約 542 件
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1475.html
プロローグ 「えらいもんに遭っちまった」 岡持ちを右手に提げ、拍手敬は一目散に走る。 近所だからといってスクーターを使わなかったのが運のツキだった。道の途中で危険なラルヴァに襲われたのである。 最近の双葉島は物騒だ。出刃包丁を持った「口裂け女」が出没し、人間を無差別に襲っているのである。出前を終えて人気の無い裏通りを歩いていたら、遭遇してしまった。 「どこ行ったの、あのおっぱい狂い!」 ラルヴァにまでおっぱい呼ばわりとは。 無理も無い。ワタシキレイ? という問いに「胸が貧相だな」と答えてしまったのだから。そりゃあ電柱の陰から大型マスクをかけた女性がぬっと出てきてそんなことを言ってきたら、単なる変な人だと適当にあしらってしまう。 しかし、事態はとても笑えるようなものではない。 「生きて帰れっかなぁ?」 どうにかして物陰に潜み、苦労人の勤労学生は呟いた。 拍手敬は戦うことができない。それは彼が戦闘向きの異能者ではないからである。 しかも今隠れている場所が、運の悪いことに袋小路である。女は拍手が近辺にいるのを確信しており、なかなか離れていかない。もし顔を出したらドスンと突っ込まれ、あっという間も無く刺殺だ。 相手は血走った目で、じりじり近寄ってくる。マズい。 彼は路駐の陰に隠れているので、このまま近づかれたら間違いなく見つかるだろう。唐突に訪れた死神の足音に、拍手は震える。このまま死んでしまうのか。 自分が死んだらどうなってしまうのだろう。所属する二年C組には衝撃が走り、勤務している中華料理店は大騒ぎになる。 あの外道巫女は今も腹を空かせ、ちゃっかりテーブルに座っているのだろうか。 俺の死を知って、何を思うんだろうか。 「死んでたまるか!」 あの憎たらしい笑顔を思ったとたん、拍手の気持ちは強くなる。空っぽの岡持ちを握り締める。こんなところでくたばるわけにはいかないのだ。 「どぉりゃあぁあああ―――――――――――ッ!」 車の陰から飛び出た。腹の底から叫び、岡持ちを本気で投げつける。飛び道具でひるませた隙に逃亡するという寸法だ。 だが、口裂け女は見事なハイキックで岡持ちを蹴っ飛ばした。岡持ちはあさっての方向へと飛んでいき、見えなくなってからガキィンと音が聞えてくる。渾身の一投は通用しなかった。 「オワタ」 これで手持ちの武器はなくなってしまった。怖がらずに、岡持ちで殴りかかればよかったのである。 勝利を目前にし、口裂け女は接近する。前のめりになって倒れてしまいそうな前傾姿勢で、片足を引きずりながらやってきた。それが出刃包丁を振り上げた瞬間、熊のような猛烈な早さで突っ込んできたものだから、さすがの拍手も恐怖する。 (ちくしょう!) 半ばやけっぱちになり、素手で迎え撃とうとしたそのときだった。 拍手は突然、真上へと引っ張り挙げられた。 動揺する間もない。逃げられて悔しそうに叫ぶ口裂け女を眼下に、どんどん彼は浮き上がっていく。やがて口裂け女が小さな点になって見えなくなり、町中を張り巡らす細い道筋が浮き上がる。まるで俯瞰図を眺めているようだ。 上昇はなおも止まらない。水平線や富士山まで見えてきた。どうしてかはわからない。 もう口裂け女どころではなかった。怖くなって、「助けてくれーッ!」と絶叫する。 「落ち着いてよ! 君は私と飛んでるだけだから!」 「へ?」 後ろから女の子の声。彼は目を丸くして振り向いた。 黒髪で、前髪を真ん中に分けている。彼はその子に抱えられて空に浮かんでいたのだ。 そしてもっと不思議なものを発見する。彼女の背中から生える、赤い蛍光色に発光する棒状のもの。それが「翼」であると拍手はすぐに理解した。この機材の力で、自分たちは浮遊していることも。 「博士、聞えますか?」 『おう聞えるぞ。どうだったか?』 「救出できました! 無事です!」 『そうか、よかった! ったく、近頃ホント物騒だ』 無線越しに会話をしているようである。「博士」という言葉からして、この機械の発明者なのだろう。 それから口裂け女がいる辺りから離れ、人の多い区立公園に着陸する。口裂け女、飛行体験。拍手は今も、自分のざっと体感したことが信じられず、芝生に座り込んでぼうっとしていた。 ふっと苦笑しつつ、口を開く。 「空飛ぶ異能者・・・・・・聞いたことねえな」 「島の空を守るのは、魔女だけではありません」 赤い飛行ユニットを装着した黒髪の子は、大きく胸を張って拍手に言った。 「異能者航空部隊の一つ『スカイラインピジョン』! 島の安全を守るため、今日も鳥になります!」 スカイラインピジョン01 六時間目の、英語の時間のことである。 しょぼくれた顔をして立っている男子生徒が、頭をテキストではたかれた。 「中田、またあんた赤点じゃないの!」 烈火のごとく怒られ、クラスメートの前で無様な姿をさらしていた。 だが彼にとって、教師の怒声より教室に圧しかかっているこの静寂のほうが辛い。 いっそのこと笑ってくれと、そう喚き散らしたくてたまらなかった。教室のみんなに感情を爆発させたかった。そうでもしないと、彼の心は砕け散ってしまいそうであったから。 「来週の追試には必ず来ること。それにあんた、小テストの追試も三十枚ぐらい溜まってるじゃない」 こらえきれず、男子生徒の誰かがプッと吹き出した。 「少しはやることやりなさい! わかった?」 「わかりました」 はっきりしない口調で返事をした。英語教師は大きなため息を見せた後、白のチョークを手に取りようやく授業へと入る。この生徒のせいで二十分遅れのスタートだ。 彼は着席すると、すぐさま真横を向いてしまう。彼の席は遠くに水平線を望むことのできる、明るくてまぶしい窓際だった。 穏やかな秋の微風が、どうしようもなく疲弊しきった心身に優しい。彼はそう思う。 うっすらと青い大空を突っ切っていく、航空機を見つめながら。 中田青空は高等部二年生のおちこぼれである。 学業の成績はまるで良くない。しかしそれよりも、異能者としてまるで役に立たない・戦力にならないことのほうが、彼にとてつもない劣等感を抱かせていた。 青空はれっきとした異能者であるが、未だに何の異能者であるかは判明していなかった。魂源力は存在するらしいのだが、自分の異能が何であるのかわからなければ使いようがない。そのため全く戦力になれない。 その代わり、青空は人並み外れた「反射神経」を持っていた。それは異能とは別である、天性の才能である。敵の不意打ちと言ったものに対して素早く反応することができた。 だが如月千鶴のように魔術師として飛びぬけるような強さもなければ、あるいは舞華風鈴のように応用の利くような力であるわけでもない。青空は最弱の生徒であった。 それでいて学業や部活動など、何か別のことで頑張っているかといえばそうでもない。むしろ勉強に真面目に取り組まなくなってからは、常にクラス最下位の成績に甘んじていた。毎回テストの解答用紙に名前だけ書いて白紙提出しているのだから、当たり前だ。 英語教師が、長かった授業の終わりを告げた。終始上の空であった青空は、この授業で何を習ったのかまったく覚えていない。と、毎日こんな調子なのである。 クラス委員が全員に起立を促す。 「これで授業を終わりまーす、礼!」 「ありがとうございましたー」 生徒たちは椅子を引いて着席する。気の早い男子生徒はすでに帰宅準備を終えており、帰りのホームルームが始まるのをじっと待っていた。 「スィー・ユー、おつかれさま。よく復習しといてね。特に、なーかーたー!」 二年B組の英語を担当する教諭・エヴェリン野本は、大げさに声を上げる。 「やることやれば力は付くんだからね? きちんとやってくるんだよ?」 「はい・・・・・・」 愛想笑いの一つ見せない青空に、野本はまたも深いため息をつく。授業で使った真四角のカセットデッキを片手に、教室を後にした。 「ああ、やっと終わった」 どの教科の教諭にも同じようなことを言われる。その度に青空はうんざりした気持ちになり、心の中で両耳を塞いでいた。もう放っておいてほしい。どうせ自分はおちこぼれなのだから。 そのとき背後から、とある女の子の笑い声が聞えてきた。恐らく舞華風鈴と話しているのだろう。その声の主のことを、青空はよく知っていた。 「いつも元気だなぁ」 片肘を着き、授業中に配られたわら半紙のプリントを広げる。先ほど返却された課題テストの、学年順位表。上位五十名の氏名が掲載されており、青空が最後にこの華々しいランキングに名前を載せたのは去年の夏であった。 四位、権藤つばめ。 後ろを振り向く。前髪を真ん中で分けた黒髪の子が、思った通り友達と談笑している。 クラスでは明るい性格の秀才としてイメージが通っている。普段物静かで生真面目な風鈴と比較して、人懐っこく接しやすいタイプとして男子から好感度を稼いでいるようだ。その上頭がいいというのだから非の打ち所が無い。ざわつく教室のなかで声がよく通り、青空が離れた位置にいても、風鈴と英語の教え合いをしている様子がよくわかった。 それに比べて自分は何だろう。たちまち青空は自己嫌悪に陥ってしまう。 そんな彼とつばめは、意外と接点が多い。昨年も同じクラスだった。彼が成績を落として情けない顔をするようになってから、彼女はどうしてかしきりに気にかけてくれる。 席替えで接近するようなことがあれば、つばめは積極的に話しかけてきたものだった。 (青空くん、一緒にお昼食べない?) (勉強ならいつでも力になるぞ!) (青空って、なんかカッコいい名前だよね) 色々な記憶を呼び起こすたび、ちょっとした酩酊の気分に浸ることができた。女の子に気を遣われて嬉しくないわけがないのである。 でも今日のような無様なところを見られては、つばめもひどく幻滅したことだろう。英語の授業のことを思い出すと、情けなさのあまり泣きたくなってきた。 いつまでもこんな学校にいたくない。教室を出たい。窓辺の席にいる青空は、空を眺める。ほのかに黄色く透き通る午後の空を、二羽の鳩が横切っていった。 あの鳥のように、早く自由になりたい。 彼の心は灰色雲に覆われて、希望の日差しも見込めない暗がりに包まれていた。 中田青空は高等部から双葉学園に編入してきた。 それは彼が異能者だとわかったからである。両親の言いなりになるまま双葉学園に入ることになり、今やこの異世界で寮暮らしだ。 「何で嫌だって言わなかったんだろう・・・・・・」 自分の進路に関して興味も希望も無かったため、なんら疑問を持たずに受諾してしまった。その結果が、この拷問のような島流し。 「異能」というわけのわからない概念について学ばされ。 「ラルヴァ」という未知の生物と無理やり戦わされ。 彼にとって双葉学園編入は、人生における大失敗と言ってもオーバーではない。 自分の責任であることは十分承知しているものの、青空は満面の笑みで編入を薦めた両親をひどく憎んでいた。ある理由で彼らを強く憎んでいた。 「センパイ!」 そそくさと正門を出ようとしたときである。今、最も会いたくない女の子の声を聞いてしまった。 「また帰宅部ですか。どうして部活に来ないんですか」 「ごめん、ひかりちゃん。具合悪いんだ」 「そう言って合宿も来なかったし。しっかりしてください!」 低い身長、小学生と聞き間違えそうな甲高いソプラノ、ボリュームあるブラウスのふくらみ。 高等部一年生の河原ひかりは両手を腰に当てて、青空をじっと見据えている。 それから大げさに口を開けて息をつき、大げさにだらりと両腕を垂らした。 「ひかり悲しいです。センパイの勇姿に見とれて弓道部に入ったのに、それが今や幽霊部員のヒキコモリなんて」 「そんなこと言われても・・・・・・」 「いつまで惰眠むさぼってんですか。みんなセンパイのこと待ってるんですよ?」 「色々と辛いんだ。もうちょっと待ってて」 「ウツは甘えです。単なる怠惰です。つべこべ言ってないで今からでも弓を引きましょ・・・・・・あ、センパイ! どこ行くんですかぁ!」 青空はそれ以上耳を貸さず、繁華街に向けて歩き出した。 部活動など勝手に退部扱いにしてほしいものだが、それはこの口うるさいちびっ子後輩が許してくれないことだろう。 「いい加減にしないと寮に押しかけますよ! 聞いてるんですかセンパイ!」 どうにかしてひかりを振り切った後、青空は一人寂しく街を歩く。 空気もぐっと澄み渡り、たんすからマフラーを出したくなるぐらい肌寒い季節になっていた。この双葉島にも銀杏のつぶれた匂いが漂っている。 ふとブティックのショーウィンドウで立ち止まる。青空が見つめているのは、きっと背の高くて茶髪の男性が着るとよく似合うことだろう、黒皮のジャケット・・・・・・ではない。 鏡に映りこんだ自分自身であった。 冴えない容姿、映えない異能。第一印象で完敗しているタイプの男子生徒だ。そして駄目な奴の宿命か、日ごろの訓練や学業の成績は散々たるもの。 すっかりそんな学園生活が嫌になっていた。何かと異能がもてはやされる環境だ。最初に異能テストを受けて己の実態を知ったときなど、絶望感しか抱かない。 異能者として無能で、何が双葉学園生か。日ごろ頭の中を占有しているのは、いつも「落第」「留年」「自主退学」の文字群である。 「とっとと辞めてぇ・・・・・・」 ラルヴァなんてこの先一生倒せそうもないし、クラスメートとの共闘もろくに出来ない。あまりにも惨めな思いをしすぎて、胃をボロボロに痛める始末だ。 睡眠障害は基本的な生活習慣を崩壊させ、学業に深刻な影響を及ぼした。溜まりに溜まってしまった、不良債権の山――英単語テストの追試。 もう得意の弓も続ける気がしなくなっていた。これだけ毎日辛い思いをしながら、無理をしてあの学園に通い続ける意味はあるのか。奔放に伸びた前髪の奥の瞳は、汚く濁っている。 彼にはもう、これ以上頑張っていく気力が空っぽだった。 青空は行きつけのゲームセンターに寄っていた。繁華街にある家族向けアミューズメントパークなのだが、地下一階のフロアは双葉島でも有数の対人ゲームの聖地である。 いくら訓練や勉強にやる気はなくとも、こういった遊びはきちんとこなせるのだから都合のいい男である。しかしそれを後ろめたいとも思わず、彼は高揚感を胸に階段を降りる。 タバコの匂いが充満する澱んだ空気。大きすぎる音量や歓声、怒声。 それら全てが青空にとって心地がいい。気分の晴れない教室の中よりも、よほどこちらのほうが気楽に過ごすことができた。 お目当ての筐体を見ると、すでに顔なじみの連中が、「行けぇ!」「キタキタキタぁー!」「やってねぇ――ッ!」などという口プレイをしている。 そして財布からICカードを取り出した。彼はとあるゲームの上級者なのだ。 「乱入だな」 彼は筐体の椅子に座ると百円玉を入れ、慣れた手つきでICカードを挿入する。 モニターのすぐ前に、戦闘機の操縦かんのようなスティックが二本並んでいる。それぞれにトリガーが備え付けられていた。いわゆる「ツインスティック」だ。 『ベルゼブブ・アーマーズ』 全国でも双葉島にだけにしか置いていないロボット格闘ゲーム。 一日中遊んでいても飽きないぐらい大好きな、対戦型のゲームだ。3Dの世界を縦横無尽に駆け巡り、相手の操作するロボットと勝負する。 たらたらしていたらあっという間にやられてしまう圧倒的スピード感が、人気の秘密だ。カードを挿入してしばらく待ったあと、青空専用の機体データが読み込まれた。間もなく反対側の台にいる奴とのバトルが始まる。 戦闘前に、お互いのパイロットネームや戦跡が表示された。知っている名だ。相手はもう何千戦やったかもわからない、いつもの常連客である。 「げっ、SORAさんキチャッタ!」 「SORAさんちぃーっす!」 大学部の生徒がタバコをふかし、へらへら笑いながら青空のところにやってきた。彼も笑顔で挨拶をする。 「おっす。大学生はいいですね、早くから遊べて」 「まーね。でもSORAさん来てくれて楽しくなりそう」 SORAというのは青空のパイロットネームである。彼は去年の秋ごろから、すっかりこのゲームの中毒者になっていた。 さて対戦は始まった。いつもの奴とはいえ相手も上級クラスだ。日ごろ暇な時間をこのゲームにつぎ込んでいるだけあり、基本テクニックはもちろんのこと、ハイレベルな小技もきちんと使ってくる。少しでも隙を見せれば確実にダメージを削られる。弱くない相手だ。 しかし、青空はこのゲームに異常なまでの「適正」があった。 「ああもう、かすりもしねえ」 「おー、あれ避けるか」 反対側の台から聞えてくる声。廃人レベルのやりこみ具合を誇る彼らでも、青空の機体を撃破することはめったにない。 まず反射神経が違う。次に集中力が違う。青空はいつも「相手が止まってみえる」と彼らに言っていた。野球選手か挌闘家がするようなコメントである。 「もらった! ・・・・・・ってうそぉ――――――ん!」 「あれ当たったろ? 何で当たってないの?」 青空は地面で撃ち合いをするより、空中で高速移動をし、空から奇襲を仕掛ける戦法を好んだ。彼は逃げ惑う相手の移動先を瞬時に先読みし、空中移動で交差しつつ、真下を通り抜けようとするところをソードでぶった斬ってみせる。その離れ技を目撃した大学生たちは、「うわぁ――ッ!」とフロア中に聞えるぐらいの声で絶叫した。 「チクショー、また負けた」 「結局どうしようもなかったね」 「SORAさんマジパネェっす」 彼の型破りな攻略法は、それまでの最上級者であった彼らをコテンパンにしてしまった。見たことも聞いたこともないトリッキーな戦い方に、彼らはメロメロにされた。 大学部の人たちは青空に敬意を表しつつ、いつもこう言ってくれる。 「SORAさんは俺たちにはない才能があるんだよ。未来に生きてるよ」 青空はそれを聞くたび、とても誇らしい気分になることができた。 これが俺の『才能』なんだ、と。 おちこぼれの自分がただ一つ持っていた、他人に誇れる要素。尊敬の眼差しを浴びることのできる、自慢の取り柄。 だからこそ青空はこのゲームだけは続けることが出来る。ベルゼブブ・アーマーズがなければとっくにばらばらに崩れていたことだろう。なぜならこのゲームが彼のプライドを支えているのだから。このゲームにおいて最強であることが、中田青空のアイデンティティなのだから。 また大学生がリベンジしてくる。彼は背筋を伸ばしてスティックを握り直した。 「退学したら、専業アーケードゲーマーになるかな」 上機嫌に、冗談交じりに青空は呟いた。 今日も閉店時間まで遊ぼう。宿題なんてどうでもいい。 彼は今日も、荒れた日常を送ろうとしていた。 ところが反対側の台で異変が起こる。なにやら揉めているようだ。 「おい、俺のクレジットだぞ!」 「あとで百円返すから、お願い!」 「横入りはねーよ」 どうしてか、いきなり険悪なムードに陥っていた。 何が起こった? 不審に思った青空は向こうの台を覗き込む。 そして驚愕する。 「わかってる。わかってるけど、彼と戦わせて」 美しく背中まで伸びた黒髪。悪びれの無い、茶目っ気たっぷりな笑顔。 「権藤つばめ・・・・・・!」 彼の苦手なクラスメートの女子が、反対側の台に着席しているのだ。 クラスの秀才がなぜこんなゲーセンに。青空は彼女がここにいる理由が全くわからない。 スティックを握っていた左手が、いつの間にか汗で濡れている。突然のことに動揺しきっており、視線が上下左右に激しくぶれていたところを「乱入」された。画面が切り変わった瞬間、青空は「ひっ」と変な声を上げる。 嫌そうな顔をした大学生の連中が、後ろ頭をかきながらぞろぞろやってきた。 「SORAさん、何か変なの来ちゃったけど」 「知ってる? あの子」 「え? ああ、あいつ?」 青空は下を向き、少し黙ってからこう答える。 「知らない。学校でも見たことない」 それは聞いた大学生たちは、「何モンだろうな」と口々に話していた。 ・・・・・・どうしてとっさにそんなウソを付いてしまったのか、青空本人にもわからない。 それより、なぜこの女は自分の居場所にずけずけ入り込んでくるのか。日ごろのおせっかいもうっとうしくてたまらないというのに。憎たらしそうに舌打ちをしたあと、青空は据わった目をしてモニターのほうに向き直り、スティックを握り締めた。 殺してやる。 ここでは俺が最強だということを、この女にも思い知らせてやる。 彼の本来純粋であるべき感情は、とてもおかしな方向へと膨らんでいった。 つばめはICカードを持っていないようなので、機体選択画面から適当に選んでいた。 「よぅし、私はコレでやろっ」 それは青空に対して言ったのだろうか。彼はじっと画面を見据えたまま、口を真っ直ぐ結んで無視を決め込んでいた。 対戦が始まる前に、青空のこれまでの戦跡がつばめに明るみにされる。 「一万戦かぁ、相当やりこんでるね」 「・・・・・・」 「これやってる暇あったら、一緒に勉強すればよかったのに」 「ほっといてくれ!」 本気で怒鳴った青空に、ギャラリーの大学生たちはびっくりする。 「SORAさん、挑発に乗っちゃだめですって」 「あ、ありがとう」 彼らが注意をしてくれなかったら、頭に血が上った状態で対戦を始めようとしていた。冷静かつ大胆に、を戦いのモットーとしている青空らしくない。 権藤つばめは中田青空という人間に、深く干渉しようとしている。その目的はわからない。彼を徹底的に茶化しにきたのか、それとも? ・・・・・・コーラをぐいと飲み干す。炭酸は抜け切っており、ぬるくて甘ったるい。 「お手並み拝見と行くね。手加減なんてしないんだから」 「返り討ちにしてやる」 画面が変わる。お互いの機体が向き合っている。「3」。カウントダウンが始まった。 「同じ機体なのかよ・・・・・・!」 ぎりっと歯軋りを立てる。「2」。 「ぶっ殺す」 「1」。 スティックが乱暴な音とともに、真横に倒された。 レディ・ゴー! しかし次の瞬間には、青空は身を乗り出して叫んでいた。 開幕早々だった。真横に移動をしたのだが、それをつばめにまるっきり読まれていたのである。あらかじめ進行方向の先に射出されていた、高威力のレーザーをみっともなく食らってしまった。 「SORAさんが事故った!」 「事故る」とは、相手が先に出して置いた攻撃に、まんまと突っ込んだり踏んだりしてダメージをもらってしまうことを言う。 もうこの被弾で青空の理性はメチャクチャになった。スティックを左右に開き、3D世界の空へと舞い上がる。得意の空中戦術に持ち込んで、空から豪雨のような攻撃を仕掛けるつもりだ。 ところが、青空は信じられないものを見た。 何と、つばめも青空と同じ空中戦で応じてきたのだ。 「こいつ何なんだ!」 青空は驚愕で声を震わせる。 はっきり言って、この乱入はつばめによるタチの悪い嫌がらせだと思っていた。 違う。権藤つばめはこのゲームの上級者だ! 今度はつばめから攻撃を仕掛けてくる。誘導性の高いビーム兵器の連射を、青空は必死に上へ横へと避ける。クラスの才色兼備の優等生に、圧倒どころか反撃もできない。不意に心の奥底から熱い感情がこみ上げてきた。 「くっ・・・・・・!」 回避が追いつかず、つばめのけん制攻撃にかすってしまった。腹が立ち、筐体を拳で殴る。 大学生たちは青空の豹変に声も出ない。大声を上げ、顔を真っ赤にし、やがて両目から涙が溢れ出てきた彼を前に、とにかく呆然とさせられている ただ一つ誇りとしているものを、つばめに汚されたくなかった。 それがたとえゲームという程度の低いものであっても。それは彼にとって命の次に大切であることには変わりない。絶対に負けるわけにはいかなかった。 冷静さを欠いたか、青空は何度も攻撃を食らってしまう。普段の対戦ならまず見せることのない、無様な負け試合だ。残り時間は数十秒。まだまだ大逆転の見込める時間帯。 つばめはまだ一度も攻撃を食らっていない。誰も予想すらできなかった、青空の完封負けが見えてきた。このままだとあまりにも屈辱的な敗北を迎えてしまう。 「まだだ。まだ終われない」 ここでつばめに負けたら、もう二度とこのゲームを取り柄だと思えない。 何に関しても負けっぱなしだった青空。これはそんな彼が他人に打ち勝つことのできる唯一のものだ。それまで完膚なきまでにねじ伏せられてしまったら、彼はもう何を生きがいにしていったらいいのかわからない。 彼は最後の手段に出ていた。特殊なコマンドを素早く入力する。 機体が変形し、「戦闘機」となった。機体は青いオーラをまとうと、ものすごいスピードで一直線につばめの機体へと突っ込んでいく。 「捨て身の特攻だ!」 大学生たちが吼える。青空は一発逆転を狙い、大技をつばめに繰り出したのだ。 「絶対に負けねえぞ、権藤つばめぇ――――――――――ッ!」 涙粒が弾け飛ぶ。つばめの機体を粉々にしようと、青空の機体は襲い掛かっていった。 しかし・・・・・・。 つばめの機体は真上に引っ張られたように浮かぶ。ひらりと、あっさりと青空の特攻を回避してしまった。これが決着の瞬間であった。 でも、本当は青空にもわかっていた。 上級者であるのなら、このような大技など避けられて当然なのである。しかし彼にはもうこの特攻しか逆転できる手段がなかった。それに、もうこうすることぐらいしかつばめに意地というものを見せ付けることができなかった。 あさっての方向へ飛んでいく青空の機体。上空を取ったつばめの機体は、完全に相手に止めを刺すことのできる状況にある。でも、ビームも何も繰り出さない。 哀れな負け犬が遠くへ飛んでいくのを、ただ黙って見逃すだけ。 長い十秒間が過ぎ去った。タイムアップ。つばめが勝利した瞬間である。 その結果を最後まで直視できず、青空は残りコンマ五秒という段階で席を立っていた。そしてその場から逃げるよう、素早く一階への階段を上がっていく。 「SORAさん!」 その後ろ姿は、特攻を失敗した機体が遠くへと飛び去っていくのと、そっくりであった。 彼が展望台に到着したころには、双葉島を囲む東京の景色も夜景として彩られていた。 あの後は街を飛び出し、山に登り、ひとり展望台で景色を眺めていた。この島で一番空に近い場所で、魂の抜けた輝きの無い瞳をさらしていた。 「何やってんだろうな、俺」 中田青空。ナカタソラ。なかたそら。 勉強は出来ない。異能は無い。 そんな自分が唯一つ得意にしていたものも、他人から徹底的に叩きのめされた。 なぜこんなにも辛い気持ちでいっぱいなのか。どうして権藤つばめに敗れてこんなにもみじめな気持ちでいっぱいなのか。よくわからない。 双葉島にやってきてから、そうしてみじめに思うことだらけ。何をやっても「負け」がまとわりつき、結果が伴わない。心が晴れない日など訪れたためしがない。今後も色々な場面で生き恥をさらすぐらいなら、いっそのこと消えてなくなってしまおうか。 がけ下を覗く。下は真っ暗で、ぴちゃぴちゃと小波が岩肌を舐める音がする。まさに死の淵そのものだ。 自分が死んだら周囲はどうなるのだろう。親を困らせるにはいいだろう。クラスのみんなも特に何の感情も抱かないに違いない。 弓道部でも、あのちびっ子後輩がどんな顔をするのか想像もつかない。半年間じっくり面倒を見て、立派な戦力として育ててきた後輩。ここで暗闇に身を投げたら、やはり悲しまれるのだろう。泣かれるだろう。 「はあー・・・・・・」 それでも、あの子を泣かすことだけは駄目だと思った。 こんな青空にも、それなりに良心らしき感情は残っていたのである。死んだらだめだ。つまらない人生だけど、何とか耐え抜こう。そう思ってフェンスに背中を預ける。 ところが、何か「ばきん」という音がした。 音がしたと思ったその瞬間には、彼の体は真後ろにひっくり返っていた。 「え」 何と木製のフェンスが腐食のため、折れてしまったのだ。青空は崖下へ吸い込まれるよう、真っ逆さまに落下していく。 (う、嘘!) どんどん遠くなる展望台の明かり。死んでしまうのか。本当におしまいなのか。 自分にはこの島で、もっとやれることがなかったか? 今になって様々な気持ちが駆け巡り、死への恐怖が強烈なものになってくる。 嫌だ。死にたくない。 「あ、あぁあああ―――――ッ!」 まさに絶叫。張り裂けんばかりに口を開き、青空は闇に飲み込まれていく。 そのときだった。 ばたばたと風を切って落下していくなか、彼の耳は小さな音を捕捉した。 「・・・・・・ぇー・・・・・・」 女の子の声のようだ。それは少しずつ近づいてくる。 「・・・・・・だめぇ――・・・・・・」 何だと思い、声のしてくるほうを凝視する。 そして、両目を大きく見開いたのである。 「死んじゃだめぇ――――――――――――ッ!」 「な」 何と黒髪をなびかせて、権藤つばめが真っ逆さまになって突っ込んできたのだ。 「お前!」 声を荒げた。どう見ても、彼女が青空のあとを追って飛び降りたようにしか見えない。彼女はぐんぐん青空に接近し、そして追いついた。つばめの表情がはっきりと伺える距離にまで縮まった。彼女は怒鳴り散らす。 「何で死ぬのよ! ゲームに負けたぐらいで、弱虫! いくじなし!」 「何で落っこちてんだよ。死ぬぞ!」 「あなたを助けるために決まってんでしょう!」 「はぁ? こんなんでもう、どうやって」 やがてとうとう、つばめは青空の手を取った。それから彼を抱きしめる。冷え切っていた青空の心臓が奮え、温かい火が点る。 「ねぇ、約束して」 つばめはしっかり青空の目を見て言った。 「生きて! 死なないで! 生きて!」 「そう言われても、どうすんだ」 「約束して! あなたが死んじゃ私がやだぁ! あなたはまだ死んではいけないの、あなたはこの島でやるべきことがあるの」 涙を上空に残しながら、つばめは必死に叫び続ける。 それはまるで、あのゲームをやっているような感覚であった。 タイムアップまで数秒しか残されていないのに、ゆっくりと時間が流れていくこの感覚。油断を見せたら逆転を許し、こちらの気迫が上回れば逆転することのできる緊張のひと時。 「こんなとこじゃ話し足りなぁい! だから生きるって約束して! 生きるって私に言ってぇ!」 展望台の位置が、もう見えないぐらいに遠くなった。もうはっきりとした距離感などわからない。つばめの瞳を見つめていたら、自然と青空の心が熱くなる。日ごろの投げやりな気分はさっぱり無くなり、力強い勇気で心が満たされる。 「生きる」 彼は言った。 「生きるよ、権藤さん」 「・・・・・・嬉しい」 彼女はぎゅっと、さらに青空を強く抱きしめた。どんなことがあっても、絶対に離すことが無いよう、強く、強く――。 そして次の瞬間、彼に作用している力の全てが別の方向へと切り替わった。 ぐいっと引っ張り上げられ、たまらず両目を思い切り瞑る。つばめの柔らかい胸元に顔をうずめ、これでもかというぐらい抱きつく。 落下していた彼は、一転して上昇していた。一気に駆け上っていった。この感覚は誰もが知っているに違いない、旅客機が離陸していくときに感じることのできる、あの重力への反逆だ。 感覚も理解もまるで追いつかない青空は、いきなりのことに頭の中が混乱していた。ただひたすら、つばめの体にしがみついていることぐらいしかできない。 「もう目、開けていいよ」 つばめの優しいささやき。そして青空は、うっすらとまぶたを開く。 真下に広がっていたのは、町の俯瞰図であった。街灯がぽつぽつ縦に並び、住宅地では明かりがいくつも点となって闇の中に輝いていた。 青空は双葉島の夜景を空から眺めていたのである。 「これはいったい・・・・・・」 「飛んでるんだよ、私たち」 青空ははっとなり、つばめを見る。 つばめの背中から、赤い主翼のようなものが左右に伸びていた。そしてその翼から淡いピンクのビロードが、まるでマントのように後方へと流れている。 彼女の背中から、機械的な赤い「翼」が生えていたのだ。しばらくの間、青空は翼を生やしたつばめの姿に見とれる。日ごろ彼はいつも、「彼女の異能は何だろう」と想像や妄想にふけっていた。 「これがお前の異能なのか」 「違うよ。これは異能者なら誰でもできること」 「嘘だ。飛ぶ方法なんて聞いたことがない・・・・・・って、うわぁ!」 真っ直ぐ進行方向を向いた瞬間、青空はいきなりの右回転によって仰向けにひっくり返された 自分たちを軸として夜景のきらめきが左に回転し、頭上に広がる。つばめはそのまま回転を続け、美しい星空を天上に戻してやる。 エルロン・ロールの機動である。ぐるっと回されてしまい、頭がくらくらした。 二人はちょうど、繁華街上空を飛行しているところであった。一つ一つの明かりの強い輝きが、人々の活発な営みを思わせる。湯気の伸びる、双葉湯の煙突のてっぺんを通過。 夜の空中散歩にすっかりあっけにとられていたら、つばめが沈んだ声で青空にこうきいてきた。 「何で死のうとするの」 「べ、別に死のうとしたわけじゃ!」 「ずっと気にしてたんだよ? 青空くん二年生になって、元気無いから」 「それは、勉強とか、色々あって」 「いつでも頼りにして良かったのに」 彼が粉々に散ってしまわないよう、もう一度つばめはしっかり抱きしめる。あらゆる苦痛や障害から保護するように抱きしめる。青空はそれに胸をときめかせた。駆け上がるように加速していく胸の鼓動を、彼女に感じ取られないよう必死に祈る。 それからわざとらしくふてくされたようにして、青空はこんな風に吐き捨てた。 「そっちのほうがみっともなくて、嫌だよ」 「え? 意味がわかんない」 つばめは本当に理解できないような、きょとんとした様子で言われる。 「わかんないなら別にいいよ」 そんな彼女の態度に拍子抜けし、青空は本当にふてくされてしまったのであった。 「青空くんの悩みはもっとお話しないとわからないけど、これだけは言いたい。死んじゃだめ。二度と死のうとしないで」 自殺するわけじゃなかったのにと、青空は複雑な気持ちで真下を見た。あるものが目に入る。やけに見覚えのある、立派な校門だ。 「あなたは異能者として、これから色んな人を守っていかなければならないから」 「え?」 「青空くんにはね、私たちにはない大きな『才能』がある」 「あるわけないって。俺、役立たずだし」 突然の話に青空は驚く。これからつばめが何の話を始めようとするのか、当惑しながら次の言葉を待つ。 「そんなことない。今、あなたの力が必要とされている」 「俺の力が?」 そうきき返すが、今度は何も返してこなかった。徐々に高度が下がり、速度も落ちる。彼女は着陸に集中していた。 普段馴染みのある、学園の校庭が接近していた。 双葉学園高等部のグラウンドに着地したとたん、青空は腰が抜けてしまってその場に座り込んでしまう。 権藤つばめはやはり、背中から大型の赤い主翼を生やしている。その姿は天使や翼人というよりも、戦闘機を思わせるフォルムであった。その翼が消去される。 「びっくりしたでしょ」 「うん」 呆けている青空に、つばめは背を向けてみせる。 彼女は箱を背負っていた。台形をさかさまにし、縦に長くしたような印象である。それぞれの斜辺から両方向に翼が伸びていたようだ。とすると、その機材に空を飛べる秘密が隠されているに違いない。 『フライハイユニット』 と、つばめは教えてくれた。 「フライハイユニット?」 「赤い翼は私の。他に黒がいる」 「はは、権藤さん、そんなことやってんたんだ」 「うん! 中等部のころからずっとね、研究に参加してたの!」 驚きの連続だった。権藤つばめはどちらかといえば、戦いよりも学業に力を入れているものだとばかり思っていた。だが、まさか裏でそんな活動をしていたとは。 「そして私たちは、ある一人の男子生徒に注目している」 「誰かいるの?」 鈍感な彼がそうきくと、つばめはむっと頬を膨らませて歩み寄ってくる。 すると手を伸ばし、青空の両頬を掴んできた。ぐに~っと伸ばしながらこう言い聞かせる。 「あなたに決まってるでしょ青空くん! だから死なれるととっても困るの!」 「・・・・・・へ?」 彼はワンテンポ遅れて、間抜けな声を上げた。 「俺なんかが?」 「そう!」 つばめは一通りくすくす笑ったあと、表情を引き締め、改まった態度に変わった。それでも口元は嬉しそうに笑っている。 「異能者航空部隊の一つ『スカイラインピジョン』は、あなたを歓迎します、中田青空くん!」 しばらくの間、彼はぽかんとして、この黒髪のツバメを眺めていた。 これが、彼の長い戦いの始まりである。 次【スカイラインピジョン02(前半)】 トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1470.html
ラノで読む 0 わたしは母を失い、異能の力と異形の家族を得た。 あれは純然たる事故、第三者による加害も、異能もラルヴァも関係がなかった。 冬の休日。母と二人で遊園地に出かけた帰りだった。父親はいなかった。母が結婚してすぐに、他界していた。 「おかー、さん……おかーさん……」 自動車の窓から投げだされ激しく打ちつけられた身体はしびれてうまく動けず、雪の上にいるのに寒さは感じず、起き上がりかけた掌は真っ赤になるほど熱かった。 「いたい……よ」 唇を切ったのか、服の袖で顔を拭おうとすると悲しいくらい血で汚れた。 「おか……さ……」 どこにいるの、と言いたかったのに、喉がかすれてひゅうひゅうと息が漏れるだけだった。寝起きのように周りの様子がはぼんやりとしか分からなかった。頭がはっきりしてくると、今度は夜目に慣れてくる。 片肘をついたままわたしは辺りを見回した。左手には細い林、右は木々を潜った少し先にアスファルトで舗装された道路がある。そしてもう一つ、街路灯もない夜の峠道でわたしの視界を照らすものがあった。 白い冬の木立のなかで、そこだけが明るく、暖かかった。 「……あ」 巨木が食いこんで前面部分がひしゃげた車のなかで、全身を炎に縁どられながら母は燃えていた。かなり後になってから、当時の状況を教えてもらうことができたが、わたしが見たとき、すでに母は事故の衝撃で即死していたそうだ。だから、焼けながら苦しんで逝ったのではなかったという事実が、唯一の救いだった。 あれだけの炎に覆われても熱いの一言も発しない母。死をよく理解していなかったわたしは、それでも母が母でない何かに変化したことを、熱気になぶられている肌で感じていた。 フロントガラスに前のめりに突きだした母の体は、熊のはく製みたいに平べったい質感でだらりと顔をうつむけていた。黒い煙が車内を這って噴き出していて、その表情は見えなかった。 体が震える。かちかちという音が騒がしく、駄々っ子みたいに首を振るとそれは自分の歯の噛みあう音だと気づいた。 新雪の上に肘を立てた。そこから体を引っぱって、また前に肘をついて。わたしは少しずつ車に近寄った。 母の顔を見るまで、あそこにいる人が母だと信じられなかった。 バチン! と重い大砲のような音が耳を貫いた。前輪のタイヤが破裂したのだ。一瞬浮き上がった車が崩れるように傾く。中にいる母が潰れたタイヤのほうへ動き、腕が滑って紫のほうへ伸びた。 わたしは息を呑んだ。今度は悲鳴さえあげることができなくなった。 母の手が、わたしを呼んでいた。衝撃でガクガクと揺れるたびに真っ直ぐに伸びた白い手が、わたしを誘う。 わたしを守って、包んでくれた温かい手が。飽きずにいつまでも髪を梳《す》いてくれて、いつもわたしの手を引いてくれたあの優しい母の手が。呼んでいる。あの手が、母の手が手が呼んでいる手が手が手が死んだ母の手が手が死んだ死んだ母が死んだ手が手が手が手が手が呼んでいる死が死が死が手が母の手が死が呼んで―― 「おかあさん……」 わたしも母を呼んでいた。 火花が爆《は》ぜた。 それをきっかけに、恐怖や不安が、足の底にずぶずぶと沈んでいくような感覚があった。子どもながらに持ち合わせていた常識や理性が、千切れそうになりながらも、衰弱して、深く遠いところへ落ちていく。空《から》になったなった胸に沸いてきたのは焦燥感だった。 一緒にいないと。あの手を繋いでわたしも一緒に。 わたしは夢を見ているんだ。 あの手を握ればすべてが終わる。そうだ、わたしは観覧車でうたた寝をしていた。母の膝を枕に、てっぺんを下り始めた頃になってようやく起きたつもりだったが、あのときの夢が続いているんだ。きっとそうに違いない。 そうやって一心に念じると、もう痛みは感じなかった。切った唇や足の擦り傷は、ただの絵の具の汚れにしか見えなくなった。 母はもう揺れていなかった。先に戻っていったのだ。ここではないどこかへ。 立ち昇る火柱は、真っ暗な夜に呑まれていく。 「かえらなくちゃ……」 自分が呟いた言葉に押されるように、這いつくばりながら母のいる車へさらに近付いた。 身体中に照り返す炎の色が、大口を開けてわたしを待っていた。それでも、その口のなかには母がいた。怖くはなかった。 ふいに、夜空に伸びる火柱が揺れた。 冷徹な風を纏《まと》い、ぬっと夜の幕から浮き出たのは、大きな鳥だった。 1 陽は沈みかけている。遠くに連なる山の稜線の縁取は夕焼けに燃え、空の端を焦がしていた。 千代《せんだい》紫《ゆかり》は瓦礫の山を通り過ぎようとして、急に立ち止まり、崩れかけの建物の壁にぴたりと張りついた。 離れた先でうるさく騒ぎながら歩く――大学生だろうか、紫よりも年格好は上に見える――地元の青年たちのグループが見えなくなるのを待って、紫は崩れかけたブロック壁の蔭から体を出した。 紫は頭上を見上げ、なんとか読めることのできた立て看板には、ここに洋館型のお化け屋敷があったことが示してあった。 少しの間そこに立ち尽くしていた紫は、まだ聞こえる青年たちの声を見送った。見送って、紫は彼らの行く道から右へ折れた。 かつてここには遊園地があった。紫が生まれる前には閉園されたらしい。何かいわくつきでもなく、当時では珍しくもない経営破綻だった。 閉園されてからもアトラクションや店舗は残っていたが、買い手がつかず放棄されたままだった。それから数年のあいだ若者の不法侵入が相次ぎ、小火《ぼや》程度だが放火事件が起こったりで、苦情を受けた市がやむなく買い取り、一部の建物を解体しはじめたところで市の財政も厳しくなり、再び放棄されたわけだ。 この遊園地には、数ヶ月前から怪奇現象にまつわる噂が跋扈《ばっこ》していた。それは「園内を一人で歩き回る子どもの姿を見た」とか「突然大勢の人間の叫び声が聞こえてきた」とか「動力を失っているはずの観覧車が勝手に動いている」といったものだ。 これといって独創的でもないありきたりな噂話であったが、古典的なパターンであればあるほど、人がそれに踏み込む敷居は低くなっていたりする。 以前は放火対策のためもあってか、市から派遣した管理者が詰めていて、人の出入りは厳しく取り締まられていた。しかしこの案件が市から県へ、県から国へと|意図的《ヽヽヽ》にたらい回しにされ、紫の在学する双葉学園に依頼されてからは、遊園地周辺一帯を管理する関係者はすべて学園が手を尽くした人選でまとめられている。それでも表向きは、遊園地の跡地は立ち入り禁止の立て看板とロープで囲っただけの無人区域に指定されていた。 紫は持っていたPDAの電話機能を使って尋ねた。 「本当に、大丈夫なんでしょうか。一般の人に異能やラルヴァを見られるのは避けた方がいいかと思うのですが」 通話相手に小声で懸念を告げると、少し遅れて返答がきた。 『らいろうるれふよー。んぐ、敷地外で事後処理の担当さんが動いていますから。えと、ちょっと待ってくださいねー』 女の子の声が遠ざかると、プラスチックの袋を漁る音が受話器越しに騒いだ。紫の質問に答えるための資料を探しているのではなく、菓子袋を開けている気がした。 『千代さんがさっき見かけた人たち、酒盛りの勢いで廃墟探検にやってきたらしいですからねー。事が起こっても、不法侵入で引っぱればあとはどうにでもなるそうです。それに、千代さんの……|オトモダチ《ヽヽヽ》? が見られても、酒に酔った幻覚ということで誤魔化せる。だそうです。あのー、オトモダチって誰ですか??』 2 大きく手を広げ、タイミングが遅れて驚かせ仕損じたように、地上数十メートルの高さで鈴なりにゴンドラをくっつけた、焼け焦げた大輪の花のような観覧車が紫を見下ろしている。 観覧車は動いていない。当然だ。人も、動力も、十数年前から絶えている。 鉄柱は錆びつき、熟《う》れ落ちた実が動物に啄《つい》ばまれるように、乗り場に降りたゴンドラの窓はすべて割られ、人の手の届かない上にいくほど、清潔な旧《ふる》さを残していた。 西日がゴンドラの窓から突き抜けているのを見ながら、PDAで時間を確認した。17時08分。 そのとき、低い悲鳴が耳に聞こえてきた。さっきの青年たちの誰か、男の悲鳴だ。 紫は声のした一角へ振り返った。複数人の怒声が響き、けたたましく走り回る音に遅れて、腹底から唸《うな》る獣の咆哮が園内に響き渡った。 「……早く終わらせないと」 間違いは起こらないと思うけど、追い立てられる彼らが不憫だ。 自分に言い聞かせるように、再び紫が観覧車に向き直ると、すべてが一変していた。 ありし日の、過去の観覧車がそこにあった。 虹色の花だ。初めてみたとき、ところどころ錆びついていた鉄柱には、中心からゴンドラへと伸びる一本一本が、赤黄緑青紫……と虹の配色になぞらえて塗装され、花弁にあたり、花の輪郭と呼べるゴンドラは空色に色づいていた。 夕陽を浴びて、死んだように立ち尽くしていたあの観覧車の面影はどこにもない。PDAの時刻は17時09分を示していたが、秒単位の表示は52秒から凍りついたように動かなかった。 「幻、じゃない」 アツィルト・ワールドと呼ばれる精神世界。独自の世界観を持ち、単独で成立する空間現象。それに似ていた。 西日の残照は消え失せ、観覧車の隙間を埋め尽くすような|真昼の青空《ヽヽヽヽヽ》が、なぜか広がっていた。 空だけでない、空そのものが光を発しているかのように、煉瓦《れんが》道やゴンドラの赤茶けた色彩にすら、薄い青が透けて見えた。 人もいた。遊園地のマスコットキャラクターの着ぐるみが配る風船に集まる子供たち、はしゃぐ男の子に手を引かれて歩く母親、肩を寄せて観覧車の順番待ちをしているカップルや、ベンチで語らう仲の睦《むつ》まじい中年夫婦。人の群れ。 紫はここに建っていた遊園地の――黄色い声に満ちた、絶えず人々を楽しませて笑顔にしてきた――当時の姿を知らない。けれど、いま目の前で脈動している人の流れ、途切れることなく、ジェットコースターのように駆け抜ける歓声を聞いていると、そのすべてが現実にあったことなのだと思えてならない。 それぞれが、回って下りてきた観覧車の丸いゴンドラに乗り、昇っていく。 「乗りますか?」 カップルを乗せて見送った大学生くらいの女性係員が、紫に明るく言った。 紫は一瞬戸惑って、辺りを見渡した。観覧車に乗っていった客と係員以外の人々は、この青い世界に溶けていくように、紫の目前で音もなく消失していく。 どうやら、ゴンドラに乗れということらしい。 係員のすすめに従って、紫はゴンドラに乗りこんだ。係員の女性は扉を閉めると、笑顔で紫を送り出した。 内部の装飾は、ナイト用の照明と、少しごわごわした座り心地のシートが対になっているだけのシンプルなものだ。タバコの吸い殻も捨てられていないし、シートに焦げ跡もなく、窓ガラスも割れずに綺麗にはまっている。 「それでは善《よ》き空中散歩を!」 直後にその姿ぼやけ、背景に呑まれるように消え去った。紫をゴンドラに乗せた時点で、この過去の観覧車に、彼女を登場させる必要がなくなったからだろう。 観覧車の客室であるゴンドラは、内側から扉を開けることはできない。一周すれば係員が開けてくれるはずだが、その役目であるはずの人間は消えてしまった。 「鬼が出るかラルヴァが出るか……」 ゴンドラは低速でゆっくりと昇ってゆく。半分あたりの高さまでせり上がってくると、かつての遊園地の眺めがしだいに形をあらわしてきた。きらびやかな電飾のメリーゴーラウンドや、いくつものアトラクションの頭上を縦横にレールが敷かれ、最後はプールのような湖に飛び込む水上ジェットコースター。紫が通り過ぎたときには更地になっていたお化け屋敷などのアトラクションが、至るところにも建ち並んでいた。 どことなく、アトラクションの造形はレトロな雰囲気のものが多い。 (遊園地全体がおじいちゃんみたい) 当然のように、どれも多彩な色づかいの上に青が薄くかかっている。 ゴンドラの窓から望める遠景のアトラクションに目をむけたのは数秒。 顔の向きに従って紫が視線を戻すと、人間《ひと》がいた。襟のついた白いシャツに紺の短パンと、少し今風の装いから外れていた 「老人」という括《くく》りでしか形容できず、雑踏に紛れれば、二度と見つけることのできない、通行人Aであり、群衆の一部でしかない存在。そのくらい、目の前にいる人物には特徴らしい特徴が何一つなかった。 老人は細い両眼を凝らして、紫にその視線を注いでいる 3 「……この人は」 呟く途中で、紫は弾かれたように目を見開いた。 遠雷のような、獣の遠吠えが聞こえた気がしたからだ。 それに敵意が込められているのを気づいて、窓の外へ振りかえった時には、二度目に放たれた咆哮が、紫の耳にはっきりと届いた。 白い鳳《おおとり》。翼をはためかせる姿は大の人間を遥かに超えた大きさで、狐のように尖った口先は真横まで裂かれ、およそ鳥には似つかわしくない獣の咆え声をあげながら、紫の乗る観覧車へ真っ直ぐに向かってくる。造られた青空を切り裂いて、鋭い犬歯を引きつらせ、怒りに猛《たけ》る咆哮がビリビリとゴンドラの窓を震わせる。 獣の頭に、鳥の大翼を持つラルヴァだった。 「だめよクアロ、来ちゃだめ」 クアロと呼ばれた白い鳳は、一度大きく羽ばたいて飛翔した。