約 133 件
https://w.atwiki.jp/ymeconomy/pages/474.html
QMA6 理系学問 生物 ページ1 / 2 / 画像問題 / ニュースクイズ / 高校生クイズ 問題文 答え 間違い解答群 「QFT検査」といえばどんな病気の診断に用いる血液検査? 結核 日本脳炎ジフテリアコレラ狂犬病梅毒 「イグアノドン」など恐竜の名前に用いられる「ドン」とはもともと何という意味? 歯 目鱗尾鼻 「血糖値」とは血液の中における何の濃度? ブドウ糖 オリゴ糖麦芽糖乳糖 「子ども予防接種週間」があるのは毎年何月? 3月 6月9月12月 「鼓膜」がある体の部分は耳ですが 「角膜」や「網膜」がある体の部分はどこ? 目 耳口鼻 「性フェロモン」が取り出された、最初の生物は? カイコガ アブラゼミベニシジミツクツクボウシ 「ピンクリボン運動」はどんな病気の撲滅を推進するキャンペーン? 乳がん エイズ糖尿病コレラ 「臍ヘルニア」という病気を一般には何という? でべそ みずむしうおのめいんきんたむし 『ファーブル昆虫記』で知られるファーブルはどこの国の博物学者? フランス オランダドイツアメリカ 『ファーブル昆虫記』で知られるファーブルはフランスの博物学者ですが 『シートン動物記』で知られるシートンはどこの国の博物学者? アメリカ フランスドイツオランダ 1667年にフランスで初めて人間への輸血が行われましたが何の血を輸血した? 羊 馬牛猿 1842年に細胞内における「染色体」を発見したスイスの植物学者は? ネーゲリ シュライデンシュワンシュトラスブルガーペッファー 1842年に細胞内における「染色体」を発見したスイスの植物学者はネーゲリですが それを「染色体」と命名したドイツの植物学者は? ヴァルデヤー ネーゲリペッファーシュワン 1880年にマラリアの病原体を発見したフランスの細菌学者は? ラブラン レオミュールキュビエサンレチール 1906年にサンティアゴ・ラモン・イ・カハールとともにノーベル生理学・医学賞を受賞したイタリアの医学者は? ゴルジ リソソームグリコーゲンミトコンドリア 1928年に細菌学者の野口英世が亡くなった国は? ガーナ ベナンコートジボワールナイジェリア 1939年にセコイアに似た植物の化石を発見し、「メタセコイア」と命名した日本の植物学者は三木茂ですが その後、現存が確認されたメタセコイアに「アケボノスギ」という和名をつけた植物学者は? 木村陽二郎 三木茂中井猛之進中尾佐助 1969年にガーナで流行した急性出血性結膜炎の別名は? アポロ病 バンガード病スプートニク病ソユーズ病ジェミニ病 1983年10月に日本で初めて体外受精児が誕生したのはどこの大学の医学部付属病院? 東北大学 筑波大学旭川医科大学京都大学 1988年に世界初の生体肝移植が行われた国は? ブラジル スイスインド南アフリカ 1990年代に中国・遼寧省で発見された化石鳥類で現在のところクチバシを持つ最古の鳥類とされるのは? 孔子鳥 孫文鳥釈迦鳥荀子鳥 1994年に化石人類「ラミダス猿人」が発掘されたアラミス地方がある国は? エチオピア インドネシアモロッコパキスタン 19世紀に初めて始祖鳥の化石が発見された国は? ドイツ フランスイタリアロシアギリシャ 2009年7月に、名古屋大学の研究グループが害虫駆除のために作り出したのは、羽の無いどんな昆虫? テントウムシ カマキリクワガタムシトンボ 2009年に厚生労働省が設置した「がん検診50%推進本部」のマスコットキャラクターのモデルとなった戦国武将は? 上杉謙信 武田信玄伊達政宗織田信長 ABO式の血液型で一般にどの血液型の人にも輸血ができるのは何型? O型 A型B型AB型 ABO式の血液型で日本人に1番多いのはA型ですが 2番目に多いのは? O型 A型B型AB型 WHO(世界保健機関)が定めた世界エイズデーは毎年何月何日? 12月1日 9月1日10月1日11月1日 アウストラロピテクスの化石が初めて発見された国は南アフリカですが ネアンデルタール人の化石が初めて発見された国は? ドイツ 南アフリカ中国インドネシア アジアで主に栽培されている稲の学名は何? オリザ・サチバ グリシン・マックスジー・メイズニコチアナ・タバカム アルツハイマー病に名を残すアロイス・アルツハイマーはどこの国の精神医学者? ドイツ イタリアイギリスアメリカベルギースイス ある程度成長した頃に生えてくることから、いわゆる「親知らず」のことを別名「何歯」という? 知恵歯 言葉歯文字歯目方歯身の丈歯 一般的な予防接種におけるワクチンを大別すると生ワクチン、不活性ワクチンとあと一つは何? トキソイド アルカノイドサイクロイドソレノイド 美しい花で知られるシダレザクラはバラ科の植物ですが シバザクラは何科の植物? ハナシノブ科 バラ科ツツジ科サクラソウ科 ウニの口にある、物を噛むための器官を、ある哲学者の名をとって「何のちょうちん」という? アリストテレス タレスプラトンデモクリトス ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されている島で蕪島があるのは何県? 青森県 秋田県長崎県高知県 海辺の分布する植物ハマナスは何科? バラ科 ヒルガオ科ヒガンバナ科マメ科 ウルシの主成分「ウルシオール」の構造決定・合成に成功した日本の化学者は? 真島利行 高峰譲吉鈴木梅太郎三山喜三郎朝比奈泰彦 英語で「dragonfly」と呼ばれるのはトンボですが 「firefly」と呼ばれるのはどんな昆虫? ホタル トンボカゲロウヘビトンボガガンボチョウ 英語で「sea lion」(海のライオン)と呼ばれる生物は? アシカ ナマコウミウシホヤ 英語で「sea lion」(海のライオン)と呼ばれる生物はアシカですが 英語で「sea ear」(海の耳)と呼ばれる生物は? アワビ アシカウニウミウシ 英語名を「ビューティーベリー」という植物を、日本では何という? ムラサキシキブ オノノコマチセイショウナゴンイズミシキブ 園芸で人気のプリムラは何科の植物? サクラソウ科 ツツジ科バラ科イワタバコ科 オーストラリアの医師アウエンブルッガーが胸部打診法を考案するヒントになったのは何を叩く音? 酒樽 太鼓地面すいか 男の子が無意識に母に愛着・父に敵意を持つのはエディプス・コンプレックスですが 女の子が無意識に父に愛着・母に敵意を持つのは何コンプレックス? エレクトラ・コンプレックス エディプス・コンプレックスアドニス・コンプレックスシンデレラ・コンプレックス 街路樹として知られる落葉高木で実が鈴に似ていることから「スズカケノキ」とも呼ばれる木は何? プラタナス マロニエナナカマドアオギリ カッコウなど鳥類に見られるものが有名な、別の種類の動物の巣に卵を産み、孵化したヒナを育ててもらう習性を何という? 托卵 殖卵親卵嘱卵 かつては「末摘花」と呼んだキク科の植物で、食用油の原料としても知られるのは? ベニバナ アカバナシロバナアオバナクロバナ カニを茹でると赤くなるのは何という色素のため? アスタキサンチン イソフラボンカロテンアントシアニン 体の部分を表す言葉で「ほぞ」といえばへそのことですが 「うな」といえばどこのこと? くび へそひじあご 体の部分を表す言葉で「ほぞ」といえばへそのことですが 「おとがい」といえばどこのこと? あご へそひじくび 漢字で「紅娘」と表記する昆虫は「てんとうむし」ですが 「豆娘」と表記する昆虫は? いととんぼ てんとうむしあぶらむしかみきりむし ガンの発見に効果がある陽電子放射断層撮影法をアルファベット3文字で何という? PET PSPNSTLDHSPI キャッサバやポインセチアは何科の植物? トウダイグサ科 ワセダグサ科ケイオウグサ科メイジグサ科 急性ウイルス性感染症の1つ・エボラ出血熱の「エボラ」とは元々、何の名前? 川 人山村 恐竜・トリケラトプスに角は何本あった? 3本 1本2本4本5本 近代日本の科学者でペスト菌を発見したのは? 北里柴三郎 長岡半太郎鈴木梅太郎高峰譲吉志賀潔 菌類に属する生物でイワタケやリトマスゴケといえば何類? 地衣類 担子菌類変形菌類藻菌類 ゲジゲジは何本の脚をもっている? 30本 26本28本32本 血液循環の理論を打ち立てたイギリスの医学者は誰? ハーベイ ジェンナーフレミングダーウィンウェーラー 結核菌やコレラ菌を発見したコッホはどこの国の細菌学者? ドイツ アメリカフランスイギリス 欠乏すると鳥目の原因となるビタミンはビタミンAですが 欠乏すると壊血病の原因となるビタミンは? ビタミンC ビタミンAビタミンB1ビタミンD ゲンゴロウブナやニゴロブナの原産地である湖は? 琵琶湖 宍道湖猪苗代湖霞ヶ浦 コアラは原住民の言葉でどのような意味? 水を飲まない 鳴かない知らない汗をかかない 工業製品の材料となる「コプラ」を採取する代表的なヤシ科の仲間は? ココヤシ ノコヤシシコヤシトコヤシ 抗生物質のペニシリンを発見した生物学者は? フレミング ワックスマンパスツールジェンナーコッホ 昆虫の「カミキリムシ」を漢字で書くと、「カミ」に当たる字はどれ? 髪 上神噛 昆虫の種類でニイニイ、ミンミンといえばセミですが ムカシ、シオカラといえば? トンボ セミコオロギアリ 細菌学者・野口英世のお母さんの名前は? シカ ネコイヌトラ 細胞の核酸を大きく2つに分けるとDNAと何? RNA ANANNAUNA 魚の「メダカ」のことを英語では何という? キリフィッシュ ヒョーフィッシュモヤフィッシュアラレフィッシュ 鮭に代表される川で生まれ海に下って育ち川に戻って産卵する魚を何という? アナドロマス デコドロマスヒラドロマスボコドロマス 下向きに咲く黄色い花が特徴的なマメ科の植物は? ムレスズメ ムレヨタカムレガラスムレツバメムレカモメ 上下が食い違ったクチバシが特徴のアトリ科の鳥は? イスカ カケスマヒワツグミ 植物の葉のつき方で茎の節に対して左右たがいちがいにつくことを何という? 互生 早生輪生対生 植物の別名で「ブタノマンジュウ」といえばシクラメンですが 「キツネノテブクロ」といえば? ジギタリス シクラメンポインセチアキンポウゲ 進化論でダーウィンが唱えたのは自然選択説ですが ラマルクが唱えたのは何説? 用不用説 自然選択説突然変異説隔離説 進化論でダーウィンが唱えたのは自然選択説ですが ワグナーやロマーニズが唱えたのは何説? 隔離説 突然変異説用不用説自然選択説 水中で生活する藻類の仲間でアオノリ、クロレラなどは何類に属する? 緑藻類 紅藻類珪藻類褐藻類 スウェーデンの生物学者リンネによって確立されたラテン語を使って表す生物の学名の命名法を何という? 二名法 一名法三名法四名法 正式には「筋萎縮性側索硬化症」という病気を、ある野球選手の名を用いて何という? ルー・ゲーリック病 タイ・カップ病ベーブ・ルース病ジョー・ディマジオ病 成熟した個体からポリプ期へと若返ることが出来るので「不老不死」の研究材料として注目されるクラゲといえば? ベニクラゲ ツヅミクラゲワンクラゲカミクラゲ 生物の習性で「オフィオファジー」とは何をエサとすること? ヘビ ムカデゴキブリフナムシウミウシ 世界最長とされるクワガタムシ「ギラファノコギリクワガタ」の「ギラファ」の意味は? キリン トラカバライオン 世界で初めて恐竜の卵の化石が発見された場所は? ゴビ砂漠 サハラ砂漠タクラマカン砂漠アタカマ砂漠カラハリ砂漠 世界で初めて人工的な癌の発生に成功した山極勝三郎が実験に使った動物は? ウサギ ネコサルイヌ 世界初のクローン羊の名前はドリーですが 世界初のクローン猫の名前は? cc ドリープロメテアスナッピー ソテツの精子を発見して被子植物とシダ植物の類縁関係を究明した植物学者は? 池野成一郎 白井光太郎大賀一郎牧野富太郎 体細胞体のクラミドモナスが多数集まって群体をつくっている別名を「オオヒゲマワリ」とも呼ばれる微生物は何? ボルボックス ケイソウツリガネムシアオミドロ 体長が世界一長いカブトムシの品種は? ヘラクレスオオカブト ケンタウルスオオカブトネプチューンオオカブトコーカサスオオカブト 種なしブドウをつくるときに用いるホルモンはジベレリンですが 種なしスイカをつくるときに用いるアルカロイドは何? コルヒチン ジベレリンベラドンナオーキシン ダンゴムシは何本の脚をもっている? 14本 10本12本16本 千葉市で発見された縄文時代のハスの実を発芽・開花させ そのハスに名前を残す日本の植物学者は? 大賀一郎 白井光太郎池野成一郎牧野富太郎 中国語で「脚気」といえばどんな病気のこと? 水虫 骨折頭痛捻挫 中国の歴史上の人物にちなむ虞美人草という別名がある花は? ヒナゲシ ヒナギクアサガオれんげ草 中生代に生きていたプテラノドンは翼竜の仲間ですが イクチオサウルスは何の仲間? 魚竜 翼竜剣竜首長竜 腸内の環境を整える働きがある「ビフィズス菌」の「ビフィズス」とは元々どんな意味? 分岐 栄養抵抗甘い 次のうち、Y字のかたちから「分岐」の意味で命名された細菌は? ビフィズス菌 ウェルシュ菌フェカリス菌大腸菌 次のうち、お花とめ花を別々につける植物はどれ? カボチャ ヒマワリアサガオチューリップ 次のうち、抗生物質「ペニシリン」の語源となったものは? アオカビ ハウスダストキノコの胞子スギの花粉 次のうち、ハチ目に分類される昆虫は? アリ カシラミアブ 次のうち、被子植物にはあるが裸子植物には無いものは? 子房 おしべ胚珠めしべ 次のうち、双子葉植物には有るが、単子葉植物には存在しないものはどれ? 形成層 表皮師管導管 次のうち実在しない生き物は? ゲンジガニ ゲンジボタルヘイケガニヘイケボタル 次のうち実在する植物は? ムラサキシキブ イズミシキブホウジョウマサコオノノコマチ 次のうち実際にいるアゲハチョウ科の蝶は? ギフチョウ ミエチョウサガチョウチバチョウ 次のうち植物が光合成をする時に必要でないものは? 酸素 光水二酸化炭素 次のうち人間の大腸の部分ではないのは? 回腸 盲腸結腸直腸 次のうちノーベル生理学・医学賞を受賞している人物は誰? ロベルト・コッホ パウル・ランゲルハンスチャールズ・ダーウィンルイ・パスツールエドワード・ジェンナー 次の示準化石のうちその含まれる地層が最も新しいと推定されるのは? ビカリア タルボサウルスサンヨウチュウアンモナイトシソチョウ 次の植物のうち違う科に属するのは? ショウブ ハナショウブアヤメカキツバタ 次の植物のうち普通、夏に美しい花を咲かせるのは? 百日紅 梅松木蓮
https://w.atwiki.jp/studykorea/pages/116.html
トップページ>歴史>法史学研究 『法史学研究』20、1999.9 論文 趙志晩「朝鮮初期『大明律』の受容過程」 文竣暎「大韓帝国期『刑法大全』の制定と改正」 李国運「イギリス法律家集団の形成過程」 鄭震明「危険負担歴史的発展過程とその意味」 翻訳 籾山明、임대희、김민지「秦漢罰史研究の現状」 資料 文竣暎「『刑法草』(地)」 『法史学研究』19、1998.12 論文 李相洙「Lex Acilia Repetundarum」 이경주「戦争責任と日本国憲法:憲法制定史を中心に」 李鍾吉「韓国社会の所有権形成過程についての一研究:藿田と林野の所有関係を中心に」 韓福龍「破綻主義離婚法の歴史的背景と展望」 鄭淇雄「三国時代仏教が法律文化に及ぼした影響」 翻訳 張建国、임대희、김민지「漢文帝時期刑法の改革とその展開の再検討」 資料 文竣暎「『刑法草』(天)」 『法史学研究』18、1997.12 論文 전경목「山訟を通じてみた朝鮮後期司法制度運用実態とその特徴」 朴錫武「茶山欽恤清神と法意識」 兪成国「漢代の赦免制度」 任仲爀「漢律の精神と儒家思想の浸透(下)」 尹喆洪「合有制度に関する法史的考察」 李在庠「ドイツ刑法上没収制度の法制史的考察」 研究ノート 洪起源「新石器時代後期の社会相と復讐の慣行:中国崧澤文化期墓葬の分析を中心に」 柳七魯「礼の根本精神と沙渓先生の位置」 書評 金昌禄「韓国近代法史研究の「飛び石」:김효전『서양 헌법 이론의 초기 수용』철학과 현실사、1996年」 鄭肯植「韓国法史体系形成の新しい摸索:沈羲基『韓国法制史講義』삼영사、1997年」 資料 文竣暎「『刑法大全』関連資料」 『法史学研究』17、1996.12 特集:中国法制史研究 任仲爀「漢律の精神と儒家思想の浸透(上)」 全永燮「唐代良人の身分秩序構造と機能:律令に見える用例を中心に」 朴春澤「唐律の縁坐についての一考察」 韓基宗「清末変法の時代的背景」 論文 金昌禄「「日本国憲法」の歴史についての法思想史的考察」 宋石允「ワイマール共和国と利益団体の憲法的制度化」 鄭震明「契約上合意の意味とその発展過程」 鄭永和「韓国農地法制の史的展開と展望」 崔種庫「ソウル大学校図書館所蔵貴重法学書の研究」 研究ノート 李喆雨「法社会史研究の一方法:日帝下順天地域研究の経験」 尹喆洪「韓国における西洋法史研究現況と課題」 金昌禄「韓国において日本法史を勉強する意味」 書評 崔鍾庫「朴秉濠『近世의 法과 法思想』진원、1996年」 『法史学研究』16、1995.12 シンポジウム 金昌禄、韓寅燮、尹喆洪、金容旭、崔種庫、한상범、趙東杰、李憲煥、朴元淳、鄭鍾休、崔弘基、梁建「「法」その中に残存する日帝遺産の克服」 論文 鄭然泰「大韓帝国後期不動産登記制度の近代化をめぐる葛藤とその帰結」 沈羲基「米軍政法令第176号刑事訴訟法の改正」 資料 鄭肯植「『刑法艸案』解説」 『法史学研究』15、1994.12 論文 沈羲基「宗中財産紛争の原因と解決方案の模索(下)」 李徳勝「宗中の変化に関する一考察:安東地方の宗中を中心に」 李鍾吉「日帝初期漁村の所有権紛争:孟骨島文書を中心に」 鈴大滿男、金昌禄(訳)「九世同居:中国浙江省のある儒教家族の歴史」 韓相敦「中国伝統刑律中の六殺」 南孝淳「ナポレオンとフランス民法典」 学会参加記 崔種庫「第30回法史学会参加記」 『法史学研究』14、1993.12 論文 沈羲基「宗中財産紛争の原因と解決方案の模索(下)」 池哲瑚「宗中裁判事例研究」 鄭鍾休「ドイツと日本の総有理論史」 金相容「分割土地所有権の生成、発展及び解体に関する小考」 Wolfgang Sellert、崔秉祚(訳)「ドイツ法上所有と自由の歴史に関して」 Wolfgang Sellert「ドイツ法上所有と自由の歴史に関して」(独) 金昌禄「日本帝国主義の憲法思想と植民地朝鮮」 李喆雨「日本植民地下朝鮮における文化伝道と思想的資源」(英) 朴相基「中世ドイツの刑事裁判制度:カロリナ刑法典を中心に」 『法史学研究』13、1992.12 論文 鄭璟喜「三国時代刑律と社会」 李鍾日「綾城具氏左政丞公派の宗中是非」 曾憲義、韓大元(訳)「中国法制史の研究」 曾憲義「中国法制史の研究」(中) 韓基宗「中華人民共和国家族法の展開とその基本原則」 尹喆洪「歴史法学派と単一所有権の確立過程」 記録 崔鍾庫「ソウル法大「貴重文書室」の開設経緯」 書評 金日秀「崔鍾庫『北韓法』博英社、1993年」 李炯国「朴相基『독일형법사』栗谷出版社、1993年」 沈羲基「『国訳慣習調査報告書』韓国法制研究院、1992年」 『法史学研究』12、1991.12 論文 朴秉濠「韓国における法と倫理道徳」 魯鎮坤「高句麗律に関する研究」 李東科「朝鮮顕宗期礼訟についての法学的接近:特に犯罪と刑罰を中心に」 李鍾吉「茶山丁若鏞の土地観小考」 金昌禄「近代日本憲法思想の形成」 姜眞哲「ナチ法学についての眺望:韓国における論議と関連して」 シンポジウム 宮嶋博史「土地調査事業と近代的土地所有権の成立」 鄭鍾休「比較法的視野から見た韓国民法典」 翻訳 Karl Kroeschell、尹喆洪(訳)「ゲルマン法における氏族」 論評 金池洙「滋賀秀三「清代判決の確定力観念の不存在:とくに民事裁判の実態」『清代中国の法と裁判』創文社、1984年」 資料 金昌禄「日本「比較法史学会」の創立と1、2回研究大会に関する報告」 鄭肯植「開化期(1895-1910)立法関連者名簿」 『法史学研究』11、1990.12 論文 李鍾日「朝鮮後期の司馬榜目分析」 韓福龍「韓国婚姻法の史的基礎」 李相旭「日帝時代の財産相続慣習法」 金池洙「「管子」法思想の概観」 尹喆洪「ドイツにおける農民解放と土地所有権」 李銀栄「法律行為論の発達と歴史的意義」 林紀昭、朴秉濠(訳)「日本における律令研究と私の問題関心」 書評 崔達坤「崔鍾庫『韓国法学史』博英社、1990年」 資料解説 崔鍾庫「金洛憲「従宦録」」 『法史学研究』10、1989.12 論文 沈羲基「朝鮮後期宗中の団体性と所有形態」 鄭肯植「朝鮮初期居喪行為の規制(上)」 李喆雨「1920年代全羅南道順天地域の農民抗争と法(上)」 崔鍾庫「韓国法の近代化と韓米法律交流」 シンポジウム 尹喆洪、鄭肯植「フランス革命と民法の発展」 中尾英俊、金昌禄「日本における入会権の研究現況」 書評 朴秉濠「田鳳徳『経済六典拾遺』亜細亜文化社、1989年」 尹喆洪「玄勝鍾 著、曺圭昌 増補 『게르만法』博英社、1989年」 李相旭「金性叔『旧約家族法』」 許興植「崔鍾庫『韓国法思想史』ソウル大学校出版部、1989年」 金度均「鈴木敬夫『法을 통한 朝鮮植民支配에 관한 研究』高麗大学校民俗文化研究院、1990年」 鄭東鎬「韓福龍『韓国婚姻法論』河洛図書、1989年」 資料 鄭鍾休「韓国「民事訴訟法案」」 その他 朴秉濠「故金曾漢先生追悼特輯に付けて」 『法史学研究』9、1988.9 連続企画韓国近代法史1 金煕洙「開化期不動産に関する法律関係小考」 李相旭「日帝下戸主相続慣習法の定立」 金相容「韓国民法の史的発展」 特集教会法 鄭鍾休「Ulrich Stutzの教会法史学」 Ulrich Stutz、鄭鍾休(訳)「教会法史」 論文 연정렬「現代の視角から見た荀子の自然法思想」 李鍾吉「朝鮮初赦免制度に関する一考察」 David Sugarman、沈羲基(訳)「イギリスの法、経済、国家、1750-1914:主要論点」 書評 鄭鍾休「集約的共同作業の一典型:『近代西歐學問의 受容과 普專』高麗大学校出版部、1986年」 資料 張晋藩「中国法制史研究の現状と現存する主要な問題」 