約 1,529,345 件
https://w.atwiki.jp/magicman/pages/44362.html
(無色)(コスト♾️) (♾️) (クリーチャー) ■すべてのゾーンにあるカードの能力と種族を無視する。 選択肢 投票 壊れ (0) 即戦力 (0) 優秀 (0) 微妙 (0) コメント 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4113.html
毒の林檎に齧りついて、白雪姫は死んでしまいました。 火で炙られた鉄の靴を履いて、お妃様は死んでしまいました。 白雪姫を、殺したのはだあれ。 お妃様を、殺したのは、だあれ? ---------------- 湿り風が、一足早く秋特有の空気を帯び始めていた。文化祭の準備にかかりきりの慌しく廊下を駆ける生徒達も、制服は長袖に衣替えを終えている。 古泉一樹は、廊下を渡る最中に窓を見越した。瞼すら刺し貫くような夏場の光が、季節の移り変わりに伴い、陰り始めていることを思い知る。斜陽が濃く、彩度を落としながらも伸びやかに秋空を表していた。些か、フライング気味の季節交代だ。もしかしたら今年度の冬は、例年以上の強烈な寒波に見舞われる、といった想定外のこともあるのかもしれない。 雪は、降るだろうか。 単語と名に結び付けてふと思い浮かんだ横顔は、静けさの内に書物に黙々と視線を落とす、無機質な少女の姿をしていた。そういえばタイムリーな題材だとも思って、古泉は先程借り受けてきた古びた本の背表紙をなぞる。鞄とは別にして小脇に携えていたそれ。図書室の奥まった棚にしまいこまれ、埃を被って眠っていた洋書。原題は、『Snow White』と、読めた。 「――それは」 かろうじて耳に届いた、微かな声。 「長門さん」 古泉が足を止める。声を掛けられる今の今まで気付かなかった。ほっそりとした肢体を大き目の制服に包み、廊下の角から歩み出たのはSOS団預かりの文芸部長、あわせて宇宙人端末という属性持ちの少女、長門有希だ。 こんにちは、と微笑み辞儀をする古泉に対し、長門の薄い睫毛がぱちりと開く。彼女流の挨拶、と解した古泉は微笑みを崩さず、「部室に行かれる途中ですか」と返した。こくり。頷きにもう一声。「ご一緒しても?」やはりひとたび、首肯。 古泉が満ちたりた笑みを履き、同行の許可を得られたことを内心喜びつつ、けれどその浮かれた心境を億尾にも出さぬよう心配りながら並んで歩き始める。長門もそれに従うように歩を再開したが、余程興味を惹かれていたらしい、繰り返し当初の質問を古泉に発した。淡々とした口調での、けれど初期よりは理解しやすさという面で難易度も低くなった、指示代名詞で表現された疑問詞つきの一言。 「それ、は?」 古泉は再び立ち止まり、ああ、と漸く長門の『それ』を把握して笑った。 「……『これ』ですね」 長門の興味が向く存在など、これ以外にある筈もない。古泉は抱えていた薄い本を軽く振って長門に示した。所々色が剥げ、古本らしく、黴の混じったような匂いが鼻につく書物を。 「『Snow White』。グリム童話の英訳版です。この書籍自体は、随分古いもののようですね。長門さんならご存知でしょうが、邦題では『白雪姫』というタイトルで親しまれています」 「知っている」 無論、読書家である長門が「白雪姫」を知らぬ筈がないことは、古泉にも分かる。それでは何を意図した質問かを思考した古泉は、それが真に彼女の知りたい正しい情報かどうかはともかくとして、自分がそれを改めて読む事になった詳細を口にした。視線をさり気なく長門の白い頬に落としながら。 「文化祭のクラス演劇でね。昨年、僕のクラスはシェークスピアのストッパード版をやったのですが」 「それも知っている。見に行ったから」 「ああ、そうでしたね。来て下さるとは思いもよりませんでしたから、その節は大変驚きました。不出来な出演をお見せしてしまったことは、今も悔いの残る処ですが。――如何でしたか?」 「ユニーク」 「……お褒めの詞として受け取っておきます。その方が心身にダメージは少なそうだ。……まあそれはともかくとして、何の因果か今年も僕の所属クラスは劇をやることになってしまいまして。それで選ばれた素材が白雪姫、それも改作されて普及した優しい内容のものでなく、初版に近い形のものをという話になったのですよ」 グリム童話やアンデルセン童話、子供たちにも馴染み深い名作童話が、其の実恐ろしい暗喩や露骨な性的描写、グロテスクな表現を含み持つ作品であったことはよく知られた話だ。『白雪姫』もまた、例に漏れない。そんなものを元にしてどう脚本に起こすのかは劇作担当の腕次第というところだが、その担当者は英語成績の悪くない古泉に、原本の翻訳を押し付けもとい「任せて」きたのだった。初めはやんわり断りを入れた古泉だったのだが、演出担当の女子と白雪姫役が決まっている女子に揃って嘆願され、結局押し切られる形になってしまった。 日頃、SOS団の活動や神人倒しのアルバイトで、イベント事において古泉はクラスに貢献しているとは言い難い。 断りきれなかったのは、そんな事情もある。 「初版に出来る限り忠実な劇をしたいけれども英語のままでは読めないからと、僕にお鉢が回ってきたのですよ。進学クラスが聞いて呆れます。交換条件で本番には、雑用に回って舞台には立たなくていいという保証を頂きましたが、いやはや」 古泉は嘆息しつつ、器用に笑うという芸当を見せ、「困りました」と長門に肩を竦めて見せた。 「…………そう」 何処か常とは異なる響きが奏でられ、す、と長門の面が俯き加減に、意図的に調節される。表情を見せまいとするかのような、何事か言いあぐねるような仕草。最近の彼女に、よく見られる変化だ。まるでそのまま、人であるかのような振る舞い。 古泉の演劇エピソードに、それともこの物語の全容に、もしくは古泉自身が雪、というフレーズに思い起こしたものがあったように、長門有希にも思うところがあったものだろうか。 此の所の長門有希の様子がどうにもおかしいらしいというのは、いまやSOS団員全員が知るところとなっていた。 口数が少ないのはいつものことだが、明らかに何か重心をぐらつかせているような脆さが透けて見える。長門が不安定さを露呈する事態などまったく稀なことで、それは何か事件が起きた際にそれぞれが危機に瀕する可能性を示唆するのみならず、古泉にとって、その心情的に、針を一本ずつ胃に落とし込むような痛みを連想させるものだった。 穴が空くのをじっと待つ、潰れて捩れて死んでしまうまで。長門が『彼』に好意を寄せている以上――ごくごく一方的で、見返る確立など皆無と言っていい恋情を、古泉は、笑顔の下に持て余していた。 始まりは思い出せない。きっかけというきっかけもない、ふとした瞬間に自覚したのだ。 長門が『彼』を見遣るときにのみ垣間見せる、氷に一滴の温水を落とされた雪女のような、焦がれるような眼差しを、古泉は忘れられない。そんな少女に憐憫を感じ、愛しく想うからこそ、ハルヒと『彼』が結ばれることを願っているのも自分自身であるからこそ忘れられない。折につけ、その遠くを見つめてやまない物寂しげな背を支えたくも思うのだけれど、そうそう上手くはいかないものらしい。 長門の感情の発露は、去年の夏以降急速に現出し始めた。冬以降には、更に勢いを増したように古泉には感じられた。 『彼』を見守り、『彼』の隣にハルヒが笑う姿を観察する少女は、古泉には何より人間に見えた。 ―――予兆は、あったのかもしれぬと、古泉は後悔する。省みるのみなら猿でもできることだ。察せられなかったことを、己の盲目を古泉は後に、悔やんだ。 文芸部室前に辿り着き、ドアノブに手をかける。扉向こうから、世界が替わってしまうことを、如何に古泉であろうとも推察できはしなかった。 ---------------- さあて、さあて、謎掛けです。 毒の林檎に齧りついて、白雪姫は死んでしまいました。 火で炙られた鉄の靴を履いて、お妃様は死んでしまいました。 白雪姫を、殺したのはだあれ。 お妃様を、殺したのは、だあれ? (→2)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4478.html
気まぐれに打ち始めた物語は佳境に入った。そこで、指が止まる。プロットなんてない、展開も決めていない。無心でただ、場面場面を繋ぐように文を補足していけば、どうしたって、ラストに近付くにつれ進捗は下がっていった。とにかく先へ進める為にキーを押そうとしても、指は思う様に軽快に動いてはくれない。至って当然の話だ。だってわたしは白雪姫がどうなるのかをまだ、決めかねている。毒林檎を食べて伏せてしまった哀れな白雪姫が、王子様に出遭えず仕舞いで、どんな結末を迎えるのか。 「愛しいひと」にも巡り合えぬままに、生涯を閉じようとする、薄幸の少女。 ――ハッピーエンドに、してあげたいのに。 「長門さんどうしたの?こんな時間まで居残りなんて、珍しいわね」 「あ……」 部室の扉を開けて、堂々と踏み込んできたのは、朝倉涼子――朝倉さん。セミロングの綺麗な髪。優等生らしく背筋の伸びた、頼れる女性を思わせる温和な微笑。クラスでもリーダーシップのある才女で、泰然自若としていて人望も厚い。わたしとは何もかもが違うのに、あなたはそれでいいと笑ってくれる、密かにわたしの憧れの人。 「どうして」 「もし帰るのなら、一緒にどうかと思って捜してたの。まだ下駄箱に靴があったから……ああ、それ。書き掛けの小説ね?前に話してた」 「……そう」 PCの前からウィンドウを覗き込むようにした彼女は、ワード文書の打ち掛けのファイルに眼を落とした。白地の上に点滅する、一向に右へ走り出さないカーソル。 「ふうん。途中までよく書けてるじゃない。何か悩んでるの?」 わたしは、素直に打ち明けることにした。幸せな終わり方にしたいけれど、毒林檎を食べてしまった白雪姫がどうすれば幸せになれるのかが分からないのだと。発想が貧困なのか、辻褄合わせが苦手なのか、どうしても思い浮かばない物語の結び。 彼女は、そんなことで悩んでたの、と暗がりを吹き飛ばすように一笑した。 「それなら、書き直しちゃえばいいじゃない」 「え……」 「だってこれは、長門さんの物語なのよ?不都合を消しちゃえ、とまで乱暴なことは言わないけど。どんな風にだって物語は変えられるわ。例えば――」 彼女はにこりと大勢の男子生徒を恋に落としそうな微笑みを浮かべて、 「白雪姫が林檎を食べる前に、急にお妃様に娘を愛しいって想う気持ちが沸いて止めに入ってくるかもしれない。王様がお妃さまが追い詰められているのに気付いて、兵を差し向けて、王様の愛に触れたお妃さまが改心するかもしれないわ。林檎を食べた白雪姫も、王子様のキスじゃなきゃ目覚めないなんて決まってることでもないし。――そうね、他に……もしかしたら目覚めないままの終わりもあるかもね」 「それが、ハッピーエンド?」 「だって、そうじゃない。何がハッピーエンドで何がハッピーエンドじゃないって、誰が決められるの?幸福の道なんて、きっと幾らだってある。それに大概の人が気付かないだけよ。そういう全部を、ご都合主義で片付けちゃうのは寂しいと思うの」 けれど、白雪姫が目覚めない結末は、わたしにはハッピーエンドには成り得ないような気がした。お妃様は、白雪姫を屠って、空っぽの心を胸に埋めて生き続けていく。 ――林檎を食べた白雪姫は硝子の棺の中で眠り続ける。小人は王子の現れない白雪姫の傍で、ずっと、白雪姫を護り続ける……。 「でも、それは……」 「長門さんがそんな小人を不憫だと思うなら、それはハッピーエンドじゃないと思うなら、きっとそれも正解。あなたのハッピーエンドを書けばいいの。姫を蘇らせるのは王子様?誰がそれを決めたの?」 わたしのハッピーエンド。 朝倉さんは、微笑っている。独り立ちする子を見護る親のような――そんな喩えを持ち出したら、流石に、叱られてしまうだろうか。彼女は誇り高く、勇ましく、それでいて愛情深い姉のような人だ。 彼女の助言に、胸の支えが取れたような気がした。わたしの望むように、願うように、物語を紡げばいい。その結末に責務はあるだろうけれど、それがわたしの選んだ最終章ならば。 「……やってみる」 わたしはそっと、キータッチを、再開した。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 --------------------------- 雪解けの水から、掬い上げられたような穏やかな覚醒。 蕗の薹が溶け込んでいた夢から覚めた、――比喩を用いるなら、そんな静かな目覚め。古泉は眠りっ放しで上手く機能しない頭を小さく傾ける。夕暮れの陽に彩られたくすんだクリーム色の天井。枕に沈んだ後頭部を持ち上げると、「よお」、と随分と懐かしいような気もする声を聞く。 「やっとお目覚めか」 仏頂面の少年の、それでも安堵感を散りばめた、帰還を教示する一言。古泉が遣った視線の先に、椅子に腰掛け慣れた手つきで林檎を剥いている少年の姿が反転して眼に入る。 現実感を取り戻すのに、長くはかからなかった。――戻ってきた。彼等の居ない封鎖世界から。その安心感が、どんな感慨より先に立って、古泉が初めにした事といえば腹底に貯めこんでいた溜息を自由にする事だった。知らずのうちにシーツを掴んでいた指の端から力が抜ける。 数日間顔を合わせなかっただけのことで大袈裟なことだ、と笑う者もあるかもしれないが。古泉にとってのSOS団は、もう、そうやって笑い飛ばせる程度のものではなかった。 「なんだ、まだ夢見心地か?ここは何処、私は誰とか言い出すんじゃないだろうな」 今一に反応の鈍い古泉を訝しむ少年――キョンに、古泉は苦笑を返す。 「はは、それはそれで中々面白い観測が出来そうですね。いえ、冗談です。意識の方ははっきりしていますよ。機関の……病院ですか、此処は」 「ああ。俺が前に運ばれた時と同じ処だ。その減らず口なら心配は要らなそうだな」 キョンは一端手を止めたナイフを軽く上下に振りながら、疲れた顔を窓の外に向ける。古泉は、上体を起こして彼と視線の先を同じくした。 窓辺は夕暮れ時の光の明澄さに染められている。 数羽の鴉が山なりに並び、夕闇の果てに優艶に飛び去ってゆく、日常の風景。眼に痛いほどに赤い。――古泉が神人を狩ることで護り続け、キョンが昨年にエンターキーを押し込んで明確に選んだ、それは彼等の生きる世界だった。 「……先程の仰り様から察するに、僕が意識を途切れさせてから、何日か経過しているようですが」 「お前と長門が一緒に階段から落ちて、っていう、何処かで聞いたようなシチュエーションでな。意識不明に突入して今日で七日目だ。外傷もゼロなのにお前も長門も眼が覚めないってんで医師もお手上げ状態だった」 「長門さん」 僅かに力の制御が効かずに跳ね上がった声を、聞き咎めた少年が意味ありげに古泉を見る。だが間もなく俺は何も察知しちゃいないと素知らぬふりをする老人のように惚けた表情に戻ると、彼はナイフの切っ先を垂直に立てて、壁面を示した。 「長門なら隣の病室だ。今はハルヒと朝比奈さんが付き添ってる。まだ目覚めちゃいないがな。 お前はともかく、長門が階段から足を滑らせて意識を失うなんてドジっ娘みたいなポカをやらかすとは到底思えん。というか、有り得んだろ。――何があった?」 「それは、……」 語ろうと思えば幾らでもできる。大本の原因から顛末まで。ただそれは、長門の内面を無遠慮に彼に晒すことだ。 「追々、説明します。ですが今はまだ、諸々の整理がついていませんので。……待っていて下さいませんか。長門さんのためにも」 「やっぱり、長門も纏わってのことなのか」 少年は気難しい思案顔になり、けれどすぐに、「分かったよ」と嘆息して応じた。 「俺はどうやら、今度ばかりは蚊帳の外だったみたいだからな。何があったか知らんが、当人同士の話し合いなら任せる。ただ、事後報告はしろよ」 「了承しました」 「ま、お前の目が覚めて長門が覚めないなんてことはないだろうからな」 その言葉には大いに、古泉も同感だった。大丈夫の筈だ。浄化されてゆく空間で彼女に与えられた声は今も、古泉の耳に残っている。 キョンはやれやれと肩を落とすと、林檎の皮むきを再開した。赤皮がピューレを利用するよりずっと綺麗に、くるくると回転しながら解けるように剥けていく。露になる白い果実を手にとって眺めると、彼は剥き終えたそれを躊躇いなく自分で齧り付いた。汁が少し飛んで、瑞々しい果肉の芳香が漂う。 「おや、僕に剥いて下さっていたのではないのですか」 「其処に積んであるから、食いたいなら自分で剥け」 つれなく突っ撥ねてから、言い訳のように一声。 「……お前が去年のあの時、俺が起きるまで林檎剥いてた理由がよく分かった」 ベッド横に、編み籠にこれでもかとジェンガの如く積まれた林檎の山から、古泉は一つを手に取った。よく熟れた赤い林檎だ。 彼の遠回しの小言が、酷く可笑しかった。 「物を考えたくないときに、手作業が一つでもあるとなかなか便利でしょう?」 「森さんが大量に届けてくれたから、何をするかに悩むことはなかったな。……お前が寝てる内に何個食ったか分からん。今の俺はお袋より早剥きできる自信があるぞ」 「早剥き勝負でもしてみますか」 「いらん。一生分は食ったから、当分林檎は見たくもないな」 少年の目許には、黒い隈が浮いている。 少年の裏表のない悪態は、古泉には何より薬だった。有難いと思う。長ったらしい謝辞を彼が不要としていることは分かったので、古泉は声を抑えながらも笑って、手元の林檎を皮上から齧った。皮の少量の苦さと新鮮な果実の甘酸っぱさが、口の中に広がる。 古泉は思う。 ――毒でない林檎の方が、世の中にはきっと、多いのだ。 