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※投稿者は作者とは別人です 946 :名無し:2008/03/24(月) 20 48 17 ID Ajfljf260 メリーランド州アバディーン試験場では様々な兵器が実験されている。 そして、今日も新たな新兵器の実験が行われようとしていた。それはロケットであった。 「うまく飛んでくれよ。」 そういったのは、この開発プロジェクトの責任者であるロバート・ゴダードである。 彼は、現在、新たなる新兵器として、ロケットを開発していたのである。 「大丈夫、きっとうまくいきますよ。」 「必ず成功しますよ。」 それぞれ、そういったのは、フォン・ブラウンとセルゲイ・コロリョフであった。 前者はドイツでロケット開発をしていたが、研究の成果が認められなかったのを失望して、仲間だったヘルマン・オーベルトやヘルムト・グロトルップ、それに弟のマグヌスらと共にアメリカに移住したのである。 一方、コロリョフの方は、大粛清の余波を逃れて、家族と共に中央アジアに新兵器の実験という名目で赴き、イギリスに亡命していたが、研究を進めるためにアメリカに家族と共に渡ったところで転移に巻き込まれたのだった。 彼と共に亡命したものとしては、彼の恩師であったアンドレ・N・ツポレフやウラジミール・ペトリヤコフ、同僚だったヴァレンティン・グルーシュコ、ウラジミール・ミーシンといった面々がいた。 さて、ロケットが試験場に引き出されてきた。 発射の用意がなされる。 そして、ついに準備が整い、後は発射の号令を出すばかりになったのを見て取ると、ゴダードは命令した。 「発射っ!」 ロケットは無事発射された。しばらくして、報告が来た。 ロケットの実験が成功したというものであった。 その後も実験が続けられ、44年6月に実戦配備されることになる。 なお、実験成功の報告を受けたルーズベルトは、この新兵器をV1号と名付けた。 V1号のVは勝利のVからとられたものであることは勿論いうまでもない。 このV1号、そして、続いて開発されたV2号は、同じくが彼らの中にいた技術者が同じころに開発に成功したしたフリッツXやHs293などとともにシホールアンルに大きな心理的打撃を与えることになるのだった。そして、現実的打撃を与えることになるのだった。 「うまくいってよかったですね。」 コロリョフが言う。 「だが、まだまだこれからだ。人を月に送り込むまでは。」 異世界にも月があったのである。地球のそれよりもわずかに小さかったが、その形は非常に似ていた。 「その通りです。」 ゴダードの言葉にブラウンが同調する。 戦争という非常時のさなかにも関わらず、彼らの宇宙への夢は燃え盛っていたのだった。 後、ゴダードは戦争のさなかに亡くなるが、フォン・ブラウンとセルゲイ・コロリョフが中心となって、その意思を受け継ぎ、ついには月に人を送り込むことに成功することになるのだった。 短編投下終了です。
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第40話 魔法の砲弾 1482年 8月30日 ノーフォーク沖10マイル地点 午前8時 その日、レイリー・グリンゲルとルィール・スレンティは、ノーフォーク沖を航行中の 軽巡洋艦クリーブランドの後部甲板にいた。 「魔法の砲弾、ですか。」 レイリーは、やや怪訝な表情でレイトン中佐に語りかけた。 「レイトン中佐から聞いた話では、命中率が格段に向上する砲弾、いわば魔法の砲弾の試射が、 このクリーブランドという艦で行われると聞いたんですが。」 「そう。時代を一新する新型砲弾だよ。これまで、高射砲弾というのは弾頭に時限式の信管を 取り付けて発射していたが、このクリーブランドが積んでいる砲弾は、ちょっと特殊な作りに なっているんだ。」 レイトン中佐はどこか誇らしげな表情でレイリーに言った。 レイトン中佐に、新型砲弾の試射を見学しないかと言われたのは8月の12日である。 レイリーとルィールは、それまで新型無線機の開発に従事していた。 開発は依然難航していたが、ここ最近は徐々に先が見えつつあった。 レイリー達はようやく、袋小路から抜け出たと、やや安心していた。 2人はアインシュタイン博士の勧めで、気分転換も兼ねてこの試射に立ち会うことにした。 3人のもとに、クリーブランドの艦長であるトレンク・ブラロック大佐と、 砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐が現れた。 「やあレイトン!久しぶりだな。」 「君こそ。すっかり偉くなったな。同期としては嬉しい限りだよ。」 レイトン中佐とブラロック大佐は互いに満面の笑みを浮かべながら握手を交わした。 「お知り合いで?」 ルィールがどこか呆けたような表情で聞いて来る。 「レイトンとはアナポリスの同期でね。おっと、自己紹介がまだでしたな。 私はクリーブランド艦長のトレンク・ブラロック大佐です。南大陸の使者に会えて光栄です。」 「同じく、砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐であります。」 豪胆そうな艦長と比べて、砲術長のほうはどこか歯切れの悪い口調で自己紹介した。 レイリーとルィールは、冷静な顔つきで自己紹介を行った。 「前部甲板にいる技術者の紹介でも言った言葉だが、とりあえず言っておこう。 本日は新型砲弾の試射にご出席いただきありがとうございます。今回、この艦で試射を行う砲弾は、 VT信管と呼ばれる新型砲弾です。試射は舷側に装備されている5インチ連装両用砲を用いて行います。 発砲の際は両用砲塔に近付かぬよう、お願いします。と、こんなものかな。」 「ハハハ、上手いな。退官後は大手会社のセールスマンになれるな。」 「ああ、俺もそう思っとるよ。」 と、2人は声を上げて笑った。 「しかし、新鋭軽巡の艦長に選ばれるとは、貴様も出世街道を順調に進んでるな。」 「なあに、おれはまだ小物だよ。同期の中には海軍省に栄転した奴もいる。そいつに比べればまだまださ。」 と、ブラロック大佐は謙遜するが、まんざらでもないようだ。 彼が艦長を務める軽巡洋艦クリーブランドは、対空、対艦能力のバランスが取れた軽巡である。 基準排水量10000トン、全長186メートル、全長20・3メートル、速力は33ノット。 主砲は新式の54口径6インチ3連装砲4基12門に、5インチ連装両用砲6基12門。 機銃は40ミリ連装機銃8基16丁、20ミリ機銃20丁を搭載し、水偵4機を積める。 ブルックリン級軽巡の拡大発展型の意味合いが強いが、砲戦力、対空火力はブルックリン級より強力である。 主砲はこれまでの47口径6インチ砲に変わって、射程、貫徹力の向上した54口径6インチ砲が新たに採用されている。 ブルックリン級に比べると、主砲1基が少なく、砲戦力が低下しているが、その分、対空火力が向上している。 新装備の54口径砲は威力、射程は申し分なく、砲が少なくなった穴を埋められると上層部は見込んでいる。 両用砲も12門に増え、高高度から低高度の敵に対応しやすくなり、甲板各所に配備された40ミリ機銃、 20ミリ機銃もブルックリン級に比べて増えている。 このクリーブランド級は、今年から順次建造、就役する予定であり、最終的には30隻が竣工する見込みだ。 性能面からして、上層部はクリーブランド級を使い勝手の良い軽巡であると評価しており、今後の活躍に期待されている。 「こいつはいい艦だよ。お前の活躍次第では、クリーブランド級の増産も考えられるかも知れんぞ。」 「そいつはいい。造船所が喜ぶな。おっと、ショーが始まるまでもう時間が無いな。 ジョシュア、君の腕前、お客さん方に見せてもらえ。」 「はっ、微力を尽くしますよ。」 砲術長は少し引きつった笑顔を浮かべると、ブラロック大佐と共に艦内に戻っていった。 「本当なら、この新型砲弾の試射は8月12日から行われる予定だったが、輸送中の事故があって 今日に延期になったようだ。ちなみにこの砲弾の試射は本当は国家機密で、あまり知らされていない。 だから、君たちがこの試射に立ち会える事は、ある意味幸運かもしれない。」 「幸運ですか。」 ルィールが納得したように頷いた。 レイリーは前方を航行する空母を見ながらレイトンに聞いた。 「レイトン中佐。試射をやるからには、目標が必要になるはずですが、その目標はあの艦に乗っているのですか?」 「そうだ。目標はこの艦の前を行くワスプが用意してある。今回は小型のリモコン飛行機を飛ばして、 それに向けて砲弾を撃つ。用意してあるリモコン飛行機は3機だ。」 「「3機?」」 レイリーとルィールは素っ頓狂な声を上げた。 アメリカ海軍の対空射撃は、空一面に砲弾をぶちまけるかの如く撃ちまくると聞いている。 訓練では実戦のように、狂ったようには撃ちまくらないが、それでも100発か200発程度は撃つと思っていた。 なのに、目標役はたった3機のラジコン飛行機である。拍子抜けしないほうがおかしい。 「それって、少なすぎなんじゃ・・・・」 ルィールが理解できぬと言った表情で、レイトンに言った。 「君達もそう思うか。確かに、傍目から見れば少ないだろう。実を言うとね、高角砲の試射は実戦のように 無闇やたらに撃たないのだ。最初は単発発砲、次は連続斉射、最後に高高度の目標を単発発砲と、 この順番でやるのだ。でもね、本当なら3機も用意する必要なかった。理由は簡単、撃ち落されないからさ。」 「へっ?撃ち落されない?」 レイリーが気の抜けた口調で言う。 「そうだ。これまで、時限式の高角砲弾で何度かテストしているんだが、成績は最悪。 タイミングは合わないわ、発砲した砲弾が作動しないわで、試射でラジコン飛行機が撃ち落されたのは 見た事がないようだ。本来なら、どうせ当たらんのだから3機中2機のみでやってしまえと言う輩も いたようだ。まっ、運が良ければ、ラジコン飛行機が落ちる瞬間を見られるかも知れんな。」 レイトン中佐はそう言いながら、自分達からやや離れた場所に陣取る撮影班を見た。 先ほど彼らに話を聞いたところ、彼らもラジコン飛行機が落ちるのを見た事がないという。 「8時30分に試射開始だから・・・・あと4・5分と言う所だな。」 レイトン中佐はほぼ無表情でそう呟いた。 やがて、8時30分になった。射撃を行うのは、左舷の1番両用砲である。 ワスプからラジコン飛行機が発艦し、時速150キロほどのスピードでクリーブランドの周囲を一周した。 クリーブランドは18ノットのスピードで航行し、艦体も安定している。 「さて、ショータイムだ。」 レイトン中佐が期待したような口調で呟く。 1分後に、ラジコン飛行機が高度500メートルほどで、クリーブランドと平行するように通り過ぎようとした。 その直後、1番両用砲の連装砲のうち、1つが火を噴いた。 ドォン!という発砲音が響いてから1秒後、ラジコン飛行機の至近距離に黒い花が咲いたと思った瞬間、 破片によってバラバラに打ち砕かれてしまった。 優雅に飛行していたラジコン飛行機の姿はなく、小さな破片が、紙ふぶきのようにパラパラと海面に撒かれた。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 鮮やかに決まったラジコン飛行機撃墜の反応は、沈黙であった。 しばらく沈黙が続いた後、撮影班から、 「おい、初めてラジコン機が落ちたぜ!」 と、何故か興奮気味な言葉が流れてきた。 「レイトン中佐。鮮やかに落とされましたね。」 ルィールの涼しげな言葉に、レイトン中佐ははっとなって答えた。 「あ、ああ。初回の初打席から見事なホームランだね。」 彼は今の状況を野球に例えながら答えた。 2分後に、ワスプから別のラジコン飛行機が発艦した。 そのラジコン飛行機は、左舷側に飛び去っていくと、やがて高度70メートル辺りで、雷撃機を模した格好で接近し始めた。 姿がハッキリし始めた直後、1番両用砲が再び発砲した。 今度は2本の砲身を用いての斉射だ。 「さて、今度は」 レイリーが言い終わる前にラジコン機の前方、後方で砲弾が炸裂した。 破片をもろに受けたラジコン機はこれまたバラバラに砕け散ってしまった。 「・・・・当たりでしたね。」 レイリーもまた、務めて平静な口調で言った。 続いて、3機目もワスプから発艦する。 この3機目は、水平爆撃機に擬して、クリーブランドの左舷側から上空に覆い被さって来た。 これに対し、クリーブランドの1番両用砲が発砲する。1回目と同じように、やはり砲1つのみの射撃である。 黒い粒のようなラジコン機のすぐ後ろ側で、砲弾が炸裂した。 その刹那、ラジコン機は全身火達磨になって墜落していった。 「あっ、当たった。」 どこか腑抜けたような声が聞こえた。 この日の試射はわずか20分ほどで終わってしまった。 「ショーはこれにて終了のようだが、何か感想はあるかな?」 レイトン中佐は少しばかり引きつった表情で2人に聞いた。 「率直に言って当たりすぎです。4発撃って全てが有効弾なんてはじめて見ましたよ。」 レイリーが控え目な笑みを浮かべながら言う。 「・・・・・私も同感ですが・・・・・もしかして、この新型砲弾には・・・・・」 ルィールが、声のトーンを徐々に小さくしたと思うと、突然考え事を始めた。 レイリーも彼女同様黙考を始めている。 その間に、先ほど顔を合わせた艦長と砲術長が彼らの下にやって来た。 「やあブラロック。君んとこの砲手は大した腕前だな。」 「いや、それほどでもないんだが。」 「砲手の腕は悪くはありませんが、全ての仕掛けは、あの砲弾ですよ。ところで」 ラルカイル砲術長が怪訝な表情で2人を見た後、レイトン中佐に聞いた。 「この特使の方々は、難しい顔をして何を考えているのです?」 「私に聞かれてもね。」 レイトン中佐は肩を竦めたが、2人は考えをやめて彼らに顔を向ける。 「大体見当が付きました。」 ルィールがまず喋りだした。 「あの新型砲弾は、もしかして探査魔法系の類が仕込まれていますね?」 「あなた方で言うなら、レーダーと呼ばれるものです。」 2人の言葉に、ラルカイル中佐とブラロック大佐はぎょっとなった。 「こいつはたまげた。VT信管のからくりを見破るとは。」 「か、艦長!」 「大丈夫です。口外はしませんよ。元々、機密事項というものには慣れていますから。」 レイリーは笑みを浮かべながら、やんわりとした口調で言う。 「頼みますよ、特使さん。でも、細かく教える事はできんから、大雑把に言う。 あの新型砲弾には、あんたらが言っていたように、小さなレーダーが付いている。砲弾に付けられた レーダーは、発射直後に作動する。」 ブラロック大佐は、片方の手を高角砲弾に、もう片方を飛行物体に似せた。 「砲弾は、打ち上げられた後にレーダー作動させ、音波によって飛行物体の位置を常に掴んでいる。 そして、砲弾は飛行物体に近付く。すると、レーダーが一定の反応を捉え」 彼は近づけた手を、大きく左右に開いた。 「ドン!破片を飛び散らして相手に致命傷を与える。要するに、VT信管は目の付いた弾だな。」 「目の付いた・・・・弾。」 レイリーとルィールは、驚いた表情で互いの顔を見合わせた。 実を言うと、ミスリアルでも似たような研究があったのだ。 打ち出す砲弾サイズの光弾を、相手の至近で爆発させ、その威力で敵の軍を混乱させる。 という名目で、研究が行われていた。 だが、砲弾と同等の威力を持つ光弾に、自発的、それも自由意志で爆発させると言う事は困難であり、 結局、開発困難と言う事で研究は打ち切られた。 魔法で世界一と言われるミスリアルが出来なかった事を、アメリカはやってのけたのだ。 「魔法で出来なかった事を、アメリカは・・・いや、科学は出来た。」 ルィールは小さく呟いた後、どこか落胆したような表情を見せた。 「ん?何か悪い事言って・・・しまったかな?」 ブラロック大佐は、彼女がいきなり落ち込んでいる事に驚く。 「あっ、いえ。別に。」 ルィールがすぐに否定するが、いつもと違って歯切れが悪い。 「しかし、この砲弾さえあれば、艦隊の防空能力は飛躍的に向上するでしょう。 いやはや、アメリカは凄いものを開発したものです。」 レイリーは感嘆してそう言ったが、 「お気持ちは分かりますが、このVT信管はまだ製作中のものなので、問題点は色々あります。」 砲術長のラルカイル中佐が戒めるような口調で言った。 「この信管の精度は、先ほども見た通りピカ一です。しかし、未だに故障は多く、砲弾の特性故の問題は 残ったまま。それに、今さっきの試射で上げた好成績ですが、あれはたかだか100~200キロしか 出せぬ低速機。実際の戦場では、敵機はその2倍以上の300~400キロ以上、良ければ500キロ以上の 猛速で突っ込んで来ます。優秀な新型砲弾といえど、状況が違えば、今日のような好成績が出る事は非常に 難しいでしょう。」 「砲術長の言う通り。今やったのは訓練に過ぎない。実戦で百発百中とは、どんなベテランでも出来ん代物だ。 だから、今の訓練も、頭の中では話半分として理解した方が良い。」 「なるほど。」 レイリーは納得して大きく頷く。 「だが、このVT信管が実用化されれば、シホット共のワイバーンは急激に数を減らすだろう。 それだけは確かだな。」 と、ブラロック大佐は自慢げに言い放った。 ノーフォーク港に入港したのは午前10時であった。 クリーブランドから降りたレイリーとルィールは、レイトン中佐に早速感想を聞かれた。 「今日はどうだったかね?見応えは充分にあったと思うが。」 彼の問いにまず、ルィールが答えた。 「その通りですね。シホールアンルの防空部隊は北大陸、南大陸の中で一番の命中精度を持つと 言われていますけど、今日の試射はそれ以上です。あの試射だけを見るなら、神業ですね。」 普段冷静な彼女にしては珍しく、興奮と悔しさの混じった口調である。 「正直言って、やられたなあと思いましたね。あたしは今まで、魔法に敵う物は無いと思ってましたが、 今日の試射で、いや、この国に来てから色々思い知らされました。」 「私としても、彼女と同感です。今日は本当に勉強になりました。」 2人はいつになく、感嘆した口調で感想を述べた。 「そうか。なら連れて来た甲斐があったな。しかし、VT信管の特性に早々と気付いたところは驚かされたよ。 流石は世界一の魔法使いだ。頭の回転が速い。」 逆にレイトン自身も、2人の反応には驚かされている。 あの時点で、VT信管を初めて見、その原理を素早く見抜いたのはこの2人だけである。 「その天才達を手を組めた我が合衆国は幸運だったな。」 レイトン中佐はうんうん頷きながら呟いた。それを聞いた2人も、 (このような国を敵に回さなくて良かった) と心の底から思っていた。 その後、3人は軽い休息を取った後、ロスアラモスに戻って行った。 1482年 8月31日 午前10時 エンデルド 第24竜母機動艦隊の旗艦である竜母モルクドの司令官室で、リリスティ・モルクンレル中将は 乱暴な仕草でドアを開き、思い切り閉めた。 「何が目標達成よ!石頭っ!!」 そう言いながら、彼女は制帽をベッドに叩き付けた。 気を落ち着けるために、水の入ったビンを取り出してコップに水を入れる。 半分ほどまで入れると、彼女はぐっと一息に飲み干した。 荒立っていた息が次第に収まり始め、頭もようやく冷めてくる。 「はぁっ・・・・」 彼女はため息をつきながら、ちらりと舷窓に視線を送る。 昨日までは、彼女の旗艦であったクァーラルドがモルクドの右舷に停泊しており、この窓から見えたのだが、 今日はその勇姿を見ることが出来ない。 クァーラルドは、25日のバゼット海海戦で米艦載機の攻撃を受けた。 爆弾2発、魚雷1本を浴びた結果、中破の判定を受け、修理のため本国に回航されたのだ。 「疲れた。」 リリスティはか細い声音でそう呟くと、ベッドに仰向けに倒れこんだ。 この日の8時、彼女は経過報告のため、西艦隊司令部に赴いた。 そこで、海戦の報告を終えた後、西艦隊司令長官であるカランク・ラカテルグ大将から褒めの言葉を貰った。 「よくやった、モルクンレル。バルランドの護送艦隊を全滅させ、アメリカの小型空母を2隻撃沈。 そして、この間の海戦では、こっちもやられたが、敵正規空母2隻を大破させた。これで、目的は達成できたな。」 丸顔のラカテルグ大将は、満面の笑みを浮かべながらそう言った。 「ありがとうございます。しかし、私としては少々理解しかねぬ部分があります。」 「ほう・・・・言ってみたまえ。」 一瞬、ラカテルグ大将の目が冷たいものを帯びたが、リリスティは気にせずに説明した。 「私は、25日の海戦の途中報告の際、アメリカ正規空母2隻を大破、うち1隻は大火災、速力低下との 文を付け加えています。あの時、わが方の損害は無視できぬものでしたが、後一撃を加えれば、 敵の正規空母を最低でも1隻、仕留められました。長官」 リリスティは、執務机に手を置き、ずいと前のめりになる形でラカテルグ大将に近付いた。 傍目から見れば、威圧するような感じである。 「なぜ、作戦終了、反転せよと命じたのですか?」 「君。答えは簡単では無いか。」 ラカテルグ大将は、どこか嘲るような眼つきでリリスティを見た。 お前は馬鹿か?と言っているような眼つきだ。 「元々、バルランドの護送艦隊を全滅させ、後から出てきたアメリカ空母を撃沈、もしくは当分 しゃしゃり出て来れないようにすることが目的だったのだ。小型とは言えライル・エグ級に相当する 空母を2隻撃沈し、敵の精鋭機動部隊の一部である、正規空母2隻も大破できた。 見たまえ、君の言った通りの結果では無いか。」 「足りません!」 リリスティはラカテルグに叩きつけるように言う。 「確かに小型空母は沈めましたが、私の本当の目的は、敵精鋭機動部隊を一部でもいいから “沈めるか、悪くても大破”させる、と言うことだったのです。あの時はあと一歩で、最低でも 一番傷ついたレキシントン級は撃沈できました。雑魚を沈めても、本命を沈めなければ意味がありません!」 「その雑魚を沈めるのにワイバーン40騎喪失。足腰叩きのめそうとしただけで自軍の竜母3隻、戦艦1隻損傷、 ワイバーン89騎喪失・・・・犠牲が大きいのにまだ続けるというのかね?」 「う・・・・・ですが、あと一押しで、敵空母は撃沈できました。ワイバーン隊の指揮官も 私と同様の意見を述べていました。」 「対空砲火はグンリーラ海戦やガルクレルフ沖海戦の時と比べて向上している。 確かに米空母を撃沈できたかもしれない。だがね、モルクンレル中将。ワイバーンを失ったら、 竜母部隊としての以降の作戦行動は出来なくなってしまうぞ。」 リリスティは、次第に頭が熱くなるような感じに見舞われた。 あの時、彼女が帰投命令を出した時、ワイバーン隊の指揮官や、第2部隊、各艦の艦長までもが 戦闘を続けて欲しいと言い募ってきた。 リリスティは部下達の言葉に打たれ、再度反転して敵機動部隊に向かおうとした。 第24竜母機動艦隊は、その時点での犠牲は大きかった。 それでも戦闘ワイバーン74騎、攻撃ワイバーン53騎が出撃可能であった。 竜騎士達も早く米空母に止めを刺したいと思っていた。 だが、西艦隊司令部は執拗に反転命令を繰り返した。 命令に逆らえば、いくら名門貴族出の軍人。皇帝と親しいリリスティと言えど、今のポストから 解任されるのは確実である。 リリスティは断腸の思いで、この恥ずべき命令を遵守したのだ。 「現場には現場の状況と言うものがあります!犠牲は大きかったですが、余力を残している内は 戦果拡大を狙うのは当然」 「くどい!」 ラカテルグ大将は、顔を真っ赤にして怒鳴った。 「いくらワイバーンの予備が控えておるからとは言え、戦果充分の上に犠牲を増やす事は無い。 貴様はあたらに部下を殺すために機動部隊を任されたのか!?」 「・・・・・!!」 リリスティはこの男を殴り倒してやろうかと思った。 彼女自身、剣術、格闘術の使い手だ。皇帝のオールフェスとも、模擬戦闘を何度もやった事はある。 ラガテルグのように、陸上勤務中心で昇進して来た中年男など、あっという間に叩きのめす事が出来る。 だが、軍に入って培った自制心が、暴発しかけた心を抑えた。 「いいえ。私は味方を勝利させるために艦隊を任されました。部下をあたら殺すために任された訳」 「とにかく議論は終わりだ。」 ラカテルグ大将は興味を無くした、と言わんばかりの表情で彼女を見つめた。 「犠牲は大きいが、戦果は充分だ。これで、奢り高ぶる南大陸の馬鹿共も、アメリカ軍の不甲斐なさに やる気をなくしているに違いない。君の案は実に素晴らしいものだった。」 彼はそう言い終えると、先ほどまで読みかけていた書類に視線を移した。 「後は戦力回復に努めたまえ。戦争はこれからだ。」 大将はそう付け加えながら、出口の方向に顎をしゃくった。 それが、今朝の出来事。 「実に素晴らしい・・・・ふん。現場の声が分からないくせに、よく言う。」 リリスティはそうぼやくと、姿勢を起こした。 「あたらに部下を殺す訳ではないのに・・・・・・」 呟いてから、彼女は頭を掻いた。 「今度は、いつ奴らと会えるのかなぁ。」 彼女はベッドから立ち上がり、自分の机にへと進む。机まで歩くと、引き出しから数枚の紙を出した。 紙には、アメリカ軍正規空母のイラストが描かれている。 イラストの片隅には、それぞれの名前が記されていた。 「あの海戦で出て来た正規空母は、レキシントン級とヨークタウン級。レキシントン級は爆弾10発程度、 ヨークタウン級には5、6発当てている。少なくとも、2ヶ月かそこらかは修理が必要ね。 と、なると、残りはあと3、4隻。」 ふと、彼女はカレンダーに目を向けた。 カレンダーには、会議の日は黒いサイン、訓練期間は緑のサイン、作戦期間は赤いサインと、 3種類のサインで埋められている。 カレンダーは、10月の下旬辺りに赤いサインが記されていた。 858 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/05/31(木) 20 42 05 ID 4CUjn9IY0 852氏 元の世界ですが、まずはヨーロッパ戦線からです。 ヨーロッパ戦線は、8月にフランスのパリが無血開城されますが、ドイツ軍はこれまでの消耗がたたって 更なる攻勢を企図することが出来ず、今は英仏軍との航空戦のみが盛んに行われています。 一方で大西洋方面ではドイツ海軍Uボート部隊は、一時は英国を干上がらせる勢いで連合国輸送船を沈め まくりましたが、6月から8月にかけては逆にUボート部隊のほうが大損害を被り、優位は連合国側に 奪われました。 一方、日ソ戦争ですが、42年の4月から、蘭印や英国からの物資補給が定数に届き始め、燃料事情は 改善されつつあります。 6月には、再びソ連軍が大攻勢を開始しましたが、攻勢軍が逆に日本軍に逆包囲されてわずか1週間で 攻撃は終了しました。 あっけない攻勢失敗によって、ソ連軍は再び満州国境まで押し戻されました。 8月には帝國海軍機動部隊がサハリンやカムチャッカを襲撃し、ソ連軍に多大な損害を与えています。 結果的に、日ソ戦は陸では日本が少しばかり優勢、海では日本が圧倒的優勢となっています。 864 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日) 14 43 35 ID 4CUjn9IY0 862氏 前線の指揮官と後方の指揮官では視点が違いますからね。 その場で見れば、どちらも正しく、どちらも間違っていると言う事になりますが、全体的には やはりラカテルグの判断が正しいです。 シホールアンル側の情報網強化ですが、当然アメリカ本国に潜入、と言う事も企てております。 しかし、アメリカ潜入の手段は限られており、一番近いアリューシャン列島に潜入しようとしても 当方面の警戒は厳重ですし、有効とも思えるバルランド留学生に混じっての潜入も、それを警戒する アメリカ側によって厳正な審査が行われていますから、現状では難しいです。 1482年は西暦に直すと、いつになるのでしょうか このF世界の世界暦では1482年となっておりますが、アメリカ側の感覚、つまり西暦では1942年です。 それでは、SS投下いたします。