白い大翼を折りたたみ、観覧車の頂点にまで昇ってきた紫のゴンドラ目がけて、頭から急降下した。落下に近いスピードで、黒ぐろとした瞳いっぱいに紫のゴンドラを捉えると、翼を広げて上半身を仰け反るように反転し、その勢いで鉤爪を突き出した。 それを不安げに見つめていた紫が、あっと思わず声を息を止めた。 今まさに、その大きな鉤爪でゴンドラを掴みかけていたクアロの体が、横ざまに弾かれたのだ。 「クアロ!」 叫んだ紫は、ゴンドラの窓に身体を寄せて、わずかに覗ける上空の様子を必死で見ようとした。 クアロを払いのけ、全長数十メートルもある観覧車よりも大きな異形《ラルヴア》がそこにいた。 まるで紙の人形だ。圧倒的な巨体であるにもかかわらず、劇場の風景幕のような、厚みや立体感がちぐはくで、その場に静止することができず、陽炎《かげろう》のようにぐらぐらと揺れている。 「あれがこの世界の主……?」 真っ白な人の形をしたシルエット、輪郭だけで表面に起伏のない紙みたいにのっぺらぼう。あれだけの巨体を保つだけの膨大な魂源力《アツイルト》があれば、周囲の記憶を留め、再生することが出来ても不思議ではない。 クアロが咆哮をあげる。目立った外傷はなく、その力強さに紫は胸をなでおろした。 再び舞いあがった白い鳳は、紫のいるゴンドラへ突進する。クアロにしてみれば、巨大なラルヴァが紫をゴンドラの中に閉じ込めているように見えているのだろう。 人型のシルエットは、扇のように広げた手をゆっくりと動かし、小鳥をあしらうようにクアロを跳ね除ける。あくまでもゴンドラの前へ腕を突き出して、クアロの猛攻を防いでいた。 (わたしを守ろうとしているの?) ここにきて、紫の考えが確信に変わった。 窓を叩いて、紫は声を張り上げた。 「お願い、ここから出して! そうしないと、|あの子《クアロ》は攻撃をやめない」 ぼんやりと人の輪郭を映すラルヴァに向かって叫び、同時にクアロにも大声で訴える。「クアロ、やめなさい!」 紙人形の巨体が揺れる。少しだけ、顔が紫に振り向いている気がした。 けれど、唸り声を上げながら体当たりを続けるクアロに、ゴンドラの中の紫の声は届かない。 きゅっと唇を結ぶと、紫はブレザーの内ポケットからPDAを取り出した。携帯と対して変わらない、手帳型のそれを手の中で回して、くるりと角の部分を突き出すようにして握りしめると、ゴンドラの広い窓ガラスに向かって叩きつけた。 掌に食いこむ金属の感触に構わず、二度、三度と叩くうちに、ガラスに亀裂がはしった。最後に力一杯殴りつけると、窓枠にかかっていたガラスのほとんどが砕けた。青い空にそぐわない冷たい夕風を感じた。大小に砕かれたガラス片は、数十メートル下の地上へぱらぱらと落ちてゆく。 ガラスで傷つけないように手をかけると、紫はゴンドラの外へ身を乗り出した。 「クアロ、わたしは大丈夫だから!」 シルエットの頭部に近いところで旋回していたクアロが、紫に気づいた。 「良い子だから……少し、下で待ってて」 大きく手振りで指示すると、犬歯を剥き出しに威嚇していたクアロの唸り声がやがて大人しくなり、クルルルと一声甘えるように啼《な》いて、観覧車の足下へ下りていった。 ほうっと安堵のため息をついた紫は、あらためて紙人形《ラルヴア》を見上げた。すでにゴンドラは下へ下へと滑りおり始めている。 「ありがとう。わたしと、クアロを傷つけないでくれて」 存在感の薄い体を波打たせながら、人型のシルエットは顔のない顔を紫に向け、見下ろしている。肩を落として、しょんぼりしている子供のようだった。 「えっ……」 気がつくと、ゴンドラの中に老人はいなかった。かわりに、小さな男の子が同じ席に座っていた。襟のついた白いシャツに紺の短パンと、少し今風の装いから外れていたが、先の老人を見た感覚に似た、これといって特徴のない「子供らしい子供」という印象しか紫には残らなかった。 あのごわごわしたソファーに深く腰掛け、素足に履いたスニーカーが床に届かず浮いている。男の子は紫を見上げたまま、無言で座っていた。 紫は老人の変化に動揺しなかった。そして、窓の外で佇む巨大なラルヴァが、男の子の姿を介して、何を伝えようとしているのか、見極めようとした。変化は必ず状況を動かす。 「わたしは千代紫。双葉学園から、あなたに会いに来た」 割れた窓から流れてくる風は冷たかった。風で乱れた横髪を指で払うと、紫は平静な調子で自己紹介した。 男の子は答えない。 言葉がわからないはずはないのだ。紫の異能力は言葉を届けること、『ラルヴァと対話をする力』という一点に特化しているのだから、相手が沈黙しているのは他に理由があるからだ。 ゴンドラはすでに下りきって、二度目の上昇をはじめている。外で待っていたクアロが、首を持ち上げてゴンドラの動きを追っているのがちらりと見えた。紙人形は乗り手を失ったロボットのように、棒立ちしたまま動かなかった。 黙ったままの男の子に構わず、紫はとにかく喋ることにした。 「さっき、あなたにじゃれついていた鳥の子……『以津真天《いつまでん》』っていう妖怪として呼ばれていた、大昔からこの国に居た種類で、あなたと同じラルヴァなの。わたしはクアロって名前呼んでいるけど」 それを聞いていた男の子が、初めて反応を示した。ぱちぱちと瞬きした後、紫を見上げていた顔をわずかに伏せ、 〔……ない〕と言った。 声は直接、紫の頭の中に響いた。長いトンネルのなかで、何度も反響を繰り返しながら聞こえてきたような、遠い声だった。 「ない? 何がないの」 〔我には、名がない〕 声なき声音は幼い男の子のものだったが、話し方は老人のそれで、不思議と釣り合いが取れていた。 「名前がない……」 〔名が、欲しい〕 これには紫は素直に驚いた。ラルヴァが、名前に拘るなんて。 「どうして名前が欲しいの」 〔誰も、我を知らない〕 つかの間、同意を求めるように紫を見つめ、 〔名が、ないから〕と、言った。 〔我が存在と意識を獲得したときから、我はここで、人を見てきた。 人は、生まれたときから、名を持っている。名を呼び、呼ばれあうことで、己の存在を地につけ、生を実感している。そうであろう?〕 すぐに答えることはできなかった。紫自身、そんな仰々しく考えたことはなかったから、この子供の姿を借りたラルヴァの主張が間違っているとも言えなかった。 ふと、自分はどうなのだろうかと紫は考えた。喜ばしいことなのだろうか。名前を呼ばれることが、本当に嬉しいことなのか。 本当に名前を呼んでほしい人には、もう紫は絶対に会うことができないのに。 クアロとの訓練に寝食を忘れるほど没頭していると、だんだん正気と眠気の境が曖昧になってきて、突然、あの日の光景がデータ保存された映像のように、色褪せることなく再生された。体中に汗をかいて、背中を伝う冷たいものの感触に目を覚ます。昂《たかぶ》っていた感情の波が引き、疲れや眠気をすべてさらって、空っぽになった紫はいつも同じことを思う。 わたしは今、本当に生きているのだろうか。 母の呼ぶ声が途絶えたときから、わたしは死んでいたのではないのか。 体はあっても、紫の心は焼け死んでいたように思えた。夜の木立に一際明るく燃える車の中で、母が紫にむかって手招いたあのとき―― 〔名を〕 思考に割って入るように聞こえた声とともに、男の子の目が強く光った。紫は浮かんできた疑問に蓋をして、気持ちを切り替えた。 「ま、待って、そんなに早くは出せないわ。……すこしだけ、時間をちょうだい」 ペットにつけるような可愛らしいもの名前、それとも人間的な人名。なにか判断材料、もしくはそのまま名前に使えるような特徴を当たりをつけなければならないだろう。 まだ十数年の人生のうちで、二度もラルヴァの名付け親になるとは思ってもみなかった。クアロのときは、幼いながらの直感で名付けていたが、出会ったばかりのラルヴァに適当な名をつけるのはためらわれた。 何気なく窓の外、二度目の頂点にさしかかったゴンドラからクアロを見下ろし、目線をあげると、周囲のアトラクションが、青空の下で未だに青みがかった姿を保っていた。 ふいに、言葉の切れ端が紫の頭の中をかすめた。その影を見失わないようにと、無意識が口をついて出ていた。 「青い過去、|Past the blue《青の過去》……パザル」 〔パザル……〕 「遊園地の過去を象《かたど》って作ったこの世界を初めてみたとき、夕暮れから急に青空になって驚いたの。それに雲ひとつない、夢みたいな青空で、空そのものが太陽みたいに輝いている気がして。過去の青空の遊園地。過去の青空、パスト・ザ・ブルー。縮めて、パザル」 自分で言ってみて、なんだか照れくさくなった。 「ちょっと短絡的かな。ごめんなさい、思いつきで、何となく頭に浮かんできただけで」 呟きが頭に響いた。 〔パザル、パザル……〕 何度も言いなおして、自分の身体に隙間なく詰め込んで、馴染ませて。やがて、パザルの物言わぬ口もとに笑みが広がる。 〔良い、名だ〕 それは静かな歓喜の声だった。 りぃん、と大きな錫《すず》の音が、紫の頭のなかで一際盛大に響いた。刹那、平衡感覚を失ってよろめいた紫が見たのは退廃していく青い世界だった。 〔礼を言う、人の子よ。これで我は無二の存在に昇華する〕 りぃんりぃんと脳の内側から突き破るように錫が一つ鳴るたびに、焼き焦がすようなあの夕焼けが、青空の裏側を炙《あぶ》りながら侵食していく。ゴンドラの内装は煤《すす》まみれになり、ガラス窓は長年の汚れで曇って、ぼろぼろのシートはクッション部分が飛び出していた。 すべてが元に還《かえ》る――あの、朽ち果てた夕暮れの廃園へ。 4 紫の眼を山の稜線から水平に差し込む夕陽が貫いた。錫の余韻がまだ頭を打っていた。 こめかみを押さえた腕を、前のめりになるくらい引っぱられて、紫は振りむいた。パザルと目が合った。茜色の輝きを帯びた瞳が、 〔これから、我は消える。名をもらい、新たな生を受けた我は、もう以前の我ではない。新たな地へ、パザルとして相応《ふさわ》しい所で、我は還るのだ〕 言葉が続く、 〔いま、我に残された力と存在はそこへ脈々と移りつつある。そうなれば、この鉄の滑車はまもなく崩壊する〕 頭に聞こえるパザルの声とは別に、鋼鉄の花の節々から軋む一つ一つの悲鳴が、現実に聞こえていた。紫が割ったゴンドラの窓が傾《かし》いで見えるのは、感傷的な錯覚ではない。 〔最後にひとつ、そなたに頼まなければならないことがある〕 腕を引く力がふっと抜けた。パザルの体が、指先から少しずつ融け始めている。 紫が頷くと、パザルは消えかけの手の甲を紙人形《ラルヴァ》の巨体へ向けた。 〔あれを、打ち倒してほしい〕 「……どういうこと」 〔我が消えても、あれはここに残り続ける。あれは人から生まれ、時とともに地に還るはずであった記憶の残滓《ざんし》。それが因果の掛け違いで膨れ上がり、肥大化しすぎたためにあのような間違ったかたちで姿を得たのだ。あれは決して、時の風化で消えることはないのだ〕 人々の記憶、想い出から生まれたラルヴァ。 ラルヴァを生かし、育むためのラルヴァ。 母と同じだ。紫を生み、育てただけで終わった一生。そう感じると、目の前のラルヴァに言わずにはいられなかった。 「あなたのお母さんみたいなものなのに。どうして、そんな簡単に切り捨てられるの」 パザルは答えた。 〔あれに自我や意思はない。ここで生まれ、ここで死ぬ。それだけの存在なのだ〕 「わたしには分からない……あなたも一つの人格を得たからこうして生まれたんでしょう?」 気がつくと紫は苛立っていた。「なのに、同情とか、名残惜しむ気持ちがあなたにはないの? ただ親の命を踏み台にするだけで、何も感じないのなんて」 そのときのパザルの表情は、なんと言ったら良かったのだろう。子供みたいに驚いて、すぐに追いついて浮かんできた困った笑顔は老人のように穏やかだった。 〔未練がないわけではない〕 紫に向けられた少年の瞳はどこまでも優しかった。 「だったら一緒に考えよう? あなたの生みの親を助ける方法を」 〔それはできない〕パザルは緩慢に首を振った。〔自然の理《ことわり》から外れているものは、正しい場所へ帰らなければならないのだ。あれも役目を終えたから、消えなければならない〕 そして時間も残されていない。パザルの身体は腰のあたりまで消失が進んでいる。 あの日からずっと、わたしは母の手を忘れられないのに、あなたは簡単に捨て去ろうとしている。 「……おかしいよ、こんなのって」 〔そなたが執着しているものが、我には推し量ることができない。だが、だからこそ、そなたに頼みたい。|あれ《ヽヽ》を生み出した因果の終端が我らの出逢いならば、新たな因果の始まりもまた、そなたの前に現れる〕 狭いゴンドラのなかで、パザルは一歩体を引いた。 〔因果はめぐるのだ。この車輪の輪のように――〕 光が、パザルが消えた。 そして崩壊がはじまった。内なる芯を失った観覧車が傾きはじめる。 束の間、振動するゴンドラの中で紫は両手でスカートの裾を握りしめていた。手を緩めると鳳の鳥獣の名前を呼んだ。 「クアロ!」 紫の呼びかけにクアロが応えた。砕けた窓枠に足をかけ、ゴンドラから飛び降りた。飛んできたクアロは頭をさげて、その背に彼女を迎えた。紫はクアロの厚い羽毛の下を探り、細いベルトで組み合わせた騎乗帯を掴んだ。 「急いで離れて……高く、飛んで!」 クアロの背に顔をうずめると、肩に強い衝撃が降りかかった。次に紫が顔をあげたときには、大きく傾き続けている観覧車が眼下に映った。その傍らに寄り添うように、白く巨大なシルエットのラルヴァが立ちつくしている。 「本当に、倒さなくちゃならないの?」 不理解を口にしながら、それでも異能を持つ学園生としての役割と、自分に委ねられた願いを跳ね除けることはできなかった。 パザルという意思を失った今、不動の姿勢を保ち続けている紙人形の巨体は、ラルヴァという異質な存在がゆえに、自《おの》ずから朽ち果てることさえも許されなかった。 観覧車は、不自然なほどゆっくり傾いていく。沈没する船から逃げ出すように、土台や支柱の接合部のボルトが地上へ弾けて落ちていくのが見えた。 クルルル、とクアロが首をひねって紫に振りむいて鳴いた。 「そうよね……わたしが頼まれたことだから、最後まで面倒を見ないといけないね」 紫が指示をささやき、紙人形の周りを飛行していたクアロが螺旋を描くように舞い上がる。ある地点にまで上りつめると、紫は騎乗帯をしっかりと握った。ふわりとした無重力感に紫の髪が浮き上がり、クアロの飛翔はそこで止まった。 羽ばたきをやめたクアロは翼を広げたまま、白いシルエットのラルヴァに向かって急降下を始めた。加速がついてくると、張り伸ばした翼は少しずつ最適化された降下姿勢へと変わり、全身を引き絞った弓のようにしならせる。 騎乗帯を掴む紫の手に力がこもった。 次の瞬間には、クアロは紙人形のラルヴァの体を貫いていた。紫は短いトンネルを一気に駆け抜けたようなぞわりとした音の感覚がし、制動《ブレーキ》をかけたクアロが地表すれすれからほとんど垂直に飛び上がったとき、頭が反り返って、日の落ちた空に燃える赤が視界いっぱいに広がった。 眩むような陽射しに目をそむけた視界の隅に、あの観覧車があった。ゴンドラの中に、ちらりと人影が映った。 パザルじゃない、女と少女の影。 背格好は小さいほうだが、年若い女は少女の母親らしかった。紫の髪を短く切り、もっと眼の線を柔らかくして、もう少し明るい性格だったなら、紫はああいう人の良さそうな女性になれるかもしれない。 靴を脱ぎ、あのごわごわな座席に横になって母の柔らかい膝の上で目をこする少女。 |あれはわたしだ《ヽヽヽヽヽヽヽ》。 遊園地でさんざん遊び疲れた少女が眠ってからも、いつまでも髪を撫で続けている母の横顔は、紫の記憶にはない表情をうかべていた。 母の、千代|紅子《こうこ》としての、幸福に満ちた眼差し。 「おかあさん……」 呆然と、紫は無意識のうちに手を伸ばしていた。遥か地上の、今にも崩壊しそうな観覧車に向かって。 観覧車はもう取り返しのつかない傾きをしていたが、吊り下げられたゴンドラたちは水平なままだった。 「お願い、いかないで」 片手を離した拍子に、バランスが崩れそうになる。ぎりぎりのところでクアロが上手く支えてくれているのもかまわず、紫は叫んでいた。 「待って、帰ってきてよ!」 母の手が止まった。一人娘の小さな頭に手をのせたまま、窓の外を振り仰ぐ。 母と目が合った気がした。笑っていた。そんなはずない。あれは紫がラルヴァに触れて生まれた幻の追憶。過去の青空に、ただ目を細めているだけ。 母が口を開く。声として耳に聞こえなくても、独り言のようにゆったりとした唇の動きは紫にも読み取ることができた。 (今日がいい天気で良かったね) 何の意味もないつぶやき。辛くて、懐かしい声が紫の脳裏にはっきりとよみがえってきた。 「おかあさん!!」 母は、母にしか見えない青空《そら》を眺めながら、また何か呟いて微笑した。そして、大切な宝物を愛でるように、その笑みは尾を引いたまま、膝の上で眠っている娘にむけられ―― あとの姿は噴煙に呑まれ、紫の叫びは轟音に掻き消えた。観覧車の全体が一度に横に倒れたのだから、土煙や砂埃といった砂塵《さじん》の噴き上げた広さや量など、おびただしいものになっていた。 立ち上る煙を嫌ったクアロが、鳴きながら身を捩《よじ》った。 ぐらりと揺られたそのとき、紫の体のほとんどはクアロから離れてしまっていた。 間延びした一瞬の間に、天地が逆さまに変わっていた。クアロが上空で激しく吠えたてていたが、それも紫が煙の中へ落ちたことですぐ見えなくなる。 紫の横を地上で砕け散って飛びあがった拳くらいの石がかすめた。今まさに落下している自分とは逆に、小さな瓦礫の破片たちが舞い上がり、暗い空に消えていく。 目で追おうとして紫が顔をあげたとき、別の石片が後頭部を強く打った。 激痛に目がちかちかする。奥歯を噛みしめるほどの衝撃に声も出ず、自分の視界がしだいに暗やみ、遠く離れるように閉じようとしていた。クアロの鳴き声も、少しずつ篭《こも》って聞こえた。 今度こそ、紫は死ぬのだろう。 紫は自分の意思でそっと、眠るように両眼を閉じた。 決して死にたいわけではなかったが、生きていたいわけでもなかった。あのとき死にそびれて、心だけがずっと彷徨《さまよ》っていたから。ここで肉体が死ねば、生きながら死んでいたこれまでの紫の人生の帳尻が合うのだ。 (あるべき所へ還る……) パザルがそうしたように、紫は今度こそ自分のいるべき所へ戻るのだ。 落ちてゆく、紫の意識も深いところへ沈んでいく。 激突する音を聞く直前、紫は意識を完全に失った。 5 頬を撫でる夕陽の蜜色の温もりが遠のいて、紫は目覚めた。日は沈み、夜に染まっている空の果てでは青い燐光が瞬いていた。 (生き、てる……?) 夢のなかにいるような感じがした。それだけ頭はぼんやりしていて、体は言うことを聞かない。 しかし時間がたつにつれて意識が回復すると、血液が体中の照明を点けて周るように神経にスイッチが入った。起き上がろうとして頭痛に体を強張らせた紫は、そのまま横に手だけを動かす。柔らかく、温かい羽の感触にちらりと目をやった。 「また、助けられちゃったね」 白い毛羽を立ててくすぐるように何度か撫でると、紫の下でクアロが気持ちよさそうに喉を鳴らした。 「生きてた」 何気なく呟いた事実が、もう一つの意味を持って紫の胸にこみ上げてきた。 「生きてたんだ、わたし……」 紫は短く微笑《わら》った。ほとんど笑い声にはならず、くつくつと可笑しさを噛みしめるような笑い方に、いつも一緒にいるはずのクアロが戸惑って、首を一生懸命に上へ回して紫の表情を覗き込もうとしている。 今の紫は、母と手を繋いで遊園地をはしゃぎ、母の膝で甘えていた頃に戻っていた。再び死の際《きわ》に立たされて、ずっと置き去りにされたままだった紫の心の半身を引き寄せたのか……。 「もう、そんなに動いたらまた落ちちゃうでしょ。あは、はは……」 両眼にあふれていた涙が零《こぼ》れそうになって、慌てて手で眼を覆った。泣き笑いの顔で、笑い声をはずませている口だけは隠さずに、紫は笑い続けた。 遠くから迎えのトラックの音が聞こえてくる。クアロを乗せて帰るための、ラルヴァ専用の運車だ。 「帰ったらクアロの大好きなリンゴ、ご褒美にカゴいっぱい食べさせてあげる」 言って、クアロの背中を優しく叩いてやると、 「クルルルー!」 尾羽をぱたぱたさせながら、クアロは夜空に向かって何度も嬉しそうに鳴いた。 -了- トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/678.html
【魔女と空】 中編 出発してから一時間あまり。東京湾を出て洋上へ200キロほど沖。五本の帚はそれぞれ魔女と射手を乗せ、双葉区に建つどのビルよりも高く、海面を遥か下に見下ろして空を駆ける。 最初は緊張していたガンナーの面々も、慣れてしまえば快適なフライトであった。 飛行スピートからすれば風の抵抗はとても強いのだろうが、魔女の障壁のおかげでそよ風程度しか感じない。 飛行機やヘリコプターのようなエンジン音もないので会話も楽に出来る。これから向かうのが戦場とは思えないくらいツーリングめいたひとときであった。 四人の魔女達も当初の緊張はほぐれてきたのか、予想以上に安定した飛行を続けている。それぞれ得意な速度域も違うのだが、ダイヤモンド編隊を崩すことなくここまできていた。 お互いに私的な会話をする余裕すら生まれ、ガンナー達とも大分打ち解けて来た様だ。 その様子をやや後方上空から、空太と葉月が見下ろしていた。 なにかと先行しようとする葉月を何度も叱責し、なだめすかし、ようやくこのポジションに収まることができたのである。 「だから護衛が対象を置き去りにするなんておかしいだろ。この位置でいいんだって」 「うるさい男ねえ。分かったって言ってるでしょう? そんなんじゃモテないわよ」 「ほっとけ。どーせモテねぇよ」 痛いところをつかれた。自慢ではないがこれまでモテたことなど一度も無い。 異能に目覚めるまでは飛行機少年として夢に向かって一直線。異性との縁などまるでなかったのだ。 さらに異能に目覚めてからは新たな環境に慣れることに精一杯で、慣れた頃には周囲の異性は戦友としてしか見ることができない状態であった。 「そっちこそ、そんなに口が悪いと美人でもモテねぇぞ」 風になびく髪が空太の鼻をくすぐる。飛ぶ事に意識がいっていたせいで忘れていたが、異性との密着というのはどうにも落ち着かない。照れ隠しにぶっきらぼうな口調になる。 「はあ? 何言ってんのよバカじゃないの」 ささやかな反撃であったがまるで通じていない。口は悪いがとびきりの美少女である。モテないということはありえないだろう。 「好きだの惚れただのは地上にいる連中がやっていればいいのよ」 「ん? なんだ魔女にはそんなルールでもあるのか?」 異能の発動に条件があるケースは多い。誰かを好きになってはいけないなどというルールは聞いたこともないが、魔女ともなればとんでもない条件があってもおかしくはさそうだ。 「別にルールがある訳じゃないわよ。ただ……余計なものを持てばそれだけ飛べなくなるから」 「なんだ」 どうやら葉月の個人的なポリシーのようだ。飛ぶことに並々ならぬこだわりを見せる葉月らしいともいえる。 これだけ自由に空を飛べるのなら、そのようなこだわりを持つのも理解できる。 きっと自分がその立場であれば、いろんなものを投げ捨ててでも空にこだわった筈だと空太は思う。まさしく色々なものを持ち過ぎて飛ぶ事を諦めたのが自分なのだ。 「てっきり柊さんが男女交際禁止とかって言ってるのかと思ったぜ」 「そんなわけないでしょ。魔女にだって彼氏もちはいるわよ。むしろキリエ先輩はそっち方面は積極的に交遊を広めろって言う方ね」 「それは意外だ」 もっと体育会系のガチガチなスパルタコーチの印象があった。いや新兵をしごく鬼軍曹か。 「先輩は何でもできるもの。偏っていると思うように飛べなくなるって。だから友達でも恋人でもいろんなものを背負ってバランスをとりなさいって言うのよ」 不満気な口調だが、そこにはどこか拗ねた響きがある。 「なるほどなぁ。さすがだな」 学園にいる異能者の多くは10代の少年少女だ。その自我はまだ未発達で手にした力に対してあまりにも不安定だ。それ故に思想や人格が特定の方向に偏るようなことは極力避けるよう配慮がなされている。 それでも管理する側からすればある程度の偏りは必要だろう。むしろ純粋に兵士としての教育を施すほうが異能者を安全に管理するには良い筈だ。 しかし異能の発現は能力者の意思や想像力に大きく左右される。絶対的な忠誠心や狂信といったものは異能の発現を妨げることが多いのだ。 だからこそキリエが言うような指導が活きてくるのだろう。しかしそれを実践するのは難しい。無軌道さを戒める手綱を締めながらも、窮屈さを感じさせない教育などというものは本職ですら困難な筈だ。 見た目と違って面倒見がいいのかもしれないと空太は思った。 「先輩は特別だもの」 一人で飛ぶことにこだわり、他者と距離を置こうとしているように見受けられる葉月だが、キリエのことを話題にすると態度が変わる。何がそこまで特別などと言わせるのか。 「随分ほかのやつらと態度が違うんだな」 「……キリエ先輩は私達とはちがう、本物の『魔女』なのよ」 ──魔女。 葉月達のような帚に乗って飛ぶという能力を発現させた異能者ではなく、古来から脈々と継がれて来た血によって成る本物の『魔女』だと言う。 使い魔を連れ、帚に乗って空を飛び、薬を調合し、様々な魔術を駆使する存在。 かつては森に住んでいた彼女らは住処を失いながらも人々の間に入り込むことによって生きながらえて来た。 異能が超能力とすれば魔術は技能といえるだろう。長い時間をかけ研鑽された深い知識と技術から成る魔術は学園の異能者達とはまた違った意味でのスペシャルであった。 学園はおろか、日本という国においても数えるほどの人数しかいない、正真正銘の『魔女』。それが柊キリエの正体である。 「……魔女の宅急便のあれか?」 空太の言葉に笑みが浮かぶ。異能者とはいえ魔女という言葉から想像できるものといえばそんなものだろう。そしてそれは正解であった。 「先輩はキキのお母さんね。町に住み地域に根付いて人々の生活の為に魔術を使う人。それにくらべれば私達なんて使い魔もいない分キキより下だわ」 あの柊キリエも怪しげな鍋をぐつぐつ煮込んだりするのだろうか。 結婚したらまさに奥様は魔女ってやつか。 その思いつきを遠野彼方はキリエ本人を前に口にしたことがあり、「ほう、それは遠回しなプロポーズというわけか?」と壮絶な笑みを向けられたというのは余談である。 「先輩は本当なら私達みたいな紛い物に飛び方を教えているような人じゃないのよ。この前の任務で怪我なんてしていなければ今日だって自分ひとりで済ませるはずよ」 「それじゃあ意味がないだろ」 「とにかくあの人は特別なの。まがりなりにも私達が魔女を名乗るからには、あの人に恥をかかせないようにするのが義務よ」 「本物の魔女か……どんだけ凄いんだ」 頬を染めて語る葉月だが、魔女についてそれほど知っているわけではない空太にはピンとこない。 「そうね、先輩が本気で飛べば音速の壁を超えるわ」 「超音速!? すげぇっ!!」 音速は時速約1200キロメートル。超音速はそれを超えるという意味だ。高速移動能力を持つ異能者でさえそんなことが出来るのはそうはいない。ましてや超音速は空を飛ぶ者にとっても特別な領域である。 「到達時間は? スーパークルーズできるのか?」 突然目の色を変える空太に戸惑う葉月。急に子供みたいにはしゃぎだした理由が分からない。 「魔女ってそこまでいけるのかよ!」 「私達の中でもそこまでいけるのは本当に一部だけどね」 憧れのキリエへの賞賛に誇らしげに答える。 「瀬野はどうなんだ?」 「……」 「柊さんが褒めてたぜ。お前はいつか自分を越えるだろうって」 「……まだやったことない」 「え?」 「止められてるのよ! 危険だからって! 私だって本気出せばそこまでいけるわよ!」 「あ、ああ」 どうやらそれは実行したことがないらしい。 それくらい簡単だ、と言わないところからやはり困難なのだろうとあたりをつける。葉月ひとりでなら今の3倍から4倍のスピードは出せるらしいが、さらにその上となるとジェットエンジンを搭載した航空機の領域だ。 「まあ今回の任務には必要ないだろうしな。そもそも音速で飛んで吹き飛んだりしないのかよ?」 「その分、障壁を強くして飛ぶのよ。先輩はジャンボジェット機と正面からぶつかっても平気だとか言ってたけど……」 「物騒なこと言うな!」 それが話半分だとしてもコルウスの群れ程度なら突っ込むだけで事が済みそうである。 「でも見てみたいな。やっぱ衝撃波はあるんだろうな」 「そりゃあ凄い音がしたわよ。ってか何か性格変わってない? アンタ」 「……しょうがないだろこれでも飛行機好き少年なんだからな」 確かにちょっとはしゃぎ過ぎた。任務中だということを忘れるなと自分をたしなめる。 「ふーん。将来の夢はパイロットってやつ?」 「……そういう訳にもいかないだろ」 「……」 冷めた空太の口調に、思わず葉月も黙る。 異能に目覚めたが故に何かを諦めた者は少なくない。それは穏やかな日常であったり、憧れや夢であったりする。 「ラルヴァが全部いなくなりゃそれもいいんだろうけどさ。ま、だからといってパイロットは簡単になれるものじゃないんだけどな」 「どうせなら飛行能力の異能に目覚めればよかったのにね。もっともアンタみたいなのが魔女なんてご免だけど」 気まずい空気を誤摩化すように互いに軽口を叩く。 「さて、そろそろ予定遭遇空域だが」 端末に表示されている予測範囲は徐々に広がるばかりで、正確さは失われて行く一方である。 このような迎撃任務では索敵こそが最も重要なのだが、偵察班が別件を優先して任務に就いている状態では仕方が無い。原始的な目視による索敵と有視界戦闘を行うしかないのだ。 「こちらレッド。先行して索敵を行う。各機はそのまま進め」 『了解』 楽しいフライトは終わりだ。ここからは戦場である。気を抜けば待ち受けるのは死だ。 「前に出るわ」 葉月の操る帚は、編隊の頭を飛び越して赤い尾を引いて進む。 「こんなに広くてアンタに見つけられるの?」 「一応、異能の応用でレーダーもどきは使えるけどな。どっちかというとドットサイトみたいな使い方の方が得意なんだが。そっちは?」 「魔女の目を舐めないでよね。こっちだって飛んでいる時は普通の視力じゃないんだから!」 その目標たるコルウスの群れは、洋上上空を飛行していた。通常のカラスや海鳥が飛ぶ高度を遥かに越えている。 コルウスは基本的にカラスに近い生態を持つ。群れで行動し、巣を作って繁殖する。 そしてその生活圏は他のラルヴァのものと重なることが多い。特に凶暴で危険なラルヴァである程それは顕著であった。コルウスは他のラルヴァの獲物のおこぼれを狙うスカベンジャーでもあった。 故にコルウスの姿を見ることがあれば、そこは危険なラルヴァの領域の可能性が高い。特に廃墟や古城、怪しげな洋館などがそうだ。 だがそれは同時に狩人が目をつける場所でもある。 コルウスの群れがいる場所には討伐が必要な危険な存在がいる。──コルウスにとっての利用対象のラルヴァは、皮肉にも餌だけではなく厄介な敵を招くことがあった。 この群れもそんな異能者の手によって生息地のラルヴァを討伐され、移動を余儀なくされたものであった。 幸い海を渡ることすら可能な翼を持っているコルウスである。これまで棲み慣れた土地を離れ、遠い異国に新天地を求めて移動することを決め飛び立った。 行き先については本能に従ったとしか言いようが無い。 多くの研究者はラルヴァと魂源力の関係をあげ、地脈や霊脈、パワーラインと呼ばれるものと関連づけをした仮設をいくつもあげるだろうが、当のコルウス達にとってはどうでもよいことだ。 50羽を越える群れは脱落者もなく、ときおり不運な漁船などを襲って腹を満たしては海を渡ってきたのである。 その旅もようやく終わろうとしていた。陸は近い。しかしこれまでの経験から人間の目に入らぬよう狡猾に移動し、夕闇に乗じて眼下の手頃な無人島に降り立とうとしていた。 ──その動きが察知されているとも知らずに。 双葉学園側がコルウスの群れに気付いたのは偶然であった。 通常の警戒範囲を越えた海域である。しかしとある事件から洋上に対しての警戒網が強化されており、対空戦力の多くが動員されていたのである。 まさに作戦活動中のその警戒網にかかってしまったのがコルウス達にとっての不運あった。 脅威度は低く現状の戦力を割くことはないと判断され、まだ育成段階の魔女達にあたらせる事が決定された。 指揮官は柊キリエ。待機療養中とはいえ本物の魔女であり、後進の育成に力を入れている彼女はうってつけだ。 キリエの判断も早かった。以前より計画していた射撃系異能者との組み合わせを実行し、まがりなりにも戦力と呼べるチームを用意することが出来た。あとは成果を上げるのみである。 「無茶はしてくれるなよ」 簡易指揮所のテントの下。ディスプレイに映し出される情報を見ながらキリエは呟いた。 「──!?」 群れからやや先行して飛ぶ警戒役のコルウスの赤い目が、それを捉えた。 遠くにぽつりと浮かぶ点。飛行物体。 この高度を飛行するものは人間が作ったものか、自分達のような存在だ。すなわち敵性体。 戦闘は極力回避する、それがコルウスの習性である。仲間達に警告を発する。上昇か下降してやり過ごすか、脅威度が低ければ群れで襲ってもいい。 その為に意識を一瞬でも逸らしてしまったのが命取りだった。 遥か先に見えたはずのそれは、一瞬にしてすぐ眼前に迫っていた。 ──ドバンッ!! 凶悪な弾丸さながらに直進してきたそれが、回避行動をとる余裕すら与えずコルウスをはじき飛ばし、肉片へと変えて宙へまき散らした。 コルウスを発見したのは葉月の方が先であった。 魔女の異能である『飛行』は単純に見えて、空を飛ぶことに必要な様々な能力が組み合わさったものだ。 空を飛ぶために進化した鳥が人間とはまるで違う身体構造をしているように、魔女が空を飛ぶためには人ならざる能力が必要であり、異能がそれを成していた。 そのうちのひとつが高速度域で物を見る能力である。猛禽類が高空から得物を捉えるように、魔女である葉月の視力は遥か遠くの目標を見つけ出すことが可能であった。 空太が気付いたのは急激な加速があったからだ。後続の魔女達などおかまいなしに最大戦速(フルスロットル)で突っ込んでゆく。 当初の打ち合わせとはまるで違うその行為に、空太は制止を叫ぶがまるでその耳には届いていない。 障壁は加速するにつれ強化され空気を裂き、その速度は一気に400ノットに達した。 空太の目にもコルウスの姿は捉えていたが、一直線に突き進む帚の前面に展開されている障壁のせいで光撃を放つこともできない。 ちくしょうと毒づいて葉月の腰にしがみつき、衝撃に備える。 そして二人乗せた帚は、コルウスと激突した。 葉月を含む五人の魔女達は、異能に目覚めてからまだ日が浅い。 覚醒の仕方はさまざまだ。朝、目覚めてみたらベッドの上を布団と一緒に浮かんでいたとか、階段から落ちかけた際に浮かび上がったなどである。 ただ共通していることは誰もがその飛行能力を制御できていなかったという事だ。ひどい場合はまともに足を地につけることさえ困難であった。 未発達な異能。ふいに飛び上がり制御できずに墜落するか、際限なく上昇しかねない危険な状態。外出することさえ叶わない日々があった。 ほどなくして異能者の育成機関である双葉学園への転入。突然いままでの生活を失い不安や恐怖に震えていた彼女達の前に現れたのが、学園の魔女達である。 『私達が飛び方を教えてあげる』 魔女式航空研究部──通称『魔女研』。航空研究部から派生した部員10名ほどの集団が葉月達五人の面倒を見る事になったという。 彼女達は三角帽子にマントを纏い、漫画やアニメそのままに帚に跨がって光の尾をひきながら空を舞う。五人ともその光景に魅せられた。 選択肢はいくつかあった。異能を封じて一般人として生活することさえも含まれていたが、五人とも魔女になることを選んだ。 「キミ達の教育係の柊キリエだ。言っておくが私の指導は厳しいぞ」 魔女研の副部長であるキリエが指導者と知った時は嬉しかった。魔女の中でも数少ない音速超えが可能な彼女は、五人にとってヒーローのように映ったのだ。 その後の地獄の特訓はあまり思い出したくはない。言葉通りキリエの指導は熾烈を極めた。脱落者が出なかったのは厳しいながらも様々なかたちでフォローしてくれた先輩魔女達のおかげだろう。 そして初めての帚による飛行。 今から思えば飛行というにはおそまつな内容であったが、あの時の高揚は今でもはっきりと憶えている。見習い魔女が五人でようやく空を飛んだ日。 あらためて瀬野葉月という少女にとって『空を飛ぶ』という行為は特別なものになった。 そう、それは他の何ものにも代えられぬ『特別』。葉月は自らを誇りをもって魔女と名乗るようになったのだ。 「──しっかりしろ! 目を覚ませ!」 はっと意識を取り戻す。 轟々と風まいて二人を乗せた帚はきりもみ状態で降下、いや墜落していた。 高速でコルウスに衝突し、相手を粉砕した衝撃は葉月と空太を乗せた帚自身をもはじき飛ばしていた。 鳥がキャノピーや推進機に衝突するバードストライクという事故は航空機を墜落させかねないものだ。いくら障壁があるとはいえ、軽量で高速飛行する魔女にとっては非常に危険なものであった。 意識を失っていたのは一瞬だったらしい。帚から振り落とされなかったのは奇跡に近い。 激しく左に回転(ロール)。 視界いっぱいに迫るキラキラと輝く壁──海面だ。 「くっ」 帚の柄を握る手に力が入る。暴れる帚に魔力を送り、なんとかロールを止める。帚の先端をあげて水平飛行へと移る。水面を跳ねる石ような飛び方をしてからようやく制御を取り戻した。 なんて無様! 『どうやらキミが一番うまく飛べるようだな。その調子で他の四人をフォローしてやれ』 キリエからの言葉。両親や教師などの大人達からの賞賛よりも大切な宝物。葉月は魔女であることに誇りを持つようになった。 もっと速く、もっと高く。目指す高みは遥かに遠く。それでもいつか辿り着いてみせる。それは誓いでもあった。 空は神聖な場所であり、魔女達の領域である。それを穢すコルウスという存在は葉月自身が思っていた以上に嫌悪の対象であったようだ。その姿を発見した瞬間、ただ怒りが心を支配した。 大きくターンしながら周囲を確認。コルウスの群れを探す。空太の声も耳に入らない。 障壁で直接ぶつかるのは無理があると分かった。キリエのような超音速の領域での障壁であればびくともしないのであろうが、今の自分ではそこまで強力な障壁は作れない。 ならば障壁の縁でひっかけてやればいい。まだ他の皆は追いついていない。いまのうちに── 「いい加減にしろ!」 「──っ!?」 左胸に激痛が走った。 空太が葉月の乳房を力任せに鷲掴みにしたのだ。 「なっ!?」 羞恥よりも痛みで身がすくんだ。 「そんなにラルヴァを殺すのが楽しいのかっ!」 振り払って怒りの声を上げる前に浴びせられた言葉にひるむ。むき出しの怒りの感情を向けられることへの恐怖感と、思いもしなかったその内容にショックを受けた。 「な、なに言ってるのよ」 「違うっていうなら言う事をきけ」 抗弁は睨みつけることで封じる。空太にしてみても、葉月が戦闘に楽しみを見いだすような人間ではないことは百も承知だ。衝撃を与えて怒りを冷ましたに過ぎない。 これが地上だったらひっぱたいてやるんだけどな、と冷めた頭で思う。別に下心があって胸を掴んだわけではない。 「……」 葉月としても言いたいことは沢山あった。あいつらは空にいてはいけない存在だし、他の四人よりもうまく飛べる自分がやらなければならない。 ラルヴァを殺すのが楽しいなどという下衆な思考などこれっぽっちもない。そう思うがうまく言葉をまとめられない。 悔しさと怒りで涙がにじんだが、それを悟られるのが嫌で葉月は歯を食いしばって耐えた。 その沈黙からこれ以上の暴走はないとふんで、空太は通信機で仲間達に声をかける。 「こちらレッド。エンゲージって言う間もなかったな。そちらからコルウスの群れは確認できるか?」 『こちらグリーン。見えるけどまだ遠いわね』 「よし、じゃあ予定通りにこちらが囮になる。射程に入ったら後ろから襲いかかれ」 了解とそれぞれから返答。さきほどの予定外のことにはあえて触れるものはいない。場数をふんでいるだけあって落ち着いたものだ。 「聞いてたな? 予定通りに逃げろ。振り切ったりするなよ」 「分かってるわよ!」 かろうじてそう返す。三角帽子で視界が遮られていることを期待して袖口で目元を拭う。 「だいぶ降下しちまったけどちょうどいい。奴らに頭を抑えていると思わせよう」 振り返るとコルウスの群れが迫って来ている。怪我の功名か、墜落しかけたのを見て逃げるより群れで攻撃することを選択したようだ。 怒りの声をあげるコルウス達が赤い目を輝かせて殺到する。翼の端から端までおよそ二メートル。実際に見るとかなり大きい。それが50羽ほどもとなれば視界を埋めるほどだ。 「くらいついたな。さぁ追ってこい。このまま大きく左へターン。合図したら急上昇。いいな?」 「いいけど今度、胸に触ったら振り落とすわよ」 「え? 何だって?」 「もういい、いくわよ!」 強襲は成功した。コルウス達が後方からの接近に気付いた時には既にガンナーの射程内。激しい射撃が浴びせられた。 正面に対する射撃ができないため、群れに対して斜め方向に進み側面を向けて攻撃する様はまるで戦艦の艦砲射撃のようであった。ただし激しい砲音や煙のかわりに周囲を満たすのはまばゆい輝きだ。 絶妙なタイミングで上昇し、その様子を上空から見下ろした空太は通信機で続けて指示を出す。 他の魔女達が葉月ほどの腕前であれば一撃離脱ができるのだが、四人ともそれだけの飛行能力はない。空太がとったやり方は密集して守りを堅めることを優先した戦法であった。 魔女の障壁は横にした卵のような形で周囲に展開される。そのうえで意識を向けた方──主に前面、進行方向が強くなる。ならば傘のようなそれを盾にすることで攻撃をしのげば良い。 コルウスはカラスの亜種ではなくラルヴァである証として、通常ではありえない攻撃をする。羽ばたきからつむじ風を発生させて叩きつけてくるのである。 生身であれば肉を裂かれるであろうが、幸い魔女の障壁で耐えられる程度の強さだ。 それぞれのお尻をくっつけ合わせて四方に障壁を展開し、その隙間からガンナーが射撃をする。上空からのコルウスの攻撃は大地の雷球が盾となって防ぐ。 後は攻撃がきつい方へ障壁が強い魔女を向けさせるなど、パズルを組み替えるように配置を替えてやれば良い。 飛行速度はほとんど出していない。だからこそ編隊を崩さずにいられるのだが、まだ数も多く逆上しているコルウスは逃げ出す様子も無く、追撃する必要がないので好都合だ。 イメージでいえば盾をかざして身を守り、隙あらばチクリチクリと槍を繰り出す騎士のよう。魔女の空中戦というと華麗なものを想像していたがとてもそうは見えない。 だが、見た目を気にする者はいなかった。ここは戦場、観客のいるスポーツとは違うのだ。何よりも身の安全と堅実さが優先される。 翼を撃ち抜かれて墜落していくコルウス。逆の立場になどなりたい者はいない。初陣にもかかわらず着実に戦果をあげてゆく様子を空太は満足げに見やる。 「よしよし。みんな思ったよりやるなぁ」 危惧していたパニックもなく、四人の魔女は予想以上の動きを見せていた。 「……」 賞賛の言葉をもらす空太だが、一方の葉月も戦闘が始まってから内心感嘆の声を上げていた。──その対象は背後の空太である。 魔女の後ろに乗って空を飛んでまだ僅かな時間しか経っていないというのに、それに慣れたどころか他の魔女のそれぞれの個性を把握して指示を出す。 先ほどもコルウスの波状攻撃の動きを事前に察知し、葉月へ撹乱の指示を出したところだ。 高速でコルウスの前を横切り、さらに空太の光撃で打撃を与えて敵の連携を牽制する。あまりにも見事な手際で、魔女達も目の前のことに集中して初めての戦闘に怯える間もないくらいである。 癪ではあるが、葉月の目から見ても空太はベテランのハンターであり指揮官であった。 他のガンナーの面子もそうだ。前に座る魔女達に常に声をかけ、互いにフォローを欠かさない。通信機からは大地の軽口が流れ出しているが、これさえも緊張をほぐすためのものだろうか。 一体どれだけの経験を積めばこうなるのだろう。これまではただ飛行技術を磨いてきたが、戦場に出るということはそれ以上に多くを求められるという事が理解できる。 目の前で繰り広げられる光景が百の言葉よりも葉月を納得させた。 だからこそ先の失態はどうしようもないほどの恥辱であった。逆上して仲間を危険にさらすような事をするなどあまりにもお粗末ではないか。 空では一人で飛んで一人で死ぬ――それが魔女の誇などと、どの口でそんなことを言ったのか。 自分自身のふがいなさに、葉月はコルウスの群れに飛び込みたい衝動にかられるが、先ほど空太に掴まれた胸の痛みがそれを押しとどめる。その痛みと空太の言葉は葉月の心を強く叩いていた。 (これ絶対にアザになってる。どうしてくれるのよ) そう口を尖らせるが、仕方がないことだとも理解している。これが空の上でなければ殴られていただろう。そうされて当然のことをしたのだ。 「連中そろそろ逃げ出すな。ここからが厄介たぞ。予定通り周囲を旋回して牽制しよう」 「え? ええ」 空太の言葉にあらためて見やれば、コルウスの群れは三分の一ほどに数を減じていた。まとまって襲いかかってくるのであれば迎え撃てばいいのだが、今度は立場が逆となるだろう。 大きく周回しながらコルウスの動きを伺う。確かに一斉に四方へ逃げ出されると厄介なことになる。追撃戦についてもあらかじめ段取りはついているが、これは足の速い葉月の働き次第となるだろう。 カラスといえば古来より魔女の使いとされているが、このコルウスは使いどころか魔女にとっては天敵とも言える危険なラルヴァである。 記録によると災害に見舞われた地方の村ひとつを群れで襲い壊滅させたこともあるという。奴らは抗う術がないとならば人間をも襲うのだ。 戦闘に対する恐怖心や殺すことへの生理的嫌悪感がないといえば嘘になる。しかしそれを上回る義務感が葉月を動かしていた。 ギャアギャアと怒りと威嚇の声をあげているコルウスだが、その動きに乱れが出始めていた。士気が落ちて来ているのだ。 「そろそろね」 「いや、まて」 空太が首を上下左右に目まぐるしく動かしながら警戒する。──何かがおかしい。 長年培って来た闘争本能がそれを察知させたのか。嫌な予感にうなじの辺りがチリチリとする。 『落下注意だって』 彼方の言葉が浮かぶ。やっちゃんの予知は曖昧で分かりにくいが、それに何度も助けられているのは間違いない。 コルウスの叫びが変わった。怒りから驚愕。 「ブレイク! ブレイク! 回避しろ!」 「──!!」 唐突な空太の叫び。ただし魔女達の反応は早かった。それぞれ四方に弾け飛ぶように散る。 『ブレイク』の指示が出た場合には、何はともあれ右にバンクしてその場を離れろと最初の打ち合わせで厳命されていたのだ。 ドオンッと激しい衝撃波と共に巨大な物体が魔女達がいた空間を通過する。巻き込まれたコルウスが何羽か肉片となって散った。 「きゃあ!!」 悲鳴があがる。 風に舞う木の葉のようにくるくると回りながらなんとか体勢を立て直そうと必死な魔女と、帚からふりおとされないようにしがみつくガンナー達。 「みんな!」 「慌てるな! ブルーはグリーンをフォロー! こっちはパープルを助ける! いけるな?」 「もちろんよ!」 そう答えた時にはもう追っていた。斜めになって飛ぶ仲間の帚の下にもぐり込んで障壁で軽く押し上げてやる。 「あ、ありがとう」 「大丈夫ね?」 首をめぐらせて仲間達の安全を確認する。混乱するコルウス達に視界が遮られるが、なんとか全員の姿を捉えることが出来た。 『なんだ今のは!?』 『なに? 飛行機が落ちて来たの!?』 「ちがう! ラルヴァだ!」 空太は襲撃者の姿を見ていた。雲を突き抜け雷のように落ちて来たそれは、海面に激突する前に『翼』を広げ、急降下から機首をあげて水平飛行に入り、大きく羽ばたいて高度をあげていく。それは── 「なんなのあれ!?」 葉月は思わず息をのむ。 「ボギーは飛竜種(ワイバーン)! ボギーは飛竜種(ワイバーン)!」 空太は通信機に向かって叫んだ。 『ボギーは飛竜種(ワイバーン)! ボギーは飛竜種(ワイバーン)!』 通信機から響くその声に指揮所は喧噪に包まれた。 ここにいるのは多少の差はあれラルヴァに詳しい者ばかりだ。飛竜種がどんなものかはすぐに分かる。 ワイバーンとは大型の飛行タイプのラルヴァで、名前の通りの伝承に出てくるそのままの怪物だ。ドラゴンに似た姿をしており高速で飛翔し、種類によっては口から火炎や毒液を吐く。 「うそだろ! なんでそっちに!?」 「偵察班は何やってるのよ!」 「──状況を報告しろ」 テントの中でキリエの声が静かに響く。パニックに陥りかけた指揮所に沈黙がおりた。 『──全員無事。ボギーは雲の上に行った。いまのところ確認できたのは一体だけだ。コルウスどもはまだ残っていたが今ので散った』 空太の冷静な報告に皆胸を撫で下ろす。 『種類はみたところクルエントゥス。元米軍パイロットの叔父貴が空中戦やったって言うんで調べたことがあるから間違いないと思う。全長は9から10メートル。資料よりずっと小さい』 ディスプレイにデータが画像つきで表示される。 典型的な飛竜種の外観。前肢が翼になっているドラゴンといった姿だ。 灰色の身体に赤い斑模様があるのが特徴で、そこから血まみれという意味のクルエントゥスと名付けられた。 背中には垂直尾翼を思わせる大きな背びれがあり、巨大な翼の膂力と脇の下の部分にある襞を震わせて推力を得る。高速高機動で飛行し、過去に何度か戦闘機との空中戦を行った記録があるという。 本来ならばもっと南の方でごく少数が確認されるようなラルヴァであり、日本の領海内で出現するようなものではない。 体長は18メートルほどが標準とされており、おそらく空太達が接触したのは幼体だ。それらはとある条件を満たしていた。 「聞こえるか? そいつは現在防空隊が討伐中のラルヴァのうちの一体に違いない。情報が正しければ他にはいないはずだ。今応援をよこす。撤退しろ」 キリエの合図で防空隊本部へ連絡がとられる。 『……やつはこちらを捉えてます。雲の上で旋回しているのが見えた。レッドはこれより迎撃。他は撤退させる』 「莫迦を言うな! お前達にどうにか出来る相手ではない! 私が行く、いいから撤退しろ!」 空太の意外な回答にパイプ椅子を蹴って立ち上がろうとするキリエ。その肩に手をおいて押しとどめたのは彼方だ。鋭い視線を向けるがひるみもせずに首を振る。 『怪我人が何言ってるんですか! 無茶言わんでください!』 「くっ」 空太の言う通りであった。音速を超えることが可能なキリエではあったが、今は飛ぶことすら出来ない状態だ。 「防空隊は?」 「ダメです。現在三体のクルエントゥスと交戦中。応援はとてもまわせないそうです」 オペレーターが首を振る。 『奴は速い。どのみち逃げきれない。なら後は戦うだけですよ。柊さんの最適の人選ってやつを信じて下さい』 「……すまない。予定外の大物が相手だが頼む」 深く息を吐いてようやく洩らす。 「瀬野」 『はい』 「無理をさせる。だがお前は一人ではない。相方を信じろ」 『……わかりました』 緊張の為か答える声は硬い。 『では、これより迎撃に向かいます』 「ああ、最適の結果を要求する」 『了解』 通信は切れた。再び沈黙が訪れる。 「信じましょう。後はできる事をするしかありませんよ」 彼方が微笑む。その言葉で再び指揮所は動きはじめた。 「そうだな、やれることをやろう。各自関連部署に連絡。動かせるものは何でも動かせ。私の名前を使え、場合によっては三宅島の連中にも動いてもらう」 「本部から健闘を祈る、とのことです」 「ふん、言われなくとも。神那岐観古都に連絡。どうにもきな臭い、この件に便乗して双葉に襲撃をしかける奴がいるかもしれん」 「風紀委員にも連絡します」 「ああ頼む。まったく、どいつもこいつも双葉に興味津々だ。ここに手を出すからには大きな代償を払わせてやらねばな。私が直接手を下せないのが残念だ」 壮絶な笑みを浮かべるキリエ。それを見ないように目をそむけ、こえーと内心で青ざめるスタッフ達。 「……?」 キリエはふっと息をついて、まだ肩に彼方の手が乗っていることに気づく。 「はい?」 緊迫感とは無縁に微笑む彼方。無性に憎らしくなり、キリエはその手を思いきり抓りあげた。 「みんな聞いてたな? 全員ブルーを中心に密集して飛行。三島、そっちの指揮は頼む」 上空の雲を見つめて空太。 『了解。守りに徹して撤収する。心配するな、ハーレムを守るためならはりきっちゃうぜ」 ガンナー役の面々は決断も早くシビアだった。動揺する魔女達をうながして編隊を組む。 切り替えは早い。空太は仲間のことは大地に任せて追撃のルートを組み立てる。 「いいか。こっちから、こう上昇するんだ。奴の後ろをつく」 肩越しに腕を伸ばし葉月に指示を出す。 「ええ」 ちらりと他の魔女達を一瞥。誰もが不安な表情を浮かべている。それを振り払うように空を睨みつける。 「いくわよ」 いつもの口癖を呟き、急発進。 はじかれるように二人を乗せた帚が空を駆け上がる。声をかける間もなく小さな点になってしまった。 「葉月ちゃん……」 「ワイバーンはあっちに任せておけばいい。あの二人が組まされたのはこういう時のためなんだぜ?」 大地は極力明るい声で言う。 「それより警戒をおこたるなよ。コルウスどもだってまだ残ってるんだからな」 「あんなのが来たのにまだいるかな?」 「ワイバーンがこっちに来ないと分かれば来るだろうな。やつらも相当怒ってるだろうし」 勢いにのって攻撃できていた時は良かったが、動揺しての逃げ腰では先ほどのようには戦えないだろう。できれば何事もなく撤退したいところだが、おそらく無理だなと考える大地。 「さぁて、有言実行が俺の取り柄だってのを見せないとな」 大地は更に雷球を周囲に発生させた。 これまでとは段違いの速度で上昇する二人を乗せた帚。 葉月の顔はこころなしか青ざめて、帚の柄を握る手は力が入って白くなっていた。 「あんまり無理するな」 「アンタ言ってたじゃない、必要なら無理も無茶もするって。今がそうなんでしょ。必要なら障壁ぶつけてでも叩き落としてやるわ」 「そうだけどさ、ガチガチに気負ったってダメなんだからな」 「わかってるわよ! でも私がやらなきゃ……」 「いた!」 空太が指差す方向の雲の隙間にクルエントゥスの姿が見えた。 「こっちも雲の上に出るわよ!」 「おう!」 次の瞬間、帚が雲の中に入る。視界が乳白色に染まる。 障壁表面を水蒸気が渦巻いて流れてゆく。 そして── 「抜けた!」 目の前に雲海が広がる。 迫る夕暮れにうっすらと赤く染まり始めたそれは、幻想的でまさしく地上では見る事の出来ない異界であった。 「すげぇ」 一瞬その光景に見とれた。今、あれほど夢見た大空にいる。 しかしそんな感慨も投げ捨てて敵の姿を探す。異能の発現による常人より優れた視力と探知能力はすぐさまクルエントゥスの姿を見つけ出していた。 緩やかに旋回中。先程は偶発的に接触したのではない。明らかに魔女達を狙っての襲撃で、そして奴はまだ続けるつもりだ。 葉月の腰にまわした腕に力を入れてそちらへと促す。葉月も即その動きを察知して帚の先を向けた。 急速に長年組んでいたコンビのように意思の疎通が可能になってきていたが、それを喜ぶような余裕も自覚もなかった。極限状態において二人の意思が重なり合う。 ──奴を仲間のところへ行かせるな! 「エンゲージ!」 「いくわよ!」 続く 前編へ 後編へ トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/755.html