人の感情の擦れ違いなんて、それに気づくか気づかないかの差でしかないのだろう、と。 「古泉くん……!眼が覚めたのね!」 長門の病室を訪ねた古泉を、沈黙の支配する一室にて椅子に腰掛けていたハルヒとみくるが、立ち上がって出迎えた。何所かしらに困憊の有様が見て取れて、古泉はやつれた二人の姿に胸を痛めた。――七日間に及ぶ団員二人の欠落。少女たちに、この上ない無理を強いたことは間違いない。 古泉の心境を露知らぬ、二人娘の驚愕は笑顔に取って代わった。ハルヒの歓声は悲鳴じみていたし、みくるに至っては笑顔が半泣きへと移り変わって、「よ、かっ…!もう眼を覚まさないんじゃないかって、ふ、ふぇえ」と、ぼろぼろと玉の涙を零れさせる。 「お二人とも、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。僕の方はもう、大丈夫ですから」 「うん、でも、まだ安静にしてなきゃ駄目よ!再検査してみなきゃ、何所が悪いのかだって――キョン!古泉くんが起きたら真っ先に知らせなさいって言ったでしょ!」 「だから、真っ先に連れてきたろうが。あと声量を落とせ、此処は病院だ」 「僕が無理を言って連れてきて頂いたんですよ。――長門さんの様子が気になったものですから」 あ、とハルヒが口を噤む。傍らで眠りに就いたきりの長門のことを思い出したのだろう。ハルヒは肩を竦め、少女を振り返った。 「有希は……まだ眠ってるわ。ちょっとやかましいぐらいで起きてくれるなら、寧ろ願ったり叶ったりなんだけどね」 「で、でも!古泉くんが…起きてくれたんなら、きっと長門さんも起きてくれます」 みくるが涙を服の袖で拭って、そう綺麗に笑う。ハルヒも同調して、「そうよ!そうに決まってるわ!」と吊り上げた眼差しに力強く頷いた。 古泉は、長門に眼を移す。個室のベッド、あたりは見舞いに持ち寄られた色とりどりの花で溢れ返っていた。長門有希は寝息さえ微弱で、呼吸をしているのかすら一見しては分からない。白皙の姫君のような、静謐な眠り姿。まるで氷の棺に横たえられたかのような。 ベッド横に立つと、古泉は囁くようにそっと、眠り姫に呼び掛ける。 「――長門さん」 世界は戻りましたよ。 これから、また、始めましょう。 ――あなたの、恋する一人の少女としての生を。 長門を注視する古泉の眼前で、変化は克明だった。 ハルヒが息を呑み、みくるが掌で口を抑え、キョンは瞠目して、ただその光景を見つめていた。 少女の瞼が、まるで悪しき魔法が魔法使いの手によって解呪されたように、宝石箱がやっとぴったり口に合う鍵を差し入れられたように、―――ぱちりと、開く。 少女は、冷や水のように凛と、雪の柔らかな触感に覚えるような優しさで応えた。確かに、古泉一樹に合わせた双眸を瞬かせて。 「―――おはよう」 「はい。……おはようございます」 お帰りなさい、という言葉は彼等の眼を憚って告げなかったけれど。古泉はただ愛しさだけで、そんなありふれた小さなやり取りさえ、心に刻み付けられるような思いがした。 白雪姫でもお妃様でもない、 『長門有希』は、微かに、古泉の意図するところを汲んで、笑ったようだった。 /// 『身体検査』の名目で、もう一晩の病院の滞在を命じられた古泉と長門を残し、SOS団の面々は帰宅の途に付いた。ハルヒなどはまだ心配だから最後まで付き添う、とまで言い放っていたのだが、キョンと古泉による渾身の宥めで渋々ながらも引き下がった。 医師が、恐らく大事はないだろうから間もなく退院できると、彼女に太鼓判を押したことも功を奏したようだ。珍しく立場を逆転させてキョンに引き摺られるように仲睦まじく去っていくハルヒを見送る、長門の感情の読めない瞳が、古泉には気懸かりではあったのだが。 みくるは愛らしい笑みを添えて小さく手を振り、二人の後を追って小走りに駆け出していく。早いうちに彼女が淹れるお茶が飲みたいですね、漏らした言葉には長門も相槌を打った。 実質、検査のし直しは形式的なものに留まった。古泉と長門の意識が一週間に渡って昏迷していた事は、古泉の証言で身体的な異常が原因でなかったことがより瞭然としたものになったからだ。森、新川、多丸兄弟らの訪問もあった。二人が昏睡中の折、閉鎖空間が発生の兆しを見せることもあったが、本格的に展開されるまでには至らなかったという報告に古泉は安堵の息を深めた。どうやらキョンが気を遣い、ハルヒを励まして発生を寸でのところで食い止めていてくれたらしい。それでいて古泉と長門を見舞い、当人は表層では平気な顔を貫いてみせていたのだから、「彼」も随分と豪胆になったものだ。 感謝状の贈呈式を「機関」で演出してもいいわね、と本気混じりの冗談を吐いた森に、古泉はひとしきり笑って同意した。 やがて上司等も去り、独りきりになった病室を脱け出して、古泉は長門に誘いを掛ける。 ――夜、二人は屋上にいた。 「少し夜風が冷たいですね。……長門さん、大丈夫ですか」 「平気。あなたは」 「僕も大丈夫ですよ。『病み上がり』扱いとはいえ、身体の方は何ら問題ありません。――今晩は、星が綺麗ですね」 夜天に煌々と星屑。一度にはとても掴み切れない、無限の空の宝玉。 昨年夏に行った天体観測の記憶を蘇らせて、古泉は感慨に耽った。エンドレスサマーに翻弄された暑い暑い、夏休み。あの頃は、こんな思慕の情に振り回されるようになるとは、思っても見なかった。世界の安寧を何より願いながら、傍らに控える少女に堆積したエラーのことなど、僅かにも、思い馳せたことはなかった。 それが此処まで来てしまうのだから、人というものは分からないものだ。日夜、その考えは流転し、消長し、移り染まる。確かなものなど無いのかもしれないと思いながら、それでも「確かさ」を得ようとして苦しむ。 ――それがきっと、長門有希の抱え始めた、面倒な人間の在り方でもあるのだろう。 人故に、持ち続けねばならないもの。長門は着実に「人」に近付き始めている。 「……依然として、エラーはある。『わたし』は統合され元に戻ったに過ぎない。わたしはいつか、また同じ事態を引き起こすかもしれない」 口を暫し閉ざしていた長門が、不意に、忠告のように古泉に投げ掛ける。 「そのとき――」 「それが、どうかしましたか?」 古泉は不遜な調子で、何を敵に回そうとも決してたじろがぬ不敵さで笑った。古泉一樹が垣間見せた笑い方としては初出の、彼の本質を一端覗かせた微笑だった。 「あなたが何度エラーによって世界を改変したとしても、僕が、『彼』が、朝比奈さんが、涼宮さんが――必ず救いに行きます。あなたを取り戻す為に走ります。先程も言いましたが、長門さんの生きたいように生きればいい。己の能力を疎ましく想うなら捨て去っても構いません。その分だけ、僕等があなたを護ります。あなたの想いが均衡を崩すほどSOS団は柔じゃありませんよ」 あなたの力になりたい、手助けを、させて下さい。 どうか僕の傍に居てください。 ――最後の一句を、古泉は飲み込んだ。 僕等の、じゃない僕の傍に――などと、気障極まりない台詞を素面で吐けるほど、古泉一樹もまだ心情整理は出来ていない。 彼の上司の森園生くらいの人生経験を積めば、それくらいの積極性も生まれるのかもしれないが。 「わたしは以前から、あなたの視線を知っていた」 「……」 「『わたし』があなたを召還した、それも、恐らく理由の一つだった」 唐突に随分な爆弾発言だ、と思ったのは意識し過ぎだろうか?古泉は格好付けた笑みは何処へやら、少々赤らんだ頬を誤魔化すように咳払いを一つした。 「そ、うなんですか」 「そう」 「では、僕の気持ちなんて、とっくの昔に知られていたということですか」 「そう」 「……そうですか」 どうしよう、気まずい。 古泉は余所見をする振りをして、何時になく激しい音を立てる心臓を押さえつけた。――落ち着け鼓動。 けれども今回の騒動で、大いに吹っ切れていたこともある。古泉は息を吸う。 「『彼』には、どのように話しますか」 「……今回の改変についてはわたしから、説明をする。……わたしの、想いについても決着をつける」 「それは、『彼』に告白をする、ということですか」 直球に直球を返す。長門有希は首を、はっきりと横に振った。「違う」 「そう、ですか。――もしそうなったとしても僕はあなたを応援できませんから、少しほっとしてしまいました」 無機質だった黒の瞳が、コーヒーにホットチョコレートを溶かしたような、ゆるい温度を宿して渦を巻いている。古泉はその瞳に訳もなく口付けたい、という衝動にかられた。触れれば、五臓六腑を丸ごと溶かし尽くすくらいの激しい感情に心が水没 するに違いない。古泉は一握りの勇気を、日常会話するような気軽さに溶け込ませて、 「僕は、長門さんが好きですから」 「……そう」 古泉は気恥ずかしさから逃れるように天を仰ぎ、少女は、煽られる風に任せて髪を遊ばせながら、微かに何事かを呟いた。 古泉の耳にまでは入らなかったその極小の言葉は、白く曇った吐息に混ざる。 「そう」 ――それはとても、静かな夜だった。 /// 退院から数日。 取り戻したごく真っ当な学生生活に、身体はすぐに馴染み、何事もなかったように古泉と長門は復帰した。当時はちょっとした騒ぎであったというが、古泉の目には特にそんな雰囲気を引き摺る様子もない、懐かしい日常だ。 「なあ、古泉。頼んどいたアレできたか?」 昼休み時間。拝むような仕草でやって来たクラスメートに、古泉がしれっとプリントアウトされた紙束を差し出すと、文化祭の劇作家担当である少年は「おー、サンキュ。やっぱ出来る奴に頼むと違うよな!」と調子の良い声を上げ口笛を吹き、古泉 の背を痛めつけるのが目的かと疑うほど激しく叩き、古泉の制止が入るまでそうしていた。クラスのムードメーカーとしての役回りを心得た彼は、一年時から古泉とは見知った仲で、持ち前のテンションの高さで委員長役を務めている。今度の文化祭劇でも誰もやりたがらなかった脚本作業を一手に引き受ける形になり、お陰であちこちで奔走しているようだ。 翻訳を任されていた『Snow White』原版。退院後、数日の間に纏めて翻訳作業を仕上げ、字が汚いとよく指摘されることも考慮してわざわざPCに打ち直した古泉だ。英語は不得手ではない古泉も古い活字を相手に苦戦したが、約束は約束と、期日通りに纏め上げてきたのだった。 「構成の方は出来上がったんですか?」 「いんや、まだまだ。やっぱ原書の方も合わせてみないとなあ。そういうわけで、これから読む。煮詰まってたからマジ助かったぜ」 「……まだ脚本の下敷きが出来ていない状況なのなら、少し、提案があるんですが」 少年は受け取って読み掛けていた紙を捲る手を止めた。 「なんだ、お前から改まって提案なんて珍しいじゃん。――何?」 「この『Snow White』なんですが……優しい話に、出来ないかと」 言葉を区切って、古泉は真摯に語る。 「原書そのまま、でも勿論いいとは思いますが、物語が酷に成り過ぎるのではないかと思いまして。文化祭という場で公表する演目ならば、見終わった人が微笑ってくれるようなものを望みたいのです」 昨年演じたものは、そういう意味では失敗だったと思いますから、と付け加えると、少年は「はーん」と悩んでいるような感心しているような妙な奇声を出した。 「……なんか、あったみたいだなあ。先週の入院から様子変わったなー、とは思ってたけど」 「そう……ですか?余り自覚はないのですが」 「おう。俺の目は確かだね!まあでも、言ってることは最もだ。今度の話し合いんときに議題に出すから、意見提示してくれれば俺も支持するわ。脚本書いてて思ったけど、やっぱ暗い話は性に合わないっていうかさ」 陽気な少年はそうやって翻訳文書を抱えて何処へか、やはり何か打ち合わせがあるのだろう、慌しく去っていった。古泉はほっと一息をつき、腕時計を見遣る。 昼休みは、まだ時間があった。 部室へ寄ってみようかという気まぐれを起こしたのは、古泉自身、錯綜した感情の行く果てを見届けていないからだ。 古泉はあれから、長門とキョンの間にどんなやり取りがあったのかを知らない。事後報告も少女が請け負い、それきりだ。彼の態度にも一見変化はなく、総てが元の鞘に収まったような、そんな日々が続いていた。 変わったのだろうか。あの一連の事件に、幾らか変わることが出来たのだろうか。 少年の、おどけたような言葉が耳に痛い。 ――ただ古泉は、優しい話を、少女に見せてあげたかった。裏方担当だろうと何だろうと。文化祭の日に、「どうぞ、見に来てください」と微笑んで長門を招待できる、そんな物語を、彼女に贈りたかったのだ。 ――文芸部室の読書愛好家の少女は、其の日、稀なことに書物を手にしては居なかった。 「……何をして居られるんですか?」 「執筆活動」 珍しい――少女は、普段は隅に仕舞われて見向きもされないノートパソコンを立ち上げて、人並みの調子でタイピングをしていた。ホワイトボードに赤い水性ペンで走り書きをされているのを古泉は目敏く見つけ、事態を理解する。「締切・来週まで !ジャンル自由、原稿20枚分」と、かなりの達筆で大きく書かれているそれは、見慣れた団長涼宮ハルヒの直筆。 「これは……もしかして文化祭にも、機関誌の発行をすることになったんですか」 事前にハルヒから聞き及んでいなかった古泉の当然の疑問を、長門があっさりと回答する。 「今朝涼宮ハルヒに遭遇し、わたしが提案した」 「……長門さんが?」 益々予想外だ。ハルヒが独断専行してのことなら、キョンを始めとした面々も言い訳を交えつつ抗議する所だが、それが長門有希たっての提起。古泉が眼を丸くすると、少女は人らしい印象を強めた柔らかな瞬きをして、「書きたいものがあった」と古泉に告げた。 書きたいもの。その察しがつかないほど、古泉は愚鈍でもなければ不敏でもない。 零れ落ちた古泉のその笑みは、古泉も己で意識が追いついていない、ただ、蕩けるように甘やかなものだった。ミーハーな女子ならば、黄色い悲鳴を上げたかもしれない。唇を綻ばせた古泉が、そっと長門に囁く。 「――タイトルを、お聞かせ願えますか」 長門は、淡々と打ち進めていた指を止めると、既に印字されていた一枚の原稿を摘み上げて、ひらりと古泉に翳した。窓から差し込む射光に浮かび上がる、黒インクで刻まれた一文。 題名のみがプリントされた、原稿の表紙を飾る一枚。 「これが、わたしの決着」 わたしのあなたへの答え、と。 その声が何処か満足気に、強く胸を打つような感情を湛えて響いたのは―― 多分、気の所為ではないのだろう。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 レクイエムは要りません。 白雪姫は、小人と笑い合って、最後にそうお妃様に告げました。 「わたしを葬るための歌も、お義母様を葬るための歌も、今は必要ありません」 何故なら皆が皆、生きて、泣いて、恨んで、――恋をして、誰かを愛して。 幸福を選び取って、わたしのためにあなたのために生きてゆくのだから。 Snow White Restart. ――この物語終わりが、わたしたちの、お義母様の、始まりになりますように。 --------------------------- ―――Snow white Requiem. 賑やかな人の群れを縫って、古泉が紛れて消えてしまいそうな小さな少女に大声を張り上げる。鮮やかなビラが撒かれ、ポップが至る所に立ち並ぶ、活力に漲った高校生たちの祭典。一般客も含め、笑い声が、談笑が、そこかしこ溢れる中、波に揉まれながらも彼女の元に辿り着いた演劇衣装を身に纏った古泉。 その格好は、彼の容姿にはそぐわない、道化師のようにカラフルな小人の衣装。 古泉はそっと少女に、何処から持ち出したのか手土産の林檎を差し出し、 「――とても、よく似合う」 窓際にて立ち止まった少女は、仄かに首を傾けて、少年に微笑んだ。
https://w.atwiki.jp/yugio/pages/4241.html
白衣の天使(OCG) 通常罠 自分が戦闘またはカードの効果によってダメージを受けた時に発動する事ができる。 自分は1000ライフポイント回復する。 自分の墓地に「白衣の天使」が存在する場合、 さらにその枚数分だけ500ライフポイント回復する。 ライフ回復 罠
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4073.html