『法史学研究』8、1985.9 論文 金曾漢「韓国民法の歴史的発展:民法典の制定とその後の発展」 尹載秀「高麗王朝の王の大権攷」 金性叔「古代イスラエル社会における婚姻の解消:旧約を中心に」 金在文「朝鮮王朝の私債権実現(其一)」 池哲瑚「朝鮮前期の流刑」 書評 沈羲基「William Shaw「儒教国家の法規範(Legal Norms in a Confucian State)」『Korea Research Monograph』5、1981年」 資料 編集部「日本における韓国法史学研究文献(1945-1979)」 付録 編集部「高等裁判所平理院上訴判決宣告書」 『法史学研究』7、1983.6 論文 金三守「『三国遺事』に現れた所有権事例に関する考察」 沈羲基「朝鮮後期の刑事凡例研究:参酌減律に関して」 崔鍾庫「韓国法思想の近代化過程:開化期法学を中心に」 金相容「オットー・フォン・ギールケ(Otto von Gierke)の法思想」 書評 鄭鍾休「久保正幡先生還暦記念:『西洋法制史料選』Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ、創文社、1977-1981年」 『法史学研究』6、1981.9 渡部学「田鳳徳博士の思い出」(日) 論文 張庚鶴「韓国人の挨拶語の規範性」 李鍾恒「新羅の加耶諸国併合過程と倭の動向について」 朴秉濠「勧告伝統社会における同族結合の類型」 裵慶淑「韓国婚俗の変遷に関する研究:三韓時代と高麗時代の婚姻習俗を中心に」 朴元善「坐商:韓国商法史的考察」 李丙洙「我が国の異姓不養考」 渡部学「退渓李滉の教育思想:とくにその言行録を読んで」(日) 鈴木満男「現代韓国思想における「民俗」の意味」(日) 金容旭「馬山浦滋福洞・月影洞及び粟九味の土地事件:露国単独租界を中心に」 金哲洙「韓国憲法の制定と改正経過小考」 崔鍾庫「マックス・ウェーバーが見た東洋法:比較法史の基礎のために」 尹載秀「十悪論」 丘秉朔「中華人民共和国の憲法史研究」 Helmut Coing、鄭鍾休(訳)「ヨーロッパにおけるローマ法とカノン法の継受」 林茂松「清代州県司法運用の実態」(中) 書評 田鳳徳「崔鍾庫『法史와 法思想』博英社、1980年」 張庚鶴「田鳳徳『韓国近代法思想史』博英社、1981年」 『法史学研究』5、1979.10 論文 田鳳徳「松斎徐載弼論」 Karl Sigfried Bader「法史学者の課題と方法」 李太載「所有権の歴史的変遷」 Hans Thieme「ゲルマン法史の目的と手段」 書評 田鳳徳「鄭光鉉『判例로 본 三一運動史』法文社、1978年」 田鳳徳「金炳華『近代韓国裁判史』韓国司法行政学会、1974年;「附録」同、1975年;『続近代韓国裁判史』同、1976年」 崔鍾庫「하인리히・카스퍼스 外編『작센슈피겔에서 나폴레옹法典에로, 古法典으로 비춰본 法制小史』」 資料 田鳳徳「Laurant Crémazyと大韓刑法」 L. Crémazy「LE CODE PENAL DE LA COREE」 『法史学研究』4、1977.12 論説 李相寔「義禁府考」 李丙洙「朝鮮民事令に関して:第11条の慣習を中心に」 延正悅「朝鮮初期貿易現況とその法規に関する研究:大明律直解」 資料 崔鍾庫「ドイツの法史学関連文献」 『法史学研究』3、1976.10 論説 李光信「養子の姓・本」 朴徳培「郷約の法的研究」 金裕赫「郷約の類型的考察」 許奎「宗中・宗中財産に関する諸考察(二完):沿革的・実務的」 瀧川政次郞、田鳳徳(訳)「百済武寧王妃墓碑碑陰の冥券」 瀧川政次郞、田鳳徳(訳)「百済武寧王妃墓碑碑陰冥券考追考」 資料 編集部「韓国法史学研究の文献(3)」 『法史学研究』2、1975.5 論説 李鍾恒「新羅の下代における王種の絶滅について」 林奎孫「高麗法研究」 李丙洙「我が国の近代化と刑法大全の頒示:家族法を中心に」 許奎「宗中・宗中財産に関する諸考察(一):沿革的・実務的」 金容旭、李琦淑「韓国姑婦関係の旧意識とその規範性」 李敏鎬「プロイセン農業政策の成果」 書評 李鍾恒「井上秀雄『新羅史基礎研究』東出版、1974年」 資料 編集部「韓国法史学研究の文献(2)」 『法史学研究』1、1974.7 論説 田鳳徳「大韓国国制の制定と基本思想」 李鍾恒「新羅の身分制度に関する研究:部と骨品と位階を中心に」 金玉根「朝鮮王朝財政史研究(八):漁税制度」 丘秉朔「韓国古代奴婢制度:高麗時代奴婢制度研究の基礎として」 資料 朴秉濠「世宗21年の牒呈」 尹載秀「古代身分法史稿」 編集部「韓国法史研究の概観(1945-1973)」 書評 丘秉朔「朴秉濠『韓國法制史攷 近世의 法과 社會』法文社、1974年」 1-20 21-40 41-60
https://w.atwiki.jp/c-millefeuille/pages/279.html
☆1 A、B、Cのうち一文字では元素記号が存在しないのはどれでしょう? A ☆2 アメリカ第28代大統領で、第一次世界大戦中に平和14か条を発表し、国際連盟の設立に貢献したのは誰でしょう? ウッドロウ・ウィルソン 3 演劇で、一つの役に二人の俳優を当てて、上演の回ごとに交替させて出演させることを何というでしょう? ダブルキャスト ☆4 男女が元の関係に戻るという意味のことわざで、「戻す」のは「縒り」ですが、「火がつく」のは何でしょう? 焼けぼっくい 5 2005年7月に日本で三番目の世界自然遺産として登録されたのは何半島でしょう? 知床半島 6 夏の晴れた日の道路に水溜りがあるように見える現象をなんと言うでしょう? 逃げ水 7 19世紀には登場していたという略語で、英語で「涼しい」と「仕事」を合わせた言葉である、2005年以降に環境省が中心に行っている夏の軽装キャンペーンは何でしょう? クールビズ 8 キモカワイイと言われるのが売りのシュール芸を特徴とする、オチはジャンガジャンガといいまくる、田中卓志と山根良顕のお笑いコンビは何でしょう? アンガールズ ☆9 「結び目」という意味がある、1時間に1海里進む速さの単位で船の速さなどに使われるのは何でしょう? ノット 10 日食のときに地球に影を落とすのは月ですが、月食のときに月に影を落とす天体は何でしょう? 地球 ☆11 漢字で画数が1画なのは一と何でしょう? 乙 ☆12 フランス語で「稲妻」という意味の、シューにカスタードクリームをはさみチョコレートをかけたお菓子は何でしょう? エクレア 13 天気記号の◎は「曇り」を表しますが、地図記号の◎は何を表すでしょう? 市役所 14 三人でじゃんけんをして、あいこになる確率はいくらでしょう? 3分の1 15 2004年に環境分野の活動において初めてノーベル平和賞を受賞したケニア出身の女で、彼女の影響で「もったいないキャンペーン」が広がっているといえば誰でしょう? ワンガリ・マータイ 16 ギリシャ語で「消せない」という意味の、悪性中皮腫が問題となって使用が禁止されている建材は何でしょう? アスベスト 17 清少納言の『枕草子』で「春」は曙、「夏」は夜、秋は「夕暮れ」ですが、「冬」はなんと続くでしょう? つとめて 18 スタンフォード大学のD.ヘイズが呼びかけ、1970年4月22日に第1回が行われた、公害・自然破壊から地球を守ろうという催しは何でしょう? アースデー ☆19 体操競技で、男子と女子に共通する種目は床と何でしょう? 跳馬 20 アメリカ自動車メーカーのビック3とはゼネラルモーターズ、フォード・モーターと1998年に合併した何でしょう? ダイムラークライスラー 21 ラテン語で「麦の穂」を意味する、白く輝くことから日本で真珠星と呼ばれたおとめ座のα星は何でしょう? スピカ ☆22 東北三大祭で、ねぶたは青森市、七夕は仙台市で行われますが、竿灯は何市で行われるでしょう? 秋田市 ☆23 親指の部分だけが分かれた、二股の手袋のことを英語で何というでしょう? ミトン 24 The early bird catches the worm.にあたるとされる日本の諺は何でしょう? 早起きは三文の徳 25 「水平線」の対義語は何でしょう? 鉛直線 26 ひらがなのさくら市があるのは栃木県ですが、漢字の佐倉市があるのは何県でしょう? 千葉県 ☆27 ばら戦争で、白バラを紋章とするのは何家でしょう? ヨーク家 ☆28 初代の時鐘設置委員長だったベンジャミン・ホール卿のあだ名に由来する、イギリス国会議事堂にある時計塔を通称なんと呼ぶでしょう? ビッグ・ベン ☆29 時代劇に登場する「虚無僧」は何宗の僧でしょう? 普化(ふけ)宗 ☆30 ポピュラー音楽などで、歌を伴わずに楽器だけで演奏される曲を何というでしょう? インストゥルメンタル 31 星の明るさで、1等星は2等星の何倍の明るさを持つでしょう? 約2.5倍【正しくは常用対数で表す】 ☆32 鷲や鷹など、性質の荒々しい大型の肉食鳥類を総称して何というでしょう? 猛禽類 ☆33 『シルベストル・ボナールの罪』『タイス』『神々は渇く』などの作品で知られるフランスの作家は誰でしょう? アナトール・フランス 34 世界で初めての万国博覧会はどこの国で開かれたでしょう? イギリス ☆35 サツマイモとアサガオはともに何科の植物でしょう? ヒルガオ科 ☆36 摂氏温度に名を残すのはセルシウス、華氏温度はファーレンハイトですが列子温度は誰でしょう? レオミュール 37 1983年、B・マーシャルとJ・ワレンが分離した、胃炎や胃癌と関係が深いも言われる、人の胃の粘膜表層に住むグラム陰性桿菌は何でしょう? ヘリコバクター・ピロリ【ピロリ菌】 ☆38 性悪説を唱えたのは荀子ですが、性善説を唱えたのは誰でしょう? 孟子 39 この植物は人の形をしていて、引き抜いたときの声を聞いた人は死ぬというナス科の植物は何でしょう? マンドラゴラ ☆40 『ミロのヴィーナス』『サモトラケ島のニケ』『モナ・リザ』が収蔵されている美術館は何でしょう? ルーヴル美術館 ☆41 後白河法皇の命により1164年に立てられた、正式名称を「蓮華王院」という京都のお寺はどこでしょう? 三十三間堂 42 納得して診療を受けたいという患者の希望が強まり広まった、主治医以外の別の医師に、診断や治療方法について相談することを何というでしょう? セカンド・オピニオン 43 いわゆる日東駒専と呼ばれる大学は、日本大学、駒澤大学、専修大学とどこでしょう? 東洋大学 44 国民の祝日で、緑の日はもともと昭和天皇の誕生日ですが、文化の日は何天皇の誕生日だったでしょう? 明治天皇 ☆45 漢字で「金字塔」と書く、エジプトのものは世界七不思議のひとつになっているものは何でしょう? ピラミッド 46 イワシやサバなど青ものといわれる魚の脂肪に含まれる成分で、EPAと略されるものは何でしょう? エンコサペンタエン酸 47 俗に世界三大告白と呼ばれるのはアウグスティヌスのもの、ルソーのものと誰のものでしょう? トルストイ 48 特許権、実用新案権、商標権、著作権などを争う控訴審などを専門に扱うために2005年4月に東京高等裁判所の特別支部として設置された裁判所は何でしょう? 知的財産高等裁判所 49 漢字では成龍と書く、香港の映画俳優で、『プロジェクトA』『シティーハンター』や『ラッシュアワー』などの作品で知られるのは誰でしょう? ジャッキー・チェン 50 国際連合食糧農業機関をアルファベット3文字で言うと何でしょう? FAO ☆51 赤外線はアルファベット2文字でIRと略されますが、紫外線はアルファベット2文字でなんと略されるでしょう? UV ☆52 花札遊びが明るみに出たため大審院長を辞任している、その前年には大津事件裁判を担当して津田三蔵に無期懲役の判決を下し、いわゆる「司法の独立」を確立した日本の裁判官は誰でしょう? 小島惟謙(いけん) 53 フランス語で「薔薇色」を意味する、ワインを色で分けたときに赤・白とならぶのは何でしょう? ロゼ ☆54 「アラビア風の」という意味がある、一般的には「つるがらみの植物文様」や[連続的な幾何学文様や文字文様」を言うほか、バレエの基本姿勢の一つもこう呼ばれるのは何でしょう? アラベスク 55 フルボ酸という酸の作用によって形成される、タイガなどの針葉樹林の下に発達する灰白色をした土壌を何というでしょう? ポトゾル ☆56 バスケットボールで、トラベリングなど比較的軽い反則を総称して何というでしょう? バイオレーション ☆57 代表作に国宝に指定されている『雪松図屏風』などがあり、また足のない幽霊の絵を始めて描いたとされることでも有名なのは誰でしょう? 円山応挙(まるやまおうきょ) ☆58 日本には、1952年、国道17号の三国峠越えの区間を改良する際に初めて導入された、ハンドルを一定の速度で切って曲がれるカーブを何と言うでしょう? クロソイド(カーブ) 59 清水建設・大林組などが有名なゼネコンとは何の略でしょう? ゼネラルコントラクター ☆60 第一回夏季オリンピックはアテネで行われましたが、第一回冬季大会はどこで行われたでしょう? シャモニー・モンブラン ☆61 覚せい剤などの禁断症状の一つで服用中止後に中毒時の幻覚や妄想が再現する現象を何現象と言うでしょう? フラッシュバック 62 男性の大厄は42歳ですが、女性の大厄は何歳でしょう? 33歳 ☆63 漢字の「凹」と「凸」の画数はともに何画でしょう? 5画 64 かつて未婚女性が結婚相手の男性に望んだ三高とは高学歴・高収入とあと何でしょう? 高身長 65 三冠馬とは皐月賞・ダービーと何を制した馬をいうでしょう? 菊花賞 ☆66 国税庁は財務省の外局ですが、社会保険庁は何省の外局でしょう? 厚生労働省 67 R BのRはリズムを表しますが、Bは何を表すでしょう? ブルース 68 金属の接合に利用するハンダは一般に鉛と何の合金でしょう? スズ【錫】 ☆69 ローマ人がフェニキア人をさしてよんだ言葉がその名についた、ハンニバルが像にのってアルプス越えをしたことが有名な、ローマとカルタゴが100年にわたり3度にわたって戦った戦争は何でしょう? ポエニ戦争 70 馬の肉を別名で「さくら」、鹿の肉を「もみじ」といいますが、猪の肉の別名は植物の名前で何というでしょう? ぼたん【牡丹】 71 1922年に『闘牛』で芥川賞を受賞した、代表作に『天平の甍』『しろばんば』などがあるのは誰でしょう? 井上靖(やすし) 72 フランス語で「だまし絵」という意味がある、セーターやTシャツなどにポケットやリボンなどをプリントして、まるで本物のように見せかける手法を何というでしょう? トロンプ・ルイユ ☆73 殻がしっかり閉まらず、足をだらりとしているためその名がついた、むき身を「あおやぎ」と呼ぶ貝は何でしょう? バカガイ 74 ラテン語で「合流」「群集」を意味する、人の集合や流動を目的として駅や空港などに設けられている広い中央広場や中央ホールのことを何というでしょう? コンコース 75 民法1028条以下に記載がある、遺言によっても侵害できない相続人が最低限度得られると期待できる遺産に対する割合をなんと言うでしょう? 遺留分 76 私鉄最高速度の時速130キロで運転を実施している、秋葉原とつくばを結ぶ鉄道路線は何でしょう? つくばエクスプレス 77 仏教の経典では七宝の一つとされ、原石が馬の脳の形と似ていることから和名がついた、黒と白の縞のものをオニックス、赤白縞のものはサードニックスと呼ばれる玉髄の一種は何でしょう? 瑪瑙(めのう) 78 漢字で「倫敦」と書けばロンドンですが、「華盛頓」と書けばどこでしょう? ☆79 1891年、シャーロック・ホームズがモリアーティとともに落ちた滝の名前は何でしょう? ライヘンバッハの滝 ☆80 テキーラと トマトジュースのカクテルはストローハットですが、ウォッカとトマトジュースのカクテルは何でしょう? ブラッディ・マリー ☆81 ベネルクス三カ国といえば、ベルギー・オランダと何処でしょう? ルクセンブルク 82 6チームの総当たり戦は全部で何試合行われるでしょう? 24試合 ☆83 乳酸菌を発見したほか狂犬病の予防法の発見で知られるフランス人は誰でしょう? ルイ・パスツール ☆84 名前の由来は不明だが、ドイツのハンブルクに由来することだけは間違いがないとされる、牛ひき肉を二つのパンにはさんで食べる料理は何でしょう? ハンバーガー 85 学卒後も親に基本的生活を依存しながら立地に生活をおくる未婚者のことを、親を宿主として規制しているように見えることからなんというでしょう? パラサイト・シングル 86 俗にビリヤードのナインボールで、ブレイクからミスやファウル無しに9番までつききってしまうことを何というでしょう? マスワリ 87 A判、B判用紙のたてと横の比率はいくつ対いくつでしょう? 1:√2 88 「例」を表すexは英語のexampleの略ですが、「比較せよ」を表すcfはラテン語の何という単語の略でしょう? comfer ☆89 鉄、アルミニウム、銅、鉛など基本的な金属のことをレアメタルに対して何というでしょう? ベースメタル 90 ネグリチュードに対し混血による新しい国家や文化を希望することを何というでしょう? クレオール 91 阪神淡路大震災で知られるようになった「負傷者選別」を表す言葉は何でしょう? トリアージ 92 2007年問題といわれますが、その原因は何でしょう? 団塊の世代の退職 93 文化大革命時代の65年から75年は開催されなかったと言う、中国の立法機関は何でしょう? 全国人民代表大会【全人代】 ☆94 ジーンズの語源となっているイタリアの都市はどこでしょう ジェノヴァ 95 2006年の1月1日は日曜日でしたが、2007年の1月1日は何曜日でしょう? 月曜日 ☆96 夏日とは最高気温が摂氏25度以上の日ですが、冬日とは最低気温が摂氏何度未満の日をいうでしょう? 0度 ☆97 「礼拝堂風に」という意味がある、楽曲を伴わない人の声だけの合唱曲を何というでしょう? ア・カペラ ☆98 ノーベル文学賞を辞退している二人といえばパステルナークと誰でしょう? ジャン・ポール・サルトル 99 FBIはアメリカ連邦捜査局の略ですが、CIAは何の略でしょう? アメリカ中央情報局 100 イタリアの国旗を左に90度回転させると何処の国旗と同じ色順になるでしょう? ハンガリー
https://w.atwiki.jp/mhfotw/pages/76.html
嚴重風化的雙劍是太古的小石塊還是繡化的小石塊做的阿? - 2010-02-05 19 07 13 風化一律是太古,生鏽一律是鏽塊 - 2010-02-06 02 43 25 我比較好奇那個特典怎拿 - 2010-02-06 18 41 07 什麼時候有SP武器資料啊? - 2010-02-08 11 47 35 真的有初音蔥嗎? - 2010-02-08 14 41 56 我也希望真的有...那神秘的草綠色 - 2010-02-09 02 49 08 嚴重風化雙刀做成的機率是多少阿= =? - 2010-02-08 17 57 30 5% - 2010-02-08 18 00 37 ...最下面初音蔥是....... - 2010-02-09 19 36 06 初音ミク專用蔥 - 2010-02-10 02 23 28 那個初音蔥是人家亂編的還是真的有啊? 好想要....=口= - 2010-02-10 19 00 56 唬誰阿 初音專用蔥 - 2010-02-10 21 43 21 初音ミク專用蔥好棒!!!連他的鋒利度都還是一個蔥的樣子!! - 2010-02-11 04 11 46 裁判!! 這把雙刀的綠斬跟白斬反了阿!! - 2010-02-11 14 03 19 越斬越好用啊!!一開始打完綠斬後...亂舞到最後是白斬!!!! - 2010-02-13 16 05 25 反正攻擊力是1 無所謂了 - 2010-02-17 04 09 58 初音ミク專用蔥 你算哪根蔥 - 2010-02-11 16 07 32 那斬位一看就噴飯了 - 2010-02-18 05 38 55 鋼彈00GN-SWORD= = - 2010-02-11 21 45 40 出現了!!!這把就是傳說中比封龍劍還要稀有的絕世好劍啊!!! - 2010-02-13 23 29 44 那要怎麼拿阿????? - 2010-02-14 08 35 31 不是有眠雙刀~怎麼不見了 - 2010-02-16 12 47 15 怎CB紀念雙刀素材沒介紹,之前不是有 - 2010-02-18 02 19 56 我有VOCALOID特典了 我要找誰做? - 2010-02-18 06 55 18 找周二中午12點會出現3分鐘的VOCALOID職人做。 - 2010-02-18 23 22 48 初音ミク專用蔥 要什麼合成要打什麼出特典 - 2010-02-18 14 41 22 太古的小石塊 - 2010-02-19 02 42 26 初音ミク專用蔥 這是在騙人的吧= = - 2010-02-19 21 00 43 都說是表格範例了麻.... - 2010-02-20 13 23 13 雙子羽毛板【萌】的會心就已經是20 了,雙子羽毛板【麗】 是25,我剛剛在遊戲中自己看的 - 2010-02-20 01 22 58 生鏽的棒狀石塊 - 2010-02-20 17 07 22 極封龍劍超絕一門 升到真封龍就沒選擇項在升極封龍了是不是要有材料才行? - 2010-02-20 23 01 26 因為剛種還沒開放 所以升級鎖掉了 - 2010-02-21 13 52 38 請問是否可以額外增加集中屬性武器查尋,如同弓系那樣? - 2010-02-21 02 00 38 XX的優質麟、XX的優質刺什麼的、請改成上麟、上刺 - 2010-02-21 14 35 21 嘛....因為我還沒打到棘龍的尖角嘛..所以還沒做出來那一系列就還沒修到那... - 2010-02-22 02 41 44 請問封龍劍台版只能強化道真嗎 - 2010-02-24 22 42 14 初音ミク專用蔥 orz - 2010-02-27 20 21 36 干將莫邪= =不好笑..我要去找荀子和墨子了 - 2010-02-28 13 42 07 說好的初音蔥呢..