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第122話 ホウロナの楔 1484年(1944年)3月8日 午後3時20分 ホウロナ諸島ファスコド島 シホールアンル陸軍第515歩兵旅団の指揮官であるラフルス・トイカル准将は、たった今、文書に自分の署名を終えた。 「ありがとうございます。」 目の前の変わった軍服を着た男。アメリカ軍第2海兵師団師団長であるジュリアン・スミス少将が礼を言った。 「これで、降伏文書の調印は終わりとなります。あなた方の将兵は、適正な処置の下に後方に送らせて頂きます。」 トイカルはその言葉を聴いても、返事を返そうとはせず、ただ頭を下げた。 アメリカ軍が上陸して4日目となる今日、ファスコド島守備隊は、島の北端部にある野戦病院前の陣地で、最後まで戦っていた。 僅か4日間の地上戦闘であったが、ファスコド島守備隊は勇敢に戦い抜いた。 兵力、火力、航空戦力。 どれもアメリカ軍が圧倒的に勝っていたが、トイカル旅団は力の限り戦い続けた。 トイカル旅団は、事前に構築していた、4重、5重にも及ぶ縦進陣地で持ってアメリカ軍部隊に抵抗を続けた。 特に、2日目の昼頃に起きた324高地の攻防戦では、実に4度も高地の主が変わったほど熾烈な戦いを繰り広げた。 武器も装備もアメリカ側に比べればかなり劣っていたものの、魔法騎士団の残余も加わったトイカル旅団は、勇猛果敢に立ち向かった。 残り少なくなった野砲を有効活用して、前進するアメリカ軍部隊の阻止攻撃や、攻勢にうつる友軍部隊の支援を最後まで行い続けた。 野砲部隊は、3日目の正午までには全ての砲を破壊されたが、最後まで撃ち続けたその砲弾は、第2海兵師団の将兵から“孤高の狙撃手”と 言わしめたほど、米軍を大いに悩ませた。 だが、相次ぐ激戦によって魔道銃の魔法石も切れ、将兵も皆が疲労困憊していた。 食料は大量にあったが、いくら食料があれど、肝心の武器が全く使い物にならなければ、無駄に兵を死なせてしまう。 ならば後退し、休息を取れば良い・・・・と誰もが思うであろう。 しかし、トイカル旅団は、だだっ広い大陸で戦っている訳ではない。 ファスコド島というちっぽけな島で戦っているのである。逃げ場などあろうはずも無く、当然、敵は守備隊に休息を取らせようとはしなかった。 トイカル准将は、守備隊の窮状を見て、もはや限界を超えたと判断していた。 アメリカ軍に勇敢に立ち向かった兵士達だが、損害が大きすぎた。 シホールアンル兵は、アメリカ軍部隊の容赦ない攻撃を受けていた。 少しでも敵を釘付けにすれば、後方から戦車がやって来る。 その戦車が、敵の足止めに貢献している魔道銃陣地を見つけては砲弾を叩き込んで沈黙させる。 野砲が敵の戦車を撃破して、敵を完全に食い止めることが出来ても、どこぞからアメリカ軍機がやって来て、陣地に爆弾を叩き付けて行く。 ひどい時には、空襲の後に沖合いの軍艦から猛烈な射撃が加えられる。 このような状況では、腰抜けの新兵であろうが、敵を軽く殺せるベテラン兵であろうが、陣地もろとも吹き飛ばされてしまう。 白兵戦に移っても、アメリカ兵は小銃や拳銃を使ってシホールアンル兵を次々と打ち倒す。 こちらが出てこなければ、銃眼や洞窟の穴に爆弾を放り投げ、火炎放射器で焼き払う。 アメリカ側の攻撃は、異常なまでに徹底していた。 敵と戦う前には、8912名はいた守備隊は、降伏直前には3018名にまで激減していた。 トイカル旅団は、僅か4日足らずで、4000名の戦死者、並びに捕虜を出し、1000名以上の負傷者を出していた。 ファスコド島守備隊は、事実上壊滅的な被害を受けたのだ。 トイカル准将は決断を迫られていた。 降伏か?それとも最後まで戦うか? 一昔前ならば、間違いなく最後まで戦う方を選んだであろう。 何しろ、偉大なるシホールアンル帝国軍の一員だ。 敵に無様な格好を見せるよりは、華々しく散ってシホールアンル軍将兵の素晴らしさを敵に見せ付けたほうが得策だからだ。 だが、そんな事は、アメリカ軍に全く通じないという事を、トイカル准将は嫌と言うほど思い知らされた。 (俺達は、もう義務を果たした。敵は血に飢えた野獣のように我ら味方将兵の命を貪り食った。だが、私は分かっている。アメリカ軍が特殊な軍隊であることを。) 彼は、もう既に決めていた。 彼としては、装備劣悪な友軍部隊が、陣地の作り方や、魔道銃等の近代兵器を揃える事で、曲がりなりにもアメリカ軍に 対抗出来たことが嬉しかった。 圧倒的不利な状況にもかかわらず、ファスコド島守備隊は良く戦った。 (私は、彼らを無駄死にさせたくない。精一杯戦った部下達に対して、俺が出来る事はせめて、命を救ってやる事ぐらいだ。) トイカル准将は、心中で決断すると、すぐに司令部や生き残りの指揮官達を集め、降伏する事を打ち明けた。 反対する者は、不思議と居なかった。 彼は、すぐさまアメリカ軍側に軍使を送り、降伏の申し出を行いたいと伝えた。 それから1時間余りが経った。 アメリカ軍は、トイカル准将の申し出に応じ、午後3時10分から降伏交渉が始まった。 トイカル准将は、文書にサインを終えた時、これで自分の役割は終わったと思った。 降伏交渉に使われた天幕を出ると、トイカル准将は第515旅団の司令部に戻った。 彼は、全部隊に武装解除を伝えると、ただ1人、自室にこもった。 トイカルは、椅子に座りながら酒を飲んでいた。 今までの思い出が、頭をよぎっていく。 初めて士官学校を見た時の高揚感。初の実戦で、無我夢中に戦っていた若き日の自分。 戦死者の遺族の家に1件ずつ回り、愛した部下の最後の務めを報告した時の、言いようの無い悲しみ。 様々な思いが、脳裏に浮かんだ。 「最後まで、私は優秀な部下と共に戦えた。義務を果たした以上、思い残す事は無い。」 司令部付の魔道士には、今回の戦闘報告を本国に送らせてある。 この情報が、願わくば、偉大なる帝国軍に勝利をもたらしてくれれば・・・・・ トイカルはそう心中で呟くと、杯に入っていた酒を一気にあおった。 「さて、私なりのけじめをつけるとするか。」 彼は、どこか晴れやかな表情を浮かべながらそう言った。彼は、テーブルに置かれていた短剣を手に取った。 1484年(1944年)3月18日 午前8時 エゲ島西50マイル地点 第5艦隊司令長官である、レイモンド・スプルーアンス大将は、作戦室内のテーブルに置かれた地図に、星条旗のついたピンが刺さるのを無表情で見つめていた。 「エゲ島が陥落したか。」 「はい。午前7時30分に、第5水陸両用軍団司令部から報告が入りました。海兵隊が被った損害は、戦死402、負傷2001です。」 情報参謀のアームストロング少佐がスプルーアンスに言った。 「ふむ・・・・・」 スプルーアンスは、側に置いていたカップを手に取り、一口だけ啜った。 「しかし、ホウロナ諸島攻略作戦で、海兵隊は無視できん損害を被ったな。」 「はい。事前に、入念な砲爆撃を行ったのですが、シホールアンル側はこれまでの戦訓を元に入念に防備体制を整えていたようです。」 ファスコド島制圧から始まったホウロナ諸島攻略作戦は、エゲ島のシホールアンル軍部隊が降伏した事で幕を閉じた。 アメリカ軍は、第1海兵師団が戦死390、負傷1420、第2海兵師団が戦死592、負傷2201、 第3海兵師団が戦死482、負傷1700、第4海兵師団が戦死402、負傷2001である。 総計すると、9000名以上の戦死傷が出た事になる。 原因は、シホールアンル側の防御態勢にあった。 ファスコドのシホールアンル軍は、これまでの経験を元に、効果的な防御陣地を構築していた。 だが、このような防御陣地は、515旅団のみならず、ホウロナ諸島に駐留する全部隊が行っていた。 その唯一の例外は、第75魔法騎士師団であったが、それ以外の部隊はずっと陣地に引き篭もり、海兵隊が上陸するまで行われた 事前砲撃に対しても、辛うじて戦力を温存する事が出来た。 これによって、シホールアンル軍は、思い通りとまでは行かなかったが海兵隊を苦しめる事が出来た。 だが、制空権、制海権を完全に握られていては、勝利など出来るはずも無く、圧倒的な火力の前に、ホウロナの島々は次々に陥落していった。 エゲ島が降伏した時、シホールアンル側は戦死者32000、負傷29000の損害を出していた。 無論、残りの負傷者や生存者はアメリカ側の捕虜となるから、シホールアンル側は、第54軍並びに、第22空中騎士軍、その他諸々も含めて、 10万以上の将兵、軍属を丸ごと失う事になった。 シホールアンル側は、それを覚悟の上でファスコド島を見捨てたが、それでも将兵10万の喪失は痛すぎる物であった。 「我々の損害もいささか大きいが、それでも、シホールアンル軍に与えた損害は大きいだろう。彼らは、貴重な戦力を失ったばかりか、 ホウロナ諸島までも失ったのだ。この事は、後の戦局に大きく左右するだろう。」 スプルーアンスは、視線を地図上の1つの島・・・・ファスコド島に移した。 「既に、ファスコド島には飛行場が建設され、第1海兵航空団の航空隊が駐屯を開始している。ファスコド島のみならず、ホウロナ諸島の 全ての島に工兵部隊が上陸する。大部隊の収容が可能な施設が完成すれば、ようやく次のステップに進める。」 「それは、来るべき大上陸作戦の事ですな?」 参謀長のカール・ムーア少将が聞いた。 「そうだ。」 スプルーアンスは、怜悧な口調で返事する。 「その次のステップに進むために、我々第5艦隊はホウロナ諸島を守らねばならない。シホールアンル側が、奪回を企図せぬとも 限らないからな。ひとまず、ホウロナ諸島を制圧した事で、まず一段落したが、この後も気は抜けない。」 「しかし長官、問題もあります。」 作戦参謀のフォレステル大佐が進言する。 「第57、58任務部隊は、攻略作戦開始以来ずっと働き詰めで、艦隊の将兵の疲労はかなりのものです。第5艦隊・・・・ いや、連合軍艦隊の精鋭ともいえる高速機動部隊といえど、疲労には勝てません。」 「その事に関しては、今私も言おうとしていた。」 スプルーアンスは苦笑しながらフォレステルに返事した。 「先に言われるとはな。まぁ、それはいいとして。TF57、58の両艦隊は後方に下げて休養させる。だが、万が一の場合が 起きた時、機動部隊が居なくては困るから、TF57か、TF58のどちらかだけを先に休養させ、後の部隊は、ご苦労だが もう2週間ほど頑張って貰う。ファスコド島には、第1海兵航空団の航空隊200機が配備されているが、もし敵機動部隊が 来襲した時は、この200機ではとても太刀打ちできない。その場合は、必ず機動部隊の助けが居る。だから、TF57か58の どちからは、ホウロナ諸島に近くに張り付いてもらいたいのだ。」 「なるほど、一時的にローテーションを組むのですね。」 幕僚たちが納得した表情を浮かべた。 「長官。では、どの部隊から後方に下げるのです?」 フォレステル大佐がすかさず聞いた。 「TF58を最初に下げよう。」 スプルーアンスは即答する。 「TF58は空母が2隻も欠けている上に、艦載機の出撃回数がTF57より多いからな。ミッチャーに休養を取るように命じよう。 それから、TF58には、後送する捕虜を乗せた輸送船団を護衛してもらおう。」 「分かりました。」 スプルーアンスはその後、一通りの連絡事項を聞き、それに指示を下してから会議を終えた。 「長官。」 会議の終了間際、ムーア参謀長はスプルーアンスに聞いた。 「そういえば、大西洋方面でも、近々大作戦が実行に移されるらしいですね。」 「うむ。そのようだな。」 スプルーアンスは頷いた。 「大作戦と言っても、今度の作戦は島の攻略・・・・いわば、ホウロナ諸島攻略と同じような作戦だ。だが、同時に大事な作戦でもあるな。」 スプルーアンスは知っていた。 大西洋艦隊も同じく、レーフェイル大陸侵攻の準備を進め、手始めに足場となる場所を占領すると言う事を。 「太平洋と大西洋。この二つの戦場で、我々は大きな楔を打つ。もし、大西洋でも作戦が成功すれば、この戦争の行方は完全に決まるだろう。 ミスター・ムーア、合衆国海軍は、これまで以上にないほど忙しくなるぞ。」 「ええ、承知しております。」 ムーア少将もまた、どこか緊張したような表情で返事する。 彼は、途端に悪戯小僧が浮かべるような笑みを見せた。 「最も、長官がもっと働いてくれたら、我々としては大助かりなのですがねぇ。」 その言葉に、スプルーアンスはただ苦笑するだけであった。 1484年(1944年)3月19日 午前8時 バージニア州ノーフォーク その日、ジョン・マッケーン少将は、司令部スタッフと共に内火艇に乗って、今日から新しい仕事場となる軍艦に向かっていた。 ノーフォーク軍港の一角に浮かぶそれは、数ある合衆国海軍の空母の中では、いささか異色の存在であった。 「見るからにごつごつしているな。」 マッケーン少将は、目の前の軍艦を見てからそう呟いた。 彼が赴任する軍艦・・・・第7艦隊所属第72任務部隊第1任務群の旗艦である正規空母イラストリアスは、デザイン33・メジャー10Aの 迷彩塗装が艦体に塗られているが、独特の重厚さはそのまま醸し出されている。 TF72.1の僚艦である正規空母ベニントンや、軽空母ハーミズ、ノーフォークもまた、イラストリアスと同様に迷彩塗装を施されている。 内火艇がイラストリアスの左舷に接舷すると、マッケーンは階段を上がった。 飛行甲板に上がると、イラストリアス艦長のファルク・スレッド大佐が出迎えてくれた。 「初めまして。私は、イラストリアスの艦長を務めます、ファルク・スレッド大佐であります。」 「ジョン・マッケーンだ。出迎えありがとう。」 マッケーン少将とスレッド大佐は、互いに敬礼を送る。 「ようこそ、ジョンブル戦隊へ。ささ、こちらへどうぞ。」 スレッド艦長は、にこやかな笑みを浮かべると、先頭に立って案内してくれた。 マッケーンは、飛行甲板を横切る際に、艦橋のマストに視線を向けた。 マストには、旗がはためいている。 旗は2種類ある。 1つは、見慣れた星条旗だ。その下には、ユニオンジャックが誇らしげにはためいていた。 (ジョンブル戦隊のシンボル・・・か) マッケーンは、心中で呟いた。 第72任務部隊第1任務群を構成する艦は、ほとんどが第26任務部隊・・・・元、イギリス本国艦隊所属第12艦隊のものである。 この艦隊には現在、エセックス級正規空母であるベニントンと、インディペンデンス級軽空母のノーフォーク、並びにアトランタ級軽巡の フレモントと駆逐艦2隻が追加で配備されている。 実を言うと、この追加された艦艇にも、同じようにユニオンジャックがはためいている。 このユニオンジャックは、部隊旗として認められており、TG72・1の艦艇は全てがこの部隊旗を誇らしげにはためかせている。 他のアメリカ海軍将兵は、この旗からもじって、TF26の時期からこの英艦艇群達をジョンブル戦隊と渾名している。 そのシンボルとも言うべきマストのユニオンジャックは、国を失った英海軍兵達の闘志は全く衰えていないと主張しているかのように、 力強くはためいていた。 マッケーンとスタッフ一同は、イラストリアスの艦橋に上がっていった。 彼らはそこで、イラストリアスの主な幹部達と挨拶を交わした。 1時間後、一通り挨拶が終わったマッケーン少将は、司令官公室で身の回り私物の整理を行っていた。 マッケーンは、家族の写真を机に置いてから、それをしばし眺める。 写真に写っている青年は、彼の息子であるジョン・マッケーンジュニアで、同じ合衆国海軍軍人でもある。 マッケーンジュニアは、潜水艦ガンネルの艦長として、太平洋戦線で戦っている。 「やっと、俺も前線に出向く事になったよ。」 マッケーンは、写真の息子に対し、そう語りかけた。 その時、ドアがノックされた。 「おう!」 マッケーンは、やや野太い声音で、ドアの向こう側の人物に言った。 ドアが開かれると、スレッド艦長の姿があった。 「司令、整理は順調に進んでいるようですな。」 「ああ。私物は少なくしたからね。しかし、部屋の質素さは、アメリカ海軍とあまり変わらんな。」 マッケーンは苦笑しながら言った。 「まっ、私としては、別に気にもならないがね。まぁ、立ち話でも何だし、椅子に座って少しばかり雑談でもかわそうかね。」 「ええ、喜んで。」 スレッド大佐は、マッケーンの勧めを快く受けた。 彼は、質素なソファーに腰掛けた。マッケーンは、その反対側に座る。 「従兵に紅茶を持ってこさせましょうか?」 「ああ。ティータイムには若干早いが、ひとまず、1杯もらおう。」 スレッドは、従兵を呼び付けると、紅茶を頼んだ。 「司令。どうですか、このイラストリアスは?」 スレッドは早速、マッケーンから感想を聞き出そうとする。 それに、マッケーンは淀みなく答えた。 「いいフネだよ。特に、装甲を施した飛行甲板は素晴らしい物がある。2年近く前のレーフェイル奇襲で、この艦はかなりの爆弾を 食らったようだが、飛行甲板より下には全く被害が無く、僅か2週間程度の修理で前線復帰出来たと聞いている。あの重防御ぶりなら、 いつぞやに耳にした、あの大げさな例え話もありかな、と思ったよ。」 「はぁ。食らった側としては、いつ大事に至らないかヒヤヒヤ物でしたが。」 イラストリアスは、42年6月後半に行われたレーフェイル大陸急襲作戦の終盤で、マオンド軍のワイバーン隊に多数の爆弾を浴びせられている。 この時、イラストリアスは、500ポンドクラスの爆弾11発を受けて中破したが、目立った損害は、甲板前部の非装甲部に受けた被弾部分だけであり、 装甲に覆われた部分の被弾箇所は、幾ばくかの凸凹が生じていたのみであった。 この様子を見た、あるアメリカ海軍の連絡士官は、 「我々の空母ならば、10発以上の爆弾を受けたら最低でも4ヶ月はドックから出れないだろう。だが、イラストリアスの場合は、 おい水兵、ほうきを、で済んでしまう。」 と、かなり大げさな言葉を漏らしたほど、イラストリアスは異常とも思える強靭ぶりを発揮した。 米正規空母群では、最強の防御力を発揮したイラストリアスに、海軍側は大きな魅力を感じ、しまいにはリプライザル級正規空母の建造ピッチが 急激に上がる事になった。 そのため、リプライザル級正規空母は、1番艦リプライザルが44年12月下旬、2番艦キティホークが44年2月に竣工予定と、本来の予定よりも 3ヶ月、または4ヶ月以上も早まった。 アメリカ軍主力艦の建艦スペースにプラス効果を与えたほど、イラストリアスの奮戦は注目されていた。 だが、あの時、現場に居た人物たちは、かなりヒヤリとなったようだ。 「いくら重装甲空母といえど、無限に爆弾を受け止められる訳ではありませんからね。あの時は、11発の被弾で済みましたが、 あのまま15発・・・・いや、20発と受けていたら、このイラストリアスもどうなっていたか。」 スレッドはそう言うと、やや深いため息を吐いた。 「人間が作った以上、必ずしも壊れん、とは限らないからなぁ。」 マッケーンもまた、同意したかのように呟いた。 従兵が紅茶を運んできた。2人は従兵に礼を言ってから、一口すすった。 「そういえば司令。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。」 「何だね?」 スレッドの質問に、マッケーンは耳を傾けながら言った。 「どうして、TG72.1の旗艦をこのイラストリアスにしたのです?TG72・1には、このイラストリアスよりも新しいベニントンが 配備されているのに。」 「そうだなぁ・・・・・」 スレッドの質問に、マッケーンは少しばかり考え込んだ。 20秒ほど思考してから、彼は質問に答えた。 「言うなれば、このイラストリアスが打たれ強い、からかな。」 「打たれ強い、ですか。」 「そうだ。」 マッケーンは深く頷いた。 「エセックス級空母は、確かにいい艦だ。搭載機数はもちろん、艦自体の防御力も、性能も申し分無い。だが、欠点もある。」 マッケーンはそう言いながら、紙とコインを取り出した。 「エセックスに関わらず、合衆国海軍の空母は、甲板に爆弾を受けると」 彼はそう言いながら、指を紙に押し込んだ。紙はあっさり突き破られた。 「このように、簡単に穴が開いてしまう。我が合衆国海軍の空母は、全てがこのイラストリアスより装甲が薄く、甲板の表面は 木材しか使っていない。そのため、爆弾を受ければたちまち被害が発生し、穴が開いた空母は、良くても数時間は飛行機を下ろしたり、 上げたり出来ない。だが、このイラストリアスは違う。」 マッケーンは紙を置いて、コインの表面を指先でつつく。 「このコイン同様、イラストリアスは硬い装甲で覆われ、その効果は以前の戦いで実証済みだ。私は、旗艦を置くのならば、 傷付いたら高い確率で後方に下げざるを得ない空母より、多少傷付いても、機能を維持できる空母が良いと考えたのだ。 旗艦となる艦が大破したら、司令官は別の艦に移乗するという面倒な作業も起こる。私はそのことも考え、効率化を図るためにこの イラストリアスを旗艦にしようと思ったのだ。」 「なるほど、いい考えですな。」 スレッドは、マッケーンの言葉に納得した。 「それに、自室の質素さは、エセックス級もイラストリアス級もあまり変わらんからね。だから、私はより安全度の高い方を選んだのさ。」 マッケーンはそう言ってから、ニヤリと笑った。 「頑丈な船は安心できますからな。」 スレッドもまた、微笑みながら言った。 第7艦隊は、機動部隊である第72任務部隊と船団護衛部隊である第73任務部隊、そして、輸送船団である第74、第75任務部隊に別れている。 その中で、主力を成すのが第72任務部隊である。 第7艦隊の司令長官は、歴戦の指揮官であるオーブリー・フィッチ大将が任命されている。 機動部隊指揮官は、意外にもジェームス・サマービル中将が任命された。 当初、機動部隊の指揮は、これもまた歴戦の空母部隊指揮官であるレイ・ノイス中将が選ばれるかと思われていたが、当の本人は大西洋艦隊参謀長に 引っ張られていた。 この他にも、色々な将官が立候補に上がったが、大西洋艦隊司令部は、元TF26司令官であるサマービル中将に機動部隊の指揮権を与えた。 この件では、海軍内で色々と議論が交わされたが、サマービルは、転移前にはタラント空襲作戦等で空母部隊を指揮していた事や、グラーズレット空襲で 敵戦艦撃沈という功績も挙げているため、機動部隊指揮官としても申し分無いと判断され、サマービルは抜擢されたのである。 サマービルの指揮する事になった第72任務部隊は、現在2つの任務群から成っている。 第72.1任務群はマッケーンが指揮官に任命され、正規空母イラストリアス、ベニントン、軽空母ノーフォーク、ハーミズを主力に据えている。 これの護衛には、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レナウン、重巡洋艦カンバーランド、ドーセットシャー、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリア、フレモント、 駆逐艦16隻が当たる。 第72.2任務群はジョン・リーブス少将が指揮官に任命され、、正規空母ワスプ、ゲティスバーグ、軽空母ロング・アイランドⅡ、シアトルを主力に、 護衛艦が巡洋戦艦コンスティチューション、重巡洋艦ウィチタ、オレゴンシティ、軽巡洋艦セント・ルイス、ダラス、マイアミ、駆逐艦16隻となっている。 今はまだ編成中ではあるが、早ければ5月。 遅くても6月にはアイオワ級戦艦2隻にエセックス級空母2隻、インディペンデンス級軽空母1隻を主力とした第3任務群が編成される予定である。 「出撃が、確か4月の初旬でしたよね。」 「ああ、その予定だな。」 マッケーンは、さり気ない口調で答えた。 「大西洋艦隊は、まずはレーフェイル大陸の西の海域にある島を奪おうとしているらしい。そのため、陸軍の2個軍が準備中で、うち1個軍は、 命令が下ればすぐに輸送船に乗れるほど、準備が進んでいるようだ。」 「いよいよ、大西洋でも本格的な反攻作戦が始まりますね。」 「うむ。しかし、太平洋戦線と違って、いささか厳しい戦いを強いられるかも知れんぞ。」 「ええ。」 スレッド艦長は、それまで浮かべていた微笑を打ち消し、不安そうな色を滲ませる。 「我々は、ただ一国だけで、レーフェイル大陸に攻めなければいけませんからね。」 太平洋戦線では、アメリカは南大陸という味方と共に、敵と戦っている。 北大陸の攻勢は既にアメリカ軍が主力といっても良い状況で進められているが、それでも南大陸側の協力には大きく助けられている。 それに対して、大西洋戦線では、受けられる支援と言えばレーフェイル大陸に多数侵入したスパイの情報提供だけで、太平洋戦線の南大陸連合軍のような 頼れる味方は、ほとんど居ない。 つまり、アメリカ一国だけで、広大なレーフェイルを収めるマオンド共和国相手に戦わねばならない。 「せめて、大西洋艦隊にも、太平洋艦隊と同じ数の機動部隊が用意出来れば、あっさりとまではいかんが、敵さんの行動を 大きく制限できるのだがなぁ。」 マッケーンは、残念そうな口調で言った。 「せめて、6月になれば、こっちも11隻の高速空母が揃えられるんですが・・・・」 「まぁ、いずれにせよ、4月には前哨戦の開始だ。敵の本陣を襲う作戦ではないから、幾らかは楽に戦いができるだろう。」 「それまでに、何度か訓練をやりたいものですな。錬度低下を防ぐためにも。」 「出撃までには、まだ2週間はあるだろうから、1度か2度は外洋訓練が出来るだろう。次の演習時には、ジョンブル戦隊の腕前を ゆっくり見せてもらうよ。」 「ええ、とくとご覧に入れましょう。」 この時、2人の心中は、出撃まであと2週間はあるという、どこかのんびりとした思いがあった。 そんなのん気な思いをぶち壊しにする出来事が、遠く東のレーフェイル大陸で行われようとしていようとは。 誰一人、知る由も無かった。
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792 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/05/29(金) 23 10 12 ID MgldbMPc0 励ましの言葉を有り難うございます。 自分のペースで完結を目指したいと思います。 現状では、「西大陸編」の完結で一応の完結。 余力があれば「東大陸編」に手を付けたいと考えています。 783 売却用は50万丁と云う事は三八式でしょうか? 皇国が売却したいのは三八式歩兵銃ですね。銃本体、弾薬、予備部品なども潤沢に備蓄されているので、景気良く売却可能です。 50万丁と大見得切っていますが、実際にはせいぜい数年間での分割購入で数万~10万丁くらいが限度でしょうが(主に値段の問題で)。 最新型の百式小銃の性能が良好で量産体制に入っているので、三八式は今後前線から姿を消しつつ自国民に猟銃として払い下げたり、同盟国、友好国に売却の方向です。 村田銃とか、それよりさらに古い幕末洋式銃などは数がそもそも少なかったり、規格が雑多だったりで、輸出しても不具合の方が多いのではないかと思いまして。 黒色火薬+ペーパーカートリッジの古式銃であれば、F世界側もすんなり導入可能でしょうが、もはや皇国でそんな銃は現役として使われていませんし。 コピーに関しては、分解して仕組みを理解したとしてもそれを製造可能な工場がF世界にはありませんから、すぐにどうこうという事も無いので。 将来的には、「イルフェス国産の連発式ライフル」も出てくるかもしれませんが、その頃には皇国はアサルトライフルを開発している事でしょう。 「整備、指導料込み」ではどうでしょうか。 良いですね。 『訓練や整備、指導料込みで50リルスなら~』で違和感ありませんね。 784 こちらの帝國は売れるものは何でも売るという正しい貿易国家になっておりますなw 手っ取り早く外貨を稼ぐ手段の一つとして、武器輸出は有効ですから。 缶詰製品とかマッチや鉛筆などの各種日用品だとかは有用な輸出品目ですが、やはり単価が低いので数を売ってもそれ程のお金(正貨=金貨、銀貨)にならないんですよね。 くろべえさんの作品にあった、上流階級向けの服飾や化粧品なども行われているのでしょうけれど、二番煎じを書くのも気が引けるので……。 戦艦などの大型艦を見たら 小さな島くらいの「浮かぶ要塞」ですから、「こんなモノ人間が造れるハズが無い! もしや皇国は魔法国家か!?」って事になったりして……。 さすがに、国防上もユーザーサポート的にも戦艦は(前ド級艦であっても)売却不可ですが(笑) 785 その主砲が火を噴かないことには「張子の虎」と認識される可能性があります。 F世界の常識的には「大きすぎる大砲は実用性に欠ける」というものがありますので、金剛級の14インチ砲でも想像を絶するデカさで「張子の虎」認定されるかもしれません。 ただ、皇国軍の浮世離れした火力を見聞きした人にとっては、「あの大砲が火を吹いたら大変な事になる」という考えに到るかもしれません。 どちらにしろ、超弩級艦は燃料事情的に出せないので本国で安置、切り札の秘密兵器的な扱いですから、F世界の人の目に触れる事は近い将来無いでしょう。 786 そんな、あんな美しい船に大砲乗っけるだなんてもったいない! 史実では戦争で本来の仕事とは違った任務に就いたりしていましたが、F世界では願わくば、練習船として生涯を全うしてほしいものです。 787 基本、「大きければ大きいほど強い」のが戦列艦ですからね。 788 旧式軽巡であれば、派遣軍に含まれているのでイルフェス人も見聞きしています。 789 仮に永久機関を積んでいても、水や食糧や乗員の精神が保たなければ意味がありませんし、どのみち船には補給が必要って事には変わりないですよね。 790 「凄い大きな軍艦」という事は理解できても、その具体的な威力は実感湧かないと思います。 F世界最強の戦列艦の大砲と比べても、あらゆる面で桁が違いますから。
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991 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 44 22 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 1/3 ――1 ロベルト・メディチの発言によって停滞の打破された平成日本とボルドー商人使節団の交渉は、 それまでの停滞した状況が冗談であったかの様に、スムーズに展開した。 その最大の理由は、お互いに相手の要求ないしは目的を過大評価していた事に気付いたからであった。 ボルドー商人使節団は、平成日本側が食料の輸入の為であればある程度の要求は受け入れる用意が ある事を知った。 更には、そのある程度と云う言葉の範疇には、ボルドー商人使節団側の求めるもの――正規の対価は 無論として、更に絹に代表される日本の物産の一定期間の独占的売却権の承認までも含まれる事を知り、 平成日本の窮乏と共に、その豊かさを知った。 平成日本の側も、ボルドー商人使節団の目的が祖国の転覆やガルム大陸への出兵などの類では無く、 純粋に商売関連である事に、安堵を覚えた。 そうして平成日本とボルドー商人使節団の交渉が基本合意に達したのは、本格的な交渉に入って 7日後だった。 停滞時とほぼ同じ時間を消費していたが、その内容は実務的な事――食料の搬送や集積、或いは 種類に関する事と云った実務的な事に費やされたのだった。 但し、平成日本側の提供する物産の詳細に関しては後日とされてはたが、これに関しては、物産の 選択に時間が必要である為、当然といえば当然の事であった。 「しかし、話してみれば何ですな。前半の停滞が馬鹿みたいでしたな」 合意締結によって開かれた祝宴にて、平成日本とボルドー商人の代表たちは酒を片手に談笑を楽しんでいた。 「ですな。我々も貴方がたも、お互いを信頼しきれなかったと云うのが大きいでしょうね」 「仕方がありません。何しろ、ファーストコンタクトなのですから」 「おうおう。何ぞかは存じませんが哲学的な響きですな、閣下」 「いやいや只の横好き、雑学ですよ」 そして沸き起こる大爆笑。 いい具合に出来上がっている。 「しかしこのアルコール、祖父たちより聞かされた“帝國”のSakeは誠に美味ですな」 「ですから、わが国は帝国ではありませんで――」 「帝(ミカド)がいらっしゃるのですから、日本は矢張り帝國ですよ」 そして沸き起こる天皇陛下万歳の声。 音頭をとったのがボルドー商人達で、平成日本側の出席者は巻き込まれる形であった。 最も、数度は羞恥による抵抗をしてはいたが、結局は雰囲気とアルコールによる気分高揚には勝てず、 喜んでの万歳唱和と相成っていた。 両側の人物たちも良識と見識と、そして計算高さを兼ね備えた老獪な人物達ではあったが、所属する、 国や組織の存亡、或いは未来と云う重圧を背負っての交渉を終えた開放感から、かなり暢気に宴席を 楽しんでいた――そんな訳では全然無かった。 確かに純度の高いアルコールを大量に摂取していては、判断力の低下はやむを得なかったが、無論、 殆どの人間にとって、それは演技だった。 これより長い付き合いとなる相手の気性を、本音を少しでも読み取ろうと仮面を被っていたのだ。 一部の人間は、本気の楽しんではいたが、ソレは、人選の段階で行われたカモフラージュであった。 本気で楽しんでいる人間を盾に、お互いを観察しあう。 それは正に、仮面舞踏会。 だが、そんな踊り続ける人々の輪の外で、少しだけ本音で話し合っている人間たちも居た。 方やロベルト。 そしてもう片方は、この場に居る唯一のダークエルフであるスティーブンだった。 「既にダークエルフが組しているとは思わなかったよ」 「我々は日本と云う大樹に拠らねば、もはや存続する事は難しいのさ」 2人の会話に、特にロベルトに緊張感は無い。 通俗的な意味合いに於いて、世界の裏側、血と暴力によって閉ざされた闇に居るとすら言われている ダークエルフを前にしてである。 腹が据わっているから、では無い。 この場で顔を合わせる前からの知己であったからだ。 992 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 44 52 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 2/3 2人が出会ったのはロベルトがまだ10代、駆け出しの冒険商人としてガルム大陸南方を旅していた頃の 事だった。 旅先の国でクーデター騒動に巻き込まれた時に、協力しあったのだ。 ロベルトは貴族の美姫の願いを聞いて、採算度外視で。 スティーブンは 大協約 の影響力の乏しい辺境での生活の糧として、貴族に雇われていたのだった。 最初は仲が良いとはとても言えなかった。 それでも、何度もの危機を乗り越えるうちに信頼関係を構築する事に成ったのだ。 それから既に10年近い月日が流れての再会だったが、友誼には些かの翳りも無かった。 「“帝國”では無く、か?」 「ああ。この国は“帝國”では無い。天皇陛下はいらっしゃるがな」 「そう言えばそうだな。立憲君主、ミンシュ主義と云う制度か」 「ああ。