約 4,556,120 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1969.html
116 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 23 01 ID WBUL+36S 学校を出て駅から反対側に少し進んだ所に、寂れた停留所がひとつある。 昔はそれなりに利用されていたらしいが、地理的な利点を考えて新設された駅側のバス停のせいで、それはまもなく廃線にされた。 我が校の生徒も、大半がそちらを利用していて、わざわざこちら側に足を運ぶ物好きなど誰も居ない。今も私がひとりベンチに座っているだけで、制服を着た人間はおろか、通行人すら見えなかった。 私は、そこで彼女を待っていた。 時間は放課後を少し回ったぐらいで、季節柄日が落ちるのも早く、夕方ももう終盤を迎えていた。青かった空も、今では赤く焼けている。 「ごめんなさい。待たせちゃって」 と、言いながら駆け寄って来たのは、恋人である田中キリエだった。 いいえ、全然待ってませんよ。 なんて、ありふれたやり取りがしてみたいと思ったが、実際にそれなりの時間待っていたので、私は黙って微笑んでいた。 何故、こんな中学生のカップルみたいに、人目を避けてこそこそと待ち合わせているのか。そんなことを聞くのは、野暮というものだろう。 私は錆びたベンチから腰を上げ、カバンを手に持った。 「それじゃあ、行きましょうか」 「うん」 喜色満面といった様子で、彼女は頷いた。 昼休みの約束通り、私達ふたりは並んで下校する。 わざと人の少ない路地を選んで、まるで逃亡者のように身を窶しながら、ゆっくりゆっくり駅へと歩いて行った。 そんな平和な帰り道の中でも、私はいつ昼のことをぶり返されるのかと、内心びくびくしていた。 しかし意外なことに、田中キリエがそのことを話し出す気配は一向に表れなかった。てっきり、昼休みのような押し問答が繰り返されると思っていた私は、どこか拍子抜けしてしまう。 一応待ち時間の間に、中々筋の通った言い訳を考えていたのだけれど、どうやら使う機会は消えたらしい。 「寒いね」 彼女は、自分の吐く白い息を見ながらそう言った。かけている大きな黒縁眼鏡も、少し雲ってしまっている。 「そうですね」 私も応えた。 「自分は寒いの苦手なんで、ここ最近は特に辛いですよ。寝る時なんかは、湯たんぽ必須の人間ですからね。私個人としては、早く春が来て欲しいものです」 「春かぁ。春になったら、私達も三年生だね。鳥島くんは卒業したらどうするの? やっぱり進学?」 「まあ、進学でしょうね。学歴は持っておいて損は無いですから」 117 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 24 10 ID WBUL+36S 「行きたい大学とかはあるの?」 「今は特に。でも、結局は自分の偏差値に見合ったところに行くと思いますよ。大学に入ってから、やりたいことも無いですし」 「そっかー、それなら私も大変だな。鳥島くん頭いいから、ついていくのも一苦労だよ」 彼女がそう言って苦笑するのを、私は複雑な心持ちで見ていた。 ついていくのも一苦労、か。 もしかして彼女は、私と同じ大学に進学するつもりなのかしら。 「まあ、私も言う程頭いい訳じゃないですけどね」 「そんなことないよ。テスト後に貼り出される順位表見ると、鳥島くんいつも上位に居るもん」 「いえいえ」 と、やんわり否定しながらも、実際に私はかなり頭がよかった。順位表でも、十位から下に落ちたことがない。 けど、それにはちゃんと理由がある。 一番の理由としてはやはり、私に友達がいないからだろう。 いや、いないと言うのは少々言い過ぎかもしれない。もちろん私にも、クラスで談話を興じたりする友人はそれなりにいた。 しかし、それはあくまで上辺だけの付き合いに過ぎない。放課後に一緒に帰ったり、休日に楽しく遊んだりする友人は、私にはひとりもいなかった。 そのせいか、基本的に私はいつも暇なのである。その上無趣味。 家に帰ってすることといえば、帰結的に勉強しかなくなる。帰れば勉強、休日も勉強。これで頭がよくならなかったら嘘だ。無駄に、偏差値ばかりが上がっていった。 田中キリエと付き合ってからは、幾らか改善されたとはいえ、私の生活基盤は未だ変わらずにいる。 「けど、今はそんな遠い未来よりも、目先の期末テストを心配しなくちゃ、だけどね」 彼女は憂鬱そうに溜め息をした。 だけど私にはイマイチ、試験を憂うという気持ちがわからなかった。勉強関係で困ったことなど、今まで一度も無い。 「そんなに心配しなくても、大丈夫だと思いますよ。高校のテストなんかだと教師の気質が特に表れやすいんで、返って対策がしやすいですし」 「うわっ、余裕の発言だね」 「余裕なんかじゃないですよ。ところで、そう言う田中さんはどうなんですか? 田中さんも結構、頭よさそうに見えますけど」 「私は全然だよ」 と言って、彼女は肩をすくめた。 が、それは只の謙遜だろうな、と私は思った。 彼女が切れ者であることは、もう十分すぎるほどに理解している。勉強の出来ない切れ者など、見たことがない。 118 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 25 16 ID WBUL+36S 「けど、しいて言うなら、化学とか生物とかの理系科目はわりかし得意かな。私、お父さんが製薬会社に勤めてるせいか、小さい頃から理系関係のことには、よく興味を持ってたんだ。ほら、親の仕事は子供に影響するって、よく言うでしょ」 「へぇ、お父さんが製薬会社に勤めてるんですか。けど、それだと私とは真逆ですね。自分は文系科目は得意なんですが、理系科目はちょっと苦手でして」 ――あなたって心が無いくせに、なんでこんなに国語の点数が高いのかしら? 昔、斎藤ヨシヱにテスト結果を見せた時に、そう皮肉られたことを思い出した。 どうやら、魔女の呪いはまだ有効らしい。 田中キリエは、目を丸くして私を見ていた。 「意外だね、鳥島くんにも苦手な科目ってあるん――」 中途半端に言葉を切って、彼女は何かを思い付いたように、ハッと顔を上げた。 「そっ、それならさ。今度、私と一緒に勉強しない?」 「一緒に勉強、ですか?」 「うん、私の家でさ。テスト期間中って、下校時間も早いでしょ? だから、学校が終わってから一緒に勉強しようよ。 「私の苦手な文系科目は鳥島くんに教えて貰って、鳥島くんの苦手な理系科目は私が教えるからさ。お互いがお互いの苦手なところをカバーし合えば、勉強の効率もいいし、一石二鳥だよ」 彼女の誘いに、私はふむと顎を撫でた。 確かに、田中キリエの提案は道理にかなっているように思えた。勉強というのは一人でやるよりも、人に教えてもらいながらやったほうが、何倍も覚えがいいものだ。 「いいですよ」 断る理由も無かったので、私はとりあえず了承しておいた。 「本当? やったあ」 田中キリエは、少々大袈裟すぎる程に喜んだ。 そして、ルンルンとステップを踏み始め、私より先を歩く。余程気分がいいのか、鼻歌まで歌っていた。 曲目は、ベートーヴェンの交響曲第九番“歓喜の歌”だった。 安直な選曲だな、と私は思った。 「私、鳥島くんと付き合ってから、本当に幸せ」 田中キリエが不意には立ち止まり、振り返って私を見た。その笑顔は、生まれたばかりの赤子のように、惚れ惚れするほど純粋無垢なものだった。 119 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 26 28 ID WBUL+36S 「今まで生きてきて、こんなに幸せだった時は無かったよ。これからも、ずーっとこんな毎日が続くと思うと、幸せでおかしくなっちゃいそう。最近は、バチが当たるんじゃないかって怖くなるぐらい」 彼女は真面目な顔で、私に問いた。 「ねぇ、鳥島くん。鳥島くんは、私と付き合ってよかったと思ってる?」 「ええ、思ってますよ」 私は即答する。 その答えに満足したのか、彼女はうふふと笑って、再びステップを踏み始めた。 そんな彼女の後ろ姿を、私は冷めた目で見つめている。 これからもずーっと。 なんだろう。さっきから、彼女の言葉がやけに鼻にかかった。まるで私達の関係が、永遠に続くような言い方をしているではないか。 永遠の愛なんてものは、この世に無いというのに。 そもそも人というのは、特定の人間を長く愛することが出来ない。 肉親ならともかく、他人。 一生ひとりの他人を愛し続けるなんて、それこそ無理難題であり、かつ難行苦行でしかない。 付き合った当初は、大好きだの愛してるだの言い合っていた男女が、半年もすれば違う相手に同じことを言っている。 そんなのは、もはやありふれた光景のひとつだ。私の通っている高校にだって、そんな男女はごまんと見れた。 付き合ったと思ったら別れ、別れたと思ったらまた付き合う。まるでインスタントラーメンのように、恋愛というものは手軽に生まれていく。 田中キリエも、今はああ言っているが、おそらく三年生になる頃には、二度と私に同じ台詞を吐かないだろう。その頃にはきっと、彼女の隣には違う男が歩いているに違いない。 だから今の内、言わせるだけ言わしておけばいい。私は何も、気にすることはないのだ。 ちょっと、寂しい気もするけど。 そんなことを考えながら歩いていると、今度は鼻歌ではなく口笛が聞こえてきた。 最初は田中キリエが吹いているのだと思ったが、それは違った。 音の発生源は、私の口からだった。 どうやら、無意識の内に口笛を吹いていたらしい。 せっかくなので、前方を歩く彼女に聞こえないように、私は口笛を吹き続けた。聞き慣れたメロディーを、虚空に向かって演奏してやる。 曲目は、フランツ・シューベルトの歌曲“魔王”だった。 120 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 27 59 ID WBUL+36S 駅には案外あっさりと到着した。 我が校から駅までは、徒歩にして約三十分程かかる筈だから、どうやら体感しているよりも長く歩いていたらしい。 「もう、着いちゃったね」 隣に立つ田中キリエが、名残惜しそうに呟いた。 そうですね、と私も相槌を打つ。 今現在、私達は駅から少し離れた通りに立っていた。 さすがに駅前は人が多く、我が校の制服を着た人間もちらほらと見えるため、これ以上近付いたら、二人でいるところを見られてしまうからだ。今まで散々こそこそと隠れてきたのだから、最後の最後で手をぬきたくなかった。 腕時計を見る。 この時間だと、私の乗る電車は後十分程で到着する。 「鳥島くん」 呼ばれて、視線を時計から彼女に移す。 田中キリエは顔を赤くしていて、もじもじと身をよじりながら私を見ていた。 これは何か言い出すな、と瞬時に思った。 「なんでしょうか?」 「あの、さ……。明日って、学校はお休みだよね」 「はい、日曜日ですから」 「だからさ、あのさ……良かったら、明日……その……」 言葉尻をゴニョゴニョとさせるので、上手く聞き取れない。 辛抱強く待ってみたが、次の言葉は中々出て来なかった。 私は電車の時間を気にする。 これ逃してしまったら、次に来るのは更に二十分も先になってしまう。 あまり急かすような真似はしたくないが、仕方ない。 手助けしてやるか。 「田中さん、いつまでもそんな風に気をつかわなくたって、大丈夫ですよ。もっと気楽にやってください。だって私達は――」 恋人なんですから、と笑顔で付け加えると、彼女は漸く安心したように表情を崩した。 我ながらキザな物言いだとは思うが、なんだかんだでうまくいくものだな。 私の言葉に田中キリエは、そうだよね、恋人だもんね、と納得したように頷いて、意を決した表情で口を開いた。 「あの、良かったら明日、私と一緒にお出かけしませんか?」 彼女がそれなりの勇気を振り絞って出した言葉は、まあ、なんというか全く予想通りだった。 一緒にお出かけ。つまりは、デートのお誘いである。 というか、恋人に休日の予定を聞かれれば、十中八九誰だって気づくだろう。むしろそのことを聞かれた時点で、自分から誘ってもよかったなと、今更ながら思った。 121 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 30 13 ID WBUL+36S それはさておき、デートの誘いに乗ることは決定である。 先述したように、私は基本的に暇人なので、もちろん明日も何の予定も入っていない。真っ白で、空っぽだ。 それに、今回は田中キリエからのお誘いなので、エスコート云々は全部彼女に任せてしまえばいいし、心理的にも色々と楽だった。 だから私は、二つ返事で了承―― 「はい、それじゃあ明日――……ああっと……すいません。……明日はちょっと“ヘビセン”の方へ家族と買い物に行く予定があるので、だから、ごめんなさい。明日は少し、都合が悪いです。本当、すいません」 ――しなかった。 苦笑を浮かべて、からくり人形のようにペコペコと何度も頭を下げる。 天国から、一気に地獄へ。 先程の幸せな表情とは打って変わり、田中キリエの顔は悲愴感溢れるものへと変化した。 そんな彼女を見ていると、私は罪悪感を感じた。針で突いたみたいに、胸の辺りがチクチクと痛む。 やっぱり、オーケーしとけばよかったかな。 そのような後悔が襲ってくる。 無言で佇んでいる私に気付いたのか、彼女は取り繕うように言った。 「う、ううん。お願いだから、謝ったりとかしないで。明日の今日でいきなり言い出した、私が悪いんだから。鳥島くんにだって、都合とかあるもんね」 そう言って田中キリエは、あははと笑ったが、その笑顔はどこかぎこちなく感じた。 気まずい沈黙が流れる。 私はふと、どうしてデートを断ったぐらいでこんな雰囲気になるのだろう、と疑問に思った。そんな顔をされるほど、自分は悪いことしている訳じゃあないと思うんだけど。 122 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 31 27 ID WBUL+36S ああ、なんかだんだんうんざりしてきた。 思わず嘆息を漏らしそうになるのを必死で堪え、目の前で萎縮する田中キリエを見下ろす。 まあ断ったのは自分だし、フォローでもするかな。 そう思って、口を開きかけたのだが 「それじゃあ、私行くね。また明後日」 などと言い残して、田中キリエは駅前の人込みの中へと駆け出して行ってしまった。 彼女の姿は雑踏に紛れ、すぐに視認出来なくなる。 取り残された私は、開きかけの口をそのままに今度こそ嘆息をした。 ……なんだかなあ。 まあ、いいけど。 と、あまり自分ものんびりしていられないことを思い出した。 急がなくては、乗車予定の電車が到着してしまう。 そのことに気付いた私は、小走りで駅へと走りだし、途中ちらりと腕時計を見たのだが、まあ、これもまた予想通りのオチだった。 絶え間無く運動を繰り返していた両足は、緩やかに減速していく。 時計の針は、ちょうど電車が駅から発進している時間を指していた。 いやはや。 残り二十分、どうするかな。 私は行き場の失った足を休憩させ、所在なげに立ち尽くす。 すると、風がびゅうと吹いて私の体を叩いた。 「寒い……」 亀のように首を引っ込ませて、外気の寒さから守るために、両手をポケットにしのばせる。 コツン、と右ポケットに硬い感触を感じた。私の携帯電話だ。 取り出してみる。 携帯電話は、しばらく機種変更していないため、塗料が剥げて緑と黒の斑模様になっていた。買い換えよう、買い換えようといつも思うのだが、面倒臭いのもあって未だに機種変更していない。 私はその硬い表面を、乾燥した手で撫でながら考える。 123 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 32 32 ID WBUL+36S やるなら、今か? 直前になって、田中キリエの誘いを断ったのには、もちろん理由がある。 昼休みに感じた、あの感覚。 あれが私の勘違いならば、何の問題は無い。このうっかり屋さんめ、で済む話なのだ。 けれど、もし勘違いでないとしたら、状況は少し煩雑としたものになる。 あれが本物ならば、もうあまり時間は残されていない。信号でいうなら、青信号から黄信号に変わったところ。前と同じことを繰り返したくないのなら、早急に動いたほうがいいだろう。 しかし、同時に躊躇いもあった。 自分が今やろうとしていることは、目の前に垂れ下がったチャンスを、自らの手で握り潰すということだ。それが惜しくない訳がない、無念だと思う気持ちも確かにある。 だが、そこに私情を挟んではいけない。 ほんの少しでもリスクを内包しているのなら、やはり黙過すべきではないのだ。事態が厄介なものへと変わる前に、さっさと終わらせたほうがいいに決まってる。 よし、思い立ったら即行動。 ぐずぐず迷ったりせずに、早く済ませてしまおう。 そう思って、私は携帯電話を開こうと指に力をこめたのだが、既の所で止める。 ……やっぱり、今はやめとくか。 思い返してみれば、今日はとことんツイてなかった。 やることなすこと全てが裏目に出て、あちらこちらで墓穴を掘りまくる一日だった。 こういう日は何もしないで、じっとしているのが最善である。やるのは日付が変わってからでも遅くないし、ここは慎重にいくべきだろう。 急がば回れ、だ。 さっきと言っていることが全然違うけど。 私は携帯電話をしまうと、駅へと歩き出した。 実行は、今夜の散歩のついでにでもやっておこう。 そう思いながら、自分もまた雑踏の中へと加わっていった。 124 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 33 45 ID WBUL+36S カリカリ、と紙面に文字を書き込む音が自室に響く。 数学の証明問題は思ったよりも手強く、何度も手を止めたり、椅子の前脚を浮かせてのけ反ったりとしながら、なんとかクリアした。 私は言い様の知れぬ達成感を感じ、ふぅと一息ついてから、持っていたシャープペンシルを離した。 机の上には、文字がびっしり詰まったノートと、使いこまれた参考書が並べられている。テスト期間が近いので、今夜は普段以上に勉強していた。 壁に備えつけられてる掛け時計を見て、時刻を確認する。時計は、もうじき今日が終わることを告げていた。 ちょうどいい時間だな、と私は思った。 ノートや参考書を机の中にしまい、椅子から腰を上げて、大きく伸びをする。長い時間座っていたせいか、体中の間接が悲鳴をあげていた。 さて、それじゃあ準備するかな。 クローゼットを開け、中から厚手のコートとマフラーを取り出した。最近はよく冷えるので、防寒を怠ってはならない。 それらを片手に持って、部屋の電気を消してから、自室を出た。 と、いけない、いけない。 踏み出した片足を慌てて戻して、ベッドの上に投げ捨てられていた携帯電話を、ポケットに突っ込む。 普段利用する機会が少ない分、私は携帯電話を忘れることが多い。けど、別段それで困ったこともなかった。着信なんて、稀にしか来ない。 私は階段を下りて、玄関で靴を履いた。 コートを羽織り、首元にマフラーを巻く。中にも大分着込んでいるので、寒がりの私でも、これで大丈夫だろう。 「いってきます」 振り返って、冷たい廊下に向けてはっきりと声を上げた。 しかし、返事は返って来ない。リビングには光が灯っていて、人の気配もあるというのに。 もう一度言ってみようかしら、と思って再び口を開けるが、やっぱり止めた。 返事が返ってきたことなど、一度も無いことを思い出したからだ。 私は、そっと家を出た。 深夜の空気は刺すように冷たくて、鋭利な刃物を思わせる。 思わずぶるりと体を震わせて、私は門を出た。 出発する前に、我が家を振り返る。 自室の隣の部屋の電気が、まだついていた。あそこはリンちゃんの部屋だ。 きっと、まだ眠れずにいるのだろうな、と私は思った。 125 :名無しさん@ピンキー:2010/11/16(火) 11 51 16 ID 7YYpU1zl 124 GJ!! なんということでしょう!!今週は停滞作品復活祭か!? 126 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 58 09 ID WBUL+36S 妹の姿を思い浮かべる。 彼女は小さい頃から、慢性の不眠症を抱えていた。 いつも目の下にクマをつくっていて、よく眠い眠いとぼやいていたのを思い出す。 発症したのは、たしか彼女がまだ幼稚園児の時だったか。 母は最初、子供だから色々と不安定なのだろうと、あまり気にしていなかったのだが、一向に回復の兆しが見えなかったので、遂にリンちゃんを病院に連れていった。 しかし何回診察を受けても、不眠の原因はわからなかった。 当時、リンちゃんは規則正しい生活を送っていたし、ストレスらしいストレスも無い、何の変哲もない至って健康な女の子だったからだ。本人も、特に心当たりが無いと言っていた。 医者には、副作用の少ない睡眠薬を服用することを進められたが、リンちゃんがそれを強く拒否したので、結局、彼女の不眠症は治らずじまいに終わったのだ。 それは高校生になった今でも続いているようで、彼女の部屋の電気が消えることは滅多にない。 早く治ればいいのに。 私は部屋の窓を見つめる。 その時。 んっ? 今、一瞬。カーテンが揺らいでいたような気がした。 風かしら、と最初は思ったが、外はこの寒さだから窓を開けている筈がない。それでいて 127 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 11 58 55 ID WBUL+36S 妹の姿を思い浮かべる。 彼女は小さい頃から、慢性の不眠症を抱えていた。 いつも目の下にクマをつくっていて、よく眠い眠いとぼやいていたのを思い出す。 発症したのは、たしか彼女がまだ幼稚園児の時だったか。 母は最初、子供だから色々と不安定なのだろうと、あまり気にしていなかったのだが、一向に回復の兆しが見えなかったので、遂にリンちゃんを病院に連れていった。 しかし何回診察を受けても、不眠の原因はわからなかった。 当時、リンちゃんは規則正しい生活を送っていたし、ストレスらしいストレスも無い、何の変哲もない至って健康な女の子だったからだ。本人も、特に心当たりが無いと言っていた。 医者には、副作用の少ない睡眠薬を服用することを進められたが、リンちゃんがそれを強く拒否したので、結局、彼女の不眠症は治らずじまいに終わったのだ。 それは高校生になった今でも続いているようで、彼女の部屋の電気が消えることは滅多にない。 早く治ればいいのに。 私は部屋の窓を見つめる。 その時。 んっ? 今、一瞬。カーテンが揺らいでいたような気がした。 風かしら、と最初は思ったが、外はこの寒さだから窓を開けている筈がない。それでいて、カーテンが揺らぐということは、もしや中から―― と、そこで慌てて思考を打ち切り、私は顔を赤くして頭を振った。 馬鹿か、そんな訳ないだろう。 ほんの少しでもそんなことを考えてしまった自分が、急に恥ずかしくなる。 今のは、ただの私の見間違いだ。そうあって欲しいという自身の願望が、それを見せたに過ぎない。 兄を慕っていた妹は、もういない。 彼女は私のことを嫌悪し、心底恐れている。その事実は変わってないし、これからも変わらない。 変な幻想を抱くのは、よせよ。 私はがりがりと頭を掻く。 途端に居たたまれない気持ちになり、足早に家を後にした。 もう一度我が家を振り返る気には、なれなかった。 128 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 12 00 25 ID WBUL+36S 何故、こんな夜更けに出歩いたりするのか。 一言で言えば、それが私の習慣だからだ。 深夜になると必ず散歩をする。 最初に始めたのは、確か中学生の時だったと思う。 どうしてこんなことを始め出したのか、今ではもう動機はわからないけれど、なんせ血気盛りな中学生の頃だ。多分、深夜に出歩く俺カッコイイとか思ってたに違いない。 私の散歩コースは、隣町の自然公園まで歩き、そこでゆったりしてから帰宅する、というものだった。 始めた最初の頃なんかは、ただ徒に近所をほっつき歩いているだけで、たとえ家を出ても直ぐに戻っていたのだけど、今ではむしろ、日に日に外出時間が長くなっている。 警察の補導にさえ気をつければ、深夜という時間帯は考えごとをするのに最高だった。 私は針穴みたいに小さい星屑を眺めながら、自然公園へと足を進めて行った。 自然公園に着いた。 隣町だけあって、ここまで歩くのには中々時間がかかった。既に時計の針は、最後に見た時から一周以上している。 私は、入口付近に設置されている自動販売機で、暖かい缶コーヒーをひとつ買ってから、公園の中へと足を進めていった。 するとすぐに、左右に枝分れした標識が現れる。左右それぞれに“北ブロック”“南ブロック”と彫られていた。 自然公園は、主に北と南のブロックに分けられる。 南側の方は、主にレジャー施設として利用されることが多く、広大な芝生や子供用の遊具、アスレチックなどが豊富に設けられていて、休日などはよく家族連れで賑やかになる。 それに対し北側は、主に散策やランニングのコースとして使われていた。季節ごとの観葉植物も沢山植えられているので、ついでに植物鑑賞も楽しめる。 129 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 12 01 45 ID WBUL+36S 私がいつも利用するのは、北ブロックのほうだった。 “北ブロック”と書かれた矢印の標識に従って、自然公園の中枢へと向かっていく。 相変わらず、自然公園には人っ子ひとりいない。 私は数年間、この北ブロックに通い続けているが、未だに此処で誰かと出くわしたことがなかった。まるで、この北ブロックだけが世界と隔離されてしまったように、過度なまでに閑散としている。 この有様だからかな、と私は周囲を見回した。 昼の和かな雰囲気に対して、深夜の北ブロックは、ただただ不気味でしかない。 生い茂った木々がコンクリートの道の上で天井をつくり、木の葉を擦り合わせてざわざわと音を立てる。しかもやけに街灯の数が少ないので、嫌でも暗闇が目立ち、どこか動物的な本能が警鐘を鳴らすのだ。 だから、みんな無意識に此処を訪れることを避けているのかもしれない。なんて、勝手な憶測をたててみる。 しばらく歩いていると、お気に入りの古い木製ベンチを見つけた。この散歩のゴール地点である。 私は、夜露で湿ったそれに腰を下ろし、缶コーヒーのプルタブを引き上げ、熱い液体を喉に流し込んだ。 落ち着くなあ。 全身が弛緩するのを感じる。この瞬間だけは、何物にも代え難いといつも思う。 私は、ぐにゃぐにゃに柔らかくなった意識の中で、ぼんやりと前方を眺めた。 目の前には、背の高い森林達でも覆い隠せぬほど大きくそびえ立つ、この市で一番の高度を誇る高層マンションがあった。 出来た当初なんかは、マスコミにも騒がれていた高層マンションだ。芸能人の誰々が買ったー、なんて言って一時期クラスでも盛り上がっていた。 あそこのてっぺんには、一体どんな人が住んでいるのだろう。 ボーっとしながら、きらびやかに光る最上階を見つめた。 時は一刻と過ぎていく。 と、まずい。 少しまったりしすぎたか。危うく、本来の目的さえ忘れてしまうところだった。そんなことになっちゃあ、正に本末転倒だろう。 130 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/11/16(火) 12 02 44 ID WBUL+36S 私はポケットから携帯電話を取り出し、二つ折りのそれを開いた。 ディスプレイに映る日付は、既に変わっている。昨日の不幸な一日はリセットされ、新しい一日が始まったのだ。 大丈夫、これでいつも通りだ。 指を動かし、メニュー画面からアドレス帳を開く。 登録数が異様なまでに少ない私のアドレス帳の中には、ひとつ新しい名前が増えていた。今日の昼休みに登録されたばかりのものだ。 一応、保険をかけておいて正解だったな。つくづくそう思う。 私はその名前まで矢印をスクロールし、数秒迷ってから、親指で通話ボタンを押した。携帯電話を耳に当てる。単調な電子音が鼓膜を揺らす。 そして数回のコールの後、電子音が途切れ、相手が出た。 応答の声は無い。 おそらく、見知らぬ番号からの着信に警戒しているのだろう。 なら、こっちからいくか。 私は舌で唇を湿らせてから、おもむろに口を開いた。 「ああ、どうも。夜分遅くにすいません、鳥島タロウですが――って、ちょっ、ちょっ、ちょっと、切らないで切らないでっ! 切らないでくださいっ! 「……ふぅー、危なかったなぁ。今、絶対に切ろうとしてたでしょう? 気配でわかりましたよ。ああ、危ない。せめて、話くらいは聞いてくださいよ。乱暴だなぁ。 「えっ? どうやって番号を知ったか、ですか? ……まあ、細かいことはいいじゃないですか。私なりに、色々と調べたんですよ。 「ハハハ、嫌だなぁ。勿論、用なら有りますよ。私だって、ふざけてあなたに電話した訳じゃあ、ありません。 「ああ、それがですね。さっさと、と言うわけにもいかないんですよ。あまり、電話で話せるようなことでも、ないですしね。 「はい、はいはい、ええ、そうです。まあまあ、そんなこと言わないで。 「だから、前田さん――今日のお昼頃って、時間空いてますか?」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1552.html