お妃様は、儚く泣きそうに歪めた瞳で、鏡に呼び掛けました。 「鏡よ鏡、わたくしの問いに答えておくれ」 はい、お妃様、と鏡は愛する妃に恭しく答えました。 鏡に明瞭に映し出された、白雪姫の姿を前にして、お妃様は問い掛けました。 「それでは鏡よ、お答えなさい。此の世で、……生き残るべきは、どちら?」 此の世で欲され、愛され、必要とされるのはどちらですか。 ――わたしと白雪姫の、どちら。 --------------------------- 長門は、酷く懐かしい宇宙の深淵を思わす黒瞳を細めた。 SOS団の集う部室で、長門が古泉に投げ掛ける無機質で硬く透明な眼差しが、其処にあった。古泉の問いには答えずに、少女は瞬く。整った睫毛を揺らす。 「いつ」 気付いた、と端的な問い返し。 古泉は俯いた。常なら片時も離さずにいる苦々しさを隠す仮面を、被ることはしない。 「……引っ掛かりはあったんです。こんな世界を構築出来るのは、本命で敵対勢力に位置する広域の宇宙生命体ぐらいでしょう。涼宮さんの力説は端から除外していました。彼女があなたを抹殺しようとする理由がありませんから。 ――あなたが『妃』ではないかと思った決定打は、あなたが残して下さったヒントですよ」 終わり無き『白雪姫』の物語。 けれど、古泉の心当たりにはまだ、あった。……いつかに終わりを迎えた、白雪姫をなぞった物語。 かつて――古泉が北高に転入し、SOS団にあれよあれよという間に引き入れられて然程時を経ていない内の話だ。これが世の終焉かという想いも諦め半ばに抱いた、最大規模の閉鎖空間の発生。恐慌状態にあった機関の上層部の混迷は、「彼」と、涼宮ハルヒの帰還によって救われた。 神は、世界を見捨てなかった。古泉を含め人々は生き残った。生存を赦された。 閉鎖空間内で二人の間に何があったのかを、古泉は正確に見知っている訳ではなかったのだが――帰って来た彼等の様子から凡そを推量し、彼に鎌をかけた上で確認もしていた。sleeping beatyという分かり易いメッセージを長門が送信する様も、古泉は眼にしていたから。 「姫は王子に与えられた接吻けで、自己の世界を肯定し、回帰する。……よく似た事例が、ありましたね」 「……」 「初めに気付いて然るべきだったのです。余りに真っ当で正当な白雪姫のエンディングは、既に現実にて、『彼』と涼宮さんが此方の世界に無事戻ってきた日に描かれ切っていた。最早余計な茶々を入れる差間もないくらいにね。――『白雪姫』 を創造主が具体化したのは、そういうことだったのではないかと思ったのですよ。 これは、白雪姫になりたかった者の、白雪姫になれなかった者の、最期の抵抗の物語なのではないか、と」 ――そう、だから、この世界を編み出したのは『妃』役ではない。 古泉は、横たえられた少女の前髪を撫でつけた。毒林檎に口をつけて眠りに就いた娘。伏せられた瞼を指でそっと辿る。残る涙の痕跡だろう、目尻は濡れていた。 「どういう理由が発端かは、僕には判りかねます。けれど、この空間を創出したのは『白雪姫』役を振られたこの、封鎖空間内で僕と文芸部室に居た長門さん、なんですね」 「……そう」 古泉の想察を、少女は、平淡に首肯した。 「――あなたに、説明の遅れたことを謝罪する」 この事態を引き起こす契機となったのだろう瑕疵の在り処すら感じさせない、少女の解説口調。聴き慣れた声の響きに少なからず、古泉が安堵を抱いてしまったことは否めなかった。それは確かに古泉と、SOS団の破天荒な振る舞いに流され、一年の季節の中信頼を培ってきた長門であった。 「わたし自身、空間上に設けられた規則事項によって行動を相当のレベルで制限されていた。わたしが行えた介入は『白雪姫』たる『わたし』の消去行動と、あなたの記憶改竄に修正を加え、覚醒を促すこと。プログラムが機能するまでに時間を 要したこと、情報伝達の手段がなく、混乱を招いたのはわたしに非がある」 「七日目、に急に既知感が強く発現したのは、長門さんの力でしたか」 通りで、と古泉は思い返す。初期から違和感は付き纏っていたが、それが確定的に芽生えたのは七日目に突入してからだ。 長門の仕込んだものが再生に漕ぎつくまでに時間がかかった、ということだろう。 「わたしは以前からエラーの蓄積を感じていた。それは既に昨年の十二月十七日にわたしが起こした世界改変に匹敵するレベルに達し、何時暴走行為が発露するかも不明という状況。放置すればわたしは再び改変を起こす公算が大きく、またその行為において『保護対象』たる彼らを傷つけてしまう事も有り得た。……わたしは昨年に、二度目はないことを課していた」 「だからそのエラー部分の、消去を敢行したんですね?」 「……そう。自身から制御しきれない部位を乖離させ、その範囲のみを除去しようと試みた。だが、予想外の抵抗があった」 言わずもがな、消去を否定した『白雪姫』長門の抵抗。エラー部分の離反。 「その『わたし』は、わたしが満足に力を振るえない封鎖空間を展開し、わたしに『妃』の制約を設け、『彼』を呼び込もうとした。それが叶わないと見ると、次にあなたを召喚した」 ――つまり、事の始まりと顛末は、こういうことだった。 長門有希は、昨年と同じく、回避不可能なエラーに見舞われた。エラーを自身から抜き取ろうとした長門は、けれど、エラー部位の長門の反抗に遭った。エラー部位の長門は「白雪姫の世界」を構成し其処に逃げ込むことで、長門の消去行動から逃れようとした。『白雪姫』を望んだのは『彼』に対した制御し切れない好意も、根本にはあったのだろう。 エラー長門は『白雪姫』となり、『王子』に彼を呼び込もうとしたが、長門がそれを食い止めたことによって叶わなかった。 エラー長門は、古泉を小人役に、朝倉を鏡役に呼び込み世界の均衡を保った。 長門は、エラー長門を消去し此の空間を解除する為に、『妃』役としての制限の中で、エラー長門を葬る為に手を尽くした。初めに胸紐、次に毒の櫛を用いることで、古泉に気付かせる意図をも含めて。 物語が途切れさせられ、王子役の『彼』が召喚されていないのは、恐らくは『妃』長門の妨害によるものだ。 彼がいたならば。『白雪姫』長門は彼に口付けを受けて、復活することが出来る。それそのものがきっと『白雪姫』長門の、「この世界」を構築した目的の一つだったのだろう。 彼への、留まらない好意故の。 けれどそれは『妃』長門の強制介入によって阻まれた。 「……疑問があります。お聞きしても、よろしいですか?」 「いい」 「『あなたに選択権を委ねる』、と栞にはありました。――僕に委ねられた選択とは何ですか」 推測のみでは行き着けなかった回答のひとつ。長門は、視線を古泉が手を遣っている『白雪姫』に落とした。 「――その『わたし』は、完全な消去に移行しているわけではない。今なら、ある手段を用いればバックアップが作用し回復する」 「……」 「この『白雪姫』の物語に、王子役はまだ登場していない。あなたが担えばいい。そうすればその『わたし』は覚醒し、封鎖空間も消滅する。その代わり、『わたし』は致命的なエラーを抱えたまま復帰し、将来、異常を来たす可能性が高い。最悪、涼宮ハルヒ及び――彼、朝比奈みくる、……そしてあなたにも、災いとなる」 冬の雪山に現れた奇怪な館での情報闘争、春以降からは別の宇宙生命体との諍いがあり、数え切れない試練を突破してきた。 何処かで、気付かぬ内に涼宮ハルヒの力でループした局面もあったかもしれない。長門個人に対する、負担の度合は測り知れなかった。そのなかで再度降り積もったエラーの度数が跳ね上がり、そうして起きたのが今回の事件ということだ。 「……もし僕が、この『白雪姫』を選んだら。『妃』のあなたは、どうなるんですか」 「――どうにもならない。その『わたし』が仕込んでいたプログラムが起動し、再構成が起こる。これまでわたしを構成していた要素は変異に巻き込まれて崩壊するかもしれない。そうなれば残るのは、エラーの『わたし』」 浮かんだ瞳の光は、悲愴ではなく、覚悟を決めた者の灯火だ。 「本来なら、わたしはエラー処理のみに徹すべき。それがリスクを回避する最善の方法。……それでも、わたしはわたしの判断に確証が持てない。『わたし』があなたをこの封鎖空間に巻き込んだ事を認知した時、自動的に選択権はあなたに譲渡された。この世界でのわたしと『わたし』は選択権を持たない。そういうルールに基づいて作られている。――だから」 長門の囁きは、疾うに、古泉の出す答えを知っているかのようだった。 「……あなたが、選んで」 ――妃を選べば、白雪姫が死ぬ。 ――白雪姫を選べば、妃が死ぬ。 残酷な二者択一。小人が最後まで、残された理由。 「僕にあなたを生かすか、それとも此方の『白雪姫』を生かすか、選べということですか」 古泉は、余りにあからさまな誘導に、『妃』長門を前にして初めて失笑した。 ……長門は、古泉が選ぶしかないことを認識して、訊いている。それを古泉はどうしようもなく分かってしまい、だからこそ遣り切れなさに――酷く、腹を立てていた。 「そう、ですか。――分かりました」 「……いいの」 「多少なりとも、僕を信用して下さった故のことなのでしょう。僕が小人役だったのも、あなたが僕が小人役になるのを阻まなかったのも、総てこの結末のため。違いますか?」 長門は沈黙し、古泉は濁流と化した心の河を沈める気にもならない。 涼宮ハルヒと「鍵」の保全を第一任務に据える機関員としてある限り、古泉はエラー長門を除去する選択しか取りようがない。涼宮ハルヒに危機が及ぶ可能性の排除が、古泉の存在意義なのだから。そのことを分かり切って、長門は訊いているのだ。「どちらがいい?」と。 長門にだってきっと分かっている。この『白雪姫』長門を抹消するということは、エラーの排除というだけではない、長門自身の堆積した感情の礫を一つ残らず一掃するということ。何もなかった素体に宿すことの出来た恋心を捨て、これまで育ててきたSOS団員との仲間意識が消去され、無感情な宇宙人端末に逆戻ろうとも。暴走により団員達に危害が及ぶことを恐れて、長門有希はそれを実行しようとしている。 何が選択権だ。選ばせようとする意図など、最初からない。古泉一樹個人の意思など介在する余地を残していない。 古泉は、周囲に当り散らしても足りないような心底から湧く悔しさが、何に起因するものかをはっきりと自覚した。 自分でなければならなかった必要性など、きっと、なかった。 (だけど本当に悔しいのは、そんなことじゃない…!) 古泉は、唇を震わせ、苦いものが競り上がる喉を滅多切りにしてやりたいと思った。それほど遣り切れず、腹立たしい。それは長門の言葉や態度に対してではない、自分の無力さに対してでもない。 此の世界の創造主たる『白雪姫』長門は、古泉一樹を召喚した。『妃』長門への対抗として、自分を護る小人役が必要だったから。 ……無意識下ではあったのだろうが、それほど己の身を護るために周到に立ち回っておきながら。 小人が傷けられればそれを懊悩し、慙愧の念に耐えかねて。自ら毒を煽る結末を選び取った狡く優しく脆い少女を、古泉一樹はどうしても憎めなかった。 虚偽の記憶と言われればそれまでだろう。けれど、古泉の中にはまだ、奥手な少女の偶に見せる気遣いや、ほんのりと心が色づく様な微笑の記憶がある。そういったものの総てを、紛い物と割り切ることは出来なかった。 何故ならそれは、長門本人が持ち合わせていたのだろう性質だから。エラーの集合体、この『白雪姫』長門の存在は、そんなものではないだろう。昨年、彼女の改変劇に立ち会った彼も、こんな想いで居たのかもしれない。 人が人として生きる以上には不可欠で、時にブラックホールに追い遣ってしまいたいと願ってしまうくらいに持て余し、それでも棄て去るなんてどう足掻いたって出来はしない。 この白雪姫の長門は、泣き喚き、叫び、恨み嫉み憎んで、それでも愛してしまう性だ。 長門有希が獲得した、どうしようもない、――感情の姿だ。 そんな長門を見殺すことは、古泉にはできなかった。例え自分達に、消去しなかった分のツケが廻ってくるとしても。 機関員ではなく、古泉一樹として。一度だけ、機関を裏切って味方すると約束したことを、今更に回想した。 眠る『白雪姫』に、そっと顔を近付ける。優し過ぎて死んだ、宇宙人端末の個から離反した少女。今なら、ある手段を用いればバックアップが作用し回復する、という長門の言を思い起こしながら、古泉はやっと、静かに笑って見せた。 (選びますよ) あなたにとっては予想外の道でしょうが。古泉が微笑んだその意味を掴み損ねたらしい『妃』長門が、珍しい、驚愕を露にするように瞬いた。彼女の推測では十中八九古泉は、涼宮ハルヒの保護のために『妃』を選ぶ筈であったろうから、無理も ない。そんな長門の様を何処か満足気に想った自分に気付いて、古泉は苦笑した。 徐々に白雪姫の少女と距離を詰めていく古泉を、しかし長門は制止しない。彼女らに選択権がない、というのは確かのようだった。自分が消される番としても、長門はまるで他人事のように立ち尽くしている。 身を屈め、唇を、『白雪姫』の少女自身に触れさせた。 古泉は生涯初めてに、柔らかで、程よい弾力をその唇で、味わった。 /// 時としてはほんの数秒であったろうが、体感時間は分からないものだ。古泉は心の隅で離したくないと想う自分に気付いていたし、それを実行する事も不可能ではなかったが、しかし、そうはしなかった。 「……それでは、『白雪姫』は目覚めない」 何処か愕然としたような『妃』長門の声に、古泉は微かな温もりを伝った白雪姫の「頬」への接吻けから身を離した。それから非礼を詫びるように、冗談めかして小さく笑うことは忘れずに、立ち上がって一礼する。 「残念ながら、僕は『王子』ではありませんから。白雪姫の唇にキスをするのは、僕の役回りではありません。けれどその上で、選びます。『妃』でも『白雪姫』でもない選択肢をね」 白雪姫を選んだら妃が死ぬ。 妃を選んだら白雪姫が死ぬ。 古泉は、そんなこの世界の条項を踏まえた上で、言い放った。 「――知ったこっちゃないんですよ」 紳士然とした古泉らしからぬ、乱暴な口利きに、長門も困惑している様子が伝わる。古泉は溜め込んでいた怒りを吐き出しつくすように、喉を絞った。燻らせていた感情を上乗せる。 「真相を知って僕がどんな応対を見せると推測されていたのか分かりませんが、妃が死んで終わりの物語も、白雪姫が死んで終わりの物語も、僕には一切合切興味がありません。自己犠牲が織り成す悲劇の終焉なんて在り来たりなテーマを持ち出しても、涼宮さんは陳腐だと一笑なさるでしょう。彼も同感でしょうし、朝比奈さんに至っては言う必要もありません、自明のことですからね。 長門さん、あなたは最も考慮すべき点を無碍にしています。それは」 「……」 「あなたの、心です」 『妃』長門は、波紋を生じさせた黒瞳を、古泉に対峙させる。 「エラー部位は、総て『わたし』に移行している。わたしは、」 「エラーを分離させて、発生したバグを隔離して、それで。完全分割が出来るものですか?……あなたにも、ある筈です。 仮に分割が成功していたとしても、分かたれて別個となったあなたにも、次第にそのエラーは重なるでしょう。無縁でいられるものではない。幾ら切り離して消去を繰り返してもね」 エラーが募る限り何度でも。それを受容する器を、未だに有機端末は持ち合わせられていない、それだけだろう。なら、そのエラーを育てていくことで進化させられる形態もあるだろう。情報統合思念体からの支援さえ受けられればあるいは。 結局のところ、これは整理の問題だ。古泉や他の面子が長門を護り、長門自身が総ての「もしも」を受け入れられるかどうかの、覚悟を決めるための。 「長門さん、あなたも言っていた。あの白雪姫の物語は、完結していないんです。それなら、如何様にも物語は書き足せるということにはなりませんか?必ず白雪姫が、妃が死ぬ幕切りにしなくてもいいんです。何故なら、」 息を吸い、古泉は声に力を篭める。届いてくれ、と古泉は欲する。今届かないなら、この声帯も舌も不要物でしかない。 「僕には―――僕達には。どちらのあなたも、この上なく必要で、かけがえのない、愛しい存在だからですよ」 「………」 「彼だけではないんです。涼宮さんも朝比奈さんも――そして僕も。 信じてください。僕達があなたの、そのいずれも損失するということが……どれだけ辛いか。あなたの考慮にも値しない程、僕等は『どうでもいい』存在ですか。僕や、涼宮さんや、朝比奈さんのことは信頼しては頂けませんか。 バグがエラーが何だっていい、あなたが好きなようにやればいい。あなたは昨年から、あなたの意思でSOS団に居続けていた。 そうでしょう?ならばあなたの想いのままに、答えてください。あなたの尊い長門有希一個人としての感情を、消し去ってしまってもいいのですか…!」 胸に詰まる。古泉は、長門の答えを、聞く以前より知った上で問い掛けた。 そうでなければ朝倉涼子が、あれほどに己の力量不足と自身を卑下していたことが繋がらない。救って欲しいと言っていた。 除去される寸前まで、あれほどまでに彼女は長門の幸福を祈っていたのに。 『妃』長門は――長門有希は、無表情を崩しはしない。 けれど、その中に、極小であれ見出せたものがある。長門有希が獲得したものは、決して、一過性の幻影ではないと、古泉一樹は識っている。 「……忘れたくない」 少女は吐露した。 感情的ではなかったけれども、明確な心の在り処を古泉に示した声。無感動とは非なるもの。――愛したいと言っていた。 愛されたいと望んでいた。 「忘れたく、ない」 「長門さん」 「――わたしは……」 古泉は、長門の頭に手を置いた。身長差もあって、上目遣いになる少女の瞳を瞬きに閉じ込めるように覗き込んで。古泉は、愛慕を胸に微笑んだ。 良かった。 きっと、それが正解。 「その言葉が、聞きたかった」 ――古泉の刻んだ暖かな笑みを、長門の告白を待っていたかのように。 光が弾けた。 銀世界が裂ける。閉鎖空間が現実を取り戻す瞬間によく似た、空間の裂傷。光の洪水となって、ばらばらに砕けた光のひとつひとつが収束していく。 天上が罅割れ、白い閃光に視界が塗り潰される寸前――― 『白雪姫』が、眼を覚ます。二人が一つになっていく。 ……古泉は、長門の控えめな「ありがとう」を、聞いた。 鼓膜にいつまでも残るような、それは、軽やかな響きだった。 --------------------------- お妃様は、儚く泣きそうに歪めた瞳で、鏡に呼び掛けました。 「鏡よ鏡、わたくしの問いに答えておくれ」 はい、お妃様、と鏡は愛する妃に恭しく答えました。 鏡に明瞭に映し出された白雪姫の姿を前にして、お妃様は問い掛けました。 「それでは鏡よ、お答えなさい。此の世で、……生き残るべきは、どちら?」 此の世で欲され、愛され、必要とされるのはどちらですか。 ――わたしと白雪姫の、どちら。 鏡は「分かりません」、と、哀しげに応えます。 けれども、回答を委ねるように、鏡は一際の輝きを見せ、お妃様を惹きつけました。 鏡に映し出されたものは、お妃様と瓜二つの――白雪姫。 お妃様は、息を呑みました。 お妃様も白雪姫も、同じものであったと、気付いたのです。 『お妃様』 不意に、声がしました。 何事かとお妃様が眼を瞠る中、小人がその鏡に割り入りました。白雪姫の隣に立つ小さな人は、お妃様が鏡を通して自分達を見ていることを知って、挨拶に現れたのでした。 小人は恭しく礼を取って、鏡越にお妃様に微笑みかけてきます。 「そのようなところから眺めておられるのですか、我々のみすぼらしい住処を。それならばどうぞ、折を見ていらしてください。粗末なもので、大したおもてなしは出来ませぬが……」 小人の微笑は、 優しく労わるような、笑顔でした。 「―――そこでお一人でおられるよりは、きっと、楽しい一日になるでしょう。歓迎の準備をして、お待ちしております。白雪姫と一緒にね」 ああ、とお妃様は思いました。――なんてこと。 なんて、馬鹿らしい事で、思い詰めていたのでしょうか。 お妃様は、肩の荷が降りたような気がしました。張り詰めさせていた神経が、ゆるりと、解けていくようでした。 「……ありがとう。是非、お邪魔すると致しましょう」 お妃様は、己の不徳を恥じ入り、眼を伏せました。 小人の隣で、白雪姫は、幸せそうに笑っていました。 きっとそれは。 何にも変え難い、晩餐となることでしょう。 白雪姫とお妃様が、小人と共に、テーブルを囲う一夜。 白雪姫を殺さずに済んだお妃様が、微笑む夜になるのでしょう。 (→last episode)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4369.html