怎麼不見了 - 2010-02-28 23 33 31 那是百位剛種魔物任務的報酬 基本上都是等該魔物的剛種任務開放了,就會打得到 - 2010-03-12 03 15 42 請問沒有匠技之下,[強化雙頭毒蛇]斬位會比[雙頭毒蛇]優越嗎? - 2010-03-11 11 42 00 第一條就是沒有匠的斬味。Maple - 2010-03-11 17 48 57 強化雙頭毒蛇比綠斬雙頭毒蛇還短,普攻也沒高多少 建議換別把冰雙吧 - 2010-03-14 10 48 14 可以考慮換雪白雙劍~這把斬味和物攻都比冰猛還來的高~ - 2010-03-15 07 52 33 初音的長蔥雙劍←這武器利害= = - 2010-03-15 14 31 10 可以把表格範例砍了嗎?這邊是查資料的地方 一堆搞笑範例一直新增 是要佔滿一頁才甘心? - 2010-03-16 03 46 48 我認為只是你的幽默感太差 - 2010-03-19 15 03 54 我還真不知道這種老梗哪裡好笑 - 2010-03-22 17 09 42 BP發射,致0幽默感者 - 2010-03-22 00 17 35 干將莫邪1400攻5000火? wtf!? - 2010-03-18 00 59 00 但是冰猛雙刀有白斬喔!可別跟我說白斬和藍斬沒什麼差別... - 2010-03-18 20 47 42 紅音是什麼 - 2010-03-22 20 37 03 冰猛雙刀那種短的可以的白斬不要也罷,還有強化之後綠斬會變短的勒.. - 2010-03-22 21 10 16 雙刀的價值在於綠藍斬長度 - 2010-03-22 21 10 46 冰猛龍雙刀在遊戲中的名稱為「強化雙頭蛇」,麻煩請把裡面的毒去掉= = - 2010-03-25 14 56 34 我想要初音的蔥˙A˙ 宅屬性1800 - 2010-03-28 13 18 19 干將莫邪 要取得的話 不用先使用鶴翼三連嘛!? - 2010-03-29 16 09 35 極封龍劍還沒開放 - 2010-03-31 17 41 26 嶄新傳說的雙炎劍在遊戲顯示是會心20 - 2010-04-01 18 37 58 原始15+藍斬5=20。Maple - 2010-04-01 22 07 00 蔥的斬位不對 後面的綠斬呢 - 2010-04-05 17 26 22 紅蓮雙刃有1個洞哦~ - 2010-04-06 11 58 09 干將莫邪合照x1 哈哈哈哈!!!!!!!!!!!!!!!!!!! - 2010-04-16 18 16 40 我比較好奇清森縣的特上蔥是地區限定嗎? - 2010-04-26 00 57 39 爲什麽沒有baka9的西瓜刀啊 - 2010-05-03 05 39 02 你錯了,是白斬後面接紫斬才對.... - 2010-05-09 21 15 24 蔥的顏色不是白到綠,所以應該是白斬後接綠斬...XD - 2010-05-12 09 44 04 應該是紫 白 綠 - 2010-05-24 20 55 54 斬味修正www - 2010-05-12 14 03 13 屬性顏色怪怪的w - 2010-05-14 15 01 18 斬味越用越高 還滿帥的啊XD - 2010-05-15 04 09 40 這就是所謂倒吃甘蔗的斬位嗎?XD - 2010-05-17 04 50 54 因為那是蔥的顏色(兩支蔥ww) - 2010-05-19 04 26 44 正解。 - 2010-05-19 12 42 02 干將之血 - 2010-05-24 21 49 51 剛吞雙刀是全綠不會斷嗎? - 2010-05-27 07 40 53 真正的不需磨,可以不用磨刀石,匠,高磨,鋒利了…… - 2010-05-27 08 03 49 = =沒那麼好康 還是會紅 - 2010-05-29 03 42 26 是直接綠變紅嗎? 紅綠燈... - 2010-06-01 19 56 48 不可能 - 2010-06-04 03 05 19 你看到有紅斬顯示嗎?有就一定沒人做了 全綠斬根本連變種紅跳都斬不進 - 2010-06-19 23 49 25 不過綠斬真是有夠長...拿來砍蠍子用八 - 2010-06-26 15 40 44 別忘了剛種武器的特性~ - 2010-06-27 01 49 00 剛種武器有啥特性?我只見滿血時 血條和氣條有變色效果 - 2010-06-29 11 03 35 進戰剛武只要你耐力和體力全滿,就算掉到紅斬打金身祖龍還是不會彈刀 - 2010-06-29 15 10 25 還是現在才知道變色的效果... ) - 2010-06-30 02 23 25 古代魚 - 2010-06-25 13 59 27 蒼翔櫻亂雙【松】 開放瞜 - 2010-07-07 08 21 24 紅蓮石 - 2010-07-07 20 00 43 上 - 2010-07-15 23 09 22 雙角龍劍是生產還是強化 - 2010-07-17 15 02 04 迅猛龍王雙爪-上位迅猛龍雙爪 ドスランポスクロウズ-迅猛龍王雙爪 - 2010-07-18 04 08 47 真舞雷雙的斬位怎麼不見了!? - 2010-07-23 22 18 15 測試紀念雙刀系列 雷屬忘了加顏色 - 2010-07-28 11 22 29 雅典那星劍 也忘了加色 - 2010-07-28 11 23 37 太古的小石塊 - 2010-07-28 18 07 02 村長的舊劍F - 2010-08-07 18 42 34 真舞雷雙【極樂鳥】爆擊只有10%而已。沒有到20%那麼高 - 2010-08-22 19 26 48 炎妃雙 清純 變 惡女... - 2010-09-11 10 37 36 派生無誤!! - 2010-09-13 16 26 24 這就是人生... - 2010-09-15 01 46 37 月掩弓 - 2010-09-21 22 05 30 報及健 - 2010-10-03 05 47 30 大骨 - 2010-10-21 00 43 21 眠鳥危機雙劍 暴擊100% 真的假的 - 2010-11-08 19 20 20 真的,不過在裝備普遍有見切+3的情況下這把通常是拿來當展示裝畢竟物攻280對百位來說真的沒啥用...... - 2010-11-08 22 20 03 如果裝備塞2顆腕力珠SP,出攻擊力【絕大】有沒有搞頭? - 2010-12-28 14 08 29 沒麻高的雙刀-,- - 2011-01-03 00 45 38 改版後好像有增加一商隊素材做的雙刀,攻350+麻30,還加1洞。 - 2011-01-11 14 41 00 請問收穫裝其中一種材料"渾沌茸"該去哪挖? - 2011-01-07 23 16 22 去樹海有 - 2011-01-14 06 47 06 赫然發現雙劍-折斷的柴刀還有往下的派生 折斷的兇惡柴刀.攻252毒360仍是綠斬 - 2011-01-14 06 46 33 請問這把是什麼雙刀= スティールスワロウⅤ - 2011-01-25 00 57 10 沒有砦蟹雙刀的資料嗎? - 2011-01-25 17 57 41 祭典の思い出 - 2011-02-03 13 12 44 那個 剛砦蟹 雙刀 強化到第二階段有一洞.. - 2011-04-02 20 26 55 祭典の証;祭典之證 祭典の思い出;祭典的回憶 - 2011-07-07 10 40 37 祭典的回憶 似乎要勝利組能接的任務 我沒接過 因為我是敗組+_+ - 2011-07-07 10 49 36 蒼翔櫻亂雙【桐】 材料:蒼火龍堅殼x3 櫻火龍堅殼x3 殺龍果x8 殺龍果應該是屠龍果實吧 - 2011-08-03 11 18 12 現在出新hc武器? - 2011-10-16 04 04 25 冰狐沉吼雙劍 攻238冰200眠10--- 冰狐復仇雙劍 攻266冰240眠10 - 2011-10-24 19 14 50 冰狐重生雙劍 攻294冰260眠10 - 2011-10-24 19 15 59 虹色礦石 - 2011-11-06 14 38 51 大蛇之雙 - 2011-11-27 16 18 59 大蛇之雙 - 2012-03-01 18 59 51 雪白 - 2012-07-25 16 31 30 封龍劍 - 2014-12-03 19 24 44 冰猛龍 - 2014-12-06 11 39 24 封龍劍 - 2014-12-07 04 56 14 麻 - 2014-12-07 17 56 32 緋猛 - 2014-12-14 15 44 46 皮 - 2014-12-15 02 18 02 赤 - 名無しさん 2015-02-01 18 37 58 黑穿升上去,素材要的不是崩鱗,而是灼翼,麻煩改一下吧,我為了這個,浪費一個早上了,結果資訊是錯誤的 - 名無しさん 2015-04-03 13 45 35 幫忙修正 - by.武器編輯苦手只是更新魔物之餘來看看的編輯者阿廷 2015-10-22 01 02 58 冰猛龍鱗 - 名無しさん 2015-05-07 14 24 28 公会 - 名無しさん 2015-09-19 19 50 46 无惧 - 名無しさん 2015-12-21 03 46 39 現在雙劍的亂舞改前三下倍率減低了? - 名無しさん 2017-02-16 01 51 56
https://w.atwiki.jp/tupaka/pages/5.html
一供三果 いっきょうさんか お客様への提供は1つでも、結果として2つ、3つの効果や得が出るようなことを指す。 例)ザク豆腐の記事を提供時に、夕夏さんが、お豆腐1つでお買い物~食卓まで、家族の話題が 「お豆腐」でした。「お豆腐」も「話題」も「団欒の時」ももらえました。 売り手はそこまで考えていなかったかもしれませんが、1つで3つ分も結果に繋がるなんて もしそう考えて、企画提案ができれば、お客様は必ず喜んでくれるはず。 そんな視点の持ち方ができると、どんな仕事でも成功できると考える。 礼儀10訓 れいぎ10くん ツパカ塾1期生のT橋さんが、提供してくれた。とても良い訓辞なので、掲載しました。 1.挨拶は自分が先に元気よくする 2.他人に先にされたら倍返し 3.呼ばれたら、指示を受けたら「はい」と言う 4.ダラダラと歩かない さっさとかけ足で 5.知らぬ人来たらすかさず「いらっしゃいませ」 6.他人の手を煩わせたら「ありがとうございます」 7.人にものを渡すときは両手で 8.黙って帰るな「お先に失礼します」 9.下向かないで目を見て聞く 10.黙って消えない「行ってきます」 第二印象 だいにいんしょう ツパカ塾1期生のA山さんが、とある方から教えてもらった価値ある一言。 2期生の藤MさんとA山さんのやりとりが、その意味を伝えているので、以下を参照。 先日、弊行のお客様を青山さんにご紹介させて頂いた時、青山さんがめちゃくちゃチャラく登場して、私もびっくりしました。 でも、その後物件案内を頂いてる間、その第一印象とは全く異なり、「誠実、紳士、真面目、正直」の態度でお客様に接して頂き、 お客様は大変満足されてました。 これ、ずばり「第二印象」でしょう!ギャップを上手く使い、また物件の案内する順番も絶妙でした。営業マンとしてなんか嫉妬ですよ。 心・儀・体 しん・ぎ・たい 良く使われるのは、心・技・体ですが、ツパカ塾では、技を儀に置き換えて心・儀・体とした。 営業が中心の塾なので、もちろん売ることへの技術は重要だが、それ以上に、儀を大切にすることが、ツパカ塾の 癒着営業にの趣旨に合致する。それゆえ、儀を重要と考えている。 コンビニ談義 こんびにだんぎ 上海のコンビニ事情の記事を紹介したメルマガ2013年1月22日号で、メール返信が 最も盛り上がったことを記念して、登録決定。 身近な話題が、重要であることが、営業として必要なことを、みなが知りえる良い機会になった。 金の汗 きんのあせ メルマガ2013年1月21日号のツパカの一言。 その時のコメント:ちょっと青春ドラマっぽくなってしまいますが、汗もいろんな汗がありますね。 運動したら出る汗も、体にとっての金の汗かもしれません。(心地いいものです) ツパカ塾1期生のT橋さんの返信コメント: スポーツでも仕事をしていても、汗をかいてすごく爽やかというか清々しい時ってあると思います。 それが私は 金の汗 だと思います!間違いなく充実感や達成感などがみなぎる瞬間でもあると・・・ ツパカ塾2期生の藤Mさんの返信コメント: 「自らの意志で動いた結果流れる汗は全て『金の汗』」ですね。 その心は、“考えて行動に移す”が人生でマイナスになる事は無く後悔の無い人生(輝かしい金の様)を 送れるから・・・ 逆説 ぎゃくせつ ツパカ塾1期生のA山さんの座右の名で、ものごとを逆説的にとらえる思考パターン。 メルマガにも逆説そのものの考えで成功した事例の記事掲載があったが、売る立場ではなく、 買う立場になって考えること、誰が見ても客が来そうにない場所に逆転の発想で、客を呼ぶための施設を構築するなどがそれにあたる。 A山さんの不動産紹介営業の基準となっているもので、物件の欠点も隠さず説明することで、納得してもらい、 総合評価で決定してもらうことで、トラブル回避にもなるが、売ろうとしている営業から、真剣に自分のことを考えてくれている 営業に変身する瞬間である。 あたりまえ化 あたりまえか ツパカメルマガ20121106 号記事に登場の用語。『絶対達成マインドの作り方』 著者の横山信弘氏によれば、あたりまえ化とは「モチベーションなどとは関係なく仕事をこなせる」状態にすること。 横山氏によれば、巷で市民権を得た感のある“モチベーション”という言葉は、仕事ができないことや結果を 出せないことに対する一種の言い訳(“思考ノイズ”)であり、あたりまえのことができない人が持ち出す常套句である。 「あたりまえのことをやる」 → モチベーションは関係ない 「あたりまえ以上のことをやる」 → モチベーションが関係する 従って、結果を出すことがあたりまえ化している人は、モチベーションに関係なく結果を出すということになる。 “巧遅は拙速に如かず” こうちはせっそくにしかず 『孫子・作戦編』の記述に基づくことわざ。「巧遅」とは、出来はよいが仕上がりまでが遅いという意味で、 「拙速」とは、出来はよくないが仕事が早いという意味。場合によっては、ぐずぐずしているより、 上手でなくとも、迅速に物事を進めるべきだということ。一般的に営業活動において問題発生時に“その場しのぎ”はよくないと 言われるが、場合によっては問題を放置するより“その場しのぎ”の一手を打つほうがよいこともあるという考え方。 クレーム発生時など、初動を速くして、お客様のために真摯に対処するという姿勢を早く示すことが重要である。 先義後利 せんぎこうり ツパカ塾1期生の上海法人総経理N田さんより紹介の用語。社内で浸透している仕事をこなす上での 心構えや方針となっている言葉である。会社では利益の前にお客様の為、スタッフの為、工場様の為等を考えることを 方針としている。なお、百貨店で有名な大丸(現J.フロント リテイリング株式会社)の創業時からの企業理念も先義後利とされている。 もともとは中国の儒教用語で、荀子の栄辱編の記述「先義而後利者栄(義を先にして利を後にする者は栄あり)」より出来た四字熟語。 『その気の法則』 そのきのほうそく ツパカメルマガの前身、20121026 配信の「今日の記事」で紹介された本。ツパカ塾生必読の本である。 著者の西田史郎氏は大脳生理学を利用した科学的なメンタルトレーニングの研究家で、ビジネス・スポーツ・教育などの分野で 多くの優秀な門下生がいる。脳の研究をもとに、「感情は思考よりも強い」という考えが根底となっており、 そのため脳が楽しく“ワクワクする”状態(「快」の状態)でないと、仕事やスポーツなどで本来のパフォーマンスは発揮されないと いうことが主張されている。そこで、いかに脳を“ワクワク”しているように感じさせるか、成功体験を“錯覚”させて自信をつけるか等の 方法論が誰にでも実践できる平易な文章で書かれている。 孫正義・矢沢栄吉タイプ そんまさよし・やざわえいきちたいぷ ツパカメルマガ20121210 号記事に登場の用語。若いころから明確な目標とキャリア・プランをもって一心不乱に邁進できる人材のことで、 日本に限らず人口構成比0.1%以下の逸材。記事では、このような人材は例外的であることを認め、「最近の若者はロイヤリティがない」 「仕事に執着心がないから、長続きしない。 すぐにやめてしまう」と嘆く前に、99.9%の普通の優秀な人材を念頭において人材マネジメント及び経営するべきだと説いている。 「中国に染まれ。ただし、染まりすぎるな!」 ちゅうごくにそまれ。ただし、そまりすぎるな! ツパカメルマガ20121121 号記事に登場の言葉。イトーヨーカドー初代中国室長で『中国人のやる気はこうして引き出せ』の著者が、 中国でビジネスする際の心構えとして、中国に謙虚に学ぶ姿勢が必要という前提に立ったうえで、それに拘りすぎると新しい発想ができなくなると指摘した。 中国人スタッフの大反対を押し切り、春節の大みそかに日本と同様にカウントダウンセールを断行したイトーヨーカドー北京店の成功体験がもとになっている。 海外のビジネスにおいて“郷に入りては郷に従え”はもちろん大切だが、時には勇気をもって自分の考え方を試してみる行動力が大事である。 トリアージ仕事術 とりあーじしごとじゅつ ツパカメルマガ20121204 号記事に登場の用語。 医師と経営者とコンサルタントの「3 足のわらじ」をはき、マルチタスクをこなす裴英洙(はいえいしゅ)氏が、医学的・経営的・MBA的3 つの 視点から、超多忙なビジネスマンが効率良くミスなく高い質で仕事をこなす秘訣をトリアージ仕事術として説いた。トリアージとはもともと救急医 療用語で、負傷者を短時間で「最優先治療群」「非緊急治療群」「軽処置群」「不処置群」に振り分ける優先付けの技術のこと。 1.最優先治療群(赤色/一刻も早く治療すべき) 2.非緊急治療群(黄色/比較的早期に治療に着手すべき) 3.軽処置群(緑色/今すぐの治療や搬送の必要ないもの。後回しできる) 4.不処置群(黒色/現状以上の資源<医療機器・人員>が必要となり、すべての患者の救命に不利益となるため、残念ながら諦める) これをビジネスにおける課題の優先付け判断に応用し、これまでの経験、自身のリソース、チームメンバーの能力、残された時間などの要素から 総合的に優先付けを判断する習慣がトリアージ仕事術である。また、トリアージ仕事術のもう一つの大きな特徴として多忙な中に緊急対応事項が 発生する医療現場と同様に、優先順位は常に変化することや、突発的な緊急案件に対応するため、スケジュールにわざと余裕をもたせることの 重要性も説いている。いわば“サボり”の技術といえ、人の資源(体力、脳力、集中力)は有限であるという前提に基づいた考えである。 魔術師 まじゅつし ツパカメルマガ20130118 号記事に登場の用語。あたりまえ化(別項参照)を提唱する『絶対達成マインドの作り方』著者の横山信弘氏によれば、 魔術師とは魔術師かと勘違いするほどのオーラとトーク技術を持っていて、一般企業の営業はまねできないような特別な営業マンのことを言う。 横山氏いわく、どれほどテクニックがあろうとも、魔術師のようなオーラを出す人間でない限り、1 回や2 回の訪問で商談を成立させることなどできないので、 我々普通の人間は営業の基本ともいうべきことを“あたりまえ”に着実にこなす必要がある。 目標と目的 もくひょうともくてき 『その気の法則』(別項参照)に記載のある概念。ビジネスにおける「目標」とは、企業の業績であったり、企業の規模をどこまで大きくすることであったり、 また営業マンであれば個人のノルマ等をさす。対して、「目的」とはその「目標」を達成する本来の意義のことをさす。会社の企業理念等が目的の典型例として 挙げることができ、例えば京セラの企業理念は「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること。」となっているが、 京セラはこの目的のために、業績目標を達成する経営活動をしていると言える。 『その気の法則』ではこの目的を見失わないことの重要性及び目的が“ワクワク”するものであるかの確認が大事であると説いている。「どうしたら売れるか」 から「どうしたら楽しめるか」という発想の転換でもある。 癒着営業 ゆちゃくえいぎょう いわずと知れたツパカ塾長の代名詞!である。以下ツパカメルマガ20130109 号本文より塾長の言葉をそのまま引用。 「特に営業マンは、お客様との接点です。おまえに頼む!頼みたいという強い関係を構築することで、半永久的にお客様(自分のファン)になってくれます。 そんなお客様をどれだけつくれるかが、癒着営業の原点であり、真髄だと思う。」転職しようが、会社が潰れようが、最大の財産は自分のファンと なってくれるお客さん、仲間、ブレーンである。ただし、そのために肝臓を酷使する傾向があるのは塾長の営業スタイルか?! 3ボレ さんぼれ 塾長の座右の銘の一つ。 営業マンとして成功するための原則として「会社」、「自社商品・製品」、「お客様」の3つの要素を好きになる事が大前提となる。 その為にこの3要素をよく研究して自信をもって好きに思える事が大事である。 常に考える つねにかんがえる ツパカ塾でもたびたび取り上げられている未来工業株式会社(岐阜県・山田昭男社長)の経営理念。 社員が自主的に常に考えて行動するように仕向ける工夫が、当社の社長の経営手法の特長だが、 その手法の徹底ぶりが半端なものではなく、残業禁止で報告・連絡・相談も禁止。 時間が限られるなかでいかに成果をあげるか、上司のせいにもできないなかいかに成果をあげるか、 社員は常に考えさせられることになる。なお、未来工業は1965年の創業以来一度も赤字を出していない。 なお、社長の山田昭男氏の著書『ホウレンソウ禁止で1日7時間15分しか働かないから仕事が面白くなる』は ツパカ塾生、必読の本の一つである。 パラレルキャリア ぱられるきゃりあ マネジメントの父、ピーター・F・ドラッカー氏の「第二の人生論」の鍵となる考え方、処世術。 『ドラッカーに学ぶ自分の可能性を最大限に引き出す方法』の著者であるブルース・ローゼンステイン氏は、 パラレルキャリア(もう一つの仕事)を展開することによって、人生のある局面で挫折しても、 それ以外の領域で強みを発揮したり、支援を得ることができると述べている。 パラレルキャリアは自身の本業以外の活動であれば何でもよく、音楽や絵画、誰かへ教えることなど、 ひとつの世界にしがみつかないことが大事である。ドラッカー氏曰く 「自分が今まで会った人々で心底人生に満足できた人たちには共通したものがある。 それは“二つ以上の世界を生きている”とうことだ」
