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ラノで読む 怪物記 おばけにゃ学校も試験も何にもない ――ゲゲゲの鬼太郎 それは日常と言って差し支えない時間だった。 ある日の昼下がり、私はレポート執筆の休憩にリビングで日本茶を啜っていた。隣では八雲が少し欲張りに日本茶とジュースの両方をテーブルに置いて、のり煎餅をぽりぽりとかじりながらTVを見ている。 TV画面に流れるCMは国内最大の某魔法の王国のものだ。クリスマスの楽曲をバックに個性的なキャラクター達がライトアップされた山車に乗ってパレードしている。 『東京ディズニーランド・クリスマスファンタジー☆』 懐かしい。随分と昔の、物心ついて間もない頃の話だが家族で行ったはずだ。おぼろげだが兄と揃ってホログラムのお化け屋敷を随分と怖がっていた覚えがある。姉が私を絶叫マシンに乗せようとして係員に止められていたのも記憶にある。本当に懐かしい。恐ろしい、姉が。 それにしても、もうクリスマスになるのか。月日の過ぎるのは早いものだ。あれからそれほど経過してないように感じるのは気のせいだろうか。 そんな感想をぼんやり考えていると、トントン、というノックの音が我が家の玄関から聞こえてきた。 どうでもいいことだがドアをノックする客は初めてかもしれない。 ドアの向こうにいたのは、久留間戦隊のメンバーの一人で夏の兎狩りでも一緒だった伊緒君だった。 「こんにちは学者さん! すごく困ってます! 【幽霊事件】です! 幽霊が出たから助けてください!」 伊緒君は小柄な体の身振り手振りの自己主張と「!」の乱発で用件を伝えてきた。 私は「幽霊は少し時期外れだな」と思いつつ返答した。 「うちはゴーストスイーパーじゃないんだが」 「知ってます! でもラルヴァの学者さんです! だから何とかしてください!」 幽霊は人じゃない→ラルヴァは人外の総称→幽霊はラルヴァの三段論法である。 まぁ、幽霊が人じゃないかどうかは判断の分かれるところだが。 「いまいち話がわからないので詳細を聞きたいんだが、上がっていくかね?」 「はい! あ、おやつ時なので何か出してください! 飲み物は牛乳で!」 ……この子は奔放な性格が少し助手に似てるな。 将来心配だ。 十分後、伊緒君が牛乳と煎餅を平らげたところでようやく話を聞くことが出来た。 「要するに旧教育施設に幽霊が出た、と?」 「はい! 出たんです!」 旧教育施設。それは双葉学園、いやこの学園都市が建設され始めて間もないころに建てられた施設である。 学問を中心とした校舎ではなく双葉学園に通う学生――異能力者の訓練を専門とした教育施設であり、既に廃棄された施設だ。 同様の施設は学園都市の地下から山中に至るまで無数にある。だが、その旧教育施設は1999年からの大量出生直後、入学する異能力者の試算が正確でなかった2000年始め頃に突貫で建築されたものであった。そのため今は御役御免となり使われなくなった代物だ。 「たしか新しい施設を建てるために取り壊されると聞いていたが……」 この学園都市は東京湾上の埋立地。土地は有限であり、新たに何かを建設しようとすれば不要な建物を潰してその上に建てる必要がある。 「ボクたちがアルバイトで取り壊してました!」 「なるほど」 学園都市では技術を要さない土木作業は稀に異能力者の学生に回ってくることがある。 何分、異能やラルヴァなど一般社会にばれたらまずいもので溢れ返っているので建設会社をホイホイと学園都市に入れるわけにはいかない。 学園都市には建設部や大工部といった学園都市内の建築業代行機関も存在するが彼ら彼女らの人数は限られている。 そのため、単に『壊す』『運ぶ』といった作業は一般の身体強化系や超能力者、超科学のロボット使いに回ってくることがある。【家袋】の一件のように異能力者の力をもってすれば大抵の建築物はバラバラにできるし、その方が安く済むというのもあるだろう。 「その作業中に幽霊が出てきたのかね?」 「はい! それはもうおどろおどろしかったり可憐だったりエイリアンだったりスーパーロボットだったりバリエーション凄まじい幽霊だったみたいです!」 「待て。ちょっと、待て」 途中からおかしい。明らかにおかしい。 「エイリアンとスーパーロボットは幽霊じゃないだろう」 「でも半透明でスゥッと消えてしまったそうです! だから幽霊だって言ってました! きっと施設の事故で亡くなった生徒とか学園都市を建設するときに潰したお墓や神社やUFOやロボット秘密基地の祟りです!」 生徒はともかく、UFOや秘密基地は祟るのだろうか。 そもそもこの学園都市は海上の埋立地だからそういった土地のあれこれとは無縁に思える。まぁ、知らず知らずのうちに海神やら旧支配者やらの祠を埋めてましたくらいはありそうな世の中だが。 「見鬼や霊能の生徒は尋ねてみたかね?」 「はい! でも入っていった見鬼の人は『気配はありそうだけど姿は見当たらない』って言ってました!」 「……ふむ」 微妙なところだが……行ってみるか。ひょっとしたら珍しいケースの幽霊かもしれない。 「わかった。なら現場を見に行こう」 「ありがとうございます! さっそく行きましょう! 案内します!」 そう言って伊緒君はリビングと繋がる玄関から先に外へと出て行った。……まぁ、案内されなくても場所は知っているのだが。 「八雲、少し出かけてくるから留守番をしていてくれ。夕飯までには帰ってこれるだろうがもし遅くなったら大車輪かピザハットの出前でも取ってほしい。お金はいつもの場所に置いてある」 「わかった。いっしょにおるすばんしてる」 第十話 【幽霊】 ・・・・・・ 状況の整理。 本日の午後一時過ぎ、旧訓練施設の解体作業を請け負っていた学生一同は旧施設第二訓練場の解体に着手した。 彼らは手始めに自分たちで施設内の調査を行ったらしい。もちろん事前調査は学園側で済ませているのだが念のためだ。もしも近所の子供でも入り込んでいたら大事になりかねない。それはなくても猫の多いこの学園都市のこと、内部で猫が巣を作っている可能性も大いにあった。 そうした理由で彼らは内部に入って調査をしたのだがそこには予想外の存在《モノ》がいた。 幽霊。日常でも簡単に見受けられる言葉、そしてこの学園都市では実在も珍しくはない存在だ。 しかし彼らが遭遇したのは幽霊にしては多種多様の……と言うよりは何でもかんでもと言った方がしっくりくるモノであったらしい。人型、獣型、ロボット型、エイリアン型。訳も区別もまるでわからぬほどの幽霊の群れ。むしろ本当に幽霊であるかも疑わしいほどであったという。 しかし遭遇した生徒の投げた物品や振るった手足はそれらが存在しないかのようにすり抜け、それら自身も存在していなかったように消えうせたという証言がそれらが幽霊である証左となった。 かくして現場は騒然とし、見鬼の異能力者に協力を要請するも詳細はわからず、混乱は増し、作業従事者の一人であった伊緒君が割合独断で私を呼んできた、という顛末になったらしい。 伊緒君から聞いたそれらの情報を脳内でここまで咀嚼するうちに(伊緒君の証言は量こそ多いものの要領は得ないものがほとんどだった)、私の運転する車は旧訓練施設に到着した。 旧教育施設は思ったよりも自宅マンションに近く、その気になれば歩いてでも一時間せずに往復できそうな距離にあった。 施設の周りには十数人の生徒が見受けられ、その何人かの傍らには二、三台の重機紛いの何かが鎮座している。 一方でそれと同数ほどの生徒や重機モドキは施設のほぼ反対側に取り付き、壊し、破片をトラックへと運んでいる。解体されている建物は壁のコンクリートや木材が剥がされて鉄骨が剥き出しになっていた。 「作業は進んでいるらしいな」 「あっちは幽霊が出なかった棟です! ボクらの担当場所でだけ幽霊が出ました!」 なるほど。 「現場の第二訓練場は?」 「あの体育館みたいな建物です! あれが幽霊の出た場所です! 幽霊屋敷です!」 彼女が指した建物の外観は確かに体育館に似ている。だから幽霊屋敷という呼び方がミスマッチのしようすらないほど似合っていなかった。 「ふむ」 しかし旧施設の第二特殊訓練場か……前にも聞いた覚えがある。うろ覚えだが那美君からだったはずだ。 たしかあの建物は……ああ、なるほど。 「これは……現場に入る前にあらかた解けてしまった、のか?」 「え?」 「まあ、いいか」 いま私が考えている通りだとは思うが確証を得るためにはやはり現場に入った方がいいだろう。 「では入ってみよう」 「はい! あ、見鬼の人とか呼びますか?」 「恐らく手を煩わせるまでもないだろう。これはそういう事件だ」 事件と言えるかは判断の割れるところだが。 伊緒君が現場の責任者に話を通し、渋々ながらも許可をもらい、我々は施設の中へと足を踏み入れた。 第二特殊訓練場へは隣接した施設の二階から渡り廊下で進入する必要があったのでまずは隣の福祉棟を通ることとなった。 福祉棟は医療施設や休憩室などが集まっており、訓練による負傷の治療や合間の休息に使われていたらしい。当然だが今となっては使用者は皆無で、掲示板に張られた十年近く前の日付が書かれた催し物の告知ポスターが放置されてからの年月の経過を物語っている。 ここは第二特殊訓練場だけでなく、現在解体中の第一特殊訓練場とも隣接しており、施設の地図と衛星写真では両端が丸いTの字に 「ここって上から見ると男の人のチ○コみたいですね!」 「…………」 女の子が堂々とそれを言うのは如何なものか。しかも語気強めで。 「じゃあ右の金○を目指して進みましょう!」 ……決して悪い子ではなさそうだが自宅でのことといい発言内容に難あり。 変な形でテンションを落としながら歩いていると、廊下や天井の端々からピシリ、ピシリという音が聞こえてきた。 「こ、これは! 噂の怪奇現象ラップON!」 「その発音だとまるでサランラップをかけていそうだが」 それにこの音は隣で工事をしている影響で怪奇現象とは無関係だろう。 しかしよくわかっていないらしい伊緒君はどこか怯えている様子だ。 「うぅ! やっぱり幽霊は苦手です! 殴れませんボコれませんプチッできません! 何より死んでるから殺せません!」 ……怯えている、か? 「まぁ、死んでるから殺せない……とも限らんがね。別に幽霊は死んで幽霊になったものだけではない」 「? どういう意味ですか?」 「では簡単に説明しよう」 私は歩きながら話すネタとして幽霊についての解説をすることにした。 「幽霊と呼ばれているものは大まかに分けて四種類ある。一つ目は生まれたときから幽霊だったラルヴァだ」 「それすごく矛盾してません!?」 「かもしれない。ただラルヴァにはそうとしか言いようのないラルヴァはそれなりにいる。どちらかと言えば【オバケ】に当たる。おばけのホーリーやゴーストバスターズのスライマーあたりがいい例かもしれない」 「なんですかそれ?」 …………ああ、うん。ジェネレーションギャップして当たり前のネタだったよ。 「まぁそれは置いておくとして二つ目は人間が死んだ後に霊魂と魂源力のみの存在になることで生まれる幽霊、一番わかりやすい意味での幽霊だ」 「四谷怪談ですね!」 「四谷怪談に限らんがね。これは出自が出自なのでラルヴァと言うかは難しい」 ラルヴァ学会でも意見が割れていたはずだ。 「三つ目は人間や動物の死骸を用いて生み出されたあれこれだ。二つ目の幽霊と違い自然発生でなく人為的な……ネクロマンシーや僵尸術、フランケンシュタイン作成法によるものだ」 「それ幽霊っぽくないですね!」 「実体はあるし魂も入っていたりいなかったりで、不謹慎な言い方をすればホラー映画ではなくパニックムービーの域だから余計にらしくない、っと……」 そう言えばマシンモンスターやメルカバもこれに当たるのか。本当に不謹慎だ。 「それで四つ目は?」 「四つ目は……まぁ後で言わせてもらう。恐らく今回の件は四つ目だろうからな」 解説している間に渡り廊下も渡り終え、私と伊緒君は第二特殊訓練場に足を踏み入れた。 第二特殊訓練場の中はうっすらと埃が積もっているものの老朽化などはまだあまり見られない。建設されてから二十年も経っていないのだから当たり前といえば当たり前だが、見た目は今でも十二分に使用に足る印象だ。 入り口横の施設内地図を見ると中心に厚い壁を挟んで二つの大部屋があり、その周囲に通路や関係した部屋が配置されているようだ。 どうやらここにある二つの扉の先を通ってそれぞれの大部屋にいけるらしい。 「幽霊は大部屋で?」 「そうです! 右と左のどっちに出たのかは聞いたけど忘れちゃいました!」 忘れるな。 「仕方ない。手分けして両方とも調べよう」 「え? 学者さん雑魚なのに一人で大丈夫ですか!?」 「……まぁ、大丈夫だろう」 エレメンタル幽霊相手なら君だって手も足も出ないだろうに。いや、手足は出ても箸にも棒にもかからないのか。 そんなやりとりをして私と伊緒君は右と左それぞれの大部屋へと向かった。 大部屋へと通じる通路は隣の福祉棟と大差なかった。強いて言えばここには掲示板などないし告知ポスターも貼っていない。代わりに埃だらけの壁にいくつもの小さな手形がくっきりと見て取れる。おまけに床にはちらほらと黒い髪の毛が落ちていた。 ……はて、もしかするとこれはかなり怖いんじゃないか? 「いや、今回の件の真相に怖い要素などないはずだ。ないはずだ」 私は自分の推測の確かさを信じて浮かびかけた「怖い」という感情を抑え込んだ。しかしまだ少し抑え込みが足りない。こういうときはどうすれば……そうだ。 「歌おう」 怖いときは(まだ怖くなどないが)歌えばいいと子供のころ誰かに聞いた気がする。 という訳で歌う。選曲は陽気な曲だ。 「あったまてっかてーか」 お? 「さーえてぴっかぴーか」 これはいい。一気に気分が楽になってきた。こうすれば良かったのか 「そーれがどーしーた」 「ぼくドラえもん!」 ぎゃあああ!? バァン!と勢いよく開かれた扉と思わぬ合いの手に私は心底仰天した。 扉から登場したのは……。 「……………………何だ伊緒君か。君の担当は左側の部屋のはずだが」 「こんな場所で急にドラえもんの歌が聞こえてきたら気になって飛んできますって!」 ……危ない。本当に危ない。危うく悲鳴が口から飛び出すところだった。さすがにそれは少しみっともない。 「でも25にもなって怖いからドラえもんの歌を熱唱とかみっともないですね学者さん!」 やはりこの子は自由に酷い。そして穴があったら入りたい。 いや、違うんだ。普段はこんなに恐怖心は抱かない。ラルヴァの巣窟に放り込まれてももっと落ち着いている自信と落ち着いていた記憶がある。 今回のこの場所の雰囲気はいつもと系統が違うと言うか幼いころのトラウマを刺激されると言うか……。 などという脳内言い訳を並べているうちに伊緒君はひょいひょいと先へ進んでいく。 「ボクの行った方は通路にこんな手形や髪の毛はありませんでしたし、こっちが当たりですね!」 だそうだ。 なるほど、それならこちらが事件のあった場所だろう。 そしてきっとこの手形や髪の毛はここを調査しに入った作業従事者のものだ。明らかに小さな子供のものだが異能力者ならばおかしくはない。そうであってくれ。私の推測と心身のバランスのために。 通路を進んだ先の扉を開けると、そこはまるで体育館のような広い空間だった。この施設の外観は体育館に近かったが中身も同様であったらしい。 しかし床の材質は一目見ただけでも木やリノリウムとは異なった。どこか透明感があり、屈んで手で触れてみると硬質ながらも微かに柔らかい感触が返ってきた。 壁には窓がなく完全に密閉され、見上げれば天井には何がしかの機械が設置されている。なるほど、そういったところを見るとここはやはり体育館ではなく訓練場、もしくは実験場、あるいは……。 と、そこまで頭の中で考えを巡らせてようやく窓のないこの部屋に機械が設置されているのが分かる程度には明かりがついていることを理解した。廃墟とされながらも電気は変わらず通っているらしい。 となると、私がここを訪れて最初に打ち立てた推測の確度はぐんと上がった。 「さて、推測が当たっているか試してみるか」 私は伊緒君に先んじて大部屋の中央へと歩き出す。 室内を歩く私を察知して――あるいは私に反応して――薄暗闇に某かの幻像が浮かび上がった。 幻像はおどろおどろしい化物であり、エイリアンであり、ロボットであった。 多種多様というよりは雑多に、統一性も無く、幽霊と呼ばれた幻像はそこに立っていた。 しかしその幻像は……。 「やはりこれは」 「キャーーーーーーッ!」 一拍遅れて、幻像が何であるかに気づいた伊緒君が絶叫を上げる。 ――それと同時に私は気づいた。 彼女の絶叫が先ほど私の上げかけた驚愕恐怖の絶叫ではなく……絶叫マシンに乗ったときのそれだということに。 振り返れば既に彼女は両手を振り上げて跳躍している。 跳躍の着地点は幻像の群れの真っ只中であり、私の眼前だ。 私が慌てて後方に駆け出すのと、彼女が着地代わりに両手を振り下ろしたのは同時であり ――次の瞬間には大部屋の床は完全に粉砕されていた。 ・・・・・・ かつて【家袋】の事件の折に久留間君に質問したことがある。 その事件で私は彼女の率いる久留間戦隊のメンバー、藤乃君の尋常ならざる防御力を目にし、気になって聞いてみたのだ。「他のメンバーも同様に何かに特化しているのかね」、と。 そこでメンバーの能力について色々と聞いたのだが、その中でも伊緒君について久留間君はこう語っていた。 「伊緒ですか? メンバーの中でも一番幼いですけど、単純な腕力なら戦隊でもピカイチですね。私と藤乃はこの屋敷のラルヴァを解体するのに十分くらいかかっちゃいましたけど、伊緒なら三分でやれます。車を叩けば百メートルくらい飛んだ後で爆発しますね。アラレちゃんみたいだと思いません?」 ・・・・・・ 笑う久留間君に「それは腕力ではなく破壊力だ」とつっこんだのを思い出したところで私の回想は終了し、私は目を覚ましていた。 どうやら少し気絶していたらしい。 「学者さーん! 生きてますかー! 意識ありますかー!」 「……そういうことを確認しなければならない事態だったのが分かる程度には」 自分の意思と関係なく寝転がった姿勢になっていた私は寝転がったまま視線を巡らせる。しかし、先刻はうっすらと見えていたはずの室内の様子が暗闇ですっかりわからなくなっている。どうやら崩れた際に光源をなくしたようだ。 「学者さーん! どこにいますかー! ぐりぐりぐりぐり!」 「痛い痛い痛い痛い、伊緒君踏んでる、私を思いきり踏んでる」 「あ! すみません! 暗いからわかりませんでした!」 本当か? 「兎に角、こう暗くては確認のしようもない。伊緒君、壁のどこかを壊してくれ。それで外の光が入ってくるはずだ」 「はい! てやぁ~~~~……イタッ!?」 伊緒君の悲鳴と、ガラガラという壁の崩れる音が響く。外光が室内に差し込み、視界が回復する。伊緒君は額を押さえていた。どうやらパンチか何かで穴を開けようとしたが暗闇で距離を誤って顔面をぶつけたらしい。……顔面でも壁を崩せているのが恐ろしいところである。 次いで私は自身と周囲の様子を確かめる。幸いなことに床は崩れてもそう深くは落ちていなかったようだ。そうでなければ重傷を負うか生き埋めになっていただろう。いや、それでも下半身が埋まっていた。幸い砕かれて小さくなった床の破片ばかりで重くも痛くもないが……頭の横に突き立っている尖った残骸を見てぞっとする。 「…………次からは周囲の人間にも気をくばってくれ」 「学者さんがあの程度も自力じゃどうにもできないへっぽこ人間なの都合よく忘れてました!」 「突然床が吹っ飛んだら一般人の99%はどうにもできないと思うのだが……」 私は伊緒君に引き起こされて小生き埋めから抜け出た。 「それで学者さん!」 「なにかね?」 「これ、何ですか!」 伊緒君は一面に広がる残骸をざっと指差した。 先刻も少し触れたようにそれらは床の破片だ。よくわからない材質で出来た不思議な質感の破片である。 しかしそれは床の表面だけの話だ。 床の内側、カバーとなっていた表面の内側には機械が並べられていたらしい。砕けているものが多いのでよくわからなくなっていた。しかし日の光で崩れる前よりも明るくなった室内で天井を見上げれば、天井に設置されていた機械がその残骸と似た形をしているのがわかった。 「……やはりな」 こうして確認するまでは本《・》物《・》の可能性もあったが、結局は私の推測どおりだったらしい。 「伊緒君、これが何か……そしてここが何だったのか。両方の答えがこれだ」 私は床に落ちていた残骸の中で比較的分かりやすく、かつ私が持てる程度に小さいものを選んで伊緒君に渡した。 「これって……カメラ?」 彼女の言うとおり、それはカメラのレンズ部分によく似ている。しかし、ある意味では真逆だ。なぜならそれは写すものではなく映すものだからである。 「プロジェクターだよ。昔の超科学技術で作られた立体プロジェクターだ。色々なものを映せる。幽霊も、だ」 「……へ?」 さすがに二十年近くも前の代物だし画像も荒かったな。目撃者が本物と間違えたのは、この双葉学園の生徒だから、といったところか。 「あの、結局どういうことですか!?」 「要するに、ここは幽霊屋敷ではなく……遊園地のお化け屋敷だ」 ・・・・・・ 私が那美君から聞いていたこの施設の概要は以下のようなものだった。 この双葉区、学園都市、そして双葉学園が設立されたころ、この街を設立した異能力者や日本政府は様々な苦悩を抱えていた。苦悩の多くは今回の件に関係ないが、一つ大いに関係がある苦悩があった。 それは、『子供たちをどう訓練すればいいかわからない』ということである。 二十世紀末に起きた異能力者の爆発的な増加により生まれた多くの幼い異能力者の受け入れ先であり、異能の制御とラルヴァとの戦い方を教える双葉学園にとってこの苦悩は不可避であった。 増加以前の日本にも異能力者の組織と訓練のノウハウはあったが、それらのノウハウはあまりにも多様であった新しい異能力者に対応し切れなかったのだ。 超能力、身体強化、魔術、超科学の四系統。さらには個人個人であまりにも異なる資質。古くからの訓練方法では多様すぎる生徒を持て余したのである。例えると野球やサッカーのコーチしかいなかったのにアメフトやセパタクローの選手を教えることになったようなものだ。 ゆえに設立者達はまず『どんな異能でも幅広く対応できそうな訓練施設』を目標に施設の設計と建築を行うことにした。先のスポーツの例えに繋げて例えると、技術ではなく基礎トレーニングに該当する施設の建設だ。 その一つが第二訓練場であり、施設のテーマは『ラルヴァと戦う心構えを身につける』である。 訓練をつんでラルヴァの討伐や撃退を行うよりも前に、予めラルヴァと戦えるだけの精神力を身につけさせるため第二訓練場は当時最新の立体ホログラフィを使って本物さながらのラルヴァを相手に訓練をつませようとした、のだが……。 設計者の目論見は失敗に終わった。 その理由は当時を知る那美君曰く、 「立体3Dだったのはすごいし、ちょっと感動した。だけど、触れもしないし画像荒いし半透明だし明らかに偽物だとわかってるもの相手に緊張感の欠片もない訓練して精神力が身につくわけないでしょ? きっとまだお化け屋敷に入ったほうが訓練になったんじゃない?」 とのことらしい。 それから後、与田技研の訓練ロボットの導入もあり、第二訓練場は使われることもなくなって閉鎖された。 今回の事件は閉鎖されて使われなくなった施設を解体する際に施設の詳細を教えていなかった学校側の不手際と、何らかの偶然によって施設の電源が入ってしまったことが原因だ。 幽霊などいなかったが、幽霊に見えるものがそこにあった。 目撃者の学生達が幽霊だと誤解したのは本物を知っているゆえに、である。一般人と違って本物の幽霊がいるのは周知の事実である彼らにしてみれば、それらしいものは幽霊に見えやすい。しかして正体は幽霊ではない。 幽霊の正体見たり枯れ尾花 それが幽霊と呼ばれるものの、四つ目である。 ・・・・・・ 事件が解決し、自宅に帰るころには夕飯の支度ができる時間を過ぎていた。 「ただいま」 「おかえりなさい」 「今日は何かあったか?」 「シズクとあそんでた」 「シズク?」 「おともだち」 「……そうか、それはよかったな」 いつの間にか八雲にも個人的な友人が出来たらしい。それを嬉しく思うのは親心のようなものだろうか。 リビングを見れば、二人分のコントローラが刺さったゲーム機と対戦ゲームの画面が見える。 シズクという友達の姿は見えないからもう帰ってしまったらしい。 「っと、八雲、遊び終わったならちゃんと電源を切っておかないと駄目だぞ」 「うん、わかってる。あそびおわったらでんげんをきる。…………あ」 リビングに戻ろうとした八雲はふと何かを思い出したように立ち止まった。 「でんげん、きりわすれてた」 「? だから今から」 「ゲームじゃなくて、えっと……どこだっけ? うん、うん、きゅうきょういくしせつのだいにくんれんじょう、でんげんきりわすれてた」 ……何だって? 「シズクとあそんでて、あそこのスイッチいれたけど、けしわすれてた」 「…………なるほど」 閉鎖されていた施設の電源が入るなど妙な偶然もあったものだと思ったが、そうか八雲があそこの電源を入れたのか。考えてみればあそこはこのマンションから歩いていける距離だ。 つまり昨日以前か今日の午前中のうちに八雲が中に入って電源を入れてしまい、それが原因で今日の昼に事件が起きた、と。通路の手形や落ちていた髪の毛も八雲のものか。 「けしてこなきゃ」 「どの道もう取り壊しているからな……」 というか、伊緒君が壊したからな、床ごと。 「今回は済んだことだが次からは気をつけるんだ。それと、あまり人気のない建物に入ってもいけない」 「気をつける。シズクもごめんなさいって」 ? 「え? ……うん、わかった。言う。えっとね、シズクがあそこで暮らしてたんだけど、住むばしょがなくなっちゃったからどこかあめかぜをしのげるいいばしょはありませんか、って」 「…………待て、八雲。ちょっと、待て」 ――心なしか部屋の気温が下がった気配がする。 心臓が早鐘を打つ。 第二訓練場の廊下に一人立っていたときよりも早く、強く、耳に音となって聞こえるほどに。 それでも、私は尋ねなければならなかった。 「そのシズクって子は……どこにいるんだ?」 「ハイジの後ろ」 怪物記 第十話 了
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ラノで読む イナズマヤッコ! あたし、双葉学園中等部二年B組「海野弥子《うみのやこ》」は水泳が好きだ。それはもう、他にやることがなければ常に泳いでいたいくらいに。実際には疲れちゃうから無理だけど。 そんな好きな水泳ができなくなった。 正確には「公式戦に出ることができなくなった」だけど。 一年のときからレギュラー目指して頑張った(半分はただ楽しいからだけど)のに「異能」に目覚めてしまった。 基本的に異能者はどんなスポーツでも公式戦に出ることはできない。なぜなら「異能による不正」の可能性がどうやっても排除できないから。正直、身体強化じゃなければ異能者でも関係ないじゃない! と思うけど、例外は認められないそうだ。確かに学園内だけならともかく、県大会以上に進出したら異能なんか使ったらあからさまにインチキだけど。 「あーあ……武道系はいいなあ……部活動も普通にできるし……」 世界の闇に潜む魔物たち「ラルヴァ」と戦う責を負うべく育てられる子供たちの学び舎「双葉学園」において、異能者はその戦いの最前線へと赴く戦士。当然、より有用な異能を持ち、高い戦闘技術を持つことが美徳とされる。武道系の部活などはそういった戦士が己を鍛えるためにもってこいで、部活動中の異能使用も大体において認められている。 だけどスポーツだけは異能を持っていてはダメなのだ。 「あたしの異能なんてちょっと電気が出るだけなのに……」 手のひらを見つめて少しだけ力を込める。すると自然に魂源力が働いて、あたしの手はぼんやりと黄色く光り、パチパチと小さな火花が散る。怖いから全力を出したことはないけど、こんなのちょっと強い静電気みたいなものだ。何の役にも立たないし、戦うことなんてできない。多分。 「もー、何で異能なんか発現しちゃうかなあ!」 と、一言大きく文句言ってからを、あたしは座り込んでいた土手の斜面にバッタリと倒れる。川辺の「猫場」としてちょっと有名なその場所から見上げる空は高く、どこまでも青かった。 「ヤッコ!やっぱりここにいた……」 不意に頭上から降ってきた声に見上げると、あたしのクラスメイトであり部活仲間、さらにいうと親友の「瀬戸内夕波《せとうちゆうなみ》」愛称「ユウ」の姿があった。その顔はちょっと心配そうにゆがんでいる。それもそのはず、あたしが異能を発現したショックで教室を飛び出したからだ。 ユウは土手を降りて、大の字に寝転んでいるあたしの隣にゆっくりと腰を下ろす。 「ごめんねユウ、心配させて」 「いいよ。ヤッコの気持ち、わかるもん」 今まであんなに頑張ってたんだから、と言葉を続け、謝罪するあたしを許してくれるユウ。彼女はいつも優しい。それに美人だし、髪も綺麗な黒だし、肌も白い。 あたしはというと、髪は塩素ですっかり茶色(というかもうオレンジ)でパサパサ(短いけどくくってないとブワッとなる)、肌はこんがり焼けている。同じように部活をこなしていてここまで差が出るとは、神様はとても不公平だ。 (でも一緒にいると自然体でいられるんだよねえ) あたしはそんな事を考えながらユウの横顔を見つめる。 「私がこんなこと言うのは違うかもしれないけど……公式戦に出られなくてもヤッコが速いことはみんな知ってるよ。レギュラーの先輩たちにも負けないくらい速いって」 あたしを慰めるためか、ユウはそう言った。確かに先週のタイム測定ではコンマ単位まで迫れていたし、頑張っていたって自負もある。 (だけどそう簡単にはわりきれないよねえ。だってずっと水泳のことばかり考えてたんだから) 「ありがとね、ユウ。そろそろ教室帰ろうか」 だからといっていつまでもユウに心配させておくわけにもいかない。ちゃんと割り切るまでにはまだしばらく時間が必要だと思うけど、それはこれから考えていこう。そんな風に考えながら、あたしはユウにそう声をかけた。 * それから一週間。あたしは通常の授業内容から異能者向けのカリキュラムに変更させられ、変更にともなう一部授業のまとめと、新たに受講する教科の説明などを受けるために放課後まで拘束され、まったく部活に参加することができていない。その結果、水泳から離れて、これからどう異能と付き合っていくかを考えることが多くなっていた。 ちなみに変更のかかった教科で一番いままでと違うのは「異能戦闘教練」 これは読んで字のごとく異能を使って戦う方法を習うもの。幸い中等部では異能の基礎的な用法や初心者向けの武術を教わるに留まっている。いきなり本格的な戦闘なんてできるはずもないから当然といえば当然だ。体を動かすのが好きなあたしだけど、やっぱり殴ったり蹴ったりは怖い。 (でも双葉学園《ここ》で暮らしていくには異能者は戦わないわけにはいかなんだよねえ) だけど戦うといっても何の目的も持たない私には、やはりピンとこないという思いが強かった。 「あ、ここだ」 色んな事を考えながらノロノロと歩いていたあたしだったが、目的地にたどり着いたのに気づき足を止める。目の前のドアに貼り付けられているプレートには「異能力研究室」その下に「講師・稲生」と書かれていた。何でも長いこと異能について研究している先生の受け持っている講座で、その手の授業には珍しく堅苦しくないと評判だそうだ。あたしは急に異能を発現したということで、担任の先生にここに行ってみる様にと薦められ、授業が終わってから研究棟に足を運んだのだった。 「失礼しまーす」 あたしはドアを軽く二回ノックしてからノブを回し、そう断りながらそっとドアを開ける。するとその先には小さなすりガラスの小窓のついたパーテーションが立っていて、室内がすぐには見えないようになっていた。そのガラス越しに人の影が動き「どうぞ」と声がかかる。その声に促され、あたしがパーテーションを回り込んで室内に入ると、そこには優しそうなおじさんがいた。 (この人が稲生先生かあ。……三十台半ばくらいかな?ちょっとかっこいいかも) 思わず相手を値踏みしてしまうあたし。でも思春期の女の子だから仕方ないよね。 「こんにちは」 「はい、こんにちは。どうぞ、好きな所に座ってください」 あたしが挨拶すると先生は微笑んで答え、三人掛けのソファを手で指し示す。いかにも来客用といった感じだけど、ソファの前のテーブルは半分くらい何かの書類で埋まっていた。普段、ほとんど紙の束を見ることのないあたしは、その様子にちょっと驚いてしまう。 (こんなにいっぱい紙が重なってるの見たのは久しぶりかも。もう何ヶ月も前に行ったきりの図書館で見たのが最後かな?) 少しの間そんな事を考えてから、あたしはソファの端っこに座る。すると間もなく稲生先生が両手にグラスを持って歩いてきた。 「どうぞ」 「あ、ありがとうございます」 先生がテーブルのあいたスペースに置いたグラスには、冷えた麦茶が注がれていた。 「あ、肉球だ!」 グラスを手に取ると、麦茶越しに底面のプリントが目に映る。それは動物の肉球だった。よく見るとグラスそのものも猫の足を模していて、底面付近は猫のつま先そっくりのかわいらしい曲線を描いていた。 「先生、猫好きなの?」 「うん、好きだよ。この島は猫が集まる場所もあるし、餌付けしても怒られないから良いよね」 「あたしも猫好きなんだー。なでたらフワフワしてて柔らかいのがいいよね!ニャーっていうし!」 先生が猫好きだとわかって思わずはしゃいでしまうあたし。先生はそんなあたしに笑顔で答えてくれた。 「ところで異能の事を聞きたいんじゃなかったかな?」 「あ、はい。そうでした……」 しばらく猫の事で話し込んでしまっていたあたしは、先生にそう言われて異能力研究室を訪ねた本来の目的を思い出す。 「ええと、異能を発現してカリキュラムとかも変わっちゃって正直どうすればいいのかよくわからないんです。それで何から手をつければいいのかなあ……って」 「なるほど。異能者になったばかりの子達がそういう風に悩んでるのはよく見るね。だけど特に何かをしなきゃいけないって事はないんだよ」 あたしの漠然とした不安を告げると、先生から帰ってきたのはとても意外な言葉だった。 「え?でも異能者はラルヴァと戦ったり何か特殊な仕事したりしなきゃいけないんじゃ……」 「うん、まあそういうことになってるね。でもね、君たちは異能者である前に学生だ。学ぶべき事も沢山あるけれど、やりたい事だって沢山あるだろう。もちろん、異能を行使するならそれについてしっかり把握しておく責任はある。だけど、まずやりたい事をしっかりやって、その中で異能のことを少しずつ考えていけば良いと思う」 さらに食い下がるあたしの言葉を受けて、先生は丁寧に答えてくれた。あたしは正直、予想してもいない話をされて驚いたというか拍子抜けしていた。てっきり「何々をしなさい」みたいに、これからやることを指示されるものだと思っていたからだ。 「海野くん、君がいま一番やりたいことはなんだい?」 「え?ええと……泳ぎたいです。あ、えっとあたし水泳部なんですけど、異能者になっちゃってバタバタしてたから部活いけてなくて……。でも異能者だとスポーツは……」 いきなり問いかけられてあわてるあたし。やりたいことって言われると、やっぱり水泳が浮かんでくる。だけど、どうあがいても公式戦に出られないことは変わらない。今まで何度も考えたけど、それじゃあみんなの邪魔になってしまうんじゃないだろうか。 「確かに公式戦には出られないかもしれない。でも、それが好きで楽しい事、やりたい事なんだったら続けていいんだよ。目に見える成果は残らないかもしれないけど、君がやっていたこと、頑張っていたことはきっと誰かが見ていてくれるはずだ」 戸惑って言葉に詰まるあたしに、先生はやさしく話を続ける。 (ユウが言ってくれたのはそういう事だったんだ) あの時のユウの言葉はなぐさめだけじゃなくて、見てくれてる人がいる、異能者かどうかなんて関係なくただ「友達」でいられるって事だったんだと、先生の言葉であたしはようやく理解した。 