217 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 40 10 ID kVeCnTh+ 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室の空気は一気に弛緩した。 教卓に立っていた教師が去ると、クラスメイト達は弁当を片手にそれぞれのグループで集まり始める。それから、各々が楽しい昼食の時間を過ごす。いつも通りの昼の光景だった。 そんな中、弁当を持参していない私はひとり購買部へと赴く。 教室のドアを開けると、冷気を帯びた空気が室内へ流れ込んできた。一歩先は別世界のように冷え切っている。近くで弁当箱を広げていた女子が非難するように見てくるので、慌てて後ろ手でドアを閉めた。 廊下に出ると、教室の暖房に慣れていた身体が一瞬で粟立った。吐いた息も白い。 そこで私は今朝のニュース番組で、今日は今年一番の冷え込みになります、と女性アナウンサーが言っていたのを思い出した。 昔から、寒いのはあまり得意じゃない。私は両の手で身体を擦りながら、廊下の温度へ適応させるようにゆっくり歩いて行く。 私の横を男子生徒が二人駆けて行った。方向からして、同じ購買部を目指しているのだろう。 元気だなあ、と私は若い子を見て微笑む老人のような気持ちになった。 我が校の購買部は公立学校にしては珍しく数や種類もそれなりに豊富なので、今のようにゆったりと歩いていても、買いそびれるなんてことはまずなかった。 なので、三年生による売買ラッシュを嫌う私はゆっくりと歩いて行くのが常であった。 賑わっている別クラスの教室を横目で眺めながら、のんびりと購買部を目指して行く。 購買部に着いた。いつものように混み合っている部内に三年生の姿は既に無く、二年生と一年生がレジの前に、何重にも折り返した長い列を作っていた。 少し、ゆっくりし過ぎたみたいだ。私はうんざりする。 行き遅れすぎてしまうと、目の前のような、主に二年生による第二波がきてしまい、遊園地よろしく長蛇の列が出来る。混雑の原因としてはやはり、レジがひとつしかないからだろう。 その上、レジは入口付近に設けられているため、部内の商品を買うためには嫌でもこの人工運河を踏破しなくてはならない。 しかたがない、と私は面倒くさそうに息を吐くと、列に割り込んで行った。 218 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 41 12 ID kVeCnTh+ 右手で列を切り裂くようにして中を進んで行く。身体をぎゅうぎゅうと押され息苦しい、窒息しそうだ。 道程、男子生徒が迷惑そうに私を睨み舌打ちをしてきたので、すいませんと謝罪する。なんだか割り込みをしているみたいで、もの凄く申し訳ない気持ちになってくる。早くレジを増設して欲しいな、と私は人波に揉まれながら思った。 元々人込みが苦手な私は、人工運河を渡り切った時には、もうぐったりとしてしまった。一息ついてから、ふらふらとした足取りで菓子パンコーナーを目指す。 昼食にはいつも菓子パンかサンドイッチを購入していた。二つとも数だけは豊富なので売り切ることがないからだ。 今日もそのはずだった。 しかし道中、視界の隅に何かを捉え、思わず足が止まった。余分に進めていた右足を一歩下げる。 そこは、惣菜パンが売っているコーナーだった。惣菜パンコーナーは様々な商品が置いてある購買部でも最も人気がある場所だ。 先程、私は購買部では買いそびれることはないと言ったが、人気がある商品に関しては例外だった。 購買部は一階にある。校舎は四階建てで上から、一年、二年、三年と続くため、必然的に階下にいる三年生達に地の利があり、人気がある商品についてはさっさと買われていってしまう。 我が校は厳格な年功序列制度を採っているのである。 なので、私のような二年生はいつも中堅の商品しか買えない。一年生にしてはそれこそ余り物のような物しか買えないから悲惨だ。 だから、その惣菜パンコーナーにひとつだけ、学内で不動のナンバーワン人気を誇るカレーパンがひとつだけ残っているのは、随分と珍しいことだった。 いつもなら真っ先に無くなってしまうのに、どうしてか今日はひとつだけ残っている。 私は、ぽつんと誰かの手に取られるのを待っているそれをまじまじと眺める。 昔、一度だけ斎藤ヨシヱに頼んでこのカレーパンを購入して貰ったことがあった。その時は、人気のあるミュージシャンの新譜でも聞くような、そんな軽い気持ちで食べたのだが、正直あの時の衝撃は今でも忘れられない。 それから、何度かカレーパンを狙って三年生達と競ってみたりしたが、結局買えたことは一度もなかった。 219 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 42 27 ID kVeCnTh+ 次に食べられるのは進級してからだと思っていたけれど、意外とその時は早かったみたいだ。どちらにしろ、取らない訳にはいかない。 今日はついてるなあ、と私はカレーパンに手を伸ばした。 しかし、その伸ばした手は、突然現れた横合いの手に掴まれた。 私は驚いて、反射的に手を掴んだ人物へと視線を滑らせる。そして、さらに驚くことになった。 腕を掴んだのは、恐ろしい風体の女子生徒だった。軽く巻いた髪は金色に染め上げており、厳つい形をしたシルバーピアスが所狭しと耳を飾っている。 身長は女子にしてはかなり高く、平均的な男子生徒の私と大して変わらなかった。服の上からでもわかるプロポーションの良さが、やけに目につく。 私は突然の出来事に困惑してしまった。 彼女とは面識がない上に、その、私を見る、金色の髪とは対照的な真っ黒な瞳に、明らかに憤怒を感じるからだ。 その瞳は、そこらの野良犬ぐらいなら簡単に殺せそうなほど強いものだった。 自然と腰が引けてしまう。 彼女が怒っているのは一目でわかった。いつもの私なら何故怒っているのかが分からず、小一時間は悩んでしまうものだが、その日は運よく直ぐに彼女の怒りの原因を理解出来た。 私は柔和な笑顔で、彼女に言う。 「これ、食べたいのならどうぞ。私はそこのメロンパンでいいんで」 私のほうが早かったけれど、そんな目で見られては仕方ない。こういう時は女性に譲るのが紳士というものだろう。 空いた手でカレーパンを薦める。 しかし、金髪の彼女はそんなカレーパンには一瞥もくれずに、まだ私のことを睨んでいた。 カレーパンではないのだろうか。途端に不安になる。 その時だった。漸く、金髪の彼女が口を開いた。 「お前、鳥島タロウだな」 突然発したその声は、かすれたようなハスキーな声質だった。 私は軽く頷いて肯定する。 「ちょっと来い」 そう言って彼女はぐいぐいと私を引っ張ろうとした。 「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」 慌てて抵抗しようとするが、彼女の勢いはこれっぽっちも止まらない。女子とは思えない凄い力だった。彼女の中指についている指輪が手首に刺さって非常に痛い。 220 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 43 40 ID kVeCnTh+ 最初こそ踏ん張ったりして抵抗してみたりした私だが、それが無意味だとわかると、さっさと諦めて彼女のなすがままになった。無駄な抵抗こそが一番の無駄なのは知っている。私はずるずると引っ張られていく。 彼女に連れ去られる途中、少し驚くことが起きた。 レジ前に形成されていたあの人工運河が、金髪の彼女が通ろうとした途端に、蜘蛛の子を散らしたように真っ二つに割れたのだ。 みんな、私同様に彼女が恐いのだろう。 昔、“十戒”という映画で主人公のモーセが海を割り、信者を連れて進んで行くシーンを見たことがあったが、今がちょうどそんな感じだった。 私達は割れた海の中を進んで行く。 左右からひそひそ声がサラウンドのように聞こえてくる。金髪の彼女には恐怖を、私には憐憫の念を帯びた視線をそれぞれ送ってくる。 道中、先程私のことを睨んでいた男子生徒が目に入った。さっきの不快感丸だしの目とは打って変わって、気の毒そうな視線を私に送ってきた。 それを眺めながら、私は金髪の彼女に拉致されていった。 連れて来られたのは、体育館近くに設けられている自動販売機群の前だった。 夏ならともかく、冬場で此処を利用する生徒は少ない。校舎内にも自販機があるからだ。 そのためか、幸か不幸かはわからないが、この場には私と金髪の彼女しか居なかった。 誰も居ない場所で女子生徒とふたりっきり。 なんだろう。つい最近そんなシチュエーションがあった気がする。 そんなことを考えていると、突然私の腕が引っ張られた。そのまま身体ごと自販機のひとつに押し付けられる。背中を強打し、ぐえっと情けない呻き声が漏れた。 金髪の彼女は私のネクタイを掴んで、先程のように睨めつけると、短く言った。 「どうして、キリエをフッたんだ?」 「キリエ?」 と、問い返した私に金髪の彼女が激昂した。 「惚けんなっ!」 噛み付かんばかりの剣幕で叫び立てる。背後にある自販機のガラス板が震えたのを、背中で感じた。 「お前が昨日、キリエのことをフッたんだろうがっ」 「……ああ」 221 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 44 49 ID kVeCnTh+ そこでやっと思い出した。彼女が言うキリエとは、どうやら田中キリエのことらしい。昨日、という言葉で思い出した。 確かに私は昨日、田中キリエに放課後の教室で告白された。彼女の気弱そうな姿態が瞬時に脳内に再生される。あまり関心がなかったのですっかり忘れていた。 それはさておき。まさか金髪の彼女の口から田中キリエの名が出るとは思わなかった。口ぶりからして、おそらく彼女は田中キリエの友人かなにかなのだろうけど。それにしたって、性格も体格も随分と正反対なものだ。一体どういう経緯で友情関係を結んだのだろうか。 ネクタイを締める力が一段と強くなった。早く話せと言うことなのだろう。それにしても苦しい、呼吸するのが難しいくらいだ。これじゃあ話す云々以前の問題である。 私は懇願するように言った。 「わかりましたわかりました。話しますから、まずそのネクタイを締めるのを止めてもらえませんか?苦しくて仕方がないですよ」 「…………」 しかしこれを完全にスルー。 マズイ。早めに会話を切り上げなくては、自分はこのままでは生命の危機に直面することになってしまう。 私は彼女の瞳を見据えて話す体勢に整えると、切れ切れの声で言った。 「私が田中さんの告白を断ったのは、彼女があまりに私のことを知らないからですよ。私は本来、人と付き合えるような人間じゃあないんです。それを田中さんは知らない。彼女は上辺の私しか見ていない、だからです」 「それだけか?」 それだけ、というのは随分と引っ掛かる言い方だが、一刻も早く解放してもらいたい私はすぐに首肯した。 「……そうか」 ネクタイを締める力が一気に弱められた。瞬く間に身体に酸素が供給される。 やっと解放された、と思った時だった。 油断したのがいけなかったのだろう。 金髪の彼女が、空いたほうの手で私の無防備な腹を殴り上げるのに、私は反応出来なかった。 腹部に激痛が走り、数秒の間息が出来ない。口元を手で押さえて、胃から逆流してくるものを慌てて飲み込む。何も食べていなくてよかった。 222 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 46 13 ID kVeCnTh+ 体も崩れ落ちそうになったけれど、そんなことをしたら本当に脈が締まってしまうので、自販機に寄り掛かるようにしてなんとか体勢を保つ。 突然、何をやるんだこの人は。 私は金髪の彼女を見た。 「そんな理由で……キリエは」 そんな私のことには気にもかけず、金髪の彼女は独り言のようにごちていた。 そして、キッと視線を上げると言った。 「キリエはなあ、ずっとお前のことが好きだったんだよっ。それこそ高校に入る前からずっと、それをなんだ?そんなくだらない理由でキリエの気持ちを無下にしやがって何様だお前はっ」 彼女は私を責めるように言った。 しかし、怒る彼女をよそ目に、私は今の言葉に違和感を感じていた。 「……ずっと前?」 それはおかしい。 私が初めて田中キリエと出会ったのは二年で同じクラスになった時からである。それ以前は、少なくとも私は、彼女とは面識がないと思っていた。 田中キリエとは中学校、小学校共に違っていた。なので、一年からならまだしも、入学以前から好いているというのは絶対におかしいのだ。彼女が私のことを知っているはずがない。 「あの……」 と、金髪の彼女に質問してみようと思ったが、とてもそんな雰囲気ではないので諦める。触らぬ神になんとやらだ。 それから、長い沈黙が流れた。 私も彼女も何も言わない。 そして金髪の彼女が唐突に、今まで掴んでいたネクタイを離した。 突然のことで驚いたが、やっと訪れた自由に私は内心喜んだ。 金髪の彼女はスカートのポケットからタバコを取り出すと、慣れた動作で火を点け、紫煙をはきだす。 未成年の喫煙は法律で禁じられていることを伝える勇気は、勿論ない。 「キリエと付き合え」 彼女が口を開く。 「お前が人と付き合えるような奴じゃないって言うのには同意するよ。ひ弱だし、何考えてるかわかんないし、確かにどう見たってクズ野郎にしか見えない」 ひどい言われようだ。 223 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 49 23 ID kVeCnTh+ 「けど」 彼女は短くなったタバコを地面に落とし、踏みにじって火を消した。 「私はキリエに結果をあげたいんだ」 「結果?」 「そう、結果だ」 金髪の彼女は続ける。 「キリエはお前が思っているよりも、本当に長い間お前のことを想ってきたんだ。本当に、ひたすら一途に。それが、必死の思いで告白したのに、断られてハイ終わりじゃいくらなんでも悲しすぎる。私だって納得がいかない 「変な言い方になるが、正直私はお前がクズならクズで構わないんだ。それでキリエが、ああ私が好きになった人はクズだったんだなって分かれば、キリエだって納得するさ。それならそれで、さっさと別れちまえばいいんだからな。 「お前は、キリエが自分のことを知らないから断ったって言ってたけど、お互いのことを知らないなら付き合ってからお互いのことを知っていけばいいだけの話だろーが。それぐらい気づけ馬鹿。 「とにかく、私はこのままキリエの恋が終わるのは絶対に嫌だ。これは、アイツが初めてした恋だから」 金髪の彼女は悲痛な表情のまま、新しいタバコに火を点けた。どうやらもう話は終わりらしい。 私は彼女の言葉を頭の中で反芻し、吟味し始めた。 つまり、金髪の彼女が言いたいのは、田中キリエは長年私のことを想ってきたのにもかかわらず、私が自分勝手な理由で拒絶してしまったので、このままでは田中キリエも金髪の彼女も納得しない形で終わってしまう。 だから、とりあえず付き合って何らかの結果を出せ、ということなのだ。 確かに、その通りなのかもしれない。 現に私は昨日、田中キリエの告白を断った時、彼女の想いなど全く考慮に入れていなかった。自分は人と付き合える筈が無いと身勝手な結論を振りかざしていただけだ。 言うまでもなく、それは不誠実なのだろう。 お互いを知らないなら、付き合ってから知っていけばいい。 金髪の彼女はそう言った。その発想は私の中になかったが、確かにそれもひとつの恋愛の形なのかもしれない。 224 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 51 00 ID kVeCnTh+ 二本目のタバコも吸い終わった彼女は、イラついた目で私を見た。早く返事をしろと目で促している。 そんな彼女を見て、私は思う。 羨ましいなあ。 私は田中キリエに対して素直にそう思った。 目の前の彼女のように、これほどまでに友人のことで、熱心に悩んでくれる人間は、現代の日本にはそういない。皆、どこかで自分を優先してしまうからだ。しかし、彼女にそれがない。 私には親友と呼べるような存在がいない。なので、それがより一層羨ましいと思えた。 けれど、そこに妬みは無い。言うならば、希少な宝石でも見るような気持ちだった。 「わかりました、彼女に再度、交際を申し込みましょう」 私は幾分か愉快な気持ちになれたので、快く彼女の提案を受け入れることにした。 「今日の放課後にでも、田中さんに告白します」 「放課後?」 金髪の彼女は怪訝そうに聞いた。 「お前、キリエの家知ってるのか?アイツ今日学校休んでんだろ」 「そういえば、そうでしたね」 全く知らなかった。 「それじゃあ明日にします」 と私が言うと 「いや、今日行け」 金髪の彼女はきっぱりと言った。 「私はキリエの悲しんでいる顔を一秒でも長く見たくない」 彼女は本当に田中キリエのことが好きなんだな、と私は益々嬉しくなる。 「わかりました。それじゃあ田中さんの住所を教えてもらえますか?」 そう言うと、金髪の彼女は田中キリエの住所を述べた。口頭だったので大変だったが、なんとか覚えた。 「今日、絶対にキリエに告白しろよ。わかったな」 「ええ、わかりました」 金髪の彼女は最後にそう念を押すと、私に背を向けて歩き出した。これで本当におしまいらしい。 「あっ、そうだ」 しかし、そこで彼女は思い出しように呟くと、私の近くまで戻ってから言った。 「あと、これは個人的な感情」 そう言って彼女は、右足を軸にくるりと一回転した。回し蹴り、と頭が認知した時には、彼女の左足が私の右側頭部を貫いていた。 225 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 52 09 ID kVeCnTh+ 白い光が眼前にはじけ、世界は一回転する。 地面にたたき付けられた。口内で血の味が広がる、少し切ったようだ。 まだ回り続けている視界の中で、金髪の彼女は私の髪を引っ張り、無理矢理顔を上げさせた。 「色々と言ったが、はっきり言って、私はお前みたいな野郎がキリエと付き合うのは堪らなく嫌なんだよ。本当、腸が煮え繰り返そうだ」 真っ黒な瞳が、私を見る。 「いいか、覚えとけよ。もしこの先、お前がキリエを悲しませるようなことをしたなら、私はお前を――」 彼女は一拍置いて 「――殺す」 髪から手を離され、私の顔は再び地面に戻った。そして、憮然とした態度で去って行く金髪の彼女を見上げる。短いプリーツスカートから、下着が見えた気がした。 そして冬空の下、私だけが残った。 帰ろう。そう思って立ち上がろうとするが、膝ががくがくと震えて立ち上がれない。おそらく、脳震盪だろう。 仕方がないので、そのまま冷たい地面に横たわった。 脳震盪は安静により短時間で回復できることを、私は知っていた。短く逆立った雑草が、頬をちくちくと刺して不快だったが我慢する。 ――それにしても。 殺すと言った時の、金髪の彼女のあの真っ黒な瞳を思い出す。 心底、震えた。びっくりした。さっきのは脅しでも冗談でもない、間違いなく本気だった。 私は本気で殺すと言った人を見るのは始めてだった。遅れて、冷や汗がどっと吹き出す。 どうやら私はひとつ思い違いをしてたみたいだ。 金髪の彼女が田中キリエに対して抱いていたのは、友情ではなく、異常なまでの愛情だった。いや、依存心かもしれない。いずれにせよ、普通ではない。 ひとつ、確信する。もし、私が本当に田中キリエのことを悲しませるようなことをしたならば、彼女は間違いなく、私を殺すだろう。 「困ったな」 これから先、田中キリエと付き合っていくことを考えると、うんざりした。これからは死と隣り合わせである。 その時になって、漸く私は自分が面倒な事態に巻き込まれているのだと、自覚した。 「くわばらくわばら」 そんな独り言と共に、私はゆっくりと瞳を閉じる。 近くの体育館から、バスケットボールを楽しむ生徒の声と上履きの摩擦音が響いていた。 226 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 52 55 ID kVeCnTh+ 結局、教室に戻った頃には、もう昼休みも終盤を迎えていた。 私は制服についた汚れを落とし、水道水で口をゆすいでから教室へと向かった。 何だか、今日は散々な昼休みだった気がする。体中が痛むし、胃袋も先程から食物を切望して、悲しく鳴いていた。 まあこんな日もあるさ、と切り替える。 変わったことが起きた。 教室に着いて、ドアを開けるとクラス中の人間が一斉に私のことを見た。 視線の矢が何本も突き刺さり、思わずどぎまぎしてしまう。けど、人気者になったみたいでちょっと嬉しい。 比較的仲の良い男子生徒の何人かが、私のほうに寄ってきた。そうでないものも皆、私に注目している。 「おいタロウ、お前昼休みにマエダカンコに拉致されたって本当かよ」 取り巻きのひとりが口を開く。 「聞いたぜ、マエダに購買部で引っ張られてって、どっかに連れてかれたんだろ?ウチのクラスにも何人か見たって奴いるぞ」 マエダカンコというのが、あの金髪の彼女の名前だというのにはすぐに気付いた。 「はい、本当ですよ」 「マジかよっ」 クラスが一段とざわつく。 「お前、一体マエダに何されたんだっ」 「それはもう、ヒドイ目にあいましたよ」 ふて腐れるように言う。 本当にヒドイ目にあった、彼女のせいでカレーパンどころか昼食もとれなかったのだから。 私がマエダカンコに連れ去られたとわかった途端に次々と質問がとんできた。 「具体的には何されたんだよ」 「一体、マエダとはどういう関係なんだ?」 「なんでお前生きてるんだ?」 某太子と違って一度に多数の質問を聞けない私は、矢継ぎ早の質問に目を回してしまう。 そんな私に助け舟を出すように、予鈴のチャイムが鳴った。皆、まだ聞き足りないといった感じだったが、渋々席についていく。私もほっとして自分の席に戻っていった。 227 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 54 48 ID kVeCnTh+ 教師はまだ来ないようだった。次の授業を担当する数学教師は時間にルーズなことで有名であり、いつも遅れてやってくる。 暇を持て余した私は、せっかくなので隣の席の男子生徒にマエダカンコについて聞いてみることにした。 「マエダカンコ?タロウ、お前マエダも知らないのかよ。アイツほどの有名人、この学年じゃ知らない奴はいないと思うぞ」 「すいません、無知なもので」 私は苦笑する。そんなに有名人だったのかあの人。 「まあ仕方ないか、アイツが本格的に有名になりだしたのも、つい先月からだしな」 話す気が起きたのか、男子生徒は椅子を私の眼前にまで寄せた。それから、マエダカンコについての情報を耳打ちする。 「マエダカンコ、二年一組所属。素行はかなり悪い。学校では誰ともつるまずに一匹狼を貫いている。元々、アイツもあんなナリしてるから学内ではそこそこ有名だったんだ。平然と教室でタバコ吸い出したりするしな。 「まあ、それだけなら何処の学校にでも居る不良ちゃんで終わるんだが、先月にある事件が起きてから知名度が一気に撥ね上がった」 「ある事件、ですか?」 私は繰り返す。 「ああ。ほら、マエダって中身はともかく、顔とかスタイルとかはスゲエいいじゃん?だから、前々から三年生の先輩達、あっちなみにこれも中々のワルね、が結構ナンパまがいのことをしてたわけよ」 関係ないが、彼が話す度に耳元に生暖かい息が吹きかかって、なんともこそばゆい。背筋がぞくっとする。 「けど、マエダはそんな先輩達を全く相手にしなかったんだ。そりゃもうガン無視。で、先輩達も遂に怒りが天に達しちまって、ある日の放課後、マエダをどこかへと連れさったらしいんだ。それが、ちょうど先月のこと」 「それで、マエダさんはどうなったんですか?」 男子生徒は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。 「それで、マエダカンコがどうなったかというと――」 228 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 56 20 ID kVeCnTh+ 勿体振るように長い間を置いてから、芝居がかった口調で言った。 「――全治ニヶ月。それもマエダじゃなくて先輩達のほうがな。みんな病院送りだよ。まあ流石にやったのはマエダじゃなくて、アイツの知り合いかなんかだろうけど、それにしたってやり過ぎだ。 「だからそれ以来、マエダカンコはキレたら何するかわからない奴だって言われて、みんなびびっちまってるのさ」 これで終わりだと言うように、男子生徒はパンと手を叩いた。 ちょうどその時、黒板側のドアが開き、数学教師が入って来た。狙ったようなタイミングの良さだ。 「また後でな」 男子生徒はそそくさと自分の席へと戻っていく。私も机の中から教科書とノートを取り出した。 授業が始まり、黒板にチョークを走らせる音が室内に響く。授業に集中している者はノートをとり、そうでない者は腕を枕に眠っていた。 そんな中、私はマエダカンコのことを考えていた。 三年生の先輩方を病院送りにしたのは、間違いなくマエダカンコだろう。それはゆるぎのない確信だ。 あの回し蹴りが脳裏をかすめ、思わず身震いする。 男子生徒の話を聞いて、ますます私が殺される確率が上がった気がする。 嫌だなあ、と思いながらノートをとる。まあ悩んだって仕方はない。今は、田中キリエへの告白について考えよう。 そして、私は自身の初告白の言葉を思い浮かべていく。 この時、私はひとつ見落としていることがあるのに気づいていない。 私は、田中キリエがどんな人間なのかを全く理解していなかったったのだ。
https://w.atwiki.jp/hmiku/pages/9319.html
こわしたくない【登録タグ 5ラウンドP △P こ ふかふかP 右マッチP 曲 朝メシP 鉄人バンド 鏡音リン】 作詞:鉄人バンド 作曲:鉄人バンド 編曲:鉄人バンド 唄:鏡音リン 曲紹介 鉄人バンドの四曲目。■ギター:5ラウンドP■ ピアノ・ベース:おいも■ ドラム・キーボード・ブラス:とふかふ■ ハイランドパイプ・スチールギター:△P■ターンテーブル:右マッチP 切ないメロディーや歌詞と相反して、時代を先取りしたシュールすぎるPVも人気。 歌詞 好きだから一緒にいたかった どこかで生活のニオイ感じても 胸の高鳴り抑えきれず 隣にいると安心できたんだ 悪いことだってわかってた 家庭を壊したいわけじゃなかった ほんのひと時だけでもよかった 叶わない恋であっても あなたと激しく愛し合った夜 束の間の淋しさから 逃れることが出来たんだ まるで夢の中にいるように… 麻薬のように取り付かれて しまった あなたの魅力に もう少しだけいい あたしを 優しく包み込んでほしい 変わらない 語り合い たまらない ザルみたい うそみたい ウソを見てたい まだ 飽きない また 明日(あした)に さりげなく出てくる あなたの家庭の話題 罪悪感はあるのに どこか遠い世界の話だった 身近に感じない現実 奥さんを目の前にすると きっと 冷静じゃいられないんだろうね だけど今は普通の恋人のよう 週一度逢えるかどうか分からない あたしへのキモチもあるのだろうか 時々すごく不安になって 孤独になって…逢いたくなるんだ 別れ間際に見せる笑顔は あたしの精一杯の強がり いつもどこかで繋がっていたかった 都合のいい女であっても 譲れない この期待 触(さわ)れない 危険地帯 「なにもない」 なら見てみたい あなた次第 やっぱ嫌い いつか嫌いになれるのかな いつか嫌われてしまうのかな いつか自然と逢わなくなれたら キレイな思い出でいられるのかな これ以上望まないから あなたが負担になるなら 好きになるのも辞めるから 時々でいい…そばにいて 朝までいられなくていい 記念日なんていらない 家庭を大事にしてあげて 遊びの関係でもいいから 変わらない 語り合い たまらない ザルみたい うそみたい ウソを見てたい まだ 飽きない また 明日(あした)に 昨日友達に言われたんだ 「そんな関係続けてていいの…」 何も返す言葉がなかった ずっと…ずっと…分かってた 二人でいる時には 優しい彼を演じてくれる 例えウソだったとしても そのウソを信じていたかった でも好きになりすぎると きっと迷惑になっちゃうよね あなたを困らせることは あたしにとっても辛いから うん…あなたなんて大嫌い この関係を壊さないために だけどあなたへのトキメキは きっといつまでも変わらないよ 譲れない この期待 触(さわ)れない 危険地帯 「なにもない」 なら見てみたい あなた次第 やっぱ嫌い コメント なにあのみかん星人w鉄人バンドは、いつもミクミクダンスの出来がよくて面白い。 -- 名無しさん (2010-03-24 11 18 28) 謎杉ワロタwww -- 名無しさん (2018-06-07 20 44 49) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/terrachaosgaiden/pages/237.html