君臨すれども統治せずと云う事だ」 一度、拝謁に賜ったが、非常に感銘を受けたと口にするスティーブン。 調度の類には相当に金が掛けられている様子だったが、華美では無かった。 列強の王族と違い、誠に清貧だと。 「これだけの国家を支配しつつ、か」 ガルム大陸のみならず、交易商人として様々な列強の首都を訪れた経験を持っていたロベルトは、 呆れたように口を開く。 道こそ手狭な所もまま見られたが、天を支えるが如き巨大な建築物――ビルなるものが連り立つ様は、 どの様な列強でも見る事の無い光景であった。 大協約 最大の経済力を誇る、ロ-レシア王国の王都ですらも、これ程の威は無かった。 「そうだ。この国では貴族すらも力を持たない」 「………貴族がか。もったいぶって出てこないのかと思っていんだがな」 国家規模での交渉事である。 通常ならば、国家の中枢に居る支配階層たる王族か上級貴族が出て来るのが常だったのだ。 故にボルドー商人使節団は、平成日本も皇族ないしは上級貴族、あるいは最低でも男爵位を持つ人間が 交渉の席へと出てくるものと踏んでいた。 それが出て来なかったのだ。 ボルドー商人使節団は平成日本側の代表の肩書きを見て、自分たちは相手にされていないのでとの 危惧を抱いた程だった。 最も、その危惧自体は、実際の交渉を始めてみると霧散したのだが。 「違う。実権が無いからだ。いや、それどころか爵位すらも無いらしい」 「俄には信じられん話だよ」 国の中心に王がおらず、貴族すらも居ない。 F世界に於いて一般的な統治システムへのイメージを持つロベルトにとって、それは想像も出来ない 事だった。 だが否定的には思わない。 若くて柔軟なロベルトは、漠然とした形ではあったが、身分に囚われず、能力と努力とで偉くなれるのかと、 肯定的なイメージを抱いたのだった。 尤も日本の現実も、それ程に気楽な実力主義とは言い難い面があったが、それでも、この世界の 一般的社会とでは比べものにならぬ自由が存在していた。 「頑張り甲斐があるな、スティーブン」 「全くだよ」 平成日本は、絶対に楽園では無い。 だが同時に、絶対に煉獄では無い。 只の社会。 参加するものが働き、貢献し評価され、あるいは叱責される。 だがそれこそがダークエルフ族にとっては、楽園と同義語であった。 少なくとも、理由も無く追われる事は無いのだから。 993 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 45 24 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 3/3 ――2 無事、ボルドー商人との関係を持つ事となった平成日本。 ガルム大陸のみならず、 大協約 諸国の間でも有数の規模を持つボルドー商人の協力を得た事で、 日本の食糧調達計画は円滑に行われる事となった。 だがそれ以上に重要な事は、ボルドー商人の伝手を得て、 大協約 主要国家との外交交渉が、可能と 成った事だった。 無論停戦に伴って、 大協約 第7軍団を経由しての 大協約 中枢への外交アクセスは可能となっていたが、 それ以外にも個々の国家と外交チャンネルを開こうと云うのであった。 転移直後の混乱した状況下で行われた外交交渉とは違い、ボルドー商人とダークエルフ族の支援を 十二分に得て行われるのだ。 最初の時ほどに酷い事にはならないだろうなと思われていた。 「どうしても行われますか?」 その問い掛けに日本国総理大臣は見事な白髪の髪を撫でて、答える。 「当然だね。先ずは交渉を。それが日本の、憲法の精神の筈だよ」 改正された日本国憲法。 そこには自衛意外の全ての戦争の放棄が謳われ続けていたのだ。 確かに、如何に相手が敵意を持っているからとは云え、此方から交渉を途絶するのは、憲法の精神に 反するだろう。 「それに国民も納得すまい」 事実だった。 紙媒体のマスコミを中心に、日本の世論を動かそうとする主張が、その紙面を賑わかさせていたのだ。 最初の外交団が酷いこととなった理由は、お互いに混乱していたからでは無いか。 生活水準を向上させる為の技術協力を、もう少し大々的に行えば、話が通じるのでは無いか。 メクレンブルク王国での戦いで、此方の戦闘力を知った 大協約 側は、折れてくるだろう。 そもそも、暴力に訴えるのは程度が低い。為政者はもう少し努力をするべきだ。 等などと、である。 これらの意見が、世論の大勢を占める事は無かったが、かといって無視出来る程には小さく無かったのだ。 政府の総意としては、話せば判るとの意見は無意味であると云う方向で意思統一が成されていたが、 同時に外交チャンネルを開く事で、少しでも相互理解を出来る環境――戦争の偶発的発生する可能性を 下げる事の重要性も認識されているのだった。 又、中立国を増やすことで、その国々からの物資の輸入も検討されていた。 食料では無い。 タングステンに代表されるレアメタルに関してであった。 鉄などに関しては、ダークエルフ族やメクレンブルク王国などの協力もあって、非 大協約 加盟国との間で 交渉が始まっていたが、それだけで、平成日本の産業が必要とする全てを賄える訳ではなかったのだから。 出来る限り広域から。 その視点からも、外交交渉は重要であった。 如何に、平成日本の軍事力が隔絶しているとは云え、世界の全てを支配出来るのではないのだから。
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第149話 モンメロ沖海戦(後編) 1484年(1944年)6月26日 午後3時20分 モンメロ沖南86マイル地点 第72任務部隊第3任務群に所属する正規空母レンジャーⅡは、飛行甲板にずらりと艦載機を並べ、今しも発艦を開始しようとしていた。 空母レンジャー艦長、ラルク・ハーマン大佐は、艦橋の張り出し通路に出て、エンジンを吹かす艦載機群を眺めていた。 飛行甲板には、20機のF4U、24機のヘルダイバー、16機のアベンジャーが勢揃いし、エンジン音を高々と上げながら出撃の時を待っている。 本来であれば、攻撃隊に随伴するF4Uはもう少し多いはずであったのだが、早朝から続くマオンド軍の波状攻撃によって可動機数が減少し、 レンジャーが出せる戦闘機は、艦隊直掩用を除いて20機しかない。 とはいえ、この20機のコルセアを含む攻撃隊は、敵機動部隊に対して存分に暴れ回ってくれるであろうと、ハーマン艦長は信じていた。 「ハンコックとライトの恨みを晴らす時が来た。頼んだぞ、ボーイズ達!」 ハーマンは、万感の思いを込めて、小声でそう呟いた。 甲板士官が掲げていたフラッグを振り下ろすと、最初のコルセアが滑走を開始した。 コルセアの特徴ある肢体は、最前部に描かれた17というレンジャーの艦番号の上を走り去った直後に、フワリと浮き上がる。 それに続いて、2機目、3機目と、艦載機は次々と発艦していく。 「うちのボーイズ達も、ようやく慣れてきたな。」 ハーマン艦長は、艦載機の発艦を眺めながら呟いた。 最初に、初代と同じ名を冠した空母に派遣された航空隊の技量を見たとき、彼は物足りないと思った。 第2次バゼット海海戦で撃沈された初代レンジャーは、防御力は酷かったが、乗員やパイロットの練度に関してはピカ一であった。 だが、新鋭空母に配備された航空隊は、空母同様に“新品”そのものであり、まだまだ訓練を行う必要があった。 就役当初、ハーマン艦長の脳裏には不安ばかりが浮かんでいたが、同時に希望もあった。 以前、初代レンジャーで艦攻隊の隊長を務めていたウィル・パーキンス少佐が、新生レンジャーの航空群司令として配属された。 また、初代に乗っていたパイロット達が、より経験を積んだベテランパイロットして、レンジャーⅡに配属されたのだ。 この実戦を経験してきた“兄貴達”によって、レンジャー航空群は度重なる猛訓練に耐え、次第に練度を高めていった。 そして今日。新生レンジャーにとって、その実力を発揮する時が来た。 これから向かう戦場には、空母の宿敵である敵竜母部隊がいる。 空母艦載機のパイロット達が誰もが願っていた敵竜母との対決に、レンジャー航空群は向かおうとしている。 脱落した僚艦の切なる想いを乗せて・・・・・ 気が付くと、飛行甲板に残っていた艦載機は、全てが飛び立っていた。 60機の攻撃隊は、TG72.3の上空を轟々たる爆音で圧しながら、颯爽と飛び去っていった。 レンジャーの乗員は勿論のこと、損傷したハンコックとライト、僚艦に救助された乗員達も含むTG72.3の全将兵が、歓声を上げて 60機の攻撃隊を見送っていった。 「さあ、今度は俺達の出番だ。TG72.3が受けた屈辱を10倍にして返してやるぞ。」 ハーマン艦長は、西の遠くに居るであろうマオンド機動部隊に向けて、自信に満ちた口ぶりでそう言い放った。 空母エンタープライズから発艦した攻撃隊は、午後4時20分までには、レンジャー隊との合流を終えていた。 リンゲ・レイノルズ中尉は、攻撃隊の護衛として母艦を飛び立っていた。 「ふむ・・・・新人連中にしては、そこそこ良い腕をしているな。」 リンゲは、エンタープライズ隊からやや離れた右側を飛行するレンジャー隊を見ながら呟く。 60機のレンジャー隊は、綺麗な編隊を組みながら飛行している。 編隊飛行という物は、傍目から見れば地味で、簡単そうに見える物だが、実際はかなり難しい。 2、3機の編隊でもなかなかに難しいが、10機以上の編隊を作るとなると、難易度はかなり上がる。 1機でも歩調を崩せば、編隊はバラバラとなり、最悪の場合は空中衝突を起こしかねない。 攻撃技能もそうであるが、編隊飛行が出来るか否かによって、その母艦航空隊の練度が分かってくる。 (レンジャーの指揮官連中は、初代レンジャーに勤務していた奴が多いと聞いている。もしかしたら、 初代にいた連中が、新兵達をしごきにしごいて、使える兵隊にしたのだろうな) リンゲはそう思ったが、彼としてはレンジャー隊よりも、ボクサー隊と一緒に出撃したいと思っていた。 だが、ボクサー隊は今、ビッグEの攻撃隊と空を飛ぶ事は出来ない。 何故なら、ボクサー隊は、母艦が先の被弾で発着艦不能に陥っているからだ。 ボクサーは、第3波空襲で爆弾2発と至近弾3発を受けていた。 2発の爆弾のうち、1発は中央部に命中したが、それだけならば、応急修理をすれば穴を塞ぐだけだった。 だが、もう1発の爆弾が、上手い具合に前部エレベーターに命中し、破壊してしまった。 更に、左舷中央部の至近弾によって舷側エレベーターの昇降機が使用不能になり、ボクサーは3基あるエレベーターの うち、2基までもが使用不能となってしまった。 まさに不運としか言いようがなかったが、撃沈されずに済んだだけでも、まずは良しとするべきであった。 エンタープライズは、午後4時までには、F6F23機、SBD16機、TBF16機の計55機を発艦させた。 敵機動部隊攻撃に向かっている艦載機の数は、TG72.1、TG72.2を合わせて268機に上る。 この268機の大編隊は、大きく二手に別れており、先行するのはTG72.1から発艦した130機の攻撃隊で、 その後方40マイルをTG72.2とTG72.3から飛び立った138機の編隊が続く。 通常なら、この2つの攻撃隊は1つに合流して敵に向かう筈なのだが、時間の関係上、任務群ごとに攻撃隊を向かわせる事となった。 しかし、TG72.3はゲティスバーグ隊しか居ないため、TG72.2と合流してから進撃を開始している。 「思えば、敵竜母部隊への攻撃に向かうのは、実に久しぶりだな。」 リンゲはふと、そんな言葉を口にした。 彼は、太平洋戦線ではレアルタ島沖海戦とグンリーラ島沖海戦、第2次バゼット海海戦に参加しており、このうち、空母と竜母が 戦ったのは、グンリーラ島沖海戦と第2次バゼット海海戦である。 リンゲは、この2度の機動部隊決戦で護衛機として敵艦隊に向かい、その任務を果たしてきた。 「今日も、きっちりと役割を果たす。敵ワイバーンから攻撃隊を守ってやるぞ。」 リンゲはそう呟くと、自らを奮い立たせた。 午後5時 モンメロ沖南西97マイル沖 「司令官、来ました、敵編隊です。」 マオンド海軍第1機動艦隊司令官である、ホウル・トルーフラ中将は、シークル参謀長の言葉に対して、正面を見据えながら頷いた。 「魔導士の判断に寄りますと、生命反応からして、敵は最低でも90機以上の大編隊で、我が艦隊に接近中とのことです。」 「こっちの戦闘ワイバーンは何騎用意できる?」 「70騎が限度です。」 「70騎か・・・・・・ほぼ全てが、艦隊にいた居残り組だな。やはり、攻撃隊に参加したワイバーンからは出せそうにもないか。」 「ハッ。何分、戦闘時の消耗が激しい物ですから。」 「ふむ・・・・・まぁ致し方あるまい。上げてもすぐにやられるのでは意味がないからな。」 トルーフラ中将はため息を吐きながら言った。 第1機動艦隊は、アメリカ機動部隊攻撃に220騎の攻撃隊を差し向けた。 攻撃隊は、アメリカ軍戦闘機と機動部隊から激烈な反撃を受け、少なからぬ損害を受けた。 戦闘ワイバーンは110騎中42騎が未帰還となり、攻撃役のワイバーンに至っては、帰還数が僅か34騎という有様であった。 第1機動艦隊は、ただの一撃で5割近い数のワイバーンを失い、対艦攻撃力を大幅に削がれるという結果となった。 それに対し、敵に与えた損害は、敵駆逐艦2隻撃沈確実、空母2隻、駆逐艦3隻大破という甚だ不本意な物であり、目標であった 敵機動部隊の撃滅にはほど遠い戦果しか残せなかった。 第1機動艦隊が攻撃を行った他に、陸軍側から用意された応援の空中騎士軍も、アメリカ機動部隊相手に猛攻を繰り広げた。 第1機動艦隊よりも保有ワイバーンが多い陸軍空中騎士団は、第1機動艦隊よりも積極的な策を取った。 空中騎士軍側は、500騎近いワイバーンを総動員して敵に波状攻撃をかけた。 そのうち、第1波と第2波は戦闘ワイバーンを中心にした、敵戦闘機殲滅隊であり、これらは少なからぬ数の敵戦闘機を叩き落とした。 敵の空の守りが弱くなったところで、攻撃ワイバーンを含む第3波攻撃隊が敵機動部隊に殺到し、敵駆逐艦1隻撃沈、駆逐艦4隻撃破、 正規空母2隻撃破(実際に戦闘不能になったのは、ボクサーのみである)の戦果を上げ、敵の主戦力の1つを潰した。 だが、空中騎士団の奮闘にもかかわらず、敵の完全撃破には至らなかった。 その結果、第1機動艦隊は敵機動部隊の残存戦力から反撃を受ける羽目になった。 「ひとまずは、この健在な70騎を迎撃に出そう。それから、帰還したワイバーンの中で、比較的疲労度が軽いの がいたら、そのワイバーンも出してくれ。」 「わかりました。」 シークル参謀長は頷いたが、内心では果たして、本当に出しても良いのだろうかと思った。 帰還した戦闘ワイバーンは、アメリカ軍機との激しい空戦で、体力を消耗が著しい。 今は、疲労緩和剤を投与して、ワイバーンの疲労感を和らげようと努力しているが、効果が現れるのは、投与後20分後であり、 それまでは70騎のワイバーンによって、敵編隊を迎撃せねばならない。 それ以前に、疲労緩和剤を投与しても、完全に疲労は抜けきれないため、ワイバーンの疲労は蓄積されてしまう。 そのような状態でワイバーンを出せば、いつも通りに戦えぬ事は目に見えている。 だが、それでも出さなければならない。 (味方艦隊の被害を減らすためには、仕方ない事なのだろう) シークル参謀長はそう思うことで、自らを納得させた。 第1群、第2群の竜母からは、直ちに出撃可能なワイバーンが発艦を開始した。 発艦開始から10分ほどで、70騎のワイバーンは全てが母艦から発進を終えて、敵艦載機迎撃に向かっていった。 午後5時20分 激しい空中戦が続く中、空母イラストリアス艦攻隊指揮官であるジーン・マーチス少佐は、パイロットであるジェイク・スコックス少尉の 言葉を聞いた。 「隊長、見えました!右20度、敵機動部隊です!」 彼は、スコックス少尉の言った方角に顔を向けた。 そこは、丁度雲の切れ目となっており、海が見渡せた。その洋上に、幾つもの航跡が走っており、中には航跡を引いている軍艦も見える。 「あっ!ゲティスバーグ隊のヘルダイバーがまた1機やられました!」 唐突に、悲報が飛び込んできた。 「くそ、またやられたか!」 マーチス少佐は忌々しげな口調で呟いた。 敵ワイバーン隊は、大半が制空隊の戦闘機と空戦を行っているが、一部のワイバーンは攻撃隊に襲い掛り、イラストリアス隊やゲティスバーグ隊に 犠牲が出ている。 マーチス少佐の直率するアベンジャー隊も、敵ワイバーンの奇襲によって2機が撃墜され、3機が被弾している。 ヘルダイバー隊は、今の所被撃墜機は1機で済んでいるが、被弾機が4機とやや多い。 一番被害が多いのはゲティスバーグ隊で、艦爆、艦攻を3機ずつ撃墜されている。 マーチス少佐は、このままでは敵ワイバーンの執拗な攻撃によって、攻撃隊の大半がやられてしまうのではないか?という危惧を抱き始めていた。 だが、彼の憂鬱な思いは、ここでようやく吹き飛んだ。 「全機に告ぐ!敵機動部隊を発見。これより接近する!」 マーチス少佐の指示に従って、TG72.1の攻撃機が右旋回を行う。やがて、雲を突き抜けた攻撃隊は、ついに敵の大艦隊を発見した。 「敵は2群に別れているな。」 彼は、前方の輪形陣と、そのやや離れた後方にいる別の輪形陣を交互に見やりながら言った。 前方の輪形陣には、中心に3隻の竜母が居る。3隻のうち、2隻は並行しており、1隻はその2隻の斜め後ろを航行している。 前方の2隻が、斜め後ろの1隻よりも形が大きい。 あれは正規竜母だなと、マーチスは思った。 もう1つの輪形陣のほうは、ここからは距離が遠くて船の形までは分からない。 「片方は竜母3隻・・・・もう片方は竜母2隻・・・か。俺達は、3隻の方を狙おう。第2波の連中には2隻の方を叩いて貰う。」 マーチスはそう判断すると、全機に向けて新たな指示を下した。 「これより攻撃に移る!攻撃隊随伴のコルセア隊は敵輪形陣を攻撃。イラストリアス隊は敵竜母1番艦、ゲティスバーグ隊は敵竜母2番艦、 ノーフォーク隊は斜め後方の敵竜母3番艦を狙え。全機、かかれ!」 命令一下、各母艦航空隊はそれぞれの目標に向けて行動を開始した。 護衛戦闘機のうち、大半は敵ワイバーンとの空戦に忙殺されていたが、それでも、イラストリアス隊のコルセア12機が、攻撃隊に随伴していた。 この12機のコルセアは、命令が下るや真っ先に敵艦目掛けて突進していった。 コルセアの主翼には、4発の5インチロケット弾が搭載されている。 2ヶ月前の第2次スィンク沖海戦で、同じイラストリアス隊所属のコルセアが、輪形陣外輪部の駆逐艦にロケット弾攻撃を仕掛け、 輪形陣の切り崩しに成功している。 アメリカ側は今回も、ロケット弾攻撃によって敵艦隊の陣形を崩そうと考え、コルセア群の一部にロケット弾を搭載させていた。 12機のコルセアは、輪形陣の左側に展開する、敵駆逐艦に接近しつつあった。 コルセアは4機ずつの小編隊に別れると、1チームが1隻の駆逐艦に低空から接近し始めた。 このコルセア群に対して、マオンド駆逐艦群は向けられる火力を総動員して、コルセアの突進を阻もうとする。 敵艦から放たれる光弾の量はなかなかに多く、海面は光弾の外れ弾や、高射砲弾の破片によって白く泡だった。 1機のコルセアが、主翼から火を噴き、もんどり打って海面に叩き付けられた。 もう1機のコルセアが、機首のすぐ目の前で高射砲弾の炸裂を受けた。 その瞬間、3枚のプロペラが破片と爆風で吹き飛ばされ、大馬力エンジンや操縦席に夥しい数の破片が突き刺さる。 操縦席のパイロットが血飛沫を吹きながら仰け反り、エンジンカウリングから真っ赤な炎が吹き出し、機首がガクンと下に向く。 猛速で機首から突っ込んだコルセアは、次の瞬間バラバラに砕け散り、搭載していたロケット弾や燃料が爆発して火炎と黒煙が上がった。 「いいぞ!その調子だ、アメリカの蝿をどんどん叩き落としてやれ!」 とある駆逐艦の艦長は、相次いで撃墜されたコルセアを見るなり、活きの良い声音で叫んだ。 だが、マオンド駆逐艦が撃墜できたコルセアは、その2機だけであった。 残ったコルセアは、600キロ以上の高速で目標との距離を急速に詰めていく。 魔導銃の射手は、罵声を浴びせながらコルセアに光弾を放ち続けるが、その放たれた射弾は、全てがコルセアを側を通り抜けていた。 余りにも早いスピードのため、射手が目標を捉え切れていないのだ。 コルセアは、あっという間に300グレル(600メートル)の距離まで迫ったと思うと、両翼から何かを撃ち出した。 その棒状の物体は、尻から炎と煙を噴きながら駆逐艦に突っ込んできた。 射出された5インチロケット弾のうち、1発が早くも、敵駆逐艦の艦橋に突き刺さった。 艦長を始めとする艦橋要因は、何が起こったのか理解出来ぬままロケット弾の炸裂によって絶命した。 艦橋が派手に火を噴いたのと同時に、左舷中央部や砲塔にもロケット弾が突き刺さる。 中央部に命中したロケット弾は、爆発によってその場にいた魔導銃の射手や魔導銃本体をなぎ倒し、甲板の周囲に破片を 撒き散らして容赦なく破壊する。 砲塔に命中したロケット弾は、薄い砲塔側面を貫通して内部で炸裂し、装填済みの砲弾が誘爆した。 そのため、砲塔自体が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。 それに加えて、コルセアから12.7ミリ機銃弾が奔流の如く放たれ、艦の全体に火のシャワーと化して降り注いだ。 運の悪い水兵がそれをまともに浴び、一瞬のうちに四肢を吹き飛ばされ、胴体を引き裂かれた。 輪形陣の左側を守っていた駆逐艦のうち、実に4隻がロケット弾を受けてしまった。 そのうち1隻は、被害が弾火薬庫に及び、火柱を吹き上げて轟沈した。 コルセア隊の短いながらも、熾烈な攻撃が終わると、待ってましたとばかりに艦爆隊が輪形陣に侵入してくる。 マオンド側の護衛艦艇は、この新たな敵に対して、ありったけの対空砲を撃ちまくる。 高度4000の高みから侵入しつつある艦爆隊の周囲に、高射砲弾が炸裂する。 ヘルダイバーは、高射砲弾の爆発に機体を揺さぶられ、飛んできた破片に機体の外板を傷つけられながらも、隊形を崩さずに突き進む。 猛烈な対空弾幕の中、斜め単橫陣の隊形で飛行を続けるヘルダイバー隊だが、輪形陣の中心部に近付くにつれて被撃墜機が出始めた。 頑丈なヘルダイバーの外板も、永遠に敵弾を弾け続ける訳が無く、1機、また1機と、翼をへし折られ、あるいは胴体や主翼から 火を噴きながら墜落していく。 次々と撃墜されていくアメリカ軍機ではあるが、4機目が落とされた時には、先導機が翼を翻し始めていた。 このヘルダイバー群は、左側を航行する正規竜母に狙いを定めていた。 機速が付きすぎないようにするため、主翼のハニカムフラップが展開される。 やがて、周囲に甲高い轟音が響き始めた。 狙われた竜母はミリニシアであった。ミリニシア艦長は、比較的冷静に指示を下していた。 ミリニシアは、艦長の指示通り左舷に回頭し始める。 ミリニシア艦長は、ヘルダイバー群の動きをよく見ていた。 そして、敵機群が全て急降下に入ってから、ミリニシア艦長はその内懐に入るようにして艦を回頭させた。 艦爆隊の先頭機が、慌てふためいたように急降下の角度を深め、敵竜母に接近する。 高度500で爆弾倉から1000ポンド爆弾を吐き出す。 この最初の1発目は、ミリニシアから右舷側に大きく離れた海面に落下した。 続けて2番機と3番機が爆弾を投下する。これらの爆弾もまた、右舷側海面に落ちて、空しく水柱を吹き上げるだけに留まる。 4番機が爆弾を投下しようとしたその瞬間、光弾の一連射がヘルダイバーの胴体下部を薙いだ。 その直後、ヘルダイバーは大爆発を起こした。 光弾の一連射は、偶然にも投下しようとしていた1000ポンド爆弾に命中していた。 光弾が突き刺さった後、1000ポンド爆弾はその場で炸裂し、ヘルダイバーの機体を微塵に吹き飛ばしてしまった。 その爆炎を突っ切って、5番機が猛禽の如き勢いで降下してくる。 胴体から1000ポンド爆弾が投げ放たれる。爆弾は、くるくると回転しながら、ミリニシアの左舷側後部の至近に落下した。 この爆弾は、ミリニシアにとってこの海戦初の直撃弾となった。後部昇降機より少し前の位置から爆炎と破片が吹き上がる。 続いて、6番機の爆弾が中央部に命中した。中央部の昇降機に突き刺さった爆弾は飛行甲板を貫通し、艦内で炸裂する。 炸裂の瞬間、艦内で休憩を取っていた少なからぬ数のワイバーンが、一瞬にして吹き飛ばされた。 2発の1000ポンド爆弾を受けたミリニシアは、早くも後部と中央部から黒煙を吐き出していた。 ミリニシアの右舷や左舷に、爆弾の外れ弾が次々と着弾し、水中爆発の衝撃が艦体のあちこちを小突き回す。 10番機、11番機と、ヘルダイバー群は次々に爆弾を投下するが、大半はミリニシアの回頭によって空振りに終わる。 最後の12番機の爆弾が、またもや中央部に着弾した。 着弾の瞬間、折れ曲がっていた昇降機が爆風によって空高く跳ね上げられ、そして海面に落下した。 爆弾3発を受けてのたうち回るミリニシアに、新たな敵が低空から迫りつつあった。 イラストリアス艦攻隊は、今しも、爆弾を受けて洋上をのたうつ敵正規竜母に近付こうとしていた。 「隊長!獲物は艦爆隊の爆撃で泡食ってますぜ!」 スコックス少尉は、電信員席に座るマーチス少佐に向けて言った。 「そのようだな。さて、今度は俺達の出番だぞ!」 マーチス少佐の率いるイラストリアス艦攻隊は、12機が目の前の敵正規竜母に向かっていた。 時間の都合上、挟叉雷撃は取り止めになり、片舷に集中して雷撃を行う事になった。 輪形陣の左側から侵入したイラストリアス艦攻隊は、左側を行く敵竜母2番艦を狙う手筈になっていたが、敵竜母は回頭のため、 艦首をイラストリアス隊に向けていた。 マーチス少佐はこれをチャンスであると確信した。 時間の関係で、艦攻隊は手っ取り早く雷撃を行うためにコルセア隊が切り崩した輪形陣左側から侵入をしていたが、敵2番艦があたらに 回頭を行ったために、挟叉雷撃を行える可能性が出てきた。 マーチス少佐の判断は速かった。 彼はすぐさま、第2小隊を敵竜母の右舷に回らせた。激しい対空砲火の中、イラストリアス艦攻隊の中には早くも被弾機が出ている。 第2小隊は、射点に付く前に1機が撃墜された。だが、事はマーチス少佐の思惑通りに進んだ。 敵竜母が右に回頭を開始した時、イラストリアス艦攻隊はミリニシアの左右から迫りつつあった。 「敵竜母、回頭を始めました!」 スコックス少尉がマーチスに言う。マーチスはそれに対して、全く動じた様子を見せない。 「敵さんの判断は、どうやら遅すぎたようだな。」 この時、11機のアベンジャーはミリニシアまで1300メートルの距離にまで迫っていた。 ここで回頭をされると、対向面積の小さい艦首、並びに艦尾に向けて魚雷を放たなければならない。 だが、マーチスはそれでも良いと考えていた。彼は、部下達に向けて、距離500という近距離で魚雷を投下しろと告げていた。 500という距離は、もはや距離とは言えない。 航空雷撃は、近付けば近付くほど命中精度は増すが、同時に、敵が放つ対空砲火も当たりやすくなる。 つまり、雷撃の必中距離は、敵魔動銃や対空砲の必中距離でもあるのだ。 通常の投下距離は、敵艦から1500から1000メートル以内に近付いてからであるから、マーチスの命令はいかに大胆かつ、 危険な物であるかが分かる。 だが、マーチスはそれをあえて承知で、部下に命じた。 敵竜母はぐんぐん回頭していく。 細長かった艦体は徐々に短くなる。しかし、それにお構いなしとばかりに、11機のアベンジャーは尚、300キロの速力で進み続ける。 敵竜母は、急回頭のため護衛艦の支援を受けづらくなっているが、それでもぴったりと随行していた2隻の敵巡洋艦が、マーチス少佐の 直率する小隊目掛けて対空砲を撃ちまくる。 (あの巡洋艦・・・・・・他の艦に比べて激しい対空射撃を行っているな。よく見ると・・・・フリレンギラ級とやらに似ている) マーチス少佐は、敵巡洋艦の艦影を見ながらそう思っていると、いきなり後部座席から、悲鳴じみた報告が入った。 「5番機被弾!」 一瞬、マーチス少佐は顔を歪めた。だが、次の瞬間には元の表情に戻って、敵竜母を睨み付ける。 敵巡洋艦をあっさりと飛び越し、遂に艦尾を向けようとする敵竜母が見えた。 「ようし、これで邪魔者は居なくなった。待ってろよ、尻に一発食らわせてやる。」 マーチスは獰猛な笑みを浮かべながら、早く射点に付かないかと思った。 マオンド側の対空射撃はなかなかに激しい。 マーチス小隊のアベンジャーがまた1機叩き落とされる。 やられたのは、マーチス機の右斜めを飛行していた2番機であった。 2番機の乗員は、タラント空襲以来のベテランが乗り組んでおり、前回のスィンク沖海戦でも、2度も敵竜母に魚雷を放っている。 だが、今回の出撃で、遂に帰らぬ身となってしまった。 (くそ、元々居たメンバーがまた散ってしまったか・・・・!) マーチスは悔しげな気持ちで一杯になったが、仲間の無念を晴らすためには、自分達が運んできた魚雷を敵艦に叩き付けるしかない。 「射点です!」 スコックス少尉が叫ぶ。その瞬間、マーチスは溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように大音声で命じた。 「魚雷投下ぁ!」 その直後、開かれたアベンジャーの爆弾倉から、重い航空魚雷が投下される。 スコックス少尉は、咄嗟に操縦桿を押し込んで、機体が飛び上がるのを防ごうとする。 その瞬間、風防ガラスの後方で何かが光った。 「あぁ!?3番機がやられた!」 機銃手のスワング兵曹が悲鳴じみた声で言ってくる。 これで、マーチスの直率する小隊は半分に減ってしまった。 マーチス機は、敵竜母の左舷側に避退していった。 マーチス機を始めとする3機のアベンジャーに対空砲火が注がれるが、10メートル以下の超低空で飛行しているため、 弾は全くと言って良いほど当たらなかった。 第2波攻撃隊は、第1波攻撃隊が敵艦隊に突入を開始してから10分後に、敵機動部隊の上空に到達した。 リンゲは、空中戦が繰り広げられている空域を見た後に、そこからやや離れた海域に視線を向ける。 「うわ、派手にやってんなぁ。」 彼は、空に広がる無数の高角砲弾の炸裂煙を見てから、思わずそう言った。対空砲火の炸裂は今も続いている。 微かにだが、その弾幕の中を飛行する航空機の編隊らしきものが見える。 TG72.1から発艦した艦爆隊が、今しも敵竜母に向かっている最中なのであろう。リンゲは、その輪形陣の他に、やや遠くに 離れているもう1つの輪形陣を見つけていた。 「戦闘機隊!10時方向にお客さんだ!」 攻撃隊指揮官に任ぜられているウィリアム・マーチン少佐の声が無線機から聞こえた。 リンゲはすかさず、10時方向に顔を向けた。 そこには、新たに2、30騎ほどのワイバーンが飛行していたが、どういう訳か、敵ワイバーンの大半は編隊らしい編隊を組んでいない。 リンゲは不思議に思った物だが、すぐにフラットレー少佐からの指示が飛び込んできたため、彼の小隊もフラットレー機に続いて、敵編隊に向かっていった。 アメリカ軍戦闘機が向かってくるのを見たマオンド側のワイバーンも、やにわに速度を上げて、戦闘機隊に襲い掛ってきた。 この時、アメリカ側はエンタープライズとロング・アイランドに所属する戦闘機が、敵ワイバーンに向かっていた。 高度は、アメリカ側が4500メートルに対し、マオンド側が5000メートルである。マオンド側は、やや優位な体制で戦闘を開始出来た。 30機ほどのワイバーンが、ほぼ同数のF6Fに真っ正面から突っ込む。