだろう。 私以外誰も居ない、空になった教室を見渡した。誰もいないということは、呼び出されたのは私だけということになる。つまり、私個人に用があるということだ。 教師に放課後呼び出されるのとは勝手が違う、つい幾らか警戒してしまう。 私は黒板の上に設置されている時計を見る。短針はもうじき6を指そうとしていた。そういえば、いつの間にかカーテンの隙間から差し込む夕日も黒みを帯び始めていた。あまり遅くなって欲しくないな、と私は思った。 それから、廊下からぱたぱたと誰かが歩く音が聞こえてきた。 私は手紙を再びポケットにしまうと、じっと教室のドアを見つめ、来訪者を待った。 ドアがカラカラとローラー音と共に開く。 現れたのは随分と身体の小さい、小動物を連想させるような少女だった。髪は肩程までに短く切られていて、その小さな顔には不釣り合いな程の、大きな黒縁眼鏡をかけられている。 彼女には見覚えがあった。確か、同じクラスの田中キリエだ。 「ご……ごめんなさい。いきなり呼び出したりしちゃって」 田中キリエは申し訳なさそうにそう言った。 52 :名無しさん@ピンキー:2010/04/09(金) 16 39 41 ID TmKKkU8J 謝罪したその声は、彼女の印象に違わないとても小さな声だった。注意深く聞いていないと、聞き逃してしまいそうなほどである。その口ぶりからするに、どうやら呼び出したのは彼女で間違いないようだ。 彼女は後ろ手でドアを閉めると、私の近くまでとことこと歩いて来た。 そして、そのまま彼女は黙りこくってしまう。時折私の顔をちらちら見たりはしているが、何も話さない。 彼女は指を弄ったりしていて、どうにも落ち着きがなかった。それに、顔も少し熱気を帯びているようにも見えた。もしかしたら風邪気味なのかもしれない。 当の私はまさか差出人が女子だとは思っていなかったので、田中キリエの登場にかなり困惑していた。 それから疑問に思う。何故田中キリエは私を呼び出したのだろう。彼女と私はあまりに共通点がなかったのだ。 田中キリエに限らず女子全般に対してそのことが言えるのだが、彼女とはせいぜいクラスが同じというだけで、今まで話をしたこともなかったはずだ。決して、放課後に呼び出されるような関係では無い。 それに、田中キリエは自己主張の少ない、友人の話に微笑んで相槌を打っているような静かな少女である。そのためか、人を呼び出すという行為自体が、私にはどこか不自然に感じた。 「あっ……あの、もしかして……迷惑でしたか?」 無意識の内に難しい顔をしていたのかもしれない、田中キリエは怖々といった感じでそう尋ねた。 「いえ、そんなことはありませんよ」 私は即座に笑顔で応じる。この手の性格は不安や緊張感を抱かせてしまうと話が円滑に進まない場合があるので、彼女を不安にさせるのはあまり得策ではなかった。 「……よかった」 田中キリエは安堵したようにそう言うと、また黙ってしまった。 カーテンの音がうるさいと感じるくらい、静かだった。 このままでは拉致があかない、そう思った私は仕方がないので自分から話し掛けることにした。斎藤ヨシヱを除いて、女子と話をするのは得意ではなかった。 「田中さん……でしたよね?」 「はっ……はい」 「どうして私を呼び出したのでしょうか?呼び出すということは、何か私に用があるはずでしょう」 流石に用もないのに人を呼び出したりはしない筈だ。 「えっ、あの、それは……」 本題に入ろうとすると、田中キリエは明らかに動揺してしまい吃ってしまった。 53 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 42 22 ID TmKKkU8J 人には言いにくい話なのかもしれない。ここは下手に話し掛けたりせずに、黙って彼女の言葉を待った方がいいな、と私は思った。 黙って彼女の言葉を待つことにする。 「…………」 長い沈黙が流れた。 ふと時計を見ると、短針は6と7の間にまで移動していた。