「まったく、けしからん!!」 かみなりさんは激怒していた。 政府や総理大臣の問題については日々報じられるニュースで聞いていたが まさかこんな馬鹿げた「バトルロワイアル」なるものを行うほど腐りきっていたとは知らなかった。 しかもあの時、国会で『見せしめ』と称して爆殺されたのは ――助けてぇ~!ドラえも~ん!!―― 野比のび太、よく彼の家の隣の空き地で遊んでいた少年だった。 弱虫で泣き虫のいじめられっ子で、しょっちゅう家のガラスを割っていたあの少年。 何度も叱り飛ばした彼がもうこの世にいないのだと思うと、もっと優しく接しておけばよかったと後悔が湧き起ってくる。 「……野比さんは、大丈夫だろうか」 のび太が殺された場には、母親の野比玉子の姿もあった。 かみなりさんがいた場所からはその様子を窺うことはできなかったが、我が子を目の前で殺されたのだ、大丈夫なわけがない。 最悪の場合、早まった行動をとることも充分に考えられる。 「こうしちゃおれん!早く野比さんを探さなければ……」 しかし玉子はどこにいるのか。 真っ先に思い浮かんだのは自分たちの住む練馬区だった。 玉子も、玉子以外の彼の知り合いも、他所に行くよりは自宅のある練馬区に帰る可能性のほうが高いだろう。 「ここは銀座だな。ならば近くに地下鉄の駅があるはずだが、こんな状況では動いているかわからん。 ……歩いて帰ることも検討せんとな」 とりあえず練馬に戻ることを決めたかみなりさんは、自分のデイバッグを見る。 「武器が入っていると言っていたが……」 帰るまでの道中で、この殺し合いに乗った者が襲い掛かってこないとは限らない。 自分の身を守れそうなものを探していたかみなりさんの指が、何かに触れた。 「なんだこれは?」 彼の指先が、カチリとスイッチらしきものを押した。 その途端…… 「わわわ、何が起きている!? 体が小さく……わわ、髪が、胸が、助けてくれぇー!」 「まったく、わけがわからないよ。あのマシンは何だったんだろう」 最終防衛システムから逃げ切ったことを確認すると、キュゥべえはひとりごちた。 スターバスターのカウントをしていた最終防衛システムだったが、キュゥべえが近くの建物の壁を通り抜けて 逃げると撃つのをやめた。最終防衛システムとしても今後のためにスターバスターはできるだけ温存しておきたかったので 逃げる者を撃とうとはしなかったのだ。 「あのマシン、この首輪、それに僕にかけられている制限、とても地球人の仕業とは思えないね。 もしかして僕ら以外の地球外生命体の仕業? ……まぁ、考えても仕方ないか」 システムから逃げる途中で、自分以外のインキュベーターとの交信の途絶、そして肉体転移の不能はすでに確認していた。 今のキュゥべえは、文字通り一度死んだら終わりの状態である。 「僕だって無駄死には避けたいからね」 彼は自分の死を恐れていなかった。 彼には恐怖という感情が、そもそも感情というもの自体が無いのである。 自分が消えても何の問題もない。別のインキュベーター端末が仕事を引き継ぐだけだ。 「僕が死んでも代わりはいるもの」 しかしまた、彼はただ自分の死を受け入れるつもりもなかった。 可能ならば自分に科せられている制限を外したい。 自分たちの活動の邪魔をする主催者によって科せられた制限。 その解除方法を見つけるのは、今後のインキュベーターの活動のためにも有益であろう。 それに彼はまだ仕事ができる。そして今の状況は、彼の仕事 『契約させて魔法少女にする』ことにうってつけだった。 いつ殺されるかわからない少女を契約させるのは、常より容易いだろう。 「制限を解除する方法はまだわからない。 とにかく今は一件でも多く契約を取って魔法少女を増やそう」 中央区内をさ迷うこと数十分、キュゥべえは漸く少女を見つけた。 この季節なのに長袖のセーラー服を着おり、眼鏡の奥ではややキツそうな瞳が光っている。 見たところ一人で、何か混乱しているらしい。 勧誘するにはまたとないチャンスだった。 「どうしてこんな姿になってしまったんじゃ……」 小さく柔らかな身体、長い黒髪、突き出た胸、整った顔に大きな瞳 美少女に変身してしまったかみなりさんは呆然と呟いた。 その原因は彼の支給品の一つ――『美女化マシン』だった。 誤ってマシンのスイッチを入れてしまったために、彼の肉体は中学生程度の少女に変身していた。 「これはのび太の友達のロボットの道具か!? けしからん!元に戻る方法は……」 慌てて同封されていた説明書を読むが、元の姿に戻る方法に関しては何も書かれていなかった。 「なんて不親切な説明書だ! ……とにかく服を何とかするか」 元の服がブカブカになってしまったため、止むを得ずこれも支給品であるセーラー服を着ることにした。 着たくなかったのだが、他に着るものがないのだから仕方ない。 「他に入っているものは……この棒だけか」 ガックリしたかみなりさんの前に、一匹の獣が目の前に飛び出してきた。 「ねえ君、僕と契約して魔法少女になってよ!」 「ぬおおおおおおお!? 犬がしゃべった!? 妖怪か!!」 「ぎゅっぷい!」 「ひどいなぁ……いきなり殴りかかってくるなんて」 「す、すまん。いきなり話しかけられたので、つい」 「さっきといい今度といい、やっぱりいきなり声をかけるのはやめたほうがいいかな……」 「? それにしても、お前は一体何者だ? お前も殺し合いに参加させられたのか?」 「うん、それについてはね……」 頭にタンコブを作ったキュゥべえは、目の前の美少女――名前は「かみなり」というらしい――に 自分、そして魔法少女について掻い摘んで話した。もちろん契約に不利な話は黙っていたが。 それと併せて、先ほど自分が遭遇した最終防衛システムのこと、いきなり自分が攻撃されそうになったことも話した。 「その機械は本気で殺し合いをする気なのか!けしからん!」 かみなりさんは再び激怒した。殺し合いに乗った者がいるという事実に。 「でも今の君の武器では、とてもあのマシンは倒せないよ」 「ぬうぅ……」 「だけど!僕と契約すれば魔法で戦えるようになるし、体も頑丈になるんだよ。 そうすればあのマシンを倒すことだって出来るかもしれない。 だから僕と契約して魔法少女になってよ!」 自分が魔法少女になるなど、ついさっきまで男だったかみなりさんには考えられないことだった。 また、このキュゥべえとかいう獣はどうも怪しい。不要な品を法外な値で売りつけようとする悪質セールスマンと同じ気配を感じる。 しかし、その説明の中で一つ気になることがあった。 「その魔法少女になれば、どんな願いでも叶えられるのか?」 どんな願いでも叶えられるのなら、今すぐこのバトルロワイアルを終わらせることも可能だろう。 「う~ん。その事なんだけど……」 キュゥべえは嫌々といった素振りで、かみなりさんに主催者が彼によこした手紙を見せる。 そこには女性のものらしい達者な字で 『「バトルロワアルの中止」、「会場からの脱出」、「死者復活」、「首輪解除」、「主催者死亡」 といったバトルロワイアル全体に影響をもたらす願いは叶えられないよう制限してあります。ご了承ください。』 と書かれていた。 「これでは殺し合いをやめさせる事ができんではないか!」 「僕に怒られても困るんだけど…… でも、その他の願い事なら叶えられるよ!」 「その他の願い事か……」 かみなりさんはしばらく悩んだ後、呟いた。 「『元の姿に戻る』とか『年寄りになる』といった望みは叶えられるのか?」 「…………は?」 キュゥべえは言葉を失った。 随分長くこの仕事をやっているが、『年寄りになりたい』なんて願いを聞いたのは初めてだった。 「まったく、わけがわからない……」 「どうだ、叶えられるか!?」 「えぇー……」 もし仮に望み通りかみなりさんが老人になったとして、キュゥべえが欲しいのは少女の絶望のエネルギーである。 老人の絶望のエネルギーをもらったって嬉しくもなんともない。 「そういう願いもちょっと……」 「なんだ!何も叶えられないではないか! もういい!ワシは家に帰らせてもらう!」 殺し合いも止められない、元の姿にも戻れないなら他に叶えたい願いなどない。 かみなりさんはキュゥべえに背を向けて、駅の方向にさっさと歩き出した。 「あ!ちょっと待ってよ!」 キュゥべえは慌ててその後を追いかける。 「何の用だ。ワシは魔法少女など興味ない!」 「まあまあそう言わないで。 また後で叶えたい願いができるかもしれないし」 キュゥべえにとってかみなりさんは逃したくない獲物だった。 別の少女を見つけるには時間がかかるし、その前にまた最終防衛システムのような参加者に遭遇したら 今度こそ殺されるだろう。 それに殺し合いの中なら、遅かれ早かれ契約せざるをえない状況がやってくる。 「だから僕も君に同行させてよ」 「ふん、好きにしろ!」 そして一人の少女と一匹の珍獣は、銀座駅を目指して歩き始めた。 【中央区・銀座/1日目・日中】 【かみなりさん@ドラえもん】 [状態] 美少女化(外見年齢は中学1~2年生程度)、やや混乱、主催者に対する怒り [装備] ひのきのぼう@DQシリーズ、陵桜学園高校女子制服(冬服)@らき☆すた [道具] 基本支給品一式、美女化マシン@カオスロワオリジナル、元のかみなりさんの服 [思考・状況]基本 殺し合いには乗らない。 0 早く元の姿に戻りたい…… 1 とりあえず自宅のある練馬区に帰る。まずは銀座駅に向かう。 2 知り合い(特に野比玉子)と合流したい。 3 最終防衛システムを警戒。 4 キュゥべえは好きにさせておく。 ※最終防衛システムを殺し合いに乗っていると判断しました。 ※キュゥべえが語った魔法少女の話をあまり信じていません。 ※美女化マシンの使用回数制限、変身持続時間は後続の書き手にお任せします。 【キュゥべえ@魔法少女まどか☆マギカ】 【状態】頭部にダメージ小、自分が死ぬことを自覚済み 【装備】無し 【道具】基本支給品一式、ランダム品1~3・本人未確認 【思考】 基本 自分の制限の解除方法を探す バトルロワイアルを利用して魔法少女を増やし、制限が解除されるまで自分を守ってもらう(嘘はつかないが自分の不利になる事は言わない) 0 営業で一番大事なのは粘り強さだよ! 1 かみなりさんを契約させて魔法少女にする。 2 無駄死には可能な限り避ける。 3 最終防衛システムを警戒。 4 できれば巴マミと合流したい。 ※最終防衛システムを殺し合いに乗っていると判断しました。 ※かみなりさんが元々老年の男性だったことをまだ知りません。 【個人制限・特殊能力】 ※一度死ねば、肉体の復活はありません ※薄い壁を通り抜けることができます ※魔法少女契約は可能ですが、ロワ全体に影響をもたらす願い (会場からの脱出、死者復活、首輪解除、主催者死亡など)は不可能です ※魔法少女とのテレパシー会話距離は後続の書き手さんに任せます 支給品紹介 【美女化マシン@カオスロワオリジナル】 カオスロワ6期および8期に登場。 どんな生物でも美女・美少女化させてしまうマシン。 【ひのきのぼう@DQシリーズ】 その名の通りひのきで作られた普通の棒。 攻撃力は低い。 【陵桜学園高校女子制服(冬服)@らき☆すた】 特に変わった機能はない、普通のセーラー服。 冬服Ver.なので気温によっては着ていると暑苦しいかもしれない。 005:パルマーA「俺のことは(ry 投下順 007:二人の死神 005:パルマーA「俺のことは(ry 時系列順 007:二人の死神 初登場! かみなりさん 033 白い悪魔とピンクの悪魔 004 人間っていいな? キュゥべえ 033 白い悪魔とピンクの悪魔
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2526.html
771 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 33 29 ID l.6o34l6 [1/11] ヘビセンと呼ばれるショッピングモールがある。 設立されたのは今から一年前と比較的新しい、大規模な商業施設だ。郊外にある広大な土地を使った複合型のモールで、その規模は非常に大きく、他県から訪れる人も少なくないと聞いている。 元は市主導で自然公園をつくるはずの土地だったらしいが、重役の献金問題等で話がこじれ、結局は頓挫してしまったという背景を持つ。 しかしながら、ここら周辺にも大きな自然公園はあるので、市民としては公園よりもショッピングモールができたほうがありがたかったのかもしれない。 モールの外観は近代ヨーロッパをモチーフにしており、レンガ敷きの遊歩道、ガス灯をイメージした街灯など、精巧な小道具で場を盛り上げている。 そのためか、買い物をせずともぶらぶらと歩いているだけでもそれなりに楽しめてしまうので、金銭の乏しい学生にも大変な人気があった。我が校の生徒も例外に漏れず、平日休日問わず多くの生徒がヘビセンを訪れていた。 ところで、ヘビセンというのはあくまで非公式の愛称であり、実際にはもっと長ったらしい正式名称が存在しているということにも触れておこう。なら、何故このモールはヘビセンなどと呼ばれ始めたのか。それは、モールの全体図を見れば一目瞭然である。 先端にある円形の映画館に、ぐにゃぐにゃとくねり曲がった遊歩道。その姿が、ちょうどヘビのように見えるからだ。ヘビのようなショッピングセンター。略してヘビセン。どうも、そういう由来らしい。私自身、人づてに聞いたことなので確証はないが。 それが製作者の意図してつくったものなのか、そうでないのかはわからないし知らない。とにかく、そういう風変わりな名前のショッピングモールがあるのだということを覚えて欲しい。 さて。前置きが長くなったが、私は今、そのヘビセンの中にある、とある喫茶店にいた。ヘビの姿になぞらえると、ちょうど尻尾の一番先の辺り。その客の足取りが最も悪いであろう場所に位置する喫茶店で、私はひとりコーヒーを啜っていた。 昨夜の前田かん子との通話時に、私は本日の会合場所を此処に指定した。この喫茶店が、自分にとって慣れ親しんだホームグラウンドであり、少ないとはいえ一応は人の目があることが、此処を選んだ理由だ。 いや、実をいうと、もっと大きな理由がある。自分の住む街からはそこそこ遠いヘビセンを、わざわざ選んだ理由が。 「…………」 ぼんやりと、窓に映る自分の冴えない顔を見つめた。 そういえば、結局、昨夜は彼女からはハッキリとした返事はもらえなかったな、と思い出す。 今日はちゃんと来てくれるかしら。ちょっと不安になってくる。予定の時間は刻一刻と迫ってきていた。といっても、どちらにせよ私には待つことしか出来ないのだが。 772 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 35 10 ID l.6o34l6 [2/11] 珍しく緊張していたのか、肩のこりがひどい。私は丹念にこりをほぐしながら、店内の様子を再度顧みた。 落ち着いた、と言えば響きはいいが、実際はただ寂れただけの喫茶店。店内にはモダン・ジャズが気にならない程度の音量で流れ、雰囲気を出す為か、照明はわざと薄暗くしていた。 来店している客は、私を含め五人。皆どこか気だるげな空気を醸していて、それが店の活気のなさに拍車をかけている。 日曜日だというのに、どうしてこうも客が少ないのだろうか。他人事ながら、私は少し心配になってきた。 この店も、端っことはいえヘビセン内に含まれているのだから、立地条件としては申しぶんないはずなのに。しかし、ヘビセンのフードコートには全国にチェーン展開しているコーヒー店もあるし、それも仕方ないかもしれないけど。 この喫茶店はサイドメニューの数が極端に少なく、しかも肝心のコーヒーが値段のわりに美味しくないときているので、そもそもフードコートの店とは勝負にすらなっていなかった。というか、店側に張り合う気力が見られない。 けど、私はそんなやる気のない店の態度を気に入っていた。それが、此処を贔屓に利用する要因なのかもしれない。客層は見ての通り、疲れた人々ばかりでとても静かだし、勉強や考え事をするのには最適といえよう。 店内を一通り見渡し終えると、私は窓の外を眺めた。現在、私は窓際の二人席を陣取っているので、外の様子はよく見て取れた。 今朝の天気予報でも言っていたのだが、どうやら本日は午後から雨が降るらしく、雲行きが怪しかった。曇天が広がる空には、こぼれる日差しが一筋もなく、昼間にも関わらず辺りは夕方のように薄暗い。そのせいか、街灯にはさっそく灯がともっていた。 いつもなら、行きかう人々で溢れている街道も、普段よりは淋しく感じた。通行人がぽつぽつとしか見受けられない。そして、その手には皆折りたたまれて細くなった傘を握られていて、今にも降り出しそうな雨に備えている。 「…………」 良くない流れだな、と思う。正直、私は焦りを感じていた。このままでは、計画に支障をきたすかもしれない。窓に映る自分の顔も、不安そうに複雑に歪んでいた。 「うまくいけばいいけど……」 ぽつりと、そんな弱音のような独り言を吐き出した時だった。突然、目の前の窓がカタカタと音を立てて震え始めたのは。 地震だろうか、そう思って瞬時に身構えたのだが、どうも地震とは勝手が違う気がした。ハッキリ言えば、もっと人工的な匂いがする。 その振動に気付いたのは、どうやら私だけではないらしく、店内に居座る客も何事かと顔を上げていた。気だるげな空気が幾分か引き締まり、ささいな緊張が発生する。 773 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 36 56 ID l.6o34l6 [3/11] 音だ。加えて音も聞こえ始めた。まるで牛の鳴き声のような。いや、牛といっても闘牛だ。闘争心を抱えた、低い唸り声。その音はどんどんと激しさを増していき、それに比例して窓の震えも大きくなっていた。 店内の視線は、全て窓の外に集中していた。何かが現れる。皆、そんな予感を感じていたからだろう。かくいう私も同じ気持ちだった。何かが来訪するのを、恐れと共に待っていた。 そして、振動と音が頂点に達した時、遂にそれは現れた。 轟音を轟かせながら、突如横合いから飛び出してきた真っ黒な物体。それは店の前で大きく旋回すると、摩擦による白い煙を巻き上げながら急停止した。どっどっどっ、と耳をつんざくような重低音が周囲に響き渡る。 それは、素人目から見ても明らかに違法改造だとわかる無骨な形をしたバイクだった。黒のメタリックボディが眩い光沢を放っている。跨るライダーもバイク同様に黒尽くめで、黒のフルフェイスヘルメットにライダースーツ。そしてブーツを履いていた。 ヘビセンは、自転車等での進入を禁じている。ましてや、目の前で唸っているような巨大なバイクなどはもってのほかだ。本来なら、きちんと所定の駐輪場で駐車しなければならない。 けれど目の前のライダーは、そんなルールは与り知らぬとばかりに、白昼堂々と違法行為をやってのけていた。そして、私はこんなことを平然としてみせる人物を一人知っていた。 エンジンが切られた。すると、先程までの騒音はなんだったのか、水を打ったような静けさが取り戻される。 騎乗するライダーが、バイクから降りた。続けて、装着するフルフェイスヘルメットに手をかける。 砂金の如き金髪が、中空を舞う。 ヘルメットの下から現れた端正な容姿をした女性は、私の予期していた通り、前田かん子その人ならなかった。 その映画のワンシーンみたいな光景に目を奪われたのは、私だけでなく、店内にいる人間全員も同じであっただろう。尤も、薔薇の茎にひそむ棘のように、感じ取ったのは美しさばかりではないと思うが。 彼女はそのまま店の前でバイクを停めると、大股で出入り口まで歩いていき、乱暴にドアを開けた。付属するベルが、ガチャガチャと汚い音を奏でる。 「い、いらっしゃいませ……」 店員さん(おそらく大学生のバイトだろう。温和そうな笑顔が特徴的だ)の震える笑顔を無視して、前田かん子はぎろりと視線を一周させた。 客達は、その視線上に入ることを恐れ、亀のごとく首を引っ込めていた。そして彼女は窓際に座る私を見つけ出すと、カツカツとブーツを鳴らして接近してきた。 私はいつもの柔和な笑みを浮かべて、片手を上げながら挨拶する。 「こんにちは前田さん。今日はわざわざ貴重な休日に・・」 バン、と前田かん子がテーブルを思い切り叩いた。机上のコーヒーカップが、怯えて一跳ねする。 「なぜ私を呼び出した」 今となっては聞き慣れてきたハスキーボイスで、短くそう告げる。 どうやら、機嫌は見ての通りあまりよろしくないらしい。といっても、私は機嫌のよい彼女なぞ見たことがないのだけど。 774 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 39 41 ID HRoXok2Y [4/11] 「わけは話しますよ。ですからまず、席に着いたらどうでしょうか?」 「私はお前とお喋りしに来たんじゃない」 提示した提案を、即座に突っぱねる。金剛像のような仁王立ちが、お前とは一秒でも顔を合わせていたくないと暗に告げていた。 やれやれ、とさしもの私も肩をすくめるしかない。まさか、ここまできっぱり拒絶されるとは。 さっきから気付いていることではあるが、店の雰囲気が剣呑なものに取り替わっていて、非常に居心地が悪くなっていた。普段とは大違いだ。店内にいる客も、そわそわと落ち着きなく身体を揺らしていた。 なんだか悪いことをしてしまったな。ひどく罪悪感を感じる。せっかくの日曜日なのに、これでは店にも客にも迷惑をかけてしまう。関係のない人を巻き込みたくはなかった。なんとかしなくてはならない。 それなら、と私は意気込む。空気が張り詰めているのなら、解きほぐしてやればいい。私は場の空気を和ませてやろうと、とっておきのジョークを口にした。 「いやはや、これは手厳しいですね。会っていきなりこれでは、まさに取り付く島も無いといったところですかね・・鳥島だけに」 そう言い終えると、したり顔で前田かん子を見た。けど、 「…………」 彼女には何の変化も見て取れなかった。相変わらず、刃物のような鋭い視線で私を見ているだけだ。それに店の空気も全然弛緩していなかった。むしろ嫌な感じが増しているような……。 「あの、今のわからなかったですかね? 取り付く島と、自分の名前の鳥島をかけたダジャレだったのですが、あの、面白かったですよね?」 「…………」 「あ、いや、やっぱりなんでもないです。なんか、すいませんでした」 私はゆるゆると頭を下げた。そして顔を上げようとしたのだが、ショックが大きすぎたのか、動きはかなり緩慢になった。 数少ない持ちネタが不発だったことにより、私は決して少なくないダメージを負っていた。というか、重傷だ。割と本気に傷ついている。深夜寝る前とかに必死で考えてニヤニヤしていたのに……死にたくなる。 切り替えよう。 ふぅ、と息を吐き、今の出来事なんて無かったとばかりに、私は冷静に続けた。 「非常に言い難いことなんですが、今日前田さんを呼び出したのは、そのお喋りをするためなんですよ」 何か突っ込まれないうちに、素早く言葉を継ぎ足す。 「といっても、なにも世間話をしようってわけじゃありません。私がしようとしているのは、もっと有意義な話です」 慎重に、本題へ切り出した。 「前田さんには、田中キリエに関する情報を話して欲しい」 775 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 41 22 ID HRoXok2Y [5/11] そこで初めて、前田かん子の態度に変化が現れた。仏頂面に少し、ヒビが入る。 「鳥島タロウ。私が初めてお前と会ったときに言った言葉を、もう忘れたのか?」 「忘れちゃいませんよ。お互いのことを知らないなら、付き合ってからお互いのことを知っていけばいい、でしたよね? 前田さんのその言葉には全面的に同意します。だけど、今回は状況が状況でして、どうしても前田さんの力が必要になるんですよ。どうか、協力していただけませんか?」 少しでも誠意を見せようと、深々と頭を垂れてみせる。 しかし、前田かん子は付き合ってられないとばかりに渇いた笑いを漏らした。 「くだらない。お前が何を言おうと、私は前言を撤回する気は無い。その程度の用で呼び出したというのなら、帰る」 そう言うやいなや、彼女は一度も席に着くことなく、くるりと踵を返して、宣言通り出入り口へと戻っていく。説得は失敗した。このままでは、彼女は本当に帰ってしまうだろう。 仕方がない、か。私は下唇を噛む。目的の為だ。やはり多少のリスクは負わざるを得ないだろう。 一歩、二歩、三歩と進んだところで、私は遠のいていく前田かん子の背中に、言葉をひとつ投げかけた。縫い針を指に指したように小さい、ちょっとした傷を負わせる程度の切れ味を備えて。 「あまり調子に乗るなよ、前田かん子」 ぴたり、とまるで影を楔で止めたかのように、前田かん子の足が止まった。そして、ゆっくりと首だけを動かし、横顔をこちらに見せる。 「おい、お前、いま、なんて言った?」 全身の肌が粟立った。明らかな殺意の宿る隻眼が、容赦なく私を射抜く。殺される、と思わされてしまうほどの凶暴性。片目でこれなのだ。もし両目で睨みつけられていたら、私は失禁していたかもしれない。 「無責任なんですよ」 しかし、こちらも怯まない。なるべく感情のない顔をつくって、悠然と言い返す。 「先程の台詞、そっくりそのまま返させていただきましょう。あなたこそ、自分が言ったことをお忘れになっているんじゃありませんか? もし田中キリエを悲しませたのなら、私を殺す。あの時、たしかに前田さんはそう言いましたよね?」 「ああ、言ったよ」 「それが無責任なんですよ。あなただって、もうとっくに気付いているのでしょう? 私が他人の心情を慮るのを非常に不得手にしているのは。いい機会ですからハッキリ言っておきますが、このままでは私は、百パーセント田中さんのことを悲しませますよ」 舌がカラカラに渇いているのに気付く。コーヒーで口内を湿らせようかと思ったが、カップの中は空っぽだった。しょうがないので、そのまま続ける。 776 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 43 36 ID HRoXok2Y [6/11] 「田中さんのことを知らないのなら、本人に訊けばいい。ええ、大いに結構ですよ。しかし私は、彼女の触れられて欲しくない領域にズケズケと踏み込んでいきますよ、間違いなく。 私には田中さんの心の機微を感じ取るなんて器用な真似はおそらく出来ないでしょう。平気な顔して、彼女の心を蹂躙してしまう。嫌な思いをさせてしまう。 そんな地雷原の中を全力疾走で進んでいくような行為を、あなたは望んでいるのですか? 少なくとも私は御免ですね。攻略本どころか、説明書も無しにワンコインクリアをするようなものですよ」 返事はない。もう少し畳み掛ける必要があるか。 「私が田中さんの告白を断ったのは、自分のそういう性分をよく理解していたからです。言うならば、彼女のことを想ってこその結果だった。だけれど、それを無理矢理つなぎ合わせたのは他ならぬあなたですよ、前田さん。 あなたには、私に情報を与える義務がある。田中さんのことを悲しませないために、わたしには彼女の基礎知識を教える必要がある。そしてその義務を放棄するということは、畢竟、前田さんが田中さんを傷つけるのと同義です」 「私がキリエを傷つけているって言うのか? お前は」 「はい。このままでは前田さんは間接的に田中さんを傷つけることになります。私、鳥島タロウが田中さんを傷つけることを十二分に知りつつも放置するのだから、当然でしょう? おかしなことは言っちゃいませんよ」 前田かん子は揺らいでいた。まさか自分が田中キリエの傷害に加担しているとは思ってもいなかったのだろう。ぶっちゃけた話、私はそうとうにズルイこじ付けを言っているのだが、前田かん子は気付かない。