距離が迫ったところで、お互いが同時に攻撃を開始した。 ワイバーンの口から光弾が吐き出され、F6Fの両翼から機銃弾が撃ち出される。 1騎のワイバーンが、3機のF6Fから射撃を集中される。 しばしの間、防御結界が機銃弾を阻むが、すぐに霧散して竜騎士やワイバーンがたちまちのうちに射殺された。 正面攻撃が終わった時には、アメリカ側は1機が白煙を引きながら戦域を離脱しようとし、マオンド側は5騎が海面目掛けて墜落しつつあった。 敵ワイバーンの大半は、すぐにF6Fとの乱戦に移るが、7騎のワイバーンがそのまま空戦域から脱し、攻撃隊に向かった。 だが、このワイバーンも、攻撃隊の護衛に付いていたレンジャー隊のコルセアによって散々に追い散らされてしまった。 リンゲは、先の迎撃戦と同様に、2番機のガラハー少尉と共に敵ワイバーンと空戦を行っていた。 リンゲ機が、敵ワイバーンの右斜め後ろに占位する。 「よし!」 リンゲはそう呟くと同時に、照準器の向こうの敵ワイバーンに向けて6丁の12.7ミリ機銃を放つ。 6条の火箭が敵ワイバーンの体を斜め上に舐めたかと思うと、血らしき物を吹き出しながら急激に高度を下げていった。 「やりましたね、小隊長!」 ガラハー少尉が興奮気味な口調で言ってくる。 「ああ、当然だよ。」 それに対して、リンゲは素っ気ない口調で返事した。 敵ワイバーンは、最初こそはF6Fと互角に渡り合っていたが、空戦が5分、10分と続く内に押され始めて来た。 空戦開始から15分が経った今では、ワイバーンはF6Fの攻撃をかわすのに精一杯となっている。 リンゲ達は、ワイバーン群の動きが鈍いことを不審に思い始めていたが、それでも、ワイバーンは隙あらば、F6Fの迎撃を突破しようとする。 リンゲが都合、2騎目のワイバーンを落としたとき、エンタープライズ隊は攻撃を開始していた。 エンタープライズ隊は、敵機動部隊の第1群に迫りつつあった。 第2群の攻撃は、レンジャー隊とロング・アイランド隊に任せており、エンタープライズ隊は第1波攻撃隊が討ち漏らした敵竜母を攻撃しようとしていた。 エンタープライズ艦爆隊指揮官であるロバート・スキャンランド少佐は、敵第1群の輪形陣が大幅に崩れているのを見て、表情を緩ませた。 「TG72.1の連中は、敵さんをさんざん引っ掻き回したな。」 敵機動部隊は、第1波攻撃隊の猛攻を防ぐため、各艦が盛んに回避運動を行った。 そのため、防空戦闘ではありがちな陣形の乱れが起きてしまった。 今、敵の輪形陣は半ば半壊している。輪形陣のやや後方には、停止した敵艦船がおり、うち2隻ほどが黒煙を噴き上げている。 1隻は特に大きい。スキャンランドは、その艦の特徴から、敵の正規竜母であると確信した。 敵竜母は、飛行甲板から黒煙を噴き上げているほか、心持ち右舷側に傾斜しているようにも見える。 恐らく、ゲティスバーグ隊か、イラストリアス隊か、どちらかに所属しているアベンジャーが、その横腹に複数の魚雷を叩き付けたのであろう。 そこから400メートル先に停止している艦も、やはり竜母だ。こちらは比較的小柄だが、この艦もまた、黒煙を激しく噴き上げている。 詳しい被害状況までは分からないが、よくても大破の損害を受けたことは、誰の目にも明らかであろう。 「奴さんも、手傷を負ってはいるようだが・・・・・受けたダメージが少ないな。」 スキャンランドは、目標の竜母に視線を向けたから呟く。 エンタープライズ隊が目標に定めた敵竜母もまた、飛行甲板から煙を噴き上げている。 しかし、被弾した爆弾が少なかったのだろう、吹き上がる黒煙は薄く、艦自体も高速で動いている。 どうやら、あの艦の艦長は、ヘルダイバーとアベンジャーの猛攻を見事に凌ぎきったようだ。 「よし、今度は俺達が相手になってやる!」 スキャンランドはそう言って、内心であの敵竜母を仕留めてやると決心した。 エンタープライズ隊が輪形陣に侵入し始めた途端、周囲に高射砲弾が炸裂し始める。 高射砲の弾幕は、陣形が崩れているせいであまり厚くはない。 だが、精度は意外によく、早くも破片がドーントレスの機体に当たり始めた。 ドン!ドン!という音が鳴り、機体が金属音と共に振動する。 砲弾炸裂時の爆風が機体に吹き込み、操縦桿を取られそうになるが、スキャンランドは手慣れた手つきで機体の姿勢を保っている。 幸運な事に、16機のドーントレスは、敵巡洋艦の上空に到達するまで1機も落ちなかった。 通常なら、いくら頑丈な米軍機とは言え、駆逐艦群の上空を通り過ぎるときは必ず1機や2機は落とされている物なのだが、今回に至ってはそれがない。 「マイリー共の陣形が乱れているせいで、ここまで1機も脱落せずに済んだぞ。」 スキャンランドは、内心で第1波攻撃隊の奮闘に感謝した。 その直後、敵から放たれる高射砲弾の数が一気に増した。それまでは、あまり数の少なかった炸裂煙が、敵巡洋艦の上空に来た瞬間増え始める。 周囲には、いつも通りに見られる無数の黒煙が咲いており、今も機体の近くで砲弾が炸裂する。 いきなりガン!という音が聞こえた。スキャンランドは一瞬、首を竦めたが、機体には何ら異常がない。 「ふぅ、良かった。」 彼がそう呟いた瞬間、 「7番機被弾!墜落していきます!」 という悲報が飛び込んできた。この時、7番機は敵の高射砲弾によって胴体をすっぱりと切断されていた。 2枚の尾翼と、1枚の垂直尾翼を丸ごと失ったドーントレスは、火も噴かずに、そのまま大小2つの破片となって海に落ちていく、その姿は、 途中で夕焼けの光に遮られて見えづらくなり、やがては完全に消えた。 対空砲火は、敵竜母に近付くに従ってより激しくなっていく。 竜母の左右には、2隻の戦艦が配備されており、それらは他の護衛艦と違って多数配備された対空砲を撃ちまくっている。 敵巡洋艦を飛び越し、敵戦艦の上空に達しようとしたところで、立て続けに2機が撃墜された。 だが、マオンド側が高射砲で事前に撃墜出来たドーントレスは、これだけであった。 敵竜母は、左舷側の側面を艦爆隊に晒す形で航行している。その姿は、太い機首の下に隠れつつあった。 敵竜母が完全に視界から消え去ったとき、スキャンランドは突撃する事にした。 「行くぞ!」 スキャンランドはただ一言、そう言ってから操縦桿を前に押し倒した。ドーントレスのやや小振りな機体がお辞儀をするかの如く、前方に深く沈み込む。 眼前にオレンジ色に染まりかけた海が見え、次いで、敵竜母の姿が見え始めた。 斜め単橫陣の隊形で飛行していた13機のドーントレスは、一糸乱れぬ動きで次々と降下に入っていった。 第1機動艦隊旗艦である竜母ヴェルンシアの艦橋上で、トルーフラ中将はドーントレス群の動きを見ていた。 「ドーントレスか。となると、エンタープライズは戦闘力を残していたのか・・・・」 「陸軍のワイバーン隊からの報告では、確かにヨークタウン級空母1隻撃破とあったのですが、どうやら彼らの見間違いだったようですな。」 シークル参謀長が、口調に憤りを滲ませながらトルーフラに言ってきた。 (こいつ、心中では誇大戦果を知らせて来やがって、と思っているな) トルーフラは、その口ぶりでシークルの心境を察した。 高度2000グレルから降下を開始したドーントレス群は、護衛艦やヴェルシンアが撃ち上げる必死の対空射撃に臆することなく突っ込んで来る。 「連中、見事な腕前だな。水平飛行から急降下に移る際の動きだが、あれほど見事な動作で降下を開始する所は、今まで見た事がない。」 「エンタープライズに乗っている飛空挺乗りは、シホールアンル側との戦闘で鍛えられた猛者ばかりですからな。正直言って、我々も連中の 2、3人は拉致してでも欲しいと思うぐらいですよ。」 シークル参謀長は自嘲気味にそう言った。彼の最後の言葉は、ハニカムフラップの轟音でトルーフラには聞こえなかった。 ドーントレス群の先頭1000グレルまで降下したとき、艦長が大音声で何かを命じた。 上空から響き渡る甲高い轟音はますます大きくなってくる。 トルーフラは心なしか、ドーントレス群の発する甲高い轟音が、先のヘルダイバー群から発せられていたそれと比べて大きいように感じられた。 (いや、まさか) トルーフラは気のせいであると思い、首を横に振ったが、轟音はそうではないと否定するかのようにますます大きくなる。 やや間を置いて、ヴェルンシアが左に回頭を始めた。 (取り舵だな) トルーフラが心中で呟いた瞬間、上空から響き渡る轟音がこれまでにないほど大きくなり、そして発動機特有の音が混じったかと思うと、 音は右舷側に飛び去っていった。 「来るぞ!」 トルーフラは被弾を覚悟し、足を踏ん張った。見張りの声が艦橋に響くが、彼はそれを聞き流した。 いくら何でも、最初は外れるであろうとトルーフラは思っていた。 案の定、最初の爆弾は、ヴェルンシアの右舷側海面に落下した。続いて2弾目、3弾目と爆弾が落下する。 敵機の爆弾は、連続で3発が空振りとなった。 (いいぞ!この調子でどんど) いきなりダァーン!という耳を劈くような爆発音が鳴り、トルーフラの足が一瞬だけ、床から浮かび上がった。 「くっ・・・やはり思うようには行かないか!」 トルーフラは衝撃に耐えながらそう呟いたが、最初の被弾から5秒後に2発目がヴェルンシアに突き刺さった。 それから連続で5発の爆弾が命中した。トルーフラは、4発目まで命中弾の数を数えてから、やめてしまった。 ヴェルンシアの艦体に次々と爆弾が命中し、飛行甲板が爆発によって大きく断ち割られる。 既に、1発の爆弾を食らっていたヴェルンシアは、ドーントレス群から受けた7発の命中弾で満身創痍となった。 7発の爆弾は、前・中・後部に満遍なく命中した。 先の命中弾によって、格納庫で発生した火災は、この被弾によって一気に拡大し、格納庫にいた生き残りのワイバーンや将兵は、 生きたまま焼かれる事になった。 命中弾のうち1発は、防御甲板を突き破って機関室まで浸透し、機関の一部をも破壊していた。 そのため、ヴェルンシアの速力はみるみる内に低下していった。 「速力が落ちている・・・・・さては、敵弾が機関部を痛めつけたな。」 トルーフラは、狼狽する艦長をみてから、そう確信した。 艦長は、しきりに指示を飛ばしているが、ヴェルンシアの被害は、応急班が対応困難になりかけるほど深刻な物であった。 「左舷方向より雷撃機接近!」 先の被弾の対処で大わらわとなる艦橋に、見張りが新たな報告を送ってくる。 トルーフラは、左舷側海面に目を向ける。 ヴェルンシアの左舷側には、戦艦コルトムが占位している。 コルトムは、舷側の対空砲や光弾を、超低空から迫り来るアベンジャー目掛けて撃ちまくっている。 アベンジャー群は、対空砲火の弾幕を潜り抜けて、コルトムを通り過ぎようとしている。が、犠牲は避けられなかった。 アベンジャーの1機が、尾翼の真上で高射砲弾の炸裂を受けた。 破片は少ししか当たらなかったため、傷は余り付かなかったが、その代わり、猛烈な爆風が機体をテコの原理で押し上げた。 不意に高度が上がったアベンジャーに射弾が集中された。 アベンジャーは、頑丈で落ちにくい機体としてマオンド、シホールアンル双方で有名であるが、それでも、多数の光弾を食らったら当然落ちる。 アベンジャーは全身を穴だらけにされた末に、左の主翼を中ほどから千切られ、そのまま火を噴きながら海面に落下した。 その際、胴体内の燃料が引火して、水飛沫と共に猛烈な火炎が吹き上がった。 しかし、別の機はコルトムの前や後ろ通り過ぎて、ヴェルンシアに接近していく。 1機のアベンジャーが、コルトムからの追い撃ちを受けて撃墜されるが、残りは超低空でヴェルンシアに向かってきた。 ヴェルンシアは迎撃するのだが、既に先の直撃弾で、少なからぬ魔道銃や対空砲が破壊されたため、アベンジャーに向けて放たれた対空火器は驚くほど少なかった。 「面舵だ!面舵一杯!」 艦長は、声を上ずらせながら指示を飛ばす。幸いにも、ヴェルンシアはアベンジャーが射点に付くよりも早く、回頭を始めることが出来た。 艦長は、先ほどと同じように、対向面積の少ない艦尾を向けて魚雷をやり過ごそうと考えていた。 (果たして、魚雷を避けられることが出来るか。それとも・・・・・) トルーフラの脳裏に、15分前に起きた出来事が蘇る。 ヴェルンシアの左舷を航行していた僚艦マウニソラは、必死の操艦にも関わらず、アメリカ軍機から投下された魚雷を食らってしまった。 魚雷は4発が命中し、うち1発は艦尾に命中していた。トルーフラは、マウニソラの艦尾に付き立った真っ白な水柱をはっきりと目にしていた。 マウニソラはその後、右舷側前部に2本、後部に1本を受け、陣形から脱落した。 マウニソラと同様の運命を辿るか・・・・それとも、魚雷を回避して、この地獄の戦場から生き残るか。 しかし、現実は酷く、残酷であった。 ヴェルンシアは、確かに回頭を始めていた。だが、この時、ヴェルンシアの速力は11リンル(22ノット)しか出せていなかった。 そのため、艦はのろい動作でしか回頭を行うしかなかった。 「敵機、更に接近!あ、魚雷を落とした!」 見張りの口調が唐突に変わる。14機のアベンジャーは、ヴェルンシアから400グレルの位置まで近付くや、順繰りに魚雷を落とした。 14本の魚雷が、扇状に広がっていく。ヴェルンシアが回頭しているためか、14本の雷跡のうち、早くも半数が衝突コースから外れる。 だが、残る半数がヴェルンシアに向けて進みつつあった。 「魚雷接近!距離200グレル!」 トルーフラは、近寄ってくる魚雷を凝視していた。 (俺は、今度こそは、アメリカ機動部隊を打ちのめしてやると思っていた。今日の朝までは、敵に打ち勝てると思っていた。) 彼は、胸中でそう呟いた。 マオンド側は、前回の海戦と違って、航空戦力ではアメリカ機動部隊と互角の勢力を保てた。 やや劣勢であった前回でさえ、優勢な敵機動部隊相手に奮戦出来たのだから、今回こそは勝利できるであろうと、トルーフラは思っていた。 だが、現実は今、違った物になろうとしている。 雷跡が、あと50グレルの位置まで接近してきた。ヴェルンシアが回頭しているため、敵の魚雷は左舷側の斜め後方から追い掛けている形になっている。 この時、更に1本の雷跡が衝突コースから外れた。残る6本は、無情にもヴェルンシアの左舷側に迫りつつある。 敵の魚雷が、更に30グレルの位置まで迫る。 「敵魚雷、更に接近!」 見張りの声が、これまでないほどに上ずっていた。トルーフラはふと、ヴェルンシア艦長に視線を向けた。 艦長の顔には焦燥の色が滲んでおり、双眸は艦首側を睨み付けている。 曲がれ!もっと早く曲がれ!!と、艦長は心中で叫んでいるのだろう。 その時はやって来た。 唐突に、ガンという何かが当たる振動が伝わった、かと思うと、突き上げるような強い振動がヴェルンシアを揺さぶった。 衝撃は一度だけではない.2度目、3度目と、立て続けに起こる。振動はそれだけに収まらない。 4度目、振動が新たに伝わり、ヴェルンシアの艦体は一瞬ながら、文字通り、海面から飛び上がっていた。 「うおおおおぉ!」 トルーフラは、その猛烈な振動に足を取られ、床に転ばされた。床に転倒した際、彼は右肩倒れた。その瞬間、猛烈な痛みが肩から伝わった。 「う・・・ぐ!」 激痛に顔を歪めるが、彼の体を案じる者は、現時点で誰も居なかった。 何故なら、幕僚や艦橋要員の全てが、トルーフラ同様、床に転倒するか、壁に叩き付けられ、痛みに悶えていたからだ。 トルーフラは、右肩の痛みに耐えながらも、艦のスピードが衰えていくのが分かった。 それと同時に、艦は左舷側に傾斜を始めていた。 この時、ヴェルンシアは6本の魚雷を受けていた。 まず1本目は、ヴェルンシアの左舷側中央部に突き刺さった。 魚雷はバルジを突き破って防水区画で炸裂した。 続いて2本目が、先の命中箇所より30メートル離れた後ろ側に命中し、これもまた防水区画で爆発し、隔壁の一部を破壊して艦内に爆風を流れ込ませた。 もし、この被雷数がこの2本だけに終わっていれば、ヴェルンシアは大破止まりの損害で済んだであろう。 しかし、3本目と5本目の魚雷が、ヴェルンシアの船としての生命を奪い去った。 3本目は、ヴェルンシアが速力を落としたせいで、命中箇所が本来の位置よりも前側になり、バルジの施されていない左舷側前部に深々と食い込んだ。 魚雷は、通常よりも薄い防御区画をあっさりと貫通して第5甲板前部兵員室に達し、そこで爆発した。 爆発の瞬間、紅蓮の炎が艦内を席巻し、たまたまそこから被害箇所に向かおうとしていた、12名の応急班を瞬時に焼死させた。 爆炎がひとしきり艦内の一部を焼き払うと、今度は大量の海水が雪崩れ込んできた。 炭化した無残な焼死体は、海水の奔流によって綺麗さっぱり流された。 次いで、4本目が艦尾に命中したが、この魚雷は信管が作動せず、そのまま弾頭部を強かに打ち付けた後、そのまま海中に沈んでいった。 突っ込んできた魚雷が不発魚雷という幸運に恵まれたのも束の間、5本目が、ヴェルンシア突き刺さった。 この被雷が、ヴェルンシアにとって命取りとなった。魚雷は、ヴェルンシアの後部に命中すると、そのままの勢いでバルジと防水区画をぶち抜き、 更には隔壁を貫いて、第2魔導機関室の壁に弾頭部を覗かせた。 席に座って、魔力計を眺めたり、機器の点検をしていた魔導士達は、いきなり現れた魚雷の弾頭部に釘付けとなった。 ある魔導士が逃げろと言った瞬間、魚雷は弾頭部の信管を作動させ、300キロ以上の炸薬がそのエネルギーを解き放った。 爆発は一瞬にして魔動機関室を覆い尽くし、魔導士達は即死し、魔法石は瞬時に砕け散った。 先の急降下爆撃で、第1魔動機関室に損傷を受けていたヴェルンシアは、魚雷が第2魔動機関室を完全破壊したことでその動力の大半を一気に失い、 それまで勢いよく回転を続けていた4基の推進器は、急激に動きを緩めた。 6本目の魚雷は、容赦なく左舷側後部に突き刺さったが、魚雷の信管は何故か作動しなかった。 しかし、ヴェルンシアの命運は、既に決まったも同然であった。 4本の魚雷を受けたヴェルンシアは、被雷箇所から大量の海水を呑み込み続け、艦の傾斜は分を追うごとに深くなるばかりであった。 10分後。 ヴェルンシアの傾斜は、かなり急な物になっていた。 「くそ・・・・・もはや、これまでか。」 艦長は、絶望に顔を染めながらそう呟いた。今や、艦橋に立っている物は、何かに捕まっていなければそのまま転倒しそうなほど、艦は深く傾斜していた。 「司令官、残念ですが、ヴェルンシアはもはや・・・・・・ここはひとまず、退艦してください。」 トルーフラは、艦長から退艦するように進められたが、彼は艦長の言葉が嘘であると思いたかった。 「し、司令官。第2群から緊急信です。」 後ろから、魔動参謀が声をかけてきた。 「第2群のニグニンシとルグルスミルクィも敵機の猛攻を受けて火災を発生、目下消火作業中との事ですが・・・・・・」 魔動参謀は、言葉の途中で口をつぐんだ。 「どうした、最後まで言いたまえ。」 トルーフラは、厳しい口調で発言を促す。 「黙っていても、事実は覆らない。」 「・・・・ハッ。両艦とも、爆弾、魚雷を受けておりますので、損害が酷く、特にニグニンシは弾薬庫の誘爆のため、生還の見込みは薄いようです。」 「・・・・・そうか。」 トルーフラは、ため息を吐いた後、そう言った。 第1機動艦隊は、全ての正規竜母に沈没確実の被害を負わされた。前半はあれほど押したにも関わらず、後半はあっさりと、敵機動部隊に叩きのめされたのだ。 トルーフラは絶望するどころか、むしろ呆れていた。 (やはり、魚雷という武器は便利なもんだな) 彼は、胸中でそう呟くと、魔動参謀に振り返った。 「第2艦隊に通信を送れ。航空戦終了せり。後は頼んだ、と。」 午後6時20分 モンメロ沖南西90マイル地点 第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの作戦室は、久方ぶりに沸き返っていた。 「攻撃隊の戦果は、敵正規竜母3隻、小型竜母1隻、駆逐艦3隻撃沈確実。小型竜母1隻、巡洋艦1隻、 駆逐艦5隻大中破、ワイバーン31騎撃墜となっております。」 参謀長のバイター少将が、誇らしげな口調で第7艦隊司令長官であるフィッチ大将に報告した。 「こちらの損害は、駆逐艦2隻沈没、空母1隻、駆逐艦2隻大破、空母2隻、駆逐艦2隻中破・・・・か。今回の機動部隊決戦で、 TF72はほぼ完勝に近い戦果を上げたな。」 フィッチは、バイター少将ほどではないが、それでも口元をやや緩ませながら、皆に言った。 「今回の海戦では、前半こそ押され通しでありましたが、後半は見事に、敵を討ち取ることが出来ましたな。これで、我が第7艦隊の 念願であった、マオンド機動部隊の撃滅はほぼ果たされたと言って良いでしょう。」 バイター少将は、嬉しげな表情を浮かべながら言う。 その一方で、航空参謀であるマクラスキー中佐は、浮かぬ表情を滲ませていた。 「それにしても、航空機の損害が多すぎます。」 マクラスキーの口調は、バイターと比べると、どこか憂鬱そうだ。実際、マクラスキーはやや憂鬱であった。 「前半戦で、マオンド側は執拗にファイターズスイープを仕掛けてきました。それによる損害も勿論ですが、敵機動部隊攻撃に向かった 艦載機にも、未帰還機が予想以上に多く出ています。」 TF72は、敵空中騎士軍との戦闘で戦闘機120機を失い、続く敵機動部隊から発進した戦闘ワイバーンとの空戦で18機を撃墜された。 更に、敵機動部隊に向かった攻撃隊は、敵ワイバーンの迎撃と敵艦の激しい対空砲火を浴び、最終的には73機が未帰還となった。 このうち、第2群を攻撃したレンジャー隊とロング・アイランド隊の損害が大きく、敵がいかに死に物狂いで戦ったかを如実に表していた。 現在判明している喪失機数だけを合わせれば、総計で211機を失った事になる。 今後出て来る使用不能機も含めれば、その数は更に増大する事になり、航空機の損害は前回と同等か、それ以上になる可能性がある。 「敵さんも、それだけ必死であったという事なのだろう。戦争とは、相手がいるからな。とはいえ、TF72は空母の損失は1隻も無く、 使える母艦の数はまだ多い。それに、艦載機も400機以上を保有している。壊滅した敵機動部隊に比べて、TF72はまだまだ戦える 状態にある。特に、空母の損失をゼロに抑えた事は、手放しで喜んでも良いと、私は思う。」 フィッチの言葉に、幕僚達は誰もが頷いていた。 「長官。ひとまず、敵機動部隊は叩きました。次は、敵の戦艦部隊が相手ですな。」 作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が言う。 「敵の戦艦部隊は、依然として北進を続けているようです。このままで行くと、長くても深夜1時までには、我が機動部隊を 砲戦距離に捉えるでしょう。」 「敵の戦艦部隊は、急行してきたTG73.5が当たることになっている。応援の巡洋艦は我が機動部隊から出すようだな。」 「はい。TG72.2から重巡ウィチタ、セント・ルイス。TG72.3からロチェスター、リトルロック、マンチェスターが出る予定です。」 「敵の戦艦部隊との戦いに話が行っているようですが、敵機動部隊も4隻の新鋭戦艦を保有しています。」 バイター少将が横から入ってきた。 「敵機動部隊の護衛に付いていた新鋭戦艦は、約28から30ノットほどの速力で航行していたと、攻撃隊の搭乗員から報告が上がっています。 敵は竜母全てを撃沈破させられた以上、何が何でも戦果を上げようと必死になるはずです。現に、彼らはここで我々や輸送船団に大損害を与えな ければヘルベスタン領どころか、レーフェイル大陸の覇権すらも失いかねません。その事を考えれば、敵の新鋭戦艦も、他の護衛艦共々、 輸送船団目掛けて突入する可能性があります。」 「その時は、残った戦力を全てつぎ込む。このオレゴンシティを使っても構わん。」 フィッチ大将は、躊躇う事なく言った。 「敵は確かに、高速力を発揮できる新鋭戦艦を揃えているが、我が第7艦隊もそれに負けぬ物を揃えている。もし、彼らが最後の行動に 出るのならば、その時は、我が新鋭戦艦の有する17インチ砲の威力を思い知らせてやるまでだ。」
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645 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/15(木) 20 01 25 ID .T6aCl0I0 御覧のとおり、本当に小ネタです。 まあ、こういう話もあるという事で……お目汚し失礼致しました。 653 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/18(日) 13 28 41 ID .T6aCl0I0 レスどうもありがとうございます。 646 647 648 F世界での標準的な製鉄方法は鉄鉱石と木炭を使ったものです。 地域によっては砂鉄等も産出しますが、生産量的に鉄鉱石の方が主流です。 木材資源が豊富なF世界では、燃料として石炭は殆ど使われていません。 シュトルミーセンという町は、近郊に森林の豊かな山があり(=木炭資源が豊富)、 町には比較的流れの速い川があり(=パワーのある水車による送風装置が設置可能)、 しかも鉄鉱石の産出地に程近い立地で、製鉄業のためにある町と言って過言ではありません。 伯爵家は代々、木炭資源が枯渇しないように、植林事業も積極的に行っています。 ただし、伯爵の製鉄所は「リンド王国としては」「F世界としては」、 「大規模」という感じで、「皇国的な大規模さ」からしたら「小規模」です。 伯爵の製鉄所を接収しても、それだけではとても皇国国内の需要を満たせません。 ただ、シュトルミーセンの鉄鉱石は質が良く、豊富に存在するため、 シュトルミーセンの町を「改造」したら、東大陸における対皇国 鉄資源供給地として確固たる地位を築けるかもしれませんし、 そうでなくても、東大陸における製鉄業の 中心地になれる潜在能力を秘めています。 リンド王国軍が急速に軍拡出来たのも、シュトルミーセンという町の存在抜きには語れません。 国家の財政的にも、大砲や小銃の素材となる鉄生産という意味でも。 649 303のSSについて 皇国は豊かな分、失うものも多いと考えています。 どうにもならなさ具合は現代日本ほどではないですが。 神賜島開発が完全に軌道に乗るのは何年後でしょう。 石油は備蓄が1年半分くらいですから、それまでに何としても開発せねばなりません。 全部を軌道に乗せるには確かに10年単位の月日がかかって、皇国版「失われた10年」になるかもしれませんね。 651 採掘が本格化するまで 軍艦の建造も延期あるいはキャンセルされます。 大和型戦艦の信濃は、残念ながらスクラップになります。 くず鉄 戦利品の押収ですね。 一人あたりの鎧に含まれる鉄が20kgとして、10万人分でも2000tという微妙な数字です。 実際は、鎧(胸甲)を着ているのは重装騎馬兵や重装戦竜兵といった一部兵科のみですので、10万も居ません。 最大限に見積もっても、2万くらいじゃないでしょうか? とすると鉄資源は400tで、わざわざ持って帰る程の資源量にならないと思います。 それよりも皇国軍将校は、F世界の武器や鎧などに美術品としての価値を見出しています。 鉄資源に関するなら、リンド王国軍の鎧を当てにするより、シュトルミーセンを 皇国の利権に組み込む事の方が今後のためになると思います。 652 昭和19年の自給率が66% これって、内地のみの数字ですか? 満州とか含まない、内地のみの数字だとすると私は重大な勘違いをしていた事に……。 671 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/18(日) 20 21 49 ID .T6aCl0I0 669 質問ばかりで恐縮なのですが、色々勘違いしてたようなので……。 鉄鉱石は8割程度が輸入で賄われていたという資料を見たのですが、 日本の内地では砂鉄等からの銑鉄生産量が相当に多かったという事でしょうか。 史実の米国の禁輸措置で「鉄スクラップ」が含まれていた事や、 満州国が鉄鉱石の生産地だったという事、戦時中は一般家庭 からも金属の供出が行われたという事から、内地の自給率は 低く、相当量を海外に依存していたと考えていたのですが、 これはどういう事でしょうか。戦争で需要が増えたので、 内国産の鉄だけでは足りなくなったという事でしょうか。 何にせよ、史実でも9割以上を輸入に頼っていた 石油に比べれば、鉄の状況は良いようですが。 684 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/21(水) 18 25 58 ID .T6aCl0I0 いつも感想やアイデアありがとうございます。 672 673 674 どうしても鉄スクラップが大量に必要だとすると、 やはり戦利品の鎧や剣等を使うしかなくなるのですが、 どう大目に見積もっても年間で1000t程度しか見込めないのですよね。 これでは国内需要に全然足りず、鉄鋼生産が少なくなれば あらゆる産業にダメージが行くので、皇国の受難は続きますね。 674 675 676 元世界の近い将来、ソ連との戦争のために皇国に派遣されてきた米軍のB-29やB-36が転移! じ、実は開発中の4発爆撃機連山や、6発爆撃機富嶽はその極秘情報を 元に開発されていたのです……ご都合主義過ぎますか。 681 樺太の油田も、転移までは採掘していました。 皇国の石油消費量は、史実日本より4~5割増しくらいを考えていたのですが、 年間消費量750万トンで、採掘量が30万トンだとすると、4%になりますか。 皇国世界では、樺太や満州の油田開発の技術を、 神賜島に投入という形で期待に答えたいと思います。 682 詳細な資料ありがとうございます。 これが現代日本を支えるLD転炉ですか。 自動車生産に特に向いていると。うってつけですね。 これは構想(研究)としては戦前(19世紀)からあったもののようですね。 生産性が向上し、設備投資も少なくて済む。ありがたやありがたや。 皇国も、様々な転炉等の研究はしているだろうと妄想しておきます。 それ以前の問題としては、高炉→転炉の製鋼が可能な製鉄所が、 八幡製鉄所等、他にもあるというご都合主義も加えましょうか(笑) でも、それでも平炉が主流である限り、やはり鉄スクラップの 大量の需要に対する供給量の問題は当面解決出来ないでしょう。 皇国の粗鋼生産量も、平炉>転炉>電気炉、の順ですので。 683 強化しないと自力ではやっていけない分野があるので、強化していますが、 行き過ぎると「これは日本ではなくて米国だ!」って事になりかねないので、 あまり強化したくないという気持ちもあるのです。天邪鬼、天邪鬼……。 「軍事は政治の一部である」事から、史実日本のような「軍事優先」の 体制は不健全だという考えで、ソフト面もだいぶ弄ったつもりなのですが、 私の書き方が足りないせいで、あまりソフト面で「史実より柔軟」って感じ がしないですよね。戦闘シーンばっかり書いちゃって、内政問題を描けてないです。 皇国の「本来の敵」は、今でもソ連ですので、今後はその辺も課題として書いていきたいと思います。 691 :303 ◆CFYEo93rhU:2009/10/22(木) 20 54 35 ID .T6aCl0I0 685 まず一番最初に潰されるなら、扶桑型でしょうね。 金剛型は、一応機動部隊の護衛(被害担当艦)という形でも生き残れます。 しかし、長門型と大和型だけ残して、あと全部スクラップにするというのは冒険ですね。 資源状況が改善して、新規製鉄所の火入れが行われたら皇国版アイオワ型と、 超大和型あたりを建造するにしても、それまでの空白時期に元世界に 戻ってしまうかも知れない事を考えると、安易には選択できないです。 686 687 転炉もいっぱいあるよといっても、現実世界では圧倒的に平炉だったのを、 圧倒的に転炉というのはさすがにやりすぎだと思うので、「平炉量>転炉量」にしています。 高性能で大規模な転炉を備えた製鉄所は、「室蘭」「川崎」「神戸」「八幡」の四箇所くらいではないかと考えています。 安い銑鉄(国産や印度産)や鉄屑(米国産)が大量に手に入る状況なのであれば、平炉の方が良いわけですよね? それと、中国産(満州産)の鉄鉱石を製鋼に使う場合、ベッセマー転炉よりもトーマス転炉の方が都合が良いのでしたっけ。 (ここら辺、勘違いしているかもしれないので指摘宜しくお願いします) 690 投下マダー? ですね、すみません。 製鋼の話は結構気になっていた事(教科書で習った「鉄屑禁輸」の 問題とか)なので、こちらも雑談で引っ張ってしまいました。 という訳で、久しぶりに本編を投下します。 少し期間が空いているので、文章の勘が狂っているかもしれませんが。
