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第261話 決戦への道標 1485年(1945年)11月28日 午前3時 ヒーレリ領クィネル アメリカ北大陸派遣軍第2軍集団司令部では、深夜3時にもかかわらず、司令部要員の怒号や指示を仰ぐ声、新たな情報を入手し、それを読み上げる声が ひっきりなしに響いていた。 「第42軍司令部より続報です!第78軍団は目下応戦中なるも、敵石甲部隊並びに、快速部隊の猛攻を受け損害続出、戦線の維持は極めて困難なり!」 「第79軍団には機甲師団がいただろう?それを回す事はできんのか?」 第2軍集団司令官であるドニー・ブローニング大将は、机に広げられた作戦地図を指さしながら、参謀長のコンスタンティン・ロコソフスキー中将に聞く。 「第79軍団も敵の猛攻を受けておりますので、第78軍団に増援を回す余裕は無いかと。」 ロコソフスキーは指示棒の先で第78、79軍団を記す駒を叩いた。 「両軍団は現在、推定でも1個軍相当の敵部隊の攻撃を受けています。このまま現地で防戦しても、あたらに犠牲を増やす上に、戦線の薄い所を突破されて 1個軍丸ごと包囲殲滅される危険があります。ここは、第42軍に遅滞戦闘を命じながら、敵の突破力を削ぎ落とさねばなりません。」 「参謀長の言う通りだが……しかし、何故シホールアンル軍は、いきなり攻勢に打って出たのだろうか。第42軍と対峙している敵部隊は、情報によれば歩兵師団で 構成された防御主体の部隊だった筈だ。」 「いつの間にか、防御主体の編制から、攻撃主体の編制に変わった、と言う事もあり得ると思います。」 作戦参謀のアレックス・ロー大佐が発言する。 「第42軍司令部からの報告では、敵の攻撃部隊は、強化型キリラルブスと、兵員輸送型キリラルブス……こちらでいう、ハーフトラック装備の機甲歩兵部隊を 主体とした、諸兵科連合部隊が主力となっていたとあります。それが第78、79軍団の各前線部隊の前に現れておりますから、敵はひそかに、歩兵師団から 石甲師団主体の部隊に入れ替え、我が方の主力が敵本土国境で戦っている隙を衝いてきたのでしょう。」 「これはまた、痛い時に来られた物だが……しかし、第42軍も防衛態勢を整えていた筈だ。それが、なぜあっさりと防衛線を破られそうになっているのだ?」 「もう少し、情報を集めない限りは、的確な判断が出来ませんが……推測は出来ます。」 ブローニングの疑問に、ロコソフスキーが答える。 「シホールアンル軍は、先のヒーレリ戦で、装甲と砲力を強化した発展型キリラルブスを投入しています。このキリラルブスは、シャーマン戦車の砲撃を正面から受けても 弾くほど頑丈であり、主砲は1600メートル先からシャーマン戦車の正面装甲を打ち抜き、パーシングでも300メートルの近距離ならば、やはり貫通が可能です。 現在、第42軍所属の戦車部隊の中に、パーシングを装備しているのは、第79軍団の第37機甲師団のみで、数も1個大隊、36両のみです。大半はM4シャーマンか M3、M24軽戦車。その他に、M10駆逐戦車が多少混じっているだけです。」 「歩兵師団にも、一応は1個戦車大隊が配備されているが……相手は連隊単位でキリラルブスを投入しているから、どうしても数では不利になる。となると、敵は十分な 石甲戦力を活用して、歩兵部隊主体の戦線を突破できる……と言う事か。」 「ですが、この他にも疑問は残ります。」 ロコソフスキーは説明を続ける。 「今回の敵の攻勢ですが……敵が単に、部隊を入れ替えただけにしては余りにも数が多く、かつ、手際が良い。」 「……それはどういう事かね?」 「私の推測ですが……敵は、第42軍に対して、温存していた精鋭部隊を当てているのではないでしょうか。」 「精鋭部隊だと……どうして敵が精鋭部隊だと言えるのかね?」 「閣下。これまでの報告で、第7軍を初めとする本土侵攻部隊は幾度となく、敵石甲部隊と戦火を交えておりますが、報告を見る限り、敵は石甲部隊に、今では時代遅れに なった短砲身型のキリラルブスを多数配備していようなのです。無論、長砲身キリラルブスもかなりいると思われ、少ないながらも、装甲強化型のキリラルブスとも、 いくつか交戦記録が残っています。ですが、敵は我々の進軍停止から、4カ月近くもの猶予期間を与えられていないがら、西部国境地帯の重要拠点を守る部隊には、 装甲強化型のキリラルブスを多く配置せず、“旧式”の短砲身型キリラルブスばかりを配備していた……私は最初、航空隊の戦略爆撃のせいで、新型キリラルブスの量産が 間に合わず、数が余っている旧型キリラルブスを穴埋めとして配置したのかと思っていました。」 「……ですが、参謀長閣下は、実際はそうではないとおっしゃられるのですか?」 ロー大佐の問いに、ロコソフスキーは頷く。 「あくまでも、推測に過ぎん。もう少し時間と、情報を入手しなければ、まだはっきりとした事はわからんが。」 「第42軍の報告を待つしかないな……」 ブローニングは渋面を浮かべながら呟いた。 「それに、敵の狙いも気になる。参謀長、君は、シホールアンル側がどこに向かうと思う?」 「………考えられる行動としては、まず、敵の侵攻部隊が西南方向に進撃し、西部方面にいる連合軍部隊と侵攻部隊本隊を分断する可能性が挙げられます。」 ロコソフスキーは、オスヴァルス方面からリーシウィルム方面にかけて、指示棒の先でなぞる。 「これをやられた場合、我が方は3個軍を包囲される恐れがあります。ですが、我々としてはむしろ、好都合と言えるでしょう。」 彼はそう言いながら、リーシウィルム東方にある5つの駒の周りを棒の先でなぞる。 「リーシウィルム東方には、戦略予備として温存している部隊がおります。シホールアンル軍が近付いてきたのならば、この戦略予備部隊を総動員して迎撃します。 この辺りは平野部と言う事もありますので、軍の一部に側面を衝かせて、ある程度の敵部隊を包囲殲滅する事も可能でしょう。」 「まさに、飛んで火に居る夏の虫ですな。」 ロー大佐がしたり顔でそう言い放った。 「……そうなればいいが、この場合、敵が得られるメリットは少ない。」 「と、言いますと?」 「まず、第1に……例え分断が成功したとしても、国境を攻撃中の第5、6、7、30軍とカレアント第13軍には、何ら影響を与えられぬままそのまま敵国本土の 奥深くに攻め入っていく。そして、第2に、待機していた予備軍に叩かれ続けられ、包囲成功は一時的な物にしかならず、逆に、敵は我が方に包囲殲滅される危険が ある。まぁ、これは敵が戦略予備軍の存在を知らないことを前提にした物だから、あまり当てにはならんが……それから、第3の懸念として、敵が今では敵国領同然 ともいえる、ヒーレリ領を長距離にわたって行軍する事にある。」 ロコソフスキーは棒の先で、ヒーレリ領全体を撫で回す。 「ヒーレリ領の国民は、ほぼ全てが南部付近に避難しており、少し前までは首都であったオスヴァルスや、カイトロスク等の大都市はおろか、周囲の寒村ですら人は 全くいない。そんな中、占領地から延々と500キロ以上も行軍して、補給線を維持できると思うかね?」 「難しいかと思われます。」 兵站参謀のルイス・クリントン中佐が発言する。 「特に、冬季においては、補給量の維持は、全軍がほぼ自動車化された我が軍でさえ難事です。補給に馬車を多用しているシホールアンル軍では、補給量を維持するどころか、 線を確保できる事すら難しいでしょう。」 「それでもやるかもしれんが……閣下、私としては、敵がリーシウィルム方面、または、西部方面軍の分断を図るのは現実的ではないと推測します。」 「では……敵はどのように打って出るかね?」 ロコソフスキーの言葉に反応したブローニングは、更なる質問を飛ばす。 「こうなるかと………」 ロコソフスキーは、指示棒の先を、第42軍が布陣している辺りから、カイトロスク南方まで動かした。 「移動距離は、約300キロと、決して短くはありませんが……それでも、要塞線でミスリアル第1軍と睨み合っている部隊からの支援が期待できる上に、本命の本土侵攻部隊の 大半が国境沿いに前のめりになるような形で前進している今、リーシウィルム行きよりはかなりやり易い物になるかと思われます。」 「何たることだ……」 ブローニングの顔色が更に暗くなった。 「最も、これも推測に過ぎませんが……ただ、こちらのように動くのが現実的ではあります。幸か不幸か……この進み方は、先のリーシウィルム侵攻を予測した物とは異なり、 我が戦略予備軍を避けるような形となっております。」 「我々にとっては、不幸以外の何物でもないな。」 ロコソフスキーの説明を聞いたブローニングが吐き捨てるように言う。 「戦略予備軍がすぐに敵へ向かえないばかりか、敵に向かおうとしている最中に、カイトロスクに踏み込まれ、そこにある物資集積所を抑えられる可能性がある。それも、高確率で。」 「閣下、敵反撃部隊の規模に関しての情報は今の所、正確にはわかりませんが……」 ロコソフキーは指示棒で南下しつつあるシホールアンル軍の駒をつつきながら、自らの胸の内に浮かんだ言葉を口から吐き出していく。 「装備の整った1個軍が圧倒的に不利な状況に陥っている事を考える限り……敵は少なくとも、2個軍ないし、3個軍以上の戦力をぶつけて来たものと考えられます。」 「3個軍………」 彼の言葉を聞いたロー大佐が驚きとも取れる呟きを発する。 「仮に、敵が2個軍だけとしても、この2個軍は相当な練度と、優秀な装備を有している可能性が極めて高いでしょう。これでは、我が軍が“現状”のまま出撃し、敵の進出を食い止めようと しても、航空支援が無い限り、容易に返り討ちにされるだけです。」 「参謀長閣下の言われる通りです。」 クリントン中佐が頷きながら言う。 「戦略予備軍として待機している第15軍と第29軍は、元々はシホールアンル西部国境の前線に投入される前提で待機していたため、燃料は豊富ですが、弾薬に関しては完全にカイトロスク集積所の 物を頼りにしています。一応、この2個軍は一定量の弾薬は有していますが、それも3日戦える分しかありません。満足に戦えるようにするには、4日間程待機し、カイトロスクとは別の物資集積所を作り、 そこに弾薬類を運ばなければいけません。」 「だが、それまでにカイトロスクが占領されてしまえば、前線で戦っている我が連合軍地上部隊はたちまち、燃料、弾薬の補給を受けられなくなる。そうなれば、敵の逆襲を受けて危険な状態に 陥りかねない!ここは、弾薬の備蓄量には目を瞑り、第15軍と第29軍が総出で反撃に出れば、敵の攻勢はなんとか食い止められるのではないか?」 作戦参謀のロー大佐が、慎重策を唱えようとするクリントン中佐に強い口調で問いかける。 「交戦開始から3日間で敵を撃退できる保証はありますか?作戦参謀、貴方も合衆国軍人ならば、兵站の大切さがよく分かっている筈ですぞ。いくら強力な軍勢を敵侵攻軍の前に部隊を配置しても、 弾が無ければ敵に蹴散らされるだけです!ここは、戦略予備軍の補給体制が確立してから、敵に対する反撃を行うべきです!」 「第42軍は敵と防戦中で、カイトロスクへ後退しようにもできない状態にある。カイトロスクに弾薬がたんまりとあるのなら、第15軍と第29軍をすぐに急行させれば良い。敵がカイトロスクへ 来るのならば、そこで迎撃すればいいだろう。」 「しかし、カイトロスクへ向かう街道は、この一連の悪天候のために大部隊での通行が難しい状態にあります。現在、工兵隊が24時間体制で交通状態の確保に当たっておりますが、降雪は数日前よりも 多く、今では吹雪同然です。こんな状況で軍規模の部隊を一気に送る事は、不可能ではありませんが難しい事に変わりありません。」 「だがな、兵站参謀……敵が第42軍を圧倒している以上、いつ戦線崩壊が起きてもおかしくはない。そうなれば、敵は一気にシホールアンル領侵攻部隊の背後に回り込んでしまう。そうならん内に 戦略予備軍を送るべきだ。例え、事故が起きてもだ!」 「いえ、私は反対です!事故が起きれば事態は尚更酷くなります!」 ロー大佐は睨み付けながらクリントン中佐に言うが、クリントン中佐も負けじとばかりに反対する。 「カイトロスク周辺に進出できる道路の数は、工兵隊が急造した物も含めて4本しかありません!そのうち、2本は積雪で通行不能になっており、後の2本は、工兵隊の努力のおかげで辛うじて通行状態が 可能な程度に維持出来ているだけであり、大軍が移動するには些か不向きな状況です。そこで無理に行軍を行い、事故でも起こそうものならば、進撃路を阻まれた戦略予備軍は、カイトロスクへ向かわぬまま 道路の真ん中で立ち往生してしまいます。そうなれば、カイトロスクへの増援はおろか、敵の側面を衝く事も難しくなります。」 「だが、こうしている間にも、敵は着実に前進を続けている。ここは多少の無理を承知で行動を超こすべきだ!」 「……何度も申し上げますが!」 「2人とも熱くなるな。」 互いに譲らぬ議論が、横から入った声によって中断された。 「君達は、敵がカイトロスクへ侵攻すると頭から決めてかかっているようだが、連中が私の予想通りに進撃するとは限らん。それに、戦闘はまだ始まったばかりだぞ。」 ロコソフスキーが言うと、クリントンとローは済まなさそうに一礼してから口を閉じた。 「司令官。彼らはああ言っておりますが…やはり、、もうしばらく様子を見たほうが良いと考えます。」 「様子を見るだと?第42軍が押しまくられているこの状況でか?」 その提案を受けたブローニングが眉をひそめる。 「状況が余りにも不明瞭すぎます。確かに、敵がカイトロスク方面を向かう可能性は少なくありませんが、同時に、リーシウィルムに向かうとも限りません。軍事的な観点から言えば、 後者はあり得ないかもしれませんが……相手はシホールアンル軍です。我々の常識で考えてはいけません。」 「しかし参謀長閣下!戦略予備軍は前線部隊の危急を救うために編成されております!戦場は想定した物とは異なりますが、今を置いて、行動する時は無いと愚考いたしますが……」 「ああ、それこそ愚考に過ぎんぞ。」 ロコソフスキーはあっさりと言い放った。 「作戦参謀。貴官は軍司令部の作戦立案を担当する身だ。作戦を考えるからには、常に冷静にならなければいかんはずだが、君は今、第42軍担当区域の戦線崩壊……ひいては、カイトロスクの侵攻に 伴う様々な悪影響を恐れるあまり、知らず知らずの内に感情的になっている。少し、頭を冷やせ。」 「!!」 ロー大佐はその言葉を受けるや、目を見開いた。 ロコソフスキーはしばしの間、ロー大佐の顔を見つめ続けた。 「………失礼いたしました。参謀長閣下の言われる通り、些か慌てておりました。」 「それで良い。常に、冷静になれ。」 ロコソフスキーは軽く頷きながら言うと、顔をブローニングに向けた。 「司令官。第42軍からもう少し情報を集めましょう。今は1にも2にも、情報が必要です。」 「君の言う通りだな。」 ブローニングは深く頷いたが、その顔は相変わらず、苦悩に満ちていた。 「それにしても、敵がどこへ向かっているのかがわからんと、こっちもどうすれば良いか分からん物だな。リーシウィルムに行くのか………それとも、カイトロスクへ回るのか……」 「カイトロスクへ行かないとなると、後方ががら空きのままになりますな。せめて……カイトロスクへの出入り口となるクヴェキンベヌには有力な部隊を配置したい所です。」 クリントン中佐がそう言いながら、右手の一指し指でカイトロスクから北方6キロにある地名をなぞった。 「クヴェンキンベヌはカイトロスクへ続く唯一の道が繋がっているからな。カイトロスク周辺は思ったよりも悪路が続いていて、攻撃側はここを抑えん限りカイトロスクに簡単に 行けなくなる。行くとすれば、クヴェンキンベヌを大きく西に迂回してからになるが……迂回路は150キロ以上もの長い細道だ。」 ブローニングが地図に指をさしながら説明する。 「実質的に、クヴェンキンベヌを制する者がカイトロスクを制すると言っても過言ではない。」 「となりますと……早急に部隊を送りたい所ですな。クヴェンキンベヌには憲兵しかおりませんし。」 クリントンがそう言いつつ、目で部隊を送れる余裕がある軍を探す。 「第42軍は例外だな。あそこから軍を引き抜こうものならば、即戦線崩壊だ。」 ロー大佐が左手を振りながらクリントンに言う。 「戦略予備軍も、道路の都合上……即座に動けない。送るとしても、敵の侵攻までに2個師団遅れれば上出来でしょうな。」 「その2個師団をどこに配備するかによって、迎撃作戦の様相が異なってくる。また、どの部隊を送るかでも状況は変わって来るぞ。」 ロー大佐の言葉に、クリントン中佐はしばし考えてから答える。 「機甲師団は……突破戦に必要な上に、防御には些か不向きです。となれば、歩兵師団が最適でしょうな。我が軍の歩兵師団は、実質的に自動車化師団のような物ですから、トラックや ハーフトラック等で迅速に運ぶことが出来ます。」 「完全充足の2個師団を派遣か……しかし、2個師団だけで足りるのかね?」 ロコソフスキーがすかさず質問する。 「2個師団の内、1個師団はクヴェンキンベヌに置く必要がある。となると、残り1個師団はカイトロスクに置くしかない。」 「……この2個師団は自然と、敵に包囲される事になりますな。」 ロー大佐が唸りながら言う。 「そうだ。しかも、敵は何倍もの兵力を動員しているだろう。特に、クヴェンキンベヌの部隊は弾薬、食料の補給が切れた状態での戦いを余儀なくされる。そこに力押しで来られれば…… 結果は自ずと見えて来る。」 「そもそも、戦略予備軍は敵機動集団の反撃を側面から衝き、敵の攻勢を頓挫させることを目的として編成されております。そのためには、多くの兵力を必要とします。その戦略予備軍から 部隊を抽出するのは、反撃開始時に兵力不足と言う問題を抱える事になりはしませんか?」 「言われてみれば……」 ブローニングの顔がより険しくなる。 「レースベルン軍とグレンキア軍はどうでしょうか?」 「第23軍と第12軍の事かね?この部隊も、第41軍と第44軍の機動予備として展開している部隊だ。前線の逆侵攻に備えるためには、ここから動かす事は難しいが……」 「閣下、全部隊を引き抜くのではありません。せめて3個師団程を抽出すればよいのです。」 戦力の抽出を躊躇うブローニングに対して、ロー大佐が促すように言う。 「待って下さい。同盟軍部隊は我が軍と違って、兵站の面においてはいささか不安があります。それに加えて、レースベルン軍とグレンキア軍の部隊は練度に置いても不安が否めない点もあり、 攻撃には使えるでしょうが、数十個師団の敵に包囲されるような極限状況に耐えられるとは、彼らには悪いですが……私はとても思えませんな。」 クリントン中佐がロー大佐の案に異を唱えた。 「では……すぐに動けそうな部隊は第18空挺軍しか無さそうだな。」 ロコソフスキーは、地図上のとある駒に視線を向けた。 第18空挺軍は、2日前に前線から後方のオスヴァルスに休養のため移動していた。 「確かに。第18空挺軍は練度も高いですからな。」 「……作戦参謀。カイトロスクとクヴェンキンベヌを守るとしたら、どれぐらいの兵力が必要になるかね?」 ブローニングがすかさず問い質す。 「最低でも3個師団は欲しい所です。」 「3個師団か……」 「第18空挺軍は第10空挺軍団と第11空挺軍団で成っていますが、練度の最も高い第10軍団は2個師団と1個旅団と、少々足りませんな。」 「もう1つの第11空挺軍団は2個師団か……転用するとなると、第10軍団の方が適しているようだが、最後の部隊は旅団規模だからな。せめて、あと1個師団欲しい所だ。」 ブローニングはそう言いながら、地図上に置かれた友軍部隊の駒を眺め回した。 「第18空挺軍から戦力を転用するにしても、カイトロスクへ向かう街道を確保し続けなければなりません。第42軍の状況からして、敵の攻勢に長期間耐えられる事はほぼ不可能です。」 「作戦参謀、そうなると……戦力の転用は即座に行わなければならんが。」 ブローニングがロー大佐に言う。 「無い物ねだりしても始まらない。ここは、第10空挺軍団を早急に送り、クヴェンキンベヌとカイトロスクを確保する事を決めたいと思うが……諸君、どうかね?」 ブローニングは、幕僚達を見まわしながらそう問いかけた。 「作戦参謀、何かあるかね?」 ロコソフキーが、ロー大佐に顔を向けて聞く。 「……現状では、それ以外に方法は無いかと思われます。」 「小官もその案でよろしいかと思います。第10空挺軍団は前線に近い所に布陣して居た事もあり、弾薬も相当量保持しておりますから、防御主体で行くのならば、軽く1週間…… 長ければ2週間は耐えられるでしょう。最も、敵が予想以上に強ければ、この予想は外れるかもしれませんが。」 「閣下、私も異存はありません。」 ロコソフスキーが一段と張りのある声音でブローニングに言った。 「決まりだな。」 ブローニングは深く頷くと、命令を伝え始めた。 「では、第10空挺軍団にカイトロスク・クヴェンキンベヌへの移動を命じよう。それから、第42軍には極力、遅滞戦闘を行いつつ、最低3日はカイトロスク-オスヴァルス間を結ぶ街道の 確保を命じよ。ここを取られれば、敵の反撃は成功したも同然になる。」 「……しかし閣下。第42軍は現在、必死の防戦に当たっている最中です。ウェリントン街道(カイトロスク-オスヴァルス間を結ぶ街道の綽名である)を確保し続ける余裕は無い物と思われますが。」 「だが、やらねばならん。敵も無茶をしてきているんだ。ならば……こっちも無茶をせんといかん。第42軍の将兵には申し訳ないが……ここは踏ん張ってもらうしかないだろう。」 午前4時 ヒーレリ領クィネル しばしの間休憩を取るため、ロー大佐と共に作戦室から退出したロコソフスキーは、淹れたてのコーヒーが入った紙コップを片手に休憩室まで足を運んだ。 「4時ですか……どうも、時間の流れが曖昧な感じがしますな。」 「曖昧と感じるだけ幸せだろう。」 ロコソフキーはコーヒーを啜ってからロー大佐に言う。 「第42軍の将兵達は、苦しい状況の中で戦っている。恐らく、彼らは一秒でも早く、この大苦戦から逃れたいと思っているだろう。彼らの中で流れる1分間は、俺達が今感じている1分間とは 全く異なる物となっている筈だ。」 「……その彼らに、自分らは酷な命令を下してしまいましたな。」 ロー大佐は浮かぬ口調でロコソフスキーにそう告げる。 「今は戦争をしているんだ。どこかの部隊が死力を尽くして戦わん限りは、勝利は望めない物だ。指揮官たるもの、時には心を鬼にする事も必要だよ。」 「……何はともあれ、やるべき事は決まりましたな。」 「ああ。第42軍には、何としてでも街道を守り切って貰いたい。航空支援があれば、ここまで苦労する事もなかったのだが……この際、やむを得ん。」 「勝つためには仕方ない事……なのでしょうね。」 ロー大佐の吐いた言葉に、ロコソフスキーは2度頷いた。 「………作戦参謀。第42軍を襲っている部隊だが…もしかして……」 急に、ロコソフスキーの語調が変わり始めた。 「参謀長。何か思い当たる事でも?」 「いや、これは今しがた思い立った事なんだが……今後の情報で、第42軍を襲っていた部隊が、今まで温存されていた敵地上軍の主力部隊だとしたら、第42軍の苦戦もわかるが…… これは同時に、連中に致命的な損害を負わせられる機会が俺達に巡って来たともいえるかもしれん。」 「致命的な損害ですと?参謀長閣下、唐突にそのような事をおっしゃられても……」 「馬鹿者。よく考えてみろ。」 ロコソフスキーは胸ポケットから手帳を取り出し、ペンで簡単な地図を書き始めた。 「合衆国軍はこのように……東に向かって進んでいるが、敵はその背後を衝くような形で第42軍を襲った。第42軍が目下苦戦中なのは周知の通りだが……この伏兵集団が、 シホールアンルにとって切り札とも言うべき装甲集団であったならば……そして、こいつらを包囲殲滅できれば、あとはどうなると思う?」 「………戦線の維持は不可能になり、前線はより奥へ押し込まれていきますな。」 「そうだ。そして、その果てにあるのは敵の本国……ウェルバンルだ。」 「なるほど……つまり、参謀長閣下は、温存していた敵精鋭部隊がのこのこ出張ってきたかもしれないと思われるのですな。となりますと……我が軍の現有戦力で、この敵精鋭部隊を 果たして包囲できるのでしょうか。」 「……今は真冬という事もあるし、戦略予備軍の準備が整い、反撃を行っても……敵の狙いは潰せるかもしれんが、敵を包囲殲滅できるかと言われれば、難しいかもしれん。」 ロコソフスキーは渋面を浮かべ、ペン先で紙面を叩きながら言う。 「さっきも話した通り、まずは1にも2にも情報が必要になるが、第42軍の苦戦ぶりからして敵がかなり強いという事は容易に想像できる。ここで判断するのは早すぎるかもしれないが、 私としては、この敵が敵主力であると考えている。だから、この敵主力を叩き潰すのは、並大抵の事ではない。では……どうするべきか。」 「動員可能兵力は、第15軍と第29軍の10個師団です。総兵力は17万程になります。歩兵師団は自動車化されており、機甲師団も4師団配備されていますから強力な布陣と言えますが…… 例の伏兵集団は2個軍ないし、3個軍で攻め立てている事も考えられますから……攻撃しても一進一退の攻防を繰り返すだけですな。」 「ほかに使えそうな部隊は無いかね?」 ロコソフスキーの問いに、ロー大佐はしばらく考え込んだ。 「……第5水陸両用軍団はどうでしょうか?」 「第3海兵師団と第5海兵師団か。」 「ええ。この2個師団は強襲上陸専用師団となっていますが、第3海兵師団は陸軍の機甲師団並みに機械化されている上、第5海兵師団も師団直属の戦車大隊を有しており、駐屯地には迅速に 移動できるようにトラックも配備されています。実質的に、1個機械化歩兵師団と1個自動車化師団があるのと同じ状況ですな。」 「ほほう……どうにかこの2個海兵師団を使えない物かな。」 「そうなると、太平洋艦隊司令部と海兵隊司令部に話を通さないといけなくなります。あと、第5水陸両軍団の直属司令部である第5海兵遠征軍司令部にも話を付ける必要があるかと。」 「司令官は確か、ホーランド・スミス将軍だったか……私は会った事ないが、相当気性が荒いと聞いているぞ。話を持ち掛けたら何か文句を言ってこんかね?」 ロコソフスキーは不安気な口調でロー大佐に聞く。 「文句を言われても別に構わんでしょう。ここが勝負所だと説得すれば、スミス将軍も理解してくれる筈です。」 「確かにな……あと、他に使えそうな部隊は無いかな。」 「合衆国軍の中では……この2個海兵師団以外は難しそうです。となりますと、同盟軍の部隊に動いてもらうしかないでしょう。」 「同盟軍か……すぐに確認を取らねばならんな。」 ロコソフスキーはそう言ってから、慌ただしく手帳をポケットの中に戻し、席から立ち上がろうとした。 ふと……彼の頭の中に何かが閃いた。 「………出来るだろうか。」 「と、申しますと?」 「ん?」 ロコソフスキーは、急に声をかけて来たロー大佐を見て怪訝な顔つきを浮かべたが、それはロー大佐も同じであった。 「今、参謀長閣下は出来るだろうかとおっしゃってましたが……やはり、反撃を行うのは難しい事でしょうか。」 「ああ、いや、そうではないんだ。」 「……では、何か別の事を考えていたのですか?」 「別の事、とは言えんな。」 ロコソフスキーは苦笑した。それを見たロー大佐は更に首を傾げた。 「作戦参謀。第15軍と第29軍の各師団が保有している野砲や自走砲、ロケット砲の総数を調べたいんだが、これは兵站参謀にでも聞いた方がいいかな。」 「それがよろしいかと。しかし、なぜ野砲とロケット砲の数を調べるのでしょうか?」 「ああ……少しばかり古巣にいた時の事を思い出してね。」 ロコソフスキーは、どこか懐かしむような口調でロー大佐に言った。 「参謀長。それに作戦参謀もここにいらしたんですか。」 休憩室の入って来た通信参謀が、2人を見るなり頓狂な声を上げた。 「やぁ通信参謀。君も一服しに来たのかね?」 「ええ。すいませんが、お邪魔します。」 通信参謀はそそくさと室内に入ると、胸ポケットから煙草を取り出して火をつけようとした。 「そう言えば……先ほど司令部に、太平洋艦隊司令部から通信がありました。」 「ほう。何と言ってきたんだ?」 ロー大佐がすかさず問い質す。 「第5艦隊は予定通り、目的地に向けて出港するとの事です。」 「予定通りか。海軍さんも動き出したか。」 ロー大佐が何気ない口調で言葉を吐き出す。 「海軍は昨年の復讐をとばかりに、シェルフィクルを攻撃するようですが……上手く行くといいですね。」 「上手くいって貰わんと困るさ。でなきゃ、負担が減らない。特に前線の兵士はな。」 ロコソフスキーの軽いジョークが室内に響き、2人の幕僚は微かに微笑んだ。 11月28日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル リリスティ・モルクンレル大将は、この日の8時に総司令部に出勤した。 執務室に入る前に、彼女は背後から誰かに呼び止められた。 「おはようございます。次官。」 「おはよう、情報参謀。」 リリスティは何気ない口調でそう返しながら、後ろに体を向ける。 総司令部情報参謀を務めるヴィルリエ・フレギル大佐が、右手に1枚の紙片を持ちながら歩み寄ろうとしていた。 「出勤早々で申し訳ありません。報告したい事がありますが。」 「ちょっと待って、中でやりましょう。」 リリスティはドアの向こう側に右手の親指を向けながら、執務室に入っていく。 ヴィルリエもそれに続き、入るなりドアを閉めた。 「それで、報告とは?」 「ん。これかな。」 ヴィルリエはキセルをくわえながら、リリスティに紙片を手渡した。 彼女はその紙片に書かれている文を読み、短いため息を吐いた。 「リーシウィルムのアメリカ機動部隊が、遂に動き出したか……」 「報告は第4機動艦隊にも行っている。今頃は敵艦隊襲来に備えるため、出港準備を整えている頃だろうね。」 「今度の海戦は、第4機動艦隊にとって最も厳しい物になるかもしれない………それでも、出撃を命じなければいけないとは。」 「まぁ、相手の面子がねぇ……」 リリスティが浮かぬ顔で呟き、ヴィルリエも半ば諦めたような口調で言う。 「でも、集められるだけの戦力は集めた。必要な場合は、リリィにも交渉してもらったし、あの地方の戦力は、現状の帝国の戦力でいうと破格と言ってもいいよ。」 「あとは、戦いに臨む戦士達の奮闘を祈るだけか……待つだけというのが、後方勤務者の辛い所ね。」 「そうかな?別に辛いとは思わないけど。」 ヴィルリエは特に感情のこもらぬ口調で答えた。 「まぁ、リリィは少し前まで前線勤務だったからね。そう思うのも仕方ないかな。」 「どうもね……落ち着かなくなる。」 リリスティはため息を吐きながら、ヴィルリエに言う。 「竜母は、揃えられる限りは揃えられた。正規竜母の数は少ないけれど、それでも大小18隻。艦隊航空戦力は900以上……これに陸上基地のワイバーン、飛空艇、計540ほどが加わる。 昨年の戦いと比べて、それに近い数の航空戦力を揃えられたのは、今の帝国の状況から行ってまさに奇跡と言っていい。」 「でも、昨年と違ってあちらさんの数も多い。空母も最低、20隻は下らないし、質も大幅に上がっている。どっちにしろ……多くの血が流れるのは避けられないね。」 「ヴィル……一応、私たちはやるべき事は全てやり尽した。あとは、ムクの率いる艦隊が勝つ事を祈るしかない……」 リリスティは、語調に悲壮な響きを含ませながら言う。 