「先生、ありがとうございました!失礼します!」 気づくとあたしは勢いよく立ち上がり、先生に頭を下げてから駆け出していた。 (ユウにもう一度、ちゃんとありがとうって言おう) それから部の皆とちゃんと話をして、今までと同じように泳ぎたい。 そんな風に考えながら、あたしは走る脚に一層、力を込めた。 * 「それにしてもヤッコが異能者になっちゃうとはねえ」 「だよねー」 部活が終わり、先に上がった先輩たちのいなくなった水泳部の更衣室で着替えながら、誰かがそんな事を話し始める。ここ一週間は、異能者になってしまったヤッコの話題が多い。いわく「早かったのはこっそり異能を使っていたからじゃないか」 いわく「異能で他人の妨害をしていたんじゃないか」 毎日、うんざりするほどの陰口が繰り返されていた。 (ヤッコがそんな事するはずない。だって誰より水泳が好きな子だもん) 私は口には出さず、頭の中でそう反論する。これもあの日からずっと繰り返していることだ。本当は言葉で反論したい。私のことを親友だと信じてくれているヤッコの名誉を守りたかった。だけど、私にはその勇気がない。 女の子のグループでは、少しでもはみ出したものは容赦なく攻撃の対象にされる。今回のことでヤッコはその対象になっていた。ここで彼女を擁護する発言をすれば私も同じことになるだろう。それが怖くて何も言えないでいた。 「でもさあ、ヤッコがいなくなって一番いい目見てるのはユウだよねー」 「え?」 黙って着替えていた私の背中に投げかけられた言葉に、思わず驚き振り向いてしまった。 「だってそうじゃない?ヤッコはレギュラー確定だったから、あの子が消えたら次に速いユウが選ばれるってことでしょ」 「だよね。ホントは内心よろこんでんじゃない?」 「そ……!」 そんなことあるわけない。そう言おうとした私の声をさえぎる様に、更衣室のドアが勢いよく開かれた。 「皆おつかれー!」 ドアの向こうから現れたヤッコは、室内にいる部活仲間に明るく声をかける。 来ないと思っていた相手が現れたことに驚き、その場にいる全員が押し黙った。 「あ、あたしバイトあるから先、帰るわ。じゃーねみんな」 が、「水原美香《みずはらみか》」がすぐに口を開き、脱いでいた水着とタオルを乱雑にバッグに詰めると、ヤッコとは目もあわせようとせずそそくさと更衣室を出て行く。彼女は率先してヤッコの陰口を言っていたから、ばつが悪かったのだろう。 ミカに押しのけられるようにして室内に入ってきたヤッコは、不思議そうな顔をしながらしばらく彼女の去っていった方を見つめていたが、思い直したように振り向くと私に向かってニッコリと笑顔を見せた。 「ユウ、こないだはありがとうね。さっき異能の先生のところで話したんだけど、ユウが言ってくれたことと同じこと言われたよ」 ヤッコはそう言いながら小走りに駆け寄ってくると私の手をとり「ありがとう」と改めて口にする。 毎日この部屋で繰り返されるヤッコへの陰口を止める事さえできなかった私を、彼女は笑顔でまっすぐに見つめてくれる。 「ヤッコ……」 ごめんなさい。あなたは私のことを信じていてくれたのに、私はあなたの名誉を守ろうとすることさえできませんでした。そう言おうとした私の言葉は、漏れ出した嗚咽に押しとどめられて声にならなかった。 「ゆ、ユウどうしたの!?何かあったの?」 突然なきだした私に驚きながらもヤッコは私のことをいたわるように言葉をかけてくれる。それが嬉しくて、申し訳なくて、私は一層おおきく声を上げて泣いてしまった。 「あ、あたしも帰るわ」 「あたしも」 そんな言葉が聞こえたあと人が出て行く気配がして、室内には私とヤッコだけが残された。ヤッコは泣きじゃくる私を、髪に残ったプールの水に濡れるのも構わず優しく抱きしめてくれた。 「この子だけ群れからはぐれてるんだよねえ。なんで仲間に入れてもらえないんだろうね。ねーソックス」 ヤッコは少し寂しそうにそんなことをつぶやきながら小さな猫の頭をなでる。彼女が「ソックス」と名づけたその猫は、ほとんど真っ黒の体に手足の先だけ白い。なるほどまるで白いソックスをはいているようだ。ヤッコの言うとおり、この場にいる他の猫はソックスを遠巻きにするだけで近寄ろうとはしない。 私たち水泳部員二年は、部活後、この部室棟裏の「猫場」をおとずれては度々猫たちと戯れていた。最初はソックスもその数匹の群れの中にいたが、いつの頃からか一匹だけ敬遠されるようになっている。何が理由かはわからないが、特に威嚇するでもなく、ただ距離をとっているだけのようだ。 彼の境遇に同情したからか、ヤッコは特にソックスをかわいがるようになっていた。そしてソックスも彼女に懐き、最近ではたまに部室にまで遊びに来る事もある。ヤッコが異能を発現してから部室に顔を出さなかったこの一週間の間も何度か訪問を受け、部員たちは彼を笑顔で歓迎していた。しかしヤッコがいるといないとではソックスの滞在時間は目に見えて差があった。彼女がいるときの方が長くくつろいでいた事は言うまでもない。 「ヤッコ、ごめんね」 私はやっとの思いでそれだけの言葉をのどから搾り出す。彼女の知らない事とはいえ、私はずっと彼女の信頼を裏切り続けていたのだ。そんな私にとっては、たったこれだけの言葉を発するのにも大きな勇気を必要とした。 あの後、部室を出てからすでに十分以上の時間がたっている。その間ヤッコは何も問わず、ただ私のそばにいてくれた。 「ううん、謝らなくていいよ。何があったのかはなんとなくわかるし、多分ユウのほうがずっと辛かっただろうから」 彼女はソックスを抱き上げながらそう言うと。 「この子みたいに群れからはぐれちゃってもあたしにはユウがいてくれるし、ユウにはあたしがいるよ。それに皆ともちゃんと話せばきっと仲直りできる。だって今まで一緒に頑張ってきた仲間だもん」 と、そう続けた。 「うん」 私はまた泣きそうになるのをぐっとこらえて答える。 考えてみればこの一週間まともに皆と話していなかった。もしかしたら私も意固地になっていた所があったのかもしれない。だからヤッコの言うとおりに皆と話してみよう。そうすればきっと何とかなる。 ヤッコの優しい笑顔を見ながら私はそう思った。 * 翌日の放課後、あたしはユウと一緒に部室に向かっていた。もちろん水泳部の皆とちゃんと話すためだ。ユウには「ちゃんと話せば仲直りできる」なんて自信ありげに言ったけど、本当は話を聞いてもらえないんじゃないかという不安もある。それでもやっぱり話さないことには何も始まらない。あたしはそう考えていた。 間もなく部室棟に到着という所で、あたしは目に映る風景がいつもと違うことに気づいた。部室棟の階段付近に十人程度の人垣ができ、なにやらバタバタと人が動き回っている。よく見るとそれは水泳部の仲間たちと腕に緑の腕章をつけた学生だとわかった。ユウもそれに気づいたらしく「風紀委員?何かあったのかな」と、少し不安げに話しかけてくる。確かに風紀だとすれば何らかの事件・事故があったのだろうと想像がつく。 少しして、話しながら近づくあたしたちに気づいた部員で同学年の二人、「谷本鈴《たにもとすず》」と「古川友美《こがわともみ》」が駆け寄ってきた。二人の表情は苦虫を噛み潰したように渋い。 「ねえ、これ何? 部室で何かあったの?」 あたしは無言の二人にそう問いかける。すると。 「ミカが階段から突き落とされた」 スズの口から出たのは、そんな予想もしない答えだった。 「瀬戸内夕波だな。少し聞きたいことがある。風紀委員詰め所まで同行してくれるかな」 呆然とするあたしたちに、二人に遅れて歩み寄ってきた風紀委員がそう声をかける。いや、声をかけたのはあたしたちにではなく、ユウだけにだった。 「え? ちょ、なんでユウを」 「今しがた部室棟の階段から突き落とされた水原美香が、彼女に突き落とされたと言っているからだ。」 突然のことに不満を口にするあたしの言葉をさえぎって、風紀委員はユウの方を見ながらハッキリとそう告げた。 * 「逢洲先輩! ユウはずっとあたしと一緒にいたんですよ!」 「わかった、わかったから少し落ち着きなさい」 部室棟の前で風紀委員に連れて行かれるユウを放っておけなかったあたしは、なかば無理やり風紀委員詰め所についてきていた。 最初は別の風紀委員がユウを詰問しようとしていたが、風紀委員長が現れそれを制止した。彼女とは「猫場」で何度も顔をあわせていたので気を遣ってくれたのだろう。だが、ユウに嫌疑がかけられて興奮していた私は思わず声を荒げてしまった。 「すいません……」 少し困った顔でなだめる彼女の様子に、申し訳なくなったあたしはうつむいて謝罪の言葉をつぶやく。 「心配しなくて良い。これは形式的なことだから、彼女を捕らえてどうこうということではないよ。部室棟の防犯カメラにも彼女の姿は映っていなかったしね」 あたしたちを安心させようとしてか、先輩は優しく微笑むとそう言う。 「え?じゃあなんでユウを呼んだんですか?」 「それは他の者からも説明があったと思うが、水原美香が彼女に突き落とされたと証言しているからだ。当事者が言うことをまったく調べないわけにもいかないだろう?」 あたしの疑問に答えた先輩の言葉は確かにもっともな事だった。考えてみれば、知人だからといっていちいち同情していては風紀委員なんて務まらないだろうとも気づく。 「じゃあ……事故って事ですか?」 「その可能性は高いだろう。現場では特に異能が使われた形跡もなかったし、ラルヴァも感知されていない。……だが、それ以外の可能性が否定される確たる証拠もなかった。だからこの件はまだしばらく調査を続けることになるだろう。また君たちにも何か聞くことがあるかもしれないが、その時はよろしく頼む」 これで終わりかと問うあたしに、先輩は遠まわしに「NO」と答える。その説明は理路整然としていて、異論を挟む余地はなかったし、彼女があたしたちに気を遣ってくれている事もよくわかった。 隣に座るユウに目を向けると、詰め所に来たときの不安げな様子もすっかり消え、落ち着きを取り戻している。あたしと目が合うと、ユウは微笑んで小さく頷く。 「こちらの話はそれだけだ。二人とも面倒をかけたね。気をつけて帰ってくれ。ああ、それから水原美香の怪我は軽いそうだから心配しなくて良い」 そんなあたしたちの様子を確認したのか、逢洲先輩は微笑んで帰宅を促した。 「何もなくてよかったね」 「うん」 風紀委員詰め所から出たあたしたちは、顔を見合わせるとホッと胸をなでおろす。 辺りはすっかり薄暗くなっていたが、あたしたちの住む寮は中等部からは割りと近く、中等部そばの風紀委員詰め所からもそれほど距離は変わらない。あとは気をつけて帰るだけだ。 「じゃあ帰ろうか。ミカとは明日、直接話そうよ」 「そうだね……」 あたしがそう言うとユウは少し不安そうな顔を見せたが、すぐに頷くとそう答えた。 「よし!寮までダッシュだ!」 「え!?ちょ、ちょっとヤッコ!」 あたしはニッコリと笑うとユウの手をとり、一気に帰路を駆け出した。 * 翌日の昼休み、あたしはユウと一緒にミカのクラスである2-Cに来ていた。もちろん、ミカとちゃんと話をするためだ。 あたしとユウは彼女を探すべく開きっぱなしのドアから顔を突っ込んで教室内を見回すが、ミカの姿は見当たらない。 「あの、誰かにご用ですか?」 そんなあたしたちの様子を見て一人の女子が声をかけてくる。綺麗な金髪にこれまた珍しい金色の瞳のかわいい外人さんだ。 「あ、えーと確かメイジーちゃん?」 「はい」 何度か2-Cに来たとき耳に入っていた記憶を頼りに彼女の名前を言ってみる。どうやら間違っていなかったようで、笑顔で返事が返ってきた。 「メイジーちゃん、ミカどこに行ったか知らない?水原美香」 「あ、水原さんは今日はお休みですよ。昨日、怪我してまだ調子悪いそうです」 「そうだったんだ……」 あたしがした質問への答えはちょっと意外なものだった。 昨日、逢洲先輩に聞いた話では怪我は軽いということだったから、学校にこれないほどのものだとは思っていなかった。 だけど目当ての相手がいないならどうしようもないと、あたしたちはメイジーちゃんにお礼を言うと2-Cを離れた。 * 放課後、あたしとユウは昨日と同じように連れ立って部室棟に向かっていた。 昼休みに2-Cを訪ねた後、あたしはミカに連絡を取ろうとしたが、携帯を鳴らしても出てもらえなかった。だからまた後で直接お見舞いに行くということにして、とりあえず他の皆とも少しでも話をしておこうと考えたのだ。 しかしあたしたちの目的はまたも阻まれた。あろうことか部室棟前には昨日と同じように人垣が出来、それを構成する人もほぼ同じだった。ただ一人を除いて。 呆然とその様子を見つめるあたしとユウに気づいたスズが、やはり昨日と同じ、いやさらに厳しい表情をして歩み寄ってくる。その後ろに続くのは逢洲先輩だった。 「スズ……まさかとは思うけど」 「トモが階段から突き落とされた」 人こそ違うが、予想通りの言葉を聞かされてあたしは絶句する。 「瀬戸内夕波。被害者……いや、古川友美はキミに突き落とされたといっている。昨日の水原美香と同じに」 黙りこむあたしたちに逢洲先輩がそう告げる。ご丁寧にここまで同じだ。 「ユウ! あんた、あたしたちに仕返ししてるんじゃないの!? そりゃみんなしてヤッコの陰口言ってたけど、だからって階段から突き落とすことないじゃない!」 突然、スズがユウ向かって大声を上げつかみかかる。その声音は怒りと恐怖に満ち、蒼白な顔の中で目だけが赤く血走り、まぶたには涙が浮かんでいた。 「やめなさい!」 明らかに異常な様子のスズを逢洲先輩が制止するのと同時に、あたしもユウをかばうように抱き寄せた。怒声を浴びせられたユウはあたしの腕の中でガタガタとふるえている。それもそうだろう、いわれのないことで罪を着せられ罵られたのだから。 逢洲先輩ともう一人の風紀委員に連れられスズが遠ざかっていく。その姿が見えなくなった頃、ついにユウの体から力が抜け、その場にガックリとくずおれた。 「彼女のことは私に任せてくれないか?」 倒れたユウを保健室に運び込んだ私に、後から現れた逢洲先輩がそう切り出す。 「監視……ですか?」 「……直裁にいえば、そうだな。ここまで事が大きくなっては立場上、誰かに肩入れするわけにはいかないしね。……だけど、キミたちの仲の良さは多少は知っているし、そう簡単に相手の信頼を裏切ることをするとも思えない。だから彼女を私のそばで保護して、何かが起きても起きなくても、潔白を証明する方がいいと私は考えている」 あたしの険しい口調を柳に風と受け流し、先輩は自身の見解と事件への対策を述べた。彼女の言葉はキッパリとしたものだったが、厳しさはなかった。 「ごめんなさい。……ユウのこと、よろしくお願いします」 あたしは先輩に深く頭を下げると、そう答える。彼女はあたしたちの事をちゃんと考えてくれていると、よくわかったからだ。風紀委員長といえば沢山の仕事があるだろうに、ここまで言ってくれることに対する申し訳なさもあった。 顔を上げると、逢洲先輩は優しく微笑んで小さく頷く。 「あの……先輩は今回のこと、どう思ってるんですか?」 「……そう、だな。昨日と同じで防犯カメラには古川友美一人しか映っていなかったし、やはり異能もラルヴァも感知されていない。そうなると残された可能性はさほど多くはないと思う。本当にただの事故か、異能による洗脳か、あるいは異能もラルヴァも関わっていない何らかの仕込があったか……こんな所だろう」 突然の質問に少し思案顔を浮かべた先輩だったが、これまでの事を包み隠さず話してくれた。しかし、その内容は「まだ何もわかっていない」も同然だということだった。 あたしはその後、ユウが目を覚ますまで付き添い、改めて逢洲先輩に彼女のことを頼むと保健室を後にした。 すっかり陽の落ちた帰り道は昨日よりもずっと暗く感じられた。 イナズマヤッコ!2へ トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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難波 那美は急いでいた。 その瞳には炎がともり、その歩みには意志の強さがありありと浮かんでいる。 この機会を逃せば次は一ヵ月後になるという事実が彼女をそうさせている。 この戦に負けるわけにはいかない、人として、女として、彼女の誇りがそうさせるのだ。 小松 ゆうなは急がされていた。 彼女の憧れである六谷 純子に、仕事終わりにいいところにつれてってやると言われたのをこれ幸いとついて来たのだが。 どうにも純子の様子がおかしい、目は獲物を探す虎のように飢え、歩く姿はまさに猛獣。 何が先輩をそうまでさせるのか?それすら分からないままにたどり着いたその先。 語来 灰児は急ぎたくなかった。 あの時の自分の発言を今でも悔やんでいる。 何故自分はああも簡単に仕事を手伝ったらどこか近場に連れて行ってやるなどと言ってしまったのか。 確かに仕事自体は本当に早く終わったものの、さぁ車を出してください今すぐにさぁ行きましょうさぁさぁさぁと急かされて。 早瀬 速人は急がざるをえなかった。 彼の特性「加速」を生かした最高の仕事、それはパシリである。 彼はそれを望んでいないものの、周りが彼にそう望む。 泣き、怒り、叫びながら、紅いマフラーを翻し、風よりも早く駆け抜ける。 彼女達は今、双葉学園都市中央区に燦然と輝きながら聳え立つ、健康ランドの前にいた。 学園都市健康ランド「双葉の湯」にはとある特別なコースがある。 魂源力を扱える珍しいマッサージ師が月に一度、お一人様限定で施す特殊なマッサージ。 滋養強壮、美肌効果、デトックス、痩身効果、風の噂では若返りまで。 とにかく体にいいことこの上なしのこのマッサージを巡り、今まで数多くの血と涙が流されてきた。 そして今宵も戦が始まろうとしている。 この健康ランドの券売機は4つあり、そのうちの1つが食事用、もう1つが入浴代金や散髪所用の券売機、最後の1つがシャンプーやバスタオルなどの入浴用品販売用。 そして最後の1つ、なぜかこれだけ離れた位置に設置されたこの券売機にはたった一つのボタンだけが設置されている。 これこそが彼女達の目的の地「特別マッサージ券」発売専用券売機である。 学園都市の英知を結集し、核弾頭の直撃にも耐えうるとのお墨付きの特別製のそのボディからは、幾多の女性たちの血と涙を吸ったかのように鈍く輝いている。 明らかに場違いなその券売機の前に並んだ更に場違いな4人の人々。 全員が誰の目にも明らかな程に殺気や執念、人間が出来うる限りの闘争本能をその体から発揮させている……訳ではなく。 まるで戦場を潜り抜けてきたかのような目をしている2人の女性に挟まれた速人はなんだか泣きたい気分になってきている。 ゆうなは健康ランドに入ると同時に巻き込まれたくなければここにいろと休憩スペースに置いてけぼりをくらい、何が起こるのかと不安げな面持ちである。 灰児に至っては触らぬ神に祟り無し、と完全に傍観者に回ることを決め込んだ。 リリエラだけはいつもの調子でオーラの渦中にたたずんでいるが、彼女からも若干ながらの殺気に近いオーラは漂っている。 それぞれ目的はただひとつ、特別マッサージ券 税込価格五千円である。 既に戦の気配を感じ取った出来る店員は店内放送にてプランBの発動を要請している。 ちなみにこのプランB、簡単に言えば総員退避である。 戦はここから始まっている、券の発売は決まって午後八時から、買えるのは一人だけ、券売機に入るお金は五千円札一枚のみ。 ピンと張った樋口一葉を携え、臨戦態勢で構えるのは三人。 事前情報もなく、とにかく券を確保せよとだけ言われて追い出された速人の今の手持ちは二千八百十五円。 時刻は現在午後七時五十七分三十秒。 地獄の門が開く時はすぐそこまで迫っていた。 蛇蝎 兇次郎は浮かれていた。 口笛でも吹きながらスキップでもしたい心境である。 彼とて人の子、楽しみにしているものがあればうきうきと気持ちも高まるのは仕方が無い。 彼が月に一度の贅沢として自分に許している健康ランド通い、今日がその日であった。 畏委員会の親睦も兼ね、三人一緒に行くことになったのは意外ではあったが、喜びを仲間で分かち合うのも悪くは無い。 笑乃坂 導花が妙に殺気立っているのに気づかなかったのを、彼はこの後に後悔することになる。 時坂 祥吾は間が悪かった。 彼の家の風呂釜が壊れ、配管工を呼んでみたはいいものの、結局修理しても使えるのはは明日になる。 大きいお風呂!とても楽しみです!とわいわい準備する妹とメフィストフェレスを見ては文句も言えず。 仕方なくバスに乗って30分ほど、最寄のバス停から歩いて10分。 彼らは今、双葉学園都市中央区に黒煙を上げながら鳴動する、この世の地獄の前にいた。 「ここは地獄か?」 兇次郎の感想はその一言に尽きる。 何が起きたらこうなるのかがまるで分からない。 まるで局地的にハリケーンでも発生したかのような大惨事に、彼が真っ先に思ったのはラルヴァの仕業であった。 この惨事もラルヴァが行ったものならば納得がいくというもの。 それならば、ラルヴァを導花が退治し、その戦果を自分達の手柄に出来ればあの腹立たしい生徒会長に一泡吹かせるまたとない好機であるのもまた事実。 持ち合わせた計算能力をフルに使い、完璧なシナリオを組上げ終えた彼が見た光景は。 肝心の導花がその騒動の中心でさらに被害を広げているという、悪夢に近いモノだった。 灰児はこの騒ぎを被害が及ばないであろう安全な距離で、安全な場所を確保して待機している。 既に従業員すら退避したこの戦場の中心に自分がいるという現実はともかく、害が及ばないならば傍観してもいい気がしているのもまた事実。 特に成人した異能力者の戦闘を間近で見るのはあまり無い機会でもある、今後彼女達と仕事をする可能性も考慮し、尚且つ助手がこれで少しは大人しくなってくれれば一石二鳥。 「いやぁ、皆さんお強いですね、困った困った」 「だから止した方がいいと言ったんだ、普通に入っていればこんな騒ぎに巻き込まれなくても済んだというのに」 「いやぁ、だって気になるじゃないですか?それにほら、センセだって隣にいる助手が可愛い方がいいに決まってますしー」 「少し黙っていてくれないか、リリエラ……」 彼とリリエラは衝撃で倒れた自販機の裏で、嵐が過ぎるのをただただ待っていた。 那美はこの騒動の中心地で、一歩も引かぬ好敵手たちと死闘を繰り広げている。 彼女達もまた、美の為には何を犠牲にしても構わぬという信念の元に集った戦士なのだ、手加減は必要ない。 持てる力、異能を存分に使い、実力を持って敵を排除する。 何所から来るのかよく分からない自信を胸に、那美の『荒神の左手』が空間をつかみ、あらゆる物を握りつぶす。 もしかしたら加減を間違えて流血沙汰になるかもしれないなどといった考えは微塵も無く。 今の彼女の全ては、マッサージだけに向けられていた。 「わぁ、凄いですね、健康ランドってこんなに激しい運動を提供してくれるんですか?」 「いや、これは絶対違うって!ていうかどう考えてもおかしいだろ!」 「うわー、これは凄い、いや、ひどいかな?」 祥吾たち3人は騒ぎの中心地から最も離れた位置から傍観している。 「お兄ちゃん、どうにかしてパパっとやっつけてきてよ」 「無茶言うな!あそこにいる人達、全員俺より明らかに強そうだぞ!」 「祥吾さんならきっと大丈夫です!」 「寧ろお前がどうにかしますって立場じゃないのか!?」 時坂祥吾は、とにかく間が悪かった。 「『Cannonball』FIRE!」 純子の異能力、キャノンボールはシンプルかつ強力な遠距離攻撃である。 自身をボーリング玉大ほどの砲弾を高速で発射する砲台とし、対象物を爆破するというこの能力、並のラルヴァならば確実に一撃でしとめ切れるだけの破壊力を持ち合わせている。 だが今の相手はラルヴァではなく、学習し、自らもまた異能力で反撃してくる人間たちである。 「ちぃっ!!」 那美の能力である「荒神の左手」は射程距離内にある物を握りつぶす能力。 この健康ランドの大広間の半分ほどをフォローできる射程距離はあるものの、純子のキャノンボールに対応するため、精度向上の為に射程距離の短縮を余儀なくされているのが現状である。 また、握りつぶしても対象物がなくなるわけではなく、キャノンボールの砲弾はまっすぐこちらに向かって飛んでくるので、あくまでも避けやすくなる、といった使い道しか出来ない。 那美のコートに砲弾がかすり、焦げ臭い匂いが立ち込める。 目標にあたらなかった砲台はそのまま直進し、無人のフロントを爆砕した。 「まったく、これですから野蛮な人たちには困りますわ、そうまでしてマッサージを受けたいだなんて、御自分の容姿が衰えているのを認めている証拠……」 「そういうあなたこそ、随分と必死こいてるじゃない?そんなに若いのにマッサージに頼らざるをえないなんて、将来がかわいそうでお姉さん涙出てきちゃうわ」 「っく……ふふ……そうですか……そんなに血が見たいのでしたら!お望み通りに切り刻んでさしあげますっ!!」 導花の異能によって限界以上に研ぎ澄まされた食事用のナイフやフォークが宙を舞い、那美や純子を掠めて壁や床に深々と突き刺さる。 「図星を突かれてムキになるとは、やはりまだ子供といったところか」 「同感ね、大人は一々悪口なんか相手しないものよ」 「言わせておけばよくもまぁ!!」 女三人寄ればかしましい、とは言いえて妙なものである。 「俺、どうすりゃいいんだろうなぁ」 速人は健康ランドの駐車場で、スポーツドリンクをちびちびと飲みながらたそがれている。 既に全従業員や、先ほどまで休憩所にいた人々が乗ってきた車は退避しているのか、広々とした駐車場には10台に満たないほどしか車が無い。 そのうちの一台は妙に仰々しい形状をしているし、その周りだけゴムが焦げたかのような匂いが立ち込めている。 よくよく見ればその中にはなぜかメイドさんが微動だにせず待機している。 何でこんなところにハリウッドからやってきたような車が?しかも何故メイドさんが? 双葉学園の最強の7人、醒徒会の庶務である彼とはいえいまだ中学生、理解できないことはこの世の中にまだまだ多い。 そんな世の中の不可思議さに打ちひしがれている速人の元に、同じく醒徒会所属の書記である加賀社 紫穏が歩み寄ってきた。 ちなみに彼女が速人をパシリに使った張本人である。 「あっれー?何やってんの早瀬君、チケット買ってくれた?」 「あぁ……紫穏先輩か……無理無理、あれ見ろって」 そういわれて見上げたその先には、窓が割れ、壁には大きな穴が空いてしまった、見るも無残な健康ランドの勇姿であった。 「うわ、これ何がどうなるとここまでボロボロになっちゃうわけ?」 「中を見てみれば分かるぜ……異能力実戦訓練の百倍くらいに命の危険があるからさ……」 「……まぁ、なんとなくは分かるけど……私と早瀬君の力を合わせれば、案外上手くいくと思うよ?」 「力を合わせる……?」 「そ、簡単な話よ」 「まぁ、種も仕掛けもございませんって所ですか」 「早瀬君のスピードはもはや人類最速の域よ、それを私が強化してやればもはや光すら超えてウラシマ効果が発動するかも!」 「人間がマッハを越えると衝撃波でズタボロになるって本当なのかなぁ……」 加賀社 紫穏の異能力、それは触れた相手の身体能力や異能力の純粋な強化である。 この能力を使い、速人の異能力を強化すればたとえどのような地獄が繰り広げられていても悠々とチケットを買うことが出来るに違いない。 速人の超速度に振り落とされぬように背中におぶさりしっかりと足でホールドすると、サマーカーディガンで速人と自分をきつく縛り付ける。 「喋らずに歯を食いしばっててくださいね?舌噛んだら危ないっすから」 「りょーかい!では、いざゆかん!黄金の理想郷へ!」 速人が異能力を発現、それに紫穏の能力が合わさり、もはや時間静止に近いレベルで速人の全てが加速していく。 風すらも追いつかぬ速度で、速人と紫穏は死地へと駆け出した。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「ぜーっ……ぜーっ……ぜーっ……」 「ふぅ……ふぅ……」 未だに有効な決定打が見出せず、いたずらに体力だけを消耗していく那美達。 互いの能力が互いの長所を食いつぶし、ただただ戦闘の痕跡だけを店内に刻み付けていく。 「くそっ……ここまで長引くなんて……ミナもつれてくるんだったわ」 「小松……はダメか、邪魔にならないだけでもありがたい……」 「やはり……先手が取れない状況下では決め手に欠けますわね……せめて克巳君がいれば……」 じりじりと緊迫した空気が立ちこめ、互いの牽制で迂闊に動けず、ただただ時間だけが過ぎていく。 一触即発なこの戦況を変えたのは、まさしく一陣の風であった。 確かに紫穏の能力は速人の能力を極限以上に高め、この大広間にいる人間は一人を除いて彼らの動きについていけるものはいなかった。 だがしかし、彼らは一つだけ失念していたことがある。 券を買うにはどうしても『止まらなくてはいけない』し、券売機までは『加速できない』のである。 どれだけ速人の動きが早かろうと、動かなければ認識されてしまうし、券売機が券を出すまでの約3秒ほどが致命的な隙を生み出す。 券売機で静止したことで突如現れた形になった彼らに対し、3人はまさしく電光石火の反応速度で攻撃を繰り出した。 「荒神の左手っ!!」 「『Cannonball』!FIRE!!」 「切り刻ませていただきます!!」 「なっ!うぉあっ!」 瞬時に繰り出された3つの破壊力満点の攻撃に対し、とっさの判断で横に飛び跳ねて回避する速人。。 当然ながら、速人を狙って放たれた3つの攻撃は止まることなく券売機を直撃する。 不可思議な力で無理やりに圧力をかけられた券売機が、爆裂する砲弾の直撃を喰らい、とどめとばかりにナイフやフォ-クが突き刺さる。 今までの戦闘で痛めつけられていた券売機にはそれがトドメとなったようで、黒煙と一緒に特別マッサージ券を大量にばら撒き始めた。 「「「「っ!」」」 もちろんその好機を逃すような彼女達ではなく、あっという間にチケットを掻っ攫って5千円札をその場に放り投げると速人顔負けの速度で女湯に消えていった。 「ちょっ、ちょっと早瀬君!早くどいて!」 「んなこといわれても、なんか服が変な風に絡まって……」 「きゃんっ!ちょっ、ちょっと!どこ触ってんのよ!」 「不可抗力だって!あだだだっ!痛いっ!痛いっ!」 先ほどの回避で妙な位置に倒れこみ、きつく縛ったカーディガンのせいで思うがままに動けないまま、妙な体勢で密着する2人。 「ちょっと!ほら!置いてかれちゃったじゃんか!早くどうにかしてよ!」 「無茶と横暴を同時に言われても俺だって困ってるんですから!」 毛糸玉のようにごろごろじたばたともがく2人は、廃墟と化した健康ランドの中でも更に異質なものだった。 「……何か外が騒がしいな」 「What?何か言ったか?」 「いや、なんでもない」 健康ランド双葉の湯の女湯の広さは平均的な健康ランドの広さのおよそ2倍という大規模なもので、湯船の数は8つ、サウナだけでも4種類ある。 その中の一つ、何種類かのハーブをブレンドしたハーブ風呂に、双葉学園風紀委員の2人、逢洲 等華と山口・デリンジャー・慧海がいた。 「……」 「……なんだよ、拳銃なら持ってきてないぞ、第一濡らしでもしたら手入れが面倒だ」 「いや、うん、そうだが……なんでもない」 「?変な奴だな」 等華には誰にもいえない悩みがあった。 簡単に言ってしまえば『胸』である。 女性のステータスの一つである胸にだけ、彼女はまったくといっていいほど納得していなかった。 せめて、せめて平常時に愛用している『特殊なパッドで胸のサイズを自然に1サイズアップ!』がキャッチコピーのかわいらしいブラが必要ない程度には! だがしかし、彼女のその願いと励んできた努力は決して報われること無く、悲しみを無い胸に秘めたまま今に至る。 「……はぁ……」 「……本当に大丈夫か?」 こんな悩みをデリンジャーに告げたら、さぞや笑われるに違いない。 せめてもの救いは彼女とデリンジャー、そこまで胸のサイズが違わないことであった。 女湯と同じく、男湯も相当な大きさだが、女性向けのハーブ風呂や美容系の湯船が無い変わりにサウナの大きさが一回り大きくなっている。 中でも5大型液晶テレビの入ったサウナ、通称「バックスクリーン」は大人気であり、野球中継を見るために多くの人で賑わっている。 そのサウナの中に、均整の取れた体つきをした青髪の少年と、その少年の隣に胡坐をかいて座る目つきの悪い少年がいた。 「何か外が騒がしいな」 「あぁ?気のせいじゃねぇか?ていうかお前サウナにいるのに外の音なんか聞こえるのかよ」 「この程度の遮断性ならば問題はない」 「あーそうですか……」 「ところで、この前の会計報告書で少し気になる点があったのだが」 「こんなとこまでついてきて結局話のネタはそれ以外ねーのかよ!?」 「ぼくとしてもこのような所でこういった話をするのは気が引ける、だが会計に不信なところがあれば、それを調査するのが会計監査の仕事だとも思っている」 2人の名前はエヌR・ルールと成宮 金太郎。 共に双葉学園醒徒会の役員であり、役職は会計監査と会計である。 今日は偶然一緒になっただけだが、このようなやり取りを常に学園で行っているのに、プライベートでまでお小言を聞かされるとは思っても見なかった。 「プライベートくらい会計のことは忘れさせてくれよ、報告するにしたって色々調べなおさねーといけねぇしよ」 「それもそうだな、では後日、正式な書類を纏めて送ってもらうことにしよう」 これで少しは息苦しさから解放される、そう思って設置されたテレビに目線を戻すと、金太郎が贔屓にしている野球チームがボロ負けしている無残な光景が飛び込んできた。 コイツと一緒にいると本当にろくな事にならないな、と改めて実感した金太郎であった。 女湯と男湯のちょうど中間地点には、両方の浴場から入れるように壁の中をくりぬくように作られた鍵つきの個室がいくつかあり、そこでは事前予約制でのマッサージやあかすりなどを行っている。 その個室群の最奥、美麗かつ荘厳の極みを尽くした装飾の施された扉があり、そこが那美達の目的地である。 「このっ……どきなさいよ!」 「お前こそさっさと諦めて風呂にでも浸かっていろ!」 「あら、それはあなたもでしょう?ご老人が優先されるのはシルバーシートだけですよ?」 女湯の中央、様々な効能のの浴槽がが複合的に組み合わされたもっとも大きく深い浴槽の中間地点。 目的のマッサージルームまではあと半分といったところ、決着をつけるならばここしかない。 3人とも同じ考えなのか、全身から戦意をありありと漂わせている。 「いいわ、最も強い女が美しく輝く、それでいいわね?」 「単純明快だな、だが美しさとはそういうものだ」 「どの道勝つのは若い私ですから……それでかまいません」 何一つ纏わぬ裸の状態でにらみ合う三人。 遂に最終ラウンドが始まった。 「Holy shit!何なんだあいつら!」 「デンジャー!頭を出すと危ないぞ!」 デリンジャーの肩をつかんで下に引っ張る等華。 先ほどまでデリンジャーの頭があった位置を砲弾が飛んでいき、後ろにあった『ここでは能力を使わないでください』の看板が粉々に粉砕される。 「くそっ、こんなことならデリンジャーを防水仕様に改造しとくんだった!」 激戦区となっている中央部分に向かって防壁のようにシャワーと鏡が備え付けられた一角にて、等華とデリンジャーは突如として始まった戦争を眺めていた。 妙に一般客が少なかったのはこういう理由だったのかと妙に納得しつつ、どうにかしてこの場から離脱する方策を等華は考えていた。 あの3人は他の客に興味は無いのか、一応戦線は限定的であるものの、周囲に対する被害が尋常では無い。 彼女の『確定予測』を持ってしても、降り注ぐ破片を避けながら戦場を無事に離脱する考えが浮かばなかった。 「いや……そういえば」 「なんだ、どうした?」 「あぁ、この状況下をどうにかできる奴が、今ここにいるのを思い出したよ」 そういった等華が示すその先は、スチームサウナへと続く扉だった。 「むぅ、なにやら面白そうなことをやっておるな」 「そうでしょうか?当の本人達は随分と真剣な顔をしているみたいですけど」 「そんなことは無いぞ水分!あんな風に能力を使って水遊びをしているのだから楽しいに決まっている!」 