ラノでまとめて読む 【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~前編③】 遠隔操作でゲートが開く、幇緑林が馬上に揺られ、2km弱の連絡橋を渡った後に現れた、橋の終点に位置する"校門"と呼ばれる人工島側ゲート、幇緑林の来訪を事前に告げられていた校門警備の風紀委員によって、人工島のゲートが開けられ、幇緑林は生徒課長の執務室に通された。 校門番をしていたのは、普段は風紀委員会棟地下の電算室に詰めている十六課のカシーシュ=ニヴィン、英国英語と少々の漢語がわかる彼女が応対すると、幇緑林は発音の訛りは強いが、会話には充分なヒンドゥー語で応え、ニヴィンを驚かせた、遠い異国で片言ながら母国語を聞けば、誰でも頬が緩む、彼女は幇緑林が騎乗していた馬にも敬意を払い、生徒課まで丁寧に案内した。 「はじめまして、わたしが生徒課長の都治倉喜久子です、遠方からのお越しに心より感謝いたします」 深々と頭を下げる生徒課長の前に立つ幇緑林、生徒課長執務室まで招かれた彼女は直立したまま、欠片ほどの愛想笑いも浮かべない。 騎乗したまま校舎の廊下を歩き、学生課まで同行してきた馬は執務室前の廊下で待たされている、骨太で険悪な形相の蒼馬は、馬特有の呼吸音や体臭は全くない。 喜久子より三十センチほど背の高い幇緑林は、片手の拳をもう片方の手で包み、目の高さに差し上げると、軽く振った。 「初次見面《チュヅチェンミン》 都治倉喜久子先生」(はじめまして、都治倉喜久子さん) かつて倭寇が落ち延びた場と伝承され、後に大陸浪人と呼ばれた日本人移民が住み着いた、遼東半島の日本人村で長く暮らしていた幇緑林は、ほぼネイティヴな日本語と完璧なアメリカン・イングリッシュを喋ることが可能で、上海に今でも残る租界と呼ばれる外国人居留区で覚えた幾つかの言語でも、多少の会話は出来る。 しかし、彼女が自身の判断でその必要を認めた時以外は、いかなる国に在っても、北京官話に独特の訛りを有した彼女の母国語しか喋らない。 幇緑林は、自身が赴く双葉学園東京校の生徒課長が、北京官話を概ね理解することを既に事前の調査で確認している。 喜久子は、目の前で頭ひとつ下げず、表情すら変えない幇緑林が、充分な礼を尽くしていることは知っていた。 依頼すべきことは既に書面で伝えている、喜久子は無意味な前置きを嫌う相手に対して自分なりの礼節を守るべく、生徒課長としての仕事を始めた。 「では、さっそく、あなたが生徒として学園内で動けるよう、生徒手帳を発給させて頂きます、身分証明書を拝見させていただけますか?」 喜久子は十年くらい前のiphoneをうんと薄くしたような形状を有する、白ロムの電子生徒手帳を出すと、データ読み込みとダウンロードを行うリーダーライターと接続する。 幇緑林は、先刻羽田空港で提出した物とは別のパスポートを出した、名前と国籍は同一ながら、経歴や年齢は全く異なるもの。 政府さえもが雇い主から一転して敵に回ることがある、入国の経緯や時期は曖昧にしておくのが、彼女が今までの活動から学んだ当然の備え。 「え~と、幇緑林《パン ルーリン》さん、十八歳、サンフランシスコのチャイナタウン在住、無職」 偽造の痕跡などどこにも無い、アメリカ合衆国と日本国による査証が捺された紺色のパスポートを眺めながら、喜久子はパスポートの顔写真と目の前の幇緑林に、交互に目を合わせながら聞いた。 「…今回はこの身分《カヴァー》を使うということでよろしいかしら?」 幇は表情を変えないまま、何一つ返事をしない、そこから了承の意思を読み取れない人間は、彼女と仕事をする資格は無い。 「あなたのカヴァーについては、既に何種類か存じ上げていますが、一体あなたは…どこのどなた?」 彼女が双葉学園に来るのに先がけ、日本のみならず、複数の国の政府より丁重な応対を求められた喜久子の、試すような口ぶり。 日本に来て以来一度も変わらなかった幇緑林の表情が、ほんの少し緩んだ、阿修羅像の美貌を宿した女性は、ごく微かに笑った。 「我是《ウォアシー》、満州国兵士《マンヂュウグゥオ ビンシー》」(わたしは満州国の兵士) 望む国の籍を得ることを可能とする一人の女性が帰属を主張しているのは、彼女が産まれる以前に消滅した王国だった。 目の前に立つ女性の、自分には決して入り込めない領域に触れた喜久子は黙って頷き、学生証の入力データ画面を異能の階層に切り替えた。 「では、あなたの異能とその発動アイテムを拝見させていただきましょう」 再び鉄面皮に戻った幇緑林は、黒絹チャイナ服の長い上衣の裾を払うと、下に穿いたズボンの腰より、細身な彼女に不似合いな道具を抜いた。 無言のまま、大きな栗材のデスクに鉄の機械を置く、エル・アール航空のスタッフ、そして日本の入国管理局が見てみぬふりをした物。 モーゼルC96 百三十年ほど前の武器。 拳銃と短機関銃、騎兵銃、自動小銃、短距離狙撃銃までもを兼ねた、現在のカービン銃やPDWの始祖となった銃、馬上から片手で撃てる銃でありながら、旧式火薬の拳銃や単発小銃より長い射程と強力な破壊力を持つ。 幇緑林が自身の名と称する、緑林《ルーリン》と呼ばれる集団、前世紀初頭の大陸馬賊が愛した武器。 満州の馬賊達は、騎馬の活動域である大陸中北部の広い平原に居る限り、馬とモーゼルがあれば戦車にも複葉戦闘機にも敗ることはないと称していた。 喜久子はパスポートのICチップをスキャンし、彼女の異能と目の前の銃器のモデル名を入力した後、データを生徒課長権限でロックした。 「幇緑林《パン ルーリン》さん、あなたを大学部の一年生として学籍登録させていただきました…双葉学園へようこそ」 幇緑林は生徒課長が目線を伏せ、恭しく差し出した電子生徒手帳を、直立した姿勢のまま左手で受け取り、表情を変えず、中も検めずに右手でチャイナ服の内ポケットにしまった。 喜久子は幇緑林が左利きであることを知っていたが、彼女の右手が中世以前の欧州人に多く見られる多指症で、ほぼ同じ形の親指が二本生えていることに気づいた。 彼女が特に隠す様子もない右手の親指はそれぞれが独立して動き、チャイナ服のホックを外す作業と襟をめくる仕草を同時に行っている。 喜久子はデスクの上、自分に銃口を向けた位置で無造作に放り出されたモーゼルを見ながら、幇緑林に告げた。 「この学園には銃を使う異能者が、もう一人居るんですよ…あなたのよく知っている方です…そろそろ来る頃ですね」 その異能者には新顔が来ることは何も伝えていない、しかし彼女独自の情報網、何よりガンファイターの本能が、感知しないわけがない。 そして、こんな時、いつだって本人より早く現場にやってくるのが何かは、決まっている。 銃声 二拍子の轟音と共に、生徒課長執務室のドアに次々と穴が開いた、ドアの向い側に位置する胡桃材の壁に、ゴム弾ではない高硬度の実弾が次々と食い込む。 まず何より先に弾丸がやってきた。 元よりこの部屋は、窓も壁も、無論ドアも特別製で、拳銃弾や異能攻撃くらいでは到底歯の立つものではなかったが、数日前、執務室で退屈をしていた喜久子は、動画サイトに権利者の目を盗んで一本まるまる上がってた映画「コマンドー」を見て、すっかりその気になり、一人きりの職場であることをいいことに、サヴァイヴァルナイフを振り回してヘイヘイカモンカモンと遊んでたら、耐弾性を重視した結果、表層のコーティングは柔らかい素材で出来た強化ドアにバッテンの傷をつけてしまった。 現在、生徒課長執務室を守っているドアは、設備部から怒られることを恐れた喜久子が慌てて大工部まで行って、処理業者行きの廃材の中から、缶コーヒーの差し入れと引き換えに貰っきてこっそり取り替えた、ごく普通のベニヤ製ドア、取り壊し後の建売住宅用ドアだった。 幇緑林は次々と弾丸が貫通し、破片を撒き散らすドアの前まで悠然と歩くと、丈の長いチャイナ服の裾を翻し、穴だらけになったドアを蹴り開ける。 柔軟な腰と長い足、平均的な成人男性の二倍はありそうなリーチで、幇緑林の履いていた黒い布靴は重く鋭い刃物と化した。 長身痩躯な彼女の、ウェスト51の細腰からは想像出来ない強烈な蹴り、重いドアが蝶番ごと吹っ飛び、真っ二つに割れて廊下に転がる。 ドアを穴だらけにした二拍子の撃ち手は廊下と繋がったドアではなく、反対側にある窓をブーツで叩き割りながら室内に突っ込んできた。 分厚いガラス片と共に、執務室に飛び込んできたのは革のブーツ、金髪とテンガロンハット、銀色に輝くレミントン・デリンジャー。 双葉学園風紀委員長山口・デリンジャー・慧海が、愛銃のデリンジャーで、対戦車機関砲に使われるタングステン徹甲弾を乱射しながら、十二階の窓から執務室に飛び込んできた。 少し前の彼女ならこういう時、高比重で焼夷効果のある枯化ウラニウムの弾丸を使っていたが、放射性物質による有害性があるという、ウソかホントかわからない情報を最近よく聞くようになり、有害性云々よりイメージが悪いので、効果は同一ながら製造コストは百倍近いといわれるタングステン弾に転換した、価格差ほどではないにしろ発現には苦労させられたが、今ではだいぶ慣れた。 生徒課長執務室に弾丸を撃ちこみ、飛び込んできたのは、日本国が擁する双葉学園という武器が発射可能な、最も強力な弾丸だった。 樹脂ガラスより重く高価いが耐弾性のある有機防弾ガラスは、そのスペックを越えた弾丸で穴を開けられると、蹴りで割れるほど脆くなる。 規格品の防弾ガラスには対応する弾丸によって等級が定められているが、生徒課長執務室のガラスは到底、拳銃弾で撃ちぬけるものではない。 しかし、防弾ガラスに不可避の性質として、一度被弾した個所と全く同じポイントに寸分たがわず被弾すれば、大口径ライフルにも耐える防弾ガラスが拳銃弾であっさりと貫通する。 それに最も適しているのは、軟体である人体へのダメージより硬体への貫通性を重視した徹甲弾と、精密な連射が可能な銃。 慧海は同じ方法で、拳銃弾では歯が立たない軍用のプレートキャリア式防弾ベストを撃ちぬくのを得意技としていた。 その特性を応用すれば、意図的に弾丸を防弾チョッキでストップさせ、胸全体を着弾ショックで叩き潰す方法も可能となる。 十二階のガラスを撃ち割って突入してきた慧海、日本人小学校高学年女子の平均的な体格を有する少女は、人間が4tトラックに撥ねられた時とさほど変わらぬ勢いで室内まで飛んで来て、窓とは向かい側の壁に叩きつけられた後、何度かバウンドする。 強烈な脚技でドアを蹴り破った後の幇緑林の動きは、音速の弾丸にタメを張る慧海の激しい動きとは対照的にゆっくりとしたものだった。 窓から室内にエントリーしてきた慧海の背後、窓際の位置まで歩く、慧海が銃声と破壊音を撒き散らし、突入の勢いで壁に叩きつけられた慧海自身がゴキっという音を発てる中、幇が発したのは、金糸で太陽と陽炎《フレア》の刺繍が入った、黒いシルクのチャイナ服、丈の長い上着とズボンが発する、微かな絹ずれの音のみ。 突入が窓から行われることはとうに承知していた、派手な動きでドアを蹴り破ったのは、室内戦での相手の動き先を限定させるため。 ドアを背に室内を掃射しようと思ってた慧海は、そのドアが消滅した事に空中で気づき、体を捻りながら頭からドア横の壁に跳びこんだ。 ガラスの破片にまみれた慧海が背後の幇に気づいて、銃口と視線を同調させ素早く向き直る頃には、幇はデスク上のモーゼルを左手で拾い上げていた。 そのモーゼルは安全装置《セイフティ》も左利き用だった、改造品ではない、モーゼル社の製造ラインで作られ、ドイツ軍に納入された正規のサウスポーモデル。 モーゼルの工場が連合軍の空爆で壊滅した今となっては、もう手に入らない銃。 幇緑林はホルスターを持たない、モーゼルはいつもチャイナ服のズボン、ラガーシャツのロープ襟のように強化されたウェストに差している。 執務室の壁際でガラス片にまみれた慧海は左手を軽く振ると、彼女の異能である無限弾丸の能力で、デリンジャーの弾丸を発現させた。 同時に、幇緑林は自身の右手を軽く一ひねりした、身長の割に小さな手、ほっそりした指は長い、多指症で二本ある親指を軽くスナップさせた。 慧海が二発の41口径弾を発現させるのと同時に、幇はモーゼルの30口径弾を発現させた、十発が鋼のクリップで繋がっている。 幇の右手が弾丸を纏めたプレス鉄板のクリップを、モーゼルの上部にある、排莢口兼装弾口に流しこんだ、二本の親指が装填とボルト押さえを同時に行う。 加工精度の高い銃器特有の、焼き入れをされた鋼が発てるカチっという音と共に、十発の弾丸がモーゼルの固定弾倉に装填された。 幇緑林がクリップを銃から抜き捨て、コッキングボルトを前方に滑らせて初弾を装填するのとほぼ同時に、慧海はデリンジャーに二発の弾丸を填め、中折れ銃身を閉鎖していた。 幇が使っているのは、映画や小説、アニメによく登場する、着脱式のボックス弾倉とフルオート機構を備えた第一次大戦以後のモデル、M712全自動拳銃《シュネルフォイヤー》ではなく、それより前の時代のモーゼル、固定弾倉にクリップで補弾する、C96と呼ばれる戦前の旧式モデルに、モーゼル社がM712のフルオート機構を追加した、新旧折衷の特製銃。 馬賊に愛された旧式モーゼル、弾倉と機関部の構造が単純堅牢なC96のほうが重量のバランスに優れていて、かつ、彼女の弾丸発現能力との相性もよかった。 そして、彼女がいままで経てきた生存のための戦いは、一瞬で十発の弾丸を叩き込むフルオートのファイア・パワーを必要としていた。 二発の41口径弾、十発の30口径弾が生徒課長執務室を蹂躙した、熊を一発で射殺するモーゼル弾が、弾痕というより爆発痕に近い傷を十個、横一列に刻み、執務室の設備を次々と吹っ飛ばす、どんな特殊弾頭を使っているのかは想像もつかない。 喜久子は最初の銃声、その直前の風切り音が聞こえた時点で、さっさとデスクの影に隠れていた、さして貴重な物はこの部屋に置いていない。 硝煙が室内に充満する中、二発の弾丸を撃ち尽くしたデリンジャーを持って、同じくモーゼルを十発全部撃った幇と相対した慧海は、はじめて口を開いた。 「…black sun…」 「…火竜小姐《ファーロンシャオジェ》…」 慧海と幇は、昔からよく知っている互いの通り名を呼び合った。 そして空っぽの拳銃を片手に持った慧海は、そのまま幇に向かって突進した、身長百八十一センチの幇に、百四十二センチの慧海が体当たりした。 大概の敵より身長や体格で劣る慧海の、格闘における最大の武器は体当たり、海兵隊時代に、格闘技の教官ではなく、ハイスクールではフットボールのスターだったと自称する異能学生から教わった、肩骨で胸郭を突き上げるショルダーチャージ、この技で現役の序二段力士を失神させたこともあり、チャージで折れた肋骨に掌底を撃ち込んで、身体強化異能者を殺したこともある。 慧海は体当たりのストライクポイントを左右の肩にスイッチせず、そのまま体の正面を向け、幇緑林《パン ルーリン》にぶつかっていった。 「ルー!ルーじゃねぇか!」 慧海は幇の胸に飛び込んだ、細いウェストを抱え込まれた幇は、自分の鳩尾ほどしかない上背の慧海を抱えて左右に揺らし、くるくる振り回す。 大人と幼児ほどの身長差がある二人の少女は、一人は右手、もう一人は左手に拳銃を持ったまま、しっかりと抱き合った。 「やっと来たな!ルー!遅かったぞ!ずっと待ってたんだぞ…逢いたかったんだぞ…ルー…すごく逢いたかったんだぞ…」 「慧海、我小星《ウォアシャオシン》 慧海」(慧海、わたしの小さい慧海) 慧海は自分のおデコくらいの高さにある、幇の細腰に抱きついたまま、離れようとしなかった。 幇緑林も、慧海が絶対人には触らせないテンガロンハットをずらすと、零れた金髪の香りを確かめるように、慧海の頭をかき抱いた。 山口・デリンジャー・慧海の能力、ラルヴァを殺す性質を付与した弾丸を発現、形成できる、無限弾丸の異能。 その力を以って、ラルヴァや異能者と戦うための心身を備えた人間に受け継がれる「魔弾の射手」の力は、カンザスの異能名門デリンジャー・ファミリーだけが独占しているわけではなかった。 中国の東北部、かつて満州と呼ばれた一帯で生まれ育った、ある少女に発動した異能もまた、同一のもの。 無限弾丸の異能と、それによって異能者やラルヴァ、あるいはそのどちらでも無い者を狩る彼女の能力は「手槍鬼《シーフォングィ》」と呼ばれた。 日本語に訳せば拳銃使いという意味、鬼の名の通り、必ずしも義の側には立たない、主に犯罪集団の手先となったガンマンの呼び名。 そして彼女が生まれた時から側にいて、以来、育ちも老いもしない若馬「紅鬚《ホンホー》」は馬の形を有したラルヴァ。 その機動力において馬を遥かに上回るスティード・ラルヴァは、常に幇緑林と共にいた、契約や忠誠ではない、幇緑林と紅鬚は、互いの実力を認め合った同格の仲間。 かつて伝説中の存在として人々に崇拝されていたスティード・ラルヴァは、この少女が世に生まれ出でた瞬間、共に生きる者となった。 物心ついた時から自らを黒き者と名乗っていた幇緑林が、そのスティード・ラルヴァの真名とした紅鬚《ホンホー》もまた、大陸を脅かした悪しき者共の通称。 ヴァイキングの系譜を持つ大陸北方民族であるルース人に端を発する遊牧民、紅鬚から国土を守るため、秦の始皇帝は万里の長城を築いたが、紅鬚は二十世紀になってなお、コサックやパルチザンと名を変えながら国家と民衆の畏怖を受ける者で在り続けた。 一九七〇年代から八〇年代、ソヴィエトと中国が幾度かの紛争状態に突入した時、中華人民共和国首脳部が最も恐れたのはソヴィエトの核ではなく、精強で残忍な北方民族系の傭兵だったと言われ、その脅威は現在もなお継続している。 硝煙の残る執務室、ドアの無くなった入り口から、ステイード・ラルヴァ紅鬚《ホンホー》が、その名前には似合わぬ蒼黒の顔を出した。 執務室の内外を弾丸が飛び交う中、悠然と廊下で待っていた紅鬚は、室内に慧海の顔を認めると歩み寄り、慧海の背中に鼻をこすりつける。 「ひっきゃっきゃっきゃ!くすぐったいよ、HO-HOも元気そうじゃねぇか!」 デスクの下から出てきた都治倉喜久子は、自分のオフィスを全壊させてくれやがった幇緑林と慧海、そして紅鬚の触れ合いに水を差した。 「よろしければ、あなたたちの関係を、わたしにもわかるように教えていただけませんか?」 しばらく幇の体にブラ下がるように抱きついていた慧海は、掴まっていた幇の体からピョンと飛び降りると、右の肩を突き出した。 慧海は自分の開襟シャツの袖をめくる、上腕部には彼女のパーソナルマークである炎を吐く竜、パフ・ザ・マジックドラゴンのタトゥー。 幇緑林はチャイナ服のホックを外す、肩には黒い恒星に黒いフレア、中華圏では災いもたらす物とされる、黒い太陽の刺青、テレタビーズに出てきた、ちょっとキモい顔つきの太陽。 二人のタトゥーには同じリボンが彫ってあった、アメリカ海兵隊の兵籍番号と、所属部隊名NintyNiner s それだけで充分だと言わんばかりの笑顔を浮かべる慧海の横で、幇は一言だけ補足した。 「朋友《ポンユー》」 慧海も話し始める、説明の必要を感じたというよりも、自分にとって最も誇らしい友人を自慢したかった。 「コイツはルーリン・パン伍長、あたしの海兵隊時代の戦友よ、ルーはあたしが背中を預けられる、世界中でただ一人の異能者」 アメリカ西海岸と西部砂漠地帯、中米の一部においてラルヴァ対策を管轄する海兵隊の異能者スクールチーム"99er s"で、日本の醒徒会に相当する最高意思決定者集団、三銃士《マスケッター》の一人を務めていた慧海。 そして、もう一人のマスケッターとして、慧海の相棒を務めていたのが、このルーという、ユーラシア出身の女性伍長。 出自の詳細は不明、海兵隊に来る前は、カナダの騎馬警察隊に在籍し、ラルヴァ対策の専従官としてカナダのラルヴァや異能者と戦っていたが、後にアメリカ統合軍参謀本部の求めで海兵隊へと出向、そのまま伍長任官し、当時海兵隊に居た慧海とチームを組んだ。 幇の居る生徒課長執務室に向け、真っ先に弾丸をブチこんだのは、慧海なりの再会の挨拶、言葉や視覚よりも確かな形で、慧海が何も変わることなくここに居ることを伝えるには、撃つのが一番いい。 もしも幇を名乗るニセモノならば、自分の親友を騙った奴を生かしておく積もりはない。 「資料では知ってはいましたが、この目で見るまで信じられませんでした、三銃士の二つの銃が揃う場を、この日本で見られるなんて」 アレクサンドル・デュマの小説「三銃士」は、原語であるles Trois Mousquetairesを直訳したもの、作中での三銃士の活躍は主に剣戟によるものだったが、幕末にマスケット銃が普及した日本では三銃士とは銃を使う者だという誤解が多い。 三銃士の本場たるフランスから、日本と同じくらい物理的に遠い距離にあるアメリカはといえば、もっといい加減だった、何となく強いのが三人居れば三銃士、って具合に安易に呼ばれている。 マスケッターの正式な訳は「銃士隊」だが、歴史書よりもデュマの小説で有名になった単語は、概ね三銃士を示す物と認識されてる。 そしてアメリカ西部最強と言われた三人の異能者は、共に銃を使う者、北米大陸の砂漠地帯を縦横に駆け抜けた三つの銃と三人の猛者は、アメリカおよび周辺諸国の異能関係者からは、三銃士《マスケッター》と呼ばれている。 無論、アメリカの他の地域での異能者組織では、その最高位メンバーの呼び名は各々異なっていて、ニューヨークを含めた東海岸を管轄する海軍異能者部隊のトップ集団はTOPGUNと呼ばれている。 海軍航空士の精鋭部隊と同一の名称は、紛らわしくすることでの守秘効果と、カッコイイ名前をつけることで、人の集まりにくい異能者部隊の頭数を充足させるため。 戦闘機に乗るTOPGUNに挫折しながらも、異能のTOPGUNで活躍する異能者も居るらしい。 アメリカ中西部および南部《ディープサウス》とメキシコの一部を管轄する陸軍の異能者部隊にも醒徒会相当の組織はあり、慧海はその名称を知らないが、能力者は皆、戦闘よりも情報関係の異能者で占められていると聞く。 喜久子は、調査報告書の中にある伝説じみた戦績でしか知らない二つの銃、今、自らの手の内に在ることが信じられない二人の異能者を見ながら呟いた。 「あのアメリカが自ら銃を手放すなんて、大丈夫なんでしょうか?」 慧海は幇を見上げた、慧海が海兵隊予備役に編入し、双葉学園に転校した後も、アメリカ西部でラルヴァと戦った三銃士の無表情な顔、返答はそれだけで充分だった。 「もう、そういう段階じゃねぇんだ」 一人の異能者の手に余る強力なラルヴァが現れた時、より高位の強い異能者が戦うという、漫画のような展開は、子供が漫画で読んで笑うだけでいい。 一人で駄目なら二人、二人が必要な強敵なら万全に備えて三~四人の小隊を何隊か編成する、アメリカ西部には既に千人単位の異能者を即座に派遣できるシステムが出来上がりつつあった、そして、高位の異能者ほど強いとは限らない、異能者を指揮する人間は、強い戦闘者である必要などない。 かつての日本では、強き侍と強き侍が戦い、足軽や鉄砲方は専ら侍の手柄を助けていた、彼らは強者であって強者ではない、一番槍を侍に譲る者。 それは分担による能率化と相互支援を導入した赤穂四十七士や、高杉晋作の寄兵隊、大村益次郎の薩長日本国陸軍創設で覆されている。 上に行くほど戦闘力が強くなる"漫画の軍隊"からの脱却、それが海兵隊異能者部隊における最強者、三銃士《マスケッター》の目標だった。 そしてアメリカ西部はもう、戦闘者と指揮者の育成と運用、何よりも交戦のみに依らぬラルヴァとの相互接触が進み、ごく少数の強者を必要としない段階に達しつつある。 慧海も幇緑林も異能軍人であって物売りではない、各々の国には、その成熟度に応じたやりかたというものがある、自分自身の能力を求められた日本で、そのシステムまでもをセールスする気は毛頭ない。 しかし、日本の双葉学園がアメリカ西部でシステムを形成した三銃士の内、二人を招いたということは、ペンタゴンに大勢居る、最新戦闘機や駐留基地をいかに他国へ高価く売りつけるかを本業とする、軍服を着た営業マン達にとって日本は"脈あり"の顧客なんだろう。 海兵隊の異能者二人は、そのための試供品のようなものなんだろうか、慧海も幇も、自らの力を発揮するに都合いい立場に不満はなかった。 「これなら、もうひとつの銃、あの大きな銃がここに集い、日本に三銃士《さんじゅうし》が揃うのもそう遠くないかもしれませんね」 喜久子の言葉に、慧海は「ひぎゃっ!」と声を上げ、その場で飛び上がった、横に立っていた幇にしがみつき、ガクガクブルブルと震えている。 三銃士《マスケッター》の一人、現在たった一人の銃として海兵隊に残って、部下と共にシステム完成までのアメリカ西部を守っているもうひとつの銃は、山口・デリンジャー・天海《あまみ》、アメリカ海兵隊では、アミ・デリンジャー特務曹長と呼ばれる、海兵隊異能者部隊の実戦指揮官。 双葉学園の醒徒会長に相当する、海兵隊の三銃士で最も大きな銃は、山口・デリンジャー・慧海の、実の姉だった。 幇緑林は、慧海が安心して背中を預けられる唯一の異能者、そして天海は、慧海がこの世で最も背中を晒したくない異能者。 慧海より二つ年上、金髪翠眼の慧海とは似ても似つかぬ、市松人形を思わせる日本的外貌の美乳美女で、身長は慧海より二センチほど小さいが、常にブラ下げているイングラムM11短機関銃は一秒間に十九発の無限弾丸を吐き出す。 ある日本人が渡米時、六歳の天海がイングラムを掃射し、ラルヴァを倒すのを偶然、目の当たりにしたが、彼は後に漫画家として屍姫という作品を書いたらしい。 姉よりでかい妹ってのが個人的に萌えポイントなのでこの設定にしたが、正直、慧海の身長や体格はブラクラのレヴィくらいあってもよかったかな、と思ってる。 山口・デリンジャー・慧海の最大の弱点、慧海が名前を聞いただけで震え上がった姉、きっと本人と会ったら、腰を抜かすか小便を漏らすか、おそらくその両方。 慧海は、自分の事を知らぬラルヴァや異能犯罪者が、"アミの妹"と自己紹介した途端、恐怖の悲鳴を上げ命乞いをする様を何度も見せられた。 少なくとも慧海ならば、天海《あまみ》お姉ぇが敵に回った時点で迷わずそうする、幼い頃から、姉との姉妹喧嘩は慧海の完敗と身の毛もよだつお仕置きで決着している。 慧海が双葉学園に来る少し前、冷蔵庫にあった姉の赤福を食べてしまった時の、慧海を鉛の箱に詰めて鎖でグルグル巻きにし、ミシガン湖の底に沈めるというお仕置きはまだマシなほう、少なくとも慧海は隠し持っていたEee-PCでサルベージ船を操作し、無傷で生還できた。 幇緑林にとっての山口・デリンジャー・天海は、同い年の気の合う友達だった、ただの仲間とは重みが違う、互いの生命を守る無二の存在。 幇緑林に流るるは天海の血、天海に宿るは幇の命、桃園の誓いを気取る気は無いが、互いに多分コイツとは一緒に死ぬことになるだろうと予感していた。 「では、幇《パン》さんは早速、風紀委員としての登録をさせて頂きます、無論、入会審査は免除、まずは幇さんには新人委員として…」 幇の体から飛び降りた慧海が生徒課長執務室のデスクを蹴っ飛ばした、電子装置が組み込まれ二トンの自重があるデスクが、衝撃で持ち上がる。 「おいオバサン!ルーは海兵隊では実戦参加するために伍長だったけど、カナダの騎馬警察じゃ警視正待遇だったんだ、それを考慮しろ!」 世界で唯一、騎馬警察の実用的運用を継続していることから「最後の騎兵」と呼ばれるカナダ騎馬警察隊に在籍しながら、日本とはケタ違いな数と種類のラルヴァが居るカナダで、ラルヴァとの交戦や折衝を行うカナダ軍異能者予備役校と、軍と警察に設けられたラルヴァ対策チーム、そのシステムを作り上げたのが、幇緑林だった、アメリカ西部におけるシステムの成立も、彼女の功績によるものが大きい。 幇緑林がカナダから隣国アメリカの海兵隊に来た時には、カナダの救世主を送り出すべく、三十隻の軍艦が随行し、サンディエゴの軍港で礼砲を鳴らした。 幇緑林が祖国とする満州の国土を、現在実効支配している国にも国家異能者の組織はあるが、陳公司《チンコス》という、いくらでも同名の企業や人物が居そうな名称の組織は、れっきとした軍の一部隊ながら、国家と自国民の保護よりも営利事業としての異能活動に熱心で、幇はその組織と関わったことは無いし、よくは知らない、第一、名前が恥ずかしい。 その国と国境を接した半島国が有する異能者部隊、国家主席の第四夫人に直属し、その夫人の名から取った「金玉組」よりはマシだが。 「我不要官職《ウォアブャオグゥアンジー》」(地位はいらない) 幇は役職や権力など求めていなかった、いかなる身にあろうと、黒を以ってこの国の黒を白に変える、幇緑林のすべき事は変わらない。 「では、"代行"ということでどうでしょうか?委員長の不在時には臨時に風紀委員の指揮を取る、パンさんの実力なら可能でしょう」 喜久子は、幇に最も相応しい地位は"代貸し"だと思っていた、博徒の世界で組長の代行を務める、任侠では若頭とも言われる役職。 風紀委員の不足を解決する方法を模索していた喜久子は、委員長の代理を務め、時に委員長二人や醒徒会全体に睨みを利かせる"代貸し"を望んでいた、そして選別を重ねてやっと見つけた、双葉学園風紀委員会の代貸しに足る人材である"黒"を何とか手に収めるべく、様々な力を借りた。 風紀委員の不足が表面化するずっと前から喜久子が水面下で進めていた、アメリカで有数の異能者である幇の引き抜きに最大の助力をしてくれたのは他でもない慧海の姉と父、それは慧海を双葉学園にスカウトした時と同じだった。 スカウトにおける最大の問題は幇緑林と、彼女の一心同体のパートナーであるスティードラルヴァ、紅鬚《ホンホー》を日本に移送する方法。 攻撃と指揮の両面に置いて最高の実力を持つ幇緑林、本人の意向はどうあれ、アメリカ合衆国もカナダも手放したくない人材、直属の指揮系統から国外への出向が許されても、別の部署や官庁、あるいは国家から邪魔が入ることは十分に予測できた、そして人間、ラルヴァを問わず幇緑林の命を狙う者は多い。 少なくとも日本内外にある三つの組織が、幇緑林の暗殺を最高レベルの実現希望目標として掲げていた。 異能者およびラルヴァに戦闘訓練を施し、あらゆる需要に応じて派遣することで収益を得る企業「エグゼクティヴ・オーヴァーカムズ」 日本国外の異能者及びラルヴァの徹底排除を主張し、各企業への働きかけを行っている異能者政治結社「神農道魂源会」 表向きは国外で活動する日本人異能者の相互交流を活動内容としながら、その実体は半ば国営の異能諜報組織「A-JETRO」 それ以外にも、異能者組織というよりも、子供小説の愛好者集団に近いような名前を掲げた組織がいくつもあって、彼らは伝説中の異能者、幇緑林の首を取って、一気に弱小から大規模組織への成長を遂げるという非現実的な構想を思い描いていた。 国から難癖をつけられ、邪魔される可能性の高い軍用の航空機や軍艦での渡航が困難な幇緑林を、なんとか日本に呼ぶため、喜久子は非合法武器の大物ディーラーに力を借りた。 人的損耗が予め組み入れられている使い捨て異能者のように、リスクの多いテレポートや飛行異能者による移送をするのは論外、幇緑林を喪失すれば、人間とラルヴァ、異能と既存テクノロジーのパワーバランスがどうなるかは想像もつかない、いくつかの国家は今もなお、幇緑林の存在そのものを抑止力としている。 店長は紛争地帯におけるラルヴァの活動状況の視察官《オヴザーヴァー》という名目で一旦レバノンに入国した幇緑林を、隣国イスラエルから旅客機で羽田に直接送り込むという奇想天外な方法を取った、選択したのは他国の干渉に動じず、且つテロ対策も万全なイスラエルの国際便、成田に着陸していれば、学園までの道中で何らかの妨害もあったかもしれないが、双葉島からは目と鼻の先にある羽田空港に着き、相手が動く前に部分的な治外法権が非公式に認められている双葉島に駆け込めば、大概の連中は手出しが出来ない。 エル・アール航空は、テロの渦中にある国家のナショナル・キャリアであるにも関わらず、設立以来、旅客便の墜落はただの一度も無い。 日本とアメリカの政府と異能者機関、そして武器ブローカーの間で秘密裏に進んでいた幇緑林と紅鬚の双葉学園移籍計画は、喜久子が醒徒会資料閲覧室からピザと共に"黒"を注文したことで、最終的なGOサインが出され、水も漏らさぬ計画はつつがなく遂行された。 「是《シ》」 幇緑林はやはりその表情を微動だにさせぬまま、生徒課長から提案された双葉学園風紀委員会"代行"への就任要請を受諾した。 「やったサボり放題~!」 慧海は喜久子の言葉を聞いて、ジャンプして片手を幇と打ち合わせた、身長差四十センチ、何をするにも飛びあがらなくてはいけない。 それが慧海は嫌いじゃなかった、海兵隊時代から、歩いてる幇の背中に飛びついたり胸に飛びかかって抱き止めてもらうのが大好きだった。 幇もまた、この銃を撃たせれば炎吐くドラゴンと化すデリンジャー・ファミリーの末っ子が、戦績と勲章の数はベテラン軍人顔負けながら、幼い外見同様に、心もまだ子供だということは知っていた、そして幇は出来ればもう少し、慧海には子供のままで居て欲しいと思っていた。 慧海の身内びいきな采配、それが間違いでなかった事を双葉学園関係者が知るのに、半日とかからなかった。 アメリカ海兵隊伍長、幇緑林の予備役編入と日本への入国、双葉学園への入学、極秘のうちに進められたそれらの情報をまだ何ひとつ公開していないその日の内に、カナダを始めとするいくつかの国の元首名で届いたのは、今時は親戚への冠婚葬祭の挨拶か、国家間の儀礼、あるいはタモリしか使わない、数本の電報。 「わが国の救世主、幇緑林女史の貴国におけるラルヴァ対策責任者就任をお祝い申し上げる」 それは、自国の英雄である幇緑林を軽く扱ったら承知しないという、無言の恫喝を含んだ祝電だった。 無論、喜久子はそんなことをする気など更々なかったが、もしも双葉学園がこの女性を無位の役職につけていたら、日本は即座に、ラルヴァ対策における世界の孤児となっていた。 各国の首脳に少し遅れて、複数のラルヴァ組織や、本気で人間との交戦をすれば人類を滅ぼす実力を持つ大型種ラルヴァの何体かが、幇緑林の日本での活動に有形無形の助力をする意思を日本国政府に通告してきた、幇はカナダと北米で殺したラルヴァより、人間とラルヴァの意思疎通不足によって起きる一方的な虐殺から救ったラルヴァのほうが多かった。 力技を専門とする異能者やラルヴァを飼う過激な組織の多くもまた、幇の双葉学園での活動を渋々といった感じで承認する旨の声明を発表した。 カナダ騎馬警察のラルヴァ対策専任警視正、アメリカ海兵隊で伍長として慧海の相棒を務めた三銃士《マスケッター》、そして満州国の一兵士。 モーゼルを帯びた無限弾丸の異能者、手槍鬼《シーフォングイ》の幇緑林が、相棒の紅鬚《ホンホー》と共に、双葉学園の風紀委員会に加わった。 【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~前編】おわり
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1103.html
ラノで読む 1/ 双葉学園風紀委員会電脳班の部屋にて、藍空翼《あいぞら・たすく》はモニターを前に唸っていた。 そのモニターには、ゴッドアヴァタールオンラインの公式ホームページが映されている。別のウィンドウには、ユーザーの立てた掲示板群。 そこには、一連の事件に関する記述が載せられていた。公式ページには、運営チームはそのような事件には関与しておりません、という当たり障りのない記事。そして掲示板群には、それについての様々な憶測、デマ、そして……一部の真実。 ゲームの中のキャラクター……〝アヴァター〟を現実世界に呼び出し具現化するという、実に馬鹿げた内容である。だが翼は知っている。それが事実である事を。少なくとも、双葉学園で幾つかの事例が確認されている。 「運営はわかってんのかしら、これかなり問題なのに場当たりな事なかれ対応で」 「仕方ありませんよ、彼らは双葉と関係ない」 メガネの風紀委員が肩をすくめる。 「アバターと呼ばれるラルヴァ、それを強化・進化させてアヴァターを具現化し、操る力を与えるメモリーカード。それをばら撒いている者達がいる……これは表沙汰には出来ませんしね」 「なのよねー。そんな話が出ると逆効果だもん」 「はい。アヴァターに侵食される危険を侵しても、能力を手に入れたがる一般人は多いですからね」 「すでに噂でアヴァター使いの話は出てる。ただでさえそうなのに、風紀委員が公式で危険性を呼びかけるわけには行かない……か。そこまで考えてるのかどうだか、とにかく厄介よねー」 「まったくです」 メガネも同意する。双葉学園にいながら異能を使えない人間達には、異能に憧れるものも実に多い。そんな彼らに、力が手に入る方法が知れ渡れば風紀は一層乱れることだろう。それは風紀委員として捨て置けることではない。かといって放置はもってのほかだ。故に難しい問題である。翼たちにはよくわかる。風紀委員会電脳班は、基本的には異能を持たない一般人で構成されている。だから、力を持たない人間の抱える心の闇とでも言うべきか……そういうものについては、普通の風紀委員達よりも理解が深い。ネットという、匿名意見の集まる場所に触れているからなおさらだ。 班長は立ち上がり、言う。 「そこで私は考えたの。目には目を、噂には噂よ」 「?」 「これよっ!」 自分の前のノートPCをくるりと回し、皆に見せる。 〝アヴァター狩りをさらに狩る謎の処刑人!?〟 〝双葉学園に新しく現れたヒーロー、ヴェルゼヴァイス〟 〝正義の都市伝説! 人を襲うアヴァターを断つ!!〟 モニターのテキストには、そう記されていた。 「何すかこれ」 「アヴァター狩りしてたら正義の味方にぶっ倒される、という噂を流せばいいの! それが犯罪抑止力になるのよ、風紀を守るためには厳しい罰則が必要だもん」 「まあ、理屈はわかりますが。それで、風紀委員やらが動くと噂の裏づけになってしまうから、同じレベルの噂で潰す、と」 「都市伝説に対するカウンター、いわゆる対抗神話って奴ですかね」 風紀委員達が言う。対抗神話とは、たとえば「某店のハンバーガーはミミズ肉を使っている」という噂をうち消すために、「ミミズ肉は下処理が大変すぎて金がかかる」という噂を流すことでその噂話、都市伝説がデマであると対抗することだ。そういう事例は幾つもある。 「そうよ。しかもヴェルゼヴァイス様はちゃんと実在して、悪いアヴァターをやっつけてるのは私が確認したんだから」 (ただのアヴァター使い同士の喧嘩だと思うんだけどなあ) そう風紀委員達は思ったが口には出さないでおく。事実、あの白いアヴァターがあれ以降も、無関係な人を襲ったとか、潰し合いをしているという噂は聞いたことがない。未だ実害が出ていないなら、あえて触れないで置くのもまた手だろう。 そして翼が叫ぶ。指をさして、勢いよく。 「さっそくこれを色んなところにそれとなく書き込み! 双葉学園風紀委員会電脳班、出撃!!」 「了解!」 風紀委員電脳班の班員達は返礼し、そして自分達の席に着く。 双葉学園の電脳設備が誇るプロキシサーバーを駆使し、IPを変えまくり噂を書き込む風紀委員達。 一歩間違えば、ただの荒らしであった。 「名を広めてあげれば、ヴェルゼヴァイス様もきっと喜んでくれるかも……」 (ぜってー迷惑だと思う) (小さな親切大きなお世話というか) (正直同情するわ) 風紀委員電脳班の心は、ひとつになっていた。 Avatar the Abyss 2 プレイヤーキラー 2/ 夢を、見る。 両親が共働きで、しかも当時は貧乏だった。破格ではないが、借金もあった。しかしそれは特別不幸なわけではなく、よくある話の範疇だった。 彼は幼いながらも、そういった事情をそれなりには把握して弁えていた、いわゆるいい子であった。内向的な性格もあったのだろう。だからあまり文句を言わず、幼稚園にもいけず、ひとりで遊んでいることが多かった。 三歳の子供が、親とも遊ばず、幼稚園や公園で友達を作ることも出来ない。悲しいことだ。だがそれは、よくあるケースなのだ。 自我を育てるそんな時期に他人と触れ合うことが出来ないということは人格の発達に大きな阻害が出る。しかしそれはよくあること、仕方の無いことだ。 そして――その時に起きる不思議な出来事も、実は何の不思議もない、良くあることだ。ただ、多くの人たちが忘れてしまっている、とても大切な出会いと別れの物語、ただそれだけである。 気がつけば、そこにそれはいた。 男の子か、女の子か、最初はわからなかったし、どうでもよかった。 ぼろぼろの車のおもちゃを動かすときに、その小さな手が自分の手に重なった。 どんな顔かは全く彼にはわからなかった。しかしそれこそどうでもよかった。自分以外の誰かがそこにいる、そして遊んでくれる。小さな子供にはそれだけで十分だったのだ。 だから彼は、孤独ではなかった。両親がその、見えない誰か、何かと子供が遊んでいることに忙しくて気づけなかったか、あるいは気づいても放っておいたのかは知らないが、その遊びに邪魔が入らなかったのも幸いであった。二人は、あるいは他にも何人か、何匹かいたのかも知れないが……彼らは毎日毎日遊んでいた。空想の中で、たくさんたくさん遊んだ。ケンカもした。泣きもした。そしてそのふれあいは、親や友達と触れ合い遊ぶのと同じように、彼の心を育んで行った。 心理学者は、それを「想像上の友達」と呼ぶ。 人の心の防衛機構。子供の孤独が呼ぶ、どこかの誰か。その存在によって子供の心は助けられ、救われる……それはありふれた事である。 そして、想像上の友達はいなくなる。 子供が成長して世界が広がれば、もう彼らは必要ないからだ。消えるのでもなく、死ぬのでもない、本来いるべき場所に帰る、と言う心理学者もいる。 どちらにせよ、友達とは別れなければならない。そして別れは新しい出会いの始まりでもある。だから悲しいことではないのだ。 そして、想像上の友達はいなくなる―― 『……た……だぞ……』 はずだった。 『……た。あらた、おきろ……っ!』 那岐原新《なぎはら あらた》は、目を覚ます。 住み慣れた双葉学園の学生寮だ。 『起きろ新、ついに成功した、見ろっ!!』 鼓膜ではなく直接脳を振るわせる声で叫ぶのは、ベルという少女。彼女は新の想像上の友達であり、精神寄生体ラルヴァ、【アバター】と呼ばれる存在だ。 「なんだよ、もう……」 目をこすりながら布団から這い出す。昨夜は遅くまでゲームのレベル上げしていたから眠いのだ。だがベルはそんな新の事情などお構い無しに言う。仕方なく新はそちらに目をやる。 ベルの顔は真剣だった。 テーブルの上にある、小さな消しゴムを、真剣なまなざしで凝視する。そして、指をゆっくりとそれに伸ばす。 親指と人差し指で、つまむように。 『……』 少しだけ、消しゴムが浮く。ベルの指につかまれて、ほんの少しだけ。