「戦神よ……そして、これまでの戦いで散っていった英霊よ……どうか、第4機動艦隊にご加護を………」 「リリィ……」 ヴィルリエは、両目を紡ぎながら祈りの言葉を告げるリリスティを見るなり、口から出かけた言葉を飲み込んだ。 (リリィ……豪放磊落と言ってもいい性格の持ち主の貴方が、こうまでするなんて……それほど、貴方も精神的な余裕を無くしているのね) ヴィルリエはそう思いながら、リリスティの後姿を見つめる。 いつもは大きく見えたその姿も、この時ばかりは異様に小さく見えていた。 同日 午前8時20分 リーシウィルム 「出港用意!」 第5艦隊旗艦である戦艦ミズーリの艦橋内に、艦長の号令が響く。 この号令に反応した艦首の水兵達が手早く動き回る。 程無くして、艦首部から垂らしていた錨が駆動音と共に艦首に巻き上げられていく。 第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将は、雪の降りしきる中、防寒着を身に着けた状態で環境の張り出し通路に出ていた。 「見事なまでに大雪だな。ここから1キロしか離れていないリーシウィルム港が霞んでいるぞ。」 「衝突事故を落とさぬか心配ですな。外海に出れば、気象も少しはマシになるのですが。」 航空参謀のホレスト・モルトン大佐の言葉に、フレッチャーは首を振りながら答える。 「事故対策は取ってあるから、何とかなるだろう。」 フレッチャーは左舷側に顔を向けた。 ミズーリから800メートルほど離れた海域を、複数の影がゆっくりと過ぎ去っていく。 その中の1つは一際大きい。 形からしてエセックス級空母のようである。その空母が、一定の間隔を置いて点滅を繰り返している。 「第2任務群のレンジャーが出港していきます!」 見張り員は、その空母から発せられる発光信号を読み取り、すかさず艦橋に報告する。 第2任務群の出港は程無く終わった。 第5艦隊は、この日の早朝より、主力部隊である第58任務部隊が出港を開始していた。 最初に出港したのはTG58.3であり、その次にTG58.2が続いた。 TG58.2の出港が終わると、ようやく、TG58.1の出番となった。 ミズーリの艦深部の唸りが徐々に高まっていき、ミズーリ以外の各艦もまた、出港を機関音を唸らせながら出港の時を待つ。 やがて、TG58.1の先導駆逐艦が最初に出港を開始した。 この駆逐艦4隻は、43年より続々と就役し始めたアレン・M・サムナー級駆逐艦の姉妹艦である。 先導艦が動き始めてしばらく経ってから、重巡洋艦ヴィンセンスと軽巡洋艦ビロクシーが艦を前進させる。 更に軽巡モントピーリアが出港を開始した後、任務群の主役である正規空母がゆっくりと前進していく。 最初に動き出した空母は、今や米海軍の標準空母とも言える、エセックス級空母のランドルフである。 ランドルフには、第58任務部隊の指揮官を務めるフレデリック・シャーマン中将が座乗しており、マストに将旗を掲げていた。 ランドルフに続いて、フランクリンが後を追っていく。 しばらくして、ランドルフ、フランクリンよりも一際巨大な空母が、ゆっくりと動き始めた。 「リプライザルも動き始めたか……」 フレッチャーは、目の前を行く巨大空母の名前を呟く。 今年より太平洋艦隊に配備され始めた、リプライザル級正規空母のネームシップ、リプライザルは、降雪下で視界が悪いのにも拘らず、 エセックス級とはひと味もふた味も違う存在感を滲ませながら、威風堂々と外海に向かって行った。 その後に、軽空母のラングレーが主人に仕える従者のように、雪で白く染まった飛行甲板を見せつけながら続行していく。 「出港!」 艦長の号令が響いた直後、それまで機関の圧力を高め、じっと待機していたミズーリがゆっくりと動き始めた。 「遂に出港か……」 フレッチャーはぼそりと呟く。 ミズーリが動き始めた直後、左舷側500メートルに位置している僚艦ウィスコンシンも行動を開始する。 2隻のアイオワ級戦艦は、ここ数日以来続く大雪で、艦隊の所々を白く彩られていたが、それがかえって、この2隻の巨大艦の威容を周囲に強く見せつけていた。 TG58.1が出港を終えた後も、残った3個任務群は順繰りに出港を続けた。 午前11時50分、戦艦5隻を主力とする水上打撃部隊……TG58.7の出港を最後に、第58任務部隊の出港は終わりを告げた。 陸軍部隊が2正面で死闘を繰り広げる中、海軍もまた、自らの決戦場へ足を運びつつあった。 第2次レビリンイクル沖海戦 両軍戦闘序列 シホールアンル軍 第4機動艦隊(司令官ワルジ・ムク大将) 第1群 正規竜母モルクド ホロウレイグ 小型竜母ライル・エグ ゾルラー リテレ 戦艦クロレク ケルグラスト 巡洋艦フリレンギラ ルンガレシ エフグ 駆逐艦22隻 第2群 正規竜母マレナリイド プルパグント 小型竜母マルヒク ゴイロ・ブクラ 戦艦ロンドブラガ マルブドラガ 巡洋艦オルトバイド ウィリガレシ ルィストカウト 駆逐艦20隻 第3群 正規竜母ランフック クリヴェライカ 小型竜母マルクバ リョバリキス エランク・ジェインキ 巡洋戦艦マレディングラ ミズレライスツ 巡洋艦レイヴァリス フィキイギラ イシトバ 駆逐艦16隻 第4群 小型竜母クラボ・ルィク アンリ・ラムト リフクラナ 戦艦フェリウェルド フィレヴェリド クリヴェンシュ 巡洋艦ラビンジ シンファクツ キャムロイド マミラ・ルィシク フラミクラ 駆逐艦21隻 航空戦力960騎 陸軍第607混成飛行集団 第661空中騎士軍 第331飛空艇軍 ワイバーン320騎 飛空艇220機 計540騎 アメリカ軍 第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将(旗艦ミズーリ) 第58任務部隊 司令官フレデリック・シャーマン中将(旗艦ランドルフ) 第58任務部隊第1任務群 正規空母リプライザル ランドルフ フランクリン 軽空母ラングレー 戦艦ミズーリ ウィスコンシン 重巡洋艦ヴィンセンス ボルチモア 軽巡洋艦ビロクシー モントピーリア サンディエゴ 駆逐艦22隻 (搭載機 リプライザル F7F32機、F8F48機、F4U20機、AD-1A36機、S1A9機 ランドルフ F8F48機、AD-1A48機、S1A12機 フランクリン F8F48機 AD-1A48機 S1A12機 ラングレー F8FN-1 16機 F8F12機 TBF7機) 航空戦力406機 第58任務部隊第2任務群 正規空母シャングリラ レンジャーⅡ アンティータム 軽空母タラハシー 戦艦アラバマ 重巡洋艦セントポール ノーザンプトンⅡ 軽巡洋艦フェアバンクス フレモント デンバー 駆逐艦20隻 (搭載機 シャングリラ F8F48機 F4U36機 AD-1A16機 S1A10機 レンジャーⅡ F8F56機 SB2C24機 TBF18機 S1A8機 アンティータム F4U56機 SB2C24機 TBF18機 S1A8機 タラハシー F6FN-5 8機 F8F24機 TBF8機) 航空戦力 362機 第58任務部隊第3任務群 正規空母ヴァリー・フォージ グラーズレット・シー サラトガⅡ 軽空母ノーフォーク 重巡洋艦リトルロック ピッツバーグ 軽巡洋艦ウースター ロアノーク ウィルクスバール メーコン 駆逐艦24隻 (搭載機 ヴァリー・フォージ F6F48機 SB2C24機 TBF18機 S1A10機 グラーズレット・シー F4U56機 AD-1A42機 S1A8機 サラトガⅡ F7F32機 F8F68機 AD-1A36機 S1A8機 ノーフォーク F6FN-5 8機 F8F24機 TBF8機) 航空戦力 394機 第58任務部隊第4任務群 正規空母キアサージ レイク・シャンプレイン ゲティスバーグ 軽空母サンジャシント プリンストン 巡洋戦艦コンスティチューション トライデント 重巡洋艦デ・モイン 軽巡洋艦ガルベストン アムステルダム アンカレッジ デナリ 駆逐艦24隻 (搭載機 キアサージ F6F48機 F4U36機 TBF16機 S1A10機 レイク・シャンプレイン F6F56機 SB2C24機 TBF18機 S1A8機 ゲティスバーグ F4U56機 AD-1A42機 S1A8機 サンジャシント F6FN-5 8機 F8F24機 TBF8機 プリンストン F6FN-5 8機 F8F24機 TBF8機) 航空戦力 402機 第58任務部隊第5任務群 正規空母キティーホーク オリスカニー モントレイⅡ 軽空母ロング・アイランドⅡ ライト 重巡洋艦カンバーランドⅡ ボイス 軽巡洋艦サヴァンナⅡ ブレマートン スポケーン メンフィス 駆逐艦24隻 (搭載機 キティーホーク F8F48機 F4U48機 AD-1A36機 S1A12機 オリスカニー F4U56機 SB2C24機 TBF18機 S1A10機 モントレイⅡ F6F56機 SB2C24機 TBF18機 S1A10機 ロング・アイランドⅡ F6FN-5 8機 F6F24機 TBF8機 ライト F6FN-5 8機 F6F24機 TBF8機) 航空戦力 440機 第58任務部隊第7任務群 戦艦モンタナ イリノイ ケンタッキー マサチューセッツ サウスダコタ 重巡洋艦セイレム シカゴ アストリア 軽巡洋艦ヘレナ フェニックス モントピーリア 駆逐艦18隻 第5艦隊航空戦力 計2004機
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第48話 リルネ岬沖の決闘(後編) 1482年 10月24日 午後3時 リルネ岬南西沖480マイル沖 シホールアンル帝国海軍第22竜母機動艦隊は、リルネ岬沖南西の海域を、時速11リンルの速度で航行していた。 旗艦ゼルアレの艦橋では、司令官であるルエカ・ヘルクレンス少将が幕僚達と話し合っていた。 「一応、第2次攻撃隊を出すんだが、それにしても、結構な数のワイバーンがやられちまったな。」 ヘルクレンスは、紙に書かれた内容を見つめて、先から複雑な表情を浮かべていた。 第22竜母機動艦隊は、午前中にアメリカ機動部隊に向けて攻撃隊を出した。 この竜母部隊は、旗艦ゼルアレが戦闘ワイバーン24騎、攻撃ワイバーン32騎。 寮艦リギルガレスが戦闘ワイバーン26騎、攻撃ワイバーン40騎積んでいた。 攻撃隊は、戦闘ワイバーン30騎、攻撃ワイバーンの全力で編成されている。 攻撃のタイミングはピッタリであり、空母レンジャー級1隻、巡洋艦1隻を撃沈。 空母1隻大破、巡洋艦1隻中破、グラマン7機撃墜の戦果をあげた。 だが、帰還して来たワイバーンは、出撃前と比べてかなり減っていた。 ゼルアレに帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン9騎に、攻撃ワイバーン16騎。 リギルガレスは戦闘ワイバーン11騎、攻撃ワイバーン21騎。 実に戦闘ワイバーン10騎、攻撃ワイバーン33騎を失ったのだ。 そして、使用不能と判断されたワイバーンは攻撃ワイバーン5騎。 損耗率は5割近くに達する。 たった1度の攻撃でこれほどの犠牲が出たのである。 ちなみに、第24竜母機動艦隊から出撃したワイバーン隊も大損害を受けている。 出撃した戦闘ワイバーン72騎、攻撃ワイバーン98騎。 帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン52騎、攻撃ワイバーン53騎である。 「再出撃が可能なワイバーンは32騎。これでは、残りの敵空母を攻撃しても、撃沈できるかどうか・・・・」 幕僚の1人が、憂鬱そうな口調でヘルクレンスに言う。 「だが、竜騎士達は攻撃させてくれと言って来ている。お前達も見ただろう?」 10分前、突然竜騎士達が艦橋に押しかけてきて、艦長とヘルクレンスに第2次攻撃を強く要望してきた。 「敵空母5隻のうち、1隻は撃沈し、3隻は大破させました。残るはあと1隻です!確かに、アメリカ機動部隊の 対空砲火はかなり激しい。しかし、あと1隻の空母を沈め、いや、飛行甲板を破壊すれば、敵は艦載機が使えなく なります!そうすれば、戦闘行動可能な空母を失ったアメリカ艦隊は必ず撤退します!」 竜騎士達は掴みかからんばかりの勢いで言って来たが、ヘルクレンスは答えを出さず、検討すると言って彼らを追い返した。 それから、彼らは第2次攻撃隊を出すかどうかを話し合っているのだが、現実は厳しい。 「半数以下に減ったワイバーンで敵空母を攻撃しても、攻撃隊の損耗ぶりから見ると、沈める事は難しそうです。」 主任参謀が言う。 彼は内心、攻撃隊を出したくは無いと思っている。 しかし、同時に残り1隻の空母を仕留めたいという気持ちもある。 「分かってるよ。確かに、沈める事は難しいだろう。だが、甲板に穴を開ける事は出来る。 要は、アメリカ野朗の飛空挺が飛ばないようにすればいいんだ。そうすりゃ、しばらくは安泰だ。」 ヘルクレンス少将は、ニヤリと笑みを浮かべた。 「第2次攻撃隊を発進させる。目標は、無傷のアメリカ空母だ。」 彼は決心した。それから、第22竜母機動艦隊は、第2次攻撃隊の発進準備を急いだ。 午後3時20分、新たなる戦いに挑もうとしていた第22竜母機動艦隊の上空に、1機のドーントレスが現れた。 午後3時20分 第15任務部隊旗艦空母ワスプ 「7号機から入電。我、艦隊より南西海域、方位230度方向に敵機動部隊発見。距離は220マイル。 敵は艦隊に竜母2隻を伴う。司令官、ついに見つけました!」 参謀長のビリー・ギャリソン大佐は弾んだ声音で、ノイス少将に言った。 「うむ。この報告を、直ちにTF16、17に伝えろ。それから第2次攻撃隊発進準備を急がせろ。」 彼は、急いで他の任務部隊にも情報を送らせた。 ヨークタウンとエンタープライズの修理は、攻撃隊が戻って来た午後2時50分には終わっていた。 両空母の応急修理班はよく働き、約束通りの時間に穴を塞いでくれた。 戻って来た攻撃隊は、乗員の歓呼を浴びながら無事、母艦に足を下ろす事が出来た。 攻撃隊の損害は少なくなかった。 TF16は、F4F48機、SBD40機、TBF32機を出した。 帰還機は、エンタープライズがF4F17機、SBD12機、TBF12機。 ホーネットがF4F23機、SBD14機、TBF13機。 TF17は、F4F36機、SBD36機、TBF28機が出撃。 帰還機は、ヨークタウンがF4F14機、SBD11機、TBF12機。 レンジャーがF4F10機、SBD12機、TBF10機。 そして、TF15ワスプの帰還機がF4F8機、SBD10機、TBF10機。 現地で被撃墜、途上で脱落、海没した機はF4F24機、SBD28機、TBF17機。 そのうち、ホーネット所属機、レンジャー所属機はヨークタウン、エンタープライズ、ワスプに入るだけ収容された。 そのお陰で、ヨークタウン、エンタープライズ、ワスプはフル編成に戻ったが、入り切らぬ艦載機は全て海没処分された。 喪失機は、艦隊上空で行われた空戦で撃墜された14機のF4Fと、修理不能と判断された機、ホーネットで焼失した分、 レンジャーと共に沈んだ機も合わせて、計178機に上った。 決戦前には462機いた艦載機のうち、4割ほどを一挙に失ったのである。 これは余りにも痛すぎる損害であった。 だが、中破したヨークタウンとエンタープライズは応急修理で甦り、ワスプも健在である。 艦載機は284機を保有しており、まだまだ戦える。 「攻撃隊の発進準備はどうか?」 ノイス少将は、航空参謀に聞いた。 「発進準備はあと1時間で終わります。」 「そうか。」 航空参謀の答えに、彼は満足気に頷いた。 ワスプは、攻撃に参加していなかったドーントレス4機、アベンジャー4機のうち、ドーントレス4機を索敵に出していた。 残ったアベンジャーは雷装のまま待機させた。 その他、ワスプに着艦してきた艦載機のうち、再出撃が可能と判断されたドーントレス16機、 アベンジャー12機に爆弾、魚雷を搭載中である。 この他に、TF17のヨークタウンも、ドーントレス14機、アベンジャー16機が再出撃可能であり、 これも1時間後に出撃が可能となる。 その一方で、TF16のエンタープライズは敵輸送船団の索敵を行うため、2時頃にドーントレス3機、 3時頃にアベンジャー4機を発艦させている。 その一方で、ハルゼー中将は、ミスリアル沖に展開している潜水艦部隊の報告を心待ちにしていた。 潜水艦は第18、19任務部隊の合計30隻がバゼット半島周辺や艦隊の側方警戒に配置されているが、 その潜水艦部隊も、未だに敵輸送船団を発見出来ないでいる。 「輸送船団の事も気になるが、後方の敵機動部隊も脅威だ。こいつらを速めに片付けておかないと、後々面倒な事になるからな。」 「依然として、敵はワイバーンを保有していますからな。夕方までには決着をつけませんと。」 「夕方までか。私としては、今すぐにでも後ろの敵さんを片付けたいよ。敵船団の攻撃に、エンタープライズのみの 攻撃隊では足りなさ過ぎる。敵は500隻だ。ボストン沖海戦では、レンジャーとヨークタウンがマオンド軍の輸送船団を 存分に痛めつけたが、艦載機のみで沈めたのは200隻中50隻程度だ。これがビッグEのみなら撃沈できる船は もっと少なくなる。だから、私は早めに敵と決着を付けたいのだ。」 最も、夜までに敵船団を見つけなければ、攻撃できるかどうかも分からんが・・・・・ ノイス少将は、最後の一言は言葉に出さなかった。 「今は、攻撃隊が発信準備を整えるまで待とう。」 午後4時30分 リルネ岬沖南南西110マイル沖 「司令官。TF15、16より第2次攻撃隊発艦しました。」 司令官席に座るウィリアム・ハルゼー中将は、不機嫌そうな表情崩さぬまま頷いた。 「これで、背後に隠れていたシホットの竜母はなんとかなるだろう。あとは、どこぞに雲隠れした輸送船団だが・・・・」 彼は艦橋の前をずっと見続ける。 リルネ岬の北200キロにあるノーベンエル岬。その沖合いにシホールアンル側の輸送船団がいる事は確かだ。 だが、どの海域にいるのか、ノーベンエル岬からどの方向の海域にいるのかが全く分からない。 数時間前に攻撃した敵機動部隊の動向は、潜水艦から報告があった。 報告によると、竜母3隻、戦艦1隻を含む有力な艦隊が北東方面に避退中のようだ。 これで、当面の脅威は去った。 次の目標は輸送船団である。その輸送船団は、どこを目指し、どこにいるのだろうか。 「クソ!早い時期に海兵隊をミスリアルに入れておけば良かったかもしれんな。 そうすれば、陸上の航空基地と共同で、敵の艦隊を探す事が出来たろうに・・・!」 ハルゼーは苛立った口調でそう呟いた。 ふと、空を見てみる。 空は、まだ青空が広がっているが、日は大分傾いている。 気象予報班の報告によれば、今日の日没は6時半になると言う。 だとすると、攻撃隊を今から発艦させても、敵艦隊に取り付くのは良くて、日没前となる。 帰還時には、既に夜になっており、パイロットは不慣れな夜間飛行を強いられる。 まだアメリカ海軍の空母艦載機隊は、夜間飛行の訓練をあまり行っておらず、満足に夜間飛行をこなすパイロットはいない。 そのパイロット達に、不慣れな夜間着艦を強要できない。 「とりあえず、報告が入らん事にはどうにもならんな。」 ハルゼーはため息混じりに呟いて、報告を待った。 偵察機から報告が入ったのは、午後5時10分であった。 午後4時25分 リルネ岬沖南南西120マイル沖 「敵編隊接近!総員戦闘配置!」 第15任務部隊の全艦に突如警報が発せられた。 この時、TF15の南西70マイル沖に50騎以上の機影をレーダーが捉えていた。 すぐに、ワスプからF4Fが発艦し、敵編隊に向かって行く。 戦闘機隊の発艦からそう間を置かずに、F4Fとワイバーンが空中戦を始めた。 他の任務部隊からやって来たF4Fと合同で、敵編隊を叩くが、最終的に23騎の攻撃ワイバーンが TF15の輪形陣に迫って来た。 「敵編隊艦隊の左舷側、方位260度より急速接近中!」 CICで、レーダー員が緊張に声を上ずらせながら、艦橋に報告する。 ワスプの左舷後方に位置する軽巡洋艦クリーブランドは、向けられる5インチ連装両用砲を左舷に向けた。 「来たぞ。シホット共がよだれを垂らしながらワスプを見てやがるぜ。砲術長!VT信管は各砲塔に回したか!?」 艦長のトレンク・ブラロック大佐は、快活な声音で電話の向こうにいる砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐に聞いた。 「各砲塔に一定量の砲弾を回してあります。時限信管と一緒に発砲する予定です。」 「OK!VT信管の実戦テストだ。観測班にしっかりデータを取れと言ってやれ。」 「アイアイサー」 そこで、電話が切れた。 やがて、ワイバーン群が輪形陣の左側から進入してきた。 ワイバーン群は400キロ以上のスピードで、高度4000メートルほどの高さから一気に駆け抜けようとする。 そこに高角砲弾が炸裂し始めた。ワイバーン群の周囲に、無数の高角砲弾が炸裂し、黒い小さい煙が一面に広がる。 だが、ワイバーン群は数が少ない事をいい事に、飛行機では出来ぬ機動を繰り返して高角砲弾の破片に当たるまいとする。 それでも、1騎のワイバーンの至近に高角砲弾が炸裂し、そのワイバーンはバランスを崩して墜落していった。 激しい対空砲火だが、駆逐艦群があげた戦果は、今の所1騎のみだ。 前方の軽巡ナッシュヴィルが高角砲を撃ち始めた時、 「両用砲、撃ち方始め!」 ブラロック大佐は大音声で命じた。 左舷に向けられていた、5インチ砲8門が発砲を開始する。 各砲塔2本の砲身が、4秒置きに1発の割合で交互に射撃を繰り返し、ワイバーン群の周囲により一層、多くの砲弾が集中する。 唐突に、先頭のワイバーンの至近に2つの爆煙が沸き起こる。 その瞬間、翼を分断されたワイバーンは錐揉みとなって墜落していく。 3番騎も高角砲弾に引き裂かれ、1番騎の後を追うかのように海面に突っ込んだ。 「いきなり2騎撃墜か!テスト開始早々、戦果を挙げたか!」 ブラロック大佐は満足気な笑みを浮かべて、初戦果を上げた砲術を褒める。 「砲術!いいぞ、その調子だ!」 その後も、ワイバーン群は進み続けるが、これまでより一際激しい対空砲火に次々と撃ち落されていく。 クリーブランドが放つVT信管は、額面通りに作動しない砲弾もあり、普通の時限信管と同じように 見当外れの位置に爆発する物もある。 が、額面通り作動した砲弾は、ワイバーンの至近距離で炸裂し、ワイバーンと竜騎士に無数の破片を浴びせてずたずたに引き裂いていく。 これに、他の巡洋艦の高角砲も加わる。 この輪形陣でも、やはりアトランタ級軽巡の砲撃は凄まじかった。 アトランタ級軽巡サンディエゴは、他の姉妹艦と同様、5インチ砲14門を乱射して、敵のワイバーン群を高射砲弾幕に捉えていく。 正確無比のVT信管や、機関銃の如く放たれる高角砲弾に、ワイバーン群はこれまでにないペースでバタバタと叩き落されていく。 だが、それでも全てを落とす事は至難の業であった。 残る8騎のワイバーンが、1本棒となってワスプに急降下して行った。 「機銃、撃ち方始め!」 砲術長のラルカイル中佐が、鋭い声音で各機銃座に指示を飛ばす。 クリーブランドの右舷に配置されている40ミリ連装機銃4基、20ミリ機銃10丁が猛然と撃ちまくる。 40ミリの図太い火箭がワイバーンの横腹に吸い込まれる。 その次の瞬間、ワイバーンの胴体が真っ二つに別れ、血を撒き散らしながら海に落ちていく。 VT信管の炸裂をすぐ後ろに受けたワイバーンが、背面を切り刻まれて、無念の雄叫びを上げて墜落していく。 ワスプ上空に打ち上げられる弾幕に次々と討ち取られていくが、ワイバーンはそれを振り切ってワスプに接近していく。 ワスプが急に、左に艦首を回してワイバーンの投弾コースから逃れようとする。 また1騎のワイバーンが、機銃に撃ち抜かれて墜落するが、先頭のワイバーンは高度600付近で爆弾を投下した。 急転舵するワスプの右舷側海面に水柱が吹き上がる。 次いで2番騎の爆弾が右舷後部舷側付近に落下して、衝撃が14700トンの艦体を小突き回す。 3番騎の爆弾は左舷側海面に落下する。 「もう少しだ!頑張れ!」 誰もが、全弾回避してくれと、ワスプの奮闘を見守る。 4番騎の爆弾も見事にかわし、右舷側海面に無為に海水が吹き散らされる。 このままワスプの強運が打ち勝つと誰もが確信した時、いきなり飛行甲板の前部に黒い粒が刺さったと見るや、 そこから火柱が上がった。 火柱は黒煙に変わり、被弾箇所から多量の煙が吹き上がって後方にたなびいていく。 「ああっ、ワスプが!」 ブラロック艦長は、呻くような声でそう言った。 最後の最後で、ワスプは被弾してしまったのだ。 敵弾は第1エレベーターから8メートル後ろに離れた位置に突き刺さった。 飛行甲板を貫通した爆弾は格納甲板に踊りこみ、そこで炸裂した。 炸裂の瞬間、前部に集められていたF4Fのうち、7機が爆砕され、爆風が格納庫の周囲に損傷を与え、 飛行甲板の穴を押し広げた。 だが、ヨークタウン級並みか、それ以上の装甲を施された防御甲板は敵弾の貫通を許さず、事前に格納庫の シャッターを開けていた事も幸いして、爆風の過半は艦外に放出された。 このため、ワスプの被害は傍目よりは少なかった。 ワスプは黒煙を噴きながらも、前と変わらぬスピードで航行している。 その事が、護衛艦の艦長たちを安心させた。 「どうやら、ワスプの被害はそれほど深刻でもないようですぞ。」 副長のラリー・ウェリントン中佐がブラロック艦長に言って来た。 「命中箇所は、あの位置からすると第1エレベーターより後ろ側ですな。あの位置ならば、甲板に穴が開いた だけなので、鎮火すれば応急修理が可能です。それに、命中弾は500ポンドクラスが1発だけですから、 被害は思ったより軽微でしょう。」 「なるほど。となると、ワスプは母艦機能を維持できると言う事か。なら安心だな。」 ブラロック大佐は、そう言ってホッと息を吐いた。 この攻撃で、米側はF4F6騎を撃墜され、ワスプが命中弾1を被ってしまったが、火災は20分ほどで 消し止められ、破孔は40分後に、応急修理で塞がれた。 第22竜母機動艦隊が放ったワイバーンは総計で54騎であったが、帰還の途につけたのは、 戦闘ワイバーン7騎と、攻撃ワイバーン3騎のみであった。 午後5時50分 リルネ岬沖南西340マイル沖 「リギルガレスと駆逐艦2隻が沈没。このゼルアレが大破か・・・・・また酷くやられたもんだな。」 第22竜母機動艦隊の司令官である、ルエカ・ヘルクレンス少将は、乾いた口調でそう呟いた。 30分前に、彼の艦隊はアメリカ軍艦載機に攻撃された。 艦隊はよく戦ったが、リギルガレスがヨークタウン隊の集中攻撃を受け、爆弾4発、魚雷4本を左舷のみに受けて沈没。 ゼルアレも爆弾5発、魚雷1本を左舷に受けて大破された。 この他に、駆逐艦2隻が爆弾を浴びて沈没し、艦隊の隊形は大きく乱れていた。 「司令官。ワイバーン隊からは、ワスプ級空母1隻に爆弾を命中させましたが、爆弾1発のみでは戦闘能力を奪ったか 否か、微妙な所です。ここは、攻撃隊を収容後にエンデルドに戻り、再起を図ったほうがよろしいかと。」 「もちろんさ。ワイバーンの数がこんなに減ったんじゃ、満足に戦えない。でも、今回の海戦では、 敵も全ての空母に手傷を負わされている。俺達は、敵の機動部隊相手にほぼ互角の戦いが出来た事になるな。 確かに満足いく戦果ではねえが、それは敵も同じだろう。お互い、目的は敵の母艦を全て沈める事だったはずだ。」 ヘルクレンスはそう言いながら、敵味方が受けた損害を思い出していた。 味方の竜母部隊は、合計で3隻の竜母を失い、4隻が大中破している。ワイバーンの損害は300騎を超える。 だが、こっち側に大打撃を与えたアメリカ側も、正規空母2隻を失い(ホーネットを撃沈したものと誤認) 2隻を大破、1隻を中破させられ、巡洋艦1隻撃沈、1隻中破させ、飛空挺の損害は200機を超えるだろう。 戦術的にはややこちらの不利だが、手持ち空母を全て傷付けられたアメリカ機動部隊は、輸送船団に対して 航空攻撃を思うように仕掛けられない。 空母部隊が引っ込んでいる間、こちら側はミスリアル西部に上陸部隊を上げる事が出来る。 つまり、肝心の上陸作戦は成功裡に終わる事になり、戦略的な勝利はシホールアンル帝国が得ることになる! そして、ミスリアルの魔法都市ラオルネンクを占領し、魔法技術を奪えば、今日の大海戦で失われた将兵も浮かばれるに違いない。 「結果的にはこちらの不利だが、まともにぶつかれば、アメリカ側も大損害を受ける事は避けられぬと 分かったはずだ。それだけでも、今回の海戦で得られた教訓は大きい。」 「では、攻撃隊が帰還した後は、艦隊をエンデルドに戻してもよろしいですね?」 「ああ。ここは一度戻って、兵達をゆっくり休ませよう。」 ヘルクレンスは主任参謀にそう返事した。 「それにしても、リリスティの姐さんが負傷するとは思わなかったな。指揮は第2部隊のムク少将が引き受け、艦隊は北東に避退中 である事は既に確認済み。第24から輸送船団に回された戦艦と巡洋艦は何時ぐらいに合流する?」 「予定では、夜の7時あたりに船団護衛の艦隊と合流する予定です。万が一、アメリカ軍の戦艦が襲ってきても、 あちらは3隻、こっちは6隻ですから船団に近づけませんよ。」 「船団護衛に関しては万全と言う訳か。怖いのは敵の潜水艦だな。海軍の大半の艦艇に、生命反応探知装置が行渡ってはいるが、 深深度に潜り込まれたら使えんからな。」 「確かに。司令官、とにかく急いで艦隊を集結させましょう。各艦ともバラバラになっています。」 主任参謀の提案にヘルクレンスは頷き、各艦に集合の指示を伝え始めた。 潜水艦のノーチラスはこの日、作戦中の機動部隊の側方警戒の任を帯びて、機動部隊より南西200マイルの海域を航行していた。 艦長のトーマス・グレゴリー少佐は艦橋で他の見張り員と共に周辺の海域を捜索していた。 「艦長、TF17を襲った敵機動部隊は、機動部隊より南西側の海域にいるみたいですぜ。」 グレゴリー艦長の隣で見張りをしている哨戒長が、彼に言って来た。 「俺も聞いたよ。レンジャーが沈められたらしいな。ハルゼー親父は恐らく、カンカンに怒って、南西側の海域に 偵察機を飛ばしているだろう。残りのシホットは、機動部隊がさっさと片付けちまうだろうよ。」 「機動部隊がですか・・・・・機動部隊がやるのもいいですが、たまには自分達も大物を食ってやりたいですな。」 哨戒長は半ば本気、半ば冗談の口調で言った。 「その気持ちは分かるな。潜水艦屋は、水上艦乗りの奴らからはどこか見下されているからなぁ。 俺もたまには考えているよ。一度でいいから、戦艦か空母を沈めて、そいつらを見返してやりたい、と。」 そう言ってから、グレゴリー少佐は肩をすくめる。 「まっ、その考えがすぐに実現できれば、俺は嬉しいのだがね。人間、高望みする奴に限ってよくよく運が 無いからな。戦争に生き残っていくには、焦らず、目立たず。ごく普通がいいのさ。」 「ごく普通ですか。自分としてはもちっと、理想を高くしてもいいと思うんですがね。」 「ふむ。それもそうか。」 「私としては、念願のアイスクリーム製造機が配備されたので充分満足してますが。」 「哨戒長!言ってる事が普通ですぜ。もっと高望みしないと!」 右舷を見張っていた水兵がニヤニヤしながら、言葉の矛盾を突いてきた。 「だまっとれ!人間と言う生き物はな、心変わりがしやすいんだよ。 この野郎、あれこれ口出しすると、海に放り込んじまうぞ!」 哨戒長は水兵の首根っこを掴んで、海に落とす真似をする。もちろん本気ではなく、哨戒長もにやけながらやっている。 その行動に、見張りに立っている水兵達が笑い声を上げた。 艦長も思わず微笑んだ。