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/54213.html
登録日:2023/05/23 Tue 23 00 00 更新日:2024/01/10 Wed 00 37 48NEW! 所要時間:約 30 分で読めます ▽タグ一覧 エピソード集 タオ 中国史 勢 厳格 哲学者 商鞅 始皇帝 慎到 春秋戦国時代 法 法家 申不害 秦 秦王政 老子 術 説話集 論文集 諸子百家 道 道家 道教 韓 韓子 韓非 韓非子 韓非子とは、春秋戦国時代に登場した人物、およびその著書。 秦の始皇帝の師匠として知られる。 BC280~BC233。 姓が韓で、名が非。「子」は敬称である。 もともとは「韓子」と表記されており、『史記』でも「韓非」か「韓子」表記だけだったのだが、唐代の文豪にして大儒者韓愈が「韓子」と敬称されるようになると、先達であるはずの韓非のほうが「韓非子」と区別されるようになった。 しかし儒者は韓非子を「冷酷非情な非君子」とひどく嫌っていたので、敬称を使いたくなかったという本音も見え隠れしないこともない。 【人物】 【書物『韓非子』】◇文章の種類 ◇事件の記録 ◇韓非子の論文 ◇文章の集合、論調の成長 【韓非子の思想系譜】◇申不害の「術」 ◇商鞅の「法」 ◇慎到の「勢」 ◇老子の「タオ」 【その他の思想】◇不仁不忠にして覇王となる ◇上下は一日に百戦する ◇公私は対義語である ◇癩病患者が王を哀れむ ◇刑と罪とは違う ◇法律と刑罰・賞与を判断する基準は妥当か不当か ◇賢君は善人も悪人も愛する ◇人は欲望があって行動する ◇働くものは尊い ◇内政に尽力せよ、合従連衡はするな ◇徳治は不可能 ◇過去に帰るな、今を治めろ ◇アホな話 【歴史への影響】 【創作での韓非子】 【余談】 【人物】 出身は春秋戦国時代末期の韓国(*1)。 その姓からわかる通り、韓王家の出身であった。 ただ、どうも王族でも末端の位置づけだったようだ。また吃音症であったとされ、末期韓の混沌を憂いてさまざまな提言をしたが、朝廷には採用されなかったという。 しかしその欝屈をバネにしてか、韓非子は大量の論文を書き連ねた。 若いころは荀子の門下で学問を学んだ時期があり(そのころの学友に李斯がいた)、さらに帰国後は老子・申不害・商鞅・慎到などの書物も研究して、切れ味鋭い独自の学説を磨いていった。 そうした韓非子の知見を見抜いたのは、韓の朝廷ではなく、隣国の秦であった。 時の秦王は、嬴政(えいせい)。後年の始皇帝である。 始皇帝は、韓非子が著した論文「孤憤」「五蠧」の二編を入手し、その見識に感激。「この人物と出会えたなら、死んでも悔いはない!」と叫んだ。 また同時期に始皇帝は、尉繚子(うつりょうし)(*2)を迎え入れている。ちょうど尉繚子が来たときと、始皇帝が韓非子の論文を読んだ時期が一致しているので、尉繚子経由で韓非子の実績は伝わったと見られる。 始皇帝は韓非子の見識が深いことを知ると、軍を起こして韓国に攻め込み、講和の使者に韓非子を指名するという、強引だがある意味後腐れのない方法で、韓非子を秦に迎えた。 もっとも、韓国朝廷から完全に無視されていたわけではないらしく、「老子韓非列伝」では秦軍の侵略にあわてた韓王が使者に抜擢したといい、「韓世家」では韓王安の五年には韓王安から諮問を受けたという記録もある。 いずれにせよ、始皇帝の前に招かれた韓非子は、まずは韓国からの講和の使者として勤めを果たした。 しかしその講和交渉の中でも、秦国と六国の分析、および秦が天下を統一するにはどうすべきかを批判口調で論述。 特に、秦は昭襄王の代には六国を破り天下を取る機会が最低でも4回はあったとしながら、いずれも果たされなかったのは、国力の問題ではなく群臣たち、延いては秦王にその気力がなかったからだ、と堂々と言い放った。 逆に韓については、完全に秦の属国、むしろ郡県の一部に等しいとまで言って「あえて滅ぼすまでもありません」と、命乞いなのか痛烈な批判なのか分からない言葉で存続を願っている。 外交官としての最低限の義理は果たした、ということだろうか。 とにかく、始皇帝は韓非子を大いに気に入り、彼を秦都・咸陽にとどめて、丸1年彼から教えを受けた。 しかし、韓非子のことを気に入らない朝臣が秦国にはいた。 かつて同門だった李斯や、姚賈という大臣である。2人は始皇帝に「彼はしょせん韓の王族であり、秦国のために働くはずはなく、帰国させてはなりません、殺すべきです」と讒言。 始皇帝は一度は韓非子を監禁したが、やがて思い直して釈放を命令した(*3)。 が、その時には韓非子は、李斯から届けられた毒薬を服用して自殺していた。 時に秦・始皇十四年である。 しかし始皇帝は、韓非子は死んだが、韓非子が残した数々の文献は回収した。 それがやがて十万字の書物『韓非子』として世に伝わる。 韓非子自身は、政治家としては大成しなかった。 韓王の諮問に答え、秦への外交使節となり、始皇帝の諮問に答え、一年以内に没した、というのが政治家・韓非としての全活躍である。 しかし、韓非子の思想を残したこの書物『韓非子』によって、そしてその思想を実践して高度な帝国を作り上げた始皇帝によって、韓非子の名は歴史に残ることになった。 【書物『韓非子』】 書物としての『韓非子』の成立は例によって明確ではない。 しかし、少なくとも『史記』が完成したBC90年頃には現在の形式が完成し、そのまま現代まで引き継がれていることは間違いない。 というのも、現行の韓非子は全二十巻・五十五篇構成で105494字(*4)、とされるが、『史記・老子韓非列伝』において「韓非子の著作は十万字余り」、『漢書・芸文志』では「韓非子は五十五篇」と記してあるからだ。 これが『孫子』や『呉子』ではそうは行かない。時代によって増えたり減ったりを繰り返している。例えば現在の『孫子』は十三篇構成、『呉子』はわずか六篇だが、『漢書・芸文志』では「孫子は八十二篇、呉子は四十八篇」とあり、かなり分量が多かった時期がある。 『慎子』は『漢書・芸文志』では「四十二篇」とあるが宋代の『崇文総目』では「三十七篇」となり、現在はわずか五篇しか残っていない。『申子』二篇は完全に散逸している。 また『史記』では『韓非子』の一部記述をまるまる書き写している場面があり、これも現行本とほぼ一致する。 司馬遷は前漢代中期の人間で、それが『韓非子』を一つのテキストとして入手していたということは、書物『韓非子』は前漢初期、おそらく秦代には現在のような形で完成していた、と見るべきだろう。 文体としては、ほかの諸子百家の書物(例えば「荘子」など)と比べても平易で読みやすい文章なのが特徴。 古代中国から春秋戦国時代の予備知識こそ必要になるが、例えば「荘子」のような晦渋で難解な言い回しはそんなにない。 また、説話集であるが故に、古代から春秋戦国時代までの事件・社会情勢・非正統的な異説を知る良質な資料集でもある。 ◇文章の種類 書物『韓非子』の内容に目を向けると、大きく分けて2種類の文章から成り立っている。 一つは「事件の記録」。韓非子が収集したのであろう、古代から現代(韓非子が生きていた時代まで)に起きたいろいろな事件の記録。 「十過」や「説林」などがこれにあたる。 一つは「韓非子自身の論文」。韓非子が独自に構築した、法や道に関する思想を書き連ねた独特な論文。 「主道」「有度」や「六反」、若き日の始皇帝に提出したことで有名な「孤憤」「五蠧」もそうである。 この「事件の記録」と「韓非子の論文」の中間の形式として、「事件を記録し、それら事件に対して韓非子の注釈・解説・論文を添える」というものがある。 「儲説」「難」や「解老」「難勢」などがこの様式。 しかし「解老」「難勢」などは、老子や慎子の論を土台としながらも、韓非子の論が(注釈というレベルを超えて)多くを占めるため、「韓非子自身の論文」といっていいだろう。 ◇事件の記録 「事件の記録」に関しては、春秋や史記にも記されるような「正統的」な記録だけではなく、儒教的正統性に真っ向から反するような記述もある。 例えば「尭舜は禅譲したのではなく、舜がクーデターで尭を駆逐したのだ」と記録したものもある(ちなみに『史記』では、五帝本紀にではなく燕世家に記録)。 また、単に歴史や権力情勢を記したものだけではなく、庶民の感情や情景を写し出したものもあって、春秋戦国時代の社会情勢を知る上で興味深い記述も多い。 例えばこんな話がある。 「ある夫婦が神に豊作の祈りを捧げた。しかし妻は「災いが起きませんように、百束の布が手に入りますように」と祈っている。夫が「なんだ、小さい願いだな。もっと大きく願ったらどうだ」とからかった。 すると妻は急に無表情になって言った。「あまり裕福だと、あなたは妾を買うでしょう」夫は絶句した。 全体からすると分量は少ないのだが、そういった庶民の風景を書き写しているところもあって、非常に興味深い。 ◇韓非子の論文 一方で「韓非子の論文」の部分は非常に切れ味が鋭く、歴史上で美談と伝わる話でも、韓非子にとっては「愚か者どもの愚行の集まり」でしかなくなってしまう。 例えば、管仲である。 管仲は死の寸前、主君の桓公にお気に入りの側近「三貴」を近づけるな、と遺言した。 桓公は管仲死後、一時は三貴を遠ざけたが、やがて(*5)三貴を呼び戻し、最終的に国政を預けたが、やがて桓公が病に倒れると即座に三貴が反乱を起こし、桓公は病室を外から封鎖され、そのまま餓死。 しかもその後の息子たちの反乱によって二カ月以上も放置され、死体は腐乱してうじが湧き、そのうじが部屋からあふれて、やっと休戦した息子たちによって埋葬された。「春秋五覇の筆頭」としては最悪の末路だった。 しかし韓非子は、三貴を用いた桓公よりも、桓公に対して「三貴を用いるな」としか言わなかった管仲を批判した。 つまり管仲は桓公に、臣下の正しい抜擢の仕方と、権力の限定と分散化(権力の全権委任をするべきではないこと)を教えるべきであった。 そもそも、一国に悪事をたくらみ野心を燃やす臣下など、無数にいる。たかが三貴の3人を除いたところで、野心ある第二第三の三貴が現れるのは必定であった。つまり「三貴を除け」というのは意味のない対処療法に過ぎない。 また、臣下一人に(*6)全権を委任することも深刻な危険があった。 全権を握った臣下(韓非子はこれを「重臣」「擅主(せんしゅ)の臣」と定義している)は他の大臣・役人を完全に統括して、政治と権力の全てを差配し、対する君主は実際にどういう政治が起きているのかも分からなくなる。 そうなっては、病室に閉じ込められて餓死すると言うのも、起きて不思議はない。 つまり桓公は、三貴のみならず管仲を抜擢したときからずっと間違ってきた。 そして管仲も、彼自身が典型的な重臣でありブーメランになることを嫌がったためであろうが、桓公の過ちを指摘せず、三貴を去らせるという、対処両方だけを教えた。 管仲の遺言は間違っている。 これは「難一」の記述である。 一般には、管仲の遺言を聞かなかった桓公の過ちとされがちな「桓公の病室殺人事件」を、管仲の遺言から徹底的に批判検証したもので、この毒舌と言えるほどの鋭い論調は韓非子の面目躍如と言った趣がある。 ◇文章の集合、論調の成長 ところで、書物『韓非子』の一つの特徴は、全体としてはあまり趣旨一貫はしておらず、多数の文章の集合体であることだろう。 ありていに言うと、韓非子が一つの意志のもと一気に書き上げたのではなく、韓非子がその生涯で書き連ねていた無数の論文をかきあつめて一冊に綴じたものが、司馬遷も参照した書物『韓非子』なのであろう。 それは、上述した桓公・管仲のことについてもそうである。 管仲の遺言自体が間違いだ、というのは「難一」に記述したもので、「十過」では定説通り「管仲の遺言がせっかく正しかったのに、その諫めを聞かなかった桓公が悪い」とまとめられていた。 また「難一」では管仲への全権委任を批判していたが、「外儲説・左下」では桓公が全権委任をしなかった(正しい判断をした)との記述もある。それによると、 桓公は最初、管仲に全権を委任しようとしていた。しかし大夫の東郭牙が反対した。 「管仲が天下を図る知略を持ち、大事を図る胆力を持ち、さらにいま主君から全権まで与えられて国政に臨むとあれば、主公こそ危ういではありませんか」と。 桓公はなるほどとうなずき、内政は隰朋(しっぽう)(*7)に治めさせ、管仲には外交を任せた。 「十過」では「管仲の遺言を聞き入れなかった桓公を批判」し、「難一」では「桓公は全権委任という愚行を侵し、管仲はそれを諫めなかったと批判」し、「外儲説・左下」では「桓公は全権委任を思い止まったと肯定」し、と場所によって桓公・管仲への論調が異なる。 これは、書物『韓非子』に複数人が関与した、というものではなく、韓非子の思想が何年もの研究で変遷していること、その変化を書物『韓非子』がダイレクトに残していることを示す。 韓非子といっても人間である。最初から完成品の韓非子として生まれるわけはない。 それにパソコンなどない時代に、漢字だけで十万字以上の論文を、短期間に一気に書き上げるなど不可能である。 論文を一つ書くごとに思考を磨き、思想を深化させ、何年も何十年もかけた果てに、始皇帝をして「この人に会えるのならば死んでも悔いはない」と驚嘆させる韓非子に至ったわけである。 もし、韓非子の思想を踏まえる誰か後任が書き加えたのなら、「十過」のような通説通りの記述を書き加えはしないだろう。 また、書物『韓非子』をよく読むと、一つの章でもあまりまとまりがなく、話が飛んでいることも少なくない。 例えば「外儲説 左下」の桓公は権力を分散した、という記述の次は 晋の文公が亡命中、食料番がはぐれた。しかし彼はどれだけ飢えても、手元の文公用非常食は食べなかった。後でそれを知った文公は彼を城の長官に抜擢した。しかし別の部下は「非常食と城は魅力の桁が違う。部下の善意を当てにするのではなく、たとえ部下が悪心を抱いても背きようのない体制を作るべきだ」と諫めた。 陽虎(*8)は野心家で、各国で悪事を働き追われていた。しかし趙の簡主は陽虎を迎え入れて宰相とした。反対する側近に簡主は「奴は盗もうとし、私は守ろうとする。それでいい」と答えた。果たして陽虎は悪事をせず、その能力を駆使して簡主の王業をよく補佐した。 と続く。 ここまでは「君主の臣下の使い方」ということになるが、その次は少し趣が違い、 魯の哀公が孔子に「むかし夔(き)と言うのが一本足だったと言うが、本当かな」と訪ねた。孔子は「彼は性格が悪くて誰からも嫌われましたが、ついに危害を加えられなかったのは、信義だけがあったからです。一本足という意味ではなく、‘‘一にして足りた’’という意味です」と答えた。また異説として、「彼はたいてい無能でしたが、音楽の才能だけはありました。その一芸だけで尭から音楽担当に抜擢されたのです」と答えた。 とある。 名君は臣下が背かないことを期待するのではなく、背きようのない体制を作って臣下を使うのだ、という論調でまとめられながら、最後の夔の話だけは、信義でも一芸でも、あまり「臣下の統御論」とは関係が薄い。 また、「夔は一にして足る」とは故事成語としても知られるが、ここでは「信義」「音楽の一芸」の2つを併記している。 韓非子はいくつかの情報を得たとき、それらを「こちらが正しい」とするよりも両方併記することが多い。おそらく論文と言うようなものではなく、資料を収集する過程で作ったメモだったのだろう。 これもまた、『韓非子』が韓非子の生前記述した無数の論文やメモ書きを、正直あまり整理せずにまとめたことの傍証と言えるだろう。 「初見秦」「存韓」「難言」は韓非子が韓からの講和使者としてやってきたときの記録のようになっているため、やはり秦が韓非子関連の資料をまとめたものが原形であろうか。 【韓非子の思想系譜】 書物『韓非子』は十万字に及び、また上述したようにさまざまな論調が入り混じっていて、決して首尾一貫したものではない。 しかし、それゆえに韓非子の生の息遣いや、毒舌とまで言えるほどの激しい論調を読み取ることが可能である。 さて韓非子は、その記述によると、老子・商鞅・慎到・申不害の四者の思想を特に継承している。 (もちろん直接の師匠であった荀子、先行する管仲(特に書物『管子』)などの思想も影響しているが、韓非子が直接名を挙げるのはこの四者) 商鞅からは「法」を、申不害からは「術」を、慎到からは「勢」を、老子からは「タオ」の思想を、発展継承させて、法律・刑罰・賞与・治国を導き出す。 ◇申不害の「術」 申不害とは、韓国の宰相である。彼は、君主が官僚・役人を管理・運用する方法を研究した。それを「術」という。 まずは越権行為の禁止である。たとえ、良かれと思ってしたことであろうとも、もともと与えられた責務を超えたことは、してはならない。 任務一つにつき役人は一人(*9)、を徹底し、任務以外の業務を負わせないこと。これを申不害は徹底した。 なぜなら、役人が権限を超える部署に口を挟めるようになれば、役人同士での馴れ合いや結託、癒着が横行し、責任の所在も不明瞭となって、やがて私党も結成される。 また、役人が権限を超えて複数業務を兼任することがなければ、与えられた目の前の任務に集中し、より手早く事業を達成できるし、技能も成長させられる。 また、職務に着く前にはあらかじめ「こういう事業を行ない、こういう結果を得られる」というプランを進言するが、その進言を超えた振る舞いは禁止である。 臣下は君主の言動に合わせて自分の行動を取り、迎合する。君主は自分の感情を露骨にすることを避けて、ただし臣下の言動を記録し、言論と実績を付き合わせて符合させること(符合せず矛盾が生ずれば問題とすること)を重視する。 この「一人一官」「形名参同」を中心とした、官吏のコントロールが申不害の「術」であり、韓非子はこれを肯定する。 ◇商鞅の「法」 商鞅は、秦国に仕えてからは徹底した法治思想を敷き、秦国に強固な規律を設け、春秋戦国時代後期における秦一強の時代を造り出した立役者である。 商鞅の法は、役人や民衆に賞与や刑罰を下す基準である。 賞与は為した善事に基づいて正確に下され、刑罰も侵した悪事に基づいて必ず処断し、また告発体制を築くことで仲間打ちの結託を禁じた。 それによって民衆は、仕事や労働に対して手を抜かず、兵役に出れば勇敢に戦い、秦国は富国強兵を成し遂げた。 そして商鞅の法治の最終目標は「刑を以て刑を去る」ことであった。 犯した悪事にはかならず刑罰が下され、為した善事にはかならず賞与が下される、ということになれば、庶民や官吏は自ずから悪事を避け、善事を行なう。 つまり社会に規律が生じる。 そうなれば、いずれ刑罰を下すことも必要ではなくなる。誰も悪事を犯さなくなれば、無闇に刑罰を下すこともなくなる。 刑は確かに存在するが、人々が法を破らないので、使う必要がなくなる。それが法治思想のもっとも目指すところである。 しかし、韓非子は「申不害の術、商鞅の法は、まだ未完成である」とした。 まず申不害のいた韓国は、かつて晋国だった時代の法律や、先君以前の旧法が残っており、またもちろん申不害の改革した新法も施行されていて、法体系が統一されていなかった。 だから官吏たちは、利益が旧法にあればそっちを持ち出し、新法が利益となればそれにしたがって、いくらでも「術」を潜り抜けられる余地があった。 商鞅の改革した秦国では、確かに庶民の規律は整い、富国強兵も見事達成された。しかし、官吏の動向を把握しコントロールすることは不徹底であった。 そのため、重臣たちが己の利権のために国家権力を使うようになった。 具体的には、穣侯魏(ぎ)冉(ぜん)や応侯范雎(はんしょ)は、秦軍を動かして自分の封建領地を拡大したのである。 また申不害の「術」自体も、確かに一人一官はよいが、別の役人が犯した悪事を告発することも防ぐ弊害があった。 君主が臣下を監督するとき、自分の耳目だけを使うのではない、国中の人間の耳や目を使って物事を見抜くのである。しかし申不害の「術」は、この流れも禁じてしまう。 商鞅の「法」も、完成ではない。商鞅は「敵の首を切ったものを登用する」と、戦争参加を基準としていた。しかし、敵の首を切ったものを医者や大工にしても、病は治らず家も建つまい。商鞅の法も改善の余地がある。 ◇慎到の「勢」 慎到は、斉国の「稷下の学士」の一員。時代的には商鞅や申不害、あるいは孟子(*10)と同時代である。 慎到は「龍(りゅう)蛇(だ)螾(いん)螘(ぎ)」の言葉で知られる。龍は雲に乗って空を飛び、騰(とう)蛇(だ)(*11)は霧のなかで霊験を表わす。しかし雲が去り霧が晴れれば、龍はミミズ、騰蛇は虫けらの正体を現す。 たとえ君主や大臣といっても、その権勢(雲や霧)を失ってしまえば、ただの人間に過ぎない、というわけだ。 国家にはそれ自体「勢」がある。その権勢を行使する限り、王侯や大臣は大きなことができる。 桀王や紂王は、王としてその権勢を振るったからこそ暴君として名を残したが、彼が庶民だったらあんな大悪事はできず、すぐ官憲に捕まって終わっただろう。 尭も君主だったから聖君と言われたが、あれで庶民だったら三人も治められるかどうかだ。 個人の才能は、民衆を統率するものではない。しかし権勢は、賢者も屈伏させる。 これが慎到のいう「勢」の重要性である。 ただ、これに対して一般的な反論はある。「同じく権勢を得ても、尭舜は善事を為し、桀紂は悪事を為す。個人の資質も関係しているではないか」「権勢を馬車にたとえると、その御者が王良(*12)であれば千里を駆けるが、そこらの奴隷を御者にしてもまっすぐ進めるかさえ怪しい。尭舜は政治における王良だろう」と。 韓非子はそれらを紹介した上で、特に「勢」の重要性を説く。 確かに、尭舜が勢を得れば国が治まり、桀紂が勢を得れば国が乱れる。それは否定しない。 しかし、尭舜のような聖君も、桀紂のような極悪暴君も、実際には千年に一度現れるかどうかの珍しい存在だ。 