お妃様は、儚く泣きそうに歪めた瞳で、鏡に呼び掛けました。 「鏡よ鏡、わたくしの問いに答えておくれ」 はい、お妃様、と鏡は愛する妃に恭しく答えました。 鏡に明瞭に映し出された、白雪姫の姿を前にして、お妃様は問い掛けました。 「それでは鏡よ、お答えなさい。此の世で、……生き残るべきは、どちら?」 此の世で欲され、愛され、必要とされるのはどちらですか。 ――わたしと白雪姫の、どちら。 --------------------------- 長門は、酷く懐かしい宇宙の深淵を思わす黒瞳を細めた。 SOS団の集う部室で、長門が古泉に投げ掛ける無機質で硬く透明な眼差しが、其処にあった。古泉の問いには答えずに、少女は瞬く。整った睫毛を揺らす。 「いつ」 気付いた、と端的な問い返し。 古泉は俯いた。常なら片時も離さずにいる苦々しさを隠す仮面を、被ることはしない。 「……引っ掛かりはあったんです。こんな世界を構築出来るのは、本命で敵対勢力に位置する広域の宇宙生命体ぐらいでしょう。涼宮さんの力説は端から除外していました。彼女があなたを抹殺しようとする理由がありませんから。 ――あなたが『妃』ではないかと思った決定打は、あなたが残して下さったヒントですよ」 終わり無き『白雪姫』の物語。 けれど、古泉の心当たりにはまだ、あった。……いつかに終わりを迎えた、白雪姫をなぞった物語。 かつて――古泉が北高に転入し、SOS団にあれよあれよという間に引き入れられて然程時を経ていない内の話だ。これが世の終焉かという想いも諦め半ばに抱いた、最大規模の閉鎖空間の発生。恐慌状態にあった機関の上層部の混迷は、「彼」と、涼宮ハルヒの帰還によって救われた。 神は、世界を見捨てなかった。古泉を含め人々は生き残った。生存を赦された。 閉鎖空間内で二人の間に何があったのかを、古泉は正確に見知っている訳ではなかったのだが――帰って来た彼等の様子から凡そを推量し、彼に鎌をかけた上で確認もしていた。sleeping beatyという分かり易いメッセージを長門が送信する様も、古泉は眼にしていたから。 「姫は王子に与えられた接吻けで、自己の世界を肯定し、回帰する。……よく似た事例が、ありましたね」 「……」 「初めに気付いて然るべきだったのです。余りに真っ当で正当な白雪姫のエンディングは、既に現実にて、『彼』と涼宮さんが此方の世界に無事戻ってきた日に描かれ切っていた。最早余計な茶々を入れる差間もないくらいにね。――『白雪姫』 を創造主が具体化したのは、そういうことだったのではないかと思ったのですよ。 これは、白雪姫になりたかった者の、白雪姫になれなかった者の、最期の抵抗の物語なのではないか、と」 ――そう、だから、この世界を編み出したのは『妃』役ではない。 古泉は、横たえられた少女の前髪を撫でつけた。毒林檎に口をつけて眠りに就いた娘。伏せられた瞼を指でそっと辿る。残る涙の痕跡だろう、目尻は濡れていた。 「どういう理由が発端かは、僕には判りかねます。けれど、この空間を創出したのは『白雪姫』役を振られたこの、封鎖空間内で僕と文芸部室に居た長門さん、なんですね」 「……そう」 古泉の想察を、少女は、平淡に首肯した。 「――あなたに、説明の遅れたことを謝罪する」 この事態を引き起こす契機となったのだろう瑕疵の在り処すら感じさせない、少女の解説口調。聴き慣れた声の響きに少なからず、古泉が安堵を抱いてしまったことは否めなかった。それは確かに古泉と、SOS団の破天荒な振る舞いに流され、一年の季節の中信頼を培ってきた長門であった。 「わたし自身、空間上に設けられた規則事項によって行動を相当のレベルで制限されていた。わたしが行えた介入は『白雪姫』たる『わたし』の消去行動と、あなたの記憶改竄に修正を加え、覚醒を促すこと。プログラムが機能するまでに時間を 要したこと、情報伝達の手段がなく、混乱を招いたのはわたしに非がある」 「七日目、に急に既知感が強く発現したのは、長門さんの力でしたか」 通りで、と古泉は思い返す。初期から違和感は付き纏っていたが、それが確定的に芽生えたのは七日目に突入してからだ。 長門の仕込んだものが再生に漕ぎつくまでに時間がかかった、ということだろう。 「わたしは以前からエラーの蓄積を感じていた。それは既に昨年の十二月十七日にわたしが起こした世界改変に匹敵するレベルに達し、何時暴走行為が発露するかも不明という状況。放置すればわたしは再び改変を起こす公算が大きく、またその行為において『保護対象』たる彼らを傷つけてしまう事も有り得た。……わたしは昨年に、二度目はないことを課していた」 「だからそのエラー部分の、消去を敢行したんですね?」 「……そう。自身から制御しきれない部位を乖離させ、その範囲のみを除去しようと試みた。だが、予想外の抵抗があった」 言わずもがな、消去を否定した『白雪姫』長門の抵抗。エラー部分の離反。 「その『わたし』は、わたしが満足に力を振るえない封鎖空間を展開し、わたしに『妃』の制約を設け、『彼』を呼び込もうとした。それが叶わないと見ると、次にあなたを召喚した」 ――つまり、事の始まりと顛末は、こういうことだった。 長門有希は、昨年と同じく、回避不可能なエラーに見舞われた。エラーを自身から抜き取ろうとした長門は、けれど、エラー部位の長門の反抗に遭った。エラー部位の長門は「白雪姫の世界」を構成し其処に逃げ込むことで、長門の消去行動から逃れようとした。『白雪姫』を望んだのは『彼』に対した制御し切れない好意も、根本にはあったのだろう。 エラー長門は『白雪姫』となり、『王子』に彼を呼び込もうとしたが、長門がそれを食い止めたことによって叶わなかった。 エラー長門は、古泉を小人役に、朝倉を鏡役に呼び込み世界の均衡を保った。 長門は、エラー長門を消去し此の空間を解除する為に、『妃』役としての制限の中で、エラー長門を葬る為に手を尽くした。初めに胸紐、次に毒の櫛を用いることで、古泉に気付かせる意図をも含めて。 物語が途切れさせられ、王子役の『彼』が召喚されていないのは、恐らくは『妃』長門の妨害によるものだ。 彼がいたならば。『白雪姫』長門は彼に口付けを受けて、復活することが出来る。それそのものがきっと『白雪姫』長門の、「この世界」を構築した目的の一つだったのだろう。 彼への、留まらない好意故の。 けれどそれは『妃』長門の強制介入によって阻まれた。 「……疑問があります。お聞きしても、よろしいですか?」 「いい」 「『あなたに選択権を委ねる』、と栞にはありました。――僕に委ねられた選択とは何ですか」 推測のみでは行き着けなかった回答のひとつ。長門は、視線を古泉が手を遣っている『白雪姫』に落とした。 「――その『わたし』は、完全な消去に移行しているわけではない。今なら、ある手段を用いればバックアップが作用し回復する」 「……」 「この『白雪姫』の物語に、王子役はまだ登場していない。あなたが担えばいい。そうすればその『わたし』は覚醒し、封鎖空間も消滅する。その代わり、『わたし』は致命的なエラーを抱えたまま復帰し、将来、異常を来たす可能性が高い。最悪、涼宮ハルヒ及び――彼、朝比奈みくる、……そしてあなたにも、災いとなる」 冬の雪山に現れた奇怪な館での情報闘争、春以降からは別の宇宙生命体との諍いがあり、数え切れない試練を突破してきた。 何処かで、気付かぬ内に涼宮ハルヒの力でループした局面もあったかもしれない。長門個人に対する、負担の度合は測り知れなかった。そのなかで再度降り積もったエラーの度数が跳ね上がり、そうして起きたのが今回の事件ということだ。 「……もし僕が、この『白雪姫』を選んだら。『妃』のあなたは、どうなるんですか」 「――どうにもならない。その『わたし』が仕込んでいたプログラムが起動し、再構成が起こる。これまでわたしを構成していた要素は変異に巻き込まれて崩壊するかもしれない。そうなれば残るのは、エラーの『わたし』」 浮かんだ瞳の光は、悲愴ではなく、覚悟を決めた者の灯火だ。 「本来なら、わたしはエラー処理のみに徹すべき。それがリスクを回避する最善の方法。……それでも、わたしはわたしの判断に確証が持てない。『わたし』があなたをこの封鎖空間に巻き込んだ事を認知した時、自動的に選択権はあなたに譲渡された。この世界でのわたしと『わたし』は選択権を持たない。そういうルールに基づいて作られている。――だから」 長門の囁きは、疾うに、古泉の出す答えを知っているかのようだった。 「……あなたが、選んで」 ――妃を選べば、白雪姫が死ぬ。 ――白雪姫を選べば、妃が死ぬ。 残酷な二者択一。小人が最後まで、残された理由。 「僕にあなたを生かすか、それとも此方の『白雪姫』を生かすか、選べということですか」 古泉は、余りにあからさまな誘導に、『妃』長門を前にして初めて失笑した。 ……長門は、古泉が選ぶしかないことを認識して、訊いている。それを古泉はどうしようもなく分かってしまい、だからこそ遣り切れなさに――酷く、腹を立てていた。 「そう、ですか。――分かりました」 「……いいの」 「多少なりとも、僕を信用して下さった故のことなのでしょう。僕が小人役だったのも、あなたが僕が小人役になるのを阻まなかったのも、総てこの結末のため。違いますか?」 長門は沈黙し、古泉は濁流と化した心の河を沈める気にもならない。 涼宮ハルヒと「鍵」の保全を第一任務に据える機関員としてある限り、古泉はエラー長門を除去する選択しか取りようがない。涼宮ハルヒに危機が及ぶ可能性の排除が、古泉の存在意義なのだから。そのことを分かり切って、長門は訊いているのだ。「どちらがいい?」と。 長門にだってきっと分かっている。この『白雪姫』長門を抹消するということは、エラーの排除というだけではない、長門自身の堆積した感情の礫を一つ残らず一掃するということ。何もなかった素体に宿すことの出来た恋心を捨て、これまで育ててきたSOS団員との仲間意識が消去され、無感情な宇宙人端末に逆戻ろうとも。暴走により団員達に危害が及ぶことを恐れて、長門有希はそれを実行しようとしている。 何が選択権だ。選ばせようとする意図など、最初からない。古泉一樹個人の意思など介在する余地を残していない。 古泉は、周囲に当り散らしても足りないような心底から湧く悔しさが、何に起因するものかをはっきりと自覚した。 自分でなければならなかった必要性など、きっと、なかった。 (だけど本当に悔しいのは、そんなことじゃない…!) 古泉は、唇を震わせ、苦いものが競り上がる喉を滅多切りにしてやりたいと思った。それほど遣り切れず、腹立たしい。それは長門の言葉や態度に対してではない、自分の無力さに対してでもない。 此の世界の創造主たる『白雪姫』長門は、古泉一樹を召喚した。『妃』長門への対抗として、自分を護る小人役が必要だったから。 ……無意識下ではあったのだろうが、それほど己の身を護るために周到に立ち回っておきながら。 小人が傷けられればそれを懊悩し、慙愧の念に耐えかねて。自ら毒を煽る結末を選び取った狡く優しく脆い少女を、古泉一樹はどうしても憎めなかった。 虚偽の記憶と言われればそれまでだろう。けれど、古泉の中にはまだ、奥手な少女の偶に見せる気遣いや、ほんのりと心が色づく様な微笑の記憶がある。そういったものの総てを、紛い物と割り切ることは出来なかった。 何故ならそれは、長門本人が持ち合わせていたのだろう性質だから。エラーの集合体、この『白雪姫』長門の存在は、そんなものではないだろう。昨年、彼女の改変劇に立ち会った彼も、こんな想いで居たのかもしれない。 人が人として生きる以上には不可欠で、時にブラックホールに追い遣ってしまいたいと願ってしまうくらいに持て余し、それでも棄て去るなんてどう足掻いたって出来はしない。 この白雪姫の長門は、泣き喚き、叫び、恨み嫉み憎んで、それでも愛してしまう性だ。 長門有希が獲得した、どうしようもない、――感情の姿だ。 そんな長門を見殺すことは、古泉にはできなかった。例え自分達に、消去しなかった分のツケが廻ってくるとしても。 機関員ではなく、古泉一樹として。一度だけ、機関を裏切って味方すると約束したことを、今更に回想した。 眠る『白雪姫』に、そっと顔を近付ける。優し過ぎて死んだ、宇宙人端末の個から離反した少女。今なら、ある手段を用いればバックアップが作用し回復する、という長門の言を思い起こしながら、古泉はやっと、静かに笑って見せた。 (選びますよ) あなたにとっては予想外の道でしょうが。古泉が微笑んだその意味を掴み損ねたらしい『妃』長門が、珍しい、驚愕を露にするように瞬いた。彼女の推測では十中八九古泉は、涼宮ハルヒの保護のために『妃』を選ぶ筈であったろうから、無理も ない。そんな長門の様を何処か満足気に想った自分に気付いて、古泉は苦笑した。 徐々に白雪姫の少女と距離を詰めていく古泉を、しかし長門は制止しない。彼女らに選択権がない、というのは確かのようだった。自分が消される番としても、長門はまるで他人事のように立ち尽くしている。 身を屈め、唇を、『白雪姫』の少女自身に触れさせた。 古泉は生涯初めてに、柔らかで、程よい弾力をその唇で、味わった。 /// 時としてはほんの数秒であったろうが、体感時間は分からないものだ。古泉は心の隅で離したくないと想う自分に気付いていたし、それを実行する事も不可能ではなかったが、しかし、そうはしなかった。 「……それでは、『白雪姫』は目覚めない」 何処か愕然としたような『妃』長門の声に、古泉は微かな温もりを伝った白雪姫の「頬」への接吻けから身を離した。それから非礼を詫びるように、冗談めかして小さく笑うことは忘れずに、立ち上がって一礼する。 「残念ながら、僕は『王子』ではありませんから。白雪姫の唇にキスをするのは、僕の役回りではありません。けれどその上で、選びます。『妃』でも『白雪姫』でもない選択肢をね」 白雪姫を選んだら妃が死ぬ。 妃を選んだら白雪姫が死ぬ。 古泉は、そんなこの世界の条項を踏まえた上で、言い放った。 「――知ったこっちゃないんですよ」 紳士然とした古泉らしからぬ、乱暴な口利きに、長門も困惑している様子が伝わる。古泉は溜め込んでいた怒りを吐き出しつくすように、喉を絞った。燻らせていた感情を上乗せる。 「真相を知って僕がどんな応対を見せると推測されていたのか分かりませんが、妃が死んで終わりの物語も、白雪姫が死んで終わりの物語も、僕には一切合切興味がありません。自己犠牲が織り成す悲劇の終焉なんて在り来たりなテーマを持ち出しても、涼宮さんは陳腐だと一笑なさるでしょう。彼も同感でしょうし、朝比奈さんに至っては言う必要もありません、自明のことですからね。 長門さん、あなたは最も考慮すべき点を無碍にしています。それは」 「……」 「あなたの、心です」 『妃』長門は、波紋を生じさせた黒瞳を、古泉に対峙させる。 「エラー部位は、総て『わたし』に移行している。わたしは、」 「エラーを分離させて、発生したバグを隔離して、それで。完全分割が出来るものですか?……あなたにも、ある筈です。 仮に分割が成功していたとしても、分かたれて別個となったあなたにも、次第にそのエラーは重なるでしょう。無縁でいられるものではない。幾ら切り離して消去を繰り返してもね」 エラーが募る限り何度でも。それを受容する器を、未だに有機端末は持ち合わせられていない、それだけだろう。なら、そのエラーを育てていくことで進化させられる形態もあるだろう。情報統合思念体からの支援さえ受けられればあるいは。 結局のところ、これは整理の問題だ。古泉や他の面子が長門を護り、長門自身が総ての「もしも」を受け入れられるかどうかの、覚悟を決めるための。 「長門さん、あなたも言っていた。あの白雪姫の物語は、完結していないんです。それなら、如何様にも物語は書き足せるということにはなりませんか?必ず白雪姫が、妃が死ぬ幕切りにしなくてもいいんです。何故なら、」 息を吸い、古泉は声に力を篭める。届いてくれ、と古泉は欲する。今届かないなら、この声帯も舌も不要物でしかない。 「僕には―――僕達には。どちらのあなたも、この上なく必要で、かけがえのない、愛しい存在だからですよ」 「………」 「彼だけではないんです。涼宮さんも朝比奈さんも――そして僕も。 信じてください。