スチームサウナの扉から戦場となった女湯を覗いているのは、醒徒会会長である藤神門 御鈴と副会長の水分 理緒である。 理緒自身は別に来ようと思ってなかったのだが、偶然「今日は銭湯に行こうとおもうのだ、水分もついて来い!」と言われ、たまにはいいかなとついてきたのだ。 「ん?あれは……」 ふと目線を移すと、壁を盾にしながらこちらにジェスチャーで何かを伝えようとしている人影が見える。 「む、風紀委員の2人か?どうやらあそこから身動きできぬようで困っているようじゃな」 「そのようですね……確かに、武器も何も無い状態ではどうしようもないでしょう」 「フフフ、つまりここは会長である私の出番というわけだな!?ならば私に任せておけ!」 「いえ、ちょっと様子を見た方が……」 「式神召喚っ!出でよ白虎!!」 御鈴が印を組むと、定められた契約により何も無い空間から突如として白虎が現れる。 見た目は小さい猫のような物でしかないが、四聖獣の名を冠するに相応しく、御鈴が本気で操った時その戦闘能力は異常なほどの強さである。 「いいか白虎、あくまでも驚かすだけじゃぞ?」 御鈴の言いつけにかわいらしく頷くと、わずかに開かれた扉の隙間からそっと出て、浴場とはいえないほどに破壊されたそこで大きく息を吸うと。 「がおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」 吼えた。 ただの猫や虎だったなら、それはたいした効果も得られなかったであろう。 だが、白虎は式神であった。 その咆哮は地を揺さぶり、大気を震わせ、あらゆる全ての魂を恫喝するような雄たけびであった。 その場にいた全員が動きを止め、咆哮を発した白虎の方を注目する。 そして、それがとどめの一撃になった。 今までの戦闘で痛めつけられた柱や壁が咆哮で発生した微細な振動で揺さぶられ、大きな悲鳴をあげる。 蓄積されたダメージがついに限界を超え― 健康ランド「双葉の湯」は地図から消えた。 『――先日発生した学園都市中央区にある健康ランド「双葉の湯」崩落事故についてのニュースですが――』 『――負傷者は奇跡的にゼロ、付近への被害もありませんでしたが――』 『――この事故に対し学園都市当局では未確認ながらラルヴァの発生があったとの報告もあり――』 中華料理店『大車輪』 早い・安い・多いの三点を備え、親しみやすい店構えから体育会系の学生達に人気がある。 今はちょうどお昼のもっとも忙しいピークを越え、どの飲食店も一息つける時間帯である。 その店の中で、小さいテレビがよく見える特等席の小さな二人がけのテーブルに座っている少年と少女がいた。 一人は拍手 敬、この店の厨房を任された苦学生で、もう一人は神楽 二礼、双葉学園の風起委員見習いである。 「はぁー、すごいっすね、中央区にラルヴァっすかー」 「まぁ、中央区には腕利きの異能力者が配属されてるって聞くし、戦闘の巻き添えで壊れたのかもな」 「役立たずの先輩とは大違いっすねー」 「なにがどうなるとそういう発想に行きつくんだ!?」 「ところで杏仁豆腐まだっすか?」 「今休憩中だって見てわかんねぇのかよ!」 大車輪は今日も平和であった。 「で、結局どういう事になったんだい?」 「ニュースを見れば分かるでしょ、アレはラルヴァがやったことになった、それだけよ」 「いや、僕が気になるのはあの崩壊に巻き込まれた君達なんだが……」 学園都市の研究所の一角にある語来研究所。 家捜しでもされたかのような散らかりぶりのその部屋で、那美と灰児は共通の知り合いである春奈・C・クラウディスを待っていた。 「……思い出すだけでも憎たらしいあの巨乳女!次あったら絶対どっちが上かはっきりさせてやるわ!」 「相変わらず人の話を聞かないんだね……」 「あー、うん……ちょっと思い出させないで、かなり恥ずかしい目に会ったとだけ言っとく」 あの場には醒徒会の面々がいたそうだし、恐らくは彼らの能力を使ったのだろうと推測できる。 まぁ、比較的ガサツな彼女ですら恥ずかしいというのだから、多少なり反省はしているのだろう。 「んなこたぁどうだっていいのよ!あのエステを受けるためだけにここ最近仕事を頑張ったっていうのに!」 彼が前言撤回するまで一分と持たなかった。 「いつもが頑張らなさすぎるんじゃないかい?」 「そんなこと無いわよ!あ、そうそう、あんたこの前の七色件の調査で何か私に言うべきことがあるんじゃないの?」 「あぁ……助かったよ、感謝する」 「感謝は形で示すものよ?あーそういえばミナが松坂牛と米沢牛の食べ比べがしたいって言ってたっけなー」 白々しく棒読みで、しかし目つきだけは人を射殺せそうな程に鋭い眼光で静かに威圧する那美。 「無職には厳しい要求だな」 「ぐっ……」 ちっぽけな復讐ではあるが、言われっぱなしよりはいい。 この後に来るであろう壮絶な逆襲は考えないように努めながら、ふとパソコンのディスプレイに張られたポストイットに目が止まる。 『私へのお礼は丹沢牛と薩摩黒豚のしゃぶしゃぶでいいっすよー』 まったくもって敵わないな、と今の預金残高を静かに数え始める灰児であった。 銭湯『双葉湯』昭和からそのままやってきたかのような作りをした銭湯であり、内装も風呂場も全てにおいてまさに昭和の銭湯である。 ただ一つ昭和の銭湯違うのは、ここ学園都市双葉湯にだけ存在するといわれる極上のマッサージチェアであった。 なぜか見た目は茶色い皮の古めかしい偽装を施されているが、その効能は人類の英知を結集したと言っても過言ではない代物である。 「おじさん、フルーツ牛乳」 「まいど!遠野君は常連さんだからね、特別に二十円引きの百円で!」 「へへ、ありがとうおじさん」 「そうだ、今度入った新しいマッサージチェア、試していかないかい?」 「いいんですか?じゃあお願いします」 「いいのいいの、遠野君にはこれからもご贔屓さんでいてもらいたいからね」 知ってか知らずか、彼は誰よりも早く前人未到のマッサージを経験することになった。 那美が、六谷が、導花が、紫穏が、リリエラが、その他全ての女性が恋焦がれたそのマッサージ。 遠野彼方はこの時だけ、幸運であった。 ~終~ トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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ラノで読む(ラノ向けに改行しているので推奨) 女教師の、ちょっと長い一日 そのぜろ、寝起き 七月七日、午前九時。先日梅雨明けした空はピーカン照りである。 双葉学園からやや離れた教員寮……民間のマンションを借り上げているそこで、彼女はまだ熟睡している。普段は三つ編みにしている髪を解き、年に似合わぬピンク柄の可愛いパジャマを着て。 様々な機能が詰まった、現代科学の結晶である教員証が、アラームを鳴らす。今日は日曜日であり、用事がない限りは出勤しなくても良い……が、彼女には用事があり、別件もある。 ベッドからもそもそと手を出して、アラームを止める。少し身じろぎしてからむくりと起き上がるが、その顔にはまだ眠気が張り付いている。 「……なにか、たべるものあったっけ……」 寝ぼけた頭をフル回転させるも、特に何も無かった気がする。まずい。 ……双葉学園教員、春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスの七夕は、こうして始まった。 そのいち、ごぜんちゅう 結局、何も食べるものが無いまま家を出て、学園行きのバスへ向かう。時間はギリギリセーフ、他の乗客が電子マネーを当てるセンサーに教員証をかざし、バスの中へ駆け込む。 双葉区一定区間内の公共交通機関使い放題、教員の特権の一つだ。 周りを見回しても、人はあまり居ない。朝と昼の中間という半端な時間のためか、その二つの込み合う時間の、ちょうど真ん中に収まったのだろう。 椅子に座ったとき、右足にチクリとした痛みが走る。先日発生した『泉の騎士』事件時の負傷がまだ痛む。 (生徒を護っての負傷、だったらカッコつくんだけどねぇ……) 実際のところ、生徒に怪我をさせてしまった上、自分の能力の反動でついた傷だ。笑いたくても笑えない。なお、怪我をした生徒はもう治っている。これは単に体力の違いだ。 窓の外では、太陽が激しく自己主張している。昨夜の天気予報では曇りだったと思うが、織姫と彦星を逢わせるために、誰かが頑張ったのだろう。 ほどなく、バスは島の中心部、双葉学園へ向かう幹線道路に乗る。あと10分ほどで、学園前バス停だ。 学園内は、やることが無いのか、七夕の短冊を仕掛けるためだけに来ているのか、部活や補習の生徒以外にもけっこうな数の生徒が学園に来ているようだ。 「醒徒会、頑張ってるね~」 職員室に行く道すがら、あちこちの校庭だとか演習場を覗く。学園のあちこちに笹が立っており、気の早い物にはいくつも短冊が飾り付けられている。 「これは……未見くんかな、彼らしいっちゃ彼らしいね」 全ての短冊に名前が書いてある訳ではないが、誰が書いたか一目で分かるようなものもいくつかある。 「さーさーのーはーさーらさらー、のーきーばーにーゆーれーるー」 短冊をあちこち覗いている背後で、鼻歌らしき声が聞こえる。 「やーねーまーでーとーんーでー、こーわーれーてーきーえーたー」 「いや、途中から別の歌だから! 節がちょっと似てるだけだからね!?……あ、スピンドルくん」 「突っ込みはまあまあってとこやな。春奈ちゃん、おひさしゅー」 背後を振り向くと、妙な格好の男子(?)が立っている。 目が隠れるほど下ろしてニット帽を被り、ファッションなのか、妙な円盤を沢山ぶら下げたジャケットを着ている。この季節には凄く暑そうだと思う。今は自転車に乗らず、手で押している。あだ名はスピンドルくんと言うらしいが、本名は聞きそびれたせいで、聞いていない。 「この前も言おうと思ったけど、高等部の私服登校は原則アウトだからね」 「何や、この前も今日も休日やさかい、堪忍してや。春奈ちゃんも七夕イベントに来たん?」 「あたしはお仕事その他。スピンドルくんはもう短冊に何か書いたの?」 「それやけど。いざ書けーいうと、なかなか浮かばないもんやな」 「まーね。それじゃ、あたしは行くねー」 「ほな、またな~」 適当に雑談だけして、春奈は職員室へ向かう。 「……あれが、監視対象『金剛《ダイアモンド》の皇女《プリンセス》』とは思えんな、何考えとんのやろ……魂源力《アツィルト》がアホみたいに多いぐらいしか分からへん」 一人になったスピンドルがぼやく。一部の強力な異能者の動きを監視し、必要があれば排除する。『死の巫女』のような特例を除くと、対能力者はこういう事例が多い。 彼の目は、短冊の一つを凝視し……それが高速回転した末、ねじりすぎた糸がぷっつりと切れる。 「さーて、お仕事お仕事。俺等には祝日も何もあったもんやない」 ゆらゆらと落ちてきた短冊を握り、聖痕《スティグマ》の工作員、コードネーム『回転《スピニング》する黄金軸《スピンドル》』は、誰も知らない自分の任務に移る。 一方の彼女が残していた仕事とは、『泉の騎士』事件の報告書である。 今月頭に発生した事件なのに、実務的な作業や期末試験の問題作成に追われており、今まで着手できなかったのだ。それを考慮してか提出期限は少し延長されている。つまり、それから遅れたら酷いことになる。 別に隠蔽したい所は無いので、粛々と書き進める。大まかな事件概要は記し終わったが、一点だけ空白の箇所がある。 出現したラルヴァの種別。既存の種ならばその登録名、確認できていない種なら、その特徴。彼女の記憶では見たことが無いラルヴァだが、世界的にはどうか不明だ。 「……そうだ、もう解析終わってるかな」 ラルヴァ自体は姿を消してしまったが、生徒の一人が弾き飛ばし、ひしゃげた兜がその場に残っていた。現在、研究棟にいる研究者達が解析を行っているはずだ。 「ネタも無いし、行ってみるかな」 日曜にまで研究室に居るかなと疑問に思う。まあ、その時はその時で『目下遺留品を、研究班による解析中』とでも書いておけばいいかと考えながら席を立った。 「……その前に、おなかすいた……」 予定変更、研究棟に顔を出すのは午後にして、腹ごしらえをしてこよう。学食もやってるだろうが、今日はちょっと気分ではない。朝を抜いたせいでとにかくお腹がすいた。 「やっほー、勤労ご苦労さま」 「いらっしゃーい」 学園の周りを流している屋台に顔を出す、本来は中華料理屋だったのだが、ラルヴァのせいで(厳密には違うけど)入っているビルごと破壊され、現在は屋台営業中だ。 「せんせーさんじゃないっすか、休日に来るとはめずらしいっすね。こら、ちゃんと肉たっぷり入れるっすよー、せんせーさん成長期なんすから」 「んじゃ、ハネ盛りで」 「ハネ満盛り入りまーす。その年で成長期はないと思うぞ!」 厨房でフル回転してる青年は拍手敬《かしわでたかし》、うちの高等部2年で、苦学生らしくバイトで寮費を払っているらしい。それに茶々を入れた少女は神楽二礼《かぐらにれい》、彼女が担任である1-Bの生徒であり、教え子にあたる。 「けどせんせーさんは肉がなさ過ぎだし、もうちょっと食べたほうがいいと思うっす」 「食べれたらね……週に一度のここがボーナスゲームだよ」 しかも今月は、週に一度が月に一度ぐらいになってしまいそうだ。仕送りでほとんどが吹っ飛ぶ。 「ハネ満盛りお待たせしましたー、いつも思うんだが、女性でコレは一苦労だと思いますよ俺は」 敬が自分でチャーハンを持ってくる。給使がみな辞めてしまったせいで、現在バイトは彼だけだそうだ。 この屋台は、主に体育会系学生に好んで利用される。値段が安く、味はそこそこ、そして量がとんでもない。 例えばこのチャーハン、ハネ満盛りはプラス二段階だが、その加算法はプラス何グラムとかそんな生易しいものではない。 満貫盛りで通常の二倍、ハネ満盛りで三倍、さらに上の倍満盛りは四倍にもなる。その上に三倍満、もしくは役満盛りがあるかどうか、彼女は注文したことが無いので知らない。 「そーいや拍手くん、休日のこんな時間にバイトしてるなんて珍しいね」 「醒徒会が何かやるってんで、かきいれ時ですからね」 チャーハンに喰らいつきながらの質問。多分臨時で出ることになったのだろう。道理で、周りには平日以上に客がワンサカと居るわけだ。彼女も学校に来てるんだから似たようなものだけど。 「あんま平日の授業サボッちゃ駄目っすよ」 「神楽さんも、風紀委員見習いの仕事と称してサボらないように」 この勝負は痛みわけ、敬と二礼が両方とも苦い顔をする。視聴者のみんなはちゃんと授業は出るようにね。 「……それは置いといて、二人は何か短冊に書いたの?」 「……もう笹は見たくない……」 恐ろしく渋い顔を見せる敬をよそに、二礼がのんきに答える。 「私は書いたっすよ、『素敵なお婿さんが見つかるように』って」 二礼の言葉に、チャーハンを食べ終わった春奈はレンゲを取り落とし、敬も全身を硬直させる。 「神楽さんが、そんなに乙女チックな事を短冊に願うなんて……」 「あの外道が、そんな普通な夢を語るなんて……」 「ちょ、二人とも私の入学目的忘れてない!? ねえ、それともワザと!?」 「いや、あたし聞いたことないから……そっか、お婿さん探しかぁ……いいよね、夢があって」 「えぇー!?」 思いっきり動転しているのか、二礼の口調が完全に素に戻っている。むろん二人とも演技だ。敬が二礼に見えないようガッツポーズしている。してやったりといった様子だ。 「……うん、覚えておくね。ごちそーさまー、勘定おいとくね」 「ありがとーございましたー」 「ねえ、私スルー!?」 結局いつものキャラに戻らなかった二礼を置いて店を出る。まずは研究棟に行かないと。 そのに、ごご 「審議中?」 研究棟の一室、語来研究室で春奈が妙な声をあげる。 「ああ、審議中というよりも判別不能、と言ったほうが適切だ」 「兜は方々に手を回したけど、中世に作られた本物の鎧であること以外は不明。それにあなたの話じゃ、はっきりしない事が多すぎるわ」 それに答えたのは、研究室の主である語来灰児《かたらいはいじ》先生、及び彼に用があったらしい、難波那美《なんばなみ》先生。共にこの島の、ラルヴァ研究者である。 「まずはカテゴリー、人型をとっているからデミヒューマンと判断したかもしれないが、それはあくまで鎧の形だ。あの醒徒会書記が攻撃した際、兜だけ残して『消滅』したのだろう? それを考えると、鎧に憑依したエレメントの可能性も考えられる。」 「緊急避難のために転移《テレポート》したのなら、デミヒューマンでもいい……それどころか、鎧を着れるビーストって可能性もあるわ。」 なお、中心に人間が居なかったこと、勝手に消えていったことから『グリム』でないのは確定らしい。 「強さは……鎧が本体なら重火器があれば問題ないだろうが、事件当時は通信機器を使用不能にする霧が発生していた。それを考慮すると、中から上級と位置づけるべきだろう」 「根源力を持った攻撃を三つまとめて受け止めたって言っているし、これは上級でしょうね」 学者二名の話を、春奈は興味深そうに聞いている。 「次に知性、これは生徒の言葉に適切な反応を返したことから、AもしくばSだろう」 「言葉によるコミュニケーションはとれたことだし、Sで構わないでしょ……危険度は不明、何か目的はあるようだけど、それが分からないことにはね」 「二人とも、ありがとうございます……早く報告書書かないと」 「まだ書いていなかったの……?」 「クラス持ちの教師は、色々忙しいの」 ノートの端に先ほどまでの情報をメモしていると、語来先生が横から声をかけてくる 「……クラウディウス先生、一つよろしいですか?」 「春奈でいいですよ、ハイジ先生」 「そうですか、ではクララ先生」 横で那美が噴出す。アルプスの少女か。 「その騎士甲冑は、自身を『ランスロット』と名乗り、『グレイル』を取り戻す、と言っていたのですね?」 「むう、してやられた……はい、円卓の騎士を名乗り、聖杯を欲する……不思議ですよね」 「そこだけど、『グレイル』を聖杯と訳すのは、意味が違うって説があるわ」 「あくまで『グレイル』というのはアーサー王伝説及び周辺の伝記に出てくるアイテム名に過ぎず、杯《さかずき》だったという記述はない」 「……えーと、つまり?」 「奴らが狙っているものが、昔の映画に出てきたようなボロい杯と決め打ちしてると、痛い目見るって事よ」 「なるほど……ありがとうございます」 ノートを閉じて出て行った春奈と、用事が済んで帰宅する那美を横目で見ながら、灰児は軽くため息をつく。 「センセ、出店行きましょうよー。金魚すくいだったら三分で百匹ぐらいとれるんですよー。もちろん一つのポイで」 「知っているか? あれは、人によって渡す紙の厚さが違う」 一方の那美は、外で待機していたメイド服の少女と共に学園構内を歩いている。駐車場までは微妙に距離があるのだ。 「一つ、よろしいですか?」 「なに。ミナ」 メイド服の少女は、あちこちに吊るされている短冊を見ている 「なんであんなものに、願い事を書いているのでしょう」 「……それは、語来先生に聞いたほうが早いわね」 研究棟から出ると、空の端っこが赤みを帯びている。 「もうこんな時間かぁ……長居しすぎたな、早いところ書き終わらないと」 早足で職員室に戻る最中、ちらちらと耳にした噂がある。 『今年の織姫と彦星は、会長と醒徒会メンバーが引き合わせたらしい』 あまりに突拍子が無く噴出してしまいそうな内容だが、少しだけ見えたステージ上で会長が楽しそうに笑っているのを見ると、まんざら嘘でもなさそうな気がするから不思議だ。 (短冊に願いを書く前に、自分のお仕事終わらせないとねー) だが、その仕事が終わる頃には、すっかり夜が更けてしまった。 「……しまった、時間かけすぎた」 明日は普通に授業があるからか、既に学園に残っている人影はまばらだ。自分も帰らなければいけない。報告書だけ提出できる状態にして、職員室から出ようとして……ふいに、空になった席が目に付く。 主が居なくなった、吾妻先生の机。 上級ラルヴァと相打ちになったという公式発表だが、それはダミーだ。異能力の指導教員レベルのアクセス権があれば一次データにアクセスでき、それでなくても生徒の間では噂になっている。 吾妻修三は、ラルヴァを討つ力を強化するために、教え子をその手にかけた。そして、異能に目覚めた一般生徒に討たれた。 (ラルヴァが憎いのは分かる……けど、教師としてそれは論外ですよ、吾妻先生) その机を撫でると、もわっ、とした埃が舞う。先生が居なくなってから、誰も掃除をしなかったのだろう。軽く咳き込み、目に入ろうとした埃を払うために、目元をこする。 時坂祥吾は、職員室の前に立っていた。 (来てみたけど、こんな時間に居るか?) 手には、提出期限をやや過ぎたプリントが一枚。ここしばらく事件に巻き込まれっぱなしだった為配慮するとは言われていたが、それにしても少し遅れすぎた。 (ええい、ままよ!) 「しつれい、しま――」 断りを入れながら職員室の扉を開けたとき、彼は見てしまった。 時坂祥吾は、間が悪い。 吾妻先生の机の前で、涙を拭っている少女……いや、あれは女性、たしか1-B担任のクラウディウス先生……が、見えた。 自分がやったのだ、他の人に何と言われようが、悲しませた人……彼女が、自分のせいと知っているか、いないかに関わらず……が居る。それだけは、なかなか割り切れない。 気まずくなった彼は、扉をゆっくり閉める。 「こりゃ、掃除しないとダメだね……」 目元をこすりながらそう呟く。遺品の整理こそ終わっているものの、いつ、この席に他の誰かが来るか分かったものではない。 直後、扉が開く音が聞こえ、すぐに閉まる音にかわる。そちらに目をやると、男子生徒……記憶が正しければ、吾妻先生を討った生徒、時坂祥吾……の姿が、ちらっと見えた。 「――!! ちょーっとまったー!!」 どちらにしても、時坂祥吾は、間が悪い そのさん、よる 「つ、疲れた……」 彼になんとか説明をして、ついでに自分の意見を聞かせるのにだいぶ時間がかかってしまった。理解してくれたかは分からないが。 思考を切り替え、とりあえず今日の夕飯を考えることにする。 (冷蔵庫の中身、何かあったっけ……そうだ、何も無かったんだ。今から出れば、ちょうど深夜の売り切りセールの時間かな?) などと、考えは生活的なものに移っている。 いつもどおりバスに乗り、家路に着く。途中でスーパーに寄ろうと、いつもとは違う道を進む。 「今日は何にしようかなぁ……」 などと呟いていた瞬間、目の端を一つの影が横切った。一瞬だったため、こちらは動きを止めることも出来ない。 「のわっ! ……ちょっと、あなた!?」 横切ったのが小さい……だいたい小学生ぐらいの人影と認識したのか、ついつい声を掛けてしまう。不良学生だったらと思うと放っておけない。 「……なによ? 急いでるんだけど」 呼び止められた少女が、じろりとこちらを睨む。宵闇の中、まるで猫のように光る両目、肩には一匹の猫。こちらは灰色のキジ猫で、やや足元がおぼつかない……まるで、しばらく動いていなかったため体力が無いかのよう。 だが、猫の方には目が行かず、少女の方の目に、目がとらわれてしまった。 「……立浪、さん……?」 もういなくなってしまった、少女の名前が口をつく。 立浪みき。 下の漢字は忘れてしまったが(平仮名だったかもしれない)、その名前自身は忘れるはずが無い。 三年前、春奈が始めてクラスを受け持ったときの生徒であり……護れなかった生徒。 彼女は、クラスの中でも引っ込み思案で、一見大人しい子だった。ただ、他の子とも壁を作らずに打ち解ける子で、学力もそこそこ、問題も起こさないという、いわゆる「手のかからない生徒」だった。 ただ、言わなければいけない事ははっきりと口にする、意志の強い所があって……それで、まだ担任経験がなかったあたしは、けっこう悩んだ……また、学園内でもザラには居ないほどの、強力な異能力を持っていた。 基本的には強化系能力であり、猫のような身のこなしと、鋭い爪を使った格闘戦が彼女のスタイルだった。性格とはまったく合わないが、本気の時に生えてくる耳と尻尾は似合っていた。 それだけならまだいい。問題は、能力をフルに使用する際に出現する『獲物』である。手元に、敵を叩いたり締め上げたりできる、伸縮自在の青い鞭が出現するのだ。自身の体から伸ばしていると考えても、『異能力は一人につき一種のみ』という原則からギリギリセーフ、もし他の手段で具現化させているなら完全にアウトである。 そんな能力に目をつけた超科学分野の研究者が、姉であるみかと共に、能力解析の研究へ参加依頼をし、二人はそれに協力していた……実態は、そうとう過酷な戦闘訓練のような物だったらしい。 消耗し続ける彼女を見かねて意見しようとした事もあったが、当の彼女に突っぱねられてしまった。 「私たちが、もっとちゃんとこの力を使えれば、もっとたくさんの人を助けられます。そのお手伝いをしてもらっているんですから、これぐらいで根をあげちゃいけません」 その直後、あたしに辞令が下った。英国の異能者育成施設での演習参加と、北欧某国に現れたという新種ラルヴァの殲滅作戦参加。期間は一週間、その間学園を離れる事になり……その間に、全てが終わってしまった。 学園に戻ってきたあたしが聞いたのは、あたしが居ない間に『無差別に人を襲う、強力で危険なラルヴァ』が出現したこと、立浪みか、みきの両名が対処にあたり、みかは死亡、みきは生死不明のまま姿を消したということ、それだけだった。 あたしは、学部長にそのラルヴァの戦闘データ提示を要求した。彼女達の戦闘能力を考えれば緊急時に出るのは当たり前であり、そっちから突っ込んでも、何もでないだろうと考えたからだ。 『今後、類似ラルヴァが出現した際に必要』といくら強硬に依頼しても、答えはノー。機密事項の一点張りだった……今思えば、彼は超科学派、ラルヴァ殲滅派の人物だった。 業を煮やしたあたしは、あちこちのツテを頼って超科学関係の機密データを片っ端から漁り、姉妹のこと、戦っていたラルヴァのことを調べようとした……そこで見つかったのが、与田技研からの出向職員から出てきた、機密レベルが高い報告文章だ。セキュリティがザルな情報端末に入れてあったお陰で閲覧が出来た。 『被検体両名の遺伝子から、ラルヴァの物と思わしき因子を検出。過剰な戦闘能力を鑑みて、必要な処置を行う必要あり』 この文章を見たとき、全部を理解した。 本当にラルヴァが出たのかどうかは分からない。学部長が絡むのなら、もっと上のセキュリティにある情報だろう。 だが、あの二人をを殺したのは、学部長と与田技研の人間だ。それが強力すぎるラルヴァにぶつけられた為の殉死か、実験のついでの抹殺かは分からないが、些細な違いだ。 わざわざ行方不明扱いにしているみきについては、もっと卑劣なことをされている可能性が捨てきれない。あまり考えたくはない事だが。 知ったことはあくまで隠し『戦闘データを提示しないことに苛立っている』ふりを続けた。内心で、教え子を護れなかった悔しさを抱えて……その時居たとして、何もできなかったかもしれないが。 その護れなかった教え子と同じ、猫の瞳を持った少女が、目の前に立っている。 「……あんた、なんで私の名前しってるの?」 唖然としている少女……名前まで、同じ? 「……もしかして、立浪、みきさんの……」 「お姉ちゃんのこと知ってるの!? ……学園じゃ有名人だって聞いてたけど」 ……あの子に妹がいた、しかも今、目の前に。 「……あたしは、学園の教師です。何があったか、教えてくれる?」 はやる気持ちを抑えて、問い詰める。 「……マサ……えっと、遠藤雅《えんどうまさ》が、与田に酷いことされてて、それを使って与田が悪いこと考えてるから、助けて、ってこの子が教えてくれて……」 今ひとつ要領を得ないが、だいたいは把握できた。遠藤雅というのは、学園の一部で話題になっている『完璧な治癒能力』を持つ学生だ。大学部に今年編入されたと聞いている。けれど、与田……? 「与田って、与田光一《よだこういち》ですか!? 大学部一年の!!」 「え、えっと、うん。多分……マサと同い年って言ってたから」 与田光一、与田技研創設者の息子であり、同じく大学部一年。授業で二、三度顔を見ただけなので人となりは知らないが、彼の異能については聞いたことがある。 『異能者、ラルヴァのコピーを作成する』 ……また、与田の人間か。 「学生証、出して。与田の研究室はいくつもあるけど、彼の自宅になってるのは、確か第6プラント……」 自分の教員証から、彼女の取り出した初等部学生証に、そこまでの最短経路を算出した三次元マップを送信する。接続した端末に表示された学生名は ”Miku Tatsunami” ……本当に、彼女の妹なんだ。 「あたしも、他の人を連れて必ず行きます。だからそれまで、絶対、無理しちゃダメ。わかりましたか?」 「う、うん!!」 データを送信し終わると、彼女……みくは、飛び跳ねるように経路を伝って走っていく。その姿は、大きさを除けば猫そのものだ。もしかしたらマップも、彼女の感覚があれば不要だったかもしれない。 ……行かせて、よかったの? その疑問を頭から振り払い、次にとるべき行動を考える。教員証を操作し、学園風紀委員会へのホットラインへ接続する。 「もしもし、委員長へ……え、もう出てる? 場所は……了解、醒徒会及び関係者へは、あたしから連絡します」 この件は、既に風紀委員長が動いているという……戦闘力という面で、彼女は申し分ないだろう。だが、打てる手は全て打っておく。次に連絡するのは、教え子の加賀杜紫穏。醒徒会の直通はいつ繋がるか分かったものじゃない。 「もしもし、加賀杜さん?……そう、イベントがあるのに悪いけど、緊急……うん、遠藤雅くんが、危ない……醒徒会で動ける?……ありがと。詳しくは学生証にデータ送るから、そっちはお願い。事態が事態だから、あたしから教職員に連絡しておく……お願い」 次は、教職員の窓口に連絡……する前に、別の携帯端末を取り出し、一仕事。その後、正式に教員側の窓口に連絡する。 春奈が着いたときには、既に全てが終わっていた。 既に与田光一は連行され、遠藤雅は保護され……彼女、立浪みくは、姿を消していた。結局その夜は現場の指揮、及び各所への対応等で眠ることが出来なかった。家に戻っても、シャワーを浴び、着替えるぐらいしかできなかった。 そのよん、あさ 緊急教員会議の議題は、昨夜起こった事件への対応、及び生徒への通達方針である。 事件の概要は、以下の通り。 大学部一年、与田光一が、自身の作成したロボットを使用して同一年、遠藤雅を拉致、その異能を、自身の異能で再現しようとするが醒徒会及び学園関係者により阻止。与田光一は一時学園で身柄拘束、遠藤雅も保護され、本日は特休扱いで自宅に帰された。なお与田光一には、学園の異能者及びラルヴァのコピーロボットを作成し、大規模な利益をあげようという計画があった事、その為に自作のロボットを使用して学園関係者を襲撃、データ採取を行っていた事などが、被害者である遠藤雅への事情聴取で判明している。 これだけなら(そう、『これだけ』なら!)、稀に発生する事件として、醒徒会及び風紀委員に一任出来たかもしれない。問題は、加害者の生まれである。 与田光一は、老舗ロボット開発企業である与田技研……学園に対ラルヴァ戦訓練用ロボットを卸している、いわゆるお得意先……創設者の息子である。そのため、風紀委員のみでは収拾がつかず、教員が動くこととなった……というのが、概要だ。 本来双葉学園生徒の規律は、醒徒会及び風紀委員に一任している。これは、生徒の自主性を重んじるという建前がある一方、一般の大人たちでは異能者が起こす事件に対応出来ない、という現実的な理由がある。マンモス校というレベルをも超越した双葉学園において、教員の数はあまり足りていない。異能力教育を行っているにしても、教員の中で治安維持が出来るレベルの異能者は少なく、また重要な役職に就いている者の割合が大きい。 その代わり、彼らが判断できない問題。今回のように被害者、加害者が特別な位置に居たり、一般社会(いわゆる『表の世界』)に大きな影響を与えかねない事件に関しては、表との接点がある彼ら教師陣が全力で対処にあたる。 子供が対処できないことを代わりに行う、保護者的立場。それが、双葉学園における一般教師の役割である。 与田技研は、表でも高いロボット技術を持つ企業としてそこそこ名前が売れており、それなりの対応が求められる。今日の会議で出席者は、主に受け持ちの生徒への対応方法を論じた。 会議の内容を頭に入れながら、報告を終えて着席した春奈は別のことを考えていた。 (今ごろ、もみ消しに必死かな) 学部長は、この大事な職員会議に出席していない。彼女が教職員用ネットワークにばら撒いた情報……昔、機密を漁った際にボロボロと出てきた、学部長と与田技研の癒着についての資料をどうにかしようと必死なのだろう。研究者というのは、研究成果が盗まれないように気を配るくせに、こういうところで杜撰だ。超科学以外の分野や、超科学でも与田技研に関係していない先生方の反発は必至だろう。それなりに気合を入れてもみ消してくるはずだ。 だが、もはやどうにも出来ない。表にも形を変えて(双葉学園ではなく、政府の某機関が相手として)流しており、与田光一の不祥事と組み合わされば、会社が傾きかねない……だがこれは、単なる私怨晴らしに過ぎない。 続いて議題にあがった、行方不明の初等部学生の捜索については、積極的に立ち回り、捜索班を編成する際の中心人物となれるよう取り付けた……が、彼女が本気で見つからないことを望むなら、多分見つからないだろう。それでも、やってみる価値はある。 ……彼女には、色んなことを謝らないといけない。 眠っていないせいか、外に居ると太陽が物凄い勢いで襲い掛かってくるように感じる。 幸い、午前中の受け持ち授業は無い。ホームルームが終わったら、宿直室を借りて仮眠をとるのもいいかもしれない。ふらふらしながら高等部棟へ向かう。 あちこちに、短冊が掛けられた笹が立っている。もう世間では八日になっているが、まったく眠っていない頭では、まだ七日の感覚だ。 ……何か、願いをかけようか。一日ぐらいの遅刻は、許してくれるだろうか。 「……ううん、やめとこ」 今考えてる願いは、自分で達成しなきゃいけない。 強くなりたい。能力的な意味だけではなく、地位的な意味でも、気持ち的な意味でも。 せめて、自分の手が届く範囲は、護れるようになりたい。 子供っぽい願いだと思うけど、そうでなきゃ教師になった意味が無い。 夏になりつつあることを実感できる日差しの中、おぼつかない足取りで歩を進める。 (……まずは、ホームルームでしっかりした姿を見せなきゃ……) と、差し迫った危機を頭に入れながら。 トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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ラノで読む 敷神楽の風呂場は、実に広大だった。 まるで温泉ではないのか、って思うほどに。だが人工島だから温泉はないはずである。いや、海底突き破って温泉汲み上げるというパターンもあるし、一概に否定は出来ない。この俺、時坂祥吾がそんなくだらない事を考えてしまうぐらい、風呂はでかかった。 「本っ当に伝奇小説の世界だよな」 そのうちこの屋敷で殺人事件でも起こるんじゃないだろうか、と思わせるような屋敷だ。そしてもしそうならば、俺はおそらく死ぬ役だろう。探偵役できるほど頭よくないし、と思う。 「殺人犯のいる所にいられるか、俺は部屋に戻らせてもらう! とか言って。あ、でも和風の屋敷って襖とかだよな、鍵ってついてるのか? ……ついてなさそうだよなあ。だから探偵ものでは洋館が基本なのか。和風邸宅はセキュリティの面でかなりあれだし」 「でも引き戸には鍵もついてるんですよ。引き戸錠とかありますし、襖用の鍵とかも置いてるんです」 「へえ、そりゃ世の中も便利になったもんだ。ああ、でもやっぱりなんか無粋な気もするよなあ」 和風の家にはあの開放感が付き物だと思う、夏とかは特に。 「ですね。私も襖には鍵がないほうがいい気がします」 そう賛同してくれる沙耶ちゃん。……沙耶ちゃん? あれ? なんで彼女の声が此処に? 