ほとんどの君主というものは、尭舜ほど聡明ではないが、桀紂ほど暴虐でもない、中庸な「凡人」である。 韓非子が「法を用いて統治せよ」と言うのは、凡庸な君主でも、あらかじめ定められた基準によって統治していけば、安定して国家を治められるからである。 確かに桀紂が法治体制を掌握すれば、国は乱れる。しかしそれは、千年に一度乱れることだ。 法治体制を維持していれば、千年のうちほとんどを安定して統治できる。しかし法治体制を維持せず君主の素質だけに頼っては、よく治まるのは尭舜が現れる千年に一度しかない。 君主の賢愚に頼れば、千年に一度しか治まらない。法治に頼れば、千年に一度しか乱れない。どちらが良いかは一目瞭然である。 また慎到への反論者は「同じ馬車でも、王良が御すれば千里を駆け、奴隷が御すれば運転できない。尭舜は政治の王良である」といったが、別に王良など用いずとも千里を駆けることは造作もない。 ほどほどの御者としっかりした馬車を二十組用意し、五十里ごとの間隔で配置する。そして目標地点に向けて全速疾走させ、いわば駅伝方式でリレーすれば、わざわざ王良など用意せずとも「千里を走る」ぐらいのことはできる。 法治体制を敷くことは、凡庸な君主・凡庸な朝臣・平凡な官吏をかきあつめて総動員して、尭舜と同じような安定を築くことにある。 いやもっと言えば、尭舜のような存在は、法治において有害無益でさえある。本質的に「矛盾」してしまうのだ(*13)。 というのも、賢者がその賢能で国を治める際に肝心なのは、その賢能を阻害されず最大限に活かすことである。凡庸な人間が「それはなりません」と賢者の行動をいちいち阻害しては、結局はその凡人が君主をやっていることになる。 しかし法治体制における法律は、何人であっても制御しなければならない。君主も大臣も法に定められた基準に従わねばならないのが法治であった。 つまり法治体制下では賢者は凡人と同列に扱われて賢能を発揮できず、逆に賢者の能力を活かそうと思えば法律の制約を解除しなければならない。 「何物にも制御されるべきでない賢者」と「何者をも制御下におくべき法律」は、文字通りに「矛盾」するのである。 そして韓非子は、千年に一度しか現れない賢者の出現を期待するのではなく、凡庸な人間たちが集まって造り出す「勢」を制御することを考えていた。 ちなみに、韓非子の思想を実践した始皇帝は、まさに当代一流の政治手腕と、韓非子の直弟子ゆえの思想でもって、空前の天下国家・秦を経営した。 しかし始皇帝は、決して法律を超えて行動する賢者型君主ではなかった。 俗に「坑儒」として知られる、背任・横領・逃亡罪を犯した方士が処断された事件で、始皇帝は確かに怒ったが、その怒りゆえに処断したのではなく、御史つまり官吏監察部門に調査を命じ、それから有罪と弾劾された者を処刑をしている。 始皇帝自身、自らの賢能を誇るところはあったろうが、自らも法を抱いて行動していたのだった。 ◇老子の「タオ」 韓非子は「解老」「喩老」を筆頭として、いくつかの場面で老子の「タオ」の思想を引用している。 老子の思想を学ぶ学者(後年「道家」といわれた面々)は春秋戦国時代にもいるが、韓非子はこのタオの理論をもっとも鋭く解明した人物でもあった。 例えば、道教の思想で有名な「虚静恬淡」「虚無の心」というものについて、韓非子が言った「人は虚無であろうと必死になるが、その時点で虚無ではない。虚無や自由と言うのは、虚無であろう自由であろうという思いにすら縛られないものだ」とは、禅宗の思想にも通じるところだろう。 あと多分どこぞのアンチェインにもぶっ刺さる そんな韓非子がタオの思想でもっとも重視したのが「道理」であった。現在では故事とも認識されない「道理」だが、これは韓非子由来である。 「道(タオ)」とは、万物が成立する要因である。 「理」とは、万物の持つ属性である。 例えば「理」は、四角いとか丸いとか、短いとか長いとか、粗いとか細かいとか、硬いとか脆いとかで、物質の状態である。 しかし物質と言うものは常に変化している。線香は「細い」「長い」「硬い」「緑色」といった「理」を持つが、火を付けると灰となり「短い」「脆い」「灰色」という「理」に変わってしまう。 色一つとっても緑色から灰色に変わる。それは「道」が「理」を変化させているからだ。いや、「道」が「理」を変化させることによって、万物の変化をもたらすのである。 だから韓非子はいう。「道は理するものなり」と。 この「道」の働きは、じかに目に見えるものではない。目に見て耳に聞こえるのは「理」である。ただ、理の変化を見ることによって、その奥底で働く道の働きを想像することは可能である。 いま中国人は生きた象を見ることはできないが、死んだ象の骨を並べて象という生き物の姿を「想象」することができる。 理の変化から、想像によって道の働きを知る。「道理」を「想像」によって知るのだ。 どんなものにも必然がある。必然の道理があるから、結果に行き着く。 虎には爪が、野牛には角があり、人間を容易に殺傷する。しかしその縄張りや活動時期を避ければ、その災いは避けられる。 冷たい雨が降っているのに防寒対策もせず出歩けば、風雨の害を食らう。軽々しく禁制を破って法に触れれば、刑罰の害を受けて当然だ。欲望のまま飲み食いすれば、病気になるのも必然である。 ではなぜ、韓非子はこの「必然の道理」を重視するのか。 それは、どんな事柄でも道理に基づいて現れる、ということは、求める理想があるのなら、それを成し遂げるために必要な道理を踏み行なえば、必ず達成できるからであった。 王者や貴族になるのも、あるいは宰相将軍になるのも、その道理に基づいて行動すれば必ず得られる。 しかしたとえ王者や諸侯であろうと、あるいは大商人の資産があろうと、滅びる道理に合致すれば必ず滅びる。 栄枯盛衰も必然によっているのだ。 だから、君主が国を守り地位を維持したいと思うなら、亡国の条件を避けて存続の条件を揃えれば良いし、庶民を刑罰に処したくないのならば、庶民をして悪事を禁じて刑罰を避けるようにさせればよい。 悪事をすれば必ず刑罰が科され、善事をすれば必ず賞与が下される。そうなれば人は、賞与を求めて善事を行ない、刑罰を避けて悪事を避ける。人々が悪事を避ければ、刑罰を科すこともなくなる。 商鞅が目指した「刑を以て刑を去る」の境地は、老子の思想によって為しえるのである。 韓非子が法治思想にタオの理論を組み込んだのは、その「必然の道理」が「勢」を「法」と「術」で制御するための基準となるからであった。 【その他の思想】 書物『韓非子』は十万字の大作であるため、そこに記された韓非子の思想も非常に分量が多い。 以下は、韓非子の独特な思想と言えるものをいくつか列挙する。 ◇不仁不忠にして覇王となる 君主と臣下のあるべき姿。 君主と臣下の関係は、親子や友人ではない。臣下は能力を売り込み、君主は俸禄で買い上げる、市場取引(ビジネスライク)の関係にある。 だから、法律と禁則が明確化され、賞与と刑罰が公正厳格であるなら、臣下は富貴になりたいという欲があるから、その欲を満たすために全力を尽くして職務に励み、戦場では死地にも挑む。 富国強兵とはそのようにして為される。君主は仁愛ではなく賞罰を用い、臣下は忠心ではなく利益への欲望で仕官する。これを君は不仁、臣は不忠にしてすなわち覇王なり、という。 しかし現代(韓非子の当時)の学者たちは、すぐに仁愛を説き、君主と臣下が親子のように睦みあうべきだと説く。 これは大間違いである。現実にも、男児が生まれれば喜ぶが女児はそうでもない。親子の愛情でさえ美徳ばかりではない。というか、仲の悪い親子関係など世の中にいくらでもある。 なのに、親子でも珍しい情愛を、君臣関係に持たせよ、さすれば世は治まる、というのは妄想もはなはだしいのである。 ◇上下は一日に百戦する 「黄帝の言葉」としているが、韓非子の君臣関係観を端的に表わした言葉。 上とは君主、下とは臣下のことで、君主と臣下は毎日百回も駆け引きをしている、ということ。 そもそも君主と臣下は、利益が違う。 君主の利益は、制度が機能して群臣が国家の命令に従うことにある。 臣下の利益は、私党を作り上げて国家から利益を引き出すことにある。 つまり君主は公を守らせようとし、臣下は私を満たそうとする。 しかし、君主は一人しかおらず臣下は数多くいるのだから、この戦いは最初から君主が不利で、臣下が強いと言うことになる。だから、君主は臣下の統御に細心の注意と、決断する気力が必要になるのである。 ◇公私は対義語である 君主と臣下は仮想敵のように韓非子は言うが、そもそも「公」と「私」が対義語なのである。 もともと「私」とは「丸く囲うこと」から「○」を書き、やがて「ム」になった。穀物を意味するノギヘンは後から付いたものである。 そして「公」は、「ム」に背くの上半分「北」が付き、それがやがて略されて「ハ」となり、現在の漢字となった。 つまり最初に漢字として考案された時点から、公私は相背くものであり、「公私混同」などできる道理ではなかった。公利を求める君主と、私欲を求める臣下の立場が矛盾することはここにも現れる。 ◇癩病患者が王を哀れむ 原文では「厲憐王」。癩病つまりハンセン病と言えば、日本でも近年まで差別対象となっていたほどの病だが、そんな罹患者でさえ「王様とはなんと哀れな病人であろうか」と憐憫の情をもよおす、というもの。 韓非子自身「不敬な言葉」としながらも「よくよく考える必要があろう」としている。 「上下は一日に百戦する」「公私は相背く」といったように、君主と群臣は利益が異なる。 そして人は利益があるとなれば勇敢になり、大胆な振る舞いにも及ぶ。 つまり「君主が死ぬことで得られる利益」「別の王子を立てることで得られる利益」が大きければ、君が臣に殺されることは不思議でもなんでもない。 いや、君主の死を望むのは臣下だけではなく、家族もそうである。 男と言うのは五十になっても性欲が衰えないが、女と言うものは三十にもなると容色が衰える。そして「寵愛する美女の子が抱かれる」というから、妻としては夫の性欲があることは脅威となる。 そうなると、妻が夫の酒に毒を盛る、ということになる。夫が死んで自分の子供が君主となれば、息子が母親を取り替えることはできないから、自分の地位は安泰なのだ。 君主というものは、実弟に首を絞められ(*14)、臣下に矢を打ち込まれ(*15)、部屋に閉じ込められて餓死し(*16)、首筋を抜かれて梁に吊るされ(*17)、はたまた妻や息子に毒を盛られる危険のある職業である。「君主のうち寿命で死ねるのは半分以下」とは桃左春秋という書物の言葉だ。 癩病患者は全身の重い皮膚病に苦しむが、筋を抜かれるなどという死に方はするまい。彼らが王を哀れむのも、当然である。 ◇刑と罪とは違う 刑罰は、罪人に対して科すものだが、庶民に対して示すものである。 すでに逮捕された罪人を処罰しても、その罪人が犯した悪事が消え去るわけではない。殺人犯を処刑しても被害者が生き返るわけではない。 ではなぜあえて処刑するのかというと、その処刑を天下の人々に対して示し、「殺人罪はこのように重いぞ。このような目に遭いたくなければ、殺人などをするな」と示すためにある。 賞を下すのも、当人を豊かにすると言うだけではなく、それを世に示して「善行に対する賞与はこのように厚いぞ。これがほしければもっと励め」と示すためにある。 つまり、罰も賞もただ当人に科すのではなく、民衆に示して督励するためにある。 罪は個人が背負うもの、刑は社会に示すもの、とも言えるだろう。 世の学者は「刑罰が重いと民を傷つける、刑を軽くしても悪事を禁じられる」というが、これは間違っている。悪事をしても大した罰が下らないとなれば、誰だって法外の利益を求めて悪事を働くだろう。やがて盗賊となって処刑が相当の悪事を働き、その段になって処刑することになれば、それこそ「民を傷つける」ことになろう。 民をして「悪事をしたくない」と思わせることが肝心なのだ。 ◇法律と刑罰・賞与を判断する基準は妥当か不当か 斉国の晏嬰が、景公に「いま市場で売れているものはなにか」と諮問されて「義足です。足を切られる刑罰が多すぎるのです」と答えた。景公は「なるほど、余が暴虐と言うことか」と反省し、進行中の刑を減刑した。 しかしこれは間違いである。犯した罪業と社会的影響に照らして、その刑罰が妥当であるなら、受刑者がどれだけ多く出てもやめてはならない。 逆に、ある法律による受刑者が一人も出ないとしても、その法律が妥当でないなら、やはりその法律は廃止せねばならない。 それこそ軍隊では逃亡兵は常に出る。しかし、逃亡兵が多いから減刑してやろうなどと言い出せば、軍隊で戦う兵士はいなくなる。 法律や刑罰、賞与と言うものは、それが妥当であるか不当であるかだけを判断基準とするもので、単に「数が多い」ということで判断してはならないのだ。 雑草を刈らずにいれば麦が損なわれ、盗賊に恵めば良民を損なう。刑罰を緩めて寛大な政治をすることは、善人を害して世を乱す行ないである。 ◇賢君は善人も悪人も愛する まだ周の文王が殷の諸侯だったころ、その秘蔵の宝を紂王が欲しがった。 文王は、最初紂王の使者として送られた賢人・膠鬲(こうかく)には宝物を渡さず、二度目に来た佞臣・費仲には喜んで渡した。 文王は、紂王が賢人ではなく佞臣を寵愛することを願って、あえて費仲に宝物を渡したのである。 そしてもちろん、文王が太公望を抜擢したのは、彼の賢能を尊んだからだ。 名君と言うものは、太公望のような賢人も、費仲のような小人も、どちらも愛するものである。 ちなみにこのエピソードは「六韜」由来と誤解されがちらしい。 ◇人は欲望があって行動する 韓非子の人間観は大体ここに帰結する。 確かに、なにも言われずとも自らの判断で自分の限界を見極め、欲望を節制する人間はいるだろう。例えば「足るを知る」といった老子がそうである。 しかし、尭舜が政界に千年に一人もいるかどうか、といったように、老子もまた千年に一人現れるかどうか、でしかない。 ほとんどの人間は、老子のような聖人ではない。我欲が強く、求める利益のために動くものである。 だから、蛇や毛虫を見れば人は嫌悪感で震えるが、蛇によく似た鰻や、毛虫の一種である蚕は、素手でつかむのも平気である。 そこに利益があるとなれば勇者になるし、損をするだけだとなれば尻込みするのが人情である。 ただ、韓非子はそうした人間性を、否定していない。そうした習性・人間性をうまく誘導して、社会が成り立つほうに導いていくと言うのが、韓非子の法治思想、もっと言うと賞罰思想であった。賞与でなだめすかし、刑罰で脅しつけて、社会を維持していこう、というものである。 最初から誠実な人間を探しても、国内で十人も見つかるまい。しかし役職は何百もある。誠実な人間だけを集めても世の中は立ち行かない。圧倒的多数派の「小人」を活用するしかないのである。 ◇働くものは尊い 韓非子は、勤労するものを社会で尊ぶべきであり、まじめに働かず口先だけで尊敬を得ようとする連中を排撃するべきだと強調した。 逆説的に、口舌の輩がそれだけ当時、幅を利かせていたと言うことである。 死を恐れて戦いから逃れるのは「逃亡者」である。世間はこれを「命を大事にする」と賞賛する。 手前勝手な正義を立てて世の決まりを守らないのは「脱法者」である。世間はこれを「文学の士」という。 仕事もせず遊び呆けるのは「無駄飯ぐらい」である。世間はこれを「有能の士」という。 でたらめな知識をひけらかすのは「詐術士」である。世間はこれを「弁舌の士」という。 私情で剣を抜いて暴れるのは「暴漢」である。世間はこれを「勇者」という。 他人の悪事を隠そうとするのは「共犯者」である。世間はこれを「名誉を守る」という。 このような類の人間が尊ばれるようでは、誰だって私欲を優先しようとするだろう。君主や大臣さえが彼らを「名誉ある人たち」と賞賛するからしようがない。 危険な場所でも誠実に尽くすのは「節義の士」である。世間はこれを「智恵なし」と軽蔑する。 上からの命令に黙って従うのは「遵法者」である。世間はこれを「固陋」と軽蔑する。 農耕に励んで仕事に精を出すのは「生産者」である。世間はこれを「能無し」と軽蔑する。 善良純朴で純粋なのは「まじめ」である。世間はこれを「愚物」と軽蔑する。 国家の命令を重んじ職務を尊重するのは「忠実」である。世間はこれを「臆病」と軽蔑する。 賊を取り押さえ悪事を告発するのは「明察の人」である。世間はこれを「悪口をいう諂い」と軽蔑する。 これらは国家を現実に支える大事な良民である。しかし、それら「素朴さ」を「魯鈍」と見なして軽蔑するようでは、誰がまじめに働くものか。 だいたいにして、農夫が土地を耕すのは大変な重労働で、兵士が戦場で戦うのは命の危険がある。誰だってそんなことはしたくないのが人情だ。 しかし国内の人々の腹を満たし命を守るのは、そうした農業と兵役に付く農民たち、そしてまじめに働く良民たちである。これこそもっとも尊ばれる人たちである。 ところが、儒者は古典や学説を弄んではサロンに入り浸り、遊説家は合従連衡などで外国の威勢を借りて私欲をなし、勇者とやらは節義という名の私情で暴れては名誉を誇り、側近衆は賄賂を取れるだけ取っては法の抜け道を融通し、商人・工人は見た目は派手だか使えもしない道具を売り込む(*18)。 今の時代、どこの家にも「管子」「商君書」があるが、国はますます貧しい。誰も納税をしないからだ。 どこの国にも「孫子」「呉子」があるが、兵はますます弱い。誰も兵役に就こうとしないからだ。 正業に励み、いざとなれば兵役にも借り出される農夫・良民こそが尊ばれるべきであるが、現在の社会はそうなっていない、ということを「五蠧」「六反」などで執拗なまでに説いている。 なお、江戸時代の日本で「士農工商」と、武士の次に農夫が尊ばれ、工人の地位がそれに継ぎ、商人がもっとも卑しめられたのは、こういうところにも関係しているのだろう。 ◇内政に尽力せよ、合従連衡はするな 秦一強の時代、合従連衡は誰もが口にしたが、それは国を衰亡させるのが関の山である。 まず「合従」とは諸国が連合して秦に対抗することで、「連衡」とは諸国が秦と同盟して非同盟国を攻撃することである。 しかし、秦国と同盟する「連衡」をしても、いざ非同盟国が攻め込んでも秦国が本当に助けてくれるかは分からない。玉璽や地図を差し出して「これほど従順なんだからなんとか助けてください」というしかないが、そうなると国家の統治体制が危うくなる(*19)。 しかし、諸国と同盟して秦に対抗する「合従」でも、はたして弱小同盟国が集まって強力な秦に勝てるかは怪しい。そもそも合従した同盟国だって、それぞれの国同士で国境問題や利害関係がある。仲間割れを起こす公算は高く、そうなったら勝ち目はない。しかし仲間割れが起きなくても、攻められた小国をいつまでも助けられるかは不明である。 それどころか、「援軍が欲しい? なら国境沿いの土地を寄こせ、先払いだ」などと言われたらどうするか。しかも、そこまでして援軍を出してもらっても、必ずしもその援軍が戦ってくれるかは分からない。戦場外れで傍観し、戦争が終わって秦軍が引き上げてから「我々が到着したから秦軍は恐れて撤退したのだ、ありがたく思え」と恩に着せながら国境の土地を接収するのが落ちである(*20)。 また臣下にとっては、「自分には某国の援軍を引き出す力がある。同盟国との関係を維持できるのはこの私だけだ!」と言って、外国の権勢を借りて国内で大きな権力を示すことができる。 君主は君主で、臣下の雄弁だけを聞き入れて、実際にどういう業績を上げたかを確認しないという通弊があったから、この手の臣下の言葉にだまされていつまでも信任する。そして失敗すれば、財産を持ったまま引退できた。 合従連衡とは、どっちを選んでも他国に運命を預けることになり、しかも国内に権臣をのさばらせることになる。国土が削れて私家が富むのみだ。 そんなことより、国内をよく治めて城を堅守し、臣下をよく統率して乱れがないようにするべきだ。 いくら大国でも、国内にはいろいろと問題を抱えているものであるし、野心家はいくらでもいる。軍隊という、金も労力も吸い取られる事業を、長く続けることは難しい。 だから、小国でも国内をよく治めて国難にもびくともしない体勢を作っていれば、もし強大な秦軍に攻められても籠城して守り抜くことができるし、秦軍も「苦戦している間に他の国に攻められる」ことは分かっているので、堅いと分かれば撤兵するしかない。 もっと言えば、国内で富国強兵に勤めることは、国防以外にも多くの利点がある。「袖長くして善く舞い、銭多くして善く買う」というように、国力が大きければ国ができることも多くなる。 秦国では十の事業を同時に起こしてもほとんどは成功させられるが、燕国では一つの事業さえ成功がおぼつかない。 秦には賢者しかおらず燕には愚者しかいない、というわけではなく、秦はよく治まっていて富強で、燕は乱れて衰弱しているからである。 外国に助けを求めるよりも、国内を富強にすることこそが肝要である。 ◇徳治は不可能 儒者を筆頭として、徳を磨けば人は付いてくる、という論は多い。しかしそれは間違いだ。 魯の哀公と言えば、君主としては下位に属する人物で、重臣たちを制御できず最後はたたき出された。 孔子は当時第一の聖者であった。しかし天下を巡っても、その「徳」に従ったのはたった七十人である。そして晩年は哀公に仕えたが、その献策は用いられなかった。 「徳」によって治まるならば、哀公が孔子に仕えるはずであった。しかし現実は、孔子が哀公に仕えた。孔子に仕えた人数は哀公に仕える人数よりはるかに少ない。 孔子は哀公の「勢」によって仕えたのである。徳によって世を治めることができないのはこの通りである。 そもそも、君主に「孔子のようになれ」といい、民衆に「孔子の門弟のようになれ」というのは、土台無理な話である。 ◇過去に帰るな、今を治めろ 儒者を筆頭として、学者というものは「今はよくない、昔はよかった」と言って、過去の伝説を引用してその時代に戻ろうとする。 韓非子はそうした懐古主義を全否定する。 そもそも、人間社会は常に変化を遂げるものである。社会情勢が変われば、通用する方法も変わってくる。 男が妻を娶って、五人の子供が産まれてもおかしくはない。その子がそれぞれ子供を産めば、祖父が死なないうちに孫は二十五人になる。人口というのは、そして社会というものは、それぐらい変動するのだ。 まだ人々が洞窟や木の下で寝起きしていた時代は、家を作る技術者は王者となった。