だがすぐに落ちる。しかし、振り向いたベルの顔は歓喜に満ちていた。 『やった! やったよ新! 私はついに消しゴムを掴める様になったよ!』 「軽いものならな」 『それだけじゃない、ほら見て、窓!』 そこには新の姿がガラスに映っている。そしてその傍らに…… 「怖っ!」 ぼんやりと、薄れてかすれてぼやけて、まさに心霊写真のように、ガラスにベルの姿らしき何かが映っていた。 夜に街中で見たら逃げ出すこと間違いないような、まさに幽霊っぽい何かだった。 『やはり私の思ったとおりだった。あんなのに出来て私に出来ないはずがない』 先日の戦いで、ミセリゴルテが小さいとはいえ木々を切り倒した。それはつまり、やりようによっては物質干渉は可能ということだ。そして、メモリーカードの力で強化されたベルならもしかして……と試してみた結果、新と合体・化身せずとも、少しだけなら触れることも出来たのだ。 『私はいずれ、この身体で、自分自身で、ご飯を食べてみせる!』 (いつになくテンション高いなあこいつ) 新は思う。ちょっとキャラ変わったんじゃないだろうか、とも。まあ気持ちはわからないではない。ゲームの新キャラや隠しキャラを発見したりしたなら嬉しくて使いたくなるのと同じだろう。 今の新とて、実を言うとそうだった。 新しく作った新キャラ、『ヴェルゼヴァイス』の育成に余念がない。 前の『†ヴェルゼ†』と同じくベルゼビュートをアーキタイプとして作成した、白を基調のボディカラーの人型アヴァター。大きなマフラーも合わせてわざわざ購入した。 そのレベル上げに熱中している新である。だが…… 「っ、まただ!」 ヴェルゼヴァイスの前に、アヴァターが現れる。戦車に乗った首のない鎧。デュラハンと呼ばれる死神のアヴァターだ。名前は『ナイトデッド』と表記されている。 『どうしたの、新』 「PKだよ!」 PK、プレイヤーキラー。CPUの敵モンスターではなく、同じプレイヤーキャラクターを倒す事を生業にしているプレイヤーである。殆どのネットゲームにおいて嫌われている。そんなアヴァターが、新のヴェルゼヴァイスの前に立っていた。 漆黒の馬車が高速で動く。移動力は雲泥の差だ。フィールドを縦横無尽に走り、次々とヒットアンドウェイを繰り返していく。その連続攻撃に、ヴェルゼヴァイスはたちまちの内にスタン状態……つまり動けなくなってしまう。 「やば……!」 まただ。またこのパターンだった。そして次に来るのは…… 「デッドエンド・ジャンクション……!」 死神系アヴァターの即死スキル。四度の連続攻撃を叩き込むコンボ攻撃の即死スキルだ。これを防げずに四度の攻撃を食らうと、残りのライフに関わらずに即死してしまう。 そして、またもやヴェルゼヴァイスは無防備にその連撃を受け、死亡した。 「くそ、またかよ……!」 無残に倒れるヴェルゼヴァイス。画面が切り替わる。 『またって……何、もしかしてお前何度もPKされているのか』 「……」 図星だった。今新がレベル上げに使っているエリアに奴は出没しているのだ。レベル上げには今のヴェルゼヴァイスでは此処が一番効率がいいのだが、PKが出るのが唯一の困り者である。 画面が切り替わり終わり、復帰地点へと戻る。 大理石の神殿のような場所だ。そこには色んなアヴァターがいる。そして、巨大なリスが声をかけてきた。 「おかえりなさいです。早かったけどまたですか?」 そういいながら、回復スキルをかけてくる。 「ああ、また会ったよ」 新はそう返答する。そのリスは『まう』と言い、ラタトスクと呼ばれる北欧神話系アヴァターだ。 彼は復帰地点で回復スキルをかけながら他人とおしゃべりをするのが好きなタイプらしく、よく会って話をするようになった。逆に言えばそれだけ、ヴェルゼヴァイスはぼこられて死んでるということなのだが。まあ怪我の功名というか、縁は異なものというか、そういうことなのだろう。 「大変ですね。ゆっくり治して欲しいのです。そりゃ、もう一度」 そう言って再度回復スキルをかけてくれるまう。自然回復には時間がかかるのでありがたかった。 そして完全回復を待つ間、とりとめのない会話をする。 「……あ、そろそろ学校だし、俺落ちるわ」 「ぼくもですよ。近いからもう少し居られますけど」 「じゃあ、また」 「またですよー」 挨拶を交わし、ログアウトする新。 『新、学校行かなきゃ間に合わないよ』 「まだ早いだろ」 『常に余裕は持て』 「はいはい」 言いながら、新は朝食の用意をする。昨晩のカレーの残りなので暖めるだけだ。 『……』 「……」 最近、食事時のベルの目が怖い新だった。 『見てろ。いつか私は……自分で』 「いやわかったから」 すごい熱意だ、と新は思った。そして恐ろしくなる。もし、このままちゃんとした実体を持てるまで成長した場合、エンゲル係数がどれくらい跳ね上がるのだろうか。きっと考えるだけ無駄だろう。来るべき日にそれは明らかになる、それまでは考えずに現実逃避していたほうがいい。 ……それに、少しは楽しみなのもまた事実ではあった。 「ごっそさん」 食事を終え、かばんに荷物を詰め込んで寮を出る。 通学路は生徒達でにぎわっていた。 (この時間帯は苦手だ) 『なんでだ?』 (人が多い) 『この引き篭もりめ……』 ベルが頭を抱える。 「ん」 新が道路でうごいてる小さなものを見つける。 ……リスだった。それが車道を渡ろうとしている。通学時間の学園都市、車の移動は少ないが、それでも車は通るし、スクーターや謎のバイクで走っている生徒も居る。危険なのは変わりない。 『新?』 「リスだ」 新は歩き、そのリスをひょいと掴む。 「車道に出たら危ないだろ」 リスは新をじっと見つめる。どうやら向こうに行きたいらしい。 「連れてってやるよ」 『おい、新……』 「ん?」 周囲を見ると、何人かが新を変な目で見ていた。 まるで、手につかんだ見えない何かに話しかけている変な人を見ているかのように。 『そいつ、他の人には見えていない』 「え」 『私と同じだ。それは……』 そして、女の子が近寄ってくる。小学生だろう。その女の子は、新と、そしてその隣のベルに言う。 「お兄さんたち、その子が、まうが見えるんですか……?」 「え?」 新は手に持ったリスと女の子、そしてベルを交互に見やる。 『新。そのリスは私と同じ……アヴァターだ』 3/ 「まう小さいなっ」 『まうっ』 そのリスは、先ほどゲームの中で会っていた、巨大リスのアヴァターだった。現実では小さかった。というか普通のリスだった。 「しかし……まうのプレイヤーが小学生の女の子だったとは」 ぼく、と言ってたから男だと思っていた新だった。 「あ、あう。ごめんなさいです」 「いや怒ってるわけじゃないよ」 「よかったです。ぼくもヴェルゼさんに会えるとかびっくりですよー、同じ双葉だったんですね」 「世間って狭いよなあ」 「まったくなのです」 途中の公園により、話す新たち。彼女は、十六夜繭《いざよい・まゆ》と名乗った。そしてアヴァターはまう。つい先日、白い服の女の子からカードを貰ったと言う。しかし…… (暴走とかの気配がまるでないな) (ああ、私もそう思った) こっそりと話す新とベル。確かに妙だった。今まで会った様な、力に飲まれて暴れるような、そんな気配が全くなかったのだ。 「ええと、繭ちゃん」 「はい?」 新は、注意深く聞く事にした。 「その、まうを呼び出せるようになって、変な事とかない?」 「変なこと?」 「うん。心境の変化……ええとつまり、怒りっぽくなったりとか、そんなこと……」 「んんと、毎日楽しくなったですよ」 『まう!』 繭とまう、どちらもが満面の笑顔で答える。その表情には、負の陰りは欠片も見えなかった。少なくとも、新には。 「……そうか」 納得する。この笑顔は、つまりそういうことだ。同じなのだ、自分達と。 彼女が、新と同じく想像上の友達を前々から作っていたのかは知らない。だが少なくとも、ここにいるこのリスのアヴァターは、繭にとっては大切な兄弟であり友達なのだろう。それならば……蛍たちのように暴走させる危険性は少ないだろう。 『いいかい、二人とも。よく聞くんだ。この力は恐ろしい。私達は力に飲まれ暴走してきた人を見てきた。だけど、力はただの力だ、わるいなものじゃない』 ベルも、繭とまうに向かって言う。 『プレイヤーとアヴァター、二人がお互いを信じあい、ずっと友達でいようとすれば大丈夫だ。私達だってそうだ、十年以上もずっと一緒にいるんだよ』 「そうなんですか……はい、判りました」 『まーうっ』 素直に頷く二人。 それを見て、新は思う。この二人は心配ない、と。 「と、そろそろ行かなきゃまずいか」 少し話し込んでしまった。早くに起きて正解だったと思う。今ならまだ間に合う時間だ。 「はい、それじゃまた、ゲームで」 『まうっ』 「うん、じゃあまた」 『それじゃ』 走っていく繭の姿を見送り、新もまた早足で高等部の校舎へと急いだ。 そして、やっぱり遅刻した。 4/ 「久しぶりに顔出してみるか」 授業が終わり、放課後。背伸びをしつつ新はつぶやく。 『部活か?』 (ああ) 鞄を持ち、椅子を立つ。 新の所属する部活、それは『電脳遊戯研究部』略して電脳研だ。要するに、ゲーム部である。当然といえば当然の選択であった。 部室のドアを開ける。 「おおおーーーーーーーう救世主現る! これで戦力差は互角から大きく一歩リード! さあさ我が同志同胞兄弟那岐原新よこの侵略者に肉体言語的鉄槌を」 「間違えました」 ドアを閉める。 『間違えてないだろう。部室はここだぞ』 (間違えたんだよ人生を!) 踵を返して立ち去る。だがしかし、再び開いたドアから不自然に伸びた腕が新を捕らえる。 「ふふふふふ逃がすものか~ァ」 「離してください部長ッ! 俺は偶然にも用事がッ」 まるで妖怪だった。 『なるほど、そういうことか』 ベルは納得する。部室の中にいたのは、小さな身体にでっかい態度の藍空翼だった。どうやらまた風紀委員ともめているのだろう。彼女は前回の事件でアヴァターに関わっているので、ベルの姿が見える可能性もある。此処はいない方がいいと判断し、ベルは自分の姿を消した。 「というわけで、不当にも権力を振りかざす横暴たるネッ風の連中に君が力づくで天誅を下すことを期待するわけだ」 「断ります」 電脳研部長、大場殿《おおば・との》の言葉に新はあっさりと拒否の返答を返す。 「それただの鉄砲玉でしょうがっ!」 「そうともいう」 「そうとしかいいませんっ!」 殿は横暴だった。そして性格も悪かった。 新は後悔する。なんで自分はこの部活にいるのだろう、と。思えば入学当時、最新鋭PCのゲーム環境、というのに釣られたのがまずかった。 ともあれ後悔先に立たずである。今はとにかく、殿と翼の言い争いに巻き込まれないように逃げるのが先決だ。 「いい加減にするっ!!」 脚を踏み鳴らす翼の怒号に、殿と新は黙る。 「とにかく、前から言ってるけど、電脳研には立ち退いてもらいたいわけ」 「だから何度も言うとおりにそれは無理だというものだ。というか俺に話しかけたければモニターに入れるようになってから言ってもらおうかッッ!」 「そういうと思って秘密兵器があるわ。メガネっ!」 「はい」 メガネの風紀委員が取り出したのは、中身をくりぬいたモニターだった。 「まさか貴様ァァァ!?」 「そう、これをかぶると……ほら、これで私はモニターの中に入れた、これでちゃんと話は聞くのよね!」 その勝ち誇る翼に対して、殿はがくりと膝をつく。 「まさか……そんな馬鹿げた作戦を本気でやってくるとは、おのれ一生の不覚……ッッ」 その光景を見て、新は内心つぶやく。 (どうしよう、ついていけねえ) 他の部員や、風紀委員達もそうだった。今、この場のみなの心は一つだった。 そして、少し回復した殿が立ち上がり、尊大に言う。 「話は聞くが話に従うとは一言も言ってない。だが約束は約束なのでそちらの言い分を聞いてやろう」 「む~、なんでえらそうなのよそっちは!」 「当たり前で~す、部長と班長なら部長の肩書きの方が上で~す」 「そっちは部活でしょ、こっちは風紀委員なのよ!」 「風紀委員なら偉いんですか~なんでも出来るんですか~」 (ああ、子供の喧嘩だなあ) そう思いながら、新はPCの電源をつけ、アヴァタールオンラインを立ち上げる。翼がいるので、別キャラの方がいいだろう。そう思っていると…… 「ああーっ! ほらそこ、そこのあんた、それ禁止っ!」 「?」 つかつかつか、とやってきて、キーボードに手を伸ばしてアプリケーションを強制終了させようとする。その腕を押さえる新。 「な、ちょ、何を」 「い・い・か・ら、学内でコレ禁止なの! 私が決めたんだもん!」 「ンな横暴な!」 ギリギリと決死の攻防を繰り広げる新と翼。しかし男だが運動不足の新と、女でかつ無能力者でありながらも前線になるべく出てハンマーを振り回す翼、筋力の差は明らかだった。男女の差、身長の差を差し引いても翼に分がある。じりじりと、アイコンが終了ボタンへと近づく。そんな中、翼がとどめとばかりに言ってのける。 「危ないのよ、あんたらだって狙われるかもしれないでしょ!」 「……へ?」 「PKが最近次々と現実で人を…………あ」 しまった、という顔つきになる翼。後ろでメガネも頭を抱える。 「んん? どういうことだネッ風」 殿も聞き返す。 「あ、えーと……その、あくまでも噂よ? そのゲームでPKしてる連中が、ついに仮想現実と現実の区別つかなくなって、リアルで人間を襲い始めたらしいのよ。そう、あんたらみたいなゲームと現実の区別つかないような連中のせい!」 びしっ、と指を突きつける翼。 「班長、ボロが出る前に退散したほうが」 「ボロって何? いいのよ、これ外せばこいつらは私の言葉聞こえないんでしょ」 そう言って翼はモニターのかぶりものを取る。 「やや、急にあの女の声が聞こえなくなったぞ!?」 「ほらみなさい」 えへん、と胸を張る翼だった。 (ああ、バカなんだなあ) (騙されてるおちょくられてるよこの人) (やべぇ、ちょっとかわいい) (よく風紀委員やれてるなあこの人) そんな皆の内心を知ってか知らずか、再びモニターをかぶり、そして翼は宣言する。 「いい? とにかく忠告はしたからねっ!」 そして出て行く翼。その後に風紀委員達が続く。最後にメガネが振り返り、頭を下げて出て行った。 「……なんだったんだあれ」 「さあな。だが確実なことが一つだけある。それは貴様が働かなかったことだ!」 「はいはいどうもすみません」 「ふん」 殿は翼たちが出て行った扉を見て、つぶやく。 「しかし現実とゲームを混同しているか……全く、言いがかりもはなはだしい」 拳を握り、強く言い放つ。 「俺はゲームにしか興味ない!」 断言した電脳研部長。混同どころの話ではなかった。 5/ 『気になるな』 部活から帰る途中、ベルが言う。 「さっきの風紀委員のあれか?」 『ああ。プレイヤーキラーが現実で、と……しかしどうやって、アヴァタールオンラインのプレイヤーを襲う? いや、どうやってそうと見分ける?』 「どういうことだよ?」 『ただPK連中がリアルで人を襲う、なら……彼女が新を止める必要はないはずだ。彼女は言った、あんたらだって狙われるかもしれない……と。つまり無差別でなく、アヴァタールオンラインのプレイヤーを襲っている』 「なるほど」 確かにそうとも取れる。ということは…… 「ベル。まさか」 『ああ。そのPKは、アヴァターを現実において持つものを狙っている……そう考えればつじつまが合う。彼女は、つまり電脳研の連中を守ろうとしたわけだな』 「……言葉足りないよなあ、彼女は」 『まったくだ。前の件といい、悪い子ではないのは確かだがな』 「そりゃそうなんだけどな」 真面目で頑張りやなのは見て取れる。だがそれがいかんせん空回りしているのが非常に危なっかしい。 『そんな彼女達のフォローのためにも、ヴェルゼヴァイスが頑張らないといけないわけだ』 「うんう……っておい! お前まだ諦めてなかったのか!?」 『当然だ。新。私達はヒーローだぞ』 「ありえねー。ぜってーありえねー。つか俺にはそんな危なっかしい戦いに首突っ込むようなあれじゃないです。そういうのは、本物のヒーロー達に任せて置けばいいの。石を投げれば当たるほどにいるだろ」 そう、この双葉学園にはヒーローが多すぎる。正義のために戦う異能者の育成を目的とした学園都市だから当然といえば当然だ。だから、新のような一般人が無理して戦う意味も必要もないのだ。それでも戦うというのなら、それはただの偽善で自己満足に他ならないだろう。 『お前はヒーローになりたくないのか?』 「少なくとも現実でヒーローを気取る気はないよ。そういうのはゲームで充分だ」 『お前という奴は……』 ベルは苦笑する。まあ、力を手に入れたからヒーローを気取り、戦う敵を求めるようなのと比べたらよほどいいだろう、とは思う。現に、一番最初に戦った。ミセリゴルテを振り回す男はそういうタイプだった。その手の人間がアヴァターを使い潰し合いをしている……だが新はそうはならなかった。だからこそ、そういう人間だからこそ今も理想的な共生関係でいられるのだろう。 『……』 「ん? どうした」 急に黙るベルに、新は怪訝な顔で問う。 『新。アヴァターの気配だ』 「なに?」 新も押し黙り、息を潜めて耳を済ませる。 ……音がする。空気を震わせて鼓膜に届く音ではない。アストラルの揺らぎ、魂源力のぶつかり合いが響く、異能者か、あるいはそれらを認識できるものだけに響く音だ。 アヴァター同士のぶつかる音。それがかすかに響く。 「また、誰かがやりあってるのか……?」 『いや違う、新。これは一方的だ』 「……」 嫌な予感がする。根拠はない。だが新は気配を殺しながら、その方角へと進む。人気の無い夜の公園。 「な……!」 そこで新たちが見た光景は、想像だにしなかったものだった。 黒い騎士。首のない騎士が立つ。戦車に乗った首無し騎士。その槍先には、見覚えのあるリスが貫かれていた。 「いやあああっ! まうぅううっ!」 少女が、繭が悲痛な叫びを上げる。 首無し騎士が槍を振るう。まうが投げ出され、地面に転がる。まうはぴくりとも動かない。 「て……めぇええええ!!」 その無残な光景を目の当たりにした新は叫び、怒りに任せて走る。走りながらゲーム機にメモリーカードをセット。電子音声が鳴り響く。 <Avatar Unite Belzebuth> 『新っ!』 ベルの身体が砕け、輝く光の花弁となり、そして新の身体を包み、ヴェルゼヴァイスへと化身する。 ジャンプして飛び掛る。その拳を叩き付ける、が―― その掌に、ヴェルゼヴァイスの拳は掴まれていた。ナイトデッドはそのまま無造作に腕を振る。 「ぐっ!」 地面に投げ出されるヴェルゼヴァイス。だがすぐさま立ち上がり、再び殴りかかる。 『落ち着け、新っ!』 ベルの制止も聞かず、怒りに任せて拳を振るう。そしてその全ては難なくいなされる。 そして、首無し騎士の姿が掻き消えた。 「消えた!?」 『いや違う、新、これは――ぐあっ!』 後ろから強烈な打撃が叩き込まれる。そして次の刹那、左から。そして右、正面、左斜め、上空―― あらゆる角度から攻撃が連続して叩き込まれる。 「ぐっ、まさか、これは……!」 新を既視感が襲う。そうだ、知っている。これは、つい今朝に味わった! 「ナイトデッド……!?」 これは。このアヴァターの攻撃は。プレイヤーキラー、デュラハンのアヴァター、ナイトデッドだ。 「ぐああっ!」 さらに強烈な一撃が叩きつけられ、叩き飛ばされたヴェルゼヴァイス。蓄積したダメージに、化身が解ける。 『まずい、やられる……!』 だが、デュラハンは、ナイトデッドは追撃をしようとはせず、ただ立ち尽くす。そして木陰から少年が現れる。 「……!? お前は……!」 新と同じか少し上だろうか。黒い皮ジャンを着込んだ、整った精悍な顔つきの男だった。その顔は無表情ながらも、ギラギラとした餓えた獣のような鋭い瞳が印象的だった。 「引くぞ、ナイトデッド」 その言葉にナイトデッドは頷き、そしてその姿が解れ、テレビの砂裏のようなノイズを走らせて消失し、男の持つメモリーカードへと戻る。 「待て……!」 その後姿に、新が膝立ちで声をかける。 「何だ、何なんだよお前……! 何でこんなことをする、なんで俺を……」 その新の返答に、男は答える。 「一日一殺だ」 「何……?」 「狩りにはノルマを課すのが長続きする秘訣だ。ゲームも現実も変わらない。 一日に一体、それが俺のノルマだ」 「何だって……!?」 「一日一体、アヴァターを殺す。それが俺のノルマだ。そいつで今日のノルマは終わった」 男は、気を失って倒れている繭を見る。 繭のアヴァター、まうを殺した。だからそれで今日は終わりだ、と。まるでゲームのように言った。 「……っ」 その絶対的かつ圧倒的な、微塵も揺るがぬ言葉に……新は背筋が凍るのを感じた。 恐ろしい。 とてつもなく……恐ろしい! 「俺は剣崎鋼《けんざき・はがね》。プレイヤーキラー。 俺に狩られたければ明日にでも出なおしてくるんだな。小蝿」 鋼はそういい捨てると踵を返し、去っていく。アヴァターのカードも取らずに、興味もないとその姿を消した。 「くそっ……!」 地面を叩く新。 「何だ、何だよあれ……!」 ヴェルゼヴァイスが少しも歯が立たなかった。ゲームのモニター越しに相対していたそれとは比べ物にならないほどの力。圧力。恐怖。 あのアヴァターよりも、それを操るプレイヤー、鋼の方が何よりも圧倒的で、恐ろしかった。 『……新。風紀委員と保険委員に連絡を。彼女を病院へ』 そう言いながら、ベルは落ちているカードへと触れる。そしてベルの表情が強張った。 「……どうした?」 『新。この中には、何もいない』 「どういうことだ?」 『消えてるんだ。アヴァターが……完璧にロストしている』 6/ 繭の容態は、他の人たちと同じく、アヴァターを破壊されたことによる精神的ショックだった。だがまうはまだ生まれたばかりのアヴァターだったので、反動も激しくなく、すぐに退院できるだろうということだった。 また現場に居合わせた新に対して翼が何か色々といっていたが、新の耳には入らなかった。逆に翼に心配されたほどだ。 最後に、微かながらも意識を取り戻した繭が、また来て欲しいと言い、そして眠った。それに頷き返した新はそのまま無言で帰宅する。 食事をする気にも、ゲームをする気にもなれなかった。 テレビをつけ流し、黙ったまま天井を見上げる新に、ベルが言う。 『新。次は負けられない』 そう、負けられないのだ。あれは放置してはいけないものだと思う。風紀委員たちも動いているだろうし、あれだけ派手に動けば他の異能者たちも気づくだろう。だが、それでも放置は出来ない。だが、そんなベルの言葉に対して、新の言葉は違っていた。 「あれとは……戦わない」 『何でだよ? あれは多くの人たちを襲っている。無差別に、だ。それはやがてアヴァターを持たない者までも襲うかもしれないだろう』 「お前を危険な目にあわせたくない!」 新は叫ぶ。その大声にベルは驚いて押し黙った。 「あいつは……プレイヤーキラーの……あのデュラハンだ。ゲームならいい、やられてもペナ付でまた戻るだけだ。だけど……これは現実だ。あれを見ただろう、現実でデッドエンドジャンクションを食らえば、アヴァターは……死ぬ、消えるんだ、ロストだよ!」 新が倒して、ついでに回収した蛍の……死姫蛍のカードには、アヴァターのデータも力も残されていた。だがまうのカードには、データが完全に消失していたのだ。それは死だ。アヴァターの死だ。 あの時は、ただ倒されて化身が解除されただけで済んだ。だが、もし……あの時、鋼に殺意があれば。 ベルはもう、ここにはいなかったのだ。 「お前を……失いたくない」 血を吐くように、新は言う。 「……」 『……』 しばし無言の静寂が部屋に満ちる。テレビの音声が逆に不気味な静寂を際立たせていた。 やがて、ベルが静かに言う。 『だから、逃げるのか』 「……」 新は答えない。ただ視線を床に落としたままだ。 『あの子を見ただろう。そう、そうなんだ新。宿主と良好な関係を築いているのは、私達だけじゃない。共生関係に、共に生きているのは私達だけじゃないんだ。だが、奴はそれらも襲っている。その絆を破壊しているんだ』 それは事実だ。十六夜繭とまう、彼女達は仲良く過ごしていた。だが、何の因果か鋼に目を付けられ、襲われ、そして引き裂かれた。それはもう戻らないのだ。 『お前の感じている恐怖、それが……他の人たちも味わっていく。そして実際に失われていくんだ、新』 「……」 『私は、それが許せない。だから止めたい』 まっすぐにベルは言う。それは嘘偽りのない、飾りのない言葉。ベルはあの暴挙を止めたかった。もう、繭たちのような悲劇を繰り返させないために。 そして、それだからこそ……新には、その言葉がつらかった。 『力を貸してくれ、新』 そう言って、ベルは出て行く。新は一人残されたまま、布団に視線を落としたまま、ただ黙る。 「……くそっ!」 新は布団を叩く。 恐怖だ。そう、恐怖を味わった。なによりも恐ろしかったのは、ベルが消されてしまうこと……ではない。 単純に。 あの言葉を聞いた時。あの瞳を見た時。そこに宿る、奈落の奥のような飢餓、虚無を視た。 あれは普通の人間じゃない。そういったものじゃない。直感する。あれは、今はただアヴァターを殺している。だが、ゲーム内でのPKに飽きたあの男が現実でアヴァターを狩りはじめたように。もしそれが、その興味が人間に向いたなら……あれは間違いなく、何の躊躇もなく人間を狩るだろう。そういった、壊れた人間だ。そんな直感が新にはあった。だからこそ恐ろしい。 殺される。それが何よりも恐ろしかった。 身体が震える。歯がかちかちと鳴る。自分が殺されるのも、ベルが消えるのもどちらももの凄く怖い。嫌だ。もうあれと関わりたくない。 「いや、だ……」 これが現実だ。ゲームでは味わえない殺意。生と死の綱渡り。一歩間違えば永遠に終わり、やり直しは効かない。蛍はこんなものに憧れていたというのか? これは憧れるようなものじゃない。完全な絶望、深淵だ。 涙が滲む。視界が歪む。嗚咽が出る。 死にたくない。死なれたくない。消えたくない。消えられたくない。 これは……ゲームではない。 どこまでも残酷な現実だ。 だから。 「う…………うぁ、あああああ………………!!」 布団に頭を埋め、毛布を噛みながら、新は泣いた。 ただただ、殺されるのが……恐ろしかった。 翌日、新は学校を休んだ。 学校に行く気にはなれなかった。いつの間にか眠ってしまっていて、起きたのは昼過ぎだった。 ベルの姿は無い。 食事をする気にもなれなかったが、流石に空腹が辛かったので冷蔵庫にあるものを適当に、暖めもせずに胃の中に流し込む。 「……」 電源のついてないPCが目に留まる。ゲームを立ち上げる気にもなれない。 「……そうだ、そういえば……」 繭にまた来て欲しい、と言われたのだった。どうせ、何かするべき事があるわけでもない。新は病院へと行く事にした。 昼をとうに過ぎていたし、私服だったので見咎められる事はなく、新は繭の病室へとたどり着く。 「あ……こんにちはです、お兄さん」 繭はベッドに半身を起こしながら、ノートPCでネットゲームをしていた。 「……その調子なら、大丈夫そうだね」 ゲームが出来るぐらいなら、大丈夫だろう。新はそう思い、胸をなでおろす。 「はいです。ぼくはへこたれない元気さがとりえですから。入院とか初めてで、結構新鮮で楽しいですよ? いくらでもゲームできるし」 「なるほど」 思っていたよりバイタリティのある子だったようだ。 「だから……平気なのです。またゲームの中でもまうとは会えますし……」 「……」 笑顔だ。繭は笑っている。朗らかに、とても優しく。 そう、新を心配させまいと、笑っている。 所詮は小学生の子供だ。そんな気丈な嘘は、新にはすぐにわかる。そういうものは……自分すらも騙せない嘘は、すぐに崩れ去るものだ。 繭はモニターを見る。そこに映っている巨大なリスのかわいらしい姿。それを見て、 「……う、うわぁああああああああああああああああああ!!」 堰を切ったように、繭が泣き叫ぶ。涙を流し、鼻水を流し、泣く。 「まう、まう、まうううっ! ごめんなさい、ごめんなさい、まう、うわぁああああああああああああああああああああああああああ!!」 ただただ泣き叫ぶ繭。それを新はただ黙って見ていた。 見ているしか……出来なかった。 どれくらいたっただろうか、泣きつかれて眠った繭をベッドに横たえて、新は病室を出る。 病院を出た所で、ベルが待っていた。 『……新』 ベルは遠慮がちに新の名前を呼ぶ。 「ああ。行くんだろう」 新は答える。その言葉に、ほかならぬベルが驚いた。 『新……いいのか、お前、は』 ベルと新は繋がっている。だからベルにもわかるのだ、新の心が。殺される事への恐怖。だから、新は戦わないのだろうと思った。それは仕方ない事だとベルは思った。新はただの一般人だったのだ。それが、もはやアヴァターの潰し合いだけではない、命のやり取りをする戦いに身を投じることなど、簡単には出来るはずが無い。 そう、蛍との戦いは、アヴァターでの戦い、極論でいうならゲームの延長でもあったのだ。だがこれは現実の戦いだ。だが…… 「よくないよ、すげー怖い。今だって逃げ出したい。だけど……」 だけど、知ってしまった。繭の見舞いに行ってしまった。それが間違いだ、新の選択ミスでバッドエンド直行がほぼ確実の最悪のルートだった。だけど、それでも。 「目の当たりにしてわかった。すげーむかつく、死ぬほどむかつく。何より、ビビりまくってた俺にすげぇむかつく」 女の子が泣いていた。そして何も出来なかった。声すらかけられず、ただそれを見て拳を握ることしか出来なかった。無力だった。 あんな涙を、ずっと心に焼き付けて生きていくことこそ、耐えられない。記憶力はいいのだ。だから、忘れたくても忘れられない。 「……あんな女の子の涙は、俺の現実にはいらない。だから……」 『……うん』 足の震えは止まらない。だが、それでも……ずっと一緒に居た、居てくれたベルと二人でなら。 「行こうぜ、一緒に。力をあわせて、今度こそ奴を止める」 トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/927.html
ラノ推奨 Ⅰ そこは何もない村だった。人といえば六十歳以上の老人ばかりで、若者はとうにこの村を見捨てていた。ダム事業を反対しようという勢力も遠い昔。今では、この村がダムの底に沈むのも時間の問題だった。 だから、この村はある意味存在していないようなものだ。社会的にも精神的にも常世と現世の狭間にあるようなものだった。 そんな、人気のない村に一組の若い男女が訪れていた。 男性はおおよそ標準的な二十歳前後だろう、中肉中背で平均的な身長やありふれた顔つきなど、どこにでもいそうな大学生という風体。ただし、袖や襟など、所々生地が擦り切れた、年代物と言って済ませるにはボロ過ぎるM-51フィールドパーカーを羽織っているのが、見た目の印象を著しく悪くしていた。 もう一人の女性は、彼よりも年上だろうか? 凛とした顔つきもあって大人びた印象がある。年のころは二十代半ばといったところ。身長は男性よりも十センチほど高く、細い四肢や折れそうな腰周りなど、非常にスレンダーだ。真っ黒で身体に張り付くようなニットとスキニーデニムパンツがそれをより強調している。洋服同様に漆黒の髪は艶やかで、ショートボブにキレイに切りそろえられ、陶磁のような白い肌を際立たせていた。 大自然が広がる牧歌的でどこかうらぶれた風景に不釣合いなこの二人に、日課の畑の手入れに向かっていた老婆が、優しく声を掛ける。 「おやまあ、あんたがたのような若い人がこの村に訪れるなんて珍しいことだねえ」 「お婆さん、申し訳ないのだが、志木《しき》トメさんの家はどちらだろうか?」 二十歳前後のその男性は、非常に事務的な口調で質問する。無表情に無感情に。 「おー、おー! 志木さんのところかい? 志木さんのところなら、ここから山の方にまっすぐ進んで、大きな桜の木のところで右に曲がった先にあるやね」 「そうですか、有難うございます」 男性と女性は恭しく深く頭を上げ、感謝を表す。そして、男は手元にある地図を確認し、老婆の指さす方向へと二人揃って歩き始めていた。 その後姿を見ながら、老婆は不思議に思う。 (しかし、なんじゃって、志木さんの所に行くんかねえ? あそこは、何年も誰も立ち寄った場所じゃないというに……) 男の額に汗が滲んでいた。先ほど聞いた老婆の道案内に出てきた桜の木が見当たらず、延々と歩きまくっていたからだ。行き過ぎたのかもしれないと男は思う。 そして、疲労のせいなのか、顔は青白くなり、足を縺れさせ倒れそうになる。 「義《よし》くん?」 彼の傍を歩いていた女性が、その身長とは不釣合いなか細い腕で、倒れそうになる男性を支えようとする。 「ああ、大丈夫」 ふらつく足を意思で制御し、何とか倒れるのを免れると、男性は傍らにいた自分を支えようとする女性に優しく声を掛け、その差し出した手を柔らかく拒絶する。 その男の行為と言葉に反応するように、女性の黒い濡れた瞳に憂いが浮かぶ。彼女の気持ちに気が付いたのか、男は話題を変えることにした。 「やっぱり、ポータブルナビか件の生徒手帳を持ってくるべきだったかな」 「でも、今回は学園の仕事とは違うからって、自室に置いていったのは義《よし》くんですよ? それなら何故最初から持ってこなかったですか?」 彼女は、大きな身体を精一杯かがませ、どこまでも深そうな真っ黒な瞳で、義くんと呼ぶ自分よりも小さい男の目を見つめる。先ほどまで潤んでいた瞳は嘘のように楽しげに輝いていた。 「ああ、なんでだろうな。、自分に“必要”なことだから、学園の力を少しでも借りたくなかったんだろう」 「でも、同じ志木姓でも、義くんとトメ様は遠いご関係だったとお聞きしましたけど?」 地図と周りの風景を確認しつつ、志木は、彼女の言葉に事務的に反応する。 「そうでもないらしい。だから、今、ここにいるんだ。ところで、北ってどっちだ? ペルセフォネ」 「え、えーとっ……」 そう言って、ペルセフォネと呼ばれた女性は人差し指をペロっとなめ、その指を空にかざす。 「……それで分かるのか?」 「多分、こっちではないかと」 険しい山へと続く、ろくに整備されていない道を指差すペルセフォネを残念そうに見つめながら、志木は大きなため息を一つつく。 「―――いいか、それは風向きを調べる方法だ。さっきも言ったが、方向を聞かれたら、お前の手の中にある、その方位磁針を見ればいい」 「はい、義くん!」 その屈託のない明るい声に志木は軽い頭痛を起こしながらも、彼女の手の中にある方位磁針の針の向きを確認すると、もう一度、自分の手元にある地図を見直すことにした。 (さて、お婆ちゃんの家にはいつになったら着くんだろうな……) 男が落ち着いて周りを見渡すと、僅かに山頂が白くなった険峻な山脈はすぐ目の前に迫り、周りには所々紅葉しかけた広葉樹が広がっていた。人らしい影も家屋も見えない。いるのは赤々とした身体を誇示するように空を飛ぶアキアカネだけだ。 二人の目指す場所は未だに見えてこない。 「いやー、義くん、それにしても、さ《・》ん《・》み《・》ゃ《・》く《・》ろくじゅう度、山脈だらけで絶景ですねー」 都会の喧騒に疲れた人たちが羨みそうな大自然の風景を目の前に、志木は『夕暮れ前に見つけられますように』と、神に祈っても鼻で笑われない程度の希望を、心の短冊に書き込むことにした。 太陽も傾きかけた頃合、ようやく二人は目的の場所に到着していた。それは茅葺屋根の古めかしい家だった。長期間放置されていたのであろう、かなりの老朽化が進んでおり、破損も激しく、屋根や壁など、剥落しているところも多い。完全な廃屋だ。 「ずいぶんと、ボロイ……じゃなくて草臥れた家ですね」 「お前は建前というものを学んだ方がいいな」 「家を建てる時に餅を撒くというアレですか?」 「……」 「どうしました?」 「中に入るぞ」 「あれ? どーしたんですかー、義くん?」 見当違いの答えをするペルセフォネを無視し、ポケットから取り出した鍵で玄関を開けると、志木は建物の奥へと進入する。 「待って下さいよ、義くん。うわわっ! ほら、でっかいゲジゲジですよ! 見てください―――あれ? どこ行ったんですかー、置いてかないで下さいよー」 志木は荒れた室内を土足のまま上がってく。雨戸が閉まっているためか、中は薄暗い。リュックからLEDライト引っ張りだし、それを点灯させ、周りを伺う。その光を嫌うように様々な虫が、壁や床、天井を這って逃げていった。 志木は、その光を頼りに廊下を先へと進んでいく。 一歩足を踏み込むだけで、痛んでいると分かる廊下はそのまま台所に繋がっているようで、志木はそちらへと慎重に歩き出していた。 「割れた食器に気をつけろよ」 後ろで大きな身体を縮こませ、恐々と付いてくるペルセフォネに声を掛ける。 「は、はひ」 そういう彼女は志木のフィールドパーカーの端を握っていた手の力を更に強くする。 男は、台所の横にある引き戸の前に立ち、すっかり建てつけの悪くなったその戸をガタガタと揺らしながら引きずり開ける。振動で頭に埃が降りかかる。 戸を開けた先にあった部屋は埃まみれになった居間だった。中央にある大きめのちゃぶ台は足が一本折れて傾き、部屋の隅にあるブラウン管式テレビの画面は割れ、その上に置かれている博多人形のケースもすでになく、人形も当時の美しさのかけらもないほどに煤けて不気味な容貌になっていた。他にも熊の木彫りの人形に市松人形、マングースとハブの剥製、巨大なこけしなど、なんとも微妙なものばかりが部屋にはそこかしこに飾られていた。悪趣味な観光土産を集めるのがこの家の主の趣味だったのだろう。 そんな時代錯誤な調度品を無視し、志木は足元の畳にマグライトをかざす。雨漏りがあるのか、所々、畳が変色しているのが分かる。おそらく、腐っているようで、そこを軽く踏むと抜けそうな程に柔らかくなっていた。 志木は、畳を踏み抜かないように、雨戸の隙間から漏れる明かりの方向を目指し、慎重に足を進める。そして、縁側に繋がる破れた障子戸の前へと近づいた瞬間……。 「あひゃぁっ!?」 背後から聞こえてきた拍子抜けするような声とともに上着が急に強く下へと引っ張られ、思わず後ろへと倒れこんでしまう。 「一体なんだ?」 強かに打ちつけた腰を摩りながら、志木が横を見ると、埃だらけになり、つっ伏したペルセフォネが転がっている。その右足は床を豪快に踏み抜いていた。 「いい加減にしろ」 やれやれといった表情をしながら、志木はつっ伏したペルセフォネを立ち上がらせ、埃を払ってやる。 「す、すいません」 ペルセフォネは悪戯を怒られた子犬のようにしょんぼりとする。 志木は、障子戸の残骸を超え、縁側へと出る。縁側の板張りも一歩踏み出す出すだけでギシギシというほどに傷みが進んでおり、志木は、これ以上彼女が床を踏み抜かないように、その旨を懇切丁寧にペルセフォネに伝えることにした。 おっかなびっくりに足を進める彼女の姿を見ながら、どうしてこうも不器用なのだろうと志木は不思議に思う。そして、彼女もようやく雨戸の前までたどり着く。 「雨戸を開けるぞ」 「はいっ!」 二人が同時に雨戸を開けると、僅かに冷ややかな秋風が頬に当たる。 目の前には、巨大な山脈が絵画のように壁となって峰を連ねている。それは圧倒的なまでに人間の矮小さを表現するに足るもので、沈みかけた夕日が、その光景を橙色に染め上げているのも印象的っだった。 「うっわーっ、キレイですよー! キレイですよー、義くん!? ちょっとお庭がお手入れされえなくて、雑草でぼーぼーで貧乏くさそうなのが残念ですけど」 「……」 「あれ? どうしました」 「なんでもない」 目頭をつまみながら、志木は自分の心中に湧き上がったはずであろう感動をぶち壊されたことをぐっと我慢する。 だが、その瞬間。 「よ、義くん?」 突然、何かを知らせるようにペルセフォネが志木の肩を大きく揺さぶる。その手は僅かに震えていた。 「どうした?」 「あ、あれで……す」 震えながら彼女は部屋の一点を指差し、無理やりに志木の身体をそちらに向ける。そして、その大きな身体を、自分よりも小柄な志木を盾にするように精一杯小さくしている。 なるほど、そこには曖昧な形状をした物体が浮かんでいた。人のようで人でなく、光のようで闇のよう。不定形で、不安定。存在感さえもこの次元と他の次元を行き来しているように揺らめき、不確定だった。 「なるほど、これか」 志木は、その物体がこちらへゆっくりと近づいてくるのに物怖じせず、隅々まで調査しようと、見つめている。 「そ、そんな落ち着いてる場合じゃないでしゅよー」 あまりの恐怖に思わず語尾を噛む。 「まあ、そうだな。人の魂も浮かばれなければ化物《ラルヴア》ということだ……」 鼻先三十センチまでその影が近づいたところで、満足したのか、志木はペルセフォネにようやく声を掛ける。 「さて、それではペルセ、仕事の時間だ」 「はひっ!」 ペルセフォネはそう言うと両手を自分の胸に当て、小声で呪文めいたものを呟く。 詠唱が終わる。すると、彼女の身体の隅々からプラチナ色の光の粒がゆっくりと分離、放出される。 彼女自身は完全な光の粒となり、志木を含めた、この廃墟すべてがその光に包まれる。志木の目の前が真っ白になり、光景が反転する。 志木の目の前をギンヤンマが元気に飛び過ぎていく。肌にジワリと汗が吹き出てくる。明らかに暑かった。先ほどまでは僅かに肌寒ささえ感じていたのに……そう志木は思いを巡らす。 (八月? いや、七月か?) 眼前に広がる山脈も先ほど以上に美しくオレンジ色に染まり、ヒグラシもうるさく鳴いている。目の前の庭は雑草一本さえないほどに手入れが行き届いており、花壇にはひまわりなどの夏ならではの花々が咲き誇っていた。振り向くと、障子の向こうの居間には、博多人形などの時代錯誤な飾り物に並んで、壁掛け式の振り子時計がゆるやかに時を刻んでいる。 (今は何年前なのだろう?) 彼の傍にはペルセフォネはいなかった。 ただ彼は独り、ぼんやりとしながら、縁側の廊下にポツリと座っていた。 「おんや、春坊、どうしたね」 その声に、志木は知らず懐かしさで震えてしまう。その心の底から湧き上がる感情が抑えきれずに声の方向に振り返る。 そこには、自分が幼いころから見慣れた優しそうな笑みを浮かべる老婆が一人、お盆に三角に切ったスイカを載せて佇んでいた。数多い皺に隠れてしまった暖かげな瞳、長年の農作業で大きく曲がった腰、水仕事などでささくれ立ち、皺だらけになった腕と指。彼女のこれまでの苦労を示す真っ白な髪の毛。どれもが、彼が先ほどまで忘れていた思い出の中にあるものであった。 「……」 志木は、自分の気持ちの高ぶりとは裏腹に何をどう言ってよいのか分からずに、その場に固まってしまう。 「どうしたい? 春坊。こっちきて、一緒にスイカ食わんかね?」 「……うん」 そう言うと、志木は立ち上がり、老婆の持つお盆から“小さな子供のような手を伸ばし”スイカを手に取るとムシャムシャと食べ始める。その途中で口に入ってくる種を無造作に庭に吐き出す。 「これ、春坊、行儀が悪いよ」 柔らかい言葉で、優しい表情で注意するそれは、何故か志木の心に大きく突き刺さり萎縮させてしまうものだった。 「ご、御免なさいっ」 志木はまるで、“幼い子供のように”反省する。 「ええんよ、うん。ええんよ」 「ゴメンナサイ……」 志木は、皺だらけで無数の傷が刻まれた手で、その小さな頭を優しく撫でられる。それはガサガサした感触だったが、暖かく気持ちがよい。 「春坊。春坊にはほんに悪いと思っとる。子供なのにこんなことになってな」 「どういうこと?」 「わしらの孫だからね。こうなることはわかっとった。済まんのう。どうか、わしらを許《・》し《・》て《・》くれや」 「うん」 老婆は志木の“小さな身体を”を強く抱きしめる。言っている意味は分からなかったが、老婆の暖かさ、優しさだけは肌を超えて感じることができる。 だが、その時間は短い、永遠に味わいたい感触はゆっくりと無慈悲に消えていき、それに気が付いた志木が顔を上げると、老婆の姿も霞のように目の前から消えていく。 志木は、何か大事なものが消えてしまったことに気が付くと同時に、それに見合うだけの大事なものを思い出していた。 「義く~ん!」 庭の向こうから自分を呼ぶ声が聞こえてくることに志木は気づく。その声は聞き覚えがある女の子の声だった。そちらに振り向き、彼女を見る。遠めではあるが、自分よりもやや背の高い女の子なことが分かる。だが表情が、顔が見えない。どんな顔だろう? そう思い、目を凝らそうとする瞬間……。 夢は覚める。現実に引き戻される。 そこにあるのはそこかしこが朽ちたあばら家であり、手入れの行き届いていない雑草だらけの庭。 先ほど目の前まで迫っていた不定形な物体ももうどこにも存在しない。 床を見ると、LEDのマグライトが点灯したまま転がっていた。 その場にいるのは、頬を涙で濡らす青年と、それを後ろから強く優しく抱きしめる女性の二人だけ。 「ふん……」 気がつけば日は沈み、周りはすっかり暗くなっていた。とりあえず、人家の多い麓まで帰れるのか? それが志木の最大の心配だった。 Ⅱ 「いよーっ! 義春ー!!」 そう言って、志木の背中を叩きながら、大柄な男が後ろから声を掛ける。 「ああ」 そっけなく、志木義春《しきよしはる》は応対する。 「相変わらず、元気だな」 「お前は、相変わらず無表情だなぁ? で、昨日の収穫はあったのかよ!」 「ああ」 「そいつは良かった! はははははっ!!」 そう言って、豪快に笑いながら大男は講義室から去っていく。これから講義だというのに、退出してどうするのだろう? と義春は思うが、彼の立場を思い出し納得する。 おそらく、醒徒会の仕事か何かなのだろう。 「まあ、いいか……」 義春はボソリと呟くと、これから始まる授業のための準備をすることにした。 「義くん、彼は私たちの昨日の行動を知っているようですけど、殺《や》っときますか?」 隣に座っていた女性が義春にそう囁く。ペルセフォネだった。 「ああ、いいんだ。彼は問題ない。こちら側の人間だ。ただ……」 「ただ?」 「彼を追いかけていった銀髪の女性は分からないけど」 「そういえばいましたね。怪しげな動きをしてましたけど、あれって“すぽーつかー”って人ですよね?」 「さ、授業が始まるぞ」 そう呟いた瞬間、後ろの席にいた、大学のキャンパスにいるには少々童顔な男の子が志木に声を掛ける。 「なあ、志木」 「なんだ?」 「前々から聞こうと思っていたんだけど、彼女は駄洒落が好きなのか? それとも天然なのか?」 無表情な顔が僅かに歪む。 「……そうだな、どっちでもあって、どっちでもない」 「言ってることが良く分からないんだけど」 教室の扉が開き、教授が入ってくる。長い午後の授業の始まりだった。 Ⅲ 病室のベッドに女性が横たわっていた。周りには様々な機器が並び、それらに繋がれた多くのチューブが身体中を縦横無尽に這っている。そんな姿をよそに、看護士は彼女の関係者らしき人物に事の次第を説明していた。 「残念とは思いますが、おそらく、現状で、彼女の回復は無理かと……」 寄り添うよに手を握り、その姿を見守っていた女の子がその意見に抗う。 「ここだったら、治癒能力者だっているでしょっ!? 何が無理だって言うのよ」 彼女は場も弁えず声を荒げるが、それは残った僅かな力を搾り出すような切実さで覇気はなく、彼女自身も限界に近いことを示していた。長く付き添い、看病していたのだろう、憔悴しきった顔つきからもそれが理解できた。 「だから、全くもって原因が不明なんだ。私たちにはどうすることもできない」 彼女の担当医である黒丹譲治《こくたんじょうじ》が、目の前の現実を否定しようとするその女性に声を掛ける。彼から見ても良く分かる、瀕死の状態の妹を助けたいのだ。そんなことは当たり前のことだ。 「だったら、助けられるような能力者を呼んでくださいよ! だって、人が一人死のうとしてるんですよ?」 その言葉に白髪交じりの無精ひげを生やした黒丹は、自分の力のなさを痛感する。この感覚は何度味わっても慣れないと彼は思った。そして、今後もこの無力さを何度も味わうことになるのを苦々しく思う。 「いいですか? “たまたま”不運にも正体不明の化物《ラルヴア》に出会い、あなたの妹さんがダメージを受けたのは事実としても、原因が分からなければ、処置のしようがないんです。幾万人の治癒者を呼んだところで、現実は変わりませんよ」 黒丹の傍に立っていた看護士は手元にあるカルテを見ながら、彼の言いづらいことを冷徹かつ平静に短い言葉で彼女に突きつける。 「彼女は長くありません」 恐らく、彼女にとってもこの言葉を相手に伝えるのは本意ではないのだろう。 「だから、そのまま、何も手を施さず、座して死ねと?」 ベッドに横たわっている人物の姉はそう反論する。だが、理想や空想では世の中は動かない。だから、事実を知っている人たちは、現実を直視している人たちは、それを知らない傍観者のささやかな希望を摘み取ってしまおうとするものだ。 「そんなことは言っていない。私たちは、別に人が死ぬことを楽しんでいるわけじゃない。ただ、打つ手がないのだよ」 あごに生えた無精ひげを摩りながら、黒丹医師は彼女に理解を求めようとしていた。 だが、それは彼女の気持ちからすれば無理な事柄だった。そして、それも彼は十分に理解していた。 消毒液や薬剤の匂いが漂う双葉学園付属病院の廊下を、志木義春とペルセフォネは目的の場所へ向かってゆっくりと歩いていた。 