その時、 「艦長!レーダーに反応です!」 突然伝声管からレーダー員の声が聞こえた。 「レーダーに反応だと?どこからだ?」 「南西の方角、方位260度から飛行物体です。距離は20マイル」 「南西の方角からか。明らかに敵だな。」 グレゴリー艦長は確信した。南西の方角に味方機動部隊はいない。 だとすると、TF17を襲った敵機動部隊から発艦した、第2次攻撃隊であろう。 「急速潜行!」 グレゴリー艦長はすぐにそう命じ、見張り員達を全員艦内に入れた。 それからノーチラスは、潜望鏡深度で敵編隊が通り過ぎるのを待っていた。 「敵編隊、通り過ぎました。」 レーダー員の言葉に、グレゴリー艦長は頷いた。それから、彼は副長に顔を向けた。 「副長、ちょっと来てくれ。」 彼は副長のアイル・ワイズマン大尉を呼びつけた。 2人は海図台の所まで移動した。 「さっき、シホールアンル側のワイバーンの編隊が通り過ぎていった。敵編隊は我が艦の南西20マイルの距離に現れた。 この敵編隊が味方の機動部隊を狙っているのは確実だ。恐らく、敵さんはこの方角の海域に潜んでいるのだろう。」 グレゴリー艦長は、チャートに赤い線を引いた。赤い線は、ノーチラスを中心に左右に伸びている。 右上には味方機動部隊の位置を示すマークが書かれている。赤い線は、敵編隊の進路を表している。 「敵ワイバーンの航続距離は500マイル。ですが、それはあくまでカタログ数値ですから、実際にはもっと近寄っている 可能性がありますね。理想的な距離として、約250マイル程度の距離が欲しい所でしょう。」 「と、すると。ノーチラスの近くに敵機動部隊がいるかもしれんな。」 グレゴリー艦長は唸るように言った後、しばらく考え事を始めた。 「艦長。もしや・・・・」 副長はまさかと思いながらも、グレゴリーに聞いてみる。 「おっ。分かったかね?」 グレゴリーは、自らの意図を察した副長に微笑む。 「そう。俺は大物を狙うと思っている。敵の竜母をな。」 「なるほど。」 副長は深呼吸をしてから、言葉を続ける。 「お言葉ですが、艦長。ノーチラス1艦のみで敵の機動部隊に飛び込むには、余りにも無謀かと思います。 敵艦隊には、最低でも8隻ないし10隻程度の駆逐艦がいます。敵の駆逐艦は、マオンド軍駆逐艦が持っている 生命反応探知装置を装備しています。ソナーと違って魔法石で動いているようですが、これに探知されると、 撃沈される可能性があります。」 「だが、その魔法使いの作った装置も、ソナーと同じように万能ではいない。」 グレゴリー艦長は怜悧な口調で言い返した。 彼の目は鋭く、一瞬ワイズマン大尉はその視線に射すくめられた。 「俺の友人に、イギー・レックスと言う男がいる。そいつは大西洋艦隊で潜水艦セイルの艦長をしているんだが、 俺は2ヶ月前にそいつと会ったんだ。そいつは俺に色々語ってくれたが、確かに敵駆逐艦のマジック・ソナーには 手を焼かされたと言っていた。だがな、同時に弱点も教えてくれたよ。」 グレゴリー艦長は、左手に丸まった紙を、右手に消しゴムを持った。 彼は紙を消しゴムの上に移動させる。 「この紙が敵駆逐艦。消しゴムが潜水艦だ。俺はレックスから聞いたんだが、敵の駆逐艦はマジック・ソナーで こっちの生命反応を探している。効力は潜水艦の深度が浅ければ浅いほど強力になる。深度20メートル程度の 海底にボトム(沈底)しても、見つかったら袋叩きだ。だが、このソナーも、深度40メートルあたりからは 効能が半減し、80メートル当たりだと敵艦は思うようにこちらを探せないらしい。」 彼は紙と消しゴムを移動しながら説明した。 「要するに、敵さんが来る時は、こっちは深みに潜ってやり過ごせばいいんだ。敵の駆逐艦が来たら、 その都度深く潜行してやり過ごし、去ったら浮上しつつ、目標に移動していく。難しいかもしれんが、 やってやれん事は無い。」 「艦長の言う事は分かりました。ですが、この海域にはノーチラスしかいません。他に味方が居ないのでは、 攻撃はおぼつかないでしょう。」 「うむ、確かになぁ。」 グレゴリー艦長は顎の無精髭を撫でながら頷く。だが、彼の表情は明るくかった。 「確かに、この海域には近くに味方は居ない。そう、今の時間はな。」 彼は不敵な笑みを浮かべながら、真上を指差した。 「だが、数時間以内には味方が敵機動部隊攻撃に向かう。恐らく、敵艦隊は艦載機の攻撃に回避運動を行うだろう。 その際、敵艦隊の陣形は崩れている可能性が高い。俺達はそこを狙って、味方が打ち漏らした巡洋艦か、竜母を沈める。」 「では艦長。本艦の向かう先は?」 「南西だ。」 グレゴリー艦長はそう言うと、艦の針路を南西、方位260度の方角に向けた。 それから、浮上航行で17ノットのスピードで向かっていたノーチラスは、途中味方空母艦載機の大編隊を発見した。 遠くの編隊はノーチラスに気付く間もなく、同じ方角を進んでいった。 10分後に、敵艦隊を視認したノーチラスは、再び潜行し、海中から忍び寄って行った。 午後5時40分 「潜望鏡上げ!」 グレゴリー艦長は、潜望鏡上げさせた。 ブーンという小さくも無いが、大きくも無い駆動音と共に、潜望鏡が上げられる。 やがて、音が鳴り止むと、彼は潜望鏡に取り付いた。 海面に突き出された潜望鏡が、ぐるりと回転する。回転は、とある方向にレンズが向いた時に止まった。 「いたぞ。敵艦隊だ。」 グレゴリー艦長は敵艦隊を確認した。 これまで、ノーチラスは味方機に攻撃され、必死にのたうち回る敵機動部隊の様子を、海中から伺っていた。 目には見えないものの、高速艦が鳴らす高速推進音に至近弾の爆発、そして、魚雷の重々しい炸裂音が何度も聞こえていた。 特に魚雷が炸裂する音は大きく、その音の数からして、敵の竜母1隻は沈没確実の被害を受けたと、誰もが確信している。 それ以上に、彼らにとって嬉しい事がある。 それは、敵が自ら、ノーチラスのいる海域にやって来た事である。 回避運動を繰り返した敵機動部隊は、知らず知らずのうちにノーチラスが航行していた海域にまで到達していた。 そして、グレゴリー艦長は確認のため艦を潜望鏡深度にまで浮上させたのである。 「信じられん。竜母だ!目の前に敵の竜母がいる!」 グレゴリー艦長は、嬉しい誤算を目の前にして喜びを抑え切れなかった。 潜望鏡の向こうには、ノーチラスから5000メートルの距離に、のっぺりとした平の甲板に、申し訳程度の艦橋の敵艦。 極上の得物である竜母が、艦首から白波を蹴立てて航行している。 ノーチラスに左舷を晒す形で航行する敵艦は、飛行甲板からは黒煙を噴いており、まだ損傷箇所の消火活動を行っているようだ。 幾分左舷側に傾いている事から、この敵艦は左舷に雷撃を食らい、艦腹に海水を飲み込んだのであろう。 「副長、見てみろ。」 彼はワイズマン副長に代わる。 「明らかに敵の竜母です。左舷に航空魚雷を食らったようですな。」 「ああ。速力はせいぜい12ノット程度だ。」 ワイズマン副長が潜望鏡から離れ、再びグレゴリー艦長が潜望鏡をのぞく。彼は竜母のみならず、周辺を見渡す。 いくつか、駆逐艦らしき護衛艦が複数点在していたが、いずれも距離は離れている。 しかし、その舳先はどれも竜母を向いていた。 「何隻か護衛艦が見える。どうやら旗艦の周りに集結中のようだ。潜望鏡下げ!」 グレゴリー艦長は潜望鏡を下げさせた。 あたら長い時間潜望鏡を露出すれば、敵艦に発見されて位置を晒す恐れがある。 「どうします?やりますか?」 ワイズマン副長は艦長に尋ねた。 現在、敵の竜母はノーチラス右舷前方から左舷側に向けて航行している。 敵はこちらに気付いていないのだろう、ちょうど面積の大きい舷側をノーチラスに晒す格好である。 願っても無い雷撃の機会だ。 「俺達はツイているようだな。副長、やるぞ!」 グレゴリー艦長は真剣な表情で副長に言った後、電話で水雷室を呼び出した。 「水雷室!」 「はっ。こちら水雷室です。」 「今から敵艦を攻撃する。魚雷発射管1番から4番まで発射する。」 「1番から4番までですな。分かりました!」 電話の向こうの水雷長は弾んだ声でそう言うと、電話を切った。 グレゴリー艦長は、敵艦隊を視認した後、予め水雷室に魚雷発射管に魚雷を装填させるよう命じていた。 ノーチラスの前部発射管のうち、1番から4番発射管には、既に魚雷が装填済みであった。 それから6分後、6ノットのスピードで前進を続けたノーチラスは、再び潜望鏡を上げた。 潜望鏡が海面に突き出され、レンズがとある方向でピタリと止まる。 「ようし、竜母はまだいる。絶好の射点だぞ!」 敵の竜母は、ノーチラスから4500メートルほどの距離を、先とほぼ同じ状態で航行している。 違う所といえば、先はやや斜め前から見ている格好であったのに対して、今は横側から見る格好である。 「目標、艦首前方の敵母艦。距離4500メートル。雷速44ノット。水雷室、発射準備いいか?」 グレゴリー艦長は水雷室を呼び出した。 「艦長、発射準備OKです!いつでもどうぞ!」 彼は躊躇わず、発射命令を下した。 「魚雷発射!」 その命令の直後、1番発射管と3番発射管から魚雷が放たれ、2秒後に2番、4番発射管から魚雷が撃ち出された。 12ノットという、のんびりしたような速度で航行していく竜母の横腹に、4本の航跡が吸い込まれるように進んでいく。 (あれなら全部命中するな) グレゴリー艦長はそう確信しながら、すかさず次の命令を下す。 「潜望鏡下げぇ!急速潜行!」 「潜望鏡収納、急速潜行、アイアイサー!」 ノーチラスの2730トンの艦体は、徐々に深い海中に沈み始めた。 潜行開始からそう間を置かずに、ズドーンという、くぐもったような爆発音が聞こえた。 「魚雷命中です!」 ソナー員のベンソン1等水兵が大声で報告して来た。喜ぶ間もなく、またズドーンという魚雷炸裂の音が聞こえて来た。 「もう1本命中!」 次の瞬間、ノーチラスの艦内で歓声が爆発した。 「やったぞ!シホットの軍艦を叩き沈めてやったぞ!」 「これで水上艦の奴らに胸を張って言い切れるぜ。」 「2本も命中すれば手負いの敵艦なぞ轟沈だ!シホットめ、サブマリナーの意地を思い知ったか!」 初めての敵艦撃沈に、ノーチラスの乗員たちは喜色満面でそれぞれの感想を口にする。 「浮かれるのはまだ早いぞ!」 乗員達の心中を察したグレゴリー艦長がすぐに、天狗になった彼らの気持ちを戒めようとする。 「これからは護衛艦の攻撃があるかも知れんぞ。シホット艦から遠く離れるまで、決して油断するな!」 グレゴリー艦長の言葉をこれだけであったが、すぐに乗員達の興奮は収まった。 「これから本艦は、この海域から離脱する。各員、これまで通り持ち場で義務をこなしてくれ。」 艦長はそう言って、マイクを置いた。 「しかし、2本のみ命中とはな。俺はてっきり、4本とも命中したと思ったんだが。」 グレゴリーは頭を捻りながら、そう言う。 すると、ソナー員のベンソン1等水兵が意外な言葉を口にした。 「4本とも当たっていますよ。」 「・・・・何?それは本当か?」 「ええ。ちゃんと聞こえましたよ。最初の2本が敵艦の横腹に当たった音が。」 「と言う事は・・・・・恒例のアレか。」 「ええ。そうなります。」 ベンソン1等水兵は、ソナーに耳を傾けたままそう返事した。 実を言うと、アメリカ海軍が保有するMk14魚雷は欠陥魚雷である。 Mk14魚雷の信管は衝突で作動する起爆尖であるが、この起爆尖が目標に命中しても作動しない場合が多かった。 魚雷が命中しても爆発しない、という報告は大西洋艦隊所属の潜水艦部隊から多数報告されており、 海軍兵器局は新たな信管の開発に頭を捻っているようだ。 その不発魚雷の欠陥振りが、ここでも遺憾なく発揮されたのである。 「なんてえ魚雷だ。それで2回の炸裂で終わった、と言う事か。」 グレゴリー艦長はげんなりとした表情で、ため息を吐きながらそう言った。 「下手すりゃ、4本とも起爆しなかった、て事も有り得ますよ。今回はむしろ、運が良かったかもしれません。」 「なるほど・・・・運が良かったか。それで、敵艦はどうなった?」 「その敵艦ですが、魚雷命中のあと、敵艦のスクリュー音が途絶えました。恐らく、航行不能になったかと。 それに、何かが誘爆するような爆発音も微かに聞こえました。僕の判断ですが、あの敵艦は長く持たないでしょう。」 「と、言う事は、撃沈確実と言う事か。」 彼の言葉に、ベンソン1等水兵は頷いた。その時、ベンソンが耳に手を当てた。 「・・・・艦長!左舷前方より敵艦らしき高速推進音!他にも、いくつかの推進音が聞こえます。」 ベンソンはそう言った後、すぐにヘッドフォンを耳から外す。 「くそ、奴さん、竜母がやられたんで、俺達を探して居やがるな。おい、今の深度は!?」 「50メートルです!」 潜行開始から10分が経つが、まだ50メートルの深度だ。 (この艦も古いからなあ。所々、カタログ通りにいかぬ部分があるな) グレゴリー艦長はそう思いながら、ノーチラスが早く潜ってくれる事を祈った。 敵艦の推進音が右舷後方に抜けようとした時、 「着水音探知!爆雷です!」 ベンソン1等水兵が緊迫表情で艦長に言って来た。 「爆雷が来るぞ!総員衝撃に備え!」 グレゴリーが発令所の皆に向けて叫ぶ。 艦内の空気が一気に冷え付き、誰もが上を見上げてその時を待つ。 潜水艦乗りにとって、場くらい攻撃と言うものはどんな事よりも恐ろしい物だ。 爆雷がひとたび炸裂すれば、満足な防御を持たぬ潜水艦は海中で衝撃に小突き回される。 乗員は狭い艦内で壁に叩きつけられたり、床に転倒する。 爆雷炸裂の衝撃をモロに食らえば、艦体は叩き割られて海底に没していく。 水上艦の沈没は、まだその最期を看取る寮艦等がいるが、潜水艦の喪失と言うものは誰も看取るものが存在せぬ、 ひどく寂しい物だ。 乗員の誰もが緊張の面持ちで、じっと待っていると、突然ドン!という小さな爆発音が聞こえ、艦が微かに揺れる。 最初の爆発は怖くないが、時期にそれが近くなり、最後には艦を炸裂の衝撃で激しく揺さぶる。 「深度、60」 観測員が現在の深度を読み上げる。 2回目の爆発が聞こえる。振動が先ほどより大きい。3回目、4回目と、爆発音と振動は徐々に大きくなって来る。 「大丈夫、外れるぞ。」 グレゴリー艦長が陽気な声でそう言う。 その直後、ダァン!という爆発音が鳴り、ノーチラスが大きく揺れる。 乗員が壁に叩きつけられたのか、一瞬悲鳴らしき声が聞こえた。 ドダァン!という先のものより倍する爆発音が聞こえ、艦体が激しく揺さぶられる。 いきなり側壁のパイプから水が勢い良く吹き出す。 「バルブを閉めろ!」 グレゴリーがすかさず指示し、2人の兵が慌ててバルブを閉める。 その直後に炸裂音が鳴り、三度ノーチラスが揺らされる。一瞬発令所の中が真っ暗になり、2秒後には再び電気がつく。 炸裂音が鳴り、衝撃に揺さぶられるたびに、発令所ではひっきりなしに報告が舞い込み、指示が各所に飛んで行く。 「畜生ぉ・・・・俺はこんなとこで死なんぞ!」 とある兵曹が、必死の形相で喚きながらバルブを閉めていく。 その兵曹は、ヴィルフレイングでカレアント出身の女性と付き合っている。 1度だけ写真を見せてもらったが、獣耳を生やした若くて、可愛げのある女性だった。 その彼が、自らの生のために行動しているのか、女性とまた会いたいがために行動しているのかは分からない。 分かる事は、それぞれの乗員達が、このノーチラスを沈めまいと懸命に努力している事である。 10月24日 午後7時 リルネ岬沖南南西100マイル沖 第16任務部隊司令官、ウィリアム・ハルゼー中将は、暗くなった海面を見つめていた。 エンタープライズの前方には、軽巡洋艦のフェニックスがいる。 本来ならば、前方にいるのは戦艦のノースカロライナのはずである。 だが、TF16には今、ノースカロライナはいない。 「ラウス君。君の案を取り入れて、とりあえず襲撃部隊を送ったが、俺としては勝算は五分五分。 悪くて四部六部であちらが有利だと思う。」 「まあ、とりあえずは敵の戦艦をなるべく叩いてから、船団を襲った方がいいです。そうでなければ、 後々、退路を絶たれて酷い損害を負いますからね。」 ラウスはどこかのんびりとした口調で言う。 「まっ、後はリーらに任せるしかないな。今は結果を待つしかない。」 その時、通信参謀が入ってきた。 「司令官、潜水艦のノーチラスから入電です。」 「ノーチラス?まさか、別の艦隊を見つけたとか言うまいな!?」 ハルゼーは怪訝な表情で通信参謀を見つめて、紙をひったくった。 「いえ、どうやら違うようです。」 通信参謀はそう言うと、ハルゼーに微笑んだ。 「我、機動部隊より南西220マイルの位置を航行中の敵竜母部隊を捕捉、雷撃により敵竜母1隻撃沈確実 * o + # * そうか!ノーチラスはよくやった!」 ハルゼーの顔に笑みがこぼれた。 「ラウス君。南西のシホットの竜母は、2隻とも沈んだぞ。襲撃部隊が敵に取り付く前に朗報が舞い込んでくるとはな。」 「これで、後方の敵は心配しなくて済みますな。」 ブローニング参謀長の言葉に、ハルゼーは満足気に頷いた。 「後は、リーらが残りのシホットを叩きのめすだけだ。」 午後7時30分 ノーベンエル岬南南西250マイル沖 ハルゼーが、敵竜母撃沈の朗報に胸を躍らせている時、ノーベンエル岬の南南西の方角を、一群の艦艇が航行していた。 艦艇群は3隻の巨艦に、6隻の中型艦、16隻の小型艦で成っている。 その艦艇群は、アメリカ機動部隊から抽出された輸送船襲撃部隊である。 襲撃部隊は、主力に戦艦ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタで編成している。 それを支えるのは、重巡洋艦アストリア、ヴィンセンス、ペンサコラ、ノーザンプトン、ナッシュヴィル、サヴァンナ。 駆逐艦デューイ、エールウィン、モナガン、シムス、グリッドリイ、ブルー、マグフォード、ラルフ・タルボット、 パターソン、ジャービス、リバモア、デイビス、フレッチャー、オバノン、ニコラス、モンセン。 計25隻の艨艟が、針路を北北東に向けて、時速24ノットのスピードで航行している。 これらの艨艟が向かう先には、護衛艦群に援護されながら、上陸地点に急ぎつつあるシホールアンル輸送船団があった。 この世界初の大規模夜戦となるノーベンエル岬沖海戦は、刻々と、開始の時間を迎えようとしていた。
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大陸暦1098年 9月1日 サイフェルバン 午後3時 第3戦術爆撃兵団の司令官であるブラッドマン少将は、送られてきた書類を見て満足した。 「司令官、今作戦で、わが軍はB-25、P-51を1機ずつ失い、B-25が12機、A-20が 8機被弾しました。その後、2機のP-51、1機のB-25、2機のA-20が飛行場に不時着しました。 そのうち1機のA-20が使用不能になっています。」 参謀長であるカー・ロビンソン准将が淡々とした口調で報告する。 被害の最終集計が纏まったので、ロビンソン准将は報告しに来たのである。 「戦争とは相手がいる事だ。被害ゼロに抑えると言うことは難しいな。」 ブラッドマン少将は持っていた書類を机に置き、イスに背を乗せた。 「だが、現像された写真を見る限り、我々は敵にかなりの損害を与えている。作戦としては成功だ。あとは、」 「ファルグリン市民、いや、バーマント国民の反応・・・ですね?」 「そうだ。戦争は遠くのほうで起きていると思ったら、いきなり見たことも無い敵がやってきて、暴れまわったのだ。 恐らく、ファルグリンのバーマント人たちは驚いているだろう。百歩譲って驚いていないにしても、 遠くから首都を狙える機体が敵に存在する。それを見せ付けただけでも大きな効果があったと思う。」 腕を組みながら、ブラッドマン少将はそう言った。 現像されたばかりの写真には、煙に包まれる敵施設や、要塞が写っている。 詳しい戦果の判定は、ガンカメラや、搭乗員が撮影したカメラなどを見て、これから細かく検証していくが、 ブラッドマン少将は、この空襲の意義は達せられたと思っていた。 9月2日 午後2時 バーマント公国ファルグリン 公国宮殿のバーマント皇は、眠れぬ夜を過ごしていた。 昨日の空襲で、ファルグリン要塞と錬兵場が壊滅的打撃を受けた。 特に目の前で、錬兵場が銃爆撃受けて壊滅していくさまは、何度も脳裏によみがえった。 眠ろうとすると、宮殿が敵の飛空挺に爆撃される悪夢にうなされる。 その度に、バーマント皇は跳ね起きている。そのため、昨日は2時間しか眠れなかった。 玉座に座る彼の元に、直属将官の1人であるミゲル・アートル中将がやってきた。 最終報告が出来上がったのだな、と、バーマント皇は思った。 「皇帝陛下、被害状況の最終報告が出来上がりました。」 アートル中将は、ここ数日間宮殿にいなかった。出張のため西の魔界都市グアンリムに行っていた。 そして出張が終わり、もうすぐで首都に戻るという時に、ファルグリン空襲を知らされた。 数日前のバーマント皇は、精力的な風貌で、何も怖いものなしと言った感じがしたが、 今日のバーマント皇は、どことなく気迫に欠け、元気が見られない。 何年か老けてしまったように見える。 ただ、バーマント皇目だけはやたらにぎらついていた。 「大方予想は付いておるが・・・・言いたまえ。」 抑揚の無い声でそう言って来た。内心うんざりしているようである。 「まず、ファルグリン要塞でありますが、敵飛空挺の爆撃で西棟が戦死者257人、負傷者2900人、 東棟が戦死者1328人、負傷者3700人。ダムの戦死者が380人、負傷者540人、錬兵場の戦死者が584人、 負傷者1000人となっております。それにダム崩壊で下流付近の軍事施設および、穀物の農作物の一部が かなりの被害を受けました。」 「死者が増しておるな。」 「重傷者の何人かが、救助された後に傷が下で亡くなっています。」 「わずか1時間足らずの空襲で、2500人が死に、8000人以上が傷を負ったのか。」 バーマント皇は深くため息をついた。 この大被害はかなり痛すぎる。人員、農作物。どれを取っても痛すぎる喪失だ。 「それで、町の様子はどうなっておる?」 「パニックは収まりました。市民は元の平静を取り戻しております。」 「そうか。」 彼はそれだけ言って頷いた。 昨日の空襲の後、ファルグリン市民はいきなりの敵来襲にパニックに陥った。 市内には、不時着した敵飛空挺から敵兵が侵攻してきた、 とか、敵の第2次攻撃が今、首都に向かっている、などのデマが乱れ飛び、この情報を真に受けた市民達は恐慌状態に陥った。 市民の中には、慌しく西に逃げていく者が続出し、それに乗じる空き巣や強盗などが頻発した。 軍や官憲は、住民に敵の更なる来襲が来ないことを必死に告げた。そして1時間前に、ようやく混乱は収まった。 「アートル中将、私はあることを思いついたのだが。」 「なんでありますか?」 「確か、サイフェルバンのすぐ東には、東方軍集団があったな。」 東方軍集団とは、サイフェルバンを制圧した米軍に備え、急遽編成された軍団で、4個軍で編成されている。 バーマント軍は、12000の兵で1個師団、7000人の兵で1個旅団を編成している。 1個軍には、3個の師団に、1個の旅団で編成されている。4個軍を合計すると、およそ172000人の大兵力である。 その東方軍集団は、4つの地域に分派され、侵攻してくるであろう米軍を待ち構えている。 「はい。東方軍集団は今も配置に付いております。各軍の将兵も、敵の侵攻を腕を撫して待っております。」 「アートル中将、待機命令は解除する。」 「待機命令は解除ですか。では、東方軍集団を首都に呼び戻すのでありますか?」 「いや。」 バーマント皇はかぶりを振った。そして、先とは打って変わった鋭い目つきで、彼をみつめた。 「東方軍集団にサイフェルバン攻略を命ぜよ。」 「!?」 アートルは思わず耳を疑った。 「敵はたかだか10万ではないか。先のサイフェルバン戦で敵の陸海軍に大きな打撃を与えている。 今度こそ、負けないはずだ。」 バーマント皇は自身ありげに言う。 (そのたかだか10万の軍隊に包囲殲滅された、サイフェルバンの将兵は何だと言うのだ?) アートルは内心呆れ果てた。こんな人物に国は任せて置けない。 「ですが、たかだか10万と言えど、敵の装備も優秀です。東方軍集団は武器も更新されておりますが・・・・・・」 「なに?数が足りんと申すのか?ならば、ララスクリスとクロイッチから引き揚げた部隊も加えようか。」 「ララスクリスと、クロイッチから引き揚げた部隊は、現在再編成中です。」 2週間前に、バーマント軍上層部は本国の防衛のため、ララスクリスとクロイッチの放棄を決定し、軍を両都市から引き揚げた。 現在、この両軍は第21軍として1つに編成され、戦力の補充を行っている。 だが、米軍の実力を直に味わってきた第21軍の兵は、士気が低かった。 「そうか・・・・なら東方軍集団のみで攻撃を行おう。それにしても、昨日の空襲は痛かったな。 せめて戦闘飛空挺がもっと多く完成しておればよかったのだが。」 1週間前に、バーマント軍は念願の戦闘飛空挺、いわゆる戦闘機の開発に成功した。 スピードは529キロまで出せ、武装は11.2ミリ機銃を2丁、両翼に積んでいる。 防御力は並みの飛空挺並みで、機動性が良いと聞いている。 航続距離は1700キロで、1人乗り。 テスト飛行と大量生産を兼ねており、現在30機が西800キロのオールトインの製造工場で既に完成済みだ。 パイロットの評判はよく、現在、他の空中騎士団のパイロットも、この機体を操って訓練に励んでいる。 「まあ、無いものねだりしても始まらぬな。とりあえず、今後の課題はサイフェルバンの占領だ。 いくら大型飛空挺といえども、さすがにサイフェルバンを抑えられたら手も足も出まい。」 「わかりました。早速陸軍最高司令官にお知らせいたします。」 アートルはうやうやしく頭を下げ、謁見の間から退出して行った。 無表情な彼だが、内心ははらわたが煮えくり返る思いだった。 (何も分かっていない!あの皇帝は目の前で敵軍の威力を見せ付けられたのに、まだ勝てると思っている。 これでは、敵軍を逆に喜ばすだけではないか!) アートルは、内心で皇帝を罵った。あの皇帝さえいなくなれば、世の中は安定していたのに・・・・・ 侵略さえしなければ、異世界軍を召還され、首都の空を敵軍に蹂躙されることも無かったのに・・・・・・ 早く・・・・・・・革命を起こさねば。同志をもっと集めねば。 怜悧そうな外見とは異なり、心は色々な考えが吹き荒れていた。 9月4日 サイフェルバン 午後11時 「ナスカ!もういいわ、あなた達は引きなさい!!」 レイムの叫び声が聞こえる。体が先ほどとは、打って変わって石のように重い。 「そうよ、あんた達は無理する必要はないわ。後はあたし達に任せて!」 同僚のリリアもそう叫んだ。2人とも顔が汗でぐっしょりと濡れている。 なんだか背中に服に張り付く。あっ、自分も汗をかいていたのか。まるで水風呂に入ったみたいね。 魔道師、ナスカ・ランドルフはそう思った。 頭がクラクラするが、仕事は決して、やめるつもりはない。 納屋の中が青白い光に染まっている。小さな稲妻のようなものが、ビシビシと音を立てて弾けている。 「もうすぐ・・・・・もうすぐ・・・・・レイム姉さん、リリア。 あたしは・・・やめ・・・ない。たとえ、この・・・命に変えて・・・もね。」 ナスカは笑みを浮かべてそう言った。辞めるのは簡単、魔法陣の中心から手を引っ込め、陣の中から出ればいい。 だが、 (逃げない・・・・絶対に、自分にも、この召還にも、絶対に逃げない!) 幼少時代、いじめにあっている男友達を見つけながら、何も出来ずにただ静観していた自分があった。 10代の半ばごろ、将来の進路を決める時。面と立ち向かって意見を言えず、高等学校に入れられた。 そして4年前、実家の面倒も見ず、勝手に魔法学校に入ってきた自分があった。家族は別の親類に養われた。 どれもこれも、逃げてばかりの人生だった。そして、この召還魔法を聞いたときも、最初は全く関係ないと思っていた。 だが、ある日、突然思った。もう、逃げたくは無い。必要としている人たちがいる。 この国のみんなを守りたい。そして、自分の内面に打ち勝ちたい!! 決意を決めた後は早かった。同じ意思を持つ同僚を集め、彼女ら3人は、レイムに直談判を行った。 3人は、魔法に関しては一流だったが、体力面については3人に大きく劣った。 だが、それでも、彼らは頼んだ。やがて、彼らの熱意に応えたレイムは、彼らを迎え入れた。 そして6人は召還までの数ヶ月、深い絆で繋がった。 今、こうしているのも、自分のため、そして皆のためだからだ。 頭がクラクラしたかと思うと、今度はまぶたが重くなってきた。深いまどろみがナスカを襲う。 だが、彼女はすり減らされる体力のもと、それを振り払う。 何度も何度も振り払う。 「最後まで・・・・・・・最後まで、持って!!!!!!」 限界に達した体は悲鳴を上げている。目もほとんど閉じかけている。だが、彼女は逃げなかった。 そして、次の瞬間、納屋は白い閃光に覆われた。そして、何かが凄まじい光を発し、魔法陣から発せられた。 そして瞬きをすると、そこには何も無かった。だが、彼女は確信していた。召還が成功したことを。 「やった。逃げな・・・かった。」 そこまで言った直後、ナスカの意識は暗転していった。 (起きて) どこからか声がする。誰の声だ? (もう・・・・十分に休んだわ。あなたは、ここにいるべきではないわ。) どこからか、声がする。真っ暗闇の中に、ナスカは立っていた。 「誰?」 彼女は首をひねる。この声はどこかで聞いた声である。 (私は・・・・・あなたよ。) そう、それは彼女自身の声だった。もう1人の私?そんなはずは・・・・・ (そんなはずは、あるのよ) 声、もう1人のナスカは、答えを覆した。どういうことなのだろうか?ナスカは疑問で頭が一杯だった。 (その疑問は、起きれば分かるわ。さあ、行きましょう。真の世界へ) 真の・・・・世界。ナスカは反芻しながら、起きることを決意した。 薄暗闇の世界が、そこにあった。ここはどこ? 彼女はそう思った。ナスカはどことなく違和感を覚えた。そして周りを見渡した。 なぜか来たことも無い服を着せられている。なぜか床が微妙に揺れている。 それに、この毛布は?この部屋は、ヴァルレキュアには全く見られないものだった。 右には、2人の魔道師、フレイヤ・アーバインとローグ・リンデルが寝かされている。 外から、ドンドンドン、ガンガンガンという不思議な音が聞こえてくる。 何か金属を叩いているような音だ。 その時、通路から白い半そでの上着に、白いスカートを付けた女性が現れた。 その女性を見たとき、先に警戒感が走った。 (もしや・・・・・・敵!?) 彼女はすかさずそう思った。ナスカも、魔法学校では各種訓練をこなしており、格闘術もできる。 レイムやリリア、マイントには及ばないものの、大の男をすぐに倒せる腕前を持っている。 だが、彼女の意図を察したのか、女性が、 「ちょっと待って!」 と、いきなり鋭い声で言ってきた。思わずナスカは動きが止まった。白い服の女性の後ろから、男が出てきた。 「どうした、何があった!?」 「軍医、あれを。」 白衣をまとった変わった洋服を着た男が、ナスカを見た。 それを見た男は一瞬動きを止め、その次には満面の笑みを浮かべた。 「やったぞ!目を覚ましたぞ!」 小躍りする男は、その後、冷静な表情になった。 「君は、ナスカ・ランドルフだね?」 眼鏡をかけた、痩身のその男は、歩きながらそう言って来た。 「?どうして私の名を?」 「レイム・リーソン魔道師に君達を看病してくれと頼まれたのだ。 始めまして、私はミハイル・ハートマン軍医中佐だ。君達の看護をずっと担当していた。 あそこのナースは君達の世話をしてくれている、ルクサンドラ・マーチンだ。」 「え?レイム姉さん・・・・じゃなくて。リーソン師匠が私達を?それより、あなた方はいったい?」 「一気に複数の質問をするとは、起きたばかりなのに元気なものだな。」 ハートマン軍医中佐は、顎をなでながら頷いた。 「私達は、君達にこの世界に呼ばれたものだ。」 彼の言葉に、ナスカは召還儀式をやっていたことを思い出した。 召還儀式が終わった直後に倒れていたから、起きるまでの間が全く分からない。 だが、この人たちが、召還された者達とするなら・・・・・・・ 「召還は成功したんだ。」 ナスカは、安堵した表情でそう呟いた。 「先生、患者の状態は、見た限りでは良好です。」 「ふむ。全く異常が無いな。」 2人のやりとりを聞いているよりも、ナスカは外から聞こえる音が気になった。 起きた時からずっと鳴り続けている。 「ん?どうしたのかね?」 ハートマン軍医中佐は、怪訝な表情で彼女に聞いてきた。 「そういえば、外から聞こえるこの音はなんですか?」 「ああ、気になるかね?どれ、見せてやろう。」 そう言うと、彼はナスカを案内した。 彼女が立つと、緑色の長髪が背中まで垂れ下がる。 彼女の風貌は、負けん気が強そうな顔つきだが、顔も端正で、スタイルも悪くは無い。 ハートマン軍医中佐に案内された彼女は、ドアを出ると、初めてここが船の中だと分かった。 彼女はそのことに気付くと驚いた。 さらに数歩進んだところで、外の通路に出た。 「あれが、音の原因だよ。」 ナスカは思わず言葉に詰まった。彼女の先方には、巨大な大型船が停泊していた。 その船は、第3次サイフェルバン沖海戦で大破した、戦艦のアイオワだった。 そのアイオワの傷も、7割がた癒えている。今も艦のあちこちで、修理工が鉄板を打ち付けたり、溶接をしたりしている。 「戦艦のアイオワだ。2ヶ月近く前の海戦で、バーマント海軍の第3艦隊と呼ばれる艦隊と戦って酷い傷を負ったそうだ。 なんでも、1隻で5隻の重武装戦列艦とやらを相手にしたらしい。まあ、5隻のうち、2隻は撤退前に叩き潰したようだ。」 「あの艦だけで、5隻のザイリン級を!?」 まるで・・・・・・化け物じゃない。 ナスカはそう思った。バーマント軍第3艦隊の存在は、ナスカも知っている。 だが、アイオワの巨体をずっと見入っていると、1隻であの重武装戦列艦5隻を相手取れた事も分かる。 (あたし達って、とんでもないものを召還してしまったかな?) ナスカの額に、うっすらと汗が流れた。