有巣氏である。 まだ人々が生の肉を食べていた時代は、火をおこして調理する技術者は王者となった。燧人氏である。 まだ黄河の流れに翻弄されていた時代は、治水技術を知るものは王者となった。禹である。 しかし夏王朝の時代に「俺は家を作れるぞ」と威張っても、あるいは周王朝の時代に「俺は治水ができるぞ」といっても、(職人や監督にはなれるだろうが)王にはなれない。それはもう珍しい技術ではなくなったからだ。 かつて尭や舜は、王位をそれぞれ舜や禹に禅譲した。 しかしそれは、古代の王者が徳厚く尊かった、からではない。彼らの生活は非常に過酷で、生活は苦しかった。だから禅譲と言っても奴隷並みの苦労から逃れたかっただけである。 現代の役人は県令であっても地位にしがみつく。しかしそれは、彼らが卑しいからではない。たとえ低い官位であっても、そこから莫大な財産を築いて、うまくいけば子孫にも残せるからである。 つまり古代の王者と現代の役人は、住んでいる社会と持っている価値観が違うのだ。現代を生きる役人たちに「尭舜のように清廉な人物となれ」と言ってもダメなのだ。 湯王と伊尹は、夏王朝のやり方を変えたから殷を王朝にできた。 文王・武王や周公旦・太公望は、殷王朝のやり方を踏襲しなかったから周王朝を開くことができた。 現代には現代に合わせたあり方がある。新時代には新時代にふさわしい王者がいる。古代の伝説は参考資料にはなり得ても、それを再現すればいいというものではない。 (韓非子が、商鞅や申不害の思想を受け継ぎながらも「まだ完璧ではない」と問題点を指摘したのもその一環といえるだろう) ちなみに待ちぼうけで有名な「守株」の話はここに由来。 ◇アホな話 『韓非子』は君主が権力をコントロールし、いかにして臣下の悪事を防ぎ、民衆を正しい方向に誘導して、統治するかを説いた、まじめな書物である。 そういうわけで人間不信になりそうな陰惨なエピソードも数多く収録されている…… ……のだが、一方でクスリと笑ってしまうようなヘンな話も結構収録されている。 おそらく韓非子は、役に立つかどうかを問わず、耳に入れた話を片っ端からメモ書きしていったのだろう。 そのいくつかを紹介してみる。 「まったく一緒です」 卜(ぼく)子という役人が、袴がボロボロになっているのに気づいた。妻に渡して「新しいのを一つ作ってくれ」と頼む。 妻が「どういうふうにしましょうか」と聞いたので「前のと同じのにしてくれ」と答えた。 仕事が終わって帰宅すると、妻がにこにこしながら新しいズボンを渡した。ボロボロになっている。 「何だこれは!?」「古い袴とまったく同じです」 「売れよ」 豚肉売りの商人が、市場で肉を売ろうとしたが、客が着かないまま夕方になった。 あきらめて店を畳み帰り支度を始めたころに、ふと通りすがった男が「その豚肉、いくらだい」と尋ねた。 商人が怒鳴る。「見てわからないか、帰り支度をしてるんだよ!」 その豚肉を売れば荷物も減るし銭が入ると言うのに、彼はここになにをしに来たのか忘れたのである。 「なんで帰った」 ある男が靴を仕立ててもらおうと思い、前日のうちに家で足の型を作った。 しかし翌日、仕立て屋に着くと、せっかく作った足形を家に忘れていたことに気づいた。 すると男は家に帰ってしまった。友人があきれた。「何で帰ったんだ」男は答える。「足形のほうが足より信用できるからだよ」 人物鑑定士・陽虎 陽虎が斉国を追われて趙国に亡命した。趙の君主・簡主が引見して、「君はよく人材を推挙すると聞いたが」と尋ねた。 陽虎は苦笑していった。「魯国にいたころ三人を推薦し、彼らはみな昇進しましたが、私が罪を得ると三人とも私を逮捕するため全力で襲いかかりました。よく推薦したとは、とてもとても」 簡主は「なるほど、橘(たちばな)を植えるべきなのに、棘だらけの枳殻(からたち)を植えてしまったと言うわけか」と苦笑した。 しかし、陽虎も簡主も間違いである。たとえ推挙してくれた恩人であろうとも、法を破った以上は心を鬼にしてでも正義を貫くため逮捕しようとする、この優れた三人を推挙した陽虎は、確かに人を見る目があったのである。 【歴史への影響】 こうした、鋭い論理を持ちながらも雑多な印象でまとめられた『韓非子』であるが、こうした理論は韓非子を死なせてしまった一人、始皇帝の実際の統治にも活かされている。 『史記・秦始皇本紀』には始皇帝の統治体制が丹念に描かれている(個別項目を参照)が、 厳格公正な規律と高度な官僚システム、君主の役割の明確化、役人の仕事ぶりの監督の重要性、信賞必罰に基づく労役成功時の免税特権、学問を学びたいものは管理に法令を学ばせるという法治教育の普及など、やはり韓非子からの影響が非常に大きい。 例えば、債務から逃亡したもの、働かない入り婿、商人、不正役人、犯罪者ばかりが労役を科され、農夫・良民が動員されず、正業を督励したのは韓非子の思想である。 また始皇帝は「坑儒」で知られる不正法士を処刑した際、皇帝権による一存ではなく御史台(官吏監察府)による弾劾という手続きを経ていた。これも、始皇帝が韓非子の思想を受け継いでいたことを意味する。 すでに始皇帝が韓非子の思想を継承したこと、官吏を介して学ばせる基準が存在したこと、『韓非子』が書物として決して洗練されているわけではないこと、を考えると、書物『韓非子』がまとめられたのは始皇帝の在世中かも知れない。 また韓非子の思想は、老子・荀子・商鞅・慎到・申不害の影響を受けている。 司馬遷はこれについて「韓非子の学説は、黄老学に基づく」といった。黄老とは黄帝と老子のことで、いわゆる道家・道教思想のことだが、司馬遷は史記の編集にあたって韓非子を参考にしたところも多かったと思われ、そこに老子の影響を(単に「解老」「喩老」があったと言うだけではなく)見いだしたのは、さすがの慧眼と言えるだろう。 しかしその後、儒教が主流となっていくと「儒教を弾圧した始皇帝」の師匠である韓非子は「冷酷無情な殺人帝国」を作った共犯者のような扱いを受けた。 このネガキャンはかなり根強く、彼の師匠であった荀子も含めて「悪の一味」のように扱われてしまった。 とは言え、官吏統御思想という現実の帝王学そのものの『韓非子』は、政界における「虎の巻」としても知られていた。 例えば諸葛亮も、劉禅を教育するテキストにこの『韓非子』を使ったという。残念ながら劉禅は、斉の桓公のような「よくも悪くも臣下に一任し、手綱を握らない暗君」になってしまったが……。 【創作での韓非子】 中国史関連の創作と言えば、ほとんどは「三国志」関連、次が「楚漢戦争」、ごくわずかに「春秋戦国時代」で、始皇帝関連のものは少ない。あっても始皇帝批判のものがほとんどである。 そのため、始皇帝の師匠であり「冷酷無情な帝国を作った」韓非子が、小説や創作で触れられることは極めて希である。 幸いにも、新釈漢文大系や岩波文庫などで幾度も全訳されており、入手は容易。 安能務氏の『春秋戦国志』『始皇帝』では重要人物として登場。『韓非子』はタイトル通り、古典『韓非子』を安能流に解説したものである。 同時期に始皇帝に仕えた尉繚子とは友人関係にある。韓国では張良を弟子としており、秦国では始皇帝の長子・扶蘇とも親しくなった。 遊説を馬鹿らしいと嫌い、ひたすら自分の学問を磨いた変わり者。 吃音と言うわけではないが、考えてからしゃべるので口が重く、強調するときには「逆に、逆に面白そうだ」と繰り返す癖があり、周囲からは吃音のように思われる。 始皇帝は韓非子と出会って以来、必死になって彼の思想を学んだが、唯一「王も法に服する」という点で納得しえない。しかしそれは韓非子もわかっていた。 なぜなら、韓非子自身が「矛盾」で説明したように、傑出した賢人君主は、法治体制と矛盾してしまうからだ。何ものにも縛られない王と、何者をも縛ろうとする法とは、相容れない(*21)。 その矛盾を解消する暇もなく、始皇帝は韓非子を禁足する。ただ始皇帝は、韓非子に害を加えるつもりはなく「臣下として仕えてくれ」とある程度の妥協を打診した。禁足したのも、尉繚子に本心を打ち明けてじっくり説得してもらうつもりであった。 しかし韓非子は、始皇帝に仕官するつもりはなかった。一度臣下になってしまえば、始皇帝に対して師父として睨みを利かせ、修正することはできない。それは理想家・韓非子としては、絶望である。 そう見切りを着けた彼は、折しもやってきた李斯が毒酒を持ってきたことを見抜くと「同門の好」でそれを飲み干し、さっさと世を去った。 始皇帝が韓非子に気位で負けるか、あるいは韓非子が節を曲げられれば、二人は共存できたかも知れない。しかし始皇帝と韓非子はどちらも、一流の大人物であった。それが、片方が世を去る事態を招いたのである。 始皇帝は哀しみ、ショックも受けたが、あまりにも偉大な相手とずっと顔を合わせておれば精神的に圧迫感を感じる結果になっただろうと、あきらめをつけた。 しかし続編『中華帝国史』では、韓非子の死から十数年を経た尉繚子が「黄石公」として再登場した際、韓非子の遺した弟子である張良の前に現れると「あれは贅沢だった」と述懐した。 なるほど、韓非子は己の理想を貫き通して人生を全うした。それは理想主義者としての完璧な人生と言える。 しかし、自分の理想を完璧に作り上げるつもりがないなら仕えてやらない、というのは傲慢であった。あえて臣下となる「屈辱」を我慢してでも、自分の理想を概ねという形ででも完成させることを優先するべきだった。そして、それを当時韓非子に教え諭すことができなかった自分が嘆かわしい、と続ける。 そして最終的に、張良には「理想の青写真を胸に秘め、そのために邁進しながらも、決して目立つことなく、相手に頭を下げられるように心せよ」と教えた。 数十年後、張良は劉邦の軍師となるが、蕭何や韓信、あるいはほかの諸将に対して目立つような態度を避け、劉邦にも絶妙な距離感を保ちつつ、封建制への回帰は避けるよう心がけ、最終的に「完全とは言いがたいが、概ね満足できる、韓非子・始皇帝流の中央集権国家」の完成を迎えて、満足して世を去った。 【余談】 故事成語 韓非子出典の故事成語というのも多い。 上述した「道理」「想像」「矛盾」などの他には「逆鱗」「守株」などが有名か。 孔子の扱いが悪い? 韓非子は全体的に儒教に対して批判的である。「儒者は文学によって法を乱し、侠客は剣を振るって禁を破る」などは典型的である。 一方で孔子を知者として肯定的に引用する場合も結構ある。「孔子の論は大間違いだ」と批判する場面もたくさんあるが。 まあ、上述したとおり管仲を肯定的に書く場合も否定的に書く場合もあるので、孔子がことさら批判の的にされているわけではない。 追記・修正は法に則ってお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 中華系の項目は良作が多いな -- 名無しさん (2023-05-24 01 11 19) 魯って孔子重用してみて失敗したりこの陽虎の件もあったりでまあアホだけど、晏嬰ですらディスってるから韓非子は徳治人治の限界を感じていたんだなと -- 名無しさん (2023-05-24 01 13 33) 韓非子ってめっちゃ難いから追記修正できる人がほとんど出なさそうw -- 名無しさん (2023-05-24 10 04 08) 中国史でも最重要人物だけど人そのものには詳しいサイト少ないよね -- 名無しさん (2023-05-24 10 52 06) ボリュームたっぷりながら内容が濃くて面白い。知ってるようで詳しいこと何にも知らなかったわ韓非子 -- 名無しさん (2023-05-24 19 51 24) 丁度キングダムで韓非子が出始めるからタイムリー -- 名無しさん (2023-05-24 20 39 47) 現在からみると少々重農に過ぎると見えるが、まぁ今のようには学問分野を実益に転換しにくい時代だった故仕方のない所であろう -- 名無しさん (2023-05-24 21 08 52) おお!孫子に次いで好きな書物。出来立てほやほやな記事ですな。ありがとうございます。 -- 名無しさん (2023-05-25 00 42 53) 「◇癩病患者が王を哀れむ」辺りの君主の悲惨っぷりにワロタ……いや泣くわこんなの。 -- 名無しさん (2023-05-25 23 33 26) 人は欲望あって行動する、と徳治は不可能はすごい納得 -- 名無しさん (2023-05-26 00 33 45) 韓非子の時代から700年近く後の南北朝時代の南朝宋でも『願後身世世勿復生天王家』なんて言葉が残ってるし乱世の君主が地獄なのは時代を経ても変わらなかったんやなって -- 名無しさん (2023-05-26 07 58 22) これを道徳の時間にやるべきなような -- 名無しさん (2023-05-26 18 54 19) 韓非子が現代の民主制を知ったらどのように評価するか気になる -- 名無しさん (2023-05-27 00 37 29) ↑↑日本は法律の規定は厳しいけど運用を緩くしてバランスを取るという韓非子がキレそうな国だから、そんなもの大々的には教えられないだろう -- 名無しさん (2023-06-05 20 26 51) 「まったく一緒です」の反対に、余計なアレンジをした妻を離縁した話もあったような -- 名無しさん (2023-06-05 22 26 06) 士農工商の部分の説明が古い学説のままだから修正したほうがいいかも -- 名無しさん (2023-10-16 20 29 15) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/sakura398/pages/251.html
<目次> ■1.はじめに ■2.法価値論、正義、法的安定性、衡平 ■3.狭義の正義・・・手続的/形式的/配分的正義 ■4.価値論一般 ■5.法の支配 ■6.ご意見、情報提供 ■1.はじめに 政治思想・政治哲学の根本的価値が「自由(freedom/liberty)」という言葉で表現されるように、 法思想・法哲学の根本的価値は「正義(justice)」という言葉で伝統的に表現されてきた。 ここでは「正義」概念に関して概括的整理を行うとともに、「法の支配」理念との関係について考察する。 ※サイズが合わない場合は こちら をクリック。 ※なお、「自由」概念に関しては下記参照。 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ■2.法価値論、正義、法的安定性、衡平 ※まず、法価値論、および、①正義、②法的安定性、③衡平、といった法価値を構成する基礎用語の説明。 ※なお、添付図では、法価値を構成する3つの要素のうち、【法的安定性】、【衡平】と区別された意味での【正義】を、「狭義の正義」と便宜的に呼び、これに対して、【法価値論】の用語説明にあるように、法価値論を一括して「正義論」と呼び習わす場合の「正義」を「広義の正義」と呼んでいる。 ほうかちろん【法価値論】legal axiology 日本語版ブリタニカ 法的な価値について考察する研究分野。法的な価値は正義という言葉で表現されることが多いから、正義論といってもよい。 古代ギリシア以来、法哲学の主要分野をなしてきたが、最近は、①規範的倫理学と、②分析的倫理学の区別に対応して、①規範的法価値論と②分析的法価値論(メタ法価値論)とが明確に区別されるようになった。 せいぎ【正義】 広辞苑 ① [荀子(正名)]正しいすじみち、人がふみ行うべき正しい道。「-を貫く」 ② [漢書(律暦志上)]正しい意義または注解。「尚書-」 ③ (justice) (ア) 社会全体の幸福を保障する秩序を実現し維持すること。プラトンは国家の各成員がそれぞれの責務を果たし、国家全体として調和があることを正義とし、アリストテレスは能力に応じた公平な分配を正義とした。近代では社会の成員の自由と平等が正義の観念の中心となり、自由主義的民主主義社会は各人の法的な平等を実現した。 これを単に形式的なものと見るマルキシズムは、真の正義は社会主義によって初めて実現されると主張するが、現在ではイデオロギーを超えた正義が模索されている。 (イ) 社会の正義に適った行為をなしうるような個人の徳性。 せいぎ【正義】justice 日本語版ブリタニカ 人間の社会的関係において実現されるべき究極的な価値。 ▽ 善(※注: agothos, bonum, good)と同義に用いられることもあるが、 (1) 善が、主として人間の個人的態度にかかわる道徳的な価値を指すのに対して、 (2) 正義は、人間の対他的関係の規律にかかわる法的な価値を指す。 ▽ 正義とは何か、という問題については、古来さまざまな解答が示されてきたが、一般的な価値ないし価値基準に関する見解と同様に 1 正義を客観的な実在と考える客観主義的・絶対主義的正義論と、 2 正義を主観的な確信と考える主観主義的・相対主義的正義論とに大別できよう。 法思想の領域では、だいたいにおいて、自然法論が 1 前者に、法実証主義が 2 後者に、属する。 ▽ 従来の正義論のうちでは、アリストテレスやキケロの見解が名高く、与えた影響も大きい。 (ア) アリストテレスは、道徳と区別される正義(特殊的正義)について、①配分的正義と、②交換的正義(平均的正義、調整的正義とも訳される)とを区別し、 ① 前者は、公民としての各人の価値・功績に応じて、名誉や財貨を配分することにおいて成立し、 ② 後者は、私人としての各人の相互交渉から生じる利害を平均・調整することにおいて成立する、とした。 (イ) キケロは、この①配分的正義と同様な内容を、「各人に彼のものを」という公式で表現した。 ほうてきあんていせい【法的安定性】Rechtssicherheit 日本語版ブリタニカ 法の支配ないしは法治主義の思想のもとにおける一種の法価値。法的安全、法的確実性ともいわれる。 ▽ この言葉は、 (1) 法による安定性、つまり、法による社会秩序維持がもたらす社会生活の安定、という価値と、 (2) 法の安定性、つまり、法それ自体の安定からもたらされる法価値、という2つの意味に用いられる。 (1)前者は、(2)後者を前提にして成り立ち、しかも、①平和、ないしは、②秩序、と同意義であるので、(2)後者の「法の安定性」が、固有の意味で法的安定性である。 ▽ (2)この安定性は、次の要求を満たすことによって確保される。 第一は、 法が実定法であること、 第二は、 その法の解釈・適用が客観的であること、 第三は、 その法の実効性があること。 ▽ 法的安定性は、また、法の目的でもあり、法が追求すべき正義・衡平などの高次の諸価値を達成するために、まず実現すべき卑近な第一次的な目的とされている。 こうへい【衡平】 equity 日本語版ブリタニカ 具体的事件に法を適用すると実際に不当・不公平な結果になるようなとき、それを是正する原理。 「法は善と衡平の術なり」ともいわれ、この原理から、 1 古代ローマ法では、 ①市民法に対する、②法務官法が、 2 イギリスでは、 ①コモン・ローに対する、②エクイティー(衡平法)が、生まれた。 ■3.狭義の正義・・・手続的/形式的/配分的正義 ※次に、手続的正義、形式的正義、(実質的正義の中の)配分的正義、をそれぞれ理解するための用語説明 デュー・プロセス・オブ・ロー【due process of law】 日本語版ブリタニカ 法によって定められた適正手続のこと。 (1) アメリカ合衆国憲法は、「法の適正手続によらなければ、①生命、②自由、または、③財産を奪われることはない」(修正5条)と規定している。 これは、マグナ・カルタ39条中の「自由人は、同輩によって構成された合法的な法廷および国法によるのでなければ、①逮捕、②監禁、③差押え、④法外放置、もしくは、⑤追放を受け、または、⑥その他の方法によって侵害されることはない」の規定に淵源をもつ、といわれている。 この修正5条は、個人の憲法上の権利を侵害する州の行為には適用できなかったので、1868年に、さらに修正14条が追加され、州の行為にも適正手続の拘束が及ぼされることになった。 1 デュー・プロセス・オブ・ローは、アメリカでも当初は文字通り手続的制限規定と解されていたが、 2 19世紀末頃より、実体的適性の意味にも解されるようになり、連邦最高裁判所は、その中に契約の自由などを読み込んで、社会経済立法の多くを違憲と判示した。 3 しかし、1937年を契機に、最高裁判所は判例を変更し、ニュー・ディール諸法を合憲とするに至り(⇒私有財産制)、以後、学説・判例において、実体的デュー・プロセスの考え方には消極的ないし警戒的態度が一般的となった。 4 もっとも、1960年代なかばから、とりわけ70年代以降、実体的デュー・プロセス論の復活の兆しが見受けられる。 (2) 日本では、日本国憲法は、「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その①生命若しくは②自由を奪はれ、又は③その他の刑罰を科せられない」(31条)と規定している。 この規定は、今日では、 1 「手続」とは、①純然たる手続のみならず、②実体要件までも含み、 2 「法律の定める」とは、①ただ形式的に「法定」の意味ではなく、②内容的にも適正なものでなければならないことを意味している、という理解が確立している。 かくじんにかれのものを【各人に彼のものを】 suum cuique 日本語版ブリタニカ 正義についてキケロが述べた言葉、「各人に彼のものを配分すること、それがまさに最高の正義である」suum cuique tribuere, ea demum summa justitia est や、ウルピアヌスの言葉を簡略化したもの。アリストテレスの配分的正義とともに、正義に関する簡潔・的確な表現として名高い。 しかし、正義が問題となる際に議論の的となる「何が彼のものであるか」について明らかにしていない点で、内容の空疎な公式に過ぎない、と批判されることもある。「何が彼のものであるか」を定めた既存の法秩序を前提してのみ機能する公式といえよう。 はいぶんてきせいぎ【配分的正義】 dianemetikon dikaion; justitia distributiva 日本語版ブリタニカ アリストテレスに由来し、トマス=アクィナスのラテン語への翻訳と注解によってスコラ学に定着した正義の分類の一つ。