医師が、看護士が、患者たちが、廊下を歩く彼らの姿を見やり、口々に噂するのに義春は辟易する。 「見ろよ、死神さんだ」 「やっぱり誰か死ぬんだ」 「ホント、こなければいいのに」 おろおろしながら、彼の後ろに付き随っていたペルセフォネが心配して声を掛ける。 「き、きにしちゃ駄目ですよ義くん」 「別に気にしてないから安心しろ」 「で、でもですね……」 義春は彼女の心配を無視して、表情を変えずに目的の部屋へと進んでいった。 「だから、直せる力を持った能力者を呼んでくださいよっ!」 彼女の意見はもっともだと黒丹医師は思う。異能の力は現実をねじまげる。死する人でさえ、冥界の門を開き、現世に呼び戻すことさえ可能だ。ただ、それは高位の能力者の話であり、そんな、生死を捻じ曲げるような異能者は、双葉学園の中でもほんの僅か。 だが、現状で、目の前に横たわっている女性を助ける術はない。彼自身も能力者ではあったが、処置のしようがないものだった。 というよりも、原因が全く不明なのだ。何故なら、身体のどこにも異常が見られないからだ。そう悩んでいる時、ナースステーションから帰ってきた看護士が耳元でなにやら呟く。 彼はその言葉を理解する。彼女は見捨てられたと……。その時だ、病室の扉がゆっくりと開く。廊下の冷気が病室に流れ込む。 「失礼。須永薫《すながかおる》の病室はこちらだろうか?」 そこには、フィールドパーカーを着た男と真っ黒な服を着た女性が立っていた。 二人を見たとたんに黒丹は苦虫を噛み潰したような顔をする。彼らの来た意味を理解したからだ。 「それは、上の決定なのかね?」 黒丹の言葉に志木は頷く。 一方、突然の見ず知らずの来訪者に、須永薫の姉である芳香 《よしか》は何事かと警戒する。そして、医師の反応と、以前、学園内の噂として聞いたことのある男女二人の風貌に彼らが一致することに、寒気と同時に怒りが心の中から込み上がってくる。 (私たちは見捨てられたのだ……) 「あ、あんた達っ、薫を殺しにきたのね!? 知ってるわよ、噂。今すぐここから出て行ってっっ!!」 「ふむ、別に彼女を殺しに来たのではない。自分たちの仕事を遂行するために来ただけだ。何か勘違いをしてやしないか。…………いや、まて。その表現もあながち間違ってはいないかもしれないな」 「義くん! そ、そそ、そんにゃこと言っちゃ駄目ですよー」 志木の後ろでペルセフォネがオロオロとうろたえ、思わず言葉を噛んでしまう。自分の口から出る歯に衣着せぬ言葉には無頓着なのに、他人の、特に志木の言葉に繊細に反応するのは、彼女の性分なのだろう。 「やっぱり、噂通りの死神なのね。それなら今すぐ出て行って!」 そういって芳香は志木の胸を強く押し、病室から追い出そうとする。その手は押し出す力とは真逆に弱々しく震えていた。目の前にある恐怖と絶望を打ち消したかったのだろう。 だが、噂に聞いた死神は目の前に存在し、彼女の力をもってしてはここから追い出すこともできない。 その時、須永薫の様態が急変する。まるで、見えない何者かに絞殺されているかのように苦しみ始める。周りに設置された機材も各々にアラートの表示と警告音をけたたましく鳴り響かせる。 「ペルセフォネ、仕事の時間だ」 「で、でも」 彼女は、自分たちが拒絶されていることに戸惑い、悲しんでいた。 彼らは決して、死を待つ人々を冥界へと招き入れる死神の類ではない。自ら他人の命を刈り取るようなことはしないからだ。ただ、人が、魂源力《アツイルト》を持った能力者が、悪霊《レイス》と化するのを防いでいるだけなのだ。 魂の浄化、能力者の化物《ラルヴア》への転生の抑止。それが彼らの持つ本当の役割。だが、人々はそれを理解しない。 いや、理解しようとしない。何故なら、彼らは該当者《ターゲット》の生が絶望的な状態になって初めて、その場に現れるのだから……。 いつの間にか、苦しそうにベッドの上でもがく須永薫の横に立っていたペルセフォネが右手を胸に当て、左手を彼女の胸に当て、何事か唱え始める。 「やめて―――――っ!!」 須永芳香が絶叫する。そして……。 周りは彼女から放出される白金色の粒子に包まれ、そして、目が眩むほどの輝きで周囲が満たされる。その輝きが収まった時には、ペルセフォネは病室から消えうせていた。 一方、須永薫の容態は安定したようで、先ほどまでの苦しみもがく姿が嘘のようだ。機材も正常であることを示している。 「あいつは薫に何をした!!」 芳香は、目の前で起きたことを理解できぬまま、志木の胸倉を掴み、事の次第を問いただそうとする。 「落ち着くんだ」 黒丹医師と看護士は彼女を落ち着かせようとするが、彼女はそれもお構いなしに志木の胸倉を掴み、事の次第を問いただそうとする。 「どういうこと?」 彼女の頬は涙で濡れていた。それはそうだ、自分の妹が死ぬと理解すれば、それを妨害しようともするし、絶望もする。そんな行為は当たり前のことである。 だが、彼女の直情的な行為と感情を無視し、志木は事務的に言葉を返す。 「ペルセフォネは、彼女、須永薫の心の中に侵入した。彼女の人生の中で一番幸せな過去を再生するために……」 横たわる須永薫は、安らかな表情だった。この病室に運び込まれて初めての、そして芳香が久しぶりに見る笑顔だった。 永遠とも思える苦痛を繰り返していた須永薫は、突然その苦痛から開放されたと同時に海沿いにあるバス停に立っていることを不思議に思っていた。 ことの次第を思い出そうとするが上手くいかない。まるで、その行為自体が何者かに阻害されているようだ。 「ねーねー、薫ちゃん、あれ見て! 変なカタチした岩があるよー」 その声に反応し横を見ると、双子で姉である芳香が面白そうに海の方を指差していた。 「ああ、あれはね、猿島って言うの。お猿さんが座ってるみたいでしょ?」 そう言って説明し始めるのは彼女たちの母親だった。 「他にもね、ここには色々な島があるのよ。明日にでも見に行きましょうね」 『うん!』 「さあ、二人とも、お婆ちゃんの家はこっちよ」 そういって、母親は二人に優しく微笑みかけると、大きな荷物を持ち上げ、海岸沿いの道をゆっくりと歩き始める。彼女たちも小さな手を繋ぎ、お揃いのリュックを揺らしながら、母親の後をついていく。歩きながら、頬に当たる浜風が心地よいと薫は思っていた。 そして、その道の先には祖母の家がある、そのことを薫は思い出していた。 『♪はっぴばーすでー、よしかー、はっぴばーすでー、かおるー♪』 四人の前には六本の蝋燭が立っている小さなバースデイケーキが置いてある。イチゴやクリームで飾り立てられ、中央には『おたんじょうびおめでとう 薫ちゃん 芳香ちゃん』と書かれたホワイトチョコが立っている。 薫はこれは自分たちの六歳の誕生日だと思い出す。大好きなお姉ちゃんとお母さん、そして、お婆ちゃんも一緒だ。 「さあ、二人とも、蝋燭を吹き消して! 一回で消さないと駄目よ? でないと、プレゼントはあげられないんだから」 二人の母親が、悪戯っ子のような笑顔を彼女たちに向ける。 『えーっ!?』 双子らしく、薫たちは同時に声を上げてしまう。 「どうしよう? 芳香ちゃん」 「大丈夫だよ、せーので一緒に吹けば全部消えるよ」 「そうかな?」 「うん」 そんなやり取りを母と祖母はクスクスと笑いながら見守っていた。 『せーの!』 二人が精一杯の力で息を吹きかけると、六本の蝋燭の火が揺らめき、消える。 『やったーっ!!』 手を取り合い、喜ぶ薫と芳香。 「よかったのー。薫ちゃんも芳香ちゃんも。さあ、これがプレゼントだよ」 そう祖母が言うと、母親と祖母は、薫と芳香それぞれに小さな箱を渡す。薫の箱には赤いリボン、芳香の物には青いリボンがそれぞれ飾り付けられていた。 二人は嬉しそうにリボンを紐解き、包み紙を剥がす。そして、箱を開くと花の形をした髪飾りが入っていた。色はリボンと同じ赤と青。中央には誕生石である紅玉《ルビー》が填め込まれている。 『うわーっ! カワイイー』 二人は、早速互いに髪に留めあい、どちらが似合うか嬉しそうに競い合っている。母親と祖母はそれを暖かく見つめていた。 「さあさあ、二人ともお食事にしましょう。もう、いつまでもそうやって遊んでると、この大きなチョコはお母さんが食べちゃうぞ~」 『えー!?』 (そうだ、これは私の幼い頃の記憶。母と祖母、そして姉と一緒に過ごした一番暖かい日々……) 須永薫の心が幸せで満たされる。こんな人たちと過ごせたことを、優しい母の子であったこと。大好きな姉と一緒に生まれたこと……。 心は満たされたはずだった。 だが、彼女の目の前にノイズが走る。不快な音と共に景色が歪む。空気が淀む。 今までの風景が一転する。 薫の目の前には大きな黒い水溜りが広がっていた。その黒ずんだ池の中央には、おそらく人であったものが横たわっている。四肢は引きちぎられ、そのカタチさえ無くし、達磨となった身体も引き裂かれた腹部からことごとく臓物が引き出され散乱している。汚物と血の臭いが狭い部屋を支配している。 薫は部屋の隅で震えていた、芳香と一緒に抱き合い、震えていた。僅か数分前まで大好きな母親の身体を流れていたものが二人の顔と身体を汚していた。 (どうして、どうしてこうなったの……嗚呼!!) その時、どこからか声が聞こえてくる。 『さあ、こちら側へいらっしゃい』 それは母の声に間違いなかった。いつも優しかった母の言葉。 そうだ、向こうへ行ってしまおう。そうすれば楽になる。薫はそんな気持ちを抱き始めていた。 「どういうことだっ?」 黒丹は、患者の容態が急に悪化したことに驚いていた。これまで、このような事態になったことはなく、患者は彼女の能力によって、静かに息を引取るのが常だったからだ。 「ふむ、どうもペルセフォネが失敗したようだ」 いたく冷静に言葉を返す志木に苛立ちを覚え、もう一度黒丹は問いただす。 「だから、どういうことだ?」 「なんらかの内的要因によって、彼女の能力が阻害、もしくは途中で解除されたのだろう。魂の悪霊《レイス》化の予兆だ」 その言葉に応じたかのように、志木の隣に黒い闇のようなものが現れ、それが人の形を成し始める。完全に実体化すると同時に、その場に倒れこむ。志木はそれを支え、優しく床に座らせる。 「ス…イマせ……ン、失敗…してしまいました……」 真っ青な顔で脂汗を流しながら、志木の手を握り、切れ切れに言葉を紡ぐ。 「か、彼女の中には……ス……巣食って……」 「なるほど、そうか」 そう呟き、意識を失い欠けているペルセフォネをゆっくりとその場に横たわらせると、懐から刀の柄のようなものを取り出す。その柄は、茨の蔦のようなものが幾重にも巻きついており、握ることさえ困難そうな代物だった。 彼はそれを強く握り締める。苦痛に顔が歪み、手のひらから溢れ出る血が柄を伝わり、ポタポタと床へ落ちていく。 だが、血の滴りは床に届くことなく、まるでツララのように刀身を形作っていく。 それは、歪で醜く、どす黒い禍々しい刀身だった。それを持ったまま、須永薫とその手を握り、必死で回復を祈る芳香の方へと進んでいった。 「薫、薫? どうしたの? ねえ、私の声、聞こえてる?」 「邪魔だ」 一言、それだけ言うと、志木は寄り添うようにいた芳香を薫から強引に引き剥がす。 そして――――血で創られた刃を何のためらいもなく一気に薫の心臓に突き刺した。 須永薫と須永芳香、二人の悲鳴が病室に響き渡る。 先ほどまで激しい動きをしていた心電図が静かにフラットラインを示していた。 いつの間にか、志木が須永薫の胸に突き刺した刀身は消え、柄だけになっていた。その刀身だった血は溶け落ち、彼女の胸をどす黒く染め上げている。 志木は未だ血が滴るその柄を汚れることも気にせずに懐に仕舞い込むと、わき目も触れずにペルセフォネの方へ近づいていく。 「待ちなさい……」 志木は彼女の言葉を無視する。 「待ちなさいって言ってるでしょ!!」 そう言って、志木の肩を掴むと、強引に自分の方へと顔を向けさせ、渾身の力で志木の顔を殴りつける。 「私は一生アンタを許さない! 絶対に!! 殺してやりたいのは山々だけど、今はその胸糞悪い顔なんて一秒たりとも見たくない。だから、さっさとそこの女を連れてここから出て行けっ!!」 「言われなくてもそうする」 志木は殴られた頬をさすりながら、足元が覚束ないながらも立ち上がろうとするペルセフォネに肩を貸し、戸口へと二人寄り添いながら歩いていく。 「アンタだけは絶対に許さないっっ!」 「きみ、それは言い過ぎだ」 黒丹は芳香を落ち着かせようとする。 「でも、でも、薫はもう……」 両手で顔を覆い、その場に崩れ、すすり泣く。彼女は唯一残った最愛の人を失ったのだ。 「先生、先生っ!?」 機材を片付けようとしていた看護士が思わず驚きの声を上げる。心電図の波形が、心機能が活動しているのを示していたからだ。 「どういうことだ?」 「薫、薫っ、聞こえる?」 目を真っ赤に腫らしながら、必死に手を握り、声を掛ける。 その声に応えるように須永薫の瞼が静かにゆっくりと開いていく。 「あれ、どうしたの芳香ちゃん、なんで泣いてる、の? ここはどこかな?」 「薫、よかったね。うん、よかった」 「い、痛いよ。そんなに手を握ったら。あのね、私、夢を見たの、六歳の誕生日。覚えてる? 楽しかった、よね。キレイね女の人がね、見せてくれたんだ……」 「あまり、無理をさせてはいけないな」 「は、はい……」 そう言って、黒丹は薫の肩を優しく掴み、彼女をベッドの横にある椅子に座らせる。 「お姉さん、貴方も疲れているのだから、少し休んだ方が……」 黒丹は言葉を途中で止めると、隣の空きベッドにあった毛布を持ち出し、彼女にそっと掛けてやる。 須永薫は壁にもたれ掛かるようにしながら、静かな寝息を立てて眠っていた。 Ⅳ 病院を出た二人は、すっかり真っ暗になった街中を学園へ向かって歩いていた。秋風は肌刺すように冷たく、フィールドコートを着た志木でさえ、思わず震えてしまう。 「やっぱり、ちゃんと説明した方がよかったんじゃないですか?」 「ふむ、だが、あの状況で説明したところで、彼女が理解するとは思えない」 「そんなことないですよ。人間は理解しあえる生き物なんです!」 「お前の口から出る言葉とは到底思えないな」 殴られた頬を左手で摩りながら、悪態をつく。 「そういえば、顔大丈夫ですか?」 「見た通りだが?」 「義くんがそれ以上不細工になったら困ります」 「それはどういみ意味だろうか?」 「ゴメンナサイ、別に義くんが不細工とか、そういう意味じゃなくてですね、イケメンじゃないって意味ですよ」 「それはどう聞いても褒め言葉じゃないな。……まあいい。さっさと報告して帰るとしよう」 「はいっ!!」 研究棟の一室で、白髪の老人と二人は対峙していた。 「つまり、彼女には悪霊《レイス》が乗り移っていたと?」 老人は手元にある報告書から目を逸らさずに二人に問う。 「はい。戦闘の最中に彼女に入り込んだと思われます」 志木が抑揚の無い声で事務的に答える。 「そうか、それで、その悪霊《レイス》は適切に処理したのかね?」 「はい」 「ならばいい。もう帰っていいぞ」 老人は手元にある書類を引き出しに仕舞うと、別の書類に目を通し始める。 「ところで、おじ……教授、質問があるんですけど……」 ペルセフォネが恐る恐る手を上げていた。 「なんだね?」 「私たちの仕事って本当に必要なんですか? 死んだからって誰もが幽霊になるわけでもないですし、それ以前に悪霊《レイス》化するのは極僅かですよ?」 「可能性が低いから、放置しろと? 悪霊《レイス》化して、この世界に害悪を成すようになってから、被害が出てから対応すればよい、そう君は言うのかね?」 「でも、でも……。私たちがなんて呼ばれているか知ってますか? 死神ですよ! 私なんて|冥界の妻《ペルセフオネ》と呼ばれてるんですよぉ?」 ペルセフォネは泣きそうな顔で抗議する。 「それは前からだろ」 うんざりするような顔で、志木は二人の会話に口を挟む。 「では他の名前が良いと?」 老人は手元にある書類をめくりながら、 「い、いや、これはこれで……ちょっといいかな、なんて……。妻とか……いやでも……」 ペルセフォネは何故か頬を赤く染め、モジモジとしている。 「ならば問題あるまい。用が済んだのならさっさと退出したまえ。私は仕事が残っているのだよ。それと、今日は遅くなるから、食事は二人で済ませておきなさい」 「わかりました……」 しょんぼりと肩を落としながらペルセフォネは退出していく。 部屋の中には老人と志木の二人だけだ。 「君もなにか用かね?」 「いえ、別に」 そう言うと、志木は踵を返して戸口へと向かっていった。彼の手がドアノブに掛かった時、背後から声がする。 「君には済まないと思っている」 「いえ、別に」 志木はそう言って志木冬希《しきふゆき》教授という札が掲げられた部屋を後にした。 「また、手を怪我したのかい?」 不器用に包帯が巻かれた志木の右手と腫れた頬を見ながら、童顔の青年は、またかという呆れ顔をしていた。 「なんなら、僕が直そうか?」 「いや、貴重な能力をこんなものに使うなんて勿体ない。いつ呼び出しがかかるかも分からないだろ?」 「まあ、そうだけど……」 「遠藤《えんどう》さんは、それしか取り柄がないんですから駄目ですよ。無駄に治癒をつかっちゃ!」 その言葉に遠藤雅《えんどうまさ》は苦笑する。そして、ペルセフォネを指差すと、志木に耳打ちするように質問する。 「前々から思っていたんだけど、彼女は分かって言っているのかい?」 志木は僅かに伸びた顎鬚を指でいじりながら何事か考えると、一拍置いて答える。 「ふむ、……そこが彼女の魅力のひとつだ」 講義室の扉が開き、白髪の老教授が入ってくる。獰猛な睡魔との勝ち目の無い戦いの始まりだった。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1158.html
*できるだけラノにあるバージョンを読んでいただくとうれしいです 二月十三日の放課後のこと―― 夕刊配りのアルバイトを終え、いつものように「野鳥研究会室」へやってきた工克巳《たく みかつみ》が目にしたのは、いつもよりもより渋い表情で腕を組んでいる会長の姿だった。 野鳥研究会こと裏|醒徒《せいと》会の長である蛇蝎《だかつ》兇次郎《きようじろう》は、 もとよりたいていの場面でしかめっ面に近い顔をしているが、今日は一段と気難しそうに見え た。 戸の閉まった音ではじめて気づいたのか、兇次郎が克巳のほうへ視線を走らせる。 そして、こういった。 「きさまが食べきれぬほどチョコをもらうということはなさそうだな。チョコを持てあましそ うな中等部男子に心あたりはないか?」 「たしかにおれはチョコをもらうアテとかありませんけど。中等部生とはあんまりつきあいが ないんで、そういうやつの目星もありません。チョコがご入り用なんですか?」 会長の意図がつかめぬまま、克巳はとりあえずありていに答えた。バイトと裏醒徒会での雑 務で忙しいので、克巳は中等部の棟舎には必要最低限のあいだしかいないのだ。しかもときお り怪物《ラルヴア》討伐隊に招集される。クラスでの克巳は、空気の上にキセノン並の稀ガス なのだった。 兇次郎は難しそうな顔をしたままだ。 「育勇園に持っていく数が足りぬのだ。しかし今年は予算もない。去年は材料を買う金だけは あったので自作したのだがな」 「いくゆうえん……って、島にある孤児院でしたっけ」 そういえば会長も孤児院出身なのだったと、克巳は思い出していた。育勇園には、主に怪物 や異能がらみの事件や事故で保護者を亡くした子供たちのうち、異能力をすでに持っていたり、 潜在させていると判定された少年少女が集められている。兇次郎からすれば他人とは思えない 子たちなのだろう。 もちろん、単なる同類哀れみではないはずだ。きたるべき蛇蝎兇次郎の治世を支える、人垣 候補づくりを兼ねているにちがいない。 兇次郎は、右手の人差し指、中指、薬指を立てて、いう。 「孤児院で甘いものが食べられる機会は年に三度だ。クリスマスと、自分の誕生日、そして、 バレンタイン。世間一般でのバレンタインデーというのは、不幸な子供にチョコレートを恵む 風習ではないのだと知った時は、驚きあきれたものだ。まさか、軽薄な色事を菓子業界が煽っ てできただけの、人為的な仕掛けで成り立ったイベントだったとはな」 「けど、蛇蝎さんは結構チョコもらえるんじゃないんですか?」 克巳が水を向けてみると、兇次郎はむず痒げに鼻を鳴らした。 「フン。奇態な趣味の女生徒が声をかけてこないではないが、我輩に寄越すのなら育勇園に持 っていけといってある。我輩に渡したところで右から左へ育勇園の餓鬼どもの口に収まるだけ だともな」 と、稀代の偽悪家である兇次郎がうそぶいたところで、仮眠ベッドに寝転んでいた竹中《た けなか》綾里《あやり》がいきなり起きあがった。 綾里は、ふだんのお気楽モードからは考えられないほどするどい視線で兇次郎を見据え、 「兇ちゃん、私が明日あげるチョコは、ちゃんと自分で食べないとダメなんだからね。ちゃん と克《か》っちゃんや陸《りく》ちゃんのぶんもあるんだから、没収して孤児院の子に横流し したりしたらメ~なんだよ!」 と、いい渡した。兇次郎のほうは、喜ぶどころか素っ気もない返しをする。 「余分はないのか?」 「そんなにお金ないよ~。……あ。そういえば、手作りチョコの材料をいっぱい仕入れてる人 の心あたりならあるかも?」 「なんだ、クラスの男子全員に義理チョコを配ろうとでも考えている手合か?」 「んーん。そんなにたくさん配るわけじゃないんだって。失敗してもいいように、多めに買う んだとかいってたよ。兇ちゃんが作り方教えてあげれば、あまりの材料はもらっちゃってもい いんじゃないかなあ……?」 ふるふると首を振ってからの綾里の答えに、兇次郎の目が光る。 「この際、駄目で元々だ。綾里、そいつの家まで案内しろ」 常ではありえない性急さの会長の様子に、克巳は驚きを禁じえなかった。年に一度、孤児院 へチョコレートを持ってきてくれるボランティアさん――それが、蛇蝎少年の原風景を構成す るひと幕なのかもしれない。 いっぽう、綾里は困惑した表情になっていた。 「……住所は聞いてないなあ。材料買ったときにチョコレートショップであって、ちょっとお 話ししただけだし」 「モバイルの番号はわからんか?」 「それなら交換したよ~」 といって、綾里は生徒手帳兼汎用モバイルツールの液晶画面を示す。ちらりと見ただけで、 兇次郎はうなずいた。 「よし、いくぞ」 「え……番号だけで住所わかるの?」 「学園の在学生管理システムは、すべてわが脳裏の裡にある」 口の端にすこしだけ得意げな笑みを見せ、兇次郎は自らの頭を人差し指で突きついた。それ に対して綾里は、いきなり兇次郎へ飛びついて、その長身のてっぺんを右手でかきまわしなが ら歓声をあげる。 「兇ちゃんってやっぱすご~い、なでなで」 「ええい、重い、まとわりつくな! 我輩はおまえとちがって繊細なのだ」 「だって、その子のうちまでチョコの材料もらいにいくんでしょ~? さすがに兇ちゃんだけ 行っても無理だと思うよお? 知り合いじゃないし」 「そのくらい歩け。いくら身体強化の異能者だといっても、いい加減身体がなまるぞ。最近は 怪物討伐の話もきていないではないか」 「ぅ~……」 ようやく、ここで克巳が口を挟んだ。 「おれは別口でチョコを集められるか、やってみましょうか?」 「いや、もし首尾よくいけば荷物持ちが必要だ。きさまも同道しろ」 「はい!」 「じゃあ克っちゃんおんぶ~」 さっそく克巳へ飛びかかろうとする綾里を、兇次郎が制止する。 「工は荷物持ちだ。いいから歩け。N7283D0」 「む~。兇ちゃんのスパルタ」 口では文句をいったが、綾里は兇次郎がつむぎ出す、この「コード」には逆らえない。長身 痩躯をピンと伸ばし、目的地へ向け歩きはじめた兇次郎に続く。 ロッカーからザックを取り出して背負い、戸締まりしてから会長と綾里の後ろに従いつつも、 克巳は首をひねってこんなことをいった。 「竹中さんって、こんなにしゃべるキャラだったっけ……?」 学園第二キャンパスから出て歩くこと十五分ほど。暮れ急ぐ二月の太陽が空に暮色を投げか ける中、裏醒徒会の三人は目的の住所にたどり着いていた。 正確には門をくぐってから三分ほど経つのだが。いまだに屋根は視界に入ってこない。 純和風の日本庭園を左右に見まわして、克巳が歎息した。 「島にこんなすごいお屋敷があったんですか。知らなかった」 「それにしても顔パスとか、兇ちゃんほんとすごいねえ」 すっかりテンションが回復して、綾里もにぎやかだ。さっきまでは、十分ほど歩いただけで いまにも眠りこけそうになっていたのだが。 彼女のいうとおり、先ほど門の前で強面《コワモテ》の黒服お兄さんに呼び止められかかっ たのだが、黒服さんは兇次郎の顔を見ると、軽く会釈をしただけでとおしてくれたのだ。 しかし、当の本人はあっけらかんとこういった。 「いや、ここが何者の屋敷なのかは知っているが、我輩は今日まできたことなどないぞ。無論、 向こうからあいさつにきたこともない」 「じゃあ、なんで入れてもらえたんでしょうか?」 「おおかた、我輩が醒徒会選挙に立候補したときにある程度身辺を洗ったのだろう。ここに鎮 座している連中からしても、醒徒会の役員は軽視できない存在であるしな。落選した我輩のこ ともまだ憶えているとは、殊勝なことだ」 そんな壮語を述べる兇次郎は、態度だけはまちがいなく大物の器だった。克巳などはやや肩 幅が狭くなっているというのに、重厚な庭園の空気に呑まれていない。どれだけ荘厳な雰囲気 の場所であろうが、巨大な権威をまとった雲上人に遭遇しようが、兇次郎が物怖じする事態な どありはしないのだろう。 会長の大度を見習わなければと、克巳がどうにか背筋を伸ばそうと苦心していると、なにや ら騒がしい複数の声が響いてきた。右手に続いていた白壁が途切れたところで、ひときわ大き なかけ声が轟く。 「いっけえ! 燃素業熱陣《カロリツク・バスター》!!」 そして爆音と少年たちの悲鳴。 さすがに兇次郎も足を止めた。三人の視線の先には、和風庭園にはまったく似つかわしくな い、円形闘技場のミニチュアのようなものが設えられており、場外に弾き飛ばされたなにかが、 ふらふらと兇次郎たちのほうへと滑空してきた。 目の前に飛んできたものをキャッチし、克巳がつぶやく。 「有翼虹蛇《コアトル》? なんでこんなところに」 それはセイバーギアというオモチャだった。この機体は、克巳が弟の克次《かつじ》に作っ てやった、ほかにはないカスタムモデルなので、これがあるということは、持ち主がこの場に いるということを意味している。 円形闘技場のようなものは、どうやらセイバーギアのリング、それも高級版だったらしい。 「いえーい、四人抜きー!」 と、リングの赤コーナーで勝ち鬨をあげているのは、中等部の制服を着ている少女だった。 赤毛のショートカットで、見るからに元気そうだ。青コーナーで意気消沈している側は、初等 部の男子児童たちだろう。 リングアウトした自分のセイバーを追いかけてきたのは、やはり工克次だった。 「……あれ? 蛇蝎さんと兄ちゃん!」 「なにやってるんだおまえたち」 「公園でギアバトルやってたら、あのお姉ちゃんがコロセウムで対戦しようっていうから、み んなでついてきたんだ」 兄の質問に、弟は無邪気な答えを返した。 「こんなすごいお屋敷のお嬢さまがセイバーギア?」 「いや、あれはちがうだろう。おそらく、この屋敷で養われている食客だ」 兇次郎がそういって、克巳の安直な疑問を吹き払う。コロセウムのそれぞれのコーナーにい たギアバトラーたちも、三人に気づいた。 先に反応したのはジャリボーイズのほうだった。 「克次の兄ちゃん!」 「っしゃあ、これで勝てる!」 「アニキの〈|小 白 蛇《タイニイパイソン》〉で、そこのKY女にヒトアワ吹かせてやって ください! 小学生相手にガチでやるとか、空気読めてないっすよ!」 「てかげん無用っていったのは、きみらのほうでしょうがー!」 紅い鳥型セイバーを右手に、左手を腰にやって中等部の女生徒は反論したが、 「いや、セイバー持ち歩いたりしてないし。小学生じゃないんだから」 と、克巳がいうや、そちらへ猛然と詰め寄った。 「なに? なに、なんなの? 中学生がセイバーに夢中になっちゃ駄目とかいう気なの!? 学 園だって黙認っていうかむしろ推奨してるし、子供のケンカに異能持ち出すよりよっぽど健全 だと思わない? 私の名は米良《めら》綾乃《あやの》! さあ、あんたもギアバトラーなら リングに立ちなさい、いざ尋常に勝負!」 「だからセイバー持ち歩いたりしてないって、小学生じゃないんだから」 克巳が繰り返すと、女生徒――綾乃はいきなり背を向けるや地面にかがみ込み、指で「の」 の字を書きはじめた。 「中学生がセイバーギア常時携帯してたら駄目ですかそうですか……」 起伏の激しすぎるテンションに克巳はついていけなくなってしまったが、兇次郎は平静に、 来訪の目的を果たすべく質問する。 「厨房へ案内してもらいたいのだが?」 「そうはおっしゃいますが、ここには厨房もいくつかあるわけですけど」 と、応じながら顔をあげた綾乃は、兇次郎の顔を見るやしゃきっと起立する。 一瞬でテンションも全回復していた。 「もしやあなたは野試合連敗記録更新中と噂の〈魔王〉蛇蝎兇次郎!? きゃー、実はファンな んですよっていうかどんだけ弱いのか一度お手合わせしてみたかったんですよねー!」 だが兇次郎は克巳よりも容赦ない。 「セイバーギアを常に持ち歩いても許されるのは小学生までだ」 「……中学生がセイバーギア常時携帯してるのはそんなに駄目なことでしょうか? え、ブレ イズフェザーもそう思う? マジですか……」 またしてもテンションが奈落に沈んだ綾乃は、自分のセイバーと会話をはじめていた。 変わりやすいなどというレベルではない乙女心を扱いかねて、兇次郎と克巳は顔を見合わせ たが、そこで綾里が口を開いた。 「時坂《ときさか》一観《ひとみ》ちゃんたちがチョコを作ってるって聞いたんだけど~?」 三たびテンションを吹き込まれて、綾乃は即座に回答する。 「あー、はいはいはいはい。第四厨房がチョコ作り用に開放されてますよ。本命三つ確定とか、 あ《ヽ》の《ヽ》リア充は苦しんで死ぬべきだと思いますね!」 「時坂――ああ、あいつか。妹がいたとは知らなんだな」 そもそものはじめに綾里が見せてくれたモバイルの画面では、本当に番号しか確認していな かったらしく、兇次郎がつぶやいた。学園の管理コードの法則を憶えているだけで、さすがに すべてのデータベースを記憶しているわけではなかったようだ。 綾乃が意外そうな顔をする。 「およ、〈魔王〉さまもご存知とか、なにげに時坂先輩ってすごいの?」 「一度銀行強盗から助けたことがあるだけだ」 すごいことをさらりといってのけ、兇次郎は克次たち四人へ向けて声をかけた。 「もう暗くなる、きさまたちは帰るように」 野鳥研究会室をセイバーギア同好会室に変えかけた実績のある小学生たちは、すでに兇次郎 にすっかりなついているので、みな素直にうなずいた。 『はーい』 「次は負けないからなメラ美!」 「ハッハー、いまのはメラ美ではない、メラだ! 私の炎は百八式まであるぞ、ギャギィ!」 「だせぇ、効果音口でいうとかだっせー!」 「生意気なことをいうのは、私の本気を引き出せるようになってからにしてもらおうか!」 「今度はみてろよ。じゃあねー」 「おーう、ばいばーい! ――じゃあ、ご案内しますね」 変なあだ名をつけられてしまったが、綾乃はノリノリで返す。克巳はあきれかえり、綾里は くすくす笑っていたが、兇次郎はこういった。 「小学生とえらくウマが合うようだな」 「なんですか、小学生と同レベルだから小学生と遊ぶのが合うんだろう、みたいなそのいいか た! 私はただの『小学生と遊んであげる優しいお姉さん』なんですよー! 先輩もそうなん でしょう、〈魔王〉蛇蝎さま?」 「我輩は、五年、十年先にわが手足となる人材を探しているだけだ」 「ここにきたのも、育勇園の子たちを懐柔するためにチョコの材料を手に入れるためなんだよ ね~」 裏醒徒会の秘密を守る意識が微塵もない綾里は、あっさりと口を滑らした。 が、綾乃は感心したようにうなずくだけだ。 「ヘー、ボランティアですか。なるほど、魔王さまはうちの御前の競争相手ってワケだ。たま に御前も育勇園の様子を見に行かせてますねえ。ときどきだけど引き取られてくる子もいますよ」 「ふむ。相対的に沈んだとはいっても、いまだ本邦異能集団の第一人者か、敷神楽《しきかぐら》 の家は」 「そういえばそんな表札でしたっけ。ここのお屋敷も、古いのを本土からそのまんま移築しまし たって感じですね」 一朝一夕では生えてこないだろう、青々と苔むした庭石を見て、克巳が相づちを打つ。 「敷神楽は退魔師として歴史のある家柄でな。九九年以前からの異能者の血筋だ。古い家だから といって、すぐれた異能者ばかりを輩出する、というわけではない。が、異能の力と異能者を管 理していくには、やはり長年蓄積されてきた経験は得難いものだ。学園の運営にも、アドバイザ ーとして参画しているという噂があるな」 「ほー。魔王さま詳しいですねえ。私より絶対事情通だ」 難しいことは右の耳から左の耳へ逃がしていたことがあきらかな顔で、綾乃は大仰に感歎して みせる。それから、母屋なのか離れなのかもわからないが、目の前に偉容を見せる立派な構えの 御殿を指差した。 「縁側からあがっちゃってください。奥行ってすぐが第四厨房です。私はこれで……っていうか 着替えるの忘れてました」 学校帰りに公園で小学生児童に声をかけ、制服から着替えるのも忘れて陽が傾くまでギアバト ルに興じる女子中学生というのはどうなのだろう。 と思ったのは兇次郎と克巳だけのようで、綾里はぱたぱたと手を振っていた。 「はーい、メラ美ちゃんありがとうね~」 「いえいえ、どういたしまして」 広大なお屋敷の角を曲がって、綾乃の姿が見えなくなる。三人が縁側から廊下にあがると、す ぐにカカオの匂いが漂ってきた。綾乃のいうとおり、厨房はすぐ近くらしい。 外からの見た目は純然たる和風建築の邸宅だったが、内部は必要に応じて改装されているよう だ。こと水回りに関しては、タイルとステンレスを用いた洋風様式のほうが断然使い勝手がよい。 入口で割烹着を拝借した裏醒徒会の三人は、どこぞの美食倶楽部の厨房もかくやと思わせる、 清潔で整頓された調理場へと入り込んでいた。 目の前のステンレス台の上にはいくつかバットが置かれていて、できたてとおぼしき手作りチ ョコが入っていた。 「それなりの出来に見えるが。失敗をおそれて大量に材料を買い込むほどなのか?」 ひとつめを一瞥して値踏みめいたことをいう兇次郎へ、綾里が異を唱える。 「兇ちゃんはデリカシーないんだから~。手作りなんだよ、みばえや味じゃなくって、ココロが 大事なの~」 「ならばなおのこと、入魂の一発勝負で作りあげるべきではないのか?」 「もお、兇ちゃんは屁理屈ばっかりだなあ」 乙女心への理解が足りないと、綾里が兇次郎の無粋をとがめたところで、並んでいたバットを 順に見ていた克巳が、急に立ち止まって引きつった声をあげた。 「こ、これは……」 そこには、形をなしていない、黒褐色の塊がわだかまっていた。それまでのバットの中身は、 完成度に差はあれどそれぞれ手作りチョコの体裁にはなっていたのに、この〈作品〉だけがひと きわ異彩を放っている。 兇次郎は、ひと目見ただけで失敗の原因を看破していた。 「テンパリングがなっていないな。分離してしまっている」 「こうなっちゃったチョコっておいしくないんだよねえ」 と綾里がつぶやいたところで、厨房の奥から調理器具をひっくり返したらしい金属音が聞こえ てきた。金切り声と、なだめるような声も。 「ああもう! いっそ全裸にチョコ塗りたくって『私がギフトです祥吾《しようご》さん!』と かいったほうがいいんじゃないのかなこれは!?」 「おおお落ち着いてくださいメフィさん」 「まだ材料はありますから。きっとつぎはうまくいきますよ」 兇次郎たちが騒ぎの現場を見にいってみると、三人の少女が調理台に向かっていた。手首まで チョコレートづけになった右腕を掲げて、肩で息をしているのが、たぶん調理器具をイッテツ返 しした上に金切り声をあげていた当人だろう。固まったチョコがひび割れて、震える右手から剥 がれ落ちる。左右からなだめているのは、どちらも中学生くらいの子だった。なだめられている ほうは綾里とおない歳くらいのようだ。 「一観《ひとみ》ちゃん、調子どうかなあ?」 綾里が訊ねると、年少のほうのひとりが振り向いた。 「竹中さん? わざわざきてくれたんですか?」 「じつは、チョコの材料をちょーっとわけてほしいなあって思ってきたんだけどね。ほら、いっ ぱい買ってたでしょ?」 「あとひとつできれば、のこりは全部お渡ししちゃってもいいんですけど……」 といった一観の視線の先にいるのは、ひっくり返したチョコを前に拳を固めている少女だった。 おそらく彼女が「メフィさん」だろう。 「なるほど。失敗作の量産が見込まれていたから材料を多く仕入れたのか」 身も世もないことをいったのは兇次郎だ。|言の刃《コトノハ》が心にささったか、メフィの 肩ががっくりと落ちる。 「ところで、そちらのおふたりは?」 一観に問われて、綾里は兇次郎と克巳を前面に引っ張り出した。 「兇ちゃんと、克っちゃんだよー」 「蛇蝎兇次郎だ。時坂祥吾のこともいちおう知っているぞ」 「工克巳です。蛇蝎さんの部下をさせてもらってます」 綾里の紹介では紹介になっていないので、ふたりとも自分で名乗った。兇次郎の口上を聞いて、 一観の表情が変わる。 「蛇蝎さんと竹中さんは、兄を助けてくれたことがあるんですよね。その節はうちの兄がお世話 になりました」 「たまたま居合わせただけだ。我々は正義のヒーローというわけではない」 ぺこりと頭をさげた一観に対し、兇次郎は鷹揚に応えると、そちらも名乗ろうとしていた、メ フィともうひとりのほうへ視線を移した。 「で、おまえたちが永劫機《アイオーン》の化身か。メフィストフェレスに、コーラルアーク」 「どうして私たちのことを?」 「あ、名乗り損ねているうちに先に名前をいわれてしまいました……」 あっさりと正体を見破られて、メフィとコーラルは驚いたが、兇次郎はこともなげに、いう。 「知っている者にとっては周知の事実だ。隠すつもりがあるならもうすこし気を遣うほうがいいぞ」 「永劫機って、超科学の粋を集めた最高傑作でしたっけ。……なんか、おれの装置《デバイス》 と根本原理が同じとか信じられないなあ」 どこから見ても人間のふたりをまじまじと眺めてから、克巳はため息をついた。超科学技術者 なら噂くらいは聞いたことのある永劫機だったが、実物を目にしてみるとレベルの差に目眩を覚 える。この上に、戦闘時の永劫機はロボット兵器になるのだ。魂源力《アツイルト》だけでは稼 働エネルギーが足りず、魂そのものを喰ってしまう燃費の悪さとはいえ、永劫機は単騎でワンマ ンアーミーたりうるオーパーツであった。 そんなケタちがいの超科学技術の結晶が、バレンタインのチョコ作りに苦戦しているというの だから、世の中は変なものである。 「それで、どんなものを作ろうとしているのだ?」 兇次郎に問われて、一観たち三人は顔を見合わせたが、 「お料理すっごいうまいんだよ兇ちゃん。お菓子作りもプロ級なんだから」 そう、綾里が補足すると、意を決した表情になったメフィがおずおずと紙を差し出した。どう やらチョコのデザイン画らしい。 ちらと見ただけで、兇次郎はあきれ顔になった。 「初心者がいきなり凝ったものを作ろうとしてはいかんな」 「……う」 容赦ない兇次郎の駄目出しに、メフィの声が詰まる。 横から克巳がのぞいてみたところ、百合の紋様に飾られた十字架型という、かなりデザイン性 の高い完成予想図が描かれていた。崩れた泥の城のようななにかが爆誕する腕前で、はたして本 当に作れるのだろうか。 絵はけっこう上手なようなのだが――と思ったところで、なにか文字が書かれていることに気 づく。 Geehrt Dunkel Schwarze Schleuderer Von Ihr Treu Diener Liebe wird gesetzt und geschickt 「げーひりと・だんける・すわるぜ・すふれうでらー……? ドイツ語ですか、これ?」 「なんちゃってだがドイツ語のようだな。『暗黒銃士へ、あなたの忠実なしもべより愛を込めて』 ――か?」 首をかしげた克巳へ兇次郎が解説してやったが、 「闇《ヽ》黒銃士です」 と、メフィが微妙なアクセントのちがいを訂正する。 「…………」 「何系の発想なんだ、それは?」 「甘くて苦い、チョコレートにするには最適かなあ、と思いまして」 兇次郎の質疑に、すました表情でメフィが答える。外見はともかく、やはり人間とは少々異な るセンスをしているようだ。 「まあ、いい。こちらとしては、できるだけ多くの材料を譲ってほしいのだ。よって、あまり試 行錯誤をして材料を無駄にしてもらうわけにはいかん。テンパリングの失敗程度なら再加熱をす ればカバーできるが、湯煎をしくじって水分を混入したり、まして直火で溶かそうとして焦がし てしまうなど言語道断だ」 そういいながらも、兇次郎は周囲に目を配って機材や材料のそろい具合を確認している。また しても言の刃に貫かれ、メフィがふらついた。 「……!!」 「すごい、これまでの失敗はすべてお見とおしです」 と、コーラルが兇次郎の眼力に感歎しているうちに、家事万能の裏醒徒会長はプランを組み立 てていた。 「どうやら材料の余裕はあるようだな。我輩が手本をひとつ作るから、それに合わせて作業すれ ばよかろう。生地は面倒だからそちらのぶんも焼いてしまうぞ。――工、メレンゲを泡立てろ。 卵は五個、砂糖は八〇グラムだ。綾里、粉をふるっておけ。薄力粉とココアパウダーを六〇グラ ムずつ」 「了解です」 「は~い」 ふたりに作業を割り振って、兇次郎自身は全卵五個を次々と割り、さらに克巳がよりわけた卵 黄と、砂糖を一緒にボールへ入れて混ぜはじめた。 「生地から作るんですか……?」 「こんな巨大な十字架を、溶かしたチョコレートを型に流し込むだけで作ろうとしたのが失敗の 原因のひとつだ。だいたい、食うほうもつらいだろう」 一観の質問に対し、兇次郎は端的な答えを返した。メフィ謹製の完成予想イラストには寸法ま で書いてあったのだが、縦横ともに二〇センチ、厚みは七センチもあることになっているのだ。 そんなチョコの塊は、食べるほうもひと仕事になってしまう。 もっとも、兇次郎がチョコ分を節約しようと考えているのも、ほぼまちがいないことであろう が。ビスキュイにしろ、必要分量よりあきらかに多く焼こうとしている。 兄より家事性能は高い一観は、すぐに重要なことに思いあたった。 「オーブンの余熱は何度ですか?」 「ああ、二〇〇度で頼む。そっちのふたり、ボールをあと二個、それに深手鍋を準備してもらお うか。チョコレートに取りかかるのはもうすこし先だから、まだ見ていなくていい」 メフィとコーラルにも指示をだすと、兇次郎は、克巳からは泡立てたメレンゲを、綾里からは ふるい終わった粉を受け取って、さらにつぎの指示を下す。 時間ロスのないみごとな作業配分で、オーブンで生地を焼成している間にクレーム・アングレ ーズが、焼いた生地を冷ましている間に、作ったばかりのアングレーズをベースにしたチョコレ ートクリームとカプチーノクリームが仕あがっていた。 生地を三層にして、そのあいだに二種類のクリームを挟み、ベースの完成である。メフィのぶ んは十字架の形に型抜きをして、ひとまずは冷凍庫に入れて冷やしておく。 兇次郎がメフィに声をかけた。 「さて、ようやく本題だ。まずはコーティング用のチョコレートから作るぞ。割っておいたバニ ラビーンズを散らしてある牛乳、砂糖、水と水飴を鍋に入れて火にかけ、沸騰寸前でおろし、ふ やかしておいた板ゼラチンを溶かす。それにチョコレートを加え、空気を入れないように混ぜれ ばできあがりだ」 手順をよどみなく説明し、自ら手を動かして範をしめす兇次郎に対し、 「えーと……は、はい」 と、鍋の柄を持つメフィの手つきは、どうにもあぶなっかしい。 「もうすこし火を弱くしておけ、沸騰してしまうぞ」 にはじまり、 「だから火を弱めろといったろう、いまさらはずしても余熱で沸点を超える、鍋の底を氷水にあ てろ!」 「こら、鍋をひっくり返す気か? こんなこともあろうかと、そっちのバットに準備させてある。 工、持ってきてやれ」 「そんなに高い位置からカレットを投入するとはねるぞ。永劫機だからその形態でも火傷はしな いのか?」 「泡立てとはべつの要領だ。ミキサーのヘッドを上下に動かすな」 ――と、兇次郎の小言は絶えることがなかった。 つぎのガナッシュクリームはどうにか二、三の小言でクリアしたが、よほどふだん使わないエ ネルギーを使っているのだろう、メフィの足元はふらふらになっていた。もとから高級白磁のよ うな貌も、より皓《しろ》くなっているように見える。 「どうした、限界か? 下地をガナッシュで覆ってグラサージュすれば、完成といえば完成だぞ。 味としてはもう変わらん。あとはデコレーションするかしないかだけだ」 兇次郎の口から放たれるのは常に叱咤であり、心配するような響きを持つことはまずなかった。 しかしそれは、無神経に突き放しているということを意味してはいない。 「いえ……最後までやります」 顔をあげてメフィが応える。兇次郎は口の端にかすかな笑みを浮かべて、ダブルボイラーの番 をしている綾里へ声をかけた。 「できているか?」 「は~い、ばっちり溶けてるよ~。温度もおーけーだよ。四二度で湯加減最高?」 といって、綾里が鍋をあげて持ってくる。身体強化のわりにおぼつかなげな足取りだが、兇次 郎が見ている限り大惨事が起きることはない。だばぁしてしまうような気配があれば、即座にコ ードを発して姿勢を取り戻させることができるのだ。 大理石の台の前に立つ兇次郎のかたわらに、入れ子の鍋が置かれた。下の鍋にはお湯が、上の 子鍋には溶けたチョコレートが入っている。 「さて、テンパリングというのは、ただチョコレートを溶かして成型しなおすことではない。チ ョコレートの主成分であるココアバターの油脂分の結晶構造を整え、色合いと口どけをよくする ための作業だ」 そう前置きをして、兇次郎は大理石台の上に、鍋の中身六割ほどの溶けたチョコレートを流し た。ステンレスのヘラ――スクレーパーとスパチュラで、かき混ぜていく。 いつの間にか、ギャラリーが増えていた。 「なにこのパティシエの技。魔王さまマジ半端ないんですけど」 「大理石のテーブルって、こうやって使うものだったのか。なんのためにあるんだコレって思っ てたけど。はじめて見たよ」 「なんだか私、自分のチョコがみすぼらしく見えてきました……」 綾乃のほかにも人がいる。どうやら、一観たち三人の前にチョコレートを作っていたグループ が、固まった自作品を取りにきたらしい。そしてそのまま、蛇蝎兇次郎のキッチンショーに魅入 っているというわけだった。 混ぜられていくうちに、だんだんとチョコレートは冷えて、粘性が強くなっていく。スパチュ ラから落ちるチョコが、流れ出さずにツ《ヽ》ノ《ヽ》のようになる。 すこし固くなったチョコレートを再び鍋に戻し、合わせて全体をかき混ぜながら、兇次郎は注 釈を加えた。 「この状態では、融点が低く風味の劣る構造の結晶はすべて溶けてしまっている。ただし、温度 が高ければいいというものではないぞ。六〇度を超えるとカカオバターが変質して、冷やしても 固まらなくなってしまうからな。テンパリングができていれば、二〇度の環境で三分以内にきれ いに固まる。心配なときは、スプーンですくってみるなりして確認しろ。それと、テンパリング しおえたチョコレートの温度管理も重要だ。三〇度を保っていれば基本的に問題ないが、つぎに テンパリングするホワイトチョコレートの場合、融点がより低いので二九度くらいを心がけてお いたほうがよい」 ギャラリーたちが、ふむふむとうなずき、メモを取る。一観とコーラルもすっかりそちらがわ に並んでいた。 テンパリングを終えたぶんの温度管理を克巳に任せ、兇次郎は続いてホワイトチョコもテンパ リングする。 白黒二種類のチョコレートがそろったところで、綾里が準備していた絞り袋を受け取り、テン パリングしたチョコを詰めた。 「文字と紋様はこれで描く。あとはセンスだ」 といって、兇次郎は耐油紙の上にすらすらとリリィ・クレストを描いていく。さらにチョコレ ートを大理石に少々流すと、伸ばしてから固まりかけのところにパレットナイフを入れて、紙の ようにすくい取った。 ひだをつけながらそれを丸めると、たちまちバラの花ができる。 細長いプラスチックシートの上にチョコを流し、荒いノコギリの刃のようなギザギザがついた ゴムのスクレーパーで余分なチョコを追い出して線をつける。シートをよじっておいて、チョコ が固まってから剥離させると、カールしたチョコレートリボンができた。 「すごい……」 一同が歎息する中、兇次郎はやや冷えてきた絞り袋の中身を鍋に戻し、新しい袋をメフィへ渡 した。 「デモンストレーションはここまでだ。あとは自分でやるように。我々はこちらの目的を果たさ せてもらう」 「でたー『ね、簡単でしょ?』宣言! バーロー、見ただけでそんな超絶技コピーできるわけあ るかッ!?」 外野から飛んできた綾乃のヤジは、ひょっとするとメフィの心の叫びを代弁していたかもしれ ない。 しかし兇次郎は「必要なぶんは見せたということだ」とばかりに、綾里と克巳へてきぱきと指 示を下し、育勇園へ持っていくためのチョコレートを作りはじめてしまった。 クリームを挟んだビスキュイにガナッシュとグラサージュをかけて、チョコレートケーキを仕 あげる行程ではメフィももう一度アドバイスをもらえたが、その後は見事なまでに放任された。 大事なのはみばえや味じゃなくてココロ――と綾里に指摘されたので、では一番ココロがこも るデコレーション部分以外は、完璧でケチのつけようのない旨いものをくれてやろうじゃないか、 という、兇次郎なりの心意気だったのだが、もちろんそんなことを公言する蛇蝎兇次郎ではない。 裏醒徒会の三人が帰ったあとも、二月十四日に日付が変わるころまで、敷神楽邸の第四厨房に は灯りが点っていたという。 二月十四日の放課後―― 育勇園の子供たちは、去年よりも豪華なバレンタインギフトに大喜びしていた。 育勇園には美人のお姉さん職員がいるので、ふだんは裏醒徒会のイベントに参加をしない相島 《あいじま》陸《りく》も顔を出す。とはいえ、学園きってのプレイボーイである陸は当然なが ら本日のスケジュールが詰まりに詰まっており、チョコレートを渡しにきたはずの育勇園で逆に 女性職員からいくつかチョコをもらい、ホワイトデーのお返しを約束しただけでさっさと行って しまった。 兇次郎としては、陸のもとに集まってきたチョコレートの中から、本人が食べきれないぶんを ここの子供たちに渡すことができるので、今日のところはそれで充分なのだが。 むしろ意外だったのは、最近ほとんど顔を見せなかった笑乃坂《えみのさか》導花《みちか》 がやってきたことだった。しかも、チョコレートを携えて。 「どういう風の吹きまわしだ、笑乃坂」 「今日のわたくしは|冴ノ守《さえのもり》ですわ、会長。父の名代としてまいりましたの」 「ほう。最近は旧家の鞘あてが活発だな。門閥の再結成でもするつもりでいるのか?」 チョコレートを持たされていたのはそういうわけかと、兇次郎は得心した。育勇園にちょっと した援助や寄付を申し出てくる個人や団体が、このところ増えているようだ。そして園内のこと を見学したがっている。ここから優秀な異能者が続けて出ているのかもしれない。 しかし導花は、そういう裏事情のことなど一顧だにしていなかった。 「興味ありませんわ。〈家〉の単位での集まりなど、他人に比べて信がそれほど置けるというわ けではないのに、頼りになるかといえば大してなりませんもの」 「ではなぜきたのだ?」 「会長のお考えと同じですわ。わたくしは使う人間を、〈家〉ではなく〈個〉で選びます。異能 の強さで」 「単純に強いだけの人間はいらん。そちらで引き取ってもらうと面倒が減っていい。学園の一生 徒、一異能者となるぶんにはいずれ我輩の配下になるが、|聖 痕《ステイグマ》やオメガサー クルの手先になられると始末に悪いからな」 「父に話しておきますわ。藤神門《ふじみかど》に取られるよりはましか、とでもいいだすかも しれません」 そういうと、導花はコートのポケットから右手を出す。その手には、小さな包みがにぎられて いた。もちろんなにかは察しがつくが、兇次郎はあえて訊ねてみる。 「なんだそれは」 「会長のぶんのチョコレートですわ」 「不要だ。あっちの餓鬼の群れに投げてやれ」 すげない調子で、兇次郎はあごをしゃくった。そちらでは、綾里と克巳が歓声をあげる子供た ちにチョコレートを配っていた。最大の目玉であるホールのチョコレートケーキは、夕食のあと にでも細かく切られて全員にすこしずつ振る舞われるのだろう。 導花の柳眉が、わずかにつりあがる。 「これはわたくしのポケッポマネーで買ったものですわ。受け取ってもらわないと困ります。わ たくしが洋菓子を食べないことはご存知でしょうに。あっちの子供らにあげるには数がたりませ ん、不公平ですわ」 いやに理屈っぽく反駁する導花に、兇次郎は怪訝げな顔を向けた。 「工と相島のぶんはどうした」 「もう渡しました。同じものですから、どうぞご安心になってお収めください。たとえ中元や歳 暮と同レベルの贈物であろうと、渡そうとした鼻先を折られるのはよい気分ではありませんわ」 「それは悪かった。だがじつをいうとだな、返礼の予算を考えるのが面倒なのだ」 どうやら、これが兇次郎の本音だったらしい。導花は華やかに笑う。 「いやですわねえ、貧すれば鈍すというではありませんか。蛇蝎兇次郎ともあろうおかたが、そ んなことに脳髄を絞ってはいけませんわ。金銭をかける必要はないのです、気持ちさえ伝われば。 極端な話、三月十四日にメールを一本入れるだけでもよろしいんですのよ、それで本当に気持ち が通じれば、ですけれど」 「それが一番難しい。千金を費やしても、心が入っていないことはある。しかしたいていは、高 価な贈物で入ってもいない気持ちを買うことができるだろう」 「ですがそれは、本当ではありませんわ。会長は、偽りのない心をつかめていますわよ、すくな くとも、いまのところは」 導花の視線の先には、兇次郎に忠実なふたりの学園生の姿があった。いずれ、ここの子供たち の中からも、兇次郎を支える人材が出てくるだろうか。 兇次郎は腕を組んで、だれにともなくこういった。 「すべての人間と心通わすことはできん。むしろできない相手のほうが多かろう。だが、理屈と 法規と損得勘定だけでは、決して人を治めることはできぬのだ」 しかし己にならばすべての人間を治めることができる——そう信じることができるだけの不遜 な自負を、兇次郎は持っていた。 他方―― 時坂祥吾が、契約者たるメフィストフェレスの心と、蛇蝎兇次郎のパティシエとしての腕前、 そのどちらにより感動したのかは、本人に訊いてみないとわからない。 〈おしまい〉 トップに戻る 作品投稿場所に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/405.html