僕達があなたの、そのいずれも損失するということが……どれだけ辛いか。あなたの考慮にも値しない程、僕等は『どうでもいい』存在ですか。僕や、涼宮さんや、朝比奈さんのことは信頼しては頂けませんか。 バグがエラーが何だっていい、あなたが好きなようにやればいい。あなたは昨年から、あなたの意思でSOS団に居続けていた。 そうでしょう?ならばあなたの想いのままに、答えてください。あなたの尊い長門有希一個人としての感情を、消し去ってしまってもいいのですか…!」 胸に詰まる。古泉は、長門の答えを、聞く以前より知った上で問い掛けた。 そうでなければ朝倉涼子が、あれほどに己の力量不足と自身を卑下していたことが繋がらない。救って欲しいと言っていた。 除去される寸前まで、あれほどまでに彼女は長門の幸福を祈っていたのに。 『妃』長門は――長門有希は、無表情を崩しはしない。 けれど、その中に、極小であれ見出せたものがある。長門有希が獲得したものは、決して、一過性の幻影ではないと、古泉一樹は識っている。 「……忘れたくない」 少女は吐露した。 感情的ではなかったけれども、明確な心の在り処を古泉に示した声。無感動とは非なるもの。――愛したいと言っていた。 愛されたいと望んでいた。 「忘れたく、ない」 「長門さん」 「――わたしは……」 古泉は、長門の頭に手を置いた。身長差もあって、上目遣いになる少女の瞳を瞬きに閉じ込めるように覗き込んで。古泉は、愛慕を胸に微笑んだ。 良かった。 きっと、それが正解。 「その言葉が、聞きたかった」 ――古泉の刻んだ暖かな笑みを、長門の告白を待っていたかのように。 光が弾けた。 銀世界が裂ける。閉鎖空間が現実を取り戻す瞬間によく似た、空間の裂傷。光の洪水となって、ばらばらに砕けた光のひとつひとつが収束していく。 天上が罅割れ、白い閃光に視界が塗り潰される寸前――― 『白雪姫』が、眼を覚ます。二人が一つになっていく。 ……古泉は、長門の控えめな「ありがとう」を、聞いた。 鼓膜にいつまでも残るような、それは、軽やかな響きだった。 --------------------------- お妃様は、儚く泣きそうに歪めた瞳で、鏡に呼び掛けました。 「鏡よ鏡、わたくしの問いに答えておくれ」 はい、お妃様、と鏡は愛する妃に恭しく答えました。 鏡に明瞭に映し出された白雪姫の姿を前にして、お妃様は問い掛けました。 「それでは鏡よ、お答えなさい。此の世で、……生き残るべきは、どちら?」 此の世で欲され、愛され、必要とされるのはどちらですか。 ――わたしと白雪姫の、どちら。 鏡は「分かりません」、と、哀しげに応えます。 けれども、回答を委ねるように、鏡は一際の輝きを見せ、お妃様を惹きつけました。 鏡に映し出されたものは、お妃様と瓜二つの――白雪姫。 お妃様は、息を呑みました。 お妃様も白雪姫も、同じものであったと、気付いたのです。 『お妃様』 不意に、声がしました。 何事かとお妃様が眼を瞠る中、小人がその鏡に割り入りました。白雪姫の隣に立つ小さな人は、お妃様が鏡を通して自分達を見ていることを知って、挨拶に現れたのでした。 小人は恭しく礼を取って、鏡越にお妃様に微笑みかけてきます。 「そのようなところから眺めておられるのですか、我々のみすぼらしい住処を。それならばどうぞ、折を見ていらしてください。粗末なもので、大したおもてなしは出来ませぬが……」 小人の微笑は、 優しく労わるような、笑顔でした。 「―――そこでお一人でおられるよりは、きっと、楽しい一日になるでしょう。歓迎の準備をして、お待ちしております。白雪姫と一緒にね」 ああ、とお妃様は思いました。――なんてこと。 なんて、馬鹿らしい事で、思い詰めていたのでしょうか。 お妃様は、肩の荷が降りたような気がしました。張り詰めさせていた神経が、ゆるりと、解けていくようでした。 「……ありがとう。是非、お邪魔すると致しましょう」 お妃様は、己の不徳を恥じ入り、眼を伏せました。 小人の隣で、白雪姫は、幸せそうに笑っていました。 きっとそれは。 何にも変え難い、晩餐となることでしょう。 白雪姫とお妃様が、小人と共に、テーブルを囲う一夜。 白雪姫を殺さずに済んだお妃様が、微笑む夜になるのでしょう。 (→last episode)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4238.html
小人はようよう、識りました。 白雪姫が「或る者」に殺され掛かっていること。 小人は護りを、誓いました。 己が命を賭しても、護るに値するものを望みました。 --------------------------- 古泉は、沈着を旨とする己の本分すら忘れ、ただ止め処ない血の毒々しい赤を目の当たりにしていた。携えていた手紙は緋色の液体を吸って、端はよれ、血に塗れた櫛と同様に落ちてべたりと床に張り付く。 仕込み刃だ。 櫛に、触れたら刃が突き刺さるタイプの仕掛けがしてある。しゃがみ込んだ古泉は、咄嗟に傷口を押さえたために血で汚れた左手で、同じく赤くなった手紙の便箋を床から拾い上げ、中を覗き込んだ。メッセージが記されているような類の紙はないことを確かめ、苦々しさに唇を噛み締める。衝動のまま封筒を握り潰しかけたが、ぎりぎりで思い留まり、震わせながら左腕を降ろした。 傷の痛みもあったが、それより先に怒りが勝った。刃つきの櫛のみの封入。あからさまに、長門を狙っての仕業だ。単純な嫌がらせの度を越した、悪戯では済まされないレベルの凶器。 ――誰が、なぜ。 古泉は脈動のたびに細く血が溢れ出る己の右手の傷口を凝視したが、どれだけ深く刃が刺さっていたかは血塗れた手では判断しがたい。ずきずきと焼けるような、痺れるような痛みは神経を渡って、古泉の濡れた掌を熱する。血止めをしなければと思い立ち、古泉は止血の出来そうなものを捜して立ち上がった。 何かが倒れたような振動が背後で鳴ったのを皮切りに、引き絞るような声が上がったのはそのときだ。 「あ……」 開け放たれたきりのドアの向こう、扉の境界を経た廊下側に、長門有希が立っていた。 古泉が聞き込んだ限り、今日も長門は授業に出てはいなかった。登校してきたばかりなのだろう。古泉に会う為に、放課後の部室を選んで訪ねて来たのかもしれない。 鞄が床上に横倒しになっている。先程の物音は、少女が驚きの余りに鞄を取り落とした音だった。新調したらしいフレーム型に青みを増した厚い眼鏡、その奥に驚愕と恐怖を如実に浮かべた双眸。 手を、腕を、自身の血に拠って悪趣味な赤色にしてしまった古泉を、鏡のように明るく映す瞳孔が、縮む。 「――長門さん――」 しまった、と古泉は顔色を変えた。彼女に晒すには毒々しい場面だ。古泉はデフォルトの微笑を繕い、大した怪我ではないと誤魔化すようにしたが、強張った長門の相貌は青褪めてどんどん血の気を失っていく。 「ああ、」 「お久しぶりです、長門さん。その、すみません、お見苦しいところを……」 「や、ああ……」 「長門さ」 「やぁ、あああああ…!!」 古泉は声を喪った。 両手で顔を挟み、厭々をするように首を振って、長門は悲鳴を上げていた。咄嗟に悟っていたのだろう、古泉の血だらけの姿を招いた要因が己にあること。無表情を常とする少女は泣きそうに目尻を歪ませて、悲痛な声を上げ続けた。これほど我を失った長門に直面したのは初めてで、古泉も対応を測れず、かといって血濡れた手で抱き寄せることもできない。空っぽの腕が虚しく、空を抱く。 「古泉さ、血、が、ああ、あああああ、わたし、わたしの…!」 「長門さん、落ち着いてください!大丈夫です、僕は大丈夫ですから――」 募らせる言葉が掠れる。無力を思い知る。古泉は叫ぶ少女の前で自身の限界を突きつけられたような気がした。 どれほど心力尽くしても、護り切れないのだろうか。その儚い心の造りまでは。 こんなとき、彼なら……。最早確定的なものとなって、それは古泉の心情に上乗るように落ちた。かつて文芸部室に居たのであろう、名も顔も思い出せぬ誰かの存在を。 こんなとき、長門さんが好意を寄せる、『彼』であったなら。 / / / 悲鳴を上げた末に気を失った長門を、保健室に運び込むのは悲鳴に駆け付けた教員の役回りだった。 負傷し、血液跡も黒ずみ始めた右手では、長門を抱き抱えられなかったのだ。 古泉は、包帯で覆われ固定された右手を見遣る。出血量が多く保健室の処置では間に合わず、近場の病院へ寄って治療を受けた跡は白い布がちらちらと眼に映るばかりで、一時にして制服の袖口から何からを染め上げた鮮血の色は、一切ない。そのことに、酷く古泉はほっとしていた。 被った怪我の度合いはともかく、あのまま手紙を長門に委ねていたら。負傷したのは長門であったかもしれない。 それは、考えるだに怖ろしい展開だ。 「長門さんの様子はどうですか」 「今は安静にしていますね。あなたの宥めが効いたのかしら」 保険医は慰めるように古泉に微笑んだ。その視線は恋人を案ずる『彼氏』に向けて労わりと冷やかしすら篭めたものであったが、今の古泉には自嘲の種にしかならなかった。 大っぴらに喧伝されたのと同じ効果を伴った、古泉の負傷と長門の保健室担ぎ込まれ。平穏そのものであった北高で、いきなりニュース報道ものの先日の殺人未遂事件に次いでのことだ。 学校が上へ下への大騒ぎになって生徒全員が強制自宅待機になり得る規模の事件であったことは違いない。にも関わらず、騒ぎは急速に沈静化。教師達も以前とは違い、古泉の怪我に関して、言及すらしては来なかった。 古泉は単身で教室を見回ったが、古泉に手紙を託して去った少女はついぞ発見できなかった。彼女が名乗った八組のクラス写真をざっと眺めても、それらしき姿はない。そうして、思い出そうとすると特徴の少ない女生徒の顔を思い描けない自分に感付き、古泉の不審感は頂点に達していた。 ――此の世界は、どこかおかしい。 長門は簡素なベッドで眠っている。夢のなかでなら恐怖を覚えずに済んでいるのか、赤子のように無垢な寝顔だった。やや乱れたさらりとした髪を左手で撫でつけてやって、古泉は一つ、腹を括った。 「先生、暫く長門さんをお任せしてもいいでしょうか」 「ええ、勿論よ。でも、何処へ?」 「確かめたいことがありまして」 古泉は優等生の振る舞いらしく、腰を低く謝辞を述べてから、保健室から引き上げた。その足で真っ直ぐに、目的とする場所を目指す。 元来古泉はばらばらの事象を繋ぎ合わせた考察、前提条件を下敷きにした推察を得手としている。長門が殺されかけた際に、用いられた『胸紐』と、今回の『櫛』という推理材料が揃った時点で、ある仮説に辿り着いていた。 紐ならば幾らも種類のある中で、胸紐を敢えて取捨選択した犯人。刃を仕込まれたからくり仕掛けの櫛にしたところで、仕掛けを施す物を櫛に限定せずとも好かったはず。では、もし胸紐と櫛でなければならなかった理由があるとしたら? 何時かに長門に勧められて読んだ、一冊の古びた洋書を、古泉は回想する。 物語に主役の座を勝ち得た姫君は、世に類まれなる美貌と夜の如くの黒髪、雪の肌、そして清らかな魂を育んだ娘。故に母に疎まれ、追い込まれ逃げ延びた娘。けれど無知で人を疑うことを知らず、小人の忠言もすぐに忘れてしまう。御妃に命狙われ、三度命を落としかける。一度目は胸紐で、二度目は毒を差した櫛で。 ――この符合が、偶然であるとは思えない。 その本はまだ部室に置いてあったはずだと、古泉は無人の文芸部室に踏み込み、包帯のない左手で手早く本棚を掻き分ける。重量感のある分厚い書は長門の好みだ。出し入れがされていない上部を重点的に捜す。視線を走らせる古泉は、両端を図鑑に挟まれた位置に、薄い『それ』を見出した。 「――『Snow white』」 詰まった棚から、それのみを取り出すのは骨が折れる作業だ。逸る心を抑えて、丁寧に指の先に引っ掛け、力を籠めて抜き出す。 表紙は、古泉の記憶にある通りの姿で残されていた。霞んだ英字体に、大きく林檎のイラスト。古泉は右腕に本を置き、左手で開くと、頁を繰りながら内容を飛ばし読みした。タイプされた英字が並ぶグリム童話英訳版。何か手掛かりがあると思ったのだ。 やがてある一定量を捲ったところで、古泉は紙と紙の間に慎ましやかに存在していたものを、見つけ出した。 何の変哲もない、書店で貰うような柄つきのものより地味な、白い栞。 極小ポイントで印字されていた――否、印刷したかのように端正な明朝体で記された、ごく短い文があった。 †††††††††††††††††††††††† あなたは鍵を見つけ出した。 求められる回答はPC内に記録されている。 最後の選択権を、わたしは、あなたという個体に委ねる。 †††††††††††††††††††††††† ――それが、はたして、古泉一樹の覚醒を促すキーだった。 古泉はフラッシュを焚かれたような衝撃に、本を手から滑り落とした。 虚偽の情報が、書き換えられていた記憶が浮き彫りに、本質を表す。古泉の脳内に決して無表情を崩さぬ、少女の石の様な瞳が蘇る。それから、次々と絶え間なく記憶の切れ端が浮き上がっては、穴だらけであった思考の内に潜り込んで、欠損部を繋ぎ直していく。紛失していたパズルのピースが、機を待っていたかのよう。嵌め直されることを望んで、古泉の記憶へと舞い戻った。 不遜で快気で行動力に溢れた、神様そのものと黙示される少女がいて。少女に振り回されながらも対等に向き合うという誰も出来なかったことを成し遂げた、捻くれた素振りを見せつつも熱い気性を孕んだ少年がいて。愛らしい笑顔で他者を癒すに長けた健気な先輩がいた。 感情を露にする事こそ稀だけれど、叡智に満ちた面差しで、孤独にも弛まぬ物静かな少女が、いた。 「ながと、ゆき」 古泉一樹は、ずるりと床に膝をついて、呆然と少女の名を復唱した。 記憶の塊を海底に抑え付けていた重石が、取り外され、解き放たれる。忘れる筈のないものたちを、決して忘れてはいけなかったものたちを、古泉は思い出した。 「SOS団、神、神様。神人、機関、超能力者、……みらいじん、うちゅうじん、」 震える唇で繰り返す。血を吐くように、叩きつけるように古泉は叫んだ。 「涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、長門有希!!」 ――そして、『彼』。 ボードゲームで対戦していた相手に関するもどかしさ、既知感は今やなくなっていた。現実にやっていたことを、古泉が把握したためだった。 胸倉を抑え、古泉は声を絞り出す。己が機関に所属する超能力者紛いの力を与えられた、神人を狩る者であることをも思い出し、自身の失態に目の前を暗くする。 「なんて、ことだ……!」 白雪姫の物語に、世界は、封鎖されていた。 --------------------------- 小人はようよう、識りました。 白雪姫が「或る者」に殺され掛かっていること。 小人は護りを、誓いました。 己が命を賭しても、護るに値するものを望みました。 結末を知らぬ小人は、 「まだ」――白雪姫を、護ることが出来る気で居たのです。 (→6)
https://w.atwiki.jp/qesspd_ju/pages/68.html