俺は首をぎぎぎ、と後ろに向ける。まるで錆付いたぶりきのオモチャのように。 ……そこには、湯浴み着を着た沙耶ちゃんが座っていた。 「うわぁあああああああああああああああああ!?」 俺は驚き、たまらず叫ぶ。俺の叫び声が風呂場に木霊した。 時計仕掛けのメフィストフェレス Re-Turn 第三話 〝アイアムヒーロー〟 「みんなに、側女の初仕事として背中流してきなさい、って言われて……」 とりあえず彼女から説明を受ける俺である。 そういうことか。う仲良くやっていけると思ったちょっと前の俺を絞め殺したい。あいつらは敵だと認識する。 「ていうか、その側女って何」 「ええと、さっきも御前様が言ってたように、身の回りの世話をする……ええと、メイドさん、のような」 「なるほど」 それは中々に心惹かれる言葉である。だが、一観になんて説明すればいいのやら。そこが困り者だ。上手い言い訳を明日までに考えて、口裏を合わせてもらわないといけないだろう。 「え、えと、他にもその、別の意味も……あ、あるんです、けど」 「ん? 何か言った?」 考え込んでいてよく聞こえなかった。 「な、なんでもないです」 しかし……。湯船につかりながら俺は横目で彼女を見る。 白い湯浴み着で座っている巨乳の女の子というのは、これは来るものがある。特に、湯気で湯浴み着がしっとりと濡れ始めて、白い布地から上気した肌が薄く透け始めているあたりがものすごく扇情的である。 見てはならない。これは見てはいろいろと危険なものだ。 「ええと、その、体を……お流し」 「いや、いいから!」 こんな状態で上がれるか。このまま上がってしまったら色々とまずいことになるのは明白だ。 「だけど……お礼もしたいですし」 「いやだからいいから!」 というかこのシチュでお礼とかいう単語だされるとさらに困る。困ってしまう。それが健康な青少年の性である。 「……」 しかし沙耶ちゃんは動こうとしない。……外見からはそうは見えないが、意外と頑固なようだ。仕方ない。 「ああ、じゃあ背中だけでいいから。あと俺が座るまであっち向いてて」 俺は折衷案をとることにする。彼女は俺の体を洗わなきゃいけない、俺はなんというかすごいことになってるのを見られたくない。だから背中だけ流してもらう、これなら誰も困ることは無いということだ。 「はい」 沙耶ちゃんは後ろを向く。助かった。俺はとにかく、すごいことになっているすごいところを刺激しないように、湯船からあがり、タオルを腰に巻き、椅子に座る。 「じゃあもういいよ」 「はい」 沙耶ちゃんが向き直る。もっとも俺からは見えないのではあるが。 沙耶ちゃんはタオルに石鹸をつけ、そして俺の背中をこすり始める。 ……なんというか、ひどくこそばゆい。いや物理的な意味だけではなくて、その、色々と。 「どうですか? お姉さまたちにも、私の背中洗いは上手いって言われるんですよ」 ……先輩に? それはその、なんというか。風呂で姉妹が背中を、体を洗いっこ……いかんいかんいかん、ついついよけいないらぬ想像をしてしまう。 「あ、そうだ、ところで!」 話題を変えなければならない。俺の精神衛生上。そういうわけで、俺は先ほどからずっと思っていたことを聞いてみる。 「……君は、それでいいのかよ」 「? と、いいますと」 「今こうしてる事。結局、あの男か俺かって違いだけで、実際は何も変わってないだろう」 言われるままに、そういう人生で本当にいいのか、と。少なくとも俺がそんな立場になったら、嫌だと思うだろう。 「それ以外の生き方を知りませんから。人生経験の乏しい私は、外では多分生きていけませんし」 「人生経験……?」 俺はおうむ返しに聞く。 「私、十年間の記憶しかないんです。五歳の頃、ラルヴァに襲われて記憶なくした、って。まあ、たかだか五歳までの記憶なんてそんなに変わらないとは思うんですけどね」 「そうだったんだ」 「鶴祁お姉さまや、刀那ちゃんみたいに剣も強くないし。私、とろくさい上に無駄飯ぐらいなので……」 「あのさ、そんなに自分を卑下するものじゃないと思う」 「卑下なんてしてませんよ? 自分の悪いところ、いたらない所を知ってるだけです」 「……そうか。そうなんなら、すごいな」 それは言うはやすしだが、なかなかに難しいと思う。卑下することで誤魔化すのではなく、真正面から自分の欠点に向き合う……俺には出来そうにない。 「それに、その。人を悪く言うのはよくないんですけど、それでも……あの人よりは、時坂さんにお仕えするほうが……」 まあそりゃそうだろうなあ。 「でも初対面の人に仕えろと言われても本当に大変だろ」 しかも初対面があれだったし。……いや、いかん、思い出すな。 「時坂さんの話は、鶴祁お姉さまに聞いてましたから、不思議と初対面の気はしないんですけれど」 「……どんな話してたんだか」 「知りたいですか?」 笑う沙耶ちゃん。嫌な予感しまくりです。 「遠慮しときます」 「残念です」 そう言って、お湯を俺の背中にかける。 「次は前を……」 「絶対にノウ!」 それだけは断固拒否する。このシチュですら色々と恥ずかしすぎるというのに。 「……そうですか。それじゃ私、あがりますね。もう少ししたら夕食のはずですし、あまり入りすぎないでください」 「ああ、わかったよ」 沙耶ちゃんはそういい残し、風呂場から出て行く。 「……ふぅ」 俺は大きなため息ひとつ。 「助かった……」 「お楽しみでしたね?」 「ぅどわぁ!?」 今度は横からいきなり声がかかる。というかメフィはいつのまに実体化していたのだろうか。しかも全裸だった。いや風呂だからそれはある意味正しいのだが。 「退屈なんですよねー、せっかく契約者ゲットで物質界に実体化できるようになったのに、なんか今日はまたあの森に閉じ込められて」 「自分から好き勝手に出てこれるのは閉じ込められたとか言いません。ていうかお前、騙したな」 そっぽを向きつつ俺は言う。 「精神衛生上とても大事なのは事実ですよぅ。あそこはやわらかいお布団もなければ、あったかいお風呂だってないんですから」 「……そうなのか。いやそりゃ確かに同情するけど」 「まあいいじゃないですか、結果オーライで」 「よくねぇよ」 本当によろしくない。だがまあ、済んだことを色々といっても意味が無いのは確かである。 「……上がるわ、俺」 「もうですか? なんならこれからお酌とかするのに」 「俺は未成年だ、酒なんて飲まねぇよ」 「あらやだ残念」 相手をしていると本当に疲れる。嫌悪感が起きないのがまたつらい。いっそこいつが本当にただの邪悪な悪魔だったらどれだけ助かるか、と時々思う。 俺はメフィの文句を背に、風呂から上がった。 風呂場から出て、廊下を歩く。そして廊下を曲がる。 「おや。おやおや」 ……そこに、完璧に予想だにしない顔があった。 黒い燕尾服にシルクハット、そしてうさぎの耳。和風邸宅においてはもはや冗談めいた違和感しかない。 「時計屋の人……」 何で此処に? 「これは奇遇だな。いやはやしかし、何で此処に、という顔をしているな君は」 「いや、まさにその通り……なんで此処に?」 「御前様には御贔屓にしてもらっていてね。今夜は修理に出されていた柱時計を持ってきたのさ。いやしかし本当に奇縁だな、いやもしかするとこれは運命かもしれないね。そう思わないかい?」 「偶然の範疇でしょ、それ」 ありえないほど珍しい偶然だとは思うが。 「はははっ、まったくつれないな。だがそれがいい。逃げる兎ほど追いかけたくなるものだよ」 さわやかに笑う時計屋。 「しかし……うん、やはり言ったとおりだったね。君はあの時計の針を動かせたようだ。もっとも代償は安くはなかったようだが」 「あんた……知ってたのか」 あの時計の事を、永劫機の事を。その俺の問いに、時計屋は首を横に振る。 「さあ、なんのことだか判らないね。そもそもこの世に本当にひとの身に理解しえる真実などどれくらいあるだろうか? そんなものはありはしない。だからこそ人は永遠の探求者なのさ。ところで、だ」 「ん?」 急に話を変えてくる。唐突なものである。 「ここはいい屋敷だ。君もそう思うだろう? 古き良き日本という感じじゃないか。本土の敷神楽邸宅をそのまま丸ごと移築したらしいね」 「そうなんだ……」 たかだか二十年しかないはずのこの島の建物にしては古いと思ったが。 「ああ、まるで時がゆっくりと流れているような……むしろ止まっているとさえ感じるよ。だがそれは時として、よろしくない」 「なんでだ?」 「澱むのさ。御前は君やあの子たちといった若く新鮮な空気を入れる事で、色々と企んで、もとい。考えてはいるようだが。だがそれでも所詮は微風に過ぎない。この澱んだ空気を吹き飛ばす嵐にはなりえないのさ、今はまだ、ね。さてはて、君たちが大きな嵐となるのが先か、それとも澱んだ膿がやがて毒となりこの屋敷を腐らせるのが早いか……見ものだね」 その彼女の言葉に俺は反感を覚える。なんというか……危険があることを知りながら、観客席からそれを眺めて楽しんでいるような。 「趣味悪いな、あんた」 「ふふ、そうかい? 気を悪くしたなら謝罪しようじゃないか。だが歳を取ると人間観察ぐらいしか趣味がなくなってしまうのさ」 歳を取るって……どう見ても俺より年下だろう。 「さて、そろそろ帰るけど。不快にさせた詫びとしてひとつ忠告しようじゃないか」 ずい、と俺に顔を近づける。 「え、な、なに……」 耳元に顔を近づけ、囁く。 「獅子身中の虫に注意したまえ。そして虫は黄金に誘われて災禍を招くだろう」 「……?」 俺の戸惑いをよそに彼女は軽いステップで離れる。そしてうやうやしくお辞儀をひとつ。 「では御機嫌よう。君の往く道に、時の神々の祝福があらんことを」 一陣の風が吹く。俺が目を閉じ、再びあけた時にはもう……彼女の姿は消えていた。 「なんだったんだ、あれ……」 全く持って不思議な女の子だ。そう思いながら俺が戸を開けると、顔面に赤い何かが思いっきりぶつかった。いきなりの不意打ちだった。 「ぐおおっ……!」 顔を抑えて苦痛にうずくまる俺だった。鼻血が出ているのが判る。 「ああ、何やってんですか! 私のブレイズフェザーがっ!」 綾乃があわててかけより、それを拾う。鳥の形をしたロボットの玩具だった。 「よかったあ、傷とかなくて」 「傷ついたよ俺が!」 人身事故を起こしておいてそれとは全く持って恐れ入る。その玩具の説明書に、人に向けてはいけませんと書いてなかったのか? というか獅子身中の虫ってもしかしてこの事か。 「これ小学生の玩具じゃねぇか。たしかセイバー」 名前くらいは聞いたことがある。小学生たちの間で流行っているらしい。 「はー、駄目ですねぇ先輩。中学生や一部の大人にも大人気なんですよーこれ。おっくれってるーぅ」 「俺は高校生だ。そもそもそういう玩具に興味は無い」 否定する気は全くないが、俺自身はそういうのは卒業した。というか動くタイプのロボな玩具ってすぐ壊れるからあまり好きではないんだ、俺は。どうせなら観賞用のプラモとかに限る。大量のパーツを完璧に汲み上げた時の感動は素晴らしい。そういえば最近はプラモ買ってなかったな…… 「じゃあ何が趣味なんですか」 綾乃が言ってくる。挑戦的なこの態度はどうにかならないものか、と思う。俺は別にこいつに嫌われるようなことは何もしていない。こいつを嫌いたくなることは思いっきりされたのだが。まあいい、別に恥じるような後ろめたい趣味はしていないのだ。 「プロレスだよ」 俺は淀みなくはっきりと言う。だが綾乃はずざざざ、と引く。……なんでだ。そんなに引かれるようなことじゃないはずだぞ、プロレスは。 「うわあ、やだやだ破廉恥! 言うに事かいてプロレスごっことか! そんな、毎晩!? ベッドの……上ぇえええっ!?」 「とことんまで曲解してんじゃねぇよ!」 「まあいいですけど。でもこれいいですよ? 異能者なら、セイバーも異能出せるんですよ。ほら」 炎が出る。 鳥形のロボットが宙を飛び、全身が炎に包まれる。そしてその炎が形を変え、まるで刃のようになる。 「本当は飛べない、せいぜいジャンプや滑空が関の山ですが! 炎を操ることで飛行も可能なのですよ! うん、これはきっと鍛え上げたらそのうち私は空も飛べるようになりますね!」 「ふぅん」 最近の玩具というものは本当によく出来ていると思う。しかし…… 「お前、あのパンチでてつきり身体強化だと思ってたが」 俺を殴り飛ばしたあれだ。てっきりそうだとばかり思っていた。 「私は火炎系ですよ? あのパンチは普通に鍛えただけです。ていうか先輩の方がむしろ虚弱体質じゃないんですか?」 「誰が虚弱体質だ。このゴリラ」 「ひどいっ! 失礼ですよ先輩、そんなこと言うと燃やしちゃいますよ?」 「やめてくれ。しかし本当にびっくりしたな、あれで強化系じゃないとか」 「そりゃもう、鶴祁お姉さまに鍛えられましたから。忘れもしません、私が異能者とラルヴァの戦いに巻き込まれた時に、私はこの異能に目覚めたけど、制御できなくて大変なことになったときに……颯爽と現れたお姉さま! 私を助けたあの姿に私は一目惚れしたんですよー。そして私はここに転がり込んで先輩の厳しい修行を……ああ今も目を閉じればあの修行の日々が」 そして俺に目もくれずにトリップする綾乃。だがまあ彼女の気持ちもわからなくはない。俺も似たようなものだからだ。あの颯爽としたヒーローのような勇姿は、確かに今も俺に焼きついて離れない。 綾乃がいきなり俺をビシっと指差して言う。 「鶴祁お姉さまを自分のヒロインと思ったら大間違いですよ! 私視点のルートじゃ時坂先輩はお邪魔キャラの新キャラであって攻略対象ですらないんですからねっ! そこんとこしっかりと覚えとくようにお願いします!」 「だまれアホの子!」 頭痛くなってくる。先輩がラノベ脳ならこいつはギャルゲ脳か。 それに俺の立ち位置はお邪魔キャラよりも路傍のモブでありたいと思う。目立つとろくなことがないし。そもそも現に目立ってしまったからこそ綾乃に妙な敵視をされてしまっているのだ。 「綾ちゃん、祥吾さん、もうすぐ夕食ですよ」 廊下から沙耶ちゃんが声をかけてくる。 「うっす来たぁ! さぁ今度はのんびりと食っべるっぞー、ああいうお堅い雰囲気嫌いだからなー、あーおなかすいたー」 軽い足取りで向かう綾乃。それを俺たちは顔を見合わせ苦笑して、そして食堂に向かった。 大人たちは忙しかったのか少なくて、夕食は俺と同年代の少年少女たちばかりのような気がした。 そのおかげか、思っていた以上にのんびりと夕食を戴くことが出来た。 そして食事が終わり解散。俺は少し散歩することにする。ちなみにメフィには先に部屋に戻ってもらった。ゆっくりと散歩してみたい気分だったのだ。 「あ、先輩」 廊下を歩いていると、鶴祁先輩と遭遇する。 「ああ、祥吾君か。どうだ、この家は」 「ええ、まあ、まだ慣れてませんけど……」 「そうか。まあ住めば都というものだ。すぐに慣れる。彼らがそうだったように」 彼ら、とは綾乃とかをはじめとした異能者の子供たちだろう。 「彼らも君と同じだ。皆、御前のお気に入りだよ」 「それはなんというか……」 ご愁傷様、という言葉を俺は飲み込んだ。ほんの少ししか話してないが、あの老人の食えなさは骨身に染みた。妖怪爺イ、という代名詞がピッタリだ。あんなののお気に入りにされてしまったら、きっと人生がもう愉快でしょうがないことだろう。それを考えると自分の未来が心配になってくる。 「なに、手に負えない人ではあるが、諦めてしまえばどうということはないよ」 「フォローになってないよ先輩っ!?」 俺は叫ぶ。なんというか、ほんの少しだが、選択肢間違えたのではないかという気がしてくる。 「……でもまあ、やり手なのは本当に認めるよ。さっきの事といい、完璧に嵌められた」 異能の世界の現実を俺に見せつけ、覚悟を決めさせ、そして伊織の鼻を折り、沙耶ちゃんの身をあれから守り……他にも色々とメリットとかあってそうだな。本当にどれだけ考えているのだか。 「沙耶の事か。ああそうだな。仮に君がここに来てなかったら、沙耶は私か、あるいは綾乃君だとか……そういった者の世話をすることになっていただろうが。ふむ、御前も人が悪い。荒療治とはいえ、釜蔵の勘違いを利用してのあの仕打ち……私も少しは同情したが」 「同情したんだ」 それにしては殺気に満ちていた気がする。傍から見ていた俺も寒気がした。 「誰にでも、あることなのだよ」 先輩は寂しそうに笑う。 「誰にでも……?」 「ああ。生まれつき力を持っていた者、厳しい修行で力を身につけた者、何かの要因で力を得た者、あるいは目覚めた者……それぞれ様々な経緯があるだろう。だが異能の力を得たものは、時期や個人の差はあれど……皆一度は力に溺れる」 「力に……」 「私もそうだった。私の場合は、異能……永劫機アールマティの力、というよりは剣の腕だったがな。鍛えた技でラルヴァを打ち倒す。まるで自分が、小説の主人公になったようだった」 「……」 それは……わかる。 先輩や先生と会って、事件に巻き込まれただけで、俺の胸には言いようの無い高揚感と期待感が溢れた、あの時の自分を思い出してしまう。 「君もそうだ。何時の日か必ず、力に溺れてしまう。その時に、正道に立ち戻れるかどうか、だ。自分の力だけで立ち戻るのはとても難しい。私も、先生に叩きのめされて自分の無力を知らしめられ、我に返った。恥ずかしい話だがな」 そういうことがあったのか……。本当に人に歴史ありだな。さっきの綾乃の言葉ではないが、みんなそれぞれの物語を生きているんだと実感する。 「君にもいずれ来るだろう、必ず。心得て欲しい。自我の肥大化と呼ばれる傲慢と増徴は君の、我々のすぐ後ろに在る。だからこそ我々は双葉学園という、異能者を育てる学園で、心を鍛え、力を鍛えるのだ。そして一人で迷ったときには、すぐ側に誰かがいる事を思い出すんだ」 「はい」 俺はその言葉を心に刻む。 ……しかし本当に、そこまで見越して……ん? 伊織の根性叩きなおすのが凌戯老人の目的なら…… 「……ていうか、もしかして俺、あの爺さん達に利用された? あいつの根性叩きなおすために」 「察しがいいな。君は思ったより聡明のようだ」 「うぉい! 当て馬かよ俺は!」 とことんまであの老人に利用されている気がするのだが。本当に選択間違ったかなあ…… 「当て馬とは言い方が悪いな。きっと御前は、君を奴の好敵手として配置しようとしているのだろう。お互い磨きあい切磋琢磨する。いい関係ではないか」 「そりゃ、あいつが改心してそうなるんならまあ別にそれはいいけどさ……」 あくまでも心を入れ替えてくれたら、だ。少なくとも今の伊織は絶対に好きになれないタイプである。というか怖い。目の前にすると萎縮し、震えて怯えてしまう。 「……そうだ」 それで思い出した。 「ここに来てた変な時計屋に、忠告受けたんだけど」 「ふむ? 時計屋……さあ、私には心当たりないな。何といわれたんだ?」 「ええと、たしか……獅子身中の虫に注意したまえ。そして虫は黄金に誘われて災禍を招くだろう……って」 「ふむ」 先輩は顎に手を当てて考え込む。 「裏切り者、スパイがいるということか……まあ、そういう可能性はあるだろうな」 「あるんですか」 「異能の血の一族というものは闇を抱えているものだ。その裏切りの芽を抱えたまま、清濁あわせて呑み込む度量が当主には必要とされる」 「……まあ確かに」 あの妖怪ジジイを見れば納得できる。 「実力主義の世界だからね。より大きな器を見せれば、裏切りの芽もすぐに取り込めるというわけさ。まあ、言うは安しだがね」 そうだろう。少なくとも俺にはそんな度量はない。 「むしろ気になるのは後半の部分だな」 「黄金に誘われて災禍……のくだりですか?」 「うむ。祥吾君は異能者となってまだ日が浅いな。だから聞いたことがないかもしれないが……」 先輩は言う。固い響きを声に乗せて、噛み締めるように。 「我々には幾多もの敵がいる。そのうちのひとつが……【黄金卿】と呼ばれるモノだ」 「黄金卿……?」 「人の欲望を刺激し、闇へと誘う黄金の魔術師。異界にあると言われる黄金螺旋劇場に住まい、人々を嘲笑う……邪悪だ。グリムと呼ばれるラルヴァを操り、人間をラルヴァへと化生させるという」 「人間をラルヴァに……?」 「ああ。ゆがんだ悪意によって紡がれた物語の仮面を人にとり憑かせ、その物語の主人公に似せたラルヴァへと変質させる。私も一度戦ったことがある」 「そんなのがいたんですか……それが気になると」 「ああ、いや、黄金というくだりが気になっただけだ。そんなに気にすることではない」 「なるほど。まあ、注意します」 「ああ。時間をとらせてしまってすまなかったな。おやすみ」 「はい」 そして俺は先輩と別れ、部屋へと戻る。その道中、先ほどの会話を反芻する。 物語の主人公……か。 俺は思う。危なかったかもしれないな、と。ヒーローなんていないと言いながら、何よりもヒーローに俺は憧れていた。今となっては馬鹿馬鹿しい話だが、憧れ、渇望していた。非日常に。そしていざ非日常が俺の目の前にくると……案の定のめりこみ、大切なものを失いかけた。 いや、まあある意味失ってしまったわけでもあるが。一番大切なものは取り戻せたが、代わりに自分の命の時間を失い、妙な悪魔っ娘にはとりつかれるハメになった。それを後悔はしていない。だが俺は身の程を知ったわけだ。……だからといって、戦う事を諦めたわけじゃないのだが。 だが、そうなる前の俺だったら。英雄願望にとり憑かれ、その黄金卿とやらの力に魅入られていた可能性は高いだろう。 ……まあ、もしものことをいくら考えてもどうにもならない。時を止める事が出来たとしても、覆すこともやり直すことも出来ないのだから、これからのことを考えて前に進むしかないのだ。 そう考えながら、俺は自分にあてられた部屋へと戻った。 * * 敷神楽家の夜は更けていく。 幾重もの結界によって守られた屋敷は、周囲の喧騒すらもシャットアウトし、敷地内の庭の虫の音ぐらいしか聞こえない。騒がしくもなくさりとて静寂すぎることもない、虫の合唱。 住む者にとって心地よい環境のそれを、敷神楽凌戯は大嫌いだった。 (人間が、いねェんだよな) まるで箱庭だ、と凌戯は思う。住む者が心地よい環境を作るのはよいことだ。それを否定する気はない。自分とて真夏にクーラーの聞いた喫茶店やファミレスで、ウェイトレスの尻やミニスカートを眺めるのは大好きだ。 だがここは違う。外界と完璧に隔絶する事を目的に造られている。風水だ。建築様式自体が結界なのだ。それはいい。だが屋敷を移築する時、その結界ごと移築せざるを得なかった。建物の資材ばかりでなく、建築方式、設計そのものに結界が仕組まれているのだ、確かにその結界のみ外すなど出来ようもない。ここまで来ると呪いの類であった。 確かに呪いの一種ではあるのだろう。病的なまでに他人と……否、一般の人々との距離をとろうとしている。結界を諦めるという手も考えたが、それは許されなかった。霊的防衛を考えれば当然だった。 「御前、まだお休みになられないのですか」 襖が開き、鶴祁が現れる。 「なんだ。鶴祁か」 「はい。お邪魔でしたか」 「いや、いいさ」 「はい」 襖を閉め、鶴祁は凌戯の側に座る。 「彼のことを、考えていたのですか」 「判るか」 「はい。彼は御前のお気に入りでしたからね」 凌戯はお茶をすする。 「……まァな。それが今となっては仇になっちまったかもしれねぇがよ」 「想いは、伝わるものです。先生の想いが、私や祥吾君に伝わったように」 「だと、いいがなァ」 凌戯は苦笑する。自分はどうにも人生経験が足りない。人を罠に嵌めるのは得手でも、人を育てるのは不向きだ。それは吾妻には叶わないと自認している。吾妻は術者としての才能はどうしょうもなく無かったが、代わりに剣の腕と、そして人を見極め、育てる才能は高かった。だが、才の高さが本人の幸せに繋がるかといえば必ずしもそうではなかっただろう。特に人を育てる才能だ。吾妻は、戦士を育てることを厭っていた。さもありなん、戦うたびに自身が傷ついていたのだ。その傷を他人に押し付け背負わせることを彼は良しとしなかった。 だから凌戯は、家訓を盾に鶴祁を吾妻に押し付けた。魂源力の素質こそあるものの、それを異能として発言していなかった鶴祁を、敷神楽の家訓の元に吾妻に仕えさせたのだ。思惑通り、他人を召使、下僕として従える事を良しとしない吾妻の美意識は、鶴祁を側女としてではなく弟子として受け入れ彼女を鍛える事とした。そして計画通りに鶴祁は吾妻の意思と術を受け継ぎ、いずれ敷神楽の家督を譲れるであろうほどに強くはなった。 だが……今にして思う。それは本当に正しかったのか。 自分が鶴祁を彼に押し付けたことが、吾妻の凶行の一因ではないのか。 鶴祁にも、もっと別の人生があったのではないのか。 自分はただ人を罠に嵌め枠に嵌め、自分の理想に利用しているだけで……それは詰まるところ、異能者の血筋を守り国家霊的防衛の名の下に非道を繰り返してきた、先人たちと何ら変わらぬのではないのか。そういう思いが頭によぎる。人と異能者の、血継種の者と変異種の者の理解と共存……それを理想と掲げながら、その理想のために様々なものを犠牲にするなら、それは何も変わらぬ外道の所業に他ならない。 (歳かな、俺) かぶりを振り、その考えを頭から追い出す。どうにも最近、湿っぽくなっていけない。 「他の奴らどうしてる?」 「学園のほうから急な仕事が入りました。ラルヴァ討伐の。それに向かいました」 「忙しいこって」 凌戯は煙草に火をつけ、大きく吸い、そして吐く。 「俺らは暇なのが一番なんだがな」 「同感です」 「だったら隠居しろよ、クソジジイ」 部屋の静謐な空気が粘着質の悪寒を帯び。そして震える。悪意を孕んだ声が響いた。 「な――!?」 次の瞬間、襖が吹き飛び、緑色の粘液が雪崩れ込む。 「しまっ――!」 完全な不意打ち。まさか結界に守られているこの邸内でこのような襲撃が起きるとは思わず油断していた。懐中時計に意思を送るまもなく、その手足が粘液によって壁に縫い付けられる。 「……っ!」 硬化していく粘液。手にした懐中時計ごと完璧に封じられてしまった。 「お前は……」 びちゃり、ねちゃり、と音を立てて、闇の中から現れる姿。染め上げた金髪にピアス、凶暴性に歪んだ顔。 「釜蔵……伊織……!」 「イエス。アイア~ムヒーロー……ってなァ。クカカッ、いいザマだぜ当主様方よォ」 粘液に捕まった二人を伊織は嗜虐に満ちた表情で嘲笑う。 「伊織! なんだこれは。在り得ない、お前は……!」 鶴祁は叫ぶ。在り得ない。釜蔵伊織の能力は忍者の家系の血継が成す、身体強化だ。そしてその身体強化を応用して修行と訓練を行い、様々な忍術を会得することもできる。だがその忍術の数々は異能の力ではなく、鍛えた末に届く境地、技術でしかない。このような力は、伊織には在り得ない。 「ところが在り得てるんだよ」 伊織は笑う。 「イイぜぇ、この力は。俺はもらったんだ、あの人に。そうだ、この力、この仮面、これだよ! これさえあれば俺は、俺はァ……!」 その言葉に、鶴祁は把握する。力をもらった。仮面。それはつまり…… 「黄金卿……貴様、黄金卿に魅入られ、魂を売り渡したのか!」 黄金卿は力を求めるものに力を与える。寓話を加工した、人の欲望を抽出し容取った仮面と共に。そしてそれを受け取った者は、黄金卿に魂を売り渡したものは、人ではなくなる。ラルヴァと成り果てるのだ。 偶像を演ずる者へと。仮面舞踏会を踊る、偶像演者(グリムアクター)として、人々に邪悪と恐怖を撒く為に。 「バカめ。力に呑まれおったか……」 凌戯は力なく吐き捨てる。 「呑まれた? 馬鹿言うな、力を得たんだよ!」 伊織は笑う。それに対し、凌戯はがらんどうの声で言った。 「薄っぺらいな、お前ぇ」 「あ……?」 「悲しいなあ、哀れだなあ、お前はまるで昔の俺だ。力ぁ手に入れて、有頂天になって振り回して、足元を何も見てやしねぇ。それ以外の何も無くて、それに気づこうともしねぇ、本当に、俺そっくりだ」 「あぁ……? 何ウタってんだジジイ」 「だが、お前は俺じゃねぇんだなあ。そんな簡単なことに気づかなかった。俺ん時みたいに、よぉ。荒療治で頭冷やさせようとしても、駄目だったかぁよ……情けねぇ。目ぇ覚まさせられなかった。当然か。俺はお前じゃねぇもんなぁ……修、俺もおめぇのこと言えねぇぜ、ははっ。ガキだなあ、俺も」 「何言ってるかわかんねぇ。ああ、もういい、てめぇは死ね。安心しろ、敷神楽は俺が支配してやるよ!」 短刀を振り下ろす伊織。 「御前!」 鶴祁が叫ぶ。それに凌戯は力なく笑う。そうだ、これは報いだ。自身の理想と使命しか見ずに、人を見ようとしなかった、人を育てようとしなかった罰なのだろう。見るべきだった。育てるべきだった。向かい合うべきだった。言を弄さずに、真摯に立ち会うべきだったのだ。吾妻のように。だが凌戯はそれから逃げた。 だからこれは、仕方が無いのだ。 (因果応報、ってヤツだぁなぁ……後は頼むぜ、若いの……) 老人はその刃を黙って受け入れ―― 炎の刃が飛来する。 「っ!?」 伊織は振り下ろしていた短刀でそれを迎撃する。 破砕音が響き、地面に落ちたのは……炎に包まれた玩具だった。 「ああっ! 私のブレイズフェザーが真っ二つにっ!」 綾乃の悲鳴が響く。それはそうだろう。いくら異能を発現するとはいえ、セイバーギア自体は玩具である。実戦では不意打ち程度、目くらましの囮程度にしか役に立つはずが無い。だが…… 「ッ……、チッ」 それでも綾乃の火炎能力を極限まで絞り込んだセイバーギアの炎の刃は、伊織の持つ短刀を根元から焼き溶かしていた。刀身が落ち、焼ける匂いを立たせる。 伊織は凶相で睨みつける。現れた四人を。綾乃を、沙耶を、そしてその後ろにいる、悪魔を連れた少年……時坂祥吾を。 「まァた、てめぇかよ……」 * * トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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元が縦書きなのでラノ推奨 ラノで読む 「私はこうして、すべてを清算しなければ、モトの虚無に帰ることが出来ないのです」 夢野久作〈少女地獄―火星の女―〉 ※※※ 0 「怪人ジョーカーの噂って知ってる?」 夕日が差し込む放課後の教室で、数人の少女たちが他愛もない噂話をしていた。 「勿論知ってるわよ、なんでもピエロの格好した凄い美少年だとか」 「でも出会って怪人の質問に答えられないと殺されちゃうんでしょ、怖いわ」 「大丈夫よ、怪人は美少女のところにしか来ないって話だしあんたは大丈夫よ」 「ちょっと、それどういう意味」 「じゃあ私は危ないわね。気をつけなきゃ」 「でもそんな怪人が現れたって公式記録はないんでしょ、そんなのがいたら学園側が放っておかないんじゃない。やっぱりただの噂なんじゃ」 「でも実際行方不明になってる女子生徒は多いのよ。学園側は隠そうとしてるみたいだけど。私の友達の友達が突然行方不明だって」 「何それ、怖いじゃん。ほんとなの?」 「さあ、でもやっぱり噂だけだしね」 「でも噂って言ったらあの子のことも大分あれだよね」 「あの子?」 「うん、隣のクラスにいた桜川さん」 「ああ、あの死んじゃった……」 「ちょっと、不謹慎でしょ」 「それで、桜川さんがどうしたの? まさかあの子の幽霊がでるとか?」 「うん、それがね。実は――」 彼女たちがそう噂話をしていると、がらりと教室の扉が開かれ、白衣を着た女教師がそこに立っていた。 「あなたたち早く寮に戻りなさい。もう締めちゃうわよ」 「はーい。じゃあね羽里先生―」 生徒たちは怒られたくは無いな、とすぐにそこから立ち去ってしまった。 教室の戸締りをしにきた若いその女教師は、夕日が差し込む窓から空を見上げ、黄昏るように少し前のことを思い出していた。 「怪人ジョーカー、か……彼は一体いつまで戦い続けるのかしら」 ) 第一話 1 春は出会いの季節なんて言うが、閉鎖的なこの双葉学園において新たな出会いなんてあまりない。 それでも春休みが終わり、新学期が始まればクラスも替わり、多少は周りの景色が真新しい物に変るのだろうと藤森飛鳥《ふじもりあすか》は思っていた。 確かにクラスメイトは変る。だけど、だからといって自分の灰色の日常が満たされるわけではなかった。 異能者を育てる双葉学園に置いて、非能力者である彼には肩身が狭かった。 勿論この学園には多くの非能力者の生徒たちがいる。 ラルヴァを肉親に殺され引き取られたもの、ラルヴァ討伐の補助を学ぶもの、様々な事情と目標をもった人たちがこの学園に席を置いている。 だが飛鳥には何もなかった。 ただ流されるように、いつの間にか双葉学園にいた。 もう高等部の三年生だというのに、進路も何も考えていない。 このままでいいのだろうか、そう自問してもいつも答えはでない。 「藤森君――」 自分に何が出来るのか、彼にはそれすらもわからない。中途半端な無能者。飛鳥は陰鬱な気持ちから抜け出せないまま日々を過ごしていた。 「藤森飛鳥君!!」 「――え?」 飛鳥が物思いに浸っていると、突然名前を呼ばれ、吃驚して椅子から転げ落ちそうになってしまった。 「もう、何をぼーっとしてるの藤森君。もうすぐ始業式が始まるんだからしゃきっとしてよね」 彼らは新しい教室で始業式が始まるまで待機していた。 クラスメイトが新たなクラスで交流を深めている中、飛鳥は一人窓の外を眺めているだけ。そんなところに彼女は突然話しかけてきたのである。 「い、委員長……」 「まだ委員長じゃないわよ。ちゃんと名前で呼んでね」 「ああ、ごめん雨宮」 そうは言ってもまた今年も彼女がクラス委員をするのだろう。委員長なんて面倒な仕事を進んでやるのは彼女くらいしかいないと飛鳥はわかっていた。 委員長こと雨宮真美《あまみやまみ》はいかにも委員長といった風貌である。長い三つ編みの髪の毛に、頭のよさそうな丸眼鏡。それでいてどこか強気な感じを思わせる目つきがまた印象的だ。 飛鳥と雨宮は腐れ縁で、双葉学園に入学してからずっと同じクラスで、飛鳥は彼女がそれまでずっと委員長をしていたのをよく知っている。 「ねえ藤森君、ちょっと頼みたいことあるんだけど……」 「え、なに。そんなあらたまって」 (いつも何でも自分ひとりでこなす雨宮が僕なんかに何かを頼むなんて珍しいな) そう飛鳥は思っていた。いや、今まで飛鳥が助けられたことはあっても彼が雨宮に何かをしたことはなかった。 「あのね、今ここにいない生徒を呼んできてもらいたいの。私はほら、ちょっと先生に頼まれた用事があるから」 「またなんで僕が」 「だってこのクラスで知ってる顔は藤森君だけなんだもん。ねえ、いいでしょ」 「ふぅん。雨宮でも人見知りするんだ。いいよ、僕は雨宮に借りがいっぱいあるし。行って来るよ」 「よかった、それでね、呼んできて欲しいのは特殊異能研究室にいる桜川さんのことなんだけど――」 「桜川……? そんな奴三年にいたっけ」 「知らないのも無理ないわね。もうずっと特研室にいるから。でも、私と同じクラスになったからにはきっと桜川さんをクラスに馴染ませるわ」 雨宮はそう息巻いていた。その眼は輝きに満ちている。 (雨宮はいい奴だけど、こういう善意の押し付けがあるのが少し玉に瑕だな。その桜川って奴が教室にこないのにはきっと理由があるんだろうけど、雨宮にはわかんないだろうな) 強者に弱者の気持ちはわからない。 弱者に強者の気持ちがわからないのと同じように。 それでも飛鳥は恩のある雨宮の頼みということで、渋々その桜川という人物のところに向かうことにした。とりあえず声ぐらいはかけておけばいいだろう、と。 「それで、その桜川って、下の名前は?」 「桜川夏子《さくらがわなつこ》さん。私は会ったことないんだけど、評判じゃとても可愛い女の子らしいよ」 特殊異能研究室。通称特研室は、一般的な異能力とはまた別の、変った能力者を研究する特別教室の一つである。“カテゴリーF”という概念が消えて以来、この教室が使われることは稀になっていた。 使われなくなったのをいいことに研究室に入り浸っている生徒、それが桜川夏子だという。それを飛鳥は先ほど雨宮から聞いていた。 数年前、カテゴリーFの烙印を押された彼女は、この研究室で様々な実験を受け、その研究が終わっても桜川は教室で授業を受けることもなく、この部屋で特別に個人授業を受けているという。 飛鳥は桜川のことなんて今日まで聞いたこともなかった。 