交換的 commutative 正義に対置する。すなわち、 1 ある共同体の権威者によって 2 ①利益と②負担とが 3 その共同体の各成員の業績や能力に比例して配分されること、を要求する正義。 今日の公法上の正義に近いが、業績や能力を評価する基準を何とするか、によって正義の内容も異なりうる。 ■4.価値論一般 ※次に、法価値論に限らず、価値論一般に関する用語説明 かちじょうちょせつ【価値情緒説】 emotive theory of value 日本語版ブリタニカ 価値判断は、判断主体の個人的な感情・情緒の表明に過ぎない、という説。 この立場からすると、 1 事実判断は、①対象が具備している実在的な性質を指摘するものであり、②その真偽が客観的に判定できるが、 2 価値判断は、①対象の実在的な性質を指摘しているわけではないので、②真理知を持たないことになる。 従って、 2 価値判断の問題は、科学的認識の領域外にあり、価値についての争いは、実践的にのみ解決されるもの、とされる。 価値情緒説という名称は、現代のイギリス・アメリカの価値論ないし倫理学で用いられ、A.エイアー、B.ラッセル、S.スティーブンソンらによって代表されるが、M.ウェーバー、G.ラートブルフ、H.ケルゼンらの価値相対主義も実質的にはこれに近い。 かちそうたいしゅぎ【価値相対主義】 value relativism 日本語版ブリタニカ 価値は各人の感情、意欲、信念に依存する相対的なものであるとする主張。 善、正義などの価値あるいは価値基準が客観的に実在し、認識されうるとする価値絶対主義ないし価値客観主義に対する。価値主観主義ともいう。 古代ギリシアのソフィスト以来さまざまな形態をとってきたが、近年では、M.ウェーバー、G.ラートブルフ、H.ケルゼンらが名高い。この近年の価値相対主義は存在と当為・価値を峻別する新カント主義的な方法二元論に主たる基礎をおくが、実質的には価値情緒説に接近する。なお、ラートブルフやケルゼンは、価値相対主義によって民主制を理論的に基礎づけている。 ■5.法の支配 ※最後に、「法の支配」の用語説明 ほう-の-しはい【法の支配】 (rule of law) 広辞苑 イギリスの法律家コークが、国王は神と法の下にあるべきである、として、ジェームズ1世の王権を抑制して以来、「人の支配」に対抗して認められるようになった近代の政治原理。コークのいう法は、イギリスの判例法で、立法権をも抑制する点で、法治主義とは異なるが、後に法治主義と同義に用いることもある。 ほうのしはい【法の支配】 rule of law 日本語版ブリタニカ 法至上主義的な思想、原則。 (1) どんな人でも、通常裁判所が適用する法律以外のものに支配されない、あるいは、 (2) 被治者のみでなく、統治者・統治諸機関も、法の支配に服さなければならぬ、とする、「法のもとにおける統治」の原理。 イギリスの伝統に根ざす思想であり、自然法思想にも淵源をもつ、法の権力に対する優位性の主張である。 A.ダイシーは、その著『憲法入門』(1885)のなかで、①議会主権と、②法の支配、がイギリスの2大法原理である、としたが、 1 ここから、人間とその自由を権力から守るイギリス型法治主義の原則が確立され、 2 アメリカにおいては、司法権優越の原理を生んだ。 20世紀に入り、経済・社会情勢の著しい変化につれ、伝統的な法支配の原則に対するいろいろな批判も起っている。 rule of law collins The rule of law refers to a situation in which the people in a society 1 obey its laws and 2 enable it to function properly. ※詳しくは 「法の支配(rule of law)」とは何か 参照。 ■6.ご意見、情報提供 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 以下は最新コメント表示 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
https://w.atwiki.jp/kbt16s/pages/14.html
<目次> ■1.はじめに ■2.法価値論、正義、法的安定性、衡平 ■3.狭義の正義・・・手続的/形式的/配分的正義 ■4.価値論一般 ■5.法の支配 ■6.ご意見、情報提供 ■1.はじめに 政治思想・政治哲学の根本的価値が「自由(freedom/liberty)」という言葉で表現されるように、 法思想・法哲学の根本的価値は「正義(justice)」という言葉で伝統的に表現されてきた。 ここでは「正義」概念に関して概括的整理を行うとともに、「法の支配」理念との関係について考察する。 ※サイズが合わない場合はこちらをクリック。 ※なお、「自由」概念に関しては下記参照。 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ■2.法価値論、正義、法的安定性、衡平 ※まず、法価値論、および、①正義、②法的安定性、③衡平、といった法価値を構成する基礎用語の説明。 ※なお、添付図では、法価値を構成する3つの要素のうち、【法的安定性】、【衡平】と区別された意味での【正義】を、「狭義の正義」と便宜的に呼び、これに対して、【法価値論】の用語説明にあるように、法価値論を一括して「正義論」と呼び習わす場合の「正義」を「広義の正義」と呼んでいる。 ほうかちろん【法価値論】legal axiology 日本語版ブリタニカ 法的な価値について考察する研究分野。法的な価値は正義という言葉で表現されることが多いから、正義論といってもよい。 古代ギリシア以来、法哲学の主要分野をなしてきたが、最近は、①規範的倫理学と、②分析的倫理学の区別に対応して、①規範的法価値論と②分析的法価値論(メタ法価値論)とが明確に区別されるようになった。 せいぎ【正義】 広辞苑 ① [荀子(正名)]正しいすじみち、人がふみ行うべき正しい道。「-を貫く」 ② [漢書(律暦志上)]正しい意義または注解。「尚書-」 ③ (justice) (ア) 社会全体の幸福を保障する秩序を実現し維持すること。プラトンは国家の各成員がそれぞれの責務を果たし、国家全体として調和があることを正義とし、アリストテレスは能力に応じた公平な分配を正義とした。近代では社会の成員の自由と平等が正義の観念の中心となり、自由主義的民主主義社会は各人の法的な平等を実現した。 これを単に形式的なものと見るマルキシズムは、真の正義は社会主義によって初めて実現されると主張するが、現在ではイデオロギーを超えた正義が模索されている。 (イ) 社会の正義に適った行為をなしうるような個人の徳性。 せいぎ【正義】justice 日本語版ブリタニカ 人間の社会的関係において実現されるべき究極的な価値。 ▽ 善(※注: agothos, bonum, good)と同義に用いられることもあるが、 (1) 善が、主として人間の個人的態度にかかわる道徳的な価値を指すのに対して、 (2) 正義は、人間の対他的関係の規律にかかわる法的な価値を指す。 ▽ 正義とは何か、という問題については、古来さまざまな解答が示されてきたが、一般的な価値ないし価値基準に関する見解と同様に 1 正義を客観的な実在と考える客観主義的・絶対主義的正義論と、 2 正義を主観的な確信と考える主観主義的・相対主義的正義論とに大別できよう。 法思想の領域では、だいたいにおいて、自然法論が 1 前者に、法実証主義が 2 後者に、属する。 ▽ 従来の正義論のうちでは、アリストテレスやキケロの見解が名高く、与えた影響も大きい。 (ア) アリストテレスは、道徳と区別される正義(特殊的正義)について、①配分的正義と、②交換的正義(平均的正義、調整的正義とも訳される)とを区別し、 ① 前者は、公民としての各人の価値・功績に応じて、名誉や財貨を配分することにおいて成立し、 ② 後者は、私人としての各人の相互交渉から生じる利害を平均・調整することにおいて成立する、とした。 (イ) キケロは、この①配分的正義と同様な内容を、「各人に彼のものを」という公式で表現した。 ほうてきあんていせい【法的安定性】Rechtssicherheit 日本語版ブリタニカ 法の支配ないしは法治主義の思想のもとにおける一種の法価値。法的安全、法的確実性ともいわれる。 ▽ この言葉は、 (1) 法による安定性、つまり、法による社会秩序維持がもたらす社会生活の安定、という価値と、 (2) 法の安定性、つまり、法それ自体の安定からもたらされる法価値、という2つの意味に用いられる。 (1)前者は、(2)後者を前提にして成り立ち、しかも、①平和、ないしは、②秩序、と同意義であるので、(2)後者の「法の安定性」が、固有の意味で法的安定性である。 ▽ (2)この安定性は、次の要求を満たすことによって確保される。 第一は、 法が実定法であること、 第二は、 その法の解釈・適用が客観的であること、 第三は、 その法の実効性があること。 ▽ 法的安定性は、また、法の目的でもあり、法が追求すべき正義・衡平などの高次の諸価値を達成するために、まず実現すべき卑近な第一次的な目的とされている。 こうへい【衡平】 equity 日本語版ブリタニカ 具体的事件に法を適用すると実際に不当・不公平な結果になるようなとき、それを是正する原理。 「法は善と衡平の術なり」ともいわれ、この原理から、 1 古代ローマ法では、 ①市民法に対する、②法務官法が、 2 イギリスでは、 ①コモン・ローに対する、②エクイティー(衡平法)が、生まれた。 ■3.狭義の正義・・・手続的/形式的/配分的正義 ※次に、手続的正義、形式的正義、(実質的正義の中の)配分的正義、をそれぞれ理解するための用語説明 デュー・プロセス・オブ・ロー【due process of law】 日本語版ブリタニカ 法によって定められた適正手続のこと。 (1) アメリカ合衆国憲法は、「法の適正手続によらなければ、①生命、②自由、または、③財産を奪われることはない」(修正5条)と規定している。 これは、マグナ・カルタ39条中の「自由人は、同輩によって構成された合法的な法廷および国法によるのでなければ、①逮捕、②監禁、③差押え、④法外放置、もしくは、⑤追放を受け、または、⑥その他の方法によって侵害されることはない」の規定に淵源をもつ、といわれている。 この修正5条は、個人の憲法上の権利を侵害する州の行為には適用できなかったので、1868年に、さらに修正14条が追加され、州の行為にも適正手続の拘束が及ぼされることになった。 1 デュー・プロセス・オブ・ローは、アメリカでも当初は文字通り手続的制限規定と解されていたが、 2 19世紀末頃より、実体的適性の意味にも解されるようになり、連邦最高裁判所は、その中に契約の自由などを読み込んで、社会経済立法の多くを違憲と判示した。 3 しかし、1937年を契機に、最高裁判所は判例を変更し、ニュー・ディール諸法を合憲とするに至り(⇒私有財産制)、以後、学説・判例において、実体的デュー・プロセスの考え方には消極的ないし警戒的態度が一般的となった。 4 もっとも、1960年代なかばから、とりわけ70年代以降、実体的デュー・プロセス論の復活の兆しが見受けられる。 (2) 日本では、日本国憲法は、「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その①生命若しくは②自由を奪はれ、又は③その他の刑罰を科せられない」(31条)と規定している。 この規定は、今日では、 1 「手続」とは、①純然たる手続のみならず、②実体要件までも含み、 2 「法律の定める」とは、①ただ形式的に「法定」の意味ではなく、②内容的にも適正なものでなければならないことを意味している、という理解が確立している。 かくじんにかれのものを【各人に彼のものを】 suum cuique 日本語版ブリタニカ 正義についてキケロが述べた言葉、「各人に彼のものを配分すること、それがまさに最高の正義である」suum cuique tribuere, ea demum summa justitia est や、ウルピアヌスの言葉を簡略化したもの。アリストテレスの配分的正義とともに、正義に関する簡潔・的確な表現として名高い。 しかし、正義が問題となる際に議論の的となる「何が彼のものであるか」について明らかにしていない点で、内容の空疎な公式に過ぎない、と批判されることもある。「何が彼のものであるか」を定めた既存の法秩序を前提してのみ機能する公式といえよう。 はいぶんてきせいぎ【配分的正義】 dianemetikon dikaion; justitia distributiva 日本語版ブリタニカ アリストテレスに由来し、トマス=アクィナスのラテン語への翻訳と注解によってスコラ学に定着した正義の分類の一つ。交換的 commutative 正義に対置する。すなわち、 1 ある共同体の権威者によって 2 ①利益と②負担とが 3 その共同体の各成員の業績や能力に比例して配分されること、を要求する正義。 今日の公法上の正義に近いが、業績や能力を評価する基準を何とするか、によって正義の内容も異なりうる。 ■4.価値論一般 ※次に、法価値論に限らず、価値論一般に関する用語説明 かちじょうちょせつ【価値情緒説】 emotive theory of value 日本語版ブリタニカ 価値判断は、判断主体の個人的な感情・情緒の表明に過ぎない、という説。 この立場からすると、 1 事実判断は、①対象が具備している実在的な性質を指摘するものであり、②その真偽が客観的に判定できるが、 2 価値判断は、①対象の実在的な性質を指摘しているわけではないので、②真理知を持たないことになる。 従って、 2 価値判断の問題は、科学的認識の領域外にあり、価値についての争いは、実践的にのみ解決されるもの、とされる。 価値情緒説という名称は、現代のイギリス・アメリカの価値論ないし倫理学で用いられ、A.エイアー、B.ラッセル、S.スティーブンソンらによって代表されるが、M.ウェーバー、G.ラートブルフ、H.ケルゼンらの価値相対主義も実質的にはこれに近い。 かちそうたいしゅぎ【価値相対主義】 value relativism 日本語版ブリタニカ 価値は各人の感情、意欲、信念に依存する相対的なものであるとする主張。 善、正義などの価値あるいは価値基準が客観的に実在し、認識されうるとする価値絶対主義ないし価値客観主義に対する。価値主観主義ともいう。 古代ギリシアのソフィスト以来さまざまな形態をとってきたが、近年では、M.ウェーバー、G.ラートブルフ、H.ケルゼンらが名高い。この近年の価値相対主義は存在と当為・価値を峻別する新カント主義的な方法二元論に主たる基礎をおくが、実質的には価値情緒説に接近する。なお、ラートブルフやケルゼンは、価値相対主義によって民主制を理論的に基礎づけている。 ■5.法の支配 ※最後に、「法の支配」の用語説明 ほう-の-しはい【法の支配】 (rule of law) 広辞苑 イギリスの法律家コークが、国王は神と法の下にあるべきである、として、ジェームズ1世の王権を抑制して以来、「人の支配」に対抗して認められるようになった近代の政治原理。コークのいう法は、イギリスの判例法で、立法権をも抑制する点で、法治主義とは異なるが、後に法治主義と同義に用いることもある。 ほうのしはい【法の支配】 rule of law 日本語版ブリタニカ 法至上主義的な思想、原則。 (1) どんな人でも、通常裁判所が適用する法律以外のものに支配されない、あるいは、 (2) 被治者のみでなく、統治者・統治諸機関も、法の支配に服さなければならぬ、とする、「法のもとにおける統治」の原理。 イギリスの伝統に根ざす思想であり、自然法思想にも淵源をもつ、法の権力に対する優位性の主張である。 A.ダイシーは、その著『憲法入門』(1885)のなかで、①議会主権と、②法の支配、がイギリスの2大法原理である、としたが、 1 ここから、人間とその自由を権力から守るイギリス型法治主義の原則が確立され、 2 アメリカにおいては、司法権優越の原理を生んだ。 20世紀に入り、経済・社会情勢の著しい変化につれ、伝統的な法支配の原則に対するいろいろな批判も起っている。 rule of law collins The rule of law refers to a situation in which the people in a society 1 obey its laws and 2 enable it to function properly. ※詳しくは 「法の支配(rule of law)」とは何か 参照。 ■6.ご意見、情報提供 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 以下は最新コメント表示 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
https://w.atwiki.jp/studykorea/pages/205.html
トップページ>韓国>東方学志 『東方学志』140、2007.12 洪承賢「『史記』「楽書」『漢書』「礼楽志」を通じて見た漢代制楽の実状:司馬遷と班固の制楽観についての分析を兼ねて」 池培善「淄淸節度使李師道について:元和13年(818)から滅亡まで」 具萬玉「「天象列次分野之図」研究の争点についての検討と提言」 金伯哲「朝鮮後期粛宗代『受教輯録』編纂とその性格:体裁分析を中心に」 백승철「聾菴柳寿垣の商業観と商業振興論」 김영희「朝鮮博覧会と植民地近代」 洪性讃「解放後「帰属国内法人」の運営と清算:海東興業(旧 不二興業)の事例を中心に」 이윤석「『南原古詞』註釈の諸問題」 한영균「『標準国語大辞典』の辞典的性格について」 백민정「伊藤仁斎と丁若鏞の忠恕論比較」 『東方学志』139、2007.9 特集:韓国近代医学の誕生と国家 여인석「韓国医学の近代性研究のための試論」 이현숙「高麗時代官僚制下の医療と民間医療」 김성수「朝鮮後期医薬政策の性格」 박윤재「大韓帝国と統監府の医学体系構想と展開」 여인석「韓国近代宣教医療機関の形成と性格」 辛圭煥「国家衛生医療体制と国家医療の形成:19世紀末20世紀初韓国と中国の経験」 呉鎮錫「1898-1904年漢城電気会社の設立と経営変動」 임채성「軍派遣団の大韓石炭公社支援と石炭産業の復興(1954.12-1957.8)」 박진한「日本近世都市史研究の展開と課題」 楊雨蕾「李廷亀の詩文を通じて見た明代中韓文化交流」 엄연석「『荀子』における自然と規範の分離と統合」 『東方学志』138、2007.6 최종석「朝鮮初期「邑城」用語出現の背景と邑城の類型」 朴平植「朝鮮前記の魚物流通と魚箭私占」 禹大亨「日帝下低利農事資金の放出と農村の両極化」 방기중「1940年前後朝鮮総督府の「新体制」認識と兵站基地強化政策:総督府経済支配システムの特質と関連して」 민후기「中国古代の「勢」「聖」論の変化と専制君主論の形成」 辛圭煥「衛生の概念史:清末民国期中西医の衛生論」 강순애「延世大所蔵の初槧本『月印釈譜』巻13・巻14に関する研究:その底本経典と構成を中心に」 구지현「筆談を通じて見た韓日文士交流の展開様相:赤間関を中心に」 李相益「朱子と陳亮の王覇論争についての再検討」 『東方学志』137、2007.3 特集:淵民学をどう見るべきか 許捲洙「淵民李家源先生が書いた箴銘類作品についての小考」 이현식「『燕巌小説研究』の先行研究影響に関する考察」 허경진「『実学研究之資』の資料的価値」 論文 洪性讃「1920年代の農村貯蓄組合研究:全南宝城郡得粮面「松谷貯蓄組合」の運営事例」 安龍植、오연수、오승은、원구환、송혜경「朝鮮総督府下日本人官僚研究」 金容天「『石渠礼論」の分析と前漢礼治理念」 沈載勲「相争する古代史叙述と代案の模索:『詩経』「韓奕」篇再読」 윤승준「韓中寓言の動物象徴」 황종연「韓国近代小説に現れた新羅:玄鎮健の『無影塔』と李光洙の『元暁大師』を中心に」 『東方学志』136、2006.12 李仁在「扶餘・高句麗の食邑制:三国志東夷伝を中心に」 김양수、안상우「朝鮮後期医官家門の活動:李顕養ら安山李氏家系を中心に」 李旭「19世紀ソウルの米穀流通構造と米暴騰」 玄光昊「大韓帝国の対ロシア政策:大韓帝国樹立と義和団事件時期を中心に」 오경후「日帝下禅学院の設立と重興の背景」 朴賢「1920年代後半金融制度準備調査委員会の設立と活動:「金融組合令」「銀行令」改正議論を中心に」 池培善「淄青節度使李師道について:元和13年4月以前を中心に」 김종섭「唐代文人旅行の意味と境界認識」 이승수「柳夢寅の燕行体験と中国認識」 백민정「心性論を中心に見た丁若鏞とマテオ・リッチの関係」 Daniel Bouchez「『九雲夢』の題目について」 『東方学志』135、2006.9 윤경진「高麗前期道の多元的編成と五道の成立」 윤훈표「高麗時代名誉と羞耻心の社会的背景と基準:支配層の官職と私生活を中心に」 金容欽「丙子胡乱期の主和・斥和論争」 洪性讃「日帝下思想犯保護団体「昭道会」の設立と活動」 조창록「鶴山徐浩修と『熱河紀遊』:18世紀西学史の水準と志向」 이민희「「女容国伝」研究」 구장률「新小説出現の歴史的背景:李人稙と「血の雨」を中心に」 이경훈「韓国近代文学の形成と金東仁:『創造』を中心に」 양태근「消極的民権論と積極的民権論を通じて見た梁啓超自由主義思想と道徳主義」 『東方学志』134、2006.6 김선민「高句麗建国神話についての広開土王陵碑と中国正史の比較研究」 이정훈「高麗前期中枢院の設置と職掌の変化」 이익주「高麗末鄭道伝の政治勢力形成過程研究」 朴平植「朝鮮前期京商の商業活動」 金範「朝鮮王朝実録に現れた「勲旧」の用例とその分析」 尹晶「粛宗代太祖諡号の追上と政界の認識:朝鮮創業と威化島回軍についての再評価」 朴現圭「千秋使行時期許筠の文献関連活動」 전인초「関羽の人物造形と関帝信仰の朝鮮伝来」 조남호「『東医宝鑑』の理論的構図とその性格:理論内的な特性理論外的な特性を中心に」 