Rd2 THBT religious authorities should have the right to sanction personal sins (宗教上の権力者は個々人の罪を許す権利を持つべきである) 井上先生の探してくれた英文を全部訳しました。 ※to sanction = to give a permission to/ to forgive 1.問題点、現状分析 免罪符 From Wikipedia, the free encyclopedia カトリックの神学において、免罪符とは、すでに許されてきている罪のはずである世俗の罰の完全、もしくは部分的な赦しである。 罪深い人が告白し、許しの言葉を受け取った後、免罪符は教会によって与えられる。 この信仰は、免罪符は、聖人によるキリストへの犠牲的行為、美徳と苦行によって得た功徳の貯蔵所を引き出すということである。 これらは特別なふさわしい仕事と祈りによって与えられる。 ”免罪符は、初期のキリスト教会の厳格な苦行に取って代わった。もっと正確に言うと、免罪符は、囚人たちと信仰のための殉教を待つ人々へのとりなしに対して許された苦行の短縮に取って代わった。” ”Martin Lutherがプロテスタント宗教改革(1517)をはじめたとき、免罪符譲渡の乱用は議論の主なポイントであった。 (http //en.wikipedia.org/wiki/Indulgence) 以下の2つの引用文はキリスト教の教えに基づいている。個々人の罪は、本来の罪もしくは受け継いだ罪と対比されうる。本来の罪はアダムにまで遡るもので、人間の本性であり、個人のコントロールの粋を超えている。個々人の罪はより特有で、避けられうるものである。このことは、人々はそのような意思なしに罪を犯すことになりうる(突発的な犯行など)ので、少し疑問もある。 このことは二つの争点を導き出す (1)個人の罪を許すことは大丈夫なのか? (2)誰が個人の罪を許すべきなのか?それは教会か神か? 恐らく、これらの争点は一般的に多くの宗教にあてはまる。 ”3つ目の罪のタイプは個人の罪で、すべての人間によって、毎日犯されるものである。私たちはアダムのころから、罪を犯す性質を受け継いできているので、私たちは特有な、個人の罪を犯す。すべては、うわべでは無害なうそから殺人までである。イエス・キリストを信仰してこなかった人々は、受け継がれ、帰負された罪と同様に、彼らの個人の罪によって罰を受けなければならない。しかし、信仰者は罪地獄と霊魂の死という永遠の罰から解放された状態である。しかし、現在、私たちは罪をおかすことに抗う力をもってもいる。今、私たちは個人の罪を犯すか犯さないか選べる。というのは、私たちの中に存在する、私たちが罪を犯すとき、清め、私たちに罪を悟らせる神聖な魂を使い、罪に抗う力をもっているからである。(Romans 8 9-11).かつて、私たちは神に個人の罪を告白し、それらへの許しを乞うた。私たちは神との完全な親睦と交流を返却された。“もし我々が罪を告白するなら、神は信心深く、そしてただ我々の罪を許し、あらゆる罪深さから浄化するためにある。” (1 John 1 9)." (http //www.gotquestions.org/definition-sin.html) "多くの人々は、神が許さないもしくは許すことのできない罪を犯してきたことを恐れている。そして、彼らは、彼ら自身が何をするかにかかわらず、そのせいで望みはないと感じている。サタンにとって、この誤解のもとで、私たちを労働者として働かせ続けることは願ってもないことです。真実は、もしある人がこの種の恐れを感じているなら、その人は、ただ神の前に行き、罪を告白し、それを悔い改め、神の許しを受け取るだけでよいのです。“もし我々が罪を告白するなら、神は信心深く、そしてただ我々の罪を許し、あらゆる罪深さから浄化するだろう。 (1 John 1 9). (http //www.gotquestions.org/unpardonable-sin.html)" * 2.メリット、デメリット(Gov側、Opp側・賛成、反対) 賛成Affirmative Religious authorities = churches, temples, shrines and/or priests, etc. personal sins = individuals' wrong doing either by intent or by accident 自分の犯した罪を後悔し、悔やむとき、人々は確実な”許し”を必要としている。最終的に、神または神聖な存在がそのような罪を許すが、 人々は自分の罪が許されているかどうか知らない。人々は教会や神社で罪を告白し、聖職者から許しの言葉をもらうことができる。そして、彼らは平穏な精神と、新しい生活を取り戻す。 もし、個人の罪が許されなければ、人々は永遠に苦しめられるだろう。より悪い状態に陥るひともいるかもしれない。彼らは完全に望みを失い、自殺するかもしれない。彼らは狂ってしまい、犯罪を犯すかもしれない。そのような不幸は宗教権力者が明白に個人の罪を許すことによって避けられるべきである。 アーギュメントのもうひとつの流れは、同性同士の結婚は許されるべきかどうかというような問題に関係しうる。もしあなたが同性の人と結婚したいなら、多くのギリシア正教の教えの中では罪として考えられる。 しかし、私たちは、生物学的に同性の結びつきは正当性がありうることを知っている。そして、同性結婚は、法的に制度化されるされないにかかわらず、宗教的に許されなければならない。宗教的な許しは宗教権力者から得られるべきである。というのは、人々が同性結婚にたよるとき、心の平穏な状態たとえば罪の意識からの解放、をもつことができるからである。 許しを与えることは宗教的権力者の主な仕事である。もし彼らがそれをできなかったら、信者を惹きつけることはできない。彼らは弱くなり、社会に混沌が引き起こされるだろう。人々と社会は、倫理基準について頼るものをなくしてしまうだろう。 反対 人々は自分自身の罪に対して責任を持つべきである。誰もその罪を許すことはできない。彼らは後悔し、悔やみ、残りの人生をよりよく過ごそうとすることができる。このことはこのような罪が許されうる唯一の方法である。 罪を許すのは神であり教会ではない。もし、教会や聖職者のような宗教的権力者が個人の罪を許す権利をもつなら、多くの害悪が生まれるだろう。たとえば、 (A)人々は罪を犯すことをたいしたことではないと思う。彼らは告白し、許しを得られる限り罪を犯してもよいと考える。 (B)人々は”許し”を買おうとする。金持ちだけが罪を許してもらうことができる。人々は教会や聖職者にわいろを送ろうとする。 (C)宗教権力者はこの権利を乱用する。歴史は、教会や神社が罪を犯した人々への許しの売却によってふさわしくない富をつくりあげたことを証明する。彼らは人々の命や政府を上回る不合理な力を得た。 (D)宗教権力者は基準が異なる。世界中にたくさんの宗教権力者がいて、どういう罪を許すのか許さないのかは異なる。このことは社会と世界に多大な混乱をまねく。たとえば、もし仏教神社が飲酒・結婚・同性結婚を許し、もしイスラム教徒が日本でそれらを許さないなら・・・(このことは明白な深刻な問題を導かないかもしれない) 個人の罪を許すのは法的権力者であって宗教的権力者ではない。個人の罪、つまり個々人の間違った行いは、故意に行われ罰せられた犯罪か、犯罪に含まれない無意識もしくはその他の行動のどちらかである。たとえば、もしある人が他人の命を奪ったら、それは殺人、故殺罪(計画性のない事故殺人)、自己防衛の行動などである。このような行動を許すのか罰するのかは法的な問題である。 3.2で出したメリット、デメリットに関する情報 4.他国の例もあれば(日本中心で大丈夫と思いますが、海外の例も探してください) 2009/10/01 inoue Sanction=許しの定義での議論です。具体的事件などは入れていません。思考実験的議論のみですので了解を。同性愛などの問題は議論されているようです。教会などの免罪符というようなものの発行も視野に入るでしょう。 Indulgence From Wikipedia, the free encyclopedia "IndulgenceAn indulgence, in Catholic Theology, is the full or partial remission of temporal punishment due for sins which have already been forgiven. The indulgence is granted by the church after the sinner has confessed and received absolution.[1] The belief is that indulgences draw on the storehouse of merit acquired by Jesus' sacrifice and the virtues and penances of the saints.[2] They are granted for specific good works and prayers.[2]" "Indulgences replaced the severe penances of the early church,[2]. More exactly, they replaced the shortening of those penances that was allowed at the intercession of those imprisoned and those awaiting martyrdom for the faith.[3]" "Abuses in granting indulgences[2] were a major point of contention when Martin Luther initiated the Protestant Reformation (1517)." (http //en.wikipedia.org/wiki/Indulgence) The two quotes below are based on Christian teaching. Personal sin may be contrasted with original sin or inherited sin that goes back to Adam, and so it is a human nature and beyond individual control. Personal sins are more individual and it may be avoided. Well, that is a bit questionable since people may end up committing a sin without such an intent, i.e., accidentally. This lead to two issues (1) Is it Ok to sanction (forgive) personal sins? (2) Who should sanction personal sins? Is it the church or the god? Probably these issues apply to many religions in general. "A third type of sin is personal sin, that which is committed every day by every human being. Because we have inherited a sin nature from Adam, we commit individual, personal sins, everything from seemingly innocent untruths to murder. Those who have not placed their faith in Jesus Christ must pay the penalty for these personal sins, as well as inherited and imputed sin. However, believers have been freed from the eternal penalty of sin—hell and spiritual death—but now we also have the power to resist sinning. Now we can choose whether or not to commit personal sins because we have the power to resist sin through the Holy Spirit who dwells within us, sanctifying and convicting us of our sins when we do commit them (Romans 8 9-11). Once we confess our personal sins to God and ask forgiveness for them, we are restored to perfect fellowship and communion with Him. “If we confess our sins, He is faithful and just to forgive us our sins and cleanse us from all unrighteousness” (1 John 1 9)." (http //www.gotquestions.org/definition-sin.html) "Many people fear they have committed some sin that God cannot or will not forgive, and they feel there is no hope for them, no matter what they do. Satan would like nothing better than to keep us laboring under this misconception. The truth is that if a person has this fear, he/she needs only to come before God, confess that sin, repent of it, and accept God’s promise of forgiveness. “If we confess our sins, he is faithful and just and will forgive us our sins and purify us from all unrighteousness” (1 John 1 9). (http //www.gotquestions.org/unpardonable-sin.html)" to sanction = to give a permission to/ to forgive Affirmative Religious authorities = churches, temples, shrines and/or priests, etc. personal sins = individuals' wrong doing either by intent or by accident People need some tangible "permission" when they regret a sin they committed and repent. Ultimately, the God or some divine existence sanctions such a sin but people do not know whether their sins are sanctioned. People can confess their sin at church or temple and get a word of forgiveness from the priest. Then they can restore a peaceful mind and start a new life. If a personal sin is not sanctioned, people will forever suffer. Some people may go from bad to worth. They may completely lose their hope and commit a suicide. They may go crazy and commit a crime. Such evils should be avoided by have religious authorities tangibly sanction personal sins. Another line of argument may be related to questions like whether same-sex marriage should be allowed. If you want to marry the same-sex person, it is considered as a sin in many orthodox teachings. But we know that biologically the same sex union may have legitimacy. Then, the same sex marriage must be forgiven spiritually, whether it may or may not be institutionalized legally. Spiritual sanction should come from religious authorities so that people can have a peaceful state of mind, i.e., freedom from the sense of sin, when they resort to a same sex marriage. Giving sanctions is religious authorities' main job. If they cannot do that, they cannot attract believers. They will become weaker and that will cause chaos in society. People and society will lose something that they can rely on, about the moral standards. Negative People should be responsible for their own sins. No one can "sanction" such a sin. They can regret and repent and try to live better the rest of their life. That is the only way such a sin may be forgiven. It is the god not church to sanction sins. If the religious authorities such as churches and priests have the right to sanction personal sins, it will lead to many evils, for example, (A) People make light of committing sins. They think it is Ok to commit a sin as long as they confess and get permission. (B) People try to "buy" sanctions. Only the rich can have their sins forgiven. People try to bribe the church or priest. (C) Religious authorities abuse such a right. History proves that churches and temples built up unworthy wealth by selling permissions to people who committed sins. They gained unreasonable powers over people's life and government. (D) Religious authorities differ in criteria. There are many religious authorities in the world and they differ what kind of sins may or may not be sanctioned. This will lead to a great confusion in societies and in the world. For example, if Buddhist temples forgive drinking/marriage/same sex marriage/, and if Muslims do not forgive in Japan....