カテゴリーFは“制御が困難で味方まで巻き込みかねない危険な能力”が基準の概念である。 差別を生みかねないため、そのような評価は数年前に廃止されたのだが、それでも一度そう評価された本人たちや周りの人間たちには忘れえぬことなのかもしれない。 しかし、そんな危険な能力を得るくらいならば、非異能者のままでよかったと、飛鳥はそう考えてた。 異能力なんてものを手にしても、自分にはどう扱っていいのかわからない。ラルヴァと戦う勇気もない。きっと逃げ出してしまうだろうと、飛鳥は冷静に自己判断をしていた。 飛鳥の二つ下の妹も同じように一般人枠でこの学園にいる。彼は妹も異能者でなくてよかったと安堵する。もし異能力に目覚めて、ラルヴァと戦うなどと言い出したら、飛鳥は心配で眠ることもできないだろう。 力を得ることは嬉しいことだが、過ぎた力は周りも自分も焼いてしまう。 しかし、望まぬそんな強大な力を得てしまったカテゴリーFの生徒、桜川夏子は一体どういう気持ちでこの研究室に篭もっているのだろうか。 飛鳥は高等部の教室から少し離れた場所にある研究棟に向かう。そこにその特研室があるはずだ。 薄暗い廊下を渡り、様々な研究室のその奥にそこはあった。 重圧な電子扉の向こう側から異様な空気が流れ出ている気がする。勿論気のせいなのだろうが。 飛鳥は扉を軽く数回ノックする。そして、数秒の間返事を待っていると「誰?」と、か細い今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。 「あ、あの、僕は今日から一応同じクラスになった藤森飛鳥だけど、桜川さんだよね?」 「そうだけど、何の用?」 「いや、始業式始まるから呼びに来たんだけど……」 「ふぅん。今まで始業式なんて出たことないんだけど」 「あのさ、ここ開けてくれないかな。こんな扉越しじゃちょっと話にくいし」 ドギマギしながら扉の向こうにいるであろう少女の返答を待つ。すると、小さな電子音がしてロックされていた扉が音を立てて開けられた。 「し、失礼しまぁす」 飛鳥は緊張しながら中に入っていく。中は真っ白な部屋。もっと計器などの機械が雑多に置いてあると思ったが部屋は随分殺風景であった。多少の計測類と、白いベッドがそこにはあるだけであった。 そのベッドの上に、少女が一人腰掛けていた。 そこにいたのは絶句するほどの美しい少女。飛鳥が今までテレビの中ですら見たこともないような綺麗な少女がそこにいた。 子供のように小柄ではあるが、その憂いを帯びた眼差しは、大人びた雰囲気があり、彼を圧倒している。 飛鳥はその美しさに恥ずかしくも、見惚れて動けなくなってしまった。自分が今、この世にいることすらも忘れてしまいそうな、非現実的な美貌の少女。 しかし、一番に眼を引くのはその美しさではなく、その少女の長い髪の毛にあった。それは真っ白な、まるで天使の羽のように穢れが一切無いかのように純白である。 白い空間に溶け込むようにその白い髪は艶やかで、彼女の儚さと美しさを際立たせていた。 学園指定のブレザーではなく、何故か真っ黒なセーラー服に身を包んでいるため、その黒衣と妖艶な雰囲気が相まって何故か“魔女”という単語が飛鳥の頭によぎった。 「何年ぶりかしら、生徒が私のところに尋ねてくるなんて」 その美しい少女、桜川夏子は透き通るような声で彼にそう言った。 「何年ぶりって、そんなに誰とも会ってないのかよ……」 「そうよ、みんな私を恐れるか、気味悪がるかのどっちかよ。私はそれでも構わないけど。どうせ下らない人たちと解り合えるとは思えないもの」 桜川は吐き捨てるようにそう言った。 何もかもを諦めている、何もかもを見下している、そんな瞳でそう言った。 「それで、あなたはどっちなのかしらね」 桜川は飛鳥を試すような目つきで見つめる。 「別に、ただ、可哀想だなって……」 彼は素直に、率直にそう言った。すると、桜川はきょとんとした顔をして呆れているようであった。 「可哀想、ね。そんな風に私をバカにした反応を示したのはあなたが始めてよ」 「別にバカにしたわけじゃないよ。色々と面倒だろ、カテゴリーF種の能力なんて。僕は非異能者だから能力者の苦悩とかわからないけどさ」 「へえ、あなた能力者じゃないんだ。道理でね……。わからないんでしょう、異能者の恐ろしさっていうのを」 「ああ、知らないよ。僕は能力者の戦いすらまともに見たこともないからね」 「そう、ふぅん」 桜川はその細い身体をベッドから立ち上がらせ、飛鳥のもとに近づいてきた。少女独特のいい匂いが僕の鼻先を刺激する。 目の前に美しい女の子がいるなんて状況に、彼は胸を高鳴らせる。気づかれていないだろうか、と心配になる。 「あなたって私の弟と同じ目をしてるわね」 「弟?」 「そう、二つ下の可愛い私の弟。弟のように、どこか深い闇を持ってる瞳だわ」 「深い闇って、そんなもの僕にはないよ」 「どうかしらね、あなたっていつも“世界なんて滅びてしまえ”とか考えてないかしら」 「そ、そんなわけないだろ!」 あまりに心外だ、僕はそんな危険思想を持ってはいない――そう心の中で叫んでも、本当にそうなのか自分にもわからなかった。 「本当かしらね」 桜川は吐息がかかりそうな程に彼の顔まで近づいてきた。 白く美しい顔が目の前に存在する。飛鳥は直視することが出来ずつい顔を逸らしてしまう。 「そ、そんなことよりさ、始業式始まるって……」 「出ないわよ。教室にも戻ることはないわ」 そう言って僕を突き放すようしてベッドにまた座り込んでしまった。 「そうか。僕は教室に戻るよ」 「じゃあね、飛鳥君」 彼女に背を向け、飛鳥は部屋から出ようとした。その瞬間、彼の背中に彼女はこう声をかけてきた。 「私あなたのこと気に入ったわ。たまには遊びにきてね」 飛鳥はまた明日にでも足を運ぼうかと考えた。 ※ 雨宮真美は彼を桜川夏子にところに向かわせたことを少しだけ後悔していた。 雨宮も桜川のことを遠くから見たことがあった。そして彼女もまた、桜川の美しさをよく知っていた。それ故に色々と心配であったのだ。 (はぁ、飛鳥君が桜川さんのこと好きになっちゃったらどうしよう……) 雨宮は初めて飛鳥と出会ったときから彼のことが気になっていた。 学園に入学してきた中学のときからずっと彼を見ていた。 いつもどこか斜に構えているのに、子供っぽく、それでいて弱さゆえの繊細さと優しさをもつ心。表情を隠すような長い前髪の奥にある綺麗な顔立ち。その全てが雨宮にとっては魅かれるものであった。 教師に頼まれたとはいえ、そんな彼を美貌の少女である桜川のところへ向かわせたために、雨宮は落ち着きがなかった。 それでももう飛鳥は行ってしまったので、今さらどうしようもない。 (それに、やっぱり私が桜川さんのところに行くのは無理だしね――) 雨宮は自分が桜川に嫌われていることを理解していた。 いや、面と向かって言われたわけではないのだが、恐らく桜川は彼女のような優等生タイプ、善意を押し付けるタイプを毛嫌いしているであろうことはわかっていた。 それでも雨宮は、桜川をクラスに溶け込ませたいと思っていた。偽善なのかもしれない。そうだとしても雨宮は自分のそういう考えを否定するつもりはなかった。 「おい雨宮。何を考え込んでいるんだい。君らしくもない」 「あ、四谷先生。それで、私に用事ってなんですか?」 四谷と呼ばれた教師は廊下で待っていた雨宮に話しかけた。どうやらこの若い教師が飛鳥や雨宮の担任らしい。 四谷正治《よつやせいじ》は生徒から人気があり、特に若くて二枚目なためか、女生徒からの支持が高いようだ。しかし、雨宮はどこかこの教師に苦手意識を感じているようである。 (なんでかしら、どうにも信用が出来ないのよね。若い先生は多くいるのになんでかしら……) 雨宮自身もこの嫌悪感が何に由来するものなのかわからなかった。それでも露骨に避けるわけにもいかず、彼女は四谷の頼みを聞くことにした。 「悪いな雨宮、頼みを聞いてくれるほどいい生徒なんてお前以外にいないからな」 「そうですか。四谷先生の頼みならいくらでも聞いてくれる生徒なら沢山いるんじゃないでしょうか。特に女子は」 「いやはや手厳しいね。キミは僕をそんな風に見てるのかい」 「いえ、別に。すいません」 二人は廊下を歩いていく。もうすぐ始業式が始まるというのにこの教師は何をしたいのだろうか、と雨宮はいぶかしんでいる。 「先生、何をするんですか?」 「うん、まあちょっと資料の整理をね。大丈夫だよ始業式までには終わる。よしんば間に合わなくても僕の手伝いだって言えば怒られないだろう」 「そうかもしれないですけど、そんないい加減でいいんですか?」 「ははは、あまり生真面目過ぎても人生つまらないぞ雨宮。少しは気を抜かないとな」 四谷とそんな風に雑談をしながら二人は資料棟の地下に向かっていく。電気が通ってないのかそこは薄暗く、雨宮はこんなところに来たことがなかったために、少し不気味に感じていた。 「先生、何の資料を整理するんですか。ここってあまり使われてないですよね」 「ああ、資料室というよりは倉庫と言ったほうがいいだろう。いらなくなった資料がここに溢れているのさ」 そう言って四谷は歩を進め、どんどん奥へと一人で行ってしまう。 「ま、まってください」 雨宮は置いていかれないように駆け足で四谷についていく。 やがて資料棟地下の最深部に行き着く。 その最後の部屋の扉は重厚な電子ロックがされた機械の扉であった。 「ここは、こんな厳重に何の資料が保管されているんですか……?」 「双葉学園の暗黒史、さ」 「え?」 「ここには外部に漏れたらまずいものが大量にあるのさ。学園にとって致命傷になりかねないものがね」 「そ、そんなものをどうするんですか先生……。ましてや私になんか」 雨宮は不穏な空気を感じ取り、この場から逃げ出そうと思ったが、まだ四谷が何をしようとしているのか確信がもてない。 「キミにも見てもらいたいのさ。キミだって許せないはずだ。もしこの学園が裏で何かをしてきたというのならね」 「そうですけど、だけど先生、そんな重要な資料があるならその扉を開けることなんてできないんじゃないんですか」 「そうだね、何重ものロックがかけられているし、踏み込めば警報がなり僕らは消されるかもしれない」 「じゃ、じゃあ諦めたほうがいいんじゃないんですか」 「普通、ならばな。だけど僕にはそんなものは意味がないのだよ」 四谷は電子扉にぴたりと、掌を置いた。 「残念だが僕は普通じゃないんだ」 そう言った瞬間、電子扉のロックは解除されたようで、次々と扉が開かれていく。警報も作動してないようである。 「ど、どうして……まさか異能……」 「そうだ、これが僕の異能だ。異能力は何もキミたち子供だけの特権ではないんだよね」 そう言って四谷は邪悪な笑みを浮かべ雨宮を見つめた。 どうやら四谷は電子を操る力を持っているらしい。だが、彼が異能者だということは誰も知らない。つまりそれは、彼が異能を隠して学園に潜入していたということ。 (な、なんなの。何が目的なの――) 雨宮は恐怖を感じ、後ろを振り向いて逃げ出そうとしたが、四谷はその腕を掴んだ。 「は、離して!」 「そうはいかない。キミにも知ってもらわなければならない」 そう言って四谷は雨宮を資料室の中に引きずりこんでしまう。 そして、重厚な扉が閉まり、鍵がかけられ、もう逃れることはできなくなってしまった。 2 桜川夏子という、なんだがあまりに非現実な存在を見たせいで、始業式なんて出る気にならないな。 藤森飛鳥はそう考えながらブラブラと校舎を歩いていた。 もう既に始業式が始まっている時間のせいか、どの教室にも人はいない様子だ。教室には鍵がかけられているため、教室に戻れないのでどうしたものかと飛鳥は考えていた。 (しょうがない、あそこにいくか――) 飛鳥はまた別の場所に足を向け、がらんとした校舎を歩いていく。 彼が歩を止めた場所は保健室の扉の前。 ラルヴァ討伐や、実戦訓練などで怪我する生徒もいるので、学園内には数多く医務室が存在する。その中でもここはあくまで内科系のみの保健室だ。あまりここを利用する生徒はいない。精々彼のようにさぼりにくる生徒がいるくらいだ。 (保健室のベッドで寝かせてもらうかな) 飛鳥は特にノックもせずに扉を開ける。 「失礼しまーす。気分悪いんで休ませてくださーい」 常時開放状態になっているため、なんなく入ることは出来た。 (あれ、誰もいないのか) 返事が無く、どうやら保険の教師は席を外しているようだ。 鼻を刺激する薬品の臭い、清潔感が溢れる白を基調にした部屋。保健室の無機質さは、さっきの桜川がいた場所と似ているな、飛鳥はそう感じていた。 飛鳥は保健教師がいないのも気にも留めずにベッドに向かう。ベッドを閉ざしているカーテンをシャっと開けると、飛鳥の視界に有り得ないものが映った。 「お前――!」 「やあ“僕”。気分が悪いだなんて嘘はいけないね」 そこには飛鳥とまったく同じ顔をした少年がベッドに腰掛けていた。 しかし、その少年は飛鳥と違い、学生服の上にピエロのような服を着ていた。先が二つに割れているピエロ帽子に、ひらひらしたマントと首にはギザギザした付け襟、手もすっぽりと手袋で覆っていて肌の部分は顔しか見えていない。しかしピエロの格好というにはあまりに全てが真っ黒であった。派手な色は一切ない、何もかもが暗黒の装飾。 そしてそれらが際立たせる不気味なまでに白い顔。左右の眼の下にそれぞれ涙と星のペイントが施されている。 そんな珍妙な格好をした自分と同じ顔をもつ少年を見て、飛鳥は彼を睨みつけるだけであった。 「なんでそんな怖い顔をするんだい」 「なんで出てきた。最近はずっと出てこなかったじゃないか」 「出てくる必要があったからさ。戦いの時が迫っている」 「戦いだって、ふざけるな。お前なんかただの幻覚だ、僕が見てるただの夢だ」 「僕が幻覚ならキミは異常者ってことになるね」 「違う、僕は異常者でも、ましてや異能者でもない。戦いなんて、しない!」 「キミは戦う必要は無い。ただ僕に身体を委ねてくれればいい。僕はどこにもいないし、どこにもいる。誰でもないし、誰でもある。だから僕がこの世界に干渉する方法はキミを介するしかないのさ」 「いやだね、消えろ道化師《ジョーカー》!」 飛鳥は自分の顔をした人物、道化師姿の少年にそう激しい言葉を発した。 道化師は特に怒った風でもなく、少しだけ溜息をついて飛鳥を見つめる。 「な、なんだよ……」 「望む望まないに関わらず、キミは必ず戦渦に巻き込まれる。それだけは覚悟しておいた方がいい」 「うるさい、消えろ消えろ消えろ!」 飛鳥は取り乱したように眼を瞑り、そう叫んでいた。 「藤森君、どうしたの?」 突然背後からそう声をかけられなければ飛鳥はいつまでもそうしていたかもしれない。自分の名前を呼ばれ、はっと我に帰った時にはもう道化師の姿は目の前にはなかった。 (くそ、俺はまともだ。狂ってなんかいない――) 飛鳥が憎たらしげにさっきまで道化師が座っていた皺すらならいベッドのシーツを見ていると、誰かの腕が飛鳥の首に巻きついてきた。 「もう、どうしたの藤森君」 「羽里先生……」 それは先ほどの声の主であり、保険教師でもある羽里由宇《はねざとゆう》であった。 羽里は二十代半ばの若い女教師で、大人の色気を持ちながらもどこか可愛らしい感じのする女性であった。すらりとしたスタイルのいい体躯に、無邪気さを持つ柔らかい表情が特徴的だ。 保険教師でありながらも、なぜか飛鳥に対する接し方は教師と生徒のそれではなかった。飛鳥も彼女が身体をくっつけてくることに抵抗はないようである。 それはまるで長い付き合いの恋人同士のようである。 「藤森君、大丈夫? 随分顔が青いけど」 「仮病でここに来たはずなのに、ここに来たら本当に気分悪くなっちゃったよ先生」 飛鳥はどっと疲れが出たようで、どかっと勢いよくベッドに座り込んだ。 羽里もその隣にくっつくように腰を下ろす。 「藤森君、また“あれ”なの?」 「うん。またあいつが僕の前に……」 飛鳥はこれまで何度もあの自分の顔をした道化師に出会っていた。 それこそ彼が双葉学園にやってくる前からである。何度も彼の前に現れては意味不明のことを口走り、また消えてを繰り返している。 飛鳥本人以外には道化師は見えず、大人たちに言っても幼かった彼の妄想か、頭がおかしくなったかとしか考えていなかった。 頭を抱えた飛鳥の両親は、飛鳥を精神病院に連れて行った。しかしそこは双葉学園関係の息がかかっていたため、彼は異能の素質があるのではと、学園に連れてこられ、研究の対象になっていた。 しかし、結果は白。 飛鳥に異能の源である魂源力は確認できなかった。まったくのゼロ、素質も可能性も一切なかった。精神判断でも彼は正常と出たため、誰も彼もが首を捻った。そして大人たちが出した結果は構ってもらいたいだけの妄言だということ。 しかしそれで、万に一つの可能性のために双葉学園にそのまま入学させられたのである。強制ではなかったが、両親が自分のことを不気味がっているのを理解していた飛鳥は、進んで双葉学園の寮に入ることにしたのだ。 しかし、それでも中学以降道化師に会う比率は少なくなり、ここ一年はまったく遭遇してはいなかった。 カウンセラーも担っている保健教師、羽里と親しくなったのもそれが由来である。道化師と会うたびに羽里の下に泣きついていた彼は、なし崩し的にそういう関係になっていたのである。母性本能をくすぐる彼の性格と容姿は、羽里にとってとても放っておける少年ではなかった。 「大丈夫よ藤森君。私がついてるから」 「うん、ありがとう先生」 「少しここで休んでいきなさい。始業式が終わったらちゃんと教室に戻るのよ」 「うん……」 飛鳥はそのままベッドに寝転がり、羽里は彼の頬を愛おしそうに撫でていた。 飛鳥はその心地よさに眠気を感じ、ゆっくりと意識を沈めていく。 その意識の底で道化師が笑っていた。 ※ 「なんなのここは……」 雨宮真美は資料棟最深部の部屋に無理矢理連れてこられ、怯えきっていた。 辺りには雑多に紙の資料や、ディスクに焼かれたもの、物的資料など様々なものが置いてある。拾い空間であるはずなのに、物が多すぎてとても狭く感じてしまう。 彼女をここに連れこんだ張本人である雨宮たちの担任教師、四谷は不適な笑みで扉に背をもたれかからせていた。ここからは出させない、ということであろう。 「だから言っただろう雨宮。ここは双葉学園の暗黒史が置かれている。それをキミにも見てもらいたいのだよ」 四谷は普段のような軽薄さはなく、今の彼にはどこか不気味で威圧感のある印象を受ける。とても生徒に人気のある二枚目教師には見えない。 「だから、なんで私なのよ……意味が解らないわ……」 「それはね、キミが“死の巫女”の一人だからだよ雨宮真美」 「“死の巫女”……?」 「そうだ、キミは我々の希望の光の一つ。魔女に選ばれた存在。新たな世界の可能性」 四谷は理解不能な言葉を口走りながら近づいてきて雨宮の手をとる。 「や、やめて下さい!」 「やめないよ。これを見るんだ」 そう言って四谷は雨宮を拘束し胸に抱き、部屋にあった資料のディスクを取り出して、その場にあったパソコンに挿入した。 「さあ一緒に見ようか、この地獄のような現実を」 「何を言ってるんですか先生、私に何を見せようと――」 挿入されたものは映像ディスクのようで、立ち上がったパソコンにその内容が再生されていく。自分の力では大人の男性に抗えないと悟った雨宮は、諦めてその映像に目を向ける。その映像は劣化が酷く、擦り切れているようではあるが、ノイズ混じりになんとか見ることはできるようだ。 そこに映し出されたのは学園のグラウンド。グラウンドといってもいくつもあるため、ここが第何グラウンドかはこの映像ではわからない。 しかし、そこには百人近い生徒たちが映し出されていた。 (何をしているところなのかしら) 雨宮は映像を凝視する。とてもつもなく不穏な空気がその映像から伝わってきたのである。そこに映し出される生徒たちの目からはっきりと、殺意のようなものを感じ取ることができた。 「これは――な、何をしてるの四谷先生……」 「見ていればわかる」 そう言われ、雨宮も黙ってその映像を見つめ続ける。 やがて音声が聞こえてきた。 それはあまりに悲痛な子供の声。 怯え、震え、それでいて死を覚悟しているような、そんな声。 『人間のみなさま・・・・・・ごめんなさい。異能者のみなさま・・・・・・ごめんなさい。・・・・・・島に住むみなさま・・・・・・ごめんなさい。うちの父親が、みなさまに大きな迷惑をかけてしまって・・・・・・。悪いのは僕らですから、どうかみき姉ちゃんたちを・・・・・・』 そしてその直後、雨宮は叫び声を上げたくなるほどの地獄を見ることになった。 ※ 羽里由宇は天使のような寝顔で目の前で眠っている少年、藤森飛鳥を見て癒される気持ちになっていた。 毎日様々な病んだ生徒たちの相手をして、彼女自身疲れていた。 そんな生徒の一人が飛鳥であったのだが、彼はどの生徒よりも羽里の中で愛らしい存在になっていった。 飛鳥には精神の異常は見られなかった。それでも道化師が自分に語りかけてくるという妄想に取り付かれていることは、彼はきっと寂しいのだろうと、羽里は診断していた。 彼に優しく接していく内、逆に羽里は飛鳥の優しさに触れ、魅かれていった。やがて教師と生徒、医師と患者という関係を越えるには時間はかからなかった。 (まったく、なんでこんなボウヤなんか好きになっちゃんたんだろう) そう思いながら寝ている彼の頬をぷくっと突っつく。 なぜ魅かれるのか、それは彼女にもよくわからなかった。 いや、人を好きになることに理由なんてないのかもしれない。 それでも飛鳥は自分のことをどう思っているのか、それだけが気がかりであった。何歳も年上の自分を彼は本当に愛してくれるのか。思春期の過ちとして彼の中で終わっていくのではないのか、でも、それでもいいのかもしれない。 一時でも幸せなら別にいい。羽里はそう考えていた。 「羽里先生、いますか?」 突然生徒の声が保健室に響いた。 それを聞いて羽里は慌てることになる。男子生徒と同じベッドにいるのを見られたらどう誤解されるかわかったものではない。いや、誤解ではないのだろうが。 「ちょ、ちょっとそこでまってて。今行くから!」 羽里はベッドのカーテンを閉めて、声がした扉のほうへ向かっていく。 そこには一人の女生徒が立っていた。 セミロングの茶髪に、強気な瞳をした、いわゆる今時の女子高生といった感じの少女である。少し顔が青白く感じるが、別段調子が悪そうには見えない。 「どうしたの、まだ始業式中でしょ? さぼりなら受け付けないわよ」 「違うわ先生。向こうで始業式に向かう途中で友達が倒れちゃったんです。何が原因かわからないし、呼びに来たんですが」 「ああ、そうなの。じゃあ行きましょう」 羽里はその女生徒と一緒に保健室から出て行く。寝ている飛鳥のことは気にはなったが、一先ずこのままでいいだろうと、羽里は扉を閉めて出て行った。 「あなた学年は?」 「今日から三年生ですよ。Y組の新田薫《にったかおる》です」 (Y組か、藤森君と同じクラスね) それなら余計に飛鳥との密会を見られずによかったと安堵する。 さすがにばれてしまったら問題になるだろう。一介の医師である自分の代わりはいくらでもいる。問題があればすぐに学園から追放されてしまう。それだけは避けなければならない。 「それで、その友達ってどこに倒れてるのかしら。場所によっては保健室に運ばなきゃいけないし、誰か他の教師を呼んだほうがいいかもよ」 「いえ、多分大丈夫ですよ先生」 「え?」 「人手ならいっぱいありますから」 その瞬間廊下の影から何人もの女生徒たちがわらわらと出てきた。様々なタイプの生徒たち、優等生そうな少女に不良少女、普通ならばつるんでいるのを見たこともない取り合わせで羽里の前に現れた。 「ず、随分とお友達が多いわね……それで、誰が倒れてたお友達かしら」 羽里は顔を引きつらせながらもそう軽口を叩く。しかし、少女たちが手に持つものを見て、もはや何も言うことができなくなってしまった。 「安心して先生。倒れるのは貴女だけよ」 そこにいる全ての少女の手には、ナイフが握られていた。 後編へつづく トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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ラノで読む ————三年前、双葉学園兵器開発局 薄暗い部屋の中で彼は目を開けた。体は鉛のように重い。腕も、足も体のどの部分も、彼の思うようには動かなかった。かろうじて動く頭をなんとか動かしてあたりを見回すと、自分を見下ろす二人の人間が視界に入った。 「この少年……えーと、B二〇一号ですか。どうします?」 二人のうち、若い方の男が口を開いた。自分を見下ろしながら、値踏みをしているかの目が彼には不愉快だった。 「フン、このような出来損ないのもの、連れて行ってもなんにもならんだろう。破棄だ」 もう一人の年の頃なら五十前後の白髪混じりの男が答える。この男の目は、己の下に倒れている人間をもはや一人の人間として見てはいない。完全にモノを見るような目で見ている。 「まあ、そうなりますか。いくら改造をしても、実験をしても異能が発現する事はありませんでしたからね」 「そうだ、おまけに実験の最中に解離性同一性障害なんぞ患って! 相当な魂源力を持っていたから期待した俺の期待を裏切りやがった! コイツにかけた金と時間を返してもらいたいくらいだ」 年配の男は憤懣やる方ないといった表情でまくしたてた。 「落ち着いてください。では、B二○一号は廃棄、データは完全に破棄という事で処理します。しかし、少し可愛そうですね。さらう際に両親と妹を皆殺しにされて、さらに実験と改造をした挙げ句に廃棄、ですか」 「フン、実験体なんぞに同情しているのかね? 奴等を一人の人間と思うな。奴等はあくまで実験体、科学の礎、モノだ。そんな考え方では一人前の科学者にはなれんぞ」 男は吐き捨てるように言い放つ。 「これは手厳しいですね。あくまで一般論ですよ。同情なぞしていません」 「ならいいがな」 「では後の処理は他に任せるとして、次に行きましょうか。処理しなければならない問題は山積みですよ」 「まったく、この学園の連中がここまで馬鹿だとは思わなかった。人造人間が出来た事を問題にして兵器開発局を取り潰すとは。立派な兵器を製造して何が問題いけないというのだ?」 「その議論はさんざんしたでしょう。ともかく、次に行きましょう。逃げ遅れますよ」 二人の男達は話をしながら彼のいる部屋を出て行った。もはや彼を一顧だにしない。男達の中でもう彼の「処理」は済んでいる。もう、彼は廃棄されたモノという認識なのだ。 部屋を出て行く男達の背中を見ながら彼は思い出す。両親と、妹と、彼と四人で過ごしていた、慎ましやかながら楽しかった日々を。その全てが奪われたあの日の事を。全てを奪った男達の事を。今までに受けた過酷な仕打ちの事を。 彼の中の何かが主張する。忘れるな、この痛み。この憎しみ、この怒り、この悲しみを。いつか必ず思い知らせてやるのだ、自分から全てを奪ったもの達に。 そして彼は焼き付ける、自分たちの全てを奪った挙げ句に今、彼をモノのように捨てようとする男達の姿を。決して忘れないように、この先いつ出会っても、いつでも思い出せるように。 ーーーーいつか、必ず、コロシテヤル!! 彼は殺意を心に刻んだ。 【翠玉の天使と三つの時】 ————現代、双葉学園 「おい、周防《すおう》。喉乾いた、チェリオ買って来いや」 「うん、わかったよ佐々木《ささき》くん。ちょっと待っててね」 ある日の放課後、いかにもガラの悪い、髪を金髪に染めて耳にピアスを付けた不良といった感じの佐々木という少年が呼びかける。それに対して周防と呼ばれた少年は、笑顔を崩す事無く、実に素直に返事をして、教室を飛び出して行った。 「おう、佐々木ぃ。今日も周防パシらせてんのかよ」 教室を出て行く周防の背中を見送りながら、今度は別の少年が佐々木に話かけてくる。 「ああ、あいつ何を言っても反発しねーからな」 「いいのか? あんまりイジメてると、風紀が黙っちゃいねーぞ」 「心配ねーよ、ただパシらせてるだけなんだからよ」 佐藤の指摘の通り、双葉学園では風紀委員の力が非常に強い。というよりも異能をふるう生徒達を黙らせるのに必要十分な武力を持っているために、醒徒会を除いては誰も風紀には逆らえないし、生徒としても風紀に目をつけられたくもない。特定の生徒をイジメているなどいう噂が流れれば、風紀委員が飛んでくるだろう。だからこの学園にはあまり表立ってのイジメは少ない、とも言えるし、彼らのような見た目からしてわかりやすい不良にはあまり居心地の良くない場所とも言えた。 「まあいいけどよ、しかし周防もよくもまあ、素直に従ってるもんだよな」 「知らねーよ。最初はちょっとツラがいいからからかってやろうと思ったらあれだ。何を言おうと反抗しねえ、にこにこ笑顔を浮かべて従うだけだ。気味悪いぜ」 「にしてもよ、なんでチェリオなんだよ。あれは校内にはねーぞ。無駄に時間かかるだけだろ」 「いいだろ、好きなんだからよ。それにアイツのニヤケ面見るとどうも弄りたくなるんだよ」 そう言うと佐々木はゲラゲラと笑った。 教室を出てから数分後、校門を出て少し歩いたところにある小さな商店の自動販売機でチェリオを買い、学園に戻ろうと、周防はとぼとぼと道路の端を歩いていた。 「周防君!」 その彼の背中に声がかかる。周防に声をかけたのは風紀委員長・逢洲《あいす》等華《などか》だった。 「あ、逢洲さん。どうも……」 声をかけられた周防はいつも通りの笑顔で挨拶をする。彼が下級のラルヴァに襲われてたところを逢洲に助けられて以来、周防と逢洲はちょっとした知り合いだった。 「キミも学園に戻るところなのか。どこかに行っていたのか?」 「ええ、佐々木君に頼まれて、ちょっとそこまでチェリオを買いに……」 「何!? まさかパシリというやつか? 君、イジメられているのではあるまいな」 「いや、そんなんじゃないですよ。佐々木君に頼まれたから、僕はチェリオを買いにきただけですから」 「本当にそうなのか? それならいいが……」 いつでもどこでも決して笑顔を崩さない、同級生の自分にまで敬語を使う周防という少年を逢洲は少し心配している。おそらく、彼はクラスの不良連中に体よく使われているのだろうが、本人はそれを気にしていないのか張り付いた笑顔を崩さない。こうして飲み物を買いに行かされている程度で済んでいるうちはいい。だが、それがエスカレートしていくのではないかという予感があった。あのような連中にとって周防の端正な顔立ちと、何をしても、言われても笑顔を崩さないという態度は癇に障る事だろう。逢洲の心配はそこにある。だが、周防にこうして笑顔で否定されると逢洲はそれ以上深く追求する事ができないのであった。 周防《すおう》京時《きょうじ》にとって、平穏こそが一番の幸せだ。彼はこの春、一般入試で双葉学園高校に入った。そして不運にも同じクラスにいた不良に目をつけられ、体のいいパシリとして利用されている。だが、彼はたいして気にする事もなかった。時折殴られる事もあったが、それも我慢のできる範囲だ。パシリにされている点を除けば、彼は異能力が発現していない未覚醒者のために戦場に出る事もないし、バイト先の人たちも彼に優しい。彼はこの平穏がいつまでも続けばいいと思う。 そこから暫く京時と逢洲は話をしながら歩く。話ながら京時が道路の先に目を向けたその時だった。 ————彼の目に白い服を着た少女の姿が目に入った。 突然現れたように見えるそれに京時が目を凝らすが、それはすぐに消えてしまう。 「あの、逢洲さん」 「どうかしたか?」 「今、そこに人がいませんでしたか? 白い服を着た……」 「いや、私は何も見ていないぞ」 「そう、ですか……。見間違いなのかな」 「どうした、幻覚でも見たのか?……キミそんなに疲れているのか? まさか奴等にそんな過酷な事を」 逢洲の怒りのボルテージが瞬時に上がる。もしここで京時が肯定すれば、数分後には佐々木がなます切りになっているであろう事は想像に難くない。 「いやいやいやいや、そんな事ないですよ。あ、そうだ。僕まだ他に寄るところがあるんでこれで失礼しますね。それじゃ」 そう一気に言うと、京時は走って逢洲の元を離れる。駆けながら彼は呼びかける逢洲の声を聞いた。 「周防君、もし何かあったらいつでも私に言うんだぞ! 力になるからな!」 風紀委員長である逢洲の言葉は非常に頼もしい。彼女が動けば、彼はもう二度とパシリにされる事はないだろう。だが、彼はそれを望まない。風紀委員長に目をかけられているなどと知れれば、目立ってしまうではないか。それだは嫌だった。たとえパシリにされても、目立つのは嫌だ。平穏が崩されるのは嫌だ。周防京時は歪んでいた。 ** 気がつけば京時は、先ほど白い少女がいたであろうところまで来ていた。だが、そこには何もない。少女などどこにもいない。あるのはただのアスファルトのみ。妙な感覚を覚えてここまできたが、京時は白いビニール袋が風に流されるのを、白い少女だと錯覚しただけなのかもしれない。 (もしかしたら、本当に疲れてるのかもな……) 既に身寄りのない彼は学費を奨学金と、大学の学食でのアルバイト等で賄っている。もしかしたら、アルバイト疲れなのかもしれない。溜息をついて下を向いた時、京時は道路の隅に、白く光る何かを見つけた。気になって拾い上げる。 「懐中時計……?」 彼が拾い上げたのは、深緑に輝く懐中時計だった。エメラルドで出来ているのだろうか?懐中時計の放つ、そのえも言われぬ不思議な輝きに京時は思わず魅入られる。 次の瞬間、彼は不思議な空間にいた。 そこは、真っ白だった。白い歯車や発条や螺子をあらゆる場所に敷き詰めた部屋のような空間。天井だけが緑色なのが京時には一層その空間を奇妙なものと印象づける。 「なんだ、これ……?」 「夢よ。これはあなたの夢で私の夢。そしてあなたの心で私の心」 声が聞こえたと思うと、足下の歯車や発条が組み合わさり、形を作って行く。一瞬にしてそれは人間の少女の形を取る。 白い髪に白い肌、白いゴシックファッションに、背中に付けた白い小さな羽。全身が真っ白で、切れ長の瞳と、胸に下げたおそらくエメラルドのペンダントだけが緑色をしている。 まるで人形のようだ、と京時は思う。 「キミは、いったい‥‥。ひでぶ!?」 言いかけた京時の頬に強烈な平手が飛んだ。思わぬ力に京時はその場に尻餅をつく。女性に平手を喰らったのは死んだ母親に怒られて以来だった。 「いきなり、何を?」 「キミとは何よキミとは! 馴れ馴れしい! 私に向かってキミとは何よ!」 少女は腕を組むと、ふんぞり返って京時を見下ろす。無闇に偉そうだ。 「あの、じゃあ、あなた様はいったいどなた様でいらっしゃるのでしょうか?」 我ながらメチャクチャな敬語だと思いながらも、思いつく限り丁寧に京時は問いかける。 「あら、その気になればちゃんとした口がきけるんじゃない。結構よ。私の名前はメタトロン。良い名前でしょう?」 「メタトロン……。天使、だっけ?」 「だから口の聞き方に気をつけなさい!」 「あべし!」 今度は強烈なチョップが座っている京時の脳天に直撃した。 「では、あの、メタトロンさん。どうしてあなた様は私の夢においでになったのでしょうか?」 「そりゃ勿論、アンタが私の新しい契約者だからよ。アンタは私に使える契約者に選ばれたの」 「いや、あの、全然話が読めないんですけど?」 「アンタは私を見つけた。それはアンタが私に選ばれたって事。アンタには私と契約したい理由があるはずよ」 「契約。あの、契約ってなんですか?」 「アンタは私の力を得て、そしてアンタはその代償に私に時間を捧げる。シンプルなギブアンドテイク。理解した?」 「でも、あの、力なんて、僕には……」 「あら、アンタには力で叶えたい願いがあるはずよ。それも強い願いがね。だからアンタは私の契約者になったわけ。あるでしょう、願い?」 「いや、あの僕の望みなんて、その、日々平穏に過ごしたいってだけで……」 「嘘を言うのはやめなさい。それからいちいち話す時に『あの』って付けるのはやめなさい、鬱陶しい。あのね、そんなしょうもない願いで私に選ばれるわけがないの。本当の望みは何?」 「でも、僕は嘘なんて……」 「問答無用!!」 「たわば!」 脳天に強烈な踵落としを喰らい、京時の意識は闇に落ちた。