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540 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 41 [ imAIk9NE ] 「ま、まさか・・・。」 この男の登場に一番のショックを受けたのはイルマヤ候だっただろう。 様々な策略の上、大金をかけた策が全く無意味だったのだから。 「・・・僅かにマナの干渉波がすると思ったら・・・一体、どうしたのだ? できれば、マナを引き付ける状態を維持するのは疲れるので早く止めて貰いたいのだが。」 イルマヤ候はまだ震える声で叫んだ。 「これは、決闘だ!騎士の誇りにかけて邪魔しないでもらいたい!」 しかし、イルマヤ候が言う言葉を聞いていたのか、居ないのか、ファンナがアルクアイに駆け寄った。 「アルクアイーっ!良かった、良かったよー。ふえぇぇ・・・。」 そしてファンナはそのままアルクアイにしがみつき、泣き出した。 アルクアイは魔道兵器をそっと懐にしまい、ファンナを抱きしめた。 しかし、その目は非常に穏やかに 見えた。 「この様子を見る限り、双方が望んだ決闘には見えないが・・・。」 「なっ・・・無礼な!」 「何が無礼か!!」 イルマヤ候が言いかけた言葉をアルヴァールは広間を揺らすほどの声でかき消した。 「そもそもここは神聖なる王城!血で濡れることなどあってはならない!候は忘れたか!」 「ぐっ・・・っ!」 イルマヤ候は剣を降ろし、アルヴァールを睨んだ。 確かに戦争をやってきたのだろう、あちこちが砂や泥で汚れている、 しかし奇妙な点が一つあった、それは手袋についたまだ黒ずんでもいない真新しい血だった。 541 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 42 [ imAIk9NE ] イルマヤ候は最後の悪あがきをした。 「魔術大臣、この王城を血で濡らしてはいけないと言うのならばその手は何なのか!明らかにここ僅かの間に人を殺めた証拠ではないのか!?」 ここでアルクアイを殺しておかねばこの会議では全てが終わる。彼はそうわかっていた。 しかしその悪あがきは更なる絶望を持って返された。 アルヴァールが何かボソボソと呟き何かの印を描くと、2つの黒い塊が扉から広間の真ん中へと飛び込んできたのである。 「な、なんだこれは!?」 「よく見てもらいたい。」 アルヴァールの言葉に従い、その場に居る全員がその塊を見た。そして、声が上がった。 「ひっ、死体だ!」 「いや、こいつは見覚えがある!」 「王城に殺気を漲らせた者が二名ほどいたのでね・・・処理をしておいた。」 二つの塊の内一つは身体が半分に千切れかかってはいるものの、紛れも無く狂犬の一人だった。 一瞬で風穴を空けられたのだろう、驚きに目を見開いたまま、死んでいた。 恐らくもう一人も狂犬には変わりは無いだろう。 しかし驚くべきは投げ出された二人の死体からは血が一滴も出ていないことであった。 「これ以上ここを血で汚そうというのなら、私がお相手させてもらうが。」 イルマヤ候の頬が引きつった。 542 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 43 [ imAIk9NE ] それから二日後。 その後の後継者決めは淡々と進められた。 狂犬を使った脅しが破られた以上、もうイルマヤ候に味方しようと言う者は僅かしか居なかった。 そしてアルヴァールの推しによって正統継承者であるアシェリーナ姫が 次代の王と決定したのであった。 そしてアルヴァールに次ぎアシェリーナを推したアルクアイ(正確にはウェルズ)がその補佐に選ばれるだろう、 というのが大方の意見であった。 ここまでは完全に、アルクアイの思い通りであった。 そう、ここまでは。 543 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 44 [ imAIk9NE ] 「我々は貴殿らと通商関係を結びたいと考えています。」 日本側のこの一言は相手の興味を引き出すのに十分であった。 貿易で欲しい物資、それがそのままこのニホンの弱点なのだから。 「ほう・・・では、何がお望みですか?」 「食料です。」 米は足りている、ならばニホンが必要なのは主食以外の食料品であった。 主食ではないからと言って侮ってはならない、これを欠けば国民の不満は溜り、 国民の不満は国家を揺るがすに至るのだから。 「食料・・・そちらの国では飢餓が発生しているのですか?」 アルマンは悩んだ、飢餓が発生しているような国ならば、食料を求めて攻め入ってくる可能性が高い、 強い軍事力を持っているのならば尚更それは恐怖であった。 しかし日本側の次の一言は彼を安心させ、そして驚愕させた。 「いえ、それはありません。我々の主食・・・米というのですが、は十分に足りています。 国民が一日三食食べるだけの量は確保してありますよ。」 米はアジェントにもある、しかしこの手のかかる生産物をアジェントは主食と言い切れなかった。 たしかに貴族レベルになれば一日三回米を食べることができる。 だが、貧農では一日二回、麦で作ったパンなどがせいぜいなのだ。 しかし、このニホンとやらは国民一人ひとりが一日三回米を食べている。 つまり国民全てがこちらの貴族並の生活を送っているともいえるのだ。 そしてそれだけの輸出食料をラーヴィナ領だけでまかなえるかどうかは疑問だった。 ニホンの外交官は言葉を続けた。 544 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 45 [ imAIk9NE ] 「そして、次に我々が欲しいのは、鉄・・・及び銅などの資源です。」 燃料・・・石油のような即戦争に繋がることを聞くのは相手を刺激しかねない、 次に日本側が聞いたのは現在日照りにあっている工業を復活させるための資源確保であった。 そしてアルマンは遂にこの質問が来た、と思った。 アルクアイはアルマンに言っていた、 「相手が鉄のことを口に出したときが本当の外交の始まりだ。」と、 そしてアルマンはアルクアイの言葉通りの言葉を言った。 「鉄ならば、貴国の前に召還された島の一つに大規模な鉄山が存在します。しかし、これは王家領ですが。」 「つまり・・・輸入できない、ということですか?」 「はい、“輸入”はできません。ですがここの鉄を手に入れることは出来ます。」 日本側の外交官は眉をひそめた、何を言いたいのかが薄々分かってしまったのが恐ろしい。 「今こそ言います。我らの主、ラーヴィナ候は召還された島々の人々が奴隷として 虐待を受けるのに、常々、気の毒だと心を痛めていらっしゃいました。 だからこそ、貴国にはこれらの島々をアジェント王家の奴隷支配から開放して欲しいのです。」 545 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 46 [ imAIk9NE ] 会議では王位継承者が滞りなく決まり、後はその補佐役を決めるのみとなった。 そして、アルヴァールは大臣であるために、補佐役にラーヴィナ候ウェルズが任命される。 誰もがそう思っていた。 しかし、アルヴァールはここで誰もが耳を疑うような一言を発した。 「では、アシェリーナ様の補佐役は由緒正しい家柄であり、その権威も高いイルマヤ候にやって頂きたいのですが、よろしいですね。」 「なっ!」 アルクアイを含め誰もがそう言った、イルマヤ候本人ですらだった。 アシェリーナ姫が王位継承者となるのに一番反対していたのが彼だったのだから。 「それがアシェリーナ様の所存ですが、お受け頂けないか?」 「なっ、い、いや、願っても無い。微力を尽くす所存でございます。」 イルマヤ候は誰も座っていない王の椅子に向かい、平伏した。 だが、彼はアシェリーナの元ではアルヴァールが居る限りその権力はほとんど無に等しいことは、 誰の目にも明白であった。 そして自然に目が向くのはアルクアイであった。 見た目には微笑を保っているものの、その精神が動揺しているのはまた、誰の目にも明白だった。 そしてその彼に共振通信が繋がれた。 今、ここで彼に共振を繋げる人間は二人しか居ない。 すぐ隣に居るファンナと、全ての魔術師に共振を繋げるアルヴァールだけであった。 そして彼に今共振を繋いでいるのは、彼が今最も憎々しく思っている男であった。 ―――アルクアイ・・・全てが自分の思い通りになると思うな――― そして共振は切られた。 負けた。アルクアイは生涯で初めてそう思った。
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第133話 ハルゼーの見舞い 1484年(1944年)4月28日 午前10時 コネチカット州グロトン その日、ウィリアム・ハルゼー大将(1943年9月昇進)は、コネチカット州のグロトンという町を訪れていた。 「ほほう。こりゃ、静かでいい町じゃねえか。」 とある家の前で車を止めて、降りた彼は、周りを見渡しながらそう言った。 「近くにはテムズ川もあるし、休日には釣りに行く事も出来る。俺も老後は、ここで過ごしたいものだね。」 ハルゼーは含み笑いをしながら言うと、助手席のドアを上げてみやげ物を取り出した。 ドアを閉めると、彼は家の正面玄関に向かって歩き始める。 今日はプライベートであるからいつもの軍服は付けておらず、上は青色のシャツに白い長袖のジャケット。 下はジャケットと同じく、白いズボンを履いている。 軍服を付けたハルゼーは、そのいかつい風貌から、いかにもそれが似合っているように見えるが、こうして私服を 身に纏っているハルゼーもまた、元気のある田舎の好々爺然としてなかなか似合っている。 午前10時と言う事もあって、昼前のグロトンはとても穏やかな雰囲気に包まれている。 常に緊迫している戦場と比べると、まるで天国と地獄ほどの違いがある。 「さて、奴さんは起きているかな?」 ハルゼーは、久しぶりの親友との再会にやや胸を躍らせつつ、玄関のベルを鳴らした。 「はーい!」 ドアの向こうから声がした。やや間を置いて、ガチャリと音を立ててドアが開かれる。 「はい。どちらさまでしょうか?」 ドアから出て来たのは、キンメルではなく、初めて出会う見慣れぬ女性であった。 「お・・・・こいつぁたまげたな。」 ハルゼーは、一瞬だけ驚いた。何しろ、その女性はキンメル家には元々いない筈の女性だからだ。 ポニーテール状に結った青い長髪に、あどけなさが残る風貌。それでいて気の強そうな目つきに、長袖、長ズボンに覆われたモデル顔負けの体系。 (まさか、この娘が、噂の・・・・・) ハルゼーは、内心でそう呟きつつも、にこやかな表情でその女性に言った。 「やあお嬢さん。ハズバンドはいるかね?俺は友人のハルゼーという名の者だ。」 「ハズバンド・・・・あっ!お父さんの親友さんである、あのハルゼーさんですね!」 女の子は、いきなり目を輝かせながらハルゼーに返事した。 「お父さんから話は聞いています。初めまして、あたしはフェイレと言います。」 その名前を聞いた時、ハルゼーは (ははぁ、この子がフェイレか。) と内心で呟いた。 フェイレは知らないが、アメリカ海軍内では、彼女は意外と有名人である。 外見上での事もあるが、何よりも、トアレ岬沖海戦での活躍の事のほうが大きい。 あの海戦の最中、フェイレはエリラと共に乗艦であるクリーブランドを、自らに埋め込まれた魔法を使って敵の砲火から守った。 短い時間だが、クリーブランドは張り巡らされた魔法防御によって敵弾に艦体を破砕される事を免れ、僚艦であるコロンビアと 共に敵戦艦を猛砲撃して撃退している。 「ほう、君がかの有名なフェイレかね。君の噂は聞いたよ。トアレ岬沖海戦で君が起こしたあの行動は実に見事だった。 女にしてはなかなかガッツがあるぜ。」 ハルゼーは、昔馴染みに言うような口調でフェイレに話した。 それを聞いたフェイレも、顔に微笑を浮かべた。 「どうもありがとうございます。それにしても、父から聞いた通りですね。」 「ん?何がだね?」 「ハルゼーさんの事は、父がよく話すんですが、こうして話してみると父が言った通りの人なんだなぁと思いました。」 「ほほぅ、ハズの奴から聞いていたか。」 ハルゼーは思わず、照れ臭そうに笑った。 「おーい、どうした?お客さんかね?」 奥から、覚えのある声が聞こえてきた。フェイレの後ろから初老の男が現れる。 「やあハズ。元気そうだな!」 「ハハハ、ビルじゃないか!久しぶりだな。」 久しぶりに顔を合わせた二人は、満面の笑みを浮かべながら手を握り合う。 「かれこれ1年ぶりになりますな、長官殿。」 「おいおい、もう太平洋艦隊司令長官じゃないぞ。今は老後をゆったりと過ごす一般人だ。まぁともかく、上がれよ。」 「それじゃあ、遠慮なく。」 ハルゼーは上機嫌な表情でキンメルの自宅に入った。 「フェイレ、知っていると思うが、この人は私の友人であるビル・ハルゼーだ。」 「改めて、よろしくな。」 「いえ、こちらこそ。」 ハルゼーとフェイレは、改まった口調で挨拶を交わす。 「すまないが、コーヒーを淹れてもらえないかな?」 「うん。わかった。すぐに淹れて来るね。」 フェイレは、明るい口調で快諾するや、キッチンに向かって言った。 リビングに案内されたハルゼーは、ソファーに腰を下ろし、案内したキンメルはテーブルを隔てた反対側のソファーに座った。 「ハズ、これは俺からの土産だ。」 ハルゼーは、携えていた小包をキンメルに渡した。 「いや、わざわざすまないね。」 「なあに、どういってことないさ。手ぶらで見舞いに行くのは失礼だろう。」 「それもそうだな。では、早速開けてみようか。」 キンメルはそう言った後、梱包された紙を破り、箱の蓋を開けた。 「ほぉ・・・・こいつは不思議な物だな。」 彼は、箱から取り出した彫像を見るなり、感嘆した口調で呟いた。 その彫像は、道端で優雅そうに座りながら楽器を弾くエルフの吟遊詩人を象った物である。 木製で出来たその彫像は、誰が見ても見惚れそうなほど良い出来であり、ふとすれば心地の良い音楽が聞こえそうだ。 「ちょっとばかり、南大陸の友人に頼み込んで送って貰ったんだ。」 「君の友人はなかなかセンスがあるね。久しぶりにいいプレゼントを貰ったよ。後でどこかに飾るとしよう。」 キンメルは、心底嬉しそうな表情を浮かべながらハルゼーに言う。 彼は、大事そうに彫像を箱に戻した。 「コーヒーが入りましたよ。」 キッチンから、フェイレがコーヒーを持って来た。トレイをテーブルに置くと、キンメルとハルゼーの前にカップを置いた。 「それでは、ごゆっくり。」 フェイレはニコリと笑うと、トレイを持ったまま席を外した。 「どうだね?調子のほうは?」 ハルゼーは親しげな口ぶりでキンメルに聞いた。 「休養を取ったせいか、今では大分体の調子が良くなって来たよ。」 「しかし、ハズが太平洋艦隊司令長官を辞めるとは思わなかったなぁ。俺はてっきり、シホット共が完全に潰れるまで お前の下で働くかと思っていたんだが。」 「私も、そうしたかったんだが。どうも、体が言う事を聞かなくてね。余りにも体調不良が続く物だから、医者に言ったら 不整脈と診断されたよ。この調子で仕事を続ければ、いずれは重大な事態も招くと言われてから、私はこの職を下りようと考えたんだ。」 「なるほど。でも、いい時期に辞められたな。太平洋艦隊は今や、開戦時とは比べ物にならん位に強化されている。これなら、 一度ぐらい手痛い損害を食らってもすぐに戦力を再編できる。太平洋艦隊がここまで強力になったのも、ハズのお陰だな。」 ハルゼーの言った最後の言葉に、キンメルは首を横に振りながら苦笑する。 「いやいや、ただ単に部下に恵まれただけさ。私の部下だった者達は、今や出世して各方面で活躍している。レキシントンを 率いていたフィッチや、サラトガを率いていたニュートンは、今や大西洋艦隊で第7艦隊司令長官、大西洋艦隊司令長官として マオンド軍相手によくやってくれている。君やスプルーアンスだって、機動部隊を率いてシホールアンル相手に上手く立ち回ったじゃないか。 君らのような人材が活躍したからこそ、今の太平洋艦隊があるのだよ。」 「まあ確かにそうだな。だが、その優秀な人材が充分に働けられる環境を作ってくれたのも、ハズ、お前のお陰だ。お前が あれこれ努力しなかったら、今日の太平洋艦隊はなかったかも知れんな。全く、貴様はこれまでで一番偉大な海軍大将だよ。」 「おいおい、そこまで大袈裟に言わんでくれ。」 ハルゼーのオーバーな褒めに、キンメルは苦笑しながら首を横に振った。だが、表情からしてまんざらでもなさそうだ。 「でも、やれるだけの事は確かにやった。まぁ、私はこんな情け無いナリになってしまったが、これだけ戦力が増えれば シホールアンル相手に互角以上に戦える。後はニミッツや、君達次第だな。」 キンメルは微笑みながら言った後、コーヒーを一口すすった。 「ところでビル、君は去年の9月からつい最近まで、練習航空隊の指揮を取っていた様だな。」 「ああ。待命状態のままでは暇だったから、艦隊勤務に戻るまで若いパイロット達の育成を手伝いたいと思ってな。2週間前まで 勤務していた。新米パイロット達が徐々に力を付けていくのは何度見ても飽きないね。」 「ほほぅ、練習航空隊に勤務していたとは。君は昔から部下の訓練も意外と上手いからな。新米パイロット達にはいい勉強になっただろう。」 「あまり自慢は出来んがね。ともあれ、あのヒヨッコ達が早く一人前になって、シホットやマイリー相手に暴れてもらいたいぜ。」 「そうだな。」 キンメルはそう相槌を打ってから、ふと、思い出したように質問する。 「2週間前まで勤務していた、と言う事は。ビル、君は今待機中か?」 「おう。その通りだ。ただし、あと1週間だけだ。」 「あと1週間だけ。それはつまり、あと1週間経てば、君は前線復帰するのかね?」 「当たりだ。」 ハルゼーは深く頷いた。 「俺はもう少ししたら、第3艦隊司令長官として太平洋戦線に行く。その代わり、第5艦隊を率いているレイは、俺と入れ替わりになるな。」 「そうか。おめでとう、ビル。」 キンメルは、目の前の親友に対して右手を差し出した。キンメルの意を受け取ったハルゼーも手を差し出し、固い握手を交わした。 「おう、ありがとうよ。こうして前線復帰出来るのは、俺として嬉しい限りだよ。」 ハルゼーは嬉しげな口調でキンメルに言った。 「となると、司令部のスタッフを揃えないといけないな。その点はどうなっている?」 「う~む。実を言うと、最初はその司令部スタッフを揃えるのに苦労したんだよ。俺の参謀長だったブローニング大佐は、空母ハンコックの 艦長になっとるし、航空参謀のタナトス中佐は第57任務部隊の航空参謀に、航海参謀のウォーレンス中佐は第58任務部隊に引っ張られて いる。元のスタッフ連中があちこちにバラけてしまってお手上げ状態だったな。とりあえず、俺は方々に掛け合って、一通りスタッフは 揃える事が出来た。」 「参謀長は誰だ?」 「ロバート・カーニー少将だ。航空屋出身ではないが、参謀としてはうってつけだ。」 ハルゼーは滑らかな口調で、第3艦隊司令部の主要スタッフの名前を言う。 以前のスタッフは、ハルゼーの言うとおり各戦線に散らばっているため、司令部スタッフを新しく見つける必要があった。 ハルゼーは各部署と掛け合った結果、なんとか揃える事が出来た。 参謀長にはロバート・カーニー少将を任命し、作戦主任参謀にはラルフ・ウィルソン大佐、航空参謀にはホレスト・モルトン大佐、 通信参謀にマリオン・チーク大佐を任命している。 作戦参謀の補佐役にはハーバート・ホーナー大佐、戦務副参謀にはハロルド・タッセン大佐を任命している。 また、上陸作戦に必要となる兵站参謀には、南太平洋部隊司令部で兵站面を担当していたテオル・ガートナー大佐を引き抜き、 航海参謀にはウォーレンス中佐の副官であったフランク・マクメイル少佐を任命した。 「連絡役はどうなっている?」 唐突にキンメルが聞いてきた。 「君が第3艦隊司令長官に任命するとなれば、必ず、あの大作戦に参加する事になる。作戦は連合軍共同で行うから、 司令部には南大陸から派遣される連絡役が配属される筈だ。その点についてはどうなっている?」 「連絡役か。それなら既に目星はついているぜ。」 「ほう、手際がいいな。」 キンメルは感心したように言った。 「で、そいつはどこの国の人だね?」 「バルランド王国の魔法使いだよ。君も知っている奴だ。」 「バルランド王国から・・・・・誰だったかな?」 キンメルはしばらく考え込んだ。すぐに思い出せそうなのだが、なかなか名前が出てこない。 「お前も薄情な奴だなぁ。あいつの名前を忘れるなんて。」 「あいつだと?」 「そう、あいつさ。最初俺があいつを見た時、君が気に入らなければ、海に放り込んでも良いと言ったあの居眠り魔法使いだよ。」 その一言でキンメルは思い出した。 「ラウス君だな!」 「そう、ラウスだ。俺は、あいつを3艦隊の司令部スタッフに入れようと思っている。見掛けはぼやっとしてるが、仕事はきっちりと こなす奴だ。多分な。」 「おい、確定ではないのか?」 キンメルが苦笑しながら突っ込む。 「いやぁ、頼りになるんだが、たまに立ったまま寝てるんじゃねえのかと思うぐらい眠そうな顔をしていたからなぁ。それを思うと、 確定にするのはちょっと・・・・な。」 ハルゼーもまた、苦笑しながら言う。 「何はともあれ、司令部スタッフの顔ぶれも決まっている。あとは太平洋に行って、レイと交替するだけだ。」 「司令部はどの艦に置くんだ?」 「ああ、その点でもちょっと考えたんだがな。最初は俺のお気に入りだったエンタープライズに乗ろうと考えていた。ところが、 当の艦はキングの一声で大西洋艦隊にレンタルされちまった。再び考えた末に、俺はニュージャージーに司令部を置く事に決めた。」 「戦艦に旗艦を置くのか。航空屋の君にしては珍しいね。」 キンメルはやや驚きながら言った。 ニュージャージーとは、アイオワ級戦艦の2番艦にあたる最新鋭戦艦であり、4月29日から第57任務部隊第2任務群に配属されている。 その戦艦を、ハルゼーは旗艦として使おうとしていた。 「戦艦のほうが、アンテナの位置が空母よりも高いからな。アンテナが高ければその分、情報も入りやすくなる。それに、艦体が 頑丈だから、爆弾や魚雷を2、3発食らっても沈まん。まっ、空母も好きだが、現存の空母では、イラストリアス並みの防御力を 持たない限り、旗艦機能を喪失しやすい。俺はそこも考えて旗艦をニュージャージーに選んだ。」 ハルゼーはそこまで言った途端、急に邪気の無い笑顔を浮かべた。 「と、くどくど理由を述べたわけだが、本当はただ単に、アイオワ級戦艦とはどんな艦なのか知ってみたいからだ。」 「ハハハ、君と言う奴は。」 ハルゼーの本音を聞いたキンメルは、思わず笑ってしまった。 「真っ直ぐな所は相変わらずだな。」 「何を言う。そこが、俺の持ち味じゃないか。と言っても、自分で言ったらおしまいだな。」 彼もまた、ハッハッハと笑いながら、目の前のコーヒーを飲んだ。 「お、フェイレの淹れたこのコーヒー、妙に美味いな。豆は本物か?」 「南部から直接コーヒー豆を取り寄せたんだ。その豆を使って、家内やフェイレが毎朝コーヒーを作ってくれている。」 「なるほど。普段は酷い味わいの代用コーヒーを飲んでいるから、この美味さは本当に有難いね。特に、美人の姉ちゃんが 淹れたコーヒーは格別の味だ。」 「おいおい、カミさんに聞かれたらぶん殴られるぞ。」 「あ、そうだったな。いかんいかん。ハズ、この事は家内に言わんでくれよ。」 ハルゼーはわざとらしく、怯えたような表情で言うと、キンメルは大声を出して笑った。 「そういえば、その美しい娘さんについて聞きたい事があるんだが。」 ハルゼーは、声のトーンをやや低くしてキンメルに聞いた。 「仲間内の情報では、フェイレはシホールアンルから亡命したと言う事になっている。だが、新聞やマスコミからは、 フェイレの事は全く知らされていない。大統領にも会ったと言うのに、どうして彼女の事を国民に伝えないんだ? ただの政治犯にしては色々不可解な点がある。その1つとして、腕にあった変な刻印だ。俺はラウス君から魔法の事も 色々と聞いているが、あれは魔術刻印と言う奴じゃないか?」 「そうだよ。」 キンメルは即答した。 「君の言う通り、彼女には魔術刻印が刻まれている。体中にね。」 「体中に・・・・・魔術刻印と言う奴は、体に刻み込む事が難しく、刻まれた本人は下手すれば死んでもおかしくないと聞いている。 それが体中にあるなんて、異常すぎる。ハズ、彼女はただの政治犯ではないな?」 「ああ、ただの政治犯じゃない。」 キンメルは、悲しげな表情を浮かべながらハルゼーに言った。 「この際だから、君に教えるよ。彼女は、本当に辛い事を経験しながら生きてきたんだ。フェイレは、シホールアンル軍に よって歩く超兵器に変えられてしまった。」 「歩く超・・・・兵器だと?」 「ああ。簡単に言うと、相当な破壊力を持つ爆弾のような物だ。あの体に刻まれた無数の魔術刻印は、それを何らかの形で作動させる 起爆スイッチのような物だ。」 「なんてこった・・・・・・」 ハルゼーは驚愕の表情を浮かべていた。 「相当な破壊力とあるが・・・・どれほどの物なんだ?」 「半径10キロ以内は、何もかも消滅させてしまうらしい。以前、どこぞの科学雑誌で原子力爆弾の記事があったが、それと ほぼ同じ効果のようだ。」 「どうしてまた・・・・フェイレを。」 「シホールアンル帝国は、浮浪者の子供や、他国に散らばせた協力者達の子供を大量に仕入れて、過酷な軍事教練を行わせていたらしい。 ビル、信じられるかい?10代にも満たぬの子供達が、自分達と同じ年の子供を使って殺しの技術を競わせているのだぞ?これだけでも充分に 戦争犯罪ものだが、その後がもっと酷い。最後には、苦楽を共にしてきた仲間同士で殺し合わせると言うのだよ。そして、フェイレはその 試練に耐えた。」 「・・・・・・・」 ついさっきまで陽気な口調で語っていたハルゼーの顔が、次第に険しい物になって行く。 玄関先でハルゼーを快く出迎えてくれたフェイレの笑顔は、実に美しかった。 一片の悩みすら感じさせぬ屈託の無い笑顔は、ハリウッド女優にも勝るとも劣らぬ物であろう。 その彼女が、凄惨という言葉すら生温いような、過酷な幼年時代を送っていた事に、ハルゼーは衝撃を隠せなかった。 キンメルの言葉は続く。 フェイレが訓練施設を出た後、シホールアンル北部と思わしき魔法研究施設に連れて行かれ、そこで様々な人体実験を受けさせられ、 体中に忌まわしい魔術刻印を刻まれた事。 度重なる人体実験の影響で、精神すらも崩壊しかけていた時、突如やって来た男によって救助された事。 男が住んでいる村で、楽しい日々を送り続けていたある日、村人に紛れ込んでいたシホールアンル軍のスパイによって体に刻み込まれていた 魔法が暴走し、村人全てを殺してしまった事。 再びシホールアンル帝国に連れて行かれ、長い間収容所に監禁されつつも、時機を見計らって逃亡した事。 フェイレに関わる様々な事を、キンメルはハルゼーに教え続けた。 「ルーズベルト大統領は、フェイレと、レーフェイルからやって来たメリマという名のハーピィと談話した後、シホールアンルと マオンドは何が何でも屈服させねばならない。そうでなければ、これまでの蛮行で失われた多数の命は報われぬと言っていたよ。」 「大統領閣下の言われる通りだな。」 ハルゼーはさも当然とばかりに頷いた。 「それに、フェイレは隠しているが、今でも悪夢にうなされているようだ。彼女の寝室から悲鳴やわめき声が聞こえた事が何度かある。」 「・・・・・心の傷は、ハズが予想していた以上に深いようだぜ。」 「ああ。これでも、以前と比べれば良くなっている方だ。だが・・・・心の傷を癒しきれるかどうかは、確信が持てないな。」 キンメルはため息を吐きながらそう言った。 「全く、シホットもマイリーも畜生揃いだ。てめえの頭は悪いくせに、人様に対して自分が神様だと言わんばかりに、好き放題 やってやがる。何が人を使った魔法兵器だ。何が生物兵器だ。ハズ、俺は人の人生を弄んで笑い転げる馬鹿野郎共に情けはいらんと 思っている。俺がこれから指揮する第3艦隊は、マイリーに対しては何も出来んが、シホットの奴らには、これからたっぷりと 教育してくれる。汚い手しか使えぬ卑怯な奴らと、俺達の実力の差をな。」 ハルゼーは獰猛な笑みを浮かべながら、キンメルに言った。 「その心意気で存分に暴れ回ってくれ。だが、やりすぎは行かんぞ。やりすぎは。」 「なあに、情け無用で通すのは、戦う意志のあるシホットや後方でふんぞり返る畜生共だけさ。シホールアンル国民の皆様は、極力 狙わないようにするよ。」 キンメルの注意に対し、ハルゼーはおどけた口調で返した。 そこに、フェイレがポットを持ってソファーの近くまで歩いて来た。 「話が弾んでいるようね。おかわりはどうです?」 フェイレはにこりと笑いながら2人に聞いてきた。 「やあ、これは美しい娘さん。君の淹れてくれるコーヒーは格別だぜ。」 ハルゼーは冗談めいたセリフを言いながら、カップをフェイレの側に寄せた。 「ハルゼーさん、なかなか粋な事を言ってらっしゃいますねぇ。」 「ハハハ、男としては当然の事だろう。そうは思わんか、ハズ?」 「そうとも限らんぞ、ビル?」 しばし見つめ合ったハルゼーとキンメルは、やがて苦笑しあった。 ハルゼーのカップにコーヒーを注ぎ終わると、今度はキンメルの空のカップにコーヒーを淹れる。 ポットの口からやや黒目のコーヒーが音を立てて注がれ、美味そうな香りが周囲に立ち込める。 「フェイレ、ビルは1週間後に、前線に復帰する事になる。」 コーヒーを注ぎ終わったフェイレは、キンメルの言葉を聞くなり、ハルゼーに顔を向ける。 「艦隊に戻るんですか?」 「ああ。今度、第3艦隊司令長官として艦隊の指揮を取る事になった。その前に、キンメルの顔が見たくなって、こうして 見舞いに来てるんだ。」 「へぇ、そうだったんですか。」 「見た所、ハズの体調は回復しつつあるようだ。見舞いに来る必要な無かったかな、と思ったほどだよ。」 ハルゼーの冗談に、キンメルとフェイレは一緒に微笑んだ。 「君の事だが、ハズから聞かせて貰ったよ。」 途端に、フェイレから笑顔がさっと消えた。 「正直言って、俺は君のような過酷な体験をした人が居るとは思わんかった。辛かったろうな。」 「・・・・いえ、もう、過ぎた事ですから。」 フェイレは、笑顔でハルゼーに言ったが、彼から見れば、無理して笑っているように思えた。 「今度、俺は前線に戻るが、君の体験談を聞かせて貰って逆に勇気を貰った。フェイレ、君を過酷な道に歩ませた卑怯者共は、 俺の第3艦隊が施設諸共、綺麗さっぱり消し去ってやる。必ずな。」 彼は、渾名の由来にもなった獰猛な顔つきを歪めながら、フェイレに自らの決意を示した。