(THIS MAY NOT LEAD TO TANGIBLY SERIOUS PROBLEMS.) It is the legal authority to sanction personal sins not religious authorities. Personal sins, i.e., individual wrong doings are either crimes that are intentionally committed and penalized, or unintentional or other acts that do not constitute "crimes". For example, if one takes away someone's life, it may be a murder, manslaughter, an act of self defense, etc. It is a legal question to sanction or penalize such an act. http //www.malaysia-navi.jp/news/080404071237.html http //www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/2009/07/no_615.html
https://w.atwiki.jp/toho/pages/6756.html
紅魔城伝説Ⅱ 妖幻の鎮魂歌(ストレンジャーズ・レクイエム) オリジナルサウンドトラック サークル:Frontier Aja Disc 1 Number Track Name Arranger Lyrics Vocal Original Works Length 01 afraid [Theme Song] 柳 英一郎 米山 玩具 茶太 オリジナル [-- --] 02 Prorogue [Prorogue] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 03 a Night… [Pertner Select] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 04 Clockwork Doll -Killer Maid Style- [Stage 1] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 05 Prism Heart SR Style [Vs Alice] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 06 麗しき紅の城主 -Style of Bloody Destiny- [Stage 2] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 07 Cat Blast! [Vs Chen] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 08 Grave Cave [Stage 3] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 09 桜花一閃 [Vs Youmu] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 10 奪われた大図書館 [Stage 4] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 11 魔弾の流星 -Star Wizard- [Vs Marisa] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 12 Ghost Scimitar [Stage 5] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 13 乾坤の巫女 -Orchestral Style- [Vs Reimu] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 14 Scarlet Tears -SR Style- [Stage 6] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 15 倒錯する狂気 [Vs Ran] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 16 絆を胸に [Stage 7] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 17 口寄せる骸 [Vs Yuyuko] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 18 静寂 -SR Style- [Stage 8] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 19 霧染のアムネイジア -Orchestral Style- [Vs Remilia] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 20 薔薇殺しのカーミラ [Vs Yougen Remilia] 柳 英一郎 米山 玩具 みとせのりこ オリジナル [-- --] Disc 2 Number Track Name Arranger Lyrics Vocal Original Works Length 01 afraid -evening style- [Omake] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 02 Scarlet Tears -afternoon style- [Omake] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 03 IZAYOI [Stage Ph] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 04 Last Phantasm [Vs Yukari] 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 05 fatal bile [Endhing Theme Song] 柳 英一郎 米山 玩具 癒月 オリジナル [-- --] 06 紫焉 [Ending Theme Song(Stage Ph)] 柳 英一郎 米山 玩具 吉河 順央 オリジナル [-- --] 07 afraid (Short Edit) 柳 英一郎 米山 玩具 茶太 オリジナル [-- --] 08 afraid(Instrumental) 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 09 薔薇殺しのカーミラ(Instrumental) 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 10 fatal bite(Instrumental) 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 11 紫焉(Instrumental) 柳 英一郎 - - オリジナル [-- --] 詳細 博麗神社例大祭8(2011/05/08)にて頒布 イベント価格:円 ショップ価格:1,500円 税込 レビュー 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4177.html
気まぐれに打ち始めた物語は佳境に入った。そこで、指が止まる。プロットなんてない、展開も決めていない。無心でただ、場面場面を繋ぐように文を補足していけば、どうしたって、ラストに近付くにつれ進捗は下がっていった。とにかく先へ進める為にキーを押そうとしても、指は思う様に軽快に動いてはくれない。至って当然の話だ。だってわたしは白雪姫がどうなるのかをまだ、決めかねている。毒林檎を食べて伏せてしまった哀れな白雪姫が、王子様に出遭えず仕舞いで、どんな結末を迎えるのか。 「愛しいひと」にも巡り合えぬままに、生涯を閉じようとする、薄幸の少女。 ――ハッピーエンドに、してあげたいのに。 「長門さんどうしたの?こんな時間まで居残りなんて、珍しいわね」 「あ……」 部室の扉を開けて、堂々と踏み込んできたのは、朝倉涼子――朝倉さん。セミロングの綺麗な髪。優等生らしく背筋の伸びた、頼れる女性を思わせる温和な微笑。クラスでもリーダーシップのある才女で、泰然自若としていて人望も厚い。わたしとは何もかもが違うのに、あなたはそれでいいと笑ってくれる、密かにわたしの憧れの人。 「どうして」 「もし帰るのなら、一緒にどうかと思って捜してたの。まだ下駄箱に靴があったから……ああ、それ。書き掛けの小説ね?前に話してた」 「……そう」 PCの前からウィンドウを覗き込むようにした彼女は、ワード文書の打ち掛けのファイルに眼を落とした。白地の上に点滅する、一向に右へ走り出さないカーソル。 「ふうん。途中までよく書けてるじゃない。何か悩んでるの?」 わたしは、素直に打ち明けることにした。幸せな終わり方にしたいけれど、毒林檎を食べてしまった白雪姫がどうすれば幸せになれるのかが分からないのだと。発想が貧困なのか、辻褄合わせが苦手なのか、どうしても思い浮かばない物語の結び。 彼女は、そんなことで悩んでたの、と暗がりを吹き飛ばすように一笑した。 「それなら、書き直しちゃえばいいじゃない」 「え……」 「だってこれは、長門さんの物語なのよ?不都合を消しちゃえ、とまで乱暴なことは言わないけど。どんな風にだって物語は変えられるわ。例えば――」 彼女はにこりと大勢の男子生徒を恋に落としそうな微笑みを浮かべて、 「白雪姫が林檎を食べる前に、急にお妃様に娘を愛しいって想う気持ちが沸いて止めに入ってくるかもしれない。王様がお妃さまが追い詰められているのに気付いて、兵を差し向けて、王様の愛に触れたお妃さまが改心するかもしれないわ。林檎を食べた白雪姫も、王子様のキスじゃなきゃ目覚めないなんて決まってることでもないし。――そうね、他に……もしかしたら目覚めないままの終わりもあるかもね」 「それが、ハッピーエンド?」 「だって、そうじゃない。何がハッピーエンドで何がハッピーエンドじゃないって、誰が決められるの?幸福の道なんて、きっと幾らだってある。それに大概の人が気付かないだけよ。そういう全部を、ご都合主義で片付けちゃうのは寂しいと思うの」 けれど、白雪姫が目覚めない結末は、わたしにはハッピーエンドには成り得ないような気がした。お妃様は、白雪姫を屠って、空っぽの心を胸に埋めて生き続けていく。 ――林檎を食べた白雪姫は硝子の棺の中で眠り続ける。小人は王子の現れない白雪姫の傍で、ずっと、白雪姫を護り続ける……。 「でも、それは……」 「長門さんがそんな小人を不憫だと思うなら、それはハッピーエンドじゃないと思うなら、きっとそれも正解。あなたのハッピーエンドを書けばいいの。姫を蘇らせるのは王子様?誰がそれを決めたの?」 わたしのハッピーエンド。 朝倉さんは、微笑っている。独り立ちする子を見護る親のような――そんな喩えを持ち出したら、流石に、叱られてしまうだろうか。彼女は誇り高く、勇ましく、それでいて愛情深い姉のような人だ。 彼女の助言に、胸の支えが取れたような気がした。わたしの望むように、願うように、物語を紡げばいい。その結末に責務はあるだろうけれど、それがわたしの選んだ最終章ならば。 「……やってみる」 わたしはそっと、キータッチを、再開した。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 --------------------------- 雪解けの水から、掬い上げられたような穏やかな覚醒。 蕗の薹が溶け込んでいた夢から覚めた、――比喩を用いるなら、そんな静かな目覚め。古泉は眠りっ放しで上手く機能しない頭を小さく傾ける。夕暮れの陽に彩られたくすんだクリーム色の天井。枕に沈んだ後頭部を持ち上げると、「よお」、と随分と懐かしいような気もする声を聞く。 「やっとお目覚めか」 仏頂面の少年の、それでも安堵感を散りばめた、帰還を教示する一言。古泉が遣った視線の先に、椅子に腰掛け慣れた手つきで林檎を剥いている少年の姿が反転して眼に入る。 現実感を取り戻すのに、長くはかからなかった。――戻ってきた。彼等の居ない封鎖世界から。その安心感が、どんな感慨より先に立って、古泉が初めにした事といえば腹底に貯めこんでいた溜息を自由にする事だった。知らずのうちにシーツを掴んでいた指の端から力が抜ける。 数日間顔を合わせなかっただけのことで大袈裟なことだ、と笑う者もあるかもしれないが。古泉にとってのSOS団は、もう、そうやって笑い飛ばせる程度のものではなかった。 「なんだ、まだ夢見心地か?ここは何処、私は誰とか言い出すんじゃないだろうな」 今一に反応の鈍い古泉を訝しむ少年――キョンに、古泉は苦笑を返す。 「はは、それはそれで中々面白い観測が出来そうですね。いえ、冗談です。意識の方ははっきりしていますよ。機関の……病院ですか、此処は」 「ああ。俺が前に運ばれた時と同じ処だ。その減らず口なら心配は要らなそうだな」 キョンは一端手を止めたナイフを軽く上下に振りながら、疲れた顔を窓の外に向ける。古泉は、上体を起こして彼と視線の先を同じくした。 窓辺は夕暮れ時の光の明澄さに染められている。 数羽の鴉が山なりに並び、夕闇の果てに優艶に飛び去ってゆく、日常の風景。眼に痛いほどに赤い。――古泉が神人を狩ることで護り続け、キョンが昨年にエンターキーを押し込んで明確に選んだ、それは彼等の生きる世界だった。 「……先程の仰り様から察するに、僕が意識を途切れさせてから、何日か経過しているようですが」 「お前と長門が一緒に階段から落ちて、っていう、何処かで聞いたようなシチュエーションでな。意識不明に突入して今日で七日目だ。外傷もゼロなのにお前も長門も眼が覚めないってんで医師もお手上げ状態だった」 「長門さん」 僅かに力の制御が効かずに跳ね上がった声を、聞き咎めた少年が意味ありげに古泉を見る。だが間もなく俺は何も察知しちゃいないと素知らぬふりをする老人のように惚けた表情に戻ると、彼はナイフの切っ先を垂直に立てて、壁面を示した。 「長門なら隣の病室だ。今はハルヒと朝比奈さんが付き添ってる。まだ目覚めちゃいないがな。 お前はともかく、長門が階段から足を滑らせて意識を失うなんてドジっ娘みたいなポカをやらかすとは到底思えん。というか、有り得んだろ。――何があった?」 「それは、……」 語ろうと思えば幾らでもできる。大本の原因から顛末まで。ただそれは、長門の内面を無遠慮に彼に晒すことだ。 「追々、説明します。ですが今はまだ、諸々の整理がついていませんので。……待っていて下さいませんか。長門さんのためにも」 「やっぱり、長門も纏わってのことなのか」 少年は気難しい思案顔になり、けれどすぐに、「分かったよ」と嘆息して応じた。 