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第40話 魔法の砲弾 1482年 8月30日 ノーフォーク沖10マイル地点 午前8時 その日、レイリー・グリンゲルとルィール・スレンティは、ノーフォーク沖を航行中の 軽巡洋艦クリーブランドの後部甲板にいた。 「魔法の砲弾、ですか。」 レイリーは、やや怪訝な表情でレイトン中佐に語りかけた。 「レイトン中佐から聞いた話では、命中率が格段に向上する砲弾、いわば魔法の砲弾の試射が、 このクリーブランドという艦で行われると聞いたんですが。」 「そう。時代を一新する新型砲弾だよ。これまで、高射砲弾というのは弾頭に時限式の信管を 取り付けて発射していたが、このクリーブランドが積んでいる砲弾は、ちょっと特殊な作りに なっているんだ。」 レイトン中佐はどこか誇らしげな表情でレイリーに言った。 レイトン中佐に、新型砲弾の試射を見学しないかと言われたのは8月の12日である。 レイリーとルィールは、それまで新型無線機の開発に従事していた。 開発は依然難航していたが、ここ最近は徐々に先が見えつつあった。 レイリー達はようやく、袋小路から抜け出たと、やや安心していた。 2人はアインシュタイン博士の勧めで、気分転換も兼ねてこの試射に立ち会うことにした。 3人のもとに、クリーブランドの艦長であるトレンク・ブラロック大佐と、 砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐が現れた。 「やあレイトン!久しぶりだな。」 「君こそ。すっかり偉くなったな。同期としては嬉しい限りだよ。」 レイトン中佐とブラロック大佐は互いに満面の笑みを浮かべながら握手を交わした。 「お知り合いで?」 ルィールがどこか呆けたような表情で聞いて来る。 「レイトンとはアナポリスの同期でね。おっと、自己紹介がまだでしたな。 私はクリーブランド艦長のトレンク・ブラロック大佐です。南大陸の使者に会えて光栄です。」 「同じく、砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐であります。」 豪胆そうな艦長と比べて、砲術長のほうはどこか歯切れの悪い口調で自己紹介した。 レイリーとルィールは、冷静な顔つきで自己紹介を行った。 「前部甲板にいる技術者の紹介でも言った言葉だが、とりあえず言っておこう。 本日は新型砲弾の試射にご出席いただきありがとうございます。今回、この艦で試射を行う砲弾は、 VT信管と呼ばれる新型砲弾です。試射は舷側に装備されている5インチ連装両用砲を用いて行います。 発砲の際は両用砲塔に近付かぬよう、お願いします。と、こんなものかな。」 「ハハハ、上手いな。退官後は大手会社のセールスマンになれるな。」 「ああ、俺もそう思っとるよ。」 と、2人は声を上げて笑った。 「しかし、新鋭軽巡の艦長に選ばれるとは、貴様も出世街道を順調に進んでるな。」 「なあに、おれはまだ小物だよ。同期の中には海軍省に栄転した奴もいる。そいつに比べればまだまださ。」 と、ブラロック大佐は謙遜するが、まんざらでもないようだ。 彼が艦長を務める軽巡洋艦クリーブランドは、対空、対艦能力のバランスが取れた軽巡である。 基準排水量10000トン、全長186メートル、全長20・3メートル、速力は33ノット。 主砲は新式の54口径6インチ3連装砲4基12門に、5インチ連装両用砲6基12門。 機銃は40ミリ連装機銃8基16丁、20ミリ機銃20丁を搭載し、水偵4機を積める。 ブルックリン級軽巡の拡大発展型の意味合いが強いが、砲戦力、対空火力はブルックリン級より強力である。 主砲はこれまでの47口径6インチ砲に変わって、射程、貫徹力の向上した54口径6インチ砲が新たに採用されている。 ブルックリン級に比べると、主砲1基が少なく、砲戦力が低下しているが、その分、対空火力が向上している。 新装備の54口径砲は威力、射程は申し分なく、砲が少なくなった穴を埋められると上層部は見込んでいる。 両用砲も12門に増え、高高度から低高度の敵に対応しやすくなり、甲板各所に配備された40ミリ機銃、 20ミリ機銃もブルックリン級に比べて増えている。 このクリーブランド級は、今年から順次建造、就役する予定であり、最終的には30隻が竣工する見込みだ。 性能面からして、上層部はクリーブランド級を使い勝手の良い軽巡であると評価しており、今後の活躍に期待されている。 「こいつはいい艦だよ。お前の活躍次第では、クリーブランド級の増産も考えられるかも知れんぞ。」 「そいつはいい。造船所が喜ぶな。おっと、ショーが始まるまでもう時間が無いな。 ジョシュア、君の腕前、お客さん方に見せてもらえ。」 「はっ、微力を尽くしますよ。」 砲術長は少し引きつった笑顔を浮かべると、ブラロック大佐と共に艦内に戻っていった。 「本当なら、この新型砲弾の試射は8月12日から行われる予定だったが、輸送中の事故があって 今日に延期になったようだ。ちなみにこの砲弾の試射は本当は国家機密で、あまり知らされていない。 だから、君たちがこの試射に立ち会える事は、ある意味幸運かもしれない。」 「幸運ですか。」 ルィールが納得したように頷いた。 レイリーは前方を航行する空母を見ながらレイトンに聞いた。 「レイトン中佐。試射をやるからには、目標が必要になるはずですが、その目標はあの艦に乗っているのですか?」 「そうだ。目標はこの艦の前を行くワスプが用意してある。今回は小型のリモコン飛行機を飛ばして、 それに向けて砲弾を撃つ。用意してあるリモコン飛行機は3機だ。」 「「3機?」」 レイリーとルィールは素っ頓狂な声を上げた。 アメリカ海軍の対空射撃は、空一面に砲弾をぶちまけるかの如く撃ちまくると聞いている。 訓練では実戦のように、狂ったようには撃ちまくらないが、それでも100発か200発程度は撃つと思っていた。 なのに、目標役はたった3機のラジコン飛行機である。拍子抜けしないほうがおかしい。 「それって、少なすぎなんじゃ・・・・」 ルィールが理解できぬと言った表情で、レイトンに言った。 「君達もそう思うか。確かに、傍目から見れば少ないだろう。実を言うとね、高角砲の試射は実戦のように 無闇やたらに撃たないのだ。最初は単発発砲、次は連続斉射、最後に高高度の目標を単発発砲と、 この順番でやるのだ。でもね、本当なら3機も用意する必要なかった。理由は簡単、撃ち落されないからさ。」 「へっ?撃ち落されない?」 レイリーが気の抜けた口調で言う。 「そうだ。これまで、時限式の高角砲弾で何度かテストしているんだが、成績は最悪。 タイミングは合わないわ、発砲した砲弾が作動しないわで、試射でラジコン飛行機が撃ち落されたのは 見た事がないようだ。本来なら、どうせ当たらんのだから3機中2機のみでやってしまえと言う輩も いたようだ。まっ、運が良ければ、ラジコン飛行機が落ちる瞬間を見られるかも知れんな。」 レイトン中佐はそう言いながら、自分達からやや離れた場所に陣取る撮影班を見た。 先ほど彼らに話を聞いたところ、彼らもラジコン飛行機が落ちるのを見た事がないという。 「8時30分に試射開始だから・・・・あと4・5分と言う所だな。」 レイトン中佐はほぼ無表情でそう呟いた。 やがて、8時30分になった。射撃を行うのは、左舷の1番両用砲である。 ワスプからラジコン飛行機が発艦し、時速150キロほどのスピードでクリーブランドの周囲を一周した。 クリーブランドは18ノットのスピードで航行し、艦体も安定している。 「さて、ショータイムだ。」 レイトン中佐が期待したような口調で呟く。 1分後に、ラジコン飛行機が高度500メートルほどで、クリーブランドと平行するように通り過ぎようとした。 その直後、1番両用砲の連装砲のうち、1つが火を噴いた。 ドォン!という発砲音が響いてから1秒後、ラジコン飛行機の至近距離に黒い花が咲いたと思った瞬間、 破片によってバラバラに打ち砕かれてしまった。 優雅に飛行していたラジコン飛行機の姿はなく、小さな破片が、紙ふぶきのようにパラパラと海面に撒かれた。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 鮮やかに決まったラジコン飛行機撃墜の反応は、沈黙であった。 しばらく沈黙が続いた後、撮影班から、 「おい、初めてラジコン機が落ちたぜ!」 と、何故か興奮気味な言葉が流れてきた。 「レイトン中佐。鮮やかに落とされましたね。」 ルィールの涼しげな言葉に、レイトン中佐ははっとなって答えた。 「あ、ああ。初回の初打席から見事なホームランだね。」 彼は今の状況を野球に例えながら答えた。 2分後に、ワスプから別のラジコン飛行機が発艦した。 そのラジコン飛行機は、左舷側に飛び去っていくと、やがて高度70メートル辺りで、雷撃機を模した格好で接近し始めた。 姿がハッキリし始めた直後、1番両用砲が再び発砲した。 今度は2本の砲身を用いての斉射だ。 「さて、今度は」 レイリーが言い終わる前にラジコン機の前方、後方で砲弾が炸裂した。 破片をもろに受けたラジコン機はこれまたバラバラに砕け散ってしまった。 「・・・・当たりでしたね。」 レイリーもまた、務めて平静な口調で言った。 続いて、3機目もワスプから発艦する。 この3機目は、水平爆撃機に擬して、クリーブランドの左舷側から上空に覆い被さって来た。 これに対し、クリーブランドの1番両用砲が発砲する。1回目と同じように、やはり砲1つのみの射撃である。 黒い粒のようなラジコン機のすぐ後ろ側で、砲弾が炸裂した。 その刹那、ラジコン機は全身火達磨になって墜落していった。 「あっ、当たった。」 どこか腑抜けたような声が聞こえた。 この日の試射はわずか20分ほどで終わってしまった。 「ショーはこれにて終了のようだが、何か感想はあるかな?」 レイトン中佐は少しばかり引きつった表情で2人に聞いた。 「率直に言って当たりすぎです。4発撃って全てが有効弾なんてはじめて見ましたよ。」 レイリーが控え目な笑みを浮かべながら言う。 「・・・・・私も同感ですが・・・・・もしかして、この新型砲弾には・・・・・」 ルィールが、声のトーンを徐々に小さくしたと思うと、突然考え事を始めた。 レイリーも彼女同様黙考を始めている。 その間に、先ほど顔を合わせた艦長と砲術長が彼らの下にやって来た。 「やあブラロック。君んとこの砲手は大した腕前だな。」 「いや、それほどでもないんだが。」 「砲手の腕は悪くはありませんが、全ての仕掛けは、あの砲弾ですよ。ところで」 ラルカイル砲術長が怪訝な表情で2人を見た後、レイトン中佐に聞いた。 「この特使の方々は、難しい顔をして何を考えているのです?」 「私に聞かれてもね。」 レイトン中佐は肩を竦めたが、2人は考えをやめて彼らに顔を向ける。 「大体見当が付きました。」 ルィールがまず喋りだした。 「あの新型砲弾は、もしかして探査魔法系の類が仕込まれていますね?」 「あなた方で言うなら、レーダーと呼ばれるものです。」 2人の言葉に、ラルカイル中佐とブラロック大佐はぎょっとなった。 「こいつはたまげた。VT信管のからくりを見破るとは。」 「か、艦長!」 「大丈夫です。口外はしませんよ。元々、機密事項というものには慣れていますから。」 レイリーは笑みを浮かべながら、やんわりとした口調で言う。 「頼みますよ、特使さん。でも、細かく教える事はできんから、大雑把に言う。 あの新型砲弾には、あんたらが言っていたように、小さなレーダーが付いている。砲弾に付けられた レーダーは、発射直後に作動する。」 ブラロック大佐は、片方の手を高角砲弾に、もう片方を飛行物体に似せた。 「砲弾は、打ち上げられた後にレーダー作動させ、音波によって飛行物体の位置を常に掴んでいる。 そして、砲弾は飛行物体に近付く。すると、レーダーが一定の反応を捉え」 彼は近づけた手を、大きく左右に開いた。 「ドン!破片を飛び散らして相手に致命傷を与える。要するに、VT信管は目の付いた弾だな。」 「目の付いた・・・・弾。」 レイリーとルィールは、驚いた表情で互いの顔を見合わせた。 実を言うと、ミスリアルでも似たような研究があったのだ。 打ち出す砲弾サイズの光弾を、相手の至近で爆発させ、その威力で敵の軍を混乱させる。 という名目で、研究が行われていた。 だが、砲弾と同等の威力を持つ光弾に、自発的、それも自由意志で爆発させると言う事は困難であり、 結局、開発困難と言う事で研究は打ち切られた。 魔法で世界一と言われるミスリアルが出来なかった事を、アメリカはやってのけたのだ。 「魔法で出来なかった事を、アメリカは・・・いや、科学は出来た。」 ルィールは小さく呟いた後、どこか落胆したような表情を見せた。 「ん?何か悪い事言って・・・しまったかな?」 ブラロック大佐は、彼女がいきなり落ち込んでいる事に驚く。 「あっ、いえ。別に。」 ルィールがすぐに否定するが、いつもと違って歯切れが悪い。 「しかし、この砲弾さえあれば、艦隊の防空能力は飛躍的に向上するでしょう。 いやはや、アメリカは凄いものを開発したものです。」 レイリーは感嘆してそう言ったが、 「お気持ちは分かりますが、このVT信管はまだ製作中のものなので、問題点は色々あります。」 砲術長のラルカイル中佐が戒めるような口調で言った。 「この信管の精度は、先ほども見た通りピカ一です。しかし、未だに故障は多く、砲弾の特性故の問題は 残ったまま。それに、今さっきの試射で上げた好成績ですが、あれはたかだか100~200キロしか 出せぬ低速機。実際の戦場では、敵機はその2倍以上の300~400キロ以上、良ければ500キロ以上の 猛速で突っ込んで来ます。優秀な新型砲弾といえど、状況が違えば、今日のような好成績が出る事は非常に 難しいでしょう。」 「砲術長の言う通り。今やったのは訓練に過ぎない。実戦で百発百中とは、どんなベテランでも出来ん代物だ。 だから、今の訓練も、頭の中では話半分として理解した方が良い。」 「なるほど。」 レイリーは納得して大きく頷く。 「だが、このVT信管が実用化されれば、シホット共のワイバーンは急激に数を減らすだろう。 それだけは確かだな。」 と、ブラロック大佐は自慢げに言い放った。 ノーフォーク港に入港したのは午前10時であった。 クリーブランドから降りたレイリーとルィールは、レイトン中佐に早速感想を聞かれた。 「今日はどうだったかね?見応えは充分にあったと思うが。」 彼の問いにまず、ルィールが答えた。 「その通りですね。シホールアンルの防空部隊は北大陸、南大陸の中で一番の命中精度を持つと 言われていますけど、今日の試射はそれ以上です。あの試射だけを見るなら、神業ですね。」 普段冷静な彼女にしては珍しく、興奮と悔しさの混じった口調である。 「正直言って、やられたなあと思いましたね。あたしは今まで、魔法に敵う物は無いと思ってましたが、 今日の試射で、いや、この国に来てから色々思い知らされました。」 「私としても、彼女と同感です。今日は本当に勉強になりました。」 2人はいつになく、感嘆した口調で感想を述べた。 「そうか。なら連れて来た甲斐があったな。しかし、VT信管の特性に早々と気付いたところは驚かされたよ。 流石は世界一の魔法使いだ。頭の回転が速い。」 逆にレイトン自身も、2人の反応には驚かされている。 あの時点で、VT信管を初めて見、その原理を素早く見抜いたのはこの2人だけである。 「その天才達を手を組めた我が合衆国は幸運だったな。」 レイトン中佐はうんうん頷きながら呟いた。それを聞いた2人も、 (このような国を敵に回さなくて良かった) と心の底から思っていた。 その後、3人は軽い休息を取った後、ロスアラモスに戻って行った。 1482年 8月31日 午前10時 エンデルド 第24竜母機動艦隊の旗艦である竜母モルクドの司令官室で、リリスティ・モルクンレル中将は 乱暴な仕草でドアを開き、思い切り閉めた。 「何が目標達成よ!石頭っ!!」 そう言いながら、彼女は制帽をベッドに叩き付けた。 気を落ち着けるために、水の入ったビンを取り出してコップに水を入れる。 半分ほどまで入れると、彼女はぐっと一息に飲み干した。 荒立っていた息が次第に収まり始め、頭もようやく冷めてくる。 「はぁっ・・・・」 彼女はため息をつきながら、ちらりと舷窓に視線を送る。 昨日までは、彼女の旗艦であったクァーラルドがモルクドの右舷に停泊しており、この窓から見えたのだが、 今日はその勇姿を見ることが出来ない。 クァーラルドは、25日のバゼット海海戦で米艦載機の攻撃を受けた。 爆弾2発、魚雷1本を浴びた結果、中破の判定を受け、修理のため本国に回航されたのだ。 「疲れた。」 リリスティはか細い声音でそう呟くと、ベッドに仰向けに倒れこんだ。 この日の8時、彼女は経過報告のため、西艦隊司令部に赴いた。 そこで、海戦の報告を終えた後、西艦隊司令長官であるカランク・ラカテルグ大将から褒めの言葉を貰った。 「よくやった、モルクンレル。バルランドの護送艦隊を全滅させ、アメリカの小型空母を2隻撃沈。 そして、この間の海戦では、こっちもやられたが、敵正規空母2隻を大破させた。これで、目的は達成できたな。」 丸顔のラカテルグ大将は、満面の笑みを浮かべながらそう言った。 「ありがとうございます。しかし、私としては少々理解しかねぬ部分があります。」 「ほう・・・・言ってみたまえ。」 一瞬、ラカテルグ大将の目が冷たいものを帯びたが、リリスティは気にせずに説明した。 「私は、25日の海戦の途中報告の際、アメリカ正規空母2隻を大破、うち1隻は大火災、速力低下との 文を付け加えています。あの時、わが方の損害は無視できぬものでしたが、後一撃を加えれば、 敵の正規空母を最低でも1隻、仕留められました。長官」 リリスティは、執務机に手を置き、ずいと前のめりになる形でラカテルグ大将に近付いた。 傍目から見れば、威圧するような感じである。 「なぜ、作戦終了、反転せよと命じたのですか?」 「君。答えは簡単では無いか。」 ラカテルグ大将は、どこか嘲るような眼つきでリリスティを見た。 お前は馬鹿か?と言っているような眼つきだ。 「元々、バルランドの護送艦隊を全滅させ、後から出てきたアメリカ空母を撃沈、もしくは当分 しゃしゃり出て来れないようにすることが目的だったのだ。小型とは言えライル・エグ級に相当する 空母を2隻撃沈し、敵の精鋭機動部隊の一部である、正規空母2隻も大破できた。 見たまえ、君の言った通りの結果では無いか。」 「足りません!」 リリスティはラカテルグに叩きつけるように言う。 「確かに小型空母は沈めましたが、私の本当の目的は、敵精鋭機動部隊を一部でもいいから “沈めるか、悪くても大破”させる、と言うことだったのです。あの時はあと一歩で、最低でも 一番傷ついたレキシントン級は撃沈できました。雑魚を沈めても、本命を沈めなければ意味がありません!」 「その雑魚を沈めるのにワイバーン40騎喪失。足腰叩きのめそうとしただけで自軍の竜母3隻、戦艦1隻損傷、 ワイバーン89騎喪失・・・・犠牲が大きいのにまだ続けるというのかね?」 「う・・・・・ですが、あと一押しで、敵空母は撃沈できました。ワイバーン隊の指揮官も 私と同様の意見を述べていました。」 「対空砲火はグンリーラ海戦やガルクレルフ沖海戦の時と比べて向上している。 確かに米空母を撃沈できたかもしれない。だがね、モルクンレル中将。ワイバーンを失ったら、 竜母部隊としての以降の作戦行動は出来なくなってしまうぞ。」 リリスティは、次第に頭が熱くなるような感じに見舞われた。 あの時、彼女が帰投命令を出した時、ワイバーン隊の指揮官や、第2部隊、各艦の艦長までもが 戦闘を続けて欲しいと言い募ってきた。 リリスティは部下達の言葉に打たれ、再度反転して敵機動部隊に向かおうとした。 第24竜母機動艦隊は、その時点での犠牲は大きかった。 それでも戦闘ワイバーン74騎、攻撃ワイバーン53騎が出撃可能であった。 竜騎士達も早く米空母に止めを刺したいと思っていた。 だが、西艦隊司令部は執拗に反転命令を繰り返した。 命令に逆らえば、いくら名門貴族出の軍人。皇帝と親しいリリスティと言えど、今のポストから 解任されるのは確実である。 リリスティは断腸の思いで、この恥ずべき命令を遵守したのだ。 「現場には現場の状況と言うものがあります!犠牲は大きかったですが、余力を残している内は 戦果拡大を狙うのは当然」 「くどい!」 ラカテルグ大将は、顔を真っ赤にして怒鳴った。 「いくらワイバーンの予備が控えておるからとは言え、戦果充分の上に犠牲を増やす事は無い。 貴様はあたらに部下を殺すために機動部隊を任されたのか!?」 「・・・・・!!」 リリスティはこの男を殴り倒してやろうかと思った。 彼女自身、剣術、格闘術の使い手だ。皇帝のオールフェスとも、模擬戦闘を何度もやった事はある。 ラガテルグのように、陸上勤務中心で昇進して来た中年男など、あっという間に叩きのめす事が出来る。 だが、軍に入って培った自制心が、暴発しかけた心を抑えた。 「いいえ。私は味方を勝利させるために艦隊を任されました。部下をあたら殺すために任された訳」 「とにかく議論は終わりだ。」 ラカテルグ大将は興味を無くした、と言わんばかりの表情で彼女を見つめた。 「犠牲は大きいが、戦果は充分だ。これで、奢り高ぶる南大陸の馬鹿共も、アメリカ軍の不甲斐なさに やる気をなくしているに違いない。君の案は実に素晴らしいものだった。」 彼はそう言い終えると、先ほどまで読みかけていた書類に視線を移した。 「後は戦力回復に努めたまえ。戦争はこれからだ。」 大将はそう付け加えながら、出口の方向に顎をしゃくった。 それが、今朝の出来事。 「実に素晴らしい・・・・ふん。現場の声が分からないくせに、よく言う。」 リリスティはそうぼやくと、姿勢を起こした。 「あたらに部下を殺す訳ではないのに・・・・・・」 呟いてから、彼女は頭を掻いた。 「今度は、いつ奴らと会えるのかなぁ。」 彼女はベッドから立ち上がり、自分の机にへと進む。机まで歩くと、引き出しから数枚の紙を出した。 紙には、アメリカ軍正規空母のイラストが描かれている。 イラストの片隅には、それぞれの名前が記されていた。 「あの海戦で出て来た正規空母は、レキシントン級とヨークタウン級。レキシントン級は爆弾10発程度、 ヨークタウン級には5、6発当てている。少なくとも、2ヶ月かそこらかは修理が必要ね。 と、なると、残りはあと3、4隻。」 ふと、彼女はカレンダーに目を向けた。 カレンダーには、会議の日は黒いサイン、訓練期間は緑のサイン、作戦期間は赤いサインと、 3種類のサインで埋められている。 カレンダーは、10月の下旬辺りに赤いサインが記されていた。 858 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/05/31(木) 20 42 05 ID 4CUjn9IY0 852氏 元の世界ですが、まずはヨーロッパ戦線からです。 ヨーロッパ戦線は、8月にフランスのパリが無血開城されますが、ドイツ軍はこれまでの消耗がたたって 更なる攻勢を企図することが出来ず、今は英仏軍との航空戦のみが盛んに行われています。 一方で大西洋方面ではドイツ海軍Uボート部隊は、一時は英国を干上がらせる勢いで連合国輸送船を沈め まくりましたが、6月から8月にかけては逆にUボート部隊のほうが大損害を被り、優位は連合国側に 奪われました。 一方、日ソ戦争ですが、42年の4月から、蘭印や英国からの物資補給が定数に届き始め、燃料事情は 改善されつつあります。 6月には、再びソ連軍が大攻勢を開始しましたが、攻勢軍が逆に日本軍に逆包囲されてわずか1週間で 攻撃は終了しました。 あっけない攻勢失敗によって、ソ連軍は再び満州国境まで押し戻されました。 8月には帝國海軍機動部隊がサハリンやカムチャッカを襲撃し、ソ連軍に多大な損害を与えています。 結果的に、日ソ戦は陸では日本が少しばかり優勢、海では日本が圧倒的優勢となっています。 864 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日) 14 43 35 ID 4CUjn9IY0 862氏 前線の指揮官と後方の指揮官では視点が違いますからね。 その場で見れば、どちらも正しく、どちらも間違っていると言う事になりますが、全体的には やはりラカテルグの判断が正しいです。 シホールアンル側の情報網強化ですが、当然アメリカ本国に潜入、と言う事も企てております。 しかし、アメリカ潜入の手段は限られており、一番近いアリューシャン列島に潜入しようとしても 当方面の警戒は厳重ですし、有効とも思えるバルランド留学生に混じっての潜入も、それを警戒する アメリカ側によって厳正な審査が行われていますから、現状では難しいです。 1482年は西暦に直すと、いつになるのでしょうか このF世界の世界暦では1482年となっておりますが、アメリカ側の感覚、つまり西暦では1942年です。 それでは、SS投下いたします。