こと田中キリエのことになると、正常な考えが出来ないことは知っていた。 いけるな、とここで私は確信する。後はちょっと、ほんの少し背中を押すだけ。 「私は前田さんに殺されたくない。前田さんは田中さんを悲しませたくない。互いの利益は一致しています。なにも悩むことはないでしょう。ここで意固地になるのは、あまり得策とはいえませんよ。 さて。これで、私の言いたいことは全て終わりです。後は、前田さん次第ですよ」 私は一仕事を終えた後のように大きく息を吐き、腕を組んで、椅子にもたれかかった。コーヒーを飲みたかったが、中身が空なので我慢する。 前田かん子はしばらく私を見つめていた。ここまで説得されておきながら 、なお決めあぐねているらしい。 おそらく、私の提案にそのまま乗っかるのが気に喰わないのだろう。彼女はものすごく私のことを嫌っている。けど、結果はわかっていた。 777 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 45 43 ID HRoXok2Y [7/11] 「…………」 前田かん子は、帰りかけていた足を元に戻すと、無言のまま私の対面の席に腰掛けた。 「わかって貰えたようで嬉しいです」 とりあえず、これで第一関門は突破。今日こなさなくてはならなかった最低限のミッションは達成した。彼女が交渉のテーブルにつかずあのまま帰っていたら、一番困っていたのは私だっただろう。 前田かん子は、投げやりな口調で言う。 「御託はいい。さっさと訊きたいことを訊け」 「まあまあ、そう急かさずに。せっかく店に来たのですから、まずは注文しないと。私も、ちょうどコーヒーのおかわりを頼もうとしていたんです」 横に立て掛けられていたメニュー表を彼女に向かって差し出したが、前田かん子は受け取ろうともしなかった。仕方がないので、見えるようにしてテーブルに置いておく。 いやあ、嫌われてるなあ、とことん。まあ、わかってはいることだけどさ。 自分としては、出来ればもっと仲良くなりたいと思っているので、なんとか今日その糸口を掴めればなと密かに考えていた。 前田かん子はメニューに一応目を通しているらしく、眼球が上下左右に動いていた。そしてその動きが停止した頃を見計らって、私は未だびくびくと怯えている女性店員さんを呼んだ。オーダーを告げる。前田かん子は結局、私と同じコーヒーをたのんだ。 それからは互いに無言だった。なんとなく、注文の品が到着してから話そうという空気が出来あがっていた。なので、私も黙ってそれにならっていた。 そして私は、ここぞとばかりに、前田かん子のことを改めて観察した。考えてみれば、彼女のことを仔細に見るのは初めてかもしれない。私達が会うときは、大抵が穏やかでない。 まじまじと無遠慮に見つめる。彼女は、本当に綺麗な人だった。お人形さんみたいだな、とありふれた決まり文句しか頭に浮かばない。 長い睫毛に、日本人にしては高い鼻、そして決め細やかな白い肌。一番の特徴である軽く巻いた金髪は、オレンジ色の照明に照らされてきらきらと光っている。 一見すると、その髪は天然物のようにしか見えない。もしかしたら本物かもしれなかった。彼女には異国の血が混じっているのかしら。 そのまま視線はずるずると下がっていき、最終的には首の下、彼女の豊かな乳房の辺りにとまった。 思わず、感嘆の息を漏らしそうになる。 大きい。前田かん子の胸は、とにかく大きかった。こんなに大きな胸を、私は画像や動画等の媒体以外では一度だって見たことがなかった。 ピッタリとしたライダースーツを着ているせいか、形のよさがくっきりと表れていて、その存在を更に強調していた。張りも弾力も中々ありそうで、対の張り上がった球体は、みずみずしい西瓜を連想させた。 後はもう少し、首元まで上げたジッパーを、後もう少しだけ下げてくれたのなら……。 778 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 47 40 ID HRoXok2Y [8/11] 「なに見てんだよ」 突如、向かいから飛んできた声に、私はひどく混乱してしまった。あ、え、と訳のわからぬ言語を吐き出した後に、慌てて自己弁護をする。 「あ、ええとですね、思わず感心してしまって、大きいなあって」 「大きい? なにがだよ」 「おっぱいがです」 「…………」 「あっと、違うんです。今のは本当に違うんです。言葉のあやというか、なんというか、いや、でもおっぱいが大きいのは事実ですし……。 そ、そうですっ。私は褒めているんです。だって、滅多にいないじゃないですか、そこまで胸の大きい人って。いやあ、いいなあ。セックスアピールとしては申し分ないですし、得することも多いんでしょうねえ。ははは……」 「…………」 「ですから、別に決していやらしい意味で言ったんじゃ……」 「…………」 駄目だ。これまでの経験則から推測するに、私はまたやってしまったのだろう。いつもの空気の読めていない発言を。前田かん子の目は言葉を重ねるごとに険しくなっていくし、とんでもないヘマをやらかしてしまったのだ。 というわけで、大人しく口をつぐむことにした。これ以上、藪をつついてヘビを出すわけにはいかない。いま居るところが、ヘビセンだけにね。 二人の間に、再び沈黙が訪れる。今度は多大な気まずさを抱えて。 落ち着かなくって、視線を横に逸らす。そして、おや、と気付く。いつの間にか店内の空気が穏やかになっていた。 もともと、他人に無関心なへんてこな人間しか集まらない店なのだ。徐々に前田かん子への耐性がついてきたのだろう。全くをもって、たくましい人達である。もはや尊敬の念すら抱いてしまう。こっちは未だ、これっぽっちも慣れていないというのに。 「話に入る前に、ひとつだけ訊きたいことがある」 沈黙を打ち破ったのは、意外なことに前田かん子からだった。それに、何か訊きたいことがあるという。 まさか、彼女から何か質問してくるとは思わなかったので、一瞬、呆気にとられてしまった。が、この気まずい沈黙を打破したかった私は、渡りに船だとばかりに飛びついた。 「ぜひぜひ、ひとつと言わずに、どうぞ何度だって訊いてください。どうせ、後ほどは質問責めになるのでしょうし、情報は出し惜しみしませんよ」 私は笑顔で受け入れた。すると、 「そ、そうか……」 コホン、とわざとらしい空咳きして、前田かん子は頬を赤らめた。 779 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 49 12 ID HRoXok2Y [9/11] 頬を赤らめた? 私は疑問に思う。何故、彼女の頬は上気しているのだろうか。もしかして、店内の暖房がきついのかしら。それなら、自分が店側に言うのだけれど……。 コホン、と彼女は空咳きをもうひとつ挟み、 「えーと、だな……お前らは……実際のところ、どこまでいったんだ?」 ぼそぼそと小さな声で話すので、聞き取るのに苦労した。私は尋ね返す。 「どこまで、とはどういう意味でしょうか? すいません。そういうの察するの苦手なんで、もっとはっきり言ってもらえると助かります」 「だから、あれだよ。あるだろう、恋愛の、AとかBとかCとかさ。私が訊きたいのは、そういうことだよ」 「えっ」 いつもより半音高い、素っ頓狂な声をあげてしまう。今、前田かん子はなんて言ったのだ? 恋愛のABC? 「なんだよ。別におかしなことは訊いていないだろう」 「はい。まあ、おかしくはないですが……」 なんというかすごく意外だ。意外なのは質問の内容ではなくて、彼女の態度だった。どう見ても、恥ずかしがっているようにしか見えない。 うーん。頬が赤いのは暑いからではなく、単に恥ずかしかったからなのか。まさか恋愛関係の質問に躊躇してしまういじらしさを持つとは。普段のイメージと差がありすぎて。なんていうか、頬が自然と緩んでしまう。 前田かん子は一見すると、恋愛経験がとても豊富そうな外見をしている。けれど、もしや実際は違ったりするのかもしれない。意外と中身は乙女乙女しているのだろうか。 でも、もしそうだとしたら、あれだよね、外見とのギャップで、なんかこう、くるものがあるよね。すごくグッとくる。 頬と一緒に、きっと心まで緩んでしまったのだろう。抑えとけばいいのに、悪戯心がわいてしまった。私は正直には返答せず、冗談を言ってみることにする。尤も、その数秒後に、私はひどく後悔することになるのだが。 「どこまで進んだか、でしたよね」 私は一拍おき、 「田中さんにはもう受精させましたよ」 すぐだった。私がそう言った瞬間、否、言い終える前に、前田かん子が肉食獣のような俊敏さで飛び掛ってきた。 780 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 50 51 ID HRoXok2Y [10/11] 動物的な本能が警鐘を鳴らす。殺される。私はそう思って、ほぼ反射的に椅子を後ろに引いた。が、寸でのところで遅かったらしい。彼女の右手は私の後頭部をしっかりとホールドし、もう片方の手で右目に何かを突きつけた。 視界に見えるは、三つの黒い点。フォークだ、と気付いた。テーブルの横に備え付けられていたフォークを、私の右目のすぐそこに向けているのだ。 近い。眼球とフォークとの距離は、おそろしく近かった。緊張のせいか、鼻の頭にぽつぽつと汗の玉が浮かび始める。もし少しでも頭を動かしたら……。そんな想像をしてしまうと、怖くなって瞬きすら出来ない。 「確認する」 冷え切った声で、前田かん子は言った。 「いま言ったのは、事実か?」 「冗談です」 私は即答した。 「今のは、味気のない会話に彩りを与えようとした、ただのジョークですよ。実際には、まだ手すら繋いじゃいません。私は、プラトニック・ラブを信条としているので」 「…………」 「な、なんなら、田中さんに電話で訊いてみたらいかがですか? 彼女はそんなことはしていないと即座に否定するでしょう。断言できます」 「…………」 「ですから、いい加減に、手、放してもらえませんかね。フォーク。このままじゃ、眼球を傷つけてしまいますよ。そんなの、シャレになりません」 「…………」 「それに、店内の注目もすごい集めちゃってますし、ほら、せっかく店員さんが注文の品を持ってきてくれたのに、そこで盆を持ったまま怯えて固まっていますよ」 「…………」 「そもそも、今日はこんなことをするために来たのではないでしょう。私達は話し合いをするはずです。ですから、もっと、穏便にいきましょうよ、穏便に」 「…………」 「それに、私の身体に傷がついて悲しむのは、私だけでなく田中さんもですよ。あなたは彼女に、負わせる必要のない不要な心労を負わせるつもりなのですか?」 「……ちっ」 田中キリエの名を出し、彼女の暴走は漸く止まった。忌々しい舌打ちを返事代わりにして、私を解放してくれる。 私は即座に安全な距離をとった。高鳴っている鼓動をしずませる。けど、しずまらない。背中にかいている汗は、決して暖房のせいではないだろう。腋の下にも汗をかいていた。 781 :私は人がわからない:2012/08/07(火) 08 52 29 ID HRoXok2Y [11/11] なんというやつだ。私は驚愕してしまう。 あれほどのささいなことで怒るのか、という点に関してはまだいい。そっちのほうは想定内だ。田中キリエ関連のこととなると前田かん子が杓子定規になるのは、自分だってよく知っていた。 私が驚いたのは、人体を破壊するときに生じる心理的抵抗が、彼女から全く感じられなかったことだった。 普通、人は激しい感情に身を任せてでもいない限り、他者を攻撃するのに大きな抵抗を感じる。だが、前田かん子はあくまで冷静に、些か冷静すぎるほどに私を破壊しようとした。これは驚くべき事実である。 今のだって、もし私が選択をとり間違えていたら、彼女は本当にフォークで眼球をえぐっていたかもしれない。いや、間違いなくえぐっていただろう。私は危うく、右目を失っていたのだ。 気をつけなくてはならない。己に言い聞かせる。脅しと本気との境界線が曖昧すぎて、そう自由には動けない。もっと、もっと慎重に進まなくては。 「ご、ご、ご注文の品を、お持ちしました……」 私達の傍らで事の成り行きを見届けていた店員さんが、恐怖に駆られながらも己の職務を全うしてくれた。 店員さんは私と前田かん子の前に恐る恐るコーヒーを置くと(ソーサーを持つ手が震えていたので、中身が少しこぼれていた)脱兎のごとくキッチンへと避難してしまった。 その姿を見て、私は苦笑してしまう。可能ならば、自分も彼女のように、さっさとこの場所から逃げ出してしまいたいものだ。 けど、そんなわけにもいかない。私にはやるべきことがあるのだ。筋書き通りに物事を進めるためには、少しでも前田かん子と長く居る必要がある。 果たして今日は、この会談を五体満足で終わらせることが出来るのだろうか。カビのようにしつこくこびりついた不安を胸に感じつつも、私は必死でポーカーフェイスを装い、ブラックのコーヒーをのんびりと啜ったのだった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1930.html
555 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 14 05 ID KgIpHWOW ――あなたみたいな人間が誰かに好かれるなんて、不可能よ。 何の変哲も無い、いつもの朝方の教室でのことだった。 ホームルーム前の教室は相変わらず賑やかで、あちらこちらと会話が生まれ、正に談論風発としている。 そんな中、私は彼等の輪の中に入ろうという気も起きず、深海魚のようにじっと座って、ぼんやりと何処か遠くを眺めていた。 そんな風にしていたのがいけなかったのかもしれない。 不意に昨日の言葉が頭を過り、私は顔をしかめたのだった。 ハァと、恋する乙女のような物憂げな溜め息をしてから、眉間の辺りを指で揉む。気分は一向に良くならない。 久しぶりの斎藤ヨシヱとの邂逅は、私にとってはもはや消し去りたい過去のひとつになっていた。 昨日のことは、何度思い出しても恥ずかしくなる。柄にも無く感情的になって、自分の内面の一角を安々とさらけ出してしまった。あのことは確実に、私の黒歴史の一ページに刻まれたことだろう。 ああ、駄目だ。 考えれば考えるほど、心がむずむずとこそばゆくなる。しかし逆に彼女のことを考えないように意識すると、より一層濃く残滓するのだ。 まるで呪いだな、と私はうんざりした。 斎藤ヨシヱと会った後は、いつもこうだった。 彼女はいつも、私の仮面の下の素顔を暴こうと何らかの揺さ振りをかけてくる。 しかも嫌らしいことに、彼女ならそんな仮面簡単に剥がせる筈だろうに、あえてそうしないのだ。じわりじわりと私を追い詰め、いつもギリギリのところで手を引く。 そういう人を手玉に取っているような行動は、はっきり言って腹が立つものだった。自分が道化のような気がしてならないからだ。 あのサディストめ、と私は心中毒づいたが、懲りずに茶道室へと通い続ける私も、またマゾヒストなのかもしれないと思い直し、再び苦い気持ちになる。 とにかく、昨日のことは早く忘れるが吉だ。 私はいやいやするように、軽く頭を振るのと同時に雑念をも振り払った。 そして、何気なく前を見る。 と。 そこに、見覚えのある背中を見つけた。 小動物を思わせる雰囲気を纏ったその背中は、間違いなく彼女だろう。 田中キリエ。 確か、昨日は風邪を患わって休んでいた筈だが、どうやら無事に回復したらしい。 本人は、身体が弱く欠席することが多いと言っていたけれど、あまり病を長引かせるタイプでもないみたいだ。 556 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 15 15 ID KgIpHWOW それにしても。 たった一日会わなかっただけというのに、彼女を見るのも随分と久しい気がする。 そう思えるということは、田中キリエは私が想像しているよりもずっと大きい存在になっているのかもしれない。 私が無意識にじぃと見つめていたせいだろうか。 突然、彼女が後ろを振り返った。 必然と目が合う。 そのまま目を逸らすのもアレなので、私はニコリと微笑んで会釈した。 すると、田中キリエもはにかみながら会釈を返してくれる。その笑顔に病の余韻は伺えない。 よかった、ちゃんと治ったみたいだ。 私は安心し、それで朝の挨拶も終わりだと思ったのだが―― あれ? 何故か、彼女はまだ私のことを見つめていた。 何かを期待するような、もしくは示唆するような、そんな視線を私に寄越し続けている。 どうしたのかしら。 不思議に思って私も目を離せずにいた中、ガラガラとしたローラー音と共に教室のドアが開いた。 担任が入って来た。 早く席に着け、という鶴の一声によって散らばっていた生徒達も自分の席へと戻っていく。 私も田中キリエもそこで視線を離した。 それから、朝のホームルームが始まったのだが、 「…………」 まだ、見てる。 彼女は、担任の目を盗んではチラチラと私の方を見ていた。 もしや、私の顔に何かついているのか。 そう思って自分の顔をぺたぺたと触ってみたけれど、特に変わったものはついていないように思えた。ついているものといえば、馴れ親しんだ形の悪い目や鼻や口ぐらいだ。 うーん。 私は困ったように頬を掻く。というか実際困っていた。 しばしの思案の後、結論を出す。 無視しよう。 正直、自分からわざわざ、一体全体どうしたのですかと聞きに行くのも面倒臭いし、それに彼女だって子供じゃないんだから、用があるのなら自分から言ってくるだろう。大して気にすることでもない筈だ。 なので、私は担任の話に集中することにした。 なんの面白みの無い平板な声が耳に届く。 期末テストが近いせいか、担任の話は全てテスト関連の話だった。テスト対策や日程について、しつこく生徒達に聞かせている。少しでもクラスの平均点を上げたいのだろう。 私はテストの杞憂よりもむしろ、もうそんな時期になるのか、という時の流れについて驚いていた。 557 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 16 46 ID KgIpHWOW 中間テストをやったのもついさっきのような気がしているのに、もう期末が始まってしまう。まるで私だけが流行に乗り遅れてしまったみたいで、妙な孤独感を感じた。 私は、おもむろに窓の外に目を向ける。 夏の間は緑色に繁っていた桜の木も、今では木の葉ひとつ無かった。 時間は、たしかに流れていっているのだ。 期末テストが終われば、冬休みが始まし。冬休みが終われば、新学期が始まるし。そして新学期が終わる頃、卒業式が行われる。 そして卒業式が終われば――上級生である斎藤ヨシヱは、この学校を去っていく。 そんなことを考えている時。私はなんとも言えない複雑な気持ちになる。 私と彼女の関係は、一言で表せない程に目茶苦茶なものだ。 一応、友人関係ということになってはいるが、実際はポケットにつっこんだイヤホンのコードみたいに、私達の関係はこんがらがっている。 なので私には、彼女が卒業するのは悲しいことであるのと同時に、嬉しいことでもあるのだ。矛盾した言い方であるが、他に適した表現も見つからないので仕方ない。 そういえば、斎藤ヨシヱは進路はどうするのだろうか。 無難なのはやはり進学だが、彼女が大学生っていうのもなんだかイメージが湧かない。そもそも、高校生である今でも違和感を感じているというのに。斎藤ヨシヱは、あの達観している態度のせいかやけに年上に見えるのだ。 まあ、いいか。 今度まとめて聞いておこう、と私は思った。 そんな中でも、視線の矢は未だに私を捉え続けていた。 結論から言えば、無視出来なくなった。 田中キリエは、一限目の数学の時も、二限目の日本史の時も、三限目の現代文の時も、ずっとずっと私のことを見続けていた。 しかも彼女の見方の巧みなことやら。 田中キリエの座る最前列の廊下側という位置上、後列にいる私を見るためには否が応でも後ろを振り向かなくてならないのだが 彼女は周囲の人間が気をそらしたその瞬間を見計らって後ろを振り返るという高度な技術を駆使しているため、私以外の人間は気付いた風ではないのだ。 そんな状況に、思わず私も眉根を寄せる。 こうも見られてしまっては、全く授業に集中出来なかった。 ここまでくると、もはや盗み見というより、むしろ監視だ。気分はまるで看守と囚人。 558 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 17 47 ID KgIpHWOW 正直、ウザい。 ノートも中途半端にしかまとめられてないし、言いたいことでもあるのなら、さっさと言ってしまえばいいのに――と。 そこで漸く、私は気付く。 そうか。したくても、出来ないのか。 田中キリエの恥ずかしがり屋、常に一歩引く控え目な性格を考えると、クラスメイトの目がある教室内で異性の私に話し掛けるなど、到底出来ることではない。 あまり付き合っていることを公言したいような子にも見えないし、むしろひた隠しにしたいタイプだろう。変に話しかけたりして、私達の仲を疑われるのは避けたいはずだ。 まあ、そうとわかれば話は早い。 人目がある所が駄目ならば、人目が無い所に行けばいいまでだ。 私は三時間目が終了すると、ひとり教室を出た。 後ろを見てみると案の定、田中キリエがひょこりと顔を出していた。それから、距離を置いてトコトコとついて来る。 どうやら私の予想は当たっていたらしい。珍しく、今日は冴えている。 私は、彼女がついてきてるかどうかを確認しつつ、非常階段を目指した。 学内で人気が無いとこといえば、あそこぐらいしか思い付かないし、ここ最近は中々の頻度でお世話になっているため、へんな愛着が沸いてるからだ。 そして暫く歩いていると、非常階段前に着いた。 想定通り、周りには私以外誰も居なかった。遠くから生徒の騒ぐ声が辛うじて聞こえるくらいで、後は静かなものだ。この場所なら、彼女も気兼ねなく用件を話すことが出来るだろう。 田中キリエは遅れてやって来た。 「あの、なんだかすいません。気を使わせちゃったみたいで」 彼女はぺこりと頭を下げる。 「いえいえ、気にしないでください。それよりも、何か私に言いたいことがあるのでしょう?」 「うっ、うん」 私がそう聞くと、田中キリエは急に顔を赤らめたり指を弄ったりと、もじもじし始めた。 こうなってしまうと彼女が長いことは、今までの経験から知っていた。 のんびりと話を切り出してくるのを待つことにする。 「あの、よかったら……」 蚊の鳴くような声で、彼女は切り出した。 「よかったら、お昼ごはん一緒に食べませんか……?」 「お昼ごはんですか?」 「はい。鳥島くんがよかったらでいいんだけど」 「いや、全然大丈夫です。うん、そうですね。お昼ごはん、一緒に食べましょう」 559 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 19 28 ID KgIpHWOW 私がそう言うと、田中キリエの顔が太陽みたいにパーっと明るくなった。それからありがとう、と言って身体をくの字に曲げる。 昼食ぐらいで大袈裟な人だ。 それにしても、そんなことが言いたいがために授業中あんなに見ていたのか。 「それじゃあ、場所は――」 と、田中キリエが言いかけたところで予鈴が鳴った。 時計を見れば、もうそろそろ戻らないとマズイ時間だ。 「教室に戻りましょうか。昼休みになったら、またここで落ち合いましょう。場所についてはその時に教えてください」 こくりと頷き、了承してくれた。 「後、それと」 私はポケットから携帯電話を取り出すと、苦笑混じりに言った。 「これからは何か言いたいことがあったら、メールにしてくれると嬉しいです。その、授業中にあんなに見られると、あまり落ち着かないので」 私の進言に彼女は、あっと目を開いて赤面した。そして、呟くようにゴメンナサイと言う。 やはり、メールをするという発想には至らなかったみたいだ。 そんな田中キリエを見て、可愛いらしい人だな、と私は頬を緩ませた。 昼休みになって、私は購買部へ赴き昼食を購入した。 残念なことにカレーパンは残っていなかったので、メロンパンとコーヒー牛乳を代替品にする。 購入品の入ったビニール袋を片手に引っ提げて、私は足早に階段を登っていった。 いつもならそのまま教室に向かうのだが、今日はちょっとだけ進路を変えてみる。 自分の教室がある階をさらに飛ばして、私はさらに上へと昇って行った。 目指す先は、屋上だ。 「お昼は屋上で食べませんか?」 四時間目が終わった後。 非常階段の前で再び田中キリエと落ち合うと、彼女は迷わず屋上を指定した。 我が校では、他の高校と比べ珍しく、一般の生徒に屋上が開放されている。 そのため、春や秋などの屋外ですごしやすい季節には、沢山の生徒が屋上で食事をしたり、お喋りをしたり、告白をしたりと中々の賑わいをみせる場所なのだが、生憎今の季節は冬だ。おそらく、屋上には人っ子ひとり居ないことだろう。 確かに人気は無い。 屋上ならば、彼女も気兼ね無く私と共に昼休みを過ごせることだろう。 確かに人気は無い。無いけど。 560 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 20 39 ID KgIpHWOW 「屋上ですか……」 正直、彼女の提案は私としてはかなり頷き難いものであった。 前々から言っていることなのだが、私は根っからの寒がりなのである。 この季節に屋上など行ったら、ヘタしたら凍死してしまうかもしれない。 ということなので、さすがの私も反論を試みようと口を開いたが、何故か肝心の言葉が何も出てこない。屋上以外に昼食をとれる場所が何も思い付かないのだ。 結局、私は渋々承諾することになった。渋々と言っても、もちろん顔や態度には出していないけれど。 そして話し合いの結果、弁当持参の田中キリエは先に屋上で待ち、私は購買部で昼食を購入してから屋上に向かうということになったのだった。 階段を昇り終え、踊り場に辿り着いた。 踊り場に田中キリエの姿は無かった。 此処に居ないということは、おそらく先に屋上で待っているのだろう。 というか、いっそこの踊り場で食事をしてもいいんじゃないのか、と私は思った。 埃っぽいのさえ我慢すれば、問題など全く無いのに。わざわざ屋外で食べる意味がわからない。 けど、そんな文句を言ったって仕方がない。 私は、屋上へと通じる重い鉄製の扉を押し開けた。 開け放たれた扉の隙間から、しんしんと冷え込んだ空気が漏れ出してくる。それだけで嫌になる。 そして、屋上に足を踏み入れた。 「寒い……」 思わず呟く。 わかってはいたことだけど、やはり屋上は寒かった。 寝る時に湯たんぽが欠かせないような自分には、この寒さは中々厳しい。 私はぶるぶると震えながら、辺りを見回した。 春や秋には賑わう此処も、今では誰も居なかった。檻のように囲んでいる転落防止のフェンスと、落書きだらけのベンチが数個設置されているだけだ。 周囲に田中キリエの姿は見えない。 「あっ、鳥島くん。こっちこっち」 と、聞こえてくる声は後ろからだった。 振り向くと、田中キリエは屋上内の隅にある貯水タンクの辺りでちょこんと座っていた。 なんでそんな所に、と私は疑問に思ったが、理由はすぐにわかった。 暖かい。 そこは、ぽっこりと突き出た踊り場の壁と、貯水タンク等がうまい具合に風を遮って、まるでかまくらのような暖かさがあったのだ。 助かった、と私は胸を撫で下ろす。ここならまだ我慢出来ない程ではない。 それにしても、田中キリエも事前に調べていたみたいに良い場所を知っている。 561 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 22 19 ID KgIpHWOW 私は彼女の側に歩み寄ると、その隣に腰を下ろした。 その時、田中キリエがさりげなくハンカチを敷いて、私のズボンが汚れないようにしてくれた。気が利く子だな、と感心した。 「それじゃあご飯にしよっか」 と言って、カバンの中から弁当箱を取り出し、さあ昼食だとなる筈だったのだが、彼女が突然あっと悲鳴を漏らした。 「どうしたんですか?」 「水筒、教室に忘れてきちゃったみたい……」 弁当箱は持ってきているのに水筒を忘れるなんて……。彼女も案外マヌケなことをする。 朝の睨めつけの一件もそうだけど、田中キリエは意外とドジをやらかす娘なのかもしれない。 「今から水筒取ってくるんで、先に食べててください」 彼女はそう言い残すと、すくっと立ち上がり、お尻をはたいてから慌だたしく駆けて行った。 そんな田中キリエの背中を見送る。 「それじゃあ、先に食べるかな……」 お腹も空いていたので、私は彼女の言葉に甘えることにする。 ビニール袋からメロンパンを取り出し封を開けようとしたのだが、その時ふと彼女の学生カバンが目に入った。 