「俺はどうやら、今度ばかりは蚊帳の外だったみたいだからな。何があったか知らんが、当人同士の話し合いなら任せる。ただ、事後報告はしろよ」 「了承しました」 「ま、お前の目が覚めて長門が覚めないなんてことはないだろうからな」 その言葉には大いに、古泉も同感だった。大丈夫の筈だ。浄化されてゆく空間で彼女に与えられた声は今も、古泉の耳に残っている。 キョンはやれやれと肩を落とすと、林檎の皮むきを再開した。赤皮がピューレを利用するよりずっと綺麗に、くるくると回転しながら解けるように剥けていく。露になる白い果実を手にとって眺めると、彼は剥き終えたそれを躊躇いなく自分で齧り付いた。汁が少し飛んで、瑞々しい果肉の芳香が漂う。 「おや、僕に剥いて下さっていたのではないのですか」 「其処に積んであるから、食いたいなら自分で剥け」 つれなく突っ撥ねてから、言い訳のように一声。 「……お前が去年のあの時、俺が起きるまで林檎剥いてた理由がよく分かった」 ベッド横に、編み籠にこれでもかとジェンガの如く積まれた林檎の山から、古泉は一つを手に取った。よく熟れた赤い林檎だ。 彼の遠回しの小言が、酷く可笑しかった。 「物を考えたくないときに、手作業が一つでもあるとなかなか便利でしょう?」 「森さんが大量に届けてくれたから、何をするかに悩むことはなかったな。……お前が寝てる内に何個食ったか分からん。今の俺はお袋より早剥きできる自信があるぞ」 「早剥き勝負でもしてみますか」 「いらん。一生分は食ったから、当分林檎は見たくもないな」 少年の目許には、黒い隈が浮いている。 少年の裏表のない悪態は、古泉には何より薬だった。有難いと思う。長ったらしい謝辞を彼が不要としていることは分かったので、古泉は声を抑えながらも笑って、手元の林檎を皮上から齧った。皮の少量の苦さと新鮮な果実の甘酸っぱさが、口の中に広がる。 古泉は思う。 ――毒でない林檎の方が、世の中にはきっと、多いのだ。 人の感情の擦れ違いなんて、それに気づくか気づかないかの差でしかないのだろう、と。 「古泉くん……!眼が覚めたのね!」 長門の病室を訪ねた古泉を、沈黙の支配する一室にて椅子に腰掛けていたハルヒとみくるが、立ち上がって出迎えた。何所かしらに困憊の有様が見て取れて、古泉はやつれた二人の姿に胸を痛めた。――七日間に及ぶ団員二人の欠落。少女たちに、この上ない無理を強いたことは間違いない。 古泉の心境を露知らぬ、二人娘の驚愕は笑顔に取って代わった。ハルヒの歓声は悲鳴じみていたし、みくるに至っては笑顔が半泣きへと移り変わって、「よ、かっ…!もう眼を覚まさないんじゃないかって、ふ、ふぇえ」と、ぼろぼろと玉の涙を零れさせる。 「お二人とも、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。僕の方はもう、大丈夫ですから」 「うん、でも、まだ安静にしてなきゃ駄目よ!再検査してみなきゃ、何所が悪いのかだって――キョン!古泉くんが起きたら真っ先に知らせなさいって言ったでしょ!」 「だから、真っ先に連れてきたろうが。あと声量を落とせ、此処は病院だ」 「僕が無理を言って連れてきて頂いたんですよ。――長門さんの様子が気になったものですから」 あ、とハルヒが口を噤む。傍らで眠りに就いたきりの長門のことを思い出したのだろう。ハルヒは肩を竦め、少女を振り返った。 「有希は……まだ眠ってるわ。ちょっとやかましいぐらいで起きてくれるなら、寧ろ願ったり叶ったりなんだけどね」 「で、でも!古泉くんが…起きてくれたんなら、きっと長門さんも起きてくれます」 みくるが涙を服の袖で拭って、そう綺麗に笑う。ハルヒも同調して、「そうよ!そうに決まってるわ!」と吊り上げた眼差しに力強く頷いた。 古泉は、長門に眼を移す。個室のベッド、あたりは見舞いに持ち寄られた色とりどりの花で溢れ返っていた。長門有希は寝息さえ微弱で、呼吸をしているのかすら一見しては分からない。白皙の姫君のような、静謐な眠り姿。まるで氷の棺に横たえられたかのような。 ベッド横に立つと、古泉は囁くようにそっと、眠り姫に呼び掛ける。 「――長門さん」 世界は戻りましたよ。 これから、また、始めましょう。 ――あなたの、恋する一人の少女としての生を。 長門を注視する古泉の眼前で、変化は克明だった。 ハルヒが息を呑み、みくるが掌で口を抑え、キョンは瞠目して、ただその光景を見つめていた。 少女の瞼が、まるで悪しき魔法が魔法使いの手によって解呪されたように、宝石箱がやっとぴったり口に合う鍵を差し入れられたように、―――ぱちりと、開く。 少女は、冷や水のように凛と、雪の柔らかな触感に覚えるような優しさで応えた。確かに、古泉一樹に合わせた双眸を瞬かせて。 「―――おはよう」 「はい。……おはようございます」 お帰りなさい、という言葉は彼等の眼を憚って告げなかったけれど。古泉はただ愛しさだけで、そんなありふれた小さなやり取りさえ、心に刻み付けられるような思いがした。 白雪姫でもお妃様でもない、 『長門有希』は、微かに、古泉の意図するところを汲んで、笑ったようだった。 /// 『身体検査』の名目で、もう一晩の病院の滞在を命じられた古泉と長門を残し、SOS団の面々は帰宅の途に付いた。ハルヒなどはまだ心配だから最後まで付き添う、とまで言い放っていたのだが、キョンと古泉による渾身の宥めで渋々ながらも引き下がった。 医師が、恐らく大事はないだろうから間もなく退院できると、彼女に太鼓判を押したことも功を奏したようだ。珍しく立場を逆転させてキョンに引き摺られるように仲睦まじく去っていくハルヒを見送る、長門の感情の読めない瞳が、古泉には気懸かりではあったのだが。 みくるは愛らしい笑みを添えて小さく手を振り、二人の後を追って小走りに駆け出していく。早いうちに彼女が淹れるお茶が飲みたいですね、漏らした言葉には長門も相槌を打った。 実質、検査のし直しは形式的なものに留まった。古泉と長門の意識が一週間に渡って昏迷していた事は、古泉の証言で身体的な異常が原因でなかったことがより瞭然としたものになったからだ。森、新川、多丸兄弟らの訪問もあった。二人が昏睡中の折、閉鎖空間が発生の兆しを見せることもあったが、本格的に展開されるまでには至らなかったという報告に古泉は安堵の息を深めた。どうやらキョンが気を遣い、ハルヒを励まして発生を寸でのところで食い止めていてくれたらしい。それでいて古泉と長門を見舞い、当人は表層では平気な顔を貫いてみせていたのだから、「彼」も随分と豪胆になったものだ。 感謝状の贈呈式を「機関」で演出してもいいわね、と本気混じりの冗談を吐いた森に、古泉はひとしきり笑って同意した。 やがて上司等も去り、独りきりになった病室を脱け出して、古泉は長門に誘いを掛ける。 ――夜、二人は屋上にいた。 「少し夜風が冷たいですね。……長門さん、大丈夫ですか」 「平気。あなたは」 「僕も大丈夫ですよ。『病み上がり』扱いとはいえ、身体の方は何ら問題ありません。――今晩は、星が綺麗ですね」 夜天に煌々と星屑。一度にはとても掴み切れない、無限の空の宝玉。 昨年夏に行った天体観測の記憶を蘇らせて、古泉は感慨に耽った。エンドレスサマーに翻弄された暑い暑い、夏休み。あの頃は、こんな思慕の情に振り回されるようになるとは、思っても見なかった。世界の安寧を何より願いながら、傍らに控える少女に堆積したエラーのことなど、僅かにも、思い馳せたことはなかった。 それが此処まで来てしまうのだから、人というものは分からないものだ。日夜、その考えは流転し、消長し、移り染まる。確かなものなど無いのかもしれないと思いながら、それでも「確かさ」を得ようとして苦しむ。 ――それがきっと、長門有希の抱え始めた、面倒な人間の在り方でもあるのだろう。 人故に、持ち続けねばならないもの。長門は着実に「人」に近付き始めている。 「……依然として、エラーはある。『わたし』は統合され元に戻ったに過ぎない。わたしはいつか、また同じ事態を引き起こすかもしれない」 口を暫し閉ざしていた長門が、不意に、忠告のように古泉に投げ掛ける。 「そのとき――」 「それが、どうかしましたか?」 古泉は不遜な調子で、何を敵に回そうとも決してたじろがぬ不敵さで笑った。古泉一樹が垣間見せた笑い方としては初出の、彼の本質を一端覗かせた微笑だった。 「あなたが何度エラーによって世界を改変したとしても、僕が、『彼』が、朝比奈さんが、涼宮さんが――必ず救いに行きます。あなたを取り戻す為に走ります。先程も言いましたが、長門さんの生きたいように生きればいい。己の能力を疎ましく想うなら捨て去っても構いません。その分だけ、僕等があなたを護ります。あなたの想いが均衡を崩すほどSOS団は柔じゃありませんよ」 あなたの力になりたい、手助けを、させて下さい。 どうか僕の傍に居てください。 ――最後の一句を、古泉は飲み込んだ。 僕等の、じゃない僕の傍に――などと、気障極まりない台詞を素面で吐けるほど、古泉一樹もまだ心情整理は出来ていない。 彼の上司の森園生くらいの人生経験を積めば、それくらいの積極性も生まれるのかもしれないが。 「わたしは以前から、あなたの視線を知っていた」 「……」 「『わたし』があなたを召還した、それも、恐らく理由の一つだった」 唐突に随分な爆弾発言だ、と思ったのは意識し過ぎだろうか?古泉は格好付けた笑みは何処へやら、少々赤らんだ頬を誤魔化すように咳払いを一つした。 「そ、うなんですか」 「そう」 「では、僕の気持ちなんて、とっくの昔に知られていたということですか」 「そう」 「……そうですか」 どうしよう、気まずい。 古泉は余所見をする振りをして、何時になく激しい音を立てる心臓を押さえつけた。――落ち着け鼓動。 けれども今回の騒動で、大いに吹っ切れていたこともある。古泉は息を吸う。 「『彼』には、どのように話しますか」 「……今回の改変についてはわたしから、説明をする。……わたしの、想いについても決着をつける」 「それは、『彼』に告白をする、ということですか」 直球に直球を返す。長門有希は首を、はっきりと横に振った。「違う」 「そう、ですか。――もしそうなったとしても僕はあなたを応援できませんから、少しほっとしてしまいました」 無機質だった黒の瞳が、コーヒーにホットチョコレートを溶かしたような、ゆるい温度を宿して渦を巻いている。古泉はその瞳に訳もなく口付けたい、という衝動にかられた。触れれば、五臓六腑を丸ごと溶かし尽くすくらいの激しい感情に心が水没 するに違いない。古泉は一握りの勇気を、日常会話するような気軽さに溶け込ませて、 「僕は、長門さんが好きですから」 「……そう」 古泉は気恥ずかしさから逃れるように天を仰ぎ、少女は、煽られる風に任せて髪を遊ばせながら、微かに何事かを呟いた。 古泉の耳にまでは入らなかったその極小の言葉は、白く曇った吐息に混ざる。 「そう」 ――それはとても、静かな夜だった。 /// 退院から数日。 取り戻したごく真っ当な学生生活に、身体はすぐに馴染み、何事もなかったように古泉と長門は復帰した。当時はちょっとした騒ぎであったというが、古泉の目には特にそんな雰囲気を引き摺る様子もない、懐かしい日常だ。 「なあ、古泉。頼んどいたアレできたか?」 昼休み時間。拝むような仕草でやって来たクラスメートに、古泉がしれっとプリントアウトされた紙束を差し出すと、文化祭の劇作家担当である少年は「おー、サンキュ。やっぱ出来る奴に頼むと違うよな!」と調子の良い声を上げ口笛を吹き、古泉 の背を痛めつけるのが目的かと疑うほど激しく叩き、古泉の制止が入るまでそうしていた。クラスのムードメーカーとしての役回りを心得た彼は、一年時から古泉とは見知った仲で、持ち前のテンションの高さで委員長役を務めている。今度の文化祭劇でも誰もやりたがらなかった脚本作業を一手に引き受ける形になり、お陰であちこちで奔走しているようだ。 翻訳を任されていた『Snow White』原版。退院後、数日の間に纏めて翻訳作業を仕上げ、字が汚いとよく指摘されることも考慮してわざわざPCに打ち直した古泉だ。英語は不得手ではない古泉も古い活字を相手に苦戦したが、約束は約束と、期日通りに纏め上げてきたのだった。 「構成の方は出来上がったんですか?」 「いんや、まだまだ。やっぱ原書の方も合わせてみないとなあ。そういうわけで、これから読む。煮詰まってたからマジ助かったぜ」 「……まだ脚本の下敷きが出来ていない状況なのなら、少し、提案があるんですが」 少年は受け取って読み掛けていた紙を捲る手を止めた。 「なんだ、お前から改まって提案なんて珍しいじゃん。――何?」 「この『Snow White』なんですが……優しい話に、出来ないかと」 言葉を区切って、古泉は真摯に語る。 「原書そのまま、でも勿論いいとは思いますが、物語が酷に成り過ぎるのではないかと思いまして。文化祭という場で公表する演目ならば、見終わった人が微笑ってくれるようなものを望みたいのです」 昨年演じたものは、そういう意味では失敗だったと思いますから、と付け加えると、少年は「はーん」と悩んでいるような感心しているような妙な奇声を出した。 「……なんか、あったみたいだなあ。先週の入院から様子変わったなー、とは思ってたけど」 「そう……ですか?余り自覚はないのですが」 「おう。俺の目は確かだね!まあでも、言ってることは最もだ。今度の話し合いんときに議題に出すから、意見提示してくれれば俺も支持するわ。脚本書いてて思ったけど、やっぱ暗い話は性に合わないっていうかさ」 陽気な少年はそうやって翻訳文書を抱えて何処へか、やはり何か打ち合わせがあるのだろう、慌しく去っていった。古泉はほっと一息をつき、腕時計を見遣る。 昼休みは、まだ時間があった。 部室へ寄ってみようかという気まぐれを起こしたのは、古泉自身、錯綜した感情の行く果てを見届けていないからだ。 古泉はあれから、長門とキョンの間にどんなやり取りがあったのかを知らない。事後報告も少女が請け負い、それきりだ。彼の態度にも一見変化はなく、総てが元の鞘に収まったような、そんな日々が続いていた。 変わったのだろうか。あの一連の事件に、幾らか変わることが出来たのだろうか。 少年の、おどけたような言葉が耳に痛い。 ――ただ古泉は、優しい話を、少女に見せてあげたかった。裏方担当だろうと何だろうと。文化祭の日に、「どうぞ、見に来てください」と微笑んで長門を招待できる、そんな物語を、彼女に贈りたかったのだ。 ――文芸部室の読書愛好家の少女は、其の日、稀なことに書物を手にしては居なかった。 「……何をして居られるんですか?」 「執筆活動」 珍しい――少女は、普段は隅に仕舞われて見向きもされないノートパソコンを立ち上げて、人並みの調子でタイピングをしていた。ホワイトボードに赤い水性ペンで走り書きをされているのを古泉は目敏く見つけ、事態を理解する。「締切・来週まで !ジャンル自由、原稿20枚分」と、かなりの達筆で大きく書かれているそれは、見慣れた団長涼宮ハルヒの直筆。 「これは……もしかして文化祭にも、機関誌の発行をすることになったんですか」 事前にハルヒから聞き及んでいなかった古泉の当然の疑問を、長門があっさりと回答する。 「今朝涼宮ハルヒに遭遇し、わたしが提案した」 「……長門さんが?」 益々予想外だ。ハルヒが独断専行してのことなら、キョンを始めとした面々も言い訳を交えつつ抗議する所だが、それが長門有希たっての提起。古泉が眼を丸くすると、少女は人らしい印象を強めた柔らかな瞬きをして、「書きたいものがあった」と古泉に告げた。 書きたいもの。その察しがつかないほど、古泉は愚鈍でもなければ不敏でもない。 零れ落ちた古泉のその笑みは、古泉も己で意識が追いついていない、ただ、蕩けるように甘やかなものだった。ミーハーな女子ならば、黄色い悲鳴を上げたかもしれない。唇を綻ばせた古泉が、そっと長門に囁く。 「――タイトルを、お聞かせ願えますか」 長門は、淡々と打ち進めていた指を止めると、既に印字されていた一枚の原稿を摘み上げて、ひらりと古泉に翳した。窓から差し込む射光に浮かび上がる、黒インクで刻まれた一文。 題名のみがプリントされた、原稿の表紙を飾る一枚。 「これが、わたしの決着」 わたしのあなたへの答え、と。 その声が何処か満足気に、強く胸を打つような感情を湛えて響いたのは―― 多分、気の所為ではないのだろう。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 レクイエムは要りません。 白雪姫は、小人と笑い合って、最後にそうお妃様に告げました。 「わたしを葬るための歌も、お義母様を葬るための歌も、今は必要ありません」 何故なら皆が皆、生きて、泣いて、恨んで、――恋をして、誰かを愛して。 幸福を選び取って、わたしのためにあなたのために生きてゆくのだから。 Snow White Restart. ――この物語終わりが、わたしたちの、お義母様の、始まりになりますように。 --------------------------- ―――Snow white Requiem. 賑やかな人の群れを縫って、古泉が紛れて消えてしまいそうな小さな少女に大声を張り上げる。鮮やかなビラが撒かれ、ポップが至る所に立ち並ぶ、活力に漲った高校生たちの祭典。一般客も含め、笑い声が、談笑が、そこかしこ溢れる中、波に揉まれながらも彼女の元に辿り着いた演劇衣装を身に纏った古泉。 その格好は、彼の容姿にはそぐわない、道化師のようにカラフルな小人の衣装。 古泉はそっと少女に、何処から持ち出したのか手土産の林檎を差し出し、 「――とても、よく似合う」 窓際にて立ち止まった少女は、仄かに首を傾けて、少年に微笑んだ。