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『桜の園』の主な上演 〔ロシア〕 1904年 モスクワ芸術座(スタニスラフスキー演出) 1934年 【上演】『桜の園』1934年(モスクワ・シーモノフスタジオ) 1975年 【上演】『桜の園』1975年(モスクワ・タガンカ劇場) 1982年 【上演】『桜の園』1982年(モスクワ・マールイ劇場) 1997年 【上演】『桜の園』1997年(モスクワ・オコラ・ドーマ・スタニスラフスカヴァ) 2008年 【上演】『桜の園』2004年(モスクワ芸術座) 〔日本〕 〔イギリス〕 1911年 【上演】『桜の園』1911年(イギリス・ロンドン) 1920年 【上演】『桜の園』1920年(イギリス・ロンドン・聖マーチン劇場) 1925年 【上演】『桜の園』1925年(ロンドン・Lilic Theatre) 1926年 【上演】『桜の園』1926年(ロンドン・バーンズシアター) 1933年 【上演】『桜の園』1933年(ロンドン・Old Vic) 1961年 【上演】『桜の園』1961年(ロンドン・Aldwych Theater) 1977年 【上演】『桜の園』1977年(Nottingham Playhouse) 〔アメリカ〕 1928年 【上演】『桜の園』1928年(アメリカ・Bijou Theatre) 1928年 【上演】『桜の園』1928-68年(ニューヨーク・ブロードウェイ) 1977年 【上演】『桜の園』1977年(ニューヨーク・Theatre in Lincoln Center) 〔フランス〕 1954年 【上演】『桜の園』1954年(パリ・Theatre Marigny) 1981年 【上演】『桜の園』1981年(パリ・Lilic Bouffes du Nord) 〔ドイツ〕 〔イタリア〕 1955年 【上演】『桜の園』1955年(ミラン・ピッコロ劇場) その他 【上演】『桜の園』1976年(チェコ・プラハ)
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瀬沼夏葉訳『桜の園』新潮社、1913年。 『叔父ワーニア』が附録。 雑誌『青鞜』に3月から掲載され、4月に単行本化。
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宇野重吉『チェーホフの『桜の園』について』晩秋社、1978年。 民芸の演出家宇野重吉の演出ノート どんな小さな点にも切り込んでいく宇野重吉による桜の園の解釈が綴られている。 日本において桜の園を論じた物ではこれが最高のものと言っても過言ではないだろう。 翻訳は牧原純の手による。 余談:しかし、この著書ではシャルロッタへの言及はほとんど無い。 牧原先生との雑談で、宇野さんはどうしてもシャルロッタのことが分からなかったと言っていたということを教えていただいた。
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桜井郁子「『桜の園』のロパーヒンについて」 『むうざ』25号、ロシア・ソヴェート文学研究会、2007、pp.16-39. 【解説】 ブーニンの桜の園に対する理解を出発点にして 作者自身が観劇した『桜の園』の舞台も交えて紹介されている。 ただ、ロパーヒン像をめぐるという問題設定をしていながら 話の筋を自分の見たロパーヒンの感想に帰着してしまっているため ある意味では何が言いたいのかよく分からない。 エーフロスの演出でロパーヒンを演じたヴィソツキーを自分の目で見たのなら その部分をもっと詳しく書いて欲しいのだが、素晴らしいという言葉だけでは何も分からないし 本人の上演に対する評価も、演じる側からの引用ばかりで、筆者の視点を加えた方が良かったのではないだろうか。
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著者内山は民芸の演出家 宇野さんとの手紙を交えた回想 ストレーレル ピーター・ギル シェルバン など外国での桜の園の上演についても触れられている。
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276 名前:(゚д゚)y~プハァ ◆PuhalUWQ0A [sage もうだめぽ…] 投稿日:03/05/18(日) 23 36 ID ??? ,、 -‐ "" ̄  ̄ " ‐- ,、 --‐ "...... .... .... ...... ....... ,、 " ............. ............. .... ....... ,、 ,、-‐ ... .. i . .. .. ,、 ,、 " ... ...... l . ... ... ,. " ,、 ". .. .. ... l. . .. . / ,、 " .. .. ... .. .. . l l. . . / ,、 "/.. . ... .. . . . l l . , ,、 , . / .. .. .. . . .. i l . . .. / ,. . // .. .. .. .. . . . . l l . . . / / / , . / . .. .. . . . ! . l . ,. ,. , ,. .. i . . .. /i . . / l i . , . , ,. ,. . l .. i i| l i l . /i . l . l . ," , , . / . l . i / l|ハl l |l l . / / l / i l l . ! . . , i . / .. /l . l ハ l i゙ li;, l| l . / / , / l l l . / . ,; i. . /. / ! / l / l l i { ト /l ! . /‐/-/./_i / i l / . ; ノ / / / l , l ゙‐ "!/ !//, ‐ ,,,、l メ、.i l / . .. / ; / / , / l . l ~i" ヾ;、, /lメ /. . / /r " / .. /l| / .. l l ノ ! { ノヾi;, /.. /ソ /ト ゝ ,、 " !l // .. /l i ! ` ヾ,, - ゙ /// //// "ノ / / / /. /l l/ ハ ._ `゙゙´ !/ // ソ/ -‐‐ / /. //. / l l /! l , ヽ 、 〃〃 , r‐‐ "/ / "´ i/ . l l l l 、ノ / / //l i l l l , _ / / / / !l l i l 、 _ .. -r " / // / !i ! リ /~/ /i / /,. / / 白桜の園(ホワイトガーデン) 六条奈々花