ラノで読む 超人力学概論の講義が延びること二〇分。朝食を食べ損ねてすきっ腹を抱えていた爬又千明《はまた ちあき》は、講師が終了の挨拶を言い終わるが早いか外に飛び出した。 立ち昇る熱気や真上から照りつける梅雨明けの太陽が夏の到来を感じさせる。昼休みのキャンパスは既に学生や教員でごった返していた。このぶんでは学食の混雑ぶりも推して知るべきだろう、以前の失敗が脳裏をよぎる。今日のような日は出店で弁当を買ってサークル棟で食べるほうがいい。そうするべきだ。 「……でもなぁ」 弁当をぶら下げサークル棟へ向かう途中、千明はふと足を止めた。入学から三ヶ月、大学生活にもすっかり馴染んだつもりだ。しかし未だに慣れないものが一つだけある。それは入って一ヶ月になる学生サークルだ。三人の先輩方は皆いい人で、ただ一人の新入生である彼女をとてもよくかわいがってくれている。それは素直に嬉しいのだが、困ったことに皆どこかズレているのだ。 「ま、そのうち慣れるよね」 自分に言い聞かせるように呟いて、千明は再び歩き出した。 数年前に出来たという小ぎれいで大きなサークル棟新館の脇を通り抜け、その裏手にある一回り小さなコンクリート打ちっぱなしの古い建物へ。ビラと落書きでカラフルな階段を昇り、昼でも薄暗い廊下に所狭しと転がる用途のわからないガラクタを乗り越えて、目指すは北館四階一番奥の部屋だ。 途中、向こうから歩いてきた女の人に軽いお辞儀を受けた。慌てて笑顔をつくり、会釈を返す。一応何度か見かけてはいたが、挨拶を交わしたのは初めてだ。Tシャツとジーンズというラフな格好にも関わらず妖艶な色香が漂う不思議な女性だ。清楚な顔立ちにすらりとした長身、白磁のような肌、どれをとってもこの魔窟には似つかわしくない美しさである。一体どんなサークルに所属しているのだろうか。 そんなことを考えているうちに到着である。黄色のペンキで壁にはみ出すほど大きく『SFC』と書かれた鉄の扉をコンコンと二度叩き、勢いよく押し開けた。 「おっはようございまー……す……」 千明の目に飛び込んできたのは、メイド服を着たダッチワイフとパンツ一丁でなかよく添い寝する坊主頭の男であった。呆気にとられた千明が固まっていると、目を覚ました男が大きく伸びをしてのそのそと起きあがる。 「ん~~。おう、おはようハマちゃん。今何時?」 「……一時です」 慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。 弁当を食べながら、千明はサークルに入会したときのことを思い出していた。 大学生には暇が多い。爬又千明は大学入学二ヶ月目にしてそのことに気付いた。同時に青春は向こうからはやってこないことにも気付いた。そしてこのまま何もせず橙色の日々を浪費してしまうことに危機感を抱き、こちらから青春に飛び込んでいくことを決めたのだった。 さて、それでは何をするかである。漫画やドラマを見るに、どうやら大学生の青春はバイトかサークル活動と相場が決まっているらしい。身体強化系の異能者でちょくちょくラルヴァとの戦闘にも参加していた彼女には学園からのお手当てがあったため、お金には不自由していなかった。そのためアルバイトの線は消える。となれば残るはサークル活動だ。 しかしそのとき季節はすでに梅雨。どのサークルもとうに新人歓迎の時期は過ぎ、新人たちも皆それぞれに居場所を確保しつつある。今更その輪に入っていく勇気も出せずただ真新しいサークル棟の前をうろつくばかり、どうしたものかと途方に暮れていたときのことである。 「何度も言わせるな、新入生が入らなかったら即退去! そういう取り決めだったはずだろう」 サークル棟の裏手から怒鳴り声が聞こえた。覗いてみると学園の職員らしき中年男性が腹立たしげな表情でむこうからやってくる。その後ろには男子学生が二人、追いすがるように走り寄ってくる。 「しかしまだ六月なんですよ? 今月か来月、いや八月、いやいや三月に入る可能性だって!」 線の細い病弱そうな青年が必死に抗議する。 「ふざけるな、毎年それを繰り返すつもりか!」 「ていうかちゃんと連れて来てるじゃねぇか、サヤカは立派なうちの新会員だっつーの」 体格のいい色黒の学生は何やら肌色の浮き輪のようなものを振り回していた。 「公衆の面前でそんなもの持ち歩くな、風紀に見られたら私まで撃たれるじゃないか! さっさと空気を抜け!」 「撃たれたくないなら早くサヤカ君を会員だと認めてください! こっちだって風紀は怖いんです!」 「脅迫する気か! 貴様らいい加減に……うぎゃあ!」 突如銃声が響き、中年の男が倒れた。続けてもう一度鳴り響く。 「うわぁぁぁぁああああ、サヤカ、サヤカぁー! 薫さん、サヤカの頭がぁあ!」 「ああサヤカ君、しぼんじゃダメだサヤカ君! ……風紀め、なんてひどいことを!」 「うぅっ……サヤカは、俺をかばってこんな目に……」 それからもう二度の銃声ののち、ようやく辺りは静かになった。 重なり合って倒れる三人と一体に恐る恐る近づく。どうやら全員気絶しているだけで命に別状はないらしい。サヤカちゃん以外は。 ミンチより酷い姿になったサヤカちゃんの冥福を祈り手を合わせていると、突然何者かに足を掴まれた。咄嗟に身構え、誰の手か目で辿る。薫さんと呼ばれていた病弱そうな青年であった。彼だけはまだ意識があったらしい。 「き、君……、よければ、これにサインを……」 そう言って懐から取り出した何やら書類のようなものを千明に押し付け、彼は事切れた。もとい気絶した。 今思えば何故あの時そのまま帰ってしまわなかったのか不思議でならない。ともかくそのような顛末があり、結果として彼女はここの会員なのだ。そして結局のところこうして一ヶ月経った今も自分からわりと頻繁に顔を出している。 しかし彼女はまだ何も、ここが何をするサークルでそもそもSFCとは何の略なのかすらも理解していなかった。そして、それを教えてくれる先輩はこのSFCには存在しなかった。だがとにかく利害が一致した以上、それで特に問題もなかった。 そんなわけで昼食を終えた千明は、次の授業までの空き時間を会室でただダラダラと雑誌を読みながら過ごしていた。 これはこの場所が気に入ったからというよりも、千明が一ヶ月観察し続け身につけたこのサークルの作法である。作法と言っても簡単なものである、各々好みの手段をもって時間をドブに捨てるだけだ。道徳心が痛まなくもないが、先輩方が実践している以上新人はそれに倣うしかないのだ。しょうがないのだ。 先ほど半裸で寝ていた丸刈りの男は三年の泊赤蜂《とまり あかはち》である。彼は小麦色の肌を隠すそぶりすら見せず、サーフパンツ一丁で気だるげにルービックキューブをいじっている。南国出身だが暑さに弱い泊にとって、ここ数日の猛暑はだいぶこたえているようだ。もっとも、冷房がロクに効かないこの部屋では彼でなくとも参ってしまうが。 いつも澄ました顔でメイド服を着こなしているサヤカちゃんもさすがにこの暑さには勝てないようで、マネキンから移植された新しい頭をヘンな角度に垂れてぐったりしている。こうしていると強調される首の接合部が妙に生々しくて、怖い。 そんな部屋の隅では業務用の扇風機がけなげに首をふっていた。泊が以前に廊下のガラクタの山から掘り出して勘だけを頼りに修理したというオンボロだが、これがなければ今頃皆逃げ出していたことだろう。 「にしても暑っちーよなぁ……おいハマちゃん、なんか面白い話しろよ。暑さ忘れるようなの」 ルービックキューブを放り投げ、泊が話しかけてきた。このセリフは本日十二回目である。 「クーラー効きませんねぇ、工学部の人とかに頼んだら直してもらえないんですかねぇ。そうそう工学部と言えば、こないだ与田技研のボンボンが捕まったじゃないですか。あのとき監禁されてた一年生、異能史学で一緒の子らしいんですけど……」 「ダメだ、暑い……」 そして十二回すべてこの調子だ。毎回いろいろ変えて話を振ってみるがどれも空振りに終わる。 千明もいい加減疲れて「この人そっくりなゴリラに見える肉の塊より七本脚の宇宙人とかのほうがまだ話が通じるんじゃないか」などと思い始めた段になり、突然ドアが開いた。 「君たち、今日夕方六時からふたばサイエンスパークへ行くぞ。支度したまえ」 細い首にタオルをかけ、入浴セットを手にぶら下げて現れたこの男が六年生の橋土井薫《はしどい かおる》、現SFC会長である。 「おはようございますハシドイさん、シャワー浴びてきたんですか?」 「ああ、二限目の体育で汗かいたもんだからね。真夏日の熱いシャワーもなかなかに気持いいものだよ」 まだしっとりと濡れる長髪を扇風機の風にたなびかせながら橋土井が微笑む。元の顔の陰気さゆえに爽やかになりきれない残念な笑顔だ。それにしても久しぶりに人間らしい会話が成り立った。今の千明にはこの先輩が学園のどんな教授よりも知的に見える。たとえ一年生必修の体育実技を五年間落第し続けていたとしてもだ。 「ずいぶん急だなぁ薫さん。なんか面白い話でも仕入れてきたのか?」 泊が目を輝かせて食いついてきた。千明のときとは明らかに態度が違う。 「ああ、ちょっと気になる話を耳にしたもんでね。僕の推論が正しければ、面白いものが見られるかもしれない」 いつも陰気な瞳が今日は珍しく燃えている。 「ふたばサイエンスパークって民間の研究施設がいっぱいあるところですよね? そんなとこ何しに行くんですか?」 千明が素朴な疑問をぶつける。 「説明しよう。僕の友人で長野という男がいてね、彼はふたばサイエンスパーク、FSPのすぐ近くに住んでいるんだが、その彼が『最近夜中に地震が多くて寝不足だ』と言うんだよ」 「地震だぁ? 最近あったかなぁ、ハマちゃん」 「千明ときどき夜更かししてますけど、最近地震があった記憶はありませんねぇ」 「だろう? 僕も気になってね、訊いてみたんだよ。そしたら彼は『そんなはずはない、ここ二週間ほど毎日揺れているぞ』というんだね」 「電車とか工事とかですかね?」 「いや夜中っつってんだろ」 「……ですよね」 泊の意外と冷静なツッコミに妙な敗北感を感じる千明。橋土井は気にせず続ける。 「それでね、僕はFSPに何かあるんじゃないかと思い、諜報部にいる後輩に少しばかり握らせて聞いてみたんだ」 「悪ぅい。人脈広いんですね」 「自慢じゃないがこの学園には君が二足歩行する前から通っているからね。それでだ、気になることがわかった。最近FSP内のとあるラルヴァ研究施設から研究材料として少々変わった発注があったらしい。これだ」 橋土井は小さく畳まれた伝票のコピーをどこからか取り出し、広げて突き出した。何やら暗号のように文字や記号、数字が並んでいる。 「見えるかい、ここだ。この文字はある種族のラルヴァを意味する符丁、記号は状態を表す。この記号なら『生きたままの』という意味だな。そして数字はそのままの意味だ。わかるかい? そう、変わった発注とはつまり『大量の生きたラルヴァ』だ」 ここで橋土井はテーブルの上に置いてあったペットボトルのお茶を一気に飲み干した。そして十分にためてから一言。 「そしてそれは、ちょうど二週間前から毎日納入され続けている」 「……ハシドイさんそれ千明のお茶」 「それが原因で間違いねーな。しかしなぁ、そんなことしてたらあっという間に溢れちまうだろ。一体何に使うんだよ」 「そう、そこが問題だ。僕が思うに、これはエサとして消費されているのではないだろうか」 「エサぁ?」 「お茶……」 「そう、エサだ。より大きなラルヴァの、ね。これほどの量を平らげるラルヴァならば、その大きさはちょっとした地震を引き起こせるほどにもなるはずだ。どうだい、合理的な解釈だろう」 下からどんなに叫んでも上の人間の耳には届かない縦社会の厳しさを千明は学んだ。 「なるほど、地震の原因は巨大なラルヴァか……でもよぉ、そんなヤベーもん飼ってたら学園や醒徒会が黙っちゃいねーだろ」 「そうなんだ、だから真偽を確認するためには醒徒会より早く動く必要がある。そして諜報部がこれだけの情報を掴んでいる以上、彼らはすでに動き始めているはずだ。急がねばならない」 そもそも巨大ラルヴァなんているのか、いたとしてそんな重大な機密の証拠がただの学生に掴めるのかという疑問はあったが、せっかく燃えている会長に水をかけるほど千明は無粋じゃない。また千明自身このイベントに青春の匂いを感じ始めていた。当然、ドラマの大学生たちから感じていたそれとはかけ離れているにしてもだ。 かくして、のちに忘れようにも忘れられなくなるであろう苦酸っぱい青春の日々が千明の許にも訪れるのであった。 その日の授業を終えた千明が会室に着いたときには、先輩たちはすでに出発の準備を終えていた。 橋土井は黒い半袖ジャージに首から双眼鏡とカメラをぶら下げただけの軽装だ。 泊はほとんどそのままだったがさすがに裸で行くつもりはないようで、申し訳程度にアロハシャツを羽織っていた。こちらは何故か大きなクーラーボックスを持っている。 サヤカは純白のアオザイを着せられて泊に背負われていた。ボディラインの出る服もぴったり見事に着こなしているのはさすがだ。 動きにくい服装では万が一のとき危険だということで、先輩方には外に出てもらい千明一人会室でTシャツとジャージに着替える。 「ていうか、サヤカちゃんも連れて行くんですね」 鉄の扉ごしに話しかけた。 「一応サークルのイベントだからね、会員は原則全員参加だよ」 マジメというべきか融通が利かないというべきか。まあおそらくは面白がっているだけだろうが。 「それにしても膨らんだまま持っていくのは面倒じゃないですか? かさばるし」 「何言ってんだ、サヤカは俺らと苦楽を共にしてきた仲間だぞ! 荷物扱いなんてできるかってんだ。そんなことよりお前着替えまだかよ、早くしないと置いてくぞ。その部屋幽霊出るぞ知らねーぞ」 泊が声を荒げる。 「すみません、もうすぐです。でもサヤカちゃんって風紀の人に見つかったらまためんどくさいことになりそうですね」 そう言うと急にしんとして返事がなくなった。さては置いてかれたかと思った千明は急いで着替えると、慌てて外に飛び出した。幽霊も怖いし。 「……思いっきり荷物扱いじゃないですか」 千明が見たのは“風紀”という単語を聞いて無言になった先輩たちと、容赦なく折り畳まれて紙袋に捻じ込まれるサヤカの姿だった。わずかに覗く生首がどこか悲しげに見えた。 橋土井の車で移動する。十五分ほどで車は湾岸線に出た。この辺りはまだ殆ど開発が進んでおらず、右手には造成中の空き地、左手には東京湾が道路を挟んで延々と続いている。 「見えてきた、ふたばサイエンスパークだ」 右手の広大な空き地が突如途切れ、近代的なデザインの研究所群が姿を現した。 「はあ、すごいもんですねぇ……前衛的というか、未来に生きてるというか」 「ありゃ悪趣味っつーんだ」 FSPの手前で右に折れ、出来の悪いロボットアニメに出てきそうな建物の群れを左手に眺めながら車は進む。二歳児の積み木細工そっくりな研究施設の道路を挟んで正面に、立派な高級マンションが建っていた。夜中に謎の地震があったと主張する長野氏はここで民間研究所勤務の両親と暮らしているそうだ。なるほどFSPは目と鼻の先である。来客用駐車場に車を止め、既に帰宅していた長野氏に屋上まで案内してもらった。地上十一階相当の屋上からはFSPの研究所群がくまなく見渡せる。 「まずは下調べだ、巨大ラルヴァを隠しておけそうなサイズの建物、および巨大ラルヴァの痕跡を上から探そう。巨大ラルヴァを運び込めるほど床面積の大きい建物や広場はそういくつもないはずだ」 そう言って橋土井は熱心に双眼鏡を覗きはじめた。千明も景色を楽しみながら下界を眺める。泊は高所が苦手らしく端には近づかず、屋上の真ん中で顔を真っ赤にしながらクシャクシャになったサヤカの肌にハリを取り戻そうとしていた。 ふたばサイエンスパークとは双葉区主導で建設された、民間の先端技術研究所群のことである。区の提供した一キロ四方の敷地内には大小様々な研究施設が所狭しと並んでいる。 もちろんこの双葉区に設置されている以上、その研究内容は異能やラルヴァに関するものがほとんどだ。中には巨大な生きたラルヴァを実験に使おうと考えた集団がいたとしても何ら不思議ではない。さすがにそれが地震を起こすほどの巨大なものとなると話は別だが。 十五分ほど経つと、陽が落ちて街灯が次々に灯り始めた。気持ちのいい風も吹いている。後ろで小さな破裂音がした。振り返ると泊が缶ビールを開けている。クーラーボックスの中身は酒だったようだ。それらしき建物を見つけられず飽き始めていた千明は探索を中断し、泊とサヤカのもとへ駆け寄った。 「泊さん、探すの手伝わなくていいんですか?」 「いいんだよ放っとけほっとけ、薫さんの妄言はいつものことだ。俺たちゃ遠足気分で遊んでりゃいいの」 「遠足?」 「そう、遠足だ。たしかに名目上は巨大ラルヴァの探索調査かもしれんがな、実際問題いねーだろそんなもん。それよりせっかく会員みんなで外に出てきたんだ、星空の下めいめいに遊び、飲み、楽しむ。これが一番だ」 正直どこまで本気かわからなかったが、どうやらこちらの先輩は意外と常識があるようだ。 「ハシドイさんは完全に何かあると信じてますけどね……」 チラリと振り返る。我らがSFC会長は先ほどから変わらない姿勢で熱心に双眼鏡を覗いている。こうして離れて見てみると、なかなかに通報したくなる後ろ姿だ。 「だからほっとけって、あの人はああやってるが一番楽しいんだから。そんなことよりハマちゃん、一杯いくかい」 「いえ、私いちおう未成年ですし」 「細かいこと言うなって、よその学生は遅くても十六から飲んでるぞ。ましてや大学生なら飲んで当たり前だ。もちろん体質的にダメってんなら無理は言わんが」 そう言って泊は喉を鳴らしながらうまそうにビールを流し込んだ。そして大きく息をつき、見せつけるように幸せそうな笑顔を浮かべる。 「……まあせっかくの遠足ですもんね、ちょっとぐらいいいですよね。いただいちゃいます」 泊がニヤリと笑って缶チューハイを差し出した。千明も笑ってそれに手を伸ばす。と、そのときである。 「泊くん、爬又くん! ちょっと来たまえ!」 いつの間に近づいてきていたのか、突然橋土井に肩を掴まれた。千明はびっくりして缶を落としてしまう。 「いきなりなんだよ薫さん、酒すすめたぐらいでそんなにカリカリすることないだろう?」 「そうじゃない、いいから見てくれたまえ。我々がいるこの団地と道路を挟んではす向かい、広い駐車場があるな。この隅に白い倉庫のような建物がある、わかるか? ほらそこだ。どうやらあれがカギのようだ」 そう言うと橋土井はデジカメを取り出し、動画を再生して二人に見せた。 「今録った映像だ、見てくれ。あの建物の傍に背の高い学生服の男と小さな子供がいるだろう」 「見えます。ノッポのほうはともかく、こんなところにちびっこが居るのはなんか怪しいですね」 無論この三人が言えた義理ではないが。 「ああ、僕もそう思ってカメラを回してたんだ。見ていろ、ここからが問題だ」 「……!? おい、こいつら壁の中に消えたぞ!」 「決まったな、彼らは異能者……おそらくは“醒徒会”の手の者だ。何かを嗅ぎつけて動いたらしいな。幸い今ので怪しい場所には見当がついた、こちらも急ぐぞ。巨大ラルヴァの存在が隠蔽される前にこの手で真実を掴み取るんだ!」 エレベーターを待ちきれず階段を駆け下りていく橋土井の後姿を見ながら千明は訊ねた。 「遠足……じゃゆるすぎませんかね?」 「……裏社会見学って感じだな」 本気でヤバくなったら会長閣下を生け贄にしてでも逃げ出そう、そう密約を交わす二人であった。 SFCの面々はマンションを出ると一度車へ装備を取りに戻り、今度はその隣の広い工事現場に忍び込んだ。大型のショッピングモールを作っているようだが、まだ基礎工事中でビルは影も形もない。 橋土井は地下へと続く縦穴を見つけると、ためらいなく工事用のタラップを降りていった。泊も後に続く。千明はどうするかしばらく迷っていたが、二人の姿が見えなくなりかけているのに気付くと慌てて後を追った。どうせ乗りかかった舟である、泥舟だろうと渡りきってしまえばこっちのものだ。辿り着いた先は修羅の国かもしれないが。 前を歩く泊に背負われたサヤカとにらめっこしながらどんどん地下へと潜っていくと、先頭の橋土井がこっちを振り返って言った。 「よし、着いたぞ。見たまえ、すごいだろう」 そこには広大な鉄の床が広がっていた。ハンディライトで辺りを照らしてみても、光の届くところすべて床が続いている。はしゃいだ千明がうろちょろ走り回っていると、いつの間にか他の二人が見えないところまできていた。それでも壁に行き当たらない広さである。泊に怒鳴られ慌てて引き返す。 「何やってんだバカ、こんなとこではぐれたら帰れなくなっちまうぞ」 「ごめんなさい……。でも地下にこんな場所があったなんて、千明すっごく感動しました。これって何なんですか?」 「んなこと俺に聞くな、薫さんに聞け。つーか薫さん、俺もよくわからないんだが、何だってこんなとこ来たんだ? 巨大ラルヴァはもういいのかい?」 泊はあっさり質問を丸投げた。 「ああ、まとめて説明しよう。まず僕たちが住むこの双葉区は一応埋立地と呼ばれてはいるが、厳密には異なる工法で作られている。これくらいは君たちも知っているだろう」 橋土井は千明と泊の顔を交互に見た。揃って首を横に振る。 「……まあいい、今知ったなら覚えておきたまえ。それではどう違うかというと、普段僕らが暮らしている足元にあるのは海底に盛られた土ではなくメガフロート、つまり海に浮かぶとびきり巨大な鉄の箱をいくつも繋げたものなんだ。まあメガフロートと言ってもこの人工島は史上類を見ない規模だし、言わばギガフロートとでも呼ぶべき構造体だね。ここはその海に浮かぶ巨大な箱の中なんだ。と言ってもひとつの大きな空間というわけではなく、隔壁でいくつかの部屋に仕切られている。それでもこの広さだから大したものだ。中には地下施設に利用されているものもあるそうだよ。双葉区の地下には一部の例外を除いてこのような空間が広がっているんだ。ちなみに一部の例外とは――よそう、今は時間が惜しい。だいたいわかったかな、爬又くん?」 千明は少々迷いながらも首を縦に振った。橋土井が安心したように微笑む。 「よろしい。では何故ここに来たか、だ。さっきも言ったとおりこの鉄の箱は非常に大きい。具体的にはそうだな、さっきのマンションはもちろん、ふたばサイエンスパークの半分ぐらいは同じ箱の上に載っているだろうね。もちろんあの駐車場やその隅にある小さな建物も、僕たちが今いるこの箱の上に載っていることだろう。と、言うことはだ」 橋土井はそこでいったん言葉を切り、泊の顔をじっと見る。泊は目を合わせようとしない。 「さて、僕がここに来た理由はもうわかるだろう? 泊君」 泊は目をそらしたまま答える。 「……迷子のスネ夫を探しにきた」 「爬又くん」 スルーである。 「あの建物と地下で繋がっているから!」 「正解!」 橋土井が大げさに両手を広げて正解を称えると、千明も笑顔とハイタッチで応える。その隣で泊は寂しく地面を見つめていた。 「そう、地下だよ。僕はさっき二次元的な発想に囚われ、もっと巨大な空間の存在を見落としていたんだ。おそらくこの先、例の建物の地下に当たる部分にこそ真実があるはずだ」 橋土井の目が爛々と燃えている。 「さて、それでは行くぞ。方角と大体の距離は把握している、ついてきたまえ」 パーティーは意気揚々と出発し、 ものの数分で隔壁にぶち当たった。 「行きたいほうに限って壁があるなんて人生そのものですねぇ。ここは地上でいうとどの辺りなんですか?」 来たほうを見つめながら千明が尋ねる。帰りにまたあのタラップを探すのが大変そうだ。 「正面の道を斜めに渡り切ってさらにしばらく行ったから、大体駐車場の真ん中あたりにいるのだろう。例の建物も結構近いな、この隔壁を超えればおそらくは……」 橋土井はハンディライトの明かりでメモを確認しながら答えた。「電子機器は信用ならん、記録は紙とペンに限る」という今どき古風な考えの持ち主らしい。さすがは二〇世紀生まれといったところか。 泊は座って静かに酒を飲んでいる。スベったのを引きずっているのだろうか。 手持ち無沙汰な千明はなんとなく隔壁沿いにハンディライトの光を走らせてみる。すると遠くの壁を照らしたとき、妙な段差があることに気がついた。もう一度近くで見ようと歩き出したそのとき、突然に不規則な揺れが一行を襲った。さらに隔壁の遠く向こうから揺れにあわせて大きな音が響いてくる。ボールが跳ねているようにも、濡れた布を叩きつけているようにも聞こえる奇妙な音だ。 しばらくすると音と揺れは収まった。全員瞬時に互いの無事を確認し、皆で顔を見合わせる。 「おい薫さん、今のは……!」 「ああ、間違いないな。この揺れだ。そして二人とも、今の音を聞いたろう。明らかに揺れと連動していたな?」 二人とも無言で頷く。 橋土井は向こうを透かし見るかのように壁を睨みつけて叫んだ。 「この隔壁の向こうに、巨大ラルヴァが――いる!」 「でもよお、この壁はどうやって越えるんだ? ここぶち抜けそうな能力持ってる奴なんていねーぞ」 言いながら試しに壁を蹴ってみるあたりが泊である。当然壁はビクともしない。 橋土井は答えない。こちらは厚さを測るように壁のあちこちをノックし、その音を聞いている。 「少々厚すぎるか……」 呟いたそのときである。 「あのー、ちょっと来てくださーい。これって扉じゃないんですかー?」 遠くで千明が呼んだ。二人が駆けつけてみるとそれはまさしく扉であった。しかし開かない。錠が下りているようだ。 「ダメですかねぇ」 鍵穴や蝶番をまさぐる橋土井を千明が残念そうな顔で見つめている。泊は既に諦めた様子でまた酒を飲み始めた。 「電子ロックじゃないのはまあ嬉しいんだけどな。ハマちゃん、お前身体強化系だったよな? これ蹴ってぶっ壊せない?」 「どうですかねー、やってみましょうか。 あ、でも千明の足跡つけちゃったらそこからアシつきません?」 「お、上手いねハマちゃん。よくできたからご褒美にチューハイやるよ、新商品のプリン味」 「やったー、いただきまーす」 思えばとうに夕食どきを過ぎている。そろそろ腹も減ってきたし、喉も渇いてきたところだ。そこに先ほど飲み損ねてようやくありつけた酒である。千明はテンションにまかせて缶の半分ほどまで一気に飲んだ。よく冷えた酒が空っぽの胃に辿り着くと途端に熱を持って身体を内側から焼いてゆく。アルコールが染み込んでいく様がくっきりと感じられるようだ。 「くぅ~~ッ!!」 遅れて口の中に冒険的な後味がひろがってゆく。 「ん? ……うわ、うわうわうわ。……ッうぇ~、すっごいですこれ。泊さんもちょっと飲んでみてくださいよ」 「どれどれ。……うっわ馬鹿でぇー。これ作った奴ほんとバカだろ。薫さん、コレ飲んでみてよ。ひっでーよコレ」 「あれ、ハシドイさん何やってるんですか? あ、鍵穴にガムつけちゃだめですよぉー。それ普通にイタズラじゃないですか」 橋土井はハイテンションで近寄ってきた二人をやさしく制し下がらせた。そして自らもドアから十分に距離をとった後、千明に言う。 「ガムじゃない、C4だ」 広い部屋いっぱいに爆音がこだました。 「……プラスチック爆弾なんてどこで買ったンスか。耳痛てーよ」 「裏街のほうでちょっとね。さて泊君、トドメを頼む」 隔壁との接点を失ったドアを泊が蹴り倒し、向こう側をライトで照らす。すぐ正面にはまたも隔壁があった。左右を照らすと隔壁に挟まれて一直線に細く深い闇が広がっている。どうやら部屋同士は隔壁一枚で区切られているのではなく、間に緊急時の避難用通路が通っているしい。橋土井がまず通路に出る。そして先へ進もうとしたところで千明が口を開いた。 「でもこのさき行って大丈夫なんですかね? 誰かに見つかったら正直シャレにならないと思うんですけど。爆破とかしてるし」 「んー、たしかにちょっと見て帰るってわけにもいかねぇだろうしなぁ。まあテレビの探検モノならこんだけやれりゃ十分だわな」 泊もこれ以上の捜索にあまり乗り気ではなかったようだ。二人とも足が止まる。 先を行く橋土井がそれに気付き、くるりと振り向いた。そして姿勢を正して厳かに語りだす。 「あー、さてSFC諸君、ここから先についてだが」 橋土井の改まった物言いに、ほろ酔い気分の二人も少し真顔になる。 「この隔壁の向こうは本来の建設予定では何もないことになっている。だが我々は、この壁の向こうに怪音と振動を引き起こす『何か』の存在を確信した」 三人が一斉に頷く。 「この『何か』について現時点でそれらしき公式発表はない。むしろ徹底的に秘匿されている。その出自及び存在に何か後ろ暗いところがあることは間違いないだろう」 演説に熱が入る。 「それはつまりどういうことか。秘密を知った人間を更なる非合法な手段を以って排除することも十分に考えられるということだ」 「それじゃ行かないほうがいいですねぇ」 「危ないもんなぁ」 「すまん間違えた、今のは聞かなかったことにしてくれ。ええとそうじゃなくて、つまり後ろ暗いってことは、ヘタすりゃ一生表には出てこないとっても珍しいモノかもしれないってことだ。どうだ、どんなものか気になるだろう」 二人ともあまり反応がない。 「コホン、まあ確かに危険がないとは言い切れないだろうな。だがそうそう命まではとられないだろうし、逆に口止め料をもらえる可能性だってないわけじゃない。うまくいけばこの先一生見れない不思議な何かが見られて、さらにはお小遣いまでもらえるかも知れないわけだ、素晴らしい話じゃないか」 それでも下級生二人の目には興味の光は灯らない。それどころか哀れみの色すら浮かび始めた。後のない橋土井は、ついには思いつめたような表情でこう切り出した。 「……しかし残念なことに、ここから先は僕一人で行かせてもらう。SFCの会長として、君たち会員を危険に晒すわけにはいかないんだ!」 熱く語りながら橋土井が大見得を切ると、そのまましばらく三人とも固まった。橋土井は二人の顔をチラチラと何かを期待するような目で覗き見ている。そして少なからず驚きの表情が浮かんでいることを悟ると、勝負とばかりに一気にまくしたて始めた。 「……巨大ラルヴァを前にしてここで残されるのはまことに、まことに、まことに心苦しいだろうが、ここから先は僕、一人で。たった一人で。色々ヤバい人たちいるかもしれないけど一人で。行こうと思う。いやいい止めないでくれ、僕は巨大ラルヴァらしき何かの正体が見たいんだ。ここで見逃したら死ぬまで見れないかもしれないような、ね。だから行く。ヤクザみたいのに銃で撃たれて死んじゃうかもしれないのに一人で行く。君たちの助けがあれば死なずに済むかもしれないのに一人で行く。その場合残された君たちはものすっごく後味悪いだろうけど僕一人で行く。しかし、君たちがどうしてもやっぱり一緒に行きたいと言うなら……」 「ハシドイさん!」 突然千明が割って入った。一瞬喜びの表情を浮かべた橋土井だったが、どうにも千明の様子がおかしい。なんと目に涙を浮かべている。 「……ハシドイさん、絶対生きて帰ってきてくださいね」 「え? ちょ……」 橋土井がとっさに何か言おうとするも、潤んだ瞳が弁明を許さない。さらに泊がいつになく真面目な口調で語りだす。 「薫さん、あんたはさすがだ、それでこそ俺たちSFCの会長だ。確かに相手は恐ろしい連中だろう。銃を持ってるかもしれないし、それで人を撃つことをトイレに紙を補充する程度の面倒としか感じていないかもしれない。だがそれでも行くというなら、薫さん。俺はあンたを止めはしない。是非行って巨大ラルヴァをその目に焼き付けてきてくれ。たとえ命と引き換えになろうとも、だ」 「私たち、ここで待ってますから」 「万が一のときは俺が骨、拾います」 そうして押しに弱いSFC会長閣下はとうとう一人で通路の奥へと消えていった。去り際その目に何か光るものがあったが、そういうものは見ないようにするのがサークル会員のたしなみである。 弱弱しい後ろ姿が闇に溶け切ったのを見届ると、泊はおんぶひもを解いてサヤカを座らせ、自分は倒れた扉の上に腰を下ろした。千明がそれに倣おうとするとクーラーボックスをすすめられたのでその上に腰かける。なかなかちょうどいい高さだ。 「……行ったな」 「行っちゃいましたね」 しばしの沈黙が流れる。 「飲むか!」 「飲みましょっか!」 クーラーボックスからそれぞれビールとチューハイを取り出し、改めて乾杯した。 「怖がってましたねぇハシドイさん」 「まあ何があるのかしらんがさっき醒徒会みたいな奴らも入ってったじゃん、大丈夫だろ。俺はむしろあっちに怒られるのが嫌だね」 泊は特に心配はしていないようだ。千明としてもおおよそ同意見である。 「しかし一緒にきてほしいならそうと言えばいいのに。なぜこうも見事に墓穴掘るような言い方しちゃうんですかね」 「かっこつけたかったのさ」 「素直じゃないんですね」 「意地があるんだよ、男の子にはな」 これはホントに名言だと思う。 「それにしても泊さんがあんな追い込み方できるとは思いませんでした、意外とすごいんですね。ちょっとイジめすぎな気もしますけど」 「意外って言うなよ。だいたいそれを言ったらハマちゃんこそ意外だぜ、あのタイミングで目うるませるなんて男なら絶対引っ込みつかなくなるっての。イジめすぎたとしたらハマちゃんのほうだな、うん。俺は悪くないね」 そう言って泊はビールを豪快に流し込み、満面の笑みでため息をつく。どう見ても責任なんてかけらほども感じていない様子だ。 「うふふ、女はみんな女優なんです。でもノリで送り出しちゃいましたけどホントに一人で大丈夫なんですかね、ハシドイさん。ものすっごくついてきて欲しそうでしたよ」 「仕方ねーよ、俺だって怒られるのヤだしハマちゃんだってそうだろ。まあ大丈夫じゃねーの? 薫さん身体能力はアレだけど、同じくらい存在感もないからさ。それにいざとなりゃ異能もあるし」 なんとも頼りない分析だが、それなりに付き合いのある泊が言うのならば大丈夫だろう。千明も心配するのを完全にやめた。 「ていうか千明ハシドイさんに異能があるの今初めて知りました。どんな能力なんですか?」 千明の質問を受けて泊は一瞬不思議そうな表情を見せたが、またすぐ元の顔に戻る。 「あー、そういやまだ言ってなかったっけか。でも能力なんて他人がバラすもんでもないし、薫さんのは直で見たほうが絶対面白いと思うぜ。今度本人に直接頼んでみろよ」 「んー、じゃあそれまで楽しみにしときます。そういえば泊さんは異能者なんですか?」 チューハイをちびちび飲みながら問いかける。 「俺? んなもんないよ。魂源力も外の一般人と大して変わらないみたいだし、完全な無能力者だな」 「へぇ、大学でそれって珍しいですね。どういう経緯でこの学園に来たんですか?」 「ああ、高校んとき友達と遊んでたら野良犬に襲われてな。棒でぶっぱたいたらのびちゃったんだけど、それがヘンな犬でさぁ。形は犬なんだけど全身から鉄みたいなウロコが生えてるんだよ。あんまり珍しいもんだから家に連れて帰ったんだ」 しみじみと懐かしそうに語る泊の隣で、千明は顔をこわばらせていた。 「あのぉ、それって」 「うん、ラルヴァだな今思えば。だもんでメチャクチャ気性が荒くてさ、しばらく飼ってたんだけど母ちゃんに捨てて来いって言われちゃってよ。でも捨てたらまた人襲うじゃん、かわいそうだけど保健所連れてったんだよ。んでそんとき別室で色々訊かれて、高三のときに突然推薦もらった」 「ラルヴァを飼ってたって……すごいですねぇ」 「いやあラルヴァっつっても小さいのだもん、大したことねーよぉ」 謙遜しながらも見るからに嬉しそうな表情を見せる。素直な人だ。 「あ、つっても別に子犬を棒で殴ったわけじゃないぜ? そうだな……うん、ちょうどあの犬ぐらいだ」 そういって先ほど橋土井が消えたのと反対側の通路を指した。千明もそちらを覗き込む。……犬? 「ほら見えるか、今ライト当ててる奴。ちょうどあれくらいだったな。ていうか似てるなあ、ホントにそっくりだ」 嬉しそうに話す泊の隣で、千明は戦慄を覚えていた。 「B2カテゴリービースト、『スケイリーハウンド』……何故ここに!? ていうか中級ラルヴァに棒で勝つとか有り得なくないですか!?」 つづく トップに戻る 作品投稿場所に戻る
https://w.atwiki.jp/4lternative/pages/56.html