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第221話 抜かれた鞘 1485年(1945年)1月23日 午後9時30分 レーミア湾沖西方73マイル地点 第58任務部隊第6任務群は、午後7時30分に、TF58より分派された巡洋艦カンザスシティとフェアバンクス、駆逐艦6隻と 合流した後、接近中と思われるシホールアンル側の水上砲戦部隊を迎撃するため、24ノットの速力で西に進んでいた。 第58任務部隊第6任務群司令ウィリス・リー中将は、旗艦である戦艦アイオワのCICで、群司令部の幕僚達と共に戦況を見守っていた。 「……ハイライダーからはまだ、何も言って来ないか?」 リー中将は、参謀長のクリス・ブランドン大佐に聞いた。 「母艦から発艦して1時間が経つ。そろそろ、敵を発見しても良い頃だが。」 「ハイライダーからは、まだ何もありません。恐らく、敵はまだ、索敵線の範囲外に居るかもしれません。」 リー中将はブランドン参謀長の言葉を聞いた後、視線を左手の腕時計に向ける。 「9時30分か……第3次攻撃隊の報告では、午後6時20分現在、敵は20ノット以上の速度で東進を続けていたと言う。私達との距離は 200マイルも離れていないから、あと1時間か2時間以内に会敵する筈だ。その前に、ハイライダーに敵を見つけさせ、大まかな位置を 知りたいと思ったのだが、ここはもう少し、待った方が良いかな。」 「それが良いかと思われます。」 ブランドン大佐は答えた。 「敵も我が方目掛けて艦を進ませている事は、潜水艦部隊からの報告でほぼ確実となっています。今はただ、会敵まで待ちましょう。」 午後7時30分、脱落機パイロットの救助任務に当たっていた潜水艦ディースから、機動部隊から西180マイル、方位50度方向より、 戦艦と思しき大型艦を含む大艦隊が、時速20ノットの速力で東へ向けて航行中という報告を送って来た。 ディースは、僚艦カバラと共に救助、並びに哨戒活動を行っていたのだが、午後7時頃に敵艦隊を発見し、潜行して敵をやり過ごした。 無事に難を逃れたディースとは対象的に、カバラは潜行が遅れたのか、敵艦隊より分派された敵駆逐艦3隻の爆雷攻撃を受け、以降、 連絡が途絶えている。 ディースからはその事も含めて報告が伝えられたが、カバラが撃沈されたかどうかは、未だにわからない。 リーとしては、乗っている艦は違えども、同じ戦場で任務に当たっているカバラの戦友達に、万難を排して生き残って欲しいと、胸中で祈った。 「敵艦隊の陣容はまだわからないが……やはり、シホールアンル側はネグリスレイ級という新鋭戦艦を投入してくるだろうな。」 「性能としては、サウスダコタ級戦艦とほぼ同等と言われているようです。戦艦の他にも、巡洋艦、駆逐艦部隊も護衛に付いているでしょう。 こちら側の巡洋艦部隊、駆逐艦部隊は、うまく敵の随伴艦艇を引き込んでくれる筈です。」 ブランドン参謀長の言葉に、リーも同感とばかりに頷いた。 「こう言ってしまってはやや不謹慎だが、空襲が無ければ、我々は元の戦力のまま、敵と戦わねばならなかっただろうな。」 「損傷を受けて後退した艦は、いずれも旧式艦でしたからな。敵に戦果を上げてしまった事にはかわりませんが、彼らは、それがかえって、 TG58.6の戦力強化に繋がった事を、身を持って味わう事になるでしょう。」 TG58.6は、今日の海戦で重巡洋艦サンフランシスコが魚雷1本と爆弾4発を受けて大破された他、駆逐艦1隻を失い、軽巡ホーマーと 駆逐艦1隻が中破している。 その前のヒーレリ領沖航空戦では、駆逐艦2隻が損傷し、戦線離脱を余儀なくされた。 TG58.6は、今日の夕方時点で随伴艦艇が巡洋艦4隻、駆逐艦14隻に減っており、そこから更に、沈没した駆逐艦の乗員を救助した 駆逐艦2隻が後送のため戦線を離れている為、TG58.6の駆逐艦は12隻に減っている。 護衛艦艇の中で欠かす事の出来ない駆逐艦の戦力が、作戦開始前と比べて著しく減った事を危惧したリーは、第5艦隊司令部に補助艦艇の 補充を要請した。 第5艦隊司令部はこの要請に応え、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻を新たに回してくれた。 リーとしては、巡洋艦はともかく、駆逐艦の方をあと2隻ほど欲しかったが、第5艦隊はTF58の護衛艦艇で別の艦隊を急遽編成したため、 TG58.6には駆逐艦が6隻しか回って来なかった。 とはいえ、戦力が元通りになった事は喜ぶべき事である。 また、リーにとって嬉しい事はそれだけでは無かった。 TG58.6の護衛艦艇には、今では旧式化したベンソン級駆逐艦やグリーブス級駆逐艦が、18隻いる駆逐艦の中で、8隻もいた。 残る10隻中、6隻はフレッチャー級で、残る4隻はアレン・M・サムナー級である。 幸か不幸か、脱落した艦はいずれもベンソン級やグリーブス級であったため、その穴埋めを最新鋭のアレン・M・サムナー級で行う事が出来た。 また、後退したサンフランシスコは条約型巡洋艦であるため、敵艦隊との砲撃戦に入った際、敵艦の猛射の前に打ち崩されるのではないかと 懸念されていたが、サンフランシスコの代わりとしてやって来た巡洋艦カンザスシティは、ボルチモア級重巡洋艦の改良型である最新鋭艦だ。 ボルチモア級の11番艦として就役したカンザスシティは、ボルチモア級重巡の悩みの種であった復元性を解決するため、艦橋を若干縮小した他、 煙突を1本に纏める等をし、戦闘航海時の艦の安定性向上を図っている。 このため、正式にはボルチモア級重巡と言われながらも、外見は別の艦種に見える為、しばしばカンザスシティ級重巡と呼ばれる事も多い。 似たような事はクリーブランド級軽巡にも行われており、24番艦であるバッファローはカンザスシティと同様の改良を施されたため、 24番艦から最後に当たる28番艦ウラナスカは、外見がカンザスシティと似通っている。 バッファローもまた、カンザスシティと同じく、バッファロー級軽巡と呼ばれる事がある。 カンザスティは、形はやや変わった物の、ボルチモア級重巡が誇る重防御と向上した砲戦能力を有しており、間も無く行われるであろう 水上砲戦では、カンザスシティと同じく、別の任務群より回されて来た軽巡フェアバンクスも含む、5隻の巡洋艦と共に、敵と対等以上に 渡り合えると期待されている。 「戦力は揃った。次に必要な物は、情報だな。早い所、ハイライダーに敵の位置を掴んで貰いたい所だが……」 リーの願いは、それから10分ほど経ってから叶った。 「司令官。ハイライダーより入電です。我、貴艦隊より30マイル西方に、敵らしき艦隊をレーダーで探知せり。詳細は追って報告する、 以上であります。」 「ほほう、遂に敵の尻尾を掴んだか。」 リーは、その報告電を聞くなり、深く頷いた。 「30マイルとは、またかなり近くまで来ていますな。」 「うむ。敵の速力がまだ分からんが、仮に20ノットだとした場合、遅くても30分以内には会敵できるな。」 リーの言葉を聞いた参謀長は、満足そうに微笑する。 「これで、シホールアンル軍にも、アイオワ級戦艦の威力を存分に見せつける事が出来ますな。」 「ああ。17インチ砲の威力を思い知らせてやろう。」 リーはそう返しながら、レーダースコープに移るTG58.6の陣形を見つめる。 TG58.6は、既に輪形陣から、水上戦闘を想定した単縦陣に陣形を組み替えており、レーダーには、艦種ごとに分けられた艦が、 4本の線となって航行している。 戦艦部隊は、旗艦アイオワを先頭に、2番艦ニュージャージー、3番艦アラバマ、4番艦ノースカロライナ、5番艦ワシントンという 並びになっている。 戦艦部隊の右舷900メートルには巡洋艦6隻、そこからまた900メートル先には駆逐艦10隻が一本棒となって航行している。 目線を戦艦部隊の左舷側に向けると、そこにも駆逐艦8隻が一本棒で並んでいる。 TG58.6は、既に準備を終え、臨戦態勢に入っていた。 午後9時50分。ハイライダーから新たな報告がアイオワのCICに届いた。 「フランクリン機より新たな通信です。敵艦隊の総数は約20隻から30隻前後。うち、戦艦らしき大型艦の反応を4隻無いし、 5隻探知せり。」 「戦艦らしき反応が4隻ないし5隻、か。レーダーで敵艦隊を捉えているから、それ以上の事は分からんが、ひとまず、敵の主力も 我々とほぼ同じ数である事は分かったな。」 「敵は依然として、我が方に近付きつつあるようです。司令官、そろそろ砲撃準備に移ってもよろしいのでは?」 ブランドン大佐の進言に、リーは快活の良い声音で答えた。 「OK。参謀長、試合開始だ。」 リーはすぐさま、各艦に戦闘準備に入れと伝えようとした。だが、彼の耳に、意外な言葉が響いた。 「司令!フランクリン機より緊急信です!敵の前進艦隊が一斉に反転したようです!」 「……なに?」 まさかの敵反転の報告に、リーは眉をひそめた。 「それは確かなのか?もう一度、フランクリン機と確認を取ってくれ。」 リーは半信半疑になりながらも、通信員にそう命じた。 2分後、ハイライダーと確認を取った通信員はリーに顔を向けた。 「司令官。フランクリン機と確認を取りましたが、敵艦隊が反転したのは間違いない様です。現在、敵艦隊は西方、方位270度 方向に向け、26ノットのスピードで航行中との事です。」 「……さっきよりもスピードが上がっているな。」 「司令官。敵は逃げ出したのではありませんか?」 ブランドンも理解し難いと言わんばかりの表情を浮かべつつも、平静な声音でリーに言う。 「敵艦隊の反転が報告される10分程まで、このアイオワの魔法通信傍受機が、敵の海竜らしき物から発信されたと思しき通信を 傍受しております。内容は、我が艦隊の陣容を知らせる物で、その中には、アイオワ級戦艦を含む新鋭艦多数が存在せり、と言った 文も確認されております。私自身、言い難い事ではありますが……敵は、我が方にアイオワ級戦艦を含んでいる事に恐れを成して、 逃げた可能性も、否定は出来ないと思います。」 「君、いくらなんでも、それはなかろう。」 リーは、ブランドンの意見を否定した。 「シホールアンル海軍は、昼間の航空戦で敗北した以上、水上艦で我が方の空母を減らすしかない。それを行う前にはまず、 第1の障害となるTG58.6に戦いを挑み、勝利を収める必要がある。そうしなければ、敵は前に進む事が出来ぬし、 例え、我々をすり抜ける事が出来たとしても、退路を我が任務群に塞がれ、結果的には戦わざるを得なくなる。敵はこれまでの 経験からして、現時点では一番強力な我が艦隊を最初に叩きに来るだろう。敵も16インチ砲相当の主砲を搭載した新鋭戦艦だ。 敵が戦いを挑んで来ない筈は無い。」 「しかし司令官。敵は反転して、我々から遠ざかろうとしております。」 「参謀長、恐らく、これは敵の欺瞞行動だろう。」 リーは確信したように言う。 「敵はこちらが逃げたと判断して、後ろから襲い掛かろうとしているに違いない。近くにレンフェラルが居る以上、敵艦隊はこちらの 動きを掴む事が出来る。」 彼はそう言いながら、水上レーダーのPPIスコープに視線を向けた。 「しばらくこちらが追跡する形を取れば、自然に反転して戻って来るだろう。」 リーはそう断言する。 彼の言葉を証明するかのように、敵艦隊は反転してから30分後、再び舳先をTG58.6に向けて来た。 「司令官。ハイライダーより通信です。敵艦隊再反転。速力26ノットでTG58.6に向かいつつあり。距離は約40マイル。」 「……やはりな。」 リーは、ブランドンに対して、それ、見た事かと言わんばかりに呟く。 「参謀長、どうやら、敵はこちらの目を欺けないと知って、決戦を挑む様だぞ。」 「は……そのようですな。では、こちらも速力を上げましょう。」 ブランドンは進言する。 「現在、我々の艦隊速力は24ノットですが、アラバマ、ノースカロライナ、ワシントンは27ノットまで速力を発揮できます。 ここは増速して、会敵までの時間を短縮すべきです。」 「ほほう、参謀長もなかなか、ガッツがあるようだな。」 リーは満足気に頷いた。 「よろしい。速力を上げよう。」 リーは命令を下し、各艦に速力を27ノットまで上げさせた。 彼我50ノット以上の高速で接近しているためか、距離はぐんぐん縮まっていく。 敵艦隊の対空砲の射程外に張り付いているハイライダーは、TG58.6と敵艦隊との距離を刻々と伝えて来る。 午後10時40分には、彼我の距離は23マイル(36キロ)にまで近付いた。 レーダーには捉えられていないが、敵艦隊は既に、アイオワ級戦艦の持つ48口径17インチ(43センチ)砲の射程圏内に入っていた。 「ようし、交戦開始まで、もう間も無くだな。」 彼がそう呟いた瞬間、敵艦隊が居ると思しき方角から、発砲炎が確認されたとの報告が飛び込んで来た。 それから1分後には、TG58.6の前方の海域で照明弾が炸裂したとの報せも入った。 もはやこの時点で、海戦は始まったに等しい。 リーは、すぐそこにまで迫った艦隊決戦に闘志を燃やし、いつでも命令を下せるよう構えていた……が 「司令官!ハイライダーより緊急信!敵艦隊、再度反転せり!」 唐突に、その報告が飛び込んで来た。 久方ぶりの決戦に、闘志を昂ぶらせていたリーであったが、その報告を聞くなり、彼は肩透かしを食らわされたような気分を味わった。 「な、なんだと……?」 「通信員!先の報告は確かか!?」 傍らに立っていたブランドンが、すかさず通信員に聞いた。 「ハッ!間違いありません!敵艦隊は高速で反転しつつあるようです!」 それから更に5分後、リーの心中を困惑させる報せがもたらされた。 「司令官。敵艦隊は30ノット以上のスピードで我々から離れつつあります。現在、敵艦隊との距離は約25マイルのようです。」 「……一体、どういう事だ?」 リーは、敵艦隊の奇行の数々に困惑の色を浮かべた。 フランクリンから飛び立ったハイライダーが敵艦隊を発見して既に1時間以上が経つ。 その間、敵艦隊は2度、反転を行っている。 先程の反転は、すわ交戦開始か、と思われた直後に行われ、リーは思わず、唖然となってしまった。 「なぜ、敵は反転したのだ……照明弾を撃って、俺達の居場所を突き止めようとしていた筈なのに……」 リーは、あった事もない敵将の影を思い起こす。 敵将の姿は当然分からないから、思い浮かぶのは真っ黒な人影だけである。 だが、リーは、その真っ黒な人影が、妙に気味悪く感じると共に、自分達を馬鹿にしているかのようにも思えた。 「お前達は一体、何をしようとしている?戦うのでは無かったのか?それとも……」 本当に、このアイオワ級が怖いのか? リーは、最後の言葉を口には出さなかった。 彼としては、そんな事は無いだろうと思わなかったが、敵艦隊が戦闘開始直前になって、TG58.6の面前で急反転した事が、 リーの中に、敵艦隊の撤退という疑念を徐々に膨らませつつある。 (確かに、大西洋戦線では、マオンド海軍の最新鋭戦艦をミズーリとウィスコンシンが撃沈しているが……しかし、お前達の戦艦は マオンド軍の新鋭戦艦よりも優れていた筈……なのに、急に行われたあの反転……敵艦隊の司令官はよっぽどの腰抜けなのか?) 彼は心中で、不気味な黒い人影に語りかけた。 敵艦隊は、反転した後、TG58.6に振り変えぬまま、30ノット以上のスピードで航行を続ける。 10分……15分……20分と、時間だけが無為に過ぎ去っていく。 無論、リー艦隊も27ノットのスピードで追い続けるが、午後11時10分頃には、彼我の距離は再び、30マイルにまで広がっていた。 「司令官。ハイライダーが引き上げを開始しました。」 リーがCICのレーダー機器を見つめ続けている中、ブランドンが声をかけて来た。 「……そうか。」 リーは、ただ一言だけ答えた。 「……参謀長。敵艦隊の狙いは、一体何だったのかね?」 「断言はできませんが、恐らく、心理戦を仕掛けてきたのではないでしょうか?」 「心理戦?」 「はい。敵は竜母群に大損害を負いましたが、戦艦部隊はまだ無傷です。その戦艦部隊が中心となって攻め立ててくれば、当然、 我々も戦艦部隊を繰り出さねばなりません。しかし、敵のネグリスレイ級戦艦では、アイオワ級戦艦には力不足でしょうから、 まともにやっては勝てないかもしれない……そこで、敵は我々に精神的な疲労を与える為に、あの艦隊を派遣して来たのではないでしょうか。」 「ふむ……それにしては、効率が悪いのではないかね?」 リーの質問に、ブランドンは答えようとした。 だが、それは、急に入って来た報告によって遮られてしまった。 「司令官!味方艦隊より緊急信です!我、敵艦隊見ゆ!敵は戦艦らしき艦を3隻伴う!これより交戦を開始す!」 その報告を聞いた瞬間、リーとブランドンは互いに顔を見合わせた。 「……参謀長、もしかしたら、我々は敵に注意を惹きつけられていた隙に、別動隊の接近を許してしまったそうだ。」 「そのようです。」 2人は、どういう訳か、落ち着き払った口調で言葉を交わしていた。 「通信員、発信元はどこだね?」 「はっ、発信元はTG58.7であります!」 「TG58.7か……」 リーは、何故か残念そうな表情を浮かべた。 「TG58.8なら、ミズーリにも活躍の機会を与えられたのだが。」 彼がそう言った直後、帰還しようとしていたハイライダーから最後の通信が入った。 「司令官。帰還中のハイライダーより通信です。敵艦隊、再度反転。TG58.6に向かいつつあり。」 それを聞いたリーは、深く頷いてから言葉を吐き出した。 「…こちらも、今から本番のようだな。」 時間は、これより30分程遡る。 午後11時40分。第4機動艦隊別働隊は、レンフェラルの発した情報をもとに、時速11.5リンル(33ノット)の高速で アメリカ機動部隊に迫りつつあった。 第4機動艦隊別働隊の旗艦である、巡洋戦艦マレディングラの艦橋で、司令官を務めるフラクトス・ドゥレイコヌ少将は、作戦が 成功しつつある事を確信していた。 「レンフェラルが伝えた位置まで、あと20ゼルドか。最初は上手く行くのかと思ったが……リリスティ司令官も、上手い事を考えた物だ。」 ドゥレイコヌ少将は、いかつい顔に笑みを張り付かせながら、別動隊編成のきっかけを作ってくれたリリスティを素直に尊敬した。 リリスティは、出撃前、3隻の巡洋戦艦で編成される第7巡洋戦艦戦隊の司令であったドゥレイコヌと、3隻の巡洋戦艦の艦長を呼び、 それぞれに1枚の封筒を手渡した。 「この封筒は、私がある言葉を発した後に開封して。その言葉を言うまでは、決して開けないで。」 リリスティは、ドゥレイコヌらにそれだけ伝えた後、開封の命令文となる言葉を彼らに教えた。 ドゥレイコヌらは、何故このような事をするのかとリリスティに問い質したが、彼女は詳しく教えてくれなかった。 彼らは、いきなり封筒を手渡し、謎の言葉を伝えたリリスティに多少不満を抱いた物の、命令には逆らう事ができず、ひとまず、 言われた通りに封筒を持ち帰った。 それから日付が経った今日、彼らは、第4機動艦隊旗艦モルクドから、短い言葉を伝えられた。 その言葉が、『鞘から抜けて』であった。 言葉が伝わった彼らは、すぐさま封筒を開封し、中に入っていた紙を取り出した。 それは、紛れもない封緘命令書であった。 「第4機動艦隊別働隊は、他艦と協力し、戦艦部隊が敵主力を引き付けている間に迂回航路を取り、後方の敵機動部隊を襲撃せよ。 指揮はドゥレイコヌに任せる。」 その命令書を見た瞬間、ドゥレイコヌは、出撃前に散々行われた猛訓練の意味が、ようやく分かったような気がした。 第4機動艦隊は、通常の艦隊訓練は勿論の事、別の竜母群に所属していた艦同士でも即座に編隊行動を取れるように、所属別の艦同士で 隊形を組んだり、攻撃訓練を行うと言ったある意味、変わった訓練も頻繁に行っていた。 通常、艦隊の訓練は、同じ艦隊に所属している艦同士……第4機動艦隊では、同じ竜母群に属している艦艇が集まって行うのが常だが、 リリスティはあえて、所属がばらけた状態でもまともに行動できるようにするため、第5戦隊所属の艦を第8戦隊所属の艦と組み合わせて 航行させたりして、連携を取れるようにしていた。 その甲斐あってか、第4機動艦隊は、出撃前までに、別々の所属の艦同士であっても、まるで、同じ部隊で訓練し続けていたかのような、 連携の取れた動きを満足にこなせるまでになっていた。 午後6時40分に命令を受け取ったドゥレイコヌは、付近に潜んでいるであろう、米潜水艦を警戒しながら機動部隊から離脱し、 約5ゼルド離れた海域で別動隊に選ばれた艦を待った。 午後7時頃には、他の艦も続々と集まり始め、最終的には、マレディングラを始めとする巡洋戦艦3隻の他、巡洋艦5隻、駆逐艦18隻が 集合し、一路、迂回航路を取って、全速力で米機動部隊に向かった。 別働隊は、進撃中に態勢を整え、今では4本の単縦陣を形成しながら進撃を続けている。 単縦陣の中の1つは、マレディングラを始めとする3隻の巡洋戦艦であり、2つは駆逐艦主体の快速部隊。 最後の1つは巡洋艦部隊である。 進撃開始から3時間が経ち、目標海域まであと少しという所まで迫りつつある。 「司令。今の所、順調に言っておりますな。」 「ああ、今の所はな。」 ドゥレイコヌは、戦隊司令部付きの主任参謀にそう返す。 「問題はここからだぞ。敵機動部隊は、輪形陣の外郭に警戒用の駆逐艦を置いていると聞く。こいつに見つかったら、敵機動部隊は早々と 戦闘態勢を整えてしまう。敵駆逐艦を見つけたら、即座に砲撃しろ。敵が報せを送る前に撃沈するのだ。」 ドゥレイコヌはそう言いながら、心中ではそれは不可能かもしれないと思っている。 (敵駆逐艦も、レーダーとやらを持っていると聞く。私はああ言ったが、こちらが主砲を向ける頃には、敵はレーダーとやらで、こっちの 姿を捉えているかも知れんな) 彼は心中で呟きつつも、それはそれで構わないと覚悟を決める。 問題の敵駆逐艦は、見つかる事は無かった。 午後11時 マレディングラの魔道士官が敵艦隊と思しき生命反応を探知したとの報告を、ドゥレイコヌに伝えてきた。 「敵艦隊との距離は、約9ゼルド!我が艦隊から北東の位置におります!」 「9ゼルドか。なかなかに近いじゃないか。リリスティ司令官の勘は冴えわたっているな。」 ドゥレイコヌは内心、興奮気味になりながらも、意識を切り替える。 「ようし!通信封鎖解除!全艦に通達!これより、敵艦隊と戦闘に入る!主砲!照明弾を放て!」 ドゥレイコヌの命令は、魔法通信でもって全艦に伝えられた。 マレディングラの艦橋前に設置されている2基の3連装砲塔が、北東の方角に向けられた後、轟然と唸りを上げる。 艦橋の露天部に陣取る見張り員達は、固定式の望遠鏡を覗き込み、照明弾の下に移るであろう、敵艦の姿を確認するべく、意識を集中させていく。 やがて、照明弾が炸裂した。 艦隊の左舷側前方に、おぼろげながらも、赤紫色の光が輝いた。 その時になって、魔道士官がおかしな報告を届けて来た。 「司令官!敵艦隊が我が方に向かいつつあります!」 「なに?こっちに向かっているだと?」 ドゥレイコヌは怪訝な表情を浮かべる。 「敵は空母を伴っている。この距離からして、敵は既に、レーダーとやらでこちらを捉えている筈……針路を間違えたのか?」 彼はふと、そう呟いた。 だが、それは誤りであった。 「司令官!敵艦隊に戦艦らしき艦がおります!数は2隻!その他に、護衛艦らしきもの多数!」 第58任務部隊第7任務群は、午後11時5分、敵艦隊と接触した。 TG58.7旗艦である、巡洋戦艦トライデントの艦橋では、群司令であるローレンス・デュポーズ少将が仁王立ちの体勢で双眼鏡を 構えながら、前方の海面を見つめていた。 「流石はスプルーアンス長官だ。敵さん、本当にやって来たぞ。」 デュポーズ少将は、隣に立っているトライデント艦長チャールズ・マックベイ大佐に話しかけた。 マックベイ大佐は、昨年の12月中旬にトライデントの艦長に任ぜられている。 艦長就任から1ヵ月ほどしか経っていないため、大艦であるトライデントには完全に馴染んだとは言い難いが、それでも、ベテラン艦長 のプライドにかけて、任務を果たすと誓っていた。 「やはり、敵さんは快速部隊でこちらの空母を狙って来ましたな。」 「ああ。敵の動きは、モンメロ沖のマオンド海軍と行動が似ている。恐らく、敵の司令官は、ここでマオンド海軍の果たせなかった、 敵主力の襲撃という夢を実現しようとしたのだろう。」 デュポーズ少将はそこまで行ってから、不敵な笑みを浮かべた。 「だが、スプルーアンス長官は、それを許す程、甘くは無かった。」 第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、TG58.6を迎撃に当たらせると同時に、迂回して来た敵艦隊の襲撃に備える為、 TF58所属の戦闘艦艇の一部を抽出して警戒部隊を編成した。 警戒部隊は、TF58所属の戦艦、巡洋艦、駆逐艦で編成され、2群に分けられた。 TG58.7は、アラスカ級巡洋戦艦コンスティチューション、トライデントの2隻を主力に、重巡洋艦ボルチモア、ボストン、 軽巡洋艦サンアントニオ、防空軽巡アトランタ、リノ、駆逐艦16隻で編成されている。 指揮官は第15戦艦戦隊司令官であるデュポーズ少将に任ぜられた。 TG58.8は、アイオワ級戦艦のミズーリと、巡洋戦艦コンステレーションの2隻を主力に置き、重巡洋艦ピッツバーグⅡ、 軽巡洋艦サンタフェ、モントピーリア、防空軽巡サンディエゴ、駆逐艦14隻で編成されている。 スプルーアンスは、臨時に編成した2つの警戒部隊を、機動部隊の北側と南側に置き、万が一の場合に備えた。 待つ事数時間……来ないとさえ噂されていた敵艦隊は、TG58.7の面前に姿を現したのであった。 「CICより報告!敵艦隊は単縦陣を4つ形成!うち、1つの反応が大。戦艦クラスかと思われます!」 「CIC。戦艦クラスの反応はいくつだ?」 「3つです!」 艦長とCICのやり取りを聞いていたデュポーズは、少しばかり不安げになる。 (戦艦クラスが3隻か……こっちはコンスティチューションとトライデントの2隻だけ。ちょいとばかり、こっちが不利かな……) 第5艦隊に配属されているアラスカ級巡戦は、第12戦艦戦隊のアラスカ、コンステレーションと、第15戦艦戦隊のコンスティチューション、 トライデントの計4隻である。 アラスカ級巡戦の姉妹艦全てが配備されている事になるが、ネームシップのアラスカは、昼間の空襲で魚雷を食らっている他、今は第5艦隊旗艦 として使われている為、今回の迎撃戦には参加できなかった。 その穴埋めとして、第12戦艦戦隊には、アイオワ級戦艦の3番艦ミズーリが編入され、TG58.8はTG.58.7を上回る火力を手に入れる事が出来た。 しかし、デュポーズは、それが少々気に入らなかった。 彼は第5艦隊司令部に対して、TG58.8にミズーリを入れるのならば、コンステレーションをTG58.7に編入させ、同型艦同士の戦隊として 編成してはどうか?と意見具申した。 だが、第5艦隊司令部は、迎撃部隊のバランスの良い配置を優先したため、結局、TG58.7は、2隻の巡戦を主力に編成され、警戒任務に付いた。 そのTG58.7に、敵は食いついて来たのだ。 敵の主力艦は3隻。対して、こちら側の主力は2隻。 デュポーズは、あの時、司令部がコンステレーションをTG58.7に回してくれれば、と、半ば恨めしい気持ちになった。 (まぁ、敵が来たのなら仕方が無い。それに、状況は、“あの時”と比べてまだ良い方だ。) デュポーズは心中で呟きながら、昨年1月17日行われた、トアレ岬沖海戦を思い出す。 あの時、デュポーズは軽巡洋艦クリーブランドの艦長で、敵の新鋭戦艦と撃ち合っているが、その時は、同乗していた亡命者の協力を得たお陰で、 何とか敵戦艦を撃退する事に成功している。 あの時、彼は、自分はここで死ぬかも知れぬと覚悟を決めた程、状況は良くなかった。 その時と比べると、今の状況は決して、悪いとは言い切れない。 (敵が新鋭戦艦である事には間違いないかもしれないが、それでも構わん。アラスカ級巡戦は、17000メートル以下になれば、新鋭戦艦にも打撃を 与えられるからな) デュポーズは自信を取り戻し、暗闇の向こう側に居る敵艦隊を睨みつける。 敵艦隊の姿はまだ視認できないが、トライデントのレーダーはしっかりと、敵艦を捉え続けている。 やがて、敵艦隊は本格的に行動を起こし始めた。 「司令!敵戦艦群に随行していた護衛艦群が増速しました!」 「OK。こちらも駆逐艦部隊と巡洋艦部隊に迎撃を命じる。」 デュポーズは即座に命令を下した。 トライデントとコンスティチューションの左右に張り付いていた駆逐艦部隊と巡洋艦部隊は、突出した敵艦目掛けて増速していく。 対空巡洋艦ルンガレシは、後方に9隻の駆逐艦を伴いながら、16.5リンル(33ノット)の高速で海上を驀進していた。 「艦長!敵艦隊より随伴艦が向かって来ます!」 巡洋艦ルンガレシ艦長、ヴェンバ・ラガンガル大佐は、見張り員の声を聞くなり、軽く舌打ちをする。 「やはり、戦艦部隊に突進しようとすると、敵も小型艦を差し向けて来るか。まぁ、それでいい。」 ラガンガル大佐はそう呟きながら、自分達に与えられた任務を思い出す。 別働隊は、巡洋戦艦マレディングラ、ミスレライスツ、ファンクルブの他に、マルバンラミル級巡洋艦のルィストカウスト、オーメイ級巡洋艦の キャムロイド、イシトバ。 そして、対空巡洋艦のルンガレシとイムレガルツ、駆逐艦18隻で編成されている。 ルンガレシとイムレガルツは、敵駆逐艦部隊と戦う駆逐艦群の先頭に立ち、その圧倒的な砲火力によって駆逐艦群の援護を行うように命じられている。 ルンガレシは艦隊の左側を航行していたため、自然に、敵艦隊の右側に張り付いていた敵駆逐艦と戦う事になった。 ルンガレシと、後続する駆逐艦部隊は、一本棒となって敵艦隊に接近する。 敵艦隊も15リンル以上の快速で洋上を突っ走っているため、彼我の距離はグングン縮まっていく。 魔道士が、距離9000グレルと伝えた時、ラガンガル大佐は次のステップに進み始めた。 「砲術長!照明弾を発射しろ!」 彼は伝声管越しに命じた。 ルンガレシの前部に配置された、2基の4ネルリ連装砲のうち、第1砲塔の2門の砲身が火を噴く。 小口径砲とはいえ、腹に応える砲声が鳴り、照明弾が敵艦隊の推定位置目掛けて撃ち放たれた。 やや間を置いて、敵艦隊が居ると思しき海面上空に照明弾が炸裂するが、その光の下には、僅かに何隻かの艦影を見る事が出来ただけで、 その詳細までは分からない。 「艦長!敵艦隊が面舵に変針!距離8000グレル!(16000メートル) 魔道士からの報告が上がる。 (敵は変針したか。それで、照明弾に敵艦があまり移らなかったのか) ルンガレシから放たれた照明弾は、敵が回頭を行っている最中に炸裂したため、敵駆逐艦部隊の全容を知る事が出来なかった。 だが、それでも、幾らかの情報は伝わって来た。 「艦長!敵駆逐艦はアレン・M・サムナー級が主体のようです!」 「アレン・M・サムナーか……」 ラガンガルは、口中で反芻する。 アレン・M・サムナー級駆逐艦は、83年の末頃からアメリカ海軍に配備された駆逐艦だ。 大きさはフレッチャー級駆逐艦と大差ない物の、主砲火力は6門と増えている。 また、アレン・M・サムナー級も魚雷発射官を搭載しているため、フレッチャー級と同等か、それ以上に侮れぬ敵だ。 