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10月5日 午前4時30分 カウェルサント 俺は目が覚めて、寝床から起きた。 緊張しているためか、起きた時に来る眠気があまり来ない。 「たった4時間しか寝ていないのに、頭が冴えているな。」 俺はそう呟く。ふと、自分の左脇に置いている、とあるモノに目が止まった。 「・・・・本物と比べたら、みすぼらしいけど、なんとかなるかな。」 と、苦笑混じりに言った。 なぜか、外がガヤガヤと騒がしい。なんだろうと思った俺は、ひとまず寝床のあるテントから出てみた。 辺りはかがり火が消されて、暗かった。太陽はまだまだ上がっていない。 それなのに、門の周辺には大勢の革命派の兵士達が集まっている。 「おい!こいつを手当てしてやれ!」 「水だ!水をもってこい」 「他に空いている部屋は無いか!?」 門の手前で、なぜか革命派の兵が寝かされて、味方の叱咤激励を受けている。その寝かされている奴は門の手前だけではなく、奥のほうにもいる。 10人や20人ではない。100単位の数の負傷兵が、仲間の介抱を受けていた。 「なんてこった・・・・・」 俺は思わずそう漏らした。なにせ、負傷兵のみならず、門から中に入ってくる兵の顔が、疲労で顔が死んでいる。 精も根も尽き果てたと言わんばかりだ。 その疲労に満ちた表情にも、目だけは鋭くぎらついており、まるで地獄から這い上がってきた幽鬼のように見えて、ぞっとする。 「継戦軍を食い止められなかったのか。」 彼らは防衛線を守っていた部隊だ。継戦軍が攻撃を仕掛けた場合、彼らは真っ先に攻撃を受ける。 そして、その攻撃を跳ね返すのが彼らの任務である。 敵味方が受けた被害がどうであれ、本来、防衛線で居座っているはずの彼らが、ここに逃げているという事は、防衛線から叩き出されたのだ。 「ポイントを継戦軍に取られたか・・・・・・」 となると、敵地上軍はこの砦に殺到してくることになる。 早くもピンチに陥るとは・・・・・・・・ 「他に部屋は無いのか!?」 「今探していますが、どこも先に収容した兵の治療に当たっております。空くのはもうしばらくかかるかもしれません。」 「こんな泥だらけのとこで、長い時間負傷兵は寝かせられん。」 すぐ近くで、革命派の兵が話し合っている。 俺が寝いている間に雨は止んだのだろう、空は再び星空が除いているが、地面は先の豪雨の影響で、まだぬかるんでいる。 その泥だらけの地面の上に、100、いや、200は下らぬ負傷兵がいる。そのうちの半数が地面に寝かされている。 一応、何かを敷いてから寝かされているが、これでは、負傷兵の衛生環境に悪い。 「おい、君達。」 俺は後ろを振り返った。押し問答を繰り返していた革命派の兵2人が、俺を見て驚いている。 「あ、あなたは。」 「部屋を探しているんだろう?なら俺の部屋を使え。狭い部屋だが、5、6人は寝かせられる。 医療設備はないが、こんな汚い地面の上で寝かせるよりマシだろう。」 彼らが驚くのを無視して、自分の部屋を使うように勧めた。 「え、でもマッキャンベル中佐。あなたの部屋を勝手に使うなど、自分達はとても。」 背の低い、ピンク色の目をした女性兵が言ってくる。この兵の表情にも、かなりの疲労が滲んでいる。 「あなたはいわば客人です。その客人の部屋を勝手に使う事は、」 「馬鹿野郎。そんなことはどうでもいい!君達は傷を負った仲間を助けたいんだろう? ならばなおさらだ。俺の事など気にせず、部屋を使え。」 じれったい奴らだ。こんな時にまでわざわざ遠慮なぞする必要もないだろうに。 本人がOKと言っているのだから、さっさと使えばいいのだ。 「「あ、ありがとうございます!」」 2人が言葉を重ねて言ってきた。最初からそう言え。 「俺の部屋はあそこ、すぐ近くだ。」 指を指して、自分の部屋を教えた。2人の兵は、他の手の空いている仲間を呼んで、負傷兵を運ばせた。 自分も誰かを呼んで、負傷兵を運ぼう。おっ、あいつがよさそうだ。声をかけてみよう。 「そこの黒い外套を着た君!ちょっと来てくれ!」 すたすたと歩き去っていこうとする兵を呼び止める。その黒い外套の兵が足を止めて、俺のほうを振り返った。 畜生、苦手な奴を呼んでしまったな。 「なんですか?」 「イメイン、君か。」 彼女の顔がやや青ざめている。 確か彼女自身も撹乱部隊に参加していたというから、戦闘をやって来たに違いない。 「負傷兵をあの部屋に一緒に運んでもらおうかと思ってたんだが・・・・疲れているみたいだな。他を当たるよ。」 「手伝う。」 不機嫌そうな口調で言ってくるなり、俺が持とうとした負傷兵の側まで寄ってきた。 負傷兵の下に敷かれている紫色の薄布を握って、俺のほうを向いた。 「あなたは頭の部分を。」 「あ、ああ。」 その言葉に施されて、俺は頭の自他にしかれている薄布を握った。 俺が合図をして、その負傷兵を持ち上げた。 負傷兵がうっと、うめきを上げたが、俺とイメインはそれを無視するかのように、そのまま歩き続けた。 部屋にかけられている天幕を、さっき押し問答を繰り返していた男性兵があげてくれた。俺は後ろ向きに天幕の中に入った。 ベッドの上に1人、床に3人が既に入っている。俺とイメインは、右側の空いている部分にその負傷兵を寝かせた。 「マッキャンベル中佐、部屋の中にこのようなものがありましたが。」 さっきの男性兵が、俺の飛行服が入った手さげ鞄と(オイルエン大尉に譲ってもらった)、包まれた布を持って来てくれた。 「ああ、ありがとう。」 俺は微笑んでから、それを受け取った。 「医務官はまだか?」 「今、こっちに向かってるところです。マッキャンベル中佐、部屋を貸していただいてありがとうございます。」 「俺に感謝するのもいいが、それよりも、戦友を励ましてやれ。見たところ、みんな傷が酷い。 俺に対する感謝はどうでもいいから、先にあいつらを手当てするんだ。」 「はっ、分かりました。」 思わず、面食らったような表情になったが、すぐに男性兵は俺の言葉の意味を受け取り、天幕の中に入っていった。 イメインと共に天幕から出た俺は、ふと、彼女の右腕に白い包帯が巻かれているのが目に入った。 「おい、負傷したのか?」 イメインが俺を見た。一瞬だけだが、どこか痛みに耐えているような表情が見えた。 しかし、それはすぐに冷静な表情へと変わった。 「敵とやり合っているときにつけられたの。これぐらいはかすり傷よ。」 そう言って、彼女はどこか行ってしまった。 かすり傷か、じゃあさっき、一瞬だけ見たあの表情はいったい? 俺はイメインを見てみた。彼女はどこかに行ってしまい、見えなかった。 かすり傷といっていたが、包帯に付いていた血はだいぶ滲んでいた。 「かすり傷で、あんなに血が出るものか?」 戦闘中は激しく動いている分、血液のめぐりも早くなる。なるほど、その時に傷を受ければ、出血もやや多くなるだろう。 だが、彼女の表情は明らかにおかしかった。 「あれは、絶対にやせ我慢している。かすり傷ではないな。」 俺はそう思った。 それはともかく、今度の戦いは、この砦を巡るものとなる事は確かだ。 その時に、彼らは優勢な敵に対して、どのようにして戦うのだろうか? 午前5時 ヌーメア ゼルポイス大佐は、やや晴れた表情でザルティグ少将に報告した。 「現場付近の天候は次第に回復しつつあり、午前6時ごろには現地の天候はだいぶ回復するようです。」 「雨雲は北に向かったようだな。よし、これでワイバーンロードの支援が受けられる。」 椅子に座っているザルティグ少将は満足そうな笑みを浮かべて頷いた。 昨夜の戦いで、第77歩兵師団に所属する第1連隊は、豪雨の中、敵の防御線に突入している。 戦いの結果、第1連隊側に多くの死傷者が出てしまったが、当初の目的であった、防御陣地からの敵軍の排除は達成させられた。 また、防御陣地は開けた土地となっているため、第1連隊指揮官から砲兵陣地には最適である、と報告されている。 「占領した防衛線に配置する砲兵隊はどうなった?」 「既に準備を終え、10分後には防御線に向けて出発する予定です。」 「万事順調だな。」 最初こそ、革命派の思わぬ攻撃によって混乱したものの、物事はうまく進んでいる。 相手は数が少ないとはいえ、精鋭だ。死に物狂いで反撃してくる。 そのため、味方の損害率は敵よりも高い。 (だが、数の優位は全く動かぬ。このまま、一気に押し潰すぞ!) 遠いながらも、勝利を確信したザルティグ少将は思わず微笑んだ。 その時、いきなり魔道兵が、天幕の中に入ってきた。何か紙を握りしめている。 「報告します!」 「なんだ?読め。」 ゼルポイス大佐にほどこされて、その魔道兵は紙を読み上げた。 「海竜情報収集隊から連絡です。我、ギルアルグ北北東120キロ地点で・・・・」 思わず魔道兵が息を呑んだ。魔道兵は気を取り直して読み続ける。 しかし、小型戦列艦3隻に、中型戦列艦が2隻しかいないとなると・・・・・ いや、まさか。 ゼルポイス大佐がある事を思い立った時、魔道兵が第2報を読み始めた。 「続いて第2報です。敵艦隊は、艦隊の後方に空母3隻の機動部隊を伴う。 送られてきた魔法通信の内容はこれだけです。」 機動部隊だと!? ゼルポイス大佐は心臓が跳ねた。彼はザルティグ少将の顔を見つめる。 先ほどまで、微笑を浮かべていたザルティグの顔は、やや暗いものになっている。 「これは、少々意外な事態だな。いや、少々でなく、深刻・・・・・といったほうがいいかもしれんな。」 昨日から、2通ほどの興味のある魔法通信が送られてきた。 2通とも、アメリカ軍の偵察機が偵察にやってきた、との報告である。 「敵の空母はマリアナの沖合にいるかもしれない。」 ザルティグは昨日の作戦会議で、そう漏らしている。 彼らは敵空母部隊が付近にいるかもしれないと思っていたが、付近といっても、てっきりマリアナ付近であろうと思っていた。 その予想は、この魔法通信であっさり打ち砕かれた。 ギルアルグからこのヌーメアまでは直線で270キロある。 そのギルアルグから北120キロのとこに、あの忌まわしき空母部隊がいるのだ。 その海域からヌーメアまでの距離は直線でおおよそではあるが、400キロ。 一方、大魔道院が破壊される前に生起した海空戦で、第5艦隊が距離500キロ以上離れたアメリカ機動部隊から、 実に3波、300機の航空攻撃を受けている。 「120キロ地点で、敵艦隊を発見。小型戦列艦3、中型戦列艦2。」 「なんだ、これだけか。」 ゼルポイス大佐は、てっきり異世界軍の空母部隊かと思った。 しかし、小型戦列艦3隻に、中型戦列艦が2隻しかいないとなると・・・・・ いや、まさか。 ゼルポイス大佐がある事を思い立った時、魔道兵が第2報を読み始めた。 「続いて第2報です。敵艦隊は、艦隊の後方に空母3隻の機動部隊を伴う。 送られてきた魔法通信の内容はこれだけです。」 機動部隊だと!? ゼルポイス大佐は心臓が跳ねた。彼はザルティグ少将の顔を見つめる。 先ほどまで、微笑を浮かべていたザルティグの顔は、やや暗いものになっている。 「これは、少々意外な事態だな。いや、少々でなく、深刻・・・・・といったほうがいいかもしれんな。」 昨日から、2通ほどの興味のある魔法通信が送られてきた。 2通とも、アメリカ軍の偵察機が偵察にやってきた、との報告である。 「敵の空母はマリアナの沖合にいるかもしれない。」 ザルティグは昨日の作戦会議で、そう漏らしている。 彼らは敵空母部隊が付近にいるかもしれないと思っていたが、付近といっても、てっきりマリアナ付近であろうと思っていた。 その予想は、この魔法通信であっさり打ち砕かれた。 ギルアルグからこのヌーメアまでは直線で270キロある。 そのギルアルグから北120キロのとこに、あの忌まわしき空母部隊がいるのだ。 その海域からヌーメアまでの距離は直線でおおよそではあるが、400キロ。 一方、大魔道院が破壊される前に生起した海空戦で、第5艦隊が距離500キロ以上離れたアメリカ機動部隊から、 実に3波、300機の航空攻撃を受けている。 そう、このヌーメアは敵飛空挺の航続距離内にすっぽりと入っているのだ。 「海竜は、情報を事細かく伝えてくるように訓練されています。」 ゼルポイスト大佐が言う。 「魔法通信の内容はかなり簡潔で、短い。恐らく、魔法通信を送っている途中で敵の攻撃を受けたのでしょう。」 天幕の中の雰囲気は、一気に重く沈んだ。 「唯一の救いは。敵飛空挺に発見されていない事だ。」 ザルティグ少将がしっかりとした声音で言ってくる。 「発見されていないという事は、ヌーメアはまだ攻撃目標に含まれていない。それだけは確かだ。」 ザルティグ少将は立ち上がった。 「時間との勝負だな。敵空母がこっちを見つけるか、俺達が革命派を叩きのめしているか。参謀長!」 「はっ!」 「天候が収まり次第、至急第68空中騎士旅団に支援を要請しろ。」 10月5日 午前5時20分 ラグナ岬北北西80マイル地点 第58任務部隊第1任務群は、午前5時から攻撃隊の発艦準備を開始した。 その前日の4日、第1任務群は策敵機を内陸に向けて発艦させ、墜落機パイロットの捜索、もしくは敵施設捜索を行った。 午後4時には、ラグナ岬より南西の沿岸に、4人のパイロットらしき人物が、革命派と思われる集団と共に、偵察機に手を振ってきた。 この墜落機パイロットの発見は、第1任務群の将兵を勇気づけた。 午後5時には、魔法都市マリアナから20マイル南のところにある、敵の物資集積所のようなものを ヨークタウンから発艦したアベンジャーが発見。 その際、アベンジャーは敵の対空砲火を受けて損傷している。 他にも、物資集積所から南に6マイル付近に、継戦軍のものと思わしき駐屯地があった。 この駐屯地を発見したのはホーネットのヘルダイバーである。 駐屯地には錬兵場や宿舎などがあり、基地の周囲には対空陣地が配備されている。 また、中には捕虜収容所のようなものもあり、その収容所付近には死体らしきものが散乱しており、それを片付けている継戦派の兵も確認された。 このヘルダイバーも、いきなり高射砲の砲撃を受けた。こちらも損傷を受けたが、なんとか母艦に辿り着いた。 しかし、軽傷で済んだヨークタウンのアベンジャーと違って、受けた傷は大きく、修理に2日はかかると言われた。 第1任務群司令のクラーク少将は、偵察機に対して敵対行動をとったこの2つの施設を艦載機で攻撃することに決めた。 5時20分を回ったのにも関わらず、海面はどこか薄暗い。 ヨークタウンの飛行甲板に取り付けられている前、後部のエレベーターが上下運動を繰り返し、格納庫内の艦載機を飛行甲板上に出している。 「よし、いいぞ。押せ!」 前部甲板に上げられたヘルキャットを、10人ほどの甲板要員が後ろに押していく。 後部甲板では、ヘルダイバー艦爆を10人ほどの甲板要員が、班長の指示に従いながら決められた位置に押す。 「う~ん・・・・・・舷側エレベーターがつかえない分、準備にしわ寄せが来るな。」 艦橋から発艦準備の模様を眺めていた飛行長のジョン・ピーターズ中佐は眉をひそめる。 「ホーネットでは、後部甲板があんなに埋まっているのに、こっちはあっちの6割程度しか埋まっていない。」 薄暗い洋上をひた走る寮艦の空母ホーネットの飛行甲板上には、既に大多数の艦載機が後部甲板に集まっている。 それに対し、ヨークタウンの飛行甲板上では、出撃予定数の半分強しか並んでいない。 「敵さんも、うまい所を壊してくれたものだ。」 左隣にいる艦長のジェニングス大佐がやや苦味の混じった表情で呟いた。 「攻撃隊は本艦からヘルキャットが16機、ヘルダイバーが23機、アベンジャーが16機出るが、 出撃数が6機多いホーネットに先を越されるとは。」 そう言って、彼はため息をつく。 現在、第1任務群の編成は、正規空母のヨークタウンとホーネット、軽空母のベローウッドとバターンが機動部隊の中核である。 これを援護する艦艇は、戦艦ワシントン、重巡洋艦ボルチモア、キャンベラ、軽巡サンファン、駆逐艦10隻。 本来は重巡のボストンと軽巡のオークランド、それに駆逐艦4隻が加わるはずであったが、 オークランドは30日の航空戦で撃沈され、ボストンは損傷のため後方に後退。 駆逐艦4隻は負傷兵を乗せてボストンと共に後退している。 艦載機はヨークタウンがF6F36機、SB2C29機、TBF23機。 ホーネットがF6F36機、SB2C27機、TBF23機。 軽空母のベローウッドではF6F22機、SB2C6機、TBF12機。 バターンはF6F28機、TBF14機となっている。 合計で256機。本来と比べて33機の減勢ではあるが、それでも強力な航空兵力だ。 第1次攻撃隊はヨークタウンからF6F16機、SB2C23機、TBF16機。 ホーネットからF6F20機、SB2C25機、TBF16機。 軽空母からはバターンとベローウッドがそれぞれF6F8機、アベンジャー12機を出す事になっている。 合計で156機を継戦側の残存部隊に叩きつける。 「今回の攻撃は、継戦派の戦闘意欲を失わせるためのものだ。そのためにも、攻撃隊の連中には派手に暴れ回ってもらわんとな。」 ジェニングス大佐はやや弾んだ口調でそう言った。 「偵察写真によると、継戦軍は相当量の物資を備蓄しているようです。 5万以上の軍団が戦うには、写真に写っている集積所の分では足りませんが、それでも1個師団は充分に戦える量です。」 「同様の集積所は他にもあるかもしれないな。」 「クラーク司令はどのような判断をされるでしょうか。」 「俺はクラーク司令じゃないからあまりわからんが、そうだな。今回の攻撃で敵が音を上げる様子が無ければ、 今回のような空襲を何度でもやるだろう。それに、敵は前からではなく、後ろにも居座っているという印象も与えられる。 まっ、要するに、必要な物を全て破壊して、敵側の敢闘精神を寸刻みにすり減らしていく、という訳だ。」 「なるほど。」 ピーターズ中佐は納得して頷いた。 発艦準備作業は一応進捗しており、彼とジェニングス大佐が話している間には、作業は8割方完了した。 「もうそろそろですな。」 飛行甲板を見下ろしたピーターズ中佐が、やや表情を明るくさせた。 その時、右舷側を航行する空母ホーネットから、エンジン音が聞こえてきた。 最初は小さなものであったが、それは次第に響いていき、やがては50以上のエンジン音が海上を圧するまでに鳴った。 「やっぱり、舷側エレベーターが無いと困るな。」 午前6時 ミルクリンス ミルクリンスは本来、草原の中にたたずむ小さな村であった。 7年前にバーマント軍がミルクリンスの近郊に基地を構えると、村は兵士達の落としていく金で次第に大きくなり、今では4000人の住民が住む町に成長した。 ミルクリンスの近郊には、バーマント軍の巨大な補給基地があり、そこに多種多様の物資が備蓄されている。 銃器、弾薬、大砲、剣、盾、ストーンゴーレム等・・・・・戦いに必要なものはなんでも揃っている。 1年前には、この補給施設の近くに鉄道が敷かれ、今まで馬車に頼っていた補給物資の運搬は、今では運搬のスピードが格段に向上した。 バーマント軍第290兵站連隊は、このミルクリンス物資補給施設の主である。 「おい、新入り!さっさっと起きろ!」 盗賊の棟梁のような顔をした軍曹の階級をつけた男が、仮眠室で休憩を取っていた若い男性兵を叩き起こした。 「え~、もう6時ですか?まだねむいのに。」 「馬鹿野郎!二度寝なんかしたら、川へ放り込むぞ!!」 軍曹の怒声に、ぼんやりとしていた頭は瞬時に覚めた。 「す、すいません!今すぐ支度します!」 「10秒でやれよ。」 そんな無茶な!と思いつつ、彼は軍服に着替えてベッドから降りた。 「遅い!16秒もかかってる。」 「毎回毎回思うんですが、10秒以内に着替えるのは無茶っすよ~。それに、自分はこの部隊に配備されて1年以上経つんですが。」 「何を言う。俺が新入りといったら新入りなんだ。」 そう言って、軍曹はがっははははは!と、豪快な笑い声を上げた。 この部隊に配備されて1年になるが、1等兵はこの軍曹に一番好感を持っている。 色々と無茶なことばかり口走る軍曹だが、その反面、部下や上司の信頼は厚い。 「今日はストーンゴーレムを30体、貨車に移動させる事になっとる。気を引き締めていけよ。」 「ゴーレムは重たいですからねえ。それにしても、いきなり30体とは。何かあったんですか?」 「あったんだよ。ギルアルグの西にあるヌーメアというとこで、革命派の生き残りと味方が派手に叩き合っているらしい。 そんな中、30分前にゴーレム30体を移送せよと命令が来てな。これからギルアルグ行きの列車に乗せるんだ。」 「へえ~。」 朝っぱらから疲れる仕事だなあ、と1等兵はそう思った。 「それはともかく、稼動魔法の付いていないゴーレムは重たいからな。専用の鉄車で運ぶから、 最低でも2時間はかかるな。よーし、今日もバリバリ働くぞ!」 そう言って、軍曹は1等兵の肩を叩く。 作業は、ゴーレムが仰向けに寝るようにして陳列されている区画で、まず引き揚げ機を使って体を上げる。 次にルエスと呼ばれる小さめの竜が引く鉄の荷車に載せて、貨車まで持っていく。 持っていく際は、作業に携わる者全員で押していくが、ゴーレムが保管されている区画から貨車までは 500メートルの距離があり、10分ほどかけて運んでいく。 かなりの重労働であるから、軟弱者にはゴーレムの移送は勤まらない。 「載ったぞ!」 5体目のゴーレムが、鉄車に載せられる。鉄車の車輪が地面に食い込む。誰もが汗みずくとなって働いている。 「さてと、押すぞ!」 「おうっ!」 13人の屈強な男達が、鉄車も含めて3トン近くある荷を押す。緑の色をした竜。ルエスも渾身の力を込めて荷を運ぶ。 ゆっくりとだが、鉄車はスピードを上げていく。 男達が仕事に精を出している時、災厄は突然やって来た。 「空襲警報―!」 遠くから、いきなりその声が上がった。 「へっ?」 1等兵は思わず間の抜けた声を漏らした。 だが、鉄車を押していた先輩達は、誰もが立ち止まり、顔を見合わせた。 昨日、敵の飛空挺が1機だけやって来た時、彼らは慌てて作業を中断して退避したが、 敵は爆弾を落とさなければ、機銃も撃たず、高射砲によって追い払われている。 皆は、その敵飛空挺の逃げっぷりに、 「白星の悪魔も大した事無いじゃないか」 と言い合っていた。しかし、1等兵は楽観できなかった。 もし爆撃を行うとすれば、まず、事前に目標を偵察する。 その後に、大量の爆撃機を飛ばして、一気に撃滅する。 1等兵は、あの偵察活動が、爆撃が始まる兆候なのでは?と思っていた。 しかし、昨日はその高射砲に追い払われた1機が来ただけで何も無かった。 1等兵は何も無かった事に安堵していたが、敵は日付が変わってからやってきたのだ。 伝令があちこちに走り、声を枯らしながら叫んでいる。 「敵飛空挺部隊接近!敵部隊はマリアナ上空を通過した模様!直ちに退避壕に避難せよ!」 「なんてこった、こんな辺ぴな補給施設を襲いに来るとは。 とりあえず、このゴーレムを貨車のところまで運んで、退避壕に逃げるぞ。」 かかれ!といって、彼らはこれまで以上に力を入れて鉄車を押した。 貨車の側にゴーレムを降ろした時には、北の空から爆音が轟いていた。 「急げ!ずらかるぞ!」 軍曹は皆にそう言うと、軍曹と1等兵以外は退避壕に逃げ始めた。後ろで弾薬箱をもった兵が3人ほど、対空陣地に向けて走っていく。 その3人表情は、どれもが青ざめていた。 再び1等兵は、北の空に目を向ける。爆音だけだったはずなのに、今では多数の芥子粒が見えていた。 「ルエスを離すのを手伝ってくれ。」 軍曹が言ってきた。1等兵は慌てて軍曹と共にルエスに付けられている牽引ロープを放す作業に取り掛かる。 ルエスは緑色のやや小さな竜である。小さめと言っても、人間より少々大きい。 愛嬌のある顔が特徴だが、その反面力強く、牛よりも頼りになる。 爆音が次第に近くなってきた。手が震えて、なかなかロープを外せない。 「落ち着け。」 軍曹は穏やかな表情で言ってくる。1等兵は頷きながらも、ロープを外そうとする。 ロープが外れて、2頭のルエスは専用の退避壕に逃げていく。 その時には、高射砲が射撃を開始していた。 「俺達も逃げるぞ!」 2人は退避壕に向けて走り出した。退避壕に向けて走る際、彼はちらっと、北の空を見てみた。 既に上空に来ていた敵飛空挺が、猛然と対空陣地に向けて突進し、両翼から光を発した。 ミルクリンスの補給施設を襲ったのは、空母ヨークタウンと軽空母ベローウッドから発艦した75機の攻撃隊である。 「敵補給施設を視認!」 補給施設攻撃隊の指揮官は、ヨークタウンの艦爆隊長であるビリーズ・マルコム少佐である。 「確認した。全機に告ぐ、攻撃方法はBだ。繰り返す、攻撃方法はBだ。全機突撃せよ!」 彼は無線機を置き、目標を双眼鏡で確かめる。 物資集積所は、長方形の形をしており、種類ごとに区画に分けられている。 おおよそで、縦に200メートル、横に400メートルはある。 「1個師団分の量とか言っていましたが。この量からすると、1個師団どころではないですね。」 「君もそう思うか?」 発艦前のブリーフィングでは、この補給施設には1個師団分の補給物資が備蓄されていると聞いていた。 しかし、よく見てみると、写真で見たものよりどこか多いような感がある。 「1個師団どころか、下手すりゃ2個師団分はあるな。それはどうであれ、 俺達はあの蓄えられた物資に1000ポンドをぶち込む事だけ考えればいい。」 ヘルダイバーは、腹に1000ポンド爆弾を抱えている。アベンジャー隊は500ポンド爆弾を2発ずつ搭載している。 ヘルキャットは今回、爆弾は搭載していない。 75機の編隊が補給施設の上空に来るまで、そう時間はかからなかった。 高射砲弾が周りで炸裂する。8個の黒い煙が、攻撃隊の300メートル下で炸裂する。 その8秒後に、今度は上方1000メートルで炸裂した。 「やっこさん、慌ててやがるな。」 その時、ヘルキャット隊の隊長機が翼をバンクさせた。 その直後には、ヘルキャット隊が1機、また1機と、左右に別れて行く。 彼は再びマイクを取って、攻撃隊に指示を与えた。 「第1中隊はA区画、第2中隊はB区画、残りはC区画を狙え。アベンジャー隊は西のB区画側から爆撃を開始せよ。」 後続のアベンジャー隊が指示に従い、ヘルダイバー隊から離れていく。 ヨークタウン、ベローウッドのアベンジャー隊28機は、しばらく左旋回を行った後、補給施設に機首を向けた。 ヘルダイバー隊と交差する形である。 低空に舞い降りたヘルキャットが、周囲に散らばる対空陣地に向けて猛進する。 対空陣地に取り付けられている11.2ミリ機銃がヘルキャットに放たれる。 ヘルキャットは機を横滑りしてこれを交わし、距離700で12.7ミリ機銃を撃ちまくった。 6本の線が機銃座に近づくと、操作していた敵兵が慌てて逃げ出す。 ヘルキャットの機銃弾は、射手のいなくなった11.2ミリ機銃を容赦なく叩き壊し、周りに積まれていた土嚢を打ち砕き、周囲に飛び散らせた。 2番機は逃げ惑う敵兵に対して機銃を撃ったが、これは外れてしまった。 高射砲に襲い掛かったヘルキャットも、4機1組で順番に機銃弾を叩き込む。 とある高射砲座は、ヘルキャットの機銃弾が予備の砲弾に突き刺さり、操作要員もろとも吹き飛んでしまった。 また、ある高射砲座では、無数に受けた機銃弾で砲の操作機構が滅茶苦茶に叩き壊された。 一度逃げた操作要員が戻った時には、高射砲はただのどでかい鉄屑に成り代わっていた。 継戦側の兵が、怒りの形相でヘルキャットに機銃弾を撃ち込む。そして、何発かは翼や胴体に命中した。 落としたと思って笑おうとしたが、機銃弾を受けたヘルキャットは、なんともなかったように突き進み、 遠慮介錯無く12.7ミリ機銃をぶち込みんで11.2ミリ機銃と射手をただの残骸へと変えてしまった。 まだヘルキャットに機銃弾を撃ち込める者はましである。 中には、ヘルキャットの猛スピードに付いていけず、弾を空振りさせる者がいる。 スピードに付いていけないものが、大多数に上った。 そして、ヘルキャットが猛スピードで通り抜けていった直後、上空から甲高い音が響いてきた。 地上の継戦派の兵達は、誰もが上を振り向く。 高度3000メートルの上空から、ヘルダイバーが次々と、翼を翻し、急角度で突っ込んできた。 「2500・・・・2300・・・・2100・・・・1900」 後部座席の部下が、高度計を読み上げる。 マルコム少佐が直率する第1中隊は、表面が黒く塗られている区画を狙った。 1箇所と言っても、範囲は広いから、4機ずつが個別に投弾箇所を決めている。 マルコム少佐は、黒い区画の左上を狙った。 ヘルダイバーの両翼についているダイブブレーキが、空気を切り裂き、艦爆特有の甲高い騒音を振り撒いている。 高度が1200に達した時、地上から機銃弾が放たれた。だが、向かってくる火箭は少ない。 そのささやかともいえる弾幕をあっさり突き抜けて、ヘルダイバーは尚も急降下を続行する。 「700!」 「投下!!」 その声と同時に、マルコム少佐は1000ポンド爆弾を投下した。 思い1000ポンド爆弾は、懸架装置によってプロペラの回転圏外に誘導され、放り投げられる。 一瞬、先頭部が陽光に当てられ、黒光りした。 爆弾は、くるくると回転しながら、黒い表面に向けてまっしぐらに落ちていった。 爆弾は黒い表面に突き刺さり、尾部まで深くめり込んだ。次の瞬間、爆弾は内部のエネルギーを解放した。 赤黒い爆炎が沸き立ち、何かの破片が巻き上げられた。 「爆弾命中!」 マルコム少佐が狙った黒い表面の木箱。それは、黒布に覆われた、長剣が詰められた木箱であった。 1000ポンド爆弾が爆裂するや、1箱10本の剣が箱ごと叩き割られる。 鍛冶屋が精魂込めて作り上げた長剣が、異世界の爆弾によって、100本単位で叩き割られ、捻じ曲げられた。 この区画には、1万1千本の長剣と、今は使用されなくなった騎士用の防具などが貯蔵されており、防具は鉄部分を溶かして、再利用される予定だった。 しかし、ヨークタウン隊のヘルダイバーは、その防具が送るはずであった、第2の変わった生を打ち砕いてしまった。 ヨークタウンの第1中隊12機が放った12発の1000ポンド爆弾は、黒い区画に満遍なく着弾し、叩き折られた剣や鎧の破片を上空に吹き上げた。 災厄は剣、防具の貯蔵場所だけではない。 退避壕の左300メートルには、表面が白い区画がある。そこは、ゴーレムの貯蔵場所であり、現在200体が保管されている。 その白い区画に、3機のヘルダイバーが突っ込んできた。 「畜生、対空陣地は何をやっているんだ!?」 退避壕の小さな窓から、若い1等兵が悔しそうに叫んでいる。3機の敵が指向しているのは、今さっきまで、自分達が貨車に運んでいたストーンゴーレムの保管場所だ。 「馬鹿野郎!窓から離れろ!破片に吹っ飛ばされるぞ!」 その時、別方向から爆発音が響いた。軍曹が退避壕の正面を見据える。 退避壕の正面には、剣や防具が保管してあった区画が見える。 その区画が、爆弾の直撃を受けて派手に吹き飛んだ。 「あっ、腹から何か出したぞ!」 甲高い音に、何かが猛り狂うような音が加わる。 1等兵は知らなかったが、それはヘルダイバーが上げるエンジン音だった。 ヒューッという心臓を締め付けるような音が聞こえてきた。 「伏せろ!落ちてくるぞ!」 軍曹が退避壕の中へ叫んだ。咄嗟に1等兵も頭を抑えてしゃがんだ。その直後、 ズダアーン!という雷が耳元で鳴り響いたような轟音が轟き、地面が大地震のように揺れた。 轟音は3回鳴った。 爆弾が炸裂するたびに、皆が悲鳴を上げて、すぐそこまで迫っている死の恐怖に戦慄する。 1000ポンド爆弾は、仰向けに寝かされているストーンゴーレムに命中すると、すぐに爆発した。 爆弾の直撃を受けたゴーレムは、粉々に砕け散った。その周囲のゴーレムも、胴と言わず、頭部といわず、深刻なダメージを受けた。 3発目の着弾では、爆風がすでに胴体を粉砕されたゴーレムを外側に吹き飛ばし、運搬用に飼われていたルエスの飼育小屋を押し潰し、 孵化したばかりの卵14個も巻き添えを食らって全滅した。 ルエス自体は、空襲を予期した別の兵士によって逃がされており、小屋はもぬけの殻であった。 だが、ここしばらくは、ルエスが気持ちよく眠れる場所は無くなってしまった。 甲高い音はいつの間にか鳴り止んでいたが、爆音はまだ続いている。 ヘルダイバーが投弾し終えると、今度は28機のアベンジャーが、東側から進入してきた。 てっきり空襲が終わったと思い、外に出てきた兵達は、再び退避壕の中に逃げていく。 アベンジャーは悠々と、補給施設の真上に到着した。そして、胴体から2発ずつの500ポンド爆弾を投下した。 再び、爆弾の炸裂音があたりに木霊した。1発は、D区画と呼ばれた緑色の表面に落下した。 その次の瞬間、火山噴火のような大火柱が立ち上がった。 これには、アベンジャー隊のパイロットも仰天した。 このD区画には、各種砲弾、銃器の弾薬や装薬、燃料、油脂類が貯蔵されていた。 ヘルダイバー隊の投弾を免れたこの区画も、アベンジャー隊の到着によってついに命運が尽きた。 爆弾は装薬類が貯蔵されている場所に命中した。500ポンド爆弾の爆発は、次の爆発を誘発する。 装薬の次は銃器の弾薬、そしてその破片が燃料、油脂類の貯蔵場所に降り注ぎ、新たなる誘爆を招いた。 とある砲弾は、誘爆によって吹き飛ばされた後、黒煙の中のゴーレム貯蔵施設飛び込んで暴発。さらなる被害をゴーレムに与えた。 軍用列車の車長であるサピワイ・デバンズス大尉は、急いで列車を発進させようとした時に、アベンジャー隊の爆撃が始まった。 線路は補給施設のすぐ南にあり、線路は先ほど爆弾で破壊された黒い区画より30メートルしか離れていない。 残骸が散乱しているが、彼の列車は、3本ある線路のうち、真ん中の2本目であり、残骸もさほど散乱していない。 列車ゆっくりと動き出した。 「ひとまず、南に逃げるとしようか。」 デバンズス大尉がこの後の避難場所を考えていた時に、急に不思議な音が聞こえてきた。 基地司令のクェーク中佐は、勝手に動き出した列車を止めるように言いつけた。 「あれではいい的だ!列車の避難は後にさせて、乗員に退避壕に戻れと伝えろ!」 その刹那、アベンジャー隊が爆弾を投下した。 高度3000でばら撒かれた56発の爆弾は広範囲に着弾した。 ゆっくりと、線路を走りぬけようとする列車の目の前に、小さな黒い陰が落下してきた、 と思った直後に、ダーン!という轟音が鳴り響き、列車の先頭部分が吹き上がった。 3メートルの高さまで飛び上がった先頭部分は、燃えながら線路に着地、もとい、落下した。 先頭部分は左側の線路にのし上げ、後続部分もそれにつられて脱線する。 4両目には油脂、弾薬が既に満載されていたが、急な衝撃で弾薬が爆発、油脂にも引火して火達磨になってしまった。 爆弾を投下し終えた米軍機は、それだけでは飽き足らず、今度は攻撃機も低空に降下し、残っている物資に機銃弾を浴びせまくった。 午前7時34分 今や、物資集積所は黒煙に包まれていた。どれぐらいの被害を与えたのかは正確には分からない。 だが、少なくとも4割以上の物資は使い物にならなくした。マルコム少佐はそう確信した。 「こちら指揮官機。敵物資集積所の攻撃は成功せり。我がほうの損害は被弾9機のみ。オーヴァー。」 そう言って、彼は母艦への報告を終えた。攻撃隊は全機が無事であり、被撃墜機は1機もいない。 「隊長。南側からも黒煙が上がっています。」 マルコム少佐は確認できなかったが、この時、ホーネットとバターンの攻撃隊も、継戦派の駐屯地に対して、やりたい放題の攻撃を加えていた。