『東方学志』133、2006.3 박종기「朝鮮初期部曲の規模と存在形態」 金勲埴「寒暄堂金宏弼についての朝鮮時代の評価とその意味」 金永植「朝鮮後期の地転説再検討」 洪性讃「韓末日帝初ソウル鍾路商人の日常活動:布木商金泰煕家の事例を中心に」 정용화「1920年代初啓蒙談論の特性:文明・文化・個人を中心に」 김동노「日本帝国主義の朝鮮支配の独特性」 閔厚基「『漢書注』成立に及ぼした家学の性格と影響:顔之推の『顔氏家訓』分析を中心に」 許璧「『三国史記』の第一・第二人称代名詞研究」 우미영「近代旅行の意味変異と植民地/帝国の自己構成論理:妙香山紀行文を中心に」 張東宇「王権と礼治についての『周礼』の問題意識」 『東方学志』132、2005.12 하일식「新羅王室直轄地の初期形態について:菁堤碑丙辰銘の精密判読と分析」 정호훈「『国史』叙述体系の中の朝鮮時期思想界:第7次教育課程の高等学校国史教科書の内容分析」 이승렬「日帝下中枢院改革問題と総督政治」 王元周「近代中国人の韓国認識:経路と特徴」 이향철「日本の高等教育改革の潮流と国立大学の法人化」 신연우「時調とソウル祠祭歌(굿 노랫가락)の関係」 김현주「金允植社会葬事件の政治文化的意味:「社会」と「世論」をめぐる修辞的闘争を中心に」 김병민、최일「中国の東北淪陷区文学とその研究についての考察:光復前中国朝鮮文学研究の新しい視角のために」 이경훈「青春の機会、文学のテクノロジー」 『東方学志』131、2005.9 도현철「高麗末尹紹宗の現実認識と政治活動」 최종석「朝鮮初期城隍祠の立地と治所」 金明洙「朝鮮総督府の金融統制政策とその制度的基礎の形成:1931年朝鮮信託業令の制定を中心に」 禹大亨「日帝下萬頃江流域水利組合研究」 이준식「日帝強占期群山における有力者集団の推移と活動」 박진한「享保・寛政の改革期江戸幕府の倹約政策」 구지현「『癸未随槎録』についての検討:作家と使行録としての意味を中心に」 이상익「艮斎田愚の理気相互主宰論と性師心弟説」 김진영「朝鮮王朝使節団の1896年ロシア旅行とオクシデンタリズム:ソウルーペテルブルグ旅行記研究Ⅰ」 『東方学志』130、2005.6 特集:洪以燮の韓国史研究 金度亨「洪以燮の現実認識と歴史研究」 문중양「洪以燮の科学史研究を超えて」 정호훈「洪以燮の実学研究」 김성보「洪以燮の韓国近現代史認識」 論文 최원규「日帝時期日本人地主の土地拡大と所有変動の推移:全北沃溝郡瑞穂面の事例」 朴賛勝「解放以後洪城地方の政治社会的動向と地域エリート」 朴今海「満州事変後日帝の在満朝鮮人教育政策研究」 안장리「人文学的事由を元にしたジャンル変形の物書き:鄭寅普の『唐陵君遺事徴』」 궘명아「女子スパイ団の神話と「良い日本人」となる事:皇民化と国民防諜イデオロギーの相関性を中心に」 『東方学志』129、2005.3 特集:高麗時代韓国人のメンタリティ復元研究:同心円的暮らしの範疇と多様な心性 이혜옥「高麗時代の家と家意識」 윤훈표「高麗時代官僚・軍組織における規律と服従」 김인호「高麗官人社会の宴と祝祭」 장은경「高麗時代の国家、地域次元の祭儀と個人的信仰」 박경안「高麗前期多元的国際関係と国家・文化の帰属感」 論文 鄭在貞「歴史的観点から見た南北韓鉄道連結の国際的性格」 백연태「『東人詩話』に見える中国詩話変容の妙味と意味」 정선희「朝鮮後期文人の金聖嘆評批本についての読書談論研究」 『東方学志』128、2004 李景植「高麗前期の勧農と田柴科」 오영섭「韓末義兵運動の勃発と展開に及ぼした高宗皇帝の役割」 최윤오「大韓帝国期忠州郡量案の地主制と富農経営」 박현「韓末・日帝下韓一銀行の設立と経営」 趙成山「17世紀ソウル・京畿地域西人の心学研究傾向とその性格」 허경진「韓国における李白の詩が諺解された背景について」 『東方学志』127、2004 옥성득「初期韓国改新教と祭祀問題」 方基中「日帝下李勲求の韓国土地制度史論」 辛珠柏「日本右翼歴史教科書の教師用指導書に現れた歴史認識:アジア・太平洋戦争観、人間観、未来観を中心に」 신연우「李滉と当代士林の農村詩の様相と意義」 이승수「朝鮮後期燕行体験と古土認識:東八站を中心に」 김영민「近代啓蒙期キリスト教新聞と韓国近代叙事文学:『朝鮮クリスト人会報』と『クリスト新聞』を中心に」 김영우「丁若鏞と毛奇齡の易学思想の比較研究」 서대원「玄学の時間的範囲に関して」 『東方学志』126、2004 이인재「法泉里古墳群を通じてみた三国時代原州と馬韓・百済との関係」 윤경진「高麗前期界首官の運営体系と機能」 金範「朝鮮成宗~中宗代議政府・六曹・三司主要官職の人事異動状況とその意味」 이승일「1910~1920年代朝鮮総督府の法制政策:朝鮮民事令第11条「慣習」の成文化を中心に」 박석순「告知札と牓示を通じてみた古代日本の文書行政と民」 이옥순「植民地韓国のインド認識Ⅰ」 권향숙「朱熹仁説の「内在ー拡張」構造と実践問題」 朴元熇「日訳『通俗漂海録』と諺解本『표해록』の書誌学的考察」 『東方学志』125、2004 李鎮漢「高麗時代土地制度の変化と郷吏」 이원택「17世紀尹鑴の権力構図改変論:「公孤職掌図説」の三公三孤制を中心に」 조흥윤「初期改新教宣教師の韓国シャーマニズム理解:宣教人類学の観点から」 허수「1920年代前半李敦化の改造思想受容と「人性主義」」 김성보「地方事例を通じてみた解放後北韓社会の葛藤と変動:平安北道宣川郡」 차혜원「18世紀清朝の言論統制と官僚社会:諺官謝済世事件の意味」 박양신「江戸時代の「新聞」とその近代的変容:庶民世界の媒体を中心に」 고형진「方言の詩的受容と美学的機能:永郎と白石と木月の詩を中心に」 林東錫「『四書集註』反切音研究:諺解音との対比を中心に」 『東方学志』124、2004 特集Ⅰ:中世韓国人の心性復元のための基礎研究 박경안「日常的暮らしに投影された経済意識」 이혜옥「女性の自我実現と意識世界」 윤훈표「法と規範、慣行に対する意識」 오일순「社会集団間の差別意識と身分観念」 特集Ⅱ:朝鮮の建国と「経国大典体制」の形成 도현철「朝鮮の建国と儒教文化の拡大」 具萬玉「朝鮮王朝の執権体制と科学技術政策:朝鮮前期天文易算学の整備過程を中心に」 김용흠「朝鮮前期勲旧・士林の葛藤とその政治思想的含意」 特集Ⅲ:開港前後韓国伝統社会の変動と近代化の模索 정호훈「朝鮮後期実学の展開と改革論」 金度亨「開港前後実学の変容と近代改革論」 오영섭「開港後万国公法認識の推移」 김동노「韓末の国家改革運動と資源動員」 이승렬「韓末銀行家集団の形成と光武政権:大韓天一銀行の主導勢力を中心に」 特集Ⅳ:日帝ファシズム期朝鮮支配政策とイデオロギー 전상숙「日帝軍部ファシズム体制と「植民地ファシズム」」 金京美「「皇民化」教育政策と学校教育:1940年代初等教育「国史」教課を中心に」 이준식「日帝ファシズム期宣伝映画と戦争動員イデオロギー」 권명아「「大東亜共栄」の理念と家族国家主義:総動員体制下の「南方」認識の変化を中心に」 이경란「総動員体制下農村統制と農民生活:邑の社会関係網を中心に」 이종민「戦時下愛国班組織と都市の日常統制:京城府を中心に」 『東方学志』123、2004 강은경「『高麗史』刑法志公牒相通式に現れた地方統治構造」 고윤수「光海君代朝鮮の遼東政策と朝鮮軍捕虜」 박현모「勢道政治期朝鮮知識人のアイデンティティ危機:黄嗣永帛書を中心に」 王賢鍾「大韓帝国期地契衙門の江原道量田事業と官契発給」 오미일「1908~1919年平壌磁器製造株式会社の設立と経営」 이윤갑「日帝下慶尚北道地域の新幹会支会運動」 김철신「「合同異」としての恵施哲学読解の一方式」 이현식「燕巌朴趾源文学の中の伯夷イメージ研究」 『東方学志』122、2003 特集:17世紀朝鮮と西洋の遭遇 具萬玉「16-17世紀朝鮮知識人の西洋理解と世界観の変化」 지명숙「ハメル一行の勧告滞留、適応及び理解」 Leonard Blusse「出会いと発見:極東アジアにおけるオランダ東インド会社の活動」 論文 河日植「新羅統一期の貴族私領と郡県制:関門城築城時の力役編成事例分析」 池培善「高句麗遺民李正己の孫、李師古の足跡」 박종진「高麗時期按察使の機能と位相」 洪性讃「韓末・日帝下の地主制研究:ソウル鍾路布木商店寿南商会の農地投資事例」 이임하「1950年代女性教育における性差別と良妻賢母イデオロギー」 임성래「坊刻本の登場と伝統物語方式の変化:「南原古詞」と経板35張本「春香伝」を中心に」 『東方学志』121、2003 尹薫杓「経済六典の編纂と主導層の変化」 문중양「18世紀末天文暦算専門家の科学活動と談論の歴史的性格:徐洪修と李家煥を中心に」 呉鎮錫「1910-20年代京城電気(株)の設立と経営変動」 박성규「朱子の祭祀論:鬼神問題を中心に」 아강엽「「札什倫布」連作研究」 金長煥、朴在淵「延世大所蔵本『太平広記』巻之二について」 裵京漢「中国亡命時期(1910-1925)朴殷植の言論活動と中国認識:『香江雑誌』『国是報』『四民報』の分析」 1-20 21-40 41-60 61-80 81-100 101-120 121-140 141-160 161-180
https://w.atwiki.jp/kolia/pages/1705.html
改行ズレ/画像ヌケ等で読み辛い場合は、ミラーWIKI または図解WIKI をご利用ください <目次> ■1.はじめに ■2.法価値論、正義、法的安定性、衡平 ■3.狭義の正義・・・手続的/形式的/配分的正義 ■4.価値論一般 ■5.法の支配 ■6.ご意見、情報提供 ■1.はじめに 政治思想・政治哲学の根本的価値が「自由(freedom/liberty)」という言葉で表現されるように、 法思想・法哲学の根本的価値は「正義(justice)」という言葉で伝統的に表現されてきた。 ここでは「正義」概念に関して概括的整理を行うとともに、「法の支配」理念との関係について考察する。 ※サイズが合わない場合はこちら をクリック。 ※なお、「自由」概念に関しては下記参照。 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ■2.法価値論、正義、法的安定性、衡平 ※まず、法価値論、および、①正義、②法的安定性、③衡平、といった法価値を構成する基礎用語の説明。 ※なお、添付図では、法価値を構成する3つの要素のうち、【法的安定性】、【衡平】と区別された意味での【正義】を、「狭義の正義」と便宜的に呼び、これに対して、【法価値論】の用語説明にあるように、法価値論を一括して「正義論」と呼び習わす場合の「正義」を「広義の正義」と呼んでいる。 ほうかちろん【法価値論】legal axiology 日本語版ブリタニカ 法的な価値について考察する研究分野。法的な価値は正義という言葉で表現されることが多いから、正義論といってもよい。 古代ギリシア以来、法哲学の主要分野をなしてきたが、最近は、①規範的倫理学と、②分析的倫理学の区別に対応して、①規範的法価値論と②分析的法価値論(メタ法価値論)とが明確に区別されるようになった。 せいぎ【正義】 広辞苑 ① [荀子(正名)]正しいすじみち、人がふみ行うべき正しい道。「-を貫く」 ② [漢書(律暦志上)]正しい意義または注解。「尚書-」 ③ (justice) (ア) 社会全体の幸福を保障する秩序を実現し維持すること。プラトンは国家の各成員がそれぞれの責務を果たし、国家全体として調和があることを正義とし、アリストテレスは能力に応じた公平な分配を正義とした。近代では社会の成員の自由と平等が正義の観念の中心となり、自由主義的民主主義社会は各人の法的な平等を実現した。 これを単に形式的なものと見るマルキシズムは、真の正義は社会主義によって初めて実現されると主張するが、現在ではイデオロギーを超えた正義が模索されている。 (イ) 社会の正義に適った行為をなしうるような個人の徳性。 せいぎ【正義】justice 日本語版ブリタニカ 人間の社会的関係において実現されるべき究極的な価値。 ▽ 善(※注: agothos, bonum, good)と同義に用いられることもあるが、 (1) 善が、主として人間の個人的態度にかかわる道徳的な価値を指すのに対して、 (2) 正義は、人間の対他的関係の規律にかかわる法的な価値を指す。 ▽ 正義とは何か、という問題については、古来さまざまな解答が示されてきたが、一般的な価値ないし価値基準に関する見解と同様に 1 正義を客観的な実在と考える客観主義的・絶対主義的正義論と、 2 正義を主観的な確信と考える主観主義的・相対主義的正義論とに大別できよう。 法思想の領域では、だいたいにおいて、自然法論が 1 前者に、法実証主義が 2 後者に、属する。 ▽ 従来の正義論のうちでは、アリストテレスやキケロの見解が名高く、与えた影響も大きい。 (ア) アリストテレスは、道徳と区別される正義(特殊的正義)について、①配分的正義と、②交換的正義(平均的正義、調整的正義とも訳される)とを区別し、 ① 前者は、公民としての各人の価値・功績に応じて、名誉や財貨を配分することにおいて成立し、 ② 後者は、私人としての各人の相互交渉から生じる利害を平均・調整することにおいて成立する、とした。 (イ) キケロは、この①配分的正義と同様な内容を、「各人に彼のものを」という公式で表現した。 ほうてきあんていせい【法的安定性】Rechtssicherheit 日本語版ブリタニカ 法の支配ないしは法治主義の思想のもとにおける一種の法価値。法的安全、法的確実性ともいわれる。 ▽ この言葉は、 (1) 法による安定性、つまり、法による社会秩序維持がもたらす社会生活の安定、という価値と、 (2) 法の安定性、つまり、法それ自体の安定からもたらされる法価値、という2つの意味に用いられる。 (1)前者は、(2)後者を前提にして成り立ち、しかも、①平和、ないしは、②秩序、と同意義であるので、(2)後者の「法の安定性」が、固有の意味で法的安定性である。 ▽ (2)この安定性は、次の要求を満たすことによって確保される。 第一は、 法が実定法であること、 第二は、 その法の解釈・適用が客観的であること、 第三は、 その法の実効性があること。 ▽ 法的安定性は、また、法の目的でもあり、法が追求すべき正義・衡平などの高次の諸価値を達成するために、まず実現すべき卑近な第一次的な目的とされている。 こうへい【衡平】 equity 日本語版ブリタニカ 具体的事件に法を適用すると実際に不当・不公平な結果になるようなとき、それを是正する原理。 「法は善と衡平の術なり」ともいわれ、この原理から、 1 古代ローマ法では、 ①市民法に対する、②法務官法が、 2 イギリスでは、 ①コモン・ローに対する、②エクイティー(衡平法)が、生まれた。 ■3.狭義の正義・・・手続的/形式的/配分的正義 ※次に、手続的正義、形式的正義、(実質的正義の中の)配分的正義、をそれぞれ理解するための用語説明 デュー・プロセス・オブ・ロー【due process of law】 日本語版ブリタニカ 法によって定められた適正手続のこと。 (1) アメリカ合衆国憲法は、「法の適正手続によらなければ、①生命、②自由、または、③財産を奪われることはない」(修正5条)と規定している。 これは、マグナ・カルタ39条中の「自由人は、同輩によって構成された合法的な法廷および国法によるのでなければ、①逮捕、②監禁、③差押え、④法外放置、もしくは、⑤追放を受け、または、⑥その他の方法によって侵害されることはない」の規定に淵源をもつ、といわれている。 この修正5条は、個人の憲法上の権利を侵害する州の行為には適用できなかったので、1868年に、さらに修正14条が追加され、州の行為にも適正手続の拘束が及ぼされることになった。 1 デュー・プロセス・オブ・ローは、アメリカでも当初は文字通り手続的制限規定と解されていたが、 2 19世紀末頃より、実体的適性の意味にも解されるようになり、連邦最高裁判所は、その中に契約の自由などを読み込んで、社会経済立法の多くを違憲と判示した。 3 しかし、1937年を契機に、最高裁判所は判例を変更し、ニュー・ディール諸法を合憲とするに至り(⇒私有財産制)、以後、学説・判例において、実体的デュー・プロセスの考え方には消極的ないし警戒的態度が一般的となった。 4 もっとも、1960年代なかばから、とりわけ70年代以降、実体的デュー・プロセス論の復活の兆しが見受けられる。 (2) 日本では、日本国憲法は、「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その①生命若しくは②自由を奪はれ、又は③その他の刑罰を科せられない」(31条)と規定している。 この規定は、今日では、 1 「手続」とは、①純然たる手続のみならず、②実体要件までも含み、 2 「法律の定める」とは、①ただ形式的に「法定」の意味ではなく、②内容的にも適正なものでなければならないことを意味している、という理解が確立している。 かくじんにかれのものを【各人に彼のものを】 suum cuique 日本語版ブリタニカ 正義についてキケロが述べた言葉、「各人に彼のものを配分すること、それがまさに最高の正義である」suum cuique tribuere, ea demum summa justitia est や、ウルピアヌスの言葉を簡略化したもの。アリストテレスの配分的正義とともに、正義に関する簡潔・的確な表現として名高い。 しかし、正義が問題となる際に議論の的となる「何が彼のものであるか」について明らかにしていない点で、内容の空疎な公式に過ぎない、と批判されることもある。「何が彼のものであるか」を定めた既存の法秩序を前提してのみ機能する公式といえよう。 はいぶんてきせいぎ【配分的正義】 dianemetikon dikaion; justitia distributiva 日本語版ブリタニカ アリストテレスに由来し、トマス=アクィナスのラテン語への翻訳と注解によってスコラ学に定着した正義の分類の一つ。交換的 commutative 正義に対置する。すなわち、 1 ある共同体の権威者によって 2 ①利益と②負担とが 3 その共同体の各成員の業績や能力に比例して配分されること、を要求する正義。 今日の公法上の正義に近いが、業績や能力を評価する基準を何とするか、によって正義の内容も異なりうる。 ■4.価値論一般 ※次に、法価値論に限らず、価値論一般に関する用語説明 かちじょうちょせつ【価値情緒説】 emotive theory of value 日本語版ブリタニカ 価値判断は、判断主体の個人的な感情・情緒の表明に過ぎない、という説。 この立場からすると、 1 事実判断は、①対象が具備している実在的な性質を指摘するものであり、②その真偽が客観的に判定できるが、 2 価値判断は、①対象の実在的な性質を指摘しているわけではないので、②真理知を持たないことになる。 従って、 2 価値判断の問題は、科学的認識の領域外にあり、価値についての争いは、実践的にのみ解決されるもの、とされる。 価値情緒説という名称は、現代のイギリス・アメリカの価値論ないし倫理学で用いられ、A.エイアー、B.ラッセル、S.スティーブンソンらによって代表されるが、M.ウェーバー、G.ラートブルフ、H.ケルゼンらの価値相対主義も実質的にはこれに近い。 かちそうたいしゅぎ【価値相対主義】 value relativism 日本語版ブリタニカ 価値は各人の感情、意欲、信念に依存する相対的なものであるとする主張。 善、正義などの価値あるいは価値基準が客観的に実在し、認識されうるとする価値絶対主義ないし価値客観主義に対する。価値主観主義ともいう。 古代ギリシアのソフィスト以来さまざまな形態をとってきたが、近年では、M.ウェーバー、G.ラートブルフ、H.ケルゼンらが名高い。この近年の価値相対主義は存在と当為・価値を峻別する新カント主義的な方法二元論に主たる基礎をおくが、実質的には価値情緒説に接近する。なお、ラートブルフやケルゼンは、価値相対主義によって民主制を理論的に基礎づけている。 ■5.法の支配 ※最後に、「法の支配」の用語説明 ほう-の-しはい【法の支配】 (rule of law) 広辞苑 イギリスの法律家コークが、国王は神と法の下にあるべきである、として、ジェームズ1世の王権を抑制して以来、「人の支配」に対抗して認められるようになった近代の政治原理。コークのいう法は、イギリスの判例法で、立法権をも抑制する点で、法治主義とは異なるが、後に法治主義と同義に用いることもある。 ほうのしはい【法の支配】 rule of law 日本語版ブリタニカ 法至上主義的な思想、原則。 (1) どんな人でも、通常裁判所が適用する法律以外のものに支配されない、あるいは、 (2) 被治者のみでなく、統治者・統治諸機関も、法の支配に服さなければならぬ、とする、「法のもとにおける統治」の原理。 イギリスの伝統に根ざす思想であり、自然法思想にも淵源をもつ、法の権力に対する優位性の主張である。 A.ダイシーは、その著『憲法入門』(1885)のなかで、①議会主権と、②法の支配、がイギリスの2大法原理である、としたが、 1 ここから、人間とその自由を権力から守るイギリス型法治主義の原則が確立され、 2 アメリカにおいては、司法権優越の原理を生んだ。 20世紀に入り、経済・社会情勢の著しい変化につれ、伝統的な法支配の原則に対するいろいろな批判も起っている。 rule of law collins The rule of law refers to a situation in which the people in a society 1 obey its laws and 2 enable it to function properly. ※詳しくは 「法の支配(rule of law)」とは何か 参照。 ■6.ご意見、情報提供 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 以下は最新コメント表示 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