チャックが開いたままのカバンの中からは、携帯電話が覗いている。もう何世代か前の、既に型落ちしてしまったスライド型の機種だ。 「…………」 ふと閃く、ある考え。 私は、意味ありげにその携帯電話見つめる。 そして幾らかの逡巡の後、私はその携帯電話を利用することにした。 学生カバンの中に手を突っ込み、そのままの状態で携帯電話を操作する。これなら、田中キリエが戻ってきても直ぐにごまかせるだろう。 他人の携帯電話の慣れない操作に戸惑いながらも、私はなんとかメニュー画面を開いた。 あった。 私は画面に映るアドレス帳の項目を見つけると、迷わずそこをクリックした。 田中キリエは意外と早く帰ってきた。 右手には忘れ物であろうピンク色の水筒が握られていて、急いできたせいか軽く肩を上下させている。 「先に食べてて良かったのに……」 田中キリエは、手中にある封の切られていないメロンパンを見て、申し訳なさそうに言った。 「まあ、そういうわけにもいかないと思いまして」 私は曖昧に笑ってごまかす。 「食事は一人で摂っても美味しくないものですよ。それに、せっかく屋上まで来たんだから一緒に食べたいじゃないですか」 なんていい感じに締めて、私は横に座るよう促した。 562 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 23 39 ID KgIpHWOW 田中キリエは水筒を地面に置いて腰を下ろした。 「それじゃあ、今度こそお昼だね」 彼女はそう言って、学生カバンを膝上に乗せた。そして、弁当箱を取り出そうとカバンの中に手を伸ばしたのだが――不意に動きが止まった。 「どうしたんですか?」 コーヒー牛乳にストローを挿しこみながら、何気なく聞いてみる。 「鳥島くん、もしかして私のカバンいじった?」 「カバン、ですか?」 私はきょとんとした表情で田中キリエを見た。 「いえ、特に何もしていませんけど……。どうかしたんですか?」 「そう、だよね……。ううん。別に気にしないで。多分、私の気のせいだと思うから……」 そうは言うけれど、彼女は中々会得がいかない様子であった。訝し気にカバンの中を覗き続けている。 それから漸く諦めたのか、やがてカバンから弁当箱を取り出した。それは彼女の身体に比例した、とても小さな弁当箱だった。 「お弁当は自分でつくっているんですか?」 「うん、一応」 「すごいですね」 「そんなことないよ。お弁当をつくるなんてことぐらい、みんなやってることだし」 と言いながら、彼女は弁当箱を開けた。 私も自然と視線を移す。 「へぇ」 思わず感嘆の息が漏れた。 田中キリエの弁当は凄く美味しそうだった。 油物と野菜のバランスがいい上に、見た目の色合いもきちんと考えられていて、一目見てそれが美味しいということがわかるような、料理のお手本みたいな弁当だった。高校生の弁当にありがちな、冷凍食品の類も見当たらない。 「料理、上手なんですね」 お世辞とか抜きに、心からそう思った。 「そんなことないよ」 しかし、田中キリエは困ったように謙遜する。人に褒められるのが苦手なのか、早くその話題から逸れてほしそうに見受けられた。 「そういう鳥島くんは、いつもお昼は購買部で買ってるよね」 「そうですね」 「お弁当にはしないの? 家族の人につくってもらうとか」 「出来ればつくって貰いたいんですけど。残念ながら、家族はみんな朝忙しいんで、弁当をつくる暇なんてとてもとても」 と言いながら、私は妹の鳥島リンのことを考えた。 そういえば、リンちゃんは昼食はどうしているのだろうか。彼女も結構器用な人だし、案外自分で弁当をつくっているのかもしれない。 563 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 24 54 ID KgIpHWOW 「それならさ」 と、田中キリエがもじもじと太股を擦り合わせながら言った。 「……よかったら、私が鳥島くんのお弁当つくってこよっか?」 「えっ?」 思わぬ提案に、私は目をパチクリとさせる。 「そんな、悪いですよ」 まず口から出たのは遠慮だった。 弁当をつくって貰うこと自体は、私としては願ってもない提案ではあったが、朝一番から彼女にそんな労苦をいとわせるのはさすがに気が引けた。 「全っ然っ悪くなんかないよっ!」 しかし田中キリエは即座に否定する。 「私のお弁当をつくるついでだしさ、手間とか全然かからないから全然平気。というか、鳥島くんはそんなの全然気にしなくていいよ。本当、全然全然」 全然を連呼する彼女である。 「ああ、でも、その代わり私と同じメニューになっちゃうけど、それでも大丈夫かな?」 どうやら弁当をつくること自体は、もう決定事項らしい。 「そんなそんな。いやあ、嬉しいなあ。それじゃあ、お願いしてもいいですかね?」 「うんっ」 田中キリエは、満面の笑みで快諾した。 私も嬉しくなって、思わず鼻歌でも歌いたくなった。 誰かにご飯をつくってもらうなんて随分と久しぶりだ。彼女の料理の腕は目の前の弁当で証明済みだし、これから昼食は楽しみになるぞ。 ニコニコと微笑みながら、メロンパンをかじる。 恋人を持つのも、そんなに悪くないかもしれないな。 私は初めて田中キリエの存在に感謝した。 それから、私達は弁当をつつきながら談笑に勤しんだ。 私にとって意外だったのは、田中キリエとの会話が弾んだことだった。 私はどちらかと言えば口ベタなほうなので、正直気まずい雰囲気になるんじゃないかと危惧していたのだが、それもどうやら杞憂に終わったらしい。 彼女はかなりの聞き上手だったのだ。 私の何でもない話にも丁寧に相槌を打ち、それに聞くばかりではなく、自分の意見も織り交ぜて返答するので自然と話が続く。それこそ、会話はボールのようにポンポンと弾んだ。 自分にとって、彼女との会話の持続が一番の懸念材料だったのだけに、私はひどく安心した。 そのせいか、多少気が緩んでいたのかもしれない。 気が付けば、彼女のことを話に持ち出していた。 564 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 26 38 ID KgIpHWOW 「そういえば田中さんって、マエダさんと仲が良いんですよね」 「えっ?」 私の口からマエダカンコの名前が出たのが意外だったのか、田中キリエはただでさえ大きい瞳をさらに大きくさせる。 「マエダさんって、もしかしてカンコちゃんのこと?」 彼女の問いに私が首肯してみせると、田中キリエは嬉しそうに破顔させた。 「うん、カンコちゃんとは凄く仲が良いよ。私にとって、一番の仲良しさんじゃないかな」 一番の仲良しときたか、と私は思った。 実を言うと私は、田中キリエとマエダカンコが本当に友人関係なのかを疑っていた。 二人は見ての通り全くタイプの異なる人間だし、マエダカンコの異常愛もあるから、マエダカンコが一方的に田中キリエに好意を寄せているというセンもあったが、今の証言でそれも消滅した。 「マエダカンコって、漢字ではどう書くんですか?」 いい機会だと思って聞いてみる。 すると、田中キリエは空中に人差し指を掲げて、まるで虚空に浮かぶ用紙にでも書くように、つらつらと文字を連ねていく。ちゃんと鏡文字になっていないあたりの配慮が、実に彼女らしい。 やがて、文字を書き終えた。 “前田かん子” 空中に刻まれたその文字を、私はじっくりと見つめる。 その時初めて、本当の意味で彼女の名を知った気がした。 「彼女とは、何時からの付き合いで?」 私はさらに質問を重ねていく。 「えーっと、かん子ちゃんとは中学校からの付き合いになるのかな。て言っても、最初は全然話したりしなかったんだけどね。けど、あることがきっかけでそれから凄く仲が良くなったんだ」 「そのあることとは具体的に?」 私は身を乗り出すようにして、さらに質問する。 我ながら多少強引過ぎるとも思うが、しかし前田かん子の情報はよく聞いておきたかった。 これから、彼女の存在は嫌でも大きなものになっていく。 けれど、私は前田かん子のことをあまりに知らない。知っていることと言えばせいぜい、田中キリエに抱いている異常なまでの愛情と、胸が大きいことぐらいだ。 クラスの人間に聞くという選択肢もあるが、それでは些か信憑性に欠けた。 噂というのはたいてい何かしらの脚色がされて、妙な尾ヒレがついているからだ。 それに比べ、田中キリエから得られる情報は確実である。 なんせ、前田かん子の一番の友人を自負しているのだ。彼女からなら何の誇張表現の無い、ありのままの情報が得られる筈だ。 565 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 27 48 ID KgIpHWOW 「鳥島くん」 と、耳に届いたか細い声で我に返る。 少しがっつき過ぎたか。 そう思って、すいませんと謝りながら後ろへ身を引いたのだが――今度は逆に、田中キリエが私の方に身を乗り出してきた。 あまりに突然のことだったので、私はそのまま体勢を崩し仰向けに倒れた。彼女はその上に乗っかるような体勢をとって私を見下ろし―― 「ねえ、鳥島くん。どうしてそんなに、かん子ちゃんのことを知りたがるの?」 ――静かに詰問した。 思わず、戦慄する。 田中キリエの顔からはいつの間にか、およそ表情と呼べるものがごっそりと抜け落ちていた。のっぺら坊のような無機質な顔で私を見つめる。 人間ってこんな顔も出来るんだな、と少し感心した。 「大して深い意味はないですよ」 しかし私の態度に変化は無い。 「ただ、前田さんってこの学校じゃ凄い有名人じゃないですか。だから、どんな人なのかなってちょっと気になっただけで他意は無いですよ」 田中キリエは私を見下ろしながら、そうなんだ、と短く言った。そのくせ、彼女はこれっぽっちも納得していないように見えた。 「でも、おかしいなあ」 わざとらしく小首を傾げてみせる。 「どうして鳥島くんは私とかん子ちゃんが友達だってことを知っているのかな?」 「それは――」 この時、私は何故かこの質問に対して妙な間を置いてはいけないと思ってしまった。いや、思わされてしまった。 そうしなければ怪しまれるぞ、と。 なので、気がつけば私の舌は私の意思とは無関係に、自分勝手に言葉を紡ぎだしていた。 「それは、クラスの人達が話しているのを小耳に挟んだんですよ。前田さんと田中さんは仲が良いって――」 あっ。やっべ。 言ってから気付く。今の発言はマズった。 私は慌てて口を塞いだが、もう遅い。 田中キリエも勿論、今の失言を見過ごす訳が無く 「おかしいなあ」 とまた呟いた。 「……何がおかしいんでしょうか?」 私は半ば諦め気味に彼女に問いた。 566 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 29 02 ID KgIpHWOW 「だって私、この学校では私とかん子ちゃんが友達だってことを誰にも言ったことが無いんだもの。だから、クラスの人達がそんな話をしている筈が無いんだけどなあ。 「しかも私、かん子ちゃんに学校で話したことも一度も無いんだよね。かん子ちゃん学校で話しかけられるのスゴイ嫌がるから。だから、もし会っても無視しろってきつく言われてるんだ。 「もちろん、かん子ちゃんのことは鳥島くんにも話したことないよね。ねぇ、鳥島くん。なのに、なんであなたは誰も知らないことを知っているのかな?」 思わず、溜め息を漏らしそうになる。 さあて、どうするかな。 「でもそれって、あくまで田中さんが話していないだけですよね」 意味無いとはわかっているが、一応形ばかりの反論をしてみる。 「あなたたちの話をしていたその生徒が、偶然街中で二人でいるところを目撃したのかもしれないし、それとも中学時代のことを知っていたのかもしれない。例え田中さんが話していなくたって、二人の仲を知る可能性はいくらでもありますよ」 「うん。そうだね」 田中キリエはあっさりと同意してみせる。 「確かにその可能性もあるけど、それだと話がますますおかしくなるんだよね。さっき鳥島くんも言ったように、かん子ちゃんってこの学校じゃスゴイ有名人なんだ。学校の皆が、かん子ちゃんの一挙一動に注目してる。 そんな注目を浴びてるかん子ちゃんに友人が居ることが、しかも同じ学校に通っていることが判明して、何も起こらないと思う? 普通は何らかのアクションが起こる筈だよね。 まず起こるのは、間違いなく話の伝播。話は人から人へとどんどん伝わっていって、やがて学校中に広まる。そうなったら、私も今頃はかん子ちゃん並の有名人になってる筈だよ。あの前田かん子の親友の田中キリエだー、ってね。 「けど、もちろん私は今有名人なんかじゃないし、誰かにかん子ちゃんのことを聞かれたこともない。ということはイコール私とかん子ちゃんが友人だってことは、学校の誰も知らないってことになる。そうだよね?」 だーよね。私もそう思います。 ああ、本当どうしようかな。 「ねぇ、鳥島くん」 彼女に呼ばれて視線を上げる。 眼鏡の奥の田中キリエの瞳は、マジックで塗り潰したみたいに真っ黒で、光が無い。 567 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 31 11 ID KgIpHWOW 「答えてよ。どうして私とかん子ちゃんのことを知っていたのかを」 「…………」 「ねぇ。ねぇ。ねぇ。ねぇ。何か言ってよ」 「…………」 「鳥島くん。黙ってたら私、なーんにもわかんないよ」 「…………」 「どうして? どうして? どうして知ってたの? 鳥島くん?」 「…………」 「何で? 何故? どうして? どのようにして? 何処で? 何時知ったの? 鳥島くん?」 「…………」 「ねぇ、鳥島くん。言ってくれないなら、私――」 「……放課後」 「えっ?」 「放課後、一緒に帰りましょうか」 「ほうかご?」 「はい。放課後です。実を言うと私、一度でいいから女の子と一緒に下校してみたかったんですよ。いやぁ嬉しいなぁ、やっと長年の夢が叶うのかぁ。長かったなぁ」 「鳥島くんっ! 私は――」 「それとも」 私は有無を言わせぬ鋭い瞳で、田中キリエを捉える。 「もしかして、私と一緒に帰るのが嫌だったりします?」 「そっ、そんなことないよ! 私も鳥島くんと一緒に帰りたい!」 「それなら、良かった」 私は安堵したように、ふぅと息を吐いた。 と、そこで屋上に設置されているスピーカーからチャイムの音が鳴った。古くなっているせいか、不自然に音が割れていた。 「チャイムも鳴ったみたいですし、そろそろ教室に戻りましょうか。田中さんは先に帰っていてください。一緒に帰っているところを、誰かに見られるのは不本意でしょう?」 「へっ?あっ、うん。わかった」 「放課後については、後でメールしておきます。それでいいですね?」 「うっ、うん」 「それでは、また放課後に」 私は片手を上げて、ひらひらと手を振った。田中キリエに余計なことを言わせる暇は与えなかった。 彼女は学生カバンを肩に引っ提げると、足早に屋上を出て行った。 と思ったが、最後にドアの前で立ち止まり、私のことを見た。 田中キリエは何も言わない。 私も何も言わない。 私達は黙って見つめ合う。 そして、彼女はやおら屋上を出て行った。 568 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 32 44 ID KgIpHWOW 田中キリエが行ったのを確認してから、私は忌ま忌まし気に言葉を吐き捨てる。 「最悪だ」 本当に最悪だった。 どうして私はあの時、たまたま二人のことをクラスで聞いたなんて変な嘘をついてしまったのだろうか。私があそこで嘘をつく必要など、これっぽっちも無かったのに。 そもそも、私と前田かん子の間に面識があるのはもはや周知の事実なのだ。 田中キリエは学校を休んでいたから知らないだろうけど、前田かん子は一昨日、昼休みに私を拉致したり、放課後に堂々と教室に登場したりと、もはやクラスどころか学校中の人間が私達の関係を認知している。 だから私はあの時、ありのままのことを言っておけばよかったのである。私と前田かん子の関係について。なのに変に焦ってしまった揚句、失言した。こんなくだらないミスをするのは、本当に私らしくなかった。 ミスの原因はわかっていた。 彼女のせいだ。全部あの茶道室の魔女のせいなのだ。彼女に会ってからの私は、本当におかしい。まるで平均台の上を歩いているみたいに、精神が安定しない。 私は腕時計の針を気にしながら、今後のことを考えた。 今回のことで、田中キリエの中に私に対する猜疑心が生まれたのはまず間違いないだろう。 問題はその猜疑心が今後どう動き、私にどのような影響を与えるかである。まあ、上手い方向には動かないと思うけど。とにかく、そのことについては用心しておくに越したことはない。 私はそこで大きく伸びをした。 それなら、さっさと切り替えよう。幸い、覆水盆に返らずって程の失敗でもないし、私ならいくらでも軌道修正出来るさ。次だ次。 反省終了。 私は教室に帰ろうと立ち上がった。 その時。 ポツリ、とコンクリートの地面に黒い染みが出来た。 雨かしら、と思って空を見上げたが、頭上には雲ひとつ無い冬晴れの空が広がっている。 どうやら、地面に落ちたのは私の汗のようだった。 569 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/10/20(水) 12 33 50 ID KgIpHWOW 「おかしいな……なんで汗かいてんだろ」 冬なのに。私は根っからの寒がりだというのに。なのに、どうして汗なんか。 制服の袖で額の汗を拭うが、汗は一向にひかない。 もしかして恐れているのだろうか、と私は思った。 けれど、何に? 最初に思い浮かんだのは、やはり田中キリエだったが、私は直ぐに思いなおす。 彼女だけは有り得ない。 確かに、先程の田中キリエの勢いには目を見張るものがあったが、突き止めてしまえばあんなもの只の嫉妬でしかない。 そりゃ、自分の恋人が他の女のことを聞いたりしてたら、不快になるに決まっている。しかも聞いている相手が他ならぬ恋人自身なのだ。田中キリエが怒るのも無理ないだろう。 だったら、なんだ? なんで、私はこんなに震えているんだ? 「あっ」 そして、私はこの感覚が初めてじゃないことに気づき、さらに震えた。 なんで、今さら? 高校に入ってからはめっきりなくなったじゃないか。もう、終わったと思ったのに。 “やっと、わかったと思ったのに――” くらり、と湯あたりをしたみたいに視界が廻る。そのまま倒れるんじゃないかと思ったが、なんとか踏ん張ってくれた。 私はかぶりを振る。 いや、落ち着け。呑まれるな。 こんなの、気のせいだ。少し考え過ぎてるだけだ。汗をかいてるのだってきっと、さっきのやりとりで疲れただけだ。 だから、落ち着け。私はもう、わかってるんだ。 私は一度深呼吸をしてから、今度こそ屋上を出て行った。その足どりに、不安は見えない。 なのに、教室へ帰る間ずっと、汗は拭っても拭っても際限なく溢れてきた。
https://w.atwiki.jp/aab_sss/pages/44.html
スレ内の冥迷名発言やその他コメントをメモしておく場所 スレのレスなら名前欄・発言時間等のヘッダもつけること 流行らそうと思っても、自分だけが面白いと思ってもそうはいかない。 万民に愛されるものづくりとは難しいものです。 12話中心です。 [部分編集] 107 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 09 50 29 ID tM7bng8u012話がgdgdなのでこちらへきました もうなんだかわけわかめ Angel Beats 本編自体が、ガルデモCD売るための巨大なトルネード作戦だった ような気がしてなりません 110 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 09 51 37 ID TS4gb6WK0みんな素晴らしいオチを期待してCDを買ったんだと信じたい・・・俺もそうだった・・・! 119 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 09 53 42 ID 7xlqwedW0 110 OPの歌詞を深読みして妄想だけで感動してた奴結構いたもんなw 125 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 09 54 57 ID tr7Uk2fN0 119 それ俺だわ・・・ 長ったらしく考察して天使の成仏要件は「愛」だとか言ってた自分が恥ずかしいw 152 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 02 02 ID hM8LtoPO0もう世界の謎も何もほったらかして終わりなのは目に見えているからなあ。 次回はおそらく、残ったメンバーが思い出を回想したり 「生まれ変わっても一緒だからな!」とか泣いて抱き合ったり くっだらねーシーンをやってみんな消滅していくんだろう。 164 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 05 23 ID urSr39Cb0 152 そしてそこにガルデモはいない・・・何と言うインスタント成仏 189 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 13 53 ID PdgTG7RK0 119 OP歌詞は作品を良く表してるだろ ○○な気がした~○○な気がしたんだ だいたいこんな感じだろ 125 成仏要件に愛がかかわってくるのが判明したから むしろ当たってると言っても良い 198 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 17 37 ID tr7Uk2fN0 189 長ったらしいけどこんな感じ。 ここで天使最大の謎がある。それは『天使の成仏条件』だ。 成仏条件は『生前の夢を叶える、自分の人生の意味を見つける』 「みんな消えちゃうもの」から一時期は友人と仲良くしていたと見られる形跡もあるため 『友人と楽しいときを過ごす』では成仏しない。では天使の成仏条件は・・・? 「いつの間にか駆けだしてた あなたに手を引かれてた 昨日は遠く 明日はすぐ そんな当たり前に心が躍った ~略~ 待ってる気がした 呼んでる気がしたんだ 震えてるこの魂が 見つけた気がした 幾億の夢のように消え去れる日を 見送った 手を振った ありがとう、と」 歌詞から推測すると天使の成仏条件は『誰かと恋をする』ことと結論付ける。なぜなら 今までSSSは天使を敵として接してこなかったが、音無だけは天使の手を取り一緒にいようと言った。 つまり音無と何らかの形で天使が愛を知り、それをきっかけに成仏すると推測する。 天使の物語・永遠のその終わりがAngel Beats!の終わりでもあるだろう。 まぁあの石田の演説聞くと今更愛だとか言われても虫唾が走るだけだなw 200 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 18 08 ID eYyZ26c4PABは一週間ごとに何もかも崩壊するせいで 考察も深読みも感情移入もできない。 208 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 20 18 ID 6B2s8zC10ガルデモの集団成仏は、さんざんないがしろにされたイジメられっこが 空気を読んでひっそり自殺するみたいで見てて胸が痛んだ 431 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 36 22 ID kTj8gYD4O1話で監理ポスト 10話で整理ポスト 最終回で上場廃止 435 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 37 26 ID tr7Uk2fN0 431 1話で監理ポスト 10話で整理ポスト 12話で上場廃止 最終回で倒産 450 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 41 22 ID kTj8gYD4O 435 CD/BD/DVD/関連書籍が買い取り不可のゴミに 464 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 44 34 ID tr7Uk2fN0 450 不良債権どころかただの紙切れ以下だなw つーかガルデモの扱い許せないわ・・・ ただのCD販促のための道具じゃん。 完全に視聴者バカにしてるだろ 441 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 38 40 ID +NIMYAdz0今回も冒頭から吹いたのは俺だけ? 関根(?)「私たちはただ~なんたらかんたら」 音無「何言ってんだよ わかんねーよ(笑)」 お前それはねーだろと 445 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 39 53 ID q7sFteiq0 441 いや、全員盛大にずっこけて笑ってたよ。 447 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 40 10 ID 0it5pTeA0 441 どっかのライターと一緒で、言った端から忘れていく音無さんだからしょうがない 演説では声を出すことすら忘れてたみたいだしな 499 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 52 22 ID +NIMYAdz0 445 447 結局ガルデモってなんだったんだろうな 岩沢とユイはともかく、残りの連中は過去にも触れられてないよね 高松もNPC化してそのまんまフェードアウトしちゃったし つーかガルデモメンバーの顔と名前が一致しないんだよな 髪が茶、紫、黄色っていた気がするけどどれがどれだっけ 茶がリーダー格でギターだったのは覚えてるんだけど 508 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 54 20 ID kmqBf6Qf0ゆりもガルデモも被害者 脚本に殺された 518 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 56 17 ID hOovM0xw0ガルデモはCD売るためとライブイベントやるためとライブシーンを書くためだけに登場した要素 658 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 25 41 ID 9mCzGhva0 610 ギャグは人それぞれといいたいが、あの天使いじめのときなんかは個人的にはいやだったなぁ。 キャラ…には全く魅力を感じない。つか、人数大杉。ガルデモメンバーなんか使い捨てだろw 後、ストーリーは先が読めないというよりでたらめのように見える… 686 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 32 36 ID PiGqhLyU0てゆうかガルデモとか死に設定だよな CD売らせたいために作るなよと言いたい 792 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 59 20 ID FZcmftvvOガルデモっていう略称が恥ずかしくてとても口に出せません 865 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 13 15 36 ID NVkAyUns0 792 ほんとCD売る以外になんの意味があったんだあのバンド 900 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 13 23 18 ID /pfPELva0押さえ込み作戦でよく最終回であるパターンだとぶっちゃけるなら CD売れたから思い残す事はありませんってガルデモメンバーが成仏する時に言わせれば笑いがとれたのになぁw 210 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 14 16 21 ID wrtjMoBA0岩沢CDはまだ劇中で全部流れたから良いけど バンドも半端な気持ちでやっててかつ一曲しか劇中で流してないユイCDは何の為に買うのか謎なんだがw [部分編集] 98 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 09 47 05 ID IclOt/vlO音無は糞みたいな人生だったけど最後に臓器提供できたから満足して逝けた でも記憶喪失であの世界に迷いこんでしまったってこと? わざわざ記憶を二段階にわけて思いださせたのは満足したのに なんでこの世界にいるんだって思わせるためだったのか? ドナーカードが衝撃的すぎてそんなこと考えもしなかったぜ さすがだーまえ 147 :規制巻き込まれ上がりAA職人:2010/06/20(日) 10 00 56 ID WjRCn5N50 98 死んだ状況や体の損傷状況から 臓器提供できたというのは音無の勝手な妄想で 実際は音無の臓器は使われてないんじゃないか っていう見立てがここの過去スレであったような… 196 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 17 07 ID yH4PWMc30 147 あの状況じゃ内臓が使われたと思う方がおかしい。 