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・『桜の園』 初出-作品集『ズナーニエ(知識)』1903年度、第2巻。ペテルブルク、1904年。29頁~105頁。書名 A.チェーホフ 別の版において訂正 アントン・チェーホフ、喜劇4幕『桜の園』、ペテルブルク、マルクス社版(1904年6月1日) 戯曲の最初期の清書原稿(A1 1903年10月)、著者による編集(緑色の鉛筆)。 1 そして、この原稿ではロパーヒンの性格についていくつか修正がなされている。編集においてチェーホフは、劇場でロパーヒンが「握り拳」を作ったりしないように注意を払い、「陳腐な意味での商人ではなく」、「優秀な人間」であり「ロパーヒンの芸術性」を示すために、彼が誠実であり、領地の競売を防ぐことを強く望み、ラネーフスカヤに尽くしていることを強調した。そこで、彼の緊急の知らせや警告がテクストに加えられている 「8月22日には桜の園は競売にかかります。あなたもご承知でしょう」、「誓って、他に選択肢はありません」、「真剣に考えて下さい」、「答えはイエスかノーか、それ一言でいいんです」、「あなたは何も分かっていない」、「以前は助けていただいた」等々。また、ラネーフスカヤのロパーヒンに対する巨額の借金(40000)については削除された。彼の語る台詞には、ラネーフスカヤに対する愛情と恩義に報いる上品さが見られるようになっている。 「あなたは素晴らしい方だ」「あなたの驚くべき眼差し…」「肉親のように愛しています。いや肉親以上に」。 また、ガーエフにはロパーヒンの忠告に耳を貸さない部分が加えられ、ト書きには「あくび」をしながら聞くと付け加えられた。そして、第一幕の最後でのアーニャとの会話には、何らはっきりとしない保証をする意味の台詞が加えられている。「私の誇りにかけて(力強く)誓う!…」等 第二幕の冒頭のエピホードフ達の会話では、彼が無学であることが強調された 「僕は進歩的な人間で、色々な本を読んでいる」「バックルを読みましたか?」;そして自殺を示唆する台詞も加えられた 「生きるべきか、自殺すべきか」「この銃を何に使うか分かったぞ!」「自殺でもされたら困るわ」 ドゥニャーシャとヤーシャが2人きりになった場面では、さらに彼らに対する皮肉と彼の厚かましさが顕在化された 「もし」
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演出 ジャン=ルイ・バロー 劇場 Theatre Marigny バローは『桜の園』を過ぎゆく時間についての作品だと捉えた。 ロシア人であるとか、日本人であるとか、そういったことは関係ない。 シェイクスピアやモリエールのように、チェーホフは世界的な価値を持ち人類全ての所有物である。 Jean-Louis Barrault, "Why The cherry orchard?" in The Theatre of Jean-Louis Barrault 彼は時間についての劇作品という理解から、4幕の流れを次のように捉えている。 1幕 桜の園が売られる危険性 2幕 桜の園が競売へと向かう 3幕 桜の園が売られてしまう 4幕 売られてしまった桜の園 またバローが注意したのが、舞台を速いテンポで進ませること。 こうした理解には、彼の桜の園に対する前向き(positive)な読み方が理由に挙げられる。 そして、バローの最も特徴的な演出が、ラネーフスカヤを中心にして ガーエフが過去 ロパーヒンが現在 トロフィーモフを未来 として捉えたことである。 もちろんこれは彼の独自の考えであり、桜の園の理解としては極端なものだが、 この新たな理解を含んだ桜の園はフランスで受け入れられ、彼が劇場を去る1964年まで演じ続けられた。 ラネーフスカヤ Madeleine Renaud トロフィーモフ Jean-Louis Barrault 参照 【書籍】The cherry orchard plays in introduction
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演出 ジョルジュ・ストレーレル ストレーレルの『桜の園』と言えば1974年の演出が思い浮かべられるが それ以前にもストレーレルは『桜の園』の演出をしている。 その舞台は、1974年の舞台のような幻想的な舞台ではなく、 リアリズムを基調とした舞台であったことが写真から分かる。
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演出 アナトリー・エーフロス(1925-1987)Анатолий Васильевич Эфрос 美術 ワレーリー・レヴェンタル 劇場 タガンカ劇場 1975年6月30日初演 ソ連時代における最も革新的な『桜の園』と呼ばれる。また、革命の詩人ヴィソツキーがロパーヒンを演じている。 エーフロスが演出の際に用いたテーマが、グロテスクな悲劇・心理的笑劇という2つの視点。 一方の手にスタニスラフスキー、もう一方の手にメイエルホリドとブレヒトのアプローチを用いた。(Loehkin p.151,) ロパーヒンを演じるヴィソツキーは紳士的で、 ヴィソツキー本人が持っていた革命の詩人というイメージとはギャップがあった(Loehlin p.152) 1987年パリ・オデオン座で公演。 また1981年には宮澤俊一氏の招聘により 日本でエーフロス演出桜の園が劇団東演第46回公演にて演じられている。 ラネーフスカヤ アッラ・デミドワ ロパーヒン ウラジーミル・ヴィソツキー アーニャ ニーナ・チューブ 参照 http //taganka.theatre.ru/history/performance/vishsad/ http //www.demidova.ru/theatre/vishsad/ 【書籍】The cherry orchard plays in introduction 【書籍】В глубине зеркал(Алла Демидова)