見張り員の報告からして、敵の駆逐艦群は、ほとんど……少なめに見積もっても、約半数がこの最新鋭の駆逐艦で構成されているだろう。 「こちらも変針する!取り舵一杯!」 「了解!」 ラガンガル大佐の指示を受けた操舵手が、勢い良く舵輪を回す。 基準排水量6000ラッグ(9000トン)のルンガレシが、艦を右舷側に傾がせながら大回頭を行う。 後続の駆逐艦もルンガレシに習い、次々と回頭していく。 「砲術!続けて照明弾を撃て!」 ラガンガルは早口で命令を伝える。 ルンガレシの第2砲塔が火を噴く。それに続き、先程照明弾を放った第1砲塔も再び咆哮し、照明弾を撃ち放った。 (敵艦隊の編成は駆逐艦が9隻。うち、4隻ないし、5隻はアレン・M・サムナー級だろう。後続の駆逐艦群に楽をさせる為にも、 ルンガレシの砲火力に物を言わせて、一隻でも多く叩かねば……) ラガンガルが心中でそう呟いた時、敵艦隊の上空で照明弾が炸裂した。 赤紫色の光が海面を照らし出し、暗闇の向こうの敵艦を光の下にさらけ出した。 今度は、上手い具合に照明弾が炸裂したため、先程は見えなかった敵の先頭艦も見る事が出来た。 その瞬間、ラガンガルは体が凍りついてしまった。 「か、艦長!敵1番艦は駆逐艦ではありません!」 見張りが仰天したような口調で報告して来る。 「ああ!言われなくても分かっている!!」 ラガンガルは、望遠鏡越しに敵1番艦を見つめながら叫び返す。 敵1番艦は、駆逐艦にしては形が大きすぎた。 照明弾の光はおぼろげであり、敵艦の黒い影を形作る事しか出来ないが、その影は、ある艦の特徴をよくあらわしている。 敵1番艦は、艦の前部と後部に、3つもの砲塔を階段状に重ね、艦上構造物が、比較的低くなっている。 そこまで分かれば、敵1番艦の正体は何であるかが分かる。 「あれは、アトランタ級だ!」 ラガンガルは、望遠鏡を下ろした。 「連中も、俺達と同じ考えを持っていたようだな!」 彼は、確信した様な口調でそう言い放った。 「敵艦隊!距離を詰めています!現在、7000グレル!」 アトランタ級防空巡洋艦に率いられた米駆逐艦群は、ルンガレシと味方駆逐艦群との距離を徐々に詰めつつある。 距離は7000グレルか6500グレル。6500グレルから6000グレルと、流れるように変化して行く。 彼我の距離が6000グレルを切った時、敵艦隊が発砲を開始した。 「敵艦隊発砲!」 「砲術!目標、敵1番艦!砲撃始めぇ!」 ラガンガルは咄嗟に、命令を下した。 右舷側に向いていたルンガレシの主砲が咆哮し、4ネルリ砲弾を叩き出す。 左舷側に指向出来る12門の砲弾から弾き出された砲弾は、上空でアトランタ級巡洋艦が吐き出した砲弾とすれ違う。 ルンガレシの艦橋に砲弾の飛翔音が響いた後、左舷側海面に多数の水柱が噴き上がった。 ルンガレシの砲弾も、敵1番艦の左舷側海面に落下した。 敵1番艦以下の駆逐艦も、次々と主砲を放って来た。それに対して、味方の駆逐艦群も応戦する。 敵1番艦が第2斉射を放つ。 ルンガレシも第2斉射を放ち、12発の砲弾が敵1番艦に注ぎ込まれた。 右舷側海面に多数の砲弾が突き刺さり、水柱が噴き上がる。 砲弾の大半は、ルンガレシの右舷側に至近弾となり、しばしの間、敵1番艦の姿が水柱に隠れた。 唐突に、後方で砲弾発射音とは異なる音が響いた。 「駆逐艦ザムーク被弾!」 後方の見張り員から報告が届く。 ルンガレシの後方を行く駆逐艦ザムークが敵駆逐艦の砲弾を浴びたのだ。 米駆逐艦の砲弾は、ザムークの第2砲塔に命中し、砲戦力をもぎ取ったものの、ザムークは健在であり、残った砲で応戦した。 突然、敵艦隊に動きが生じた。 「敵艦隊が左舷側に回頭します!」 ラガンガルは見張り員の言葉を聞くまでもなく、敵1番艦以下の敵艦隊が順繰りに回頭を行う様子を見つめていた。 672 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/05/28(土) 01 39 03 ID 5x/ol6rU0 米艦隊は、先頭のアトランタ級と2番艦、3番艦が砲火を放ちながら、左に回頭し続けている。 ルンガレシと駆逐艦部隊は、回頭を行う巡洋艦と駆逐艦目掛けて砲弾を撃ちまくる。 敵1番艦の艦体に砲弾が命中し、火災炎と思しき物がゆらめいた。 敵3番艦にも砲弾が命中する。僚艦の砲弾が数発、纏まって着弾したと思いきや、敵3番艦はいきなり大爆発を起こした。 その瞬間、ラガンガルは、敵艦隊の方角から発せられた凄まじい光量に、思わず度肝を抜かれた。 「うわ!?な、何だ!?」 ラガンガルは一瞬、右腕で自らの顔を覆い隠した。光は、すぐに収まった。 彼は右腕をどかし、すぐに敵艦隊の方角を注視する。 米艦隊の方角で、大火災を起こしながら停止している艦がいた。 艦首から艦尾まで炎に包まれたその艦は、あっという間の内に姿を消してしまった。 「敵駆逐艦1隻轟沈!」 見張り員が感極まった口調で知らせて来た。 「あの敵は、魚雷発射官か弾薬庫の誘爆を起こしたらしいな。敵に叩き付ける筈の兵器で沈められるとは、何とも不運な……」 ラガンガルは、戦場の厳しい現実を前にして、轟沈した敵駆逐艦に僅かながらも同情の念を抱いた。 彼の言う通り、敵駆逐艦は魚雷発射官に砲弾を食らい、大爆発を起こしていた。 誘爆を起こした魚雷は5本であり、実に2トン以上もの炸薬が敵艦の小さな艦体上で爆発を起こしたのだ。 たかだか2000トン程度の(それでも、駆逐艦クラスとしては大型の方だ)駆逐艦ではそれに耐え切れる筈が無く、米駆逐艦は 全艦火達磨となって沈んで行った。 爆沈した駆逐艦の生存者はゼロであった。 誘爆、轟沈した駆逐艦とは別に、更に1隻の敵駆逐艦が被弾し、火災炎を生じさせる。 「魚雷は?敵艦は魚雷を放っていないか!?」 ラガンガルは味方艦の戦果よりも、敵が放ったかもしれない恐ろしい兵器……魚雷が発射されたか否かが一番気になっていた。 敵艦隊は全艦が回頭を終えている。敵の動きからして、舷側の魚雷発射官から魚雷を発射した可能性がある。 ほどなくして、見張り員が伝えてきた。 「右舷方向より航跡!魚雷です!距離500グレル!」 「面舵一杯!」 ラガンガルは即座に命じた。 (やはり、敵艦隊は魚雷を発射していたか) 彼は心中で呟きながら、艦が早く回る事を祈った。 やがて、ルンガレシの艦首が回り始めた。艦首が右舷側を向け切る前に、ラガンガルは舵戻せと指示を飛ばす。 前方から魚雷の航跡が伸びて来る。その数は多い。 ルンガレシに習い、後続の駆逐艦群も一斉に回頭し、魚雷との対抗面積を減少させる。 ルンガレシの左右を、白い航跡が通り過ぎていく。 2本の魚雷が、かなり近い所まで接近して来たが、ルンガレシは幸運にも被雷を免れた。 残りの駆逐艦9隻も魚雷を食らわなかったが、その頃には、米艦隊は再び前進してきており、ルンガレシと9隻の駆逐艦は、敵艦の 横腹に艦首を向けた状態で砲撃を受け始めた。 「敵艦、発砲開始!」 「こっちも撃ち返せ!」 ラガンガルは、半ば苛立ったような口ぶりで指示を飛ばす。 ルンガレシが指向可能な前部2基、舷側の2基の主砲を放つ。 敵艦隊は主砲を放ちながら、ルンガレシ以下のシホールアンル艦隊めがけて、新たな魚雷を発射した。 「艦長!右舷側方向より魚雷!」 ラガンガルはすかさず窓の側に移動し、海面を眺める。 ルンガレシの右舷側から幾つもの魚雷が、白い航跡を引きながら突き進んで来る。 夜間であるため、航跡が見辛い。 ラガンガルは、魚雷の全てが、ルンガレシの後方に逸れる位置にある事に気付いた。 「針路、速力共にこのままだ!」 彼は艦をこのまま突き進ませる事を決めた。その直後、彼は自分の判断が間違っていた事に気づく。 1本の魚雷が、明らかに命中コースと思われる位置を突き進んで来た。 「!?」 彼は、思わず体を震わせた。 (しまった!) ラガンガルは、自らの判断ミスに後悔の念が湧き起こったが、魚雷は後悔に浸る事も許さぬとばかりに、ルンガレシの右舷中央部に突き刺さった。 白い航跡が舷側に向かって進んで来た、かと思うと、微かな振動が艦橋に伝わった。 ラガンガルは魚雷が爆発すると確信し、足を踏ん張った。 その直後、魚雷命中と思しき爆発音が響いた。 強烈な轟音が鳴り響いた時、ラガンガルはルンガレシの艦体が魚雷の爆発によって裂けたかと思った。 「艦長!後方のザムークが轟沈しました!」 耳に入って来たその報告に、ラガンガルが遂に、味方艦に犠牲が出たかと思った。 その次に、彼は自らの艦が何の不自由もなく動いている事に気付き、一瞬、唖然となってしまった。 「……どういう事だ?ルンガレシは魚雷を食らったんじゃないのか?」 彼は一瞬、訳が分からないとばかりに首を捻ったが、その疑問は瞬時に氷解した。 「敵魚雷、爆発せず!不発弾の模様!」 「……そうか。不発だったのか……」 ラガンガルはようやく、ルンガレシに被害が無い事に気付いた。 ルンガレシに命中した魚雷は、理想的な角度と速度で右舷側中央部に命中したが、魚雷は信管が作動せず、弾頭部を舷側に打ち付けただけに留まり、 魚雷本隊は海中に沈んで行った。 ルンガレシは、幸運にも被害を免れたが、僚艦はルンガレシほどの強運を持ち合わせていなかった。 ルンガレシのすぐ後方を走っていた駆逐艦ザムークは、中央部に2本の魚雷を食らい、轟沈した。 3番艦キュルベは艦首正面に魚雷を食らい、破孔から大量の海水を飲み込んだため、艦首部から急激に喫水を下げてから停止した。 5番艦アルズバは後部に被雷し、速力を大幅に低下させた所に、更にもう一本の魚雷を食らった。 2本目の魚雷はアルズバの艦首部の弾火薬庫の誘爆を起こし、一瞬にして艦の半分以上が炎に包まれた。 アルズバは大爆発を起こした後、大火災を生じ、洋上に停止した。 7番艦ティーウィカは中央部に1本の魚雷を受け、速力の低下を来した。 ティーウィカはこの1本の魚雷によって、機関部がほぼ全滅したため、最初はゆっくりであった速力の低下も、破孔部からの浸水と機関部損傷の 影響で急激に速力を落とし、最終的には右舷側に大きく傾いた状態で停止した。 米艦隊の雷撃により、4隻の駆逐艦が相次いで撃沈されたが、残ったルンガレシと、駆逐艦5隻は、すぐさま態勢を立て直して砲撃戦を挑んだ。 アトランタ級巡洋艦がルンガレシに対して矢継ぎ早に主砲を放って来る。 ルンガレシは舵を切り、転舵しながらも反撃の砲火を放つ。 アトランタ級巡洋艦とルンガレシは、3500グレルという比較的近い距離で、本格的な同航戦を開始した。 ルンガレシは、右舷側に指向出来るだけの主砲を向けて発砲を行う。 対するアトランタ級巡洋艦も左舷側に多数の砲を向けて砲撃して来る。 互いに2度、3度、4度と、激しい撃ち合いを繰り返す。 ルンガレシの艦首甲板に砲弾が命中し、爆炎と共に甲板の板材が海面、艦上に撒き散らされる。 先程放った射弾がアトランタ級の後部甲板に命中するや、アトランタ級は後部に火災を起こし、命中個所から炎をゆらゆらとたな引かせる。 ルンガレシが第5斉射を放った直後、2発の射弾が艦体に直撃し、艦橋にも振動が伝わる。 「アトランタ級の方が若干、発射速度が速いな。」 ラガンガル艦長は、アトランタ級の速射性能がルンガレシの発射速度を上回っている事に気付いた。 ルンガレシは、装填機甲の改良の結果、6秒、または5秒置きに砲弾を放てるようになっているが、砲弾の装填は人力で行うため、兵員が 疲労すれば発射速度は7秒から8秒、酷い時には10秒置きに1発、という事もある。 ルンガレシは今、アトランタ級と同じように、矢継ぎ早に砲弾を放っている。 敵に絶えず砲弾を浴びせ続ける為、全門一斉射ではなく、交互撃ち方を速めた様なやり方で砲撃を行っているが、発射速度は6秒から7秒置きに 1発と、やや遅い。 それに対して、アトランタ級巡洋艦は戦闘開始直後から今まで、5秒、または4秒置きに1発の割合で砲弾を放ち続けている。 また、アトランタとルンガレシが、舷側に向けられる砲の数にも差があった。 ルンガレシが対抗しているアトランタ級は、アトランタ級巡洋艦のネームシップ、アトランタであり、舷側には5インチ連装砲7基14門を 向ける事が出来たが、ルンガレシは4ネルリ連装砲6基12門と、僅かながら、砲の数でも敵に差を付けられている。 ルンガレシは、アトランタ級の速射性能に押され始めていた。 アトランタ級の砲弾が降り注ぐ度に、ルンガレシの艦体に穴が穿たれていく。 ある砲弾は、ルンガレシの中央部に取り付けられた銃座に命中し、連装式の魔道銃を粉々に打ち砕く。 別の砲弾は後部甲板に命中して火災を起こさせ、ルンガレシの艦影をおぼろげながらも浮かび上がらせる。 格好の目標を得たアトランタ級は、畳み掛けるように砲弾を放って来た。 アトランタ級の砲弾がルンガレシに殺到し、周囲に砲弾が落下して水柱が噴き上がる。 今度は2発が命中した。1発は中央部に命中し、火災を発生させた。 もう1発は、舷側の両用砲1基に命中し、これを爆砕した。 「右舷側2番両用砲損傷!射撃不能!」 報告を聞かされたラガンガルは、悔しさの余り歯噛みする。 「くそ!こっちの砲も、もう少し発射速度が早ければ!」 彼は忌々しげに呟くが、ルンガレシの砲弾も、アトランタ級に命中している。 アトランタは、ルンガレシに砲弾を7発命中させたが、アトランタも5発の砲弾を受けている。 命中個所は前部甲板と中央部、後部甲板と、艦体に満遍なく広がっている。 命中弾のうち、1発は空の魚雷発射官を直撃していた。 砲弾は発射官を爆砕しただけで終わったが、もしアトランタが魚雷を発射しなかったら、ルンガレシはアトランタに撃沈確実の 損害を与える事が出来たであろう。 アトランタは、被弾によって艦の各所から火災を起こしているものの、左舷側に指向出来る14門の5インチ砲は健在であり、圧倒的な 速射でルンガレシを叩きのめしつつある。 ルンガレシに新たな砲弾が命中する。 今度は1発のみであったが、その衝撃は大きかった。 「畜生!また食らったか!」 ラガンガルは衝撃に耐えながら、呻くように言う。 「第2砲塔に被弾!射撃不能の模様!」 彼は、見張り員の報告を聞くなり、半ば憂鬱な気分になった。 アトランタ級と本格的に交戦を開始して僅か5分足らずで、ルンガレシは4門の砲を使用不能にされた。 それに対して、ルンガレシは敵の戦闘力を全く削れていない。 全く、予期せぬ形で生じた米シ対空巡洋艦同士の戦いは、今の所、ルンガレシがアトランタに圧倒される形で推移しつつある。 「くそ!このまま押しまくられてしまうのか!」 ラガンガルは再び、悔しげな口調でそう言い放つ。 だが、ルンガレシはここで調子を取り戻し始めた。 ルンガレシが砲弾を放つ。その直後にアトランタ級の射弾が降り注ぎ、艦体の損傷が広がっていく。 敵艦の後部に閃光が煌めいた瞬間、一際激しい爆発が命中個所から湧き起こった。 「お……あれは。」 ラガンガルは、何かを期待するかのような気持ちで敵艦を注視した。 アトランタ級は更に射撃を続けるが、炎上する後部部分から発せられる光量は、先程と比べて明らかに小さい。 敵艦は、後部にある3つの砲塔のうち、2つ程を破壊されていた。 「敵1番艦に直撃弾!後部砲塔に命中した模様!」 その報告が艦橋にもたらされるや否や、艦橋職員達は一様に、喜びに満ちた表情を浮かべた。 喜ぶのも束の間、敵艦から放たれた射弾がルンガレシに降り注ぐ。 今度は3発が命中した。1発は後部甲板に命中し、火災を拡大させる。 もう1発は艦橋横の甲板に命中し、艦橋の側面に夥しい破片が突き刺さった。 最後の1発は後部艦橋の基部に命中し、そこから新たな火災を生じさせた。 ルンガレシが返礼とばかりに砲弾を放つ。 アトランタ級には、交互撃ち方で砲撃を行っているため、敵艦には絶えず砲弾が降り注ぐ。 敵艦の左舷側甲板に砲弾が命中し、爆炎が破片らしき物を噴き上げる。 後部甲板にも新たな砲弾が突き刺さり、爆発が起こる。 命中個所からは小さな火災炎がゆらめき、黒煙が艦の後部に流れていく。 アトランタも負けじとばかりに砲弾を放つ。 ルンガレシにアトランタ級から放たれた砲弾が降り注ぐ。10発もの5インチ砲弾が落下し、うち、2発がルンガレシに命中する。 後部付近から何かの破壊音と共に、強い振動が伝わって来た、と思いきや、一際大きな爆発音が鳴った。 「後部第3砲塔被弾!砲員は総員戦死の模様!」 矢継ぎ早に報告が届けられる。 「第3砲塔弾薬庫注水!」 ラガンガルは素早く命令を発した。 彼は、最後の爆発音が、砲塔内に残っていた砲弾が誘爆した音であると確信していた。 そうなった場合、第3砲塔は今、火災を起こしている可能性が高く、砲塔下部の弾薬庫に火災が及ぶ危険がある。 弾薬庫の誘爆が起きた場合、ルンガレシは確実に沈没するであろう。 事実、第3砲塔は火災を起こしており、その猛火は下部弾薬庫にも及びつつあった。 だが、ラガンガル艦長の咄嗟の判断が、ルンガレシを危機から救った。 「艦長!第3砲塔火薬庫、注水完了です!」 「よし、よくやった!」 ラガンガルは満足気に頷いた後、目の前の砲撃戦に意識を戻す。 ルンガレシの砲弾がアトランタの後部艦橋に命中し、そこから火災炎があがる。 アトランタ級は、後部に一際大きな火災を背負う事になり、その艦影がはっきりと見えるようになった。 「くそ、やはりあいつは前期型だったか……どうりで飛んで来る砲弾の量が多い訳だ。」 ラガンガルは眉をひそめながら呟く。彼は、それまでアトランタ級が前期型であるかもしれないと思っていたが、断定する事は出来なかった。 しかし、アトランタ級は自らの発する炎によって、ルンガレシにその姿をさらけ出した。 アトランタ級の砲弾が降り注ぎ、新たに1発がルンガレシに命中する。 今度の砲弾も艦橋横の甲板に命中し、一瞬だけ、爆炎が艦橋のスリットガラスの外に躍り上がるのが見えた。 「負けるな!撃ち続けろ!」 ラガンガルは仁王立ちになりながら、大声音で命じる。 「敵も手負いだ!押しまくれば倒せるぞ!」 彼の言葉に応えるかのように、ルンガレシの砲撃は続く。 アトランタ級の左舷側中央部に、新たな爆発が起こる。爆発光は2つ煌めいた。 1発は、舷側のやや後部にある両用砲を爆砕した。 爆発の瞬間、砲塔の上半分が吹き飛び、2本の砲身が宙高く吹き飛ばされていく。 もう1発の砲弾は、アトランタ級の2本ある煙突のうち、後ろ側にある煙突に命中した。 砲弾が炸裂した瞬間、アトランタは2番煙突の上半分をもぎ取られてしまった。 「敵艦に新たな火災発生!砲力が更に低下した模様!」 その報せを聞いたラガンガル艦長は、心が躍り上がる様な高揚感を感じた。 「ようし、その調子だ!」 ラガンガルは不敵な笑みを浮かべながら、快活のある声音でそう言い放つ。 アトランタ級の砲弾も落下して来た。 後部付近から一際、大きな衝撃と爆発音が伝わって来た。 「艦長!後部予備射撃指揮所に命中弾!」 「……了解。」 ラガンガルは報告を聞くなり、やや表情を暗くしたものの、砲戦力の更なる低下は見られないため、すぐに気を取り直した。 「まだ艦橋トップの射撃指揮所が残っている。ここと、主砲が残っている限りはまだ戦える。戦って、あのアトランタ級を仕留めてやる!」 (どちらの対空艦が強いのか……証明してやろうじゃないか!) ラガンガルは、心中でそう叫んだ。 ルンガレシが砲弾を放つ。その直後にアトランタ級の砲弾が落下し、ルンガレシの艦体が更に損傷する。 今度は3発が命中した。3発中2発は中央部に命中し、1発は艦首の錨鎖庫に命中した。ルンガレシの砲弾も敵に降り注ぐ。 ルンガレシの射弾は、1発だけが命中したが、これは後部に唯一残っていた4番砲塔に直撃した。 「敵巡洋艦の後部砲塔が完全に沈黙した模様!」 「ほほう……残るは、前部砲塔のみか。」 ラガンガルは、これで5分5分になったと確信する。 アトランタ級は、後部と舷側の砲塔を叩き潰され、残りは前部にある3基だけとなっている。 一方、ルンガレシは前部の第1砲塔と後部の第4砲塔、右舷側第2砲塔の3基6門が使える。 使用できる大砲は互いに6門のみであり、戦力的には互角と言える。 「ここからが正念場だぞ。」 ラガンガルは小声で呟きながら、83年10月2日に起きたマルヒナス沖海戦の事を思い出す。 当時、ラガンガルは、今日と同じように、ルンガレシを率いてアメリカ軍の巡洋艦部隊と戦っている。 あの時戦った巡洋艦は、アトランタ級よりも強力なクリーブランド級巡洋艦だったが、ラガンガルはルンガレシの速射性能で持って、 最終的にクリーブランド級に打ち勝つ事が出来た。 状況は、マルヒナス沖海戦の時と似ている。どちらが、相手の砲塔を全て吹き飛ばすか、または急所を叩くかで、全ては決まる。 だが、ラガンガルは、決して負けるつもりは無かった。 ルンガレシが砲弾を弾き出した。同時に、アトランタ級も前部砲塔から砲撃を行う。 彼我の砲弾が空中で交錯し、それぞれの目標に向かって行く。 着弾は、ほぼ同時であった。 唐突に、真上から激しい衝撃が伝わった。ラガンガルは、今までに経験した事の無い衝撃に耐え切れず、床に転がされてしまった。 「うぉ!?」 彼は転倒の際、右肩を床に打ち付けてしまった。 右肩からしびれる様な痛みが伝わり、彼はしばらく痛みに苦しんだ。 (くそ……骨をやられたか?) ラガンガルは心中で右肩の心配をしながらも、戦況を見守るべく、痛みに耐えながら体を起こした。 その瞬間、彼の耳に思いがけない言葉が響いて来た。 「艦長!主砲射撃指揮所に敵弾が命中!指揮所の要員は総員、戦死の模様!」 「………」 ラガンガルは、言葉を発する事が出来なかった。 だが、彼は心中で、今の状況を的確に分析していた。 (主砲射撃指揮所が破壊されたとなると……ルンガレシはもはや、効果的な射撃が出来ない事になる。ああ、なんともあっけない幕切れか……) ルンガレシはその後も交戦を続けたが、主砲射撃指揮所が破壊されてから2分後には、全ての砲塔を粉砕され、ルンガレシは完全に戦闘能力を失った。 巡洋艦部隊と駆逐艦部隊が戦っている間、TG58.7の主力である2隻のアラスカ級巡戦も交戦を開始しようとしていた。 「敵艦との距離、19000メートル!」 TG58.7旗艦であるトライデントは、左舷前方に敵の主力艦群を迎える形で、30ノットの高速で進んでいる。 「大分距離が縮まって来たが、敵はまだ撃たんのか。」 デュポーズ少将は、暗闇の向こう側に居る敵艦隊を見つめながら、ぼそりと呟く。 敵戦艦群の姿は視認出来ないが、トライデントのレーダーは、トライデント、コンスティチューションと同じように、30ノット以上の 速力で驀進する敵戦艦3隻を捉え続けている。 「司令。敵戦艦群は一向に針路を変えませんな。」 マックベイ艦長がデュポーズに語りかける。 「敵がこの先、針路を変えるかどうかまでは分からんが、この調子で行くと、恐らく、敵は反航戦でトライデントとコンスティチューションに 挑もうとしているのかも知れん。」 「反航戦ですか……少しきついですな。」 マックベイ艦長は眉をひそめながらデュポーズに言う。 「反航戦で戦うよりも、同航戦で戦った方がやり易いのですが。」 「私も同感だが、敵が反航戦を挑んで来るのならば、受けて立つしかあるまい。」 デュポーズはぶすりとした口調でマックベイに返した。 既に、トライデントの前部第1、第2砲塔は仰角を上げ、敵艦に向けられている。 敵艦に向けられている砲は、主砲だけではなく、前方に指向可能な5インチ連装両用砲も2基が、暗闇の向こう側に2門ずつの砲を向けている。 「敵艦との距離、18000メートル!」 CICのレーダー員が、機械的な口調で距離を知らせて来る。 トライデントの艦橋内は、戦闘開始前の緊張感に包まれている。 デュポーズも、マックベイを始めとする艦橋要員も、戦闘が始まるその瞬間を、今か今かと待っていた。 「旗艦より通達。射撃距離、16000。トライデント、コンスティチューション、目標、敵1番艦!」 唐突に、デュポーズが命令を発した。 デュポーズの命令は、隊内無線を通じて、2番艦コンステレーションに伝えられた。 「敵艦との距離、17000メートル!」 レーダー員の声がスピーカー越しに響く。 (敵はまだ撃たぬのか……) デュポーズは、敵戦艦群が沈黙を続けている事が気になった。 アラスカ級巡戦の初陣となったトアレ岬沖海戦では、ネームシップのアラスカが敵戦艦2隻を相手に大立ち回りを演じているが、この時、 アラスカは19000で射撃を開始し、敵戦艦2隻もほぼ同じ距離で砲撃を開始している。 だが、2隻のアラスカ巡戦と対抗している敵戦艦3隻は、距離が17000メートルを切った今でも、一向に射撃を開始しない。 (敵の指揮官もまた、自分と同じように、夜戦での遠距離砲戦はやり難いため、より接近してから砲撃を行おうと考えているのか?) ふと、デュポーズはそう思った。 だが、状況は違う方向に……ある意味では良い方向に流れた。 「司令!敵戦艦部隊が左に転舵を行います!あっ!舷側より発砲炎!」 見張りの声が聞こえたかと思うと、トライデント前方上方に照明弾が輝いた。 3隻の敵戦艦は、急に回頭を始めた、と思った瞬間に舷側の両用砲から照明弾を放つと同時に、全ての主砲を1番艦、トライデントに向けつつあった。 「本艦上空に照明弾!」 デュポーズはその報告を聞くや、カッと目を見開き、張りのある声音で命令を発した。 「変針!針路350度!」 デュポーズの命令を聞いたマックベイ艦長は、即座に命令を伝える。 「面舵一杯!針路350度!」 「アイアイサー!」 トライデントの航海科に命令が伝わり、操舵員が舵輪を勢いよく回す。アラスカの艦尾部にある舵が反応し、艦を右へと回頭させようとする。 トライデントは重量が32900トンと、新鋭戦艦並みの重量があるため、すぐには丸事が出来ない。 艦が回頭する直前、先に回頭を終わった敵戦艦3隻が一斉に主砲弾を放って来た。 「敵艦発砲!」 見張りが絶叫めいた口調で報告して来る。 デュポーズは見張りの声を聞くまでもなく、自らの目で敵戦艦3隻が、その主砲から火を噴く様子を凝視していた。 トライデントの艦首が鮮やかな速度で回り始める。 デュポーズの居る艦橋部は、甲板よりも高い部分にあるため、回頭時の揺れが強く感じた。 トライデントの上空に、耳鳴りのような飛翔音が鳴り響いて来た、と思った直後、トライデントの左舷側海面と、左舷側前方の海面に多数の水柱が噴き上がった。 水中爆発の衝撃が、トライデントの艦底部を叩き、艦橋の揺れが幾分大きくなった。 「本艦の左舷側海面に敵弾落下!敵弾の一部は左舷側50メートル程の位置に落下しています!」 その報告を聞いたデュポーズは、背筋が凍りついた。 (危なかった……少しでも命令を出すのが遅れていたら、このトライデントはやられていただろうな) デュポーズは、自分の出した命令のお陰で、敵弾を紙一重で避けられた事と、トライデントが早々と戦闘不能に陥り、ひいては、第15戦艦戦隊の 敗北に繋がりかねない事態を避けた事に、しばし安堵した。 「司令!トライデント、回頭終わりました!」 マックベイ艦長が報告を伝えて来る。それから5秒後に、見張り員からも報せが届く。 「後方のコンスティチューションも回頭を終えた模様!」 デュポーズは頷きながら、敵戦艦3隻に視線を向ける。 トライデントに一斉射撃を加えた敵戦艦3隻は、仕切り直しとばかりに主砲を発射する。 「ようし、今度は俺達の番だ!」 デュポーズは、唸る様な声で呟いた後、凛とした声音で命令を発した。 「主砲、左砲戦!トライデント目標、敵1番艦!コンスティチューション目標、敵2番艦!」 デュポーズの命令に従い、2隻の巡戦の砲術科員は、狙いを敵戦艦に定めていく。 それぞれの1番砲塔と2番砲塔。そして、3番砲塔が敵艦に向けられ、砲が生き物のように微調整を繰り返しながら、敵艦への砲弾を発射するべく、 準備が整えられていく。 敵戦艦の主砲弾が、トライデントの右舷に落下して来た。 敵艦は、1番艦と2番艦がトライデントを狙っているのか、6発の砲弾が前後して降り注ぎ、水柱を跳ね上げた。 敵艦は更に、第2射を放つ。この時、発砲炎が一瞬ながらも、敵1番艦の姿を露わにした。 その箱型艦橋と、ごつごつとした何か(後に両用砲の群れとわかる)に覆われている中央部。そして、艦首側に2基、艦尾側に1基配置された主砲塔。 「マレディングラ級巡洋戦艦だな。」 デュポーズは、即座に敵艦の正体を見抜いた。 「アラスカ級巡洋戦艦のライバルが来るとはな。これは、負けられない戦いになるぞ。」 彼は、闘志のこもった口調でそう言い放った。 「司令!トライデント、コンスティチューション、射撃準備完了しました!」 デュポーズは頷いてから、命令を発した。 「撃ち方始め!」 命令が下るや、トライデントの主砲が火を噴いた。 各砲塔の1番砲塔がまず、砲弾を放つ。長砲身の主砲から弾き出された14インチ砲弾は、弧を描いて敵1番艦に降り注ぐ。 「弾着……今!」 その声と共に、トライデントの主砲弾が落下する。 第1射3発は、敵1番艦を飛び越えてしまった。 「最初はあんな物だな。」 デュポーズは達観した口調で呟く。敵1番艦と2番艦の主砲弾がトライデントに降り注いで来た。 最初の3発は、トライデントの左舷側200メートルの海面に落下した。その2秒後に、トライデントの右舷側海面に3本の水柱が立つ。 敵1番艦はトライデントの左舷側に砲弾を落下させたが、敵2番艦の砲弾は全て遠弾になったようだ。 トライデントが第2射を放つ。少しばかり時間が経ってから、3発の砲弾が敵1番艦目掛けて落下する。 第2射弾は、敵1番艦の右舷側に1発、左舷側に2発が落下した。 「敵1番艦を狭叉!」 早くも狭叉弾を与えた事により、報せを送って来る見張り声音が、興奮で上ずっていた。 敵1番艦と2番艦が第3射を放ってから5秒後に、トライデントが第3射を放つ。 トライデントの射弾が弾着する前に、敵1番艦と2番艦の砲弾が落下する。 今度は、敵1番艦の砲弾が遠弾となり、敵2番艦の砲弾が全て近弾となった。 先程とあべこべな展開になったが、デュポーズはトライデントに伝わった振動が先の第2射弾よりも大きい事から、敵1番艦と2番艦も 射撃の精度を上げて来ていると確信する。 水柱が崩れ落ち、トライデントの目の前に再び、敵1番艦が姿を現す。 敵1番艦は、後部甲板から火災炎を発していた。先の第3射弾のうち、1発が命中したのだ。 「敵1番艦に直撃弾!火災発生!」 「砲術、一斉撃ち方に切り替えろ!」 マックベイ艦長はすかさず、一斉撃ち方に切り替えさせる。 トライデントの主砲がしばしの間、沈黙する。 敵1番艦と2番艦は、今のうちと言わんばかりに第4射を放った。 敵巡戦の主砲弾が、トライデントの周囲に落下する。最初に、敵1番艦が放った砲弾が落下して来た。 トライデントの右舷側海面に3本の水柱が立ち上がる。その直後に、敵2番艦の砲弾が降り注いで来た。 デュポーズは、3度の爆発音と、右側から来る揺れを感じた後、左右からやや強い揺れを感じた。 「む……今の揺れは……」 デュポーズはハッとなった。敵2番艦の砲弾は、トライデントの右舷側海面と、左舷側海面に落下したと思われる。 それはつまり、トライデントが敵2番艦に狭叉弾を与えられた事を意味していた。 「敵2番艦、トライデントを狭叉しました!」 「むう……まずいな……」 デュポーズは不安げな口調で呟く。だが、不安に駆られるのも束の間であった。 トライデントの主砲が第1斉射を放った。 3連装3基9門の主砲は、やや発射間隔をずらして砲弾を放っているが、55口径14インチ砲9門の斉射音は、間隔がずれている事など 分からぬほど強烈であった。 デュポーズは、初めて経験する実戦での戦艦の斉射に、心中で驚かされていた。 (アラスカの14インチ砲は、アイオワ級の17インチ砲と比べて見劣りするかと思っていたが、実際に間近で斉射を体験してみると、かなり凄いぞ) 彼は、14インチ砲の斉射に舌を巻きながらも、敵1番艦を凝視した。 