救急車も医者も限りがあるのに、生存者の救出を後回し にして死体を緊急搬送して臓器を取り出すなんてある わけがない。 死体の処理なんか一番後。その頃には内臓なんか全部 駄目になってるよ。 もっとも、音無の場合はドナーカードの書き方が間違って るから、どのみち無効だけどさ。 229 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 25 36 ID 8gTV9r10P 147 基本的に脳死状態でなければ使えないからね ちなみに俺の保険証の裏にもドナーカードと同じ事が書いてあるけど あのシーンでもそうだがちゃんと脳死後って説明書いてある 音無の死はどう見ても脳死状態ではないよな 内臓やられてたみたいだし [部分編集] 228 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 25 06 ID QNklzv74P世界設定なんて飾りでもいい 人を感動させたいならちゃんと血の通った人間を描こうよって話 ABのキャラクターはやりたいシーンを見せる為のロボットなんだよ 237 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 28 41 ID utg9k2ra0 228 ぺらぺらの登場人物ばかりだからなABは。それに拍車をかけてるのが あの、のっぺりとしたキャラ作画。まあそれでも、やろうと思えばポッと出の キャラを使っても物語世界の命の重さや緊迫感は演出できるんだけどな。 たとえばナディアのフェイトさんの回とか。 255 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 35 08 ID q7sFteiq0 237 たとえばナディアのフェイトさんの回とか。 ノーチラスが被弾して、毒ガス発生したから区画を閉じた時に閉じ込められた人・・・だよね。 ”ジャン・・・艦長は当然のことをしているだけで、俺は後悔していない” ↓ ”いやだ~、まだ死にたくねぇ・・・” ありがちな演出だったけど、その前から伏線も張ってあって、王道だったよね。 294 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 50 05 ID 8gTV9r10P 255 絵にもここで書いたけど、 あの回はいきなりフェイトという新キャラが出てきて そいつが実は以前からノーチラスに乗っててしかも乗組員の中心的な人物だったというのが没頭で描かれてる 「まずこの人はこういう設定で前から居たという事を理解した上で今回見てください」 これが理解出来ない視聴者は感動も出来なければ話の内容も判らないまま終る ABはこれを全話でやってるようなものだ [部分編集] 283 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 45 43 ID VRyBNG4L0で、誰が悪かったの? 292 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 48 35 ID q7sFteiq0 283 戦犯(条項Aに該当):麻枝 鳥羽P 罪状:作品に対する罪 293 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 48 40 ID 7BJp82J5P誰も悪くない、頭が悪かった。 良い名言だな、借りるぞ 286 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 46 56 ID 6PezLFh00 283 誰も悪くない。作り手の頭が悪かった 289 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 47 40 ID Ent/FAdT0誰が悪かったかというと、麻枝は当然悪かったんだが麻枝に変な権限というか麻枝を調子づかせた奴が一番悪い 295 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 50 07 ID dyUHP8dA0 283 http //key.visualarts.gr.jp/angelbeats/blog/2009/06/post_11.html 2008年08月07日 正直、この脚本の良さがわからない人とは一緒に仕事したくない。 それぐらい自信はある。 まず開口一番訊いてみたい。 こんな、原作・脚本で、みんないいのか。 この良さがみんなにわかってもらえないなら、おれは潔く辞退するつもり。 たくさんの制作スタッフをおれひとりのエゴで巻き込めない。 そうなりゃ大人しく大阪に帰ってくるつもりだ。 と息巻いて、東京へ殴り込む勢いで行ってきました。 いざ決戦!! > 正直、この脚本の良さがわからない人とは一緒に仕事したくない。 > この良さがみんなにわかってもらえないなら、おれは潔く辞退するつもり。 どうみても戦犯は麻枝准です本当にありがとうございました 302 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 52 45 ID JAxN+fI00 283 で、誰が悪かったの? 鳥羽プロデューサー。 利益地追求のために麻枝信者を騙っただけなのか、それとも真正の麻枝信者だったのか知らないが、 AB!が話題性や経済波及効果に釣り合わない愚作と化した原因は、麻枝准に適切な大きさの権限を与えなかった鳥羽Pにある。 プロデューサーが後見人になって監督以上の実権を麻枝に与えたところで非アニメ畑の麻枝には扱いきれないし、 そんな強大な権限を麻枝がスタッフと折半しようにもアニメオリジナル初参加なのだから、どの程度が自身に適切な大きさの権限なのか、判断がつくわけもなかった。 [部分編集] 279 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 44 18 ID Ent/FAdT0本スレでたまに2クールなら~とか言う奴いるけど、2クールも続けてたら傷が広がってただけじゃねえのかと 285 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 45 52 ID dyUHP8dA0 279 まあ単純に考えるとこの脚本の濃度が半分になるわけだもんな… 傷が広がってたどころかアンチスレが本スレ化する快挙があったかもなw 287 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 47 28 ID +ivQ/rzbi 279 同意だな 1クールでもまとめるのが上手い人は上手いし その片鱗も見えないこれは2クールだと途中で打ち切りレベル [部分編集] 291 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 48 24 ID mfd/Cj2h0今までは世界設定がファンタジーだったから、そこまで世界設定の部分は 追求されなかったけど、今回はどう考えてもSF的なギミック使ってるのに、 そのSF的なギミックには何の理由も無く、やっぱり「死後の世界」という ただのファンタジーだった、というところが叩かれる理由だろうな 麻枝からしたら、「何で今までと同じやり方なのに叩かれる?」とか思ってる筈。 296 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 50 26 ID hM8LtoPO0 291 実はAirとかでも、支離滅裂さが散々叩かれたぜ。 ただ信者が脳内妄想を信じて、納得しなかった。 310 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 56 01 ID FDMeEzWF0 296 無意味な自宅出産強行で案の定死亡をはじめ クラナドも一部じゃかなり批判が大きかったよな 主人公のネグレクトや、ネグレクトしてもしても無条件に慕い続けるだけの 人間性のない娘も本当に気持ち悪い つか子育てなんて、理性がなく糞尿垂れ流しで我が儘放題で半ば動物の赤子を 育てるのが一番大変なんだよ、だから一番愛情が要る そういう時期をスルーしておいて、可愛くて従順なロリ娘になったら 二人仲良く幸せに生活するよー、てのが最低 そっから殺してお涙頂戴にいくのがもっと最低 311 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 56 21 ID mfd/Cj2h0 296 うん、それは知ってる。 ただ「ファンタジー」だけにあまり論理性だかを追求しても 仕方のない部分であるから、許されてたトコがある。 今回の失敗の理由は、やはり思いつきで「死後の世界」なんてのを 基本ベースにしたところだろうな。 特殊世界だから設定が命なのに、今までそういう世界設定を練る、という 作業を行ったことがなかった。だから矛盾だからの上っ面の世界となってしまった。 298 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 10 51 26 ID utg9k2ra0 291 「えいえんのせかい」や「幻想世界」も、そこをメインの舞台にして何かやってれば、 AB程ではないにしろ、やっぱり叩かれただろう。 アクセント程度だから今までスルーされてたのに、マエダ調子に乗っちまったのか。 [部分編集] 384 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 11 24 27 ID tr7Uk2fN0 いろいろ苦しいこともありました。正直、無茶苦茶大変でした。 でも、高い壁のほうが乗り越えた時、見渡せる景色はすごく壮大で気持ちいいはずだと思い、 それに挑んでみました。 きっと素晴らしいアニメになります。 ラジオやインタビューでも言ってますが、本当に、自分のような者がこの「すごいアニメを作るぞ!」 というプロジェクトに呼んで頂けて光栄でした。 素晴らしいスタッフ、環境に囲まれて、幸せでした。 こんな幸せなクリエイターはきっといません。 では4月よりスタートしますオリジナルアニメーション「Angel Beats!」をよろしくお願いします! 俺にとっては、これが今、一番の宝物です。 どうか、この作品があなたの宝物になりますように。 \_____ ___________________________/ ∨ ___ / `´⌒ヽ、 / /\ ヽ、 ∠ / / |ハ-、| |/| ノ|/ (○).|ヘ| ゝ , ―-、|ハノレ ____ .|ノレ. | -⊂) \ ヽ_ ノ /w´ | ̄ ̄|_/ノ∪ ̄ /ト、 \ ` ,_ | | ` ̄ ´ | | _| ブリリッ こんな感じでどうだろう。 だーまえの発言も上の吹き出しに入れられるし 汎用性が上がったんじゃないかな。 [部分編集] 570 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 06 37 ID tr7Uk2fN0 ____ / 麻技u\ / \ /\ 頼む・・・!最終回でみんな泣いてくれ・・・! / し (>) (<) \ | ∪ (__人__) J | ________ \ u `⌒´ / | | | ノ \ | | | 最終回後のアニメスレ /´ | | | | l | | | ____ / 麻技u\ / \ ─\ チラッ / し (>) (●) \ | ∪ (__人__) J | ________ \ u `⌒´ / | | | ノ \ | | | /´ | | | | l | | | ____ / 麻技 \ 。 。 。 / _ w _\_________ 。 。 。 / _____| | ヘ____ヘ_|____ ___ /⌒| ((_____.| | Σ ________(○)__(○) ブリリッ! ブッブリブリブリ! / |. ι (___人__) | | '' , ' ' , | 。 ビチャビチャビチャビチャ! | l\ | .| | | | 。 ボン! ドカーン! ヽ -一ー_~、⌒) |r┬-| | |. | 。 。 。 ヽ ____,ノ `ー'´ 。 。 。 最 強 の 下 痢 ア ニ メ A n g e l B e a t s ! [部分編集] 628 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 20 14 ID P8Pp2gsi0EEなんて比較にならないだろ これって考えれば考えるほど、奇跡的糞アニメだぜ ただ内容が糞というだけなら 将来的にこれを超える代物がでないとは言い切れない しかしABの場合、それに留まらず 平田氏から苦言を呈されながらも 結局は聞く耳を持たずヨイショに乗っかり開き直る様をはじめ 糞アニメが出来上がってしまう過程の全てが 公式HP上で、超監督本人の口から 赤裸々に語られているという、超一級の資料付きの天然記念物級糞アニメ 更に嫌々コラムを書かされてる様や スタッフの保身に走った発言の数々といい 総合的にみて、こんな代物は二度と生まれないと断言できるレベルだ [部分編集] 653 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 25 00 ID kskag9BL0 AB 糞アニメ 普通 .良 神アニメ ┝ - - - - ┿━━━━━┿━━━┿━━━━┥ ∩___∩ /) | ノ ヽ ( i ))) / ● ● | / / | ( _●_) |ノ / ここクマ――!! 彡、 |∪| ,/ /__. ヽノ /´ (___) / ヽ / / /\ \ / / ) ) / / ( \ (_/ \_) [部分編集] 714 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 39 59 ID YRR1bmb4012話の自分なりの解釈なんだが 音無が転送されてきたことを認識した石田(NPC)がパソコンをセッセと盗み始めた 「愛」の知覚で成仏しないPCが出はじめるバグ(=ウィルス)が電脳学園に起こったことを、 SSS(中村達)の行動より察知して、影プログラムを起動させる →日向のユイへの愛は不明。但し音無への友愛はあるようだ →12話まではSSSの団員たちを虫けらにしか思っていなかった中村。12話にして友愛に目覚める →他団員達もまた仲間愛に目覚めたのは12話近辺から →成仏条件は愛(されていること)の自覚。生前の不幸自慢は自分が愛されていないと世を恨んでいることの演出 →立華に「愛」なんて感情はなかった →最速バグはシンジ君? 石田~中村問答 →中村さんの正体は「神にワンパン」じゃなくて、直井同様にこの学園世界の神になることだった PCでNPC化したのは影プログラム製作者しかいない、記憶喪失者はたまに来る →筋肉参謀は影による強制成仏なだけで、数合わせのために体が抹消されていないが、転生済み →影プログラマのNPCは影になった、もしくはSSSもしくはそれに類する者によって消滅させられている可能性がある →通常のPCでも記憶喪失者が居る、もしくは音無系の記憶喪失者でもバグを起こさずに終了するものも居た →来るべきじゃない記憶喪失者でも何らかの成仏手段が存在する、または影プログラムで強制成仏可能 中村が石田を消した →NPCは銃で撃てば消滅させられる →成仏肯定で成仏出来るPCはまだシステムバグの影響下でないのだろうが、愛で成仏しないSSSのメインはどうするのか? →影プログラムなしでもバグッた世界で音無は成仏できるのか? c174「ございました。ありがとう」 →ありがとうございました [部分編集] 684 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 12 32 20 ID yINd+JRq0これって萌えアニメにすらなれてない駄作ってのが正統な評価だよな 天使ちゃん天使ちゃん言ってる人たちは単に記号としての長門的キャラを愛でてるだけだろうし どいつもこいつもほぼ初対面状態でろくな自己紹介もされてないのに 萌えが生まれるわけがない 絵面だけは確かに萌え狙いでエロゲくささがぷんぷんだけど、ただそれだけ [部分編集] 916 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 13 25 36 ID 76EBRmjW0 894 【出崎】『CLANNAD』をやっているときに、この子(ヒロイン)なんで死ぬの? って訊いたんです。 そうしたら「ゲーム上死なないとね、泣けないんですよ」って答えられた。一見シリアスなんだけどさ、オレから見るとちゃんとした根っこがないんだよね。 現象としてそういうのをやれば客は泣く、それがわかっているだけで。だから映画にするときは、どうして死ぬのか、少なくとも心の流れだけはきちんと作っていこう、と。 で、その死に対して、ちゃんとそれを感じる人間を登場させようとした。それは当たり前。当たり前のドラマを作っただけなんです。 「ここで死なないとゲームとしてマズイんですよね」。それは、視聴率だけよければいいや、というのと似ている。 「とりあえず殺せば泣くんだよね」というのは、人間を甘く見ている。甘く見ているし、でもそれで通用する部分があるっていう世の中はなんかヘンだよね。とってもヘンだよね。 ttp //www.cyzo.com/2009/01/post_1343.html 923 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 13 27 35 ID +wHYvjhL0 916 まぁ正論ですな そもそも作り手の都合が透けて見えたら失敗だよ 927 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/06/20(日) 13 27 59 ID zJdbd0oV0 916 おおおこれか ありがとう [部分編集]
https://w.atwiki.jp/ma1ss/pages/35.html
782. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 15 04.20 ID L8HDhz5j0 さやか「お題は…って」 QB「【わけがわからないよ】」 ほむら「その言葉、そっくりそのままお返しするわ…」 マミ「みんながどう解釈するか楽しみね」 まどか「19 35まででお願いします!」 783. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 19 41.85 ID v61amKefO まどか「今日は全裸でお散歩しましょうねマミさん」 784. 榊鳥 ◆SSkkOxOZ3M 2011/06/14(火) 19 20 16.52 ID pYDAkeZG0 キュゥべえ「君たちはエントロピーっていう言葉を知ってるかい?」 キュゥべえ「簡単に例えると、焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わないってことさ」 キュゥべえ「エネルギーは形を変換する毎にロスが生じる、 宇宙全体のエネルギーは、目減りしていく一方なんだ」 キュゥべえ「だから僕たちはなんたらかんたら」 キュゥべえ「エネルギーがうんたらかんたら」 キュゥべえ「宇宙がどーたらこーたら」 キュゥべえ「……どうだい?」 キュゥべえ「出来るだけわかりやすく説明してみたけど」 ゆま「うーん…?」 杏子「つーかさぁ、もっとわかりやすく説明しろっての!」 ゆま「ゆまわかんない!!」 杏子「あたしにもさっぱりだ、わけがわからない」 キュゥべえ(何故伝わらないんだ) キュゥべえ「わけがわからないよ」 785. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 24 46.50 ID /yJsAOe10 まどか「ほーむらちゃん♪」 ほむら「残念ね。私は……」ベリベリベリベリ まどか「え?」 マミ「マミさんでした〜♪」 まどか「!?」 マミ「ってのも嘘で……」ベリベリベリベリ まどか「!?」 さやか「さやかちゃんでした〜♪」 まどか「あ?」 さやか「と、見せかけて……」ベリベリベリベリ まどか「…………」ベリ 杏子「「あんこちゃんで〜す♪」」 杏子「「なん……だと!?」」 杏子「「……」」ベリベリ ベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリベリ 786. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 24 56.91 ID Y4f2IjY00 杏子「次世代型牛丼!?」 787. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 28 35.54 ID JA3ftvqs0 QB「契約を迫ったら『後二つ願いを叶えて!』と言われた」 788. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 29 05.84 ID MG+44NOg0 まどか「ねえQB,(わきが)って何のこと?」 QB「ワキガわからないよ」 789. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 30 31.95 ID 2QX4mEtQ0 まどか「キュウべぇ、私の願いが決まったよ」 ほむら「まどか!駄目!」 まどか「私の願いは・・・」 まどか「マミさんのおっぱいをおっぱいミサイルに改造して欲しいの!」 ほむら「信じてたわまどか!あんな乳など飛んで行ってしまえ!」 QB「わけがわからないよ」 790. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 33 41.27 ID zN/tUIp/0 各々の『わけがわからないよ』 まどか「ふだんどんな曲聞くの?って聞かれて、『演歌』って答えると、大抵そう言われちゃうんだよね」 ほむら「10話を視聴した人の、私の変わりっぷりに対する感想なんかそんな感じじゃないかしら」 マミ「ぼっち、厨二病、豆腐メンタル、ネタ要員という二次創作における扱い……」 さやか「本編での待遇……」 杏子「本編以外での待遇……」 791. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 34 04.87 ID 73eDIH0wO マミ「私以外の魔法少女にかっこいい必殺技名がないのはどういうことなの・・?」 ほむら「あんな名前をつけるから友達がいないのよ?」ファサッ マミ「君たち人間はいつもそうだ わけがわからないよ」グスン 792. 以下、名無しにかわりましてMMPがお送りします 2011/06/14(火) 19 34 10.09 ID cxDbp1WN0 QB「君たちはいつもそうだね。わけがわからないよ」 まどか「君たちはいつもそうだね。わけがわからないよ」ニコッ QB「…何故ボクの真似をするんだい?わけがわからないよ」 まどか「…何故ボクの真似をするんだい?わけがわからないよ」ニコッ QB「…やめてくれないかな、まったくわけがわからないよ」 まどか「…やめてくれないかな、まったくわけがわからないよ」ニコッ QB「……わ、わけが…」イラッ まどか「……わ、わけが…」ニヤァ QB「な、なるほど…これが…感情というものかッ……」グヌヌ 793. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 35 03.46 ID z/4b6qKY0 ほむら「わけがわからないわ」 ほむら「どうして私は同性の人に恋してしまったのかしら」 ほむら「わけがわからないわ」 まどか「運命っていうと、素敵じゃないかな」 ほむら「まどか……」 はどか「てへへっ」 794. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 37 01.64 ID L8HDhz5j0 マミ「はい、終了よ〜」 QB「わけがわからないよ」キュップイ ほむら「…そうね」 まどか「投票は19 45までだよ!」 795. 榊鳥 ◆SSkkOxOZ3M 2011/06/14(火) 19 37 35.63 ID pYDAkeZG0 785 誰wwwww 796. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 38 03.11 ID 9tiN0kay0 793 はどか←わけがわからないよ 797. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 38 46.15 ID 2QX4mEtQ0 783 是非ともその現場に遭遇したい 798. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 39 53.49 ID zN/tUIp/0 783 一番インパクトがあったのはこれかな 799. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 41 28.70 ID Y4f2IjY00 良作ぞろいで、これは悩むwww よし、わけのわからなさ+狂気を感じた 783 に一票 800. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 41 34.10 ID z/4b6qKY0 792 で 801. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 41 39.54 ID v61amKefO 793 裸なんだよな!!そうだよな!!!!!! 802. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 42 13.07 ID eL1Q+2WdP 786 なぜか笑ってしまった 803. 以下、名無しにかわりましてMMPがお送りします 2011/06/14(火) 19 43 36.42 ID cxDbp1WN0 783 わけのわからなさがスゴすぎる 804. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 44 14.25 ID 3t5YWIaR0 783 805. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 44 26.40 ID 73eDIH0wO 786 わけがわからなすぎて 思考停止してしまったわwwww 806. 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/06/14(火) 19 50 23.59 ID L8HDhz5j0 783 5票「是非ともその現場に遭遇したい」 786 2票「なぜか笑ってしまった」 793 2票「はどか←わけがわからないよ」 785 1票「誰wwwww」 792 1票 杏子「どういうことだよおい、圧倒的じゃねえか!」 マミ「わけがわからないわ、鹿目さん…」 まどか「ウェヒヒヒwwwww」 さやか「 783 さん、進行役おねがいしますー」 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1590.html