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第149話 モンメロ沖海戦(後編) 1484年(1944年)6月26日 午後3時20分 モンメロ沖南86マイル地点 第72任務部隊第3任務群に所属する正規空母レンジャーⅡは、飛行甲板にずらりと艦載機を並べ、今しも発艦を開始しようとしていた。 空母レンジャー艦長、ラルク・ハーマン大佐は、艦橋の張り出し通路に出て、エンジンを吹かす艦載機群を眺めていた。 飛行甲板には、20機のF4U、24機のヘルダイバー、16機のアベンジャーが勢揃いし、エンジン音を高々と上げながら出撃の時を待っている。 本来であれば、攻撃隊に随伴するF4Uはもう少し多いはずであったのだが、早朝から続くマオンド軍の波状攻撃によって可動機数が減少し、 レンジャーが出せる戦闘機は、艦隊直掩用を除いて20機しかない。 とはいえ、この20機のコルセアを含む攻撃隊は、敵機動部隊に対して存分に暴れ回ってくれるであろうと、ハーマン艦長は信じていた。 「ハンコックとライトの恨みを晴らす時が来た。頼んだぞ、ボーイズ達!」 ハーマンは、万感の思いを込めて、小声でそう呟いた。 甲板士官が掲げていたフラッグを振り下ろすと、最初のコルセアが滑走を開始した。 コルセアの特徴ある肢体は、最前部に描かれた17というレンジャーの艦番号の上を走り去った直後に、フワリと浮き上がる。 それに続いて、2機目、3機目と、艦載機は次々と発艦していく。 「うちのボーイズ達も、ようやく慣れてきたな。」 ハーマン艦長は、艦載機の発艦を眺めながら呟いた。 最初に、初代と同じ名を冠した空母に派遣された航空隊の技量を見たとき、彼は物足りないと思った。 第2次バゼット海海戦で撃沈された初代レンジャーは、防御力は酷かったが、乗員やパイロットの練度に関してはピカ一であった。 だが、新鋭空母に配備された航空隊は、空母同様に“新品”そのものであり、まだまだ訓練を行う必要があった。 就役当初、ハーマン艦長の脳裏には不安ばかりが浮かんでいたが、同時に希望もあった。 以前、初代レンジャーで艦攻隊の隊長を務めていたウィル・パーキンス少佐が、新生レンジャーの航空群司令として配属された。 また、初代に乗っていたパイロット達が、より経験を積んだベテランパイロットして、レンジャーⅡに配属されたのだ。 この実戦を経験してきた“兄貴達”によって、レンジャー航空群は度重なる猛訓練に耐え、次第に練度を高めていった。 そして今日。新生レンジャーにとって、その実力を発揮する時が来た。 これから向かう戦場には、空母の宿敵である敵竜母部隊がいる。 空母艦載機のパイロット達が誰もが願っていた敵竜母との対決に、レンジャー航空群は向かおうとしている。 脱落した僚艦の切なる想いを乗せて・・・・・ 気が付くと、飛行甲板に残っていた艦載機は、全てが飛び立っていた。 60機の攻撃隊は、TG72.3の上空を轟々たる爆音で圧しながら、颯爽と飛び去っていった。 レンジャーの乗員は勿論のこと、損傷したハンコックとライト、僚艦に救助された乗員達も含むTG72.3の全将兵が、歓声を上げて 60機の攻撃隊を見送っていった。 「さあ、今度は俺達の出番だ。TG72.3が受けた屈辱を10倍にして返してやるぞ。」 ハーマン艦長は、西の遠くに居るであろうマオンド機動部隊に向けて、自信に満ちた口ぶりでそう言い放った。 空母エンタープライズから発艦した攻撃隊は、午後4時20分までには、レンジャー隊との合流を終えていた。 リンゲ・レイノルズ中尉は、攻撃隊の護衛として母艦を飛び立っていた。 「ふむ・・・・新人連中にしては、そこそこ良い腕をしているな。」 リンゲは、エンタープライズ隊からやや離れた右側を飛行するレンジャー隊を見ながら呟く。 60機のレンジャー隊は、綺麗な編隊を組みながら飛行している。 編隊飛行という物は、傍目から見れば地味で、簡単そうに見える物だが、実際はかなり難しい。 2、3機の編隊でもなかなかに難しいが、10機以上の編隊を作るとなると、難易度はかなり上がる。 1機でも歩調を崩せば、編隊はバラバラとなり、最悪の場合は空中衝突を起こしかねない。 攻撃技能もそうであるが、編隊飛行が出来るか否かによって、その母艦航空隊の練度が分かってくる。 (レンジャーの指揮官連中は、初代レンジャーに勤務していた奴が多いと聞いている。もしかしたら、 初代にいた連中が、新兵達をしごきにしごいて、使える兵隊にしたのだろうな) リンゲはそう思ったが、彼としてはレンジャー隊よりも、ボクサー隊と一緒に出撃したいと思っていた。 だが、ボクサー隊は今、ビッグEの攻撃隊と空を飛ぶ事は出来ない。 何故なら、ボクサー隊は、母艦が先の被弾で発着艦不能に陥っているからだ。 ボクサーは、第3波空襲で爆弾2発と至近弾3発を受けていた。 2発の爆弾のうち、1発は中央部に命中したが、それだけならば、応急修理をすれば穴を塞ぐだけだった。 だが、もう1発の爆弾が、上手い具合に前部エレベーターに命中し、破壊してしまった。 更に、左舷中央部の至近弾によって舷側エレベーターの昇降機が使用不能になり、ボクサーは3基あるエレベーターの うち、2基までもが使用不能となってしまった。 まさに不運としか言いようがなかったが、撃沈されずに済んだだけでも、まずは良しとするべきであった。 エンタープライズは、午後4時までには、F6F23機、SBD16機、TBF16機の計55機を発艦させた。 敵機動部隊攻撃に向かっている艦載機の数は、TG72.1、TG72.2を合わせて268機に上る。 この268機の大編隊は、大きく二手に別れており、先行するのはTG72.1から発艦した130機の攻撃隊で、 その後方40マイルをTG72.2とTG72.3から飛び立った138機の編隊が続く。 通常なら、この2つの攻撃隊は1つに合流して敵に向かう筈なのだが、時間の関係上、任務群ごとに攻撃隊を向かわせる事となった。 しかし、TG72.3はゲティスバーグ隊しか居ないため、TG72.2と合流してから進撃を開始している。 「思えば、敵竜母部隊への攻撃に向かうのは、実に久しぶりだな。」 リンゲはふと、そんな言葉を口にした。 彼は、太平洋戦線ではレアルタ島沖海戦とグンリーラ島沖海戦、第2次バゼット海海戦に参加しており、このうち、空母と竜母が 戦ったのは、グンリーラ島沖海戦と第2次バゼット海海戦である。 リンゲは、この2度の機動部隊決戦で護衛機として敵艦隊に向かい、その任務を果たしてきた。 「今日も、きっちりと役割を果たす。敵ワイバーンから攻撃隊を守ってやるぞ。」 リンゲはそう呟くと、自らを奮い立たせた。 午後5時 モンメロ沖南西97マイル沖 「司令官、来ました、敵編隊です。」 マオンド海軍第1機動艦隊司令官である、ホウル・トルーフラ中将は、シークル参謀長の言葉に対して、正面を見据えながら頷いた。 「魔導士の判断に寄りますと、生命反応からして、敵は最低でも90機以上の大編隊で、我が艦隊に接近中とのことです。」 「こっちの戦闘ワイバーンは何騎用意できる?」 「70騎が限度です。」 「70騎か・・・・・・ほぼ全てが、艦隊にいた居残り組だな。やはり、攻撃隊に参加したワイバーンからは出せそうにもないか。」 「ハッ。何分、戦闘時の消耗が激しい物ですから。」 「ふむ・・・・・まぁ致し方あるまい。上げてもすぐにやられるのでは意味がないからな。」 トルーフラ中将はため息を吐きながら言った。 第1機動艦隊は、アメリカ機動部隊攻撃に220騎の攻撃隊を差し向けた。 攻撃隊は、アメリカ軍戦闘機と機動部隊から激烈な反撃を受け、少なからぬ損害を受けた。 戦闘ワイバーンは110騎中42騎が未帰還となり、攻撃役のワイバーンに至っては、帰還数が僅か34騎という有様であった。 第1機動艦隊は、ただの一撃で5割近い数のワイバーンを失い、対艦攻撃力を大幅に削がれるという結果となった。 それに対し、敵に与えた損害は、敵駆逐艦2隻撃沈確実、空母2隻、駆逐艦3隻大破という甚だ不本意な物であり、目標であった 敵機動部隊の撃滅にはほど遠い戦果しか残せなかった。 第1機動艦隊が攻撃を行った他に、陸軍側から用意された応援の空中騎士軍も、アメリカ機動部隊相手に猛攻を繰り広げた。 第1機動艦隊よりも保有ワイバーンが多い陸軍空中騎士団は、第1機動艦隊よりも積極的な策を取った。 空中騎士軍側は、500騎近いワイバーンを総動員して敵に波状攻撃をかけた。 そのうち、第1波と第2波は戦闘ワイバーンを中心にした、敵戦闘機殲滅隊であり、これらは少なからぬ数の敵戦闘機を叩き落とした。 敵の空の守りが弱くなったところで、攻撃ワイバーンを含む第3波攻撃隊が敵機動部隊に殺到し、敵駆逐艦1隻撃沈、駆逐艦4隻撃破、 正規空母2隻撃破(実際に戦闘不能になったのは、ボクサーのみである)の戦果を上げ、敵の主戦力の1つを潰した。 だが、空中騎士団の奮闘にもかかわらず、敵の完全撃破には至らなかった。 その結果、第1機動艦隊は敵機動部隊の残存戦力から反撃を受ける羽目になった。 「ひとまずは、この健在な70騎を迎撃に出そう。それから、帰還したワイバーンの中で、比較的疲労度が軽いの がいたら、そのワイバーンも出してくれ。」 「わかりました。」 シークル参謀長は頷いたが、内心では果たして、本当に出しても良いのだろうかと思った。 帰還した戦闘ワイバーンは、アメリカ軍機との激しい空戦で、体力を消耗が著しい。 今は、疲労緩和剤を投与して、ワイバーンの疲労感を和らげようと努力しているが、効果が現れるのは、投与後20分後であり、 それまでは70騎のワイバーンによって、敵編隊を迎撃せねばならない。 それ以前に、疲労緩和剤を投与しても、完全に疲労は抜けきれないため、ワイバーンの疲労は蓄積されてしまう。 そのような状態でワイバーンを出せば、いつも通りに戦えぬ事は目に見えている。 だが、それでも出さなければならない。 (味方艦隊の被害を減らすためには、仕方ない事なのだろう) シークル参謀長はそう思うことで、自らを納得させた。 第1群、第2群の竜母からは、直ちに出撃可能なワイバーンが発艦を開始した。 発艦開始から10分ほどで、70騎のワイバーンは全てが母艦から発進を終えて、敵艦載機迎撃に向かっていった。 午後5時20分 激しい空中戦が続く中、空母イラストリアス艦攻隊指揮官であるジーン・マーチス少佐は、パイロットであるジェイク・スコックス少尉の 言葉を聞いた。 「隊長、見えました!右20度、敵機動部隊です!」 彼は、スコックス少尉の言った方角に顔を向けた。 そこは、丁度雲の切れ目となっており、海が見渡せた。その洋上に、幾つもの航跡が走っており、中には航跡を引いている軍艦も見える。 「あっ!ゲティスバーグ隊のヘルダイバーがまた1機やられました!」 唐突に、悲報が飛び込んできた。 「くそ、またやられたか!」 マーチス少佐は忌々しげな口調で呟いた。 敵ワイバーン隊は、大半が制空隊の戦闘機と空戦を行っているが、一部のワイバーンは攻撃隊に襲い掛り、イラストリアス隊やゲティスバーグ隊に 犠牲が出ている。 マーチス少佐の直率するアベンジャー隊も、敵ワイバーンの奇襲によって2機が撃墜され、3機が被弾している。 ヘルダイバー隊は、今の所被撃墜機は1機で済んでいるが、被弾機が4機とやや多い。 一番被害が多いのはゲティスバーグ隊で、艦爆、艦攻を3機ずつ撃墜されている。 マーチス少佐は、このままでは敵ワイバーンの執拗な攻撃によって、攻撃隊の大半がやられてしまうのではないか?という危惧を抱き始めていた。 だが、彼の憂鬱な思いは、ここでようやく吹き飛んだ。 「全機に告ぐ!敵機動部隊を発見。これより接近する!」 マーチス少佐の指示に従って、TG72.1の攻撃機が右旋回を行う。やがて、雲を突き抜けた攻撃隊は、ついに敵の大艦隊を発見した。 「敵は2群に別れているな。」 彼は、前方の輪形陣と、そのやや離れた後方にいる別の輪形陣を交互に見やりながら言った。 前方の輪形陣には、中心に3隻の竜母が居る。3隻のうち、2隻は並行しており、1隻はその2隻の斜め後ろを航行している。 前方の2隻が、斜め後ろの1隻よりも形が大きい。 あれは正規竜母だなと、マーチスは思った。 もう1つの輪形陣のほうは、ここからは距離が遠くて船の形までは分からない。 「片方は竜母3隻・・・・もう片方は竜母2隻・・・か。俺達は、3隻の方を狙おう。第2波の連中には2隻の方を叩いて貰う。」 マーチスはそう判断すると、全機に向けて新たな指示を下した。 「これより攻撃に移る!攻撃隊随伴のコルセア隊は敵輪形陣を攻撃。イラストリアス隊は敵竜母1番艦、ゲティスバーグ隊は敵竜母2番艦、 ノーフォーク隊は斜め後方の敵竜母3番艦を狙え。全機、かかれ!」 命令一下、各母艦航空隊はそれぞれの目標に向けて行動を開始した。 護衛戦闘機のうち、大半は敵ワイバーンとの空戦に忙殺されていたが、それでも、イラストリアス隊のコルセア12機が、攻撃隊に随伴していた。 この12機のコルセアは、命令が下るや真っ先に敵艦目掛けて突進していった。 コルセアの主翼には、4発の5インチロケット弾が搭載されている。 2ヶ月前の第2次スィンク沖海戦で、同じイラストリアス隊所属のコルセアが、輪形陣外輪部の駆逐艦にロケット弾攻撃を仕掛け、 輪形陣の切り崩しに成功している。 アメリカ側は今回も、ロケット弾攻撃によって敵艦隊の陣形を崩そうと考え、コルセア群の一部にロケット弾を搭載させていた。 12機のコルセアは、輪形陣の左側に展開する、敵駆逐艦に接近しつつあった。 コルセアは4機ずつの小編隊に別れると、1チームが1隻の駆逐艦に低空から接近し始めた。 このコルセア群に対して、マオンド駆逐艦群は向けられる火力を総動員して、コルセアの突進を阻もうとする。 敵艦から放たれる光弾の量はなかなかに多く、海面は光弾の外れ弾や、高射砲弾の破片によって白く泡だった。 1機のコルセアが、主翼から火を噴き、もんどり打って海面に叩き付けられた。 もう1機のコルセアが、機首のすぐ目の前で高射砲弾の炸裂を受けた。 その瞬間、3枚のプロペラが破片と爆風で吹き飛ばされ、大馬力エンジンや操縦席に夥しい数の破片が突き刺さる。 操縦席のパイロットが血飛沫を吹きながら仰け反り、エンジンカウリングから真っ赤な炎が吹き出し、機首がガクンと下に向く。 猛速で機首から突っ込んだコルセアは、次の瞬間バラバラに砕け散り、搭載していたロケット弾や燃料が爆発して火炎と黒煙が上がった。 「いいぞ!その調子だ、アメリカの蝿をどんどん叩き落としてやれ!」 とある駆逐艦の艦長は、相次いで撃墜されたコルセアを見るなり、活きの良い声音で叫んだ。 だが、マオンド駆逐艦が撃墜できたコルセアは、その2機だけであった。 残ったコルセアは、600キロ以上の高速で目標との距離を急速に詰めていく。 魔導銃の射手は、罵声を浴びせながらコルセアに光弾を放ち続けるが、その放たれた射弾は、全てがコルセアを側を通り抜けていた。 余りにも早いスピードのため、射手が目標を捉え切れていないのだ。 コルセアは、あっという間に300グレル(600メートル)の距離まで迫ったと思うと、両翼から何かを撃ち出した。 その棒状の物体は、尻から炎と煙を噴きながら駆逐艦に突っ込んできた。 射出された5インチロケット弾のうち、1発が早くも、敵駆逐艦の艦橋に突き刺さった。 艦長を始めとする艦橋要因は、何が起こったのか理解出来ぬままロケット弾の炸裂によって絶命した。 艦橋が派手に火を噴いたのと同時に、左舷中央部や砲塔にもロケット弾が突き刺さる。 中央部に命中したロケット弾は、爆発によってその場にいた魔導銃の射手や魔導銃本体をなぎ倒し、甲板の周囲に破片を 撒き散らして容赦なく破壊する。 砲塔に命中したロケット弾は、薄い砲塔側面を貫通して内部で炸裂し、装填済みの砲弾が誘爆した。 そのため、砲塔自体が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。 それに加えて、コルセアから12.7ミリ機銃弾が奔流の如く放たれ、艦の全体に火のシャワーと化して降り注いだ。 運の悪い水兵がそれをまともに浴び、一瞬のうちに四肢を吹き飛ばされ、胴体を引き裂かれた。 輪形陣の左側を守っていた駆逐艦のうち、実に4隻がロケット弾を受けてしまった。 そのうち1隻は、被害が弾火薬庫に及び、火柱を吹き上げて轟沈した。 コルセア隊の短いながらも、熾烈な攻撃が終わると、待ってましたとばかりに艦爆隊が輪形陣に侵入してくる。 マオンド側の護衛艦艇は、この新たな敵に対して、ありったけの対空砲を撃ちまくる。 高度4000の高みから侵入しつつある艦爆隊の周囲に、高射砲弾が炸裂する。 ヘルダイバーは、高射砲弾の爆発に機体を揺さぶられ、飛んできた破片に機体の外板を傷つけられながらも、隊形を崩さずに突き進む。 猛烈な対空弾幕の中、斜め単橫陣の隊形で飛行を続けるヘルダイバー隊だが、輪形陣の中心部に近付くにつれて被撃墜機が出始めた。 頑丈なヘルダイバーの外板も、永遠に敵弾を弾け続ける訳が無く、1機、また1機と、翼をへし折られ、あるいは胴体や主翼から 火を噴きながら墜落していく。 次々と撃墜されていくアメリカ軍機ではあるが、4機目が落とされた時には、先導機が翼を翻し始めていた。 このヘルダイバー群は、左側を航行する正規竜母に狙いを定めていた。 機速が付きすぎないようにするため、主翼のハニカムフラップが展開される。 やがて、周囲に甲高い轟音が響き始めた。 狙われた竜母はミリニシアであった。ミリニシア艦長は、比較的冷静に指示を下していた。 ミリニシアは、艦長の指示通り左舷に回頭し始める。 ミリニシア艦長は、ヘルダイバー群の動きをよく見ていた。 そして、敵機群が全て急降下に入ってから、ミリニシア艦長はその内懐に入るようにして艦を回頭させた。 艦爆隊の先頭機が、慌てふためいたように急降下の角度を深め、敵竜母に接近する。 高度500で爆弾倉から1000ポンド爆弾を吐き出す。 この最初の1発目は、ミリニシアから右舷側に大きく離れた海面に落下した。 続けて2番機と3番機が爆弾を投下する。これらの爆弾もまた、右舷側海面に落ちて、空しく水柱を吹き上げるだけに留まる。 4番機が爆弾を投下しようとしたその瞬間、光弾の一連射がヘルダイバーの胴体下部を薙いだ。 その直後、ヘルダイバーは大爆発を起こした。 光弾の一連射は、偶然にも投下しようとしていた1000ポンド爆弾に命中していた。 光弾が突き刺さった後、1000ポンド爆弾はその場で炸裂し、ヘルダイバーの機体を微塵に吹き飛ばしてしまった。 その爆炎を突っ切って、5番機が猛禽の如き勢いで降下してくる。 胴体から1000ポンド爆弾が投げ放たれる。爆弾は、くるくると回転しながら、ミリニシアの左舷側後部の至近に落下した。 この爆弾は、ミリニシアにとってこの海戦初の直撃弾となった。後部昇降機より少し前の位置から爆炎と破片が吹き上がる。 続いて、6番機の爆弾が中央部に命中した。中央部の昇降機に突き刺さった爆弾は飛行甲板を貫通し、艦内で炸裂する。 炸裂の瞬間、艦内で休憩を取っていた少なからぬ数のワイバーンが、一瞬にして吹き飛ばされた。 2発の1000ポンド爆弾を受けたミリニシアは、早くも後部と中央部から黒煙を吐き出していた。 ミリニシアの右舷や左舷に、爆弾の外れ弾が次々と着弾し、水中爆発の衝撃が艦体のあちこちを小突き回す。 10番機、11番機と、ヘルダイバー群は次々に爆弾を投下するが、大半はミリニシアの回頭によって空振りに終わる。 最後の12番機の爆弾が、またもや中央部に着弾した。 着弾の瞬間、折れ曲がっていた昇降機が爆風によって空高く跳ね上げられ、そして海面に落下した。 爆弾3発を受けてのたうち回るミリニシアに、新たな敵が低空から迫りつつあった。 イラストリアス艦攻隊は、今しも、爆弾を受けて洋上をのたうつ敵正規竜母に近付こうとしていた。 「隊長!獲物は艦爆隊の爆撃で泡食ってますぜ!」 スコックス少尉は、電信員席に座るマーチス少佐に向けて言った。 「そのようだな。さて、今度は俺達の出番だぞ!」 マーチス少佐の率いるイラストリアス艦攻隊は、12機が目の前の敵正規竜母に向かっていた。 時間の都合上、挟叉雷撃は取り止めになり、片舷に集中して雷撃を行う事になった。 輪形陣の左側から侵入したイラストリアス艦攻隊は、左側を行く敵竜母2番艦を狙う手筈になっていたが、敵竜母は回頭のため、 艦首をイラストリアス隊に向けていた。 マーチス少佐はこれをチャンスであると確信した。 時間の関係で、艦攻隊は手っ取り早く雷撃を行うためにコルセア隊が切り崩した輪形陣左側から侵入をしていたが、敵2番艦があたらに 回頭を行ったために、挟叉雷撃を行える可能性が出てきた。 マーチス少佐の判断は速かった。 彼はすぐさま、第2小隊を敵竜母の右舷に回らせた。激しい対空砲火の中、イラストリアス艦攻隊の中には早くも被弾機が出ている。 第2小隊は、射点に付く前に1機が撃墜された。だが、事はマーチス少佐の思惑通りに進んだ。 敵竜母が右に回頭を開始した時、イラストリアス艦攻隊はミリニシアの左右から迫りつつあった。 「敵竜母、回頭を始めました!」 スコックス少尉がマーチスに言う。マーチスはそれに対して、全く動じた様子を見せない。 「敵さんの判断は、どうやら遅すぎたようだな。」 この時、11機のアベンジャーはミリニシアまで1300メートルの距離にまで迫っていた。 ここで回頭をされると、対向面積の小さい艦首、並びに艦尾に向けて魚雷を放たなければならない。 だが、マーチスはそれでも良いと考えていた。彼は、部下達に向けて、距離500という近距離で魚雷を投下しろと告げていた。 500という距離は、もはや距離とは言えない。 航空雷撃は、近付けば近付くほど命中精度は増すが、同時に、敵が放つ対空砲火も当たりやすくなる。 つまり、雷撃の必中距離は、敵魔動銃や対空砲の必中距離でもあるのだ。 通常の投下距離は、敵艦から1500から1000メートル以内に近付いてからであるから、マーチスの命令はいかに大胆かつ、 危険な物であるかが分かる。 だが、マーチスはそれをあえて承知で、部下に命じた。 敵竜母はぐんぐん回頭していく。 細長かった艦体は徐々に短くなる。しかし、それにお構いなしとばかりに、11機のアベンジャーは尚、300キロの速力で進み続ける。 敵竜母は、急回頭のため護衛艦の支援を受けづらくなっているが、それでもぴったりと随行していた2隻の敵巡洋艦が、マーチス少佐の 直率する小隊目掛けて対空砲を撃ちまくる。 (あの巡洋艦・・・・・・他の艦に比べて激しい対空射撃を行っているな。よく見ると・・・・フリレンギラ級とやらに似ている) マーチス少佐は、敵巡洋艦の艦影を見ながらそう思っていると、いきなり後部座席から、悲鳴じみた報告が入った。 「5番機被弾!」 一瞬、マーチス少佐は顔を歪めた。だが、次の瞬間には元の表情に戻って、敵竜母を睨み付ける。 敵巡洋艦をあっさりと飛び越し、遂に艦尾を向けようとする敵竜母が見えた。 「ようし、これで邪魔者は居なくなった。待ってろよ、尻に一発食らわせてやる。」 マーチスは獰猛な笑みを浮かべながら、早く射点に付かないかと思った。 マオンド側の対空射撃はなかなかに激しい。 マーチス小隊のアベンジャーがまた1機叩き落とされる。 やられたのは、マーチス機の右斜めを飛行していた2番機であった。 2番機の乗員は、タラント空襲以来のベテランが乗り組んでおり、前回のスィンク沖海戦でも、2度も敵竜母に魚雷を放っている。 だが、今回の出撃で、遂に帰らぬ身となってしまった。 (くそ、元々居たメンバーがまた散ってしまったか・・・・!) マーチスは悔しげな気持ちで一杯になったが、仲間の無念を晴らすためには、自分達が運んできた魚雷を敵艦に叩き付けるしかない。 「射点です!」 スコックス少尉が叫ぶ。その瞬間、マーチスは溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように大音声で命じた。 「魚雷投下ぁ!」 その直後、開かれたアベンジャーの爆弾倉から、重い航空魚雷が投下される。 スコックス少尉は、咄嗟に操縦桿を押し込んで、機体が飛び上がるのを防ごうとする。 その瞬間、風防ガラスの後方で何かが光った。 「あぁ!?3番機がやられた!」 機銃手のスワング兵曹が悲鳴じみた声で言ってくる。 これで、マーチスの直率する小隊は半分に減ってしまった。 マーチス機は、敵竜母の左舷側に避退していった。 マーチス機を始めとする3機のアベンジャーに対空砲火が注がれるが、10メートル以下の超低空で飛行しているため、 弾は全くと言って良いほど当たらなかった。 第2波攻撃隊は、第1波攻撃隊が敵艦隊に突入を開始してから10分後に、敵機動部隊の上空に到達した。 リンゲは、空中戦が繰り広げられている空域を見た後に、そこからやや離れた海域に視線を向ける。 「うわ、派手にやってんなぁ。」 彼は、空に広がる無数の高角砲弾の炸裂煙を見てから、思わずそう言った。対空砲火の炸裂は今も続いている。 微かにだが、その弾幕の中を飛行する航空機の編隊らしきものが見える。 TG72.1から発艦した艦爆隊が、今しも敵竜母に向かっている最中なのであろう。リンゲは、その輪形陣の他に、やや遠くに 離れているもう1つの輪形陣を見つけていた。 「戦闘機隊!10時方向にお客さんだ!」 攻撃隊指揮官に任ぜられているウィリアム・マーチン少佐の声が無線機から聞こえた。 リンゲはすかさず、10時方向に顔を向けた。 そこには、新たに2、30騎ほどのワイバーンが飛行していたが、どういう訳か、敵ワイバーンの大半は編隊らしい編隊を組んでいない。 リンゲは不思議に思った物だが、すぐにフラットレー少佐からの指示が飛び込んできたため、彼の小隊もフラットレー機に続いて、敵編隊に向かっていった。 アメリカ軍戦闘機が向かってくるのを見たマオンド側のワイバーンも、やにわに速度を上げて、戦闘機隊に襲い掛ってきた。 この時、アメリカ側はエンタープライズとロング・アイランドに所属する戦闘機が、敵ワイバーンに向かっていた。 高度は、アメリカ側が4500メートルに対し、マオンド側が5000メートルである。マオンド側は、やや優位な体制で戦闘を開始出来た。 30機ほどのワイバーンが、ほぼ同数のF6Fに真っ正面から突っ込む。距離が迫ったところで、お互いが同時に攻撃を開始した。 ワイバーンの口から光弾が吐き出され、F6Fの両翼から機銃弾が撃ち出される。 1騎のワイバーンが、3機のF6Fから射撃を集中される。 しばしの間、防御結界が機銃弾を阻むが、すぐに霧散して竜騎士やワイバーンがたちまちのうちに射殺された。 正面攻撃が終わった時には、アメリカ側は1機が白煙を引きながら戦域を離脱しようとし、マオンド側は5騎が海面目掛けて墜落しつつあった。 敵ワイバーンの大半は、すぐにF6Fとの乱戦に移るが、7騎のワイバーンがそのまま空戦域から脱し、攻撃隊に向かった。 だが、このワイバーンも、攻撃隊の護衛に付いていたレンジャー隊のコルセアによって散々に追い散らされてしまった。 リンゲは、先の迎撃戦と同様に、2番機のガラハー少尉と共に敵ワイバーンと空戦を行っていた。 リンゲ機が、敵ワイバーンの右斜め後ろに占位する。 「よし!」 リンゲはそう呟くと同時に、照準器の向こうの敵ワイバーンに向けて6丁の12.7ミリ機銃を放つ。 6条の火箭が敵ワイバーンの体を斜め上に舐めたかと思うと、血らしき物を吹き出しながら急激に高度を下げていった。 「やりましたね、小隊長!」 ガラハー少尉が興奮気味な口調で言ってくる。 「ああ、当然だよ。」 それに対して、リンゲは素っ気ない口調で返事した。 敵ワイバーンは、最初こそはF6Fと互角に渡り合っていたが、空戦が5分、10分と続く内に押され始めて来た。 空戦開始から15分が経った今では、ワイバーンはF6Fの攻撃をかわすのに精一杯となっている。 リンゲ達は、ワイバーン群の動きが鈍いことを不審に思い始めていたが、それでも、ワイバーンは隙あらば、F6Fの迎撃を突破しようとする。 リンゲが都合、2騎目のワイバーンを落としたとき、エンタープライズ隊は攻撃を開始していた。 エンタープライズ隊は、敵機動部隊の第1群に迫りつつあった。 第2群の攻撃は、レンジャー隊とロング・アイランド隊に任せており、エンタープライズ隊は第1波攻撃隊が討ち漏らした敵竜母を攻撃しようとしていた。 エンタープライズ艦爆隊指揮官であるロバート・スキャンランド少佐は、敵第1群の輪形陣が大幅に崩れているのを見て、表情を緩ませた。 「TG72.1の連中は、敵さんをさんざん引っ掻き回したな。」 敵機動部隊は、第1波攻撃隊の猛攻を防ぐため、各艦が盛んに回避運動を行った。 そのため、防空戦闘ではありがちな陣形の乱れが起きてしまった。 今、敵の輪形陣は半ば半壊している。輪形陣のやや後方には、停止した敵艦船がおり、うち2隻ほどが黒煙を噴き上げている。 1隻は特に大きい。スキャンランドは、その艦の特徴から、敵の正規竜母であると確信した。 敵竜母は、飛行甲板から黒煙を噴き上げているほか、心持ち右舷側に傾斜しているようにも見える。 恐らく、ゲティスバーグ隊か、イラストリアス隊か、どちらかに所属しているアベンジャーが、その横腹に複数の魚雷を叩き付けたのであろう。 そこから400メートル先に停止している艦も、やはり竜母だ。こちらは比較的小柄だが、この艦もまた、黒煙を激しく噴き上げている。 詳しい被害状況までは分からないが、よくても大破の損害を受けたことは、誰の目にも明らかであろう。 「奴さんも、手傷を負ってはいるようだが・・・・・受けたダメージが少ないな。」 スキャンランドは、目標の竜母に視線を向けたから呟く。 エンタープライズ隊が目標に定めた敵竜母もまた、飛行甲板から煙を噴き上げている。 しかし、被弾した爆弾が少なかったのだろう、吹き上がる黒煙は薄く、艦自体も高速で動いている。 どうやら、あの艦の艦長は、ヘルダイバーとアベンジャーの猛攻を見事に凌ぎきったようだ。 「よし、今度は俺達が相手になってやる!」 スキャンランドはそう言って、内心であの敵竜母を仕留めてやると決心した。 エンタープライズ隊が輪形陣に侵入し始めた途端、周囲に高射砲弾が炸裂し始める。 高射砲の弾幕は、陣形が崩れているせいであまり厚くはない。 だが、精度は意外によく、早くも破片がドーントレスの機体に当たり始めた。 ドン!ドン!という音が鳴り、機体が金属音と共に振動する。 砲弾炸裂時の爆風が機体に吹き込み、操縦桿を取られそうになるが、スキャンランドは手慣れた手つきで機体の姿勢を保っている。 幸運な事に、16機のドーントレスは、敵巡洋艦の上空に到達するまで1機も落ちなかった。 通常なら、いくら頑丈な米軍機とは言え、駆逐艦群の上空を通り過ぎるときは必ず1機や2機は落とされている物なのだが、今回に至ってはそれがない。 「マイリー共の陣形が乱れているせいで、ここまで1機も脱落せずに済んだぞ。」 スキャンランドは、内心で第1波攻撃隊の奮闘に感謝した。 その直後、敵から放たれる高射砲弾の数が一気に増した。それまでは、あまり数の少なかった炸裂煙が、敵巡洋艦の上空に来た瞬間増え始める。 周囲には、いつも通りに見られる無数の黒煙が咲いており、今も機体の近くで砲弾が炸裂する。 いきなりガン!という音が聞こえた。スキャンランドは一瞬、首を竦めたが、機体には何ら異常がない。 「ふぅ、良かった。」 彼がそう呟いた瞬間、 「7番機被弾!墜落していきます!」 という悲報が飛び込んできた。この時、7番機は敵の高射砲弾によって胴体をすっぱりと切断されていた。 2枚の尾翼と、1枚の垂直尾翼を丸ごと失ったドーントレスは、火も噴かずに、そのまま大小2つの破片となって海に落ちていく、その姿は、 途中で夕焼けの光に遮られて見えづらくなり、やがては完全に消えた。 