体感しているよりも時間が経っているようだった。 いつの間にか夕日も既に消え、漆黒の闇が徐々に教室を侵食し始めている。 教室も暗くなってきたので、私は電気をつけようと思い、一歩、足を踏み出した。 その行動が彼女に、私が帰ってしまう、と感じさせたのかもしれない。 とにかくその一歩が彼女が話し出すきっかけになったのだろう、唐突に田中キリエが言った。 「……好きです」 呟くような声だった。あまりにも小さい声だったので今のは独白ではないかと思い、私は再び尋ねた。 「今、好きだと言いましたよね?」 無言で頷く。どうやら独白ではないらしい。 「誰が、好きなのですか?」 私が再び尋ねると、田中キリエの身体が一際大きく震えた。それから彼女は搾り出すように言う。 「……あ、あなたです。……鳥島くんです」 私はびっくりした。 「私がですか?」 「……はい」 「……」 「だから、その……良かったら、私と、あの、付き合ってください……」 言いたいことは言い終えたのか、田中キリエは顔を真っ赤にして、これで終わりだと言うように俯いてしまった。 そんな彼女に告白された私は、素直に驚いていた。 54 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 43 23 ID TmKKkU8J 彼女が私の事を好きだという事実が頭の中でぐるぐるしている。まさか告白されるとは思っていなかった。 いや、冷静に考えてみれば今朝の手紙といい今までの彼女の態度といい、確かに告白するための伏線はしっかり張られていたのだ。気づかない私のほうが鈍感だったのだろう。 しかし、そんな私を責める者はひとりもいない筈だ。私は先程も述べたように女子とは交流の全くない、地味な一介の男子学生なのだ。 そんな者が、誰かに告白されるなんて普通は考えもしないだろう。勿論、異性から告白されるのも、私はこれが初めてだった。 ――しかし、どうして。 私は目の前の田中キリエを見る。彼女の背はとても小さいので自然と見下ろす形になってしまう。 室内は既に暗くなっているため、その表情までは伺えないが、赤くなっているのだろうと私は勝手に考えた。 顎に手を当てて逡巡する。今まで、恋愛沙汰からは程遠い存在だと思っていた自分は、そういう恋愛事について真面目に考えたことはなかった。 正直、田中キリエのことはよく知らない。彼女は私のことを知っているのかもしれないが、私は知らないのだ。 相思相愛など、今時の恋愛事情からすると夢物語になりつつある。 基 55 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 46 08 ID TmKKkU8J 基本的に恋愛というものはどちらか片方が好きになって、片方は大して好きでもないが、とりあえずオーケーして付き合ってから相手のことを徐々に知っていく、といったスタンスになっている。そんな風に付き合う友人達を私は多く見てきた。 そのことについてとやかく言うつもりはない。相思相愛など、今でも昔でもそれこそ稀なのだから、寧ろそういうほうが普通なのだろう。 だから今、私もとりあえず付き合うといった選択肢をとれるのだ。 けれど、私の答えは告白された時から、ずっと決まっていた。 私は居住まいを直し、きちんと彼女向き直ってから言った。 「御気持ちは凄く嬉しいです。」 田中キリエは黙っている。 「誰かに告白されるなんてことは初めての体験でしたからね。正直、夢のようです。ですが、すいません。私は貴女とは付き合えません」 私は、彼女の告白を断ることにした。 第一の理由としては、私はまだそういう恋愛事をうまく理解していなかったからだろう。第二に、私は誰かに好かれるような人間ではない、と思ったからだ。彼女はあまりに私を知らない。 56 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 47 05 ID TmKKkU8J 返事を言い終えると、彼女はハッと息を呑んで私を見上げた。