――ライブラリへのアクセスを確認。 ――『サイレンス・マジョリティーからの介入を確認』閲覧権限がAランクに設定。 ――使用者の閲覧権限を照会中 ――アクセス拒否。更新・編集にはプロファイラー資格と管理者権限が必要です。 ――Aランク閲覧権限で閲覧可能な人物プロファイルを公開。プロファイルは全て公認プロファイラーが本人への事実確認を基に作成しています。 事実と異なる記述などがございましたらプロファイラーにお問い合わせ下さい。 IO-0000 SWOLF IO-0027 MANHATTAN IO-0028 NEWORLEANS IO-0034 TAGES IO-0044 BERRY IO-0052 KID IO-0055 CINDERELLA IO-0055 SEEKER IO-0066 NIGHTINGALE IO-0070 SEATTLE IO-0129 PHENIX IO-0130 CYPHER IO-0132 LOST IO-0133 ICE ST-0001 BARTHOLOMEW ST-0002 NAQIA ST-0003 MARIONETTE ST-0004 REX ST-0005 NECTO SS-0001 SEVERUS SS-0002 TIRAN HD-0001 LUTZ IO-0000 SWOLF 名前:ディミトリエ・スウォルフ 性別:男 種族:トルトガ 所属:航国防衛省 出身:航国第一移動都市 アルヌス + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。 循環器系結晶顆粒検査においても、同じく結晶病の兆候は認められない。 以上の結果から、現時点では結晶病未感染と判定。 【結晶融合率】0% 結晶病の兆候は見られない。結晶との接触は極めて少ない。 + 身体分析 [重要機密のため開示不可とされています] + 能力分析 [重要機密のため開示不可とされています] + 使用武装 使用武装 [該当データなし] + 第一資料 第一資料 航国の防衛省の長たる国務大臣。 + 第二資料 第二資料 IO-0027 MANHATTAN コードネーム:マンハッタン 名前:ジョー・ドラッドー 性別:男 種族:エレフト 所属:公安特異二課 執行官 出身:王国第一飛空艇エンシェント + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。 循環器系結晶顆粒検査においても、同じく結晶病の兆候は認められない。 以上の結果から、現時点では結晶病未感染と判定。 【結晶融合率】0% 結晶病の兆候は見られない。結晶との接触は極めて少ない。 + 身体分析 身体分析 年齢:65 誕生日:344年1月 身長:202cm 体重:111kg 血液型:XF型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:31.5cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:S 生命力:S 精神力:B 物理攻撃力:S 防御力:S 機動力:C 腕力:S 耐久力:A 技術:C 知力:C 隠密性:D 術属性:― 結晶術攻撃力:― 術範囲:― 術効果:― コメント: 体躯も存在感も山のようにどっしりとした男。実際に対峙した感想、山を相手してるのかと錯覚したね。(By ディミトリ) + 使用武装 使用武装 管理番号:051 固有名:巨砕マリアボロス 武器カテゴリ:鋼拳 効果:― 備考:背部ユニットに接続した巨大な鋼鉄の拳を自身の拳のように意のままに操ることが出来る。 + 第一資料 第一資料 「みんなのパパ」と呼ばれ慕われている三課の執行官。組織内で非感染者でありながら執行官を務めている。 普段は温厚で穏やかな性格だが、紛争で妻と娘を暴徒によって殺されており、その復讐心からソートゥースに対する恨みは誰よりも強く、ソートゥースに対しては一切の容赦が無い。 + 第二資料 第二資料 かつては航国国籍ではなく、王国で国王陛下の住いを中心とした主要艦隊を護衛する飛行隊に所属していた。しかし王国政府の排他的な感染者差別に異を唱えたことで国外追放とされてしまった。王国の親衛隊で最も強いとされていたドラッドーの国外追放の噂はすぐにスフォルフの耳に入り、組織強化の好機と考えたスフォルフは直々にドラッドーにコンタクトを取り、斑鳩機関へスカウトした。 IO-0028 NEWORLEANS コードネーム:ニューオーリンズ 名前:ドット・バルフィオーレ 性別:男 種族:ジラフス 所属:公安特異二課 監視官 出身:王国第三飛空艇エンシェント + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。 循環器系結晶顆粒検査においても、同じく結晶病の兆候は認められない。 以上の結果から、現時点では結晶病未感染と判定。 【結晶融合率】0% 結晶病の兆候は見られない。結晶との接触は極めて少ない。 + 身体分析 身体分析 年齢:55 誕生日:354年2月 身長:172cm 体重:65kg 血液型:X型Rh+ 利き手:両 靴のサイズ:25.0cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:A 生命力:B 精神力:S 物理攻撃力:B 防御力:B 機動力:A 腕力:A 耐久力:B 技術:B 知力:A 隠密性:C 術属性:― 結晶術攻撃力:― 術範囲:― 術効果:― コメント: 俺としちゃ戦線に出したくないねぇ。だってこいつが死んじまったら毎日の美味い食事は誰が提供してくれるってんだ? まあ戦わなきゃ明日の飯にもありつけねぇわけだがな。(By マンハッタン) + 使用武装 使用武装 管理番号:054 固有名: 武器カテゴリ:剣 効果: 備考:刺突剣。 + 第一資料 第一資料 空島の超高級ホテルで10年以上料理長を務めていた料理人として実績ある人物。王国飛空艇が燃料供給の際に大地に降り立った瞬間を狙ったスラムの犯罪者たちの襲撃で人質に捕られてしまったが、それを助けたのが非番で偶然店を訪れていた、当時王国護衛飛行艦隊だったドラッドーだった。命を救ってもらった恩返しをしたいとドラッドーに会いに行くがその時既にドラッドーは護衛隊を脱退し、航国の公安警察の対感染者特異対策課に引き抜かれており王国を離れていた。何としてでも恩を返したかったドットは料理長を引退し、航国までドラッドーを追っていった。 ドットのことを覚えていたドラッドーによって推薦され、公安特異課に所属することになった。 IO-0034 TAGES コードネーム:ターゲス 名前:シャルロット・マリーゴールド 性別:女 種族:フォクスィ 所属:公安特異二課 カウンセラー 出身:航国第五移動都市 テレシア + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。 循環器系結晶顆粒検査においても、同じく結晶病の兆候は認められない。 以上の結果から、現時点では結晶病未感染と判定。 【結晶融合率】0% 結晶病の兆候は見られない。結晶との接触は極めて少ない。 + 身体分析 身体分析 年齢:51 誕生日:360年7月 身長:174cm 体重:49kg 血液型:S型Rh+ 利き手:左 靴のサイズ:22.5cm + 能力分析 能力評価分析 [該当データなし] + 使用武装 [該当データなし] + 第一資料 第一資料 今の40~50代の子供時代、数々の流行歌を世に放った人気歌手。その時代の人々で知らぬ者はいない程人気を誇っていたが当時は感染者迫害が激化した年でもあり、非感染者と暴走した感染者の衝突に巻き込まれたシャルロットは怪我を負った。その傷というのが顔の右半分を覆う程の大火傷。それほど大きな火傷を負った顔でメディアに出れる精神状況でもなかったシャルロットは人気絶頂期に引退、引き籠るようになった。 時が過ぎていき、エレメンタルエンジンの出現と共に加速した結晶製品の進化の波は結晶を用いた超能力的な医療技術の進化をもたらし、シャルロットの大火傷は完全に完治した。 感染者を迫害する非感染者同様に、非感染者を力でねじ伏せる暴走した感染者を忌み嫌っているが、ただ抑圧されているだけの感染者たちは何とか救ってあげたいとかつての伝を使って、迫害に苦しむ感染者を応援するプロジェクトを指導。中でも結晶病を抱える人々にもそのままの自分で居ていいんだよと訴えかけるファッションブランドを設立。結晶病に適応した衣服の開発などに尽力していた。その努力が航国政府の高官チャン・ウーの目に留まり、政府からの支援金を貰えるほどになった。 その後チャン・ウー本人の接触により公安特異課のカウンセラー兼広告塔として契約し、現在は公安特異課が保護した感染者たちのケアを行っている。 IO-0044 BERRY コードネーム:ベリー 名前:デイヴィッド・アルカード 性別:男(性自認は女 種族:ミノス 所属:公安特異一課 カウンセラー/監視官 出身:帝国第二移動都市 + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】13% 感染者診療所アザゼルの管理者として、結晶に接触する機会が多いからか、感染症状がはっきりと現れている。 血中濃度は病状をコントロール可能な範疇にあることから、アザゼルには感染が広がる速度を遅らせる独自の技術があるのかもしれない。 + 身体分析 身体分析 年齢:42 誕生日: 身長:192cm 体重:80kg 血液型:X型Rh+ 利き手:左 靴のサイズ:28.0cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:S 生命力:S 精神力:A 物理攻撃力:A 防御力:A 機動力:C 腕力:A 耐久力:A 技術:B 知力:B 隠密性:D 術属性:治癒 結晶術攻撃力:― 術範囲:B 術効果:S コメント: + 使用武装 使用武装 管理番号: 固有名: 武器カテゴリ: 効果: 備考: + 第一資料 第一資料 医療オペレーターでありながら物理攻撃力に優れた稀少なオペレーター。ミノスの種族特性でもある頑丈な肉体を充分に発揮することができる鍛え抜かれた強靭な肉体を駆使し、依然は総合格闘技で世界を相手に戦うほどのプロファイターの一人だった。 + 第二資料 第二資料 IO-0052 KID コードネーム:キッド 名前:シンジロウ・キド 性別:男 種族:デール 所属:公安特異一課 監視官 出身: + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。 循環器系結晶顆粒検査においても、同じく結晶病の兆候は認められない。 以上の結果から、現時点では結晶病未感染と判定。 【結晶融合率】0% 結晶病の兆候は見られない。結晶との接触は極めて少ない。 + 身体分析 身体分析 年齢:34 誕生日:377年6月 身長:171cm 体重:58kg 血液型:XF型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:26.5cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:A 生命力:B 精神力:A 物理攻撃力:B 防御力:C 機動力:A 腕力:B 耐久力:C 技術:A 知力:S 隠密性:A 術属性:― 結晶術攻撃力:― 術範囲:― 術効果:― コメント: 奔放なシーカーを物理的に制御するだけの強さは確実に持ってる。あの暴れん坊を制御するのは並みの精神力の奴じゃ出来ない。分析的にはずば抜けた知力は言わずもがなだがA判定の中でも機動力はA判定中でもトップクラスで機動力最高得点を叩き出したオルゼンの能力未使用時に匹敵するという検証結果が出ている。恐ろしいね。 (By デクスター) + 使用武装 使用武装 管理番号:012 固有名:絶零剣ハクヒョウ 武器カテゴリ:剣 効果:触れたもの一時的に凍結を与える 備考:氷と結晶の複合鉱石を素材に使用しており、氷系術師のような凍結能力を備えた剣。 + 第一資料 第一資料 公安特異課特区支部の参謀。特区支部の行動方針や作戦は全てキド考案であり、実質組織の指導者のような人物。 非感染者でアーツも扱えず、獣人ではなくただの人間のため基礎身体能力は低いが、鍛錬によってそれらのアドバンテージを感じさせない実力がある。 IO-0055 CINDERELLA コードネーム:シンデレラ 名前:シンディ・コール 性別:女 種族:デール 所属:公安特異一課 監視官 出身:航国第一移動都市 アルヌス + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。 循環器系結晶顆粒検査においても、同じく結晶病の兆候は認められない。 以上の結果から、現時点では結晶病未感染と判定。 【結晶融合率】0% 結晶病の兆候は見られない。結晶との接触は極めて少ない。 + 身体分析 身体分析 年齢:34 誕生日:377年4月 身長:170cm 体重:52kg 血液型:S型Rh+ 利き手:右 靴のサイズ:25cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:B 生命力:B 精神力:A 物理攻撃力:C 防御力:C 機動力:B 腕力:C 耐久力:C 技術:A 知力:A 隠密性:C 術属性:A 結晶術攻撃力:A 術範囲:A 術効果:A コメント: + 使用武装 [該当データなし] + 第一資料 第一資料 ミステリアスな学者。タロット占いを最も得意とし、カードゲームにも造詣が深い。公安特異課に加入する前のことは誰にも語らないため、その過去は一切が謎に包まれている。皆が知り得るのは、彼女の占いが素晴らしいということだけだ。 占い師は自身の未来を占うことは出来ないが、シンディは様々な予兆から不測の事態に事前に備える術を持つ。 IO-0055 SEEKER コードネーム:シーカー 名前:オルゼン・エルネイト 性別:男 種族:リべリ 所属:公安特異一課 執行官 出身:航国第一移動都市 アルヌス + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】8% 左腕及び肩部に明らかな結晶の痕跡が確認されている。人為的な感染性の創傷が原因とみられる。 感染状況は抑制可能な範囲にある。 + 身体分析 身体分析 年齢:34 誕生日:377年9月 身長:174cm 体重:70kg 血液型:S型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:26.0cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:S 生命力:A 精神力:A 物理攻撃力:S 防御力:A 機動力:S 腕力:S 耐久力:A 技術:S 知力:S 隠密性:S 術属性:自己強化 結晶術攻撃力:― 術範囲:C 術効果:S コメント: 次期指揮官候補と名高いカリスマ性とその評判に見合った強さを持っている。新人オペレーターの憧れの的だ。 誰しも一度は彼になりたいと思う。アタシだって思った。風による機動力強化アーツが無くても隼の如きスピードで敵を翻弄するようにアタシも翻弄されたいわ (By デイヴィッド) + 使用武装 使用武装 管理番号:010 固有名:ザ・シーカー 武器カテゴリ:剣 効果:― 備考:先代の第一課の課長より譲り受けた剣を義足へと改造したオルゼン専用武装。 + 第一資料 第一資料 公安特異課の筆頭、第一課の筆頭執行官。 リーダーとしての威厳や厳格さ、強さを持ち合わせていない適当かつ無能な男。だが彼から溢れ出る人の良さや、カリスマ性に自然と彼の周りには人が集まる。強さとは無縁な能力と平和主義な性格も相まって基本前線に出ることはないが、後方から前線に居る味方へ喝を入れることや、他人の様子を観察し異常をいち早く察知することに長けており、リーダーとしては最高最善の腕を発揮している。仲間や家族を何よりも大切にしており、それらを傷付ける敵に対しては一切の容赦がない。 人類最強と呼ばれているが彼の能力は戦闘向きではない。人類最強の由縁は腕っぷし強さでも戦闘技術でもなく、オルゼンが持つ心の強さや挫ける事を知らない強靭な精神力によって他人からそう評価されている。決して屈しない強い心は一緒に戦う者たちの士気を向上させることを加味して参謀のキドは戦場にオルゼンを連れていくことを許可している。 IO-0066 NIGHTINGALE コードネーム:ナイチンゲール 名前:アサミ・キリシマ 性別:女 種族:フィンド 所属:公安特異二課 カウンセラー 出身:東方領域 + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】9% 明かな感染症状あり。 基準値を大きく上回っている。彼女の症状に関しては特に注意するように。 + 身体分析 身体分析 年齢:30 誕生日:381年3月 身長:164cm 体重:47kg 血液型:XF型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:24.0cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:EX[研究対象] 生命力:― 精神力:― 物理攻撃力:― 防御力:― 機動力:― 腕力:― 耐久力:― 技術:― 知力:― 隠密性:― 術属性:S 結晶術攻撃力:S 術範囲:S 術効果:S コメント: + 使用武装 使用武装 管理番号: 固有名: 武器カテゴリ: 効果: 備考: + 第一資料 第一資料 彼女はアーツによる治療に非常に長けているが、大多数の医療オペレーターとは異なり、現代の医療技術や原理は理解しておらず、筆記試験の成績も良いとは言えない。しかし人体構造とその運用方法には精通しており、彼女の使用する医療アーツは極めて高等なものとなっている。アーツの観察、研究を行う術師オペレーターでさえそれを掌握することはできないほどである。 + 第二資料 第二資料 また、彼女は医療アーツ以外に、非常に奇妙で珍しいアーツも得意としている。それは、彼女を中心として不可視の領域を形成し、その領域に向けて放たれる敵のアーツを弱体化したり、跡形もなく消し去ってしまうというものである。アーツに詳しくないオペレーターたちは、畏敬の念からその強大で神秘的な力を「聖域」と呼んでいる。 医師団は彼女の医療アーツと「聖域」は実は同じ系統のアーツなのではないかと推測しているが、まだその信憑性は定かではない。 IO-0070 SEATTLE コードネーム:シアトル 名前:シリウス・コンスタンティン 性別:女 種族:フィンド 所属:公安特異三課 カウンセラー 出身:東方領域 + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】7% 体表に鉱石病の症状は見られない。 感染は中期にあるが、現時点で拡散する傾向は見られない。 + 身体分析 身体分析 年齢:32 誕生日:不明 身長:176 体重:60 血液型:XF型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:24.5 + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:A 生命力:S 精神力:A 物理攻撃力:B 防御力:B 機動力:A 腕力:B 耐久力:A 技術:S 知力:A 隠密性:S 術属性:― 結晶術攻撃力:― 術範囲:― 術効果:― コメント: 本人曰く「今は戦う時ではない」とのことからカウンセラーに着任しているが、カウンセラーにしておくには勿体ない優秀な人材であることは確かだ。世界中を渡り歩いた経験や多くを見てきた彼女だからこその視点を持っておりカウンセラーとしてもとても優秀だ。「戦う時」が来たらその力を存分に発揮してもらおう (By ウー) + 使用武装 使用武装 管理番号:070 固有名:氷瀑 武器カテゴリ:こん 効果:凍結 備考:一見するとただの鋼鉄の棒だが、氷属性を有する結晶片が内部に埋め込まれており強い衝撃を与えることで凍結効果を与えることが出来る。 + 第一資料 第一資料 カウンセラーでありながら別の役割を担うオペレーターは数居れど、その中でも監視官ではなく執行官の適正を持つのは恐らく彼女だけだろう。 態度は冷たいが実は親切なフィンドの女性である。遠慮のない発言をするが、彼女の口調に慣れれば、相手への気遣いが伝わってくる。フィンド人に関するニュースや情報に特に関心がある。 感染者とまではいかないが、事実フィンドは現代社会において、地域差はあるものの差別の対象となっている。 これは歴史的な問題で、ここで語ることははばかられるが、結論を言えば多くのフィンドは世間の主流から逸脱しており、皮肉屋、独善、自分本位など、彼らを指す呼び名が数多くある。 そうした意味では、シリウスはフィンドの中でも異質であり、彼女は主流社会の差別の中で冷めた性格をよそおって生きてきたが、その下には熱い思いを抱いており、公安特異課のオペレーター達はその思いに気づいていた。 IO-0129 PHENIX コードネーム:フェニックス 名前:アンク 性別:男 種族:リべリ 所属:公安特異四課 執行官 出身:帝国第八移動都市 エルメット + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】6% 体表に結晶の分布が確認されているが、適切な治療により、病状は安定している。 【血液中結晶密度】0.19u/L 事故による感染ではあるが、普段は結晶との接触が極めて少なく、また適切な治療を受けているため、 現在は病状が安定しており、悪化する予兆は見られない。 + 身体分析 身体分析 年齢:24 誕生日:886年8月 身長:180cm 体重:72kg 血液型:S型Ph- 利き手:右 靴のサイズ:27.0cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:A 生命力:A 精神力:A 物理攻撃力:A 防御力:B 機動力:A 腕力:B 耐久力:B 技術:S 知力:C 隠密性:D 術属性:炎 結晶術攻撃力:A 術範囲:S 術効果:A コメント: 本人の性格からは想像できないほど繊細で器用な術利用が出来る天才。彼が作り出す炎の鳥が戦う姿は一種のアーティストのパフォーマンスを見ているような感覚に陥るほど綺麗だった。 (By シリウス) + 使用武装 使用武装 管理番号:― 固有名:― 武器カテゴリ:― 効果:― 備考:― + 第一資料 第一資料 自称公安特異課最強の火炎系能力者。自信家で俺様気質な上、お調子者なせいであまり褒められないが、その実力は他から見ても最強の称号が相応しいものと言える。 普段は面倒見のいい兄貴肌で、特区支部で保護されている子供たちには憧れの的として慕われている。 能力分析に記載の通り炎のアーツを使う術師。小鳥を模した火炎を操る。 IO-0130 CYPHER コードネーム:CYPHER 名前:マガト・オリオライト 性別:男 種族:フィンド 所属:公安特異一課 執行官 出身:第三移動都市 + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】8% 現状体表に結晶病の症状は見られない。 感染状況は浅く、現状明らかな身体への影響は見られない。 + 身体分析 身体分析 年齢:17 誕生日:894年7月 身長:172cm 体重:84kg 血液型:XF型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:― + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:A 生命力:S 精神力:C 物理攻撃力:A 防御力:B 機動力:S 腕力:A 耐久力:B 技術:B 知力:B 隠密性:C 術属性:― 結晶術攻撃力:― 術範囲:― 術効果:― コメント: 高度な高速戦闘を可能にするため全身義体に換装、その性能を遺憾なく発揮していると言えるだろう。改造前のただの小童だったころが懐かしい。今じゃ身も心も復讐心に駆られた戦闘マシンだ。ロスト同様にカウンセリングが必要だと私は進言するよ。 (By スフォルフ) + 使用武装 使用武装 管理番号:093 固有名:白虎 武器カテゴリ:鉤爪 効果:― 備考:全身義体の骨格を結晶と鉄を組み合わせ造り出した特殊金属の骨格に置き換えており常人離れした身体能力を持っている。 + 第一資料 第一資料 能力分析に記載の通り、全身の80%を機械化している。義体が故に結晶が身体に影響を及ぼすこともなくある意味ではオペレーターのあるべき姿と言っても過言ではないかもしれない。しかしそれはあくまで肉体面の話で、結晶が彼の中にある復讐心という負の感情に呼応して、彼の力を必要以上に引き出しており、彼はその感覚に酔いしれている。生命力に対し異常に低い精神力はその不安定さ故にその判定が出されている。 + 第二資料 第二資料 14の時に、ソートゥースに親を殺され、姉を連れていかれその復讐に燃える青年。ソートゥースと戦うために第三移動都市支部に志願する。試験に合格し入隊することは叶ったがそこは公安特異課の中でも腐敗が進んだ支部だった。新人はロクな教育も受けず任せられるのは掃除や雑用、本部から渡された危険な任務での盾役など上位階級の人間が甘い蜜を啜る為に下位階級の人間を奴隷のように従えていた。自身がなりたかったのはこんな腐った隊士ではないと、上官に楯突くが権力もなにもない身でどうすればいいのか分からなくなり、暴れるほか何も思い浮かばなかった。 地道に鍛えてきた努力が功を奏したのか、上位階級の隊士が弱いのか当時マガトに適う者は誰もいなかった。 第三移動都市支部が何者かに襲撃を受けているという通報から特区本部より非番だった第一課が出動、その時初めて第三移動都市支部の腐敗を目の当たりにする。そこで第一課によってマガトも捕らえられるが、事情を説明し第三移動都市支部は一時解体。再編成が為されることとなった。マガトも異動となり、駆け付けたオルゼンの推薦から第一課に配属となった。 IO-0132 LOST コードネーム:ロスト 名前:不明 性別:男 種族:不明 所属:公安特異第六課 執行官 出身:不明 + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】18% 感染レベルは比較的高く、顔面及び頸部に鉱石病の浸蝕の痕跡あり。 神経系への感染は顕著。病状は芳しくなく、更に悪化する可能性があるため、慎重な経過観察が必要。 また、彼には重症な精神障害がある。記憶障害や感情障害、認知障害、またその他にも障害があるかもしれない。 + 身体分析 身体分析 年齢:22 誕生日:不明 身長:182cm 体重:78kg 血液型:S型Rh+ 利き手:左 靴のサイズ:27.5 + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:S 生命力:S 精神力:C 物理攻撃力:S 防御力:A 機動力:S 腕力:A 耐久力:A 技術:A 知力:B 隠密性:C 術属性:炎 結晶術攻撃力:S 術範囲:B 術効果:A コメント: これほど戦力が元は敵だったと考えると背中が凍えそうだ。診断で判明した精神障害などの精神的脆弱性が唯一の心配点。 精神面のケア専属カウンセラーであり、ウォッチャーのアイスに期待するとしよう。 (By デクスター) + 使用武装 使用武装 管理番号:042 固有名:ヴォストフォッグス 武器カテゴリ:剣 効果:不明 備考:彼がソートゥースに居た頃から持っていた物らしいが効果や製作者など不明点が多い代物。唯一判明してるのはただならぬ名工による一品であるということのみ。 + 第一資料 第一資料 元ソートゥースの少年兵だったという公安特異課の人間にしては異例の経歴を持つ。 年齢の割に身長が低く顔も幼い為、実年齢よりももっと若く見られることが多い。性格は年齢に伴いかなり落ち着きのある青年らしさがある。感情を必要以上に昂らせたり取り乱す様子もほとんど無いが、決して感情の無い冷淡な人間というわけではなく、仲間に対しての情は深く相応の礼節も弁える。 身体はまだ若いながらも兵士としては成熟しており、その肉体は鍛錬によって鍛え抜かれているが、身体の成長が遅く、当時所属していた支部の少年兵たちと大差ない身長しかないことを悩んでいる。また貧困層の出であり、就学経験がないため文字の読み書きは苦手としているが、知識が不足しているだけで頭の回転はむしろ早い方であり、また学習意欲も無いわけではない。 + 第二資料 第二資料 彼にはニコという兄がいた。 ニコとは、血の繋がりはなかったが、実の兄弟以上の信頼関係で結ばれていた。 二人の出会いは、ソートゥースだった。ニコが少年兵となった二年後に連れてこられた新しい少年兵がロストだった。彼にはロスと呼ばれている。ロストにはニコと出会う以前の記憶がなく、記憶喪失ということを聞いたニコラスが「ロスト」という名前をつけた。それ以前は番号で呼ばれていた。 支部長に石を当て連行されていくニコを引き留めようと当時大人に噛み付きそのまま仲良くニコと共にハデスに投獄された。 自分のことを「戦うことしか出来ない」と評価しつつも大抵の事は何でもそつなくこなせてしまう天才肌であり、相当な技術が必要なニコの四丁拳銃術も一目見ただけで真似てしまい、ニコを困惑させたこともある。 ニコとの出会いでヒトとしての人生を歩み始めていたロストだったが、ニコが亡くなってからはまた無慈悲な戦闘マシンへと逆戻りしてしまった。 + 第三資料 第三資料 【面談記録:抜粋・考察】 かつて竜害によって地図から消失した都市ウルズの出身だった。暴虐無尽なソートゥースたちによって竜害被災者キャンプまでもが襲撃され、全てを失った被災者たちはソートゥースの駒として戦うことで自分の存在価値を証明して生き永らえるしかなかった。ロストもその境遇下で育ち、名前すらも失い番号で呼ばれながら人として扱われない生活を送っていた。両親やそれ近い者からの愛を受けないまま成長してしまい、愛を知らないロストは人としての尊厳すらも失いかけていた。 そんなロストを一人のヒトとして扱ったのがニコ、そしてリタだった。 十三区抗争時に一人で殿に任命されギルドの主力部隊である第一部隊を一人で抑え込むが、流石の実力差にロストは渡されていたトリガーを使用し、能力を暴走させ一人でも道連れにしようと暴れたがそれでも第一部隊に抑えられてしまう。トリガーによる能力の暴走で命の危機に瀕していたがリタの治療によって一命を取り留めた。他のギルドのメンバーがロストを敵として見る中でリタだけはそうではない目を向け、ニコ同様ロストを一人のヒトとして扱い、ロストは徐々に心を開いて行った。 IO-0133 ICE コードネーム:アイス 名前:リタ・アルバレス 性別:女 種族:デール 所属:公安特異第六課 監視官 出身:航国第二移動都市ウェンデル + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】3% 軽度の感染。体に結晶はまだ生成されていない。 身体への明らかな影響は見られない。具体的な状況は更に観察する必要あり。 + 身体分析 身体分析 年齢:18歳 誕生日:893年12月 身長:151㎝ 体重:アクセス拒否―本人の意向により看護官のみ閲覧可能 血液型:X型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:22cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:C 生命力:C 精神力:B 物理攻撃力:D 防御力:C 機動力:C 腕力:D 耐久力:C 技術:B 知力:A 隠密性:B 術属性:治癒 結晶術攻撃力:― 術範囲:A 術効果:S コメント: 戦闘経験が浅く実践ではまだ少し粗が目立つものの、その卓越した治癒能力によって多くのオペレーターの命を救っている。 結晶術だけに絞れば評価はAランクだが物理強度面に難が見られるため基礎身体能力向上訓練が必要と思われる。 (By デクスター) + 使用武装 使用武装 管理番号:003 固有名:グウェンテイル 武器カテゴリ:杖 効果:術効果の増幅 備考:名工キリツグの一品。術効果を高める紅の結晶が使用されている。アーティファクトに分類される。 + 第一資料 第一資料 航国感染者特区公安特異課支部所属のオペレーター。 新設された実験部隊"第六課"の主力スレイヤー「ロスト」の監視官に任命された。戦闘経験はまだ浅いが非常に強力な治療系アーツを扱える一線級のオペレーターとして上層部からは非常に期待されている。 性格も穏やかで無闇な争いを嫌い、相手が誰であろうと対等な立場として接する。公特に保護された子供たちと積極的にコミュニケーションを取ったり、旧市街のスラムでのボランティアなどに意欲的に参加するなど非常に面倒見のいい性格をしている。 + 第二資料 第二資料 出身は航国の第二移動都市ウェンデルで、兄と二人暮らしで生活していた。両親は幼い頃に他界し兄だけが唯一の頼りで兄に依存して生活していた。しかしその兄の行方が分からなくなり、兄を探す旅をしていた。燃料供給のため航国の主力移動都市と特区の移動都市が接続された時にスカベンジャーズ関連の事件に巻き込まれ旧市街へ足を踏み入れる。事件解決と共に成り行きで公安特異課に所属することになった。 ST-0001 BARTHOLOMEW 名前:バーソロミュー・ウォーデン 性別:男 種族:ガビアル 所属:ソートゥース狩猟兵団頭領 出身:航国第四移動都市 アンダス + 身体分析 身体分析 年齢:29 誕生日: 身長:198cm 体重:102kg 血液型:X型Rh+ 利き手:両 + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:EX 優先排除判定:S 生命力:S 精神力:S 物理攻撃力:S 防御力:S 機動力:S 腕力:S 耐久力:S 技術:S 知力:S 隠密性:D 術属性:振動 結晶術攻撃力:S 術範囲:S 術効果:S コメント: 総合評価S判定のスレイヤーが2~3人でようやく匹敵する無類の強さを持つと予想される。 + 使用武装 ――データベースに該当する情報がありません。 ――サイレンス・マジョリティーに確認を行います。 ――サイレンス・マジョリティーより閲覧規制が確認されました。当該項目の閲覧は出来ません。 + 第一資料 第一資料 ソートゥースの大親分。ひたすらに“世界最強”を目指す戦闘狂の危険人物。 極めて好戦的かつ攻撃的な性格をしており、加えて過去の経験から他者をほとんど信頼しない文字通りの孤高主義の無頼漢。 アーツや能力の使用過多によるフェーズ進行が顕著に表れているいい例で、375抗争の際にフェーズ3感染者となった。 振動系のアーツを操る。 + 第二資料 第二資料 閲覧規制:Bクラス権限 父親ヴァンダルフ・ウォーデンはバーソロミューにとってはクソ親父だった。ヴァンダルフは正義感が強く小さな悪事も許さない警察官。世間に晒している良い顔とは反対の家庭内暴力を一番に受けていた彼は父親の暴力的な背中を追う様に、傍若無人な暴漢へと変貌していった。自分の気に障るようなことがあればなんでも暴力で解決してきたが、父親の存在だけはバーソロミューの心に深い傷を負わせており、逆らうことが出来なかった。しかし、ヴァンダルフが姉のナキアに性的暴行をはたらいたことで激怒したバーソロミューは、初めて父親に暴力を振るった。取っ組み合いの喧嘩なら可愛いもんだが、二人の喧嘩は喧嘩に留まらず殺し合いに発展し、バーソロミューは父親であるヴァンダルフを殴殺してしまった。しかしバーソロミューの心の中に罪悪感などは一切湧かず、むしろ晴れ晴れとした気持ちになったという。大きなトラウマとなっていた父を殺すことでトラウマを克服したバーソロミューに怖いものはなくなり、バーソロミューは自らの欲しいものを全て手に入れ、自分自身が最強の存在として世界を支配しようと計画した。 ST-0002 NAQIA 名前:ナキア・ウォーデン 性別:女 種族:ガビアル 所属:ソートゥース研究班ヘックス第一席 出身:航国第四移動都市 アンダス + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】11% 現状体表に結晶病の症状は見られない。 感染状況は浅く、現状明らかな身体への影響は見られない。 + 身体分析 身体分析 年齢:31 誕生日: 身長:174cm 体重:52kg 血液型:X型Rh+ 利き手:右 + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:EX 優先排除判定:S 生命力:― 精神力:― 物理攻撃力:― 防御力:― 機動力:― 腕力:― 耐久力:― 技術:― 知力:― 隠密性:― 術属性:― 結晶術攻撃力:― 術範囲:― 術効果:― コメント: 一度も戦線に現れたことはなく現状能力分析は不可能だが、あのバーソロミューが大人しく従う人物であるというだけで組織にとっては非常に脅威的な存在と言えよう。 (By イェーガー) + 使用武装 ――データベースに該当する情報がありません。 ――サイレンス・マジョリティーに確認を行います。 ――サイレンス・マジョリティーより閲覧規制が確認されました。当該項目の閲覧は出来ません。 + 第一資料 第一資料 ソートゥースの参謀。 弟を何よりも愛し、父親からの乱暴もあってか弟以外の男はゴミ同然に思っている。 + 第二資料 第二資料 {ただ力だけを追い求め最強の座を望む、バーソロミューの野望を隠れ蓑に自身の望みを叶えるべく、ただの感染者の寄り合いだった集団に体制に反旗を翻さんとする人物を演じ、「ソートゥース」を組織した。ただの烏合の衆だった者達をバーソロミューの力によって統率し、ナキアがアーツという力を与え、最強の軍隊を作り上げた。 ギルドや政府との戦争や、ブローカーとの共謀などは全てナキアの作戦で実質組織の黒幕と言える。} ST-0003 MARIONETTE 名前:マリオネット 性別:不明 種族:不明 所属:ソートゥース狩猟部隊 出身:不明 + 結晶病診断 結晶病診断 【結晶融合率】 不明。 + 身体分析 身体分析 年齢:不明 誕生日:不明 身長:230cm 体重:121kg 血液型:不明 利き手:不明 + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:EX 優先排除判定:S 生命力:S 精神力:S 物理攻撃力:S 防御力:S 機動力:S 腕力:S 耐久力:S 技術:S 知力:S 隠密性:S 術属性:S 結晶術攻撃力:S 術範囲:S 術効果:S コメント: 単純な戦闘力で言えばバーソロミューすら凌駕し全世界の脅威となる。その存在は龍に等しいと言っても過言ではないかもしれない。 (By デクスター) + 使用武装 ――データベースに該当する情報がありません。 ――サイレンス・マジョリティーに確認を行います。 ――サイレンス・マジョリティーより閲覧規制が確認されました。当該項目の閲覧は出来ません。 + 第一資料 第一資料 全てが謎に包まれたナキアの操り人形。 ST-0004 REX [アクセス拒否] ST-0005 NECTO コードネーム:ネクト 名前:ネクト・ゴールドスタイン 性別:男 種族:ラビド 所属:ソートゥース工作部隊 出身:航国第四移動都市 アンダス + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【源石融合率】8% 医療機器での検査では明らかな感染症状が認められる。 しかし不思議なことに、彼の体表には全く結晶が現れていない。 感染状況は中期にあり、このまま症状が進行すれば、感染は一定速度で広がっていく見込み。 病状のコントロールと定期的な検診を行う必要がある。 + 身体分析 身体分析 年齢:16 誕生日: 身長:165cm 体重:42kg 血液型:X型Rh+ 利き手:右 靴のサイズ:24.0cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:C 優先排除判定:EX[保護対象] 生命力:C 精神力:C 物理攻撃力:C 防御力:C 機動力:A 腕力:C 耐久力:C 技術:D 知力:B 隠密性:S 術属性:爆破 結晶術攻撃力:S 術範囲:S 術効果:S コメント: 帰ってこい、兄弟。(匿名希望) + 使用武装 使用武装 管理番号:056 固有名:パンクパニッシャー 武器カテゴリ:銃器 効果:結晶と火薬を複合して徹甲榴弾を作り出す。 備考:元々公安特異課が保管していた武器だったが組織離反時に保管庫から強奪された模様。 + 第一資料 第一資料 一ヶ月前の「ヘクセン紛争」で被害にあった都市で行き場を失った放浪者だったが、しばらく公安特異課に保護されていた。 「アクマ」というソートゥースに所属している友人と、公安特異課との間でどちらにつくか葛藤していたが、組織同士の衝突により公安特異課のオペレーターによってアクマが殺された事をキッカケにソートゥース側につくことを決める。 公安特異課ではアンクと親しかったが、最後ソートゥースに行こうとするネクトを引き留めたアンクの声はネクトの心に届くことはなかった。 元は非感染者だったがソートゥースに入ってナキアからトリガーを渡され、爆破属性のアーツを身に付ける。 SS-0001 SEVERUS 名前:セブルス・マクリール 性別:男 種族:ミノス 所属:ステイシス 出身:航国第一移動都市 アルヌス + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】 + 身体分析 身体分析 年齢:72 誕生日: 身長:174cm 体重:65kg 血液型:X型Rh- 利き手:右 靴のサイズ:27.5cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:EX[保護対象] 生命力:― 精神力:― 物理攻撃力:― 防御力:― 機動力:― 腕力:― 耐久力:― 技術:― 知力:― 隠密性:― 術属性:治療 結晶術攻撃力:― 術範囲:S 術効果:S コメント: 記載なし。 + 使用武装 使用武装 管理番号:― 固有名:― 武器カテゴリ:― 効果:― 備考:― + 第一資料 第一資料 民間のアーツ研究会「ステイシス」の創始者。 地質学と結晶地質学の二つの学位を所持するロンデル公認上級職業術師で、アーツの運用及び理論研究方面では特に造詣が深い。現在ステイシスのギルド駐在首席術師の任にあり、ギルドとの協力協議を結んでいる。 無知な非感染者による感染者迫害を嫌い、様々な場所で感染者とは何かに関する講習を開いているが活動はあまり認知されておらずまだ結果に結びついていない。また非感染者であるが故に、感染者たちには自身の評判を上げるための道具として感染者を利用していると思われており、特に強い迫害を受けてきたもの達が集うソートゥースにはかなり敵視されている。 + 第二資料 第二資料 エイトという息子がいたが、違法薬物によって廃人となった姿を目の前にしてから薬物を忌み嫌い、また息子を薬漬けにしたドルグワントを憎んでいる。信頼のおけない者を領内に招き入れるとまた大切な人々を奪われるのではないかと他勢力との接触を恐れている。 SS-0002 TIRAN コードネーム:ティラン 名前:アスカ・ウォルシンガム 性別:女 種族:リべリ 所属:ステイシス警備隊筆頭 出身:航国第四移動都市 + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】18% 感染レベルは比較的高く、顔面及び頸部に結晶病の侵蝕の痕跡あり。 感染は中期段階だが、差し当たって本人への影響を判別する方法はない。 + 身体分析 身体分析 年齢:48 誕生日: 身長:175cm 体重:アクセス拒否―本人の意向により看護官権限を所持するオペレーターのみ閲覧可能 血液型:S型Rh- 利き手:右 靴のサイズ: + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:A 生命力:A 精神力:A 物理攻撃力:A 防御力:S 機動力:S 腕力:A 耐久力:A 技術:A 知力:A 隠密性:A 術属性:自己強化 結晶術攻撃力:― 術範囲:C 術効果:A コメント: + 使用武装 使用武装 管理番号:064 固有名:ヴァルカン 武器カテゴリ:薙刀 効果:― 備考:高い硬度を持つ結晶と鋼鉄の複合金属ですら一太刀で両断する無類の切れ味を持った妖刀に分類される武器。 + 第一資料 第一資料 元航国政府の高官という異例の経歴を持つ。 国民や感染難民の命を背負い、ステイシス警備隊を束ねる長に相応しく凄まじい気迫を持ち、秩序の維持のためにはあらゆる荒っぽい手段をも辞さない。政府の高官になる以前から医学・薬学を専攻しており、現在はその頃の知識を活かし、より効果的な抑制剤の生産に集中している。その姿に薬害に苦しむ感染者から「慈悲深き救済の女神」と呼ばれ、事情を理解できない非感染者たちには「麻薬女帝(ドラッグクイーン)」と呼ばれている。 + 第二資料 第二資料 48歳にしては若く見える外見は女性としての尊厳を守る為、常に美しく完璧な状態であるべきという彼女の考え方からダウナー生産の傍ら続けている日頃の努力と薬の成果である。後ろ姿は男性にも見紛えそうな歴戦を思わせる強靭な身体にはいくつもの深い傷が深く刻まれている。 過去の事故により下半身が動かなくなっているが公安特異課と契約締結のお礼に最新鋭の義体が送られ現在は難なく生活している。 HD-0001 LUTZ コードネーム:ルツ 名前:ウォルター・ルッツ 性別:男 種族:不明 所属:ハイドラ 出身:航国第七移動都市 エペル + 結晶病診断 結晶病診断 造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。 循環器系結晶顆粒検査の結果においても、同じく結晶病の兆候が認められる。 以上の結果から、結晶病感染者と判定。 【結晶融合率】 + 身体分析 身体分析 年齢:28 誕生日:383年2月 身長:178cm 体重:66kg 血液型:XF型Rh- 利き手:両 靴のサイズ:27.5cm + 能力分析 能力評価分析 総合能力評価:A 生命力:A 精神力:A 物理攻撃力:B 防御力:B 機動力:A 腕力:B 耐久力:B 技術:A 知力:A 隠密性:B 術属性:氷 結晶術攻撃力:A 術範囲:A 術効果:B コメント: + 使用武装 使用武装 [該当データなし] + 第一資料 第一資料 龍害研究家として名の知れた人物。龍が齎す災害と結晶の関連性について研究しており、公安特異課やステイシスとは関わりが強い。自身がフェーズ3感染者ということもあって特にステイシスが開発した抑制剤に非常に興味を抱いており、その研究に参加させてほしいと自ら志願したほどで、アスカとは付き合いが長い。 + 第二資料 第二資料 竜害研究家としての姿はあくまで表向きの仮初の姿。真の姿はスカベンジャーズのリーダーである「V」その人であり、「死の商人」として指名手配されている大罪人。 自身が稀少な竜族の末裔であることから、一族の秘密を小出しに発表することであたかも研究で導き出した新事実のようにして発表している。竜害研究家として公的機関に潜み内部に内通者を作ったり様々な場所で暗躍している。 悪魔信仰で知られ、黒魔術の研究が盛んに行われていたという禁足地「アヴェスラン」の出身。過去の出来事を事細かに知っていたり、齢100を超える老人たちと友人のように語らい昔を懐かしむ姿などを見せており、実年齢がいくつなのかが不明。 世の中を術師で溢れさせ、弱肉強食の実力社会を築き上げようとしている組織「ドルグワント」のリーダー。本人はリーダーを名乗っているつもりはないが多くの部下は彼に忠誠を誓っている。部下でも幹部でも取引先の人間でも、誰に対しても飄々とした態度、軽い口調で接している。そのためか組織内では部下や幹部との距離が近く上下関係がないように見える。
https://w.atwiki.jp/storyteller/pages/1298.html
イバラード~ラピュタの孵る街~ part45-197~202,216~225,227~233 197 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/15(水) 13 30 47 ID +ZW6uDuP0 イバラード~ラピュタの孵る街~のストーリーです。 少しずつ乗せてく予定ですが…。 会話部分は、本編のものとなるべく違わないようにはしていますが間違っていたらすいません。(汗 用語等、わからないものがあったら言って下さるとありがたいです。 では、いきます。 【OP】 イバラード。 そこはすべてのものが緑に覆われ、魔法使いたちが住むという伝説の国。 市場には奇妙な品々が溢れ、上空には地上を見守るように大小のさまざまな浮島…ラピュタが浮遊している。 この緑の平和な世界に、異変が訪れようとしていた。 それは、新しいラピュタの羽化の前触れなのかもしれない。 とある都会のマンションの一室。 部屋に溢れる多くの鉢植えのひとつを見つめながら、主人公はため息を落とす。 「だめだ…幾ら手入れしても、枯れて行くばっかりだ」 その言葉どおり、部屋の植物はほとんどが枯れ始めていて、元気そうなものはひとつもない。 気分転換にだろうか。彼は、一冊の本を取り出した。茶色い古びた本の表紙には、円錐形の山のような物体と 雲の絵がかかれていて「Laputa」というタイトルが確認できる。本には、カラフルな絵柄の挿絵と共にこの様な一節があった。 『ラピュタの羽化。それは輝く雲や星々の様なものに包まれながら、まるで脱皮するかのようにラピュタがその姿を変える減少のことをいう。 その後に残されたラピュタの抜け殻には、植物の成長を促す不思議な力がある。ここ、イバラードではそう伝えられている』 主人公(以下、主)「ラピュタの抜け殻か…そんなものがあったらなぁ」 ラピュタの抜け殻さえあれば、部屋の植物が元気になるのに…とでも言いたげな主人公。 その視線の先には、挿絵の一枚である黒髪の女性とモグラとカエル頭の人物三人の絵が。 場所は変わって、都会の一角。 灰色のコンクリートばかりの中に、三人の人影があった。黒髪の女性と、モグラ頭、カエル頭の人物という奇妙な組み合わせである。 偶然その姿を、主人公は彼らの後方から見つけることとなる。 主「あれは…!本に出てた、三人じゃないか!まさか…」 驚愕する主人公。そんな彼には気づいた様子も無く、奇妙な三人組の一人であるカエル頭とモグラ頭の人物がうれしそうに声を上げる。 カエル男「あったあったぁ!ここだよ!」 モグラ男「探したぜぃ…」 そんな三人に近寄ろうとしたのか、足を踏み出した主人公は運悪く(?)転がっていた空き缶を蹴飛ばしてしまった。 静かな中に缶の転がる音が響き渡り、それに気づいた女性は車に似た不思議な乗り物(タイヤの無い車、といった感じ)に乗り込むと異次元(?)へと飛び去ってしまう。 それを呆然と見送るしかない主人公。 主「い、今のは…一体……」 先ほど飛び去った乗り物がいた場所(キラキラと妙に輝いていた)を見詰めながら呆然と呟く主人公は、 ふと、妙なものを見つける。長方形をした青紫の宝石の様なものが落ちていたのだ。 主「これは…?」 訝しげに宝石を手にした途端、それは眩く輝いたかと思うと新幹線にも似た空中に浮く不可思議な乗り物『ジーマ』を呼び寄せる。 目の前で開かれた扉に、迷い無く乗り込む主人公。これが、彼のイバラードの旅の始まりだったのである。 198 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/15(水) 13 39 38 ID +ZW6uDuP0 ×減少→○現象…でした。すいません。(汗 では、続きを。 【ジーマの駅へ】 空に浮く輝く線路を辿る『ジーマ』に乗って、主人公は植物で出来た高架駅に辿りつく。 ふと周囲に視線をめぐらせれば、少し離れた場所に別の路線のものだろう高架駅を発見する。 主「へぇ…向かい側も駅になってるのか」 とりあえず自分のいた駅から降りてみると、周囲は背の高い植え込みのようなもので囲まれた通路に出る。 ざっと見た感じ、どうやらこの周囲は迷路のような構造になっているらしい。正面の突き当たりにあるパネルの様なものを調べると、 『こちらのジーマの駅は、車庫行き回送電車がまいります。ご乗車にはなりません。イバラード中央へは、川の対岸の駅をご利用下さい。 駅長』 どうやら、向かい側の駅にたどり着くには河を渡る必要があるらしい。 途中で案内図(マップのこと。現在地は表示されない)を拾った主人公は、ぐるぐると回転しながら移動する柱や空とぶイカなどに遭遇しつつも暫く歩いていると、 ゴゴゴゴゴ…という低い音を聞く。空を見上げると、三台の乗り物(空を飛ぶ車?アイロンみたいな形)が飛んでいるのが見えるが実害はないようなのでそのまま進むことに。 その乗り物が諦めたのかどこかへと飛び去って行くのを目撃したりしながら、案内図を参考に別の道を探していると、一軒屋にたどり着く主人公。 中に入ると、そこにモグラ頭の人物が地面の穴から現れる。 モグラ男(以下、モ)「タカツングのエアシップはどっかいっちまったようだな。まだこの辺りをうろちょろして、何か企んで…あっ、あんた誰だい!?」 どうやら気付かれてしまったらしい。 モ「この国の人間じゃないようだな…ひょっとして、あの街から俺たちの後を…。何てこったい!時空の溝はとっくに閉じちまった!!」 主「時空の、溝…?」 モ「あんたの世界と、ここを繋いでたんだ」 主「…ここは、イバラードなのかい?」 モ「ど、どうしてそれを…」 主「おじいさんのくれた本に、書いてあったんだよ。まさか、本当にあったなんて…」 モ「不思議だなぁ…あんたのおじいさんは、ここから自分の世界に帰れたなんて…」 主「ということは、僕はもう、帰れないってことかい…?」 モ「結論からいえば、そういうことだ」 主「そんなぁ…」 このままでは帰ることが不可能なようだ。落ち込む主人公に、モグラ頭の男が考え込みつつ声をかける。 モ「まてよ…ひょっとしたら、ラピュタの羽化で時空の溝が出来るかもしれないなぁ」 主「ラピュタの、羽化…?羽化って、生まれるってこと?」 モ「おっと!こうしちゃいられない、準備で忙しいんだ」 せっかく帰る手がかりが見つかりそうなのに、急によそよそしくなるモグラ男。 主人公は、慌ててラピュタが何時どこで羽化するのかを問いかけるが、モグラ男は自分はスコッペロといいこの辺りではちょっと有名な魔法使いなのだと名乗り、 イバラードへと来る際に拾ったものと同じ宝石を手渡される。切符であるらしく、これを使って次の駅へといけるらしい。 次の駅の近くにある池のほとりにメーキンソーという人物がいるので、訪ねてみろとの事。それだけ告げると、スコッペロは再び穴の向こうへと立ち去ってしまう。 とりあえずは、駅に向かうために探索を続ける主人公。スコッペロが立ち去った後に残っていた木製のブーメランを手に、道を探して行くことになる。 途中、ミニチュア模型の建物をつかった仕掛けをといたり、空とぶイカが持ち去った月の石を取り返したりしているうちに、川岸に辿りつくが川にはまだ橋はかかっていないようだ。 見れば、川岸に月の記号がかかれた仕掛けがあるので先程の月の石を使用すると、先程道を回転しながら動き回っていた柱が現れて動く橋になってくれた。 渡った先は向かい側の高架駅だった。