闇の中で白いスカートの下に、白い布が一瞬見えたような、見えないような……。 目を覚ますと、京時は先ほどと同じ場所に立っていた。持っていたはずの懐中時計も無くなっている。先ほどの奇妙な夢は白昼夢か何かなのだろうか。違和感を覚えつつも、京時は学校へ戻ろうとする。あんな平穏とはほど遠い夢は二度とごめんだ。 『本当に察しが悪いのね、アンタ』 「え、何? なんだ?」 脳に直接声が響いたような気がした。思わず声を上げてしまう。 『今はテレパシーで話してるの。契約者とはそういう事ができるようになってるのよ』 「テレパシーだって!?」 『いちいち大きい声あげなくても聞こえるわよ見苦しい。いいから胸ポケットをみてみなさい』 言われるままに学生服の胸ポケットを探ると、先ほど見つけた緑の懐中時計があった。 「これは……」 『わかった? それが今の私。時計モードってわけ』 「夢じゃ、なかったのか……」 『本当に馬鹿ね。夢は夢よ。幻想ではないけれど。いい? 良く聞きなさい。アンタには確かに強く叶えたいと思う望みがある。それがわかるまでアンタとは暫く仮契約って事にして一緒に行動してあげるわ』 「そんな、一方的な」 『口答えしない! あんまりしょうもない望みなら即、契約は破棄するからね!』 「は、はい!」 テレパシーに気圧されて、思わず返事をしてしまう。それからしばらく、こちらからもテレパシー(使った事が無いのでよくわからないが)を送ってみようとしたが、反応はなかった。テレパシーを送れていないか、もしくは向こうに答える気がないのだろう。 胸ポケットから懐中時計を取り出すと、京時は深いため息をついた。明らかに普通ではない。超科学の兵器か、それとも魔術のアイテムか、はたまたラルヴァか。いずれにしても自分の平穏が崩れかけている事は確かのように思えた。 ** おかしな懐中時計を拾った翌日の朝、登校した京時は憂鬱だった。憂鬱の種は勿論、あの懐中時計メタトロンの事だ。昨日は妙な疲労感で、寮に帰ってすぐに、夕食もとらずに寝てしまった。何度か懐中時計に呼びかけてみたが、一向に返事は無い。その後会話らしきものがあったのは、朝、出かける直前に時計を置いて行こうとした時。 『私を置いて行くなんて事が許されるとでも思うの!?』 そんな罵声が響いた時だけだ。どうやら彼女は京時の観察に徹するつもりらしい。常時何かに見られているようで気が落ち着かない。 憂鬱の種はもう一つあった。佐々木の事だ。昨日はすぐに帰ってしまい、彼のチェリオを買ってこいという頼みを完全に無視する格好になっていた。おそらく彼は待ちぼうけをくらって、かなり怒っている事だろう。今までは簡単なパシリ程度で済んでいたが、これからはエスカレートしていくかもしれない。数発は殴られるだろうな、とぼんやりと考えていた。 始業時間ギリギリに登校した佐々木は京時を一瞥すると、たった一言だけ京時に言葉を投げた。 「放課後、体育倉庫の裏に来い」 それだけ言うと、もう京時の事を一顧だにせずに自分の席についた。わかりやすく怒りを示していない、その静かさが逆に怖かった。ある程度の事は覚悟しておかなければならないだろう。 そして放課後、京時は教室を出てのろのろと体育倉庫への道を歩いていた。事情をなんとなく察したらしいクラスメイト数人が声をかけてくれたが、それはやんわりとあしらった。いじめられているなどと思われれば、親切に動く人間がいるだろう。ここはそういう所だ。だが、そんな事で注目されるくらいならば、佐々木に数発殴られて終りにした方が余程楽だと思う。 『ねえ、アンタどうするのよ?』 歩いていると突然テレパシーが聞こえた、というよりも頭に響いたという方が正しいのかもしれない。 「どうするって、何がです?」 『あの不良とやり合うんでしょ。武器とか持ってるの?』 メタトロンは何故か盛り上がっていた。そんなに喧嘩が見たいのだろうか。 「ありませんよ、そんなもの。それはあなたも知っている事じゃないですか」 『あ、じゃあ素手でやる自信があるんだ! 格闘技とかやってたの?』 「いえ、別に」 実を言うと、格闘技はやっていた。いや、やらされていた。だが、その忌わしい過去の忌わしいものを使う気など毛頭ない。その副産物として、見た目に反してかなり体は頑丈だったので佐々木の暴力を耐えきる自信があったのは皮肉だが。 『はあ!? じゃあどうすんのよ』 「簡単だよ。僕が佐々木君に数発殴られて終り。それだけ」 『まさかアンタ何もせずに一方的にやられるつもり?』 いつの間にか敬語を忘れていた事に気がついたが、京時の予想外の反応にメタトロンもその事まで気が回っていないようだ。 「仕方ないよ、悪いのは僕だからね」 『アンタ、ちょっといくらんでもそれは……。いや、なんでそんな状況なのにへらへらしてるわけ?』 「ごめん、もう体育倉庫につくから黙っててもらえる?」 まだメタトロンは騒いでいたが、京時は会話を打ち切る。そして深呼吸を一つすると、体育倉庫裏に歩みを進めた。 ** 「おう、遅かったじゃねーか。周防」 「ごめんね、佐々木君。今日は僕、掃除当番だったから」 体育倉庫の裏に行くと、既に佐々木と、それにもう一人の男が京時を待っていた。確か佐藤と言ったか、よく佐々木とつるんでいる不良仲間だろう。 「そうか、まあそんな事はどうでもいいんだ。要件はわかってるよな」 「うん、あの……昨日はごめんなさい」 『ぺこぺこすんなこらーっ!』 メタトロンが脳内で叫んだが、それはとりあえず無視した。何はともあれ、昨日の件に関しては京時に非がある。謝るより他にないだろう。 「そうか、じゃあまあケジメって事で」 佐々木が口を開いたかと思った次の瞬間には京時は左頬に激しい痛みを感じた。グシャッという嫌な音をたてて佐々木の右拳が京時の左頬に炸裂する。型もないただ振り回しただけ、というようなパンチだったが、京時はもんどりうって倒れた。 「わりーな、周防。俺もあんな事されて黙ってるわけにもいかねーんだわ」 「はは、そうだよね。僕が悪いんだから」 『やり返せこのヘタレ!』 やはりメタトロンの言葉を無視して、京時は焼けるように熱い頬を押さえながらひたすらにあやまる。これが一番のこの場での対処法だと彼は信じて疑っていない。ただパシリにするくらいで、佐々木は今までそれ以上の事はしていないし、何かを買いに行けばその分の金額はきちんと払っていた。 佐々木は不良だが、根っからの悪人ではない。そして、戦闘系の異能者でもない。このまま殴られていれば、直に開放してくれるはずだ。それに、佐藤は自分に手を出すつもりはないようだ。おそらく、京時に舐められているわけではないというところを見せる為に佐々木が呼んだのだろう。 「おう、財布落としてんじゃねーか、コイツ」 「あっ」 佐々木が落ちている財布に気が付き、拾い上げる。それを見た京時はあわててポケットをまさぐるが、そこに財布は無かった。間違いない、さっき殴られて、倒れた時に落としたのだろう。 「なあ、佐々木。こんな奴いくら殴ったってしょうがねーよ。金ですませようぜ」 「ああ、そうだな。殴られてもへらへらしてるからつまんねえし」 佐藤の提案を佐々木は首肯する。京時は内心ホッとした。彼に金銭的な余裕は全くないが、金で済むのならばそれに越した事はない。 「うわ、全然入ってねーな。あれ、なんだこれ、写真?」 佐々木は、京時の軽い財布の中に、ある写真を発見した。それは人の良さそうな中年夫婦と、満面の笑顔を浮かべる兄妹の、おそらく家族を写した写真だろう。 「おいおい、周防、お前財布に後生大事に家族の写真なんか入れてんの? 高校生にもなって? だっせーなあ」佐藤はからかうように笑った。 「あの、お金はいいんだけど、その写真は返してもらえないかな」 「なんだ、周防てめえ何マジな顔になってんだよ」 佐々木が写真を手にした時から京時の表情が変わった。いつもの、あのパシリを言いつけられても、殴られても浮かんでいた、張り付いたような笑顔はナリを潜め、必死な形相になっている。 「面白いな。殴られてもへらへらしてた奴が家族写真の事になったら必死になってやがる。なあ、佐々木、その写真破いちゃえよ。もっと面白くなるぞ」 「そりゃあいいや。おい周防。いい年こいて家族の写真なんて後生大事に持ってるなんてみっともないからよ。俺達がこの写真『処理』してやるよ」 ————『処理』? 京時の中でそのワードが反芻される。そして目の前では家族の写真が引き裂かれようとしていた。 処理される。 家族が引き裂かれる。 父さん、母さん、雪子《ゆきこ》。 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! あんな思いをするのはもう嫌だ!! ——そうだよなあ ——許せないよなあ ——じゃあ、『俺』に任せてくれよ 京時はその感情に呑まれて行く。 ————そして、怒りが目を覚ました。 「いてえ!」 写真に手をかけようとした佐々木は額への激痛で思わず写真を落としてしまう。痛みの原因を知ろうと前方に目をやった。 深緑に輝く懐中時計が浮いていた。おそらく佐々木の額に思い切りぶつけられたであろうそれは奇麗な弧を描いて男の手におさまった。 「周防!? テメエがやったのか!」 予想外の反撃に佐々木の気が動転する。佐々木の知っている周防京時はこんな事をする男ではなかったはずだ。それに、目の前に立っている周防は明らかにいつもと違う。瞳は剣呑に輝き、禍々しいまでの殺気を放っていた。 『ナイスキャッチ! じゃないわよこのヘタレ! 時計は投げるものではない!』 「うるせえぇぇんだよ、この時計人形! 『俺』に命令するな」 『え、何、俺って? アンタ本当にあのヘタレなの?』 「だからうるせぇ! 俺の脳に声を響かせるな!」 『は、はぃぃ。なんなのよぅもう……』 あまりの京時の豹変と、その高圧的な態度にメタトロンは黙り込むより他にない。 「ははははははは! 久しぶりに表だ! たまんねえ! たまんねえなこの感覚!」 「なんだ、おまえ……本当に、周防なのか? 周防京時なのか?」 佐々木は思わず当たり前の質問をしてしまう。それほどまでに目の前の男には違和感が有った。 「ああ、そうだよ。俺は周防キョウジだよ! ただしお前の知っている周防京時とは違うんだけどな。俺は周防京時じゃねえ、周防《すおう》幻時《げんじ》だ。よろしくな糞ども」 「ふざけた事言ってんじゃねえぞ周防!」 佐藤は激昂し、幻時に殴り掛かる。糞などと言われて黙っていられる男ではなかった。 怒りのままに幻時の顔面に向かって拳を振るう。しかし佐々木と同じく力に任せた大振りなパンチは幻時の顔面に届く事はない。余裕を持って体を左側にスウェーさせて佐藤のパンチをかわすと。今度は幻時が右腕を振るう。そしてカウンター気味に佐藤のアゴに強烈な打撃が加えられた。 佐藤のアゴを打ち据えたのは……深緑に輝く懐中時計だった。 『だから時計は武器じゃないんだってば!』 「黙ってろって言っただろ時計人形! これ以上騒いだら質屋に売り飛ばすぞ!」 『ひぃぃ! ごめんなさい。……もう嫌ぁ』 メタトロンはもはや涙声だった。 「佐藤!? おい、佐藤!? なんなんだよ周防、おまえ、いきなり……」 殴り掛かった佐藤は腕を振り上げたと思った次の瞬間にはアゴを打ち据えられて、昏倒していた。詳細はわからないが、周防キョウジにやられた事は間違いない。おかしい、何かが明らかにおかしい、まさか異能なのか。佐々木の精神は今、怒りよりも恐怖に支配されていた。 「まったく、一発で気絶とは情けねえ奴だな。ほら、次はお前だ、さっさと来いよ。まだまだまだまだまだまだまだ暴れ足りないんだよ!」 「いや、勘弁してくれよ。俺が悪かった、写真は返すから。ほら」 佐々木は写真を拾い、幻時に差し出すが、その手は呆気なく振り払われた。 「バーカ! どうだっていんだよ『俺』にはそんなものなあ。お人好しの日和見主義の『僕』ちゃんのおセンチになんぞ用はねえ。それよりもかかってこいよ。ほら、俺を暴れさせろよ!」 「やめてくれ、何がしたいんだよ周防。お前、そんな奴じゃなかっただろう?」 「全く、察しの悪い奴だな。しょうがねえ、腕の一本くらいで勘弁してやるか。良い悲鳴、聞かせろよ」 「腕!? 腕ってなんだよ、何するつもりだよ」 佐々木はもはや涙声になっている。 「ああ、腕の一本折るだけだから気にすんな。そうそう、痛みに呼応して異能が目覚めるかもしれないぞ。『俺』も昔そんな実験されたからな。指を一本ずつ折って、その痛みで異能が目覚めるかって実験だ。ま、俺の場合は目覚めなかったんだけどな」 「なんだよ腕を折るって。やめてくれよ。なあ周防! なあ!」 「無理無理。このままじゃおさまりつかねーもん」 そう言うと、幻時は笑った。京時はいつでも笑顔を作っていたが、その笑顔とは違う。まるで、子供のような屈託の無い笑顔だった。その笑顔を見て佐々木は思う。まるで好奇心に任せて虫を殺す子供のようだ、と。目の前の周防のような男はそんな感覚で自分の腕を折ってしまえるのだと。もはや恐怖で動く事もままならなあった。 「なあ、お前、利き腕はどっちだ?」 「はい、あの……右腕です」 「そっか。じゃあ左腕にしといてやるか。やさしいなあ、『俺』」 幻時は佐々木を引きずり倒すと腕を掴み、捻り上げる。そしてゆっくりと力を入れ始めた。 ギリギリギリと佐々木の左腕に力がかかる。この男は本気で自分の腕を折る気だろう。佐々木は目を閉じ、観念する。 ——『私』はそれを許容しませんよ。 目を閉じていた佐々木は急に腕にかかっていた力が抜けるのを感じた。 目を開けて顔を上げると、周防キョウジはやはりそこにいた。先ほどの禍々しさは感じない。だが、明らかに普段の周防キョウジとは違う。何か薄ら寒さを感じさせられる雰囲気だった。 「腕を折るなんてやり過ぎですよ。保健室に担ぎ込まれるような事になったらさすがに足がつくじゃないですか。『俺』は後先を考えないから困りますね」 「なんだよ、今度はなんなんだよ……」 「ああ、『私』ですか? もちろん『私』も周防キョウジですよ。もっとも私は京時でも幻時でもなく、経時《けいじ》ですけどね」 今度の周防キョウジは口調が丁寧で、佐々木には逆にそれが恐ろしく感じられる。 「何を言ってるんだよ、周防……」 「わかりませんよねえ、そりゃ。まあそれでいいです。それよりも貴方達の処遇をどうするかが問題です」 「勘弁してくれ。二度とパシリにしたりしねえから」 「アナタの行為はイジメという程のものでもありませんから、過度な報復をする気もありません。ですが、今日の事を言いふらされると面倒なんですよね」 「言わねえ、誰にも言わねえよ! だから!」 「その発言を額面通り受け取るようなお人好しじゃないんですよ『私』は。口止めが必要ですね……」 経時は腕を組み、下を向いて考え込む。しばらくすると、ポンと手を打ち、顔を上げる。佐々木には、その仕草はやけに芝居がかっているように見えて底知れない恐怖を感じるられた。 「じゃあ、こうしましょう。脱いでください。服、全部」 「脱げだって!?」 思わず佐々木は素っ頓狂な声を上げる。まさか、服を脱げと言われるとは夢にも思わなかった。 「ああ、別に『私』は男色家ではないのでご心配なく。単にあなたたちのみっともない姿を写真に残して口封じをしようってだけですから。さあ、早くしてください。拒否した場合はやむを得ません。腕、いただきますんで」 「は、はい!」 「あ、そこの気絶してる彼も脱がせてあげてくださいね」 「わかりました!」 佐々木は返事をすると、すぐさま佐藤にかけより、服を脱がし始めるのだった。 『えげつない事するわねえ、アンタ』 (ああ、初めましてですね。メタトロン。『私』は経時といいます。お見知りおきを) 『ねえ、なんなのアンタたち? さっきからおかしいわよ。もしかしてさ、『俺、参上!』とかそういうノリなの?』 (その例は当らずとも遠からずと言ったところでしょうか。我《・》々《・》周防キョウジは一つの体に別の人格が憑依しているというわけではありません。それじゃ立派な異能です。元々一つの周防京時という人格がPTSDによって分割されたものなんですよ) 『よくわかんないけど、要するに多重人格ってことなの?』 (まあ、そういう事ですね) データでは知っていたが、メタトロンは多重人格の人間というもを実際に見るのは初めての事だった。元は同じ人間のはずなのに、それぞれの人格はこうまで変わるのだろうか。 『そうだ、アンタもしかして京時の望みを知ってるの? 教えなさいよ』 (ほう、『私』に命令口調ですか。いいんですよ、『私』は。アナタを今日の晩ご飯を豪華にする為だ《・》け《・》にどこぞに売り飛ばしても) 経時は唇を歪めて薄く笑う。メタトロンは完全に経時のペースにのまれていた。 『くぅぅぅ……。えーと、教えてくれませんか?』 (いやです) 『うわ、意地悪ッ!』 (教えてあげてもかまいませんが、この望みは京時自身が自覚しない事には意味が無いんですよ。だからそれまでは『私』は何も言いません) 『わかったわよ、もう聞かないから!』 メタトロンはもう涙声になっていた。 (結構。『僕』をよろしくお願いします。後で簡単に私たちの事情を説明しますから) 「あの、その……終わりました」 佐々木は服を脇に置き、全裸で土の上に正座をしている。そして佐藤の方は全裸に股間だけシャツをかけられて大の字でのびていた。その光景はもはや滑稽というよりもいたたまれない。 「結構です。では記念撮影といきましょうか。わかっているとは思いますけど、今日の事を口外したら、写真をばらまくのでそのつもりでお願いしますね」 経時は笑顔で言うと、懐から携帯電話を取り出し、佐々木と佐藤を写真に撮り始めた。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ステータス一覧 戦闘限定案テンプレ 戦闘魔法案テンプレ ステータスの補正表 確定の一覧表 ステータス一覧 (18スレ6935時点(3月後期の成長前時点)) ⌒/ / / | ― { {ニ} } / ヽ / .. ./ / | | { (二)乂__,ノ イ / / _,/ /. /. . .| | /| | ― \,_ / ィ / / \ ヽ ⌒/ | _,| 斗―-| | Λ | | |\___/⌒. (l ./ / i ヽ \ | | || |/| |-- | | . ./ ⌒ |\ | | \ ヽ、 .i / /N/ lヾ /\. V '., | /| |人 x笊|ミx,_|八 /{ r‐ | | .. | 八 _,> i ,' ./ { マム ヽ V }\} _,/ | | 《 Vうシ 乍テミk ノ/ / | l i i {. '.,. マム /V .} i. 八 | | ;;; 、 └うツ 》 ./ | ノ i l ',. ', i }\ ',. V ヽ / .V } l. ∨| ノ / | ;;/ / | イ ,' ', ', }≧= = - }ト ヾィチ斧 V! / / / ノ{ i´ , / / / | 人 . l ', ヽ /芹爺芸ヾ、リ 乂ツ ! .} { { { 人 .,,. ノ {/ / | . i ヽ \ \. 乂ツ .l N / / ̄ ̄ ̄\ \ .ィ/ / { ノ . l \} >=- ヽ ハ/ i/ | /厂\ |>| >--=≦/ト ノ{ { /  ̄| ! .} } マj u / ! \ _ ┴| { .| ̄ i i i i} { i i i i i\/ / ̄~^'' .、 i \ K >o。 ⊂= っ./ i ヽ {二二|. . .\ | i / ̄ `''<i i|____/ ⌒\ . !. \ V l V `"'' ''" } ! { 二 Λ \{ \ / > i i i i\ } / \ V ム \ / / l } ∨ /二\ \ \ /  ̄ ̄ ̄} i i ノニ∨ / / / } .} ム /´`\ / / / /【名前】ユカリ/メアリー・タイドムーン【作戦/魔力/装備/限定】4(+0or1or2~7)/5(+4~6/-2)/5(+1)/6(+10~11)【限定】絵画を照らす薔薇の月表裏一体の卑しき皇帝└羨望破滅喰らいの星屑竜└黄金喰らいの厄呪竜根源防御lv2└根源変質敗者の烙印 たった一つの善と何百もの罪 誰が為に薔薇は狂い咲くや?悪魔のアルカナ(逆) 憂鬱 強欲ラインの黄金 アイテム界のハグリット 金と厄産みのボーナスドラゴンモドキクレイジーユカリー 壊れた慈愛 ピンチの時こそふてぶてしく笑え 半殺しのハーフフィクションゲルテナの描いた少女 月のアルカナ(逆) 羨望 憎悪と嫉妬の果て 保身精神lv2内部展開ゲルテナ研究室友誼lv3└放て、再誕のドラゴンブレス 我が従者の才を見よ 比翼連理の人質要求 交わる宝物のコレクター魂 二人の時間 私のラビアンは最強なんです! 火刑肥料の人身御供 二丁ガンマンの睡眠休暇 絆を照らす心の灯 運命の再履修 愛(歪/ラビアン)lv3 愛(歪/イア)lv3 愛(歪/コレクション)lv2 愛(歪/オネ)lv1 愛(ユキ)lv1 留める暴走の手綱【称号・適正】コレクター 語られぬ英雄譚 伝説アイテム長者異界よりの生還者 時間旅行者 邪道踏破 億万長者人類失格 悪竜現象 世界から弾かれし者 歴史の簒奪者 唯一魔導師 世界を侵す者 呪物の母運命の敗北者 無力なれど無価値に非ず呪救のカリスマ 幸福な王女 隠せぬポンコツ メシマズ めんどくせぇ女キラー格上殺しlv2 格下殺しlv1策士スレイヤーlv1 厄スレイヤーlv1 ユカリスレイヤーlv1 ラビアンスレイヤーlv2血脈の迷走 悪運 数奇なる巡り合わせ 出来損ないのマイナーチェンジ人生大暴投【一般スキル】竜種 半竜半呪 単一種族 魔神の加護(ラビアン) 熱砂龍の加護 黄金龍の加護 魔神lv1財宝化の魔眼(真/制限) 比翼連理の魔術(ラビアン) 環境適応(バッドイベント)lv5命中lv4 回避lv3 高速詠唱lv3 魔導習熟lv3アイテム術lv3 水泳lv1 応急手当 限界突破 飛んで火に入る自己犠牲└肉を斬らせて骨をチェーンソー高速思考lv2 盲打ちlv1└解へと至る道魔獣理解lv1 調査分析lv2 読書lv2 研究lv2社交lv3 挑発lv2└人間観察話術lv3└染み入る共感の激痛よ威圧lv2└凶星のオーラ詐術lv2└偽りの仮面 伽藍洞の虚言誘惑lv2└買収実践衰退探索lv1 隠密lv1 感知lv2 隠蔽lv1 逃走術lv1 └直感芸術審美 珍品・迷品集め製作(音楽)lv1 製作(絵画)lv2 音楽業lv2 植物学lv1【魔導】疾風の魔法lv2土石の魔法lv2流水の魔法lv1治癒の魔法lv1バリアの魔法lv1魔神送還の魔術lv1魔神召喚の魔術lv2└魔神調伏の魔術魔神契約の魔術召喚術式『デコイの魔神』lv2召喚術式『夜更かしの魔神/半自由契約』lv1身体強化の魔法懐中電灯の魔法 水道の魔法 点火の魔法水中適応の魔法厄招きの魔術 厄喰らいの魔術 呪言の魔術lv1羨望の魔術 憂鬱の魔術黄金と厄のブレス(不完全)薔薇のブレス(不完全)魔力放出(地)lv3魔力放出(炎)lv3強欲の魔術竜源術式『ドラゴンクロー』lv1竜源術式『スケイルショット』lv1竜源術式『ドラゴニックビート』lv1竜源術式『ドラゴンダイブ』lv1竜源術式『ドラゴンエナジー』lv2竜源術式『ドラゴニックオーラ』lv1陰性埋め合わせの魔術(不完全)浸食流出結界『大嘘憑きの血雨恋歌』(不完全)魔力暴走(不完全)魂殺強化の魔術【アイテム】無鉄砲を許さないタンブルウィード魔神纏いのガンベルト└自動拳銃クトゥグア&回転式拳銃イタクァ(不完全)厄纏いの紫薔薇ラビアンのロザリオ└呪装「焔の呪火十字」(不完全)厄呪竜の宝物庫時空再起の懐中時計 ☆★究極魔導銃(不完全) ☆└魔導サイレンサ金毛九尾の化けの皮(不完全)遠く叶わぬ理想郷(不完全)うさ耳付きローブ(不完全)虹色の片鱗呪厄竜の血厄液シュルシャガナの骨刃弾 + スキル割引表 ※1年実家帰省時の成長画面時(18スレ4742時点) 【成長可能表】所持経験値:137 基礎成長係数:2.0 限定成長係数:1.0 一部倍率+0.5 魔導・召喚術系統・熱砂系係数:-0.1 ラビアンとの連携:-1.0 誘惑・カリスマ等:-0.3 一部行動にラビアン妨害停止が発生する可能性あり ステータス 作戦+1:100⇒460(230%) 魔力+1:100⇒133(70%) 装備+1:100⇒840(420%) 限定+1:100⇒980(490%) スキル 命中lv4:25⇒30(60%) 誤射上等射撃:75⇒480(320%) 回避lv3:25⇒45(90%) 貧乳回避:50⇒280(280%/回避lv5以上) アイテム暴走術(真?):50⇒35(70%/才能無視/デメリットあり) 速射:50⇒470(470%) 狙撃lv1:75⇒210(140%) ガン=カタ:50⇒300(300%/アイテム術lv2以上) 野戦築城lv1:25⇒40(80%) 魂源抽出lv1:50⇒25(20%/ラビアン税あり) 弾幕展開lv1:25⇒95(190%) 根性カウンターlv1:25⇒50(100%) 執念のラストアタック:75⇒390(260%) 必滅のクロスカウンター:75⇒141(70%/ラビアン税あり) ターバンのガキ:75⇒315(210%/デメリットあり) 七転び八殴られ:75⇒135(90%) 飛んで火に入る自己犠牲:75⇒38(20%、ラビアン税あり) フライトマニューバ:50⇒320(320%) カバーリング:50⇒250(250%) 魔導習熟lv3:50⇒120(120%) 楽しき敗北:25⇒70(140%) 環境適応(天の河)lv1 :25⇒45(90%) バッドイベントの住人:50⇒130(130%/デメリットあり) 魔神(竜?形態)lv2:50⇒220(220%) 財宝化の魔眼(オン/オフ):50⇒190(190%) 高速思考lv3:75⇒398(265%) ファストシンキング:75⇒383(255%/高速思考lv3以上) 臨機応変:75⇒225(150%) 並列処理:75⇒140(140%) 多層思考:50⇒210(210%) パターン対応:50⇒280(280%) 感情鎮静:50⇒120(120%) 輝け、渾身の迷推理:50⇒95(95%) 戦術指揮lv1:50⇒50(50%) 首狩り戦術:75⇒750(500%) 軍略lv1:50⇒280(280%/被教導必須) 行動委任:25⇒100(200%/戦術指揮lv1以上) 盲打ちlv2:50⇒180(180%) 事件の裏にやっぱりお前:75⇒210(140%&強制修得の可能性あり/盲打ちlv1以上) 魔獣理解lv2:50⇒95(95%) 種族判別:75⇒143(95%) 魔神読解:75⇒233(155%) 調査分析lv3:50⇒145(145%) 才能看破:50⇒300(300%) アルカナ看破:50⇒280(280%) 初級魔導薬学:100⇒150(75%) 薬草鑑定:75⇒255(170%) アイアムルーザー!:25⇒35(70%/固有変異) 社交:成長限界 同胞への嗅覚:50⇒20(20%) 井戸端会議の聞き上手:50⇒260(260%) 好意の反対は嫌悪である:50⇒313(250%/ラビアン税あり) 応援術:75⇒285(190%) 傅かせるは愛の奴隷:50⇒204(240%) 致命的な一言:50⇒180(180%) 肥大化する恐怖:50⇒250(250%/威圧lv1以上) 話術:成長限界 望まぬ答え:50⇒300(300%) 思考誘導:50⇒290(290%) 精神分析:50⇒200(200%) 精神切開:50⇒80(80%) ユーモアセンス:50⇒300(300%) 詐術lv3:50⇒130(130%) 兵は詭道なり50⇒300(300%/戦術指揮lv1以上) 絢爛たる上の空:50⇒205(205%) 脳ある鷹は猫を被る:50⇒255(255%) 最悪の選択肢:50⇒300(300%) 教導lv1:25⇒38(75%) 修行心得:50⇒125(125%) 勤勉なる学習者:50⇒140(140%) 教えの中で見つける学び:50⇒150(150%/教導lv1以上) 生徒が本当に教えてほしかったもの:25⇒50(100%/教導lv1以上/デメリットあり) 扇動lv1:25⇒65(130%) 上級国民:50⇒100(100%) 地を這う毒蟲:50⇒280(280%) いつでもヘラヘラ不気味な笑顔:75⇒30(20%/威圧lv1以上/才能無視、ラビアン税あり) 直観:100⇒420(210%) 追跡lv1:25⇒100(200%) 逃走術lv2:25⇒100(200%) 偽装退却:50⇒300(300%/被教導必須) 隠密lv2:25⇒58(105%) 探索lv2:75⇒240(160%) サバイバルlv2:75⇒75(50% 探索変異) 果てなき旅路:50⇒180(180%) 音楽業lv3:50⇒500(500%) 撮影業lv1:25⇒50(100%) 製作(音楽)lv2:25⇒50(100%) 経済学lv1:50⇒50(50%) 事務lv1:25⇒45(90%) 窃盗lv1:25⇒75(150%) 植物学lv2:50⇒145(145%) 使役術lv1:50⇒240(240%) サメスレイヤーlv1:25⇒18(35%) 霊魂スレイヤーlv1:25⇒95(190%) 人間スレイヤーlv1:25⇒90(180%) ドラゴンスレイヤーlv1:25⇒78(155%) 策士スレイヤーlv1:25⇒10(20%) ユカリスレイヤーlv2:25⇒35(70%) 厄スレイヤーlv1:25⇒10(20%) 逆境無頼:100⇒480(240%) 探偵の悪癖:50⇒190(190%/デメリットあり?/ラビアン税あり) 魔王の系譜:100⇒560(280%/デメリットあり) 被害担当官lv1:50⇒40(40%/デメリットあり?) 運命を泳ぐ回遊魚:100⇒800(400%) 啓示(変異)lv1:50⇒80(80%) 急先鋒lv1:25⇒50(100%/デメリットあり?) 波乱万丈:50⇒20(20%/強制習得の可能性あり) 限定枠消費スキル(現状空き枠0、ただし大罪含むデメリットありのスキルは枠を無視可能) サディストlv1:50⇒90(180%) 不屈の闘志lv1:50⇒40(80%) 咆哮する矜持:50⇒50(100%) 朗らかな諦観:50⇒30(60%) 手のかかる子ほど可愛い:50⇒10(20%) 背水領域:50⇒150(200%) 束の間の一服:50⇒180(360%) 自己嫌悪(通常):50⇒×(Locked/限定-1が内臓されるため2枠消費、ラビアン税あり) 自己嫌悪(マキと同族):50⇒68(90%/ラビアン税あり) むなしい勝利:50⇒225(300%、ラビアン税あり) ねじ曲がった心:50⇒45(60%、ラビアン税あり) 愛(歪/イア)lv3:25⇒10(40%) 愛(歪/オネ)lv2:25⇒50(200%) 愛(歪/ラビアン)lv4:50⇒100(200%) 愛(歪/コレクション)lv2:25⇒7(25%) 愛(無鉄砲を許さないタンブルウィード)lv2:25⇒25(100%) 愛(歪/弱者)lv1:25⇒5(20%/強制修得の可能性あり) 愛(歪/家族)lv1:25⇒15(60%) 友誼:成長限界 ラビアンとの連携(汗)スキル:75⇒36(470% 才能無視 ロザリオ割引 誘導なし) イアとの連携スキル:50⇒140(140% 才能適用) イア?との連携スキル:100⇒300(300%/才能適用) マーキュリーとの連携スキル:50⇒80(80% 才能適用) キャルとの連携スキル:50⇒100(100% 才能適用) アカリとの連携スキル:50⇒7(60% 才能適用) アカリとの連携(マイナス)スキル:50⇒10(20% 才能無視 強制修得可能性あり) アカリとの連携(保護)スキル:0(250%/才能無視/あちら側のスキルなので0%になると自動でアカリが修得) 自動拳銃クトゥグアとの連携スキル:100⇒560(280%/才能適用) 回転式イタクァとの連携スキル:25⇒400(200%/才能適用) シャナとの連携スキル:50⇒200(200%/才能適用) メアリーとの連携スキル:50⇒280(280%/才能適用) 厄呪竜の宝物庫、冤罪人殺しの黄金銃との連携スキル:50⇒500(500%/才能適用) アムドゥスキアスとの連携スキル:50⇒180(180%/才能適用) トヨネとの連携スキル:50⇒140(140%/才能適用) オウカとの連携スキル:50⇒490(490%/才能適用) ユキ(兎)との連携?スキル:50⇒490(490%/才能適用) ユキ(兎)との連携スキル:25⇒55(110%/才能適用) マキとの連携(笑)スキル:25⇒20(40%/才能適用) 伝説のタロットとの連携スキル:25⇒50(100%/才能適用) 無鉄砲を許さないタンブルウィード&腐海の園との連携スキル:100⇒600(300%/才能適用) 根源防御lv3:75⇒435(290%/才能適用) 虚飾:100⇒(80%/成長デバフなし/大罪/修得時変異) 傲慢:100⇒300(300%/成長デバフなし/大罪/修得時変異) 貪食:100⇒420(420%/成長デバフなし/大罪/修得時に変異) 数多の罪を背負いし者:100⇒430(430%/成長デバフなし/枠消費なし) ここに弱厄の肯定を:100⇒20(20%/固有スキル/不完全版/ラビアンデバフなし) 敗者の烙印枠拡張:50⇒85(170%/デメリットあり) 貫く一射ここにあり:50⇒240(480%/作戦5以上) 真っ赤で不出来な鍍金の個性:75⇒15(20%/固有スキル/虚飾・伝説のタロット/枠不要) 冥府魔道のハングドマン:100⇒210(210%/悪魔・隠者・刑死者のアルカナ統合変統合変異/枠不要/実践衰退でのみ修得可能) 誰が為に薔薇は狂い咲くや?⇒管轄をメアリーに移譲:50⇒45(90%) 咲き誇れ、黒く輝く黄金よ:100⇒75(75%/誰が為に薔薇は狂い咲くや?を移譲後のみ修得可能/魔王の系譜を修得後のみ修得可能/デメリットあり) 魔導 ヨグソトースの拳の魔術:258(50%) 火炎の魔法lv1:25⇒10(20%) 疾風の魔法lv3:25⇒90(180%) 流水の魔法lv1:25⇒18(35%) 血厄液の魔術:75⇒345(230%) 煌光の魔法lv1:25⇒28(55%) 迅雷の魔法lv1:25⇒28(55%) 冷氷の魔法lv1:25⇒28(55%) 宵闇の魔法lv1:25⇒28(55%) 治癒の魔法lv2:25⇒33(65%) 自己再生の魔法lv1:50⇒245(245%/治癒の魔法lv2以上) 飛行の魔法:75⇒368(345%) ○○適応の魔法:25⇒20(40%/○○ごとに別取得、取得時に何を取るかを選ぶ、割引率共通) 風属性バリアの魔法lv1:25⇒70(140%/バリアの魔法lv1前提) 加速補助の魔法lv1:75⇒180(120%) 不確定召喚の魔術:50⇒20(20%/ラビアン税あり) 魔神召喚の魔術lv3:50⇒455(455%) 魔神送還の魔術lv2:25⇒78(155%) 召喚術式『夜更かしの魔神/半自由契約』lv2:50⇒45(45%) 召喚術式『デコイの魔神』lv3:50⇒76(80%) アルカナの魔法lv1:75⇒143(95%) ペルソナの魔術:100⇒780(390%/被教導必須) 魔力放出(薔薇/不完全)lv3:25⇒125(250%) 魔力放出(風)lv3:25⇒93(185%) 陣地作成(タンブルウィード)lv1:50⇒220(220%) 呪怪生誕の魔術:100⇒200(100%) 竜源術式『ドラゴンクロー』lv1:25⇒10(20%) 竜源術式『スケイルショット』lv1:25⇒10(20%) 竜源術式『ドラゴニックビート』lv1:25⇒10(20%) 竜源術式『ドラゴンダイブ』lv2:25⇒30(60%) 竜源術式『ドラゴニックオーラ』lv2:25⇒30(60%) 竜源術式『ドラゴンエナジー』lv2:25⇒30(60%) 星のブレス:50⇒120(120%) 過負荷暴走の魔術:50⇒195(195%) 大魔術式『血染めの薔薇園』(不完全):100⇒180(90%) 疑似固有結界『宝物庫カーニバル』:100⇒600(300%) 戦闘限定案テンプレ 限定6(+9) ユカリさん単独戦闘 限定6(+9):薔薇月、星屑竜(厄呪怪内包)、卑しき皇帝(羨望内包)、根源防御(変質内包)(枠なし)、烙印(黄金、強欲枠なし)、憂鬱、友誼(愛(オネ)、火刑、睡眠休暇内包)、ユカリー、ハグリット、ふてぶてしく笑え、狂気の上に花は咲くor愛(歪/コレクション)or愛(ユキ)or悪魔(逆)or慈愛orボーナス竜or善罪or狂い咲or運命の再履修orフォーマルハウト・インパクト!!