105 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 44 47 ID +7NZkhJf カタンカタンと、電車は一定のリズムを刻んで進んで行く。 夕方時の静かな車内は、凍てついた外界とは対照的に暖かい。 ふくらはぎを撫でる温風が、私の冷えた足を温めようと躍起になっていた。 車内の席は全て埋まっていた。 帰宅途中の学生、うたた寝している老人、くたびれたスーツを着た中年サラリーマン。みんな、どこか疲れた顔をしていた。窓から差し込む夕日が、顔に影をつくっているからかもしれない。 私は、心地良く振動する座席に身を預けて、ぼんやりとそれらを眺めていた。 一瞬、自分が何をしているのかわからなくなる。 いきなり違う世界に放り込まれたような、そんな感覚。 けれど、まだ咥内に残る鉄の味と右側頭部の疼痛が、そんな私を叱咤した。忘れるな、と。 そこで思い出す。 そうだ。私は今田中キリエの所に向かっているのだった。 水面に浮かび上がっていく気泡のように、じんわりと思い出されていく記憶。 まず思い浮かんだのは、昼休みに見た、マエダカンコの穿いていた下着だった。意外と子供っぽいデザインだったのをよく覚えている。 次に思い出したのは、彼女から喰らった回し蹴りだ。あれは痛かった。気絶するかと思った。 そんなことを回想しながら、私はハーっと息を吐いて、さらに深く座席にもたれかかった。 油断するとそのまま眠りに落ちてしまいそうだった。私は昔から乗り物に乗ると眠くなる癖がある。そして、未だにその癖は治っていない。 私は靄がかかった思考で、ゆっくりと今日の放課後のことを回顧した。 マエダカンコとのちょっとしたやりとりを。 106 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 45 22 ID +7NZkhJf 今日の放課後のことだ。 「鳥島タロウ居るか?」 突如、教室内に響き渡ったハスキーボイスはクラスの和やかムードを一瞬で瓦解させた。 同時に、教室の時間をも止まらせた。 時間を止まらせた、というのは決して比喩などではない。文字通り本当に止まったのだ。 机に座って談笑していた生徒も、教科書やノートを鞄の中に詰め込んでいた生徒も、今から部活に行こうと意気込んでいた生徒も、みんなピタリと、まるで蝋人形のように固まってしまった。凍り付いたと換言してもいいだろう。 教室の温度も一気に下がった気がした。もしかしたら暖房も止まってしまったのかもしれない。 そんな、一気に大氷河期にへとタイムリープしてしまった教室の中。当の私は机の下に隠れていた。 咄嗟の判断である。彼女の声を聞いた瞬間に身体が自然に動いていた。これは手を抜かずに真面目にやってきた防災訓練の賜物だと思う。 私は机の脚を両手で握りしめ、少しだけ顔を上げてみた。 ハスキーボイスの発生源、マエダカンコはギラついた目で教室を一周させた。しかし、私に気付いた風ではない。 どうやら、この瞬時の機転により彼女の位置からでは私が見えないようだった。 これは千載一遇のチャンスだ。 私は机の下から、こっそりと机上の鞄を持ち込むと、彼女のいない方のドアまで、腰を屈めて歩いて行こうとした。 「おい、そこのお前。鳥島タロウの席はどこだ」 疑問形なのか命令形なのかイマイチわからない口調で、マエダカンコは近くの女子に尋ねていた。 女子生徒はヒッと軽い悲鳴を上げてから、震える声で言った。 「あ……あそこに……」 と、指を指すその先には当然の如く私が居た。 隠れているものもピンポイントで見られては見つかってしまうものだ。 「鳥島タロウ、来い」 今度は間違いなく命令形だった。 「……はい」 私は立ち上がって、のろのろと彼女のもとへと歩いていく。 クラスメイト達は固まりながらも視線だけは私に向けていた。 尋問されていた女子が申し訳なさそうに私を見ている。彼女を責める気は毛頭ない、あんな風に聞かれては誰だって答えてしまうだろう。 なので、私は安心させるように、にこりと微笑んでやった。 こうして私は、赤紙を出された次男坊のような心持ちで、マエダカンコに再び拉致されていったのだった。 107 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 46 32 ID +7NZkhJf 彼女に連れて来られたのは、私が昨日、田中キリエの恋文を読んだ場所でもある非常階段であった。 また自販機前だろうと思っていた私は少々拍子抜けをした。 「言い忘れたことがあった」 と、マエダカンコは切り出す。 「昼休みのこと、キリエには黙っていろ」 簡潔に出された彼女の勅令に、私は「はあ」と曖昧な返事をした。そして、一応助言してやる。 「それは構いませんが、仮に私が黙っていたとしても、結局は田中さんに伝わっちゃうと思いますよ。私とマエダさんが昼休みに会っていたことは、それなりに広まってるみたいですし」 さっきの教室での級友達の態度を見ればわかるだろう。 しかし彼女はあっけらかんな態度で続けた。 「違う。私が言ってるのは昼休みにお前と会ったことじゃない。昼休みにお前と話した会話の内容だ」 「会話の内容?」 私は問い直す。 「ああ。キリエに関する会話全てだ。後それとお前、私のことをマエダさんとか馴れ馴れしく呼ぶんじゃない」 「わかりました。それじゃあ、カンコさ――ごぐぁっ」 無言で腹パンされた。 「次、その名で呼んだら殺すからな。と、話を戻すが、要は私がお前にキリエと付き合えと指示したことをキリエには言うなってことだ」 あれは指示じゃなくて脅迫ではなかろうか。なんてことは言えない。 「あくまでキリエに告白し直すのはお前が自分で考え、自分で判断した、全くの独断ということにしろ。私のことを聞かれても一切合切話すな。わかったな」 マエダカンコはそう念を押したが、私には彼女の言いたいことがイマイチわからなかった。 「どうして話しちゃいけないんですか?」 「はあ?」 彼女は呆れた目で私を見た。出来の悪い生徒を見るような目だった。 「何言い出すかと思ったら……。あのなぁ、今日いまからお前がしに行く告白がお前の意思じゃなく、私の指示によるものだってことをキリエが知ったら、私が無理矢理お前に告白させたみたいでキリエも素直に喜べないだろうが。そんなこともわかんないのか?」 「なるほど」 私はポンと手を打った。実を言うと、よくわかっていない。 108 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 47 10 ID +7NZkhJf 「わかりました。つまり、昼休みのことを田中さんには話すなということですね。ですが、それでは昼休みの逢い引きはどう説明――ぐごぁっ」 「逢い引きじゃねえだろーが。さっきから思ってんだが、わざと言ってんのかテメェ。そうだとしたらマジで殺すぞ。 「昼休みのことは、もしキリエがそのことを知ったら、私から適当に話しておく。お前のことがムカついたから殴った、とでも言うさ」 「……わかりました」 ムカつくから殴った、で彼女は納得するのだろうか。 「話はこれで終わりだ。わかったんならさっさとキリエのとこ行ってこいよ。それじゃあな」 そう言い残して、彼女は台風のように去っていったという訳だ。 とまあこんな感じのことがあって、私は今のように、いつも利用する路線とは別のものに乗り込んで、殊勝にも田中キリエのもとへと向かっているのだった。 電車の速度が徐々に落ちていき、噴出音と共に扉が開いた。 ご老齢の方が乗り込んできたので、私は席を譲った。 ありがとうございます、と礼をされ、それに笑顔で返した。 そのまま扉近くまで移動し、高速で変化していく光景を眺める。 今まで告白云々と色々語ってきたが、正直、田中キリエが告白を受け入れてくれるかどうかも、私にはまだわからなかった。 なにせ、私は昨日一度彼女の告白にノーと言っている。 そんな男が昨日の今日で、やっぱ付き合ってください、なんて言っても彼女からしたら、今更なんだと思わざるを得ないだろう。断られる可能性だって決して低くはない。 まあ、自分としては今後のことを考えると、断ってもらったほうがいいのだけれど。正直、マエダカンコのことを考えるとこの先気が重い。 でも、仕方がない。 私は思う。 これが青天の霹靂であるにしろ、ともかく、私はもう約束してしまったのだ。こうなれば、もう乗りかかった船だ。与えられた任務は最後まで遂行しようと思う。 そう私が決意した時、ちょうど電車は踏み切りの前を過ぎった。 カーンカーンと情けなくなっていく電子音が、しばらく耳の中で反響していた。 109 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 47 44 ID +7NZkhJf 目的の駅に着き、私は駅を出た。 あまりの寒さに思わず身が震える。 初めて来る街だった。私の住んでいる街より、幾らかグレードが高いように感じた。高級とまではいかない、中級住宅街といったところか。 マエダカンコから聞いた住所はまだ覚えている。田中キリエは何処かのマンションかアパートの三○一号室に住んでいるらしい。 見馴れない街並みではあるが、適当に電柱に印された住所でも見ながら歩いてれば、じきに辿り着けるだろう。 そんな楽観的な考えを持って、私はのんびりと街の中へと歩き始めた。 結果から言おう。どうにもならなかった。 理由は三つある。 一つ、土地勘が全くないこと。 二つ、郊外のベッドタウンだけあってマンションもアパートも異様に数が多いこと。 三つ、彼女の苗字の“田中”だ。 全国でも多数存在するその姓名は思ったより私を悩ませた。 田中と書かれた表札を見る度に、田中キリエとは違う田中さんだと理解しているのに、身体が一々反応してしまうため、頭が疲れるのだ。 そんなこんなで十二軒目の田中さんを発見した頃、私は駅前まで帰還してしまうという摩訶不思議な現象に陥ってしまった。 「迷いの森か何かなのか此処は……」 今現在、私は駅前の精悍な顔つきをした男性の石像の前に座り、疲れた足を休めていた。 気分はまるで青い鳥を求める少年だ。まだ青い鳥すら見ていないけれど。 おもむろに空を見上げる。 太陽はもうすっかり傾いてしまって、水平線の向こうからゆっくりと黒が侵食し始めていた。 夜間に人の家を訪ねるのが失礼なことくらい、さすがの私でも心得ている。 「これじゃあ今日は無理かな……」 そんな弱音を吐いていると、不意に金髪が脳裏を過ぎった。 私はがっくりと肩を下ろした。 やっぱり今日中にやんなくちゃダメだよなあ。殺されるんだもんなあ。 けれど、このまま闇雲に歩いてても徒労に終わるのは目にみえている。果たしてどうするべきか。 幾らかの逡巡の後、私は疲れた足をバンと叩き、いきなり立ち上がってみた。 こんなとこで座ってたって何も始まらない。闇雲でもいいからとにかく歩こう。 と、珍しくやる気を出したところで私は、あっと悲鳴を漏らす。 なぜ今まで気づかなかったのだろうか。 私の目の前には駅前交番があった。 110 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 48 17 ID +7NZkhJf 目の前には、建てられて間もないだろうマンションがあった。 その建造物は、全体的に四角い形をしていて、備えられている窓や扉も全て真四角だった。階数もきっかり四つだ。今風の小洒落たデザインで、白の漆食で塗られた壁には汚れひとつない。 私はまじまじとそのマンションを見上げた。 サイコロみたいな形をしているな、と思った。 エントランスに足を踏み入れる。 外の壁の真っ白さとは対照的に、中の壁は全て黒めの剥き出しのコンクリートブロックで埋められていた。 世間ではこういうのがお洒落なのだと言うのだろうけど、季節が季節なのだけに、今の私にはただ寒々しいだけだった。夏にはちょうどいいかもしれない。 最新のマンションにも関わらず、オートロックは常備されていなかった。そういえば監視カメラも見当たらない。意外とセキュリティ関係には手を抜いているみたいだった。 エレベーターを使わずに、横に備え付けられた階段を使って三階まで上る。 三階の角部屋に田中キリエの家はあった。 私は、その真四角の扉の前に立ち表札を見る。 表札の“三○一”の番号の下には“田中”とポップ体で書かれた名前があった。 やっと辿り着いたんだなあと、感慨深いものが込み上げてきた。気分はまるで母を求めて三千里、だ。 夕日は既に落ちてしまっている。 腕時計を見ると、時刻はもう既に七時を越す頃だった。思っていたよりも時間が経っている。 善は急げだ、と私は表札の下に設置されていた呼び鈴を押した。 ピンポーン、と間のぬけた音が扉越しに聞こえる。 確かに、聞こえたのだけれど 「…………?」 誰も出ない。 気づかなかったのだろうかと思い、念のためもう一度だけ鳴らしてみる。 ピンポーン。 再び呼び鈴が鳴るが、やはり何の反応も返ってこなかった。 呼び鈴はちゃんと鳴っているし、室内に居て気づかないということはさすがにないだろう。ということは、何処かに出かけてしまっているのだろうか。 111 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 49 04 ID +7NZkhJf うーん、と唸りながら私は頬をかいた。 どうやら、家内が留守なのは間違いないようだった。 このまま此処で待機していてもいいのだが、近隣住民に変質者と思われる可能性もある。果たしてどうするべきか。 私は扉の前でうーん、うーんと唸りながらくるくると回った。 後で思えば、その姿は言うまでもなく変質者だったのだろう。 「仕方ないか……」 私はピタリと立ち止まった。 出直そう、と心に決めた。 二、三十分も経てば帰ってくるだろうと思い、私は出直そうと、その場を去ろうとした。 すると、ぱたぱたと廊下を駆ける音が、扉越しに微かに聞こえてきた。 どうやらやっと来訪者に気付いたらしい。 ガチャリ、と鍵の開く音がして扉が開く。 「すいません、遅くなっちゃって。どなたでしょうか?」 そう言って出てきた田中キリエは、寝巻姿であった。子供っぽい水色のパジャマの上には桃色のカーディガンを羽織っている。あの大きな黒縁眼鏡をかけていなかった。 「……んー?」 彼女は目を細めながら私に顔を寄せていく。眼鏡をかけていないため、よく見えないのだろう。彼女の赤く腫れぼった目が眼前に迫ってきた。 ちょっと手を伸ばしてみれば、彼女の細い首に手をかけれそうだ、なんて想像をしていると、田中キリエが突然大きく目を剥いた。 心中を悟られた気がして、私はハッと息を呑む。 「…………」 しかし、彼女はそのまま無言で、パタリと扉を閉めた。 「……えっ?」 拒絶された、とまず思った。やはり今更私の顔など見たくないのだろうかと。 そう思った時だった。 「きゃあああああああっ!」 扉の向こうから、もの凄い叫び声が上がった。 「えっえっ、なんで、なぜ、どうしてっ。どうして鳥島くんが居るのッ!?なんでなんでなんでーっ!ハッ、ていうか私まだパジャマだし、顔も洗ってないし、髪もボサボサだしぃ、きゃあーっ!ああ、どうしようどうしようどうしよう見られた見られたー!」 「あのー、田中さん」 「ちょっ、ちょっとだけ待っててっ!」 そう言い残して、彼女はバタバタと駆け出し始めたようだった。 扉の向こう側からは何やら騒がしい音が聞こえてくる。おそらく、私を出迎えるの準備をしているのだろう。 元気な人だなあ、と思わず頬が緩んだ。 私は元気な人は好きだった。 112 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 49 44 ID +7NZkhJf それから約二十分後。 「おっ、お待たせ」 田中キリエは、黒のネックセーターに白の長いフレアスカートという落ち着いた服装で出て来た。その小さな顔には、いつもの黒縁眼鏡が掛けられている。 「さっきはゴメンね……なんか取り乱しちゃって」 先程の失態が余程恥ずかしかったのか、彼女の顔は真っ赤になっていた。 いえいえ大丈夫ですよ、と私はフォローをいれる。 「でも、少しびっくりしました。田中さんってあんなに大きな声出せるんですね」 「うー。……もう忘れて」 そんなやりとりの後、彼女は私を玄関へと迎い入れた。 「それじゃ、とりあえず中に入ってください」 勧められるがままに、私は綺麗に整頓された玄関に足を踏み入れた。 ガチャリ。ジャラジャラ。 と、施錠音がして後ろを振り向くと、当然のことながら田中キリエが鍵を閉めているところだった。ご丁寧にチェーンロックまでつけている。 私なんかは普段、自宅に居る時は鍵を閉めないタチなので、そこのところはやはり女の子なんだな、と感心した。 「こっちです」 と、案内された彼女の自室は、私の想像と違わない、いかにも女の子らしい部屋だった。 なんか、全体的にピンクっぽい。 カーテンも絨毯もベッドも全部ピンク色だ。彼女には悪いが、長時間居ると目が疲れそうだな、と思った。 部屋の中央に丸テーブルとクッションが置いてあったので、とりあえずそこに腰を下ろす。 「適当にくつろいでてください。私、お茶持ってくるんで」 田中キリエはそう言って、部屋を出て行こうとする。 「そんな。そこまでお気遣いしなくてもいいですよ」 と、一応遠慮してみるが、やはり田中キリエはお茶を用意しに出て行ってしまった。 急に所在無げになってしまったので、とりあえずキョロキョロと部屋を見渡してみることにした。 そういえば、女の子の部屋に入るのは初めてだ。 妹を女性としてカウントするならば話は別だが、彼女の部屋に入ったのだってもう十数年も前だし、初めてと言っても過言ではないだろう。 114 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 50 13 ID +7NZkhJf やはり少し緊張するな、と急にそわそわし始めてしまった。 家内の様子からして、どうやら田中キリエの親は不在なようだ。 ということは、ひとつ屋根の下に男女がふたりきりということになる。 そういうシチュエーションにいかがわしい妄想を抱いてしまうのが男の性なのだが、生憎私はまだ彼女の恋人ではない。今日はそういう事には至らないだろう。 ガチャリ。 と、再び施錠音がして、私は反射的にドアを見た。 「お待たせしました」 そう言いながら、田中キリエがお茶をお盆の上に乗せて持ってきた。 いや、それよりも。 私は思った。 なぜ、彼女は部屋の鍵を閉めたのだろうか。 この家には私と彼女しか居ないのだから、部屋の鍵まで閉める必要性はあまり感じられない。それなのに、何故わざわざ施錠をしたのか。 しかし私は、多少不思議には感じたものの、いつもの癖なのかな、と大して気にとめなかった。 田中キリエはお盆を丸テーブルの上に乗せて、カップにお茶を注いだ。 匂いと色からして、それが紅茶であることがわかった。 「お砂糖はどうします」 「じゃあ、少し」 シュガーポットから砂糖をひとさじ掬い、カップの中へ入れた。 そして、私と向かい合うようにして彼女もクッションの上に腰を下ろす。 「それにしても、びっくりしちゃったよ」 田中キリエが言った。 「いきなり鳥島くんが訪ねてくるんだもん。前もって言ってくれれば、もっと準備とか出来たのに」 「すいません。事前に連絡もなく突然訪ねてしまって。なるべく早く帰るようにするんで」 「そんな、いいよいいよ気にしなくて」 田中キリエはバタバタと手を振る。 「私の両親、共働きだからいつも帰ってくるの遅いし、時間のこととかは全然気にしなくて大丈夫だから」 「そうなんですか。それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」 「うん」 彼女がニコニコ顔で頷いた。 そこで会話が途切れてしまったので、今度は私から切り出してみることにする。 ひとつ気になることがあった。 「ところで、田中さん。ひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」 「ん?何かな?」 「さっきから後ろ手隠している物は、何ですか?」 115 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 50 53 ID +7NZkhJf 「後ろ手に?」 彼女は首をかしげる。 「別に、何も隠してないけど……」 「あれ?でも今確かに――」 「それよりもっ!」 田中キリエは強引に話題を変えた。 「鳥島くんは今日なんで私の家に来たのかな?何か、用があって来たんでしょう?」 「あっ」 そこで私は、自分が肝心の本題を話していなかったことに気付いた。本題を先に話さないなんて、話しの順序としては最悪だろう。 「すいません。言われてみれば言ってませんでしたね」 私は苦笑し、頭をかいた。 「今日は、田中さんに告白しにきたんですよ」 「へっ?」 「あっ」 やべっ。つい、話しの流れで言ってしまった。もっとそれらしい雰囲気を出してから言い出そうと思っていたのに。 まあ、仕方がないか。 せっかくなので、私はそのまま続けることにした。 「あれから――ずっと考えていたんですよ」 私は紅茶を飲んで、舌を湿らせた。 「私が田中さんの告白を断ったのは正しかったのかってことを。ずっとずっと悩んでいました。そして、わかったんです。結局は私のエゴに過ぎなかったと」 田中キリエは黙って聞いている。 「要は、私は田中さんを傷つけるのが恐かったんです。田中さんは知らないでしょうが、私は結構、不完全な人間なんですよ。もし付き合えば、絶対にあなたを傷つけることが私にはわかっていた」 即興にしては中々の滑り出しだな、と私は思った。意外と演説上手な自分に驚く。 「けれど、結局それはただの逃避でしかない。私には田中さんと付き合っていけるわけがないと、自分勝手な理論を振りかざして、あなたを拒絶した。でも私は、田中さんの気持ちをこれっぽっちも考えていなかったことに気付いたんです 「告白というのはそれなりに勇気のいる行動だと思います。田中さんだって、何日も何日も想い続けて、漸くそれに至った筈です。私は、仮に断るにしても、そういう相手の想いを考慮してから答えを出すのが誠実だと思いました。 「それから、今度は田中さんの気持ちを考慮に入れてから、考えてみたんです。そして、答えが出ました。だから今、私はあなたにあの時の告白の返事をします。 「田中さん――よかったら私とお付き合いしていただけませんか?」 そうして、私は口を閉ざした。 116 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 51 26 ID +7NZkhJf 完璧だ。まずそう思った。 脳内では、私の演説を聞いた観客が総立ちになって喝采をおくっている。 多少キザっぽくなってしまったが、そこはご愛敬ということでいいだろう。 そんな充足感に包まれながら、私はしたり顔で彼女を見た。 「ひっく……えぐ……っえぐ」 泣いていた。 ええー。そこで、泣いちゃう? 想定外の出来事に混乱してしまう。 結構それらしく言えたはずなのだけれど……。 「あのー。もしかして不快でした?」 耐え切れなくなった私は、直接聞いてみることにした。 すると、田中キリエはぶんぶんとかぶりを振った。 「ちっ、が……ひっく……違うの、ただ……私嬉しくて」 彼女は嗚咽混じりでそう言った。 なんだよ、紛らしいな。 私はイラついた目で彼女を見た。 田中キリエは零れ落ちる涙を手で拭いながら、静かに泣いている。 彼女の物言いからして、どうやら私の告白は成功したみたいだし、これで晴れて私は田中キリエの恋人になったというわけか。 こういう時は彼氏らしく宥めてやるのが正解なのだろうか?無言で抱きしめてやったりしたらカッコイイかもしれない。 なんて考えていると、いつの間にか田中キリエは泣き止んでいた。 「あの……それじゃあ、これからよろしくお願いします」 と、彼女は深々とお辞儀した。 「いえいえ、こちらこそ」 なんとなく、こちらもお辞儀で返す。 こうして、私の告白は見事成功し、ここに一組のカップルが成立したのであった。 それから他愛の無い世間話を少しして、私は彼女の家を出た。 田中キリエはわざわざマンションの前まで付き添ってくれて、私の姿が見えなくなるまで手を振っていた。 駅のホーム。 私は電車を待つ列の最後尾に立って、ぼんやりと今日のことを思い返していた。 妙な達成感が胸の中にあった。 これで私は、めでたいことに、彼女いない歴イコール年齢じゃなくなったのだ。思うものもあるだろう。なんだか、男の階段をひとつ登った気がした。 電車が到着し、人々は車内に乗り込んでいく。私も同じように乗り込んだ。 その時になって思いだした。 ――そういえば。 私は部屋での田中キリエの姿を思い浮かべる。 どうして彼女は、私が帰るまでの間ずっと、金づちなんかを隠し持っていたのだろう? 117 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 51 57 ID +7NZkhJf 住んでいる街の最寄り駅に着いた時には、時刻はもう既に九時を通り越していた。 帰宅部の私は普段、こんなに遅くまで出歩かない。 斎藤ヨシヱと会った日だって、せいぜい七時前には帰宅していた。 なので、こんな遅くに道を歩くのは滅多にない。ちょっと新鮮な感じがする。 私は自宅を目指して歩き始めた。 寒さから守るようにポケットに手を入れ、空気中に残留する白い息を顔で受け止めながら、冷たい路地を歩いた。 いつの間にか、ひとりになっている事に気づく。 さっきまでは、何人かがぽつぽつと周りで一緒に歩いていたのだが、目的地に着いたのか、道中で道を曲がってしまったのか、とにかく今はもう消えてしまっていた。 コツコツ、と自身の歩く靴音しか、周囲には聞こえない。街灯の少ない路地なので、辺りはまるで暗幕を張ったかのように暗かった。 そんな闇の中だ。 二個先の街灯の下。まるでスポットライトのように照らし出されている人物を、私の目が捉えた。 目を細めてみる。 その人物は、大きい青のスポーツバックを肩に背負い、背筋をしゃんと伸ばし、毅然とした態度で前へ前へと歩を進めていた。 髪型は短めのポニーテールで、身長はやや高め。後ろ姿でもわかる、その凛とした態度には、どこか惹かれるものがあった。 その背中には見覚えがある。 私はたまらず駆け出していた。 「リンちゃんっ」 その人物の名前を呼びながら、小走りで彼女の横に並んだ。 暗闇でもしっかりとわかる、その整った顔立ちの少女は、間違いなく私の実の妹である鳥島リンだった。 「奇遇だね、帰り道が一緒になるなんて。リンちゃんは部活の帰り?」 気さくな感じで談話を始めてみるが、妹は刹那でも私を見ようとはしなかった。それもいつものことなので、気にしないようにする。 「部活は、確かバレーボールだったよね?母さんから聞いたよ。大変だね、こんな遅くまで練習だなんて。帰宅部の僕からしたら考えられないな」 妹は何も言わない。私のことなど見ない。 118 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 52 29 ID +7NZkhJf 「でも、気をつけなくちゃダメだよ。この辺はそんなに物騒でもないけど、リンちゃんは可愛いからね、変な人に目をつけられるかもしれないし。そうだ。なんなら僕が送り迎えしようか?」 妹は何も言わない。 「あー……」 会話のキャッチボールは全く成立しなかった。 これじゃあ、まるで壁に向かってボールを投げているようなものだ。しかも、壁は壁でもゼリーの壁だ。ボールを投げても、それが私の元に返ってくることは無い。 妹はまるで私が居ないかのように、黙々と自宅を目指した。 彼女のその態度に、突然怖くなる。 妹と接していると、本当に私はこの世に居るのだろうかと奇妙な不安に陥るのだ。 無論、そんなのは馬鹿げた幻想だ。そうわかっているのに、なぜかそれを一笑することが出来ない。 額には、ぽつぽつと脂汗が浮かび始めていた。 何か、何か話をしないと。 私は何かに急かされるように、とにかく口を開いてみる。 「あっ、あのさ」 けれど、何か話のネタを考えていた訳ではない。焦った私の口は、取り繕うように今日のことを喋りだしていた。 「そっ、そういえば今日、遂に僕に彼女が出来たんだよっ。その人は、田中さんっていうちっちゃい眼鏡の人なんだけど――」 しどろもどろになりながら、そうまくし立てていると、ドサッと何かが落ちた音がした。 ふと隣を見ると、妹がいつの間にか消えていたことに気付いた。 視線をさらに後ろにずらす。 妹は私の数歩後ろで、呆けたように私を見ていた。目の焦点が合っておらず、持っていたスポーツバックは地面に転がっている。 「今……なんて……」 妹は譫言のように呟いた。 「なんて言ったの……兄さん?」 兄さん。 久しぶりに呼ばれた古称に、胸が震えた。 妹から話し掛けてもらうのは、もう十数年ぶりくらいだった。それに加え、再び兄さんと呼んでもらえるなんて。 歓喜を隠しきれずに、思わずわなわなと身体が震えてしまう。 「なんて言ったの、兄さん?」 今度は幾分かはっきりした声。 冷静さを取り戻したのか、彼女の目はしっかりと私を見据えていた。 このまま、ずっと兄さんと呼ばれていたい衝動に駆られる。妹の問に答えるのを躊躇ってしまう。けれど、それを無視するわけにもいかない。 119 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 53 03 ID +7NZkhJf 私は、緩む頬を引き締めてから言った。 「だから、今日、僕に田中キリエさんっていう恋人が出来たんだよ」 言い終わったのと、妹が口を開くのはほぼ同時だった。 「別れてっ!」 唐突に叫んだ彼女のその迫力に、思わずたじろいだ。 妹は私の近くまで歩み寄ってくると、再び言う。 「今の話が本当なら、すぐに別れてっ!」 訳がわからなかった。 どうして、妹は私に別れろと言うのだろう。別に祝福されるとも思っていなかったが、いきなりそういう事を言われるとも思っていなかった。 ――もしや。 私の頭の中に、愚鈍な考えが浮かぶ。 もしかして、田中キリエに嫉妬してるのかしら。と、そんなふざけた幻想を抱いた。 しかし、そのくだらない幻想は、次に発せられた妹の言葉によって、一瞬で砕かれた。 「兄さんみたいな人間が、誰かと付き合えるはずがないじゃない」 その言葉を聞いた途端、ニヤついていた顔は一瞬で凍り付き、さっきまでの幸福感が急速に萎んでいった。 そんな私に構わず、妹は続ける。 「兄さんだって薄々気づいているんでしょう?自分が所謂“普通”じゃないって、他の人からは一線を画した場所に居るってことを」 私は何も言えない。 「彼女さんのことを想うのなら、今すぐに別れて。兄さんはきっと、いえ絶対、彼女のことを不幸にするわ」 私は何も言えない。 「だって、兄さんは――」 「そんな」 妹の言葉を遮って、私は言う。 「そんな――まるで僕のことを、化け物みたいに言わないでくれよ」 「――ッ」 妹は何かを言いかけたが、やがてその口を閉ざした。 二人の間に気まずい沈黙が流れる。 妹は、私のことを哀れむような、恐れるような、何とも形容しがたい複雑な表情をしていた。 「兄さんには、無理よ」 そう言い残して、妹は走り出した。 私は小さくなっていく彼女の姿を見つめていた。 そして、見えなくなった。 私はしばらくの間、動く気になれず、その場に立ち尽くしていた。 それから、どのくらいたったのかはわからない。腕時計を見る気にもなれなかった。 「帰ろう」 ひとり呟いてから、地面に落ちたままのスポーツバックを拾い上げ、私はゆっくりと、家に着くのを躊躇うように、ゆっくりと歩いて行った。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1671.html