その顔はまるで世界の終わりみたいに絶望に歪んでいる。本当に、今にでも死んでしまいそうな表情だった。 罪悪感がちくりと私の胸を刺す。 そんな罪悪感と同時に、私は少し彼女に対して違和感を感じた。なんとも形容し難い、微妙な違和感が。 しかし、大して気にもならなかったので無視することにする。 しばしの沈黙の後、田中キリエは無理矢理口端を上げて、力なく笑ってみせた。それは随分と痛々しい笑顔だった。 「ははは……そう、ですよね。あの、本当にごめんなさい。勝手に鳥島くんのこと好きになっちゃって……ほんと……わたし、迷惑ですよね……はは」 みるみる彼女の目に涙が溜まっていく。私の心もちくちくと痛む。 「迷惑なんかじゃなかったですよ。先程も言いましたが、お気持ちは凄く嬉しかったです」 なら、なんで断るんだ。などと彼女は当然言わない。 暫くの間、田中キリエの嗚咽だけが教室に響いた。私は只、彼女のことを見ていた。 それからして、漸く落ち着いたのか、彼女はその大きな黒縁眼鏡を外し、涙を拭ってから静かに言った。 「ほんとっ……ごめんなさい。今日のことは、その、忘れちゃっていいですから。……これからも特に、私のことは、意識しないで、普段通りに、接してくださいね」 接するも何も、貴女とは接したこともないだろう、とまず思った。それに、忘れてしまっていいというのも、何とも奇妙に感じた。今のは彼女にとっては忘れてしまってもいいような行為だったのだろうか。 そして、軽く私に会釈してから、彼女は逃げるように教室を出て行ってしまった。 結局、田中キリエは私が断った理由を聞かなかった。 彼女の足音が聞こえなくなってから、私は時計を見た。暗闇のせいで見えにくくなっていたが、短針が7を指しているのをなんとか確認した。 この時間ではもう斎藤ヨシヱは帰ってしまっただろう。彼女に今日の事を相談したいと思っていたが仕方がない。明日にしよう、と私は思った。 私は机の上の鞄を取り、教室を出た。そこで思い出し、教室に戻るとポケットから田中キリエの手紙を取り出す。 私は手紙をドア近くに設置されていたごみ箱に捨てると、今度こそ教室を出た。
https://w.atwiki.jp/utauuuta/pages/3738.html
なにもしたくない【登録タグ な 曲 桃音モモ 琥虎】 作詞:琥虎 作曲:琥虎 編曲:琥虎 唄:桃音モモ連続音Soft 曲紹介 ※この物語はフィクションです※ 琥虎 氏のオリジナル3作目。 イラスト、動画も自身が手掛ける。 歌詞 (piaproより転載) 平日の朝がきたよ 布団から出たくない アラームを一瞬で止めるよ 仕事行きたくない なにもしたくない どうにか職場まで着いたよ でも挨拶がだるい 今日の仕事が始まるよ もう家に帰りたい なにもしたくない なにもしたくない なにもしたくない けどそうもいかない お昼休憩になったよ 雑談がしんどい 今度飲み会があるらしい 「行きます~」行きたくない… なにもしたくない ひとりの仕事は楽しいな でもやっぱり帰りたい なんとか定時にこぎつけた この瞬間は嬉しい なにもしたくない なにもしたくない なにもしたくない けどそうもいかない 土日を無駄にしたくない でも無駄に過ごしたい 何かすると時間が過ぎる しなくても過ぎる 人並み以上に頑張らないと 人並みのこともできないし 人並み以上に疲れるの(たぶん) 表情筋が疲れてきた… だから… なにもしたくない なにもしたくない なにもしたくない けどそうもいかない だけどもなにもしたくない なにもしたくない なにもしたくない とにかくなにもしたくない あーつかれた… コメント ああ何もしたくない…けど宿題が終わらない私 -- 零 (2016-10-04 14 53 17) ↑ワロタ 明らかに作業妨害BGMdane -- 剣音ソラ (2016-10-06 12 24 29) 名前 コメント