から三つ 解説:限定への補正が多いためユカリさんの単独戦闘スキルのみならおおよそ使用可能。ただし狂い咲はいらない説がある。狂気の上に花が咲くの効果によりブレスやフォーマルハウトを草ごと使用してもクレイジーの発動によりデメリットを無視して場に残る可能性が生まれたので記載する ユカリさん単独戦闘(怪物化使用) 限定6(+9):薔薇月、星屑竜(厄呪怪内包)、卑しき皇帝(羨望内包)、根源防御(変質内包)(枠なし)、烙印(黄金、強欲枠なし)、憂鬱、第三瞳、友誼(愛(オネ)、火刑、睡眠休暇内包)、ユカリー、ハグリット、狂気花、フォーマルハウト、ふてぶてしく笑え 解説:第三瞳が絶対に入るのに加え、狂気花とフォーマルハウトの組み合わせが強力なためほぼ固定となる。入れ替えるならふてぶてしく笑えが入れ替え候補 ラビアン同行戦闘(怪物化未使用) 限定6(+9):薔薇月、星屑竜(厄呪怪内包)、卑しき皇帝(羨望内包)、根源防御(変質内包)(枠なし)、烙印(黄金、強欲枠なし)、憂鬱、友誼(愛(ラビアン)(再誕、従者、人質、最強同枠)、火刑、睡眠休暇内包)、ユカリー、ハグリット、ふてぶてしく笑え、狂気の上に花は咲くor愛(歪/コレクション)or悪魔(逆)or慈愛orボーナス竜or善罪or狂い咲or愛(オネ)or運命の再履修orフォーマルハウト・インパクト!!から二つ 解説:基本的に使うやつ。ラビアンも銃で戦闘できるため草君大活躍 ラビアン同行戦闘(怪物化使用) 限定6(+9):薔薇月、星屑竜(厄呪怪内包)、卑しき皇帝(羨望内包)、根源防御(変質内包)(枠なし)、烙印(黄金、強欲枠なし)、憂鬱、第三瞳、友誼(愛(ラビアン)(再誕、従者、人質、最強同枠)、火刑、睡眠休暇内包)、ユカリー、ハグリット、狂気花、フォーマルハウト、ふてぶてしく笑え 解説:単独時同様ほぼ固定。入れ替え候補はふてぶてしく笑え ※憎悪と嫉妬の果ては1年終了時に消えるようなのでメアリー案は一先ず消している ゲルテナの描いた少女について:魂や精神に攻撃をされた時に使用したいスキルだが直接確定を稼げるわけではないため基本は使用しない 相手がそういうスキルを使ってきそうな時には使わなそうなスキルと交換すれば問題ない。皇帝(正)とクレイジーユカリーにより作戦案が3倍になるためユカリさんの作戦でも高数値を出すことが可能になっているため注意 貪食について:スキルは炎や魔法攻撃のようなものしか食べられず、変なものを食べたらお腹を壊す模様。(雑談所発言)つまり、薔薇を吸収できたのは運がよかったかユカリさんに寄生して相性がよくなってたからなので基本は使用しないように 病みドラゴンが消滅し普通の強欲になったためラビアン以外との連携は枠を使うようになったため注意 卑しき皇帝の羨望内包は強制の為、羨望の魔術も固定枠となる ユキさんが復調したら愛(ユキさん)が召喚時に先制確定×1を出すので必須枠だと判断 ※ユキさんの復調は1.7年計算だが召喚による期間短縮もあるとのことなので、愛ユキは記載を続けておく(17スレ8448) 運命金石の第三瞳(怪物時、自動で枠を埋める) 作戦案で竜化を前提にするなら強制使用 烙印の邪眼は内包(枠無視の習得と使用)基準が上がったので、使用可能な限定を記載する 適応先:大罪系、二人出てる時の絵画を照らす薔薇の月、ラインの黄金、アイテム界のハグリット、半殺しのハーフフィクション、運命金石の第三瞳、フォーマルハウト・インパクト!!、壊れた慈愛、烙印の邪眼 戦闘魔法案テンプレ 魔力5(+5~9)(-2)(召喚術+ネクロノミコン使用時+1)(薔薇園発動時+3) ユカリさん単独(メアリーなし) 魔力5(+5~8or9)(-2):厄喰らい(半竜半呪で枠なし)、強欲の魔術、羨望の魔術、憂鬱の魔術、デコイ召喚、ドラゴンエナジー(ドラゴニックオーラ、ドラゴニックビート内包)、大魔術式『血染めの薔薇園』(不完全)、魔力暴走、○○適応の魔法orドラゴンダイブor治癒の魔法orバリアの魔法or身体強化or魔力放出or善罪枠or混沌回天のバーストブレス(決戦以外は使用不推奨)から3つ ユカリさん単独(メアリーあり) 魔力5(+5~8or9)(-2):厄喰らい(半竜半呪で枠なし)、強欲の魔術、羨望の魔術、憂鬱の魔術、デコイ召喚、ドラゴンエナジー(ドラゴニックオーラ、ドラゴニックビート内包)、薔薇ブレス(又は混沌回天のバーストブレス)、大魔術式『血染めの薔薇園』(不完全)、○○適応の魔法orドラゴンダイブor治癒の魔法orバリアの魔法or身体強化or魔力放出or善罪枠から3つ ラビアン同行(メアリーなし) 魔力5(+6~9)(-2):厄喰らい(半竜半呪で枠なし)、強欲の魔術、羨望の魔術、憂鬱の魔術、デコイ召喚、ドラゴンエナジー(ドラゴニックオーラ、ドラゴニックビート内包)、大魔術式『血染めの薔薇園』(不完全)、魔力暴走、○○適応の魔法orドラゴンダイブor治癒の魔法orバリアの魔法or身体強化or魔力放出or善罪枠or混沌回天のバーストブレス(決戦以外は使用不推奨)から3つ ラビアン同行(メアリーあり) 魔力5(+6~9)(-2):厄喰らい(半竜半呪で枠なし)、強欲の魔術、羨望の魔術、憂鬱の魔術、デコイ召喚、ドラゴンエナジー(ドラゴニックオーラ、ドラゴニックビート内包)、薔薇ブレス(又は混沌回天のバーストブレス)、大魔術式『血染めの薔薇園』(不完全)、○○適応の魔法orドラゴンダイブor治癒の魔法orバリアの魔法or身体強化or魔力放出or善罪枠から三つ ※別になくても勝てるという場合はブレスを抜き、魔力放出、治癒の魔法、バリアの魔法 辺りを入れて割り引きを狙おう。 ※身体強化の魔法はラビアンがいる場合は優先度が高いが、いない場合はほぼ誤差の範囲 ※強欲の魔術は敗北確定が付与されるのでラビアン同行時以外は不使用の方がいい可能性あり ※善罪はその大罪の割引が発生するため強制取得したくなければ非使用推奨 ※強欲の魔術と羨望の魔術、憂鬱の魔術は固定枠 ※ドラゴンダイブの先制確定は発動しないか相殺ルールの無効化が多くユカリさんは大体殴られるので割引狙いのオーラを追記した ※ブレスはどちらか片方しか使用不可。追記:黄金ブレスがイベント脱落の大技になった為、決戦以外は外す ※現在ユキさん召喚を使用すると自己嫌悪が貯まりテンションが下がるため不使用推奨。ただし使用すればするほど血に慣れるためシリアスな場面では使用可 ※現在、魔力暴走はメアリーが出ていない時、常時枠。厄招きと組み合わせる場合バッドエンドの可能性が普通に存在する。そのため、下手に使用すると大きいデメリットを抱えつつ生き残ってしまう状態にもなりうるため注意 ※魔力に対する補正は薔薇(+3)、悪竜現象(+1)、魔導の開拓者(+1)、血脈の迷走(-1)ゲルテナ研究室(-1)の+3が基本であり、ここに薔薇園(+3)と外套(+1)、ラビアンのロザリオ(+1)(ラビアン同行時のみ)ネクロノミコン(+1)(召喚使用時のみ)で最大で+9となる 単独でも薔薇園使用時、魔力補正は+5の上限までいくが、ユカリさんの制御力では味方の空間効果を塗り替えかねない可能性もあり、血の泉を生み出すため普通に危険なのを心にとめておこう ステータスの補正表 ■スキルによるステータス補正表 保持者 スキル名 作戦 魔力 装備 限定 条件 ユカリ 金産みのボーナス竜 0 0 0 1 竜形態時のみ使用可 メアリー 留める暴走の手綱 1 0 0 0 ハグリット率減少 メアリー ゲルテナ研究室 0 -1 0 0 期、初めに選択時 コレクター 0 0 1 0 語られぬ英雄譚 1 1 1 1 世界や大勢の人々を救う時 隠せぬポンコツ 0 0 0 2 時間旅行者 0 0 0 1 人類失格 0 0 0 1 悪竜現象 0 1 0 0 血脈の迷走 0 -1 0 1 半竜半呪 0 0 0 1 単一種族 0 0 0 1 ピンチの時こそふてぶてしく笑え 0〜5 0 0 0 伝説アイテム長者 0 0 0 1 伝説級アイテム(呪い有無は問わない)を10個装備している時、 黄金竜の加護 0 0 1 0 伝説級アイテム7個装備している時 魔神lv1 0 0 0 1 魔導の開拓者 0 1 0 0 (↓は横に長くなるので別表) 保持者 スキル名 作戦 条件 表裏一体の卑しき皇帝 作戦案の効果を1.5倍 メアリー 月のアルカナ(逆) イベント時、上昇 準備や対策に時間を費やすほど 注意:語られぬ英雄譚は条件が厳しい為か、基本ステータスに加算されていない。 これにアイテムのステータス補正が入る。 ■アイテムによるステータス補正表 アイテム名 作戦 魔力 装備 限定 条件 伝説のタロット 0 0 0 1 厄纏いの紫薔薇 0 3 0 0 ラビアンのロザリオ 0 1 0 0 もう片方の持ち主がいる、または自身のことを把握している時、 ゲルテナの描いた金髪の少女の絵 0 1 0 1 メアリーが装備している時 青色蛇紋石の玉猪竜 0 1 0 0 サンムーン・トワイライトの空間術写本 0 1 0 0 空間魔導で勝利確定または他者への敗北確定を得られる時 十徳デバイス 0 -1 0 0 血濡れの透明外套 0 1 0 0 非透明化時魔力+1、透明化時、回避確定×1、隠密確定×1 ネクロノミコン(不完全) 0 11 0 0 召喚術を使用する時、魔力+1死霊術を使用する時、魔力+1 注意:伝説のタロットも基本外さず、厄纏いの紫薔薇とラビアンのロザリオは外せないので、 ステータスに加算されているのが基本。 確定の一覧表 確定の一覧表 勝利確定、敗北確定、生存確定のみ(自分が得るもののみ) 保持者 スキル名 勝利確定 敗北確定 生存確定 条件付き ユカリ メアリー 黄金喰らいの厄呪竜 10×2 0 0 戦闘終了後瀕死になるリスクを負うことで勝利確定×10人類失格の効果で2倍になっている ユカリ 敗者の烙印 0 3 0 ユカリ 憂鬱 0 1または限定/10 0 メアリー 保身精神lv2 0 0 2 隠せぬポンコツ 0 1 0 異界よりの生還者 0 0 1or3 異界内において生存確定×1、自身の実力よりも高い異界ならばさらに生存確定×2 歴史の簒奪者 5 0 0 歴史の修正力、ボス補正、主人公補正に対して 運命の敗北者 0 1(-5) 0 自身に対するこのスキル以外の敗北確定を5つまで相殺する。 無力なれど無価値に非ず 0 1 0 血脈の迷走 1 0 0 悪運 0 0 0~10 窮地の具合に応じて生存確定×0~10 竜種 1 0 0 悪竜現象 1 0 0 竜種以外に対して 単一種族 自身の限定-相手の限定最低0 0 0 魔神の加護(ラビアン) 1 0 1 自身が他に勝利確定を保有するなら勝利確定×1、生存確定×1 比翼連理の魔術(ラビアン) 0 0 1 熱砂龍の加護 1 0 0 黄金竜の加護 1 0 0 ピンチの時こそふてぶてしく笑え 0〜5 0 0 世界から弾かれし者 0 0 1 魔導の開拓者 1 0 0 参照:今のステータス(1年生3月後期時点) 作戦 魔力 装備 限定 詳細 4(+0or1or2~7) 5(+5~6/-2) 5(+1~2) 6(+9~10) 実質(人形態時) 4 8~9 7 12 実質(竜形態時) 4 8~9 6 12 また、アイテムでも勝利確定が生み出せるようになった。 ■アイテムによる確定一覧表①~③ アイテムによる確定一覧表① 勝利、敗北、生存、死亡のみ。 アイテム名 勝利確定 敗北確定 生存確定 死亡確定 注釈 時空再起の懐中時計 0 0 限定 0 究極魔導銃(不完全) 1 0 0 0 無鉄砲を許さないタンブルウィード 0 装備/10攻撃者に 0 0 シュルシャガナの骨刃弾 0 1 0 0~3 自動拳銃クトゥグア 2もしくは威力ダイス 0 0 0 回転式拳銃イタクァ 2 0 0 0 呪物と化したアウラウネ 0 0 0 2出した時ブレス使用時 レッツ薔薇マシンガン 魔力/10×敵人数(最大10) 0 0 0 血酒産みの革水筒 0 0 1 0 高確率で呪われる 厄纏いの紫薔薇 魔力/10媒体に魔術敵が草を起動 0 0 0 腐海の園(不完全?) 0 自陣や敵陣に0~×魔力/4ハグリット時0~魔力 0 0 冤罪人殺しの黄金銃 0 0 0 1 ラビアンのロザリオ 2ラビアンが居ない時 0 0 0 独占欲の喪服 1ラビアンが近くにいる 0 4対ラビアン以外 4対ラビアン時 遠く叶わぬ理想郷(不完全) 0 魔力/4相殺 装備/4 0 金毛九尾の化けの皮(拘束具仕様) 0 0 1 0 アイテムによる確定一覧表② 通常確定6種。 (撃破、耐久、先制、回避、命中、遅緩)(確定表記は省略) アイテム名 撃破 耐久 先制 回避 命中 遅緩 注釈 究極魔導銃(不完全) 5 0 0 0 0 0 無鉄砲を許さないタンブルウィード 0 1被攻撃者に 0 0 0 0 シュルシャガナの骨刃弾 0~10 0 0 0 0 0 大型マジカルチェーンソー 1lv3時 0 0 0 0 0 回転式拳銃イタクァ 0 0 2水泳時飛行時 2水泳時飛行時 0 0 血濡れの透明外套 0 0 0 1 0 0 透明化時 レッツ薔薇マシンガン 0 0 0 0 敵人数(最大10) 0 血薔薇と回転草の赤ドレス 0 装備/4 0 0 0 0 独占欲の喪服 0 5 0 0 0 0 虹色大回転式巨大メビウスの輪(不完全) 0 0 0 0 0 3 遠く叶わぬ理想郷(不完全) 0 装備/2 0 0 0 0 金毛九尾の化けの皮(拘束具仕様) 0 3 0 0 0 0 蠢く血管の怪力グローブ 1 0 0 0 0 0 焼け焦げたブラッドサークル 1 0 0 1 0 0 炎属性変換魔導または呪術で攻撃 紫薔薇の血朝露 0 0 0 1 0 0 呪うことがある 呪装「焔の呪火十字」 1~ラビアンの魔力 0 0 0 0 0 アイテムによる確定一覧表③ 特殊確定3種。 (逃走確定、隠密確定、封印確定)(確定表記は省略) アイテム名 逃走 隠密 封印 注釈 血濡れの透明外套 0 1 0 透明化時 蛇の道の龍のブレスレット 1 1 0 所有者に 金毛九尾の化けの皮(拘束具仕様) 0 0 1
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真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 二節 2-4 お淑やかな撃墜王 「星崎ちゃん、真琴ちゃんが愉快な仲間達と北西地区で大活躍しているようだよ。絨毯爆撃って凄いよねぇ」 「面白いジョークだけど、今話す内容じゃないわね。私達はまず、北東部の掩護に回らなくちゃね」 苦戦が続く北東地区に輸送ヘリで向かっていた大学部の援軍の隊長・討状之威は軽い感じで、副隊長を務める私の姉である美沙に話しかける。 「真琴ちゃん紹介してよ、星崎ちゃん」 「バカだねぇ。そんなことを一言でも言ったら、あの子に鉄扇でぶん殴られるわよ。チャラ男大嫌いなのだから」 場違いな冗談交じりの会話は、緊張を解すためなのと、元々討状が軽く不真面目なためである。姉は分っているので軽く聞き流している。 《討状、星崎、北東地区に間もなく到着。出撃準備を》 輸送ヘリのコックピットより聞こえてくる声を確認すると、流石の討状でも表情を戻して臨戦態勢を取る。 「よし……行くぞ。そうそう、ちょっと言い忘れたけど龍河君に言っておいて。『さっさと前線出でてきなさい』ってね」 《了解》 「北東地区に電文! さぁ行くよ。降下準備は出来ているよねぇ?」 顔は真剣だが言い方が少し軽い言い回しで討状が言うと、ヘリに乗り込んでいる面々にこう伝えた。 ――11時02分 北東地区防衛線。 「うわああっ! 俺は『ダイアンサス』で行動したかった! 畜生、何でこんな事にいぃ!!」 「お前の働きはこの戦線の生死を分けるんだ! もう少し気張れ!!」 悲鳴を上げながらヒット・アンド・アウェイで能力を行使する堂下大丞に、二階堂悟郎は渇を入れる。堂下の異能力『他者強化』はこの一進一退の状況を支えるのに欠かせない為だ。状況に応じて個人の能力を増強出来る能力は、この状況ならば宛ら命綱とも言える。 北東地区の主力は高等部3年全体と1年の約半数が前線を支える布陣ではあったものの、防衛戦開始より苦戦を強いられていた。私のグレネードをテレポートさせて敢行した絨毯爆撃の様な奇策や、千鶴のように門に障壁を張って勢いを止める様な策が無かった事と、哨戒能力の甘さから戦闘開始より勢いを抑えられずに常に戦線が前後している。とは言うものの、この戦線には有能且つ名だたる異能者が居ないのかと言えば決してそうではない。 三年で言うと二階堂兄弟に大道寺天竜、弥坂舞、久留間走子が居るのに加えて、一年は『外道巫女』神楽二礼をはじめとして伝馬京介、氷浦宗麻、姫川哀、堂下大丞と言う総々たる面々である。 「あのクソ教師め……偉そうな事言っておきながら、意図も簡単にやられているじゃねーか!!」 「気持ちは分るが、言っても仕方有るまい……俺たちゃ『そこにある危機』を無くす事が先決だよ」 「専門的な回復手が少なすぎるんだよ。必死に戦わなくちゃ殺されちまうよ」 だが、この場を仕切った教師の判断によりラルヴァ行軍中は『見』に専念した事が、最大の失敗と言える。こうして出遅れ挫かれた戦線は維持するので精一杯にまで追い詰められたのだ。 これだけの人材を抱えている戦線だが、最初に出鼻を挫かれてしまっており、戦線維持に躍起に成らざるを得ない状況は最早ジレンマと言えよう。しかし逆を言えば、これだけの面子が揃っているからこそ、突破されずに維持できているのである。 極めて神頼み的な確率だが神楽二礼の『場』を門に展開できれば多少なりと状況は変っていたのかも知れないが、指示を出した教師は事前諜略をさせなかった。敵勢を甘く見ていたためである。この為雪崩れ込まれたラルヴァの群集を押さえ込む事が難しく、加えてこの指揮した教師は前に出て行って飛行するラルヴァの集中攻撃を浴びて早々に戦場離脱したのだ。 三浦が意図も簡単に蹴散らしているように見えるラルヴァ達だがその実の戦闘力は高く、決して侮れない。敵を攻撃した事だけでモールが壊れたことや、完全に押し切れずに決定的な要素には至っていないのがその証拠だろうか。 更に悪いことに怪我人が時が経過と共に比例するが如く徐々に増え始め、その回復にも全力で勤める必要を有している事だ。成るべく弥坂舞の様に幻を実体化させて戦わせたりして人間の消耗を抑えているが、それにも限界がある。 この為『外道巫女』神楽二礼を前線から下げ、直接戦線に触れない建物を貸し与えて『場』を構築させて回復に当たらせたのだが、人数が多すぎて追いつかないのが現状だった。さらに彼女の使う能力は簡単に言ってしまえば『神頼み』に於して発動する。よって、神が気に入らなければ一切力が出ないという制約がある。 場を仕切った教師が早々に戦線離脱した後、代わりに別の教師が直ぐに戦線に駆けつけたものの、当に一進一退の状況は通信室と神楽二礼の『臨時野戦病院』を往復する事しかできなかった。 「状況はどうだ!?」 「だめっすね、人が多すぎておいつかないっす」 言葉では軽い言い方だが、暗闇でも分るくらい顔中汗に塗れて『能力』を行使している姿が見受けられ、これ以上もっと頑張れ等とはとても言えない状況だった。他にヒーラー(回復手)が居ないことが戦線維持を難しくしている。 「……神楽、無理はするな。ギリギリまで保たせるからな」 「電文です! 大学部からの緊急電文です!」 その最中、 『発 北東地区大学部援軍隊長 宛 北東地区防衛隊隊長 我、防衛線ニ到着セリ 各員戦線ノ維持ニ奮起セヨ』 「おおおおお……大学部の援軍が到着しました! 地獄に仏とはこの事です!!」 大学部からの緊急入電に簡易通信室は援軍の一報に思わず沸く。 「正に待望の援軍だな……隊の編成は分るか?」 「隊長が討状之威殿、副隊長が星崎美沙嬢、以下30名です」 通信室を仕切る教師は険しい表情から、少し安心した表情を思わず浮かべる。 「星崎美沙と言えば『ヒーリング』……これは天の助けですね! 惑う事無きヒーラーが来てくれることは!!」 私の姉である星崎美沙は、意外にも双葉学園に数少ない超能力系能力による回復手で、『ヒーリング』を使いこなすことが出来る異能力者だ。劇的な効果ではないが傷や病気を癒すことと、治癒に関わる目標の纏っている生命的なオーラを感知できる。 現実的に直接的な回復手が少ないこの学園では、姉の様な能力者は引っ張りだこである。姉を知っている者なら、『保健室に行くか、星崎の所に行くか』と考えるのだと言う。 「討状之威に星崎美沙が居るのか……有り難い。討状の支援攻撃と、星崎のヒーリングによるフォローで持ち直せるな……神楽に伝えてやってくれ、星崎に暫く頼んでお前は少し休めと」 これが終わりではなく、未だ安心出来ない事は十二分に承知している。だが少し、微かだが精神的なレベルに於いて多少の余裕は出来たという所だろうか。 「合流次第、星崎美沙に神楽の居る『臨時野戦病院』に向かってくれと指示を出してくれ。討状が居れば現代兵器が十分効くあの連中なら一気に好転できるだろう」 「了解」 「星崎……か。美沙に真琴か、大きくなったな……あの姉弟…いや、『姉妹』だったな。あれがこの学園に来たときの事を思い出させる」 ――11時05分 北西地区防衛線。 (はあっ…はあっ……気が練れないのはまずい。調子に乗って特大の気弾を放ったからだ) 交戦中のラルヴァを除いて数居たラルヴァを殲滅したまでは良かったが、その後に出現した筋肉質で巨大、火を吐くラルヴァに三浦は七転八倒していた。力任せに投げられたが、身体で覚えているのか辛うじてなのかフランケンシュタイナーで切り返せた事は大きかった。 だがこのラルヴァが痛みからの朦朧状態からくる『隙』では、気を練り直すのに十分な時間が取れなかった。気を練り直せぬまま、起き上がり首を回す仕草をする姿に三浦は少々絶望感すら感じる。 「!……蹴り!!」 それでも目を瞑って気を練っていたが、殺気を感じた為目を開けるとラルヴァの中段回し蹴りが飛んでくることに気付く。避ける暇のない三浦はダメージ覚悟で脇腹に受け止めた。かなりの衝撃を覚えた三浦だが、足首を抱えて自分の脇腹に押し付けて固定する。 「……こうなったら意地だな。精一杯抵抗をして、時間を稼いでやるぜ」 ラルヴァを下から睨み付け、吐き捨てるように言うと自ら素早く内側にきりもみ状態で倒れこみながら膝を捻り、ラルヴァを投げる。 「ギャアアアアア!」 プロレスラーである藤波辰爾が本来は繋ぎの技として考案した、蹴りに対するカウンター攻撃として認識されている『ドラゴンスクリュー』で強引に投げられたラルヴァは錐揉み状になって地面に叩付けられると、まるで人間の悲鳴のような声を上げて足首を抱えて悶えてのたうち回った。 正しいこの技の受け流し方なんて知ろう筈もないラルヴァは、下手に抵抗したために脚を、足首を、引いてはその靱帯を強く痛めた。 「はあっはあっ……ざまぁみろだ……それにしてもキツい蹴りだな……」 もんどり打ってのたうち回っているラルヴァに吐き捨てるように言うと、必死に呼吸を整えようとする。 「気が練れるまで後ろに下がって」 「気を練り直せ、ここは私達が繋ぎとしてでも押さえ込むから!」 「待て如月、坂上、菅! 俺はまだ戦える!!」 必死に呼吸を整えている三浦の前に、千鶴に坂上撫子、菅誠司が庇うように立った。 「本当にバカだね! 真琴ちゃん! 三浦を一旦回収して!!」 千鶴は屋上にいる私に向かって言い放つ。呼吸が整わない三浦だが、視線はしっかりラルヴァの方に向いている。このままラルヴァが立ち上がれば臨戦態勢とは程遠い状況で三浦は闘う。恐らく千鶴はそれを加味しているのだろう。 「分った!『他者転移』」 この距離での転移は集中するまでもなく成功、重低音と共に三浦を瞬時に私の目の前に引き寄せる。 「うわああっ! まっ真琴さん!? と言うか、どうして男子用制服を?」 「そんな事を気にしている場合じゃないわ」 行き成り転送されて慌てふためく三浦だが、さすがにレスラー系のファイターだけに観察眼は鋭い。 「それにしても千鶴に言われて引き寄せて正解だったよ。三浦君、個人プレーじゃないんだ。千鶴や坂上さん、菅さんに任せて息を整えて」 「だめだ! 真琴さんアイツ半端じゃない!! 俺をまた飛ばしてくれ!!」 「それは出来ない。息整えて気を練って、戦える状況に戻すのが先決」 私は焦って打って出ようとするこの血の気の多い三浦を、静かに宥めながら言う。彼は息が切れており、はぁはぁと呼吸しながわ私の言葉に耳を傾けている。 「戦っているのは何も貴方だけじゃない。あれだけ暴れたのだから、少しくらい引いて整えても誰も文句は言わないし、言ったらその人を容赦なくプールに叩き落としてあげるわ」 「真琴さんも見たでしょう、俺を軽々と投げられる筋力の持ち主だ! 俺がタンカー(盾役の事。壁役とも言う)になって……」 「お前の気が練れない状況が、足手まといになっているって分らないのか!!」 何時もははっきりと言わないが、緊急時と言うこともあって自分でも信じられない位に三浦に言い放っていた。 「!!……真琴さん……」 「この迎撃戦は恐らくこのまま終結に向かう。東(北東地区)は苦戦しているようだけど、大学部から援軍が向かったわ……西は二年……それに一年に白兵戦得意な連中多いんだ。少し休んで息を整えて……私も千鶴達をフォローするから」 私は三浦にこう言い置くと、建物屋上の端に向かい千鶴達の戦いを見る。千鶴・坂上・菅と言う接近戦得意の三人対ラルヴァという図式で戦っていたが、そこにある戦闘は一進一退の状況だった。ラルヴァは三浦の『ドラゴンスクリュー』で脚を『壊された』為に動きこそぎこちなかったが、あの三人を相手に戦えるだけの力を持ち合わせていると思うと背中がぞっとする。 「如月あいつ炎吐く! 防いで!!」 「了解!! 『氷壁』!」 三浦との一騎打ちを見ていた坂上は、炎を吐くモーションと判断して千鶴に叫ぶ。案の定三浦にも放った火球が口から数個出現し、息を吹きかけるように推進力を付けて千鶴達が集まっている場所に目掛けて飛ばした。 「熱っ! 痛っ!!」 「熱っ!! この火球は爆裂もするのかよ!」 千鶴も反応が早く、素早くしゃがみ込んで地面に手を着けて素早く念じると、瞬時に三浦の背丈ほどの氷壁が現れ火球を打ち払ったが氷壁に当たると同時に火球が爆裂して爆風と熱風が放射状になって拡散する 破裂し四方に飛び跳ねる火の粉などの欠片で間接的な衝撃に千鶴と坂上は思わず声を上げる。 「……如月、ショットガン貸して」 ラルヴァの動きを見つつ、菅は千鶴に手をだしてショットガンを渡せと言う。 「せいちゃん? ……だけど、ショットガンシェルは3発しかないよ」 「効くかどうかも分らないし、引き付けるだけなら十分。私がこれで引き付けるから如月はまず坂上の刀に『氷』の付加しつつ、私が一発撃ったら氷で攻撃、その間を縫って坂上に斬り込んで貰う。私達が不安定になったら星崎にあのラルヴァを転移させて間合いを取って貰えば支えられる」 三人掛かりでも苦戦するこの状況に菅は賭けに出る。 「危険な賭けよ、せいちゃん」 「仕方がない。完璧に抑えられる三浦があの状況だし、これが最善だろ。如月、頼んだよ」 吐き捨てるように菅が言うとショットガンを片手に持って、飛び込み前転で盾になっている千鶴が張った氷壁から飛び出すようにラルヴァの目の前に出ると、銃口を向けて構える。 だが菅は撃たずにじっと構えているだけだった。銃を構えても動かない彼女を見たラルヴァは後退しながら息を吸い込む仕草をして口から火球を吐き出す。 「当たらない」 自分目掛けて飛んでくる火球を待ってましたとばかりに、左右に振る飛び込み前転で回避する。菅の動きは非常に素早く、動きに翻弄されて反応するだけで精一杯だった。姿を晒して攻撃を誘発させつつ、間合いを取って坂上が切り込める状況を作っている菅は飛んでくる火球を軽々と避ける。 「せいちゃんが囮になっている間に……坂上、刀を見せて。魔力付加する」 菅の戦術を見届けながら千鶴が片手に力を集中させると、坂上の刀の刀身を撫でるように触れる。すると刀が派手ではないが青くぼんやりと光り、氷の結晶が刀身の周りを浮遊している。 刀身が青く輝いて周りを氷の結晶が纏っており、相手を攻撃した際に凍てつき凍結させる氷の力を付与させる『氷結武器』と言うテクニックだ。 「劇的な効果では無いだろうけど、異能力じゃないと傷つかない奴にも効くようになるし、炎を基本とする者に大きくダメージを与えるかも知れない」 「十分過ぎるだろう。私は菅が一発撃つのを合図に斬り込むので、如月は私が接敵する前に飛び道具なら一回攻撃できるから撃ち込んで」 千鶴と坂上は2・3言葉を交わしつつ、菅の戦術を見ながら打って出るタイミングを見計らっている。 「……非常にワンパターン」 圧倒的な敏捷力で避けられる菅は、遊びは終わりだと言わんばかりにショットガンの有効殺傷射程距離の間合いに入る。近距離に間合いを取って銃を構えると、ラルヴァも同じように息を吸って火球を吐き出す仕草をする。 (モーションが何か違う……だが) 菅は一瞬ラルヴァのモーションの微妙な違いに気付くが、気の迷いなくそのままトリガーを引いた。 「ギャアアアアアアアア!!」 乾いた火薬の破裂音と共にショットガンシェルが破裂し、弾丸が四散する直後にラルヴァの胴体部位に直撃する。だが、 「傷口と口から炎!? くっ!!」 ラルヴァ自身は受けた傷に苦しみ悶えているが、ショットガンで受けた傷と口からおびただしい火と火の粉が勢いよく吹き出し、前面で立っていた菅に激しく襲いかかった。 菅は思い切り地面を蹴って全力でバックステップして危急を乗り切ろうとするが、菅の回避よりも早く火の粉がブレザーにまとわりついて着火する。 「如月! 菅が燃える!!」 「『冷却』!!」 ブレザーに火の粉が降りかかり延焼を始めた菅に、瞬時に素早く集中を切り替えて千鶴は菅の全身に氷の膜を張って火を消し止める。 菅は熱さに少し身を屈めていたが、千鶴の氷の膜によって軽くブレザーを焦がしただけに留まった。 「坂上早く行け!! せいちゃんは私がフォローするから、構わず斬り込め!! ショットガンで悶えている今が絶好のチャンスだ!!」 「ああ、わかった! 行くぞ!! たああああっ!!」 菅の攻撃による隙に一瞬行動が遅れた坂上だが、地面を蹴って氷壁の陰から飛び出し、下段の構えのまま悶えるラルヴァの死角から突撃し斬り込んだ。 「喰らえ!!」 「ギャアア!!」 突撃の勢いと体重の加重任せに打突して刃筋と平行に突き、脇腹に突き刺した。 「え? 何!? キャアアッ!!」 だが坂上の刀は千鶴の魔力付加が付随していたが切っ先までしか突き刺さらず、しかも刀は突き刺さって抜けなかった。よく見れば至近距離からのショットガンにも関わらず、擦り傷程度しか傷つけてはいなかった。 逆に痛みに悶えるラルヴァが激しく左右に体を振り、柄を握りしめていた坂上は体ごと激しく揺さぶられて刀諸共投げ出され、勢い良く地面に叩き付けられてしまった。 「……痛たたあぁ……何て力なのだ……あの三浦を軽々と投げようとしただけの力だ……薄々感じてはいたが……」 坂上は勢い良く体を叩付けられて衝撃と痛みに起き上がるのがやっとだったが、体を震わせながら何とか跪くように起き上がる。 (参ったね……ラルヴァが悶えているお陰で大丈夫だが……まずいな……) 「俺が、ただのオッパイ好きの中華料理店バイトでない所を見せてやる!」 「拍手!?」 痛みに悶えよろめいたラルヴァに『女のバスト大好きの中華料理店のバイト』として有名な拍手敬が、心の叫びとも取れかねない咆哮と共に千鶴・坂上・菅の間合いを縫ってラルヴァに突撃を掛けた! 私は拍手の『能力』を知らなかったのだが、徒手空拳で突撃していく。ようやく息が元に戻ったが気がまだ練りきれない三浦や、ダメージを受けている菅や坂上を考えると妙に頼もしかった。 「俺だって戦うさ! 喰らえっっ!!」 「グオオオッッ!!」 左手の拳に『気』を溜めつつ電光石火の早さで格闘戦の間合いに急速接近、両足を地に着けると掌を伸ばして掌底の形で、アッパー気味にラルヴァの顎辺りを深々と抉った。 「……グヘヘヘ……」 「まだ起きてやがる」 痙攣しつつ仰け反るようにぐらつき、顎に焦げるように煙を立てながら動かない。誰もがこれで終わったかと思ったが、ゆらりと体を戻し口元をニヤリとしながら人差し指を『来い』と示す仕草をする。 「三浦君! なんで拍手君は直ぐ追撃しないのだ!」 「真琴さん、拍手の能力は『発勁』で拳に気や『魂源力』を溜めて攻撃できるのですが、30秒の溜めが必要で追撃できないんです」 何というミステイク、これでは鉄砲勝負ではないか。だが、ラルヴァの硬直時間が長かったお陰か直ぐに二撃目の準備が出来た。 「もう一撃だぜ!!」 素早い腕の動きで繰り出した気を纏った掌底はラルヴァには避けられず、頬に食い込み抉るように命中、口から体液が飛び散り殴られた衝撃に限界まで仰け反って痙攣する。 今度こそ終わったと思った拍手は手をパンパンと叩きながら、吐き捨てるように言い置いた。 「ははは……見てみろ! 俺もやるときはやるんだよ」 「馬鹿野郎、終わってないぞ!! 油断するな拍手! まだ動いているぞ!!」 一部始終を屋上から見ていた三浦は、拍手に絶叫する。 「三浦……? 何!?」 三浦の絶叫に気が付いた拍手はラルヴァの居た方向に向くと、既にラルヴァが足蹴の攻撃態勢に入っていた。三浦や菅、坂上の『攻撃』に既に怒り狂っていたラルヴァは、元々瞳孔のない瞳に更に血走りながら、疾風怒濤に拍手に襲いかかる。 「この態勢では避けきれな……!!」 「『他者転移』!」 「ギャアアアアア!!」 攻撃が拍手に命中する直前に、私は彼を自分の側に引き寄せて攻撃を凌ぐ。攻撃が空を切ったラルヴァの蹴りは、ラルヴァの火球を凌ぐために千鶴が作った氷壁に足を食い込ますように『誤爆』、厚手の氷の堅さとその反撃効果、加えて三浦のドラゴンスクリューで負ったダメージがまるでボディーブローの様に効き、もんどり打ってのたうち回っていた。 「はあっ…はあっ…星崎のテレポーテーションってやつか……助かったあぁ」 「無茶しやがって……良い度胸しているよ」 呆れる様に三浦は言うと、拍手はそれを聞きながらはあはあと呼吸を乱しながらその場に大の字で寝転んでしまった。 「大丈夫か? 拍手君」 「大丈夫、大丈夫、ダメージは無いから。多分疲れたんだ」 私は気になって言ってみると、三浦は手で扇ぐような仕草をしながら言い置いた。 「それより真琴さん、俺もう行けるぜ。気が練れる!」 「分ったよ三浦君。方向感覚を合わさなくてはいけないので離れた場所に飛ばすから……千鶴達を頼むよ」 私はこう言い置くと三浦はニッコリ笑いながら、 「大丈夫ですよ真琴さん。菅も坂上もダメージ受けているけど、如月と真琴さんのフォローがあれば負けはしませんよ」 静かに言い置いた。三浦の言葉を聞くと、私は静かに彼を火を吐くラルヴァと行き成り接敵しない場所に転移させた。 何度か転移されたお陰か三浦は方向感覚を失わずに状況認知を完了し、拍手の一連の流れでのたうち回っているラルヴァの元に走り込んで勢い任せに頭部にストンピングを喰らわす。 「グヘェ!」 ストンピングは倒れている相手を踏みつける本来繋ぎの足技だが、気を纏った三浦のストンピングはラルヴァですら苦悶の唸り声を上げた。 苦悶の悲鳴を上げているラルヴァを三浦はそのまま頭を持って起こし、首根っこを掴んだまま歩かせて千鶴の作った火球を凌ぐために作った氷壁の角にラルヴァの体を振って顔面を叩付ける。 「ようやく気が練れたのか三浦」 「真琴さんの横にいたらよ、直ぐに疲れが取れたぜ」 余りにも直球な言葉に、流石の千鶴も苦笑いを浮かべる。 