上にあがるとすでに電車らしき乗り物が待っているので、スコッペロにもらった宝石を使い乗り込んだ主人公は、一路、次の駅へと向かうのだった。 199 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/15(水) 13 43 39 ID +ZW6uDuP0 【市電の森へ】 電車に似た乗り物『市電』に乗って辿りついた先は、緑深き森の一角。 到着した駅の側には妙な光を明滅させている建物もあるが、調べてみても何も無い所からして今は関係ない場所なのかもしれない。 途中、案内図とバルブ(青いラインが入っている)を拾ったりしながら、森へ分け入って行く主人公。地図を見たところ、 ここは周囲を森に囲まれた地形で山を中心に東西南北に広場が存在し、それぞれの場所には山の中の洞窟を通ることでいくことが出来るようだ。(ちなみに、到着した駅は南側) まずは北側の広場にコウモリやイノシシの妨害を受けつつ向かうと、正面に『市電』が止まっている駅を発見する。 次の場所に向かうにはこの『市電』に乗るしかないが、先程と違い切符をもっていない主人公。どこかで手に入れるしかないようだ。 貯水槽の仕掛けを先程拾ったバルブで解いて水を流せるようし、水流が原動力になっている稼動橋を作動させた主人公は、 西側の広場で魚の頭のような物体に襲われつつも月の石を手に入れる。今度は東側の広場へと向かうと、そこは大きな石で入り口を塞がれていた。 『この先、ブレガラッドの森』 とある石の仕掛けを先程手に入れた月の石で解除して、先に進むと壊れた『市電』を発見する。 どうやらこれは乗れそうにない代物らしい。(他にも、岩の扉のようなものもあるが調べても何も起こらない)ふと、森の中でキツネのような動物を見つけたので近寄ると、 唐突にすぐ側に転がっていた植物束の様なものがむっくりと身を起こした。よく見れば、植物の服を着た大男のようだ。 話しかけてみるが、相手の言葉は主人公には理解できるものではなかったため会話が通じない。(言葉の逆再生。「見慣れない顔じゃな」「魔法使いではないのじゃな?」…と実は言われていた) だが、その大男は何故か主人公に『市電』の切符を手渡した。 理由はわからないが、とりあえずお礼をいって北側広場の駅から『市電』に乗り込み、次の駅へと向かうのだった。 200 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/15(水) 13 47 08 ID +ZW6uDuP0 【森の友達へ】 辿りついた先は、背の高い木の目立つ場所だった。 周囲を見ると、先程の森に比べて何者かの手が入っているように見える。とりあえずは誰か居ないものかと散策を始めた主人公の目の前に現れたのは、 二足歩行の恐竜に似た生き物だった。近づくと、驚いたのか逃げていってしまう。その後を追いかけていってみると明らかに人家のようなものがある広場へと辿りつく。 家の中に入ってそのまま入り口に居座ってしまう恐竜だが、その後方には見覚えのある宝石…『市電』の切符があった。どうやら、 この恐竜から切符をもらえるように頑張らないといけないようだ。 道中手に入れた案内図を頼りに、ミニチュア模型の仕掛けを解いて先に進む主人公。少し歩いていると、先程とはまた違う建物のある広場へと辿りついた。 広場の真ん中では、恐竜がスイカを食べていたが近づくと逃げ出してしまう。近くの小屋にあるパネルによると、 『この森の恐竜は、とても恥ずかしがり屋です。友達になるまではあまり近づかないで下さい。●●をあげる場合は小屋の中からそっと観察してください。 意地悪するとお母さんが怒ります』(●●という所は何と書いてあるのかよく読めなくなっている) ということらしいので、恐竜に極力ちょっかいを出さないように先に進むことに。小屋の近くには『市電』の駅があって、『メーキンソーの池行き』という看板も発見する。 どうやら次の駅はここのようだ。何とか恐竜と友達になって切符を手に入れなければ。 切符を得る手段を求めて探索を続け歩いている主人公。その目の前に、唐突にぬいぐるみのゾウの様な物が現れる。 ふわふわと浮かんでいて無害そうに見えるが近付くとダメージを受けてしまう。他の道は、しかけを解いていないためか通れない。 しかも、そのゾウが邪魔をしている横道にはスイカがあるがこのままでは取れそうにないので、その横を極力避けながら先へ進むことに。 ゾウがいた道の先の建物で、先程道を塞いでいた仕掛けをとく主人公。建物内にあるパネルに先程遭遇したゾウの絵があるので調べると、 『めげぞうは、イバラードに出現するという最も奇妙なものの一つです。 めげぞうに出会うと、歌い手は歌う気力をなくし魔法使いは呪文を唱える気力をなくしてしまうと言われています。 めげぞうについては諸説があり、何らかの寓意ではないかとも言われますが、依然、その正体は謎のままです。 一説によると、子供達はめげぞうをホウキではいて追い払うことが出来るそうです』 ということなのでホウキを探すことに。ホウキは建物内で解いたしかけによって開いた道にあったので、さっそくめげぞうの所まで戻り実際に使ってみると 追い払うことに成功する主人公。スイカを手に入れ、恐竜達がスイカを食べていた広場にまで戻ることに。代えのスイカを置いて小屋から隠れてみていると、 子供であろう恐竜達がどこからとも無く集まってきて食べ始めた。最初に訪れた家がある広場にいくと、入り口を塞いでいた恐竜はいなくなっているので 切符を手に入れる事が出来た主人公は、恐竜の母親からイバラードの全景地図を手に入れた後、メーキンソーの池に向かって『市電』に乗り込むのだった。 201 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/15(水) 13 49 39 ID +ZW6uDuP0 【メーキンソーの池へ】 到着した先は、池の畔の駅だった。 水の門を抜けた先には広々とした池が広がり、その中にある小さな島の上に建物が建っているのが見える。 この辺りに、モグラ男スコッペロの友達であるメーキンソーが暮らしているという話だが…?とりあえず、池の中央にある島へ渡れる橋はなさそうなので周囲を調べると、 小さな建物を発見する。仕掛けを解いて建物の中へと入ると、その床は抜けていたらしく地下へと落ちてしまう。 どうやら池の底を通る地下通路への入り口だったらしい。通路のそこここに開いている窓からは、池の中を望むことが出来るようだ。 地上へ戻るための道を探すために、探索を始める主人公。案内図を拾い、水の門や水中回廊を進んでいると出口らしい扉を発見するがその手前でめげぞうが再び現れる。 どこかでホウキを手に入れないといけないようだ。途中、三つの戸棚のある部屋で鍵を手に入れ、仕掛けをといて隠し通路を出現させると先に進む主人公。 途中で見つけた大岩を転がして通路を塞いでいた岩を壊すと、そこにはホウキが。ホウキを使い出口にいためげぞうを追い払うと扉を鍵で開け、 長い階段を上った先は池の真ん中にあるあの島だった。 建物に入ると、早速声をかけられる主人公。声の主は、あの街で見かけたカエル頭の男だった。その隣には、ここに来る様にと切符をくれたスコッペロもいる。 カエル男「やぁ、よく来たね」 スコッペロ(以下、ス)「紹介するよ。こっちは、オレの相棒でメーキンソー」 メーキンソー(以下、メ)「よろしくな」 主「ところで、ラピュタが羽化するとかいってたね」 ス「あぁ、羽化には五つの鉱石が必要なんだよ」 主「五つの、鉱石?」 メ「ラピス・ラズリ、生態系の種、高級シンセスタ、飛行石…それから、低級シンセスタ。俺達、この五つの鉱石を全部集めて羽化の兆しのある場所へ運ぼうとしてたんだ… そこに、タカツングの奴らが邪魔しに来たんだ。奴ら、鉱石を奪い取って巨大なめげぞうを出現させてオイラ達魔法使いの力を封じ込めようと企んでるんだ」 どうやら、最初に見かけた時のあの乗り物で運んでいる最中に砲撃までされたらしく、その衝撃で窓から鉱石をメーキンソーは落としてしまったらしい。 しかも、その内の低級シンセスタは衝撃で生まれた時空の溝に落ちてしまったのだという。 メ「四つの鉱石は、イバラード中に飛び散った。残りの一つ、低級シンセスタは時空の溝を通って君の世界に紛れ込んでしまった。 ラピュタが羽化すれば、同じように時空が歪んで溝が出来る。そうすりゃ、君も元の世界に帰れると思うんだけど…」 ス「なぁ…あんたが、鉱石を探してくれないか。こっちも手が足りなくて困っていた所なんだ」 主「その鉱石が、何処に落ちたのかわかってる?」 ス「二ーニャが知ってるはずだ。すぐ隣の町に、ニーニャの店があるから行ってみなよ」 主「あの時一緒にいた、女の人かい?」 メ「オイラのエアシップを貸してあげるよ。年代物だけど、性能は良いんだ」 ス「すぐエネルギーが無くなっちまうけどな」 主「ありがとう!じゃあ、行ってくるよ」 お使いを頼まれてしまった主人公。ラピュタの羽化を手伝えば、結果的に自分の世界に戻れると聞いてやる気が俄然出てきたようだ。 外へと出ると、貸してもらった空とぶ船『エアシップ』が用意されているので、さっそく乗り込んでニーニャの店がある町へと向かうことになるのだった。 ※ちなみに、このメーキンソーの家らしき建物の壁にあるパネルにはタカツングについての記述がある。 『タカツング兵達 彼らは黒い軍用エアシップを配備しており、それには止念砲と呼ばれる特殊な兵器が装備されている。 その砲弾には通常の物理攻撃以外に人間の気力を奪い去る特性があり、本来は暴徒鎮圧などの用途に使用される。 また止念砲は、ごく稀にではあるがシンセスタなどの鉱石と強い反応を引き起こし、時空の溝をうみだす事もある』 上記の内容からしても、鉱石が主人公の世界に紛れ込んだ事故はタカツングの襲撃が原因なのがわかる。 202 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/15(水) 13 52 28 ID +ZW6uDuP0 とりあえずはここまで。 プレイしながらなので、なかなか進まずすいません…。 216 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 10 36 45 ID U87ZdKf+0 イバラードの続き、投下します。 書きながらなので、ちょっと時間がかかるかも… 【ニーニャの店へ】 今度は、薄暗く深い森の中へと降り立つ主人公。 乗ってきたエネルギー切れのエアシップは、降りた途端に小さく縮んでミニチュア模型程のサイズになったので、持ち運ぶことに。 周囲を見回すと、子供ほどのサイズは軽くあるであろうキノコが目立つ。ここはどこなのか分からないが、メーキンソーの言っていたニーニャの店はこの辺りにあるはずだ。 近くには妙な台座とスイッチそして外灯があるが、スイッチを押しても灯りはぜんぜん付かない。見れば、すぐ側にあった看板に台座にひし形の石をはめないとスイッチを 押しても意味が無いようだ。とりあえず、まずはその石を探してみるとする。 つる草のカーテンを潜り抜けキノコの生える森の深くにまで入って行くと、案内図とこの森について書かれたパネルを発見する。 パネルには、こうあった。 『白の傘は 無害な傘 上に乗れば ジャンプ出来る / 赤い傘は 毒の傘 触るとビリビリ 疲れます / 赤い傘は 明かりに弱い / 森をぬければ 魔女の店』 そういえば、色々な所で胞子を雨のように降らせる赤いキノコと、ばねの様に絶えず跳ねている白いキノコを見かけたが、どうやらそれらに関する記述のようだ。 赤いキノコには触れないよう気をつけながら、白いキノコを使って道を切り開いて行く主人公。 途中、月の石の他に、邪魔をしてくる青いキノコ(コマのように逆さになって回転している)をブーメランで追い払った先でひし形の石を手に入れる。 電源石といって中に電気を蓄えているものらしい。一度、最初に降り立った場所にまで戻り看板に書いてあった通りに台座にはめ込むと、森のあちこちにあった外灯の スイッチを押すことが出来るようになった。外灯の灯りを使って道を邪魔する赤い毒キノコを消し去った後、月の石を使って仕掛けを解く。 すると、違う部屋にあった白いキノコが何本も飛んできて作ってくれた道を辿ってニーニャの店まで辿りつく事に成功する。 店に入ると、黒髪の女性が主人公を出迎えてくれた。やはり、本にも載っていてあの街で見かけることとなった女性だ。彼女がニーニャさんなのだろうか。 女性「いらっしゃい、何をお求めで?」 主「あの、ニーニャさん…ですよね?」 ニーニャ(以下、ニ)「あら…そういえばあなた、あの街で…どうしてここに?」 主「い、いやぁ…実は、その…」 驚いた様子のニーニャに奥の部屋へと通してもらった上で、今までの経緯を説明する。 主「…という訳で」 ニ「わかったわ。ラピュタを羽化させれば、元の世界に帰れるかもしれないわね」 メーキンソーやスコッペロの言っていた事は間違っていなかったらしい。ほっとする主人公に、ニーニャから問いが投げられる。 二「ところで、森でブレガラッドに逢わなかった?」 主「あ…葉っぱだらけの人に、逢いましたよ」 ニ「それがブレガラッドよ。彼は森の賢者なの。話をすれば、何か役立つ情報をくれるかもしれないわ」 主「でも、何を言ってるのかちっともわからなかったなぁ」 ニ「うふふ…ブレガラッドの言葉は、私たちみたいな魔法使いじゃないと聞き取れないでしょうね。…ねっ、その地図をちょっと貸して?これに、必要な鉱石とラピュタの卵がある場所を記しておくわね」 主「はい」 ニ「あなたの世界から取り戻した低級シンセスタは、ノナ君に預けてあるわ。彼も魔法使いなの。この先の、丘の上の家に住んでいるのよ」 主「じゃあ、僕、そのノナって人の家に行ってみます」 ニ「じゃあ、これあげるわ」 行く気満々の主人公へと、ニーニャが黄色い宝石を手渡した。今まで『市電』の切符として手に入れていたものと同じぐらいの大きさだが、これは一体…? 二「これが、エアシップのエネルギーになるのよ。この先もエネルギーが切れたら、同じものを探せばいいわ」 主「ありがとうございます」 ニ「ノナ君とあなた、気が合いそうだわ。…あたしも鉱石を探しに行くわね」 こうして、ニーニャと分かれた主人公は一路ノナ家のある丘へと向かってエアシップに乗り込むのだった。 217 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 12 10 02 ID U87ZdKf+0 【ノナ家の丘へ】(1/2) エアシップが降り立ったのは、非常に見晴らしのいい丘の上だった。 丘とはいっても山のようになだらかなものではなく、地上から垂直に屹立した建物の表面を植物が覆っているようにも見える。その側面には所々トンネルが開いていて、『市電』がそこに走っていたりする。 また、丘の上空にはずんぐりとしたロボットの様な物体が旋回するように飛んでいたりして、なかなか興味深い場所のようだ。この丘に、ニーニャの言っていたノナという人物がいるはずなので、探すことに。 丘は、上からみると十字を二つ横に重ねたような形(++ ←こんな感じ)をしていて、その先端にはそれぞれ小さな建物が建っているようだ。まずはそれらを調べてみる。まずは四角い煙突のある建物。 入り口にはカギがかかっていて中には入れない。その反対側にある三兄弟の木が生えた家は、カギがかかっていないようだ。中を調べると、壁にはクリスタルのように透き通った鉱石で作られているらしい ブーメランが飾ってある。その台座には、ブーメランに対しての説明文が記されていた。 『シンセスタブーメラン シンセスタを削りだし作ったブーメラン。元の鉱石の性質をいくらか残しており、止念砲を防いだり、止念砲と同じテクノロジーを基盤に作られたタカツングのエアシップに対して攻撃力を備えている。 ただし、それ以外の対象には大した効果はなく、木製のブーメランほどの威力しかもたない』 少々特殊な効果のあるブーメランらしい。とりあえず、何時か役に立つかもしれないのでもって行くことに。ブーメランを手に入れ探索を続けようとする主人公。その前に、タカツングの船が現れ襲撃してきた。 上部に取り付けられた大砲(これが止念砲)を撃ってくるので、何とか避けながら距離を詰めた。これはさっきのブーメランが効果を発揮するかもしれないということで、3隻の内一隻にブーメランを何度か ぶつけてやると、唐突にタカツングの船に火花が走り爆発してしまった。残りの二隻は形勢不利だと見えたのか、飛び去って行く。 気を取り直して探索を再開する主人公。まっすぐの道を進もうとすると、その前にまためげぞうが出現する。このままでは通る事が出来ない。ホウキを探さなければ。 横道に入った先の建物で、先程の四角い煙突があった建物の扉に対応する四角い家のカギを手に入れたので、道を戻り扉を開け中を探すとホウキを見つけることが出来た。 めげぞうをホウキで吐き散らし正面の家に入ると、地下への階段を見つける。下って行くと扉があり、中へと入るとそこは誰かの書斎のような場所であった。 218 :ゲーム好き名無しさん:2009/04/17(金) 12 10 42 ID U87ZdKf+0 【ノナ家の丘へ】(2/2) この丘を描いたものらしいキャンバスや広々とした窓が気になるが、その窓辺にふと見覚えのある本を発見する。それは、「Laputa」というタイトルのついた古びた本…主人公がおじいさんに貰ったものと 同じ本だったのである。 主「こ、この本は…おじいさんの本が、どうしてここに?」 本を手に取り驚いたようにまじまじと本を見る主人公の後方で、扉の開く音がして一人の青年が入ってくる。黒いコートと帽子を身に着けた、おかっぱの髪型が印象的な青年だ。その顔立ちは主人公と どことなく似通っているように見える。 青年「やあ、来てたのかい?」 主「あの…君がノナ君?僕、ニーニャさんに聞いて来たんだけど」 ノナ(以下、ノ)「あぁ…君も、ラピュタの羽化を手伝ってるの?これが、ニーニャから預かった低級シンセスタだよ」 言うと、ノナは赤く透き通った六角形の鉱石をくれる。これがラピュタの羽化に必要な鉱石の一つ、低級シンセスタなのだという。 ノ「ところで…どこかで逢ったような気がするなぁ……あ、そうか。君、僕に似てるんだよ」 主「そうかなぁ…?」 首をかしげる主人公。彼は、思い出したように疑問に思っていたことをノナへと問うた。 主「ねぇ、この本はどうしたの?僕も、これと同じ本を持ってたんだ。どうして同じものが、君の家にもあるんだろう」 考え込むノナは、何か思い当たる節があるのかゆっくりと口を開く。 ノ「……うぅん。こういう言い伝えがあるんだ。このイバラードには、表と裏の関係にあるもう一つ別の世界がある…って。僕にそっくりな君といい、二冊の本といい…もしかしたら、 言い伝えは本当だったのかもしれない。君の世界っていうのは、どんなトコなの?」 主「こことは大違いさ。ごみごみしてて…」 ノ「そうかぁ…じゃあ、やっぱりただの伝説なのかな。…あっ、その本は羽化の参考になると思うから、君に預けておくよ」 本を預け、ノナは再び出かけてしまったようだ。一人部屋に残された主人公は、ふと先程本が置いてあった辺りに落ちていたカギを発見する。丸い家のカギ、ということで丘の上に戻り丸い木の生えた家へと 行ってみるとカギをつかって扉を開けることが出来た。中には、ニーニャに貰ったものと同じエアシップのエネルギーが。これでようやく出発することが出来そうだ。 建物を出た主人公は、エアシップに乗り込むと他の鉱石を探し出発するのであった。 220 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 12 24 53 ID U87ZdKf+0 ちなみに、預かった本の内容は以下の通り。 実はゲーム内に結構関係したりもするので書いときますが。 【ラピュタの羽化とイバラードの鉱石について】 ●ラピュタの羽化に必要な鉱石 必要とされる五つの鉱石についての名前と、色や形などが表にされている。 ・ラピスラズリ ・生態系の種 ・高級シンセスタ ・低級シンセスタ ●配置図 上空から見て四角い広場の中に、サイコロの5の目のような感じで台座が用意されていて、その上に配置されるらしい図面が描いてある。 ・北西の台座…シンセスタ(色がよくわからないので、低級か高級か不明) ・南西の台座…生態系の種 ・北東の台座…不明(かすれていて視認不可能) ・南東の台座…不明(ページが千切れていて何が描いてあったかわからない) ・中央の台座…ラピスラズリ ●翻訳石 見開きページの左側に翻訳石の絵が描いてあり、右側にその効果や使い方が説明されている。 『この鉱石はその名のとおり、通常、魔法使いにしか解することの出来ない特殊な言語を翻訳する力を秘めている。これを使用した場合、その●●●●(かすれていて数行分が解読不可能) 思念化し意志の疎通を可能とする。古の種族が使う言語の翻訳に適しているとされている』 ●ソルマ石 見開きページの左側にソルマ石の絵が描いてあり、右側にその効果や使い方が説明されている。 『ソルマとは、人の心の中にあるイメージを空中に投影させ、客観的に他の人にも見えるようにしたもののことをいう。この鉱石は、その特殊な結晶構造により思念を増幅する力を備えており、 特別な能力を備えていない人にもソルマを作りだすことを可能とする』 221 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 12 44 05 ID U87ZdKf+0 【上昇気流へ】 主人公を乗せたエアシップは、気流に乗って多くの浮島や惑星が浮かぶ地域へと差し掛かった所でタカツングの船に襲われてしまう。 砲撃を避けようとするが避けきれず、コントロールが効かなくなってしまったエアシップは急遽、浮島の一つに不時着する羽目になってしまった。 しかし、どうやら必要な鉱石の一つである飛行石はこの近辺にあるようなので、ついでに探すことになる。この浮島にある建物にはパネルがあって、この地域に関しての説明文があった。 『小惑星が集まるこの空域では特殊な上昇気流が発生しています。下方からの気流に上手く乗れば島から島へ飛びうつることも可能です。 上昇気流が吹き上げるポイントには誰かが置いたのでしょうか。三角形の鉱石があります。これを目印にして気流に乗って下さい。助走をつけると、さらに遠くへ飛べます』 ここは空の上なので道らしい道は無いが、気流に乗って島を飛び歩く事で移動していけるようだ。今いる浮島も、端の地面に三角の鉱石があるのを見つけたので、さっそく気流に乗って探索を開始する主人公。 飛び歩いていて分かったことは、各島には端の方に気流があれば三角の鉱石が置いてあってそこから飛び出せば別の島まで安全にいける事と、助走が足りなかった場合は落下してしまうということ。 とはいっても、落ちても死んだりする事はなくて一瞬視界が真っ白になったかと思うと最初の浮島に戻ってきてしまうだけなのだが。 案内図を手に、浮島をミニチュア模型のしかけを解いて行く主人公。途中模型を使って、道のない場所に道を作ったり、上下対称の浮島をひっくり返して建物の中にあったホウキを手に入れて進んで行くと、 めげぞうが道を塞ぐように現れる。手に入れておいたホウキで吐き散らし、上昇気流に乗って高い場所にある小惑星までたどり着くと、そこにあった建物の中には飛行石が。 まずはひとつめを無事に手に入れることが出来たわけである。 とはいえ、まだ出発は出来ない。エアシップのエネルギーを見つけないと行けないからだ。 建物の外に動く足場が出現しているので乗り込んでみると、到着した先には探していたエアシップのエネルギーが。 主人公はエアシップに乗り込むと、ニーニャに必要な鉱石の在り処を記してもらっている地図を手に、次の目的へと向けて一路旅立つのであった。 222 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 13 21 02 ID U87ZdKf+0 【夜空屋へ】 エアシップが次に舞い降りたのは、夕暮れ時の空が印象的な市場街だった。 薄暗い空には飛行船が浮かび、道の脇には多くの店舗と露店が並んでいるが、主人公以外の人の姿は見当たらない。この街のどこかに次の鉱石があるらしいのだが…? エアシップを仕舞い込み、探索へと歩き出す主人公。すぐ側に他の露店とは一風変わった建物があったので調べてみるが、入り口は柵で塞がれてしまっているようだ。その脇には月の記号が刻まれた パネルもある。どうやら、月の石がないと開かない仕掛けになっているらしい。今は空けれそうもないので、市場街の中心のほうへ向かう。 途中手に入れた案内図によると、市場街は大きい通りが一つと小さい通りが二つの三箇所に分かれているようだ。その内の二つの通りには、外部からいけそうな道が書かれていない。 どこかに抜け道か何かがあるのかもしれない。 暫く歩いて行くと、ある店の前で唐突に目の前にめげぞうが出現する。今まで出会ったものより、かなり大きい様だ。この通りは通れそうもないので、迂回ルートを進んで行くことに。 途中、ミニチュア模型の家と飛行船がある建物を発見する。調べてみると、模型の家の上空に模型の飛行船が舞い降りてきた。それと同時に外から大きな音が響き、慌てて外へと飛び出すと模型と 同じように頭上に巨大な飛行船が舞い降りてくる。下から見上げた飛行船の底には絵が描いてあった。青背景に黄小惑星、赤背景に青小惑星、黄背景に赤小惑星…というそれを覚えて、先に進む主人公。 通りに点在するホウキ屋さんからホウキを手に入れるとめげぞうを今までのように追い払おうとするものの、サイズが大きすぎるからなのか何なのか一度では吐き散らす事は不可能なようだ。 何度かホウキを持ってきては掃く、というのを繰り返してやっとめげぞうを追い払うことに成功する。しかし、その瞬間目の前が真っ黒になってしまった。 ふと、主人公はある光景を思い出す。 自分は部屋の草木に水をやっていて、少しはなれたところに学校の友人が立っている。 女子学生A(以下、女子A)「…彼、何してるの?」 自分のことを聞いているのだろう。訝しげな女子生徒の声が響いた。それに答えるのは、呆れた様な馬鹿にしたような口調の別の女子生徒だ。 女子学生B(以下、女子B)「あぁ…相変わらずよ。お花の手入れですって」 女子A「彼も誘ってあげましょうよ。大勢のほうが楽しいわよ?」 男子学生A(以下、男子A)「たぶん、ダメだと思うよ」 女子B「前も誘ったんだけど、『僕、今日は花に肥料をやりに帰るから』…とか言って。いつもああなの」 女子A「そうなの…?」 男子A「…いいからいいから。ところでさ、例の試合見た?すんごいんだよー、何て選手だったっけなぁ…」 視界が再び暗転する。その中に差し込む眩しい輝きを背に、ニーニャさんの姿が見えた。 ニ「…優しいのね」 主(ニーニャさん…) ニ「でもね…優しさだけじゃ駄目。もう少し積極的にならないとね…」 主(でも…僕…) ニ「そうね…ブレガラッドに聞いてみると良いわ。今のあなたに必要なものは何なのか」 主(あの人の言葉は僕には…) ニ「彼の言葉を聞くには、翻訳石が必要なの」 主(それは…何処に……) 問うが、ニーニャは答えない。そのまま、視界は真っ白になっていく。 主(まって…ニー…ニャさん…) 223 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 13 22 06 ID U87ZdKf+0 【夜空屋へ】(2/2) 気が付けば、主人公は先程めげぞうを追い払った店の前に突っ立っていた。今のは白昼夢か何かだったのだろうか、と訝るがとりあえずは探索を続けることにする。 店の中を調べると、赤、青、黄色の土星の様な形をした小惑星が。ふわふわと飛び回って付いてきてしまったので、もって行くことに。 動く壁が邪魔している通路を何とか通り抜け、奥の建物に入ると真っ暗な通路に出る。足元にだけ点々と落ちている灯りを頼りに歩いて行くと、それは案内図では行ける道の書いていない通りの一つだった。 少し広い通り(どちらかというと広場みたいな所)に出ると、そこには月の石を封じている柱を中心に四つの台座が点在している。台座には赤、青、黄、緑の色がついていたので、先程の飛行船の底にあった 絵を思い出して小惑星を配置すると月の石を手に入れることが出来た。 最初に見かけたあの店へと引き返し、月の石を使って柵を開け店の中へと。そこはまたしても真っ暗闇に包まれた通路でだったが、足元の明かりを辿っていく途中で本に載っていた翻訳石を発見する。 先程ニーニャがブレガラッドと話すために必要だと言っていたこともあるので、一応持って行くことに。そして、暗闇の通路を通り抜けた先は、案内図にもあったもう一つの通りであった。その通りの一角にある 夜空屋の中に、以前手に入れた低級シンセスタとよく似た形の違う色をした鉱石を見つける主人公。これがどうやら高級シンセスタのようだ。 店の中へと入り込み、無事に高級シンセスタを手に入れる主人公。しかし、次の瞬間。 足元が眩い輝きを発したかと思うと、彼はどこか違う場所へと飛ばされてしまうのであった。 224 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 13 35 06 ID U87ZdKf+0 【市電の森】 光が収まったその視界に映り込むのは、先程とはまったく違う場所だった。 さっきまでは確かに市場街に居た筈なのに、今目の前にあるのは緑深い森の一角だ。主人公は森の中にある、光を発する建物の中に立っていた。 周囲を見ると、建物といい森といい何だか見覚えのある場所である。よく見れば、市電の駅まである。どうやら、ここは以前も訪れた『市電の森』のようだ。 そういえばこの森はブレガラッドの森とも繋がっていた。ニーニャに言われていた事もあり、とりあえずはブレガラッドの元まで行くことにする。 森を抜け洞窟を通り過ぎ、ブレガラッドの森まで辿りつく主人公。 そこには相変わらず壊れたままの市電と、多くの動物、そして森の人ブレガラッド本人であろう植物の束が転がっている。 その側には、ラピュタの羽化に必要な鉱石のひとつである生態系の種があったのでそれを拾い上げた後で、ブレガラッドへと声をかける主人公。 しかし、この時点ではまだ会話が通じない。(逆再生させると、「わしの話がわからないんじゃな?」といわれていた) そこで、先程の市場街で手に入れた翻訳石を使ってみることに。 ブレガラッド(以下、ブ)「やぁ…君か」 主(翻訳石のおかげだ。今度はちゃんと分かるぞ) ブ「ほほぅ…少しは逞しくなったようじゃな。どうじゃ?イバラードの旅は」 主「めげぞうさえ出てこなければ、すごく面白いけど…」 ブ「そんなに嫌うことはないじゃろう。ホウキで追い払うだけでは、何も変わらんよ」 主「でも、他にどうすれば…?」 ブ「そうじゃなぁ…めげぞうに心を開いてごらん」 主「駄目だよ…そんなことをしたら、僕まで一緒にめげてしまう」 ブ「めげぞうはな。自分の心を映す鏡のようなものなのじゃ。本当の自分、とでも言うべき姿が見えてしまう」 主「あれが…本当の、僕…?」 ブ「さぁ、急ぐのじゃ。ラピュタの羽化が、近づいておる…」 言うと、すぐ側にある壊れていた市電を魔法を使って直してくれるブレガラッド。 これに乗って、ラピュタの羽化の兆しがあるという場所にまで向かえということらしい。 しかし、ここで切符がない事に気づく主人公。ブレガラッドは、思い出したように声をあげる。 「おぉ、そうか…これをお使い」 前と同じく、切符をもらう主人公。急げと急かされつつ市電へと乗り込めば、ラピュタの羽化する場所へと向かい出発するのだった。 225 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/17(金) 15 26 13 ID U87ZdKf+0 とりあえず、本日はここまで。 そろそろラストです。 227 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/18(土) 10 30 37 ID jJ7TUfD30 さて、ラストまで一気にいきまーす。 【ラピュタの羽化】 市電が到着したのは、石造りの建物の様な場所だった。 主人公が市電から降りると、壁の穴は上から降りてきた鉄柵で閉じられてしまう。帰れなくなった…? とりあえずは先に進むことに。すぐ側にあった台座に、浮遊する二つの物体を見つける。三角錐と卵型のそれは、ラピュタの模型だという。 角ラピュタと丸ラピュタの模型をそれぞれ手にして、探索を続ける主人公。部屋を出ると石造りの洞窟が続いている。その途中には古代の装置らしきものがおいてある部屋もあったが、 スイッチを押しても反応が無い。どうやら月の石を使わないと動き出さないようだ。 洞窟の外へと出て手に入れた案内図によると、先程まで居たところは山脈の内側だったようだ。さらにすぐ側に家があることと、ラピュタの羽化の為のものだろうか。 溝に囲まれた広場らしきものも確認できる。まずは家へと行ってみることに。 建物に入るとそこで月の石を手に入れた主人公は、先程の古い仕掛けを動かしてみた。壁が動き出して裏返り、そこに地図にもあった鉱石の台座のミニチュアが姿を現す。 その近くにある各鉱石の模様が掘り込まれたスイッチを押すと、天井に近い場所にある鏡の様な装置から光が差し込んで、台座のミニチュアの一角を指し示した。 ラピュタの羽化のために必要な鉱石を、どの台座に置けば良いのか教えてくれる仕掛けだったようだ。しかし、古いものであるからか何個かのスイッチは壊れていて、うまく台座を教えてはくれなかった。 また、頭上を見上げるとそこには古代の文字らしきものと一緒にひとつの絵が描かれている。中央にいるのはめげぞうだろうか。そのめげぞうに、二つの手が宝石のようなものを差し出している。 ノナに貰った本に描いてあったソルマ石に似ているようだが…? なんにしろ、台座の配置が多少は分かったので現時点で持っているものだけでも置いてくることにしようと、広場へと行ってみることに。所が、広場には本来あるべき台座が一つも無いようだ。 ふと周りを見てみると、一枚の絵を発見する。それには、広場に繋がる橋の手前に二つの机の様なものがあり、その上に二種類のラピュタの模型が置いてある様が描かれていた。 絵にある通りにラピュタの模型を置くと、広場の方で地響きが響き渡る。何事かと見に行くと、石の台座が砂地を突き破って四方に出現していたのだ。 ノナに貰った古い本、そして先程の装置で分かった配置へと、鉱石を置いていく主人公。置く度に、広場の北側の地面から出現した光に包まれた丸い玉の様なものが大きくなっていくようだ。 しかし、ここで一つの問題が出てくる。シンセスタの置き場の判断が付かないのだ。本では色がかすれて分からない状態だったし、装置では形は掘り込んで居たが色は不明だったのが原因である。 228 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/18(土) 10 32 07 ID jJ7TUfD30 【ラピュタの羽化】(2/2) ※ここで、プレイヤーはどの台座に置くのかを選択することになる。 間違った選択をしてしまうと、何と巨大なめげぞうが出現してゲームオーバーとなってしまうという。(苦笑) 駄目元で置いてみる主人公。すると正しい配置だったのか、再びの地響きと共に中央に最後の一つの台座が現れた。 とはいえ、手元にはもう鉱石はない。どうしたものかといったん戻ろうとした主人公の視界に、空を飛ぶエアシップが飛びこんでくる。見覚えのあるその形は、ニーニャさんのエアシップで間違いない。 先程月の石を手に入れた建物の敷地内に着陸したようなので、ニーニャさん達に会うために向かうことに。建物に入ると、ニーニャ達が既にそろっていた。 ニ「もう来ていたのね…遅くなって、ごめんなさい?」 ス「タカツングの奴らをまくのに、手間取っちまってな」 水晶玉に手をかざすニーニャ。眩い輝きを明滅させる玉から何かを読み取っているのか、厳しい表情だ。 ニ「…危険だわ。ラピュタの卵が、ひどく不安定なの。一刻も早く、羽化させてあげないと…らピスラズリは、この先の古代のエアポートにあるはずよ」 主「わかった。取ってくるよ」 ニ「気をつけてね」 ス「…で、エアシップの調子はどうだい」 主「そうだ…エネルギーも探さなきゃ」 ス「そんな事だろうと思って…ほら、これを使いな」 主「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」 スコッペロからエネルギーを受け取ると、外でエアシップに乗り込み少し離れた場所にある古代のエアポートへと向かう主人公。 しかし、飛び立つエアシップの後をつける影があった。黒い三隻のそれは、今まで何度も襲撃してきたタカツングの船。その船内では、運転を行う二人の部下と将校か何かだろうか。 奥の席に座って主人公の乗るエアシップをにらみつける男の姿が。 部下A「古代のエアポートに向かっています」 将校「…ラピスラズリを手に入れるつもりか!そうはさせんぞ、小僧め!!」 229 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/18(土) 11 23 03 ID jJ7TUfD30 【巡回飛行士へ】 古代のエアポートは、空高くに浮かぶ島にあるらしい。そこへと向かいエアシップを飛ばす主人公。 しかし、その進路を妨げるように二隻のタカツングの船が現れる。止念砲を撃って攻撃してくるタカツングの奴らから何とか逃げようとするが、 しかし砲撃に打たれエアシップのコントロールが効かなくなってしまう。煙を上げるエアシップは、古代のエアポートの下の大地にある遺跡のような場所へと落下していくしかないのだった。 地面に激しく叩き付けられ、石壁に打つかって止まったエアシップから何とか降り立つ主人公。幸いな事に怪我一つ無いようだ。しかし、その代償にエアシップは大破してしまった。 これではもうエネルギーを手に入れても空を飛ぶことは不可能だろう。古代のエアポートに向かうには、何とか空を飛べる乗り物を手に入れないといけなくなってしまったようだ。 道の先に落ちていた案内図を頼りに道を進んでいくと、白い複葉機を見つけることとなる。トンボにも似た形のそのエアプレーンは随分と年代物なようだがまだ動きそうだ。 これを使えるようにすれば上空の島にも行けるかもしれない。エアプレーンのエネルギーを探すため、探索を始める主人公。 所々に水の流れる石壁の通路を歩き、小さな山の中の洞窟を通り抜けた先には、石と硝子で作られた水槽が立ち並ぶ広場へと出る。 その広場の奥には花火を売っているらしい露店があって、そこでマッチを手に入れることが出来た。 また、その近くには古代の遺跡部分らしき台座があって、そこにエアプレーンのエネルギーである宝石を見つける。これで、やっと出発できそうだ。 所が、引き返そうとするその頭上に黒い影が。再び、タカツングの船が実力行使に打って出たのだ。以前やったのと同じように、シンセスタブーメランを使って船を打ち落とす。 しかし、その衝撃でだろうか。ブーメランは壊れてしまった。まだ敵は一隻残っているのに、もう対抗手段が無くなってしまったのだ。 こうなってはもう見つからないうちに逃げるしかない。急いで引き返す主人公。しかし、もう一隻の船がそれを逃がすわけも無く頭上に迫る。 このままではもしエアプレーンで飛び立てたとしても打ち落とされるのは間違いない。何とかする方法を探して別の道を行く途中、道端の露店でロケット花火を手に入れる。 見れば、すぐ近くに発射用の台座もあるようだ。さっそくセットし、先程手に入れたマッチで火をつける主人公。すると、花火は空へ煙を引いて打ちあがり、近くにそびえていた山の頂上に 乗っていた大岩へと直撃する。衝撃でバランスを崩した大岩は、ちょうどその下方を飛んでいたタカツングの船へと落下した。 ぶつかる衝撃で壊れてしまったのか、煙を上げて近くの広場に墜落していくタカツングの船。何とか追っ手を全て排除できたようだ。 先を急ごうとするが、その耳に人のうめき声が聞こえてきた。先程船が落ちた広場から聞こえてくるようなので行ってみると、船の中から出てきた将校風の男と遭遇することになる。 将校「…見事だ、小僧。貴様の勇気には、感心した。…これをやろう」 何かを差し出してくる将校。見れば、それはノナから貰った本にあるソルマ石のようだ。 将校「何かの役に立つだろう…」 受け取ると、マントをたなびかせ背を向けた将校風の男は言い捨てる。 将校「今日のところは、貴様に免じて引き上げてやる!だがな…負けたわけではないからな!」 どうやら完全には壊れていなかったらしいその船は、扉を閉めるとゆっくりと浮かび上がり飛び去っていった。 本当にこれで終わりなようだ。先程の広場にまで戻ると、エネルギーを補充し乗り込む主人公。エアプレーンは、トンボの様に羽を羽ばたかせ空へと舞い上がった。 無事に頭上の浮島に着陸すると、そこにあった東屋でラピスラズリを手に入れる。 これで、古代のエアポートでの用事は終わった様だ。急いでラピュタの羽化が行われるさっきの場所にまで戻らなければ。 主人公はエアプレーンに乗り込むと、急いでニーニャたちの待つあの場所へ向かうのだった。 230 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/18(土) 11 51 37 ID jJ7TUfD30 【ラピュタの羽化へ(2)】 台座の広場近くに舞い降りるエアプレーン。そこから降り立った主人公は、ふと眼前に落ちているホウキに気づく。 これは、どこかにめげぞうが出てくるという前触れだろうか。とりあえず一応とっておこうとホウキを手に取ると、何処からとも無く聞こえてくる声がある。それは知った人物の声だった。 「めげぞうは、君の心を映しているのじゃ。…心を開いてごらん」 ここには居ないはずのブレガラッドの声だ。ホウキで追い払うだけではなく心を開いてみろというが、本当にそんなことが出来るのだろうか? また、聞こえてきたのはブレガラッドの声だけではなかった。 少し甲高いそのかわいらしい声は、あの以前であった二足歩行の恐竜のもののようである。声を頼りに、聞こえてくる方向へと足を運ぶ主人公。 山脈の中にある洞窟を抜けて以前に市電で最初に到着した部屋まで行くと、鉄の柵が開き恐竜が走りこんでくる。どうやら、見送りに来てくれたようだ。 恐竜に礼を言って、台座の広場へと戻る。残り一つの台に、ラピスラズリを置けばラピュタの羽化は始まるはずだ。 ところが、広場へと橋を渡ろうとした主人公の目の前にまたもやめげぞうが出現する。 先程のブレガラッドの言葉に迷う主人公。ホウキで追い払うか、それとも何とかして心を開いてみるか…二者択一がつきつけられる。 ※ここで、ホウキを使うか別の方法をとるかで話が変わります。ただし、ED自体には違いは殆どありません。 231 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/18(土) 11 58 32 ID jJ7TUfD30 【ホウキで追い払った場合:BAD END?】 心を開くなんて無理に決まっている。 主人公はホウキでめげぞうを追い払ってしまった。 以前の夜空屋での時とは違い、一発で消え去ってしまうめげぞう。 邪魔はなくなったので、橋を渡ることにする。 だが、これで終わりではなかった。 橋を途中まで渡った所で、広場に異変が起こったのだ。 四角い広場の四隅に、くるくると回転しながら出現する四匹のめげぞう。 中央の台座にラピスラズリを置かなければいけないのに、このままではあの広場に入った途端物凄いダメージを受けるのは間違いないだろう。 しかし、もうホウキはどこにもないのだ。 主人公は、意を決して広場へと突入するしか道がなくなってしまったのであった。 ※広場へと足を踏み入れた途端に、今までの比じゃない速度で気力が減っていきます。 ゼロになるともちろんゲームオーバーで、大体は置けずにここでNGくらいます。(苦笑) ただ、何とか置けた場合、気力が持てば通常と同じEDムービーに進んでいきます。 ただし、TRUE ENDと違い後日談はありません。 232 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/18(土) 12 23 01 ID jJ7TUfD30 【心を開いた場合:TRUE END】 ホウキを使って追い払うだけでは駄目だと、ブレガラッドは言っていた。 何とか心を開いてみる方法を、主人公は選ぶ。しかし、どうやって心を開けばいいのだろう? ふと、以前にここの洞窟内にある部屋でみた絵を思い出した。 天井に描かれたそれには、めげぞうに対して何かの宝石を差し出していた筈だ。その宝石は良く思い出せば、あの将校風の男から貰ったソルマ石に良く似ている。 駄目元で、ソルマ石をめげぞうへと差し出してみる主人公。 すると、主人公とめげぞうの間に光が溢れ、過去の映像が浮かび上がったのだ。それは以前の白昼夢で見た、学友と自分のやりとりの一部… 自分の心にあった、思い出したくない嫌な思い出の光景。 しかしそれを見て主人公は思う。嫌って遠ざけてばかりでは駄目なのだと。めげぞうが自分の心の鏡なら、心を開きそれを受け入れなければいけないのではないか…と。 主人公はホウキを捨てて、めげぞうへと両手を開いた。そのままゆっくりと抱きしめると一人と一匹は溶け合い、光の粒になって霧散する。 そして、一人暗闇の中に立っていた主人公は見たのだ。自分の頭上から差し込んで広がっていく光と、その光に照らし出されるニーニャやノナ、スコッペロやメーキンソーの姿を。 …そして、気が付くと主人公は一人で橋の前に立っていた。 目の前に居たはずのめげぞうはもう居ない。心を開いて、めげぞうを受け入れたからだろうか? 橋を渡って広場にあった最後の台座に、あの古代のエアポートで手に入れたラピスラズリを置く主人公。 地面から浮かび上がっていた光の玉は更に大きさを増し、光が広場に弾け……そこには、小さな浮島の様なものが浮かんでいた。 浮遊していた浮島は、ふわりと舞い上がると広場より更に奥に広がる広大な砂地へと飛んでいってしまう。 その浮島がふっと姿を消した途端、大地を激しく揺らす地響きと共に砂の中から巨大な物体が姿を現した。 砂の中から浮上してくるのは、あの角ラピュタの模型に良く似た円錐型の巨大なラピュタだ。ラピュタは、上空へと浮上していきながら自分の頭上に眩い輝きを放出する。 その膨大な数の輝きの粒は寄り集まり、雲の様な不思議な形状を形作っていく…これは、一体…もしかして? 主「あれが、ラピュタの抜け殻…?」 問いかければ、頷いてみせるスコッペロ。 ス「あぁ、そうさ」 メ「大丈夫、時空の溝も出来てる」 時空の溝の向こうには、自分の世界があるはずだ。 ついに、帰るときが来てしまったようだ。急にしんみりとしたものを感じたのか、名残惜しげにつぶやく主人公。 主「…お別れだね」 ニ「いいえ。また何時か逢えるわよ…」 首をゆっくりと横に振って微笑むニーニャ。 三人に別れを告げて、主人公はエアプレーンへと乗り込んだ。舞い上がるその機体へと手を振るスコッペロ。 ス「じゃあな!元気でな!!」 羽ばたき、空を舞うエアプレーン。 途中、上空に浮かぶラピュタの抜け殻へと降り立てば、主人公はその欠片をもって行くことにする。 そして、再びエアプレーンに乗ると上空に開いた時空の溝を通り抜けて元の世界へと帰っていくのだった。 場面は変わって、主人公の暮らすマンション。 その屋上には、イバラードから乗って帰ってきたエアプレーンが着陸しているのが見える。 ふと、主人公の住む部屋で眩い輝きが一瞬閃いた。 次の瞬間、主人公の部屋を中心にマンションの外壁を物凄い量の植物が覆っていく。 その姿は、まるでイバラードで見た建物に良く似ていた。 主(ラピュタの抜け殻の力は、僕が思っていたより遥かに強かった。僕の植物を救っただけではなく、この世界すべての緑をよみがえらせた…) 233 :イバラード~ラピュタの孵る街~:2009/04/18(土) 12 29 10 ID jJ7TUfD30 以上です。 これにて、イバラード~ラピュタの孵る街~のストーリーは終了です。 この後、ギャラリーとしてイバラード原作者の原画を見れる『ギャラリー』、 そしてイメージソングと動画が見れる『イメージクリップ』(だったかな?)が開放されます。 実際のゲームの雰囲気や世界観を感じてみたい場合は、 イバラードで検索して出てくる公式サイトのWebギャラリーを見ると良いかも。 中には、ゲーム内で使われたものやゲームのステージにもなってた場所のイラストもありますし。 ま、一番良いのはプレイ動画かも知れませんがね。(笑) でもマイナーゲームだからか、滅多に無いでしょうが。 とりあえず、こんな感じで。 文章まとめが下手なので読み辛い場所もあったかもですが、お付き合いどうもでした! また出来たら、ドラゴンシーズとかやってみたいけど…時間が無いので難しい、かも?(苦笑)