61 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 20 22 ID Gejk2pPM 放課後、私は斎藤ヨシヱの元を訪れることにした。 まだ人の減らない本校舎を抜けて、一階の隅にある長い渡り廊下を目指す。 本校舎と部活棟を繋ぐ通路は、この一本しかない。そのことが、部活棟の存在を更に希薄にしている気がした。 そもそも、この高校は部活動があまり盛んでない。 体育系文化系を問わず、どの部活も平等に弱小で、県大会出場はおろか地区大会一勝すらしたことがなかった。 その上、まがりなりにも進学校で通っているため、大半の生徒が部活ではなく勉学に走ってしまう。かくいう私も、その内の一人だった。 本当は、仲間達と共に汗をかき、切磋琢磨し合いながら部活動に打ち込んでいく、そんな学生らしいことに憧れていたりするのだが、自分じゃそういうことが出来ないのはわかっていた。私は、少し違う。 渡り廊下に着いた。 寒風から守ってくれていた本校舎を出て、寒空の下へと身を投げこんでいく。 前々から言っていることだが、私は寒いの苦手だ。 冬の寒さに首を縮こませながら、一刻も早く目的地に着いてしまおうと、足早に渡り廊下を進んで行く。 そして、しばらく歩いていると、老朽化の目立つ、黒ずんだクリーム色の壁が視界に入ってきた。 部活棟の壁だ。 私は、目の前の建造物を見上げてみる。 62 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 21 30 ID Gejk2pPM この部活棟は主に文化系部活のためのものだった。 体育系部活に関しては、利便性を考慮してグラウンド前に設置されているプレハブ小屋が使われている。 一般の生徒でこの部活棟を訪れる者は、まずいない。 学内で仲間外れにされたように位置する此処は、校門とは真逆の方向にあるし、寄り道するにも少し遠すぎる。 私自身、斎藤ヨシヱのことがなかったら一生訪れなかったかもしれない。 ここの唯一の入口であるガラス戸を開け、中に足を踏み入れる。 その瞬間、世界から全ての音が消えた。 本校舎から聞こえていた居残っている生徒の声も、グラウンドや体育館からの部活動の喧騒も全て。 どうして、放課後の部活棟はこんなにも静かなのだろうか。 私はここを訪れる度にそう思った。 廊下に連なる部室の扉の中にも、部活動に勤しんでいる生徒達が沢山居るはずなのに。辺りはまるで防音対策がされているかのように静まり返っていた。耳鳴りがしてしまうほどだ。 やけに足音の響くリノリウムの床の上を歩きながら、茶道室を目指す。 茶道室は、この部活棟の最上階である二階の一番奥に位置していた。 階段を昇り、夕日が差し込むオレンジ色の廊下を歩いた。 茶道室には直ぐに辿り着けた。 私はサムターン式の鍵がついた扉の前に立ち止まり、ドアノブに手をかける。鍵はかかっていないようだ。 なるべく音をたてないように、ゆっくりとドアノブを手前側へと引いていく。 キィ、と金属が軋む音をたてながら、扉は開いていった。 徐々にひらけていく視界。 その中に、斎藤ヨシヱは居た。 彼女は窓枠に肘をつき、湯呑みを片手に持ちながら、気怠そうに虚空を見上げていた。 63 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 22 37 ID Gejk2pPM いつもの彼女だ。最後に会った時から何ひとつ変わっていない。 なのに、私は彼女に声をかけることが出来ずにいた。 この室内を支配する静寂を破ってしまうことで、目の前に映るこの優美な光景も壊れてしまう気がしたのだ。 斎藤ヨシヱは美しい人だった。 鋭い光を宿した切れ長の瞳。 しみひとつ無い、白雪のように真っさらな肌。 背中にまで垂れる長い髪は、その素肌とは対照的に墨を零したように真っ黒で、何を塗ったらそうなるのか白い光輪がとりまいている。 およそ高校生らしい幼さの残る可愛さなどは微塵も無く、完成された美術品のような、気品を感じさせる美しさが彼女にはあった。 呼吸をするのを忘れていたことに気付く。それほどまでに、目の前の光景に目を奪われていたらしい。 しばしの間、斎藤ヨシヱの整い過ぎた横顔を見つめる。 どのくらいの時間が経っただろうか。 彼女は漸く私に気付いたようで、その切れ長の瞳をゆっくりと私の方へと移動させた。 そして私を視認すると、薄く口角を吊り上げて、いつもの人を小馬鹿にしたようなシニカルな笑みを浮かべる。 「こんにちは。久しぶりね、タロウ君」 氷を連想させるような、冷え切った声。 「こんにちは、斎藤先輩。本当にお久しぶりですね」 私は軽く会釈をすると、靴を脱いで畳に上がった。 そして部屋の隅に積まれている紫座布団を一枚持って、彼女の前でそれを敷き、その上に座った。 それきりだった。 二人の間に、特に会話は無い。 斎藤ヨシヱは気が向いた時にしか私と話さないし、私自身も無理に彼女と話をしようとは思わなかった。 一日中会話をしないまま、そのままお開きになるなんてことも、決して少なくはない。 私は、彼女の側に置かれている急須等のお茶セットを見た。 今日は、お茶を出してくれないみたいだな、と思った。 茶道室を尋ねた時は、必ず最初に彼女がお茶を出してくれるかどうかを確認するのが常だった。 斎藤ヨシヱは、機嫌が良い時は私にお茶を振る舞ってくれるのだ。 今日は出してくれないみたいだけど、別段不機嫌という風にも見えないので、可もなく不可もなくといったところなのだろう。 64 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 24 05 ID Gejk2pPM 私は彼女の機嫌確認を終えてしまうと、何となく手持ち無沙汰になり、いたずらに視線をさ迷わせていた。 ふと、斎藤ヨシヱの脚が目に入る。 スカートから伸びる彼女の長い脚には、ソックスが着けられていない。 そのせいか、陶磁器のように白い肌が、畳の緑色に反してよく映えていた。 斎藤ヨシヱは畳に上がる時、必ずソックスを脱ぐ。 理由は知らない。 何故ソックスを脱ぐのかを聞いてみたかったりするのだが、彼女の脚に多大なる感心を寄せていることを悟られてしまうのは非常に不本意なことなので、未だに聞けずにいる。 私が彼女の脚をまじまじと見つめていると 「二週間振りくらいかしら」 と、斎藤ヨシヱが不意にそんなことを言った。 一瞬、独白かと思って黙っていたのだが、彼女がちらりと私に視線を寄越したことで、どうやら話し掛けていたらしいことに気付く。 「ええ、そのくらいになると思いますよ」 慌てて相槌を打ってみたけれど、彼女は何の反応も示さずに、黙ってお茶を啜った。 会話を広げる気は無かったみたいだ。 しかし、せっかく見つけた会話の糸口。このまま終わらせるのも少し惜しい。 私は自分から話し掛けてみることにする。 「そういえば、斎藤先輩って茶道部なのにちゃんとしたお茶をたてたりしませんよね」 私は、彼女の側に置かれている電気ポットを見ながら言った。 「もしかして、本当はたてれなかったりします?」 「別にたてれないわけじゃないわよ」 私の問いに、斎藤ヨシヱはあっさりと否定する。 「ただ、お茶をたてるのには色々と準備が必要で凄く面倒なの。その上、大して美味しくもないからたててないだけ。最初に興味本意で一度やったきりで、それからは触ってもないわ」 「随分とまあ、茶道部員らしかぬ言い草ですね」 「そうね」 そこで再び、彼女との会話が途切れた。 毎度思うが、斎藤ヨシヱとの会話はいつも絶望的なまでに広がらない。 彼女は基本的にお喋りじゃないし、加えて気まぐれだからなあ。それとも、まだ私との好感度が高くないのかしら。 65 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 25 25 ID Gejk2pPM そうやって次の会話のタネを考えていると、ふと、頭の隅にひっかかるものがあった。 そういえば、彼女に聞きたいことがあった気がする。 なんだったっけ。 しかし、意外とすぐにそれは思い出せた。 「斎藤先輩。ひとつ聞きたいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」 斎藤ヨシヱは何も言わず、目だけで先を促した。 それでは、と私は居住まいを直し、しっかりと彼女の瞳を見据えた。 なるべく真摯な態度で聞かなければ、ふざけていると思われるかもしれないからだ。 私は真面目っぽく、重々しい口調で言った。 「斎藤先輩は、私が誰かから好かれるような人間に見えますか?」 ゆらゆらと湯呑みを揺らしていた彼女の手が、接着剤みたいにピタリと止まった。 それから長い間をおいて、探るように聞く。 「それは、どういう意味の好きなのかしら?一概に好きと言っても、様々な意味の好きがあるけれど」 「うーん、そうですね……」 私は、ふむと顎を撫でた。 「しいて言えば、ライクではなくラブのほうの好きです」 「Love」 彼女は流暢な発音で言い直した。 「つまりは恋愛の好きということね」 「そうなりますね」 「そう」 彼女は持っていた湯呑みをコトリと盆の上に乗せた。 「……そう」 そして悲しげに目を伏せて、そっと口元を手で覆う。 私に背を向けるようにくるりと半回転すると、小さく肩を落とした。よく見るとその肩は小刻みに震えている。 「……先輩?」 斎藤ヨシヱの突然の異変に、私は大いに戸惑った。 いきなり、どうしてしまったのだろうか。 お腹でも痛くなってしまったのだろうか、と最初に思った。 いや、そうじゃない。 私は思い直す。 どうせ私のことだ。無意識の内に彼女を傷付けることでも言ってしまったのかもしれない。昔から、そういうことは多々あった。 「すいません、先輩。気を悪くさせてしまったみたいで」 私は思わず、彼女の肩に手を伸ばした 「……んっ?」 のだが、異変に気付き、伸ばした手を途中で止める。 何か、聞こえた。 「……ふっ、ふふふ……」 それは、押し殺すような小さな笑い声。 斎藤ヨシヱの口元から、くつくつと笑い声が漏れ出ていた。 66 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 26 45 ID Gejk2pPM 「……やだぁ、おかしい……くくく……お腹、お腹痛い……たっ、タロウ君……ちょっと待って……」 …………。 待てと言われたので、おとなしく待つことにする。 それから、十分後。 そこには、いつも通りの皮肉な笑みを浮かべた斎藤ヨシヱがいた。 しかし、その笑顔はどこか不自然に歪んでいる。というか、全然シニカルじゃない。頬の辺りがぴくぴくと引き攣っている。 「ちょっとタロウ君。いきなり笑わせないでくれるかしら。あたし、こう見えても結構キャラって重視するほうなのよ」 そうだったのか、と私は思った。 それなら随分と申し訳ないことをしてしまったみたいだ。 すいません、と私は素直に頭を下げる。 「本当よ、全く。もうあんなこと言うのは金輪際止めてよね。あんな……あんっ……くっ……ふふっ……あはは」 ……さらに十分後。 「ああー、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりね。ありがとう、タロウ君。おもしろかったわよ」 「……どうも」 斎藤ヨシヱは急須を手に取ると、湯呑みにお茶を注ぎ、私に手渡してくれた。 私は、ありがとうございますと礼をして、湯呑みを受け取った。 どうやら機嫌が良くなったらしい。 確かに、彼女は過去に例が無いくらい上機嫌に見えた。 別にニコニコと微笑んだりしているわけじゃないが、何と無く楽し気なオーラが発せられているのを感じる。 「それで、質問だったわね」 そんな和やか雰囲気とは打って変わって、斎藤ヨシヱの顔が急に真剣なものに変わる。 切替の早い人だな。 私も幾らか緊張しながらも、聞く姿勢を整えた。 「質問は、あなたが異性から好かれるかどうか、で合ってるわよね?」 「はい」 「そう」 彼女はそこで、思い出し笑いのように一度笑ってから、ゆっくりと口を開いた。 答が告げられる。 「そんなの、無理に決まってるじゃない。あなたみたいな人間が誰かに好かれるなんて、不可能よ」 量刑を宣告する裁判官のような口調で、斎藤ヨシヱはそう断言した。 彼女の宣布に、私の心がずんと沈むのを感じる。 不可能、か……。 薄々、そんなことを言われるのではないかと予想はついていたけど、実際に言われるとやはり傷付く。 そんな、不可能とまで言わなくても……。もうちょっと、希望を残す言い方をしてくれてもいいじゃないか。 67 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 28 10 ID Gejk2pPM しかし斎藤ヨシヱは、そんな傷心中の私にも構わず続けた。 「いい、タロウ君?人間関係に置いて最も重要なのは相互理解よ。相手のことを理解し、相手にも自分のことを理解してもらう。そういう感情的な対応を含む、個人と個人との関係において人間関係は成立しているの 「あなたにはわからないと思うけど、他者を理解するのはとても難しいことなのよ。自分ならともかく、相手を完全に理解するなんてそれこそ無理なのだから当然ね。 「けど、人間というのはそれでも相手を理解していこうとしていく。そういう性を持つ生き物なの。けれど、あなたは――」 斎藤ヨシヱは、不敵に微笑む。 「他人どころか、自分のことすら理解していないじゃない。そんな人間が誰かに好かれるかだなんて、ちゃんちゃらおかしい話ね。本当、戯言も甚だしい」 斎藤ヨシヱは、まるでそのことが不変の真理であるような言い方をした。 一片の毀れも感じない、揺るぎのない自信を感じる。 彼女はきっと、私が人に好かれるのと明日地球が滅びるのとじゃ、間違いなく後者を選ぶことだろう。 「……はぁ」 私はそこで一度、大きく溜め息をついてみせた。 勿論、わざとだ。 自分の不機嫌さをこれっぽっちも隠そうともしない。 こういう態度をとるのは我ながら珍しいことなのだが、しかし彼女の言い方はとても癪に障った。 さすがに、今のはカチンときた。 「あら?どうしたのタロウ君。なんだか怒っているみたいだけど」 「怒っているんです」 誰だって、二日連続で化け物扱いされたら不機嫌にもなるだろう。 私は苛立ちを含んだ口調で言った。 「先輩は時たま、私のことを何の心も無いロボットみたいに言う時がありますけど、はっきり言ってそれは間違いですよ。全然違います。 「確かに、私には人がわからない時がありますよ。それは認めますけど、だからと言って、そのことが私に感情が無いということに繋がるわけではないでしょう?現に今だって、先輩の言葉に怒っているじゃありませんか」 「それも演技かもしれない」 「演技って――」 腹の底から込み上げて来た言葉を、なんとか飲み込む。 少し、熱くなりすぎていた。私らしくもない。冷静になれ。 心を落ち着かせるために、長く、深い息を吐いた。 68 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 30 07 ID Gejk2pPM 斎藤ヨシヱは、そんな私の様子を冷めた目で見ながら、愚者を説き明かすように続けた。 「だっておかしいじゃない。感情はあるのに人がわからないなんて。はっきり言って矛盾してるわよ」 「矛盾?」 私は繰り返した。 「そうね……」 何やら思案顔で彼女は言う。 「タロウ君、あなた痛覚はある?」 「あるに決まってるじゃないですか」 「あら、そうなの?それは驚きね。けど、それなら話が早いわ」 斎藤ヨシヱはそう言うと、いきなり自らの腕に爪をたて、思い切り皮膚を引き裂いた。 荒々しい切傷が一つ出来、赤黒い血が一筋、白い肌を伝っていく。 「タロウ君。あなたはこの傷を見て、これがどの程度の痛みかがわかる?」 「えっ?ああ、はい」 忽然の出来事に、呆気にとられていた。 「まあ、漠然とですが一応」 「そうよね。では何故、あたしが負っている傷を、当事者でないタロウ君が憶測することが出来るのか。それは、まず大前提としての“痛覚”それと“経験”があなたにはあるからよ」 「“痛覚”と“経験”、ですか……」 何やらまた小難しい話が始まったな。 「あなたは今、過去に経験したことのある同程度の切傷を想像し、それをあたしに投影することによって一時的に痛覚を共感しているの。だから、この切傷の痛みがわかる」 「この言い方だと“経験”が絶対必要みたいに聞こえるけれど、実際はそうじゃない。実を言えば、この“経験”の方は大して重要じゃないの。 「なぜなら、相手と同じ経験をしたことがなくたって、過去に自分が経験したことのある“他の類似した経験”を相手に投影すればいいだけの話なのだから。十二分に用は足りるわ。 「つまり、マザーボードである“痛覚”さえあれば、後はいくらでも勝手がきく。そのことはわかった?」 私は頷いた。 多少こんがらがりはしているが、なんとか理解出来た。 これは、生理痛を使って例証してみればわかりやすい話だ。 女性固有の苦しみである生理痛を、男性である私が経験するのは身体の構造上不可能なことであるが、彼女の言うマザーボードである“痛覚”さえあれば、相手の眉をしかめた顔、お腹をさする動作などを見て 今までに自分の経験したことのある、例えば腹痛などの痛みを想像し、それを相手に投影することによって、想像上ではあるが、一時的に生理痛の苦しみを共感することが出来る。 69 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 31 41 ID Gejk2pPM 他者との痛覚共感。 彼女が言っているのは、おそらくそういうことだろう。 けど―― 「それがなんだって言うんですか?」 話はわかるが、言いたいことがわからない。 寓話のつもりで話しているのなら、何かしらの教訓や諷刺があるはずだ。 「相手を理解するというのも、それと同じことなの」 斎藤ヨシヱの論説は続く。 「つまり、今言ったことを高度に応用させたものが他者を理解するということなのよ。自分の持っている“感情”を相手に投影し、共感する。簡素に言ってしまえば、そういうことになるわね。 「だから、そのセオリーでいけばおかしいのよ。“感情”があるのに、人がわからないというタロウ君が。 「さっきも言ったけど、大元の“感情”さえあれば、個人差はあるけれど、それなりに他者を理解することは出来るわ。普通、あなたほどの異常者は生まれない。 「“感情”があるのに人がわからない。タロウ君はそう言うけど、あなたはこれを矛盾と言わずに何と言うのかしら」 斎藤ヨシヱはそう言って、貶るように私を見た。 その瞳には絶対の自信を感じる。 彼女は本当に自分に自信がある人なんだな、と思った。 しかし、彼女のそれは、少し盲目的過ぎる気がした。 斎藤ヨシヱは間違っている。私はそう確信する。 確かに、彼女の言うことはそれらしく聞こえた。私自身、ふむふむと頷き返してしまった程だ。 けど、それは只それらしく聞こえただけに過ぎない。 なぜなら、彼女は私に心が無いということを前提に話を進めていたからだ。 私には心がある。 その反例が存在する時点で、まず話の前提自体が成立していないのだ。前提が崩壊しているなら、論理も崩壊している。斎藤ヨシヱの見解も、一笑に付すべきものであるのに違いはない。 独断と偏見に満ちた教条主義的な考え。 はっきり言って、先輩は間違っています。 私が一言、そう言ってしまえばいいのだ。 70 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 33 28 ID Gejk2pPM そう思っているのに、なのに―― 私は何も言えなかった。 理由はわかっている。 心の奥底で、彼女の言葉に納得してしまっている自分が居るからだ。 きっと、その時点でもう駄目なんだろうな。 認めたくはないが、私も異常者なのかもしれない。 「それでも、私にはちゃんと心があります」 そう言う私の声も、どこか力弱く感じた。 それから、気まずい沈黙が流れた。 いや、それは思い違いだろう。 気まずいと感じているのはきっと私だけだ。斎藤ヨシヱは、そういうことを気にするような人ではないし。 そんな彼女が口を開いたのは、唐突だった。 「さっきはああ言ったけど、あなただって、もしかしたら誰かと付き合えるかもしれないわよ」 そう言う斎藤ヨシヱの声には、幾らかの親しみが感じられた。どうやら、彼女なりにフォローしてくれているらしい。人を慰めるなんて、斎藤ヨシヱにしてはかなり珍しいことだった。 「そもそも人間というのは社会に適応するための表明的な人格、所謂ペルソナを着けて生きている。そのくらいは知っているわね? 「それを踏まえて言えば、恋愛なんてのは所詮、互いのペルソナを好き合っているのに過ぎないのよ。見ているのは相手の仮面だけ、中身なんて誰も見ちゃいないわ。 「だから、タロウ君も仮面を着けてしまえばいいのよ。視界を確保する穴さえ塞いでいるような分厚い仮面をね。いえ、あなたの場合は仮面どころか、甲冑でも着けなきゃ駄目でしょうけど 「でもタロウ君、忘れないで。嘘っていうのはつくのは簡単だけど、つき続けるのは至難の業よ。あなたは嘘に綻びが生まれぬよう、常に最大限の注意を払わなくてはいけない。 「幸い、タロウ君は決して容姿が良い方じゃないけど、壊滅的ってほどでもないし、あなただって頑張れば――」 と、斎藤ヨシヱは、何故かそこで一度言葉をつぐんだ。 それから独り言のように、ぶつぶつと呟き始める。 「いや……でも、タロウ君だしな……しかし……うまく騙せば……けど……やっぱり……厳しいか?………………」 そして、遂に何も言わなくなった。 フォロー失敗。 なんだかなあ。人を慰めるなんて、慣れないことをするからだよ。 71 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 35 01 ID Gejk2pPM しかし、斎藤ヨシヱはやはり泰然自若としていた。 「まあ、いいじゃない彼女なんか出来なくたって。タロウ君は今の所はまだ、クラスでうまくやれているのでしょう?だったらまずは、その奇跡に感謝しなくちゃ。そもそも、あなたが恋人だなんて高望みしすぎなのよ」 「そうかもしれませんね」 と言いながら、私は出された湯呑みに手を出していないことに気づき、ぐいっとそれを飲み干した。 お茶は既にぬるくなっていた。 「話は変わるけど」 斎藤ヨシヱが聞く。 「どうして、突然こんなことを聞く気になったの?自分が誰かに好かれるかなんて、随分とあなたらしかぬ質問だったけど」 「ああ、それはですね。実を言うと、昨日私に人生初の恋人が出来まして」 「へー、よかったじゃない。さすが、たろうくんね」 「……信じてませんね」 「やあねぇ、信じてるわよ」 そう言って、斎藤ヨシヱはけらけらと笑った。 私は驚いた。 嘲笑以外の彼女の笑顔を見るなんて、果たして何時以来だろうか。 色々と辛辣な言葉を浴びせはしたが、やはり根っこの部分では相当に機嫌が良かったらしい。 何がそんなに嬉しかったのだろうか。 「さてと」 斎藤ヨシヱは近くで転がっていたソックスに手を伸ばし、それを身につけ始めた。 どうやら、今日はもうお開きらしい。 いや、今はそんなことはどうでもいいか。それよりも―― 私は彼女の下半身を凝視した。 ソックスを履く時、斎藤ヨシヱがいい感じに膝を曲げているので、でスカートの中が見えそうになっている。 見えそうになっているのだが、何故か見えない。 これは、おかしい。 私は首を傾げた。 さりげなく首を動かしたりして角度を変えてみたりするが、やはりどの位置から見ても、うまい具合に彼女の足先が邪魔になってどうしても見えない。 まるで全年齢対象のギャルゲーみたいだ。 私がそうやって下着を見ようと四苦八苦している内に、斎藤ヨシヱはソックスを履き終えてしまった。非常に残念だ。 72 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 36 49 ID Gejk2pPM 「それじゃ、片付けお願いね」 彼女はそう言って立ち上がる。 私のお茶を飲む飲まぬに関わらず、片付けに関しては私の仕事だった。 「わかりました」 私も立ち上がり、紫座布団を元の場所に戻してから、片付けを始める。 斎藤ヨシヱは、そんな私の横を通り抜けて、茶道室を出て行った。 私がせっせと湯呑みや急須を盆の上に乗せて、片付けに勤しんでいる時。 それは風に乗って、私の耳に届いた。 「それでもあたしは、タロウ君のことが大好きよ」 後ろを振りむく。 しかし、斎藤ヨシヱの姿は既に無く、パタリとしまる扉が見えるだけだった。 私はしばらく扉を見つめた後、ぽつりと呟いた。 「大好き、か……」 下手な嘘だな、と思った。 彼女が私に好意を抱くなど、万が一にも有り得ないことだった。 斎藤ヨシヱがこうやって私と会っているのは、彼女が私に興味があるからに過ぎない。 飽きてしまえば、何の未練や惜別の念も無く、さっさと棄てられてしまうだろう。 「それは嫌だな……」 私としても、たった一人の友人を失うことは非常に惜しいことだった。 彼女とはまだ、友達でいたい。そう思った。 けど、今はそれよりも考えることがあるか。 斎藤ヨシヱは私の疑問をひとつ解消してくれたが、そのおかげで再び、新たな疑問がまたひとつ生まれてしまった。 ――あなたみたいな人間が誰かに好かれるなんて、不可能よ。 彼女は、そう断言した。 別に斎藤ヨシヱの言っていることを全面的に肯定した訳ではないが、私が人に好かれ難いと言う点については同意出来る。自分のことは、自分が一番よくわかっていた。 しかし私は、現在進行形で私のことを好いてくれている少女を、一人知っている。 田中キリエ。 彼女はどうして、私のことを好きになったのだろうか。 畳に伸びる自身の影を眺めながら、しばらく考えてみたが、私にはやっぱりわからなかった。