「下半身の欲望って怖いねぇ……さて、私は坂上のフォローをするので三浦はあのラルヴァを仕留めろ! 立て直し次第そっちに行くから」 「了解。さて、〆くらいきちんとしますか」 二・三言葉を交わすと三浦は意気揚々とラルヴァに接近し、頭を抱えて苦しみ悶えているラルヴァに容赦なくストンピングを落としていった。 千鶴の凌ぎ用の氷壁にサンドウィッチ状態でストンピングを落とされている状況は、さながら地獄絵図とも言えなくもない。 「グオッ……思いの外重い蹴りだな……まだ余力十分じゃねぇか」 だがラルヴァもサンドバックではない。三浦のストンピングの合間に浴びせ蹴りの要領で脇腹に蹴りを見舞っていく。ドスッドスッと重く鈍い効果音を響かせながら、三浦のストンピングとラルヴァの蹴りの応酬が始まった。 「グオッ! ああ! クソッ面倒くせぇ!」 比較的重い足蹴の応酬は、段々と三浦をイラつかせる。三浦はラルヴァの蹴りを凌ぐと前に前進して首元を捕まえて押さえ込み、エルボーを激しく背中に落としながら屈めさせ、両膝でラルヴァの頭を挟み両腕を相手の胴周りに回してクラッチし、相手の身体を反転させながら自らの頭上まで跳ね上げ、その体勢から自らしゃがみ込みながらラルヴァを背面から千鶴が作った簡易的な氷壁の真上に叩き落とした。 氷壁は真ん中から砕け散り、崩れ去りながらラルヴァの両脇腹に背中に食い込ませて地面に叩付けられた。 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 ほぼ突起物と言って良い氷壁に勢い良く『パワーボム』で叩き落とされたラルヴァは、海老反りに体を曲げて転げ回りながらのたうち回っている。 一気に決めた大技だったのか、三浦は片足付いて跪くように座っている。 「……ふうっ……やれやれ。それにしてもあの蹴り痛てえ……気を装甲にしてもこの痛みは……」 完璧に決まったパワーボムで三浦も周囲も完全に終わったように見えたのだが、次の瞬間信じられない光景を見る。 「マジで?」 プルプルと振るわせながらもこのラルヴァはゆら~りと立ち上がり、血塗れ泥塗れで立ち上がるその様は三浦でも『引く』位の迫力がある。 「ちょ、ちょっと待てや、菅や坂上に拍手の攻撃を浴びて、パワーボムまともに喰らってまだこれかよ……」 目の前の衝撃的な光景に咄嗟に立ち上がることが出来なかった三浦は完全に後手を取ってしまい、為す術もなく怒りの一撃とも言える太い腕を勢い良くまるでバットのように振ったラルヴァの攻撃を許してしまう。 「うおおおっ!」 反射神経の本能から来る左腕のガードが一寸の僅差で間に合って顔面に直撃することは免れたが、辺りに響き渡った激しい鈍い衝撃音がその激しさを物語る。 何とか防いだは良いが、衝撃の激しさで暫く身動きが取れない三浦は青ざめる。もし次が来たら間違いなく顔面にクリーンヒットするからだ。激しさを身をもって知った三浦は直撃したらどうなるか等、想像に難しくない。 「三浦! 背中を屈めろ!!」 咄嗟に後方から聞こえる声に三浦は力を振り絞って体を前屈みになった刹那、坂上が三浦の背中を踏み台にして乗り上がり、すぐさまラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出した。 プロレスラー武藤敬司発祥の所謂『シャイニングウィザード』だが、少しずれてラルヴァの顔面と頭部に大腿筋が打ち付けて勢い良く突風が通り過ぎるかの如く駆け抜ける。 「グオオッ!!」 「……私も行く!」 間髪開けずに菅も坂上に続いて同じく三浦を踏み台にし、多分見様見真似だろうかラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出した。 膝が鼻と眼球辺りに直撃し、激しく鼻から体液を吹き出しながら仰け反るが倒れるまでには至っていなかった。 「私も行くよ! たあ―――っ!!」 そして立て続けに脚に氷の付加をして、こなれた感じで千鶴も同じように三浦を踏み台にして登り上がり、助走の勢いそのままにラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出す。 「ギャアアアアア!!」 千鶴の膝が鼻から眉間に額にかけて漏れなく網羅し、衝撃でへこみながら額が割れて体液が噴き出し、菅の二撃目のシャイニングウィザードで折れている鼻が更に折れたのか激しく鼻からも体液が噴き出して堪らず地面に叩付けられるように倒れ込んだ。 「三浦! お膳立ては此処までだ、最後に決めろ!!」 「了解!」 最早のたうち回る気力も残っていないのか、ピクピクと痙攣して動かなかったラルヴァを頭を持って無理矢理起こして相手の首に片手を回し、もう一方の片手でラルヴァの肉を掴む。 「……あの体勢……まさか」 三浦は首の辺りを掻き斬る仕草をするとそのまま相手の全身を垂直になるように持ち上げ、勢いを付けて脳天から落とした。 187㎝の高さから垂直落下で脳天から叩き落とされたラルヴァは既に出血している場所から吹き出すように体液が吹き出し、三浦が手を離した頃は血塗れ泥塗れ、最早ピクリとも動かなかった。 「垂直落下式ブレーンバスターか……実際に生で、しかも実戦で見られるとは思わなかった」 一部始終を見ていた他の生徒は思わず漏らす。実戦で垂直落下式ブレーンバスターを放てるのは、やはりそれなりの実力者でもない限り難しいからだ。 またプロレスを生であれ中継であれ、こうやって見られることは珍しい。 「今度こそ終わっただろ……はぁ、拍手の二撃で沈んでくれれば助かったんだがなぁ……他の奴に比べで段違いだな」 倒れて動かなくなったラルヴァを見ながら、三浦は言い置くように呟いた。 「おい三浦、このラルヴァ燃えるぞ」 坂上は思わず漏らす。倒れて息絶えたと思われたラルヴァだが、暫く経つと穴という穴から炎が吹き出して全身を包み、激しい炎となって燃えだした。 「……何だったんだろうな、こいつら」 「さぁね……まぁ、確かな事はこんなに大規模に学園をラルヴァに襲撃されたのは、初めてって事だけよ」 この火を吐くラルヴァを倒したのが最後と認識したのか、溜息と安堵と共にぽつりぽつり雑談をかわす。 「おい、三浦に坂上、如月。雑談は後にしよう……星崎に終結の宣言をさせに行かないと」 菅は至って冷静に言葉を言い置く。 「真琴ちゃん! 簡易通信機から『醒徒会』に通信入れて! 北西地区の戦闘は終結したと」 千鶴は私に叫ぶように言う。と言うか私がやって良いのかなぁ? 「了解! 『発 双学北西地区守備隊星崎真琴 宛 醒徒会本部 我、ラルヴァ群集を殲滅セリ。次ノ指示マデコノ場デ待機スル』」 私は言われたとおりに醒徒会に簡易通信を入れると、どっと歓声が沸くのが分る。 『了解お疲れ様でした、『撃墜王』星崎さん。北西地区は明朝まで待機してください……そうそう、星崎さん。貴女はまず着替えて、成宮君に制服を返してあげて下さい。彼、下着で小さくなっています』 私が簡易通信を入れると、水分は北西地区に向けて通信を入れる。余計な一言を添えて。 一瞬しーんと場が無音状態になり、その刹那まるで衝撃波の如くどっと爆笑が広がった。 「……真琴さんのあの男子制服って、醒徒会の成宮のだったんだ……」 三浦はしみじみという。畜生! そんな事言わなくても良いのに!! 「うっ…うるさいわ水分さん……! ああ……もうっ!!」 私は思いの外狼狽えていた。まぁ私が悪いのだが、顔から火が出る思いというのはこういう事なのだろう。 恥ずかしくて穴を掘って埋まりたい気持ちで一杯だったが、私の横にいる大の字になって寝ていた拍手が目を擦りながら起き出した。 「……あ……オハヨウゴザイマス……」 「……うるさいよ……」 2-5に続く トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ラノる 五 花宴は自室で茶を飲んでいた。部屋の外には屈強な護衛が数人おり、彼は何の心配もせず、ゆったりとした時間を過ごしている。 花宴の一族は江戸の時代は商人であったが、明治維新から戦前にかけて闇の商売に手を染め、莫大な資産を手に入れていた。そして戦後の混沌とした時代にさらに怪しげな商売に手を染めていた。だがそれも昔の話で、花宴財閥の三代目である花宴恭一郎の時にはすでに没落状態であった。このままでは多額の負債を抱え、花宴は消滅するところであった。 だがその時に花宴は先代たちが出会ったと言う“件”の文献を屋敷の蔵で発見したのであった。 そうして花宴は件探しに躍起になり、ようやくN県に件の子供がいると聞き、それを引き取った。件の子供を座敷牢に閉じ込めて、予言と予知をさせ、花宴は昔と同じような財力を取り戻していったのである。 (あの“件”を手放すわけにはいかない。あれを失えば、私はまた――) 花宴は自分に先代たちのような才能も運も無いと自覚していた。それゆえに彼は誇りを持たず、化物《ラルヴァ》の力を借りてまで花宴の家を護り続けてきたのだ。 件を手に入れて以来彼はラルヴァに魅せられ、ラルヴァ信仰団体“|聖痕《スティグマ》”のスポンサーにつき、飛頭蛮の殺し屋である李玲を派遣してもらい、それを私兵として招き入れていた。 漠然とした不安を押し殺そうと花宴は湯呑に口をつけ、熱いお茶を飲んでいく。すると、 「うわあああああ!」 突然部屋の外から悲鳴が聞こえ、思わず噴き出してしまった。 「何事だ!」 花宴は立ち上がり顔をこわばらせる。部屋の外では怒声と銃音や、破壊音が続けざまに聞こえてくる。 「てめえ! どうやってあそこから!」 「うああ! 化物め!」 そんな護衛たちの声が響き、突然自室の扉がめりめりと音を立てて破壊される。扉は頑丈な木製の扉だったのだが、吹き飛ばされた護衛の身体ごと、扉は突き破られた。 「な、なんだと……!」 開かれた扉へと視線を向けると、そこには気絶しているのかぴくりとも動かずに倒れこんでいる護衛たちの姿があった。そして二つの人影が部屋へと足を踏み入れてくる。 「よお花宴のじじい。まさか今のさっきで脱出してくるとは思わなっただろ」 「…………」 そこには座敷牢にいるはずの晃と、そしてその隣には件である澪がこちらを睨んでいた。澪は晃の影に隠れ、憐れむような視線を花宴に向ける。 「く、クソガキめ。私の“件”を返せ!」 花宴は憎悪をこめた目で二人を睨み返した。高齢にも関わらず、未だに執着心は一切衰えてはいないようである。 「澪はお前の物なんかじゃねえよ。連れて帰させてもらうぜ」 「許さん。そんなことは許さんぞ!」 花宴はばっと部屋に飾ってあった日本刀を手に取り、その鞘を抜き、煌めく刀身を剥き出しにして晃にその切っ先を向ける。だが晃は澪を後ろに追いやるも、まったく動じてはいないようである。 「なんだよじじい。やる気か?」 「殺す殺してやるぞ小僧……」 晃は花宴を挑発し、花宴は護衛を失ったため、意を決したように刀を構える。それを見て晃の後ろにいた澪が突然叫び始めた。 「あ、ああ! 駄目お兄ちゃん! また“視えた”の。お兄ちゃんが刀で刺される姿が!」 その言葉を聞いた花宴は狂気の笑みを浮かべる。 (殺せる!) 件の予言は絶対だ。澪が晃の刺される姿を視たというのならば、それは実際に起きることだ。つまり自分は晃を殺せる。そう花宴は確信した。 「うおおおおおおおお!」 花宴は刀の切っ先を晃の腹部目がけて突き出す。晃は避けることもせず、そのまま肩は晃の腹部を貫通していく。肉を貫いていく感触が花宴の手に伝わり、確かな手ごたえを感じていた。後ろから澪の甲高い悲鳴が聞こえてくる。 「はははは。間抜けめ。死ね、死ね!」 花宴は死にゆくであろう晃の顔を見ようと、顔をあげる。だが、その晃の顔を見て、その顔に違和感を覚えた。 そう、その晃の顔にはさきほど杖で叩かれたときの傷が消えていたのである。 どこにも痣なんてない、綺麗な肌がそこにあるだけだ。 (な、なんだと……!?) 花宴は刀を突き刺していても晃は平然とした顔をしている。まるで刀で刺されても死なないとでも言いたげな顔をしていた。 「こ、この化物めえええ!」 「そうだよ。俺は化物だ」 晃はそう冷たく言い放ち、全力のキックを花宴の顔面にクリーンヒットさせる。花宴は刀から手を離し、壁の方まで飛んでいき、がっくりと気絶してしまった。 ◆ 倒れた花宴を見下ろし、晃は彼が気絶したことを確認する。 振り返ると澪が涙を浮かべ、震えながら晃の方を驚いたように見ている。晃は腹部に刀が刺さったまま、澪のもとへと歩いていく。 「お兄ちゃん……だ、大丈夫なの?」 「ああ、全然平気だぜ。ところで澪、この刀引き抜いてくれよ。生憎俺の腕はこんなだからな」 「う、うん。わかった」 澪は怯えながら晃に突き刺さっている刀に手をかける。筋肉に掴まれているかのように硬く突き刺さっていたが、全体重をかけてようやく無理矢理引っこ抜くことができた。刀を抜いた瞬間血が溢れ出てくるのではないかと思ったが、そんなことはなく、少しだけ流血したがそれよりもっと驚くべき光景を澪は目の当たりにした。 「うそ……!」 刀で開いたはずの晃の傷が、みるみるうちに治っていくのを澪は見た。まるで逆再生しているかのように傷口が閉じ、肉も皮膚も元通りになっていく。最後にはジャージに穴があいているだけで、そこにはツルツルとした晃の肌が見えているだけになっている。 「これが俺の化物としての、両面族としての“能力”だ。これでわかったろ。俺は不死身の身体を持っている。どれだけ俺が刀で刺されるだの斧で斬られるだのと予言してもそれは俺の死に繋がるわけじゃねえ」 晃はそう説明するが、まだ澪は口をぱくぱくさせて驚いている。 「そ、それならそうって言ってよお兄ちゃん! し、心配したんだから。すっごく心配したんだからね!」 澪は怒ったように顔を真っ赤にさせ、晃の胸をぽかぽかと叩く。目にはまだ涙が浮かんでおり、晃は澪が心の底から心配していたのだと理解し、肩をすくめた。 「悪かったよ澪。それよりこの部屋のどっかに俺の腕があるんだろ。ちょっと探してくれないか。さすがに手がないと引き出しも開けれやしねえ」 「もう、お兄ちゃんなんか知らない」 澪はぷいっとそっぽを向いてしまったが、仕方なく部屋の中の引き出しを片っ端から開いていく。すると、箱に入っている晃の両腕を見つけ出した。 「腕あったけど……。お兄ちゃん、これをどうするの?」 「いいから、その腕をこっちの断面とつけ合わせてくれ」 澪は言われるままにその腕を晃の両腕にくっつける。すると、驚くことにその切り離された腕もまた、腹部の傷のように再生していくのであった。数十秒後、切り離されていた腕は完全に結合され、傷口も消えてしまい、まるで最初から腕なんて落とされていないかのように平然とくっついてしまった。 「すごい……」 「言ったろ。俺は不死身なんだよ」 晃は手を何度か繰り返し握ったり開いたりして筋肉と神経の調子を確かめる。どうやら万全のようで、強く拳を握りしめ、澪のほうを向き直った。 「さて、逃げるぞ」 「うん!」 そう二人は頷きあうと、廊下の方から他の護衛たちが駆けてくる音が聞こえてきた。 「当主! 大丈夫ですか!」 「全員集まれ、件と賊が逃げ出したぞ!」 彼らはもうこの部屋の近くまで来ているようである。晃はひょいと澪を抱きあげ、お姫様だっこをして窓から外へ飛び出した。 ◆ 花宴専属の殺し屋である飛頭蛮の李玲は屋敷の人間たちと共に主の自室へと向かった。だが、部屋に辿りつくと花宴の部屋を護衛していた男たちが全員そこに倒れているを見つける。 (どうやらさっきの両面族の小僧と“件”が逃亡したようだな……) 部屋の中へ入ると花宴もまた気絶しており、部屋の中が物色された後があった。窓を見つめるとそこは開いており、外を覗くと二つの足跡があるのが見える。 「おいお前ら。おそらく賊は外へ逃げた。後を追え! あたしは主を手当てする!」 李玲は他の連中にそう命令し、花宴の部下や護衛をけしかける。中には李玲の言葉に従うことに嫌な顔をするものもいたが、それでも全員この場から離れていった。 李玲は斧を構え、気絶している花宴を見下ろす。 「悪名高き花宴も、“件”がいなければ惨めなものだな……」 花宴の身体に跨り、李玲は斧を振り上げ、花宴の首筋を睨みつける。 「あんたはもう終わりだろう花宴の旦那。“件”がいなければ財閥もすぐに廃れてしまう。そうすればあたしはあんたに仕える理由がなくなる……」 李玲は憎々しく花宴を睨み続ける。知らず知らず斧を握る手に力が入る。 飛頭蛮は非常に弱く、何人もの同胞が人間の手によって滅ばされてきた。それに立ち向かうために飛頭蛮の一族は殺人技能を高めて生き延びてきた。だがそれすらも人間に利用され、殺し屋として裏の世界を生きることになった。 その飛頭蛮の中でも李玲は最強と呼ばれる存在であったが、このような老人の私兵になるしかない自分の境遇を呪っていた。 (いま、こいつを殺せばあたしは自由になれるのか……?) 花宴を殺し、ここから離れた先に自分の居場所はあるのだろうか。東京には自分のような化物を狩りながらも、保護する機関があるということは知っている。だが、数え切れないほどに人を綾めてきた自分が、今さらそんなところで暮らせるわけがない。 「あたしたち飛頭蛮は両面族とは違う。人間なんかと一緒に生きていくなんて御免だ。あたしは、あたしは!」 断ち切るのだ。 人間に飼われ、利用されることはもうない。 今日から自分は自由に生きるのだ。 李玲はそう念じながら斧を思い切り振り下ろした。 「―――ふふっ」 だがその斧は花宴の首の横に振り下ろされ、床に刃先が食い込んでいた。 「旦那。あたしは両面族とは違う。化物として、誇りを持ってあんたから離れる。だからあんたは生かしておいてやる」 李玲は床に突き刺さっている斧を引っこ抜いた。 「だけど、あの小僧との決着はつけねばならないだろう……あたしは、化物としての誇りを取り戻すんだ」 李玲はそう呟き、斧を引きずりながら部屋から出ていった。 六 「うおおおおおおお!」 晃の拳は護衛である黒服の男の顎を砕く。男は大きく吹き飛び池に落ちていく。晃は後方から責めてくる大勢の黒服たちを、澪を庇いながら同じように殴り、蹴り、吹き飛ばしていく。 晃は屋敷内の庭園を駆け抜ける。周りには屋敷中の人間が銃や刀を構えて襲いかかってくる。晃は自らが率先して盾になり、澪に刃が向かないようにしていた。 (俺一人がどれだけ攻撃を受けてもいいが、澪に怪我をさせるわけにはいかねえ) 屋敷の出口に向かおうとするが、次々と黒服たちは襲いかかってきた。 「死ね化物が!」 この人数相手ではちょっとした隙が命とりになる。黒服の一人が晃の脇腹に刀を突き刺した。それに続いて数人の黒服たちも晃に刃を突き刺していく。晃は血を吐きながらもなんとかそれを耐える。 だが不死身の身体を持つ晃には、命とりは命とりではないのだ。 「くそ、人間共め……!」 晃は両面族としてのポテンシャルを完全に解放し、技術もなにもない、ただ純粋な暴力で黒服たちをねじ伏せていく。骨を砕き、肉を裂き、圧倒的な怪物としての力を黒服たちに見せつけていく。晃が腕を振るうだけで男たちは宙を舞い、晃が蹴りを身体に入れれば肉体は破壊される。 晃の傍には澪がいるため、黒服たちは銃を使えないのも晃にとっては有利であった。さすがに脳や心臓を撃ち抜かれたら再生はできないであろう。 無力な澪は、晃に突き刺さっていく刀やナイフを引っこ抜いていくことくらいしか出来なかった。晃でなければもう二桁は死んでいる。 「お、お兄ちゃん大丈夫!?」 「平気……とは言えなくなってきたな。さすがに再生力が落ちてきた」 晃は身体に突き刺さる刀を抜き去りながらそう呟く。確かに傷の治りが追い付いておらず、あちこちから噴水のように血が溢れている。 屋敷の方へ目を向けると、まだ十数人も黒服たちは残っている。彼らも手に刀やナイフを手に持ちこちらに向かってきていた。 (さて、後何回攻撃に耐えられるかねえ……) 人間を超えた体力を持っていても、どうやら晃の体力もそろそろ限界が近づいてきているようだ。これ以上澪を庇って戦うのは難しいであろう。 「おい澪。走って逃げろ。俺が食い止める」 「何言ってるのお兄ちゃん。そんなのダメだよ!」 澪は泣きながら晃の腕にしがみつき、離れようとはしなかった。 「バカ。このままじゃ二人とも死ぬぞ。お前は逃げるんだ」 「やだよ! お兄ちゃんは不死身なんでしょ! 死なないって言ったじゃない」 澪は駄々っ子のように晃の腕に顔をうずめ、一歩も動こうとはしなかった。澪にとって、自分の人生で初めて優しくしてくれたのは晃であった。それまでは実の母親ですら彼女に触れようともしなかったのだから。 (しかたねえな。だけどどうする……) 晃は真っ直ぐに向かってくる黒服たちを睨みつける。 だが、その黒服たちの一番後ろに、一人だけ異質な存在こちらに歩いてくるのが見えた。 それは少女、戦斧を引きずりながら、マフラーを巻いた少女がやってきていたのであった。 「あいつは……!」 少女が斧をぶんっと振るった瞬間、その場にいた総ての黒服たちの首が宙を舞った。 それはまるで映画でも見ているかのような光景である。男たち首が夜空に舞っていき、血の雨が庭園の地面を濡らしていく。そしてやがてボトボトボトと男たちの首が音を立てて落ちてくる。その男たちの眼は、恨めしそうに少女に向けられていた。 だが彼女は現実感を薄れさせるように、惨状の中を笑いながら歩いてくる。 「飛頭蛮……」 「李玲だ」 「は?」 晃は突然自分の名を名乗った飛頭蛮の少女――李玲を不審な目で見つめる。彼女の眼は濁っているような澄んでいるような、よくわからない輝きを放っていた。李玲が何を考えているのかわからないが、なぜかその瞳からは迷いは感じられない。李玲は斧の切っ先を晃に向け、高らかに名乗りを上げた。 「あたしは飛頭蛮一族の末裔。断頭斧使いの李玲だ。名乗れ、両面族の戦鬼よ。決闘だ」 その言葉を聞き、晃は一瞬唖然とするが、すぐに耐えきれなくなり大声で笑い始めた。その様子を李玲は不快そうな目で睨む。その不穏な空気を気にしてか、澪は晃の袖を引っ張った。 「駄目だよお兄ちゃん。笑うなんて……」 「いやいや、悪かった。くくく」 「何が可笑しい!」 「いや、今どきそんな馬鹿正直に名乗りを上げて決闘なんて言う奴なんて久しぶりに見たぜ」 「あたしだって普段はそんな風に名乗りはしないさ。だがこの戦いはあたしのケジメだ。そこの“件”が外の世界へ出るのなら、あたしだって自由にこの世界に生きていきたいと思ったのさ」 「だったら勝手にしろよ。俺たちも花宴も放っておいてとっとと逃げればいいだろ。誰もお前を縛るものなんてねーんだから」 「そういうわけにもいかない……」 李玲はゆっくりと晃の方へと歩み寄ってくる。倒れている男たちの屍を踏み越えながら。血を浴び、真っ赤に染まっているその姿はさながら修羅のようである。 「これはあたし自身のケジメだ。あたしと似たお前を討ち倒し、外へ出ようとする“件”を滅ぼし、あたしはようやく自由になれる気がするんだ……もう、人間に縛られるのはやめだ」 その言葉を聞き、ようやく晃は自身の顔から笑みを消す。澪を物影へと隠れるように促し、手加減用のグローブを脱ぎ棄てて李玲と対峙する。 「いいぜ。やろうぜ飛頭蛮。いや、李玲」 晃は自分の後頭部に縛ってある髑髏の仮面を外し、自分の顔に被りなおした。骸骨の顔を正面に向けるその姿はまるで、本当に亡霊のようである。 「双葉学園の実践教訓その四。『無害であり意思の通じるラルヴァの生命は尊ぶべし。しかし人に害をなすラルヴァはその限りにあらず』――だ。お前が人殺しの糞野郎でよかったぜ。俺もお前に手加減も容赦もしなくてすむ」 晃はぽきぽきと手の骨を鳴らし、拳を前に突き出して構える。 「 俺は両面族の戦士。不死の力を冠する“骸面《むくろめん》”の小録晃だ」 両面族にとって、仮面は自己の精神面の安定だけではなく、その仮面は彼らの持つ特殊な力を現しているものである。狐面は狐火を操り、鬼面は鬼のような怪力を発揮すると言ったふうに。 骸面とは両面族の中でも稀にしか存在しない特異的な能力を現す面である。 まさに歩く屍のように、どのような攻撃を受けても死ぬことは無く、瞬時にその傷を回復させることができるという。 「不死の力か。どうやらはったりではなさそうだな……」 李玲は晃の穴だらけの肉体を見ながらそう呟く。だがその顔には邪悪な笑みが浮かび、斧を構えなおしていた。 「どれだけ不死でも、首を刎ねてしまえばいいんだろう。ならばそれはあたしの得意分野だ」 「いいぜ。おもしれえ。殺し合いを始めようぜ!」 晃は仮面越しに李玲を睨みつける。二人の間には張り詰めた空気が流れ、風が吹き、草木を揺らしている。 そして、ししおどしの音が鳴り響いたその瞬間、李玲は爆ぜたようにその場から駆け始めた。 李玲の動きは素早く、晃との距離を縮めていく。常人の動体視力ではまるで李玲が消えたかのように見えるだろう。李玲は腰を屈め、真っ直ぐに晃の方へと向かってきた。 李玲は腕を振り、片手で斧を横に薙いだ。 空気が切り裂かれる音。 その斧の切っ先は晃の首もとを狙っていた。晃は持ち前の反射神経で上体だけを逸らし、紙一重でそれを避ける。いや、避けれてはいない。晃の首は骨まで切断され、噴水のように鮮血がほとばしる。 だが、完全に首が切り離されていないのであれば、瞬時に再生が可能だった。李玲は振り回した斧の慣性に引かれ、少しだけバランスを崩す。 「甘いぜ」 晃は繋がっていく首を気にしながら、右足のつま先を李玲の顎に向かって蹴りあげた。その蹴りは李玲に直撃するが、李玲は斧を持っていない方の手で晃の足を掴み上げ、斧で晃の足を切断する。片足を失った晃はそのまま地面に倒れこんでしまう。 「ぐ……!」 「お兄ちゃん!」 澪は思わずそう叫ぶが、倒れ込んだ晃に止めを刺そうと李玲は斧を振り上げていた。 「終わりだ」 斧が振り下ろされる瞬間、晃は身をよじりなんとか避けようとするが、斧は晃の脇腹にかすり、肉がそげる。 「ちょこまかと逃げるな!」 這いまわる晃に苛立ったように李玲は叫ぶ。晃は地面に落ちた自分の足を手に取り、すぐに足にくっつける。だがその間に李玲はまた晃に斧を叩きつける。 「畜生!」 なんとか腕で防御し直撃を避けるが、今度は腕が吹き飛んでしまうだけであった。 (くそ、得物がある分向こうが有利か……) 晃は切り落とされた左腕を掴み、李玲に向かってぶん投げる。李玲は思わずそれを反射的に叩き落とす。だがその瞬間を見逃さずに、晃は李玲に向かって全力で駆けだす。 「うおおおおおおおお!」 晃は李玲の両足の膝を踏みつけ、完全に折り、その足の骨が皮膚を突き破り剥き出しになってしまう。李玲は苦痛に顔を歪ませていた。 晃はそのまま地面を蹴り、全力の飛び蹴りを李玲の身体にぶち込んだ。小柄な李玲の身体は、玩具のように吹き飛び、何度も地面をバウンドして庭園にある大きな岩へとぶつかった。 「はぁ……はぁ……」 晃それを見つめ、落ちた腕拾い上げて再び繋ぎ合わせる。 岩にぶつかった李玲はぐったりとしていた。晃はゆっくりとした歩調で、李玲のもとへ歩み寄っていく。両足を砕かれた李玲はもう戦いに復帰は不可能であろう。ヒトウバンには晃のような再生能力はない。これで勝負は決した。 「やったか……?」 晃がそう呟き、李玲を見下ろす。すると李玲は目を開き、晃を睨みつけた。 「“やった”だと……? あたしはまだ死んではいないぞ両面族の戦鬼よ」 「何言ってんだ。お前もう立つことも出来ねえだろ」 晃はぐちゃぐちゃに潰れた李玲の足を見る。だが、それでも李玲は不気味に笑っていた。 「くくくく。甘い。甘いな両面族の戦鬼よ。人間に飼われてぬるま湯につかっていて戦いの掟を忘れたのか」 李玲は笑いながら、自分の首を巻いていた。マフラーをほどいていく。 「お前が言ったんだぞ『殺し合いを始めよう』ってね。だったらお互いどちらかが死ぬまで戦いは終わらない」 「…………」 「中途半端な情けは戦士への冒涜だ。それにあたしはまだ、戦える!」 マフラーをほどき終わった瞬間、晃はそこにありえない物を見た。いや、それは李玲の種族を考えれば当然のことであろう。 マフラーの下から見えた李玲の首は、胴体と繋がってはいなかった。首から頭が離れ、空中を浮いている。 飛頭蛮。それは名の通り首を飛ばす妖物。これこそが李玲の本当の姿であった。 「あたしたち飛頭蛮にとって足なんて飾りだ!」 そう呟いた瞬間、李玲の首は晃目がけて弾丸のように飛んできた。晃はそれを手で防いだが、李玲の口の鋭い歯に噛みつかれ、肉がもっていかれてしまう。腕の骨が露出するほど深く肉をそがれてしまった。 「こっからが本番ってわけか――」 晃は拳を構えひゅんひゅんと空を切りながらこちらに滑空してくる李玲の頭と対峙する。長い髪が空中になびき、まるで蛇のようにも思えた。 「お兄ちゃん危ない!」 澪の声も虚しく、晃は凄まじい速さで飛びかかってくる李玲に何度も噛みつかれ、身体はどんどん削られていく。 ただでさえ常人を超えた素早さを持っている李玲なのに、首だけになり身軽になった李玲のスピードはもはや晃には知覚できないものになっていた。 それとは対照的に、晃の身体の傷はどんどん再生スピードが落ちていく。 (糞……。そろそろ限界か……) 晃の不死身の体の正体は、実はただの治癒能力《ヒーリング》である。しかしその回復能力は桁違いで、首を切り落とされたり心臓を破壊されない限りは瞬時にどんな怪我も再生させてしまうものである。もっとも、これは自分自身にしか使えない治癒能力であるため、人の怪我を治すことはできないようだ。 晃のこの治癒能力は魂源力《アツィルト》を消費しているため、何度も再生を繰り返していくとガス欠状態になり、治癒ができなくなってしまう。 実際に晃の怪我はもうほとんど治ってはいなかった。 斧を持っていない李玲の攻撃力は大幅に落ちたが、このまま防戦一方のまま長期戦になれば自分の不利にしかならない。 (どうにか拳をあの顔面に叩き込めれば……) そう思い拳を振るっても、残像をかき消すだけで、李玲に拳を噛まれ、削り取られるだけであった。 「どうした両面族の戦鬼よ! お前はそんなものか!」 「うるせえ! ぶんぶんぶんぶんと飛びまわってんじゃねえよ!」 晃は真っ直ぐ飛んでくる李玲の頭めがけて回し蹴りを放つが、李玲は弧を描き、晃の攻撃を避けて脇腹に噛みついて内臓を抉っていく。 「ぐふっ」 晃は血反吐を吐き、そのまま膝を崩してしまった。傷口からは内臓がでろりとはみ出、普通の人間ならばショック死するほどのものであった。晃は無理矢理内臓を体内に押し込め、再生するのを待つ。だが、そんな暇もなく李玲はまるでカラスが獲物をつつくように何度も執拗に噛みついてきた。 「もうやめて! お兄ちゃんを傷つけないで!」 岩影に隠れていた澪がそう叫びに晃のほうに向かって走り出していた。 「来るな澪、邪魔だ!」 晃は澪にそう怒鳴りつけるが、澪は泣きながら晃のもとにやってきて、晃の身体にしがみついた。 「離れろ、お前を庇って戦える相手じゃない!」 晃がそう言っても、澪はぶんぶんと長い髪を振り乱し、黙っているだけであった。 それを李玲は空中から嘲笑っているだけである。 「“件”か。貴様も我々と同じ化物だ。貴様を向かい受けてくれる場所なんかない。ならば貴様もここで命を終えたほうがいいだろう。どこに行っても利用されるだけだ」 「…………違う」 「なに……?」 晃は空高くから自分を見下ろしている李玲を睨みつけ、その言葉を否定した。 「学園にいる俺は、利用されてるわけじゃない。これは全部俺の意思だ。学園の人間共に利用されているわけじゃねえ」 「ふん。どうかな。お前の意思だと思っていても、結局は人間の利益にしかならないんだろ。あたしたち化物は、人間に滅ばされるか、利用されるだけしかない。あたしはそんなの御免だ。花宴の支配から逃れ、あたしは自由になるんだ! お前たちとは違うんだ!」 そう叫んだ瞬間、李玲の頭はまたもや凄まじい速さで飛びまわり、晃を狙い近づいてきた。 (くそ、これまでか……) 晃が諦め、ふと澪の顔を見つめると、そこには虚ろな瞳で自分の角を撫でている澪の姿があった。 そして、その小さな口からかすかに言葉が漏れていた。 「…………右斜め後ろ」 その澪の呟きを瞬時に理解した晃は、言葉の通りの場所へと己の拳を振り回した。すると拳の先に何かが当たり、小さな叫び声と共にその何かは吹き飛んでく。地面を転がっていったそれは、李玲の頭部であった。彼女は不思議そうに目を白黒させ、自分が殴られた事実を認識できずにいた。 「な、なぜだ。なぜこのあたしのスピードに……」 晃はその言葉には答えなかった。ただ、晃は勝利を確信する。 まぐれに違いないと李玲は再び晃に向かって飛びかかってくる、今度は複雑な軌道で晃を翻弄し、喉元に噛みついてやろうとしていた。だが晃は目を伏せ、李玲のほうなど微塵も見てはいない。彼はただ、澪の言葉に耳を傾け、集中している。 「……前方右斜め」 澪がそう呟いた瞬間、晃は何の迷いもなくその方向へと渾身の正拳突きを放った。ボッという空気を貫く音ともに放たれたその晃の拳は、突っ込んできた李玲の大きく開かれた口の中に思い切りぶち込まれた。 その拳は李玲の口を貫き、彼女の頭部はその反動で遠くに飛んでいき、庭にあった池の中へと、水しぶきをあげて落ちていったのであった。そうして、李玲がそこから飛び出してくることはなく、完全に沈んでしまったようである。 「はぁ……はぁ……勝った――のか?」 「あれ……? ぼく、どうしたんだろ……」 澪は正気に帰ったかのように瞳に光を戻し、ぽかんとした表情で晃を見上げた。そんな澪の頭を晃は撫でてやる。ふんわりとした澪の髪の毛が晃の手をくすぐる。 「ありがとよ。お前の力のおかげで勝てた……」 件の予言の力が李玲の軌道を先読みし、晃を救ったのであった。晃に褒められた澪ははにかみながらも笑顔晃の腕に抱きつき、目をつぶった。 「お礼を言うのはぼくのほうだよお兄ちゃん……ぼくを助けてくれてありがとう……」 澪の素直な言葉に、晃は照れくさそうな笑みを浮かべ、ふっと空を見上げる。 もう東の空からは日が昇り始め、空は綺麗な橙色に染まっていく。晃は傷だらけの自分の身体を見て、これからこの身体で山を降りるのが一番苦労するだろうな、と大きな溜息をついた。 だがその表情は妙にすがすがしいものであった。 晃と澪は顔を見合わせ、お互いに身を寄せ合った。 七 あれから数日後、学園側の応援部隊に救助された晃は、いつもの学園生活を過ごしていた。任務に出ることが多い晃は授業に出るのは久しぶりであったが、とくになんのトラブルも無く一日の授業を終え、自分の生活の場である男子寮へと帰っていった。 男子寮に足を入ると、同じ寮に住んでいて、自分のクラスメイトであるイワン・カストロビッチがパンツ一丁のままニヤニヤと晃のほうを見ていた。どうやら晃より先に寮に帰っていたらしい。しかしなぜカストロビッチがこっちを見て笑っているのか理解できなかった。 「何見てんだよイワン」 「なんだい小録。聞いてないのか? 今日から新しい寮生が入ったんだ」 「ふうん。興味ねーな」 「そんなこと言っていいのかい。その新人はお前と同室なんだぜ」 「――は?」 この寮には一人部屋と、二人部屋が存在する。二人部屋は家賃がその分安くなるらしいが、ここの寮の生徒は誰も二人部屋には住んでいないようだ。晃はその二人部屋に住んでいるのだが、ルームメイト希望者が存在しないため、一人で住んでいた。ルームメイトが来たということは晃の家賃の負担が半額になるので、晃にとってルームメイトが入ることは好都合であった。 (どうせ俺はあんまこっち帰ってこねーし金が勿体なかったんだよな) 「もうその寮生は部屋に来てるみたいだから挨拶してきなよ」 「わかったよ」 カストロビッチにそう言われるまま、晃は自室へと戻っていった。 ノブに手をかけると、特に鍵はかかっておらず、すんなり扉は開く。 「よお、俺はルームメイトの小録――」 晃はその部屋の中にいる人物に驚き、言葉を詰まらせる。そこにいた人物は学園指定のブレザーのスカートをひるがえしながら、晃の方へと振り返った。綺麗な黒髪をなびかせながら彼の身体に抱きつく。 「今日からここで暮らすことになった九段《くだん》澪です」 呆気にとられる晃をよそに、澪は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、晃の腕を引っ張った。 「よろしくね、お兄ちゃん♪」 ――了 中編にもどる トップに戻る 作品保管庫に戻る