対空砲火は、敵竜母に近付くに従ってより激しくなっていく。 竜母の左右には、2隻の戦艦が配備されており、それらは他の護衛艦と違って多数配備された対空砲を撃ちまくっている。 敵巡洋艦を飛び越し、敵戦艦の上空に達しようとしたところで、立て続けに2機が撃墜された。 だが、マオンド側が高射砲で事前に撃墜出来たドーントレスは、これだけであった。 敵竜母は、左舷側の側面を艦爆隊に晒す形で航行している。その姿は、太い機首の下に隠れつつあった。 敵竜母が完全に視界から消え去ったとき、スキャンランドは突撃する事にした。 「行くぞ!」 スキャンランドはただ一言、そう言ってから操縦桿を前に押し倒した。ドーントレスのやや小振りな機体がお辞儀をするかの如く、前方に深く沈み込む。 眼前にオレンジ色に染まりかけた海が見え、次いで、敵竜母の姿が見え始めた。 斜め単橫陣の隊形で飛行していた13機のドーントレスは、一糸乱れぬ動きで次々と降下に入っていった。 第1機動艦隊旗艦である竜母ヴェルンシアの艦橋上で、トルーフラ中将はドーントレス群の動きを見ていた。 「ドーントレスか。となると、エンタープライズは戦闘力を残していたのか・・・・」 「陸軍のワイバーン隊からの報告では、確かにヨークタウン級空母1隻撃破とあったのですが、どうやら彼らの見間違いだったようですな。」 シークル参謀長が、口調に憤りを滲ませながらトルーフラに言ってきた。 (こいつ、心中では誇大戦果を知らせて来やがって、と思っているな) トルーフラは、その口ぶりでシークルの心境を察した。 高度2000グレルから降下を開始したドーントレス群は、護衛艦やヴェルシンアが撃ち上げる必死の対空射撃に臆することなく突っ込んで来る。 「連中、見事な腕前だな。水平飛行から急降下に移る際の動きだが、あれほど見事な動作で降下を開始する所は、今まで見た事がない。」 「エンタープライズに乗っている飛空挺乗りは、シホールアンル側との戦闘で鍛えられた猛者ばかりですからな。正直言って、我々も連中の 2、3人は拉致してでも欲しいと思うぐらいですよ。」 シークル参謀長は自嘲気味にそう言った。彼の最後の言葉は、ハニカムフラップの轟音でトルーフラには聞こえなかった。 ドーントレス群の先頭1000グレルまで降下したとき、艦長が大音声で何かを命じた。 上空から響き渡る甲高い轟音はますます大きくなってくる。 トルーフラは心なしか、ドーントレス群の発する甲高い轟音が、先のヘルダイバー群から発せられていたそれと比べて大きいように感じられた。 (いや、まさか) トルーフラは気のせいであると思い、首を横に振ったが、轟音はそうではないと否定するかのようにますます大きくなる。 やや間を置いて、ヴェルンシアが左に回頭を始めた。 (取り舵だな) トルーフラが心中で呟いた瞬間、上空から響き渡る轟音がこれまでにないほど大きくなり、そして発動機特有の音が混じったかと思うと、 音は右舷側に飛び去っていった。 「来るぞ!」 トルーフラは被弾を覚悟し、足を踏ん張った。見張りの声が艦橋に響くが、彼はそれを聞き流した。 いくら何でも、最初は外れるであろうとトルーフラは思っていた。 案の定、最初の爆弾は、ヴェルンシアの右舷側海面に落下した。続いて2弾目、3弾目と爆弾が落下する。 敵機の爆弾は、連続で3発が空振りとなった。 (いいぞ!この調子でどんど) いきなりダァーン!という耳を劈くような爆発音が鳴り、トルーフラの足が一瞬だけ、床から浮かび上がった。 「くっ・・・やはり思うようには行かないか!」 トルーフラは衝撃に耐えながらそう呟いたが、最初の被弾から5秒後に2発目がヴェルンシアに突き刺さった。 それから連続で5発の爆弾が命中した。トルーフラは、4発目まで命中弾の数を数えてから、やめてしまった。 ヴェルンシアの艦体に次々と爆弾が命中し、飛行甲板が爆発によって大きく断ち割られる。 既に、1発の爆弾を食らっていたヴェルンシアは、ドーントレス群から受けた7発の命中弾で満身創痍となった。 7発の爆弾は、前・中・後部に満遍なく命中した。 先の命中弾によって、格納庫で発生した火災は、この被弾によって一気に拡大し、格納庫にいた生き残りのワイバーンや将兵は、 生きたまま焼かれる事になった。 命中弾のうち1発は、防御甲板を突き破って機関室まで浸透し、機関の一部をも破壊していた。 そのため、ヴェルンシアの速力はみるみる内に低下していった。 「速力が落ちている・・・・・さては、敵弾が機関部を痛めつけたな。」 トルーフラは、狼狽する艦長をみてから、そう確信した。 艦長は、しきりに指示を飛ばしているが、ヴェルンシアの被害は、応急班が対応困難になりかけるほど深刻な物であった。 「左舷方向より雷撃機接近!」 先の被弾の対処で大わらわとなる艦橋に、見張りが新たな報告を送ってくる。 トルーフラは、左舷側海面に目を向ける。 ヴェルンシアの左舷側には、戦艦コルトムが占位している。 コルトムは、舷側の対空砲や光弾を、超低空から迫り来るアベンジャー目掛けて撃ちまくっている。 アベンジャー群は、対空砲火の弾幕を潜り抜けて、コルトムを通り過ぎようとしている。が、犠牲は避けられなかった。 アベンジャーの1機が、尾翼の真上で高射砲弾の炸裂を受けた。 破片は少ししか当たらなかったため、傷は余り付かなかったが、その代わり、猛烈な爆風が機体をテコの原理で押し上げた。 不意に高度が上がったアベンジャーに射弾が集中された。 アベンジャーは、頑丈で落ちにくい機体としてマオンド、シホールアンル双方で有名であるが、それでも、多数の光弾を食らったら当然落ちる。 アベンジャーは全身を穴だらけにされた末に、左の主翼を中ほどから千切られ、そのまま火を噴きながら海面に落下した。 その際、胴体内の燃料が引火して、水飛沫と共に猛烈な火炎が吹き上がった。 しかし、別の機はコルトムの前や後ろ通り過ぎて、ヴェルンシアに接近していく。 1機のアベンジャーが、コルトムからの追い撃ちを受けて撃墜されるが、残りは超低空でヴェルンシアに向かってきた。 ヴェルンシアは迎撃するのだが、既に先の直撃弾で、少なからぬ魔道銃や対空砲が破壊されたため、アベンジャーに向けて放たれた対空火器は驚くほど少なかった。 「面舵だ!面舵一杯!」 艦長は、声を上ずらせながら指示を飛ばす。幸いにも、ヴェルンシアはアベンジャーが射点に付くよりも早く、回頭を始めることが出来た。 艦長は、先ほどと同じように、対向面積の少ない艦尾を向けて魚雷をやり過ごそうと考えていた。 (果たして、魚雷を避けられることが出来るか。それとも・・・・・) トルーフラの脳裏に、15分前に起きた出来事が蘇る。 ヴェルンシアの左舷を航行していた僚艦マウニソラは、必死の操艦にも関わらず、アメリカ軍機から投下された魚雷を食らってしまった。 魚雷は4発が命中し、うち1発は艦尾に命中していた。トルーフラは、マウニソラの艦尾に付き立った真っ白な水柱をはっきりと目にしていた。 マウニソラはその後、右舷側前部に2本、後部に1本を受け、陣形から脱落した。 マウニソラと同様の運命を辿るか・・・・それとも、魚雷を回避して、この地獄の戦場から生き残るか。 しかし、現実は酷く、残酷であった。 ヴェルンシアは、確かに回頭を始めていた。だが、この時、ヴェルンシアの速力は11リンル(22ノット)しか出せていなかった。 そのため、艦はのろい動作でしか回頭を行うしかなかった。 「敵機、更に接近!あ、魚雷を落とした!」 見張りの口調が唐突に変わる。14機のアベンジャーは、ヴェルンシアから400グレルの位置まで近付くや、順繰りに魚雷を落とした。 14本の魚雷が、扇状に広がっていく。ヴェルンシアが回頭しているためか、14本の雷跡のうち、早くも半数が衝突コースから外れる。 だが、残る半数がヴェルンシアに向けて進みつつあった。 「魚雷接近!距離200グレル!」 トルーフラは、近寄ってくる魚雷を凝視していた。 (俺は、今度こそは、アメリカ機動部隊を打ちのめしてやると思っていた。今日の朝までは、敵に打ち勝てると思っていた。) 彼は、胸中でそう呟いた。 マオンド側は、前回の海戦と違って、航空戦力ではアメリカ機動部隊と互角の勢力を保てた。 やや劣勢であった前回でさえ、優勢な敵機動部隊相手に奮戦出来たのだから、今回こそは勝利できるであろうと、トルーフラは思っていた。 だが、現実は今、違った物になろうとしている。 雷跡が、あと50グレルの位置まで接近してきた。ヴェルンシアが回頭しているため、敵の魚雷は左舷側の斜め後方から追い掛けている形になっている。 この時、更に1本の雷跡が衝突コースから外れた。残る6本は、無情にもヴェルンシアの左舷側に迫りつつある。 敵の魚雷が、更に30グレルの位置まで迫る。 「敵魚雷、更に接近!」 見張りの声が、これまでないほどに上ずっていた。トルーフラはふと、ヴェルンシア艦長に視線を向けた。 艦長の顔には焦燥の色が滲んでおり、双眸は艦首側を睨み付けている。 曲がれ!もっと早く曲がれ!!と、艦長は心中で叫んでいるのだろう。 その時はやって来た。 唐突に、ガンという何かが当たる振動が伝わった、かと思うと、突き上げるような強い振動がヴェルンシアを揺さぶった。 衝撃は一度だけではない.2度目、3度目と、立て続けに起こる。振動はそれだけに収まらない。 4度目、振動が新たに伝わり、ヴェルンシアの艦体は一瞬ながら、文字通り、海面から飛び上がっていた。 「うおおおおぉ!」 トルーフラは、その猛烈な振動に足を取られ、床に転ばされた。床に転倒した際、彼は右肩倒れた。その瞬間、猛烈な痛みが肩から伝わった。 「う・・・ぐ!」 激痛に顔を歪めるが、彼の体を案じる者は、現時点で誰も居なかった。 何故なら、幕僚や艦橋要員の全てが、トルーフラ同様、床に転倒するか、壁に叩き付けられ、痛みに悶えていたからだ。 トルーフラは、右肩の痛みに耐えながらも、艦のスピードが衰えていくのが分かった。 それと同時に、艦は左舷側に傾斜を始めていた。 この時、ヴェルンシアは6本の魚雷を受けていた。 まず1本目は、ヴェルンシアの左舷側中央部に突き刺さった。 魚雷はバルジを突き破って防水区画で炸裂した。 続いて2本目が、先の命中箇所より30メートル離れた後ろ側に命中し、これもまた防水区画で爆発し、隔壁の一部を破壊して艦内に爆風を流れ込ませた。 もし、この被雷数がこの2本だけに終わっていれば、ヴェルンシアは大破止まりの損害で済んだであろう。 しかし、3本目と5本目の魚雷が、ヴェルンシアの船としての生命を奪い去った。 3本目は、ヴェルンシアが速力を落としたせいで、命中箇所が本来の位置よりも前側になり、バルジの施されていない左舷側前部に深々と食い込んだ。 魚雷は、通常よりも薄い防御区画をあっさりと貫通して第5甲板前部兵員室に達し、そこで爆発した。 爆発の瞬間、紅蓮の炎が艦内を席巻し、たまたまそこから被害箇所に向かおうとしていた、12名の応急班を瞬時に焼死させた。 爆炎がひとしきり艦内の一部を焼き払うと、今度は大量の海水が雪崩れ込んできた。 炭化した無残な焼死体は、海水の奔流によって綺麗さっぱり流された。 次いで、4本目が艦尾に命中したが、この魚雷は信管が作動せず、そのまま弾頭部を強かに打ち付けた後、そのまま海中に沈んでいった。 突っ込んできた魚雷が不発魚雷という幸運に恵まれたのも束の間、5本目が、ヴェルンシア突き刺さった。 この被雷が、ヴェルンシアにとって命取りとなった。魚雷は、ヴェルンシアの後部に命中すると、そのままの勢いでバルジと防水区画をぶち抜き、 更には隔壁を貫いて、第2魔導機関室の壁に弾頭部を覗かせた。 席に座って、魔力計を眺めたり、機器の点検をしていた魔導士達は、いきなり現れた魚雷の弾頭部に釘付けとなった。 ある魔導士が逃げろと言った瞬間、魚雷は弾頭部の信管を作動させ、300キロ以上の炸薬がそのエネルギーを解き放った。 爆発は一瞬にして魔動機関室を覆い尽くし、魔導士達は即死し、魔法石は瞬時に砕け散った。 先の急降下爆撃で、第1魔動機関室に損傷を受けていたヴェルンシアは、魚雷が第2魔動機関室を完全破壊したことでその動力の大半を一気に失い、 それまで勢いよく回転を続けていた4基の推進器は、急激に動きを緩めた。 6本目の魚雷は、容赦なく左舷側後部に突き刺さったが、魚雷の信管は何故か作動しなかった。 しかし、ヴェルンシアの命運は、既に決まったも同然であった。 4本の魚雷を受けたヴェルンシアは、被雷箇所から大量の海水を呑み込み続け、艦の傾斜は分を追うごとに深くなるばかりであった。 10分後。 ヴェルンシアの傾斜は、かなり急な物になっていた。 「くそ・・・・・もはや、これまでか。」 艦長は、絶望に顔を染めながらそう呟いた。今や、艦橋に立っている物は、何かに捕まっていなければそのまま転倒しそうなほど、艦は深く傾斜していた。 「司令官、残念ですが、ヴェルンシアはもはや・・・・・・ここはひとまず、退艦してください。」 トルーフラは、艦長から退艦するように進められたが、彼は艦長の言葉が嘘であると思いたかった。 「し、司令官。第2群から緊急信です。」 後ろから、魔動参謀が声をかけてきた。 「第2群のニグニンシとルグルスミルクィも敵機の猛攻を受けて火災を発生、目下消火作業中との事ですが・・・・・・」 魔動参謀は、言葉の途中で口をつぐんだ。 「どうした、最後まで言いたまえ。」 トルーフラは、厳しい口調で発言を促す。 「黙っていても、事実は覆らない。」 「・・・・ハッ。両艦とも、爆弾、魚雷を受けておりますので、損害が酷く、特にニグニンシは弾薬庫の誘爆のため、生還の見込みは薄いようです。」 「・・・・・そうか。」 トルーフラは、ため息を吐いた後、そう言った。 第1機動艦隊は、全ての正規竜母に沈没確実の被害を負わされた。前半はあれほど押したにも関わらず、後半はあっさりと、敵機動部隊に叩きのめされたのだ。 トルーフラは絶望するどころか、むしろ呆れていた。 (やはり、魚雷という武器は便利なもんだな) 彼は、胸中でそう呟くと、魔動参謀に振り返った。 「第2艦隊に通信を送れ。航空戦終了せり。後は頼んだ、と。」 午後6時20分 モンメロ沖南西90マイル地点 第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの作戦室は、久方ぶりに沸き返っていた。 「攻撃隊の戦果は、敵正規竜母3隻、小型竜母1隻、駆逐艦3隻撃沈確実。小型竜母1隻、巡洋艦1隻、 駆逐艦5隻大中破、ワイバーン31騎撃墜となっております。」 参謀長のバイター少将が、誇らしげな口調で第7艦隊司令長官であるフィッチ大将に報告した。 「こちらの損害は、駆逐艦2隻沈没、空母1隻、駆逐艦2隻大破、空母2隻、駆逐艦2隻中破・・・・か。今回の機動部隊決戦で、 TF72はほぼ完勝に近い戦果を上げたな。」 フィッチは、バイター少将ほどではないが、それでも口元をやや緩ませながら、皆に言った。 「今回の海戦では、前半こそ押され通しでありましたが、後半は見事に、敵を討ち取ることが出来ましたな。これで、我が第7艦隊の 念願であった、マオンド機動部隊の撃滅はほぼ果たされたと言って良いでしょう。」 バイター少将は、嬉しげな表情を浮かべながら言う。 その一方で、航空参謀であるマクラスキー中佐は、浮かぬ表情を滲ませていた。 「それにしても、航空機の損害が多すぎます。」 マクラスキーの口調は、バイターと比べると、どこか憂鬱そうだ。実際、マクラスキーはやや憂鬱であった。 「前半戦で、マオンド側は執拗にファイターズスイープを仕掛けてきました。それによる損害も勿論ですが、敵機動部隊攻撃に向かった 艦載機にも、未帰還機が予想以上に多く出ています。」 TF72は、敵空中騎士軍との戦闘で戦闘機120機を失い、続く敵機動部隊から発進した戦闘ワイバーンとの空戦で18機を撃墜された。 更に、敵機動部隊に向かった攻撃隊は、敵ワイバーンの迎撃と敵艦の激しい対空砲火を浴び、最終的には73機が未帰還となった。 このうち、第2群を攻撃したレンジャー隊とロング・アイランド隊の損害が大きく、敵がいかに死に物狂いで戦ったかを如実に表していた。 現在判明している喪失機数だけを合わせれば、総計で211機を失った事になる。 今後出て来る使用不能機も含めれば、その数は更に増大する事になり、航空機の損害は前回と同等か、それ以上になる可能性がある。 「敵さんも、それだけ必死であったという事なのだろう。戦争とは、相手がいるからな。とはいえ、TF72は空母の損失は1隻も無く、 使える母艦の数はまだ多い。それに、艦載機も400機以上を保有している。壊滅した敵機動部隊に比べて、TF72はまだまだ戦える 状態にある。特に、空母の損失をゼロに抑えた事は、手放しで喜んでも良いと、私は思う。」 フィッチの言葉に、幕僚達は誰もが頷いていた。 「長官。ひとまず、敵機動部隊は叩きました。次は、敵の戦艦部隊が相手ですな。」 作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が言う。 「敵の戦艦部隊は、依然として北進を続けているようです。このままで行くと、長くても深夜1時までには、我が機動部隊を 砲戦距離に捉えるでしょう。」 「敵の戦艦部隊は、急行してきたTG73.5が当たることになっている。応援の巡洋艦は我が機動部隊から出すようだな。」 「はい。TG72.2から重巡ウィチタ、セント・ルイス。TG72.3からロチェスター、リトルロック、マンチェスターが出る予定です。」 「敵の戦艦部隊との戦いに話が行っているようですが、敵機動部隊も4隻の新鋭戦艦を保有しています。」 バイター少将が横から入ってきた。 「敵機動部隊の護衛に付いていた新鋭戦艦は、約28から30ノットほどの速力で航行していたと、攻撃隊の搭乗員から報告が上がっています。 敵は竜母全てを撃沈破させられた以上、何が何でも戦果を上げようと必死になるはずです。現に、彼らはここで我々や輸送船団に大損害を与えな ければヘルベスタン領どころか、レーフェイル大陸の覇権すらも失いかねません。その事を考えれば、敵の新鋭戦艦も、他の護衛艦共々、 輸送船団目掛けて突入する可能性があります。」 「その時は、残った戦力を全てつぎ込む。このオレゴンシティを使っても構わん。」 フィッチ大将は、躊躇う事なく言った。 「敵は確かに、高速力を発揮できる新鋭戦艦を揃えているが、我が第7艦隊もそれに負けぬ物を揃えている。もし、彼らが最後の行動に 出るのならば、その時は、我が新鋭戦艦の有する17インチ砲の威力を思い知らせてやるまでだ。」
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645 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/15(木) 20 01 25 ID .T6aCl0I0 御覧のとおり、本当に小ネタです。 まあ、こういう話もあるという事で……お目汚し失礼致しました。 653 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/18(日) 13 28 41 ID .T6aCl0I0 レスどうもありがとうございます。 646 647 648 F世界での標準的な製鉄方法は鉄鉱石と木炭を使ったものです。 地域によっては砂鉄等も産出しますが、生産量的に鉄鉱石の方が主流です。 木材資源が豊富なF世界では、燃料として石炭は殆ど使われていません。 シュトルミーセンという町は、近郊に森林の豊かな山があり(=木炭資源が豊富)、 町には比較的流れの速い川があり(=パワーのある水車による送風装置が設置可能)、 しかも鉄鉱石の産出地に程近い立地で、製鉄業のためにある町と言って過言ではありません。 伯爵家は代々、木炭資源が枯渇しないように、植林事業も積極的に行っています。 ただし、伯爵の製鉄所は「リンド王国としては」「F世界としては」、 「大規模」という感じで、「皇国的な大規模さ」からしたら「小規模」です。 伯爵の製鉄所を接収しても、それだけではとても皇国国内の需要を満たせません。 ただ、シュトルミーセンの鉄鉱石は質が良く、豊富に存在するため、 シュトルミーセンの町を「改造」したら、東大陸における対皇国 鉄資源供給地として確固たる地位を築けるかもしれませんし、 そうでなくても、東大陸における製鉄業の 中心地になれる潜在能力を秘めています。 リンド王国軍が急速に軍拡出来たのも、シュトルミーセンという町の存在抜きには語れません。 国家の財政的にも、大砲や小銃の素材となる鉄生産という意味でも。 649 303のSSについて 皇国は豊かな分、失うものも多いと考えています。 どうにもならなさ具合は現代日本ほどではないですが。 神賜島開発が完全に軌道に乗るのは何年後でしょう。 石油は備蓄が1年半分くらいですから、それまでに何としても開発せねばなりません。 全部を軌道に乗せるには確かに10年単位の月日がかかって、皇国版「失われた10年」になるかもしれませんね。 651 採掘が本格化するまで 軍艦の建造も延期あるいはキャンセルされます。 大和型戦艦の信濃は、残念ながらスクラップになります。 くず鉄 戦利品の押収ですね。 一人あたりの鎧に含まれる鉄が20kgとして、10万人分でも2000tという微妙な数字です。 実際は、鎧(胸甲)を着ているのは重装騎馬兵や重装戦竜兵といった一部兵科のみですので、10万も居ません。 最大限に見積もっても、2万くらいじゃないでしょうか? とすると鉄資源は400tで、わざわざ持って帰る程の資源量にならないと思います。 それよりも皇国軍将校は、F世界の武器や鎧などに美術品としての価値を見出しています。 鉄資源に関するなら、リンド王国軍の鎧を当てにするより、シュトルミーセンを 皇国の利権に組み込む事の方が今後のためになると思います。 652 昭和19年の自給率が66% これって、内地のみの数字ですか? 満州とか含まない、内地のみの数字だとすると私は重大な勘違いをしていた事に……。 671 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/18(日) 20 21 49 ID .T6aCl0I0 669 質問ばかりで恐縮なのですが、色々勘違いしてたようなので……。 鉄鉱石は8割程度が輸入で賄われていたという資料を見たのですが、 日本の内地では砂鉄等からの銑鉄生産量が相当に多かったという事でしょうか。 史実の米国の禁輸措置で「鉄スクラップ」が含まれていた事や、 満州国が鉄鉱石の生産地だったという事、戦時中は一般家庭 からも金属の供出が行われたという事から、内地の自給率は 低く、相当量を海外に依存していたと考えていたのですが、 これはどういう事でしょうか。戦争で需要が増えたので、 内国産の鉄だけでは足りなくなったという事でしょうか。 何にせよ、史実でも9割以上を輸入に頼っていた 石油に比べれば、鉄の状況は良いようですが。 684 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/21(水) 18 25 58 ID .T6aCl0I0 いつも感想やアイデアありがとうございます。 672 673 674 どうしても鉄スクラップが大量に必要だとすると、 やはり戦利品の鎧や剣等を使うしかなくなるのですが、 どう大目に見積もっても年間で1000t程度しか見込めないのですよね。 これでは国内需要に全然足りず、鉄鋼生産が少なくなれば あらゆる産業にダメージが行くので、皇国の受難は続きますね。 674 675 676 元世界の近い将来、ソ連との戦争のために皇国に派遣されてきた米軍のB-29やB-36が転移! じ、実は開発中の4発爆撃機連山や、6発爆撃機富嶽はその極秘情報を 元に開発されていたのです……ご都合主義過ぎますか。 681 樺太の油田も、転移までは採掘していました。 皇国の石油消費量は、史実日本より4~5割増しくらいを考えていたのですが、 年間消費量750万トンで、採掘量が30万トンだとすると、4%になりますか。 皇国世界では、樺太や満州の油田開発の技術を、 神賜島に投入という形で期待に答えたいと思います。 682 詳細な資料ありがとうございます。 これが現代日本を支えるLD転炉ですか。 自動車生産に特に向いていると。うってつけですね。 これは構想(研究)としては戦前(19世紀)からあったもののようですね。 生産性が向上し、設備投資も少なくて済む。ありがたやありがたや。 皇国も、様々な転炉等の研究はしているだろうと妄想しておきます。 それ以前の問題としては、高炉→転炉の製鋼が可能な製鉄所が、 八幡製鉄所等、他にもあるというご都合主義も加えましょうか(笑) でも、それでも平炉が主流である限り、やはり鉄スクラップの 大量の需要に対する供給量の問題は当面解決出来ないでしょう。 皇国の粗鋼生産量も、平炉>転炉>電気炉、の順ですので。 683 強化しないと自力ではやっていけない分野があるので、強化していますが、 行き過ぎると「これは日本ではなくて米国だ!」って事になりかねないので、 あまり強化したくないという気持ちもあるのです。天邪鬼、天邪鬼……。 「軍事は政治の一部である」事から、史実日本のような「軍事優先」の 体制は不健全だという考えで、ソフト面もだいぶ弄ったつもりなのですが、 私の書き方が足りないせいで、あまりソフト面で「史実より柔軟」って感じ がしないですよね。戦闘シーンばっかり書いちゃって、内政問題を描けてないです。 皇国の「本来の敵」は、今でもソ連ですので、今後はその辺も課題として書いていきたいと思います。 691 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/22(木) 20 54 35 ID .T6aCl0I0 685 まず一番最初に潰されるなら、扶桑型でしょうね。 金剛型は、一応機動部隊の護衛(被害担当艦)という形でも生き残れます。 しかし、長門型と大和型だけ残して、あと全部スクラップにするというのは冒険ですね。 資源状況が改善して、新規製鉄所の火入れが行われたら皇国版アイオワ型と、 超大和型あたりを建造するにしても、それまでの空白時期に元世界に 戻ってしまうかも知れない事を考えると、安易には選択できないです。 686 687 転炉もいっぱいあるよといっても、現実世界では圧倒的に平炉だったのを、 圧倒的に転炉というのはさすがにやりすぎだと思うので、「平炉量>転炉量」にしています。 高性能で大規模な転炉を備えた製鉄所は、「室蘭」「川崎」「神戸」「八幡」の四箇所くらいではないかと考えています。 安い銑鉄(国産や印度産)や鉄屑(米国産)が大量に手に入る状況なのであれば、平炉の方が良いわけですよね? それと、中国産(満州産)の鉄鉱石を製鋼に使う場合、ベッセマー転炉よりもトーマス転炉の方が都合が良いのでしたっけ。 (ここら辺、勘違いしているかもしれないので指摘宜しくお願いします) 690 投下マダー? ですね、すみません。 製鋼の話は結構気になっていた事(教科書で習った「鉄屑禁輸」の 問題とか)なので、こちらも雑談で引っ張ってしまいました。 という訳で、久しぶりに本編を投下します。 少し期間が空いているので、文章の勘が狂っているかもしれませんが。