敵1番艦が第5射を放つ。その直後、第1斉射弾が次々と降り注いだ。 敵艦の中央部と後部に命中弾と思しき閃光が煌めき、命中個所から爆炎が噴き上がった。 「2弾命中!」 見張りが艦橋に報告を伝えて来る。 トライデントの主砲弾は、敵1番艦の右舷側中央部にある2基の連装両用砲を爆砕した他、後部甲板に命中した砲弾は最上甲板を突き破り、無人の 兵員室で炸裂して火災を起こさせた。 トライデントにも、敵1番艦と2番艦の主砲弾が落下して来る。 敵1番艦の主砲弾はトライデントの左舷側に落下したが、敵2番艦の砲弾は1発が、トライデントの左舷側後部に命中した。 砲弾が艦体に命中した瞬間、トライデントの艦体がひとしきり、激しく揺れた。 「!?」 デュポーズは、その衝撃に仰天しながらも、なんとか耐えた。 「左舷側後部に被弾!左舷4番両用砲損傷!」 被害報告が艦橋に届けられる。 自艦の被弾をよそに、トライデントは第2斉射を放った。 程無くして、敵1番艦に9発の14インチ砲弾が降り注ぐ。敵1番艦の周囲に水柱が高々と吹き上がり、その中に2つの爆発光がきらめく。 水柱が崩れ落ちると、敵1番艦の全容が明らかになった。 敵1番艦は、新たに前部甲板からも火災を起こし、黒煙をたな引かせている。 敵艦が第6射を放つが、敵2番艦は主砲を沈黙させていた。 その敵2番艦は、コンスティチューションの第7射弾を受けた。 「コンスティチューション、敵2番艦に直撃弾!」 「ようし、コンスティチューションも乗って来たな」 デュポーズは、指揮下の巡戦2隻が、ようやく本領を発揮し始めた事に対して、満足感を覚えていた。 敵1番艦の第6射弾が降り注いで来た。驚く事に、敵1番艦はトライデントに狭叉を浴びせた。 「敵1番艦、本艦を狭叉!」 見張りがやや、声を震わせながら報告を伝えて来る。 トライデントは、そんな事知らぬとばかりに、轟然と第3斉射を放った。 同時に、敵2番艦もトライデント目掛けて、最初の斉射弾を撃ち放って来た。 トライデントの第3斉射弾が敵1番艦に降り注ぐ。デュポーズは、敵1番艦が水柱に囲まれる中、敵艦の中央部と後部に爆発光を確認した。 その直後、トライデントにも敵2番艦の斉射弾が降り注いだ。 敵の主砲弾が甲高い轟音をがなり立てながら落下し、周囲に水柱が噴き上がる。トライデントの艦体が被弾により、強く揺れた。 揺れは、間も無く収まった。 「本艦、敵弾3発を被弾!左舷側中央部並びに、後部甲板で火災発生!」 再び、被害報告が艦橋に届けられた。 敵2番艦の主砲弾は、3発がトライデントに命中していた。 砲弾2発は後部甲板に命中して甲板に大穴を開け、左舷中央部命中した砲弾は、左舷側2番両用砲と40ミリ4連装機銃2基、20ミリ機銃3丁を 破壊し、無数の破片を艦上に撒き散らした。 トライデントは損害を被りつつも、9門の主砲を用いて第4斉射弾を放つ。 敵1番艦も第7射を放った。後方のコンスティチューションが、2番艦目掛けて第1斉射を放つ。 後方から、55口径14インチ砲9門の斉射音が響く。デュポーズは、その轟音を頼もしげに聞いていた。 トライデントの第4斉射弾が敵1番艦に降り注いだ。今度は1発が敵1番艦の艦橋に近い所で命中した。 「おっ……もしや……」 デュポーズは、命中個所が艦橋に近い事から、敵1番艦が艦橋職員に被害を出し、人事不省に陥って砲撃に支障が出る事を期待した。 だが、敵1番艦は先の被弾で戦闘力を失わなかった。 敵1番艦が第1斉射を放った。その光量は、最初に放った一斉射撃とほぼ同じ大きさだ。 敵2番艦の第2斉射弾がトライデントに殺到する。次の瞬間、トライデントは至近弾による衝撃と、命中弾爆発による2重の衝撃に強く揺さぶられた。 「おのれ、また食らったか!」 デュポーズは忌々しげに呟く。敵2番艦の第2斉射弾が命中してから10秒後に、敵1番艦の斉射弾も降り注いで切る。 またもやトライデントの艦体に敵弾が命中し、次いで、至近弾の衝撃が頑丈な筈のトライデントの艦体を頼りなく感じさせるほど、強く揺らした。 「左舷中央部並びに後部甲板に被弾!火災発生!」 トライデントは、この被弾の際にも主砲に損害を受ける事は無かった。 第5斉射が放たれ、トライデントの左舷側が真っ赤に染まる。 砲弾が、敵1番艦に降り注ぎ、周囲で水柱を噴き上げ、同時に敵1番艦の前部甲板と中央部に命中弾と思しき閃光が煌めく。 それから28秒後、トライデントが第6斉射を撃ち放つ。敵2番艦も第3斉射を放ち、その5秒後に敵1番艦も第2斉射を放った。 第6斉射弾が敵1番艦の周囲に落下し、またもや林立する水柱に覆われる。 直後、敵1番艦の後部付近で命中弾炸裂の閃光がきらめく。その後、紅蓮の炎が命中箇所から上がった。 敵2番艦と敵1番艦の主砲弾もトライデントに目掛けて落下した。 敵2番艦の砲弾は2発が、敵1番艦の砲弾は1発が命中した。命中弾を受ける度に、トライデントの32900トンの艦体は激しく揺さぶられ、 艦の損傷が蓄積していく。 「前部甲板に被弾!火災発生!」 「左舷側射撃レーダー損傷!使用不能の模様!」 「左舷第1両用砲損傷!左舷側両用砲は全滅です!」 艦橋に、ダメコン班から次々と報告が送られて来る。トライデントの甲板上の被害は無視しえぬ物になっており、火災も徐々に拡大しつつある。 だが、トライデントのヴァイタルパートは、何発もの砲弾を食らいながらも、敵弾の貫通を許していなかった。 「流石はアラスカ級巡戦だ。分厚い装甲を施した甲斐があったな。」 デュポーズはニヤリと笑みを浮かべた。 トライデントが第6斉射を放って28秒後に、9門の主砲から第7斉射が放たれる。 それから数秒後、敵1番艦が第3斉射を放つが、この時、デュポーズは敵1番艦の後部付近から、発砲炎が見えなかった事に気が付いた。 「……ははぁ、敵艦は後部の主砲塔を破壊されたか。」 敵1番艦は、先の第6斉射弾によって、後部の第3砲塔を破壊されていた。 トライデントの14インチ砲弾は、敵1番艦の第3砲塔の天蓋に命中。砲弾は天蓋を貫通して砲塔内部で炸裂し、第3砲塔を爆砕した。 第3砲塔は真っ赤な炎を噴き上げ、濛々たる黒煙を噴き上げた。 敵2番艦が第4斉射を放つ傍ら、敵1番艦にトライデントの第7斉射弾が放つ。 敵1番艦の後檣に命中弾と思しき閃光が煌めき、直後に爆炎と、夥しい破片が高々と舞い上がる。 敵1番艦の中央部にも砲弾が命中し、爆発と共に炎と煙が噴き上がるのが見える。 トライデントに、敵1番艦の第3斉射弾が落下して来た。 その次の瞬間、トライデントの周囲に水柱が林立し、次いで、艦橋に強い衝撃が伝わった。 「ぬお!?」 デュポーズは、思わず姿勢を崩し掛けたものの、何とか耐えきる事が出来た。 「左舷甲板に被弾!見張り員戦死!」 先程の見張り員とは違う声が艦橋に響く。その声の主が、戦死した見張り員の交代要員である事は容易に想像が付いた。 敵2番艦の斉射弾も落下する。またもや、トライデントの周囲に水柱が湧き立つ。 不思議な事に、敵2番艦の砲弾は1発も命中しなかった。 「敵2番艦の奴、この期に及んで外すとは。」 デュポーズはぼそり呟いた。 トライデントが第8斉射を放つ。55口径14インチ砲9門が力の限り咆哮し、敵1番艦に9発の14インチSHS弾を叩き込む。 敵1番艦と敵2番艦も斉射弾を放つ。この時、見張り員から朗報が飛び込んで来た。 「敵2番艦、砲塔1基を喪失した模様!」 その報せを聞いたデュポーズは、コンスティチューションもトライデントに劣らず、奮闘しているのだなと思った。 敵1番艦に9発の14インチ砲弾が殺到し、次々と水柱が噴き上がる。 敵1番艦の艦首部に爆発が起こり、何かの破片が宙高く噴き上がる。敵1番艦の第1砲塔付近で炸裂の閃光が湧き起こり、直後、炎と 黒煙が後方にたな引き始める。 更に、後檣寄りの位置に3発目の砲弾が命中し、派手に爆炎を噴き上げた。 トライデントにも、敵1番艦の第4斉射弾、敵2番艦の第6斉射弾が殺到する。 前後して、6発ずつの砲弾が落下し、トライデントの艦体が至近弾炸裂の衝撃と、被弾の振動でしたたかに揺らされる。 「後檣基部に命中弾!火災発生!」 「後部甲板に命中弾!後部兵員室の損害拡大!」 「左舷中央部に敵弾命中!火災が拡大します!」 トライデントの被害も次第に大きくなりつつある。 9門の主砲は依然健在だが、何発もの砲弾を浴びた左舷側甲板や前部甲板、後部甲板では火災が発生し、艦の後方にかなりの量の黒煙が たな引いていている。 傍目から見れば、大破炎上した艦が、無理強いしながら突っ走っているようにも思える光景だ。 彼我の距離は尚も詰まりつつあり、今では15000メートルという、戦艦同士の砲撃戦にしては至近と言っても良い距離で殴り合いを続けている。 トライデントが第9斉射を撃ち、9発の14インチSHSを敵1番艦に叩き付ける。 その時、敵1番艦の後方にいる敵2番艦が、一際激しい爆発を起こし、敵1番艦の後部部分がその爆発光に照らし出された。 「敵2番艦!中央部より大火災!」 「おぉ、コンスティチューションが敵2番艦に重傷を負わせたか!」 デュポーズは、僚艦の奮闘ぶりに、やや弾んだ声音でそう言った。 コンスティチューションの斉射弾は、1発が敵2番艦の中央部に命中し、両用砲弾庫の収められていた100発以上の両用砲弾を誘爆させた。 敵2番艦はこの大爆発で中央部から大火災を生じ、艦の中央部はめらめらと燃え盛る炎に覆われた。 だが、敵2番艦は重傷を負いながらも、尚、機関部と残りの主砲塔は健在であった。 ダメコン対策に奔走していたのは、アメリカ海軍だけではなく、シホールアンル海軍でも同様であった。 敵2番艦の応急修理班は、右舷側3番両用砲弾庫が誘爆した瞬間、瞬時に隣接する2番両用砲弾庫と4番両用砲弾庫の注水を行った。 マレディングラ級巡洋戦艦の防御力は、新鋭戦艦には劣る物の、防御はかなり整っており、両用砲弾庫の誘爆だけでは沈まない構造になっていたが、 それでも複数の弾薬庫が誘爆すれば大破は免れず、最悪の場合、主砲弾薬庫の誘爆も招きかねないため、応急修理班の指揮官は独断で、2番、4番 両用砲弾庫の注水を命じた。 その結果、敵2番艦……もとい、巡戦ミズレライスツは、3番両用砲弾庫の誘爆で大損害を被った物の、艦深部の機関部や主砲塔には損傷が及ぶ事は 無く、砲撃を続行できた。 アラスカの第9斉射弾が敵1番艦に落下する。1発が、敵1番艦の第1砲塔に命中し、これを粉砕した。 もう1発が中央部に命中。この砲弾は、敵1番艦の最上甲板を貫通した後、第2甲板、第3甲板も貫通して、第4甲板の無人の工作室で炸裂した。 その直後、敵1番艦が第5斉射、敵2番艦が第7斉射を放って来た。 「敵1番艦の発砲炎がまた弱くなっている。先の被弾が、前部甲板の第1砲塔か第2砲塔を傷付けたな。」 デュポーズは、敵1番艦の砲戦力が最初と比べて、かなり弱体化している事に気付いた。 彼の言う通り、敵1番艦は第1砲塔と第3砲塔を損傷し、残りは第2砲塔が使えるのみとなっていた。 敵1番艦と2番艦の射弾が殺到して来る。幾度となく聞いた飛翔音がトライデントの頭上に鳴り響いた、と思った瞬間、弾着の衝撃が トライデントの艦体を強く揺さぶった。 唐突に、目の前で強烈な爆発が鳴り響き、スリットガラスの前面で紅蓮の炎が躍りあがった。 「まさか……!」 マックベイ艦長は、艦橋前面に躍り上がった炎を見た瞬間、顔を青ざめさせ、揺れが収まるや、すぐに艦橋の側に走り寄った。 「おのれ……第2砲塔が……!」 マックベイ艦長の目には、敵の主砲弾によって破壊された第2砲塔の姿が映っていた。 トライデントには、敵1番艦と敵2番艦の主砲弾が降り注いだ。 先に落下したのは敵2番艦の主砲弾で、これは後檣手前に落下してヴァイタルパートを貫通し、第3甲板で炸裂した。 次に落下したのは、驚くべき事に、敵1番艦の斉射弾であった。 敵1番艦の砲弾は、1発がトライデントの第2砲塔に命中した。 敵弾はトライデントの厚さ150ミリの天蓋を斜め上に落下し、そこで炸裂した。砲弾は砲塔の上面装甲を貫通しきれなかったが、砲弾本体は 天蓋の装甲板の半ばまで食い込んでいたため、炸裂した瞬間、爆発エネルギーが裂け目に集中、天蓋を突き抜け、爆炎が第2砲塔内に躍り込んだ。 第2砲塔は、3本の主砲は敵艦を睨んでいるものの、天蓋はざっくりと裂け、その破孔部からは濛々と黒煙が噴き上がっていた。 砲塔内に居た砲員は、全員が戦死し、砲塔内部も滅茶苦茶に破壊されてしまった。 トライデントは、これで砲戦力の3割を失った事になる。 マックベイ艦長は、火災の延焼による主砲弾火薬庫誘爆を避けるため、即座に第2砲塔火薬庫注水を命じた。 第2砲塔の火薬庫注水が行われている間、残った6門の主砲が第10斉射を放った。 砲弾は、敵1番艦が新たな斉射弾を放つ前に落下した。 デュポーズは、敵の前部砲塔がある辺りに、再び砲弾命中の閃光が煌めくのを、自らの目で確認した。 トライデント艦上からは詳細が分からなかったが、トライデントの放った砲弾のうち、1発は敵1番艦の第2砲塔の正面に命中した。 敵艦の砲塔正面は、340ミリ相当の装甲が施されており、敵艦も自艦から放たれた砲弾に耐えうると言う要件を満たした防御力を 誇っていた。 更に、砲塔正面は傾斜がかけられており、部分的には340ミリ以上の厚みがあるため、角度によっては砲弾が弾き飛ばされる可能性もあった。 だが、アラスカ級巡戦の持つ55口径14インチ砲弾は、その特徴である高初速でもって、距離17000メートル以内では、厚さ390ミリ 相当の装甲板でも貫通する威力を有している。 故に、敵艦の主砲塔は、真正面から14インチ砲弾を食らい、たちまち爆砕された。 敵1番艦には、もう1発の砲弾が落下する。 命中箇所は中央部付近であり、これは分厚い装甲板を難無く貫通して、艦深部の前部機関室で炸裂した。 砲弾が命中し、爆発する。敵1番艦は艦体から爆炎と煙を噴き出した後、更に斉射弾を放とうとしたが、それはもはや、不可能であった。 そればかりでなく、敵1番艦は徐々に速力を落としながら、左舷に回頭し始めた。 敵1番艦の艦上から、主砲発射の発砲炎が煌めく事は、もはや無かった。 「敵1番艦沈黙!」 見張りの声が響いた瞬間、艦橋に歓声が爆発した。 トライデントは敵1番艦と2番艦を相手取りながら、敵1番艦を沈黙に追い込む事に成功したのだ。 この時は、ひたすら冷静さを取り繕っていたデュポーズさえも、感極まってガッツポーズをした程であった。 更に朗報は続く。 「コンスティチューション、敵2番艦に有効弾を与えた模様!」 デュポーズは見張りの声を聞いた後、艦橋の側に駆け寄って、双眼鏡で敵2番艦を見つめる。 敵2番艦は、敵1番艦のように、全ての主砲塔を粉砕されてはいなかったが、中央部と後部甲板付近から大火災を発生している。 それに加えて、敵2番艦は、若干艦容が変わっているように思える。 デュポーズは、敵2番艦の様子が気になり、艦橋に視線を集中するが、その時、敵2番艦は新たな斉射弾を放って来た。 敵2番艦は前部2基の主砲塔が健在であり、残った6門の主砲を全て放って来た。 「コンスティチューションは、敵2番艦の戦闘力を完全に奪っていなかったか。」 デュポーズは顔をしかめながら呟く。見張りは一体、何を見てコンスティチューションが有効弾を与えたのかと思ったが、その意味は、 間も無く理解できた。 敵2番艦の砲弾が弾着した。不思議な事に、弾着点はトライデントを飛び越えていた。 「……射撃精度が悪いな。」 デュポーズは、不思議そうに呟くが、その時、彼は、敵2番艦の前檣の形が変わっていた事に気付き、すぐに敵2番艦に視線を向ける。 「……なるほど、そう言う事か!」 彼は、思わず声を上げてしまった。 敵2番艦は、コンスティチューションの主砲弾によって、艦橋トップを吹き飛ばされていた。 そのため、主砲射撃指揮所を失い、有効な射撃ができないでいた。 敵2番艦はその前にも、後檣を爆砕されていたため、敵2番艦が精度の高い統制射撃を行う事は、完全に不可能となっていた。 敵2番艦は更に斉射弾を放つが、悲しい事に、砲弾は見当外れの海面に落下した。 コンスティチューションの新たな斉射弾が、敵2番艦に命中した。 この被弾で、新たに主砲塔1基を爆砕された敵2番艦は、溜まりかねたかのように回頭を行った。 「コンスティチューション、敵2番艦を撃退しました!」 「ようし、これでこっちが有利になったぞ!」 デュポーズは、誇らしげな口調でそう言いながら、新たな命令を発しようとした。 だが、その直後、彼の耳に凶報が飛び込んで来た。 「コンスティチューションより緊急信!我、舵機損傷により操舵不能!」 「な……」 デュポーズは思わず絶句してしまった。 トライデントが敵1番艦を狙う傍ら、敵2番艦に撃たれまくっていたように、コンスティチューションも敵3番艦から一方的な砲撃を 浴びせられていた。 コンスティチューションは、敵3番艦の主砲弾を17発も食らい、第3砲塔は、砲塔基部の命中弾によって旋回不能に陥り、艦の左舷側 中央部と後部からは火災と被弾のため、対空火器が全滅するという大損害を被っていた。 その上、コンスティチューションは、敵弾の水中弾効果によって艦尾付近に破孔を穿たれ、浸水のため舵機室が冠水し、使用不能となった。 このため、コンスティチューションは舵が右に固定されたまま、緩やかに右回頭をするだけとなってしまった。 こうなってしまっては、砲撃を行うどころでは無く、コンスティチューションは敵2番艦を撃破した代わりに、3番艦に撃破される破目に陥ってしまった。 「コンスティチューション、隊列から落伍します!」 「畜生、一難去って、また一難か……!」 デュポーズは唸る様な声音で呟くが、すぐに意識を切り替え、新たな命令を発する。 「目標、敵3番艦!」 デュポーズの命令を受け取ったマックベイ艦長が、すぐに指示を飛ばす。 トライデントは、残った第1、第3砲塔を敵3番艦に向けた。 暗闇の向こうの敵3番艦は、トライデントに向けて照明弾を放とうともしない。 「こっちが火災炎を引きずって姿を丸出しにしているから、照明弾を放つ必要は無い、と言う事か。」 隣のマックベイ艦長が悔しげに呟く。 トライデントには、まだSGレーダーが残っており、その正確な位置情報は常にCICから伝えられているため、砲撃を行いやすいが、 もともと、水上レーダーは射撃照準レーダーでは無いため、主砲の射撃は、専ら光学照準射撃でもって行われる。 要するに、米艦艇はレーダーを従とし、光学照準を主としているのだ。 海軍内では、SGレーダーを用いて射撃を行う事をレーダー照準射撃と呼ぶ事があるが、これは間違いであり、本当はレーダーの位置情報を 頼りに光学照準射撃で砲撃を行っているにすぎない。 そのため、射撃精度は、レーダーを使わない時よりは良い物の、完璧かつ、正確な射撃を行う事では無いため、射撃精度は最初から満点と 言う事では無い。 先程の砲撃で、トライデントとコンスティチューションが僅か数回とは言え、空振りを繰り返しているのがその証拠である。 対して、敵は、炎を纏ったトライデントに狙いを付ける為、最初からトライデントよりも精度の良い射撃を行う可能性が高い。 それに加え、トライデントは手負いであるに対して、敵3番艦は無傷のままである。 また、砲撃を受けなかったとはいえ、僚艦コンスティチューションを脱落させたその腕前は認めざるを得ない。 トライデントが、敵3番艦と不利な砲戦を行う事は、ほぼ確実であると思えた。 「敵3番艦、主砲発射!」 見張りが切迫した声音で報告を伝えて来る。程なくして、敵3番艦の砲弾が落下して来た。 トライデントの右舷側50メートル程の海面に、9本の水柱が噴き上がり、艦体が水中爆発の衝撃でしばし揺さぶられた。 「敵は最初から斉射を放って来たか!」 マックベイ艦長は焦りのこもった口調で呟いた。 敵3番艦の斉射は、コンスティチューションへの砲撃で腕ならしが出来たためか、最初から精度が良かった。 最初の斉射から40秒後、砲術科員の測的完了という報告と同時に、敵3番艦が第2斉射を放った。 「砲術!こちらも斉射で行くぞ!」 マックベイ艦長は、思い切って斉射弾を放つ事を決めた。 敵3番艦の第2斉射弾が落下する前に、トライデントは敵3番艦に対する第1斉射を放った。 その直後、敵弾が轟音を上げながら、トライデントに落下して来た。 驚くべき事に、敵の第2斉射弾は、トライデントを狭叉した。 「何と言う事だ……」 さしものデュポーズも、敵3番艦の射撃精度の前には唖然とするしか無かった。 「弾着……今!」 見張り員の声が聞こえると同時に、14000メートルの向こう側に居る敵3番艦に第1斉射弾が落下する。 砲弾は全て、敵3番艦を飛び越えていた。 「くそ……最後の最後で、とんでもない敵と出くわすとは!」 デュポーズの耳に、マックベイ艦長の呪詛のような声音が響いた。 敵駆逐艦部隊との激闘を制した第68駆逐隊の4隻の駆逐艦は、トライデントと敵3番艦の砲撃戦に乱入してきた。 第68駆逐隊司令であるアーロン・ウィルソン大佐は、司令駆逐艦シャノンの艦橋で、互いに大口径砲弾を撃ち合う両艦を交互に見やった。 「艦長!どうやら、トライデントは押されているようだぞ。」 「まずい状況ですね……早く射点に到達しないと、トライデントもコンスティチューションの二の舞になりかねません。」 駆逐艦シャノン艦長ジェレミル・ハマー中佐がそう言うと、ウィルソン大佐も深く頷いた。 「まっ、俺達は、そんな事をさせるつもりはないが。」 ウィルソン大佐は獰猛な笑みを浮かべた。 「代わりに、残った魚雷を、シホットの戦艦にぶち込んでやる。」 第68駆逐隊は、最新鋭のアレン・M・サムナー級駆逐艦で編成された部隊だ。 駆逐隊はシャノンを始め、マンナート・エーブル、ドレスクラー、タウシッグの4隻で編成されている。 第68駆逐隊は、緒戦の敵駆逐艦部隊との戦闘で、フレッチャー級駆逐艦で編成された第54駆逐隊の5隻と、防空軽巡洋艦リノと共同で 駆逐艦4隻撃沈、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻撃破の戦果を上げたが、第54駆逐隊の駆逐艦2隻が撃沈され、残った3隻も大中破。 リノも酷く損傷したため、第68駆逐隊は損傷の度合いが少ない(といっても、全艦が損傷し、シャノンとマンナート・エーブルは主砲塔 1基を失っている)が単独で第15戦艦戦隊を掩護する事になった。 TG58.7には、他にも別の艦隊が居たのだが、アトランタと第67駆逐隊、52駆逐隊、3隻の巡洋艦は戦艦部隊の交戦海域から 離れているため、すぐには応援に駆け付ける事が出来なかった。 敵艦隊との戦闘で、いつの間にか巡戦部隊の前方に突出していた第68駆逐隊は、さほど苦労する事も無く、交戦海域に到達する事に成功し、 第68駆逐隊が現場に駆け付けてみると、戦闘は既に大詰めを迎えつつあった。 「目標、右舷前方の敵戦艦!雷撃戦用意!」 ウィルソン大佐は大音声で命じた。 4隻の駆逐艦には、まだ5本の魚雷が残っている。 第68駆逐隊を構成するアレン・M・サムナー級駆逐艦は、前級のフレッチャー級駆逐艦と同様に、21インチ(533ミリ)5連装魚雷発射官を 2基搭載している。 第68駆逐隊の各艦はそれぞれ前部発射官の魚雷を使っているため、残りは後部発射官の5本のみとなっている。 「各艦に追申!雷撃距離は4000とする!」 その報せを聞いたハマー中佐は、一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに納得して、水雷科に雷撃距離を知らせた。 4隻の駆逐艦は、34ノットの最大速度で海上を驀進していく。 敵戦艦はトライデントに対して、第2斉射、第3斉射と、次々と砲弾を放っていたが、先頭のシャノンが距離9000メートルまで近付いた所で、 舷側の砲を撃って来た。 「敵艦発砲!」 見張り員が絶叫めいた口調で知らせて来る。シャノンの周囲に、次々と砲弾が落下し、水柱を噴き上げる。 1発がシャノンの前方に落下して水柱が立ちあがるが、シャノンは猛速でこれを踏み潰し、水飛沫が艦首甲板と艦橋に振りかかった。 4隻の駆逐艦は、それぞれが白波を盛大に蹴立てながら、34ノットの最大戦速で肉迫して行く。 敵戦艦は、駆逐艦群の突撃を阻止するため、トライデントに斉射弾を浴びせながら、舷側の副砲から激しい砲撃を放って来る。 シャノンを始めとする4隻の駆逐艦も、負けじとばかりに5インチ砲を撃ちまくった。 1発の敵弾が、シャノンの艦首甲板に命中し、破片と、爆砕された鎖が甲板上にばら撒かれた。 更にもう1発が、空の前部発射官に命中した。 「チッ!流石に戦艦ともなると、迎撃も凄まじいな!」 ウィルソン大佐は舌打ちをしながら呟く。 敵戦艦の砲撃は凄まじく、シャノンの艦体は、至近弾と命中弾によって一寸刻みに嬲られていく。 このままでは、短時間でシャノンが撃破、または撃沈される事は確実であったが、ウィルソン大佐は、例えシャノンが撃沈確実の被害を 受けようとも、僚艦が魚雷を発射出来ればそれで良いと考えていた。 敵との距離が6000メートルを切った所で、新たな1発が、応戦していたシャノンの1番両用砲に命中し、砲座から炎と黒煙が噴き上がった。 「1番両用砲座被弾!砲員は総員、戦死の模様!」 ウィルソン大佐はしばし瞑目した。 (無理な戦いをさせてしまってすまぬ……) 彼は心中で、1番砲座の将兵に詫びを入れながら、敵戦艦を睨みつける。 この時、敵戦艦の右舷側中央部に命中弾と思しき閃光が煌めき、その次の瞬間には、爆発が起こった。 それはトライデントの主砲弾であった。 敵戦艦は、その被弾で使える副砲を減らされたのか、第68駆逐隊に向けて放たれる砲弾の量が急激に減った。 「ありがたい!」 ウィルソンは、自らは被害を受けながらも、結果的にDS68を援護してくれたトライデントに感謝した。 シャノンはそれ以上、新たな被害を受ける事も無く、予定通り、敵艦まで4000メートルに達した。 「取り舵一杯!針路170度!」 ウィルソンは各艦に命令を発した。シャノンがまず、敵戦艦に反航する形で舵を切り、次に3隻の駆逐艦が順繰りに回頭する。 ウィルソンは、左舷側前方に敵戦艦が居る事を確認するや、大音声で命令を発した。 「各艦、魚雷発射始め!!」 彼の命令が下るや、すぐさまハマー中佐が指示を飛ばす。 後部発射官で待ち構えていた水雷科員が部下に命令を下し、5本の魚雷が一本ずつ発射されていく。 シャノンに習い、後続のマンナート・エーブル、ドレスクラー、タウシッグも次々に魚雷を海中に放って行く。 DS68の4隻の駆逐艦が放った魚雷は、1943年末から配備が開始されたMk-17魚雷である。 Mk-17は、従来のMk-15と比べて信頼性と速度性能、そして、航続距離が格段に改善された新型魚雷で、航続距離は 45ノットで15000メートルを記録している。 また、弾頭部の炸薬も、TNT火薬よりも強力なトルペックス火薬が400キロも詰め込まれており、実質的に、この世界では最強の 対艦兵器と言っても過言ではない。 4隻の駆逐艦から発射された20本のMk-17魚雷は、投網のように広がりながら、猛速で敵戦艦の艦腹に向かった。 敵戦艦は、4隻の駆逐艦が魚雷発射を完了してから、ようやく急回頭を行ったもの物の、扇状に広がった魚雷網を回避するには、タイミングが遅すぎた。 敵戦艦は、回頭を行ってから10秒後に、1本目の魚雷を受けた。 魚雷は敵艦の右舷側前部に突き刺さり、艦内に達してから炸裂し、舷側に8メートルもの大穴を広げた。 敵艦は30ノット近い速力で航行していた事もあり、右舷側艦首部の破孔からは大量の海水が艦内に流れ込み、命中個所の区画を次々に海水で 満たして行った。 1本目の被雷から僅か5秒後、2本目の魚雷が敵艦の右舷側中央部に命中し、高々と水柱を噴き上げた。 2本目の魚雷は、敵艦の舷側に張られたバルジをあっさりと突き破り、防水区画に達してから炸裂した。 爆発エネルギーは防水区画を紙細工のように叩き壊しただけに留まらず、区画をぶち抜いて第4甲板の通路に暴れ込み、通路内を紅蓮の炎で焼き払った。 たまたま被雷箇所に急いでいた12名の応急修理班は、後方から流れ込んで来た爆風に飲み込まれ、全員が即死した。 3本目の魚雷は、2本目の被雷箇所から僅か5メートルと離れていない場所に命中し、これまた天を突かんばかりの勢いで、太い水柱が高々と噴き上がった。 魚雷は、2本目の被雷で強度の下がったバルジを突き破って防水区画に達し、更に弾頭部が防水区画の壁をぶち抜いて第4甲板の通路に達した。 その瞬間、弾頭部に詰められていた400キロものトルペックス火薬が炸裂し、通路内はたちまち、凄まじい大爆発によって完全に破壊し尽くされた。 命中個所は、前部魔道機関室の近くであったため、爆発はモロに前部魔道機関室を巻き込み、中で働いていた3名の魔道士と10名の水兵達は、何が 起きたのか分からぬまま、全員戦死した。 その命中箇所からも大量の海水が流れ込み、敵艦の艦内を徐々に満たして行った。 トライデントの艦橋からは、3本もの魚雷を受けた敵3番艦が急激に速度を落とし始める様子が見て取れた。 「敵3番艦被雷!行き足……止まります!」 デュポーズは、見張り員の声を聞きながら、敵3番艦を見つめ続ける。 味方駆逐艦4隻の放った魚雷は、敵3番艦にとって致命傷となったのだろう。 敵3番艦は舷側から濛々たる黒煙を噴き上げ、急速に傾斜を深めながら速度を落とし、程無くして停止した。 敵3番艦が戦う力だけでなく、船として動く能力までも失った事は、もはや一目瞭然である。 「終わった……。」 デュポーズは、軽い虚脱状態に陥りながら、小声で呟いた。 「司令……我々は勝ったのでしょうか?」 マックベイ艦長が、半信半疑といった口調でデュポーズに聞く。 今さっきまで、トライデントは不利な戦いを強いられていた。だが、その危機を救ったのは味方の駆逐隊であった。 敵3番艦は、味方駆逐艦の魚雷攻撃を受け、戦闘、航行、共に不能な状態となっている。 だが、マックベイ艦長には、この一連の出来事が夢物語のように感じていた。 「艦長。我々は勝ったんだよ。見たまえ。」 デュポーズは、指揮官らしく、気丈な口調でマックベイに言う。 「味方艦の掩護のお陰とは言え、敵艦はああして沈みかけている。それに、残りの敵艦隊も全速でこの海域から離脱しつつある。 我々が被った損害も大きいが、TG58.7は敵の水上艦隊と戦い、撃退に成功した。艦長、これは、堂々たる勝利だよ。」 デュポーズは微笑みながら、マックベイの肩を叩いた。 「それに、君の指揮も見事だった。敵1番艦を撃破した時もそうだったが、何よりも、敵3番艦に不利な状況で戦いを強いられながらも、 君は諦めずに指揮を執り続けた。それに加え、君の部下も、この厳しい戦闘によく耐えてくれた。君と、トライデントの乗員達は、まさに、 合衆国海軍の鑑だよ。」 「はっ……ありがとうございます。司令!」 マックベイ艦長はようやく、状況が飲み込めたのか、感極まった声音でデュポーズに礼を言った。 「今のお言葉は乗組員たちにもお伝えいたします。」 「うむ、そうしてくれ。」 デュポーズは軽く頷きながら、安堵したような足取りで司令官席に腰を下ろした。 彼は、後ろでダメコン班に指示を伝えていくマックベイ艦長の声を聞きながら、もう一つ、気になっている事を思い出した。 「そういえば……リー提督の主力部隊はどうなっているかな?今頃は、TG58.6も敵と殴り合いをしている筈だが……何だか、 嫌な胸騒ぎがするな。」 デュポーズは、先程の戦闘で感じた違和感を思い出しながら、戦闘を続けているであろうTG58.6の事を案じる。 「……うまく、戦闘を進めていればいいのだが……」