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第122話 ホウロナの楔 1484年(1944年)3月8日 午後3時20分 ホウロナ諸島ファスコド島 シホールアンル陸軍第515歩兵旅団の指揮官であるラフルス・トイカル准将は、たった今、文書に自分の署名を終えた。 「ありがとうございます。」 目の前の変わった軍服を着た男。アメリカ軍第2海兵師団師団長であるジュリアン・スミス少将が礼を言った。 「これで、降伏文書の調印は終わりとなります。あなた方の将兵は、適正な処置の下に後方に送らせて頂きます。」 トイカルはその言葉を聴いても、返事を返そうとはせず、ただ頭を下げた。 アメリカ軍が上陸して4日目となる今日、ファスコド島守備隊は、島の北端部にある野戦病院前の陣地で、最後まで戦っていた。 僅か4日間の地上戦闘であったが、ファスコド島守備隊は勇敢に戦い抜いた。 兵力、火力、航空戦力。 どれもアメリカ軍が圧倒的に勝っていたが、トイカル旅団は力の限り戦い続けた。 トイカル旅団は、事前に構築していた、4重、5重にも及ぶ縦進陣地で持ってアメリカ軍部隊に抵抗を続けた。 特に、2日目の昼頃に起きた324高地の攻防戦では、実に4度も高地の主が変わったほど熾烈な戦いを繰り広げた。 武器も装備もアメリカ側に比べればかなり劣っていたものの、魔法騎士団の残余も加わったトイカル旅団は、勇猛果敢に立ち向かった。 残り少なくなった野砲を有効活用して、前進するアメリカ軍部隊の阻止攻撃や、攻勢にうつる友軍部隊の支援を最後まで行い続けた。 野砲部隊は、3日目の正午までには全ての砲を破壊されたが、最後まで撃ち続けたその砲弾は、第2海兵師団の将兵から“孤高の狙撃手”と 言わしめたほど、米軍を大いに悩ませた。 だが、相次ぐ激戦によって魔道銃の魔法石も切れ、将兵も皆が疲労困憊していた。 食料は大量にあったが、いくら食料があれど、肝心の武器が全く使い物にならなければ、無駄に兵を死なせてしまう。 ならば後退し、休息を取れば良い・・・・と誰もが思うであろう。 しかし、トイカル旅団は、だだっ広い大陸で戦っている訳ではない。 ファスコド島というちっぽけな島で戦っているのである。逃げ場などあろうはずも無く、当然、敵は守備隊に休息を取らせようとはしなかった。 トイカル准将は、守備隊の窮状を見て、もはや限界を超えたと判断していた。 アメリカ軍に勇敢に立ち向かった兵士達だが、損害が大きすぎた。 シホールアンル兵は、アメリカ軍部隊の容赦ない攻撃を受けていた。 少しでも敵を釘付けにすれば、後方から戦車がやって来る。 その戦車が、敵の足止めに貢献している魔道銃陣地を見つけては砲弾を叩き込んで沈黙させる。 野砲が敵の戦車を撃破して、敵を完全に食い止めることが出来ても、どこぞからアメリカ軍機がやって来て、陣地に爆弾を叩き付けて行く。 ひどい時には、空襲の後に沖合いの軍艦から猛烈な射撃が加えられる。 このような状況では、腰抜けの新兵であろうが、敵を軽く殺せるベテラン兵であろうが、陣地もろとも吹き飛ばされてしまう。 白兵戦に移っても、アメリカ兵は小銃や拳銃を使ってシホールアンル兵を次々と打ち倒す。 こちらが出てこなければ、銃眼や洞窟の穴に爆弾を放り投げ、火炎放射器で焼き払う。 アメリカ側の攻撃は、異常なまでに徹底していた。 敵と戦う前には、8912名はいた守備隊は、降伏直前には3018名にまで激減していた。 トイカル旅団は、僅か4日足らずで、4000名の戦死者、並びに捕虜を出し、1000名以上の負傷者を出していた。 ファスコド島守備隊は、事実上壊滅的な被害を受けたのだ。 トイカル准将は決断を迫られていた。 降伏か?それとも最後まで戦うか? 一昔前ならば、間違いなく最後まで戦う方を選んだであろう。 何しろ、偉大なるシホールアンル帝国軍の一員だ。 敵に無様な格好を見せるよりは、華々しく散ってシホールアンル軍将兵の素晴らしさを敵に見せ付けたほうが得策だからだ。 だが、そんな事は、アメリカ軍に全く通じないという事を、トイカル准将は嫌と言うほど思い知らされた。 (俺達は、もう義務を果たした。敵は血に飢えた野獣のように我ら味方将兵の命を貪り食った。だが、私は分かっている。アメリカ軍が特殊な軍隊であることを。) 彼は、もう既に決めていた。 彼としては、装備劣悪な友軍部隊が、陣地の作り方や、魔道銃等の近代兵器を揃える事で、曲がりなりにもアメリカ軍に 対抗出来たことが嬉しかった。 圧倒的不利な状況にもかかわらず、ファスコド島守備隊は良く戦った。 (私は、彼らを無駄死にさせたくない。精一杯戦った部下達に対して、俺が出来る事はせめて、命を救ってやる事ぐらいだ。) トイカル准将は、心中で決断すると、すぐに司令部や生き残りの指揮官達を集め、降伏する事を打ち明けた。 反対する者は、不思議と居なかった。 彼は、すぐさまアメリカ軍側に軍使を送り、降伏の申し出を行いたいと伝えた。 それから1時間余りが経った。 アメリカ軍は、トイカル准将の申し出に応じ、午後3時10分から降伏交渉が始まった。 トイカル准将は、文書にサインを終えた時、これで自分の役割は終わったと思った。 降伏交渉に使われた天幕を出ると、トイカル准将は第515旅団の司令部に戻った。 彼は、全部隊に武装解除を伝えると、ただ1人、自室にこもった。 トイカルは、椅子に座りながら酒を飲んでいた。 今までの思い出が、頭をよぎっていく。 初めて士官学校を見た時の高揚感。初の実戦で、無我夢中に戦っていた若き日の自分。 戦死者の遺族の家に1件ずつ回り、愛した部下の最後の務めを報告した時の、言いようの無い悲しみ。 様々な思いが、脳裏に浮かんだ。 「最後まで、私は優秀な部下と共に戦えた。義務を果たした以上、思い残す事は無い。」 司令部付の魔道士には、今回の戦闘報告を本国に送らせてある。 この情報が、願わくば、偉大なる帝国軍に勝利をもたらしてくれれば・・・・・ トイカルはそう心中で呟くと、杯に入っていた酒を一気にあおった。 「さて、私なりのけじめをつけるとするか。」 彼は、どこか晴れやかな表情を浮かべながらそう言った。彼は、テーブルに置かれていた短剣を手に取った。 1484年(1944年)3月18日 午前8時 エゲ島西50マイル地点 第5艦隊司令長官である、レイモンド・スプルーアンス大将は、作戦室内のテーブルに置かれた地図に、星条旗のついたピンが刺さるのを無表情で見つめていた。 「エゲ島が陥落したか。」 「はい。午前7時30分に、第5水陸両用軍団司令部から報告が入りました。海兵隊が被った損害は、戦死402、負傷2001です。」 情報参謀のアームストロング少佐がスプルーアンスに言った。 「ふむ・・・・・」 スプルーアンスは、側に置いていたカップを手に取り、一口だけ啜った。 「しかし、ホウロナ諸島攻略作戦で、海兵隊は無視できん損害を被ったな。」 「はい。事前に、入念な砲爆撃を行ったのですが、シホールアンル側はこれまでの戦訓を元に入念に防備体制を整えていたようです。」 ファスコド島制圧から始まったホウロナ諸島攻略作戦は、エゲ島のシホールアンル軍部隊が降伏した事で幕を閉じた。 アメリカ軍は、第1海兵師団が戦死390、負傷1420、第2海兵師団が戦死592、負傷2201、 第3海兵師団が戦死482、負傷1700、第4海兵師団が戦死402、負傷2001である。 総計すると、9000名以上の戦死傷が出た事になる。 原因は、シホールアンル側の防御態勢にあった。 ファスコドのシホールアンル軍は、これまでの経験を元に、効果的な防御陣地を構築していた。 だが、このような防御陣地は、515旅団のみならず、ホウロナ諸島に駐留する全部隊が行っていた。 その唯一の例外は、第75魔法騎士師団であったが、それ以外の部隊はずっと陣地に引き篭もり、海兵隊が上陸するまで行われた 事前砲撃に対しても、辛うじて戦力を温存する事が出来た。 これによって、シホールアンル軍は、思い通りとまでは行かなかったが海兵隊を苦しめる事が出来た。 だが、制空権、制海権を完全に握られていては、勝利など出来るはずも無く、圧倒的な火力の前に、ホウロナの島々は次々に陥落していった。 エゲ島が降伏した時、シホールアンル側は戦死者32000、負傷29000の損害を出していた。 無論、残りの負傷者や生存者はアメリカ側の捕虜となるから、シホールアンル側は、第54軍並びに、第22空中騎士軍、その他諸々も含めて、 10万以上の将兵、軍属を丸ごと失う事になった。 シホールアンル側は、それを覚悟の上でファスコド島を見捨てたが、それでも将兵10万の喪失は痛すぎる物であった。 「我々の損害もいささか大きいが、それでも、シホールアンル軍に与えた損害は大きいだろう。彼らは、貴重な戦力を失ったばかりか、 ホウロナ諸島までも失ったのだ。この事は、後の戦局に大きく左右するだろう。」 スプルーアンスは、視線を地図上の1つの島・・・・ファスコド島に移した。 「既に、ファスコド島には飛行場が建設され、第1海兵航空団の航空隊が駐屯を開始している。ファスコド島のみならず、ホウロナ諸島の 全ての島に工兵部隊が上陸する。大部隊の収容が可能な施設が完成すれば、ようやく次のステップに進める。」 「それは、来るべき大上陸作戦の事ですな?」 参謀長のカール・ムーア少将が聞いた。 「そうだ。」 スプルーアンスは、怜悧な口調で返事する。 「その次のステップに進むために、我々第5艦隊はホウロナ諸島を守らねばならない。シホールアンル側が、奪回を企図せぬとも 限らないからな。ひとまず、ホウロナ諸島を制圧した事で、まず一段落したが、この後も気は抜けない。」 「しかし長官、問題もあります。」 作戦参謀のフォレステル大佐が進言する。 「第57、58任務部隊は、攻略作戦開始以来ずっと働き詰めで、艦隊の将兵の疲労はかなりのものです。第5艦隊・・・・ いや、連合軍艦隊の精鋭ともいえる高速機動部隊といえど、疲労には勝てません。」 「その事に関しては、今私も言おうとしていた。」 スプルーアンスは苦笑しながらフォレステルに返事した。 「先に言われるとはな。まぁ、それはいいとして。TF57、58の両艦隊は後方に下げて休養させる。だが、万が一の場合が 起きた時、機動部隊が居なくては困るから、TF57か、TF58のどちらかだけを先に休養させ、後の部隊は、ご苦労だが もう2週間ほど頑張って貰う。ファスコド島には、第1海兵航空団の航空隊200機が配備されているが、もし敵機動部隊が 来襲した時は、この200機ではとても太刀打ちできない。その場合は、必ず機動部隊の助けが居る。だから、TF57か58の どちからは、ホウロナ諸島に近くに張り付いてもらいたいのだ。」 「なるほど、一時的にローテーションを組むのですね。」 幕僚たちが納得した表情を浮かべた。 「長官。では、どの部隊から後方に下げるのです?」 フォレステル大佐がすかさず聞いた。 「TF58を最初に下げよう。」 スプルーアンスは即答する。 「TF58は空母が2隻も欠けている上に、艦載機の出撃回数がTF57より多いからな。ミッチャーに休養を取るように命じよう。 それから、TF58には、後送する捕虜を乗せた輸送船団を護衛してもらおう。」 「分かりました。」 スプルーアンスはその後、一通りの連絡事項を聞き、それに指示を下してから会議を終えた。 「長官。」 会議の終了間際、ムーア参謀長はスプルーアンスに聞いた。 「そういえば、大西洋方面でも、近々大作戦が実行に移されるらしいですね。」 「うむ。そのようだな。」 スプルーアンスは頷いた。 「大作戦と言っても、今度の作戦は島の攻略・・・・いわば、ホウロナ諸島攻略と同じような作戦だ。だが、同時に大事な作戦でもあるな。」 スプルーアンスは知っていた。 大西洋艦隊も同じく、レーフェイル大陸侵攻の準備を進め、手始めに足場となる場所を占領すると言う事を。 「太平洋と大西洋。この二つの戦場で、我々は大きな楔を打つ。もし、大西洋でも作戦が成功すれば、この戦争の行方は完全に決まるだろう。 ミスター・ムーア、合衆国海軍は、これまで以上にないほど忙しくなるぞ。」 「ええ、承知しております。」 ムーア少将もまた、どこか緊張したような表情で返事する。 彼は、途端に悪戯小僧が浮かべるような笑みを見せた。 「最も、長官がもっと働いてくれたら、我々としては大助かりなのですがねぇ。」 その言葉に、スプルーアンスはただ苦笑するだけであった。 1484年(1944年)3月19日 午前8時 バージニア州ノーフォーク その日、ジョン・マッケーン少将は、司令部スタッフと共に内火艇に乗って、今日から新しい仕事場となる軍艦に向かっていた。 ノーフォーク軍港の一角に浮かぶそれは、数ある合衆国海軍の空母の中では、いささか異色の存在であった。 「見るからにごつごつしているな。」 マッケーン少将は、目の前の軍艦を見てからそう呟いた。 彼が赴任する軍艦・・・・第7艦隊所属第72任務部隊第1任務群の旗艦である正規空母イラストリアスは、デザイン33・メジャー10Aの 迷彩塗装が艦体に塗られているが、独特の重厚さはそのまま醸し出されている。 TF72.1の僚艦である正規空母ベニントンや、軽空母ハーミズ、ノーフォークもまた、イラストリアスと同様に迷彩塗装を施されている。 内火艇がイラストリアスの左舷に接舷すると、マッケーンは階段を上がった。 飛行甲板に上がると、イラストリアス艦長のファルク・スレッド大佐が出迎えてくれた。 「初めまして。私は、イラストリアスの艦長を務めます、ファルク・スレッド大佐であります。」 「ジョン・マッケーンだ。出迎えありがとう。」 マッケーン少将とスレッド大佐は、互いに敬礼を送る。 「ようこそ、ジョンブル戦隊へ。ささ、こちらへどうぞ。」 スレッド艦長は、にこやかな笑みを浮かべると、先頭に立って案内してくれた。 マッケーンは、飛行甲板を横切る際に、艦橋のマストに視線を向けた。 マストには、旗がはためいている。 旗は2種類ある。 1つは、見慣れた星条旗だ。その下には、ユニオンジャックが誇らしげにはためいていた。 (ジョンブル戦隊のシンボル・・・か) マッケーンは、心中で呟いた。 第72任務部隊第1任務群を構成する艦は、ほとんどが第26任務部隊・・・・元、イギリス本国艦隊所属第12艦隊のものである。 この艦隊には現在、エセックス級正規空母であるベニントンと、インディペンデンス級軽空母のノーフォーク、並びにアトランタ級軽巡の フレモントと駆逐艦2隻が追加で配備されている。 実を言うと、この追加された艦艇にも、同じようにユニオンジャックがはためいている。 このユニオンジャックは、部隊旗として認められており、TG72・1の艦艇は全てがこの部隊旗を誇らしげにはためかせている。 他のアメリカ海軍将兵は、この旗からもじって、TF26の時期からこの英艦艇群達をジョンブル戦隊と渾名している。 そのシンボルとも言うべきマストのユニオンジャックは、国を失った英海軍兵達の闘志は全く衰えていないと主張しているかのように、 力強くはためいていた。 マッケーンとスタッフ一同は、イラストリアスの艦橋に上がっていった。 彼らはそこで、イラストリアスの主な幹部達と挨拶を交わした。 1時間後、一通り挨拶が終わったマッケーン少将は、司令官公室で身の回り私物の整理を行っていた。 マッケーンは、家族の写真を机に置いてから、それをしばし眺める。 写真に写っている青年は、彼の息子であるジョン・マッケーンジュニアで、同じ合衆国海軍軍人でもある。 マッケーンジュニアは、潜水艦ガンネルの艦長として、太平洋戦線で戦っている。 「やっと、俺も前線に出向く事になったよ。」 マッケーンは、写真の息子に対し、そう語りかけた。 その時、ドアがノックされた。 「おう!」 マッケーンは、やや野太い声音で、ドアの向こう側の人物に言った。 ドアが開かれると、スレッド艦長の姿があった。 「司令、整理は順調に進んでいるようですな。」 「ああ。私物は少なくしたからね。しかし、部屋の質素さは、アメリカ海軍とあまり変わらんな。」 マッケーンは苦笑しながら言った。 「まっ、私としては、別に気にもならないがね。まぁ、立ち話でも何だし、椅子に座って少しばかり雑談でもかわそうかね。」 「ええ、喜んで。」 スレッド大佐は、マッケーンの勧めを快く受けた。 彼は、質素なソファーに腰掛けた。マッケーンは、その反対側に座る。 「従兵に紅茶を持ってこさせましょうか?」 「ああ。ティータイムには若干早いが、ひとまず、1杯もらおう。」 スレッドは、従兵を呼び付けると、紅茶を頼んだ。 「司令。どうですか、このイラストリアスは?」 スレッドは早速、マッケーンから感想を聞き出そうとする。 それに、マッケーンは淀みなく答えた。 「いいフネだよ。特に、装甲を施した飛行甲板は素晴らしい物がある。2年近く前のレーフェイル奇襲で、この艦はかなりの爆弾を 食らったようだが、飛行甲板より下には全く被害が無く、僅か2週間程度の修理で前線復帰出来たと聞いている。あの重防御ぶりなら、 いつぞやに耳にした、あの大げさな例え話もありかな、と思ったよ。」 「はぁ。食らった側としては、いつ大事に至らないかヒヤヒヤ物でしたが。」 イラストリアスは、42年6月後半に行われたレーフェイル大陸急襲作戦の終盤で、マオンド軍のワイバーン隊に多数の爆弾を浴びせられている。 この時、イラストリアスは、500ポンドクラスの爆弾11発を受けて中破したが、目立った損害は、甲板前部の非装甲部に受けた被弾部分だけであり、 装甲に覆われた部分の被弾箇所は、幾ばくかの凸凹が生じていたのみであった。 この様子を見た、あるアメリカ海軍の連絡士官は、 「我々の空母ならば、10発以上の爆弾を受けたら最低でも4ヶ月はドックから出れないだろう。だが、イラストリアスの場合は、 おい水兵、ほうきを、で済んでしまう。」 と、かなり大げさな言葉を漏らしたほど、イラストリアスは異常とも思える強靭ぶりを発揮した。 米正規空母群では、最強の防御力を発揮したイラストリアスに、海軍側は大きな魅力を感じ、しまいにはリプライザル級正規空母の建造ピッチが 急激に上がる事になった。 そのため、リプライザル級正規空母は、1番艦リプライザルが44年12月下旬、2番艦キティホークが44年2月に竣工予定と、本来の予定よりも 3ヶ月、または4ヶ月以上も早まった。 アメリカ軍主力艦の建艦スペースにプラス効果を与えたほど、イラストリアスの奮戦は注目されていた。 だが、あの時、現場に居た人物たちは、かなりヒヤリとなったようだ。 「いくら重装甲空母といえど、無限に爆弾を受け止められる訳ではありませんからね。あの時は、11発の被弾で済みましたが、 あのまま15発・・・・いや、20発と受けていたら、このイラストリアスもどうなっていたか。」 スレッドはそう言うと、やや深いため息を吐いた。 「人間が作った以上、必ずしも壊れん、とは限らないからなぁ。」 マッケーンもまた、同意したかのように呟いた。 従兵が紅茶を運んできた。2人は従兵に礼を言ってから、一口すすった。 「そういえば司令。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。」 「何だね?」 スレッドの質問に、マッケーンは耳を傾けながら言った。 「どうして、TG72.1の旗艦をこのイラストリアスにしたのです?TG72・1には、このイラストリアスよりも新しいベニントンが 配備されているのに。」 「そうだなぁ・・・・・」 スレッドの質問に、マッケーンは少しばかり考え込んだ。 20秒ほど思考してから、彼は質問に答えた。 「言うなれば、このイラストリアスが打たれ強い、からかな。」 「打たれ強い、ですか。」 「そうだ。」 マッケーンは深く頷いた。 「エセックス級空母は、確かにいい艦だ。搭載機数はもちろん、艦自体の防御力も、性能も申し分無い。だが、欠点もある。」 マッケーンはそう言いながら、紙とコインを取り出した。 「エセックスに関わらず、合衆国海軍の空母は、甲板に爆弾を受けると」 彼はそう言いながら、指を紙に押し込んだ。紙はあっさり突き破られた。 「このように、簡単に穴が開いてしまう。我が合衆国海軍の空母は、全てがこのイラストリアスより装甲が薄く、甲板の表面は 木材しか使っていない。そのため、爆弾を受ければたちまち被害が発生し、穴が開いた空母は、良くても数時間は飛行機を下ろしたり、 上げたり出来ない。だが、このイラストリアスは違う。」 マッケーンは紙を置いて、コインの表面を指先でつつく。 「このコイン同様、イラストリアスは硬い装甲で覆われ、その効果は以前の戦いで実証済みだ。私は、旗艦を置くのならば、 傷付いたら高い確率で後方に下げざるを得ない空母より、多少傷付いても、機能を維持できる空母が良いと考えたのだ。 旗艦となる艦が大破したら、司令官は別の艦に移乗するという面倒な作業も起こる。私はそのことも考え、効率化を図るためにこの イラストリアスを旗艦にしようと思ったのだ。」 「なるほど、いい考えですな。」 スレッドは、マッケーンの言葉に納得した。 「それに、自室の質素さは、エセックス級もイラストリアス級もあまり変わらんからね。だから、私はより安全度の高い方を選んだのさ。」 マッケーンはそう言ってから、ニヤリと笑った。 「頑丈な船は安心できますからな。」 スレッドもまた、微笑みながら言った。 第7艦隊は、機動部隊である第72任務部隊と船団護衛部隊である第73任務部隊、そして、輸送船団である第74、第75任務部隊に別れている。 その中で、主力を成すのが第72任務部隊である。 第7艦隊の司令長官は、歴戦の指揮官であるオーブリー・フィッチ大将が任命されている。 機動部隊指揮官は、意外にもジェームス・サマービル中将が任命された。 当初、機動部隊の指揮は、これもまた歴戦の空母部隊指揮官であるレイ・ノイス中将が選ばれるかと思われていたが、当の本人は大西洋艦隊参謀長に 引っ張られていた。 この他にも、色々な将官が立候補に上がったが、大西洋艦隊司令部は、元TF26司令官であるサマービル中将に機動部隊の指揮権を与えた。 この件では、海軍内で色々と議論が交わされたが、サマービルは、転移前にはタラント空襲作戦等で空母部隊を指揮していた事や、グラーズレット空襲で 敵戦艦撃沈という功績も挙げているため、機動部隊指揮官としても申し分無いと判断され、サマービルは抜擢されたのである。 サマービルの指揮する事になった第72任務部隊は、現在2つの任務群から成っている。 第72.1任務群はマッケーンが指揮官に任命され、正規空母イラストリアス、ベニントン、軽空母ノーフォーク、ハーミズを主力に据えている。 これの護衛には、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レナウン、重巡洋艦カンバーランド、ドーセットシャー、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリア、フレモント、 駆逐艦16隻が当たる。 第72.2任務群はジョン・リーブス少将が指揮官に任命され、、正規空母ワスプ、ゲティスバーグ、軽空母ロング・アイランドⅡ、シアトルを主力に、 護衛艦が巡洋戦艦コンスティチューション、重巡洋艦ウィチタ、オレゴンシティ、軽巡洋艦セント・ルイス、ダラス、マイアミ、駆逐艦16隻となっている。 今はまだ編成中ではあるが、早ければ5月。 遅くても6月にはアイオワ級戦艦2隻にエセックス級空母2隻、インディペンデンス級軽空母1隻を主力とした第3任務群が編成される予定である。 「出撃が、確か4月の初旬でしたよね。」 「ああ、その予定だな。」 マッケーンは、さり気ない口調で答えた。 「大西洋艦隊は、まずはレーフェイル大陸の西の海域にある島を奪おうとしているらしい。そのため、陸軍の2個軍が準備中で、うち1個軍は、 命令が下ればすぐに輸送船に乗れるほど、準備が進んでいるようだ。」 「いよいよ、大西洋でも本格的な反攻作戦が始まりますね。」 「うむ。しかし、太平洋戦線と違って、いささか厳しい戦いを強いられるかも知れんぞ。」 「ええ。」 スレッド艦長は、それまで浮かべていた微笑を打ち消し、不安そうな色を滲ませる。 「我々は、ただ一国だけで、レーフェイル大陸に攻めなければいけませんからね。」 太平洋戦線では、アメリカは南大陸という味方と共に、敵と戦っている。 北大陸の攻勢は既にアメリカ軍が主力といっても良い状況で進められているが、それでも南大陸側の協力には大きく助けられている。 それに対して、大西洋戦線では、受けられる支援と言えばレーフェイル大陸に多数侵入したスパイの情報提供だけで、太平洋戦線の南大陸連合軍のような 頼れる味方は、ほとんど居ない。 つまり、アメリカ一国だけで、広大なレーフェイルを収めるマオンド共和国相手に戦わねばならない。 「せめて、大西洋艦隊にも、太平洋艦隊と同じ数の機動部隊が用意出来れば、あっさりとまではいかんが、敵さんの行動を 大きく制限できるのだがなぁ。」 マッケーンは、残念そうな口調で言った。 「せめて、6月になれば、こっちも11隻の高速空母が揃えられるんですが・・・・」 「まぁ、いずれにせよ、4月には前哨戦の開始だ。敵の本陣を襲う作戦ではないから、幾らかは楽に戦いができるだろう。」 「それまでに、何度か訓練をやりたいものですな。錬度低下を防ぐためにも。」 「出撃までには、まだ2週間はあるだろうから、1度か2度は外洋訓練が出来るだろう。次の演習時には、ジョンブル戦隊の腕前を ゆっくり見せてもらうよ。」 「ええ、とくとご覧に入れましょう。」 この時、2人の心中は、出撃まであと2週間はあるという、どこかのんびりとした思いがあった。 そんなのん気な思いをぶち壊しにする出来事が、遠く東のレーフェイル大陸で行われようとしていようとは。 誰一人、知る由も無かった。
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外伝『新事業と新商品』 「まいどあり~」 商品を小脇に抱えて店を出てゆく客の背中に声をかける。 木製のドアが音を立てて閉まると、カウンターに立つ壮年の男は客がいなくなった店内をぐるりと見回した。彼の名はボズ・ムーズレイ、およそ一年前にシホールアンル帝国の支配から解放された南大陸の小国レンク公国、その西海岸の港湾都市エンデルドで革製品を扱う店を経営している。 この街は南北大陸を結ぶ海上交易の中継拠点として発展してきたという歴史を持ち、大規模な港を持つことで知られていた。それ故シホールアンル帝国の南大陸侵攻の際には真っ先に狙われ、占領後はシホールアンル帝国海軍の重要拠点とされた過去がある。しかし南大陸が解放された今では街はかつての海上交易の要衝としての姿を取り戻しつつあった。 かつてはシホールアンル帝国海軍の竜母や戦艦が錨を下ろしていた港に様々な船舶が入港し、貨物を下ろしたり乗組員を上陸させたりしている。その人種も国籍も様々だ。南大陸諸国の人々もいれば、アメリカ人の船乗りもいる。だがなんといっても多いのはアメリカ海軍の軍艦とその乗組員だった。 大規模な損害を受けて後方に下げられた軍艦が修理を終えて戦線に復帰するとき、必ず立ち寄るのがこのエンデルドだった。もともと港湾都市として発達したこの街は船乗り相手のサービスに事欠かず、これを知ったアメリカ海軍側がレンク公国にここを戦線後方の休養拠点として活用したい旨を申し入れたところ、国土復興のための資金源を求めていた公国側がこれを快諾、さらにこれを聞きつけた陸軍がこの事に便乗したことによって、エンデルドは海上交易の中継地のみならず、アメリカ陸海軍軍人の息抜きの場所としても名を知られることになったのである。 そんな港町の一角に彼の店はあった。店の正面には『ムーズレイ商店』と書かれた大きな看板が掲げられ、その下には『皮鎧、革帽子、その他皮革製品取り揃えております』と書かれている。だが、現在の彼の店が主に扱っているのはそういったものではなく、もっと違うものであった。 かつては店内の目立つところに並んでいた戦闘用の革鎧や革の胴衣、あるいは飛竜の騎手が身につける飛行服や帽子といったものは今では片隅へと追いやられ、代わってそこにはこの店の新たな目玉商品が飾られている。 様々なサイズとデザインの革製フライトジャケット、薄物をまとった女性や戦う軍用機を背中に描いたものもあれば、アメリカ兵からはブラッドチットと呼ばれる革製の身分証明証(星条旗と共にこの世界の文字で自分がアメリカ合衆国の軍人であること、シホールアンル、マオンド両国に虐げられている人々のために戦っていること、そして自分自身の身柄を保護して欲しいということが書かれている)を背中一面に貼り付けたものもある。その側には鮮やかな色のマフラーや暖かそうなボア付きの革手袋。どれもこの店の新たな得意客相手の商品だ。 そしてカウンターの後ろには様々な記章が壁にピン止めされていた。そのどれもが正規のものとは違う色やデザインのものばかり。全てこの店とひと続きになっている工房で製作されているものである。中には完全にオリジナルデザインのものもあった。そのそばには現地語と英語で書かれた数枚の手描きの張り紙がある。 "持ち込みデザインのジャケットおよび記章も制作いたします" "お客様が持ち込まれたジャケットへのペイントも承ります" "大口注文大歓迎!" 以前と眺めがすっかり変わってしまった店内を見回すボズに、店の奥から声がかかる。奥の工房で職人たちを監督している弟のウォルツが呼んでいるのだ。その声に一声応えると、彼はカウンターの奥の出入口を抜けて多くの職人が作業を行っている工房へと足を踏み入れた。 広い工房の片側では何人ものお針子たちが刺繍をしていた。皆貴族や大商人に雇われて彼らの礼服やその妻のドレスを縫っていた女達である。そんな彼女たちが手作業で作っているのは現地生産の部隊章だった。 本来、制服などに付ける部隊章や階級章、従軍章といった記章は軍から支給されるものであるが、戦地では個人、もしくは部隊単位で『非公式の』部隊章などを制作することは珍しくなかった。もちろんそういったことをするには兵士個人、もしくはその部隊に経済的な余裕があり、なおかつそういった需要に応えられる人間たちがいることが条件なのだが、ことアメリカ軍、そしてこのエンデルドに関する限り、その二つの条件は十分満たされていたと言っていいだろう。その結果、彼女たちの手によって作られた現地生産の記章は次々と売れ、それまでシホールアンル帝国の占領下でほそぼそとした経営を余儀なくされていた彼の店の経営状態を立ち直らせる一助となっていた。 さらに工房の中央には大きな作業台が置かれ、その上でフライトジャケットに使う革と布地が切り分けられている。革と布地は切られるそばからその形ごとに仕分けられ、これも何人ものお針子たちの手によって縫い合わされていく。今もまた、一着のフライトジャケットが縫い上がろうとしていた。 そのデザインは代表的なアメリカ製フライトジャケットのA-2、G-1とは違ったものだった。袖口や裾にはニットリブはなく、代わりにボア生地が縫い付けられている、またフロントはジッパーではなくボタン留めになっており、ここからも裏地に縫い付けられたボア生地がのぞいていた。襟や裏地はボア生地ではなかったが、全体としては爆撃機乗りが身に着けるB-3に近い外見をしていた。 そしてもう一方の側では様々な年齢の男たちが絵筆を握って絵を描いている。いずれもこの街に住む絵描きたちだった。ただし絵を描いているのは画家が絵を描くカンバスではない、様々な記章と同様にこの工房で製作されたフライトジャケットの背中に絵筆で様々な絵を描いているのだ。そのデザインの多くは軍用機や女性をモチーフにしたものだが、軍艦やこの世界の生物を描いたものもある。これもまた、今の彼の商店の目玉商品だった。 数多くの人間が自らの作業に没頭している工房内を見回す彼に、そばに来たウォルツが小声で話しかける。 「兄貴、例の件はどうなったんだい?」 「その件、何とかなりそうだよ」 「本当か、そいつぁありがたい」 二人の話題はアメリカ製の足踏み式ミシンのことだった。これまで数多くの職人を集めて数の力で需要に応えてきた『ムーズレイ商店』ではあるが、事業が拡大するに連れて増え続ける注文にさすがに対応しきれなくなってきていた。この現状を打破すべく二人が目をつけたのがこの機械である。これならば手縫いよりも早くかつ丈夫に布地や革を縫い合わせることができる、二人はそう考え、様々な人間に話を持ちかけていたのだ。 「廃棄予定のやつを二台ばかりこちらに回してくれるそうだ、マニュアルも付けてくれるぞ」 「ありがたい、これで仕事が捗るよ。しかし……大丈夫なのか?」 「そこら辺は……まあなんとかな」 弟の問いかけに口を濁すボズ、当然だろう。アメリカ陸軍の補給廠に勤務する下士官と将校に酒と女をあてがって、廃棄処分にするはずの機材を闇ルートで入手しようとしていることなどこのような場所で言えるはずもない。もしこのことが明るみに出たならば、彼も含め全ての関係者が重罰を受けることになるのは間違いないのだから。 そんな兄の不安感を感じ取ったウォルツがことさら明るい表情を作って兄を励ます。 「なあに心配はいらないさ。こんなちっぽけな商店が何かをやらかしたって偉いさんは気にはしないよ。それにこの店を贔屓にしてるアメリカの軍人さんも多いしね、いざとなれば口添えの一つもしてくれるだろうさ」 「ならいいんだがな……ん?」 その時店の方から声がした、どうやら客、それも大勢らしい。慌てて店の方にとって返すボズ。カウンターに立つととっておきの笑顔で客達を出迎える。客の顔ぶれはアメリカ人にカレアントの獣人、ミスリアルのエルフに加えて、エルフに似た色白の人種がいる。噂に聞くレスタンのヴァンパイアのようだ。 「いらっしゃい旦那方、何にしなさるね。記章かい、それともジャケット?ひょっとして今着ているそいつにかっこいい絵を描きなさるのかね?うちは良い職人をたくさん揃えてますから、損はさせませんぜ」 「ああ、それじゃこのジャケットを見せてくれないか、あとそれから…」 これが現在の二人の日常だった。だがこのような日常を送っているのは彼らだけではない。この南大陸の全ての国で彼らのような目端の利く者たちが新たな得意先であるアメリカ人向けの様々な商品を製造し、売りさばいていた。剣を作っていた鍛冶屋は格闘戦用のナイフを、皮革職人は皮鎧の代わりにレザージャケットを作り、大衆向けの料理屋はアメリカ兵たちにこの世界の酒や料理を手頃な値段で提供していた。中にはアメリカ側にその技術の確かさを見込まれて、前線の部隊が考案した独自デザインの装備の製作を任されるものもいる。そしてこういった人間たちの数は増える事はあっても減ることはなかった。 やがて彼らは儲けた金で事業を拡張する一方、リスクを分散するために異なる事業にも進出し始める。この事業で儲けている人々は皆、この戦争景気がいつまでも続くはずがないことを承知していたからだ。現にモーズレイ兄弟も自分たちの雇っている職人に独自のルートで入手したアメリカの雑誌に載っているコートやブーツを作らせ、この国の貴族や新しもの好きの若者たち、はたまた戦争景気に乗って儲けている同業者などに売りさばいていた。 順調な新事業と売れ行き好調な新商品。将来に対する一抹の不安はあったが、今の二人は自分たちの事業の現状に概ね満足していた。しかし二人は知る由もない。自分たちが商店に続いて始めた縫製業が成功し、数年後にはエンデルドのみならずレンク公国でも有数の資産家となることを。そして彼らの子孫がこれを足がかりに海運業へと進出、さらなる成功を収めて世界でも有数の資産家となるということを。 外伝『新事業と新商品』 完
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